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千尋くん見ていますかー?お元気ですかー?

1名無しさん:2018/05/24(木) 03:19:28
.

56コップ ◆kfj4n92PLw:2021/08/19(木) 12:49:35
追伸
>ビデオカメラ式で相手に話しかける時って殆ど例外なく相手に敬意を抱いている時なんですね。

と書いたのは、正しくは「ビデオカメラ式で相手に話しかける時って、例外なく相手に敬意を抱いている時なんですね。」です。

57コップ ◆kfj4n92PLw:2021/08/19(木) 12:56:13
追伸その2

seikoさんの直近のお返事についても、未だお返事をその全てに対しては出来ていませんので、また、言及したいと思います。

58seiko ◆wOUe8iWjRg:2021/08/19(木) 13:08:50
本意はまだ分からないけどコップさんがもしすこし勘違いをしているのだとしたら、俺の文章がやはり抽象的に過ぎたかもしれない。
抽象的な文章を書いてしまう癖は、具体化によって分かりやすく説明することにより逆に細部の瑕疵を指摘されるのが嫌だという逃避行為の顕現であって、「わざと発言の間口を広く持っておけば厳密に追及されても言い逃れが出来るし、逆にミスリードした相手を叩ける」という、喧嘩をする上で身についた意地汚いテクニックのひとつでありまして、ご不便おかけしておりますことを再度深くお詫び申し上げたい次第でございます。。。

でもでも、コップさんの文章も観念的ですごく分かりにくいのでお互い様だと思う (❃´◡`❃)
なんとなく、分かっているふりをしながら自分が喋りたい事を喋っているだけのような感じがしませんか?それでいいと思います。こんな辺境の地で、お互い会話から何を得ようとするわけでもなく、そもそも喧嘩板における書き込みなんて相手の手を使った自慰行為に過ぎないわけですから。
コップさんは喧嘩自体に興じていたわけではないそうだから、”無茶苦茶な返事”でも下衆な目論見で嫌がらせがしたいのではなくて、むしろ頭の回転が速くて思考の奔流に文章が追い付いていない故の乱筆さのように見えます。自分は鈍いのでそういうチャットや通話とかでもバーっと話が出来る人が羨ましかったりする。

喧嘩のフィクション性をメタ的な観点から語る行為が寒いっていう発言をかみ砕くと、例えていうなら将棋の全駒の全局面における全手数をスーパーコンピューターで解析しようとする試みみたいなもので、本来の嗜好を阻害してしまう事になると思わないだろうか?なんというか、セックス中に上司から着信みたいな感じで白けてしまわないだろうか?ということなのだけど、
これは、俺がずっと思っていた感覚で、うまく言語化が出来ない。でも強者とよばれる喧嘩師たちがいわゆる自らの「喧嘩論」みたいなものを大っぴらに鼻高々と語っている所をあまり見たことが無いので、ある程度ディープに入り浸っていた人たちなら何となく共有していた感覚なのではないかなと思う。

たりない脳みそで頑張って言語化すると、(少なくとも自分にとって)喧嘩の楽しさは「相手の論理を過去の発言を元に追及する」という確実性(論理にもとづく絶対性)と、「人間の感情を利用して優位性を争う」という非確実性(感情にもとづく不安定性)のバランスを考えながら自分が有利な展開に持ち込む状況支配の妙であって、
その「喧嘩とはかくあるべし」とか「こういう相手にはこういうスタンス取れば勝てる」みたいなメタを喧嘩が実際に行われている場所で分析する(自分だけで持論を練るだけでなく、それを公の場で他人と共通する)っていうのは、実際に問題を解く前の答え合わせであり、何でもありイコール何があってもおかしくないという喧嘩の本質的な前提に反する行為であると感じてしまうから、という理由付けになる。気がする。結局は「お笑い芸人が語るお笑い論って笑えないよね」的なフィーリングの話なので、あんまりかっこつけて語っても深い意味は無いと思います。

コップさんの言っている”大喧嘩”っていうのは、要するに「喧嘩そのものに、利害を共有するグループ間の紛争関係における武器としての実利的な意味付けを行えば、メタ的に語られる喧嘩論に新たな意義が見いだせるのではいか」というコンセプトという事でよろしいでしょうか。
これは理に適っていると思うし、実際に過去を考えた時にいわゆる掲示板間での帰属意識からくるグループ同士の対立という形で似たような構図が出来たことも多々見受けられた。
なので、現実の観測と照らし合わせた上でコップさんの問題解決の方向性は正しいと思う。でも、俺が思うのは、それって問題の先延ばしというか、本質的に解決の手段になっているのかな?という所で、
つまり1対1の構図を10対10に引き延ばしたところで、そもそものシステムが同様のものであれば、それは10という1個の運命共同体が俯瞰的に1対1と同じ事をしているだけなのではないかと考えられてしまう訳で、
こうなると、再帰的に「じゃあ大喧嘩をメタ的に語るのって興醒めだよね」っていう論点が再び適用されてしまう必然性が避けられず、コップさんが言っている目的と手段における全容の把握という観点においてループに陥ってしまっている感じがする。
なので本質的なアプローチとなると①目的そのものを違う方向に捉え直す(例えば喧嘩から競技性を排してお互いの認知能力や芸術的感性を高める互恵主義的活動と考える) ②そのものへの言及を避けるという参加者が最低限従うべき不文律として観念化する のいずれかになるのではないかと思います。

59seiko ◆wOUe8iWjRg:2021/08/19(木) 13:12:21
なんと、かいているうちにレスが増えていた
>>58は、>>48-53に対するレスです。たくさん返事をくれてありがとう!(・ω・)b また後日見に来ます。

60コップ ◆kfj4n92PLw:2021/08/19(木) 19:20:04
>本意はまだ分からないけどコップさんがもしすこし勘違いをしているのだとしたら、俺の文章がやはり抽象的に過ぎたかもしれない。
>抽象的な文章を書いてしまう癖は、具体化によって分かりやすく説明することにより逆に細部の瑕疵を指摘されるのが嫌だという逃避行為の顕現であって、「わざと発言の間口を広く持っておけば厳密に追及されても言い逃れが出来るし、逆にミスリードした相手を叩ける」という、喧嘩をする上で身についた意地汚いテクニックのひとつでありまして、ご不便おかけしておりますことを再度深くお詫び申し上げたい次第でございます。。。

承りました。でも、seikoさんの文章はものを考えてよく追究するものです。僕はこれを読んでいろいろと考えを求め、思いを巡らせられるので、不便を感じませんでした。読み間違えても、その反映が文章に於いて認められているなら、是非を云々すべき対象は読み間違えではなくその上に立った文章自体がいう意味の方です。少なくとも、僕の側では、seikoさんの述べたことを時に理解し切れていないでも、それで僕自身が文章を作る時、ひらめいたり、導かれたりしたことのためになっているなら良いです。読み間違えているところは勿論そのままにはしておきませんが、別にそれで読解内容を変える必要が出来たのでも、不便には感じないです。

61コップ ◆kfj4n92PLw:2021/08/19(木) 19:20:31
>でもでも、コップさんの文章も観念的ですごく分かりにくいのでお互い様だと思う (❃´◡`❃)

うっ・・・ ごめんなさい。

62コップ ◆kfj4n92PLw:2021/08/19(木) 19:21:37
>なんとなく、分かっているふりをしながら自分が喋りたい事を喋っているだけのような感じがしませんか?それでいいと思います。こんな辺境の地で、お互い会話から何を得ようとするわけでもなく、そもそも喧嘩板における書き込みなんて相手の手を使った自慰行為に過ぎないわけですから。

僕自身理解している事でなければ文章にしたくはない気持ちがあります。勿論、ある一纏まりの文章を作ろうという時にその結論がどうなるか初めから判明しないでも良くて、それはむしろ当たり前です。わからないことを分かっているところから手を着けて考え始めて、そうして分かっていることがさらに分かっていることを呼び、文章が成されて行くにつれ、当然の事実や的を射た発見が、あるいはそれらを呼ぶための殊更に目につかない前置きが、余計なものを間に挟まずに一つの全体をつくり上げることは、文章が作られる過程の内で最もよいものだと思います。詩などはちょっと別でしょうが、散文は、殊に物事を論ずる種の文章はこういう過程しか持てないのだといえるのではないでしょうか。僕が先に投稿した返事は、さようでない過程を取ってなされた悪文でしたから、そんなものを投稿した僕には、seikoさんに巧くその意を汲んで欲しい気持ちが無かったではないものでした。
Seikoさんは思うに自由に文章を作り出すのが喧嘩板に投稿するものを書く時でも可能な限り維持されるべき、楽しみに繋がる筈の原則だと見解を持っているようです。僕はその自由を妨げるような要求はしません。不自由な手に成った文章を投稿し、その意を汲んでもらいたいとは思いこそすれ、意を汲んでこれこれこうだろうと「言い換えて」もらうことは、seikoさんが我から求めるのなら悪い訳もないのだが、僕から求めて、seikoさんがこれに応じるといった成立の、つまりはseikoさんにある種の表現に於ける制約を課すようなことになるものであるのなら、決して僕はこれを求めません。
(1/2)

63コップ ◆kfj4n92PLw:2021/08/19(木) 19:22:38
参加型アートってアーティストがその傍らにいて、立ち止まった客の裾を引いて強いて参加させようとするようなのはすごくウザいっていえます。参加型アートは居合わせた人間の表現への意欲をプラスにするものであれ、刺激しないものであれ、抑制するものであってはいけないと思いました。といって、そんなものに全然縁が無いことは例に依ってのことで、今思いついた例えなのですが、もし参加型アートがさようの意義を元にしたものだというなら、(seikoさんが文章を作るきっかけにしたいと思い得る)喧嘩板の投稿のありようと、ちょっと共通したところがあるようです。
①  書き込みが無い場合
②  書き込みがあり、seikoさんに表現にあたっての制約を課す場合
③  書き込みがあり、seikoさんに表現にあたっての制約を課さない場合
こうして見た時、恐らくseikoさんは①と③とについては、大概容認しそうです。②も、まぁ無くもないんですけど、それはあくまで喧嘩目的のやつが変なこと言って来た場合に限られるでしょう。ふつうに雑談したいんですけどぉー、こんな風に書いてくださあーいって言って来られたら、seikoさんは嫌な気持ちになると思います。喧嘩目的のレスっていうのはまず負けを認めろだのなんだのうるさく言って来るのは割合少なくないですからね。そりゃそうだろうという感じで、喧嘩板に喧嘩師がいちゃならない法はありませんし、seikoさんはきっとそれを、まあものによっちゃあ嫌うでしょうが、あってはならないものとは認めない筈だと僕は考えます。その一方、喧嘩をしたいでもなしに、何かseikoさんに向かって表現の制約を強いる形でアプローチしてくる書き込みの態度が認められれば、それはもうあってはならないものという感じで、seikoさんは茶室に大道芸人、それもやる気まんまんの大道芸人の人でも見たような気持ちになるんではないかと想像します。そもそも「やりとり」を強いて来るものは、喧嘩板では喧嘩目的のレス以外に何もないことが正常の事だろうと僕はつい思いました。

追記 大道芸人を例に挙げたのは、大道芸を茶室でやっている人があったらさぞ不調和な光景であろうと想像をしたからで、大道芸人をする人が、茶室にいてはならないというのではありません。大道芸をしなければいいのでありますし、大道芸人の人だって茶室で大道芸をやる筈がないのです。下手な例えを行ったものだと気がついたのでここに補うべきを補おうとして追記した次第です。

64コップ ◆kfj4n92PLw:2021/08/19(木) 19:24:01
>コップさんは喧嘩自体に興じていたわけではないそうだから、”無茶苦茶な返事”でも下衆な目論見で嫌がらせがしたいのではなくて、むしろ頭の回転が速くて思考の奔流に文章が追い付いていない故の乱筆さのように見えます。

いいえ、僕はseikoさんのお返事を読んでから、返事を作る前に外出、食事、散策、遊興などしたので、間々念頭にお返事の内容に係る想が浮かんでしまい、しかもそれは幾つもの内容に亘って、内容はそれぞれ脈絡を持ち、それらの脈絡は感じの上では正しい訳なものでした。ただ、内容を個別に見ていくと、どう発想して、どう考えて行って思いついたものなのかが不明でしたから、改めて書いて簡単に述べられる内容は一つも見当たりませんでした。むしろ、頭の中で手前勝手に脈絡を求めてしかも答えにまで行き着いてしまった際、これを答えだけ記すのではなしに途中式など書いてみよというのは、初めから何も考えないで問題の解決に取り掛かる場合よりも、難しいです。途中式はあるいは簡単かも知れません。一つの式が間違いないのであれば、それをとりあえず並べて行ってしまえば体裁は作れるのですから。しかし、途中式が簡単でも、分野を変えて、例えば高校生や何かがやる現代文の答案を考えれば、これはよっぽど骨が折れます。長々と文字を綴る文章などになればなおさらです。文章は初めが肝心で、初めに何を置くかによって、どう書いていけば結論に達するということが違って来ます。発想を頭から尻尾まで自然に行っていこうとするに限っては、まず間違いがないものであって、文章が二つあって、結論が同じでも、初めの一文が相違していれば、途中にも大分相異なる観が出来ているのがその二つの比較で大抵言える事です。初めの一文が、哺乳類を論ずるためにコアラを挙げ四つ足だというか、パンダを挙げ四つ足だというか、そんな違いしか無ければマァ二つ目の文が同じなのでも変ではありませんが、まずは四つ足に着目するという一つのことがあるか、無いかは、それに続いて述べられる筈の内容にとっても大事なのです。ここまで、先にした書き込みの内で述べたこととあまり変わりの無いことを述べた筈で、以降丁寧に書いて行っても同様でしょうから、二の舞三の舞どころか、いくつの舞かも知れないのを演じてしまうと、頭の回転が速い人でも遅い人でも、文章を作り上げるならやることは同じで、考えを全部文字に託して、考えの推移も文字に委せて、勿論文字の取捨選択などで良し悪し人により分かれる点より言えば頭の良し悪しは大事なのだろうが、頭の回転ということだと、全然関与しないことが文章を作り上げることである訳で、むしろそこで頭の回転がどうというのが文字に表れてしまうような場合は、書く人の能力不足が出た場合なのであろうと思います。頭の回転が速いならそれは空想のとめどなさだけでなく文字を思いつく速さにも亘らねば片手落ちなものなのです。

65コップ ◆kfj4n92PLw:2021/08/19(木) 19:24:22
>自分は鈍いのでそういうチャットや通話とかでもバーっと話が出来る人が羨ましかったりする。

さようですか。僕はチャットでも通話でも、ただ話を聴いてくれるだけの人は、沢山ものをいう人と優劣がつかないのだと思っています。喧嘩時にはバーっと喋らないでは大変でしょうが、会話の場では、二人きりで喋るのでも、みんなで喋るのでも、口数の多い人も、少ない人も、あるいはゼロの人も、みな尋常によろしい。

66コップ ◆kfj4n92PLw:2021/08/19(木) 19:25:08
>喧嘩のフィクション性をメタ的な観点から語る行為が寒いっていう発言をかみ砕くと、例えていうなら将棋の全駒の全局面における全手数をスーパーコンピューターで解析しようとする試みみたいなもので、本来の嗜好を阻害してしまう事になると思わないだろうか?なんというか、セックス中に上司から着信みたいな感じで白けてしまわないだろうか?ということなのだけど、

Seikoさんが例として挙げた将棋はゲームですね。ゲームで、ある人が対戦相手を持って、二人相対している時、相手の手に、どう手を打てば有利になるのかというのを、彼自身が考えることは醍醐味であるのでしょう。手を打つ時のパターンというか定石は、さようの醍醐味を減じます。少なくとも、例えば三手先のことがわかれば絶対に勝てるというゲームでは、どんな盤面でも知識が三手先のことを全部教えてしまうのだと、もう勝つ努力が必要ありません。努力は手を動かしてそれで終わりです。対戦ゲームとは違うルービックキューブを例に挙げて考えてみるとわかりやすそうです。ルービックキューブは面のパターンが有限個なので、一つのパターンに一つの解決方法があるのを全部列挙してしまい、それを知識として人に覚えさせてしまえば、もう彼はいかなるパターンにおいても対応の解答を考えずに得てしまう。思い出す早さとか、手を動かす時のミスの無さとか、そういうことはキューブの面を合わせる時間の短さを競う場に於いては重要なので、解決方法を全部知ってしまった人がそれでルービックキューブを全く楽しめなくなったとは直ちには言えませんが、もし、時間の短さでなく、解決方法を見出すことを楽しみにして、他のことを楽しみにしていなかった人が全部の解決方法を知ってしまったのなら、もう彼はルービックキューブが全然楽しくない状況を一度は得てしまう訳なのです。
夫婦である人々がセックスをしている最中、(彼らの内の一方の)姑か何かが受精に至るコツを彼らに言いに来たら、彼らはさぞ興醒めがすることでしょうね。セックスを楽しもうという気持ちが引っ込んでしまう。見られていやなのは当たり前なのですが、セックスが子作りの過程であるとまざまざ示されてしまうと、何だか仕様がありません。
でもって、
>これは、俺がずっと思っていた感覚で、うまく言語化が出来ない。でも強者とよばれる喧嘩師たちがいわゆる自らの「喧嘩論」みたいなものを大っぴらに鼻高々と語っている所をあまり見たことが無いので、ある程度ディープに入り浸っていた人たちなら何となく共有していた感覚なのではないかなと思う。

「喧嘩論」はセックスを子作りの一面から喋々する傾きが概してあるものだと思います。自分で考えるならよいが、他人に言って何がどうなるものか知れません。

67コップ ◆kfj4n92PLw:2021/08/19(木) 19:25:53
>たりない脳みそで頑張って言語化すると、(少なくとも自分にとって)喧嘩の楽しさは「相手の論理を過去の発言を元に追及する」という確実性(論理にもとづく絶対性)と、「人間の感情を利用して優位性を争う」という非確実性(感情にもとづく不安定性)のバランスを考えながら自分が有利な展開に持ち込む状況支配の妙であって、
>その「喧嘩とはかくあるべし」とか「こういう相手にはこういうスタンス取れば勝てる」みたいなメタを喧嘩が実際に行われている場所で分析する(自分だけで持論を練るだけでなく、それを公の場で他人と共通する)っていうのは、実際に問題を解く前の答え合わせであり、何でもありイコール何があってもおかしくないという喧嘩の本質的な前提に反する行為であると感じてしまうから、という理由付けになる。気がする。

確かに、seikoさんは喧嘩の本質的な事を言っておられます。「本質的な事」は、喧嘩をする者にとっては、どうしても左右出来ない事実ですので、いうなればバカにも賢にも(かしこ です)ノーが言えないんですね。喧嘩板というのは、やっぱり喧嘩をする場所だとみんな思っている。何を言うにしろ、喧嘩をしたい人がそこに首を突っ込んできて、ちょっとおかしな異論など言ったり出来たら楽しいだろうと思いながら言うんです。それに反論出来たら面白いだろうなとワクワクする感じを予感として抱いて言うんです。しかし、「喧嘩の本質的な事」は、喧嘩のタネにしようがありません。道理を弁えない本物のくそ馬鹿が反論でもない支離滅裂の言を述べに来たり、普通人でも、よく呑み込んでいない人が疑念を述べに来たりすることはあるでしょうが、前者にしろ、後者にしろ、喧嘩のタネに食いついて来た感じがしません。前者が来た場合は「喧嘩の本質的な事」は喧嘩のタネになるんでしょうが、それは1+1が2だと述べたら絶対に3だと言い張る馬鹿が来た場合と同じことです。ちょっと話になりません。後者には、教え諭せばそれで済むから、あんまり新しい事を述べたりする機会がその時に出来る訳ではなさそうなものです。Seikoさんは「喧嘩の本質的な事」は、結局、それを言ってそこから何が発展するでもないことだから、言うことを憚る気味が多くの人の間にある訳のものなんだと述べているらしく僕には思われます。そんなことより、もっと人の興味をそそり、異論を呼び、発見につながるような発言や、意表を突く面白さがある発言を行いたいと感じるのがseikoさんの喧嘩板に対するスタンスの上には生じざるを得ないものであるのだろうと思いました。

68コップ ◆kfj4n92PLw:2021/08/19(木) 19:26:35
>結局は「お笑い芸人が語るお笑い論って笑えないよね」的なフィーリングの話なので、あんまりかっこつけて語っても深い意味は無いと思います。

お笑い論よりは夕べサンマを食べた話でもした方が面白い話になりそうですもんね。

69コップ ◆kfj4n92PLw:2021/08/19(木) 20:12:32
>コップさんの言っている”大喧嘩”っていうのは、要するに「喧嘩そのものに、利害を共有するグループ間の紛争関係における武器としての実利的な意味付けを行えば、メタ的に語られる喧嘩論に新たな意義が見いだせるのではいか」というコンセプトという事でよろしいでしょうか。

はい。

「大喧嘩」については項目を一つ立てて述べる形で述べます。

70コップ ◆kfj4n92PLw:2021/08/19(木) 20:13:12
「喧嘩」は個人同士が行うもので、「大喧嘩」はグループ同士が行うものです。
「喧嘩」も「大喧嘩」も、どう行われるのかを定式化され得ることは真にそうです。
人は何かの行為について、定式化で言えてしまう意味以上のものを見出すことはあり得ます。いやなやつが町内相撲大会に出るので、おれも出て、ひとつとっちめてやろう。とか、そういう場合は相撲なんて土俵の上でぶつかり合うだけだろうと思っていた人も一つ熱心にやってみる気を持ちそうです。
でも、定式化した以上の意味を求められない場合が物事に於いて通例であるような場合もあって、見知った相手しかいない喧嘩板での「喧嘩」は、その一の場合であるように思われます。
AとBがめちゃめちゃいがみ合っている場合などは別でしょうが、それでも、一回こっきりで喧嘩は終わってしまいそうです。言いたいことを互いに言ってしまって、それっきりな感じがします。その喧嘩が完全燃焼であればある程そうでしょう。
では、「大喧嘩」を考えて、グループ甲とグループ乙とがいがみ合っている場合を考えましょう。すると、甲のAと乙のBとが喧嘩をして、AがBに負かされても、Aは一旦甲に戻るでしょう。Bもまた乙に戻るでしょう。甲には乙への怨みが新たに生じます。乙に於いてはBが手柄者として褒められます。グループ同士の遺恨というものはなかなか容易には晴らされないものです。
イメージとしては、「なにかいがみ合っている学校同士が、ラグビーで二年に一度試合を行い、そこで双方生徒連がめっちゃ盛り上がる」のです。
色々と人のハンドルネームがあるのを全てどこかしらのグループに帰属させるのです。これは束縛するということですが、人は束縛されたがって束縛される場合があります。そして、一旦束縛されるとなかなか脱しがたいのです。

>実際に過去を考えた時にいわゆる掲示板間での帰属意識からくるグループ同士の対立という形で似たような構図が出来たことも多々見受けられた。

とseikoさんは述べていますが、どうもそういう対立がその始まりの熱を何個も喧嘩が起こった後にまで持続出来た例があるようには思いません。それもそうで、「帰属意識」が例えあったにせよ、掲示板は所詮は「喧嘩板」で、そこに雑談やゲームを介しての交流やは起こりにくいです(*1)。やっぱり、同じ掲示板住民同士でも、そりがよいのと悪いのとありますし、つるむ仲とそれほどでもない仲とが分明に見分けられるようになるのは避けがたい趨勢であるのでしょう。何というか、僕はその「つるむ仲」をグループの単位にして、「つるむ仲」メンバーが彼ら以外の喧嘩師について、ゲームの最中チャットで言及したり、雑談のついでに言ったりするというその、彼らの喧嘩師への関心へのありようが、「大喧嘩」をもって喧嘩界隈の人々へアプローチする方に作用して行かないものかと想像を巡らせます。

えー、大喧嘩というのは、つまりは絶対に背景をそれなりに持っている訳のもので、えー…後述します。

71コップ ◆kfj4n92PLw:2021/08/19(木) 20:14:15
>なので本質的なアプローチとなると①目的そのものを違う方向に捉え直す(例えば喧嘩から競技性を排してお互いの認知能力や芸術的感性を高める互恵主義的活動と考える) ②そのものへの言及を避けるという参加者が最低限従うべき不文律として観念化する のいずれかになるのではないかと思います。

②は僕の上述した事と相通じたことのように承ります。①については、大喧嘩が喧嘩とは別に考えられるなら、喧嘩にも競争が色濃いものと、相互の啓発が色濃いものとを、前者は大喧嘩の敵同士で行われるもの、後者は大喧嘩の味方同士で行われるものとして、分けて認められそうです。互恵主義的活動というのが、ただ喧嘩板が一つあるだけで、そこに喧嘩師が屯しているだけの状況に於いては、あんまり奮うように見えないんですが、もし敵味方ある内の味方の陣営で稽古をしているというような時ならば、直接には競争性を持たず、しかし向後ある筈の競争に寄与するという意味で競争性が保たれているので、「喧嘩」が「喧嘩」である意義をそこに保てる…などと書くと、直接にはseikoさんの述べていることと関連しないようなんですが、思うに「喧嘩」には競技性とは別にまた競争性が考えられると思います。Seikoさんが述べている「お互いの認知能力や芸術的感性を高める」側面というのは、いうなれば演習性とつづめて述べられるのではないでしょうか。
「競技性」は、一個の喧嘩の起こりから終わりまでの範疇で、互いに相手をどうかして負かそうとする努力を発揮することに現れた性質。
「競争性」は、(例えば)一個の喧嘩をある結果に終わらせることで、自分の相手がただ負けたばかりでなく、その決着の時からずっと引き摺るような痛みを感じるように仕向けること。あるいは、(例えば)一個の喧嘩が始まる前から自分と相手との間にある因縁を、これを行い、決着させることで、解決させようとすること。そういったことに現れた性質。
競技性は、あくまで競技の内で競う事なんですが、競争性は競技以前の状況を、あるいは以後の状況を念頭に置いて競技で然るべく事を行おうとする事です。競技性の見地によっても、競争性で参照されるような因縁は初期条件の一つとして、競技の内で沙汰に上り得ることなんでしょうが、競技性は競技に於ける相手を打ち負かすことに係り、競争性は競技に於けるよりも、一人の人物としての相手を打ち負かすことに係るのだと、それぞれ言えそうです。で、この競技性は一般化して記述可能なものです。しかるにこの競争性は、一般化すると大事なところを取り落とす感じが受けられるところのものです。競争性というのは、例えば、前回自分が小手ばかり打たれてやられたので、今回は同じ相手の小手ばかり打ってやったという話に表されます。「物語性」と言ってもよいかも知れません。で、僕はきっと、この「競争性」は「大喧嘩の一部分としての喧嘩」に必ず備わっている筈なのであると考えました。単独の事としての「喧嘩」をやる者は、どうしても一回限りで完結する気味合いの「競技性」の優ということを考えないといけない。が、「大喧嘩の一部分としての喧嘩」では、「競技性」が拙にして「競争性」が優であるところの喧嘩は大いにあり得ます。Seikoさんが述べるところの「メタ的に語るの」が「興醒め」であるような物事というのは、大体、そうしてメタ的に語られて、語り尽くされてしまう程度には研究されてしまった物事であろうと思います。駄洒落をメタ的に語ると興醒めかも知れませんが、小説をメタ的に語ると興醒めだということにはならなさそうなのは、きっとそこに通じているだろうと思います。「喧嘩」は駄洒落になり得るのですが、「大喧嘩の一部分に於ける喧嘩」は、ただ単独であるところの「喧嘩」よりも駄洒落になりにくい気がします。また従って、「大喧嘩」も、作者を変えて書き続けられる小説のように、メタ的に語られ得ない秘所をふとした瞬間晒して、我々の目を驚かせるものであり続けられるのではないかと思いをやった次第です。

72コップ ◆kfj4n92PLw:2021/08/19(木) 20:23:40
ちょっと、書いていて気掛かりなところは未だにあるようでもあるし、新たに生じたようなのでもありますが、書かないで一旦ここで終わります。いえ、やりとりを終わるという意味でなく、seikoさんのお返事を待つという意味です。また、後に述べることになるかもしれません。

>なんと、かいているうちにレスが増えていた

(^^)ゞ

> >>58は、>>48-53に対するレスです。

承りました。

>たくさん返事をくれてありがとう!(・ω・)b 

こちらこそ、沢山書いて、しかも読みにくい筈のものを読んでもらって、お返事いただいて、恐れ入りつつ嬉しく思います。ありがとうございます。m(_ _)m

>また後日見に来ます。

ありがとうございます。
(^^)ノシ

73コップ ◆kfj4n92PLw:2021/08/19(木) 20:32:00
>>60補足

僕はここでは読み間違えを肯定するかのように書いていますが、読み間違えは読み間違えであって、僕がどなたかのした投稿の趣旨を読み違えて、読み間違えを持ってしまった場合には、その人の指摘を受けてにせよ、僕自身気が付いてにせよ、機会を得て適切に改められるべきものだということ(常識)に異存は全然ありません。あくまで、レシピを間違えて何かを作ったら新しい美味い料理が出来たという時にそのきっかけを肯定するという程度の意味合いです。前にあった料理を後にあった料理で置き換えるとか、その位置を乗っ取るとかいう真似は全然しません。

74コップ ◆kfj4n92PLw:2021/08/19(木) 22:12:46
>>70補足

*1 昔の喧嘩板などでは雑談含む一切の交流が掲示板上で完結し、他愛もない話から親睦を深め合う話、特別な関係を結ぼうと一方が他方に迫る話、はたまた有無を言わせぬ絶縁が一方から他方へ言い下される話、そういった種を始めに、あらゆる種類の話(もちろん喧嘩も含まれるのです)が、掲示板のスレッドに於いて流通させられていた場合があるいはあったのかもしれませんね。MSNmessengerなるものが使われていたとも聞きますが。

75seiko ◆wOUe8iWjRg:2021/08/22(日) 23:31:41
----挨拶 はじめ----



こんばんは
休日の終わりに喧嘩板に腰を据えて、冗長な文章を読みながら、さらに冗長な文章をカタカタする惨めさを久しぶりに味わいました。精子と書いてSeikoと呼びます。今日はよく寝れそうです。



----挨拶 ここまで----

76seiko ◆wOUe8iWjRg:2021/08/22(日) 23:32:52
俺は文章が自由であるべきだとは必ずしも思っていなくて、文章を書く上で筆者の意思が文章そのものと方向性を同じくして特定の意義を表そうとするときや、文章が筆者の意図を体現する形で漠然とした思考空間のなかの一塊の概念を彫刻刀でこつこつと削り上げていくかのように物語が進展していくとき、文章というものの制約性が表層的な価値観から説得力を持つ命題としてひとつの文化のなかで語られるべきである物であってはならないと思っている。
しかしながらそういった論調というか、風潮っていうのは時代の閉塞感が強まるにつれてじわじわと噴き出してくる傾向があって、それは何故かというと、それが最も短絡的で誰にでも理解できる「自明らしく見えるもっともらしい理屈」だからであって、必ずしも多角的視点からの精査に耐えうる妥当性を備えていなければならない必要は有らず、表現として眼の前に並べられている言葉の数々を、誰もが理解可能な分かりやすい価値観を共有させて「評論する」という経験自体に、裏付けのない優越感という形で容易に人間の欲求を満たすことが出来るという安易な解決を見出しているだけなのだと思う。

先程から述べているスタンスを逆説的に言うと、とある特定の形式の文章体系が、全く無欠で精緻に筆者の展望を表出しうる性質を持っていると仮定した時に、その文章系以外の存在を根本的に否定する立場を取る場合もありえるという事になって、俺が極論的な意義として文章の自由性を前提として肯定しつつも結論として制約すべきであるという二律背反のような立場を取りたいんだなぁということが分かってもらえると思うんだけど、
むしろ文章は自由であるという思考は危険であるとまで思っているところがあって、まったく制限のない自由度から開始した文脈は行き場を失い、自由性そのものに足を絡め取られて七転八倒した挙句、そもそも自らが成し遂げたい目標地点の設定も儘ならないまま、右も左もわからず手探りで盲人のように彷徨ってみたところで 広大な白紙のページを前にして手がかりの無さに絶望し、茫洋たる大海に身を投げ捨てられて溺れてしまうような、にっちもさっちも往かない袋小路に追い込められて、頭をすっかり抱え込んでしまう惨めな経験をしたことが自分は何度もあるので、それならむしろ誰かに決められた道標をなぞりながら、自らをコミュニティの最大公約数的に定められた枠組みに押し込めて、制約された環境のなかで虚偽の自由を満喫しているようなふりをしていたほうが、身の丈に合わない自由性を礼讃しながら実態と理想の乖離に悩み続けるよりも、「まし」だと考えるようになってしまった。過去形ではなく、今でもそう考えている自分が居るし、その呪縛からはいよいよ逃れられないものなのだろうと覚悟している。

つまらない改悛の自分語りになってしまったので話を戻すと、文章の制約が規則的な義務論の表象としての視点から語られるとき、往々にして「文章そのものを相互がそれぞれにとって未知であるはずの世界を切り出して意思表示として相手に提示していくための道具であると見做し、それが織り成す連続的な対話的価値の形成にこそ真たる意義が横たわる筈だ」という視点が排斥されてしまう傾向が強く、視点がより独創的であればあるほど唾棄すべきものとして見做され、標準にそぐわない文章のエッセンスたる価値は形而下的な文脈からまったくもって省略され、いよいよ逃げ道のなくなった哀れな文章の魂には、手足をもがれて無価値な残骸として側溝に掃いて捨てられてしまう悲劇的運命が待ち受けている。

俺はそれが悔しいので、圧制に立ち向かう反政府主義者のような気持ちでこんな事もやってやるぜという感じでアナーキーな態度を取って見せるんだけど、それ自体が標準、規範、評価対象の枠から逸脱していると解され、そもそも同じものではない、文章という体が共通なだけの違う動物であり、文化が違えば住む場所も食べる物も使う言語も違うので、そもそも会話が成り立たないというような感じで一蹴されては、心の片隅で文章の自由性という幻想にか細い希望を抱いている自分がいて、いや自分の能力が足りないだけで、文章が紡ぐ物語性が一貫している限り、伝えられる意見があり、動かせる情緒、少なくともその余地があるはずだと思って、無限の可能性を信じて色々なアプローチを試してみるんだけど、返ってくる答えは画一化された価値観の承認を一方的に要求するだけの杓子定規の「はいろんぱ」であって、自分がやっていることは深淵の暗闇に向かって必死に呼びかけているだけのような感じがして、またねぐらに戻って不貞寝をする、結局そういう事しかやってない、いっつもそれ、俺はなんて無能なんだという話です。だからコップさんがお世辞でも礼儀ただしく敬意的なものをちらつかせてくれるたび、心が痛くてしょうがないのが本音です。

77seiko ◆wOUe8iWjRg:2021/08/22(日) 23:34:15
コップさんは、頭の回転が速かろうが遅かろうが、文章を書く上でやることは同じだという。自分はこれには異議を呈したい。コップさんが意味するところは、頭の回転というのは思考地点Aから思考地点Bまで辿り着くまでの速度であって、結果的に到着地点は同じなのであり、違う箇所は単に到着にかかる時間なだけであるから、方法論として両者は同様のものであるということを言いたいのだと思うんだけど、俺にはむしろまったく逆のことをやっているように見える。もちろん文章を書く能力との違いを強調する為の便宜的な取り上げ方で何てことは無い些細な重箱の隅であるかもしれないことは承知しているんだけど、それでも興味深い観点の違いだと思うから少しこれについて話したい。
いわゆる「頭の回転が速い人間」というのは、まるで不随意反射のように特定の情報がインプットされたときに思索を瞬時にアウトプットすることが出来て、多くの場合本人にすら何故そのアウトプットが生成されたのかがいまいち定かでは無く、あたかも直観の裏付けを行なってゆくかのように、無意識に脳が線と線を繋げた過程を遡及して思考をしていくのに対して、「頭の回転が遅い人間」にとっては、インプットされた情報をほかの情報と関連付けて引き出すことがなかなか出来ず、ときとして類推や言い換えに頼りながら自身で確信を持てるように、随意的に、一本、一本と線を繋げていく地道な作業のプロセスが典型的な思考様式になる。当然自分は「速い」側の人間ではないので経験論として話すことは出来ないが、例えば複雑な数学の計算問題を瞬時に暗算出来たり、一見全く何もないように見える所から公理を閃く人間がいる。そういった人たちに、「どうやって考えたのか」と聞いても愚人が納得できる形で理論的に説明できる者は少ないのではないかと思う。彼等にとって思考とは人間の意思とは無関係に発火するニューロンの営みであり、言語化は逆説的に行われる「必要があらざれば空虚な作業」に過ぎない。

「思考の言語化」と「言語の思考化」という違いについて考えていくと、「文章を作り上げる上でやること」も当然違ってくる。前者はもつれた紐をほぐしていく作業であって、後者は紐を編んで長くしていく作業である。コップさんはとても頭の回転の速そうな人なので、わたしのような遅い人間の意味せんとする内容がなかなかピンと来ないかもしれない。もちろん逆もしかりで、例えば俺はコップさんの文章に対して、書いているうちに思考が固まっていくのが伝わってくるようだと感想を述べたけど、それはやはり「頭の回転がとても遅いseiko」の目線から見た文章-自分が普段からやっていることの準用としての評であって、実際にコップさんのやっていることとは全く別の視点になっていたのだと今になって気づかされたし、だからこそコップさんの文章を読んで「妙だ、分かりにくい」という感覚をおぼえたんだと思う。というのは、自分はA、B、Cという感じで文章を読んでいくんだけど、例えばBの次にZが来たりすると頭を傾げてしまって、なんでこいつはDについて話さないんだ?と勘繰ってしまう。しかし、俯瞰的に文章全体を見た時に分かる事として、アルファベットがそれら文字で構成されているという事実が体系的に論理を成しているのであれば、「アルファベットは音素の語順に従って記述されるべきである」という前提はただ単に読んでいる側の勝手な幻想であって、これはやはり方法論の違いの現れということになると思う。

頭の良し悪しと、頭の回転の速さを分けて考えることは妥当な観察で、たとえば「頭が悪いけど頭の回転は速い」っていうタイプの人種も多く居て、そういった人々は普段から情報と情報が支離滅裂な文脈で関連付けされていて、当然導き出される結論も荒唐無稽なものなんだけど、輪を掛けて悪いことにそれらをせめて論理的に補強、修正して縷説する能力もないものであるから、自己にとって自明な結論をろくな解説も出来ずキャンキャン吠えるだけの全くつまらない会話相手になってしまう。言っていることに何の中身もないのに、空っぽのチンケな議論をそれなりに取り繕うだけの頭の要領が有るせいで、ただただ長ったらしい悪趣味な意地の張り合いに終始した挙句、前提として結論が固まっている以上思考もロックしていて、最終的に会話の着地点として辿り付く所が「価値観って人それぞれだよね」みたいな幼稚園児レベルの結論にしかならない。そんな人をよく見ます。それならまだ、頭の回転も遅くて頭も悪いけど、身の丈に合った言葉で、結論ありきの衝突ではなく、理論としての昇華をお互いのやり取りの中で認識できるような人のほうが成長の見込みがあると思うんだけど、いややっぱ目くそ鼻くそだしどーでもええわとも思うかもしれない。

78seiko ◆wOUe8iWjRg:2021/08/22(日) 23:35:42
ありていに言えば、「喧嘩の本質」や「煽りの極意」等といった言葉の塊自体が、俺にとってサブイボが立つ程気持ち悪いものに映ったわけです。もう全身を血塗れになるまで掻き毟って、黒い血が詰まった爪を齧りながら全裸でバスタオルを羽織ってガタガタ震えて神に許しを請いたくなるような気持ちにさせられたわけです。そんな文字列を眼にした暁には、ノートPCの画面をバタンと閉じて、電源も引っこ抜いて押し入れに詰め込んだ後、窓を全開に開けて深呼吸しながらヨガで汗を流して、お香を焚いてアールグレイの紅茶を飲みながらドストエフスキーでも読んで、喧嘩板の存在すら忘れてクリーンな気持ちで残りの日を過ごしたい、そこまで思わせる負の圧力が有ったわけです。
でも今はそんな事はない。冷静に観察をして、あるがままを分析してみようという気になれる。なぜだろうか?それはやはり、今は第三者として部外者の視点から物事を見れるようになったからだと思う。あほな事をしているなぁと、冷笑できる精神上の余裕が出来たから。自嘲的、冷笑的立場から振り返ると、やはりそれぞれが成し遂げようとしていた理想とか目標みたいなものが客観的に浮き彫りになってきて、それらを見直すという行為は、当事者としてそれらと直面する上での意味合いとは違ってきて、惹起される感情も別のものに変わってくる。

自分が楽しんでいるつもりだった喧嘩も、本質論とか、復興論とかそういう概念が剥き出しになってどんどん必死感を帯びていくうちに、何やらチープで、かすかにくすぶる吸い尽くされた煙草の吸殻のようで、生気もスリルも無いやり取りのように見えてきてしまう。たかだか喧嘩師のクセにお高く留まって理想論ばっかり語ってんじゃねーよバーカと、頭デッカチの理屈の重みで潰れて歩けなくなっちゃ元も子もねーだろと、そういった語り口に対してほとんど憎しみのような感情すら抱いてくるんだけど、それに反骨精神を沸かせて噛みついてしまう事自体が存在を肯定して影響を拡散してしまう行為になってしまうから、それならむしろ全く見ない、考えない振りをして、何も知らない無知の装いでひとしれず溜息を付いて、次第に陳腐化していく興味を、誰と共有することも無く一人で抱擁して、どうでもいいようなニヒルな恰好つけた態度で、内側では悶え苦しんで死にそうにしている、そんな人は一人じゃなかったと思うんだけど、どうなんだろうか。そういう人は、打開策というか、救いの道を、喧嘩以外のものでもいいけど、何に求めたんだろうか?

*へんじがない ただのしかばねのようだ*

コップさんが説明したくれたように、喧嘩というのは連続する物語性の中で、偶発的な予期せぬ機会に備えながら物事を予期すべき方向に進めるというアンビバレントな遊びです。それを紐解き、理論として提示し、戦略として分析し、文化として固定化するような「喧嘩論」の吹聴は、自分にとって土台となる世界観そのものの否定のように捉えられたのかもしれない。もしくは、喧嘩の本性は嘲笑的視座にあって、他者の滑稽さが徹底的に批判されるべき世界において自らの本質論を馬鹿正直に語るという滑稽さの存在が矛盾したものであり、それに対する生理的嫌悪の発露であったという言い方もできる。
当然、本質なんてものは人に依るものだから、そんな事を論じてなんの為になるんだという実利主義的な視点から語ることもできると思う。ただ、喧嘩板っていうのは最悪最低の土壌を養分にしてまで花を咲かせようとするマッドサイエンティストの集まりだから、そういう無価値で意義の見当たらない論点をいっぱしの議論に昇華させる芸当も横行していて、それが何らかの展開を更にスパークさせる切っ掛けになるのであれば、論点そのものが抱える見栄え上の発展性や生産性の有無っていうのは左程重視されるべきではないと考えているので、俺の思っているところはなんというか、もう少し「腹の虫」みたいな意味合いが強い。コップさんは観客としての時期が長かったようなことを言っているのでそれらの言葉が持つ得も言われぬ気味の悪さについて力説されたところで、「なにをいっているんだこいつ」という感じで、比喩的な抽象観はもういいからもっと現実的な史観に基づいて説明してみろよクソ野郎と俺のことを心の中で罵っているかもしれないけど、俺の表現力の限界もありまして、こんな感じでしか話が出来ません。

79seiko ◆wOUe8iWjRg:2021/08/22(日) 23:36:16
大喧嘩云々という理論は、自分にとってみれば既存の枠組みの拡張であって、結局おなじ構造に再帰しうる論点を形だけ変えて再構築しているだけのように感じる。というのが、俺の言いたい事だ。

分かりやすく例をあげてみよう。

ヨシキ(仮名)は小説家志望の物書きである。気づけばもう40代になり、生え際が気になり出した年齢だが、これまでずっと夢を追い続けていた。亡くなった親の遺産を切り崩しながら、いつか文芸誌に連載が掲載されるように毎日文章の腕を磨いている。今執筆している小説は、今流行りの異世界転生物だ―「ブサイクな俺がゴブリンの村に転生したら超イケメン扱いでモテモテ美少女ゴブリンハーレム、ついでに雌オークもやってきてゴブリンとオークの異種姦大乱交!?」。しかし、何を書いたところで、自分でしっくりする物語を描く事ができない。ヨシキはいよいよ絶望した。何年経とうが名前は売れず、ネットに投稿した小説も誰も読んでくれない。「きっと自分には小説を書く才能など無いのだ、叶わない夢など見るのを止めて、代わりに資格勉強でもしよう」そう思った。

そんなある日ヨシキは、ふと映画館に立ち寄って映画を見ることにした。モノトーンの情景で、男と女がボソボソと心情を小出しに見せていくだけのつまらない映画だ。なんでこんな陰気なものが商業映画として成り立つんだ?ヨシキは疑問に思った。もっと刺激的で面白い題材ならいくらでもあるじゃないか。例えばゴブリンとオークとの3Pとか。俺ならもっと緻密に女ゴブリンの発情を表現してやれるのに。その瞬間ヨシキの脳内に閃きが走った。「そうだ!小説というアプローチは間違っていたんだ。自分はもっとビジュアルな人間で文章を視覚的に組み立てるのが得意なんだから、自分が目指すべきなのは映画の脚本化だったんだ!映像化を前提とした文章なら、今の俺のマンネリ化した文章が、より輝ける舞台で活躍できるはずに違いない!」ヨシキは家に帰るとすぐにパソコンに向かい、「小説家になろう」のブックマークを光の速さで削除すると、Googleの検索バーに「脚本家 なり方」と打ち込んだのでした。

ヨシキの判断は正しいものであろうか?ヨシキが今後歴史に名を遺す偉大な脚本家に成る可能性はゼロでは無い。だが大多数の観点からすれば「ヨシキの判断はおそらく間違っている」と見られるのがいわゆる一般論であろう。それは何故かというと、ヨシキが本質的な問題の解決に意識を向ける代わりに、自らの問題点を矮小化して、些細なディテールの変化にのみ拘り、その事実とは掛け離れた頼りない一点のみに解決を見出しているからである。確かにその特定の点には一縷の望みというか、小数点何桁以下の可能性が宿っているかもしれないけど、目線をズームアウトして大局を注視してみると、「文章がつまらない」とか「発想力に欠ける」とか根本的な問題の解決にはまったく触れられていない。

例えば「今の流行りの傾向を分析して、次のトレンドの先駆者を狙う」とか、「名の知れた識者に弟子入りしてノウハウを教わる」など、もしくは、問題をそもそも問題たらしめる要因を掘り下げて追及するというアプローチがあってもよい。つまり、「雑誌への連載を諦めて、友人同士での同人活動で満足する」など目的そのものを身の程に合っていないものだと自認して他の観点にシフトすることも、立派な問題解決の手法だ。

話を戻そう。大喧嘩とはすなわち、ヨシキが追い求める「劇場版 ゴブリンとオークの大乱交」なのだ。それそのものについて良い、悪いという価値判断をしたい訳ではない。喧嘩のフィクション性をメタ的な視点から語るという行為に批判的なオレの立場から見れば、喧嘩というものをバンドル化して提供してみたところで、結局のところ「大喧嘩の本質論」みたいな議論が浮上してきたときに、それはまるで喧嘩の本質論を再適応する形で語り直されるものに過ぎないんじゃないかと考えている。他の俺はそれを胸糞の悪い汚物のようなものだと捉えてきたっていうことはさんざん書き散らかしているので省略するとして、やはり俺からするとしっくりくるコンセプトにはなり得ないかもしれないけど、ただ個人の嗜好の問題なので、野菜を眼の前にしてイヤイヤしてる五歳児みたいなもんだと思ってくれて構わない。コップさんの仰る理想は理解出来るけど、仲良しこよしのチンパンジーの群れが、よりバナナがなる木をめぐって他のチンパンジーの群れと喧嘩を始めたからといって、それがオスチンパンジーとオスチンパンジーによるメスチンパンジーをかけた喧嘩と何が異なるのだろうか、と考えても、「どちらも原始的な欲求に基づく本能的闘争という点で同質の行為なのだから、そこに介在する深い文化的意義など深読みしようとしたところで糠に釘だ」、と俺にはどうしても感じてしまう。

80seiko ◆wOUe8iWjRg:2021/08/22(日) 23:38:31

しかしまぁ、なんて抽象的で陰鬱でつまらない話なんでしょうか。代わりにかわいい猫の話とかしませんか?これさっき見つけたんですけど、親の毛づくろいをマネするこねこ

https://www.youtube.com/watch?v=3iKadmbnc-k
はぁ…ちょーかわいい。癒される。

81コップ ◆kfj4n92PLw:2021/08/23(月) 01:18:15
>こんばんは
>休日の終わりに喧嘩板に腰を据えて、冗長な文章を読みながら、さらに冗長な文章をカタカタする惨めさを久しぶりに味わいました。精子と書いてSeikoと呼びます。今日はよく寝れそうです。

こんばんは。
僕はコップとハンドルネームをつけてみたが由来は目を上げて認められた紙コップに過ぎません。以前使っていたハンドルネームはきっとseikoさんもご存知ではあるでしょうが、もう言わないでも何に於いても困る筈が無い名ですので、人が察するに任せておきます。
さて、お書きになったことは読みました。返信を行わないが書いてみようというつもりで二度も今まで読みましたが、喧嘩に着目した(*1)論は今は出番が無いものだとわかりました。もし、これにご用でしたら、いつでもおっしゃって下さい。僕みたな者でも喜んで談義の一方を担う機会には乗りたい。それはともかく、seikoさんの述べたことが僕にどう刺激したかは言いようが見つかりませんが、これを見付ける気にもなりません。ありがとうございます。左様にしか言い得ません。

*1 必ずしも「本質論」を目指すものでありません。

82コップ ◆kfj4n92PLw:2021/08/23(月) 01:19:13
>しかしまぁ、なんて抽象的で陰鬱でつまらない話なんでしょうか。

具体的な話はよくないですね。また、陰鬱で、つまらないことは僕に打開しようがない様子なのですから、この話は自ずときりがつきました。

83コップ ◆kfj4n92PLw:2021/08/23(月) 01:27:35
>代わりにかわいい猫の話とかしませんか?これさっき見つけたんですけど、親の毛づくろいをマネするこねこ

>https://www.youtube.com/watch?v=3iKadmbnc-k

>はぁ…ちょーかわいい。癒される。

数年前拾った子猫に似た、しかし違う見た目な猫さんです。その子猫の写真はここに掲げられませんが、もしよければメールか何かでちょっとお見せできます。もらわれて行った子です。
https://www.youtube.com/watch?v=m7Ml0nB4mKg
こないだ観て印象が出来たビデオです。

blanccup4@gmail.com
これが僕のメールアドレスです。

そんなわけで、不調法ながら返事はこのようで。おやすみなさい。

84コップ ◆kfj4n92PLw:2021/08/23(月) 03:09:00
>>81補足

「喧嘩に着目した」と言ったのは「喧嘩板に着目した」。このように訂正すべきものであろうと思いました。

85コップ ◆kfj4n92PLw:2021/08/23(月) 03:11:04
>>85追伸

おやすみなさい。

86コップ ◆kfj4n92PLw:2021/08/23(月) 03:14:29
>>85訂正
誤 >>85追伸
正 >>84追伸

なのでした。
三度目の正直で
おやすみなさい。

87seiko ◆wOUe8iWjRg:2021/08/25(水) 21:37:24
でかい猫カワイイと思うの矛盾してる気がする。でも猫が捕食者じゃなかったら可愛さ半減だろうなぁとも思う something about solitariness does attract certain people.ってじっちゃんも言ってた

88seiko ◆wOUe8iWjRg:2021/08/28(土) 21:30:09
モンゴルロックがクソイカツイ
https://www.youtube.com/watch?v=v4xZUr0BEfE

89seiko ◆wOUe8iWjRg:2021/10/16(土) 20:46:29
猫の写真こない(´・ω・`)

90コップ ◆kfj4n92PLw:2021/10/16(土) 22:09:10
  \ │ /
   / ̄\
 ─( ゚∀゚ )─ おはやう
   \_/
  / │ \
    ∩ ∧ ∧∩
∩ ∧ ∧∩ヽ( ゚∀゚)|
ヽ( ゚∀゚)/ |   ノ
 |  〈 |   |
 / /\」 / /\」
  ̄   / /
      ̄

91コップ ◆kfj4n92PLw:2021/10/16(土) 22:13:54
>>89
メールして下さいましたか?
一月以上前に受信したメールが迷惑メールフォルダに振り分けられて、そのまま削除されてしまった場合がありそうです。
もしそれなら、もう一度メールして下さると有難いです。
お手数をかけますが、よろしくお願いいたします。 m(_ _)m

92ヌー兄∞§(~q~)§∞〔靑〕 ◆14duqX5056:2021/11/07(日) 09:44:36
セケーンゲイパのパトロールするかおまえら

93b:2026/01/12(月) 10:13:34
こんにちは

94seiko ◆wOUe8iWjRg:2026/06/16(火) 02:13:45
あけおめ

95seiko ◆wOUe8iWjRg:2026/06/16(火) 23:34:43
5056だねぇ§(~q~)§

96seiko ◆wOUe8iWjRg:2026/06/17(水) 01:39:09
なぜ千尋くんが私の夢に出続けるのか分からない。マジで鬱陶しいからいい加減に止めてほしい。会ったこともない人間が何故、赤の他人の夢に現れ続ける必要があるの?
しかもいっつも同じ光景なんだよな。血の付いた白いリネンのシャツに紺のデニム。キリって誰だよ。そんなこと聞かれても知らないよ。
怖いからほんとやめて

97seiko ◆wOUe8iWjRg:2026/06/17(水) 02:55:56
ゲシュタルト崩壊に出会ったとき俺は小学生4年生であった。
まだチン毛も生え切らないウブな俺、なんとあろうことか彼に初恋相談をした。

「同じクラスのアミちゃんと話すと胸がドキドキしてちんちんの皮が突っ張って痛くなっちゃうんだ。ねぇゲシュ、これってなんなの?」

年上だった彼はケンカシとは思えない優しい口調で親身に相談に乗ってくれた。

「ハハッ!可愛いヤツだなぁseikoは。いいかい、それを人は恋と呼ぶのだよ。私が上手いこと口利きしてあげるから、その子の※前略プロフ(死語)を教えなさい」
※コメント出来る自己紹介サイト的なもの


一寸の迷いもなく教える俺。なんと無垢で穢れなき魂なのであろう。

「ありがとう、ゲシュ!お礼にいつもより張り切ってミキィ、。に粘着するからね!」


......


翌日、アミちゃんは学校を休んだ。


心配になった俺が見に行くと、彼女の前略プロフは削除されていた。本人が消したようだ。

「ねぇゲシュ、アミちゃんは学校休んだし、プロフも消しちゃったよ!いったい何を言ったの?」

ゲシュは面倒くさそうに答えた。

「ん?ああ、ちゃんと『好きだ』って伝えたよ。ただちょっとだけ、脚色加えたけど」
「え、どんな感じに?」

「『お前のクソみてぇな顔と体で、seikoのミニちんぽが勃起してるらしいぞ。毎日学校で想像してシコってるってよ。あと明日放課後、体育倉庫の裏で待ってろって言ってたわ。』ってな」


......


その夜、布団の中でその言葉を思い出して、俺はわけもわからず泣きながらシコった。
そうか。これがケンカシになるということなのか。なんてツラい世界なんだろう― そう呟きながら。


やがてチン毛が生え揃う頃には、俺ももう少しゲシュに近づいていた。


*実話

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105seiko ◆wOUe8iWjRg:2026/06/17(水) 21:59:31
わお


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