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避難所用SS投下スレ11冊目

1名無しさん:2014/02/18(火) 02:41:49 ID:0ZzKXktk
このスレは
・ゼロ魔キャラが逆召喚される等、微妙に本スレの趣旨と外れてしまう場合。
・エロゲ原作とかエログロだったりする為に本スレに投下しづらい
などの場合に、SSや小ネタを投下する為の掲示板です。

なお、規制で本スレに書き込めない場合は以下に投下してください

【代理用】投下スレ【練習用】6
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1279437349/

【前スレ】
避難所用SS投下スレ10冊目
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/9616/1288025939/
避難所用SS投下スレ9冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1242311197/
避難所用SS投下スレ8冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1223714491/
避難所用SS投下スレ7冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1212839699/
避難所用SS投下スレ6冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1205553774/
避難所用SS投下スレ5冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1196722042/
避難所用SS投下スレ4冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1192896674/
避難所用SS投下スレ3冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1190024934/
避難所用SS投下スレ2冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1186423993/
避難所用SS投下スレ
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1184432868/

875ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:40:14 ID:nOWdnO9U
「見ず知らずですって?アンタ忘れたの?コイツがアンタの部屋に来た時の事を」
「………?私の、部屋…。それって、もしかして魔法学院の女子寮塔にある私の自室の事?」
『レイム。今のその嬢ちゃんの姿じゃあ娘っ子には分からないと思うぜ?』
 霊夢の意味深な言葉にルイズが首を傾げるのを見てか、デルフがすかさず彼女へ向けて言った。
 彼もまた気配から少女の正体を察して思い出していた。かつて自分を異世界へと運んでくれるキッカケとなった、小さくて黒い使者の姿を。

「はぁ…全く。変装するくらいならもう少し技術を磨いてからにしなさいよね?」
 デルフの忠告に霊夢はため息をつきながら少女へ向かってそんな事を言うと、彼女が頭に被っている帽子に手を伸ばす。
 恐らくこの世界で藍が買い与えたであろう帽子は妙にふわふわとした触り心地で、決して安くはない代物だと分かる。
 その帽子を掴み、さぁそれをはぎ取ってやろう…というところで霊夢は未だ一言も発していない藍へと視線を向ける。
 自分を見つめる彼女の目が鋭い眼光を発しているが、何も言わない所を見るにこのままこの少女の゙正体゙をルイズの前で明かしても良いという合図なのか?
 そんな事を思った霊夢は、一応確認の為にと腕を組んで沈黙している藍へ確認してみることにした。
「……で、ご主人様のアンタが何も言わないのならコイツの正体を念のためルイズに教えてあげるけど…良いわよね?」
「まぁお前のやり方は問題があると思うが、これも良い経験になるだろう。その子の為にも手厳しくしてやってくれ」
「そ、そんなぁ!酷いですよ藍様ー!」
 霊夢を睨み続ける藍からのゴーサインに少女が思わずそう叫んだ瞬間、
 彼女が頭に被っていた帽子を、霊夢は勢いよく引っぺがしてやった。

 文字通り帽子がはぎ取られ、小さな頭がルイズたちの目の前で露わになる。
 その直後、その頭から髪をかき分けるようにしてピョコリ!と勢いよく一対の黒い耳が出てきたのである。
 頭髪よりもずっと黒い毛色の耳は、まるで…というよりも猫の耳そのものであった。
「え?み、耳…ネコ耳!?」
 少女の頭から生えてきた猫耳に目を丸くしてが思わず声を上げてしまった直後、
 間髪入れずに今度は少女が穿いているスカートの下から、二本の長く黒い尻尾がだらりと垂れさがった。
 頭から生えてきた耳と同じく猫の尻尾と一目でわかるその二尾に、流石のルイズも口を開けて驚くほかない。
「こ、今度は尻尾…!二本の…って、あれ?二尾…猫耳…黒色…?」
 しかし同時に思い出す、霊夢が言っていた言葉の意味を。
 二本の尻尾に黒い猫耳。形こそ違うが、似たような特徴を持っていた猫と彼女は過去に会っていた。

 アルビオンから帰還した後、霊夢とデルフからガンダールヴのルーンについて話し合ったていた最中の事。
 あの猫は唐突にやってきたのである、まるで手紙や荷物の配達しにきたかのように。
 そして自分とデルフは誘われ、彼女は帰還する事となったのだ。自分にとっての異世界、幻想郷へと。
  
 あの後の色んな意味で刺激的すぎる出来事と体験を思い出した後、ルイズはようやく気づく。
 目の前にいる猫耳と二尾を持つ少女と、かつて出会っていた事に。
「え?ちょっと待って、じゃあもしかして…あの時の猫ってもしかして」
「もしかしなくても、あの時の猫又こそコイツ――式の式こと橙のもう一つの…っていうか正体ね」
 ルイズか言い切る前に霊夢が答えを言って、猫耳の少女――橙をパッと手放した。
 ようやく怖ろしい巫女の魔の手から解放された橙は目の端に涙を浮かべながら藍の元へ一目散に駆け寄る。
「わあぁん!酷いよ藍さま〜、帰って来るなりこんな目に遭っ……うわ!」
 てっきり諌めてくれるかと思って近づいた橙はしかし、今度は主の藍に首根っこを掴まれて驚いてしまう。
 正に仔猫の様に扱われる橙であったが、元が猫であるので驚きはするが別に痛みは感じいない様だ。

876ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:42:16 ID:nOWdnO9U
 一方、近寄ってきた橙を掴んだ藍は自分の目線の高さまで彼女を持ち上げると目を細めて話しかけた。
「橙、私がこうして怒っている理由はわかるよな?」
「は、はい…」 
 藍の静かな、しかしやや怒っているかのような言い方に橙は借りてきた猫の様に委縮しながら頷く。
「前にも言ったが、この店での仕事がある日は私の言いつけ通り外出は一時間までと決めた筈だな」
「仰る、通りです…」
「うん。……じゃあ、今は外へ出てどれくらい経ってる?」
「一時間、三十分です」
「正確には一時間三十五分五十秒だ」
 そんなやり取りをした後、冷や汗を流す橙へ藍の軽いお説教が始まった。
 
「…やれやれ、誰かと思えば式の式とはね。…まぁ藍のヤツがいるならコイツもいるよな」
 静かだが緊張感漂う藍のお説教をBGMにして、魔理沙が一人納得するかのように呟く。
 最初のノックの時こそ誰かと思ったものの、ドアを開けて自分たちに驚いた所で彼女も正体には気が付いていた。
 デルフや霊夢と比べてやや遅かったが、この世界で何の迷いもなく自分の事を黒白を呼ぶ少女なんて滅多にいない。
 それに実力不足から来る抑えきれない獣の臭いもだ、あれでは正体を見破れなくとも怪しまれる事間違いなしだろう。
 そんな事を思いながら、しょんぼりと落ち込む橙を見つめてお茶を飲む魔理沙にふとルイズが話しかけてくる。

「それにしても意外ねぇ。あの女の子の正体が、あの黒猫だったなんて」
「まぁあの二匹に限っては獣の姿の方が正体みたいなもんだしな、そっちの方が学院にも潜り込めると思うしな」
 驚きを隠せぬルイズにそう言った所で説教は済んだのか、藍に首根っこを掴まれていた橙が地面へと下ろされた。
 少し流す程度に訊いていた分では、どうやらあらかじめ決めていた外出時間を大幅に過ぎていた事に怒っているのだろう。
 腰に手を当てて自分の式を見下ろす藍は、最後におさらいするつもりなのか「いいか、橙」と彼女へ語りかける。
「私か紫様にお使いを頼まれた時でも外出時間はきっかり一時間までだ。いいな?」
「はい、御免なさい…」
 橙も橙で反省したのか、こくり頷いて謝るのを確認してから藍が「…さぁ、彼女の方へ」とルイズの方へ顔を向けさせた。
 魔理沙と話していたルイズは、突然自分と橙を向き合わせてきた藍に怪訝な表情を見せてみる。

 一体どういう事かと問いかけてくるようなルイズの表情を見て、藍は橙の肩に手を置きつつ彼女へ自己紹介を始めた。
「まぁ名前は言ったと思うが、この子は橙。私の式で…まぁ霊夢達からは式の式とか呼ばれているがな」
「ど、どうも…」
 先ほどの怒っていた様子から一変して笑顔を浮かべる藍の紹介に合わせて、橙もルイズに向かって頭を下げる。
 スカートの下で黒い二尾を大人しげに揺らしてお辞儀をする彼女の姿に、ルイズもついつい「こ、こちらこそ」と返してしまう。
 別に返す必要は無かったのだが、霊夢や魔理沙、そして藍と比べて随分かわいい橙の雰囲気で和んだとでも言うべきか…
 元々猫が好きという事もあったルイズにとって、橙の存在そのものは正に「愛らしい」という一言に尽きた。
 橙も橙でルイズが自分に好意を向けてくれている事に気づいてか、頭を上げると申し訳程度の微笑みをその顔に浮かべる。 

「やれやれ、化け猫相手に笑顔なんか向けちゃって」
 そんな一人と一匹の間にできた和やかな雰囲気をジト目で見つめながら、霊夢は一言呟く。
 霊夢にとって猫というのは化けてようがなかろうが、時に愛でて時に首根っこを掴んで放り投げる動物である。
 神社の境内や縁側で丸くなってる程度なら頭や喉を撫でて愛でてやるのだが、それも猫の行動次第だ。
 それで調子に乗って柱や畳に粗相しようものなら、箒を振り回してでも追い払いたい害獣として扱わざるを得ない。
 更に化け猫何てもってほかで、長生きして妖獣化した猫なんて下手な事をされる前に退治してしまった方が良い。
 とはいえ、相手が藍の式である橙ならば何も知らないルイズ相手に早々酷いことはしないだろう。

877ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:44:18 ID:nOWdnO9U
 そんな時であった。自分の方へと視線を向けてニヤついている魔理沙に気が付いたのは。
 面白そうな事を見つけた時の様なニヤつきに何かを感じた霊夢は、キッと睨み付けながら彼女へ話しかける。
「何よ、そんなにジロジロニヤニヤして」
「いやー何?基本他人の事にはそれ程気を使わないお前さんでも、人並みに嫉妬はするんだな〜って思ってさ」
「はぁ?私が嫉妬ですって?」
 テーブルに肘をつきながら何やら勘違いしている黒白に、霊夢は何を言っているのかと正直に思った。
 大方橙のお愛想に気をよくしたルイズをジト目で見つめていたから、そう思い込んでしまったのだろう。
 無視してもいいのだが、ルイズたちにも当然聞こえているので後々変な勘違いをされても困る。
 多少面倒くさいと思いつつも、魔理沙に自分の考えが間違っている事を丁寧に指摘してあげることにした。

「別に嫉妬なんかしてないわよ。ただの化け猫相手に愛想よくしても何も出やしないのに…って呆れてるだけよ」
「…!むぅ〜、私を藍様の式だと知っててそんな事言うのか、この巫女が〜」
「ちょっとレイム、いくらなんでもそれを本人の目の前で言うとか失礼じゃないの!」
 霊夢の辛辣な言葉に真っ先に反応した橙は反論と共に頬を膨らませ、ルイズもそれに続いて戒めてくる。
 彼女の勢いのある暴言に、ショーを見ている観客気分の魔理沙はカラカラと笑う。
「いやぁ〜ボロクソに言われたなー橙、まぁ今みたいにルイズに色目使うと霊夢に噛みつかれるから次は気を付けろよ」
『お前さんがレイムのヤツをからかわなきゃ、こんな展開にはならなかったと思うがな』
「全くその通りだな。何処に行っても変わりないというか、相変わらず過ぎるというか…やれやれ」
 魔理沙の言葉にすかさずデルフが突っ込み、藍は霊夢に跳びかかろうとする橙を押さえながら呆れていた。


「―――良い?言うだけ無駄かもしれないけど、これからは自分の言葉に気を付けなさいよね!」
「はいはいわかったわよ、…全く。―――あっそうだ」
 その後、襲い掛かろうとした橙に変わってルイズに軽く注意された霊夢はふと藍にこんな事を聞いてみた。
「そういえば…アンタの式はどこほっつき歩いてきたのよ?アンタと再会したばかりの時には見なかったけど…」
「ん?そうか、まだお前たちには話してなかったな。……橙、ちゃんど調べ物゙はしてきたな?」
 霊夢からの質問に忘れかけていた事を思い出したかのように、藍は背後に控えていた橙へと呼びかける。 
 尻尾を若干空高く立てて、警戒している橙はハッとした表情を浮かべると自分の懐へと手を伸ばす。
『お?……何か取り出すみたいだな』
 その様子から何をしようとしているのか察したデルフが言った直後、橙は懐から一冊のメモ帳を取り出して見せた。
 彼女の手よりほんの少し大きいソレは、まだ使い始めて間もないのか新品のようにも見える。
 ルイズたちの前で自慢げに取り出したソレを、橙はこちらへと顔を向けている自分の主人の前へ差し出す。 

「藍様、これを…」
「うん、確かに受け取ったぞ」
 橙からメモ帳を受け取った藍は真ん中くらいからページ開き、ペラペラと何度か捲っている。
 そして、とあるページで捲っていた指を止めると今度は目を右から左に動かしてそこに書かれているであろう内容を読み始めた。
「……?何よ、何が書かれてるのよそんな真剣に読んじゃって」
 無性に気になった霊夢が藍にメモ帳を読んでいる藍に聞いてみると、彼女は顔を上げてメモ帳を霊夢の前を突き出す。
 読んでみろ、という事なのだろうか?怪訝な表情を浮かべつつも霊夢はそれを受け取ると、最初から開いていたページの内容に目を通した。
 ルイズと魔理沙も霊夢の傍へと寄って何だ何だと目を通したが、ルイズの目に映ったのは見慣れぬ文字ばかりである。
「何よこれ?…あぁ、これってアンタ達の世界の文字ね。で、何て書かれてるのよ?」
 魔理沙には難なく読めている事からそう察したルイズは、霊夢に質問してみる。
「ちょい待ちなさい―――ってコレ、もしかして…」
「あぁ、間違いないぜ」
 逸るルイズを抑えつつメモ帳に書かれていた内容を理解した霊夢に、魔理沙も頷く。
 一体何がどうなのか分からないままのルイズは首を傾げてから、後ろで見守っている藍へと話を振る。

878ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:46:07 ID:nOWdnO9U
「ねぇラン、このメモ帳には何が書かれてるのよ?私には全然分からないんだけど」
「昨日お前たちから金を盗んだという子供とやらに関する情報だ。…まぁ大したモノは無かったがな」
「へぇ、そうなんだ…って、え!そうなの?」
 自分の質問に藍が特に溜めもせずにあっけらかんに言うと、ルイズは一瞬遅れて驚いて見せた。
 昨日彼女と一緒に霊夢を運んだ際に、何があったのかと聞かれてついつい口に出してしまっていたのである。
 その時はまだ霊夢の取り合いだと知らなかったので、自分たちの素性はある程度隠してはいたのだが、
 きっと自分達の事など、最初に見つけた時点で誰なのか知っていたに違いない。

「酷いですよ藍様ー!せっかく身を粉にして情報を集めたっていうのに」
「そう思うのならもう少し良い情報を集めてきなさい。そこら辺の野良猫に聞いても信憑性は低いんだから」
 自分が持ってきたモノを「大したことない」と評されて怒る橙と、諌める藍を見てルイズはそんな事を思っていた。
 しかし、どうして自分たちの金を盗んだ子供とは無関係の彼女達がここまで調べてくれるのだろうか?
 それを口にする前に、彼女と同じ疑問を抱いたであろうデルフがメモの内容へ必死に目を通す霊夢達を余所に質問した。
『しっかし気になるねぇ〜、昨日の件とは実質的に無関係なアンタらがどうしてここまで首を突っ込むのかねぇ?』
「…あっ、それは私も思ったぜ?人間同士の争いには無頓着なお前さんにしてはらしくない事をする」
「まぁ書かれてる内容自体は、大したことない情報ばっかりだけどね」
「うわぁ〜ん!巫女にまで大したことないって言われた!」

 霊夢にまでそう評されて怒る橙を余所に、藍は「そりゃあ気になるさ」と彼女らしくない言葉を返した。
「何せ盗られた金額が金額だからな。…確か、三千二百七十エキューか?お前たちにしては持ち過ぎと思うくらいの大金だな」
 一回も噛むことなく満額言い当てた藍の言葉を聞いて、霊夢と魔理沙は一瞬遅れたルイズの顔を見遣ってしまう。
 金を盗られた事は話していても、流石に金額まで言わなかったルイズは首を横に振って「言ってないわよ?」と答える。
 藍は三人のやり取りを見た後、どうして知っているのかと訝しむ彼女たちに答えを明かしてやる事にした。
「何も聞き耳を立てているのは人間だけじゃない、街の陰でひっそりと暮らすモノ達はしっかりとお前たちの会話を聞いてたんだ」
「…成程ねぇ、だから橙を外に出歩かせてたワケね」
 藍の明かしてくれた答えでようやく理由を知った霊夢が、彼女の隣で頬を膨らます化け猫を一瞥する。
 化け猫であり妖獣である橙ならば猫の言葉が分かるし、それならメモ帳に書かれていた内容も理解できる。 
 とはいっても、その大部分が書く必要もない情報――どこそこのヤツと喧嘩したとか、向かいの窓の娘に一目惚れしてる―――ばかりであったが。
 
「大部分の情報がどうでもいいうえに、有用なのも、私でもすぐに調べられそうな情報ばかりなのが欠点だけどね」
「それ殆ど褒めてないでしょ?ちょっとは褒めてあげなさいよ、可哀想に」
「まぁ所詮は式の式で化け猫だしな、むしろ気まぐれな猫としてこれで精一杯てヤツだな」
「わぁー!寄ってたかって好き放題に言ってくれちゃってぇー!!」
「こらこら橙、コイツラに怒るのは良いがもう少し声は控えめにしないか」
 容赦ない霊夢と魔理沙のダメ出しと、調べて貰っておいてそんな態度を見せる二人に呆れるルイズ。
 そして激怒する橙を宥める藍を見つめながら、デルフはやれやれと溜め息をつきながら一人呟いていた。


『こんだけ騒がしい中にいるってのも…まぁ悪くは無いね。少なくともやり取りだけ聞いてても十分ヒマはつぶせるよ』
 壁に立てかけられている彼はシッチャカメッチャカと騒ぐ少女たちを見て、改めて霊夢の元にいて悪くは無かったと感じた。
 多少扱いは荒いが言葉を間違えなければ悪い事にはならないし、何より話し相手になってくれるだけでも十分に嬉しい。

879ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:48:10 ID:nOWdnO9U
 以前置かれていた武器屋の親父と出会うまでは、鞘に収まったままずっと大陸中を移動していた。
 南端にいたかと思えば、数か月もすれば北端へ運ばれて…サハラの国境沿いにあるガリアの町まで運ばれた事もある。
 何人かは自分がインテリジェンスソードだと気づいてくれたが、生憎自分の゙使い手゙となる者達では無かった。
 戦うこと自体はあまり好きではない。しかし、剣として生きているからには自分を使いこなせる者の傍にいたい。
 そして、できることならば自分を戦いの場で振るってほしいのだ。

 そんな風に出会いと別れを繰り返し、暇で暇で仕方ないときに王都に店を持つ親父と出会えたのは一種の幸運であった。
 ゙使い手゙ではなかったが自分を一目見て正体を看破しただけあって、武器に関しての知識はあった。
 話し相手として申し分ないと思い、暫く路地裏の武器屋で過ごした後に色々あって魔法学院の教師に買われてしまった。
 それなりに戦えるようだが゙使い手゙ではなかったし、メイジが一体何の冗談で買ったのかと最初は疑っていたのである。
 
(そんで、まぁ…色々あってレイム達の許へ来たわけだが…まさかこの嬢ちゃんが『ガンダールヴ』だったとはねぇ)
 今にも跳びかからんとする橙に涼しい表情を見せる巫女さんを見つめながら、デルフは一人感慨に浸る。
 何ぜ使い手゙どころか剣を振った事も無いような華奢な彼女が、あの『ガンダールヴ』ルーンを刻まれていたのだ。
 かつて『ガンダールヴ』と共にいた彼にとって、霊夢という存在は長きに渡る暇から解放してくれた恩人であったが、第一印象は最悪であった。
 最初の出会いは最悪だったし、その後も一人レイムの知り合いという人外に隅から隅まで容赦なく調べられたのである。
 まぁその分いろいろと『おまけ』を付けてくれたおかげで、ルイズと霊夢たちが喧嘩した時の仲直りを手伝えたからそれは良しと思うべきか?。
(いや、良くはないだろうな。…でも、久々にオレっちを振るってくれるヤツが現れただけマシってやつか)
 もしもし人の形をしているならば首を横に振っていたであろう彼は、まだ記憶に新しいタルブでの出来事を思い出す。

 ワルドという名の腕に覚えのあるメイジとの戦いは、久しぶりに心躍る出来事であった。
 霊夢も自分と『ガンダールヴ』の力を存分に使って振るい、これまで溜まっていた鬱憤を見事拭い去ってくれたのである。
 かつての記憶は忘れてしまったが、以前自分を使ってくれた『ガンダールヴ』よりも直情的な戦い方。
 けれどもあのルーンから伝わる力に、どれ程自分の心が震えたことか。
 あれのおかげか知らないが、ここ最近になってふと忘れていた昔の事をぼんやりと思い出せるようになっていた。
 といってもそれを語れるほどではなく、ルイズ達にはその事を話してはいない。
(あーあ、懐かしかったなーあの力の感じは。オレを最初に振るってくれだ彼女゙と同じで――――ん?彼…女…?)

 そんな時であった、心の中でタルブの事と朧気な昔の記憶を思い出していたデルフの記憶に電流が走ったのは。
 まるで永らく電源を入れていなかった発電機を起動させた時の様に、記憶の上に積もっていたノイズという名の埃が振動で空高く舞い上がっていく。
 その埃が無くなった先に一瞬だけ見えたのだ、どこかの草原を歩く四人の男女の影を。

(誰だ…お前ら?――イヤ違う、知ってる。そうだ…!憶えてる、憶えてるぞ…)
 誰が誰なのかをまだ思い出せないが、それでもデルフの記憶の片隅に断片が残っていた。
 それがビジョンとして一瞬だけ脳内を過った事で、彼は一つだけある記憶を思い出す。
 そう、自分は『ガンダールヴ』とその主であるブリミル…その他にもう二人の仲間がいたという事実を。
 どうして、この瞬間に思い出したかは分からない…けれど、それを思いだすと同時にある事も思い出した。
 これは長生きの代償で失ったのではなく、何故か意図的に忘れようとしたことを。

(でも…なんでだ?どうしてオレ、この記憶を゙忘れようどしたんだっけ?)
 最も、その理由すら忘れてしまった今ではそれを思いだす事などできなかったが…
 それが彼の心と思考に、大きなしこりを生むこととなってしまった。

880ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:50:13 ID:nOWdnO9U
 霊夢達の容赦ないダメ出しで怒った橙を宥め終えた藍は、彼女は後ろに下がらせて落ち着かせる事にした。
 式の式である彼女は完全にへそを曲げており、頬を膨らませながら霊夢達にそっぽを向けている。
 そりゃあ本人なりに主からの命で必死に調べた情報を貶されたのだ、つい怒りたくなるのも分かってしまう。
 ご立腹な橙と、その彼女と対照的に落ち着いている霊夢たちを交互に見比べながらルイズはついつい橙に同情していた。
 一方で霊夢と魔理沙は、盗まれた金額の多さに疑問を抱いた藍の為にこれまでの経緯をある程度砕いた感じで話している。
 既にルイズの許可も得ており、まぁ霊夢達の関係者ならば大丈夫だろうと信じたのである。まぁそうでなくとも話さざるを得なかった思うが…。
 霊夢としても、一応は紫の式に出会えた事でこれまでの出来事を報告しておこうと思ったのだろう。
 
 幻想郷からこの世界に戻って来た後から、どうしてあれ程の大金を持っていたについてまで。
 軽い手振りを交えつつあまり良いとは言えない思い出話に藍は何も言わずに、だがしっかりと耳を傾けて聞いていた。
 語り終えるころには既に時間は午前九時を半分過ぎた所で、窓越しの喧騒がはっきりと聞こえてくる。
 背すじを伸ばそうとふと席を立ったルイズは窓の傍へと近寄り、すぐ眼下に広がる通りを見てある事に気が付いた。
 どうやらこの一帯は日中のチクトンネ街でも比較的活気がある場所らしく、窓越しに見える道を多くの人たちが行き交っている。 
 日が落ちて夜になればもっと活気づくだろうし、この店が比較的繁盛しているというのもあながち間違いではない様だ。
 老若男女様々な人ごみを見下ろしながら、そんな事を考えていたルイズの背後から藍の声が聞こえてくる。

「成程、私がこの国の外を調べている内に色々とあったようだな」
「色々ってレベルじゃないわよ。全く、どれだけ命の危険に晒されたか分かったもんじゃないわ」
 話を聞いて一人頷く藍を余所に、霊夢は苦虫を噛んでしまったかのような表情を浮かべながらこれまでの苦労を思い出していた。
 思えば今に至るまでの間、これまで経験してきた妖怪退治や異変解決と肩を並べるほどの困難に立ち向かっているのである。
 特にタルブ村で勝負を仕掛けてきたワルドとの戦いは、正直デルフと使い魔のルーンが無ければ最悪死んでいた可能性もあったのだ。
 今にしてあの戦いを思い出してみれば、良くあの男の杖捌きについてこれたなと自分でも感心してしまう。
 そんな風にして霊夢が感慨にひたる横で、今度は魔理沙が藍に話しかける番となった。

「それにしても意外だな。まさかタルブで襲ってきたシェフィールドが、元からアルビオン側だったなんてな」
「……!それは私も思ったわ」
 魔理沙の口から出た言葉に窓の外を見つめていたルイズもハッとした表情を浮かべて、二人の話に加わってくる。
 タルブ村へ侵攻してきたアルビオンの仲間として、キメラをけしかけてきた悪党であり『ミョズニトニルン』のルーンを持つ謎の女ことシェフィールド。
 未だ彼女の詳細は何もわからない状態であったが、その女に関する情報を藍は持っていたのだ。
 聞けばその女、何と今のアルビオンのリーダーであるクロムウェルの秘書として勤めているというのである。
「てっきりあの女が黒幕の一端かと思ったけど、案外身近なところにご主人様はいたんだな」
「う〜ん、アルビオンが近いって言われると何か違和感あるわね。そりゃアンタ達には近いでしょうけど」
 ルイズとしても、自らを始祖の使い魔の一人と自称していた彼女の主が誰なのか気にはなっていた。
 もし藍の情報通りクロムウェルの秘書官であるなら、あの元聖職者の野心家が主という事になるのだろう。
 即ち、アルビオン王家を滅ぼしあまつさえこの国を滅ぼそうとしたあの男が、自分と同じ゙担い手゙であるという証拠になってしまう。
 
 そんな事を想像してしまい、思わず背すじに悪寒が走りかけたルイズへ藍がさりげなくフォローを入れてくれた。
「まぁ事はそう単純ではないのかもしれん。あの男が本当にその女の主なのか、な」
 彼女の口から出た更なる情報にルイズはもう一度ハッとした表情を浮かべ、霊夢の眉がピクリと動く。
「それ、どういう事よ?」
「少なくともあの二人のやり取りを見ていたのだが、どうもアレは主従が逆転していたように見えるんだ」
 そう言って藍は、アルビオンでの偵察中に見た彼らのやり取りを出来るだけ分かりやすく三人へ伝えた。
 秘書官だというのに始終偉そうにしていたシェフィールドに、ヘコヘコと頭を下げて彼女に媚び諂うクロムウェルの姿。
 主従が逆転したどころか、初めからそういう関係としか言いようの無い雰囲気さえ感じられたことを彼女は手短に説明する。

881ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:52:17 ID:nOWdnO9U

「じゃあ待ってよ。それじゃあクロムウェルっていう奴は、最初からその女の言いなりだったっていうの?」
「あぁ。少なくとも弱みを握られて仕方なく…という雰囲気ではなかったし、操られているという気配も感じられなかったな」
「ちょ…ちょっと待ってよ。じゃあ何?最初からクロムウェルはあのミョズニトニルンの手下だって事なの?」
 流石のルイズも何と言ったら良いのか分からないのか、難しい表情を浮かべながら考えている。
 もし自分の言った通りならばアルビオン貴族達の決起や王族打倒、そしてトリステインへの侵攻も全てあの女が仕組んだことになってしまう。
 クロムウェルという名のハリボテの教会を隠れ蓑にして、『神の頭脳』はこれまで暗躍してきたというのか?

 そんな考えがルイズの頭の中を駆け巡っている中、魔理沙はふと頭の中に浮かんだ疑問を藍にぶつけている。
 それは先ほど彼女が考えていた『クロムウェルという男が゙担い手゙だという』事に関してであった。
「なぁ、アイツは自分を始祖の使い魔の一人って自称してたんだが…もしかしてクロムウェルが…」
「う〜む、それ以前に私はアルビオンであの男を見張っていたのだが、とても魔法を使える人間とは思えんな」
「ルイズの例もあるし、もしかしたら普通の魔法は使えないんじゃないの?」
 それまで黙っていた霊夢も小さく手を上げて仮説を唱えてみるが、藍は首を横に振って否定する。
「少なくともメイジ…だったか、彼らからある種の力は感じてはいたが…あの似非指導者からは何の力も感じられなかったぞ」
 藍の言葉を聞き、それまで一人考えていたルイズばバッと顔を上げて彼女の方を見遣る。

「……それってつまり、クロムウェルがただの平民だって事?」
「ハッキリと断言できる程の材料は無いが、そういう力が無ければそうなのかもしれん」
「じゃあ、シェフィールドの主とやらは…別にいるっていう事なのかしら?」
 霊夢の言葉に、ルイズが「彼女の言う通りなら…それもあり得るかも」と言うしか無かった。
 藍の言うとおり、とにもかくにも真実を探すための材料というモノが大きく不足してしまっている。
 今のままシェフィールドについて話し合っても、当てずっぽうの理論しか出てくるものが無い。
 最初から関わりの無い橙を除いて、四人と一本の間に数秒ほどの沈黙と緊張が走る。

 何も言えぬ雰囲気の中で、最初にその沈黙を破り捨てたのは他でも藍であった。
「…しょうがない、この件に関しては私が追加で調査しておこう。色々と引っ掛るしな」
「あ、ありがとう、わざわざ…」
「礼には及ばんさ。それよりも一つ、お前に関して気になることを一つ聞きたいのだが」
 彼女がそう言うとそれまで黙っていたルイズが礼を述べるとそう返して、ついでルイズへと質問しようとする。
 この時、霊夢からこれまでの経緯を聞いていた彼女が何を自分の利きたいのか、既にルイズは分かっていた。
 タルブでアルビオン艦隊と対峙した際に伝説の系統である『虚無』の担い手として覚醒した事。
 彼女はそれに関する事を聞きたいのだろう、『虚無』とはどういうものなのかを。

「分かってるわ。私の『虚無』について、聞きたいのでしょう?」
「流石博麗の巫女を使い魔にしただけのことはある。…察しの良い奴は嫌いじゃない」
 自分の言いたい事を先回りされた藍がニヤリと笑うと、ルイズはチラリと霊夢の顔を一瞥する。
 今からでも「仕方ないなー」と言いたげな、いかにも面倒くさそうな表情を浮かべた彼女はルイズの視線に気が付き、コクリと頷いて見せた。
 彼女としては特に問題は無いようだ。念のため魔理沙にも確認してみるが彼女もまたコクコクと頷いている。
 …まぁ彼女たちはハルケギニアの人間ではないし、何より敵か味方かと問われれば味方側の者達だ。
 不本意ではあるが、これからも長い付き合いになるだろうし、情報は共有するに越したことは無い。

882ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:54:15 ID:nOWdnO9U
 その後は、渋々ながらも藍に自分が伝説の系統の担い手として覚醒した事を教える羽目になった。
 王宮から受け賜わった何も書かれていない『始祖の祈祷書』のページが、アンリエッタから貰った『水のルビー』に反応して文字が浮かび上がってきたこと。
 そこには虚無に関する記述と、『虚無』の魔法の中では初歩の初歩と呼ばれる呪文『エクスプロージョン』のスペルが載っていたこと。
 その呪文一発でもって、頭上にまで来ていたアルビオン艦隊を壊滅させてしまったという驚愕の事実。
 そして昨日、アンリエッタが自分の身を案じて『虚無』の魔法を使うのを控えるように言われた事までを、ルイズは丁寧に説明し終えた。
「成程、『虚無』の系統…失われし五番目の魔法ということか」
「まぁ私から言わせれば、あれは魔法というよりも世界の粒に干渉して意のままに操ってる…っていう感じが正しいわね」
「ちょっと、折角始祖ブリミルが授けてくれた系統を「する程度の能力」みたいな言い方しないでよ」
 始祖の祈祷書に書かれていた内容をルイズの音読からきいていた霊夢が、さりげなく自分の主張を入れてくる。
 少々大雑把な考えにも受け取れるが、確かに聞いた限りでは魔法と言う領域を超えているとしか言いようがない。
 
 この世界に普遍する゙粒゙をメイジが杖を媒介にして干渉することで、四系統魔法が発動する。
 『虚無』の場合はそれよりも更に小さな゙粒゙へと干渉し、艦隊を飲み込んだという爆発まで起こす事が出来るのだ。
 もしもその力を自由に使いこなす事が出来るのであれば、それを魔法と呼んでいいものか分からない。
 ルイズが自分たちの味方であるからいいものの、もしも彼女が敵側であったのならば…
 それこそ人間でありながら、幻想郷の妖怪たちとも平気で渡り合える力の持ち主と戦う羽目になっていたに違いない。
(全く、人の身にはやや過ぎた力だと思ってしまうが…今は爆発しか起こせないのが幸いだな)
 現状ではルイズか今使える『虚無』の力はエクスプロージョンただ一つだけ。
 あれ以来ルイズの方でも始祖の祈祷書のページを捲ってみたのが、他の呪文は何一つ記されていなかったのだという。
 それを霊夢達に話し、今の所一番『虚無』に詳しいであろうデルフにどういうことなのかと訊いた所…

 ――――新しい呪文?そんな簡単にホイホイ出せるほど『虚無』ってのは優しい呪文じゃねェ。
        必要な時が迫ればそん時の状況に最適な魔法が祈祷書に記される筈だ、それだけは覚えておきな

 …と得意気に言っていたらしいが、藍はそれを聞いてその本を造った者の用心深さに感心していた。
 霊夢達から聞いた限りでは、『虚無』の力は例え一人だけであっても軍隊と対等かそれ以上に戦う力を持っている。
 使い方によっては人の身で神にもなり得るし、その逆に全てを力でねじ伏せられる悪魔にもなってしまう。
 大きすぎる力というモノは人の判断力と理性を鈍らせ、やがてその力に呑み込まれて怖ろしい化け物と化す。
 外の世界ではそうして幾つもの暴虐な権力者が生まれては滅び、次に滅ぼしたモノがその化け物と化していくという悪循環が起こっている。
 ここハルケギニアでも同様の悪循環が生まれつつあるが、少なくとも外の世界程破滅的な戦争が起こっていないだけマシだろう。
 とにかく、もし『虚無』の力の全てを一個人が手にしてしまえば…どんな恐ろしい事が起こってしまうか分からないのだ。

(恐らく、『虚無』を作り上げ…更に祈祷書を書いた者は理解していたのだろうな。人がどれ程゙強力な力゙というモノに弱いのかを)
 かつて最初に『虚無』を使ったという始祖ブリミルの事を思いつつ、藍はルイズに質問をしてみる事にした。
「それで、現状はこの国の姫様から『虚無』を使うのは控えるよう言われているんだな?」
「えぇ。…少なくとも、街中であんな恐ろしい大爆発を起こそうだなんて微塵も思ってないわ」
「ならそれで良い。お前の『虚無』に関する事は私の方でも調べておこう。紫様にも報告を…」
 そんな時であった、椅子に座っていた魔理沙がスッと手を上げて大声を上げたのは。
「…あ!なぁなぁ藍、ちょいと聞きたい事があるんだけど…良いかな?」
 改めてルイズの意思を聞いた彼女は納得したように頷くと、会話が終わるのを待たずして今度は魔理沙が話しかけてきた。
 少しだけ改まった様子の黒白に言葉を遮られた藍は、彼女をジッと睨みつつも「何だ、言ってみろ」と質問を許す。
「そういやさぁ、紫のヤツはどうしたんだよ?ここ最近姿を見かけなくなったような気がするんだが」
「んぅ?…そういえばそうねぇ、アイツなら何かある度に様子見に来るかと思ってたけど」
 魔理沙の口から出た意外な人物の名前に霊夢も思い出し、ついでルイズも「そういえば確かに…」と呟いている。

883ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:56:28 ID:nOWdnO9U
 今回の異変の解決には時間が掛かると判断し、ルイズを協力者にして霊夢をこの世界に送り返した挙句、魔理沙を送り込んだ張本人。
 ハルケギニアへと戻った後も何度か顔を見せては、色々ちょっかいを掛けてくるスキマ妖怪こと八雲紫。
 その姿を最後に見てからだいぶ経っているのに気が付いた魔理沙が、紫の式である藍に質問したのである。
 魔理沙の質問に藍は暫し黙った後、難しそうな表情を浮かべながらゆっくりと、言葉を選びながらしゃべり出した。
「うーむ…私としても何と言ったら良いか。…かくいう私も、今は紫様がどこでどうしているのか把握できないんだ…」
「…?どういう事なのよ?」
 最初何を言っているのか理解できなかったルイズが首を傾げて聞くと、藍は「言葉通りの意味だ」と返す。
 彼女曰く、それまでやや遅れていたが定期的に藍の許へ顔を見せに来ていた紫が来なくなったのだという。
 当初は何かしら用事があるのだろうと思っていたが、それ以降パッタリと連絡が途絶えてまったらしいのである。

「えぇ〜、何よソレ?何かもしもの時の連絡手段とか用意してなかったワケ?」
「一応何かがあった際は他の式神を鴉なんかの小動物に憑かせて連絡する手筈だったのだが…どうにもそれが来なくて…」
「おいおい!お前さんがそこまで困ってるって事は結構重大な事なんじゃないか?」
 流石に音沙汰なしで帰る方法も無いためにお手上げなのか、あの藍が困った表情を浮かべている。
 これには霊夢と魔理沙も結構マズイ事態だと理解したのか、若干焦りはじめてしまう。
 話についてこれなくなっていた橙も主の主の事でようやく話が追いつき、困惑した様子を見せている。
 一方のルイズは、始めて耳にする言葉を聞きつつも今の彼女たちが緊急の事態に陥っている…という事だけは理解できた。
 確かに、この世界と幻想郷を繋げた紫が来ないという事は…何かがあった際に彼女たちはこの世界から出られないだろう。

 魔法学院で例えれば深夜まで居残りをさせられて、ようやく自室に到着!…と思った瞬間、鍵を無くしていた事に気付いた状態であろう。
 どこで落としたのか分からないし、深夜だから鍵を作ってくれる鍵屋さんも呼ぶことができない。
 そんなもしも…を頭の中でシュミレートし終えた後で、ルイズはようやく彼女たちが焦る理由が分かった。
「うん、まぁ確かに部屋の鍵を無くしたら焦るわよね。私の場合アン・ロックの魔法も使えないし」
「私達の場合は、アイツ自身がマスターキーなうえに合鍵も作れないという二重の最悪なんだけどね」
「おい!紫様だって今回の件は久しぶりに頑張ってるんだ、そう悪口を言うモノじゃない」
「久しぶりって所が紫らしいぜ」
「全く、アンタ達は本人がいないなのを良い事に……ん?」
 霊夢と魔理沙がこの場にいない紫への評価を口にする中、橙がルイズの傍へと寄ってくる。
 ついさっきまで藍の傍にいた彼女へ一体何なのかと言いたげな表情を浮かべてみると、向こうから話しかけてきてくれた。

「アンタも大変だよねぇ、いっつもあの二人と付き合わされてさぁ」
「あ…アンタ?」
 何を喋って来るかと思えば、自分の事を貶してくれた霊夢達への文句だったようだ。
 それよりも自分を「アンタ」呼ばわりしてきた事に軽く目を丸くしつつ、ひとまずは質問に答える事にした。
「ん、んー…まぁ大変っちゃあ大変だけど、流石にあんだけ個性があると勝手に慣れちゃうわよ」
「へぇ〜…そうなんだ。貴族ってのは皆気の短いなヤツばかりだと思ってたけど、アンタみたいなのもいるんだね」
「それは私が変わっちゃっただけよ。…っていうか、その貴族である私をアンタ呼ばわりするのはどうなのよ?」
 自分と橙を余所に、紫の事で話し合っている霊夢達を見ながらルイズかそう言うと橙は首を傾げて見せる。
 その仕草が余計に可愛くて、しかし傾げた後に口から出た言葉には棘があった。
「……?私は式で妖怪だし、アンタは人間。妖怪が人のマナーを守る必要なんて特にないよね?」
「…!こ、この娘…」
 正に猫を被っているとはこの事であろう。藍や霊夢達の前で見せていた態度とはまるっきり違う橙の姿にルイズは戦慄する。
 更に彼女たちへ聞こえない様に声を潜めている為、尚更性質が悪い。
 思わぬ橙の一面を見たルイズが驚いてる最中、橙は更に小声で喋り続ける。

884ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:58:08 ID:nOWdnO9U
「それにしてもさぁ、紫様も結構無責任だよねぇ。私と藍様をこんな人間だらけの世界で情報収集を押し付けちゃうし…」
「あら、私はそう無茶な命令だと思っていないわよ?」
「う〜んどうかしらねぇ?貴女はともかくランの方は意外、と…………ん?」


 主の主が自分たちへ処遇に文句を言う橙へ返事をしようとしたルイズは、ある違和感に気付く。
 それはもしかするとそのまま無視していたかもしれない程、彼女には物凄く小さく…けれども目立つ変な感じ。
 幸いにも橙へ言葉を返す前に気付けた彼女は、自分が気づいた違和感の正体を既に知っていた。

 ………今自分が喋る前に、誰かが橙に話しかけた?

 窓越しの喧騒と霊夢達の話し声に混じって、女性の声が橙に言葉を返したのである。
 それは気のせいではなく、確実に耳に入ってきたのである――――自分橙の背後から、ひっそりと。
 朝っぱらだというのに、誰もいない背後から聞こえてきた女の声にルイズは思わず冷や汗を流しそうになってしまう。
 隣にいる橙へと視線を向けると、途中で言葉を止めてしまった自分を見て不思議そうな視線を向けている。
 その目と自分の目が合ってしまい、何となく互いに小さな会釈した後で再び視線を霊夢達の方へ向け直す。
 妖怪である彼女なら何か気づいていると思ったが、どうやらあの猫の耳は単なる飾りか何からしい。
 そんな事を思いながらも、ルイズは背後から聞こえてきた女の声が何なのか考えていた。

(…こんな朝っぱらから幽霊とか…でもこの店、夜間営業だからそういう類は朝から出るのかしら?)
 そんなバカみたいな事を考えながらも、しかし間違っても幽霊ではないだろうと思っていた。
 もしその手の類ならば自分よりも先にここにいる幻想郷出身の皆々様が先に気付くはずだろうからだ。
 幻聴という線もあるが第一自分はそういう副作用が出る薬やポーションなんて服用してないし、疲れてもいない。
 いや、現在進行中で精神疲労は溜まっているがまだまだ体は元気で、昨日はバッチリ八時間も睡眠している。
 それなの何故、女性の声が聞こえたのだろうか?後ろを振り向く前にその理由を探ろうとして、

「もぉ〜。聞こえてるのに無視するなんて傷つくじゃないのぉ」
「うわっ――――ひゃあッ!?」

 背後から再び女性の声が聞こえると同時に何者かにうなじを撫でられ、素っ頓狂な悲鳴を上げた。
 その悲鳴に隣にいた橙は二本の尻尾と耳を逆立てて驚きのあまり飛び跳ね、そのまま後ろへと下がる。
 単にルイズの悲鳴で驚いたのではなく、彼女の後ろにいつの間にか立っていた『女性』を見て後ずさったのだ。
「…わっ!ちょ何だ何だ―――って、あぁ!」
「………全く、アンタっていつもそうよね?いないないって騒いでる所で驚かしにくるんだから」
 議論をしていた霊夢達も何だ何だと席を立ったところで、魔理沙がルイズの背後を指さして驚いている。
 霊夢も霊夢で、彼女に背後に現れた女性に呆れと言いたい表情を浮かべてため息をついていた。

 うなじを撫でられ、思わずその場で前のめりに倒れてしまったルイズが背後を振り向こうとした時、
 それまで若干偉そうにしていた藍が恭しくその場で一礼すると、自分の背後にいる人物の名を告げた。
「誰かと思えば…やはり来てくれましたか、紫様」
「え…ゆ、ユカリ…じゃあ?」
「貴女のうなじ、とっても綺麗でしたわよ?ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール」
 そう言いながら彼女―――八雲紫はルイズの前に歩いて出てくると、すっと右手を差し出してくる。
 白い導師服に白い帽子という見慣れた出で立ちの彼女の顔は、静かな笑みを浮かべながらルイズを見下ろしていた。

885ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 22:00:22 ID:nOWdnO9U
 呼ばれて飛び出て何とやら…というヤツか。ルイズはそんな事を思いながらも一人で立って見せる。
 別に彼女から差し出された手を掴んでも良かったのだが、以前睡眠中の自分を悪戯で起こした事もあった妖怪だ。
 どんな罠を仕組まれてるか分からないし、それを考えれば一人で立って見せる方がよっぽど安全なのだ。

「あら、ひどい娘ね。折角私が手を差し伸べてあげたのに」
「そりゃーアンタがルイズのうなじを勝手に撫でたうえに、いっつも胡散臭い雰囲気放ってるからよ」
 やや強いリアクションでがっかりして見せる紫に傍へよってきた霊夢が突っ込みを入れつつ、彼女へ話しかけていく。
「っていうか、アンタ今まで何してたのよ?ここ最近ずっと姿を見なかったし、こっちは色々あったのよ」
「そうらしいわね。さっきこっそり、あなた達が藍に報告してるのを盗み聞きしてたから一通りの事は知ってるわよ」
「そうですか…って、えぇ?それってつまり、随分前からこっちに来てたって事じゃないですか!」
 どうやら主の気配に気づかなかったらしい藍が、目を丸くして驚いて見せる。
 何せさっきまで紫が来ない来ないと困惑して様子で話していた所を、全て彼女に聞かれていたのだ。

「ちょっと驚かそうと思ってたのよ。何せこうして顔を見せに来るのも久しぶりだし、皆喜んでくれるかなーって…」
「喜ぶどころか、何でもっと速く来なかったってみんな思ってるぜ?」
「まぁちょっとは心配しちゃったけど。さっきの盗み聞き云々聞いてたら、そんな事思ってたのが恥ずかしくなってくるわね」
「私にも色々あったのよ、それだけは理解して…って、ちょっと霊夢?そんな目で睨まないで頂戴よ」
 頬を掻きながら恥ずかしそうな笑顔を見せる紫の言葉に、魔理沙がすかさず突っ込みを入れる。
 先程まで藍達に混じって多少焦っていた霊夢もそんな事を言いながら、紫をジト目で睨んでいた。
 そりゃあんだけ心配それた挙句に、あんな登場の仕方をすればこんな反応をされても可笑しくは無いだろう。
 彼女の式である藍もまた、主の平気そうな様子を見て苦笑いを浮かべるほかなかった。

「まぁでも、これで元の世界に帰れないっていうトラブルはなくなったわよね?……って、ん?」
 ルイズは一人呟きながら隣にいる筈の橙へ話しかけようとして、ふといつの間にかいなくなっている事に気が付く。
 紫がうなじを撫でた時にびっくりして後ろへ下がっていたが、少なくともすぐ隣にいる位置にいた筈である。
 じゃあ一体どこに…?ルイズがそう思った時、ふと後ろで小さな物音がした事に気が付き、おもむろに振り返った。
 丁度自分の背後―――通りを一望できる窓に抜き足差し足で近づこうとしている橙がいた。
 姿勢を低くして、二本足で立てるのに四つん這いで移動する彼女は何かを察して逃げようとしているかのようだ。
 
 いや、実際に逃げようとしているのだろう。ルイズは何となくその理由を察していた。
 何せ先ほど口にしていた人間への態度や、主の主…つまりは紫に対する批判が全て聞かれていたのだから。
 正に沈みゆく船から逃げ出すネズミ…いや、そのネズミよりも先に逃げ出そうとする猫そのものである。
 ここは一声かけて逃げ出すのを防いでやろうか?先ほど「アンタ」呼ばわりされたルイズがそう思った直後、

「さて、色々あるけれど…まずは―――…橙?少し私とお勉強しましょうか」
「ニャア…ッ!?」
「あ、ばれてたのね」
 逃げ出そうとする橙に背中を見せていた紫の一言で逃亡を制止されて身を竦ませた橙を見て、ルイズは思った。
 もしも八雲紫から逃げる必要が迫った時には、なるべく気絶させる方向に持っていこうかな…と。

886ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 22:02:06 ID:nOWdnO9U
 トリステイン南部の国境線にある、ガリア王国陸軍の国境基地。通称『ラ・ベース・デュ・ラック』と呼ばれる場所。
 ハルケギニアで最大規模の湖であるラグドリアン湖を一望できるこの場所は、ちょっとした観光スポットで有名だ。
 四季ごとにある祭りやイベントにはガリア、トリステイン両方も多くの人が足を運び賑わっている。
 その為湖の周辺には昔から漁業で生計を立てる村の他にも、観光客を受け入れる為の宿泊施設も幾つか建てられている。
 特に夏の湖はため息が出るほど綺麗であり、燦々と輝く太陽の光を反射する湖面は正に宝石の如し。
 釣りやボートにスイミングなどで湖を訪れる者もいれば、とある迷信を信じて訪れるカップルたちもいるのだ。
 ここラグドリアン湖は昔から水の精霊が棲むと言われる場所であり、実際にその姿を目にした者たちもいる。
 そして、この湖で永遠の愛を誓ったカップルは、死が二人を分かつまで別れる事は無くなるのだそうだ。
 
 そんな素敵な言い伝えが残るラグドリアン湖の夏。今年もまた多くの人々がこの地に足を踏み入れる……筈だった。
 しかし、今年に限ってそれは無理だろうと夏季休暇を機にやってきた両国の者たちは同じ思いを抱いていた。
 その理由は、それぞれの国のラグドリアン湖へと続く街道に設置された大きな看板に書かれていた。

―――――今年、ラグドリアン湖が謎の増水を起こしているために湖への立ち入りを禁ず。
――――――尚、トリステイン(もしくはガリア)への入国が目的の場合はこのまま進んでも良しとする。

 看板を目にし、増水とは一体どういう事かと納得の行かぬ何人かがそれを無視して街道を進み…そして納得してしまう。
 書かれていた通り、ラグドリアンの湖は一目見てもハッキリと分かるくらいに水が増えていた。
 湖畔に沿って造られていた村や宿泊施設は水に呑まれ、ボートハウスは屋根だけが水面から出ているという状態。
 ギリギリでガリア・トリステイン間の街道にまで浸水していないが、時間の問題なのは誰の目にも明らかである。
 国境を守備する両国軍はどうにかしようと考えてみるものの、大自然の脅威というものに対して有効な策が思いつかない。
 ガリア軍では土系統の魔法で壁を作るなどして何とか水をせき止めようと計画していたが、湖の規模が大きすぎてどうにもならないという始末。
 
 日々水かさが増えていく湖を見て、ガリア陸軍の一兵卒がこんな事を言った。
「もしかすると、水の精霊様が俺たち人間を追い出そうとしてるのかもな」
 聞いたものは最初は何を馬鹿な…と思ったかもしれないが、後々考えてみるとそうかもしれないと考える様になった。
 ここが観光地になったのはつい九十年前の事で、その以前は神聖な場所として崇められていたという。
 しかし…永遠の愛が叶うという不確かな迷信ができてから一気に観光地化が進み、それに伴い様々な問題が相次いで発生した。
 魚や貝類、ガリアでは主食の一つであるラグドリアンウシガエルの密漁や平民貴族問わずマナーの無い若者たちのドンチャン騒ぎ。
 そして極めつけはゴミのポイ捨て。これに関してはガリアだけではなくトリステインも同じ類の悩みを抱えていた。

 人が来れば当然モラルのなってない者達が来るし、彼らは自分たちで作ったゴミを平気で捨てていく。
 まだ小さい物であれば近隣の村人たちでも拾う事が出来るが、まれにとんでもない大型の粗大ゴミさえ放置されている事もある。
 そうなると村人たちの手ではどうしようもできないので、仕方なく軍が出動して回収する羽目になるのだ。
 キャンプ用具や車輪の部分が壊れた荷車ならともかく、酷い時には大量の生ゴミさえ出る始末。
 ゴミのポイ捨てを注意する看板やポスターもあちこちに置いたり貼ったりするが、捨てる者たちは皆知らん顔をして捨てていく。

 そんな人間たちが湖で騒ぐだけ騒いでゴミも片付けずに帰っていくだけなら、そりゃ水の精霊も激怒するかもしれない。
 精霊にとってこの湖は自分の家の庭ではなく、いわば湖そのものが精霊と言っても差し支えないのだから。

887ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 22:04:10 ID:nOWdnO9U
「ふーむ…。久しぶりに来てみれば、中々面白い事になってるじゃないか」
 ガリア側の国境基地。三階建ての内最上階に造られた会議室の窓から湖を眺めて、ガリアの王ジョゼフは一言つぶやく。
 その手に握った望遠鏡を覗く彼の目には、屋根だけが水面から見えるボートハウスが写っている。
 去年ならばこの時期はリュティスから来た貴族たちがボートに乗り、従者に漕がせる光景が見れたであろう。
 しかし今は無残にもそのボートハウスは水没しており、それどころかすぐ近くにある漁村も同じ目にあっていた。
「俺がラグドリアン湖に来るのは六…いや三年ぶりか、あの時は確か…園遊会に出席したのだったな」
 トリステインのマリアンヌ太后の誕生日と言う名目で行われたパーティーの事を思い出して、彼はつまらなそうな表情を浮かべる。
 ガリアを含む各国から王族や有力貴族たちが出席したあの園遊会は、二週間にも及んだはずだった。

 招待された貴族達からしてみれば有力者…ひいては王族と知り合いになれる絶好の機会だが、ジョゼフにはとてもつまらないイベントであった。
 その当時はガリア王として出席したが、当時から魔法の使えぬ゙無能王゙として知られていた彼に好意を持って接する貴族はいなかった。
 精々金やコネ目当ての連中が媚び諂いながら名乗ってきた事があったが、生憎彼らの名前は全部忘れてしまっている。
 その時の彼は園遊会で出された美味珍味の御馳走を食べながら、リュティスを発つ二日前に買っていた火竜の可動人形の事が気になって仕方がなかったのだ。
 手足や首に尻尾や羽根の根元などの関節が動く新しい人形で、三年経った今ではシリーズ化してラインナップも揃って来ている。
 元々そういう人形に興味があった彼はシリーズが出るごとに買っているし、今も最初に買った火竜は大切に保管している程だ。

「あの時は良く陰で無能王だか何だか囁かれて鬱陶しかったが、今では余の二つ名としてすっかり定着しておるな」
「お言葉ですがジョゼフ様、無能王では三つ名になってしまいますわ」
 クックックッ…くぐもった笑い声をあげるジョゼフの背後から、指摘するような女性の声が聞こえてくる。
 そう言われた後で真顔になった彼はフッと後ろを振り向いた後、今度は口を大きく開けて豪快に笑いだした。
「フハハハ!確かにそうであるな、お主が指摘してくれなければ今頃恥をかくところであったぞ。余のミューズよ」
「お褒めの言葉、誠にもったいなきにあります」
 ジョゼフから感謝の言葉を言われた女性――シェフィールドはスッと一礼して感謝の言葉を述べる。
 以前タルブにてキメラを操って神聖アルビオン共和国に味方し、ルイズ一行と対峙した『神の頭脳』ことミョズニトニルンの女。
 今彼女の体には所々包帯が巻かれており、痛々しい傷を受けたことが一目で分かる。
 笑うのを止めたジョゼフはその傷を一つ一つ確認しながら、こちらの言葉を待っている彼女へと話しかけた。

「報告は聞いたぞ?どうやら思わぬイレギュラーのせいで手痛い目に遭わされたようだな」
「…はい。私が万事を尽くしていなかったばかりに、不覚のいたりとは正にこの事です」
 明らかな落胆を見せるシェフィールドは、ジョゼフの言葉でこの傷の出自をジワジワと思い出していく。
 忘れもしない、アストン伯の屋敷の前で起こった。今も尚腹立たしいと思えてくるあのアクシデント。
 本来ならやしきの傍にまでやってきたトリステインの『担い手』―――ルイズとその使い魔たちの為にキメラをけしかける予定であった。
 まだ本格的な量産が始まる前の軍用キメラのテストと、自分の主であるジョゼフを満足させるために、
 彼女たちをモルモット代わりにしてキメラ達の相手をしてもらう筈だったのである。

 ところが、それは突如乱入してきた謎の女によって滅茶苦茶にされてしまった。
 謎の力でキメラ達を蹴って殴ってルイズ達に助太刀し、当初予定していた計画が大幅に狂ってしまったのである。
 それだけではない、味方であったはずのワルド子爵が乱入してきたのは予想もしていなかった。
 おまけと言わんばかりにライトニング・クラウドでキメラの数を減らされたうえに、あろうことかルイズまで攫って行ったのだ。
 それが原因で彼女の使い魔であるガンダールヴの小娘とメイジと思しき黒白すら見逃してしまったのである。
 そこまで思い出したところで、シェフィールドはもう一度頭を下げるとジョゼフにワルドの処遇について訪ねた。
「ワルド子爵の件につきましては、貴方様の許しがあれば自らのけじめとして奴を処分しますが…どうしましょう」 
 シェフィールドからの質問に、ジョゼフは暫し考える素振りを見せた後…彼女に得意気な表情を見せて言った。

888ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 22:07:15 ID:nOWdnO9U
「う〜ん…まぁ彼とて以前あの巫女と担い手のせいで手痛い目に遭わされたのだろう?なら彼がリベンジに燃えるのは仕方ない事だ」
「ですが…」
「今回だけは許してやろうじゃないか、余のミューズよ。…ただし、もし次に同じような邪魔をすれば――子爵にはそう伝えておけ」
 自分の言葉を遮ってそんな提案をだしてきたジョゼフに、彼女は仕方なく頷いて見せる。
 敬愛する主人の判断がそうであるなら従わなければいけないし、何より彼もあの子爵に次は無いと仰った。
 本当なら今すぐにでも殺してやりたかったが、そのチャンスはヤツが生きている限りいつまでも続くことになるだろう。
 シェフィールドはそういう解釈をして心を落ち着かせようとしたとき、

「――ところで余のミューズよ。最初に妨害してきたという謎の女についてだが…あの報告は本当か?」
「え?………あっ、はい。あの黒髪の女については…信じられないかもしれませぬが、本当です」
 一呼吸おいて次なる質問を出してきたジョゼフの言葉に、彼女は数秒の時間を掛けてそう答えた。
 ワルドよりも先に現れ、ルイズ達と共にキメラと戦ったあの長い黒髪の巫女モドキ。
 異国情緒漂う衣装を着た彼女は、ルイズを捕まえたワルドを追いかけた霊夢達を逃がすために自ら囮となった哀れな女。
 アストン伯の屋敷の地下に避難していた弱者どもを守っていた、腕に自信のある御人好し。
 そんな彼女の前で屋敷に避難する者達を殺してやろうと企んでいた時―――シェフィールドは気が付いたのである。
 これから苦しむ巫女もどきの顔を何気なく撫でた時、額に刻まれた『ミョズニトニルン』のルーンが反応したのだ。
 それと同時に頭の中に入り込んでくる情報は、目の前にいる女が人ではなく人の形をした道具であったという事実。
 今現在自らが指揮を執って研究し、そのサンプル――゙見本゙として一体の魔法人形と巫女の血を組み合わせて作った人モドキ。

 その時の衝撃もまた思い出しながら、シェフィールドは苦々しい表情でジョゼフに告げた。
「あの巫女モドキは姿かたちこそ違えど、間違いなく…私が゙実験農場゙で造り上げだ見本゙そのものでしたわ」
 自分自身、信じられないと言いたげな表情を浮かべる彼女にジョゼフはふむ…と顎に手を当ててシェフィールドを見つめる。
 彼もその゙見本゙の事は知っていた。サン・マロンの゙実験農場゙でとある研究の為の見本として造られ、そして処分される筈であった存在。

 かつてアルビオンで霊夢の胸を突き刺したワルドの杖に付着した血液と古代の魔法人形『スキルニル』から生まれた、博麗霊夢の贋作。
 彼女を元にして実験農場の学者たちに゙あるもの゙を造らせる為、シェフィールドば見本゙を生み出したのだ。
 この世界に現れた彼女がどれほど強く、そしてその力を手中に収め、制御できることがどれ程すごいのかを。
 ゙見本゙はそのデモンストレーションの為だけに生み出され、そして研究開始と共に焼却処分される予定だった。
 しかしその直前にトラブルが発生じ見本゙は脱走、実験農場の警備や研究員をその手に掛けてサン・マロンから姿を消してしまった。
「あの後『ストーカー』をけしかけたが失敗し、招集した『人形十四号』がヤツを見つけたものの…」
「えぇ、まんまと逃げられてしまいましたわ」
 キメラの他に、こちらの味方である『人形』の事を思い出したシェフィールドは苦々しい表情を浮かべる。
 あの時は何が何でも止めて貰う為に、成功すればその『人形』にとっで破格の報酬゙を与える予定であった。
 だが…後々耳にしたサン・マロンでの暴れっぷりを聞く限りでは、止められたとしても『人形』が生きていたかどうか…
 まぁ仮に死んでしまったとしても使える駒が一つ減るだけであり、いくらでも代わりがきく存在である。

 シェフィールドの表情から悔しそうな思いを感じ取りつつも、ジョゼフは顎に手を当てたまま彼女への質問を続けていく。
「ふむ…それで、一度は見逃しだ見本゙とお主はタルブで再会を果たしたのだな?」
「はい。…正直言えば、私としてもここで再会したのはともかく…あそこまで姿が変わっていた事に動揺してしまいました」
 ジョゼフからの質問にそう答えると、彼女はその右手に持っていた一枚の紙を彼の前に差し出す。
 何かと思いつつもそれを受け取ったジョゼフは、その紙に描かれていた女性の姿を見て「おぉ…」と呻いて目を丸くさせた。

889ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 22:09:06 ID:nOWdnO9U
「何だこれは?余が゙実験農場゙で見た時は、あの少女と瓜二つであった筈だぞ」
 ジョゼフの目に映った絵は、長い黒髪に霊夢とはまた違った意匠の巫女服を着る女性――ハクレイであった。
 恐らく今日か昨日にシェフィールド自身の手で描いたのだろう、所々急いで描き直した部分もある。
 きっと記憶違いで実際とは異なる部分もあるだろうが、それでも『ガンダールヴ』となったあの博麗の巫女とは違うのが良く分かる。

「身長はあの巫女よりも二回り大きく、ジョゼフ様とほぼ同じ等身かと思われます」
「成程…確かにこう、絵で見てみると本物の巫女より中々良い体つきをしてるではないか!」
 シェフィールドの補足を聞きつつ、ジョゼフはハクレイの上半身――主に胸部を指さしながら豪快に言う。
 若干スケベ心が見える物言いに流石のシェフィールドも顔を赤くしてしまい、それを誤魔化すように咳払いをして見せる。
「…こほん!とにかく、その絵で見ても分かるように明らかに元となっている巫女の姿とはかけ離れています」
「ふぅむ、袖や服の形などは若干似ていると思うが。…まぁ別物と言われれば納得もしてしまうな」
 
 冗談で言ったつもりが真に受けてしまった彼女を横目で一瞥したジョゼフは、ハクレイの姿を見て改めてそう思った。
 報告通りであるならば戦い方も大きく違っていたらしく、シェフィールド自身も単なる人間かと最初は思っていたらしい。
 そりゃそうだ。元と瓜二つであった人形が、一年と経たぬうちに身長が伸びて体つきも良くなった…なんて事、誰が信じるか。
 ましてやそれが『スキルニル』ならば尚更だ。あれは血を媒介にして元となった人間を完璧にコピーしてしまうマジック・アイテム。
 メイジならばその者が使える魔法は一通り使えるし、平民であっても何か特技があればそれを見事に真似てしまう。
 それが一体全体どうして、元の人間からかけ離れた姿になってしまったのか?それはジョゼフにも理解し難かった。

「して、余のミューズよ。今後その゙見本゙に関して何かするつもりなのか?」
「はっ!サン・マロンの学者たちに原因を探るよう要請するつもりですが…それで解明するかどうか」
「うむ、そうか。…ではグラン・トロワにある書物庫から全ての資料持ち出しを許可する。何が起きているのか徹底的に探るのだ」
 シェフィールドの言葉を聞いたジョゼフは、即座に国家機密に関わるような事をあっさりと決めてしまった。
 本来ならば宮廷の貴族達でも滅多に閲覧する事の出来ない資料を、学者たちは邪魔な書類や審査を待たずにも出せるのである。
 流石のシェフィールドもこれには少し驚いたのか、「よろしいのですか?」と真顔でジョゼフに聞き直してしまう。
「構わん、どうせ埃を被っているのが大半だろう?ならば学者どもの為に読ませてやるのも本にとっては幸せと言うものさ」
 口約束であっさりと決めてしまったジョゼフの顔には、自然と笑みが浮かび始めている。

 まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供か、新しい楽しみをみつけた時の様なそんな嬉しさに満ちた笑み。
 彼女はそれを見て察する。どうやら我が主は件の巫女もどきに大変興味を示したのだと。
 だからこそ学者たちの為に書物庫を開放し、徹底的に調べろと命令されたに違いない。
 自分の欲求を満たす為だけに国の機密情報を安易に開放し、あろう事か持ち出しても良いという御許しまで出た。
 常人とは…ましてや王として君臨している男とは思えぬ彼ではあるが、だからこそシェフィールドは惹かれているのだ。
 自らの行為を非と思わず、誰に何を言われようとも我が道を行き続けるジョゼフに。
  
 面白い事を見つけ、喜びが顔に表れ始めている主人を見て、シェフィールドは微笑みながら聞いてみた
「随分ど見本゙に興味を持たれましたのね?」
「そりゃあそうだとも、何せただの人形だったモノがここまで変異する…余からしてみれば大変なサプライズイベントだよ」
 シェフィールドからの質問に両手を大きく横に広げながら答えつつ、ジョゼフは更に言葉を続けていく。

890ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 22:11:12 ID:nOWdnO9U

「それに…報告書の通りならばヤツは最後の最後でお主が率いていたキメラどもを文字通り『一掃』したのだろう?
 ならば今後我々の前に立ちはだかる脅威となるか調べる必要もある。…とにかく、今は情報が不足しているのが現状だ。
 ひとまず資料からこれと似た前例があるか調べつつ、タルブを含めトリステイン周辺に人を出してその巫女もどきの情報を探し出せ。
 ゙坊主゙どもにはまだ気づかれていないだろうが、念には念を入れて今後゙実験農場゙の警備も増強する旨を所長に伝えておけ」

 彼女が出した報告書の内容を引き合いに出しつつ、トリステインへ探りを入れるよう命令しつつ、
 最近問題として挙がってきていだ実験農場゙の警備増強に関しても、あっさりとその場で決めてしまった。
 これもまた、宮廷貴族や軍上層部の者達と話わなければいけない事だがジョゼフはその事はどうでも良いと思っていた。

 自身の地位と金にしか興味の無い宮廷側と、未だ自分に反感を持つ軍側の人間どもでは話がつかない。
 ならば勝手に決めてしまえば良い。どうせ自分のサインが書かれた書類を提示すれば、連中は不満を垂れながらも結局はなぁなぁで済ましてしまう。
 だが奴らとしては、かつて自分達が゙無能゙と嘲笑ってきた王の勝手な判断には確実な怒りを募らせるだろう。
 それもまた、王であるジョゼフにとっては些細な楽しみの一つであった。
 つい数年前まで自分を嘲笑っていた貴族共の前でふんぞり返って見せるのは、中々面白いのである。

「では、今後はヤツの情報収集を行うのは把握しましたが…トリステインの担い手と周りいる連中についてはどういたしましょう」
 主からの命令に了承しつつも、シェフィールドはタルブで艦隊を壊滅させたルイズの事について言及する。
 あの少女が前々から虚無の担い手だという事は理解していたが、まさかあそこで覚醒するとは思ってもいなかった。
 おかげでトリステインを侵略する筈だったアルビオン艦隊は旗艦の『レキンシントン』号を含めその大半を失い、
 更に貴族派の者達から粛清を免れていた優秀な軍人を、ごっそり失う羽目になってしまったのである。

 シェフィールド個人としては、いつでも手が出せるような状態にしておきたいとは思っていた。
 少なくともアストン伯の屋敷で対峙した時点でこちらの味方になるという可能性はゼロであり、
 尚且つ彼女の使い魔である霊夢やその周りにいる黒白の金髪少女は、明らかに脅威となるからである。

 彼女の言葉で報告書にも書かれていたルイズの虚無の事を思い出したジョゼフは数秒ほど考えた後、 
 まだ覚醒したばかりのトリステインの担い手を脅威と判断したのか、彼はシェフィールドに命令を下す。
「そうだな…確かに無警戒というのもよろしくない。゙坊主ども゙も必ずこの時期を狙って接触してくるだろうしな」 
「では…」
「うむ、余のミューズよ。ここからなら歩いてでもトリステインへ行けるし、何より今は夏季休暇の季節であるしな」
「流石ジョゼフ様。この私の考えを汲み取ってもらえるとは光栄です」
 自分の考えを読み取って先程の命令を取り消してくれた事に、シェフィールドは思わず膝をついて頭を垂れてみせた。
 巫女もどきの件は他の人間なり手紙を使えば伝えられるし、実験農場の学者たちは基本優秀な者ばかりを登用している。
 無論国家機密の情報をリークする・させるというミスも犯さないだろうし、彼らならば問題は起こさないだろう。
 それより今最も警戒すべきなのは、ここにきて虚無が覚醒したトリステインの担い手にあるという事だ。

 あの少女の出自は大方調べてあったし、覚醒するまではそれ程厳重に監視するほどでも無いという評価を下していた。
 しかし、二年生への進級試験として行われる春の使い魔召喚の儀式において、その評価は百八十度覆されたのである。
 よりにもよってあの小娘は、大昔にその存在すら明かす事を禁忌とされた巫女――即ち『博麗の巫女』を召喚したのだ。

891ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 22:13:09 ID:nOWdnO9U

 当初は単なる偶然の一致かと思われたが、監視要員を送る度にあの少女――霊夢が博麗の巫女である証拠が増えていった。
 この世界では誰も見たことが無いであろう見えぬ壁に、先住魔法とは大きく異なる未知の力に、魔法を介さず空を飛ぶという能力。
 そして、古くからこの世界の全てを知っている゙坊主ども゙が動き出したのを見て、シェフィールドとジョゼフは確信したのだ。
 虚無の担い手である公爵家の小娘が、あの博麗の巫女を再びこの世界に召喚したのだと。

 それから後、ジョゼフはシェフィールドや他の人間を使って監視を続けてきた。
 幾つかのルートを経由して、霊夢に倒されたという元アルビオン貴族だったという盗賊から彼女の戦い方を知り、
 何らかの事情でアルビオンへと赴こうとした際には人を通して指示を出し、ワルド子爵に彼女の相手をさせ、
 更に王党派の抜け穴からサウスゴータ領へと入ってきた霊夢に、マジックアイテムで操ったミノタウルスをけしかけ、
 それでも駄目だった為、かなりの無理を押して貴族派に王宮を不意打ちさせても、結局は逃げられてしまった。
 最も…その時再戦し子爵から一撃を貰い、彼の杖に付着した血のおかげでこちらは貴重な手札を手にしたのだが…。
 
 とにもかくにも、それ以降は事あるごとに彼女たちへ刺客を送り込んでいった。
 ある時はトリステイン国内にいる憂国主義の貴族達にキメラを売っては適度に暴れさせ、
 いざ巫女に存在を感づかせて片付けさせるついでに、彼女の戦い方をより詳しく観察する事ができた。
 自分たちより先に巫女の存在を察知していだ坊主ども゙は未だ接触を躊躇っており、実質的に手札はこちらが多く持っている。
 それに今は、その巫女に対抗するための゙切り札゙もサン・マロンの実験農場で開発中という状況。
 二人の周りにいつの間にか現れた黒白の少女と件の巫女もどき…、そしてルイズの覚醒が早かった事は唯一の想定外であったが、
 そういう想定外の状況をも、このお方は一つの余興として楽しんでいるのだ。
 
 決して余裕を崩す事の無い主にシェフィールドは改めて尊敬の意を感じつつ、
 今すぐにでもトリステインへ赴くため、ここは別れを惜しんで退室しようと再び頭を垂れた。 

「ではジョゼフ様。…このシェフィールド、すぐにでもトリステインで情報収集を…」
「うむ、頼んだぞ余のミューズよ。まずは王都へと赴き、アルビオンのスパイたちと接触するのだ。
 奴らなら最近のトリステイン情勢を詳しく知っているだろうし、何よりあの国の゙内通者゙にも紹介してくれるだろう」
 
 陰で『無能王』と蔑まれる自分に恭しく頭を下げてくれる彼女を愛おしげに見つめながら、その肩を叩いてやった。
 シェフィールドもまた、自分を必要としてくれる主の大きく暖かい手が自分の肩を叩いた事に、目を細めて喜んでいる。
 その状態が数秒ほど続いた後…ジョゼフが手を降ろした後にシェフィールドも頭を上げて、踵を返して部屋を出ようとしたその時…
「………あっ!そうだ、待ちたまえ余のミューズ!最後に伝えるべき事を忘れておった」
「――…?伝えるべき…事?」
 最後の最後で何か言い忘れていた事を思い出したのか、急にジョゼフに呼び止められた彼女は彼の方へと振り向く。
 いよいよ部屋を出ようとして呼び止めてしまったのを恥ずかしいと感じているのか、照れ隠しに笑いつつ彼女に伝言を託す。

「以前キメラの売買で知り合った、トリステインの『灰色卿』へ伝えろ。お前さんたちに御誂え向きの『商品』がある…とな」

892ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 22:15:46 ID:nOWdnO9U
以上で、八十四話の投下を終了いたします。
特に問題が起こらなければ、また七月末にお会いしましょう

それでは。ノシ

893ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/06(木) 00:16:35 ID:36uIRr9o
無重力巫女さんの人、乙です。今回の投下を始めさせてもらいます。
開始は0:18からで。

894ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/06(木) 00:19:26 ID:36uIRr9o
ウルトラマンゼロの使い魔
第百四十八話「ウルトラヒーロー勝利の時」
ウルトラダークキラー
悪のウルトラ戦士軍団 登場

 本の支配者ダンプリメによって連れさらわれてしまったルイズを救出するため、ダンプリメの
待ち受ける七冊目の世界へと突入した才人とゼロ。しかしダンプリメが繰り出してきたものは、
六冊の本の世界で現れた怪獣たちの怨念を結集させて作り出した恐るべきウルトラダークキラー
だった! すさまじい暗黒の力を持つ強敵相手にも果敢に立ち向かっていくゼロだったが、
ウルトラダークキラーは悪のウルトラ戦士軍団を召喚しゼロを追い詰めてしまう。本の世界の
中で孤立無援のゼロは、このまま敗れ去ってしまうのか……。
 そう思われたがしかし、ゼロの窮地に現れたのは、ダンプリメに囚われたはずのルイズ
であった! 更に彼女に続くようにやってきたのは、本の世界の四つの防衛チーム、そして
本の世界のウルトラ戦士たち! 彼らは物語を完結に導いたゼロを救うために駆けつけて
くれたのだった!
 今ここに、長い本の世界の旅の、本当の最後の決戦が幕を開く!

「ヘアッ!」
「ダァーッ!」
「ジェアッ!」
「テェェーイッ!」
「トアァーッ!」
「シェアッ!」
 ゼロの救援に駆けつけたウルトラ戦士たちが、悪のウルトラ戦士軍団との大乱闘を開始した。
ウルトラマンはカオスロイドUとがっぷり四つを組み、ウルトラセブンとカオスロイドSのアイスラッガー
同士が衝突。ジャックはウルトラランスを手にダークキラージャックのダークプラズマランスと
鍔迫り合いをして、エースがダークキラーエースと組み合ったまま横に倒れ込み、タロウのスワロー
キックがカオスロイドTの飛び蹴りと交差、ゾフィーはダークキラーゾフィーとチョップの応酬を
繰り広げている。
「ヂャッ!」
「デヤァッ!」
「デュワッ!」
「ゼアァッ!」
「デェアッ!」
「シュアッ!」
 ティガの空中水平チョップとイーヴィルティガの飛び蹴りが交わり、ダイナはゼルガノイドと
熾烈な殴り合いを演じ、ガイアはウルトラマンシャドーの繰り出すメリケンパンチの連発を見切って
かわした。コスモス・フューチャーモードはカオスウルトラマンカラミティの拳を受け流し、
ジャスティス・クラッシャーモードの拳打がカオスウルトラマンのキックと激突。マックスは
マクシウムソードを片手にダークメフィストのメフィストクローを弾き返した。
 十二人のウルトラ戦士が悪のウルトラ戦士と互いに一歩も譲らぬ勝負を展開しているところに、
四つの防衛チームの援護攻撃が行われる。
「ウルトラマンたちを援護するぞ! 他のチーム諸君も協力頼む!」
 ムラマツからの呼びかけにシラガネが応答。
「是非もないことです。砲撃用意!」
「一緒に戦えて光栄です、フルハシ参謀!」
「俺の名前はアラシだよ! フルハシって誰だよ!」
 シマからの通信にアラシが突っ込みながら、ジェットビートルとウルトラホーク一号から
ロケット弾が連射され、カオスロイドとダークキラーたちを狙い撃つ。
「ウオオォォッ!」
 ウルトラ戦士と戦っているところに飛んできたロケット弾の炸裂にダメージを負う悪の戦士たち。
カオスロイドUが光線を撃って反撃するも、ビートルはそれを正面から受け止めて飛び続けている。

895ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/06(木) 00:23:00 ID:36uIRr9o
「俺たちも後れを取るな! コスモスたちを助けるんだ!」
「はい隊長!」
「行くぜショーン! ウィングブレードアタックだ!」
「All right!」
 フブキ率いるテックライガー編隊と、コバとショーンのダッシュバード1号2号も攻撃開始。
ライガーのビーム砲がカオスウルトラマンたちとイーヴィルティガ、ゼルガノイドを撃ち、
ダッシュバードのウィングブレードアタックがシャドーとダークメフィストの脇腹を斬りつけた。
「シェアァァッ!」
 防衛チームの援護攻撃によって悪の戦士たちが牽制されると、ウルトラ戦士たちの一撃が
均衡を崩す。ウルトラ戦士の強烈なウルトラキックが悪の戦士たちを纏めて薙ぎ倒す!
 そして助けに来てくれた彼らの奮闘は、ゼロのエネルギーだけではなく気力も通常以上に
回復させたのだった。
『俺たちが旅で出会った人たちが、俺たちを助けてくれてる! こんなに勇気づけられる
ことはないぜ!』
『ああ! 俺たちもまだまだ負けてられねぇぜッ!』
 ゼロはウルトラ念力で弾かれたゼロツインソードDSを手元に戻すと、再びウルトラダーク
キラーに猛然と斬りかかっていく。
『おぉぉぉらッ!』
 ダークキラーは腕のスラッガーで防御するが、ゼロはそのままダークキラーを突き飛ばして
姿勢を崩させた。先ほどまではダークキラーのパワーの方が上回っていたが、その関係は気が
つけば反転していた。
 デルフリンガーがゼロと才人に告げる。
『すげえぜ相棒たち! すんげえ心の震えだ! この震えがお前さんたちの力になってる! 
力が湧き上がって止まらねえ……こいつぁ俄然面白くなってきたぜぇ!』
 ゼロも仲間のウルトラ戦士たちの奮闘ぶりに背中を押されるように、ウルトラダークキラーを
少しずつ押し込んでいく。その様子を見上げながら、ダンプリメは依然狼狽していた。
「こんな……こんなことはあり得ない! 別の本の登場人物が、異なる本の世界に入り込んで
くるなんて! 一体何がどうすれば、そんなことが起こると言うんだ!?」
 立ち尽くして混乱ぶりを言葉に示すダンプリメに、ルイズが肩をすくめた。
「本のことなら何でも知ってるとか豪語した割には、そんな簡単なことも分からないんじゃ
ないの。呆れたものね」
「何!? ……まさか、ルイズがッ!?」
 ダンプリメは一つの可能性に行き着いてルイズにバッと振り向いた。ルイズは得意げにほくそ笑む。
「そう、わたしが連れてきた訳よ! まぁ正確には、これまでの記憶を頼りにそれぞれの物語の
本へ助けを呼びかけたら、応じた彼らがわたしの元に来てくれたんだけど」
「何だって! そんなことが……。いや、そもそもルイズ、君がどうしてここにいるんだ! 
何故サイトのことを覚えてる!? 記憶は念入りに封印したはずなのに……!」
 そのダンプリメの疑問にも、ルイズは自信満々に返した。
「聞こえたのよ! この世界で、サイトのわたしを呼ぶ声が! 気持ちが! それが心に
伝わったから、わたしは全てを思い出したの!」
「気持ちが……!?」
 ハッと気がつくダンプリメ。
「そうか……! 本の世界はいわば『想い』の世界。現実の世界よりも、精神と精神のつながりが
強くなる。それでそんな現象が……! ルイズを本の世界に連れ込んだのは失敗だったのか……!」
 ルイズは堂々とした態度で、ダンプリメにまっすぐ伸ばした人差し指を向けた。
「あなたがわたしのサイトの記憶を封印したのは、サイトからわたしを奪い取るだけじゃなく、
わたしとサイトの絆を恐れたからでしょう! それがあると、自分が勝てる自信がないから!」
「うッ……!?」
「だけど残念だったわね。どんなに知識豊富でも、現実での体験を持たないあなたでは、
わたしたちの現実の世界で育んできた絆を消し去ることは初めから不可能だったのよ!」

896ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/06(木) 00:26:48 ID:36uIRr9o
 ルイズが堂々と言い切っている中で、ウルトラ戦士たちと悪のウルトラ戦士軍団の決着の時が
迎えられようとしていた。
「ヘアァァァッ!」
 ウルトラマンのスペシウム光線とカオスロイドUのカオススペシウム光線、セブンのワイド
ショットとカオスロイドSのカオスワイドショット、ジャックのスペシウム光線とダークキラー
ジャックのキラープラズマスペシウム、エースのメタリウム光線とキラープラズマメタリウム、
ゾフィーのM87光線とダークキラーゾフィーのキラープラズマM87ショット、ティガのゼペリオン
光線とイーヴィルティガのイーヴィルショット、ダイナのソルジェント光線とゼルガノイドの
ソルジェント光線、ガイアのクァンタムストリームとシャドーのシャドリウム光線、コスモスの
コスモストライクとカオスウルトラマンカラミティのカラミュームショット、ジャスティスの
ダグリューム光線とカオスウルトラマンのダーキングショット、マックスのマクシウムカノンと
ダークメフィストのダークレイ・シュトロームが真正面からぶつかり合う! 両陣営互角の光線の
ぶつかり合いは激しいエネルギーの奔流を生み出し、それが天高く飛び上がっていく。
 そのエネルギーは、わずかに上回った光の戦士たちの力に押されて悪のウルトラ戦士軍団へと
降りかかった!
「ウワアアアアアァァァァァァァァァァァァァッ!!」
 十二人の悪の戦士たちは爆発的なエネルギーによって一網打尽。ガラスのように砕け散った
空間とともに消滅していき、完全に無に還っていった。
「やったわッ!」
 ぐっと手を握って喜びを示すルイズ。悪のウルトラ戦士軍団に打ち勝った光の戦士たちは
ゼロの元へ駆けつけ、ともにウルトラダークキラーと対峙した。
 いくらダークキラーが絶大な闇の力を有していようとも、これだけの数の勇者たちを相手にして
勝機などあるはずがない。ゼロがダンプリメに投降を勧告する。
『ダンプリメ、これ以上の戦いは無意味だ! 大人しく身を引きな! お前がどんなに本の
世界を自由に出来ようと、どんなに闇の力を集めようとも、ここにある心の光を屈させることは
出来ねぇんだ! それを学べただけでも儲けもんだろ!』
 ダンプリメはしばし無言のまま、何も答えずにいたが……やがて長く長く息を吐いた。
「そうみたいだね……。残念だけど、僕の負けだ。ルイズのことはあきらめる他はないね……」
 降伏を受け入れたダンプリメであったが……彼にとっても予想外のことがすぐに起こった。
『そうはいかぬ……!』
 それまでうなり声を発するばかりであったウルトラダークキラーが、唐突に口を利いたのだ!
「えッ!?」
 しかも自らの生みの親であるダンプリメに手を伸ばし、その身体を鷲掴みにして捕らえたのだ! 
肉体への配慮もないほどの強い力で締められ、ダンプリメは苦悶の表情を作る。
『何ッ!』
 ダークキラーの行動の変化に驚くゼロたち。ダンプリメはダークキラーを見上げて問う。
「ウルトラダークキラー、何のつもりだ……!? ぼ、僕は君を作ったんだぞ……!?」
 するとダークキラーは、次のように言い放った。
『この身体に渦巻く恨みを晴らすまで、戦いをやめることは許されぬ……! 貴様にも
つき合ってもらうぞ……!』
「何だって……!? ボクの制御が、効いていない……!?」
 ここに来てゼロたちは察した。ウルトラダークキラーは溜め込んだ怨念が多すぎたため、
ダンプリメの制御を離れて独り歩きを始めてしまったのだ!
『だから言っただろうが……!』
『仕方ねぇな……。今助けてやっから、変に暴れるなよ!』
 才人が吐き捨て、ゼロがダンプリメを救出しようとツインソードを構える。しかし、それを制して
ダークキラーが警告した。
『我とこの者の肉体はリンクしている……。いや、最早我がこの者を支配している! 我を殺せば、
この者もまた消滅することになるぞ……!』

897ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/06(木) 00:37:04 ID:36uIRr9o
『何ッ! くッ、闇の力ってのは陰険なことしやがるもんだな……!』
 散々迷惑を掛けられたとはいえ、戦う意志を放棄した者を死なせてしまうのは目覚めが悪い。
ゼロが戸惑うと、ダンプリメが自嘲するように笑いながら呼びかけた。
「いいさ、やってくれ……」
『!』
「これぞ自業自得という奴だよ……。こんなことになってしまうなんて、我ながら馬鹿なことを
したものだ……。どうせボクは本の中にしか居場所がない異端。せめて一人でも側にいる人が
欲しかったけれど……やはり、本の中の人間なんていない方がいいんだろう。ひと思いに
バッサリとやってくれ……」
 すっかりと己の死を受け入れたダンプリメ。その言葉に、ゼロは大きく肩をすくめた。
『ますますしょうがねぇ奴だなぁ。そんなこと聞かされたら……』
 ゼロに同意する才人。
『ああ。ますます死なせる訳にはいかなくなったぜ!』
「!? だけど、ボクを犠牲にしないことには……!」
 才人たちの言葉に動揺を浮かべたダンプリメに、ルイズが自慢げに告げた。
「安心しなさい、ダンプリメ。ウルトラマンゼロは、命を護る時にはいつだって奇跡を
起こすんだから! そうでしょ?」
『ああ、その通りだッ! おおおおおッ!』
 気合いの雄叫びとともに、ゼロの身体が赤と青に激しく光り輝き出した!
『ぬおぉッ!?』
 思わず腕で顔を覆うダークキラー。ゼロの輝きは空間をもねじ曲げ、何もない空に影を
映し出す。
 そして閃光の中から現れたのは……!
『教えてやるぜダンプリメ! 強さと、優しさって奴をッ!』
 ストロングコロナゼロとルナミラクルゼロ……二つの形態が、同時にこの場に現れていた! 
ゼロが二人に増えているのだ!
「嘘……!?」
『馬鹿なッ!? どういうことだ……! どうしてそんなことが出来るのだぁぁぁッ!!』
 ゼロの起こした奇跡に冷静さを失ったダークキラーは、正面から二人のゼロに飛び掛かっていく。が、
『でやぁッ!』
『ぐおぉッ!?』
 ストロングコロナゼロの鉄拳が返り討ち。そしてルナミラクルゼロが手中のダンプリメを
救出し、彼らの後ろに降ろした。
 ストロングコロナゼロはよろめいたダークキラーに対して灼熱の攻撃を用意。ルナミラクル
ゼロはダンプリメへ光の照射の準備をした。
『受けてみな! これが優しさと……!』
『真の強さだぁぁぁぁぁぁッ!!』
 ストロングコロナゼロの放ったガルネイトバスターがウルトラダークキラーを押し上げ
天空に叩きつける! 更にウルトラマン、セブン、ジャック、エース、タロウ、ゾフィー、
ティガ、ダイナ、ジャスティス、マックスの必殺光線もダークキラーに押し寄せられる!
 一方でルナミラクルゼロとガイア、コスモスが光の粒子をダンプリメに浴びせる。
『ぐおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!』
「……これは……?」
 怒濤の必殺光線の集中にウルトラダークキラーの全身が焼かれる。しかしダンプリメの
身体に変化はない。浄化の光によって闇の力を清められ、ダークキラーの呪いが解かれているのだ。
『こ、これが……光……!!』
 ウルトラダークキラーは戦士たちの光に呑まれ、完全に消滅。そしてダンプリメは生存し、
ぼんやりとウルトラ戦士たちを見上げた。ルイズはゼロたちの完全勝利に、当然とばかりに
重々しくうなずいた。
 ゼロと才人は、自分たちを別の本からはるばる助けてくれたウルトラ戦士たち、防衛チームに
礼を告げる。
『みんな、本当にありがとう。お陰で勝つことが出来た』

898ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/06(木) 00:39:52 ID:36uIRr9o
『俺たち、今までの旅のこと、あなたたちと出会ったこと、ずっと忘れないから! いつかまた、
みんなの本を読んであなたたちの世界に触れるよ!』
 二人の言葉にウルトラマンたちは満足げにうなずき、天高く飛び上がってそれぞれの世界に
帰っていく。防衛チームもゼロたちに敬礼した後、ウルトラ戦士たちの後について帰還していった。
『ありがとーう! さよーならー!』
 大きく手を振って見送るゼロ。そうしてルイズが笑顔でゼロと才人に呼びかける。
「さぁ、わたしたちも帰りましょう! みんなが待つ、わたしたちの世界に!」
『ああ!』
 ダンプリメはゼロたちの様子、ルイズの輝くような笑顔の横顔を見つめ、ふぅとため息を吐いた。
「はは……これは敵わないなぁ……」
 自嘲するダンプリメだったが、その表情にはどこか満ち足りたものがあった……。

 こうして、図書館に誕生した本の中の生命体から端を発する、現実の世界では知っている者が
ほとんどいない大バトルの旅は無事に終わりを迎えた。才人とルイズが五体無事に現実世界に
帰ってくると、シエスタたちは嬉し涙とともに激烈に迎えてくれたのだった。
 リーヴルは事件終結後、経緯はどうあれ異形の存在にそそのかされ、手先としてラ・ヴァリエール
公爵家息女のルイズに危害を加えたとして、王立図書館司書の座の辞任をアンリエッタに申し出た。
……しかし、アンリエッタはそれを却下した。
 彼女の下した裁きはこうだ。ダンプリメは外の世界のことを、善悪の判断をよく知らない
子供のようなものだ。それをしつけ、正しき方向に導く役割の人間が必要だと。それは図書館の
ことを誰よりも知っているリーヴル以外の適任はいないとして、彼女にダンプリメの世話役を
厳命したのであった。どんな形であれ、リーヴルが元のまま図書館にいられることに才人たちは
安堵したのだった。
 そして肝心のダンプリメは、すっかりと心を入れ替えた。もう誰かを本の世界に引きずり込む
ような真似はきっぱりとやめ、代わりに光の力の研究にバリバリと精を出すようになったという。
ゼロたちの戦いぶりにそれほど影響されたのだろうか……。もしかしたら、いつの日かダンプリメが
ウルトラ戦士になる力を得る日が来るかもしれないが、それはまた別の話なのであった。
 そして才人とルイズは、先に帰ったシエスタたちに後れる形で、魔法学院へと帰還していた。
「おぉー、遂に学院に帰ってきたなぁ! 何だか久しぶりに感じるぜ。時間にしたら、ほんの
一週間ぐらいしか離れてないはずだけど」
 あまりにも密度の濃い旅だったので、才人が懐かしさまで覚えてしみじみとつぶやいた。
しかしそこにルイズが告げる。
「だけど、またすぐに離れなくちゃいけないみたいよ。姫さまからのお達しがあったの」
 懐から、アンリエッタからの密書を指でつまみ出すルイズ。
「今度はロマリアに行かなくちゃいけないみたい。国際世情もまた不穏になってきてるそうだし、
今度も長くなるかもね」
 と言うと、才人がうんざりしたかのように長い息を吐いた。
「マジかよぉ……。あっち行ったりこっち行ったりはもうお腹いっぱいなのに」
「何言ってるのよ。図書館から一歩も出てなかったんでしょ?」
「いやぁそう言うならそうだけど、そういう意味じゃなくてだな……」
 言い返そうとした才人だったが、すぐ苦笑いして肩をすくめた。
「まぁいいか。そんなことぶつくさ言っててもしょうがないもんな。今度もいっちょ頑張りますか!」
「ええ、その意気よ。なかなか分かってきたじゃない」
 顔を上げたルイズは才人と目が合い、思わずクスッと笑い合った。
「これからもよろしくね。この世界のヒーローにして……わたしの使い魔」
「お安い御用だよ。伝説の担い手の、俺のご主人様」
 おかしそうに笑うルイズの表情には、とても満ち足りたものがありありと浮かんでいたのであった。

899ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/06(木) 00:41:35 ID:36uIRr9o
以上です。
今回で三つのゲーム編は全て終わりで、次回から本編に専念することになります。

900ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/14(金) 06:35:20 ID:Ux9.ySDg
おはようございます、焼き鮭です。投下を行いたいと思います。
開始は6:37からで。

901ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/14(金) 06:39:09 ID:Ux9.ySDg
ウルトラマンゼロの使い魔
第百四十九話「ロマリアの夜に」
炎魔人キリエル人 登場

 ロマリア。ガリア王国真南のアウソーニャ半島に位置するこの都市国家連合体は、現在は
ハルケギニアの人間の最大宗教であるブリミル教の中心地とされる宗教国家である。始祖
ブリミルはロマリアの地で没し、後世の人間がこれを利用してロマリアを“聖地”に次ぐ
神聖なる場所であると主張したことがその始まりだ。そしてロマリア都市国家連合はいつしか
“皇国”となり、代々の王は“教皇”を兼ねるようになった。これらのため、ハルケギニア
各地の神官は口をそろえてロマリアを『光溢れた土地』と称し、生まれた街や村を出ることの
ない人間はその言葉を信じ込んでロマリアに夢を見ている。
 だが、実際にロマリアを訪れて少しでも観察眼を持つ人間ならば、ロマリアが『光の国』と
称される理想郷などでは断じてないことをすぐにでも知ることだろう。実際のロマリアは、
通りという通りにハルケギニア中から流れてきた信者たちが職も住居もない貧民となって
溢れており、明日の食べるものにすら困窮した生活を送っている。その一方で、街には派手な
装飾を凝らした各宗派の寺院が競い合うように立ち並び、同じように派手に着飾った神官たちが
寺院で暇を持て余したり贅沢を極めたりしている。ここまで身分と立場の違いによる貧富の差が
同じ土地に凝縮されている場所は、ロマリア以外には存在しない。アンリエッタなどはこの光景を
『建前と本音があからさま』と評している。
 そんな欺瞞に満ちたロマリアの濃厚な影の世界では、様々な集団の思惑が跋扈している。
“実践教義”を唱える新教徒がその最たる例だが、現在ではある『人外』の者たちが暗躍を
していることは、まだ誰も知らないことであった。
『……』
 そしてその『人外』は今、人間の目には映らない状態である場所を注視していた。そこは
何の変哲もない酒場。だが太陽の出ている内に酒を飲むことは不信心とされるロマリアでは、
昼間の酒場は大体空いているものなのに、今日は大勢の人間が押しかけてひどく賑やかで
あった。しかも外で店を囲んでいる側は、ロマリアが誇る聖堂騎士の一隊であった。
 『人外』はその酒場の中に集っている集団の方に意識を向け、その内の一人を認識すると
声音に暗い情念をにじませた。
『再び現れた……。奴に、あの時の報復を……!』
 酒場に立てこもって、聖堂騎士相手にバリケードを築いているのは誰であろう、オンディーヌを
中心としたトリステイン魔法学院の生徒たちであった。

「……ったく、ロマリアに来て早々えらい目に遭ったぜ。誰かさんの余計な歓迎のせいでな」
 その日の夜、才人とルイズはロマリアの中心地、引いてはブリミル教の総本山たるフォルサテ
大聖堂の自分たちにあてがわれた客室にて、とある人物と会話をしていた。と言うより、才人が
その人物に嫌味をぶつけていた。
「だから、何度も言ってるだろう? 確かに余興がちょいと過ぎたかもしれないけど、これから
待ち受けているだろうガリアとの対決は、あんなものがままごとに思えるくらい過酷なものになる
はずだぜ。あれしきで根を上げているようだったら、あの場で騎士たちに捕らえられてロマリア
から追い出されてた方が身のためってものさ」
「宗教裁判にかけられるところだったって聞いたんだけど!?」
「嫌だなぁ、そういう最悪の事態にはならないようにするためにぼくがずっと近くにいたんじゃ
ないか。さすがに命を取るような真似はしないよ」
「けッ、どうだか」
 胡乱な視線を送って吐き捨てる才人。ルイズも呆れたように肩をすくめた。
 そんな二人を相手に飄々と笑っている月目――地球で言うところの光彩異色の青年は、
ロマリアの助祭枢機卿ジュリオ・チェザーレ。かつてのロマリアの最盛期の大王と同じ名を
名乗るこの神官は、ルイズたちとは先のアルビオン戦役で、ロマリアの義勇軍という形で
対面している。その時から掴みどころのない性格と言動、態度で特に才人を散々に翻弄した
ものだった。

902ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/14(金) 06:42:39 ID:Ux9.ySDg
 このジュリオが何をしたのか、そもそもルイズたちが何故ロマリアにいるのか。初めから
順を追って説明をしよう。
 王立図書館の怪事件を、連戦に次ぐ連戦の果てに解決したルイズたちだが、すぐに次なる
旅が彼らの元に舞い込んできた。ブリミル教教皇との秘密の折衝のためにロマリアを訪問
していたアンリエッタから、オンディーヌにルイズとティファニアをロマリアまで至急連れて
くるよう命令があったのだ。何のためにそんな命令を出したのかは不明だったが、才人たちは
その指示通りにコルベールに頼んでオストラント号を出してもらって、ロマリアへと急行した。
 しかし入国してすぐに一行はトラブルに遭遇してしまった。ロマリアでは杖や武器は剥き出しで
持ち歩いてはいけない決まりなのだが、そんな慣習には疎い才人がうっかりデルフリンガーを
背負ったままロマリアの門をくぐろうとして、衛士に止められた。すると個人的にロマリアが
大嫌いなデルフリンガーが衛士に喧嘩を吹っかけ、その末に警戒を強化している最中の聖堂騎士の
一団に追いかけられる羽目になってしまったのだ。それが、昼の酒場での籠城戦の経緯である。
 しかし実はこの騒動の半分を仕組んだのがジュリオであった。才人たちがロマリアで困難に
ぶつかるように、教皇が誘拐されたという噂を聖堂騎士に流していたのだ。それで才人たちは
恐慌誘拐犯のレッテルを貼られ、執拗に追い回されたのであった。才人がおかんむりなのは
そういう訳であった。
 そんなことがあったのにちっとも悪びれる様子のないジュリオに不機嫌な才人だったが、
いつまでもへそを曲げていてもしょうがないという風に、ふと話題を変えた。
「けど、さっきの晩餐会は色々驚かされたな。ジュリオ、お前がヴィンダールヴで……教皇聖下が
ルイズやテファと同じ、“虚無”の担い手なんてさ」
 才人とルイズはティファニアとともに、アンリエッタと教皇聖エイジス三十二世こと
ヴィットーリオ・セレヴァレと囲んだ晩餐の席で、様々なことを聞かされた。その一つが、
ヴィットーリオが世界に四人いる“虚無”の担い手の一人であり、ジュリオが彼の使い魔……
才人と同等の立場だということである。まだ誰なのかは知らないが、ガリアにも“虚無”の
担い手がいることは判明しているので、これで“虚無”を担う四人の所在が全て判明した
ことになる。
 そしてヴィットーリオは、同じ“虚無”の担い手であるルイズとティファニアに、エルフから
聖地を取り返す協力を求めてきた。ヴィットーリオはハルケギニア中での人間同士の戦火を止める
方法として、聖地をエルフから人間の手に取り戻し、ハルケギニア中を統一しようと考えている
のだった。そして強大な力を以て聖地を占領しているエルフと渡り合うために、四つの“虚無”を
一箇所に集めてその力を背景に交渉を行うつもりだと。
 しかし、ヴィットーリオは実際に力を振るうつもりはないと言いつつも、才人とルイズは
それを詭弁だと感じた。ヴィットーリオのやろうとしていることは、要はエルフよりも大きい
力を振りかざして脅しを掛けるというものだ。才人たちはこれまでの経験から、力を拠りどころ
とする手段には非常に懐疑的なのであった。
 特に才人は、地球の歴史の暗部の一つを思い出した。それは超兵器R1号事件……。ウルトラ
警備隊の時代に発生した、防衛隊最大の汚点の一つであるそれは、惑星を丸ごと破壊する超兵器を
盾にして侵略者の行動を牽制する計画から端を発した。その超兵器R1号の実験でギエロン星が爆破
されたのだが、生物がいないと思われたギエロン星から怪獣が出現し、地球に報復をしてきたのだ。
地球人の生み出してしまった哀しき怪獣ギエロン星獣……本の世界で戦ったことは記憶に新しい。

903ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/14(金) 06:46:25 ID:Ux9.ySDg
 惑星破壊兵器による地球防衛は、この事件により、侵略者との兵器開発競争を過熱させて
しまうとの判断となって破棄されたのだが……ヴィットーリオはこれと同じことをしようと
しているのではないだろうか? 才人にはそう思えて仕方なかった。エルフを力で抑えつけたら、
向こうには不平が生じるだろう。それが報復となって自分たちに襲いかかって来ないと、何故
言える? ヴィットーリオは“虚無”に絶対的な自信があるようだが、力はどこまで行っても
ただの力。それを振るうルイズたちが、四六時中一切の隙をエルフに見せないなんてことが
出来るだろうか。
 アンリエッタもある程度は才人たちと同じ考えで、ヴィットーリオの提唱する方法に全面的に
賛成してはいなかった。しかし……彼女は一国の長故に、ハルケギニア中の人間による争いを
止めることの困難さをルイズたち以上に知っている。彼女では、他に戦を止める方法が思いつかない
がために、ヴィットーリオに強く反対することも出来ないでいた。そのため、結論は保留という
曖昧な態度を取っていた。
 そもそもそれ以前に、一つ重大な問題がある。ガリアの担い手だ。“虚無”が完全な力を
発揮するには始祖ブリミルに分けられた四つがそろわなければいけないが、あのジョゼフが
支配するガリアが協力をするはずがない。そこをどうにかしなければ、たとえルイズたちが
ヴィットーリオに協力したところで徒労が関の山だ。
 しかしヴィットーリオも抜かりないもので、既にガリアをどうにかしてしまう作戦を講じていた。
三日後にはヴィットーリオの即位三周年記念式典が開催されるのだが、そこにルイズとティファニア
にも出席してもらって、三人の担い手を囮にジョゼフをおびき出すというのだ。そうしてジョゼフを
廃位にまで追い込み、ガリアを無害化するというのがヴィットーリオの立てた計略であった。
 エルフのことはともかくとして、ルイズやタバサの身を狙うジョゼフには落とし前を
つけなければならない。才人はそれには賛成であったが、ルイズはこれも反対の立場を
取っていた。ジョゼフの力は未だ底が知れない……。事実、ゼロも才人も何度も危機に
陥っている。そのためルイズは強く警戒しているのであった。
 ヴィットーリオはこれらのことに対して、すぐの回答を求めなかった。それで晩餐会は
終わりを迎えたのだった。
「にしても、ちょっと意外だったな。あの教皇聖下、見たことがないくらいの優男なのに……
発言がやたら過激だった」
 晩餐会を振り返って、才人がぼやいた。ヴィットーリオは女性顔負けの、輝くような美貌を
有しており、更には完全に私欲を捨てたレベルの者だけが放てる慈愛のオーラを放っていた。
才人は初めて面と向かった時、しばし呆然としてしまったくらいだ。
 しかしそのヴィットーリオの思想や発言は、上記の通り。力を背景にした交渉を推し進めようと
する強引さに加え、才人は彼からの「博愛は誰も救えない」という断言が一番記憶に残っていた。
愛の感情に溢れた人間の発言とはとても思えない。
 このことについて、ジュリオは語る。
「それは無理からぬことさ。何せ、聖下が即位なさってからまだ三年ほどだけど、たった
それだけの間に聖下は苦渋の数々を経験なさってるのさ」
「苦渋?」
 才人とルイズがジュリオの顔を見返す。
「そうさ。ロマリアは国内外から“光の国”と称されるけど、実態はそれとは程遠いのは
きみたちも目にしたことだろう? この国は全く矛盾だらけさ」
 ジュリオのひと言に内心深く同意する二人。ロマリアに入国してから少し見ただけでも、
街の至るところに難民の姿と、彼らに対して全く無関心な神官の姿が目立った。籠城戦の
時も、聖堂騎士が才人たちにてこずっていると野次馬の市民から散々野次が飛んでいた。
普段権威を笠に着て威張り散らしている聖堂騎士の苦戦が愉快だったのだ。このひと幕で、
ロマリアの権力者が平民からどう思われているのかが垣間見えるだろう。
 “光の国”の呼び名は、ゼロの故郷ウルトラの星の別称と同じであるが、両者の内情は
天と地ほどの開きがあるのであった。

904ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/14(金) 06:49:39 ID:Ux9.ySDg
「大勢の民が今日のパンにも事欠く傍らで、各会の神官、修道士は今日も民からせしめた
お布施で贅沢三昧だ。今じゃ新教徒のみならず、終末思想じみたものを唱える異教すら
その辺で横行するありさまでね。聖下はそんなこの国の現状を解きほぐそうと、教皇就任から
ずっと努力されてきた。主だった各宗派の荘園を取り上げて大聖堂の直轄にしたり、寺院に
救貧院の設営を義務づけたり、免税の自由市を設けたりとかね。すると聖下を教皇に選んだ
神官たちは何と言ったか分かるかい? 新教徒教皇だってさ。ほんと勝手なもんだ」
 うんざりしたように肩をすくめるジュリオ。
「今のままでこれ以上神官たちの私利私欲を止めようとしたら、聖下は教皇の帽子を取り上げ
られてしまうだろう。そんな行き詰まった状態を打破しようと、聖下は聖地回復をお望みされて
いるという訳だ。聖下のご動機、分かってくれたかい?」
「ま、まぁ、一応は……」
 ジュリオのまくし立てるような説明により、才人は若干呆気にとられながらも、ヴィットーリオも
いたずらにエルフと事を構えたい訳ではないことを理解した。ルイズは同じように呆然としながら
ジュリオに問い返す。
「ジュリオ……あなただって神官なのに、随分とズバズバ国の痛いところを口にするのね。
まぁあなたはそういう人なんでしょうけど」
「今みたいな建前なんて必要のない、正直なところを遠慮なく発言できる国も聖下の目指されて
いるところだからね」
 実に口の回るジュリオは、ここで態度を一層崩す。
「まぁこんな小難しい話をしに来たんじゃないよ、ぼくは。ちょっとしたお誘いだ」
「またルイズにちょっかい掛けようってのか?」
「是非ともそうしたいところではあるが、残念ながら用事があるのはサイト、きみの方だ」
「えッ、俺?」
 やや面食らう才人。
「実はこの国には、是非きみに見てもらいたいものがあってね。ちょっとカタコンベに潜って
もらうことになるけど」
「うーん……悪いけど今日はもう疲れたから、明日にしてくれないか? 明日は時間あるか?」
「ああ。それじゃあ明日の早朝にしよう。明日は早起きを……」
 話している最中で、ジュリオの台詞が不意に途切れ、彼の目つきが一変。険しいものとなって
虚空を用心深く見回す。
「ジュリオ?」
 虚を突かれるルイズだが、才人もまたデルフリンガーを手に取り、警戒の態勢を取っている。
「……誰かいるな」
「気がついたかい。こういうことには鋭いんだね」
 二人は、姿は見えないが刺すような殺気がどこからかこの空間に向けられていることを
察知したのだった。実は才人とゼロは、ロマリアに来てからずっと、誰かに良く思われて
いない目で見られていることを感じ取っていた。ジュリオの尾行に気づかなかったのも、
その気配に隠れていたからだ。
 じり……と臨戦態勢を取る才人とジュリオ。そして息の休まらぬしばしの時間が過ぎた後……
彼らの客室が突如爆発炎上した!
「っはぁッ! いい反射神経だ!」
「散々鍛えられたからな!」
 しかしジュリオと才人はルイズを連れながら一拍早く扉から脱出していた。ごうごうと
燃え盛る火災から安全なところまで下がると、ジュリオが機嫌を害したような声で発した。
「客間とはいえ、大聖堂で爆発テロなんて穏やかならぬ話だ。これを仕掛けた奴、いい加減
姿を見せたらどうだい!? 近くにいるんだろう!?」
 辺りに向かって怒鳴ると、それに応ずるかの如く、三人の前に怪しいものが出現した。
 全体的に人型ではあるが、輪郭がかなりおぼろげで姿がはっきりとしていない。人間型の
人魂、という表現が一番しっくりくるだろうか。
 ルイズが驚き、才人とジュリオが反射的に身構えると、その人魂は言葉を発した。
『六千年の時を隔て、再び相まみえようとは……。受けるがいい、このキリエル人の裁きをッ!』

905ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/14(金) 06:50:25 ID:Ux9.ySDg
今回はここまでです。
いちいち説明なげぇ。

906ウルトラ5番目の使い魔 61話 (1/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:24:24 ID:1IG2yQTQ
ウルゼロの人乙です。
こんにちは。ウルトラ5番目の使い魔、61話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

907ウルトラ5番目の使い魔 61話 (1/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:29:54 ID:1IG2yQTQ
 第61話
 魔法学院新学期、アラヨット山大遠足!
 
 えんま怪獣 エンマーゴ 登場!
 
 
 透き通るような青い空、カッと照り付けてくる日差し、そして背中に背負っている弁当の重み。
「夏だ! 新学期だ! 遠足だ! いえーい!」
「いえーい!」
 早朝のトリステイン魔法学院にギーシュたち水精霊騎士隊と才人の能天気な叫び声がこだまする。その様子を、ルイズやモンモランシーら女子生徒たちはいつもながらの呆れた眼差しで見つめていた。
「まったくあいつらと来たら、これがカリキュラムの一環の校外実習だってわかってるのかしら?」
「ほんと、男っていくつになっても子供ね。あの連中、落第しないでちゃんと卒業できるのかしらね?」
 校庭に集まっている全校生徒。彼らはがやがやと騒ぎながら、待ちに待ったこの日が晴天になったことを感謝していた。
 今日は魔法学院の全校一斉校外実習、いわゆる遠足だ。しかし魔法学院ゆえにただの遠足というわけではなく、彼らが浮かれている理由はこれが年に一度だけ採集を許される特別な魔法の果実、ヴォジョレーグレープの解禁日だからである。
「ヴォジョレーグレープは普段は不味くて何の役にも立たない木の実です。ですが年に一度だけ、この世のものとも思えない甘味に変わる日があって、そのときのヴォジョレーグレープで作るワインはまさに天国の味! 魔法学院の皆さんも、年に一度のその味を楽しみにしておられました。そしてそれが今日、この解禁日なのです!」
「うわっ、シエスタ! あんたいつの間にここにいたのよ?」
 ルイズはいきなり後ろから解説をしてきた黒髪のメイドに驚いて飛びのいた。しかしシエスタは悪びれた様子もなく、わたしもついていきますよと、背中にすごい量の荷物を背負いながら答えた。
「えへへ、ワインといったらわたしを外してもらうわけにはいきませんからね。タルブ村名産のブドウで培ったワインの知識は伊達ではありませんよ。ほら、ちゃあんとマルトー親方の許可もいただいています」
「んっとに、最近見ないと思ってたら忘れたころにちゃっかり出てくるんだから。でも忘れないでね、ヴォジョレーグレープは味のこともだけど、そのエキスは解禁日にはあらゆる魔法薬の効果を増幅する触媒にもなるすごい果物になるのよ。それを使って、魔法薬の配合の実地訓練をおこなうのが校外実習の目的。食べるのは余った分だけなんだからね」
「はいはーい、毎年実習で使うより余る分が多いのはよく存じておりますとも。持ち帰った分は親方がすぐに醸造できるよう準備してますから、ミス・ヴァリエールも楽しみにしていてくださいね」
「はいはい、わかったからあっち行きなさい。ったく……」
 ルイズは頬を紅潮させながらシエスタを追い払った。内心では、ほんとにあの胸メイドは、と思いながらも口の中にはよだれがわいている。

908ウルトラ5番目の使い魔 61話 (2/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:32:03 ID:1IG2yQTQ
 だが無理もない。ヴォジョレーグレープで作るワインは、満腹の豚さえ土に飲ませずというほど、嫌いな人間のいない絶品で、ルイズもむろん大好物であった。しかも原木が人工栽培は不可能な上に、作っても数日で劣化してしまうために市場にはまったく流通していない幻の産物であった。味わう方法はただひとつ、解禁日に収穫、醸造してすぐに飲むことだけなのだ。
 むろん、楽しみにしているのは生徒だけではない。教師たちを代表して、オスマン学院長が壇上から集まった生徒たちに挨拶を始めた。
「えー、諸君。本日は待ちに待った解禁日じゃ。諸君らも、今すぐにでも出発したいところじゃろうが、焦ってはいかんぞ。ヴォジョレーグレープの生えている山は自然のままの姿で保存され、険しいうえに獣や亜人が出る危険性もある。普段は盗人を退けるために、山の周囲は特殊な結界で覆われておるが、今日だけはそれが解かれる。じゃが、そうなると邪な者も入ってこれるということになる。くれぐれも気を抜くでないぞ、よいな」
 オスマンの説明に、才人はごくりとつばを飲んだ。さすがは魔法学院の遠足、楽なものではない。
「しかし諸君らは貴族、身を守るすべは心得ておろう。それに、この遠足は今学期より入ってきた新入生と在校生との親睦を深める意味もある。スレイプニィルの舞踏会で歓迎を、そしてこの実習で団結力を深めるのじゃ。在校生諸君、先輩としてみっともない姿を後輩たちに見せてはいかんぞ。そして新入生諸君は先輩を見習い、一日も早くトリステイン貴族にふさわしい立派なメイジになるよう心がけるのじゃ。では、詳しいことはミスタ・コルベールに頼もう、よく聞いておくようにの」
「おほん、新入生諸君、学院で『火』の系統を専攻しているジャン・コルベールです。よろしくお願いします。では、本日の校外実習のルールを復習しておきましょう。在校生は三人が一組になって、新入生ひとりをつれてヴォジョレーグレープの採集をおこなってもらいます。採集するのはひとりが革袋ひとつ分までで、それ以上を採ったら全部没収させてもらいます。そして、集めた分だけを使ってポーションを作っていただき、私たち教師の誰かに合格をもらえば残りは持ち帰ってかまいません」
 生徒たちから、おおっ! と歓声があがった。だが、陽光を反射してコルベールの頭がキラリと冷たく光る。
「ですが! もしグループの中で、ひとりでも合格が出なかった場合はグループ全員の分を没収させてもらいます。これは、団結力を高めるための実習だということをくれぐれも忘れないようにしてください。助け合いの気持ちを忘れずに、我々はちゃんと見張ってますからズルをしてはいけませんよ。では、全員が合格しての笑顔での帰還を祈って、全力を尽くすことを始祖に誓約しましょう。杖にかけて!」
「杖にかけて!」
 生徒たちから一斉に唱和が起こり、場の空気がぴしりと引き締められた。一瞬のことなれど、その威風堂々とした姿は彼らがまさに貴族の子弟であるという証左であった。
 そしてコルベールは満足げにうなづくと、最後に全員を見渡して告げた。
「では、これより出発します。在校生はあらかじめ決められた三人のグループになってください。新入生はひとりづつクジを引きに来て、引いたクジに書かれているグループのところに行ってください。合流したグループから出発です、皆さんの健闘を祈ります、以上です」
 こうして解散となり、ルイズたちは自分たちを探しに来るであろう後輩の目につきやすいように開けたところに出た。

909ウルトラ5番目の使い魔 61話 (3/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:36:37 ID:1IG2yQTQ
 ルイズのグループは、ルイズ、モンモランシーにキュルケを含めた三人と決まっていた。なお才人は使い魔としての扱いであるので頭数には入っていない、しかしルイズはキュルケと同じグループというのが気に入らなかった。
「もう、せっかく年に一度の日だっていうのに、よりによってキュルケと組になるなんて最悪だわ」
「あら? わたしはラッキーだと思ってるわよ。ゼロのルイズがどんな珍妙なポーションを作るか、間近で見物できるなんて願ってもないチャンスだもの」
「ぐぬぬぬ、人のこと言ってくれるけどキュルケのほうこそどうなのよ? ポーションの調合なんて、火の系統のあんたからしたら苦手分野なんじゃないの?」
「あら? わたしは心配いらないわよ。だって、わたしには水の系統ではすっごく頼りになる……頼りになる……え?」
「どうしたのよ?」
 調子に乗っていたキュルケが突然口を閉ざしてしまったため、ルイズが白けた様子で問い返すと、キュルケは困惑した様子で答えた。
「いえ、水の系統が上手で頼りになる誰かがいたはずなんだけど……おかしいわね、誰だったかしら……?」
「はぁ? キュルケ、あなたその年でもうボケはじめたの? だいたい、学院中の女子から恋人を奪っておいて散々恨みを買ってるあんたとまともに話をするのなんて、わたしたちと水精霊騎士隊のバカたちくらいじゃないのよ」
「そ、そうね……おかしいわね、けど本当にそんな子がいたように思えたのよ。変ね……こう、振り向けばいつも隣にいるような……」
「ちょっとしっかりしてよ。あんたは入学してからずっと一人で……一人で、あれ?」
 キュルケが頓珍漢なことを言い出したのでルイズが文句を言おうとしかけたとき、ふとルイズも心の片隅に違和感を覚えた。そういえば、キュルケの隣にはいつも……
 しかし、ルイズが考え込もうとしたとき、同じグループになっているモンモランシーがじれたように割って入ってきた。
「ねえ、ルイズにキュルケ、起きながら夢を見るのはギーシュだけにしてくれないかしら? そんなことより、もうすぐわたしたちのところにも新入生が来るわよ。ちょっとは先輩らしくしてないと恥をかいても知らないからね」
 言われてルイズもキュルケもはっとした。確かにわけのわからないデジャヴュに気を取られている場合ではなかった。
 それにしても、今学期からの新入生は見るからに粒の大きそうなのが多そうだ。ルイズたちが他のグループを見渡すと、多くのグループで新入生の女子が先輩たちを逆に叱咤しながら出発していくのが見えた。その大元締めはツインテールをなびかせながら先頭きって歩いていくベアトリスで、聞くところによると彼女たちは水妖精騎士団というものを作って男に張り合っているらしく、さっそく下僕を増やしているようだ。
 ほかに目をやれば、ティファニアが遠くから手を振ってくるのが見えた。彼女も今学期から魔法学院で学ぶことに決め、新入生として入ってきたのだ。もちろん才人は迷わずに手を振ってティファニアに応えた。
「おーいテファーっ! っと、テファの引いたグループはギーシュのとこかよ。ギーシュの奴、一生分の幸運を今日で使い果たしたなこりゃ」
 ティファニアの隣を見ると、よほどうれしかったのかギーシュが泣きじゃくりながら始祖に祈っているのが見えた。才人は、気持ちはわからなくもないけど、ありゃ遠足が終わった後は地獄だなと、自分の隣で怒髪天を突きそうなモンモランシーを横目で見て思った。

910ウルトラ5番目の使い魔 61話 (4/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:41:25 ID:1IG2yQTQ
 けど、それにしても自分たちのとこに来るはずの新入生が遅いなとルイズたちは思った。もう組み合わせのくじ引きは全員終わっているはずだ、どこかで迷子にでもなっているのではと心配しかけたとき、唐突に声がかけられた。
「あの、すみません。こちら、ティールの5の組で間違いないでしょうか?」
 振り返ると、そこにはフードを目深にかぶった女性とおぼしき誰かが立っていた。ルイズはやっと来たかと思いつつ、先輩風を吹かせながら答えた。
「ええそうよ、よく来たわね。わたしはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。こっちとこっちはキュルケにモンモランシーよ、歓迎するわ。あなたはなんていうの?」
「アン……と、お呼びください。ウフフ」
 新入生? は、短く答えるとルイズの目の前まで歩み寄ってきた。相変わらず顔はフードで覆ったままで口元しか見えないが、微笑んでいるのはわかった。しかし、先輩を前にして顔を見せないとはどういう了見だろうか?
「アン、ね。それはいいけど、吸血鬼じゃあるまいし顔くらい見せなさいよ。礼儀がなってないわね、どこの家の子よ?」
「フフ、どこの家と申されましても、先輩方もよくご存じのところですわよ。ただ、お口にするのは少々遠慮なされたほうがよろしいですわ」
 その瞬間、ルイズたちの反応はふたつに割れた。ルイズやモンモランシーは無礼な口をきいた新入生への怒りをあらわにし、対して第三者視点で見守っていたキュルケは「この声はもしかして?」と、口元に意地悪な笑みを浮かべてルイズたちをそのまま黙って見守ることにしたのだ。
「あんた、どうやらまともな口の利き方も知らないようね。顔を見せないどころか、このラ・ヴァリエールのわたしに向かって家名すら名乗らないなんて舐めるにも程があるわ! どこの成り上がりか知らないけど、今すぐその態度を改めないなら少しきつい教育をしてあげるわよ!」
 ルイズは杖を相手に向け、フードを取らないなら無理やり魔法で引っぺがしてやるとばかりに怒気をあらわにする。才人が、「おいそりゃやりすぎだろ」と止めに入っても、プライドの高いルイズは才人にも怒声を浴びせて聞く耳を持っていない。
 しかし、杖を向けられているというのに、その新入生? は少しもひるんだ様子はなく、むしろからかうようにルイズに向けて言った。
「ウフフ……相変わらずルイズは元気ね。まだわからないのですか? わたくしですわよ、わたくし」
「はぁ? わたしはあんたみたいな無礼なやつに知り合いな、ん……ええっ!?」
 ルイズは、相手がフードをまくって自分たちにだけ見えるようにのぞかせた顔を見て仰天した。それは、涼しげなブルーの瞳をいたずらっぽく傾けた、トリステインに住む者であれば見間違えるわけのないほどに高貴なお方。すなわち。
「ア、アア、アンリエッタじょお、うぷっ!」
「駄目ですわよルイズ、わたくしがここにいることが他の生徒の方々にバレたら騒ぎになってしまいます。このことは内密に頼みますわ」

911ウルトラ5番目の使い魔 61話 (5/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:43:10 ID:1IG2yQTQ
 叫ぼうとしたルイズの口を指で押さえ、アンリエッタは軽くウインクして告げた。だがルイズは落ち着くどころではなく、隣で泡を食っているモンモランシーほどではないが、可能な限り抑えた声で必死で、こんなところにいるはずがないアンリエッタ女王に詰め寄った。
「どど、どうしたんですか女王陛下! なんでこんなところにいるんです? お城はどうしたんですか!」
「だってルイズ、最近あんまり平和が続きすぎて退屈で退屈でたまらなかったんですもの。それでルイズたちが楽しそうなイベントに向かうと聞いて、いてもたってもいられなくなったんですの」
「女王陛下たるお方が不謹慎ですわよ。いえそれよりも、お城はどうなさったんです? 女王陛下がいなくなって大変な騒ぎになってるんじゃないんですか?」
「大丈夫ですわ。銃士隊の方で、わたくしと体つきが似ている子に『フェイス・チェンジ』の魔法を使って身代わりになってもらいましたから、今日の公務は会議の席で座っているだけですからバレませんわよ」
 笑いながらいけしゃあしゃあとインチキを自慢するアンリエッタに、ルイズは放心してそれ以上なにも言えなくなってしまった。この方は女王になって落ち着いたかと思ったけどとんでもない、根っこは子供の時のままのおてんば娘からぜんぜん変わってなかったのね。
 自分のことを棚に上げつつ頭を抱えるルイズ。才人は、そんなルイズにご愁傷さまと思いつつ、微笑を絶やさないでいるアンリエッタに話しかけた。
「つまりお忍びで女王陛下も遠足に参加したいってわけですね。けど、あのアニエスさんがよくそんなことに隊員を使わせてくれましたね?」
「ええ、もちろんアニエスは怒りましたわ。でも、アニエスとわたくしはもう付き合いも長いものですから、お願いを聞いていただく方法もいろいろあるんですわよ。たとえば、アニエスが国の重要書類にうっかりインクをぶちまけてしまったりとか、銃士隊員の方が酔って酒場を破壊してしまったりとか、わたくしはみんな知っておりますの。もちろん、オスマン学院長からも快く遠足に参加してよいと許可をいただいてますわ」
 にこやかに穏やかに語っているが、才人やルイズは「この人だけは敵に回したらいけない」と、背筋で冷凍怪獣が団体で通り過ぎていくのを感じた。モンモランシーはそもそも話が耳に入っておらず、キュルケは「よほどの大物か、それともよほどの悪人か、どっちの器かしらね」と、母国の隣国の総大将の人柄を観察していた。
 
 とはいえ、今更「帰れ」と言うわけにもいかないので、ルイズたち一行はアンリエッタを加えて遠足に出発した。
「本当にうれしいですわ。ルイズといっしょにお出かけなんて何年ぶりでしょう。モンモランシーさん、今日のわたくしはただの新入生のアンですわ。仲良くしてくださいね」
「は、はい! 身に余る光栄、よよ、よろしくお願いいたしますです」
 舌の根が合っていないが、王族からすればモンモランシ家など吹けば飛ぶような貧乏貴族であるからしょうがない。モンモランシーにはとんだとばっちりだが、ルイズにも気遣ってあげるほどの余裕はなかった。
 万一女王陛下にもしものことがあれば、その責任はまとめて自分に来る。そうなったら確実にお母様に殺される、人間に生まれたことを後悔するような目に合わされてしまう。

912ウルトラ5番目の使い魔 61話 (6/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:49:51 ID:1IG2yQTQ
 すっかりお通夜状態のルイズとモンモランシーに対して、アンリエッタのルンルン気分はフードをかぶっていても才人にさえ感じられた。四頭だての馬で、目的地の山まではおよそ二時間ほど、それまでこの異様な雰囲気の中でいなければいけないのかと才人は嫌になった。
 けれど、そこでいい意味で空気を読まないのがキュルケである。
「ねえ女王陛下、目的地まで時間はたっぷりあることですし、楽しいお話でもいたしません? たとえば、ルイズの子供のころの思い出話とかいかがかしら?」
 その一言に、アンリエッタの表情は太陽のように輝き、対してルイズの表情は新月の月のように暗黒に染まった。
「まあ素敵! もちろんたくさん思い出がありますわよ。まずどれがいいかしら? そうだわ、あれは幼少のわたくしがヴァリエール侯爵家へお泊りに行った日の夜」
「ちょ、ちょっと女王陛下! あの日のことはふたりだけの秘密だって約束したはずです! って、それならあれはって、いったい何を話す気ですか、やめてください!」
 ルイズは天使のような笑みを浮かべるアンリエッタがこのとき悪魔に見えてならなかった。
 まずい、非常にまずい。ルイズは人生最大のピンチを感じた。アンリエッタは、自分の人に聞かれたくない過去を山ほど知っている。アンリエッタは聡明で知られるが、特に記憶力のよさはあのエレオノールも褒めるほどだった。つまり、ルイズ本人が忘れているようなことでさえアンリエッタは覚えている可能性が非常に高い。
 これまで感じたことのないほどの大量の冷汗がルイズの全身から噴き出す。ただしゃべられるだけならともかく、聞いているのはキュルケに才人だ。しかもモンモランシーまで、さっきまでのうろたえようから一転して好奇心旺盛な視線を向けてきている。もしも、自分の恥ずかしい過去の数々がこいつらに聞かれようものなら。
”まずい、まずすぎるわ。こいつらに聞かれたら絶対に学院中に言いふらされる。そうなったら『ゼロのルイズ』どころじゃないわ、身の破滅よ!”
 過去の自分を止めに行けるものなら今すぐ行きたい。しかしそうはいかない以上、できることはなんとかアンリエッタを止めるしかない。
「じょ、女王陛下! おたわむれを続けると言われるのでしたら、わたしも女王陛下の子供のころの」
「何をしゃべろうというのですかルイズ?」
 その一声でルイズは「うぐっ」と、口を封じられてしまった。王族の醜聞を人前で語るほどの不忠義はない、それにしゃべったとしてもキュルケやモンモランシーがそれを他人に話すわけがないし、誰も信じるわけがない。
 絶対的に不利。ルイズに打つ手は事実上なかった。まさか女王に向かって力づくの手をとれるわけがない、ルイズは公開処刑前の囚人も同然の絶望を表情に張り付けて、これが悪夢であることを心から願った。
 だがアンリエッタは「ふふっ」と微笑むと、してやったりとばかりにルイズに言った。
「ウフフ、本当にルイズは乗りやすいわね。冗談よ、わたくしがルイズとの約束を破るわけがないじゃないの。昔話もいいけれど、わたくしは今のルイズのお話を聞きたいわね」
「なっ! じ、女王陛下……は、はめましたわね!」
 証拠はアンリエッタの勝ち誇った笑顔であった。ルイズは、自分が最初からアンリエッタに遊ばれていたことをようやく悟ったのである。

913ウルトラ5番目の使い魔 61話 (7/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:53:07 ID:1IG2yQTQ
 ルイズの悔しそうな顔を見て、アンリエッタはうれしそうに笑う。キュルケは、ルイズの面白い話が聞けなくて残念ねと言いながらも笑っているところからして、こちらも最初からアンリエッタの意図を読んでいたらしい。
 しまった、焦って完全に陛下の術中に陥ってしまった。この人は昔から、笑顔でとんでもないことを仕掛けてくるのが大好きだった。姫様が意味もなく笑ってたら危険信号だと幼いころなら常識だったのに。
「もうルイズったら、昔のあなたならこのくらいのあおりにひっかからなかったのに。わたくしと遊んでくださっていた頃のことなんて、もう忘れてしまったのですか?」
「そ、そんなこと言われても。もうわたしたちだって子供じゃありませんし。それに最近はいろいろあって気が休まる暇もなかったじゃないですか!」
「そうね、最近は……あら、そういえば最近なにかあったような気がするけど、なんだったかしら? ルイズ、最近どんなことがありましたかしら?」
「もう女王陛下、そんなことも忘れてしまったのですか! ついこのあいだトリステインはロマリアとガリアを……えっ?」
 思い出せない。トリステインは、ロマリアとガリアを相手に……なんだったろうか? ルイズは思わず才人やキュルケ、モンモランシーにも尋ねてみたが、三人とも首をかしげるばかりだった。
「そういや、なんかあったっけかな? てか、おれたちここ最近なにしてたっけか?」
「うーん、なにか忙しかったような。えっと、なんだったかしらモンモランシー?」
「あなたたち何を変なこと言ってるのよ。ここしばらく、事件みたいなことは何もなかったじゃない。トリスタニアの復興ももう終わるし、世は何事もなしよ」
 このときモンモランシーは自分が矛盾を含んだ言葉を口にしていることに気づいていなかった。
 なにかがおかしい。だが誰もなにがおかしいのかがわからないでいる。
「んーん、なんだっけかなあ? けどまあ、思い出せないってことはたいしたことじゃないんじゃないか?」
「そうね、サイトの言う通りかもね。あーあ、なんか頭がモヤモヤしてやな気分になっちゃったわ。話題を変えましょう。女王陛下、最近ウェールズ陛下とのお仲はどうなのですか?」
 キュルケが話を振ると、アンリエッタはそれはさぞうれしそうに答えた。
「はい、今はそれぞれの国で離れて暮らしておりますけれども、毎日のようにお手紙のやりとりをしてますので、まるでわたくしもアルビオンにいるように感じられますのよ。それに、もうすぐ全地方の領主の任命がすみますから、そうすればしばらくトリステインでいっしょに暮らせるんですの、楽しみですわ」
 アンリエッタとウェールズの鴛鴦夫婦ぶりは、もうトリステインで知らない者はいないほどだった。
 のろけ話の数々がアンリエッタの口から洪水のように飛び出し、キュルケやルイズは楽しそうに聞き出した。モンモランシーも、ギーシュもこうだったらいいのになとしみじみと思いながら聞き入っており、蚊帳の外なのは才人だけである。
「なあデルフ、おれあと二時間もこれ聞かされなきゃいけねえのか?」

914ウルトラ5番目の使い魔 61話 (8/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:53:58 ID:1IG2yQTQ
「はぁ、こういうことがわからねえから相棒はダメなんだよ」
 デルフにさえダメ出しされる才人の鈍感さは、もはや不治の病と呼んでもいいだろう。デルフは、少しはまじめに聞いて参考にしやがれと才人に忠告し、才人はしぶしぶ従ったが、デルフは内心どうせダメだろうなとあきらめかけていた。
 蒼天の下をとことこと進む四頭の馬。楽しそうな話し声が風に乗って流れ、女子たちの笑顔がお日様に照らされて輝き続ける。先ほどの違和感のことを覚えている者はもうひとりもいなかった。
 
 
 そして時間はあっというまに過ぎ、昼前になって目的地のヴォジョレーグレープの自生している山に到着した。
「うわー、こりゃまたジャングルみたいな山だな」
 ふもとから見上げて、才人は呆れたようにつぶやいた。高尾山登山みたいなものを想像していたがとんでもない、まるで中国の秘境で仙人が住んでいそうなすさまじく険しい高山だった。
 これはさぞかし荘厳な名前がつけられた山なんだろうなと才人は思った。しかし。
「ついたわよ、アラヨット山!」
 ルイズが大声で叫んだ名前のあまりに珍奇な響きに、才人は盛大にずっこけてしまった。
「ル、ルル、ルイズなんだよ、その山の名前はよぉ?」
「ん、あんた知らなかったの? この山にはじめて登頂して解禁日のヴォジョレーグレープを持ち帰ってきた平民の探検家がつけた名前よ。その勇敢さには貴族ですら敬意を表したと言われるわ、確か自分のことを”エドッコ”だと名乗ってたそうよ」
「ああ、さいですか」
 どうやら昔にトリステインにやってきた地球人らしいが、さすが世界に冠たる変態民族ジャパニーズ。残していく足跡の濃さが半端ではない。
 しかし、こちとらは探検家ではない。こんな要塞みたいな山どうやって登るんだよと呆然とする才人。しかしモンモランシーが杖を取り出してこともなげに言った。
「ヴォジョレーグレープは人間の手の入っていない秘境でしか育てない繊細な植物なのよ。それも、山頂でしかいい実はとれないから、ここからは早い者勝ちね。ん? どうしたのサイト、あなたを抱えていかなきゃいけないんだから早くロープで体をくくりなさいよ」
「あ、そういやメイジは飛べるんだったな。なるほど、これも魔法の授業の一環ってことか」

915ウルトラ5番目の使い魔 61話 (9/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:55:08 ID:1IG2yQTQ
 納得すると、才人はあまりうれしそうな顔ではないモンモランシーに感謝しつつ、彼女と体をロープでつないだ。フライの魔法で浮ける力には個人差があるが、どうやらここにいるメイジはルイズ以外、人ひとりを抱えて飛べるくらいの力はあるようだ。なおルイズはアンリエッタに抱えられている、新入生に運んでもらうなんて傑作ねと、周りで飛んでいる別のグループの生徒が笑っていたが、ルイズ的にはキュルケに借りを作ることのほうがプライドが許さなかったようだ。
「あーあ、こんなときに……の……に乗ればひとっ飛びだったのにね。あら? 誰の、なにだったかしら」
 キュルケがふと首をかしげたのもつかの間、険しい山もその上をまたいでいくメイジにかかっては積み木と変わらず、一行はたいしたトラブルもなくアラヨット山の山頂付近へと到着していた。
 山頂では特別教員のカリーヌやエレオノールが試験官として待っており、到着した者に厳しく言い渡した。
「ようし、よくここまでやってきましたね! しかし、本番はこれからです。上級生は日ごろ学んだ知識を活かし、新入生は上級生からよく学んで立派なポーションを作るように。落ち着いてやればできないことはありません、諸君らにトリステイン貴族としての矜持と信念があればおのずと道は開けるでしょう。ポーション作りもまた、魔法の一環である以上は精神のありようが結果を大きく左右します。採点に手加減はしないからそのつもりでいなさい。では、かかれ!」
 カリーヌとエレオノールの、娘や妹でも容赦しないという視線を背にして、ルイズたちは「これは本気でかからないと危ない」と、飛び出した。
 ボジョレーグレープの木は普通のブドウとよく似ていたが、実の形が決定的に違っていた。実がまるで紫色のダイヤのように高貴に輝いており、才人が見てさえこれが貴重なものだということが一目でわかった。それが木の枝中にびっしりと実っており、木一本でグループ全員の分としては十分すぎるほどであった。
 しかし、この神秘的な光景は解禁日の今日だけなのだ。急いで収穫してポーション作りを始めないといけない。見ると誰に運んできてもらったのかシエスタが地面に落ちた質の落ちる実をせっせと拾い集めて背中のかごへ入れている。負けていられない。
「ルイズ、足を引っ張らないでよ」
「馬鹿にしないでよ。実技ならともかく、ポーションならわたしだってなんとか……女王陛下は大丈夫ですか?」
「うふふ、心配なさらないで。モンモランシーさんが優しく指導してくださってますから」
「あわわ、女王陛下に手ほどきするなんてなんて名誉な。もし失敗なんかしたらモンモランシ家は、あわわわ」
「で、結局めんどくさい収穫作業はおれってことだよな。わかってましたよはいはい」
「相棒はマシなほうだろ、俺っちなんか剪定バサミの代わりだぜ。うれしすぎて泣けてくるぜ」
 こんなのでちゃんとしたポーションが作れるのだろうか? 不安がいっぱいで、木の下でシートを広げてポーション作りにいそしむ一行であった。

916ウルトラ5番目の使い魔 61話 (10/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 20:59:10 ID:1IG2yQTQ
 少し耳を澄ますと、ティファニアやベアトリスの悲鳴が聞こえてくるあたり、ほかのグループも難儀しているようだ。カリーヌのプレッシャーがすごいのと、どうやら今年のヴォジョレーグレープは実の品質の差が大きいらしい。
 
 だが、てんやわんやながらも楽しくできたのはそこまでだった。突然、山が崩れるのではないかという巨大な地震が彼らを襲い、山肌を崩して異様な魔人が巨体を現してきたのだ。
「ドキュメントZATに記録を確認、えんま怪獣エンマーゴ」
 才人の手の中のGUYSメモリーディスプレイが怪獣の正体をあばく。というより、鎧姿で剣と盾を構えて、王と刻まれた冠をかぶっている怪獣なんて他にいやしないのだから間違えるほうが困難だ。
 エンマーゴは地中からその姿を現すと、巨体で木々を踏みつぶし、口から吐き出す真っ黒な噴煙で山々の緑を枯らし始めた。
「野郎、このあたりをまとめてコルベール山にする気か!」
「はげ山って言いたいわけねサイト。この状況でとっさにそんなセリフが出てくるあたり、あんたもたいしたタマねえ」
 モンモランシーが呆れたような感心したような表情で後ろから見つめてくる。才人としては別にコルベールに悪意などを持っているわけではないのだが、ハゲという単語が頭の中で自動的に変換されてしまうのだ。
 しかし、このままエンマーゴに暴れさせるわけにはいかない。奴はまっすぐにアラヨット山を目指してくる。
「まあ大変ですわ。このままヴォジョレーグレープがだめにされたら、せっかくの楽しい遠足が台無しになってしまいます」
「女王陛下もけっこう余裕ですわね……と、とにかくここはご避難くださいませ」
 どこか現実離れした態度のアンリエッタにも呆れつつ、モンモランシーは自身の主君を怪獣の脅威から遠ざけるために、山の反対側を指して避難を促した。これに、家名のために王家に恩を売っておくべきという打算が入っていなかったといえば恐らく嘘になろうが、うまいジュースを作るには果汁の中に些少の水も必要であろう。人間とは血と肉と骨の混成体であり、その精神が混成体であってはいけない道理などはない。
 しかし、無法を我がものとする怪獣の暴挙に対して、逃げるわけにはいかない者たちもいる。才人とルイズは、キュルケにあとのことはよろしくと目くばせすると、仲間たちから離れて手をつなぎあった。
 
「ウルトラ・ターッチッ!」
 
 光がほとばしり、進撃するエンマーゴの眼前にウルトラマンAがその白銀と真紅の巨体を現した。

917ウルトラ5番目の使い魔 61話 (11/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 21:00:22 ID:1IG2yQTQ
「ウルトラマンAだ!」
 生徒たちから歓声があがる。みんなが楽しみにしていた遠足を邪魔する奴は許せないと現れた正義の巨人は、生徒たちに勇気と希望をもたらしたのだ。
「テエェーイッ!」
 掛け声も鋭く、ウルトラマンAは刀を振り上げてくるエンマーゴに立ち向かっていった。
 ウルトラマンAの金色の目と、エンマーゴのつりあがった真っ赤な視線が交差し、両者は刹那に激突する。エースの放ったキックをエンマーゴは盾で防ぐが、盾ごとエースはエンマーゴの巨体を押し返した。
 だがエンマーゴも負けてはいない。恐ろしげな顔をさらに怒りで燃え上がらせ、巨大な刀を振り上げてエースを威嚇してくる。あれで切られたらタロウのように一巻の終わりだ! エースは才人とルイズに注意を喚起した。
〔気を付けろ、一度戦ったことのある相手だが、油断は禁物だぞ〕
〔はい北斗さん、って……あれ? エンマーゴと戦ったことなんて、ありましたっけ?〕
〔あ、いやすまない。俺の勘違いだ……くそっ〕
 妙なことを言い出すエースに一瞬だけ首をかしげつつ、才人はルイズとともにエンマーゴに向かい合った。
 エンマーゴの特徴は、なんといってもその重装備だ。十万度の高温にも耐える鎧に、ストリウム光線をもはじく盾、そしてなんでも切断できる刀である。こと接近戦となれば太刀打ちできる怪獣や星人は宇宙中探してもそう多くはないだろう。
 しかし、エースにも今ならばからこそある武器がある。才人は、自分の相棒である世界最強の剣(才人談)を使うようエースにうながした。
〔北斗さん! デルフでぶった斬ってやろうぜ〕
〔ようし、まかせろ!〕
 相手が刀ならこちらも刀で勝負するまで。デルフリンガーを拾い上げたエースは物質巨大化能力を使って、数十メートルの大きさにまで巨大化させた。
 日本刀へと姿を変えているデルフを構えるエース。デルフも、この姿での巨大化初陣に張り切っている。
「うひょぉ、やっぱ大きくなると眺めがいいぜ。さぁて、サムライソードになったおれっちの威力、おひろめといこうか」
 剣は誰かに使ってもらわないと出番を作りようがないため、巡ってきたチャンスにはどん欲になるのはわかるが、せっかくの決め場なんだから少しは自重してほしいと思わないでもない才人とルイズであった。
 ともあれ、剣を構え、エンマーゴと対峙するエースの雄姿に新たな歓声があがる。メイジ、貴族にとって剣は平民の使う下賤な武器というイメージがあるが、ここまで大きいと有無を言わさぬ迫力がある。
「ヘヤアッ!」
 エースのデルフリンガーと、エンマーゴの宝剣が激突して、鋭い金属音とともに火花が飛び散る。デルフリンガーの刀身は、十分にエンマーゴの刀との斬りあいに耐えられることが証明された。

918ウルトラ5番目の使い魔 61話 (12/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 21:02:49 ID:1IG2yQTQ
 ようし、これならいけると喜びの波が流れる。さらに一刀、二刀と斬り合いが続いたがデルフリンガーは健在で、デルフ自身も不調を示すことはない。
 けれど、これで互角というわけではなかった。エースにあるのはデルフリンガー一本だが、エンマーゴには刀のほかに鎧と盾がある。防御力では圧倒的にエンマーゴのほうが優勢なのだ。
〔やつめ、誘ってやがるな〕
 才人は、せせら笑っているようなエンマーゴを見て思った。これだけ武装の差があれば当然といえるが、戦いは武器だけで決まるものではない。
 そう、戦いは人がするもの。人の力がほかの要素を引き出し、生かしも殺しもする。ルイズは才人に、それを見せてやれと叱咤した。
〔サイト、あんたの力を見せてやりなさい。あのときみたいに!〕
〔ああ、あのときみたいに。いくぜ、これがウルトラマンの本当の力だぁーっ!〕
 才人とエースの心が同調し、エースはデルフリンガーを正眼に構えて一気に振り下ろした。それに対して、エンマーゴは「バカめ」とでもいうふうに盾を振り上げてくる。盾で攻撃を防いで、そこにカウンターで切り捨てようという気なのだ。
 デルフリンガーとエンマーゴの盾が当たり、エンマーゴの口元がニヤリと歪む。しかし、エンマーゴは次の瞬間に予定していたカウンターを放つことはできなかった。エースの剣は盾で止まらずに、そのまま力を緩ませずに盾ごと押し下げてきたのだ!
〔なに安心してやがんだ! 本番はこれからだぜ!〕
 才人の気合とともに、止まらない一刀が火花をあげながらエンマーゴの盾を押し込み、なんと盾に食い込み始めた。
 灯篭切りというものがある。達人が、一刀のもとに石でできた灯篭を真っ二つにしてしまうというものだ。それに、日本では武者が盾を持って戦うことはなかった、それはなぜか? 日本刀の一撃の前には、盾など役に立たないからだ。
「トアァーッ!」
 エースと才人の気合一閃。デルフリンガーはついにエンマーゴの盾をすり抜けて、エンマーゴの体を頭から足元まで駆け抜けた。
 一刀両断。エンマーゴは愕然とした表情のまま固まり、真っ二つになった盾が手から外れて足元に転がる。
「見たか! 新生デルフリンガー様の切れ味をよ!」
 ご満悦なデルフが高らかに笑い声をあげた。しかしうれしいのはわかるが、せっかく決めのシーンなんだから少しは我慢してくれよと思わないでもない才人だった。
 だが、新生デルフリンガー……すさまじい切れ味には違いない。素体になった日本刀が名刀だったのか数打だったのかは才人にはわからないが、丹念に研いでくれた銃士隊の専属の研ぎ師さんには感謝せねばなるまい。
 エンマーゴは、超高速でかつ鋭すぎる一撃で両断されたため、一見すると無傷の状態で立ち往生していた。だがそれも一時的なことだ、残された胴体もまた左右に泣き別れになろうとしたとき、介錯とばかりにエースの光波熱線が叩き込まれた。
『メタリウム光線!』
 鮮やかな色彩を輝かせる光の奔流を撃ち込まれ、エンマーゴは微塵の破片に分割され、飛び散って果てた。

919ウルトラ5番目の使い魔 61話 (13/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 21:04:11 ID:1IG2yQTQ
 爆発の炎が青い空を一瞬だけ赤く染め、エンマーゴの刀が宙をくるくると舞って山肌に地獄の化身の墓標のように突き立った。
 勝利! エンマーゴは塵となって消え、山々に平和が戻った。エンマーゴによって荒らされた山肌も最小限で済み、ヴァジョレーグレープも無事で済んだ。
〔やったな、才人、ルイズ〕
〔はい! でも、おれたちだけの力じゃないぜ。怪獣に立ち向かうには、なにより心の力が大事なんだって、前にエンマーゴと戦ったときにしっかり見たからこそできたんだ〕
〔そうよ、わたしたちは一度戦った相手になんか負けるわけないんだから〕
〔ふたりとも……〕
 北斗はこのときなぜか手放しでの称賛をしなかった。才人とルイズは、エンマーゴと戦ったことを理性では”ない”と言ったが、たった今無意識においては”あった”と言ったのである。
 それにしても、どうして唐突にエンマーゴが現れたのか? ウルトラマンAは、喜ぶ才人とルイズとは裏腹に、虚空を見つめて一言だけつぶやいた。
〔奴め、とうとう動き出したか……〕
〔ん? 北斗さん、今なんて?〕
〔あ、いやなんでもない。それより帰ろう、遠足はまだまだこれからだろう?〕
〔ああっ! そうだったわ。急ぐわよサイト、時間切れで失格なんてことになったら、お母様に本気で殺されちゃうわ!〕
 ふたりはすっかり遠足気分に戻り、エースは「それなら長居は無用だな」と、デルフリンガーを手放して飛び立った。
「ショワッチ!」
 エースの姿は青空の雲の上へと消えていき、生徒たちは手を振ってそれを見送った。
 
 
 そして遠足は再開され、アラヨット山にはまた魔法学院の生徒たちの悲喜こもごもな声が響き渡る。
 自然は穏やか、懸念していた猛獣もエンマーゴに驚いて逃げてしまったのか影も見せずに平和そのもの。そうしているうちに昼が過ぎ、あっという間にタイムリミットが迫ってきた。
「ああっ! また失敗したわ。もう、このヴォジョレーグレープ腐ってるんじゃないの?」
「なわけないでしょルイズ。わたしも女王陛下もとっくの昔にポーション完成させてるのよ? それより、次で失敗したら確実にタイムオーバーよ、いいのルイズ?」

920ウルトラ5番目の使い魔 61話 (14/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 21:06:02 ID:1IG2yQTQ
「うう、うぅぅぅ……モ、モンモランシー……手伝って、ください」
「わかったわよ、こっちはずっとそのつもりだったのに。まあルイズが人に頭を下げるだけでもたいしたものかしら? よほどカリン先生が怖いのね」
 ルイズはキュルケに指摘されて、しぶしぶながらモンモランシーの助力を受けながら最後のポーション作りにとりかかった。
 プライドの高いルイズでも、それ以上の恐怖には勝てなかったわけだ。その理由を知るアンリエッタは「わたくしも手伝いますわ、焦らずがんばりましょう」とルイズを励ましてくれている。
「うぅ、作り方は間違ってないはずなのに、なんでよ」
「単にルイズが不器用なだけだろ」
「なあんですてぇバカ犬! あんた今日ごはん抜きよ!」
「きゃいーん!」
 まさに口は災いの元。余計な一言でルイズを怒らせた才人は、その後ルイズの怒りをなんとか解いてもらうために苦労するはめになった。
 世の中、思っても言ってはいけないことがある。いくらルイズが編み物をしようとするとセーターという名の毛玉ができるほど神がかったぶきっちょだとしても、人間ほんとうのことを言われると腹が立つものだ。
 タイムリミットギリギリのところで、ルイズはなんとかエレオノールから合格点をもらってホッと息をついた。もし間に合わなかったら、ルイズの人生はここで終わりを告げていた可能性が高い。
 
「ようし、これで全員合格だ。よくやった、あとは学院に戻って解散だ。その後は……ふふ、楽しみにしていなさい」
 
 日が傾き始める中、生徒たちはやりとげた達成感を持ってアラヨット山を後にした。
 そして帰校して、持ち帰ったヴォジョレーグレープを食堂のマルトーに渡した生徒たちは、数時間後にすばらしいご褒美を得ることができた。
「舌がとろけそう、これはまさに天国の味ですわね……」
 出来上がったヴォジョレーグレープのワインを口にして、アンリエッタは夢見心地な笑顔を浮かべた。
 『固定化』の魔法を使っても保存が不可能、作ったその時にしか味わえないヴォジョレーグレープのワインは、芳醇であり、甘みもしつこくなく、喉を通る時もさわやかで、まさに至高にして究極の味わいをプレゼントしてくれた。
「かんぱーい!」
 食堂は満員で、そこかしこで乾杯の声が聞こえてにぎやかなものである。

921ウルトラ5番目の使い魔 61話 (15/15) ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 21:07:29 ID:1IG2yQTQ
 むろん、ルイズや才人も上機嫌で舌鼓を打っており、キュルケは酔ったふりして脱ぎだして男子生徒の視線を集めて楽しんで、モンモランシーは酔った勢いでティファニアに詰め寄っているギーシュをしばきに行っていた。
 ギムリやレイナールたち在校生、ベアトリスら新入生も陽気に騒いで、歌って飲んでいる。
 教師連も同様で、コルベールやシュヴルーズらも年一度の味を精一杯礼節を保ちながら楽しんでいる。オスマンは酔ったふりしてエレオノールのスカートを覗きに行って顔面を踏みつぶされた。
 シエスタやリュリュはおかわりを求める生徒たちにワインを詰めたビンを運ぶために休まずに右往左往している。しかし、仕事が終わった後はちゃんと彼女たち用の分が残されているので、その顔は明るい。
 この日ばかりは平民も貴族も上級生も新入生も教師も関係なく、共通の喜びの中にいた。特に、今年は例年にも増して騒ぎが大きい、それもそのはず。
「あっはっは、やっぱり自分で苦労して手に入れたもんは格別だぜ!」
 自分で足を運び、手を動かして、汗を流して手に入れたからこそ、そこには他には代えがたい喜びが生まれるのだ。たとえば貝が嫌いな子供が自分で潮干狩りをして得たアサリならば喜んで食べるのも、そのひとつと言えよう。
 才人に続いてルイズも、顔を赤らめながら上品にグラスを傾けてつぶやく。
「怪獣と戦ったりしたから、その苦労のぶん喜びもひとしおね。点数をつければ百点満点……いえ、それ以上。今日のこの味は、一生覚えているでしょうねえ」
 苦労の大きさに比例して、達成したときの喜びも大きい。誰もが、その恩恵を心から噛みしめていた。
 宴は続き、まだまだ終わる気配を見せない。
 
 
 だが、宴に沸く魔法学院のその様子を、どす黒い喜びの視線で眺めている者がいたのだ。
「アハハハ! まさにグレェイト! そしてワンダホゥ! こうも予定通りに事が進むとは、さすが高名な魔法学院の皆々様。あのエンマーゴは、石像に封じられたオリジナルを解析して再現したデッドコピーでしたが、期待以上に働いてくれました。まったく、いい情報をいただき感謝いたしますよ、お姫様?」
 暗い宮殿の一室で、モニターごしに喜びの声をあげる宇宙人。しかし、感謝の言葉を向けられた青い髪の少女は、じっと押し黙ったままで答えようとはしなかった。
「……」
「おや? お気にめさないですか。でも、石像が運び込まれていた怪獣墓場にまでわざわざ出向いて行ったついでに、ウルトラ戦士にもう一度挑戦したいという方も幾人かお誘いできましたし、私はまさに万々歳です。あそこはいいところですね、そのうちまた行きたいものです。なによりこれで、我々の目的に一歩近づきました。よかったですね、ねえ国王様?」
「フン、つまらん世辞はいらんわ。言う暇があったらさっさと出ていけ。まだ先は長いのだろう? まったく、貴様のやり口は悪魔でさえ道を譲るだろうよ」
「お褒めの言葉と受け取っておきましょう。でも、忘れてもらっては困りますよ? これがあなた方の望んだ理想の世界だということを。では、次の見世物の準備ができたらまた参りますね。お楽しみに」
 宇宙人は去っていき、残された二人のあいだには鉛のように重い沈黙だけが流れ続けた。
 
 しかし、去った宇宙人は一見平和に見えるハルケギニアのどこかで、夜空にコウモリのようなシルエットを浮かべながら笑っていたのだ。
 
「まずは、”喜び”。フッフフフフ、確かにいただきましたよ。さて、次はなんでいきましょうか? 頑張って趣向を凝らしませんとねえ」
 
 異常が異常でない世界。しかし、世は平和で人々は幸せそうに生きている。
 侵略ではなく、破壊でもない。ならば何が企まれているのか? すべてはまだ、はじまったばかりに過ぎない。
 
 
 続く

922ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/07/18(火) 21:32:27 ID:1IG2yQTQ
今回は以上です。
最初読まれたときは投稿事故か外伝突入かと思われたかもしれませんが、これはれっきとした60話の続きです。
なんでこんなことになったのか? それは話ごとに明らかにしていきますが、読者の方にかなり鋭い方がいるようなので加減が難しいです。

923ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/23(日) 21:29:05 ID:W92l79z6
5番目の人、乙です。それでは投下を始めさせてもらいます。
開始は21:30からで。

924ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/23(日) 21:31:24 ID:W92l79z6
ウルトラマンゼロの使い魔
第百五十話「悪魔の復讐」
炎魔人キリエル人
炎魔戦士キリエロイドⅡ 登場

 ルイズ、才人、ジュリオの前に現れた人型の人魂、キリエル人。その名乗りに、ジュリオは
眉間に深い皺を刻みながらつぶやく。
「キリエル……確か終末思想を唱える異教徒が崇拝する偶像の名がそんなだった。それが実在
してて、今こうしてぼくたちの目の前にいるなんてね……。それも攻撃してくるなんて」
「何が目的!? あんたも侵略宇宙人なの!? それともガリアの刺客!?」
 杖を握り締めながら詰問するルイズ。それにキリエル人は、やや気分を害したように返答する。
『このキリエル人をそのような低俗な者どもと同一視しようとは、それだけで愚かしいほどの
無礼よ。我らは無知蒙昧なるお前たち人間を、救済へと導く存在である!』
「き、救済?」
『如何にも。人間は欲深く、愚鈍なる生物。貴様らの罪深き魂は、このキリエル人の導きに
従うことによってのみ救われるのだ』
 最早高圧的などというレベルではないことをさも当然かのように語るキリエル人に、ルイズは
怒りを通り越して引いていた。
「か、勝手なこと言ってんじゃないわよ! そういうのを侵略っていうんでしょうが!」
「やめておきなよ、ルイズ。こういう輩には何を言ったところで無駄なもんさ」
 ジュリオが知った風な顔でルイズを押しとどめた。
『こちらも、得体にならぬ話をしに来たのではない。我らの聖なる焔で浄化するのだ! この
キリエル人に逆らったという大罪をッ!』
 豪語するとともに業火を放ってくるキリエル人。ルイズたちは慌てて逃れる。
「あいつ、一体何言ってるの!? さっきから訳のわかんないことばっか!」
「ルイズ、下がってろ! 危ないぞ!」
 デルフリンガーを構えてルイズを守ろうとする才人に、ジュリオが告げる。
「いや、危ないのはきみだと思うよ、サイト」
「え? どういうこと?」
「だって奴の狙いは……きみ一人のようだから」
 目を丸くしてキリエル人に振り返った才人は、その殺気が自身にのみ向いているようで
あることに気がついた。
『我が炎によって消え失せよ、咎人よッ!』
「ええええーッ!?」
 キリエル人の火炎弾から走って逃れる才人。それを追いかけながらキリエル人ががなり立てる。
『貴様、許さんぞ! あの時の裁きを受けよッ!』
 執拗に狙われる才人にジュリオが言う。
「随分と好かれてるねぇ。きみ、何やったの?」
「知らねぇよッ! 今日初めて会ったよ!?」
 全く呑み込めない才人だが、キリエル人はお構いなしで火炎を飛ばしてくる。炎はどんどんと
周囲に燃え移っていき、このままではルイズのみならず他の関係ない人たちも危ないだろう。
「くッ……ついてこいッ!」
『逃がさんぞ!』
 咄嗟の判断で大聖堂の外へ向かって全速力で駆け出す才人。キリエル人はやはり彼を標的に
して追跡していく。
「サイトぉッ!」
「行くなってルイズ! ここはひとまず彼に任せよう」
 身を乗り出したルイズをジュリオが制止し、才人はキリエル人を引きつけながら大聖堂を
飛び出していった。

 人気のない裏路地に入ったところで才人は立ち止まり、背後から追いかけてきていたキリエル人
へと向き直る。

925ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/23(日) 21:34:18 ID:W92l79z6
「お前、何なんだよ! どうして俺のことを狙うんだ!?」
『とぼけるな! 我らは忘れぬぞ、あの時の屈辱をッ!』
 問いかけた才人だが、キリエル人は怒りに駆られているためかその答えはまるで要領を得ない。
呆れ果てた才人は別の問いを投げかける。
「お前がどうして俺を目の敵にするのか、この際それはどうでもいい。けど関係ない人を
巻き込むような攻撃をするのはやめろ! お前の炎で誰かが重傷を負ったりしたらどうするってんだ!?」
 しかし、キリエル人はそれに傲然と言い返す。
『そんなことは知ったことではない! 我らの焔は聖なる炎。このキリエル人を崇めず、
ただの人間を崇拝する愚劣の極みたる者どもの罪を焼却して救済することにもなるのだ!』
 このキリエル人の言葉に、いよいよ才人も怒りが頂点に達した。
「ふざけんじゃねぇッ! 命を救おうとしない奴に、何が救えるんだ!!」
 あまりにも身勝手なキリエル人を、もう許すことは出来ない。才人はウルトラゼロアイを
取り出して装着。
「デュワッ!」
 即座にウルトラマンゼロに変身して、深夜のロマリアの市街の中心に立ち上がる。
『変身したか。ならば見せてやろう! 復讐のために、更に研ぎ澄ました炎と、戦の姿を!』
 対するキリエル人も、立ち昇る煙の柱とともに姿を変え、ゼロと同等のサイズの怪巨人となった!
 まるで白骨がそのまま怪物となったかのような体躯に、顔面はひどく吊り上がっていて、
凄絶な笑みを浮かべているようにも見える。そして胸部の片側には、明滅を繰り返す発光体。
殺気に溢れたこの肉体は、キリエル人の戦闘形態、キリエロイドである。
『姿を変えたか! だが如何様な姿になろうとも、必ず抹殺してくれるッ!』
『訳の分かんねぇことばっかくっちゃべってんじゃねぇぜ! 降りかかる火の粉は払うだけだ! 
行くぜッ!』
 夜の街に突如として出現した二人の巨人に、住居も持たない貧民を中心としたロマリア市民が
大騒然となる中、ゼロとキリエロイドの決闘の火蓋が切って落とされる。
「キリィッ!」
 先制したのはキリエロイドだ。風を切る飛び蹴りでゼロに襲いかかる。が、ゼロも迅速に
反応して回避。
「テヤッ!」
「キリィッ!」
 着地したキリエロイドに横拳を仕掛けようとしたが、その瞬間キリエロイドが後ろ蹴りを
見舞ってきたので防御に切り替えた。交差した腕でキックを受け止める。
「キリッ! キリィッ!」
 キリエロイドの勢いは止まらず、手技を織り交ぜた速い回し蹴りの連発でゼロを徐々に
追いつめていく。キリエロイドの高い敏捷性とフットワークの軽さから来る連続攻撃は、
反撃を繰り出す余地を与えない。
「デェヤッ!」
 しかし格闘戦ならゼロにとっても得意分野。相手のキックを捕らえて上に押し返すことで、
キリエロイドを宙に舞わせる。そこを狙って今度こそ拳を打ち込むも、キリエロイドは即座に
受け身を取って拳を打ち払った。
「シェアッ!」
「キリィッ!」
 ゼロは背後に跳びながらゼロスラッガーを投擲。それをキリエロイドは火炎弾の爆撃で
はね返した。スラッガーがゼロの頭部に戻る。
『なかなかやるじゃねぇか……』
 下唇をぬぐって精神を落ち着かせながらつぶやくゼロ。ゼロの宇宙空手の腕でも、キリエロイド
との格闘戦は互角の状態だ。また、キリエロイドの攻撃の一発一発には重い恨みの念が籠っている
ことにもゼロは気がついた。それがキリエロイドの技のキレも威力も増しているのだ。

926ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/23(日) 21:36:47 ID:W92l79z6
 ここでゼロは一瞬、周囲の地表を一瞥した。街のそこかしこに、まだ避難の完了していない
人間が大勢いる。ロマリアは人口密度がハルケギニアでも一位二位を争うレベルなので、その分
避難にも手間と時間が掛かっているのだ。あまり勝負が長引けば、彼らに危険が及ぶ恐れが
比例して高まる。
『とっとと勝負を決めてやるぜッ! はぁぁぁッ!』
 ブレスレットを輝かせ、ストロングコロナゼロに変身。超パワーで格闘戦を決めてしまおうと
いう魂胆だ。
「キリィッ!」
 だがしかし、その瞬間にキリエロイドの肉体にも大きな変化が生じた!
『何!?』
 みるみる内に筋肉が盛り上がり、肉体全体がパンプアップ。腕には刃が生え、より攻撃的な
形態となる。
「向こうも変身した……!」
 大聖堂の外に出て戦いを見守っているルイズが戦慄した。ゼロのお株を奪うかのような
形態変化であった!
「キリィッ!」
『ぐッ!』
 変身を遂げたキリエロイドが飛び込んできて、ストレートパンチを見舞ってくる。ガードした
ゼロだが、盾にした腕がビリビリ痺れた。肉弾戦特化のストロングコロナの腕を痺れさせるとは、
よほどの重さだ!
「キリィッ! キリィッ!」
「セェェアッ!」
 更にキリエロイドは腕の刃を武器にして斬撃を振るってくる。ゼロは両手にゼロスラッガーを
握り締めて対抗し、火花を散らして切り結ぶ。
 一気に勝負を決めるつもりが、キリエロイド側の対応で依然として拮抗。だが、それでは
長期戦に弱いウルトラ戦士が不利となる。
『だったらこうだッ!』
 そこでゼロは戦法を再度変化。ストロングコロナからルナミラクルゼロとなり、キリエロイドの
斬撃をかわしながら高空へと飛び上がった。接近戦が駄目なら、空中戦だ。
「キリィィッ!」
 しかし、キリエロイドもまた再び変身。背面に巨大な翼を生やし、ゼロに向かって一直線に突貫!
『なッ!? うわぁぁぁッ!』
 ジェット機をも上回るスピードで体当たりされたゼロははね飛ばされ、地表に叩きつけられてしまう!
「ゼロッ!」
 思わず絶叫するルイズ。しかも追いかけて着地したキリエロイドが翼を仕舞ってゼロの
背後を取り、首に腕を回してきつく締め上げ出した。
「キーリキリキリキリ!」
『うッ、ぐぅぅぅぅ……!』
 ゼロの苦しみを反映するように、カラータイマーが点滅して危機を報せる。しかしこんなに
密着されていては、超能力を発動する隙がない。ゼロのピンチ!
「何とかしないと……!」
 ルイズが身を乗り出しかけたが、その時に後ろから誰かに呼びかけられた。
「待った、ルイズ! ここはぼくたちに任せてくれ!」
 振り返るルイズ。そこに並んでいたのは……。
「ギーシュ! みんなも!」
 ギーシュを先頭にした、オンディーヌの隊員たちである。ギーシュは胸を張ってルイズに宣言。
「ゼロには何度も助けられている。今度はぼくたちが彼を助ける番だ!」
「い、言うじゃないの! 見直したわギーシュ!」
 驚くルイズ。こんなに頼もしいギーシュは今までにあっただろうか。
「それじゃあお願い!」
「ああ! 行くぞみんな、今こそ練習の成果を見せる時だ!」
「おおッ!」

927ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/23(日) 21:38:44 ID:W92l79z6
 ギーシュの号令により、オンディーヌが一斉に杖を高々と掲げた。果たして彼らはどんな
魔法を駆使してゼロを助けるというのか、ドキドキと緊張するルイズ。
「今だッ!」
 そして彼らの杖の先端から同時に魔法の光が発せられ、ゼロの正面で弾ける!
 現れたのは……光による、ハルケギニアの文字の列。
「えッ? 文章?」
 呆気にとられるルイズ。反対側から見ているので文字が左右逆だが、ルイズはそれが「がんばれ
ゼロ」と書かれていることを理解した。
 オンディーヌが口々に叫ぶ。
「負けるなゼロー!」
「こんなことでやられるあなたではないだろう! まだやれるッ!」
「しっかりするんだ! ぼくたちがついてるぞー!」
 わぁわぁと応援の言葉を叫ぶ、だけのオンディーヌにルイズがズルッと肩を落とした。
「ちょっとあんたたちぃッ!? 期待させといて応援するだけってどういうことなのよ! 
もっとマシなこと練習しなさいよッ!」
 大声で突っ込むルイズだが、ギーシュたちは堂々と言い返した。
「何を言うかね! 所詮ドットかラインのぼくたちの魔法で、怪獣をまともに相手に出来る
はずがないだろう!」
「勇気と無謀をわきまえて、出来ることをするのが戦場で生き残る秘訣だよ!」
「無茶をして命を散らす方が、ゼロの気持ちを裏切ることになるよ!」
「そ、それはそうかもしれないけどッ!」
「あはは、面白いね彼ら」
 どうも釈然としないルイズの傍らで、ジュリオが噴き出していた。
 しかしそんなルイズとは裏腹に、オンディーヌの作り出した魔法の光に照らされたゼロは、
胸の内に勇気が湧き上がってきた!
『あいつら……よぉしッ!』
 気合い一閃、通常状態に戻ると同時にキリエロイドの腹部に鋭い肘鉄をお見舞いする。
「キリィィッ!」
 キリエロイドがひるんで拘束が緩んだ隙に脱出。ゼロは体勢を立て直すことに成功した。
「ほら見ろ! ゼロが助かったぞ!」
「ぼくたちの応援が功を奏したんだ!」
「間違ってなかっただろう!?」
「え、えぇー……まぁ、そうかもしれないけど……」
 喜ぶオンディーヌに、ルイズは反応に困った。
 それはともかくとしてゼロは、スラッガーを連結してゼロツインソードDSを作り上げた。
毅然と構え、デルフリンガーへ呼びかける。
『行くぜデルフ! あいつらに応援された手前、あんま情けねぇとこは見せられないからな!』
『その意気だぜ! さぁ、おまえさんの本当の実力を見せつけてやんな!』
 ゼロとキリエロイドが互いに肉薄。キリエロイドが腕の刃を振りかざして斬りかかってくる。
「キリッ! キリィッ!」
「シェアッ! ハァァァッ!」
 しかしゼロはツインソードを閃かせて相手の刃を弾き返し、がら空きになったボディに
斬撃を仕返ししていく。
「キッ、キリィィィッ!」
 大剣による連撃を入れられ、さしものキリエロイドもただでは済まずに大ダメージを負った。
そうして隙が生じた相手を、ゼロは思い切り蹴り上げて宙に浮かす。
「セェアッ!」
「キリィーッ!」
 空中に舞ったキリエロイドへと、ゼロがまっすぐ跳躍!
『これでフィニッシュだぁッ!』
 空にZ型の斬撃が刻まれ、キリエロイドは体内の火炎が暴走して爆散! 紅蓮の灯火を
バックに、ゼロが颯爽と着地した。

928ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/23(日) 21:41:47 ID:W92l79z6
「やったぁ! ゼロの逆転勝利だ!」
「練習の甲斐があったぜ!」
「うおおぉぉーッ!」
 大空の彼方へと飛び去っていくゼロを見送りながら、一気に沸き立って大喜びするオンディーヌの
面々。その様子を一瞥したルイズは、ふぅと息を吐いていた。
「まぁ、勝ったし良しとしましょうか……」

 キリエロイドを撃退し戻ってきた才人は、新しくあてがわれた客室でルイズを相手につぶやいた。
「それにしても、さっきの奴は何だったんだろうな。どうして俺のこと、あんなに敵視してた
のかな……」
「やっぱり誰かと勘違いしてたんでしょ。そうでもなきゃ説明がつかないわ。あんた、あれとは
会ったことなかったんでしょ?」
「当然だよ。あんなけったいな奴、どこかで会ってたら忘れたりしねぇよ」
 しかし、このハルケギニアに自分に似た人間などいるのだろうか? 人種から違うのに……
と考える才人だったが、キリエル人を撃破した今、真実を確かめることは出来なくなった。
「まぁいっか。それよりこれからのことだ。さっきのはガリアとは無関係だったみたいだけど、
三日後には必ずガリアが何らかの動きを見せるはずだ。きっとまた何か怪獣を送り込んでくる
はず……。今度こそガリアをとっちめて、タバサを解放してやらなきゃ」
 と使命に燃える才人だったが、そこにゼロが尋ねる。
『けど、いいのか才人? 本当にガリアと事を構えて。そう簡単には決着がつかないと思うぜ』
「もちろんだよ。何度も言ってるだろ?」
『けどな……せっかく帰れるようになったってのに。ズルズルとここに留まることになるかも
しれねぇんだぜ』
 今のゼロの言動に、ルイズは反射的に振り返った。
「えッ、今のどういうこと!? サイトが……帰れる!?」
『ああ。才人には先に言ったんだけどな』
 ゼロがルイズに告げる。
『一度死んで、命の再生がやり直しになってた訳だが、思ったよりも早く完了してな。つい
昨日のことだ』
「命が再生したってことは……ゼロとサイトが分離できるってことよね?」
『そういうことだ。そいつはつまり、才人を地球に送り返せるってことだ』
 少なくないショックを覚えるルイズだったが、話の流れはその方向に進んでないことに気づく。
「そ、それなのにサイト、まだこっちにいるつもりなの?」
 才人はあっけらかんと答えた。
「ああ。だって今の中途半端な状況を投げ出すなんて、目覚めが悪いよ。最低でも、タバサを
ガリアから完全に救い出して安全を確保する! それが済むまではな」
「で、でも……いいの? もう一年以上もこっちにいるじゃない。その……ご家族が心配
されてるはずよ。また危ない目にも遭うでしょうし……確実に帰れる内に帰って、後のことは
わたしたちに任せるのだって……」
 自らの負い目もあり、才人を説得するルイズだったが、それでも才人の気持ちは変わらなかった。
「いいんだ。そりゃあ本音を言えば、母さんたちの顔を見られないのは寂しいけどさ……。
でも、ただの高校生だった俺がウルトラマンだぜ? そして一つの星を救ったなんてことを
土産話にすれば、みんなひっくり返るよ! 母さんも、俺のことを誇りに思ってくれるはずさ! 
それまで我慢するよ」
 その時のことを想像して瞳を輝かせる才人。そんな彼の様子にルイズは思わず肩をすくめた。
「もう、すっかり英雄気取りね。でも……」
 ルイズは、いけないことだとは思いつつも、才人がハルケギニアに留まる道を選んだことに、
喜びと幸せが心の中に溢れて仕方なかった。顔がにやけるのを堪えるのが大変であった。
 才人の家族には申し訳ないと思いながら、この時間が一分一秒でも長く続けばいいのに……
そんな考えまで抱いていた。

929ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/23(日) 21:43:16 ID:W92l79z6
以上です。
才人が留まるよ!やったねルイズ!

930ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/29(土) 00:18:38 ID:Kyl6YLKo
こんばんは、焼き鮭です。今回の投下を行います。
開始は0:20からで。

931ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/29(土) 00:21:49 ID:Kyl6YLKo
ウルトラマンゼロの使い魔
第百五十一話「ブリミルの贈り物」
地中鮫ゲオザーク 登場

 アンリエッタの密命により、ルイズとティファニアをロマリアへと連れてきたオンディーヌ。
そこで待っていたのは、教皇ヴィットーリオからのガリア王ジョゼフ廃位の計画の協力要請だった。
タバサを救うために才人は乗り気であったが、ルイズは彼がまた危険を背負い込むことになる故に
消極的だった。そして返答を保留したまま――間に才人がキリエル人から身に覚えのない復讐を
されるなんてこともあったが――一日が経過した。
 そして早朝、才人は昨晩誘われた通り、ジュリオに連れられ地下のカタコンベまで来ていた。
ひんやりと湿った空気が漂う狭い通路の中、才人がぼやく。
「辛気臭いとこだなぁ。こんなとこで見せたいものって何だよ。お墓とかじゃないだろうな」
「墓というのはある意味で合ってるかもね。でも、眠ってるのは人じゃない」
「はぁ?」
 才人とジュリオが行き着いた場所は、四方に鉄扉がついた円筒状の空間だった。ジュリオは
鉄扉の一つの前に立つと、錠と何重もの鎖を取っ手から外し、錆びついた扉を力ずくで開ける。
その途端に埃が舞い上がり、才人は思わずむせる。
 扉の奥は照明がなく、真っ暗であった。しかしジュリオが部屋中の魔法のランタンに明かりを
灯すことで、その暗闇の中に隠されていたものが才人の目に露わとなった。
「な、何だよこりゃ……」
「驚いたかい?」
 ジュリオが言った通り、才人は目の前に広がった光景に、一瞬にして圧倒されていた。
 手前の棚にところ狭しと並べられているのは、明らかな銃器。しかもハルケギニアの原始的な
ものとは全く違う……地球製のものばかりだった。イギリス製の小銃から始まり、ロシアのAK小銃。
サブマシンガンにアサルトライフル……スーパーガンやウルトラガンなど、歴代の防衛隊の銃器
までもあった。ほとんどは錆で覆われていて、完全に壊れているものもあるが、いくつかは新品
同様にピカピカと光を反射していた。
「見つけ次第、“固定化”で保存したんだが……中には既に壊れていたり、ボロボロだったり
したものもあったんでね」
 ジュリオの言葉が半分くらいしか頭に入ってこないほど、才人はこの部屋に収められている
ものを見回していた。近代の技術による銃火器以外にも、火縄銃やマスケット銃などの古典的な
ものや、日本刀やブーメランなど時代と地方を選ばずに、武器と呼べるものがこれでもかと鎮座
している。ちょっとした博物館のようであった。
「……何でここにこんなものがあるんだ?」
 才人の疑問に答えるジュリオ。
「東の地で……ぼくたちの密偵が何百年もの昔から集めてきた品々さ。向こうじゃ、こういう
ものがたまに見つかるんだ。エルフどもに知られないように、ここまで運ぶのは結構骨だった
らしいぜ」
 言いながら、部屋の一番奥にある、仕切りのカーテンに手を掛けるジュリオ。
「ほら、これなんかは一番大きいものさ。あまりにも大きいんでそのままじゃ運べないって
ことで、一旦解体されてからここで組み立てたそうだぜ。最初から壊れてて使えないのに、
そこまでする必要があったのかは甚だ疑問だけどね」
 カーテンが引かれ、その奥に隠されていたものを目の当たりにした才人が、思わず息を呑む。
 それは、全長五十メイルにまで届きそうな、巨大な足の生えたサメであった。……いや、
ビリビリに破けた皮膚の下から露出しているのは肉ではなく、鋼鉄の人工物。つまり、怪物
ザメに偽装したロボットなのだ。
「巨大生物に偽装したカラクリ。誰が、何のためにこんなけったいなデカブツを造ったんだろうね」
 肩をすくめるジュリオ。今は完全に破壊されていて物言わぬ巨大ロボットは、ネオフロンティア
スペースの地球人が巨人の石像を探し出すため、またその際に正体が露見しないように怪獣に見える
ように作り上げられた、ロボット怪獣ゲオザークである。才人たちのあずかり知るところではないが。

932ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/29(土) 00:25:23 ID:Kyl6YLKo
「けどこっちのデカブツはまだ動くみたいだ。動かし方が分からないんだけどね」
 ジュリオがゲオザークから離れ、油布に覆われた小山のようなものに近づき、その油布を
引っ張って取り外した。
 積もった埃がずり落ちた油布によって舞い上がる中、才人は再度目を見張った。
「こ、こんなものまで……」
 武骨ながらもそれが逆に芸術性を感じさせるような黒塗りの車体。下部には四輪と、その後方に
キャタピラが備わっている。そして一番目立つのが、機首より突き出た太く鋭いドリル。側面には、
歴史の教科書で目にしたウルトラ警備隊の紋章がランプの灯りに照らされ燦然と輝いていた。
 地球防衛軍開発の、ウルトラ警備隊に配備された地底戦車であり、史上最大の侵略を仕掛けてきた
ゴース星人の基地を爆破するための特攻で全機失われてしまったはずのマグマライザー。紛れもない
本物だった。
 才人は思わずマグマライザーに手を触れた。その途端、左手のガンダールヴのルーンが
仄かに光った。それが、マグマライザーがまだ生きていることの証明だった。
 マグマライザーに圧倒されている才人の様子を見て、ジュリオが口を開く。
「ぼくたちはね、このような“場違いな工芸品”だけじゃなく、過去に何度も、きみのような
人間と接触している。そう、何百年も昔からね。だから、きみが何者だか、ぼくはよく知っているよ」
「お前……」
「そしてきみは、この“武器”たちの所有者になれる権利を持っている。だから、この“場違いな
工芸品”はきみに進呈しよう」
「権利だと? どういう意味だ?」
「これは元々きみのものなんだよ、ガンダールヴ。きみの“槍”として贈られたものなのさ」
 言いながら、ジュリオは“虚無”の使い魔の歌を唱えた。その中では、神の左手ガンダールヴは、
左手に大剣、右手に長槍を握っていたとある。
「ぼくはヴィンダールヴ。ありとあらゆる獣を手懐けることができる。怪獣は大きすぎて
難しいんだけどね。それでも、既に何匹かはロマリアから遠ざけることに成功してるよ」
 才人はロマリアが、空中大陸のアルビオンと違って地上の国なのに怪獣被害が少ないという
話を聞いた覚えがあるのを思い出した。神官らは始祖ブリミルの威光と喧伝しているそうだが、
ジュリオがそのタネだったという訳だ。
「ミョズニトニルンは、ガリアの怪しい女。マジックアイテムを使いこなす。普通の戦いだったら
最強だろうね。最後の一人は、ぼくもよく知らない。まぁそれは今は関係ない。きみだ、きみ! 
左手の大剣はデルフリンガーのことだよ。でもって、右の長槍……」
「どう見たってこいつらは槍には見えないぜ」
 マグマライザーを指差す才人に、ジュリオは説く。
「槍ってのはそのままの意味じゃない。“間合いが遠い”武器って意味さ。強いってことは、
“間合い”が遠いってことだ。怪獣が何故強いか分かるかい? 尋常じゃないタフさもあるけど、
単純に人間よりずっとでかいからさ。おまけに火や光線も吐く。ただの人間じゃ、鉄砲の弾が
届く範囲にすら近づく前にお陀仏だよ。対してウルトラマンゼロたち巨人は、怪獣と同等の
間合いに、それ以上の破壊光線を発射することで怪獣以上の最強として君臨してる。六千年前の
最強の武器は“槍”だった。それだけの話さ」
 マグマライザーの装甲を叩くジュリオ。
「始祖ブリミルの魔法は未だに聖地にゲートを開き、たまにこういうプレゼントを贈ってくれる。
考えられうる最強の武器……ガンダールヴの“槍”をね。だからこれはきみのものだ。兄弟(ガンダールヴ)」
 才人は胸が震えるのを感じた。スパイダーも、佐々木の乗っていたゼロ戦も……始祖ブリミルの
魔法によって導かれたものだったのだろう。そして、多分自分も……ひょっとしたら、ウルトラマン
ゼロすらも……。
 ゼロは時空の移動中に遭遇した次元嵐を抜ける最中、何かの力に引っ張られて自分と衝突
したと言っていた。
「まぁ、そんな訳できみに進呈するよ。ぼくたちが持っていても、さっき言ったように使い方が
分からないし……作れないし直せない。どんなに強い“槍”だろうが、量産できなきゃ意味はない。
きみたちの世界は、いやはや! とんでもない技術を持っているね。ウチュウ人にだって負けないんじゃ
ないか?」

933ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/29(土) 00:28:15 ID:Kyl6YLKo
「聖地にゲート?」
「そうさ。他に考えられるかい? 多分、何らかの“虚無魔法”が開けた穴だ。きっとね」
 才人はここに来て次々知らされた内容に、めまいを覚えそうな気分にすらなった。

「……そんな訳で、こいつをもらってきた」
 昼食後、才人は客室で、姿見からこの場に来てもらったミラーとグレンに、カタコンベから
持ってきた銃器を見せていた。
 レベルスリーバースの地球の一つからゲートを潜り、ハルケギニアへとやってきたその武器の
名は、ディバイトランチャー。ナイトレイダーという組織の標準兵装である、可変光線砲だ。
武器に勘の働くデルフリンガーが、こいつが一番汎用性に優れると勧めたのだ。本来ならば
生体認証で登録者以外は取り扱うことは出来ないのだが、そこはガンダールヴの力でクリアした。
「へぇ〜。しっかしすげぇ話だなぁおい。何か色々と地球の人や物品がここに来てるみてぇ
だとは思ってたけどよ、まさかそんな仕掛けがあったとは!」
 ジュリオから伝えられ、才人が話したガンダールヴの“槍”と聖地のゲートの話に、グレンは
感心し切っていた。ミラーもまた、圧倒されたように顎に手をやる。
「その聖地のゲートというのは、要するにスターゲートのようなものなのでしょうね。しかし、
一個人がそれを作り上げようとは……」
『ああ。俺も話だけだったら、多分信じなかった。それだけとんでもねぇ内容だぜ』
 ミラーに同意を示すゼロ。スターゲートとは、多次元宇宙を股に掛けて存在する怪獣墓場の
唯一の恒常的な出入り口であるグレイブゲートのような、宇宙と宇宙をつなぐ扉である。しかし
もちろん、そんな大それたものがそうそう簡単に設置できるものではない。グレイブゲートも、
誰が作ったものなのかは未だ解明されていない。
 それなのに、ブリミルは六千年も機能するほぼ完璧な形のゲートを作り上げたようだ……。
“虚無”の魔法の強力さは、自分たちの想像以上だとゼロたちは感じた。
「けど今はそれよりガリアのことだぜ。ルイズの奴は、作戦に未だに反対してるってか?」
 話題を変更するグレン。才人はうなずく。
「そうみたいだ。どうも不機嫌でな……。せっかくのガリアの王様をやっつける絶好の機会
だってのに、どうして分かってくれないんだ? ルイズの奴」
 ぼやく才人に、ミラーが告げる。
「恐らくルイズは、あなたに危険が及んでほしくないのですよ。サイト、あなたが一番危険な
立場ですからね」
「でも、危険なら今までいくらでもあったじゃないか。どうして今頃……」
 納得できていない才人に、グレンもうんうんうなずいていた。そんな二人にミラーは肩を
すくめる。
「自ら危険を呼び入れようとするのに反対なのでしょう。女性とは、親密な男性相手には
そうするものです」
「うーん……俺にゃあそういう心理はいまいち分かんねぇぜ」
 全く女心に疎いグレンがポリポリ頭をかいた。
「で、そのルイズは今どうしてんだ?」
「ああ、あいつなら教皇聖下に呼ばれてたぜ。“始祖の祈祷書”も持っていって、向こうで
何やってるんだろ……」
 才人がつぶやいたその時、不意にこの部屋の中に、ピコン、と軽快な電子音が鳴り渡った。
「ん? 今の何だ? 何かの着信か?」
「あッ、ごめん俺だ。……えッ!?」
 つい反射的にグレンに答えた才人が、目を見張った。
「着信!? そんな馬鹿な!」
 まさかと思いながら通信端末を引っ張り出すのだが……その画面には確かに、メールの
着信を知らせる表示があった。
 ハルケギニアに来てから、一度も出てくることのなかった表示だ。
『お、おい才人、これって……』
「そんな……どうして、今になって……」

934ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/29(土) 00:30:32 ID:Kyl6YLKo
 ゼロも才人も、唖然としていた。様々な機能を持つ端末ではあるが、宇宙を隔てているの
だから、通信の類だけは絶対に出来ないはずなのだ。

 その理由は、ルイズの側の行いにあった。
 ルイズとティファニアはヴィットーリオに、新たな呪文の発見の場に招待されていた。
紆余曲折あってコルベールから“火のルビー”を返却されたことを契機に、新しい“虚無”を
祈祷書の中から見つけ出そうとしたのだった。
 最初に祈祷書を見たティファニアは何も見つけられなかったが、ヴィットーリオは新たな
呪文を得た。
 それは“世界扉(ワールド・ドア)”。その名の通り、ハルケギニアと別の世界を一時的に
つなぐ扉を作り出す呪文。
 その扉を通った電波を端末が受信し……地球からのメールが、才人の元に届いたのだった。

 才人の端末には、何通ものメールが受信された。単なるダイレクトメールもあれば、友人からの
メールもあった。しかし一番多かったのは……母からのメールだった。
 才人は最後のメールを開いて、読んだ。

 才人へ。
 あなたがいなくなってから一年以上が過ぎました。
 今、どこにいるのですか?
 高凪春奈さんがよく元気づけに来てくれます。私は平賀くんに会った、いつか無事に帰って
くるから心配しないでくださいといつも言ってくれます。
 でも、いつかじゃなく今すぐにあなたの無事な姿を見たいのです。
 もしかしたら、メールを受け取れるかもしれないと思い、料金を払い続けています。
 今日はあなたの好きなハンバーグを作りました。
 タマネギを刻んでいるうちに、なんだか泣けてしまいました。
 あなたが何をしていようが、かまいません。
 ただ、顔を見せてください。

 その内に接続は切れたが、受信したメールはそのまま端末にある。
 ぽたりと、画面に涙が垂れる。
「お、おいサイト……」
 グレンが青ざめた顔で言いかけたが、ミラーが静かに首を振りながら止めた。
『……』
 ゼロもまた、何も言葉を発さなかった。

 ルイズは教皇の執務室から客室へと帰ってくる途中だった。
 ヴィットーリオやジュリオは、ルイズが“ワールド・ドア”を用いて才人を元の世界に
帰すようにと言い出すのではないかと考えていたようだが、才人は最早帰ろうと思えば
帰れる身。その上で自分からハルケギニアにいることを選んだのだから、そんなことを
切り出すつもりはなかった。
 けれども、いつか帰還する時のために自分を極力大切にするようにと再度説得するつもりで
戻ってきたのだが……客室の扉の前に、ミラーとグレンが難しい顔で並んでいるのに面食らった。
「二人とも、どうしたの? サイトは……」
 尋ねると、ミラーは口の前に指を立ててルイズに口を閉ざさせてから、ドアを少しだけ
開いて中の様子を見せてくれた。
 才人は、机の前で身体をかがめ、肩を微妙に上下させていた。泣いているのだ、とすぐに分かった。
「ミラー、一体何が……?」
 小声で尋ねると、ミラーが腕組みしながら説明した。
「どうしてなのかは分からないのですが……サイトの端末にメール……手紙が届いたのです」

935ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/29(土) 00:33:49 ID:Kyl6YLKo
「手紙……? 誰からの?」
「故郷……母君からです」
「……かわいそうにな……」
 グレンも、ポツリとそれだけつぶやいた。
 ルイズは、頭を殴られたようなショックを感じた。
 自分は、才人がハルケギニアに留まると宣言した時、喜びと幸せを感じていた。
 才人の親がどんな思いでいるのか、そして才人がそれを知った時、どんな思いになるのか……
考えもしなかった。

 翌日。泣き疲れていつの間にか眠ってしまっていた才人は、無理矢理にでも気分を切り換える
ことに決めた。明日は、いよいよ教皇の即位三周年記念式典。ガリアが必ず何らかの動きをする
だろう。その時に、今のような気分のままでいたらいけない。
 それと、昨日のことはルイズには秘密にしておこう。また、自分のせいにして落ち込む
だろうし。……そう考えて、努めていつも通りの調子でルイズに朝の挨拶をしたのだが……。
「おはよう」
 ルイズは昨日までの不機嫌さはどこへ行ったのか、にっこりと笑って挨拶を返した。しかも
いつもの魔法学院の制服ではなく、やけにおめかしした姿だった。その上、こんな時にも関わらず
才人を街のお祭りへ……デートへと連れ出したのだ。才人は訳が分からず、目を白黒させた。
 しかもルイズのおかしさはそれだけに留まらなかった。デート中、ルイズはずっと笑顔を
崩さなかった。才人が何を言っても。パンツを見せろだの、胸を触らせろだの、普段なら烈火の
如く怒り出すような無茶な注文をしても、嫌がるどころか進んでその通りにしたのだった。
ずっと反対していた作戦にも受け入れていた。
 才人は、もしかして寝ている間にアンバランスゾーンに入り込んでしまったのではないかと
変なことまで考えてしまった。
「なぁゼロ、さっきからずっとルイズが変だ。何か知らないか?」
『……』
「ゼロ……?」
 ゼロに尋ねかけても、ゼロも何故か一切口を利かなかった。しかし存在は確かに感じられる。
以前のように、長い眠りに就いている訳でもないようだった。
 どういうことはさっぱり呑み込めない才人を、ルイズはぐいぐい引っ張って祭りを堪能したのであった。

 そして夕方、二人は大聖堂の客室へと帰ってきた。才人はいよいよ我慢ならなくなって、
背を向けているルイズに問いかけた。
「なぁルイズ、お前何で今日はあんなに俺に笑顔を見せたんだ? そろそろ教えてくれよ。
何か理由あってのことなんだろ?」
 するとルイズは、やはり笑顔のまま振りかえって……答えた。
「サイト、これが今までたくさん助けてくれたあなたへの、わたしからの精一杯のお礼の
気持ちよ」
「今まで……?」
 ルイズの物言いに、才人は何だか不穏なものを感じた。
 そして、ルイズは続けて言った。
「それに……あなたには、笑顔のわたしを憶えて、故郷に帰ってほしいの。これがわたしの、
最後のわがまま」
 才人は固まった。
「お、俺が、故郷に帰る? 最後のわがまま? お前、何言って……」
「手紙が届いたんですってね。お母さまから」
 一瞬、才人は絶句した。
「聞いたのか……!」
 ルイズはやはり笑顔のままだが、鬼気迫る様子で才人に言いつけた。
「サイト、あなたは帰らなくちゃいけないのよ。今すぐにでも」
「ま、待てルイズ! それは……!」

936ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/29(土) 00:35:21 ID:Kyl6YLKo
 才人が取り成そうと言いかけたが、その時に左腕に妙な熱さを感じた。
 思わず左腕を持ち上げると……それまで一時も腕から外れたことのなかったウルティメイト
ブレスレットが、夢の世界の中でさえ消えなかったゼロとのつながりが……そこから消えていた。
「なッ……!?」
 そして気がつけば、自分の目の前に見知らぬ顔立ちの青年が立っていた。しかし顔に覚えは
なくとも、その雰囲気を自分はよく知っていた。
 その青年の左腕に、ウルティメイトブレスレットがあった。
「ゼロッ!?」
「才人……あまりに急になっちまったが、これでお別れだ。勝手かもしれねぇが……お前と
いた時間、とても楽しかったぜ」
 ゼロが自分に、手の平をかざす。
「待って! 待ってくれッ!」
 才人の呼びかけも聞かず、手の平からフラッシュが焚かれた。
 それを最後に、才人の意識が途切れた。

 才人の身体が、ぐらりと傾く。強制的に眠りに就かされた彼をルイズが抱きしめ、その顔を
優しく両手で包んで唇を重ねた。
「さよなら……わたしの優しい人。さよなら、わたしの騎士」
 ひっく、と嗚咽を漏らしたルイズが、ゆっくりと才人をベッドに横たえた。そしてゼロへと
振り返る。
「……いいわ。ゼロ、お願い」
「ああ……」
 ゼロが才人を地球に送り届けるために、ウルトラゼロアイを手に取った。――その寸前に、
鏡からミラーナイトの報せが飛び込んできた。
『ゼロ! ガリアに異様な気配が何十も感じられました! 恐らく、怪獣の大軍団が用意
されています!』
 それに、ルイズは大きく舌打ちする。
「こんな時に……!」
 ゼロは申し訳なさそうに告げる。
「……すまねぇな。ちょいと延期になっちまう。けど才人も一日二日は目を覚まさないだろう。
それまでに、何としてでも片をつけてやるぜ」
「お願い……。わたしも、出来る限りのことをするわ」
 ゼロとともに部屋を出る時に、ルイズは一度だけ振り返った。涙がとめどなく溢れ、頬を伝う。
涙を拭うこともせずに、ルイズはつぶやいた。
「さよなら。わたしの世界で一番大事な人」

937ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/07/29(土) 00:35:53 ID:Kyl6YLKo
ここまでです。
まぁこうなる。

938ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 19:52:22 ID:CWP4DxYk
ウルトラマンゼロの人、投下お疲れ様でした

さて皆さん今晩は、無重力巫女さんの人です
特に何もなければ19時56分から85話の投下を開始します

939ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 19:56:23 ID:CWP4DxYk
 夏季休暇真っ最中のトリスタニアがチクトンネ街の一角にある、居酒屋が連なる大通り。
 夜になれば酒と安い料理…そして女目当てに仕事帰りの平民や下級貴族達でごったがえすここも、今は静まり返っている。
 繁華街という事もあって人の通りは多いものの、日が暮れた後の喧騒を知る者たちにとっては静か過ぎると言っても過言ではない。
 それこそ夜の仕事に備えて日中は洞窟で眠る蝙蝠の様に、夕方までぐっすり快眠できる程に。
 
 そんな通りに建っている居酒屋の中でも、一際売り上げと知名度では上位に位置するであろう『魅惑の妖精亭』というお店。
 比較的安くて美味く、メニューも豊富な料理に貴族でも楽しめる数々の名酒、際どい衣装で接待してくれる女の子達。
 この周辺に住む者達ならば絶対に名前を知っているこの店も、日中の今はシン…と静まり返っている。 
 しかし、その店の二階にある宿泊用の部屋では、数人の少女達が別室で寝ている者たちを起こさない程度の声で話し合っている。
 そしてその内容はこの店…否、このハルケギニアという世界に住む者達には理解し難いレベルの会話であった。

 シングルのベッドにクローゼットとチェスト、それにやや大きめの丸テーブルに椅子が置かれた部屋。
 その部屋の窓際に立つ霊夢は、ニヤニヤと微笑む紫を睨みながら彼女に質問をしている。
 いや、それは窓から少し離れたベッドに腰掛けるルイズから見れば、゙質問゙というよりも゙尋問゙や゙取り調べ゙に近かった。
「全く。アンタっていつもいないないって話してる時に鍵って平気な顔して出てくるわよね」
「あら?酷い言い方ね霊夢。貴女たちが困っているのを、私が楽しんで眺めていたって言いたいのかしら?」
「あの式の式の文句が丸聞こえだった…ってことは、そうなんじゃないの?」
「失礼しちゃうわね。私は橙が文句を言っているのに気が付いたから、結果的に出てくるのが遅れちゃったのよ」
「それじゃあ結局、私達がいないないって騒いでたのを傍観してたんじゃないの!」
「こらこら、ダメよ霊夢?そんなに怒ってたら若いうちから色々と苦労する事になるわよ」
 怒鳴る霊夢に対して冷静な紫はクスクスと笑いながら、ついでと言わんばかりに彼女を茶化し続ける。
 自分に対し文句を言っていた橙に勉強と言う名の説教をしていた時も、その笑顔が変わる事は一瞬たりとも無かった。
 そして、あの霊夢をこうして怒らせている間も彼女はその余裕を崩すことなく、笑いながら巫女と話し合っている。
 
 あれが強者が持つ余裕というものなのだろうか?
 いつもの冷静さを欠いて怒る霊夢と対照的な紫を見比べながら、ルイズは思っていた。
 きっと彼女ならば、ハルケギニアの王家やロマリアの教皇聖下が相手でもあの余裕を保っていられるに違いない。
 そんな事を考えながらジーっと二人のやり取りを見つめていると、壁に立てかけていたデルフが話しかけてきた。
『よぉ娘っ子、そんなあの二人をまじまじと見つめてどうしたんだい?嫉妬でもしてんのか?』
「嫉妬?なにバカな事言ってるのよアンタ、そんなんじゃないわよ」
『じゃあ何だよ』
「いや…ただ、ユカリの余裕っぷりがちょっと羨ましいなぁって感じただけよ」
『…?あぁー、成程ねぇ』
 留め具を鳴らす音と共に、デルフは彼女が凝視していた理由を知った。
 確かに、あの金髪の人外はちょっとやそっとじゃあ自身の余裕を崩す事はないに違いない。
 人によってはその余裕の持ち方が羨ましいと思ったりしてしまうのも…まぁ分からなくはなかった。

 しかし、それを羨ましいと目の前で言うルイズが彼女の様になれるかと問われれば…。
 本人の前では刀身に罅が入るまで口に出せない様な事を考えながら、デルフは一人呟く。

940ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 19:58:23 ID:CWP4DxYk
『…けれどまぁ、ああいうのは経験だけじゃなくて持って生まれた素質も関係するしなぁ』
「どういう意味よソレ?」
『いや、お前さんには関係ない事だ。忘れてくれ』
 どうやら聞こえていたらしい、こりゃ迂闊な事は言えそうにない。
 自分の短所を暗に指摘してきた自分を睨み付けてきたルイズを見て、デルフは改めて実感する。
 幸いルイズ自身は昨晩から連続して発生している想定外の事態に疲れているのか、自分の真意には気が付いていないようだ。
 このまま追及されずに、何とかやり過ごせそうだと思った矢先、

「要するにデルフは、短気で怒りっぽいルイズが紫みたいになるのは無理だって言いたいんだろ?」
「へぇ、そう……って、はぁ?ちょっと、デルフ!」
『魔理沙、テメェ!』

 そんな彼に代わるのようにして、ルイズたちのやりとりを見ていた魔理沙が火付け役として会話に割り込んできたのだ。 
 椅子に座って自分たちと霊夢らのやり取りを眺めていた魔法使いは、何が可笑しいのかニヤニヤと笑っている。
 恐らくは暇つぶし程度でルイズを煽ったのだろうが、デルフ本人としては命に関わる失言なのだ。
「いやぁー悪い、悪い。今のルイズにも分かるように丁寧に言い直してやったつもりなんだがな」
『だからっておま――――…イデッ!』
 反省する気ゼロな笑顔でおざなりに頭を下げる彼女にデルフは文句を言おうとしたものの、
 ベッドから腰を上げて近づいてきたルイズに蹴飛ばされ、金属質な喧しい音を立てて床に転がった。

「この馬鹿剣!人が朝からヘトヘトな時に馬鹿にしてくるとかどういう了見なの!?」
『いちち……!お前なぁ、そうやって一々激怒するのが駄目だってオレっちは言ってんだよ!』
「何ですって?言ってくれるじゃないのこのバカ剣!」
 床に転がった自分を見下ろして怒鳴るルイズに対し、流石のデルフも若干怒った調子で文句を言い返す。
 伊達に長生きしていない彼にとって、短所を指摘して一方的に怒られることに我慢ならなかったのだろう。
 意外にも言い返してきたデルフに対しルイズも退く様子を見せる事無く怒鳴り返して、床に転がる彼を拾い上げる。
「今すぐこの場で訂正しなさい、じゃなかったらアンタの刀身をヤスリで削るわよ!」
『ヤスリだと?へ、面白れぇ!やれるもんならやってみやがれ、そこら辺の安物じゃあオレっちは傷一つつかないぜ!』
 もはやお互い一歩も引けず、一触即発寸前の危ない空気。
 どちらかが折れるかそれとも最悪な展開に至ってしまうのか、という状況の中で。
 この争いを引き起こした張本人であり、最も安全な場所にいる魔理沙は驚きつつもその笑顔を崩していない。
 むしろ二人の言い争いを楽しんでいるのか、楽しそうにお茶を啜っている。

「ははは、喧嘩は程々にしとけよおま―――…ッデ!」
「争いを引き起こした張本人が何観戦に洒落込もうとしてんのよ!」
 しかし、始祖ブリミルはそんな魔法使いの策略に気付いていたのだろう。
 ルイズの使い魔としで神の左手゙のルーンを持つ霊夢からの、容赦ない鉄拳制裁が下された。

 死なない程度に後頭部を殴られた魔理沙は殴られた場所を手で押さえて、机に突っ伏してしまう。
 頭に被っていた帽子が外れて床に落ちるものの、今はそれを気にせる程の余裕は無いらしい。
 呻き声を上げながら机に顔を伏せる彼女を見下ろし、鋭い目つきで睨む霊夢は魔理沙を殴った左手に息を吹きかけている。

941ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:00:23 ID:CWP4DxYk
「全く、アンタってヤツは目を離した途端にこれなんだから」
「イテテ…!だからって、おま…!あんなに強く殴る必要があるのかよ…」
「私はそんなに強く殴った覚えはないわよ」
 今にも泣きそうな魔理沙の抗議に対し、しかし霊夢は涼しい表情で受け流す。
 どうやら殴った加害者である巫女と、被害者の魔法使いとの間には認識の違いがあるらしい。
 しかし、第三者から見てみればどちらが正しい事を言っているのかは…まぁ一目瞭然と言うヤツだろう。
「さっきの一発、絶対普段からのうっぷん晴らしで殴ったわよね」
『だろうな。流石のオレっちでも、あんな風に殴られたら怒るより先に泣いちゃうかも』
 突然の殴打に一触即発だったルイズとデルフも、流石にアレは酷くないかと魔理沙に同情してしまっている。
 その魔理沙のせいで言い争いをする羽目になった二人から見ても、霊夢の殴打は間違いなぐやり過ぎ゙の範囲なのだ。

 霊夢の一撃で先ほどまで騒がしかった部屋が静まり返る中、紫が三人と一本へ話しかける。
 それは、ちょっとした諸事情で部屋にいないこの部屋の主とその従者に代わっての注意喚起であった。

「朝から賑やかな事ね。けど、あんまり騒がしいと後で藍に怒られますわよ。
 あの娘も色々とここで人間相手に信用を築いているし、その努力がパァになったら流石の彼女も怒るわよ?」
 
 笑顔を絶やさず自分たちを見つめて喋る紫に、霊夢は面倒くさそうな表情で「分かってるわよ」とすかさず返す。
 ルイズも同様に、紫の式が静かに怒っていた時の事を思い出してコクリと頷いて見せる。
 魔理沙は未だ机に突っ伏して呻いているが、頭を押さえていた両手の内右手を微かに上げた。
 大方「分かってるよ」と言いたいのだろうが、さっきルイズ達を煽っていた所を見るに理解していないようにも見える。
 最後に残ったデルフは三人がそれぞれ答えを返して数秒ほど後に、留め具を鳴らして言葉を出した。

『んな事、百も承知だよ。最も、レイムが殴るのを止めなかったお前さんも大概だがな』
「あら、随分と口が悪い剣なのね。まぁそのお蔭でこの娘たちと仲良くやれてるんでしょうけど?」
「それどういう意味よ?」
 デルフの冷静な指摘に対しても、その笑みを崩さぬ紫が彼に返した言葉にすかさず霊夢が反応し、
 再び嫌悪な空気が流れ始めたのを感じ取ったルイズは、たまらずため息をついてしまいたくなってしまう。
 そして彼女は願った。できるだけ、藍と橙の二人が自分と霊夢たちの荷物を手に速く帰ってこれるようにと。 

 現在このハルケギニアを訪問している八雲紫の式である八雲藍とその式の橙。
 本来この部屋を借りている彼女たちは今、ルイズたちが言い争うこの部屋にはいない。
 二人は紫からの命令を受けて、昨晩ルイズたちが大きな荷物を預けた店『ドラゴンが守る金庫』へと足を運んでいる。
 理由は勿論、その店に預けているルイズ達三人の荷物を取りに行って貰ってるからだ。
 念のため藍がルイズの姿に化けて荷物を出してもらい、その後で橙と一緒に運んでくるらしい。

 ルイズ本人としては不安極まりなかったが、今の状況ではやむを得ない選択であった。
 本当ならば任務の為に長期宿泊する宿を見つけてから荷物を取り出しに行く予定であったが、肝心の資金が盗まれてそれは不可能。
 とはいえ一度出された任務はこなさなければと考えていたルイズに、話を盗み聞きしていた紫がこんな提案をしてきたのである。

942ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:02:23 ID:CWP4DxYk
―――ならここに泊まれば良いんじゃないのかしら?丁度他の部屋は余裕があるんでしょう?
―――――えぇ?ルイズはともかく、博麗の巫女たちと一緒に…ですか?
―――別に貴女には彼女たちを手助けしろだなんて言ってないわ、寝泊まりできる場所を確保してあげなさいって事よ
 当初は主の提案に難色を示した藍であったが、結局は主からの命令に従う事となった。
 橙も何か言いたそうな顔をしていたが、その前にされていた説教が大分効いたのか何も言うことは無かった。

「けれども、今の私達なんて文無しでしょう?泊まりたくても泊まれないじゃないの」
「いや、お金に関してなら私の口座に…少しだけなら残ってたと思うわ」
 とはいえ、荷物はあっても任務をこなす為に必要な経費が無くなってしまった事に代わりは無い。
 霊夢がそれを指摘すると、ルイズはこの夏季休暇に使う事は無いだろうと思っていた手札を彼女に明かす。
 本来ならどん詰まりの状況なのだろうが、幸いルイズには財務庁の方で口座を開いていたのである。
 口座…といっても実際には実家から送られてくる月々のお小遣いで、大した金額は入っていない。
 それでも並みの平民にとっては半年分働いて稼いだ額と同じ金額であり、宿泊代は何とか捻出できる程にはある。

「あるといっても、三人分で一週間泊まれるかどうかの金額しかないけどね」
「それまでは並の人間らしい生活は遅れるけど、それ以降は物乞いデビューってところね」
「……冗談のつもりなんでしょうけど、今はマジで洒落にならないから言わないでよ」
 今の自分たちにとって最も笑えない霊夢の冗談に突っ込みを入れつつ、ふと紫の方へと困った表情を向けてみる。
 ここに自分たちを泊まらせるよう式に命令した彼女なら、きっと自分の手助けをしてくれるかもしれない。
 そんな甘い期待を胸に抱いたルイズは手に持っていたままのデルフをベッドに置くと、いざ紫に向かって話しかけた。
「ゆ―――」
「残念ですが、お金の事に関しては貴女と霊夢たち自身の手で解決しなさい」
「うわ最悪、読まれてたわ」
『そりゃお前さん、あたりめーだろ』
 すがるような表情から一転、苦虫を踏んだかのような苦しい表情を浮かべてしまう。
 まぁダメで元々…という感じはしていたが、こうもストレートかつ百パーセントスマイルで拒否されるとは思ってもいなかった。  
 ついでと言わんばかりに放たれるデルフの突っ込みを優雅にスルーしつつ、ルイズは紫へ話しかけていく。

「どうして駄目なのよ?アンタなら自分の能力でいくらでも金貨を出せそうじゃないの」
「その通りね。私のスキマが…そう、゙王宮の金庫゙とここを繋げば…それこそ貴女に巨万の富を授ける事はできるわ」
「……成程、その代わり私が世紀の大泥棒になるって寸法ね」
 自分の質問に目を細めてとんでもない返答をした紫に、ルイズは彼女を睨みながら冗談で返す。
 大抵の人間が言えば冗談になるような例えでも、目の前にいるスキマ妖怪が言うと本気に思えてしまう。

「ちょっとアンタ、ルイズに何物騒な事吹き込んでるのよ」
 そこへ紫の事は…少なくとも自分より詳しいであろう霊夢がすかさず彼女へと噛みついてくる。
 まぁ妖怪退治を本業とする彼女の目の前であんな事を言ったのだ、そりゃ警戒するつもりで言うのは当たり前だろう。
 そんな事を思って霊夢の方へと視線を向けたルイズは、そのまま彼女と紫の会話を聞く羽目になった。

943ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:04:33 ID:CWP4DxYk
「冗談よ霊夢。貴女ってホント、いつまで立っても人の冗談とかジョークに対して冷たいわよね」
「アンタは人じゃないでしょうが。それにアンタの性格と能力を知ってる私の耳には、本気で言ってるようにしか聞こえないわ」
「まぁ怖い!このか弱くてスキマしか操れない様な私が、そんな怖ろしい事をしでかすとでも…」
「しでかすと思ってるから、こうして警戒してるのよ私は」
 ワザとらしく泣き真似をしようとする紫にキツイ調子でそう言った霊夢の言葉に、ルイズ達も同意であった。
 ルイズ自身彼女と知り合って行こうしょっちょうちょっかいを掛けられていたし、デルフは幻想郷に拉致されている。
 魔理沙も紫の能力がどれだけ便利なのかは間近で見ていた人間であり、そして彼女が最も油断ならない妖怪だと知っている。
 霊夢に至っては、いわずもがな…というヤツだ。

 結果的にスキマ妖怪の言葉に誰一人信用できず、霊夢は疑いの眼差しを紫へと向けている。
 二人の近くに立つルイズに、殴られたダメージが癒えつつ魔理沙も顔を上げて紫を見つめていた。
 流石に分が悪いと感じたのか、それともからかうのはそろそろやめた方が良いかと感じたのか…。
 三人の視線を直に受けていた紫はその顔に薄らと微笑みを浮かべると、両肩を竦ませた。

「流石にそんな事はしないわ霊夢。…けれど、貴女たちにお金の支援をすることはできないと再度言っておくわ。
 私の能力を使えば確かに楽に集まるけれど、それを長い目で見たら決して貴女たちに良い結果をもたらさないしね」

 ようやく聞けた紫からのまともな返答に、ルイズは「…まぁそうよね」と渋い表情を浮かべて納得する。
 昨晩は霊夢が荒稼ぎして手に入れた大金を盗まれたせいで、とんでもないどんちゃん騒ぎに巻き込まれてしまった。
 変に荒稼ぎせずに、アンリエッタが支給してくれた経費で長期宿泊できる宿を探していればこうはならなかったに違いない。
 というか、あの少年は自分たちが派手に稼いだのを何処かで見ていたに違いないだろう。
 そんなルイズの考えている事を読み取ったのか、紫は笑顔を浮かべたまま考え込んでいるルイズへと話しかける。
「藍の話を聞いた限りでは、貴女たち…というか霊夢が賭博で色々と派手にやらかしたそうね?」
 思い出していた最中に不意打ちさながらに入ってきた紫の言葉に、ルイズは思わず頷いてしまう。
「…そうよね。よくよく考えてみたら、昨日あんだけド派手な大勝してたら…そりゃ寄ってくるわよね」
「ちょっとルイズ、それはアンタの我儘を叶える為に張ってあげた私の苦労を台無しにする気?」
「いや、お前さんはそんなに苦労してないだろうが」
 反省しているかのようなルイズに、昨日稼いだ大金を即日盗まれた霊夢が苦言を漏らすも、
 ようやく後頭部の痛みが和らいできた魔理沙が恨めしそうな目で彼女を睨みつけながら突っ込みを入れられてしまう。
 そこへデルフもすかさず『だな』と、短くも魔法使いの言葉に便乗する意思を見せる。

 流石に魔理沙デルフにまでそんな事を言われてしまった霊夢は機嫌を損ねたのか、口をへの字に曲げてしまう。
「何よ、昨日は一発勝負大金稼いでやった私に対する仕打ちがこれなの?失礼しちゃうわね」
「…というか、博麗の巫女としての勘の良さを賭博で使う貴女が巫女としてどうかと思うわよ…霊夢?」
 そんな時であった、昨日の事を思い出していた彼女へ紫がそう言ってきたのは。
 さっきまでと同じ調子に聞こえる声は、どこか冷たさと鋭さを併せ持ったかのような雰囲気を霊夢は感じてしまう。
 それを機敏に感じ取った霊夢の表情がスッ青ざめたかと思うと、ゆっくりと紫の方へと顔を向ける。

 そこに八雲紫は佇んでいたが、帽子の下にある笑顔には何故か陰が差している気がする。
 他の二人とデルフも先ほどの彼女の声色が微妙に変わっているのに気が付いたのか、怪訝な表情を浮かべて二人を見つめている。

944ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:06:43 ID:CWP4DxYk
「あれ?どうしたのかしら二人とも…何かおかしいような」
 青ざめる霊夢と微笑み続ける紫を交互に見比べていたルイズが言うと、そこへ魔理沙も続いて呟く。
「あちゃ〜…何か良くは知らんが、あれは紫のヤツ…今にも怒りそうだな」
『まぁ声の色にちょっとドスが入っているっぽいからな…ありゃ相当カッカしてると思うぜ』
 これまでの経験から何となくスキマ妖怪が起こるっているであろうと察した魔理沙がそう言うとデルフも同じような言葉を呟き、
 両者の意見を聞いた後でもう一度紫の笑顔を見たルイズは、 「え、え…何ですって?」と軽く驚いてしまう。

 一瞬にして部屋の空気が代わった事に気が付かず、微笑み続けている紫は霊夢に喋り続けていく。
「貴女、昨日は随分と荒稼ぎしたそうね?それこそ、店の人間を泣かすくらいに」
「あ、あれはルイズが良い宿に泊まりたいって言うから、それでまぁ…ん?」
 珍しく焦った表情を霊夢が若干慌てた様子で昨日の事を説明する中、紫がふと自分の頭上にスキマを開いた。
 人差し指で何もない空間に入れた線がスキマとなり、数サント程度の真っ暗な空間が二人の間に現れる。
 そのスキマと微笑み続ける紫を見て直感で゙ヤバい゙と感じたのか、更に焦り始めた霊夢が説明を続けていく。
「だ…だってしょうがないじゃないの!ルイズのヤツには、色々と借りがあっ――――…ッ!!」
 
 言い切る前に、突如聞こえてきた鋭くも激しい音で紫とデルフを除く三人が身を竦ませて驚いた。
 傍で聞いていたルイズと魔理沙、そして言い訳を述べようとした霊夢の目に音の正体が移り込む。
 霊夢の足元へ勢いよく突き刺さったのは、普段から紫が愛用している白い日傘であった。
 折りたたまれた状態のソレの先はフローリングの床に突き刺さり、僅かにだが横にグワングワンと揺れている。
 まず最初に口が開けたのは意外にも霊夢ではなく、現在彼女の主であるルイズであった。
「は?日…傘?」
 一体どこから…?と一瞬思ったルイズは、すぐに紫の頭上に開いたスキマへと視線を向ける。
 彼女の予想通り、日傘を投げ槍の様に出したであろうスキマの゛向こう側゙にある幾つもの目が霊夢を睨んでいる。
 明らかにその目は不機嫌そうな様子であり、それが今の紫の心境を明確に物語っているかのようだ。
『おぉ…こいつはちょっと、洒落にならんってヤツだな』
「いやいや、これは相当怒ってるぜ…?」
 流石の魔理沙も今まで見たことないくらい怒っている紫に戦慄しているのか、自然と後ずさり始めている。
 とある異変の後で紫と知り合った彼女にとって、紫がこれ程怒る姿を見るのはここで初めてであったからだ。

 そして、その怒りの矛先である霊夢は…ただただこちらを見下ろす紫を見上げている。
 まるで蛇に睨まれた蛙の様に身動き一つ取れないまま、こちらへスキマを向ける彼女の言葉を待っていた。
「あの、ゆ…――」
「――そういえば、ここ最近は貴女の事を色々と甘やかし過ぎていたかしらねぇ?」
 自分の名前を呼ぼうとした霊夢の言葉を遮って、紫はわざとらしい調子で言う。
 これまで幾度となく妖怪と戦い退治し、異変解決もこなしてきた博麗霊夢はそれで何となく察した。
 久しぶり…というか多分、十年ぶりに八雲紫からのありがたーい゙御説教゙を受ける羽目になるのだと。

「久しぶりねぇ。私がこうして、あなたに博麗の巫女とは何たるかを教えるのは」
 そう言って紫は先ほど自分の日傘を射出したスキマから一本の扇子を出し、それを右手で受け取る。
 紫が愛用しているそれは何の変哲もない、人里にあるちょっとお高い品を扱う店で購入できるような代物。
 キッチリと閉じている扇子で自分の左手のひらを二、三回と軽く叩いてみせた。

「藍が帰ってくるまで、私と昔教えた事の復習をしてみましょうか?霊夢」

945ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:08:24 ID:CWP4DxYk


「――…と、いうわけで今も゙御説教゙は継続中と言うワケなのよ」
 ――――そして時間は過ぎ、もうすぐお昼に迫ろうとしている時間帯。
 ルイズたちの荷物を橙と共に持って帰ってきた八雲藍は、ルイズから何が起こったのか聞かされた。
 彼女たちのすぐ近くでは、今も閉じた扇子を片手に持つ紫が拗ねたように顔を晒している霊夢に説教している。
 最初は昨晩の博打において、巫女としての勘の良さを博打で使ってボロ儲けした事について話していた。

 そこから次第に発展して、ルイズや魔理沙にデルフからこの世界での彼女の不躾な行動を聞き出し、
 それを説教のネタにして長々と喋り続け、かれこれ藍と橙が戻ってきてからも彼女の゙御説教゙は続いていた。
 今はルイズから部屋に隠していたお菓子を無断で食べたことについての説教をされているところである。

「…大体、貴女は普段から巫女としての心を持たないから…そうやって安易に手を出しちゃうのよ」
「むぅ〜…だってあのチョコサンド、凄く美味しそうだったのよ?それをすぐに食べないなんて勿体ないじゃない」
「その食い意地だけは認めますけど、やっぱり貴女はまだまだ経験不足なのねぇ」

 そんな二人の説教…と言うにはどこか緩やかさが垣間見えるやり取りを眺めつつ、
 ルイズから事のあらましを聞き終えた八雲藍は呆れた…とでも言いたいかのように天井を一瞥した後、その口を開く。  
「成程、帰ってきたときに見た時はかなり驚いたが……まぁ身から出た錆と言う奴だな」
「まぁ、アンタの言葉は外れてはいないわね。…それにしても、あのレイムがあんな大人しくなるなんて」
 重い荷物を担いで戻ってきた彼女はベットに腰かけながら、横で話してくれたルイズに向けて開口一番そう言ってのける。
 ついでルイズもそれに同意するかのように頷き、あの霊夢がマジメに説教を受けている事に驚いていた。
 何せ召喚してからといもの、傍若無人かつそれなりに強かった博麗霊夢が借りてきた猫の様に小さくなっている。
 召喚してからというものほぼ彼女と一緒に過ごし、彼女がどういう人間なのか知ったルイズにとって意外な発見であった。

「ルイズの言う通りだな。アイツなら誰が相手でも居丈高な態度を見せるもんだとばかり思ってたが…」
 更に…自分よりも霊夢と一緒にいた回数が多いであろう魔理沙もルイズと同じような反応を見せている。
 きっと彼女も、大人しく紫の説教を受けている霊夢の姿なんて一度も見たことがないのだろう。
 今はその両腕で抱えているデルフも鞘から刀身を出して、魔理沙に続くようにして喋りはじめる。
『まぁレイムのヤツには丁度いいお灸になるだろ。…それで性格が直るワケはないと思うがな』
「そりゃーあの博麗霊夢だからねぇ、むしろあの性格は死ぬまで直らないんじゃないかなー」
 やや鼓膜に障る程度の喧しい金属音混じりの言葉に、今度は式の式である橙がクスクスと笑いながら言う。
 先ほど藍と一緒にルイズの荷物を持って帰って来た彼女は、叱られている霊夢の姿を見てざまぁ見ろとでも思っているのだろうか?
 まぁさっきまで散々掴まれられたり文句を言われたりもしていたので、まぁそういう気持ちになっても仕方ない。
 そう思っているのか藍も彼女を窘める事はせず、見守る事に徹していた。

 そんな橙は今、紫が来るまで来ていた洋服ではなく霊夢達が見慣れている赤と白が目立つ服に着替え直している。
 元は変装用にと藍が服を与えたのだが、今回の説教で紫から甘やかしてると判断されて没収されていた。
 まぁ元々着ていた服も一部分を除けば洋服であるし、尻尾と耳をどうにか隠せれば何とか誤魔化せるだろう。
 藍ならば自分の力でそれ等を極小に縮める事は出来るが、まだまだ力不足な橙にそれ程の芸当はできない。
 その為荷物を取りに行った時はフードつきのコートを頭からすっぽり被り、上手く隠して日中の街中へと出ていた。
 ただ本人曰く…「帰るときには気絶しそうなくらい暑かった」とも言っていたが…。

946ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:10:26 ID:CWP4DxYk
「あの服なら尻尾をスカートの中に入れてても痛くなかったし、便利だったのにな〜…」
「確かに…あんなコートを頭から被って真夏日の街中で出るなら、あの服を着ていく方がいいと思うぜ」
『だな。夏真っ盛りの今にあんなん着てて歩いたら、その内日射病でバタンキューだ』
 橙が羽織り、今は入口の傍に設置されているコートハンガーに掛けられているそれを見て、魔理沙とデルフも頷くほかない。
 あれを着れば確かに耳と尻尾は隠れるのだろうが、間違いなく体中から滝の様な汗が流れるのは間違いないだろう。
 何せ外は涼しい格好をした平民たちもしきりに汗を流し、日射病で倒れぬようしきりに水分補給をする程の暑さ。
 それに加えて狭い通りを大勢の人々が歩き回ってるのだ。汗をかかない方が明らかにおかしいのである。
 当然、橙の傍にいて彼女の様子を見ていた藍も魔理沙と同じことを思っていたようで、腕を組んで悩んでいた。
「う〜ん、私は甘やかしたつもりはないのだがなぁ。ただ、あの子の事を思って服を用意しんだが…」
「そういえば、甘やかす側は偶に違うと思いつつも他の人から見ると甘やかしてるって見える時があるらしいわね」
 真剣に悩んでいる彼女の姿を見て、ルイズは現在行方知れずの二番目の姉との優しい思い出を振り返りつつ、
 常に厳しくキツい思い出しかない一番目の姉が彼女に言っていた言葉を思い出していた。

 そんな風にして四人と一本が暇を潰している間、いよいよ霊夢と紫の楽しい(?)お話が終わろうとしていた。
「…まぁその分だとあまり反省してなさそうだけど…これに懲りたらちょっとは自分を見直しなさい。いいわね?」
「そんなの…分かってるわよ。何かしたら一々アンタの説教を聞くのも億劫だし」
 長い説教をし終えた紫は最後にそう言って、目を逸らしつつも大人しく話を聞いていた霊夢へ説教の終わりを告げる。
 対する霊夢も相変わらず顔を横に反らしたまま捨て台詞を吐いてから、クルッと踵を返して紫に背を向けてしまう。
 一目見ただけでご立腹な巫女の背中に、紫は苦笑いしつつ彼女の左肩にそっと自分の左手を乗せた。
 ついで、幾つものスキマを作り出せるその指で優しく撫でられると流石の霊夢も何かと思ってしまう。
「まぁ貴女は貴女でちゃんと頑張っているし、人間っていうのは叱られてこそ伸びるものよ」
 そんな彼女へ、紫はまるで教え子を諭す教師になったかのような言葉を送る。
 さっきまであんなに説教してきたというのに、しっかりフォローを入れてきたスキマ妖怪に霊夢は思わず彼女の方へ顔を向けてしまう。
 そして自分だけでなく、それを傍目で眺めていたルイズと魔理沙もそちらの方へ顔を向けているのにも気づいていた。

 途端に何か、得体のしれぬ気恥ずかしさで頬に薄い赤色が差した巫女はそれを誤魔化すように紫へ話しかける。
「……その言葉と、今私の肩を撫でまわしてる事にはどういう関係があるのよ」
「あら?肩じゃなくて頭のほうが 良かったかしら。昔みたいに…」
「まさか……もう子供じゃああるまいし」
 そう言って霊夢は右手で紫の左手を優しく肩から離して、もう一度踵を返して今度は紫と向き合う。
 既に気恥ずかしさは何処へと消え去り、いつもの調子へと戻った彼女は腰に手を当ててご立腹な様子を見せている。
「第一、ルイズや式はともかくとして魔理沙のヤツがいる前で昔の事なんか言わないでよ。からかいの種になるんだからさぁ」
「おぉ、こいつはひどいなぁ。私だけのけものかよ」
「でも不思議よね?霊夢の『ともかく』って実際は『どうでもいい』って事だからあんまり嬉しくないわ」
「まぁその通りだな」
『でもぶっちゃけ、この巫女さんに関われるよかそっちの方が幸せな気がするとオレっちは思うね』
 自分の言葉に続くようにして魔理沙とルイズ、それに藍とデルフが相次いで声を上げる。
 その光景に紫がクスクスと小さく笑いつつ、キッと三人と一本を睨み付ける霊夢へ話を続けていく。

947ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:12:28 ID:CWP4DxYk
「あら?そうは言っても過去は否定できませんわよ。今も私の頭の中には、幼少期の可愛い貴方の姿が…」
「だーかーらー!!昔のことは言わないでって言ってるでしょうが!」
「あぁ〜ん、ダメよ霊夢ぅ〜!公衆の面前よぉ〜」
 今となっては相当恥ずかしい昔の思い出を掘り返されたことに、霊夢は紫へ怒鳴りながら迫っていく。
 紫自身も慣れたもので、今にも掴みかからんとする妖怪退治の専門家に対しての余裕っぷりを見せつけている。

 一方で霊夢からのけもの扱いされた魔理沙は、紫の口からきいた意外な事実にほぉ〜…と感心していた。
 彼女としてもあの博麗霊夢がどのような幼少期を過ごしたのか気になってはいたが、それを聞いたことが無かったのである。
 以前ふとした時に思いついて聞いてみたのだが上手い事はぐらかされてしまい、聞けずじまいであった。
 妖精や天狗たちの噂で、自立できるまであの八雲紫が世話をしていたという話は耳にしていたが、あまり信用してはいなかった。
 だが、その噂の中に出てくる大妖怪本人が言った事ならば…まぁちょっとは信用できるだろうと思うことができた。
「へぇ〜、やっぱ噂は本当だったんだな。幼い頃の霊夢と一緒に過ごしたっていうのは」
 魔理沙がそう言うと、紫と同じく幼少期の霊夢を知る藍が「…まぁ事実だしな」と主人の言葉が正しいと証明する。
「まぁ我々からしたらほんの一瞬であったが、幼いアイツへ紫様が直々に色んな事を教えていたのは覚えてるよ」
「へぇ〜…それって意外ねぇ?あんな他人に冷たいレイムにそんな過去があるなんてね」
『どんなに冷酷、狡猾、残酷な人間でも乳飲み子や物心ついたばかりの時ってのは可愛いもんなんだぜ?』
「ちょっとデルフ、まるで私が犯罪者みたいな事言ってたら刀身にお札貼り付けて封印してやるわよ」
 藍からの証言を聞いたルイズは自分の使い魔の意外な過去に驚き、デルフがとんでもない事を言ってしまう。
 そして変に耳の良い霊夢がすかさず釘を刺しに来ると、彼はプルプルと刀身を震わせて笑っている。
 これまで何度も同じような脅し文句を言われてきたのだ、彼女が冗談混じりで言っているのかどうか分かっているようだ。
 実際霊夢自身も半分程冗談で言ったので、それを読み取って笑っているデルフに「全く…」と苦笑するしかない。

「すっかり慣れちゃってるわね。この喧しい魔剣モドキは…ったく」
 そう言いながら彼女は魔理沙が抱えている彼の元へ近づくと、中指の甲で軽く鞘の部分を勢いよく叩いた。
 カンカン…という軽い音ともに鞘は僅かに揺れ、またも刀身を震わせたデルフが霊夢に向かって言葉を発する。
『おっ…と!鞘はもっと大事に扱ってくれよな、それがなきゃオレは黙れないし一生抜身のままなんだぜ』
「別にアンタがそうなら構わないわよ。だって私はアンタじゃないんだしね」
『こいつは手厳しいや。こりゃ暫くは黙っておいた方が身のためだね』
「あら?アンタも大分懸命になったようね。感心感心」
 互いに軽口で返した後で霊夢は微笑み、デルフもまた笑うかのようにまた自らの刀身を震わせた。
 偶然だったかもしれないが、デルフのお蔭で部屋に和やかな空気が戻った後…思い出したように魔理沙が口を開く。

「まぁアレだな。これを機に霊夢も昔の可愛い自分を思い出して私達に優しくしてくれればそのう―――…デデデデッ!」
 空気が和んだところで、通り過ぎたばかりの地雷原へと突っ込んだ魔理沙の頬を霊夢が容赦なく抓った。
 デルフを持っていたことが災いしてか、避けるヒマもなく攻撃を喰らった彼女の目の端へ一気に涙が溜まっていく。
 対して霊夢の表情は先ほどの微笑みを浮かんだまま止まっており、それが異様な雰囲気を作り出している。
「それ以上口にしたら、アンタにはもう一度痛い目に遭ってもらうわよ。いいわね?」
「も、もうとっくにされてる…ってア…ダァッ!」
「ちょっとレイム、マリサを擁護するつもりは無いけれどこれ以上騒がしくしたらスカロンたちが起きちゃうわよ」
 自分の過去を茶化そうとする黒白に個人的制裁を加える霊夢に、流石のルイズが止めに入った。

948ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:14:24 ID:CWP4DxYk
 今までちょっとだけ忘れていたが、一応この階では今夜の営業に備えてスカロンやジェシカ達が寝ているのである。
 もしも変に騒ぎ過ぎて起こしてしまえば、怒りの形相でこの部屋へ殴りこんでくるかもしれない。
 人間の中には寝ている途中に起こされる事を極端に嫌い、憤怒する者たちがいる事を彼女は知っているのだ。

 しかし、そんな理由で少し慌てているルイズにそれまで黙っていた紫が「あら、それは大丈夫よ」と言葉を発した。
「こんな事もあろうかと、この部屋の中だけ静と騒の境界を弄っておいたから多少騒いでも問題ないわ」
 紫の発したその言葉に「え?」と言いたげな表情を向けたルイズは、意味が良く分からなかった為に彼女へ質問する。
「つまり…それって霊夢を特に止める必要は無いって事?」
「まぁ、そうなるわね。あくまでも多少だけど」
 自分の質問に対する紫の答えを聞いた後、ルイズはもう一度霊夢達の方へ顔を向けて言った。

「………というわけよ。だから…まぁ程々にしてあげてね」
「いや、ルイズ…程々って―――イダダダダダタァッ…!」
 あっさりとルイズに見捨てられた魔理沙は彼女へ向けて右手を差し出そうとするが、
 それを許さない霊夢の容赦ない攻撃によって宙を乱暴に引っ掻き回し、涙目になって悲鳴を上げてしまう。
 そんな彼女の左腕の中に抱えられたデルフは鞘越しの刀身を震わせていたが、それは恐怖から来る震えであった。
 ――やっぱり今の『相棒』はとんでもなくおっかないと、そんな再認識をしながら。

 その後、魔理沙が解放されたのは一、二分ほど経った後だった。
 流石にこれ以上耐えるのは無理と判断したのか、両手を上げて霊夢に降参を伝えると彼女はあっさりと手を放したのである。
「まぁこんだけやればアンタも今だけは懲りてるだろうし、なにぶん私の手がつかれちゃうわ」
「……機会があったら、是非とも昔の事を話してもらいたいぜ」
 抓られていた頬を押さえる涙目の魔理沙がそう言うと、霊夢は「まぁその内ね」と彼女の方を見ずに言葉を返す。
 最も、彼女の言う「その内」というのはきっと…いや絶対に訪れることは無いのだろう。
 そう確信した魔理沙はいずれ紫本人から話を聞いてみようと思いつつ、
 頬を抓ってくれた霊夢と共犯者のルイズには、いずれとびっきりの『お返し』をしてやろうと心の中で固く誓った。

 さっきあれ程酷い事をしたというのに平然としている霊夢に、心の中で何かよからぬ事を企んでいそうな魔理沙。
 そんな二人をベッドに腰掛けて見つめるルイズは、相変わらず仲が良いのか悪いのか良く分からない彼女たちにため息をついてしまう。
 思えばこんな二人と同じ部屋で暮らして寝ている何て事、一年前の自分には想像もつかない事だろう。

 あの頃は『ゼロ』という不名誉な二つ名と共に苛められて、何度挫けそうになりながらも必死に頑張っていた。
 実家から持ってきた荷物の中に入っていたくまのぬいぐるみと、それに付いていたカトレアからの手紙だけを頼りに文字通り戦ったのである。
 ――『あなたならできるわ。自分を信じて』という短い一文は、自分に戦えるだけの活力を与えてくれた。
 それから一年後の春。今こそ見返してやろうと挑戦した使い魔召喚の儀式を経て―――ご覧の有様となったわけである。 
(何度も思ってきたけど、ハルケギニアの中でこれ程波乱万丈な青春を過ごしてる女の子何て私ぐらいなものなんじゃない?)
 今やこのハルケギニアと繋がってしまった異世界での異変を解決する側となったルイズは、思わず我が身の不幸を呪ってしまう。
 確かに使い魔は召喚できたのだが、始祖ブリミルは一体何の因果で自分に霊夢みたいな巫女を押し付けてきたのだろうか?
 更にそれから暫くして今度は彼女の世界へ連れ去られ、ワケあって魔理沙という騒がしい魔法使いとも暮らしていく羽目になってしまった。

(あの二人の相手をするだけでも忙しいのに、しまいには私があの『虚無』の担い手なんてね…)
 そして、どうして自分が始祖の使いし第五の系統の担い手として選ばれたのか…?
 『虚無』に覚醒して以降、これまで何度も思った疑問を再び思い浮かべようとした直前、
 それまで三人を無視して自分の式から長い長い話を聞いていた紫の声が、思考しようとするルイズの耳の中へと入ってきた。

949ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:16:33 ID:CWP4DxYk
「ふふふ…どうやら私が顔を見せていない間に、随分と進展があったようねルイズ。それに霊夢も、ね」
 明らかに自分へ向けられたその言葉に気づくまで数秒、ハッとした表情を浮かべたルイズが声のした方へと顔を向ける。
 案の定そこにいたのは、何やら満足気な笑顔を浮かべて自分を見下ろす紫の姿があった。
 
「この世界で伝説と呼ばれている『ガンダールヴ』の力に、系統魔法とは違う第五の系統『虚無』の覚醒。
 私の思っていた通り、霊夢を使い魔として召喚しただけの力量はちゃんと持っていたという事なのね」

 閉じた扇子で口元を隠し、笑顔で話しかけてくる紫にルイズは多少困惑しつつも「あ、当たり前じゃない」と弱々しく言葉を返す。
「この私を誰だと思って…って本当は言いたいところだけど、正直『虚無』の事は喜んでいいたのかどうか…」
「…?珍しいわねルイズ。いつものアンタなら胸を張って喜ぶだろうって思ったのに…紫が褒めたからかしら」
「早速失礼な事を言ってくる霊夢は置いておいて…確かに彼女の言うとおり、もう少し胸を張ってもバチは当たらないと思うわよ?」
 さっき叱られたばかりだというのにいきなり自分に喧嘩を売ってくる霊夢に肩を竦めつつ、紫はルイズにそう言ってあげる。
 『虚無』に目覚め、アルビオン艦隊を焼き払ってこの国を救った人間にしては、ルイズはやけに謙虚であった。
 アンリエッタから無暗な公表は避けろと言われてるからなのだろうが…、そうだとしても変に謙虚過ぎる。
 
 霊夢の言うとおり、いつもの彼女ならば前もって自分がどういう人間なのか知っている彼女や紫に対して、
 「どう、スゴイでしょ?」とか「ようやく私の時代が来たわ!」とか強気になって言いそうなモノなのだが……。
「今まで苛められてた分を強気になってやり返してやろう…とかそういう事言いそうだと思ってたのに」
「失礼ね、私がそんな事すると思ってたの?…っていうか、姫さまに公にするよう禁止されてるからどっちにしろ不可能だし」
 勝手な自分のイメージを脳内で組み立てていた霊夢を軽く注意した後で、ルイズは他の皆に向かってぽつぽつと喋り始めた。
 それは『虚無』の担い手として覚醒し、初めて『エクスプロージョン』詠唱から発動しようとした時の事である。

「レイム、マリサ。私がタルブ村でアルビオンの艦隊に向けて『エクスプロージョン』を放った時のこと、憶えてる?」
 突然話題を振ってきたルイズに霊夢と魔理沙は互いの顔を一瞬見遣った後、二人してルイズの方へ顔を向けて頷く。
 あれから少し経ったが、今でもあの村で感じたルイズの力はそれまで感じたことがない程のものであった。
 それまで彼女の失敗魔法を幾度となく見てきた霊夢でさえも、魔法を発動する直前に思わず身構えてしまったのである。
 極めつけはあの威力、魔理沙もそうだがあの小さな体のどこにあれだけの爆発を起こせる程の力があったのだろうか。

「正直あれは驚いたわね。まさか土壇場であんな魔法をぶっつけ本番で発動して片付けちゃうなんてね」
「全くだぜ。おかげで私の活躍する機会が無くなってしまったが…まぁその分あんな爆発魔法を見れたから十分満足してるよ」
「成程。魔理沙はともかくとして、霊夢ともあろう者がそれ程感心するのならさぞやすごい魔法なのでしょうね」
 思い出していた霊夢に魔理沙も同調して頷くと、藍から『虚無』の事を聞いたばかりの紫は興味深そうな表情を見せている。
 まだ実物を見ていない為に詳しい事は分からないが、あの霊夢と魔理沙が多少なりとも感心しているのだ。
 是非とも近いうちに生で見てみたいと思った紫は、尚も浮かばぬ表情をしているルイズの方へと顔を向けて話しかける。
「でも見た所、貴女自身はその『エクスプロージョン』という魔法を、あまり撃ちたくはなさそうな感じね」
「…姫さまの前では虚無の力を役立てたいって言ったけど、またあれだけの規模の爆発を起こせと言われたら…ちょっとね」
 アルビオンの艦隊を飲み込んだあの光が脳裏に過らせて、ルイズは自分の素直な気持ちを彼女へ伝える。

 ふとある時、ルイズは口にしないだけでこんな事を考えるようになった。
 もしもアンリエッタの身か…トリステインに大きな危機が訪れるというのならば、止むを得ず虚無を行使するかもしれない。
 しかし、そうなれば次に唱えて発動する『エクスプロージョン』は何を飲み込み…そして爆発させるのだろうか?
 そして何よりも怖いのは―――タルブの時と同じように上手く『エクスプロージョン』を操れるかどうかであった。

950ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:18:36 ID:CWP4DxYk
「何だか怖くなってきたのよ。もしも次に、あの魔法を使う時には…タルブの時みたい上手ぐコントロール゙できるのか…って」
「あら?それは初耳ね」
 顔を俯かせ、陰りを見せるルイズの口から出た言葉に紫はすかさず反応する。
 先ほどの藍の話では『エクスプロージョン』の事は出たが、その中に彼女が口にした単語は耳にしていなかった。
 しかし霊夢にはルイズの言う事に少し心当たりがあったのか、以前デルフが言っていた事を思い出す。

 ――あぁ…―――まぁそうだなぁ〜…。娘っ子が『虚無』を初めて扱うにしても、手元を狂わせる事は…しないだろうなぁ

 ――不吉って言い方は似合わんぜマリサ。もし娘っ子が『エクスプロージョン』の制御に失敗したら…

 ―――――俺もお前らも、全員跡形も無く消えちまう…文字通りの『死』が待っているんだぜ?

 エクスプロージョンを唱えていたルイズを前にして、あのインテリジェンスソードはそんなおっかない事を言っていた。
 その後、しっかりと発動できたルイズを見て少々大げさだったんじゃないかと思っていたが…。
 まさか彼の言う通り、下手すればルイズがあの魔法のコントロールに失敗していた可能性があったのだろうか。
 今更ながらそう思い、もしも゙失敗しだ時の事を想像して身震いしかけた霊夢はそれを誤魔化すようにデルフへ話しかける。
「ちょっとデルフ、アンタあの時…ルイズの『エクスプロージョン』が制御に失敗したらどうとか言ってたけど…まさか――」
『あぁ、みなまで言わなくても言いたい事は分かるぜ?』
 霊夢の言葉を途中で遮ったデルフは、自身が置かれているテーブルの上でカチャカチャと音を鳴らしながら喋り始めた。

『お前さんと娘っ子が考えてる通り、確かにあの『エクスプロージョン』は下手すると制御に失敗してたと思うぜ?
 何せ体の中の精神力――まぁ魔力みたいなもんを一気に溜め込んで、発動と共にそれを大爆発に変換するからな。
 詠唱して十秒も経ってないのなら大した事無いがな、あの時の娘っ子みたいに長々と詠唱した後で失敗してたとするならば…
 そうだな〜、娘っ子を除くありとあらゆる周囲のモノが文字通りあの爆発に呑み込まれて、消えてただろうな。それだけは間違いないぜ』

 軽々と、まるで街角で他愛もない世間話をするかのようにデルフがおっかない事を言ってのける。
 その話を聞いていた霊夢はやっぱりと言いたげにため息を吐くと、同じく話を聞いていたルイズたちの方へと顔を向けた。
「だ、そうよ?…まぁあの魔力の集まり方からして相当危ないってのは分かってたけど…」
 話を聞き終わり、顔色が若干青くなっていた魔理沙とルイズにそう言うと、まず先に魔理沙が口を開いた。
「し…周囲のモノって…うわぁ〜、何だか聞いただけでもヤバそうだな」
『でもまぁ、虚無の中では初歩中の初歩だしな。詠唱してた娘っ子もそうなると分かってたと思うぜ…だろ?』
 今になって狼狽えている黒白向かってそんな事を言ったデルフは、次にルイズへと話しかける。
 デルフの意味ありげな言葉に霊夢達が彼女の方へと視線を向けると、ルイズは青くなっている顔をゆっくりと頷かせた。
「まぁ…ね。……あの時、呪文を唱え終えて…いざ杖を振り上げようとしたときにね…浮かんできたの」
「浮かんできた?何がよ?」
 最後の一言に謎を感じた霊夢が怪訝な顔をして訊ねてみると、ルイズはゆっくりと喋り始めた。
 あの時、『エクスプロージョン』を放とうとした自分には『何が視えていた』のかを。

951ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:20:25 ID:CWP4DxYk
 いざ呪文を発動しようとした時に『エクスプロージョン』どれ程の規模なのか理解したのだという。
 それは自分を中心に周囲にいる者たちを焼き払い、遥か上空にいるアルビン艦隊をタルブごと一掃する程の大爆発を引き起こすと。
 だからこそ彼女は選択した。これから解放するべき力を何処へ流し込み、そして爆発させるのかを。
 勿論その目標は頭上の艦隊であったが、そのうえでルイズは更に攻撃対象から゙人間゛を取り除いたのである。
 そこまで話したところで一息ついた彼女に、おそるおそるといった様子で魔理沙が話しかけてきた。
「じゃああの時、うまいこと船の動力と帆だけが燃えて墜落していったのって…まさかお前が?」
「えぇ、その通りよ。…ぶっつけ本番だったけど、思いの外うまくいくものなのね」
 彼女からの質問にルイズは頷いてそう答えると、あの時の咄嗟の判断を思い出して安堵のため息をつく。
 どうやら彼女自身も、そんな土壇場で良く船だけを狙って攻撃できた事に驚いているらしい。 

 以前アンリエッタの前で、この力を貴女の為に使いたいと申し出た時とはまた違う印象を感じるルイズの姿。
 やはり虚無の担い手である前に一学生である彼女にとって、人を殺すという事は極力したくないようだ。
 まぁそれは私も同じよね…霊夢はそんな事を思いながら、ベッドに腰掛けている彼女に向かって言葉を掛ける。
「にしたってアンタは大した事やってるわよ?何せあれだけの爆発魔法を使っておきながら、船だけを狙ったんだから」
「そうそう…って、ん…んぅ?」
 突如、あの博麗霊夢の口から出た賞賛の言葉で最初に反応したのは、言葉を掛けられたルイズ本人ではなく魔理沙であった。
 思わず相槌を打ったところでその言葉を霊夢が言ったことに気が付いたのか、丸くなった目を彼女の方へと向けてしまう。
 黙って話を聞いていた藍と橙もまさかと思っているのか、怪訝な表情を浮かべている。
 ただ一人、八雲紫だけは珍しく他人に肯定的な言葉をあげた霊夢を見てニヤついていた。

「え…う、うん…?ありがとう…っていうかどうしたのよ、急に褒めたりなんかして?」
 そして褒められたルイズもまた魔理沙たちから一足遅れて反応し、怪訝な表情を浮かべて聞いてみる。
 基本他人には冷たい言葉を向ける彼女が、どういう風の吹き回しなのだろうかと疑っているのだ。
 そんなルイズから思わず聞き返されてしまった霊夢は「失礼するわね」と少し怒りつつも、そこから言葉を続けていく。

「特に深い意味なんて無いわよ。…ただ、アンタはあの時ちゃんと自分の力をコントロールして、船を落としたんでしょ?
 そりゃ失敗した時のもしもを聞いて青くなったりしたけど、そこまでできてたんなら心配する必要なんか無いでしょうに。
 アンタはしっかりあの『虚無』をちゃんと扱えてたんだし、変にビクついてたらそれこそ次は失敗するかも知れないじゃない」

 霊夢の口から送られたその言葉に、ルイズはハッと表情を浮かべて彼女の顔を見つめる。
 いつもみたいにやや厳しい口調ではあったが、要点だけ言えばあの時『虚無』をうまく扱えたと彼女は言っているのだ。
 珍しく他人である自分を褒めた霊夢に続くようにして、目を丸くしていた魔理沙もルイズに言葉を掛けていく。
「まぁちょっと意外だったが、霊夢の言うとおりだぜ?自分の力なのに使う度に一々ビクビクしてたら、気が持たないしな」
「…あ、ありがとう。励ましてくれて…」
 あの魔理沙にまで言葉を掛けられたルイズは、気恥ずかしそうに礼を言うとその顔を俯かせる。
 まさか霊夢だけではなく、あの魔理沙にまで優しい言葉を掛けられるとは思っていなかったルイズは嬉しいとは感じていたが、
 二人同時に優しくされるという事態に今夜は雨どころか、雪と雷とついでに槍まで降ってくるのではないかと思っていた。
 そんな三人のやり取りを少し離れた位置で眺めていたデルフも、カチャカチャと刀身を揺らしながら彼女に言葉を掛ける。

『まぁ初めてにしちゃあ上々だったぜ。味方はともかく、敵の命まで奪わないっていう芸当何て誰にでもできることじゃない。
 そこはお前さんの隠れた才能があったからこそだと思うし、ちゃんと目標を決めて魔法を当てたってのは大きいぜ?
 娘っ子、お前さんにはやっぱり『虚無』の担い手として選ばれる素質がちゃんとあるんだ。そこは確かだと思っといてくれ』

952ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:22:45 ID:CWP4DxYk

「……もう、何なのよさっきから?揃いも揃って私を褒め称えてくるだなんて」
 デルフにまでそんな事を言われたルイズの顔がほんのり赤くなり、それを隠すように顔を横へと向ける。
 しかし、赤くなった顔は薄らと笑っており、霊夢達は何となく彼女が照れているのだと察していた。
 そんな微笑ましい光景を目にしてクスクスと笑いながら、紫は同じく静観していた藍へと小声で話しかける。
「ふふ…どうやら私が思っていたより、仲が良さそうで安心したわ」
「ですね。霊夢はともかくあの霧雨魔理沙とあそこまで仲良く接するとは思ってもいませんでしたが…」
 主の言葉に頷きながら、藍もまたルイズと仲良く付き合っている二人を見て軽い驚きを感じていた。
 照れ隠しをするルイズを見てニヤついている魔理沙と、顔を逸らした彼女を見て小さな溜め息をついている霊夢。
 そして鞘から刀身を出したまま三人を見つめるデルフという光景に、不仲な空気というものは感じられない。
 
 先程ルイズから聞いた話では大切にとっておいたお菓子を食べられたとかどうかで揉み合いになったらしいが、
 そこはあの喋る剣が上手い事彼女を説得して、何とかやらかしてしまった霊夢達と和解させたのだという。
 剣とはいえ伊達に長生きはしてないという事なのだろう。彼曰く自身への扱いはあまりよろしくないらしいが。
「ちょっとは心配してたけど、今のままなら異変が解決するまで不仲になる事はないと思うわね」
「仰る通りだと……あっ、そうだ!紫様、少々遅れましたが…これを」
 まるで成長した我が子を遠い目で見るような親のような事を言う紫の「異変解決」という言葉で何か思い出したのか、
 ハッとした表情を浮かべた藍は懐に入れていた一冊のメモ帳を取り出し、それを紫の方へと差し出した。
 最初は何かと思った紫は首を傾げそうになったものの、すぐに思い出しのか「あぁ」とそのメモ帳を手に取った。
「ご苦労様ね、藍。いつまで経っても渡されないから、てっきりサボってたものかと思ってたわ」
「滅相もありません。紫様が来てから少しドタバタしました故、渡すのが遅れてしまいました」
「あら、頭を下げる必要は無いわ。私だって半分忘れかけてたもの」
 紫はそう言って手に取ったメモ帳をパラパラと捲ると、偶然開いたページにはハルケギニアの大陸図が描かれていた。
 その地図にはハルケギニアの文字は見当たらず、紫にとって見慣れた漢字やひらがなで幾つもの情報が記されている。

 国や地方、そして各街町村の名前まで……。
 紫の掌より少しだけ大きいメモ帳に『びっしり』と、それこそ虫眼鏡を使えば分からぬほどに。

 王立図書館に保管されている大陸図と比べると怖ろしい程精密であったが、見にくい事このうえない大陸図である。
 もしもここにその大陸図が置いてあれば、紫は迷うことなくそちらの方を手に取っていただろう。
 一通り目を通した紫はメモ帳を閉じると、ニコニコと微笑みながら藍一言述べてあげた。
「藍…書いてくれたのは嬉しいけどもう少し他人に分かるように書いてくれないかしら?」
「すみません、書いてる途中に色々調べていたら恥ずかしくも知的好奇心が湧いてしまいまして…」
 申し訳なさそうに頭を下げた藍にため息をついた後、気を取り直して紫は他のページも試しに捲ってみる。
 その他のページにはハルケギニアで広く使われているガリア語で書かれた看板等を書き写し等、
 一般の人から聞いたであろ与太話やその国のちょっとした事に、亜人達のおおまなかスケッチまで描かれている。
 特に魔法関連に関しては綿密に記されており、貴族向けの専門書と肩を並べるほどの情報量が載っていた。

 最初に見た地図を除けば、自分のリクエスト通りに藍はこの世界の情報を収集していた。
 その事に満足した紫はウンウンと満足気に頷くと、こちらの言葉を待っている藍へと話しかける。

953ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:24:26 ID:CWP4DxYk
「…まぁ概ね良好の様ね。…しかも、この世界の魔法については結構調べてるんじゃないの?」
「はい。この世界の魔法は広く普及しています故、情報収集には然程時間はかかりませんでした」
「それにしてもこの短期間で良く調べたられたわ。さすが私の式という事だけあるわね」
「いえ、滅相も無い。紫様が渡してくれたあの『日記』があったからこそ、効率よく進められたものです」
 藍はそう言って視線を紫からベッドの下、その奥にある一冊の本へと向ける。
 今から少し前…霊夢達の居場所を把握し紫が連れ帰った後、藍もまた幻想郷に呼び戻されていた。
 暇してただろうから…という理由で博麗神社の居間に座布団を用意した後、紫直々にあの『日記』渡されたのである。

 その『日記』こそ、とある事情でアルビオンへと赴いた霊夢がニューカッスル城で手に入れた一冊。
 本来ならハルケギニアには存在しない日本語で書かれた、誰かが残したであろう『日記』であった。
――『ハルケギニアについて』…?紫様、これは…
 霊夢と侵食されていた結界へ応急処置を施した後、彼女の見ていない場所で藍はその『日記』を渡された。
 表紙の日本語で書かれた見慣れぬ単語が、あの異世界のものだと知った彼女を察して、紫は先に口を開いて行った。
―――霊夢が召喚したであろう娘の部屋に置いてたわ…後は喋る剣もあったけど、そっちは私が調べておくわ
 そう言って彼女は右手に持っていた剣――デルフリンガーを軽く揺すってみせた。
 その後、藍をスキマでハルケギニアに戻した紫は霊夢とまだ狼狽えていたルイズから詳しい話を聞き出す事となった。
 異世界人であり、尚且つ学生としても優等生であろう彼女のおかげであの世界についての大まかな事はわかったらしい。

 しかし所詮は一個人だ。あの世界の事を全て知っているという事はないだろう。
 だから藍は橙と共にハルケギニアに居続け、現在も情報収集を継続して行っている。
 『日記』のおかげで国や地方の名前も比較的速くに分かったし、何より危険な情報も事前に知る事ができた。
「あの『日記』のおかげで、この世界では危険視されている亜人と下手に接触せずに済んだのは良い事だと私は思ってます」
 亜人のスケッチを興味深そうに眺めている紫を見て、藍は苦虫を噛み砕くような顔で呟く。
「あら?このオーク鬼やコボルドはともかく、翼竜人…や吸血鬼なんかとは話が通じそうな感じだけど…」
「とんでもありません。ハッキリ言って、彼奴らの宗教観では我々妖怪との共存も不可能ですよ」
 スケッチに書かれている翼人を目にして、藍はゲルマニアの山岳地帯で奴らに追いかけ回された事を思い出してしまう。
 最初は人の姿をして友好的なコミュニケーションを取ろうとしたが、かえってそれが仇となってしまったのである。

 悠々と大きな翼を使って飛ぶ翼人たちが自分に向けてどんな事を言ったのかも、無論覚えていた。
―――立ち去れ下等な人間よ。さもなくば我々は精霊の力と共にお前の命を奪って見せようぞ
 こちらの言葉に全くを耳を貸さない姿勢に、あの地面を這う虫を見るかのような見下した表情と目つき。
 きっと自分が来る以前に、大勢の人間を殺してきたのだろう。それこそ畑を荒らす虫を踏みつぶすようにして。

954ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:26:24 ID:CWP4DxYk
「まぁ無理に波風立てる必要は無いと思い戦いはしませんでしたが、あんな態度では人との共存など不可能かと…」
「そう。……あら?」
 命からがら逃げた…というワケでもない藍からの話を聞いていた紫は、ふとルイズ達の方で騒ぎ声がするのに気が付いた。
 先ほどまで和気藹々とルイズを褒めていた二人の内魔理沙が、何やら彼女と揉め事になっているらしい。
 …とはいっても、その内容は至ってシンプルかつ非常に阿呆臭いものであった。

「だから、私の虚無が覚醒した記念とやらで飲み会をしたい気持ちは分かるけど…何で私がアンタ達の酒代まで負担しなきゃいけないのよ!」
「まぁ落着けよルイズ、そう怒鳴るなって」
 先ほど照れていた時とは打って変わり、顔を赤くして怒鳴るルイズに魔理沙は両手を前に突き出して彼女を宥めようとする。
 彼女の言葉が正しければ、恐らくあの魔理沙が持ち金の無い状態で今夜は一杯…とでも言ったのだろう。
 ルイズもまぁ、それくらいなら…という感じではあるが、どうやらその酒代に関して揉めているらしかった。
「何もお前さんにおごらせるつもりはないぜ?ちょっとの間酒代を貸してもらうだけで……―――」
「だーかーらー!結局それって、私のなけなしの貯金を使って飲むって事になるじゃないの!」 
 とんでもない事を言う魔理沙を黙らせるようにして、ルイズは更なる怒号で畳み掛けていく。
 すぐ傍にいる霊夢は思わず耳を塞ぎ、至近距離で怒鳴られた魔理沙はうわっと声を上げて後ろに下がってしまう。
 しかし、幻想郷では霊夢に続いて数々の弾幕を潜り抜けてきた人間とあって、それで黙る程大人しくはなかった。

 思わす後ずさりしてしまった魔理沙はしかし、気を取り直すように口元に笑みを浮かべる。
 まるで我に必勝の策ありとでも言いたげな顔を見てひとまずルイズは口を閉じ、それを合図に魔理沙は再び喋り出す。
「なぁーに、昨日の悪ガキに奪われた金貨を取り返せればすぐにでも返してやるぜ。やられっ放しってのは性に合わないしな」
「…!魔理沙の言う通りね。忘れてたけど、このままにしておくのは何だかんだ言って癪に障るってものよ」
 彼女の言葉で昨晩の屈辱を思い出した霊夢の『スイッチ』が入ったのか、彼女の目がキッと鋭く光る。
 思えば…もしもあの少年をしっかり捕まえる事ができていれば、今頃上等な宿屋で快適な夏を過ごせていたはずなのだ。
 そして何よりも、自分がカジノで稼いだ大金を世の中を舐めているような子供盗られたというのは、人として許せないものがある。

「今夜中にあの悪ガキの居場所を突きとめてお金を取り戻して、この博麗霊夢が人としての道理を教えてあげるわ!」
「その博麗の巫女として相応しい勘の良さで乱暴な荒稼ぎをした貴女が、人の道理とやらを他人に教える資格は無くてよ」
「え?…イタッ」
 左の拳を握りしめ、鼻息を荒くして宣言して霊夢へ…紫はすかさず扇子での鋭い突っ込みを入れた。
 それほど力は入れていなかったものの、迷いの無い速さで自身の脳天を叩いた扇子が刺すような痛みを与えてくる。
 思わず悲鳴を上げて脳天を抑えた霊夢を眺めつつ、紫はため息をついて彼女へ話しかける。

「霊夢?貴女とルイズ達からお金を奪ったっていう子供から、そのお金を取り戻す事に関して私は何も言わないわ。
 だけど、取り戻す以上の事をしでかせば―――勘の良い貴女なら、私が何も言わなくとも…理解できるわよね?」

「……分かってるわよ、そんくらい」
 先ほどまで浮かべていた笑顔ではなく、少し怒っているようにも見える表情で話しかけてくる紫の方へ顔を向けた霊夢は、
 流石に反省…したかはどうか知らないが、少し拗ねた様子を見せながらもコクリと頷いて見せる。
 一度ならず二度までも霊夢が大人しくなったのを見て、ルイズは内心おぉ…と呻いて紫に感心していた。
 どのような過去があるのか詳しくは知らないが、きっと彼女にとって紫は特別な存在なのだろう。
 子供の様に頬を膨らませて視線を逸らす霊夢と、それを見て楽しそうに微笑む八雲紫を見つめながらルイズは思った。

955ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:28:24 ID:CWP4DxYk
 少し熱が入り過ぎていた霊夢を落ち着かせた紫は、若干拗ねている様にも見える彼女へそっと囁いた。 
「まぁ…これからはダメだけど、手に入れちゃったものは仕方ないしね…貴女なら五日も掛からないでしょう?」
 紫が呟いた言葉の意味を理解したのか霊夢はチラッと彼女を一瞥した後、再び視線を逸らしてから口を開く。
「…う〜ん、どうかしらねぇ?この街って結構広いから…。でもま、子供のスリっていうなら大体目星が付くかも」
「お!霊夢がいよいよやる気になったか?こりゃ早々に大量の金貨と再会できそうだぜ」
「だからっていきなり今夜から飲むのは禁止よ。私の貯金だと宿泊代と食事代で精一杯なんだから」
 昨晩自分に負け星をくれた少年を捕まえ、稼いだ金貨を取り戻そうという意思を見せる霊夢。
 そんな彼女を見て早くも勝利を確信したかのような魔理沙と、そんな彼女へ忘れずに釘を刺すルイズ。
 仲が良いのか悪いのか、良く分からない三人を見て和みつつ紫は最後にもう一度と三人へ話しかける。

「霊夢…それに魔理沙。ルイズがこの世界の幻と言われる系統に目覚めた以上、この世界で何らかの動きがある事は間違いないわ。
 それが貴女たちにどのような結果をもたらすかは知らないけれど、いずれは貴女たちに対しての明確な脅威が次々と出てくる筈よ」

 紫の言葉に三人は頷き、ルイズと霊夢は共にタルブで姿を現したシェフィールドの事を思い出していた。
 あの場所で起きた戦いの後に行方をくらませているのなら、いずれ何処かで出会う可能性が高いのである。
 最初に出会った時は森の仲であったが、もし次に出会う場所がここ王都の様な人口密集地帯であれば、
 けしかけてくるであろうキメラが造り出す、文字通りの『惨劇』を食い止めなければならないのだ。

「その時、最も頼りになるのが貴女たち二人…その事を忘れずにね?無論、その時はルイズも戦いに加わってもいい。
 前にも言ったように脅威と対峙し、戦いを積んでいけばいずれは…今幻想郷で起きている異変の黒幕に辿り着く事も夢じゃないわ」

 その事、努々忘るるなかれ。最後に一言、やや格好つけて話を終えた紫は右手に持っていた扇子で口元を隠してみせる。
 これで私からの話は以上だ。…というサインは無事に伝わったのか、ルイズたちは暫し互いを見合ってから紫へと話しかけていく。
「あ、当たり前じゃない。何てったって私は霊夢を召喚した『虚無』の担い手なんだから!」
「ふふふ…貴女の事は楽しみだわ。その新しい力をどこまで使いこなせるか…結構な見ものね」
 腰に差していた杖を手に取り、恰好よく振って見せたルイズの勇ましい言葉に紫は微笑んでみせる。
「まぁ異変解決は私の仕事の内の一つでもあるしな。最後の最後で私が黒幕とやらを退治していいとこ取りして見せるぜ」
「相変わらず勇ましさとハッタリが同居してるわねぇ?でも…ルイズと霊夢の間に何かあったら、その時は頼みましたわよ?」
「そいつは任せておいてくれ。気が向いた時には私が助け船を出してあげるよ」
 頭に被っている帽子のつばを親指でクイッと上げる魔理沙に苦笑いを浮かべつつ、紫は彼女に再度『頼み込んだ』。 
 自分の手があまり届かぬこの異世界で、唯一自分の代わりに二人を手助けしてくれるかもしれない、普通の魔法使いへと。

 そして最後に、面倒くさそうな表情で紫を見つめる霊夢が口を開いた。
「まぁ…今年の年越しまでには終わらせてみせるわよ。いい加減にしないと、神社がボロボロになっちゃいそうだしね」
 恥かしそうに視線を逸らす霊夢を見て、それまで黙っていたデルフが鞘から刀身を出して喋り出した。

956ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:30:31 ID:CWP4DxYk
『まぁそう焦るなって。そういう時に限って、結構な長丁場になるって決まってんだからよ』
「誰が決めたのか知らないけど、決めた奴がいるならまずはソイツの尻を蹴飛ばしに行かないとね」
 デルフの軽口に霊夢が辛辣な言葉で返した後、そんな彼女へクスクスと紫は笑った。
 彼女にとっては初めてであろう自分以外と一緒に暮らすという体験を得て、ある程度変わったと思っていたが…。
 そこは流石に我が道を行く霊夢と行ったところか、今回の異変をなるべく早くに終わらせようという意思はあるようだ。…まぁ無ければ困るのだが。
 とはいえ、藍と霊夢達の情報を合わせたとしても…解決の道へと至るにはまだまだ知らない事が多すぎる。
 
 デルフの言うとおり、長丁場になるのは間違いないであろうが…それは紫自身も覚悟している。
 だからこそ彼女は何があっても、霊夢達の帰る場所を無くしてはならないという強い意志を抱いていた。

 例えこの先…――――自分の体が言う事を聞かなくなってしまったとしても、だ。

「じゃあ…言いたい事も言って貰いたいもの貰ったし、私はそろそろ退散するとするわ」
 そんな決意を抱きながら、ひとしきり笑い終えた紫はそう言って部屋の出入り口へと向かって歩き出す。
 手に持っていた扇子を開いたスキマの中に放り、靴音高らかに鳴らして歩き去ろうとする彼女へ霊夢が「ちょっと」と声を掛けた。
「珍しいわね、アンタが私の目の前で歩いて帰ろうとするなんて」
 首を傾げた巫女の言葉は、ルイズとデルフを除く者達もまた同じような事を思っていた。
 いつもならスッと大きなスキマを開いてその中へ飛び込んで姿を消す八雲紫が、歩いて立ち去ろうとする。
 八雲紫という妖怪を知り、比較的いつもちょっかいを掛けられている霊夢からしてみれば、それはあり得ない後姿であった。
 霊夢だけではない。魔理沙や紫の仕える藍と、彼女の式である橙もまた大妖怪の珍しい歩き去る姿に怪訝な表情を向けている。

「あら?偶には私だって地に足着けてから帰りたくなる事だってありますのよ。それに運動にもなるしね」
「そうかしら?そんな恰好してて運動好きとか言われても何の説得力も無いんだけど、っていうか熱中症になるんじゃないの?」
 怪訝な表情を向ける二人と二匹へ顔を向けた紫がそう言うと、話についていけないルイズが思わず突っ込んでしまう。
 彼女の容赦ない突込みに魔理沙が軽く噴き出し、紫は思わず「言ってくれるわねぇ」と苦笑してしまう。
 これには流石の霊夢も軽く驚きつつ、呆れた様な表情を浮かべてルイズの方を見遣った。
「アンタも、結構私よりエグイ事言うのね。…っていうか、私以外にアイツへあそこまで言ったヤツを見たのは初めてよ?」
「そうなの?ありがとう。でもあんまり嬉しくないわ」
「別に褒めちゃあいないわよ」
 そんなやり取りを始めた二人を見て、藍は「お喋りは後にしろ」と言って止めさせた。
 苦笑して部屋を出れなかった紫は一回咳払いした後、突っ込みを入れてくれたルイズへと最後の一言を掛けてあげた。

「まぁ偶には歩きたいときだって私にもあるのよ。丁度良い運動にもなって夜はぐっすり眠れるしね?
 ルイズ…それに霊夢も偶には魔理沙みたいにたっぷり外で動いて、良い夢の一つでも見て気分転換でもすればいいわ」

 ちょっと名言じみていて、全然そうには聞こえない忠告を二人に告げた紫は右でドアノブを掴む。
 外からの熱気を帯びていても未だに冷たさが残るそれを捻り、さぁ廊下へと出ようとした――その直前であった。 
「………あ、そうだ。ちょっと待って紫!」
 捻ったドアノブを引こうとしたところで、突如大声を上げた霊夢に止められてしまう。
 突然の事にルイズと魔理沙もビクッと身を竦ませ、何なのかと驚いている。

957ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:32:48 ID:CWP4DxYk
 一方の紫はまたもや部屋を出るのを止められてしまった事に、思わず溜め息をつきそうになってしまうが、
 だが何かと思って顔だけを向けてみると、いつになく真剣な様子の霊夢が自分の前に佇んでいるのを見て何とかそれを押しとどめる。
 何か自分を引きとめてまで言いたい…もしくは聞きたい事があったのか?そう思った紫は霊夢へ優しく話しかけた。
「どうしたの霊夢?そんな大声上げてまで私を引きとめるだなんて…もしかして私に甘えたいのかしら?」
「違うわよバカ。…ちょっと聞いてみたい事があるから引き止めただけよ」
「聞きたい事…?」
 ひとまず軽い冗談を交えてみるもそれを呆気なく一蹴した霊夢の言葉に、紫は首を傾げる。
 そして驚いたルイズや魔理沙、式達もその事については何も知らないのか巫女を怪訝な表情で見つめていた。
 
「どうしたのよレイム、ユカリに聞きたい事って何なの?」
 そんな彼女たちを勝手に代表してか、一番近くにいたルイズが思わず霊夢に聞いてみようとする。
 ルイズからの質問に彼女は暫し視線を泳がせた後、恥ずかしそうに頬を小指で掻きながらしゃべり始めた。
「いや、まぁ…ちょっと、何て言うか…藍には話したから知ってると思うけど、私の偽者が出てきたって話は覚えてる?」
「それは、まあ聞いたわね。でもその時は痛手を負わせて、貴女も気絶して御相子だったのよね」
 以前王都の旧市街地で戦ったという霊夢の偽者の話を思い出した紫がそう言うと、霊夢もコクリと頷いた。
「まぁ実は…それと関係しているかどうか知らないけれど…タルブで私達を助けてくれたっていう女性の話も聞いたわよね」
「それも聞いたわね。確か…キメラを相手に共闘したのでしょう?」
 霊夢からの言葉に紫は頷きつつ、彼女が何を聞きたいのか良く分からないでいた。
 いつもはハキハキとしている彼女が、こんなにも遠回しに何かを聞こうとしている何て姿は始めて見る。
 
「そういえば…確かにあの時は色々助かったわよね。結局、誰なのかは分からなかったけど」
「だな。何処となく霊夢と似てた変なヤツだったが、アイツがいなけりゃお前さんは今頃ワルドに拉致されてたかもな」
「やめてよ。あんなヤツに攫われるとか想像しただけで背すじが寒くなるわ」
 あの時、タルブへ行こうと決意したルイズと彼女についていった魔理沙も思い出したのかその時の事を語りあっている。
 しかしこの時、魔理沙が口にした『霊夢と似ていた』という単語を聞いた藍が、怪訝な表情を浮かべて霊夢へ話しかけた。
「ん?…ちょっと待て霊夢。私も始めて耳にしたぞ、どういう事なんだ?」
「…んー。最初はその事も言うつもりだったんだけど、結局この世界の人間かも知れないから言わずじまいだったのよ」
 藍の言葉に対し彼女は視線を逸らして申し訳なさそうに言うと、でも…と言葉を続けていく。
 しかし…その内容は、話を聞いていた藍と紫にとっては到底『信じられない』内容であった。

「実はさ…昨晩の夢にその女が出てきて、妖怪みたいな猿モドキを殴り殺していくのを見たのよ。
 何処か暗い森のひらけた場所で…四角い鉄の箱の様な物が周囲を照らす程の炎を上げてる近くで…
 赤ん坊の面をした黒い毛皮の猿モドキたちが奇声を上げて出てきた所で…私と同じような巫女装束を着た、黒髪の巫女が――…キャッ!」

 言い切ろうとした直前、突如後ろから伸びてきた手に右肩を掴まれた霊夢が悲鳴を上げる。
 何かと思い顔だけを後ろに振り向かせると、目を見開いて驚くルイズと魔理沙の間を通って自分の肩を掴んでいる誰かの右腕が見えた。
 そしてその腕の持ち主が八雲藍だと分かると、霊夢は何をするのかと問いただそうとする。

958ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:34:24 ID:CWP4DxYk
「こっちを向け、博麗霊夢!」
「ちょ……わわッ!」
 しかし、目をカっと見開き驚愕の表情を浮かべる式はもう片方の手で霊夢の左肩を掴み、無理矢理彼女を振り向かせた
 その際に発した言葉から垣間見える雰囲気は荒く、先程自分たちに見せていた丁寧な性格の持ち主とは思えない。
 思わずルイズと魔理沙は霊夢に乱暴する藍に何も言えず、ただただ黙って様子を眺めるほかなかった。
 橙もまた、滅多に見ない主の荒ぶる姿に怯えているのか目にも止まらぬ速さで部屋の隅に移動してからジッと様子を窺い始める。
 そして藍の主人であり、霊夢に手荒に扱う彼女を叱るべき立場にある八雲紫は―――ただ黙っていた。
 まるで機能停止したロボットの様に顔を俯かせて、その視線は『魅惑の妖精亭』のフローリングをじっと見つめている。
『おいおい一体どうしんだキツネの嬢ちゃん、そんな急に乱暴になってよぉ?』
「今喋られると喧しい、暫く黙っていろ!」
 この場で唯一藍に対して文句を言えたデルフの言葉を一蹴した藍は、未だに狼狽えている霊夢の顔へと視線を向ける。 

 一方の霊夢は突然すぎて、何が何だか分からなかったが…流石に黙ってはおられず、藍に向かって抗議の声を上げようとした。
「ちょっと、いきなり何を―――」
 するのよ!?…そう言おうとした彼女の言葉はしかし、
「お前!どうしてその事を『憶えている』んだ…ッ!?」
 それよりも大声で怒鳴った藍の言葉によって掻き消された。
 
 突然そんな事を言い出した式に対し、霊夢の反応は一瞬遅れてしまう。
「え?――……は?今、何て――」
「だから、どうしてお前は『その時の事』を『まだ憶えている』と…私は言っているんだ!」
 しかし…今の藍はそれすらもどかしいと感じているのか、何が何だか分からない霊夢の肩を揺さぶりながら叫ぶ。
 紫が境界を操っているおかげで部屋の外へ怒鳴り声は漏れないが、そのせいなのか彼女の叫び声が部屋中へ響き渡る。
 目を丸くして驚く霊夢を見て、これは流石に止めねべきかと判断した魔理沙が彼女と藍の間に割り込んでいった。
「おいおいおい、何があったかは知らんが少しは落ち着けよ。…っていうか紫のヤツは何ボーっとしてるんだよ?」
「あ…そ、そうよユカリ!アンタが止めなきゃだれ…が……―――…ユカリ?」
 仲介に入った魔理沙の言葉にすかさずルイズは紫の方へと顔を向けて、気が付く。
 タルブで自分たちを助け、そして霊夢の夢の中にも出て来たというあの巫女モドキの話を聞いた彼女の様子がおかしい事に。
 ルイズの言葉からあのスキマ妖怪の様子がおかしい事を察した霊夢も何とか顔を彼女の方へ向け、そして驚いた。

 霊夢が話し出してから、急に凶暴になった藍とは対照的に沈黙し続けている八雲紫はその両目を見開いてジッと佇んでいる。
 その視線はジッと床へ向けられており、額から流れ落ちる一筋の冷や汗が彼女の頬を伝っていくのが見えた。
 今の彼女の状態を、一つの単語で表せと誰かに言われれば…『動揺』しか似合わないだろう。
 そんな紫の姿を見た霊夢は変な新鮮味を感じつつ、言い知れぬ不安をも抱いてしまう。
 これまで藍に続いて八雲紫という妖怪を永らく見てきた霊夢にとって、彼女が動揺している姿など初めて目にしたのである。

 あの八雲紫が動揺している。その事実が、霊夢の心に不安感を芽生えさせる。
 そして土の中から顔を出した芽は怖ろしい速さで成長を遂げ、自分の心の中でおぞましい妖怪植物へと変異していく。
 妖怪退治を生業とする彼女にもそれは止められず、やがて成長したそれが開花する頃には――心が不安で満たされていた。

「ちょっと、どういう事?何が一体どうなってるのよ…」
 押し寄せる不安に耐え切れず口から漏れた言葉が震えている。
 言った後でそれに気づいた霊夢に返事をする者は、誰一人としていなかった。

959ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:37:11 ID:CWP4DxYk
 文明がもたらした灯りは、大多数の人々に夜と闇への恐怖を忘れさせてしまう。
 暗闇に潜む人ならざる者達は灯りを恐れ、しかしいつの日か逆襲してやろうと闇の中で伏せている。
 だが彼らは気づいていない。その灯りはやがて自分達を完全に風化させてしまうという事を。


 東から昇ってきた燦々と輝く太陽が西へと沈み、赤と青の双月が夜空を照らし始めた時間帯。
 ブルドンネ街の一部の店ではドアに掛かる「OPEN(開店)」と書かれた看板を裏返して「CLOSED(閉店)」にし、
 従業員たちが店内の掃除や今日の売り上げを纏めて、早々に明日の準備に取り掛かっている。
 無論、ディナーが売りのレストランや若い貴族達が交流目的で足を運ぶバーなどはこれからが本番だ。
 しかしブルドンネ街全体が明るいというワケではなく、空から見てみれば暗い建物の方が多いかもしれない。
 
 その一方で、隣にあるチクトンネ街はまるで街全体が大火事に見舞われたかのように灯りで夜空を照らしている。
 街灯が通りを照らし、日中働いてクタクタな労働者たちが飯と酒に女を求めて色んな店へと入っていく。
 低賃金で働く平民や月に貰える給金の少ない下級貴族たちは、大味な料理と安い酒で自分自身を労う。
 そして如何わしい格好をした女の子達に御酌をしてもらう事で、明日もまた頑張ろうという活力が湧いてくるのだ。
 酒場や大衆レストランの他にも、政府非公認の賭博場や風俗店など労働者達を楽しませる店はこの街に充実している。
 ブルドンネ街が伝統としきたりを何よりも重んじるトリステインの表の顔だとすれば、この街は正に裏の顔そのもの。
 時には羽目を外して、こうして酒や女に楽しまなければいずれはストレスで頭がどうにかなってしまう。

 夜になればこうしてストレスを発散し、翌朝にはまた伝統と保守を愛するトリステインへ貴族へと戻る。
 古くから王家に仕える名家の貴族であっても、若い頃はこの街で羽目を外した者は大勢いることだろう。

 そんな歴史ある繁華街の大通りにある、一軒の大きなホテル…『タニアの夕日』。
 主に外国から観光にきた中流、もしくは上流貴族をターゲットにしたそこそこグレードの高いホテルである。
 元は三十年前に廃業した『ブルンドンネ・リバーサイド・ホテル』であり、二年前までは大通りの廃墟として有名であった。
 しかし…ここの土地を購入した貴族が全面改装し、新たな看板を引っ提げてホテルとしての経営が再開したのである。
 ブルドンネ街のホテルにも関わらず綺麗であり、外国から来るお客たちの評価も上々との事で売り上げも右肩上がり。
 この土地を購入し現在はオーナーとして働く貴族も今では宮廷での政争よりも、ホテルの経営が生きがいとなってしまっている。

 そんなホテルの最上階にあるスイートルームに、今一人の客がボーイに連れられて入室したところであった。
 ロマリアから観光に来ているという神官という事だけあって、ボーイもホテル一のエースが案内している。
「こちらが当ホテルのスイートルームの一つ…『ヴァリエール』でございます」
「……へぇ、こいつは驚いたね。まさか他国でもその名を聞く公爵家の名を持つスイートルームとは、恐れ入るじゃないか」
 ドアを開けたボーイの言葉で、ロマリアから来たという若い客は満足げに頷いて部屋へと入った。
 白い絨毯の敷かれた部屋はリビングとベッドルームがあり、本棚には幾つもの小説やトリステインに関係する本がささっている。
 談話用のソファとテーブルが置かれたリビングから出られるバルコニーには、何とバスタブまで設置されていた。
 勿論トイレとバスルームはしっかりと分けられており、暖炉の上に飾られているタペストリーには金色のマンティコアが描かれている。

960ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:38:41 ID:CWP4DxYk
 荷物を携えて入室してきたボーイは、その後このホテルに関するルールや規則をしっかりと述べた後に、
「それでは、何が御用がございましたらそちらのテーブルに置いてあるベルをお鳴らし下さい」
「あぁ、分かったよ。夏季休暇の時期にこのホテルへ泊まれた事は何よりも幸運だとオーナーに伝えておいてくれ」
「はい!それでは、ごゆっくり御寛ぎくださいませ」
 自分の説明を聞き終えた客の満足気な返事に彼は一礼して退室しようとした、その直前であった。
「……アッ!忘れてた…おーい、そこのボーイ!ちょっと待ってくれ」
「?…何でございましょうか、お客様」
 部屋を後にしようとするボーイの後ろ姿を見て何かを思い出した客は、手を上げてボーイを引きとめる。
 閉めていたドアノブを手に掛けようとした彼は何か不手際があったのかと思い、急いで客の所へと戻っていく。

「すまない、コイツを忘れてたね……ホラ」
「え?」
 自分の所へと戻ってきたボーイにそう言って客は懐から数枚のエキュー金貨を取り出し。彼のポケットの中へと忍ばせる。
 最初は何をしたのか一瞬だけ分からなかったボーイは、すぐさま慌てふためいてポケットに入れられた金貨を全て取り出した
「ちょ、ちょっと待ってください!いくら何でも、神官様からチップを貰うのは流石に…!」
 ハルケギニアでは今の様に客がボーイやウエイトレスにチップを渡す行為自体は、然程珍しい事ではない。
 しかし、ボーイにとってはお客様の前にロマリアから来た神官という立場の彼からチップを貰うなと゛、大変失礼なのである。
 だからこそこうして慌てふためき、何とか理由を付けてエキュー金貨を返そうと考えていた。
 しかし、それを予想してかまだまだ青年とも言える様な若い神官様は得意気な表情を浮かべてこう言った。

「なーに、安心したまえ。それは日々慎ましく働いている君へ始祖がくれたささやかな糧と思ってくれればいいだろう。
 それならブリミル教徒の君でも神官から受け取れるだろう?この金貨で何か美味しい物でも食べて自分を労うと良いよ」
 
 少し無理やりだが、いかにも宗教家らしい事を言われれば敬虔なブリミル教徒であるボーイには反論しようがない。
 それによく考えれば、このチップは彼が行為で渡してくれたものでそれを突き返すのは逆に不敬なのかもしれない。
 暫し悩んだ後のボーイが、納得したように手にしたチップを懐に仕舞ったのを見て客はクスクスと笑った。
「そうそう、世の中は酷く厳しいんだから貰える物は貰っておきなよ?人間、ちょっとがめつい程度が生きやすいんだから」
「は、はぁ…」 
 そして、とても宗教家とは思えぬような現実臭い言葉に、ボーイは困惑の色を顔に出しながらコクリと頷いた。
 今までロマリアの神官は指で数える程度しか目にしていない彼にとって、目の前にいる若い神官はどうにも異端的なのである。
 自分とほぼ変わらないであろう年齢にややイマドキな若者らしい性格…そして、左右で色が違う両目。
 俗に『月目』と呼ばれハルケギニアでは縁起の悪いものとして扱われる両目の持ち主が、ロマリアの神官だと言われると変に疑ってしまう。
 とはいえ身分証明の際にはちゃんとロマリアの宗教庁公認の書類もあったし、つまり彼は本物の神官…だという事だ。
 まだ二十にも達していないボーイは世界の広さを実感しつつ、改めて一礼すると客のフルネームを告げて退室しようとする。
 
「そ…それでは失礼いたします―――…ジュリオ・チェザーレ様」
「あぁ、君も気を付けてな」
 若い神官の客―――ジュリオは手を振って応えると、ボーイはスッと退室していった。
 ドアの閉まる音に続き、扉越しに廊下を歩く音が聞こえ、遠ざかっていく頃には部屋が静寂に包まれてしまう。
 ボーイが退室した後、 ジュリオはそれまで張っていた肩の力を抜いて、ドッとソファへと腰を下ろす。

961ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:40:29 ID:CWP4DxYk
 金持ちの貴族でも満足気になる程の座り心地の良いソファに腰を下ろして辺りを見回すと、やはりここが良い部屋だと思い知らされる。
 生まれてこの方、これ程良い部屋に泊まった事が無いジュリオからしてみればどこぞの豪邸の一室だと言われても納得してしまうだろう。
 ロマリアでこれと同等かそれ以上のグレードのホテルなど、海上都市のアクイレイアぐらいにしかない。

 ひとまず寛ごうにも部屋中から漂う豪華な雰囲気に馴染めず、溜め息をつくとスッとソファから腰を上げた。
 そんな自分をいつもの自分らしくないと感じつつ、ジュリオはばつが悪そうな表情を浮かべて独り言を呟いてしまう。
「ふぅ〜…あまり褒められる出自じゃない僕には身に余る部屋だよ全く…」
「仕方がありません。何せ宗教庁直々の拠点移動命令でしたからね」 
 直後、自分の独り言に対し聞きなれた女性の声がバルコニーから突拍子もなく聞こえてくる。
 何かと思ってそちらの方へ顔を向けると、丁度半開きになっていたバルコニーの窓から見慣れた少女が入ってくるところであった。
 長い金髪をポニーテールで纏め、首に聖具のネックレスを掛けた彼女はジュリオの゙部下゙であり゙友達゙でもある。

 変な所から現れた知人の姿にジュリオはその場でギョッと驚くフリをすると、ワザとらしい咳払いをして見せた。
 本来なら先程までの落ち着かない自分を他人に見せるというのは、彼にとっては少し恥ずかしい事であった。
 自分を知る大半の人間にとって、ジュリオという人間ばクールでいつも得意気で、ついでにジョークが上手い゙と思い込んでいるのだから。
 幸い目の前の少女は自分が本当はどんな人間なのか知っていたから良かったが、それでも見られてしまうのは恥ずかしいのだ。
「あ〜…ゴホン、ゴホ!…せめて声を掛ける前に、ノックぐらいしてくれよな?」
「ふふ、ジュリオ様のばつの悪そうな表情は滅多に見られませんからね、少し得した気分です」
「おやおや、そこまで言ってくれるのなら見物料金を取りたくなってくるねぇ〜」
 僕は高いぜ?照れ隠しするかのようにおどけて見せるジュリオの言葉に、少女がクスクスと笑う。
 一見すればジュリオと同年代の彼女はバルコニーからホテル内部へ侵入したワケだが、当然どこにも出入り口は見当たらない。
 このホテルは五階建てで中々に高く、外付けの非常階段は格子付きで出入り口も普段は南京錠で硬く閉ざされており、外部からの侵入は出来ない。
 本当ならば堂々と入り口から行かなければ、中へ入れない筈である。
 
 しかし、ジュリオは知っていた。彼女には五階建ての建物の壁を伝って登る事など造作も無いという事を。
 幼い頃に孤児院から引っ張られて来て、自分の様な神官をサポートする為に血反吐も吐けぬ厳しい訓練を乗り越え、
 陰ながら母国であるロマリア連合皇国の要人を援護し、時には身代わりとして死ぬことをも厭わぬ仕事人として彼女は育てられた。
 そんな彼女にとって、五階建てのホテルの壁を伝って移動する事なんて、平坦な道を走る事と同義なのである。
「…にしたって、良くバルコニーから入ってこれたね。このホテルって、通りに面しているんだぜ」
「幸い陽は落ちていましたし、通行人に気付かれなければ最上階までいく事など簡単ですよ。…ジュリオ様もやってみます?」
「いや、僕は遠慮しておく」
 やや悪戯っぽくバルコニーを指さして言う彼女に対し、ジュリオはすました笑顔を浮かべて首を横に振る。
 それなりに鍛えているし、体力には自信はあるがとても彼女と同じような真似はできそうにないだろう。

 その後、部屋の中へと入った少女が窓を閉めたところで再びソファに腰を下ろしたジュリオが彼女へと話しかけた。
「…それにしても、一体どういう風の吹き回しだろうね?僕たちをこんな豪勢な部屋に押し込めるだなんてね」
「確かにそうですね。上の判断とはいえ、この様な場所に拠点を移し替えるとは…」
 彼の言葉に少女は頷いてそう返すと、今朝ロマリア大使館から届いた一通の手紙の事を思い出す。
 まだそれほど気温が高くない時間帯に、ジュリオと少女は宿泊していた宿屋の主人からその手紙を受け取った。
 母国の大使館から届けられたというその封筒の差出人は、ロマリア宗教庁と書かれていた。
 ハルケギニア各国の教会へと神父とシスターを派遣し、ブリミル教の布教を行っている宗教機関であり、
 その裏では特殊な訓練を施した人間を神官として派遣し、異教徒やブリミル教にとっての異端の排除も行っている。

962ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:42:24 ID:CWP4DxYk
 ジュリオと少女も宗教庁に所属しており、共に『裏の活動』を専門としている。
 …最もジュリオはかなり゙特殊な立場゙にある為、厳密には宗教庁の所属ではないのだが…その話は今置いておこう。
 ともかく、自分たちの所属する機関から直々に送られてきた手紙に彼は軽く驚きつつ何かと思って早速それに目を通した。
 そこに書かれていたのは自分と少女に対しての移動命令であり、指定した場所は勿論今いるホテルのスイートルーム。
 突然の移動命令で、しかもこんな場末の宿屋から中々立派なホテルへ泊まれる事に彼は思わず何の冗談かと疑ってしまう。
 試しに手紙を透かしてみたり逆さまにしてみたが何の変化も無く、どこからどう見ても何の変哲もない便箋であった。
 しかもご丁寧にロマリア宗教庁公認の印鑑とホテルの代金用の小切手まで一緒に入っていたのである。
――――う〜ん、これってどういう事なのかな?
―――――どうもこうも、私からは…宗教庁からの移動命令としか言いようがありません
 正式に所属している少女へ聞いてみるも彼女はそう答える他無かったが、納得しているワケではない。
 何せ手紙には肝心の理由が不可解にも掛かれておらず、命令だけが淡々と書かれているだけなのだから。
 
 とはいえ命令は命令であり、移動先のホテルも豪華な所であった為拒否する理由も得には無い。
 二人は早速荷造りをした後で宿屋をチェックアウトし、ジュリオは小切手をお金に変える為にトリステインの財務庁へと向かった。
 少女は今現在も遂行中である『トリステインの担い手』の監視を夕方まで行い、夜になってジュリオと合流して今に至る。
 手紙が届いてから半日が経ったが、それでも二人にはこの移動命令の明確な理由が分からないでいた。
「明日、大使館へ赴いて移動命令の理由が聞いた方がいいかと思いますが…」
「いやいや、所詮大使館で働いてる人達は宗教庁の裏の顔なんて知らないだろうさ」
 少女の提案にジュリオは首を横に振り、ふと天井を見上げると右手の指を勢いよくパチンと鳴らす。
 その音に反応して天井に取り付けられたシーリングファンが作動し、豪勢なスイートルームを涼風で包み始める。
 ファンそのものがマジックアイテムであり、一分と経たぬうちに部屋の中に充満していた熱気が消え始めていく。

「流石は貴族様御用達のスイートルームだ、シーリングファンも豪勢なマジックアイテムとはねぇ」
 ヒュー!っとご機嫌な口笛を吹いて呟いた後に、ジュリオはソファからすっと腰を上げてから少女に話しかけた。
「まぁ理由は色々と考えられるが…もしかすれば゙担い手゙ど盾゙と接触する為…なんじゃないかな?」
「…ジュリオ様もそうお考えでしたか」
「トリステインの゙担い手゙はタルブで見事に覚醒できたんだ、ガリアだってもう黙ってはいないだろうしね」
 少女の言葉にジュリオはそう返してから、監視対象であったトリステインの担い手――ルイズの行動を思い出していく。
 ワケあってトリステインの王宮で保護されていた彼女が行った事は、既にジュリオ達もといロマリアは周知していた。
 使い魔であるガンダルールヴと、イレギュラーである通称゙トンガリ帽子゙こと魔理沙と共にタルブへ赴いたという事。
 そしてそこを不意打ちで占領していたアルビオン艦隊を、あの『虚無』で見事に倒してしまったという事も勿論知っている。
 無論アルビオンの侵略作戦において、あのガリア王国が密かに関わっている事も…。
「まだ見かけてはいませんが、ガリアも担い手の動向を確かめる為に人を派遣する可能性は高いですね」
「だろうね。…しかも今の彼女は、このハルケギニアにおいては最も特殊な立場にある人間でもあるんだから」
 ジュリオはそう言って懐から小さく折りたたんだ一枚の紙を取り出し、それを広げて見せる。
 その紙には一人の少女の姿が描かれていた。本屋で参考書を漁っているであろうトリステインの担い手ことルイズの姿が。

 ロマリア宗教庁がルイズをトリステインの担い手と睨んだのは彼女がまだ学院へ入る前の事。
 トリステインのラ・ヴァリエールにある教会の神父が、領民たちの話からこの土地を治める公爵家の三女が怪しいと踏んだのである。
 すぐさま神父の報告を受けて宗教庁は人を派遣し調査させた結果、可能性は極めて高いという結論に至った。

963ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:44:37 ID:CWP4DxYk
 ネロは今から一、二ヶ月ほど前にとある山道の脇で蹲っていたのを仕事の帰りで歩いていたジュリオが見つけたのだという。
 怪我をしていた為、このままでは助からないと思ったらしい彼はそのフクロウを抱きかかえて山を下りた。
 それから獣医の話を聞いて適切に治療して傷が治った後、今ではすっかりジュリオのペットとして良く懐いている。
 とはいえケージに入れて飼ってるワケではなのだが、それでも彼とは一定の距離をおいて傍にいるのだ。
 ジュリオが呼びたいと思った時に口笛を吹けば、どこからともなくサッと飛んでくるのである。
「今じゃあこうして好きな時に抱えられるし、フクロウってこうして見てみると可愛いもんだろう?」
「は、はい…」
 まるで縫いぐるみの様に抱きかかえられる猛禽類を見て、思わず唖然としてしまう。
 恐らく、ふくろうをここまで我が子の様に手なずけてしまうのはハルケギニアでも彼だけだと、そう思いながら。

 そんな少女の考えを余所に、ジュリオは急に自分の元を訪ねてきたネロの頭を撫でながら話しかける。
「それにしても、お前はどうしてここへ来たんだ?念の為大使館には置いてきたけど………ん?」
 頭を撫でながら返事を期待せずに聞いてみると、ネロはおもむろにスッと右脚を軽く上げた。
 何だと思って見てみたところ、猛禽類特有のそれには小さな筒の様な物が紐で括りつけられているのに気が付く。 
 思わず何だこれ?と呟いてしまうと、傍にいた少女もまたネロの脚に付けられた筒を目にして首を傾げてしまう。。
「どうしました…って、何ですかソレ?」
「ちょっと待ってくれ…今外す。……よし、外した」
 ジュリオは慣れた手つきでネロの脚に巻かれていた紐を解き、掌よりも一回り小さい筒をその手に乗せる。
 筒は見た目通りに軽く、試しに軽く振ってみるとカラカラカラ…と中で何かが動く音が聞こえてくる。
 暫し躊躇った後、ジュリオはその筒を開けてみると中から一枚の手紙が丸められた状態で入れられていた。
「……手紙?」
 思わず口から出てしまった少女の呟きにジュリオは「だね」と短く答えて、それを広げて見せる。
 広げられた便箋の右上に、見慣れた宗教庁とロマリア大使館の印鑑が押されているのがまず目につく。
 つまりこれは宗教庁が大使館を通し、ネロを使って自分たちへ手紙を送ってきたという事になる。
 ネロの脚に手紙を取り付けたのは大使館だろうが、よくもまぁフクロウの脚に手紙入りの筒を取り付けられたなーと感心してしまう。
 まぁそれはともかく、手紙の差出人についてはジュリオも何となく分かっていたので早速手紙の本文を読み始めてみる。

 内容は今日届いた拠点の移動命令に関する事が書かれていとの事らしい。
 ワケあってその理由はギリギリまで伏せられ、ようやくこの手紙を送る許可が下りた事がまず最初に書かれていた。
(やれやれ…僕の見てぬ所で勝手に決めてくれちゃって…下の人間ってのは辛いもんだよ全く)
 自分達の都合など考えてもくれない宗教庁上層部への悪態をつきつつ、ジュリオはその『理由』に目を通し―――そして硬直した。
 それはジュリオや少女…否、ロマリアの国政に関わる者にとっては信じられないモノであった。

964ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/07/31(月) 20:47:07 ID:CWP4DxYk
 例えればこの国の王女が誰の許可も無しに変装して、王宮を飛び出すくらい信じられない事態と同レベルである。
 いや、こっちの場合は無理に周りの者たちの首を縦に振らせてるので質の悪さでは勝ってるのだろうか?
 どっちにせよ、最悪な事に変わりはない。
 
 そんな事を思いつつも、手紙の内容で頭の中の思考がグルグルと掻き混ぜられる中、 
「全く…!よりにもよって、何でこう忙しいときにコッチへ…――!」
「ど…どうしたんですか?急に怒りだしたりして…」
 ジュリオは悪態をつくと、突然の豹変に驚く少女へ読んでいた手紙を差し出した。
 彼女は慌ててそれを受け取るとサッと素早く目を通し―――瞬間、その顔が真っ青になってしまう。
「じ…ジュリオ様、これって―――」
「皆まで言うなよ?言われなくたって分かってるさ。けれど、もう誰にも変えられやしないんだ…」
 少女の言葉にそこまで言った所で一旦一呼吸入れたジュリオは、最後の一言を呟いた。

―――゙聖下゙が御忍びでトリスタニアへ来るっていう、事実はね

 その一言は少女の顔はより青ざめ、思わず首から下げた聖具を握りしめてしまう。
 ジュリオはこれから先の苦労と心配を予想して長いため息をつくと、自分を見つめる少女から顔を逸らす。
 二人が二人とも、この手紙に書かれだ聖下゙の急な訪問と、身分を省みぬ彼の行動にどう反応すればいいか分からぬ中――
 ジュリオの腕の中に納まるフクロウは、自分がその手紙を運んで来てしまったことなど知らずして暢気に首を傾げていた。

 

以上で85話の投稿を終わります。
ここ最近の暑さが苦手です。早く秋になってくれんものか…
それでは今日はここいらで、また来月末にお会いしましょう!ノシ

965ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/06(日) 21:40:54 ID:dXWvJpSI
無重力巫女さんの人、乙です。今回の投下を行います。
開始は21:43からで。

966ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/06(日) 21:44:40 ID:dXWvJpSI
ウルトラマンゼロの使い魔
第百五十二話「ハルケギニアの神話」
超古代怪獣ゴルザ
超古代竜メルバ 登場

 才人が目を覚ますと、そこはだだっぴろい草原だった。
「はい?」
 身体を起こした才人は、最初に自分の身に何が起こったのかを思い返した。
 まず、アンリエッタからの要請でロマリアに向かった。そこで故郷、母親からのメールが届き、
それを読んで涙したのをルイズに知られてしまい、ルイズは自分を無理矢理にでも地球に帰そうと
して……ゼロも自分から離れ、光を浴びせられて意識を失い……。
 ハッと青ざめて己の左腕に目を落とす才人。ガンダールヴのルーンは手の甲に刻まれた
ままだが、それと同等に大事な、いやある種それ以上に大切なウルティメイトブレスレットは、
やはりなくなっていた。それはつまり、ゼロが自分から分離したことを意味している。
 となれば、自分は寝ている内に地球に送り帰されてしまったのだろうか。
 しかし、それにしては様子がおかしい。地球に帰すのだったら、自分の住んでいる街に
置いていくのが普通だろう。だが周囲の光景は、見渡す限りの野原。遠景には湖や、山と森が
見える。少なくとも、自分の住んでいた地域にこんな土地はなかった。
 ゼロが地球の適当な場所にほっぽっていった? いやそんな馬鹿な。まだハルケギニアに
いるのだろうか。しかし、それならそれでここはどこだ? ロマリアか?
 疑問が尽きないでいると、遠くから人影がこちらに近づいてくるのに気がついた。
 咄嗟に背中に手をやったが、デルフリンガーはない。デートの時に外していて、そのまま
なのだ。少し不安を覚えたが、人影の所作から、敵意はないことを見て取った。
 近くまで来ると、草色のローブに身を纏っていることに気がついた。顔はフードに隠され
よく見えないが、身体のラインから女性ではあるようだ。
 女性は才人に声を掛けてきた。
「あら、起きた? 水を汲んできてあげたわ」
 フードを外した女性の顔立ちは恐ろしいほどの美貌であり、才人は思わず息が詰まった。
それだけではなく、女性の耳は長く尖っていた。エルフだ、と才人は気がついた。
 女性から渡された革袋の水でひと息吐くと、女性が自己紹介する。
「わたしはサーシャ。あなたは? こんなところで寝ているのを見ると、旅人みたいだけど。
それにしては、何にも荷物を持ってないけど……」
「サイトと言います。ヒラガサイト。旅をしてる訳じゃないです。起きたら、ここに寝かされて
ました」
 名乗り返した才人は、少し違和感を覚えた。エルフが、人間の自分に気さくに話しかけている。
才人が出会った純血のエルフの例は一人だけだが、エルフは人間と敵対しているはず。なのに
目の前のサーシャから、自分への敵意や忌避感といったものは全くなかった。まさかティファニアの
ようなのが他にそうそういるとも思えない。
 それに、他に誰もいないとはいえエルフが白昼堂々と草原を闊歩しているとは。もしかして、
ここはエルフの支配する土地なのだろうか? しかしエルフの土地“サハラ”は砂漠と聞いたのだが……。
「すいません。ここはハルケギニアのどこですか?」
 とりあえず確かめてみようと質問すると……予想外すぎる返答が来た。
「ハルケギニア? 何それ?」
 ハルケギニアを知らない! そんなことがあるのだろうか!?
 一瞬混乱した才人だが、はっと気がついた。どれだけ時間が経っているかは分からないが、
気を失う直前までは、肝要の記念式典は一日前にまで差し迫っていた。早く戻らないと、
ロマリアにいるルイズたちが危ない!
 うわあああ! と思わず奇声を上げると、サーシャが呆気にとられて振り返った。
「どうしたの?」
「いや……思い出したんだけど、今、俺たち大変なんすよ……。ここでこんなことしてる
場合じゃない」
「どんな風に大変なの?」
「いやね? まぁ言っても分かんないでしょうけど、とてもとても悪い王さまがいてですね、
俺たちにひどいことをするんです。そいつをやっつけるための作戦発動中だったのに……。
肝心要の俺がこんなとこで油売っててどうすんですか、という」

967ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/06(日) 21:47:24 ID:dXWvJpSI
「それはわたしも同じよ」
 サーシャはやれやれと両手を広げた。
「今、わたしたちの部族は怪物の軍勢に飲み込まれそうなの。こんなところで遊んでいる
場合じゃないのよ。それなのに、あいつったら……」
「あいつ?」
 問い返すと、サーシャはわなわなと震えた。何やら物騒な雰囲気なので才人は思わず口ごもった。
 しばらくどちらも発言しない、何だか気まずい空気が流れたが、やがてサーシャの方が
沈黙を破った。
「何だかとても変な気分」
「変な気分?」
「ええ。実はね、わたしって結構人見知りするのよ。それなのにあなたには、あんまり
そういう感じがしない」
 へええ、と才人は思った。しかし言われていれば、自分もサーシャには恐怖に類する印象は
一切感じなかった。ティファニアを知っているとはいえ、真正のエルフにはかなり痛い目に
遭わされたのに。
 それに、一回も会ったことがないエルフの女性に対して、どこかで会ったような奇妙な
感覚を抱いていた。これが噂に聞く既視感なのだろうか。
「俺もそんな感じですよ」
 言いながらサーシャに振り返り、はたとその左手に注目した。何やら文字が刻印されている
ようだ、と気がついたのだ。
 そしてあることに思い至り、焦りながら自分の左手と見比べた。初めは何かの間違いだと
思ったが……よく確認して、間違いではないことを知る結果となる。
 サーシャの左手の甲に刻まれているのは……自分と全く同じルーン文字なのだ!
「ガ、ガ、ガガガガガガガガ、ガンダールヴ!」
「あらあなた。わたしを知ってるの?」
「知ってるも何も!」
 才人は左手のルーンを、サーシャの目の前に差し出した。
「まぁ! あなたも!」
 驚いた顔だが、それほどびっくりした様子はない。対して才人は混乱し切りだ。
 “虚無”を最大級に敵視しているエルフが、ガンダールヴ? 何で? どうして? というか
ガンダールヴが二人? どういうこと?
 いや、一つだけはっきりしていることがある。サーシャが使い魔なら、彼女を使い魔に
した人物がいるということだ。その人物なら、何か知っているかもしれない。
「あの、あなたをガンダールヴにした人に会いたいんだけど」
「わたしもよ。でも、ここがどこか分からないし……。全く、魔法の実験か何か知らないけど、
人を勝手にどっかに飛ばして何だと思ってるのかしら」
「魔法の実験?」
「そうよ。あいつは野蛮な魔法を使うの」
 野蛮な魔法……それは“虚無”だろうか? しかし“虚無”の担い手は、ルイズ、ティファニア、
ヴィットーリオ、そしてガリアの名前も知らない誰かの四人だけのはず。他にもいたのだろうか?
 と考えていたら、不意に目の前に鏡のようなものが現れた。地球からハルケギニアに移動した
際に目に掛かった、サモン・サーヴァントの扉に似ている。
「何だありゃ」
 呆気にとられる才人の一方で、サーシャの顔が急激に険しくなり、また全身から凄まじい
怒気を発し始めた。それに才人は思わずひっ! とうめく。
 怒髪天を突いたルイズを彷彿とさせるほどのサーシャの様子におののいていると、鏡の中から
小柄な若い男性が出てきた。長いローブの裾を引きずるようにしながらサーシャに駆け寄り、
ぺこぺこと謝る。
「ああ、やっとここに開いた。ご、ごめん。ほんとごめん。すまない」

968ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/06(日) 21:50:03 ID:dXWvJpSI
 サーシャの肩が震えたかと思うと、とんでもない大声がその華奢な喉から飛び出た。
「この! 蛮人が――――――――ッ!」
 そのままサーシャは男に飛び掛かり、こめかみの辺りに見事なハイキックをかました。
「ぼぎゃ!」
 男は派手に回転しながら地面に転がった。サーシャは倒れた男の上にどすんと腰掛ける。
「ねぇ。あなた、わたしに何て約束したっけ?」
「えっと……その……」
 サーシャは再び男の頭を殴りつけた。
「ぼぎゃ!」
「もう、魔法の実験にわたしを使わないって、そう約束したでしょ?」
「した。けど……他に頼める人がいなくって……。それに仕方ないじゃないか! 今は大変な
時なんだ」
 サーシャは男の言い分を受けつけない。
「大体ねぇ、あなたねぇ、生物としての敬意が足りないのよ。あなたは蛮人。わたしは高貴なる
種族であるところのエルフ。それをこんな風に使い魔とやらに出来たんだから、もっと敬意を
払って然るべきでしょ? それを何よ。やれ、記憶が消える魔法をちょっと試していいかい? 
だの、遠くに行ける扉を開いてみたよ、くぐってみてくれ、だの……」
「仕方ないじゃないか! あの強くって乱暴なヴァリヤーグに対抗するためには、この奇跡の力
“魔法”が必要なんだ! ぼくたちを助けてくれる光の巨人を援護するためにも、この力をより
使いこなせるように練習を……」
 男をマウントポジションから叩きのめすサーシャに怯えながらも、関係性は逆ながら俺と
ルイズみたいだなぁ……と思っていた才人だが、男の言った「光の巨人」という単語に思わず
飛び上がった。
「ち、ちょっと待って下さい! 光の巨人って……ウルトラマンを知ってるんですか!?」
 才人が割って入ったことで、サーシャは暴力を振るう手を止めた。サーシャの下敷きの男は
才人を見上げる。
「ウルトラマン? あの巨人たちはそんな名前なのかい? と言うかきみは誰だい?」
「才人って言います。平賀才人。妙な名前ですいません」
「そうそう。この人も、わたしと同じ文字が手の甲に……」
「何だって? きみ! それを見せてくれ!」
 跳ね起きた男が才人の左手の甲に飛びついた。
「ガンダールヴじゃないか! ほらサーシャ! 言った通りじゃないか! ぼくたちの他にも、
この“変わった系統”を使える人間がいたんだ! それってすごいことだよ!」
 才人の手を強く握り、顔を近づける男。
「お願いだ! きみの主人に会わせてくれ!」
「そう出来ればいいんですけど。一体、どうして自分がこんな場所にいるのかも分かんなくって……」
 そうか、と男はちょっとがっかりしたが、にっこりと微笑んだ。
「おっと! 自己紹介がまだだったね。ぼくの名前は、ニダベリールのブリミル」
 才人の身体が固まった。
「も、もも、もう一度名前を言ってくれませんか?」
「ニダベリールのブリミル。ブリミル・ル・ルミル・ニダベリール」
 ブリミル? その名前を、才人はハルケギニアにいる間、散々耳にしていた。ルイズたちが
事ある毎に拝み、良いことがあると感謝を捧げる相手……。
「始祖ブリミルの名前?」
「始祖? 始祖って何だ。人違いじゃないのかい?」
 男はきょとんとして、才人を見つめた。対する才人は必死に考えを巡らせる。
 “虚無”の担い手が、始祖ブリミルを知らないはずがない。ということは短なる同名の
人物ではない。ということは……。
 そんな。そんな馬鹿なことが……。
 いや、「それ」の実例は何度か耳にしている。TACの隊員が超獣ダイダラホーシによって
奈良時代に飛ばされてしまったことがあったそうだし、時間を超える怪獣もエアロヴァイパーや
クロノームといったものが存在している。何より、ジャンボットが「そう」だった。今の自分が
「そう」ではないと何故言い切れる?

969ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/06(日) 21:52:46 ID:dXWvJpSI
 つまり……ここは“六千年前のハルケギニア”。そして目の前にいるのは……“始祖”と
称される前の初代“虚無”の担い手ブリミルと、初代ガンダールヴ!
 あまりの事態に呆然と立ち尽くす才人と、彼の様子の変化に呆気にとられているブリミルと
サーシャ。しかしブリミルが才人に何か声を掛けようとした、その時……突然辺りをゴゴゴゴ、
と急な地鳴りが襲った。
 この途端、ブリミルとサーシャの表情に緊張が走った。
「むッ! いかん、ヴァリヤーグだ! こんな場所に現れるなんて!」
「近いわよ! 早くここから離れましょう!」
 えっ、ヴァリヤーグ? と才人はきょとんとした。そう言えば、さっきブリミルがそんな
名前を口にしていた。
 しかし、この地面の揺れの感じは……才人も何度も体験している「あれ」の予兆では……。
「きみ、こっちに!」
 ブリミルが才人の手を引きながら駆け出そうとするも、その時には草原の中央の地面が
下から盛り上がっていた。
「ああ、まずい! すぐそこまで来ている!」
「やばいわよ! 今はろくな武器もないわ!」
 そして地表を突き破って、巨大な影が才人たちの目の前に出現した!
「グガアアアア!」
 どっしりとした恐竜を思わせるような体格ながら、恐竜よりも何倍も大きい肉体。上半身が
鎧兜で覆われているかのような形状をした巨大生物を見やった才人が叫ぶ。
「ヴァリヤーグって……怪獣じゃねぇか!」
 才人たちの前に現れたのは、ネオフロンティアスペースの地球において、モンゴルの平原から
現れたところを発見され、怪獣という存在の実在を証明した怪獣、ゴルザであった!
 地上に這い上がってくるゴルザに対して、ブリミルとサーシャは顔を強張らせる。
「こんなに距離が近くては、ぼくの詠唱は間に合わない。こんな時に光の巨人がいてくれたら……」
「そんなことを言っててもしょうがないわ。とにかく走りましょう! どうにかまければ
いいんだけど……」
 ゴルザからの逃走を図るブリミルたちであったが、不幸にも怪獣はゴルザ一体だけではなかった。
才人が、空から急速に接近してくる気配を感知したのだ。
「あぁッ! 空からも来るッ!」
「何だって!?」
 見れば、空の彼方からくすんだ赤銅色の刃物で出来た竜のような怪獣が、背に生えた翼で
風を切りながらこちらに降下してくるところだった。ゴルザと同時にイースター島から出現した
怪獣、メルバである!
「キィィィィッ!」
 メルバはゴルザの反対側、つまり才人たちの進行方向に着地。これで才人たち三人は、
怪獣二体に挟まれた形となる。ブリミルがうめく。
「最悪だ……。逃げ道もなくなってしまった……!」
 サーシャは短剣を抜いて怪獣たちを警戒しながら、ブリミルへと叫んだ。
「わたしが時間を稼ぐわ! あんたは隙を見て、そのサイトとかいうのを連れて逃げなさい!」
「そんな! きみを置いていくなんて出来ないよ! そんな短剣で二匹のヴァリヤーグに
挑もうなんて無茶が過ぎる!」
「じゃあ他にどうしろっていうのよ!」
 問答するブリミルとサーシャだが、怪獣たちは待ってはくれない。ゴルザが額にエネルギーを
集める。光線を撃とうとしている前兆だと、才人はこれまでの経験から感じ取った。
 そしてはっとブリミルたちに振り向く。ここが本当に過去の世界かどうかは知らないが、
もしそうだったら、二人が怪獣の餌食になったら大惨事だ。ハルケギニアの歴史が根本から
ねじ曲がってしまう!
 才人は反射的に身体が動いていた。
「二人とも危ないッ!」
「えッ!?」

970ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/06(日) 21:55:21 ID:dXWvJpSI
 両手を前に伸ばしてブリミルとサーシャを突き飛ばす。直後、才人のすぐ近くに光線が
照射され、大爆発が発生する!
「グガアアアア!」
 ブリミルたちは突き飛ばされたことで逃れられたが、才人は爆発の中に呑まれる!
「ああああッ!?」
「さ、サイトッ!!」
 ブリミルとサーシャの絶叫がそろった。
 二人を救い、代わりに爆発に襲われる才人。爆風と衝撃を浴びる中、彼の脳裏に走馬灯の
ようにこれまで出会ってきた様々な人たちの顔と――ルイズ、そしてゼロの顔がよぎった。
(ハルケギニアに来てから、色んな戦いを生き延びてきたのに、ゼロと離れた途端にこんな
訳の分からない内に死んじゃうのか……。俺って結局、こんな運命にあるのかな……)
 そんな彼の思考も、爆炎の熱にかき消されていく――。
 と思われたその時、空の果てから「光」がまさに光速の勢いで飛んできて、ゴルザの起こした
爆発の中へ飛び込んだ。
 そして閃光が草原の一帯に広がり、ゴルザとメルバがその圧力によって押し飛ばされる。
「グガアアアア!」
「キィィィィッ!」
 ブリミルとサーシャは視界に飛び込んできた閃光に思わず顔を隠した。
「何!? どうしたの!?」
「こ、この光は……まさかッ!」
 そして閃光が収まり、代わりのように草原に立った巨大な人影……。それを見上げたブリミルが、
歓喜の声を発した。
「来てくれたか、光の巨人!!」
 ――そして才人の視界は、先ほどまでとは全く違う、森の木々よりも高い位置に来ていた。
そう、怪獣と同等の。
『こ、これは……!』
 人間の身長ならばあり得ない高度だが、才人はこのような景色によく見覚えがあった。
彼の心にも喜びが溢れる。
『また、俺を助けに来てくれたんだな、ゼロ!』
 そう声に出した才人だったが……どうもおかしいことにすぐ気がついた。
『あれ?』
 今の己の身体を見下ろすと、ゼロの体色の半分以上を占める青色がないことを見て取った。
それにゼロの身体には、紫色は入っていないはずだ。胸のプロテクターの形も違う。カラー
タイマーも同様だった。
『え? え? ゼロじゃないのか? じゃあ、今の俺は一体……』
 才人は戸惑いながら、湖にまで歩み寄って、水面に己の姿を映した。
 水面を鏡にして確かめた自分の顔は……ウルトラマンではあっても、ゼロとは似ても
似つかないものだった。
『こ、この姿は!?』
 ウルトラセブンの面影を残すゼロとは全く違い、初代ウルトラマンに似た容貌。耳は大きく、
頭頂部のトサカの左右が楕円形にへこんでいる。
 これはM78星雲の出身のウルトラマンではない……ギャラクシークライシスで怪獣が大量
発生した際、救援に駆けつけたウルトラ戦士の一人の顔である。才人はその名を唱えた。
『ウルトラマンティガ!』
 才人の肉体は、ウルトラマンティガのものと化していたのだった!

 ガリア王国首都リュティスの、ヴェルサルテイルの薔薇園。ジョゼフが巨費を投じて作り上げた、
筆舌に尽くしがたいほど絢爛な花壇であったが、それにジョゼフ自身が火を放った。薔薇園は瞬く
間に火の手に呑まれ、灰になっていうのをジョゼフはぼんやりと見つめている。
 燃え盛る炎をものともせずに、深いローブを被ったミョズニトニルンが歩いてくる。彼女は
ジョゼフの足元に目をやって、主人に尋ねかけた。
「愛されたのですか?」

971ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/06(日) 21:58:11 ID:dXWvJpSI
 ジョゼフの足元にいるのは、彼の妃であるモリエール夫人――だったというべきだろうか。
何故なら、モリエールはたった今、死んでしまったからだ。ジョゼフの手によって、胸を短剣で
突かれて。モリエールは何故ジョゼフが自分を刺したのか、どうして自分が死ななければならない
のか、全く理解できなかったことだろう。
 ジョゼフは首を振りながらミョズニトニルンに応える。
「分からぬ。そうかもしれぬし、そうではないかもしれぬ。どちらにせよ、余に判断はつかぬ」
「では何故?」
「余を愛していると言った。自分を愛するものを殺したら、普通は胸が痛むのではないか?」
「で、ジョゼフさまは胸がお痛みになったのですか?」
 ミョズニトニルンは、その答えが言われずとも分かっていた。
「無理だった。今回も駄目だった」
 ジョゼフがそう唱えたところ、薔薇園の火災の上方の空間が歪み、何者かの影が浮かび上がった。
ジョゼフは極めて平常な態度でそれを見上げたが、ミョズニトニルンはかすかに不快感を顔に表す。
『ほほほ、陛下におかれましては相変わらずの無慈悲さでございますな。頼もしい限りです。
それはそうと、例の怪獣の軍勢の用意が整いました。中核となる「あれ」も、明日には再生が
完了致します』
「そうか。よくやった」
『それと、陛下ご執心の担い手が三人、ロマリアなどという人間の虚栄心の集まる土地に
集結しております』
 それはわたしがジョゼフさまに報告しようとしていたことだ、とミョズニトニルンは内心
苛立ちを抱いた。
「それはちょうどいいな。よろしい。余のミューズよ、全ての準備が整い次第、“軍団”の
指揮を執れ」
「御意」
 そんな感情はおくびにも出さず、ミョズニトニルンはジョゼフの命を受けると再び炎の中に
姿を消した。
 中空に浮かぶ影は、ジョゼフに対して告げる。
『しかしながら、陛下はまこと恐ろしいお方! 「あれ」は“死神”たる私ですら、前にした
時には身震いが止まらなかったほどなのに、陛下は平然と利用なさる! 野に解き放てばそれこそ
世にも恐ろしいことが起こるというのに、陛下は眉一つ動かされない! 何とも恐ろしいお人です!』
 影の言葉に、ジョゼフは薔薇園のテーブルを叩く。
「ああ、おれは人間だ。どこまでも人間だ。なのに愛していると言ってくれた人間をこの手に
かけても、この胸は痛まぬのだ。神よ! 何故おれに力を与えた? 皮肉な力を与えたものだ! 
“虚無”! まるでおれの心のようだ! “虚無”! まるでおれ自身じゃないか!」
『まことおっしゃる通りで、陛下』
「ああ、おれの心は空虚だ。中には、何も詰まっていない。愛しさも、喜びも、怒りも、
哀しみも、憎しみすらない。シャルル、お前をこの手にかけた時より、おれの心は震えんのだよ」
 遠くから、燃え盛る花壇に気づいた衛士たちが大騒ぎを起こして消火活動を始めたが、
その喧騒にもジョゼフは意を介さない。熱を帯びた目で、虚空を見つめてうわ言のように
つぶやくのみだ。
「おれは世界を滅ぼす。この空虚な暗闇を以てして。全ての人の営みを終わらせる。その時こそ
おれの心は涙を流すだろうか。しでかした罪の大きさに、おれは悲しむことが出来るだろうか。
取り返しのつかない出来事に、おれは後悔するだろうか。――おれは人だ。人だから、人として
涙を流したいのだ」
 言いながら、天使のように無邪気に笑うジョゼフの姿を、影が薄ら笑いとともに見下ろしていた――。

972ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/08/06(日) 22:00:10 ID:dXWvJpSI
ここまでです。
一人のウルトラマンに複数の変身者はあっても、一人の人間が複数のウルトラマンに変身はないですよね。

973ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 13:40:47 ID:TiRezyjA
ウルゼロの人乙です。
こんにちは。ウルトラ5番目の使い魔、62話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

974ウルトラ5番目の使い魔 62話 (1/18) ◆213pT8BiCc:2017/08/10(木) 13:43:57 ID:TiRezyjA
 第62話
 そのとき、ウルトラマンたちは
 
 超空間波動怪獣 メザード
 渓谷怪獣 キャッシー
 宇宙有翼怪獣 アリゲラ
 宇宙斬鉄怪獣 ディノゾール
 知略宇宙人 ミジー星人
 三面ロボ頭獣 ガラオン
 合体侵略兵器獣 ワンゼット 登場!
 
 
「さあ、皆さん。どうもどうも、私の顔は覚えていただけたでしょうか? 今、ハルケギニアで起きている出来事の黒幕でございます」
 
「さて、さっそくですが先ほどお見せいたしました魔法学院の遠足はいかがでしたでしょうか? 実にみんな楽しそうでしたねえ、人間の寿命はとても短いと言いますが、あれが青春というものなのでしょうか? 私にはちょっとわかりづらいことです」
 
「うん? そんな怖い顔をしないでくださいよ。私が手を加えなければ、彼らは今頃遠足どころじゃなかったはずですからね。そうでしょう、ウフフフ」
 
「はい? ああ、どんなトリックを使ったのですかって? 別に隠すようなことではないですが、すんなり教えるのもつまらないですね。というよりも、皆さんはきっとご存知のはずですよ」
 
「ともあれ、私の目的の第一歩は果たせました。幸先良くてなによりです。んん、おやおや、そんな青筋立てて怒らないでください。怒りっぽすぎる人間は、カルシウムが足りてないそうです。牛乳をもっと飲みましょう、乳酸菌飲料もオススメですよ」
 
「あらら、もっと怒られちゃいました。せっかく地球のジョークを勉強したというのに残念です」
 
「しょうがありませんね、では皆さんのご興味ありそうなことをお伝えしましょう。ハルケギニアに散ったウルトラマンたちが、今どうしているのかをお知らせします」
 
「いえいえ、手など出していませんよ。ただちょっと隠し撮りをしただけです。ウルトラマンに手出しできるほど、私は強くありません。それに、手出しをしないのが彼らとの契約でもありますからね」
 
「どういう意味ですって? ウフフ、種明かしはじっくりするのが楽しみですよ。では、VTRスタートです」
 
 宇宙人の狂言回しが終わり、舞台はハルケギニアへと舞い戻る。


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