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都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者達……代理投下スレ

1そろそろ建てなきゃって気づいた:2011/09/11(日) 14:05:25
規制中・本スレが落ちている、など本スレに書き込む事ができなかったり
ちょっと、みんなの反応伺いたいな〜…って時は、こちらにゆっくりと書き込んでいってね!
手の空いている人は、本スレへの転載をお願いいたします
転載の希望or転載しなくていいよー!って言うのは投下時に発言してくれると親切でよい

ぶっちゃけ、百レス以上溜まる前に転載できる状況にしないときついと思うんだぜー
ってか、50レス超えただけでもきっついです、マジで
規制されていない人は、そろそろヤバそうだと思ったら積極的に本スレ立ててね!
盟主様との約束だよ!!

2舞い降りた大王―σκανδαλια〜悪戯〜 ◆dj8.X64csA:2011/09/13(火) 19:08:54
???「さっきまでの威勢は何処に行ったのさ!?えいっ!」ヒュン、ヒュヒュン
正義「くっ!くぅ……。」ザッ、ザッ
奈海「ちょ、ちょっとぉ……、わっ!?」ササッ
コイン“「奈海ィ!気をつけないと当たっちゃうよぉ!」”
大王「(……何故、こんな事になってしまったんだ。)」

〜数分前〜

奈海「うぅん……これと、これと、これも……。」
正義「もう、それぐらいで良いだろ?」
奈海「いいじゃない。私が持つ訳じゃないんだもん。ところで、これ似合う?」
正義「……やっぱりオレなのか。そんなに買って何になるっていうんだよ。」
奈海「あら、私にそんな口聞いていいのかしら?どうなっても知らないわよ。これ追加ぁー♪」
正義「うぅ……。」
コイン「なんだかんだで楽しそうだね。」
大王「そうなのか?こういうのはよく分からん。」

ある夏の日、俺達はごく普通のショッピングセンターでごく普通の買い物をしていた。

コイン「待って、これってもしかして初デートにカウントされるのかな?」
大王「そんな小難しい事を俺に聞くな。」
奈海「ぅんと……よし。じゃあレジへレッツゴー!」
正義「あぁ、ちょ、待て!」

そして会計が終わり、俺達は店を出た。

奈海「あぁ〜買った買った。じゃ、帰ろっか。」
正義「お前も持てよ!2つぐらい!」

……と、その時だった。

???「まったく、イチャイチャしてんじゃねぇ!」
正義「ッ!?危ない!」
奈海「え?きゃあ!」

不意に前から銀に煌めく矢が飛んでくる。とっさに少年は少女を突き飛ばす。

正義「奈海ちゃ、“コホン”大丈夫か!」
奈海「え、えぇ、まぁ。あ!さっき買った服が!」
???「ふぅん……よくアレを避けたねぇ。関心関心。」
コイン「もぅ!いったい誰よ!」
大王「この気配……まさか!?」

3舞い降りた大王―σκανδαλια〜悪戯〜 ◆dj8.X64csA:2011/09/13(火) 19:09:32
気配の元を見ると、少年と同世代かそれより下ぐらいの、背中から羽の生えた子どもがいた。
おそらく少女には普通の人間に見えたのだろうが、俺にはその正体が分かった。

奈海「えっと、天使のコスプレをした、男の子、だね?危ないから弓矢は人に向けちゃダメ。分かった。」
???「子どもじゃねぇ!人間のくせに偉そうに!」
奈海「ダメね……完全に自分を天使だと思い込んでる。」
コイン「いつもだったら無視しようって言うところなんだけど、今日は奈海が思い込みをしているんだよ?」
大王「少年!」
正義「うん、間違いなく神話の都市伝説。キミは一体!?」

すると彼は、羽を羽ばたかせ、ポーズを決める。

エロス「ボクは【Ερωσ】。ギリシャの神の1柱さ!」
大王「ち、またお前達か!」
正義「(弓使いか……。遠距離戦は苦手なんだよなぁ。奈海がいるから大丈夫かな?)」
奈海「エ……ロス?ぇっと、その……か、可哀想な名前ね。」
エロス「あぁ!ボクの事バカにしただろ!お前達人間が意味を変えるからぁ!」
コイン「いや、多分日本人だけだと思うけど。でも、元々の意味もだいたいそうだし。」

すると、【エロス】は怒り、どこからか矢を束で出し、俺達を狙う。

エロス「ボクを侮辱するとは、許せない!叩きのめしてやる!」
大王「な……何故そうなるんだァアァァ!?」

〜数分前/終〜

正義「大王、ゴメン。でもあの状況ではどうしようも無かったし……。」
奈海「ほとんど私の責任だよね。大王さんゴメン!」
大王「……もういい、慣れた。」
コイン“「それよりどうするのよ!」”

そう会話している隙に、【エロス】は矢を取り出し、正義を狙う。

エロス「ゴチャゴチャ……うるさァい!」

連続で3本の矢が、正義達をめがけて飛んでいく。
正義と大王は自力で避け、奈海はコインの能力で突き動かされて避けた。

正義「わっ!」 大王「ちぃっ!」 奈海「きゃあ!」
エロス「ちぇ、全然当たらねぇ……。つまんねぇの。」
正義「くぅ……こうなったら、勇弥くんに助けを……。」
奈海「ぅ、わ、分かったわ。なら……こっち!」

奈海は目を瞑って考えた後、正義達を路地裏へと導く。

4舞い降りた大王―σκανδαλια〜悪戯〜 ◆dj8.X64csA:2011/09/13(火) 19:11:05
エロス「まさか、逃げられると」
大王「こいつは不意打ちの礼だ。釣りは要らんぞ!」
エロス「え?うわっ!?」

正義達を追いかけようとした瞬間、【エロス】の頭上から大量のゴミが降ってきた。
ゴミの山に【エロス】が埋もれた事を確認すると、大王は軽く笑みを浮かべてその場を去った。

エロス「……ゆっるさぁぁぁん!臭ッ!……仮にもボクは神だぞ、もう許さないッ!待っていろ……!」

とてつもない怒りを抱えて、【エロス】はゴミの山から出て、大空へと飛び立った。

奈海「―――もう、追ってこないわね。」はぁ、はぁ
コイン「“大丈夫。”ふぅ、私が検索したスーパー安全ルートだもん!」
正義「じゃあ、早速。……こちら正義、応答願います。」

正義は腕の『正義注入機』のボタンを押し、勇弥と無線を繋ぐ。

“勇弥「こちら勇弥。丁度いい、今亜空間を切り開く装置を」”
奈海「そんなのはどうでも良いから!えっと、ぇ、え、エロ……。」
“勇弥「はぁ?わざわざ無線で何のッ、まさかお前等……。」”
正義「たぶん違う!【エロス】ってギリシャ神話の神の話を聞きたいんだ。」
“勇弥「あぁなるほど。篭もるなよ、勘違いするから。」”
奈海「だってぇ……。充分変な名前じゃない。」

改めて、勇弥の解説が始まった。

“勇弥「『キューピッド』って言葉を聞いたら何を思い出す?」”
奈海「え?もしかして『恋のキューピッド』?」
“勇弥「実はある神話で【Cupid(クピド)】っていう奴がいてな。英語読みでキューピッド。んでそいつと同一視されやすいんだ。
    それっぽい要素は無かったか?弓を持っているとか……。」”
正義「うん、弓矢で攻撃してくるよ。」
“勇弥「ならそれで確定だな。『クピド』は自分の持つ金の矢と鉛の矢で悪戯をする、って話だったと思う。」”
奈海「金の矢で射抜いた人同士をカップルにさせる、ってやつ?」
“勇弥「いいや、金は恋愛への欲求が高まる、鉛は恋愛への関心を奪うって能力だ。
    男に金の矢を射て、女に鉛の矢を射て、それを傍から見物するのが趣味みたいな奴らしい。」”
コイン「なにそれ、悪い奴じゃん。」
“勇弥「時代が進むごとに、能力の良い所だけが切り取られて『キューピッド』が生まれたんだろうな。
    ちなみに、元々は力強い青年とかでイメージされてたんだけど、後に少年化してしまったらしい。
    さらに昔は原初の神の一員という結構偉大な奴だったんだが、時代と共に劣化していったみたいだ。」”

ふと、正義はある事に気がつく。彼が放った矢の色は金でも鉛でもなかったのだ。

5舞い降りた大王―σκανδαλια〜悪戯〜 ◆dj8.X64csA:2011/09/13(火) 19:11:35
正義「待って、あいつが射た矢の色は緑っぽかったよ。それはどんな矢?」
“勇弥「緑……もしかすると青銅か?だがそんな矢は文献には無い。」”
大王「という事は独自で作ったものだな。単純な攻撃用か。」
“勇弥「普通は契約者がいないとそんな事はできない筈なんだが……。神だからか?」”
奈海「で、弱点は何なの?」
コイン「あるんでしょ?呪文とかにんにくに弱いとかさぁ。」
“勇弥「ん、ねぇよ。」”
奈海&コイン「「えぇっ!?」」
正義「……じゃあどうすれば勝てるの?」
“勇弥「逆に聞くが、本当に勝てそうにないか?」”

その言葉を聞いた瞬間、今までの緊張と不安が吹き飛ぶ。
確かに、彼は神ではあるが、外見は子どもである。攻撃もそれほど怖いものではない。

正義「そう言われてみると……。」
奈海「遠距離なら私もいるし……。」
コイン「避けられない訳でもないもんね。」
“勇弥「そういう事。元々戦う神じゃないんだ。落ち着いて戦えば絶対に勝てる。もし困ったらまた連絡してくれ。」”

そして、正義が切ろうとした瞬間。

“勇弥「おっと、最後に。『エロス』の元の意味は『性愛』、恋愛とかだな。
    さらに、何故かいつの間にかその言葉はイデアの世界を志向する精神的な愛、とかいう
    綺麗なものになったらしい。あ、『イデア』についてはまたいつか話してやるよ。」”

と、言い終わると、通信が切れた。

正義「……じゃあ『エロい』って【エロス】から来てるの?」
奈海「わ、私に聞かないでよ。」
大王「おい、そろそろ戦闘の準備をしろ。」


エロス「誰がエロいって……?そんな設定をつくったのは人間だろ?」


声を頼りに上を向くと、そこには【エロス】の姿があった。

コイン「あれ……いつの間に。」
正義&奈海「「ごめんなさい。」」
エロス「許すかァ!絶対に殴り飛ばしてやる!」
大王「全く、こんなに怒らせるとは……。とにかくここは……。」

エロス「だからさっさと出てこい!」
大王「……は?」

彼の罠としか取れない発言に、全員驚きを隠せなかった。

6舞い降りた大王―σκανδαλια〜悪戯〜 ◆dj8.X64csA:2011/09/13(火) 19:14:16
正義「キミが来たらいいじゃん。」
エロス「偉そうに、ボクは神だぞ!」
大王「どう考えても罠だろ。なら、どこから出るか……。」
エロス「いいから普通に出ろ!別にいきなり殴る以外何もしないから!」
正義「……何を考えているんだ……?」

じっと【エロス】を見ていると、奈海はその理由に気付いた。

奈海「……もしかして、羽が邪魔でここに来れない?」
エロス「うっ。」
正義「なぁんだ。じゃあ大王。あいつの頭上に雲作って。」
大王「了解。」
コイン「正義くん鬼だ!」
エロス「くっそぉ、あ。なんだ、普通に弓で攻撃すれば良いんだ。」
正義「う、気付かれた。」
奈海「気付かないと思ったの!?」
大王「俺も気付かないまま勝てると思った。」
コイン「大王までナメだしちゃった!」

その会話と、なにより気付かなかった自分に腹が立ち、【エロス】は矢を束ねる。

エロス「じゃあ、さっさと終わらせるよ……。」
大王「流石に、ここではまともに喰らうな。逃げるか?」
奈海「こっくりさんこっくりさん……、っていうか、あれ避けれるの!?」
コイン「“……無理!狭すぎるよぉ!弾も限られてるしぃ。”」
正義「とにかくここから退避するよ。」
エロス「喰らえェ!」ヒュンッ!ヒュヒュンッ!
正義「ちぃッ!」“ウォール!”

青銅の矢が雨のように降り注ぐ。が、正義は勇弥から貰った札の1枚を『正義注入機』に読み込ませる。
するとかざした手のひらの前に半透明な壁ができ、降り注ぐ矢から正義を守る。

エロス「あ、逃げるな!」

正義達は急いで路地を抜ける。するとそこは人気の無い広い場所だった。

正義「ラッキー。安心して戦えそうだね。」
大王「では、どんな策で行くんだ?」
正義「色々考えたんだけど、矢に気をつける戦い方なら特別な事をしなくて良いんだよ。」
奈海「となると?」
正義「あいつには普通に戦うのがベスト。大王、剣出して。」
大王「なるほど、あんな奴を倒すためにいちいち難しい事を考えていた俺がバカだったという事か。」

大王は正義との間に黒雲を生成し、そこから剣を2本出す。奈海は『コインシューター』に十円玉を貯える。

7舞い降りた大王―σκανδαλια〜悪戯〜 ◆dj8.X64csA:2011/09/13(火) 19:15:01
正義「では。」 奈海「戦闘。」 大王「開始だ!」
エロス「おぉ前ェらァァァ!」ヒュヒュン!

急に上空から青銅の矢が束となって降ってくる。しかしよく考えれば、その手は何度も見ていた。

コイン「“カンタン、カンタン。奈海、あっちよ!そこから攻撃ィ!”」
奈海「OK!えぇい!」タタッ ティティーン

コインはあっさりと安全地帯を見つけて奈海を誘導し、奈海はそこから2枚の十円玉を打ち出す。

エロス「うわっ。何するんだよいきなり!」
奈海「……あっさり当たっちゃった。」
コイン「“あの子自信過剰だから、あんまり攻撃避けないんだよ。”」
エロス「またボクの悪口か!許さなッ、うわぁ!?」

【エロス】が急に叫んだと思うと、いきなり降下して地面に落ちた。どうやら羽が動かなくなったようだ。

エロス「ぎゃ!……痛ててて……。何をしたんだ!」
コイン「“呪い成功!今回は『体の一部が動かない呪い』でしたぁ。”」
奈海「っていうか、あの小さな羽で飛んでたんだ……。」
正義「ありがとうコインちゃん。これでボク達も攻撃に参加できる。」
大王「(奈海は誉めないのか……。やはりよく分からん。)」

正義と大王は【エロス】の前に立ち、剣を構える。【エロス】も引く気はなく、弓を構える。

正義「(弓をはたき落とせば勝ちだ!)てぇぇぇい!」
エロス「ぅ、ま、まだ負ける訳には!」

【エロス】は矢を束ねて弓を引く。散弾銃のごとく飛ぶ矢に、正義はなかなか近づけなかった。

正義「く、近寄れないな……。」
コイン「“呪いは長持ちしないよ!早く何とかしないと!”」
奈海「あぁ、もう!矢でも鉄砲でも降らせなさいよ!」
正義「だって矢は苦手だし……。」
大王「すまん、生物と複雑な物体は生成できない。」
奈海「あんなに修行がんばってるのにこんな所で弱点発見!?」
大王「遠距離は少女に任せていたんでな。」

その時、正義は閃いた。

正義「そうだ、いつかのあれで行こう。大王、羊雲!」
大王「羊……、成る程あれか。取りようによっては、これも遠距離攻撃か。」

8舞い降りた大王―σκανδαλια〜悪戯〜 ◆dj8.X64csA:2011/09/13(火) 19:16:15
瞬間、【エロス】の上空に黒雲がぽつぽつと生成される。

エロス「何を始める気だ……?」
奈海「あぁ、確かに羊雲。でもどうするの?」
正義「こうするんだよ。あ、危ないから遠くへいっててね。」

奈海が離れた時を見計らい、正義と大王は自分の知る多くの武器を思い浮かべる。すると、黒雲から大量の武器が降り注ぐ。

エロス「な、なんだこりゃ!?」
大王「仕掛けるぞ少年!」
正義「うん!」

【エロス】は頭上から降ってきたハンマーを避ける。と、次は頭上に槍が見えた。

エロス「ちょ、ちょ、ちょっと待てェェェ!」ズザァ!
大王「なかなか滑稽だな、愛の神様。」
エロス「ぐっ。」
正義「おぉい、気を抜いてると!」

正義は空から降ってきた武器を取り、思い切り振り下ろす。

正義「てえぇぇい!」
エロス「えっ、ぎぃやぁぁぁ!?」

正義の持つ武器が【エロス】の肩に当たると、“パァンッ!”と綺麗な音が鳴った。

正義「ハリセンだよ。びっくりした?」
エロス「……ぉ、ま、え……!」
大王「念のため言っておくが、危ないぞ。」

【エロス】の頭上に、斧が降ってきていた。

エロス「……うわぁぁぁあああ!」

【エロス】は全力で走った。途中で呪いが解けて飛べるようなったらしく、全力で飛んでいた。
やがて、雲のない所まで辿り着いたが、かなり疲れているようだ。

正義「そろそろ降参する?」
大王「流石にお前をいたぶるほど、俺も悪くは無いんだぞ?」
エロス「く、くっそぉ……。」
奈海「惨い気もするけど、あの子のためだと思って、心を鬼に。」
コイン「“鬼と言うより、もはや修羅じゃん。”」

しばらく、【エロス】は黙って落ち込んでいる。ように大王や奈海達には見えた。

9舞い降りた大王―σκανδαλια〜悪戯〜 ◆dj8.X64csA:2011/09/13(火) 19:17:32
エロス「(まぁ、『スケイディオ』さえ成功したらいいんだし。今日はここまでにするか。)」
正義「(『計画』?またその言葉が?)」
勇弥「おい正義ィ!大丈夫か!?」
楓「黄昏、助けに来たぞ!」

その時、後ろの方から勇弥と楓の声が聞こえた。

正義「あ、勇弥くんと十文字さんだ。」
大王「友、会長!こっちはもう片付いたぞ!」
勇弥「なんだ。まぁ、当たり前だよなぁ。」

すると、やっと【エロス】が立ち上がった。

エロス「とりあえず、この勝負は預けておくよ。」
大王「大人しく負けを認めろ。」
正義「大王、別に勝ち負けはいいじゃん。それよりも……。」

正義が話そうとした瞬間、遮るように【エロス】が怒りだす。

エロス「だが!ボクを侮辱する行為だけは許さない!ゴミとか武器とか降らせたり……。」
正義「ゴミ?」
大王「すまない、とっさの処置だったんだ。」
エロス「だから、この怒りだけはッ!ここで清算する!」

その瞬間、【エロス】は金色に煌めく矢を取り出し、それを射た―――

大王「なっ。」
正義「大王!」

ザシュッ

大王「く……。」
楓「大王……様?」
奈海「嘘、大王さんが……。」
正義「なんで、あれぐらいなら、いつも避けてたじゃん……。」

矢が当たった事を喜んだのか、【エロス】は飛んで喜ぶ。

エロス「ははは、流石のお前もボクの矢は避けられなかったかい!」
コイン「(……もしかして、でも……。)」
大王「ッ……しまったな……。」
エロス「ちなみにその矢は、恋愛感情を高める金の矢だ!さっさと愛に溺れろ!」

すると………………。

10舞い降りた大王―σκανδαλια〜悪戯〜 ◆dj8.X64csA:2011/09/13(火) 19:21:02
大王「…………?」
正義「…………?」
奈海「…………?」
コイン「…………?」
勇弥「…………?」
楓「…………?」
エロス「…………?」

……何も起きなかった。

エロス「あ、あれ?ほ、ほら!横の女とか後ろの女とか見ろよ!なんとも思わないか?」
勇弥「……金と鉄を間違えて・・・いないよな。」
奈海「じゃあなんで効いてないの?」
正義「……あ。」

正義はぽんと手を叩く。

正義「大王って、男なの?」
楓「は?何を言っているんだ黄昏。『大王様』なんだから男性だろう?」
勇弥「……いや待て、そもそも【恐怖の大王】って予言に、男性が降ってくるという解釈は無かったと思うぜ?」
奈海「あそっか、隕石とかだったもんね。【恐怖の大王】って。」

大王はゆっくりと矢を抜く。と同時に、上空に黒雲が生成され、そこから金色の矢が【エロス】を狙っていた。

エロス「あ、あのさぁ、ボクの金の矢は生き物に当たっても怪我ができないんだよ。だから」
正義「それは、キミの射た金の矢でしょ?あれは大王がつくった金色の、ただの矢だよ。」
エロス「ぅ……うわぁぁぁ!」

【エロス】は急に振り向き、矢を持たずに弦を弾く。するとその空間が裂け、言葉では表現できない暗くて禍々しい穴が空いた。

エロス「今日のところは、は言って、お前達なら、じゃなくて!ぅう、あぁもぉ!ごめんなさぁぁぁい!」

黒雲から矢が降ってくると同時に、【エロス】は穴の中へ飛び込んだ。

大王「待てガキィィィイイイ!」ブォン!

大王は穴の中目掛けて、手に持っていた矢を投げた。その矢が穴の中に入った瞬間、何事もなかったように穴は消えてしまった。

正義「おぉー。」パチパチ
奈海「ナイススロー。かな?」パチパチ
大王「あのガキ……次に有ったら覚えていろ……。」
勇弥「まぁ、一件落着、一件落着。」

しかし、喜んでいる正義達の後ろで、楓は1人悲しそうに大王を見つめていた。

11舞い降りた大王―σκανδαλια〜悪戯〜 ◆dj8.X64csA:2011/09/13(火) 19:21:56
楓「そんな、大王様は……。“ツンツン”ん?」

楓の横に、コインが笑顔でふわふわと飛んでいた。

コイン「十文字さんが落ち込んでるのってなんか珍しいね。」
楓「コインちゃんか。そうか?……そうかもしれないな……。」
コイン「皆はあぁ言ってたけどさ、私は違うと思うの。だって大王って鈍いところあるし、効果が出るのが遅いのかも。」
楓「でも、それだけでは……。」
コイン「あともう1つ。なんであの時、大王は矢を避けなかったか。」
楓「流石の大王様も、あの不意打ちは避けられなかったんじゃないのか?」
コイン「十文字さん。正義くんも大王も、その程度の訓練ならしているんだよ。」
楓「あ、そういえば……では何故?」

もう一度笑みを浮かべながら、コインは楓に耳打ちする。

コイン「自分が避けたら、十文字さんに当たってたんだよ。」
楓「え……?あ……。」
コイン「十文字さんの方が、いや十文字さんが油断していたからそう思ってたのかなぁ。
    大王に『こっちは片付いたぞ!』って言われたから?」
楓「……反射神経には、自信があったんだけど。」
コイン「まぁ、実際は傷もつかない矢だったんだけど。とにかく、大王は十文字さんの事を傷つけたくないと思っているんだよ。
    それが恋愛かどうかは、子どもだから分かんないけど……。」
楓「……コインちゃんありがとう。よし、では帰るか。」
コイン「うん!」















コイン「あ、相談料は十円玉10枚ね。」
楓「百円玉でいいか?」
コイン「十円玉!」


Σχεδιο編第2話「悪戯」―完―

12本スレへ 転 載 希 望:2011/09/17(土) 17:57:17

「うひゃあ!!」

昼休みの男子トイレ
一つの個室の中に突如現れた少女を前に、男子高生は弁当を突いている

「あのっあのあのっ‥‥!!」

焦っているのは少女だが、対する男子高生は無表情である
この男子、目の前に小学生程度の少女が現れたにも関わらず、驚いた様子を見せない

「ご、ごめんね‥‥いきなし、だったよね‥‥」

相手の顔色を窺うような少女の台詞に、彼は顔を上げて少女を見た
どうでもいい、と言わんばかりだ

「あ、あのね‥‥前々から気になってたんだけど‥ど、どうして、いつもトイレでお弁当、食べてる、の?」

「実に馬鹿だな君は
「食べて出す
「そして、出して食べる
「この臭い、たまらない
「そういうことだ」

口を開いたかと思えばその内容に唖然とする

「大体、都市伝説が俺に何の用だ
「大方トイレに出る系の怪談だろう
「その姿から推測するに花子さんかそこらか
「で、そんなのが俺に何の用だ( ・ω・)」

「花子さんかそこらって‥‥、そんなのって‥‥
 私、そんなのでも花子さんでもありませんっちゃんと闇子って名前があるんですっ
 私の名札くらい見てから言ってくださいっ」

「興味がない」

素っ気なく返される
闇子さんはうーだのあーだの何とも言えぬ声を出していたが
やがて口をへの字に曲げて言い放った

「でもトイレでお昼ご飯って変だよ」

「黙れ殺すぞ( ・ω・)」

「‥‥きょ、脅迫なんて怖くないもん。トイレでご飯って絶対おかし」

13本スレへ 転 載 希 望:2011/09/17(土) 17:57:55


                                     `ヽ、
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       ,,ヅ彡ニミ;;,,              ヅ彡ニミ;;,,          l
      ィ<"  , ‐ 、 ゙ミ、          ィ<"  , ‐ 、 ゙ミ、         ゙i
      ミミ、, ゝ_゚_,ノ,, イ           :ミミ、, ゝ_゚_,ノ,, イ           ゙i    黙れ殺すぞ
       ゙'ヾ三≡彡'"            ゙'ヾ三≡彡'             i!
                /        ヽ                    i!
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              、        ,' 、        ,'                i!
              ヽ . _ .. '  ヽ . _ .. '                 i!

14本スレへ 転 載 希 望:2011/09/17(土) 17:59:05
「ひっ‥ご、ごめんなさいっ‥」

「全く学校の怪談系の都市伝説は
「何故、こうもアグレッシブなのか」

器用に弁当を食べながら、無表情のまま男子高生は語り始めた

「学校の怪談系の最たるは花子さんだが
「例えば中央高校の生徒に花子さんと契約しているのがいる
「この狭い業界ではちょっとした有名人だ
「何せ家が家だからな、ヤクザの家の長男だ
「よくは知らんが
「さて、そこの花子さんは
「無邪気な顔で都市伝説を駆逐する
「ガキに特有の無邪気さで都市伝説を殺すのは
「別に花子さんに限った事じゃない
「おまけに悪戯好きな個体が多い
「本当に碌な連中ではない
「要はクソガキだ」

「わ、私は花子さんと違うもん‥‥私はお行儀いいもん‥‥」

闇子さんは涙目で抗議するが、男子高生が聞いている筈もない

「そんなクソガキどもを
「恐怖のどん底に叩き落とした契約者が居た
「童貞魔術師だ
「奴は夜な夜な学校に侵入し
「クソガキどもを血祭りに上げ、強姦し、殺戮し、強姦した
「契約者としては一流だっただろうが、人間としてはクズそのものだったろう
「ある日、あろう事か人間を殺してしまった
「西区で喫茶店を営んでいた男をだ
「その後この魔術師は男の契約していた都市伝説に倒された
「あくまで伝聞だがな
「ちなみにこの都市伝説は輪廻転生らしいが
「いやらしいまでに皮肉っぽい奴らしい
「要はクソガキだ」

「それって輪クンのことなのっ!?そうでしょっ!!
 輪クンのこと悪く言わないでっ
 ちょっと意地悪な所もあるけど‥‥ほんとは優しくて良い子なんだよっ」

15本スレへ 転 載 希 望:2011/09/17(土) 18:00:06

闇子さんの抗議の声に、男子高生は闇子さんを見た

「な、何?」

「お前
「あの喫茶店に行ったことがあるのか」

「うん‥あるよ‥‥?」

「よく行くのか」

「ハニーミルク、好きだから‥‥
 あと輪クンにも会いたいし‥‥」

「もののついでだ
「教えてやる
「あくまで聞いた話だが
「最近この町の様子がおかしいらしい
「具体的に何がおかしいのかは知らん
「実は
「同じクラスの『姫』さんが言っていた
「言葉の受け売りだ
「非常にどうでもいい」

そうしている内に彼はてきぱきと弁当箱を片付け始めた

「さて
「食事が終わったわけだが」

「全部、食べちゃったんだ‥‥トイレで‥‥」


「お前のせいで久し振りにまずい昼食になったぞ
「胃に来るこのフレーバー  うっ」

座っていた便座を即座に開くと、男子高生は盛大に嘔吐しだした
個室いっぱいに生暖かい酸気が立ちこめる
闇子さんは耐え切れず、とうとう涙目でそこから飛び出した


 【終】

16訂 正 希 望:2011/09/17(土) 18:03:11
>>15
×
「お前
「あの喫茶店に行ったことがあるのか」

「君は
「あの喫茶店に行ったことがあるのか」

×
「お前のせいで久し振りにまずい昼食になったぞ
「胃に来るこのフレーバー  うっ」

「君のせいで久し振りにまずい昼食になったぞ
「胃に来るこのフレーバー  うっ」

17笛 代理希望 ◆2PnxfuTa8.:2011/09/19(月) 23:23:14
【極光の紗綾(獄門寺龍一の世界 後編)】

「おいでなさい!高貴なる紅薔薇(アーテナルローズ)!」
「遅いわよ!」

 何本もの薔薇の手裏剣が陽子を襲う。
 しかし一つたりとも過たず撃ち落とすのはやはり陽子の銃の腕である。

「くっ……見た目以上の使い手ですね!」
「悪かったわね、私は私である為にここで負けるわけにはいかないの……。」

 その言葉を聞いて吉静は小さくため息をつく。

「ならば私も一緒ですよ。」
「え?」
「私は幼い頃、父や姉と生き別れ、兄と二人でこの街に暮らしていました。
 兄は無欲な人で人一倍働いておきながら困った人の為に余ったお金を使ってしまうような人でした。
 そんなある日のことです……」
「…………(えー、いきなり語り始まっちゃったよーコレ聞くの?聴かなきゃ駄目なの?)」

 さて一方その頃、サイレスは零人に追い詰められていた。
 決してサイレスが弱かったわけではない。
 ただ単に零人が予想以上に強くなっていてサイレスの予想を超えていただけだ。

「来いよサイレス、ぶちのめしてお前も世界を渡れる理由を聞かせてもらうぜ!」

 巨大な龍が零人を守るようにして宙を舞っている。

「龍撃拳!」

 零人が拳を繰り出すと同時に龍が牙を剥いてサイレスに襲いかかる。
 星の下に躍る夢が如く輝く焔。
 サイレスの繰りだす地獄の火炎をあっさりと飲み込み彼に強烈な一撃を与える。

「ぐあああああああああああ!」
「おっと!?」

 攻撃の反動によって彼の足元がわずかに崩れる。
 転ばないように彼は足をわずかに動かした。
 サイレスがニヤリと微笑む。
 この時、既にサイレスの“サブリミナル”が発動していた。

「あんたがどれだけ強かろうが関係のない処刑方法を思いついたッス。」
「は?」

 また足元が崩れた、そう思って零人は少し後ろに飛び退く。
 また足元が、また、また、また、また…………
 気づくと零人は何も無い場所でものすごい勢いで後ろ向きに走っていたのだ。

「これがサブリミナル、あんたの“転ばないようにしなくては”という意思に訴えかけさせて貰ったッス。
 これであんたは転ばないようにしつづける。
 それは即ち……どこまでも吹き飛び続けるってことっすよ。」
「う、うおおッ……!」
「アリーヴェ・デルチっす」
「うわああああああああああああああああ!」

 悲鳴と共に零人はどこか遠くに吹き飛んでいってしまった。

「くっくっく、これであとは妹の方だけっす。」

 不敵な笑みを浮かべ、サイレスは階段を降りる。
 そこでは龍一と明日、吉静と陽子が戦っていた。
 互いにかなりの傷を負い、弱っている様子だった。

18笛 代理希望 ◆2PnxfuTa8.:2011/09/19(月) 23:24:35
「って訳で、私は暗部の一員と戦うようになったの。
 貴方の“存在”は私の“世界”に匹敵するのかしら?
 聞いてあげるわ、この紫薔薇の悪魔(アルラウネ)の力で!」
「Zzz…………」
「戦いながら寝るとは……おのれ世界を破壊する悪魔ッス」

 陽子はなんと戦いながら寝ていた。
 長話に付き合う気は毛頭なかったのだろう。

「とりあえず……今がチャンスみたいっすね。」

 サイレスは自らが契約する“トゥールの雷霆”を呼び出して能力を発動した。

「キャアアアアアアアアアアアアアア!」

 陽子に直撃する。
 
「陽子さん!?」

 先ほどまで戦っていたにもかかわらず吉静は彼女の元に駆け寄る。

「大丈夫ですか?陽子さん!」
「な、なんとか生きてる……。」
「誰がこんなことを!?」
「そこをどいて欲しいッスよ、お嬢さん。」

 サイレスは吉静に雷霆をつきつける。

「サイレス貴様!」
「……どういうことだ?」

 明日は激昂してサイレスに跳びかかった。
 龍一は突然の闖入者に眼を丸くする。
 しばし迷った後、彼は一人でその場を逃げ出そうとした。
 が、その直後。

「これでトドメっすよ。」

 彼の目に入ってきたのはサイレスがいとも容易く明日を打ちのめし、
 二人の少女を血祭りにあげようとする姿だった。
 彼の記憶が揺さぶられる。
 そう、その姿は彼の最も嫌悪する人間の姿の一つだった。

「…………待て」

 迷うこと無くサイレスの首に刀を叩き込む。
 が、硬い。
 何故か刃物が通らない。

「あはは、心の綺麗な方ですからね。そう来ると思ったっすよ。」

 サイレスは刀を掴みとり龍一の腹に拳を叩き込む。

「哀れな役目から開放して差し上げるッスよ。
 ええ、死を以て。」

 その場に崩れ落ちた龍一にトドメを刺そうと雷霆を振り上げるサイレス。
 だがその手元に弾丸がぶち当たる。
 硬い音を立てて弾丸は弾かれる。

19笛 代理希望 ◆2PnxfuTa8.:2011/09/19(月) 23:25:12
「おんやぁ?生きてたみたいッスね。
 楽にしてあげようと思ってたのに。」
「あんたね、三人は関係ないでしょう!やるなら私だけやりなさい!」
「良いんスカ?ご家族とも会いたいでしょうに。」
「だからってこの人達を巻き添えになんかできないわよ!
 私だって確かに記憶は欲しいわ、でもそれ以上に守りたいの!
 この世界に居る沢山の人々を!美しい可能性を秘める全ての世界を!」
「ハッ、そんなボロボロの状態で言っても説得力無いッスよ?
 貴方のお友達ももうボロボロで立てないみたいッスし。」
「そんなことは無いぜ?」
「龍一さんとやら、一時休戦といきませんか」
「……やぶさかでない」
「な、何故!?そんな!何故そんな状況で立てる!」
「正義の為だ。」
「あんな熱いセリフを聞いたら私も契約に使った右腕が疼いちゃいます!」
「鬼は切る…………。」
「四対一だとしてもそんなボロボロで勝てるわけが!」

 陽子の懐から光の塊が空高く舞い上がる。
 爆音。
 天井に巨大な穴が開く。
 刀のマークが刻まれたカードが彼女の手の中に舞い降りてきた。

「それはどうかな!?」

 そして空高くから響く声。

「なっ……!?」
「人の妹をかわいがってくれたお返しだぁ!」

 文字通り、空から零人が降ってきた。
 彼は空中ならば転びようがないと判断して自らの都市伝説を使い自らの身体を空高く打ち上げたのだ。 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!」

 滅茶苦茶にサイレスを殴りつけて地面に着地する零人。
 足がしびれたらしくその場でこけた。
 
「龍一さん!今です!」

 サイレスの首、さっき龍一に切られていた場所に僅かな罅が入っていた。
 彼女はそこを切れと言うのだ。

20笛 代理希望 ◆2PnxfuTa8.:2011/09/19(月) 23:25:58
「私も援護します!」

 カードを自らの銃で撃ちぬく陽子。
 すると龍一の隣に彼と同じ姿のもう一人の龍一が現れた。

「貴方の動きを真似するので同時にその罅を切ってください!」
「ああ!」
「うわっ、やめっ……」

 煌めいた光はたった一つ。
 残る斬撃の跡は二つ。
 サイレスの首に十字の傷が深く刻まれる。

「きょ、今日はここまでにしておいてやるッス!」
「逃しは!」
「しない!」

 明日が空中から両足で蹴りを決める。
 吉静が薔薇の手裏剣を背中に突き立てる。
 しかしそれでもサイレスは走る。
 龍一がトドメに放った斬撃が空を切る。
 サイレスは逃げ切ったのだ。

「くそ……。」
「逃げちゃったみたいね。」
「さて、あいつも居なくなったことだし、やるか。」
「陽子さん、考えなおすなら今ですよ!」
「えー……困ったわねえ。」

 さて、共通の敵が居なくなって再び殺気立つ一同。
 しかしそこに再び闖入者が現れる。
 鉄仮面の男だ。

「へいエブリワン!俺のお手製満漢全席でも食べないか!」
「龍一、なんとか……脚本を手に入れられたぜ。」
「王様!?」
「なに料理作ってるんですか!」
「いやほら、客人用に。」
「真樹、在処、なんで二人ともそんな苦しそうなんだ……?」
「ハッハッハ!俺の料理を食わないと脚本を破壊すると脅したのだ!」
「えー…………。」
「毒が入ってないと信用してもらうまで大変だったぜ!
 俺が食ってみせても信用しないしさあ!」
「…………。」
「俺は……いらな」

 龍一のお腹から大きな音が鳴る。

「少なくとも毒は入ってなかった……。」

 生理痛が限界まで来ている女性のようなテンションで真樹は呟く。

「うますぎて食い過ぎた結果がこれなのだよ!」

 それにしてもこの鉄仮面うざい。

「まあ食うか食わぬかは別としてだ。
 俺は貴様らに聞いておかねばならない話がある。
 異世界の客人殿には関係ない話ではあるが……ついでに私の料理を食っていけ。」
「え?」
「拒否権はない。」
「え?」

 このあと兄妹共々激辛マーボー豆腐を飲み物にさせられることを……
 まだ陽子は知らない。
 とにもかくにも、こうして陽子の記憶の欠片は彼女の手元にまた一つ集まったのである。



【極光の紗綾(獄門寺龍一の世界 後編) おしまい】
【獄門寺龍一の世界編 おしまい】

21花子様の人たち:2011/09/19(月) 23:58:09
小梅ちゃんを泣かせた朝会から数週間後の昼休み
『ピンポンパンポーン』
『二年三組、錦戸君、築城君、鈴木君、大事な用件がありますので、放課後生徒会室に来てください。』

築「小梅ちゃんのお呼び出しか。鈴木はともかく、俺らなんかしたっけ?」
鈴「俺は【今は】何もしてねえぞ。」
駄「俺も問題起こした覚えはないけど、思いつくことといったら…」
鈴「契約者、か。」
築「でもそのことに関しちゃ口外しちゃいないと思うんだが。」
駄「まあ、放課後行ってみりゃわかるでしょ。」


放課後


小梅「えー、本日お三方に集まってもらったのは他でもない。」
腕組みし歩きながらそう言う様は、なんかの軍隊ものの洋画の陸軍高級将校のマネをする子供だ

小梅「また学区内にへんなのが現れたようなので、今度は先輩方に退治してもらいたいんだ。」
駄「ちょっと待ってよ、俺らより警察とかに任せたほうが」
小梅「隠さなくても大丈夫です、錦戸先輩。」

小梅「この町に都市伝説が現れてることも、先輩方がその契約者であることも、知っています。
   生徒会長を継ぎ、この学校を統べる役目を先代会長から任されたとき、聞かされましたから。
   といっても、ごくごく最近まで信じられませんでしたが。」

築「情報の流出元はお前の嫁かよ(ボソボソ
鈴「俺に言うな(ボソ

小梅「昨日の帰りに私自身の目で見てしまったんですが…その…ゾンビが群れをなして歩いてたんです。」

築「それは小梅ちゃんが映画見すぎたからとかじゃないの?」
小梅「小梅ちゃん言うなー!!」
築「へぶしッ!!」
 いまの一撃、手が見えなかった。身長を考えればアッパーか?

小梅「ごほん、口止めはしたものの学生の中でも目撃談もあります。
   それに今は各部活が大会を控え、練習にも熱が入り下校が遅くなっている時期…
   安全のためとはいえ部活を早く切り上げさせて水をさすのも…」

駄「そこで契約者で帰宅部の俺たちにゾンビ駆除を。」

小梅「もちろん生徒会としてできる限りの見返りは用意させてもらいます。
   たとえば学食年間フリーパスとか、購買割引とか学際の出店割引とか…」

鈴「まあ、小梅ちゃんの頼みとあったらなあ?」
駄・築「なあ?」

小梅「だから小梅ちゃんゆーなー!!あとありがとうございます。」

22花子様の人たち:2011/09/19(月) 23:59:09

帰宅後


花「それで私の同意なく引き受けてきたの?(ゴゴゴゴゴゴゴゴ」
駄「ひいッ!!でも小梅ちゃん直々に頼まれたし…」
花「小梅ちゃんの頼みなら仕方ないわね。それに新技を試したかったし、まあいいわ。」
花「でも、戦うのは私ってこと、今度からもっと考えてよね。…小梅ちゃんの頼みは仕方ないけど。」




こ「それでワシらの許可無く引き受けたと?」
り「ボクらの意見を聞いてからにして欲しかったなぁ」
くぅ「勝手…」
築「それは悪かったけどさ、だって小梅ちゃんの頼みだぜ?」
こ「まあ、こうめちゃんの頼みなら、仕方ないじゃろう。」
り「うん、しかたない」
くぅ「ない。」
き「あらあら」




鈴「つーわけだ。」
二宮「僕は構いませんけど、鈴木君はいいんですか?勉強の時間が削がれますよ?」
鈴「ああ、小梅ちゃんのお願いじゃあな。」

23花子様の人たち:2011/09/20(火) 00:01:21

作戦決行当日

下校時に小梅ちゃんから差し入れにレッドブルのドリンクを受け取り、進軍開始する。
三方に別れパトロールすること数時間…辺りは真っ暗

花「もー、全然出てこないじゃない!」

公園のベンチに腰掛け、半分サボっているときだった。

駄「霧…?」
花「来たわね。」

公園の入り口に面した道をゾンビ的な集団がゾロゾロと、学校の方へ向かっている。

駄「学校に近づかせるのはまずい。」

学校に近づくほど、生徒との遭遇率は上がる…

花「ここで止めるわ。ここならトイレも近くにあるし、周りの家も皆無。第一、あの数をトイレから離れてしとめるなんて無理よ!」

動きは遅いが、たしかに数はヤバイ。3桁はいる。


花「そこのゾンビども!!私が相手よ!!」

カーンと空き缶を蹴飛ばし、ゾンビ集団の注意をひく。

花「多分、他の箇所にも出てる…最初からとばすわ!!」

大量の水が花子様の手元に集まったかと思うと、消えた。いや、消えたように見えた。
よくみると花子様はクナイを持つようにして指と指の間に半透明な釘のようなものを持っていた。

駄「氷…つらら?」

花「夢の国戦で鞭使ったときは苦労させられたからね…
  喰らいなさい、ナショナルジオグラフィックの太陽系外惑星の番組を見て会得した技を!!」

まんまクナイを投げるようなモーションで投げられた小さなつららは、ゾンビの身体にぷすりと刺さった。
しかしまるで効いてない。

駄「効いてませんよ!?やっぱりつららなんかじゃ…」

花「まあ見てなさい」

つぎの瞬間、つららの刺さったゾンビが爆散した

花「水はね、私たちがよく知る冷たい氷のほかにもあるの。
  超高圧力をかけることでも固形になり、数百度の氷になるのよ。その硬さは通常の氷の比じゃない。
  そして、そんなふうになる高圧力をかけていた水から、急激に圧力を抜けば、瞬間的に膨張してあのとおりってわけ。
  大体、つめたい氷は、雪女の領分でしょ?」

なるほど、一撃で敵を粉々にするなら、今回のケースにはもって来いか。

24花子様の人たち:2011/09/20(火) 00:02:24

一方そのころ築城は

築「ちょっとこっくりさんなんとかしてよ!!」
こ「ワシらは室内じゃないと戦闘能力が出せないんじゃあ!!」
り「屋外なんて聞いてないよー!」
くぅ「ない。」

どどどどど
ひたすらゾンビから逃げ回る。相手の動きこそ遅いが、逃げた先にまた現れたりでてんてこ舞いだ。

築城「うおあ!」

曲がり角で誰かにぶつかる

こ「姉さま!」
き「あらあら。」
り「お姉ちゃん助けて!」
くぅ「けて。」

きつ姉ぇを見ると、近所のスーパーの袋を持っていた。買い物帰りか。
周りを見ると俺たちが来たほうからも、きつ姉ぇが来たほうからもゾンビの群れが

き「あらまあ、しかたないわねぇ。ちょっと持ってて?」

レジ袋を俺に持たせると

き「えいっ」

上品に腕を振ると、それぞれのゾンビ集団に一瞬風が吹き抜けた。
かと思ったら、ゾンビたちが青白い炎に包まれ瞬間的に燃け消えてしまった。これが狐火ってやつなのか?
腕を振ってわずか4秒、あたりは何も異常の無いいつもの状態になっていた。

俺たちはその圧倒的な力に唖然とするばかりだ。

き「あれはゾンビとはちょっと違うみたいねぇ。ただの幽霊が、強い力に煽られて中途半端に実体を持ちかけてるような。
  完全な液体を霊、固体を生体としたら、ジェルってかんじかしら?」

25花子様の人たち:2011/09/20(火) 00:02:58

さらにそのころ鈴木

鈴「ぬおりゃああああああ!!!」
道路標識を引き抜き振り回してなぎ倒したりの大暴れ。
鈴「こっちはなぁ、早く帰ってミレニアム懸賞問題を解きてえんだよ!!」
なんの心配もなかった

26花子様の人たち:2011/09/20(火) 00:04:06

さらにその頃小梅ちゃん

小梅「やばッ!ベルちゃん(生徒会室で飼育中のベルビアンオオムカデ:体長50㎝・有毒・凶暴・噛み付く)
   がいない!!逃げ出したんだ!!」

床を這って接近してくるような気がして、生徒会長用机に大急ぎでよじ登り、ケータイを取り出した

小梅「もしもし、みぃさん?ベルちゃんがまた逃げちゃったから捕まえて!!」

ピンチだった。

つづく

27DKGとファントムさん  ◆lzXMjKhUPM:2011/09/20(火) 00:15:44
花子様の方、乙です。

 どうも、本スレで『噂された人物が元から実在したら、その人に都市伝説パワーが得られるんでしょうか?』と質問した新参者です。

 それでもって、序章ですが書いてみました。

 誰もいないようなので、投下しようと思います。

 グロテスクな表現。長文。むちゃくちゃ設定なので、そういうのが苦手な人ゆーたーんをお願いします。

 それでは、『DKGとファントムさん』、投下します。

28DKGとファントムさん  ◆lzXMjKhUPM:2011/09/20(火) 00:16:33

 あるビルの廃墟に、一人の中学生ぐらいの少女がソファで寝ていた。
 彼女は『都市伝説』だ。
 いつだっただろうか、彼女が生まれたのは。


 三年前、アメリカの本州のどこかで、無残な死体が発見された。
 死体は34歳男性で、弾丸で鉢の巣にされ、さらには鋭利な刃物でズタズタにされていた。
 しかも、その男性はあるマフィアの殺し屋をしていたのだ。
 警察は彼に敵対する組織の仕業だと考え、その方針で捜査を進めた。
 だが、それはすぐに間違いだとわかった。
 その二日後、同じような遺体が捜査している間、アメリカのありとあらゆる地方に、ゴロゴロと出てきたのだ。彼らの接点は男性以外これといったものはなく、警察を混乱させた。

 そして、人々は囁いた。
 殺された人間は男なのだから、女から恨みを買われていたのではないか?
 きっとその女はありとあらゆる殺人道具を持っているに違いない。
 それだけではない。きっとありとあらゆる殺し方を考えているに違いない。
 まだ発見されていないのだから、怪しまれにくい未成年ではないか?
 それなら、その少女はよほど冷酷な心を持っているに違いない。
 ならこう呼ぼう。

 ――――ドライ・キラー・ガール(DKG)、と。

 そして彼女は存在を許された。人を殺すために、驚異の殺人能力と冷酷な心を持って。

29DKGとファントムさん  ◆lzXMjKhUPM:2011/09/20(火) 00:17:50

 彼女は忠実に人を殺していった。暇なときはマフィアの一つ一つを潰したりして、最速タイムを出すよう遊んだこともあった。もちろん都市伝説達とも殺し合ったりした。全ては彼女の圧勝だった。
 だが彼女は満たされない。どれだけどれほど殺しても、彼女は満たされることは無い。それが彼女のしたい事ではないからだ。

 前にDKGは、ある一人の男を殺した。新しい殺し方の実験だ。こういう事は考えが尽きるまでやめた事は無い。
 殺した男には、一人の娘がいた。面倒なので、その娘の心を恐怖で埋め尽くし、精神から魂を殺そうとした。
 その為には心を覗く必要がある。DKGは、この時初めて人の心に触れたのだ。
 娘は男の死を知らず、公園で遊んでいた。DKGは娘の頭に触れ、心に触れた。

 今思えば、その時心に触れてみようなんて考えなければ、ただ殺すだけの存在でいられたのだろうか?
 と、DKGはソファに転がりながら思う。

 死を知らない娘の心は温かかった。自分の冷酷な心が、溶けてしまうぐらいに。
 無を知らない娘の心は我がままだった。自分の顔が微笑んでしまうほどに。
 ばいばいを知っている娘の心はさみしそうだった。自分が罪悪感を覚えてしまうぐらいに。
 彼女は娘の心……人の心に恐れをなして、逃げ出してしまった。

30DKGとファントムさん  ◆lzXMjKhUPM:2011/09/20(火) 00:18:36
 それから、人を殺す事以外の事を考えるようになった。
 あの娘は父の死を知って、どう思うだろうか? どう変わるだろうか?
 自分は人を殺し続ける存在でいいのだろうか?
 娘一人の感情でここまで振り回される自分はとてももろいのだろうか?
 都市伝説のDGKは、人を観察する事にした。
 どう殺すのかを考えるのでは無い。どう生きるかを決めるためだ。
 人々は楽しそうに街を歩いている物もいたし、悲しそうに歩いている者もいた。
 DKGは一人一人の心に、恐る恐る触れて行った。

 そして、彼女は人に近い感情を手に入れた。手に入れてしまったのだ。

 それからというもの、人を殺す事にためらいを覚え、人の殺し方を考えているだけで気分が悪くなった。
 もう人を殺すのをやめよう。
 そう思い、今まで殺してきた人たちの金で人として生きて行く事にした。自分には、これしかないのだ。仕方がないと自分に言い聞かせる。
 許してもらえているだろうか? DKGには涙と共に謝まる事しかできないのだから。

 だが、許してもらえなかった事を、一ヶ月後に知る事になる。

 ある日、人として学校に通っていた時のことだ。
 突然、力が抜け倒れてしまった。誰もその事には気がつかない。人として生きて行こうと決めた時から、いや、それ以前から自分の姿は見えているというのに、誰も気がつかない。
 許してもらえなかったのか? やはり自分に人として生きて行くのは不可能なのか?
 そこで、彼女は一つの考えにたどり着いた。

 自分は人を殺すために存在を許された都市伝説。人を殺さなくなった今、自分の存在を許されなくなったのではないのか?

 恐怖した。懺悔して後悔して、やっと手に入れたのに、その幸せを失う。
 それどころか、存在さえ許されなくなり、再び無になる?
 いやだった。人の感情を手に入れたDKGは、自分が可愛くて仕方がなかった。人としての欲望を押さえる事は無かった。
 生きたい。だから殺す。本能に逆らわず、感情を消して、定められた通り殺す。
 その場にいた者は全員殺した。皆に気がつかれるまで殺し尽くした。

 それからだ。自分が存在するために、人を殺すようになったのは。
 自分が生きるために、ありとあらゆる殺し方を考えるようになったのは。

31DKGとファントムさん  ◆lzXMjKhUPM:2011/09/20(火) 00:19:31

 そんな事を、ぼんやりとソファの上で思いかえしていた。
「……人も都市伝説も、醜いな」
 ポツリ、と呟く、誰の返事も期待しないで。
「そうだな」
 ドアの方から、聞いた事の無い声が聞こえた。
 とても低く、恐ろしいと思える声だった。
 そしてそれは、見なくとも都市伝説だと分かった。
「何だ? 俺をお前の組織にでも入れるつもりか?」
「組織? いや、俺はフリーだ」
「なら俺を殺して強くなるつもりか?」
「お前を殺して何の得になる?」
 聞き捨てならない言葉だった。都市伝説としてのDKGは、アメリカの都市伝説の中でも最強と言われるほどだ。
 そんな自分を、殺しても仕方がないという都市伝説。どこまでも気に食わなかった。
 殺す前に、せめてどんな都市伝説かと確認しようと、その都市伝説を見る為立ち上がる。
 だが、DKGの怒りは驚きに変わった。
「……ファントム?」
 ファントム、リアルバットマンとも呼ばれる都市伝説だ。
 その顔は不安感を持たせる青い大きな目しか無い白いマスクを被り、特撮ヒーローのような白い姿の上に、黒いコートを着ているのが特徴だ。
 ファントムは国を問わず、困っている人のところに神出鬼没で現れ、悪人をやっつける正義の味方と言われている都市伝説だ。
 まさか、そんな子供のような都市伝説が、本当に存在するとは思わなかった。
「そうだ。俺がファントムだ」
 ファントムが名乗ると、その大きな青い目の光りが、フワァと人の心を不安げにさせるように光る。
「ヒーロー様が何の用だ? 俺みたいな都市伝説を殺しに来たのか?」
「違う。人を殺すのをやめてくれと、説得をしに来た」
 何だそれは、それは俺の存在を許さないのと同じじゃないか。
 DKGはファントムを睨めつけ、虚空から9mmベレットを取り出す。
 もちろん相手は都市伝説。発射されるのは鉛の塊ではなく、対都市伝説専用の弾丸だ。取り換える必要は無く、DKGの存在が許される限り、無限と出る事だろう。

32DKGとファントムさん  ◆lzXMjKhUPM:2011/09/20(火) 00:21:09
「俺はお前に殺せないよ」
 ターンターンターンと、三発程ファントム眉間に撃つ。
 だがファントムは視線と手の動きで読みとったのか、それを全てかわす。
「避けたな」
 ギラリ、とDKGの目は輝き、9mmべレットを左手に持ち替え、左手にM2重機関銃を取り出す。
「……確か固定しないとロクに当たらないんじゃなかったか?」
「お前みたいなちんけな都市伝説と一緒にするな」
 ターン、ターンと9mmべレットでファントムのまわりに撃ち込む。
 ファントムはそれをひょいひょいと避ける。
 面白いほどに引っかかった。ファントムは二つの弾丸を避け、大きな隙ができている。
 その大きな隙に、ダァン! とM2重機関銃で一発の弾丸を胸に撃ち込んだ。
「ガァ!?」
 ファントムは見事に宙を舞い、壁に叩きつけられる。
 死んだな、と思いソファに転がるDKG。死体をどこに捨てようかと考えていた時だった。
「……流石に、死んだかと思った」
 よっこいせ、と立ち上がり、ファントムは胸の汚れを落とすように右手ではらったのだ。
 薄く黒くはなっているが、無傷と言っても過言ではないだろう。
「死を味わいたいどMか?」
 ソファからサッと立ち上がり、ファントムを睨みつけるDKG。
「Sではないが、Mでもない。どちらかと言うとHだ」
「それは日本でしか通じないぞ? お前の言いたいHは恐らく『変態』って意味のHだろ?」
「違うな」
 バッと腰を低くし、いつでも攻撃できる姿勢に落ちつかせる。
「ヒーローのHさ」
 ファントムはDKGに、都市伝説でもトップと争えるであろうスピードで殴りかかってくる。
 それをDKGはいなし、腹に蹴りをお見舞いしてやる。
 ファントムの腹には当たったが、その腹は霧の様な物質に変わってしまい、DKGの体ごとすり抜けてしまう。
「流石は都市伝説ヒーロー。硬くなって攻撃を受け止めたり、水蒸気になって攻撃をすりぬけさせるって、どこのRXだ」
「ほう、こっちでもRXが有名か?」
「駄作としてな」
 二人は、背中を合わせながら話し合う。相手の隙を、手さぐりで探るかのように。
「確かに、アメリカのRXはZOが出ていたりとかで酷かったが、日本の光太郎は最強ライダーだぜ?」
「日本の作品なんて知るか」
「パワーレンジャーや侍戦隊だって、元をたどれば日本のヒーローだぜ?」
「まあ、ドラゴンライダーはいい出来だとほめてやるよ」
「日本では龍騎っていうんだ。覚えておいてくれよ」
 話し終わった瞬間、DKGは虚空から出したジャックブレードで、ファントムは霧で作り出した白い刀のような刃物で、互いの脇腹を刺す。
 グシャァ! 互いの脇腹から、大量の血が流れ出した。

33DKGとファントムさん  ◆lzXMjKhUPM:2011/09/20(火) 00:21:46
「……どっから出したその刀」
「……前こそ銃器だけじゃないのか」
 DGKはこの程度では死なない。何故ならと聞かれたら、これは作り物、ただの見た目だ。
 だが、ファントムの方が少しおかしい、確かに自慢の腕っ節でファントムのふざけた装甲を深々と刺してやったが、都市伝説では重傷にはならないはずだ。
 それに、ジャックブレードについたこの血、

 ――――都市伝説の見かけだけのものではなく、人間の血ではないか?

 あり得ない。吸血したり人を捕食する都市伝説からは人の血が流れる事がある。
 だが、だがこの都市伝説はヒーローという、人を食べるとは聞いたことが無い。相手が悪人だとしてもだ。
 ならなぜ? と頭をフル回転させて考える。
 ふとファントムは扉に向かってよろよろと歩いており、今にも逃げ出しそうだ。
 気になるのなら、アイツの体に聞く事にしよう。
 そう結論づけたDKGは、先程のファントムと並ぶスピードで勢いよく走りだす。
 この時、DKGは気が付いていなかった。ファントムの右足が、青く、怪しく光っている事に。

 DKGがファントムの頭を掴もうとした瞬間、DKGの頭はファントムの回し蹴りの餌食となり、そのまま壁に叩きつけられ(この時、壁は壊れた)、DKGは気絶した。

34DKGとファントムさん  ◆lzXMjKhUPM:2011/09/20(火) 00:22:38

 朝になると、DKGはいつものソファで起きた。まわりにファントムは見えない。
「……少女の顔を蹴るなんて、信じられないな」
 DKGが起きた時の一声は、とても皮肉な物だ。
「仕方がないでしょう」
 キッチンの方(廃墟だが、DKGの力を使ってなんとか使えるようにした)から、おいしそうな匂いとさわやかなな青年らしき声が聞こえる。昨日の男とは明らかに違うものだし、明らかに普通の人の声だ。
「あなたが大人しく私の話を聞いてくれなかったんですから」
 この廃墟の唯一のテーブルに、さわやかな青年が持ってきた、ブレックファーストと白いほっかほかのご飯が置かれる。
「……いやお前誰だよ。何でここで料理なんか作っている」
 人間なら発狂しかねないほどの殺気を込めて睨みつけるが、さわやかな青年はもろともしない。
「ひどいなー」
 と勝手にソファの手すりにすわり、ヘラヘラと手を振る。
 久々に罪悪感なく人を殺せそうだと確信したDKGは、強く強く拳を握る。
「昨日殺し合ったのに、もう忘れてるんですか? この忘れん坊さんめー☆」
 めー☆ でかなりイラついたが、その前の言葉に違和感を覚えた。
「待て、俺は昨日、人を軽く2000人ぐらいの人間と、都市伝説50体ぐらいしか覚えが無いが、お前みたいなのは初めてみたぞ?」
「ああ、そっかそっか」
 青年は何かを思い出したかのように、青年自身が着ている黒いコートの懐から、白いマスクを取り出す。それは、昨日初めて会った都市伝説――――ファントムの物だった。
「……お前、ファントムの契約者か」
 あの夜、近くに契約者の人間がいなかったので、野良だと勝手に思っていたが、契約者がいるなら、あの反則技と、『殺しても意味が無い』という発言に少しは頷ける。なぜなら契約者がいれば力を付けることも可能だし、無理して有名になろうとせずとも消える心配はないわけなのだから。
 だが、不思議とそのマスクからは都市伝説の気配がしない。
「まあまあ、見ててくださいって」
 右手に持ったマスクを右に突き出し、左手は軽いスナップをしながら前に突き出す。
「変身!」
 叫びながら、左手を握りその脇を締め、右手で大振りをしながらマスクを被る。
 ああ、日本でいう痛い人ってこういう奴の事をいうのか、と何か納得してしまった。
 だが、突如そこに大きな都市伝説が存在していた。
 その体は、昨日の都市伝説、ファントムと瓜二つ、いや、全く同じものだった。
「ファントム、参・上!」
 右手を『参』のところで左肩あたりに固定し、『上』のところで右手の人差指でどこかを指さす。
 一連の動作を終えると、そのマスクの大きな目が青く光った。

35DKGとファントムさん  ◆lzXMjKhUPM:2011/09/20(火) 00:23:38
 何からツッコミを入れようか、と頭がパニックになっているDKG。
 そんなDKGを見て、サッと頭を抱えている。
「……見るな。こうでもしないと都市伝説になれないんだよ」
「……都市伝説に、なる?」
 その言葉に違和感を覚えた。
 なんだそれは。まるで元々は人間のだったかのような口ぶりじゃないか。
「話せば長くなるが、聞くか?」
「……聞く」
 断って勝手に記憶でも覗いてやろうと思ったが、記憶のハッキングとか簡単にしでかしそうなので、聞くを選択した。
 ファントムは椅子に座ると(この椅子はいくつかある)、懐かしそうに話しだした。
「あれは二年前……俺が中学生の時だった」
「……って事はお前高校生か?」
「細かいところは気にするな。……あの時、俺はまだ子供だった」
「今も十分子供だろ?」
「三歳児のお前に言われたくは無い」
 気を取り直すように、ゴホン、と咳をする。
 実際にそういう仕草をする人っているのなと思ったが、話を進めるため受け流す。
「パルクールを知っているか?」
「ああ、確かフランス発祥の忍者みたいに街を駆け抜けるあれだろ?」
「そうだ。俺は面白そうだからと独学で習得した」
「暇だったんだな」
「中学生だったからな。それで、俺は夢を叶えるため、これを作った」
 そう言いながら、コンコンと白い体を指で叩く。
「これ、自前か」
「自分でもほれぼれしそうな出来だ」
 誇らしそうに胸を張る姿は、まるで少年だ。
「で、お前の夢ってのは何なんだ?」
 その言葉を聞くと、表情を隠すためのマスクがひきつった気がした。
「……笑わないか?」
「人の夢を笑う奴は死刑だと自負している」
 殺人鬼が言うにはおかしなセリフだと思うが、そう思っているのだから仕方がない。
「……そうか、なら言うぞ」
「おお、言え言え」
 ゴクリと喉を鳴らし、見えない唇を動かして、ファントムは言った。
「俺、特撮ヒーローになるのが夢なんだ」
 それを聞いた瞬間、
「あっっははっはっはっはは!!あっはっはっはっはっははは〜〜〜ッ!!」
 DKG思い切り笑っていた。

36DKGとファントムさん  ◆lzXMjKhUPM:2011/09/20(火) 00:24:18
「笑わないって言っただろうが……ッ!」
「笑わないなんて約束してないし、お前は都市伝説だろうが〜っ!」
 まだ笑いは収まらないらしく、腹を抱えてゴロゴロと床を転がりまくる。
 DKGの笑いが収まったのは、十分後だった。
「――――ああ、いい年をした男が特撮ヒーローだなんて、おかしいおかしい。久しぶりに盛大に笑っちまったぜ」
「……傷ついた。俺のガラスの心は傷ついた……ッ!!」
 ファントムは屈辱的だったらしく、頭を抱え床に額の部分をガンガンと叩きつけている。
「悪かった悪かった。もう笑わないから、続けてくれ」
「……俺はこの恰好で外に出た」
「――――ぶふぅ!?」
「今笑っただろ!? 絶対笑ったな! ゆるさんぞぉお!!」
「笑って無い! その刀をしまって話を続けろ!」
 ファントムはいつの間にか霧で作り出した刀を霧に戻し、落ちつきながら話す。
「路地裏を歩いていると、大の大人のはずの、明らかに不良だと一目でわかる連中が中学生一人囲んでいたのさ」
「定番だな」
「事実なのだから仕方がない。それで、俺はその中学生を助ける事にした。パルクールを利用して、アクロバティックな動きで裁いていった」
 DKGは人の視点で考えてみる。こんなのが宙を舞いながら人をぶっ飛ばしていたら、それはそれは不気味な光景だろう。
「正体はばれないで、段々と噂になっていった。……調子に乗ってさ、どんどんと活躍していったのさ」
「具体的には?」
「荷物が重くて動けなくなってるおばあちゃんから銀行強盗に拳銃突きつけられてるお姉さんまで、やれることはやった」
「……お前、友達いないだろ」
「いますよ。数えた事はありませんが」
 それは、数えられる数だが、絶対に少ないから数えたくないのだろうか?

37DKGとファントムさん  ◆lzXMjKhUPM:2011/09/20(火) 00:25:27
「それでさ、とうとう都市伝説って言われるぐらいになって、ファントムとか呼ばれてさ。浮かれてたんだよ」
 彼は歳は話を聞くに17歳辺りが最年長だろう。つまり未成年だ。よくそこまでになるまでやっていたなと、もう感心してしまうぐらいだ。
「その都市伝説って呼ばれたあたりかな。……ある日、俺はパルクールでいつものように日本を駆け巡っていた。気がつくと、俺はビル群を走りぬけていたんだ」
「落ちたら死ぬな。普通は」
「落ちました」
「そうか…………ってはぁあ!?」
 あまりにも普通に言うので、理解するまで数秒かかってしまった。
「……ああ、それで死んで都市伝説ってわけか。不幸な最期だな」
「それだと私が普通の人間でいられるわけがないでしょう?」
 もっともなところを指摘され、DKGはうぅ、と唸る。
「じゃあその後どうなったんだよ?」
「見事に着地できました」
「………………マジ?」
「マジマジ」
 ……重い沈黙が、場を制した。
「おっかっしぃぃいいいいいいいいいいいいいだろぉぉぉおおおおおおぉおおおおおぉぉぉおおぉおおッッッ、がぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「うきゃう!?」
 あまりに大きな声でツッコミを入れられてしまったので、ファントムの鼓膜が壊れかけてしまった。
「あのな! パルクールっていうのは難しい体操みたいなモンだろ!? それが本当の忍者みたいにそんな高いところから着地できるかっ!!」
「いやーもー驚きましたもん。自分だって『あ、死んだ』って定番みたいなセリフしか考えられませんでしたもん」
「何でそんな事ができるんだよ! 簡潔に説明しろ!」
「どっかの組織の都市伝説関連のなんやかんやに携わる人が教えてくれたんですが、都市伝説っていうのは人の噂から誕生するんですよね。でも、私の場合本当に存在して、生きていて、器がある……細かいところは覚えていないんですが、嘘と真が混ざって、都市伝説として語られ、その通りに行動しているこの姿に、都市伝説パワーが与えられたんですよ」
 成程とうなずき掛けたが、一つ大きな矛盾がある。
「……まあ確かにそんな例もあるかも知れない、少しの矛盾は許そう。だがお前自分の発言には大きすぎる矛盾がある」

38DKGとファントムさん  ◆lzXMjKhUPM:2011/09/20(火) 00:25:58
「え? どこら辺が?」
 マスク越しでも、ファントムがきょとんとしているのが手に取るように分かる
「お前は『この姿に』と言ったな」
「ええ、言いましたね」
「じゃあ人間の姿として……まあ都市伝説パワーと言っておくが……それはないだろ」
 うーん、とファントムは腕を組み、照れるように頭をかく。
「実は、都市伝説になる前に、何度かマスク取られているのを見られてまして……正体までは特定されてなかったんですが、人間がなっているんだといわれ、日本ではリアルライダー、ここら辺ではリアルバットマンとも呼ばれるんです、で、変身! とか言えば本当に変身するんじゃないか? とか、装着してるんだとか言われてまして……本来なら後者が正しいんですが、前者もできるらしい」
 ふと、DKGは思い出す。彼が変身する時に、ものすごく恥ずかしがっていたのを。
 ……そんな恰好で外に出れて、変身ポーズを見られただけであそこまで恥ずかしがるのはおかしいと思うが。
「……悔しいが、納得してやる」
「それはどうも」
 そう言いながらファントムはマスクを外し、黒いコートの下は普通の服に戻る。

39DKGとファントムさん  ◆lzXMjKhUPM:2011/09/20(火) 00:26:39
「それでは、本題に入らせて頂きましょうか」
 そう言いながら椅子に腰かけ、体を預けるファントムの媒体。
「本題?」
「そう、もうあなたに人を殺してほしくないんです」
「……そういやそうだったな」
「だからといって殺し合いに来たわけじゃないんですよ。それにあなたじゃ私に勝てません」
「……まあ、確かに、な」
 あれは不意打ちだが、それでも立派な策略。状況を利用するのは、DKGもしていた事だ。策にはまった自分が悪いのだし、何よりこうやって生かされるという事は、話し合いをしたいんだろう。
「前にも言った気がしたが、俺が人を殺すのをやめれば俺は消える。力では最強だが、存在としてはとても弱い。一か月もせずに消えるさ」
「でも、あなた人を殺したくないんでしょ?」
「――――ッ!?」
 なぜだ。なぜこの男はそれを知っている?
「見ていれば分かります。組織からは彼方の抹消を頼まれていたんです。でも私も人を殺すのは嫌なので……」
「俺は人じゃない。都市伝説だ」
「私からすれば人も都市伝説も一緒ですよ。……皮肉な事にね」
 やれやれー、と言いながら肩をすくめるファントム。
「それに、これは初めてあなたにあった時から思っていたんですが……」
 男は一息をつき、真剣な顔つきで言った。

「私と一生を共にするため、契約してください!」

 なるほど、と素直に思ったし、とてもうれしかった。
 契約、これさえあれば、この男が死なない限り、普通の人間の寿命で生きて、人生を謳歌できるかもしれない。
 だが、『私と一生をともにするため』というのはどうなんだろうか?
 どこかおかしいと思うのは、気のせいだろうか?

40DKGとファントムさん  ◆lzXMjKhUPM:2011/09/20(火) 00:27:28
「まあ別に契約なら条件を果たしてるし、俺は別にいいが」
 こういうのって、普通逆じゃないか? と聞こうとも思ったが、別の疑問を優先させる。
「一生を共にするためって、愛の告白じゃあるまいし……」
「本気です」
「はい?」
 本気の顔つきで、彼はDKGの手を握る。
「一目ぼれですが、私はあなたを一生幸せにします。好きです。大好きです。初めてアナタを見て足してしまいました」
 手から手を離し、彼女を抱きしめる。
「私と契約してください!」
「は!? はぁ!? はぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」
 DKGは驚きのあまり、顔を赤くしなが叫んでしまう。
 そして彼女は知らなかった。DKGの略称が、『デレデレ・キュート・ガール』のと噂されてしまうということは……。

 ……続くのだろうか?

41DKGとファントムさん  ◆lzXMjKhUPM:2011/09/20(火) 00:29:19

 初めてという事で勝手がわからず、こんな形になってしまいました。
 自分でも滅茶苦茶だと思いますが、なにとぞよろしくお願いします。

42 ◆2PnxfuTa8.:2011/09/20(火) 23:37:03
【電磁人の韻律詩67〜オシマイの向こう側〜】

 サクリサクリと土を踏みしめる音。
 夜露がはじけて宙に消える寸前の光。
 梟の声だけが暗夜の向こうに吸い込まれていって、それきり帰って来ない。
 死体を収めるにふさわしい無表情で立ち並ぶ石の群れ。
 その中に一人、男が立っていた。
 無言で手を合わせていた。

「何をしているんだ?」
「お前には解るまい。」
「分からないからといって答えない義務はない。」
「俺は奪ってきたものを背負っている。
 この重荷を帰す場所は無い。
 俺から奪われた人間が居たことを俺は忘れまいとしているだけだ。」
「……いまいちわからん。」
「お前はそれでいい。」

 男は、上田明也は一本の小刀を彼に向ける。
 殺気だけで大気が震えていた。

「今日は俺を倒しに来たんだったな。俺が理由を語らなかった以上、お前も俺に話す義務はない。」

 小刀の刃先が目にも留まらぬ速さで胸元まで伸びてくる幻が見えそうだった。

「俺も分からない。何故今になってあんたと戦わなきゃならないのかが。
 でも戦って、戦わないといけないと思ったんだ。」

 明日真が懐から仮面を取り出す。
 静かにそれをつける。
 
「俺もな、あの時何故お前を逃してしまったのか自分でもいまいちよく分からないんだ。
 お前ともう一度戦えばそれが解るのかもしれないとは思っていた。
 ただ分からなくても構わないとも思っていた。
 解らないままの事が有ったって良い、そう思って忘れていた。」

 ああ、そのことかもしれない、と明日真は得心する。
 あの時、自分は死んだのだ。
 上田明也、否、笛吹丁という殺人鬼の手によって明日真はあの時死んでいたのだ。
 あれ以来自分は自分でなく、名も無き正義の味方だったのだ。
 
「あんたに預けっぱなしだった俺の命、返してもらうぜ。」
「面白い、そういう理由で俺に挑むか。」

 今此処で真正面からこの男に立ち向えたならば、この先自分は何も恐れないで戦い続けられる。
 右手を高く掲げ、高らかに叫ぶ。

43 ◆2PnxfuTa8.:2011/09/20(火) 23:37:51
「――――――――――――――――変身!」

 骨で出来た装甲が隙無く彼の体を包み込む。
 強さとは、纏うもの。
 優しい青年は戦う為に姿を変えた。

「行くぞ!」

 対する上田は迷うこと無く小太刀を投げつける。
 明日真に向けて飛来する小太刀はその間に一つが二つ、二つが四つに分身を始める。
 村正には贋作が多いとされる故事来歴に基づいた拡大解釈だった。
 明日真の苦難に運命の都市伝説である狂骨が駆けつけたように、
 上田明也が孤独な戦いを続けていた時には村正が彼の手元へやってきた。
 明日は沢山の刀を紙一重で躱し、上田の元に迫る。
 だが上田との距離が5mほどになった時、突如として彼の身体が後ろへ引っ張られる。
 上田明也が誇る操作系最強能力“自然操作”の一つである重力操作だ。
 明日真が躱した大量の村正は彼の後方で球状になって集まり、強力な重力場を発生させていたのだ。
 
「月夜にさよなら」

 圧倒的な重力に引きずられのけぞる明日に槍となった村正・蜻蛉切を投げつける上田。
 蜻蛉切は重力場に引かれ、投げた時以上の速度で明日の胸へ飛ぶ。
 彼は即座に脚部の装甲をドリル状に変えて地面をしっかりと捕まえてから身体を真後ろに倒す。
 彼の顔の前を射ぬく蜻蛉切の刃。
 偶然にも明日の背後を飛んでいた一匹の蜻蛉を捉え逸話が如く真っ二つにした。
 蜻蛉は槍が自らを通過した事実に気付くこと無く少しだけ飛んで、命を散らした。

「良い的だ。」

 上田は懐から散弾銃を取り出して引き金を引く。
 無論この程度で都市伝説の鎧にダメージなど与えられない。
 が、しかし目の前で高速で動くものがあれば眼を閉じてしまうのが人間だ。
 この手の反射を克服する訓練を受けた訳ではない明日は目を閉じる。
 次の瞬間、彼の埋まっていた地面で大爆発が起きた。
 吹き飛ばされ、重力を持つ黒い玉に引っ張られる明日。
 無論引き込まれれば中は無数の刃物が舞う空間。
 只では済むまい。
 だが彼が球体に飲み込まれる寸前に狂骨はカタパルトへと変化して明日を上田に向けて射出する。
 上田の強烈な重力操作を超える力で撃ちだされた明日は上田に蹴りを浴びせかける。
 慌てること無く上田は蹴りを片手で受け止める。

44 ◆2PnxfuTa8.:2011/09/20(火) 23:39:12
「いつの間にこんな力を!」
「飲み込ませたのさ。」
「己を都市伝説に飲み込ませる!?」
「運命を受け入れた貴様には永遠に辿りつけない境地だ。」

 上田の服の袖から釘が現れて明日の喉笛へ射出される。
 しかし彼の装着していた仮面がその釘を噛み砕く。
 明日は上田の空いていた片腕を掌で横に逸らしながら彼の脇腹に肘打ちを叩き込む。
 肘にビリビリとした感覚が走る。
 骨の鎧を何かが貫いている。
 釘だった。
 赤い部屋の釘だった。

「俺は俺の選びとったモノと共に生きて行く。
 今までも、これからも。」
「誰かを犠牲にしてかよ。」
「犠牲の無い行動など無い。要はそれの大小だよ。
 俺は俺の選んだ道を行くが……大きな犠牲とは虚しいだけなんだ。」
「へえ。」
「欲望ってのはさ、一人で満たし続けたところでたかが知れているんだ。
 一人より二人、二人より三人、同じものを求める大事な人と共に幸せになることで……
 欲望を満たしたときの幸福感は何倍にも増していく。」
「沢山の人を犠牲にしてやっと得られた結論がそれか。」
「ああ。」
「道徳の教科書に書いてありそうだな。」
「俺みたいな奴が昔居たんだろうさ。」

 明日真の掌底が上田の顎を射ぬく。
 重力の制御により上田は一気に空へと吹き飛ぶ。
 こうすることによって衝撃が頭に行くのを防いでいるのだ。
 そしてこういう形で距離がとれたことにより、巻き添えの心配なしに上田は再び重力球を明日に向けて誘導できる。

「ぬおわああああああああ!?」

 大量の刃物の嵐の中に飲み込まれる明日。
 だが狂骨の力で地下から大量の骨を召喚、自らの盾にしてジッと耐える。

「ほう、凌ぐか。」

 刃物同士がぶつかり合ってしまうためどうしても破壊力に劣るこの攻撃の弱点を突いた良い戦術だ。
 上田は素直に称賛の声をあげた。

45 ◆2PnxfuTa8.:2011/09/20(火) 23:39:49
「だがしかし、それはやはり先ほどと同じように的ということだよ。」

 上田は再び蜻蛉切を構える。
 月が笑い、風が啼く、鳥は眠り、御霊が覗く、暗い墓場。
 完全に制御され支配された彼の世界。
 真夜中に墓参りに行っていたのは決して上田がセンチメンタルになっていたからではなかった。
 夜とは契約者にとって都市伝説の力を取り込む時間。
 そして人々の恐怖が集まるこの空間において上田はゆっくりとその器に力を満たしていたのだ。
 駆ける無情は銀の刃。
 遠く輝く明星の輝きに蜻蛉切から涙の如き光が零れる。
 実際、蜻蛉切に、村正に眠る戦士の記憶は涙を流していたのだろう。
 美しかったのだ。
 それほどまでに。
 上田が明日を貫く為に一瞬だけ開けた重力球の隙間から覗いた瞳が。
 一瞬の隙を狙い続けていた明日真の瞳が。


 雷となって重力球から飛び出る真。
 どこからともなく轟音を立ててやってきたバイクに跨り骨の道を使い宙に浮かぶ上田に襲いかかる。
 こうなってしまえば重力球の緩慢な動きで明日は捉えられない。

「うおおおおおおおおおおお!」
「はははははははははは!」

 白骨の道を駆け登ってくる明日の拳に合わせて上田は蜻蛉切を……繰り出さない。
 懐から取り出したのは釘のように長い投擲用の剣。
 それを三本投げつける。
 車体を真横に倒して明日はそれを華麗に躱す。
 そしてそのままその場で一回転。
 大量の骨の破片を上田に浴びせかける。
 その直後に、明日真のバイクの眼と鼻の先で村正が踊った。
 恐らく上田は直進してくるであろう明日を狙うつもりだったのだ。
 再び全力で加速して上田を狙うバイク。
 重力操作で逃げたところで追いかけていく。
 上田はある程度の高度まであがると自然落下を始めた。
 そうしながら上田は懐から戦闘機にでも積んでいそうな機関銃を取り出して撃ちまくる。
 真上に居る明日と彼のバイクを守る骨の鎧がすこしずつ砕ける。
 それでも押しつぶすような形でバイクの車輪が上田に迫る。
 機関銃を投げ捨てた上田は突如として姿を消す。
 明日は炎に包まれていた。

「なんだそれは!?」

 上田はロケットエンジンのような物を背中に背負っていた。
 あれで飛んだのだと明日は理解した。
 彼も薄々は理解していたのだ。
 上田明也という男にとって、都市伝説の能力とは武器にすぎない。
 使える武器の一つ。
 それ以外にも武器はあるしそれ一つに拘る必要はない。
 上田という男はそう思っているのだ。
 故にその戦法は無形。
 自分の動きにあわせて無限に姿を変えていく。
 赤い部屋という能力も対応力を極限まで上げる為の選択だったのだ。
 上田はロケットエンジンも投げ捨てて地面に着地する。

46 ◆2PnxfuTa8.:2011/09/20(火) 23:40:20
「……良い腕してるな。」
「褒められても嬉しくはないよ。」

 上田の手の中から真っ赤なコートが現れる。
 都市伝説だ。
 見たこともない。
 否、明日真はあれを見たことがある。
 上田が凶行に及ぶ時に常に着ていたコート。
 あれは只のコートではない。
 何が起きているのか、明日真は理解できなかった。

「お前はまだ気づいていない。」

 上田は纏った。
 その、赤いコートを。
 
「お前が今此処で人妖の境界を超えたことに。」

 時間が凍りつく。
 そして巻き戻る。
 明日は理解した。
 上田が自らを赤い部屋に飲み込ませた意味を。

「変身とは境界を超える儀礼なのだ。人と、それ以外の。」

 自らを都市伝説とすることで“都市伝説としての自分”に飲み込まれることを防いでいるのだ。
 逆に言えばそれはいくら強靭な精神を持っていたところで自分になら飲み込まれかねない危険性を示唆している。

「認めよう、お前が俺と同じく人間の境界を超える者だということを。」

 だから今までそれを使わなかったのだ。
 ならば今ここでそれを使った意味とは…………

「人間ではない、契約者として、全力で貴様と戦ってやる。」

 明日の真後ろから上田が現れる。
 居るのに、物音もするのに気配は感じられない。
 その姿はまさに都市伝説に語られる殺人鬼だった。
 姿を見せること無く、死体を残すこともなく、標的を決して逃さない殺人鬼。

 目の前の墓石が二回だけ同時に音を立てる。
 それが彼の動いた証だった。

 拳を振り抜く。
 頼りは直感のみ。

 空振った。

 装甲の隙間に突き刺さる貫手。

 今自分は何をされたのだ?
 まるでそう、時が止まったようだった。
 上田の姿が彼の目の前に現れる。
 明日は再び彼に向けてバイクを走らせる。

 次の瞬間、彼の目の前の地面に穴が開く。
 咄嗟にバイクから飛び降りた明日は一瞬だけ赤い影が走るのを見た。

 骨の弾丸を大量にばら撒く明日。
 まったく同時にはじけ飛ぶ弾丸。

 今度は蹴りが突き刺さる。

 明日真の脳内で一つの仮定が出来上がっていた。

47 ◆2PnxfuTa8.:2011/09/20(火) 23:41:07
「時間を……止めている?」
「予想外だよ、お前がここまで出来るとは本当に思ってなかったよ。」

 契約者の行使する都市伝説能力とは即ち無意識の精神的才能の発露だ。 
 都市伝説とはそれを引き出す為のツールにしか過ぎない。
 そのことを上田のように完全に認識できるならたとえ飲み込まれたところで“自我”を支配されることはないのだ。
 そして上田の精神は地獄のような戦いの中で確実に変質していた。
 歪んだ性的欲望などではない。
 もっと圧倒的で絶対的な支配。
 自らの求める限りの支配だった。
 人の心など所詮は電気信号の集合。
 彼が支配したかったのはそんな小さいものではなかった。

「今の俺は文字通り、“世界”の“支配者”だッ!」

 上田が明日の目の前に現れる。
 拳と拳がぶつかる。
 鎧で守られた筈の明日の拳に激痛が走る。
 赤い影のみが高速で揺らめいている。
 背中から打撃が、四肢に斬撃が、頭部に銃撃が、感知し得ない攻撃が何度も何度も叩き込まれる。

「うわあああ!」

 悲鳴をあげて吹き飛ぶ明日。
 激痛に耐えかねてその場に蹲る。

「弱いな、圧倒的に弱い。少し本気を出せばこんなものか。」
「ぐっ……くそ!まだだ!まだ……!」
「無駄無駄ァ!今の俺は“不可知不可触の殺人鬼”!
 能力としての“無敵”だ!ただの契約者であるお前に勝てる訳がない!
 俺が百回以上の殺人を一切の物理的証拠を残さずに行ったからこその力だ!」

 赤い朧な影のみが揺蕩っている。

「無敵……か。」
「その通り、無敵だ。」

 白刃が明日の首に突きつけられる。

「貴様の負けだ。」
「上田……いや委員長さんよ。」
「なんだ。」
「あんたはその力で何をするんだ。」
「俺の欲望を満たす。」
「ならまだ負けられないなあ、いくら最強でもいくら無敵でも……!
 奪うために戦う人間に負けるわけにはいかない!」
「抜かせ!」
 
 村正が明日の首に向けて振り下ろされる。
 派手な音を立てて真っ二つになった髑髏。

48 ◆2PnxfuTa8.:2011/09/20(火) 23:41:47
「ん?」

 そう、それは明日真ではない。
 上田が真っ二つにしたのは明日真の身体を守っていたスーツだった。
 明日真は狂骨のスーツを脱いで骨のドリルを使って地面に潜っていたのだ。

「空蝉……何処に消えた!?」

 上田は警戒して後ろを振り返った。
 なんの偶然だろう、その瞬間丁度朝日が山の上から姿を見せた。
 上田の目に直射日光が突き刺さる。
 だがその程度で上田は怯まない。

「上田明也!あんたは時間なんて止めてない!
 時間を止められたなら俺にトドメを刺す瞬間にもそれを使った筈だ!」

 上田の拳と明日の蹴りが交差する。
 明日はそのまま空中で回転しながら着地すると上田に向けて再び構える。

「あんたは俺の感覚に干渉して意識の空白を作った!
 その僅かな空白の間に高速移動をすることでさも時間が止まったような演出をしたんだろう!
 骨の弾丸を同時に弾き飛ばしたのは重力操作って所だろ?
 不可知不可食の殺人鬼なんて居ない!全てはあんたが演出したトリックだ!」
「パーフェクト!予想以上だ!」
「暗示の類ってのは一度見破られると効きづらいらしいな……!」
「それは食らって試すと良い。」

 村正の一太刀が明日に突き刺さる。
 
「どのみち彼我の実力差は変わっていないんだからな。」

 明日は自らに刺さった村正をつかんで不敵に笑う。
 
「どうかな?戦いはテンションらしいぜ?」

 彼は上田の腹に骨のドリルを突き刺した。

「俺のテンションは最高潮だぜ!」

 互いにこの至近距離ではろくに能力を使えない。
 能力の発動の隙がそのままダメージになるし、
 能力を発動したところで自らも巻き込んだ自爆になるからだ。
 故に最も原始的な戦い方、殴り合いで勝負は決着する。
 骨の砕ける音、肉の裂ける音、血の弾ける音。
 流れ続ける互いの血肉。
 上田の右ストレートが明日の頬を捉える。
 明日の掌底が上田の顎を撃ち脳を揺らす。
 ほぼ同時に互いの右拳から血が吹き出す。
 額と額がぶつかる。
 上田は壊れた筈の拳を振るって明日に殴りかかる。
 明日も骨が折れている筈の腕で掌底を繰り出す。
 明日が姿勢を低くしてローキックを出したかと思えば上田は跳躍して踵落としを決める。
 踵落としを外した上田に明日が肘打ちを繰り出せば上田は至近距離からの体当たりを叩き込む。
 動くたびに互いの血肉が傷口からこぼれ落ちる。
 崩れ落ちる。

「…………。」
「勝ったか。」

 最期に立っていたのは上田だった。
 体内にある血液の量から言えば順当な結果である。
 もっとも原始的な戦いはもっとも原始的な理由で決着がついたのだ。

49 ◆2PnxfuTa8.:2011/09/20(火) 23:43:02







「…………また負けたのかい。」
「返す言葉もございません……。」

 数日後、明日真は包帯ぐるぐる巻きで自宅療養とあいなっていた。
 無論看病しているのは恋路である。

「なーんで負けるかなあ、一回勝ったんでしょう?」
「いやだってあれはなんかさー、すげえ虹みたいなのがブァー!って!」
「訳がわからないよ……。」

 盛大に負けた明日は応急処置だけされて家に送り返されたのである。

「ま、これじゃあまだまだ正義の味方とは言えないね。」
「そんなあ……。」

 がっくりうなだれる明日真。
 それを見て微笑む恋路。
 
「どれ、後で改心して善良な市民になっている上田さんのお見舞いにでも行こうかね。」
「置いてかないで〜!」

 因果応報。
 全ての事象には原因があり、全てが原因で事象を生み出す。
 それがラプラスの悪魔を支えている理論。
 人を殺せば殺される。
 物を盗めば盗まれる。
 眼には眼を歯には歯を。
 誰もが納得できる単純で明快な理論。
 ラプラスの悪魔のみならずこの世に生きる大抵の存在がこの因果の中で生きているのだ。
 でも、それを超えて生きていける存在も居る。
 明日真、彼はそれを超えた。
 私の予想を超えて。
 この物語の語り部、橙・レイモンの予想を超えて。
 ラプラスの悪魔を支配する規律を超えて。
 正義の味方である筈の彼が、我欲の塊であり悪そのものだったあの男と同じように私の予知を超えていった。
 面白いものを見せてくれた、ありがとう、明日真。

【電磁人の韻律詩67〜オシマイの向こう側〜 fin】
【電磁人の韻律詩 完結】

50呪われた少女は鳥居を探す ◆12zUSOBYLQ:2011/09/21(水) 14:24:03
学校町のとあるカフェ。授業をサボったらしい少年以外に客はいない。
彼が冷たいココアと平和な昼下がりを満喫していると
「こんにちはー!」
子どもの声と共に、シャツを思い切り引っ張られて危うくココアごと後ろにひっくり返りそうになった。
すんでのところで踏みとどまり、後ろを振り返ると、そこには小柄な少女がひとり。
「えーと、ここに描いてある鳥居を知らないかな?」
顎のあたりで切り揃えられた黒髪に、薄青色の瞳。
来日して間もない外人の子どもが観光名所を探している。
そんなふうに判断した少年が口を開くより先に、一枚の画用紙が眼前に突きつけられた。
色鉛筆で描かれているどこかの神社らしい小さな鳥居と鎮守の森…のようなもの。
少女曰く、鳥居は「呪いのサイト」と云う都市伝説であり、
自分はサイトの写真にあるこの鳥居を見つけないと死ぬのだと言う。
「なあチビ、これお前が描いたのか」
「うん。ホントはプリントアウトしたかったけど」
少年は苦笑いした。
「絵が下手すぎてわかんねえよ」
その声が届いた瞬間、少女の眉は見る見るうちに吊り上がる。
顔は目に見えて赤くなり、瞳が水分過多になってゆくのがわかる。
ヤバい泣きそうと焦った少年が、でもお前日本語は上手だなと、フォローを入れたが
少女はふくれっ面で店を飛び出していった。
「あちゃー、失言だったな」
まあ目の前で泣きわめかれるよりいいか。
そう思い直して、氷の融けかかったココアをストローでかき回した。

51呪われた少女は鳥居を探す:2011/09/21(水) 14:25:31
「失礼しちゃう!」
店を出てからも尚、少女の機嫌は傾いたままだったが、何時までもふてくされていられない。
厳重な外出禁止令をかいくぐって出て来たのだ。
もたもたしていたら何の成果もあげられないまま連れ戻されてしまう。
周囲を見回した少女の瞳に映ったのは、ひとりの女の後ろ姿。
女の人なら良い。
大人の女の人ならさっきのあいつみたいに、絵を笑ったりしないで親切にしてくれるかもしれない。
そう考えた少女は小走りに女に近づいて声を掛ける
その前に
女の方が振り向いた。
「私…キレイ?」

52呪われた少女は鳥居を探す ◆12zUSOBYLQ:2011/09/21(水) 14:27:55
その女は大きなマスクで顔の半分ほども覆っている。
言うまでもなく「口裂け女」であり、
ここが学校町でなくてもまともに答えを返す人間などいないだろう。
知らないのか鈍いのか、少女は至って愛想よく返す。
「うん、キレイだよ!」
にっと笑った口裂け女の手が少女の襟首に伸び、そのまま締め上げた。
「な!やだっ」
振りほどこうと暴れる少女を地面に引き倒し鎌を振り上げたその瞬間

「エターナルフォースブリザードぉぉ!!」

叫び声と、口裂け女が両耳を押さえて吹っ飛んだのはほぼ同時だった。
もちろん“エターナルフォースブリザード”が実際に発動した訳ではない。
都市伝説『厨二病』と契約でもしていれば話は別だが。

この少女、ノイ・リリス・マリアツェルの契約している都市伝説は『地獄の声』
とある島にあるという「悪魔の山」
近づくと狂い死にするというその地に響く“悪魔の声”によって、アメリカの調査員二人が廃人同様となり…
彼らは生涯回復することはなかったという。
ノイの能力はその『地獄の声』を自らの声に乗せ、相手の聴覚を直接攻撃する力。
声が出る限り使えて、聴覚のある相手ならば人間、都市伝説を問わず効力がある。
威力も自在とあって
「命のやりとりまではしたくはないが自分の身は自分で守りたい」
というノイにはうってつけの都市伝説だった。

53呪われた少女は鳥居を探す ◆12zUSOBYLQ:2011/09/21(水) 14:31:45

「うう、とんだ災難」
呟きながら身を起こしたノイの視界に入ったのは、無断外出した彼女を連れ戻しに来た大人たち。
「ノイちゃん!」
「ノイ・リリス!このバカ者!」
こうなってみればありがたさ半分、煩わしさ半分といったところだ。
ノイはとりあえず笑顔でピースサインを示して見せた。
外出禁止なんてバカバカしい、あたしだってやれば出来る、と。
黒髪の青年、浅倉柳が駆け寄って抱え込むように抱きしめる。
「ノイちゃん、ケガはない?」
頷くノイのワンピースの埃を払ってやり、ずり落ちたベレーを直してやる。
強かったね、格好良かったよと頭を撫でてもらってご満悦のノイにもう一人歩み寄った人影があった。
それは柳より幾分か年長に見える赤毛の男で、柳に手を伸ばし、首根っこを掴むや否や投げ飛ばした。
「痛っ!」
「いかがわしい真似をするんじゃない!」
「いやまだちょっとハグしただけ…」
「柳!大丈夫?」
赤毛の男の手を振りきってノイが柳に駆け寄り、引っ張り起こした。
彼は背中から着地した痛みに呻きつつも笑って起きあがる。
「大丈夫だよ、ありがとう。ノイちゃんは優しいね」
「うん。だって柳が大好きだもん!」
「こっちに来てくれた日も言ったけど、一人で外に出ちゃダメだよ。
ここは都市伝説がとても多いけど、その分都市伝説と、人や契約者との揉め事が多いんだ」
みんな心配してたんだよ、ムーンストラックと飛縁魔にも後でちゃんと謝ること。
そう柳はノイを諭し、ノイは黒髪を揺らして頷いた。
「あとで…ふたりにも謝る。柳、ごめんなさい」
未だ手を繋いだままの二人を引きはがそうと再び柳に手を伸ばした男を、ロングヘアの女が制した。

54呪われた少女は鳥居を探す ◆12zUSOBYLQ:2011/09/21(水) 14:33:59
ロングヘアの女は「飛縁魔」
柳と契約している都市伝説で、「得意技は色仕掛け、趣味は何でも燃やす事」と公言してはばからない。
赤毛の男は「ムーンストラック」四歳で両親を失ったノイと契約し、それ以来彼女の親代わりをつとめている。
どちらも永く生きてきた都市伝説ではあるが、両者の価値観には大きな隔たりがある事を互いに認めている。
―特に彼らの契約者たちの関係については。
「いーじゃないの。将来を誓った男女の仲睦まじい光景。美しいと思わない?」
「オレは認めた覚えはない!」
常識的に考えて、八歳の少女が一回りも年上の男を連れて来て
「あたしこの人とけっこんする」
と言い出したところで、はいそうですかと本気で言える保護者がいたら、その方がどうかしている。
子どもによくある憧れのようなもので、どうせすぐに飽きると高をくくっていたが
それから四年が過ぎても彼の幼い契約者は「婚約」を取り消す様子はない。
率直に言えば、柳は気に入らない。
日本人にありがちな控えめな性分、と言えば聞こえはいいが、優柔不断としか思えない。
厳格な彼から見ればとにかくノイに甘い。
育ての親である自分の教育方針も差し置いて何でも聞いてやってしまう。頼りないこと夥しいではないか!
お前を疎んじている、とはっきり態度に出しても、奴は困ったような様子で苦笑いを浮かべるのみで何を考えているのか一向に知れたものではない…

どおぉぉぉぉん

派手な雷鳴と、きゃあという歓声に現実に意識が戻る。
いつの間にか水滴たちが落ちてきて、髪や服を湿らせつつあった。
「雨か…」
「ひどくなりそうねぇ。お嬢ちゃんも捕獲した事だし、早く帰りましょ」
「その前にコンビニで傘を買っていかない?」
ノイちゃんが濡れちゃうと柳がハンカチを取り出してノイの頭に被せる。
帽子を被ってるでしょーが、という飛縁魔のツッコミは華麗にスルーした。
帽子の上からハンカチを被せられた当人はと言えば、郷里のウィーンではほとんど見られない夕立が物珍しく、
シャワーみたいときゃあきゃあ歓声をあげている。
ほんの僅かの間に雨は激しくなり、全員があっと言う間に濡れ鼠になってしまった。

55呪われた少女は鳥居を探す ◆12zUSOBYLQ:2011/09/21(水) 14:40:19
「ここまで濡れたら、もう手遅れな気もするけど」
飛縁魔が肩をすくめた。白いシャツは既に水分を一杯に含んで素肌が透け、大いに目のやり場に困る…
否、大抵の男なら見たくて仕方ない姿をさらしている。
ともかく今からでも、傘とタオルでもあれば今よりマシにはなるだろう。
そう結論を出した一同は少し先に見えていたコンビニに向かって一斉に駆け出した。

「……」
雨の中、彼らの後ろ姿を眺める金髪の女。
背が高く、その容貌は美女と称して差し支えないのに、醸し出す雰囲気はどこか陰惨で。
その手には血塗れの斧が握られ、視線は冷たくノイの背中を見据えていた。





続く

56花子様の人たち:2011/09/23(金) 23:24:10
小梅ちゃんパートだけ続き

小梅「ま、まだベルちゃんはこの部屋にいるかもしれない…か、隠れなきや!」

生徒会室の隅に机や箱などを動かしバリケードとし、畳半分くらいの広さの避難所を作る。

小梅「最後は内側から…んしょっと。こ、これでしばらくは大丈夫…。」

最後の壁を内側から引き寄せ、自分の背丈ほどの壁が完成する。
あとはみぃさん率いる飼育委員に任せ、ベルちゃんを捕まえてもらうまで隠れていればいい。

小梅「我ながら良いできのバリケーd…ってぎにゃあああああ!!!!」

バリケードの隙間から体をくねらせ、無数の脚をワシワシと動かして侵入する物体。
脱走したベルちゃん本人(本蟲?)である

小梅「そ、そうだ、このこ達は少しの隙間から入ってこれるんだ…」

自慢のバリケードとその制作に費やした労力は無駄に終わる。
狭いスペース、少しでも距離をとろうと後ずさりしても、すぐに壁に背があたる。
なんど下がろうとしても、それ以上離れられない。
つかかかと硬いフローリングに足音を立てて這い寄るオオムカデ
その牙がうち履きのさきっちょに当たった
軽く蹴飛ばしてしのぐか、でも刺激したら怒らせて危ない、でも噛まれたらマズイ、でもでもでも…
頭が混乱する。
この狭い空間の外からは運動部の掛け声、吹奏楽部の演奏、平和な放課後の時間が流れているのに、自分ひとりここで修羅場…

小梅「あ…あ…だ…ダメ……。」

声にならない声が搾り出され、オオムカデは蛇のように鎌首をもたげ(攻撃モード)もうだめかと思ったとき、ふっと身体が軽くなった。

57花子様の人たち:2011/09/23(金) 23:32:54
???「小梅ちゃん、ヒミツ基地なんて作って楽しそうじゃない。」

身体が浮き上がり、目線がバリケードより高くなったとき目の前にいたのは

小梅「百里せんぱぁーい!!!」

副会長の百里先輩だった。ギリギリのところでバリケードの中から抱き上げてくれたのだった。
ちょっとした高い高い状態で、先輩はほとんど腕を伸ばしたまま私を持ち上げていた。男の人って力持ちだ(※小梅ちゃんが軽いだけです

バリケードの外に下ろしてもらってすぐ、先輩の胸(より低い)にとびつく

小梅「こわかった、こわかったです〜」

百「あ、ヒミツ基地じゃなかったのか。こんな狭いところにベルちゃんと一緒じゃ怖かっただろうね。」

バリケードの中を覗き込みながら、私の頭をなでてくれる。

百「よしよし、小梅ちゃん。もう大丈夫だよ〜」

先輩にくっついてるとすごく落ち着く。さっきまでの緊張が解け、急激に平静が取り戻されて…取り戻されて…

小梅「こ、子供扱いしないでください!!」

半ば突き飛ばすようにして距離をとった。
…つもりが、身体はまだ緊張していたらしくうまく動かず、先輩の足に自分の足がひっかかったりなんやかんやで、
身長140あるかも怪しい自分が、180数センチはある先輩をなんと押し倒していた。

小梅「すッすみません!先輩!!」
ばっと立ち上がろうとして先輩のスネを踏み、再び先輩の上に倒れこむ
百「ぐふっ」
しかし、ついてないときはとことんついていないことが連鎖するもので
ガチャ
みぃ「小梅ちゃーん、学校中探したけどいないよーってうわらば!!!」

押し倒された先輩、その上に身体を這わせるようにしている自分。
その事情を知らずに見たら不純異性交遊の現場そのものなところを目撃されてしまう

みぃ「小梅ちゃんと百里先輩はそういう仲じゃないって聞いてたけど、嘘だったのね!!」

言い訳する間もなく、きびすを返し、大変よーとか言いながら走り去るみぃさん。
入れ違いに更なる不幸登場

書記「遅れてすみませんだみつお!!!」

同じ現場を書記のいちご先輩にも目撃される。

い「わ、私、二人はそういう関係じゃないって聞いてましたけど、実はこういう仲だって信じてましたの!!」

その場で鼻血を噴出し気絶。ああ、もうどこからどう収拾つけたら良いのやら…
とりあえず…

小梅「せ、せんぱい?大丈夫ですか?」
百「小梅ちゃんは軽いから、乗っかられても平気だよ。」

そこの心配をしたわけじゃないんだけど、まあこの様子なら平気か。
小梅「小梅ちゃんって言わないでください…。」

申し訳なさで弱弱しい拳をぽふりと先輩の胸に一撃

百「あ、ごめんねこうm…会長。ところで…。」
小梅「はい?」
百「ベルちゃん逃げ出しちゃうよ?」

先輩の指差した先には、入り口で鼻血出して倒れてるいちご先輩を踏み越え、開け放たれたドアから校舎へ旅立とうとするベルちゃんが。

小梅「あ〜!またふりだしにぃい〜〜!!!」



いちご(それから脱走者の回収まで2時間。みぃさんが広めた誤解を完全に解くのに360時間。二人がむすばれるまで、あと、何時間?)

58舞い降りた大王―Θανατοσ〜死〜 ◆dj8.X64csA:2011/09/27(火) 20:27:09
???「Αμαρτωλοσ(アマルトロス)!今なお【モイラ】に抗うと言うのか!」カキィィン!
大王「……ッ!あぁ、抗うさ。」カンッ!
正義「大王……。」

〜数分前〜

ある夏も終わりに近づいていた日、俺達はごく普通の道路で普通に雑談をしていた。

奈海「夏休みも、あっという間よねぇ。」
正義「あと少し長くてもいいのにね。」
勇弥「ほんと、あと少しでハンドガンサイズのレーザーガンの開発に成功しそうなのに。」
大王「……友、また兵器を造っているのか?」

そう、勇弥の発明の多くは兵器なのだ。
正義が腕に付けている戦闘補助トランシーバー『正義注入機』も、
奈海がウェストポーチに入れている十円玉射出銃『コインシューター』も、
楓が腕に付けているカウントダウン腕時計『カウントタイマー』も、
全て勇弥の技術と、契約都市伝説、陰の力の結晶なのだ。

勇弥「ん、開発はだいたい月1個のペース。んで、夏入る前に良いのが見つかってな。
   夏休みが終わる前に、って造ってたんだけど、誤爆が・・・。」
大王「兵器の開発では、エネルギーの制御が1番の問題だからな。」
奈海「あんたもなんでそんなもの造るの?正義くんなら剣だけでも充分強いんだし。」
勇弥「分かってねぇなぁ……。兵器によって生まれる日常もあるわけよ。」
奈海「戦争で勝って云々とか?」
楓「そうじゃない。戦争に使われた兵器も、使いようによっては日常を支える製品となるという意味だ。」
正義&奈海「「兵器が日常を支える?」」

2人の脳裏に、イメージが浮かぶ。
正義は愛用の剣で食材を切り刻んでいるイメージで、奈海は火炎放射器で食材を焼いているイメージだ。
それを察したか、勇弥も楓も呆れるしぐさを取る。

コイン「ま、溶け込んでて分かりにくいのかもね。
    でも逆に、トンネル工事で使われているダイナマイトは戦争に使われたのよね。」
正義「えっ!ダイナマイトって兵器じゃなかったの!?」
勇弥「ん、戦争ってのはそういうものだからなぁ……。」
楓「身の回りにあるものは全て武器となる。だが逆に、全ての武器は日用品に変わるかもしれない……。」
奈海「ふぅん、武器1つでも色々あるのねぇ。」

59舞い降りた大王―Θανατοσ〜死〜 ◆dj8.X64csA:2011/09/27(火) 20:27:48
ふと、正義は振り返り。

正義「だから大王も」
大王「いい加減に諦めろ!そんな説得で俺の心が動くとでも思ったか!?」
コイン「えぇー、動くと思ったのにぃ。」
楓「お前たち、揺るがぬ信念をお持ちになっているからこそ大王様はかっこいいんだぞ。」
奈海「十文字さんの心も動かさないといけないわね。」
勇弥「難多き問題だ。」
大王「だいたい、俺から世界征服を奪ったらだな。」



……その時だった。



大王「俺はいったい何“ドクンッ!”の、ため……。」
勇弥「大王、さん……?」
大王「……少年、今の気配は……。」
正義「気配?都市伝説の気配なら、感じてないよ。」
楓「気のせい、な訳ないですよね、大王様ですし。黄昏、集中してみろ。」
コイン「今、私も探ってるんだけど……。とても弱い都市伝説なの?」
正義「……ダメ。ボクは全然分からない。」
大王「……そうか、少年はまだ直接会っていないのか。なら今すぐここから」

言い切る間もなく、全員の目に黒い人影のような何かが見えた。
同時に、全員はそこから何かを感じ取った。

正義「くっ……。」
大王「ちぃ……。」

コインはあっという間に奈海のお守り袋の中に隠れた。
その後すぐに、刃物の煌めきが見える。形状は、鎌。
正義は恐怖に怯える奈海と勇弥を突き飛ばし、大王は楓を抱いて退避する。

奈海「きゃあ!」 勇弥「うわぁ!」ドサァ!
正義「ごめん、緊急事態だったから。」
大王「ふぅ、大丈夫か会長?」
楓「え、は、はい!大王様!」

???「避けたか、Αμαρτωλοσ。」

大王「(こ、この気配、やはり……。)」
正義「き、キミは一体誰!?」

60舞い降りた大王―Θανατοσ〜死〜 ◆dj8.X64csA:2011/09/27(火) 20:28:50
正義が目を向けた先には、黒いローブを纏った男が立っていた。
男の手には鎌があり、何より気になるのは背中にはえている黒い翼だった。

奈海「コスプレ、な訳ないよね……。」
楓「明らかに神の類……だが。」

男は全員を睨みつけるかのように威圧する。

タナトス「我が名は【Θανατοσ】。ギリシャに伝わる死を司る神だ。」

その威圧により、また全員の脚がすくむ。

勇弥「【タナトス】……。確か名前が少し出ていただけの神のはず。それがなんでこんな力を……。」
楓「気迫だけで動けなくなりそうだ……。奈海は……?」
奈海「ご、ごめん……立てない……。」

コインもお守り袋から全く出てこない。この場で立っているのは3人だけだった。

正義「タナトス、罪人って、誰の事?」

いつもとは違う口調で、睨みつけながら話しかける。

大王「少年……?」
タナトス「アマルトロスはお前たち全員だ!モイラに抗ったαμαρτια、償ってもらう。」
奈海「何言ってるの!?全然分からない!」
勇弥「ギリシャ語か?とりあえず分かるのは『オレ達は罪人だ』って言った事だ。」
楓「ざ、罪人?私達が、何をしたって言うんだ……。」

【タナトス】は嘲笑し、怒りも混じったような声で語りだす

タナトス「簡単な話だ。まず十文字楓!もう数ヶ月前にお前は交通事故で『Νεκροσ(ネクロス)』!」
正義「し、死んでるって!?」
楓「交通事故……はっ!?」

楓はふと、【数秒ルール】と契約した時を思い出す。
契約した事も知らず、下校中に横断歩道を渡る時、信号無視でトラックが突っ込んできたのだ。
……もしあの時、契約していなかったら、確かに自分は死んでいた。

タナトス「次に日向勇弥!5年以上前に山の中でΝεκροσ!『κρυο(クリヨ)』でだ!」
正義「寒さで死亡?どういう事?」
勇弥「凍死って事か?山の中……あ!」

勇弥が思い出したのは、【電脳世界=自然界論】と契約した頃。
あの時契約していなかったら……。考えた事もなかった。

61舞い降りた大王―Θανατοσ〜死〜 ◆dj8.X64csA:2011/09/27(火) 20:29:27
タナトス「心星奈海!三年前にある人間の後を追って『αυτοκτονια(アフトコンニア)』!」
正義「自殺ッ!?奈海が!?」
奈海「後を追うって、……え?でも……。」

奈海は、小学4年生の時、ある人物とケンカをした事を思い出す。
そのケンカの後、居たたまれない気持ちでいた。あの時、後押ししてくれる人がいなければ、謝れなかっただろう。
……だが、そのケンカした人物とは・・・。

タナトス「そして最後に黄昏正義!お前は……三年前にαυτοκτονια!」
正義「ッ!?ボクは……死んでいた……?」
大王「今でもあの日は覚えている。そして……。」

【タナトス】は鎌で全員に向け、最後に大王で止める。

タナトス「モイラを無視し生き続ける人間、そしてモイラを掻き回す者達!
     もうモイラを悲しませないために……私は全てをあるべき形に戻す。」
正義「あるべき……形?」
大王「……来る!」

【タナトス】は思い切り後ろへ振りかぶり、大王の右側を風のように通り過ぎようとする。刃は、的確に大王の首を狙っていた。

タナトス「そう、私こそが『Θανατοσ』だ。」フッ

大王はいつの間にか出現していた黒雲より剣を降らせ、鎌を止める。

大王「悪いな。まだ、死ぬ気はない!」ギィィィ キィンッ!

火花を散らしながら、大王は鎌を払いのけた。

〜数分前/終〜

大王「お前もモイラモイラとしつこいな。そんなに決められたレールを走るのが好きか。」
タナトス「【モイラ】の決めた、絶対的なモイラを捨てる権利などない!」

【タナトス】が鎌の柄を引っ張ると、鎌が閉じて斧のような形となり、先端に鋭い刺が移動した。

正義「変形した!?」
勇弥「なんだありゃあ?!どんな変形機構だよ……!」

思い切り振りかぶり、【タナトス】は斧形となった鎌を力強く大王に叩きつけようとする。
大王は横へ飛び退いたため、それは地面に大きなひび割れをつくった。

タナトス「モイラを受け入れろ。」
大王「断わる。レールの上よりも、何もない道が好きでな。自分の道は自分で決める……。」
正義「だ、大……王……?」

62舞い降りた大王―Θανατοσ〜死〜 ◆dj8.X64csA:2011/09/27(火) 20:31:22
奈海「はやく、助けに……。」
勇弥「お、おい、奈海!?」
楓「闇雲に行くな!危険すぎるぞ!」

やっと立てるようになった奈海は、戦うために正義のもとへと走り出した。が、急に金縛りにあったように、動かなくなった。

奈海「あ、あれ?……まさか、コインちゃん!?」
コイン「だめよ奈海!逃げよう!あいつだけは相手にしちゃいけない!」
勇弥「ど、どういう意味だよ?」
コイン「お母さんが言ってたの!『【タナトス】は都市伝説を狩るためだけに生まれた死神』って……!」
楓「死神……確かに鎌を持っているが、いったいどんな神なんだ?」
コイン「分からない……。神とかの情報は、私には読めないし……勇弥くんは?」
勇弥「俺にも分からねぇよ……。ヘラクレスの話で少し出てたぐらいしか知らねぇ……。」


大王「なら、話を聞かせてやろうか?」


思いもよらない言葉が、大王の口から出た。しかしすぐ後に、、刃のぶつかり合う音が聞こえる。

タナトス「その余裕がどこにある?」
大王「まずは、この神に黙ってもらうか。(作戦を立てるためにも、話しておきたいが。)」
タナトス「……。」ピクッ

【タナトス】が後ろに飛び退いた瞬間、正義が大王の前に現れる。

正義「大王、行って!ここはボクが相手をする。」
大王「少年……!お前も聞かないと作戦も練れんぞ?」
正義「戦いながらでもある程度は聞ける。それよりしっかり説明できる方がいいと思う。」
大王「……腹の立つ奴だ。気をつけろよ!」

大王は背を向けて、全力で勇弥達のいる所へ向かった。
正義がそれを確認している時、上から大きな斧が落ちてきた。

タナトス「そんな貧弱な剣で受けられるか?」
正義「受けるんじゃない。受け流すんだよ。」

【タナトス】の振り下ろしたものに、正義は剣をぶつけ、わずかに軌道をずらす。
またその勢いを利用して、反対方向に大きく跳んだ。

正義「身軽な武器も、使いよう。」
タナトス「黄昏正義……お前も多くの人間のモイラを変えた、アマルトロスだぞ……?」

63舞い降りた大王―Θανατοσ〜死〜 ◆dj8.X64csA:2011/09/27(火) 20:32:14
その頃、大王は勇弥達に【タナトス】に関する話をしていた。

大王「少年1人で相手できる奴じゃない。可能な限り短くするぞ。」
奈海「大丈夫、早く言って!」
大王「まず【タナトス】について1番重要な事柄、奴は『死を神格化したもの』だ。」
奈海「……神格化?」
勇弥「死という現象・事柄を、神に具現化したって事だ。」
大王「そう、つまり奴は死、そのもの。故に死に関する多くの力が使える。」

と、説明されると、疑問が生まれる。

勇弥「それだけじゃあの鎌は説明できないよな?」
大王「それも問題の1つだ。元々、奴が持っていたのは『死を招く剣』と言われていた。」
楓「剣?では何故彼は鎌を?」


コイン「【死神】に、なりたかったんだよ……。」


コインの震える言葉に、三人に鳥肌が立つ。
正義と【タナトス】の刃が打ち合う音が響いた瞬間、またコインはお守り袋の中に隠れた。

大王「きっかけこそ分からないが、奴はより強くなりたいと願った。そこで考えたのさ。
   『【死神】のイメージを高める事で、【死神】の力さえも手に入れよう』とな。
   元々死神に近い存在、あっさりと奴は【死神】として、より強くなった。
   しかし、鎌は戦闘に向いていない。元は農耕の道具だからな。
   そこで【タナトス】は鎌の内部に鎖を仕込み、柄を引くとハルバートになる機構を組んだんだ。」
勇弥「ハルバートって……。」
大王「15世紀ぐらいに誕生した武器だ。斧の性質と槍の性質を併せ持ち、高い攻撃力を持っている。
   最低でも斬る・突く・鉤爪で引っかける、叩くという使い方が可能。
   だがそれ故に重量は重く、さらに性能を生かすためには迅速で適切な判断力を必要とする。
   つまり、よほどの者でない限り使いこなせず、宝の持ち腐れとなる。」

ふと【タナトス】を見ると、
まず思い切り斧部を叩きつけ、正義が後ろに避けるとすぐに踏み込み突きにかかる。
それを横に避けると、次は薙ぎ払い。正義はそれを剣で受けて大きく退く。

勇弥「すげぇ、あんな重たそうな物を振り回しているのに、正義を押してる……。」

おそらく何も知らない者がここにいるなら、【タナトス】の連撃を全て避ける正義に驚くだろう。
しかし長年正義と共にいる勇弥にとっては、未だに1度も攻撃を与えていない正義が珍しかったのだろう。

楓「と、ところで大王様、ハルバートってあんな物でしたっけ。」
大王「元が鎌だからな。攻撃力と近距離戦に有利とメリットはあるが、重量が問題だ。」
奈海「重いもの振り回してる、と。OK。じゃあ行こっか。」

64舞い降りた大王―Θανατοσ〜死〜 ◆dj8.X64csA:2011/09/27(火) 20:34:40
すくっ、と奈海は立ち上がる。その脚は、わずかに震えていた。

楓「行くって、まさか……?」
奈海「正義くんは戦っているのよ?それにいつかの神様とは違う、死神と。
   私達の命もかかってるのに、正義くんだけに任せる訳には行かないじゃない……。」

潤んだ目が物語っている事は、話を聞けば充分に分かった。勇弥と楓も立ち上がり、覚悟を決める。

奈海「コイン!」
コイン「(!?)」ビクッ
奈海「そんなところで隠れてても、どうせ私が死んだらあなたも死んじゃうのよ!」
勇弥「おい、流石にそれは・・・。」
奈海「もしそれが嫌なら、私と戦って。それで負けそうになったら、その時に逃げなさい。」
コイン「……奈海ぃ……。」ヒョコッ
奈海「大丈夫。私ができる限り、守ってあげるから。」

コインは頷き、涙を拭う。

勇弥「……奈海ってさ、時々たくましいよな。」
楓「時折、母親らしさを垣間見れるな。……誰かさんのおかげか。」







タナトス「友情ごっこは終わったか?」


突然後ろから聞こえた声に、思わず勇弥と楓は左右に飛び退く。
運良く、【タナトス】のハルバートの斧部は地面を割るだけだった。

勇弥「って、っと。せ、正義はッ!?」
奈海「……あ!正義くぅん!」

そこには、剣を折られ、火傷やなどで傷だらけとなった正義の姿があった。





正義「ごめん……止められ、なかっ、た……。」


Σχεδιο編第6話「死」―続―

65煉獄の時間 ◆DkTJZY1IGo:2011/09/27(火) 20:59:25
幾度となくこの煉獄の如き72時間を繰り返したことだろうか。
結末を変える為に、

時間は『視覚化』されている。
真理とは、呆れ帰る位に単純なものなのだ。
時間は、「視る」物なのだ。
機械時計、懐中時計、日時計……
人間は空間化された時間を見る。

幾度も繰り返される悲劇を見る、孤独な観測者。

そんな中、変化が、あった。

それは自らのドッペルゲンガーを迎えに
荒神先生の自宅に向かったときだったか。


「貴方は何故戦うの?
痛くて、辛いのに」

怯えた様子の自らのドッペルゲンガーにそう尋ねられた。

「確かに、痛いし、苦しいし、辛かった。
ワカンタンカは悪夢のような強さなんだもの。
何度心が折れそうになったか分からない。でもね……」

「じゃあどうしてそこまでして」

「世界も無論大事だけど、それ以上に……
……私は今の仲間を失いたくないと、思う。
人は決してわかりあうことは出来ない。
だけれども、共に同じ時間を過ごすことは出来る」

「だから、戦う。時間のループで失った『明日』を取り戻すために」

「例え相手が神であっても」

暦は力強く、そう言った。

to be……?

66ボタンプッシュシンドローム ◆DkTJZY1IGo:2011/10/03(月) 21:51:19

「押してはいけないボタンってさ、なんかさー。押したくなるよね?」
中央高校の美術部には割りと人が居たりする。
現在は二人の少女が居た。
その一人、ポニーテールの少女小島亜里沙(こじま ありさ)は
なぜかツボ押しの本を読みながらそんな風に呟いた。
「ヒャア!がまんできねぇ 0だ!とかポチッとな言いながらさー」
「ホントに亜里沙は押しボタンが大好きだよね」
鉛筆でデッサンをしていたショートボブの相方、如月風乃(きさらぎ かぜの)がそう答える。
「怖いのになんか押したくなるのよ。とっても怖いイメージがあるのにさ」

そういいながら小島亜里沙はツボ押しの本から眼を離し
他の部員の作品を眺め渡す。

「香介君のクレヨン画はクレヨンのイメージが変わるわよねー
クレヨンは色を合成することが難しいし、子供のイメージがあるから敬遠されがちなんだけど
香介君の食べ物の絵の模写は匂いさえも伝わってきそう
一年の暦ちゃんの油彩も凄いわねー。
あの子は実際にコンクールで幾つか賞も貰ってるはずだし。
凄い色彩感覚してる。
金閣寺炎上はまるでその場に居合わせたかのような臨場感と炎の赤の臨場感があったもの。
まさに芸術は爆発だ!見たいな感じでさ」

如月風乃が相槌をいれてくれる。

「そういえば最近暦ちゃん見ないねー」
「ねー活動日じゃない日でも来てる位熱心だったのに……」
小島亜里沙が心配そうに言った。

67ボタンプッシュシンドローム ◆DkTJZY1IGo:2011/10/03(月) 21:52:17
「でもま、暦ちゃんならそのうち戻ってくるでしょ」
「でさ、気になってたけど亜里沙なんの本読んでるの?」

「ん?これ?経絡とかツボってさ、スイッチみたいだとは思わない?
痛みに反応して対応した箇所に神経を伝って電気刺激が流れたり活性化するってさ
まんま人体に取り付けられたスイッチ見たいじゃない?」

「いや、別にいいけどちょっとは活動しようよ」
「活動してるよー」
小島亜里沙がいつの間にか書いていたのは火災報知器の非常ベルの絵だった。
如月風乃はため息をついて、そして思い出したようにこういった。
「はあ……このスイッチ押したがり女は……
あ、そういえばありさー
『バスの車内のとまりまスイッチを全て同時に押すと、バスが爆発する』
って噂、知ってる?」
「えっ」
「えっ?」
「なにそれ、怖い。
でもさーそんなことあるわけないじゃん。
ハッハー!如月はお茶目さんだなあ。
さて、あたしゃかえりますかねー」

小島亜里沙は荷物を纏めてそそくさと帰路に着く。

68ボタンプッシュシンドローム ◆DkTJZY1IGo:2011/10/03(月) 21:52:51

「ううーん、如月があんなこと言うからちょっと不安になるじゃないかー!」
小島亜里沙の自宅はちょっと離れた所にあるので帰りにはバスを使うのだ。
何時ものようにバスに乗って、当たり前のように自分の家の近くの停留所までたどり着く……
バスの車内は夕暮れの紅い光につつまれており
小島亜里沙の他の乗客七人は一言も発さない。
何時も見ている、バスの『止まります』のスイッチが酷く禍々しく見える。
何時も行っている行為に言いようのない不安と恐怖が忍び寄った妙な気分だ。
今日に限って他の乗客は誰もスイッチを押さない。
このままでは自らの家の近くの停留所を通り過ぎてしまう。
押さないわけには行かない
「ポチっと……」
こんなにスイッチを押すのに気が進まないのは初めてだ。

小島亜里沙は知らなかった。
この世に都市伝説というものが有るというこの世の真実を。
火災報知器、警報機、駅の緊急停止装置。
そして大統領が持っているというケースの中に在る核のスイッチ
押してはいけない、でもちょっと押したくなるような
非日常への禁断のスイッチ。
核兵器によってスイッチ一つで世界が滅ぶようなことが現実味を帯びたとき
人々のスイッチに対する塵のように小さな恐怖が噂によって収束し、一つの概念が実体化するなどということを。
だがそこまでの恐怖は人の器には中々収まらない。だから条件がつく。
核兵器のスイッチが二つの鍵を同時に回さないと起動しないように。
「全てのスイッチ」が押されないと……
「ま、考えてみればバスにはこんなに沢山スイッチがあるんだから全部同時に押せるわけないよねー」
小島亜里沙は笑いながらスイッチを押していた。

69ボタンプッシュシンドローム ◆DkTJZY1IGo:2011/10/03(月) 21:53:21

そしてその笑いは凍りついた。
バス座席「全て」のスイッチは押されなかったが
七人の乗客『全て』が「同時」にスイッチを押していた。
バスはキッ、と急停車し
言い知れぬ底抜けに嫌な予感が亜里沙の背筋を駆け抜ける。
偶々亜里沙は非常口の近くに座っていたため
座席を蹴り倒しレバーを引きドアを破る勢いで非常口をあけて外に出る……

「お、おいおじょうちゃんなにやって……!」
車掌が警告し他の乗客が何事かとこちらを見ていたが……
「ご、ごめんなさーい!で、でも」

……きっかり五秒後、停留所に止まったバスは
ハンドル操作を誤り対向車に突っ込まれた。
しかも、天然ガスを満載したタンクローリー
この時点ではまだ爆発は……起きない
「や、やばいやばいやばい、み、みんなーにげてー!」
亜里沙が全力で逃げ出し
バスとタンクローリーの長い車体が車道をふさぎ……
「ひっ……!」
バスの後続車のブレーキが間に合わなかった乗用車の運転手と目があった。
その乗用車の乗員はお葬式のような帰りのような黒服を着ていた。
その直後、バスとタンクローリーと乗用車は爆発した。

「きゃあ!」
眼が会った後、地面にしゃがみ込んでしまったことが亜里沙の命を救った。
運良く爆風の範囲と破片にやられることなく
爆風に煽られて地面をごろごろと転がって擦り傷を負うだけで済んだ。

「あわわわわ……な。何でこんなことに……」
がくがくと恐怖に震えながら小島亜里沙は呟いた。

to be……?

70魔法少女マジカルホーリー:2011/10/03(月) 22:03:04

「ワタシ、キレイ?」
「えっ?」

 夜道、背後からかけられた声に少年は振り返った。
 そこには真っ赤なコートを着て大きなマスクで口を隠した女性。

「ねぇ、ワタシ、キレイ?」
「う、ぁ……く、口裂け……。」

 少年はきびすを返して一目散にその場を逃げ出した。

「あら逃げちゃった。返事の出来ない悪い子は……切り刻んであげようねええええええ!」

 一瞬で少年を追い越し、その裂けた口で少年に笑いかける口裂け女。
 少年は小刻みに震えながらその場にへたりこんだ。

「つーかまーえた。」
「ぁ……こ、こないで……。」
「い、や、よ。バイバイ少年、この世の中からさようなら。」
「光よ彼を守れ!『ヴァノ・アルトフィア』!」

 口裂け女が鎌を振るうと同時にどこからか少女の声が響き、少年の周囲に光の壁が立ち上る。
 振り下ろされた鎌が光の壁に弾かれ、驚愕の表情を浮かべる口裂け女。
 その口裂け女の後方に、フリフリの衣装を纏った一人の少女が降り立った。

「なに、あんた……誰よ?」
「人に仇なす悪しき者よ、魔法少女マジカルホーリーの名の下に、あなたを聖裁いたします!」

 魔法少女。
 携えたステッキを口裂け女に向けながら、少女は高らかにそう言い放った。

71魔法少女マジカルホーリー:2011/10/03(月) 22:03:36

「魔法……ホーリー?なんか知らないけど、私の邪魔するんだ。……じゃああんたも切り刻んであげるよおおおおお!」
「高みへ導け!『ヒューエル・ルファ』!」

 口裂け女が魔法少女に襲い掛かるより早く、魔法少女の体は天へと舞い上がった。
 はるか上空へと消えた少女を地上から見上げる少年と口裂け女。

「え……逃げ、た?」
「逃げたわけじゃないよ。これがあの子の戦い方さ。」

 唐突にかけられた声に少年が視線を下げると、いつの間にか一匹の黒猫が足元に寄り添っていた。
 まさか猫が話すはずは、と唖然とする少年を見上げながら黒猫が口を開いた。

「どうしたんだい?ビックリして声も出ないのかい?」
「ね、猫がしゃべってる!?」
「うん、大丈夫そうだね。この中は安全だから安心して見てるといいよ。魔法少女の活躍を、ね。」

 そう言うと黒猫は視線を少年から天へと移し、少年もつられて天を仰ぐ。
 すると先ほど少女が消えた空から流れ星が降ってくるのが見えた。
 しかしよく見るとそれは、光を纏ったステッキを構えながら真っ逆さまに落下してくる魔法少女だった。

「数多を穿て!『ラクス・セ・パアト』!」

 目の前に無数の光の矢が降り注ぎ、口裂け女が光の雨に飲まれた。
 激しくも煌びやかで美しいその光景に少年は一瞬見蕩れる。
 そして光の雨がやんだときそこに残っていたものは、”無傷”の口裂け女の姿だった。

「はっ、見た目は派手だけど大したことないねぇ。遅すぎてあくびが出るよ。」
「あ、あれを全部避けられた!?」
「やっぱり100m3秒は伊達じゃないね。まぁ、マホの魔法精度にも問題があるんだけどね……まったく。」
「どうするの?攻撃が当たらないんじゃ負けちゃうよ!」
「当たらないなら当たらないなりの戦い方もあるのさ。」

72魔法少女マジカルホーリー:2011/10/03(月) 22:04:24

 落下する魔法少女は地上すれすれで急激に減速し、ふわりと着地した。
 口裂け女は余裕の表情で魔法少女に一瞥をくれる。

「ねえあんた、あんなのが当たると思ってんの?魔法少女か何だか知らないけど、あんまりなめんじゃないわよ!」
「だったらこれよ!『モノ・サンジェリカ』!」

 魔法少女の背後に無数の光の槍が現れ、次々と口裂け女に向けて放たれる。
 しかし口裂け女はそれらもステップでかわしつつ、魔法少女へと距離を詰めていく。
 光の槍が次々と地面に突き刺さるが、口裂け女には一つたりとて当たってはいない。

「まだわからないの?あんたの攻撃なんか当たらないのよ!」
「当てる気なんか最初からないわ。あなたはもう”囲われている”。」
「なにをわけのわからないことを……ッ!?」

 口裂け女が地面を蹴りだすと同時に、その体が見えない何かに弾かれた。
 予期せぬ現象に驚きながらも口裂け女は周りを見渡す。
 すると地面に突き刺さった光の槍から迸る閃光が槍同士を結んで口裂け女を囲っていたことに気付く。
 例えるならそれは光の檻。光の槍はその格子の一部にしか過ぎなかった。
 口裂け女は光の檻に向けて鎌を振るうが、それはことごとく弾かれる。

「あんた、最初からこれを狙って!?」
「あなたはもう動けない。そして、これで終わりよ。」

 魔法少女の体がゆっくりと宙に浮き、ステッキに青と白の光が灯る。
 ステッキの光が膨らんで魔法少女の体を包み込み、魔法少女の体が青白く眩い光を帯びる。

「断罪の神ハイゼンよ、わが呼び掛けに応え、悪しき輩に聖なる裁きを下したまえ!『アシュミダ・アル・ハイゼン』!」

 魔法少女の体から放たれた光条が空間を満たし、口裂け女は聖裁された。

73魔法少女マジカルホーリー:2011/10/03(月) 22:04:54

    ・
    ・
    ・


 魔法少女が少年に駆け寄ると、少年を覆っていた光の柱がふっと消えた。

「大丈夫?怪我は無い?」
「あ、ありがとう。あなたは一体……?」

 少女は少年に静かに微笑み、その額にそっと口付けた。

「『アルル・ヴェーラクト』。……キミは”こっち側”を知らなくていい。元の幸せな日常にお帰り。」

 少年はその言葉が聞こえていないかのように虚ろな目で宙を見ている。
 魔法少女は少年の頭を撫でたのちステッキに腰かけ、肩に乗せた黒猫と共に夜空へと飛び立った。

「……あれ?ボク、なんでこんなところでボーっとして……早く帰らなきゃ。」

 少年は頭に残る柔らかい感触に首をかしげながらも、急ぎ家に帰るために走り出した。


    ・
    ・
    ・

74魔法少女マジカルホーリー:2011/10/03(月) 22:05:38

 あああああ恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいっ!!!
 私は枕に顔を埋めてベッドの上でのた打ち回っていた。

「いやあ、今日も大活躍だったね、マホ。」

 黒猫が愉快そうな声で私の羞恥心を抉ってくる。
 この黒猫の名前はクノ。
 私が魔法少女マジカルホーリーになる羽目になった原因だ。
 私は涙目になりながらもクノをじっと睨んでやる。

「あんたの『キミには才能がある』なんて言葉に引っかかってなければ今頃こんなことには……ううううう。」
「何を言ってるんだいマホ。キミは生まれながらにして魔法少女となるべき宿命を背負っていたのさ!」

 ちなみに私の名前は「堀井真帆」。「ホリイ・マホ」。「ホーリー・マホウ」。……もうお分かりだろう。
 『名は体を現す』とはよく言うが、魔法的にも名前というものは重要らしく、私にこの名前がつけられたのも運命だとか何とか。
 この名前の由縁について両親にそれとなく聞いてみようとも思ったが、前述の理由を肯定されると立ち直れないような気がして結局聞けてない。
 多分一生聞くことはないだろう。

「ねえクノ……魔法の才能があるのはいいんだけどさ、魔法少女じゃなくてもっとこう……は、恥ずかしくない方法はないの?」
「いつも言ってるじゃないか。魔法の力は心の力。心が強く望めば、魔法はそれに応えてくれる。」
「だからって、『ノリノリになればなるほど魔法が強くなる』ってどういうことなのよ!」
「羞恥心は心のリミッターだよ、マホ。心を最大限に開放するには、羞恥心をなくすのが一番手っ取り早いのさ。」

 言ってることがなんとなく理解できてしまうのが悔しい。
 悔しいので再びクノをキッと睨んでやる。
 クノはそんな私を見てクスクスと笑っていたが、ピクリと髭を動かしたかと思うと、すっと私を見つめてきた。

「マホ、どうやらまた奴らが近くに出たみたいだよ。」
「またぁ!?ここ最近多いとは思ったけれど一晩で二体連続なんて……。」
「さあ早く!立ち上がるんだマジカルホーリー、町の皆を守るために!」
「わかってるわよもう……神よ、どうか私に、悪を討つ聖なる力を……『アシェック・マジカルホーリー』!」

 真帆の体が光に包まれ、その中からマジカルホーリーが姿を現す。
 そして魔法少女マジカルホーリーは黒猫を肩に乗せ、再び夜空へと飛び立った。



【終】

75彼の結末 ◆vQFK74H.x2:2011/10/05(水) 00:03:24
あの人の優しさが痛かった。


いくらかマシになってきた頬の痛みを感じながら、思う。

あんな風に殴られたのは初めてかもしれない。
あの人とは、ただのバイト先の人間という間柄だ。
友人という訳でも無いのにと、今はもう居ない親友の事を思い出した。


自分を完全に嫌っている訳では無い、とユキは言った。
身勝手な願いだとは思うが、ユキには新しい契約者と幸せになって欲しい。

自分が選んだ選択は、間違ってはいないと信じたい。
彼女が許したとしても、自分で自分を許す事など出来ない。


傍に居てくれていた人に気付きもせず、心身共に踏みにじって――

「――あぁ……本当に俺、疫病神だったんだな

やっと分かったよ、母さん」

この町を出て行くのもいいかもしれない。
ユキを傷つけて、その上従姉妹やあの人達まで傷つけたくは―――




視界がずれた。




疑問に思う暇も無く、崩れ落ちた。
上半身と下半身が、分かたれた状態で。

正確には、わき腹から腰にかけて、斜めに両断されていたのだ。
落下した衝撃で断面から中身が溢れ出て、じわじわと血溜まりを広げていく。


頭部は、まるで潰れた果実のようにひしゃげ、赤に塗れている。


「スクナさん、おつかれさま。今日の人も簡単だったね」
死体を作り出した剣の主――三つの顔と一つの胴、四つの手と四つの足を持った異形に声がかかる。
ビスクドールのような衣装を纏い、髪をゴシック風のレースのリボンで結った10歳程の少女が、ぱたぱたと異形の元へ駆け寄ってくる。

「行こう?頭は潰れちゃったけど、材料は手に入ったし、新しいお友達を作らなきゃ」

どこからともなく飛来した火の玉が死体に触れた瞬間、傍に居た異形と少女を包み込む程の炎と化した。
炎が消えた後には、少女達の姿は何処にも無かった。

続く…?

76ボタンプッシュシンドローム ◆DkTJZY1IGo:2011/10/05(水) 17:15:35
空野暦は思う。
起こらぬことを奇跡という。
或いは、大変に珍しい結果をそう呼んでいるに過ぎない。
後者の一つの奇跡を起こすためにどれだけの代償が存在するか
思慮の及ばぬ凡人ばかり。
想像力のない人間は人の行っていることが簡単に見えるだけだ。
しかも人一人の持てる物全てを差し出した所で必ず奇跡が起きるとは限らない。
「ん……?」
「おはよう・・・・・・・暦・・・・・・」
空野暦は蒼い顔をして廊下を歩いているポニーテールの少女小島亜里沙とすれ違った。
クラスは違えど美術部の活動で何度も会っている顔見知りだ。
しかし何時もアッパーテンションの彼女が葬式帰りの憂鬱っぷりを発揮していること自体が珍しい。
彼女の性格はごり押し大好きノリと勢いテンションと気合で解決するような
押せ押せイケイケでこっちが疲れるほどなのに……

(数秒限定瞬間出力の心の力なら私より上かもー……あれ?)

幸せな真実の奇跡などまず起こらない。
ただし……何事にも例外は存在する。

「なに……あれ……」
色と時間を見て取る暦の優れた霊視能力は小島亜里沙の異変を見て取った。
彼女の本来の気質は温かみある白。
だが亜里沙のほっそりとした繊細な白い指先に、どす黒いモノが絡み付いているのが見て取れる。
特に人差し指は酷い。
恐怖を色濃く示す、黒い硝煙に似た物が彼女の指を取り巻き
それから垂れ下がる時限爆弾の起爆配線コードのような不吉な青。
床には殺意を示す鮮血の真紅の影を落とす。
明らかに亜里沙自身から発せられたものではない。
そしてこの世のものでもない。
契約者や都市伝説でも気がつかないくらいに気配が薄い。
追いかけて何かいうべきか迷っているうちに亜里沙は行ってしまった。

招かれざる奇跡は安いのだ。
なぜならそれは悪夢と同質のものだから。

77ボタンプッシュシンドローム ◆DkTJZY1IGo:2011/10/05(水) 17:16:07
「亜里沙大丈夫?」
如月風乃が心配そうに亜里沙に話しかける
「昨日バスの爆発事故に巻き込まれたからね……
念のため病院いったり警察に事件の事情聴取受けたりで……」
「うわあ……大丈夫だったの?」
「私が降りた直後にバスとタンクローリーが激突してね……
そこに乗用車が突っ込んで大惨事に……」
「十二人死んでたって言うしね……
幸い中央高校の人には被害出てないみたいだけどよく生きてたよ
亜里沙が無事でよかった」
「うん……」
「病院に行ってきたって言うけど大丈夫だった?」
「特に大きな外傷はないって……
なんだか、随分風邪引いてる人多いね」
「インフルエンザが流行る時期にはちょっと早い気もするけど」
「……病院でエレベーターに乗らなきゃ良かったかな……
でも流石にこれは気のせいよね」
ぼそりと、亜里沙は呟いた。
「え、なんか言った?」
「何でもないよー!流石にあの噂と被っちゃったのは驚いたけどもう流石に打ち止めでしょー!!
バスのスイッチを全員同時に押すなんてことはもうありえないだろうしー!!
はっはっはー!風乃、学校終わったらゲーセンとかカラオケにいこうよー!」

亜里沙は知らない。都市伝説には拡大解釈というものがあるということなど。
彼女に纏わり憑く概念は人の恐怖と命を吸って成長し
もうバスという名詞の条件に囚われることなく
スイッチのついた壁や建物、或いは箱という『境界』が範囲となったことなど。
亜里沙は気がつかなかった。病院で彼女の乗ったエレベーターのスイッチに指を触れた瞬間
エレベーターのスイッチ全てにペンキのように真っ赤な血がぶちまけられたエフェクトが掛かり
後から来た病院の患者と医師がそれらを時間差で『全て』押していったことなど。
その結果、病院で起こっていたインフルエンザや感染症が
スイッチを押された病院という箱の境界中で現在進行形でパンデミック(爆発的感染)を引き起こしていることなど……

to be……?

78やる気なさそうな人:2011/10/05(水) 21:27:53

あったらいいなCOA編


退屈を感じた葉は他のメンバーから離れ、一人散策していた。
あまり離れるつもりではないから少しくらい大丈夫だろう、と判断したうえでの行動である。

「お、何かあるかな〜」

途中、採取ポイントを発見。
気の向くままに葉は、とりあえずそこで採取し始める。
雑草、雑草、石、雑草、雑草、干し草、雑草。

「むぅ。何故にゴミしか採れぬ」

なおも懲りずに採取を続けているが良い物は採れない。
ゴミばかりが貯まっていく。
ラックの値が足りなかったのか、
もしかしたらゴミしか出ない採取ポイントだったのかもしれない。
そんな採取ポイントに意味があるのかは知らないが。

………………
…………
……

普通、こういうゲームでは採取するときは無防備になりがちになる。
だから、安全を確かめてから採取を開始するし、途中にも周りに気を配るべきである。
一人で行動しているのならば、なおさらそうしなければならない。

したがって、周りを確認していなかった葉が顔を上げた時、
モンスターと目が合っても仕方ないことではあった。



――――――――――――――


「うにゃーーーー!!」
「あの声は…」

どこかから悲鳴が響いてきた。
何かあったのかと心配するものと、葉が何かやらかしたのかと思うものがいたが、
それでも放っておくわけにもいかないので、とりあえず様子を見に行くことに。

声の元に駆けつけた者が見た光景は、
1匹のモンスターと、そのモンスターからこちらへ逃げてきているカエルだった。
カエルには「葉」と名前が表示されており、「Help!」のアイコンが出ている。

「あれは……カエルの状態異常を喰らったのか」






駆け付けた者達によってモンスターはあっさり退治された。
やれやれといった調子で元居た場所に戻ってきた一同。
そこで葉(カエル)の状態異常を解除しようとしたのだが、なんと誰も回復薬を持っていなかったのである。
なので自然回復するまでそのまま待つことになった。

まぁ、持っていてもそのままの方が静かでいいと思って出さなかった者もいたかもしれないが。
事実、自由に動けないため葉(カエル)は大人しくしている。
そんな葉(カエル)の所へローゼが様子を見にやってきた。

「葉さん大丈夫で……っきゃあっ、カエルっ!」

どうやらローゼはカエルが苦手らしい。
葉がモンスターにやられたことを聞いて見に来たローゼ、
しかし葉がカエル状態になったことは聞いてなったようだ。

しばらく葉(カエル)はローゼをじっと見上げていたが、
突然ピョンッとローゼに向かって跳んだ。
悲鳴をあげて後ずさりするローゼ。
さらに距離を詰めていく葉(カエル)。

どうやら葉(カエル)は大人しくしていたのではなく、
カエル状態で出来ることが無かったためにじっとしていただけだったようだ。


どっかに続け

79けんけんぱ:2011/10/07(金) 20:26:42

 タイルの敷き詰められた商店街を、子供が飛び跳ねながら歩いている。
 『白いタイルだけを踏んで歩く』という、子供ならではの他愛もない遊びだ。
 子供達にとってそれはあくまで他愛もない遊びであって、ほかに何の意味も持たない。

 『兎歩』という歩法がある。
 独特の足捌きで地面を踏み抜くことで魔を祓う、というものだ。
 特段の鍛錬を必要とせず、正しい手順さえ”踏めば”誰にでも行えるらしい。

 もし。
 子供が白いタイルの上を飛び跳ね歩いていたとしたら。

 もし。
 その白いタイルが兎歩の足順に沿って敷かれていたとしたら。

 もし。
 それによって知らず知らずのうちに兎歩が踏まれているとしたら。

 その周辺は兎歩によって魔が祓われた、清浄な空間となっていることだろう。
 そして多くの害意ある都市伝説にとって、その空間は近寄りがたいものだろう。

 魔がいない安全なところには人が多く集まる。
 人が集まればそれに伴い子供の数が増える。
 そして子供が増えればより多くの兎歩が踏まれる。

「よっ、とっ、とっ、とっ……えいっ!ほらー、ゆーくんもはやくー!」

 商店街に子供の足音が響く。


【終】

80舞い降りた大王―Θανατοσ〜死〜 ◆dj8.X64csA:2011/10/08(土) 17:25:50
奈海「正義くん……そんな……。」
タナトス「ネクロスの分際で、私にあの技を使わせるとは。」
大王「(あの技?……しまった、まさかあれを!?)」

ふと、奈海が【タナトス】の所へ歩み寄り、【タナトス】を睨みつける。

タナトス「なんだ?」
奈海「あんたさ、何を怒ってるの?」
タナトス「お前たちがモイラに逆らって生き長らえているからだ。」
奈海「最初聞いた時から思ってたのよ。おかしな事を言ってるって。」
勇弥「お、おい、また……。」

仮にも神、それも死神に口答えは、と止めようとした時、楓が勇弥の肩を叩き首を振る。

奈海「なんで私達が生きてたらいけないの?私達が生き長らえようと努力しちゃいけないの?」
タナトス「……なに?」
奈海「例えば、死にそうな病気や怪我になった時、
   その人や周りの人ががんばって治ったとしたら、その人は祝福されるものじゃないの?
   『自分が死ぬ』という運命が分かるのなら、人は生きる為に努力するべきじゃないの!?」
タナトス「モイラに抗う事は愚かだ。モイラを受け入れネクロスとなれ。」

言い終わったと同時ぐらいに、奈海はコインシューターの引き金を引く。【タナトス】の頬に十円玉がぶつかった。

タナトス「……『ανοητοσ(アノイトス)』。」スゥ…
コイン「“な、奈海ィッ!”」

そして【タナトス】のハルバートが振り下ろされ……。

楓「1!」
タナトス「ッ?!」グググ…
コイン「“奈海、今よ!逃げて!”」
奈海「……あ、わ、分かった。」

とっさに【数秒ルール】を発動させて【タナトス】の攻撃を止める。

勇弥「お前、今日おかしいぞ!?何かあったのか?」
奈海「何?あいつに言いたい事言ってるだけじゃない。」
楓「2、3、っと。(お母さんモードが暴走気味だな……。)」
タナトス「また抗うか。恐れなき攻撃に敬意を評してやろう。」
奈海「敬意……?」
大王「まさかッ……!?おい気をつけろ!あれが出るぞ!」

【タナトス】はハルバートの柄を押し戻して鎌を展開する。

勇弥「何が始まるんだ……?」
大王「【タナトス】の死に関する能力だ。あれは鎌でないと発動できない。」
楓「いったいどんな能力なんですか?」
大王「すぐに分かる。伏せる準備をしておけ。」

81舞い降りた大王―Θανατοσ〜死〜 ◆dj8.X64csA:2011/10/08(土) 17:26:42
すると、【タナトス】は鎌を左から右へ振り……。

タナトス「『κηδεα(葬)』……『φλογα(炎)』。」

その瞬間、鎌から禍々しい色をした炎が発生する。

勇弥「ほ、炎!?」
コイン「“奈海、避けるよ!”」
奈海「うわっ!」

コインの対応のおかげで、奈海は炎を避け、操られるように勇弥の所へ突き動かされた。

奈海「いたた・・・ありがとう、コインちゃん」
勇弥「コインちゃんナイス!」
コイン「“そんなのどうでも良いから、勇弥くん、壁を作って!”」
勇弥「ん?あぁ、了解……。」

言われるままに、勇弥は空気を壁に変換した。

タナトス「『κηδεα』、『νερο(水)』。」

【タナトス】は鎌を右から左へ振ると、鎌から禍々しい色をした水が押し寄せてくる。

勇弥「今度は水か!」
楓「壁のおかげで助かった……。コインちゃん、それで壁を!」
コイン「“いいから!次は飛ぶ準備!”」
勇弥「飛ぶのかァ!?無茶言うなよ!」
奈海「まさか、次の攻撃って……。」

【タナトス】は鎌を天高く掲げ、勢いよく地面へ振り下ろす。

タナトス「『κηδεα』、『εδαφο(土)』。」

その瞬間、鎌が突き刺さった所から禍々しい光と共に地面に亀裂が走り、あっという間に勇弥たちの足元は……。

勇弥「今度は……生き埋めかよ!?」
楓「く、こればかりは……。」
奈海「え、ちょ……。きゃあああああ!」

そのまま勇弥達は、奈落の底へと落ちていった。

タナトス「アマルトロス、哀れなものだ。」
大王「隙あり……!」

突然、大王が懐に入り剣を振るう。【タナトス】は反応が遅く、皮1枚程度を斬られた。

82舞い降りた大王―Θανατοσ〜死〜 ◆dj8.X64csA:2011/10/08(土) 17:28:55
大王「ほぅ。お前という奴が、これを喰らうとはな。」
タナトス「ッ……!『κηδεα』、『ανεμοσ(風)』。」

鎌を下から上へ振り上げると、発生した風が禍々しい色と共に大王へと向かう。

大王「ぐっ……。」

その風を受けた地面も、周りにあったものも、まるで何百年も風に吹かれていたように、全てボロボロになっていく。
唯一大王だけ、比較的軽いダメージで済んだようだった。

タナトス「耐えたか。これを耐えたのは2人目だ。1人目はあそこにいるが。」
正義「……。」

【タナトス】が指差した先では正義が倒れていた。おそらく正義もこの技を、いや、あの4連撃を全て受けたのだろう。

大王「少年は、この攻撃を、耐えたのか……癇に障る奴だ……。」
タナトス「仲間を見捨ててまで私を攻撃した、その結果がこれとはな。アノイトス。」
大王「……見捨てた?」

その時大王は、体のの中で何かが弾けたような感覚を覚えた。

大王「【タナトス】、今『見捨てた』と言ったのか?」
タナトス「あぁ、友情ごっごに飽きたのか?」
大王「……そうか。聞き違えたかと思った……。」
タナトス「……?何を考えている?【恐怖の大王】。」

何を思ったのか、大王はにやりと笑った後、【タナトス】に疑問をぶつけた。

大王「【タナトス】、お前は『見捨てる事』は悪だと、本当は思っているんじゃないのか?」
タナトス「何……?」
大王「そうだろう?小学生ですら、目の前の人を救えなかったと悲嘆するんだからな。自分を襲った人物を、だ!
   ならお前とてそそう思っていても不思議ではない。」

少年は最初からそうだった。『目の前に困っている人がいたら助ける』『手が届くなら手を伸ばす』、そう言って聞かなかった。

俺にはその考えが邪魔だった。

世界征服をする以上、弱者を庇ったがために命を落とすなど、笑い話にもならない。忘れられるが落ちだろう。
だからその考えだけは捨てて貰うつもりだった。だが少年は今なお変わっていない。


……今なら、分かるかもしれない。大王は意を決する。

タナトス「それを認めたから、何だというんだ?私が消滅するでもない。」
大王「俺は見捨てた訳ではない。友と少女、会長もいる。なら俺が助ける必要はないと考えたんだ。」
タナトス「それは憶測に過ぎない。あの技をまともに受けて助かった者は1人といない。」
大王「そうだ。俺の予測は外れるかもしれない。未来を間違いなく知っていたなら、助けただろう。
   そんな人物がいるとしたなら、俺は1人しか知らない。」

83舞い降りた大王―Θανατοσ〜死〜 ◆dj8.X64csA:2011/10/08(土) 17:33:02





大王「     【モイラ】 だ。     」

84舞い降りた大王―Θανατοσ〜死〜 ◆dj8.X64csA:2011/10/08(土) 17:36:24
タナトス「……ッ!!」
大王「運命の神【モイラ】なら、全ての人間の死を予知し、救う事もできよう。
   もしそうなら……あいつらを見殺しにしたのは、俺でもお前でもなく、他でもない【モイラ】」

言い終わろうという瞬間、【タナトス】のハルバートが大王の腹部を切り裂いた。

大王「……流石に効いたな。死の神。」
タナトス「【モイラ】様に責任をなすりつけるとは……アマルトロスに何が分かる!
     私は【モイラ】様の紡ぐモイラに従えば良いと言っているのだ!」
大王「俺が問いたいのはお前の存在だ。ある考えを持ちながら、何故それを貫こうとしない?
   自分の考えを押し殺してまで、こんな事をするのに意味があるのか?」
タナトス「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!!!貴様に何が分かる!?所詮世界征服を企む者の口が、何を言っても無駄だ!」

大王「【タナトス】、俺と少年の唯一の共通点を教えてやろう。」

―――その顔は、笑顔のようにも見え、何かに満足しているようにも取れた―――

大王「俺も、少年も……自分の考えが正しいかを証明するために行動しているんだ。」
タナトス「は……!?」
大王「意外だろ?俺は世界征服のため、少年は人を助けるため。目的は違うのに同じ修行をしている。
   俺達が間違っているかなど、まだ分からない。だが確かめるためには、動くしかないだろう?」


しばらくそのまま全てが動かなくなった。最初に動いたのは【タナトス】だった。


タナトス「戯言は終わりか?」
大王「動じず、か。」
タナトス「そんな事だろうと思った。そうやって私の戦意を削ぎ落として、その隙を狙ったのだろう?」
大王「ニアピン賞。戦意を失ったら、帰って反省会でも開いてくれると思ったんだが、そう上手く行かなかった。」
タナトス「どれだけ人を舐めれば気が済む?【恐怖の大王】。」
大王「あと1回だ。【タナトス】、お前が本当に迷い、或いは自己の考えを持たないというのなら
   どうやらお前は、俺が思っていたよりも弱いかもしれん。」

【タナトス】はゆっくりハルバートを振り上げた。

タナトス「どうやら、もう一度味わって貰うしかないようだな。」
大王「あぁ、来い……!」

その時、【タナトス】が横へよろめく。同時に、刃の煌めきが【タナトス】のいた場所を駆け抜けた。

正義「だ、大王……雲、もう少し、近くに……。」はぁ、はぁ……
大王「……!それはすまなかったな。以後気をつける。」

いつの間にか、正義は立ち上がって剣を握っていた。。

タナトス「……まだ諦める気は無いのか。」
大王「まだだ、まだ動ける……。まだ足掻ける……!」

ふらつく足を踏ん張り、大王は目を【タナトス】に向ける。

85舞い降りた大王―Θανατοσ〜死〜 ◆dj8.X64csA:2011/10/08(土) 17:37:00
大王「少年、もっと寝ていた方が良いんじゃないか?」
正義「休みすぎたぐらいだよ。おかげでだいぶ楽になった。」
大王「そうか。なら安心だ。」

不意に、地面から四角い透明な何かが浮かび上がってきた。よく見ると、0と1の線でできており、中には勇弥達が入っていた。

勇弥「お待たせしました、1階です。っと。」
楓「……。せっかく遠回りしたのに、奇襲はできなかったな。」
奈海「正義くん、大王さん、大丈夫!?」
正義「奈海、勇弥くん!」
大王「会長、無事だったか!」

改めて全員揃い、喜んでいる正義達だったが、快く思わないものもいた。

タナトス「せっかく葬ってやったのに、出てくるとは……。」
勇弥「あ、じゃあオレ達って今ゾンビみたいな状態か?」
奈海「やめてよ、なんだか気持ち悪いじゃない。」
楓「しぶとさは、この会の誇りだからな。ですよね、大王様?」
大王「あぁ。で、アンデッドを目の前にしたお前はどうする?お前こそ諦めたらどうだ?」

【タナトス】は怒りに震えていた。しかし、急に表情を戻し、ゆっくり鎌を下ろした。

タナトス「遊びが過ぎた……。終わりにしよう。」
勇弥「お、【タナトス】の試練もクリアって事か。」
楓「厳しい戦いだったが……、大王様が極めて下さったんですね。」
コイン「ねぇ、いい加減『すけいでぃお』について訊こうよぉ。」
奈海「そうね。こっちもスケジュール空いてないかもしれないし。」












正義「大王伏せて!」

86舞い降りた大王―Θανατοσ〜死〜 ◆dj8.X64csA:2011/10/08(土) 17:37:32
急に正義の表情が変わり、叫びだす。
しかし間に合わなかった。すでに【タナトス】の姿が消え、急に大王の後ろに現れる。
大王はとっさに勇弥・奈海・楓を突き飛ばした。

勇弥「うおっとぁ!?」
奈海「きゃあっ!?」
楓「うわっ、だ、大王様!?」

楓が振り返ると、大王と【タナトス】の周りから禍々しい色の霧が発生していた。

奈海「なによこれ……。信じられない……。」
勇弥「なんだ、近寄れねぇ……。どうなっているんだ……?」
正義「皆!いったいどうしたの!?」
楓「た、黄昏はあれを見ても大丈夫なのか……?とにかく、あれはいったい……。」

正義以外、震えた声で喋っている。

奈海「コ、コインちゃん、分かる?」
コイン「……うそ、これ、私達があいつに会った時からずっと出てたの……!?」
勇弥「はぁ?!あの時は、たしか普通だったぞ!?」
楓「私達が、ずっと気付かなかったという事になるな……」

すると、はっとしたようにコインが顔を上げ、すぐに頭を抱える。

コイン「……そうだ、大変だ!お母さんが言っていたの。この霧が出たら……。」
楓「た、対処法があるのか……?」

全員が期待する中、コインが口を開く。

コイン「諦めろ、って……。」
勇弥「お、おい、それって、もう逃げられないって事かよ……!」
楓「つまり、あれが【タナトス】の必殺技か。文字通り……。」
コイン「そうみたい……。あれに近づいたら、大人も子どもも、獣も鳥も恐怖すると言われているの。」

全員が霧の様子を窺っている中、奈海はキョロキョロと辺りを見回していた。

奈海「……正義くんは……?」

87舞い降りた大王―Θανατοσ〜死〜 ◆dj8.X64csA:2011/10/08(土) 17:40:51
―――その頃、霧の中では……。

タナトス「アマルトロス、これで終わりだ。せめて死ぬ瞬間ぐらい見せないでおいてやろう。」
大王「き、貴様……何を……?」

【タナトス】の鎌に大王の首がかけられている。今、大王の命が狩られようとしていた。

タナトス「私の能力だ。お前達の言う『恐怖』で動けなくした。」
大王「恐怖……?俺が?」
タナトス「恐怖など、所詮ただ1つのものを指しているに過ぎない。」
大王「恐怖の、根源……だと?」

大王は、始めて【タナトス】に遭遇した時を思い出す。確かあの時も同じ感覚を覚えた。
【恐怖の大王】と呼ばれる存在が恐怖を覚える?少し疑問ではあった。

タナトス「そう、『Θανατοσ(死)』だ」
大王「な……?」
タナトス「兵器、病気、飢餓……。それを恐れるのはタナトスを恐れるからだ……。
     ゆえに人は不死を望む。私から逃れようとする。
     だがそれは無意味だ。望みはかなわない。逃れようとしてもつまずくだけだ。
     モイラを受け入れろ。そして私を恐れろ。」
大王「ッ……。(契約は果たせそうにない、か。)」




それもいい、そうも思った。

その程度の存在だったのだ。


生を受け、自分の存在を誇示せんとし―――気が付くと1人の子どもと命を共にしている。

とても変わった人生だったと思う。


都市伝説なのに、生き物の性を持ち合わせていたという疑問もあるが、それ以前に……。






……まぁいい。もう終わる。大王はゆっくり目を閉じた。

88舞い降りた大王―Θανατοσ〜死〜 ◆dj8.X64csA:2011/10/08(土) 17:41:47

タナトス「遅かれ、早かれ、避けられぬ別れ……。」




タナトス「そう、我こそが……『Θανατοσ』!」









―――モイラ、あなたが命を与え続けるためなら―――









―――私は―――









タナトス「……『ευθανασια(エウタナジア)』。」

89舞い降りた大王―Θανατοσ〜死〜 ◆dj8.X64csA:2011/10/08(土) 17:42:24













             正義「大王ォォォォォォォ!!!!!!!」

















Σχεδιο編第6話「死」―続―

90本の虫:2011/10/08(土) 21:57:05

「ねえ、私、きれい?」
「悪いけどあんまり好みじゃないなぁ。君、本とか読んでなさそうな顔してるもの。」

 夜の路上、本屋帰りと思わしき袋を携えた青年はさらりと応える。

「そう……あんたも私の顔を醜いっていうんだ……。そんな奴……殺してしまおう。」

 すらり、とどこからか鎌を取り出して、マスクを外した口裂け女は青年を睨む。

「それは困るなぁ。まだ読みたい本がいっぱいあるんだ。」

 その言葉と同時に、青年の体に墨文字のような模様が浮かび上がる。
 それは青年の体表の上をぞわぞわと蠢き、まるで無数の虫が這っている様にも見えた。

「おいで、僕の『紙魚』たち。食事の時間だ、いっぱいお食べ。」

 青年の言葉を契機に紙魚と呼ばれた墨文字たちが地面に流れ落ち、一斉に口裂け女へと向かっていった。

「虫を操るなんて悪趣味な……近寄るな気持ち悪い!」

 口裂け女は地面を薙いで紙魚を払い、足元に近づいた紙魚を踏み潰す。
 それだけで紙魚は水に濡れたインクのように、地面で、あるいは空中で滲んで消えた。

「何だ……?随分と弱い都市伝説だな。」
「乱暴にしないでくれよ。彼らはとても脆いんだから。」
「そんなもので私を止められるとでも?……切り殺す。」

 相手の都市伝説は大した力を持たないと踏んだ口裂け女は無数の紙魚を踏み潰しつつ、100m3秒の俊足をもって青年に肉薄する。
 そして手に持っていた鎌を青年の胴体目掛けて水平に振るった。

 だが、口裂け女の鎌は青年の胴体を切り裂かなかった。
 その手に握り締めていた鎌が、いつの間にか消えうせていたのだ。
 代わりに口裂け女の体、本人からは見えない位置では無数の墨文字……紙魚が蠢いていた。

91本の虫:2011/10/08(土) 21:57:41

「なっ、なんで私の……私の……何?私は……何かを持ってた、はず……何、を持って……いた?」
「君の鎌なら、僕の紙魚が食べちゃったよ。」

 本とは、文字を媒介とした『情報』の塊だ。
 紙魚は本を構成する文字、すなわち本の『情報』を食う。
 都市伝説とは、噂を媒介とした『情報』の塊だ。
 青年と契約した紙魚は都市伝説を構成する噂……すなわち、都市伝説の『情報』を食う。

「正確には『口裂け女は鎌を持っている』という『情報』を食べた。ゆえに君は鎌を持たない。」
「鎌、だと?そんなもの無くともお前を……お前を?お前は、いや、私はお前に、何かをしなけれ、ば……何、を……。」
「それと、『容姿を否定された者を切り殺す』という情報も食べさせてもらったよ。」
「ううっ……私は、何のために……何を……。考えがまとまら……一度、逃げ……。」

 口裂け女はその場から走り去ろうとするが、足に、体に、力が入らない。
 いつもならもっと……と口裂け女は思うが、いつもなら何がどうなのかは思い出せない。

「『100mを3秒で走る』という情報もすでに食べた。
 というか、人間で言えば臓器をいくつか奪われてるようなものだから、動くこともままならないはずだよ。」

 うずくまる口裂け女の口が、普通の女性のそれに変化していく。
 それと同時に赤いコートが色あせ、徐々に白く透き通っていく。

「『口が耳まで裂けている』『赤いコートを纏って現れる』『べっこう飴が好き』『ポマードが苦手』。君が君たる君の全て、食べさせてもらう。」

 もはや口裂け女は抵抗する意思さえ見せず、うずくまってぶつぶつと断片的な言葉を呟くだけだ。

「わ……私は……なぜ……何を……。私は…………私とは……何、だ?」
「口裂け女、読了。」

 『口裂け女』を構成する情報を根こそぎ喰らい尽くされた『何か』は、光の粒となって消滅した。
 その跡には黒い水溜りのように蠢く墨文字……紙魚の姿があった。
 その様子は心なしか悦んでいるかのようにも見える。

「さあ帰るよ。折角探してた本が買えたんだ。早く読まなきゃもったいないだろう。」

 くるりときびすを返した青年に慌てたように追いすがった紙魚は、そのまま青年の体に溶け込むようにして消えた。


【終】

92花子様の人たち:2011/10/11(火) 00:29:48
長い文書く元気が無いからこっくりさん短編をこっちに

ある日の夕方、築城家

築「ん…いい具合だな。あとはしばらく待つだけだ。」

小皿で出汁を少し口に含み、その出来を確認。具材は全部入れたし、後はこのまま少し火にかければ完成だ。
そこまで考えてふと洗濯物を取り込んでいないことに気づき、二階のベランダに駆け上がる。
入れ違いに台所に入るものが一人

こ「築城よ、腹が減ったぞ…っておらんではないか。」

弱火にかけられている鍋、その蓋を開ける。

こ「あやつ、一番大事なものを入れ忘れとるじゃないか…」

ここでひとつひらめく。入れ忘れたものを入れてやろう。
いつも食事を作ってもらう恩返しもかねて、この料理に加担しよう。

こ「あれはたしか戸棚にあったはずじゃ〜♪」

鼻歌交じり、狐耳をピコピコさせて戸棚から取り出したものを適量投入、少しかき回して蓋を閉める。

こ「これで完璧じゃ。ヤツも感謝するに違いない。」

恩を少しは返した喜びにほくそ笑んでいると、台所に少年が戻ってきた。

こ「おお、築城よ。お主大事なものを入れ忘r
築「ああああ!!!なにしてんだよこっくりさん!!!!??」
こ「!?」

・・
・・・
・・・・
きつ姉ぇ「あら、今日のカレーは変わってるわね。糸コンニャクが入ってるわ。
     それに和風なお出汁も効いてるし…和風カレー?」
築「ええ、まあ。こっくりさんのアイディアで…ね?コックリサン?(笑顔)」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
こ「う…て、手伝おうと…思ったんじゃぁ…」

おわり
こっくりさんが何に何をやらかしたか、想像に難くないはず

93舞い降りた大王―Θανατοσ〜死〜 ◆dj8.X64csA:2011/10/16(日) 21:31:46
正義「大王ォォォ!!!」
タナトス「ッ!!!??」
大王「少年……?」

突如、霧の向こうから正義の姿が現れる。
正義は剣を切り上げ、【タナトス】の鎌を弾き飛ばす。同時に、衝撃波が放たれたように霧が晴れていった。

奈海「あっ!正義くん!」
楓「大王様ぁ!」

霧から開放された大王は、その場で膝から崩れ落ちた。
【タナトス】は落ちてきた鎌を空で取り、正義を見る。

タナトス「どういう事だ……何故お前は私を恐れない?」
正義「さぁね。でも、キミは恐くないよ。全く。」
タナトス「……まず【恐怖の大王】よりもお前を優先するか……!」

【タナトス】は鎌をハルバートに変形させて、正義に標的を変える。

タナトス「アマストロス、死を受け入れよ!」
正義「残念だけど、ボクも大王と同じ意見さ!」

【タナトス】はハルバートをぶつけるように大きく振りかぶり、正義はそれを受け止める。

勇弥「くそ、正義を助けに行きたいのに……動けねぇ。」
楓「……何故かカウントの能力も発動しない。このままでは……。」
コイン「“そ、そんなぁ……。”」

陰「(ユウヤ……すみません。実体を持たない私も、恐怖を覚えてしまうようです……。)」
伯爵「(楓さん。あなたとお友達を守るために私がいるのに……。自分の不甲斐なさを恨みます……!)」

声の出せない都市伝説もまた、己の無力さを噛み締めていた。
たった1人、正義だけ戦っている、その状況ほど苦しいものは無かった。

奈海「脚に、力が入らない……。……ッ!」
コイン「“……奈海、どうしたの?”」



奈海「コインちゃん、私を呪って。」

94舞い降りた大王―Θανατοσ〜死〜 ◆dj8.X64csA:2011/10/16(日) 21:35:21
急に奈海が悲観的になったと思い、コインは慌てて慰めようとする。

コイン「“え……いや、私だって好きで奈海と契約したのよ。こんな事になったって奈海を”」
奈海「そうじゃなくて!……そういう意味なのかもしれないけど……。」
コイン「“……まさか、能力の話?”」
奈海「……昔さ、コインちゃんの呪いにかかった人がすごい事になってたでしょ?もしそれが出たら……と思って。
   でもコインちゃんの呪いはランダムなんでしょ?だからもしかすると失敗するかも。」
コイン「(……。)」
奈海「でも正義くんも、大王さんまで命懸けで戦ってるのに、私だけ何もしないのは良くないよね。たまには、私だって戦わないと……。」

すぅっと、コインが並みのそばに現れて耳打ちする。

コイン「奈海、なんで私の呪いがランダムか、説明したっけ?」
奈海「……?ううん、聞いてないわよ。」
コイン「それはね、その時の気分で、私が決めるから。……言いたい事、分かる?」ニッ
奈海「……あ……。」


その時、正義と【タナトス】は。

正義「く、たぁ!」カンッ キィンッ
タナトス「そろそろ受け入れ始めたか、モイラを!」キィンッキィンッ!

既に1度倒れている正義にとって、本気で攻める【タナトス】の相手は困難だった。
だんだんと体力を消耗し、ついにその剣を弾き飛ばされる。

正義「あっ!?」
タナトス「隙あり。」

ハルバートを突き刺そうとした瞬間、正義はその場に倒れる。
【タナトス】はそのままハルバートを地面に下ろす。とっさに正義は寝返って、立ち上がっ―――

正義「え……!?」ズッ

もう、正義の腕に力は残っていなかった。或いは【タナトス】の能力も関係していたのだろう。

タナトス「精神は抗えども、肉体はモイラを受け入れたようだな。」
正義「く、動けッ……動け……!!」

その体も、よく【タナトス】の連撃を耐えたものだった。しかしとうとう言う事を聞かなくなった。
【タナトス】はハルバートを大きく振り上げる。

95舞い降りた大王―Θανατοσ〜死〜 ◆dj8.X64csA:2011/10/16(日) 21:36:51
タナトス「『Ματ(マット:チェックメイト)』。」
奈海「いっけぇぇぇえええ!」

いつの間にかそこにいた奈海が、【タナトス】の顔を目掛けて信じられない勢いで跳び上がる。
そのまま跳び膝蹴りが炸裂し、【タナトス】は思わずのけぞる。

奈海「ッ……、痛ったぁぁぁ!」
コイン「“だから危ないって言ったのよ。”」
正義「奈海……いったい何を……?」

その声を聞き、奈海は笑顔を作って正義の前に屈む。

奈海「ふふん、コインちゃんのお呪いよ。」
正義「おまじない・・・?」
コイン「“私の呪いの1つに、『リミッター解除』っていうのがあるの。
    ほら、人の体って100%の力を使うと筋肉断裂しちゃうでしょ?
    だからそうならないように、普通は脳が筋肉を抑制しているの。
    それで、脳のそのあたりの活動を呪いで止めちゃうと……。”」
奈海「無駄に怖い事を……。昔、それを相手に使用して動けなくした事があったの。
   だけど動けなくなる前にすっごく強くなって大変だったのを思い出して……。」
正義「え!という事は、奈海ちゃん……!?」
奈海「あ、そうなのよ。いたた、膝が……。」
コイン「“大丈夫よ。痛くなるなら脚の筋肉だし。めいっぱい加減したから助かったのかも。”」
奈海「あ、そうなの?なら痛くない、かな。」
コイン「“あぁー。滅多にやらない事したから疲れちゃった。帰ったらケーキね。”」
奈海「りょーかい。まったく現金な娘……ね、正義くん。」

ふと正義の方を見ると、正義は辛そうな顔をしていた。

正義「ごめん、奈海……。ボクが守らないといけないのに……。」
奈海「ぇ、えっ?あの、その、わ、私だってほら、正義くんの保護者なんだから。」
正義「……ありがとう。」
奈海「……どういたしまして。」カァァ
コイン「(へぇ……呼び捨てモードなのに『ボク』なんだ。変なの。)」

しばらく微笑んでいた2人だったが、改めて表情が硬くなる。

奈海「正義くん、もう立てる?」
正義「……無理だ。大王には悪いけど、さすがに今回だけは逃げた方がいいかも。」
奈海「そうね。えっと、勇弥くんは自力で使えるから、カードはある?」
正義「確かポケットに。でも勝手に逃げるとまずいよ。勇弥くんに言わないと……。」
奈海「勝手に逃げたら嫌でもテレポートするんじゃない?今は正義くんの安全の方が大」
正義「奈海ッ!逃げろ!!!」

96舞い降りた大王―Θανατοσ〜死〜 ◆dj8.X64csA:2011/10/16(日) 21:37:34
気付く間もなく、奈海の首に鎌がかかる。
すると奈海の周りにわずかだが禍々しい霧が発生する。霧が奈海の四肢を包むと、奈海がゆっくりと宙に浮く。

タナトス「さっきの攻撃は素直に賞賛してやろう。」
正義「奈海ッ!」
奈海「正義、く……ん……。」

奈海が手を開くと、十円玉が転がり落ちた。

奈海「コイン、ちゃんを……よろしく……。」
正義「ッ……!タナトス!」
タナトス「喜べ、このアマルトロスはお前の目の前でネクロスにする。これでお前も知ることができよう。私を。」
正義「……ッ!」
タナトス「恐れろ。そして己のアマルティアを悔やめ。そうする事によってこそ、【モイラ】様も……!」

正義の後ろでは、勇弥と楓が動けなくなっていた。

勇弥「(くそ……体が、口すら動かねぇ……!陰は……?)」
陰「(ユウヤ、私はもう、あなたを救う事はできないみたいです……。)」

楓「(カウント!頼む、奈海を助けてくれ……!)」
伯爵「(すみません、楓さん……。死に怯えて動けないとは、紳士失格です。)」

コイン「(そんな、うそでしょ!?奈海!奈海ぃぃぃ!!!)」

大王は、怯えながらもゆっくりと進んでいたが、おそらく間に合わない。
この状況でまともに動けるはずの正義は、すでに体力を失っていた。

奈海「(もっと、正義くんの傍にいたかったかな……。)コイン、ちゃん、けい、や、く……。」





タナトス「『ευθανασια』……!」



――――――

97舞い降りた大王―Θανατοσ〜死〜 ◆dj8.X64csA:2011/10/16(日) 21:39:00











「やめろぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!!」

98舞い降りた大王―Θανατοσ〜死〜 ◆dj8.X64csA:2011/10/16(日) 21:41:33
―――止まった。叫びが爆風と共に広がり、その場の全員の動きを止めた。

全員、その声の主が分からなかった。しかしすぐに、声の主が分かった。





正義「お前なんかに奈海の何が分かる!?奈海は罪人なんかじゃない!
   危険を省みずに僕を助けてくれた、そんな優しい奈海を罪人とは呼ばせない!
   勇弥くんも、十文字さんも、コインちゃんも、大王も……。
   皆がいたから、今のボクがいるんだ!
   これ以上皆を傷つけるのなら、ボクが絶対許さない! 覚悟しろ!!!」





―――しばらく静寂が続き、最初に動いたのは奈海だった。
急に地面に落ちた奈海は尻餅をつき、すぐに正義の側らに戻った。

奈海「えっと……正義くん、ありがとう。」
正義「奈海、だいじょうぶ……だね。」

次に、金属が落ちる音がする。奈海が振り返ると、【タナトス】が鎌を落としていた。
【タナトス】はしばらく固まっていたが、やっと事態に気付き、鎌を拾って後退する。

大王「【タナトス】が鎌を落とした……?さっきの少年の発言のせいか?」
勇弥「せ、正義ィ!」
楓「黄昏、心星!」

勇弥と楓が正義の方へ駆け寄る。

勇弥「正義、今のはいったい……?」
正義「あ、勇弥くん、十文字さんも、動けるようになったんだ。」
楓「動ける……?あ。本当だ。体が軽い。」
奈海「私も。正義くんのおかげなのかなぁ?コインちゃんは?……あ、あそこだ。」
勇弥「ははは、契約解除、ってならずに済んだな。」
コイン「“ぷはぁ”まったくよ。びっくりしたじゃない!」
楓「(今回ばかりは、私も全滅を覚悟したが……。黄昏には驚かされるよ。)」

少し離れた所で、大王は訳の分からない状況を分析していた。

大王「あれは俺の能力のはず……。いや、少年は黒雲から物を生成できる。同じように契約によって得たのだろう。」

99舞い降りた大王―Θανατοσ〜死〜 ◆dj8.X64csA:2011/10/16(日) 21:46:25
しかし問題はもう1つある。【タナトス】が少年に怯えたのだ。死こそが恐怖の根源であると言った【タナトス】がだ。
死を超越する恐怖があるというのか?



死……?恐怖……?……なるほど、そういう事か。全てが繋がった。



タナトス「な、なんだ、これは……?体が勝手に、震え、硬直し、寒気もする……。」
大王「【タナトス】、それが恐怖だ。」
タナトス「【恐怖の大王】……。ふ、ふざけるな!私が恐怖などッ!」

その言葉を受け、大王は不敵な笑みを浮かべる。

大王「【タナトス】、お前は『死こそが恐怖の根源』といったな。だがそれは違う。死もある恐怖の一種に過ぎない。」
タナトス「死を上回る恐怖……だと?」


大王「『未知』だ。」


タナトス「ミチ……『αγνωστο』?」
大王「人間は知らない事を恐れる。それ故、多くのものに名をつけ、全ての事象を研究・証明したがる。
   そしていつか、分からない事象を説明するために誕生したのが【神】。俺達都市伝説の祖先になるのだろうか。」
タナトス「それと、死が、どう関係している……?」
大王「まだ分からないのか?何故都市伝説が怖いのか。『分からないから』だ。
   いつ何処にいるか、何をしてくるのか、どうして生まれたのか……。人はそれに恐怖する。
   しかし知らない事を知るためか、知らない事を作るためか、それは生まれる。
   死だけではない。」
タナトス「俺も恐れるほどのミチを持っている、と言うのか。ならなんだ?」

怯え震える【タナトス】を見て、大王は既に勝利を悟っていた。

大王「お前の恐れるものは、少年の未来だ。」
タナトス「ミラ……『Μοιρα』……?」
大王「未来もまた未知。それは無限の可能性を秘めていると言っても過言ではない。
   それを予測できるのは、一部の都市伝説だけだ。」
タナトス「……。」
大王「そしてお前は【死神】の力を持つ死の神【タナトス】。言い換えれば人の未来を奪う者だ。
   お前は人の未来を奪ううちに、人の未来を恐れるようになったんじゃないのか?」
タナトス「うるさい!根拠も無い事を……。」
大王「あぁそうだ。この意味不明な現実を受け入れるための、根拠もない推測だ。だが1つだけ断言できる。
   今なら俺は……お前を恐れない!」

大王が剣を振るう。【タナトス】は鎌をハルバートに変形させて防御する。
そのまま大王の連撃が続く。しかし【タナトス】は少し前までの技の切れを失っていた。

100舞い降りた大王―Θανατοσ〜死〜 ◆dj8.X64csA:2011/10/16(日) 21:47:01
正義「だ、大王!く……うわっ!?」
勇弥「正義、お前はもう休んでいろ。」
楓「今までずっと戦ってくれていたからな。」
奈海「わ、私も!うッ……。」ガクッ
コイン「わぁ、奈海も充分戦ったよ。勇弥くん達に任せよう。」
楓「あとは任せてくれ。私は都市伝説研究同好会の、会長だからな。」

勇弥と楓が一斉に走りだす。

勇弥「大王さん、剣1本!」
大王「了解、会長は不要か?」
楓「気持ちだけ受け取ります。しかし素手で充分です。」
タナトス「調子に、乗るなァ!」

【タナトス】のハルバートが勇弥に向けられる。

大王「友、あれを受け止められるとは思うな。」
勇弥「自分と正義の違いぐらい分かってるぜ?だから俺の戦い方で。」
タナトス「うっ!?」

勇弥にあと少しで届くというところで、【タナトス】の動きが止まる。

勇弥「空気の抵抗を上げたせいで、動き辛くなったのさ。水の中では走りにくいのと一緒だ。」
タナトス「く、空気を操作する都市伝説か……。」
勇弥「操作できるものは全て。さぁ、いっくぜぇ!」

勇弥の剣が【タナトス】のハルバートを叩き落とそうとする。しかし思った以上に握力が残っていた。

勇弥「あら?」
タナトス「面白い能力だが、器の力が伴っていないな!」
大王「友!伏せていろ!」

大王の掛け声と共に勇弥が伏せると、勇弥の後ろから大王の突きをする。【タナトス】はハルバートで大王の突きを防ぐ。

タナトス「くっ!」
大王「ちっ、これは効くと思ったがな。」
楓「大王様、次は私が!」
タナトス「ッ……。素手で戦えると思うか!?」

【タナトス】は楓にハルバートを突きつける。

勇弥「ちょっ、大丈夫なのかよ!?」
大王「会長なら可能だ。会長にはあの能力がある。」
勇弥「オレの時と対応がおかしい……。まぁいいけど。」

101舞い降りた大王―Θανατοσ〜死〜 ◆dj8.X64csA:2011/10/16(日) 21:47:39
【タナトス】がハルバートを振り下ろす。楓は後ろにステップした。同時に、電子音が鳴り響く。

楓「武器が要らないという訳ではない。」1!
タナトス「何ッ?!」

ハルバートを前に突き出す。楓はひらりと避ける。電子音は腕時計から鳴り響く。

タナトス「偶然……?」
楓「武器は使いこなせないだけだ。」2!

ハルバートを振り上げると、まるで宙に舞う楓のように、ひらりひらり。

楓「私の取り得は、避ける事と。」3!
タナトス「ち、都市伝説……!」

“count over!”

電子音がカウントを終了すると同時に、“ピッ、ピッ”と音声が鳴りだす。
その瞬間、楓は【タナトス】を掴み、力いっぱい地面に叩きつけた。

タナトス「か……?」
楓「力いっぱい投げ飛ばす事だ。」
大王「……決まったな。」ぐっ
楓「はい大王様!お役に立てて光栄です!」ぎゅっ!

【数秒ルール】の能力により【タナトス】は通常の何倍ものダメージを受けたのだ。
さすがの彼も、反抗の意志は薄れただろう。



勇弥「さてと、正義、そろそろ大丈夫か?」
正義「うん、よっと。立てるようにはなった。」
奈海「よいしょっと。で、あいつは?」
楓「あの通りさ。」
正義「えっ……!?」
奈海「嘘……!?」
楓「……?」
勇弥「……。」

102舞い降りた大王―Θανατοσ〜死〜 ◆dj8.X64csA:2011/10/16(日) 21:48:15


タナトス「モイ、ラ……。」



勇弥と楓が後ろを向くと、ボロボロになりながらもまだ立つ【タナトス】の姿があった。

コイン「まだ戦意失って無いじゃん!」
勇弥「いや、もう戦えないはず、だろ……?」

―――その眼が向けられた先は、正義か、大王か―――

―――その時彼の頭を巡るいくつもの回想を、知る者は2人といなかった―――



      タナトス「……うわあぁぁぁぁああああぁぁぁ!!」



ハルバートが変形して鎌に戻り、【タナトス】は黒い翼を広げてこちらに飛んでくる。

勇弥「やばい!早く何とかしねぇと!」
大王「少年、友、ここは俺1人でいい。」
正義「大王……?」

【タナトス】を目の前に、大王は上空に黒雲をつくる。
すでに、黒雲の内部から光が漏れていた。

大王「【タナトス】。お前は、俺の右腕に丁度いい存在だと思っていた。」

タナトス「あぁぁァァァあぁあぁ……!」

大王「だが、怒りで我を忘れるというなら、取り消そう!」


瞬間、雷鳴が轟き、上空より光の矢が落ちる。
その矢は確実に【タナトス】に狙いを定めたように、彼を正確に貫いた。
そう、見えた。


タナトス「ァぁ、ぁ…………。」



―――ただ、静寂が続いた――――――



Σχεδιο編第6話「死」―完―

103電車でGO:2011/10/21(金) 21:58:22

「はじめまして。今日から車掌見習いをやらせていただきます、和田 千穂です」
「よう新人さん、今日が初めてか?」
「はい。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。」

 電車に乗り込みつつ、先に待っていた先輩に挨拶をする。……おっと、忘れてた。

 みなさんこんにちは、そして始めまして。和田千穂です。
 職業はご覧の通り鉄道勤務。立派な女車掌を目指して頑張ります。どうぞよろしく。

「俺は轟 命だ。よろしく。」

 私の目の前のおっさn……先輩の名前は「トドロキ ミコト」というらしい。
 轟はよくわかる。だが、どう見ても「ミコト」なんて洒落た名前は似合いそうにない。
 「幸三」とかがよく似合いそうだ。「トドロキ コウゾウ」。うん、なかなかいいじゃない。
 これからよろしく、幸三さん。

「ところで和田ちゃん、幽霊とか怪奇現象は信じる口かい?」
「はい?」

 いきなり「和田ちゃん」と呼ばれたことも気になるが、突然何を言い出すんだこの人は。
 世間話にしても突拍子なさすぎだろう。

「いやまあ、見たことはないですけど……。」
「はっはっは!そうかそうか。じゃあ、これから頑張れよ。」
「はぃ?」

 "じゃあ"ってなんだ、"じゃあ"って。
 車掌たるもの、幽霊くらいは見えるようになれってか?
 初めて知ったぞそんな条件。

104電車でGO:2011/10/21(金) 21:59:00

 そうこうしているうちに、出発時刻が近づいてきた。
 始発とあって乗客はまばらだ。半分はサラリーマン、四分の一は朝帰りと思わしき若者。そして残り四分の一の有象無象。

 朝早くからお疲れ様です、サラリーマンの皆さん。
 こんな早朝からどちらに行かれるんですか、有象無象の皆さん。
 平日に朝帰りとはおめでてーな、若者ども。リア充全員爆発しろ。

「おいおいどうした怖い顔して。」
「えっ?ああ、いえ、別になんでもないです。」

 どうやら顔に出ていたらしい。
 あぶないあぶない。あんな奴らでも一応お客様だ。大事にしなくては、うん。

「緊張してるのか?今日は見てるだけでいいから、まあ気楽にいこうや。」

 いや緊張してるわけじゃないんですよ。ただ奴らが妬ましくてたまらないだけで。

「多分、そのうち面白いものが見れるから、期待して待ってな。」
「面白いもの…ですか?」
「ああ。びっくりすること間違い無しだぜ。」

 はて、なんだろう。この時期なら紅葉並木とかだろうか?
 この沿線にそんな見所があった記憶は無いけど……。

「さってと、和田ちゃんの初仕事だ。気張っていきますか!」

 その言葉と同時に、車両のドアがぷしゅうと音を立てて閉まる
 警笛を短く鳴らし、電車がゆっくりと動き出す。
 こうして、私の初仕事が幕を開けた。

105電車でGO:2011/10/21(金) 21:59:36

   ・
   ・
   ・

 先輩は電車最後部の運転室に座り、ときたまアナウンスを流す。
 私はその姿を見てるだけ。正直暇だ。
 おっさんは何度目かのアナウンスを終えて私へ向き直る。あ、おっさんって言っちゃった。

「なあ和田ちゃん、この電車の名前、知ってるか?」
「ええ、確か『イノイチ』でしたよね。」
「ああ。『いの一番』をもじってつけられたらしいが、いったい何が『いの一番』なのやら。」
「……古めかしさでは一番だと思いますが。」
「はっはっは、ちげぇねえ!」

 目の前のおっさんが豪快に笑う。勤務中だってこと忘れてないか?
 だが笑いたくなる気持ちもわかる。
 この電車、正直言って『ボロい』。

 使ってるモーターは旧式だし、外装はところどころメッキがはがれてるし、ドアに至っては開かないところまである。
 その開かないドアに『このドアは開きません』との張り紙がしてあることも、ボロさを助長させている。
 てか直せよ。ドアが開かないとか電車としてダメだろ。
 監査とかどうやって通ってるんだよ。

「うっし、和田ちゃん。そろそろいくか。」
「仕事ですか?」
「いんや、アレは先頭のほうが見やすいからなぁ。先頭車両に移るぞ。」

 おっさんの言った『アレ』とは、出発前に言っていた『面白いもの』のことだろう。
 それを見るがために見やすいところに移動するとか。勤務中だぞおっさん。

106電車でGO:2011/10/21(金) 22:00:06

「ああそうだ。ちょっとこれ、やってみろ。」

 そういって何かを手渡された。
 手の中にすっぽりと納まる小さな機械。いわゆる『数取機』という奴だ。

「使い方はわかるか?それで先頭車両まで客を数えてくれ。」
「はい、わかりました。」
「数は間違っても気にすんな。適当に何人くらい、ってわかってりゃいいから。」

 なんというアバウトさ。機械を使う意味がまるでない。
 まぁ、やれと言われたことには素直に従っておこう。日本人ですから。

 おっさんの後に続いて先頭車両まで歩き出す。
 間違っても気にするなとは言われたが、やるからにはしっかりやらせてもらう。
 というか、この乗客数で間違はしないだろう。

 電車の音にまじり、足音と数取機の音を響かせながら、先頭車両に向けてひたすら歩く。
 そして、先頭車両の運転席に到着し、全6車両のカウントが終了した。

「どれ、ちょっと見せてみ。」
「はい。どうぞ。」

 数取機をおっさんに差し出す。
 するとおっさんは、ポケットの中からもう一つの数取機を取り出した。
 おっさんはそれと私の数取機を見比べると、にやりと笑った。

「ほれ、見てみな。」

 そう言って私に二つの数取機を見せる。
 私の数取機は”44”と出ている。
 対しておっさんの方は……”31”?

「え、私、間違えてました?」
「いや、合ってるよ。」
「いや間違ってるじゃないですか。」
「あんたに才能があっただけってことさ。気にすんなって最初に言ったろ?」

 何の才能だよ。ボタンを押し間違える才能か?
 携帯で打ちまつがいしやすい才能か?
 なんの役に立つってんだよそんなの。

「……和田ちゃん、あそこ見てみな。」

 おっさんが静かに私に呼びかける。
 その指差す方向を見ると、進行方向上方に橋が見えた。

107電車でGO:2011/10/21(金) 22:00:37

「陸橋……ですか?」
「ああ。んで、あそこに座ってる奴、見えるか?」

 目を凝らして見ると、陸橋のふちにワンピースの女の人が座っていた。
 細い体に赤いワンピースがよく似合……って危ない!あそこから落ちたらこの電車に轢かれ……



 女の人が飛び降りた。
 電車が迫る。
 声は出なかった。
 女の人と目が合った。
 笑っていた。



 女の人がぶつかる寸前、私は床にしゃがみこんで目をそらした。
 しかし、人が電車にぶつかるような音はしなかった。警笛も鳴らなかった。
 ただただ、電車の振動のみが何事も無かったかのように響いていた。

 疑問と恐怖を胸に、恐る恐る目を開けると……

「あら、この子新人さん?」
「おう、今日からな。よろしく頼む。」
「初めまして。私は宮本 暦。あなたのお名前は?」

 全身血まみれで青白い肌をした女の人が笑いかけてきた。
 その姿を最後に私の視界は真っ黒に染まった。

「……あら?気絶しちゃったわよこの子。」
「ったくしょうがねえなぁ。この子は和田……あー、下の名前なんだっけ和田ちゃ……あ、気絶してたんだっけか。」
「随分と繊細な子ね。まあいいわ。目が覚めたらゆっくりご挨拶させてもらうから。」
「そうしてくれ。んじゃ、終点までお付き合い願いますか。」

 車掌と気絶した車掌見習い。そして生きてる客と生きてない客を乗せた電車は、今日も何事も無く定刻どおりに運行中。


【終】

108ケモノツキ ◆Kemono/CbA:2011/10/30(日) 22:50:05

【ケモノツキ_幕間_ハロウィンの夢】


 現実と夢の狭間の真っ白な空間。
 ベッドに入った悠司はいつものようにそこに立っていたが、今回は何かが違った。
 いつもならめいめい辺りにいるはずの憑き物たちの姿が、周りを見渡してもどこにも見えない。
 悠司が疑問に思っていると背後から駆け寄る足音が聞こえ、そちらを振り返った。
 そして目を丸くした。

「主様ー!ハッピーハロウィーン!」
「み、ミズキ!?なんでそんな格好に!?」

 いつもは白猫の姿か中学生くらいの少女の姿をしているミズキだが、今回の格好はいつもと違った。
 白いファーで覆われたチューブトップに、同じく白いファーのホットパンツ。そこから伸びる白い尻尾。
 頭の上にはネコミミが乗せられ、両手には猫の肉球を模したネコ手袋をつけている。
 それはまさしく、ハロウィンの仮装だった。

「今日のあたしは魔性の白猫なのにゃ!ねね、主様どう?かわいい?」
「え、うん、かわいいよミズキ。でも……なんでそんな格好に?」
「だってせっかくのハロウィンだもん、楽しまなきゃもったいないじゃん!……もったいないにゃん!」

 ミズキは楽しそうに悠司に擦り寄って、尻尾を悠司の足に絡める。
 その頭を撫でてやりながら、ふと、悠司の中に疑問が生まれた。

「でもミズキ、ハロウィンっていったら普通、黒猫じゃないの?」
「……黒はきらいだもん。」

 ふいっとそっぽを向いて悠司から離れるミズキ。
 何か悪いことを言ってしまったのかと焦る悠司。

109ケモノツキ ◆Kemono/CbA:2011/10/30(日) 22:50:45

「いいじゃないですか。白猫の方がミズキらしくて。」

 そんな悠司たちにかけられた優しい声。
 声のする方向を見ると、そこにはタマモが立っていた。
 そして悠司はその格好を見て一瞬見とれ、直後思わず目を逸らした。

 タマモの姿は、腕には黒いドレスグローブ、頭には黒い三角帽子、肩には黒いケープといった魔女の格好だった。
 それだけでは普通の魔女だが、タマモがケープの下に着ているのは、胸元が大きく開いた黒いドレス。
 全身が黒で覆われているため、胸元の肌色と腰から伸びる黄金色の九尾が映えている。

「きゃー!タマモ姉さんセクシー!ね、主様、似合ってるよね?」
「えっ?あ、うん、凄く似合ってるし、きれいだと思うよ、タマモ。」
「ありがとうございます、主。」

 直視することに若干の照れを感じつつ、タマモに率直な感想を述べる。
 それを受けてタマモは嬉しそうに九尾をふわりと揺らす。

「ってことは、もしかしてタイガも?」
「ああそうだよちくしょう……。」

 そう言ってタマモの後ろから姿を現したタイガも仮装をしていた。
 灰色の獣耳に、ミズキのものよりワイルドな獣手袋、同じような毛皮のベスト。
 それに加えて狼のような灰色の尻尾という、いわゆる狼男の格好だ。

「やっぱりタイガも……でもなんだか意外だなぁ。」
「好きでやってるわけじゃねえからな!?勘違いすんなよ!」
「狼男っていうか、犬耳男だよねー。」
「うるせえ!いいからさっさと終わらすぞ。」
「ノリ悪いなー犬耳男。さてと、じゃあ主様……。」

 三人は悠司に向き直る。

「トリックオアトリート!」
「トリックオアトリート?」
「……トリックオアトリート。」

 異口同音に三者三様のトリックオアトリートが悠司に投げかけられた。
 が、今悠司たちが居る実体の無いこの空間の中では、お菓子など持ち合わせているはずもない。

110ケモノツキ ◆Kemono/CbA:2011/10/30(日) 22:51:24

「えっと、今お菓子は無いから、目が覚めたら何か買ってくるよ。」
「くすくす……。ねぇ主様、お菓子が無いならイタズラだよね?」
「え、いやそうだけれど、でも今は仕方ないっていうか……。」
「ええ、お菓子が無いなら仕方ありませんね。さ、タイガ。」
「暴れんなよ、主。」

 タイガは悠司の背後に回り込むと両腕を掴み上げ、いわゆるバンザイの格好をとらせる。
 唐突な出来事に戸惑う悠司に、タマモとミズキがゆっくりと近づく。

「え?えっ?」
「お菓子が無いなら……イタズラだよね……くすくす。」
「お菓子が無いならしかたありませんね……ふふっ。」

 迫る二人に恐怖を感じて逃げようとするが、タイガはしっかりと悠司を捕らえて離さない。

「あ、あの、タイガ?離してくれないかなー、なんて……。」
「諦めろ。」
「だいじょーぶ主様、痛いことはしないから。」
「少し我慢すればすぐ終わりますからね。」

 不敵な笑みを浮かべながら、タマモとミズキはネコ手袋とドレスグローブを外して悠司を囲む。

「ちょっ、ま、待って!なんかみんな怖いよ!?わかったから一旦落ち着いて……」

 言い終わるのも待たず、四本の手が悠司のわきの下とわき腹に伸びた。


    ・
    ・
    ・

111ケモノツキ ◆Kemono/CbA:2011/10/30(日) 22:52:06

 ガバッ!

 悠司は勢いよくベッドから跳ね起きた。
 息を荒げ、背中にはびっしょりと汗をかいていた。
 深呼吸を繰り返し、必死に呼吸を落ち着かせる。
 窓の外では日が昇り始めており、まだ早い時間であることを知らせていた。

『おはようございます、主。』
「お、おはようタマモ。……ねぇ、昨日の……」
『寝覚めが悪かったみたいですが、何か悪い夢でも見たんですか?』
「いや夢っていうか……ん、夢?」

 思い返せば昨夜の出来事には違和感があった。
 タイガはこういうことはあまり乗り気にはならないはずだし、
 タマモはたまに人をからかうことはあるが、行き過ぎた行いはいさめてくれるはずだ。
 ミズキは……うん、ミズキだけはノリノリでやりかねない。
 でもよく考えて見るとあれは、単なる夢だったのかもしれない。

「夢、だったのかな?」
『汗だくですよ、主。シャワーでも浴びて、汗と一緒に悪い夢も流してしまいましょう。』
「ん……そうだね。せっかく起きたんだし、二度寝するのももったいないかな。」

 あの出来事はただの夢。そういうことにしておこう。
 悠司は一つ伸びをしたのち、体に残ったむず痒さを鎮めるために風呂場へと向かった。









「あ、そうだ。今日ハロウィンだし、何か欲しいお菓子があれば買ってくるよ。」
『いえ、既にトリックの方を頂きましたので。』
「!!?」


【ケモノツキ_幕間_ハロウィンの夢】    終

112赤い幼星 † 明日自分で本スレにあげます ◆7aVqGFchwM:2011/11/01(火) 00:55:21
「…………弱い」

10月28日、日が完全に落ちて星が瞬き始めた頃
血の海に倒れ伏した少年―――黄昏 裂邪を見下しながら、
神崎 麻夜の人格を乗っ取った「太陽の暦石」がぽつりと呟いた

「無理も無いでしょう。特異とは言え、所詮は人間ですので」
「いや、小僧ではない、我の方だ」
「……は?」
「直前に力が抜けたような感覚がした………何かに後ろ髪を引かれたような感覚だ
 お陰で小僧に留めをさせなかったようだ」
「まさか……小娘の意思が残っていると?」
「あくまで可能性だがな…まぁ、直に抑え込めるだろう
 イシュピヤコック、フラカンの容態は?」
「…………まだ、息があります」
「なら良い、後で治してやれ。新たな人間の創造に不可欠だからな
 だがまずは…………」

麻夜は掌を広げて裂邪に向けると、
掌から水が溢れ出し、大きな球体となった後に一気に圧縮されて小さな弾丸となる

「しかし便利な身体だ……やっひゃひゃひゃひゃひゃ、捨ててしまうのが勿体無い
 兎角、ゴミは掃除してやらんとな……最初の犠牲者だ、あの世で知人達が来るのを待つと良い
 今度こそ、さらばだ小僧………第四の破滅、『ジュデッカ』」

勢い良く放たれる、水の弾丸
『洪水を起こす』能力で本来出現させる筈だった水を凝縮した一発
約1トンの水に押し流された場合、自動車でさえも変形してしまうらしい
これがそれ以上の水だとしたら、どうなってしまうのか
だが、その答えが分かる前に、水の弾丸は一瞬にして蒸発した

「―――――――――――――――む、」

何かを感じ取り、麻夜は夜空を見上げた
赤く輝く翼をはためかせ、黒いスーツを着た赤髪の少女が、ゆっくりと舞い降りた

「黒服……「組織」の方かね?」
「ええ、R-No.0…ローゼ・ラインハルトと申しますわ」

燃え滾るマグマのような赤い目で、彼女は麻夜、そして「ククルカン」達を睨みつける
彼女の身体からは、真っ赤な雷光がバチッ、バチッ、と音を鳴らして火花を散らしている

「………やっひゃひゃ…貴様、「フォトンベルト」の契約者か?」
「流石にご存じの様ですわね…………「マヤの予言」、貴方の破滅を阻止しに参りましたの」
「阻止だと?……面白い事を言う、世界破滅系都市伝説が、同じ系列を止めると言うのか?」
「目には目を、破滅には破滅を、ですわ」
「やっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ……そうか、気に入ったぞ小娘」

と言うや否や、麻夜は踵を返してローゼに背を向け、
「ククルカン」達へ撤収の合図を手で送った

「っま、待ちなさい! ここで逃がす訳が―――――」
「我とその少年、どちらを優先するのだ? 「組織」よ」
「ッ……!?」

113赤い幼星 † 明日自分で本スレにあげます ◆7aVqGFchwM:2011/11/01(火) 00:55:54
ちら、と裂邪を見るローゼ
ここで逃がせば、人類破滅を開始するかも知れない
しかし、今裂邪を見捨てれば……
彼女は強く、唇を噛みしめた

「やっひゃひゃひゃ…案ずるな、貴様等には猶予をやる。精々最期の時を足掻くが良い」

次の瞬間、麻夜達の周りを炎が包み込むと、それは彼女達の姿と共に一瞬にして消失した
すぐさま、ローゼは裂邪の傍に駆け寄り、衝撃を与えないようにそっと抱き起こした

「裂邪さん! 裂邪さん!!」
「………………うぶっ、ろ、ローゼ、ちゃ…………」
「良かった、今すぐ「蝦蟇の油」を……」
「ローゼ、ちゃん………ご、め……お゙ぁ゙っ!」
「無理にお喋りにならないで、本当に死んでしまいますわ!」
「ま……や………麻夜、が………」
「…大体の状況は掴めました。遅れてしまって、本当に何と申し上げればよいか…
 ワタクシ達が気づくのがもう少し早ければ、こんなことにならなかったのに……
 麻夜ちゃんは必ず、ワタクシが…「組織」が全力を上げて、無事に保護してみせますわ」
「ぁ…………た、の…………ぅ」
「ッ! 裂邪さん!!」

ローゼが「蝦蟇の油」の入った瓶を取り出したが、
その前に裂邪は、深い闇の底に墜ちていった






     †     †     †     †     †     †     †





山奥――――――

「ここで良い。フラカンの治療を」
「…………了解」

闇が広がる山林の中
麻夜―――「太陽の暦石」は、そこで足を止めて「イシュピヤコック」に命令を下した

「ついでに、ここを拠点にせよ。その方が都合が良い」
「しかしそれでは、余計な邪魔が入る可能性が御座いますが?」
「何処にいても最後には「組織」などの輩が我を消しに来る
 ならばいっそ、ここで迎え撃った方が早いだろう
 …………そうだな、あの小僧のような者が現れても困る」

一人で納得するように頷き、麻夜はその場にしゃがみ込んで、そっと地面に手を触れる
すると、一帯の土に無数の土竜塚が出来上がったかと思えば、
中から1体ずつ、人の形をしたジャガーが飛び出した
ジャガー人間の大群は、一斉に町の方へと向かった

「くくるくくくくく、貴方も甘くなられましたな」
「なに、暫く遊ぶだけだ……歯向かう者は皆、徹底的に潰せば良い」

やっひゃひゃひゃ、と彼女は不気味に笑い、
両手を広げて天の闇を仰いだ

「さぁ、人類破滅の秒読みの開始だ………もう、誰にも止められはせん」

2011年10月28日午後6時頃
学校町全域にジャガーの怪人が現れ、住民を襲い始めた
終焉へのカウントダウンが今、始まった


   ...To be Continued

114真実は知らないまま ◆vQFK74H.x2:2011/11/16(水) 01:16:14 ID:N8wMAToA
徹と別れてから数週間が過ぎた。
ユキは、徹と暮らしていたアパートの前に来ていた。

一度都市伝説と関わった人間は、また都市伝説と出会う可能性がある。
契約した経緯があるならば、なおさら。

話し合った結果、もう元の関係に戻れなくなったとは言え…契約者から一般人となった彼が気掛かりで。
せめて帰宅しているかの確認だけでもしておきたかった。

彼の部屋を見上げる――窓に明かりが付いていた。
「――!良かった…」
じわりと胸の内に安堵が広がっていく。

一目その姿を見られれば、とも思ったが、此処に来た理由を思い出し、ふるふると首を振ってその考えを振り払う。

自分も前へ進まなければならない。

くるりとアパートに背を向けて歩き出す。



彼女の元主がどうなったのか、その真実を知らないまま。

終わる

115 煉獄の時間の終わり・神殺しの娘 ◆DkTJZY1IGo:2011/12/11(日) 21:42:36 ID:Q6skT/m2


見慣れすぎるほど見慣れた、焔の雨。
夢で見慣れた、焔の雨。

忌まわしき運命。
一体何度この運命を、呪ったか。
でも、もう一人じゃない。
咎利が 衛悟が。
エーテルさんが 上田さんがいる。

永劫にも思える時間の中で繰り返し唱えた、生への誓い。

「衛悟!あわせろ!」
「はい!エーテルさん!」
エーテルと衛悟が光の剣と水の剣を振るって私の道を切り開いてくれている。
ワカンタンカの作り出した焔の雨から私を衛悟が護ってくれている。
ワカンタンカの降らせる岩の雨をエーテルさんが切り捨ててくれている。
涙が出そうだった。


私が嘗てのループで聞いた二人の哀しい言葉。最後の言葉。
「ゲームや漫画みたいに……何もかも上手くいくわけじゃなかったよ……」
「世界のバランスを破壊するのは都市伝説や人間だとでも……言いたい……のか……」

彼らがどれだけ一生懸命だったか、私は知っている。

その言葉はこの時間でまだ紡がれていない。
(聞きたくない、そんな言葉聴きたくない!今度こそ、今度こそ全員で生き残ってみせる!)

116 煉獄の時間の終わり・神殺しの娘 ◆DkTJZY1IGo:2011/12/11(日) 21:43:09 ID:Q6skT/m2


ワカンタンカの干渉によって周囲の気温が一気に下がる。
吹雪が舞い、極寒の大地の再現が始まった。
それは『嵐』だった。しかも唯の嵐ではない。
ずらりと穂先をそろえて天井を埋め尽くすは人の頭ほどの太さの鋭い雹と猛吹雪
それが雨のように洞窟の地面に降り注ぐ――。
しかし、それは春の淡雪のように熔けてしまう。
何者かの放った焔によって。
「あくまで口出しが主でこんなの私らしくないんだけどなあ」
「ヘンペル……か?」
咎利の契約都市伝説であるヘンペルのカラス――
ヘレブ、ヤタ、フギン、ムニン、そしてインディアン神話ではノーバイタル。
幾多もの名で神話に伝承される知恵あるカラスの精霊。
それが、カラスのような濡羽色の髪を持つ少女の姿をとっていた。

“ノーバイタル!精霊ノオマエマデガ人ニ付クカ!!”

(ヘンペルの中身は高位の神格だと思っていたけど……
それが今手を貸してくれるなんて)
それにワカンタンカの言葉が。テレパシーとなって私の耳にも届いた。
いままでワカンタンカの言葉は分からなかったのに。
これもまた、ループを重ねていくうちの初めての変化だった。

「……ワカンタンカ様、やっぱり私は人がいたほうがいいです。
せっかく知識を語っても聞いてくれる人がいないと片手落ちですから」

(ヘンペル、女の子だったんだ)
それも驚きだったけど
一番ワカンタンカと戦うのを嫌がってたあいつがこの局面で手を貸してくれるなんて。

117 煉獄の時間の終わり・神殺しの娘 ◆DkTJZY1IGo:2011/12/11(日) 21:43:50 ID:Q6skT/m2


そして……上田さんがあの神と対話する

“コタエロ、ナゼタタカウ”
「女房と息子と部下食わせるためだ!悪いか!
 俺は生き物だ!生きている限り生きるために戦う!
 未来へと繋げるために、未来へとつながっていくために、過去を背負い今を戦い続ける!
 俺はこの世界が割と好きなんだ!だから俺の邪魔をするな!」

“フム……ダガソレデモ”

“ワレニアラガウコトトハセイメイソノモノヘノヒテイニヒトシイ”

「人が何時までもお前の被創造物で居ると思うな!
 人は自ら新しい価値を想像して無限に成長していく!
 今はまだ弱く愚かでも、すでに停滞を願い始めた貴様とは違うんだ!
 人は……!人ってのは……!それでも明日を求めようとする意思の生き物なんだよ!
 足を止めようとしている神と前に進み続ける人ならばどちらが未来への主導権を握るべきかは明白だ!」

“ナラバイマヤッテイルトオリニチカラデシメセ!”

ありがとう、上田さん。
私はようやく答えを出せそう。
「暴力で排除するだけがやり方じゃないんじゃないか?」
と貴方は言った。
エーテルさんがワカンタンカに一筋の傷をつけてくれた。
衛悟はずっと私を護ってくれていた。
咎利とヘンペルも予言に様々なサポートをしてくれた。
亜里沙……ごめんね、貴方を完全に救うことが出来なくて。
皆の想い、皆の犠牲、皆が稼いでくれた時間、無駄にしない。

118 煉獄の時間の終わり・神殺しの娘 ◆DkTJZY1IGo:2011/12/11(日) 21:44:40 ID:Q6skT/m2

……ワカンタンカは会話しながら闘うことに慣れていない。
それは私にも見える。
ワカンタンカの迷い、悲しみの蒼が。
そして、ワカンタンカの広範囲殲滅能力、攻撃力と防御力は圧倒的。
その中で、私が唯一勝っているもの、それは……時間を操ることでの速度しかない。

「ごめん皆!ちょっと荒っぽくなるから!防御して!」

暦は自らの能力を全開にした。

「皆のくれた時間、皆のくれた答え!これで決着をつけて見せるから!!」
そして、雄たけびの
「だああああああああああああああああ!!」


暦の一踏みごとに大地が割れー
いや、そんな生易しいものではなく爆発している。
時間操作能力を極限まで引き出した超加速。
超高速でぶつかる物体はそれだけで凶器だ。
当然人間の脆い体はそんな速度に耐えられるように出来てはいない。
それでも彼女は止まらない。
踏みしめる足が一歩で微塵に砕けようとも
それよりも早く肉体の時間を巻き戻す。
踏みしだかれた大地が壊れて小石や砂利と化しながら恐ろしい速度で撒き散らされる。
彼女の移動の軌跡が絶えず小さな爆発を引き起こしている。
時間を戻すことで回収しきれない血潮が洞窟に舞う。
血液が狭い洞窟の中の空気に赤い霧、赤い影ととなって彼女のあとに下僕の如くつき従う。
だがそれも一瞬のことで一拍遅れの白い衝撃波に吹き飛ばされる。
彼女以外の全てを遅く、暦自身は早く。
光速に近い速度の世界、彼女の世界。
空気すらも粘性を帯びている。
見えない糊の中で泳ぎもがいているようだ。
速度そのものが破壊力、暴力となりそれが暦自身をも蝕む。
踏みしめる足は割れ砕ける。
そのダメージを時間を戻すことで無理やり修復する。
時間を加速し超高速で踏み込む、踏み込むたびに速度に耐え切れない体が壊れる。
足の骨は粉々に砕けて吹き飛びそうになり、音の壁に全身が叩きつけられる
壊れるたび肉体の時間を巻き戻す。壊れきる前に直せばいい。

119 煉獄の時間の終わり・神殺しの娘 ◆DkTJZY1IGo:2011/12/11(日) 21:46:08 ID:Q6skT/m2

(「恐れない……痛みなんか恐れない!)

彼女が粉々になって死ぬ直前に時間が戻され肉体が復元する。
何かが爆発したような2つの不連続な音が絶えず洞窟内に響き渡る。
移動するたびに波紋の如き音速衝撃波を撒き散らす。
周囲にいる人間はたまったものではない。

インディアンたちは暦の超々高速移動が引き起こした最初の衝撃波で全員壁に叩きつけられて伸びている。
ゴーストシャツで守られているため死んでいるようなことは無いが……

まともに立っているのは衝撃波を受け流し吸い取る分厚い水の壁に守られた衛悟と咎利。
光の壁で凌ぐエーテルさん。
そして赤い部屋の異空間と村正の斥力操作で防御できる上田くらいのものだ。

「ぐわああああうるせええええ……!耳がおかしくなりそうだ!まるで爆撃をうけてるようだぜ!」
「うるさい黙れ集中させろ!」
爆音にうめく咎利に衛悟が水の壁を維持しながら怒鳴り返す。

「実際これは光も熱も無いが戦闘機によるミサイルの雨とそう変わらん!
音速を超えることによって発生する衝撃波の爆撃だ!都市伝説で防御できない一般人が今の暦に近づいたら原型も残らんぞ!」
エーテルも洞窟の壁際で、傷付いた体を叱咤して防御している。

相対するワカンタンカ=ガイア仮説もまた怪物である。
吹き上がるマントル、津波、ツララ交じりの猛吹雪と雪崩……
降り注ぐ隕石や特大の雷……


暦はその全てを移動の際発する衝撃で吹き飛ばし、すり抜け……
突き進み、そして吠えた。

120 煉獄の時間の終わり・神殺しの娘 ◆DkTJZY1IGo:2011/12/11(日) 21:46:59 ID:Q6skT/m2
「私は今、生まれた意味を知った!
何故私が時間の主人にして友人にして奴隷であるのかを。
人間だけが時を区切ることが出来る。
私は人に【時間】を与える為にやってきたのよ!」

暦は超加速状態で弾道ミサイルのようなドロップキックをワカンタンカの憑代である宝石地球儀にかました。
宝石で出来た地球儀は暴投されたボーリングの珠のように何度も壁と地面に叩きつけられながら跳ねた。
ワカンタンカに入った皹が広がる。
それでも暦は止まらない。

「未来を、生命を……
そして全ての生命が享受すべき時間、愚行を考える、大人になるための【時間】を!
私は命を賭してそれを世界に訴える為に此処に来た!
これが私の【選択】よ!だから……後の世界は都市伝説と人間……私達全てに任せて……」

暦はレアード複葉機のナイフを振りぬき一閃。
ナイフから染み出る黒、止まった時空。
それが弧を書く軌道に沿って黒い月を中空に描く。
完全に静止させられた時空は世界の動く自転の速度そのままに置き去りにされ……


「時に抱かれて……!神様は眠ってろぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!!」

黒い月が飛ぶ。
ワカンタンカの意思の玉座。
宝石の地球儀に入った、皹に向けて。

暦の一撃は、確かに、神に向けて致命の一打を決めた。
石は最初に膨張し、次に収縮した。
最後にもう一度膨張した。
そして……爆発した。

121 煉獄の時間の終わり・神殺しの娘 ◆DkTJZY1IGo:2011/12/11(日) 21:48:11 ID:Q6skT/m2


光の柱が垂直に立ち上り岩盤の全てを一気に貫いて地表に噴出する。
奇しくもその場所は中央高校の校庭に大穴を空けた。
学校町全体の地面が断続的に揺れ続け
その場に残った全員が落ちてくる岩や小石や砂を防ぐのに精一杯だった。
地震と光の柱が収まった後には、ワカンタンカは居なかった。
完全に、消滅していた。

その爆発の大音響の中で、私達は確かに聞いた。

『良くぞこの私に逆らった!もう一人前だな!』
『そしてそなたらの選択を我は歓迎する!』
『そなたらのような人間を我はずっと待っていた』
『清らかで強い意志を持って世界に対峙する』
『勇敢な誰かと世界を眺めたいと常々思っていたのだ』
『痛く、辛く、深い哀しみが有った。それでも価値はあった』
『今は都市伝説と呼ばれる全ての精霊と、それと手を携えるべき人との無限の可能性を見出せたのだからな……』
『これからは御前達の時間だ!!その思いを胸に……我は……眠りに……』

それは言葉ではなかった。
暦たちの脳内に直接文章が書き込まれた。
私だけが見て取り、上田さんだけが聞いていたものとは違う
はっきりとした明瞭な声。それをこの場にいた全ての人が見て取り、聞き取れた。
こうして……神は眠りに付いた。

122 煉獄の時間の終わり・神殺しの娘 ◆DkTJZY1IGo:2011/12/11(日) 21:48:44 ID:Q6skT/m2

「夜が……明ける……」
ワカンタンカの爆発が開けた中央高校の校庭から……
朝日の光が差し込む……
永劫の繰り返しに閉じ込められた時間が動き出し
まるで、眠りに付いた世界の意思が
都市伝説と人との新たな門出と新しい時代を祝っているようだ……

「世界に認められて……都市伝説と人の新しい時代が始まる……というのか?」
エーテルがふと予言の一説を繰り返す。

「う、うわぁあああああああああん!
やったー!やっと終わったよー!
皆ありがとうー!……そして体中とんでもなく痛いよぉぉ!!!!!」


……to be epilogue

123煉獄の時間エピローグ ◆DkTJZY1IGo:2011/12/24(土) 20:02:12 ID:N4jadJPY


神は眠りに付きました。
全ての空想科学系都市伝説の頂点
この星の魂、万物の精霊の王。
ガイア仮説=ワカンタンカ。
哀しみの蒼に満ちた心が、最後には希望の蒼に変われた。
最後に人の可能性を示せてよかった。
……今度は何百年後に目を覚ますのかしら。
おやすみなさい。良い、夢を。
私達は人の業を背負って、これからも都市伝説と共に歩み、戦っていきます。

「分かっていたけど全身ズタボロだなあ……」

暦は学校町の病院のロビーで苦笑を漏らした。

あれから私達は衛悟も咎利も戦闘終了後緊張の糸が切れた瞬間共にぶっ倒れた。
その後エーテルさんの部下のE−No.達の手によってこの病院に担ぎ込まれたらしいことを衛悟から聞いた。
エーテルさんと上田さんはあの戦いの後でも普通にしてたらしい。
私にはちょっとまねできない。
私は今松葉杖を手にリハビリ中だ。
超加速の無理がたたった足は特に酷い。
細かな皹は数え切れないし筋も痛めてしまっている。
心の力の回復を待って上田さんの所に報酬を払いに行かなきゃなーと
そんなことを思っていると声をかけられた。

124煉獄の時間エピローグ ◆DkTJZY1IGo:2011/12/24(土) 20:02:44 ID:N4jadJPY


「あ、暦ちゃんだー」
「亜里沙ちゃん!?」

指に包帯を巻いた亜里沙がこっちに近づいてくる。
考えても見れば、この病院に入院していてもおかしくはない。
私はちくりと胸が痛んだ。

「大変だったねー。ニュースで見たよー。
衛悟君や咎利君と一緒に校庭で戦時中の不発弾の爆発に巻き込まれちゃうなんて」

どうやら、組織の情報操作であの闘いの痕跡はそういうことになっているらしい。

「あ、あはは……怪我はしたけど大丈夫、この通り生きてるし
……それより亜里沙ちゃん……手、大丈夫なの?」

スイッチを押した結果を無差別の爆殺に摩り替える忌まわしき都市伝説
ボタンプッシュシンドロームから亜里沙を解放するためとはいえ
時を止めた状態で彼女の指ごと都市伝説を切断した犯人が自分であることを考えると恐ろしく憂鬱だ。

「あ、これ?うん……私も駅のホームで電光掲示板の落下事故に巻き込まれて……
お医者さんの話ではすっぱりと切れちゃったてたからかえって繋ぎやすかったんだってさ。
麻酔が切れた後は地獄だったけど……
でもちゃんとリハビリをすれば半年後くらいには元通りに動くようになりそうだってさ」

「ええと……その……なんといっていいのか……」

125煉獄の時間エピローグ ◆DkTJZY1IGo:2011/12/24(土) 20:03:44 ID:N4jadJPY


よかった、何時もの亜里沙だ。
あの時は確認する暇も無かったが……
彼女に重傷を負わせてしまったが元に戻ると聞いて本当に良かった。

「まあでも、凄く酷い目にあったけど悪い夢から覚めた気もするんだ。
何かとても恐ろしいことがあったような……」
「それは、きっと悪い夢よ」
きっぱりと私は断言する。
亜里沙は都市伝説に巻きこまれて只でさえひどい目にあっているのだ。
これ以上はいいだろう。
「うん、そうだねーお互いさっさと直してまた部室で会おうよ!
暦ちゃんもお大事にね!」
「亜里沙ちゃんもお大事に……」
そういって亜里沙は去っていった。
「ふう〜……」
なんだかどっと疲れた。だけど、これも私が抱えるべき業なのだろう。
少なくとも……一人は救えた……はずだ……。
亜里沙を見送りながら、私はそう力なく口の中で呟いた。

126煉獄の時間エピローグ ◆DkTJZY1IGo:2011/12/24(土) 20:04:15 ID:N4jadJPY
ギブスでガッチガチに固めた足が痛むけれど私は衛悟と咎利の病室に向かった。
「こんちわー」
「おーす!」
「マジで濃い三日だったよな……」
私にとっては本当に永遠のように長い72時間だったよ……
咎利がラジオの国際ニュースをつけっぱなしにしている。
ヘンペルは爆睡している。
国際宇宙ステーションの運営は順調。
アメリカのインディアン問題については貧困と医療格差は依然として重大な問題だが
一部の部族は経済的自立を達成し
現在の大統領は先住民の主権を強く支持する意見を表明した。
エーテルさん辺りか組織が手を回したのかな?
未来は、少しだけ善い方向に向かったようだ。
「お疲れ様」
病室の窓の外からぶら下がった蜘蛛がそう囁いた。
「ありがと、イクトミ。
ああ、でももう暫くはでっかい都市伝説と戦いたくないよ〜……」
「ああ、全くだ……」
「俺たちにはちと荷が重すぎたもんなあ……」
咎利と衛悟も心底から首を縦に振った。
「せめて怪我が直るまではゆっくり休みたいよ……」
暦は苦笑いを浮かべながらそうこたえた。

都市伝説は何れ惹かれあう。
彼女達の安らぎが何時乱されるかは分からない。
だが今、暫くは……

end……?

127小ネタ・こんな平和なクリスマス ◆DkTJZY1IGo:2011/12/25(日) 20:31:24 ID:UP3idCR.

学校町のカラオケボックスの中に
何人かの高校生と多数の人外が集まって騒いでいた。
知る人が知れば彼らは一騎当千の都市伝説とその契約者だったのだが
盛り上がる彼らに今はそんなことは関係なかった。
約二名ほど常人も紛れ込んでいるが。
「鳥うめえ!!酒うめえ!煙草うめぇ!」
健康優良不良高校生矢田咎利がカラオケそっちのけでローストチキンをがっついている。
「色々といいたいことは有るけど咎利は咎利だなあ……」
その隣では濡羽色の髪の少女ヘンペルがカシスオレンジの入ったグラスを舐めている。
「俺は本当はこんな事をしてる場合じゃないんだが……仕事が……
リア充爆発しろとか都市伝説が活性化して騒ぎを起こすに決まって……」
「もう!エーテルはいつもそればっかり……部下の人がせっかく気を利かせてスケジュールを
空けてくれたんだからたまには休もうよ。
四文字の息子の誕生日ってのがちょっとあれだけど、折角なんだから……
ほら、もっとお酒でものみなよ」
「あ、俺がお酌しますよ」
その隣では組織のえらい人の赤毛の黒服とその都市伝説の銀髪ツインテ悪魔少女
そしてその部下の契約者の少年がちょっとぎこちないやり取りをしている。
「んっく……んっく……ぷはっー!
私が時間を忘れて只の女子高生やって何が悪いって言うのよ〜!!」
高いシャンパンをラッパのみしているリボンが特徴的
そしてちょっとテレピン油の香りのする女子高生が出来上がっていた。
「こ、暦……さん、俺ら未成年……」
「こまけぇ事はいいんだよ!!」
「咎利もああいってる〜
……おい、衛悟、私にも注げ」
「え!?あの、その辺にしといた方が……」
「ああん?時間は誰も待ちはしない。
今私は時間を忘れたいの、だから 早 く し ろ」
衛悟の喉元にいつの間にか優しくたおやかな腕が絡められ
その手元にはいつの間にかパレットナイフが握られていた。
「はぃいいい!」
「衛悟、お前も飲め」
「喜んで頂かせて頂きます……」
「それで良し……ああ、今だけが〜私の全てさ〜♪」
「暦ちゃんって飲むと人格変わるのね……」
この場に紛れ込んだ完全一般女子高生如月がちょっと引いていた。
「ウーロン茶をウーロンハイに摩り替えたのは不味かったかなー
あんなに張っちゃけるとは予想外予想外
まあいいや!うたう!」
「あんたの仕業か亜里沙!しかもいい加減にマイク放しなさいよ!」
そんな感じのカオスかつ平穏で馬鹿騒ぎのクリスマスの夜は更けていく……
この時ばかりは彼らは都市伝説、人、契約者といった宿命と自分が何であるかを忘れられ
年相応の少年少女、男と女として
共に浮かれ、騒ぎ、踊り、謳い、飲み明かす。
彼らは都市伝説と共に生き、共に戦ったのだから、
戦の後の戦勝パーティじみた馬鹿騒ぎも許されるだろう……
少なくとも今このとき、次なる戦いのときまでは……

128山中にて ◆HdHJ3cJJ7Q:2011/12/26(月) 23:05:00 ID:ANaUznw2


鬱蒼とした薄暗い森。
木々の間から覗く空は星の瞬きも見えず、深い暗闇が広がっている。
木々は繁っているにも関わらず、虫の鳴く声すら聞こえない。
それどころか木の葉の擦れる音一つ無く、静まり返っていた。


草を踏み分ける足音。
でこぼことした地面は歩きにくいはずだが、イクトミも着物(と言っても浴衣のような簡易なもの)の葉もスタスタと歩いている。

「静かだな。来るときはもっといろいろ音がしてたんだが」
「ふふふ、この辺は自然が多いからね、いろいろいるんだよ」
「でも自然の動物ではなかったかもしれないな」
「んん、なんで?」
「姿が見えなかった。物音や気配はあるのに全く見当たらなかったんだよ」
「ふーん、意外と鋭いんだ」
「それとは逆にここは静か過ぎる。それに生き物の気配がないし、光源がないのに周囲が見える」
「まぁ、まだ半分私の領域の中だから」
「葉の能力とは関係ないものだったのか?」
「たぶんね。むかしからいるナニカだろうね」
「ナニカ、ね」
「同じ景色、見なれないモノ、自分のうしろ、姿を問わず生き物。こういう場所ではそういうモノには用心したほうがいい」

行く手に、地面がうねり木の幹が横たわっている大きな段差があった。
先を行くイクトミは段差に上り、葉に手を差し出す。
葉は少しの間差し出された手を見ていたが、すぐに手をとり段差を越えた。

「まだまっすぐか?」
「うん、もうすぐだよ」

暗い森を歩いていく。




鬱蒼とした薄暗い森。
木々の間から覗く空は、墨を流したように黒い。
木々は繁っているにも関わらず、生き物の気配はない。
木の葉の擦れる音が静かに響いている。


イクトミと葉が草を踏み分ける音を発てながら歩いている。
前方を見ていたイクトミが口を開く。

「……なあ」
「ん?」
「あの倒れてる幹、見覚えあるんだが」
「ああ、あるね」
「さっき通ったよな」
「通ったね、何回か」
「……何故?」
「未練?」
「……何の?」
「えー、だってあの段差上るときいつも、裾から出た私の脚見てたしー」
「くっ、それは……男の性なんだ……! つい目が行ってしまうんだ……!」
「まあ別にいいけど。私は心が広いからな、空のように」
(……山の空って天気が変わりやすいよな)
「ん、何か言った?」
「何も」

行く手に、地面がうねり木の幹が横たわっている大きな段差があった。
イクトミの手を取り、葉は裾がはだけないように押さえつつ段差を上った。

「まあ、私がちょっと不用心だったのかもな」

129山中にて ◆HdHJ3cJJ7Q:2011/12/26(月) 23:09:52 ID:ANaUznw2




鬱蒼とした薄暗い森。
木々の間から覗く空は濃い紺色をしている。
木々がときおり風に吹かれてざわざわと鳴っている。


イクトミと葉が草を踏み分け歩いてきた。
葉の足音が少し乱れてきている。

「疲れたのか、大丈夫か?」
「大丈夫だよ、問題ない」
「そうか」

イクトミは葉の返事と顔色を見て大丈夫だと思い前を向いた。
行く手に、地面がうねり木の幹が横たわっている大きな段差があった。

「おい、またあの段差来たぞ」
「あぁあれ、未練とかじゃなくて私が適当に場所作ったら同じ景色になっちゃったんだ」
「なん……だと……」
「今ね、後ろの広がっちゃった空間を畳んでるんだよ。やったことないからうまくできなくて」

今までと同じようにイクトミが差し出した手に、葉は手を伸ばす。
イクトミは手を引っ張りあげようとして、それが出来なかった。
葉の手が霧のようにすり抜けたから。

「な、なんだ!?」
「あー。まずいなぁ。このまま外に行ったら、腕から解けかねない」

すり抜けた腕を見ながら葉は呟いた。
よく見ると二の腕の辺りまで輪郭がぼやけている。

「それ、大丈夫なのか?」
「むぅ、初めてだからうまくいかん」
「どうなってるんだ」
「うーん。今までは霊体みたいなもので、お前がさわったりできたのは私の領域の中だからだと思う」
「なるほど」
「それで、外に出るために私に私の形をあたえてー、えー、散らばってる力をかき集めてるような?」
「散らばってる?」
「目の前にいるのも私だけどこの空間自体も私、みたいなかんじ?」
「あー、そういうことか。曖昧で分かりづらいが。霊体と実体を持っている例もあるし……」
「専門でなんて言うのかは知らないし、私も直感的に言ってるだけだから。……どうにかするからちょっと待ってて」

葉は腕を確立させるために集中し始めた。
イクトミはその様子を見ながら真面目な顔して考え込んでいる。

「むー、うまくいかん。……あ、そうだ、糸出して」
「……あ、悪い聞いてなかった、何だって?」
「糸出して、蜘蛛の糸、繭みたいに。力の篭った糸ならそれを添え木にしてできそうな気がする」
「ほれ」
「ありがと。……ん、これでとりあえずいいと思う。そのうち固まる、たぶん」
「……不安だ」

とりあえず問題が片付いた二人は先へと進む。
しかし段差を上ったところで葉は躓いてしまった。
イクトミが支えていたためにこける事はなかった。

「大丈夫か?」
「んん、だいぶ疲れてるのかも、しれない」

歩き出す。
葉は足を引きずっているようにも見える。
その様子にイクトミはまた考え込んでいる。

そして二人はこの異界を抜け出る。

どこかに続く

130はないちもんめ ◆YdAUTYI0AY:2011/12/30(金) 23:52:52 ID:liV67U/k
ここ最近、目撃情報が相次いでいた都市伝説『口裂け女』を”ソレ”は意図も簡単に追い詰めた。
片腕で鉄骨を振り回す程の圧倒的な腕力。
口裂け女の攻撃を一切受け付けない強固な防御力。
そして、口裂け女を上回る驚異的な速度で圧倒し、追い込み、追い詰め、鉄骨を振り上げる。

「また噛ませ役か グチャッ

彼女の断末魔は聞かなかった事にする。
いや、気持ちは非常に良くわかるんだけどさ・・・
何はともあれ、口裂け女を駆逐した”ソレ”は血のこびり付いた鉄骨を担いでこちらに近づいてきた。

          /⌒\
         / / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\      / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
         |/             \  <  今、○ック殺してきた。リアルで。
         /   ∠,,_ノ ソ _ ,,.. _)   \__________________
        /|  '',,((ノ )   ノ (\)  |
        | |     ̄'      ̄ イ   ハァ ハァ
        \| υ     、_/ロロロ)_ ノ
        /         ̄ ̄  \
        /|    υ          \
        ( .|    /  ノ ̄ ̄ ̄)  ノ  \
       ヽ.|◯  |   ノ ̄ ̄ ̄)  /\ ○\
       /.|  o .|  ノ ̄ ̄ ̄) /  \ o゚ \

131はないちもんめ ◆YdAUTYI0AY:2011/12/30(金) 23:53:24 ID:liV67U/k
「ムッ○じゃないよね、口裂け女だよね」
「細かい事を気にしない」
細かく無いと思うんだけどどうだろうか?

彼は『○チャピン』に纏わる都市伝説の契約者。
ほら、あのガチャ○ンは軍の作ったパワードスーツとかそういう類の。
僕が文化祭に向けて作った着ぐるみを通して偶然契約してしまったらしい。
それ以降共に都市伝説退治をする仲だ。
僕が着ぐるみを調整して、彼が戦う。
それだけ、それだけの関係で、別に友人でも何でも無いんだけど・・・

「そんじゃ、帰るか」
ガ○ャピンの言葉に僕も頷く
「所で気になってたんだけどさ」
「?」
「これ、怒られないのか?こう、著作権的に」
夢の国騒動でミッ○―とかディ○ニーとかやったから大丈夫だ、問題ない
特にオチも無く終る

132ワンレスネタ:2012/01/05(木) 22:28:55 ID:tKNc3ddo
「ハッピーバースデー」

「ああ、ちょっと早い二十歳の誕生日だ」

「覚えているかい?昔の約束」

「うん、忘れてはいないさ」

「そんな笑顔で言う奴は初めて見たよ
 俺がこうやって尋ねた奴は皆顔面を蒼白にして首を横に振ったもんだ」

「そうなの?僕にとってはありがたいことなんだけどなあ……」

「くっ……ふふ」

「笑うこと無いじゃないか!」

「いや、なに……あんまりおかしかったんでねえ」

「涙、出てるよ?」

「馬鹿、これは心の汗だ」

「馬鹿なのはどっちなのさ」

「あーあ、こういうのも結構悪くないもんだな」

「こういうのって?」

「誰かに恐れられるんじゃなくて誰かに感謝されるような生き方」

「ふふふ、そう?」

「感謝しているぜ、あんたにはよ」

「ああ……感謝はこっちこそさ、君のお陰で二十歳まで生きていることができたよ」

「……あーあ、なんで死ぬかなあお前は」

「命ってのはそれだから面白い。時間が来た、さらばだムラサキカガミ」

「また会おうぜ友人」

「え、それって……?」

「……生きていりゃあまた会えるさ、待ってるぜ、友人」

133(転載はしていただかなくていいです):2012/01/06(金) 03:32:18 ID:hZE8aa6c
久々に来たついでに、今思いついた設定だけ都市伝説をこっそり置いて行きますね

「毒性の芯」
鉛筆の芯には人体に有害な物質が含まれており、芯を舐めたり刺さったりすると死ぬ、というもの。
能力は「鉛筆の芯を毒に変える」本来なら芯が鉛とされ、
芯に直接触れるだけでも体内に毒を少量ながら吸収させ、皮膚を貫き直接体内に打ち込めれば数分と持たず死に至らせる。
制約は、「鉛筆自体は契約者の自腹」「鉛筆を指したりするのも契約者の努力」「発動中は契約者本人にも有効」

134如月のロゼッタ ◆DkTJZY1IGo:2012/01/07(土) 21:47:37 ID:vvqKK.Q.
ショートボブの少女、如月風乃は
中央高校の美術室で一人寂しく絵を描いていた。
彼女の友達の小島亜里沙も空野暦も今は居ない。
亜里沙は駅のホームの落下事故に巻き込まれて入院中。
暦も衛悟や咎利と一緒に
校庭で戦時中の不発弾の爆発事故に巻き込まれて大怪我を負った。
「二人とも命が助かってよかったけれど……」
だけどあの事故が起こった翌日、私は奇妙な文言を何処かで見た気がする。
【ハウ・ザ・アース・ヴォズ・ウォン】
【地球はこうして勝ち取られた】
意味は良く分からないが良くあることなので気にしていない。
香介君は今日は来ていない。
高元先生はさっき一度見に来たが
忙しいらしくまた職員室に戻ってきた。
そのため、今美術室に居るのは如月一人だ。
彼女は影が薄いと良く言われる。
よく居たっけ?と質問されるのはしょっちゅうだ。
「そりゃ暦ちゃんみたいに天然系じゃないし
亜里沙ちゃんみたいに底抜けに明るいわけでもなし。
というか中央高校の皆が濃すぎるのよ」
しかし、今日は誰も答えを返す人は居ない。
「帰ろう……」
帰る前に図書館で何か本を借りていこう。
如月は図書室で一冊の本を借りていった。
タイトルは「2001年宇宙の旅」
今から四十年前に書かれたSF小説だ。
帰り道、何気なく空き地を見渡すと猫が集会をしている。
だが車座になった猫の集会の中心に居るのは
どうみても段ボール箱を被った猫耳猫尻尾をつけた女の子だ。
その女の子の下には
【生きているか死んでいるか観測するまで分かりません】
【九つ命をもっています】
とかの文字が浮かんでいる気がした。
みゃーみゃーみゃーみゃとても騒々しい。
「ぶち騒がしい、とりあえずわれらうちの話を聞けみゃー」
猫耳猫尻尾の女の子が地面をポン!と叩くと猫達がいっせいに黙った。
とりあえず皆気がついていないようなので
私もスルーすることにする。
なんだか今日は奇妙な日だ。
何気なく見た飛んでいる蝶の下に
【香港で羽ばたくとニューヨークでハリケーンが起きます】
とか書いてあったり。
野に咲く花の周囲に飛んでいる熊蜂の下には
【可能性の象徴、科学に飛べる事を否定されても】
【気合と根性で自分が飛べると信じているから飛んでいます】
とか書いてある。
「相変わらず詩的で面白いなあ」
思わずクスッと如月風乃の顔に笑みが浮かんだ。
咎利君の連れているカラスには
【この世の事例を全て調べ尽くすことが出来ます】
衛悟君の体には直接
【水は溶け合ったものの全てを記憶しています】
暦ちゃんは
【セスナ機と複葉機が時間を越えて事故を起こしました】
亜里沙ちゃんは
【全てのスイッチを同時に押すと爆発します】
だけど亜里沙ちゃんの文字は掠れていて殆ど読み取れない。
こんな調子でこういう風に書き込まれていた。
というか中央高校の学校にいる人は生徒も先生も皆そんな人ばかりだ。
中にはぞっとするような文面もあるけれど。
まあ、深く考えても仕方が無いけど。

「ただいまー」

今日も一日世は述べて事もなし。
玄関の靴入れの隣に置いてある
ロゼッタ・ストーンのレプリカの置物をつるりとなでて家に入る。
その下には【困難なものを解読する暗喩です】だって。
気になって調べて見たけど
英語圏のことわざや隠喩で、
ロゼッタ・ストーンは解読することを言うんだってさ。
ロゼッタストーンの中身はプトレマイウス王の治世について書かれた
エジプトの歴史書だったけどその解読が難航したことからそういう慣用句になったみたい。

【続く?】

135如月のロゼッタ2 ◆DkTJZY1IGo:2012/01/09(月) 21:23:54 ID:KelWuKl6
如月風乃は自宅で日記をつけていた。
彼女のひそやかな趣味は今まで見てきた【文字つき】の物に対して
記録する事なのだ。
パラパラとページを捲ると色々なものについて書かれている。
【文字】は有る人と無い人、書いてある無機物とそうでない普通の物もある。
フォントや文字の大きさ、文字色がそれぞれ違う。
大体は明朝体黒文字なのだが……
時たまフォントが違う。
街中で見かけた蜘蛛
フォント・《金文体》
文字サイズ・大
【全ての蜘蛛の王、ちょっとエッチなトリックスター】
【大地と空の生き物だから絶対に水に近づいてはいけないと母に言われました】
【かつて父に翼を求めた事がある】
【彼の父、彼の母は……】
此処から先はかすれて読めなかった。
金文体のフォントがあるのは随分珍しい。
咎利君が連れてるカラスも金文体だったけど
文字サイズが中だった。
・町で見かけたマスクをした女の人
フォント《白舟古印体教漢》
文字サイズ・小
【足が速いです。所によっては浮けます】
【質問に答えてはいけません、殺されます】
【鼈甲飴を上げるかポマードと三回唱えて逃げましょう】
白舟古印体教漢、つまりはホラーフォントで文字が浮き上がる奴はヤバイ。
大抵はぞっとするような文面が書いてある。
・包帯ぐるぐる巻きで日本刀かついで自転車に乗ってた人
フォント《白舟古印体教漢》
文字サイズ・中
【気づかれる前にとりあえず隠れろ】
【斬り捨てられると貴方も同じ者になります】
【単体ならとりあえず言うとおりにしておけ】
【群れている場合は一体に分断して上記】
反対に丸文字フォントの文体の奴は無害。
今日見た熊蜂もこれだった。
・古い屋敷に住んでる小さな和服の女の子
フォント《丸文字》
文字サイズ・小
【宿る家は富貴自在です】
変わった所ではMSPゴシック。
身近な人では衛悟君の文体がこれだ。
・人形の館に住んでる黒服赤髪のアメリカ人
フォント《MSPゴシック》
文字サイズ・大
【光が伝播する媒質】
【かつてこの質量の無い物質の風が吹いているとされていた】
何の事だか良く分からない。
・人形の館に住んでるツインテールの女の子
フォント《ブラックレター》
文字サイズ・中
【分子を整理整頓してエネルギーを取り出せます】
・ALTのディラン先生
フォント《ブラックレター》
文字サイズ・中
【睡眠中の人の体力を奪い取れます】
【人の情欲を司ることが出来ます】
うーん……おどおどしてて
そういう人には見えないんだけどなあ……
・ヒハハハハと笑う男の子と一緒に居た青髪青瞳の少女
フォント《カラオケテロップ》
文字サイズ・中
【幼くして亡くなったもし娘が生きていたら……】
【歌詞の内容を変えて色々出来ます】
カラオケテロップのついたのは珍しいなあ……
【続く?】

136悔い改めよハーレクィン!と彼女は言われた ◆DkTJZY1IGo:2012/01/22(日) 11:31:13 ID:zDxIm6pA
今回の物語は日夜都市伝説が蠢き戦いや騒動を繰り広げる
学校町の話――ではない。
それは、特別に暑苦しい昼下がりの事だった。
千葉県夜刀浦市民会館二階ホールにて
フォトモンタージュ現代美術展が
開かれている事を知る人間は殆ど居なかった。
別段秘密にされていた訳でもない。
市民会報や掲示板にはちゃんとお知らせのビラが貼られていたし
ネット上の市のホームページの行事欄にはきちんと記載されている。
ただ、興味の対象として捕らえる事が出来なかったのだ。
皆、日々の生活や興味の対象は幾らでもある。
態々それを見に行くものの殆どが
美術自体を生業にするものや出展した関係者達だ。
だから……彼女が偶然にこの美術展を知り
此処に訪れた事は夜刀浦市民にとって非常な幸運だっただろう。
「おもしろいわねー」
人も疎らな美術展の会場で一人の女子高生が真剣に
モンタージュ写真を見ている。
彼女の名前は空野暦。
リボンと艶やかな長い黒髪が特徴的な女の子。
そして出来うる事なら平穏な日々を送りたいと
心底から願っている契約者でもある。
「痛っつつつつつ……」
暦は痛みに対しては我慢強いと自負しているが……
彼女の左足にはまだゴツいギブスが厳重に撒かれ
松葉杖を付かねば歩く事すらままならない状態である。
これはとある都市伝説との戦いの後遺症だ。
「靭帯はズタズタだし骨は粉々だもんねぇ……」
叫びを上げてもおかしくないし恥ではない重症だ。
知り合いの伝を当たって都市伝説による治癒を施せば
こういう傷など直ぐに治ってしまう。
いや、寧ろ自分の都市伝説を使用すれば
一瞬すらも掛からないのだが……
「油絵が専門だけどフォトモンタージュも
表現方法の勉強になるわー」
都市伝説に頼りすぎれば飲み込まれてしまうかもしれない。
それに今は少し戦いの輪廻を離れたい気分だったのだ。

137悔い改めよハーレクィン!と彼女は言われた ◆DkTJZY1IGo:2012/01/22(日) 11:31:59 ID:zDxIm6pA
リハビリがてら3時間かけてこんな遠くの街の美術展まで来てしまう辺り……
少し普通の人と既にずれているような気もしないでもないが……
「えーと……次はー」
さまざまな写真によって芸術的なモンタージュになっているモノクロ写真が目に入った。
機械仕掛けを写した画像のカットが、男の姿の上につぎはぎされている。
彼の胴体からは歯車とワイヤーが突き出し、片方の目は小さな時計の文字盤に置き換えられていた。
それは機械人間の肖像画だった。
『人皮機械』
それがその肖像モンタージュ写真のタイトルだった。
美術品の出来としては非常に良い出来だ。
吸いつけられるように目が離せない。
「泣き叫べ、と時計に言われたんだ」
と見知らぬ男の肖像画がしゃべった気がした。
それはまるで質の悪い電話から聞こえてくるようなキーキー声だった。
暦は驚いてあとずさった。
「何これ……こんな禍々しい絵見たこと無い……」
これは……怪異だ。
さっさとこんな写真からは離れたかったのだが
どういうわけかこの写真から離れる事も目をそらすことも出来ない。
黙って暦は時計の文字盤の形をしたその写真の目を見つめる。
気力を総動員してこの絵を読み解こうとするように。
……作り手の感情の色が一切見て取れない。
人と機械がこの上なく醜いバランスで混在しているのに美しい。
混沌としているのに……
震える指でまさぐった制服のポケットに硬いものが当たる。
その途端暦はこの何ヶ月間持ち歩きはするものの
使用を禁じていた自らの都市伝説の存在を思い出す。
時を駆ける翼……レアード複葉機から創られたナイフの事を。
心を決めて躊躇い無く刃の部分を強く握り締めると鋭い痛みが走る。
それでようやく目を逸らす事が出来た。
すると何時の間に現れたか、直ぐ近くに謎の黒人が立っている。
時計の文字盤の透かしが入ったモノクル(片眼鏡)を掛け
蜘蛛の巣のような模様が入った黒のタキシードを着た中年紳士だ
これまた黒くて硬そうな帽子を被って黒い葉巻を吸っている。
顔色まで黒人の平均以上に黒い。
その紳士は先ほどから暦を観察していたのだろう。
哂って頷きかけてきた。

138悔い改めよハーレクィン!と彼女は言われた ◆DkTJZY1IGo:2012/01/22(日) 11:32:45 ID:zDxIm6pA
「君の持っているナイフは凄いね」
奇妙に抑揚の無い声だった。
「力を欲する契約者皆から羨ましがられるだろう」
「あんまり欲しくなかったんだけど……まあ成り行きで……」
「それでは君は幸運な娘だね」
氷点下のように辺りは寒い。
幾ら今日が暑いとはいえクーラーが効き過ぎでないだろうか。
「ところが君はそう嬉しそうでもないようだね」
黒い紳士は薄哂いを浮かべながら言った。
暦は微かに頷いた。
「暫く君を見ていたんだが……
どうやら君は力と才能ある選ばれし者なのに
人間との遊び方をまるっきり知らないようだね」
「……人付き合いは上手じゃないのよ」
「一つこの私が教えてあげようか」
暦は黙って頷いた。
「人は己に無い物を欲しがる」
紳士の声は妙に抑揚無く続けた。
「人の魂は欲望の塊、罪の詰まった袋だ。
利のない友達など決して長続きはしない。
快楽を与えてくれないものなどに見向きもしないんだ」
暦はなんだか催眠術に掛けられている気分になってきた。
「その力があれば君はそれこそなんだって出来るんだよ?
君はただ一方的に奪い、好きな者や友達にそれを与えるだけでいいんだ。
気兼ねも遠慮も必要ない。
権力者や人生の勝利者は皆やっている事さ。
弱者だけがくだらない道徳をよく唱えて
その弱肉強食の宇宙のコトワリから目をそむける。
いちいち魚の身になっていたら刺身は食べられないだろ?
苦しみに喘ぐ者が居る一方でそんな不幸や惨めさとは無縁のもの……
いや、むしろそういう弱い敗者を踏みつけにすることで
自らの幸福や平穏のありがたさをしみじみと実感できるものさ」
「ううう……」
「君だって本当は分かっているんだろう?強者なんだから。
奇麗事では何一つ解決しない。
決断できる強者の闘争と力のみが全てを解決していた。
他の人間より力を手にいれ、成功し、金持ちになった人間には
友情だの間の名誉だのはひとりでに集まってくるものだ。
どうだね?人間との遊び方がこれでよく分かったかね?」
「そりゃ……もうよくわかったけどさ……」

139悔い改めよハーレクィン!と彼女は言われた ◆DkTJZY1IGo:2012/01/22(日) 11:33:41 ID:zDxIm6pA
「ただ素直に心の赴くがままに従って
君の力で素敵なものを集めればいいんだ。
この世界の素敵なもの、綺麗な物が皆貰えたら、勿論君は嬉しいだろ?
いいよ!皆君に上げよう!
いやいやお返しに何かする必要は無いよ。
ただ私が言ったとおりに君が遊んでくれるだけでいいんだ――どうだね?」
酷く甘やかな誘惑だ。
黒い紳士は嬉しげな反応を期待して暦に哂い掛ける。
暦はおぼろげながら自分が既にある種の戦いに巻き込まれていると感じた。
だがどう対応していいか掴みかねている。
この黒い紳士――おそらく人間ではない。
話す言葉は聞き取れる。
だが心の色が全く見えない。
暦は黙って首を振った。
「何だって!?これじゃまだ足りないっていうのかい??
一体何が不足なのか教えてくれないか?」
「私は振りかかる火の粉だけは払う。
……でもその生き方は好きになれない」
暦は端的にそう答えた。
黒人の紳士はガラスのような虚ろな目で暦を見つめた。
この男……白目が無い。
「そんな事は問題じゃない」
男は冷ややかな声でそう呟いた。
この人外はどういうわけか人を不安にさせる。
けれども暦はなんだかこの男が哀れに思えてならない。

140悔い改めよハーレクィン!と彼女は言われた ◆DkTJZY1IGo:2012/01/22(日) 11:35:43 ID:zDxIm6pA
「貴方の話し振りだと強者は別に何をやってもいいってことになるじゃない。
私は周りの友達も今の人生も結構気に入ってるんだから」
相手は急に顔を顰めた。
だが直ぐにまた剃刀の刃のような嘲笑いを浮かべた。
「悔い改めよ!ハーレクィン!」
まるで神のように黒い紳士は声を落として囁いた。
「時間を弄ぶ道化にすぎない人間よ、それは神を冒涜する能力だぞ。
人間の手に時間を返そうとするなど……
それは門にして鍵、全にして一、一にして全なる者にのみ許されている。
君は友達が好きだといったな?
だが君が居る事で君の友達はどういう利益を受けている?
何かの役に立つか?幸福にしているか?
いいや、そんなことはない。
多分これまで君は時間だけを見つめてそんな事気にも留めなかったんだろうね暦……
いずれにせよ、時間を操る強大な能力。
そして心の色と時間を覗き込むその才が本当に皆に受け入れられていると思っているのかい?
強大な力におののき排斥されるのが関の山なんじゃないかい?
そうだ、そのつもりは無くても、君は本当は世界の敵なんだ!!
それなのに、君はやっぱり誰かが好きだなんていうのかね?」
暦は一瞬自信が無くなってこの男の言う事は正しいのではないかとさえ思った。
「我々はただ皆を放っておいてもらいたいんだよ。
君がもし本当に友達や人間の事を大事に思うならそれに協力してくれるね?」
「えー、やだー」
何一つ真実を語っていないものに従うつもりは毛頭無い。
暦は黒い紳士の心が潜んでいる手ごたえの無い闇の中に真っ直ぐ目を向けた。
幾ら努力しても彼の心の色が見えない。
黒ですらない空っぽの透明な闇の中に落ち込んでいく気がする。
「無駄な努力など止める事だな」
皮肉っぽくニヤリと黒い紳士は笑った。
「我々に立ち向かう事など出来るわけが無い」
それでも暦は諦めなかった。
「それじゃあ、あなたの事を心底から愛してくれる人は誰も居ないの?」
男は押し黙って顔を歪めた。
「……時弄ぶ忌まわしい神殺しの小娘、何れその報いを受ける日が来るだろう」
そういって黒い紳士は消えていった……
「なんだったのかしら……一体……」
だんだんと恐ろしい寒さは引いていった。

【続く】

141悔い改めよハーレクィン!と彼女は言われた ◆DkTJZY1IGo:2012/01/25(水) 14:56:55 ID:AVkV0dGw
「しつこいなあ……あーもう……きりが無いなあ……」
千葉県夜刀浦市民会館の屋上を戦場にして空野暦は戦い続けていた。
屋上のタイルの罅割れから青黒い煙のようなものが噴出し
それが凝り固まって異形を形成する。
見た目は犬に似ているが
気弱なものは正気を欠くおぞましい見た目をしている。
注射針のようなのたくる鋭い舌。
腐った肉がカーテンのように垂れ下がり
青味がかった腐敗液を滴らせる
この上ない悪臭を漂わせながら歩く魔獣。
狂気の妄想、語られてはいけないもの。
ホラー映画のみを舞台とすべき怪異。
唯の人間が出来ることなど
本来は悲鳴を上げながら貪り食われるだけなのだが……
しかもそれに相対するのは松葉杖に寄りかかる少女だ。
だがその少女の暦は騒ぎもしない、喚きもしない。
ただ脳裏にフライト計器を呼び出す。
彼女の契約している都市伝説、レアード複葉機の効果だ。
だが空を飛ぶための計器ではない。
時空を超えるための飛行機なのだ。
時計は現在居る時間を。
人工水平儀、高度計、昇降計は空間に置ける位置を。
燃料計は心の力の残量を。
油圧系は心の力の出力を。
対気速度計は周囲の時間の加速度合いを。
タコメーターは体内時間を。
旋回計は過去に向かっているか未来に向かっているかを。
定針儀は時間跳躍先を。
ラジオスタックは現在居る世界線と元居た世界線を示している。
「範囲指定はナイフの軌道上先端部のみ……
……限定空間範囲における周囲時間最大減速……」
嵐の中を冷静に操縦桿を握るパイロットのように。

142悔い改めよハーレクィン!と彼女は言われた ◆DkTJZY1IGo:2012/01/25(水) 14:57:42 ID:AVkV0dGw
自らに襲い来る腐敗した魔犬に対し
レアード複葉機とセスナ機との翼より削りだされたナイフを片手で数度閃かせる。
……もし他の人間が彼女を見ていたらタイミングが早いと評するだろう。
敵の遙か手前でナイフを振ったようにしか見えないだろう。
暦の脳内で激しく対気速度計が減少する。
その間にも魔犬は彼女の喉笛を噛み破らんと跳躍し……
空中で見えない紐に縛られたかのようにぎこちなく止まった。
それは先ほど暦がナイフを滑らせた場所で……
    キャンバススプリット
「――空間裂く銀の翼」
暦は一言呟いた。
魔犬の喉から尻尾までが滑らかにズレ……
腐敗した肉が三枚に下ろされる。
どさ、と音を立てて切り裂かれ、再び青黒い煙になって空中に消える……
レアード複葉機の持つ時間操作能力をフル活用して
ナイフが通った軌道の空気分子の時間を限りなく減速。
ゼロに近づけて空間にピン止めする……
時間を止められたナイフの軌道上の空気分子は……
分子一個分の厚み以外持たない地上で最も鋭利な刃と化す。
その刃の檻に突っ込もうものなら五体をバラバラに寸断されて当然。
暦は只悲鳴を上げるだけがとりえの悲劇のヒロインなどでは断じてない。
運命と言う脚本に対し、力持つ人間が頑強に抗った時……
その物語はがらりと変わる。
これではモンスターの登場する恐怖劇(ホラー)ではなくB級アクション映画だ。
「……インターバルまで十五分と言った所かしら」
勝利に沸き返る訳でも安堵の息をつくわけでもない。
あの黒い紳士が消えた直後からこいつ等は現れ始めた。
先ほどから暦はこの都市伝説と戦っているが殲滅したわけではないのだ。
一時的にバラバラにしたところで
ジャスト十五分後にはまた建物や物質の角から現れる。
微かに自分の使うのと同じ時間系都市伝説と似た気配を感じる。
空間や時間を越えて逃げた所で無駄だろう。
こいつをどうにかして殺しきるしかない。
一旦落ち着いた所で携帯電話を取り出す。
とりあえず衛悟に掛けて見る。
「もしもしー衛悟ーはろーわたしー。
ん、今ちょっと千葉県夜刀浦市に居るんだけどさー。
さっきからゾンビ犬にきりなく襲われてちょっと難儀してるのよー
斬り刻めば一旦は撃退できるんだけどー。
なんかそういう都市伝説に心当たりないかなーって」

【続く】

143こっくり無残 ◆GsddUUzoJw:2012/01/26(木) 17:23:59 ID:wzVRJ8qw
※この話に用いられた方法は、ついさっき思いついた物であり効果が実際にあるとは限りません


深夜0:05、千葉県夜刀浦市の某高校にて。

「こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいで下さい。もしおいでになられましたら『はい』へお進みください」

『新年最初の獲物キタ━━━(゚∀゚)━━━!!』

ススッ

「おおっ!凄ぇ、本当に動いた!じゃあ、次は……」 『ふっふっふ……』

私は都市伝説【こっくりさん】。
生前は、立派な一匹の妖狐…………になる直前で、漁師に撃たれて命を落とした哀れな狐の霊です。
いやー最近私を呼んでくれる子供がすっかり居なくなっちゃって、ノロノロコロコロ出来なくて鬱憤たまってたんですよ、色々と。
その間暇すぎて、人間共の暮らしに溶け込んでたら何か人化の術使える様になるわ、特技が強化されるわでw
『小銭飛ばし?何それ美味しいの?』状態ですよもうwwでも別に努力したわけでもないのになー、なんでだろうなー。
……まあいっか。今はこのいたいけな男子高校生をどうやって嵌めようか考えましょう……ふっふっふ……。

『少年……君に恨みはないが、これも【こっくりさん】としての宿命なのですよ』

だから私は悪くない。悪いのは油揚げも御神酒も用意せずに、私を呼び出した君自身です。
さあ、次の質問は?

「こっくりさん、こっくりさん、あなたは女の子ですか?」 『……え?』

……え?いきなり何聞いてるのかこいつ……確かに生前は雌だったので「はい」に移行する。
おいやめろ、無言でガッツポーズすんな腹立つ。

「こっくりさん、こっくりさん、あなたの履いている下着の色は?」 『はい!?』

いや、本当に何聞いてるの!?答えるわけが「返事なし……ノーパンか」何でわかるの!?
その後も、そいつのよくわからない質問は続いた。

「こっくりさん、こっくりさん、あなたがよく着る服は?」 『いつもは巫女服だけど、って惜しい!もう少しで指を離しそうだったのに!』

「こっくりさん、こっくりさん、あなたの尻尾はモフモフですか?」 『自慢じゃないけど、まあ毛並みは良い方ね』

「こっくりさん、こっくりさん、あなたの男性経験は?」 『……その、生前に稲荷さまからお情けを……って何言わせるんじゃー!』

「こっくりさん、こっくりさん、あなたは今まで何人※しましたか?」 『ふっ……自慢じゃないけど一桁よ!少年でようやく二桁目(泣)!』


「……こんな物かな。さて、そろそろ終わりにしようか」 『よ、ようやく帰れる……』

駄目だ、精神的にもう限界。悔しいがこいつは諦めて、また次の機会を―――。

「よいしょっと」ペリッ 『はっ?』

次の瞬間、私は自分の目を疑った。先程まで五十音の並んでいた紙が、一瞬で真っ白に―――違う。

『か、紙を……二枚重ね……?』

「これで『はい』か『いいえ』しか答えられないよな。こっくりさん、こっくりさん、お願いがあるんです」

そう言ってそいつは、左手で傍らのカバンを探って、一本の万年筆を取り出した。
そしてその蓋を器用に片手で開け…………。

「俺の、新しい雌奴隷になって下さい」 『…………ふっ…………ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁ!!』

あれだけ質問した挙句に、最後は奴隷になれ!?オーケーよくわかった、要は自殺志願者かこのガキ!殺す!こいつは絶対に殺す!
そう心の中で叫びながら、私は『いいえ』の文字のところまで一気に移動した。

「危なっ、指話すとこだった……でも、嬉しいですよこっくりさん」 『は?何を言って』


「だって、わざわざ自分から『はい』に行ってくれるなんて。そんなに奴隷になりたかったんですか?」『…………!?』


思わず自分が十円を動かした場所、その下に書かれた文字を見る。そこに書かれていたのは…………『はい』。
…………なん、で…………!?ま、まさか!さっき剥がした紙の『いいえ』の部分の下に『はい』と書いて…………!

「さて、こっくりさん。もし本当に奴隷となってくれるなら、この万年筆にお入り下さい」 『……ぃ……ぃゃ……』

こいつはルールを破っていない。だから、私も【こっくりさん】のルールに従い、選ばなければいけないのだ――――――

『いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………………………!!』

――――――目の前に示された、二つの『はい』のどちらかを。(終)

144やる気なさそうな人 ◆HdHJ3cJJ7Q:2012/02/02(木) 01:01:43 ID:KNe1RgmI

少女のブーツが地を蹴る軽い音が響く。
その後にいくつもの獣の駆ける音が連なる。

少女を追う獣はジャガーマン、マヤ神話に登場する獣。
人を殺すために作られた獣はその目的を果たすために駆ける。
少女とジャガーマンの距離はどんどん縮まっていく。
ジャガーマンが少女に飛び掛かろうと一際強く地面を蹴った。
そのとき、少女がくるりと身体ごと振り返り、回転の勢いで腕を大きく振るう。
飛び掛かろうとしたジャガーマンは、しかしその寸前で二つに分かたれて崩れ落ちた。
逃げていた少女、三尾のピンと伸ばされた腕の、先から発生し肘の外側へと流れていく、鎌鼬の刃によって。

後続のジャガーマンが三尾に対して飛び掛かるが、三尾は後方に飛び上がり回避。
しかし、空中に飛び上がったところを別のジャガーマンが追撃する。
後方に飛び上がろうとしていた三尾の身体は、急にその移動方向を下向きに変え攻撃を避わす。
そして着地、そのまま疾駆しジャガーマンを切り裂く。
走りながらに鎌鼬を飛ばし、怯んだジャガーマンをすり抜け様に斬り飛ばしていく。

周囲に居たジャガーマンを片付けると、新たなジャガーマンが現れた。
三尾はジャガーマンの注意を自分に引きつけつつ、また、ジャガーマンが追いつける速度で走りだした。

145悔い改めよハーレクィン!と彼女は言われた ◆DkTJZY1IGo:2012/02/03(金) 20:52:42 ID:6OCEtBxk
「うん、うん、わかったー。
よろしくおねがいしまーす」
通話が終了する。
千葉県夜刀浦市民会館の屋上で
一人の松葉杖を付いた女子高生がのんびりと
携帯電話を片手に着信を待っている。
彼女が今しがた怪異を寸断し
数分後には戦闘が再開されるなど誰も思いはしないだろう。
先ほど、組織に務める契約者の友達に電話して
今戦っている怪異の詳細を調べてもらっている所なのだ。
程なく、電話が掛かってくる。
……間違い電話をかけてしまった、かけられたことがある人は多いだろう。
1994年、統計学上、もっとも間違われやすい電話番号が発見された。
ルーレットの配置と同じく、複雑な計算の末たどりついたナンバーだ。
だが、現在まで使われているにも関わらず、15年間間違い着信は只の1件もないらしい。
……この都市伝説と化した電話番号は……
現在、『組織』上層部へのホットラインとして使われている。
「……衛悟から話は聞いた、それは恐らく、ティンダロスの猟犬だな」
「流石エーテルさん。話が早いねー。
それってどんな都市伝説なの?」
「アメリカが発祥の都市伝説だ。
異常な角度をもつ時空に住む不浄な存在とされる。
時間旅行者の「におい」を知覚すると
その獲物を捉えるまで、時間や次元を超えて永久に追い続ける」
「対処法は?」
「ティンダロスの猟犬は「時間の角」に巣食いこの世に現出する時には
90度以下の鋭角が必要らしい。身を守るには鋭角の無い部屋に閉じこもる事。
だがこれは完全ではない。
ティンダロスの猟犬の協力者のドールに地震を起こされると破綻する」
「ふむふむ……有効な攻め手は?」
「魔術師ヴェルハディスが用いた球形のジレルスの結界石。
あるいは錬金術師エノイクラが用いた万物溶解液。
このことから球状の結界に閉じ込めるなり
コークロアなど「溶解」の性質を持った都市伝説攻撃が有効と推察される。
万物溶解液はエリクサーや賢者の石の原料だから
サンジェルマンが持っているはずだが生憎と今は連絡が付かない」
暦の中で思考が巡る。
「それだけ分かればおっけー。
……黒服は動かせそう?ちょっと借りたいんだけど……?」
「何をするつもりかしらないが……
夜刀浦市にいる事後処理用の一分隊十一名が限度だぞ?」
「十分。あそこにプラネタリウムがあるでしょ?
そこを人払いをさせた上ガシャポンの玉、ボール……
球形のものなら何でもいいわ、街からかき集めてありったけ用意させてもらえる?
後は私が何とかするわ」
暦は足を引きずりながらドーム状の屋根をしたプラネタリウムを目指す。
その顔には一切の恐怖は無い。

【続く】

146八尺様の人 ◆DkTJZY1IGo:2012/02/04(土) 12:59:55 ID:QrMUVz6Y

「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ」
荒い息を吐きながら暦はプラネタリウムを目指す。
エーテルが通話の締めに言っていた事を思い出す。
「……最後に一つだけ。
気をつけろ、今、お前は人と伝説の境界線にいる。
暦のバランスは伝説側に崩れ始めている」
「強すぎる者は、いつの世も、人として生きることを許されず、伝説となる」
「こちらには来るな」
「都市伝説を倒す事を生き方にはするな」
「俺は黒服になってしまった。
怪異を人知れず倒すを目的とした怪異に」
「だから戦友よ。心より忠告する。
都市伝説を殺す手を休め、人として生きろ……
俺にはそれが出来なかったからな……」
そういって通話は切られた。
含蓄のある言葉だ。
怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない。
深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ。
そういう風に言った哲学者が居たはずだ。
エーテルは恐らく生涯でただ一度転んだのだろう。
人と伝説を分かつ深淵の上で。
都市伝説から人を守る為に都市伝説になってしまうとは
なんと言う皮肉だろう。
「言ってる事はよく分かるけど
とりあえず此処を切り抜けないと先が無いのよね〜!」
怖くは無いけど辛い。
なんとかプラネタリウムに辿り着くと衛悟が出迎えてくれた。
彼は同じ高校に通う友達で組織に務める契約者だ。
「暦!連絡を受けてすっ飛んできたぞ、大丈夫か!?」
「あ、衛悟も来てくれたんだ〜。
全然問題ないけどしんどいよー」
「いや、あんな連絡を受けたらほっとけないだろ」
「来てくれてありがと、中の人払いは?」
「ああ、もう既に退避は完了している」
「仕事が速いわねー黒服さんもエーテルさんの薫陶が行き届いてるみたい。
衛悟にもやって欲しいことがあるんだけどいいかな?」
「俺に出来る事なら何でも」
二人して人気の無いプラネタリウムの内部に入る。
内部には先ほど頼んだとおり、ガシャポンの玉やボールなどの
街から集められた球体が山ほど積んであった。

147悔い改めよハーレクィン!と彼女は言われた ◆DkTJZY1IGo:2012/02/04(土) 13:00:30 ID:QrMUVz6Y

「それじゃ、衛悟はそこと、そこと、そこと……
あそこの入り口以外全部の九十度以下の鋭角を水で包んで」
「分かった」
衛悟の契約している「水の記憶」が発動し
プラネタリウム内部が水浸しになる。
壁の皹、人工物の直角が水の幕に覆われていく……
水が壁の角を消す。ひび割れを埋める。
人工物の直角は包まれて丸くなる。
「……流れる水に鋭角は無いわ、連続体だもの……
溶解がティンダロスによく効くのもそのせいね。
液体の中に鋭角は存在しない。
……普通の時間は円、時計の針が廻るように……
時間の角ってのは針が指し示す区切られた不自然な時間ね。
ティンダロスはそれを物質の角と同一視して如何なる時間にも現れる……
再出現のインターバルが15分なのも多分その影響」
普通の水は丸い。水滴を落とせば表面張力で自然と球形になる。
連続する流体の表面に鋭角は存在できない。
「衛悟のお陰でプラネタリウム下部の鋭角を切り取る作業をしなくてすんだわ」
プラネタリウム上部の天井は壁に星を写す性質上球形だ。
後は椅子や床にある鋭角を潰してしまえばいい。
「でもあそこの入り口をふさがなくてもいいのか?」
「私は閉じこもる為にプラネタリウムを戦場に選んだわけじゃないのよ……
もうすぐ十五分ね、さ、ボールとかガシャポンとか入り口に仕掛けるわよ」
唯一残された人工物の角から青黒い煙が立ち昇る。
暦のナイフが閃き、煙の手前でガシャポンの玉が砕けて……
「捕まえた」
時間を戻されたガシャポンの玉が再び砕かれる前の形に戻った。
ただし、ガシャポンの中には
ティンダロスが実体化する前の青黒い煙が封じられている……
青黒い煙が外に出ようともがくがガシャポンの玉はびくともしない。
「これは!!」
「やっぱり予想通りね。
実体化する前なら即席の結界石代わりのガシャポンでも捕まえられると思ったわ。
完全に出入りを封じて建物を壊されちゃったら堪らないし。
たった一個だけ鋭角を開けておけばそこから入るしかない。
時間を計って待ち伏せておけばどってこと無いわよ」
暦は逃げる為にプラネタリウムを戦場に選んだわけではない。
迎え撃つ罠を張る為に此処を選んだのだ。
「で、これで衛悟もやり方は分かったでしょ?
でも来てくれてほんとに助かったわー、持つべきものは仲間ねー。
実体化する前に水の幕で球を作って閉じ込めちゃえばいいのよ。
交代しながらやれば体力的な心配も無くなるし。
時間を稼いでいる間にもっと応援を呼んだっていいわ」
暦は普通の人間なら怪異に脅えて震えるしか出来ない時間を
待ち構えて怪異に打ち勝つ時間に変えてしまった。
「汝、時間に祈る事無かれ」
暦は煙の詰まったガシャポンの玉を拾い上げると呟く。
「特殊な能力の無い契約者じゃない普通の人だって……
角にボンドぶちまけるなりくす玉とか用意すれば同じことが出来るかもね。
怪異や都市伝説相手には頑健に抗う意思が何より大事なのよ」

【続く】

148やる気なさそうな人 ◆HdHJ3cJJ7Q:2012/02/05(日) 15:41:26 ID:kEs361so

少女のブーツが地を蹴る軽い音が響く。
その後にいくつもの獣の駆ける音が連なる。

少女を追う獣はジャガーマン、マヤ神話に登場する獣。
人を殺すために作られた獣はその目的を果たすために駆ける。
少女とジャガーマンの距離はどんどん縮まっていく。
ジャガーマンが少女に飛び掛かろうと一際強く地面を蹴った。
そのとき、少女がくるりと身体ごと振り返り、回転の勢いで腕を大きく振るう。
飛び掛かろうとしたジャガーマンは、しかしその寸前で二つに分かたれて崩れ落ちた。
逃げていた少女、三尾のピンと伸ばされた腕の、先から発生し肘の外側へと流れていく、鎌鼬の刃によって。

後続のジャガーマンが三尾に対して飛び掛かるが、三尾は後方に飛び上がり回避。
しかし、空中に飛び上がったところを別のジャガーマンが追撃する。
後方に飛び上がろうとしていた三尾の身体は、急にその移動方向を下向きに変え攻撃を避わす。
そして着地、そのまま疾駆しジャガーマンを切り裂く。
走りながらに鎌鼬を飛ばし、怯んだジャガーマンをすり抜け様に斬り飛ばしていく。

「ふぅ、数が多いです」

倒すそばから新しい個体が現れる。
ジャガーマンが来る方向を見ながら三尾は少し考え

「少し戦いかたを変えましょうか。たまには力を使わないと腕が鈍っちゃいますからね」

手に纏っていた鎌鼬が刃の形を崩す。
まるで空気を撫でているかのような動きで、前へと手を動かす。
その動きからはそよ風が生まれ、ジャガーマン達の間を吹き抜ける。
毛皮ごしでも分かる肌を刺すような冷たい風。
ジャガーマン達はその中を走ってくる。

そして一瞬の間のあと、ジャガーマンの身体に、まるで鋭い刃物で斬られたように斬り傷が走る
文字通り、【身を切られるような】冷気に触れた部分に。

三尾はジャガーマンの爪を、牙を躱し、冷気を放出しながら走る。
冷気を浴びたジャガーマンは三尾を捕らえようとするものの風のようにするりと抜けられていき、直後には全身を斬り傷に覆われ倒れる。

三尾は周囲のジャガーマンを散らさず逃さず、斬りながら駆けていく。


続くかも

149 ◆2PnxfuTa8.:2012/02/06(月) 23:01:31 ID:hBFJgZPI
【あの日あの時あの場所で君に出会わなかったら】

「そういえば気になったんですけどー」

「なんですかメルさん」

「私が倒れていた間にあの人と何の話をしていたんですか?」

「あー……ついに聞きますかそれ」

 やれやれといった様子で首を振るサンジェルマン。
 悩ましげな表情すら美しく、ため息すら星屑となる。
 これで普段のアレさが無ければ間違いなく美男子なのだが……。

「何か有ったんですか?」

「何があったと思います?」

「そりゃあ濃厚な男同士の……」

「残念ですが私は彼の祖父に義理がありますからね、少々気が引ける
 いや彼の方から誘ってくるならば満更でもないのですがどうも彼は女装した少年をホニャララするくらいの趣味しか無いみたいですし」

「oh…………」

「なんですか、偏見ですか。男同士は駄目とでもいうのですか」

「いえ、むしろ大好きです」

「よろしい」

 何がよろしいのか。

「貴女が飛行機の戦いで気絶した後、上田さんは自力で息を吹き返しました」

「え?」

「いや、私も治療しましたよ?でもなんていうか本当にキズパワーパッドレベルで……」

「ゴキブリ並っていうか究極生命体っていうか……」

「いや、彼の祖父に比べれば負けますね」

「え?」

「詳しくは現在のU-No.0が黒服になった経緯の話を読んで下さい」

「知らんがな」

「まあ私が彼にしたのはその辺りの話ですよ
 彼の一族にまつわる私が知るかぎりの話をね
 それと……あれです、あのところ彼が行ってた無茶をやめるように説得
 聞いてくれたのか聞いてくれなかったのか微妙なところでしたが」

「へぇ……」

「まあ、何を言った所で彼はもう止まることなどできなかったのでしょうけど」

「馬鹿な人だ……、本当に馬鹿な人だよ」

 メルはため息を吐く。
 その憂いを帯びた表情は子供のソレではない。

150 ◆2PnxfuTa8.:2012/02/06(月) 23:02:13 ID:hBFJgZPI
「そこまで私にしてくれたなら何故……」

 サンジェルマンは黙って首を横に振る。

「好きなんですよ、のべつ幕無しに愛情を振りまいてしまうんです
 考えても見てください、他人とのコミュニケーションに齟齬をきたしやすい彼のような才能を持つ人々の中で
 彼だけは人と解り合うための力を持っていた
 あれは私が見てきた中でも指折りの“優しい”才能です」

 彼女の手も離せなかったのでしょう。
 サンジェルマンはそう結んだ。

「だから私を捨てたんですか?」

「そういう訳ではない、そんなつもりもなかった筈です」

「…………ああ、それはなんて」

「彼は優しい」

 故に誰も救えない。
 最後は皆を不幸にしてしまう。

「あるいは彼が神だったならば誰も傷つけずに済んだでしょうに
 あるいは彼が悪魔だったならば最初から救おうなどとは思わなかったでしょうに」

「だからか……」

 手を伸ばせば全て崩れ落ちる。
 思うがままに生きた男は誰よりも不自由だった。
 全てを失わぬ為に何かを捨てる。
 それを意識しながら生き続ける人間の人生とは。

「私を救うために捨てたのか」

 見知らぬ人を
 無辜の人を
 正義を
 日常を
 全て守れば全てが消えるから
 己を縛る鎖であり己を守る鎖を投げ捨てて
 でもそれが解っていて今のあの女性関係ならば……

「捨てきれてないじゃないですか」

「ええ、彼は一生捨てられずに失いつつ手に入れつつ生きる
 それが彼という男の背負うべき十字架なのでしょう」

 まあ歳をとれば折り合いをつけることを覚えますよ。
 と、サンジェルマンは遠い目をして笑った。

「人って、馬鹿ですねえ」

「でも……好きなんでしょう?」

「ええ、人間って捨てたもんじゃないなって
 あの人を知って、初めてそう思えましたよ」

「だったら貴女は救われたんだ、彼に」

「救い得ぬ存在を救う、他のすべてを犠牲にして……か」

「救える存在は救える男が救えばいいってことですかね」

「おや、もう行くんですか?」

「ええ、昼からこれ以上酒を飲んでも仕方ない
 それに…………」

「それに?」

「なんでもありません」

 彼は次に何を捨てるのだろうか。
 二人共考えることは一緒だった。

【あの日あの時あの場所で君に出会わなかったら おしまい】

151 ◆MERRY/qJUk:2012/02/14(火) 20:04:22 ID:Vmb14/rw
古いブラウン管テレビが砂嵐を映し出している
と、砂嵐が収まりひとつの番組が映し出された

「TVショッピング『ハッピーアイスクリーム』の時間です」

「今日ご紹介するのはこちら!一見すると何の変哲もないヘラなのですが、それでは早速使ってみましょう!」

「ボールに牛乳を注ぎ、愛情を込めながらこのヘラで牛乳をかき混ぜます。すると……」

「なんと!溶かしたチョコレートへ早変わりしちゃうんです!」

「あとは温度に気をつけながら、型に入れて冷やすも良し、果物にコーティングするも良し」

「そしてこの魔法のヘラがなんと限定10個、1000円ポッキリでのご提供です!」

「このヘラを使って男のハートを射抜いてやりましょう!」

「お電話は0105(83)7564まで!それでは皆さん、『ハッピーアイスクリーム』!!」

152名も亡き都市伝説契約者:2012/02/14(火) 20:08:06 ID:Vmb14/rw
放送直後
あるマンションの一室

注射男「……牛乳って、元は牛の血液なんだよな」

隙間女「牛乳に限らないけどね。というか、『男は皆殺し』って……」

注射男「男が食べたら鼻血出すんじゃね」

隙間女「あー、そんな都市伝説あったわね」

注射男「『私は幸せを呪う』とか言ってるし、酷いフラれ方でもしたのかこの女」

隙間女「男大嫌いのレズ女だったりして。そんな契約者持ちたくないわー」

注射男「なくもないのが恐ろしい。ん、なんかメリーから電話きた。もしもし」

隙間女「大体さ、こんな怪しい商品買う女なんていないでしょ」

注射男「は?今すぐ牛乳買ってこい?いやお前それは止めたほうが……切れた」

隙間女「都市伝説が買っちゃったよ……完全に引っかかってるね」

注射男「てか契約者持ちなんだから牛乳くらい買ってもらえばいいのに……あ、契約者にチョコあげるからか」

隙間女「恋は盲目とは言うけどさー。恋人が怪しい商品買ってたら引くでしょフツー」

注射男「まあ牛乳くらい買っていってやるか……あと鉄分補給できる食材も」

隙間女「いってらっしゃーい。そろそろチョコケーキできるから早めに帰ってきてね」

了。

153緋の魔笛 ◆2PnxfuTa8.:2012/02/14(火) 21:06:40 ID:z.fDGz/w
【鴉―KARAS― 第十二話「アイをひとひら」】

 第一の誕生は歓喜に包まれていた。
 第二の誕生は悲劇としか言えなかった。

「…………ここは」

 鷲山九郎は目を覚ます。

「おい少年!大丈夫か!」
 
「う……」

「何があったんだ?連絡がつかないから探していたんだぞ!
 怪我はないな?意識は薄いか……」

「あ……」

「おい、九郎くん!起きろ!」

「貴方は……誰ですか?」

 鷲山九郎は死んだ。
 必殺の魔槍を受け、脳髄をまき散らして死んだ筈だった。
 しかし彼は今こうしてここに居る。
 それは何故か?

「記憶を失っているのか……?」

「どういうこと……」

 溶解する肢体。
 驚いて明日は後ろに飛び退く。
 これが彼の生の理由だった。

「なんだこれ……、俺の身体はどうなってんだ?」

 “ショゴス”という都市伝説が存在する。
 非常に高い可塑性と延性を持ち、必要に応じて自在に形態を変化させ、さまざまな器官を発生させることができる。
 自我は非常に希薄な個体が多いが、一部には例外的に脳を発生させて知性と完璧な自我を得る個体が居る。
 セージの母親であったナイアトラップの化身の一体が彼に渡したお守りがまさにそのショゴス、及びその契約書だったのだ。
 彼に投げ捨てられた後、本来の主から下された命令を忠実に守りそのショゴスは九郎を追いかけていた。
 もし彼の命が危険に陥ったり、トトの存在が消えたならば彼女の指示でソレは九郎の肉体を奪い取る予定であった。
 しかし、その主が明日真の手で抹殺された時にソレは九郎の肉体を奪い取るという選択肢を失った。
 結局熱に弱いソレは九郎の放った熱攻撃に巻き込まれて生命の危険を感じ、また彼の生命への強い意志に惹かれて彼の肉体に緊急避難することを選んだのだ。
 元々自我が希薄なショゴスの存在は脳の再生を終えた後、蘇った九郎の自我に完全に吸収され、消滅した。
 そして彼の身体には自我を完全に失ったショゴスとの契約が残ったのだ。
 そう、彼の第三の誕生は自らの意思で選びとったものであった。

154緋の魔笛 ◆2PnxfuTa8.:2012/02/14(火) 21:07:25 ID:z.fDGz/w
「説明は後でするからとにかく病院に行こう
 組織の病院がここからだと近いな……立てるか?」

「はい、大丈夫です」

 こうして九郎は組織の息のかかった病院で検査や治療を受け、数ヶ月の入院が決まる。
 結局一部の記憶と引換に彼は生き残ったのだ。
 そして退院の日。

「なんか入院前からお世話になっていたみたいで……
 それも含めて色々とありがとうございました」

「礼には及ばないよ、俺は正義の味方だからな!」 

「でも奥さんと娘さんをもっと大切にしてあげてくださいね」

「う……今度この街のすぐ近くにあるネズミーランドに行こうかと」

「オススメのアトラクションとか教えてあげましょうか?」

「そうだな、後でメールにして渡してくれると本当に嬉しい」

「じゃあそうしますよ、それじゃあ」

「これから君はどうするんだい?」

「高校卒業したら親父のラーメン屋継ぐ修行を本格的に始める予定です」

「そうか……ならそれまで『組織』で働いてみる気は無いか?
 都市伝説や悪い契約者から普通に暮らす普通の人を守るアルバイト」

「時給幾らですか」

「……能力給」

「時給700円以上なら考えます」

「何基準?」

「親父が俺にくれるラーメン屋のバイト代です」

「…………ならば色よい返事を期待しておこう」

 明日と別れて九郎は自分の働くラーメン屋に向かう。
 今日もいつも通りに店は忙しげだった。
 ただ普段と違うのは見慣れぬバイトの女性が居ること。

155緋の魔笛 ◆2PnxfuTa8.:2012/02/14(火) 21:08:28 ID:z.fDGz/w
「こんにちわ……じゃなくてはじめまして九郎くん」

「あれ?あのどちら様……」

「舞さんって言ってな、新しくバイトに入ったお姉さんだ
 歳も結構近いみたいだから色々教えてやりな」

「親父あんた退院してきた息子を働かす気かよ」

「はん、あったりまえだ。ほらさっさと奥で着替えてこい」

「ったくもう……」

 九郎はそそくさと店の奥に入ってコックコートに着替える。
 着替えを終えて部屋を出るとそこで舞が待っていた。

「九郎くん、今日は何の日だか知ってますか?」

「え?」

「2月14日、バレンタインデーです
 という訳でこれどうぞ」

 舞が九郎にチョコを手渡す。
 
「ありがとうございます」

「味の感想、きかせてくださいね」

「はぁ……」

「ほら九郎!タラタラしてないで出前行ってこい!」

「わかったよ今行く!」

 九郎は岡持ちを両手に店を出て歩き始める。
 冬場は出前が多い。
 彼も自然と忙しくなる。
 彼がバイトから帰れたのは結局夜になってからだった。

「あーあ、明日から学校か……たりいなあ」

 懐に違和感。

「ああ、そういえばチョコもらってたっけか」

 手作りチョコの包を開けて、無造作に口の中に放り込む。
 美味しい。
 それはそれは美味しくて、懐かしい味のチョコだった。
 
「あれ……俺はなんで?」

 涙が溢れる。
 忘れていた大事なことを思い出したような、そんな感覚。
 感覚がするだけだけれども。
 マンションのベルが鳴る。
 涙を拭いてドアを開けるとそこには昼間のバイトさんが居た。

156緋の魔笛 ◆2PnxfuTa8.:2012/02/14(火) 21:09:13 ID:z.fDGz/w
「お引越しの挨拶に伺いました、これお菓子ですので……あ!」

「あ、名前はなんでしたっけ?」

「私はマイと言います、貴方は確か……」

「俺は……九郎、鷲山九郎」

 綺麗で、どこか懐かしいお姉さん。
 朧気な記憶の中の母親に似ているような。
 それとも朧気な記憶の中の……まあ良いや。

「あの……」

「なんですか?」

「夕飯作りすぎちゃったので良かったら少し食べていただけますか?」

「はい、喜んで。丁度お腹へってたんですよ
 そういえばマイさんって……」

「とりあえず」

「え?」

「食べてからってことでどうでしょう?
 これでも自信があるんですよ、ラーメンとか」

 ここは千葉県夜刀浦市。
 人口は60万人、海に面した土地で名門飯綱大学を抱えるベッドタウン。
 特産品は佃煮、ピーナッツ、等々。
 俺の生まれた町で、生きていく町だ。

【鴉―KARAS― 第十二話「アイをひとひら」 おしまい】

157緋の魔笛 ◆2PnxfuTa8.:2012/02/14(火) 21:10:07 ID:z.fDGz/w
【陛下と僕と獣の数字 第15話】

 炎の夢。
 全身を焼き尽くすような熱。
 終わること無い地獄の中に意識が溶けてゆく。

「さっさと起きろ!」

 そんな悪夢から目覚める為の一発はよりにもよってビンタだった。

「へぶっ!」

 慌てて目を覚ますとそこにはクラウディアが居た。

「な、なんでお前ここに居るんだよ!」

「ああ、お前のお祖父様に入れてもらったぞ
 ほら、今日は国民への演説なのだから貴様はしっかり私の後ろで控えていろ!
 なんせ皇帝として最初の挨拶だからな、何かミスがあってはいかん
 お前も私の供回りとしてもう少しシッカリとだなあ……」

「分かってる、分かってるから」

 うんざりだという雰囲気で返事をするとクラウディアが心配そうな目でこっちを見る。
 
「セージ……もしかして私のことが嫌いになったか?」

「そんな訳無いだろう、君は僕が守るよ」

「ならば良いのだ、さあ急いで着替えをしてこい
 早くしないと間に合わんぞ?
 それでは外で待っているからな」

「解ったよ!」

 急いでベッドから出て着替えてから祖父に朝の挨拶に向かう。

「おはようございますお祖父様」

「おや、休日なのにこんな時間に起きたのかセージ
 朝食は作らせているから早く食べなさい」

「それが今日はクラウディアについていかなくてはならなくて朝食は食べる時間が……」

「はっはっは、それなら寝坊だなお前は
 お前のお母さんそっくりだよ」

「あはは……それじゃあ行ってきます!」

 家を出ると車、豪華な車。
 運転手さんが直立不動の姿勢で待っていた。
 どうにもこの生活にはまだ慣れない。

「ほらセージ、ぼさっとしないで早くついてまいれ!」

 ボディーガードと思しき背の高い男たちに囲まれてクラウディアが手招きする。
 本当に、この生活には慣れない。
 宮殿の前には取材陣がすでにスタンバイしていたが僕達はこっそりと裏口から入る。
 諸注意をあの伯爵様から受けてから陛下が宮殿の正門に現れてマイクの前に立つ。
 僕はまあ添え物なので後ろで行儀よくしているのがお仕事だ。
 コレも結構簡単な仕事じゃないんだぜ?

158緋の魔笛 ◆2PnxfuTa8.:2012/02/14(火) 21:12:56 ID:z.fDGz/w
「皆様、遠路はるばるお越し頂き感謝致します
 それではこれより……」

 司会進行役の貴族のお兄さんが何やら口上を述べている。
 これからクラウディアの演説だ。
 さて、それではしばらく暇なので僕が何故こうしてクラウディアの祖国で、しかも貴族の家で暮らしちゃってるかについて思い出しながら時間を潰すことにしよう。
 まず、信じられないことに僕は一度死んだ。
 おぼろげにしか覚えていないのだが一度僕は爆殺されたっぽいのだ。
 しかもあのサンジェルマンとかいう奴に。
 が、驚くべきことに爆死直後に彼自身がそれを修繕、蘇生させてしまったらしい。
 でもそれからが大変だった。
 およそ半年ほどは意識不明である。
 ぶっちゃけ起きるか心配だったと治療したサンジェルマン本人が言っていた。
 一発ぶん殴っても許される気がしたがそれは流石にやめておくことにした。
 怖いし。
 で、目を覚ますと陛下と見知らぬおじいちゃんが居た。
 なんでもそのおじいちゃんが僕の母親の父親だそうで僕を引き取るつもりだと言ったのだ。
 いや正直絶望した。
 両親も兄も目が覚めたら死んでいたのだから。
 詳細は実はあまりしっかり聞いていない。
 クラウディアがあんな状況になっていた以上、僕が意識を失っている間に彼女が……ということも考えられるし。
 正直怖くて聞けない。
 クラウディアは僕が眠っていた間に全会一致で皇帝への即位が決定していたらしい。
 僕の祖父を筆頭にかなりの貴族が彼女の持つ獣の数字を理由に強硬に反対していたのだが
 それもサンジェルマンが僕を日本から連れ戻すことを引き換えに祖父に首を縦に振らせたのだとか。
 あ、演説終わった。
 はい拍手拍手。
 陛下の後から行儀よく退出。

「…………どうだった」

 部屋に戻った後、そう尋ねられた。
 陛下ドヤ顔可愛いです。

「改めて私のカリスマを実感したであろう
 しかしあれだぞ?かしこまる必要は無いからな?
 なんせお前は私にとって師であり友であり愛すべき男なのだから私の側に居て堂々と振舞っておれば良いのだ」

「陛下、ドヤ顔可愛いです」

「……ん?」

「ドヤ顔可愛いです!」

 日本語で言えば周りの奴にもわかるまい。
 はーっはっはっは!
 あ、やーべサンジェルマン見てるよ。
 こっち見てるよ。
 あとで怒られるなあこれ。

159緋の魔笛 ◆2PnxfuTa8.:2012/02/14(火) 21:14:16 ID:z.fDGz/w
「可愛いだと、まったく照れるではないか
 ……じゃなくてまともな感想は?」

「いやあそこまで政治的な発言をしてよかったのかなあと」

 ここからはこちらの国の言葉で。

「なんだちゃんと聞いておったのか
 それならば相談役の者に許可を得ておる
 これからは私が皆の先頭に立って父上の遺したこの国をより良いものにしていかねばならんのでな
 ここらで一発ドーンとやれと言われたのだ」

「成程、差し出がましい真似でございました」

「かまわん、日本で生まれ育ったお前としては気になるのも無理からぬこと
 さて、これから公務があるのだがその前にこれだ」

「これは……」

 可愛らしい包装用紙で包まれた(恐らく)手作りのチョコだ。

「日本の習慣に合わせてみた、とりあえず食べてみよ」

 包を丁寧に開けてありがたく戴く。

「どうだ?」

 まずい。

「美味しいよ」

「……そうか、以前なら料理も自在だったのだがなあ
 少々不便な体になってしまったな」

 あ、心読まれてたっぽい。
 なんでこの国の人間はナチュラルに読心術を使えるのか。

「そんなことないよ、もうあの都市伝説に縛られる必要はないんだ
 お前の人生はやっと始まったんだぜクラウディア」

「ふむ、それもそうか
 セージはありがたい事を言ってくれる」

 あの時、僕の爆発に巻き込まれたクラウディアも死んだ。
 だがそれこそがあのふざけた伯爵の狙いだったらしい。
 一度死んで肉体を破壊し、別の肉体で蘇生させることにより獣の数字の呪いを解こうとしたのだそうだ。
 結果としてそれは成功。
 クラウディアも今はこうして普通の女の子として生活している。
 僕の爆死も無駄ではなかったというわけだ。
 ……マジ覚えてろ。

160緋の魔笛 ◆2PnxfuTa8.:2012/02/14(火) 21:15:03 ID:z.fDGz/w
「ああそうだ、クラウディアこれ」

「なんだこれは?」

「それは後で開けてくれ、俺もイタリアの習慣に合わせてみた」

「うむ、楽しみにしておこう」

 そう言ってクラウディアは部屋を出ていった。
 僕一人になった部屋にノックの音が響く。

「セージ君、居ますか?」

「はい」

 ドアを開けてあのサンジェルマン伯爵が入ってくる。

「いや……その節は本当に申し訳ありませんでした」

 深々と頭を下げるサンジェルマン伯爵。

「あはは……結果オーライってことでどうでしょうか」

「いえ本当に許されることではないですよ」

「でも国のために迷いなくやったんでしょう?」

「ええ、貴方を爆弾として使うのは第二案だったのですがほら
 あの辻斬り騒ぎと陛下の暴走が重なりましてね……あれしか手は無かった」

「僕の両親や兄貴は……」

「…………」

「いや、聞きませんよ。聞かない方が良い気がする
 もう少し僕が大人になってから全部聞かせてください」

「分かりました……ところで」

「どうしたんです?」

「いえ、あの計画にはね。陛下を人間らしい人間に少しでも近づけようという私の思惑もあったんですよ」

「え?」

「彼女は実の両親の顔も見ずに、自らに傅く人、自らを恐れる人だけに囲まれて育ってきた
 だからか少し人間の愛情に疎くてですね
 それをもしかしたら貴方が教えてくれるかもしれないと最初から期待してたんですよ」

「調子良い事言うんですね」

161緋の魔笛 ◆2PnxfuTa8.:2012/02/14(火) 21:15:33 ID:z.fDGz/w
「ええ、だって世の中上手く行った時のことを考えた方が楽しいじゃないですか
 実際、私の考える中で二番目くらいに上手く行った結末で私は満足してますよ
 一番は貴方のご家族が健在でこの状況に至ることでしたが……」

「まさに住する所無くして而も其の心を生ずべし」

「え?」

「何か一つのことにいつまでも心を悩ますから苦悩が生まれる
 文句ひとつとっても言おうか言うまいか悩むからそこから苦が生じます
 故に心を一つのところに停滞しない
 あるがままに目の前のことに応対して精一杯生きていけばいいじゃないですか
 僕は陛下と出会う前も、出会ってからも、自らのやれることに精一杯取り組みました
 その結果がこれならば僕に文句はありません」

「……仏の教えですか」

「不死者にはさぞや耳が痛いでしょうね
 その精一杯に区切りがないのですから」

 軽く笑ってみせる。
 サンジェルマンの顔がひきつる。

「やれやれ、困った御人だ」

 振り返る彼の顔が心なしか嬉しそうだったのはきっと気のせいではない。
 彼が去っていったドアの隙間から笑顔で陛下が駆けてくるのが見えた。
 
【陛下と僕と獣の数字 第15話 おしまい】

162バレンタインに胃が痛い黒服は甘いものがお好き? ◆12zUSOBYLQ:2012/02/14(火) 22:06:33 ID:U.UwOkKk
 2月14日。晴れ。
 平凡な冬の一日になるはずだったその日は、煮干しのチョコ掛けなどという、あまり食べたくないお茶請けと共にぶち壊された。
「ゆ…紫ちゃん、なにこれ」
 いちおう「組織」のо(オウ)-No.99として働いている通称「ウラシマ」と呼ばれている僕。
 年齢不詳独身男の僕としては、なるべく女性の出してくれるものはありがたく食べ、
 ポジティブな感想のひとつも述べたいけれど、果たしてこれはどんな感想を言えばいいんだろう。
「えっと、あの、すみません。今日は…」
 普段からおどおどしている紫ちゃんが、いつにも増して言い辛そうにしている。
「今日はバレンタインでしょーが」
 なにやらひらひらとピンク色の布切れを振り回しながら現れたのは、紫ちゃんと双子の緋色ちゃん。
 紫ちゃんに勝るとも劣らないヘタr…いやいや、繊細な子なんだけれど、日頃はずうz…
 勝ち気な風を装っているのは、自分は紫ちゃんを守るお姉さんだと思っているから。
「バレンタインで、おまけに、『にぼしの日』なんだそうです…」
 それでチョコ掛けの煮干しか。納得…できない。
「これ、美味しいと思う?」
 その時の僕の表情は、きっとすごーく困った眉毛犬のような顔だったに違いない。
「あの…正直、微妙、でした」
「死ぬほどマズいというインパクトもなし、かといって美味しいとはとてもね」
 なるほど、まさに微妙。でも食べられないというわけでもないのか。
「あの、これ…о(オウ)-No.3のご命令で、消費ノルマがあるんです。手作り、なんだとかで」
 ああ、またあの人か。
 甘党なのは良いけど、極々たまに何処で見たのか、おかしな食べ物を欲しがるから困りものだ。
 おまけに周りにまで食べさせたがる。自分の奇しょ…お菓子ブログにうpするだけにしてくれよ。
 そうしたらよくやるよプププ程度で生温かく見守れるのに。ああ、仕事はそれなりに出来る人なのになあ。
 緋色ちゃんと紫ちゃんしかいないのをいいことに、心の声を駄々漏らしにしながら
 甘ったるくぱりぱりとした、磯の香り豊かなまさに味のカオスと言うべきそれをせっせとコーヒーで流し込む。
「食べ終わったらこれだってー」
 よく見ると、緋色ちゃんが振り回している布切れは…
「…今日は『ふんどしの日』でも、あるって」
「今日は一日、皆、これをアンダーウェアにして、仕事を、って」

163バレンタインに胃が痛い黒服は甘いものがお好き? ◆12zUSOBYLQ:2012/02/14(火) 22:07:42 ID:U.UwOkKk
 そこまで言うと、紫ちゃんは顔を真っ赤にして半泣きでへたりこんでしまった。
「もしかして…緋色ちゃんも?」
「全員ってお達しだから」
 不機嫌そうに頷く緋色ちゃん。
 あんの似非ロリがあああ!うちの部隊を女性露出狂の集団にするつもりか!
 僕は足音高く部屋を出ると、元凶であるところの上司の私室のドアをノックした。

「うーん。どうぞー」
 ちょっと気怠そうなところを見ると、昼寝でもしていたのだろう。この人は働いていない時は、寝るか食べるか、
 私室で無駄にひとりファッションショーに勤しむ以外のことをしているのを見たことがない。
「…ああ、2月14日の記念日コンプリート企画について?何か文句でもあるのぉ?」
 大ありだ。男性ならともかく、古来から女性がふんどしを付ける習慣はない。
「男性のみふんどしが不公平だという輩がいるのよねぇ」
 なら公平を期すために女性は古来着物の下は何も付けないのだからノーパnあばばばば、こんな事を考えるのは僕じゃなくて悪魔の囁きに違いない!
 いやそうではなくてスカートスタイルの女性に対して酷いセクハラ行為であると、部隊のモラルのために熱心この上ない弁論を展開する僕。
 口先の魔術師よ、僕に固有結界を!
「ウラシマ、ちょっとちょっと」
 僕の訴えを中断させると、彼女は着ている部屋着っぽい黒い薄物のドレスを遠慮なしにめくりあげ、白いお腹が露わになる。
「わあぁぁぁ!」
 あいにくロリコンではないのでこの人のスカートの中なんか興味ない
 てか酷い逆セクハラどころかこんな光景見られたら僕のо(オウ)-No.内での評判とか世間体とか
「よく見なさいよ、このおバカさんが!」
 …おそるおそる彼女を見ると、ふんどしの替わりにあれだ、いわゆる提灯ブルマの可愛いやつ。白くてレースたっぷりの。
「同じ女として、そこに考えが及ばないわけがないでしょーが」
 ふんどしと一緒に、女性メンバー全員にアンダースコートとして配りましたーと相変わらずかったるそうに言いやがりました。
「ご、ごめんなさい、ウラシマさん、誤解、させちゃって」
「やっぱりその…ブルマで見えないってわかってても何となく恥ずかしいし、スースーすんのよね」
 追っかけてきたらしく、背後から声を掛けてきたのは緋色ちゃんと紫ちゃん。
 恥ずかしそうだったり、なんか居心地悪そうだったのはそのせいか。
「…で?他に言いたいことは?」
「…いえ、特に」

164バレンタインに胃が痛い黒服は甘いものがお好き? ◆12zUSOBYLQ:2012/02/14(火) 22:08:47 ID:U.UwOkKk
 どうしてふんどしにそんなに拘ったのかはともかく、煮干しチョコはもう食べたくないと言うことと、
 そんな予算と暇があるなら備品のグレードアップと仕事の効率化に使ってくれと破れた八つ橋に包んで言ってみた。
 似非ロリ上司答えて曰く
「今日のイベントの予算は、レクリエーション費から出てますが何か?」

 取りあえず、後は平穏無事に今日という日が終わるのを待つだけには、一応なった。
「ウラシマさん…これ」
 デスクワークの合間に置かれた、ホットチョコレートの入ったマグカップ。
「それ飲んだら、おやつはチョコフォンデュだから」
 煮干しは無しでねー、と緋色ちゃん。
 今日はどっと疲れたから、甘いもの尽くしはいいかもなあ、と書類にサインを書き込みながら、ホットチョコレートをもう一口すすった。

165バレンタインに胃が痛い黒服は甘いものがお好き? ◆12zUSOBYLQ:2012/02/14(火) 22:10:54 ID:U.UwOkKk
とりあえず投下完了ですの
勢いだけで書いたので色々とアレだけど反省も後悔もしてねーあるよ

166外伝:紫亜とチョコとバレンタイン ◆w.qJO3g/Mo:2012/02/14(火) 23:13:54 ID:Ynil2ttg
―――バレンタインデーとは何か。
確か小学生位の頃、親父に聞いた事がある。
彼は長い沈黙の後に一言「……女共が、自分の感情を素直に表現する日だ」とだけ言い、それきり黙りこんでしまった。

今ならわかる。何故あの時の親父が、真っ青な顔をして汗水を滝のように流していたか。
バレンタインデーとは、どこぞの企業による販売政策でも、とある一人の司教の命日でも無い。
あれは―――!


《2010年2月14日・出井&紫亜、高校1年》
出井サイド

「あ、有間君……こ、kkkこれ!私の、気持ち……です……!」

「…………うぇい?」

停止する俺の脳内。一気にざわめき出すクラス内。
中学時代の悪友は皆「b!」「よく頑張ったぞ古田!」「出井の奴マジもげろ」などとささやきあっており、
高校から知り合った連中は「古田さん……orz」「マジかよ、俺狙ってたのに」「紫亜たんハァハァ」と……待て最後の奴、机の下のお前だよ。
それはそうと……あの紫亜が俺に、チョコを……!?

初めて会った時から、どこかほっとけない雰囲気の娘だった。
その後もプラモの話や互いの家庭状況など、あいつの事を知っていく内に
その存在がだんだん俺の中で大きくなっていくのを感じていた。
と言っても俺自身、意中の女子から好意を向けられるとは思ってなかったし
紫亜の性格からしてまさか、HR終了と同時にこんな行動に出るとは思いもしなかった。

「…………開けてみても、いいか?」

「ふぇ!?……ど、どうぞ……///」

包装紙を一枚ずつめくる度に、赤みを増していく紫亜の顔。ちくしょう、可愛い。
そして、固唾をのんで見守るギャラリー。おい、部活は良いのかよ。特に運動部。
やがて現れたそれは、お世辞にも綺麗な形とは言えないけど、一目で手作りとわかるチョコレートだった。

「あの……初めて作ったので、あんまり美味しくないかもしれないんですけど……」

そう言った紫亜は一度大きく息を吸って、

「で、でも私、一生懸命に作ったので!だから……私の気持ち……はぅぅ」

…………ああ、駄目だ。今の仕草で完璧に惚れたわ、俺。
周囲から男共の断末魔と、女共の黄色い声が聞こえるが、その時の俺にはもう紫亜しか映って無かった。
「(これを食べきったら、この場で告白しよう)」そんな馬鹿な事まで考えていたほどだ。

「じゃあ……頂きます」

「……!///」

ああ、一生忘れるものか。あのとき感じた味は間違いなく、紫亜の純粋な―――


ジャクッ


「……ダーク、マター……ガハッ」ドターン!

「……え?…………あ、有間君ー!?」


―――純粋な、殺意だった。

167外伝:紫亜とチョコとバレンタイン ◆w.qJO3g/Mo:2012/02/14(火) 23:14:27 ID:Ynil2ttg
紫亜サイド

「あ、有間君……こ、kkkこれ!私の、気持ち……です……!」

「…………うぇい?」

ポカーンとした表情の有間君。無防備な表情にも、思わずドキドキしてしまう。
周りがざわついてきたけれど、あの時の私には一切の余裕が無かった。

初めて会った時から、私は有間君に惹かれていたんだろう。
プラモの上手いバリ取りの方法を教えてくれたり、お母さんが居ない日にはご飯を作りに来てくれたり、
次第に彼の存在がどんどん私の中で大きくなっていくのを感じていた。
もっとも、彼の中ではまだ私は『仲のいい女友達』程度だろう。
だからHRが終わって先生が教室を出た瞬間に……思い切って、勝負をかけてみる事にした。

「…………開けてみても、いいか?」

「ふぇ!?……ど、どうぞ……///」

考え事をしている間に、有間君が包装紙をめくっていく。いつもと違う真剣な表情に、鼓動が速くなるのを感じた。
さっきから、顔が凄く熱い。今頃私の顔はリンゴのように、真っ赤になっているんだろう。

「あの……初めて作ったので、あんまり美味しくないかもしれないんですけど……」

でも……!

「で、でも私、一生懸命に作ったので!だから……私の気持ち……はぅぅ」

駄目……もうまともに顔も見れない。
でも、今から思えばあの時の私は、相当舞い上がっていたんだろう。
「(有間君が食べきったら、この場で告白しよう)」そんな馬鹿な事まで考えていたほどに。

「じゃあ……頂きます」

「……!///」

ああ、一生忘れない。チョコを食べた彼の表情に浮かんでいたのは、紛れもなく―――


ジャクッ


「……ダーク、マター……ガハッ」ドターン!

「……え?…………あ、有間君ー!?」


―――紛れもなく、死相でした。


―――――――――――――――――――――――――――――――――

有間出井:何らかの調味料により、胃の粘膜にダメージ。一週間の間、ベッドから離れられない状態に。
     また今回の事故でバレンタインを「女の子が自身の秘めた感情を男子にぶつける日」と曲解。
     紫亜の好意を「自分の勘違い」と思い込み、何か彼女に悪い事をしたのかと寝込んでる間中考え続ける。
古田紫亜:突然倒れた出井に驚くが、その後自らも学校を休み出井の世話をする。
     しかし最後まで自身のチョコが原因だとは気付いていなかった。
     クラスメートの間で「通い妻」と呼ばれ、復帰後の出井はしばらく嫉妬の視線に晒される事に。
殺人鬼: 二年前から紫亜をスト―キング中。惚れた弱みから手を出され無かったのが幸いだった。

168外伝:紫亜とチョコとバレンタイン ◆w.qJO3g/Mo:2012/02/14(火) 23:28:39 ID:Ynil2ttg
(おまけ・2012年のバレンタイン)

「はい、有間君!ハッピー・バレンタインです!」

「ありがとう、紫亜……(ああ、もうそんな季節か……今度は何したんだろう、俺)」


パキッ


「ど……どうですか?今回は純粋に、チョコ系だけを入れてみたんですけど……」

「う、美味いぞ……(あっまぁぁぁぁい!?何だこれ、去年よりはマシだが、胸が焼ける……!)」

「よかった……実は自分でも自身が無かったんですが、試食してくれた殺人鬼さんにも『おいしい』って言ってもらえたんです!」

「(……多分紫亜の前だから『美味い』って言ったんだろうな……床を転げまわるあいつの姿が目に浮かぶようだ)」

「それでですね、ほら、最近知り合いが一気に増えたじゃないですか」

「…………紫亜サン?マサカトハ思イマスガ、コレヲ…………」


「はい!お世話になってる組織の大尉さんやローゼさん達、それから黄昏先輩や超先輩たちにも《義理チョコ》として、送っておきました!」

「…………oh…………」

(おまけ:終)

169外伝:紫亜とチョコとバレンタイン ◆w.qJO3g/Mo:2012/02/14(火) 23:53:31 ID:Ynil2ttg
(おまけ②・被害一例)
―――バターン!

(ο-No.61>大変です、ゼロり………ο-No.0!
(ο-No.0>〔今聞こえかけた単語はあえて聞き流しましょう。何事ですか?〕
(ο-No.61>はい!実はゼロりん、ο-No.0の命でR-No.の偵察に向かっていたNo.2についてですが……
(ο-No.0>〔今はっきりゼロりんと言いましたね……それで、彼女が何か?まさかまた、食料庫を漁って捕まったとか〕
(ο-No.61>いえ、それが……彼女を知る私自身、未だに信じられないのですが
(ο-No.0>〔はっきり言って下さい。彼女が、どうしたと言うのですか〕

(ο-No.61>そ、それが……向こうで振る舞われたチョコを食べた後、軽い胸焼けを起こしたとの事です
(ο-No.0>…………はい?
(ο-No.61>現在R-No.5:レジ―ヌ殿が看病しておられるとの事ですが、うわ言で彼女やοNo.0、いえゼロりんの名前を
(ο-No.0>〔いえいえいえ、ちょっと待って下さい。あのつーちゃんが?チョコ程度で胸焼け?後言い直さなくて良かったでしょう!?〕
(ο-No.61>事実をお受入れ下さい、ゼロりん……彼女は現在、集中治療室にて体内の成分分析を行っております
(ο-No.0>〔【スター・ゼリー】と契約し、能力を異常拡大させた彼女を落とすとは……そのチョコ、ただのチョコではありませんね〕
(ο-No.0>〔興味が湧いてきました……そのチョコに含まれる成分にも、普段の私がどんな呼ばれ方をされているかにも〕

(ο-No.61>失礼ながら……R-No.の誰かに仕組まれた可能性は?
(ο-No.0>〔『彼女』がこんな手を使うとは思いません……外部犯の線を重点的に調べて下さい〕
(ο-No.61>ハッ!(よっしゃあ、ゼロりんの生ボイスゲット!後で自慢してやろうっと)

今度こそ終わり

170愛妹みぃ:2012/02/15(水) 02:00:04 ID:knP3Wn.w
「……っしゃあ、今日もバッチシだぜ!」

鏡の前に立ち、ワックスを用いて前髪を高くし綺麗に整えているのは一人の少年
ボタンを全て開いた学ラン、腰下まで下ろしたダボダボのズボン、そして頭はリーゼント
どう見ても生まれてくる時代を間違えたのであろう彼の名は、妹尾 賢志(セノオ ケンジ)
何処でどうしてこうなったのか分からないが、まだ中学1年生である

「よぅし、今日もつまんねー授業受けに行ってやるかぁ!」
「ぁぅ……お、お早う……」
「あ、ミイ、起こしちまったか、悪ぃ」

『ミイ』と呼ばれたのは、ネコの絵が描かれた可愛らしいパジャマを着たセミショートヘアの少女
賢志の妹、妹尾 魅衣(セノオ ミイ)。小学4年生
2人の両親は幼い頃に原因不明の死を遂げており、今この家には兄妹の2人で暮らしている
意外にも、家事全般をこなしているのは賢志の方だ

「ぅ、ううん、目覚ましで、起きたから…」
「そっか。兄ちゃんはもう学校行くからな
 朝飯は作ってあるけど、冷えてたら温めて食えよ。寒いから身体も温めねぇとな
 あと、着替えは窓の近くに置いてっからな」
「うん、ぁ、有難う」
「おう! じゃ、行ってきます!」
「ぁ、えっと、おにい―――」
「ん?」
「っぃぅ………あ、っと…いって、らっしゃい」
「あぁ、お前も元気に学校行けよな!」

ぽんぽん、と魅衣の頭を撫で、賢志は鞄を肩にかけ、勢い良く外へと飛び出した
家の中には、嵐が過ぎ去ったかのような静寂だけが残る
はふ、と溜息を吐くと、魅衣は寂しげに冷蔵庫を開けて、一番上の段に隠すように置いてあるものを取り出した
可愛いリボンが装飾された、ハート型の包み―――今日が2月14日だと考えれば、中身は容易に推測できる

「…渡し損ねちゃった……放課後には、絶対渡さなきゃ………」

また、彼女は大きく溜息を吐く
首から提げられたペンダントの紅い石が、きらりと美しく、妖しく輝いた

171愛妹みぃ:2012/02/15(水) 02:00:36 ID:knP3Wn.w
―――――――――――――――――



――――――――――



――――



――





放課後

「っしゃあ今日の授業終わったぁ!! 俺は帰るぞ!!」

鞄を引っ提げ、賢志は勢い良く教室を飛び出そうとした
生徒が掃除の準備に取り掛かっている所だった

「お、おい妹尾! お前今日掃除当番だろ――――」
「あぁ!? ぁんで俺が自分のでもねぇ部屋の掃除しなきゃなんねぇんだよぉ!!」

怒号
一瞬にして周囲の空気が張り詰める
妹である魅衣には優しく接している彼だが、他人に対してはいつもこの調子だ
両親を失ってからというもの、魅衣が頼れる家族は兄の賢志ただ一人
それを彼も自覚しているし、彼女の為に精一杯の事をしたいと、両親がいなくなった当時からずっと考えていた
故に、今日も早く帰って夕飯の支度や掃除、洗濯を済ませようという魂胆なのだが、
如何せんこの態度、誰も理解してくれる筈も無く
そもそもこうなってしまったのは小学3年生の時であり、
両親がいない事を理由に魅衣が虐められていたのを暴力で解決したのが発端だった
暴力で妹が守れるように、ではなく、暴力を振るわずとも妹を守れるように
そんな切実な彼の思いを知る者は、誰もいない

「うるさぁい!! さっさと箒持って掃除するー!!」

賢志に勝るとも劣らない怒号が響く
きっ、と賢志の睨む先は、箒を片手に仁王立ちする、ショートヘアの小柄な少女
彼はハァ、と溜息を吐きながら、つかつかと少女に歩み寄る

「またてめぇか、いつもいつも何なんだ、あぁ!?」
「いつもいつもはそっちでしょ! 今日こそ掃除して帰って貰うからね!」
「余計なお世話だ、このアマぁ!!」

拳を振りかぶってぶつけようとする
しかし少女は箒の柄で見事に防いでみせる
今度は膝蹴り、それも箒で受け止められてしまう
そして彼女の反撃、柄の先端で腹を突かれ、前に屈んだところで胸倉を掴まれた

「ぐえっ……き、今日のところは勘弁してやるぜ」
「どっちの台詞よ、負けたのはあんたでしょ、カッコ悪っ!」
「てめぇの強さが異常なんだよ………あ、神崎先輩」
「えっ、やっ、にぃにぃ、これは、違っ、その………」
「じゃあな麻夜! 今度はぜってぇ負けねぇ!!」
「あ、こら賢志ぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

麻夜と呼ばれた少女の叫びを背に、
賢志は廊下に集められたゴミを散らしてしまう程に猛ダッシュで駆け抜けた

「やべぇ、無駄な時間使っちまった、晩飯間に合うかな…!?」
「あ、妹尾君、これ受け取って―――――――」
「悪ぃ!また今度!」

女子生徒の声にも耳を貸さず、とにかく彼は走り抜ける
靴を履いて下駄箱を飛び出し、校門もくぐらず塀をよじ登って近道する
あれほどぶかぶかのズボンを穿いていてよく転倒しないものである

172愛妹みぃ:2012/02/15(水) 02:01:10 ID:knP3Wn.w
「待ってろ魅衣! 今兄ちゃんが美味い飯作ってやるからな――――」
「きゃあああああああああああああああ!!!」

女の子の叫ぶ声
その声色に聞き覚えのあった賢志は、大急ぎで声のした方へ向かった
辿り着いた先で見た光景は、尻餅をついて後退りする少女と、それに歩み寄るサングラスをかけた黒スーツの男

「魅衣!!」

賢志は少女――魅衣の下に駆け寄り、男の前に立ち塞がった

「お、お兄ちゃん……!」
「おいてめぇ! 俺の妹に何してやがった!?」
「……おや、お兄様でしたか。いやこれは失敬
 そちらのお嬢様がこちらの言う通りにして下さらないのでね」
「言う通りだぁ?」
「……「賢者の石」を…渡せ、って……」

か細い声で魅衣は胸のペンダントを握りしめながら言う
聞き取れはしたが、何の事か分からないのだろう、賢志は首をかしげた
それを見て苦笑しながら、黒服の男が語り始めた

「そのお嬢様が首に提げている紅い石のことですよ
 それには卑金属を貴金属に変えたり、人間を不老不死にさせたりなど、まさに夢のような力が秘められているのです
 我々「組織」にはそれが必要なのですが、何度言っても聞いて下さらなくてね…」
「ったりめーだ! んな訳分かんねぇ事喋る素性の分からねぇような野郎に、親父とお袋の形見が渡せるか!!」

拳を握りしめて怒鳴る賢志
その彼の態度に臆する事無く、それどころか、ふふっ、と男は笑った

「…何がおかしいんだ?」
「いや、ね? 貴方がたのご両親も強情な方でして……流石は親子、と言ったところでしょうか」
「………………ぇ?」

小さな、小さな驚きの声が、はっきりと聞こえた

「聞こえませんでしたか? 貴方がたのご両親はですね」
「やめろ」
「とても強情な方々でして、我々が忠告しても「賢者の石」を差し出しませんでした。そこで」
「やめろ」
「ずたずたに引き裂いて差し上げましたよ。私の、この手でね」
「やめろっつってんだろぉ!!」

握りしめた拳が、男の顔目掛けて飛んでゆく
だがその拳は盛大に空振った

「っ消えた……!?」
「ここですよ、ここ」
「――――――――――――ッ!?」

173愛妹みぃ:2012/02/15(水) 02:01:40 ID:knP3Wn.w
直後、彼は己の目を疑った
さっきまで自分の眼前に立っていた男が、今は頭上、つまり空にいる
それも、両手を蝙蝠のような翼に変え、大きく羽ばたかせていたのだ

「……は?」
「ふふっふふっふふ……「ジーナ・フォイロ」という都市伝説を御存知でしょうか?
 かつて私はあれと契約していましてね……云わば『蝙蝠男』といったところですね」
「……都市伝説?契約?」

聞いた事もないワードを反芻しながらも、
彼の脳は警鐘を、心臓の鼓動として鳴らし続けている

「くそっ……逃げろ、魅衣!」
「で、でも、お兄ちゃ」
「良いから早く!!」
「っ………ぅん」

彼だって分かっている
この状況で、たった一人の肉親を置いて逃げる事など、出来る訳が無い
彼自身、魅衣を一人にさせることは自分が死ぬよりも辛い事だと思っていた
でも今は、妹に何とかして生き残って欲しいと願った
自分も必ず生きて帰ると誓った
魅衣は立ち上がり、涙を拭って兄を背にゆっくりと走り出した

「おやおや、逃がしはしませんよ?」

サングラスの奥が一瞬不気味に光ったかと思えば、
この場から離れようとしていた魅衣が突然、苦しみ始めた

「ッ!? ど、どうした魅衣!?」
「っぁ………く……苦し………」
「「ジーナ・フォイロ」の能力です……本当はもっと便利な能力があるらしいのですが、私とは合わなかったようで
 では、そろそろ頂くとしましょうか」

男の足が、蝙蝠のそれに変化し、左右それぞれ3本の鋭い爪が伸びる
爪は少女に狙いを定め、素早く襲いかかった
鮮血が、ばっと派手に咲き乱れる

「………む?」
「い、痛つつ……」

男の爪が捕らえたのは、賢志の右腕だった
さらに賢志は残った左手で蝙蝠の脚をがっちりと掴んだ

「へ、へへ……つ、捕まえたぜ………!」
「…馬鹿なお方だ」

ぐしゃ、とそれは簡単に握り潰され、ぼとぼと、びちゃびちゃ、と音を立てて落ちてゆく
声にならない声が、住宅街に響いた

「――――――――――――――――!!!」
「右腕一つ捨ててまで、それを渡さないつもりですか?」
「お……兄……ちゃ…………」

苦しさに耐えきれず、魅衣の身体は前のめりに崩れ落ちた
倒れた衝撃で、ペンダントから紅い石が外れ、ころころと転がってゆく

174愛妹みぃ:2012/02/15(水) 02:02:19 ID:knP3Wn.w
「ふぅ、やっと任務達成ですか……手古摺らせてくれましたね
 後でじっくりと料理して差し上げますから楽しみにしていて下さい」

にやりと笑みを浮かべ、男は爪を揃えて小さな石を掴み取ろうとした――――が、
その寸前に、石は賢志の手で拾われ、男の下から離れてゆく
右肩から血を噴き出し、意識も朦朧とする中、彼は石を持って尚も立っていた

「…何処まで邪魔をする気ですか? そんな身体になって、私に勝とうとでもいうのですか?」
「てめぇにこの石はやらねぇ。魅衣も殺させねぇ……俺も死なねぇ!!」
「はぁ、血が足りなくなって頭がどうにかなったようですね…可哀想に
 大人しくしていればすぐに楽にしてあげますよ―――」
「おい、てめぇさっき都市伝説がどうこうっつってたよな? 契約とか、能力とか
 てめぇが欲しがってるこの賢者の何とかってのも都市伝説なんだろ?」

賢志が石をちらつかせる
妖しく輝くその石を見て、男の顔が一気に青ざめた

「っ待て! そんなことをすれば貴方も消えてなくなるかも知れないのですよ!?」
「うるせぇ!俺に命令すんな!!
 おい、賢者の何とか! 俺と契約しろ! 親父とお袋の仇取って、魅衣を守りてぇんだ!
 たった一瞬でも良い、頼む! 俺に、力を貸してくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

賢志の声が、紅い石―――「賢者の石」に反応し、眩く輝き始めた
思わず目を瞑りそうになる賢志だったが、その奇跡とも言える光景をしかと見届けた
「賢者の石」は独りでに浮遊すると、紅い光で賢志の失われた右腕の形を作り出したかと思えば、
紅いスパークが走ると共に、彼の腕が復元された
傷一つない、まっさらな状態で

「うおっ……な、治った!?」
「な……き…貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

逆上した男は、全身を完全な巨大蝙蝠――「ジーナ・フォイロ」へと変え、
鋭い爪を立てて賢志を穿たんとして迫る

【殺してやるっ……貴様の父親のようになぁ!!】
「……ふざけんなぁ!!!」

それに対して、賢志は治ったばかりの右腕で拳を作り、大きく振り被った
爪と拳が、大きな音を立ててぶつかり合う
ぱきん、と蝙蝠の爪が物の見事に折れていた

【ッ!? そ……その腕は……!?】
「どうやら…これがてめぇの言ってた“能力”っつぅもんらしいな」

ぽん、と賢志は左手で右腕を叩いた
その右腕は黄金色に輝いていた―――否、それどころではない
完全に、『金』で出来ていた
卑金属を貴金属に変える事の出来る「賢者の石」
その力が底上げされ、“非金属”さえも“金属”に変えられるようになったのだ

「これで五分と五分だろ……っしゃあ、タイマン張らせて貰うぜ!!」

右腕を元に戻すと、今度は右手で直線を描くように、さっと空間を撫でる
すると撫でたその場から紅いスパークが走り、何もない場所から見る見る内に金属バットが現れた
いや、無から有を生成できる筈が無い
空気中に存在する塵などの非金属を、金属に変えて形にしたのだ
金属バットを構え、向かい来る蝙蝠を捉えて一気に振った

175愛妹みぃ:2012/02/15(水) 02:02:50 ID:knP3Wn.w
「うおりゃああああああああああああああああああああ!!」
【そんなものでこの私が――――――】

ごぉんっ!!!
金属の鈍い音と、細かい骨が折れた音が響く
バランスを崩し墜落したところに、金属バットで追い打ちが来る

【ひっ…………!!】
「消えて、なくなれぇ!!!」

がぁんっ!!!
がぁんっ!!
がっ!!
がっ!!
ぐちゃっ!
ぐちゃっ!
べちゃっ!
殴る度、音が変わってゆく
気がつけば蝙蝠はその頭の原型を留めておらず、既に事切れていた

「っはぁ、はぁ、はぁ……」

肩で息をし始め、からん、とバットが手から滑り落ちる
転がるバットが動きを止めると、それは巨大蝙蝠の躯と共に、光となって虚空に消えた
賢志はそれを、空しそうに見つめていた

「………あ、魅衣!!」

背後で倒れる魅衣の傍に寄り抱き上げ、何度か彼女の身体を揺する
すると、呼吸が絶え絶えになっていた彼女はすぐに体調が回復し、驚いたように起き上がった

「……ぁ、あれ……?」
「良かった、大丈夫みてぇだな」
「ぇ、あ、あの、お兄ちゃ……」
「魅衣、ここは学校とも家とも反対方向だろ。何で真っ直ぐ家に帰らずにこんなところにいたんだ?
 危ない所だったじゃねぇか。理由があるなら、兄ちゃんに教えてくれ」
「ぅ………」

暫し口を噤んだ魅衣だったが、すぐに持っていた手提げ鞄の中から何かを取り出した
形が崩れてしまっていたが、どうやらハート型らしかった

「ぁ…! く、崩れて…」
「ん?何だそりゃ」
「っ、だめっ」

魅衣の止める声も聞かず、賢志は包みを開封する
中身はチョコレートだった
やはり崩れてしまっていたが、大きく『お兄ちゃんへ いつもありがとう』とメッセージが書かれていた

「っ!……こ、これって」
「き、今日、バレンタインデーだったから……朝、渡しそびれちゃって……
 で、でも、崩れちゃったから、また作り直して」

言い終わる前に、賢志はチョコレートを掴んで口一杯に頬張った
ごくん、と喉を鳴らすと、涙を溢れさせて魅衣を強く抱きしめた

「っふあ、お、お兄……」
「…ありがとう……ありがとう、魅衣………すっげぇ、嬉しいよ………」

背中越しに、彼が泣いているのが伝わって
魅衣もそれにつられてしまった

「……お礼、言いたいのっ……私の方、なのに…………いつもありがとう、お兄ちゃん………」
「魅衣……俺、絶対お前の事守るから。どんな化物がやってきても、皆俺がぶっ倒してやるから」
「うん…………うん…………」

少年は誓う
大切な人を守り抜く事を
少年は願う
大切な人が、いつも笑顔でいられる事を

少年は歩く
大切な人と共に、この歪なる町―――学校町を



   ...了

176単発ネタ:2012/02/15(水) 12:07:08 ID:eUgJf9R2
「ひあっ!?」
情けない悲鳴をあげながら、女性はしゃがむ。
一瞬遅れ、メスが頭上を通過。
メスの持ち主は大きなマスクの女、口裂け女だ。
「あわ……わっわわ……あ……」
この無様に逃げ惑う女性は、一般人ではない。先日、契約者となった。
別に戦闘能力がないわけでも無い。むしろ、戦えばそれなりに強いはずである。
無いのは、度胸ばかりだ。
「助っ、助けっひやあぁああぁあぁぁぁ」
口裂け女に背を向けるばかりで、戦おうとしない女性はついに追い詰められ、口裂け女のメスが振り下ろされようとしていた。
そんな時、
「はい、ストップ」
黒い服を着た、一人の男が現れた。
「口裂け女。今なら見逃してやる。それ以上やると組織の討伐対象にするぞ」
「…………」
黒服の男の言葉に、口裂け女は考えるように動きを止め
「………………」
しばらくすると去っていった。
「助かったぁ〜。あ、ありがとうございます」
「今回はサービスだ」
黒服の男はそう言うと女に近づく。
「さて、三日前に行ったはずだ。これからは日常生活もままならないと」
「う……」
「だが、日常に戻る術もあると、言ったな」
「でも……それは……」
「そうだ。それは……」
男は人差し指と親指の先をくっつけて見せつける
「金だ」
「金……」
「そうだ200万寄越せ。そうすれば俺達『組織』がお前を守ってやろう」
「高いですよぅ」
「高い?あんな高級住宅街にすんでいるんだ。これくらいたいしたことないだろう」
「うー……」
「はぁ…………50万なら払えるだろ。平和な日常を取り戻す為だと思えば、安いだろ」
「……まあ、それくらいなら」
「よしよし、じゃ、すぐ用意しろ。銀行で金下ろすなり、借金するなりしてこい」
「は、はい!」
慌てるように返事をして女は走りだす。
数日前に巻き込まれた異常な体験を、夢にする為に。
50万は高いが、これからの平和の為に。今のように怖い目にあうのは嫌だから。

「いったか」
女が去った後、黒い服の男はため息を吐く。
「ちょろいな。これで、今月だけで250万か」
ニヤニヤと笑いながら男はネクタイを緩める。
「そろそろ、もっと良いスーツ買うか。まったく、組織の連中はよくこんな息苦しいもの年中着ていられるな」
そう言った、黒い服を着ているだけの男は、口裂け女の契約者である。



177我が恋路は捻れ狂う ◆GsddUUzoJw:2012/02/18(土) 01:22:57 ID:w3tWQ/b6
―――私の母は、とある屋敷で奉公していた使用人だったらしい。
自分の母に対し“らしい”とは変かもしれないけど、後で調べて知ったのだからしょうがない。
とにかく……私の母は両親に売られ、屋敷の主人に毎晩のように嬲られる日々を過ごしていた。
そんなある日、彼女は新たな命をその身に宿す。後の私だ。
半ば無理矢理作らされた子だったけど、彼女は産まれてきた私を可愛がってくれたようだ。
でも、実を言うと私には、その当時の記憶が無い。

逆算して、恐らく私が3、4歳の頃。
あの男は部下に命じて、切り立つ崖の上から私を突き落とした。
落ちる寸前。私を追って自ら飛び降りた、愛する母の姿を見た。

目が覚めると、柔らかい地面の上だった。でも母の姿が何処にも無い。
きょろきょろ辺りを見渡した後、私は何気なく……本当に何気なく、自分の足元を見た。


絶叫した。
私の命を救ったのは、柔らかい地面じゃなかったんだ。


何日か経ち、幼い私は餓死寸前まで追い詰められていた。
おなかがすいた、おなかがすいた、おなかがすいた、おなかがすいた、おなかがすいた、おなかがすいた、おなかがすいた、おなかがすいた、おなかがすいた
何でもいいから、食べる物が欲しかった。何でもいいから、飲む物が欲しかった。
ああ、どうか。どうかこの力無く開かれた口に、一滴の雨水でもいいから…………!

プニュン

「……うぁ……?」

空から降ってきたのは雨水では無く、半透明のプルプル震える何か。
その何かに対し、私は―――今にして思えば、あれが『契約』か―――自然と、こう尋ねていた。

「……ねえ、“わたしにごはんをちょうだい”」

プルプルプル……


―――それが、私の生涯の相棒【スター・ゼリー】との出会いだった。


ο-No.2、通称【消化処分】。
【存在消去】No.1【地球外追放】No.3らと共に、結成当時からο-No.0を支えてきた忠臣の一人である。
だが、彼女がとあるNo.の少女に対し見せる、異常なまでの執着心。
それを知る者は、ほとんどいない。
(終)

178我が恋路は捻れ狂う ◆GsddUUzoJw:2012/02/18(土) 01:27:24 ID:w3tWQ/b6
(おまけ:とある公園のベンチにて)

『……たべ、ないの……わたし、の、こと』

『勝った者が掟だ』
『本音を言うなら』

『 飽 き た 』

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……お互いひどい有様だね、相棒。私の親指ほどしか無いじゃない」
(……)
「あなたもこんなに削られて、私も初めて盗られちゃって、挙句……飽きた、だって」
(……)
「……悔しいなぁ……グスッ、ヒック……私、おいしく、なかったの、かな」
(……)
「ねえ、相棒。これからどうしよう。どうしたら『食べる側』に戻れるのかな」
(……プルプル)
「…………あはっ♪そうねそうだよそうなんだってば!よくぞ気付きました、さすが相棒!」

「目には目で、歯には歯で、毒には毒でお返しするんだ!私があの人を喰らえばいいんだよ!」
(プルプル)
「うわーどうしよう、凄くドキドキしてきた!ほら、わかる?私の心臓、バクバク言ってんの!」
(プニュン)トクン、トクン、トクン、トクン、トクン…………
「ああ天国のお母さん、胃袋のお父さん!あなたの娘は、心の底から!」

「とある一人の少女の全てを!どうしても喰らいたくなりました!この気持ち、まさしく愛です!」
(プルプル)
「さて……さしあたってまず、『レジ―ヌさん』と同じ立ち位置に……!」
(ピタッ……)


―――私達は人間を止めるぞ、相棒ー!
―――(プルプルプル〜!)


(おまけ2:ο-No.本部予定地にて)
「……うにっ?それは、本当なの……ですか?」

〔互いのやり方が気に食わない以上、あの女や下位のR-No.達が横槍を入れて来るのは確実〕
〔私としても、いざと言う時の懐刀が欲しいのです。特にあなたの様な『何の迷いも無く目標を殲滅できる』逸材を〕
〔どうでしょう。もしお受け頂けるのであれば、実力に相当する地位と待遇を約束いたしますが〕

「……いくつか条件付きでもいいかな?」
〔内容によりますね。具体的にはどのような?〕


「じゃあ一つめ。これからは、ゼロりんって呼んでもいいかな♪」
「…………はい?」

こうして彼女はο-No.2として、ο-No.0の指揮下に入った。
そして同時期に『ゼロりんを陰ながら応援する会』が発足した事を、No.0は遅れて知る事となる。

179こっくりさん続き:2012/02/19(日) 01:35:59 ID:gJn.NPDs
テーブルに並んだ料理に向かい各々食事を始める。
洋カツは楕円の大振りなカレー皿に、おなじく楕円に盛られたホカホカの炊きたて白米、
更にその上にアツアツでサクサクに揚った肉厚の大きなトンカツ、更にその上にはじっくりと作られた、
濃厚で味わい深いデミグラスソースが掛けられている。
白米、トンカツ、デミソースのそれぞれが美味そうな匂いと湯気を発散して食欲をそそる。

築「いただきまーす」

フォークを取り、デミソースのかかったカツを突き刺すとサクっと軽い音を立てた。
一口カツをかじり、白米を口に含み一緒に味わう・・・うめえwww
いわゆるおふくろの味でもあるが、たとえ俺がこの店のせがれじゃなくても常習的に食べたくなるほどのファンになっていただろう。


きつ姉の方を見ると、アッツアツの豆腐をハフハフしながら食べていた。
ステーキ用の鉄板の上、大きな豆腐に焼けたとき卵、その上では鰹節が踊っていて、鉄板で焼けた醤油の匂いと鰹節の匂いが、
こちらまで漂ってきている。
そんな豆腐ステーキの様子を見てから少し視線を上げると、同じように洋カツを見てから視線を上げたきつ姉と目が合った。
なんとなく気まずい感じに苦笑いを浮かべ同じことを思いついた

築「一口食べます?」
き「一口食べる?」


き「じゃあ、あーんして?」

箸でちょうど良い大きさに切った豆腐に焼けた卵部分と鰹節を乗せ、
鉄板上の焦げ醤油につけると、左手を添えてこちらに差し出してきた。
大きめに口を開けて一口に頬張り、ハフりながら食す。
ああ、なにげにきつ姉と間接キスだ・・・ふひひ

間接キスに浮かれて惚けて、我に帰るときつ姉が目を閉じて口を開けて待っていた。
他に誰もいない薄暗いところなら松茸を振舞いたくなるな。

築「熱いんで気をつけて。」

器用に白米とカツとソースを一緒に食えるようにフォークに乗せ、きつ姉の口に運ぶ。
唇が妙にエロい。

き「んー、おいしー♪」
築「唇にソースついてますよ。」
き「あら」
ペロリと舌を出して舐めとる様が妖美だ。
ふと(あわよくばと思って)こっくりさんを見ると・・・

こ「うっ・・・ううっ・・・。」

美味さに号泣しながら食ってる上に視界にはきんちゃくしか入っていない。

180こっくりさん続き:2012/02/19(日) 01:36:29 ID:gJn.NPDs
き「せっかくだし、あとの二人も呼んでいいかしら?」
築「ちょっとタンマ。あとの二人?こっくりさんって三人もいるの・・・?」
き「うーん、こっくりさんが三人というより、三人でこっくりさんなのよ。漢字で狐、狗、狸と書いてこっくりさん。」
築「こっくりさんって狐の霊とかお稲荷様なんかの神様的なものだとばかり。」
き「それはちょいちょい見かける勘違いね。こっくりさんの狐とお稲荷さんの狐はぜんぜん地位が違う存在なのよ。
  同じ自動車でも中古で型落ちのヴィッツと最新式のF-1じゃ違うでしょ?」

そう語るきつねぇの目に、やや憂鬱な光があったことが少し気にかかったが、新たな美少女登場の予感による昂りにわすれてしまった。 

築「へー、生まれてこの方ずっと勘違いしてましたよ。別に呼んでも平気だと思いますよ?部屋の広さも余裕あるし、母親はアレなんで。」
き「じゃあスマホ貸して?」

きつねぇはこっくりさんアプリを起動し、10円型マウスカーソルに指を沿えてその二人を呼んだ。

き「くーちゃん、りっちゃん、でてらっしゃーい。」

青白い光の鳥居が壁に浮かび上がると、そこをくぐるように二人の美少女が壁を抜けて現れた。心底個室で助かったと思う。
一人はハの字に広がった暗い茶色なポニテで大正な服、狸耳と大きな狸尻尾で胸はまな板。
もう一人は黒髪で片目を隠し、クセのあるおさげ髪、赤いタイの映える黒いセーラー服、胸はこっくりさんといい勝負か。犬耳と、他二人と比べて小さい尻尾だ。
というか、いままでこっくりさんと呼んでたけど、こっちゃん呼びで区別するべきか。

り「自己紹介するね。こっくりさんの狸担当、碧(みどり)。ボクのことはりっちゃんとか適当に呼んでね。」
ボクっ娘か、なかなか悪くない。
り「美少女かと思った?残念、男の子でした♪」
築「なにいいいいいいいい!!!???」
り「信じられない?なら触って確かめてみても良いよ。」
さっき自己紹介をしたばかりの狸がいい具合に履き物をたくし上げ、身を寄せて囁く。
き「こらこら、くうちゃんが自己紹介できないでしょ。」
子供を諭すようにきつ姉が言うと、碧はてへぺろをして離れた。



く「私はくぅ。こっくりさんの狗担当。」
きつ姉の影に隠れて警戒の眼差しを伴う自己紹介だった。
き「この子は超がつくほどシャイだから。気を悪くしないでね?」
築「ええ、まあ平気ですけど。俺は築城、ここは俺の実家だから、まあ好きなの頼んでよ。」
こっくりさん・・・こっちゃんで耐性が付いたか、そこまで焦らなかった。
り「じゃあボクは鶏唐〜♪」
く「いらない。」
き「お腹すいてないの?」
く「信用できない。」
き「ほんとにゴメンなさいね。」
築「いえいえ、いきなり呼び出されたら警戒もするでしょ。」
忙しくて注文聞きに出て来にくい母の負担を少しでも軽くする意味も込めて、厨房まで注文しに行く。
ついでに冷蔵庫から適当に食べ物を見繕う。

築「くうちゃんだけ何も無いのも可愛そうだから、持ってきてみたよ。」
冷蔵庫から持ち出したものを片手に戻る。
く「何持ってきても無d・・・」
手からぶら下がる緑色の物体を見るや固まった。
とたんに高速で尻尾を振り始め…
く「た・・・食べる。」
一気に態度を軟化させてきた。
笹の葉にくるまれたあんこ入りの緑色の餅をひとつ食べ終わると、きつ姉えの後ろから出てきて、俺のすぐ隣に。
く「信じる。だからもっと頂戴。」
まるで色仕掛けの意思の無い口調でありながらも、身を摺り寄せられて断れる男ではない。
残りの笹団子を与えると、嬉しそうに、より早く尻尾を振りながら食べ始めた。
き「あら、この子が懐くなんて・・・。」
懐くというか、餌付くの方が適切なんじゃ・・・
しばらく後にできた鶏唐は碧が大喜びで飛びついた。
男は胃袋を捕まえろとか言うが、都市伝説も餌付けがいいのか・・・。

つづく

181後でセルフで上げます  ◆7aVqGFchwM:2012/02/19(日) 23:18:29 ID:SYihMtrA
舞い上がる砂塵の中、落ちた巨石が徐々に消えていき、
洞窟内に残されたのは、隕石が落下して出来た巨大な穴だった
尤も、その穴も洞窟が光を失い闇が支配してしまっているが為に、直視する事はできない

「………ッハ、ハァ……うぐっ」
「っ大丈夫か?」
「ボクは、大丈夫だけど……お兄ちゃんが……!」

腕の装置のライトを点け、ぽっかりと空いた穴へとよろめきながら進んでゆく
がしっ、と正義の肩を掴んで、大王は俯きがちに首を振った

「…諦めろ。あれはもう、助からん」
「離してよ大王。お兄ちゃんは生きてる」
「気持ちは分かるが、あの隕石はかつて巨大戦艦を破壊したもの…恐らく少年の兄は―――」
「でも!」
「じゃあ……俺はあの悪趣味な戦艦以上ってか……」

掠れ気味の少年の声
驚き、咄嗟に正義はライトを目の前の穴の方に向けた
ぼろぼろになった黒衣を纏い、右手で顔の右半分を覆って立っている裂邪の姿がそこにあった
右手の下にある右目の辺りは真っ紅に濡れており、血が滴り落ちていた

「ッヒヒヒヒ………光栄、だな………」
「お兄ちゃんっ…!」
「馬鹿な…あれを耐えたというのか!?」
「…都市伝説の力……特に契約した、個体の力量は……契約者の心に、比例する……
 正義……最後の最後に手を抜きやがったな?……ヒハハハハハハ」

笑いながら構える裂邪
それに反応して正義と大王も身構えた、が

「…………ゔ、ぉぶっ!?」

突如として血を噴き出し、裂邪はその場で膝から崩れ落ちた
あ、と声が漏れ、正義が駆け寄ろうとした

「来る、んじゃねぇ…!」
「意地張るのはやめてよ! そんなにぼろぼろになってるのに!!」
「…こんな状態にしたのは、お前だろ、が……
 ウヒヒヒヒ…まぁ、俺も悪いか……手加減されてこのザマだからな…」

傷だらけの身体で尚も笑う裂邪に、
正義は真剣な表情で歩み寄り、口を開いた

「……聞いて、お兄ちゃん。ボク達は「水晶髑髏」を―――――」
「「水晶髑髏」を2012年までに13個集めれば、人類滅亡を回避できる」
「え!?」
「それくらい知ってる…病院で寝てる間、お前等の話は全部聞いてたんだ
 お前等が「水晶髑髏」の契約者と協力してる事も、清太も漢も戦いに行ってる事も、全部な」
「じ、じゃあ……それを知ってて何でこんな!?」
「例え人類滅亡を止めたとしても……麻夜は……「太陽の暦石」は止められない
 人類全てが無理なら、学校町を滅ぼすか、巻き込んで自爆か……それくらいはやってのける筈だ
 そうなったら、お前等は麻夜を止められんのか? “いざという時”の覚悟は出来てんのか?
 ……その為に俺は、ローゼちゃんとお前を試した」
「試す、だと?」
「ローゼちゃんにとっては友人が、正義にとっては兄が、
 目の前に立ちはだかり敵として殺そうとしてきた時
 その覚悟を決められるか……」
「…やっぱりそういう事だったんだ……馬鹿だよ、お兄ちゃんは!」
「知ってたさ…その馬鹿な考えに乗ってくれた“あいつら”には心底感謝してる
 それに、お前等にもな」
「っ……?」

182後でセルフで上げます  ◆7aVqGFchwM:2012/02/19(日) 23:19:32 ID:SYihMtrA
「お前等やローゼちゃんと戦って、やっと分かったよ……優し過ぎるんだよ、お前等
 俺はその優しさが弱さになるんじゃないかって思ってた…逆、だったんだな
 お前等は気づいてねぇかも知れないが…お前等にとって、“優しさ”が力の源だったんだ
 誰かを守りたい、誰かを救いたい、誰かに手を差し伸べたい…そんな気持ちが
 …はらわたが煮えくり返る思いだよ。もっと、早、く…うぷっ」

喉を通ってこみ上げるものを気合で胃に押し返す
激しく深呼吸を繰り返した後、裂邪は話を続けた

「正義……ローゼちゃんに、謝っといてくれねぇか?」
「…謝る?」
「俺は…あの子の心を深く傷つけてしまった
 あの子の純粋な心を裏切り、踏み躙ったんだ
 …多分、俺ももう、永く無い……だから、代わりに―――――」
「ふざけないでよ!!」

怒号が、洞窟内に響き渡った
ハッとしたように、裂邪は一瞬飛び上がって顔を上げた

「何でボクにそんなものを背負わせるんだよ!? お兄ちゃんらしくないよ!
 お兄ちゃんは昔から悪くて、強情だったけど…本当は優しくて、何より強かった!
 そんなお兄ちゃんに、ボクは少しだけ憧れてたんだ!
 それなのに……らしくないよ!」
「っ……」
「そんなにローゼちゃんに謝りたいなら、自分で謝りに行きなよ!
 こんなところで倒れてないで、立ち上がってよ!
 ボクなんかに負けないでよ!」

正義の言葉は、一つ一つが拳となって裂邪の胸に突き刺さった
粗方叫び終えて、正義が深呼吸を一つした時までは茫然としていたが、
暫くして、彼は呆れたように小さく、笑った

「……あぁ…これがお前の“説教”か……あの都市伝説共がお前についてったのも納得だな」

呟き、裂邪は紫のパスを取り出してそれをベルトのバックルに翳す
電子音声が響き、そのパスは一瞬にして金の柄の剣へと変わり、
彼は剣を杖代わりにしてゆっくりと立ち上がった

「有難うな、正義……でも、やっぱ無理っぽいわ」

言葉の直後、がらがらがら!!と岩が崩れる轟音が届いた
それは正義の後方から、つまり出口側の方から聞こえ、そしてライトがその音の主を照らす

「なっ……これは!?」

183後でセルフで上げます  ◆7aVqGFchwM:2012/02/19(日) 23:20:05 ID:SYihMtrA
黒い、煙のような流体で出来た、獅子の姿の化物
だがその口は胴体まで裂けており、びっしりと並んだ牙の間から多量の涎を溢れさせていた

「どどぎゅううううううううううううううううううううぅん!!!」
「新手が!? こんな時に……くっ、行くよ大王!」
「その必要はない!!」

ぼう!!と化物と正義達を紫炎の壁が隔てる
え、と振り返る正義に、裂邪はヒヒ、とまた笑う

「馬鹿野郎……お前は他にやる事があるだろうが
 ここは俺に任せろ、お前は行け」
「お、お兄ちゃん!?」
「おい少年の兄! いくらお前でも、その身体では本当に死ぬぞ!?」
「……正義。優しさを失うんじゃねぇぞ
 弱い者を労わって、互いに助け合って、
 どんな都市伝説とも契約者とも、友達になろうとする気持ちを忘れるな
 例えその気持ちが、何百回裏切られようと」

裂邪は剣を―――「ティルヴィング」を構え、その刃を撫でた
暗がりでも刃は銀色に美しく輝いていた

「…お前のことは大嫌いだ。でも……お前は俺の誇りだ」
「――――――――」
「黄昏裂邪が命じる……“あいつらを病院に帰せ”」

刃が紫に光ると、その願いは履行された
洞窟内から、正義と大王の姿がぱたん、と消える
見える範囲で残ったのは、裂邪と巨大な化物のみ
がくんっ、と裂邪がバランスを崩して地に跪く

「ぐぅっ……く、そ……流石に限界、か………
 せめて、あいつらだけでも…」



―――全ク性懲リモ無イ奴ダ。マタ一人デ背負イ込ムツモリカ?



―――残念でした♪ 今度こそ逃がしませんからね、裂邪♪



―――もう契約者を置いて逃げる真似なんざしたかねぇ。道連れにしてもらうぜ、主!



―――死ぬ時ゃ皆一緒でさあ! その時はその時、あっしらもお供致しやす!



「……あいつらだけ、でも………守っ……て………」

ふら、と身体が大きく揺れ、どさりと力無く倒れ伏す
その影響か、紫炎の壁が消え、黒い化物を抑えるものが無くなった
化物は雄叫びを上げ、涎を滴らせる
裂邪は、目を覚まさない



   ...

184悔い改めよハーレクィン!と彼女は言われた ◆DkTJZY1IGo:2012/02/24(金) 04:07:01 ID:61NYy6b6

「ふうっ……どうやらこれで打ち止めみたいねー」
「つ、疲れた……」
夜刀浦市のプラネタリウムで暦と衛悟はティンダロスの猟犬と戦い続けた。
時間にして約10時間。
足元には青黒い煙が詰まったガシャポンの玉が山ほど転がっている。
猟犬達は今は滑稽な結界石の中で悲痛な鳴き声で吠え立てる。
「生憎と真球の石なんて上等なものを用意する時間なんか無かったわ。
電子ジャーに封印された魔王が居るんだし、
ガシャポンに封印されるティンダロスの猟犬が居ても良いとは思わない?」
「ははは……そのノリでティンダロスをやっつけられるのは君だけだよ」
暦のそんなユーモアに衛悟は苦笑をもらした。
「――実に愉快」
そこに冷え冷えとした疎らな拍手の音が響き渡った。
「誰だっ!!」
衛悟が即座に戦闘体制に入り、水の剣を構える。
すると何時の間にプラネタリウム内部に現出したか……
先ほど夜刀浦市民会館で現れた黒い紳士がそこに立っていた。
「悲しい……悲しいな人間よ。お前達は何故そうまでして頑迷に抗う?
なぜお前達はそんなにも愚かではかない存在なのだ?ねえ?人間よ」
紳士はおかしくて堪らないといった感じで漆黒の山高帽を押さえて哂う。
衛悟の反応は早かった。
黒い紳士が人間ではない敵対的な都市伝説と即座に断じ、水の刃を放つ。
エーテルに仕込まれ、都市伝説との戦いで磨かれた剣術の腕は
十分一流と呼んでも言っても過言ではない一撃だった。
並みの都市伝説では既に決着が付いている。
だが……黒い紳士は五体を切り裂かれながらも笑っていた。
「……人知を超えた存在の前では人間の精神や常識など塵に等しい」
傷跡から伸びたワイヤーが即座に黒い紳士の千切れた手足と繋ぎ合わせる。
黒い人影はその無表情な顔を引っぱると、皮膚を肉ごと後頭部に向けてはぎ取り。
ワイヤーや歯車からなる機械仕掛けをむき出しにした。
その存在の血液の代わりに流れているのはオイルだった。
眼は小さな時計の文字盤、血管はチューブ、神経はワイヤーで筋肉はケーブルと歯車だった。
紳士の背後からずるりと何かが……蜘蛛に似たなにかが這い出した。

185悔い改めよハーレクィン!と彼女は言われた ◆DkTJZY1IGo:2012/02/24(金) 04:08:10 ID:61NYy6b6

モニターやキーボード、幾つもの機械郡。
それに溶けた人間達の肉塊がそれに組み合わさって融合している。
頭と胸には入院患者のように電線が接続されていた。
人間のパーツと機械がこの上なく醜いバランスで混在している蜘蛛。
フフファィィヴヴヴヴ……と、低く単調な機械音が聞こえる。
「私は脳を終了し、もう一人の友人は死ぬ」
黒い紳士は笑った。
だが暦は脅えた様子は無い。
「私を引き込むことに失敗したから殺しに来たわけ?
随分持って回ったやり方ね」
「暦は本当に厄介な都市伝説に絡まれるよな」
衛悟の方も緊張はしているが軽口を叩く余裕がある。
「どうもそういう宿命の元に生まれてきたみたいねえ……
でも衛悟も大分肝が据わってきたじゃない」
「まあな……」
小さく、衛悟は勇敢な君に追いつきたかったから、と呟いたのだが
それは目の前の異形の体内から発せられる
歯車が擦れる耳障りな機械の駆動音に阻まれて暦の耳には届かなかった。
「……貴方、名前は?」
暦は実にぽややんとした態度で、笑みすら浮かべながら
実に場違いな事を機械と人体の混在した異形の蜘蛛に向けて尋ねた。
「チクタクマン――普遍的無意識の暗黒面、ニャルラトテップの化身」
「ガイアの次はニャルラトホテプかよ……
どうしてこう俺達は神や邪神の類に縁があるんだよ……」
衛悟はその名乗りに本当にうんざりしたように呟いた。
「相手のネームバリューに気押されないの。
どうせやることは変わんないだしー」
「……不正な動作と人格の誤作動を行う異常な人間。
小娘、お前はその中でも最も残酷な者の一人だ」

186悔い改めよハーレクィン!と彼女は言われた ◆DkTJZY1IGo:2012/02/24(金) 04:09:16 ID:61NYy6b6

「うん、そんなこと知ってる――さ、始めましょう……か……?」
暦は頭を押さえてレアード複葉機のナイフを取り落とした。
「暦っ?」
衛悟が驚きの叫びを上げる。
暦の視界の中で複葉機の計器が滅茶苦茶な値を示す。
「都市伝説が……発動しない……」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!」
ニャルラトホテプ――チクタクマンが甲高い嘲笑の笑いを上げる。
「全ての機械は私の僕なのだよ!!それは都市伝説といえど例外ではない!!
いかに時間を見る瞳を持とうとも、干渉には時計と言う機械が必須!!
それが人間の限界だ!!」
「俺を忘れてもらっちゃ困るぜ!!」
衛悟が水の剣を持って果敢にチクタクマンに挑みかかるが
ワイヤーが彼の足にからみつき、その速度を落とした。
ねじれたケーブルで出来た木の枝が蜘蛛から生え、彼を打ち据える。
「ぐっ……く、クソッ」
衛悟はワイヤーを切断しようと足掻くが厳重に拘束され、そのまま締め上げられる。
そのまま彼は意識を失いがっくりと頭を垂れた。
「衛悟っ?」
「お前たちはひとつ大きな事を学んだぞ。どうにも出来ないこともあるという世の理をだ!」
都市伝説を封じられ苦しむ暦に向けて
チクタクマンの胴体から歯車がショットガンのように打ち出される。
「ああっ!!」
暦の体は強かに歯車を喰らい、プラネタリウムの床に叩きつけられる。
衝撃で暦の足に巻かれたギブスが砕けた。
以前の戦いで重症を負い、元々まだ十全に戦えるコンディションではないのだ。
しかも時間を操る都市伝説は封じられている。
「……悔い改めよ!ハーレクィン!
ヨグ=ソトースでも無いのに時間を弄んだ報いを受けるがいい」
嘲笑を浮かべながらチクタクマンは宣言した。
「人間はいつまでも宇宙の闇を恐れる子供ではいられないのよ……」
だが、暦はまだ諦めていない。
口元から滴る血を袖で乱暴に拭うと、傷ついた足に手を伸ばす。
暦は傷ついた足の筋肉の一部に違和感を覚えた。
赤い血の滴るふくらはぎの酷い裂傷の中に、何か輝くものが挟まっている……
その事をチクタクマンに悟らせないように言葉を紡ぐ。

187悔い改めよハーレクィン!と彼女は言われた ◆DkTJZY1IGo:2012/02/24(金) 04:10:02 ID:61NYy6b6


「私はね、実を言うと区切りの無い虹色の時間連続体は大嫌いなのよ。
全てを時間の中で一つにするなら全てを壊してしまうしかない
美しい物、偉大な物も……それは世界が混沌に沈むという事と変わらない。
クロノスは息子のゼウスによって倒されたわ。
それでも時は続くのよ。一見絶対的真理に見える機構もゆらぐ。
この世界に善き神なんかいないのかもしれない。
でもこの宇宙に変わっていかないものなんか無い、時間も変わる、人間は変われるわ」
「まだ世界と宇宙の混沌に抗わんとするか!!神殺しの小娘!!」
「やるなら早くしなさい、私にまだ武器は残されているわ。時間は貴方に味方しないわよ」
「面白い事を言う……ならば最高の賛辞を抱いて死ねぃ!!」
暦を叩き潰さんとチクタクマンが……異形の蜘蛛が迫る。
「レアード複葉機、ひとたびその時の翼を休める!!契約解除!!」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!唯一の武器を捨てるとは気でも触れたか!?」
「いいえ、武器なら……都市伝説ならあるわ」
暦は痛みを堪えながら自らの足の傷口に躊躇い無く指を突っ込んだ。
「痛っ……ああああああっ!!」
無理に傷口を広げ、乱暴に一センチに満たない小さな石の欠片を取り出した。
血に濡れて輝くその石の破片は……正真正銘、深紅のルビーだった。
初めてチクタクマンの哄笑が戦慄に途切れた。
「ガイア仮説だとっ!!欠片とはいえ人間にそんなものが扱えるわけがっ……!!」

       自 己 封 印 ・ 災 害 世 界
「ブレィカァァァアアア!!ディィィザスタァァァァアアア!!」

暦の叫びと共に万物の精霊が乱舞する。
荒ぶる大地の内腑に滾る灼熱の炎、星の魂の一部が解放される。
結界の中にありとあらゆる自然災害を具現化するガイア仮説=ワカンタンカの能力の一部。
プラネタリウムの床から突如として湧き出したマグマの噴水がチクタクマンの全身を炎上させる。
狂気の産物である冒涜的な異形の蜘蛛が燃え上がる。
「バカなっ!?ありえんことだ…!?」
「まったき自然の力は機械の身には堪えるでしょ?」

188悔い改めよハーレクィン!と彼女は言われた ◆DkTJZY1IGo:2012/02/24(金) 04:11:31 ID:61NYy6b6
本来の適正ではない、しかも神話級の都市伝説を扱ったことにより
暦の周りには扱いきれない炎が吹き上げている。
本人は暢気に言っているが大火傷確定で飲み込まれていないことが奇跡に近い。
「だけどもちょっと無茶しないとねえ……!!一瞬だけ、一瞬だけ……!!」
暦は傷だらけの体を推してレアードのナイフをもう一度手に取った。
「何をするつもりだ!?」
チクタクマンはマグマの直撃を喰らいながらもまだ息があった。
「あんたを星辰の果てに押し込めるのよ、チクタクマン」
チクタクマンは、燃える炎の柱の中に立つ暦の眼を見た。
暦は妨害から復帰したレアード複葉機と再契約し……
チクタクマンとその周囲の物質の時間を止めて絶対の時間の檻とする。
チクタクマンの中に一つの疑問が宿る。
ものすごく痛いはずなのに、泣きたいくらい痛いはずなのに、
どうして、こいつは、何度も何度も立ち上がれるのだろう?
唯の人間のはずなのに。
「中心に燃える柱、あるいは「目」をもった五芒星……
五芒星……星の力……旧き神……そんなバカなっ……対抗神話だと……!?」
「ぶっとべえええええええ!!!」
「こんな矛盾…認めんぞぉぉぉぉ!!」
ワカンタンカ=ガイア仮説の破片とレアード複葉機の能力を同時かつ最大出力で発動。
特大の噴火に合わせて暦が時間を加速する。
実際に火山の噴射物は大気圏外まで吹っ飛んでいく事例がある。
時間を加速させる事によってその加速力を強められた場合……
ガイア仮説によって具現化された噴火はプラネタリウムの屋根を吹き飛ばしただけでは収まらず
チクタクマンと、その周りに転がっていたティンダロスを封じたガシャポンの玉を天高く打ち上げた。
光の矢となった球体達は7億5000万キロを40分で飛翔し
厚さ200km前後の氷の層に突き刺さった。
表面温度-153,15度。
木星の第4衛星カリストにいくつか痘痕が増えた。
だがその事を知るものは殆ど居なかった。

189悔い改めよハーレクィン!と彼女は言われた ◆DkTJZY1IGo:2012/02/24(金) 04:12:09 ID:61NYy6b6
暦は天高く吹っ飛んだプラネタリウムの屋根を見上げながらぶっ倒れた。
横目でちらりと見やった所衛悟の息はあるようだ。
ワイヤーで頚動脈を締められて落ちただけのようだ。
「はああ……もう限界……
事後処理とかはもう組織に丸投げしちゃおう……
……ううう、でもオリジナルガイア仮説より滅茶苦茶弱体化してるのに
フィードバックがひどいよう……また私入院確定じゃない
何で私ばかりこんな目に……」
そのまま彼女は気絶した。
程なくして異変を察知して駆けつけた黒服たちの手によって
衛悟ともども『組織』の病院に暦は担ぎ込まれる事になるのだが……


                 いつか悪い神様たちは思うでしょう。
              宇宙の果ての寒い場所に閉じ込められながら、
                        悩むでしょう。
                        怒りながら、
                        嘆きながら、
                        憎みながら、
                        妬みながら、
                    そして――憧れながら。

               なぜ、こんなことになってしまったんだろう?
            この世界には善い神様なんて居なかったはずなのに。
        いったい誰が、何が、どんな願いが、宇宙の真理すらも捻じ曲げて、
                   善い神様を創り出すのだろう?
                    ――生命とは何なのだろう?

              この苛烈な永劫の輪廻の中、
                  無限の数を重ねて唱えた、魔を絶つ誓い。
               今回もまた、変わる事無く。
                   そして、これからもなお――

【悔い改めよ!ハーレクィンと暦は言われた、終わり】

190八尺様の人 ◆DkTJZY1IGo:2012/03/13(火) 07:42:33 ID:6uAdN/.I
学校町の一角には、白い洋館がある。
だがそこが組織の出張所である事を知っているものは少ない。
丁寧に刈り込まれた庭の芝生の上には白いテーブルと日よけのガーデンパラソル
それにアラベスクのデザインのガーデンチェアが何組か置かれており
今そこには青年と少年が座っている。

「……また派手にやらかしたものだな」

そう呟いた青年の方はストライプの入ったオーダーメイドの黒服に身を包んでいる。
彼の髪は特徴的な赤毛で、それが彼が日本人ではないことを示している。
普通の人の目には只の外国人にしか見えないだろうが……
何らかの武術の熟練者が彼を見たら戦慄していただろう。
一部の隙も無ければ重心に一切のブレも無いのだ。
まるで地に根を張る巨木のような雰囲気、何気ない所作の隅々にまで安定感が満ちている。
彼は組織の黒服……だが意思無き下っ端ではない。
元人間の契約者、自らの都市伝説に飲まれかけ死と共に散逸するはずだった意識と自己。
だが彼は組織の黒服となることでかろうじて二度目の生を得た。
彼が人であったときの本名であるエリオットと呼ぶものは今は殆ど居ない。
彼の人としての生も家族も全ては遠い過去に置きざられてしまった。
今の彼は『組織』の上位幹部、黒服集団の長の内の一人。
組織内での立ち居地は中立派。
調査課Explorer - Number、略してE−No
エリオットと呼ばれたアメリカ人契約者の残照は
今では専ら彼の使う都市伝説、第五元素の名前……エーテルと呼ばれている。

191八尺様の人 ◆DkTJZY1IGo:2012/03/13(火) 07:43:05 ID:6uAdN/.I


「すみません、エーテルさん」

エーテルの対面に座る高校の制服を着た少年が体を縮こまらせて謝った。
誠実かつ活発そうだがそのほかにこれといって特徴の無い少年だ。
彼のほうは組織の依頼を受けて任務をこなす契約者で、普通の人間だ。
「衛悟が謝る必要は無い」
衛悟と呼ばれた少年は更に恐縮した様子だった。
衛悟の方も中々に波乱万丈といっていい人生を送ってきた。
幼い頃に事故に会い、手の施しようの無いくらいの重傷を負った。
彼が今健常な人間として生活出来ているのは組織が彼に与えた都市伝説のお陰だ。
彼に与えられたのは『水の記憶』
1988年に国際的な学術誌ネイチャーに記載された
バンヴェニスト博士の論文を原型にした空想科学系都市伝説。
「水は以前そこに溶けていたものを覚えている」
この都市伝説との契約により、彼の肉体は再生能力と水を操る力を得た。
そうして衛悟は、命を救われた恩義に報いる為に度々組織の任務をこなす契約者として動いている。
恩義、それだけではなく、エーテルが唱える理想に共感したと言うのもある。
人と共に有らんとする都市伝説とは協調を。人に害なす都市伝説とは戦う。
その綺麗過ぎる理想がエーテルを人で有った時の死の遠因と成った事は衛悟は知らない。
自由と博愛、正義を愛する高潔な精神、理想のアメリカ人。
幻想の中にしか存在しない理想を追い求めたエリオットは悲しいくらいに綺麗に生き過ぎた。
エーテルが穏健派よりの中立派で有った事も衛悟にとっては幸運だっただろう。
闇の世界、裏の世界、それに都市伝説に関わるものは大なり小なり周囲とは浮いた雰囲気を醸し出す。
だが衛悟にそれが無いのは彼には都市伝説に関する悲劇も恨みも無いからであろう。

192八尺様の人 ◆DkTJZY1IGo:2012/03/13(火) 07:43:51 ID:6uAdN/.I
その事が、衛悟に普通さが残っている原因であろう。

「夜刀浦市のプラネタリウムが半壊か……だが相手はニャルラトホテプの化身の一つ
この規模の都市伝説と関係して死傷者が出なかった事は賞賛に値すると思うぞ」

報告書を片手にエーテルは衛悟にそう語りかけた。

「無辜なる人々が傷つかなかった、人が生きていると言う事が何より価値があり、大事な事なんだ。
俺達は普通の人たちの普通の生活を守る、例え誰からも感謝されなくても……
人が生きていれば何とかなるものだ。後は保険屋と建築業者の活躍に期待することにしよう」

「ありがとうございます、でも殆ど俺は何も……」

「空野 暦か……」

エーテルは押し黙って何かを考えているようだった。

「あの……エーテルさんは彼女の事をどう考えているんですか?」

衛悟はおずおずとエーテルにそう問いかけた。

「血筋、人格、才能、所持都市伝説、実績、その全てが規格外だ」

エーテルは手を組むと静かにそう呟いた。

193八尺様の人 ◆DkTJZY1IGo:2012/03/13(火) 07:47:59 ID:6uAdN/.I
「如何なる運命の悪戯か……血筋は学校町の旧家から弾かれた分家の雑種強勢。
異質な思考と人格、時間を操る都市伝説。
都市伝説を呼び込む絵画の書き手……
ガイア仮説打倒の功労者……
今回もまた、殆ど人に被害を出さずニャルラトホテプの化身の一つを退けた。
上田が一歩引きサンジェルマンが手を出しかねている少女を他に知らない。
俺は……彼女を計りかねているんだよ……もしも彼女が世界のバランスにとって……」

「暦は世界を壊したりしない」

衛悟は力強くそう断言した。

「……どうして、そう言い切れる?」

「上手くいえないけど……俺は、彼女が理解されたがっているように思えるんです。
変わってて……ちょっとついてくのに挫けそうになるときもあるけど……
彼女は絵を描くのが好きなんです。
都市伝説とかに関わらなかったら、そうして過ごしていたかったんだと思います。
芸術って、中々理解されないじゃないですか。
それでも伝えたいから……
暦は自分の見たもの、自分の視点を他の人にも解ってもらいたくて……」

エーテルは虚を付かれた様な表情をしていた。

「ふっ……なるほどな……それはまさしく盲点だった。
衛悟、彼女にそれを伝えたか?」

「いえ……」

「……言ってやれ、そして、彼女を見ていてやれ。
鑑賞者が居る限り最早彼女は世界のバランスを壊す存在にはなり得まい……」

「は、はあ……」

胸の使えが取れたように一人納得するエーテルと
いまいち腑に落ちない感じの衛悟であった。

【続く】

194空と海の混じる所 ◆DkTJZY1IGo:2012/03/13(火) 17:04:12 ID:6uAdN/.I
白く、白く、白く。
何処までも、白い病室に、彼女は居た。
いつも静かに微笑んでいたはずの彼女は
切なげに疲れ切った苦笑を浮かべている。
体中傷だらけでボロボロだ。
お気に入りの白いリボンが所なさげに垂れている。
その姿は儚げで、今にも消えうせそうだ。

「絵を描くことは、長く遠く果てしない孤独との戦いである」

彼女はそう独り言を呟いた。
その瞳はぼうっと病室の白い壁を見ているように見えるが
実際は遙かに遠い遠景までもを見通している。
千里眼、思念の色、過去未来、彼女の瞳に見えないものは無い。
時間を知覚する事は全てを見通すことと同義であるからだ。
彼女の名は、暦。空野暦。
ひたすらに都市伝説に抗った少女。
勇敢に、頑迷に、鋼の意思で運命に抗った少女。
シェイクスピアは言った。
偉大な人間には三種ある。
生まれた時から偉大な人、 努力して偉大になった人、偉大になることを強いられた人があると。

「――力があるという意味ではそうかもしれない」

195空と海の混じる所 ◆DkTJZY1IGo:2012/03/13(火) 17:05:08 ID:6uAdN/.I

家系と血筋のことについてはサンジェルマンから聞いた。
周囲の過酷な運命に、繰り返しに耐えるように努力した。
そして只ひたすらに強くなる事を強いられた。
ニーチェは言った。永遠の繰り返しを然りと肯定できるものは超人であると。
なりたくて超人になったわけではない。
悲劇に抗っていたらそうなっていた。
いつもどうして私が、と繰り返していた。
生まれ持った宿世が故に、力のほうが彼女に寄り付き、捕らえて離さなかった。
運命にも、星の意思にも、最悪の邪神にも抗うだけの強い力。
それが力のほうから彼女に寄って来た。
普通の凡人は、力を手に入れたことを無邪気に喜び、これで自分の好き勝手出来る!
我侭や拘りを好きなように通す事が出来るようになると思い込みがちだ。

だが暦は見てしまった。

「神の悪意」の名を冠する天使に渡された時を操る都市伝説。
手にすることになった神にも運命にも世界に抗える、それらを変える力の裏には
途方も無い、無限の責任が隠されている事を。
その責任を見落とすほど馬鹿でも盆暗でも凡人でもなかった事が彼女の真の不幸だろう。
力を得た代わりに人類の命運をも左右する強大な都市伝説と戦わなければ成らない事を。

時間の翼、レアード複葉機と契約した時点で、彼女の時間に意味は無くなった。
彼女は遠い未来にも遙か過去にも行ける。
彼女は時間の主人。そして時間の友であると同時に
時間の奴隷、時間の下僕でもあるのだ。

そして彼女は成し遂げた。
同じ時間を百万回でも繰り返す、孤独な時空の観測者。
だが彼女の血と汗と涙で世界の危機が未然に防がれた事など、
この世界に住まう人は殆ど知らない。

196空と海の混じる所 ◆DkTJZY1IGo:2012/03/13(火) 17:05:56 ID:6uAdN/.I

「それは、いいんだけど……
苦労したし辛かったけど、自分も生きたかったからやっただけ」
賞賛が欲しかったわけでもない、見返りを求めていたわけではない。

そして暦は今まで関わってきた人達の事を思う。
エーテルや上田は二人とも暦と同じく特異な才能をもっている人だった。
世の為人の為人を止めた黒服と何処までも唯我を貫いた元殺人鬼の探偵。
バランスと平衡感覚の完全掌握と会話と言語の全てを理解しそれを持って支配する。
対照的な生。だけど彼等二人の思念の色は真朱と暗紅、明度だけが違うまるで鏡写しの赤だった。
共存と支配、王道と覇道、理想と欲望、滅私奉公と唯我独尊。
それらは別物に見えて同じコインの表と裏でしかない。
赤の色は怒り、狂奔、狂熱、情熱、欲望を示す。

「二人とも凄く――凄く強い自我――
彼等の渇望、才能、こだわりと生き様がなんて羨ましいんでしょう」

人のためであれ己のためであれ、鮮烈な紅に彩られる人生は美しい。

サンジェルマンの煌く黄金、ワカンタンカの輝ける真正の蒼。
咎利の道を求める碧。イクトミやヘンペルの人を超克した薄墨。
他にも様々な色の人が居た。
全てを奪って返さない黒の人や都市伝説も居た。

「でも――私は空の蒼。忘れな草の青だから、彼等のようにはなれない」

青が示すのは時間、悲しみ、そして理性。
空のとこしえの蒼、海のえいえんの青。
完全な正確な時間は機械的、かつ視覚的にしか理解できない。
そして雪崩れ込む時間は自我を容赦なく削り取る。
この世に絶対の恐怖が存在するとするのならば……
それは緩やかに自我の損耗していく恐怖に他ならないだろう。

「私が消える、消えてしまう」

私の体の一部は116667秒前の空……
海、土、火、鳥、草、花、虫、
かつて人だったものやそうでない物が混在していく…・・・

197空と海の混じる所 ◆DkTJZY1IGo:2012/03/13(火) 17:06:28 ID:6uAdN/.I


時間に含まれる莫大な情報。
記憶が増えるたびに、私のこだわりが死んでいく。
私が世界なのか、世界が私なのかわからなくなる。
ありふれた時間を取り込んでは捨てていく。
私と世界の境目は何処なのだろう?

永遠の時間の果てには変わらないものなど何一つ無い。
時間の川の濁流を留めて置けなくなれば私も……

「私の身体」 「私という心身集合体」 「私の魂」

「私は……時間を見つめ過ぎて
忘れてはならないはずの『私』すら忘れ果てる。
からだのうちにひそむ、とこしえの青ゆえに」

思えば初めから私と他の皆の系そのものにズレが生まれていた気がする。

「私が、何にこだわってたか思い出さなきゃ……
このままでは輪廻に還る事すら出来ずに時間に飲まれて――
でも、もう……私は……独りで……
……戦う事にも抗う事にも疲れちゃったよ……」

友達を守る為に戦って戦って戦って最後に一人ぼっちになるなんて笑えない。
暦がネガティブな気分になっているのは
今までの過酷な戦いと無茶な時間操作の残留応力が襲い掛かっているからだ。
時間を操る彼女にとっては皮肉極まりなく間の悪い事に
彼女の戦いの結果である友達や家族は……彼女の病室には居ない。
当然だ。
暦が作った当たり前の世界、その時間の中の殆どを
彼女の家族や友達は、彼女のためではなく、彼等が生きるため学ぶ為に使う。
親には仕事が、彼女の友達である人には学校がある、何時までも彼女の病室を見舞う訳には行かない。
それが暦にはいつか人は居なくなる、死んでしまうと言う事を思い出させる。
だが今の暦は心の力が、契約者としては生命維持に関わる不味い領域まで疲弊している。
常人ならばとっくに飲み込まれて人間を止めている。
それだけ彼女の置かれた戦いが過酷で、限界を遙かに超えたものだった。
暦は酷く寂しげに、哀しげに笑った。

198空と海の混じる所 ◆DkTJZY1IGo:2012/03/13(火) 17:07:49 ID:6uAdN/.I


「消えるのは怖くないの、只哀しいの」

「ああ、そうか思い出した……」

「私は、私の見てきた美しいもの、美しい刹那を切り取った事を解ってもらいたかったんだ」

「だから私は、描くことが、好きだったのね」

「力は要らない、けれど、けれど……」

「私の時間を皆の為に使ってあげます……」

「だから」

「私が風に溶ける前に、どうか」

「どうか」

「誰か、お願いですから――」

「私を――理解してください――それだけが私の――」

「――だけど――もう――時間切れかも」

彼女の輪郭が透けかけている。

病室のテーブルに置かれたレアード複葉機の断片で作られたナイフも薄れ掛けている。

「バカヤロウ!!生きる事を諦めるんじゃねえ!!」

病室のドアが荒々しく開け放たれた。

英雄たる彼女のあとを必死で付いてきただけの少年は、今この時に間に合った。

白く、消えかけた世界に、水の蒼が……

199空と海の混じる所 ◆DkTJZY1IGo:2012/03/13(火) 17:08:56 ID:6uAdN/.I
世界を救って只独り消えかけていた来た彼女の世界に色が満ちた。

そこに居たのは、何処にでもいるような普通の少年。

普通にもかかわらず異常にて異質極まりない暦の歩む道に

最後まで着いてきて、彼女だけを一途に見守ってきた少年。

暦の瞳に光が戻る。

始まりはエーテルが彼女を危険視して監視につけただけの間柄。

だけど何時しか少年は、衛悟は彼女だけを見ていた。

衛悟は消え掛ける暦の肩をしっかりと掴んだ。

衛悟は暦の瞳を覗き込んで

「一生掛かってても構うものか!!俺がお前をわかってやる!!」

振り絞るように発された魂の底からの叫び。

ぼんやりとした暦の瞳に初めて焦点が結ばれた。

今、彼女は時などは見ていない。

力強くそう宣言した……何処にでも居るような普通の男の子の瞳だけを見ていた。

千の永劫の夜を超え、誰にも理解されなかった少女は、ようやく――

暦は傷が開いて軋るのも構わず衛悟の胸に飛び込んだ。

突然の事に眼を白黒させる衛悟にも構わず暦は呟いた。

「永かった……本当に……本当に……とっても永い間……永く待ったのよ……
私がどれだけ……人に理解して……ほしかったか……」

透明な雫が一滴、衛悟の肩に滑り落ちた。

その雫に触れた瞬間……衛悟の都市伝説が強くざわめいた。

彼の都市伝説の名は『水の記憶』

水は溶けていたものの事を、覚えている。

彼は、口にした約束を、守る事が出来た。

200はないちもんめ ◆YdAUTYI0AY:2012/03/23(金) 01:29:55 ID:ji/4X3G2
【随分前の話の続きなので、代理投下は不要です】
門真希「そろそろ暖かくなってきたわねぇ」
広瀬美緒「希さん、今冬目前ですよ?」
影守蔵人「二人とも、そのネタ前回(2011/07/23)もやったぞ」


〜久々のk-№事変〜


拳が、刃が、幾度と無くぶつかり合う
「やりますねぇ!!」
片や桃色に輝く光を纏った筋肉質な肉体に長髪が特徴の『組織の黒服 K-№232』
「暑苦しいのよ!」
「面倒な」
片やバラバラになった人形のパーツを周囲に浮かせ、自身も宙に浮く半透明の少女、門真希とその契約者で刀を持った青年、影守蔵人

「って、言うか!何で刃物が刺さらないのよ!あの筋肉!!」
「われ等が兄気を嘗めないでいただきたい!」
「ハァッ?!」
希が理解できないという風に声を上げるのを聞いて、影守も内心でうなずいた
(よくよく考えれば・・・まるで意味が解らん)
K-№の黒服は筋肉で、黒服なのに全裸で、何か桃色に光って、物理法則無視して、筋肉で・・・これが常識になりつつあった辺りやはりK-№は、否、組織の頭おかしいんじゃないだろうか
「希、無駄口を叩いてる暇は無いぞ・・・Dさんを先に行かせたとは言え、あの人は単独ではそれ程の戦闘能力は持っていない・・・放っておけばK-№の黒服にヤられるのがオチだ」
「ゴメン、殺られるのアクセントが何か変だった気がするのは気のせい?」
コイツは何を言ってるのだろう

201はないちもんめ ◆YdAUTYI0AY:2012/03/23(金) 01:30:48 ID:ji/4X3G2
状況を再確認しよう
約8ヶ月振りなのだ、読んでる側も書いてる側も当事者の俺達だって状況を忘れかけている
「影守、メタな発言は控えようよ・・・」
知らん

現在は2010年の年末・・・の筈
度重なる不祥事で組織内での立場が悪くなったK-№が暴動を起こした
そして、首塚の側近であり、組織のD-№962の契約者でもある少女、大門望がK-№に攫われた
俺達は大門望の友人で情報屋の少女、新島友美の情報でK-№0私有の施設の位置を特定し、そこに潜入
途中、『白面金毛九尾の狐』の片割れ、K-№2の妨害に会うが、これは『アイスマン』K-№1と『白面金毛九尾の狐』のもう片方、K-№3の援護で切り抜けた
そして次に遭遇したのは俺の担当だった黒服K-№232、コレはぶっちゃけ恩義も何も無いと言うか寧ろコロシテヤリテェってレベルなので良し
K-№0がいるであろう先にDさんを行かせ、俺と希でK-№232と対峙中
一緒に来た広瀬美緒警部補は危ないので後ろに下がっていてもらってる
「大体こんな感じだったか」
「戦闘中に考え事とは余裕ですね!!」
K-№232が振り下ろした拳を後ろに跳ぶ事で避ける
仮にも(都市伝説無しの場合)組織最速の一角とも言われていたのだ、これ位は造作も無い・・・が
「どうするの、影守?
こっちの攻撃は効かない、向こうの攻撃は当たらない・・・けど先にへばるのはこっちだよ」
希の意見も尤もだ

こちらはただの契約者
あちらは都市伝説に呑まれた化け物
スタミナは考えるまでも無く向こうが上
更にこっちは美緒さんを守りながら戦っている
圧倒的に不利だ
「今は手数で攻めるしかない、行くぞ」
「うん、付き合うよ契約者」

202はないちもんめ ◆YdAUTYI0AY:2012/03/23(金) 01:31:54 ID:ji/4X3G2
多数の刃物を装備したキューピーのパーツを操りながら門真希は考える
(これが都市伝説の身体・・・)

人の身であった頃に比べ何て軽いのだろうか
自分の場合は肉体の損傷が激しすぎて一部を除いて失ったために実体は無いに等しい
その分軽い
視界も広い、音も良く聞こえる、肉体が無いからか痛覚は無い、しかし精神的な疲労は感じる
そして何より

「憤怒ッ!!」
「希!」
「密集防御!!」
即座にキューピーのパーツを一箇所に集め壁を作り、K-№の放った光線を受け止める

(・・・繋がってる)

人だった自分は死の間際に自ら都市伝説に飲まれ、そのまま討伐され消えた筈だった
だけど、新島友美が意図的に生前の私の事を噂として流した事、組織の技術で”私”と契約する為の契約書が作成された事、そして
生前の私と尤も近しく、私が一番執着を感じた影守がその契約書を使用した事
それらの全ての条件が上手くかみ合わさり、私は都市伝説として蘇った

今の自分が本当に死んだ門真希なのか、噂から再現された門真希の記憶を持つ紛い物なのかはわからない
だけど・・・生前の記憶にある何時よりも、確実に

(繋がってる!)

影守の意思が、ダイレクトに自分に流れてくるのがわかる
影守がどういう援護を望んでいるのか、何処にキューピーを飛ばせば良いのか
言葉に出すまでも無く、彼の思いが、流れ込んでくる

(これが・・・契約)

それも人側ではなく、都市伝説側の
今なら言える

(もう私は一人じゃない)

誰にも理解される事無く、生きるために殺し、殺したが為に狙われ、最期には想える人を得たが一人で死んでいった私とは違う

(私は、影守と繋がってる!!)

203はないちもんめ ◆YdAUTYI0AY:2012/03/23(金) 01:32:33 ID:ji/4X3G2
広瀬美緒はただ見守る
見守る事しか、出来ない
守られる事しか出来ない
影守が、希が、K-№232とぶつかるのを見ている事しかできない自分が歯痒い
そして・・・・・・

(なんて・・・)

影守の傍らに浮かぶ少女の顔が目に入る

(何て楽しそうなんだろう)

彼女の顔に浮かぶ表情は歓喜
契約者を得た事・・・ソレも影守と言う唯一生前の彼女を認め、彼女も求めた存在を契約者とした事
自分では絶対に得られない形の彼との絆を得た事が少し、妬ましい

(などと考えるのは不謹慎、なのでしょうね)

204はないちもんめ ◆YdAUTYI0AY:2012/03/23(金) 01:33:39 ID:ji/4X3G2
「影守、何か刃こぼれしてんだけど!?」
「非常識な筋肉の化け物め」
「この 肉☆体☆美 がわからぬとは・・・・・・哀れな」
解りたくも無いのは俺だけだろうか
「大丈夫、私も解りたくないから」
希の同意は得られた
だが、想定外だ
「以前の兄貴共なら、一撃で切り伏せられたんだが・・・」
兄気ってこんな固かったか?
「当然です・・・まず、長い謹慎で貴方は衰えている
 そして、何より、今の貴方の都市伝説は『バラバラキューピー』のみ」
「それは・・・」
どういう
「解らぬならそれでいいのです・・・そのまま朽ちなさい」
K-№232が拳を振り上げた
あの構えは・・・
「影守!?」
「兄貴の長距離砲だ、避けっ!?」
ふと、後ろに居た美緒さんが目に入る
避けると彼女に直撃する
彼女に回避は不可能だ
「希!」
「もうやってる!!」
全てのキューピーが一箇所に集まり壁を作っている
これで受け切れるかも怪しいが
「美緒さん!」
「わっ?!」
美緒さんを抱え、走り出そうとする
間に合え
「魔ッ死「アァァァァアァッ!!」!?」
K-№232が振りぬいた拳は、途中で当たった何かに大きく軌道をズらされ、放たれた光は、俺や希の頭上を穿った
「・・・・・・あれは」

205はないちもんめ ◆YdAUTYI0AY:2012/03/23(金) 01:34:12 ID:ji/4X3G2
「だいじょーぶー?影守サン?」

赤みがかかった髪
中性的な風貌
大きく伸びた爪と牙

「一年生になったら・・・?」
かつて、俺の小学校を襲撃し、俺以外を全て食らった人食いの都市伝説・・・・・・


「あー」
首を大きく回し骨を鳴らす

「『一年生になったら』の契約者だよ・・・首塚の側近、新島友也」
「新島愛美の息子ですか・・・」
K-№232が苦虫を噛み潰したかの様な顔で言う
だが、待て・・・
「首塚の一年生になったらはもっと子供だった筈だ」
「更に言えば新島愛美の息子は都市伝説に飲まれていた筈ですが?」
つまり、俺が以前から何度か戦り合った『首塚』にいた『一年生になったら』は都市伝説に飲まれた新島愛美の息子だったと・・・・・・
「それが何でここに・・・」
「気合」
奴は真顔でそうのたまった

206はないちもんめ ◆YdAUTYI0AY:2012/03/23(金) 01:34:45 ID:ji/4X3G2

「影守―、気合で都市伝説から人間に戻れるもんなの?」
知らん
「やってみれば何とかなるもんだねー
じゃ、影守サン、さっさとコイツ倒して先に進もうか
大樹さん一人じゃ不安だし」
簡単に言ってくれるが・・・
「っこっちの攻撃が通らん」
「ダッセ」
このガキ、一回泣かしたろか
「今そこの筋肉がヒントくれてたじゃない
 今のアンタの都市伝説は『バラバラキューピー』のみだって」
ソレが・・・
「以前のアンタの刀は『かごめかごめ』の補正がかかってたの
 斬首の歌って都市伝説のね・・・だから兄気ごと斬ることもできなくは無かった・・・それが今は無いんでしょ?」
成る程な・・・・・・
「させません!」
「時間稼いであげるからチャッチャとしなよー」
仇敵に助けられてると言うのも妙な状況だが・・・・・・
「コンから預かった契約書・・・・・・コレだな
 行くぞ、希・・・」
「うん」
希の物に続いて今日二度目の契約
契約する都市伝説は・・・これだ!

207はないちもんめ ◆YdAUTYI0AY:2012/03/23(金) 01:35:24 ID:ji/4X3G2
「一年生になったら、下がれ!!」
「あいあい」
K-№232を足止めしていた友也が下がる
「まだ懲りないのですか!」
K-№232が再度拳を振り上げる


「初陣だ」


振り下ろされる拳
放たれる光
それらを纏めて、斬った

208はないちもんめ ◆YdAUTYI0AY:2012/03/23(金) 01:35:56 ID:ji/4X3G2
「!?」
K-№232の顔が驚愕で歪む
それはそうだ
今までほぼ無敵だった兄気を斬った・・・だけでなく
「なっ!?」
斬られたと同時に全ての兄気が霧散したのだから
「イケる」
これは、この都市伝説はイケる

「な、何をしたのですか?!」
「お前と兄気の縁を切った
 これで、しばらく兄気は使えんぞ」
「ま、まさか・・・それは・・・」
組織の一部の№が所有している都市伝説
本来は望まぬ契約者から都市伝説を切り離す為に
あるいは、危険な人物から都市伝説を奪う為に使用される物

「『刃物は縁を切る』・・・・・・契約していなくても、都市伝説との契約を断ち切る都市伝説だ
 契約すれば・・・・・・」
一瞬で、K-№232に接近し、刀をガラ空きの腹にっ
「俺の刃は・・・あらゆる繋がりを断ち切る!!」
突き刺し、貫いた瞬間、K-№232は光となって消滅した

209はないちもんめ ◆YdAUTYI0AY:2012/03/23(金) 01:36:42 ID:ji/4X3G2
「・・・・・・影守さん、今のは」
「黒服は都市伝説に飲まれた人間・・・・・・要は限りなく都市伝説に近い、”人間”です
 それが『刃物は縁を切る』で、都市伝説との繋がりを断たれれば、曖昧な存在をこの世に定着させる事が出来ず、消滅する・・・・・・って事でしょうか」
多分の推測でしかないが、凡そそんな所だ
つまり、これは・・・
「対黒服なら、一撃必殺、契約者相手でも契約を破棄・・・・・・トンでもないわね」
「だが今は心強い・・・・・・先に進むぞ、Dさんが待ってる」



その頃――もっと入り口よりの手前の方
「あんな奴に従う理由何ざねぇだろ!?」
K-№3・・・白面金毛九尾の狐の片割れ、コンの爪が宙を切る
「しかし、利用価値はあります」
「戯言を!!」
K-№1が出現させた氷の塊がハクに叩きつけられる
「無駄だ!私に物理攻撃は利きません」
その氷を、ハクは液状になる事で避ける

「・・・お前、影守の契約は解けてるはずだよな?」
白面金毛九尾の本来の能力は人に化ける事
その他の物質に変化するのは、契約によって拡大解釈された結果発現した能力でしかない
だが、彼女達と影守の契約は影守が謹慎を受けた際にとかれている
「K-№なら、その場凌ぎの使い捨ての契約者を見つける位訳もありませんよ」
「お前・・・」
「私の目的の為には必要なのです・・・退きなさい」

現在の状況
ハクVSコン、K-№1
影守、希 美緒 友也→大樹の後を追う
大樹→K-№0の元へ移動中
続く?

210禁じられた悟りの果報 ◆DkTJZY1IGo:2012/03/23(金) 23:14:42 ID:LATZGFiA
学校町の一角にある白い洋館がある。
知る人は少ないがそこは組織の出張所となっており
一人の少女と一人の青年が暮らしている。
「最近は平和ね……」
黒いゴシックロリータ調のドレスに身を包んだ銀髪ツインテールの少女が
ガーデンチェアに腰掛けて陽だまりの中で紅茶をたしなんでいた。
彼女の名はマクスウェル。
あどけない見た目だが彼女もまた都市伝説であり
熱と温度そのものを使役するマクスウェルのデーモンそのものであり
また組織の一員である。
「書類仕事も一段楽したし……こんな穏やかな日々がずっと続けば良いのに……」
ふと彼女はそんな事を口にした。
彼女の主であるエーテルはいつも組織関連の仕事で忙殺されているのが常だが
今日は珍しく仕事量も少なく、洋館の中のソファーでしばしの休息を受け取っているはずだ。
天気は快晴で日差しは優しい。
騒がしさがいつもの事の学校町において珍しく平穏と平和を
人であるものもそうでないものも享受しているはずだったのだが……
「ん……鈴の音……?」
チリン、と静寂を押して響き渡る鈴の音をマクスウェルは聞いた。
それとほぼ同時に静かに洋館の正面玄関の扉が開く。
「平穏は長く続かないな……」
マクスウェルが玄関の扉に目を向けるとそこには彼女が敬愛し思慕する青年が立っている。
「エーテル?」
「マクスウェル、何者かがこっちに来る」
エーテルは臨戦態勢だった。
一見リラックスしているように見せかけているが
即座にポケットに入ったレーザーメスを抜き放つことが出来るよう構えている。
マクスウェルはすぐ立ち上がるとエーテルの近くに寄り添った。

211禁じられた悟りの果報 ◆DkTJZY1IGo:2012/03/23(金) 23:15:15 ID:LATZGFiA

程なくして幽鬼のようにぬうっ、と五人の人影が屋敷の敷地には入らず
門の前で静かに止まった。
彼等は時代劇で見る虚無僧そのものの姿をしていた。
白袈裟を纏い、頭には呼ばれる深編笠をかぶる。足には草履を履き、手に尺八を持つ。
一般人の宗教関係者やコスプレイヤーとは明らかに身のこなしも纏う雰囲気が違う。
恐らくは何らかの武術や戦闘技法を身につけている。
気配は人間だが全員明らかに契約者だ。
マクスウェルは平穏な日々が終わりを告げ、また都市伝説に関わる騒動が持ち込まれたことを確信した。
「組織の方々とお見受けいたす。突然押しかける無礼、お許しいただきたい」
編み笠の下から野太い声がエーテルたちに掛けられた。
「何者だ?」
「拙僧は大僧都・華厳と申す。拙らは『上座寺院』の信徒。以後お見知りおきを。
警戒なされずとも拙らはそなた等組織と事を構えるつもりはござらん。
容易ならざる事態が起こったゆえ、そなた達組織と話し合いの席を設けたいのだ」
「俺は『組織』E-No.0のエーテルだ。こっちはマクスウェル。
珍しいな……『寺院』、か……」
「エーテルは知ってるの?私はこの国の宗教関連の結社には疎くて……」
己の教義以外の都市伝説や魔の類を認めない『教会』を思い出したのか
マクスウェルが身を竦ませる。
「ああ。教会と違ってそれほど比較的穏当で攻撃的じゃないとは言われている……
地縁が強く滅多に自らの地域から出てこないから
まず学校町や都市伝説関連の事に積極的に出張ることは無い連中だ」
「御仏の慈悲は深い、善男善女、衆生に仇なさない限りは
たとえ魔物の類であろうとも無理に降魔調伏を行おうは思わん」
虚無僧の華厳は胴馬声を響かせながらそう答えた……
「み、見た目は妖しいけど……異教悪魔の類が問答無用で浄化絶滅が
基本の『教会』に比べたら話がわかるみたいね」
マクスウェルが胸を撫で下ろした。

212禁じられた悟りの果報 ◆DkTJZY1IGo:2012/03/23(金) 23:16:22 ID:LATZGFiA
エーテルは彼等『上座寺院』に関する記憶を素早く思い返す。
影は薄いが彼等は歴史が浅いわけではない。
彼等の教祖が教えを開いてから二千年余り。
現在でも信徒は主にアジアに掛けて四億人居ると言われている。
一般人が知っているのは教祖の教えから分かれた宗派の「大乗」で
葬儀などを執り行う事で商売をしたり一般的な宗教道徳の布教に努める姿が主なものだろうが
歴史が長ければ『教会』と同じく宗教の裏の顔は当然持っている。
そのもう一つの顔が「上座」密教とも呼ばれオカルト色の強い宗派。
血なまぐさい歴史も少なからず持ち古くは戦国大名とも事を構え時には密偵を務めた。
心の力や器を霊力と呼称し
鎮護国家、霊験 神通 加持祈祷などを行う
昔は妖怪とよばれた都市伝説と戦闘で培われた戦闘経験やノウハウは消して侮れるものではない。
上座の方は秘密主義的かつ閉鎖的で如何なる都市伝説を抱えているかの情報が殆ど無い。
今まで沈黙を保ち学校町に出てくる事が無かった彼等寺院が此処に来たことに
エーテルは強い不安を覚えた。彼等が重い腰を上げるに足る何かが起ころうとしているのだ。
「一体何をしに学校町にやってきた?」
「探し物をしている。それさえ見つかれば拙僧らは
あらゆるこの街の勢力と事を構え争いあうつもりは毛頭無い。
我等の探索を妨げる事なきよう話を通しに参ったのだ」
「探し物?……物にもよるな」
どうやら彼等寺院は何か都市伝説を探しているようだが……
「拙ら凡夫が世尊より賜りし無情の悟り、魂の秘密。
輪廻の業を解き明かさんと数えて幾星霜、その一つの成果。
衆生世間に明かすには危うい霊験がこの学校町に流出した」
エーテルは天を仰いだ。
話し振りから察するに『教会』で言う聖遺物やそれに関する都市伝説といった所だろうか。
そういった代物は強力極まりない効力や能力を持っているが常だ。
しかも危険性があるとなると洒落にならない。

213禁じられた悟りの果報 ◆DkTJZY1IGo:2012/03/23(金) 23:18:15 ID:LATZGFiA
「教会で言う聖遺物が流れ着いたみたいなもんか……
詳しく話してもらおうか。どんな効力でどんな形をした都市伝説なんだ?」
「形は無い、そなた等が都市伝説と呼称するこの果報は空が故に実相を持たぬ」
「概念系か……じゃあ名前と能力でいい」
「……法句経にある預流果(よるか)「逆流」(げきる)「七来」(しちらい)
その格に悟りに至りし聖者のもつ神通力を仮初の相と成した物。
運命と生死の流れに違背するなり。それに人を至らせるもの」
「またとんでもないものが……話し振りだと危険性があるみたいだが……
それだけ強力なもの、何らかの代償があるのではないか?」
「運命と生死の流れに違背することが出来るようになる代わり
煩悩と欲望、得たものの自我や魂もまた磨り減る。あたかも灯火が燃え尽きるように。
使えば輪廻が減る。七度輪廻に戻る、故に「七来」
魂の業によって七度を待たず最終的に必ずその魂は寂滅に至る。
それゆえ、それを受け入れられる聖者のみが使うべきもので
資格及び覚悟も得ていない慈悲心なき欲多き凡夫衆生世間のものに使わせる訳には行かぬものだ」
そう華厳は締めくくった。
「運命と生死を変革する『寺院』版の聖杯みたいなものか……
しかも使ったものは何れ魂が消える……最悪だ……」
エーテルは戦慄と共に呟いた。

to be……?

214ダンタリアンの契約者は無茶振りがお好きなようです ◆12zUSOBYLQ:2012/04/27(金) 06:54:34 ID:vW3oTMq2
「きゃあああっ!」
 悲鳴を上げているのは、まだ10歳にもならないであろう少女。
 何の因果か「一反木綿」に追われて逃げ惑うことになってしまった少女の眼前に、コートを着た女が現れた。
「くすすっ・・・あたし、キレイ〜?」

 どこからどう見ても口裂け女です、ほ(ry

「ひ・・・」
 前には口裂け女、後ろには一反木綿。まさに絶体絶命とでも言おうか。
 絶望した少女がその場にへたり込むと、口裂け女は地を蹴って跳躍し、鎌を振りかざした!
「てええええいっ!」
「・・・・・・!」

 固く目を閉じたが、自らの身には痛みも衝撃も感じない。
「?」
 目を開けた少女の瞳に映ったのは、胴体を真っ二つに切り裂かれてただの布切れと化した、一反木綿のなれのはてだった。

「ふー、楽勝楽勝」
 口裂け女がくるっと空中で一回転して着地を決める間に、切り裂かれた一反木綿は光となって消えていった。
「あ、あの・・・」
「あ、ケガはなーい?じゃー良かったわ。ばいばい」
 マスクも外さないまま、お気楽そうに手を振って去っていく口裂け女を、少女は名残惜しそうに見送った。
「あの人がいい都市伝説なら、契約してあげてもよかったなあ」

「あー、いい事すると気持ちがいいわあ」
 口裂け女は人目に付かない路地に入り
「変身解除!」
 すると、口裂け女は見る見るうちにその容姿を変化させ、一人の少女の姿になった。
 小柄でスレンダーな肢体に、背中が隠れるほどの長さの明るい茶髪。
 襟ぐりと裾が繊細なチュールレースで飾られた黒のギンガムチェックのベストに、
 揃いのスカートの裾には真っ赤な苺の柄がプリントされた、本人曰く「魔法少女系甘ロリ」という曰く言い難い風体は
 見る者を生温かい気分にさせるには充分だった。

 無論少女は契約者。
 その変身能力の源泉はソロモン72柱の魔神「ダンタリアン」
 無数の老若男女の顔を備えているというその容姿と、幻を見せるという能力を限界まで拡大解釈し
 人間はもちろん都市伝説にすら「変身」してみせるという荒技を得意としている。

「さーって、今日は何して遊ぼうかなっ」
 「ダンタリアン」の書物を読んだり、
 テレビで地域紛争のニュースを見ながら両勢力の秘密作戦の行方を見てやるのも悪くはないが
 今日はなんだか体を動かしたい気分だ。
 少女はスキップでもしそうな足取りで、駅前の繁華街に向かった。



END

215久遠と“久遠”の『久遠』:2012/06/13(水) 00:08:38 ID:a70zr7Ho
「久遠?」

「はい、何ですか?」

「呼んでみただけだ」

「はい、そうですか」


「……平和だな」

「はい、平和ですねぇ」

「青い空。白い雲。暖かな日差し」

「はい、本当に良い天気です」

「そして、俺の腕の中の久遠」

「h……私ですか」

「ああ、久遠だ。尻尾モフモフだな」

「はい、尻尾モフモフでしょう」

「モフモフを堪能する許可が欲しい」

「はい、よろしいですとも」


「いかがでした?」

「幸せだな」

「幸せですか」

「ああ、幸せだ。まるで……夢の中の様に」

「…………」


「……久遠」

「はい、何でしょう」

「お前は、俺の中の久遠なんだよな」

「はい、私は貴方の中の久遠です」

「お前は、久遠であって久遠じゃない。俺の頭の中にいる、“俺が覚えている久遠”の寄せ集めだ」

「はい、私は久遠であって久遠ではありません。貴方の頭の中の、“貴方が覚えている久遠”から産まれました」

「俺の望む台詞を喋り、俺の望む態度を取り、俺の望む行動を見せる」

「貴方の望む台詞を喋り、貴方の望む態度を取り、貴方の望む行動を見せる」

「こうやって自分を慰めでもしないと、あっという間に……いや。もうとっくに壊れてるんだろうな、俺」

「そんな事はありません、貴方はとても強い人です。“私”がいなくても、きっと……」

「……ありがとう、“久遠”。でも、そんな事出来ないのは俺自身がよく分かってるんだ」


「そろそろ、時間ですね」

「もうそんな時間か」

「はい、もう時間です」

「それじゃあな、“久遠”。また今夜」

「はい、また今夜。…………―――?」

「何だ?」

「……呼んでみただけです」

「……そうか」
(終わり)

216ケモノツキの人様のショタ成分の足しになるでしょうか…:2012/07/21(土) 02:58:06 ID:YD4hJrYg
「爺にも見えてるか?月、綺麗だぞ」

天国があるのなら、こっちの様子も見えているのだろうか。

月を見ながら思いを巡らせる内に、契約者は月見酒が好きだったな、と思い出す。
時折酔い潰れた契約者を介抱した事でさえ懐かしい。


『お前が大きくなったら、一緒に酒が飲めるといいな。
 その時まで、長生きしないとな』

『そんな顔をするな。二人にとっては最低な夫と父親だろうが、ああいう選択をしたのは私の意思だ。たとえ傍に居られなくとも、二人が幸せなら、それでいいんだ』

『人も都市伝説も少し生まれ方が違うだけだ。楽しいことを楽しいと、綺麗なものを綺麗だと感じる心は同じだろう?』


蘇った記憶に滲んだ視界を乱暴に服の袖で拭う。

「いつまでも泣いてばかりじゃ、爺も安心出来ないよな…。もう泣かないから」

顔をあげた洸の瞳には強い決意が宿っていた。



217とある人(単発):2012/09/22(土) 01:02:57 ID:u6JuMbM2
【とある番犬の休日散歩日記】

我輩は都市伝説である…名前はワンコだ。

もう少し捻れないのかと主人に問いたい。

今日は黒い女は来ないらしいので散歩に行ってこいとの命を受けた。

正直暑いので気乗りはしないが命は命だ…尻尾が大振り?気のせいだ。

我は人目につかない路地裏を走らずに滑り行く。

途中で人面犬とドックフードの在り方について語らったり、チュパなんたらを轢いたりした…いつも通りである。

やはり暑いので山の上で涼んでいると空には円盤、その下には見覚えのある二足歩行の猫……浮いているので面倒だが助けてきた。

なんだか外にいると余計に疲れる気がしたので我は帰ることにした…帰り際にチュラウミなんとかを轢いた…丈夫だなと思った。

ガレージの中に戻ると主人がアホ面で寝ていた…どうやら我の帰りを待っていたらしい。

取り敢えず邪魔なので嫌がらせに尻尾でくるんでから寝た。

別に…風邪を引くのを気にしてとかではないからな、断じて。

~翌朝~

男「めっさモフモフやん…って動けへんのやけど!?」ジタバタ

ニャンコ「はっ…グレイにキャトられた夢を見たニャ」ガバッ

我輩は都市伝説…騒がしいが飼い犬も悪くはない

218とある人:2012/10/04(木) 02:44:45 ID:AbROCju2
【眠りについたらサヨウナラ】

此処は何処だろうか…餌箱、干し草、何かの水溜まり…?

「…いやー、今のところ気持ち悪いほど上手くいってますねぇ」
「えぇ、食事時は基本的に誰しも気が緩みますから…あ、ライスは多目で」

眼に不明瞭に映る景色は、七輪に肉を乗せる黒服の男と黙々と食べ進める学生服の女

あの女と黒服は誰なんだ…敵、味方?

クソッ、何だか無性に眠い…疲れてでもいやがるのか

確か……俺は新しく出来た評判の焼肉屋に入って…えっと

「黒服さんの"目薬"は効きが早くて助かります…レモン取ってください」
「いえいえ、私の能力なんか件さんの"予言"と"寝ると牛になる"に比べたら猪口才だけですよ…はい、スライスレモン」

和やかに話す二人、契約者だと思ワレるが身構えるにも、何故か身体が動かナイ?

「そろそろ、女の子の方は意識が落ちます……しかし、いかんせん男には効きが悪くて面目ないです…」
「大丈夫ですよ、都市伝説の方が無力化出来れば…基本的に黒服さんの銃で十分なのですから…はふ」

何だか…瞼が重クなってキた……何を考えてイタンだっけ?

店で、ダレかと、飯を食ってテ…誰?そう……ハナ…コさん

モウ……トニかく、眠…い

「久しぶりの女の子はどう調理しますか?」
「うーん……牛乳要員にしては小ぶりですから…暫くは生かして考えておきますかね」
「では、後で地下まで連れておきますね……干し草のストックあったかな」

考えタクナいが…俺はシクジッたのカ ?

「契約者の方のメニューは如何様に?」
「ステーキやハンバーグはもう今週頂きましたし……牛カツレツ等はどうでしょうか」
「ふむ、任せて下さい…腕によりをかけますから」

……俺はだレダっけ、何ダ…頭がイタい、眠イ……ワカラナイ

諦めテ眠ロウ…キット…これはワルい夢だ

……………――

…………――

………――

……――

…――

「にしても…牛とはいえ元は人なのに件さんは、食べる事に抵抗とかないのですか?」
「…元はそうでも、今は牛なのにかわり有りません。
……家畜の過去など黒服さんは気にしますか?
基本的に食すのに感謝はしたとしても、家畜なんかに同情なんて持たないでしょう?」
「フフフ、そうですね…貴女のその割りきる所嫌いじゃないです。
では、これからも組織にあだ名す危険分子は根こそぎ喰らい尽くしていきましょう」
「えぇ……取り敢えず今日は遅いですからお開きに……御馳走様でした」

夜の町で閉店と書かれたプレートが風に吹かれて揺れている


【終わろ】

219とある人:2012/10/16(火) 01:04:38 ID:nE2GuHEU
【ビックなキャット】

フゥーハハハハッ…ひれ伏せ愚民ども!
俺様は無敵で素敵な……続きは…えーと
「ねこねこー?台詞忘れちゃった?」
うっせぇ……えー、改めて
この俺様は海を隔てた外国で"エイリアン・ビックキャット"と呼ばれてる、ちったぁ名の知れた都市伝説様よぉ!
「おー、ねこねこ、カッコいいー」
あたぼうよぉ、ガキんちょ
……それから俺の名前はねこねこなんかじゃないからな?
「えー…ねこねこは、ねこねこだよ?」
……あー、うん、まぁ…いいか
「体モフモフだねー、ねこねこ」
おう、俺様の自慢の毛並みで和んで頂いてるとこ悪いんだが…
契約は済んだんだし、一旦背中から降りちゃくれねぇかい?
「なんでー?…さわさわイヤだった…?」
別に嫌じゃあねぇが、お前を背負ったまんまじゃ全力で走ると落としかねないからだ
後ろの……アレの速度も上がったこったしよ
「待ちなよ君たちぃぃっ…サーカスやろうよォォッ…アヒャヒャ」
見たかんじ"サーカスはひとさらい"か……演目的には有り得るとはいえ
まさか一輪車で追いかけてくるとはなぁ……
「うぅ……あの、おじさん怖いよ……」
あぁ、確かに眼がヤバイもんなー…
兎にも角にもよ、ガキんちょが俺から降りてさえくれりゃあ
あんな、ピエ公なんか軽くのしててやれっから…泣くなよ、な?
「うん………でも降りるの怖いから、ねこねこの上で待ってるっ」
分かってないし言ってる事、無茶苦茶だなオイ
……ったく現状維持でやり合うっきゃねぇか
「追い付いちゃうよォォッ…フルルルッフゥーッ」
加速なんてさせっか…俺の奥義"道端に落ちてた石達を超能力で飛ばすアターック!!"
「アヒャ!?……地味すぎて欠伸が出るよー」
アクロバット走行で避けきりやがった!?
「ダメダメだねー、ねこねこ…」
こうなりゃ、次の曲がり角で…
「曲がったところで無駄ダヨー………っと消えた?オヨヨ?」
早く行け早く行け早く行け早く行ry
「子供はー?コドモー?…エヒャヒャ…ヒャヒャ…ャ…」

…行った…か?

「ねこねこー……戦わないの?」
いいんだよ、呑まれかけみたいだし…待ってりゃ自爆するだろ
「ねこねこ……ヘタレ?」
グッ……戦略的撤退と言いやがれ
「恐かったけど…楽しかったねー」
取り敢えず…俺様は疲れた…
「ねこねこ、偉い偉い」
「グルル…」ゴロゴロ
(カッ、あの時に格好つけて助けんじゃなかったなぁ…)

(ガキのお守りは面倒くせぇし…)

「ねこねこー」
ん?…あんだよ
「えへへ…大好きー」
お、おぅ……
(ま、まぁ契約もしちまったし仕方がなくだ…しょ、しょうがなく…別にry

「ねこねこ…お顔があかいよ?」
あか、あかか、赤くねぇし!?
「変な、ねこねこー…?」
ゲフンゲフン…取り敢えず、家まで送ってやっからしっかり掴まれよ?
「わーい、ねこバs「言わせねぇよ…
「じゃあ、もののk「ジブリ好きだな!?



……俺様は超能力を使える、サイコキネシスにテレパシー

そして俺様の頭に断片的に流れる未来予知

血溜まりとガキんちょの冷たい体

無性にきにくわねぇ…そんなクソッタレな運命は認めねぇ

契約者を守るために運命に抗う俺様はでビックだからな!

【終わらる】

220単発:2012/10/21(日) 22:11:46 ID:pJSaGJ8E
「何度行っても美味しいけど納得いかないなぁ、あの店」

お気に入りのラーメン屋からの帰り道、夕焼けの中を家に向かって歩いていた。

「3枚しか入ってないのにチャーシュー麺を名乗るのってどーなのよ。厚めで美味しいけどさぁ。」

唯一の気に入らない点にブツブツ言いながら曲がり角を曲がったときだった

「トン、トン、トンカラトン…」

マウンテンバイクに乗ったミイラ男が現れ、目の前で止まった。

「トンカラトントン言エ」

昔ポンキッキで見たことがある。これには「トンカラトン」と返せば問題無い。

「トンカラトン」
「No!!」

!!?
ちゃんとトンカラトンって返したのに!!

「タンカラタンッ」

妙に発音よくトンカラトンと言ってきた。この感じは英語の外国人講師のノリだ。

「タンカラタンッ」

「Goo!!(-゜3゚)b」

英語風の発音で言い直すとトンカラトンは満足げにキコキコと帰っていった。

おわる

221仄暗い魂 † Drachen(明日上げます) ◆7aVqGFchwM:2012/10/22(月) 00:40:07 ID:K5uGYLNc
「ルート、大丈夫か!?」
「うん、アタシは平気ぃ……エーヴィヒぃ、そっちはぁ!?」
「間一髪だったよ」

火球による一撃から逃れる為に左右に退避したルートと日天、エーヴィヒとイシュピヤコック、イシュムカネーは、
それぞれの無事を確認した後、火球が飛んできた方向――上空を見た
背中から純白の翼を生やし、赤いダウンコートを羽織った、白髪交じりの壮年の男
イシュムカネーはその姿を見た瞬間、彼の名を口にした

「……「ククルカン」……」
「くくるかん?」
「マヤ神話の創造神……
 アステカ神話における最高神“白いテスカトリポカ”及び「ケツァルコアトル」と同一視されている」
「御紹介頂き感謝……したいところだが生憎今はそのような気分では無くてね」

ぎらりと、ククルカンはその刃の如く鋭い目を、2人の裏切り者に向けた

「…イシュムカネー…イシュピヤコック……この期に及んで人間に味方とはどういうつもりだ?」
「もうやめよう、ククルカン…こんな馬鹿げた惨劇は…繰り返してはいけない…」
「……狂気……」
「貴様等……人間に委ねるなどそれでも“神”か!?」
「ククルカン、先程この2人から聞いたが…君等は神であって神ではない…偽りの神だ
 それに、この時代の人間達は君や「太陽の暦石」が思っているものとは違うよ
 君達が今そうやって存在しているのが何よりの証拠さ
 信じている者がいなければ、僕達都市伝説はその存在すら許されはしないのだから」
「黙れ! 悪魔風情が私に口を聞くな!!」
「待ちなさいよぉ! クルクルカンだかケツアリコカトリスだか何だか知らないけどぉ、
 少しは他人を信用してみたりしたらどうなのぉ!?」
「っくく…人間までもが愚弄するか……」
「それにぃ、こっちには最後の「水晶髑髏」がある訳ぇ
 これさえあれば「マヤの予言」なんて下らない終末論は―――――」
「っルート! 「マヤン・スカル」はどうした!?」

え、と彼女が手元を確認する前に、ククルカンは懐から輝くものを取り出した
それは正しく、先程までルートが持っていた「マヤン・スカル」だった

(しまっ……あの時の爆風で……!?)
「ちょっとぉ!それを返しなさい!!」
「くくるくくくくくく………冗談だろう? 人間に指図されて神が動いてなるものか
 どうしても返して欲しいのであれば………!!」

ひょう、と「マヤン・スカル」は更に上空へ舞い上がった
瞬間、一帯の空気がビリリッ、と震え始めた
ククルカンの姿が、見る見る内に変わり始める
手足が消失し、代わりに全身から羽毛が生え、胴体が長く伸びる
顔は宛ら蛇のようであるが、羽毛のお陰で少し違和感のある白蛇に見えた
だが、その鋭い目だけは、人間の姿と変わりは無かった

「す、姿が……変わった!?」
「“羽のある蛇”……これが「ククルカン」の真の姿……!」

宙を舞っていた水晶髑髏が地上に向けて落下してきた
それを、「ククルカン」は大口を開け、そのままゴクリと飲み込んだ

【この私に抗ってみせるが良い、創造の神にして最高位の神である「ククルカン」に!!】
「「マヤン・スカル」を飲み込んだ…!?」
「何て事……!! エーヴィヒ!イシュイシュコンビは任せたわぁ!!」

ルートの掌から黒い液体がぬるりと溢れだし、秀麗な漆黒の刃へと変化する

「乗れ!」

召喚された「ワイバーン」の背に乗り、日天はルートに手を伸ばした
彼女が手を取って彼の後ろに座った瞬間に、「ワイバーン」は大きく羽ばたいて飛翔した
向かった先は無論、「ククルカン」の腹部

「『カイザーシュニット』!!」

今まさに刃が腹を切り裂かんとした時だった
ごうっ!!と凄まじい音がしたかと思えば、「ワイバーン」が暴風で吹き飛ばされ、
「ククルカン」との距離が広がってしまった

「きゃあっ!?」
「くっ、ルート!しっかり捕まってろ!!」

ルートが「ワイバーン」から落ちないように強く抱きしめながら、
日天は風でバランスを崩しそうになった「ワイバーン」を何とか操って体勢を整えた

222仄暗い魂 † Drachen(明日上げます) ◆7aVqGFchwM:2012/10/22(月) 00:40:42 ID:K5uGYLNc
【先にそこの裏切り者を始末しておきたかったのだがな?】
「ヒャハッ、許してあげる訳ないでしょぉ? あいつらはアタシ達が守るんだからねぇ!!」
【ほう、そうか………しつこい愚か者共が!!】

風が止み、今度は燃え盛る炎の球が飛来する

「ッ! これってさっきの……!!」
「画竜点睛! 「蛟」!!」

スケッチブックから現れた美しい龍――「蛟」は、
周囲に水の壁を作り出し、主達を火球の一撃から守った
役目を終えた「蛟」は、すぐにその姿を消す

【その者達は裏切ったとはいえ私達と同じ、貴様等人間共を滅ぼそうとした、言わば貴様等の敵の一味だ!
 何故庇う!? 特に「組織」の者ならば、迷わず掃討するのが当然だろう!?】
「悪いがR-No.は穏健派でな……それに、」
「イシュイシュコンビはアタシ達を信じて水晶髑髏をくれた……
 信じてくれた人達を裏切るような真似は、もうしたくないのよぉ!!」

黒い刃は彼女の手を離れ、散開し、細い針状のものが何十、何百と浮遊する

「『ギフト・トロプフェン』!!」

黒い針は、やはり「ククルカン」へと向けて放たれた
だが「ククルカン」は翼で自身を覆い、防御態勢をとった
無数の針が翼に突き刺さり、それは「ククルカン」の体内へ浸み込むようにすぅっと溶けていった
ルートの操るインフルエンザウィルスが相手の身体を支配すれば、相手を彼女の意のままに操作できる
しかしながら、ルートは嫌な顔を作り、ちっ、と舌を打った

「…伊達に神様は名乗ってないねぇ……小細工は通じないって訳ぇ?」
【神を洗脳しようとは何たる侮辱…】

ふ、と辺りが突然暗くなった
不意に頭上を見上げると、そこには巨大な岩があった

「なっ………!? よ、避けろ!「ワイバーン」!!」
【くくるくくくく…潰れろ】
「嫌よ! 『ギフト・ヴァイラス』!!」
「『トゥーバ・ミールム』」

無数の黒い弾丸が射出されると同時に、無数の白い刃が岩を切り刻む
岩は細かい小石や砂になり、ぱらぱらと一帯に降り注いだ

【む……何者だ?】
「キャハハ♪ 『ROLLINGインパクト』!!」

「ククルカン」に向けて小さな銀のリングが投げつけられる
尻尾で弾こうとした時、頭上から光の一閃が、大きな音と共に降ってきた

【ぐぅっ!?】
「も、もしかしてぇ……!」
「大丈夫か、日天! ルート!」
「へ?ルート?…………ってルートじゃんマジで!?」

声がしたのは地上
「ワイバーン」の上から、覗き込むようにしてそちらに目をやると

223仄暗い魂 † Drachen(明日上げます) ◆7aVqGFchwM:2012/10/22(月) 00:41:14 ID:K5uGYLNc
「…やっぱり! ボインの姉貴と…ビリビリの姉貴!!」
「レクイエムさんとロールか…有り難い」
「ちょっ、何でルートがいんの!?てゆーかチョー久しぶりなんだけどマジで!」
「落ち着け;……戻ってきてたんだな、学校町に」
「まぁね、こんな状況なのは予想外だったけどぉ;」
【余所見をして貰っては困るな】

瞬時に殺気を感じ取ったのはレクイエムだった
己の右腕に白い刃を出現させて防御の姿勢をとったが、大きく吹き飛ばされ、塀に強く叩きつけられた

【ふん、他愛もない】
「っレクイエムさん!」
「ボインの姉貴!!」
「ケホッ、ケホッ………水か、くそっ」

崩れた塀の山から、レクイエムが立ち上がる
恐らく先程の攻撃は水によるものだったのだろう、彼女の身体はびしょ濡れになっていた

「防御行動を取って正解だったか……よくもやってくれたな、返しは高くつくぞ―――――」
「わー!!! り、日天さん見ちゃダメぇ!!!」

ん?と声を漏らしつつ、レクイエムは状況を確認した
見れば、ルートがその小さな手で日天の目を一生懸命隠していた
ロールも引き攣った顔をしている

「…どうかしたのか?」
「アンタいい加減ブラつけろよマジで!ワイシャツ透けて見えちゃいけないもんが見えてるっつーの!!」
「あんなものつけて戦闘なんか出来るか」
「うっぜぇマジうぜぇっつーのこいつ!てゆーか大体そんなもん揺らしながら戦ってる方が―――」
「何でも良いから早くそれ隠してよぉー!!」
【…馬鹿にしてるのか?】

「ククルカン」も呆れる始末である
はぁ、とレクイエムは納得がいかない様子を見せながらも、ふふっ、と小さく笑った

「…丁度良い、以前から考えていたものを試したかったところだ」

す、と豊満な胸の谷間から水の入った小瓶を取り出すと、
彼女はその蓋を開け、自分で飲み干した

「ッ!? っちょ、アンタそれ―――」
「まぁ見ていろ……Nunc est bibendum, nunc pede libero pulsanda tellus.」

そう唱えた直後、彼女の周りを無数の霊魂が漂い、踊るようにくるくると回り始める
次第にそれは1つ、また1つと、レクイエムの身体を覆い始める
何時の間にか、レクイエムは純白のドレスを身に纏っていた

「…『メメント・モリ』!」
「き、綺麗ぇ……」
「ん、もう良いのか……っ、レクイエムさん…!?」
「何その格好!?マジ綺麗だけどマジ不気味だっつーの!」
【それが……どうしたというのだ!!】

ぼう、ぼう、ぼうっ!と3発の火球が放たれる
ふわりと軽やかにジャンプしたレクイエムは、
空中で踊るようにくるりと回し蹴りを決め、火球を弾き返した
全てが「ククルカン」へと向かって行ったが、「ククルカン」は水の壁を発生させてそれを防ぐ

【っ……】
「身体が軽い……“あいつ”もこんな感じで戦っていたのか…」
「へぇ、結構やるじゃん。でも見てるだけって訳には行かないってゆーかぁ!!」
「ルート、レクイエムさんに続くぞ!」
「うん!」

レクイエムはステップを踏むように、霊で段差を作って空中を歩いてゆく
ロールは腕のアクセサリーをじゃらりと手に取る
日天は口に炎を揺らめかせる「ワイバーン」を駆る
ルートは再度、右手に黒い刃を構えた

【くくるくくくく…何人増えようが同じ事……私を倒す事は出来ん!!】

「ククルカン」は風を纏い、幾つもの巨岩を出現させて漂わせる
そして暴風と共に、巨岩を周囲の目標目掛けて解き放った
ルート達はそれぞれ、それらを対処すべく身構えた

224仄暗い魂 † Drachen(明日上げます) ◆7aVqGFchwM:2012/10/22(月) 00:41:44 ID:K5uGYLNc
「これはこれは、懐かしい顔が見えるでござるな」

すぱんっ!!と巨岩が両断され、暴風も何かと相殺して無力化する
ちん、という小気味の良い金属音が響く

「手応え在り……会えて嬉しいでござるよ、ルート殿」
「さ、サムライの姉貴…!」
「羅菜…あいつも無事だったか」
【また邪魔者が増えたか……早々に退場させてやろう】

「ククルカン」は口からレーザーのように高水圧の水を発射した
標的は、羅菜
しかし彼女はぴくりとも動かない

「っサムライの姉貴ぃ!!」
【くくるくくく、生きるのを諦めたか!?】
「いや、信じているだけでござる」

ぶわっ!!と水が飛び散った
羅菜の眼前には、形を持った透明な液体が傘を作りだして、激流から守っていた

【防御完了……攻撃態勢に移行する】
「かたじけない、レジーヌ殿」
「百合の姉貴まで!」
【くっ、次から次へと………!!】
「返してやろう、“余所見をするな”!!」

レクイエムの拳が「ククルカン」の頭部にクリーンヒットした
ぐらりと大きく身体を揺らめかせつつも、体勢を整えようと試みる「ククルカン」
しかし、

「『Zap-Zap(バチバチ)ストーム』!!」

地上に散らばらせたアクセサリ目掛けて、空から雷が雨の如く降り注ぐ
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるとはよく言ったものだが、これは幾ら神と言えども、避けられない

【ぐふっ……!? き、貴様等……ッ!?】
「ルート!今だ!!」
「『オイタナジー』!!」

「ワイバーン」に乗って限界まで距離を詰め、ルートの掌から黒い光条がほぼ零距離で発射された
荷電粒子砲とほぼ同じ原理で射出されるこの技は、かつてR-No.0ローゼを苦しめたもの
それは油断していたとしても、偽りだったとしても、今、神さえも圧倒した

【ぬあああああああああああああああぁ!?】

腹部に向けられた光条は、どんどん「ククルカン」を押してゆく
押し続け、押し続けた後に、変化は訪れる

「…そろそろでござるな…『身垂断吾』」

羅菜がぼそりと予告した直後
「ククルカン」の腹が、ばっさりと切り開かれた
「八丁念仏団子刺し」はその性質上、対象が動き回らなければ切る事は出来ないが、
その切れ味は、人間ならば容易に文字通り一刀両断する事が出来る程である
切開された腹から臓物が零れ落ちると同時に、中からきらりと輝くものが落下した

「あ! 水晶髑髏が!!」
【がふっ……わ、た、す、かああああああああああああああ!!!】

傷ついても尚、その動きに衰えは見えず、
「ククルカン」は天地を貫く勢いで水晶髑髏目指して急降下を始めた

「何やあれ! 月から何かツキ出てるでー!!」

そんなふざけた駄洒落が木霊したかと思えば、ぴしり、と「ククルカン」の身体が凍りつき、動きが鈍る

【何っ……!?】
「今だよ! 『妖怪“水晶髑髏”隠し』!!」

落下していた水晶髑髏が、パッとその場にいた者達の視界から消えた
何処に行ったのか――――察しのついていたR-No.の面々は、声のした方に目を向けた
そこには、誇らしげに「マヤン・スカル」を持っている白饅頭を抱きかかえたツインテールの少女と、
ガッツポーズをとるポニーテールの少女がいた

225仄暗い魂 † Drachen(明日上げます) ◆7aVqGFchwM:2012/10/22(月) 00:42:16 ID:K5uGYLNc
「っしゃ! これで全部揃ったんちゃうか!?」
「ごくろーさまだよー」
「ホニョ!!」
「盗みの姉貴と寒い姉貴!」
「お手柄でござるな、ラピーナ殿!凛々殿!」
「えへへ……あれ、ルートちゃん?」
「ほんまやルートやん!何で!?」
「説明は後だ! それを蓮華さんに渡してくれ!!」

日天はさらさらとスケッチブックに絵を描き、龍を召喚した
翼を持った東洋龍「応龍」は、ラピーナと凛々に背中に乗るように促した

「う、うん!分かったよ!」

早々と2人がその背に乗るや否や、
「応龍」は雄叫びをあげ、大きく羽ばたいてその場を飛び去った

【逃がすものかぁ!!】
【女はイカせるが君は行かせない】

しゅるりと粘性の触手が「ククルカン」を絡め取る
逃れようともがくが、腹の大きな傷口がネックとなる

【うぐっ……こ、れしき、のこと……】
「ううん、これでお終い! テメェも、このつまんない終末論(メルヒェン)もぉ!!」

幾兆ものウィルスで巨大な刃を作り出したルートが「ワイバーン」の頭部近くに立ち、
猛スピードで開いた傷へと突撃を始めた
「ククルカン」は口から火球や水流を放って足掻いたが、ことごとく躱された

「行くぞルートぉ!!」
「Ja(ヤー)!! 『ドラッヘン・シュニット』ぉ!!!」

ずんっ!!と鈍い音が辺りに響く
「ククルカン」の真っ白な羽毛は既に紅く染まり、腹部には大きな穴がぽっかりと空いていた

【ご、ふっ………何、故…………私が…………人間、如き、にぃ…………】
「……テメェは2つの間違いを犯してたわぁ
 1つは、アタシ達人間を信用しなかった、舐め過ぎてた事
 もう1つは………アタシ達“R-No.”を敵に回した事!!」

レジーヌの触手から解放され、ずるりと崩れ落ちた翼蛇竜は、
その神秘的な身体を地に晒すその前に、光となって消滅した



   ...setzen Sie fort

226 ◆GsddUUzoJw:2012/11/24(土) 00:59:12 ID:yD3iKiVo

真っ白な防護スーツを着込んだ少女が自室にて、ο-No.71からの調査報告を受けていた。

『発生源特定完了』『変な虫さん』『データ一致。都市伝説【馬鹿は風邪を引かない】かと』『軽く暴走してんな、どーするよゼロりん』

画面向こうのο-No.71……ではなく彼女の帽子や衣服に浮かぶ無数の貌が、次々に報告する。
それらに対して、防護スーツを着た少女―――ο-No.0は、一言だけ返した。

「“お掃除”です。後、ゼロりん言うな」



数分後、一人の少女がο-No.0の自室に呼び出されていた。

「うにっ?つまり、その虫を食べてくるだけ?」

「そうなりますね。つい先程ο-No.6が(黒服一人を犠牲に)能力で作ったこれもあります」

そう言って、ο-No.0は水色の髪をした少女―――ο-No.2に黒い丸薬を手渡した。
「おぉー」等と言いつつ手に取って眺めていたο-No.2だったが、ο-No.0の視線に気づいてハッとした表情を見せる。
瞬間、彼女の手が半透明になったかと思うと、手の上で転がされていた丸薬がトプン、と音を立てて“手の中”へと沈んでいく。
そのまま手の中で溶けていく丸薬を確認し、ο-No.0は再び話し始めた。

「【馬鹿は風邪を引かない】による風邪を、完全に無効化する物です。効果も(別の黒服で)実証済みだとか」

「むー……でも今回の任務、あまりお腹が膨れない様な……」

若干不満げなο-No.2を見送り、ο-No.0は小さく安堵のため息をついた。
『学校町全域で風邪の大流行』という報告を聞いた時は少々驚いたが、調べてみればなんて事は無い。
外部からやってきた都市伝説が自身の力を制御できず、無差別に風邪をばら撒いているだけ。しかもその風邪も、死に至るならまだしも数日寝込めば完治するレベル……まあ本体を倒さない限り、すぐにまた別の症状が出るだろうが。

「とにかく、本体さえ倒せばこの騒ぎも終わりでしょう。そういえば例の案件の資料は―――」

そう考えたο-No.0は、彼女にしては珍しく今回の事件についてさほど気にも留めなかったのだった。




「…………ひぐっ、ぐず……ゼロりん〜……」

「…………は?」


――――――数時間後、真っ赤に目を泣き腫らしたο-No.2が戻ってくるまでは。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(未完成作品です)

227とある人:2012/12/05(水) 00:18:19 ID:nUXnROZc
【骨折り損のくたびれ儲け】

ある日、不良が集まる地下バーにとある青年が殴り込みに現れた。
青年の名前は折骨 修治、ある事件で"組織"の構成員となった学生だ。

酒瓶やタバコの吸殻が散乱し、荒れた店に聞き慣れない声が響く

「邪魔すんぞ……えーと…集会場ってのは此処か?」

入口でダーツを楽しんでいた男が彼に近付いて睨み付ける。

『ああん…んだぁテメェは…?』
「合ってるみたいだな……んじゃ」

青年は男など気にせず気だるそうにポケットのメモを見て、こう言い放った。

「あぁ……本日を持って骸骨騎隊…何て読むんだ?
分かんねぇが…アンタらグループを壊滅させる!」
『はぁ?…俺達スカルライダーズに殴り込みとはいい度胸だなぁ、オイ?』
「うわっと……へー、そんな読み方すんだな…これ」

目の前の男に突き飛ばされながらも、呑気にしている修治
彼の周りに店内の不良達がぞろぞろと集まってきていた。

『プッ……俺らの名称も知らないで壊滅させるとか』
『フヒャヒャ、そのネタ笑えるぜぇ』
『いつもみたいにバキボキに折ってやろうぜ…ヘヘっ』
『やらせろ、やらせろ!!』
『どっちの意味だよwwウケるわ』
『金づる、金づるぅ…全く儲かるバイトだ』

獲物を取り囲んだ獣のように
鉄パイプを持った不良達は修治との間合いをジリジリと詰めていく。

「好きにしな……最初の行動はサービスしてやるよ」
『ッ…舐めくさりやがって…やっちまえ!!』

逃げもせず挑発してくる相手に、不良達は遠慮なく一撃を叩き込む
揺らめく修治に不良達は不適な笑みを浮かべるが、それは直ぐに曇る事となる。

「ふぅ………倒すチャンスはやった、逃げる暇も与えた…おっと、神様に祈るのに二秒程いるか?」
『コイツ…鈍器で体中をぶん殴られた筈なのに、何で平気で立って…』

痣だらけではあるが、青年は嗚咽どころか息すら荒げず平然としていた。

「それは俺が"骨折した箇所が治癒した場合、以前より強くなる"と契約して…いや、させられてるからだ」

修治が契約者だと知るや否や、不良達に動揺が走る。

『元締めと同じ契約者って奴か!?』
『お、俺達の後ろにはヤクザがいるんだぞ!!』
「阿呆ども…今度、骨折るのはお前らだぜ」
『ビ、ビビんな…数では勝ってんだ!!絶対に殺れ……っかは』

軽快なフットワークと的確な拳が不良を次々と沈めていく。
『がっ………見えなかっ…た』

少しもしないうちにバーの中で立っている者は、彼以外に居なくなっていた。

「仕事……終了」

−−−−−−−−−−−−−−

地下バーから出ると眩しく太陽が光っている。
無機質な着信バイブが修治の上着のポケットを揺らした。

《やぁやぁ…お疲れ、お疲れ》
「おう、ダリいし一旦戻んぞ……不良共の片付けは宜しく」
《いやいや…戻る暇はないよ
"死体洗いのバイト"を悪用してる御人洗組を潰してきてからね☆》
「人使いが荒ぇな……あ、コーラ切れそうだから補給頼むわ」
《お安いご用…任せて、任せて
黒井さんの特製コーク、痛みも吹っ飛ぶ美味しさよ…っと》
「はいはい、いつもの所に置いておいてくれな、じゃっ」

電話を切って交差点の人混みに青年は紛れていく
パキポキと骨が鳴る音だけが微かに聴こえた。

【続かない】

228尻切れ単発トンボの人達:2012/12/22(土) 22:56:21 ID:4Dsy8SYE
あー喉チョー痛ェ・・・

季節は冬。真紅のコートに身を包み、近所のスーパーに買い物に行った帰り道。寒い空気が両頬の古傷によろしくない。
それどころか年中マスク着用の私なのに、乾燥した空気に喉を酷く痛めてしまった。

コンビニで喉飴を買うか?いやダメだ。
口裂け女だからではない。マスクして普通にしてれば買い物なんて余裕だし。
もっと根本的なプロブレム。
金が無い。さっきの買い物で飴を買う金が無い。

花子やひき子達がいきなり押しかけて独り身クリスマスパーティーとか言い出すから・・・。ドカ買いするハメになってもう。
口座から下ろすにも、都市伝説だから口座持てないし…。
しかし喉ヤバい。
こうなったら

私、綺麗?(しゃがれ声)

適当に脅かして飴をドロップさせよう。


とやってみたが

私、綺麗?
キャーヘンシツシャー

口裂け女すら知らない!

私、綺麗?
綺麗ですよ

ありがとう!!

私、綺麗?
綺麗じゃない

裂くぞ!

私、綺麗?
べっこう飴ポーイ

惜しい!!

それから何度やってものど飴をドロップされず。
喉は限界、ラストチャンス。ヒョウ柄のおばちゃんに。

・・・たし、k・・・?(かすれ声)
アンタ酷い声やな。ホレ、これ舐めとき。のどアメちゃん。

おばちゃんの優しさに感動して帰る。
いろいろ手こずったために遅くなってしまった。

家にのどアメのストックくらいあるでしょ。さっさと帰ってくれば良かったのに。

花子に言われて、ハッとするシングルベル。

おわり

何がしたかったんだおれ

229極秘開発の戦闘機とUFO:2013/01/13(日) 12:55:31 ID:Chk26SPY
アメリカ合衆国カリフォルニア州、エドワーズ空軍基地
その格納庫の一つの中、一機の見知らぬ戦闘機が置かれ、整備と検査が行われていた。

?「あー!今日も疲れたー!シャワー浴びて牛食って寝たいー」

この日のテスト飛行を終え、ヘルメットを脱ぎセミロングの黒髪をふぁさと広げ、肩のストレッチをしながら歩く、細身の東洋人の若い女性。空野真理(そらのまり)は日本の航空自衛隊から出向のテストパイロットだ。

ス「ヘイ、マリー!今日も最高にクールなフライトだったZE!!」
真「ありがとー」

アメリカ人、日本人入り交じるスタッフと下ネタやテストの情報などを喋りながら、格納庫の出口に向かう。
そして出口でくるりと反転し
真「整備と調整お願いしまーす!!お先に失礼しまーす!!」
機体お囲むスタッフに声をかけて一礼
「おつかれー」「オツカレサマー」

そしてほんの一時手を止め、それに応えるスタッフたちに手をふり、格納庫をあとにする。

彼女達の日常的風景。

彼女達が契約する、いや彼女達の入れ込みようを考えれば、契約というより取り憑かれたというべき都市伝説は「極秘開発のステルス戦闘機」なのだ。

230極秘開発の戦闘機とUFO:2013/01/13(日) 12:57:22 ID:Chk26SPY
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戦闘機の開発には莫大な資金が必要だ。
超大国アメリカでさえ、一国で賄うのはツライくらいに。
そこで日米の技術と金、そして都市伝説の力を使うことにした。
日本はF-15の後継機とその自国開発の機会を欲していた。米国も新型の開発に迫られる案件があり日本の技術を欲していた。
しかし、両者とも世論と金銭的に厳しかった。
そこで都市伝説だ。
計画がある気配こそ匂わせど、証拠は一切残さない。実際に行う開発計画を都市伝説扱いさせてカモフラージュし世論をかわす。
暫くすると都市伝説化が安定化すると金銭的な縛りがユルユルになるし開発が詰まりにくくなる。
別に税金の使用目的を誤魔化しまくるわけではなく、都市伝説は「ステルス戦闘機を極秘開発している」という話は流布すれど「その開発は資金難で難航している」なんて話としては広がらないことの効果で、計画を行う人の感覚では金がどこからともかく沸いているようで、かつ経済全体に破綻をきたさない謎現象なのだ。
ついでに言ってしまえば都市伝説なのは「ステルス戦闘機を開発している」つまり計画の存在であり、戦闘機のスペックにはほとんど触れておらず、都市伝説の力で高い性能を得ることはできず、戦闘機の性能はエンジニアの英知次第だ。
さらにもう一つ。都市伝説として計画を進めると、できあがる戦闘機の存在が現実にならないのではないかというのも平気だ。噂は本当だったんだ、で済む。
完成後に「隠れて税金使いやがったな」と文句言われる可能性もあるが、もう作ってしまっていれば使わないのはもっと無駄になる。適当に責任者を辞めさせれば良い。歴史的には不祥事として残ってでも、高性能な戦闘機を作る必要に迫られているのだ。

231極秘開発の戦闘機とUFO:2013/01/13(日) 12:58:45 ID:Chk26SPY
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格納庫で佇む機体、XF-3は全長約19m、見た目から受ける印象はF-22をはじめとする現用ステルス戦闘機とそこまで大きな差違はなく、あまりSF映画っぽいデザインではない。
水平尾翼は無く、外側に傾斜した垂直尾翼が水平尾翼の機能を兼ね、翼型も菱形っぽい印象を与える。

真「いよっし、飛ばすぞ」

コクピットにおさまり、目の前のディスプレイで機体の状態をチェック。
ヘッドマウントディスプレイ、ヘルメットのバイザーにも情報が映る。機体下面のカメラの映像を調整して映し出すので、パイロット的にはガンダムなんかで見受けられる全天周囲モニターのように感じる。これはF-35にも搭載された機能でこの計画特有ではない。

ヒィィィンと回転数を落として回るジェネラルエレクトリック社と石川播磨重工の共同開発のターボジェットエンジンが低く唸る
ゆっくりと前進し、滑走路までタキシング。
路面の凹凸による機体の傾きを察知してフラッペロンと全遊動式垂直尾翼が微妙に動く。
滑走位置に付き、エンジンを吹かす。
身体がシートに押し付け数秒、距離にしてほんの数百mで機体が浮くと、真理は右のスティックを思いきり手前に倒す。
と言っても、舵の効きはスティックの倒れた量ではなく力の強さに依存するので、ほんの数度しか倒れないが。

一気に機体は直角に近い角度で空を仰ぎ、まるで重力など無いようなほどの加速で駆け昇る。
ある高度に到達するまでの早さの記録なぞゆうに塗り替えるほどの能力だが、極秘故に公表できないのがもどかしい。

ス「それでは模擬戦を開始します。」


真「いくよ!アイちゃん!!」

アイちゃんとはこの機体の補助AIに勝手に着けた愛称だ。AIをローマ字読みしただけの安直な。
将来の戦闘機の無人化に備え、そのAIの基礎の構築にも繋がる、本計画の鍵の一つでもある。
現状は人間にできることできないことを覚える段階で積極的に戦闘機動を行えるレベルではないが、パイロットの意図を察して機体制御に反映させようという傾向があり、未完成でもずいぶん操縦をラクにする。
このAIの教育もまた、空野真理の仕事だ。まあ、思い切り飛べばよいだけだが。

232極秘開発の戦闘機とUFO:2013/01/13(日) 13:02:25 ID:Chk26SPY

模擬戦の相手は現代最強を誇るF-22が5機にF-35が10機。どちらも最新のステルス戦闘機だ。
だが、第一戦は楽勝に終わった。
ステルス戦闘機といえど、レーダーに見つからないわけではない。見つかりにくいだけだ。
同じレーダーが相手なら非ステルス機よりずっと近づいても見つからない、見つかる距離が短い。それだけ。
たとえ従来機体の半分の距離まで近づいても見つからないステルス機も、二倍性能の良いレーダー相手には今まで通りになってしまう。ステルスは囃し立てられるほど万能ではない。

現代の戦闘機の戦いはいわゆるドッグファイトと呼ばれる戦いは皆無。
高性能なレーダーで相手が肉眼で見えない距離の敵をロックしてミサイルでドカンがほとんどとされる。
先に撃った者の勝ち。
ゲームなんかで戦闘機に親しんだ人には意外かもしれないが、ゲームでこれではつまらないから、こうなってないだけである。


むしろこの2機種の真価はデータリンク性能にある。誰か一機がロックオンすれば、その敵を射程に収める全ての僚機がロックオンしたのと同義になる。
これが軍事力を底上げする。
例えるなら、学校の試験という敵に対して、普通にカンニング禁止でテストを受けるクラスと、成績の最下位から最上位まで、クラス全員がテレパシーで知識共有のクラス。
クラスの中に誰か一人正解が分かる者がいれば全員が正解できる。優等生Aが分からなくてもCが分かれば問題無い。
そんなニュアンス。

これがステルス潰しにも有効だ。
パッシブステルスは、相手のレーダー波をいかに相手に返さないかという技術だ。相手のレーダー波の反射する向きを変えたり、レーダー波自体を弱める。そのための機体形状、内部構造、材料技術の選択と空気力学を両立させる高度な技術。
しかしどうしてもステルス性を維持できない向きというものがある。
真上と真下からレーダー波を浴びた場合はしっかり返してしまうし、真後ろを取られればエンジンの熱を赤外線センサーIRSTでとらえられ、データリンクで共有ロックされる。

233極秘開発の戦闘機とUFO:2013/01/13(日) 13:04:02 ID:Chk26SPY
それすらもハイテクでスマートなゴリ押しで打ちのめすことができるのがXF-3という機体だ。


真「おっ、取り囲むつもりだね!それが効かないって何度も証明したのに仕方ないな〜。・・・はい、全機撃墜♪」

シート状とも呼べるレーダーを機体側面を一周するように配置、また上・下面にも配置するスマートスキンセンサー。
これで全周囲を索敵を行え、先手を取ることが可能。優位な位置を取ろうと動く相手も手に取るように分かる。そして・・・

真「このビーム兵器って本当に便利だな〜」

ビーム、というのは誤りがある。
ライトスピードウェポン。光の速度で飛ぶ高出力マイクロ波。これで敵機の電子機器を焼き壊す。
地味な壊し方だが現代の戦闘機はコンピューター無しでは飛べないことを考えれば驚異的だ。
もちろん模擬戦ではロック判定のみで実際に撃ちはしないが、別の試験でその性能は実証済みだ。

真「ってアレ?うっかり撃ち漏らしちゃったよ」

目の前の画面は自機を中心にした敵の配置を示すモードだったが、背後に一機残っていた。幸いこちらの位置を確実に捉えてはいないが念入りにやっておく。

真「さすがに真後ろ取られたら熱探知されちゃうよね…アイちゃん!ついでにアレも試しちゃお」

エンジン近くのパネルを僅かに開け、低温の窒素ガスを吹き出す。
排気熱が抑えられ、赤外線ステルス性を一時的に高める。そこから

真「いち、にの、さんっ!ひぅぅ〜!」

右スティックを思い切り引くと機体がぐわっと上を向く。エンジンの排気方向を変える推力変更パドルの効果もあり、機体は高度を変えずにバク転するような動きをとる。
強烈なGが真理の身体を襲う。対Gスーツの中に空気が送り込まれ身体を圧迫し、血流を調整して気絶を防ぐ。

真(コレコレ!やっぱり飛行機飛ばすならこうよね!)

真理は急激なGをガンガンかけて飛ばすのが楽しくて仕方ない人種だった。
だから、本来後方に向けてライトスピードウェポンを照射すれば済むところこんな遊びをする。


ス「全機の撃墜を確認。テキトーに帰ってきて下さい。」

真「了解、テキトーに帰投します。」

真「じゃあ、お勉強しながら帰ろっか、アイちゃん!」

スロットを開け、高度を上げながら縦横無尽にメチャクチャに動く。
この過程が人間の限界のラインを教えることになる。一定高度に到達したら、エンジン全開で基地に向け加速、マッハ3に近づいたらエンジンのモードチェンジ。
ターボファンからラムジェットモードに。
さらに加速、マッハ5超えで直進し帰路につく。

真「早く帰って牛食うべー♪」

つつく

234極秘開発の戦闘機とUFO:2013/01/14(月) 14:57:21 ID:.WuHGw/c
基地に帰り、機体を整備クルーに預けて基地敷地内の居室に戻る。
シャワーを浴びながら漠然と考える

真「それにしても、白昼堂々あんなに飛ばして良いのか〜。極秘なのに。」

いまだにスッキリしない不安。
自分を含め、極秘開発のステルス戦闘機なんて都市伝説まで絡めてるのに、極秘にしようって意識がイマイチ足りない気が・・・。
どうも都市伝説力が存在をボヤかしてるらしい。万が一見られても、挙動が凄まじくUFO扱い、それでもダメなら・・・とそこから先は飛行機乗りが知るところではない。

髪を乾かし、着替えてから食堂に向かい、いつもの特大ステーキを頼む。
デカイ皿にデカイ肉、その上にバター。一緒に出てくるマイ丼に大盛りの白米。ちょっと手間だが、実家の新潟県産コシヒカリ持ち込み炊いてもらっている。
米軍の軍人さんからも好評で少し鼻が高かったりする。

コ「マリーはちっこいのに食べっぷりが良くて気持ちが良いよ!いつも旨そうに喰ってくれてありがとうな!!」

ガハハと笑いながら大柄なアメリカ人コックは、肉の脂なんかがついた手でわしわしと頭を撫でてくる。

真「もー、おじさん!シャワー浴びたばっかりなのにこれじゃ浴び直しじゃない!それに食品衛生上も良くないですよ!」

一応注意はするが顔はほころぶ。こういう大雑把な優しさは嫌いではない。

コ「シャワーなら浴び治せば良いだろ。なんなら俺の部屋のシャワー使うか?その後ベッドまで貸すぜ?」

真「残念、今日のテストでおじさんの相手する体力ないんですよ〜」

シモネタンジョークをあしらい、席につく。
おじさんは頭を触った手をしっかり洗ってアルコール殺菌までして仕事に戻った。
あれで案外神経質な一面もある。

真「牛食うべ〜!」

肉は湯気をたて、まとった脂は不健康に美味そうな光沢を放つ。溶けたバターは曲線的な模様を描く。
本当なら熱い鉄板に乗せてジューっといきたいところなのだが、そこは我慢だ。
肉を切ると赤身が見え、肉汁が滴る。大きく一口頬張り、続いて白米を頬張る。
アメリカンサイズの釜と火力で炊いた米は大変うまい。

真「ひあわせー。ここは野菜も食べなさいって言う人いなくて良いな♪アメリカ最高♪」

?「ハイ、マリー。相変わらず良い食いっぷりだな。相席良いかい?」

真「ハーイジョージ!どうぞどうぞ」

向かいに座るその人は、この基地所属のパイロットで、さっきの模擬戦の相手でもある。
彼のメニューは焼き魚定食だ。
日本人技士向けのメニューとして提供されたメニューだが、彼はそういう日本の定食にハマッてしまったアメリカ人の一人だ。
しょうが焼き定食やトンカツ定食、煮魚定食なんかを食べてる姿も見た。
以前聞いた話では、良いことがあった日にはチャーシュー麺に炒飯の両方を大盛りと餃子二枚に冷えた生ビールを頂くそうだ。
そんな感じで妙に日本文化に染まり、飛行機のことやお互いの国の文化について語ることも少くない仲になった彼だが、出会った頃は随分なものだった。

あれは最初の模擬戦の後だった。

235極秘開発の戦闘機とUFO:2013/01/14(月) 14:59:48 ID:.WuHGw/c
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真「それにしてもあの機体すごいな・・・」

自分でもドン引きするくらいの圧勝。
動揺しながらハンバーガーをかじってるところに来たのが彼と仲間達だ

ジ「おい日本の女ァ!お前が勝てたのは機体の性能のおかげだからな!!じゃなきゃ女なんかに負けるわけねぇ」

日本人のしかも女に負けたとあってはパイロットのプライドが許さないのだろう。
当然だと思った。
口調こそ悪いが、パイロットの意地が、どちらが強いかハッキリさせたい気持ちが感じられて嬉しくすらあった。
それに軍隊はやはり男の世界、女という生き物のいて良い場所ではないのだ。
女は弱いって見下してるわけではなく、男が矢面に立って守る仕事だという、単純で不器用な意地と愛情の裏返し。

真「私も実力で勝ったなんて思っていません。そう思うのは当然だと思います。でも・・・」

真「私も女とはいえ戦闘機パイロット、機体の性能で勝ったっていうのはスッキリしません。お互いスッキリハッキリしてこの計画に打ち込みたいですよね?同じ機体で模擬戦、やりますか?」

一部始終を見守っていたギャラリーがざわつく。
とはいえど、こんな私情で戦闘機を動かすなんて基本的にできない。
それでも上申してそれが通ったのは、先の計画を円滑に進めるためだろう。

後日、スケジュールを調整し、模擬戦を行った。
使用機体はF-16。軽量小型の単発戦闘機、安価で高機動な機体。
タイマンの有視界戦闘でドッグファイトで白黒つける。

真「キミは私が乗ってたF-2のお姉ちゃんなんだよね、よろしく。」

離陸前に計器をチェックしながら機体に話しかけるのは彼女のクセだ。
計画に加わる前に乗っていたF-2とは、日本が自国開発しようとしたところにアメリカが横槍を入れた共同開発機で、F-16をベースに作られた。
見た目は似ているが、自国開発を邪魔された当て付けかと言うほどに日本人に改良され、中身は別物となり、今日の航空機の最新技術の基礎を作った名機のひとつ。

真「じゃ、行きますか。」
離陸ししばらくは機体に慣れるために機体を弄ぶ。
真っ直ぐ加速するとコクピットの後ろあたりの位置で白い傘のようなものが出た。

真「今日は湿度ちょっと高めだな・・・」

高速で飛行すると、機体の凹凸などにより負圧が発生し、空気中の水分が雲っぽくなる現象でヴェイパーコーンと呼ばれる。
たまに音速の壁突破の瞬間などとして取り上げられるがまるで違う。
彼女は以前、酔った時にテレビでそれを見て「ちげーよタコ!」とブラウン管を蹴り砕いた過去がある

真「あードキドキするなぁ」

ドッグファイトで思い切り機体を振り回せるってだけで嬉しいのに相手はトップガンだ。ワクワクしてしかたなかった。

通信が入り模擬戦の始まりを告げられた。

236極秘開発の戦闘機とUFO:2013/01/14(月) 15:11:10 ID:.WuHGw/c
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所変わって基地の司令官室、ナイスミドルのアメリカ人と活力を感じさせる高齢の日本人がお茶をしばいていた。

鉄「こんな私情の模擬戦、許してよかったのかい?」
ずずっとほうじ茶をすすり、イタズラに微笑む初老の日本人、源鉄雄。
この計画に加わった技士の一人で、一部の同業者からは神格化されるほど尊敬を得るほどの職人。

グ「計画をスムーズに進めるために、わだかまりは無い方が良いと思いましてね。」

グレン司令も現役時代は凄腕パイロットであり、あるきっかけから鉄雄をリスペクトしている男。
彼もまた、「道」と書かれた湯飲みでほうじ茶をすする。

鉄「それは建前じゃろ?本当は空野の本気が気になったからじゃないのかい?」
グ「全く、テツサンにはかないません。彼女に感じるものがありましてね。」

鉄「やはりお前にも分かるか?」

グ「ええ、彼女は独特のセンスがありますね。根っから飛ぶことと相性が良い。鳥が間違って人間の姿で生まれたんじゃないかってくらいに。」

半分は勘、半分は長年いろんなパイロットを見てきた経験からの感想だった。

グ「それは彼らも薄々気づいてはいるんですよ。彼女のセンスは自分達の届かない領域にあるって。でもだからこそ意地になってるんです。」

グ「どんなに難しい座学も訓練を重ねたエリートでも、根は誰よりも強くかっこよく飛びたくて仕方ない。自分を負かせた奴には噛みつかずにいられない気概が無いパイロットはこの基地には必要無い。」

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237極秘開発の戦闘機とUFO:2013/01/14(月) 15:16:37 ID:.WuHGw/c
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模擬戦の決着はついた。
真理の3戦全勝、それも圧勝。

機体を停め、コクピットから降りるとバツの悪そうな顔のジョージがいた。

ジ「ま、マリー・・・さん。さっきはすまなかった。完全に俺の負けだ。」

真「マリーで良いですよ。いやー、模擬戦楽しかったですね!」

ジ「怒ってないのか?」

真「え?なんで?」

キョトンとポカン、なぜかへんな沈黙。
それを打ち破ったのは真理の腹の虫だった。

真「あっははは、思い切り飛んだらお腹すいちゃってw」

照れ笑いをする真理を見て、ジョージはいろいろどうでも良くなってしまった。

ジ「それじゃあ、マリー!さっきのお詫びに一番食いごたえのあるメシをご馳走するぜ!」


それからステーキ生活が始まった。

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焼き魚を綺麗な箸使いで食べるジョージを見てそんな当時を思い出す。

国も言葉も違って、出会いも粗暴でも話して見ればけっこうイイヤツだった。
彼は同盟国の人間だから良かった。
まだ実際に敵を倒したことはなかったが、もしかしたら敵国のパイロットも案外話したらイイヤツなのかもしれないに、それを倒さなければならないのかと思うと気が滅入った。
どんな歴史教育を受けようとも、空に憧れて飛行機に乗ることを熱望したパイロットという同類ならば、ハナシが合わない気がしない。

ジ「おい、聞いてんのかマリー?」

真「ごめん、ボーっとしてて」

ジ「この近くの町に新しくステーキ屋ができてよ、このあたりじゃ一番デカイ肉を出すらしいんだ。しかも、大食いチャレンジで食いきったらタダ!今度一緒に行かないか?」

真「行く!飛行機と牛肉なら誰にも負けない!!」

以後真理を口説こうとする男性に「マリーをデートに誘いたきゃ、牛一頭と米俵1つ用意しな!」とからかうことが定着した。

つづく

238ラッキー?ハッピー!バレンタイン ◆12zUSOBYLQ:2013/02/14(木) 13:43:23 ID:fuPcp3Kc
 2月14日。
 学校町の片隅で、一人の少女が必死に落とした財布を探し回っていた。
「ない・・・ないよー」 時折立ち止まり、周囲を見回す度に癖のない黒髪が揺れ、薄青い瞳からはいまにも涙がこぼれ落ちそうだ。
 彼女の名はご存知ノイ・リリス・マリアツェル。勉強をさぼってこっそり家を抜け出し、買い物に出かけて来たはいいが、肝心の財布が見あたらない。
「お家を出るときは、確かにあったのにー!」
 肩から斜めがけにしてある、大きなリボンの付いた黒いレッスンバッグをひっくり返してみたが、やはりない物はない。
「どうしよう・・・」
 今日中に買わなくちゃいけないものなのに。
 勉強をさぼって家を出てきたから、財布がないといっておめおめ帰っても、叱られるのがオチで、追加の小遣いなどとうてい望めやしない。
 だいたい、追加の小遣いを申請するにしても、使い道を追及されては困る。
「サプライズなんだから。買うもの言うわけにいかないじゃん!」
 この際財布が出てこなくても良い。買い物を出来るだけのお金を拾うとか・・・
「そんなラッキー、あるわけないか・・・あーあ、神さまっていないのかなー」
 たとえ神様がいたとしても、ネコババを考えている子どもに金を与えるような真似はしないだろう。
 そう。神ならば。

「そこの少女!」

「ふぇ!?あ・・・あたし?」

「幸運をお望みか!」

 そこに現れた男は、あまりにも珍奇な出で立ちだった。
 棒の付いた箱を肩に担ぎ、この時期、常人ならば凍死しそうな薄い和服に

―赤い

―赤いふんどし

 そう、彼こそは「飛脚のふんどし」の契約者。
 なんかヘン、と思いながらもノイはこっくりと頷く。

「ならばっ!某の契約都市伝説にお任せあれ!」

 ばばっ、と彼は和服を脱ぎ捨て(うわぁ、寒そう)

「某のふんどしに口づけを!」

「ふ・・・ふぇ!?」

 ノイは服を脱ぎ捨てた男の出で立ちに驚き、さらに言われた内容を脳内で反芻して2度びっくり。

 ふんどしって・・・ふんどしって・・・お尻じゃん!

 無論前の方だってふんどしはついているが、どっちにしろ口づけたいものではない。
 これはどうしたらいいのだろう。
 この人は「都市伝説」と言った。この人の言うように、これに口づけ・・・すなわちキスすれば、幸運が舞い込んでくる、の、だろう。

239ラッキー?ハッピー!バレンタイン ◆12zUSOBYLQ:2013/02/14(木) 13:44:12 ID:fuPcp3Kc
(でも・・・こんなのヤダぁー!)

 いくら幸運が舞い込んでくると言われても、知らない人のお尻になんかキスしたくない。知り合いでもイヤだけど。

(あ、でも、柳ならイヤじゃないかも)

 ノイが考え事に気を取られたその一瞬。

「さあ!」
「いやー!?」

 口づけを迫った男が尻をノイの眼前に突き出した。ほぼ顔スレスレの位置で、ノイの瞳にはふんどしの赤がはっきりと焼き付く。
 困った事にこの猥褻行為スレスレの所行を、男はスケベ心など微塵もなく遂行している。
 皆に幸運を分け与える為としての使命感、そして都市伝説としての存在意義に従っているだけなのだ。

「むっ・・・無理ぃー」
 尻から顔を遠ざけるべく、ぺたんと尻餅をつくノイの顔になおもふんどしが近づこうとしたその時。

「このチカン野郎ですよ!」

 ごっっ、と鈍い音と低い悲鳴が聞こえて、不意に手首を掴まれて引っ張られた。

「幻!」

 ピンクの髪を冬の風になびかせて、振り向いた少女がウィンクする。
 そのまま走りに走って、気が付いたら繁華街のコンビニの前に立っていた。
「結局、お財布見つからなかった・・・」
「そんなにしょげるんじゃねーですよ」
 何を買いたかったのかと問われたノイの答えは、チョコレート。
「ウィーンだとね、バレンタインって恋人同士の日なの」
 でも日本だと、友チョコとか義理チョコとか、お友だちとかお世話になった人にもチョコあげてもいーんでしょ?
「それって、すごーくステキだなあって思ったの」
 だからナイショでチョコを買って、みんなにあげたかったのにとノイが俯いた、その時。
「ノイ」
 声がした方に振り向くと、そこに立っていたのは。
「イタル!」
 極はつかつかとノイに歩み寄る―その手には水色の、ファンシーな柄の折り畳み財布。
「あ!あたしのお財布!」
「公園のベンチにほっぽりだしてあったぞ」
 そういえば、公園でジュースを買って飲んだんだった。
「ありがとー、イタル!イタルには、特別おっきいチョコあげるね!」
「全財産730円でか?」
「買えないの?」
「その額じゃ、皆にあげようとしたらチロルチョコがせいぜいなのですよ・・・」
 暫くむーと唸ってはいたが
「ま、いいか!大事なのは真心だもんね!」
 立ち直りも早かった。

240ラッキー?ハッピー!バレンタイン ◆12zUSOBYLQ:2013/02/14(木) 13:45:13 ID:fuPcp3Kc
 そうして、極とノイが肩を並べて帰る背に、幻が大音声で声をかける。
「ノイー!ボクも明日、チョコ作ってノイんちに持ってくですよー!」
 ノイは振り向いて手を振ると、意気揚々と帰って行った。
 途中、スーパーでお徳用のチロルチョコの詰め合わせを買うことも忘れずに。
 キスはしなかったけど、あのヘンなふんどしの人は、やっぱり幸運を運んでくれたのかなあと、ちょっぴり感謝しながら。



END

241「第ο次バレンタイン決戦前夜〜またはとある純な少女〜 ◆GsddUUzoJw:2013/02/14(木) 22:41:11 ID:cSUPywz.
「たららったーらったったー、たーらーらー♪」

2月13日、バレンタイン前日の夜。
小気味よく鼻歌を歌いながら、自室の台所でο-No.2が腕を振るっていた。
右端で細かくチョコを刻み、コンロにかけた鍋の中の生クリームと蜂蜜を混ぜ、左端の冷蔵庫の中を整理し、頭上に掲げたレシピを見ながら、斜め後ろのテーブルでメッセージカードを書く……
常人ならば一つずつこなす必要のある過程を、【スター・ゼリー(諸説複合型)】と契約しているο-No.2は複数の触手や目を生やすことによりほぼ同時に進めていた。

「ドはドーナツのドー♪レはレジーヌさんのレー♪ミはミカンのミー、ファは……っと」

歌っている途中で鍋が沸騰しかけたのに気付き、すぐに火を止める。
そこへ刻んだチョコレートを入れ、チョコが滑らかに溶けるようにゆっくりとかき混ぜる。

「よし。えっと確か……そうだった、ファはファルシーのファー♪」※ファルシー=フランス語で詰め物料理

順調に作業がはかどっている事に、ο-No.2は思わず笑みをこぼす。
その顔は人間を超越した姿とはまるで無縁の、一人の恋する少女のそれであった。

後は鍋の中身をオーブンシートを敷いた入れ物に入れ、冷蔵庫で一時間ほど冷やす。
固まるのを待って取り出して、包丁で適当な大きさに切れば、美味しい美味しい生チョコの完成――――!

「楽しみだなぁ、楽しみだなぁ♪レジーヌさん、喜んでくれるかなぁ…………じゃ、そろそろ隠し味ー!」

242「第ο次バレンタイン決戦前夜〜またはとある純な少女〜 ◆GsddUUzoJw:2013/02/14(木) 22:43:40 ID:cSUPywz.





注意:純情なつーちゃんを見て2828してる方は、この先を飛ばす事をお勧めします!





※R−18G注意!





――――だったのだが。


「最後にして究極の隠し味、それは……“私”!」


次の瞬間。ザクッという鈍い音と共に、包丁が少女の左腕に突き刺さる。
が、その傷口から流れ出したのは真っ赤な血ではなく、彼女こと【スター・ゼリー】を構成する半透明の液体だった。
ポタポタと零れる液体は、彼女の腕を伝い鍋へと滴り落ちていく。

「……っ、ぁ……うん…………これぐらい、かな……?」

液体がチョコの表面を薄く覆う程になって、やっとο-No.2は腕から包丁を抜いた。
包丁が抜けると同時に、傷口が一瞬で塞がり元通りになる。まるで最初から傷など無かったかのように。

―――そのまま彼女はふらつきながら、鍋の中身を混ぜ始めた。

243「第ο次バレンタイン決戦前夜〜またはとある純な少女〜 ◆GsddUUzoJw:2013/02/14(木) 22:45:40 ID:cSUPywz.


―――やがて鍋の中で混ざりあったそれを、ο-No.2は冷蔵庫へと丁寧にしまいこむ。
やり遂げた充足感と心地よい疲労に抗えず、その足でベッドへと倒れこみ……そのまま、頭から布団をかぶった。

「うにっ、大変上手に出来ましたー♪……えへ、えへへへへ」


明日になったら、あのチョコを渡しに行こう。

喜んでくれるだろうか、それとも何気ないふりをして受け取ってくれるだろうか。

それとも……チョコよりも私を食べたいとか……!


「……れじぃ……さ………………スー、スー」

そんなことを考えながら、いつしか彼女は眠りについていた。



ちなみに。
一晩中冷蔵庫で冷やされたチョコを切るのに、翌日彼女が苦労する羽目になるのは、また別の話。

(終わり)

244僕は小説が書けない:2013/02/16(土) 19:24:50 ID:sQTZZhWY
「突然だけど殺人鬼の女の子って萌えると思うんですよ
 まぶしすぎる美少女の輝きが醜い血の光を通すことでマイルドになるっていうかですね
 美少女が純粋にキラキラ輝く世界なんて僕のような駄目人間にとってはそれこそ画面の向こうの世界と変わらない世界なんです
 たとえば皆も大好きなアニメキャラとか居ると思うんですがそういうキャラって本当に好きすぎちゃうと態度が二極化しちゃうと思うんです
 会えなくて苦しむか、会わずに済んで安堵するかです
 僕は圧倒的に後者の方でして例えば僕が最近ハマった某アイドル育成ゲームの女の子が画面の向こうに居て本当に良かったなあって思うんです
 醜い自分の内面みたいなものってどれだけ頑張って抑えようとしても滲み出るものですから、もし僕が彼女と同じ時空に存在していたらそれこそ彼女に自分と同じ空気を吸わせてしまう苦痛に苛まれることになってたわけじゃないですか
 そんなのごめんじゃあないですか?
 ですから僕は某アイドル育成ゲームの弟妹がたくさん居るあの子と別の次元に居て本当に良かったと思うわけですよ
 それで本題に戻りますけれども
 僕は殺人という行為はハッキリと悪だと考えてます
 それは人間にとって禁忌とも言える行為なのです
 獣が人を殺すのは摂理とも言えましょう
 その逆もまた然りです
 ですが同種で争い合い殺しあうというのは、しかもそれを対話という行為を可能とする人間で行うのは間違っていると思うんですよ
 対等な立場における理性を用いた話し合いが人間は生きている限りできるんです
 殺人というのはこの対話の可能性を奪い取ってしまいます
 そういったある種の贅沢性が人間の心をどうしようもなく奪うという可能性もあるのでしょうけどそんな訳で僕は殺人をハッキリ悪だと断じるのです
 人を殺す人はクソッタレです
 どんな理由があっても許されないのです
 ……なんていうと「じゃあお前の親しい人がこれ以上無くむごたらしい目に遭ったら?」なんて愉快な詭弁を弄す輩も居ます
 無論そんなことになったら復讐をしたいと思うのが人間として当たり前の感情です
 その感情は間違ってません
 ですがその為に僕がとるであろう行為は間違いなく間違ってます
 残念ながら人間は正しいだけじゃあ生きていけないのです
 そういった矛盾を抱えることこそが生きることかもしれないと思います
 ですが僕はできるだけ正しくあろうとして、間違った人間を見下します
 間違った人間を見下せば、自分の低俗さを忘れられるのです
 それは安心感に繋がり、その安心感を与えるものが美少女であればそれはもう恋です
 そんな訳で僕にとって殺人鬼の女の子は萌えると思うんです
 この意見を聞いた貴方はいかがお考えですか?」

「何だお前」

 草木も眠る丑三つ時、僕の見つけた少女は四ツ辻の真ん中でケバケバしい服装をした女性を解体して臓物を並べて晒していた。
 僕は偶然現在被害者になっている女性の知り合い――それほど親しくないが――で、見て見ぬふりができず、つい声をかけてしまっていたのだ。
 目の前の少女は僕を何か妙なものでも見るような目で見ている。
 何処にでも居る普通の青年である僕に対してあまりにも非礼な態度ではなかろうか。

「六条悲喜、何処にでも居る二十歳です」

「何処の世界に殺人現場を見て平然としている二十歳が居る」

「現代日本でしょうね。もしよろしければ少しお話お伺いしたいのですがいいでしょうか」

 突然だが僕は文才に乏しい。
 学校では国語の授業なんか得意な方だったし、某巨大掲示板で気の利いたレスをして受けをとることはできるが、面白い話の執筆ができない。
 本当は僕の作品で世界を感動の渦に巻き込みたいのだが儘ならないものである。

「例えば僕みたいな何も知らない人間に自分の殺人行為を否定された場合多くの人間は僕を否定したくなります
 なぜならその人には殺人に至る重大な理由が有るからです。いかがですか?」

「あなたへの反論その一」

 ややダウナーなトーンで彼女は僕との対話を始める。

「お前は前提を誤ってる。私は人間じゃない。」

「ふむ、それは興味深い」

 彼女は彼女の二の腕くらいの長さのナイフをグルグル振り回して血を払ってから腰の鞘にしまう。
 その動きはとても手馴れていて、目の前の惨状を創りだしたのが間違いなく彼女であると僕に確信させた。
 僕の趣味はssの執筆なのだが何か新しい作品の執筆の着想を得られるかもしれない。
 二次創作ものはキャラの二人称を覚えるのが面倒なのだ。
 それを間違えて今日も叩かれた。
 ……あれっ、なんでその程度の事も知らない作品の二次創作書いてるの俺馬鹿じゃねえのこの同人ゴロめ有明から去れ!

245僕は小説が書けない:2013/02/16(土) 19:25:21 ID:sQTZZhWY
「反論そのニ」

 彼女は僕をジト目で睨む。

「あんたウザい」

「それは感情的すぎますね。反論じゃあない
 僕の殺人鬼少女萌えという性癖に対する否定には繋がりません
 ですがそれも貴方にとっては重視すべき感情であり、僕にそれを否定する権利はありません
 残るのは貴方の思考が論理的でないという事実だけです
 さてと……」

 携帯電話を取り出した僕に彼女は小さなメスを突きつける。

「妙なことをやってみなよ、多分その前にあんたの舌を三枚に下ろすからさ」

「悪いが僕は生来正直者で舌を二枚以上持つわけにはいかないことになってるんだ
 だから少し待てよ、僕だって君を無粋な官憲に引き渡すつもりはない
 この電話は家で僕の帰りを待つ可愛い弟にかけるものさ」

「官憲は良い、少し厄介なのも混じっているがどうとでもなる
 それよりこれ以上ダラダラしてると組織に見つかる」

「それは大変だ。でもそれなら少し遅い気もします
 僕はここに来るまでに三人組のスーツの男とすれ違いました
 確か黒いスーツでしたね」

 勿論嘘である。

「――――なにっ!?」

 すげえ、引っかかった。
 入れ食いだ。
 真夜中だし適当に黒って言っただけなのに。

「それは本当か、どっちから来た、私に教えろ!」

 彼女がやや興奮した様子で僕に掴みかかる。

「え? 確かあちらの方でしたが」

 僕の住むマンションの逆方向を指さす。
 勿論適当である。

246僕は小説が書けない:2013/02/16(土) 19:26:00 ID:sQTZZhWY
「そうか……礼を言う。お前ウザいけど悪いやつじゃないな
 殺すつもりだったけどやめておいてやる」

 そう言って彼女は駆け出していった。
 僕も当然追いかけようとしたのだが彼女の足は早い。
 初恋の女の子を思い出す。
 彼女も驚くほど足が早くて、勉強ができて、中学校に入ってから勉強のやる気無くして、高校は別の所行って、彼氏ができたとか聞いて、死ねええええええええええええええええ!
 はい、そんなことより今は目の前の美少女です。
 あの子ったらどっか行っちゃいましたようふふ。
 さっきそういえば人間ではないって言っていましたね。
 でもそんなこと僕としては正直どうでも良くて対話の通じる理性有る存在だという時点で僕はそれを人間だとみなします。
 少々の身体能力なんて関係ありません。
 血塗られた女の子萌えなのです。
 そして僕が彼女の残した若干の制汗剤と血と美少女特有の甘やかな香りに誘われてふらふら歩いていると近くで少女の声が聞こえました。

「居たぞ! 例の都市伝説だ!」

「切り裂きジャックだな、貴様を処分する!」

 続いて何やら古典的なレーザー音声、男たちの怒号。
 少しキナ臭いのだが文才の無い僕はせめて面白い題材を見つけようとノリノリで現場乱入である。
 我ながら恐るべき創作意欲だ。
 
「どうしたんですか!?」

 何も知らない通行人を装って近くの曲がり角を曲がりながら叫ぶ。
 ……お前のような通行人が居て溜まるか、なんて。
 見ると先ほどの美少女が三人組の黒服の男に囲まれていた。

「チッ、目撃者か。面倒だな」

 黒服の男の一人がこちらの方を向いて銃を構えます。
 この法治国家で銃とか驚きである。
 流石の僕もこの辺りで非日常に巻き込まれていることを確信してしまった。

「おいお前!」

 男が叫ぶ。
 ちなみにその影で美少女さんこちらをめっちゃ睨んでます。
 やっぱ嘘がバレると怒っちゃうよねえ。
 ああ困ったなこれ。
 でもちょっと興奮してきた!

「はっはい何でしょう!」

 如何にも漫画に出てくる小市民Aみたいなノリを通す。
 こういうのいっぺんやってみたかったのだ。
 
「其処に伏せてろ! 俺が良いというまで顔をあげるんじゃねえぞ!」

「はわわ、解りました!」

 はっはっはっ、黒服さんまさかの良い人でした。
 二十歳の男の『はわわ!』なんてセリフ聞いて撃ってこないなんて間違い無く善人です。
 俺だったら二度と口を聞けないように蜂の巣にしてやりますねええ。
 なんてことを考えながら伏せていると何度か金属音が聞こえた後、何故か僕の身体が宙を舞う。
 僕を抱きかかえているのは先程の美少女でした。
 膨らみかけの横乳が当たるのが非常に良い。

247僕は小説が書けない:2013/02/16(土) 19:29:06 ID:sQTZZhWY
「なぁ……」

「なんだ、命乞いか?」

 鋭い瞳が僕を見下ろす。
 この若干男勝りな感じの口調も萌えだなあ。

「なんで僕を攫ったんだい?
 これはもしかして……僕が気になっちゃった感じかい?」

 流れ星みたいに遠のく黒服のお兄さん達を眺めながら僕は彼女に問いかける。
 僕は昨今の鈍感系主人公とは違うのでちゃんとフラグに反応……返答は刃物で返ってきたようである。
 ほっぺが痛い。
 目にも留まらぬ早業で切られてしまったらしい。

「次くだらないこと言ってみろよ。殺すぞ
 お前は只の人質で、武器だ
 最近の組織は人間にやたら配慮するからな」

 目の前で細い刃をちらつかされる。
 彼女は先程のナイフではなくメスを使っていたようだ。
 まああんな首切り刀みたいなもの使われてたら頭蓋事真っ二つですが。
 
「了解」

 彼女は僕を小脇に抱えたまま、自宅近くの小川、その横に空けられた下水に繋がるトンネルの中に隠れる。
 僕は彼女の匂いを全力で楽しんでました。
 多分僕はこんな人のこない薄暗い場所で乱暴されちゃうんだ……エロ同人みたいに。
 何故か彼女に睨まれた。
 言ってないからセーフ、セーフですよプロデューサー=サン!

「死にたいのか、珍しい人間だな」

 彼女は再び腰のナイフをチラつかせる。
 ナンデ!?
 サツジンキナンデ!?

「お前の目を見ればお前がろくでもないことを考えているのは分かる」

 目だけで通じ合える。それが愛ですね、わかります。
 とかなんとか考えながら頷いていると、彼女のメスが突然銀の軌跡を描いた。
 なんという事でしょう、俺の頬に不殺の流浪人よろしくの十字傷ができたではないですか。

「正しく匠のリフォーム! 如何にもモブキャラっぽい外見のこの僕があっという間に主人公!」

「お願いだから黙ってください」

 ついに懇願された。
 だが小市民Aは相手が下手に出た時にこそ調子に乗るのだ。

248僕は小説が書けない:2013/02/16(土) 19:31:04 ID:sQTZZhWY
「そうはいかないね、僕は気づいちゃったんだ。殺す殺す言うけどお前に俺は殺せないんじゃないか?」

「――――――な、なんで!?」

 適当に言っただけなのになあ……。

「君は先程自分を化け物だといっただろう
 化け物はルールを守る
 人間と違ってルールこそがその化け物にとって存在の拠り所だからだ
 バケモノを自称するだけの頭のかわいそうな女の子だと思ったけど
 ここまで酷い状況を見せられたら君が本当に可哀想な化け物としか思えない」
 僕は知っている、確か君みたいな存在を都市伝説と言うんだっけか
 成程確かに人間じゃあ無いね
 君の殺人はそういった意味で正当化される」

「だからどうした」

「切り裂きジャックと呼ばれていたね、これは推測だけど君は女性しか殺せないんじゃないか
 だからあの黒服の男たちに苦戦している」

「……そうだ。だが知っているなら話は早いな
 おいお前、私の為に私と契約しろ
 さもないと死なない程度に全身切り刻んでから水に浸して失血死させるぞ」

「直接手を下さなきゃいいわけか……
 僕と契約することで君にかけられた殺害対象の女性への限定が解ける
 そんなところかな?」

「イエスかノーで答えろ! こっちは追い詰められているし……」

 彼女は僕に馬乗りになってメスを首筋に突き立てる。
 美少女に馬乗りにされている状況は個人的にとても美味しいのでもう少しふざけていたいのだが許されなさそうでも有る。

「今から僕と契約してあの黒服を殺しても君は別の誰かに殺される、ついでに僕もね
 僕はそんなのお断りだよ」

「そうか、交渉決裂だな」

 彼女がそう言ってナイフを俺に向けて振り下ろそうとした時だった。
 闇夜を裂いて光線が飛ぶ。
 彼女の腕を光線が焼いて、彼女は悲鳴と共にうずくまる。
 
「こちら警務部隊、一般人相手に契約を強要していた模様!」

 黒服の男たちが下水に繋がるトンネルの奥から二人、そして5m先の小川の対岸からも一人現れる。
 
「た、たすけてぇ!」

 情けなく悲鳴をあげる僕。
 直後にそれ以上に痛ましい悲鳴が響く。
 僕に襲いかかっていた少女は光線銃で身体を貫かれて川に吸い込まれてった。

249僕は小説が書けない:2013/02/16(土) 19:33:11 ID:sQTZZhWY
「おい大丈夫だったか!」

 そう言って用水路から来た男の一人が俺に駆け寄る。
 側へ、そうすごく近くへ。

「は、はい……なんとか」

 彼はホルスターに銃をしまって僕を抱き起こす。
 詰まらない。
 なんて詰まらない結末なんだ。

「ほら、さっさと起きな。こいつは悪い夢の類だ
 今から忘れさせてやるから大人しく……」

「これで……」

 僕は呟く。

「ん?」

 ――――つまらないのは嫌いだ

「これでなんとかなりそうです」

 僕は男性からホルスターの銃を奪い取って彼の脳天を射抜く。
 次に驚いて振り返った男の眉間にも二条の光線を見舞った。
 そして二人の男の死体を盾に、対岸の男に向けて光線銃を乱射する。
 ……が、外れた。
 男が驚いて反撃しようとしたところで銀色のナイフが宙を舞う。
 甲高い金属音と共に銃が真上にはじかれる。
 その済んだ音色に僕の意識は限界まで研ぎ澄まされる。
 空気は肌を締め付け、静寂は脳を揺さぶり、ぼやけた電信柱の明かりもスポットライトみたいに眩しい。
 銃口を黒服の眉間に、二回引き金を引く。
 的中、崩れ落ちる姿。
 胸にもう一発。
 そして振り返りざまに先ほど撃った黒服たちにも追撃。
 すぐに僕も川へ飛び込み、既に水中で意識を失っていた少女を背負って下流までゆっくりと流される。
 真夜中だったのが幸いして誰にも見られずに自分が散歩に良く行く土手まで来られた。
 寒くて寒くて死んでしまいそうだが、なんとか彼女と一緒に陸へと上る。
 そこら辺に寝かせてから確認してみるとなんと彼女にはまだ息があった。

「おい、起きろ」
 
 僕は少女の頬をペチペチと叩く。
 彼女はうっすらと目を開ける。
 彼女は何処か遠くを見ているようだった。
 僕もまた彼女が見ているものを見ようと後ろを振り返る。
 それは月だった。
 薄く雲を纏う三日月が、夜空の口許みたいに恥ずかしげな微笑を浮かべてた。
 
「びっくりだな……まだ生きているとは」

「……悪いか?」

「いいや悪くない」

「なんだ、何の気まぐれで私を助けたんだ」

「ああちょっとした手違いで僕も君と同じ組織に追われることになってしまったみたいだからね
 どうせなら手を組んだ方が面白い物語になるかなって」

「……馬鹿だなお前」

 構わない。
 僕は面白い話が書きたいだけなのだ。
 こいつとつるんでいれば少しはマシな話も書けそうだ。
 とりあえず僕は彼女を家に連れて行くことを決めた。

250僕は小説が書けない 第二話「僕の弟は常識がある」 下書き:2013/02/16(土) 22:07:10 ID:sQTZZhWY

「ただいまー」

 あくまで軽いノリを崩さずにマンションの誰もいない自室に戻る。
 俺の声に応える存在は居ない。
 この部屋には、居ないのだ。
 
「お前、弟が居るって言ってなかったか?」

「弟なら居るさ」

 そう言って天井を見上げる。
 あいつは上の階に部屋を借りてるのだ。
 最近までは一緒に暮らしていたというのに冷たい奴だ。

「ここに、ずっとね……」

 少し寂し気な笑みを浮かべてポケットから煙草を取り出す。
 実際寂しい。最近遊びに来てくれないのだから。
 あれ、煙草湿気ってて吸えねえ。
 ライターも壊れてやがる。
 カチッカチッと何度やっても火がつかねえ。
 煙草はそのままゴミ箱にシュー!
 超!エキサイティン!
 ちなみに葉っぱ買って手巻した高級品だ!
 でも紙煙草より安いぞお!
 それにしても完全に川に突っ込んでしばらく流されてたの忘れてたよ畜生!
 寒いなあもう風邪引いちゃう!
 
「もしかして悪いことを聞いて……」

「さっ、急いで着替えようぜ。こんなんじゃあ風邪引いちまうよ」

「……ああ」

「女性用の服は無いけどまあパジャマ位なら問題無いだろう?
 これ使ってくれ。弟の奴だから最近使ってないし良いだろ?
 物は使った方が喜ぶしな」

 あの野郎、人の部屋にパジャマ脱ぎ捨てて行きやがって。

「まあ、今日くらいは素直に従ってやるか」

 彼女は何故か大人しく指示に従うつもりらしい。
 嫌がられるかと思ったけどそんなことは無かった。

「濡れた服は洗濯してから乾燥機に入れてやるから
 さっさとシャワー浴びてこい」

 そしてどさくさに紛れて服を被ろう。

「それなら必要ない。所詮、都市伝説の力で編んだ服だから消せば消える」

「あれっ、それならそもそもわざわざパジャマ着る理由は……?」

「……それよりだ」

 意外にも切り裂きジャック選手これをスルー。

251僕は小説が書けない 第二話「僕の弟は常識がある」 下書き:2013/02/16(土) 22:07:43 ID:sQTZZhWY
「そもそも私は切り裂きジャックだ
 泥をすすり、屋根の無い場所で寝るのが当たり前さ」

 そういうこと言われると庇護欲マッハですぅ。
 ああそういえば切り裂きジャックも娼婦だったって説は有ったな。
 となるとそれで生活環境が酷いのにも慣れてるのかも……駄目だこの娘早く温かい物でも食べさせてあげないと。

「そうか、じゃあシャワーとかも浴びなくて良いのか?」

「それは浴びさせろ」

 ここでまさかの乙女発言である。
 良いなあ、隙だなあこういうの。

「良いぜ、僕は紳士だから女の子に先にシャワーくらい浴びさせるさ」

「……ありがとう」

「ああ待て、シャワー使うのは良いけどその前に僕が君をなんて呼べば良いか教えてくれ」

「え?」

「名前だよ、名前」

「私は切り裂きジャックで、それ以上でもそれ以下でもないよ」

 彼女はそう言ってパジャマを持ったまま洗面室の奥のシャワールームに篭ってしまう。
 シャワーの音が聞こえる。
 それに洗面器にチャプチャプと溜まる水の音色。
 あとで浴室ペロペロしようかな。

「……よし」

「覗いたらバラバラにするからな」

「何故解った!」

 僕の思考が盗聴されています。
 しかたがないので僕は静かに彼女の呼び名を考えることにします。
 ジャック……女の子がジャックはねえよなあ。
 あーそうだ、ここはフラグを強固にする為に初恋の女の子の名前でもつけようか。
 良いぞ、気持ち悪いぞ僕。
 こういう時は弟に聞いてみるのが吉か。
 さっそく携帯電話を……と思った時、突然ドアをノックされた。
 三三七拍子なところからして弟だろう。
 大して警戒もせずにドアを開けると……

「六条悲喜だな?」

 デザートイーグルが僕の額に突きつけられる。
 デザートイーグルの持ち主はサングラスをかけた屈強な男。

252僕は小説が書けない 第二話「僕の弟は常識がある」 下書き:2013/02/16(土) 22:08:14 ID:sQTZZhWY
「お、お前は!?」
 
「動くな喋るな目を閉じろ、さもなくば貴様の脳天が綺麗な花火みたいに……」

「おい悲喜! 大丈夫か!」

 プリンちゃん(今適当に決めた切り裂きジャックの呼び名である)が半裸で飛び出してくる。

「プリンちゃん……初めて名前で呼んでくれたね」

 俺のことはガン無視で彼女は玄関に立つ大男を睨みつける。

「組織の追手か! 面倒なことに……」

「――――兄ちゃんの家に女だと!? しかもちょい電波入ってる!」

「「……ん?」」

 プリンちゃんと我が弟がしばし困った表情で首を傾げる。
 ここで戦わない辺りこいつら二人共平成ライダー一期シリーズの人間よりはマシなオツムを持っているらしい。

「どうもこんにちわプリンさん……俺は六条路樹です。この男の弟です
 なんか兄弟でよくやる寸劇に巻き込んでしまってすいません」

 先に挨拶をするとはできた弟である。

「え、あ、お、おう……。私はキリサ……」

 プリンちゃんの発言を遮って俺は弟に彼女を紹介する。

「プリンちゃんだ。まあ友だちみたいなもので決して怪しい関係ではないから気にするな」 

「え、ちょ、プリンちゃんって……」

 プリンちゃんガン無視で兄弟の会話タイムである。

「兄ちゃん、流石に女の子を自分の部屋でシャワー浴びさせておいて何も無しはねえよ
 むしろ有ってほしくねえよ、兄貴がガチホモ疑惑とか簡便だぜ?」

 我が弟はナチュラルに家に入り込んでドアを閉める。

253僕は小説が書けない 第二話「僕の弟は常識がある」 下書き:2013/02/16(土) 22:08:55 ID:sQTZZhWY
「いやそもそも弟って、弟って、居なくなった……あれ?」

 何故かプリンちゃんが頭を抱えている。

「でもマジなんだ。信じてくれ」

「今回ばかりはかばいきれねえよ兄ちゃん
 しかも若干年下じゃねえかよ
 どうみたって完全にちょい電波入ってる娘に話あわせてよろしくしましたって感じだよ兄ちゃん」

「……はぁ」

 プリンちゃんは諦めてシャワールームに戻っていった。

「馬鹿野郎お前の兄ちゃんはダメ人間だけどそこまでクズ野郎じゃねえよ
 そんな良くあるエロ同人誌みたいなことは決してやらないよ兄ちゃんは
 むしろあれだって
 悪漢に追われていた美少女を格好良く助けてとりあえずシャワー浴びさせようとしてたところなんだって
 僕だって川ポチャしたのに我慢してシャワー浴びさせてるんだよ?
 紳士じゃね?
 つーかそもそも兄ちゃん女の子に不自由してないし
 瞳を閉じれば沢山彼女浮かび上がってくるし、ハーレムだし」

 アイドル育成ゲームのあの子だって妄想するだけなら罪じゃないし。
 本当はあの子に俺のレトルトカレーコレクションを食べさせてあげたかった。

「マジかよぱねえな兄ちゃん、俺は画面の前までしか付いてきてくれないよ」

「甘いなあ弟よ、俺なんか瞼を閉じるだけだからね
 電気代も要らないし、エコだし
 だから覗きに行こうぜあのシャワールーム」

 といった直後に彼女はシャワールームから出てくる。
 僕と最初に出会った時の戦闘服っぽいものを着ながらである。

「先に寝るから」

「あー……兄ちゃん俺やっぱお邪魔?」

「そんなこと無いって、それより偶に来たんだから少し飲んでいけよ
 さっきすげえ面白いことが有ったの
 プリンちゃん寝る前に棚の中から好きなレトルトカレー取り出して食べていいぜ」

254僕は小説が書けない 第二話「僕の弟は常識がある」 下書き:2013/02/16(土) 22:10:08 ID:sQTZZhWY
「……ありがとう」

 プリンちゃんは死んだ目で棚から一番高いレトルトカレーとレトルトごはんを取り出して一人で調理を始める。
 
「マジかよ兄ちゃんがお気に入りレトルトカレーコレクションを開放するなんて貴重すぎるぜ
 やっぱり付き合ってるんだな、遊びの関係じゃなくて真剣な交際なんだな
 少し年下の義妹ができてもこの際だから気にしないよ
 兄ちゃんでも人と真面目に付き合えるなんて俺は感動したな」

「言うな弟よ
 俺だってこれでも頑張ってるんだからな
 それよりさっきあった面白いことの話してやるから聞けよ」

「ははっ、どうせまた新しい小説の題材を思いついたとかそんなんだろ?
 今度は俺も手伝ってやるからがんばれよ
 兄ちゃんきっと才能はあるって」

「ふっふっふ、ところがどっこいちが……」

「……悲喜サン、久シブリニ温カイモノヲ食ベラレマシタ
 アリガトーゴザイマス」

 プリンちゃんが隣の部屋に行ってしまった。
 あっち俺の寝室なんだけどなあ。

「礼には及ばないよ」

「もしかしてあの子なんか複雑な事情有ったりするの?」

 やっと弟が心配そうな表情を浮かべる。

「ああ、そうなんだ……実際俺があそこで彼女と会わなければどうなっていたか……
 考えると今でも恐ろしいよ」

「警察に相談とかできないのか?」

 僕達二人は先程まで彼女がレトルトカレーを食べていたテーブルに座る。
 開けるのは親父が好きだったのと同じ銘柄のウイスキー。
 二人で飲む時はいつもこれだ。
 ちなみに親父は元気で最近禁酒に成功した。

「警察か……」

 僕は静かに首を横に振る。

「何か助けられることが有ったら言ってくれよ?」

「勿論だ、僕が頼れるのはお前くらいしか居ないからね」

 僕はそう言ってとりあえずシャワールームに向かうことにした。

255単発【負けず嫌いな子を軽くあしらう話】:2013/03/01(金) 14:09:06 ID:nI7TBbgs

"組織"に所属しているからといって誰しもが黒服と友好的かと聞かれれば、回答はNOであろう。

これから話すのは、とあるコンビの日常である。


「今回もカラッカラにしてやんよ」

「…ビショビショになってろ」


人気のない河原で睨み合う二人、一人はスラッとした体型の黒い服の女、殺気だっているもう一人は小ぢんまりした少年。
少年はもともと無差別に無作為に無邪気に遊んでいただけだった。
少なくとも遊びの内容が食いちぎりや丸飲みでなかったら、只の可愛らしい子供だった。
そんな少年のスカウト、もとい沈静化を任された黒服は少年の全てを本気で潰した。
メンタルも肉体も大人げない程に凹ませた。

「今日こそ…お姉さんを食べる」

「ふっ、そういう口説き文句はイケメンなジェントルマンになってから言いなさいな」

「意味が分からないし、イラッとしたから…噛み千切る」

少年の手から水風船が、次々と投げ出される。
対して黒服はそれを最小限の動きで笑いながら避けていく。

「がっつきすぎる男は嫌われるんだぞー、少年」

放たれた水風船が着弾した河原の地面は無惨にも抉れている。

「丸飲む…」

眉間にシワを寄せた少年の号令に合わせて、川が急に巨大な波を作り上げ黒服を含む地面を大きく呑み込んだ。

「やった……!?」

小さな池にも相当するクレーターを見て少年の顔が緩む。

「残念、やれてないよ」

ブスブスと水の蒸発する音と共に、池に正方形の穴が空く。
枠の中心では黒服が横ピースして笑っていた。
バッ、と少年が水鉄砲を構えた瞬間…ジリリリリと大音量のタイマーが鳴り響く。

「はい、おしまい……今月も私の勝ちねー」

勤務を終えた会社員の如く、相手に背を向けて黒服はスタスタ歩き出す。

「……また、負けた」

慣れているのか少年は苦虫を噛んだような顔で、渋々と黒服に付いていく。

彼らは互いに協力しあう契約ではあるが、いかんせん馬が合わなかった。
例えるなら水と油、砂漠と海、はたまた渇きと潤い。

二人が出会った日、少年は黒服に敗北した。
少年にとって初めての敗北は耐え難い屈辱だった。
ニヤニヤ笑う勝者は敗者へ、ある提案を出した。

「君が無差別に人を食べず、私達の敵を食べるなら毎月一度は相手をしてあげる」

敗者には願ってもない取引だった…黒服と再び戦え、生き残れる。
少年の返答は直ぐに決まった。

「……分かった」

こうして少年は目の前の女を食べる為に、目の前の女と"組織"と契約した。
少年は今日もメインディッシュの為に敵を喰らう。
『乾いた場所』対『水を飼う男』
勝者が分かりきった出来レースをひっくり返すまで。

〈続かない〉

256単発【回収品整理 日記帳】:2013/03/25(月) 11:30:12 ID:pustkpuI
とある少女の日記より抜粋

201X年 2月28日

新しい日記帳を買った、これで四冊め。
最近、弟が日記を盗み見るので奮発して鍵付きにしてみた。
今日は特に何もなかったが、近くで変死や殺人が多発してるらしい。
夜道や不審者には気を付けよう。

201X年 3月15日

母から聞いたのだが、小さい頃友達だった久美ちゃんが行方不明になってるらしい
心配だ、警察は役に立たないみたいだし
心配といえば最近、目眩が多い。
疲れてでもいるのかな?

201X年 3月29日

帰り道に黒い服の人達をよく見かける。
きっと葬儀なのだろう可哀想に。
警察は早く原因を突き止めて解決してくれないのかな?

201X年 4月2日

朝、目が覚めると部屋が黒いもやに覆われていた。
異質すぎる状況に驚いた私は、直ぐに気絶した。
意識が途切れる途中に変な札が眼に写ったのを、何故か鮮明に覚えている。
夕方に目が覚め、母に聞くと熱で長い間うなされてたらしい。
只の悪夢だったようだ。

201X年 6月2日

1ヶ月前のあの日から悪夢ばかり見る。
友人や家族が死ぬ内容の夢ばかりだ。
それだけでも辛いのに殺しているのは私なのである。

201X年 8月15日

もう、頭がどうにかなりそう
寝ても覚めても頭の中で惨状が映し出される。
いっその事、気でも狂った方が楽なのではとも思いもした。
些細だが気付いたことは、夢の中の私はカルタらしき札を持っている事だけだ。
いったい何なんだろう…

201X年 12月13日

夜、急に意識が途切れたりするようになった。
これも夢のせいなのだろうか?
心配した親に病院へ連れていかれた。
だが、私には病とは違う何かのように感じる。

****年 **月**日

しぶといな…早く沈んじゃいなよ"私"

201X年 12月4日

鍵付きのこの日記に書き込まれてる一文。
赤いペンで書かれたその文は一字一句違わず私の字体だ。
自分の癖ぐらい分かるし鍵も私が所持している…だが書いた覚えがない。
怖いから今日はもう寝ることにする。

257単発【回収品整理 日記帳】:2013/03/25(月) 11:36:44 ID:pustkpuI
****年**月**日

うーんとねー、これは貴女であり私が書いてるの。
因みに私は"アリス"だから宜しくー。

201X年 1月19日

赤字で返答が書き込まれてる…二重人格と考えたが違うのだろうか?
こんなことばかり書いていては自分で滅入るし違うことも書こうと思う。
最近、野良犬が家の近くにいて私になついている。
とても可愛く、悪夢なんか忘れさせてくれる。

"""""年""月""日

分からずに終わるのも可愛そうだから教えてやるよ
"私"は全部で七人いるんだ。
そして、媒体となる最初の私…つまりお前には消えてもらう。
自分の意識の底に沈んでさ。

201X年 2月7日

また文章が書かれている。
字体は同じだが今回は文体が荒くなっている…アリスと名乗る者とは違うようだ。
だが、そんなことよりも媒体?消える?

""""年 ""月""日

実におバカさんね……まぁ、わかる頃には手遅れなのだけれど。

久しぶり私、アリスちゃんだよ。
お家の裏にプレゼントを用意したから見てね。

201X年 3月8日

プレゼントなんて気にしなければ良かった。
好奇心で家の裏を見に行くと、可愛がっていた犬が冷たくなって転がっていた。
それを庭に埋めながら私は泣いた。

****年**月**日

どうだった、ワタシ達から私へのプレゼント?
ねえ、綺麗だったでしょ?
今度は一周年の記念日だから楽しみにしててね!

201X年 4月2日

早く感づいて自殺でもすれば良かった…
思えば去年のあの日から悪夢は始まっていたんだ。
もう、この日記は書けないかもしれない。
今では気をぬくと意識が奪われそうになる。

****年**月**日

母さんも父さんも友達も皆、死んだ。
アイツ等がやった、私がやった…
意識ははっきりとしているのに身体が止まらなかった。
夢とは違って血は生暖かくて、死体は冷たくて、妙な感覚が私を包んだ。
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う
私はワタシ?私はアイツ?
私は誰?

わた―――――――

――担当者 F.No032――
・捜索、討伐、捕獲を命ずる。

「いやー部署が変わっての初仕事が電波娘を探すとは…」
紙の束と共に渡された日記をペラペラと捲りながらポツリと彼女は呟いた。

「食べるのか…?」
「あはは、そういう発言は危険だよ少年」

口に指を当てながら笑みを浮かべる黒服

「なんでだ?」
「食べないし…発言によっては、ここの人達に食われかねないからだよ」

クシャクシャと少年の髪を撫でながら黒服は日記を閉じた。

258超能力猫は混じりあった夢を見るか?:2013/03/31(日) 14:58:45 ID:rOhlt6D6
【小学生の安否を予知しだすと大きな猫君は夜も寝れなくなっちゃうの。】

~住宅街~

とある家のリビングで巨大な猫の都市伝説は、器用に頭を抱え唸っていた。

『あー……今日は外はヤベェな……ってか予知とはいえ、何でこんなとこになんだよ…』

「ねこねこー…ねーこねーこー」

猫じゃらしを振りながら話し掛ける少女
学校町に住む小学生、竹峰まこは暇をもて余していた。
本分である学業は流行り風邪による学級閉鎖で絶賛休止中なのだ。

「ねこねこー…遊んでよー…ねーねー」

そんな少女の執拗な攻撃を受けているのは、ひょんなことから彼女と契約をするはめになった都市伝説エイリアン・ビッグ・キャット(以下ABC)その人、いやその猫である。

『忙しいから後でだ、後で…』

彼の能力は様々な超能力…今は毎日の日課である契約者の危険予知をしている所なのだが。

「むー……今がいいのー!!」

やんちゃざかりなお姫さまが…はい、そうですかと引くわけもなく

『イダダダッ!!ヒゲ取れっ、止めねぇかガキんちょ』

テレパシーからそんな声が聞こえてもお構い無しにグイグイ顔を引っ張るのである。

『だー、スーパーな俺様の予知画像がブレただろうが…このっ』

「わわわ………」

柔らかな尻尾が少女の顔にボフッと当りコテンと尻餅をつく少女

『フンッ、しつこいお前が悪いんだ……ぞ?』

「……う、うぅ」

振り向けばマジで泣き出す五秒前な少女。

『ま、待て!!、俺が悪かったから泣くのは止せって』

「構ってくれない…ねこねこ何か……嫌いっ!」

もう、どうにも止まらない。
玄関から走って家を出ていくマコを追いかけるべき飼い猫は

『嫌い……嫌いって……そんな』

割りと地味に凹んでいた。


(何処かへと始まる)

259単発【オーストラリア産ジャイアント正体不明】:2013/04/02(火) 20:24:35 ID:xQQe75Fs

夕暮れ時の十字路で男は噂に出会った。

「赤がいいか…それとも青か…さぁ、青年よ選ぶんだ」

目の前にはナイフを手の上で遊ばせる不審者。
派手なマントに白い仮面"赤マント"に違いないであろう。

「生憎だが俺は原色が嫌いでな…どちらも選ぶ気は無いぜ。
それに、残念ながら死ぬのはアンタの方だ…赤マント」

男は都市伝説に驚きもせず赤マントを挑発する。
それに対して赤マントは怒りもせずケタケタと笑いだす。

「その冷静さ…貴方は契約者かそれに近い何かですねェ。
さて、それで私が死ぬとか仰いましたか……
クハハハハハ、私は契約なんて軟弱な事をせずに人々の恐怖の中に生きてきました」

いつの間にか赤マントの持つナイフが手品のように増えていく。

「その私が…消えるのを恐れ、脆弱な人間と契約した都市伝説に敗れる訳が無いのですッ!」

鋭い刃がが幾重も光り、男に向かって飛んで行く。
長年の経験からか赤マントのナイフは肺、心臓、頸動脈、脳と的確に急所を狙って投げられている。

「さぁさぁ…赤き血の花が咲き乱れ、青く染まって散り行きて、白く虚しく枯れなさい」

愉しげな笑い声と共に赤いマントが風によって豪快に揺れる。

「残念だかそんな筋書きは"理解できない"な…」

しかし、ナイフは男の身体に突き刺さりはしなかった。
ナイフは男の前に突如現れた"ナニカ"に叩き落とされたのだ。

「何っ……な、なんだソレは…見えるのに居るのに分からない、ソレは何だ!?」

赤マントの目の前には自ら身長の二倍を越える大きな"ナニカ"が見えている。
赤マントにはソレが何であるか理解が出来なかった、認識が出来なかった。

「人は理解できない物に恐怖する……さぁ、恐怖したまま消え去りな」

"ナニカ"が軽やかなステップで飛び跳ねながら赤マントへ近付いていく。

「来、来るな!?……ヒィィッ」

錯乱しながらも赤マントはありったけのナイフを敵へ投げつける。
だが、巨体からは想像出来ない機敏な跳躍により"ナニカ"はナイフを避け、そのまま赤マントに飛び掛かったのだ。

「お前が分かることはただ一つ…何も分からないという事だけだ」

馬乗りになった"ナニカ"が赤マントを何度も何度も殴り付ける。
初めは聞こえていた悲鳴も徐々に無くなっていき。
暫くして何かが折れる鈍い音ともに赤マントは光となり消え失せた。

「よーしよし、ご苦労様だ…帰ったらご褒美にリンゴを剥いてやるからなー」

男が"ナニカ"に笑いかけ撫でてやるると、嬉しそうに"ナニカ"は跳ねた。

誰にも理解されなくても、何も分かって貰えなくとも、契約者と居るだけど"ナニカ"は幸せなのである。

(終る)

260超能力猫は混じりあった夢を見るか?:2013/04/03(水) 14:46:48 ID:9hqVotWI
【血の水も滴る良い子供の食卓】

~学校町 某所~

…ヤーキイ……イーシヤー…イモ…オイモ

――はっ、この声は!?……ちょっと待ってて少年!!

…と担当の黒服が目を輝かせて少年の元を離れてから三十分。
申し訳程度の監視カメラがあるだけの寂れた路地裏は、多少暖かい表通りとは違い風が吹き抜けて寒さが顕著に現れている。
はぁ…と白い吐息を立てながら"水を飼う男"と契約した少年は、そんな路地裏の壁にもたれ掛かっていた。

「あいつ、芋買うだけで、何分かけてる」

ポケットからメモを出して、割りと整った字で怨み言を綴り出す少年。

「次、置き去りにしたら噛む…と」

他に書かれているのは"死んだ水の処理法~"や"もう三食、水ようかんで良い"等
謎の言葉が書いてあるメモである。
書き終ると同時に、再びテープ録音の焼き芋宣伝が路地裏に響いた。

「……オイ、遅すぎる……ぞ?」

近づく物音に向かってムスッとした顔で振り返った少年は首を傾げた。

「えひゃ、ふひ、ひゃ……うひゃひ」

居たのは担当の黒服ではなく、血走った眼や息遣いから正気ではないことが伺える小肥りな男。
派手な衣装で顔にはカラフルなメイクを施し、鼻には真っ赤な玉が一つ付いている。
俗に言う道化、馴染みがある呼び方としたらピエロという奴だ。

「都市伝説…それとも、変質者?」
「サぁーかスぅ、イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒャヒヒヒヒヒッ」

ニタァと笑いながらキコキコと一輪車を漕ぐピエロ。
壊れた笑い袋のように笑い続ける姿は不気味さを漂わせる。

「脂身ばっかりで、不味そうな奴」

そんな不気味さも気にせずに少年が近付くと、いきなりナイフやボールをピエロが少年へ投げ付ける。

「イヒャヒヒハハーッ…さぁ、さァ…笑ってオクれぇ子供達ぃ
楽しい楽しい殺人ショーっ お金ナンカは要リマセン。
欲シイのは笑顔と涙と脈打つリンゴォーッ!!」

しかし焦点の合っていないピエロが乱雑に投げた演目は少年の体にかすりもしない。

「アヒャ、カナ、悲しぃ…フヒヒハハ、外れたヨォー」

泣きながら笑い狂うピエロの片手にはぐにゃぐにゃと曲がる小さな何かが見えている。
かろうじて原型を留めているランドセルが、肉塊が何だったのか伝えている。

「"サーカスは人さらい"か…子どもの方はビネガーが染みて柔らかそう」

少年は直ぐ様リュックサックから水風船を取り出して迷いなくピエロに向かって投げつける。
勿論、付け合わせのピクルスも含めてだ。

パパッ、パンッ

幾つかの味気無い破裂音と共に割れ出た水が、薄い膜のように伸び広がりピエロ達を包んでゆく。

「あはっ、ビショビショ…ビショビショだぁー」
「…頂きます」

手を合わせた少年の一言を合図にピエロの体についばまれた様な穴が次々と開き出した。
身を包み込む水には赤い血が滲んでは消え、肉が千切れては消え、仕舞いには白い骨もガリガリという音ともに消えていく。

「ガボバ、痛イ、イヒひヒ、やっと…ヒハヒッ、し、アハハハ、ねる、ゴボボッ」

脂の乗ったステーキ肉と付け合わせの酢漬けの肉が、水の塊に呑まれて徐々に消滅していく。
心なしかピエロが泣いているように見えたが、それが果たして演技なのかを知るものはこの世にはもう居ない。

「けぷっ………」

そして、少年は再び気だるそうに何事も無かった様に壁にもたれ掛かった。

(何処へと続く)

261オーストラリア産 とある人:2013/04/13(土) 22:48:53 ID:cj4rtjaw
【正体不明≒正体不定】

赤マントを撃退し帰宅した俺がキッチンでリンゴを剥いていると、リビングからガタガタと物音がした。

「どうしたー、ナニカ?」

①ナニカが跳ねてでもいるのかと思ったが…ナニカはちゃんと躾たので選択肢から排除。

②強盗や空き巣と考えたが、ナニカとエンカウントしてたら物音程度じゃ済まないので却下。

③新手の都市伝説か!?…そうだとしたらナニカが危険かもしれないので俺はリビングへ向かう。

後、考えたく無かったが選択肢があるんだが…

「いやっふー、ナニカちゃーん…研究させてー!!触診させてー!!」

「キューっ、キュイー!?」

④幼馴染みのマッドサイエンティスト 掛合 調 が我が家に不法侵入してる場合だ。

「おー、あっくん!…どったの、その眉間に出来てるシワは?」

正解は④…現実は非情だ。
リビングに着くと調がウリウリとナニカを無理矢理に密着して撫で回していた。

「シワが出来てる…か……それは人様の家に勝手に上がって、同居人をまさぐる奴のせいなんだろうなぁ」

「あはは、眉間に青筋まで増えてるぞー…牛乳ちゃんと飲んでるかー?」

キレないように出来るだけ善処はしているんだが
首根っこ掴んで持ち上げた調を相手に、いつまで拳を奮わずにいられるか俺自身でも分からん。

「んで、何か用があったんだろ調?」

「そうだった…フフッ、これを見て驚くなよーあっくん」

「……てか、あっくん言うな」

む、気を付けてても無意識にチョップしてしまった。
ウザさランキングを付けるとしたら調はきっと堂々の1位だろう。

262オーストラリア産 とある人:2013/04/13(土) 22:57:22 ID:8YmON1TA

「むう、か弱い美少女に手を上げるなんて最低だぞー」

調が自分の頭を擦りながら俺を睨んでいる。
仕方ないし取り敢えず床に下ろしてやるか…

「とにかく夜に怪人引き連れてたり、人面犬ver.ケルベロスとか造る女を俺は女として認めねぇよ」

「むー、あっくんの癖に好き勝手に言いおってー…大体昔から」

ぐ、長ったるい話が始まったので別の事を考えよう。
調は普段、富豪である親の脛をかじりながら別荘で研究生活をしている。
ついでにその研究の内容は都市伝説についてだそうだ。

「キュフー……キューン」

ナニカが退屈そうにシャリシャリとリンゴをかじりながら此方をチラチラと見ている。
後で遊んでやるから、そんな顔するなよナニカ。

「ゴホン、とにかく…これを見たまえ!!」

お、終わったみたいだな。
俺の前に突き付けられたのは、何かの機械がついた革製品と手のひらに収まるサイズのボタンスイッチ。

「んだ、こりゃ……ベルト…いや、首輪か」

「正解……但し単なる首輪じゃないわ、巷のナウいヤングに流行してるって噂の¨エフェクター¨って代物よ」

調の持ってきたものは見た目からして八割方危険物なのだが…まぁ、今回は比較的に安全そうなので話ぐらいは聞いてやろう。

「¨エフェクター¨ねぇ…それは一体何に使う物なんだ?」

「よくぞ聞いてくれました…実はこの¨エフェクター¨は都市伝説の存在や能力を付与したり、改変することが可能な装置なんだ!」

調はまるで自分の自慢話のように目を輝かせて首輪の説明をしている。
だが、果たしてこんな安っぽい首輪にそんな力があるんだろうか?

「まぁ、聞いた限りには便利そうだな…」

「多少の副作用もあるものの、取り扱いも簡単!
因みにこのタイプの使い方は首輪を対象に着けてー」

得意気に¨エフェクター¨について語りながら、調がガチャガチャと手探りでナニカに首輪を着けている……ん?

「キュキュー?」

「おい、何でナニカに首輪を着け「そしてスイッチをオーンっ!!」

――おや、ナニカの様子が…?

スイッチが押されるや否やナニカと首輪が光り始め。
首輪からはデレレレン、デッ、デッ、デッryーと国民的進化音が流れている。

「……Bボタン何処だオイッ!」

俺が叫んだ時には、手遅れだと言わんばかりの光がリビングを覆い尽くした。

「……おー?」

「ナニカは幼女に進化した!」

目を開くとリビングには首をかしげる幼女と、成功だー…とはしゃぐ調。

「こ……こんな……こんな筋書は理解不能だぁぁっ!?」

263オーストラリア産 とある人:2013/04/13(土) 23:00:04 ID:5FGzLD..

謎の現象が連発したお陰で、脳内が絶賛オーバーフロー状態だ。
そんな俺に向かって調がドヤ顔でべらべらと語り出す。

「今回はナニカちゃんの¨正体不明¨って能力を弄って¨何でも無い故に何でもある¨という解釈にして実験みたの!
そして見事に大成功、因みに幼女なのは私の趣味だよー」

「うん…理解が追い付かないが、お前が元凶なのが再確認出来たぜ」

俺は考えるのを止めて拳を握り締める…さぁ、ショータイムだ。

「いや、あっくん落ち付こうって…流石にグ、グーは痛いから、ね?」

「勘弁ならないな……意味も分からず成敗してや…ゴハッ!?」

しかし、俺の拳が真っ赤に燃える前に脇腹に強い衝撃が走り、俺の体はリビングの壁まで吹き飛んだ。

「助かった…のかな?」

「契約者…もっとリンゴ食べたい
リンゴ、リンゴちょーだい……契約者?」

幼女な見た目を無視したナニカの破壊力抜群のおねだり(物理)により俺の意識はフェードアウトするのであった。

――――――

―――――

――――

――

「いってて……えーと、調は……居ないか」

「キュキュキュ、キュー?」

暫くして俺が目を覚ますと、いつも通りのモヤに覆われたナニカが居るだけだった。
もしかして夢かと希望的観測をしようとしたが…冷蔵庫に貼られたメモに

『今回の件のお詫びにその首輪は上げます、やましいことには使っちゃ駄目だぞ☆ byしらべ』

…と書かれているのを見て俺は思わず壁を殴った。


(続かない…と思う)

264超能力猫は混じりあった夢を見るか?:2013/04/18(木) 16:47:15 ID:iY69ZyV6
【迷子の迷子の子猫ちゃん】

「構ってくれない……ねこねこ何か……嫌いっ!!」

家を出ていった少女は行く宛もなく走り続けた。
しかし、わんわんと泣きながら走ったせいで困ったことが起きていた。

「ぐすっ………ここ、どこだろ?」

少し落ち着いたマコが辺りを見渡すとあるのは…見たこともない道、見たこともない街並み、見たこともない人々。
泣きながら突っ走った道筋など少女が覚えてる筈もなく。
子供達に帰るように訴え掛ける夕方のメロディや、遠くの寺から響く鐘の音、それに加えバサバサと飛び立つカラス達。
どれもこれも今のマコにとっては不安を煽るものに他ないであろう。

「おうち…どっちだっけ…」

だが、小さな子供が不安そうに一人で辺りを見渡していると優しい大人が気に掛けてくれるもので

「あのー、お嬢さん……もしかしてもしかすると迷子なのではないでしょうか。
お母さんとお父さんとはぐれてしまいましたか?
失礼、自分の自己紹介を忘れていました…自分はNo.96s
おっと……こっちは業務用でした。
えー、皆から呼ばれている訳ではないのですが取り敢えず私のことは゛目薬さん゛とお呼びください。
それでですね、この町の夜は子供には危険ですから…」

マコの前に現れたの優しい大人代表は、黒い服の上に何かの店のエプロンを着用した男であった。
急激にべらべらとマシンガントークを始めるこの男の手には大量のビラが見える。
そこから考えるに客引きか何かの仕事の途中なのだろう。

「えと、マコね…帰り道が分からなっ…ひゃぅ!?」

渡りに船、藁にもすがる気持ちで顔を上げたマコだったが、その顔はすぐさま恐怖の色に染まった。

「どうかしましたか…あのー?」

マコの小さな二つの瞳に映るのは
一つ眼の怪人…のような被り物。
落ち着いて見れば形や中心の目玉の絵から目薬をモチーフにしているのが分からなくもないのだが、小学生のマコには少々刺激が強かったようで。

「うぅ、ねこねこ…
目のオバケが出だぁぁ~っ!!」

「え、えぇ…オバケって結構私ショックなんですが…」

泣きじゃくる女児と肩を落とす謎の被り物男のコンビは良く目立ち
ひそひそと周りから「イヤねー変態かしら」「警察呼ぶか…?」「ママー「見ちゃ駄目っ!」とか呟かれる始末である。

「むむむ……どうしたものですかねぇ」

周りの旗色がみるみる変わっていき、それに連動して男の顔色(?)も悪くなる。

265超能力猫は混じりあった夢を見るか?:2013/04/18(木) 16:49:13 ID:iY69ZyV6

――PRRRRRRR

その時、男のエプロンが振動しポケットの携帯電話が着信を伝える。
サッと開かれた携帯の画面にはデフォルメされた牛の絵が映っている。

「もしもし――――ですか――!?」

「あぁ、件さん丁度良い時に!!
実は業務中に迷子に会ったのですが、泣くばかりで話が聞けず困っていまして…」

「――して――る―――ん――」

「あのぅ、件さん息が荒く思えるのですが?」

「変態――が――――駅――」

「え、ちょっ、待ってくだ」

――ブツン

中途半端に電話から聞こえた声から、話し相手は若い女性だと分かる。
切れた電話を耳(?)から離し、携帯とマコを見比べる男。

「マコは美味しくないから……食べないでっ…こっち来ないでよぉ…ひっぐ」

じりじりと男がマコに詰め寄っていき、それに気付いたマコが震えながら後ずさる。

「迷子のお嬢さん……貴女をお家まで責任を持って届けます。
しかしながら、私は急用が出来てしまい……今は場所を変えなければならないのです。
ですからして、少しお付き合いください!」

じたばたと暴れながら叫ぶマコを抱き上げた男が、駅のある方向へと走り出す。

「はなして、はーなーしーてー……助けて、助けてよ…ねこねこーっ!」

「人目につくので、ちょっと寝てて下さいね…っと」

男の袖口からパッと現れた水鉄砲でマコの目に水を掛けると、あれだけ騒いでいたマコが急に静かになった。

「う…ぅ…ねこ…ね…こ……」

どうやら何らかの作用で眠らされてしまっているだけなようである。


――――そして、その頃ABCは

「…嫌い、嫌いだなんて…俺様マコに嫌われちまったぁぁぁーっ」

依然としてリビングでビックにヘコんでいた。


(続く)

266とあるナニカ:2013/04/21(日) 11:04:45 ID:x2mUm/FQ
【掛相 調のスタイリッシュ調査書】

音声回線、モニターの接続は良好、記録装置オン、付近に組織の影なし。
対象とオマケの姿を再確認…室内状況、バイタルに異常なし!

「じゃっ、きちんと留守番してるんだぞー」
「きゅ!」

あっくんが私にはあまり見せないにへらとした表情で家から出ていく。
幼馴染みとして、そういう所はナニカちゃんに嫉妬(?)しちゃってるかもしれないなぁ…
さて、気持ちを切り替えて

――「あっくんが買い物に出掛けたので……これより機密実験を開始します」

パソコンを弄くるとナニカちゃんの首輪に付いた小型の機械から私の声が響く。
私があの首輪を手に入れ解析した時に付けた666の秘密機能の一つだ。

――「えー、今回の実験の実況や解説を担当する調ちゃんでーす!
そしてそして今回の実験の主役であるナニカちゃーん…やっほー!!」

「きゅるるる?」

いえー、どんどんパフパフー…ナニカちゃんが現状に困惑してるけど気にしないで進めるわ。
あっくんがなんだかんだ文句を言いながら、首輪をナニカちゃんに着けてくれてるみたいで手間が省けてるし。

――「この度はあっくん私生活隠し撮りカメラとこの予備作動スイッチを使って、エフェクターの干渉性実験をしようと思います!」

「きゅう?……くぅーん」

ナニカちゃんが鳴きながら首を傾げている。
そういえばナニカちゃんの知能っていかほどなのかしら…

――「今の説明だと分かりづらかったかな?
えー、つまりはナニカちゃんは現在どれぐらいの変身が可能かを調べるの……分かったかい?」

「わぅー………わん!」

うっすらとだが分かってくれた……気がするので早速スイッチをオーン!!

267とあるナニカ:2013/04/21(日) 11:06:58 ID:x2mUm/FQ

―――おや、ナニカのry

ピカピカと輝きだしたナニカちゃんのシルエットがだんだんと人型へと変わっていく。
光りが収まり現れた姿は男の子のようだ。

〈記述〉
特出した外見は茶色の尾や獣の耳が揺れている事ぐらいだ。
前回の例も踏まえて推測すると、不定である姿には性別の縛りはないが完全なる変化は難しいようだ。

「わー、見て見て…また契約者と一緒の形!」

うん、知性や声帯の方も問題なく稼働しているみたいだ。
そして実験には関係ないが男の子も男の子でなかなか…良いわね!
良すぎて思わず画面に向けて親指を立ていた。

「調ちゃん、なんでハァハァ言ってるの?」
――「気にしないでいいよー…分からない方が人生幸せなこともあるのだから」
「そっか、分からないけど分かった!」

ピョコピョコ世話しなく跳ねているナニカ君(仮)
ダボダボなセーターの袖が揺れ、見てて飽きない可愛さだ。

〈記述〉
後程気付いたが身に付けている衣服はどこから現れたのだろうか?
もしや、皮膚や毛並みが服の形状に姿を変えたのか…それとも何らかの力が及んだとか?

(流石に全裸はいかんだろ全裸は…byと)

――「なんだ、このメモ?…ゴミゴミっと」

空から降ってきたメモをゴミ箱に捨てて私は再び実験を再開する。

――「うーん…しっかし私は虎になるように念じてスイッチを押したんだけどなぁ?」

<記述>
やはり契約者本人である小門 安月(略称あっくん)ではないのが原因か¨エフェクター¨は上手く作動してくれない。

私が首を傾げながら唸っていると、ナニカ君(仮)が不安げな顔をしてカメラを見詰めていた。

「調ちゃん…ボク、駄目だった…?」

カメラをあっくんにバレないように戸棚の上に隠していたせいで、ナニカちゃんの視線は心なしか上目遣いになっている。

―勿論、こうかはばつぐんだ!―

――「うっ、駄目じゃないから…そんな潤んだ瞳で私を見ないでね」

いかん、このままじゃ私は真理どころか変な扉を開きかねないぞ。
理性が保たれてる内にスイッチを再びオーン!!

268とあるナニカ:2013/04/21(日) 11:08:35 ID:x2mUm/FQ
――おや、ナry

再び光が瞬き、シルエットが今度は心なしか大きくなっている。

〈記述〉
体格や体の凹凸からみて女性体であろう。
それにしても質量の保存法則はどうなっているのだろうか。
現場に立って詳しく測量調査が出来ないのが悔やまれる。

「むぅ、体が重たいよ…調ちゃん」
――「いやはや圧巻たるセクスィーボディ、見てるこっちが哀しくなるほどの大迫力の胸だね…」

今回は口裂け女を念じていたのだが、口裂けてないお姉さんが現れてしまった。
しかも、私のデモンズウォールを遥かに超える胸や抜群のプロポーション……ナニカちゃん恐ろしい子っ!!

「跳ねにくくて、ナニカはこの体嫌だー」

不機嫌そうな顔でナニカさん(仮)が跳ねると連動して胸部の脂肪も揺れ動く
仮に効果音を付けるとしたらバインバインが相応しい光景だ

「ブフッ、その姿でジャンプしたら色々と駄目だよナニカちゃんっ!?」

私の鼻から研究心が溢れでて出血大サービスで大変危険なので次に移ろう
先程から人型ばかり…この際あえて人間になるように念じてみようかな。

何が出でるかな……スイッチオーンッ

――おry

私はお決まりの発光が始まると思い目を閉じていたのだが、逆にモニターの映像は真っ黒な闇を映し出した。

「ん…バッテリー切れかしら…?」

目を開けて機器の確認をしてみたが異常な事は何もない。
私が不思議に思いながら「ナニカちゃん?」とマイクで問い掛けると

「tk、調、r、ちゃん、r」

グニャリど画面の闇が蠢き言葉を発した。
モニターが映らなくなったのでは無かった
寧ろ逆に、モニター目一杯にナニカちゃんが映っていたのだ。

――「何これ……あぁ、画面にヒビが!?」

急激な吐き気と恐怖に私の意識が揺さぶられる、あんな生き物私は知らな――――――

269とあるナニカ:2013/04/21(日) 11:09:57 ID:Ah.kRQVQ
~~~~~~~~~~~~~~

今日は血気盛んなオバサン達に負けずに特売品を多く買えた。
ナニカの食費もあるから特売品を手に入れることは俺にとってかなり重要なのだ。

「留守番してるナニカの為にフルーツの詰め合わせを奮発して買ったが…ナニカ喜ぶかなー……っ!?」

ルンルン気分な俺の目に映るのは、黒い触手のような物があちこちから突き出た我が家

「いやいやいや…意味が分からなすぎるぞっ!?」

俺が慌てて家に入ると出迎えてくれたのは首輪が付けた謎の触手軍団

「契約、r、者ー、リ、t、ンゴー、k」
「く、来るなぁーっ!?」

それから、どつき回されながらリビングで暴走しているナニカを抑えたのは三十分後の話だ。

「全く、死ぬかと思ったぞ…はぁはぁ」
「キューゥ…」

~~~~~~~~~~~~~~~

その後の話だがグッドタイミングに帰宅したあっくんが、暴れるナニカちゃんを鎮めて元に戻してくれたらしい。
今は隠し撮りカメラには「後で、説教しに行くからな」とあっくんが赤字で書いた紙しか映っていない。

「何よ…失敗は成功のもとって言うし、成功には多少の犠牲は付き物じゃない」

だが、残念ながらあっくん…私の辞書に

「次こそは調整して上手くやって見せるんだから!」

反省という言葉は無いっ!


(たまに)

270超能力猫は混じりあった夢を見るか? ◆ghIawkBxgQ:2013/05/15(水) 17:12:34 ID:c3nowY0M
【俺の妹がこんなに予知する訳がない】

誰に言うわけでもないないですが、私の名前は牧場乃 件 しがない普通の女子高生です。
あぁ、懐かしき中学生時代は牛ちゃんと呼ばれ、皆に親しまれていたものなのですよ。
今思うとバカにされてたのかもしれませんが……胸もあまりなかったですし。
ゴホン…そんな私は現在、焼肉屋[黒焼]で元気に働いております。

「んー我ながらノット牛離れですね。
あ、ご来店ありがとーございましたぁー」

「Σρфжшрьдшрッ!」

今の何語でしょうか…今の人、肌がなんか緑色だったし…?
えーと、この店には基本的に黒服か変な客しか来ないのです。
噂では物好きな上位の黒服がオーナーだそうで仕方がないと言えば仕方がないのですが。
もう、見張り兼客引きのあの人は何をしているんだか……
一応は一般人も入れる店なのですよー……一応だけど。

「牧場乃さんレジお願ーい」
「了解です、チーフ」

それ以前に、あのヘンテコな被り物で目薬さんは周りが見えているのか疑わしいぐらいですよ。
あんな、謎の被り物姿で警察に通報されないのも組織ってスゲェ!!…な一面なのでしょうかねぇ……

271超能力猫は混じりあった夢を見るか? ◆ghIawkBxgQ:2013/05/15(水) 17:14:41 ID:c3nowY0M

―カランカラン―

おや、ボケーっとしてる間に新しいお客様がいらっしゃった様ですね。

「いらっしゃーせー」
「あのぅ、トイレ借りられますか?」
「えーと、その突き当たりを右ですよー」
「有難う御座います……あいたたたた」

そそくさと礼をしてトイレに向かう青年サラリーマン。
こんな言動だけなら普通なサラリーマンなのですが、良く見れば靴は無く足にあるのは片靴下のみ、更には背広にざっくりと付いた刀傷
一体全体どんなハードでクレイジーな業務をしたらそうなるんですかね?

―カランカラン―

「いらっしゃー……せ?」

「焼き肉ですにゃあ」
「焼き肉やで~」
「…わふ」

わーお、お次は喋る猫に巨大犬ですか…遂に人ですらないですよ店長。
いつから[黒焼]はペット可のお洒落な焼肉屋にリニューアルしたのですか。

「すみません、連れが騒がしくて」

ふむ、付き添い眼鏡の黒服さんは真面目そうで助かります。
それに食べたら美味しそうな体をしていますね……じゅる

「では、この奥の座敷にどうぞー」
「っ!?…………は、はい」
「黒井はーん、早く来てくださいなー」

おっと…いけない、いけない思わずお胸を凝視して笑っていたら怖がらせてしまいました。

それにしたって身内だとしても限度ってものがあるでしょうに…
目薬さんの甘いというか突飛なマスクの下には、仲間に激甘なプリン脳が広がっているんだろうか。

272超能力猫は混じりあった夢を見るか? ◆ghIawkBxgQ:2013/05/15(水) 17:18:00 ID:c3nowY0M

おや……何だか急に寒気が…?

―ピキーン―

――「くぅぅぅぅーだぁぁぁーんぅぅっ!!」

聞き覚えのある叫び声と共に、豪快に自動ドアを突き破って現れる人影。
そしてその人影は勢いを殺さず、そのまま私の方へ突っ込んできた。

――「な、兄さっ、のわ!?」
――「いやー…触れて良し、見て良し、味も良し!
流石俺のこころのオアシス!!」

もしかして、というかやっぱり兄さんだ。
気持ち悪いぐらいベタベタと触って来る辺りとか確実に兄さんだ……イラッ

――「私に触るな、舐めるな、近寄るなぁーっ!!」

―ピキーン―

「大体三分後ですかね……はぁ」

ニュータイプもビックリな私の予知能力により。
変態…もといシスコン兄さんが、ルパンダイブで私にピーでピーな事をしでかしちゃってくれる映像が頭に流れ込む。
うーん……あの細身の体格のどこにミノタウロス級のパワーがあるんだか。

「全く……見張りは本当に何をしているんですかねぇぇっ!」
「くぅぅぅぅーだぁぁ、ぶべらはっ」

店の入り口に向かって拳を思い切り突き出すと、扉をぶち破って現れた兄さんの腹が見事に抉れる。
しかし、兄さんの耐久力はゴキブリ並なので私は颯爽と店から飛び出します。
え……職務放棄?貞操の方が大事に決まってやがりますよ。

「く、くだ…ふひ、お、兄ちゃんだ…ぞ…くふ」

遠目に店へ振り返るとやけに恍惚とした表情でフラりと立ち上がる兄さんが見えました。
やだ、我が兄ながらあの強靭さ…気持ち悪い。
そんな危機的状況を打開する為にも、私は走りながら使えない節穴へ電話を掛けました。

273超能力猫は混じりあった夢を見るか? ◆ghIawkBxgQ:2013/05/15(水) 17:20:15 ID:c3nowY0M

「もしもし目薬さん、貴方は何をやってるんですかっ!!」
「あぁ、件さん丁度良い時に…実は迷子に会ったのですが、泣くばかりで話が聞けず困っていまして…」

良い人なのは知ってましたが、思ってた以上にめっさ良い事してましたよ。
何だかなぁ……微妙に怒りにくいじゃあないですか、もう。

「あのぅ、件さん息が荒く思えるのですが?」
「貴方が迷子を構ってる間に変態兄さんが店に襲来したんですよ。
と・に・か・く!!、迷子の方は私が何とかしますから駅前で合流してください、以上」
「え、ちょっ、待ってくだ」

――ブツン

無理矢理に電話を切るや私は駅へ向かって駆け出します。
私に関わる事に対しては、異常なまでの行動力を兄さんは発揮しますし…

はてさて…勢いに任せて言ったものの迷子なんてどうしたもんですかねー?

(続く)

274進撃MADで巨人美少女属性が芽吹きそうな人達:2013/05/25(土) 09:28:50 ID:gLKr5Gq.
花「これでよしッ」

新品の6ロール入りのトイレットペーパーの袋に二ヶ所穴を開け、
芯が水平になるように腰に付けた花子様のはいつになくwktkしながら、学校の屋上に立っていた。

駄「いきなりはさすがに無理じゃないですか?」

花「アニメも見たし単行本も読んだ(2巻)から平気よ!!」

そう意気込むと腰のトイレットペーパーを勢い良く伸ばし、立体機動に移った。
細い身体は物凄い速さでぶっ飛んでいく。
幸い、いきなり自爆とかはなく、むしろ自由自在に動き回るあたりは流石だ。
一人でOPのサビ部分みたいになっている。

花「ヤバい!!これ楽しすぎるわ!!八尺様とかと戦うことがあったら、これでうなじにどつくしかない!」

しかし意気揚々と素晴らしい立体機動を魅せるもつかの間
立体機動に夢中でトイレから離れ過ぎたために力を失い、トイレットペーパーをコントロールできずに落下してしまうのだった。


一方その頃
同人誌作成中の機関のメイド
「リヴァイ兵長の逆カプ・・・!これはリバい!!」

おわり

275せめて 夏休みらしく:2013/08/17(土) 03:23:53 ID:3CehCHXA
八尺様の外見的特徴に麦わら帽子が含まれる前の、ある夏のできごと

夏休みに突入して、いつにも増して外遊びに熱が入る少年。
その最中に出会った女性はやたらと大きかったが、恐怖は感じなかった。
何度も会うようになり、仲良くなった。
といっても、彼女は言葉が達者ではなく、少年が捕まえた虫や魚の話を聞いたりしては、ぽ、ぽ、と相づちを打ち、笑顔を見せたりするくらいか。たまに少年を肩車してセミを取りにいったりもした。

だが、そんな関係もついには終わりを迎えた。
彼女と少年の談笑に乱入し、無理矢理に少年を引き剥がしていった。
その騒ぎで少年の麦わら帽子が落ちた。
彼女はそれを返そうと少年の家を訪ねても会えず、ついに少年はどこかにいってしまった。

彼女の時間はその夏で止まってしまった。
何回夏が巡ろうとも、少年の有名大進学も、出世も、結婚も、父親になったことも、あの夏を覚えてるかも知らず、少年の再来を、麦わら帽子を返す機会を待っている。

並外れた体躯に白いワンピースをまとい、夏の日差しに黒髪を輝かせ、麦わら帽子をかぶりながら。

276とある人:2013/09/18(水) 01:24:53 ID:ucuGs38Q
【~直立二足歩行動物園~】

血生臭い研究室から久々に地上に出た私は、煤のついたお気に入りの白衣をはためかせながらのんびり歩いていた。

頬を撫でる涼しい風、晴れ渡る空、囀ずる小鳥達、今日は絶好の散歩日和だ。
全くもって関係はないが途中で買った缶コーヒーも美味しいし。

「お仕事ですよ、動物園さん」

「……………はぁ」

やっぱり訂正、今日は厄日だ。
草むらから苛立たしい黒服君が顔を出したからには、厄日確定だ。

「そんな物凄く不機嫌な顔になってないで、ちょっと聞いてくださいよ」

今日も今日とて現れたこの青年は、私の友人とその都市伝説の存在を組織に告げないと言う約束の下に手を貸してあげている黒服だ。

「相も変わらず調ちゃんとか、掛相博士とかって呼べないのかなぁ…黒服君?」

「いやぁ、動物園さんの方可愛げがあっていいじゃないですかー」

張り付けたような笑顔と棒読み…本当にそう思ってるかも疑わしいのよね。

「とにかく仕事ですよ、仕事」

「……………………………」

面倒くさいので私は無視して歩き出す。
聞きたくもないし、さっさとお帰りいただきたい。

「聞いてますかー、英語で言うとワークですよー、ワクワクしますでしょー」

ウザい……ただウザいの一言に尽きる。

……台所の油汚れより頑固な彼の対処法は別段無いようで、仕方がないので歩きながら全容を聞くことにした。

「はいはい、分かったから…で、相手は?」

ペラペラとお手製ビンゴノートをめくる黒服君。
これで普通な口裂け女とかなら直ぐ様帰ろう。

「今回の目標は人面犬の集団です」
「全力で潰すよ!!」
「いきなり殺る気満々ですね」

黒服君がちょっと引いてるけど気にしないわ。
顔が人間で体が動物なんて神が認めようと私が認めはしないの。

277とある人:2013/09/18(水) 01:27:49 ID:ucuGs38Q

「で、何処に居るのかしらその犬共は?」
「えー……そろそろ追いかけてくるかと」

キョロキョロと辺りを見渡す黒服君
よく見ると彼は所々傷だらけだ。
くたびれた制服が破れた制服にランクアップされていていたたまれない。

「追いかけてって……追われてるの?」
「あはは、事前調査中に奇襲を受けてしまいまry」

笑いながら話していた黒服君が急に宙を舞った。
無論イラついた私が無意識に蹴り飛ばした可能性も否めないが、目撃したまんまに考えると、黒服君へ何かが突っ込んできたと判断するべきだろう。

「へへへ……お嬢さん、組織の契約者か」

ぶつかった何かが蠢いて此方を見ている。
顔はオッサン、体は犬…人面犬以外の何者ではないだろう。

「そうよ、イヌモドキ…ほねっこでも食べる?」

とりあえずは人面犬に付いてた血の量から察するに黒服君は大丈夫だろう。
あの手の奴はそうそう死なないのが相場と言うものであろうし。

「ほっといてくれよ、生憎ペディグリーチャムが好きでな」
「人肉でもいいぜ…柔らかい胸の脂肪とかなぁ」
「アンタのは絶壁みてーだがよ、ヌヘヘ」

そうこうしてる間にゲスいワンちゃん大集合、101匹は流石に居ないが20匹でも圧巻のブサ顔集団だ。
それから最後の絶壁言った奴は…気に入った、殺すのは最期にしてやる。

「さて、さようならだお嬢さん」

一斉に飛び掛かってくるオッサン犬等……来んなオヤジ臭い。

「…みんなーご飯だよー」

私は手を鳴らして皆を呼ぶ、皆とは私の可愛い可愛いペット達の事だ
あと、あの発言した奴は最後にしてやると言ったな……あれは嘘だ。

「ぎゃぁぁぁっ!!」
「どうしたポチ!?…なんじゃこりゃぁぁっ!」

人面犬のリーダー格が振り向いた先に見えたのは、道や屋根づたいに次々と獣人が現れ各々が人面犬に襲い掛かかっている景色だ。

「ベエェェェッ!!」

うん、今日も山羊くんの斧は切れ味抜群ね。
一刀両断にぶった切ってご機嫌な山羊くんは高らかに雄叫びを上げていた。

「気、気持ち悪いぞコイツら」
「グルルルルッ」

人面犬をドックマンが空中へ投げ飛ばし、器用に喉笛に喰らい付く。
血飛沫と共に悲鳴をあげながら人面犬の体が、光になって空中に散ってゆく。
うんうん、人面犬より顔が犬のこの子の方が百倍可愛いわ。
特に犬君は敵を仕留めると嬉しそうに尾をブンブン振ってキュートなのよねー。

「なんなんだ手前、ドックマンにゴートマン、果てはピッグマンまで
まさか、多重契約者か!?」

最後のオッサンが豚くんと蜥蜴くんになぶられながら問い掛けてきたので、せっかくだから答えてあげるとしよう。

「私はね"遺伝子組み合わせ陰謀説"と契約してるの」
「な、そんなの滅茶苦「ゲコォ」

はいはいオシマイっと……カエルくんの丸呑みはいつ見ても鮮やかだなぁ。
さて、黒服君を路傍に捨て……寄せておいてと…

あっくんの家にでも遊びに行くかな―。

〈了〉

278とある人:2013/11/22(金) 14:38:28 ID:6b8nd91A
【蒸気機関は狢型】

それは凍えるような寒い冬の夜の事です。
カンカンと音をたてながら閉じていく踏切を横目に、とある少女はかじかむ手を摩っていました。

「はぁ、今日は冷え込むな…」

少女は白い吐息を漏らしながら電車が通りすぎるのを待ちました。
深夜だからか少女の周りには人の気配がありません。

「………」

電車が通りすぎた事で少女の眼には向かい側の景色が映ります。
電車が通りすぎる前となんら変わりのない景色、ただ一つ違う点を挙げるとすれば女性が居るという事だけです。
決め細やかな白い肌、綺麗に整えられた長い黒髪、すらっとした細い身体。
ここまで聞いていると一般的な反応としては美女を想像するでしょう。
しかし、その女性には圧倒的に欠けているものがありました。
腰、膝、脚…下半身と呼べる部位がまるまる無くなっているのです。

「ねぇ、私に足を頂戴?」

そう呟くと女性は器用に手のひらを地面につけて足代わりにし、少女の方へ近づきます。

「私ね、電車に轢かれてこんな姿になったの……痛くて、動けなくて、でも死ねなくて。
誰も助けてくれなかった、目があっても奴等は…助からない、気味が悪いと何もせずに眺めるだけだった」

悲しみの思いから女性の眼からは涙が溢れ、女性の顔は怨恨で歪みました。
そんな彼女が少女まで後、数歩。
正しく言うならば数手の距離にまでたどり着いた所で、少女の口が開かれます。

「…では、可哀想だとでも言えば、同情をすれば、私を見逃して頂けるんですか?」

少女は目の前の怪異に臆せず、小首を傾げながら言葉を紡ぎました。
それに対し女性は冷たく返答をします。

「そんな言葉は要らない……私は私を見捨てた奴等に復讐するの、だから見逃すことについては貴女から脚を奪い終えたら考えてあげるわ」

「私の身体と同じにしてあげる」…と言いながら近づく女性の背には、いつの間にか巨大な刃物が鈍く光っていました。

「そうですか……では和解は不可能と認識させていただきます」

少女は冷たい空気を思いきり吸い込むと、ポケットから何かを取りだし息を吹き込みました。

ピピ――――ッ!!

甲高い笛の音が夜の町に響くと共に線路の遠方に何かが現れました。

279とある人:2013/11/22(金) 14:40:23 ID:6b8nd91A

「ガッ!!……さっきのが終電の筈なのに何でアレが」

黒煙を豪々と立てながら鉄の塊が猛スピードで怪異を前方へ轢き飛ばします。

「よく見て見れば分かります…彼は電車なんて柔な物ではありません」

黒煙が風に流されるとソレが姿を現しました。

「何でそんなのがこの時代に……わ、私には果たさなければならない怨みがまだあるのよ!!」

線路にそって高速で走り出す女に対して、少女はその乗り物に乗り込んで普通であれば石炭を供給する炉に手を伸ばしていました。

「さぁ、走りなさい"偽汽車"…私の心を燃やしつくして」

少女の手にほんのりと火が付き、そしてみるみるうちに膨れ上がった火が荒々しい炎となり炉を満たしていきます。
それに呼応するかの如く鉄の怪異は暗雲を煙突から吐き出して加速していきました。

「嫌だ、嫌だよ……また死にきれないのは、助からないのは」

速さゆえの慢心か初撃による満身創痍からか、女は弱点である急激に曲がることをせず直進による逃走を続けました。
しかし、異常な早さで回り出した車輪は早々と半分の肉体に迫っていき、女は走馬灯のように自分が轢かれた事を思い出し怯えながらも必死に走っていました。

「大丈夫です、討伐対象である貴女は私が責任を持って挽き潰しますので」
「あっ…」

炉の炎が橙色から青色に変わり、一層速さを増した汽車が無惨に女を磨り潰していき。
そして肉片が凍りつく前に光の粒子となりまるで粉雪のように消えていきました。

「こちらーーーーーです…対象"テケテケ"の四散を確認、直ぐに帰還します」

その様を視認しどこかへと連絡を終えた少女は車掌席に背中を預け再び笛を鳴らすと、偽汽車は輪郭を歪ませながら夜霧に溶けるように消えていくのでした。

まるで"居なかった"様に跡形もなく。

<終>

280とある人(単発):2013/12/29(日) 23:21:38 ID:gsrwyGfs
【黒服の沙汰も金次第】

ふむ、黒い奴に追いかけられて消されそうです。
所謂、ピンチって奴ですぜ旦那。

「ふわふわ逃げても無駄だ!!てめぇを助ける輩なんか居ねぇんだよ」

かれこれ、二時間も逃げてるんですが全くねちっこい奴ですなぁ。
さて、本当に誰かお助けしてくれませんかねー…英語的に言うならへるぷみー、とある村的にはタスケテ、ヒトガシンダってなもんです。

「何をごちゃごちゃ舞ってやがる、さっさと投降しやがれ金蔓が!!」

バシュン、バシュンと光線銃から火花が飛び散ります。
ひえー、威嚇射撃すら無しで かそう すか。
あー、もう文字が吹き飛んだじゃないですか。
一応、二文字分でも痛いんですよ、肉体的にも金銭的な面でも !!

「知るかよンナこった、手前に逃げられたら我が部署の予算はどうしてくれんだ!!」

あ、申し遅れましたが私は『金粉を身体中に塗ると窒息死する』です。
契約者や実体系伝説なんかじゃなく
、なんでか意思を持った不定形スーパー黄金都市伝説ちゃんなのです!
話せば長いながら、現状を短く纏めれば組織が保有していた秘密の金塊である私が「あー、金庫生活飽きたなー」と思い立ったのが事から始まったのであります。
そして、練りに練った警備の裏をかいた鮮やかなな手口で……

「取り敢えず……手前はさっきから空中に金粉撒き散らして何がしたいんだーっ!!」

いやー、こうしてたら物好きな契約者さんが捕まんないかなーと思いまして。
今の能力限界では黒服さん撒けないですし、殺るにしても全裸にしてから包まなくてはいけなくて…その、破廉恥じゃないですか!

「ほぉ、資金風情が舐めてやがるな!舐めまくってやがるな!!……ったく、なんで年末に金に遊ばれなきゃならんのだ」

バシュン、バシュン、バシュン、バシュン…いつもより多く撃ち損じております。

「うっせぇな、外してやってんだよ!!」

荒れ狂う会計黒服から逃げ惑う私の明日はどっちです?

次回【蹴散らせ黒き悪、輝け必殺ゴールドラッシュ!!】です。

「勝手に続けんな!!!」

<終>

281猫ひろった:2014/02/22(土) 22:42:48 ID:I9UNk9dE

「たっだいまー!」
「おかえ……なにそれ」
「猫。ひろった」
「にゃー」

 でろーん

「……長いな」
「長いだろう」
「なぜ自慢げなんだ」
「にゃー」

 びろーん

「ダックスフントの親戚かな?」
「いやそれ犬だから。そいつ猫だから」
「猫と犬が親戚で何が悪い」
「にゃー」

 ぶらーん

「……いいかげん下ろしてあげたら」
「おお、それもそうだ。ごめんなのびーる」
「のびーる?」
「こいつの名前。やたらと伸びるからのびーる」
「また安直な……」
「にゃー」

 のびー

282猫ひろった:2014/02/22(土) 22:43:54 ID:I9UNk9dE

「よーしのびーる、ノミとかついてたらいけないから私が洗ってやろうなー」
「前使った猫用シャンプーの残り、洗面台の下に入ってるから」
「うむ了解。さあのびーる、たのしいお風呂の時間だぞー」
「にゃー?」

 ずりずり

「……シャンプー足りるかな」

 prrrrrrr……

「あ、黒服さん。今度は胴長猫です」
「よかった……今回は平和な都市伝説で本当によかった……」
「あー……タギュアタギュアラグーンの件は本当にお疲れさまでした」
「彼女が悪い訳じゃないんで仕方ないんですけどね……ではいつものように明日の早朝でいいですか?」
「はい、お願いします」

 ピッ

「さて、あいつの様子は……」

 ぎにゃー!
 わー!あばれるなのびーる!
 にゃー!うにゃー!
 ぎゃー!目が!目がぁ!

「……うん、平和」

283猫ひろった:2014/02/22(土) 22:44:50 ID:I9UNk9dE

    ・
    ・
    ・


「た、ただいま……」
「ずいぶん楽しそうだったね」
「いやぁのびーるが暴れる暴れる。おかげでいい運動になったよ……」
「ふー!」

 しぱたん!しぱたん!

「違うんだよのびーる。これはお前のためなんだよー」
「まぁごはん食べれば機嫌直すでしょ。お皿用意しといて」
「ふしゃー!」
「うう、のびーるに嫌われた……」
「君は嫌われないから大丈夫。ほら、ごはん運ぶの手伝って」

ふすん!ふすん!

「だってのびーる怒ってるよ……すっごい怒ってるよ……」
「怒ってるかもだけれど嫌われてはいないって。それ持ってったら次のびーるのご飯もね」

ふすー!

284猫ひろった:2014/02/22(土) 22:45:26 ID:I9UNk9dE

    ・
    ・
    ・


ホォーウ……ホォーウ……ヒョーヒョー……

「結局のびーるは仲良くあの子とお休みなさい、か。動物に好かれる体質って便利だよなぁ」

カリカリ……カリカリ……

「……ん、のびーる?」

するり

「どうした?トイレも水も向こうにあ……」
「フーッ!」

しぱたん!しぱたん!

「え、っと。な、なんで怒ってるのかな、のびーるさん……?」
「フシャー!」

ガリッ!

「痛ったい!なに?俺なんかした!?」
「おい、私ののびーるになにをしてる!」
「い、いや、なにもした覚えはないんだけど……」
「のびーるが嫌がることでもしたんじゃないのか?ほらのびーる、一緒に部屋に戻ろうなー」
「にゃあ」

すりすり

「……ああ、シャンプーのイライラが今さら俺に向けられたわけね。……理不尽だ」

285猫ひろった:2014/02/22(土) 22:46:58 ID:I9UNk9dE

    ・
    ・
    ・

チュン……チュン……ペーチュンチュン

「ではあの、そろそろこの子を引き取らせていただきたいのですが……」
「ぐすっ……のびーる、いっちゃうのか……?」
「ほら早く離してあげて。体の前半分が車の中で後ろ半分が窓の外とか、シュール通り越して不気味だから」
「にゃー」
「うぅぅぅ……のびーるのこと、絶対幸せにしろよ!約束だぞ!」
「ええ、絶対に。約束します。では、私たちはこれで。また何かあれば連絡をお願いします」

キュィィィ……ヒュウンッ

「飛ぶんだ……まぁ確かにあの車の長さじゃ道路走れないか。……さて」
「うっ、ぐすっ……。のびーる……元気っ、でっ……えぐっ」
「……コーヒーでも淹れようか」
「紅茶がいい……」
「ああ、高い方の茶葉使ってやるよ」

キィ……パタン



【終】

286代理投下不要:2014/03/30(日) 00:57:06 ID:xfCy/pyo
「先輩」
「んー?」
「紫鏡」
「……」
「…………」
「………………」
「何も起こりませんね」
「あたりまえだ。俺もう二十歳過ぎてんだぞ」
「知ってます」
「て言うか、なんて事言うんだ。俺今日誕生日だぞ」
「知ってます。ケーキも買ってあります」
「マジか」
「マジです」

「先輩は、最近どうですか」
「どうって、何が」
「仕事とか、色々です」
「…………」
「先輩?」
「今日、バイトをクビになったとこだよ」
「またですか」
「運が悪いからな。俺と関係ないミスまで俺のせいになってるし」
「大変ですね……」
「組織の任務でも請け負うかなぁ」
「……専業主夫とかでも、良いと思いますよ?」
「主夫かぁ、金持ちの美人さんをナンパするとこから始めないとな」
「……」
「なんか目が怖いぞ?」
「…………」
「冗談だぞ?」
「………………」
「おーい?」
「先輩」
「おう?」
「今日のケーキ、先輩の分は無いです」
「俺の誕生日なのに!?」
「先輩が悪いんですよ」
「ごめんなさい」
「よろしい」

「家に着きましたけど、鍵持ってます?」
「どんな質問だ」
「無くしてないかなと」
「大丈夫だ。普段から持ち歩いてない」
「まあ、私が開けたらいいんですけど」
「そうしてくれ」
「開きました」
「ありがとな。ただいま、メリー」
「ただいま、こっくりさん」

月見里 賢吾、二十三歳、なんでもない、平和な誕生日の話。

287とある女子高生とナチュラルホモ共の高校生活日記  ◆nBXmJajMvU:2015/04/17(金) 16:27:11 ID:QvFEcWBg
 彼女は、己の容姿に絶対の自信を持っていた
 自分のような美少女を前にして、堕ちない男等存在しない、と本気で考えていた
 事実、彼女の周囲から、男性の影が絶える事はなかった
 いつだって、クラスの男子達の視線は自分に釘付け。男性教員だって、その例外ではなかった
 だから、高校生になってからも。クラスどころか学年中の男子が、常に自分に釘付けになって、自分を巡って争うという愉快なことをシてくれるんだろうな、と
 今までそうして生活してきたがゆえに、高校は地元ではなく少し遠い場所を選ぶことになったが、それでも、今までのような生活に変わりはない
 ………彼女は、心からそう信じて疑っていなかった

 の、だが

「いい加減にしろ、このナチュラルホモ共ぉ!!」

 華やかになるはずだった、彼女の高校生活は
 今現在、主に突っ込みに回る側として、消費されていっていた


「……はて、ナチュラルホモ、とはなんでしょうか」

 彼女の言葉に、クラスメイトの少年の一人が首を傾げた
 ここは、校舎の屋上。そして、今は昼休み
 大体皆、昼食を食べ終えてのんびりとする時間帯である
 今、屋上にいるメンバーは、皆で一緒に昼食を食べ、その後こうしてのんびりとしているのだが
 メンバーの男女比が偏っているのはいいとしよう
 これくらいの年頃は、同性同士で固まっている場合の方が多いのだから
 しかし、しかし、だ
 だとしても、この光景は突っ込みたい
 彼女は心からそう考えた故に、彼女は盛大に突っ込みの言葉を吐き出したのだ

 まずは、首を傾げた少年。仮にRとしよう
 成績優秀、今時珍しいくらいの真面目な性格。何でも、この街でも古い家柄の生まれだとか、彼女はそう聞いていた
 そんな男性ならば、ぜひとも堕として侍らせたい、と思っていた、の、だが

「まずはあんた達がそうよ。男が男に膝枕とか、なにそれ寒い」

 そうなのである
 Rは、今、膝枕をしてやっている………クラスメイトの、別の少年に

「えー、いいじゃん別に。これくらい。なー、龍哉」

 彼女の突っ込みの言葉を物ともせずに。少年に膝枕されていたもう一人が、楽しげに笑った、仮にNとしよう
 こちらは、成績は中の中。運動神経も並。発言にお調子者成分多め、と賑やかし成分が多めの少年だ
 Rとはタイプ的に正反対だが、この二人、仲がいい。なんでも幼馴染らしい
 まぁ、幼馴染なのはいいのだ。幼馴染同士で仲がいい、と言うのもよくある事だからいいのだ。そう言う二人が、一人の女性を取り合って仲違いする、とか見て楽しいし

 しかし………しかし、だ
 いくら仲がいいからって、男同士で膝枕はないだろう
 しかも、ごくごく自然にやっているからタチが悪い
 お昼を食べ終わった後、正座していたRの膝の上にNはごくごく自然な流れで頭をおいて横たわり。Rはそれをさせたいがままにしていた
 この、このナチュラルホモ共め!
 彼女から見て気に食わないのは、このRとN、どちらも彼女に対して特に恋愛的な視線を向けてきていない事だ
 単なるクラスメイトの一人、としか見ていない
 Nの方は「美人だよな」とは言ってくるがあくまでもそれだけで、恋愛方面やら何やら、そういうのはさっぱりだった
 おかしい、おかしいのだ
 今まで、男性からそんな視線を向けられなかった事、一切なかったのに
 これも、こいつらがナチュラルホモってるせいだ。彼女はそう信じて疑わない

「そうですね。特に、問題はないと思われますが」
「さっきも言ったけど、男同士で膝枕は!周りから見ていて問題しか無い!!ってか、男の膝枕って硬くない!?」
「この程よい硬さがいいんだよ。慣れ親しんでるし」
「慣れ親しむ程やってんの!?」

 駄目だこいつら、やっぱりナチュラルホモだ!
 彼女は心の中で追撃の突っ込みである
 自覚ないってのは、本当、タチが悪い

「まぁ、二人は仲いいからな。昔からこうだったぞ」

 と、そんな言葉をかけてきた、三人目の少年
 彼もまた、クラスメイトである。仮にHとしよう
 サラサラとした綺麗な金髪に透けるような白い肌。体格はなかなかがっしりとしているが、それでも美少年の範疇に入れて問題ない。何でも、ハーフらしい
 当然、彼女としては、そんな女子の注目集めまくりのこの少年のハートを、ぜひとも射止めたかったのだ、が

「あんたらもよあんたらも!!このナチュラルホモパート2!!その体勢は何っ!?」

 悲しいかな、Hもまた、ナチュラルホモの片割れである
 こちらは今、何をやっているか、と言うと
 ……もう一人、四人目の少年を、背後から抱きしめるような体勢で座っている

288とある女子高生とナチュラルホモ共の高校生活日記  ◆nBXmJajMvU:2015/04/17(金) 16:31:32 ID:QvFEcWBg
「え?いや、こいつが読んでる本、俺も読みたいから。一緒に読んでた………あ、今のページ、俺読み終わったぞ」
「だとしてもその体勢はナチュラルホモと呼ばざるをえない!!そして憐も言われるがままにページめくらないっ!!」

 盛大な突っ込みをHはスルーし、そして、Hに背後から抱きしめられている少年……先ほど名前を呼びはしたが、一応Lとしようか
 やや癖毛気味の髪と若干タレ目気味の目の色はどちらも日本人の物ではない。彼もまた、ハーフなのだ。ここに集まっている面子の中では小柄な体格をしている
 ……小柄であるが故、やや大柄なHに背後から抱きしめられると、腕の中にすっぽりと収まってしまうのだ
 Lは、どちらかと言うとNに近い雰囲気のへらっ、とした笑顔で………でも、どこか困っているようなそんな表情で、口を開いた

「あー……やっぱこの体勢、おかしいんすねー」
「え?おかしくないだろ、普通だろ。憐とこの両親だって、よくこの体勢やってんじゃん」
「それは男女だから!夫婦だから!!男同士では!やらない!」
「……そっすよねー」

 彼女の言葉にHは反論したが、Lはだよなぁ、と納得の表情だ
 しかし、Hの腕から逃れようとはしない。単に逃れられないだけかもしれないが
 HとLも、大体いつもこう言う感じなのである
 主にHがLにべっとり、と言う感じで、Lはそれにちょっと困ったような表情をしながらも、おおっぴらには拒絶していない
 故に、Hは余計調子に乗ったようにLにべったり、と言う悪循環だ

 いつもへらへらとしていて何もかもが軽薄な印象を与えてくるLと、どこか兄貴分気質で周囲から頼られることが多いらしいH
 彼女としては、どっちも堕としてやろうと思っていたのに
 ……どちらも見事に、彼女に特別な感情等抱いてこない
 HもLも、恋愛には興味が無い、と言ってはいたが………この状況。少なくともHの方はLに何かしら、それっぽい感情を抱いているのでは、と疑ってしまわざるを得ない。たとえ、腐女子じゃなくとも

 R、N、H、Lの四人は、昔から仲の良いグループらしい
 今、この場には居ないが、正確には他にも数人、男女の双子等仲の良い相手がいる。親同士が仲がいいとかで、昔からよくつるんでいたらしい
 彼女になびいてこないのは、主にこの仲良しグループなのだ
 彼女の美貌と魅力を持ってして、今までそうして仲良しグリープもいくつも壊滅させてきたというのに、彼らは違う
 一切、彼女に恋愛的感情は抱かず、特別扱いなどせず
 ……それが、彼女にとってなんとも気に食わない
 故に、何が何でも、この男共を堕としてやる。この仲良しグループ壊滅させてやる!と躍起になっているののだが………現状、うまくいっていないが故の目の前のナチュラルホモ×2の光景である

「大体あんたら、いっつも男同士でつっくきすぎ!今の組み合わせだけじゃなくて、龍哉と遥もどっちかってとくっつき気味よね!?」
「まぁ、龍哉とは親父の代からの付き合いだし」
「遥様は、主様の息子さんですから。次を継ぐ者としてお仕えする事は、当たり前の事なのです」
「遥の発言は若干わかるけど、龍哉の発言は時代が違いすぎる感じでわからないしっ!?」
「龍哉は昔からこうだぜ。ま、家同士の付き合いが長いって事だ」

 俺達もな、とNが言うと、そうですね、とRはのほほんと笑って答えた
 えぇい、こいつら、こいつら………っ!!
 次の突っ込みの言葉を口にしようとした時、あぁ、とLが声を上げた

「そろそろ、休み時間終わるっすよー。教室、戻らないと」
「っと、もうそんな時間か。直斗もほら、龍哉の膝解放してやれ。龍哉も足しびれてくるだろ」
「正座は慣れているので、これくらいは平気ですが………教室に戻らねばなりませんね。直斗」
「ほいほいっと。次の授業なんだっけか。移動教室ではなかったよな」

 ようやくHはLを腕の中から解放し、Nも起き上がった
 目の前のナチュラルホモ状態がようやく終わった、と思いきや、RとNはともかくHはLの腰に手を回している
 もう一度いう。肩ではない、腰だ

「いい加減にしろ、このナチュラルホモ代表格ーーーーーっ!ギックリ」
「うごっふ!?」
「あぁっ!?は、はるっち、しっかり!?」

 ついつい、彼女がツッコミの勢いそのままにHに回し蹴りをかまし、それがクリーンヒットしたりもしたが
 それもこれも全て目の前のナチュラルホモ共が悪い、と、彼女はそう結論づけて特に反省はしなかった

289とある女子高生とナチュラルホモ共の高校生活日記  ◆nBXmJajMvU:2015/04/17(金) 16:34:41 ID:QvFEcWBg
「………ったく、もう。本当に。この学校の男共は……」

 ブツクサとつぶやきつつ、彼女は学校の廊下を一人で歩いていた
 放課後、少々用事があって、先ほどまで職員室に居たのだ。今は、教室にかばんを取りに戻っている最中である
 今日は部活動もまだ本格化していないせいか、校舎に残っている生徒は少ないようだ。辺りはしぃん、と静まり返っている

 あぁ、本当に、この学校の男共は見る目がない
 あのナチュラルホモ共以外にも、この学校には彼女になびかない男が多いのだ
 彼女としては、それがなんともつまらないし、イライラとする

「もーちょっと、積極的に色仕掛けとか色仕掛けとかするべきかしらね………」

 この年頃の男子はそういうのにも興味津々だし、きっと引っかかるはず
 この高校生活を突っ込みで埋めることなく、輝かしいものにする為に、彼女が今後のことを考えていた………、その時、だった

 とんとんっ、と後ろから、誰かに肩を叩かれた

「ん、なぁに?」

 振り返って、彼女は怪訝な表情を浮かべた
 そこにいたのは、野球帽にマスク、と言う出で立ちの男
 一体、何者だろうか。学生には見えない
 ………まさか、不審者?、と彼女が警戒の体勢をとったのと

「俺は与田惣だ」

 と、男がそう、名乗ったのは、ほぼ同時で
 そして更に同時、与田惣と名乗ったその男は、片手を振り上げた
 鎌を握った、手を

「…………え?」

 え?え??
 ………………………え?

 彼女は、混乱していた
 与田惣?
 名前、なのだろ、きっと
 それはいい。ただ、何故……鎌を、振り上げている?

 不審者なのだろう、きっと
 それも、とびきり質の悪い犯罪者に違いない
 それは理解できた、理解できた、けれど………

 体が、動かない
 恐怖に支配されて、体も、思考もフリーズする

「さかさまだ」

 与田惣が、続けてそう言ってきた
 意味がわからない
 ただ、唯一、唯一、理解できたことは

 きっと、自分はこのまま
 殺され


「うそだよ」


 不意に、誰かに腕を捕まれ、軽く引かれた
 とんっ、と背中に感じた誰かの体温に、はっ、と顔を上げる

「……直斗?」
「どうしたよ、こんなとこでぼーっとして」

 彼女の腕を引いてきたのは、Nだった
 どうした、と。不思議そうに彼女を見つめてくるその眼差しは、いつもの軽いお調子者の目

 その目に、意識を引き戻された
 慌てて、答える

「っふ、不審者!犯罪者がっ!!」
「へ?………ここに居んの、俺とお前だけだけど。え、何、俺犯罪者??」

 慌てた彼女の言葉に、Nはきょとんっ、とした表情になった
 何を、言っているのだ
 今、目の前、に……

290とある女子高生とナチュラルホモ共の高校生活日記  ◆nBXmJajMvU:2015/04/17(金) 16:35:46 ID:QvFEcWBg
「………え?」

 いない
 与田惣と名乗った、野球帽にマスクの不審な男は……そこには、いなかった
 つい先程まで、そこにいたはずなのに。影も形も存在しない
 まるで、幻のように消え失せてしまった

「どうした?まさか、歩きながら寝てたのか?」
「違う!そんな訳……ない……」

 そんなはずがない
 しかし、だとしたら、説明できない
 つい先ほどまで、目の前に居たはずの男が、突然消え失せるなんて、そんな事
 ………あるはずが、ないのに

「お前、こっちに引っ越してきたばっかで、疲れとか溜まってるんだろ。ほら、早く帰って休んだほうがいいんじゃないのか?お前いっつもハイテンションだから疲れやすいんだろ」
「ハイテンションなのは、主にあんた達ナチュラルホモのせいなんだけど!?」

 盛大にツッコミを入れると、Nは楽しげに、からかうように笑ってきた

 ……あぁ、そうだ
 きっと、さっきのは、夢だったのだ
 たちの悪い悪夢
 知らないうちに疲れがたまって、一瞬でも寝ていたのかもしれない
 まったく、自分としたことが、うかつだ、彼女はため息を付いた

「…じゃ、私、鞄とったら、帰るから。直斗は?」
「俺は荒神先生に用事あっから、もうちょい後で帰る。あ、最近また物騒だから、帰り道気をつけろよ」

 じゃあな、と手を振ってきたNに手を振り返し、彼女は教室に戻った
 恋愛的な目では見られていないにしろ、一応、気にかけてはくれるらしい
 その事実に、彼女はちょっとだけ、ほっとして

「……………」

 彼女を見送った、Nが
 与田惣が立っていた辺りを、普段とは全く違う表情で鋭く睨んでいた事に
 気づくことは、なかったのだった






to be … ?

291高校生活日記・非日常パート  ◆nBXmJajMvU:2015/04/21(火) 20:25:18 ID:CSPmUr4Y





 日常とは、常に非日常の犠牲の上に成り立っている




               Red Cape

292高校生活日記・非日常パート  ◆nBXmJajMvU:2015/04/21(火) 20:33:10 ID:CSPmUr4Y
 4月も半ば過ぎ、新入生達が、まだまだ新しい学校に馴染もうとしていくこの時期
 彼、直斗は放課後の今もまだ、校舎に残っていた
 人気のない校舎の中を、ゆっくりと、まるで、何かを探すように歩きまわる
 かつん、かつん、と足音を響かせながら歩く様子は、普段のおどけた様子の彼とは、違って………

「あれ、なおっち。まだ帰ってなかったっす?」

 と、声をかけられ、直斗はぴたり、と足を止めた
 いつもの戯けた表情に戻ると、くるり、と振り返る
 そこにいたのは、クラスメイトの憐だ

「や、憐。憐もまだ帰ってなかったんだな」
「俺っちはー、部活決まったから、そっちの用事もあったっす。けど、なおっちは?」
「龍哉も、部活決まったみたいでそっちの用事があるっていうから、それ終わるまで、時間つぶしだ」

 いつものおどけた拍子で笑いながら答えると、なるほどー、と憐は笑った
 直斗とはまた違う、へらりとした笑顔を浮かべたまま

「それで、本当の理由は?」

 と、首を傾げてきた
 見ぬかれている、と感じ、直斗は苦笑する

「半分は本当。もう半分は、まぁ、見回りかな」

 見回り、と言う言葉に。憐が心配そうな表情を浮かべた
 そう言う表情をされるだろうな、とはわかっていたのだが。実際にその評定を見ると、申し訳なくと同時、劣等感のようなものを覚えた

「……危ないから、なおっちは、あんまそういう事しないでいいっすよ?」
「ま、そうだけどさ。怪しいもん見たら、すぐに誰かしらに伝えて、俺は逃げるから。そんな心配しなくて大丈夫だって」

 でも、と、憐は不安げな表情を消さない
 ……わかりきっていた事なのだ
 自分は、小学校から………いや、それ以前からの付き合いのグループの中で、「自分だけ」が、周囲とは違う
 だから、自分はこんなにも心配されているのだと、直斗は理解していた
 自分だけが違うが故に………ずっと共に親しく付き合ってきた仲でありながらも、ほんの僅か、壁が存在している事を理解していた

(………………俺だって)

 自分だって
 その気になれば、皆とは違うとは言え、皆と同じように、出来るのに
 ………その事実を知られていないが故、心配されてばかりで、皆と同じような事をしようとしても、周りはなかなか許さない

 仕方ないのだ、とも思っている
 だから、そのことで皆を恨むなどと言う、見当違いの事をするつもりはないが
 …………………それでも

「…?なおっち、どうか、したっす?」

 と、憐が首をかしげてきて、直斗は思考を引き戻した
 考えても仕方ない事を考えこむものではない
 ……自分、らしくない

「いんや、なんでもない………見回りは、もうちょいするつもりだからさ。心配してくれるんなら、一緒について来てくれるか?」
「へ?……まぁ、いいっすよ。戦闘向きではないっすけど、全然できない訳じゃないんで」

 直斗の言葉に、憐はへらり、と笑って了承してきた
 巻き込んで悪いな、と思いつつも、こうした方が憐を心配させずにすむのだから、仕方ない

 足音が、二人分になる
 かつん、かつん、と、二人分の足音が、夕暮れの校舎の中に響く

 かつん、かつん、かつん、かつん、かつん、かきん

 ぴたり、と、二人はほぼ同時に、歩みを止めた

 かきん、かきん、かきん

 何か、金属同士がぶつかり合う音
 音の発信源は………家庭科室
 憐に視線を向けると、こくり、と、小さく頷いてきた

「家庭科室で、出る可能性があるのはー………」
「「家庭科室の包丁」辺りか。飛び回ってるだけだから、ほっといてもいいっちゃいいが………」
「んー、でも、都市伝説を知らない人が、その現象に巻き込まれたら危ないっす。出来りゃあ、なんとかしたいっすけど」

 かきん、かきん、かきん、と聞こえてくる音を聞きながら、Nは考えこむ
 「家庭科室の包丁」は、「放課後に無人の家庭科室で包丁が飛び回る」と言う都市伝説だ

293高校生活日記・非日常パート  ◆nBXmJajMvU:2015/04/21(火) 20:34:48 ID:CSPmUr4Y
 ある意味、「本体が存在しない」都市伝説である
 契約者が存在するならば、それを叩けばいいだけの話であるが、都市伝説単体、となると、少々対応が難しい
 まさか、家庭科室の包丁を破壊する訳にもいかないだろう。付喪神系ならそれで対処出来るかもしれないが、この都市伝説はそういった類ではないのだから

「一応、様子だけでも確認するか?」
「聞こえてくる音的に、包丁同士がチャンバラしてる予感っすから、覗くだけでちょっと危ない気が………先生に、報告した方が」

 と、憐の言葉が終わるよりも、前に

 ばりぃんっ!!と、ガラスが割れる音が響き渡った
 思わずそちらに視線を向けると、家庭科室の扉の窓が割れていて…………ふわり、と。包丁が、宙に浮いていた
 一振りではなく、いくつもの包丁が家庭科室から割れた窓を通って廊下へと飛び出してきていて

「………あっれ。あの都市伝説って、家庭科室から出て飛び回るもんだったっけか?」
「違うと思うっすー………あれ、まさか契約者、あり………?」

 都市伝説が、本来の伝承とは異なる行動パターンを見せた場合………それも、このような概念系都市伝説がそのようなパターンを見せた場合、高確率で契約者が存在する
 ならば、その契約者は、どこにいるのか
 契約者さえ見つけてなんとかすれば…………この飛び回る包丁を、何とかする事は、できる

 直斗はとっさに、契約者を探そうと家庭科室の中を覗きこもうとしたのだが

「危ないっ!」

 ぐっ、と憐に腕を引かれる。直後、直斗の目の前を包丁がひゅんっ、と通り過ぎた
 飛び回る包丁は、確実に直斗と憐を狙ってきている

「っち。さっさと家庭科室入って、契約者見つけるべきだったか」
「そうみたいっすねー………ちょっち、判断ミスっす、まずは、この包丁どうにかしねーと………」

 す、と、憐が直斗を庇うような位置に立った
 その様子に、直斗はほんの少し悔しげな表情を浮かべる

 あぁ、ほら
 結局、また、守られる
 自分は、本当なら「守る」立場に、なりたいというのに

「………憐、誰か呼んでくる。それまで、時間稼げるか?」

 ここに、憐を一人置いていく、と言う選択肢
 本当ならばとりたくない手段だが、自分がここで足手まといになるよりはマシだ
 憐は戦闘能力を全く持たない訳ではない………の、だが。契約都市伝説の能力で戦うとなると負担が大きいし、万が一としての「予備の都市伝説」を持ってはいるが………肝心のそれが、今、手元にはない
 自分がここにいる事で、憐が自身を庇おうとするだろう事はわかりきっているのなら、憐が傷つく可能性を少しでも減らす行動を取るべきなのだ

 直斗のその判断は、間違ってはいなかった
 ただ、直斗が動くよりも、早く、更に家庭科室の窓ガラスが割れて………ひゅんっ、と、新たな包丁が姿を現し、二人を挟み撃ちにする体勢をとってきた為、それは不可能となってしまった

 小さく舌打ちし、直斗は憐と背中合わせに立つ

「…俺っちが、なんとか道、開けるんで。そこを通って行ってほしいっす」
「できりゃあ、憐に怪我させたくないんだが………」

 ひゅんひゅん、と包丁が飛び回る
 二人が覚悟を決めるとほぼ同時、包丁は一斉に、二人に襲いかかってきて

 甲高い金属音と、低い激突音が、廊下に響き渡った

「………っ!」
「ぁ………」

 包丁は、二人には届いていない

「我が親友(とも)を傷つける事は、許しません」

 直斗の前に、その手に刀を手にした龍哉が立ち

「………俺の親友(ダチ)を、傷つけようとするんじゃねぇ!!」

 普段は翡翠色のその目を、爛々と金色に輝かせた遥が憐の前に立っていた
 直斗と憐に襲いかかった包丁を、龍哉と遥の二人が、それぞれたたき落としたのだ

 龍哉は刀を手にしているから、それで叩き落としたのだろう
 ただ、遥は素手である。その拳で飛び回る包丁を叩き落としたのならば、その拳は血にまみれているはずなのだが、傷ひとつついていない

 その理由を、直斗も、憐も。当然、龍哉も遥も理解している
 昔から、よくつるんでいたこの仲間内の中で、誰が何と契約しているのか、どんな能力なのか………自分達は皆、しっかりと理解しているのだから

「契約者はっ!?」

294高校生活日記・非日常パート  ◆nBXmJajMvU:2015/04/21(火) 20:36:26 ID:CSPmUr4Y
「推定、その家庭科室の中!」

 家庭科準備室からも、出た気配はない
 そして、ここは2階だ。窓から脱出するにも時間はかかる
 いるとしたら、まだ、家庭科室の中だろう
 直斗の言葉に呼応し、龍哉と遥はそれぞれ、家庭科室の左右の扉から家庭科室の中へと飛び込んでいった

 ………家庭科室から、何やら悲鳴が聞こえてきた
 勝負は、さほど時間がかかる事なくつくだろう、直斗も憐も、そう確信していた
 あの二人を相手にすると言うのなら、よほどの者でなければ、引き分けにすら持ち込めまい

「…りゅうっちとはるっちが来てくれて、良かったっす」

 ほっとした表情を浮かべる憐に、そうだな、と直斗は頷いてみせた
 ……おかげで、憐が怪我をせずに、すんだ

「じゃあ、俺、荒神先生に伝えてくるよ」
「あ、う、うん、お願いっす。俺っちは、一応、怪我人出た時に備えて、ここに残ってるっすから」

 直斗の言葉に、憐はこくり、と頷いてきた
 …まぁ、怪我人は出るだろう、間違いなく。「家庭科室の包丁」の契約者が十中八九怪我をする。多分、殺さないとは思う
 怪我人が、出なかったとしても。憐としては伯父と授業以外で顔を合わせるのは、なんとなく気まずいのかもしれない
 ………ならば、自分が、報告の役目を担うべきだ。直斗は、そう考えた
 せめて、そう言う方面で、役に立てるように

(…ま、一人で遭遇してたら、俺が全部片付けたんだけど)

 報告の必要もない状態に、していたのだけど
 まぁいいか、とそう考えて
 直斗は一人、戦闘の音を背後に聞きながら職員室へと向かう

 その、途中に

「…………」

 三階へと向かうクラスメイトの姿を見かけて
 その後ろをついていく存在に、気づいて

(……あぁ、あっちを片付けるのが先か)

 と、そう考えて、進路を変更したのだった



.

295高校生活日記・非日常パート  ◆nBXmJajMvU:2015/04/21(火) 20:36:56 ID:CSPmUr4Y



 非日常を知らぬ者が非日常に気づく必要はない
 気づいてしまえば、その瞬間から
 非日常と言う犠牲の中へと、足を踏み入れるのだから




               Red Cape

296単発ネタ:2016/02/13(土) 03:18:00 ID:O15SjZ66
「チョコ、もらってください!」
ベンチでくつろいでいたら、突然そう言われた。
「え、いらない」
ていうか、誰だこれ。知り合い?誰の?俺の?
「そう、ですよね……」
女はとぼとぼと帰って行った。
あ、思い出した。
前に、助けてやった契約者だ。
口裂け女なんかに負けかけてて、見てられなかったんだよな。
その時会っただけだと思うんだが、
あっちは俺のこと知ってるっぽかったな。
「あらぁ、タロウくん」
「うお!びっくりした」
気が付いたら、横に別の女が立っていた。
えらいグラマラスなやつだ。
たしか、こいつも契約者だったはず。
「ちょうどよかったわぁ、タロウくん」
そう言いながら、女は随分と高級そうなラッピングの箱を取り出した。
おい、ていうか、今、胸の間から出してきたぞ。どんな仕組みだ。
「タロウくんは、チョコ好き?食べれるかしらぁ?」
「いや、嫌い。食えない」
「まあ、そうよねぇ」
特に残念そうでもなく、女は帰っていった。
あ、ごみ箱に入れた。
……ちなみに、俺の名前はタロウではない。
俺の名前は、
「……チビ」
そう、チビ。
「って違うわ!」
「…………?」
見ると、髪の長い女がいた。
さっきと違いスレンダーだ。
その手は、何か、こう、すり切れた肉塊みたいなものを引きずっている。
どう見ても都市伝説です。
「あげる」
「いらない」
またチョコかよ。食わねえって。食えねえって。
「………………そう」
女は特に表情も変えることなく去って行った。
ああ、そんなに激しく引きずって……。
「ホーリーナイトさん」
また女が来た。俺みたいな全身真っ黒な女だ。
あんまり会いたくない相手だな。
ていうかホーリーナイトってなんだ。誰だ。俺に言ってんのか。
「本命チョコ、置いておきますよぉ」
「いや、いらねえっつってんだろ……」
どいつもこいつも。
……おい、今、本命って言ったよな。
目の前に置いてあるの、「一目で義理と分かるチョコ」なんだが。
「嘘ですけどね」
そう言って女は、行ってしまう。
「いや、いらねえって言ってんだろ!?」
どうすんのこれ!?俺食えねえよ!?
「あーー!!」
「おぅ!?」
女の子が駆けてくる。ネコミミフードの小さな女だ。
こいつも知ってる。よく話しかけてくる一般人の餓鬼。
「こんなところでなにしてるんです!?どうしたんですか?」
うるさい。
「おひるねですか?おきゅうけい?おさんぽ?」
顔を覗き込んでくる。うざい。
置いてある黒いパッケージのチョコを押しやってみる。
「……くれるんですか?」
俺食わねえしなあ。
「やーりまーしたー」
嬉しそうにくるくる回りだした。
それ、そんなに美味しいか?
「お母さんいってましたー。
 『くろねこさんは、こーうんをはこんできてくれる』ってー
 ほんとだったんですねー!」
余計にうるさくなった。
「こーうん、おもちかえりですー」
うわ!持ち上げんな!その持ち上げ方は怖い!振り回すな!痛いわ!
「にゃー!」
尻尾さわんな!抱きしめすぎだ!苦しいわ!話せ!
「にゃー!!」
「あはは、にゃー!にゃー!」
にゃーじゃねーんだよおおおおお!!!!

このあと滅茶苦茶ペットにされた。

297単発ネタ:2016/03/23(水) 21:38:01 ID:1jDJAs..
子供。
それは二人の愛の結晶。
私たちの間に子供ができないと気が付いたのは、
彼と恋人になって3年目のことだった。
不妊治療を受けに行ったこともあるが、医者には別の病院を紹介されただけだった。
精神科だった。
「仕方ないさ」と彼は言う。
「君は人間で、僕は都市伝説だもの」
彼の眼は、とても悲しそうだった。

子を成す。
それは私たちの悲願。私たちの潰えぬ未来。
「思うに、僕らには繋がりが足りないのかもしれない」
それは、近所の子供が、口裂け女と人間のハーフだと知った日の夜だった。
「そうね。そうかもしれない」
そうかもしれない、ではない。「そう」なのは確実なのだ。
そんなことは、昔から知っていた。
「でも、どうすればいいの?」
「……」
彼は答えなかった。

ひき子さんと人間のハーフ。
都市伝説と人間の子。4人目の発見。
私たちの間にはできない子。
「……そうよ。借りればいいんだわ」
「何を?」
「繋がりを、よ」

298単発ネタ:2016/03/23(水) 21:38:32 ID:1jDJAs..
「こんばんは、坊や」
「え?あ、はい、……こんばんは」
塾の帰りだとしても、こんな夜中を子供が一人で歩くのは、どうかと思う。
親御さんは、もっと気を付けるべきだ。
「ねえ、坊や。お願いがあるの」
「え?」
そうでないと、こんな危険な目に合ってしまう。
「血をちょうだい?」
そういったとたん、子供は走り出した。
「逃げたわ」
「まあ、そうだろうね」
「仕様がないわね」
……殺しましょう。
穏便に血をくれるなら、それでよかった。
でも、そうじゃないなら。残念だけれど。私たちも諦めることなどできないのだから。
奪うしかない。
そして、下手に生かすと、黒服とか組織とか、面倒くさいのに話が行くかもしれない。
殺そう。そして、すべてを闇へ。

ハーフ。都市伝説と人間の子。二人の愛の結晶。二つの存在の混じり合い。
その血、その肉、その遺伝子。
不可思議の集合。実と虚の繋がり。私たちに足りないもの。
借りるのだ。その力を。
取り込むのだ。その血を。
いつしか私たちのものとなり、私たちは愛を育む。
「そんな、そんな無茶苦茶な話があるものか!?」
そういったのは、7人目のハーフの子だった。
赤マントと人間の子。
「無茶苦茶なんかじゃないわ」
「そうさ。筋は通っている」
「どこがだ!こんなことで人を殺して!!こんな!こんな事が!!!許されるものか!!!!」
そう叫ぶ少年の肩から盛大に血が噴き出す。
さっき私がナイフで刺した傷だ。血が無駄になるので、あまり力まないでほしい。
「許されない?ふむ、どうやら、彼は恋をしたことがないらしい」
「ええ、そうみたいね」
この胸を焦がす想い。止めることなどできない衝動。
誰が止められよう。これが恋。これぞ愛。
そう、
「愛の名のもとにすべての行為は正当化されるのよ」
「愛の名のもとにすべての行為は正当化されるのさ」
彼と口をそろえて言う。
少年の最後の言葉は、
「お前らは、頭がおかしい」
だった。

夜。
十人目のハーフ。花子さんと人間の子。
その血をグラスに注ぎ、口をつける。
のどに絡まるそれを嚥下し、彼と口づけを交わす。
「愛してるわ、ダーリン」
「僕もさ、ハニー」
私の契約している都市伝説。私の恋人。
私の愛しい「目の動くベートーヴェン」
いつか、いつの日にか、宿すのだ。
彼の子。私の子。私たちの、愛の結晶を。
いつか…………。
いつか……。
いつか。



299 ◆MERRY/qJUk:2016/04/22(金) 01:22:14 ID:BEJmM/3w


これはまだ、この街がどこにでもある田舎の村落だった頃の話
――――野心によって身を滅ぼした、哀れな男の末路


閑話【錬金術師になろうとした男】

300名も亡き都市伝説契約者:2016/04/22(金) 01:23:02 ID:.7jcsOO6
昭和中期。戦後の復興も終わりが見えた頃のことだ。
2人の男が田舎道で立ち止まり山を仰いでいた。

「どうですか、水井さん」
「――素晴らしい。その一言に尽きます」

感嘆している男、水井栄夫は"風水師"を生業としている。
風水というのは古代中国で誕生した占術の一種であり、
簡潔に説明するならば『気の流れを物の配置で制御する』思想である。
大地の気に満ちた土地に家屋を建てて家人に恩恵を与え、
凶方には竈や水場を配置して、邪気を燃やすあるいは流して祓う。
建築と密接に関係する占術……それが風水である。

昨今の日本は建築に次ぐ建築、開発に次ぐ開発に沸いていた。
そんな時代であるがゆえに風水師にも仕事が次々舞い込んでくる。
ましてやそれが水井のように実績ある風水師ならばなおさらだった。
そしてついに水井の元にある政治家が大きな仕事を依頼してきた。

301名も亡き都市伝説契約者:2016/04/22(金) 01:23:37 ID:.7jcsOO6
「これほど強く……肌で感じるほど気に満ちた土地は珍しい」
「私には分かりませんが、そんなに凄いのですか?」
「風水でいう大地の気には川のように流れがあります。
 その流れが溜まった場所に家を建てるというのが風水の基本です。
 しかしこの土地はその範囲があまりにも広い。何か謂れがあるのでは?」

水井に仕事を依頼した政治家はううむ、と唸り顎を撫でた。

「この地域には山神信仰というのが昔あったとは聞いていますが……」
「いわゆる山岳信仰というものでしょうか?」
「かもしれません。今もあの山には山神を祀った社があります」

政治家は咳払いを一つすると水井に向き直った。

「どうでしょう水井さん。この土地の開発計画……
 都市化計画に、どうか協力していただけませんか?」
「都市化計画、ですか」

政治家は水井から視線を外し広がる田畑や草原に目を向けた。

302名も亡き都市伝説契約者:2016/04/22(金) 01:24:23 ID:.7jcsOO6
「私はね水井さん。故郷をうんと素晴らしい場所にしたい
 私をここまで育ててくれた人たちに恩返しをしたいのですよ」
「それが都市化というわけですか」
「そう。田舎なんて馬鹿にされない素晴らしい都市にする
 地元の有力者にはね、もう許しを貰っているんです
 どんな都市にしたいかというのも皆で相談して決めました
 あとは少しずつ内容を詰めていくだけ……どこをどんな区画にするかとかね」

政治家は再び水井の方を向いて頭を下げる。

「私の夢と、皆の期待を裏切りたくはないのです
 だから頼みます水井さん。あなたの力を貸してほしい」

水井は少し考えた様子だったが、やがて口を開き話し始めた。

「頭を上げてください……むしろこちらからお願いしたいくらいだ
 こんなに素晴らしい土地の開発計画に携わることができるというのですから」
「そ、それでは?!」
「お引き受けしましょう。この水井栄夫、一世一代の大仕事になりそうだ」
「ありがとうございます水井さん!いや、水井先生!」

興奮して手を握ってきた政治家に微笑みながら
水井は――心の奥でほくそ笑んでいた。

303名も亡き都市伝説契約者:2016/04/22(金) 01:25:11 ID:.7jcsOO6
この水井という男、後の世なら契約者などと呼ばれる類の者であった。
彼がその力……己と契約した『風水』を認識した際の話は割愛するが
とにかく水井がこの力を上手く使ってきたことは確かな事実であった。
彼の『風水』は元来の風水とは大きく異なっている。
元来の風水が川に水車を設置して水の流れを活用するものであるとすれば
水井の『風水』は団扇を使って風の流れを起こすものであり、
既にある流れを動力とする元来の風水と
動力で流れを起こす水井の『風水』は対極に位置していたのだ。

しかし水井はこの特性を使いこなしていた。
貧しさに悩む旧家を訪れれば家具を動かして金回りを良くし
子に恵まれぬ富豪に頼まれれば子宝を授けるという美術品を勧めた。
大地の気という大きな流れに左右される元来の風水と違い
水井の『風水』は部屋の調度品1つで望む気を引き寄せられるのだ。
もっとも代わりに別の気が遠ざかるという側面が無いでもなかったが
水井はそれが表面化しないように気を使っていたし
助言に従って望みを叶えた者たちにとっては
その程度の不運は大した負担にはならず、気づかない者が大半であった。

このやり方に眉をひそめる同業者がいなかったわけではない
しかし彼らもまたかつてない仕事依頼の数に忙殺されるようになっていき
結果として水井は誰の妨害を受けることもなくその名を広めていったのだ。

304名も亡き都市伝説契約者:2016/04/22(金) 01:25:56 ID:.7jcsOO6
「門はこちらの方角で……ええ、そこには木を植えてください」
「水井先生、ここの墓地はどうしましょうか?」
「どこですか?……これはこのままがいいですね」

開発計画に携わることになった水井は内心笑いが止まらなかった。
誰もが自分のことを先生と呼んで親しみ、指示に従って開発を進めていく。
水井の指示は大地の気の流れを利用する元来の風水と
意図的に流れを生み出す己の『風水』が複雑に絡み合っており
もはや彼以外にその全容を知ることができる者はいなくなっていた。
だからこそ……誰も水井の企みには気づけない。
自宅として提供されている家への帰路で
水井はこの土地に作り出された新たな気の流れを肌で感じていた。

(あの富豪の家にあった魔術書は本当に役に立ってくれた
 本来の風水と私の『風水』、そして魔法陣の集大成
 これが完成すれば……私は魔術書にあったような
 伝説の"錬金術師"にも匹敵する力を得ることができるだろう)

風水の知識で見抜いた気の流れを己の『風水』で細かく操作する。
さらに西洋の魔術で気の力を高め、増大した力の恩恵を自身が受ける。
この計画が正しく成れば、不老不死すら夢ではないと水井は考えていた。

305名も亡き都市伝説契約者:2016/04/22(金) 01:26:47 ID:.7jcsOO6
(もっとも都市の完成はまだまだ先だ。それまで野心は隠さねばならない)

一度誰かに不審に思われてしまえば、その綻びが致命傷になることもありえる。
そう決意を新たにした水井は家の前に見知らぬ老爺がいるのを見つけた。

「あの、我が家に何か御用でしょうか?」
「む。貴方が水井栄夫さん……ですかな?」
「そうですが、あなたは?」
「あの山の神社で神主をやっとる者です」
「ああ、山の神を祀っているという」

そんな者が何の用かと不思議に思った水井は
続く神主の発言で肝を冷やした。

「近頃この土地で妙な力の動きを感じますが、あなたの仕業ではないですかな?」
「(なに?!)……それはどういう意味でしょうか」
「風水というのは大地の気の流れを操ると聞きます
 あなたは開発計画に乗じて……この土地で何をなさるおつもりか」

鋭い目で睨む神主に水井は慌てて抗弁する。

「確かに土地の開発で気の流れが変わった可能性はあります
 大地の気は地形に影響を受けますから、大地を均すだけで
 流れが変わってしまうというのもありえない話ではない
 ですがそれは開発を進める中でどうしても発生する問題です
 それを私が意図してやったかのように言われるのは心外ですよ」

306名も亡き都市伝説契約者:2016/04/22(金) 01:27:31 ID:.7jcsOO6
それでも水井を睨んでいた神主だったが
やがて諦めたように目線を山の方に向けた。

「……山神様は今も我らを見守っていらっしゃる
 身の丈に合わないことをすれば罰が当たることでしょう」

そう独り言のように呟いて神主は立ち去っていったが
家に入った水井は内心の苛立ちを抑えることができなかった。

(畜生!まさか気の流れを感じられる奴が他にいるとは
 いや、こんな土地でいないと考える方が無理があったか)

握り拳で柱を叩いた水井はギリッと歯を食いしばると
今後の計画についての修正内容を考え始めた。

(こうなったら計画を早めたほうがいいかもしれん
 時間が経つとかえって気づかれる可能性が高まる
 ならば、重要な部分だけ工期を前倒しにさせて――)

307名も亡き都市伝説契約者:2016/04/22(金) 01:28:31 ID:.7jcsOO6
時は流れて数年後のこと

ついに水井が住む予定の邸宅が完成した。
この邸宅は水井が開発計画を利用して作り出してきた
気の流れの影響をもっとも受けやすい土地に建てられた。
この土地にはある手順を踏むことで
気の流れが集約され土地に流れ込む仕掛けが施されている。
それを一身に受けたとき……水井栄夫は生まれ変わるのだ。

(ようやく……ようやく私は錬金術師に、不老不死になれる……)

水井は泥酔した状態で家へと帰ってきた。
邸宅が完成した前祝いとして酒盛りをしてきたのだ。
何年も待った計画を構成する最後の部品の完成に
少々ハメを外してしまったのは無理もない話だろう。
調度品をいくつか巻き込んで倒れこむように寝た水井は
起床後、邸宅完成の式典を開くという有力者たちの言葉を思い出し
慌てて身支度をして家を飛び出した。

この時、彼が自身の不運――遅刻寸前の起床時間――に対して
少しでも疑問を持っていればこの土地の未来は大きく変わっていただろう
しかし彼は気付かなかったのだ。
己の『風水』で作り上げた……隣家の人々から幸福を奪ってでも
自身の不運を散らすはずの『風水』の砦が、己の手で破られていることに……

308名も亡き都市伝説契約者:2016/04/22(金) 01:29:29 ID:.7jcsOO6
その後、式典会場に向かっていた水井は工事車両の暴走により
あっけなくその命を散らすこととなった。
土地の開発に協力し続けた水井の訃報に少なくない人々が悲しみ
工事車両を動かしていた男には怒りの声が降り注いだ
男の「角の生えた小人が勝手に動かした」という証言は
誰にも信じることはなく、男は罪に問われて連行されていったという。

こうして野心を抱き行動し続けた風水師は
事を急ぐあまり身の回りを疎かにして身を滅ぼした。
しかし彼の置き土産はいまだにこの土地に残されている。

張り巡らされた気の流れと、忘れ去られた魔法陣は
都市のあらゆるモノにその恩恵を与えている。
人も人ならざるモノも区別せず、善いも悪しきも平等に――――

309 ◆MERRY/qJUk:2016/04/22(金) 01:31:31 ID:.7jcsOO6


――――その都市が『学校町』と呼ばれている今も、まだ。


 閑話 【了】

310名も亡き都市伝説契約者:2016/04/23(土) 02:20:05 ID:JUd1ujTM
「父さん、私今日学校で花子さんに会ったの」
「花子さん・・・って、あのトイレの花子さん?」
小学6年生になった娘は目を輝かせながら、今日自分が経験した事を私に話す。

「そうなの、3階校舎の南トイレで合言葉を言ったら本当に出て来たの」

どうやら、かつて私が通っていたあの学校でアイツは今も元気にやっているらしい。

「でも変なのよ、私を見た途端『誰かに似てるなー』って言うのよ?」

あの学校は最近立て直したばかりだったが、それでも余所に行かずにあの場所で誰かに呼ばれるのを待っているアイツを私は少し懐かしく思った。

「ああ、似てるってきっとそれは母さんにだな」
「お母さんに?花子さんってお母さんの事知ってるの?」

娘は驚いている
そりゃ自分の母親が都市伝説と知り合いと言えば誰だって驚くだろう。

「多分その花子さんは父さんの事も知ってるはずだよ」
「お父さんも花子さんの事知ってるの?」
「ああ、良く知ってるよ・・・特別に美晴にはあの花子さんと父さんとの事を話してあげよう」


かつて私が出会った都市伝説
人面犬に花子さん
首なし騎士やドッペルゲンガー
私は今まで数え切れないほどの都市伝説と出会ってきた。

そして都市伝説絡みの事件も色々解決してきた。
祭に突然現れた都市伝説と戦ったり
余所から来た都市伝説の相手をしたり

今も昔も、この町は都市伝説で溢れている

私がかつて出会った彼等は、今もこの町で元気に存在しているのだろうか
そして、都市伝説と共に戦う者達もどこかで元気にやっているだろうか

私は昔を懐かしみながら、娘に色々な都市伝説の話しをする
私の話しがいつか広まって、どこかで新しい都市伝説が産声を上げる事を願いながら。

311 ◆MERRY/qJUk:2016/04/24(日) 12:03:06 ID:jJwl/6pU


これはまだ、この街が神の座す土地でしかなかった頃の話
――――神に命を捧げた女の、その後を見届けた男の記録


 閑話【神を視る女】

312 ◆MERRY/qJUk:2016/04/24(日) 12:03:39 ID:jJwl/6pU
私がこの里に身を置いてそろそろ四年になる
この山も今では里の中と同じように
どこに何があるか分かるほどだ
器量の良い嫁を貰い、子も生まれた
こうして筆をとったのはまさに子のためである
堺からこの里にたどり着くまでの旅の中で
私が何を見て、聞いて、感じたのかを
我が子と、我が孫と、我が子孫、末代まで伝えたいがためである

私は堺の商家の子として生まれたが
生まれた頃から物の怪が見えるので親からも疎まれていた
そんな私だがいつの頃からか怪しい力をもっていた
獣を土中に埋めると願いが叶うのである
私は店が繁盛することを願って埋めてきたが
それが見つかり気味が悪いと幾ばくかの銭と共に
勘当され家を追い出されてしまった

しかしながら私はこの力の話を聞いたという
師に引き取られ物の怪について学ぶこととなった
今の私があるのは師のおかげである
そして私は師に言われて物の怪について知る旅に出た
幾度も物の怪に襲われたが、師の教えが私を守ってくれた

313 ◆MERRY/qJUk:2016/04/24(日) 12:04:21 ID:jJwl/6pU
そして私はこの里を訪れたのだ
日も弱くなり一晩の宿を借りようと長の家を探していると
不意に大地が揺れて私は転んでしまった
すると近くの家の軒先に立っていた女が

「あなたは山神様が見えるのか」

と問うてきた
私がなんのことかと尋ね返すと向こうの山を指す
いつのまにか大きな人の姿をしたものが山に腰かけて休んでいた
あれほど大きな物の怪は初めて見ると言えば

「山神様を物の怪などと言うのは不敬である」

と女が言うので、それもそうだと
腰かけている山神なる者に詫びた
すると腹に響くような声で

「構わぬ」

と返ってきたので、山神はこれほど遠くの声が
聞こえるものなのかと目を見開いて驚いたものだ

314 ◆MERRY/qJUk:2016/04/24(日) 12:05:48 ID:jJwl/6pU
女は里長の娘であるらしく
里長の家へと案内してくれた
女が言うことには

「山神様が見えない者は、山神様が歩く揺れも分からない」

というので不思議なものだなと私は言った
里長はといえば私が宿を借りることを許してくれたが
いっそ里に住んで娘をもらってくれないか
などと突拍子もないことを言いだした
里長いわく、この里で山神様を見ることができるのは
里長の娘……つまりあの女だけであるという
若い衆は見えぬものが見えるという女を気味悪がり
19にもなって嫁に貰いたがる男がいないのだそうだ
少し気になり女に問うと

「山神様が見える人は少なくなり、祖父の代から現れなくなったらしい」

と答えるのでますます気になる
私が宿をしばらく借りたいと頼むと
里長は快く許してくれた

315 ◆MERRY/qJUk:2016/04/24(日) 12:07:12 ID:jJwl/6pU
それからしばらく里に留まるうちに女から聞くことには

「山神様は恐ろしい水神を鎮めるために留まっている」
「水神は蛇のような龍で、年に一度目覚める以外は眠っている」
「ひとたび水神が目覚めれば雨と風と雷を呼び嵐が起こる」
「川の水が溢れ里や畑を呑むことがないように
 山神様が水神と戦うことで力を削いで嵐を弱めている」
「見える人が減ったため祈りが減り山神様は力を失ってきている」

というような話であるようだった

「山神様のために祈る以外のことができないことが悔しい」

と話す女の目から涙が溢れていたことをよく覚えている
私もなんとかならないものかと知恵を出してみるが
師の教えにも荒ぶる神を鎮める方法は無かった
そこで私は女に、山神にも聞いてみてはどうかと言った
するとあの腹に響くような声で

「主の力でそこの娘を埋めればあの龍を封じることもできよう」

と山神が言うので思わず顔をしかめてしまった

316 ◆MERRY/qJUk:2016/04/24(日) 12:08:52 ID:jJwl/6pU
なぜ私の力のことを知っていると問えば

「神と祀られるのだから"生贄"の力くらいはそれと分かるものよ」

と山神が答えたので、これはそんな名前だったのかと
今更ながら私の身に宿った力のことを新しく知った

「なにか方法があるのか」

と女が問い迫ってきたので
あるにはあるようだが、それにはあなたの命が必要だ
あなたには己の命を捨てる覚悟はおありか
と隠さず"生贄"と呼ぶらしい私の力のことを教えてやった
すると女は頭を下げて

「どうか村を救ってほしい」

とためらいもなく言うものだから
しかし里長は許さぬのではないかと私は言ってやった
ところが里長のところに行ってみれば
娘がここまで頼むのだから親として許さぬわけにはいかぬ
などと言って女が命を捨てることを許してしまった
もはや私はやらぬと言うこともできず
私はこの忌まわしき力を再び用いることとなったのである

317 ◆MERRY/qJUk:2016/04/24(日) 12:10:04 ID:jJwl/6pU
山神が言うことには

「"生贄"は捧げ物と捧げ処と捧げ時と捧げ方が肝要である」

というのでさらに聞いてみると

「捧げ物は清め、箱に入れて捧げ物であると明らかにする」
「捧げ物の入った箱を神が受け取りやすい処に埋める」

というのが此度の正しき捧げ方であるという
箱を用立てるのは里長に頼み
埋める処は山神が示したので
私は女に、師から学んだ身の清め方を教えつつ
捧げ時というのが来るのを待つこととなった
里に留まってしばらくすると山神が

「龍が起きる兆しがある。今より"生贄"を捧げる儀式を始めよ」

というので女には身を清めてから来るように言って
私は先んじて木の箱を捧げ処に運ぶこととなった
その間にも空は昼だというのに黒雲に覆われて暗くなり
湿った風が木々を軋ませているのが見て取れ
水神とやらが、いかに恐ろしい物の怪であるかを垣間見たのであった

318 ◆MERRY/qJUk:2016/04/24(日) 12:11:06 ID:jJwl/6pU
捧げ処へ女が来るまでに風はさらに強まり
もはやいつ嵐となってもおかしくなかった
やがて女が来たのだが箱に入る前に躊躇うような様子を見せる
どうした、怖くなったかと問うてみると

「私が死んだ後の里の皆が心配だ」

となどと言い出すので
しばらく住んで里に愛着も沸いた
事が終わればお前の代わりに里を見守れないかと
里長に頼んでみるつもりだ、と言ってやると

「それならば心残りはない」

と笑みを浮かべながら箱に入っていった
私は箱の蓋を閉じると、山神に対してこの娘を捧ぐ
代わりに山神に力を与え龍を封じることを願う
と大きく声を張って宣言し力を使った
すると箱は大地に染みるように消え跡形もなくなった

「願いと捧げ物は受け取った。必ずや龍を封じよう」

山神が山を震わすような声で答えると共に
黒雲から雫が落ち始め、龍の咆哮が辺りに響き渡った

319 ◆MERRY/qJUk:2016/04/24(日) 12:12:06 ID:jJwl/6pU
「おのれ"ダイダラボッチ"はまた我を邪魔するか」

と雷のように轟く声が聞こえたかと思うと
山神より大きい蛇の姿をした物の怪が空に現れた
灰と黒の鱗が体に雲のような紋様を描き
鼻先から二本の長い髭を生やした神々しい大蛇は
山神を絞め潰さんと巻きつくも引き剥がされ
頭の付け根を握られ苦しい声をあげていた

「お前が見えなくなれば信仰は絶えて力を失うだろうと
 水に毒を混ぜ続けたというのに、その男が全てを崩してしまった」

龍は熱した炭のように赤い眼で私を睨んだ

「人が嵐を恐れる限り我は決して滅びぬ
 いずれ封を破りこの地を水に沈めたあとは
 我が顎門をもってお前の子孫を骸へと変えてくれようぞ」

龍はそれだけ言うと再び山神の手の中で暴れたが
山神が龍の頭を大地に叩きつけると目が光を失い
そのまま山神と共に大地の中に溶けるように消えていった
気づけばあれほどの荒天は収まっており
雲の間から陽の光が山を照らしているばかりであった

320 ◆MERRY/qJUk:2016/04/24(日) 12:12:49 ID:jJwl/6pU
それから私は女に言ったとおり
里長に頼んで村に残り、封を見守ることとなった
あれから嵐が起こることはなくなったが
山神の姿を見ることもできていない
しかし忘れてはいけない
龍は封じられただけで消えたわけではなく
山神もまた力を失っただけで消えたわけではないのだ

我が子よ、我が孫よ、我が子孫よ。末代まで忘れることなかれ
いずれ必ず龍は封を破りこの地とお前たちに
その積り溜まった怒りをぶつけることだろう
ゆえに我らは備えなければならない
再び龍を封じこの地を守るために
その命をもって事を収めた女の覚悟に応えるために
我らは生涯をかけて備え、そして戦い続けなければならぬ――――

321 ◆MERRY/qJUk:2016/04/24(日) 12:13:51 ID:jJwl/6pU



――――この地の平穏を乱す"物の怪"共と


 閑話 【了】

322獄門寺家の客人  ◆nBXmJajMvU:2016/04/25(月) 22:41:51 ID:skU5zUrY
「変わりゃしねぇよ、なぁんにも。お前がかつて人間だったって言うんなら、お前は人間なんだろうよ」

 何を言うのだ、この男は
 自分は人間ではない
 自分は、とうに「化物」になったのだ

 なぜ、「化物」になったのか
 なぜ、「化物」にならなければいけなかったのか

 そんな事は覚えちゃいない
 「化物」になった瞬間に、全て忘れ去ってしまった

 ただ、憎い
 「人間」は己の大切なものを奪ったのだ
 だから、自分は「化物」の力を振るい、人間を苦しめてやるだけなのだ

 そうして、「人間」は「化物」である己を伐つのだろう
 「人間」とはそう言うものなのだから

 そうだと言うのに
 なぜ、この男はその刃を振り下ろさないのだ

「お前は「人間」だろう?」

 男が笑う
 異国の異人のような翡翠色の目をした男が、くつくつと笑う
 祟り神の力を借りたこの男は、自分をいつでも消しされるはずだと言うのにそれをせず

 手を、伸ばしてきた

「立てよ、お前はまだ「人間」なんだよ」


 あぁ、なんだと言うのだ
 俺は「化物」だ、もう人間ではない
 「化物」になった以上、人間には戻ることなど出来ない
 もう二度とーーもーも戻ってこない、もう二度と会えない
 もはや「人間」である意味すら無いと言うのだから、「化物」であるしかないと言うのに
 やめろ、やめろ
 この眼の前の男もそうだし、他の連中もそうだ

 何故、俺を「人間」側に止めたがる
 やめろ、やめろ、やめろ……………

323獄門寺家の客人  ◆nBXmJajMvU:2016/04/25(月) 22:42:41 ID:skU5zUrY





 歌う声がした
 懐かしい声に似ている、だが違う声
 この国の言葉ではない、異国の言葉での歌声

「She saw a dead man on the ground; And from his nose unto his chin, The worms crawled out, the worms crawled in」

 ゆるりるりらと歌う声に、目が覚める

「Then she unto the parson said, Shall I be so when I am dead? ………っと、起こしちゃったっすー?」

 こちらが目覚めた事に気づいたのか、へらっ、とした声が返ってくる
 少し癖のある金の髪と同じ色の瞳が、じっとこちらを見つめてきた

「……いや、お前さんの歌で目が覚めた訳じゃねぇから、気にすんな」
「そうっす?……なら、いいんすけど。お目覚めにはあんま良くない歌だったし」
「おぅ、そうだな。目覚めに聞くにゃあわりと最悪だわ」

 むくり、起き上がりながらそう答える
 ヨーロッパの島国だかの童謡だったと思う。童謡ではあるが、恐ろしさを感じる歌詞であり、子供が歌うような歌ではない
 ……ただ、そういえば。この少年、憐は賛美歌の他は少し残酷な歌や、恐ろしげな歌を好んで口遊む傾向にある
 そのようになったのも、三年前……

「…いや、違う。それは昔からか」
「?何の事っすー」
「気にしなくていいさ」

 あくびをしながら、起き上がるこちらを。憐がじっと、見つめてきている
 どうした、と問えば、えぇと……と、少し心配そうな声を上げて

「鬼灯さん、寝てる時の表情、険しかったっすけど………悪い夢、見てたっす?」
「悪い夢?」

 自分は、夢を見ていたのだろうか
 思い出そうとしたが、思い出せない
 そもそも、夢を見ていたのかどうかすら、わからない

「……さてね。縁側で寝てたから、そのせいかもな」
「もー、縁側でうっかり寝ちゃう気持ちはわからないでもないっすけど、油断すると風邪引くっすよー」
「風邪なんてひかねぇだろ。俺ぁ人間じゃねぇんだし」
「学校街だと、「都市伝説だけかかる風邪」とかあってもおかしくねーっす」
「……………反論できねぇな」

 この街であれば「あり得る」
 絶対にありえない、と否定出来ないのが怖いところだ
 まったくもって、この街は退屈しない

「っつかよ、憐。獄門寺家に来てんなら、龍哉にでも用があるんじゃないのか?」
「今日はー、こちらにみんなで集まって「人狼」やるっすー。俺っちが一番乗りで来ただけっすね。りゅうっち、今、ジュースとか用意してくれてるとこっす」

 あぁ、あれか、と思い出す
 自分もちらりと参加させてもらった事があるが、あれはなかなかに面白い
 そう考えていると、憐はにこり、と笑って

「折角っすから、鬼灯さんも参加するっすー?人狼は、人数多いほうが楽しいっすから」
「お、そうか。じゃあ、久しぶりにやるか。坊や逹相手でも手加減しねぇぞ」
「ふふー、俺っち逹も手加減しねーから、大丈夫っすー」

 にこにこと笑う憐の頭を、軽く撫でてやる
 へらり、とした笑い方ではなく、にこにことした笑い方
 ……「元の」憐の笑い方
 それを向けられる程度には、自分は憐の味方であるのだと、そう自覚した



to be … ?

324 ◆7aVqGFchwM:2016/05/01(日) 22:37:45 ID:jjTMflBs
紅い海

吐き気を催す香り

闇に浮かぶ二つの塊

あれは誰だろう

「幼子よ」



人の形をしたナニカが口を鳴らす

「幼子よ、王の血を継ぐ者よ
 今、お迎えに上がった」

身体が宙を舞う

ナニカに擡げられて

「貴様には全てを与えよう
 家を、食事を、服を、教育を、友を―――――――力を
 総ては我らを生みし全知全能なる神が創り出す、遥かなる未来の為に」

喉が渇いた

お腹が空いた

呼んでも誰も来ない

呼ぶ?

誰を?

「直に素晴らしい戦士が誕生するだろう………がっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ…!!」

耳鳴りがする程の汚い雑音

離れてゆく紅い塊

お腹が空いた

誰か

誰か

何故いない?

何処に行った?

返事をして


オ カ ア サ ―――

325 ◆7aVqGFchwM:2016/05/01(日) 22:38:56 ID:jjTMflBs




「――――――――――っ!?」

闇を切り裂く日の光が、目と脳に焼き付いた
見慣れたベッド、壁、天井、窓からの景色

「……また…夢、か」

溜息
酷く目覚めの悪い夢だった
うなされていたのかも知れない、衣服も湿って気持ち悪い
シャワーでも浴びてこよう

「んー…お早うございますの」
「うわっ!?」

世界がぐるぐる廻って、暗転
そして、激痛

「い、痛い…」
「大丈夫ですの?」
「大丈夫な訳ないだろう! それより、君はいつからそこにいた!?」
「?…昨晩からですの」
「勝手に部屋に入ってくるなと何度言えば分かる!?」
「だって眠れないんですの
 ナユタと一緒なら夜もぐっすりですの♪」
「〜〜〜〜〜〜〜……ハァ、」

最早呆れて言葉も出ない
早くシャワーを浴びたい

「むー、何処に行きますのナユター」
「教えるものか
 それに……僕はナユタじゃない」

僕の名は、ディシリオン・ダークナイト
物心ついた時からこの孤児院に預けられていた孤児であり、―――「ティルヴィング」の契約者だ









"WalpurgisNacht & MayDay" Special Story


那由多斬 † 空の記憶-Decillion/Darknight-









「ねーねー、一緒にご飯食べますのー」
「一人で行けばいいだろう」

この孤児院に来て、記憶している限りではもう十年になるだろうか
「ティルヴィング」に触れながら、記憶の海に飛び込んだ
“先生”から聞いた話によれば、僕は赤子の時にこの孤児院の前に捨てられていたらしい
勿論、僕はそこまで記憶していない
親の顔も覚えていない為、僕にとっての親は先生ということになるだろうか

「ナユタは何を食べますの?」
「だーかーら、一人で行けばいいだろう!?」

326 ◆7aVqGFchwM:2016/05/01(日) 22:39:35 ID:jjTMflBs
ところで朝から鬱陶しいこの少女
青い長髪と紫の瞳が特徴的な彼女の名は、アルケミィ・エインシェント
僕は他人にあまり関心を持たない為、
彼女や他の孤児達が何時頃入ってきたのか把握していないが、
出会った時からしつこく付きまとってくるのは現時点では彼女のみだ
僕が知っていることと言えば、僕の名を“ディシリオン”を日本語で訳した“ナユタ”と呼んでくること、
そして「仮面には神格が宿る」の契約者だということだけだ


“契約”
“都市伝説”と呼ばれるものと記憶を共有することで協力関係を結ぶこと
その時、契約者はその都市伝説の能力を、契約都市伝説は契約者に応じた強い力を得ることがある
この孤児院の先生は都市伝説の研究も行なっており、
ある程度成長した孤児達に自己防衛用の都市伝説を契約させ、“力”を与えている
僕に与えられた力こそが、この「ティルヴィング」
三つの願いを叶えられるらしいけど、最後の願いを叶えた瞬間に持ち主は破滅してしまうらしいからまだ使っていない
そんな事をしなくても、僕の剣で斬れないものなんてないからね
にしても鬱陶しい女だ

「毎回毎回何なんだ君は、どうして僕に付きまとう!?」
「二人の方が美味しいですの」
「頼むから僕の質問に答えろ! そもそも君は―――――」
「あ、チョウチョ」
「いい加減にしたまえ!!」
「相変わらず、仲がよろしいですね」
「ヒューヒューwww」

優しい声と、馬鹿にしたような声
気が付けばそこには二つの影

「先生、それに…ゼノン」

“先生”
本名はアンブローズ・デクスター
白髪混じりの長身で、齢五十とは思えないような若々しい印象の男性だ
この人こそが僕の、いや、僕達を育ててくれた親同然の存在

もう一人はゼノン・クセナキス
いつもピエロのような派手な化粧をしているから素顔は見たことがない
というより、契約都市伝説も何もかも分からない謎の多い奴だ
魔法のような奇怪な術を使う、年齢は僕と近い、ということぐらいしか判断できない

「先生、お早うございますの」
「お早う、アルケミィ、ディシリオン
 これから訓練を始めようと、丁度呼びに来たところだったんだ」
「そうだぜぇディシリオン!! 今日〜こそお前を血祭りにあげてやるぅ〜!!」
「…訓練は契約者同士でやることはない
 課題として呼び出された都市伝説を討伐する時間を計測するだけだ
 どちらにしても、誰も僕に勝てはしない」
「言ったなコンチクショウ!?」
「ははは、まぁ落ち着いて、そろそろ行こうか」

訓練は、今後この孤児院を出ることになった時、
都市伝説を用いて生き延びられるように行われる授業の一環だ
が、ゼノンは血の気が多い上に何故か僕をライバル視しているようで訓練の前になるといつもこうだ
それと相反するように、アルケミィは訓練になるといつも大人しくなる
こいつとは嫌という程というか強制的に付き合わされているが、こればかりは理由がわからない
特に成績が低い訳でもなく、とても悲しそうな顔をする
強いて言うなら、“No.2”だということぐらいだろうか

327 ◆7aVqGFchwM:2016/05/01(日) 22:40:10 ID:jjTMflBs
「…ま、結局僕が―――――」




―――――最強だからね!!




「―――――1分21秒、か。「スリーピー・ホロウ」5体を相手に…腕を上げたな、ディシリオン」

正直、時計もなく時間を計り取れる先生の方が実は凄いのではないかと思えてしまう

「アッハハハ、ディシリオンはいつも早いんだー☆」
「ヘッ、ボクちんに比べればこの程d「ゼノンは3分もかかってたじゃないか」ギクゥッ!?」
「けど僕よりも早いから頑張った方じゃない?」
「おめぇに勝っても嬉しくねーよコリア野郎」
「もう一度言ってみろジャップが!!」
「あぁ?やんのか!?」
「やれやれー♪ アッハハハハ☆」

相変わらず外野が騒がしい
あの笑い上戸の白い長髪の彼女はオルガ・オニール、契約都市伝説は「ミスティルテイン」
ヤドリギを使った近接戦闘が主なスタイルのようだ
重そうな鉄仮面をつけた小柄な“コリア野郎”は銀 乙龍(ウン・ウルユン)、契約都市伝説は「韓国起源説」
相手の得物を奪うことができるが、故に何も持ってない相手には何もできない
大柄な体に和装姿、歳に見合わぬ“ジャップ”は骸井 万蜂、契約都市伝説は「クマバチは航空力学上飛べない構造をしている」
物を浮かせることは勿論、自身も浮遊することでその体躯を生かした戦闘ができる
ゼノンといいこいつらといい、どいつもこいつも血の気が多い為、訓練の前後では大体喧嘩して囃し立てて大騒ぎだ
少しは静かにできないものなのか

「はい、ディシリオンくん。お疲れさま」
「ん……ノワールか、どうも」

コップ一杯の水を飲み干した
特に疲れる戦闘でもなかったが
ノワール・ナルスジャックは烏のような美しい髪の少女で、契約都市伝説は「烏は不吉の象徴」
カラスの大軍を操れるが、戦闘力は所詮カラスだ

「今日もディシリオンくんの一人勝ちかぁ、やっぱりすごいね」
「…別に。君達と少し育ち方が違うだけだ」
「うふふ、そうかもね」
「むぅー! ノワールだめー! ワタクシのナユタぁー!!」
「ぐえっ」

苦しい
こいつは僕を殺したいのだろうか

「ば、か……はなせ……」
「ナユタはワタクシのですの、誰にもあげませんの」
「う、うん、その…アルケミィちゃん、謝るからディシリオンくんを助けてあげて?」
「ほえ?」

328 ◆7aVqGFchwM:2016/05/01(日) 22:40:47 ID:jjTMflBs
       †       †       †       †       †       †       †








「やあ、遅かったじゃないか」

暗い部屋
巨大モニターや培養カプセル、何かの装置があちこちに配置されていることから、研究室だろうか
そして、あまりにも光が入らないことから、地下であることを匂わせる
そこで待っていたらしい青年が話しかけたのは、

「すまない。私も忙しいのでね」

白髪混じりの、長身の男性―――アンブローズ・デクスターだった

「まだ続けるつもりかい? “先生ごっこ”」
「そう言うな。これもやらねばならないことだからな」
「神の思し召し、というものか…
 全く、この身体を提供してくれさえしなければすぐにでも逃げ出したい気分だよ」
「無駄話は良い。ところで…反応はあったか?」
「まあね。ディシリオン・ダークナイトにも僅かに見られたけど、
 君の言った通り、アルケミィ・エインシェント、オルガ・オニール、ノワール・ナルスジャックの三人には反応したよ
 特にアルケミィ・エインシェントは膨大なエネルギーを持っている可能性がある…
 それを隠しているのか、出し切れる能力がないだけなのかは知らないけどね」
「やはりか…」
「けど、これは一体何なんだい?
 まるで都市伝説の固有情報を根本から捻じ曲げているような、そんな力があるというのかね?」
「……それ程遠くない未来において、このエネルギーは“幼気”と呼ばれるようになる
 幼子の、特に少女による云わば“ワガママ”によって、
 都市伝説の情報を破壊しない程度まで歪曲させ、より強大な力を得るエネルギーだ」
「っ………それで?」
「そして更に時を重ねれば、何処の誰とも知らん者が妙な装置を作り上げる
 その代物は、老若男女問わず“幼気”のように都市伝説の情報を捻じ曲げ、
 都市伝説の力を際限なく発揮できる…無限の可能性を秘めた物だった」
「つまり何が言いたいんだね?」
「面白いとは思わんか?
 仮に“幼気”を簡単な装置に閉じ込めて、それを万人が使えるものにすれば…!!
 しかしただ使えるだけでは何の面白みもない!
 使用する度に契約都市伝説が使用者を蝕み、最後には同化して消滅する!
 力を欲した者は、力に溺れ力に殺される! これ以上滑稽なことがあるか!? がっひゃっひゃっひゃ!!!」
「ハァ、そんなことだろうと思っていたよ
 その“幼気”とやらを抽出する装置は既に製造済みだ
 後は君が言うブラックボックスをどうやって作るかだね……少し時間を貰うよ」
「急く事はない、すぐに見つかる筈だ…さあ、始めるとしよう
 製造コードは……『エフェクター』!!」



   ...to be continued

329罪深い赤薔薇の花子さんとかの人  ◆nBXmJajMvU:2016/05/02(月) 00:35:28 ID:Ki0wk9zM
 明かりもつけていない資料室の中で、小さな音が響く
 いくつもの資料を確認し、目当ての資料を探し続けた

(これは違う………これも、違う。これじゃない……)

 あの件の資料が、この辺りにあるはず……

 ………がちゃり

「何をしているんだい、君は」
「!?」

 ぱちり、と部屋の明かりがつけられた
 慌ててそちらへと視線を向けると、呆れた様子の郁が立っており、じっと、こちらを見つめてきてた

「…あらまぁ、郁君。びっくりさせないでちょうだいな」
「それはこっちのセリフだよ。この資料室はC№の管轄なんだから……A№の君は許可を得ないと入ってはいけないはずだよ。許可はとったのかい?」

 すたすたと近づいてくる郁のスカートの裾が、ひらひらと揺れる
 男性であるにも関わらず、何故、黒のゴシックロリータ服を好んで着るのかはあいにく、愛百合には理解できない世界なのだが、仕事はきちんとやっているらしいからよしとしよう

「忙しそうでしたもの、許可はもらってないわ。資料を持っていく訳ではないのだし、いいでしょう?」
「良くないよ。S№が管理しているような、閲覧制限はいるような資料はないにしろ、ここには大事な資料だってあるんだから」

 近づいてくる、近づいてくる
 これ以上は無理か。そう判断して、手にしていた資料を戻した

「まぁ、いいわ。私が探してた資料、見つからなかったし」
「そうかい。だが、どの辺りの資料に目を通したのかは、確認しなければいけないね。誰がどの資料お見たのか、記録をとらなきゃ」
「もう、面倒ねぇ」
「仕方ないだろう………近頃、上がピリピリしているからね」

 そう言って、郁は肩をすくめてきた
 仕方ない、と溜息をつく
 流石に、上層部に目をつけられたくはない

「わかったわ。話す。話すけれど、私、ここで資料探すの無理だってなったら急にお腹減ってきちゃったわ。食堂で、なにか食べたいんだけど」
「あぁ、構わないよ……というか、君は食べながら話してくれればいい。今の時間、食堂は空いているだろうしね。話しても問題ないさ」

 「組織」の本部の中には、当然のように食堂も存在している
 何らかの料理に関係した都市伝説に飲まれた黒服が調理係だ……もちろん、他者の命を奪うような都市伝説ではなく、美味であったり健康状態を整える能力者が、だが

「…ねぇ、愛百合」
「ん、なぁに?」
「君は、今回の「狐」の件、首を突っ込むつもりなのかい?」

 資料室を出る間際、郁がぽつり、そう呟いた
 そうねぇ、と考えるふりをしてみせる
 答えは、最初から決まっていた

「上の指示次第ですわね」

 表向きは、そういう事にしよう
 けれど、上からどう言われようとも、「狐」の件では動くことにしている
 A№強行派の今の肩身の狭さを、少しでも改善すべきだろう
 甘い考えでは、「組織」に敵対行動をとる者に「組織」が舐められる事となる
 もっと、もっと、以前の「組織」のように、「組織」所属以外の契約者や都市伝説を支配していくような動きをするべきなのだ

 その考えが正しいと、証明する為にも。自分が「狐」の件を片付けられるように動く必要が、ある
 慶次にも、協力してもらう必要があるだろう
 いざとなれば、郁や郁の担当契約者である紅 かなえの力も利用させてもらうとしよう
 …全ては、「組織」の為に

 愛百合の返答に、郁はそうかい、とため息を付いて

「こちらは、現状、学校街に入り込んでいる「狐」の手駒の調査だよ。見つけても戦闘はするな、と言われてはいるが、どうなる事やら」
「へぇ……」

 …これは、好都合かもしれない
 郁に気づかれぬようにこっそりと笑い、愛百合は郁と共に資料室を後にした

 再び、資料室の中は闇に包み込まれて


 小さく、笑い声が、響いた


to be … ?

330世代別の2人  ◆nBXmJajMvU:2016/05/03(火) 00:56:38 ID:YLIvTeFc
「やぁ、すまないね。君も忙しいだろうに」
「お気になさらず。直希さんこそ、体調は……」
「あぁ、僕の体調なら問題ないさ。と、言うか、体調が良くなければ「光輝の書」の天使逹が外出を許してくれん」
「残当な結果であると思われます」
「………解せぬ」

 からからと、車椅子を押していく龍哉
 その車椅子に腰掛けている直希は、むぅ、と首を傾げている

 年齢でいうと、龍哉の父親よりも年上のはずである。遥の父親の同級生と聞いているから、それくらいの年齢だ
 が、元々童顔気味であるのか、それとも仕草のせいか、もう少し若く見える
 首を傾げると、長い髪がはらりはらりと揺れた

 直希は車椅子に乗っているが、別に足が悪い訳ではない
 あえて言うならば、「身体中すべてが悪い」状態だ
 元々病弱であったそうだが、ここ数年は特に酷い、と龍哉は聞いていた
 臥せっている事が多く、食欲もかなり落ちている
 それでも、体調がいい日はこうして外に出たがるらしい

「天地は忙しいそうでね」
「そうですね。「狐」の件で、「組織」はたいへんと忙しいのだと聞いています」

 かなえが心配そうにそう口にしていたのを思い出す
 龍哉としては、かなえにはなるべく「狐」の件に関わらないままでいてほしいと感じているのだが、「組織」所属の契約者である以上、どうしても難しいだろう
 ならば、どうするか、と言えば、自分逹は自分逹で出来る範囲のことをやっていくしかない
 ……もどかしいが、仕方ないのだ

「しかし、天地も。だからと言って「組織」所属でもない君に頼まなくとも良いだろうに」
「いえ、僕も本日は、特に目的があって散歩していたわけでもありませんので

 苦笑しながらの直希の言葉に、龍哉はにっこり、微笑む
 本来、直希の外出に天地が付き合うはずだった………というか途中まで一緒だったのだ
 その道中に散歩していた龍哉と遭遇し、少し立ち話をしていたところで、天地に緊急の用事が入ってしまった
 直希は一人でも行けるよ、と言ったのだが、天地と龍哉にダブルで却下され、龍哉がそのまま直希の外出に付き合う事になったのだ
 天地が「建物毎ぶっ飛ばす」と言っていたような気がするが、気のせいだろう
 もしかしたら、また学校町から廃工場が一つ、消えるかもしれないが

「龍哉、君は、無茶をしてはいないかい?」

 と、く、と直希が龍哉を見上げ、そう問うてきた
 にこり、龍哉は微笑んでその問に答える

「無茶はしていませんよ。僕は、僕に出来る範囲の事をしております」
「ふむ、ならば良いのだがね」

 からから、からから
 この時間帯、この通りは人が少ない
 なにせこの街であるから、人が少ない通りは都市伝説との遭遇率もあがるのだが、龍哉はあえてこの道を選んでいた
 人通りの少ない場所の方が、直希の体調が悪化しにくい事をしっての事だ

「若いうちは、ついつい無茶をしがちだからね………君達の事だから、「出来る範囲の事」と言って、用意周到に色々とやっているのかもしれんが」
「用意周到、とまではいきませんよ。ただ、備えをしているだけの事です」
「君達の場合、「用意周到」の域に入っていると思うけれどね」

331世代別の2人  ◆nBXmJajMvU:2016/05/03(火) 00:58:01 ID:YLIvTeFc
 からから、からから
 がたがた、がたがた

 進む先にあるマンホールの蓋が、がたがたと、揺れる

「「狐」にプラスして、便乗する厄介な連中も入り込んでいるのだからね。もしかしたら、君達くらいに用意周到なくらいが、調度良いのかもしれないが」
「そうなのですよね。「狐」だけで手一杯だと言うのに、他の問題まで転がり込んでくるのですから、困ります」

 がたんっ、と
 マンホールの蓋をはねのけて、真っ白な鱗を持った鰐が、姿を表した
 「下水道の白い鰐」だろう。飛び出したそれは近づいてくる龍哉と直希へと襲いかかろうとする

 だが、龍哉も直希も、驚いた様子も逃げようとする様子もなく
 龍哉は直希が座る車椅子を押したまま、直希はいつの間にか手元に古ぼけた本を出現させて

「……穿け、ゾフィエル」

 出現したのは、槍を構えた天使
 胸元や関節などを部分的に守る鎧をまとったその天使の槍は、吸い込まれるように「下水道の白い鰐」の脳天を貫いた
 「下水道の白い鰐」とて、戦闘力は高い都市伝説なのだ、一撃で絶命したりはしない
 そして、「下水道の白い鰐」の内側から………槍によって貫かれたその傷口の向こう側で

 何かが、目を光らせ、飛び出してきた

 「下水道の白い鰐」には、類似の都市伝説がいくつか存在する。その中の一つが「トイレから出てくる下水蛇」である
 親しい存在である故に共生関係だったのか、それとも単に蛇のほうが鰐の体内に勝手に住み着いていただけか
 とにもかくにも、蛇は飛び出し、槍を構えた天使へと襲いかかった
 槍の穂先から素早く登られ、天使は対応しきれずに
 が、「トイレから出てくる下水蛇」の牙は、天使には届かない
 ひゅんっ、と言う音と共に二振りの刀が飛んでくる
 「大通連」と「小通連」は、くるり、くるりと舞い踊るような動きで持って、「トイレから出てくる下水蛇」へと斬りかかった
 すぱりっ、と蛇が斬り裂かれる。「大通連」の方は、そのままどすりっ、と、「下水道の白い鰐」の口へと突き刺さり、「下水道の白い鰐」を地面へと縫いつけた
 槍と刀に縫い止められ、身動きできなくなった「下水道の白い鰐」へと、もう一体、召喚された天使が斧を振り下ろして

 ………そして、その通りはまた、静かになった

「……やれやれ。どうにも、反応やら判断力が鈍って困るな。やはり、もう少し実戦に出ねば」
「駄目ですよ、直希さん。ご家族や天地さんが心配しますよ」
「…………むぅ」

 ぱたむ、と直希が本を閉じると、2人の天使は姿を消す
 ……姿を消す直前から、天使逹の姿は薄らいでいた
 天使の具現化が長時間続けられない程に、直希は弱っているのだ
 その事実を、龍哉は改めて確認した
 おそらく、天地もこの事実を知っているのだろう
 だから余計に、龍哉に直希を頼んだのだ
 その点を理解しているからこそ、龍哉は直希の護衛を引き受け、やり遂げる

 ……それに、直希への「口止め」の件もあるのだし

「さて、それでは。行き先は「ヒーローズカフェ」で良いのですよね?」
「あぁ。あそこでは、海外のヒーロー物の映像も流してくれることがあるからね」

 実に興味深い、と直希は笑う
 二人共、先程まで都市伝説に襲われたと言う事実など感じさせぬ表情で、そのまま目的地へと向かったのだった



to be … ?

332世界の敵END1【六本足】:2016/05/07(土) 23:01:52 ID:81hSz7gI
 私が、人よりも本に囲まれるようになったのは何故だろう。
 物心付いた時には、お母さんが死んでいたから?
 お父さんから衣食住しか貰わなかったから?
 誰よりも内気な性格だったから?
 問いは無限、とどまることを知らない。
 けれど、確かな事が一つ。
 冷たさを教えてくれのは現実で、温もりを教えてくれたのは物語ということ。
 生の人間は手を差し伸べてくれず、キャラクターだけが微笑んでくれた
 だから、私は本の世界に浸り続けた。
 読んで、笑って、怒って、泣いて、妄想した。
 いつか、彼彼女らに救われたい。
 孤独の檻から解放されたいと。
 最初に魔女が現れて、最後に王子様に見初められる少女。
 シンデレラになることを夢見ていた。
 そして――

「お願いします。私と契約してください」
「おすそ分けの礼だ」

 現実となった。
 ただ、想像とは大きく違っていたけれど。
 中学一年生の春に出会ったのは、魔女ではなく巫女。
 高校一年生の春に出会ったのは、足が六本もある王子様だった。
 二人は、とても個性が強い。
 巫女の場合、常識的なようで人間をとても憎んでいる。
「俗物の事なんて気にしないでください」

 たまに、ポロっと黒い本音をさらけ出す。
 でも、私にはとても優しくしてくれた。

「ホットココア、作りましたよ」
「お手伝いします」
「契約者さんだけでも逃げてください!」

 彼女がいなかったら、私は死んでいた。
 肉体はもちろん、心の面でも。
 彼女との繋がりが、心に明かりを灯してくれた。
 苦しかった学校生活を乗り越えられるほどに。
 本当に、感謝してもしきれない。
 でも、それは王子様にも言える。
 巫女が与えてくれたのが篝火だとすると、彼がくれたのは沢山の薪と――

「私と男女交際してください!」

 もちろん、恋心だった。

333世界の敵END1【六本足】:2016/05/07(土) 23:08:06 ID:81hSz7gI
 今までが嘘みたいに、三人で過ごす日々は幸せだった。
 もっと沢山の人に触れよう、という発想が生まれるほどに。
 けれど、そんな時間は終わってしまった。
 昨夜、ロク君が凶弾に倒れた瞬間に。

「だから」

 私は許さない。
 
「だから」

 彼に襲いかかってきた狂人、【獣の数字】の契約者を。 
  
「――だから、殺す」

 千枚通しを捻りながら宣言する。
 目の前で、月光に照らされている【獣の数字】の契約者に。
 しかし、奴は眉一つ動かさない。
 余裕に満ちた薄笑いを浮かべるだけだ。
 兆発としか思えない行為に、胸の底あら怒りが湧き上がる。
 それを、ありったけの自制心で押し留めた。
 ここで、相手のペースに乗せられてはいけない。
 冷静になることを意識。
 落ち着くために、パートナーに声をかける。

「……カンさん、そっちは?」
「はい、終わりました」

 後方から返ってきたのは、予想通りの答え。
 【姦姦蛇螺】のカンさんが、操られているだけの都市伝説達に負ける訳がない。

「それじゃあ、本命に取り掛かろうか」
「はい」

 手土産をぶら下げ、カンさんが近づいて来る。
 艶のある長い黒髪を揺らし、尻尾で這いずりながら。
 小袖は真っ赤に染まり、六本腕の半数は塞がっていた。

「【注射男】、【赤マント】、【花子さん】。どれも、この前と比べると格が落ちますね」

 地面に、屠った獲物の首が投げ捨てられた。
 といっても、どれも札で隙間なく包まれている。
 見分けはつかない。

「そうだね」

 返事をし、【口裂け女】の眼球ごと千枚通しを引き抜く。
 全身に札が張り付いた彼女は、最期まで何も反応をしなかった。
 いや、出来なかったという方が正しい。
 この札には、身動きを取れなくする効果があるのだから。
 おまけに、カンさんは姿を見せるだけで呪いを掛けることができる。
 ただの人間相手ならばほぼ無敵、契約者や都市伝説相手でも軽度の麻痺くらいは期待できる。
 相性の悪い敵や、純粋に強すぎる相手以外には苦戦することがない。   

「おかげで、存分に恨みを返せる」

 汚れた千枚通しを手放し、ベルトに挟んだアイスピックを抜く。
 カンさんは、空中に札を展開した。
 敵はもう、【獣の数字】の契約者しかいない。
 奴が操っていた都市伝説達は、全て辺りに転がっている。

334世界の敵END1【六本足】:2016/05/07(土) 23:10:44 ID:81hSz7gI
「警戒は忘れないけどね」

 相手の能力は、不幸を操るという規格外のもの。
 何をしてくるかわからない。
 六六六を刻んだ伏兵を隠している可能性もある。
 油断は禁物だ。
 どんな些細な動作も見逃さないよう、【獣の数字】の契約者を睥睨。
 あちらも、こちらの出方を伺うように見つめてくる。
 奈落まで続いてそうな、黒い暗い瞳で。
 視線と視線をぶつけ合う。
 どちらの命が先に削れるか試すように。
 夜風が通り抜けるのを感じながら、長く重い時間を過ごした。
 それに変化が起きたのは、アイスピックを握り直した時だった。

「――――」
「え?」

 初めに、口を開いのは【獣の数字】の契約者だった。

「――――」

 突然、奴は語りだした。

「――――」

 なぜ、一連の騒動を引き起こしたのかについて。
 なぜ、ロク君を執拗に狙ったのかについて。
 なぜ、ロク君と私達は殺そうとしたのかについて。
 その理由は、とても共感できるものでなく常軌を逸していた。
 どこまでも、個人のルールに基づいた考えとしか表現できない。
 きっと、本人にしか理解できないだろう。
 そして――。

「……ふざけるな」
「契約者さん!」

 【獣の数字】の契約者を、

「ふざけるな!!」

 害獣から「私の敵」へと昇格させた。

335世界の敵END1【六本足】:2016/05/07(土) 23:15:09 ID:81hSz7gI
 目を覚ますと、見慣れた老人の顔があった。

「おはようございます、師匠」
「もう昼だ、馬鹿弟子」

 いつものように会話を交わす。
 ここが、現実だという実感が沸いてきた。

「全く、ぶっ倒れたと思ったら呆けた顔で復活しやがって」
「すいません」

 答えながら、辺りを見渡す。
 予想していた通り、師匠の家の客間だった。
 畳が敷かれ、障子で仕切られた和室だ。
 物は、俺が寝ている布団くらいしかない。

「あれから、何日経ちました?」
「二日だ。お前が寝ている間、面倒だったぞ」

 師匠はそう言うと、俺が倒れてからの出来事を話した。
 あの後、結界から解放された俺達を師匠は偶然見つけたらしい。
 どうやら、飲みの帰りだったようだ。
 取り乱す恋人を慰め、師匠は俺を自宅に運び治療した。
 【首切れ馬】の黒服は、組織を呼び引き取ってもらったらしい。
 まだ目覚めていないが、命に別条はないようだ。
 
「【薬】を使ったから銃槍は塞がっている」

 半身だけ起き上がり、確認してみると確かにそうだった。
 微かな痛みと、僅かな痣が残るだけだ。
 都市伝説製の薬なだけはある。
 正し。

「反動と骨折は我慢しろよ。そっちはどうにもならねえ」

 俺の体は万全に程遠い。
 右腕にはギブス、全身は悲鳴を上げ続けている。
 三つの技と【六天】を使った代償は大きい。

「まあ、これで大体は説明したか」
「はい」

 コップの水を飲みながら頷く。
 二日寝ていただけあって、喉は乾ききっていた。

「じゃあ、最後に二大ニュースだ」
「まだ、何かあるんですか?」
「ああ」

 珍しく、師匠が真剣な顔をした。

「昨日、【獣の数字】の契約者と思われる奴が死んだ」
「思われる奴?」
「そこは後で説明する」

 先に二つ目だ、続けて次のニュースが発表された。

「お前の女が都市伝説化した」

――続く――

336世界の敵END2【六本足】:2016/06/18(土) 00:09:31 ID:1FD1UMxo

 師匠の話はこうだった。

「お前をここに運んだ後、女と【姦姦蛇螺】もずっといたんだ。せめて、お前の傍にいたいってな。断るのも無粋だから好きにさせてたんだけどよ。さすがに昨日の夜、一旦帰したんだ。泊まってもいいから着替えをとってこいって。そしたら、いつまで経っても戻ってこなくてよ。心配していたら、ヒロトから馬鹿息子に連絡が来たんだ」

 お前の女が、【獣の数字】の契約者と思われる奴を殺した上に暴走したって。
 低いトーンで師匠は話した。

「最初に気づいたのは、たまたま通りかかった黒服だ。廃工場で、怪しい気配がしたから見に行ったらしい。そしたら、暴走したお前の女と六六六を操る奴がいたわけだ。まっ、後者はすぐに死んだけどな。死体は、事情が有って確認できていない。それに、重要なのはここからだ」

 師匠の言いたいことはわかる。
 都市伝説に呑まれ暴走した人間がどうなるか。
 その末路は、よく知っている。

「黒服はすぐに応援を呼び、お前の女を殺そうとした。だが、逆に返り討ちに合い――」

 何人かが死んだ。
 答えは予想通りだった。

「お前の女はまだ暴れたりなかった。黒服の連中をあしらった後、今度は近くを歩いていた一般市民にも犠牲者を出した。こっちは全滅、襲われた全員が死んだ。中には、お前の学校の生徒もいた。確か、生徒会長だとか聞いたな」

 「美声で声量もあるし」、ディズニーの声が蘇った。

「この辺で、パトロール中のヒロトと仲間達が駆けつけた。あいつら、というかヒロトが奮戦してお前の女を撤退に追い込み自体は収束。今に至るってわけだ」

 話が終わると同時に、俺は質問をした。

「今のあいつの場所はわかっているんですか」
「ああ、組織が掴んでいる。街外れの森だ。今頃、包囲網を張っているだろうよ。今夜にでも、討伐を開始するって聞いたからな。わざわざ、学校町からも援軍を呼んだらしい」
「そうですか」

 黒服だけでなく一般人にも犠牲者を出した以上、本腰を入れるということだろう。
 どこの組織でも、面子ほど大事な物はない。

337世界の敵END2【六本足】:2016/06/18(土) 00:16:36 ID:1FD1UMxo
 一転して、師匠は軽い口調になった。

「さあ、これからどうする? お前らしく、組織に任せて傍観しているか? せめてもの義理、お前の足で葬ってやるか? それとも――」
「助けた上で駆け落ちします」
「そうかそうか。……え?」

 痛みを無視し、無理やり立ち上がる。

「今まで、お世話になりました。母には、独り立ちすると言っておいてください」
「ちょっと待て!」

 障子に手をかけたところで、服の端を掴まれた。

「おい、本当に駆け落ちする気か?」
「はい、そう決めましたから」
「組織を敵に回すことになるぞ」
「でしょうね」
「そもそも、あの娘は暴走している」
「なんとか、正気にします」
「……頭でも打ったか?」
「右腕を骨折しただけです」

 師匠は目を丸くした。
  
「何か変ですか」
「いや、実に喜ばしい返答なんだけどよ。どうも、お前が言うと違和感がすごいというか。そんな理想家じゃなかったろ」
「人間、二日も寝てれば変わりますよ」
「……そういうことにしておいてやるよ。おい、ちょっと座れ」

 師匠があぐらを組む。
 俺も、向かい合うように腰を下ろした。
 もちろん、正座だ。

338世界の敵END2【六本足】:2016/06/18(土) 00:20:35 ID:1FD1UMxo
「まあ、なんだ」

 師匠は、気難しげな顔をしながら頭を掻く。
 少しの間、そうした後に口を開いた。

「事情が事情だし、心意気を買って俺がついて行ってもいいぞ」

 珍しく、優しいことを言われた。

「いいんですか?」
「ああ、今回だけは特別だ。相手が悪すぎるからな」

 確かに、俺一人で組織の敵に回るのは無茶だ。
 野良の都市伝説や、フリーの契約者と対立するとのは訳が違う。
 奴らは無数の黒服と、優秀な契約者を抱えている上に物資にも恵まれている。
 今回の件にも、相応の戦力を投入しているだろう。
 けれど。

「お断りします」
「あ?」

 申し出を受けるわけにはいかない。

「俺一人で行きます」
「お前、本気で言ってるのか? 遠慮してるんじゃねえだろうな」
「してませんよ」

 そう、遠慮なんかじゃない。
 ただ、けじめをつけたいだけだ。

「自分の女くらい、自分で何とかします」

 これだけは譲れない。
 例え、いたら心強い人が相手であっても。 

「……言うようになったじゃねえか」

 俺の言葉に、師匠は凶悪な笑顔を浮かべた。 
 面白い。
 素直な感情が顔に出ていた。

「どうも、一皮剥けたらしいな」
「そうですか」
「そうだ、俺が証明してやる」

 師匠のお墨付きなら信用できる。

「お前の意思はわかった。でも、飯くらい食っていけ。あと、服も着替えろ、バカ息子のお下がりでも見繕ってくる」
「わかりました」

 この、厚意には甘えておく。
 途中で、行き倒れでもしたら洒落にならない。

「飯食ったら、もっと細かい情報も話してやるよ。あと、これを持っていけ」

 部屋を出ようとした師匠が、何かを投げてよこした。
 見ると、年季の入った子袋だった。

「何ですか、これ」
「お守りだ」
「お守り」

 神頼みなんて師匠らしくない。

「ちなみに、中身は羽根だ」

 なぜ、羽根。
 疑問が解消しない内に、師匠は続けて口にした。

「あと、お前の契約都市伝説。鶏も連れて行けよ」

 瞬く間に、謎が二つも生まれた。

――続く――

339一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/07/16(土) 12:43:38 ID:lhW93RmY
男「まったく。平和というか、退屈というか。」

―――これは、一人になれない男の物語―――

 俺は、あるアパートで彼女と同棲しながら暮らしている。
 この話は、俺が彼女と遊園地でデートしていたところから始まる。

女「いいじゃない。だって最近家にいるか戦ってるかだったし。たまにはゆっくりデートでもしないと。」
男「いや、嬉しいんだけどな。忙しいより退屈な方が好きだ。」

 まぁ、ある意味こっちはこっちで忙しいんだが。
 電車のために早起きしないといけないし、入園チケットも乗り物に乗るのも並ばないといけないし。
 んで、こいつの我がままも。飯にすら並ばないとありつけないとは、どういう事だ?

女「何か言った?」
男「何も。お前は【読心術】とでも契約したのか?」
女「あなた限定なら、ずいぶん前から契約してたけど。それより、次 どこ行こっか?」

 俺の事なら昔から良く知ってる、って事か。了解。
 彼女は楽しそうにパンフレットを広げて、次の目的地を探していた。

男「どこでも良いけど……。並ばない限り。」
女「どこも並ぶよぉ、遊園地だもん。あ、ほら、ここでヒーローショーやってるよ。」
男「子どもじゃないんだから、そんなの見ねぇよ。」
女「えぇ?それって毎週日曜日だけ早起きしている子の言う事かなぁ?」

 うっ、同棲相手に嘘は付けないな。
 何か対処法はないか?『戦隊モノかライダーじゃないだろうから嫌。』
 ……結局、子どもっぽいな。

 そうやって下らない言い訳を考えていると、不意にケータイがバイブレーションする。

男「おっと、ケータイ?誰からだ?」
女「まさか、他の女からじゃないでしょうね?」
男「俺はそんなにモテねぇよ。かといってアイツでもねぇだろうし……。」

 俺の電話番号を知っている奴は少ない。いったい誰なんだろうか―――。
 ケータイに触れた瞬間、俺は硬直した。

340一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/07/16(土) 12:44:22 ID:lhW93RmY



―――一人きりになってはいけない―――



 真っ黒な背景に血のように赤い字で書かれた文。それを数秒間映した後、ディスプレイはいつもの画面を映した。



 【一人になってはいけない】。俺が契約している都市伝説(怖い話系だが)だ。
 俺や身の回りに居る誰かに、何らかの危機が迫っている時、
電子ディスプレイに「一人きりになってはいけない」という表示を出して警告してくれる。
この警告は俺にしか見えないが、必ず危機の前にはこうやってでも知らせてくれる。

 一見、地味でシンプルな能力だが、その実は奥深い。
ポイントは『身の回りに居る誰か』という点。……もっとも、コントロールできないのが欠点だがな。



男「おい!絶対に俺から離れ……!」

 と、叫びかけて気が付いた。
 今日は一日デート。いつ離れたらいいんだよ。

女「もしかして、また能力?」
男「あぁ。でも今日は2人きりだからな。問題ない……どうした?」



女「……それさ、誰に対して言ってるの?」



 は?と数秒間考えて、やっとその意味に気付き辺りを見回した。

 ……『一人きりになってはいけない』のは、この人混みの中の誰だ?

―――続く

341一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/07/19(火) 21:40:13 ID:4xhL5VhQ
>>339-340の続き)

 『一人になってはいけない』……人混みを見回しながら、その言葉が頭の中を巡り続ける。
 この中の誰かが、何者かに襲われる。その危機は一人きりにならない事で回避できる。

 ……じゃあ、この人混みの中の誰が襲われるんだ?

男「で、でもここは遊園地だぜ?列も多いし一人になんてなれないと思うが。」
女「それなりにあるわよ。トイレとか、アトラクションの中とか……あと、1人で来たとか。」

 時折、この能力が差す『一人きり』の定義で混乱する。
極端な話だが、都市伝説に襲われる場合、加害者と被害者の2人が居るはずだから『一人きり』ではないはずだ。

 だが、どうやらこれでも能力が発動する。
つまり『一人きり』とは、『友人や仲間・保護者といった、ある程度の関係を持つ他人が傍にいない事』のようだ。
この条件に当てはまるならば、例えこんな人混みの中でさえ『一人きり』になってしまう。

 この件は彼女に指摘されて気づいたのだが……我ながら、良い彼女を持ったものだ。

男「なるほど、つまりそれっぽい奴を探せばいいと。よし、じゃあ行ってくる。」
女「あぁ!それって私も危険なんだからね!」

 えぇっと、とにかく独り身とトイレに行きそうな奴を……。

男「えぇと、すみません。あなたトイレに、ごファッ!?」
女「な、なんでもないんです。なんでもないあははは……。」
客2名「何、あの人達?」「さ、さぁ……?」

 なぜだろう。腹を殴られて引きずられているのに、すごく感謝の気持ちでいっぱいだ。マゾなのか?

男「その、なんだ?あ、助かった。」
女「普通さぁ、女性に『トイレへ行きたいか?』なんて質問する?」
男「セクハラだな、確実に。慌てていた。本当にすまない。」

 あと、彼女連れで「お前は独り身か?」って尋ねたら殴られるな。落ち着きが足りなかった。

女「……でも、入園者全員が対象だったらさ。私達だけどうにかできるかな?」
男「そこがこいつの欠点だな。都市伝説が出たのか、もっと別の理由かさえ分からない。」
女「せめて『トイレにいってはいけない』とかだったら、対応の余地もあるのに。」

 その時、泣いている子どもの声が聞こえた。
 ……なんとなく、俺達はその子の元へ向かった。

女「ボク、いったいどうしたの?」
少年「パパとママとはぐれて、一人ぼっちになっちゃったの。」ぐすっ
男「なるほどな、一人きりに……。」

男&女「「 一人きり!? 」」
少年「ッ!?」ビクッ!

342一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/07/19(火) 21:40:49 ID:4xhL5VhQ
 子どもを驚かせてしまったが、俺達は同時に顔を合わせ、頷きあう。

男「よし、俺はまだ迷子がいないか探してくる!お前はそいつと居てやってくれ!」
女「あぁ、ちょっと!一人にしな……」

―――言いかけて、咳払いした―――

 私は知っている。あの能力は、精神的な影響も大きいのだと。
 「助けて」と誰かを呼びたくなるような状況なら、『一人きり』だと思っていい。

 一人きりだと思ってはいけない。むしろ、一人きりだと思わせてはいけない。
 まずはこの子を安心させてあげないと。

女「……ボク、安心して。私達がパパとママを探してあげるから。」
少年「ほんと!?」
女「うん、本当。だからキミはもう、一人じゃないのよ。」

―――俺は人混みの中をすり抜けるように走って、迷子を捜していた―――

男「くそ、だから人の多い所は嫌だって言ったんだ!」

 やがてまた、子どもの泣き声が聞こえてくる。

男「……こっちか、あ!」
少女「ふぅぅぅ……ひぐっ。」
男「よし、えぇっと、キミ、どうかしたのか?」

少女「うぅぅ……パパとママがいなくなっちゃったの。」
男「よし、じゃあお兄さんが迷子センターまで連れてってあげるよ。」
少女「あ、ありがとう……。」

 俺は女の子を背負い、一旦彼女の元へ向かう。

男「これで間違ってたら3秒以内に表示しろ……!」

 走りながら見つめるケータイは、いつもの画面を映すまま、1…2…3…と秒読みが過ぎていく。

少女「……?」
男「(よし、これで解決か?)」

 そう、思った時だった。



――― 一人きりになってはいけない ―――



男「なッ……どういう事だ、他にも問題が……!?」

343一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/07/19(火) 21:41:32 ID:4xhL5VhQ
俺は辺りを見回す。右、よし。左、よし。正面は……彼女!

女「ほら、もう安心だからねぇ。」
少年「うん、ありがとう!」
きぐるみ「……。」

 どうやら係員の人に迷子を任せる、というつもりだったらしい。
 だが俺は違和感に気付き、そのきぐるみを蹴り飛ばした。

男「待てェェェ!竹刀キィィィック!」
きぐるみ「ごはっ!?」
少年「ッ!??」ビクッ

 どうやら、ギリギリ間に合ったようだった。俺は背中の女の子を下ろす。

男「危ない所だった……。」
女「むしろ、あなたのせいでね。見てよ、可哀想じゃないピイ太くん(の中の人)。」
男「あのなぁ、[森の妖精ピイ太くん]は緑の長靴だ。あんなスニーカーは履いてないんだよ!」
少年「……ほんとだ。じゃあピータくんじゃないの?」
少女「ねぇねぇ、じゃあこの人たちは?」

 しばらく係員たちは黙っていたが、ふとその中の1人が仲間に耳打ちする。

係員?A「どうします?バレちゃいましたYO。」ヒソヒソ
係員?B「バカ、黙ってたら分かんねぇよ。」ボソボソ
女「聞こえてるよ。」
係員?A&B「「 ッ!? 」」
係員?「バレちゃあ仕方ねぇなぁ。」

 係員の1人がピイ太くんの偽者に近づく。

きぐるみ「おやぶぅん……助けてくださぁい。」ジタバタ
親分「誰だ?きぐるみを使えば楽に子どもを騙せるって言い出したのは?」

 すると、係員が偽ピイ太くんに触れた瞬間、偽ピイ太くんは係員に変わった。

男&女「なっ!?」「えぇ!?」
少年&少女「「おぉ、すごぉい!!」」キラキラ

 偽ピイ太くんから出てきた係員が起き上がると、他の係員に頭を下げる。

係員?C「すみません!自分が中途半端な提案したばっかりに!」
親分「声がでかい。あと提案は良かったんだよ!何故、靴を盗むなりしなかった!」
女「え、という事は……、この人が親分で残りの係員さんはその仲間?」
男「それから、都市伝説か。」

 その言葉を聞くと、親分と呼ばれる係員姿の男はぴくりと反応し、俺を睨む。

親分「ほぅ、知っているのか……。その通り。俺は【遊園地の人攫い】と契約したんだ。」

344一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/07/19(火) 21:42:15 ID:4xhL5VhQ
 【遊園地の人攫い】とは、怖い話系の都市伝説の1種で、
『遊園地で迷子になった子どもが、人身売買や臓器取引のために攫われかけていた』というもの。
 数多いバリエーションを持つ都市伝説で、『完全に手遅れ』という救いのないパターンもあれば、
『衣服も髪型も変えられていたが、同じ靴を履いていたために気づく事ができた』というパターンも存在する。



 いつもの天の声が都市伝説の解説をしてくれた。助かる。

子分A「だから親分には『触れた人間の、靴以外の服装を変える』力があるんだYO!」
子分B「バカ、そこまでバラす必要ないだろ!」
子分C「すみません!自分が靴を盗めなかったばっかりに!」

男「(無駄にこいつら個性的だな。)……って、ちょっと待て。お前等、契約者なんだろ?
  契約者なら、悪い都市伝説を倒すために戦うんじゃないのか?」
親分「……。」ぷるぷる

 頬を急に膨らませたと思ったら、人攫い達は急に笑い出した。
 賑やかな奴等だ。何が楽しいんだ?

親分「お前な、そんなお人よしがこの世にいる訳ないだろう?」
子分達「YO!この世は資本主義!」「稼ぐためなら何でも利用!」「稼いだ奴が正義!です。」

 ……リズムが良けりゃあ善いってもんじゃねぇぞ?なら俺はどんだけお人よしなんだよ。

女「じゃあもう1つ。人攫いで大儲けって言うけど、漫画じゃないんだから人身売買なんて」
親分「『ありえない』ってかぁ!?鳥かごの小鳥かァあんた達は!?」
子分A「人攫いの都市伝説があればYO、人売りの……。」
子分B「バカ、そんな事教える必要ねぇんだよ。」
男「……よく分かった。こう解釈しよう。『お前等は悪い都市伝説だ』ってな!」

 最初からそれで良かったんだ。
 契約者だとかお人よしだとか、資本主義だとか関係ねぇ!片っ端から叩きまくってやる!

親分「お前等、まだ俺の怖さが分からんのか……?」

 ただの早着替えじゃねぇか。こちとらナイフ野郎の相手もこなしてんだよ。
 心の中でそう呟いていると、人攫いの親分は、自分と子分達の衣服を青くした。
 ……ってあれ?

男&女「その服は……。」「も、もしかして……。」

 青い制服の4人が並ぶと、親分はおもむろに笛を加え……甲高い音を立てた。



親分「人攫いです!皆さん、犯人逮捕にご協力ください!」



―――続く

345一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/07/23(土) 21:32:10 ID:smKZSEIU
>>341-344の続き)

客「人攫い?」「あれ、さっきの人達?」「さ、さぁ……?」「あ、子どもが……!」

 警官に変装した、人攫いの親分の発言を聞いて周りがざわつく。

男&女「しまっ……!」「嘘でしょ……!」
親分「人間ってのは衣服によって人を判断する。衣服が所属や身分を示す記号って事だ。
   それを上手く利用すれば……この通りだ。」

 【遊園地の人攫い】……自分達の衣服を自由に変える能力か。
 耳で聞く分には地味な能力だが、目にしてみれば印象が違う。
 それだけ視覚情報というものは、人間の判断に大きな影響を与えるのか。
 なるほど、あいつの言葉にも一理あるようだ。今後気をつけよう。

子分A「これでも俺達を倒そうってのかYO?」
子分B「バカ、諦めてとっ捕まってくれ。」
子分C「すみません!自分達の生活がかかってるので!」

 つまり、他人にはこう見えているんだ。
 『男女二人による子ども攫いグループ』と『それを追う警察官数名』。

男「よし、逃げるぞ!」
女「え、逃げたらまずくない?むしろあいつ等をやっつけたらいいじゃない。」
男「警官を攻撃したらどうなる?今が説明してどうにかなる状況か?」
女「……うぅん、私達は悪くないのにぃ。」
男「とにかく今は……。」

 しまった、子どもを置いて逃げたら危険だ。最悪、あいつらの餌食になる。

男「逃げるぞ!子どもと共に!」
女「もう、ますます誘拐犯じゃない!」

 俺は男の子を、彼女は女の子を担いで走り出す。
 せめて広いところに出るまで、走り続けたい所だが。

少女「ねぇねぇ、あの人たち、おまわりさんだったの?」
少年「お兄ちゃんたち、人さらいだったの?」
男「せめてお前達だけは分かってもらいたいな。あの会話の中で。」
女「あの人達、自分で人攫いって自己紹介してたじゃない。」
少女「あ、そういえば。じゃあお姉ちゃんたちは いい人なの?」

 そうだ、と返したが、これを信じるのも純粋すぎるよなと少し思う。
 無駄な思考は捨てて逃げるべき状況だが。

346一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/07/23(土) 21:36:56 ID:smKZSEIU
女「……ところでさ、捕まったらまずいの?」
男「まずいさ。一瞬手錠が見えた。備品も衣装の一部扱いらしい。つまり捕まったら身動きが取れなくなると思え。」
女「……その後は?」
男「あいつ等の様子を見ると、本当に……。今は捕まったら死ぬと思え!」
女「むしろそれ、怖いんだけどぉ!」
少年&少女「「 パパぁ!ママぁ!はやく たすけに きてェ! 」」

 全くだ。親さえ居れば、この子達だけでも助ける事はできる。
 追われながら戦う事ぐらいはできるんだが、それに加え子どもを庇うのは難しい。
 と……その時、ケータイがバイブレーションする。

男「誰だよ、こんな時に……。」



――― 一人きりになってはいけない ―――



男「好都合だ……!」
女「またあいつ?」
男「あぁ、あいつ等の内1人をどうにかするぞ。」

 『一人きりになってはいけない』……この警告には2種類の意味がある。
 1つは前に説明したとおり、『俺達への警告』。この場合、身を守るよう注意して行動しなければならない。

 もう1つ、『敵への警告』。相手が一人きりになった時、何か危険なことが起こるという訳だ。
この場合は、敵を全力で振り切り、一人きりにしてやる。そうすれば、戦わずして勝てる。

女「いつも思うんだけどさ、それって悪い方だったりしないの?どうやって区別してるのさ?」
男「勘だ。」
女「……頼りにしていいのかなぁ。」



少年&少女「(ボクたちの ほうが。)」「(ふあん です。)」




―――その頃、人攫いは―――

親分「一般人に追われる正義の味方。人とは所詮そんなものよ。」
子分A「で、あいつらどうするYO?」
子分B「バカ、正体がバレたんだ。生かしておいたら俺達の首が飛ぶぞ。」

 親分は薄汚れた手帳を開く。そこには『人間』の相場が書かれていた。
 臓器・四肢……そして身体。それらを【闇オークション】で出品した際の想定金額だ。

347一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/07/23(土) 21:37:40 ID:smKZSEIU
親分「成人の臓器も取引はされている。幸い、見たところあの男は運動をしているみたいだ。
   きっと良い心臓が手に入る。女の方は……考えるまでもない。売れる以上、捕まえるぞ。」
子分A「ひゃっほう!今夜はパーティだYO!」
子分B「バカ、気が早い。皮算用はあいつ等を捕まえてからだ。」
子分C「すみません、あいつらはそう簡単に捕まるでしょうか?」
親分「もう変装は通じねぇだろうからなぁ。一般人を利用したい所だが……」

「おい。」
子分達「おぅYO!?」「すみません!出来心だったんです!」

 人攫い達が作戦を練っている時、彼等に係員の服を着た者が声をかける。

子分D「違う違う、俺だよ俺。」
子分B「……バカ!驚かすんじゃねぇ!」
親分「お前、今まで何処にいたんだ。」
子分D「すみません親分。こいつを……手に入れるのに時間がかかったんで。」

 そう言って彼が懐から取り出したのは、奇妙な形の靴。

子分A「靴なんか盗んでどうするんだYO?」
子分B「バカ、変装に使えるだろ!」
親分「おぉ、これがあればあいつ等にもバレないだろう。」

子分D「それだけじゃないんです親分。これは、ヒーローショーの靴なんです。」
親分「ほぉ、ずいぶんと便利じゃねぇか。」
子分D「幸運続きで、この靴俺にぴったりなんです。あとこれが写真です。」
親分「完璧だ。おい!お前も見習えよ。」
子分C「すみません!見習います!」

―――そして人攫いの親分は、再び子分3人の服装を係員の制服に変え、1人をヒーローに変身させた―――



親分「楽しいヒーローショーの始まりだ……正義のヒーロー君よぉ。」



―――続く

348一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/07/24(日) 22:21:00 ID:nDEb/rKw
>>345-347の続き)

男「―――面ッ!めェん!小手ェ!」バシッバシッ、バシンッ
客「ぐっ!」「がっ!」「たっ!」

男「もう付けて来るなよ!」
客「「 ま、待て!痛たたた……。 」」

 人攫いを見つけたと思ったら、その親分の口車で人攫いに仕立て上げられるとはな。
 しかし解決の良案はない。俺は竹刀を取り、遊園地の客を叩きつつ逃げていた。
 奴らが『一人きり』になる事を願いながら……。

女「あぁ、もう完全に人攫いにしか見えないよね私達。」
少女「だいじょうぶ。わたしが わるくない って言ってあげるから。」
女「あなた優しいのね。お姉ちゃん感激。あとでアイス買ってあげる。」
少女「わぁい。」
少年「あ、ボクも言うから アイス!」

 と、微笑ましいのか良く分からない光景を見ている内に、聞き覚えのある声が聞こえる。


子分達「皆さぁん!ヒーローショーが始まりますYO!」「すみません!離れてください!」

客「もうそんな時間か」「あれ、開演早くない?」「さ、さぁ……?」「あ、人攫いが……!」


女「ヒーローショー?ならその隙に逃げちゃお。」
男「待て、あの係員の声、絶対あいつ等だと思うんだ。」
女「とにかく逃げ、あ!」
子分B「はいはい、これ以上入らないで下さいねぇ。」ニヤッ

 ……やっぱりな。ロープと三角コーンで周りを塞がれた。
 そしてそれを覆うような人だかり。囲まれたって事か。

女「あ、あの、邪魔ですよね。さっさと退きますから」
子分B「じゃあ、がんばってください。」
女「……え?」

 そう言って係員は、いやそれに変装した子分は去っていった。

女「もしかして、さっきの人も……?」
男「それしかないだろ。問題は……。」

 その時、子どもの歓声が聞こえてきた。おそらく彼の登場だろう。

少年「あ、レオパルドだ!」
男「やっぱりそういう展開なのか。」

349一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/07/24(日) 22:23:40 ID:nDEb/rKw
―――その時、彼のヘルメットでは―――

???「≪おい、お前!出てくるの早すぎるんだよ!アドリブにも程があるだろ!≫」
子分D「(やっべぇ、話しかけられちまった!喋ったらバレちまう……。)」

 靴を盗む際、彼はついでに通信機を盗んでいた。
 建前上は盗聴用に盗んだものだが、本当は未だ直らない盗みの悪癖によるものである。

???「≪あぁもう喋るな!いいか!始まっちまったものは仕方ない!声流すから合わせろよ!≫」
子分D「(せっかちで助かった。しかし声って……。)」

 考える暇もなく、小さなノイズの後に台詞が聞こえてくる

    ≪追い詰めたぞ、ジャークの手先め。懲らしめてやる!≫
子分D「(おぉ、通信機から次の台詞が!しかも状況にベストマッチ!)」

 盗んだかいもあったと喜び、彼は台詞に合わせた動きをとる。

―――そしてヒーローショーが始まる―――

スピーカー「≪追い詰めたぞ、ジャークの手先め。懲らしめてやる!≫」

 スピーカーから声が聞こえたと思うと、レオパルドが俺達を指差した。
 さっきのはヒーローショーの『正義の味方レオパルド』の台詞か。……って。

男「はァ!?」
少年「え……。お兄ちゃんたち、ジャークのなかまだったの?」
女「だからあれも変装なの。たぶん……。」

 しかし、靴が普通なのが問題だ。あいつらが盗んだのか、それとも係員を騙していて中は本物なのか……。
 どちらにせよ、捕まるのは危険すぎる。

男「仕方ない。悪役でもなんでも演じてやる。」
女「えっ?」
男「子ども達を頼んだぞ。絶対に離すな。」

 俺は男の子を降ろしてレオパルドの前に立ち、竹刀を構える。

男「言っとくが、俺は強いぞ……?」
子分D「≪ははは、たぁ!≫(やれるもんならやってみな!)」

 その台詞と同時に戦闘時の音楽が流れ出す。
 う〜ん、格好いい。こんなBGMを流されたら勝つしかないな。

子分D「おらァ!」
男「……胴ォ!」
子分D「ぐふっ!?」

350一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/07/24(日) 22:24:34 ID:nDEb/rKw
 俺はパンチを避けて胴をお見舞いする。竹刀がバシンといい音を立てた。
 俺の胴をまともに……こいつ素人だな。

男「外見がソレでも、中身が伴ってないな。」
子分D「(くそ、こいつ……。)≪だァ!≫だァ!」
男「おっと。」

 足払い、右フック、左ストレート、型のなっていないキック。避けやすい避けやすい。
 もう一発お見舞いするか。


客「あれ、さっきのもショーの一環だったの?」「さ、さぁ……?」「でも警官も居たよ?」

女「(あ、良かった。人攫い騒ぎをヒーローショーの一環だと思ってる。これで逃げやすく……。)
  (ならない、絶対!お願い勝って、そんな偽者 倒してぇ!)」
少年&少女「「 お兄ちゃん、がんばって!! 」


 負けられない。今までも、今回も。人の命がかかってんだ。
 子どもの命も、あいつの笑顔も、全部守ってやる!

子分D「≪これでも喰らえ!≫」

 あいつは膝蹴りを繰り出すが、竹刀で受け止めながら飛び退いて、竹刀を振り上げる。

男「め……。」
子ども「「 がんばってぇ!レオパルド! 」」

 俺は竹刀を止めた。……忘れていた。これは正義のヒーロー、レオパルド。
 中身は違えど、子ども達の目にはヒーローが映っていて、俺はその敵だ。

 こいつに勝ったら、俺は……子ども達の夢を壊してしまう……?

男「……。」
子分D「隙だらけだ、正義のヒーロー君。」

 しまった、寸止めしていた竹刀を捕まれた。その瞬間から、あいつは至近距離でパンチやキックを連発する。

子分D「≪ははははは、たぁ、てりゃあ!≫」

少年「なんで!?なんでお兄ちゃんは よけないの!?」
女「……もう、あの人は。こんな時に子どもの夢とか考えなくても良いじゃない。
  むしろ、あいつの存在自体、子どもの夢をぶち壊してるのよ……。」
少女「……ねぇねぇ、あれほんとに レオパルド?なんか ちがうよ?」
女「え?」

351一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/07/24(日) 22:25:43 ID:nDEb/rKw
男「く……。卑怯な格好しやがって……。」
子分D「悪の勝利だ、ヒーロー君。」


―――その頃、群衆の外では―――


お姉さん「ちょっと、あいつ何やってるのよ!許可取ってるの!?
     竹刀持ってるし、ツレの人だと思うけど……あれ本気で殴ってるよね……。」
???「≪おい!準備できたぞ!お前もアドリブ頑張れよ!≫」
お姉さん「あ、分かりました。……台本をちょっと弄って、こんな感じ?」


―――そして係員の服を着た女性は、口をマイクに近づけて喋り始めた―――


お姉さん「≪あれれー、どうしたのかなぁ?レオパルドが町の人を虐めているぞ?≫」


男「……? 俺はジャークの手先じゃないのか?」
お姉さん「≪いったい、レオパルドに何が あったんだろう?≫」

 突然聞こえた女性の声に俺は困惑したが、レオパルドも動揺している。
 動きから予想していたが……やはり中身は偽物で、物語を理解できていないようだ。

子分D「(え、こいつ一般人なの!?『ジャークの手先』って言ったじゃんさっき!)」
    ≪これで止めだァ!≫
子分D「(あ、よし。止めさしてもいいのね。)」

 レオパルドは拳を掲げ、俺に狙いを定める。

子分D「改めて……!≪これで止めだァ!≫」
男「まさか……。」


???「≪そこまでだァ!≫」


子分D「……は?」
親分「……嫌な予感がしてきたぞ……。」


―――続く

352一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/07/26(火) 23:35:56 ID:MVC50ZqE
>>348-351の続き)

 レオパルドと戦っている最中、スピーカーから今までとは違う声が聞こえてくる。

子分D「≪誰だ!何処にいる!≫(マジで誰だよ!悪の親玉とかか?)」
お姉さん「≪あぁー!あんなところに!≫」


レオパルド「≪ジャークの手先め!よくも僕に化けて町の人を傷つけたな!≫」


子分D「(えぇー!?この衣装、偽者だったのー!?)」
男「……中身だけじゃなく、外側まで偽者だったのか。」

 女性が指差す方向に居たのは、本物のレオパルドだった。つまり俺が今まで戦っていたのは……。
 随分と滑稽な話だ。こんな形で『偽者のヒーロー』を演じるとは、悪役の鑑だな。

子分D「≪何を証拠にそんな事を!お前こそ偽者だ!≫」
レオパルド「≪この赤く輝く正義のラインこそ、僕が僕である証だ!≫」
お姉さん「≪なるほどぉ!悪の心でラインが黒く染まっている、あいつは偽者だったのか!≫」

 ヒーローショーらしい会話が繰り広げられる中、俺は笑いを堪えていた。
 動揺する偽レオパルドが、あまりにも『らしかった』のだ。

子分D「(なに勝手に進めちゃってるの!?そんなの証拠になるのかよ!)」

 そんな偽レオパルドを無視し、正義のヒーロー・レオパルドは台本通り立ちはだかる。

レオパルド「≪さぁ、今の内に逃げて!≫」
少年&少女「ありがとう、レオパルド!」「だから言ったじゃない、ちがう って。」
男&女「あいつを倒してくれ、レオパルド!」「ありがとうございます!」
レオパルド「≪任せて!≫(親子っていいなぁ。『パパ凄かったろ』とか言うのかなぁ。)」

 いつの間にか人混みに亀裂が入っていたので、そこから俺達は脱出した。

子分D「(あ!追いかけないと……。)≪待て!≫」
レオパルド「≪逃がさないぞ、ジャークの手先!≫」

 後ろ見ると、レオパルドが偽者の前に立ちふさがってくれていた。

男「ふぅ、これで安心か?」
女「さっさとここから離れましょう。」
お姉さん「ちょっと!」

 一瞬ドキッとして、俺達は声の方を向く。

お姉さん「あの、大丈夫でしたか? 思いっきり殴られてましたよね?」
男「あ、は、は、はい!大丈夫です!」

353一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/07/26(火) 23:36:33 ID:MVC50ZqE
 声の主は、ヒーローショーのナレーション担当のお姉さんだった。

お姉さん「あの人、いつもそうなんです。本番前に居眠りしたり、破天荒な行動したり……。」
女「係員さん! あの人、変装した人攫いグループなんです。」
お姉さん「……え? そう言われると、あんな暴力はしないし、なんか弱っちかったし……。」
女「とにかく調べてください。私達はこの子達の面倒を見るので。」

 それだけ伝え、俺達は子どもを抱え直して走り出した。

お姉さん「あ……。竹刀、なんで持ってるんだろう……。」


―――彼女は少し考えて、まず確認だけしようと通信機を繋げる―――


お姉さん「すみません監督!」
監督「≪おぉ!?本番中になんだ!≫」
お姉さん「あの、控え室にリョーさん居ませんか?」
監督「≪はぁ!?リョーは偽パルドだぞ!? 居る訳ないだろ!≫」
お姉さん「念のためチェックしてください!」

監督「≪……。リョー!なに寝てやがんだ! 本番とっくに始まってるぞ!≫」
お姉さん「あぁ、やっぱり寝てましたか……。
     よく考えたら、リョーさんが時間より早く出てくる訳ないですよね。」
監督「≪ふざけるなよ全く……! ん、じゃあ今の偽パルドは!?≫」
お姉さん「偽者、ですね。さっきお客さんが、変装した人攫いと言ってました。」
監督「≪ショーのスーツで人攫い!?そんな事されたら困るっての!≫」


―――そして群衆内部では、レオパルドが頭を抱えていた―――


お姉さん「≪大変だぁ!ジャークの怪音波でレオパルドが苦しんでいる!≫」≪キィィィ…ン≫
客「さっきの人、係員と話してたぞ。」「本当?じゃあお芝居だったんだ。」「悪い事したなぁ。」
子ども「レオパルド!がんばって!」「ニセモノなんてやっつけちゃえ!」

 偽者だった判明し、呆然とする人攫いの子分。しかし目の前には何故か苦しむ本物のレオパルドが居た。

子分D「(は!よく考えたら、別に本物だからって中身は人間じゃねぇか。)」
親分「(さっさと逃げろよ、あのバカ!)」
子分D「(どうせ演技通りにしか動かねぇ。今がチャンス!)
    ≪はっはっはっ!喰らえェ!≫」
レオパルド「≪うぅ、はっ!≫」

 人攫いの子分がパンチしようとした瞬間、レオパルドはバク転で回避する。

354一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/07/26(火) 23:37:34 ID:MVC50ZqE
子分D「(ち、だがまだチャンスは……。)」
監督「≪おい盗人!そのスーツで人攫いとは、いいご身分だな!≫」
子分D「……え、は!?バレて……。えぇ!?」
監督「≪ただ1つ言っておく!お前の演技、とっても良いぞ!まさに偽者って感じだ!≫」
子分D「え、ちょ、えぇ!?」

 人攫いが感付かれた事に戸惑う子分だが、それを気にせずショーは進む。

お姉さん「≪みんなの応援で偽者が苦しんでる!今だよ、レオパルド!≫」
レオパルド「はぁ……たァ!」
子分D「いや、その……え、ごぶっ!??」

 偽物はレオパルドパンチをモロに受け、思いっきりぶっ飛んだ。

親分「……見捨てるか。追うぞ!」
子分A&B「「あ、はい!親分!」」
子分C「すみません!見捨てます!」

 残りの人攫い達は彼を見捨てて、男を追いかけにいった。

子分D「あ、親分! 一人に!しないで、下さい……。」


――― 一人きりになってはいけない ―――


男「―――よし、2人目発動か。」

 ケータイの画面を見て、能力の発動を確認する。どうやら、あいつは群衆の中に取り残されたようだ。

女「ごめんね。変な事に巻き込んで。」
少女「ううん。たすけてくれて、ありがとう。」
少年「お兄ちゃんカッコよかったよ!バシッバシッって!」
男「ははは、ありがとう。」

 純粋に褒められると嬉しいものだ。……と、後ろから声が聞こえてくる。

親分「待てェ!」
子分達「逃がさねぇYO!」「バカ!止まりやがれ!」「すみま、せん!……。」

男「もう来やがった! ん?」

 1、2、3、……4人。あの偽レオパルドの中身は親分じゃなかったのか。
 つまり変装は顕在。困ったな……。


男「まぁいい、全力で逃げ切ってやるさ。」


―――続く

355一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/07/27(水) 22:43:09 ID:UcSfatBA
>>352-354の続き)

 偽りのヒーローショーが本物のヒーローショーに変わり、俺達は何とか1人を対処できた。
 係員にも伝えたし、あいつはあのまま逮捕されると信じたい。

男「しかし、あと4人も居るのか……。」

 【一人になってはいけない】の欠点は、1人ずつしか対処できない点だ。
 この作業をあと4回ほど繰り返す必要がある。その前に力尽きたら……負けだ。

女「……そうだ、人を隠すなら人の中!」
男「充分、人の中だと思うが。」
少女「じゃあ、どうぶつえん!」

 ……そうか、この遊園地には動物園エリアもあったな。
 あそこは入るために並ばなくてもいいし、程よく混んでいるはずだ。

男「一か八か、試してみるか。つかまってろよ!」
少年「うん!」

 俺達は全力で走り、動物園エリアに直行する。
 入り口から見たところ、どうやら中高生や子供連れでない大人が程よく来ているようだ。

男「提案だが、2手に別れないか?」
女「えっ?」
男「子どもを狙っているなら、あっちも2手に、上手く振り切ればさらに4手に分散できる。」

 どうせ賭けるなら全額賭けだ。固まるより別れた方が、探す方の負担になると俺は考えた。

女「でも、一人で逃げるのは……。」
少女&少年「わたしも いるよ。」「ボクも!」
男「背負っているものを意識しろ。逃げている間は無事のはずだ。」

 【一人きりになってはいけない】。ならば、2人でいる限り安全だという事だ。
 背負っている子ども達が、俺達を『助けてくれる』……直接的ではないにせよ、そういう意味だ。
 真意を察してくれたのか、彼女も同意してくれた。

男「じゃあ、1時半に西口だ!」
女「了解!」


―――その後ろでは―――


親分「ほう、2手に別れようってのか。」
子分A「1時半まで逃げ回るってYO!」
子分B「バカ、丸聞こえだよ。」

 男の大声を聞き、人攫いグループが作戦を練っていた。

356一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/07/27(水) 22:43:46 ID:UcSfatBA
親分「お前らは あの男を追え。俺はこいつと女の方を追う。」
子分C「はい、すみません!がんばります!」
子分A&B「1時半までじっくり探すYO!」「バカ、手早く追い詰めるんだよ。」

 人攫いグループも2人組に別れて動物園エリアに入った。

親分「さてと……。」

客「あの、係員さん。トイレってどっちですか?」
子分C「はい!トイレはあっちです!すみません!」
客「ん?あ、ありがとうございます。」「係員さーん、落とし物拾ったんだけど。」
子分C「すみません!ありがとうございます!」

 2手に別れた途端、人攫いの元に来園者が群がった。
 ヒーローショーの時に係員の服装にしていたが、うっかり警官の服装になる事を忘れていた。

親分「ち、こんな時に……。」
客「すみません、ちょっといいですか?」

 自分まで捕まってはマズい。親分は奥の手を使う事にした。

親分「申し訳ありません。私は用事があるので、御用ならあちらに。」
客「あ、分かりました。」
子分C「ッ!? すみません、親分!?」

 子分を置き去りにし、親分は人目のつかないところへと行った。

親分「今は煩わしい。私服に着替え……行くとするか。」


―――私は走った。走って走って……疲れた―――


 逃げ慣れているとはいえ、人間だもの。みつを。
 疲れすぎて、ふざける事で気を紛らわそうとしてしまう。
 追われていなければ、休んでしまいたい。

少女「お姉ちゃん、いないよ?」
女「えっ?」

 ふと振り返ると、たしかに誰もいない。振り切ったの……かな?
 思わず、その場に座り込んでしまった。

女「ちょ……ちょっと休んでいいかしら?」
少女「じゃあ、アイス ちょうだい。」

 約束を果たすという意味合いと、自分が休むためにも、私は2人分のアイスを購入。
 ベンチで一休みする事にした。

357一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/07/27(水) 22:44:21 ID:UcSfatBA
少女「1時半までゆっくりしようね〜。」
女「追手が居ないなら、ゆっくり見て回る?……『1時15分』までなら良いわよ。」

 彼は15分前行動を心掛けている。
 待ち合わせが『1時半』なら、おそらく『1時15分』に西口付近に居るはず。
 つまり最速で逃げるなら1時15分に西口に着けば良い。

女「……けど、今だけ休ませて〜。」
少女「ねぇねぇ、一口ちょーだい。」

 私は女の子。少しだけ甘いひと時を楽しむ余裕がほしかったのだ。


―――現在、午後0時45分。待ち合わせ『45分前』―――


 俺は走っていた。走って走って……走り続ける。

少年「お兄ちゃん、大丈夫?」
男「……。」

 大丈夫ではない、なんて言えない。だが確実に疲労は溜まり続ける。

子分A&B「YO!YO!YO!」「バカ!止まりやがれ!」

 係員姿の人攫いは、未だに後ろにいるようだ。……正直、いつまで保つだろうか。

少年「……ねぇ、ボクが あいずしたら、お店に入って ふせて。」

 ……なるほど、その手があったか。俺には後ろを見る余裕もない。この子を信じて、合図を待つ。
 俺は人混みを縫うように走り十字路を曲がると、土産屋がいくつか並んでいた。

少年「いまだよ!」
男「ッ!」

 とっさに目に入った土産屋に入り込り、商品棚の陰に隠れる。
 数分経って、あいつ等の声が聞こえる。

子分A&B「……見失ったYO!」「バカ!遠くには行っていないはずだ!探せ!」

 上手くいった……のか? どっと疲れが押し寄せ、身体の力が抜けた。

男「あいつも無事だと良いんだが……。」


―――現在、午後0時50分。待ち合わせ『40分前』―――


―――続く

358一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/07/31(日) 10:13:14 ID:bA5xMVwg
>>355-357の続き)

少年「お兄ちゃん、ごめんね……。」
男「……いいんだ、好きでやってるからな。」

 いったん子供を背から降ろし、ふと周りを見渡す。
 少し客の視線が痛かったが、すぐに興味を失ったように商品の方に目を向けていた。

男「ちょっとだけ見てくか。」
少年「良いの?」
男「待ち合わせの時間があるからな。」

 『1時半』……とっさにキリのいい数字を叫んでしまったが、正直余裕を持たせすぎた。
 早めに西口に向かうにしても『1時15分』……あいつが何分に着くかも問題だ。
 できるだけ振り切ってから合流したいが……どうなるか分からない。

少年「……。」

 ふと子どもの方を見ると、とあるお土産に釘付けになっていた。
 〈レオパルソード〉。先ほど助けてくれたレオパルドの愛用武器だ。
 ……玩具にしては、木刀のように立派な大きさだな。

男「買おうか?」
少年「良いの!?」
男「欲しいなら、な。」

 子どもは嬉しそうにその剣を持ち、俺の手をレジまで引っ張る。

少年「ボク、お兄ちゃんみたいな つよい男に なる!」
男「ははは……、良い道場を紹介してやるよ。」

 なんとなく、救われた気がした。
 振り切った事以上に、この何気ない会話に、疲れた心が癒されたようだ。
 能力の発動と時刻確認のため、俺はケータイを見た。

男「発動は……していないか。」


―――現在、午後0時55分。待ち合わせ『35分前』―――


 私は、人攫いを振り切って休憩していた。

女「へぇ、キリンって立ちくらみしないのね。」
少女「わぁ、たかーい!」

 『1時半、動物エリアの西口集合』の言葉を信じ、その15分前までは動物エリアを楽しむ事にした。
 追手を振り払う、子どもを楽しませる。両立できてこそ『保護者』ってものよ。

359一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/07/31(日) 10:14:12 ID:bA5xMVwg
女「と言いつつ、自分が楽しみたいからなんだけどね〜。」
少女「なにか言った?」
女「なんでもなーい。」

 なんだか、妹ができたみたいで少し楽しくなっていた。
 せっかくだし、写真でも撮ろうかな。

女「すみません、写真撮ってもらえませんか……。」
子分C「すみません、ただいま……。」


女&少女&子分C「「 あ ー ! ! ! 」」


 私は女の子を乗せて、全力で逃げだした。

子分C「ま、待って、くださーい!」
女「待てないわよ! 待てるわけないでしょ!」
少女「お、お姉ちゃあああん!」

 幸い、心も体も充分休めた。
 西口に向かうのは少し早い。なんとかあいつを『一人きり』にできないかな?


―――現在、午後1時00分。待ち合わせ『30分前』―――


 俺は〈レオパルソード〉の支払いを済ませ、子どもに渡した。
 嬉々とする子どもを背負い直し、西口へと向かおうとした。


子分A「見つけたYO〜!」

男&少年「「 ッ!? 」」


 俺はとっさに竹刀に手をかけようとする。しかし、子どもを背負っているせいで抜刀できない。
 仕方ないので『外道・竹刀キック』をお見舞いして駆け出した。

男「(しまった……降ろした時に抜刀するべきだったんだ……!)」
少年「……?」

360一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/07/31(日) 10:15:01 ID:bA5xMVwg
 よりにもよってこの時間に、か。ここは西口に向かわず……。

子分B「バカが。」
男「うおっ!?」

 遠回りするつもりが、行く手を阻まれた。仕方ない、西口を目指す。

子分A&B「「 待て「YO!」「バカ!」 」」


―――現在、午後1時00分。待ち合わせ『25分前』―――


 人攫いの子分は、愚直に追い続けた。しかし……。

子分C「待って、ぐだ、さい……!」

 追われる身とは違い、追う身となると、休む暇もなく探し続ける必要がある。
 そして何より、来園者に係員扱いされ、引っ張りだこになっていた。
 彼はもう、疲れ果てていた。

子分C「ま、待って……。」

 女はそれに気づいたのか、走りを速めた。
 疲れた子分では追いつけるはずもなく、人混みに紛れてしまった。

子分C「み、見失った……。」

 子分があまりにも疲れ、ベンチに腰掛けた時だった。

???「そんな所でなにやってんの!」
子分C「ッ!? すみません!」

 怒鳴ったのは、かなり年季の入った係員。

おばちゃん「今日はたくさん人が来てるからサボるなって言ったじゃないの!」
子分C「すみません!違うんです!」
おばちゃん「何が違うんだい、全く。早く来なさい!」

 そのまま子分は、係員の作業に『戻って』いった。

子分C「すみません!誤解でーす!」


―――現在、午後1時10分。待ち合わせ『20分前』―――


―――続く

361一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/07/31(日) 13:16:09 ID:bA5xMVwg
>>358-360の続き)

 男は走る。約束の西口へ。

子分A「YO!YO!もうすぐ西口だYO!」
子分B「バカ!まだ出れない事は知ってるんだよ!」
男「くそ、どうすれば……。」
少年「お兄ちゃん……。」

 女は走る。約束の時間まで。

女「お願い、間に合って……!」
少女「お姉ちゃん……!」

 走って、走って……。

男「お!?」
女「あ!!」


―――現在、午後1時15分。待ち合わせ『15分前』―――


子分A「YO! あの女じゃないかYO!?」
子分B「バカ! 予定より15分は早いだろ!?」

 どうやら、運よく合流できたようだ。

女「やっぱり15分前!」
男「えっ?……あぁ、そうだな。15分前だ。」

 なるほど、俺の『15分前行動』の習慣を考慮してくれたのか。
 偶然とはいえ、助かった。だが問題は……。

男「追手は?」
少女「いない〜。つかれて ひとり 休んでるよ。」

 『一人』か。そろそろ発動するかもしれない。とにかく今はここを出て……。

少年「あれ、じゃあ あと1人は?」



親分「お疲れ様だ、ガキ共。」



 挟み撃ち……!?しまった、回り込まれていたのか。

362一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/07/31(日) 13:16:48 ID:bA5xMVwg
親分「ここに来ると分かるなら、最初からここで待つべきだろ、常識的に考えて。」
子分A&B「「 さすが、親分!! 」」

 こいつら、親分以外バカだな。……だが、親分だけは出し抜けない気がしてきた。
 せめて竹刀さえあれば。

少年「お兄ちゃん!」

 そう叫んだ子どもは、俺に〈レオパルソード〉を差し出した。
 ……そうか、これなら。

男「しがみ付いてろよ!」
少年「うん!」


―――これなら、あの技が使える―――


 数年前。

(先生「いいか、今日はお前に『外道』を教える。」)
(男「『げどう』?」)

(先生「外道とは、道を踏み外したものが扱う技の事だ。」)
(男「でも、剣道は『道』を歩むものですよね?なんで道を踏み外す技を?」)

(先生「時に、人は道を踏み外す必要があるのだ……。確かに、道を歩み続ける事こそ正しいが。」)
(男「……その、なんで自分にだけ教えるんですか?」)


(先生「お前は、道を踏み外さないと信じているからだ。」)


―――先生、俺は……道を踏み外す―――


男「十文字流……『外道・百舌突(もずつき)』!」
親分「ッ!?」

 俺は……〈レオパルソード〉で親分の喉元を突いた。

 十文字流『外道・百舌突』。
 人々に道を示す、南十字星が星の一つ、[十文字百舌(じゅうもんじモズ)]の裏奥義である。
 外道を討つためにつくられた『剣術』であり、道を歩む『剣道』では使用不可能な技である。
 相手の急所を見抜き、一瞬で突く。防具が薄く、かつ命にかかわる部位をだ。
 あまりの出来事に、相手は死を錯覚する。

 しかし、この奥義は『命まではとらない』事にある。
 道を踏み外すという自覚と共に、道を歩み戻す意思も必要なのだ。

363一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/07/31(日) 13:17:20 ID:bA5xMVwg
男&女「今だ!」「うん!」
少年&少女「うわぁ……!」「……。」


―――俺達はその場を後にした―――


子分B「親分! ご無事ですか!?」
親分「ッ……!」

 人攫いの親分は、喉を突かれた衝撃と恐怖で声が出せず、うずくまっていた。
 そこに、年季の入った係員が声をかける。

おばちゃん「アーンーターたーち!何処で油売ってるのさ!」
子分A&B「YO!?」「バカ!?じゃない!」
おばちゃん「だーれが馬鹿だい! 今日は忙しいって言ったはずだよ!」

 その時、親分は大きく咳き込み、話に割って入る。

親分「ゴホッ、人攫い、です。迷子を、狙った、人攫いが……。」
おばちゃん「ひ、人攫い!?迷子……もしかして男の子と女の子かい?」
子分A「そうだYO?」
おばちゃん「あぁ、そんな報告があったねぇ。……アンタ達!なんで言わないのさ!」
子分A&B「「 ひぃっ! 」」

 年季の入った係員は高速でお小言を唱え、大きくため息をつく。

おばちゃん「いいかい、アタシが報告しておくから、アンタ達は追いかけなさい!」
子分A&B「「 了解でーす! 」」

 子分達は駆けていき、親分もその後を追っていった。

おばちゃん「さてと……。」
子分C「すみませーん、掃除、終わりましたー。」
おばちゃん「アンタ!やればできるじゃないの!
      じゃあアタシは迷子センターに行ってくるから、休憩行きなさい。」
子分C「すみません!分かりました!」


子分C「……あれ?」


――― 一人きりになってはいけない ―――


―――続く

364ファザータイムは契約者に甘い  ◆nBXmJajMvU:2016/07/31(日) 17:48:51 ID:leHrKbio
 学校街の北区は、今なおあまり開発が進んでいない地域である。
 田んぼが広がり、山にはまだまだ自然が残っている。
 そして、その山では時折イノシシが出たり、かなり低確率ではあるが熊が出る事もある。
 それ故か、その北区の山の中に好き好んで入る者はあまりいない。山菜の時期であれば山菜採りに向かう者がちらほらといるが、「山菜採りに山に入って行方不明」と言う毎年の風物詩が発生するため数はさほど多くない。

 そのような、山の中をうろちょろする、影が二つ。

「んー、いないなぁ、いい感じの獲物」

 ぽてぽてと歩きまわる少年のポニーテールにした髪がぽんぽん、と揺れて背中に当たる。
 その少年の傍を尽きそうローブ姿の老人は、ゆっくりと辺りを見回し、警戒しているようだった。

「それに、ゆいゆいともはぐれちゃったしー。もう、仕方ないなー、ゆいゆいは。ボクより年上なのに迷子になるなんて」

 違う、迷子になっているのはお前のほうだ
 そのように突っ込まなかった老人……ファザータイムは、なかなかに契約者たるこの少年には甘い。
 道に関しては自分が覚えているから問題ないと感じているのかもしれない。
 いざとなれば、携帯で連絡を取り合えばいいだけの事であるし。確か、彼女は携帯をきちんと持ってきていたはず。ミハエルの携帯も、ファザータイムが持っているし。

「せめて、大物捕まえて帰りたいよねー。お肉食べたいお肉!えっと、日本ではイノシシの肉の事、なんて言うんだっけ」
「ボタン、ではなかっただろうか。鹿がモミジで、馬がサクラ。植物に言い換えるようだな」
「そうそう、ボタン。でも、なんでわざわざそうやって言い換えるんだろうねー」

 確か、そこには日本の昔の仏教での殺生戒が影響していたとは思うが。ファザータイムは仏教関連についてはあまり詳しくない。
 ただ、そのような言い換えは日本らしいな、と妙な日本への偏見と共に感心はしていたが。

「ぼたん、ボタン鍋だっけー。美味しいかな」
「…まず、ヴィットリオ逹がボタン鍋を作れるかどうかが疑問なのだが」

 イタリア料理にイノシシ肉を使うものはあっただろうか。
 契約者と、そのように話しながら山の中を歩きまわり。

 ………気配。
 あまり、友好的なものではない。
 同じく山で迷っている者ではなさそうだ。
 こちらを狙っている………気配としては獣に近いが、獣とは違う遺失な気配。

 ちらり、ファザータイムはミハエルへと視線を向けた。
 ミハエルも、近づきつつある気配に気づいてはいるようだ。
 ただ、まだ鎌を出現させてはいない。
 鼻歌を歌い、まるで警戒なんてしていないよとでも言うように振舞っていた。

(……私の姿は消している。感知能力に優れていない限り、私を認識はしていないと思うが)

 それでも、警戒は必要だろう。
 大鎌を構え、いつでも襲撃者に対応できるよう、備えた。の、だが。

「いいよ、ファザータイム。ボクがやるから」
「……だが」
「平気平気、大丈夫」

 にぱぁっ、とミハエルは子供っぽく、笑ってみせてきた。
 ファザータイムと契約した当初と何も変わらない、無邪気な笑顔。
 「狐」に魅入られ、魅了されてもそれは変わることがない。その点については、ファザータイムはほっとしていた。
 魅了された事によって、契約者に大きな変化が起きていたならば、ファザータイムは「狐」を決して許してはいなかったのだから。

 ……ガサガサと、音が聞こえ始めた。
 気配が、攻撃射程範囲にまで、近づきてきたのだろうか。

 けたましい雄叫びが山中に響き渡った。
 最も、その雄叫びは屠殺されようとする豚の絶叫にも、似ていたのだが。

 飛びかかってきたのは、「豚男」と言い表すのが最もふさわしいと思える姿をしていた。
 人間の首から上が、豚なのだ。
 確か、アメリカの田舎の方では「ピッグマン」と呼ばれる都市伝説が損座していたはずだ。
 恐らく、これもまた、その一種なのだろう。
 アメリカから遠く離れた日本と言う国の、こんな山奥で出現するのは些か異様ではあるが、なにせここは「学校町」だ。
 しかも、「狐」や「バビロンの大淫婦」が学校町に入り込んでいる今、そのどちらかが連れ込んだ都市伝説が野生化していたり、暴れている可能性もある。
 このピッグマンは後者であろう、ファザータイムはそう判断した。
 ミハエルと同じく「狐」の配下であるならば、自分達にも多少は情報が入っているはずだ。

(下っ端の下っ端にも、このような豚男の記憶は、なし)

365ファザータイムは契約者に甘い  ◆nBXmJajMvU:2016/07/31(日) 17:49:36 ID:leHrKbio
 ……ならば。
 刈り取ってしまって、問題あるまい。

 飛びかかってきたそれは、迷うことなくミハエルを標的としているようだった。
 肉食であるのか、それとも別の目的か。
 見た目が無力な少年(遠目に見れば少女に見えなくもない)への殺意に満ちたその突撃は、本当に無力な少年であれば恐怖で立ち尽くし、反応等できないだろう。

 しかし。
 ………しかし。
 己の契約者は、その程度の殺気で威圧されるような弱々しい存在では、ない。

 にこり、ミハエルが笑う。
 ひゅんっ、と出現させた大鎌で、ピッグマンの突撃を防いだ。
 自分よりも大きな体の相手の突撃でも、押し負ける事なく逆に押し返す。
 豚頭のその双眸に、驚愕の色が浮かんだ様子をファザータイムは確かに見た。

 不意打ちに全てを賭けていたのだろう。
 ピッグマンは、尻尾を巻いて逃げに走る。
 イノシシはともかく、豚はさほど勇敢な生き物でもない。
 相手が「自分よりも強い」と判断した時点で、逃げに走るのは当然といえば当然かもしれなかった。

「駄目だよ、逃がさない」

 ひゅんっ、と風をきる音。
 ぱっ、と血飛沫が辺りを汚す。
 大鎌の一振りで、ぽぉん、と、豚の頭が跳んだ。
 胴体と首が泣き別れになれば、それはただの人間の男の死体と豚の頭にしか見えなかった。

 逃げる相手は追撃する。
 攻撃されたら相手が死ぬまでやり返す。
 それがファザータイムの契約者たるミハエル・ハイデッガーのやり方であり生き方だ。
 そうするのが「当然」とミハエルは見ているし、ファザータイムとしてもミハエルがそう考え、そのような世界で生き続けるつもりであれば口をだすつもりもない。
 だから、ずっとそのままだし、これからもそうなのだ。

「…よっし、殺しても消えないタイプだね。イノシシ肉じゃないけど、豚肉だ!」

 うきうきと、転がるピッグマンの頭を拾いながら、きゃっきゃっ、とミハエルは笑う。
 その様子を、ファザータイムは微笑ましく思いながら、じっと見守っていたのだった。




「見守っちゃ駄目でしょ。それは食べたくないわよ、私」
「あれー?ゆいゆい、豚肉嫌い?」
「首から下が人間な時点で人肉食べるような感じになるじゃない!ぜっっっったいに嫌!!!」
 
 ………と。
 駆けつけてきた、同じ「狐」の配下である少女から、盛大な拒絶が入った。
 言われてみれば、確かに豚部分より人間部分が多い都市伝説だ。
 人肉扱いの方が妥当かもしれない。

「ミハエル。流石に人肉は腹をこわす可能性がある」
「えー。でも、お肉ー……」

 むーむーと不満気なミハエルだが、ここは阻止しなければならない。
 契約者が妙なものを食べて腹をこわすのは、困る。

「おじいちゃん、もうちょっと強く止めてよ!ほら、肉なら私がイノシシ狩ったから、これでいいでしょ!?」

 そう言うと、彼女はドンッ!!と、なかなかのサイズのイノシシを見せてきた。
 大きな刃物でばっさりと斬り裂かれた傷が残るイノシシの死体に、ミハエルはおー、と機嫌を直した声をだす。

「すごーい、カタナでばっさり一撃?もー、切ってるとこ見たかったなー」
「はいはい、今度見せてあげるから。今は、これを持って帰るわよ。早く処理しないと美味しくないお肉になるでしょうし。おじいちゃんも、これ運ぶの手伝って」
「……あぁ、わかった」

 ミハエルにこれを運ばせるわけにも行かない。
 そう考えて、ファザータイムはそのイノシシの死体を持ち上げた。
 さて、これで今夜はイノシシ肉を契約者が食べられそうだ。
 この少女には、感謝しなければ。


 まるで、祖父と孫二人のように穏やかな会話をしながら、三人は山を下る。
 後には血の跡と、ピッグマンの死体だけが、そこに残されたのだった


to be … ?

366死を従えし少女 寄り道「…なんてね、嘘だよ」 ◆12zUSOBYLQ:2016/08/01(月) 21:25:58 ID:RCu45bNY
「こんにちは」
「こんちはっ!」
「…こんにちは」
「……」
 九十九屋九十九の店に、少女たちの元気な声が響く。少年もいるのだが、こちらは愛想悪く黙ったきり。
「やあ」
  九十九屋は表向きは愛想良く少年少女を迎える。「仲間の食事」に最適なのは誰だろうと内心考えつつ…
(あの、大鎌使いの子なんかどうかな)
 黒髪に赤いリボンの少女、浅倉澪・マリアツェルを眺めつつ、彼女の持つ変わった気配に既視感を感じる。
(間違いなく都市伝説の気配なんだよな。なんだったっけ)

「すみません、これを四つ、お願いします」

 いきなり紙が目の前に突き出され、九十九屋は現実に引き戻される。
「なんだいこれ…輪ゴム鉄砲?」
「昨日テレビで見たんですよ。針金で出来た輪ゴム鉄砲」
「これ使って、公園でサバゲーするんだ!」
「…サバゲーごっこ。ですけれど」
 澪とキラ、それに見覚えのない水色のワンピースに三つ編みの少女、そして自分に対する敵意を隠さない少年。
(まあ、また襲ってきたら、今度こそ返り討ちにして皓夜の食事だな)
 内心を隠し、九十九屋九十九は少女たちに見積もりと納期を提示した。
『開始!』
 公園に響く号令に、周囲の空気がぴんと張りつめる。
 澪と藍、キラと緑の二手に分かれて人気のない、ちいさな公園の茂みにそれぞれ隠れる。
「作戦はどうする?」
 澪と藍は顔を突き合わせ、戦術の相談にはいる。
 ルールは至って簡単。互いに好きな場所を陣地と定めてちいさな旗を立てる。旗を取った方の勝ち、というわけだ。
「キラも緑も猪突猛進なところがあるから、互いに自分で旗を取ろうとして陣地を空けやすいと思うの」
 「凍り付いた碧」での短くない付き合いで、緑の性格を熟知し、そして目に見えてわかりやすいキラの性格を見越した藍が、現状を分析する。
「そうね。それじゃ片方が陣地に留まりつつふたりの気を引いて、もう片方が向こうの陣地に突入、旗を取るって流れでいいかな」
「了解」
 澪の提案に藍があっさり頷き作戦会議成立。陽動は藍が、敵陣への突入は澪が行うことになった。

「ふたりとも、鬼さんこちらー!」
 藍が茂みから顔を出し、手をひらひら振ると、キラ達に向けて輪ゴム鉄砲を撃つ。
「わっ!」
「痛たたっ!やったわね!」
 5連射式の輪ゴム鉄砲を藍は躊躇なく撃ち放ち、二発が緑の足下に、一発がキラの足に、残り二発がキラの足下に着弾した。

367死を従えし少女 寄り道「…なんてね、嘘だよ」 ◆12zUSOBYLQ:2016/08/01(月) 21:27:36 ID:RCu45bNY
 因みに、首より上を狙ったら反則扱いになり即退場だ。
「当たると結構痛いわねーこれ。藍のやつ。見てなさい!」
 キラが輪ゴム鉄砲を構えながら藍に向かって突進する。
「まて、俺が先だ!」
 すかさず緑も走り出し、キラの進路を塞ぐ。
「ちょっと、ジャマしないでよ!」
「邪魔はおまえだ!」
 互いに進路を妨害しあいながら怒鳴るふたりを尻目に、がら空きになったキラ、緑チームの陣地に近づく澪。
「やっぱりね。巧く行きそう」
 もう少しで陣地に入ろうとした、そのとき。

「もしもし」
「きゃっ!」

 急に肩を叩かれたことについ驚き、振り向き様に輪ゴム鉄砲を撃ってしまった。
「つっ」
「す、すいません!」
 慌てて澪が謝った相手。それは…
「ご…獄門寺さん。いきなりすいません」
「いえ、こちらも驚かせてしまったようで。申し訳ありません」
 幸いにも、輪ゴム鉄砲は服を着ている部分に当たったようで、ちょっと痛い、以上の被害はなかったようだ。
「お怪我がなくて何よりでした。ほんとにすみません」
「この程度で怪我をするほど、柔ではありませんから」
 微笑む龍哉に、澪はほっと一息をついた。
「そんな玩具をもって遊んだりもするんですね」
 龍哉が、微笑ましそうに澪の持つ輪ゴム鉄砲に視線を向ける。
「あ、はい。これ、オーダーで作ってもらったものなんです」
 子どもっぽさを指摘されたように感じた澪がちょっと気恥ずかしげに答える。と、盛大な口論の声が、澪たちのところまで聞こえてきた。

「だぁから!あたしに任せておけば間違いないんだから!あんたはあたしの援護してよ!」
「お前には任せておけない!弾当たりまくってるじゃないか!俺が行くから引っ込んでろ!」
「この程度、屁の突っ張りにもならないわよ!あんたとはやってられないわ!」
「それはこっちの台詞だ!」
「あれは…」
「あ、敵チーム勝手に空中分解した」
 澪はそのまますたすたと近くの茂みまで歩くと、地面に刺さっていたお子さまランチサイズの小旗を拾い上げ―

「あたしたちチームの勝ちー!」
 旗を掲げ、高らかに勝利宣言をした。

 しばし、公園に沈黙が降り―
「あー!」
「ほら見ろ、お前が陣地を守ってないから負けたじゃないか!」
「それを言うならあんたにも責任あるでしょ!なんであんたは―」
「なんだと!大体お前こそ―」
 口論の続きが、再開された。

368死を従えし少女 寄り道「…なんてね、嘘だよ」 ◆12zUSOBYLQ:2016/08/01(月) 21:28:57 ID:RCu45bNY
「お友達ですか」
「まあ一応は」
 澪がふたりに近づく。龍哉もその後ろから着いていった。
 ぽんとキラの肩を叩き
「じゃあキラ、緑、敗者の罰ゲーム、忘れないでね」
 小旗をひらひらさせる。
「罰ゲーム?」
「ドーナツ屋さんで好きなだけ奢ってもらえるんです」
 一緒に如何です?と話を振られた龍哉は考えた。ドーナツ屋には行ったことはないが、お土産に買って帰れば龍威やお母さんが喜ぶかも知れない。
「僕が行って、お邪魔にならないのなら」
「邪魔なんて、とんでもないです」
 澪が微笑む。緑とつかみ合い寸前だったキラも、そうよそうよと援護する。
「今更一人くらい増えたって、大したことないわよ!」
「意義ないわ」
 三つ編みの少女が淡々と答えれば、不利なのは緑だ。
「…勝手にしろ」

「いらっしゃい!…あら、初めてくるお客さんね」
 ふわふわのオレンジの髪の店主が、チョコレートとモカの風味が混ざった甘さ控えめのシェイクを出す。
「ウェルカムドリンクよ」
「いや、僕はお土産だけ―」
「召し上がれ」
 髪と同じオレンジ色の瞳には、きらきらといたずらっぽい光が宿っている。抗しきれないものを、龍哉は感じた。
「…いただきます」

「…それでは、澪さんは、生まれつき都市伝説の力を持っている、ということですか」
 緑がトイレに立ったわずかの間に、澪の持つ「死」の気配について龍哉が問いかけた答えが、それだった。
「ええ、だからこそコントロール出来ているようなもので、母は『死神』に飲まれる前は、ずいぶんと制御に苦労したようですが」
「それはまた…」
「でも別に珍しくもない存在でしょう?特に学校町(ここ)では」
 澪がにっこり笑う。花が咲いたようだと、龍哉は思った。
「そーそー!そんなに深刻に考えないでってば!」
 自身も「黒服」同士の子であるキラが龍哉の背中をばんばんと叩くと、龍哉は飲みかけのシェイクが気管にわずかに入りむせる。
「ちょっと、キラ」
 澪は窘めるが、気づいてもいる。キラは、「死神」の力を持つ澪が、人に忌まれる事が嫌なのだ。
 澪は確かに生物の命を司る力を持っている―が、その力を自分の我を通すために使ったことはないし、これからもないだろう。
 そんな澪が、持つ力だけで人から特別視されてほしくない。澪なりの「普通」でいて欲しい。それがわかるからこそ、澪は目線でキラに(ありがとう)と告げた。

369死を従えし少女 寄り道「…なんてね、嘘だよ」 ◆12zUSOBYLQ:2016/08/01(月) 21:30:25 ID:RCu45bNY
「お待たせ。レモンクリームドーナツ・レモンピールのトッピングと、カスタードドーナツのピスタチオアイシング掛けよ」
 タイミング良く、お土産のドーナツがテーブルに届けられた。
「ドリンクもお持ち帰りに出来るけど?」
「ありがとうございます。ドーナツだけで充分です。それではキラさん、ありがとうございます。緑さんにもよろしく」
「いーってことよ!」

 龍哉が辞した後、キラと藍が身を乗り出してきた。
「澪、あれいったい誰なのよ」
「鬼灯さんの知り合い」
「あー!あの和服の人」
 なんか変わった力を使う人だったなあと、キラは何度も頷いているが、鬼灯を知らない藍はきょとんとしている。
「つまりは、同士浅葱の知り合いなのね」
 藍が頷いたその時、緑が戻ってきた。
「おい…って、あの男、帰ったのか。あれ、誰なんだよ」
「ちょっとね。知り合い」
 澪は言葉を濁した。緑は鬼灯とは因縁がある。龍哉が鬼灯の知人と知ったら、暴れ出しかねない。
「答えになってないぞ」
「秘密ー」
 のらりくらりと逃げる澪に、緑が業を煮やした。
「だから!俺はお前のそういうすかした所が大っ嫌いなんだ!」
 テーブルをばしんと叩いた緑の剣幕にも、澪は動じない。
「そう?でもあたしは緑のこと好きだよ」

好きだよ

『はあああああ!?』

 店中の視線が、こちらに向いた。
「ど、同士浅葱、正気なの!?」
 珍しく藍が狼狽えれば、キラは喧しく騒ぎ立てる。
「澪!認めない!認めないわよ!あんたの初恋が緑なんて、あたしは絶対に認めなあああい!」
 そして、「好きだよ」と言われたその当人は。

「……」

 無言無表情で硬直していたが、一瞬後には瞬間湯沸かし器のように、耳まで真っ赤になった。

「なっ…す、す、好き!?ふざけんな、俺はお前が嫌いだって言ったんだぞ!?」
「だから、好きだよ。って、言ったの」
 女子ふたりがきゃあっと黄色い声をあげる。今度こそ緑は言葉を失い、真っ赤な顔で右往左往している。
 そんな緑の醜態をたっぷり一分ほど眺めて、澪がにやりと笑う。

「…なんてね、嘘だよ」

嘘だよ

「う、う、嘘!?おっ、おま、お前!ああもういい!外の空気吸ってくる!」
 ばんっと足音高く飛び出していったその背中を、店中が注視していた。もちろん澪も。

「…なんてね、嘘だよ」



END

370一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/08/04(木) 10:45:02 ID:hGteqy52
>>361-363の続き)

 動物園エリアを出てケータイを確認した時、能力が発動した。

男「これで2人か……。」
少年&少女「すごかったねー!」「う、うん……。」

 十文字流『外道・百舌突』。恐ろしい威力だが、人を裁くのは法に任せなければならない。
 加減の困難な技でもあり、俺の技量では、竹刀だと効果がないか呼吸困難にしてしまうか。
 〈レオパルソード〉は俺の手に馴染み、絶妙な威力を実現してくれた。

男「さて残り3人をどう追い払うか。」

 だが、流石に2度も外道に行く気はない。可能な限り穏便に事を済ませたいが……。

女「……そうだ、あそこのカートに乗らない?」
男「は?遊んでいる場合かよ?」
女「あそこの終点って入り口の反対側なの。それに子どもとなら2人乗りできるし。」
男「なるほど。問題は混んでるって事……混んでねぇ空いてる!」

 なんだこの奇跡。モーセか?モーセが人海を割ったのか?

男「念のため訊くが、フリーパスはあるか?」
女&子ども「もちろん。」「「 持ってるー! 」」


―――そして人攫い達は―――


親分「なんだ、カートで遊ぶってのか?」
子分A「じゃあカートで追いかけましょうYO!」
子分B「バカ、二手に分かれるんだよ。お前は親分と、俺はこいつと……。」

 その時、やっと1人消えている事に気が付いた。

子分A「……逃げたのかYO?」
子分B「バカ、どっかでバテたんだろ。」
親分「しょうがない。お前一人で先回りしろ。おっと、服装を変えないとな。」

 そう言うと、親分は子分の1人を私服に変え、もう1人を警官の制服に変えた。
 私服の親分と子分はカートに乗り込み、警官となった子分はカートの終点を目指して走り出す。

 ……その道中だった。

「た、助けてくれぇぇぇ!」「待ちなさぁい!」
子分B「ん?」

371一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/08/04(木) 10:45:40 ID:hGteqy52
 後ろから、情けない声を上げて男性が、子分に助けを求めてきたのだ。

男性「女子高生が、女子高生がァ!」
子分B「バカ、女子高生がどうしたってんだよ!」

女子高生?「あ!お巡りさ〜ん、捕まえててくださぁい!」

 その声に反応して見てみると、そこには恐ろしい光景が広がっていた。

子分B「上半身だけの女が、喋りながらこっちに来てるゥゥゥ!」


――― 一人きりになってはいけない ―――


男「あと2人……。(しっかし説明スクリーンに映すなよな。ビックリするじゃねぇか。)」

 俺達はカートに乗って走り出していた。ただ、彼女のほうは……


―――数分前―――


男「遊びじゃないんだから、さっさと突っ走れよ。」
女「分かってるよ。むしろ、気を付けてね。」
少女「ねぇねぇ、聞きわすれてたんだけど、お姉ちゃんたちってラブラブなの?」
女「ッ!?え、えぇっと、あ、このボタン何かなー♪」カチッ

≪ブースト・オン!≫≪ボゥ!≫

女「え、きゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
少女「きゃあああああぁぁぁぁぁははははは!」
男「ちょ、お前飛ばし過ぎると、ってまさかの神懸ったハンドルテク!!?」


―――という事があった―――

少年「お姉ちゃん、あるいみカッコよかったよね!」
男「まぁな。」

 まぁ先に進んだだけなら問題ない。上手く進めば、人攫い共よりも速くゴールに着くって事だ。
 無駄に広いし、アクセル全開で……。

親分&子分A「おいィ!楽しんでるかァ!」「捕まえにきたYO!」
男「やべ、もう来たのか!」

 ち、彼女のためにも足止めしてやりたいが……。

372一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/08/04(木) 10:47:15 ID:hGteqy52
子分A「ひゃっはぁ! ぶつかりますYO、止めますYO!」
男「なんか良い方法は……。」
少年「まかせて! ひっさつ、プラズマ・ウェーブ!」

 そう叫びながらこの子がボタンを押すと、このカートを中心とする波紋が地面に広がる。

子分A「ぎゃあ!止まった!?なんで止まるんだYO!?」
親分「ぐ、くそ、こっちにまで来やがった。」

 その波紋に触れると、どうやら動きが止まるらしい。

男「すまない、助かった。だが何をしたんだ。」
少年「ふふん、このゲージが切れるまで さっきのワザがつかえるの。
   これがミサイルで、これがボム。」
男「あぁ、『バトルシップ・レース』ってそういう事か。」

 アトラクション『バトルシップ・レース』。
 てっきり戦闘機を模したカートを楽しむだけだと思ったが、攻撃までできるのか。
 最近の遊園地はすごい。ジェットコースターだけでなく、カートまで拘ってるな。

少年「あと、ハンドルのスイッチは ブーストだから、まっすぐに なるまで おさないで。」
男「了解。で、攻撃は任せて良いか?」
少年「いっつも人に当てて、パパに おこられてる から。」
男「そうか。じゃあ反撃準備してくれ。」
少年「うん!」

 攻撃はこの子に任せて、俺は精一杯飛ばす事に集中しよう。

子分A「絶対に許さないYO!」
少年「くらえ!プラズマ・ボム!」

 そう言いながらボタンを連打すると、カートの後ろからどんどん爆弾が生成される。
 人攫いの子分は見事、爆弾によって吹き飛ばされた。

子分A「すみませんYO!おやぶぅぅぅ……。」



親分「……結局、俺の子分は全員、どこか抜けたやつだらけだったって事か。」


―――続く

373とある女子高生とナチュラルホモ共の高校生活日記   ◆nBXmJajMvU:2016/08/04(木) 16:33:14 ID:exC1KVH6
 体育の時間と言うものは、どうしても運動神経が良い子が目立つものだと思う
 いや、運動神経が絶望的に悪い子も、嫌な意味で目立ってしまうかもしれないが。やはりどちらかと言うと目立つのは運動神経の良い生徒

 自分は、運動神経は決して悪い方ではない
 スポーツは、ある程度一通りできるつもりだ。もちろん、できないふりもできるけれど

 ……そんな自分が、あまり注目を集められない
 そして、自分よりも運動が(ぽっちゃりな見た目に反して)できるCですら、あまり目立てないこの現状
 Cが目立てないのなら、これはもう仕方ないかな、と、最近は思うようになってしまった
 本日の体育の時間は、二つのクラスでわかれてバレーボールの試合
 先程から、Yがばりっばりに目立っている
 新体操以外にもスポーツ万能たるYは、バレーボールではどのポジションもそつなくこなせていたのだ
 当人いわく「バレーボール部員には負ける」との事だが、そう言いつつも隣のクラスのバレーボール部員といい勝負をしている
 そんなYと、同じくらいに目立っているクラスメイトが、一人
 唯と言う名前の彼女は、一言で言えば「巨乳」である。それはもう、女としては「っく、負けた…!」と言いたくなるサイズの巨乳だ。もっとも、当人は「重たくて肩こる」と発言していたけれど
 自分だって、ナイスバディと言う自覚はあるが、唯の巨乳にはかなわない、そんな巨乳
 彼女は運動神経もYと同等程度にあり、なおかつ、運動中、その胸が情け容赦なく揺れるわけで
 わかる、大体育館の網幕の向こう側で、男子が視線を唯に集中させているのは

(全く、男共は………)

 その視線、こっちに向けてもいいのよ
 あぁ、けれど、やっぱりと言うべきか、R逹は違う
 唯のボインボイン揺れまくっている胸元など、ちっとも気にしていない
 流石だよくやった、と言いたいのだけれど、こっちにも注目しないのは腹立つ

「えと、咲夜ちゃん、どうかしたの?」
「え?あ、うぅん、なんでもないよ、かなえ」

 きょとん、としながら首をかしげてくるCにそう答えておく
 どうやらCは、男共の視線はあんまり気にしていない、と言うより気づいていないようだ
 全くもって純粋な子であり、ちょっと将来心配になったりもする

「それにしても、優も唯もすごいなぁ。運動、それなりに出来るつもりだったのに、自信無くしちゃいそう」
「二人共ね、中学生の頃から、すごかったんだよ」

 中学校も同じだったの、とかなえは笑う
 そうか、昔からすごかったのか。それは、注目の的だろうなぁ

「唯ちゃんね、中学生の時、剣道の大会の女子の部で、優勝した事もあるの。他の運動も大体できるし、すごいなぁ…」
「かなえだって、薙刀、結構な腕前なんでしょ?他の運動だってしっかり出来てるし」
「うぅん、私は薙刀もまだまだだから」

 もうちょっと、うまくできるようになりたいんだけど、とCは苦笑する
 普段はぽややん、としている事が多いCだが、薙刀に関してはしっかりしている、と言うか、上へ上へと目指そうとしている傾向がある
 あんまり目立ちたがらないが、薙刀に関しては別なのだろう
 それだけ、打ち込んでいる。全力を注いでいる、そういうことだ

「あ、そういえば。さっき、唯が中学の時、剣道の大会で優勝したって言ってたわよね?唯って剣道部だっけ?」
「んっと、今もそうじゃなかったかな」

 どうだったっけ。普段、あんまり話すわけじゃないから気にしてなかった
 剣道かー。正直、やってる様子がぱっと浮かばない
 と、言うか、あの巨乳が剣道着の中に収まるのか、ってその方が心配になってくる。いや、晒とか巻いたりするんだろうなー、とも思うんだけど

 唯がYに張り合うように果敢に動いているその様子を見ながら、この日の体育の授業の間、そんな事を考えていた

374とある女子高生とナチュラルホモ共の高校生活日記   ◆nBXmJajMvU:2016/08/04(木) 16:34:29 ID:exC1KVH6
 今日の学校帰りは、Hと一緒になった
 HはLと一緒に帰ろうとしていたようだったが、LはYと一緒に保険委員会の会議があったようで。更にその後はまっすぐ教会の手伝いに行くとかで、無理だったらしい
 そのチャンスを逃さず、Hと一緒に帰ると言うラッキーを手にすることが出来た自分は偉い、と言いたいのだけれど

「憐はもうちょい、自分のための時間持ってもいいんだと思うんだがなぁ。アーチェリー部の活動辺りがそうなんだろうが、それ以外は委員会の仕事に教会の手伝いに。家でも家事積極的にやってるっつーし」

 ……うん…………うん
 本当、HはLの事ばっかり考えてるというか何と言うか!!
 ブレないってのはある意味いいことかもしれないけど!そこは!!ブレてもいいから!!!

「当人が好きでやっているならいいんじゃない?無理矢理やらされてるって訳じゃないんでしょ?」
「そうなんだけどよ……」

 そうなんだが、と、繰り返して

「あいつは、昔から。自分よりも他の奴の事ばかりだから」

 昔から
 付き合いが長いから、それこそ昔からLを見続けてきたからの言葉だろう
 ……うん、昔から、ずーっと見てたんだ、と思わなくもない
 それもこの無自覚ナチュラルホモが悪い

 あ、待てよ
 そう言えば……

「ねぇ、遥。憐の事、昔から知ってるのよね?」
「うん?当たり前だろ。幼馴染なんだから」
「それならさ………憐って、昔は今と雰囲気とか違ったらしいけど、本当?」

 「三年前」
 それを境に、Lは変わったらしい、ということがわかっている
 それなら、以前のLとはどんな人物だったのか
 なんとなく、気になっていたのだ

 こちらの言葉に、Hは「誰から聞いたんだ?」と首を傾げつつ、答える

「そうだな。昔はおとなしかったし、ずーっと、俺や直斗の後ろに隠れてた」
「そうなんだ?今は、むしろ直斗とかと並んでる事多い感じだけど」
「今はな。前までは、とにかく気が弱くて、おとなしくて………でも」

 …こうして
 Lのことについて話しているHは、楽しそうで

「でも、芯はしっかりしてて、やるべき時はやる奴だよ。それは、昔も今も変わらねぇ」

 とても、誇らしそうで
 ……・・けれど、なぜだろうか
 語るその表情の奥底に、後悔にも似た感情が見えたような、気がしたのは

375とある女子高生とナチュラルホモ共の高校生活日記   ◆nBXmJajMvU:2016/08/04(木) 16:36:31 ID:exC1KVH6




 貴方は笑う、いつでも優しく
 貴方は笑う、いつでも悲しく

 笑っていてください
 どうか、どうか

 貴方は、笑っていれば、大丈夫




               Red Cape

376一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/08/04(木) 21:20:26 ID:8wGXe/P2
>>370-372の続き)

 子分がかなり遠くにいった所で、俺はカートのモニターを見つめる。
 ……能力は発動しない。まだ親分が残っているというのに。

少年「のこりはあとで、っと。」
男「そうだ、ブーストのタイミングってあるのか?」
少年「うん。次にまがったところで、ってあれ?あ、ボム!」
男「はぁ!?」

 モニターのMAPをよく見ると、青白い光が見える。
 おそらく前でボムを放ったのが、ここまで流れてきたんだろう。

少年「前からってことは……。」
男「あれ以来まだ見えてない、あいつだな。がむしゃらにボタン押したのか?」

親分「遊びはそこまでだ、ガキども!」

 くっそ、また来やがった。

親分「よくも俺の子分を!許さんぞ!」
男&少年「子どもを攫うような奴に同情なんかしないぞ。」「そーだそーだ!」
親分「知った事か!仕返させてもらう!」


親分「まずはブーストで追い越す!」

男&少年「「 あ。 」」


 親分がブーストボタンを押すと、勢い良く俺達の前に出る。
 そして俺達が避けようとしたボムにぶつかり、大回転を始めた。

親分「うぉおおおおおぉぉぉぉぉ!?」
少年「ブースト中にぶつかったりすると、ああなるんだよ。
   そしてひっさつ、プラズマ・ウェーブ!」
男「非情の追撃!?」
親分「うぉおおおおおぉぉぉぉぉ……。」

 親分がプラズマ・ウェーブを喰らうと、後方へ思いっきり吹き飛ばされていった。

少年「くるくるまわってるあいだにウェーブで、ドーンってなるの。」
男「……助かった事だけ分かった。」

少年「あ、そうだ。『だこう』して。」
男「『蛇行』? こうか?」
少年「ウラワザ!プラズマ・ボムウォール!」

377一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/08/04(木) 21:22:44 ID:8wGXe/P2
 俺が蛇行を始めた瞬間、子どもがボムを連射する。
 ボムが斜め一列に連なり、完全に道を封鎖するって寸法か。
 これは親が泣くな。……今は俺が保護者か。

少年「たまぎれ。あ、ボムはウェーブで きえるから、もうないよ。ブーストしてOK。」
男「了解!ブーストォ・オンッ!」

 俺はハンドルのボタンを押し、全力であいつの所へ向かった。


女「―――まぁ、そういう事があって、付き合ってるってわけ。」
少女「へぇ、お兄ちゃんは、白馬の王子さま だったんだ。」
女「王子様って……まぁ、そうかな。」
少女「もう、あいつも それぐらいカッコよかったら、つきあってあげたのに。」
女「え?あいつって?」


男&少年「うぉぉぉおおおおお!」「ひゃっほぉぉぉおおおおお!」

女「あ、来たみたい。」
男「うぉぉぉおおおおおガス欠。大丈夫みたいだな。」

少女「こっちのセリフよ。追っかけられてない?」
少年「ボクが ぶっとばしたんだよ!」
少女「そう、またお兄ちゃんが たおしてくれたのね。」
少年「ボクだ、って!」

男「ははは……お、ゴールか。」
女「ほんと、じゃあいっせーのーでっ!」

 俺達は気持ち同着でゴールした。
 そのままカートは運ばれてカート降り場へと向かう。

係員「ご乗車ありがとうございました。足元にお気をつけ下さい。」
女「ふぅ、楽しかったね。」
少女&少年「すっごいスピード出た!」「いっぱい、うちまくった!」

男「……おい、感想を言ってる場合じゃないぞ。」
女&子ども「「 え……? 」」

男「さっきスクリーンに、気のせいかもしれないが、鬼のような形相をした親分が……。」
女「速く逃げましょう! 可能な限り速く!」


―――俺達は全力で走った―――

.

378一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/08/04(木) 21:24:26 ID:8wGXe/P2
 その頃、最後に残った子分は。

子分A「……子ども怖いYO。ミサイル撃たれまくったしYO。」

 へこたれていた。
 あの後、後続の子ども達に散々狙われ、最終的に親分ともはぐれてしまったのだ。

子分?「おい、ちょっとキミ。」
子分A「え、あぁ兄弟。完璧な変装だYO。顔や声まで変えたのかYO?」
子分?「変装?……どうやら本当みたいだな。」
子分A「え……?」

 そして最後の子分は、警察の制服を着た男に連れて行かれた。


子分A「兄弟だYO、な?」


――― 一人きりになってはいけない ―――


男「よし、あと1人!」
少女「ねぇねぇ、なんでさっきからケータイを見てるの?」
女「う〜んとねぇ、お兄ちゃんには危険を予知する力があるの。」
少年「ほんと!?すっごぉい!」
少女「うそでしょ。そんなのありえないし。」
少年「なんだぁ。」
女「本当よ!この力が無かったらあなた達、あいつに捕まってたのよ。」

男「ん、そう言えばそうだよな……。俺が気付かなかったら、お前達は心臓をくりぬかれ」
少年&少女「「きゃあああぁぁぁ!」」

 少し脅かしてやったら悲鳴を上げるとは、元気な奴等だ。

女「もう、可哀想じゃない。」
男「いや、退屈だろうと思ってな。」

 そう、笑いあっていた時だった。


親分「待てや人攫いどもォォォオオオオオオ!」


―――続く

379一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/08/05(金) 20:07:30 ID:Dzz1UcYc
>>376-378の続き)

男「……この声は。」
女「振り返らないで!」

 人攫いの親分の怒声に反応し、振り返ろうとして彼女に止められた。
 正直感謝している。見たら脚がすくんでいただろう。それだけ……。


親分「覚悟しろォォォ!永遠にブタ箱に閉じ込めてやるゥゥゥウウウ!」


男「俺、長年剣道をしてきたが、こんな気迫感じた事ねぇぞ!」
女「あの人すごい!あんなに逆上してなお、演技を続けてる!」
少年「パパぁ!やっぱり たすけてぇ!」
少女「ママぁ!まだ しにたく ないよぉ!」

 くっそ、子ども達の安全が先か、あいつを倒すのが先か……。どちらにしても手段が……。

女「あ、そうだ!観覧車に乗ろう!」
男「観覧車!?そんな余裕は無ぇよ!」
女「『最後の一人』なんでしょ?なら乗ろうよ。」
男「……そういう事か!」

 しかしここは遊園地。観覧車が混んでいないはずが、って。

男「また空いてる!モーセがすぐ近くに!?」
女「モーセ!?いいから皆、フリーパスを!」
少年「分かった!」
少女「見せる じゅんび!」

 俺達は全力で観覧車に駆け込み、一斉にフリーパスを見せる。

男「大人2人、子ども2人です!」
係員「は、はい!では足元に気をつけて。」

 タイミングよくやってきたゴンドラに、ゆっくりかつ手際良く乗り込む。

係員「ごゆっくりどうぞー!」

 ドアが閉まり、ゆっくりと確実にゴンドラは地上から離れていく。

親分「待てェェェ!観覧車を止めろ!さっきのは誘拐犯だ!」
係員「ゆ、誘拐!?でも急に止める事はできないので、降りてくるまで待ってくれませんか?」
親分「……!ち、待つとするか……。」
係員「(でも、誘拐犯が観覧車に乗る理由ってあるかなぁ。飛んで逃げるとか?)」

380一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/08/05(金) 20:08:59 ID:Dzz1UcYc
―――お前達が失敗した原因は、数多いが―――


レオパルド「≪一撃必殺!レオパルドキィィィック!≫」
子分D「≪チクショオオオォォォ!≫ぐふぅぅぅぅぅぅ!」
お姉さん「≪やったぁ!レオパルドキックが、偽物をやっつけた!≫」

子ども「「やったぁぁぁあああ!」」「レオパルドぉ!」「かっこいい!」
レオパルド「や、やった……。」
監督「≪OK!迫真の演技だったぞ!本物も、偽物もな!こりゃあ金一封だな!≫」

子分D「す、スーツアクターって……強かったんだ……。」


―――あえて1つ言うならば、俺の警告を聞かなかった事だ―――


係員「ふぁ……よく寝た。」
おばちゃん「なんだって!アンタ寝てたの!?」
係員「ひぃ!すみませんでした!」
おばちゃん「……じゃあ、あの子は誰なんだい?アンタの何倍も働いてくれてるけど。」

子分C「……はい?何か?」
係員「こんな奴いたっけ?記憶に無いッスよ?」
おばちゃん「なんだい!この子は係員に変装してるとでも言いたいの!?」

子分C「ッ!すみません!変装して子どもを攫おうとしました!」
係員&おばちゃん「「……は?」」


―――何回も警告したというのに、本当に愚かな奴らだ―――


女子高生「まったくもう、大人しく返してくれたら良かったのに。」
男性「すみません、出来心だったんですぅ……!」
女性「ありがとうございました!」

子分B「女子高生の、下半身が、上半身と、くっついた……。」
女子高生「あれ、お巡りさんでしょ?どうして怯えてるの?」
子分B「お、おまっ!としとしとし、都市伝説……!」
女子高生「そうよ。あれ?もしかして新入りさん?なら覚えるから手帳見せて。」
子分B「え……、手帳って……?」

女子高生「警察手帳、持ってないの?」
子分B「ッ!?しまっ。」
女子高生「まさか、偽警官じゃあないでしょうねぇ……!?」


子分B「バカ、そんな、いや、違ッ、うわぁぁぁあああぁああぁぁああ!」

381一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/08/05(金) 20:11:12 ID:Dzz1UcYc


―――せっかく、こう教えてやったのによぉ―――


子分A「ひ、人攫いって何の事だYO。」ピーピッピピー
警官「ある子から聞いたんだ。この近くに人攫いがいるとね。心当たりは無いかな?」
子分A「せめてYO、証拠を持ってから言ってほしいYO!」

警官「じゃあ質問を変えようか。『警官に変装する趣味のあるキミの兄弟』とはどんな人だ?
   これを教えてくれるだけでも、充分犯人逮捕に貢献するよ。」
子分A「ッ!?(しまった、バレちまうよ……!)」
警官「もしかすると、あの子が捕まえた偽警官は……。」


子分A「え!?兄弟が捕まった!?」
警官「関係あるみたいだね。ゆっくり聞かせてもらおうか。」
子分A「あ……!」


――― 一人きりになってはいけない ―――


警官「ちょっといいかな?」
親分「はぁ?」
警察「どうも近くに偽警官がいるみたいなんでね。警察手帳の確認を。」
親分「警察手帳ね。はいはい。(バカが、偽造手帳も知らんのか?)」
警察「……確認完了。」
親分「おぅ、それらしい人物を見つけたら連絡する。(そうだ、こいつを利用すれば……。)」

警察「時の流れは、早いな。」
親分「はぁ?」
警察「光彦さん。あの人が居た間は、本当に平和だった、と思ってな。
   ましてや人攫いや偽警官騒動なんてものも在りえなかった。」
親分「まったく、世も末だよな。(昔話かよ。しかしこれは、俺に安心しきってるって証拠か。)」

警官「ただ、俺が思うに1番の原因は、あの子がいなくなった事だと思うんだ。」
親分「あの子?えっと、誰の事だ?(まずい、答えられなかったら……。)」
警察「忘れたんですか?こんな字ですよ。」
親分「(おぉッ!字なんか見たら一発じゃねぇか。)あぁそうだった。……[マサヨシ]くんか。」

≪ガチャリ≫

親分「は……手錠?なんだ、変な事言ったか?」
警官「うちの署で、[正義(セイギ)]くんを知らない人がいる訳ないでしょう?偽物さん。」

親分「ッ!??セイギ……マサヨシじゃないのかよ!!?」


―――哀れな男。一人になったばっかりに、警察に捕まってしまったとさ―――


―――続く

382土川 咲季と×× ××の思い出   ◆nBXmJajMvU:2016/08/06(土) 16:57:55 ID:Fn3E2tBw
 辛くないの?とそう問われた事があった
 なぜ、彼女がそんなことを聞いてきたのかわからなかった
 今もまだ、わからない
 辛くない、普通の事だと

「どうして?だって………」
「だって、俺はこれが出来るんだから。だったら、やるのは当たり前だろ」
「当たり前?」

 そうだ、当たり前だ
 多分、彼女はこちらとは違うから
 彼女はどこまでも、愚かなほどに優しいだけで普通の人間だから、わからないのだろう

 だから、俺も彼女の事はわかっているようでわからない
 俺は、普通ではないのだから

「友達守れる力があるなら、それを使うのは当たり前のことだろう?」

 それを、どうして辛くないか、と聞いてきたのか
 俺は今でもわからないし、理解できない




 どこか心配な仲良しグループの中で、彼こそが一番普通なのだと思っていた
 けれど、本当はそうじゃなかった
 彼こそが、彼らの中でもっとも特殊な存在だったのだ

 自分がそれを知ることができたのは、本当に偶然
 それが幸運なのか不運なのかは、その人の捉え方によって変わってくるだろう

 私は、それを不運とは思わなかった
 知ることが出来たことを幸運だ、と思ったけれど、同時にそれをほかの人に知らせてはいけない、とそう感じたのだ
 だって、この事が広く知られてしまったら、彼はきっと、今以上に危険なことに巻き込まれていってしまうだろう

 だから、心配で私は問うたのだ
 辛くないの?と
 その力のあまりの大きさに、重大さに、押しつぶされてしまうのではないか、と心配で

 けれど、私の問いかけに、彼はきょとん、とするだけだった
 なぜ、そんなことを聞くのか、とでも言うように

「辛くないよ。別に、普通の事だろう?」

 と、当たり前のように言ってきたのだ

 自分の力の重要性をわかっていない、と言う訳ではない
 幼いと言うのに、彼はその重要性をしっかりと理解して活用していた
 それでも、こう答えてきた

「友達守れる力があるなら、それを使うのは当たり前のことだろう?」

 そう考えるのは普通の事だ、と、彼はそう言ってきて



 恐ろしく感じた
 同時に、強い、と感じた
 彼は今までも、そしてきっとこれからも、その力のことは周囲に隠して、そのうえで全て守り続けるのだろう

 私のように、普通では出来ないことを、当たり前のように、普通にやってみせて

 あぁ、私は彼のようにはなれない
 彼のように彼らを守ることはできない


 それじゃあ、私はどうすれば良いのだろうか?
 答えはまだ、見つからない




to be … ?

383一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/08/07(日) 20:57:54 ID:p7..rEU2
>>379-381の続き)

男「……ふぅ、助かったな。」
少女「ぜんぜんよ。おりたら つかまっちゃう じゃない。」
少年「しんぞう 食べられちゃうよぉ。」
男「食われないぞ?大丈夫さ。俺を信じろ。」

 正確には、あいつの能力だがな。確実性は折り紙付きだ。
 あいつの力で倒した敵は数知れず。
 そして救われた命も……数知れず。

男「しかしごめんな、こんな事件に巻き込んで。せっかくの遊園地が台無しだな。」
女「あ、見て!」

 彼女が指す窓を見ると、綺麗な夕日が空を染めていた。
 時の流れを思うと同時に、不意に今日の出来事を回想する。

少年「まいごになって、お兄ちゃんたちが 見つけてくれて、でも人さらいに あって……。」
少女「レオパルドショーに でて、どうぶつえんを まわって、カートに のって……。」
女「その、キミ達には悪いけど……むしろ、私は楽しかったな。」

 子ども達と彼女の笑顔を見て、少し安心した。
 今日も、全部守る事ができた。これもお前のおかげだよ。
 そう思いながら、俺はケータイの画面に目を移す。

 ケータイはいつもの画面を映し続けた。

男「いい町だな……黄昏町。」



男「よっと、って……。」
女「……わぁ。」

 ゴンドラを降りると、数人の警官が俺達を待っていた。
 これは……終わったか?

少年「お、お兄ちゃんたちは わるくない、よ!」
少女「みんな、だまされていたの!」

 流石にこれが通るとは本気で思ってはいない。
 どうにかして脱出の糸口を……。

警察「子どもの保護、並びに誘拐犯の逮捕協力、感謝します!」
男&女「「……はい?」」

親分「ふざけるな!そいつらも人攫いだ!逮捕しろ!」

 声の方を向くと、手錠をかけられた親分の姿がそこにあった。
 どうやら、終わったのはあいつの方らしい。

384一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/08/07(日) 20:58:31 ID:p7..rEU2
子分A「おやぶ〜ん、捕まったYO……」
子分B「……上半身が……下半身が……。」
子分C「すみません!失敗しました!」
子分D「……スーツアクター、強かったです……。」

 子分共もまとめてご登場か。無事全員捕まったようで何よりだ。

親分「てめぇら!俺を売ったのか!?どこまで無能な奴らなんだ!」
女子高生「それは違うよ?」

 ふと、人混みをかき分けて女子高生が現れた。
 何故か警官は、その女子高生に敬礼する。

女子高生「迷子センターに一切の報告を入れない係員と警察官。
     スーツを盗んでヒーローショー。その他罵詈雑言。」
警官「来園者全員が証人です。人々には見えていたんですよ。
   『変装して子どもを攫おうとする誘拐犯』と『子どもを守る男女2人』の姿が。」
親分「なッ!?」
女子高生「あれだけ騒いでたら、顔も覚えられちゃうよね。」

 因果応報とは、この事だな。
 そりゃそうだ。迷子を見つけて連れ去ろうって人間が、迷子センターに報告なんてするはずがない。
 『嘘の誘拐事件』の話が親に伝われば、違和感という綻びが生じる。
 徐々に偽りの衣が解けていき、皆がこの事件の本質に気づいていったのか。

 最後に残ったのは『警官の制服で騒ぐ変質者』だったというわけだ。

女「むしろ、裸の王様だね。」
男「実にならない嘘はつくなって事だ。」

親「「 すみません、通してください! 」」
少年「あ!パパー!」
少女「ママー!」

 やっと親御さんの登場か。もう一人きりにするんじゃないぞ。
 ……短い付き合いとはいえ、子ども達と別れると寂しくなるな。

少年「お兄ちゃんたち、ありがとう!」
少女「お姉ちゃん、また おはなし 聞かせてね!」

男「おう、また会おうな。」
女「またね〜。……『お話』って、なんの話?」

 子ども達も親の元へ帰り、犯人達も無事捕まった。

警官「一応、事情聴取するため貴方達には署に来てもらいます。
   お詫びの印に、ここのフリーパスを弁償しますよ。」
女「やったぁ!もう1回来ようね。」
男「……次は平和だと良いんだが。」

―――という訳で、無事に、俺達の1日が終わる―――

385一人になれない遊園地 ◆dj8.X64csA:2016/08/07(日) 20:59:38 ID:p7..rEU2


―――はずだった。


男「まったく、見えちまったものは仕方ないよな……。」


――― 一人きりになってはいけない ―――


 よりにもよってこの状況……いや、この状況なら問題ないか。気の持ちようだ。

男「念のため言っとくが、いざって時はすぐ警官に頼れよ。」
女「ッ!……その時は駆けつけてよね。」
男「聞こえたらな。」

 ……俺にできるのはこれぐらいだ。あとはさっさと事情聴取を終わらせよう。
 そう考えつつ、俺は署の一室に案内された。

警官「改めまして、ご協力感謝します。」
男「いえ、お礼なんて良いので、さっさと済ませましょう。」
警官「そうですね、お疲れでしょう。たった一人で、5人の男を相手するなんて。」
男「いや、腕のいい相棒が居たのでね。」

 そう、腕のいい『相棒』。警察に言っても信じてもらえないだろうが……。

警官「都市伝説。」
男「ッ!?」

 ……知っているのか? 警察が、都市伝説の存在を。

警官「この町では都市伝説、およびその契約者による犯行が多発していましてね。
   都市伝説に協力を仰ぐほどですよ。」
男「……。」
警官「そしてあの犯行グループも契約者。あなたも……ですよね?」

 ……もしかして、だが。

警官「都市伝説について、私に全て教えなさい。
   生まれた理由、その活動範囲、そして『契約』……。
   貴方が知っている、全てを。」



 一人きりになってはいけないのは、俺か?



「一人になれない遊園地」―完―

386世界の敵END3【六本足】:2016/08/10(水) 22:30:45 ID:Z5XknH86
「それじゃ、行ってきます」
「おう」

 師匠との、別れのあいさつはそれだけだった。
 お互い、特別なことは口にしない。
 必要な事は全て聞いたし、俺も話すことがない。
 スニーカーを履き、すぐに玄関を出た。

「もうこんな時間か」

 外は、夕焼けに包まれていた。
 カラスの群れが空を飛び、呑気に鳴き声を響かせている。
 タイムリミットまで、時間は残されてないらしい。
 だが、森に向かう前にする事がある。
 俺は、師匠邸の庭へ足を踏み入れた。

「ん」

 その時だった。

「来てくれたのか」

 鶏小屋にいるはずの契約都市伝説が駆けてきたのは。
 もちろん、夢の中と違い人型ではない。
 見慣れた鶏の姿だ。
 俺は腰を落とし、飛び込んできた契約都市伝説を受け止めた。
 六本の足をじたばたさせずに、おとなしくしている。

「付いて来てくれるか?」

 返ってきたのは首肯。
 その瞳は、状況を理解しているように見えた。

「なら、頼む。名前は後でな」

 俺達は並んで、門へと歩き出した。

387世界の敵END3【六本足】:2016/08/10(水) 22:33:57 ID:Z5XknH86
 師匠邸を出発してから十数分、俺達は人気のない道を歩いていた。
 車も通らなければ、歩行者もいない街の隙間。
 地方だと、よくある場所だ。

「ここでいいか」

 適当な空き地で、俺と契約都市伝説は立ち止まった。
 振り返り、声を上げる。

「いい加減、出てきたらどうだ」

 反応は無し。
 
「どうせ、監視だけで済まなくなる」

 反応は、

「ああ、そうだね」

 あった。
 突如、空き地に黒服が姿を現す。
 中年の男だ。

「面倒事はさっさと済ませたほうがいい」
「同感だ」

 足を軽く開く。

「一応聞く。君は森に行く気かい」
「ああ」
「私達の邪魔をしようと?」
「ああ」
「なら」

 瞬間、男の手に黒光りするもの。

「眠ってもらおうか」

 筆型の棒手裏剣が、俺に向かい打たれる。
 飛翔音もせずに迫り来る凶器。
 だが、躱すことは難しくない。
 首を逸らすと、手裏剣は擦り傷も与えずに通り過ぎていった。
 俺は次に、

「ぐはっ!?」

 透明化して接近していた別の黒服に、上段廻し蹴りを浴びせた。
 大振りかつ強力な一撃は、頭部にクリーンヒット。
 黒服は吹き飛び、透明化が解除される。
 
「棒手裏剣を躱して油断した所を不意打ちか」

 よく出来た手だ。
 感心しながら前蹴り。
 二人目の追撃者を白日の元に晒す。

388世界の敵END3【六本足】:2016/08/10(水) 22:35:54 ID:Z5XknH86
「組織に忍者部隊なんてあったんだな」
「私が【忍法】の黒服をかき集めただけさ。烏合の衆だよ」

 仲間が二人倒されても、男は平然としている。

「しかし、情報通りだね」
「情報」
「ああ。勘が異様に鋭く、蹴り技が得意。強化能力でもないのに体術を武器とするイレギュラー。人よりも獣に近い推定【異常者】」
「好き勝手言うな」
「大体、事実だと確信したよ」

 二人の黒服が立ち上がり跳び退いた。
 ワイヤーアクション顔負けの大ジャンプ。
 敷地外へと出ていく。 

「だが、弱点も多い。足技に偏りすぎた体術、あまりに尖り過ぎた能力、人間の域を出ていない耐久力。かなりピーキーだ」

 新たに複数の気配。
 瞬く間に、幾人もの黒服が姿を現した。
 空き地を取り囲み、俺とリーダー格の男に視線をよこす。

「君みたいなタイプは、やり方次第でどうにもなる。圧倒的な万能タイプと違ってね」

 男を除く黒服全員が印を結び始める。 

「具体的には」 
「面で押し潰す」

 肌が熱気を察知。 
 周囲の気温が跳ね上がった。
 
「点が躱されるなら面で。最適の案だ。君の低い耐久力を考えれば尚更いい」

 体内の水分が蒸発、喉が水を求める。
 肌も乾いてきた。

「納得したかい」

 言い終わると、男は姿を消した。
 透明化ではない、気配も消えている。 
 
「ああ、納得した」

 空き地全体を、紅蓮の炎が包み込んだ。

389世界の敵END3【六本足】:2016/08/10(水) 22:40:17 ID:Z5XknH86
 火遁の術。
 本来は、火を利用して逃げるための忍術だ。
 しかし、そこは都市伝説。
 事実よりもイメージが優先され、魔法めいた炎攻撃となる。
 今回は、複数人で使用したから威力はより絶大。
 敵に苦しむ暇も与えない一撃必殺の術となった。

「確かに苦手だ、MAP兵器は」

 ――だが、今日の俺は護られている。
 燃え盛る炎の中、俺と契約都市伝説は火傷一つ負っていなかった。
 なぜか。
 理由は単純。

「師匠に感謝しないとな」

 目の前で、宙に浮く真紅の羽根。
 師匠から貰ったお守りが、光を放ち炎を跳ね除けているからだ。
 その上、炎を吸い込み輝きを増していく。
 ひどく神秘的な景色だった。
 羽根は吸収し続け、最終的には空き地中の炎を取り込んだ。 
 後に残ったのは黒焦げの大地だけ。
 役目を終えた羽が、左手に舞い落ちてくる。

「なんだい、その羽根は」

 音もなく、リーダー格の黒服が空き地内に現れた。
 動揺した様子はない。
 一方、他の黒服達は顔に驚きを浮かべていた。

「気になるか」
「気になるね」
「予想はつくだろ」
「まあね、炎と羽根。キーワードが二つもある」

 男は指を鳴らした。
 他の黒服達が、慌てながらも再び印を組む。
 さっきとは、微妙に動きが違う。
 別の遁術を使う気なんだろう。

「【波山】、【青鷺火】、【不死鳥】、【鳳凰】、【朱雀】。あとは……」

 男がニヤリと笑みを浮かべた。

「【迦楼羅】とかかな。だったとしたら面白い」
「面白いか」
「ああ、和製ナーガの恋人が持っていると考えると滑稽だ。お守りに欲しいね、蛇殺しがうまくいきそうだ」
「あいつを止めるために俺は行く」
「止めるのは息の根にしてくれないかな?」

 男が軽口を叩いている間にも変化は起きていた。
 今度は地面。
 徐々に揺れ始め、僅かに罅も入ってきている。

「ところでさ」
「何だ」
「どうして、私と呑気にお喋りしているのかな? 逃げなくていいのかい」
「あんたから目を離したくない」
「……へえ」

 男は唇をさらに釣り上げた。

「じゃあ、君はどう対処するのかな?」

 黒服達が印を組むのを止めた。
 地面の振動は、もう確かなものになっている。

390世界の敵END3【六本足】:2016/08/10(水) 22:44:13 ID:Z5XknH86
「この土遁を!」
 
 男が叫ぶと同時、大地が俺に牙を向いた。
 足元の消失、地割れと言う形で。
 俺はそのまま、下へ下へと落ちていく。
 なんとか、壁に足を引っ掛けたときは手遅れ。
 大地は閉扉を始め、俺は圧死。
 ――という悲惨な未来は訪れなかった。

「こう対処する」

 現実は違う。
 土遁は、

「……へえ」

 不発だった。
 地面は割れずに、平らなまま。
 揺れも收まり、罅も増えていない。

「随分と斜め上な事をしてくれたね」

 男は、他の黒服達を眺めた。

「まさか、仲間が戦意喪失するなんて予想外だったよ」

 膝を突き、虚ろな目をする彼らを。
 誰も立ち上がろうとせず、ただ呻き語を漏らしている。
 視線の先にいる俺に向かって。

「君は一体、何をしたんだい?」
「ちょっと威嚇しただけだ」
「威嚇? ただ立っているようにしか見えなかったよ」
「だろうな」

 威嚇。
 自分の力を誇示し、敵を脅かす行為だ。
 その方法は動物によって様々。
 羽を広げる。
 武器を晒す。
 色や模様を変える。
 体を大きく見せる等々、例を挙げれば切りが無い。
 俺の場合は、中でもシンプルなもの。

「殺気だ」
「殺気? ああ、そう言えば一瞬だけ感じたね」

 男が目を細める。

「でも、あれくらいで? 素人ならともかく、私達は黒服だよ」

 黒服の仕事は危険を伴う。
 当然だ、彼らは都市伝説と日夜戦っているのだから。
 殺気なんて慣れっこ、涼しい顔をして受け流すだろう。
 本来なら。

391世界の敵END3【六本足】:2016/08/10(水) 22:46:51 ID:Z5XknH86
「もちろん、普通じゃないやり方をした」
「普通じゃない?」

 原理としては単純。

「簡単に言うと、開きかかっていた傷口に塩を無理矢理すり込んだ」

 俺の異常、契約都市伝説曰く【野生】。
 特性は、本能に従う又は本能を従えること。
 今までは前者としての力、直感しか使えなかった。
 だが、従える側になった今は違う。
 自分の本能だけでなく、他者の本能にも介入できるようになった。
 今回は、殺気を相手の本能に直接流し込んだ。

「傷口……。あー、あれか」
「気づいたか」
「そりゃね。透明化を破った上、必殺の火遁も無効化されたらビビるだろうさ。ちょっとくらいは」

「そこに漬け込んだんだろ」、抽象的な説明だけで男は理解してしまった。
 本能を従える、かなり便利に思える異常だ。
 しかし、他者に使おうとすれば手間がかかる。
 まず、相手の心に隙を生み出さなければならない。
 でないと、門前払いされる。
 人の防衛機能は意外と強い。
 さっきは、透明化と火遁の件があったからこそ成功した。
 弱点はもう一つある。

「残念だけど、その力。私には効かないみたいだね」

 爽やかな微笑みを男は浮かべた。

「さて、何でだろう」
「わかりきったことを聞くのか」
「答え合わせがしたいんだ」

 男が懐に手をいれる。
 取り出しのは苦無、知名度が高い万能忍具。
 俺は羽をポケットにしまう。
 契約都市伝説が、黙ったまま後ろに下がった。

392世界の敵END3【六本足】:2016/08/10(水) 22:53:28 ID:Z5XknH86
「殺し合いをする前にね!」

 男が、真っ直ぐ飛び込んできた。
 身軽な足取り、超人的な加速力を以て。
 例えるなら弾丸、一瞬で距離を詰められる。
 あまりにも速すぎて、俺は――

「お見事」

 背後からの刺突を躱すことしか出来なかった。

「やっぱり、フェイントは通用しないか」

 続けて、苦無が振るわれる。
 四方八方から変幻自在に。
 左に回り込むと思わせて右、首を狙うと見せて胴。
 持ち手を右から左に変えるという真似までしてくる。
 目に映るのは残像ばかり。
 視界が当てにならない中、連撃を直感任せに躱し続ける。
 もっと言えば、それしか出来なかった。

「やるじゃないか、私より弱い割には!」

 そう、俺と男の間には圧倒的な技量差があった。
 攻撃を躱せるのも、【野生】があるからに過ぎない。
 男の動きは、長年鍛錬を積まないと到達できない領域にある。
 俺程度の若造が、真面に戦って勝てる相手じゃない。
 殺気が通じなかったのも、男が格上だったからだ。
 強者としての余裕は、簡単に崩せるものじゃない。

「それはどうも。こんなところで、忍術使いと戦うなんて思ってなかった」

 【忍法】と契約、呑み込まれただけの者とは何もかもが違う。
 忍術を習得した本物だ。

「うちは、代々忍の家系でね。物心着いた頃には修行をしていたよ」

 再び、男が背後に回り込む。

「通りで強いわけだ」

 というのは、フェイント。
 前からの袈裟斬りだった。
 体を反らし躱す。

「ところで、最初からお前が戦わなかったのはなぜだ」
「今みたいな状況を避けたかったからだよ」

 苦無が、頬の傍を通り過ぎる。

「確かに、私は君より強い。けど、君は勘がいいからね。圧倒は出来ても、止めを刺すのは難しい。一瞬の隙を突かれて、逆転される可能性もある」
「手間が掛かる上に、リスクがあると?」
「そういう事。だから手っ取り早く、遁術で押し潰す事にしたんだけどね」
「お前が前に出て、仲間に投擲で援護してもらうのは」
「無理。逆に邪魔」
「なるほど」

 男と比べ、他の黒服達は練度が低い。
 連携プレーを取るのは難しいだろう。

「まあ、殺気にビビっちゃうような仲間達だけどさ」

 投擲された極小の針を、左手で払い除ける。

393世界の敵END3【六本足】:2016/08/10(水) 22:57:54 ID:Z5XknH86
「私の頑張りには答えてくれるよ」
「っ!」

 瞳が、立ち上がる黒服達を写した。
 先程と違い、怯えている様子はない。

「私が君を圧倒したからね。恐怖が薄れたのさ」
「俺は、もう恐い存在じゃないってことか」
「正解」 

 黒服達が、一斉に印を結ぶ。
 目に迷いはなく、目的を達成することだけを考えている。

「お前も巻き込まれるぞ」
「君を確実に葬れるなら安いもんさ」
「それでいいのか」
「いや、本当は嫌だったんだけどね。こうなったら、仕方ないさ」

 巻き込まれた場合の対策はしてあるし、男の唇が釣り上がった。

「さあ、どう切り抜ける?」

 乾いた空気に潤いが戻ってくる。
 印と呼応しながら。

「戦後生まれの、その喧嘩殺法を駆使するかい? まだ、奥義は使ってないだろう?」

 男の誘いには乗らない。
 この状況下で、三つの技を使っても隙を生むだけだ。

「それとも、【異常】をより活用するかい? 君なら、まだ何か出来そうだ」

 斬撃、斬撃、斬撃。
 幻影と本物が混ざりあった刃筋を躱すだけで精一杯だ。
 前より、直感力も強化されたが男の前には気休め程度にしかならない。

「契約者なんだから能力に頼るのもいいね。使ったらどうだい?」

 確かに、六本足になったら回避と攻撃を同時に行える。
 前足を迎撃に、残り四本の足を移動に回せばいい。
 複雑な動きもできるだろう。
 だが、発動により生まれた弛みを男が狙うのは分かりきっている。
 もし、六本足になれたとしても男は難なく対応して見せるだろう。
 それだけの技量差が俺達の間にはある。
 このまま、二本足で戦うしかない。    

「さあさあ、タイムリミットは近づいているよ!」 

 不自然な冷気が空き地に蔓延する。
 まるで、水辺にいるようだ。
 汗から熱が失われていく。

「水遁のね!」

 苦無が、より勢いを増す。
 目は、残像すらも捉えきれない。
 ただ、襲いかかってくる影を映している。
 痛み。
 頬の薄皮が切れた。

394世界の敵END3【六本足】:2016/08/10(水) 22:59:34 ID:Z5XknH86
「十」

 強烈な嘔吐感。
 腹に、男の膝蹴りが直撃した。
 歯を食いしばり、首への突きを避ける。
 ここから先は、ただ【野生】にすべてを頼り切った。

「九」

 躱す。 

「八」
 
 掠る。 

「七」

 躱す。

「六」

 躱す。

「五」

 躱す。

「四」
 
 躱す。

「三」

 掠る。
 
「二」

 躱す。

「一」

 当たる。
 男の肘打ちが、ガードのために上げた左腕と激突。
 勢いを殺しきれず、視界が揺れる。
 左腕から嫌な音がした。

「さあ、終わりだ」

 黒服達は印を結び終えていた。
 頭上から、重々しい水音が聞こえる。
 そして、眼前には苦無。
 最後まで、手を抜かない気だ。

「ああ、そうだな」

 視界が揺れる中、俺は呟いた。

395世界の敵END3【六本足】:2016/08/10(水) 23:01:47 ID:Z5XknH86
「お前達の負けだ」 
「っ!?」

 驚愕。
 男の顔に、初めてそれが浮かんだ。
 同時に、小さな綻びが生まれる。
 見逃さない手はない、躊躇わず踏み込む。
 リスクを覚悟した特攻。
 苦無が、肩の肉をえぐる。
 
「お返しだ」

 【侵撃】。
 膝蹴りの形で、男の腹に叩き込む。
 肉体を蠢く衝撃波、内蔵や肋骨を軋ませる。
 
「がはっ!?」
「耐久力はそうでもないな」

 忍の本業は諜報活動や暗殺。
 健脚は折り紙付きだが、武者のような逞しさは持ち合わせていない。
 現に、男は仰け反っている。
 畳み掛けるように右の前蹴り。
 水月に直撃し、男はさらに体を丸める。
 さらに、攻撃に続けようとしたが距離を取られた。
 熟練者ならではの素早い動き。
 忍耐と反射がなせる業だ。 

「……なぜだ」

 呻きながらも、男は苦無を構え直す。
 俺は呼吸を整えた、肩先から血が零れ出る。

「なぜ、私の仲間達が」

 荒ぶった声。
 視線の先には、彼の仲間である黒服達。
 一人残らず倒れ、ずぶ濡れになっている。
 
「同士討ちをした!!」
 
 あの瞬間、黒服達は自身に向けて空中に集めた水をぶちまけた。
 分散させ、高圧水流へと変えて。
 当然、全員が為すすべもなく吹き飛ばされた。
 あまりにも不自然な同士討ち、驚いて当然だ。
 しかし、俺は動じない。
 なぜなら、心当たりがあるからだ。
 人を自由自在に操る能力に。
 先程から、こちらを伺う者の気配に。

396世界の敵END3【六本足】:2016/08/10(水) 23:05:28 ID:Z5XknH86
「それはな」

 口にしようとした時。

「僕の仕業だよ、黒服さん」

 塀の陰から、当の本人が姿を現した。
 キャメル色のコートを羽織ったそいつは、ゆっくりとした足取りで近づいて来る。

「僕が、他の黒服を操り同士討ちさせた」
「なに?」

 男の視線が険しくなる。
 苦無を握る手にも力が入るが、そいつこと少年は意に介さない。
 美麗な顔立ちに微笑みすら浮かべている。

「六本足の契約者を殺されちゃ困るからね」
「困る? この子に、君みたいな仲間がいたなんて初耳だね」
「仲間じゃないよ。ね?」

 こちらに目配せしてきた。
 面倒だが答える。

「ああ」

 というか、最初に会った時は敵だった。
 実を言うと、今こいつに助けられている理由もわかっていない。

「確かに、共闘をしたことはあるけどね」

 二年前のことを、懐かしむように少年は語る。
 俺も当時を思い出す。
 初めて契約した都市伝説を失い、六本足を得たきっかけの事件を。
 過去に浸っていると、男が我慢出来ないとばかりに口を開いた。

「なぜ、そんな薄い関係の君が彼を助けるんだい?」
「仕事だからだよ」
「仕事? 彼に雇われたのかい?」
「いや、雇い主は別人。多分、六本足の契約者も知らない人」
「俺の知らない人間」
「そっ、君の事は一方的に知っているけどね」

 俺にストーカーがいたなんて初耳だ。

「ということで、引いてもらえないかな? 【忍法】の黒服さん」

 少年、【催眠術】と【■■■】の契約者は笑顔で頼む。
 断ったらどうなるかを、暗に示しながら。

397世界の敵END3【六本足】:2016/08/10(水) 23:08:15 ID:Z5XknH86
「……」

 男は押し黙った。
 頭の中で計算しているんだろう。
 データのない相手と交戦するべきか、リスクを考慮して撤退するべきかを。
 彼の出した結論は――

「わかった。この場は引いてあげよう」

 後者だった。   
 
「ありがとう」
「正し、二つ質問に答えてくれないかな?」
「いいよ」
「なら、まず聞こう。君の名前は?」

 スマイルと共に、少年は名を告げた。

「空井、空井っていうよ」
「変換するのが大変そうな名前だね」
「それでもう一つは?」 
「ああ、こっちも簡単な質問だよ」

 意趣返しのように、男も万面の笑み。

「何桁だい」

 主語のない質問。
 だが、俺と空井には意味が分かっていた。

「それって、都市伝説も含む?」
「いや、人間だけだ」
「そう。なら――」

 回答は、穏やかな声音だった。

「四桁は、まだかな」
「そうかい」

 道理で臭うわけだ、そっと男は呟いた。

――続く――

398夢幻泡影 † シン・レツヤ:2016/08/16(火) 11:47:15 ID:iiHG8sAE
それは、たった一つのミスから始まる---

「…これは…都市伝説の捕獲依頼ですか…」

---とある事件の物語

「えーと…とりあえずれつyコホン、″Rainbow″に…」

呟きながらノートパソコンに向かうのはR-No.1 六条蓮華
本来、″Rangers″のような「組織」に従う契約者達は、担当の黒服より依頼を受けるのだが、
7つの都市伝説を駆使し、授業中だろうが爆睡中だろうが複数の依頼を同時にこなす″Rainbow″黄昏裂邪は、
並の契約者や下位No.では処理できないような依頼を上位No.から密かに受託していることが少なくない
蓮華も、その一人である

「…ふう、次は…」
「蓮華さん、そろそろお休みになってはいかが?」

R-No.0 ローゼ・ラインハルトはティーカップを片手にそう言った
じとーっ、とした目で、蓮華はローゼを睨みながら緑茶を飲む

「…そういう訳には行きませんよ
 貴方が大量の始末書を仕上げるまで、貴方がやるべき仕事を溜める訳には」
「あぐっ…い、痛いところを2度突かれましたわ…」
「痛みが引くように早く書き上げて下さい」
「ふえぇ、だって同じ文章を幾つも幾つも書くの飽きたんですものぉ」
「貴方確か、「組織」内で自伝を出版してたじゃないですか
 『正しい紅茶の煎れ方と始末書の書き方』というタイトルの」
「それとこれとは話が別ですわ!
 というか普通始末書というものは2枚か3枚くらいが妥当ですのよ!?」
「…当事者出でないとは言え、あれほどの事を部下がやったのだから仕方ないではないですか
 もう休憩は済んだでしょう?
 ティーカップをペンに持ち替えてさっさと書き上げ」
「おい!! 主いないか!?」

勢いよくドアを開けてそう叫んだのは、白い髪の少年-理夢だった
並んでシェイドやミナワ、裂邪の契約都市伝説が揃い踏みで入ってくる
どれも、顔色は非常に暗い

「…えっと…裂邪さんに何かありまして?」
「今さっき、裂邪の気配が消えた
 散歩に行っている最中の筈だったのだが…」
「ご主人様に何か、あったら……わたし……っ」
「ま、まぁ、落ち着きなせぇ」
「…そういえば、先程依頼をメールで送ったのですが
 いつもの″Right now″の返事がないですね」
「依頼…念のため、内容を聞いてもいいかね?
 仮に事件に巻き込まれてた場合、手がかりになるかも知れない」
「「ライラプス」の捕獲です。現時点で無害らしいので早々に---」
「「「「それでか!!!」」」」

シェイド、ミナワ、理夢、ウィル
かつて『四天王』と裂邪に呼ばれた4人が言ったのはほぼ同時
残りの4人はきょとんとしていた

「…こいつぁ参りやしたね」
「あぁ、とっとと探し出さねぇと」
「理解不能」
「すまない、ビオに同意だ…君達、心当たりがあるのかね?」
「…あ、そっか。知らなかったんですね、皆さん」

「ライラプス」とは、ギリシャ神話に登場する、
狙った獲物を逃さない運命を定められた犬である


そう、犬である


「裂邪は犬嫌いだ…同時に深過ぎる憎悪を抱いている
 捜索に協力願いたい。恐らく『南極事件』どころでは済まなくなるぞ」

399台風一家:2016/08/17(水) 17:37:18 ID:TOFDvYmw


学校町

人と人ならざる者が棲む町

そして常に人ならざる者を惹き付ける町

人ならざる者は時として人に牙を剥き襲い掛かるが

しかし全てが人に仇名す存在というわけではないらしい

そして、夏

彼らは遂にやって来た




「**さ〜ん」

男は町の中央に近い東区の歩道を歩いていたが、背後から掛かる声に思わず振り向く
見慣れぬ青年が手を振りながら小走りに駆けてきた

「ああ、やっぱり**さんでしたか!」

見慣れない顔だ、だがどことなく面影のある顔
不意に男は思い出す
かつて、晩夏に学校町へやって来た一家のことを
彼らが学校町に滞在したのは短い期間だったが、男は忘れていなかった

「も…、もしかして、○○なのか?」
「本当にお久しぶりです、**さん」

彼の顔を見ている内に完全に思い出した
あの時、この青年に会った時はまだ子供だった筈だ

「すると、今年も家族そろってこの町に?」
「ええ。いえ、実は父も母も老化を理由に引退してしまって」
「てことは、キミが…」
「はい、父から役目を引き継いで今度は僕が」
「おとうさーん!」

後ろから子供が一人、走って来る

「おとうさーん、速いよー!」

更にその後ろから、子供が一人とその母と思しき女性が駆けてきた

「そうか」
「はい、僕ももう父になりました」
「そうか…」

感慨深い
あの時の子供が父になり、こうしてまたこの町にやって来たのだ
彼らはそういう都市伝説なのだ




台風を追って日本各地を移動するという家族の話

都市伝説<台風一家>はこの夏も学校町へやって来た

<了>

400とある都市伝説の野望   ◆nBXmJajMvU:2016/08/18(木) 22:44:11 ID:UDeMDesM
 やぁ!俺、野良都市伝説!
 君達は「This Man」を知っているかな?「夢の中に出る謎の男」のほうが日本では一般的だろうか
 一時期、世界的に有名になった都市伝説とは俺のことだ!
 事の発端はアメリカ、ある女性が夢で俺の顔を見たことから始まった!
 まぁ、詳しい経緯をはすっとばすんで適当にググれ。とにかく、不特定多数、世界中の人間の夢のなかで、俺の顔が出た
 つまり、世界中の不特定多数の人間が、「全く同じ顔の男」を夢の中で見た、って事さ。役割は夢ごとに違ったようだけどな
 その人数、実に実に3000人を越える!もしかしたら現在進行形で増え続けているかもな
 不気味だろ?不思議だろ?なぁんにも共通点のない人間共が、それも世界規模で同じ男の顔を、夢で見ている、だなんて!!
 これには、「ある組織が夢を操作しようとしたのが原因だ」なんておひれがついたりもする。ある組織っつか、ある大国の軍隊が、な!

 さて、説明が長くなったが、そんな俺が学校町にやってきたのは、ただひとつ
 ぶっちゃけ、今学校町、色々混乱しているらしい。「九尾の狐」が潜んでいるとか、「バビロンの大淫婦」がやってきたとか、子供帝国とかなんとか
 そんな混乱している最中に、俺が入り込む
 そして、ここで俺の「This Man」としての能力を使えばいい
 噂によって都市伝説たる俺が手に入れた能力は「夢の操作」。そして、そこからの「微弱な洗脳能力」
 狐だの淫婦だの、洗脳能力持ちが大量にいる中で使えば、あまり目立たないはず
 そうして、俺の国のために役に立つ「兵隊」を大量生産しておくのだ、いざというとき、周囲の人間を無差別に殺せるように………


『邪魔だよ、お前』


 え?
 ……あ、地元の高校生か?
 なんだ、どこぞの漫画の「大嘘憑き」みたいな、カッコ(括弧)つけて……


『邪魔なんだよ。ただでさえ、このところ忙しいのに』
『うん、邪魔だね。こちとら、「狐」で手一杯なんだ。「バビロンの大淫婦」だって、さっさと見つけて始末したいってのに』
『お前までやってこられちゃ、邪魔だ。なぁ、「This Man」』

 あれ?
 ま、待て、待て待て待て
 何で俺の正体がわかってるんだ、この餓鬼共
 一体、何故……

『お前の顔は、ある意味有名だからな』
『都市伝説について調べてる身なら、なんとなくは記憶にあるんだよね』

 ま、まさか、それだけで……

『後はまぁ』
『俺も、こいつも、都市伝説の気配には敏感な方なんだ』
『うん、だから、ごめんね』

 ………っは
 何、なん…………

 何だ?
 そっちの金髪の方はいい
 「お前」は何だ!?


『悪いけどさ、消えてもらうよ。「This Man」』
『安心しろよ。お前の所属しているとこは、俺達にお前がやられた事すら、気づかない』
『気が付いたらやられてる、ってなると思うよ』
『大丈夫』
『いつもとおり、うまくやるから』









「……あれ………!?」
「咲夜ちゃん?どうしたの?」
「あ、あれ……?うーん、気のせいかな。人が倒れてるように見えたんだけど」
「え?どこ?」
「あっちの路地……うーん、いないや。気のせいかな。なんか、すっごい殴られた死体みたいに見えたんだけど…」
「思った以上に具体的なたとえでなんか怖い!?」
「気のせいじゃない?ほら、行きましょ行きましょ。今日はフェアリー・モートがレディースデーでスイーツお得なんだから、女子みんなで集まったんだし!」
「あっ、あっ、優ちゃん、神子ちゃん、待って…」
「ほら、唯もいつまでもそっち見てないで、行きましょ」
「………えぇ」


【とある都市伝説の野望 〜始まる前に終わった話ー】 おしまい

401夢幻泡影:Re † シン・レツヤ ◆7aVqGFchwM:2016/08/29(月) 21:53:55 ID:2ecBNypM
「------だから! 俺の方が先輩だろうが!!」
「それは学年の話だろ! 契約者としては俺が先輩だ!!」

西の空が黄金に染まる、黄昏時
2人の少年-水無月清太と妹尾賢志が口論しながら歩いている
理由は、至極小さな事で

「ていうか、やっぱり師匠の弟子は俺だけで良いんだ!」
「あ゛ぁ!? 俺の先生なんだからテメェこそ破門されちまえ!」
「はぁ…とうとう決着の時が来たみたいだな!」
「上等だ、かかってこいや!!」

構える2人
漂う冷気、沸き立つ熱気
互いに火花を散らせ、今まさに戦いの火蓋が切って落とされようとした時だった

「…おい、いるよな?」
「うん、何かが…2つ」

一時休戦
僅かに感ずる小さな気配を、恐る恐る辿って早数分
道端でうずくまる、高校生くらいの男女の姿
先に声をかけたのは、賢志だった

「…なあ、どうかしたのか?」
「ん?……あぁ、ごめんな、勘違いさせたみたいだ」
「くぅーん」

鳴き声の主は、少女に抱かれた犬
ゴールデンレトリバーに似た子犬だが、首輪はついていなかった

「へぇ、子犬か。姉ちゃんの?」
「ううん、ここでフラフラと歩いてたの」
「野良犬にしちゃ大人しいな…ってか、」
「こいつ多分「「都市伝説じゃッ」」…」
「へ?」

賢志、清太、そして少年
3人の声が見事に揃った
暫しの沈黙、破ったのは少年

「君達、やっぱり契約者だったのか」
「兄ちゃんは多分、″そのもの″かな」
「敵じゃねぇのは分かった。俺等はあんたと…その子犬の気配を追ってきただけだ
 俺は妹尾賢志、こいつはチビ」
「嘘教えんな!? あ、俺は水無月清太」
「俺は中橋光陽、こっちは松葉美菜季だ。よろしく」
「よろしくね、二人とも。…ところでこの子どうしよう」
「何か元気なさそうだな…腹減ってんじゃねぇか?」
「さすが、鼻も効くし実は仲間なんじゃない?」
「うるせぇ!っつーかそりゃテメェもだろうが!!」
「(並んで来たのに仲悪いな?)…まぁまぁ、とりあえず何か食わせてやろう」
「じゃあ、一度家に帰ろっか」
「俺達もついてって良い? 心配だし」
「勿論。いつ都市伝説に襲われるかも分からないし、心強い」
「聞きてぇこともあるしな。光陽さん、あんたは一体------」

402夢幻泡影:Re † シン・レツヤ ◆7aVqGFchwM:2016/08/29(月) 21:54:33 ID:2ecBNypM
「待て」

声と共に、金色に輝く光の刃が飛来する
間一髪、4人はその刃をかわした
「っつ…テメェ!いきなり何すん------っ!?」
「な、何で…?」
「お前等。その下等生物を差し出せ。さもなくば…全員、俺が滅ぼしてやる」

そこに立っていたのは黄金の鎌を持った黒づくめの少年
腰には黒と金に輝く機械的なベルトをつけ、
風になびく長い前髪から、隠れていた右目の傷が露わになっていた

「裂邪!」「黄昏くん!」「師匠!」「先生!」
「「「「え?」」」」
「無駄話が続くような反応は止めろ。俺の話を聞いてなかったのか?」
「…黄昏くん……この子犬をどうするつもりなの?」
「殺す。跡形もなく、な」
「ちょっと待て裂邪、こいつは何もしちゃいない
 ここで腹空かせてただけだぞ?」
「だからどうした。腹を満たせば好き放題暴れられる
 お前等も気づいてんだろ? そいつは都市伝説だ
 危険因子は速攻で潰す…それだけだ」
「だからって------」
「光陽兄ちゃん、その子犬を連れて逃げて」
「っ、でも」
「何か師匠、いつもと違う。何言っても聞かなさそうだ
 でも師匠の言うことが正しいとは思えない」
「ここは俺等で食い止める、早く行ってくれ!」
「逃すと思っているのか!!」
「『ブリリアント・ウォール』!」

裂邪が放った金色の斬撃を、緻密に重なった無数の水晶の柱が受け止め、崩れた
清太と賢志の意志を受け取り、子犬を抱きながら躊躇う美菜季の手を引いて、
光陽は速やかに、その場から走り去った

「…随分と生意気なことをしてくれたな
 ″馬鹿弟子″か…東方不敗の気持ちがこの上なく理解できた」
「清太、覚悟は出来てんだろうな?」
「そっちこそ。というか、その気じゃないとさすがに逃げ出すよ」
「だよな。何せ俺等は今------」



------一番ヤバい人に喧嘩売ってんだから



「清太。俺の言うことが正しくないと
 賢志。この俺を食い止めると
 確かにそう言ったな」

403夢幻泡影:Re † シン・レツヤ ◆7aVqGFchwM:2016/08/29(月) 21:55:15 ID:2ecBNypM
息を飲む2人
裂邪は話しながら、己のスマートフォンを取り出し操作し始めた

「″正義″……70億人70億色という途方もない中で、
 誰もがたった一つのそれを求めている
 真に正しい、揺るぎない″正義″…誰が、如何にしてそれを決める?
 ″正義″と″正義″のぶつかり合い……人はそれを″戦争″と言った」

《レイヴァテイン》
スマートフォンから機械音声が響くと、
彼は、ひょう、とそれを頭上に投げた

「俺はお前等を否定しない…だが肯定もしない
 ″正義″を掲げるのであれば、この俺にその力を示せ
 お前等の″正義″…俺が見定めてやる
 ----------再解放」

落ちてきたスマートフォンがベルトのバックルを通過するや否や
スマートフォンは一瞬にして消え、代わりにバックルの水晶体を中心に、
裂邪の身体中を金色のスパークが駆け巡った
直後、彼の持つ黄金の鎌-「レイヴァテイン」が融け始め、
彼の身体を覆い尽くすと瞬時に黄金の鎧を形作る

「命を懸けてかかってこい」
「上等だ、行くぞ先生!!」

賢志の右腕が激しく燃え上がる
清太の右腕が美しい水晶になる
2人は同時に裂邪に向かって駆け出し、拳を構えた

「『フォビドゥン・ナックル』!!」
「『クリスタル・パンチ』!!」
「『シャイニング・フィンガー』」

ぴたり、と2人の拳が止まったのも、ほぼ同時
金色の稲光を放つ掌が、炎と氷の拳をいともたやすく受け止めた

「「ッ!?」」
「随分驚いてるようだな
 この程度で倒れるようなら…俺はとうに死んでいる」

勢いよく放り投げられながら、抱いていた違和感が確信となった
最初の裂邪の斬撃
寸でのところで避けられたが、何故気づけなかったのか
都市伝説と契約してから、都市伝説やその契約者の気配が読めるようになった
しかし、今の裂邪にはそれがない

404夢幻泡影:Re † シン・レツヤ ◆7aVqGFchwM:2016/08/29(月) 21:55:58 ID:2ecBNypM
「今度はこちらの番だ」

体勢を整えて何とか着地すると、裂邪の背の、剣のような4枚の羽が、
分離して宙を舞い、開いた花のようにくるくると廻る

「消し飛べ、『ウィア・ラクテア』」

花の中心から、黄金色の光条が発射され、
賢志と清太を飲み込もうとした
思わず一歩退いた賢志とは反対に、清太は水晶化した右手を差し出しながら前に出た

「『イーヴィル・ブレイカー』!!」

清太の契約都市伝説「水晶は邪気を吸収する」の真骨頂
裂邪の怨恨に満ちた光条を、右掌で受け止めた
しかし、

「あがっ!?」

ばちっ!!と大きな爆裂音が響き、清太の右腕は身体ごと弾かれた
光条は勢い衰えぬまま遥か後方へと進み、轟音と共に爆発する

「っちょ、どうなってんだ!?
 いつもなら平然としてっだろ!?」
「お、おい、セキエ!」
(…邪気ガ強スギルッ……初邂遨ノ時トイイ、此奴一体…)
「ウヒヒヒヒ、邪気が飽和しちまったみたいだな
 これで面倒な能力は封印した」

花は散り、今度は裂邪の周囲に浮かび、雷光を纏った切っ先を清太達に向けた
2人は能力でそれぞれ水晶の剣と金属バットを作り、身構えて次の攻撃に備える
寧ろ、接近して近接戦闘に持っていきたいところなのだが---

「少しは師匠らしいことをしてやろうか
 さあ始めよう、6コンボしないと地獄逝きだ
 ---『フィクス・カエレスティス』」

4つの翼は一斉に3発の光弾を、リズミカルに撃ち出した
剣とバット、得物を上手く操って″6コンボ″ずつ防いでゆく
当たればどうなるか---それは流れ弾によってえぐられた道路や塀が物語る

「ウヒヒヒヒ、さすがは俺の弟子達だ」
「先生! どうしてこんなッ…何の罪もない子犬を、どうするつもりなんスか!?」
「言ったろう? 肉片になるまで苦しめながら殺す
 この世に生まれたことを後悔するようになぁ!!」

405夢幻泡影:Re † シン・レツヤ ◆7aVqGFchwM:2016/08/29(月) 22:07:03 ID:2ecBNypM
「一体、あいつが師匠に、何したってんだよ!」
「″原罪″ってのを知ってるか?
 原初の人間である我々の父と母---アダムとイヴが犯した罪は、
 その子孫たる人類全てが背負って生きている
 たった一匹の下等生物によって、俺は屈辱を味わわされた
 その罪は種族全てで負わなければならない
 それが都市伝説だろうと例外はない!!」
「間違ってる!!…馬鹿げてるぜ、先生ェ!!」
「何度も同じことを言わせるな!!
 はっきり言うが、俺は己が正しいなどと、″正義″などと思っちゃいない!
 寧ろ、この俺こそが真の″邪悪″…正されるべき″邪″そのものだ!
 正してみろ、お前等の全力の″正義″で!!」

攻撃を止め、4枚の羽が背中に装着されると、
裂邪は地面を蹴り、猛スピードで2人に接近した
一瞬、その気迫に臆したが、またとない好機、みすみす逃す訳がない
清太と賢志は、武器を振りかざした

「「うおおおおおおおおおおおおおおぉ!!!」」
「『ジャスティスブレイカー』」

剣とバットに両掌がぶつかる
否、触れる寸前に勢いが死に、時が止まったかのように静まる

「「ッ!?」」
「終わりだ、『クェーサー』」

金色の光弾が両掌より放たれ、武器は消滅し、
賢志達は吹き飛ばされ、塀に強く身体を打ち付けた
呻き声、荒い息遣い
ハァ、と裂邪は溜息を吐いた

「つまらん。この俺にただの一撃も与えられんとは
 時間の無駄だったな、お互いに」

そう言い残すと、裂邪は弟子達に背を向け、歩き出した
邪魔者はもういない、あとは光陽達が連れている「ライラプス」を---

「ま、て…師匠…」

ざ、と足を踏ん張り、彼等は立ち上がる
貫かねばならぬものがあった
己の″正義″、そして目の前の″邪悪″

「ほう、少し見直したぞ」
「うるせぇ…まだ、戦える…」
「絶対、止める…都市伝説をやっつけるつもりで…
 本気でぶん殴るからな、師匠!!」

怒りの熱気と冷気が、辺りに立ち込める
対する裂邪は、

「…ウヒヒヒヒヒヒヒ…」

わらった

406夢幻泡影:Re † シン・レツヤ ◆7aVqGFchwM:2016/08/29(月) 22:08:19 ID:2ecBNypM
「ヒハハハハハハハハ!!」
「っ、な、何笑ってやがんだ!?」
「ヒハハハハハ…お前等、一つ教えといてやろう
 俺は7つの都市伝説と契約している
 今、俺がここで使ってるのは「レイヴァテイン」だけだ
 その意味が分かるか?」
「な…、七つ……って……」

奮い立ったが束の間、震えが止まらなくなった
全力の1/7で、この戦力差
では、彼が″本気″を出せばどうなるのか

「…ヒヒッ、だろうな」

清太も、賢志も、見送るしか出来なかった
眼前にいる、黄金の″化け物″を
彼等は本能で感じとった
人間は、″化け物″には勝ち得ないのだ、と










故に、学ぶ






「なあ、清太」
「賢志兄ちゃん、多分同じこと考えてたよ」





人間が″化け物″に勝つ為には、

407夢幻泡影:Re † シン・レツヤ ◆7aVqGFchwM:2016/08/29(月) 22:09:22 ID:2ecBNypM
(正気カ汝共!? 如何ナロウト知ランゾ!?)
「俺だって知らないよ、でも何もしないよりマシだ!!」
「その通りだぜ!…頼んだぞ、「賢者の石」!!」






---自分が″化け物″になればいい






「「はあああああああああああああああああああああああああ!!!!」」
















その一部始終をあえて表現するならば---奇跡
そこにはもう、少年達の姿はなかった
かたや清太
全身が冷たく輝く、冷気を帯びた美しい水晶となっている
戦士というよりは最早、一つの芸術作品と風貌だ
かたや賢志
右腕は血のように紅い鉱物、左腕は燃え盛る金属、
下半身は黒く、上半身は鈍い銀のような色で、まるで金属生命体のようだ

「……訂正しよう」

裂邪の表情は黄金の鎧がある為に窺い知れない
しかし、その時初めて
彼が少し、嬉しそうに笑ったのが分かった

「お前等…超絶、見直したよ」


...to be continued

408死を従えし少女 寄り道「ファザータイムと死神少女」 ◆12zUSOBYLQ:2016/09/01(木) 23:11:25 ID:ldTWe/q.
 その気配に、彼ミハエル・ハイデッガーは振り返った。
「ねぇ、君…もしかして、『あの御方』の配下?」
 すれ違った黒髪の少年こと黄(ファン)を捕まえて、こそこそと耳打ちする。
「そうだ。お前もあの御方の部下か」
 黄は頷き、にやりと笑った。
「近々、大変な獲物が手にはいる。契約者を数多含めた子供の組織だ。きっとあの御方の役に立つだろう。俺の名は黄・文蘭(ファン・ウェンラン)だ。覚えておくといい」
「だってさ」
 ファザータイムは緊張感を保ち、黄が契約者に害なすようなら刈り取る体勢を取ったが、その様なことにはならなかった。
「立ち話もなんだ。詳しい話を」
 黄はすぐ側にあるドーナツバーを指さした。
「味は保証する」

「今日は何する?」
 今日も今日とて「マジカルスイーツ」
 澪たちは蜂蜜とキューカンバーの夏らしいさっぱりしたシェイクを前にぼさっと頬杖をついている。澪と藍の手元には文庫本。今日は平和なのだ。
「まっ、その方がいっか。可哀想なコドモも、因縁付けられて引きずり回される可哀想な一般人もいない、ってことで」
 ちらりちらりと緑を見ながら、キラがつかの間の平和を有り難がる。
「どういう意味だ」
「わかんない?」
 詰まるところは暇なのだろう。キラはにっと笑うと、緑との距離を詰める。
 緑が本気で腹を立てればひきこさんとの公開スパーリング。そうならなくても緑をオモチャにするのは退屈しない、という計算だ。
「あぁ、それとも折角ヒマなんだし、澪とデートでもしたかったかな?ね、純情な緑クン?」
 澪が好きだよと云った時には認めないのなんのと騒いだキラも、今では余裕ぶって緑の反応を楽しんでいる。
「お前…本気で地獄を見たいか」
 緑が席から立ち上がった時。

「いらっしゃーい」
 オレンジの声が店内に響いた。
「珍しいわね。ひとり?」
「いや…連れがいる」
 一同は会話の方へ目をやった。藍の表情が歪む。
「黄…!」
「連れのあれ、誰だろ。見たことない子だね」

「お待たせ」
「わー!おいしそー!」
 揚げたてあつあつのドーナツにソフトクリームが乗り、フルーツソースとナッツをトッピングしたお持ち帰り不可のドーナツを前に、ミハエルは上機嫌だ。
 はじめは黄を警戒していたファザータイムも、契約者が喜んでいるのを見て、悪い気はしない。
「で?子どもの組織って?」

409死を従えし少女 寄り道「ファザータイムと死神少女」 ◆12zUSOBYLQ:2016/09/01(木) 23:12:06 ID:ldTWe/q.
 周りに悟られないよう、黄は声を低くする。
「『凍り付いた碧』という。碧という人物を頂点にした、子どもだけの組織で、上位メンバーは契約者揃いだ。南区の廃工場が根城だが、メンバーの多くがここを溜まり場にしている」
「へー。で?その上位メンバーは何処にいるの?どんな能力?」
「碧の側近で、真白という女がいる。能力の詳細は不明だが、赤マントを無限に呼び出せるようだ」
 黄は勘違いをしていた。真白の能力について。
 彼女の能力は「ネクロマンサー」赤マントと云わず、一度「死んだ」ものならなんでも操れる能力だが、黄はその現場を見たことがない。
「赤マント?なに?それ」
 日本の都市伝説だ、と黄が説明すると、ふーんとミハエルは店内をきょろきょろする。
「あそこにいる、あの連中」
 黄はそこそこ離れた、声の聞こえづらいテーブルにいた緑たちをわからないように指さした。黄とミハエル、二人の視線に気づいた藍はぷいと顔を逸らした。
「あそこにいる、黒いサマーセーターの男、緑という。奴も契約者だ。今顔を逸らした女は藍。奴らも上位メンバーだ」
 彼らをじいっと見つめるミハエル。彼の視線は、彼らのうちの一人に向いていた。
 小柄な体躯に黒い髪を赤いリボンで飾り、白い大きな襟の黒いワンピースを纏った少女。
「あれは…」
 ファザータイムも気づいたようだ。ミハエルは少女から視線を外さずに呟く。

「あの子、僕と同じだね」

410はないちもんめ:2016/09/04(日) 22:54:15 ID:FaJiccMI
組織の施設内、旅行カバンを下げた男と宙に浮いた少女が廊下を進んでいく。
かごめかごめの契約者、影守蔵人とその契約都市伝説バラバラキューピー、影守希である。

「今回は思ったより早く済んでよかったわね」
「こう、遠方への遠征続きだと中々家に帰る暇も無いからな…」
「美緒に嫌味言われるんじゃ無い?」
「美緒さんよりも美亜達におとーさん、こんどはいつあそびにくるの?って言われる方がよっぽどキツイ…」
「父親と認識されてても同居人とは認識されてないのね…あら?」

2人は廊下の先に二つの人影を見つけた。
幼い容姿の少女と黒服姿の男性。

「E-No.0、H-No.0」
「影守…そう言えば遠征に行ってたんだったか」
「町の外でも都市伝説を悪用する輩はいますから…」
「お主最近遠征ばっか行っとらんか?」
「子供達におとーさん、こんどはいつあそびにくるの?って言われて傷心状態よ、こいつ」
「「………」」
「すいません、気の毒な物見る目で見ないでください、マジで凹みますから」
「そ、それで今回はどうだったんだ?」
「いやいつも通り首落として終わりですよ、死体の処理はC-No.の黒服さんに頼みました、ただ子持ちだった上に子供の眼の前で殺っちゃったんで…」
「それはキツイのう…」
「保護は首塚の孤児院に頼みました、因果な商売ですよ…ところでウチのジジイ(K-No.0)知りません?さっき部屋見たら居なくてですね、あんなんでも報告上げなきゃいけないんですけど」

影守の言葉にエーテルとヘンリエッタは目を丸くする。

411はないちもんめ:2016/09/04(日) 22:55:39 ID:FaJiccMI
「待て、影守…お前もしかして聞いてない?」
「え、何を?」
「あー、K-No.0じゃがな……引退するとか言って組織抜けてどっか行ったのじゃ」
「は!?」
「で、上の会議で…お前が後任に決まったんだけど」
「ファッ!?」
「出世したじゃ無い、影守…」
「お前も巻き込まれてるんだが…いや、どうしろと?」
「K-No.0は前々から引退する引退する言うてたからのう、こっちもその積りだったんじゃが、K-No.を取り潰すか存続させるかで意見が割れておってな」
「先先代のクソショタがやらかした事を思えば取り潰しでも良かったんだが、No.の欠けは外部から見れば組織の弱体化でしか無い…最近は落ち着いてるがいつ荒れるかわからないこの町でそれは困る」
「なんで規模縮小でも存続でと言うことになったんじゃが…そもそも今のK-No.お主しかおらんからな、必然的にお主が後任と言うことになったのじゃ」
「聞いてないんですけど!?」
「運が悪かったのう…」
「それより影守はアンタ達と違って人間よ?人間にNo.0が務まるの?」
「人間でもNo.0になれる…組織が変わった事を外に知らせるには良い広告塔じゃろ?」
「ま、規模縮小は規模縮小だ、K-No.には今後新人の教導を任せる事になる…要は鍛えて使い物しろって事だが」
「現場には…」
「出ない方がいいだろ、K-No.ってだけで中でも外でも印象が良く無いしな」
「…………まぁ、やれって言われればやりますけど……そもそも何をすれば?」
「とりあえずNo.の再編だな、No.0しか居ないじゃ話にならんし」
「人集めですか…どうやって?」
「それは………なんとかするんだ」
「えぇぇ…」
「引き抜きとかどうじゃ?」
「まずD-No.962さんと義兄さんが欲しいんですが」
「どう考えてもD-No.が立ち行かなくなるんでアウト」

と、まぁこんな話があって数日後

412はないちもんめ:2016/09/04(日) 22:59:16 ID:FaJiccMI
「私と在処に声かけた訳か…」
「お姉さん、ケーキおかわりで」
「アンタ少しは遠慮なさいよ…」
「いや、呼んだのはこっちだ、ここは我慢しよう」
フェアリーモートの一角で影守と希、望と在処はがテーブルを囲んでいた。
「しっかし、首塚所属の私に声かけるとか思い切ったわね?」
「首塚と組織の関係は以前に比べれば良好だ…少なくともすぐ抗争になるような状態じゃないし、なっても大門家がなんとかするだろう?」
「ウチ頼られても困るんだけど…まぁ翼の嫁さんも組織だしね」
「説明した通り、仕事は新人を鍛え上げる事、現場に出る事は無いから危険は少ないと思う」
影守の言葉に2人は首を傾ける。
「そうは言っても今年は忙しくなりそうだしなぁ…」
「私もちょっと時間が…」
「ぶっちゃけ頭数がいるだけで常勤しなくて良いんだ、暇な時に小遣い稼ぎに手伝ってくれればそれで良い」
「まぁ、それ位なら…」
「私も何とかなるかなー、大樹さんが許してくれればだけど」
2人の言葉に影守は頭をさげる。
「助かる!」
「とりあえず私の方で友と詩織も声かけるわ」
「てか、アンタ達、忙しいって何かあったっけ?
望も在処も受験とかじゃないでしょ?」
「「あぁ」」
「先輩の所に嫁入りが決まりました」
「大樹さんと年内に決着つける(積り)だから」
直後希がキレて暴れかけるが望に勝てる筈がなく沈められたが割愛させていただく。

この数週間後、影守をK-No.0とした新生K-No.が発足、始動する。
が、僅か数週間でK-No.1とK-No.2、K-No.3が産休で不在となり機能不全に陥りかけた事だけは最後に追記しておく。
続かない

413はないちもんめ:2016/09/04(日) 23:04:43 ID:FaJiccMI
おまけ
希「てか、実際アンタ達良く影守の話受けたわね」
望.在処「あぁ」
望「事故に見せかけて影守排除したら大樹さんK-No.0に推薦できないかなーって」
在処「訓練中に爆破して、龍一さんを推薦しようかなって」
希「あんたら……」


おまけその2
影守「発足、始動と同時にこんなに新人が来るとは思わなかったんだが…」
希「人材不足とか嘘でしょって位新人が一気にきたわね」
望「あぁ、簡単よ」
影守「?」
望「首塚の孤児院でアンタに親殺された子達に合法的に仇打ちの機会あるわよって言ったら大量に」
影守「全員俺(の首)狙いかよ!?」

今度こそ続かない

414チキン野郎は今日も逃げる:2016/09/05(月) 00:35:47 ID:yJBURLjM
・八話 チキン野郎と仲間達

 都市伝説の死は呆気ない。
 光の粒へと変わっていく【首なしライダー】を見ながら、ボクは改めて実感していた。

「師匠、どうしました?」
「ううん、何でもないよ」

 隣に立つ彼女を見上げ言った。

「今日もすごかったよ、緋色さん。投げナイフであそこまで出来るなんて」
「刃物扱いは得意なので」

 切れ長の二重を、緋色さんは細めた。自然に、長いまつげも目に入る。
 綺麗だな、何度抱いたかわからない感想。でも、本当だからしょうがない。緋色さんは、それくらい美形だ。
 抜群のスタイル、長い黒髪、整った顔立ち。三拍子全てが揃っていた。正し、口元にはいつもマスクがしてある。大多数の人は、これを邪魔だと思うだろう。けれど、彼女にとってマ
スクはアンデンティティに近いものだったりする。着用している赤いワンピースも同じくそうだ。

「それよりも、師匠の方がすごかったです。こんな森の中をあのスピードで走るなんて。私なんて、トバさんに先導されてやっと来れたのに」

 尊敬の眼差し、そうとしか表現できなものを緋色さんに向けられた。
 ……たまにあることだけど、未だに慣れない。こんな綺麗な人が相手だから当然だ。

「じ、事前に下見をしてたしね。それに――」

 右目にそっと手を触れた。

「視えているから」

 そう、ボクには視えている。この暗い森の中が、緋色さんの姿形がくっきりと。
 我ながら人間離れした能力だと思う。……どっちかというと、オートバイと並行できていたことの方がすごいと思うけれど。ちなみに夜目が効くのも、乗り物と併走できるほどの脚力も生まれつきの力じゃない。どちらもここ最近、身につけたもの。

「ずいぶんとあっさり終わったな」

 目の前で、人語を喋っている秋田犬と出会い手に入れた力だ。

415チキン野郎は今日も逃げる:2016/09/05(月) 00:40:44 ID:yJBURLjM
「トバさん、お疲れ」
「お疲れ様です」
「おう」

 秋田犬ことトバさんは、一仕事終えたことで顔を緩めた。中年の人間とわかる顔を。
 トバさんは【人面犬】。数々の噂を持つ都市伝説だ。緋色さんも同様、【口裂け女】。二人共、超常の力を持つ非日常の住人だ。
 かというボクも、そうだったりする。二人と違い人間だけれど。ボクの場合は、契約と呼ばれる行為でトバさんの力を借りているに過ぎない。
 なぜ、ボクがトバさんと契約したか。緋色さんとはどういう関係か。その辺を話すと長くなる。
 一言で纏めると、ボクらは悪い都市伝説と戦っていたりする同盟だ。

「今日は随分と簡単に進みましたね」
「【首なしライダー】が、挑発にあっさりと乗ったからね」

 都市伝説との戦闘で、ボクは囮役を引き受けている。敵を挑発して、二人が待機している場所まで誘導するのが仕事だ。
 ……他にできることがないから、やっているだけなんだけどねっ!

「都市伝説は、基本的に単純だからな。俺らみたいな、自我の強い個体じゃなきゃあんなもんだ。特に、今回の【首なしライダー】は相手を事故死させることにこだわっているみたいだったしな。逃げ足の速いお前は、最高のルアーだ」
「疑似餌なんだ、ボク……。あ、それよりも」

 峠道の方へ顔を向ける。

「ガードレール、どうしよう。ここへ来る前に、首なしライダーが切っちゃんだ」

 【首なしライダー】が森へ突入する時に、ガードレールを一部切断していた。やったのは、ボクじゃないといっても放っておくわけには行かない。
 ……弁償はなんとか勘弁して欲しいけれど。

「放っておけ。その内、通りかかった奴が通報するだろ」
「そういう訳にはいかないよ! 自分が関わったことなんだから責任は取らなくちゃ」
「……真面目だな、おい」
「後始末はちゃんとするのが常識だよ!」

 後始末は大事。普段から料理をしていた学んだことだ。
 例え、どれだけ綺麗に料理を作っても最後に台無しにしたら意味がない。片付けまで完璧にこなすのが、食事をするということ。これは、何にでも当てはまる。今回も例外じゃない。
 ボクが正当性を確信していると、トバさんがため息をついた。

「そうかよ。なら、公衆電話を使え」
「携帯電話じゃダメなの?」
「携帯電話だと非通知でも番号がバレる。後々、面倒くさい」
「へー」

 初耳だ。

「昼間、この峠のドライブインに公衆電話があったのを見た。そこから連絡しろ」
「うん、わかった。ありがとう」
「礼を言うようなことじゃねえ」

 トバさんは顔を背け、ぶっきらぼうな言葉を返した。
 ボクと緋色さんは、思わず顔を合わせて口元だけで笑う。やっぱり、トバさんは素直じゃない。

「それじゃ、ボクは先にドライブインまで行ってるよ。電話をかけたら、合流したいから近くまで来てて」
「おう」
「了解しました」

 頷くふたりに背を向け、再び能力を発動。
 両足が温まっていき、夜目の精度がより高まる。軽い興奮が体に湧く。能力の副作用で、気分が高揚しているからだ。 

「よし!」

 ドライブインに向けて、最初の一歩を踏み出した。

416チキン野郎は今日も逃げる:2016/09/05(月) 00:43:34 ID:yJBURLjM
「ふふふ、中々可愛い子じゃない。ご主人様は見る目があるわ」

 雀達は気づいていなかった。
 今夜、彼らの姿をずっと見つめていた存在がいたことを。

「でも、契約者だったなんてね。ちょっと面倒なことになりそうだわ」

 怪しげな雰囲気を醸し出しながら、それは微笑した。

「まっ、足を美味しくいただくことには変わりないけど」

 新たな危険が三人に迫ろうとしていた。

――続く――

417ファザータイムは思案する   ◆nBXmJajMvU:2016/09/05(月) 23:05:55 ID:JPUuBupA
 ………あぁ、「同じ」だな、とファザータイムは感じたようだった
 ただ、つ、と少し見ただけで、視線はすぐに外す
 姿は覚えた。同じであるのであれば、ヴィットリオの契約都市伝説の力があれば一瞬で無力化できる
 もちろん、油断はすべきではない
 ヴィットリオ本人には戦闘能力がないのだから、戦闘に巻き込まれたならば自分や唯、九十九が守ってやる必要性がある
 理想としては不意打ちで無力化する事だが、どちらにせよ、皓夜に食べさせる際には樽から出す必要が出てくる

(……難しいものだ)

 静かに隠れて行動し、仲間の食料を確保する事が、ここまで難しいとは
 ファザータイムがそのように思案している間も、ミハエルは黄と会話を続けている

「そのうち、皓夜……あぁ、ボク逹の仲間の一人なんだけど。その子のご飯にするか………強いやつなら、ボクらの仲間にしたいかな。あの方の居場所がわかればいいんだけれど…」
「うん?……その言い方、まさか、あの御方の居場所がわかっていないのか?」

 うん、とドーナッツもぐもぐしながらミハエルは頷いた
 そう、未だに自分達はあの御方の……「白面九尾の狐」の居場所をつかめていない
 この学校街のどこかに間違いなくいるはずだと言うのに、その気配すらつかめていない
 明らかな異常事態であり、動きにくい状況になっていたのが現状だ

「そうなんだよね……ボク逹が学校街に集まってきてるんだし、接触してくれてもいいはずなのに接触ないしさぁ……」
「本当に、一度の接触もなし?」
「うん、一切なし。ねぇ、君はどこで、あの御方に遭遇したの?」

 じーーーーっ、とミハエルは黄をじっと見つめながら、そう問うた

「…参考にならないと思うぞ。お声をかけていただいたのは、契約者になる前………三年前だ」
「あー……あの方が、前にここ来てた時かー。そん時、ボクドイツにいたし。そもそも、その頃は肉体違うよぉ…」

 ぐでぇ、とミハエルはテーブルの上に顎を置いてダレた
 流石にだらしないので、軽く体を持ち上げて起こす。むぅー、と不満そうな声を上げながらも、ミハエルはきちんと席に座り直した

「姿が違っても、あの御方がいればわかるはずだが…」
「うん、そうなんだよね。だから、明らかに「おかしい」んだ。ボクらがあの御方がどこにいるのかすらわからない、なんてさ」

418ファザータイムは思案する   ◆nBXmJajMvU:2016/09/05(月) 23:07:01 ID:JPUuBupA
「………こうして、合流できたのだ。今後、『凍り付いた碧』とやらの者に気づかれぬ程度に、情報共有をすべきだろう」

 ぼそり、ファザータイムはそう口に出した
 ミハエルも、うん、と頷く

「多分、ボクくらいの年齢なら、君と接触してても平気でしょ?なんだったら、『凍り付いた碧』にボクをスカウトしてるように見せかけちゃえば?」
「いいのか?」
「別にいいよ。大人と一緒に行動してるとこ見られたらまずいなら、他のみんなとはなるべく一緒に出歩かないし」

 ……それは、迷子になる可能性があるのでは
 ファザータイムはそう感じたが、直後、「自分が道を把握していれば良いか」と考えなおした
 自分は、常にミハエルの傍にあるのだから、それくらいはサポートするべきであろう
 そもそも、ミハエルが実際の年齢より明らかに子供っぽいのは、半ば自分の責任であるのだから、自分が責任をもってミハエルを保護するべきなのだ
 自分という存在が、「今のファザータイム」が消滅する、その瞬間まで

「………あぁ。そうだ。お前は、『凍り付いた碧』において。ある程度、隠れ家等で自由に動き回れる立場だろうか?」
「?…それを聞いて、どうする?」
「もし、そうであるならば。隠れ家などに、仕掛けて欲しいものがある」

 そう言うと、ファザータイムはさらさらと、メモに何やら書き記していく……最初ドイツ語で書いてしまい、すぐに日本語に直した。ある程度学んでいて正解だったと言えよう。学んだのは、ミハエルが日本語を読めなかった時に備えてだったのだが
 黄はそのメモにざっと目を通している
 メモに書いた、仕掛けて欲しい物。それは「ワイヤーや、鉄製やニッケル製の物」。元からそれらがそれなりの量存在するならばいいが、なければできるだけ仕掛けて欲しい、と

「…後半については、形や重量は問わないか?」
「あぁ、問題ない」
「うんうん、つくつくなら大丈夫だよね」

 形も、大きさもあの能力の前ではさほど関係ない
 ……あの男は、ある意味自分達の中で一番、契約都市伝説の能力を使いこなしていると言って良いのだから

「覚えたか?」
「あぁ、当然だ」
「そうか。なら、いい」

 渡したメモへと手を伸ばす
 そのメモは、ファザータイムが触れた瞬間、まるで何百年、何千年も一気に時間が過ぎたかのように朽ちて、かけらすら残さずに消えてしまった
 完全消滅、と言っていい。それはテーブルの上を汚すことすら、なかった

「これから、よろしくね」

 ミハエルが笑う、楽しげに
 ……この子が楽しいならば、それでいい
 ファザータイムはそう考え、ひっそりと笑ったのだった


to be … ?

419逢魔時の怪 ◆MERRY/qJUk:2016/09/07(水) 02:13:11 ID:f6m/ZTYI
【逢魔時】とは、いわゆる夕方、日没前後の昼と夜が移り変わる時刻を指す。
黄昏時とも呼ばれ、その語源は「誰そ彼」……そこの彼が、誰なのか分からないという意味だ。
夕日に照らされた人は黒い影となって表情を覆い隠される。
故にこの時間帯、人影の中に魔に属するモノが紛れ込むと、ある地方では伝えられた。

そして今日もまた、日が沈む――――

420逢魔時の怪 ◆MERRY/qJUk:2016/09/07(水) 02:14:01 ID:fvF9S2y6
日没の約六分前、西区のある廃工場付近に雷鳴が轟いた
雲の少ない快晴の茜空の下、廃工場の長い影に包まれて
対峙するのは赤いマントに身を包んだ男と、白装束の女
尋常でないところを挙げるとすれば、男の方は都市伝説"赤マント"であり――

「あら、外してしまいましたか……少々眠りすぎたようですね」

――――女の身体が半透明で、実体を伴っていないということだろう

紫電に焦がされた地面を意に介さず女に襲いかかる赤マント
だがその攻撃は空を切り、女の反撃がその身を撃ち貫く
辺りに肉の焼けた匂いが漂うが、それもすぐ風に散らされた

421逢魔時の怪 ◆MERRY/qJUk:2016/09/07(水) 02:14:32 ID:fvF9S2y6
「ああ、感じます……私のいない間にまた悍ましいモノがこの地に入り込みましたか」

誰も見る者のいない廃工場の敷地内で、女が独白する

「もはやこれまで、もはやこれまで……穏便に済ませることは、もうできない」

その様子はどこか陶然としているようで、目は中空を見つめるばかり
見ている者があればこう思っただろう。この女は正気ではないのだ、と

「この地にあるべきは人の営みだけ。それを脅かす怪異は、都市伝説は、イラナイ」

女がパンと手を打つと、廃工場の影から蠢くモノ達が体を起こす。
それはまるで、黄昏時の人の影そのもの。逢魔時に現れる、魔性のモノの姿。

「然らば全て、排しましょう。除けましょう。払いましょう。滅しましょう」

影を従えた女が、妖しく見える笑みを浮かべて宣告する

「この地を守るため、人の明日を守るため……私はどこまでも戦いましょう」

日が沈み切ると、陽炎のように女と影達は揺らいで消え去った
しかしそれが夕陽の見せた幻ではないことに、気付いた者もいた

422逢魔時の怪 ◆MERRY/qJUk:2016/09/07(水) 02:15:03 ID:fvF9S2y6
学校町某所

「んー…………こりゃマジで動き出したか?」

男は紙製の人形のようなものを机に置いて立ち上がった

「準備は万端、とも言い難いが……やることは変わらねえか」
「とうさま、ごはんできたってば」
「おお悪い。すぐ行く」

年内にケリをつけてえなあ、などと考えながら
男は女の子に手を引かれて部屋を出て行った
机の上の紙人形は、いつの間にか消えていた


学校町 東区のある墓地にて

「あの、先生?どうかしましたか?急に黙っちゃって」
「……透風さん。いえ、南の墓守」
「! なんですか、東の墓守」
「今晩にも"牛の首"を使います。心の準備を」
「いったい何が……?」
「わかりません。ですが、何かが起こるのは間違いないでしょう」

半透明の身体の男、"東の墓守"は
半透明の女の子、"南の墓守"に答えつつ、なお考える

(彼女が気づいていないということは、盟主様の気配は勘違いだったのか?)
(悩んでる先生もやっぱりいいなぁ)

どんな時でも己の欲望に忠実な彼女はさておき
彼の懸念が真実であると彼らが知るのは、もう少し先の話である……

423逢魔時の怪 ◆MERRY/qJUk:2016/09/07(水) 02:17:33 ID:fvF9S2y6
今日も学校町の一日が終わる
同時に、長きにわたった"彼女"の沈黙も破られた
それが仮初の平穏に終わりを告げる合図だったのかどうかは

 まだ、誰にも分からない――――


【Next Generation】
【Event "Strangeness of twilight"】
【Shall we play?】

424結婚前のお話   ◆nBXmJajMvU:2016/09/07(水) 23:19:04 ID:LVEODcfA
「……お前は、何を企んでいたんだ」

 在処が、現在のK-No,0……影守蔵人を訓練中に爆破して自分を推薦するつもりであった、と
 それを聞いて、龍一は小さくため息を付きながら、そう在処に問うた
 龍一のその問いに、在処はきょとん、と答える

「さっき言った通りですよ。龍一さんをK-No,0に推薦しようとですね」
「………「組」の仕事で手一杯だ。推薦されても俺は断る」

 えー、と不満そうな声を在処はあげてきたが、実際、高校卒業後に実家の家業を継いでいる龍一としては、「組」の仕事で手一杯であり「組織」の一員となりその仕事をやれ、と言われても不可能だ
 少なくとも、龍一自身はそのように考えている
 人間社会の中での「組」の仕事と、自分が継いでからは都市伝説絡みの問題も扱うようになった故、「獄門寺組」としての仕事は増えており、自然とその組長たる龍一の仕事も増えている
 よその組織の仕事まで付き合う事は出来ないし、そもそも「組織」に手を貸す義理もない

「大門 大樹さん辺りに協力要請されたら、手伝ったりしているじゃないですか」
「……こちらとしても見逃せない件が多いからだ。こちらの仕事にも関わるし。あの人個人には、あまり悪い印象もない」

 筆を動かしながら、返事を返す
 あの苦労人からの頼まれ事は、どうにも無碍にする気にはなれない
 ……こちらも絡んでいる件での頼まれ事である事例が多いのも、また事実なのだし
 確かに、と在処も頷いているので、その辺りは理解しているのだろう。理解しているふりと言う可能性も否定はできないが

「………ところで、龍一さん」
「何だ」
「さっきから、ずーーーっと書き物してますけど。何書いているんです?それも筆で」

 じっ、とこちらの手元を見てくる
 そういえば、何をしているのかは説明していなかった気がする

「……式の招待状を書いていたが」
「式?」
「………俺と、お前の。結婚式だ」

 …しばしの沈黙
 きょとんとした表情をしていた在処だったが、ようやく脳へと(恐らく)正しく情報が行き渡ったのか、あ、と声を上げた

「あ、あぁ、そうですよね。式やるんですもんね………って、龍一さん、自分で招待状書いてたんですか。しかもパソコンじゃなくて手書き」
「……普通の知り合いはともかく、家として古くから付き合いがある相手にも出すものだからな」

 効率が悪いと言われるかもしれないが、昔ながらのやり方を好む老人もいるということだ

「あまり、派手な式にするつもりはないが。それでも人数を呼ぶことになる。早いうちから書いておいた方がいいからな」
「龍一さん、夏休みの宿題とか早めにぱぱっと終わらせるタイプですしね」

 …それは、関係あるのだろうか 
 在処からすれば、関係あることなのかもしれない

「まぁ、お家の付き合いやら、都市伝説関連の付き合いやら………私は親戚らしい親戚もいないのでほぼ龍一さんの知り合いと言うか、この獄門寺家の知り合いでしょうけど、結構な人数ですよね」
「……念の為言うが。都市伝説絡みと都市伝説絡みではない者とで、式は分けるぞ」

 ………

 ………………?
 在処が「よくわからない」と言う顔をしている
 伝わりにくい言い方をしてしまっただろうか

「……都市伝説と知っている者と、知らぬ者と。分けるからな。式は」
「え?…えーっと、んんん?」
「そうなるから、必然的に式を二回やる事になる」
「あ、あぁー、なるほど。やっとわかっt待ってください龍一さん」
「どうした」
「………二回、やるんですか?」

 そうだ、と頷いてやる
 先程そう告げたのだから、その通り以外の何でもないのだが

「本来なら、都市伝説関係者以外を招待する式は、北区の神社で執り行いたかったが………問い合わせてみたところ、少人数の式でなければ不可能なようで、諦めた。結婚報告の儀は予定通り北区の神社で行うつもりだが」
「それって、かなりお客さん呼ぶって事ですよね!?どれだけ人来るんですか!?」
「……獄門寺家と付き合いがある家の者や企業の社長もしくは重役だが…………あぁ、だから。朝比奈さんは都市伝説関係者以外の方の式で呼ぶことになるな。必然的に」
「あ、あの大魔王も呼ぶんですね」

 その呼び方は止めておけ、と一応注意しておく
 今後も、付き合いがある相手なのだからなおさらだ

「……朝比奈さんは、首塚の隠れ小島で式を行う、となると参加を嫌がりそうでもあるしな」
「はい、ストップです。龍一さん」

 …………?
 何か、問題となる発言をしただろうか
 そのようなつもりは、いっさいないのだが

425結婚前のお話   ◆nBXmJajMvU:2016/09/07(水) 23:19:52 ID:LVEODcfA
「式を、どこでやるって?」
「首塚の隠れ小島だ。都市伝説関係者ばかりを呼ぶのだし、問題ないだろう」
「ありますよっ!?ってか、式はどこでやるとか、おもいっきりたった今初耳なんですが!?」
「……あぁ、たった今、話した」

 ……ぺふん、と。在処が文机の上に突っ伏した
 何故だ

「……ブライダルって、女が主役、だったような……」
「………花嫁衣装は、和装の範疇でお前に選ばせるが」
「ドレスじゃないのは確定なんだ!?」
「……着たいなら、お色直しの方で考えておく」
「やったー!でも、首塚の隠れ小島での式は確定なんですねー!!」
「…………他に。都市伝説関係者を一同に集めて式を行って問題なさそうな場所が思い当たるか?」

 こちらの問いかけに、在処は黙りこむ
 いや、恐らく考え込んでいるのだろう
 それも、だいぶ苦戦している

「……ま、マッドガッサー逹の」
「却下された」
「すでに話通ってた!?うぅ、連中、仲間内の式はあそこの教会でやった癖に……」
「……集まる人数が違う」

 なんだか、将門公が来るのを嫌がっていたのが主な理由だった気がするが気のせいだろう、恐らく
 将門公がその場に現れてのプレッシャーその他は、多少わからないでもないが

「そして、龍一さん。先程スルーしたのですが、「結婚報告の儀」ってなんですか。式以外にも何かやるんですか?」
「…式や披露宴が終わってから、だな。それは。その際に説明しておく」

 在処には悪いが、一気に全て伝えても混乱してしまう気がする
 こちらがそう考えていることを知ってか知らずか、在処はわかりましたー、と返事した後……再び、ぽってり、文机の上に突っ伏す

「……古くからの名家的お家への嫁入りって、なんか色々大変なんですね…」

 …今更気づいたのか
 とうに、気づいていたとばかり思っていたのだが
 一度、筆を止めて、在処へと視線を移す

「…どうしても、しがらみ等あるからな………めなら、嫁入りはやめておくか?」
「嫌です。何がなんでもこのまま嫁入りします」

 そうか、と答えて、再び作業を再開した
 この家に嫁入りするのだから、この程度で引いてもらっては困る
 あまり困らせるつもりはないが、多少は頑張ってもらわなければ

 後で、在処用にウェディングドレスのカタログも取り寄せてやらなければいけないな



続かない

426はないちもんめ:2016/09/12(月) 03:58:46 ID:q1hzGJl6
逢魔時…私、大門神子は全力で逃げていた。
「何なのよ!?あの影!」
多分、多分だがそんなに強くない。
数こそ多いが幼馴染達なら恐らく無双ゲーの主人公の如く立ち回れるだろう。
だが、生憎…私は彼等じゃない。
契約者でもなんでもない、ただ契約者に囲まれて育っただけの一般人だ。
この影をどうこうできるだけの力はない。
取り敢えず、取り敢えず逃げる事さえできれば…幼馴染か両親か、取り敢えず身内の誰かに接触できればこの程度何てことは無いのだ。
だから…

「うぁっ!?」
足が小石に引っかかって躓く、確かに運動が得意な訳じゃ無いけどもこんな時に…!
「あっ……」
視線を上げると影が私に手を伸ばしてきている。
何となくわかる、このままだと私はここで終わるんだって。
昔からそう、大体嫌な予感は当たるんだ。
咲李さんの時も、その事で遥達が動いた時も、何となくそうなる予感はあったのに、私は何もできなかった。
私は遥達とは違うから、何もできないし変えられない、私はただ見ているだけで遥達と同じ所に立つようにはできていない。

427はないちもんめ:2016/09/12(月) 03:59:39 ID:q1hzGJl6
影が私の首を掴んで締め上げる。
息が詰まり、視界が霞む。
意識が遠のいて………何かが軋む音がした。

パキッと

何かがひび割れる音がして

これはきっといつかの記憶
「やっぱり、何の影響も無し・・・・・・とは行かなかったか」
「えぇ、あの子に自覚があるとは思えませんが」
「・・・・・・できれば普通の人間としての生活を・・・ってのは高望みだったのかなぁ
 私の所為ね・・・ごめんなさい」
「そんな事はっ!」
「・・・そう言ってくれるから私、貴方に頼りっぱなしなのよね
 でも、これは私で何とかする」
私を抱くお母さんとお父さんは何か哀しげで…
「今度目を覚ますときにはきっと、貴女の見る世界は違う物になってるわ
 私のわがままを押し付けちゃう形になってごめんね・・・かって嬉しいはないちもんめ」
嗚咽交じり紡がれた唄がカチリと私を縛った………

あぁ、そうだ
私の見てる世界はもっと違った筈なのにあの人に奪われていたんだ。

そしてヒビは広がって…パキンッと砕けて消えた。

428はないちもんめ:2016/09/12(月) 04:01:15 ID:q1hzGJl6

「はぁっ!」
私が振るった手が私を掴んでいた影をかき消す。
いつの間にか私を囲っていた影達に僅かな動揺が走る…意思があるんだろうか?
「まぁ、良いや」
少なくともこれはきっと悪い存在で、放っておけば遥達にも害が及ぶ…だから
「消しても良いよね?」
私の体から幾つもの紙片が浮かび上がり私の周囲を飛び交う。
そこには今の私を取り巻く状況が、こうなった経緯が、そしてこれからどうなるかが記されていて
「さぁ、添削を始めましょう?」
影の一つが私に殴りかかってくる、これは文の通り。
そしてそのまま私は殴り倒され起き上がるより先に殺される…それが文に記された展開。
だからその一節を消して、影との距離を書き換える。
そう、適当で良いよね…取り敢えずそこの民家の屋根の上に私はいる。
そう記すことで、影の拳は空を切り、私は民家の屋根の上にいる。
それまで何処にいたかは関係無い、私の記した物がこの世界になるのだから。

過去から未来、すべてを見通し読み取る力。
ほんの僅かに、例えばサイコロの出目を少しだけ、己が望む方向へ引き寄せる力。
ありとあらゆる万物を己の意思で支配する力。
僅かに受け継いだそれらが合わさって私が得た力。
世界を読み取り、添削し、己が望む世界を作り出す支配者としての力。

429はないちもんめ:2016/09/12(月) 04:02:07 ID:q1hzGJl6
とりあえず、そう、そうね…
「差し当たって、アンタ達は必要無いよね?」
文から私を追ってきた影の存在にまつわる記述を削除する。
これだけで彼等はこの世界から痕跡も残さず消え去った。

何で今まで忘れていたのか、これが本来の私なのに、幼い頃、物心も覚束ない頃はもっと自然にできていた筈なのに「かって嬉しいはないちもんめ」!?
「お、母さん?」
「ゴメン、駆けつけるのが少し遅かったわね…アンタに掛けてた封印も解けてるし………逢魔時の影の所為かしら」
体が動かない。
「………忘れなさい、何もかも、そんな力…人として生きて行くには不要な物だから」
「待っ………」



気づくと私は自室にいた。
いつ帰ってきたんだっけ?
「あれ?」
なんか大事なことを思い出した気がするんだけど何かわからない……何だったかな?
「んー、何だったかな?」
「遥がまた何かやらかしたってさっき言ってたけど?」
「あ、お母さん……」
何だろうこの違和感、違和感はあるのにそれが普通みたいな…
(まぁ、思い出せないなら大したことじゃ無いか)



こうして私は日常に戻って行く。
何の変哲も無い日常に。
それが私にとっての非日常とも気づかずに。
〜終〜

430はないちもんめ:2016/09/12(月) 04:05:21 ID:q1hzGJl6
オマケ

「で、遥は今回は何やったの?」
「いや、遥が珍しく疲れてるみたいだったからさ、大丈夫?おっぱい揉む?って聞いたら『お前の板みたいなの撫でる位なら憐の揉むって…」
「これ、どっちに突っ込むべきかしらね…」
今度こそ終わり

431高校生活日記・非日常パート    ◆nBXmJajMvU:2016/09/12(月) 17:29:59 ID:PxqLR4dg
「ぶっちゃけ、どっちも悪いと思うっす」
「「何故」」
「何故も何も」

 学校の授業が終わった帰り道
 この日は、憐の部活動も委員会の仕事もなく、憐、遥、神子の三人で帰っていた
 憐は途中で教会の手伝いがあるので別行動になる予定ではあるが、こうして三人で帰っているのは神子の護衛も兼ねてのことだ

 「逢魔時の影」の出現
 よりいっそう、学校町が物騒になってしまった以上、契約者ではなく、戦闘手段を持たない…少なくとも、遥と憐はそう考えている…神子の護衛は必要だろう

「まずは、みこっち。女の子なんだから、気軽に「おっぱい揉む?」とか言っちゃ駄目ー、っす」
「えー、最近流行ってるし…」
「そういう問題じゃねーっす」
「まな板が多少膨らんでるみてぇな胸とは言え、お前も女なんだからよ。気軽にそういうこと言うな」
「はるっちははるっちで、女の子にそういうこと言っちゃ駄目っす」

 ………まぁ、そのような真面目な理由での三人での帰路なのだが
 会話内容は、限りなく馬鹿馬鹿しい、と言うか日常そのものだ
 遥と神子のやりあいに、憐が一生懸命フォローをいれると言うか、たしなめると言うか
 …普段通りだ。どこまでも

「…と、言うか。遥、この間珍しく疲れてたけど、どうしたの?」
「珍しくは余計だ。バイトが忙しかったんだよ」
「あぁ。あのパン屋のレジのバイト……そう言えば、こないだカレーパンフェアだかってやってたわね。そんなにお客多かったの?」
「俺っちが買いに行った時、店に入るの大変なレベルだったっすよ」
「そんなに?……買いにいけばよかったかしら。遥の仕事増やすためにも」
「おいこら」

 神子の言葉に、遥が突っ込む
 二人のやり取りに、憐はどう止めたらいいものかな、とちょっと困ったような表情を浮かべていた
 遥と神子が言い合っている際、こうして憐が少し困ったような表情を浮かべるのは昔からだ
 三年よりも昔から、そこは変わらない

 憐の変化は、大きく分けると二回あった
 少なくとも、神子はそう認識していた
 一度目は、だいぶ昔……小学校に入る少し前だっただろうか。、まだ、龍哉と憐しか都市伝説と契約していなかった頃だ
 あの時、事件に巻き込まれ。能力を使ったせいで都市伝説を知らない子供達から「化物」呼ばわりされて、憐はひどく臆病で、遥をはじめとして誰かの後ろに隠れてばかりになった
 二度目は、三年前。土川 咲李が死んでから
 彼女が死んでから、今までの臆病さなど消え去ったかのように、へらへらと軽薄な笑みを常に浮かべるようになった
 泣きじゃくり、周りを心配させないように常に笑っていようとしているかのように
 自分に手を伸ばしてくれた人があぁやって死んでしまったから、必要以上に親しい相手をこれ以上増やそうとしないように、軽薄な笑みで何もかも隠そうとして
 ……どちらにせよ、遥を始めとして自分達には、その感情の内を見ぬかれる事も多いが

 …それでも、自分達だけの時はこうやって、一番の素に近い部分が顔を出している
 その事実には、ほっとする
 自分達にまで完全に仮面を被った状態になってしまったら、憐がずっと遠い存在になってしまうのではないか、と

(……そう考えてるのは、私だけじゃあないんでしょうね)

 遥が憐に構いたがるのは、そういう理由もあるのだ
 神子とて、それはわかっている
 わかっている、が

「じゃ、俺っち、教会の方、向かうっすね。ジェルトヴァさんのお手伝いしてくるっす」
「……別に、あのおっさん一人でやらせりゃいいんじゃねぇの?実力的に充分だろ」

 ……わかってはいるのだが
 今、憐を引き止めるのに、肩を抱く必要はない
 そう判断し、無言で遥の向こう脛を蹴り上げた自分の判断は間違っていない
 神子は、そう信じて疑わなかった

「いってぇ!?」
「みこっち。もうちょっとはるっちへのツッコミ優しくてもいいんじゃないかな?って思うっす」
「遥相手はこれくらいでちょうどいいの………ぞれじゃあ、憐。気をつけてね。教会につくまでに「逢魔時の影」に遭遇するかもしれないんだから」
「大丈夫っすよ。母さんから「シェキナーの弓」借りてるままっすし。いざとなれば逃げるっすから」

 へらり、そうやって笑って見せて、憐は教会への道を駆けて行く
 向こう脛を蹴っ飛ばしてやったのと言うのに、遥は即座に復活して、その憐を見送っていた
 さすが、「ベオウルフのドラゴン」と言うべきか。復活が早い

「まったく……遥、あんまり憐を困らせないの」
「だってよ。実際、あのおっさんの戦闘力は、神子も知ってるだろ?」

432高校生活日記・非日常パート    ◆nBXmJajMvU:2016/09/12(月) 17:30:34 ID:PxqLR4dg
「昔、ちらっと見たくらいだけど………確かに、強いわよね。でもあの人、周囲への物理被害あんまり気にしないでしょ。「組織」の某ハッピートリガー並に」

 ……あぁ、と。とある人物の顔が浮かんだらしい遥が頷いた
 何故、広範囲攻撃を得意とするものは、周囲への被害をあんまり考えないのだろうか
 そういえば、遥の祖父である朝比奈 秀雄も、時として周囲の被害ガン無視でブレス吐くと聞いたし、遥の叔父であるカラミティも………………

「どっちも遥の親戚筋だしっ!!??って言うか、秀雄おじさんにいたっては私にとっても叔父さんだ!?」
「突然叫んでどうしたんだよ」
「自分達の親戚筋の豪華さと言うか周囲への被害考えなさに頭かかえてるだけよ、気にしないで」

 …自分の父親である大樹や、遥の母親であるセシリアは良心枠なんだよなぁ、と思う
 いや、遥の父親も周囲への被害で言えばあんまりださないでくれる方だが………うん

 うまく言葉にできない謎のもやもやを感じつつも、そのまま帰ろうとしていた
 ……帰るつもりだったのだ

 ただ
 今の時間は逢魔時

 ーーーー「影」が、出る

「…出やがったな」

 現れたそれらを前に、遥は神子を庇う位置に立った
 ……だいたい、いつだってそうだ
 ここにいるのが例えば神子ではなく、憐だろうと、龍哉だろうと、直斗だろうと
 他の誰であったとしても、遥はこうして、一歩前に出ただろう
 こいつは、そう言う性格なのだ。おそらくは、彼の父親譲りの一面
 遥の目が、金色に輝いたのを神子が見逃さなかった

「遥、暴走しないでよ?」
「こんな連中に、そこまで力使う必要ねぇよ」

 人によっては自信過剰ともとられる言葉だろうが、遥の場合事実なのだから仕方ない
 蠢く「逢魔時の影」に向かって、遥は軽く息を吸い込んで

 ひと吹き
 ……ほんの、ひと吹きだった

 遥の口から漏れだしたドラゴンの息吹は、そのまま炎となって「逢魔時の影」逹へと襲いかかった
 容赦のない炎が、「逢魔時の影」達を焼き殺していく

「ほら、終わった」

 ちょろり、遥の口元から、一瞬蛇の舌のように炎が漏れて……「逢魔時の影」は、一体残らず消えていた
 ほんのちょっと、地面が焦げたような気がしないでもないが、この程度なら些細な被害だろう
 某ハッピートリガーや、手加減なしの異端審問官が戦うよりは格段に被害が少ない

「やっぱ、ついてて良かったな。しばらくは、誰かしらついてる方がいいな」
「……悔しいけど、安全面的にはそうなのかしらね……と、なると。遥達と同じクラスの………咲夜。彼女にも誰かついた方がいいんじゃない?」

 高校生になってから、みなでつるむ事が多い彼女
 都市伝説契約者ではないどころか、存在すら知らないのだ
 正直、巻き込まれたら神子よりも危険だ

「大丈夫、あっちにゃ、龍哉と直斗がついてるから」
「あぁ、それなら大丈夫ね。主に龍哉がついてるなら」

 直斗は契約者ではないが、龍哉がいるなら大丈夫だろう
 ……直斗も、なんだかんだ都市伝説相手はなれているなら、うまく逃げ出す手伝いはできるだろうし

 2人はそのまま、家路へとつく
 …少しずつ、非日常が日常側へと侵食してきている現状を、苦々しく思いながら



to be … ?

433 ◆MERRY/qJUk:2016/09/13(火) 00:16:47 ID:oVMki5kk


これはまだ、この街が彼らに干渉され始めた頃の話
――――彼らと殺人鬼の交戦、その推移をまとめた資料


 閑話【契約者対処事例***号0**項】

434 ◆MERRY/qJUk:2016/09/13(火) 00:17:21 ID:oVMki5kk
その黒服の今日の仕事は、古い資料の再編纂だった。
基本的に資料は記録年代毎に整理されていることが多い。
しかし事件発生数が増えるにつれ資料や記録の数も増えていき
片端から閲覧して参考資料を探すというのは困難になってきた。
それに伴って都市伝説の種類・系統といったもので
記録を分類した新たな資料の必要性を訴える声も増えたのである。
そうして始まったのがこの再編纂という作業だ。
以来交代制でこの作業は常に行われているのだが、
なにせ記録は膨大な量であり、分類を決めるのも
難しい判断が要求される事例が多々見受けられる。
それゆえに未だに手をつけられていない記録も山のようにある。

そんな未分類資料から黒服は1つの文書を取り出し
分類を決める参考にするべく内容を閲覧し始めた。
年代は……19XX年。"組織"がこの街に人員を派遣し
常駐させるようになって間もない頃のものだ。

435 ◆MERRY/qJUk:2016/09/13(火) 00:17:51 ID:oVMki5kk
読み進めていく内に、この資料はどうやら
当時街を騒がせていた殺人鬼が契約者であることが判明し、
その討伐作戦を決行した際の推移を記録したものらしいと分かった。


殺人鬼はまだ年若い少年と少女の二人組。
以下それぞれ対象A、対象Bと記載する。
対象Aの名前は紫崎琢磨。両親を都市伝説の能力で殺害し
強盗殺人を繰り返しながら街に潜んでいる模様。
契約都市伝説は『ムラサキカガミ』と推測される。
対象Bの名前は石井泉。両親が変死体で発見されており、
恐らく都市伝説の能力で両親を殺害した可能性が高いと考えられる。
対象Aと接触した経緯は不明だが共犯関係であることは間違いない。
契約都市伝説は『水晶ドクロ』と推測される。

初めに黒服を2名送るも失敗。黒服2名は失われた。
次に黒服を8名に増員し向かわせるも失敗し全滅。
二度の失敗と交戦情報からの相手の能力の精査が行われ
想定よりもかなり戦闘能力が高いことが明らかになった。

436 ◆MERRY/qJUk:2016/09/13(火) 00:18:21 ID:oVMki5kk
対象Aの能力は『言霊を用いた目標物の破壊』
現在確認されている言霊は"死"のみであり
これを含む言葉を発生することで意図した効果を発生させる。
効果範囲は声の届く範囲であると推測される。
計10名全ての黒服を体の複数箇所の壊死という形で破壊している。

対象Bの能力は『呪詛』『予知』『念動』等がある模様。
なお呪詛は前述の対象Bの両親の変死から
予知は監視中の対象Aと対象Bの会話から推測されたものである。
念動は対象Bが水晶ドクロを空中で動かしたほか
黒服の動きを不可視の力で阻害した形跡があるため
ほぼ確実に有しているものと思われる。

対象Aと対象Bの危険度を上方修正し
戦闘に長けた契約者2名による対象の討伐計画を申請する

【認可】

437 ◆MERRY/qJUk:2016/09/13(火) 00:18:51 ID:oVMki5kk
計画に参加する契約者は【******】【******】の2名
以下、契約者イ及び契約者ロと記載する

初戦は恐らく予知による待ち伏せを受け失敗
対象Aにより契約者イが喉に、契約者ロが腕に攻撃を受け撤退した
治療効果を持つ都市伝説を用いて回復を早めるものとする
対象Aと対象Bの危険度を上方修正し
次作戦にて陽動のため黒服10名の増員と
契約者【******】の計画参加を申請する

【認可】

以下、追加要員である契約者【******】は契約者ハと記載する

次作戦においては黒服を用いて誘導を行い、対象Aと対象Bの分断を行う
対象Aの担当を契約者イ及び契約者ハとし、対象Aの足止めを試みる
対象Bの担当を契約者ロとし、可及的速やかに対象Bの討伐を遂行する

438 ◆MERRY/qJUk:2016/09/13(火) 00:19:23 ID:oVMki5kk
第二次作戦において対象Aと対象Bの討伐に成功した

黒服による対象Aと対象Bの分断は期待通りの成果をあげ
対象Aの『ムラサキカガミ』は契約者ハの
『白い水晶』にて破壊効果の大幅な低減が確認された
対象Bとの戦闘により契約者ロが負傷したものの
大きな支障が出るものではなく、自然治癒で問題ないと考えられる

この結果から今後は戦闘能力だけではなく
都市伝説の相性や対抗都市伝説の効果を鑑みて作戦を遂行することで
都市伝説及び契約者への対処が効率化されるものと考えられる

439 ◆MERRY/qJUk:2016/09/13(火) 00:20:00 ID:oVMki5kk
ここで黒服はこの討伐作戦の記録に、まだ続きがあることに気がついた
やや事務的な討伐推移の記録と共にまとめられていたのは
この討伐作戦に参加した契約者が書いたと思われる走り書きだった
こんな主観に彩られたものでも一応資料の一部として保存するべきなのか……
黒服は頭を悩ませながら、もう一度走り書きに目を通した


この記録を読む誰かのためにこれを残します
私は彼の姿を直接見て彼の怒りを直接聞きました
彼は両親に虐待を受け、都市伝説で両親を殺害したといいます
次に路地裏で犯されそうだった彼女のため、また殺人を行いました
彼と彼女は大人を信用していませんでした
彼の硝子のようにひび割れた背中に無数の火傷跡が見えました
彼女の背中にはミミズ腫れが幾つもあると彼は言っていました
そして浮浪児である彼らを助ける者もいませんでした
だから彼らは大人を、世界を憎んでいると言いました
信じて助けたいのはお互いだけだと言っていました

440 ◆MERRY/qJUk:2016/09/13(火) 00:20:31 ID:oVMki5kk
それでも危険だから、私たちは彼らを消そうとしました
どんな事情があろうと罪は罪であり、罰があるべきでしょう
そのことに異存はありません。それでも思うことはあります
******さんは首を断ち斬った彼女に反撃されました
私たちも彼の最後の足掻きに意識を失いました
でもその間際、私は確かに女の子の声を聞いたのです
「生きて。私の力を使って、もう一度だけでも」という懇願を
気づけば彼らの死体は消えていました
黒服さんは討伐が完了したと淡々と告げました
しかし私は思いました。討伐したなんてとんでもない
私たちはこの世に悲しい怪物を生み出したのではないか、と

だからどうか、これを読んだ人に教えてほしいのです

私たちはどうすれば彼と彼女を救えたのですか?
両親を殺した直後に彼を捕まえる?
それとも彼と彼女と出会った時に?
あるいは、私たちはもっと彼らの話を聞くべきでしたか?

441 ◆MERRY/qJUk:2016/09/13(火) 00:21:09 ID:oVMki5kk


――――私たちが彼と彼女を討伐したのは、正しい対処でしたか?


 閑話【了】

442はないちもんめ:2016/09/13(火) 22:40:19 ID:q/30Hbc6
K-No.の事務所にて
「と、いう訳でウチの神子が襲われたわ」
「言っちゃ何だけどよく無事だったわね?1人だったんでしょ?」
「封印が解けてたのよ、不意をついて再封印したけど、失敗してたら色々終わってたわ」
「死んでも厄介ごと押し付けてくんだから勘弁してほしいわあのクソ親父」
望の報告に影守と希は疲れた様に息を吐く。
「誰かに勘付かれた可能性は?」
「それは無いでしょ、先先代K-No.0のアカシャ年代記自体は結構知られちゃってるけどそれが遺伝する事は私とアンタ達、後は大樹さん、翼、美緒さんの6人しか知らないし、あの一瞬で勘付いた奴がいてもそれを見落とす程アカシャ年代記は甘く無いわ」
「ならそちらは気にしなくて良いか…むしろ問題は」
「逢魔時の影…面倒ね、被害は着実に増えてる」
「現状じゃ原因もよくわかってないしなぁ…気が滅入る」
「何かパーっと明るいイベントとか無いかしら」
3人が深くため息を吐くと外からK-No.2…獄門寺在処が書類を抱えて戻ってきた。
「在処ぁ…こんな気が滅入ってる時に書類なんて…」
「と言われると思って明るい話題もってきましたよ!」
「?」
「じゃーん!」
そう言って在処が広げた書類に書かれていた文字は

「「「合同戦技披露会!?」」」
「数年ぶり開催許可!しかも今回はフリーランス枠も有りですって」
「………運営は?」
「モチロンウチ(K-No.)ですよ」

在処の言葉に影守は改めて深くため息を吐いた。

続く?

443逢魔時にて  ◆nBXmJajMvU:2016/09/15(木) 00:37:39 ID:6Ub8aBU6
 学校町
 ありとあらゆる意味で結構特殊な町である
 たとえば、狼やガスマスクをつけた男といった、他所では通報物の存在が歩いていようが通報される事はない
 たとえば、工場地区にあった廃工場が一夜にしてなくなろうとも、あまり気にしない

 ……そのような町である
 不思議と、それが当たり前になっている
 そのような街、なのだからこそ

 夕方から夜へと変わりゆく逢魔時
 あまり人気のない場所で、豪快に銃撃戦を思わせるような音が響き渡ろうとも
 それを気にかける者は、他所の住人が思う以上に少ないのである



「……よし、大方仕留めたか」

 きゃいきゃいと騒ぐ天使達を従える天地は、「逢魔時の影」が残っていない事を確認し、そう口にした
 突如、大量発生した「逢魔時の影」の討伐に天地は自ら名乗り出て……そして、それが通ってしまったのだ
 なにせ、今の学校街は「組織」から見れば非常事態と呼んで良い状況だ
 20年前以降の久々の事件同時発生に、天地のようにやや上層部の人間も積極的に前に出るべき事態となっている
 そもそも、天地が契約している「モンスの天使」の能力は、多数を殲滅する事に適している
 「逢魔時の影」のように、大群で現れる相手には相性がいいのだ

「これ、俺達が同行する意味なかったんじゃねぇの?」

 天地の無双っぷりに、思わずそう口に出したのは慶次だ
 幹部クラスとはいえ、一人で出撃して何かあっては大変なので、一応付き添いでついてきていたうちの一人だ
 ……天地の場合、当人の身に何かあったら、と言うより攻撃をやり過ぎて周辺に何かあったらと言う意味で一人で出撃できない事実は、当人には一応内緒である

「まぁ、そう言っちゃ駄目よ。幹部クラスの戦闘を見ることで、お勉強にもなるんだから」

 ころころと笑いながらそう言ったのは、A-No,4649……愛百合だ
 慶次と同じく、天地の付き添いでやってきたのである
 ANo所属の2人がCNoの幹部である天地に付き添っている、と言うのもひと昔前ならば妙な光景であっただろうが、今現在はさほど気になる事でもない
 そもそも天地自身が昔はANo所属であった事も関係し、強行派や過激派の動きがおとなしくならざるを得なくなった現状、ANoのみでは穏健派のような仕事のノウハウがないと言う事態があり、CNoやDNoがANoに穏健派の仕事のやり方を教えることも増えているのだ

 ……そのような事実はさておき、今回の仕事が天地向きの仕事であり、天地一人で片付いた事実に、何の代わりもない
 そもそも、慶次が契約している「カブトムシと正面衝突」は、多数との戦いにはあまり向いていない。どちらかと言うと、一対一での一撃必殺や暗殺向きの能力なのだ

(……それでもまぁ、愛百合の言う通り「勉強」って事か)

 今の自分は、ANpの古いノウハウが目立つ愛百合だけからではなく、他のやり方も学ぶべきなのだ
 戦えなかったのは不満だが、仕方あるまい

「それで、ひとまず見つけた一団はなんとかした、と。ここからはどうするんだ?」
「現時点で、「逢魔時の影」が特定の時間にのみ出現する事はわかっている。俺の「モンスの天使」で広範囲探して回って、見つけ次第潰す」
「思った以上に雑だな!?」

 思わずツッコミを入れる慶次だったが、天地のやり方ならそうなるか、とも同時に納得してしまう
 最も、この男の事なので同時に本部と連絡を取り合いながら最も近い「逢魔時の影」出現場所へと急行して、見つけ次第潰していく戦法を撮るのだろうが

「調査は俺の仕事じゃない。俺の仕事は出現した「逢魔時の影」の殲滅だからこれでいいんだよ。調査は、担当の奴に任せりゃいい」
「それはそうなんだが………うん。もういいや」

 「逢魔時の影」が出現した原因も気になると言えば気になるが、思えば自分とて、調査や解析向きではない
 今日は、万が一天地が打ち漏らしたらそれを潰す、くらいの気持ちでついていったほうが良いのだろう

 ………と、散らばっていた「モンスの天使」逹が戻ってきた
 また、「逢魔時の影」が見つかったのだろう
 天地に続き、慶次と愛百合も「モンスの天使」の先導に従い、現場へと向かう事にした



 影が蠢く
 昼から夜へと移り変わるこの時刻、元から都市伝説が出現しやすい時間
 出現した「逢魔時の影」は、活動を開始する
 ……と、それらは、自分達の頭上に影がさした事を感じた
 頭上から、何かが迫ってくる、と
 ……感じ取ったとしても、それから「逃げる」という選択肢は「逢魔時の影」には存在しない
 降りてきたところを攻撃しようと、上へと視線を上げて……

 直後
 彼らの「背後」からの攻撃に、その場にいた「逢魔時の影」は一瞬にして殲滅された

444逢魔時にて  ◆nBXmJajMvU:2016/09/15(木) 00:38:34 ID:6Ub8aBU6



 ぞくり、と
 確かに、はっきりと、慶次は悪寒を感じた

 ちらり、愛百合と天地を見れば、愛百合は「あらあら」と少し困ったような表情を浮かべ、天地は露骨に舌打ちしていた
 「モンスの天使」逹にいたっては、天地の背後に隠れている者までいる。と、言うか、慶次の背後にまで隠れている者もおり、慶次としては多少落ち着かない
 ……そう、本来契約者である天地を守る存在であるはずの「モンスの天使」が、怯えた様子で契約者の天地や、契約者ですらない慶次の背後に隠れているのだ
 恐らくは、自分と同じ悪寒を、この威圧感を感じているのだろう、と慶次はそう認識した

「…………貴様らも、来たのか」

 低く、他者を威圧するような声
 向けられた視線は酷く冷たいものであり、見下してきているようにも見えた
 その男から感じる印象は「冷たい」「冷酷」といったものが強いのだが、その男が手にしているそれから感じるのは、「熱」
 教会の司祭といった出で立ちのその男が手にしているのは、幾又にもわかれた燃え盛る鞭だった

 「異端審問官」ジェルトヴァ。その名前は慶次も聞いたことがあった
 この男が「教会」から派遣されて学校街に来た直後に「出来れば関わりあいになろうとするな」と天地から釘を差されたせいだ
 …こうして遭遇してしまったからには、嫌でも関わりあいにならなければならないのかもしれないが

「あ、はぁい。「組織」の皆さん。ここに出現した「逢魔時の影」は殲滅したんで、「逢魔時の影」狙いなら他所探した方いいっすよー」

 と、ひょこりっ、とジェルトヴァの背後から、高校生程度の少年が顔を出した
 ……荒神 憐だ
 そう言えば、彼は「教会」所属だった
 ジェルトヴァのお目付け役として行動しているのだろうか

(そうだとしても、このおっさんを止めるられるだけの影響力あるのか?こいつ)

 この、人のいうことを高確率で聞かなさそうな、頭の硬そうな「異端審問官」相手に、このへらへらした軽薄そうな少年でなんとかなるのか
 そんな疑問が、慶次の頭をよぎる
 ……とはいえ、他に学校街に常駐している「教会」所属となると、憐の母親か、「セラフィム」の契約者であるカイザーか、「クローセル」たるメルセデスとなる
 ちょうどいいお目付け役が、憐しかいなかったのだろう、と慶次は納得しておく事にした

「あぁ、憐もいたのか………わかった。じゃあ、そっちはお前逹に任せる」

 そして、どうやら。天地も憐には少々甘いようだった
 普段の天地ならば、ジェルトヴァ相手に引くことはしないだろうが、憐に言われたならば譲るらしい

「あら、いいんですの?」

 愛百合としても、天地のこの反応は意外だったようで、そう声を上げた
 いい、と天地は頷く

「憐がいるんなら、そこの異端審問官も多少は気を使うだろ。一人で戦われるよりはマシだ」
「………人を貴様のように周囲の迷惑を考えずに攻撃するハッピートリガーのように言うな」
「うっせぇ。てめぇ、学校街で建築物やら道やらに損害が出ても「組織」がなんとかすると思って加減なしで力使う事多いじゃねぇか」

 ……なるほど、と。天地がジェルトヴァとは関わるなといった理由の一つを理解する
 どうやらこの2人、仲が悪い
 お互い、嫌い合っている様子が、今はっきりと伝わってきた
 過去に何かあったのだろうか
 酷く険悪な空気が流れるが、これは止めるべきか

 ちらり、愛百合の様子を伺えば、彼女は「あらあら」と少し困ったふりをした笑顔を浮かべながら、止めようとする様子はない
 ……まるで、このまま喧嘩してしまえばいい、とでも感じているような

(俺がなんとかするしかねぇのか、これ)

 愛百合に止める気がないのなら、自分がやるしかない
 彼女が止められないのだとしたら、自分がとめられるかわからないが、やらないよりはマシなのだろう

 そう、慶次が天地とジェルトヴァに言葉をかけようとしたその瞬間

 ざわり、と
 ジェルトヴァ相手に感じたのとは、別の悪寒を感じた
 それは、自分達の背後の方からの、気配

 半ば反射的に、慶次は「カブトムシと正面衝突」の能力を発動させ、気配の主へとそれを放った
 硬い鉄板すら撃ちぬく、一撃必殺のカブトムシは狙い違わず、そこにいた人影の脳天へと閃光の如きスピードで飛んでいった
 しかし

「……っな!?」

 手応えは、なかった
 そこにいたのは、半透明の女性……その姿からして、実体を持っていない

445逢魔時にて  ◆nBXmJajMvU:2016/09/15(木) 00:39:10 ID:6Ub8aBU6
 慶次が契約している「カブトムシと正面衝突」の弱点は、肉体を持たない相手には効果が及ばない、ということだ
 肉体……実体さえ伴っているならば、それが機械であったとしても重要機関を破壊さえすれば倒せるが、実体の伴わない相手となるとそうもいかない
 ようは、今、自分達へと敵意を向けているあの女性に対して、慶次では手も足も出ないのだ

「……本当に、困ったものです」

 その女は、薄く笑う
 その目には正気の色が見えなかった

「相手を確認もせずに、攻撃してくるだなんて………やはり、全て排しなければ」

 バチ、バチ、と電流が走っている
 女が、軽く、片手をあげた

「……!てめ、まさか、あの影はてめぇの仕業か!?」

 この女性が何者なのか、天地は理解したのだろうか
 「モンスの天使」に警戒態勢を取らせながら、そのように問うた
 女は、その問いかけに笑う、嘲笑う
 正気を失った眼差しで、じっと、この場にいる者達を見つめながら

「この地を守るためならば、人の明日を守るためならば。人ならざるものは全て、すべて、スベテ、滅ぼしましょう」

 女の周囲に、影が蠢き出す。「逢魔時の影」が

「……まぁ、大変。逃がしてくれそうにないかしら?」

 周囲に隙間を探しながら、愛百合が呟く
 女から感じるのは、強い敵意、そして殺気
 そうやすやすとは逃がしてくれないだろう事は、明らかだ

「仕方ねぇな……っ」
「……憐、危ないから、後ろに……」

 天地と、ジェルトヴァが、バチバチと電流を放とうとしている女へと、攻撃を仕掛けようと

「…………危ないから、どいて」

 それよりも、早く
 静かに響いた声は、この場で一番年若く、幼い者の声

 思わず、慶次はそちらへと視線を向けた
 そこでは、ジェルトヴァの後ろの方にいた憐が、「シェキナーの弓」を構えている姿が、あって
 つがえた矢の出力が、普段より明らかに、強い
 まるで、あの半透明の女性が出現した瞬間から、弓を構えて集中し、威力をためていたかのように

「……っうわ!?」

 太陽のように光り輝く「シェキナーの弓」の矢に思わず意識を奪われていると、ぐいっ、と両腕を掴まれて引っ張りあげられた
 どうやら、「モンスの天使」の2人ほどが、慶次の体を持ち上げたらしい

 憐と、女性との射線上に、障害物がなくなった瞬間

 どんっ!!!と、大きな音が、響き渡った
 まるで、大砲でも撃たれたかのような、そんな音
 ゴォウ、と轟音とともに光り輝く矢は半透明の女性へと飛んでいった

 バチバチと、音
 矢を受け止めようとしたのだろうか
 何かとぶつかり合った矢はさらに鋭い光を放ち、もはや目を開けていることすら、難しくなった
 酷く長く感じたが、恐らく時間としては数秒程度
 光が収まり、慶次が目を開くと

「………っく」

 そこに、半透明の女性は、いた
 矢が直撃しなかったのか、それとも直撃こそしたがあまり影響がなかったのか、深手を負っているようには見えなかった
 心臓位置を抑えながら、女性は小さく、うめいて

 一瞬
 一瞬では、あったが
 その瞳に、正気の色が、灯って

 苦しげにうめいたまま、その女性は、ふっ、と、姿を消した


.

446逢魔時にて  ◆nBXmJajMvU:2016/09/15(木) 00:39:51 ID:6Ub8aBU6

 慶次の体が、ふわり、地面へと降ろされた
 先程まで漂っていた、あの女性の気配は完全に消えている
 女性の周囲に出現しようとしていた「逢魔時の影」は綺麗に消え去っていた
 先程の憐の攻撃で、まとめて倒されたのかもしれない

「…っと、と」
「!憐、大丈夫か」

 ふら、とふらついた憐の体を、ジェルトヴァが支えている
 大丈夫っすー、と憐はへらり、いつもとおりの笑みを浮かべてはいるが、少し、顔色が悪い
 先程の威力の高い攻撃には、反動があったのかもしれない
 そもそも、憐の使う「シェキナーの弓」は憐の母親の契約都市伝説であり、憐はそれを「借りている」身なのだから、あまり高火力を出そうとすると負担がかかるのかもしれない

「………憐、今日はもう、帰っとけ。きついだろ」
「えー、俺っちー、まだまだ平k「私が送る」

 ぐ、とジェルトヴァが憐の腕を掴み、さっさと歩き出した
 憐は、少しだけ困っているような、戸惑っているような表情になったが、すぐにいつものへらりとした笑顔になって、こちらに手をふってきた
 ずるずると引っ張られていく姿を、見送る

「…慶次君、大丈夫?」
「あ?……あぁ、俺はなんともねぇ」

 駆け寄ってきた愛百合に、そう答える
 彼女も、先程の攻撃の巻き添えはくっていないらしい
 うまく、隙間に逃げ込んでいたのかもしれない

 ……ちらり、天地を見る
 どうやら、「組織」本部と何か連絡をとっているらしい。「「怪奇同盟」に話を」などという言葉が、ちらり、聞こえた


 あの女性が、何者だったのか、慶次にはわからない
 ただ、どちらにせよこの学校街が厄介なことに陥っている事を再確認する羽目になった、と溜息をつくしかなかった



 そして、角田 慶次は気づかない
 自分の担当黒服が、酷く、冷たい眼差しを己へと向けていた、その事実に







to be … ?

447山の話 ◆HdHJ3cJJ7Q:2016/09/15(木) 13:42:41 ID:XKvIGpi.
北区にある小さな雑貨屋。
店内にはフランス人形やアジアン雑貨、奇妙な形のオブジェなどが雑然と並んでいて、店と言うよりは物置という印象だ。
事実、店主が趣味で収集したり買い取ったりしたものを並べているため物置と呼んでも間違いではない。

「来たぞー、爺」
「いらっしゃい葉ちゃん、夢魔ちゃん」
「うぃーす」

引き戸に取り付けられたチャイムを派手に鳴らしながら入店する葉、そして静かに続く夢魔。
葉は手ぶらなのに対し、夢魔は唐草模様の風呂敷包みを手にしている。
夢魔は風呂敷をカウンターに置いて広げると、そのまま店内を物色し始めた。
爺と呼ばれた店主は広げられた荷物を一つ一つ手に取り整理する。
それらは木の蔓、糸や羽根で丁寧に作られた
御守りだった。

「最近何か変わったことはあったか?」
「そうじゃなあ、近所の畑が荒らされとった事くらいか……後は犬がうるさいとか……」

葉と店主が雑談をしている時、夢魔は店内に飾ってある人形を見ていた。
古びてはいるが、よく手入れのされたビスクドールだ。

「……」
「…………」

夢魔はただじっと、人形の透き通るような碧眼を見ている。

「………………」
「……………………」

正面から、まっすぐに、覗き込むように。
その視線に堪えきれず、人形が、目をそらした。
夢魔はそらした先に回り込んで、なおも覗き込む。
人形の顔は変わっていないはずなのに、最初よりも表情がひきつって見える。

「葉、葉。このビスクドール、シャイガール」
「そうか、ならそれも持ってこい」

店主との世間話は終わったらしく、葉は買い物をして会計を済ますところだった。
御守りを入れていた風呂敷で、今度は買った物を包んでいく。
人形も隙間に詰め込む。

「むぎゃ」
「渡したやつ、大きいのは店先に吊るすやつだからな。古いのは燃やしていいから」
「何かすごい重そうなんだけど、あたしが持つの?」
「いつもすまないねぇ、御守り、わりと売れてるから」
「ねえ、あたしが持つの?」
「御守り以外売れてるの?」
「ねえったら」

結局、夢魔が荷物を持って店を出た。

448山の話2/2 ◆HdHJ3cJJ7Q:2016/09/15(木) 13:45:49 ID:XKvIGpi.
店を出て山の方へと、道なりに歩く二人。
この辺りは、学校町の他の場所に比べて自然が多く人通りも少ない。
だからと言ってまったく無いわけでもないので、夢魔は翼も角も隠したままで、飛ぶなんてもっての他である。
しばらく進んでいると、三差路に差し掛かった。

「よし、夢魔。少し待ってて」
「早くしてねー」

そういうと、葉は道の脇にある岩へ近づいた。
岩には文字が彫ってあり、それが道祖神であることを示していた。
子孫繁栄や、厄を遠ざける目的で設置されるものである。

「最近は信仰する奴も少ないからなぁ。片付けとかないと」
「荷物重いよー」

愚痴をこぼしつつ、片方は掃除、もう一方は待ちぼうけ。
夢魔に関しては元の膂力から考えて、実際に重い訳ではなく気分の問題であり、要するに退屈なのだ。

しばらくした頃、夢魔の後ろから犬の鳴き声がした。
夢魔が振り向くと足下に黒い色の小型犬がいた。

「キャンキャン!」
「ん? 野良か? よーしよし」
「夢魔ー、あんまりそれに構うなよー」

掃除しながらも注意を促す葉。
それを聞き流して、夢魔は犬を撫でる。
犬も嬉しいのか、しっぽを振っている。

「付き纏われるぞー」
「ねーあんな意地悪言っ……ぅおう」

犬の違和感に気付いて、一歩離れた。
その犬の足が、全て後ろ向きになっていたのだ。
まるで足を取り外して、180度回転させてから、また取り付けたように。
しかしその犬は、まるで普通の犬のように、鳴いて飛び跳ねている。

「森へお帰り、こっちはお前の場所じゃない」
「キャンキャン!」

葉に促され、犬はしばらく駆け回った後、山の方へ駆けていき、茂みに潜り込んで見えなくなった。

「……心臓に悪い」
「ああいうのが来ないように、これが設置されてるんだが……みんな忘れてるんだ。
  まぁ今のは弱ってるみたいだからすぐに消滅するだろう。
  普通は山の主とかが、変なのが発生したり山の外に出たりしないようにしてると思うんだが……」
「居ないんじゃないの?」
「山に流れてる力を見る限り、居ない訳ではないだろう、居ないならもっと枯れてるはずだから。
  上手く管理出来てないのか、あるいは別のところから地脈が流れてるのか……よその山だから、その辺は分からんし管理もできん」
「ふーん」
「用事もすんだし早く帰るぞ」
「じゃあ荷物……」

夢魔の返事を聞く前に、葉はすたすたと先に行く。
夢魔の呟きは空しく風に流されていった。

449逢魔時を終えて  ◆nBXmJajMvU:2016/09/16(金) 23:22:25 ID:wi/l6vP6
 夕日が、地平線の向こう側へと沈み切る
 夕暮れが、逢魔が刻が終わり、夜が来る

「……あぁ、わかった」

 本部との連絡を終えて、天地がふぅ、と深く息を吐きだした
 「逢魔時の影」が姿を消したことを確認したようだ
 あの存在は、決まった時間帯しか出現しない事はすでにわかっている
 誰が呼び出したか「逢魔時の影」。その時間帯しか出現しないからそのように呼ばれているのだろう。昼から夜へと移り変わるその時刻にしか、出現しない
 すでに日が暮れきったこの時刻には、もう出現しない

「さて、戻るか……報告書面倒くせぇ」
「あんたはどっちかと言うと、報告書読む側だろ」
「俺も出たからには書かないと駄目なんだよ。あの異端審問官と遭遇した件と、その後のあの件も含めてな」

 面倒だ、といいつつ、この男は書類事務能力は有能だ。さっさと片付けてしまうのだろう
 K-Noにほしい、と言われたその手腕は、C-Noにおいて人間………「飲まれていない契約者」でありながら幹部クラスにまで上り詰めた要因でもある
 最も、当人は現場に出る仕事を好む性格のようで、事務能力の有能さを見せれば見せるほど現場に出る機会が失われているのだから、皮肉としか言いようがないのだが

「私も、報告書を書けば良いのかしら?」

 愛百合がそう言いながら、首を傾げてみせる
 その問いに、天地はいいや、と首を左右にふってみせた

「俺が書きゃいい事だ。そっちは書く必要ない」
「あらあら、楽させてもらっちゃってるわね」

 いいのかしら、ところころと笑っている
 内心は楽ができた、と喜んでいるのだろうが、そこは表に出そうとしない

「……ま、どちらにせよ報告書の前に飯だな。慶次、お前らはどうする?フォーチュン・ピエロかフェアリーモート、六華でよければおごってやるぞ」
「!六華のチャーシューと餃子頼んでいいなら甘える」
「100円プラスでの杏仁豆腐食べていいなら、お言葉に甘えようかしら」
「遠慮ねぇなお前ら」

 骨好堂のラーメンも美味いが、六華のラーメンも美味い事走っている
 特に、あそこはチャーシュー麺と餃子が美味い
 奢ってくれるというのならば、それを逃すのは惜しい
 慶次は迷う事なく、天地に甘える事にした

「……それにしても。「教会」の人間まで、「逢魔時の影」の討伐に動いているのかしら?」
「いや。多分「バビロンの大淫婦」探しているついでに、見かけたから討伐したってとこだろ。傍に憐が居たから余計な。あのおっさん、憐に甘いし」

 天地のこの言いようからすると、ジェルトヴァに憐が付き添っているのは憐ならばブレーキになり得るから、と言うことらしい
 なんだかんだ言っても、「組織」以外の人物とも適度な付き合いがある分、他組織の人間の情報も入っているからわかるのだろう

(やっぱ、「組織」以外の連中とも、敵対以外で接触したほうが情報は手に入りやすいか]

 自分に一番足りないのは「情報」だと、慶次は近頃実感してきている
 「組織」所属ではないどころか、都市伝説契約者ですらない直斗の方が、「狐」絡みの情報を多く持っていた事実
 それが純粋に悔しかったという思いと、「組織」所属の契約者でありながら、どこかの組織に所属している訳でもなく契約者でもない者に情報面で劣っていたと言う事実への不甲斐なさ
 二つの思いを、同時に抱える
 そして、それら二つを同時に解決するには、やはり「組織」以外の者とも積極的に情報交換等した方がいいのだろう

(過激派や強行派がやるような、脅しつけて聞き出すようなやり方だとうまくいく気がしねぇし……普通に聞き出す方法……)

 ……どうやれば、良いのだろうか
 「組織」の親しい者以外との友好的な付き合いがあまりないせいで、よくわからない

(迷惑になんねぇ程度に、かなえに聞いてみるか……?)

 年下に頼る事は情けないとは思うが、背に腹は代えられない
 情報不足で敵対者相手に遅れをとるよりもずっといい

(そもそも、天地はあの半透明の女の正体、わかってるみたいだしな。「怪奇同盟」………最近、あまり聞かない名前だからって、完全にノーマークだったし、そこから調査を………)
「ねぇ、聞いてもいいかしら?」

 と、慶次が思考に沈んでいると
 愛百合が、何やら天地に問いかけているようだ
 何だ?と天地は少し面倒くさそうに対応している

「貴方、さっき「怪奇同盟」と連絡を取ろうとしていたわね?………あの半透明の女性、そちらの関係者かしら?」
「………断言はできない。ただ、姿は似ている。確認がとれたら、改めて伝える」

 慎重に答えているように感じた
 断言しきるには、判断材料が足りない、と言うことか

450逢魔時を終えて  ◆nBXmJajMvU:2016/09/16(金) 23:22:55 ID:wi/l6vP6
 もしくは、本当はすでに確信がもてる段階であったとしても、「組織」と「怪奇同盟」の関係が険悪にならないよう、慎重に発言せざるをえないのか
 天地のそのような回答に、愛百合はころころと笑う

「あら、姿が似ていると判断したのなら、早く動くべきじゃないかしら?早くしないと、対応が後手後手になってしまうでしょうし。手遅れになってからじゃあ、遅いと思うの」

 まるで、「白い服についた醤油は早く落とさないと染みになるからさっさと対処するべき」と言っている時と同じ口調でそう告げている
 …愛百合は、つまり、「あの半透明の女が「怪奇同盟」の関係者であれば、「怪奇同盟」が危険な存在を野放しにしているも同然。処分すべき」と言っているのだ
 「逢魔時の影」は、あの半透明の女が出現させているようにも見えた
 愛百合は、「逢魔時の影」出現の原因をあの半透明の女であると確信を持ったのだろう

 ただ
 だからと言って、「怪奇同盟」そのものを処分対象とし、「組織」が敵対して良いものか
 慶次は、考えて

「……いや、動くにしても。あの女が「怪奇同盟」の関係者だったとしても、当人が独断で動いてんのか、「怪奇同盟」全体の方針で動いてんのか、それくらいは確認するなり調べるなりした方がいいんじゃないのか?」

 そう、思ったことを正直に口に出した
 あら、と、愛百合はほんの少し、驚いたような表情をして
 しかし、すぐにいつものおばさんくさい笑顔を浮かべてきた

「あら、そんな事言っても。きっと、「怪奇同盟」相手に話を聞く、なんてしたら、知らぬ存ぜぬで誤魔化そうとしてくるんじゃないかしら?もし、あの半透明の女性が独断で動いているのだとしても、「怪奇同盟」としてはそんな独断でこの街を危機に陥れようとしている人と関わりがある、なんて知られたくないでしょうし」
「そこら辺、まずは聞いてみないとわからないだろ?少し調べて、相手の態度とか見りゃいいんだろうし………その辺も、あんたの仕事なんだろ」

 愛百合に答えながら、天地へと視線を向けた
 天地は、慶次と愛百合のやり取りにじっと耳を傾けていたようだったが、慶次からの視線を感じたのか、答える

「俺が交渉に行くとは決定してないけどな。行くとしたら、俺よりも「怪奇同盟」に関わっていて、かつ、俺よりも穏健に話し合える奴だろ」
「あらまぁ、「怪奇同盟」とと関わりが深い人だなんて。裏で手を組んでいたら怖いわ」
「お前、その台詞。大門 大樹の関係者の前で言えるか?」

 ……あぁ、なるほど
 あの大門 大樹なら、穏健に話し合えるかもしれないか
 あの、「組織」最強格筆頭の一人ではあるものの、性格の関係でものすごく、ものすごく扱いづらいと言うあの契約者の担当を20年以上に渡って続けているという、あの男ならば
 大門 大樹の名前を出されて、愛百合は苦笑した

「なるほど、あの方なら、大丈夫かしらね………もしかしたら、「組織」に対して愛想を尽かしているかもしれないけれど。もし、そうなっていたら彼のこと、とうに「組織」を抜けているでしょうしね」
「そういうことだ。あいつの仕事増やすのは悪いが。その分、書類事務ある程度こっちが引き受けて差し引き0になるようにする」

 そういった調整も天地が行うとなると、総合的に天地の事務仕事は増える
 自分で自分の事務仕事を増やす羽目になっているが、その方が効率が良いと考えれば、天地はやるのだろう

(ハッピートリガー野郎でも、戦闘以外の仕事をここまで出来るんだ)

 ………自分だって
 負けず嫌いにも似た何かを感じながら、慶次は天地のあとを付いて歩く
 少しずつ、歩み寄るようにしながら














(……そろそろ、捨て時かしら?)

 全く、困ったものだ
 ちゃんと、自分の言うことだけ聞くように育てていたつもりだったのに
 以前のように洗脳するのが手っ取り早いのだが、それをやるとそれこそ天地に目をつけられてしまうため、できなかった
 そのせいで、結局、慶次一人しかこうして確保できていなかったが………

(私が欲しいのは、「駒」。自分の意志で動かれては、面倒だわ)

 幼いうちから育てていけば、うまくいくと思ったというのに
 少し、自分が目をはなした隙に他の者の影響を受けてしまった
 せっかく、「都市伝説に襲われている人間を見捨てる」と言うリスクを背負ってまで確保したのに、台無しだ

(周りに不自然がられないように、始末しないと)

 冷たく、冷たく、慶次を見つめながら
 愛百合は憂鬱ゲに、ため息を付いたのだった


to be … ?

451逢魔時の怪 ◆MERRY/qJUk:2016/09/19(月) 19:09:07 ID:k2/eH4kg
昼と夜が移り変わる逢魔時。出歩く者が少ないのはどこも変わらない
繁華街を有する南区であろうと、人目につかない場所というのは存在する
そんな場所で――たとえば廃ビルの裏の少し広い路地裏――何が起ころうと
都合よく助けが来るなどということは、期待できないのだ

「きゃああああああ!!」

上半身だけの女の子が、飛んでくる壊れた看板に弾かれ壁に叩きつけられる
人間であれば既に死んでいてもおかしくない姿だが、彼女は必死に体を起こす
なぜなら彼女は都市伝説"テケテケ"であり――目の前の敵と交戦中なのだから

「テケテケッ! くそ……なんだっていうんだよ!!」

落ちていた金属製のパイプのようなものを振り回して
周りを囲む人型の影のようなものを牽制しながら、テケテケの契約者は叫ぶ
しかし彼らを襲った敵は、幽霊のような半透明の女性は答えない
代わりにテケテケに向け突き出された半透明の右手が放電を始める
テケテケも危険を感じて動こうとするが、ダメージから体が思うように動かず

「やめろおおおおおおおおお!!!」

少年の叫びも虚しく、路地裏に紫電が迸った。

452逢魔時の怪 ◆MERRY/qJUk:2016/09/19(月) 19:09:54 ID:k2/eH4kg
「……え?」

テケテケは我が目を疑い、思わず声を漏らした。
自分がやられれば契約者が危ない……その一心で最後まで足掻くため
彼女は紫電が自分に向かって放たれる瞬間まで目を閉じなかった

だから彼女は目撃したのだ。都合のいいヒーローの、都合のいい登場シーンを

上から落ちてきた誰かは目の前に何かを突き出し、そこに紫電が吸われていった。
それは板のようなもので、よく見れば誰かの頭の上にも二枚ほど
板のようなものが突き出ていた。わずかな光を反射するそれは……

「鏡……」
「かめん、らいだー……?」

ハッとして契約者である少年の方に目を向け、また目を疑った
少年を囲んでいたはずの影は消え去り、代わりに大きな黒い犬が佇んでいる
赤く燃えるようなその瞳は、半透明の女性に視線を向けていた

「お久しぶりです美弥さん。消えてください」
「ザクロ、彼らを頼む」

453逢魔時の怪 ◆MERRY/qJUk:2016/09/19(月) 19:10:52 ID:k2/eH4kg
半透明の女性の周囲に火の玉が現れ仮面ライダー(?)に降り注ぐ
しかしライダーは誰かに話しかけると、逆に火の雨の中へ駆け出した

「今のうちに逃げますわよ」
「え?あ……は、はい……?」
「テケテケ!大丈夫か?!」

テケテケに声をかけ、左手で首根っこを掴んで引っ張り上げたのは
黒いスーツを身に纏った長い黒髪の女性だった
彼女の右腕には少年が抱え上げられており、心配そうに声をかけてきた

「あの、あなたたちは……」
「これから跳びますので、口を閉じないと舌を噛みますわよ」

とぶ、とはどういうことか……と聞く前に女性は跳躍した。
1.5人分の重量など意に介さぬように壁を蹴り上に向かう。
彼女は近くのビルの屋上に飛び乗るとようやく動きを止め、二人を下ろした

「被害者、回収してきましたわ」
「お疲れ様ですザクロさん。義姉さん、行っていいですよ」
「オッケー!新技『結界武装』を試してくるわ!」
「ほどほどにお願いします」

テケテケがグロッキーな契約者を心配する横で
屋上に居た活発そうな女性と小学生くらいの女の子が
黒髪の女性と何かを話すと、活発そうな女性がいきなり飛び降りた
その体が何故か光っていたのは、おそらく見間違えではないのだろう

454逢魔時の怪 ◆MERRY/qJUk:2016/09/19(月) 19:12:09 ID:k2/eH4kg
「すみません。助けるのが少し遅くなってしまったようで」
「い、いえ……あの、あなたたちは一体何者なんですか……?」

声をかけてきた女の子に、テケテケはようやく質問する
女の子は少し考えた様子を見せ、口を開いた。

「……ただの都市伝説と契約者ですよ。あなたたちと同じです」


一方、路地裏での戦闘は仮面ライダーこと篠塚美弥が押されていた。

「やっぱりパンチやキックは効かないか……そらっ!」

左手から紫電を放とうとした半透明の女性……盟主の前で
美弥がおもむろに両手を打ち合わせると、ガシャンと音がして
盟主の左腕が二枚の鏡によって食いちぎられるように消し去られた

都市伝説"マスクドヒーロー"と化した人間である
篠塚美弥は、戦闘形態への変身能力を有している
また契約している都市伝説と一体化することで
さらに異なる戦闘形態へ変化することもできる
今の美弥は"合わせ鏡の悪魔"であるアクマと一体化した
ツインミラーフォーム……パワーと装甲性能に長けており
鏡を操った特殊攻撃を駆使する戦闘形態になっていた
物理攻撃もエネルギー攻撃もまるで効かない盟主の前では
鏡を介した特殊攻撃くらいしか有効打にならないとを考えての選択だ

455逢魔時の怪 ◆MERRY/qJUk:2016/09/19(月) 19:13:17 ID:k2/eH4kg
だがツインミラーフォームすら盟主の前では力不足だった
左腕が消失したことにも動揺せず、即座に右手が放電を始める
美弥は一歩引き放たれた紫電を構えた鏡に吸わせることで凌いだ

「粘りますね。ではこれでどうでしょう?」
「(うわ、あれはマズいよ契約者!)」

盟主を囲むように八ヶ所で放電が始まる
精度よりも数を重視した同時攻撃に、アクマが焦る

「街の被害はなるべく避けるんじゃなかったのか?」
「これくらいしなければ貴方は倒せそうにありませんので」

そう答え攻撃を開始しようとした盟主を――

「どぉりゃあああああああああああ!!!」

――――弾丸のように突っ込んできた彼女の蹴りが穿った

"超人"篠塚瑞希。夫と肩を並べる契約者だった彼女は
元々優れていた身体能力が人間の限界を超え、ついに都市伝説と化した
その動きは音すらも置き去りにし、ソニックブームが身体を傷つける
それに対して彼女が見つけた答えが、契約都市伝説であり義妹である
篠塚文……都市伝説"座敷童"の境界を定め、結界を作る能力であった
身体と外の境界に結界を纏って装甲と為す……名付けて『結界武装』

456逢魔時の怪 ◆MERRY/qJUk:2016/09/19(月) 19:14:14 ID:k2/eH4kg
この新技の嬉しい誤算として、結界の霊体すら遮る性質が上手く働き
彼女は実体のない都市伝説すら殴ることができるようになっていた
音速に迫った彼女の蹴りは盟主の胴体を消し飛ばし
盟主は苦々しげな表情のまま消えていった。恐らく撤退したのだろう

「悪い、助かった」
「いいっていいって!美弥が救助しなきゃ私も突っ込めなかったし」

篠塚瑞希の高速戦闘は周囲に被害が出やすい
さらにいえば結界を全身に纏うまで少し時間がかかる
そのため先に美弥達が駆けつけて被害者を救助し
装甲性能に優れた美弥だけが残って盟主を惹きつけることで
瑞希がより良いパフォーマンスを発揮できる環境を整えたのだ

「でさ、どう思う?」
「確かに盟主様だったが……様子がおかしいのは確かだな」

かつては怪奇同盟の主力として肩を並べて戦った身だ
あの頃の盟主と比べると、あまりにも攻撃的になりすぎている

「東の墓守さんに報告はするにしても、まあ今後やることは決まってるな」
「どんな敵が相手でも、街と人々の平和は私たちが守る!」
「ああ。それがヒーロー、そして怪奇同盟のやり方だ」

決意を新たにした夫婦は、夜の帳に閉ざされた路地裏から
仲間が待つ屋上へと跳び上がっていった。不運な被害者を家に帰すために


――――その路地裏から紙の鳥が静かに飛び立ったのを、見た者はいなかった


                             【続】

457はないちもんめ:2016/09/19(月) 23:28:21 ID:TiM3E1jQ
戦えて、守れるだけの力があって、その上で目の前で友達がバラバラにされたとして。
色んな物が崩れ落ちて、何もかも分からなくなった死の間際に…より強い力を求めるのは間違いでしょうか?


黒く焦げた裏路地。
プスプスと煙を上げる焦げたアスファルトの匂いが鼻に付く。
「まーたアンタか、新島」
「影守の娘サンじゃないか、久しぶりだな」
私の視線の先にいるのは新島愛人、本人は何一つ悪行を成したわけではないがその在り方や異常性から悪名高い新島友美の息子。
「もう少し綺麗にやれって神子に言われなかった?」
「言われたから綺麗に焼いたつもりだったが…」
道ごと焦がすなっての
「まぁ、逢魔時の影…雑魚相手にこれはやり過ぎだったか」
「厄介な相手に違いはないけどね…」
「数だけの雑魚だとアンタの趣向には合わないか」
「止めてよ、人を戦闘狂みたいに」
「どの面下げその台詞言ってんのかな…」
私、ディスられてる?

「今この場で討伐してやろうか?ファイアドレイク」
「手加減して俺に勝てると思ってるのか?」
「アンタごときに奥の手出す必要があるとでも?」

新島愛人の体から炎が上がる。
私の周囲に包丁が浮かび上がる。

「「!!」」

お互いの放った攻撃は、されどお互いに当たる事は無く、共にその後方にいた影を貫いた。

「ここじゃ邪魔が入るな」
「だね…あぁ、そうだ」
ポケットから姉貴分からもらった広告を取り出す。
「ほら」
「………合同戦技披露会…またやるのか」
「今回はフリーも参加自由だ、来なよ、遊んだげる」
「ここなら邪魔せずにやり合えると…良いだろう」

弱い人が嫌いです。
弱い自分がもっと嫌いです。
弱いと自分は自分でいる事すら許されないのだから…


続く

458とある女子高生とナチュラルホモ共の高校生活日記  ◆nBXmJajMvU:2016/09/20(火) 01:06:12 ID:7Lm2zYPw
 本屋自体は嫌いではない
 いくつもあるファッション雑誌の中から、どれを買おうかな、と選ぶ時間はなかなか楽しいものだ
 …最終的には、気になる付録がついている物を全部選んでしまったとしても、私はあまり悪くない、はずだ
 魅力的な付録をつける出版社が悪い。ほぼ付録がメインになっているのとかは、どうかと思うけれど
 とりあえず、今日は一冊だけ選んで買うことにした
 ブランドとコラボした限定のバッグが付いているだなんて、買うしか無い

「あぁ、咲夜さんも、何かお買いになられたのですね?」
「えぇ、ちょっとファッション雑誌を……龍哉君も、何か買ったの?」

 はい、と頷くR
 Nの方は、今丁度カウンターでお支払しているところだ

 今日は、RとNと一緒に帰っていた
 最近物騒だからと、2人が私を送ってくれる事になったのだ
 ……以前だったら、物騒じゃなくても私と一緒に帰りたいと男逹が殴り合いになるとかもあったのに、ここではそういうことはない
 本当、高校の男共おかしいと思う。どこに目をつけているんだろう

「おまたせ。じゃ、帰るか」

 と、そうしているとNもお会計が終わったようで戻ってきた
 それぞれ、買った本をカバンに入れて店を出る

 夕暮れ時の道を、三人で歩いて行く
 伸びた影がゆらりゆらりと揺れ揺れる

「直斗は、何買ったの?」
「ん?ライトノベルだよ。「ゴブリンスレイヤー」って。やつ。新刊出てたからさ」

 特典目当てじゃないからあそこで買った、と口にしている
 なるほど、ライトノベルか。自分はあまりライトノベルは読まないのでピンと来ないのだが、もしかしたら有名な作品なのだろうか
 直斗は、そのあたりの流行にはちょっと詳しいようだし

「どんな話なの?」
「え?……そうだな。咲夜は、ファンタジー系のTRPGってわかるか?」
「TRPG………は、前にみんなでやった、くとぅるふみたいな奴?」

 クトゥルフTRPG、とやらは、前にみんなでちょっとやらせてもらった
 ……うん、あれ、怖かった
 突然、見覚えのない人と一緒に見覚えのない部屋に閉じ込められていて、だなんて。想像するとなかなかに怖い
 最後のシーンとか、本当、怖かった
 私は、あんなにも想像力豊かな方だっただろうか?と思うくらいに、色々と想像してしまったものだ
 もっとも、KPとやらをやっていたAを始め、他のみんながうまく盛り上げてくれたおかげなんだろうけれど
 ………あの日の夜、ちょっと怖くて眠れなかったのは、秘密だ
 怖かったけど、楽しかったのも事実だし

「そうそう。で、あん時俺達がやったのはクトゥルフだから現代ベースだけど、TRPGは他にも色々あるんだ」
「俗に言う、剣と魔法のファンタジー、というものですね」

 Nの言葉に、Rがそう言葉を続けてきた
 なるほど、そう言われると、ちょっとわかるかも
 自分はやった事ないけれど、RPGゲームなんかはそういうのが多いとは聞く

「つまり、そういうファンタジーな世界のお話?」
「そうだな。かつ、TRPGでの世界なんだな、って感じもするよ。TRPGやってる人間だと「あぁー」って思ったりするし」
「うーん、それだと。私だと、まだちょっとピンとこないかな」
「かもなぁ」

 それだと、自分だとまだ、読んでもピンと来ないのかもしれない
 …これからも、みんなと色々遊んでいれば、わかるだろうか
 TRPGは、またやろうね、って言っていたし
 多分、クトゥルフ以外にもやる機会があると思う……こう、出来れば、あんまり怖くないやつ

「クトゥルフは、また今度の休みにやるか。今度は俺がKPで」
「直斗がKPをやるとなりますと………わかりました。キャラロストの可能性を考慮しておきます」
「えっ、なにそれ怖い」

 待って、今、Rの言葉でなんか怖い言葉聞こえた
 キャラロストって何

「大丈夫大丈夫。まだ初心者の咲夜がいるんだから、キャラロストの可能性は低いのにするって」
「ないとは言ってないわよね、それ」
「……咲夜さん、二枚目のキャラシートを用意しておきましょう。賽の目は、時として無情であり非情です」

 待って、待って
 ますますなんか怖い!?
 キャラロストって何。あの作ったキャラ、死ぬの?死ぬ可能性あるの!?

「そう怖がるなって。ちょっとコミカル色あるシナリオ選ぶし大丈夫大丈夫。ただしダイスの女神がいじけた場合を除く」
「うん、だから怖い」

459とある女子高生とナチュラルホモ共の高校生活日記  ◆nBXmJajMvU:2016/09/20(火) 01:07:08 ID:7Lm2zYPw
 ダイス……サイコロ………

 みんなとTRPGをやってみて、私は一つ、わかった事がある
 それは、どうやら自分はサイコロ運がイマイチらしい、と言うことだ
 サイコロを振って判定する時の失敗率自体は飛び抜けてひどかったワケじゃない
 ただ、その失敗がファンブル……「致命的失敗」と呼ばれるものが多かったのだ
 逆にすごい、と言われたけど、あんまし嬉しくない

「賽の目ばかりは、仕方ありませんからね」
「だよなぁ……クリティカルとファンブルばっかりは仕方ないからな。それがTRPGのいいとこなんだし」
「うー……こう、サイコロ振るのは楽しいのよね。こう、ワクワクする、と言うか。ドキドキする、と言うか……」

 成功するも失敗するも、勝つも負けるも賽の目次第
 …楽しいけれど、己の運の悪さに泣きたくなったりもするのだ

「ま、いいんだよ。クトゥルフは失敗とか発狂楽しんでなんぼな面もあるし」
「そうなんだ!?」

 待って、N、それ初耳なんだけど

「どうしても勝たなきゃ駄目、生き残らなきゃ駄目ってもんでもないしな。散り際楽しむのもゲームならではだよ」
「そうなんだ……?……そう言えば、直斗、発狂ロール楽しそうだったような」
「直斗は、発狂要員キャラを作りたがりますので」

 ……あ、いつもあぁなんだ
 通りで、みんな慣れてると思ったら

「ゲームだからこそ、さ。咲夜もやるか?発狂要員」
「心から遠慮するわ」
「えー………まぁ、俺も自分がゲームキャラだったとしたら嫌だけどな、発狂要員」

 うん、それはそうだよね
 あくまでも「これはゲームだから」と言うことで楽しんでいるのだし
 自分自身がゲームの中の登場人物だったら、発狂しそうになったり死にそうになったり、どちらも勘弁だ

「もしも、私がゲームの登場人物だったら、発狂しそうな現場とか死にそうな現場とか、絶対回避するわ……」
「咲夜さんは、プレイ中もそんな様子で行動なさってはいましたね」
「うん、いやね。だってね、死にたくないし。発狂も勘弁だし」

 だからこそ、あの鍋の中味をあえて見せてきたNちょっと許さない
 お鍋の中味見た結果、ファンブルしたし

「………最終的にゃ、ダイス振らないのが一番強いからな」
「?どういうこと?」
「口プロレス、っつーか……ダイス振るまでもなく勝てるような前準備を徹底してやる、とか。まず失敗しないって状況を作り上げると言うか」

 どう説明したらいいもんかな、などとつぶやきながら、Nはそう説明してくる
 「ダイスを振るまでもない状況」「ダイスを振らずとも勝てる状況」
 そんな状況に持ち込むのも、手ではある、と

「ただ、買った負けた楽しむゲームとは違うからな。TRPGは。KPやらGM合わせて、みんなで楽しんでこそだ」
「多少の口プロレスならばともかく、あまりにそればかりですと、TRPGの意味がありませんから」
「う、うーん………まぁ、自分自身の運命をサイコロに委ねるならともかく、ゲームでのキャラだしなぁ。そこまでしなくてもいい、かな」

 ……それでも、負けたら悔しいけど!
 負けず嫌いだからね、うん

「俺も、ゲームじゃなくて自分や周りの運命だったら、サイコロには委ねないさ」

 からからと、Nが笑う
 それに合わせるように、ゆらりゆらり、Nの影が、揺れた

「……現実で、そんな事に巻き込まれそうになったら。そんな危機が迫ったら。俺は、ダイスを振らなくても勝てる方法を選ぶな」

 なんて、冗談めいた様子で口にしてきて



 なんでだろうか
 ただの冗談のはずなのに
 ただの、ゲームの話のはずなのに


 妙に、強い決意を感じたように、聞こえたのは




to be … ?

460情報交換の時間  ◆nBXmJajMvU:2016/09/20(火) 22:40:57 ID:mcH9XrQQ
「……以上。「組織」所属の者が遭遇した、「逢魔刻の影」を呼び出していた、半透明で電撃を放ってきた女性に関する資料です」
「わかった、受け取らせてもらおう」

 夕暮れ時を過ぎた、夜の学校町・東区
 その墓所で黒いスーツ姿の男性が、まるで幽霊のように半透明な体の男性と話していた
 スーツの男性はこの暗い中だと言うのにサングラスをかけており、見ようによっては怪しく見えるのだが、不思議と目立っては見えない
 半透明の体の男性は、スーツの男性から受けとった資料に目を通し
 ……そして、深々とため息を付いた

「…「組織」に調査協力をお願いしたいのですが」
「それは、つまり」
「………実物をこの目で確認した訳ではないので断言はしかねますが。盟主様である可能性は、高いです」

 あぁ、やはりそうなのか、と。スーツの男………大門 大樹は小さくため息を付いた
 そうであってほしくない、と言うのが本音であったが、彼からのこの返答となれば、やはり、そうなのだろう

「大門さんは、直接は見ていないのですね」
「はい。このところ、後任の育成の仕事が増えてきて、代わりに現場仕事が減っていたので………ただ、このところの騒動を見ますと、そろそろまた現場に呼ばれそうです」

 大変ですね、と言う言葉に、慣れています、と笑って返す大樹
 そう、慣れている………20年以上前は、わりと日常だったのだから

「ひとまず、盟主様が暴走しているらしい件に関しましては、「首塚」や「獄門寺家」等にも連絡しておきます」
「それは助かる………やはり、貴方が一番、様々な組織に通じていますね」
「学校町に関わる全てのそしきに、とはいきませんけれどね。「教会」や「レジスタンス」等は、私から直接と言う訳にもいきませんので」

 それでも、間接的に連絡する手段はあると言う事だ
 相変わらず、この大門 大樹と言う男は人脈に恵まれていた
 一時期、「火薬庫」とまで言われた人脈は、今もってなお成長し続けているのだ………当人、自分自身の人脈が「火薬庫」になりえるという自覚はさっぱりないのも相変わらずだが

「学校町の様子を見ていると、しばらくぶりに「組織」が忙しくなっているようですね」
「……「狐」の件がありますからね。かと言って「バビロンの大淫婦」の件も見逃せませんし、「赤マント」の大量発生も………」
「そこに今回の盟主様が暴走しているらしい件………胃は無事ですか?」
「まだ大丈夫です」

 そう、まだ大丈夫
 優れた人材も「組織」内で育ってきたのだし、問題を起こす者も20年前と比べると格段に減ったため、それほど胃が痛む事態にはならない

461情報交換の時間  ◆nBXmJajMvU:2016/09/20(火) 22:41:52 ID:mcH9XrQQ
 ……そんな事態には、もうなってほしくないと言うのが本音でもあるが
 ここ最近で、一番胃が痛くなったのは三年前のあの件の時きらいだし

「ついでなので、お尋ねしますが。そちらで「狐」らしい気配、感じ取ったりしていませんでしょうか」
「………残念ながら。学校町に妙な気配……と言いますか。三年前に一度入り込んで出ていった気配がまた入りこんだのだ、と言う事だけはわかっています」

 しかし、それだけだ、と。半透明の男性………東の墓守は、頭を振った

「ただ、妙なんです。今年になって入ってきた「狐」らしき気配の消え方が」
「……?妙、とは?」
「気配が、「突然消えた」……そう、感じたのです。町から出たと言う訳ではない。街の真ん中で「突然消えた」ような………」

 東の墓守の言葉に、大樹は考え込む
 突然、消えた
 「狐」が空間転移系の能力を持っている、と言う話は聞いたことはない
 また、「狐」の配下にもそういった能力を保持している者はいなかったはずだ……少なくとも、こちらでわかっている範囲では、であるが
 よって、転移によってどこかに移動した、と言う説はかんがえなくとも良さそうだ
 他に可能性があるとしたら

「……死亡、もしくは消滅………いえ、そうなっていた場合、「狐」に誘惑されていた者逹が、その効力から解放されているはず……」
「であれば。死亡もしくは消滅の可能性なし……何なのでしょうね」

 東の墓守も、突然気配が消えたと言うその現象には戸惑っていたらしく、こちらも思案してみたようだが断言できる結果は導き出せなかった

 …何故、「狐」の気配が突然消えてしまったのか
 その理由が何であるにせよ、「狐」の配下が学校町に入り込んでいる事実は変わりがなく
 どちらにせよ、対処していくしか、ないのだが

「「怪奇同盟」の方々でしたら大丈夫とは思いますが、念の為、警戒しておいてください。今回の「九尾の狐」は誘惑能力特化。その誘惑能力は「リリス」に匹敵するとも言われていますので」
「わかりました。警戒はしておきます」

 夜が更けていく
 逢魔が刻が過ぎ、夜の闇の時間へと



 都市伝説逹が活発になる時間が、今宵も又、始まっていく





to be … ?

462はないちもんめ:2016/09/20(火) 23:36:50 ID:vdQPjGjU
「よくこんなの作ったわね…」
「鏡の中にも鏡は持ち込めるからね、試してみて正解だった」

合同戦技披露会の会場、鏡の中に作られた仮想空間には闘技場と言うべきか大勢の観客を収納できるスタジアムがそびえ立ち、その中央には複数枚の鏡が円形に並べられている。
上空には巨大なモニターが複数吊るされており、戦場の様子が映し出されていた。

「一般人の目に付かないように大人数を収納できる空間を鏡の中に、更に鏡の中に持ち込んだ鏡を使ってその中に模擬戦用の広大な戦場を構築、前回の経験生かしてこの数年間色々試してたけど役に立って良かったよ」

鼻を書きながら笑う詩織に望も眼を細める。
思えば自分をコピーした都市伝説でしかなかった存在が、契約者も持たずに単独で成長と進化を遂げ続けている。
(まぁ、私をコピーした時点で私と擬似契約に近い状態になってたんでしょうけども)

「ま、そういう事なら今後も頼らせてもらうわ、こっちで管理できる空間は貴重だもの」
「この中なら変なのが紛れ込んでもある程度の察知できるしね」
「実際は?」
「怪しい行動をとれば分かるってレベル」
まぁ、セキュリティとしては及第点だろう。
でだ、後ろを振り返れば夥しい数のゾンビ達が右往左往しながら屋台を組み立て続けている。
「…アンタ達は何やってんの?」
「人がたくさんくるんですよ!」
「儲け時ですよ!」
「今回は俺らは参戦しませんし賑やかしと飲食担当させてもらいます!」
「第5〜9小隊買い出し!1〜4で設営いそげ!!」
「ゾンビがやってる屋台って客来るのかしら」
「衛生面に不安が残るわね…」

「撮影は前回同様希のキューピーが、観客の誘導は?」
「そっちも希がK-No.の黒服を動かすって言ってたわ、ほら」
望が指差す先にはメイド服姿の女性の一団の姿が、眼を引くとすればその衣装よりも各関節に走った分割線だろう。
「医療班にも回すって言ってたけど…あんだけのマネキンを同時に操作してるんだから影守と希もいよいよ化物ね」
「いんや、あれ殆ど自立させてるみたいよ?希の制御下なのは確かみたいだけど…司会実況はウチの神子を出すわ、後はあの子が何とかするでしょう」
会場、人材必要な物は大体揃えた。
後は………

「ここに集まる連中からどれだけ情報を引き出せるか」
「狐か大淫婦か、盟主さんの尻尾位は掴みたいよね…」

第二回合同戦技披露会…その開催は目前まで迫っていた。

続く

463合同戦技披露会開始とその前  ◆nBXmJajMvU:2016/09/21(水) 20:41:45 ID:zqmq2lR6
「……それじゃあ、籠を運ぶ役目、頼んだよ」
「へぇ。責任重大なお仕事任せてもらえて光栄やわぁ……しっかり務めさせていただきます」
「相手が相手だしね。慎重にやらせてもらうよ」

 まだ寒い季節でもないだろうに薄手のマフラーを身に着けた男性が、二人の男性に指示を出している
 一人は、二メートルをも越える、体格もいいお男。もう一人は対照的に細く、重たいもの等持ったら腕どころか体の芯がぽっきりオレてしまいそうな体格をしている
 二人の返事を聞いて、マフラーの男性……鮫守 幸太はよし、と頷く
 そうしてから、今度はもうひとり、控えていた女性へと声をかけた

「夢塚さんも。協力してもらって悪いね」
「いえ、保護されている立場なんですし、これくらいは」
「保護しているからこそ、なるべくならもっとゆっくりしてもらいたいんだけど」

 夢塚と呼ばれた女性は、幸太の言葉にそう苦笑して返した
 彼女は一年前、学校町外で「狐」からの誘惑をギリギリのところではねのけ、その結果「狐」の駒に襲撃されていたところを、たまたまそこを通りがかった「首塚」の構成員によって救出され、そのまま「首塚」に保護されている契約者だ
 「忠犬ハチ公が渋谷の街を守っている」の契約者であり、結界を作り出す能力がある
 今回、その能力が必要となり協力してもらう事になったのだ
 用意された籠に、彼女の能力が発動されている

「どうする?合同戦技披露会は見学していく?」
「あ、いえ。そっちは遠慮しときます。「首塚」で保護している子供逹に絵本を読んであげる約束しているので」
「わかった。それじゃあ、子供達待たせるのも悪いね。戻ってていいよ」
「リリカちゃん、鴆はんもいるから大丈夫とは思うけど、後でわてらも行きますね。みんな、やんちゃそやしえらいでしょうし」

 大柄な男がそう言うと、夢塚ははーい、と返事をして、ぱたぱたと戻っていった
 さて、と幸太は視線を、「首塚」の中でもひときわ暗い、ある場所へと向けた

「……じゃ、あの方を呼んでくるよ。籠に入ったら君達を呼ぶから。離れてて」
「鮫守さんは大丈夫なんですか?」
「平気。あの方とは、将門様と一緒にいる時に会った事あるし。将門様の加護が僕には効いているから」

 細身の男にそう答え、幸太はその暗闇の向こうへと、足を踏み入れる
 自分達が所属している「首塚」の首領たる、平将門がこの度誘った、ある人物を迎え入れるために


 「第二回 組織 首塚 その他 合同戦技披露会」
 今回はフリーランス………特にどこぞの組織に所属していると言う訳ではない、と言う者も参加可能であるが故、参加者は以前よりも多くなりそうだ
 そして、それを見学しに来る者も、以前より多いということである

「こんにちは、神子さん」
「よぉ」
「あ、龍哉、直斗。来たのね」

 司会実況を任されたため、その準備をしていた神子のもとに龍哉と直斗が顔を出した
 直斗の方は契約者ではないものの、興味を持って龍哉についてきたらしい
 ……直斗らしい、と神子はこっそりと思った
 この幼馴染は、都市伝説と契約するには器が小さすぎて無理であるのだが、その反動なのか都市伝説や契約者への興味は人一倍、強い

「後で遥や憐、灰人も後で来るはずだぜ。あと、優は参加するつってたな。晃は見学に回るつってたけど」
「え、優参加するの?………うん、まぁ優らしいけれど。ちなみに、龍哉。龍一さんは?」
「お父さんは、お仕事が忙しいので、本日は来られないそうです」

 あらら、と苦笑する
 忙しいものは、仕方ない
 龍哉の父親である龍一は、「獄門寺組」と言う組の組長であるため、常に忙しいのだから

「……あ、それと。鬼灯さんは?」
「興味を持ってはいらしたのですが。「首塚」主催ということで、将門様と遭遇するのが嫌だ、とおっしゃられまして」
「鬼灯、将門様の事苦手だもんな」

 仕方ないさ、と肩をすくめてみせる直斗
 …そう言えば、鬼灯は昔から……少なくとも、神子逹が知っている頃から、将門の事を苦手としていた
 なるべくなるべく、関わらないように遭遇しないようにしていたのを覚えている

「他、誰来るかわかってる?」
「…そう言えば、診療所の先生がいらっしゃる、と灰人さんがおっしゃっていたような」
「かなえは、今日は薙刀の教室あるっつってたから来ないだろうし……」

 戦技披露会が始まるまで、しばし、情報交換を始める
 今回の戦技披露会で、どのような人物が出場するのか
 …情報を集める、と言う意味もあるとはいえ、楽しみなのも、また事実なのだ

.

464合同戦技披露会開始とその前  ◆nBXmJajMvU:2016/09/21(水) 20:42:21 ID:zqmq2lR6
 ちゅっちゅちゅー、と。ノロイが気配を感じ取ったのか、声を上げた
 次いで、望と詩織も近づいてくる気配に気づき、そちらに視線を向ける

「やぁ、こんにちは」

 足音と気配を隠す様子もなくやってきたのは、フリルたっぷりの黒いゴシックロリータ衣装に身を包んだ男性
 覚えのある姿に、望はその人物の名前を口にする

「小道 郁、だったかしら。何かご用」
「おや、名前を覚えてもらっていたとは光栄だ………上司に言われてね、これを渡しに来たんだ」

 はい、と郁が詩織に渡したのはタブレット型PC
 どういうことか?と説明を求める視線に郁は言葉を続けた

「学校町に在住している事がわかっている、フリーランスの契約者のデータだ。まぁ、「組織」………CNoが把握している範囲のものだから、完全なデータではないけれどね」
「なるほど。KNoである私が、それを受け取ってもいいの?」
「構わないよ。そもそも、CNoが所有している情報は、SNoが持っている極秘情報なんかと違って申請許可もわりとかんたんに降りる資料が多いのだしね」

 ふむ、と詩織はタブレットPCを起動させて、データを確認する
 契約都市伝説が完全に知られている者から、何と契約しているのかはっきりしない者まで、結構な数が記録されている

「フリーランスの契約者も今回は参加可能、との事だからね。そういうデータがあった方がいいんじゃないか、というのが上司の言葉だよ」
「貴方の上司は、確か門条 天地だったわね……一応、跡でお礼をいうべきかしらね。ちなみに、肝心のその上司は?」
「ものすごく参加したがっていたのだが、書類仕事が山ほどあってね」

 恐らく、周囲に止められたのだろう
 仕事があるのなら、仕方ない
 と、言うか。天地が参加したら会場派手にぶち壊した可能性が高いため、ある意味助かったといえるのかもしれない

「それじゃあ、僕は見学に回らせてもらうよ。かなえは来ていないけれど、慶次君は来ていてね。見学に回るそうだから、そっちについておくよ」
「あぁ……「カブトムシと正面衝突」の契約者だっけ?あれ、そいつの担当黒服は?」
「わが上司が仕事に巻き込んだよ」

 …彼なりに「見張る」ためだろうな、と郁はこっそりとかんがえていた
 このところ、天地は愛百合の動向を見張っている様子だったから

「……無事、何事もなく終わるといいね」
「不吉なフラグたてるのやめてくれる?」

 失礼、と笑って、郁はこの場を後にした

 ……さて、どのような契約者が参加するのか
 とても、とても、楽しみだ



「……それでは。「第二回 組織 首塚 その他 合同戦技披露会」、これより開始します」

 その開始の音頭を取ったのは、「首塚」所属で側近組の一人である幸太
 ……将門の姿は、その場にはいない

 かわりに、何やら御簾によって四方を囲んだスペースが作られており、その横には籠が置かれている
 どうやら、籠に乗って運ばれてきた人物が御簾の中にいるらしい

 ……そして、気付ける者は気づくだろう
 御簾と籠に、かなり強い結界が貼られている事に
 それは、中に入る者を守るためと言うよりも………その中に入る者から、周囲を守るために貼られたもので、あるような

「「首塚」首領将門公は、本日所用により欠席となります。よって、代わりに……」

 御簾の中からの圧倒的な威圧感を気にしている様子もなく、幸太はにっこり微笑み、言葉を続けた

「将門公がお呼びしました、「長屋王」が。この度の合同戦技披露会を観戦なさります」

 「長屋王」
 きちんと日本史を勉強した者ならばわかるだろう
 それは、かつての実在の人物
 そして、日本最古の怨霊
 将門に勝るとも劣らぬその圧倒的な気配を御簾の中から漂わせながら、それは小さく、笑った



 ……これにて
 「第二回 組織 首塚 その他 合同戦技披露会」が、開始された





to be … ?

465夢幻泡影Re:eX † 第二回合同戦技披露会―プロローグ ◆7aVqGFchwM:2016/09/22(木) 14:30:54 ID:js/rP/kQ
203X年某日―――

「もしもしローゼちゃん?」
《ごきげんよう、裂邪さん♪
  例の催し物の件はお聞きになりましたかしら?》
「あぁ、少し前に漢から聞いたよ
  まさかフリーの契約者まで参加させるとは思ってなかったが」
《前回同様、ワタクシ達「組織」の構成員は参加不可ですけど》
「そりゃまぁ、妥当だわな
  とりあえず清太と賢志と、あと光陽と輝虎、誘っといたわ」
《あら、弟さんを誘うかと思いましたけど》
「断られた、色々忙しいんだろうよ
 代わりに特別ゲストを用意しといた」
《それは楽しみですわ♪
  実はワタクシの方もご用意させて頂きましたの》
「……ローゼちゃんが呼べるフリーの契約者ってあいつだけだろ」
《裂邪さんのいけずぅ! 余計な詮索は無しですわ!》
「分かった分かった
  とりあえず俺ん時の戦場は異空間でもジオラマでも良いから広くてぶち壊せるとこな
  どうせやるなら派手にやんないと」
《ええ、こちらで依頼しておきますの
  それとお子様方もVIPルームにご招待致しますの♪》
「悪いねー、あいつら育ち盛りだから結構食うぞ」
《そちらもお任せですの!》
「おう、んじゃ当日に」
《あ、それと裂邪さん》
「ん?」
《例の話、お考えになって頂けたかしら?》
「あー……お引き受けしたいのは山々なんだがね
  何せ小さいガキの面倒も見なきゃならん
  もしガキ共が立派に成長して巣立っていって、
  ローゼちゃんの気持ちが変わらなければ…改めて返事をしよう」
《おほほほ、裂邪さんらしいですわね
  それでは、また》
「おう」




「…父さん、仕事の電話にしてはえらく大勢の名前が」
「おお未來(みくる)、丁度良かった」
「え?」
「お前、俺やシェイド達とやったことないだろ
  舞台は用意してくれるからまた今度な」
「ちょっと待て父さん話が見えない」
「いやー前回は設定中途半端な状態だったから、
  書き直しも兼ねて一戦やれると思うと楽しみだな!
  タブレットが打ちにくいのが欠点だが」
「見えない話にメタを盛り込むのはやめろ!!」
「まぁまぁ、そんな訳で……都市伝説と契約してからどれだけ成長したか
  俺や母さん達に見せてくれ」
「っ……分かった」
「よし、それじゃ… 第二回 組織 首塚 その他 合同戦技披露会で」



   to be continued...

466帰還する者達 ◆MERRY/qJUk:2016/09/23(金) 00:07:28 ID:CzLXH4xQ
某都市の空港で、一人の女性が電話をかけていた。

「もしもし篠塚さん?オレオレ、相生澄音。さっき帰国したんだわ」

怪奇同盟の一員、相生澄音。レミングという鼠の群れを手足のように操る
都市伝説"死の行軍"の契約者である。彼女は夫であり戦友である相生森羅こと
"相対性理論の理解者は世界に三人"という都市伝説の契約者と共に世界を巡り
各地でフリーランスの契約者として都市伝説と戦う旅をしていた
もっとも名目上は各地の遺跡の発掘を手伝う、考古学者としての仕事なのだが

「真理は元気?え?ああ……いやいやそんな、迷惑じゃないって。たぶんな」
「真理がどうかしたのかい?」
「あ、ちょっとゴメンな。……おいもやし、話は後にしろよ」
「苛立つとその呼び方になるのやめてくれない?……しかし結ちゃんと同棲中とはね」
「くっそ教える前に知ってるのほんと腹立つ!……あー、お待たせ篠塚さん」

話を再開した澄音に背を向けて、森羅は同行者と話を始める

「でも本当にいいんですか?寄り道に付き合わせてしまうことになりますが」
「久々の学校町ですからね。できれば固まって動きたいのですよ」
「私も妻に同意見です。用心するに越したことはありませんよ」

467帰還する者達 ◆MERRY/qJUk:2016/09/23(金) 00:08:00 ID:CzLXH4xQ
相生夫妻と同行するのは向こうの空港で再会した時任開司と時任夜空……
"ソニータイマー"の契約者と、"サンチアゴ航空513便事件"の契約者だ
彼らも怪奇同盟の一員であり海外(主にアメリカ)の情勢を
調査するという名目で若い頃から日本と海外を往復している同志であった
一応表向きは日本と海外両方で輸入雑貨を扱った商売をしているらしいが
二人共意味深な笑みを浮かべて黙ってしまうので詳しいことは森羅にも分からない
森羅の能力は耳で聞いた言葉に反応するので、彼らも分かっていて黙るのだろう
森羅自身も深入りするつもりはさらさらなかった。命に関わりそうなので

「それじゃあ、それまで真理をよろしくお願いします。はい、また後日……ふう」
「話は終わったかい?」
「ああ、終わったよ。しっかし久しぶりに真理の顔が見れるなあ!」
「その前に仕事だけどね」
「……おう」
「じゃあ、行きましょうか。まずは食事からかな?」
「ええ、そうしましょう。いい時間ですからね」
「寿司食おう寿司!」
「澄音、落ち着きなよ……寿司でいいですか?」
「構いませんよ。私も食べたいですし。夜空は?」
「私も寿司は久しぶりなので。楽しみです」
「じゃあ適当な回転寿司でも探しましょうか。それでいいよね?」
「おう!早く寿司食おう!」

子供のようにはしゃぐ妻を見て、森羅は苦笑しながら店を探し始めた。
彼らが学校町に入るのは、もう少し先の話である――――

468帰還する者達 ◆MERRY/qJUk:2016/09/23(金) 00:08:35 ID:CzLXH4xQ
ある日の逢魔時、学校町東区にて

「やってきました学校町!でもなんか嫌な感じがするような?」

首をかしげたのは匂い立つような美しい女性
男なら生唾を飲み込むであろうメリハリのある肢体を包むのは
艶めくレザーらしき質感の黒いスーツとスカート、そして黒のハイヒール
豊かな金髪は西日を浴びて第二の太陽であるかのように輝いている
赤茶色の瞳でキョロキョロと周囲を見渡す彼女の背後で
"逢魔時の影"がゆっくりと身をもたげ、白磁のような首に手を伸ばすが

「ほいっ」

一閃。女性の手に現れた鞭が目にも止まらぬ速さで影を打ち据えた
襲いかかる影の集団をまるで舞い踊るような動きで躱しつつ
女性は口笛を吹きながら右手の鞭を振るって影を散らしていく
やがて日が落ちきる頃には、彼女を襲った影の集団は片付けられていた

「此処も相変わらず……なのかな?生身じゃなかったのが残念
 ま、今は元気いっぱいだし。じゃなかったらこんなとこ来ないけどね」

469帰還する者達 ◆MERRY/qJUk:2016/09/23(金) 00:09:08 ID:CzLXH4xQ
一年ほど前の話だ。中東のとある紛争地帯で
睨み合う二つの勢力の大部隊が一夜にして両者壊滅という事件があった
彼らは命に別状こそないものの生気を失い数週間寝込むことになったという
この地域を監視していたある組織はこれをある種の都市伝説の仕業と断定
彼らを"捕食"したとみられる存在を危険視し同業組織に警鐘を鳴らした
そしてまた別の悪魔祓いを専門とする欧州の組織が
事件の犯人と思われる都市伝説をルーマニアで補足し討伐にあたった

――――だが、この討伐作戦はあろうことか失敗した

彼らの誤算は二つ。討伐対象が近年発生した若い個体であると見誤ったこと
そして敵を侮った結果、戦力を逐次投入してしまったことである
作戦の失敗によりこの組織は内部の腐敗が浮き彫りとなり解体され
その人員は他の集団、組織へと吸収されたらしいが、これはまた別の話である

さて悪魔祓いを片っ端から返り討ちにしていった犯人がどうなったかといえば
無事に欧州から逃げおおせて現在は極東のとある街を訪れていた
彼女がいまだ無名でありながら悪魔祓いをあしらえるほど強くなったのも
特定の界隈では魔境、特異点と忌まれる彼の地に一時期滞在していたことと
まったく無関係というわけでもないだろう

470帰還する者達 ◆MERRY/qJUk:2016/09/23(金) 00:09:58 ID:CzLXH4xQ
そう、彼女は学校町に帰ってきたのだ。よりにもよってパワーアップして
彼女こそは名無し宿無し文無しの三重苦を抱える永遠の放浪者
戦場を無に返す平和と性愛の使者。そして獄門寺在処のかつての敵

「と・り・あ・え・ず……久しぶりにアメちゃんに会いにいきますか!」

女性の瞳が赤く輝いたかと思うと、その背中に蝙蝠のような黒い羽が生える
かくして夜の空に一人の悪魔が飛び立った
彼女の今の目的はただひとつ。かつての旧友との再会である

"サキュバス"……新たなトラブルメーカーが街を訪れたことを
皆が(主に獄門寺在処が)知る時は、そう遠くなさそうである――――


                            【了】

471ある試合の一幕  ◆nBXmJajMvU:2016/09/23(金) 01:02:26 ID:/JUdt9VM
「……ね、憐」
「んー?どしたっす?あきっち」

 ひとまず、いつでも治療班に回れるように備えておきながらも、今は見学席にいた憐
 晃に声をかけられ、首を傾げた
 手にスマホを持ったまま、晃はぽそ、ぽそ、と問う

「…「教会」、からは誰が来たの?……付き添いで来た、って、聞いた」
「あ、俺も気になってた。学校町に滞在している「教会」面子って数少ねぇだろ。こういうの出たがるような奴いたっけか?」

 遥も、く、と憐に近づいて問う
 ここに神子か咲夜がいればツッコミをいれそうな距離だが、残念ながら二人共いない
 ついでに言うと、優も参加枠の方に入っているため、ここにいない。ツッコミが深刻に足りない

「えっと、参加するのはー………あ、今から、試合始まるっすよ」

 憐の言葉に、その場にいた皆の視線がモニターへと集まった
 ……そして、遥が「げっ」とでも言いたそうな表情を浮かべる

 そのモニターに映し出された光景は、試合開始と同時に試合会場全体が、一気に凍りついていっている様子だった



 逃げたい
 その青年は、心からそう思った
 あ、なんかのハリウッド映画でこんなシーンあった気がする。とも同時に思っている辺り、ちょっとは余裕がある
 あくまで、ちょっとだ。ちょっとでしかない

 全力疾走している彼が通った後の道が、左右の壁が、バキバキと凍りついていっている
 恐らく、放置すればこの会場全体が凍りつくのではないだろうか

「じょうっだんじゃねぇ!」

 叫びつつも、走る、走る、走る
 フリーランスの契約者である彼が合同戦技披露会に参加したのは、己の実力をアピールするためだった
 そのつもりであったのだが、それが叶う予感は、あまりない
 対戦相手がどうやって決まったのかは彼にはわからないのだが(案外、あみだくじとかなのかもしれない)、とにかく自分は運が悪いようだ
 当たった相手が、悪い

 氷で出来た翼を羽ばたかせ浮かび上がっているその男は、司祭のような服装をしていた
 その翼もあって天使を連想させるかもしれない。が、天使があんなサド顔浮かべるとは思いたくない
 試合開始と同時にふわりと浮かび上がり、そしてあの司祭を中心点として、辺りが凍りつき始めたのだ
 手加減も何も合ったものではない

「……せめて、一撃っ!」

 だが、逃げてばかりでは参加した意味もない
 ざわり、契約都市伝説の能力を発動させる

 体が、動物の毛で覆われていく。筋肉が肥大化し、爪が伸びていく
 遠吠えのような声を上げると、彼は勢い良く地面を蹴って跳び上がった。直後、その地面もびしり、と音を立てながら凍りつく
 壁を蹴り、どんどんと跳び上がり、空を飛ぶ司祭へと向かって、豪腕を振り下ろそうと……

「なるほど、人狼か」

 それは猫のような目を細めて、嘲笑った

「それじゃあ、届かねぇな」

 振り下ろした爪先が、司祭に当たるその直前
 ぴしり、とその爪が凍りつき出した時にはすでに遅く
 「狼少年」の契約者であるその青年の意識は、氷の中に閉ざされた




「……なんで、よりによってあの氷野郎が来たんだ」
「カイザー司祭とジェルトヴァさんは、こういうの興味なくって。で、メルセデス司祭が「暇つぶしだ」っつって出る気満々だったんで。俺っちがお目付け役としてつかされたっす」

 先に名前を出した二人は仕事で忙しく来られなかったのだから、仕方ない
 ……とは言え、憐があの男相手にブレーキになれるか、と言うとなれるはずもなく

 「クローセル」という悪魔そのものである男、メルセデスは、試合会場を完全に凍りつかせながら楽しげに笑っていたのだった






続かない

472九十九屋九十九の戦技披露  ◆nBXmJajMvU:2016/09/24(土) 00:24:38 ID:r2rx.gQg
 試合と試合の合間、神子は参加者の資料に目を通していた
 その横に、郁が持ってきたフリーランスの契約者の資料のデータが入ったタブレット型PCが置かれている
 試合の実況を任せられたため、こちらの資料も参考に実況しようという試みである

「次の組み合わせで出るフリーランスの契約者は………」
「あぁ、こいつだろ。「九十九屋 九十九」」

 ほら、と隣りにいた直斗が、勝手にタブレット型PCをいじってそのデータを出した
 ここに直斗がいるのは、実況の手伝いでだ
 神子の幼馴染グループのうち、誰に手伝ってもらおうか、となった際に直斗が「面白そうだから」と立候補したせいである
 …もしかしたら後で誰かに交代するかもしれないが、ひとまずは直人が担当だ

「どれどれ……契約都市伝説は「不明」。まだわかってないのね」
「契約者なのはわかってても能力分からない、とかはよくあるんじゃないのか?特にフリーランスの奴だとさ。契約都市伝説がバレてると、弱点もバレたりするし」

 それもそうね、と頷く神子
 直斗の言う通り、どこの組織にも所属していないような一匹狼タイプの契約者には自分の契約都市伝説をあなるべく明かさないようにする者も多い
 特に、その契約都市伝説を利用して「仕事」するようなものであれば、なおさらだ
 都市伝説との契約によってどのような力を発揮できるかは、たとえ同じ都市伝説であろうとも個々によって変わってくる
 能力の使い方によっては、契約都市伝説が何であるのかわからないというのもざらだ
 だが、その都市伝説特有の「弱点」と言うやつはどうしても共通しがちであり、都市伝説がバレれば弱点も見抜かれ、対策されるという可能性が高い
 特定の組織に頼らず、能力を仕事に活かして生活しているような者であれば、契約都市伝説がバレるのは避けたいところだろう
 この、「九十九屋 九十九」と言う青年も、そういったタイプなのかもしれない

「えぇと、表向きは針金アートの展示と販売の店を経営………「表向き」。ね」
「そう、表向きだな」

 九十九屋 九十九に関する資料
 それには、この一文が記されていた

『暗殺等に関与の疑いあり。完全な証拠はまだないが、報酬次第でそのような仕事も請け負うらしい』



.

473九十九屋九十九の戦技披露  ◆nBXmJajMvU:2016/09/24(土) 00:25:34 ID:r2rx.gQg
 試合会場は、町中を思わせる作りとなっていた
 隠れながらの戦闘も可能なフィールドである
 彼女、篠塚 瑞希は油断なく、前方で微笑んでいる青年を見据えた
 茶色い髪をオールバックにし、薄手のセーターにジーンズと言うラフな服装をしている
 両手をジーンズのポケットにつっこんで、特に構えた様子もなく立っている
 しばし、相手の様子を警戒していたが………あちらから攻撃してくる様子も、ない
 …恐らく相手もまた、動くのを待っているのだろう
 
「仕掛ける気がないのなら、こっちから!」

 「超人」と呼ばれる所以を、この若者に見せてあげるとしよう
 すぅ、と一呼吸
 すでに、全身に結界を纏い終えている
 前方にいる青年……九十九屋 九十九へと向かって、一気に距離を縮めようとした

 薄く、九十九屋が笑って見えて
 きらり、何かが……

「………っ!!」

 ぞくり、と悪寒を感じて
 っば、と後方へと大きく跳んで再び九十九屋と距離を取る

 瑞希と九十九屋の間
 そこにいつの間にか細い、細いワイヤーが何本も張られていたのだ
 そのまま突っ込んでいたら、このワイヤーによってずたずたに引き裂かれたことだろう

「流石に気づくか」

 相変わらずポケットに両手を突っ込んだまま、九十九屋は笑った
 つい一瞬前まで、そこにワイヤー等なかったはずだ
 つまり……あのワイヤーは、九十九屋が出現させた、と言うことなのだろう
 見れば、九十九屋の周囲に、まるで結界でも貼っているかのように無数のワイヤーが張られていた
 これをかいくぐって攻撃するのは、少々骨か

「……それなら!」

 だんっ、と地を蹴り飛び上がる
 そして、勢い良く、すぐ傍の壁を蹴り壊した
 九十九屋の頭上から瓦礫が降り注ぐ。たとえ、ワイヤーを貼っていようとも重量で押しつぶせるだろう

 さぁ、どうでるか

 瑞希としては、これで九十九屋を倒せるとは思っていない
 ただ、これで相手がどう動くか、見るだけだ

 かくして、九十九屋は瓦礫の下敷きになどならなかった
 くんっ、と、まるで何かに引っ張られるように斜め上へと跳び上がり、瓦礫を避ける
 そうして、とんっ、と、空中に「立った」

(……違う。あれ、ワイヤーの上に立ってる?)

 そう、張り巡らせていたワイヤーの上に立っている
 ワイヤー自体が九十九屋の体重に耐えられるのかという疑問はあるが、よくよく見れば九十九屋自身の体にもやや太めのワイヤーが絡みついており、恐らくワイヤーを使って自身を宙吊りにしているような状態なのだろう

「なるほど、ワイヤー使い、と」
「そういう事だね」

 空中から見下ろし、九十九屋は笑う
 …両手はまだポケットの中に入れたまま。隠し玉でもあるのだろうか

 …思考する時間等与えない
 そうとでも言うように、四方八方、建物の影から太いワイヤーが飛んできた
 恐らく、試合開始前に申請を出して仕掛けておいたものなのだろう
 襲いかかるワイヤーを、瑞希はひらひらと避けていく

「それで、あなたはそこで高みの見物?」
「そりゃ、接近されたらヤバそうな相手にわざわざ接近するほどバカでもないしな」

 ッガ、ッガ、ッガ、ッガ、ッガ!!と、九十九屋が操っているのだろうワイヤーが地面へと突き刺さり、辺りを切り裂いていく
 嵐のような猛襲をさばきながら………視界の端にうつった物を、瑞希は見逃しはしなかった
 先程、九十九屋の頭上に落とそうとした瓦礫
 それに、くるくる、くるくるとワイヤーが巻き付いていっていて
 ぐぅんっ、と。全面にワイヤーが巻きつけられた大きな瓦礫が持ち上げられた
 それはそのまま、ごうっ、と轟音を上げて、まるで巨大なハンマーのように瑞希へと叩きつけられた




to be … ?

474狩人と猛獣 ◆MERRY/qJUk:2016/09/25(日) 11:56:27 ID:a8S4B/NE
(危ない危ない……)

ワイヤーに包まれた瓦礫を大きく避けて、瑞希と九十九屋の距離がさらに開く
反射的に手が出そうになったが、今日までの都市伝説との戦闘経験がそれを押しとどめた
突然その場に張られたことといい瓦礫に巻きつく器用な動きといい
ワイヤーが技術ではなく都市伝説によって操作されているのは明白である
下手に接触すればこちらを絡めとるくらいのことはすると考えるべきだ

(これが結なら引っ張り合いに持ち込むんだけど、ワイヤーじゃちょっとね)

瑞希の娘である篠塚結は、契約した都市伝説"機尋"で細い布や縄を自在に操る
しかし九十九屋が操るのはワイヤーだ。細いため掴みにくく切断力がある
義妹にして契約都市伝説の彼女がこの場にいれば物の数ではないだろうが
あいにくと今回は自力のみでの結界武装だ。本職と比べれば強度は数段劣る
ワイヤーには極力触れないよう立ち回るしかない、と瑞希は結論づけた

ワイヤーを避けつつも瑞希は再び壁を蹴り壊して瓦礫を作り出す
そして手頃な大きさのものを掴むと九十九屋に向けて投擲した
両手を使って二個同時。しかし飛来する瓦礫を九十九屋は危なげなく対処する
迎撃するように瓦礫にワイヤーが巻きつき、勢いを殺したうえで放り捨てられた
その様子を確認すると瑞希は再び手近な建物を蹴り壊して瓦礫の山を作る
両手で掴んだのは人の背丈にも届く大きな瓦礫。流れるような動きで
瓦礫を投げると、迫るワイヤーを避けるためすぐにその場から飛び退いた

(これは避けるか。最初と同じね)

流石に重量があるとそう簡単には防げないようだ
その割にはワイヤーが巻きつく動きを見せていたのが気になるが……
少し開きすぎた距離を詰めようと追いかければ、簡単にその答えは出た
先ほど投げた瓦礫がワイヤーに巻き包まれて横合いから殴りかかってくる
地面がひび割れるほど踏み込んで、迫る即席ハンマーの横を高速ですり抜ける
単純に反対方向へ避けなかったのは鈍く光る即席の罠を目の端に捉えたからだ
まったく油断も隙もない。ここまでやりにくい相手は久しぶりである
もっとも、攻め手の尽くを避け続けられている向こうも同じ気持ちかもしれないが

475戦技披露会 狩人と猛獣 ◆MERRY/qJUk:2016/09/25(日) 11:59:37 ID:a8S4B/NE
(とはいえこのままじゃジリ貧よね)

小出しにして時間を稼いでいるが、瑞希が全力を出せる時間はそう長くない
具体的には急速にカロリーを消費していくので長引くと空腹で倒れるのだ
一応申請したうえで懐にチョコレートを忍ばせているものの
多少行動時間を延長したところで事態が好転するということはないだろうし
食べるところを見られればあからさまな持久戦に持ち込まれる可能性もある

(せめて彼の、接近された時の札くらいは切らせたいところだけど)

流石に遠隔攻撃と持久戦で完封されるのは戦う者としての矜持が許さない
目標は至近距離で一撃入れること。そのためには無理をしてでも
相手の意識を逸らして距離を詰め切るための"一拍"を作り出さなければならない
整理しよう。遠距離でこちらが使える手は2つだけ
大きめの瓦礫を投擲すること、そして距離を詰めること。とてもシンプルだ
まずは瓦礫を用意する必要がある。ワイヤーの結界を押しつぶせて
相手が避けることに集中したくなるような大きなものをだ
例えば家屋が丸ごと向かってくれば流石に驚くことだろう
できればそれを連続で行えればより効果的だ。他に投げられそうなものは……

「あ」

思わず声が出る。なんで思いつかなかったのだろうか
周囲にある大質量をぶつけるのであれば、何も横ばかり見る必要はない
  ・
 下から抜き取ってしまえばいいのだ

(なんにせよ仕込みが必要ね。バレないように動けるかしら?)

チラリと九十九屋の表所を伺うが、不敵な笑みを浮かべるばかり
対抗するようにニッと笑ってから強く地面を踏み砕き走り出す
ワイヤーを避けつつ、原型を留めるように家屋の下側を破壊する
巨大な瓦礫を投げつけながら、地面を踏み割り駆け抜ける
たまに物陰でチョコレートを貪ってカロリーを補給しつつ―――準備は整った

「反撃開始といきますか」

口元を拭った瑞希の顔には獰猛な笑みが浮かんでいた
      ケモノ         カリウド  
凶暴な都市伝説が熟練の契約者に牙を剥かんと迫る――――

                                         【続】

476血塗れないなら殴り砕け  ◆nBXmJajMvU:2016/09/25(日) 22:07:29 ID:iB.r0Kgs
 第二回 組織 首塚 その他 合同戦技披露会
 死ぬまで戦うわけではないが、当然のごとく負傷者は出る
 そして、その負傷者を治療する治療班と言うものが当然の如く、存在しているのである
 治療班には「組織」や「首塚」の構成員だけではなく、他組織やらフリーランスの治癒能力持ち契約者も参加していた
 治癒能力を持つ都市伝説契約者は貴重だ
 都市伝説やらそれに類する存在は数多存在すれど、その中で治癒能力を発動できる者は一割にも満たないと言われている
 同じ治癒能力にしても、個々によってどれだけ治癒できるかも変わってくる
 戦技披露会においては、怪我人が出るにしてもただの切り傷打撲だけですまない場合もあるため、様々な状況に対応できるよう、人材が集まっていた

「いやぁ、だとしても。ここまで見事に氷漬けとは」
「芯まで凍ってたらアウトだよな、これ」

 じゅわぁ
 メルセデスによってかっちんこっちんに凍らされた狼少年を解凍する灰人と診療所の「先生」
 灰人は治療系都市伝説ではないものの、「切り裂きジャック」との契約の影響にプラスして診療所の手伝いもしているせいか治療技術はある
 よって、「先生」の助手として治療班に参加していたのだ

 戦技披露会の出場者になるつもりは灰人にはなかった
 未だ、油断すると「切り裂きジャック」として暴走しかねない自分が出場しても、他者の迷惑になるだけだ
 それなら、治療班に回っていた方がいい
 性格的に色々と問題がある「先生」ではあるが、治療技術については本物だ
 契約都市伝説に頼らない治療技術も持っているのが、ありがたい。性格に問題はあるが

「…そう言えば、「先生」。あんたも試合に参加するんじゃなかったのか?」

 予備の包帯を取り出しながら、灰人は「先生」に問うた
 だいぶ解凍されてぷるぷるしている狼少年の治療を続けつつ、「先生」が答える

「正確には、私ではなく私の作品が参加、だね」
「………ちょっと待て。猛烈に嫌な予感がしてきたぞ」
「なぁに、大丈夫大丈夫。自立行動するし、殺さない程度の加減するように設定してあるから」

 …それでも嫌な予感しか無い
 ちょうど手が空いていた事もあり、灰人は試合会場を映し出す画面へと視線を移した


 戦闘のための空間が広がる
 町中を思わせるフィールド………では、ない
 それは荒野を思わせる舞台だった
 少し風を感じるが、突風と言う程ではないため、特に問題はない

「……先生も、またすごいもの作ったわね」

 それを見上げて、優はそう口にした

 でかい
 説明不要と言いたくなる程に、でかい
 それは、土で形作られたゴーレムだ
 ヘブライ語で「胎児、未完成、不完全」を意味する名を持つそれは、「生命なき土くれ」とも呼ばれる
 無機質な材料に生命を吹き込み作られる魔法生物とも言われる
 ユダヤの伝承によるとラビ(律法学者)がカバラの秘術によって作り出すとされており、ユダヤ人を差別や圧政から守るために創造されたと言う
 ……最も、今ではゲームで魔導師が作り出す存在として、広く知られているのだろうが

 戦技披露会に参加した優の対戦相手
 それが、このゴーレムだった
 診療所の「先生」が作ったゴレームだ
 ……あの人は医者として働いてはいるが、元々本業は「創り出す」存在だった。それを思い出す

「まぁ、幸いにして材料は土みたいだし……それなら、いける!」

 っば、と能力で出現させた赤いちゃんちゃんこを羽織る
 「赤いちゃんちゃんこ」としての戦闘能力を引き出し………一気に、ゴーレムへと接近した
 ゴーレムの動きは、とろい。スピードでは圧倒的に優が勝っていた

「どぉんっ!!」

 ごがぁんっ!!と、優の拳がゴーレムの頭を木っ端微塵に粉砕した
 頭を失いながらも、ゴーレムはぶぅんっ、とその太い腕を振り回したが、優は己へと襲いかかったゴーレムの右腕を安々と蹴り崩す
 頭と右腕を失い、ゴレームはふらふらとバランスを崩し

 粉々に砕け散っていたその頭と、腕が。破壊された事によってまき散らかされた土を吸い寄せていきながら、再生していく
 しかも、ただ再生していくだけではない
 この荒野のフィールドの地面の土をも少し削り取っていっており、右腕が先程よりも一回り大きくなっている

「そう簡単には終わらないか……おぉっと!!」

 重力に任せて振り下ろされたゴーレムの腕を、両腕をクロスさせて受け止めた
 ミシミシミシッ、と、地面が重量によってヒビ割れていく

「せぇいっ!!」

477血塗れないなら殴り砕け  ◆nBXmJajMvU:2016/09/25(日) 22:08:12 ID:iB.r0Kgs
 がごしゃぁあああん!!
 受け止めていたゴーレムの腕を、ぽんっ、と弾き飛ばした後、そのままアッパーカットで破壊
 そうしてから、とんとんっ、とゴーレムと距離を取った
 闇雲に破壊していても、辺りの土を使って再生してしまう
 ならば、どうするべきか
 ゴーレムの「弱点」を、知識の中から引っ張り出す

「……確か、特定のワードの頭部分削ればいいのよね。ロレーナさんが言うには」

 そこさえ壊せば良いのなら、どうすれば良いのか
 優は静かに拳を握りしめ、ゴーレムを睨みつけた



「どこだと思う?「אמת」の文字が刻まれているのは」

 モニターから試合の様子を見ながら、遥がそう口にした
 はて、と、龍哉は首を傾げる

「どこなのでしょう?少なくとも、表面上はどこにあるのか、わかりませんね」
「……内部に隠している、のだと思う。ゴーレムの弱点だから」

 珍しくスマホには視線を落とすこと無く、じっとモニターを見つめる晃がそう続けた
 そう、「אמת」の文字はゴーレムの弱点だ

「「אמת」の一文字、「א」を消して「מת」にしてしまえば、ゴーレムは活動が止まるっすからね」

 ゴーレムの体には、「אמת」と刻まれており、それが原動力となる
 しかし、その一文字を削り「מת」(死んだ)にしてしまえば、活動を停止
 ゴーレムは、ただの無機物へと戻るのだ
 つまるところ、攻撃されるとまずい弱点である
 本来の伝承であれば額にその文字が書かれた羊皮紙が張られていると言うが、診療所の先生が作り上げたゴーレムは、ゴーレム本体のどこかに文字を刻んでいるタイプらしい
 すなわち、戦いながら文字を見つけるしかないのだ

「確かに、表面上見えねぇが……なんでだろうな」
「すっげー、嫌な予感を感じるっすね」

 憐の言葉に、遥が頷く
 直斗や神子がこの場にいたら、同じく頷いていた事だろう

 そして、モニターに映し出されているゴーレムは、優の攻撃によってあちらこちらに穴が空いたりしつつ再生を繰り返し

『ーーーー見つけたぁ!!』

 優の声が、モニター越しに響き渡った



 おい
 おい、ちょっと待て

「おい、そこのセクハラの権化。どこに文字刻み込んでいるんだ」
「確かに私はおっぱいと太ももの観察者であるという自覚はあるがセクハラはせんぞ。YESおっぱい、NOタッチだ」

 違う、今言っているのはそういうことじゃない
 とりあえず、後で一発殴ろう、と灰人はそう心に誓った

 モニター越しに見えた、「先生」が作成したゴーレム
 その………人間で言うと、股間の部分。そこに「אמת」の文字が刻まれていたのだ
 セクハラと言いたくなっても悪くないだろう

「場所的に、女性は触りたがらんだろうし、男性は攻撃を躊躇するだろう?」
「ナイスアイディアみたいに言うな」

 確かに、言われてみればその通りなのかもしれない
 かもしれない……………が

「たった今、優がゴーレムの股間の「אמת」の「א」を打ち砕いたぞ」
「おや」

 うん
 優に、そんな事を気にするデリカシーがあるか、と問われれば、「ない」と断言するのが幼馴染である灰人の意見である
 きっと、他の幼馴染組も、全く同じことを考えただろう

 優は、男の急所くらい、平気で攻撃する

 まぁ、どちらにせよ、「先生」は一発殴ろう
 もう一度、そう心に誓いながら、崩れたゴーレムの残骸踏みつけながら勝利のポーズを取る優の姿をモニター越しに眺めたのだった

終われ

478その頃、「首塚」離れ小島にて  ◆nBXmJajMvU:2016/09/25(日) 22:54:44 ID:iB.r0Kgs
「「ごん、お前だったのか。いつもくりをくれたのは。」。ごんは、ぐったりと目をつぶったまま、うなづきました。兵十は、火なわじゅうをばたりと取り落としました。青いけむりが、まだつつ口から細く出ていました…………」

 おしまい、と
 絵本を読み終えてリリカはぱたんっ、と絵本を閉じた
 ……それを合図に、リリカの読み聞かせを聞いていたちみっこ逹の目に、ぶわっ、と涙が浮かぶ

「ごん、かわいそう……」
「かわいそうー……」

 ぴぃいいいいいい、と泣き出してしまった子も出た
 その状況に、リリカはあわわっ、と慌てる

「あ、あれ?ど、どうして!?」
「リリカちゃんの読み聞かせ、上手やったからね」

 あわあわしているリリカの様子に、大男……舘川 無(なし)は苦笑した
 そう、リリカの絵本の読み聞かせがあんまりにも上手だった為、ちみっこ逹が感情移入してしまって泣き出したのだ
 ……読み聞かせに「ごんぎつね」を選んだ時点で、予測しておくべきだった事態かもしれないが

 ぴぇえええええ、と泣いている子供逹を、鴆がそっと撫でる
 そうしながら、リリカと無にしせんを向けた

「勝手元にお菓子と飲み物あるから、子供達の分、持ってきてくれる?」
「あ、は、はい」

 勝手元……つまりは、台所だ
 「首塚」所有の離れ小島に匿われるようになって一年、この館の構造もだいたいは覚えている
 リリカは立ち上がると、無と共に台所へと向かった

「うーん……「忠犬 ハチ公」の絵本の方が良かったでしょうか」
「どちらにせよ、同じ結果になったと思うんやけどもなぁ……にしても、リリカちゃんは犬が好きやね」
「はい!大好きです!!」

 それはもう、と笑うリリカ
 だからこそ、「忠犬ハチ公が渋谷の街を守っている」の都市伝説と契約したようなものだ
 ……そのせいで、大変な目にもあったのだが
 台所で子供逹用のお菓子を取り出しつつ、リリカは一年前の事を思い出し、小さく、震えた

「…結界を張る能力って、貴重なんですね」
「そうやね。都市伝説契約者の中でも結界を張る能力は、治癒系能力者と同等に貴重だと聞いとるよ」

 飲み物と人数分のコップを取り出しながら、無が教えてやる
 リリカは、今まで他の都市伝説契約者とはあまり接触してきていなかったのだ
 学校町の都市伝説発生率と契約者の数が異常なのであって、学校町ではない場所で生活していたリリカにとっては、それが当たり前だったのだろう
 「首塚」に匿われるようになってから、契約者の数に驚いていたのだし

「聞いた話では、「怪奇同盟」の関係者で「座敷童」の契約者の子が、結界に関してエキスパートらしいけど……他にいたかなぁ」
「なるほど……私も、結界能力がなければ襲われなかった………うぅん、でも襲われたけど、結界能力のお陰で助かったし……」
「リリカちゃんは、「狐」の誘いを断って襲われたんやったね」

 そうなんです、とリリカはちょっぴり、ぐでり、とした
 ……アレは、本当に怖かった

「妾の配下になれ、って言われたけど。嫌な予感が拭えなくて断って……その瞬間には以下の人に襲われて、怖かったです」
「栄ちゃんと藤沢君と一緒に、あそこ通りすがらなかったら危なかったなぁ……」

 リリカを保護した時の事を思い出し、しみじみと無はそう呟く
 たまたま、転移系能力者と一緒にあの場を通りすがってよかった
 そうじゃなければ、結界を張る能力があるとはいえ、危なかっただろう

「軽自動車だのバイクだの、びゅんっびゅん突撃してきて……あれ、結界なかったら、死んでたのかな」
「……そうかもなぁ」

 ぞわわわわっ、とリリカは体を震わせた
 できれば忘れたいが、そうそう忘れられる事でもない


 記憶に刻まれたあの顔は、なかなか忘れられない
 あの時の「狐」が使っていた人間の少女の顔と、「狐」の命令によってリリカへの攻撃を開始した、あの契約者の、顔を




to be … ?

479続・九十九屋九十九の戦技披露  ◆nBXmJajMvU:2016/09/26(月) 22:28:46 ID:gEc2WR2g
 相手が慎重に動いている様子に、九十九はふむ、と思考を巡らせた
 ひとまず、高所から相手の動きを観察してはいるが………どうやら相手は地面にヒビを入れ続けているようだ
 一体、何をしようと言うのか

(……まぁ、せっかくだ。利用させてもらうか)

 前もって、この戦闘部隊に仕掛ておいたワイヤーの量はかなりのものである
 ワイヤーの質量で押しつぶせなくもない、とは思うが……

(相手は身体能力強化系に見えるな。皓夜ほどの怪力かどうかまではわからないが)

 どちらにせよ、質量で押しつぶすと言うのもつまらない
 もう少し「遊んで」、相手の能力を観察させてもらおう

 ……いつか、あの女性が。自分達にとって脅威となるかもしれないのだから
 備えておく事に、こしたことはないのだ


 ……カリ……………カリ、カリ、カリ………

「………?」

 今、何か聞こえた?
 瑞希は警戒し、辺りを見回した
 目視できる範囲に、ワイヤーは見えないが

 ……カリ、カリ…………ガリガリッ、ガリ

 本当に、本当に小さな音
 油断していれば聴き逃してしまうような、それほどまでに小さな
 その音を、瑞希は聴き逃しはしなかった
 そして、数多の都市伝説と戦ってきた経験が告げる。「跳べ」、と
 本能からの警告に従い、一足でその場から一気に跳んで移動した

 ほんの一瞬前まで瑞希が立っていたその、足元から
 ガリィッ!!と、何かを削るような音と共に、ワイヤーが飛び出してきた
 瑞希を貫くことに失敗したワイヤーは、また地面の下へと戻っていく

(いつの間に………、まさか、これ、私が作ったヒビを通って?)

 そう、瑞希が自身の作戦の為に割り続けていた地面のヒビ
 ワイヤーは、そこから飛び出してきたのだ
 つくもが瑞希の作戦に気づいたかどうかはまだわからないが、どうやら彼は、瑞希の作り出したヒビを逆に利用しようと考えたらしい
 恐らく、地面を割り続ければ割り続ける程に、そのヒビをワイヤーが這っていき、そこから攻撃してくるのだろう

(聞こえてきていた音は、ワイヤーが地面の中を進んでいる音だったのね)

 微妙にヒビがつながっていなかった箇所は、削るようにして繋いでいたのだろう
 元から拾い九十九の攻撃範囲が、更に広がったということだ

 それでも、瑞希は不敵に笑う
 すでに、こちらの支度は整っている
 …仕掛ける事は、出来る
 ぽんっ、と口の中に一口大のチョコレートを放り込み、もぐもぐっ、と飲み込むと
 仕掛けるべく、動き出した


「………!」

 ごぉおおおおお、と轟音が聞こえた気がした
 投げつけられた、二つの家屋
 …家を投げつける等、非常識極まりない攻撃だ
 この空間だからこそ許される荒業といえるだろう
 だが、このくらいならば、避けられ………

「は?」

 瑞希がとった行動を前に、九十九は思わず、魔の向けた声をあげた
 …思えば、先程の家屋もこちらに投げつけられた訳ではなかった
 ただ、彼女は、烏賊置く二つほぼまるごとを、「上空に放り投げた」のだ
 そしてその直後、地面へと手を突っ込み、地面をまるでちゃぶ台返しでもするかのように、宙へと放り投げてきたのだ
 
「これは、ちょっと洒落にならな……っ!!??」

 ごがががっ!!と
 滞空していた家屋二つが、連続で蹴り出される
 己に巻きつけていたワイヤーを操り、それを避けるべく移動した
 あれは、流石にワイヤーで受け止めきれる質量ではない
 家屋を避けながらも、更にこちらへと向かう攻撃を補足する
 先程ちゃぶ台返しされた地面が、そのまま突っ込んできているのだ

480続・九十九屋九十九の戦技披露  ◆nBXmJajMvU:2016/09/26(月) 22:30:31 ID:gEc2WR2g
 ……不意打ち用に隠していたワイヤーも使ってしまうが、仕方ない

 ぎゅるるるっ、と、ワイヤーがあちらこちらの地面から、建物から、一気に飛び出す
 そしてそれらは、まとめて、九十九に向かってきている地面だった物へと巻き付いて
 ギャリギャリギャリギャリギャリ、と耳障りな音を立て………地面だったその塊は、バラバラになった
 これであれば、ワイヤーでじゅうぶんに防ぐことが出来る

「……なるほど」

 ふと、口を出たこの言葉
 果たして、どちらが発したものか

 恐らく、地面を「抱えて」突進してきていたのだろう
 破壊したそれの向こう側から、瑞希が飛び出してきた


 危なかった
 大きな塊は避けていたから受け止めきれないのだろう、とは思っていた
 ……が、「破壊できないとは言っていない」と言うやつだったのか
 嫌な予感を感じて、とっさに少しだけ後ろに引いてよかった

 どちらにせよ、接近は出来た
 すぅ、と息を吸い込んで

「            !!!!」

 肺に蓄えた空気を、口を通して一気に外へと撃ち出した
 モニター越しに見ている人逹にも結構な大音量として聞こえたかもしれないが、仕方ない。ちょっと我慢してもらおう

 大音量による一喝
 至近距離でのそれに、さしもの九十九もポケットに突っ込んでいた両手を出して耳をふさいだ
 多分、鼓膜は破れてない………だろう、多分、きっと、恐らく
 万が一破れていても、治療班の人が頑張ってくれると信じるまで

 本命につながるための。「一泊」が生まれた
 そのまま、攻撃の体勢へと入る

「ハリネズミは、好きか?」

 ……ふと、耳をふさいだままの九十九がそう呟いた

 気づく。九十九がポケットから手を出したことで、辺りにばらまかれたものに
 きらきらと、宙に投げ出された、無数の針
 いや、これは針ではない
 正確にはこれも「ワイヤー」だ。先端を尖らせ、短く切った
 重力に従い、地面へと落ちていこうとしていたその無数の短いワイヤーは、九十九の、未だ不明の契約都市伝説の能力によって操られて

 四方八方から、一斉に、瑞希に向かって発射された






to be … ?

481戦技披露会 ワイヤー使いと超人の決着 ◆MERRY/qJUk:2016/09/27(火) 01:17:04 ID:GFDdkfjU
辺りにばらまかれたのは、無数の針状に加工されたワイヤー
それが四方八方から、一斉に、自分に向かって発射された

――――それがどうした?

迷わず脚に力を込めて空を蹴る。"超人"の脚力がそれを可能にしている
射出された針の雨と九十九屋に向かって進む体が衝突する
主に体の前面が針に覆われたようになるが、大した問題ではない
どころか運のいいことに両目とも無事だ。左耳はちょっとちぎれたようだが
肉薄したところで九十九屋の服から不意打ちのようにワイヤーが飛び出した
まだ接近用の札があったようだ。さらに体にワイヤーが突き刺さる。だが、

「届いた……!」

九十九屋の右肩を瑞希の左手が掴む。即座にワイヤーが出てきて
左手をズタズタに切り裂いていくが、肩の骨がビキッと音を鳴らすほど
強く掴んだ左手はそう簡単には外れない。というか外さない
"超人"篠塚瑞希は満身創痍だった。土埃に塗れ、無数の針が突き刺さり
左耳は欠け、ワイヤーに巻きつかれ、体力は残り少なかった
しかし彼女は知っていた。どれだけ周囲に被害が及ぼうが
ここは他に人もいない仮初の空間であって大したことにはならない
どれだけ怪我をしてしまおうが治療だって受けられる
ましてや彼女は"超人"である。そもそもこの程度の傷、時間があれば治る
そうした取り返しのつく諸々を使い尽くして得ることができた
現在の彼女と九十九屋の距離は――――紛れもなく、彼女の間合いであった

ワイヤーに邪魔されつつも大きく振りかぶられた右腕を見て
笑みが引きつった九十九屋九十九が何かを言おうとして口を開く

482戦技披露会 ワイヤー使いと超人の決着 ◆MERRY/qJUk:2016/09/27(火) 01:17:52 ID:GFDdkfjU
しかし

「引き分けね。いい勝負だったわ」

少し遅かったようだ
掴まれて逃げ場のない九十九屋の鎖骨付近に瑞希の右拳が叩き込まれ
痛みゆえか衝撃で揺さぶられたか、九十九屋の意識は闇に沈んでいった
九十九屋の意識が無くなったということは、あれほど手ごわかったワイヤーが
一時的に制御を失うということでもある。つまり二人は落下を始めた

「あー……私が下になるべきよね」

実のところもう少し強めに殴るつもりだったのだが
カロリー切れで最後の一撃はちょっと弱まってしまっていた
つまり空を蹴って落下を和らげるとかはできないので
せめて頑丈な瑞希が下になっておけば多少彼へのダメージは軽減されるだろう
チラッと九十九屋を見るが、フリではなく完全に気絶しているようだ
とはいえ死なないようにギリギリ手加減したのが弱まった一撃
おまけにワイヤーの仕込まれたセーターだ。防御力は多少あるはず
せいぜい鎖骨にヒビが入ったかちょっと折れたくらいだろう
治療を受ければすぐに健康体になれると思う。まあ推測でしかないが
そんなことを瑞希が考えているうちに瓦礫の山に落下した二人
ところがモニターに映る二人はまるで動く様子を見せなかった

「…………お腹が減って動けない。助けて」

フリーの契約者「九十九屋九十九」 VS 怪奇同盟所属「篠塚瑞希」
二人の戦技披露は両者行動不能で幕を閉じたのであった

                          【治療風景に続く】

483治療の時間  ◆nBXmJajMvU:2016/09/27(火) 15:55:36 ID:ERoBzTWI
 さーて、と言うように、その「先生」は瑞希の負傷具合を見つめ、こう結論づけた

「治療してもらえる事わかっていたからと言って、人妻がここまで怪我を顧みないのはどうかな、って思わなくもない」
「それって、人妻関係あるの?あと、お腹減って本当動けないので何かください」
「おおいに関係ある………我が助手よ、こちらのご婦人の為に何か食べ物持ってきてくれ。確か、「夢の国」が屋台出していたと思うから、そこから。間違っても……」
「わかってる。間違っても死人の屋台で買ってはこない」

 衛生上問題ありまくりだろ、等と言いながら灰人が治療室を後にした
 先程の篠塚 瑞希と九十九屋 九十九の対戦は引き分けで終わった
 が、怪我の具合から言えば、明らかに瑞希の方が重傷だ
 あちらこちらにワイヤーによる刺し傷切り傷。ついでに言えば地面に落下した時の全身打撲
 左耳はちぎれているし、しかも、ワイヤーの弾丸は刺さりっぱなしである
 ワイヤーの弾丸は深く刺さってしまっているものは、そう簡単に抜けるような状態ではなくなってしまっている為、仕方ない部分もあるが

 まずは突き刺さったままのワイヤーを外さなければ、と「先生」が考えていると……ぱたぱたと、治療室に近づいてくる足音
 その足音から誰が来たのか感じ取ったのか、「先生」は扉が開くと同時に告げる

「すまんが、こちらのご婦人の治療を頼めるかな?我が助手の従兄弟よ」
「わかってるっす、その為に来たんすから」

 治療室に飛び込んできたのは、見学者席で試合を見ていたはずの荒神 憐だ
 試合の結果から、重傷者が出たことがわかって急いでやってきたらしい

「うむ、頼む………っと、その前に。人妻の上に乗っかるというある意味役得だったそちらの青年、もう意識はあるね?」
「役得も何もないと思うが、意識ならある。どうかしたか?」

 ぱちり、と
 負傷者用の寝台に寝かせられていた九十九が、目を開いた
 どうやら、試合が終わって少しして意識が戻っていたらしい
 起き上がるのはまだ億劫なようで、首だけ動かして「先生」を見る

「今、君が問題なく能力を使える状態なのであれば、こちらのご婦人に突き刺さったままのワイヤー、全部一気に抜いて欲しいのであるが、できるかな?」
「………出来るが、その瞬間に出血が始まるぞ」
「構わん。我が助手の従兄弟な少年よ。ワイヤーが抜けたらすぐに治癒出来るね?」
「はぁい、出来るっすよ」

 寝台に寝転がったまま動けません状態の瑞希に憐は近づいていき、す、と手をかざした
 その様子を見て、九十九が能力を発動する
 瑞希に突き刺さったままだった針のようなワイヤーが、一気に全て、抜ける

484治療の時間  ◆nBXmJajMvU:2016/09/27(火) 15:56:50 ID:ERoBzTWI
 血が流れで始めるよりも先に、憐が治癒を開始した
 ばさりっ、と憐の背中に光り輝く天使の六枚翼が出現し、瑞希にかざした手のひらからぽぅ、と淡く白い光が溢れ出す
 暖かな光が注ぎ、瑞希の傷が治癒されていく
 全身の刺突による傷を、ワイヤーで切り裂かれた傷を、落下時の全身打撲を
 ……そして、千切れた左耳まで、治癒によって再生していく

「うむ。やはり「ラファエル」の本気の治癒はすごいな」

 憐のその治癒の腕前を見つめながら、「先生」はしみじみとそう口にした
 彼もまた人ならざる力によって他者を治癒する事ができるが、それは薬等を使っての治癒である
 憐のように、直接癒やすのとはまた違うのだ

「俺っちは、まだまだっす。腕一本再生しろー、とか言われたらすげー時間かかるんで」
「最終的に再生させられるんなら、十分にすごくない?」

 痛みが消えた自身の体の様子に少し驚きながら瑞希がそう問うたが、憐は首を左右にふる

「俺っち自身がまだまだ未熟なせいで、「ラファエル」の力なら歩Bらい治せるはずの傷を治療できない、とかもよくあるんで。もっと、力使いこなせるようにならないと」

 へらり、と笑いながらそう答える
 謙遜している、と言う様子でもなく、心からそう考えているように

「……………君は。自分の力を、少し重たく受け止めすぎだと思うがねぇ」

 ぽそり、と、「先生」が口にしたその言葉が、憐に届いていたかどうかは、わからない




 ……なるほど、これはすごい
 九十九は素直にそう感心していた
 こちらには治癒の力は向けていなかったのだと思う
 だが、治癒の力の余波なのだろうか。あの六枚翼が展開されると同時に辺りに飛び散り、その羽根が届いていた九十九の体のまた、治癒されていたのだ
 よくてヒビが入っていたはずの鎖骨の辺りの痛みが、完全に消えている

(貴重な治癒能力者、しかも能力も高い………「聞いていた通り」だ)

 その、高校生にしては少し小柄な憐の姿を、九十九ははっきりと記憶したのだった






to be … ?

485戦技披露会 幕間:2016/09/27(火) 20:58:14 ID:wJnpkwQ2
第二回合同戦技披露会の会場にマイク越しの音声が響き渡る。
「決着!決着です!!九十九屋九十九VS篠塚瑞希!!
 結末は両者起き上がれずドロー!!」
「二人共医務室に運ばれていくな、舞台の修復も始まった」
「この辺自動化されてるから良いわよねー、さぁここまでで三試合どれもコレもドハデな試合だった訳ですが!!」
「派手と言うか被害が尋常じゃないな・・・」

スピーカーを通して響く声は実況籍の神子と直斗の物、契約者と都市伝説犇くこの会場では貴重な一般人となる。
実況とはいう物の実際の所実況しようにも参加者の動きが激しく追いつかない為、試合と試合の間の間を持たせるのが主な仕事になっているが。

「あのクラスの契約者同士がぶつかるとそうもなるわねー、それを隠蔽してる組織の苦労が察せられるわ・・・・・・しっかし、これまでの勝者を見るとメルセデス司祭に優に第三試合に関してはドローだけど・・・組織が一寸情けないぞー!」
「組織と首塚がメインだが、確かに今のところ組織と首塚がそれほど目立ってない」


「フフフ、言われてるわよ、大樹さん」
「いや、それよりもですね・・・」
会場の一角、限られた人間しか近づかないVIPルームの傍に敷かれているブルーシート。
その上には弁当の類が広げられ、一組の男女が座っていた。
いや、座っていたと言うよりも正確には・・・
「そろそろ退いてもらえないでしょうか?」
「嫌よ」
ブルーシートに座っていた大門大樹を逃がさぬ様にと、その膝の上に大門望が陣取っている状態だ。
「一応仕事中なのですが・・・」
「奇遇ね、私もよ・・・・・・ハイ、大樹さん、アーン」
大樹の膝に納まりながらも器用に弁当箱から中身を大樹の口へと運んでいく。
「・・・あーん・・・・・・こんな事してて良いんでしょうか」
「良いのよ、ってかコレも仕事の内よ」
「と、言いますと?」
「各組織の交流の場を設け友好を深め、いざと言う時の連携を密にしつつ、お互いの戦力を披露し、己が勢力を誇示、更には後進に先達の力を見せる・・・と言うのが表向き」
甘える様な素振りで大樹の胸に頬を寄せる望・・・端から見れば子供がじゃれてる様にしか見えないがコレで30超えてるのだから質が悪い。
「・・・表向きと言うのは?」
「こういう場に参加するフリーランスは興味本位の輩も多いでしょうけど、選手として参加しているとなると話は別・・・己の力の誇示か、腕試しか、それとも別の目的か・・・好戦的な奴等よね、そういうのでこちらが見落としていた存在を認識するいい機会だわ」
「我々が見落としていたフリーランスの脅威を表に出すと?」
「在処の発案よ、最近狐だとか影とか世間が騒がしくなってきているから、ここで活躍したフリーランスで、組織が把握してなかった奴が居れば、そいつはかなり怪しいって事にならない?」
「成る程」
「あの子なりに子供達の危険の目を少しでも摘みたかったんでしょうね
 だから大樹さんはここで私を甘やかしつつ試合を観戦するべきだわ」
「あの・・・・・・見回りや情報収集を行いながら観戦と言うのは・・・」
「別に良いけどその代わり私が欲求不満で夜が凄いわよ?
「・・・・・・・・・次の試合が始まるようですね」


「ここらで一寸良い所見てみたい!そんな訳で次の試合は組織からこの人!!」
神子の言葉と共に舞台に現れたのは黒いスーツ姿の女性
「C-No.所属の契約者!影守美亜!!」
「続けてもう一人はフリーランスだ」
直斗の言葉と同時に少年が飛び込む。
「・・・新島愛人!!」
「コレより、第四試合開始!!」

続く

486死を従えし少女・寄り道「合同戦技会」 ◆12zUSOBYLQ:2016/09/27(火) 22:12:18 ID:Yn20xX1.
「黄。ここで何をしてるの?」
 嫌悪感も露わに声を掛けてきたのは藍。
 ここは南区の廃工場。「凍り付いた碧」のアジト。
「お前たちは知らなくていい」
 黄はそれだけ答えると、また黙々と作業に戻る。
 先日接触した、「あの御方」の配下の者たち。初めて会った、志を同じくする者…悪くはない。
(これぐらいでいいか)
 廃工場だけに、金属類には事欠かない。ワイヤーだけは近くの別の廃工場から調達してきたが、鉄やニッケル製の物品は、工場内のものでほぼ賄えた。
「なになに?」
「黄じゃない。藍の部屋で何してるの」
「鉄材に、金属塊…こんなものを人の部屋に運び込んで、何してるんだ」
「いずれ知ることになる。今はまだいい」
 その時にはもう手遅れだがな。黄は藍たちに気取られぬようにほくそ笑んだ。
「お前等こそ、いつも飽きずにつるんで、今日は何処へ行くんだ」
 黄が皮肉めいた笑いを向けると、キラは黄の目の前に一片の紙片を差し出した。
「合同戦技会…なんだこれは」
 訝しげな様子の黄に、キラが薄い胸を反らして答える。
「だれでも参加できるんだってさ。一応トモダチいないあんたにも教えてあげるわよ」
「あいにく俺は興味ない」
「そう?じゃあ」
 澪の一言を残して、一行はアジトから出て行った。
「…ふん」

 ところはかわって戦技会会場。
「慶次さん」
「なんだ、ο(オウ)-Noのところのガキ共か」
「強硬派」と「穏健派」凡そ相容れない者同士の会話など、いい雰囲気になりそうもない。こういう場を取りなすのが得意なのは真降だ。
「チビ達が出るって言い出して。僕たちはお目付役兼手合わせ役です」
「ってことは…」
「ええ。次の試合は僕と澪ちゃんです」
「ふーん」
 慶次はま、がんばれやとだけ答えて、眼前の試合に集中している。
「それじゃ、僕たちはこれで」

 慶次から離れた轟九と真降は、互いに目線を交わした後、慶次に視線を戻した。
 …正確には、慶次を冷たく見つめる、彼の担当黒服に。
「…兄さん」
「…ああ、相当ヤバいな、あれ」





487はないちもんめ:2016/09/27(火) 23:25:55 ID:wJnpkwQ2
「コレより、第四試合開始!!」

実況席から流れた試合開始の一言。
その言葉が終わるが早いか、新島愛人の両腕が飛んだ。

「!?」

驚愕に見開かれた目が、僅かに後方を確認し、見えたのは背後の建物に包丁で縫いつかれた自信の両腕、そして・・・

「遅い」

両腕を落とすのとほぼ同時に自身の背後に移っていた、影守美亜の足が、腹に叩き込まれるのとほぼ同時に両の足が自身から切り落とされる瞬間だった。

『ま・・・まなとぉぉぉぉぉ!?』
『見えなかったな・・・』
『え!?ちょッえぇ!?龍哉!居るよね?!一寸こっち来て解説ー!!』

実況席が酷く混乱している様子が聞こえてくるが無視して良いだろう。
そう結論付けて切り落とした足を踏みつける。
コレで両腕と両足を取った、胴体は蹴った際に勢いをつけ過ぎて前方の建物に激突、そのまま瓦礫の下敷きに。

「戻れ」

突き刺した手足の返り血を浴びた12本の包丁が自身の周囲を囲むように浮遊する。
内の4本は刃渡りが凡そ70センチ程、ここまで来ると刀にしか見えないがマグロの解体等で使われる立派な包丁である。

「これで、私の勝ちで良いよね?」
「流石にそれは困るかな」
「・・・何?都市伝説発動する前に斬っても駄目なわけ?」

愛人を沈めた瓦礫の下から火柱が噴出し徐々に人の形へと整っていく。

「行き成り四肢切断とは品がないな」
「手足切られたなら大人しく死んでろよ」

愛人を中心に周囲に炎が燃え移る。
美亜の周囲を刃物が12、24、48、96、192とその本数を膨れ上がらせ愛人へと打ち出されるがその全てが炎と化した愛人の身体をすり抜けていく。

「炎を斬れると思っているならお笑い種だ!!」

愛人の体から放たれた炎は意思を持つかの様に美亜を囲み

「その程度!!」
「まだあるのかよ!?」

美亜を中心に追加で展開された包丁が250本
その全てを無作為に射出し炎を掻き揺らし、その一瞬を突いて飛び出す。

「次!!」

更に追加で200本程を展開。
宙に浮いている包丁を足場に上へ上へと高度を上げていく。

「空に逃げる気か」
「いやだって、アンタ能力的に下は危険域だからさ・・・」

新島愛人の都市伝説ファイアドレイク、ドラゴンの一種とされその体は炎でできていたと言う。

「ま、確かに炎さえあれば俺は無敵だ」
「その炎を自前で用意できるから質が悪い・・・」

最早地上は火の海で、言い換えるならその燃え盛っている火全てが新島愛人だ。

「さぁ、俺を攻略できるか?影守サン?」
「正直詰みに近いけどさ・・・ま、奥の手はあるし足掻くよ」

フィールドに散らばってた刃物が美亜の元へと集まっていき、更に虚空から後続の包丁が排出される。

「おいおいおいおい、いくつ溜め込んでやがった・・・」
「父さんにも見せた事のない、これが私の限界一杯・・・4000本!!」

4000の包丁が空を覆い・・・

「土台ごと刻み潰す!!」
「全て焼きつくす!!」

まるで天井が落ちていくかのように同時に地に向かって放たれた包丁と、フィールド全体から湧き上がった火柱がぶつかり合った。

続く

488治療室にて  ◆nBXmJajMvU:2016/09/28(水) 00:10:38 ID:Y86M2Qfs
「はい、お呼ばれしたのでお邪魔させていただきます」
「うん、ごめんね、龍哉。私達じゃちょっと見えないからさ……」
「確かに、美亜さんは素晴らしいスピードですね」
「すごくのんびりしたテンポで言ってくれてるけど見えてるのね、やっぱり」

 ややぽわん、とした様子で勝負の様子を見ている龍哉
 が、愛人と美亜、二人の戦闘を一瞬たりとも見逃している様子はない
 生まれついての才能と今までの戦闘経験によって培われた動体視力なのだろう

「愛人の奴も無茶するよな。まぁいつものことだが」
「はい、ですが。その件について、治療室にいる「先生」から連絡が。憐さんが泣きそうになっているそうで」
「……愛人ー、後で遥に睨まれる覚悟しとけー」

 愛人の実力はわかっているつもりだ
 あの程度で怯むはずがないということもわかっている
 …それでも、あの優しい幼馴染は泣きそうになっているのだろう
 直斗はその事実を理解する
 ちゃらちゃらとした軽い調子の仮面をいくら被ろうとも、その根っこが変わることはない

 ……ずっと知っている
 だからこそ、その危険性も、よくわかっているつもりなのだ



 あぅあぅあぅ、と画面に映し出される戦いにおろおろしている憐
 瑞希の治療が終わっても、また大怪我する人がいるかもしれないから、と言って治療室に残っていたのだ
 愛人の契約都市伝説の能力の性質上、腕や足がもげようともどうと言うことはない、と言うことは憐もわかっているはずだ
 そうだとしても、幼い頃から見知っている相手が傷つく事を悲しんでいる

(こういうところを見ていると、本当、戦闘には不向きな子なのだがねぇ)

 それでも、いざ戦闘となれば母から借りている「シェキナーの弓」で容赦なく敵対者を撃ち抜けるのが憐だ
 心を痛めていない訳ではないのだろうが、それを押し殺して戦える
 遥や、「教会」のあの異端審問官は憐の優しい面を思い、なるべく戦わせないように動くらしいが……

(あの凍れる悪魔の御仁は、それを「馬鹿げている」とでも言うのだろうね)

 さて、今のうちに次の治療の準備をするとしよう
 瑞希に渡すための食事を買いに行った灰人も、そろそろ戻ってくるだろうし
 愛人と美亜の怪我の具合によっては、憐にだけ任せるのではなく、自分も働かなければならない
 微妙にスプラッタ感あふれるその戦いを、特に怯えた様子もなく驚いた様子もなく眺めながら、「先生」はどこまでもマイペースだった


 だから、気づいていたとしても気づいていなかったとしても、何も言わない
 泣き出しそうな顔で試合の様子を見ている憐を、さり気なく観察している者がいた、その事実に




to be … ?

489 ◆HdHJ3cJJ7Q:2016/09/29(木) 15:18:49 ID:.mVjXOQE

昼と夜とが入れ変わり、そして混じり合う逢魔時。
夕焼けによって赤く染められる風景。
影は濃くなり、内に含まれるものを覆い隠していく。


「都市伝説……いや、契約者ですね」
「こんばんは。今日は夕焼けが綺麗だね」

半透明の女性、誰が見ても幽霊と判断するであろう存在に声をかけられ、
しかし詠子は楽しそうな微笑みを浮かべたまま、まるでご近所に挨拶する調子で応えた。

「都市伝説は、全て排除しなければ」
「えーそうなんだ。わたしはみんな仲良くしてほしいと思ってるから、それは困っちゃうな?」

女性が腕を詠子へ向けて突き出す。
腕の先からは放電が始まり、それと共に殺気が膨れ上がっていく。
それを感じていないのか、もしくは気にしていないのか、詠子の微笑みを浮かべたまま変わらぬ調子で問いかける。

「ふふっ、じゃあ、わたしとちょっと遊ぼっか?」
「都市伝説の戯れでどれ程の犠牲が出たことか……!」

詠子は後ろへ跳んで、雷撃の発射直前に同じ姿形の4人に分裂したが、1人は直撃して消滅した。
3人はそれぞれ距離を取り、左右に散った2人は女性の上空へ向けて投石する。
ちょうど石が女性の真上に差し掛かった時、それらは真下へと進路を変えて高速で落下し始めた。
しかし石は女性の身体をすり抜けて地面と衝突し粉々に砕け散り、女性には傷ひとつ与えられていない。

「やっぱり透けちゃうね。ならこれはどうだろう?」

詠子はバッグから取り出した光線銃の引き金を数度引いた。
幾つもの光線が女性に向けて放たれるも、接触した瞬間に光線は消滅し、投石と同じく何の効果もなかった。

「光線銃……組織の黒服ですか。都市伝説の管理などする前に全て消し去ればよいです」
「あれ、もしかして吸収してるの?」
「ねえ、どうしようか」
「”トビオリさんっ”」
「これ幽霊にも効いたっけ」

女性が周囲に目を向けた時、いつの間にか詠子の数は10人以上に増えていた。
相談したり、移動し続けたり、逢魔時の影の相手をしたり、それらの中で目に止まったのは、目を瞑り大きくジャンプしている個体だった。
タンッと地面を強く踏む音が響き、その余韻が消え去る前に女性は反射的に複数の雷撃を飛ばし、数人をまとめて消し飛ばした。
音が響いた瞬間に、その個体が一番危険だと感じたからだ。

「”トビオリさん”」
「あ、弾切れちゃった」
「”トビオリさっん”」
「”トビオリさんっ”」
「羽虫のようにわらわらと、切りがない……!」

しかしいくら消しても詠子の数は減らない。
消えた分だけ分裂したり、物陰から現れたりして増えているからだ。
さらに攻撃や撹乱、何もせず空を見上げていたりとバラバラに動き、それぞれのタイミングでジャンプを繰り返す。
撃ち漏らした個体の着地音が、周りの音に紛れてしまう小さな音にも関わらず、女性まで響いてくる。

そして3回目の着地音が響いたとき、いきなり視線の高さが下がった、と女性は感じた。
女性が自身を確認すると、幽体である自分の足が圧縮されたかのように潰されているのを認識したが、それでも雷撃は止めることはしなかった。

「あっすごいね、半分潰すくらいしたつもりだったんだけど、あなた強いのね。でもこれで終わりかな」

詠子が視線を上げたのに釣られ女性がそちらに目をやると、キラリと光るものが見えた。
その形は銃弾、その色は銀色で、紛れもなく退魔の力を持った銀の銃弾だった。
真上から身体を貫かれ、女性は苦しみの表情を浮かべたまま、ふっと姿を消した。

「消滅……逃げた、のかな?」

女性の消えた場所まで歩いて行き、周囲を見回すが、気配は感じられない。
その場でしゃがんで地面にめり込んだ銃弾を確認する。

「あ、これもう退魔の力使いきっちゃってる。うーん、光線銃も調子悪いから組織寄って行こうかなぁ」

詠子は、前に連絡を取ったのはいつだったかな、と思い出しながら、電話で組織に連絡し事後処理の連絡を入れた。

続かない

490はないちもんめ:2016/09/29(木) 22:14:52 ID:UeA078dM
もともと不利な試合という事は承知している。
物理攻撃しか使えない自分と、物理無効の新島愛人。
部の悪い賭けなのはわかっていたから野鎌達は今回連れてきていなかった。
が…

「ここまで!?」
「抜いた!」

ぶつかり合った包丁と炎、しかし炎の勢いは止まず壁を抜いて正確に自身へ向かってくる。
咄嗟に体を振って避けた…と思ったが

「クソ…」
「まずは一本、さっきのお返しだな」

左腕の肩から先が無い。
気の遠くなる様な痛みが逆に意識を失う事を許してくれない。

『腕が!腕が!?』
『消し炭ですね』

実況の声で大体の状況はわかる。

「全力だったんだけどな…」
「相性が悪かったな、にしても追い詰められてる割には顔が笑ってる様に見えるが」

当然じゃないか

「このままじゃ死んじゃうよね、私」
「早めに治療しないと危険だな」
「でも、負けるのヤだからまだ続けたいんだよね」
「なら、その意思が取れるまで焼き尽くす」
「なら、焼き尽くされる前にアンタ倒さないとね」
「できるか?」

愛人から放たれた炎が今度は右腕を焼いた。

「これで二本」

痛い痛い痛い、ホント痛い。
しかも腕が無くなったからバランスも取りづらい。
父さん怒ってるかなぁ…母さんは確か見に来ては無いはず無いよね?無いと言って、こんな姿見られたら何言われるか…

「追い詰められてるなぁ、私」
「まだ折れないのか?」
「トーゼン」

だってさ

「こんなに楽しくなってきたのに?」
「……」
「このままじゃ、負ける、負けて運が悪けりゃ死ぬ、助けは期待できない、てかいらない、私1人で何とかしたい、ほら、今私こんなに試されてる、これで終わりか?お前はどこまでやれるんだ?まだやれる事はあるんじゃないか?って、勝つも負けるも生きるも死ぬも私次第」

こんなに楽しい事あるか。

「そういうのは勝ち目がある時だけだろ?あんたの攻撃は俺には届かないぞ?」
「そーだね」

一応、新島愛人の能力に攻撃を通せる契約者は結構いる。
実際3年前、望さんははないちもんめでこいつを縛ったし、翼さんの能力でこいつは本体を直接焼かれた、そうでなくとも例えば炎熱を無力化する獄門寺在処、水を操る獄門寺龍一、父さんのかごめかごめなら炎化してても本体の首を切り落とすだろう。

「けどさ、私の目指してる所に行くならこれくらい乗り越えなきゃさ」
「何?」

さぁ、勝負だ、勝つか負けるかは多分五分五分。

「はぁ!」

生き残っていた包丁で地面を突き刺し土を跳ね上げ瓦礫を砕き砂埃を上げる。

「目潰しのつもり…!?」

放たれた炎が私の足を貫くがそれよりも包丁が円陣を組んで私を囲う方が早かった。
父さんにも誰にも見せた事のない本当の切り札、行くよ…

「かごめかごめ」

491はないちもんめ:2016/09/29(木) 22:15:34 ID:UeA078dM
騒めく観客席、会場は影守美亜が起こした砂煙で何も見えない。

『ちょっとちょっと何も見えないんだけど!カメラさん音声も拾えないの!?』
『無茶言うな!』
『………あっ』
『こんどはなに!?』

龍哉の上げた驚きの声に会場に目をやると煙から何かが勢いよく放り出され…

『おい、アレは…』
『愛人……愛人!?』

地面に落ちて転がる愛人。
そして煙の向こうから現れたのは…

『影守美亜!』
『あ、腕治ってる』
『………神子さん、愛人、あれ意識完全に飛んでます』
『えっ?マジで?んーじゃあ勝者影守美亜ー!!ちょっと影守さん!観客席に見えない状態で決着とか勘弁してくださいよ!!』

医務室に運ばれる愛人とキューピーに引きずられていく美亜。
何も見えなかった件で観客に謝罪する神子と直斗。
それらを尻目に龍哉は先ほどの光景を思い返す。

煙の中でぶつかり合った何か、愛人と美亜だとしか思えない。
しかし

(あれは、人間だったのでしょうか…?)

僅かに捉えた輪郭。
それには…

(翼に尾があった)

疑問は尽きない、しかし隣を見れば神子達は次の試合の準備に移っている。

(今は飲み込んでおくべきですか)

龍哉は疑問を口にする事なく、意識を次の試合へと切り替えた。

続く

492治療室にてりたーん  ◆nBXmJajMvU:2016/09/29(木) 23:02:01 ID:hrQ3f5G6
 はらはらと、輝く羽根が舞い散る
 それは、この治療室全体を覆うかのように………

「えーっと、腹パン?腹パンだけっすよね?腕とかまたうっかりぼろっとちぎれた状態にはならないっすよね?」
「OK、落ち着こうか、少年。とりあえずダメージは腹パンだけっぽいから治療もそこだけでいいと思うよ。だからその天使の翼しまおう?私の仕事無くなりそうなレベルで治療室に治癒の力ばらまかれまくってるよ?後で倒れるからやめよう?」

 えぅえぅと、泣きそうになりながら憐が愛人の治療を行っている
 モニター越しに戦闘の様子を見ていたとはいえ……と言うよりも、見ていたからこそ余計にこの有様なのだろう
 決着の瞬間がよく見えなかった
 そのせいで、愛人が見た目はせいぜい腹パンされた程度の怪我に見えるが、内部はボロボロなんじゃないかとか心配してしまっているのだ

「美亜さん、本当にほんっとうに、腹パンだけっすよね?実は内臓ドログチャぁになってるとか、ないっすよね?」
「うん、大丈夫。大丈夫だから、泣きそうな顔で言わないで。なんか後が怖い」
「……なら、いい……いや、腕やら脚やらずばずば切ってた時点であまりよくねーっすけど………とりあえず、美亜さんの怪我も愛人の怪我治療し終わったら治療しますね。美緒 さんに、美亜さんの戦いっぷりはお知らせ済っすから」
「私は、疲れ切ってるだけだから治療はいらな……」

 …………………

 Why?

「待って、さっきなんて」
「え?腕やら脚やらずばずば切ってた時点であまりよくねーっすけど…って」
「そこじゃなくて!最後!」
「美緒 さんに、美亜さんの戦いっぷりはお知らせ済っすから……ってところっす?」

 あぁああああああ、と言う心境に陥る美亜
 いつの間に、本当にいつの間に!?

「あえて言うなら、私が少年に頼まれて試合の様子をフルスペックハイビジョンな感じで君の母君へと動画でLIVE中継しておいた!母親として、娘の様子は心配だろうしね!!」
「ちょっとぉおおおおお!?」
「ちなみに、つい先程、父君の方にも動画で試合の様子は送りつけたから安心したまえ!!」

 良い笑顔で親指たててくる「先生」
 いや、安心できない、と美亜は頭を抱えるしか無い

「いや、泣きそうな顔の少年にお願いされると私も弱くてねぇ、後が怖い意味で」

 等と呑気に笑いながら、「先生」はこれっぽっちも悪く思ってない様子で言い切った
 跡でお覚えていろ、と恨みがましく睨みつけた

「あ、ちなみに服ボッロボロでちと再生は難しいね。予備の服としてナース服とバニーガールスーツとメイド服g」

 ずごすっ!!
 あ、戻ってきた灰人に背後から蹴り倒された
 めきゃっ、とちょっと背中を踏まれている先生から視線を外しつつ、美亜は治療室のベッドの中に潜り込んだのだった


終われ

493溶け融ける  ◆nBXmJajMvU:2016/09/30(金) 21:48:12 ID:mbX0Ww2E
 愛人と美亜の試合が終わって、次の試合までの休憩時間の事
 二人の試合開始前にその姿を見つけていた晃は、とことこ、と近づいていった
 そうして、くっくっ、真降の服の袖を引っ張った

「え?……あぁ、晃君ですか。こんにちは」
「……こんにちは。真降君も、試合を見に?」
「はい。まぁ、出場するチビ逹のお目付役兼手合わせ役かねてですが……そちらは」
「………試合、見に来た。優は出るけど、自分含めてみんなは、出ない」

 試合に出ないのだから、神子の手伝いで実況の方に……とも、ちょっと考えていたのだが
 そもそも、自分ではうまくしゃべれないから無理だろう、と晃は実況係は辞退していた
 TRPGでGMをやっている際はすらすらと喋る事ができても、それ以外では少し、喋るのは苦手だ
 ………TRPGやる時のように、誰かになりきっていれば実況が出来ただろうか。流石に、試す気にはなれないが

「……さっき」
「?」
「愛人と美亜さんの試合の、前。慶次さん逹、見てた?」

 そう、愛人逹の試合が始まる前
 真降が慶次と郁の様子を見ていた辺りから、晃は真降逹の姿に気づいていた
 …遥の方は、気づいていたかどうかわからない。治療室に向かった憐の事で頭の半分以上が使われていたはずだから
 事実、今も遥はまだ真降の方に気づいていないようだ

「気になること………あった?」
「……まぁ、少し」

 ちらり、真降がもう一度、慶次と郁を見る
 二人は、試合の合間にフリー契約者の資料に目を通しているようだった
 あの契約者は来ていないらしい、等と話しているのが少し、聞こえてくる

「彼の担当黒服が彼を見る視線が、少し……」
「………?………慶次さんの担当黒服、郁さんじゃ、ない」
「あれ?」
「………慶次さんの担当、は。赤鐘 愛百合の方。ANo」

 少し考えている様子の真降
 納得がいったのか、あぁ、と声を上げる

「そうだ、郁さんはかなえさんの担当でしたね」
「ん、そう………郁さんも、慶次さんと一緒にいる事、結構多いけど」

 ややこしい、とは晃も思う
 強行派である愛百合からの影響を少しは薄めようとしているのか、慶次はかなえと郁と共に行動する事も多いのだ
 最近では、その二人どころか天地と組むことすらあると言うが

 ……と、真降が「あれ?でもそれじゃあ……」と、新たな疑問が浮かんだようではあったが

「…あ、次の試合、始まる」

 そう、次の試合が始まる
 遥が「げ」と言う声を上げているのが聞こえてきた

 次の試合の出場者の片割れは、遥が「絶対にかなわない」と常に言っている、あの人だ

494溶け融ける  ◆nBXmJajMvU:2016/09/30(金) 21:48:57 ID:mbX0Ww2E



 対戦相手であるその女性を、キラはじっと観察した
 長い黒髪は頭の天辺でポニーテールにされており、銀色のリボンで結ばれている。翡翠色の瞳は、まっすぐにキラを見つめ返してきていた
 武器らしい武器は持っていない。服装はパーカーにジーンズと、戦闘用なのか地味な格好だ

(……日景 アンナ。「首塚」所属……日景 翼とセシリアの娘にして長女。日景 遥の姉)

 キラがすでに持っている情報は、それくらいだろうか。確か、遥より二つ年上……今年で18歳だったはず
 対してアンナの方は、どの程度キラの情報を持っているのだろう
 実はお互い、契約都市伝説に関する情報は与えられていない
 試合の中で、相手の契約都市伝説を見抜け、と言うことなのだろうか

『それでは、第5試合、開始っ!!』

 開始の合図
 小さく、アンナが笑った

「はーい、それじゃあ………年下相手でも、容赦はしないわよ?」

 アンナが、静かに構えた
 あれは、何の格闘技の構えだったか………どちらにせよ、戦闘方法は接近戦か
 契約都市伝説も、接近戦闘向きのものなのだろうか
 油断なく、キラは手元に氷の剣を作り出そうと………

「え?」

 ……どろり、と
 氷の剣の表面が、溶け始めた
 それに驚いた瞬間、アンナが地を蹴り接近してくる
 繰り出された拳を避け、一旦、距離を取った
 もう一度、氷の剣を作り出しながら、ちょうどよい距離を保とうと

 ぐちゃり

「っ!?」

 地面の感触が、おかしい
 見れば、どろり、と、地面が溶けてきているような……

(これは……彼女の契約都市伝説の正体と、能力を把握しないと、危ない)

 アンナもアンナで、キラの契約都市伝説を見定めようとしている気配がある
 どちらが先に見抜くことが出来て対応できるか、まさに、それが求められようとしていた



to be … ?

495死を従えし少女 寄り道「キラの戦い」 ◆12zUSOBYLQ:2016/10/02(日) 21:38:13 ID:JXGv8HoQ
 観客席では、試合に出る準備をしていた澪や、試合観戦をしていた藍が、異変に気づいていた。
「変だね。いつものキラなら、迷わず突っ込んで行くのに」
「同士桃に考えがあるとは思えないし、相手の能力に足止めされてるのかも」
 酷い言いようだが事実だ。実際、今のキラに策らしい策はない。だが闘志は損なわれてはいなかった。
(地面のこの様子…ぬかるんでるのか、あるいは…溶けてる?)
 そう判断したキラは地面に向けて吹雪を放つ。
「凍れ!」
 ぴきぴきと音を立て、融けかけた地面がアンナに向けて凍り付いていく。
「だぁあああああ!」
 すかさず凍った地面の上を全力疾走。アンナとの距離を詰めて氷の剣を振りかざす。

 どろり

 またしても、氷の剣が溶け出すが、キラは構わず振り下ろした。切れ味は犠牲になっても、打撃には使えるはずだ。
「っ!」
 氷の剣を紙一重でかわしざまに、アンナの蹴りがキラの脇腹を掠める。
「…っ!ととっ」
 蹴りのダメージ自体は大したことはないものの、融けた地面に足を取られてよろめいた。
「隙あり」
 キラの体勢が崩れたのを見逃さなかったアンナの、続けざまの蹴りがキラを襲う。
「わっ!っよっと!」
 キラも紙一重で続けざまの蹴りをかわしていくが、融けた地面に足を取られる自分の方が接近戦では不利と悟り、距離を取ろうと下がる。
「さーて、どうしたもんかな…」
 物を溶かす都市伝説。「コーラは骨を溶かす」を拡大解釈しているか、はたまた他の都市伝説か。
「これならっ!」
 アンナに向けて吹雪を放つ。
「!」
 正確には、アンナの足下に向けて。
「これは…」
 アンナの両足が、地面に氷で封じ込められている。
「いまのうちっ!」
 どうせ溶かされてしまうのだ。その前に速攻で片を付けなければならない。
「いっけえええ!」
 じゅっ

 嫌な音を立てて、アンナの足下の氷が溶ける。間一髪、氷の剣をかわした。


 観客席では。
「ね、藍、あの都市伝説なんだと思う?」
「そうね…いくつか候補はあるけれど」


続く

496続・溶け融ける  ◆nBXmJajMvU:2016/10/02(日) 22:57:16 ID:Lk2.KPeU
 ……なるほど、凍らせる能力なのだろう
 何度溶かしても、氷の剣を出してくる。それだけではなく、足元も凍らせてくる

(相性の問題で言うと、普通に考えればこっちが有利なんでしょうけれど)

 それでも、油断はしてはいけない
 アンナは、そう考えていた
 勝負において最も危険なのは、油断、慢心、そして軽率
 慎重たれ、しかし大胆たれ
 慢心していても勝負に勝てるのは、「首塚」首領たる「将門」様のような圧倒的な存在だけ
 そして、自分にはまだ、それだけの圧倒的な力はない
 だから、油断しない。慢心しない。軽率な考えは抱かない
 本当であればもう少し距離を詰めて攻撃を続けたいところであるが、あまり接近し続けるのも危険だろう
 ……一瞬で凍りつかされてしまえば、そこまでなのだから

(あの子の能力の効果範囲がわかればいいんだけど……)

 こちらの能力が届く範囲は「視界が届く範囲」……自分の父親と同じだ
 彼女、桐生院 キラの能力が視界が届かない範囲まで届く場合、こちらは不利となるだろう

(それでも、相手の動きはまずは封じたいわね)

 だから、発動する
 自身が契約している都市伝説による能力を
 先程までは足元を「溶かす」ことで動きを封じようとしていたが、そちらはすぐに対処される
 ならば、別のものを溶かすとしよう
 幸いにして、この銭湯ステージは町中をイメージした作りになっている
 …町中以外のステージだったのは、優とゴーレムの試合くらいだろうか
 戦いを魅せやすいステージとなると、町中の方がいいのだろうかと勝手に考えながら………見た先は、キラの周辺の建物

 能力を使い、効果が発動するまで少し時間がかかってしまうのがこの能力の欠点だ
 前もってある程度能力を発動させていた地面に、先に効果が現れる

「っわ、わわ……!?」

 キラの対応は早い
 すばやく地面を凍らせて溶けた地面に足がめり込むのを防ぎ、こちらへと氷の剣を生成しながら接近してくる
 その攻撃を避けながら、能力の発動を続ける

 ……そろそろ、いける!

 キラが作り出した地面の氷を利用して、滑るように移動してキラから距離を取った
 そして、能力により「温度をあげていた」建物へと止めを刺すように強く、能力を使った


 溶けた、融けた
 キラが立っている位置の左右の建物が、地面が
 ほぼ同時に、溶け融ける
 足元のバランスを崩した上で、建物のいち部を溶かし、崩した建物の上層を彼女に向かって崩していく
 一歩間違えば下敷きになって大惨事だが……恐らく、大丈夫だろう
 彼女も契約者なのだから


 溶かす事、融かす事
 それが、アンナが契約した「人肉シチュー」の能力だ
 見える範囲の者の、物の温度をあげていき、融点に達した時点で溶かし融かす
 その都市伝説で語られている、長時間風呂で煮込まれ煮崩れた女性のように溶かし崩すのだ
 本来、人間にしか効果が及ばないその能力を契約によって人間以外の物体にすら効果が及ぶようになった
 ……もっとも、元から実体のないものには効果が及ばないのだが


 ………さぁ、どう動く?
 圧倒的質量をキラの頭上へとふらせながら、アンナは次のキラの動きを警戒した



to be … ?

497治療室にて・りみっくす  ◆nBXmJajMvU:2016/10/05(水) 22:01:37 ID:C7fvhPJE
 はらはら、はらはらと
 何か、羽毛のようなものが降り注いでくる感触
 羽毛のようなそれはふんわりと暖かく、優しく

「………まな?」

 呼んできた声は、かつてそう呼んできた声よりもう少し成長した声だった
 …昔からそうだった。優や晃、神子の事はそのまま呼んでいたが、他の面子の事は「なお」とか「はる」と少しだけ縮めて呼んできていた
 怖がりで臆病ではあったけれど、信じた相手には人懐っこかった
 それは、三年ぶりに会って、話し方も雰囲気も、「表向き」が全て変わっても同じだった
 そうして

「………っ」
「あ、ま、まだどっか痛い?大丈夫?どこ、痛い?」

 はらはら、はらはらと
 輝く羽根が舞い散る
 憐の「ラファエル」の能力によるものだろう
 この舞い散る羽根にも治癒の力があると知ったのは、目の前で怪我した誰かを見て憐がパニックになり、能力を暴発させた時だった
 あの時、怪我をしたのは誰だったか………

「少年、ストップー。本格的に私の仕事がなくなると言うか、一歩間違ったらこの治療室が君の羽根で埋まるからやめよう?」

 ……聞き覚えあるようなないような大人の男性の声
 ようやく意識がはっきりしてきて、目を開く
 こちらを見下ろし、泣き出しそうな顔をしている憐と、目があった
 やはり、背中から「ラファエル」としての天使の翼が出ている
 先程まで……否、今現在まで降り注いでいる羽根は、やはり憐の治癒の羽根だったようだ
 それは、まるでこちらを埋めるように降り注ぎ続け………
 …………………待て

「憐、待て、待った。埋もれる。窒息する」
「窒息はせんと思うけれど、ふっわふわのものに埋もれたある意味幸せ状態かもしれんよ?」
「そこのおっさんは憐を止めたいのかもっと能力使わせ続けたいのかどっちだ!?」

 先程にも聞こえた声の男性に、相手が誰かも確認せずにツッコミを入れた
 がばっ、と起き上がる。体の痛みは消えている。が、急に起き上がったせいか、くらり、目眩がした

「まな、まだ寝てないと……」
「いや、憐、大丈夫だ」

 えぅえぅと泣き出しそうになっている憐の様子は、昔と何も変わっていない
 ……何年経とうとも、その根っこはそのままなのだろう

「……本当に?本当に、大丈夫?我慢とか、していない…?」
「していない。大丈夫だ。そこまで心配しなくてもいい」

 そうだ、憐は昔から心配しすぎだ
 ……いや、昔よりも、心配性になっているような?

「………なら、いいんだけど」

 うつむくその顔と、喋り方は、昔と同じかそれ以上に弱々しく

「……………咲季さんみたいにいなくなってしまうのは…………嫌だよ」

 そう呟いた声は、小さく、震えていた



「……あの少年は、本当に怖がりであるねぇ」

 ちくちくと、美亜用の服を作りながらそう口にした「先生」
 …なお、彼女の体のサイズは測っていない。「目測でわかっているから大丈夫」との事だが、そちらの方が大丈夫じゃないのではないだろうか

「怖がりにも程があると思うけど……後、服は穴だらけなだけだから別に作らなくとも」
「失った恐怖が大きすぎたから仕方ないのだろうね。そしてお嬢さんの服に関しては、年頃のお嬢さんがそんなボロボロの服ではいかんよ……っと、できた」

 す……と、「先生」が完成させた服
 それは腰部がコルセット状になっているハイウエストの暗色のスカートに、白いブラウス
 腰のクビレを際立たせ、胸が大きい場合ボンキュッボンを強調させ、ブラウスで清純な雰囲気を醸し出させる………

 ごがすっ!!

「普通の服にしろっつったろ」
「はっはっは。我が弟子よ、後頭部踏みつけられると流石にちょっと痛いぞ」

 みししっ、と灰人に後頭部踏みつけられている「先生」の様子に、「あぁ、いつもこうなんだな」と謎の納得をした美亜であった

to be … ?

498見下ろす者逹  ◆nBXmJajMvU:2016/10/09(日) 01:10:23 ID:TJ4L6PiE
 御簾の向こう側の気配が、小さく笑ったのがわかった

「楽しまれているようですね」

 幸太が声をかけると、「あぁ」と短く、返事が返ってくる
 御簾越しであっても、モニターに映し出される試合の様子ははっきりと見えているらしい
 楽しんでいるのならば、何よりだ
 なにせ、将門公からの頼みとは言え、無理に来てもらっているのだし………

「……他の連中から、見物の権利を勝ち取ったかいがあったと言うものだ」

 …………
 …どうやら、将門の知り合いの祟り神の中から、誰が試合の見物に来るかでちょっとした勝負事があったらしい
 どこで勝負したのかわからないのだが、勝負の現場が大変な事になっていそうである
 もっとも、幸太にとっては学校町での出来事でないならば、あまり関係ない事だが

(今のところ、おかしな動きをする者もなし、か)

 白面九尾の狐、バビロンの大淫婦、「怪奇同盟」の盟主
 これらのうち、いずれかの尻尾をつかめたら
 そのような目的もあって、今回の第二回合同戦技披露会は開催された訳だが

(どこまで、尻尾を出してくるだろうね)

 そして、尻尾を出してきたとして
 「その情報を掴んだ者がどれだけ、情報を流してくる」だろうか?

(……どう転んだとしても。「狐」に関わる物語の結末は、変わりはしないのだろうけれど、ね)

 ほんの一瞬だけ、「鮫守 幸太」ではなく「ハッピー・ジャック」としての顔になり
 しかしすぐに元に戻って、幸太は試合を映し出すモニターへと、視線を戻した



 御簾の中で、長屋王はくつろいだ様子で試合を見ていた
 「もにたー」とやらは彼が生きていた時代からすれば妖術の類にも見えるものだが、流石に時代が移り変わっている事は理解している
 今の時代にはそのような技術もあるのだろう、と言うことで納得している
 そもそも、自分達のような存在が「都市伝説」と呼ばれている時点で、自分逹の時代とは違うのだ

(……しかし、なかなかに面白いものだ。これならば、「曾我兄弟」にでも譲ってやってよかったか………】

 …いや、ここで馬鹿な騒ぎを起こさすような輩を牽制する意味では、自分が来るのが正解だっただろう
 己は、大きな問題が発生しないようにとの抑止力なのだから

 ちらり、御簾の隅に置かれた、小さな犬の像を見る
 この御簾の中から、己の祟り神としての力が漏れ出さないための結界を張るために、何だったかの契約者が置いていった物だ
 ここに来るまでの籠の中にも置かれていたところを見ると、これが結界能力発動の鍵となるらしい

(…結界を張った者は、「狐」から逃げていて将門の元に保護されたのだったな………「狐」め、随分と暴れたらしいな)

 幸い、己の膝下は「狐」に荒らされていない
 あちらも祟り神や神に相当する者が守護する土地にはあまり積極的に手を出さなかったのか、それともたまたま、狙われなかっただけか
 …どちらにせよ、将門の完全な膝下ではないとはいえ、あの男が執着している学校町と言う土地に手を出した時点で、今後さらに派手に動くことに違いはない

(学校町に入ってからは、「狐」当人の動きは一切ないようだが………何か企んでいるにしても、妙だな)

 気配も何もかも消え失せ、配下すらも「狐」を見つけられずにいるらしいとの話も聞く
 …まるで、「狐」自体が消え失せてしまったかのような状況

(………何者かに、「封印」でもされたかのような)

 だとしたら、封印したのは誰なのか
 何故、封印した事実を他者に話していないのか………


 「長屋王」には、現状推察しか出来ない
 なにせ、彼はこの「物語」のゲストキャラに過ぎず、「物語」に深く関わるわけではないのだから
 ただ、彼はこのように考える
 何者かが「狐」を封じているのだとして、しかし、それを「首塚」や「組織」等にも一切知らせていないのは、その者に何か考えがあるのだろう、と




to be … ?

499死を従えし少女 寄り道「焦りは禁物」 ◆12zUSOBYLQ:2016/10/09(日) 22:29:44 ID:jzBUuuJg
 観客席にて。
「藍はどう思う?」
「あの溶けるような崩れかた…『コーラは骨を溶かす』を拡大解釈してるのかも」
 澪は頷きつつ、思索を巡らせる。
「溶ける…崩れる…もしかして」
「何か考えがあるの」
「あるじゃない、他にも人体が溶ける都市伝説」
「…あ!」
 緑は話についていけず不満げだ。
「話が見えない。お前ら何が言いたいんだ」
「藍、せーので言うわよ」
「早く言え」

『人肉シチュー』

 観客席の憶測はさておいて、キラは頭上に降りかかる溶け崩れた家屋の対処を急いだ。
(これだけの建物を全部凍らせるヒマはない。それなら…)
 頭上に力を集中し、降りかかる建物を凍らせる。
「行けっ!」
 そのまま左右と足下に張り巡らせた氷をアンナの方まで延ばしてゆく。
 分厚い、氷のトンネルが出来た。
「たあああああっ!!」
 氷の上を滑りながら手元に氷を生み出す。先の尖った細い棒。氷の槍だ。
 ひゅんと投げると、アンナはなんと言うことのないようにひらりとかわす。
「かかった!」
「!?」
 下半身の違和感に気づいたアンナが視点を下げる。
 …下半身が全て、分厚い氷に覆われている。氷の槍は、下半身を凍らせる間、注意を逸らせる罠だったのか。
「これっくらいなら、直ぐには溶かせないでしょー!」
 キラは拳を氷で固め、アンナに向かって振りかぶる。
「アイス・ナックルパーンチ!」


「この勝負、同士浅葱はどうみるの?」
「互いの能力を喰い合っているうちは互角、だとおもう」
「同士桃の攻撃範囲は、どれくらい?」
「一応、視認できる範囲全て。吹雪はもう少し広範囲に出せるけど。それより…」
「それより?」
「戦況が膠着状態になって、決着を急ぐと、キラが危なくなる」
 キラはせっかちだしね、と澪は苦笑いして、拳をアンナに振り下ろそうとするキラに、真剣な眼差しを注いだ。



続く

500続々・溶け融ける  ◆nBXmJajMvU:2016/10/10(月) 22:22:35 ID:S9i7Ko.s
 建物を溶かし崩すような大技を使った
 その時点で、「あぁ、焦れてきたんだな」と遥は判断していた
 なにせ、自分の姉である。ある程度考え方はわかる

(……と、なると。こりゃ「奥の手」使うかもしれないな)

 「奥の手」はいくつか持っているはず
 そのうちの一つは確実に使うだろうな、と

 その遥の予想は、すぐに当たる事となる


 振りかぶられた拳を、アンナは確かに見ていた
 下半身の分厚い氷を溶かすには間に合わないはずだった

 そう、「氷を溶かす」のは、間に合わない

「…………え?」

 ぐちゃっ、と
 キラの目の前で、アンナの体が「溶け崩れた」
 すかり、キラの拳は空を切る

「どこに……!?」

 分厚い氷での中には下半身すら、残っていない
 慌てて覗き込めば、どうやら地面を「溶かして」地面に逃げ込んだらしい……と、言うよりも

(まさか、「自分の肉体も溶かし崩せた」!?)

 先程からの能力の及ぶ範囲を見るに、視界の範囲内を溶かし崩しているのだろう、と言うのはわかっていた
 なるほど、たしかに自分自身にも視線は届くだろうが………

(……待って。自分を溶かす、なんて無茶をやって………そもそも、「溶け崩れた」状態で視界の届く範囲、ってどれくらい?)

 警戒して辺りを見回す
 どこから、飛び出してくるのか、とそこを警戒し……

 ………ぼごぉっ!!

「っわわ!?」

 キラが立つ位置、その周りをぐるっ、と囲むように、地面が一気に崩れ落ちた
 バランスを崩しそうになり、急いで体勢を立て直す
 そして、その直後………溶け落ちた地面の向こう側から、アンナが飛び出してきた


 少しだけ、遡る
 実況席から試合の様子を見ていた神子は、アンナの体が溶け崩れた瞬間、思わず「うわぁ」と声を上げていた

「慣れないなぁ、アンナのあの「奥の手」」

 自らの肉体に向かって「人肉シチュー」の能力を使い、溶かし崩す
 アンナが使う「奥の手」の一つだ
 溶け崩れた状態でもアンナの意思は残っており、痛みを感じる事もなく、その溶け崩れた状態のまま自由に行動出来る
 若干、視界の広がる範囲が狭くなるのが欠点、とは当人が言っていた言葉だが、溶け崩れた体を広範囲に広げれば、広がった分視界が届く範囲は広がるのだから、半分詐欺だ
 しかも、溶け崩れた状態から元の姿に戻るのは、ほぼ一瞬で完了してしまう
 当人が能力を使いこなす為に努力した結果とはいえ、なかなかに反則気味だろう

(ただ、流石に長時間溶け崩れた状態ではいられない、とも言ってたのよね。となると………)
「……こりゃ、アンナさん本気になってきたな」

501続々・溶け融ける  ◆nBXmJajMvU:2016/10/10(月) 22:23:15 ID:S9i7Ko.s

 神子の思考を知ってか知らずか、そう口に出した直斗
 そう、先程までも決して手加減していた、と言う訳ではないのだが、本気でもなかった
 しかし、あの奥の手を使った以上、本気と見ていいだろう

「そうなりますと、そろそろ………」

 次にアンナが使う、今まで使っていた能力
 「人肉シチュー」の応用で発動可能なその能力を使うだろうと、龍哉が口に出しかけたのと
 アンナが、それを使いだしたのは、ほぼ同時だった


 繰り出された蹴りを、キラは分厚い氷を作り出す事で不正だ
 しかし……

(攻撃が、さっきまでよりも重たい!?)

 それだけ、ではない

「早………」
「遅いっ!!」

 っひゅっひゅっひゅ、と連続して繰り出される蹴撃
 早い
 一撃一撃のスピードも、上がっているのだ

「まさか、身体能力が上がって…………熱!?」

 攻撃を避けながら、気づく
 自分の、足や腕の部分だけ、「体温が上がってきている」と

 ……一定ラインよりも体温をあげられたら、溶かされる!!

 ひゅうっ、と自分の足と腕を氷で覆い、体温を下げる
 が、相手は能力を発動し続けているのだ
 遅かれ早かれ、溶かされる可能性はある

「なら、一気に……」
「……決める!!」

 相手も、考える事は一緒だったのか
 アンナのスピードが、さらにあがった

 半ば残像すら残しながら、一気にキラの懐へと潜り込んで

「ーーーーーーっ!!??」

 重たい一撃
 いや、一撃ではない。連撃を浴びたのだと理解したのと
 キラの意識がぶつりっ、と途絶えたのは、ほぼ同時だった


「ーーーーっふぅ」

 きゅう、と気絶したキラを見下ろし、アンナは息を吐き出した
 「人肉シチュー」の能力を自分に使用し、「意図的に体温をあげる」事によって、「熱量エネルギーを身体能力へと変換させる」
 ……父親である日景 翼が、「日焼けマシンで人間ステーキ」の能力を自分自身に使う事によってやっていることと同じ事を、アンナもまた出来た
 ただ、父親とは違いかなり最新の注意を使いながらでなければ間違って自身の肉体を溶かし崩してしまうため、精神力の消耗が激しい
 使いだしたからには、一気に勝負を決めるしかなかったのだ

「…に、しても。自分を「溶かし崩す」のも、「溶かし崩さない程度に体温を上げて身体能力をあげる」のも、使わないつもりだったのに」

 使わなければ勝てなかった
 つまり、自分はまだまだ、と言うことである

 もっと、鍛錬が必要である
 アンナはそう、自覚したのだった




to be … ?

502戦技披露会・スペシャルマッチ  ◆nBXmJajMvU:2016/10/11(火) 01:07:22 ID:mbRrA322
 キラとアンナの戦いの決着がつき、(主にアンナが)戦闘部隊を派手に壊したので修復と言うか次の試合までの準備というその時間
 慶次はフリー契約者の情報をタブレットPCで確認していた
 郁が望逹に渡した物と同じ情報だ
 普段。CNoが管理している情報をここまで自由に見る機会は慶次にはないため、これを機会に試合の合間合間に読み込んでいた

「……「人間にも発情期が存在する」の契約者は、流石に来てねぇか」
「そのようだね。まぁ、いくらでも悪用できる都市伝説と契約しながらも、それを悪用せずに何年も過ごしている人物だ。どこの組織にも加わっていないようだし、今後もそのつもりであるなら、こういう目立つ場には現れないだろうね」

 何人か、契約都市伝説の関係や当人の人間性から「要注意」となっている者を主に確認し、この会場に来ているかどうか探してみる
 今のところ、その手の人物で目立っていたのは「九十九屋 九十九」くらいだろうか
 他も、ちらちらと姿は見かけたが試合にはまだ参加していなかったり、そもそも参加する気がなさそうな者のようであった

「………っと、どうやら、次の試合のようだよ」
「ん?あぁ、そうか………って」

 ちょっと待て
 モニターに映し出される会場の、その中央に立つ人物の姿に、慶次はそのツッコミの言葉を叫びそうになったのを、すんでのところで、押さえ込む事に成功した


「……それでは、次の試合は特別試合。スペシャルマッチとなります!」

 実況席にてそのように言いつつ、「大丈夫なのかなぁ」ともちょっぴり思う神子
 そう、スペシャルマッチ、である
 それも、1対多数の
 モニター越しに映る会場のど真ん中に、全身「白」と言い表したくなるような男の姿があった

「「組織」X-No,0事ザン・ザヴィアー!本来なら色々仕事でこういう場に参加できないはずなのですが、明日で日本に滞在していられる時間が切れるとの事で……」
「日本で発生中の仕事に手を付けると半端になるから、と言う理由で仕事に手を付ける訳にはいかない、と」

 「マリー・セレスト号」と「さまよえるオランダ人」の多重契約をしてしまい飲み込まれたザン
 能力は強大であるが、欠点として「さまよえるオランダ人」の特性により、一つの場所に長い間とどまる事ができないのだ
 今回も「狐」の件やら「怪奇同盟」の盟主暴走の件やら、本来上位Noも仕事は山積みであるはずなのだが、そちらの仕事をさせてもらえないための、今回の試合への特別参加だ
 ……もっとも、ザンにとっても、これに参加することである程度情報を集めようという意図があるのかもしれないが

「えー、流石に「組織」上位Noとなると、ヘタな人とぶつかっても瞬殺が予想されます。よって、今回は特別ルールとして、ザン・ザヴィアーと他多数の契約者との1対多数の戦いとさせていただきます」
「ザンさんの勝利条件は、参加者全員を気絶、もしくはギブアップさせる事。他の参加者の方々は、誰か一人でもザンさんに一撃を加えられた時点で勝利となります」

 他にも、ザンは一部の能力に関しては使用しない、などの制限がある
 制限があってちょうどいいくらいなのだ、あの「組織)上位Noは
 一時期「組織」を離れていたあの男が「組織」に戻った事は、「組織」にとって大きな利益である事だろう

「…………では、説明終わり!試合開始!!」

 神子が試合開始を宣言すると同時
 ザンの周辺の空間がぐにゃり、歪んで

「あっ」
「おー、さっそくやったな」

 ザンの周辺に出現した大量の海水と巨大な烏賊の姿に、直斗は感心したような声を上げた


 ビルが立ち並ぶオフィス街のような戦闘フィールド。その地面を海水で満たしていく
 もしかしたら溺れた奴がいるかもしれないが、多分大丈夫だろう。死にはしない

 己の周辺にはクラーケンを出現させ、ザンは海水の上に立ちながら辺りを見回す
 自分以外は全員倒せばいい。なんともシンプルな事だ

「さぁて、どこから来る?」

 遠距離からの狙撃か、それとも正面から来るか
 警戒していると……近づいてくる、気配
 水中から迫るそれに気づくと同時、ザンはクラーケンの足へと飛び乗って、高く跳ぶ
 その瞬間、一瞬前までザンの立っていた位置をがぶりっ、と
 巨大な生物の牙が、空振った


「…………でっか!?」

 ザンへと襲いかかった巨大生物を見て、思わずそう口にした神子
 龍哉は、モニターをじっと見つめて首を傾げる

503戦技披露会・スペシャルマッチ  ◆nBXmJajMvU:2016/10/11(火) 01:08:07 ID:mbRrA322
「ずいぶんと、大きな鮫ですね。どのような都市伝説でしょうか?」
「……「メガロドン」辺りじゃね?UMA系の。確か、それと契約してるフリー契約者の情報あったよな」

 直斗がそう口にすると、えっと、と神子はタブレットPCで「組織」から渡されたフリー契約者の情報を見る
 そうすると、たしかに、いた
 「メガロドン」との契約者が

 メガロドン自体は、約1,800万年前から約150万年前にかけて実在したとされる巨大鮫である
 その歯の化石は、日本においてはしばらく「天狗の爪」とも呼ばれていたと言う
 一時期は最大個体の全長は40メートルはあるだろうとも言われていたが、流石に否定されており、推定値で約13メートルや20メートルと言われている

 ……が、今現在、ザンへと飛びかかり、再び水中へと潜った巨大鮫の姿は、全長40メーTPル程であった
 メガロドンは今現在も生存している、と言う生存説としての都市伝説のメガロドンなのだろう
 契約者本体とは別にメガロドンが出現するタイプなのか、契約者自身がメガロドンに変化するタイプなのかは、わからないが………前者であった場合、契約者は海水に飲み込まれずに無事だと言うことだろうか

「しかし、巨大クラーケンと巨大鮫の対決………」
「前にみんなで見た、鮫映画を思い出します」
「うん、ちょっと思い出すけど、流石にあれはハリケーンと一緒に飛んできたり………は………」

 …モニターに、ちょっぴり信じられないものが、映る

「おー、すげぇな。メガロドンってビルを泳ぐのか」
「泳ぐわけないでしょ!?いや、たった今、泳いでるけど!?」

 そう、そうなのだ
 メガロドンが、ビルの側面を「泳いでいる」。まるで、ビルの側面を「海面」として認識しているかのように

 某国において、何故か鮫系パニック映画は人気があるのかB級C級Z級と低予算っぽい鮫映画は覆い
 その中で、「鮫がこんなとこ泳ぐ訳ねぇだろ!?っつか、こんなところに鮫でるか!?」と言うのがあったりなかったりするが………それの影響でも受けたのだろうか

 とにかく、ビルの側面を泳いだメガロドンは、そのままビルから飛び出してザンへと襲いかかっている
 ぐるりっ、とクラーケンの足に捕らえられ、みしみしと潰されそうになってはいるが……海面を、すぅー、すぅー、と巨大な鮫の背びれが横切る
 どうやら、メガロドンは複数いるようである

「ちなみに、他の参加者は……?」
「あ、溺れている人を回収している方が」

 モニターの済を、時折ふっ、ふっ、と船の影がよぎっていたのを、龍哉は見逃していなかった
 ボロボロの漁船が、契約者以外の人間も救助している最中らしい

 今のところ、ザンへ攻撃を加えているのはメガロドンだけだが………まだまだ、攻撃参加者は増えそうだ


 海水を出してもらえた事は、彼にとっては幸運だった
 「首塚」所属、「良栄丸事件」の契約者である良永 栄(さかえ)は、自らの契約都市伝説で生み出した漁船でもってザンが大量召喚した海面を進んでいた
 大地も走れるこの漁船だが、流石にスピードが落ちてしまうのだ
 だが、こうして海面であれば本来のSピードで移動出来る
 自身は船の制御に集中し、船とともに召喚した乗組員のミイラにおぼれている他の契約者を回収させていく
 ザンへの攻撃も行いたいが、今は他の契約者の回収が優先である
 自分以外の契約者に、ザンへの有効な攻撃を行える者がいるかもしれないのだから

「……っと、うわ!?」

 が、油断はできないようだ
 ミイラが回収しようとした相手が契約者ではなく、ザンの能力で呼び出された狂える船員で襲い掛かってくる事もある
 慌てて、ミイラ逹に命じて再び海へと突き落としたが、他の回収した契約者も同じように狂える船員に応戦している
 そう簡単には、終わらせてはくれない、と言うことだ



 まるで水没した都市のようになった戦闘フィールド
 そこを舞台に、ただ一人を狙った戦いは、まだ始まったばかりである








to be … ?

50401 兆し:2016/10/11(火) 01:47:45 ID:9o7CJllQ
..読み切り_01


 「駄目だ、足取りはさっぱり」

それが、半ば無理矢理三万円を押し付ける形で依頼した調査に対する回答だった
まあ予想はしてたとはいえ手がかりが何も無いというのは、実際きつい

風が回っている
昼過ぎまでは殺人的な日差しだったのに
夕方から広がり出した暗雲が今や空を覆っている
こりゃ本格的な土砂降りになるだろう

 「だが何もないわけじゃないぜ、かなり匂う話も聞いた」
 「どんな?」
 「『モスマン』だ、しかも群れで目撃されてる」
 「『モスマン』? ただの都市伝説では無い、ってことか?」
 「北区だ、たまに深夜に東区でも見られてる
  少なくとも自然発生した『野良』じゃない、最近だ
  最近になって他の連中も連中を急に見かけるようになったんだ
  しかも『モスマン』だぜ? 誰かが外から持ち込んだって考えるのが自然だろ」

誰かが、持ち込んだ
か、あるいは外から入り込んで来た
確かに時期が時期だ、マークしておいた方がいいだろう

目の前の人面犬は前脚を器用に使って缶の日本茶を啜っている
不意に周囲を見回した
南区は学校町の中でも賑やかな地区だがそれも場所によるらしい
現にこの公園の所在も南区だが人の気配が全く無い

50501 兆し:2016/10/11(火) 01:51:17 ID:9o7CJllQ

 「細々した話は色々聞いたが最有力はこれだな」
 「なんか悪いね」
 「へっ、金を受け取ったからにはな、きっちり仕事はするぜぇ」

人面犬は顔を歪めて笑っている

 「『組織』が動いてるかは知らねーがな、知り合いのとこは『モスマン』と小競り合いになったらしい
  ただ、おおっぴらに人間を襲ったって話は聞かなかったし、向こうも考える頭はあるってことじゃねーの?
  だからっつって、『野良』なら襲ってもいいってことにはならないけどな」
 「今はまだ積極的には動いていない、か」
 「まあそんな所だろ」

仮に、「モスマン」が統制の取れた駒なのだとしたら
今はまだ命令待ちの状態なのかもしれない

 「なあ」
 「うん?」

人面犬はいつの間にかこちらに背を向けていた

 「いざって時は『モスマン』の退治、シクヨロな」
 「俺が?……『組織』に任せた方が良くない?」
 「強いんだろ?契約者さんよぉ」
 「何言いだすんだよおい、勘弁してくれよ」

当初この町に越してきた時は能力をあまり使わない、昔みたいにしないと誓いを立てたもんだ
しかしこうして知り合いが出来て頼まれたりもすると、容易く揺らいでしまう
まあこれもぼんやりと予想してたことではある

50601 兆し:2016/10/11(火) 01:52:59 ID:9o7CJllQ

 「なあ、おっさん」

人面犬の背に呼び掛けた

 「やばい時は逃げてくれよ?」

ハッ、そんな答えが返ってくる

 「こちとら逃げ足だけは他の連中より速えーんだよ」

一体、どう脚を器用に動かせばそんな芸当ができるのか
人面犬のおっさんがさっきまで飲んでた缶が小気味いい音と共に蹴り飛ばされた
放物線を描きながら自販機の隣の缶籠の中に放り込まれる

 「一応まだまだ調べてやるぜ、俺も興味湧いてきたしな」
 「あんま無理すんなよおっさん」
 「ばっきゃろ、ほどほどに無理しとかないと生き物は錆びちまうんだよ」

んじゃな
そう言って人面犬は公園を走り去っていった
空模様は一段とよろしくない雰囲気になってきている
頃合いか、俺もベンチから立ち上がった

50702 誰何:2016/10/11(火) 01:55:33 ID:9o7CJllQ


この町はヒトにあらざるモノを魅き憑けると、そう言われてきた
町の外からナニがやって来たのか、という噂はこの町に棲む闇の住人達の間で囁かれるのが常だった

そしてこれは
嘘か真か、「狐」がやって来たという噂が闇の間を流れ始めた時期のことだ




 「こんにちは、ちょっとすいません」

“学校町”西区、林立する工場の影が落ちる路地で、警察官が制服姿の少女に声を掛けた
着ている制服は町の外部にある私立高校の制服だ
少女は静かに振り向いた

 「こんにちは、帰宅途中ですか?」
 「私に何か御用でしょうか」

警察官の質問に少女も質問で返す
にこやかな顔をした警察官の口元が一瞬ひくついた

 「少しうかがいたい事があるのですが。あ、こちらへどうぞ」  「私に、聞きたいことが、あるのですか?」

時分は夕暮れ
丁度路地の影に黄昏の赤が混じる頃合いだ
笑顔を貼り付けた警察官は路地のひときわ暗い奥へと少女を誘おうとする

 「お巡りさん」

少女は素直に警察官の後に付き従った
彼女の声に警察官は一切答えず振り向きもしない

不意に警察官は立ち止まった

 「こんな路地裏で、私に、何を聞きたいのです、か?」
 「何だと思う?」

少女の問いに、彼は嗤いを押し殺したような声で答える
不意に響く鋭い金属音とほぼ同時に、警察官は少女の方へと振り返った

その手には警棒が握られていた
顔面の微笑みからは最早隠すつもりも無い悪意が滲んでいる

 「いやぁ、こんなにあっさり引っ掛かるなんて、ねッ!」

警察官は今や嘲りと共に、少女の頭部へ警棒を叩き付けようと腕を大きく振りかぶり

50802 誰何:2016/10/11(火) 01:56:48 ID:9o7CJllQ


 「  玉兎、十六式 ―― 『"影" 鳥 "闇" 猿』  」


あっさりと阻止された
“何か”が警察官の動きを邪魔したのだ

 「んなッ!? こッ、これは、グぬわッ!?」

警察官が驚く猶予も与えず、“何か”が彼を地面に叩き伏せる
弾かれた警棒が乾いた音を立てて地に転がった

 「ふふ」

暗がりに響くのは少女の笑い
はっと警察官が少女の方を見ようとした
だが彼の首が動く前に、“何か”が頭を掴んで再度顔面を地面に打ち付けた

 「私に、一体、何の御用ですか? 『偽警官』さん?」

苦悶の声を上げる警察官に少女の声が掛かる
警察官は彼女の顔を見るどころでは無いのだが、少女は笑っているようだった

いきなり警察官の体が引き摺られる
“何か”が警察官を引き摺っているのだ
不自然な挙動で警察官の体が起き上がるとそのままコンクリートの壁に叩き付けられた

 「なっ、なっ、何だ、何なんだっ!? 誰だお前はっ、誰なんだっ!! 契約者か!?」

体中を締め上げられる苦痛に喘ぎながら彼は悲鳴のような問いを発する
前方は先程やって来た路地の方だ。西日の赤が闇を深め始めている
少女の顔は逆光となって覗う事ができないが笑っているのは確かだ

 「私の名前を、聞きたいのです、か?」

彼女の声は穏やかだった
警察官の口から断続的に怯えた声が漏れる
彼女の声を聞いて警察官は恐怖に駆られているようだ

 「ならば、名乗りましょうか
  
  私は、ノクターン
  マジカル★ノクターンと、申します」

50902 誰何:2016/10/11(火) 01:58:14 ID:9o7CJllQ

視界の端を、“何か”が動く
警察官は怖さのあまり眼だけを動かして正体を確かめようとした

 「『偽警官』さん」

少女の声
警察官は悲鳴を上げて、再度少女の顔を見た
その顔は闇と影でよく分からない

 「私も
  あなたに、訊きたいことが、あるのだけれど
  いいかしら?」

警察官は少女の声を無視した
“何か”を振り解こうともがくが拘束からは一向に逃れられない

 「『狐』」

その言葉を聞いた瞬間、警察官の動きが止まった
彼の顔には先程より明確な恐怖の色が現れている

 「御存じ、でしょうか? 最近になって、“学校町”に入り込んで来たらしいのです、が」

警察官は少女の顔を凝視した

 「『偽警官』さん、あなた、ご存じ、ないですか?」
 「知らないッ」

応答は殆ど反射的だった
だがその声色には顔面と同様に明らかな恐怖が滲んでいる

 「嘘は」

少女は一歩、警察官に向かって歩み寄った

 「あなたの、身の為になりませんよ? 『偽警官』さん」

「偽警官」、そう呼ばれた彼の背筋にうすら寒いモノが走る
少女の顔がはっきり見える。この状況に不釣り合いなほどの笑顔だ

目の前の恐怖から逃れようと視線を彷徨わせる
少女の周囲には地面から無数の“何か”が生えていた

今はそれが何なのか、はっきりと見えた

それは細く、周囲の影より暗く、天に向かって伸びていた
その先端はまるで、人間の手のような形状をしている
それこそ「偽警官」の動きを封じた“何か”の正体だ


少女は「偽警官」に対して微笑んでいた

51003 馬鹿者共:2016/10/11(火) 02:02:38 ID:9o7CJllQ



 「ワタシ、キレイ?」



夜道、前方に立ちはだかったのは 真っ赤なコートに口元を大きなマスクで覆った女だった

尋ねられたのはこれまた真っ赤なコートに鍔広の麦わら帽子を被った人物だ
人気のない路地、その中央に立ち止まり、突如現れた女を睨んでいるではないか


 「ワタシ、キレイ?」


再び質問
同時に麦わらの人物が動いた

女との距離を一気に詰めると、不意に――そのマスクを引き千切るようにむしり取ったのだ!
何ということだろう! 女の口は耳元まで裂けているではないか!
この女こそ、かつて一世を風靡した「口裂け女」である!

いきなりの事態に女は固まる
が、麦わらは一気に畳み掛ける!


 「貴様はッ!! 醜いッ!!」


言うが速いか麦わらはコートを肌蹴ると同時に腰に差していた得物を抜刀!
女が動く隙も与えず一気に叩き斬ったのである!
これこそ、俗に言う袈裟斬りである!

 「ええい! 噂には聞いていたが、これ程とは!」

麦わらはそう吐き捨てると、ぐっと帽子の鍔を持ち上げ、振り返った
やや離れた街灯のおぼろげな明かりに照らされたその顔面は真っ赤な包帯によって覆われていた

それだけではない
刀を握る手も、肌蹴たコートから覗く身体も、真っ赤な包帯が幾重にも巻かれているのだ

 「今の御時世で真正面から吹っ掛ける口裂けは久々に見たぜェ! しかし兄者、やはりこの 町は地獄ではないのかァ!?」  「何度も言うがヤッコよ、地獄と極楽は何ら矛盾せんのだ」

麦わらの後方に控える、ヤッコと呼ばれた者もまた顔や手が真っ赤な包帯で覆われている

 「『学校町はケダモノの如く襲い掛かる分別無き魑魅魍魎の巣窟』……、それもまたこの町の一面よ」
 「俺は『地獄の一丁目』とも聞いたぜェ兄者ァ!!」
 「然らばヤッコよ、この町のもう一面を忘れたわけではあるまいな?」

兄者、そう呼ばれた麦わらの男はおもむろに刀を鞘へ納める
やはり人の気配がしない路地に、遠くからの遠吠えが幽かに響いた

 「応よ兄者! 『学校町には人も妖も美女が多い』! まさに桃源郷ォ!」
 「然れば嫁探しを疎かにしてはならぬのは道理だろう
  無論、俺達は団長より受けた命を成し遂げねばならん
  しかし本分には出精するが嫁は探せなかった、では許されんのだ!
  命を成し遂げ、浮世の連れ合いも獲る! こうでなければ『師団』の剣客とは言えん!
  いや! これが出来なくして焉んぞ我が生を知らんや!!」  「おお! 惚れ直したぜ兄者ァ!! 恰好いいぜェ兄者ァ!!」
 「そうだろう、そうだろう
  然れば本分を全うし嫁探しも為し得る、というのが正しき道よ」

今やこの怪しい二人組は何やら威勢の良い話で盛り上がっている

 「いざ征かん! 嫁獲りの道を!」
 「応ォ!!」

光の粒となって滅した口 裂け女には最早目もくれず
彼らは夜道の路地にて決意を新たにするのであるが

この二人組は現在、学校町に潜伏中の身
その正体は、都市伝説集団「朱の匪賊」に属する都市伝説、「トンカラトン」である!

511はないちもんめ:2016/10/11(火) 20:28:09 ID:Gyt1zb0A
医務室にて
「……………咲季さんみたいにいなくなってしまうのは…………嫌だよ」
「居なくなりはしない、その為の力だ」
まぁ…確かに
「親父お袋は愚か姉さんまで失踪してる現状信じろと言うのは酷かもしれんが……俺だって置いてかれる気持ちはよく分かってる積りだ、燐や遥よりは長生きする予定だしなぁ」
だから泣くなと、年上の幼馴染の頭を撫でてため息をつく。
しかしさっきの試合、買ったと思ったが負けた。
いや、何となく美亜が最後に撃った能力のタネはわかってるので最初から焼き殺すつもりで行けば勝ててた可能性は高い。
反省点は多い。

『……それでは、次の試合は特別試合。スペシャルマッチとなります!』
「スペシャルマッチ?」
医務室のモニターから聞こえてくる声に思わず首を傾げる。
見れば隣のベッドで先生とやらが作った服に袖を通してる美亜も同じ様子だ。

『「組織」X-No,0事ザン・ザヴィアー!本来なら色々仕事でこういう場に参加できないはずなのですが、明日で日本に滞在していられる時間が切れるとの事で……』
「「……………」」
『えー、流石に「組織」上位Noとなると、ヘタな人とぶつかっても瞬殺が予想されます。よって、今回は特別ルールとして、ザン・ザヴィアーと他多数の契約者との1対多数の戦いとさせていただきます』
「燐スマン」
「先生、この服もらって行きますね」
「「ちょっとX-No.0ボコってくる!」」
「ダメー!?」
「組織の上位ナンバー相手に戦うチャンスなんだよ!?」
「美亜さん、アンタご両親にバレてヤバイってさっき言ってたじゃないか」
「お小言確定してるなら後どんだけ暴れても関係ないよね!?」
「俺はさっきの反省点を見直したいからだな」
「まなはさっきあんだけ無茶したんだから絶対安静!!」
ギャーギャー言い合いしてる間にも試合は進んでいき…場面が少し動いた。

『さぁ、いぜん勢いを増すクラーケンvsメガロドンのB級クリーチャー対決!まるでアルバトロスの映画だ!?』
『鮫映画に鮫が出てくるだけでも評価できるな……お?』
実況席から上がる疑問の声。
モニターに映るは宙に浮かぶ無数の刃物がクラーケンの足をメッタ刺しにする光景。

「……………」
医務室の全ての視線が美亜に突き刺さる。
「い、いや…私じゃないよ?」
「て、なると誰が………」


クラーケンの足の上で戦場を見渡していたザンの目がそれをとらえた。
クラーケンの足をメッタ刺しにした刃物の群れ。
それは正確には刃物では無く…
「刃物を握った腕?」
こんな事をする存在に少しだけ心当たりがある。
刃物が飛んできた方へ目をやる。
やはりいた。

宙に浮かぶ無数のメイド姿のマネキン人形の群れ。
それぞれが手に大型の刃物や鈍器、あるいは盾を装備している。
人材不足を解消する為に投入された都市伝説によって稼働する自律駆動型のマネキン人形。
K-No.の黒服達。
そして、それらを統括し操る存在がいるとすれば………いた。

「加減が効かないかごめかごめと刃物は縁を切るは使用禁止、となると今回は私しか使えないわよ?」
「それで十分…なんて言える相手じゃないが手数は足りてる、暴れるにはちょうどいい」
「実戦からかなり離れてるけど勘鈍ってない?」
「ならここで取り戻すさ」
「OK、行くわよ契約者」
「あぁ、行くぞ希」
組織の幹部、No.0の1人にして唯一の人間。

「K-No.0」
「腕試しです、付き合ってもらいますよ…X-No.0」

影守蔵人が参戦した。

続く?

512単発ネタ:2016/10/12(水) 22:39:10 ID:DXTy7baI
信じられることで都市伝説は実体化し、力を持つ。
信じる者のいなくなった都市伝説は、力を失い、消えていく。
自分を都市伝説などという矮小なものだと思ったことはないが、
残念なことに、信じる者がいなくなれば消えてしまうのは私も同じであった。
しかし、当時の私は、自分が消える日が来るなど露ほども思っていなかった。
私たちを認識できる人間はごく僅かであったが、
それでも地平の果て、あの国の全ての者が、私たちを信じていた。
私の主は冥界を治め、私はその敵を打ち滅ぼす。
永遠に続くと思っていた。
信仰が失われたのはいつの日か?
忌々しい唯一神か?王国の滅亡か?
今となっては分からない。
消えゆく力、薄れゆく意識。
最後の日はいつだったか……

消える日が来るとは思っていなかったが、
再び力を持つ日が来るなどと、誰が思おう。
気が付けば私の故郷より遙か遠くの地。
想像もつかぬ幾夜を超えて、私は目を覚ました。
「こっちむいてー!」
最初こそ戸惑ったものだが、しばらくこの世で過ごしてみて理解した。
「一緒に写真、良いですかー?」
やはり、私は信仰を失っている。
だが、この人気だ。この人気が、私に力を与えている。
「よくできてんなー……」
ならば、私のやるべきことは一つだ。
さらに人気を集める。
いづれはソレを信仰に昇華してもいいが、
ともあれ、今は人気だ。大人気だ。大ブームを引き起すのだ。
「スゲェ!目が光ってる!」
それが私の力となる。
いつの日か私が全盛期へと近づいたなら、主や友に相見える日も来るかもしれない。
「はーい、それではみなさーん、集まってくださーい」
ただ、不思議なことがある。
以前の私は不可視の存在だったはずなのだが、この白い布のような姿は何だ?
「それじゃー、集合写真撮りますねー」

――――――
――――
――

組織某所
「大変です!」
「なんだ、どうした?」
「ゆるキャラグランプリに、メジェドが……!!」



513治療室にて  ◆nBXmJajMvU:2016/10/12(水) 23:10:14 ID:rfZkYn3Y
「…K-No,0まで出ているとなると、やっぱり参加し」
「駄目ーーーっ!?まなっちはまだ絶対安静ーっ!!」

 引き続き、ザン相手のスペシャルマッチに参加しようとする愛人を引き止める憐
 愛人の様子にちょっとは精神的な余裕が出てきたのか、喋り方が3年前からのものに戻りつつある

「…つーか、先生!先生もっとちゃんと止めて!今、この現場で一番医療知識しっかりしてる人!!」
「うむ、まぁ止めてもあまり効果がない予感しかないのであるが。とりあえず、そこな少年」
「何だ?」

 何やら、また新たに布を手にしている「先生」に声をかけられ、とりあえずそちらを見る愛人
 にこり、と「先生」は特に怒っている様子もなく笑ったままで、こう告げる

「先ほどまで、私があちらのお嬢さんの服を優先して作っていたのでうっかり忘れがちであると思うが、今の君は全裸だ。流石に医務室出るのやめよう?」

 そう、そうなのだ
 「先生」が女性優先だと言わんばかりに服がボロボロになった美亜の服の作成を優先していた為見落としがちかもしれないが、愛人は今現在全裸なのだ
 あの戦闘の結果全裸になって、そのままだったとのである

 この姿のまま、バトルフィールドに向かうというのは、大変と問題がある

「…シーツまとえば」
「チラリズム満載になるねぇ。どちらにせよやめようか」

 ちらり、愛人が憐を見れば、「絶対安静じゃないと駄目」とでも言わんばかりの表情
 ちらり、今度は灰人を見れば、「いいからおとなしくしておけ」と言わんばかりの表情

 ………総合して考えた、結果

「構わない、行く」
「駄目ーーーーっ!!」

 がっし!!
 それでも行こうとした愛人を、憐が全力で止めた

「憐、あのな。戦闘中は服が破けようが全裸になろうが、そんな事を気にしているようじゃ勝てる勝負にも勝てなくなるんであって……」
「それは戦闘中や緊急事態の話であって、今のお前は戦闘中じゃないし、あの戦闘はお前がどうしても参加しなきゃいけないような緊急性のあるものじゃない」

 憐に対して喋っていた愛人だったが、そこに灰人が容赦なくツッコミを入れた
 っち、と愛人はこっそり舌打ちする

「とりあえず、憐。離せ」
「離したら、まなっち、即戦いに向かうでしょ?」
「あぁ」

 ごがっ

「〜〜〜〜っ!?」
「清々しいまでに即答しない」
「あ。アンナさん」

 いつの間に、治療室に来ていたのだろうか
 アンナがごんっ、と愛人にげんこつ喰らわせ、強制的におとなしくさせた
 瞬間的に身体能力を強化して、強めにげんこつしたらしい。じんじんと痛むのか、愛人が頭を抑えている

「先生、大丈夫とは思うんだけど、ちょっと診察してくれるかな?遥が「念の為診てもらって来い」ってうるさくて」
「うむ。来なかったら我が助手に呼んでこさせようと思っていたからちょうど良かった。肉体を溶かし崩して戻す、と言うことをやったのだからね」

 憐が撒き散らしてしまった治癒の力がこもった羽毛を半分避けつつ、椅子を引っ張り出してくる先生
 取り出していた布地を、一旦端に置いた
 ……愛人の服の替えをなんとかするのは、またもや後回しになったらしい

「ほら、まなっちー。そもそも、冷静に考えたらもう選手受付終わってると思うから参加無理っすー。ここで大人しく見てるしか無いと思うっす」
「っく……なんという事だ………!」

 がっくりと、愛人がうなだれている間にも、モニターには試合の様子が映し出され続けている


 ………また、少し、戦況が動き出そうとしていた

514続・戦技披露会・スペシャルマッチ  ◆nBXmJajMvU:2016/10/12(水) 23:13:50 ID:rfZkYn3Y



 無数のマネキン人形の群れを見て、さて、とザンは思案する
 普段と違い、今回は試合であり、自分は一部の能力を使用しない、と言うことになっているのだ
 どう片付けたらいいものか………と、言うより

「影守、希。お前ら仕事はどうした」

 そう、仕事
 希が操るキューピー人形逹はこの試合の撮影を続けているはず……であるし、観客の誘導も、あのメイド姿のマネキン逹が動いているはずである
 医療班……は、問題ないのだろう。そもそも、あの「先生」が本気で仕事をするのなら、一人でも十分なのだし、本気で仕事をするのなら

「私の制御下ではあるけれど、殆ど自立行動させてるから大丈夫よ」
「この試合に参加した程度で、それらの制御が外れる訳でもないからな」
「なるほど」

 ……ただ、これは仕事があるからと今回の戦技披露会に参加できない天地が悔しがりそうではある
 後で教えておいてやろう

「だが、クラーケンを攻撃しているだけじゃあ、俺には届かないぞ?「クラーケンの足を落とせばいい」と思っているわけでもないだろう?」

 確かにクラーケンの足は滅多刺しにされている
 されてはいるが、この程度でどうにかなるクラーケンではない……と、言うよりも、それ以前に
 ザンが召喚できるクラーケンは一体ではない
 ざばぁあああっ、ともう一体。今度はタコ型のクラーケンが出現した
 それに、ザンの能力はクラーケンを呼び出す事だけではなく………

「撃ち方用意っ!!」

 と、その時
 突如として、少女の声が響き渡った
 その直後

「ーーーーー撃てぇっ!!!」

 そのような号令と共に
 大砲の発射音が、連続して響き渡った


「なんかすごい事になったーっ!?ザンに向かって、大砲が連続発射されてる!?って言うか、大砲ってここまで連射できたっけ!?それと何、あの海賊船!!??」

 思わず一気にツッコミする神子
 モニターに映し出されているのは、巨大な海賊船
 それが海賊船であるとわかるのは、その大きな帆は黒く、中央にドクロマークが描かれていたからだ

「……黒髭辺りじゃないか?海賊の。あの船、大砲40門近くあるだろ?「クイーン・アンズ・リベンジ」……アン女王の復讐号だと思うんだが」
「よく見てるわね、直斗。それと、よくそれで黒髭だってわかるわね」

 海賊黒髭
 それは、都市伝説ではない……が、伝説的な海賊と呼んで良い存在である
 大航海時代が終わった直後の海賊時代、その時代に生まれ落ち、大暴れした大海賊………エドワード・ティーチこと黒髭
 一般の船人だけではなく他の海賊逹からも恐れられたと言うその男は、ところどころに導火線が編み込まれた豊かに蓄えられた黒い髭が特徴であり、爛々と光る目は地獄の女神そのものである、とも言われた
 深からすらアクマの化身と恐れられたその男はカリブ海を支配下に置き、避け、女、暴力に溺れ場くださいな財産を手に入れた
 世界でもっとも有名な大海賊であり、海賊としてのイメージを決定づけた大悪党である

 今、ザンに向かって大砲を撃ちまくっているその巨大な船は、その黒髭が使っていたと言う海賊船「クイーン・アンズ・リベンジ」………日本語で言うところのアン女王の復讐号のようだ
 40門もの大砲から、絶え間なく、連続してザンを攻撃し続けているが……

 だが、その猛撃はザンには届いていない
 ザンとその海賊船との間に、巨大な闇が生み出され、それが大砲の攻撃を全て飲みこんでしまっているからだ
 まるでブラックホールのようなその闇は、ザンが「マリー・セレスト号」の神隠し説の応用で生み出したものである
 その闇はザンと影守との間にも生み出され、マネキンの接近を防ぎ始めた

「あぁ、あの能力は使用可能だったのか」
「防御に使うのはオッケー。攻撃に使ったら問答無用で相手死にかねないから駄目だけど」
「なるほど、通りで「メガロドン」相手は使ってない訳だ」

 神子の説明に、直斗は納得したような声を上げた
 あの闇に飲み込まれると、その部分は容赦なく消滅させられてしまう
 生きた人間に使うと、高確率で一撃必殺になりかねないのだ
 死亡者を出す訳にはいかないので、攻撃には使えない

 ………だから、ザンを攻撃し続ける「メガロドン」に対して使えないのだ
 複数出現しているメガロドンであるが、その中のどれかが、契約者が変化した姿である可能性を否定できない
 故に、メガロドン相手には使えない
 ザンは「メガロドン」の攻撃を、ずっとクラーケンによって防ぎ続けている

515続・戦技披露会・スペシャルマッチ  ◆nBXmJajMvU:2016/10/12(水) 23:15:07 ID:rfZkYn3Y
「ただ、あれだけ闇の範囲が広いとモニター越しだとちょっと状況わかりにくくなっちゃってるわね」
「ですね。それに、闇の範囲が広すぎて、狙撃が難しくなったようです」
「そうねー………って、龍哉待って。狙撃って何」
「試合開始してすぐの頃から、ザンさん、ずっと狙撃され続けていましたよ。さりげなく、クラーケンの足で防いでいましてけれど」
「え、マジ?」

 はい、と神子に対して龍哉は頷いて見せた
 オフィス街のような戦闘舞台、その立ち並ぶビルのどこかに狙撃手が潜んでおり、ザンを攻撃し続けていたらしい
 最も、さり気なく防がれ続けている為、あまり効果はないようだが……

「あぁ、ザンさんも動きましたね」
「え、え?」

 囲まれた闇の中
 いつの間にか、ザンの姿が消えていた


「撃て撃て撃てぇっ!!弾幕を薄めるなぁっ!!」
「はっはぁ!!今の御時世で、ここまで派手にぶっ放せるとは思っていなかったぜ!野郎共、マスターの指示通り撃ちまくれぇ!!!」

 甲板の上で、前髪をカチューシャでしっかりとまとめているせいで少々でこっぱちに見える海軍提督のような服装をした少女と、いかにも海賊と言った出で立ちの豊かな黒髭を持った男が船員に指示を出し続ける
 「海賊 黒髭」の契約者である外海 黒(とかい くろ)と、契約された存在である黒髭は、それはもう生き生きと攻撃を繰り出していた
 「クイーン・アンズ・リベンジ」を召喚し、それに付属する船員逹と共に戦うと言う戦闘方法が主流であるが為、現代社会においては非常に戦いにくくて仕方がなかったのが、ここでは思う存分に戦えるのだ
 楽しいに決まっている
 相手は「組織」のNo,0クラス、これくらいやっても問題あるまい

 自分達の攻撃によって仕留められるか、と問われると………絶対に出来る、と断言出来ないのは少々悔しいが
 だが、こちらが絶え間なく攻撃し続ける事によって、他の者へのザンの注意が引きつけられるならば、一撃を当てるチャンスくらいにはなるだろう

 と、その時
 何かに気づいた黒髭が、黒の腕を引いた

「……!マスター。こっちだ!」
「っむ!?」

 ごぅんっ、と
 ザンが生み出した闇の範囲が狭まったと思うと、ごぅっ!!と、クラーケンの烏賊足が横薙ぎに襲い掛かってきた
 人間の身長を有に超える野太い烏賊足が、「クイーン・アンズ・リベンジ」のマストを掠める
 ぐらり、と風圧で船が多少揺れた
 これくらいならば、問題は…………

「……ったく、再生能力はともかく、身体能力強化なし、となればこういう手段とるしかないんだよな」

 先程、烏賊足の被害を免れたマストのすぐ傍で白いコートが、はためいた

「貴様……っ!?」
「おい、マスター。あの野郎、さっきの烏賊足で自分自身をここまで運ばせたみてぇだぞ」

 いつの間にか船に乗り込んでいたザンの姿に警戒する黒と、どうやってここまで移動してきたのかを見抜いたようにそう口にする黒髭
 …その通りである、黒髭の言うとおりに、ザンはここまで移動してきた
 生み出した闇でもって、烏賊足に己の身を包ませる様子を誰にも見せようとせず、こうして移動してきたのだ
 かなり、無茶苦茶な移動方法である
 ザンのように優れた再生能力持ち……と言うより不死身でなければ、衝撃で死にかねない

「むちゃくちゃな………っだが、わざわざこちらに飛び込んでくれるとは!」

 船に乗り込まれては、大砲による攻撃は使えない
 だが、自分達が使える能力はこの「クイーン・アンズ・リベンジ」の召喚使役だけではない
 海賊が扱う武器………カットラスやフリントロック銃を手元に出現させる事もまた、出来るのだから
 黒は手元にフリントロック銃を出現させ、ザンへとその銃口を向けた

 外海 黒は、その外見通りの年齢な中学二年生である
 いかに黒髭と言うトップクラスの海賊と契約していたとしても、当人の戦闘経験はさほど多い訳ではない
 故に、彼女は気づけなかった
 あたりに漂いだした、アルコールの香りに
 彼女が契約している黒髭の方が先に気づいて

「ばっか、マスター。今すぐ逃げ………っ」

 黒髭の言葉が終わるよりも先に
 ニヤリ、笑ったザンを中心に、爆音と爆風が撒き散らされた

516続・戦技披露会・スペシャルマッチ  ◆nBXmJajMvU:2016/10/12(水) 23:15:59 ID:rfZkYn3Y
 「マリー・セレスト号」。乗組員が誰一人残っていない状態で漂流していたところを発見されたその船には、様々な都市伝説が語られた
 何故、船員が誰一人残っていなかったのか、そこには様々な説が好き勝手に唱えられた
 それらの中には「船員が皆神隠しにあってしまった」だの「クラーケンに襲われた」だのと言うものがあり、ザンの能力はそれらに由来したものなのだ
 そして、その様々な説の中にはこんなものも存在する
 「船の中には、空になったアルコールの樽が9つあった。すなわち、それらの樽からアルコールが漏れ出し、船内にアルコールのモヤが発生。それを見て船が爆発すると危険を感じた船員が船を脱出した」と言うもの

 その説の応用であろう大爆発は、黒と黒髭を吹き飛ばし………更にいえば、「クイーン・アンズ・リベンジ」そのものをも、吹き飛ばした
 黒髭は黒を抱え込み、海面へと着水する

「ぷはぁっ!!……マスター、気絶していねぇだろうな!?」
「げほ……っ。見くびるな。この程度で意識を飛ばすものか」

 黒髭に抱えられた状態で、海面から顔を出す黒
 気絶してしまえばそこで失格だ。そう簡単に意識は飛ばせない
 しかし………

「ティーチ、すぐに船に戻……」
「戻りてぇのは、山々なんだがな」

 二人の目の前で、「クイーン・アンズ・リベンジ」が沈んでいっている
 ザンが起こした爆発でマストが吹き飛んだ上、船底まで穴を空けられてしまったらしい
 「クイーン・アンズ・リベンジ」はたとえ沈められようとも、また召喚は出来る………ただし、一度沈められた場合、最低24時間後でなければ、改めて召喚はできない

「あの男は……」
「向こうだ」

 黒髭が指した先。再びクラーケンの足に乗ったザンが先程までと同じ位置へと移動しようとしている最中だった
 ……届かせられる攻撃手段が、なくなってしまった
 もはやリタイアも同然の状況に、黒は悔しげにザンをにらみあげた


 繰り出され続ける影守からの攻撃と、何処かから繰り出され続けている狙撃。そして「メガロドン」の攻撃を防ぎながらザンは考える
 どうやら、こちらの様子を伺っている者も複数いるようだ
 先程の海賊船相手だけではなく、もうちょっと、仕掛けてやろうか

 クラーケン逹へと、指示を出す
 まだ海面には姿を出していないクラゲ型クラーケンは引き続き待機させ、烏賊型とタコ型へと司令を飛ばす

 巨大な烏賊の足とタコの足が、暴れ狂い出す
 あちらこちらのオフィスビルを薙ぎ倒し、飛びかかってきた「メガロドン」をぐるり、絡め取って

 ぶぅんっ、と
 全長40メートルもの巨体の「メガロドン」を、影守に向かって、投擲した




to be … ?

517はないちもんめ:2016/10/13(木) 00:02:55 ID:uiOyFFdY

「影守!!」
こちらに向かって落ちてくるメガロドン・・・回避はまぁ間に合わない。
地上ならともかく、今は空中で、それも浮遊してるのではなく、周囲に浮かせたバラバラキューピーを足場に跳躍してるだけだ。
「希、来い!」
希が自分に捕まったのを確認すると同時に刀を鞘に納め居合いの構えを取る。
やる事は今までとかわらない。
「かごめかごめ」
次の瞬間影守の姿はその場から消え、メガロドンより遥か上空で、黒服の首が一つ飛んだ。

『K-№0が消えた?』
『かごめかごめの瞬間移動能力!?』
『あらかじめ上に待機させていた黒服さん達が一人を囲む形を取っていたのですね』

影守の「かごめかごめ」は斬首の歌。
囲った対象の行動を制限し、あらゆる条件を無視しその背後への移動と斬首が一体化した都市伝説である。
「かごめかごめを回避に転用したのか」
「普通にやっちゃ避けれませんでしたし、貴方と同じで攻撃には使えませんが回避ではその限りじゃない」
そう、影守の「かごめかごめ」もまた一撃必殺、模擬戦では本来使用できる能力ではない。

「っと、助かった・・・大丈夫か?」
影守が片手で握っている今しがた切った部下の首に声をかける。
「はい、首のパーツが真っ二つですが部品交換で即座に復帰可能です」
「あんたは一度下がって部品の交換を、残りは4体1組で散開、常に中央に1体置いて残り3体で囲むように動きなさい、影守の回避で首が破損した場合は速やかに離脱、首の部品交換が済み次第復帰、良いわね?」
戦場に召還された全てのマネキンから了解の声が上がる。
「行け!」
指示通りに4人一組となった黒服達が四方八方からザンに迫る。
「黒服程度でどうにかなると・・・」
投げられたメガロドンを避け、クラーケンの攻撃をかわし、闇による足止めすらくぐりぬけた一部の黒服達は、しかしてザンに届かずあるいは返り討ちになる、が
「は思ってませんが」
そのザンに直接返り討ちにされた黒服の首を切り落としながら影守と希がザンの目前に現れる。
「どれか一組でも肉薄できれば後は俺達が届く!」
「有りかよそれ」
「都市伝説の応用なんて言ったもん勝ちでしょう」
「違いない、が・・・ここは俺の領域だぞ?」
そう、影守とザンがにらみ合っているこの場はクラーケンの足の上・・・つまり
「お前等だけ振り落とすのは簡単だよな」
「影守、それ位想定済みよね?」
「・・・・・・どうしよう」
「もっかいやり直せ」
ザンのその一言でクラーケンの足はうねり、影守は海へと落下していった。

続く?

518ゴルディアンの結び目 ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 00:09:58 ID:n0vvDrQU
都市伝説『トンカラトン』は路地裏に隠れてようやく一息ついた。
語られている通りに人を襲おうとしたが、逆に何者かの襲撃を受けたのだ。
細長いものに巻き付かれた自転車は恐ろしい力で引きちぎられてしまった。
このまま走って逃げるのか、意を決して襲撃者に立ち向かい撃退するのか……

そんなことを考える『トンカラトン』を上から見つめる者がいた。
正面に(▼)マークの描かれた覆面で顔を隠し
トレンチコートに中折れ帽を着用したその人物は、
腕に巻きついている細長い布を下に向かって数本伸ばすと
音もなく『トンカラトン』の首へと巻きつけ
彼が反応するよりも早く布を引っぱりその首をへし折った。


[警邏記録 G.K記]

『注射男』1体 
『赤マント』2体 
『トンカラトン』1体
今日だけでこれらの都市伝説を始末した
"学校町"を漂う嫌な匂いに惹かれてやってきたハエ共だ
やはり元を叩かなければキリがなさそうだが
あいにく俺には原因を探るために使えるツテがない
この街でいったい何が起こっているのか
それが分かるまではハエを消すことに注力しよう

519ゴルディアンの結び目 ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 00:10:39 ID:n0vvDrQU
相生真理にとって幼馴染の奇行はよくあること
もうとっくに慣れている……と自分では思っているつもりであった。
風呂上がりに自分以外いないはずの家のリビングで
仮装でもしているかのような格好をして
手帳に何事か書き連ねている幼馴染を見つけるまでは。

「邪魔シてルゾ。窓の施錠ハ忘レルな、都市伝説に襲わレかねない」
「……気をつけるわ。都市伝説以外に不審者が入ることもあるみたいだし」

乾いた物が擦れ合うような声で話す幼馴染の忠告に皮肉で返す。

「それで、なんでその格好してるの?またヒーローごっこ?」
「ソのようなものダな。最近ハ、都市伝説の出現数ガ増えていルようダ」
「だからヒーローごっこするわけ?その格好、えーと……なんだっけ?」
「"ゴルディアン・ノット"ダ」
「そうそう、そんな名前だったわね。それ」

(▼)模様の覆面で顔を隠し、トレンチコートを羽織って中折れ帽を被る。
全身に巻きつく細長い布と縄、胴体にだけ巻きついた二本の鎖。
某アメリカンコミックのヒーローをモデルにした幼馴染の描くヒーロー像。
それが目の前の"ゴルディアン・ノット"だ。正直不審者にしか見えないが。

「おじさんとおばさん、反対しなかったの?いや、黙ってやってるのか」
「ソのことダガ、家出シてきた」
「……ごめん、なんて?」
「家出シた」
「はぁ?いやいや、学校とかあるでしょ?」
「荷物なラ持ってきていル」
「ここか!滞在先もとい家出先は私の家か!!」

一軒家のくせに両親は海外を飛び回っているため
部屋が余っているのは事実だ……しかし私を巻き込むなと言いたい。

「今この街で戦闘向きでハない契約者が一人暮らシなのハ不安ダ」
「それは……まあそうかもしれないけど」
「俺なラ大抵の都市伝説ハ倒セル」
「だから家に置いとけと?」
「悪い話デハないダロう?」

確かに私の契約都市伝説『小玉鼠』では
都市伝説に襲われたとき対処しきれるか疑問がある。
それを言われると強行には反対できない。
……なにより幼馴染の頼みである。あまり無下にもしづらい。

520ゴルディアンの結び目 ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 00:11:09 ID:n0vvDrQU
「分かったわよ。しばらく置いてあげる」
「感謝スル」
「でもちゃんとおじさんたちにも顔見せなさいよ?」
「元よりソのつもリダ」
「あとずっと気になってたんだけど」

覆面の下で顔を隠した幼馴染が
訝しげな表情をしたのが、なんとなく分かった。

「なんでずっとその声なの?」
「この後また警邏に行くかラダガ?」
「えー……もう夜の11時だけど」
「今日ハ土曜日ダ」
「まあいいけど、せめて私だけのときくらい普段通り話さない?」
「"ゴルディアン・ノット"デいル間ハこのままと決めていルかラ断ル」

それだけ言うと幼馴染は階段を上がっていってしまった。
窓から入ってきたと言っていたから、靴も窓のそばにあるのだろう。
おそらくそのまま窓から出て行くに違いない。

「……合鍵渡しとこ」

いつも窓から出入りされるのは流石に困る。
そう思って合鍵を幼馴染に渡すべく、私も階段を駆け上がっていった。

521ゴルディアンの結び目 02 ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 00:11:45 ID:n0vvDrQU
[警邏記録 G.K記]


警邏中に『くねくね』を倒した後、"組織"の活動を目撃した
相手は『ひき子さん』だったようだが
戦闘していた契約者は危なげなく倒しているように見えた
できることなら契約都市伝説も確認したかったが
黒服の方がこちらに気づいたようだったので撤退する
この距離で俺に気づく相手と戦闘の駆け引きができると考えるほど
自分の力を過信しているつもりはない
それと"組織"の追手かと思い撒こうとした相手は知り合いだった
鼻が利くというのは俺の強みでもあるが
対策と、さらにその対策を考える必要がありそうだ


南区 喫茶店「ヒーローズカフェ」

「――というわけでうちにいますので」
「連れ戻したほうがいいか?」
「いえ、それはいいです。あ、でも食費とかがちょっと」
「分かった。後で届けるよ」

相生真理は幼馴染の家である"ヒーローズカフェ"に来ていた。
喫茶店に思い入れのある幼馴染の母、瑞希さんが提案し
夫である幼馴染の父、美弥さんが承諾して始めたというこの店だが
いたるところにヒーローもののフィギュアやポスターが飾られている。
さらに店内のテレビではヒーロー系の映像が営業中に流され
隅に置かれた本棚には海外のヒーローコミックまで置かれている。
断言しよう。幼馴染がああなったのはこの両親のせいだと……!

「今日は光の巨人なんですか?しかも海外の」
「流して欲しいって私物の持ち込みがあったんだ」

そして悲しいかな、私もそれなりに知識を植えつけられている。
うちの両親は昔から家を空けることが多かったので
私は頻繁に両親の知り合いである篠塚夫妻に預けられてきた。
東区の家を第一の家とすると、ここは第二の家のようなもの。
なので今回は一言断って居住スペースに上がり込み
美弥さんが休憩に入るのを待っていたわけである。
……家出した子の動向とか、店の中でする話じゃないし。

522ゴルディアンの結び目 02 ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 00:12:28 ID:n0vvDrQU
「でも止めないんですか?」
「最近街の雰囲気がおかしいのは俺たちも感じているからな
 しかし俺も瑞希も昔みたいに我武者羅には戦えない
 ならやらせてみるのもいいんじゃないか、と思うわけだ
 まあ何も考えてないわけじゃない。一応見張りにザクロをつけてある」

ザクロさんは美弥さんの契約都市伝説で
『ブラックドッグ』という火を吹く能力を持った大きな黒い犬だ。
底なしのスタミナと体格に見合ったパワーに犬の俊敏性も併せ持つ。
おまけに嗅覚を始めとする知覚能力も高く、人間としての姿まで有している。
私の『小玉鼠』なんて足元にも及ばないハイスペックである。
なるほど。居住スペースにいないのは幼馴染についているからかと納得した。

「"怪奇同盟"が活動停止状態でなければ、まだやりようはあったんだがな」
「"怪奇同盟"……ですか」

"怪奇同盟"の名前は、今まで何度も耳にしている。
それが私の両親と幼馴染の両親が所属していた集団の名前だからだ。
両親はこの集団に所属することが縁で出会ったと聞いている。
だが、現在"怪奇同盟"は活動できない状態にあるのだという。

そもそもこの街は都市伝説をよく引き寄せるとかで
いくつか都市伝説に関連した名のある集団が拠点を置いているそうだ。
例えば"組織"と"首塚"……この2つは両親の話でもたまに名前が挙がっていた。
"組織"は都市伝説の存在が表に出ないよう活動している集団らしい。
黒服と呼ばれる者たちと"組織"の庇護下にある契約者によって構成され
危険な都市伝説を狩り、後ろ盾のない契約者を保護しているとか。
しかし昔は巨大な集団であるため派閥争いがあったようだとも
"組織"の構成員と話す機会があった両親や篠塚夫妻からは聞いている。
"首塚"はそんな"組織"に対して反感を抱いた、
かの有名な平将門の怨念なる都市伝説が率いるという集団だ。
自主自立に重きを置く比較的自由な気質の集団であると聞いている。
現在は彼らも"組織"に対して積極的に抗争を起こすことはないという。
では肝心の"怪奇同盟"はどんな集団だったのかと
美弥さんに聞いたことがある。その時美弥さんは

「自警団という表現が一番近いんじゃないか」

と言ってから私に説明をしてくれた。
"怪奇同盟"の行動規範は街とそこに住む人々を都市伝説の脅威から守ること。
確かにこれなら自警団という言葉が相応しいだろう。

523ゴルディアンの結び目 02 ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 00:13:17 ID:n0vvDrQU
では何故彼らが活動できなくなったのか
"怪奇同盟"には"首塚"でいう将門公のように明確なトップがいた。
都市伝説『墓場からの電話』であるという彼女は"盟主"を名乗り
学校町に点在する墓地を起点にこの街を裏から監視しつつ
構成員である盟友(同志と言い換えてもいいかもしれない)と共に
"組織"や"首塚"、あるいはその他の集団と牽制しあいながら
この街を守るために戦い続けていた。
特に20年ほど前は盟友たちの前にその姿を何度も現すほど
精力的に動き大きな事件の解決に尽力していたという。

だが15年ほど前に、彼女は姿を見せなくなった。
どころか彼女の眷属のような立場である幽霊……
"墓守"たちですら彼女の動向がつかめない状況であった。
それでも盟友たちは各自で自警活動を続けていたが
"盟主"を欠いたことで集団として活動することは難しくなっていた。
それから数年経ち学校町の都市伝説による被害が減り
街が比較的安定した状態になったことを受けて
暫定的なリーダーであった東の墓地の"墓守"は
"盟主"の動向が分かるまで"怪奇同盟"としての活動を停止し
都市伝説と関わりのない表の生活に注力するよう盟友たちに通達した
こうして"怪奇同盟"は今のように名ばかりが残る状態になったのである。

「"怪奇同盟"は無くなったわけじゃない
 俺や瑞希は今でも所属しているつもりだし
 真理ちゃんの両親だってそうなんじゃないかな」
「そう、だと思います」

私の両親は学者だ。それも民間伝承や神話、都市伝説を研究している。
たぶん海外を飛び回っているのも2人にとっては戦いなのだと思う。
彼を知り、己を知れば、百戦危うからず。という言葉がある。
いずれ来るかもしれない戦いのために知識を蓄え備えようとしているのだ。
それが最終的には街と人を、私を守ることに繋がると信じている。
私を放っていることには不満の言葉しか出ないが
たまに帰ってくるとこれでもかと構い倒してくるので
愛されていないとは思っていない。

「それはそれとして、もっと頻繁に帰ってきてほしいですけどね」
「俺もそれは思う。学者ってのはそんなに大変なのかね」
「…………まあ、たぶん、そうなんじゃないですか」

喧嘩腰になりやすく行動力のある母と、妻の押しに滅法弱い父。
帰国が延期になる理由の3分の2くらいは母の暴走の結果だと
気がついてしまったのは何年前だったか……
お願いだから他国で人様に迷惑をかけるくらいなら早く帰ってきてください。
思わず手を組んで天に祈った私を美弥さんが不思議そうに見たが、些細なことだ。

524ゴルディアンの結び目 03 ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 00:14:17 ID:n0vvDrQU
空中を滑るように移動し隙を窺う『モスマン』に対して
覆面の人物……ゴルディアン・ノットもまた地上から
『モスマン』を地に落とす機会を待っていた。
やがてしびれを切らしたのか音もなく突撃してくる『モスマン』が
間合いに入ったとみるやいなや、ゴルディアン・ノットは
両腕に巻き付いた布と縄のほとんどを『モスマン』目掛けて撃ち出し、
回避しきれなかった布の一本が『モスマン』に絡まったのを感じとると
すかさずその一本を引っ張り『モスマン』を地面に叩きつける。
追加で布を、縄を絡ませながら何度も地面へと叩きつけるうちに
やがて『モスマン』は光の粒となって消えてしまった。


[警邏記録 G.K記]

『モスマン』を1体倒した
空を飛び回るガを叩くのは面倒だが
光へ近づこうとする限りできないことではない
本当に厄介なのは空を飛びながら水をかけるセミだ
これも何か対策を打つ必要がある
問題は多いがこれくらいは解かなければ
難題を断つことなどできないだろう



相生真理が玄関の扉を開けると、珍しい人物が立っていた。

「文さん?こんにちは、どうしたんですか?」
「こんにちは、真理ちゃん。兄さんに頼まれて結ちゃんの分の生活費をですね」
「あー、そういうことですか。とりあえずあがってください」

篠塚文さん。中学一年生の私と同い年くらいにしか見えない彼女は
美弥さんの妹、つまり我が幼馴染の叔母にあたる。

「結ちゃんはどうしてますか?」
「今は部屋にいる……はずですけど」

そう言って部屋の前まで文さんを案内し、扉をノックする。

「入っていいよー」

返事が戻ってきたのを確認して扉を開けると
手帳に何かを書き込む幼馴染の少女の姿がそこにあった。

525ゴルディアンの結び目 03 ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 00:14:48 ID:n0vvDrQU
「あれ、文さん?なんでここに」
「結ちゃんがここで居候してるっていうから生活費を届けに来たんですよ」
「なるほどなー」
「私も無理に帰ってこいとは言いませんけど
 たまにはちゃんと帰ってお父さんに顔を見せてくださいね」
「はーい」

なんというか、仲のいい姉妹の会話を見ているようである。
外見年齢が近いからそう見えるのか、それとも……

「話は変わりますけど、能力を使ってみてどうですか?」
「んー……別になんともないと思うけど」
「私の時とはまた別のパターンですからね。何かあったらちゃんと伝えるように」
「あいあい」

文さんは都市伝説から人になり、その後都市伝説として契約者を得たという
簡単には説明しづらい、ややこしい経歴がある。
その結果、契約時から肉体の成長が止まってしまったそうだ。
そして誕生したのが見た目は子供、頭脳は大人の稀少存在というわけだ。

結もまた文さんと同じ……ではないが、奇妙な運命を背負って生まれている。
彼女の両親、美弥さんと瑞希さんは"都市伝説化した契約者"だ。
都市伝説と契約した者はたまに、その力を制御しきれず
あるいはその力を使いすぎてしまった結果、人間ではなくなることがある。
例えるなら、吸血鬼の力を使いすぎて自らが吸血鬼に変じるような……
都市伝説に呑まれる、などと表現するその現象を2人はその身に受けた。
それゆえに2人の外見は、10代後半の頃から変わらないままだという。
そんな2人から生まれた娘は、残念なことに普通ではなかった。

『ドラゴンメイド』。ヨーロッパに伝わる半竜半人の乙女。
それが篠塚結……私の幼馴染が生まれ持った都市伝説としての性質。
彼女は人間でありながら都市伝説でもある、異質な存在だった。
都市伝説の力を持ちながら、都市伝説と契約することができる。
ハッキリ言おう。私の幼馴染はバケモノである、と。

526ゴルディアンの結び目 03 ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 00:15:41 ID:n0vvDrQU
「ハッキリ言おう。私の幼馴染はバケモノである」
「そんなことを言うのはこの口かー」

文さんが帰った後の部屋で、言葉の刃を携え斬りかかった私に
結は何が楽しいのか笑顔で近づいてきて、私の両頬をぐにんと引っ張った。
……結は自分がバケモノであることを認めている。
同時にバケモノであるからこそ、自分が何者で、どうあるべきなのか。
その答えを探しているのだと私に言ったことがある。
ゴルディアン・ノット。あるいはゴルディアンの結び目。
その意味するところは"手に負えないような難問"。
彼女のヒーロー像は、彼女なりの答えなのだろう。
古代の王ゴルディアスがどのような答えを期待して
複雑で固い結び目を用意したのかは誰にも分からない。
しかしアレクサンドロス大王は自分なりの答えで結び目を解いてみせた。
それと同じなのだ。彼女は己の答えで、道を切り拓こうとしている。

「んー、そろそろ日が暮れるねー。着替えるからちょっと部屋出てくれる?」
「はいはい」

部屋を出ると中からゴソゴソと音がして、しばらくすると再び中へ呼ばれた。

部屋の中にいたのは篠塚結ではなく"ゴルディアン・ノット"だった。

「夕食の前に俺ハ警邏に行ってくル」
「言うと思ったよ。気をつけてね」
「ああ……済まない。いつも迷惑をかけル」
「いいよ。幼馴染の頼みだからね」

乾いた物が擦れあうような声で詫びる幼馴染に苦笑しつつも言葉を返す。
(▼)模様の覆面の下ではきっと、縦長の瞳孔を持つ瞳を伏せ
ところどころ鱗に覆われた顔で申し訳なさそうにしているのだろう。
その様子を想像して吹き出しそうになったが、なんとかこらえられた。

「実は今日、文さんが肉を買ってきてくれたからね
 帰ってきたらホットプレートで焼肉パーティーだよ」
「ソうか。楽シみにシておく」

一見そっけなく返したようだが、付き合いの長い私は誤魔化せない。
今、声がちょっと上ずったね?

「でハ、いってきまス」
「うん、いってらっしゃい」

今日も私の幼馴染が無事に帰ってきますように。
私は静かに手を組んで、いつものように天へと祈った。

                                         【了】

527スペシャルマッチ side-G.K ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 01:56:15 ID:n0vvDrQU
(治療室はここですね。少し遅くなりましたが、そろそろ治療も終わっているでしょうか)

心の中で呟きながら歩いてきたのは、大きく見積もっても中学生くらいの見た目の女性
かつて都市伝説から人となり、人から都市伝説に返ったレアケース
自在に境界を定め、表裏を分け隔てる結界能力を持つ防衛のエキスパート
篠塚文。篠塚瑞希と契約した都市伝説"座敷童"にして、瑞希の夫である美弥の妹だ

(兄さんは笑って流していましたが、義姉さんには体を大事にしてもらいたいものです)

治療の最中に邪魔するのも迷惑かと思い、時間潰しに兄へと事の次第を電話してみれば
「瑞希が問題ないと思ったんだったら、大丈夫だろ」と笑って切られてしまった
もしやアレは信頼という名の、のろけだったのだろうか。と頬を膨らませつつ文は中に入る

「……なんですかこの有様は」

治療室は大量の羽が撒き散らされていた。状況が分からず中を見渡すと
翼を生やした人……よりも寝かされている見知った人物に目がいく。というか瑞希だった

「文、よく来てくれました。割と真面目に口以外動かないので助けて。料理はそこの人が」
「そこまで満身創痍になる必要あったんですか?……すみませんうちの義姉が」

周囲に頭を下げて近くの男性から料理を受け取り、瑞希の口に突っ込んでいく

「ほういえばふぁ」
「飲み込んでから話してください」
「……んくっ。そういえばさ、アレ」

瞬く間に消化されたとでもいうのか、いやその辺りは突っ込みきれないことの多い瑞希だが
彼女が右手でモニターの方を指差す。今映っているのは……

「スペシャルマッチで"組織"の幹部と対決ってすごいですよね……それで?」
「うん。いや今ちょっと色々乱戦で荒れてるけど、ほらビルの上」
「ビルの上…………あれ?」

水没したオフィス街。水面下からいくつものビルが突き出ている
一瞬、その屋上の一つに人影が見えた……というか、見覚えのある衣装が……

「ゴルディアン・ノット…………え、参加させたんですか?!」
「うん」

あっけらかんと言う瑞希に対して、文は思わず額に手をついて俯いた

528スペシャルマッチ side-G.K ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 01:56:54 ID:n0vvDrQU
戦技披露会。"組織"幹部のX-No.0ことザン・ザヴィアー対複数というスペシャルマッチ
水没したオフィス街へと変わった戦場は序盤から既に混沌とし始めていた
なにせ最初の一部の参加者が水に呑まれてしまったうえに
クラーケンvs巨大な"メガロドン"という大怪獣バトルが勃発
さらに挑戦者としてK-No.0という組織の大物二人目が殴り込みをかけたのだ
見方を変えると、彼ら以外は大量の水に即応できず出鼻をくじかれたか
あるいは一旦、様子見をすることにしたか。このどちらかなのであろう
そんな中、主戦場から離れたビルの屋上に佇む者がいる
トレンチコートに中折れ帽を被り、黒い逆三角模様の覆面を被った怪しい人物
ゴルディアン・ノット。高所に移動し水を逃れた彼は静かに観察を続けていた
彼が様子見を続ける間にも戦場は動く。海賊船が砲撃を開始し砲撃音が響き渡る
しかしザンの周囲に展開された闇が肝心の砲撃を無力化している
そこまで確認してゴルディアン・ノットは視線を主戦場から、眼下の水面に向けた
おもむろに腕や脚に巻かれた細布や縄がしゅるしゅると動き始め――


「…………うわぁ」
「思ったより派手にやるわね」

治療室でモニターを見つつ、文は絶句し瑞希は面白そうに呟いた
注目しているのは怪獣大決戦でもNo.0同士の戦いでもない。見知った者の動向だ
隣の屋上に渡されたロープを巻き取って、人影が別の屋上へ飛び移る
その間にも下から漂流者を装っているらしい狂える船員が
細布に絡めとられ水面から上空に釣り上げられる
さらに他の細布がその体に絡んで……ブチリと力任せに引きちぎられた
恐ろしいことにこれを数体分同時に、素早くこなしながら
無事なビルの屋上へと移動を繰り返し主戦場に近づいているのである

「相変わらずなんというか、凄まじい戦い方ですね……」
「そういうの気にしてないみたいだから」

篠塚結が使う"機尋"の恐ろしいところは、一本一本に無視できないパワーがあることだ
今は移動しながらだが本腰を入れて操作を始めると手元で布が分裂し始めて
数の暴力と化すこともある。まあそれを軽くあしらえるのがそこの篠塚瑞希なのだが

「あ、海賊船爆発した」
「何が起こってるのかサッパリ分からないんですけど……」
「X-No.0が何かしたってのは分かるのにねー」

529スペシャルマッチ side-G.K ◆MERRY/qJUk:2016/10/13(木) 01:57:27 ID:n0vvDrQU
さて、主戦場に近づきつつあったゴルディアン・ノットだが
残念なことにクラーケンが暴れたことで進む先のビルはほぼ倒壊していた
しかし彼は一旦立ち止まると、ある方向を見つめる
そして長すぎる距離を苦もなくロープを渡して、無事そこに降り立った
そう、沈みかけている海賊船"クイーン・アンズ・リベンジ"に

「…………難題ダ。ダかラこソ、挑戦シガいガあル」

ゴルディアン・ノットの体を中心に細布とロープが爆発的に広がる
伸長自在の繊維の束がボロボロの船体に巻きつき、ついには覆い始めた
同時に沈みかけていた船が少しずつ浮上し始める
水面下で無数の布が柱のように絡まり合ってつっかえ棒のように
船底と地面を押し離そうとしているのだ。だが……

「hmm......」

さしもの彼にも当然限界というものがある。無理やり沈没を防いでも
元のように動かすことはできない。どうにか動かしても亀の歩みだ
このままでは狂える船員が乗り込んだり、クラーケンのいい的となるだろう
ではどうするのかといえば、答えはこうである

「……あレガいいか」

呟くと崩れたビルの残骸に向けてさらなる布やロープを幾重にも渡す
そして布を縮めることでビルの残骸に向けて船体を引っ張り動かす
近づいたところで今度は船底から伸ばした布の柱で船体を持ち上げた
船底がほぼ水面より上に出て、ビルの残骸に船底が引っかかる
傍から見れば座礁したようにしか見えないが
なんにせよこれで船が水没することは一時的とはいえ防ぐことができる
なお彼が船に降り立ってからここまで1分もかかっていない
クラーケンに襲われることを考えてのスピード勝負で
彼は簡易的だが固定砲台を作り上げたのだ。まあ、肝心の砲手がいないのだが

「サて、ここかラドうスルベきか……」

必要のない布やロープを巻き戻しながらゴルディアン・ノットは独白する
戦闘はまだまだ、始まったばかりであった

                             【続】

530死を従えし少女 寄り道「戦いへの興味」 ◆12zUSOBYLQ:2016/10/13(木) 20:12:16 ID:dcHFK89o
 観客席の片隅にて。
 黒髪を顎のあたりで切りそろえ、ベレーを被った、浅倉澪・マリアツェル―にしか見えない少女、しかしその正体は澪の母親、浅倉ノイ・マリアツェルがお手製の弁当を広げていた。
「さー、召し上がれ!」
 いの一番に手を付けたのはキラと轟九。
『いっただきまーす!』
 ノイお手製のおにぎりにかぶりつき…動きが停止する。
「む…」
「ぐ…」
「?どーしたの?ふたりとも」
 その様子を見た柳と緑がおにぎりを口に運ぶ。
「うん!ノイちゃんの作るものなら、何でも美味しいよ!」
 あてにならない柳に代わり、緑が事実を告げる。
「…このおにぎり、甘いぞ」
 ノイはしばしぽかんとして、数秒後。
「うそー!」
 自身もおにぎりを口に運び、がっくりと肩を落とす。
「粗塩とお砂糖、間違えちゃったんだ…」
 慌ててフォローを入れようとしたのはキラ。
「ま、まあおかずは食べられるし!ほら緑、あんたもフォローしなさい、あんたの将来の義理の母なのよ!」
 その言葉にはてなマークが飛び交う大人たち。
「義理の…?」
「母?」
 よせ止めろと制止する緑を押しのけ、キラが堂々と宣言した。
「緑はねー!澪のボーイフレンドなの!」
 しばしきょとんとする大人たち。一瞬おいて。
「…澪に、ボーイフレンドだと!」
「澪ちゃん、ホントなの!?」
「澪ってば遅ーい。あたしが澪くらいの頃には、もう柳と」
「ちっ、違う、違う!」
 緑の必死の否定も、大人たちには届かない。
「いいじゃない、緑」
「藍!ああもう、なんで女ってやつはこうなんだ!」

 周囲の喧噪とは離れたところで、澪は熱心にザンとメガロドン、それに海賊船の戦いを眺めていた。
「澪ちゃん、興味ある?」
 澪の様子を見てとった真降が水を向ける。
「うん。あれと戦えたらおもしろいかなって」



続く

531ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:35:52 ID:f80yHIr.
       「コナミとハドソンとバンナムと」

お久しぶりです、任天小奈美です。今丁度授業が終わったところなの。
今日はクラブもないし、真っ直ぐ御家に帰るんだ。ちなみに私は卓上ゲームクラブよ。
将棋にチェス、リバーシに囲碁。トランプ、双六人生ゲーム、遊戯王にTRPGまで。
ありとあらゆるテーブルゲームで遊ぶ――競い合うクラブよ。

「こーなーみーちゃん!」
「きゃっ!?」
「一緒に帰ろ?」
「もう、驚かさないでよ南夢子ちゃん……。そうね、一緒に――」

っていきなり抱きついてきたこの子は坂内 南夢子(ばんだい なむこ)ちゃん。私と同じ卓ゲクラブのメンバーで、友達よ。

「ふぇぇ……ありえないよぉ……。小奈美ちゃんと一緒に帰るのはわたしなのぉ……」
この変な……もとい個性的な喋り方をする背の低い子は波戸村 明香(はどむら はるか)ちゃん。同じく友達よ。
ちなみに汎用理論の使い手なんだって。

「はっ、先に小奈美ちゃんを誘ったのは私なのよ? 先手必勝よ先手必勝」
「先手必勝? 先走りの間違いでしょぉ? 早い者勝ちだなんて思考が『ようち』だよぉ……」
「あらあら? もしかして負け惜しみ? いやだわ、喋り方だけじゃなく中身までガキなのねぇ」
「やすい『ちょうはつ』だよぉ……。だけど受けて立ってあげる。
 南夢子ちゃんってなんだか水着鯖もふみふみもイリヤちゃん引けずにおこづかい全部消費してそうな顔してるよぉ(笑)」
「戦争よ戦争! 表へ出なさいこの口調の奇抜さだけの一発キャラ! あなたなんてどうせこの回しか登場しないわよ(笑)
 大体汎用理論って役割論理の二番煎じじゃない(笑)」
「タブーに触れやがったよぉ……! その言葉宣戦布告と受け取るよぉ……泣いて謝っても許さないんだからぁ!」
「ね、ねぇ二人とも、喧嘩は……」
「「小奈美ちゃんは黙ってて!!」」
「ご、ごめんなさい……」

えっ、ちょっと待って……なんでこうなるの? 普通に三人で帰ればよくない?
それより今のって決闘するほどのだったかしら……なんて言うとこっちにまで飛び火するから言わないけど……。

「行くよぉ……小奈美ちゃん」
「善は急げだよ、善は急げ!」
「そんなに慌てなくても……」
と言いつつ、荷物の用意はもうできていたので、私は二人に手を引かれながら学校を後にした。

「それでぇ……フィールドはどこにするのぉ? 南夢子ちゃんが選んでいいよぉ……私が勝つからぁ」
「それはこっちの台詞よ! 私も鬼じゃないから『弱い者いじめ』には心が痛むのよ」
「ふぇぇ……口だけは立派みたいだよぉ」
「あなたこそ、実力じゃ勝てないからハッタリかましてるんじゃないの?」
「……このままじゃあ千日手だよぉ」
「そうね。ここは……」
「「小奈美ちゃんに決めてもらいましょう」」
「えー……(なんで私が……)。じゃ、お兄ちゃんを呼んで……」

『ゲーム脳』でフィールドを作ってもらいましょう。

「「は?」」
「今あのシスコンは関係ないよね?」
「『まじめ』にやってよぉ……小奈美ちゃん」
「至って真面目だよ!? こういう時は空間系に頼るのが……」
『オ待チクダサイ』

と、突然明香ちゃんから機械的な声が聞こえてきた。

「今の……明香ちゃん?」
『否定シマス。<!>結論から申し上げますと狙われています――明香サマのご友人』

『機械的な声』の『警告を』聞き、周囲を確認すると、私の背後に赤いマントをした男が立っていて、今まさに私を攻撃しようとしていた!

「ッ! 『エスターク』!」
「小奈美ちゃんっ!」
私は反射的にエスタークを召喚し、赤いマントの男を殴る。それと同時に、明香ちゃんが私に触れていた。

「わっ!?」
と、私はエスタークが殴った反動でか、大きく跳んでいた――まるで発条でも仕込まれていたかのように。
明香ちゃんと南夢子ちゃんも私につかまり、結果として赤いマントの男と大きく距離をとる結果となった。

『ああ、惜しい。惜しいな。もう少しで「攫える」ところだったのだが……』
「! やっぱり『赤マント』……!」
「それも『赤いマントが好きか青いマントが好きか聞く方』じゃなく……」
「『子供を誘拐する方』の赤マントだよぉ……!」
赤いマントを羽織った、誘拐犯――間違いなく人攫いの『赤マント』だわ。
人攫い――正確には少女攫い。

532ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:37:57 ID:f80yHIr.

『本当は紳士として気付かないうちに攫って気付かないうちに玩具にしてあげようと思ったのだがね……まあ、仕方あるまい』
「意味不明よ、意味不明! 紳士の意味を今すぐ辞書で調べてきなさいよ!
っていうか自称紳士赤マントって前回も出て来たじゃない! キャラに幅がないのよ! 出直してきなさいよ!」
『赤マント』の言葉に南夢子ちゃんが答える。
……そういえば、この『赤マント』、どうやら全身が真っ赤なわけではないらしい。
全身を覆うマントこそ赤いが、それ以外の部分――手足や顔(仮面?)、被っている帽子は白だ。
まぁ、だからどうしたというわけではないが……

『はっはっはっ! 元気な子供は可愛らしいなあ!
それと私はあの憂鬱に負けた自称紳士とは別物さ! そも、紳士は絶望などしないのでね。
まぁ、安心したまえ。君たち三人仲良く攫ってあげるとも!』
「させないよぉ……!」
「あれ……?」
改めて『赤マント』を観察すると、何か大きな違和感を感じる――。

「……? どうしたのぉ……?」
「いや……何でもないわ。勘違いかもしれないし」
『遊んでていいのかね?』
『<!>来ます』
「ふぇぇ……『ゴースト』!」

そう言うと、ゴースト――幽霊じゃなく、ポケモンのゴーストが召喚される。
それと同時に明香ちゃんの身体が薄ピンク色になっていた。
……というかこれも見慣れている――おそらく『ピクシー』だ。ポケモンの。

「『ヘドロウェーブ』だよぉ!」
明香ちゃんが命令すると、ゴーストがヘドロを噴射し、『赤マント』に叩きつける。
どうやらハイリンク産らしい。

『おっと!』
しかし『赤マント』がマントを翻すと、『ヘドロウェーブ』はいとも簡単に受け流されてしまう。

「な、なんでぇ……? 『ぼうだん』でもふせげないはずなのに……もしかして『はがね』タイプ!?」
『どうした? そんなものかね?』

「見たところ『アサシン』ね……今『描き上がってる』のはこれだけ……」
と、いつの間にかスチームに囲まれている南夢子ちゃんが言う。
南夢子ちゃんの周りに展開されてるのはそう、『デレステ』のルームアイテム、『アロマディフューザー』だ。

「『ナーサリーライム』ちゃんっ!」
『一緒に遊びましょう?』
南夢子ちゃんが持っていた紙からメルヘンな幼女が飛び出した。絵を具現化する――お兄ちゃん(光輝)と同じタイプの能力かしら?

533ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:39:04 ID:f80yHIr.

「……このカードなら……『一方その頃』からの『アーツブレイブチェイン』!」
『“くるくるくるくる回るドア。行き着く先は、鍋の中――!”』
『うふふふふ! 楽しいわ! 嬉しいわ!』
『あはっ……うふふふっ……どうかしら?』
『なくなっちゃうの……?』
ナーサリーライムの『冬の野の白き時』が『赤マント』に炸裂する。だが――

『はははははは! 涼しい涼しい!』
今度もマントに身を包むだけで防いで見せた。
「そ、そんな……! 反則よ反則!」
『何を言う。ジェントルマンシップに則って君たちの攻撃を真正面から受けているではないか!』
ヘドロウェーブも受け流し、アーツブレイブチェーンも通じない。

「だったら……!『宝具』よナーサリーライム!」
『さぁ、一緒に遊びましょう。うふふふ! 楽しいわ!』
『繰り返すページのさざ波。押し返す草の栞――すべての童話は、お友達よ』
『あはっ、どうかしら?』
今度はナーサリーライムの本から童話のキャラクターが飛び出し、『赤マント』を攻撃する。宝具ブレイブチェインだ。

『ずいぶん可愛らしい攻撃だ!』
でもやっぱりマントだけで防いでしまう! これはやっぱり……。
「なんなのよアレ……! 『赤マント』じゃなくって『ひらりマント』なんじゃないの『ひらりマント』!?」
宝具攻撃まで防がれた南夢子ちゃんが悪態をつく。

「いや……それどころじゃないよ南夢子ちゃん。ヘドロウェーブも効かない。通常攻撃も、宝具攻撃も通じない。
そして何よりさっきの私のエスタークの攻撃のダメージも見られない……! ええ、確信したわ。見間違えじゃなかったのね」
「どういうことぉ……?」
「二人とも私の『異常性』のことは知ってるわよね? 覚悟して聞いてほしいんだけれど……。
さっきから『赤マント』を観察してるのに、全く見えないのよ――私たちの『勝ち筋』が、一本も!」
「なっ……! それって……!」
「ええ、文字通り『勝ち目がない』ってことよ……」
忘れている方もいらっしゃるかもしれないので改めて解説しよう。私の異常性『大詰め勝記(チェックメイト)』。
勝ち筋が見えるスキル。自他問わず、個人戦団体戦問わず、勝負の形式を問わず、ありとあらゆる勝ち筋――
現在から『勝利』までの手順が全て見えるスキルよ。

「いつもならこの時点でほぼ無限に見えているはずの『それ』が一本も見えないのよ!
最初は『発動』できてなかったのかもしれないとか、そんな風に思っていたけれど、相手の勝ち筋は普通に見えたわ」
『おや。おやおやおやおやおや。「異常性」か……それは誤算だったよ。私の計画がご破算だ!』
「け、けいかく……? なんなのぉ……?」
『ははははは! 決まっていよう!』

『君たちの攻撃をすべて受け切り……。逆転の秘策も力を合わせた友情パワーも奇跡的に都合よく契約できた新都市伝説の力も!
全てを真正面から否定してゆっくり心をへし折った後で――じっくりいただこうって計画だよ!
私はこの通り紳士なのでね。真の紳士なのでね。希望に燃える少女を攫うのは実に忍びない!』

「クズよクズ……! あなたろくな死に方しないわよッ」
『なんとでも言いたまえ! 計画は頓挫したが……君たちの運命は変わらないのだからね!』
その通りだ。私の目で勝ち筋がない以上、私たちでは『赤マント』に勝つことができない……!

「どうしたらいいの……? 『赤マント』の勝ち筋を潰していく……?」
「そもそもおかしいじゃないのよ……! 『勝ち筋』が『ない』だなんて……!」
『はっはっはっ! 絶望しているようだね! なんなら神様にでも祈ったらどうかね? あるいは奇跡が起こるやもしれん!』
「……ッ! そうね……こんな状況、神頼みしか……」
「『詰み』ってこと……? 『神の一手』を文字通り神様に任せるしかないの……?」

534ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:40:57 ID:f80yHIr.

「ふぇぇ……それはちがうよぉ」
私たちが折れかける中、明香ちゃんは言う。
『違う? 何が違うというのかね?』
「そうよ……こんな状況神頼みしかないわよ、神頼み。それともダンガンロンパアニメ完結にあやかってるの……?」
「……『かみだのみ』なんて『ろんじゃ』でじゅうぶんだよぉ……。『はんようりろん』にかみさまはいない。
『はんようじょ(わたしたち)』は『かみさま』にはいのらないんだ。
だって『ハケモン』は『どんなじょうきょうでもたたかえるはんようせいのたかいポケモン』なんだから……!
『せいとうは』でも『へんたいがた』でも! 『ぶつりうけ』でも『とくしゅうけ』でも! 『がいあくせんぽう』でも!
『きゅうしょ』や『クソはずし』でじこっても! のこった『ハケモン』でたおしてかつ! それが『はんようりろん』なんだからぁ!」
『なるほど、まだ絶望していなかったのか! いいねぇ元気な子供は大好きさ!
だが希望を抱こうと信念を貫こうと負けが勝ちになったりはせんよ。諦めた方が身のため心のためだ』
「そうだねぇ……『かちすじ』がないいじょう、『やくわりろんり』だろうと『はんようりろん』だろうとどうしようもないよぉ……
でもねぇ……。そう、『なむこちゃん』がさっきいったことはただしいんだよぉ」
「私……? えっと……『神頼みしか』……?」
「そのまえだよぉ」
「その前……『おかしいじゃない、勝ち筋がないなんて』?」
「そう! そうだよぉ……『おかしい』んだよぉ。『ありえない』んだよぉ!」
『ははははは! 何かと思えば現実逃避かね? 現にありえているではないか!』
「そうだねぇ……。どんなにぜつぼうてきなせんりょくさでも、『かちすじ』が0ってことは『ありえない』。
でもその『ありえない』が『ありえてる』……だったらそこには……」
「! そっか! 『勝ち筋を0にするだけの理由がある』ってことね!」
「盲点だったわ……! なまじ勝ち筋が見えるばっかりに、どのルートを辿るかばっかり考えてた……!」
「そういうことだよぉ!」

希望が見えてきた。いえ、実は状況は全く進展していないけれど……。折れかけた私たちの心に再び火が灯った。

『なるほど燃えてきたというわけか! しかし折った上に火をつけたらどうなるか知っているかね? 燃え尽きるんだよ!』
「言ってなさい……!」

「『アイ』、てつだってくれる?」
「『アイ』? 誰よそれ」
『(i)私デス。AI、人工知能の「アイ」です。以後お見知りおきを』
明香ちゃんのタブレットが喋っている。そういえばさっきはゴタゴタしてて気付かなかったけど、これって『Siri』ってやつ?
「じゃあ『アイ』、かいせきおねがいねぇ」
『承諾。都市伝説「赤マント」。誘拐犯の赤マント。子供――それも少女を攫い、暴行して殺すとされる都市伝説です。
少女を攫う――ある種の空間移動系、あるいは支配系……そういった能力を持つ場合が多いとおもわれます。
更なる解析のため、調査用機を向かわせます――』
言うと、タブレットから小さな軍用機のようなものが飛び出した。機銃の代わりにカメラやレーダーのようなものを積んでいる。
一応銃も積んではいるが、とても小さい。あくまで補助、といった感じだ。

535ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:41:56 ID:f80yHIr.

『召喚攻撃かね? 無駄だと分かっているだろう!』
案の定弱弱しい銃撃をマントで防ぎ、そればかりか出現させたナイフで飛行機に反撃する。

『おや!』
が、当たらなかった。正確には飛行機が巧みな飛行テクでかわしたのだ。

『なるほど避けるか……ふむ、AI、軍用機、回避力……差し詰め「できすぎたAI」といったところかね?』
「……こたえるひつようはないよぉ」
『ははは! 正解と受け取ろう! どちらでも同じだがね!』
『できすぎたAI』――『ハドソンが開発した出来過ぎたAI』。
ハドソンのゲームソフト『ボンバーマン』のAIは、爆弾を避けたりアイテムを拾ったりなど『高性能』過ぎたため、
『軍事転用』できてしまう――確か、そんな内容の都市伝説だったはずだ。

『(i)解析結果が出ました。彼は『赤マント』には間違いありませんが、それだけではありません。もう一つの都市伝説を内包しています』
「……! 『飲まれた元契約者』!」
『肯定シマス。おそらくはそうでしょう。「赤マント」のほかにもう一つの都市伝説反応を感知しました。
<!>しかし特定まではできませんでした』
「のまれた、もとたじゅうけいやくしゃ……」
「『それ』が『無敵』のトリックなのよね、トリック!」
『肯定シマス。(?)調査を続行しますか?』
もう一つの契約都市伝説。勝ち筋のなさ――無敵性。私たちのいかなる攻撃も防ぐトリック。
『赤マント』……少女を誘拐する……一説には『異界に攫う』っていうのも……契約してたんなら『拡大解釈』で
『魔物を召喚』したり『異界を通ってテレポート』したりしても……。
この『赤マント』がやったことって『ナイフを飛ばす』以外では私たちの攻撃を防いだだけ。つまりそこがメイン……?

「『たじゅうけいやく』っていっても……あの『あかマント』、ぜんぜんのうりょくつかってないよねぇ?」
「うん。私たちの攻撃を無力化しただけね。あとナイフ。ここまでの情報じゃどう見ても一点特化よ一点特化」
「そうね。『アイ』の解析がなければ『多重契約』だなんて発想には絶対に至らなかったわ」
通常、多重契約とあれば能力を2つ以上持っていて然るべきだ。たとえば私にしたって「倒した相手を仲間にする」『エスタークを5ターン以内に倒すと仲間にできる』と、
「死んでから一定時間内の相手を回数制限つきで蘇生する」『水中呼吸のマテリアでエアリスが復活』と複数の能力を持ってるんだから。
……実は最近『自動販売機の隠しコマンド』とも契約したんだけど……それはまた今度。

「ねえ二人とも。ここは推理を進めるために、みんなの都市伝説を教えあわない?」
もちろんあいつには聞こえないように――と付け加える。

「いいよぉ。かくすほどのものでもないからぁ」
「もちろんよもちろん。こういうのは話し合いが大事よね」

二人とも賛成してくれたので、まずは言い出しっぺの私から説明する。
説明が終わると、それじゃあ次は私が行くわ、と南夢子ちゃんが言った。

536ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:43:25 ID:f80yHIr.

「私の契約都市伝説、まず一つ目が『蒸しちひろ』――を核とした、『ガチャのオカルト』。
単発だとか、午前二時にやるだとか、光が強くなった瞬間に引くとか大成功・極大成功が出た時に引くだとか、そういうの。
今回は『アロマディフューザー』で私自身を蒸して、二つ目の都市伝説を補助したわ。つまりほぼサポート能力ね」
「二つ目は『描けば出る』。能力はオーソドックスに絵の具現化――なんだけど、単体で使っても出てきてくれないことがあるの。
……ガチャや某お船ブラウザゲームなんてこんなものよね、って話だけど割愛よ割愛。
ともかく、これにさっきの『ガチャのオカルト』を組み合わせることで、確実に具現化できるようにしてるの」
ちなみにレア度が高いほど出にくいのよ――底なし沼よ、底なし沼、と南夢子ちゃんは言う。

「三つ目は『1STPAI』。存在しない音を聞かせる能力よ。今も念のため使ってるわ。この会話が盗み聞かれないように」
『1STPAI』。太鼓の達人wii2に入ってる、存在しないはずの71曲目。公式も認知してるらしいけど、都市伝説としての体裁は保ってるわよね。
『ないはずのものがある』――都市伝説の基本だもの。『十三階段』とか。

「四つ目は『Zエンド』――『Zエンドは都市伝説』。能力は『最悪な結末をなかったことにする』……まぁ、バッドエンド回避の能力よ」
最悪しか回避できないから中途半端よ、中途半端、と南夢子ちゃんは自嘲する。
確かに『最悪の結末しかリセットできない』という点ではお兄ちゃんの『ゲーム脳』に大きく劣る。
でも、それは逆に言えば『何が最悪か確実にわかる』ってことで、その点は長所なんじゃないかしら?
お兄ちゃんのじゃ納得いかない限りすべての結果に総当たりしないといけないしね。

「以上、今のところこれだけよ」
と、南夢子ちゃんが説明を終えると、じゃあさいごはわたしだねぇ……と明香ちゃんが言う。

「わたしの契約都市伝説はねぇ……まず『高橋名人逮捕説』。これは『触れたものにバネを仕込む能力』だよぉ」
なんか一気にジョジョっぽくなってきた。

「二つ目は『ゲンガーはピクシーにゴーストが憑りついたもの』。昔契約してたけど今はなくなっちゃった、『XYには新たなタイプとしてようせいタイプが登場する』の影響でぇ……」
『ようせいタイプ』――確かにXY発売前なら都市伝説でも、発売されて――しかも現実になっちゃったら、都市伝説としての形は保てないわよね。
「わたし自身が『ピクシー』になって、『ゴースト』を操れるんだぁ。もちろん『ゲンガー』にもなれるよぉ」
やはり憑依させてゲンガーになるのだろう。

「それで、『ゴースト』はふつうに技が使えるんだけど……私が変身する『ピクシー』は、どうも相性が良くなかったのか……ほとんど技が使えないんだ。
具体的に言うと『はねる』だけ。……特性はちゃんとあるんだけどねぇ」
メロメロボディ、マジックガード、てんねん……どれも有用だが、技が『はねる』だけじゃ直接戦闘には向かないだろう。
でも使役って……ますますジョジョっぽくなってきたわね。

「それを補うために契約したのがぁ、『はねるを使うと低確率でじしんやじわれがおこる』だよぉ」
ナマズなんかが跳ねたりするのが地震の前兆だったことから生まれたポケモンのガセネタ……だったはずだ。詳しくは知らないけど。
「能力は簡単に言うと『ゆびをふる』。わたしが『はねる』とランダムで『技』が出るんだぁ」
なるほど、全ての技からランダムでひとつ出す――相対的に、じしんやじわれも低確率で出る、ってわけね。

「それで最後が『できすぎたAI』。AIの超高性能化、AI制御のミニチュア兵器の召喚、あとゲームの軍事転用なんかが能力だよぉ。
これはとびっきり相性がよかったんだぁ」
こうしてみんなの都市伝説紹介が終わった。なるほど、私のは全部別能力だけど……

「似たような能力で別の能力を強化する――そういうのもあるのね……あっ!」
「どうしたのぉ小奈美ちゃん?」
「何か気付いたの?」

537ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:44:18 ID:f80yHIr.

「……ねぇ『アイ』」
「なんでしょう明香サマのご友人――小奈美サマ」
「もしも、もしもの話なんだけれど……『ほとんど同じ系統の都市伝説と多重契約したら』……。
たとえばそう、『雪女』と契約してる人が『つらら女』と契約したりしたら……どうなるの?」
『(i)場合によります。二つの都市伝説を「違うように解釈」すれば全く別の能力になります。
……同じように解釈した場合、同じような能力を二つ持つことになります』
「……じゃあ、全く同じ解釈をしたら?」
似たような能力で能力を補強する――だったら、全く同じ能力で補強しようとしたら?

『(i)その場合、能力を起点に都市伝説が融合し、何倍にも増幅する――「強化契約」となります
あるいはそう、それらしい言い方をするならば「同一視」でしょうか。別々の伝承がどこかで習合される、というのはよくあることです。
この例とは異なりますが、「客の消えるブティック」と「だるま女」や「臓器売買」だって、組み合わされば「消えた客の末路は」――あるいは「だるま女はどこから来たか」の両方を解決することで、説得力を増しますからね』
「やっぱり……! 分かったよ二人とも!」

少女を攫う都市伝説。無敵性。それにばかり目が行っていた。だが、『赤マント』の姿にヒントが隠されていた。
白い顔、白い手、白い帽子、白い足。どうでもよくなかった。重要だったんだ。

「わかったって……としでんせつがぁ?」
「そう! 二人とも、おかしなことを聞くんだけれど……。あの『赤マント』が、もしも赤マントを羽織ってなかったらどう思う?」
「どうって……。『赤マント』が赤マントを羽織ってなかったら何でもないわよ。ただの白い帽子かぶった全身真っ白の――あっ!」
「あああああ! もしかしてぇ!」
「そう! おそらくもう一つの契約都市伝説は『歩行者専用道路の標識は少女誘拐が元』!」
「『赤マント』と同じ『少女誘拐系都市伝説』……!」
「ええ、そして多分能力――解釈は、『少女を誘拐する都市伝説』であるが故の、『少女に対する絶対性』なんじゃないかしら?
魔法少女だろうと怪力幼女だろうと、最終兵器小学生だろうと、等しく攫う――」

ぱちぱちぱちぱち、と、『赤マント』が拍手していた。

『ブラボー! ブラボー! いやあ実にすばらしい! 元気な少女は大好きだが賢い少女も大好きさ!
ああ、その通り正解だとも。私は元「赤マント」と「歩行者専用道路の標識は少女誘拐が元」の契約者!
少女からの如何なる抵抗も通じない――相手が少女である限り必ず勝つ。それが私の能力だよ。
ははははは! どうだね! せっかく頭をひねって出した結論が「絶対に勝てない能力でした」だった気分は!
君たちの思考は無駄だったのだよ!』

と、私たちの話し合いの間一切攻撃をしてこなかった『赤マント』が言う。
どうもおかしいとは思ったけど、絶対有利ゆえの余裕だったのね。

「笑止千万よ笑止千万。そんなわけないじゃない。ねぇ?」
「その通りよ。トリックが分かったのと分からないのとじゃあ天と地ほどの差があるわ」
「そうだよぉ……『むてきというのうりょく』ってわかった。それだけでしゅうかくなんだよぉ」

『負け惜しみだ!』
「勝てないなら勝てないでやりようはあるのよ!」
言うと、南夢子ちゃんが丸めた紙を上空に投げた。
『……? そんなもの……』

538ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:46:25 ID:f80yHIr.

なんということでしょう。
その時(とき)空から、不思議な光が降りてきたのです――

「あれは……?」
『誰だ? 誰だ? 誰だ? 誰なんだ!?』

『それは……ナナでーっす☆』
『うわぁ』
『ああーっ! ちょっと引かないで下さい! ん゛ん゛!
ウサミンパワーでメルヘンチェーンジ!
夢と希望を両耳に引っ提げ、ナナ、頑張っちゃいまーす! ブイッ♪』
『うわああああああ! キツイ!
これは少女か? 少女なのか!? 17歳なら少女……いやしかし17歳にしてはキツすぎる……
これが少女か!? 少女なのか!? 見た目は17か18かそれくらいの少女だが……いやだがしかし……』
『ナナは17歳ですよ! ピチピチのウサミン星人ですっ』
『ピチピチとかいうやつは最早少女じゃな……あっ
いや待て少女も何も、どう見たってあいつが召喚したんだから私の能力の範囲内ではないか! 関係なかったわ!』
如何に無敵でも、心は動揺する――元人間であるが故の弱点。もちろん都市伝説だって慌てるし焦るが、人間はそれがより顕著だ。

「もう遅い。手遅れよ手遅れ」
『なっ――』

その時はすでに、私たちは大空を飛んでいた。巨大になった『エスターク』の背に乗って。

「『エスターク』を『ぐんじてんよう』したよぉ。ふぇぇ……おなじ『ゲームけい』だからあいしょうがよかったみたいだねぇ」
「もちろん私も手伝ったわ。『描けば出る』――艦娘ならぬ艦エスタークってところかしら?」
などと言っても聞こえないくらい遠くに飛んでいた――跳んでいた。

『逃がすものか! 降りて来い!』
などと言って降りる人間なんているわけないじゃない。
このまま遠くまで逃げてしまおう。あれは子供には無敵でも、大人相手じゃ無力だろうから。
正面切って勝てなくとも、逃げるが勝ち――

『ああ、何ということだ! そんなに遠くまで逃げられたら……』
悔しそうに『赤マントは』叫ぶ。どうやら作戦は功を奏し……

『追いかけるしかないではないか!』
ていなかった。『赤マント』はそのマント姿に似合う『飛行』を行った。
……って、ウソでしょう!? 『如何なる抵抗も通じない』って逃走も!?

「『ゴースト』、『くろいまなざし』!」
明香ちゃんが出現させたゴーストが『赤マント』を睨む。
『むっ……』
『赤マント』はしばらくその場から動けなくなるが、
『甘い!』
と、すぐに拘束を振りほどいてしまう。

「ふぇぇええええええ! どうしよぉ!?」
「落ち着きなさい! 一瞬でも足止めできるなら、何度も使ってその間にできるだけ逃げればいいでしょ!」
「あっ、そっかぁ! ……って、『くろいまなざし』のPP5しかないよぉ!」
「はぁああああ!? ポイントアップくらい使っときなさいよ!」
とはいえ、たとえ最大まで使っていても8回しか使えない。そもそも永遠に逃げているわけにもいかないし……

「決め手に欠ける……やっぱりどうにかして倒さないといけないのね」
「そうだねぇ。ぐんようきやなむこちゃんの『かけばでる』をつかっても、あしどめにはげんどがあるだろうし……」
「私も賛成よ賛成。あいつを倒せばすべて解決。『不可能だ』って点に目をつむればね」
そう、問題はそこなんだ。今現在もあいつの勝ち筋は消えてないし――私たちの勝機も見えない。
少女に対して絶対無敵――私たちにとってはこの上なく恐ろしい能力。というか、そんなのがこんなキャラ紹介話に出てきていいものなの……?

539ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:48:01 ID:f80yHIr.
「……ねぇ小奈美ちゃん。大人に頼るしかないんじゃない? 今から探すんじゃ無理だろうけど……たとえばあなたのお兄さんなら、あいつの能力も通じないでしょ? だから小奈美ちゃんの家に行くっていうのはどう?」
「そっか、そうだね。いい考え――ああ! ダメだわ。お兄ちゃんは今部活……まだ学校よ。お父さんもお母さんも家には居ないわ」「それならちょくせつがっこうに……あっ、うん。だめだねぇ。さわぎになっちゃう」
如何に都市伝説契約者が多い学校とはいえ、こんなに目立つ姿で入れば私たちまで指名手配されかねない。組織?とかに。

「最悪よ最悪……! これでまだ最悪じゃないってのが最悪よ……!」
大人を探す――だけならまだしも、大人でしかも契約者、それでいて協力的な人間を探すなんて到底不可能。
つまり知り合いに限ることになるけど、お兄ちゃんもその知り合いもみんな学校。
そして学校に飛び込むわけにはいかない――つまり手詰まり。いや別に韻を踏んだわけじゃなく。

「どうしよぉ……こなみちゃんのおにいちゃんがぶかつとなると、こうこうせいはみんなぶかつだよねぇ……
だったらおなじしょうがくせいしか……でもそれじゃあ……」
同じ小学生に頼るしかない。……けれど、たとえ竜を召喚できても少女である以上は敵わない。
いったいどうすれば……今度こそ神様に祈るしかないっての? ……神様? ……あっ

「そうだわ! 神様の力を借りればいいのよ!」
「突然何を言い出すの!?」
「そうだよぉ! さっきのたんかはなんだったのってことになるよぉ!?」
「二人ともよく思い出して。ほら、居るでしょう? 私たち卓ゲ部きっての『演技至上主義(リアル・ロールプレイヤー)』。
『狂人の振りとて大路走らばすなわち狂人なり』を地で行く二人。邪神に魅入られた狂信者と神様に愛されてるとしか思えない幸福者」
「「……あっ!」」
二人は声をそろえて言う。どうやら気付いたらしい。

「クトゥルフしんわTRPGがだいすきなじゃしんマニア、『縷々家 蓮香(るるいえ れんか)』ちゃんと……」
「パラノイアをこよなく愛する幸福厨、『原野 伊亜(はらの いあ)』ちゃんね!?」
「そう! あの子たちなら場所もわかるし……何より『赤マント』をどうにかできそうだわ!」
「そうと決まったらさっそく電話するわね!」
と、南夢子ちゃんがスマートフォンを取り出す。今時の子供はほとんど持ってる。……もちろん、蓮子ちゃんと伊亜ちゃんも。
「わたしはあしどめにせんねんするよぉ!」
「それじゃあ私は『エスターク』の操縦ね!」
『私もバックアップいたします』
3人で役割を分担する。うん、希望が見えてきた。

「………………もしもし、伊亜ちゃん?」
【あら南夢子ちゃん。幸福ですか?】
「ええ、幸福よ幸福。ところで今どこにいるの?」
【それは重畳。市民としての義務を果たしていますね。……今ですか?
そうですね……えーっと、近くに『パチンコ噂話』があります。蓮子ちゃんも一緒ですよ。……何かあったんです?】
「ええ……実は今ピンチなのよ。無敵の『赤マント』に襲われてて……」
【『赤マント』と『歩行者専用道路の標識は少女誘拐が元』の元多重契約者――少女に対する絶対性ですか。わかりました。友達の幸福を侵すものは見過ごせません】

【……と、言うことです。聞こえていましたね蓮香ちゃん?】
【うん、もちろんだよ! その赤と白で構成される生物の忌まわしき所業に私の中で黒いタールの如き不快感が這いずり回るわ。
そのものを神々の生贄にせねば気が治まらない――狂気じみた名状しがたき使命感を覚えたの】
【それでは蓮子ちゃん。南夢子ちゃんたちが来られるように、目印をお願いします】
【いあ! 任せておいてよ! 『キタブ・アル・アジフ』――いあ! いあ! ハスター! ハスター・クフアヤク・ブルグトム・ブグトラグルン・ブルグトム! アイ! アイ! ハスター!
……『バイアクヘー』、少し『目印』になってくれるかしら? 見るものを混迷と恐慌に陥れる感じで……】
【いや陥れたら困るんですよ。南夢子ちゃんたちが来るんですから――と、そういうわけです。お待たせしました南夢子ちゃん。
蓮香ちゃんの『バイアクヘー』……『ビヤーキー』が目印です。その近くに私たちはいますよ】
「うん、わかったわ。ありがとう伊亜ちゃん! すぐに向かうわね!」

540ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:48:47 ID:f80yHIr.

「……小奈美ちゃん、『ビヤーキー』が目印よ、『ビヤーキー』!」
と、通話を終えた南夢子ちゃんが言う。
「オーケー。全速前進よ!」
空の高い位置に蝙蝠とも違う名状しがたい生物が見える。あれが『ビヤーキー』ね。

「『エスターク』、GO!」
なので、私達はそちらの方向にまっすぐ飛んでいく。追いつかれないように。

『む! いきなりスピードを上げた……何か見つけたか? しかし無駄というもの!』
「ふぇぇ……くろいまなざしのPPもきれたし、あしどめもそろそろげんかいかもぉ……!」
「もう少しよ……! 踏ん張って!」
「……うん! はんようじょはさいごまでしょうぶをすてないよぉ……! 『はねる』!」
明香ちゃんが小さく跳ねる。(落ちないように)。しかし何も起こらない。
――わけではなく。明香ちゃんの口から巨大な光線が発射される。まるで何もかもを破壊するかのような威力。そう……

明香ちゃんのはかいこうせん!

『おお! ずいぶんと子供に似合わぬ高威力だ! ああ、強い子供も大好きだとも――しかし無駄だ!
どれほど威力が高くとも、私に子供の癇癪など――!?』

たしかに『赤マント』にはかいこうせんは通じない。しかし……私たちの『エスターク』はその反作用で加速していた。ロケットのように。

『くっ……そのような使い方が……! 無駄だというのがわからないのか!?』
「はぁ……はぁ……むだじゃないよぉ……」
「その通り。そしてそろそろよ!」
「オーケー小奈美ちゃん。『黒いもや』!」
南夢子ちゃんがただ黒く塗っただけの紙を掲げると、後ろに文字通りの黒いもやが現れる。

『くっ……前が見えん……! いったん降りよう、いつでも追える!』
どうやら『赤マント』は地面に降りたらしい。だけど下には……

「あなたが『赤マント』ですね? 市民、あなたは幸福ですか?」
「私は不快感を必死で抑えながら空から降りてきたその異形の物体を凝視した。
ただれた皮膚のように、あるいは滴る血液のように狂気じみた赤色が純白の……薄汚れた白を包んでいるわ」

うん、相変わらずね。

『何だ!? ……いや、しかし私は紳士なのでね。意味の分からない子供でも……』
「質問に答えなさい。もう一度問います。市民、あなたは幸福ですか? ……次はありません」
『わけのわからないことを……』
「幸福ではない? ……幸福は市民として当然の義務です。反逆者を発見しました――蓮香ちゃん」
「ああ、済んだ? 今回ばかりはいつものそれ、やらなくてもよかったんじゃないかな……?
私は名状しがたい赤色を眺めながら、唸るように呟いたわ」
「あることないこと叙述するのはどうかと思いますよ……。普通に赤いし唸ってもいないです」
「ともかく、やりましょう。『ニトクリスの鏡』」

蓮香ちゃんの目の前に鏡が出現し、ショゴスをはじめとした悍ましい生物が深淵の暗黒から這い出てくる。
その不定型な身体を引きずりながら、狂気じみた赤色を捕えるべく、名状しがたい這いずるような、舐め回すような不快な音とともに
這い寄るのであった」
「途中から声出てますよ!」

……なんか地の文を乗っ取られた気がするけど、ともかく。
『な……なんだこの……ひっ、ひぃぃいいい……お、落ち着け……こっ、子供が召喚したものじゃあないか……私には到底……』
どうやら正気度ロールに失敗したらしい。目論見通り人間の根源的恐怖――未知への恐怖を煽るという作戦は成功かしら。

「さぁ、もっともっと暴れましょう! 徹底的に冒涜的に! 名状しがたいほど忌まわしく! コズミック・ラグナロクよ……!」
こっちもなんか狂気(あが)ってらっしゃる!?
強力な神話生物を次々召喚し、『赤マント』を攻撃する……というかこれ見つかったらまずいのでは?

541ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:49:28 ID:f80yHIr.
「もやで隠しておいて本当によかったわね……」
南夢子ちゃんが言う。そう、ここでの状況は外からは見えないだろう。ちなみに私たちには見えないこともないのだが、やはり霞がかって見えている。だから発狂しないで済んでるけど、そこは割愛。

『わ……私は紳士……そして無敵だ……こっ、このような子供の悪戯に慄くことなど……!』
しかしやはり、神話生物の猛攻も赤マントには到底通じず、弾かれてしまう。周囲の壁に当たったりなど、『赤マント』にはノーダメージだ。

『はぁっ……はぁっ……動け……! 動け……! 「誘拐」……!』
すると、『赤マント』を這いずっていた『ショゴス』らが消えた。

『く……くくく……はははははははは! やった! やったぞ! 誘拐してやった! これで私は解放される!』
「あらあら、随分楽しそうですね反逆者。しかし幸福とは程遠いといえましょう。反逆者は排除です」
言いながら、伊亜ちゃんが何かを投げる。

『む? ふん! 何をするかと思えば小石を投げただけか! 子供らしくて好ましいが、それで排除とは!』
どうやら石だったようだが、当然『赤マント』には通じず、弾かれる。……ん? その方向は……
しめたわ、『解放』!

ぶぅぅぅぅぅぅぅぅううううううん、と耳障りな音が響き渡る。
弾いた石の行き先が悪くて――良くて。そこには蜂がいた。石をぶつけられて怒り狂った蜂が飛び出す。
狙いは当然、『赤マント』。

『なっ……!? そんなところに都合よく蜂だと!?』
都合よく――ではない。私が待機させておいた、私の仲間(はち)だ。それをこのタイミングで解放(にが)した。
私の支配下だと何のダメージも与えられないが、野生とあらば話は別。これほど恐ろしいものはない。

『おおおおおおお!』
当然、『赤マント』もそれが野生であると理解しているらしく、思わず飛びのいた。

『うお!?』
飛びのいた先にぬかるみかバナナの皮でもあったのか、『赤マント』が体勢を崩す――整えようとするも間に合わず、壁にぶつかる。
『くっ……早く離脱を……! 蜂に刺されては流石の紳士もたまったも』
といったところで、突如崩れ落ちた瓦礫に『赤マント』が埋もれた。下敷きになったのだ。

542ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/14(金) 14:50:08 ID:f80yHIr.
……石を投げただけでこの結末。本当、神様に愛されてるとしか思えない。

「……やはり反逆者でしたね。市民として当然の義務も果たせないとは。あなたの敗因をお教えしましょう。……聞こえていないでしょうけど。
慢心したから? いえ、違います。 能力を悪事に利用したから? そんなわけがありません。 契約都市伝説が悪かった? まさか。寝言は寝て言うものです。
答えは単純。私は『幸福だった』――義務を果たした。しかしあなたは義務を果たさなかった。
完璧で幸福であるという義務を果たしている善良な市民が勝利を収めるのは当然の帰結です」

この場合、幸福というより幸運って感じだけど……そう、そこが伊亜ちゃんの恐ろしさ。
この子はただひたすら、寒気がするほど運がいい!

「相変わらず名状しがたいほど冒涜的な幸運だね、伊亜ちゃん!」
「幸運ではなく幸福です。私は市民(ひと)として当然のことをしているまでですよ」

「ありがとう、二人とも!」
安全を確認すると、私はエスタークから降りてお礼を言った。

「たすかったよぉ……いちじはどうなることかとぉ……」
「感謝感謝よ、本当に!」
続いて明香ちゃんと南夢子ちゃんも降りてきた。

「礼には及びませんよ。友達の幸福は私の幸福でもあります」
「そうだよ。友達を脅かす忌まわしい存在は深淵に飲まれればいいのよ」
頼もしい。

「それじゃあ、今度こそ帰ろうか」
「いあ! そうだねっ!」
「小奈美ちゃんと手をつなぐのはわたしだよぉ……」
「は? どう考えても私でしょ? 抜け駆けは禁止よ、禁止!」
「ああもう! 明香ちゃんは右南夢子ちゃんは左!」
「「はいっ!」」
「相変わらずいちゃいちゃと幸福そうで何よりです。……ところで蓮香ちゃん」
「いあ? どうしたの?」
「そう、それです! その『いあ!』って返事とか掛け声、私が呼ばれてるみたいでドキッとします!」
「……ダメ? もしかして嫌だった……?」
「い、嫌ってわけじゃ……その、蓮香ちゃんに呼ばれるのは悪い気もしないっていうか、幸ふ……っていうか……その……」
「伊亜ちゃんは人間には発音できないような声で、唸るように、吠えるように、咳き込むように呟いた。
当然私は聞き取れなかったので、何か言った? とそう尋ねるわ」
「だーかーらー! 私は唸っても吠えても咳き込んでもいません! そして何でもないですっ!」
そっちもいちゃいちゃしてるし……いやそもそもわたしたちはいちゃいちゃなんてしてないし……

「登場早々キャラが崩れ始めたわね、伊亜ちゃん」
「うるさいですよ!」
私の指に指を絡ませながら、南夢子ちゃんが言うと伊亜ちゃんは声を荒げる。

「ふぇぇ……そういう南夢子ちゃんはどういうキャラなのかつかめないよぉ……」
「明香ちゃんが名状しがたいほど冒涜的な言葉を発した。この場の誰もが思っていたが口に出さなかった忌まわしき事実。
それは南夢子ちゃんを混沌とした深淵に――」
「あーもう! だから蓮香ちゃんはいちいちくどいのよ! そういうのは自分の一人称視点の地の文でやりなさいよ!
そしてこの場の誰もが思ってたってどういう意味よ!」

明香ちゃんは私と腕を組んでいる。
うん、確かに蓮香ちゃんの叙述はいちいちくどいけど、それにしても南夢子ちゃんはここにきて畳み掛けるようなメタ発言ね。

「……やっぱり気にしてるの、南夢子ちゃん? 別に私は良いと思うよ? 一部の単語の繰り返しとメタ発言が個性でも。
使いづらくてもさ、それが南夢子ちゃんなんだから」
「小奈美ちゃん……! 小奈美ちゃんならそう言ってくれると……ん? これって喜んでいいのかしら?」

ともかく、これ以上襲われないように今日は集団下校だ。
怪人でなくとも子供を攫う変質者は恐ろしい。都市伝説だってたくさんいる。
いざというとき一人だと何もできないんだから。





                   続く

543続々・戦技披露会・スペシャルマッチ  ◆nBXmJajMvU:2016/10/14(金) 23:06:15 ID:1lA8qsyE
 さて、治療室は忙しくなっていた
 原因は、只今行われている、X-No,0ことザンとのスペシャルマッチだ
 試合開始と同時にザンがステージの地上を海水で満たしてしまった為、それに対応しきれず溺れて気絶した者がどんどこと治療室に運ばれ続けているのだ
 更に、ザンが戦闘舞台に立ち並んでいたオフィスビルを派手に破壊した結果、初手の海水を逃れて潜んでいた者が烏賊足もしくはタコ足になぎ倒されて気絶したり、落ちて溺れたりで更に気絶者が増えた
 治療室には憐が撒き散らしてしまった治癒の力がこもった羽根が大量にあるとは言え、溺れた者に関してはきちんと処置をする必要がある

「……それを、こうしてパッパッと対応出来てんだから。やっぱり優秀なんだよな、あんた」
「はっはっは、もっと褒めても良いのだよ、我が助手よ」

 が、だ
 そうしてたいへんと忙しいさなか、「先生」は特に慌てた様子もなく、てきぱきと対処していっていた
 治療室のベッドに、どんどんと治療を終えた患者が寝かされていく
 灰人ももちろん手伝っているが、それにしても早い
 一人で数人分もの仕事をこなしていっている

「これ、私はそろそろ回復したし、邪魔になるかしら?」

 次々と患者が運ばれてくる様子に、瑞希がそう「先生」に問うた
 ある程度食べた為、動けるようにはなっている

「あぁ、いや。念の為、検査をしたい。治療はすでにすんでいるが、何かしら身体に問題がおきていては困るしね」
「特に問題はないと思うけれど……」
「自分ではそう思っていても、知らず知らずのうちに何か起きている、ということはあるものさ」

 手慣れた様子で治療していきながら、「先生」は瑞希にそう告げた
 ぼろぼろと問題発言をしている「先生」であるが、一応医者としてはしっかりしているし、優秀であるらしい

「に、しても。全くもってあの御仁は容赦がない事だ。一部「今回はこれは使わない」と言うような制限があるからこれですんでいるのであろうなぁ」
「そうね、ぜひとも戦いたかった………!」
「やめよう、ご婦人。あの御仁容赦ないのと烏賊足タコ足にご婦人のような女性が絡め取られたら青少年の何かが危ない」
「何言っているんですか、この医者」
「殴りたかったら殴って大丈夫だぞ」

 文のツッコミに、灰人がそう助言した
 助言と言って良いのかどうか不明だが、殴っても問題ないらしい
 灰人にとって「先生」は師匠のような存在であるはずであり、この扱いでいいのかと問われそうではあるが、少なくとも灰人はこの扱いを問題であると感じていないようであるし、「先生」も全く気にしていない

「……あれは、昔と変わっておらんね、本当に」
「?…貴方は、ザンの事を以前から知っているのですか?」
「まぁね。私は「薔薇十字団」所属だ。「組織」から逃げ回っていた頃のあの御仁とは何度も会っているよ」
「………貴方、年齢いくつなの」

 思わず、そう口に出す瑞希
 この「先生」とやら、外見年齢は20代半ばから後半程度に見える
 しかし、ザンが「組織」から逃げ回っていた頃、となると20年以上も前の話になる
 都市伝説関係者となると、幼少期からそれらに関わっていた可能性があるとはいえ、「薔薇十字団」所属でザンと接触していた、となればそれなりの年齢になるはずなのだ
 瑞希の言葉に、「先生」は楽しげに笑って

「さてね。見た目よりは爺のつもりであるよ」

 と、そう答えた


 ………ザンとのスペシャルマッチは、まだ、続いている

544続々・戦技披露会・スペシャルマッチ  ◆nBXmJajMvU:2016/10/14(金) 23:07:00 ID:1lA8qsyE

 ざざざざっ、とボロボロの漁船が「クイーン・アンズ・リベンジ」へと近づいていく
 ゴルディアン・ノットがそちらに視線を向けると、そこから黒と黒髭が飛び出し、「クイーン・アンズ・リベンジ」へと乗り込んできた

「何者かは知らんがよくやった、褒めてつかわす!これで、また大砲による攻撃が可能だ」

 黒は、ない胸をはりながらそうゴルディアン・ノットへと告げた
 彼女は、相手が何者であろうとも常にこの態度を崩さない
 そのせいで中学校の教師からは再三注意されているのだがお構いなしだ
 故に、この場においても初対面(実は初対面ではない可能性があるのはさておく)であるごルディアン・ノットに対してもこのような態度だった

「コの船の持チ主か……砲撃ガ、可能ナんだナ?」
「あぁ、そうだ。「大海賊 黒髭)と契約している外海と言う。無事な砲台があれば、可能だ」

 ザンの起こした爆発によって、大砲も何門か破壊されてしまっている
 流石に、40門もの大砲での一斉発射は流石に不可能だろう
 ……少なくとも、20門程度は無事なようであるが

「どうする、そっちの船に残るのか?」

 と、下の方から、声
 黒と黒髭をここまで運んだ栄が、良栄丸から声をかけたらしい
 「クイーン・アンズ・リベンジ」の周辺には、まだザンが呼び出した狂える船員の姿はないようで、良栄丸に救出された契約者逹もほっと息をついているようである

 今、この段階になってようやく
 少しは、参加者同士で話し合えそうではあるが

「…………」

 クラーケンを操り、飛びかかる「メガロドン」の攻撃をいなしながら
 ザンが、何かを探し始めていた





to be … ?

545ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/15(土) 22:20:29 ID:IaA3KFhI
            「私に近づかないで」
         


私の名前は迎(むかえ)。誰とでも仲良くできるように、来る者拒まずと付けられた名前。
私のお母さんは最高のお母さんだ。料理も上手だし、私をたくさん可愛がってくれる。
私のお母さんはモテモテだ。とっても美人だし、笑顔も素敵。誰にでも優しいので、男も女もみんな夢中。

……あ、そろそろ暗くなってきた? 早く家に帰らなきゃ。
幽霊やお化けと言えば真夜中のイメージがあるけれど、こういう夕暮れ時も怪異が出やすい時間帯なんだよね。
なんて言ったっけかな、こういうの。黄昏時、もそうだけど、もう一つの……

――ああ、そうだ。思い出した。

「逢魔ヶ時――」
逢魔ヶ時。魔に逢う時間。昼と夜の境があやふやになる、人と魔の境界が曖昧になる時間帯。
噂には聞いていたけれど、本当に出るんだね……。

……私は影のようなものに囲まれていた。噂に聞く逢魔時の影だろう。
影は私に近づいてくる。私を襲おうと近づいてくる。
こいつらはこう見えて触れるから、物理攻撃で倒せるらしい。
でも、触るとよくないことが起こるらしい。

うん、正直触りたくない。

「こっ……来ないでください!」
だから私は拒絶する。来る者拒む。えんがちょ。
だけど当然影に言葉が通じるわけもなく、近づいてくる。

けれど、影は私に触れない。
磁石のN極同士が反発しあうように。あるいはそこに壁でもあるかのように。
逢魔時の影は私に触ることができない。

「あ……あなた達みたいなわけのわからないものは好きじゃないんです……!」
私は来る者を拒む。怪しいものは、気味の悪いものは歓迎しない。
そうすれば私は侵されない。私の領域は侵されない。
私は悠々と、間を通り抜けて逃げられる。……向こうから避けてくれる。

「見つけ、ました。人ならざるもの……」
逢魔時の影をまいた私だが、背後に恐ろしい気配と、女性の声を感じ、思わず振り向く。
そこにいたのは半透明の女性。
幽霊――どころではなさそうな、そんな気配。別に、霊感に自信があるわけじゃないけれど。

「排除しなければ。人を守るために人外は排除しなければ。この地を守るために異物は撤去しなければ……」
「な……なんなんですか……! やめてください! 私は関係ない……近づかないで!」
「人ならざるものは排しましょう。全て、すべて、スベテ。余すことなく滅ぼしましょう――」

さっきの影が女性の周りに現れ蠢く。ああ、どうやら話は通じないらしい。
私も話し合う気はないけれど。私はただただ拒むだけ。

「あなた達は嫌い。嫌い嫌い嫌い! 近づかないで……!」
だけど、どれだけ出そうとさっきと同じ。逢魔時の影は私に触れない。

「いけない、イケナイ、いけません。滅ぼさなければ。排斥しなければ。これが駄目なら私が――」
半透明の女性は電撃を飛ばす。やっぱり、私を敵と認識しているらしい。私を倒すべきものと認識しているらしい。
どうして。私は何もしてないのに。

「来ないで……!」
だけど、その電撃は私を避ける。私は電撃も拒む。私が拒めば触れない。

「人ならざるものはあってはなりません。人の平和を侵す怪異は滅ぼさなければなりません」
今度は炎を飛ばしてくる。いわゆる鬼火だ。

「いや……! 火は嫌い! 私に関わらないで……!」
だけどやっぱり炎も私に触れられない。
私は鬼火だって拒絶する。私が拒めば触れない。

「これでも、駄目なのですね……。いけません、イケマセン。排除しなくては、殲滅しなくては――」
特殊攻撃は通じないと見たか。先程の攻撃の影響で崩れた瓦礫を浮かせる。
サイコキネシスまで使えるんだ――いや、当たり前か。幽霊にポルターガイストは付き物だ。

「私は悪くない……! 私は関係ない……! 私は人間! 関わらないで、近寄らないで! 痛いのも重いのも大嫌い!」
私に向かって全方位から、正確なコントロールで瓦礫が襲いくる。いや、正確かどうかはわからないけど。
まさに八方塞。全方位攻撃を、避けることなどできはしない。少なくとも私には。

……だけど、避けるのは私じゃない。全方位からの瓦礫は壁にでも阻まれたかのように弾かれる。
私に触れず止められる。……地面に落ちないのは、サイコキネシスの影響だろう。

私は嫌なものは受け入れない。近寄らないで、関わらないで。
私はまっすぐ進む。だって、そっちが私の帰り道。

546ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/15(土) 22:21:18 ID:IaA3KFhI
「何もかも弾かれます。やはり危険です。いけません、いけません。なりません。残らず排さなければ――」
半透明の女性は私に敵意を向けている。横を素通りしようとする私を、電撃を帯びた手で排除しようとする。
幽霊ならば自分の電気で痺れたりはしないだろう――別に、ゴーストタイプにでんきわざが無効ってわけじゃないけれど。

「都市伝説は、契約者は。人ならざる魔性は。全てすべて全てスベテ滅ぼさなければ。そうしなければ、人に明日は訪れない。この地の平和は守れない」
……ああ、そうか。
この人は私と同じなんだ。私はこの人と同じなんだ。

……そう、『怪異を受け入れない』という点で、この人と私は似通っている。
私の契約都市伝説、『吸血鬼は招かれないと入れない』。
吸血鬼の弱点、そのうちの一つ――とだけ契約した。『悪魔は歓迎されない場所に入れない』という伝承から派生した弱点。

「似ているけれど。親近感を覚えるけれど。出会い方が違えば仲良くなりたくなったかもしれないけれど。
だけどごめんなさい。私はあなたが嫌い。私はあなたを受け入れない。私はあなたを歓迎しない。
少なくとも、このあなたに私の敷居は跨がせない。だって――」

電撃を帯びた腕は。半透明の女性の身体は。壁に拒まれるように、磁石が反発するように。
私の身体を避けて通る。

「だって、自分に敵意を向ける人間を。自分を攻撃する人間を。好きになる人間がどこにいましょう。
少なくとも私は当てはまりません。私はあなたが嫌いです」

……これが、私の能力。『吸血鬼は招かれないと入れない』の拡大解釈。
『すべての怪異は、私が招かないと入れない』。私が迎え入れない怪異は、許可しない都市伝説は、何であっても私に干渉できない。
だから私は受け入れない。
迎なんて名付けられたけど――来る者拒まずと願われたけど。
私は来る者拒んで去る者追わない。私はこんなものに関わりたくない。

「逃がしません、逃がしません。排除します。すべて、スベテ――」
ああ、やっぱり追いかけてくる。だけど私は受け入れない。
怪異そのものも、不思議な力も、不思議な力の影響を受けたものも。

たとえ親近感を覚えても、私は敵対する怪異を受け入れない。
どうせ捕まることはないけれど、私は走って逃げよう。より、拒絶を強く伝えるために。
……やんわり断ろうと、激しく拒もうと、能力の効果に影響はないけれど。
結界能力――というより、フィルター能力。
『受け入れるか』『受け入れないか』の二者択一。
だけど、こんなことからは早くおさらばしたいでしょう?

あれから、どれだけ逃げたか。どれだけ攻撃を拒んだか。
辺りはすっかり暗くなっていた。もう、あの女性は追ってこなかった。
ああ、よかった。だけど、そろそろ夕ご飯かしら。
今日は焼きそばが食べたいな。

……そしてタイミングよく、家に着いた。

547ソニータイマー ◆gkKeVo9z.g:2016/10/15(土) 22:21:53 ID:IaA3KFhI

「ただいま」
私はドアを開ける。

「お帰りなさいまし、迎ちゃん。ええ、もう大丈夫ですわ――」
と、お母さんが私を迎え入れ、そしてぎゅっと抱きしめる。
あったかい。

「怖かったですわよね……もう大丈夫ですわ。安心して?」
……そう、正直怖かった。私はお化けが大嫌いなんだ。
だからこんな都市伝説と契約した――こんな能力を手に入れた。
だけど、お母さんに抱きしめられるとそんな気持ちも薄れてくる。体の震えも止まってくる。

……止まったからって、お母さんはすぐには離さない。
私はお母さんの温もりを感じる。感じて、感じて、ひとしきり満足すると……。

「さぁ、もうしばらくしたら御飯ですわよ。ご飯の前は手を洗ってね?」
そのタイミングで、私を離す。
やっぱりお母さんは理想のお母さんだ。
私の心も、してほしいことも、手に取るようにわかるみたいに。
私はお母さんが大好きだ。

「……うん。ありがとう。私は上に行く……から。できたら呼んでね?」
「ええ、もちろん。……そうそう、今日は焼きそばですわよ」
……お母さんは本当に理想のお母さんだ。
私が食べたいと思ったものが必ず出てくる。カレーを食べたいと思えばカレーが。スパゲティを食べたいと思えばスパゲティが。
私はお母さんが大好きだ。

……だけど、私はそんなお母さんがちょっぴり怖い。
私の理想のお母さん。だけど、隣の人には理想の隣人に見えるらしい。
クラスメイトには理想のお姉さん――年上の女性に見えるらしい。
先生は理想の保護者と言ってたし、お母さんの友達に、お母さんを悪く言う人は一人もいない。
……妬ましい、が口癖の人も、良く聞くとお母さんの悪口は全然言ってない。
どころか知らない人でさえ、お母さんを嫌うことがない。

……お母さんは誰からも愛されてる。誰からも理想的に思われてる。私はそこが恐ろしい。
だって――だって。誰にとっても理想的な八方美人で。それでいて嫌われないなんて。
まるで――人の理想を演じてるみたいじゃない。
『いいお母さん』を、『きれいなお姉さん』を、『良き隣人』を、『好ましい保護者』を、
『親愛なる友人』を、『好感を持てる他人』を。完璧に演じてるだけで――本当のお母さんがないみたいじゃない。
お母さんはプロの俳優だ。テレビで見るたび、劇場で見るたび、雰囲気が全然違って見える。
普段の生活さえ、その延長なんじゃないか――って、ちょっぴり思ってしまう。怖くなってしまう。

……私の名前は形桐迎。お母さんは形桐飾。
理想的だけど、理想的すぎる。優しくて怖いお母さん。


                       続く

548飢えた子の為に  ◆nBXmJajMvU:2016/10/16(日) 17:37:21 ID:8VsKja/g
 スーパーの中を、買い物籠抱えて歩き回るミハエル
 愛らしい西洋の少年な容姿を利用し、オマケしてもらう為に商店街で買い物する事が多いミハエルだが、どうしても商店街では揃わない物を買うためにスーパーに入ることだってある
 そのミハエルの傍には、いつものようにファザー・タイムが付き添っていた
 ファザー・タイムとしては、自分が買い物籠を持ってやりたいのだが、残念ながらそれを実行した場合、籠がひとりでに浮いていると言う怪奇現象として一般人の目には映ってしまう
 その気になれば人間の目に見える状態となる事もできるが、自分の外見でそれをやっても不審がられるだけだろう、とファザータイムは考えていた
 自分の姿が、今の時代に即していない事はよくわかっている

 ……そして
 今日、こうやって外を歩いているのは、買い物のためだけではない

「話があるそうだな」
「や、悪いね。直接会って話したほうがいいかって思ってさ」

 す、と
 さり気なく近づいてきた黒髪の少年……黄に対して、ミハエルはにっこり、笑いかけた
 周囲からは、たまたま友達同士がスーパーで遭遇した、程度にしか見えないように装う
 何か、非現実的な話をしていたとしても、ゲームや漫画の話だと周囲は勘違いすることだろう
 このあたりは、子供の利点と言えるのかもしれない

「「大きな獲物」についてなんだけどさ………その中で、「餌」にしてもいいのっているかな?」
「餌?」
「そう。お腹空かせちゃってる子がいるから」

 ミハエルのその言葉に、黄はすぐに察した
 「人間を食べる存在」が、あの御方の配下の中にいるのだろう、と
 中には、人間を食べなければ死んでしまう存在とて、都市伝説の中にはいるのだ
 あの御方の配下にそう言った存在がいたとしても、おかしくはない
 以前にミハエルから聞いた話からすると「皓夜」とやらの事なのだろう

「…飢餓が進んでいるのか?」
「うん。ある程度、確保はしているつもりだけど………足りないみたい。この学校町でボクらが合流するまで、うまく食べてこれなかったみたいでさ。その分、足りてないんだと思う」
「……今のままでは、能力を全て発揮できぬし。そう遠くない未来、飢餓で命を落とすことになる」

 こそり、ファザータイムが付け加える
 死神であるファザータイムが言うのだから、餓死の危険性に関しては間違いない

「…なるほど。その腹をすかせている者は。あの御方の配下の中では重要な存在か?」
「うん。そうだよ。あの御方が「死なせないように」って言ってたんだから」

 いつ頃から、皓夜があの御方の配下となったのかは、ミハエルとファザータイムも知らない
 ただ、自分達よりも前からあの御方の配下だった、と言うことだけは把握している
 そして、あの御方は言ったのだ
 「皓夜を死なせてはならない」、と
 だから、皓夜を死なせる訳にはいかない
 その為に「餌」がいる

「そっちの上位メンバーの能力も、新たにわかった事あったら、出来る限り教えてよ。厄介な奴はヴィットに閉じ込めてもらうから」
「閉じ込める?」
「あぁ………仲間の能力で。一人だけ、と言う限定はあるが。閉じ込めて無力化できる。閉じ込められている間は、都市伝説能力も使えない」
「あの御方がいれば、誘惑してもらっておしまいだけど……」
「……まだ見つからないまま、か」

 あの御方さえ見つかれば、「凍り付いた碧」のメンバーを全員、こちら側に引き込む事もできる


 だが、まだだ
 未だに、あの御方は見つからない


(ヴィットリオの能力では、一人を無力化するのが限界。「凍り付いた碧」の上位の者を全て捕らえるのは無理、か……だが、一人でも確保できれば、上々なのやかもしれんな)

 もっとも、まだ慎重に動くべきだ
 皓夜の飢えを凌ぐ事

 それが最重要課題であると、彼らはそう認識していた



 ……近々、鬼の飢餓は、ほんの少し、解消される事となるのだろう




to be … ?

549スペシャルマッチ side-G.K&S ◆MERRY/qJUk:2016/10/17(月) 21:47:26 ID:6gtR5bQg
半壊した海賊船"クイーン・アンズ・リベンジ"の元に集まった参加者達
今回のスペシャルマッチの条件が1対多の戦いであることを考えると
これは貴重な機会である。そう判断したのだろうか、栄に返答する外海を
半ば押しのけるようにしてゴルディアン・ノットが甲板から下へ顔を覗かせる

「おい、少シ聞きたいのダガ」

突然出てきた黒い逆三角(▼)の覆面男(?)に参加者達が思わず沈黙する
彼らの驚き、あるいは困惑をよそにゴルディアン・ノットは言葉を重ねた

「あのザンという男に一撃入レル自信があル奴ハいルか?」
「それは、どういう意味だ?」

困惑する彼らを代表して良永栄が意図を尋ね返すと
ゴルディアン・ノットは乾いた物が擦れるような声で説明を始める

「見たとこロあの男、遠距離かラの攻撃ハほボ無力化シてシまうラシい
 役割を分けルベきダロう。あの男に攻撃スル者と、デカブツを抑えル者とダ」
「そういうことか……」
「今ここに集まっていル者達にも戦闘のやり方デ向き不向きがあルハズダ
 俺ハ近接戦闘もデきルガ、本気デやルなラデカブツの方ガ相手シ易いかラな」
「何か手があるのか?」
「切ル手札くラいハ当然持っていルとも。ソレデ、お前達ハドうなんダ?」



参加者達が集まってザンを倒す手立てを考え始めた頃
メガロドンとザンが操るクラーケンの戦いに変化があった

「……ん?」

モニターを見ている者にはザンが唐突に何もない水面を注視したように見えた
その下にクラゲ型クラーケンが潜んでいることを知っているのは
指令を出したザンのみ。仮に途中で誰かが気がついたとしても水中だ
そう簡単に手が出せるものではない……そのはずだったのだが

550スペシャルマッチ side-G.K&S ◆MERRY/qJUk:2016/10/17(月) 21:48:32 ID:6gtR5bQg
クラゲ型クラーケンから伝わってきた意思は「攻撃を受けた」と「とても疲れた」だ
疲れたと訴えるほど攻撃に抵抗したのだとすれば、流石に気づかないのはおかしい

(つまり……攻撃を受けた結果、疲労させられたか?)

抵抗を指示するが、思ったように動けず攻撃を受け続けているらしい
その結果どんどん疲労が酷く……動きが悪くなっていく悪循環に陥っている
これ以上は隠れていても無意味と判断し、ザンは一度クラゲ型を浮上させることにした
ゆっくりと水面上に顔を出したクラゲ型クラーケン……その頭の上に、誰かいる

「ぷはぁ……ん〜、やっぱり空気があるってステキっ」

水に濡れて体に張りつく金色の髪をかきあげながら
黒いマイクロビキニで豊満な肢体を申し訳程度に隠した美女が立ち上がる
しばらくキョロキョロ周囲を見回したかと思うと

「イエ〜イ!在処ちゃん見てるぅー?お姉さんが帰ってきたゾ☆」

唐突にカメラ目線でダブルピースをしながら謎のアピールを行った
さらにウインクをした瞬間に何故か彼女の周囲でピンク色のハートマークも飛んだ
モニターの向こうで一部の人々が困惑と混乱の渦に飲み込まれたのとは対照的に
ザンは内心のアレコレに蓋をして冷静にタコ型クラーケンに攻撃を指示する
ふざけた格好と態度だがクラゲ型を疲弊させたと思われる相手を放っておく理由もない

「うわっとと?!……もう、女性にはもっと優しくしなきゃダメよ?」

タコ型の触手による薙ぎ払いに対して、彼女は空中に逃げた
コウモリのような黒い羽に赤く輝き始めた瞳。そして攻撃により引き起こされた事象
ザンが脳内で彼女の都市伝説の正体を絞り込む。恐らく――

「まったく!おイタをする子にはお姉さんがお仕置きしちゃうよ!」

ヒラリヒラリと触手を避けながら、ついにタコ型の上に降り立ちしゃがむ女性
例の攻撃が来るとタコ型に振り落とすよう指示を出し

「なに?」

一瞬。本当にわずかな時間、驚きでザンの意識に空白ができる
想定とは違った攻撃方法、そんなこともできるのかという思考の逸れ
本来なら特に問題なかったはずのそれは、エネルギーを充填した直後の
彼女にとって千載一遇のチャンスであり……結果、彼女はやり遂げた

「きたきたきたぁ!これはもう在処ちゃんの評価うなぎのぼり待ったなしでしょ☆」

タコ型クラーケンの体表にいくつものハートマークが浮かぶ
予想外なことにタコ型クラーケンの支配権が彼女に奪われていた
彼女への警戒レベルを引き上げながら、ザンは面白そうに笑みを浮かべた

                                             【続】

551続々々・戦技披露会・スペシャルマッチ  ◆nBXmJajMvU:2016/10/17(月) 22:56:40 ID:71xyWEJI
 ゴルディアン・ノットの問いかけに……少し悩んだのは、栄
 その様子に、クラーケンがビルを薙ぎ倒した際に落下し、良栄丸に救出されていた蛇城が気づいた

「できそうな者に心当たりが?」
「…あぁ、いや。俺の知らない奴だから断言は出来ない。ただ、「ずっと攻撃機会を狙っている」奴がいる事は、把握している」

 この試合が始まってすぐ、ほんの一瞬だけ良栄丸に乗り込んできた存在
 足場がほしい、とそう言ってきた相手の条件を飲んだ結果、今、「メガロドン」が複数出没していると言ってもいい

「……そういえば。かなりの速度で動き回っている影がちらほら見えましたね」
「確かに、視界の済をちラほラと黒いものガ横切ってハいたな……」
「忍者みたいな格好していたから、ようはそういう都市伝説なんだとは思うが。しっかりとどんな能力かは聞いていない。この感じだと、気配遮断やスピード強化とかそういうったもんだとは思うんだが」

 今のところ、接近しきれていないようではある
 烏賊やタコの触手の合間を掻い潜れていないのだろう

「烏賊やタコを抑えるんなら、「メガロドン」……と言いたいんだが、現状防がれてんだよなぁ。ビルに潜って不意打ち、もやっているはずなんだが。それでも駄目か」
「クラーケンの攻撃を引きつけてくれているだけありがたいと思うべきか。しかし、あの男。どれだけのクラーケンを呼び出せるのだ」

 ちらり、ザンの様子を見ながら黒がそう呟いた
 烏賊型とタコ型のクラーケン。それに加えて、水中にも何やら、いる
 生半可な契約者であれば、一体の召喚使役が精一杯だろうところだが、「マリー・セレスト号事件」に飲まれたザンはザンは、その都市伝説のうちの「クラーケン説」だけで、三体同時召喚使役等やってみせるのだから、規格外だ

「クラーケンにゃ、ドラゴンみてぇな姿やら、シーサーペントみてぇな姿やら説がたくさんあっからな……エビやらザリガニやらの甲殻類の姿で描かれた事もある。そこら辺まで召喚して操れたりしたら、流石にこっちの手が足りなくなるぜ」
「流石に、そこまでの数の同時使役はないだろう………ないよな?」
「途中から気弱になんなよ、マスター………大砲は、やっぱせいぜい使えて20門だな。爆発でだいぶやられた」

 さすが本来は海の男と言うべきか、黒髭はクラーケンに関する知識もある
 ……あったとしても、絶望に傾く情報が増えるだけに終わったが
 一応、警戒すべき事が増えたと思えば良いのだろうか

「そちラの女性ハ?一撃、当てラレルか?」
「…口惜しい事ですが、難しいですね。何度も狙撃を試みましたが、クラーケンによって防がれました」

 昔と違い、サングラスとマスクは外すようになったものの、相変わらず口裂け女と誤解されそうな赤いコート姿の蛇城が答えた
 にょろり、胸元からは「白い蛇」が顔を出し、ちろちろと舌を動かしている
 この「白い蛇」の力で多少は水を操れるものの、残念ながらこの大漁の海水をどうにかできるか、と言うと別問題である


 そして、彼らがそうして話し合っている間に、再び戦況は動き出す
 サキュバスの出現と共に

552続々々・戦技披露会・スペシャルマッチ  ◆nBXmJajMvU:2016/10/17(月) 22:58:14 ID:71xyWEJI



「神子さん、視界を塞がれますと、試合状況が見えないのですが。お母さんの名前が呼ばれた気がしますし」
「うん、何ていうかね。龍哉には見せちゃいけないものが映ってる気がしてね。ワタシ的にはあぁ言うのも見たほうがいいと思うんだけど、後で蛇城さん辺りがうるさそう」
「蛇城さん参加してるしなー。ザンじゃなくてサキュバス狙撃しなけりゃいいんだけど」
「そうねー。とりあえず直斗、サキュバスの姿写メとるのやめなさい」

 神子の言葉に、直斗はっち、と小さく舌打ちした
 まぁいい。恐らく、晃辺りがちゃんとムービーで撮ってくれていると信じよう

「タコの支配権奪われたのか、あれは………っと?」

 画面越しに、ニヤリと笑うザンの表情を見て
 あぁ、まだ呼んでない奴呼ぶ気だな、と直斗は感づいた


 影がさした
 自分の頭上に、何かが出現したのだ、とサキュバスは気づく
 先程から、烏賊型クラーケンに迎撃されまくっているメガロドンが飛んできたわけではない。何か、別の……

「……!?」

 ぐわっ!!と
 サキュバスの頭上に出現したそれを見て、サキュバスがまず抱いた感情は

「グロッ!?」

 耐えきれずに、思わず口に出してしまった
 そう、グロい
 あえて言うなら、短めの触手がびっしりと生えているような、そんなものが……サキュバスに向かって、落ちてきている
 慌てて避けようとするのだが、そのクラーケン並の大きさのものが落ちてくるとなると、回避は非常に困難であり
 サキュバスに操られているタコ型クラーケンが慌てて撃退しようとしたのだが、触手を絡みつかせて引っ張ろうにも、同程度のパワーのものに落下の勢いが加わっている訳で……

 サキュバスの頭上に召喚された、ヒトデ型クラーケンは、そのまま容赦なくサキュバスへと襲いかかった


 あのヒトデ型まで呼ぶのは久しぶりだ
 疲れているクラゲ型はしばらく休ませるとして、烏賊型だけだと少し防御に不安があるか

「……そうなると、他にも呼ぶべきだな」

 そう呟くザンの後方から、ビルの残骸から飛び出してきた「メガロドン」が襲いかかる
 その巨大な牙はザンへと………届かない

 メガロドンのその巨体が、叩き落される
 ごぅんっ、と腕を振り上げた、それは。これまで召喚されてきたクラーケンと同程度の大きさの…………ザリガニ型クラーケンだった




to be … ?

553 ◆HdHJ3cJJ7Q:2016/10/18(火) 01:04:24 ID:izY9HYqA

戦技披露会。
組織のX-No.0であるザンVSその他大勢というむちゃくちゃなスペシャルマッチ。
開始早々に水没したビル街と化した会場ではそれぞれが自分の能力を活かして動いていた。
その中で主に救助を行っている良栄丸、そのぼろぼろの船の操舵室の屋根の上にY-No.660、黒服Yは立っていた。
見た目はどこにでもいる普通の黒服であるが、目立つ所を上げるとすれば、背中に1.5mほどの巨大なライフルを背負っていることか。
髪も服もびしょ濡れの状態ではあったが、特に戦闘に支障はないようだ。
人差し指と親指を立て銃の形にし、ザンをいる方向へ向けると。

「アーマーショット(徹甲弾)、装填」

手の横の空中に黒色の弾丸が現れる。
まるで、そこに見えないリボルバー式拳銃があるかのように、6発ずつ円形に計12発が浮いている。

「発射」

宙に浮いていた銃弾は左右に別れて弓なりの軌道を描いてザンへと飛んでいく。
しかし隙間を狙ったにも関わらず、クラーケンの触手の滑らかな動作によって全て防がれてしまう。
的に対して弾が小さ過ぎるのか、ほとんどダメージも通ってはいないようだ。
黒服Yは新しく弾丸を作り出してはあらゆる角度、さまざまな軌道を取って発射するものの、その全てはクラーケンに防がれてしまう。
撃ちながら反応を観察し、次はどう撃てばよいのか考えていく。
タコ型のクラーケンはおそらく攻撃用で、接近してきた者を薙ぎ払うべく動いている。
イカ型はおそらく防御用、頻繁には攻撃せずに守りを固めているようだ。
威嚇するかのようにゆらゆらさせている触手が、魔弾を防いだ時と同様にたまに位置を変えていることから、他にも遠くからの攻撃を受けていることが窺える。
1対多数という状況で、クラーケン2体を使役して防御を固めたうえで攻撃までしている。

「……うん。無理だね」

そう言いつつも今度は背負っていたライフルを手に取り構えた。
銃口からは黒い霧のようなものが溢れている。

「よーし、ちょうどチャージ完了したぞ」

守りが固いなら、守りを崩せるほどの一撃を。
脚を前後に開き反動に備える。
ストックを肩に当て、慎重に狙いを定める。
衝撃に負けぬようにしっかりと脚を踏ん張る。
通用するかどうか分からないなら、とりあえず今撃てる最大出力で。

「行け、ブラックジャベリン!」

発射の反動で肩が軋む。
風が唸りをあげて吹き抜ける。
放たれた魔弾は一直線にクラーケンへと突き進む。
そして触手に突き刺さると肉を抉りとるように蹂躙し、大砲で撃たれたかのような大穴を開けた。

続く

554スペシャルマッチ side-G.K&S ◆MERRY/qJUk:2016/10/18(火) 02:06:19 ID:vg/Bw8rc
支配権を奪われたタコ型に代わってザリガニ型が投入されたため
依然としてメガロドンはクラーケン二体を突破することができずにいた
ザンはチラリとタコ型に絡みつかれるヒトデ型を見たものの
すぐメガロドンの契約者を探すべく目線を外した

(あそこまでやれる奴がこの程度で終わらないのは分かりきったことだしな)

気絶でもして支配権を手放してくれればそれに越したことはないが、本命は時間稼ぎだ
ヒトデ型はさっそく例の攻撃……エナジードレインを受け始めている
そこまでは予想の範疇だ。巨大なクラーケンが疲弊し切るまで生命力を奪うのに
どれだけ時間がかかるかはクラゲ型が攻撃された時の状況を元に推測できる
さらにクラーケン一体分を平らげられたところでこちらにそれほど影響はない
だがこの間にメガロドンをなんとかできれば状況は大きくこちらに傾くだろう
そう考えるザンの目の前で烏賊型の触手が一つ、穿たれた


一方、良栄丸とクイーン・アンズ・リベンジに集まった参加者達は
依然としてザンとクラーケンに対抗する有効な手段を見出せずにいた
主戦場となっているザンの周囲でなにやらクラーケンがやられたり
逆に増えたりといった動きはあったが、状況が良くなったとも言い難い

「この海水が無ければやりようはありそうですが……」
「そうは言ってもなぁ」

この状況に適応できる能力者ではいまいち攻めきれていないのが現状だ
蛇城が言うように海水が無ければ取れる手が増えるとは栄も思っている
しかしそれで勝てるかも分からないし、そもそも海水をどうにかする手段がない
さらに言えば海水を一旦どうにかしてもまた水没させられる可能性が高い
どう考えても八方塞がりだろう……そう思っていると

555スペシャルマッチ side-G.K&S ◆MERRY/qJUk:2016/10/18(火) 02:06:53 ID:vg/Bw8rc
「要スルに足場ガ必要なのダロう?」
「確かにそういう話だが、もしやできるのか?」

覆面の男の発言に黒が聞き返す。確かに彼の能力はどうやら布や縄を操作できるらしい
それならば一時的に足場を組むこともできるだろうが……少し心許ないのが正直なところだ

「手札を切レバ、10分ダけ足場を作ルことガデきル」
「10分だけか」
「ああ。暴走サセないためにもソレガ限界ダ」
「ちなみになにをするつもりか聞かせてくれるか?」
「水面上に布と縄を張リ巡ラセ足場を編む。修復も随時可能ダ」
「ふむ……範囲はどうだ」
「街一つやレないことハないガ、負担ガ大きい。会場の端まデハ勘弁シてくレ」
「待て待て待て」

今こいつはなんと言った。街一つを布と縄で覆えるということか
10分だけだとしても、地形を変えるという点ではザンと似たようなことができると

「お前それ、本当か?」
「このゴルディアン・ノット。この場デ出来ないことを言うほド、阿呆デハないつもリダガ」
「船一つ覆い包む奴が切札を使うと言うんだ。それくらいは出来てもおかしくはないだろう」
「ああ、切レと言うなラスグにデもやレルゾ。一度切レバ試合中ハもう使えんガ」

栄は今更ながら知った覆面男の名前も含めてどうしても怪しく思わざるをえなかったが
黒のほうはクイーン・アンズ・リベンジの一件もありこの話に信憑性があると感じていた
有効な手段は未だ見つからず、しかし議論は着実に進展していた――

                                                   【続】

556スペシャルマッチとゴスロリ少女 ◆12zUSOBYLQ:2016/10/18(火) 23:04:53 ID:xBYkdMHg
「あれと戦ったら、面白そうかなと思って」
 澪の言葉に素早く反応したのはキラ。
「澪もそう思う!?あたしも行きたーい!」
「だめよ同士桃。あなたもう負けたでしょ」
「あーあー。あそこで食らうなんて。やっぱり体術もやっとけばよかったかなー」
「まあまあ、勝負なんか時の運なんだから」
 キラを宥める柳に便乗して、ノイも言い切る。
「うん。一生懸命戦ってるキラ、カッコ良かったよ!それで十分じゃない?」
「ノイさん…」
 ちょっぴりうるうるするキラの頭上に、不意に黒い影が現れ…落下する。

 ひゅる…どしーん!!

 わずかな風切り音と共に落下してきた少女は、キラの頭上にものの見事に衝突した。

「…!き、キラ!?」
「キラっ!」
 黒い影の衝突で一発KO、気絶したキラに、隠れシスコンの真降と親友の澪が駆け寄る。
 黒い影の正体は少女。年の頃なら7〜8歳程度の、白いフリルいっぱいのブラウスに、タックと共布フリルがたっぷり施された白いジャンパースカート。
 肩ぐらいまでのピンク色の髪には赤い薔薇が両端にあしらわれた、レースたっぷりのやはり白いヘッドドレス。所謂白ロリといった格好だ。
「…まほろ?」
 ノイの口から、学校町から姿を消した親友の名がぽろりとこぼれる。
「あたしは、ひかりよ」
「ひかり?それがあなたの名前?」
 少女は頷き、一通の手紙を出すと、ノイに向かって差し出した。
「これ読んでね」
 はてなマークが飛び交う一同を余所に、「ひかり」が両手を天に差し上げる。
 その手の中に、少女の身の丈以上の長さの、無骨だがそれ故に美しい、銀の槍が現れた。
「アカシックレコードに接続…データロード完了!よしっ!」
 そしてひかりは、一同に向かってばいばいと手を振った。
「じゃーあたし、あのザンって人と戦ってくるから、そのキラって子、救護室に運んであげなよ。じゃーまたあとでね!」
「ちょっと待って、あなた一人じゃ危ない!」
「澪ちゃん、僕も行くよ、水上戦なら足場がいるだろう?」
 慌てて澪と真降がひかりの後を追う。
 残されたノイたちがひかりに渡された封筒を開けると、ひらりと落ちたのは一枚の便せん。

『ボクのムスメのひかりを、学校町で修行させたいのですよ。よろしくですよ。 幻』
「幻…!」
「ああもう分かってたよ。こういう手紙書く子だっていうのは、つくづくわかってた…でも。帰ってきてくれたんだね」

557スペシャルマッチとゴスロリ少女 ◆12zUSOBYLQ:2016/10/18(火) 23:05:54 ID:xBYkdMHg
 ノイは感激しきり、柳は文句は言いつつも、内心ではノイの親友が戻ってきたこと、ノイが喜んでいることを喜んではいた。
「じゃ、俺たち、こいつを救護室へ運んできます」

 「場所ちょっと貸してね?」
 クイーン・アンズ・リベンジの舳先にちょこんと陣取ったひかりは、お辞儀をした。
 他の選手たちは不審顔。いくら契約者とは言え、こんな年端も行かない子どもが戦えるものなのか?
「わー!ロブスターだー!」
 ザリガニ型クラーケンを見たひかりは歓声を上げ、手鏡を取り出した。
 「アルキメデスの鏡」この都市伝説との契約で、ひかりは鏡さえあれば、光と熱を自在に操ることが出来る。
 手鏡の照準をザリガニ型クラーケンに合わせようとするが…
「あーもう!あっちこっち動いて、ねらいがさだめられない!」
 気がついたら、フィールド内の水がちょっとした温泉くらいの温度になっていた。
「こうなったら、水温をもっともっと上げて、みんなゆでちゃえば…!」
「参加者で溺れている奴もいるんだ。やめてやれ」
 他の参加者が止めに入ったその時。
「ひかりちゃん、大丈夫?」
「全く、いきなり水の温度が上がるから、氷が溶けて溺れるところだったよ」
 凍らせた水を足場にして、澪と真降がクイーン・アンズ・リベンジにたどり着いた。
「さっ、どうする?澪おねえちゃま、真降おにいちゃま?」
「あれ?ひかりちゃん、なんで…」
「あたしたちの名前を知っているの?」
 問われたひかりは手にした自らの銀の槍を、さも大事そうに抱きしめた。

「アカシックレコード、だよ」



続く?

558はないちもんめ:2016/10/18(火) 23:35:55 ID:.o3.YA2g
「K-No.0ともあろう者が情けない…」
「それは自虐でしょうか?K-No.02」

宙に浮くマネキンと希が見下ろすそれは巨大な烏賊型クラーケンの足に絡め取られているK-No.0 影守である。

「返す言葉もない…」
「そんなんだから教え子にも舐められてんのよ、アンタは、私の契約者なんだからもっとしっかりと……」
「これで愛想尽かさないのだからK-No.02も大概底抜けの阿保かお人好しかと」
「最近アンタ等私に対してキツくない?」
「いえ、人形と人形使いと言う立場上別に逆らえない鬱憤を晴らしているとかそういうことはございませんよ?」
「ええ、何がメイド服だよもっとマシな服着せろやボケとか思っていても口にはしませんよ?」
「してる、今めっちゃ口にしてるよ!?」
「「「何のことやら」」」

マネキン一同の言葉に希は宙に浮いたまま膝を抱える。

「覚えてなさい、この模擬戦終わったら辱めてやる」
「格下の煽りで逆ギレとか小物臭が半端ないですよ」
「もう少し心にゆとりを持ちましょう」
「余裕の無い女性はモテませんよ?」
「同年代のK-No.1(望)やK-No.2(在処)が旦那は愚か子供までいるのに1人独り身で焦るのは分かりますが」
「あんた等マジで覚えてろよ!?」
「いっそ誰か紹介して貰えばどうでしょう?」
「どこの馬の骨ともわからん輩に希はやれんぞ」
「………親の過保護も嫁き遅れの原因でしたか」
「いや、別に紹介とかされても…」
「そもそも未だに初恋拗らせて引きずってる時点で負け組ですよね、先に進める筈無いですよね」
「相手が結婚どころか子供までいるのに未だに引きずるのは流石にどうかと」
「いやしかし義娘兼契約都市伝説として手元に置いたK-No.0も悪いかと」
「その辺りどうなんです?」
「答え辛いわ!」

まぁ確かに聞かれても答え辛い。
あの頃のゴタゴタとか美緒との関係とか一言では説明しにくいし。

「てかさっさとこれ解いて戦線に復帰するぞ!」
「私達に捨て身同然の戦いさせておいて失敗とかしばらくやる気になれません」
「「なれません」」
「仕方ないわね……」

先程まで膝を抱えていた希がゆらりと立ち上がる。
顔は笑っているがその目は笑っていない。

「影守…しばらくそこでぶら下がってなさい………ちょっと私は八つ当た……X-No.0ぶっ飛ばしてくるから」
「えーと…希?」
「自立させてたバラバラキューピーの制御権全部私に戻して強制操作、そのまま全機時限自爆装置起動!」
「「「「「「「「ちょっ!?」」」」」」」」
「目標X-No.0、全機まとめて突っ込みなさい?」
「強制特攻とかそれが人のやる事でしょうか!?」
「残念ね、私人じゃ無いもの」
「これが初恋拗らせた恋愛敗者の闇ですか…」
「いいからとっとと行けや」
「「「「この鬼!悪魔!喪女!」」」」

そんな叫びと共にマネキン達はザンへと突撃し、大きくな爆炎が上がった…

続く?

559T ◆mGG62PYCNk:2016/10/19(水) 21:42:54 ID:svqqfaIE

 合同戦技披露会の会場を歩き回っていた舞は、知った顔を見て挨拶をしに行った。
「黒服Dさん。それにはないちもんめの嬢ちゃん。お久しぶり」
 気付いた二人は舞を見て一瞬目を細め、それぞれ納得したように頷いた。
「ええ、久しぶりね」
「お久しぶりです」
「いやぁ、将門サンに酌でもしてやろうと思って行ったら本人居なくてさ、
ごみごみしてるとこ行っても疲れるからVIP席に誰か知り合いいねえかなって歩いてたらいい感じに寛いでるの見つけちまった」
 舞は手に持った酒を置いて二人の傍に立つと、少女が確認するように口を開いた。
「あなた、半分ここに居ないわね?」
 はないちもんめの契約者、望の言葉に舞は頷き、
「まあ、いざという時に俺たちの意思でここから抜け出せるように、な。別の異界が体に干渉してるんだ。自衛自衛。
 それより、さっきのX-No.0の戦闘、凄かったな! リアル怪獣映画だぜ!」
 そう言うと、舞は二人とこれまでの試合について軽く意見を交換した。
 あらかた話した上で、舞は懐かしむように目を細め。
「今回の参加者にもけっこういるっぽいけど、学校町の契約者って今もかなり居るんだろ?」
「私達が外見年齢相応だった時と比べるとあまり変わらないか、少し少ないくらいよ」
「ってことはかなり異常だな」
 苦笑が漏れる。
「それでもなんとかしていくわ」
「おお! 立場がある奴のそういう言葉はかっこいいぜ」
 手を打ち鳴らして応えた舞は、「しっかし……」と二人に視線をやる。
「Dさん、その絵面けっこう犯罪ちっくだな」
「恥ずることのない夫婦のワンシーンよ。ねえ、大樹さん?」
 当の本人は観戦用のモニターを見つめている。試合はまだ始まっていないのにだ。
 舞としてはからかってやろうかと思ったが、それより先に望が言う。
「今更ナンバーで大樹さんを呼ぶのってどうなの?」
「出会い時点でそれだったからなあ、今更ってのもある。それに、俺たちにとってDさんのDは≪組織≫でいう№のDとはまた違う意味あいがあるからなあ」
 望が「そうなの」と頷き、大樹がスクリーンこら目を移した。
「舞さん、そのお酒は?」
 舞は嬉しそうに瓶を振る。
「ここに来る前にフィラちゃんに頼んでVIP席進入許可のお礼に行ったらヘンリエッタ嬢ちゃんが逆にくれたワイン。なんと本物の≪悪魔の蔵≫の代物だそうだぜ」
 美味し過ぎて盗み飲みが多発したためにそれを防ぐ意味を込めて流れた悪魔の蔵の噂があるが、本物ということは、本当に悪魔がいる蔵から持ってきたのだろう。
「≪組織≫の備品でないことを祈りたいわね」
「あの方でしたら大丈夫なはず……です」
 大樹は相変わらず胃がキツそうだ。その不憫な姿に郷愁じみた親愛を舞は感じる。
「しっかし、文字通り尻にしかれちゃってるね、Dさん」
 望は大樹の足に収まっている。犯罪的な画とは言ったが、これはこれで微笑ましい。
 大樹はこほん、と咳払いし、
「一応、仕事もしておりますのでご容赦を」
「いや休めよ」
 思わずツッコミをいれるが彼は聞かないだろう。それは望の顔を見ればよく分かる。
 これは彼の不治の病なのだと思いながら、舞はこの二人にも縁が深い契約者が試合に出ていた話を蒸し返す。
「そういえばさ、チャラい兄ちゃん――いや、翼さん、か。あいつの娘大きくなったよな」
「ええ、時間は過ぎていきますね」
 大樹が感慨深く頷く。

560T ◆mGG62PYCNk:2016/10/19(水) 21:46:24 ID:svqqfaIE
「始めはあの兄ちゃんが産んだんじゃないかと思ったもんだ……」
「ああ、≪801穴≫との契約が一部界隈で疑われてたみたいね」
「そんな騒ぎも、もう十年以上前なんだもんなあ」
 舞も深く時間を噛みしめる。
 普段はあちこちを転々としては≪マヨヒガ≫に迷い込んだ者の相手や問題の解決などを行っているものだが、
後進の本格的な育成なんてものに手を出してみるのも面白いかもしれない。
「舞さんは今日はお一人ですか?」
 大樹の問いにいや、と舞は手を振る。
「元T№1と0。それに昔≪首塚≫に居たモニカって子と、その契約都市伝説の≪テンプル騎士団≫が来てるよ。
フィラちゃんは≪首塚≫の本島に行って昔の仲間と話してるんじゃねえかな」
 言っていると、妙齢の女と初老の男がやって来た。
「ここに居たか、舞」
「やあ、いろいろ買って来たよ」
 元T№の1と0。高坂千勢と高部徹心は、二人揃って大量の袋を持っていた。
 徹心は隻腕に≪夢の国≫のロゴが入ったものをいくつも下げている、千勢も同じ物を持っていたが、それ以外にテキ屋の屋台で買ったかのようなビニール袋があった。
「ああ、ちょっと面白そうな屋台を見つけてな、ちょいと買ってきた」
 指差す先にあるのはどう見ても死人が働いている屋台だ。手を振ってきているが、その動きで肉が剥がれ落ちそうで見ていてハラハラする。
 ……あれ、食品に混ざってないか?
 舞と同じことを思ったのか、望が言う。
「衛生的に大丈夫なの?」
 千勢は「大丈夫大丈夫」とあっけらかんと言って地面に座り、
「≪桃源郷≫の桃を毎日食ってるんだ。今更異物を食った所で死にゃしない」
 ここら辺の無頓着っぷりは舞にはまだ理解できない。
 徹心が苦笑で「まあ、こちらでもお食べください」と言って≪夢の国≫産の食べ物を渡す。
 舞は世界一有名なネズミの顔の形をしたピザを受け取り食すことにした。
「そういえば、Tさんはいらっしゃらないんですか?」
 大樹があたりを見回しながら言うと、望が「あ」と応じる。
「そういえば、急遽Tさんの名前が今日の参加者に追加されてたらしいわよ」
 大樹がおお、と唸り、千勢が笑う。
「あれはせっかくの機会だからと言って過去の負債を精算しに行ったよ。これにて晴れて昔のT№は円満に≪組織≫から離れることができるというわけだ」
「過去の精算?」
 望の疑問に、徹心が応じる。
「昔……たしかR№の物資調達の責任者の女性だったかな? 彼女直々にエリクサー合成の際の副産物として出来たアルコールを返却してくれと言われていてね」
「当時徹心は引きこもってたから、これを知ったのはしばらく後に出された≪組織≫の季刊誌でなんだ。
 たまに痴漢術みたいな面白いネタがあったので愛読していたが、ちと海外に出てる間に購読を忘れていた……。今ではどうなっているのだろうな」
「よく考えたら≪神智学協会≫との決戦の前に≪組織≫での資料を処分していた時、あの時破り捨てたあれの中に請求書があったんだろうなと思うんだけれど……」
「いかんな徹心」
「破り捨てていたのは君だよ」
 そんな幹部達の光景を見つつ、舞はこう思う。
 ……世界よ、これが≪組織≫だ……っ!
「ああ、そういえばそんな呼びかけもありましたね」
 大樹が思い出している呼びかけは、もう何十年も前のものだ。自分が所属している№でもないのにそれを覚えているということは、その時かなり胃を痛めていたのだろう。
「参加することで≪組織≫に対する負債を帳消しにするとなると、普通の参加の仕方ではないんでしょう? 連戦でもするの?」
 望の言葉に、舞は首を振る。
「俺らはただの契約者でしかねえからそんな大それたことはしたかねえな。
 ヘンリエッタの嬢ちゃんとかに掛け合ってここら辺を落としどころにしてもらうかとなったのは……まあ、あれだ」
 モニターに視線をやると、そろそろ次の試合が始まりそうだった。
「参加したのはいいけど、警戒されて相手が居なかった子の相手をするって感じかな」
「あら、ぼっちの子が居たの……ねえ、それってもしかして」
 望が言いかけた言葉の後を引き継ぐように、実況が次の対戦カードを告た。
『次の試合は…………≪夢の国≫と――T?』
『なんなのこのあからさまな偽名』
 舞は頷く。
「相手は夢子ちゃんだ」

561T ◆mGG62PYCNk:2016/10/19(水) 21:48:01 ID:svqqfaIE

   ●

 舞は実況の声を聞いて二人に問うた。
「この声、Dさんと嬢ちゃんの娘さんの声か?」
「ええ、そうよ」
「≪組織≫に提出されている偽の情報そのままで紹介するようにお願いしていますので、面倒なことにはならないと思いますよ」
 会場がどよめく中でそんな会話をしていると、実況がプロフィールを読む声が聞こえた。
『えー、Tは、かつて≪組織≫に存在したT№に所属しており、
№0を含めて構成員全てが≪組織≫を去るきっかけとなった≪神智学協会≫との≪太平天国≫後継を巡る争いの最中、
上位№から年季明けということで≪組織≫脱退を許可された構成員とのことです』
 説明にほう、と頷きが会場のそこかしこで上がる。元≪組織≫所属ということである程度の戦闘はできるだろうと判断したのだろう。
『続きまして、≪夢の国≫ですが、これは説明するまでもありませんね。彼のテーマパークにまつわる都市伝説の集合体です。
過去に諍いもありましたが、今回は≪組織≫≪首塚≫と共に屋台なども出して戦技披露会の盛り上げに一役買っております。
――是非屋台に買い物しに来てね。って、これただの宣伝じゃないの』

『未確認情報ですが、どうやら≪夢の国≫はかつて≪神智学協会≫とT№の決戦の際、戦闘参加者の友人として参戦したことがあるとのことです』
『決戦には≪首塚≫からも幹部クラスが参戦したという話も出ていますね。こうしてみるとこの対戦カードはなかなか因縁深いとも言えます』
 宣伝に続いた男の声での補足説明に、舞はそういうことになってるのかと内心で呟く。
 その横で、千勢が莞爾と言う。
「縁だな」
「こういう運びになった発端がどさくさに紛れて請求書や返還要求を破り捨てたことだというあたり、
親の因果が子に報いていてなんとも味わい深いね」
「私は良い息子を持っただろう徹心」
「不憫でならないよ」
 そんな会話の周りからは「あの胡散臭い名前の奴、かわいそうに」というニュアンスの言葉が聞こえてくる。
 舞としては不思議なシンクロに頷くしかないが、
「知らないって怖いわね」
 望が言い、スクリーンが試合会場を映した。

562T ◆mGG62PYCNk:2016/10/19(水) 21:49:02 ID:svqqfaIE

   ●

 試合会場は無人の繁華街をモチーフにした場所だった。
 左右に商業施設らしい背の高い建物が並ぶ無人の目貫通りに、数メートルの間を空けてTさんと夢子は向かい合っていた。
「今回催しの相手になってくださったこと、≪夢の国≫の王たる私、夢子の名において感謝いたします」
 可憐に、それでいて威圧感のある夢子にTさんは会釈を返した。
「この度は王にまみえる幸運にあずかったこと、感謝いたします」
 Tさんが礼から顔を上げると、夢子が歯に何か挟まったような顔をしていた。
 彼女は少し考えた末に、手を上げて指を一つ鳴らす。
「よし」
 改めて、と言うように夢子は簡素なワンピース型の服の裾をつまんで華麗に堂々とカーテシーを決めた。
「≪夢の国に流れるカラス避けの電波≫を拡大したものを流しました。映像と音は届きますが、声だけは拾えませんよTさん」
「そうか」
 Tさんは、口元を隠して楽しそうに笑う夢子に親しい口調で言う。
「今回の件だがな、俺たち……というか母さんがやらかした件への精算という意味合いもあるので俺の方にもメリットはある。お互いにその辺りの感謝は無しにしよう」
「あら、そうなのですか。あの方も愉快なお人ですね」
「まあ、たまに起こるならそういう判断でもいいのだがな」
 Tさんは肩の力を抜き、次の呼吸で気を引き締めた。
「ともあれ、せっかくだ。十分に力を尽くさせてもらう」
「ええ、私たちも、力を入れてかかります――このような機会、滅多にございませんもの」
 夢子の表情があけすけに楽しげなそれから、奥に何かを隠した意味深なものに変わる。
 戦技披露会ということで、今回Tさんと夢子はそれぞれに戦闘に際して条件を付けていた。
 曰く、 
 ≪夢の国≫は主要なマスコットは全て屋台で出張らせた状態で戦う。
 Tさんは生身一つで戦闘する。
 ≪夢の国≫は王を対戦相手の可視範囲内に存在させる。
 攻防の様こそこの見世物の華であるため、Tさんは戦術的に優位を得るためであっても隠伏や遁走を極力行わない。
 アトラクションを長引かせず、短期決戦にする構えだ。
 それらの条件でもって互いをどう倒すか、Tさんも夢子も考えていた。

   ●

 ……≪夢の国≫があらゆる手を尽くしてくるならば、俺一人では決して敵わない。

 ……Tさんがあらゆる手を尽くしてくるのならば、≪夢の国≫はおそらくその総力を挙げても落とされてしまう。

 しかし、

「この限定条件下ならば」
「勝たせていただきます」

 こうして試合が始まった。

563はないちもんめ スペシャルマッチ 幕間:2016/10/19(水) 23:58:42 ID:anNj5Wks
実況席にて
「神子さん、僕は何時まで視界を塞がれていれば良いのでしょう?」
「うーん、もう暫くかなぁ・・・具体的にはアレがやられるまで」
「しかし、見えなければ実況もままなりません」
「気になるなら後でこの神子姉さんが手取り足取り個人授業やって上げるから今は我慢しといてねー」
「神子、何気にトンデモ無いこと言ってるけどお前大丈夫か?」
「ハハハ、私こそ蛇城さんに狙撃されそう・・・あ、絵里さんに齧られるのが先かな?直斗、そん時はフォローよろしく」
「神子さん、大丈夫ですか?」
「一寸顔色悪いぞ?」
「うーん、ちょっとしたら落ち着くと思う・・・・・・・・・あの何だっけ、飛びこんできたロリっこ?ひかりちゃん?何かあの子が出てきた辺りからこう体の内側がゾワゾワする感じがね?何か妙なテンションになると言うか・・・・・・」

所変わってvip席
「・・・あら?」
「望さん?」
「・・・このスペシャルマッチ、アカシャ年代記・・・アカシックレコード関係の契約者が混ざってるわね」
「何ですって?」
「神子が何かゾワゾワしてるわ・・・多分そこまで極端な影響は無いし大丈夫だと思うけど・・・・・・この件で下手に動く方が危ないわ、何かあるって言ってる様な物だもの・・・あ、希が自爆した」
「影守さんは放置ですか・・・」
「元人間の都市伝説にとって契約者はそれ程重要じゃないから・・・・・・まぁ、影守も見せるべきものは見せたし仕事は済んだと思って良いんじゃないかしら?」
「仕事?」
「攻撃用、それも一撃必殺のかごめかごめを回避に使ったでしょ?都市伝説は使い方次第だって言う実演よ、それにここでザンに一撃与えて見なさいな、そんだけ出来て前線にも出ずに後進育成・・・現場からすればふざけんなって今でも言われてるのに風当たりが余計キツクなっちゃう」
「現場との軋轢が?」
「そりゃあねぇ・・・それなりに戦えるのに前に出ずに後ろに引きこもってる訳だし、しかも首塚とか獄門寺組とか外部の人間で上位No.固めて・・・・・・事の経緯とか立場をちゃんと把握してる昔っからの連中ならそうでもないけど、最近入ってきたような連中の陰口は酷い物よ?」
「成る程」
「組織も一枚岩じゃないとはよく言った物だわ・・・・・・あ、戦場が・・・・・・いえ、ザンが動いたわ」

続く?

564続々々々・戦技披露会・スペシャルマッチ  ◆nBXmJajMvU:2016/10/20(木) 01:09:49 ID:q6NasD3k
 それに、一番はじめに気づいたのは蛇城が契約している白蛇だった
 すぅ、と首を伸ばし、空を見上げ始める
 その様子に、実況者の約一名を後で狙撃すべきかどうかわりと本気で悩んでいた蛇城が、白蛇に問う

「……?どうしました?」
「巫女よ、どうやら一雨きそうだぞ」
「雨?……あれ、戦闘フィールドって、お天気変わるんだっけ?」

 蛇城と白い蛇のやり取りに澪が首を傾げ、頭上を見上げ

「…………え?」

 いつの間にか、戦闘フィールドの空、と呼べる高さに、黒い雨雲が出現し始めていた
 それも、戦闘フィールド一帯、全てを覆うような……

「……!そちらの白い蛇、水の操作できますか!?」
「可能です」

 何かに気づき、慌てた様子の真降の問いかけに蛇城が答えた、その直後

 ーーーーーざぁあああああああああああああああああああああ!!!


「あっ」
「やっぱやったか。思いっきり画面見えにくくなるが、仕方ねぇか」

 実況席で、呑気にそんな声を上げる直斗
 戦闘フィールド全体に、強烈なスコールが降り注いでいる
 視界も、音も、何もかもかき消してしまう程のそれを発生させたのは、間違いなくザンだろう
 彼の「マリー・セレスト号」には、スコールを発生させる能力もあったはずだ

「神子さん。現場がよく見えない状況でありましたら、そろそろ目隠ししている手を外してくださっても良いかと」
「カメラがサキュバスどアップにしちゃうと言う事故を否定しきれないからまだ駄目」
「駄目でしたら、仕方がありませんね」
「龍哉、もうちょっと粘れ。あと、神子。お前が絵里さんに噛まれそうになっても俺はフォローしないぞ。ポチ辺りに頼め」
「人語理解できる程度に頭いいとは言え子犬に頼れってのもどうよ」

 ここまで酷いスコールが振られるとまともに実況は出来ない
 龍哉が目隠しを外されたとしても、流石に難しいだろう
 ………ただ

「……おや?何か聞こえましたね」
「え?」
「………だな。何か、鳴き声みたいなのが」

 微かに、微かに
 スコールの音に混じって、何か……


 雨の音が、視界も何もかも塗りつぶしていく
 それでもかろうじて、そのスコールは良栄丸とクイーン・アンズ・リベンジの周辺へは降り注いでいなかった

「ギリギリ、間に合ったようですね」
「助かった。こんだけ酷い雨だと良栄丸も少しヤバイ」

 蛇城が契約している白蛇が、水を操る力で持って、この辺りのみ雨が届かぬようにしてくれたのだ
 ただ、本当にごく狭い範囲のみである。雨を防げているのは
 ザンがいる辺りなど、この位置からは全く見えなくなってしまった
 ヒトデに襲われたサキュバスもどうなったかわからない
 なお、余談ながらヒトデは基本肉食なのだが……死人を出してはいけない試合なので、食われては居ないだろう。多分

565続々々々・戦技披露会・スペシャルマッチ  ◆nBXmJajMvU:2016/10/20(木) 01:10:37 ID:q6NasD3k

「雨か………ソろソろ、動かなけレバ危ないかもシれんな」
「…そうだね。この雨に乗じて、X-No,0が何か仕掛けてくるかもしれない」
「動くべきか。号令をかければ、すぐにでも大砲は発射出来……」

 黒が、大雑把にザンがいた方向を見据えながら、そう口にした………その時

「……ッマスター!5時の方向だ!」

 この大雨の中でもかろうじて見えるのか、それとも経験からくる勘か
 黒髭が、己の契約者たる黒へと警告を飛ばした
 その警告に、黒は黒髭が告げた方向へと向き直り

「撃ち方用意っ!!………撃てぇ!!」

 黒が司令を出したその瞬間、クイーン・アンズ・リベンジに無数の船員が現れた
 それらは大砲を構え、黒が見据える方向へと砲撃を開始する

 ーーーーークルァアアアアアアアアア

 スコールによる轟音の向こう側から、何かの鳴き声が、響き渡る
 一瞬だけ、ゆらり、と、巨大な影が見えた

「…おい。ありゃシルエットから見てシーサーペントだぞ」
「シーサーペント、と言っても形状色々いるからなんともいえないが……それっぽいな」

 黒髭と栄は、見えたそれをシーサーペントである、と判断した
 先程の20門もの大砲の砲撃で、それにどの程度ダメージが入ったかはわからない
 ひかりもまた、微かに見えるシーサーペントと思わしきシルエットに攻撃しようと………

「……栄!」

 と
 栄しかいないはずの良栄丸の操舵室の中から、別の男の声がした
 数人がぎょっとしてそちらを見ると、操舵室の中にあった大きな箱の蓋が開いており、そこから男が顔を出している

「深志?お前、見つかったらヤバいから隠れてろって………」
「もうバレた!「メガロドン」がザンの闇で防がれ始めてる。それと、あのシーサーペントっぽいクラーケンの他に、もっとドラゴンよりの顔のクラーケンがこっちに向かってきてる!まだ少し遠くてはっきり見えないが、他にももう一体!」

 栄から深志と呼ばれたその男が、そう警告した
 その発言内容に、気づいた者が数名

「「メガロドン」の契約者か」
「あぁ、そうだ……召喚使役型とバレたから、ザンが遠慮なく闇で「メガロドン」を攻撃し始めたんだろ。視覚は共有できるが、ダメージ共有はないからな」

 近づいてくる影に関しては、「メガロドン」との視覚共有で確認したらしい
 今も、深志は視界を半分、「メガロドン」と共有し、何匹もの視界を切り替えて状況を確認し続けていて

 その「メガロドン」の一体が、巨大なハサミによって切り裂かれ、消える
 ヒトデ型クラーケンと共にサキュバスに襲いかかっているザリガニ型クラーケンとはまた別に、はさみを持つ個体………エビ型クラーケンが、ゆっくりと良栄丸へと近づいていっている

 別方向、良栄丸の真下からは、翼を持たぬ巨大な竜の姿をしたクラーケンが
 さらにもう一体、先程クイーン・アンズ・リベンジの砲撃を受けたシーサーペント型クラーケンが
 それぞれ、良栄丸へと襲いかかろうとしていて


 ……そして、さらにもうひとつ、クラーケンとは別の攻撃手段をいつでも放てるように構えて
 さてどう動くか、と、ザンは笑った



to be … ?

566T ◆mGG62PYCNk:2016/10/20(木) 23:22:00 ID:DR6zPiOs

『あー、申し訳ございません。どうやらお二人の声を拾うことができない不具合が発生してしまっているようです。
皆さまにおかれましてはそのまま観戦ください』
 実況がそう知らせてくる。
 傍目にも≪夢の国≫が何かしたのは明らかだが、試合続行には問題はなさそうでなによりだと舞は思う。
 体に干渉している≪夢の国≫から漏れる声を聞くに、二人はやる気満々らしい。
 ……あんま大きな怪我をするようなことにならなければいいんだけどな。
 あの二人の様子では、それは難しそうだ。
「あんなに戦意に満ちていてくれると主催者側としては嬉しいかぎりね」
 そう言いつつ、望は舞に目を向ける。
「声を消しても唇が読める奴らには無意味よ。いいの?」
「まあ、何を言ってるのか完全に読み取るのは難しいだろうし、
もしTさんと夢子ちゃんの親密さに気付かれても昔Tさんが≪夢の国≫に招待されたことがあるからとか、そんなふうに言い張ればいいだろ」
「まあ、そうね。音声に完全に残されているわけでもなし、気にする必要もないか」
 画面の中ではTさんの体の各所が光り始めていた。
「そろそろ動く」
 千勢が言うと同時、Tさんが一気に距離を詰めて夢子の肩と足にそれぞれ自分の手と足を引っ掻けた。
 接近の勢いを利用して横回転させるように夢子を転ばせにかかったTさんは、倒れかけの夢子の腹に続けざまに膝を入れた。
 ……うわっ。
 その絵面に思わず自分の腹を押さえてしまう。
 その間にも、Tさんは止まらずに夢子を蹴り上げている。
まるでサンドバッグか何かのようだなどと思っている間に一分近く経ったが、Tさんの攻撃は続くし夢子は反撃をしない。
 ……反撃どころか夢子ちゃん、ろくに防御もしてないんじゃないか?
 一切防御をしているように見えない夢子の様子に、舞は少し違和感を覚えた。
「夢子ちゃん、なんで攻撃を防がないんだ?」
 もう気を失っているというわけでもないだろうと思って言うと、答えてくれる声があった。
「馬鹿息子は今≪ケサランパサラン≫への祈祷による身体強化で格闘戦を仕掛けているな。
 あれは直接やってみると分かるが、くせ者だ」
「ってーと、どういうこった?」
「同じ力の入れ方でも、発揮される力が祈りの具合によって異なるんだ。
これは戦闘慣れしていればいる程に無意識下で行われる力の入れ具合による動きの先読みを裏切ってくるから感覚が狂わされることになる」
 へえ、とリカちゃんが感心した後に首を傾げ、
「でも、夢のお姉ちゃん、近くで戦うこと、あんまりないの」
「そうだぜ。夢子ちゃんはあっちこっちに瞬間移動してヒットアンドアウェイするタイプだから格闘戦ばりばりってわけじゃねえ。
 素人ならあれ、逆に避けやすいんじゃねえの?」

567T ◆mGG62PYCNk:2016/10/20(木) 23:22:53 ID:DR6zPiOs
 その問いに、千勢は指を二本立てた。
 一本の指を曲げ、
「馬鹿息子の動きに対して先読みを行わず、
見たままで対応することになるから素人の方が避けやすいというのは正しいが、素人が反応できる速度で攻撃は行われていない」
 それに、と千勢はもう一本の指を曲げる。
「馬鹿息子の足元を見てみろ」
 言われるがままに見てみると、なんとも面妖なことに、
「地面が光ってたりするな」
「そうだ。いやらしいことに足を踏むごとに地面になんらかの幸せを願っているらしい。
その結果、偶然にも足元が崩れたりといったことが起きているようだな。
 そうした仕組まれた偶然の積み重ねで何発かに一発。夢子が体勢を立て直そうとするタイミングだろう、
体が動いた瞬間に攻撃が決まっている瞬間がある」
「動いた瞬間には一発当たってるってことか?」
 そのような動きには記憶があった。
 ……ルーモアの所のカシマさんができるって言ってた気がするな。あれはたしか……。
「無拍子ってやつか」
「擬似的なものになるが、その通りだ。あれは素人ではどうしようも無い」
 千勢は食料を漁りながら話を締める。
「認識を二重にずらした攻撃に対応できないのなら、あの距離では夢子は不利だ」

   ●

 的確に呼吸のタイミングを潰す攻撃を受けながら、夢子はこのままでは鞠つきの鞠扱いされてしまうと考えていた。
 一撃もらうごとに視界が暗転し、明らかに内蔵がダメになっている。
 Tさんもこちらが不死なものだからか、加減をしてくれるつもりはないようだ。
 ……では、
 そろそろ反撃でしょうか、と夢子は来る一撃に対して急所を晒した。

   ●

 Tさんは夢子が敢えて体の中で骨も無く肉も薄い部分を晒し、反射的なものも含めた防御手段の一切を捨てて一撃を受けたのを感じた。
 深く肉に足先がめり込む。
 人体相手ならばそれがどこだろうと骨を砕いて内蔵を潰せる一撃だ。それが人体の特に柔い部分に入った。
 致命の一撃。だが、その手応えにTさんが感じたのは焦りだった。
 ……しまった。
 蹴りの反動で力を失った夢子の体が遠くに飛ぶ。追いすがるために一歩動かなければならない位置だ。
 思考のタイミングを潰すように叩き込んできた攻撃のテンポがずらされる。
 身をもって空けられたその一瞬で、
 ――≪夢の国≫の王様はね?
「どこにでも居て、どこにも居ないんだよ?」
 Tさんが姿勢を下げると、その直上を風切り音が走っていった。
 大げさなほど反った刃を振り抜いた夢子が笑みで告げる。
「攻守交代。です」

568T ◆mGG62PYCNk:2016/10/20(木) 23:23:32 ID:DR6zPiOs

   ●

 攻撃を抜けた夢子が、今度は転移しながらTさんに次々と攻撃を繰り出していた。
 さっきまでと攻撃する側と受ける側が入れ替わった状態だ。
「これが、≪夢の国≫の中に一人しかいないがどこにでも居る住人という都市伝説。偏在化の力か」
「どう思う徹心?」
「うーん、僕では対応できないね。あれを受け切れるのは勘がいい者だけだろう。僕はその辺りはさっぱりだ」
「あれ、わざと隙作って攻撃を誘ってるわね。ある程度手管をわきまえているのならあっちの方が消耗は少ないのかしら」
 望の言葉に徹心は「そういうものなのか」と感心する。
 ≪夢の国≫が在る所にはどこにでも、住人と一緒に王様が居る。
 どこにでも居るから、攻撃の当たる場所には居ない。
「どこにも居ない夢のお姉ちゃんにどうやったら攻撃を当てることができるの?」
 リカちゃんが肩で首をかしげるので舞は少し考えてみた。
 これまで夢子に攻撃を当てる人は結構居た。攻撃を当てる方法は有る。
 それを事実として理解した上で、舞は結論を出す。
 ……分からん!
 なのでこの場の誰かに問うことにした。
「どうやって当てるんだ?」
「核となる王様は一人必ず存在しているということが肝だな」
 なんかよく分からない生き物の肝を食べながら千勢が言う。

   ●

 夢子が背後に現れるのを読んだTさんは、身を捻りながら肘を打ち込んだ。
 読みは当たり、Tさんの肘に骨を砕く手応えが来る。
 と、同時に足元のアスファルトが突然砕けてバランスが崩れる。体が後方に傾いて、その胸先を刃物が薙いで行く。
 幸運にも攻撃を逃れたTさんの目の前で「あれ?」という顔をしている夢子は骨を砕かれているはずなのに平気そうだ。
 ……もう治っているのか……。
 刃物が振り直される前に夢子を殴りつけようとした拳が空を切る。
 消えた夢子の次の一撃が来る前に、Tさんは道の端に跳んだ。
 跳びながら商業施設のセールを告知する幟を片手に一本ずつ取り、着地の際に幟の竿を地面で削って先端を尖らせる。
 夢子が、今度は眼前で腰だめにテーブルナイフを構えた状態で現れるので、Tさんは足腰の強化を願いもう一歩後ろに跳んだ。
 射程からTさんが離れたのを見て動きを止めた夢子に向けて、Tさんは両手に持った幟に加護を付与して投擲する。
「わっ!?」
 驚いた顔の夢子が消失する。
 次の瞬間、彼女はガードレールの上にしゃがみこんで座っていた。
「あぶないあぶな――」
 その彼女めがけて光の玉が一つ向かっていた。
「っ」
 Tさんが、幟の投擲と同時に夢子を追うよう願った光の玉を放っていたのだ。
 夢子はその場から転移して回避するが、光の玉は尚も彼女を付け狙う。
 夢子は追ってくるそれを見て、首を傾けた。
「困ってしまいましたね」
 そんな言葉を残して夢子は消え、次の瞬間にはTさんの直上に現れた。
 抱きつくように両手を広げた夢子が迫り、Tさんは勘か、それともその行動も読んでいたのか、自然な動作で一歩を下がった。
 すかされた夢子は空の腕を虚しく抱きしめて不満げに言う。
「いけずです」
 その背後には光の玉が迫っている。
 それを気にしているのかいないのか、夢子は両手の指で×を作ってまた消える。
 彼女を追っていた光の玉は、追尾対象の消失に対応しきれず、勢いを残したままTさんに向かって来た。
 Tさんが回避しようとすると、背後から声が割って入る。
「だぁめ」
 背からTさんの両脇に両手が突き出す。
 細く華奢なそれは夢子のものだ。
 Tさんを拘束して逃さないつもりらしい。
 迫る自身の攻撃を視界に入れながら、Tさんは口を開いた。
「点では当てるのが難しいか」
「王を討つならば並の幸運では足りませんよ」
「なるほど」
 Tさんが頷くと、柔らかい物に何かが突き刺さるぐちゃ、という粘着質な音が聞こえ、彼を締め付けようと迫ってきた夢子の腕の動きが止まった。
「では、もう少し工夫をこらす」
 Tさんがその場で身を回した。
 背後に居た夢子は右肩から左脇を抜けた幟によって地面に縫いとめられていた。
 Tさんの背後では、迫っていた光弾がもう一本の幟に貫かれた破裂音がする。
「体内から拘束してくれと願をかけた。幸せの圏内に引きずり込んだぞ」
 夢子がワンピースをみるみる赤く染め、血の泡を零しながら言う。
「っ……お、みごと……っ」
 こいつで勝つことができれば幸せだと願い、Tさんは掌を夢子に向けた。
「破ぁ!」

569T ◆mGG62PYCNk:2016/10/20(木) 23:24:23 ID:DR6zPiOs

   ●

『大金星でしょうか? 今、幟に貫かれた≪夢の国≫が、なんか謎の光に飲まれました……っ』
 そして、Tさんから放たれた光の残滓が消えた後。幟に貫かれた夢子の姿はなかった。
 あるのは、大通りを下水が見えるまで抉り抜いて対面にあったビルに穴を空けた光の軌跡だけだ。
「うわぁ、Tさんえぐい攻撃をしましたね」
「決めるにはよいタイミングだったのです。あそこで変にためらえば幸運を侵食した≪夢の国≫がまた反撃に出ていましたよ」
「あ、ユーグのおっちゃんにモニカ」
「おや、そちらは……たしか」
「Dさん、紹介しとくぜ。こっちが元々≪首塚≫で匿われてたモニカって子で、こっちの騎士のおっちゃんが≪テンプル騎士団≫のユーグだ」
 挨拶をする二人の内、蜂蜜色の髪をした大学生くらいの女性、モニカが舞に言う。
「あの……ここってVIP席になりませんか? 勝手に入ってきちゃってますけど……」
「≪組織≫の知り合いにOKとってあるから大丈夫だって。それに、ほら、ユーグのおっちゃんが自分の正体まったく隠そうとしないせいで人が多いところだと注目されるだろ?」
 望がユーグの甲冑を見て納得する。
「あー、いかにもって感じですものね。教会の連中なんか、心中複雑になりそうだわ」
 ユーグが鼻で笑って言う。
「そのようなこと、いちいち気にしても仕方ありません。やましいことなど無いのですから、堂々としていればいいのです」
「騎士殿はそれくらいの意気でモニカを襲ってやればいいのにな」
 海洋生物っぽい何かの肉の串を食中酒といただく千勢が試合会場を眺めながら言うと、騎士が反論する。
「それとこれとは話が違います千勢。道を共にするという約束を違えず、傍に侍る騎士として私は在るだけです」
「あら、でもそんな騎士様のせいで私も成長が止まってしまいましたし、いろいろな意味でこんな体にされてしまった責任をとってくださってもいいのではありませんか?」
 この二人はここ数年相変わらずの関係だ。
いつまでユーグがモニカを突っぱねられるかを見ているのが楽しいので積極的な手出しはしていないが、これはもう時間の問題だろう。
 ……陥落するとしたらそのおっぱいにだな?! ええ?!
「……舞、何か私に言いたいことでもあるのですか?」
「いや? ただ、その時が来たらどういじめようかとか考えてる」
「そうです。盛大にいじめてあげてくださいな」
「お嬢様、いじめはいけません」
 至極まっとうなことを言いながら、ユーグはこういう話題の時にいつもするように露骨に話の流れを変える。
「ところで、今のでどれだけのダメージを与えられたとお嬢様は考えますか?」
「あの状態からの攻撃です。これで王様本人は相当な痛手を負ったのではありませんか?」
 それにいつも乗っかってあげるモニカの優しさ溢れる解答に対して、その場のほとんどの者が首を横に振った。
「そうだね、たしかに≪夢の国≫の核に一撃を見舞えたけれど、せいぜい一回殺したといったところだから、まあ効果は微々たるものだと思うよ」
「殺したら死んじゃうんじゃないの?」
 そう言ってリカちゃんが首を捻る。
 よく考えると頭のおかしい会話を理解できずにいるらしい。頭に浮かぶ疑問符が見えるようだ。
 徹心のおっちゃんは言葉を探すように宙を眺め、
「あの子と戦うなら対人戦闘だと思ってはいけないってことかな」
 リカちゃんが首を捻りすぎて人体では再現できない珍妙な状態になる。
「伝わらないかー」と徹心が困った笑みを浮かべる。
 と、実況が≪夢の国≫の健在を告げた。

570T ◆mGG62PYCNk:2016/10/20(木) 23:24:56 ID:DR6zPiOs

   ●

「本命をあの追跡弾と思って他をあまり気にかけていませんでした。油断です」
 Tさんの目の前に出てきた夢子には傷一つ付いていなかった。
 隠しているとか、そういうことはありえない。
 なぜなら、
『≪夢の国≫、これ、全裸ですけど大丈夫なんでしょうか?』
 夢子は未完成な少女のものにも、これこそが完成形である美術品のようにも見える自らの体にぺたぺた触れて、興味深げに頷いた。
「寺生まれってすごいですね!」
「いや……服くらい着たらどうだろう」

   ●

「ダメージ受けると服が破れるってどこの漫画よ」
「ああ夢子ちゃん、もう少し恥じらいを持つようにって言ってるのに……」
 望と舞がそれぞれ言う。その横で騎士の目を塞ぎながらモニカがスクリーンを眺め、
「大事な部分に光が映り込んでいて見えないですね」
 撮影班は頑張っているのかちょくちょくアングルを変えてくるが、謎の光は見事に局部を隠していく。
 それを見るにつけ、モニカは幼い頃から折に触れて感じることを呟いた。
「寺生まれってすごいなぁ」

   ●

「ふふ、衣服なんて無くても困りはしませんよ」
 夢子はそんなことを言いながら、長い髪で胸元を隠してみたり、気に入らないのか肌蹴てみたりしている。
 正面からそれを見せられているTさんはこめかみを押さえつつ、
「そうはいかんだろう。マスコットたちが慌てている姿が目に浮かぶ」
「でも、Tさんが隠してくれていますし、私としてはあなたになら裸も内蔵も全部見せても差し支えありません」
「俺はあるのだが」
 Tさんの言葉を受け流して、夢子はくすくすと笑いながら解放感全開で両手を大きく広げた。
「ああ、楽しくなってきちゃいました。
 それでは第二幕です。
 もっと楽しみましょう――私の王子様!」

571T ◆mGG62PYCNk:2016/10/21(金) 22:57:32 ID:1gyCdL6.
 大の字で裸を見せつけていた夢子が敵意の欠片も感じさせないままに髪の中からテーブルナイフを抜いて投げつけた。
 あんな自然体で攻撃されたら、ナイフが刺さっても誰に攻撃を受けたかなんて分からないんじゃないかと思いながら舞が試合を見ていると、
唇を読んだらしい望が口を開いた。
「あら、あの子ったらあんなこと言ってるわよ」
「あれなぁ、夢子ちゃんが≪夢の国の創始者≫から助けられた時にあの場に居た人が王子様認定されてるから、
黒服さんも俺もあの子の王子様なんだよな」
「ほう……」
「嬢ちゃん怖い怖い」
 舞は笑い、
「夢子ちゃんが恋をすることは生涯ないよ。
 あの子は王様であってお姫様であり、少女であって女性でもあるんだけど、それよりもなによりも≪夢の国≫だからな。
国は民や文化を愛することはあっても人に恋をしねえ」
「……なんというか、あなた、賢くなったわね……」
「これでも博士号持ちだぜ!」
 人や、単なる生命とも異なるもの。それが≪夢の国≫という存在だ。
 とはいえ、元人間である彼女は感情をもっている。長い付き合いから推察するに、特に喜楽の感情が強く出るタイプであり、
「あー、ありゃ結構テンション上がってるな」

   ●

 ナイフを弾いたTさんの目は、夢子が消えた代わりに、一瞬前まで存在しなかった建物が屹立している様を映していた。

572T ◆mGG62PYCNk:2016/10/21(金) 22:58:03 ID:1gyCdL6.

   ●

 モニカが「あ」と呟く。
 試合を映すカメラの映像が乱れたのだ。
 映像がガタガタと音をたてて揺れ、見ていると酔いそうになる。
 思わず目を逸らそうとしたモニカは、スクリーンに一瞬表示された世界一有名なネズミのロゴを見た。
 それを期に、映像が安定する。
 しかし、試合を観戦する者達は回復した映像に違和感を覚えることとなった。
 スクリーンに映し出される映像のアングルがそれまでとは明らかに違うのだ。
 ≪夢の国≫がまた何かしたのだろうと判断していると、主催者に近しいらしい≪組織≫所属の夫婦がため息交じりに言うのが聞こえた。
「……会場、乗っ取られたわね」
「後でカメラは返してくださいね」
「まあ、たぶん返してくれるんじゃねえかな」
 舞が答えているが、目線を合わせようとしていないので自信はないのだろう。
 おお、と観戦者が唸る声が聞こえてくる。
 スクリーンの中ではカメラが映し出す光景が、アングルなど問題にならないレベルで異変をきたしていた。
 カメラがゆっくりと周りを映していく動きに合わせて建物群があぶり出しのように、
あるいは元からそこにあったものが騙し絵のごとく別の姿を観察者に認識させたかのように、ファンシーなものへと変わっていく。
 そんな自分の視覚か脳を疑いたくなるような光景を360度分じっくりと見せつけたカメラが最後に映したのは――

   ●

 Tさんは、つい先程までは近代的な大通りだったはずの道の奥に忽然と現れた山を見ていた。
 急峻な岩肌からは勢い良く水が流れており、その源泉である山の頂には夢子が居る。
 そして彼女の足の下には巨大な影があった。
 黒い表皮に、人など楽に丸呑みにしてしまいそうなその巨体は、
「クジラ……モンストロか?」
「山鯨です!」
「俺の知る山鯨は四つ足なのだが」
「気にしては負けです。先程の鮫を見て思いつきました! ビルを泳ぐ鮫がいるなら山に浮かぶクジラが居てもいいのです!」
「なら鮫を出せばよかったのではないか? 人間に捕えられた魚を探す作品で出ていたろう」
「大きさをりすぺくと? しました。それに原作では彼は鮫です!」
 夢子は胸を張って得意満面な顔だ。
 そんな彼女はデフォルメされたおかげで一目で不機嫌なのだと解る表情のクジラの上で仁王立ちになり、Tさんを指差した。
 その指とTさんを結ぶように、急流の流れが続いている。
 Tさんは、足元を流れる下水――から姿を変えた整えられた水路を見て、また山に視線を戻す。
「……それはマスコットでは?」
「あやつり人形の男の子はグレーゾーンと言ってました」
 今頃、その子の鼻が伸びているのかいないのか、不意に賭けをしたくなる。
 そんなTさんをよそに、高みで夢子が告げる。
「幸運では回避できない、面の攻撃をお見舞いしますね」

573T ◆mGG62PYCNk:2016/10/21(金) 22:58:46 ID:1gyCdL6.

   ●

『ピノキオのクジラですかね?』
『≪夢の国≫からTまで一直線の道になっています。これは急いで逃げなければまずいのではないでしょうか』
 実況を聞きながら、千勢が謎肉を齧る。
「クジラか……先程の海産物達といい、今日は漁に出たくなる日だな」
「あれって食えるのか?」
 千勢と舞の感想にユーグが唸る。
「なぜこの国の人間はなんでも食べようとするのだ……」
「国民性かなぁ」
 徹心が苦笑で言葉を重ねる。
「さて、クジラがあの急流を下ってくるしかないというのなら、回避はそう難しくはないのかな?」
 ユーグが首を振る。
「あれはまずい。私も過去に苦労させられた……」
 大樹が同意する。
「あれは……狙われていますね」

   ●

 Tさんはその場から動くに動けない状況に陥っていた。
 水路を挟むようにして並び立っている建物の中から無数の視線を感じたのだ。
 物陰や扉の隙間、窓の格子の奥からそれらの視線は来る。
 こちらの一挙手一投足を綿密に観察しているようなのにどこか子供の尾行ごっこのようにおざなりで、
こちらを見て楽しげに笑う声が聞こえてくるようなのにもかかわらず密やかで張り詰めたような、
そんなどこかにズレを感じさせる歪な気配
――≪夢の国≫の住人の気配だ。

 おそらくTさんが動けばそれがスタートの合図となって建物から攻撃が飛んでくるのだろう。
 そうなれば蜂の巣かハリネズミになった後にクジラの餌食だ。
 クジラに狙われているにもかかわらず回避のための行動を一切取らないTさんの様子に、
自分たちが狙っていることがばれたと遅ればせながら悟ったのか、もはや隠す気もないらしい気配が重圧として押し寄せてくる。
 そんな下々の様子を把握しているのか、夢子はクジラの頭の上にぺたんと座りこんだ。
 裸の王様に座られたせいか、明らかにクジラの顔がデレデレとしたものになる。
 それに反応してか、周りから感じられる住人の気配がガラの悪いものに変化した気がする。騒がしい。
 ともあれ、夢子は慕われているようだ。
 ……重畳重畳。さて、強引に逃げようか。
 そう考えて移動しようとしたTさんは、足首に違和感を得て目を向けた。
 左足に、異様に長い手が絡みついていた。
 その手の先は排水口の中へと続いている。
「――っ」
 気配が多すぎて水路に潜んでいたモノの気配に気付くことができなかった。
 まずい、と思う間に建物のそこかしこから飛び道具が放たれた。

574T ◆mGG62PYCNk:2016/10/21(金) 22:59:18 ID:1gyCdL6.


   ●

 石から光線銃までを含めた雑多な攻撃がTさんが居る場所を穿っていく。
 飛び道具が着弾する衝撃で土埃が舞い上がって視界が塞がれるが、夢子はTさんの位置を電波で把握している。
 それによると、Tさんは射撃の集中箇所にて現状健在。
 物量で穿つ面の攻撃はTさんをその場に釘付けにすることに成功したようだ。
「それでは――」
 夢子は手を振り上げ、叫んだ。
「スプラッシュ!」
 発声と同時に足元のクジラが急流を下り始めた。
 クジラの巨体は山肌を削りながら攻撃の収束地点に向けて駆け下っていく。
 その進路を塞ぐように、投擲用の槍が幾本か突き立てられた。
 槍が地面に刺さると、その周囲が何かを主張するように発光する。
 幸福の加護で補強し、道を塞ぐつもりだろうか。
 彼に物が渡る可能性があるような攻撃は控えるように指示しておくべきだったろうかと思うが、たった数本の槍ではいくら幸福で固めようとも、この巨体を止めることはできまい。
 だから、と夢子は結論する。
「いっちゃえ!」
 言葉に応じるようにクジラが潮を噴く。
 元、目抜き通りを抉っていったクジラは、Tさんが居る位置で土砂ごと唐突に跳ね上がって地面ごと彼が居る位置を丸齧りにした。
 盛大に座礁したクジラが潮を噴いて土埃を鎮める。
 淡水に濡れる体に心地よさを感じながら、夢子は息を吐いた。
「あー、スリル満点でした」
 満足の言葉は、こう続く。
「ね、Tさん?」
 問いに対して、荒い息で返答があった。
「たしかに、丸呑みにされそうになるのは、心臓に悪いな」
 そう言ってTさんはクジラの口の端から出てきた。
 クジラがなんとかTさんに噛み付こうと口をモゴモゴさせるが、額に立ったTさんがバランスを崩すことはない。
 食べることは諦めたのか、泥で汚れた体を水で流す彼を振り落とそうとするかのようにクジラが身を揺する。
 流石に立っていられなくなったのか、額から飛び降りて地面に逃れたTさんは、クジラから距離を取る。
 彼に合わせるようにカメラも下がり、距離を空けたことによってTさんがクジラに齧られなかった理由がはっきりと観戦者にも明かされた。
 クジラの口には槍がつっかえ棒として挟み込まれていたのだ。
 クジラが悔しそうな呻き声をあげて口を閉じようとする。その動きに合わせて槍は今にも壊れそうにきしむが、なんとか耐えていた。
 そのつっかえ棒の結果として、Tさんは泥で汚れてはいるものの、それ以外に目立った外傷は見られない。
 夢子は頬に手を当てる。
「それはもはや幸運ではなく、幸いを鍵にして運命を捻じ曲げていますね」
 そう零した夢子は、ぺちん、と音を立ててクジラの表皮を叩いた。
 同時に、クジラの口から煙が漏れ出す。
 Tさんはそれを見て、体を発光させた。
 彼が何らかの行動に出る前に夢子は告げる。
「私たちの方が早いです」
 クジラが口から何かを吐き出した。
 それは≪夢の国≫の住人だった。
 ≪夢の国≫側の新たな行動に合わせるように、建物群からの攻撃が再開される。
「――っ」
 Tさんの体を中心にして結界が張られ、攻撃の第一陣は防がれる。
「まだ、このまま押し切ります」
 彼の結界が、途切れず続けられる攻撃に耐え忍ぶ音を聞きながら、夢子は次の指示を出した。
「とつげき!」
 声に従ったのはクジラから吐き出された住人達だった。
 彼らは皆、手に黒い球体に縄の導火線という、デフォルメされた爆弾をそれぞれ抱えており、当然の如くそれには火が着いている。
そんな者たちが銃火飛び交う中へと突撃した当然の帰結として、
 大爆発が起こった。

   ●

 爆発の余波は、ファンシーさを追究した結果歪な形になっていた建物群のいくつかを吹き飛ばしていた。
 瓦礫の中からはそれぞれ個性的な腕が伸びては自分たちの無事を知らせている。
 そんな彼らに手を振り応えると、夢子はその手を打ち合わせた。
 ぱん、と射撃音の中でも耳に通る音がして、建物の瓦礫の下から何かがせり上がってきた。
 電飾できらびやかに飾られたそれは、場違いなほどに愉快なメロディーを流して移動を開始する。
 パレードのフロートだった。
 女性型の住人が慌てて持ってきた新しいワンピースを頭から被されながら、夢子は言う。
「第三幕――≪夢の国≫(わたしたち)のパレードをお楽しみください、ね?」

575夢幻泡影Re:eX † 合同戦技披露会“虹vs機龍” ◆7aVqGFchwM:2016/10/22(土) 00:18:16 ID:yUU.1ptc
「えーと、皆さんこんにちは。多分知らない人の方が多いよね…
 黄昏京子(けいこ)、昔それなりに活躍してたらしいパパこと黄昏裂邪の娘です
 こっちは「ネッシー」のグルル」
「ぐぎゅぐばぁ」
「えへへ…あ、今はちょっと小さいけど、大きくなったら強いんだから!」
「「京子姉ちゃん誰と話してるの?」」
「っちょ、天架に天美、ステレオで喋るのやめなさい!」
「姉ちゃん、早く来ないとなくなるぞ。好きだろステーキ」
「英哉(えいや)! 人前でそんなこと言わない! ダイエット中なの!」
「へっ、そんなだからいつまで経ってもぺちゃぱい姉ちゃんなんだったたたたた!?」
「何か言ったかな昂平くぅ〜ん??」
「そんなことよりお姉ちゃん? そろそろ始まるよ、大好きな“おにぃ”の試合♪」
「ひゃ、わ、ちがっ、る、琉羽(るう)! そんなんじゃないってば!」
「…京子姉ぇ、顔真っ赤」
「言那(ことな)まで茶化さないで!///」
「みくるおにーちゃーん、ぱぱなんてやっつけろー!」
「バカ、パパに勝てるわけないでしょ」
「そんなことないわよ亞里早(ありさ)
 心玖郎(しんくろう)、たくさん応援してあげてね
 私達のおにぃなんだから…負けたら許さないんだから…!」
「見て見てお姉ちゃん、あっちに未來兄さんよりカッコイイ人いっぱいいるよーw」
「琉羽! あんた後で[ピーーーー!!!!]からね!!」
「おほほほ…ちょっと過激だったので伏せておきましたの」
「え、あ、ローゼさん、いつも父が、その、えっと…
 お、お恥ずかしいところをお見せしてしまって…」
「元気が一番なのは殿方も、ワタクシ達女の子も同じですわ♪
 もうすぐ裂邪さんと未來さんの試合が開始なさるけど、
 お食事でもしてゆっくりしてらしてね♪」
「ありがとうございます、いつもすみません」
「いえいえ、お気になさらずですの
 裂邪さんのご家族の方はいつでも大歓迎ですわ」
「…そういえば今日もモニターの前が凄いですね」
「あー、ファンの方が少し多いお方ですので…お見苦しいですわね;」
「え、大丈夫、です、パパが皆に好かれてるのはちょっと嬉しいし…」
「ドラマみたいなクズい奴なら未來兄さん頑張れー!なんだけどね」
「しかも母さんやシェイドさんまでいるだろ?」
「裂邪さんや皆さんのことだから、恐らくは---あ、始まりますわ!」


   to be continued...

576T ◆mGG62PYCNk:2016/10/23(日) 00:28:18 ID:WkzAuzrk

『圧倒的な物量で圧してるわね』
『T選手は大丈夫なんでしょうか?』
 実況の声を聞きながら、千勢は≪夢の国≫の甘味に手を出す。
「ここまで囲まれた状況に追い込まれてしまったのなら、一度撤退して立て直すしかないわけだが、
それは馬鹿息子たちが取り決めたルールでは違反か。王自らが前線ではしゃいでいるからまだ勝ちの目はあるが、さて、どうするのかな?」
 スクリーンの中では光の玉がいくつも飛んでいる。
 でたらめな方向へ光が飛んでいくのを見るに、盲撃ちではないだろうか。
 実況がTさんがここから勝ち目があるのかと煽る声が聞こえ、それを受けた形で千勢は一人ごちる。
「≪夢の国≫は不死者をその構成員とする不死の国だが、倒せないということはない。
 私の経験から言うと、不死者は殺し続ければいずれ死ぬ」
「千勢姉ちゃん、なんかすっげえバカっぽい」
「とはいえ事実だね」
 徹心が支持するとそれだけで何故か発言に説得力が出る。
「なるほど……っ」
 舞が真剣に頷く姿にこれも人徳かと思いながら、千勢は言葉を継ぐ。
「そもそもこの世に存在するもの全てがいずれ壊れ死に滅びゆく。
物も生命も現象も概念もいずれは果てる。そんな世界の中で不死を装っている以上、その不死には綻びがあったりする」
「あー、昔に物品系都市伝説で不死になってた奴がいたんだけど、道具が失われて不死を失ったな。つまりそういうことか?」
「それも一つの例だな」と応じて続ける。
「≪夢の国≫には、その不死性によって病に倒れてからも死ねずに苦しみ狂った創始者が居たな。その狂う、というのも人格破壊という一つの殺害方法だ」
「あ、病は効くっていう部分を狙って夢子ちゃんを襲ってきた奴も居たぜ」
 その試みが行き着く先は≪夢の国≫の消滅ではなく、発狂した夢子の統治による≪夢の国≫再びの狂化であった。
「でもそれじゃあ≪夢の国≫を倒すってことには繋がらねえな」
 それが実現していたら、世界は今よりもう少し殺伐とした方向に舵をきっていたのだろうと千勢は思う。
「と、まあそんなわけで死ぬまで殺し続けるというのは、彼女については、この試合のルールや画的にもあまりおすすめの方法ではないな。
 馬鹿息子も美少女を殺しまくるヒール役を務めたくはなかろう」
 千勢の結論に頷きつつ、大樹が手を挙げた。
「それでは、創始者が病に倒れてから冷凍睡眠によって眠っていたという都市伝説にあるように、氷漬けにしてしまうというのはどうでしょうか?
 夢子さんも≪夢の国≫の主である以上、凍結による封印と、指揮者不在による≪夢の国≫の混乱は対≪夢の国≫の手段として有効だと思うのですが」
「アレは≪冬将軍≫と正面から対決して消滅させている。やるならよほどのものでなければ封印しきる前に何らかの脱出手段を使われてしまうだろう」
 ユーグが、こちらも手を挙げて応じる。
 つまり、と受けたのは望で、
「元TNo.0のおじさんがさっき言ってたけれど、≪夢の国≫……彼女を個人として捉えたらいけないのよね。
それこそ国落としをするつもり――国という概念を落とす気でいなければいけないと、そういう方向で考えてみるとどうなの?」
「そうだね……≪夢の国≫の領域から夢子君を隔離する。あるいは、≪夢の国≫を侵食して彼女の領域を奪ってしまうというのはどうだろう? 彼女の不死性を剥ぎ取れないかな?」
「いえ、元TNo.0。夢子さん自体が≪夢の国≫でもあるので不死性の剥奪はできないでしょう」
「黒服さんの言うとおりだな。つってもそれで夢子ちゃんの力を大きく制限できるってのは試合が始まった時の夢子ちゃんと今のテンション爆上げな夢子ちゃんを比べりゃあ分かる」
 スクリーンの中ではいつの間にか存在していた火山が唐突に噴火して、狙いすましたかのように噴石が射撃の集中する辺りに降り注いでいる。
 千勢はチュロスの先端でスクリーンを指し、
「そう。国土を荒らす、というのは有効な方針であるわけだ。少なくとも≪夢の国≫の核である王を引っ張り出せるか、彼の国を撤退に追い込める。
 手段としては数で侵略をかけるのもいいし、天災規模の攻撃を長時間継続させるというのもいいだろうな
――それに対する処置に耐える覚悟が仕掛ける側にも必要だが」
「そうなると、終末論系の都市伝説は応手として使えますね」
 モニカが仮に終末論を操れる者がいた場合、どのような結果になるのかを想像するように目を細める。
「王を捕らえた上で叩き込むことができれば勝てるやもしれません」
 ユーグがモニカの肩に手を置き、大樹と徹心、舞が思考の正しさを肯定するように頷く。

577T ◆mGG62PYCNk:2016/10/23(日) 00:29:09 ID:WkzAuzrk
「でも」
 舞が言い、その後を千勢が引き継ぐ。
「馬鹿息子はそれらの大規模な攻撃手段を持っていない」
 食後の酒に手を出した千勢が「代わりに私が出ておけばよかったか……」とのたまい出すのを見るに、彼女は良い気分のようだ。
 野球観戦をするおじさんとか、そんな気分なのだろう。
「Tさんは、攻撃の規模で国を傷つけることは叶わないのですよね」
「ええ、そうなると、彼は別の手段を考えなければなりません」
 モニカの言葉に答えを理解しているらしいユーグが応じる。
 騎士が答えを知っていると見て取ったモニカは眉間に皺を寄せて考え始め――会場がどよめく声を聞いた。
 見ると、城が浮いていた。

   ●

「以前からこのお城、なかなか攻撃力が高いんじゃないかと思っていたのです」
「その思考の出所如何では試合後に少し説教の必要があるかもしれんな」
「より尖ってるから眠り姫版よりも灰かぶり姫版の方が強いという結論に満場一致で達しまして」
「皆まとめて反省会だ」
 灰被り城が宇宙船と海賊船の艦隊に上下逆さまで吊り上げられている。
 上下逆さなのは先程の発言どおり、尖った方が下の方が攻撃力が強そうだからだ。
 ……そろそろ建て直しを検討していましたし、よい機会ですね。
 そんなことを思いながら、夢子は空に鎮座坐する白亜の城を見上げた。
 視界の端でTさんが放つ光弾が城の先端をかすって空に消えていく。
 フロートと住人からの攻撃は続いていて、時たま爆発音などが聞こえてきているが、
Tさんの声はその中から無事を報せるように聞こえてくる。
 返答一つに応じるようにパレードのフロートが一つ破壊される。
マスコット勢が居ないとはいえなかなかのハイペースだが、フロート破壊の間隔は攻撃開始時よりも開いている。
 彼は常に動き続けて体力を削られているのだ、このまま時間をかければ制圧することも可能だろう。
 そう、国という概念の前では一個人が抗しきれるはずがない。
 そうは思うが、
 彼とは倒し、倒され、助けられ、共闘した仲だ。その強さは理解している。
彼ほどの英雄ならば一国を一人で相手取ることも可能かもしれない。
 ……油断はなりません。
 今後、何かしらの手段による形勢逆転の可能性がある以上。
物量で押さえ込んでいる今、大物で押し潰して早々に決着をつけるのが最善の一手。
 だから、
「城の落下が目に見えているのに降伏をしないのも、きっと生き残るあてがあるからですよね?」
 そんな信頼をもって、
「これにて終幕です!」
 遠慮なく、夢子は城を落とした。

578T ◆mGG62PYCNk:2016/10/23(日) 00:30:24 ID:WkzAuzrk

   ●

 落下したおとぎ話の城は、地面を打撃しながら砕けていった。
 地面が鳴動して、土砂と建材と住人が土煙のように舞い上がる。
 巨大な建造物が自重によって先端から順番に潰れては崩壊していく様子は、
子供の積み木遊び染みたコミカルさと相まって現実感がなく、しかし崩壊に巻き込まれていく建物を見るに見まごうことなき現実だ。
 収まる気配がない土煙を眺めながらユーグが呆れ顔で言う。
「今日はよく建物が投げつけられる日ですね」
「祭りだからな。ほら、トマト投げる国もあるんだから城投げる国もあるさ……っと、ありゃあ……」
 舞が目を凝らす。
 ≪夢の国≫では、収まらない土煙に紛れて人の形をしたもやが発生していた。
 よく見ると、崩れた城の窓やら隙間やらからもやは出てきているようで、それらは普通の
≪夢の国≫の住人とは違う体の欠損のしかたをしている。
 具体的には、体や顔に分かりやすく包帯などを巻いており、
「なんつーか、分かりやすく衣装を整えた幽霊って感じだな」
「あれならば、落下に巻き込まれようとも瓦礫に埋もれようとも動き続けることができるね」
 舞が感想し、徹心が評する。
 1000人目を求めているという都市伝説が囁かれる、≪夢の国≫の999人の幽霊達だ。
「お兄ちゃん、だいじょうぶなの?」
 城の落下が収まって惨憺たる光景の一部が見えるようになったせいか、リカちゃんが流石に心配そうに訊く。
 そんな人形の小さな頭を撫でて舞は頷いた。
「大丈夫大丈夫。リカちゃんも知ってるだろ?
 寺生まれはすげえんだ」

579 ◆HdHJ3cJJ7Q:2016/10/23(日) 17:43:03 ID:wSweiFtw

突如降り始めた豪雨によって視界は遮られた。
海賊船からの砲撃によって、豪雨の奥に一瞬だけ大きな影が見えたが、黒服Yにはそれが何なのかは分からなかった。
他の参加者の会話の内容を聞くに、シーサーペント型のクラーケンらしいことは分かった。
そもそも分からないなら黒服Yも会話に加われば良いのだが、最初にタイミングを逃して以降、どうにも入れないでいる。
どうせ参加しても新しい情報を出せるわけでもないし、自分が考えたことは誰かが似たような事が言ってるからなど思って、結局そのままである。
そんな状態のまま黒服Yはシーサーペントのか影が見えた方向を見ていたが、あまりダメージを与えられてないように感じた。
攻撃をしようとする気配が衰えてないからだ。
そして、足下からも這い上がってくるような悪寒を感じた時、すぐさま操舵室の屋根から飛び降りた。
いきなりの行動に着地地点の近くにいた者が驚いていたが、構わず船の縁に駆け寄り下を覗きこんだ。
何が居るのかは分からないが、何かが下から攻撃しようとしているのは分かった。
波打って奥がほとんど見えない海面にライフルを向けると、

「クラックショット(破砕弾)装填! ごめん、ちょっと足支えてて!」

クラックショット。
貫通力の高いアーマーショットに対して、クラックショットはほとんど貫通力を持たない。
かわりに、着弾時に弾丸の持っているエネルギーを全て解放する。
つまり着弾した箇所で破裂し、その衝撃でダメージを与える技である。
今、ライフルを囲むように、数十発の弾丸が現れている。

「ちょっと揺れるかも。クラッカー!」

技名の合図と共に、すべての弾丸が海中へ発射される。
弾丸は、迫ってくるクラーケンへと向かっていき、その直前で全ての弾丸が一点に集まり、お互いに衝突しあい、一斉に破裂した。
重なりあった衝撃は、指向性を持った衝撃波となって、クラーケンの眼前で炸裂した。

続く

580T ◆mGG62PYCNk:2016/10/23(日) 20:27:16 ID:WkzAuzrk

 夢子は逃げていた。
 転移に転移を重ね、倒れた建物を壁にし、崩れきれずに残った城の一室に隠れるが、その彼女を追って光の玉が群れになって追ってくる。
「撃って!」
 号令に応じて空から大砲や光線が降ってきた。
 光弾を上から叩き潰すつもりだった砲撃は、しかし光を消すことはできずに地面に突き刺さる。
 思い起こせば、おかしかったのだ。
 Tさんの光弾は、願いさえすればその通りに飛ばすことができる。にもかかわらず、
制圧戦に持ち込んでからというもの、彼の光弾はこちらに当たっている様子がなかった。
 願掛けをする余裕すらないのだと判断していたが、こうなってみて理解が及ぶ。
彼が砲撃に押し込められている間に放っていた光弾は全て夢子を囲い込むために放たれていた。
 それに気付いた時には既に手遅れだった。
 ……失敗しました。
 城を落として自分から今回投入したパレードと住人の大半を一時戦闘不能にしてしまった。
 現在行われている空からの砲撃で彼を倒すのは、建物からのそれでも仕留めることができなかった以上、難しいだろう。
「というか、城の下敷きになってどうしてあの方は生きてらっしゃるのでしょうか」
 あの人は、そう、あくまで一生命体のはずなのに。
 砲撃に紛れてゴーストがTさんに襲いかかっているはずだが、彼に対して幽霊を差し向けるのは流石に相性が悪い。
 光弾の囲みから転移しつつ、こうなればTさんの所に自ら飛び出してみようかと考えていると、目の前に当のTさんがいた。
「あ……」
 砲撃が彼を避けて降る中、両手に幽霊を掴んで消滅させたTさんは夢子を迎える。
「導いてくれる幸福を招くことに成功したようだ」
「幽霊を掴まないでくださいよ、不条理ですねえ」
 既に光弾が追いつき周りを囲っている。
 Tさんの体は各所が光っており、夢子が何らかの動きを見せればその瞬間に彼女に攻撃が殺到するだろう。

581T ◆mGG62PYCNk:2016/10/23(日) 20:28:09 ID:WkzAuzrk
 ……逃げることは、たぶんできますね。
 が、この光の群れだ。すぐに囲いは追いつくだろうし、態勢を立て直すことを考えれば彼の可視範囲外まで逃れておきたい。
 しかしそれはルール違反。≪夢の国≫のアトラクションとしては興行失敗だ。
 ……いつの間にか形勢逆転ですね。
 悩む夢子にTさんの言葉が来る。
「意趣返しでもあったんだ。≪ケサランパサラン≫との契約者としての俺が≪夢の国≫に勝てるのか、とな
 だが、俺一人では君にはどうやら届かないようだ」
 Tさんは肩をすくめた。
「なので、ここからはいつかの祭りの続きをしようと思う」
 そう言って、Tさんは口端を吊り上げた。
「以前は革命になってしまった国落としの続きだ。
 あの創始者のように住人達に裏切られてくれると俺としては楽なのだがな。
どうだろうか、≪夢の国≫。今ひとたびの落陽を迎えないか?」
 その言葉に、夢子は自身でも珍しいと思う感情を得ていた。
「……そのようなことを言わないでください」
 一度溢れれば、言葉は止まらない。
「あのような方と、一緒にしないでください」
 淡々と感情を言葉に変換していくごとに。この場を一時やり過ごそうという考えが選択肢から消えていく。
「私達は、あのような在り方を変えようとしてここまで来たのです」
 変化を否定できる者はいないと胸を張って言えると夢子は思う。万人にそう思われるよう努力をしてきた。
 だからこそ、
「私を解き放ったあなたが、それを言わないでください。なにより」
 両の手を広げて大切に思う皆に王は告げる。
「≪夢の国≫の皆は、これまで誰一人として、≪夢の国≫を裏切ったことなどありません」
 彼らが反旗を翻すとすれば、それは為政者に対してのみだ。
「そして、皆の信任を受けた私は王として告げます。私はこの国の旗を巻くことはありません」
 夢子が手を上げると袖の中から抜き身のナイフが飛び出した。
「たとえ相手があなたの全てでも、です!」
 感情の正体を怒りに近しいなにかだと感じながら彼女は転移を行う。
 Tさんの背後に回ってなんの変哲もないナイフを――狙いを定める余裕もなく突き刺そうとする。
 突き立てることができれば内蔵売買の都市伝説で相手の力を奪い吸収して勝ちが決まる。
 が、Tさんの体は夢子が触れる寸前に振り返った。
「今後の課題は夢子ちゃん本人の近接戦能力かな」
 そして、試合開始直後に見せられたあの認識できない動きで光が放たれる。
「破ぁ!」
 反応出来ないそれは、しかし夢子にしてみれば食らって尚自身の攻撃を続けられる一撃のはずだった。
 だが、
 ……え?
 その一撃は、先程夢子を呑んだ光の一撃とは種類が違った。
 バラバラに刻まれても行動を繋げられるはずの体が動きを止める。
 自身を確立させるための大切な何かが失われたような脱力感。
 それは、夢子をして自身を構成する目に見えない要素が直接削られるという、未知の感覚を得る一撃だった。
「――――」

582T ◆mGG62PYCNk:2016/10/23(日) 20:30:50 ID:WkzAuzrk

   ●

 倒れた夢子にTさんが近づいてくる。
 周りには光の玉が油断なく浮いており、その外には住人が集い始めている。
 空にはファンタジーとSFの混成艦隊があって、土台部分が残った城が噴火と決壊した水路の音を背景に哀愁を漂わせて聳えている。
 自分が暴走してしまった際に見る最期の景色はきっとこれだろうとぼんやり思いながら、夢子は口を動かす。
「≪寺生まれで霊感の強いTさん≫……その力、今回の戦闘で今、始めて使いましたね」
 挑発に乗って啖呵まで切ってこれだ。夢子は自身の至らなさに呆れてしまう。
それでも住人達が伝えてくる意思が彼女を心配するものであると知覚して、先程の感情を洗い流すような笑いが込み上げてきた。
「都市伝説殺しの力を使うにあたって逃げられなくなるタイミングをはかっていたんだ。いきなり使ってこれを警戒されてしまうと勝ち目がなくなってしまうのでな」
「私は死が遠いので、いろんな殺され方を体験したつもりなのですが、初めての感覚です……戦ってみてわかりました。なるほど、貴方の在り方は私たちとは少し違うのかもしれませんね」
 都市伝説として己を構成している部分を抉られている。この感覚を言葉に替えるには己の中に体験が足りなかった。
 ……せめてこれを受けた経験が過去にあれば、あんな行動はとらなかったのにな。
 そんな一撃を食らわせたTさんは降ってくる噴石を砕きながら「大した違いはないさ」と言い、頭を下げた。
「それよりも、先程は済まなかった。あのタイミングを逃せば勝てないと思ったんだ」
「いじわるを言う人は嫌いです」
 首を背けると、Tさんはどう言葉をかけようか迷うように唸り、
「あー……今度、舞やリカちゃんと一緒に遊びに行くので許してはくれないか?」
 夢子は深く息を吸い込んだ。
 一瞬吸い込んだ空気が体内に取り込まれずに漏れだしていくような感覚に襲われる。
 負傷の種類としては自分の内蔵売買の都市伝説と同列の攻撃だろうと思うが、これはきつい。
 ……≪冬将軍≫様は、よく耐えたものですね。
 違和感無く動かすことができるようになった上半身を起こして砲撃も噴火もやめさせると、さて、と状況を確認する。
 Tさんは自分を狙っている。
 自分は中途半端に転移で逃げると光弾の陣に囚われるだろう。遠くに逃げるのは試合の形にならない。……やはりルール違反だ。
 住人に光を破壊させようとすれば住人が光を食らう。不死の住人とはいえ、あの攻撃では再生も一瞬では済むまい。
 空の船を落とすことを含め、住人たちが総攻撃をしても、これまでの様子を見るに、Tさんは逃げ延びられる。
いつまでもは続かないだろうが、この距離で互いに喰らい合えば形成不利なのは彼が作った檻の中で王という核を天敵に対して晒し続ける夢子だ。

583T ◆mGG62PYCNk:2016/10/23(日) 20:31:49 ID:WkzAuzrk
 Tさんの困り顔を納得として、夢子は言った。
「よろしい。特に許します。そして……私の負けですね」
「そうか」
 Tさんは体から力を抜くと、大儀そうに伸びをした。
「なんとか、判定で俺の方が優勢か」
「ええ。悔しいですけれど、今後の課題も見えました。それで良しとしましょう」
「そうだな。近接戦闘もだが、挑発にも乗らない落ち着きが必要だな。煽るのならば母さんが天下一品だ、今度語録を作らせようか」
「挑発はですね、あなただから熱くなってしまったのですよ」
 Tさんは夢子の発言の意を取りかねたのか首を傾げた。
 それに対して答えるつもりはない。夢子はTさんの疑問を微笑で流す。
 先の発言を意味を正確に伝えられる必要のない言葉だと判断したのか、Tさんは話題を変えた。
「が、まあ無名の俺が勝つと正直まずい。≪マヨヒガ≫も満員御礼になったら安穏な生活が崩れるし、
≪夢の国≫を与しやすいと考える手合いが荒らしにこないとも限らん」
「そうですね。私も格闘戦を指南して頂きたいですし、そのためにもお互いの安穏とした生活は護らなければなりませんね」
 笑う夢子が「どうぞ」と示すと、地面には棺が現れていた。
「キスすると目が覚めると評判のベッドです」
「寝ないようにしなければな」
 Tさんが苦笑して棺型ベッドに寝転がると、周囲に浮遊していた光が消え失せた。
 同時にもやと土煙が沈静化する。
 アトラクションの終了だ。

『≪夢の国≫の勝利です!』

584T ◆mGG62PYCNk:2016/10/23(日) 20:32:28 ID:WkzAuzrk
 実況が告げるのを聞きながら、目を閉じたTさんが思い出したように言う。
「カメラを返しておくように。それと、この異界も返還しよう」
「はい。では、会場に戻ったら宴とまいりましょう。舞さんがおいしいお酒をお持ちのようですよ」
 Tさんが頬を緩めた。
「それは楽しみだ」
 弓なりに曲がる瞼を見やりながら彼女が手を打つと、≪夢の国≫は異界を返還して消え去った。

   ●

「さて、じゃあ俺そろそろ行くわ。また会おうぜ」
 試合終了を確認した舞が手を振ると、彼女が連れて来ていた者達がそれぞれ礼を言って会場に散り始める。
 気付けば買ってあった食料がなくなっている。相応の時間が経ったのだ。
「夫婦水入らずにしてやらねえとな。俺達は一足先に宴だ」
 そう言いながら舞が足を向ける先にはTさんと夢子が居た。
「お久しぶりです」
 そう大樹たちに挨拶をしたTさんは、舞から瓶を渡される。
 どういう経緯でもらった酒なのかの説明を聞き、Tさんは実に嬉しそうに笑った。
「それはそれは、礼状を出さねばな」
「だな。せっかくもらった酒だし、一足先に俺達は俺達でお疲れ様会して飲んじゃおうぜ」
 舞が言うと、夢子が心底無念そうに言う。
「舞さん、申し訳ないのですが私はこれから少し、マスコットの皆からお説教を受けなくてはいけないようです」
 夢子が≪夢の国≫の屋台の方を見るので舞が目で追いかけてみると、屋台に詰めているマスコットが妙な威圧感で夢子を見ていた。
「あー、そりゃついてねえな」
「いえ、いいのです。後の説教のことを考えなくなるくらいに楽しかったのですから」
 夢子は舞に微笑みかける。
「次回は舞さんもリカちゃんも、一緒にアトラクションを楽しみましょうね」
「あんまり激しいもんじゃなけりゃ遊びにいくぜ」
「そうおっしゃってくれるから大好きです」
 そう言って夢子は舞に抱き着く。
「絶対に、ぜったいにまた来てくださいね?」
 犬か猫のように体を擦り付けると、リカちゃんを舞の肩から攫い上げ、夢子は名残惜しそうに舞から離れた。
「では、苦行に挑んでまいります……。リカちゃんも一緒に、ね?」
「おつきあいするの」

585T ◆mGG62PYCNk:2016/10/23(日) 20:33:05 ID:WkzAuzrk
 仕方ない、というように応じたリカちゃんを撫でると、夢子は大樹と望に向かって頭を下げ、
「それでは、また後で。あなた方もしばらくは夫婦水入らずでお過ごしください」
 夢子はリカちゃんを胸元に抱いたまま忽然と姿を消した。
 そして気付いてみれば、周りには大樹・望夫妻と自分達しか居ない。
「……あ、そうか、だからリカちゃんを連れてったのか」
「の、ようだな」
 Tさんと舞は顔を合わせて笑い合う。
「そんなもの、今更気にしなくてもいいのにな」
 とはいえ、せっかく気を遣ってもらったのだからと、舞はTさんの腕に両手を絡めた。
「で、どっか怪我とかしてねえのか? ん?」
「わざわざ言わなくともその内治る」
「じゃ、それまでどっかで木陰で休もうぜ。ほら、Dさんと望嬢ちゃんみたいな感じでさ。俺が枕になってやるよ」
 そう言ってその場から離れながら、舞は大樹と望に手を振った。
「邪魔したな。また、今度はキナ臭くない時にゆっくり茶でもしようぜ。
なんなら家に来てくれてもいいしさ」
 むしろ大樹については≪マヨヒガ≫の家具を持って帰ってもらうべく無理矢理宴会にでも招こうかと考える舞の背に、二人の声が届く。
「ええ、よろしくお願いするわ。またね」
「お元気で」
 見送りの言葉に「おう」と答え、舞とTさんは会場のいずこかへと姿を消した。

586戦技披露会・観客達  ◆nBXmJajMvU:2016/10/24(月) 00:16:53 ID:A4dblyFY
 「先生」による診察を終えて、アンナはぐぅ、と背伸びしながら観客席へと戻っていっていた
 ついでに、「夢の国」が出している屋台で何か買っていこうかと思って、そちらへと足を向けた時だった

「アンナ」
「え?……あ、お父さん」

 声をかけられ、立ち止まる
 肩まで伸ばされた金の髪は毛先が赤や緑など色とりどりカラフルに染められている……と、言うか、そもそもその金髪自体、確か染めたものだったとアンナは記憶していた
 褐色の肌も、日焼けによるもの。元は色白だと聞いている
 自分の父親だと言うのに、せいぜい20代後半くらいに見えるのは………何故だろう
 飲まれた訳でもないのに妙に若々しい点に関しては、「血筋ではないだろうか」と言うのが祖父の言い分だった。そういえば、祖父も年齢のわりにはだいぶ若く見える

 とまれ、アンナを呼び止めたのは彼女の父親である日景 翼だった
 「首塚」においては古参メンバーの一人であり、「首塚」首領の平将門の側近の一人でもある
 アンナにとっては、誇らしい父親である

「「先生」に診察してもらってきたか?」
「えぇ。遥に言われたから」
「言われる前に行けよお前も。全身溶かしたとなると、何か異常起きる可能性高ぇんだぞ」
「はーい。特に異常感じなかったし、大丈夫だと思ったんだけどな」
「油断はするな、って遥共々、言われてんだろうが」

 わかってる、と苦笑してみせるアンナ
 アンナ当人としては少し心配しすぎでは?とも思うのだが、翼は翼で都市伝説の影響が知らず知らずのうちに強くなっていた事があるそうなので心配なのだろう
 …それに、遥の件もあるのだし、心配しすぎくらいがちょうどよいのかもしれない

「とりあえずさ、「先生」が大丈夫、って言ってくれたんだから大丈夫よ。そういうとこで嘘つく人じゃないもの、「先生」は。性格色々問題あるけど」
「……まぁ、たしかにそこは安心か。性格には問題ある奴だが」

 当人が聞いていたら笑いながら抗議しそうな事で父娘同意する
 事実、あの「先生」は若干性格に問題があるのだから、仕方ない

「私は、これから「夢の国」の屋台で何か適当に買って戻ろうと思ってたけど。お父さんは?」
「俺は、ちょっと話したい奴いるからそいつ探してた………糞悪m,メルセデス見てないか?」
「氷の司祭様?……試合に出てたのを見た以外は、見てないけれど」

 なにせ、あの試合は一瞬で終わった
 メルセデスは傷一つついていなかった為、治療室にも行っていないだろう
 案外、自分の出番はもう終わったから帰っているかもしれない

「そうか………わかった。もうちょい探してみる」
「見つけたら連絡する?」
「あぁ。頼んだ………っと、そうだ。お袋も来てるから、見かけたら適当に挨拶しとけ」
「マドカさんも来てたんだ。わかった」

 年齢の割には気持ちが若く(父に言わせれば「年甲斐もない若作り」らしいが)、祖母と呼ぶには抵抗がある祖母が来ていると知ってアンナは少しうれしい気持ちになる
 きちんと、挨拶しておかなければ

 それじゃあ、と別の道へと歩きだした父を見送り、自分も屋台へと歩きだして

「……そういえば、お父さん。氷の司祭様に何の用事なのかしら」

 と、小さく、アンナは首を傾げた


「そうかい。そっちも大変なんだねぇ」
「えぇ、多少は………でも、マドカさんだって、旦那様が社長ともなれば、大変なのでしょう?」
「あたしゃ、会社の経営関連はさっぱりだからねぇ、その方面は一切ノータッチだから」

 楽させてもらってるよ、とマドカが笑う
 その様子に、彼女もまた小さく笑った
 今でも占い師を続けている彼女だが、夫は「大」がつくレベルの富豪である
 彼女は彼女で、それなりに気苦労があるはずの立場だ
 果たして、どちらの立場の方がより気苦労が多いか………となると、そこは個人差が出るところになるが
 ただ、一つ言えること
 それは、二人共立場ある人間の妻であると同時に、自分も旦那も都市伝説契約者である、と言う共通点があり

「近頃は、「狐」とやらの方でむしろ神経尖らせてる感じだねぇ、あの人は」
「あぁ………それは、あの人も同じですね。「薔薇十字団」も関わっている「アヴァロン」と言う場所に、「狐」に誘惑されかけた人が入り込みそうになったとかで……」
「……そういや、うちの人もそんな事を言ってたねぇ………ヨーロッパの方の色んな組織が混乱しかけたそうだね。「レジスタンス」なんて大変だったとか」

 自然と、このような会話になることもある
 どちらも亭主がヨーロッパを拠点とする組織とつながりがあるから、余計なのだが

587戦技披露会・観客達  ◆nBXmJajMvU:2016/10/24(月) 00:18:13 ID:A4dblyFY
「今は日本の、それも学校町に来てるんだろう?あんた、占いは昔通りテントでやってるって言うけれど、大丈夫なのかい」
「えぇ………「薔薇十字団」の方が、警護についてくださっていますので、なんとか。マドカさんは……」
「こっちも、亭主の部下が警護についてくれてるから、なんとか」

 約20年ぶりの、学校町での大事件だ
 あちらこちらバタバタとしているし、危険も増える

 ………マドカにとっての孫も巻き込まれた二度の事件は、彼らにとっては大事件であっただろうけれど、学校町全てを巻き込む程ではなかった
 これほどまでに大きな事件は、本当に久しぶりなのだ

「……色々、心配ではあるんだけどね」
「あるのですけれどね」

 戦技披露会、その観客席から試合を見ながら、2人はそっと笑う

「…割合、大丈夫そうなんだよねぇ」
「そうなのですよね」

 なにせ、平和な学校町であっても、これだけの若い契約者が存在している
 そして、少し悲しい事ではあるが戦い慣れている
 …きっと、大丈夫なのだろう

(………そう、きっと、大丈夫)

 大丈夫なのだ
 彼女は、そう信じるしか無い

 …………たとえ
 たとえ、学校町の今後を占ってみた、その際に引いたカードが
 いつの間にか混ざっていた、白紙のカードだったのだと、しても


 もっきゅもっきゅもっきゅもっきゅもっきゅ
 ハムスターのごとく、ご飯を食べているちみっこがいる
 赤いはんてんを羽織ったそのチミっ子は、それはそれは美味しそうに、「夢の国」の屋台で買ったパストラミのサンドウィッチを食べていた
 その様子に、彼女を膝の上に座らせている赤いマントの男は少しほっとする
 ようやく、「夢の国」に対するわだかまりが薄らいできた証拠だろう
 そうじゃなければ、「夢の国」が提供する物を口にするのも嫌がっていた可能性が高いのだから

「ん、これ美味しいのです!赤マント、そっちのチョコクロワッサンとスイートポテトパイもよこすのですよ!」
「赤いはんてんよ、買ってきた物を君一人で食べ尽くすつもりかい?あんまり食べすぎると、いくら都市伝説とは言え太………よーし、落ち着こうか、はんてんをひっくり返そうとするのはやめたまえ」

 はんてんをひっくり返して「青いはんてん」状態になろうとした赤いはんてんに、そっと要求された物を差し出す赤マント
 赤いはんてんは、ぱぁああああ、と表情を輝かせてそれらを受け取ると、またもきゅもきゅもきゅ、と食べ始めた
 ……このライスブレッドだけでも、奪われる前に食べておこう、と判断し、赤マントはそれを己の口へと運ぶ

「はむ……に、しても。すげー戦いっぷりなのですよ」
「うむ、そうだな。やはり私は参加せずとも正解であった」
「赤マントだったら、数秒でノックアウトな可能性もあったのです」

 まぁな、とあっさり答える赤マント
 X-No,0ことザンとのスペシャルマッチに参加しようかとも考えたが、結局やめたのだ
 今現在、学校町を騒がせている問題の一つである赤マント事件、それに自分が関わっていない事を示すチャンスではあったが、相手が相手なので「役に立てそうにもないな!」と判断して男らしく参加しない事にしたのだ
 ……なお、余談であるが。赤マントが参加していた場合、転移能力でもって一瞬でザンに接近できる為、一瞬で勝負をつけることができたのだが、赤マントはそれに気づきつつもスルーしていた
 根本的に、当人が戦闘に向いていない……ということにしているのだから、仕方ない

「「狐」とか、久々に騒ぎが色々あるですからね。あんまし外出歩けないし、こう言う時だけでも思いっきり羽目をはずすですよ。だから、後でまたもうちょっと「夢の国」の屋台の食べ物買いに行くですよ!」
「全くもってその通りだな。我々のような契約者なしの都市伝説はおとなしくしているに限る。で、赤いはんてんよ。その屋台に払う代金だが」
「当然、赤マントが払うのです」
「うん、わかっていたがね!」

 ……まぁ良い、彼女が元気であるのなら
 赤マントはそう結論づけて、己の財布が瀕死となる覚悟を決めたのだっ



to be … ?

588世界の敵END4【六本足】:2016/10/24(月) 23:34:30 ID:epUM/I5c
「【忍法】は便利な能力だよね。あれ一つだけで、何でもできる」

 黒服達が去った後、空井は羨ましがるように言った。
 ちなみに、今は移動中。
 空井の案内に従って行動している。

「撤退まで煙でドロンだもん。僕も、あんな能力が欲しかったな」

 確かに、【忍法】は万能だ。
 敵のアジトに潜入したいのなら透明化、翻弄したいのなら影分身、捻り潰したいのなら遁術と様々なことが出来る。
 隠密はもちろん、戦闘でも活躍が期待できる能力だ。
 口寄せの術も使えるとなれば言うことなし、ただ一人で戦場を掻き回せる。
 他の契約者からすれば理想の都市伝説だろう。
 ただ、空井が口にすると皮肉にしかならない。

「お前には、今の能力がベストだろ」

 二年前、俺はこいつの能力を両方見た。
 【催眠術】と【■■■】。
 どちらも、土台をひっくり返すためにあるような都市伝説だった。
 その上、空井はどちらも使いこなしている。
 正直、敵に回したくない人間の一人だ。

「うん、わかっているよ」

 実感を込めた俺の言葉に、空井は薄笑いを返した。

「わかっているんだ。でも、裏方ばかりやっていると申し訳なくてね」
「相方にか」
「うん」

 相方、いくつかの光景が思い浮かぶ。
 爛爛と燃える炎、■■の■■、■■によって強化された身体能力。
 どれも、脳裏に焼き付いてる。 
 彼女に付けられた、「最高」という二つ名もだ。

「系統や能力の関係上、仕方ないとはわかっているんだけどね」
「だったら、気にするな」
「……その返しは酷くない?」
「酷くない」

 俺は、一息に言い切った。

「お前が気にすると相手も気にするだろ」
「……」

 空井が、呆然とした後に苦笑した。

「そっか、そうだね。まさか、君に指摘されるとは思っていなかったよ」

 「最悪」という二つ名をつけられた少年は、ひどく愉快そうに顔を緩ませた。

589世界の敵END4【六本足】:2016/10/24(月) 23:35:46 ID:epUM/I5c
「ところでさ、六本足の契約者」
「なんだ」
「まだ、自分だけで歩けない?」
「ああ」
  
 空井の肩に寄りかかりながら、俺は首肯する。

「戦闘が終わったら、反動がどっと来たからな」
「まー、相手が凄腕だったから無理もないか」

 横を歩く契約都市伝説も頷いた。

「戦闘中は、アドレナリンやエンドルフィンで誤魔化されてたのかな。君の場合、特にすごそうだし」
「そうなのか」
「いや、質問を質問で返さないでよ……。っと、あれだよ」

 路肩に停る黒塗りのベンツを、空井が指さす。

「あれで、君を途中まで送るよ。中には、治療薬もあるから」

 ドライバー席から、初老の男が降りた。
 後部座席のドアを開け、俺達が来るのを待ち構えている。

「一ついいか」
「なんだい」
「お前の依頼主ってヤク――」
「いや、違うから」

 真顔で否定された。

590世界の敵END4【六本足】:2016/10/24(月) 23:39:27 ID:epUM/I5c
「はい、じゃあこれ飲んで」

 ベンツの車中。
 同じく、後部座席に乗っている空井から青い瓶を渡された。
 
「なんだ、これ」
「さっき言ってた治療薬だよ」
「どう見ても、ただの清涼飲料水だ」
「飲むタイプのお薬なんだよ」

 押し問答を繰り広げた後、俺は試しに口をつけてみた。

「どう?」
「ソーダだ」

 紛れもなく、炭酸飲料。
 爽やかな喉越しと、癖のない味がいい感じだ。

「そうじゃなくて、傷の治り具合」
「こんなので、傷が――」

 言いかけた時だった。
 
「治ってるな」

 本当に、傷が塞がり始めたのは。
 痛みがどんどん消えて行き、皮膚が再生していく。
 他の都市伝説性の薬と比べても、恐ろしい程に効いていた。
 左腕の嫌な感触も消えていく。
 どうやら、軽い骨の罅なら治せるらしい。

「一体、何を飲ませたんだ」
「【エリクサー】のソーダ割り」

 返答は、予想以上に酷いものだった。

「冗談なら受け付けてない」 
「いや、本当だって。雇い主が、面白半分に作った品物でね。一時期、試しに売ろうとしたらしいよ。裏の人間に」
「値段は」
「日本円にして、一本百万円」

 俺の感想はシンプル。

「安いな」
「うん、だから周りの人達に止められたみたい。割と本気で」

 【賢者の石】と同一、又はそれから抽出した物の値段としては安すぎる。
 錬金術師に殴られてもしょうがない話だ。

「でも、やっぱり君はこっち側の人間だね」

 唐突に、空井が言った。

「あっさりと、安いと言う辺りが」
「契約者だからな」

 霊薬の価値くらいわかる。

「……そういう事にしておこう」

 空井が、何か言いたげな目をしたが構っている暇はない。
 俺も、そろそろ聞きたいことがある。

591世界の敵END4【六本足】:2016/10/24(月) 23:41:37 ID:epUM/I5c
「でだ」
「何?」

 こちらの声音で感じ取ったのか、空井の態度が変わった。
 緩んだ気配が一瞬で引き締まる。
 切り替えの早い奴だ。

「結局、お前の依頼主は俺に何を求めているんだ?」

 これを、ずっと聞きたかった。
 足元の契約都市伝説も頷いている。

「お前の話だと、依頼主は俺と面識がない奴だ。なぜ、そんな人間が俺を気にする。手助けをしようとする」

 俺の問いに、空井は額に手を当てた。

「まあ、気になるよね。でも、それには依頼主の事を説明しないと駄目なんだけどいいかな?」
「ああ」

 目的地周辺には、まだ距離がある。
 聞いておいて損はない。
 一つ呼吸をして、空井は話し始めた。

「まず、今回の依頼主はひどくお金持ちなんだ」
「それはわかる」

 面白半分で、【エリクサー】をどうこう出来る奴だ。
 富豪でない訳が無い。

「そして、お金持ちにはよくある事なんだけどさ。とてつもない道楽家なんだ。それも、すごい変な方向の」
「変な方向」
「そっ。依頼主はさ」

 趣味で正義の組織を運営してるんだ、嘆息紛れに空井は言った。

「二年半前、この街に来たのも依頼主の仕事。この街に蔓延る悪を退治しろってね」

 金払いはいいんだけどさ。
 呆れた声に、ジェスチャー付きだった。

「随分、おめでたい頭をした奴だな」
「と、思うだろ? ところが、そうじゃない。別に、善人でも偽善者でもないんだよ。依頼者は」
「というと」
「……正義の組織を設立した理由がさ。商売であくどいことをし飽きたから、なんだよ」
「なんだ、それ」

 想像していた以上に、ろくでもない。

「僕に言われても困るよ。ただ、正義感の欠片もない人間だとは明言できるけど。組織を設立したのは、単なる面白半分だろうし」
「面白半分か」

 話が見えてきた。

「つまり、俺を手助けするのも面白そうだからってことか」
「そっ、君の選択の行先を見たくてしょうがないんだ。あの件以来、いやその前から依頼主は君に注目していたから」
「趣味が悪いな」
「同感だよ。ちなみに」

 信号が赤になり、車が停止した。 

「君も、組織も、彼女をどうこう出来なかった場合はさ。僕らが倒す事になっている」

 依頼主曰く、彼女は「世界の敵」らしいよ。
 おどけた口調で、空井は言った。

592世界の敵END4【六本足】:2016/10/24(月) 23:45:10 ID:epUM/I5c
 車は、街外れの峠道で停まった。

「さ、降りて。いい所まで案内してあげる」

 空井の先導に従い、俺と契約都市伝説は数分程歩いた。
 着いたのは、見晴らしがいい開けた場所。
 眼下には、例の森もある。

「いい場所でしょ、ここ」
「ああ。で、俺にどうしろと」
「簡単な話だよ。ここから、あの場所まで飛んでほしいんだ」

 軽い頼み事のように、空井は口にした。

「君に会う前、森の周辺をチェックしたんだけどさ。黒服がガッチガッチに囲っていて、通り抜けるのが難しそうだったんだ」
「だから、空からか」
「そっ。流石に、上空は警戒していないだろうし。地上からよりは相当マシ。このために、助っ人も呼んでおいたから」
「助っ人」
「うん、空を飛べるね。もう少しすれば、来ると思うよ」
「ん」

 どうやら、突入までは完全にサポートする気のようだ。
 当然といえば当然、空井の依頼主は俺の選択を見たいのだから。
 恋人と会う前に死なせる気は無いんだろう。

「一応、言っておくと僕達が手伝うのは突入まで。後は、自分で何とかしてね」
「ああ」

 元から、そのつもりだ。
 空井は、満足したように頷いた。

「よし。助っ人が来るのを待――」
「じゃあ、行ってくる」
「へ? あの、話聞いてた? 助っ人は、まだ来てないよ」
「必要ない」

 俺は、最初から空を飛んで突入する気だったのだから。
 ポケットから、真紅の羽を取り出した。

「それは、火遁を吸い込んだ」
「ああ。【迦楼羅】、【ガルダ】の羽だ」
「やっぱり、そうだったんだ。でも、羽だけでどうするつもり? 流石に、それで空は飛べないでしょ」
「飛べないな。飛べないが」

 膝を曲げ、契約都市伝説と目を合わせた。
 つぶらな瞳が、俺を見つめ返す。
 覚悟は、出来ているとばかりに。
 俺がそっと羽を差し出すと、受け入れるように体に当てる。
 変化は、すぐに起きた。
 
「飛べるようにする事は出来る」

 契約都市伝説の肉体は、水のように波紋を立てながら羽を取り込んだ。
 一瞬の出来事。
 だが、これだけでは終わらない。
 次に、全体が赤く光り始めた。

「これは」
「こいつの特性を利用してるんだ」
「特性。……遺伝子組み換えか」
「正解」

 六本足の鶏は、遺伝子組み換えで生まれたと言われている。
 おかげで、カスタマイズが容易。
 共通点のある都市伝説を取り込みやすい傾向があるらしい。
 師匠からの受け売りだ。

「便利な裏技だね」
「試すのは、今が初めてだけどな」
「……それ、大丈夫なの?」
「大丈夫だ」

 契約都市伝説は、既に鶏としての形を保っていなかった。
 大きな光の塊となりながら、徐々に形を整えていく。

「もう終わる」

 光が消えた。

593世界の敵END4【六本足】:2016/10/24(月) 23:47:00 ID:epUM/I5c
「へえ」

 空井が感嘆の声を上げた。
 視線の先には一人の幼女、擬人化した六本足の鶏だ。
 変化したばかりのせいか、瞳を閉じたまま微動だにしない。
 
「まさか、人型になるなんてね」
「ああ」

 言うほど、俺は驚いてなかった。
 夢の中で、擬人化した姿を見ていたせいかもしれない。
 あの時と違い、肌が純白から褐色になっていた。

「インド風か」
「カレーみたいに言わないでよ……。あっ、目を覚ますよ」

 契約都市伝説が瞼を上げる。
 すると、真紅に染まった瞳が表れた。
 【ガルダ】の羽根と同じ色だ。
 
「ん、んー」

 次に、体を伸ばし始めた。
 両手の指を組み、前に突き出す。
 ストレッチを終わると、俺に視線を向けた。

「この姿だと数時間ぶりじゃな、主様」
「だいぶ、イメチェンしているけどな」

 軽口を交わすと、次に空井を見やった。

「久しぶりじゃな」
「うん、お久しぶり」

 それ以上、二人は口を開かなかった。
 大して、面識もないので話すことがないんだろう。
 契約都市伝説は、すぐに顔を逸らした。

594世界の敵END4【六本足】:2016/10/24(月) 23:52:44 ID:epUM/I5c
「ところで、主様」
「何だ」
「いっぺん、ぶっ飛べ!」

 みぞおち目掛け、鋭い拳が放たれた。

「突然どうした」

 躱しながら、俺は尋ねる。

「何かしたか」
「何もしなかったから問題なのじゃ!!」

 契約都市伝説は、肩を怒らせた。

「どうして、最初からわらわに羽根を組み込まなかったのじゃ!!」
「ん」
「ん、じゃないわ! わらわを強化していれば、もっと楽に戦えたのじゃ!!」
「あー」

 納得したとばかりに、空井が手を叩いた。

「じゃろ! なのに、この馬鹿主は強敵を相手にしても舐めプしおって! そんな余裕、なかったじゃろ! なぜ、今の今まで羽根を組み込まなかったのじゃ!!」

 詰め寄る契約都市伝説。
 俺は、面倒くさくなったので理由を話そうとした。

「それは隠すためだよ」

 しかし、答えたのは空井だった。

595世界の敵END4【六本足】:2016/10/24(月) 23:54:31 ID:epUM/I5c
「隠す?」
「そう、六本足の契約者は隠したかったんだよ。この裏技を、君が取り込んだ能力を」

 首を傾げる契約都市伝説に、笑顔で解説を始めた。

「確かに、最初から君を強化していれば楽に黒服を倒せたかもね。でも、おそらく全員は倒せない。数人は逃げるはずだ。すると、どうなると思う」
「そりゃ、こちらの情報が漏れるの。……あ」
「そういう事。あちらは、君が神鳥【ガルダ】の力を取り込んだ事に気づくかも知れない。すると当然、上空からの侵入を警戒することになる」
「あくまで、過程の話じゃろ!」
「うん。でも、六本足の契約者は『もしも』のケースを想定した。未来の危機を避け、今の危機を選んだ訳だ。そうだよね?」
「ああ」

 俺は頷く。

「鶏を警戒する奴はいないからな」
 
 空を飛んだり、火を吐いたりしない限りは。
 
「……なんじゃ、その言い分は」

 契約都市伝説は俺を睨んだ。
 
「力を隠すじゃと? 確かに、それはいい手なのじゃ。じゃがの」

 一呼吸をおいて、怒声が響いた。

「それで死んだら意味がないのじゃ! もっと、慎重に行動しろ!!」

 見た目に似合わぬ、激しい剣幕だった。
 眉を吊り上げ、拳を固く握り締めている。
 本気で怒っている、判断するのに時間はかからなかった。
 
「確かに、お前さんの直感は精度が高い。安安と死ぬことはないじゃろう。じゃがの、万能ではないのじゃ! 『もしも』というのなら、自分が死ぬケースも――」
「わかった」
「適当なことを言うな!」
「言っていない」
「っ! この!!」

 再び、拳が振るわれる。
 前と違い、俺は避けなかった。
 腹に軽い軽い一撃。
 続けて、連打が繰り出される。

「この! この! このっ!!」

 契約都市伝説を、俺も空井も止めなかった。
 ただただ、俺は殴られる。
 痛くはない。
 むしろ、微かな振動が心地よかった。
 
「どうして、お前は。どうして、お前は! どうして、お前は……」

 最後の打撃は、一際弱い力だった。

596世界の敵END4【六本足】:2016/10/24(月) 23:57:52 ID:epUM/I5c
「……取り乱したの」
「別にいい」

 数分後、契約都市伝説は落ち着きを取り戻していた。
 肩で息をしながら、顔を背けている。

「じゃがの、これだけは言っておく。わらわは、別に死んでもいいのじゃ。もう、この世に未練もないしの。じゃが、お前は」
「後、八十年は向こうに行くな」
「……その通りじゃ」
「俺もそのつもりだ」

 銀の髪に手を乗せる。

「死ぬ気はない。まだまだ、生きる理由がある」

 脳裏に浮かぶのは、自宅の居間。
 三人で過ごした日常。
 何よりも大切な時間。

「お前も知っているだろ」
「じゃが、お前さんの戦い方は危なっかしい」
「ああ」

 手に力を入れ、髪を撫でた。
 銀の髪が、揺れながら光り輝く。
 契約都市伝説が俺を見上げた。

「悪いが性分だ。今更、直せない。だから」
「だから?」
「次からは支えてくれ。俺が死なないように」
「……自分で注意をする気はないのか?」
「できると思うか」
「まあ、無理じゃろうな」

 赤い目が細められた。

「わかったのじゃ。わらわが主様を支える」
「助かる」
「ああ、大船に乗ったつもりになるのじゃ」

 薄い胸を張り、契約都市伝説は言い切った。

「これからは、本当の意味で一心同体じゃ」
「なら、いい加減名前をつけないとな」

 改めて契約都市伝説を観察する。
 褐色の肌、銀色に輝く髪、そして真紅の瞳。
 名前はすぐに決まった。

「真紅、でどうだ」
「真紅……。うむ、悪くないのじゃ」

 契約都市伝説改め真紅は苦笑した。

「少し、安直じゃがな」
「もっと捻った方がいいか」
「いや、必要ないのじゃ」

 主様がつけた名前じゃからな。
 そう呟くと、真紅は俺の手を握った。

「もう一度、言ってくれ。わらわの名前を」

 俺は、そっと握り返した。

「真紅」
「もう一度」
「真紅」
「うむ、馴染んできたのじゃ」

 そのまま、俺と真紅は手を離さなかった。
 理由はない。
 ただ、こうしていたかった。
 それだけだ。

597世界の敵END4【六本足】:2016/10/25(火) 00:00:44 ID:l/IfoibY
「主様、もう一度――」
「あのー、君達」

 割って入った声に、俺達は反応した。

「もしかして、僕の事忘れてない?」

 声の主は空井。
 げんなりといった様子の顔をしている。

「そういえば、いたな」
「すっかり、忘れていたの」
「……あのねー」
    
 ため息を吐くと、空井は俺達を窘めた。 

「仲がいいのは結構だけど人前では遠慮してもらえないかな。というか、傍目から見ているとロリコ――」    
「じゃあ、行くか。森に」
「主様、それなんじゃがな」
「……息ぴったりだね、君達」

 空井の呟きを聞き流し、俺は真紅に向き合った。

「ちょっと問題があるんじゃ」
「問題」
「ああ、羽根を組み込まれて気づいたんじゃがな。まあ、取り合えず見るのじゃ」

 真紅は、手を離し歩き始めた。
 俺から数メートルほどの所で立ち止まる。

598世界の敵END4【六本足】:2016/10/25(火) 00:01:57 ID:l/IfoibY
「よし、この辺で」

 変化は、すぐに起きた。

「へー」

 空井が感嘆の声を上げる。
 視線の先には、もちろん真紅。
 詳しく言うと、その光り輝く背中だった。
 色はオレンジ、目を瞑りたくなるほどに眩しい。
 その光の名から、飛び出るものがあった。
 翼だ。
 真紅の体を、容易に包む込むほど巨大。
 動物の翼というより光の集合体といった感じだ。
 両翼が広がると、周囲に熱気が立ち込めた。

「【ガルダ】の羽根を取り込んだだけはあるね」
「ああ」

 俺と空井が感想を述べていると、真紅は難しげな顔をした。

「立派な翼じゃろ、主様」
「ああ」
「だが、問題があるんじゃ。主様、新しい能力を発動してくれ」

 言われた通りに、俺は能力を発動する。

「ちょっと、近いよ!」

 慌てて、空井が離れていった。
 その間にも、能力は発動している。
 俺の場合、背中ではなく足に変化が起きた。
 両足の回りが光り輝き、強い熱を発している。
 都合のいいことに、履いているジーンズが燃える様子はない。
 中々、便利な能力だ。
 
「よし。では、ちょっと飛んでみるんじゃ」
「ああ」

 俺は、垂直に跳ねてみた。
 すると、身体が自然と浮き上がり宙を自由自在に飛んだ。
 ――ということはなく、普通に落下した。
 一方、真紅は翼をはためかせ辺りを飛び回っている。
 これは。

「そういうことか」
「ああ、そういうことじゃ」
「えっと、どういうこと?」

 空井の疑問に、真紅は簡潔に答えた。

「わらわは飛べて、主様は飛べないということじゃ」

599世界の敵END4【六本足】:2016/10/25(火) 00:04:00 ID:l/IfoibY
「組み込んだのが羽根一本じゃからな。効果が中途半端なのじゃ」

 地上に降りると、真紅は俺が飛べない理由を語った。

「わらわが飛べて、主様が飛べないのはそれが原因じゃろう」
「俺を抱えて空を飛ぶことは?」
「……できると思うか? この体で」

 華奢な体を見せつけるように、真紅がくるりと回る。
 白のワンピースがふわりと揺れた。

「確実に墜落するのじゃ」
「そうだな」

 世の中、都合のいい話は続かないらしい。
 
「どうやら、当てが外れたらしいね」

 そこで、空井が割って入ってきた。

「ここは大人しく、僕らの助っ人を頼ってよ。せっかく、用意したんだから」
「……それしか、ないじゃろうな」

 俯いた真紅が頷く。

「仕方ない。主様、ここは助っ人とやらに頼るのじゃ」
 
 不本意じゃろうがな。
 真紅はそう呟くと、労わるように俺を見上げた。

「時には、こういうこともあるのじゃ。ここはおとなしく――」
「必要ない」
「……え?」

 真紅の言葉を遮るように俺は言った。
 同時に、腰をかがめ視線を合わせる。

「必要ない。お前だけで十分だ」
「……無茶苦茶を。さっき言ったように、わらわらだけでは無理じゃ」
「お前がそう思っているだけだ」

 真紅の肩に手をのせる。

「お前が取り込んだのは【ガルダ】の羽根だ。この程度の状況を切り抜けられないような力じゃない」
「……それも直感か?」
「いや、違う」

 目を合わせながら俺は囁く。

「信頼だ」
「……言うおるな」

 返ってきたのは苦笑。
 だが、すぐに勝気な笑みに変わる。

「わかった、信頼に応えてやるのじゃ。わらわは、主様を支えると決めたからの」

 言うやいなや、真紅の背中が再び輝き始めた。
 再び、オレンジ色の翼が姿を見せる。
 
「この先じゃな、主様が望むのは」
「ああ」

 俺は短く答える。

「頼む」
「簡単に言うの」

 まっ、主様らしいが。
 そう呟くのと、真紅の全身が光に包まれるのは同時だった。

600世界の敵END4【六本足】:2016/10/25(火) 00:06:04 ID:l/IfoibY
 真紅の変身が終わった後。
 空井は、頭を掻きながら尋ねてきた。

「確証はあったのかい?」 
「ああ」

 軽く頷いた。

「【ガルダ】の羽根を取り込んだ時、真紅は鶏から人間に姿を変えた。なら、他の姿に変わることも出来ると思った。おまけに」
「おまけに?」
「俺は変化系だ。あいつとの相性はいい」
「……支えることが出来ると?」

 俺は答えず、空井に背中を向け歩き出した

「行ってくる」
「行ってらっしゃい。もし彼女を正気に戻せたら、逃亡の手伝いくらいはしてあげるよ」
「手伝うのは、突入までじゃなかったのか?」
「ちょっとしたサービスだよ。君には愚痴を聞いてもらったからね」
「そうか。だが」
「必要ないとは言わせないよ。そっちが拒否しても、こっちが勝手にやるから」

 プロらしくないことを言い、空井は微笑んだ。

「個人的な所、君達には死んで欲しくないんだよ」
「自分達と重なるからか」
「まあね。ラブストーリーはハッピーエンドに限るよ」

 君もそう思うだろう?
 無言の問いが聞こえた。
 だから、俺は返す。

「いや」

 変身した真紅。
 光り輝く翼を持つ、巨大な六本足の鷲の前で。

「グッドエンドで十分だ」

 真紅に跨り飛び立つまで、空井は何も答えなかった。

――続く――

601スペシャルマッチ side-G.K&S ◆MERRY/qJUk:2016/10/25(火) 07:39:13 ID:wtlFSBzc
ザンの能力により豪雨に覆い隠された会場
良栄丸とクイーン・アンズ・リベン周辺のみがこの影響から逃れていた
逆に言えばその他は例外なく豪雨の只中に存在するということだ

「もー、いきなり乗りかかるなんて大胆……って、なにこれ!?」

水上、もといクラーケンの上で戦っていたサキュバスも例外ではない
すっかり萎びたヒトデ型をタコ型に持ち上げさせてみれば
周囲は先の見えない豪雨という状況だ。しかし彼女の動揺は長く続かなかった
雨の中からザリガニ型クラーケンがはさみを突き出して、それどころではなくなったのだ
タコ型を強く叩いたはさみだがその軟体にはあまり効いた様子はない
肝心のサキュバスの方もまた、タコ型の上を転がって難を逃れていた
タコ型はヒトデ型を放り捨てるとザリガニ型に絡みつき動きを封じにかかる
抵抗するザリガニ型の上に、タコ型の触腕を伝ってサキュバスが飛び乗った

「雨痛い!風強い!こうなったら……効率は悪いけど速さ重視で行きますか!」

サキュバスの体に翼や尻尾が生え、彼女の瞳が赤く輝く
体の表面から、あるいは翼や尻尾が変化しぬらぬらとした触手が現れる
伸びた触手はタコ型とは別にザリガニ型の体に絡みついて

「お姉さんの全力、見せちゃうんだから☆」

ニッと笑うと同時、サキュバスの体や触手に触れたところから
ザリガニ型の生命力が吸収されていく。身悶えるザリガニ型だが
タコ型に押さえつけられている状態ではサキュバスを振り落とすことも叶わない
だが速さ重視とはいえ相手は巨体のクラーケン。吸い尽くすのに一分はかかる
様相の変化したこの会場で一分という時間は果たして短いのか、長いのか
大量の精気を溜め込みつつも、サキュバスは内心焦りを感じていた

602スペシャルマッチ side-G.K&S ◆MERRY/qJUk:2016/10/25(火) 07:40:36 ID:wtlFSBzc
ところ代わって良栄丸とクイーン・アンズ・リベンジに集まった契約者達
彼らは豪雨に包まれた会場と、メガロドンの契約者である深志の証言から
ザンが攻勢に出始めたということを否応無く認識させられていた
豪雨の限定制御に大砲での砲撃、水中での爆音……彼らはそれぞれ
自身の持つ能力を駆使してザンの攻勢に抗い反撃の機会を探す
そしてそれは覆面の彼も、例外ではない

「外海」
「む、なんだ?見ての通り忙しいのだが」
「帽子を預かってくレ。俺もデル」
「おわっ!?」

返答も聞かず中折れ帽を黒の頭に被せると甲板を歩き
クイーン・アンズ・リベンジの舳先から水面を見下ろすゴルディアン・ノット
彼のトレンチコートからザンのものにも似た闇が溢れ体を包み始めた
彼が覆面を脱ぐと同時に頭部も闇に包まれて見えなくなり……

「おい!水中には今クラーケンが――――」

気づいた黒の声は聞こえなかったのか、無視されたのか
ゴルディアン・ノットは空中に身を投げ出し、水中へと落ちた

 ゴォン    ゴォォン

水中から先ほど黒服の男の銃撃が齎した破裂音とは明らかに違う
まるで鉄の壁に重いものを打ち付けるような鈍い音が響く
立て続けに二回、三回と繰り返す音に数人が水中に意識を向け

 バキンッ

鎖が断たれる鋭い音が、鳴り響いた

603スペシャルマッチ side-G.K&S ◆MERRY/qJUk:2016/10/25(火) 07:42:02 ID:wtlFSBzc
最初に事態を理解したのはメガロドンの契約者、深志だった
視界を共有しているメガロドンの目に映っているのは
先ほど攻撃を受けて一旦良栄丸から距離をとったドラゴン型クラーケン
その首に掴みかかる黒い鱗を纏った巨大な腕だった
豪雨の向こうでドラゴン顔のクラーケンが水中から顔を出し
続いてヒレのある足、どっしりとした体がなんとか見えたところで
何名かがドラゴン型を持ち上げる巨大な黒い腕という異常に気づく

 ――――――ギュラァアアアアア

腕から逃れるように咆哮をあげつつ身をよじるドラゴン型に対し
黒く長い鞭のようなものが水中から現れてその身を打ち据えた
やがて水中から出てきたのはビルを悠々と見下ろす巨体
ドラゴン型クラーケンにも劣らないドラゴンに似た頭部
左右に一本ずつ、さらに背から長く伸びた一本の合計三本の腕
ビルを軽く越す体高よりさらに長いように見える尻尾
全身は黒い鱗に包まれており、その姿は直立した黒いドラゴンと形容するほかない
強いて言うならば翼の類がないことが特徴かもしれない

 ヴァアオオオオオオオオウウ

黒いドラゴンの咆哮が一瞬、雨の音すらかき消した。思わず数名が耳を抑える
さらなる異変に最初に気づいたのは、やはり深志だった
水中を縦横無尽に何か細いものが行き来しながら水面へと向かっている
やがて隙間なく編まれた繊維製の足場が水面に浮上する
少し離れたところではシーサーペント型のクラーケンが
まるで水揚げされる魚のように水中から引きずり出されていた

「……怪獣映画再び」

誰かが漏らしたその言葉に、周囲が心の中で同意した

                                     【続】

604戦技披露会スペシャルマッチ 観客席のチキン野郎一行:2016/10/26(水) 23:28:50 ID:j2ILWUFE
「戦技披露会?」
「そうっす」

 すっかり肌寒くなった頃、ボクは憐君から戦技披露会へのお誘いを受けた。

「組織や首塚が合同で開催するイベントっす。すずっちも来ないすか?」
「うーん。でも、ボクどこにも所属してないよ。行ってもいいのかな?」
「問題ないっす! 契約者なら、観戦も試合への参加も自由っすよ」
「そっか。なら、行ってみようかな」
「わかったす」

 そんな経緯で、ボクは戦技披露会に来た訳なんだけど……。

「何、この怪獣大決戦!?」

 ひたすら、度肝を抜かされっぱなしだった。

「No,0ってあんなに強いの!?」
「そりゃ、No,0は各Noのトップだからな。チートで当たり前なんだよ」

 取り乱すボクに比べ、トバさんは冷静。クラーケンと黒い竜の戦いを見ながらも、呑気に寝そべっている。
 周りを見ると、殆どの人が同じように落ち着いた様子だった。屋台の料理を食べたり、仲間同士で話したりと思い思いに過ごしている。あのくらい、驚くことじゃないとばかりに。
 契約者ってすごい、ボクは改めて思った。
 
「……ボクも、いつかはこうなるのかな」
「何の話ですか?」
「あ、ううん。何でもないよ、緋色さん」

 笑みを浮かべ誤魔化す。

「それより、ボクちょっと治療室まで行ってくるから」
「お友達に会いにいくんですか?」
「うん。何か食べたくなったら渡した財布で買ってね」

 ボクは、二人に背を向け歩き出した。

――続く?――

605続く契約と守るもの  ◆nBXmJajMvU:2016/10/27(木) 17:51:16 ID:j4WSQCWw
 塾の門前。そろそろ授業が終わる時間帯なのか、子供のお迎えの車が集まってきていた
 車のない保護者もお迎えで集まり、保護者同士でお喋りに花を咲かせてもいる
 最も、中には仕事の電話をしながら子供を待っている保護者もいて

 ……そんな中、ひときわ目立つはずのその男も、携帯で何やら話しながらお迎えすべき相手を待っているようだった
 目立つ「はず」としたのは、その男の容姿からして明らかに目立つはずだと言うのに、周囲が全く、彼へと視線を向けていないからだ
 二メートルをゆうに超える、がっしりとした大柄な体格の西洋人。携帯で何やら話しているその言葉も、どこの国の言葉やら周囲の者は恐らく理解できないだろう
 この学校町はわりと日本人以外も多いとはいえ、この巨体であれば、目立つ
 目立つはずなのだが……誰も、彼へと好奇の視線すら向けていない
 まるで、男がこの場に立っている事実に気づいていないかのように

『……そうか。やっぱ普段守りが堅い分、壊されると修復にも時間がかかるのか…………「薔薇十字団」「レジスタンス」に加えて、「教会」からも一部人員来てるんだろ?その分マシではあるだろ』

 かなり古い、現代の人間では聞き取れぬだろう言語で男は携帯越しにそう話していた
 会話している相手がいるのは国外、それもヨーロッパの方だ
 携帯越しに、少し苛立っているような声が聞こえてきて、苦笑する

『仕方ないだろ。お前の能力は悪人見極めるのに適してんだから………さっきも言ったが、あちらこちらの組織が手を貸してんだから、時間かかるっつっても少しは早く修復完了するんじゃないのか?………「組織」からも、少し遅れるが誰かしら向かうはずだし………』

 と、携帯の向こう側から大きな声でもしたのか、携帯を耳から話す
 話してもきちんと声は聞こえているのだから、どれだけ大きな声を出しているのか
 そして、周囲にもその声が漏れているだろうに……誰も、気づかない

『んな声出さなくてもいいだろ。耳の鼓膜破ける………わかった、落ち着け。行くとしたらダレンやヘンリエッタが信頼している相手が行く。ついでに言えばザンもセットだ。これなら問題ないだろ?』

 己の上司とその同僚の名前を口に出してみたが、携帯の向こう側の相手はまだ警戒しているままだ

(……まぁ、仕方ねぇか。あいつも一時期、「組織」に追われていた身だしな)

 「組織」が危険視した気持ちも、わからないではないが

606続く契約と守るもの  ◆nBXmJajMvU:2016/10/27(木) 17:52:02 ID:j4WSQCWw
 なにせあちらは、本気を出せば国を滅ぼしかねない程度の事は出来るのだ
 かつて、朝比奈 秀雄に憑いていたタイプとは違うとは言え、厄介さで言えばむしろ上だ
 派手にやらかす気はないのだと「組織」に納得させるまでだいぶ手間取った覚えがある
 それを手伝った自分も、お人好しに分類されてしまうのかもしれないが

『とにかく、今回の件でしっかりやれば、またあちらこちらからの警戒もゆるくなるだろ。ちゃんとやっとけよ?……間違っても誰かに囁きかけるなよ。またややこしくなるぞ』
『………やりませんよ。囁きかけてもつまらない連中しかいませんから』

 違う、そういう問題じゃない
 ツッコミをいれたいところだが、入れても無駄だろうと判断して、黙った
 と言うか、ツッコミ入れると話が長くなりそうだ

『……んじゃあ、そろそろ切るぞ?契約者の子供逹連れて帰らないといけないんだからな、こっちは』
『貴方、まだ契約を続けていたのですか。もうそろそろ、契約を切ってもいいでしょうに』
『一応な。看取って……子供達の方は都市伝説と関わることになるかどうかわからんが、そっちもある程度は見守るさ』
『………………お人好し』

 呆れたような声がして、ぶつり、通話が切られる
 少しは機嫌が悪いのが緩和されたならいいのだが

(…まだ機嫌悪いままだったら。がんばれ、「アヴァロン」の入口付近の結界修復に関わる連中)

 仕事はきっちりとやるだろうが、八つ当たりも酷い事になるだろうが、頑張れ
 自分がその場にいない事をいいことに他人事のように考えていると……あぁ、来た
 本日の分の塾の授業が終わって、生徒逹がぞろぞろと出てくる
 契約者の子供逹、あの双子は、いつものようにきゃいきゃいと何やらお喋りしながら歩いてきた

「雅、渚」

 日本語で声をかけてやると、2人はすぐに気づいて視線を向けてきた
 ぱっ、と表情を輝かせ、駆け寄ってくる

「ジブリルだー!」
「今日はお迎え、貴方なのね!」
「あぁ。ここんとこ物騒だから俺に行け、と」

 全くもって都市伝説使いが荒い契約者だ
 自分としては、契約者の娘と息子たるロリとショタを守れるのならば守ってやりたいので、これくらいならば請け負うが

「まぁ、そう言えばそうね。怖い事件が多いと聞くわ」
「怖いね。怖いよ。でもジブリルが一緒なら、そんな事件に巻き込まれる事なく帰れるね」
「えぇ、そうね!とっても素敵な事だわ。でも、寄り道出来ないのが残念」
「あぁ、そうだね。そこはちょっと残念だ」
「……運転手が毎度、お前ら連れてどっか寄り道してるってのは本当だったか」

 そこは後で伝えておこう、とそう思いながら、二人と手をつなぐ
 二人はきゃいきゃいとジブリルに手を引かれていく
 三人の姿は、周囲の者逹にはまるで見えていないかのように人混みの中へと消えていき
 ……その人混みの中からも静かに、消えた




おしまい

607 ◆HdHJ3cJJ7Q:2016/10/28(金) 04:03:17 ID:exWfXAA.
ーー戦技披露会 

「三尾、お前は医務室に行け」

戦技披露会の当日、いきなり三尾はそう告げられた。

「医務室ですか?」
「ああ、そこで治療の補助をしろ。もう話は通してある。
 今日は治療系のが集まってるからな、お前の能力の参考にできることがあるかもしれん」
「ありがとうございますっ、葉さま」

医務室での治療の仕事となると、他の仕事を同時こなす事はできない。
だから、三尾が今日やろうと思っていた事を、他の人に頼むために確認すると、既に他の人達へ割り振られていた。
おそらく葉が先にやっていたのだろう、こういうイベント事となると手際が非常に良い。
なぜ普段からこの性能を発揮してくれないのか。
問いただした所で逃げるか、はぐらかされるかのどちらかなのを、長く仕えている三尾はよく知っている。
むしろ、流れに逆らうと労力が増えるだけなので、そのまま流れに乗った方が結局早く済む。
手際よく身支度を整えた三尾は、小走りで部屋を出ていった。
それを見送った葉は大きく背伸びして呟いた。

「よっし、これでゆっくり観戦できるな」



ーー医務室

三尾が戦技披露会会場内の医務室に行くと、すでに連絡は来ていたらしく治療のサポートや備品の整理などを指示された。
能力的にも止血の即効性はあるものの、傷自体の治癒には時間がかかるため、治療するとしても軽症の患者のみだろう。
医務室なので、白衣か何か着た方がいいのだろうかと思い、先生と呼ばれていた白髪の男性に尋ねると、

「では服が汚れてはいけないからこのナース服を」
「なに着せようとしてんだっ!」

どこからか純白のナース服を取り出した白髪の男性は、即座に少年によって蹴り飛ばされた。
その弾みで服は三尾の手元へ飛んでくる。
三尾は生地や縫い目などを確認するが、コスプレ用ではなく、実用に耐えうるちゃんとしたものだ。
デザインとしてはややスカート丈が短いようだが、普段夢魔が三尾に着せようとする服と比べると露出も少ない。
見た感じではサイズもちょうど良さそうである。

「ありがとうございます。着替えて来ますね」


ーーー


着てみるとサイズは体のラインに沿ってぴったりだった。
一般的な半袖タイプのもので、左前に並んでいる大きなボタンで留めるタイプだ。
丈は太ももの中程まで見える、やや短めのもの。
受け取った時には気付かなかったがオーバーニーソックスとナースキャップも入っていた。
全て着用して、再び白髪の男性の所に行くと、

「うむ、私の見立てに間違いはなかっ」

白髪の男性はセリフの途中で少年にまた蹴り飛ばされた。

続く?

608単発ネタ:2016/10/29(土) 04:04:47 ID:nO95j6tI
おぼろげな記憶だが、司書になりたかった。
それを諦めたのは、司書が思った以上に狭き門だったからだ。
司書を諦めて、その後どうしたのかは覚えていない。
私は司書になりたかった。その事だけを覚えている。
たぶん、私は司書になれなかった事に未練があったのだろう。
しかし。
だからと言って。
組織の書架の管理を任されたかったわけではない。
「司書資格持ってるんだ」とか言われたが、
そもそも、黒服になった時に人間だったころの私は死んだようなものなわけで、
人間だったころの資格に何の意味があるのか、
というか、組織の図書室は図書館法の適用外だと思うのですが絶対。
大体において司書の仕事というのはハードだ。
本の収集、整理、保管、提供、レファレンス、その他もろもろの図書館に関する雑務。
図書そのものと図書館に関するあらゆる仕事をするわけだが、
組織の図書室だと、も一つ仕事が増える。
そりゃあ、都市伝説的な組織の図書室だものね!
あるよね!!都市伝説的な本とか!!魔導書とか!!!

「あの、なんかこの人おかしいんですけど」
「あばばばばばばbbbb」
ああ、ドグラマグラですね。「読んだら気が狂う」らしいですよね。
医務室へ連れて行けぇい。

「小人が!小人が襲ってくるんです!!」
それ「クロムウェルの聖書」です。早く本閉じろ!

「ええと、同僚が死にかけてるんですけど……もしかして」
はい、そうですね。「ブックカース」付きの本は返却期限守ってください。

ま、これくらいの事は日常茶飯事ですよ。泣きたい。
ていうか、ブックカースは私が対処することじゃなくない?
返さない人が悪いよ。返さない人が。
ちなみに、もちろん、普通の司書の仕事もある。忙しいね。辛い。

「法の書って無いんですか?」
「オカルトの棚を探してください」
なんで法律関連の棚探してるの?

「天使ラジエルの書を至急借りたいんです!」
「貸し出し中です」
あ、ていうか返却期限過ぎてる。ブックカース付けとけばよかった。

「Sナンバーの名簿見たいんだけど」
「閲覧制限かかってます」
出直せぇい。

「アッピンの赤い本を寄贈しに来たのだけれど」
「わー、ありがとうございますー」
これ閉架書庫だな。危なそう。

しんどい。疲れる。
司書補欲しい。いつでも募集中。
本が好きな方。司書になりたい方。あとすぐに死んだり発狂したりいなくなったりしない方。
待ってます。是非に。

そうそう、特に関係ないけど、私ね、
こんなところで働いていて、本に囲まれていて、
本は好きだし、司書になりたかったし、司書資格も持ってるんだけど、
別に、本に関する都市伝説と契約していたわけじゃないの。
可笑しいね。



609治療室から  ◆nBXmJajMvU:2016/10/30(日) 01:46:25 ID:LbSIkrQU
「……おや、「アカシックレコード」か。実に懐かしいねぇ」

 恐らく、そう口にした当人は、本当に何気なくそう言っただけなのだろう
 そもそも、あの「組織」X-No,0とのスペシャルマッチの現場に「アカシックレコード」などという規格外の都市伝説契約者が本当に参加しているのかどうかは不明である
 だが、そうだとしても、その可能性が少しでもあるのならば、この場を一刻もはやく離れるべきだ、とそう感じた
 「先生」と呼ばれている白髪赤目の白衣の男が件の言葉を口にしたのは、スペシャルマッチの様子を映し出している画面を見ながらだった
 それだけで、ほんの少しでも「アカシックレコード」の契約者、もしくはそれに類似した能力の持ち主が、この治療室に来る可能性があるのならば
 ここから離れるべきだろう、何かしらの理由で、己について調べられる前に

「……運ばれてくる人数も増えてきたし、俺はもうここを出るが。構わないか?」
「うん?治療は終わっているし、違和感や痛みが残っていないなら、問題ないよ」
「あぁ、どこも痛みは残っていないよ」

 なら良し、と「先生」とやらは笑って、こちらの対戦相手だった女性の診察に入った
 こちらが与えた傷も治療したのだし大丈夫だと思うのだが、「念の為」だそうだ
 恐らく、都市伝説やその使い方の関係なのだろう
 「人肉シチュー」の契約者についても、己の肉体を溶かすと言う使い方をしていたせいか、当人に目立った怪我がなくとも診察していた
 万が一がないようにしっかり診察している、そういうことなのだろう

(…記憶方面を読まれる、と言うことはなかったから、良かったな)

 そうなっていたら、まずかった
 自分が「あの方」の配下であることは、絶対に知られてはいけないのだ

 九十九屋 九十九はす、と治療室を出ると、観客席へと向かって歩き出した
 途中、治療室に知り合いでもいるのかそちらに向かっている少年とすれ違いながら、思案する

(診療所もやっていると言う「先生」とやらの治癒能力がどんなものか見たかったんだが………まぁ、いいか。別の治癒能力者を確認できた。聞いていた話通り、あちらの治癒能力はかなり優秀だな)

 「ラファエル」の契約者、荒神 憐。「ラファエル」の治癒能力に特化した契約者であると言う話は本当だった
 あれは「使える」
 「あの方」が見つかり次第、あの少年を誘惑してこちらに引き込むべきだろう
 治癒能力者が一人いるかいないかで、生存率と言うものは大きく変わる

(あの少年の精神的な弱みもわかった。うまくやれば、「あの方」が見つかる前でもこちらに引き込めるな)

 大きな収穫を得られた
 この情報を、今後に活かさなくては

 観客席が並ぶエリアへと入っていくその時、ふと、冷たい空気を感じたが九十九屋はあまり気にせず観客席へと向かい
 ………自分を見ていた、凍れる悪魔の視線に、気づくことはなかった

610治療室から  ◆nBXmJajMvU:2016/10/30(日) 01:48:35 ID:LbSIkrQU
 空井 雀がそっと治療室を覗き込むと、そこは忙しさのピークは脱したようだった
 スペシャルマッチの初手で溺れた人達の処置はもう終わったのだろう
 ぐっしょり濡れている服を乾かしている者や、まだ意識が戻らない……と言うより、気絶からスヤァへとモード移行した者がベッドで寝ていたりしているが、慌ただしい様子はない
 そんな中で、雀は自分を戦技披露会へと誘った相手を探す

「……あ、いた」

 憐は、ちょうど溺れた拍子に怪我をした人の治療をしているところだった
 ぽぅ、と掌から溢れ出す白い光が、傷を癒やしていっている
 傷を癒やす様子は以前にも、見た
 以前と違うのは、憐の背中から淡く輝く天使の翼が出現していた事だ
 よくよく見ると、治療室の床や寝台の上に羽根が散らばっている

「おや?怪我人かな?」

 と、何やら女性を診察していたらしい白衣の男性が雀に気づいた
 診察は終わったようで立ち上がり、雀へと視線を向けて

(………あれ?)

 何か
 じっと、「視」られたような
 そんな感覚を、確かに感じた

「……っと、すずっち。来たっすね」

 その感覚は、憐に声をかけられたことで途絶える
 怪我人の治療が終わったらしい。普段通りのへらりとした笑顔を向けてきた

「わが助手の従兄弟よ、もうそろそろ、その翼はしまっても大丈夫だよ。君も疲れただろうし、だいぶ羽根が散らばっているから治癒の力はそれで十分だ」
「ん、そうっす?……あんま疲れてないし、平気っすけど」

 と、白衣の人に言われて憐はすぅ、と天使の翼を消した
 白衣の人の言い分からすると、散らばっている羽根にも治癒の力があるのだろう………ようはこの治療室は今、治癒の力に満ち溢れていると言っていいのかM沿いれない

「そちらの少年、知り合いかい?」
「はぁい。クラスメイトっす」

 へらん、と笑って白衣の男性に答えている憐
 ぱたぱたと、雀に駆け寄ってきた

「大丈夫?忙しくない?」
「ん、平気っすー。俺っちは、「先生」やかい兄のお手伝いしてるだけっすから」

 雀の問いに、憐はへらりと答えてくる
 一応、その顔に疲労の色は見えないが、実際のところはどうなのだろうか

「他のみんなも来ているんだよね?龍哉君や直斗君、神子ちゃんは実況やってるみたいだけど…」
「来てるっすよー。はるっち逹は観客席にいるはずっす。後で合流するっす?俺っちはっもうちょいこっちのお手伝いしてるっすけど………」
「君は、もう休んでも大丈夫なのだけどねぇ」

 白衣の男性が苦笑する
 そうして、こっそりと、雀に話しかけてきた

「……すまんが、少年。後で彼をここからなんとか連れ出してくれるだろうか?」
「え?」
「当人、顔に出さないようにしているが、これだけ治癒の羽根をばらまいたのだからだいぶ疲労している。ヘタをシたら倒れかねんからね」

 それは困る、と
 「あとで怒らられるのは渡しだからねぇ」と、自分のことだというのにまるで他人事のように言いながら、白衣のその人は苦笑したのだった


to be … ?

611世界の敵END5【六本足】:2016/10/30(日) 22:09:13 ID:AJPUzMtA
 街外れの森。
 普段は人が近づかない静かな場所だ。
 特別、珍しいものがある訳ではないが子供には幽霊が出ると恐れられている。
 その中央に野原があった。
 半径は約数百メートル、空中から見ると綺麗な円形をしていることがわかる。
 これだけだと、別に不審な点はない。
 偶然、森の中に出来た円形の野原。
 たった、それだけの説明で事足りてしまう。
 おかしいのは、こんな場所が昨日までなかったということ。
 そして、地面に無理矢理へし折られた木々が横たわっていることだ。
 
「これが本当の森林破壊か」
「破壊というより蹂躙じゃな、これは」

 野原の端に、人間体に戻った真紅と俺はいた。
 今さっき、ここへ降り立ったばかりだ。

「ここまで、豪快にやられると一周回って清々しいのじゃ」
「蹂躙される側にはなりたくないけどな」
「モチのロンなのじゃ。……で、主様」
「何だ」

 真紅は森の中央、そこに佇む人物を指差した。

「話しかけないのか?」
「もう少ししたらな」

 俺は中央に居る人物、ひどく見慣れた彼女を観察した。
 腰まで伸びた艶のある黒髪、雪のように白い肌はいつも通り。
 ただし、目に生気はなく澱んだ空気を醸し出している。
 何より、変わった服装をしていた。
 分類はいわゆる巫女装束だが色が違う。
 上半身に纏う白衣は漆黒に、緋袴は艶めかしい鮮血の色に染まっていた。
 巫女の持つ神聖のイメージとは程遠い格好だ。
 ……カンさんが隣に立っていたら対照的だろう。

「主様」

 真紅が袖を引っ張る。

「ああ、行くか」
「なのじゃ」
  
 二人揃って歩を進める。

「作戦は簡単。【忍法】の黒服達にやったように本能に介入して正気に戻す。それだけだ」
「纏めるとな。で、具体的には?」
「あいつは今、暴走状態だ。中々、付け込む隙は生まれない。だから、一度叩きのめして弱った所に介入する」
「……自分の恋人に言う言葉じゃないの。まあ、状況が状況だから仕方ないんじゃが。あまり、手荒く扱うなよ?」

 俺は小さく頷いた。

612世界の敵END5【六本足】:2016/10/30(日) 22:11:50 ID:AJPUzMtA
 野原中央に近づいている内に、恋人は俺達に気づいた。
 向けられたのは、

「笑顔じゃと?」

 満面の笑みだった。
 おまけに、手まで振っている。
 予想外の行動に、真紅は困惑した態度を見せた。

「どういうことじゃ、主様。なんか、滅茶苦茶ニコニコしておるぞ。これは、あれじゃ。愛の力で正気に戻ったパターンなのじゃ」
「いや」

 俺は首を振った。

「そんな都合のいいことはない」
「いや、しかっ!?」

 瞬間、真紅の背から翼が展開。
 間髪入れずに、無数の輝く羽根が矢のように放たれる。
 なぜ、こんなことをしたか?
 答えは迎撃。
 先に、恋人が笑みを浮かべたまま無数の黒い札を飛ばしてきたからだ。
 ぶつかる黒の激流と熱の塊。
 勝つのは、もちろん後者。
 空を埋め尽くすほどの灰が宙を舞い、羽根の残骸が光の粒へと変わる。
 
「そんな技使えたんだな」
「呑気に言うとる場合か!? なぜじゃ、なぜいきなり攻撃してきた! あんなに、ニコニコしておるのに!!」
「表面上はな」
「表面上じゃと?」
「ああ、何となくわかる」

 今の恋人は、俺をまともに認識できず敵と判断していることを。
 【野生】が包み隠さず教えてくれた。

「仮面をつけているのと一緒だ。表情に意味はない。中身はドロドロだ」

 溢れんばかりの殺意、敵意を恋人は発していた。
 人間時代の面影は一切ない。
 あるのは、人に裏切られた都市伝説だからこそ持つ闇だけ。
 完全に【姦姦蛇螺】の色に染まっていた。

「ぬるい展開は期待しないほうがいい」
「……そのようじゃな」

 真紅も、どうやら向けられた感情に気づいたようだった。
 顔を引き締め、背中の翼をはためかせる。
 すると、恋人の方にも動きがあった。
 目を細めたかと思うと、腕を広げ宙に浮いた。

「空中浮遊だと!?」
「ああ、師匠の話にあった」

 昨夜は、宙に浮いたまま札をばらまいたらしい。
 空中からの一方的な攻撃なので、かなり厄介だったそうだ。

「ちなみに、さっきの札。生命力を吸う効果がある。貼り付いたら、最悪ミイラだ」
「そういうことは、もっと速く言うのじゃ!」

 怒鳴る真紅に、俺は言葉を返す。

613世界の敵END5【六本足】:2016/10/30(日) 22:19:51 ID:AJPUzMtA
「安心しろ。昨日、大抵の黒服や人間を殺したのは札じゃない」
「……逆に言うと、札以上の脅威があるということなのじゃ」
「気づいてはいたろ」
「まあ、この森の惨状を見ればわかるのじゃ。それに、相手は【姦姦蛇螺】となればな」
「あれしかないだろ」
「あれしかないのじゃ」

 二人揃って同意する。
 その様子を見てか、空中で恋人は口元を歪めた。
 まるで、お気に入りの玩具を披露する子供のように。
 機会を逃さんとばかりに、魔法の呪文を言い放った。

「カ■さ■」

 突然、大地が揺れた。
 前方からは土煙が上がり、倒木がマッチのように飛び散る。
 嘘のような光景。
 しかし、それを作り出したものは更に圧倒的だった。
 
「……なあ、主様」
「なんだ」

 土煙が消え、元凶が姿を現す。

「わらわは、大蛇が出てくることは想像できていたのじゃ」
「だろうな」
「じゃがな」

 全長数十メートルの大蛇を眼前に、真紅は声を張り上げた。

「多頭竜が出てくるとか予想できる訳ないのじゃ!!」

 元凶は、ただのでかい蛇ではなかった。
 六つの長い首と尻尾を持つ、正真正銘の多頭竜。
 異形の中の異形だった。

「【姦姦蛇螺】の逸話は、巫女を食った大蛇について詳しい説明がされてないからな。別に、多頭竜でもおかしくはない」
「いやいや! あんなもんが出てくるとか想像すらしないわ! 大体、主様は!」

 真紅が騒いでいる間、多頭竜は複雑怪奇な身体をくねらせていた。
 それだけで地響きが立ち、倒木が無数の破片へと変わっていく。
 本人からしたら、ちょっとした準備運動のつもりなんだろうが。
 やはり、巨大なものは強い。
 今頃、腹の中では【獣の数字】の契約者が揺られているだろう。

614世界の敵END5【六本足】:2016/10/30(日) 22:23:12 ID:AJPUzMtA
「――おい、聞いておるのか。主様!」
「聞いてない」
「……どうやら、一回炙ったほうがよさそうじゃな」
「後でならな。それよりも、一応説明しておく」

 俺は多頭竜を顎で示した。

「昨日、恋人が都市伝説化した時に二人の姿は大きく変化した。恋人は巫女服に、カンさんは多頭竜の姿になった。理由は不明だ」
「……それぞれ、巫女と蛇の力を分担したということか。やけに強いのは、個々の属性を分離したせいかの」
「かもな。とにかく、属性を分離しているというのだけは覚えてろ。今の姿のカンさんは、札を使うことが出来ない」
「了解じゃ。で」

 真紅が目配せをした。
 あの二人とどう戦うかという意味を込めて。
 俺は即答する。

「先に、カンさんを正気に戻す。その間、真紅はあいつと戦って時間を稼ぐか弱らせてくれ」
「まっ、妥当なとこじゃな。しかし、大丈夫か? いくら、【ガルダ】の力を使えるとは言え相手は多頭竜じゃ。そう簡単にはいかんぞ」
「問題ない」

 真紅の頭に手を乗せる。
 見据えるは、多頭竜いや「カンさん」。

「相手は、多頭竜である以前にカンさんだ。なら、突破口はある」
「ふん。まあ、策があるならいいのじゃ。わらわの方も」

 恋人を見上げ、真紅は肩をすくめる。

「相性的には悪くない。この翼がある限り、ミイラになることはないのじゃ」

 背の翼が一段と輝きを増す。
 呼応するように、俺の両足も強い熱と光を発する。
 まるで、札から俺達を守ると誓うように。
 
「なら、行くぞ」
「のじゃ」

 真紅は飛び立つ。
 笑顔の面を被り続ける巫女と相対するために。
 俺は脚を広げる。
 六つの頭と尻尾を持つ大蛇と対峙するために。
 目的は救済、俺のエゴによるもの。
 だからこそ、ここまで来ることが出来た。

「殺した、殺した」

 上から声が聞こえた。

「憎い、憎い、憎いあいつを殺した」

 よく知っているようで、聞いたことがない声。
 
「だから」

 俺は能力を展開。
 あまりにも慣れすぎた痛みが走り、下半身から四本の足が生える。
 
「お前達も殺す」

 空中で閃光が走るのと、俺が駆け出すのは同時だった。

――続く――

615スペシャルマッチ side-G.K&S ◆MERRY/qJUk:2016/10/31(月) 00:50:33 ID:5zXd39x6
戦場に現れたクラーケンと同等、あるいはそれ以上の体躯を誇る黒い二足歩行型のドラゴン
この姿こそがゴルディアン・ノットの切札であり、彼の真骨頂であった
"機尋"と並ぶ彼のもうひとつの契約都市伝説。それは"鎖室エリア"
某駅の鎖で封鎖された扉と、その奥から現れた黒く大きな五本足のトカゲという都市伝説
この都市伝説は彼が生来持つ都市伝説を補助・強化する形でその力を発揮した
平素は都市伝説としての力に制限をかけて万が一の暴走という危険を減らし
有事には体を巨大化させ腕などの部位を増やして戦闘能力を向上させることも可能
さらには機尋の使用にも支障なく、むしろ普段以上に使うことができるのだから
まさに切札と称するに相応しい能力であると言えるだろう
だが無論のこと、この切札にも欠点が存在する。それが時間である
制限をかけて抑えていた力を強化して解放するというのは
人間と都市伝説の間を行き来する彼にとって、天秤を大きく傾ける行為に他ならない
一度大きく傾いた天秤はそれだけ平衡へと戻るのに余計な時間がかかる
力を解放し続けた時間に比例した期間、都市伝説側へ性質が固定されてしまう
それが鎖室エリアによる強化による欠点であり、彼がこの能力を多用できない理由だ

背から伸びる腕が掴んだドラゴン型クラーケンの首を潰さんとばかりに握りこまれる
時折鞭のように振るわれる尻尾に打たれながらも暴れて抵抗するドラゴン型
ゴルディアン・ノットは空いていた両腕を使いドラゴン型の体を押さえにかかった
その腕の表面から解けるように布や縄が剥離してドラゴン型を拘束していく
動きが緩慢になったドラゴン型、その前足を噛み千切らんと
ゴルディアン・ノットは巨大な口を開き、咆哮をあげて牙を突き立てた
ミシミシブチブチという骨が軋み肉が裂かれる音が豪雨と強風の中に消える
だが突然、風雨を貫くようにして水流がゴルディアン・ノットの背に襲いかかった
背後からの攻撃に体勢を崩し、ドラゴン型を取り落としつつ振り向いた彼は
鎌首をもたげて口を開き、ゴポゴポと喉奥に水を蓄えたシーサーペント型を睨む
再び水流が放たれると同時、大量の海水が再び会場を水で満たさんと放たれた

ヴァアオオオオオオオオウウ

再び黒いドラゴンの咆哮が会場の空気をビリビリと揺らした

616スペシャルマッチ side-G.K&S ◆MERRY/qJUk:2016/10/31(月) 00:52:02 ID:5zXd39x6
咆哮と呼応するように侵食する海水を逆に飲み込むように足場全体がせり上がっていく
シーサーペント型の放った水流は、対抗するようにいくつも屹立した布と縄の柱で
勢いを幾分か散らされつつも再びゴルディアン・ノットに直撃した
しかし水流に逆らうようにゴルディアン・ノットはシーサーペント型との距離を詰め
その体を三本の腕と巨大な顎で捕まえ持ち上げにかかった

 ―――――クルァアアアアアアアアア

己に食らいつく黒いドラゴンに三度目の水流をぶつけようと口を開くシーサーペント型
その頭部を"四本目の"黒い腕が殴りつけ、口を抑えて閉じさせる
ゴルディアン・ノットは鎖室エリアの能力を使い体に新たな部位を追加したのだ
さらにギョロリと後ろ向きに一対、新たに生えた両眼が背後に迫るドラゴン型を睨み
長い尻尾が迎撃のために振るわれる。同時にシーサーペント型を掴んだ腕と顎には
その体を引きちぎろうと力が込められていく。布と縄に覆われながら
黒いドラゴンの四本の腕と顎によって引っ張られ続けたシーサーペント型は
ついに断末魔の咆哮を上げながら体を引き裂かれて活動を停止したのであった
動かなくなったシーサーペント型の体を放り捨てたゴルディアン・ノットは
尻尾で牽制していたドラゴン型に向き直り、咆哮と共に掴みかかった


「もー!いったいどこにいるのよ!!」
一方、無事にザリガニ型から生命力を奪って虫の息に追いやったサキュバスはといえば
あまりの風雨の強さから完全にザンの姿を見失って困っていた
「というかこれカメラ中継できてるの?在処ちゃんにお姉さんの活躍見せられなくない?!」
こんな時にカメラの心配をするのは余裕の現れか、それとも変わり者の証明か
なんにせよハート柄のタコ型クラーケンを連れて彼女は足場の上を移動していく
その先にあるはずの、座礁した海賊船を目指して

                                        【続】

617組織の蔵書 誰かのレポート あるいは黒歴史ノート:2016/10/31(月) 01:34:58 ID:R/FHrSjY
ここに記されている内容はあくまで私の憶測に過ぎず、確かな裏づけがなされているものでは無い事を先に明記しておく。
これは本来チラシの裏にでも書いておくべき物であり、恐らく時が経てば若気の至りとして恥ずべき記憶として脳の奥底に封印しておく類の物であり、ここまで読んだ諸兄らにはこのままページを閉じていただきたい。
では何故これを文として記すかと言うと、私自身の為の覚書である。

618組織の蔵書 誰かのレポート あるいは黒歴史ノート:2016/10/31(月) 01:35:42 ID:R/FHrSjY
我々契約者にとっては今更の説明は不要だと思うが、都市伝説とは近代あるいは現代に広がったとみられる口承の一種である。 大辞林 第二版には「口承される噂話のうち、現代発祥のもので、根拠が曖昧・不明であるもの」と解説されている。
都市伝説の概念は1969年のフランスで最初に記されたとされており、また日本で都市伝説という言葉が使われたのは1988年が最初との事でだとすれば我々を定義する「都市伝説契約者」という言葉もそれ以降に定着したものという事になる。
無論、それ以前の古い時代にも契約者の存在は確認されているので、都市伝説契約者という呼称が用いられたのが最近であって、契約者自体の起源はさらに古く何処までも遡れる筈である。

では、我々の契約している存在について確認したい。
我々の契約している存在、即ち都市伝説は口承の一種であり噂や伝承と言い換えても良い。
あくまで近代に定義された「都市伝説」の呼称を用いている為混乱を招きやすいが我々の契約している存在は口承や伝承で語られる存在が何らかの力(何かはわからない、その辺りはF-No.がいずれ解明してくれるのではないかと期待している。)によって実体を持った物だと言える。(この際、未確認生命体、UMAは少々ややこしい立場となる。口承が実体を得た存在なのか実際に発見されていなかっただけの生物なのか、我々には判断がつかないからだ)

口承、面倒なので以後噂で統一させて頂くが、噂が元となり何らかの力の作用によって実体を得た彼らは非常に不安定な存在だ。
噂が広まれば広まる程、語られた本質は希薄になり余分な情報が付与される。その付与された情報は実体を得た彼らにもフィードバックされ、語られれば語られる程に力を増す。
その反面で弱点が付与される可能性もあり、一長一短ではあるが、そんな噂一つで能力が変動しかねない彼らは言い換えれば語られなければ消滅しかねない為、己の存在を維持する為に人を襲い語らせようとする。
首塚の将門公の様に古くから存在し最早一種の信仰となれば消滅の心配とは無縁なのだろうが…

619組織の蔵書 誰かのレポート あるいは黒歴史ノート:2016/10/31(月) 01:36:29 ID:R/FHrSjY
ここで一つ疑問が発生する、例えば口裂け女は今までま延々と語られた為か多くの個体が確認されているがその反面で強力な個体は珍しい。
対して同じ様に語られた将門公は強大な力を持つ代わりに(恐らくは)1個体、単体の存在である。
この差が何処から来るのかは気になるところではあるので今後調べてみても良いかもしれない。

話を元に戻すがそんな不安定な存在である彼らからすれば契約者はどういう存在なのか。
契約によって人間を契約者にする事でその都市伝説は人に力を分け与え同時に自身も強化されている事が多い。
恐らく契約という行為を通じ契約者に存在を認識される事により噂の浸透具合と無関係に個人でも常に認識してくれる存在を得ることで消滅のリスクから解き放たれるのではないだろうか。
また強化についても同様で契約者と繋がる事で元々不安定な彼らは契約者の影響(イメージと言い換えても良い)をダイレクトに受ける事になり、その影響によって生じた変化が強化された力ではないだろうか。
もっと踏み込むなら我々が都市伝説から与えられたと認識している契約者側が得る契約による付与能力もまた、契約者のイメージに都市伝説が影響された結果引き出された物なのではないかと考えられる。
(まぁ、この理屈ではイメージ次第で都市伝説は何処までも強くなれるという事になるが、契約者のイメージ次第で能力ご拡張されている例は確かに存在しているので検証が必要である。)

続けて飲まれた人間について。
人間は一人一人に器としての容量が定められており、その容量を超える存在との契約を結ぶと器から溢れ出した噂に侵食され飲み込まれ都市伝説へと変貌してしまう。またこの際に記憶障害を引き起こす等の情報があるが何が原因かまでは解明できていない。
また、都市伝説へと変貌しても契約時の能力を保有しているパターンは多々あり、人間の頃の性格も残っている事から人間としての要素が完全に消えてしまうわけではない様だ。

都市伝説に飲まれた人間は人間としての人格を残しながらも都市伝説よりの不安定な存在へと変化しており、人間との契約も可能である事はこの身をもって確認している。
ただ、彼と契約した事で私が新たな力を得たわけではない。それが元人間と契約したからか、私が彼から引き出せる力をイメージできなかったからかはわからない。
噂一つで存在が変化する程不安定な都市伝説にとって、契約者のイメージは強烈であり、双方合意の上でなされるとは言えど契約によって存在が歪められる事もあるだろう。

では、私と契約した彼は?
私は彼を愛してしまった…いや、正確には彼に恋してしまった、その事を今更否定はしない。
そして、彼もまた私を愛してくれた、私たちの思いは通じあったのだと信じていた。
しかし、彼は都市伝説で私は契約者だ。
都市伝説は契約者の影響を強く受ける。
彼が私に対して抱いた愛情は私が彼に対して望んでしまったから、彼の存在を歪めてしまった結果ではないか?
もしそうなら、私は、私は…私は怖い。

彼の思いは本当に彼の物で私は本当に彼に愛されているのか、彼の思いは私がねつ造してしまったもので今の関係は私の一人遊びではないのか?
もしここまで読んだ人がいるなら誰か教えてください、私はどうすればそれを確かめることができますか?

2012年 2月 大門望

620単発ネタ:2016/11/01(火) 00:37:57 ID:qhN9ofT6
はーろうぃーんですー!よく知りませんけど!
お化けになって、お菓子もらうそうです。
なので、今日はこれをきます。きぐるみぱじゃま?とかいうのです。
おーかみさんのです。
今日のわたしは、おーかみおとこですよ。がおがお。
それでは、いってきます!
……。
…………だれもお化けのかっこうしてません!
どうしてでしょう?今日は31日ですよね?
むむぅ。
……あ!いました!
すごく、せの高い、まっくろな、のっぺらぼうさんです。
なんのお化けなんでしょう。
よくわかりませんけど、あの人についていきましょう。

まよいました。
のっぺらぼうさん、せまい道ばかりいくんです。
こんなところでお菓子がもらえるんでしょうか?
「あら、子供?」
おんなの人がいました。すごいおっきいマスクです。
「がおー」
「オオカミ少女、なの?いやあね、最近はなんでも可愛くなっちゃって」
おんなの人は行ってしまいました。
おーかみおとこですよ。あとお菓子ください!

「なんだい、ゴミはやらないよ」
人みたいなかおの犬さんがいました
「がおー」
「ふん」
犬さんはお菓子くれないですよねー。

「足はいらんかn……四つもあるねえ」
「がおー!」
おーかみさんですからね!
それよりおばあさん、お菓子ください。

「……」
「がお」
おねーさん、やっぱりそこせまいですよ?

「ぽぽぽ」
「がおー」
「ぽぽぽぽぽ、ぽぽ」
「がおがお?」
「ぽぽぽぽぽぽ、ぽ、ぽぽぽぽ、ぽぽぽ」
なに言ってわかりません!どうしましょう、この人もお菓子くれそうにないんですけど。
「……お嬢ちゃん」
……!この声は!
「ねk、もごもご」
ネコさんです!クロネコさんが、顔に、顔に!
「もごもごもごもご!」前が見えません!
「喋らねえでください」
「もが?」はい?
「そのまま走って!」
「もがー」はいー
前見えてないんですけどー。

――――――
――――
――

「にゃー」
ネコさんが顔から下りると、家のまえでした。
……どして?
ああ!そしてネコさんがいません!すばやいです!
「あら、そんなところでどうしたの?」
「がおー!」おかーさん!
「……?」
「がおがお!」お菓子ください!
「じゃあ、手を洗ってきなさい?プリンあるわよ」
「プリン!」がお!
プリンープーリンー今日のお菓子はプリーン♪
「はぁ、疲れた」
むっ、ネコさんの声が!
…………いませんね。
「どーしたのー」
はっ、それよりプリンでした!
「今行きますー」



621凍れる悪魔と燃える魔人  ◆nBXmJajMvU:2016/11/04(金) 01:47:20 ID:3bEjpm5s
 ひやり、と辺りの空気が冷え込んでいる
 その事実を気にした様子もなく、その男は思案していた
 悪魔としての本性を表には出していないものの、その男がこの場にいると言うただそれだけで、空気が冷え込む
 こうして能力が漏れ出しているのは、思考の海に沈んでいるせいなのかもしれない

(さて、どうするか……)

 軽く首を振ると、ぱきぱきと空気中の水分が凍りつく音がした
 じわりと染み出す力の余波で生まれた小さな氷の結晶は、すぐに空気中に溶けて消える

(試合ではつまらない雑魚にあたったが、他に面白い奴はいたな。これからどう動くか、楽しませてもらうか)

 彼、メルセデスは悪魔である正体がバレた今も、様々な裏取引の結果「教会」にとどまり続けている
 メルセデス自身、「教会」に所属したままの方が自分にとって都合よく動けるのか、そのまま所属し続けているのだ
 故に、今の彼は(一応)「バビロンの大淫婦」の捜索自体は真面目にやっていた
 今回の戦技披露会への参加も、「バビロンの大淫婦」絡みの契約者がいないかの確認が主な目的である
 自分の対戦相手を含め、今まで試合に参加していた者逹。そして観客席にいる連中からは、「バビロンの大淫婦」の気配は一切、なかった
 ようは本来の仕事に関してはハズレだ
 その代わり、見つけた「面白い」もの
 この情報をどう活かすか、考え込んでいた時だった

「あぁ、居やがった」
「あ゛?……お前か」

 声をかけながら近づいてくる気配に、メルセデスは小さく舌打ちする
 …辺りの気温が、平常通りに戻る
 メルセデスから溢れ出ている冷気の影響が消えた訳ではない
 近づいてくるその人物の周囲が、ほのかに温かいのだ

「よぉ、氷野郎」
「よぅ、暖房野郎」

 「首塚」側近組筆頭。「日焼けマシンで人間ステーキ」の契約者。日景 翼
 能力的に相性が悪いはずのその男が、睨みつけるような表情を浮かべながら近づいてくる様子に、メルセデスは楽しげに笑った



 正直なところ、翼としてはこの凍れる悪魔の事は苦手だ
 セシリアと結婚した事で年上の義弟となったカラミティは随分懐いているらしいが、翼にとっては「厄介な相手」以外の何物でもない
 今も、何か面白い玩具でも見つけたような表情を浮かべてきている

「俺に何か用か?」
「あぁ、「狐」絡みの件でな」
「………「狐」、ねぇ?「教会」は「狐」関連はほぼ動いちゃいねぇんだ。俺は情報らしい情報は持っていないぜ?」

 残念だったな、と肩をすくめてくるメルセデス
 そんな彼に翼は疑いの眼差しを向けた

「おぉ、怖い怖い。こっちとしては現状、「狐」サイドから直接ちょっかいかけられてもいないからな。そっち絡みは積極的に動けないんだよ」
「ヨーロッパの方で「アヴァロン」に「狐」辛みのやつが侵入仕掛けたんだろ?ありゃ、「教会」にとっても問題なんじゃねぇのか?」
「表向き、「関係ない事になっている」。直接命令がこないかぎりは、積極的に動く理由にならねぇな」
「「教会」としては、か。じゃあ、お前個人としては?」

 「狐」絡みで、この男は何か知っている
 翼はそう確信していた
 メルセデス当人の性格を考えると「狐」に加担していると言う事はないだろうが、何かしら情報を掴んでいるのは確かなのだ

(「教会」本部から、何か資料を取り寄せてたっつーし……ちょっとでも、何か聞き出せれば、と思ったんだが)

 …自分では、少し聞き出すには難しいかもしれない
 メルセデスに気づかれぬよう、翼は小さく、舌打ちした





to be … ?

622アダム・ホワイトの焦燥  ◆nBXmJajMvU:2016/11/06(日) 21:09:39 ID:H3g.jQ3k
「………だからさぁ、そいつの家に上がり込んでやったらさ、漫画なんて描いてやがったんだよ。そいつ。それも、すっげぇへたくそなの」
「はぁ」
「くっだらねぇだろ?くそみてぇな時間の使い方しやがってよ。残業嫌がるから何かと思ったらそれだよ。あんまりにも腹たったからビリッビリに破いてやった訳」
「……はぁ」
「傑作だったぜ、そん時のあいつの顔。あんな事に無駄な時間使ってたって、ようやく気づいたのかねぇ」

 違うと思う
 彼なら確か、今日、社長宛に退職届を出したとかって聞いている
 なるほど、原因はコレか
 と、言うか、聞いた感じだと土足で上がり込んでいるじゃないか
 よく警察呼ばれなかったな

(よくもまぁ、酔っ払ってるからってこんな事自慢げにぺらぺらと………あー、もう。俺もこの職場辞めるかな……)

 こんな事する人間が、社長から表彰されるような会社ならさっさとやめようか
 自分が持っている資格なら、東京あたりにでも出れば他に仕事見つかるだろうし

 電水している上司の散々たる姿に、彼はため息を付いた

「すいません、自分、そろそろ帰らないと最終バス逃すんですが」
「あ゛ー?タクシーで帰れりゃいいだろうが」

 うっわ。まだこの蛮族みたいな自慢話聞かせる気か
 いい加減、こんな奴の話聞いても体内に毒がたまるだけだから帰りたいのに
 他の連中め、こっちに押し付けてさっさと帰りやがって覚えていろ

「課長だって、早く帰らないと奥さんが五月蝿いでしょ。玄関、鍵かけられてても知りませんよ」
「ぐ………仕方ねぇな。あの女、ヘタに遅く帰ると水ぶっかけてくるしな……」

 電水して帰るからでは、と言いたかったがぐっ、と抑える
 と、言うか。奥さんを「あの女」呼ばわりか。浮気されているという噂は本当かもしれない

 会計を済ませて店を出る
 課長はふらっふらな訳だが、タクシー乗り場にぐっと押し込んだ

「寝ないでくださいよ?自分はバス逃す前に全力で走らないと駄目なんで)
「おー、走れ走れ。バス行っちまったらそのまま走って帰れ」

 ふざけんな。そんな事したらぶっ倒れるわ
 てめぇと一緒にするなお手本にしたくない体育会系め

 薄暗いタクシー乗り場からダッシュで離れていく
 背後で、何か聞こえた気がするが気にせず走る。次のバスが本当に今夜ラストなのだ。逃すとまずい
 何か言われたとしても、もう知らん


 彼は気づかない
 あの電水した姿が、最期に見た課長の姿になるなどと



 ガリッ、ボリッ、ガリッ、ボリッ

「かたいー」
「まぁ、柔らかい肉ではねぇだろうよ」
「でも、おなかやぁらかいー」
「たるんできてたみたいだからなぁ」

 もっしゃもっしゃもっしゃ
 口の周りを真っ赤に染めながらそれを食べる皓夜の様子に、、アダムはほっと息を吐き出した
 今日はなんとか、皓夜の食事を確保できてよかった

「なー、このおっさんの鞄とかはどうする?」
「財布の金は使うとして……身分証やらクレジットカードやらは、ヘタに使うわけにもいかないな。なんとか処分するか……」

 ヴィットリオが持っていた、皓夜の「食事」の鞄を受け取りながらそう答えるアダム
 今回は、今までのように「いなくなっても、すぐには気づかれない」対象を狙えなかった
 と、言うより、そろそろそういった対象を狙う事を気づかれて、「組織」やらに警戒されつつある
 少々、危ない橋を渡らなければならなくなってきた

(ミハエルが、まとまった「食事」を手に入れられるかもしれないとは言っていたが………)

 それがうまくいかないと、まずい
 今夜の中年男性を食べきっても、皓夜の腹は満たされないだろう
 何も食べられずにいた時間が、あまりにも長過ぎたのだから

 早くしなければ、早く何とかしなければ
 アダムは、足元に火がついたかのような思いだった
to be … ?

623単発ネタ:2016/11/07(月) 03:32:59 ID:4z/XvGjE
世界の崩壊が近づいていた。
それは瞬く間に、賞賛したくなるほど手際よく行われた。
さながらホラー映画、いや、パニック映画?スプラッタ映画かもしれない。
とにかくまるで映画のような光景が繰り広げられていた。
文明は崩壊し、多くの人が死に、
そして、死人が歩き出した。
「ゾンビ」だった。
「ゾンビパウダー」だったのかもしれないし、もっと別の都市伝説だったのかもしれない。
一人だったのか、複数だったのか、都市伝説単体なのか、契約者なのか。
今となっては知りようもないが、このテロにより、多くのヒトがゾンビと化した。
こういう事態を防ぐために、組織はいたはずだった。
しかし、渋谷の交差点でゾンビの集団発生が確認されたのとほぼ同時、
組織の中に、大量のゾンビが発生した。
黒服、契約者、果ては上層部にまでゾンビとなったモノが現れ、組織は大混乱に陥った。
そうして組織が、いや、組織以外の都市伝説集団もかもしれないが、
とにかく誰もかれもが混乱し、機能不全をおこしている間にもゾンビは増え続けた。
そして、気が付けば、世界の崩壊が近づいていた。

わずかな望みを託して入ったコンビニは無人だった。
もちろん、このゾンビ社会で営業しているはずはないし、
むしろ誰かいたらゾンビの可能性大なので別に人がいないのは良いのだが、
問題は食料も留守らしいことだ。
おそらくは先にここに来た奴が持って行ってしまったのだろう。
インスタント食品や缶詰は軒並み持ち去られている。菓子パンもお菓子もない。
アイスもない。溶けたからだ。
おにぎりはあった。が、数か月前に賞味期限の切れたおにぎりだ。食べていいものだろうか。
餓死寸前の死にかけなら、迷うことなく食べるだろうが、まだ断食二日目だ。もう少し耐えてみよう。
食料を諦め、コンビニから外の道路を覗く。ゾンビがイのニのサのヨの……6体。見える範囲でだが。
突破することはできなくもないが、下手に戦闘すると物音で奴らが集まってくるかもしれない。
来たときは2体しかいなかったのだ、もう少し時間をつぶしてみよう。いなくなるかもしれない。
「ふぅ……」
静かに、ため息をつく。
どうして、こうなったのか。

624単発ネタ:2016/11/07(月) 03:33:34 ID:4z/XvGjE
こんなサバイバルを数か月もやっていたわけじゃない。二日前まではそれなりに安全だったのだ。
ショッピングモールにいた。そう、ショッピンモールだ。ゾンビものの定番だ。
そこにバリケードを張り、籠城していた。
他の生き残り達と生活していた。一般人十数名、契約者三名、黒服二名といったところか。
都市伝説の関係者が五人もいたのだ、ただのゾンビなど問題にならない。
モール内のゾンビをあらかた排除し、安全を確保した。
食料はあった。毛布だってあった。なんあら娯楽だってある。しばら生活していけた。
このまま待っていれば、事態は収束するかもしれない。そう、思っていた。
だが、バリケードは破られた。二日前の話だ。
車が突っ込んできた。ローススロイスだ。そう「壊れない」やつ。
誰かが助けを求めてやりすぎたとか、そんなんじゃない。
そのロールスロイスの契約者はゾンビだったのだから。
ついでに言えば、そのロールスロイスから降りてきた他の奴もゾンビだった。
口裂け女のゾンビ。100m3秒の超速ゾンビ。こいつに速攻二人ゾンビ化された。
ダウジングの契約者のゾンビ。隠れたやつを的確に見つけ出していく。
錆びない鉄柱の契約者のゾンビ。こっちの攻撃がさっぱり効かない。むしろどうやってゾンビにやられたのか。
当然のことだが、ロールスロイスが突っ込んで空いた穴からも、ゾンビはぞろぞろと入ってきた。
あっという間に、地獄と化した。
ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、口裂け女のゾンビ、ゾンビ、戦う契約者、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、銃を撃つ黒服、
ゾンビ、ロールスロイス、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、ダウジングするゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、
ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、黒服のゾンビ、契約者のゾンビ、ビッグフットのゾンビ、花子さんのゾンビ、ゾンビ、
噛まれる契約者、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ……
俺は逃げた。無理だと思った。
まだ戦っている契約者や、立ち向かおうとする一般人がいるのは見えていた。
彼らがどうなったかは知らない。
きっと死んだ。そして歩き回っているだろう。
俺は生きている。未だに逃げ回っている。
「いつまで……?」
答えはない。恐ろしい答えにたどり着く前に、考えるのをやめる。気分を切り替える。
ゾンビはいなくなっただろうかと、コンビニ前の道路を覗く。
ゾンビは、いなくなっていた。
「こんにちはー」
代わりに、黒服の女が立っていた。

625単発ネタ:2016/11/07(月) 03:34:08 ID:4z/XvGjE
ゾンビが数体倒れている。
その頭には穴が開いている。黒服の光線銃だろう。
黒服の女はのんびりと歩いてコンビニに入ってきた。
「生きてる人なんて久しぶりに見ましたよぉ」
「俺もです」
「一時間ぶりくらいです」
「さっきぶり!?」
「嘘ですけどね」
「え、あ……え、嘘?」
「はい。それより食べ物ありませんか?」
「え?あ、ああ、ない、みたいです。黒服さんは?」
「サルミアッキなら」
「何故……」
「嘘ですけどね」
……なんだこの人。頭おかしいんじゃないのか。こんな状況で笑って、いや、目が笑ってないが。
まあ、こんな人でも貴重な生存者だ。協力していきたい。協力できなくても、何か情報が欲しい。
状況はどうなっているのか。組織は何をしているのか。事態は沈静化の見込みがあるのか。
「あのっ、、、むぐ……」
口を開こうとしたが、その口に人差し指がそえられた。
「しー……」
静かにしろと、黒服の女がジェスチャーで示す。ゾンビが来たのかと警戒し、身を固くした瞬間、
「まあ、嘘なんですが」
一気に脱力した。
何なんだ?本当になんだこの人。
「冗談はこの辺にして」
急に、黒服の女の雰囲気が変わる。いや、変わった、ような気がした。
表情も立ち振る舞いも、何も変わっていないのに、雰囲気だけが変わった気がした。
「いくつか、私に質問に答えてください

626単発ネタ:2016/11/07(月) 03:34:39 ID:4z/XvGjE
何故そんなことを聞くのか?そう思うような質問ばかりされた。
ゾンビが発生したのはいつだったか。犯人は誰か。組織が何をしていたか。今までどうしていたか。たけのこ派か。契約している都市伝説は何か。
そして、
「平和だった時の最後の記憶を教えてください」
「平和だった時……」
覚えている。もちろんだ。今でも正確に思い出せる。
いつものように仕事を終えて、いつものように夕食を食べた。家族はいないから、一人でコンビニ弁当だ。鶏肉の乗ったペペロンチーノ。風呂はシャワーで済ませた。缶ビールを飲みながらテレビを眺め、今日は都市伝説や契約者と遭遇することもなく平和だったと思いながら、布団に入った。
そして、そして次の日、目が覚めた時には、世界は一変していた。
その後の記憶はあいまいだ。俺も、他の全員もパニック状態だったのだから、仕方がないといえば仕方ない。
「あ、そこですね」
「……え?」
「そこですよぉ」
……なにが?どこ?え?
「どうしてそんなに詳細に思い出せるんですか?数か月の前の、何でもない日を」
……え。
「どうしてゾンビ発生時の状況を知っているんですか?渋谷の事も、組織の事も。貴方、組織所属じゃないですよね」
…………あれ?
「お気づきですか?」
………………まさか。
「これ、夢ですよぉ」
嘘?
「本当ですよぉ」
黒服の女は笑っている。だが、その目は何もかもどうでもよさそうだ。
そりゃそうだ。どうでもいいに決まっている。これは、夢だ。
「サキュバス。猿夢。ナイトメア。バリバリ。インクブス。夢と違う。他、いろんな夢系の都市伝説や契約者が集まった、壮大な悪戯です
 結構な人数巻き込んじゃってまして、困りますね」
たぶん、俺は三日前か、四日目か、ショッピングモールの中にいた時、その時から、夢の中にいる。
その前までの記憶はあいまいだ。当然だ。そんな記憶はないのだ。
ゾンビの事。組織の事。ただの情報だ。「ごっこ遊び」をするために、知っているべき前提の情報だから知っている。いや、与えられている。
なんてことだ。茶番にもほどがある。
だが、これが夢だと分かった今、一つだけ、大きな問題がある。
「あ、私、起きます」
突然、黒服の女がそんなことを言った。
「え?」
「目覚まし鳴ってますから」
そう言った瞬間、黒服の女の姿が霧のように消えていく。
「ちょ、ちょっと待って!!」
慌てて呼び止めると、
「あ」
霞んでいた姿が、再びくっきりとしてきた。
「言い忘れてました。これは夢ですけど、リアルすぎる痛みでショック死すr」
消えた。ちょっと待って。くっきりした状態から、いきなり消えた。じゃあ、最初に薄くなってたのは何だったんだ。
嘘か?嘘だったのか?
「え、ていうか、え?何?死ぬことあるの?夢なのに?」
最後の最後、言い切らずに消えやがった。凄く重要そうなこと言ってたのに。言ってたぞ。
「嘘ですけどね」って最後に言うつもりだったんだ。きっとそうだ。そうだよね?
落ち着こう。いや、落ち着けない。無理だ。
さっきの、そう、さっきの続きを言おう。
これが夢だと分かった今、一つだけ、大きな問題がある。
こうして三、四日ゾンビの夢を見ているわけだが

「……どうやって起きるの?」



627死を従えし少女 寄り道「たのしいエビフライの作り方」 ◆12zUSOBYLQ:2016/11/24(木) 22:44:43 ID:7FGUyC7.
 一方その頃。クイーン・アンズ・リベンジの上では。
「わーい!おっきなエビ!エビフライにしたら、なんにんまえかなあ」
 鋏を振り上げたエビ型のクラーケンを前に、上機嫌の幼女と苦笑いをする黒髪の少女に、色素の薄い青年。
「さて澪ちゃん、どうしようか?」
 肩をすくめて問う真降に、澪は銀の大鎌を呼び出し、
「殺ります?」
 紫色の瞳を眇め、いたずらっぽく笑う澪。本気か否か真降にも判断が付きかねる。
「いや、死人は出さない事になっているし、都市伝説といえど、それは良策じゃないね」
「じゃあ真降さんには良策が?」
 真降はまあねとだけ応えると、とととっと前に走り出していった幼女に視線を向けた。
「とりあえずお手並み拝見といこうか。危なくないように目は配るよ」

「ふぁいやー!」
 ひかりが手鏡をかざすと、周りの気温が俄に上がり、炎が巻き起こる。
 エビ型クラーケンが鋏を振り回し抵抗すると、炎が風にかき消され、鋏と胴体の一部に熱が入り、赤く染まる。
「殻の焦げる、いい匂いが…」
「いやいや、食欲をそそられる匂いだね、これは」
 突然浴びせられた熱に、エビ型クラーケンは鋏を振り回して怒り狂った。
「あれー!?エビフライにならないの。おかしいなあ」
 手鏡をのぞき込み首を傾げるひかりに、年長者たちは苦笑いだ。
「ひかりちゃん、エビはね、衣を付けて油で揚げないと、エビフライにはならないんだよ」
 しっかり者の澪が、珍しく斜め上なアドバイスをした。
「やっぱり、はじめからこうすればよかったー!」
 ひかりは無骨な銀の槍を掲げ、何事か呟く。
「全知全能なる記録。その光と闇よ。わが意に応えその記すところを書き換えんことを」
 天上から光が降り注ぎ、エビ型クラーケンは…
 一尾の、巨大エビフライと化していた。
「えびー!」
 様子を見ていた澪と真降は茫然自失。
「そんな、バカな…」
「これが、『ロンギヌスの槍』…『アカシックレコード』の力…」
 エビ型…否、エビフライ型クラーケンは、自らに起こった変化もつゆ知らず、鋏をふりふりひかりに向かってゆく。
「えびー!」
「ひかりちゃん、危ない!」
 間一髪、真降が水面ごとクラーケンの下半身を凍らせて動きを封じる。
「これで当面は凌げるね」
「でも…時間の問題ですよね、これ」
 クラーケンが氷を割る前に、何とかしなければならない。

628死を従えし少女 寄り道「たのしいエビフライの作り方」 ◆12zUSOBYLQ:2016/11/24(木) 22:46:34 ID:7FGUyC7.
「全身凍らせることは、可能ですか?」
「時間があるなら」
「分かりました。時間の稼ぎ方を考えます」
 二人の会話は、それで十分だった。


その頃観客席では、一人の少女がもじもじそわそわしていた。
「神子、どうしたの」
「んっ…いや、なんでも…」
(なんだろ、この…体の中をかき回されるような、変な感じ)
 なにかを感じ取るように、闘技場で銀の槍を手にした幼女に、視線を向けた。


続く

629続々々々々・戦技披露会・スペシャルマッチ ◆nBXmJajMvU:2016/11/26(土) 00:13:11 ID:3Nktl4Mg
 神子が、まるで何かを感じ取っているかのようにそわそわとしている
 その様子に気づいた直斗は

「………………厄介な能力使いやがった」

 と、ぼそり、実況のマイクには入らないよう、そう呟いた
 その声は、忌々しそうな、今にも舌打ちしそうなものだったが

「?何か言った?」
「いや、何も」

 神子に問われた時には、普段通りの軽い調子の声に戻っていた
 そうしながら、神子に告げる

「とりあえず、さっきからそわそわしてるみたいだけど。この試合終わったらすぐ手洗い行けよ。こういう場で漏らしたら属性付けられるぞ」
「そういう意味でそわそわはしてないっ!?」

 力いっぱいの神子のツッコミを軽く流しながら、直斗は試合会場を映し出すモニターに視線を戻した
 激しいスコールによって、ほぼ何も見えないも同然の状態が続いているが……

「龍哉、今、どんな状態になってる?」

 龍哉なら、自分達より多少は見えているであろう
 そう判断し、直斗は龍哉に問うた
 ようやく、龍哉が神子の目隠しから解放されたおかげで、もう少しマシに実況できそうだ
 そうして、龍哉はその問いに答える

「そうですね。ザンさんが呼び出していましたエビ型のクラーケンが、エビフライになりましたね」
「「何が起きてる試合会場」」

 思わず、直斗と神子の言葉が重なった
 本当に何が起きている、試合会場

「……まぁ、どちらにせよ。そろそろ決着つくだろ」
「どうしてそう思うの?」
「思ったより時間かかってるし。そろそろ、ザンが焦れてくるだろうからな」

 スペシャルマッチの試合の経緯を思い返す
 ザンは「試合の最中に武器を補充していた」のだ
 そろそろ、それを使うだろう、と。直斗はそう確信していた


 次々と特攻し、自爆してくる人形逹をクラーケンの足で防ぐ
 ただ、そろそろ決着をつけるべきだな、とザンはそう考え出していた
 さて、人形を特攻させまくっている彼女をどうしようか………

 ごぅんっ

「あ」
「影守ーーーーっ!?」

 あっ
 何気なくクラーケンの足で特攻を防いだら、クラーケンの足で絡め取ったままだった影守が人形の自爆特攻をもろにくらった
 あれ、生きてるだろうか

「っく……なんて酷い事を……!」
「会話聞いてた感じ、人形に八つ当たりで自爆特攻させてる時点でお前も酷くないか?」

 希の言葉にザンは思わずツッコミを入れた
 が、希はそれを華麗にスルー(と言うより聞かないフリ)して、ザンを睨みつけた

「しかも、さっき影守に当たったので人形ストックがほぼ尽きた……!なんて事なの……!」
「そら、あんだけ特攻かましまくったら残機なくなるわ」

 自業自得だろう、とツッコミを入れながら、ザンは傍らにブラックホールを思わせる穴を空けた
 その真っ黒な空間を見て、希が警戒する

「…それ、攻撃には使っちゃ駄目なんでしょ?今回は」
「あぁ、「直接」攻撃に使うのは、駄目だな」

 そう、「直接」は駄目だ、「直接」は
 ……だが、この使い方なら許される
 漆黒のその向こう側から顔を覗かせ始めたそれに、希は対応しようとして………

630続々々々々・戦技披露会・スペシャルマッチ ◆nBXmJajMvU:2016/11/26(土) 00:14:07 ID:3Nktl4Mg

 時は、ほんのちょっぴりだけ遡り

「はぁい、来ちゃった♥」

 ようやく、クイーン・アンズ・リベンジと「良栄丸」の辺りまで移動完了したサキュバス
 そこにいた面子に、ウィンクを一つ飛ばし

 ………っぱん、と、銃声が響き渡った

「危なっ!?いきなり撃ってくるなんて大胆……♥」
「……っち、外しましたか」

 何があったか、と言えば。蛇城がサキュバスを見た瞬間、問答無用で発砲したのである
 残念ながら(?)、サキュバスが支配権を奪い取ったタコ型クラーケンによって防がされたようだが

「味方を銃撃するのはどうかと思うんだけど」
「若に見せてはいけない姿をしていたので、今のうちに撃ち落としておくべきだと判断しました」

 黒服Yのツッコミにもこの反応を返す蛇城
 反省している様子はない、と言うより、隙あらばまた撃ち込む構えだ

「そのタコの支配権、完全に奪い取っているのか?突然、支配権を奪い返され、タコが暴れだすなどということはないだろうな?」
「大丈夫大丈夫、そう簡単に支配権奪い返されるほど、お姉さんは甘くないぞ♥」

 ゴルディアン・ノットの帽子を抱えた外海に問われ、セクシーポーズとりつつ答えるサキュバス
 そう、彼女とて熟練の実力者サキュバスである
 一度誘惑して支配権を奪った存在を、そう簡単に奪い返されたりはしない
 そう、やる気がなくならない限りは………

「在処ちゃんにお姉さんの活躍見せなきゃいけないんだもの、無様な姿は晒さないんだから」
「念のため言うが、奥方様……在処様は、会場には来ていないぞ」
「えっ」

 蛇城からの容赦なき言葉に、一瞬霧散しかけるサキュバスのやる気
 が、ギリギリのところで、サキュバスは耐えた
 落ち着こう、淫魔はクールかつ情熱的であれ。会場に来ていなくとも、後で録画映像を見たりとかあるかもしれない。どちらにせよ無様な姿を晒す訳にはいかないのだ

 と、茶番を切り上げ、真面目にこの状況をどうすべきかとなった、その時

「………あ?」
「黒髭、どうかしたのか?」
「…今、爆音がしなかったか?」

 直ぐ側の音しか聞こえない…どころ、その音さえかき消しかねないスコールが降り注ぐ中、黒髭が何やら聞きつけた
 そして、その音は彼にとって聞き覚えのある、馴染みのある音であり

 直後、この場にいる全員が悪寒を感じた
 びちびちっ、と、タコ型のクラーケンがビチビチと暴れだす

「っきゃ!?あれ、どうしたの?」

 サキュバスが問いかけるが、タコ型クラーケンは人語を話すことはできない
 代わりに、びっちんびっちん足で海面を叩き、何かを訴え……その足の動きが、おかしい
 何か、痺れているような

「痺れ………まさか!」

 深志が慌てて、辺りを泳がせていた「メガロドン」と視界を共有した
 近場を泳がせていた「メガロドン」の視界が、それを捕らえる

「げ……っ栄、今すぐ「良栄丸」をこっから移動させろ!」
「無茶言うな。海水がなくなった分、スピードが落ち……っ!?」

 しゅるり、と
 何か、半透明の細いものが「良栄丸」に絡みついてきた
 黒服Yと蛇城が絡みついてくる触手のようなそれを銃撃するが、後から後から伸びてくる

「なにこれ!?」
「クラゲ型のクラーケンだ!サキュバスに吸われた後放置されてんのかと思ったら、一旦引っ込めて召喚し直しやがったんだな!?」

 澪の叫びに応える深志
 そういえば、サキュバスに生気を吸われ放置されていたはずだったのだが………スコールが降り注ぎ始めて以降、姿が見えないと思ったらそういうことなのだろう
 スコールに紛れて、接近してきていたらしい
 触れた瞬間に相手を痺れさせるであろうその触手から、「良栄丸」に乗り込んでいる面子は距離を取る

「…でも、このお船を沈めるだけのパワーはないのかな?」

 エビフライ型クラーケンがびたーんびたーんと己の進撃を封じる氷を破壊しようとしている様子を横目で見つつ、ひかりはクラゲ型クラーケンの触手の様子に首を傾げた

631続々々々々・戦技披露会・スペシャルマッチ ◆nBXmJajMvU:2016/11/26(土) 00:15:44 ID:3Nktl4Mg
 そう、どうやら、「良栄丸」を沈めるようなパワーはクラゲ型クラーケンにはないらしい
 もしも、沈められるのならばこれだけ絡みつかせた時点でとっくにやっているはずだ
 では、このクラゲは何の為に?

「まるで、ここから移動させないために絡みついているような……」

 そう、口にしたのは誰だったか
 その言葉が最後まで続く前に、クイーン・アンズ・リベンジ、「良栄丸」、そして黒いドラゴンと化していたゴルディアン・ノットの真上に、漆黒の闇が生まれる
 触れたものを容赦なく吸い込み消し去るその闇の向こう側から、何かが、無数に………

「…あれは、まさか」
「クイーン・アンズ・リベンジが放った大砲の弾!?」

 そう、黒と黒髭が容赦なくザンに向かって撃ち込みまくっていた大砲の弾
 ザンの能力で闇の向こう側に吸い込まれていたそれらが、一斉に姿を表して
 希相手にやったように、大砲の弾は容赦なくザンへの挑戦者逹に降り注いだ


 厄介な連中は一箇所に集まっていたようである
 召喚しなおしたクラゲ型クラーケンで「良栄丸」の動きを封じ、そこに吸い込んでストックしておいた大砲の弾を返しまくる
 これで、「良栄丸」は落ちるだろう
 大砲の弾だけで落ちなかったら、他にも過去に吸い込んだ攻撃を放出していけばいい

「あとは、あそこに合流していない、まだ潜んでる奴一人ずつ見つけて落としていけば終わるだろ」

 そうじゃなくとも、これだけのスコールだ
 運が良ければ、もう落ちているだろう
 このエリアから回収されていないところを見るに、まだ気絶していないらしい影守の方も、もう少し強めにクラーケンに絞めさせて落とせば………

「っと」
「が!?」

 ザンへの奇襲を試みた小さな人影が、イカ型クラーケンの太い足に叩き落された
 ずっと、気配を潜ませ攻撃のチャンスを狙っていたらしい
 ザンが攻勢に転じた様子を見て、今仕留めなければ挑戦者側は勝てない、と踏んだか
 叩き落された、忍びのような服装の人影は、そのまま地面へと落下していって

 ぺふしゅるんっ、と
 イカ型クラーケンの足に、そっと抱きとめられた

 スコールがゆっくりと晴れていく

「…………やりやがった」

 ぽつり、呟いたザンの右肩
 そこに、小さな苦無がざっくりと、突き刺さっていた



【戦技披露会 スペシャルマッチ ザンへ一撃を加える事に成功しました 挑戦者側の勝利です!】 彼女は、己の容姿に絶対の自信を持っていた




to be … ?

632チキン野郎in医務室:2016/11/27(日) 21:13:09 ID:hmWCfQog
 医務室に来たボクは、いきなりお医者さんに頼みごとをされた。

「……すまんが、少年。後で彼をここからなんとか連れ出してくれるだろうか?」
「え?」

 それは、憐君をここから連れ出して欲しいというもの。
 どうやら、治療の羽を出しすぎたせいで疲労しているらしい。このままだと、倒れる可能性もあるとの事だった。

「わ、わかりました!」

 あまりに予想外な出来事。ボクは、慌てて返事をした。

「頼むよ。そう焦らなくていいから」

 お医者さんは、軽く微笑みながら次の怪我人の下に向かっていった。
 入れ替わりに、憐君が話しかけてくる。

「すずっち、『先生』と何の話してたっすか?」
「え。いや、大したことじゃないよ。それよりも凄いね。この部屋中の羽根、全部憐君が出したんでしょ」
「そうっすよ。このくらい、朝飯前っす! なんで、もうちょっと治療を――」
「も、もう十分じゃないかな!! ほら、あのお医者さん。『先生』も羽根だけで十分だって言ってたし」
「いや、念には念を入れるっす!」
「入れちゃうかー!」

 説得の失敗に、ボクは一人頭を抱えた。うん、もうちょっとコミュ力を上げる必要がありそう。
 さてさて、次はどうしようかと考えていると鶴の一声が飛んできた。

「憐、ここはもういいから休んでこい」
「ちょっと、かい兄まで何っすか。俺っち、まだまだいけるっす」
「いいから、行ってこい。お前が倒れたりしたら患者も心配する」
「え?」
「もしかしたら、自分達のせいで倒れたんじゃないかと思うかもしれない」
「そ、それは……」

 かい兄と呼ばれる人の説得に憐君は揺れた。自分のことだけでなく、患者さんの話を持ち出されたのが効いたらしい。
 そして。

「……わかったす。あと少ししたら休憩に入るっす。すずっち、それまで待ってもらっていいっすか?」
「うん!」

 内心、ほっと一息つきながら返事をする。完全に、あの人のおかげだけど目的は達成できた。……後で、機会を見てお礼をしておこう。
 憐君が離れていき、一人残されたボクはテレビに目をやり

「エビフライ!?」

 絶句した。

続く?

633次世代ーズ 04 「会遇」 ◆John//PW6.:2016/12/02(金) 22:31:21 ID:i6wXlp0c
 

 人面犬のおっさんと別れた後、俺は何をしていたか
 一言で言うと、追い掛けてくる数名の「赤マント」から逃げていた

 まさか土砂降りの中を逃げ回る破目になるとはね
 トホホだぜ畜生

「マジなんなの、ホントなんなの」

 赤いマントはいらんかと直球で尋ねられたので平静にスルーしてその場を立ち去ったら、これだ
 どこから湧いたのやら徒党を組んで追い掛けて来やがった
 もう少し頭を使うべきだった

「撒いた、よな?」

 長いこと逃走した

 振り向いてみたがもう連中の気配もニオイもない
 ひとまずは安心って所だろうけど、もちろん油断はできない
 ここ最近は特に「赤マント」と出くわすのが増えている
 特に人っ気のない道と時間帯は遭遇の確率が高い気もする


 辺りを見回す余裕もある
 やたらガムシャラに走った所為か見覚えのない場所に来ていた
 多分、東区のかなり奥の方だ
 閑静な住宅街、そう言えば聞こえはいいが、まだ宵の口だっていうのにこの静けさは何だ
 薄気味悪く感じるのは雨に降られて濡れ鼠になった所為だけでは無い

 雨に濡れて服が重い
 おまけに靴の中までグショグショだ
 いい加減この履き古しは買い替えよう
 そうだな、明日にでも買い替えた方がいい

 もう今日は帰るぞ、これ以上「赤マント」に出くわさないといいけどな
 そう思いながら、とりあえず勘で南区方面へ向かうことにした

634次世代ーズ 04 「会遇」 ◆John//PW6.:2016/12/02(金) 22:34:17 ID:i6wXlp0c
 
 その勘が、知らせる
 うしろ、と


「こんばんは」


 俺が振り返ったのと、振り返った先から声がしたのは、ほとんど同時だった

 傘を差した女の人が立っていた
 灯りが遠いのではっきりとは見えない
 なので、目を凝らしてしっかりと視ようとした

「ずぶ濡れ、ね
 大丈夫?」

 俺に声を掛けてるのだという当たり前のことに数秒置いて気づく

「あ、はい。大丈夫っす」
「私の傘に、入りますか?」

 目が慣れてきた
 女の人は美人さんだ
 そして恐らく、俺と年齢は近い

 先程よりも弱まりはしたものの、雨自体は未だに降り続けている
 傘に入らないか、とは嬉しいお誘いだ

「ありがとうございます、でも大丈夫っす。俺ん家はもう近いんで」
「そう
 本当に、大丈夫?」

 だが相手は初対面の女性
 ここは断っておくのが男としての、ほら、なんかアレだ

「あなたは、雨に降られて、走っていたの?」
「はい。まあ、そういう。最近は天気予報当たんないですね」

635次世代ーズ 04 「会遇」 ◆John//PW6.:2016/12/02(金) 22:35:48 ID:i6wXlp0c
 
「今夜は、少し、騒がしいわ
 こんな夜は、早く帰るに、限るわね
 ――なにと行き遭うか、分からないし、ね」

 目が慣れてくるとよく分かる
 女の人がじっとこちらを見つめていることを

「例えば
 『赤マント』、とか」
「はあ、そうっ、す、ね――!?」


 待て

 今、何と言った
 目の前のこの人は、今、何と言った

 確かに「赤マント」と、そう言ったのではないか


「本当に、何も、されなかったかしら」

 息が詰まった
 急に緊張がこみ上げてくる

 俺を追っていたあれが赤マントであると知っている
 知っているということは、つまり
 “視える”人なのか、それとも契約者なのか

 集中しろ
 自分にそう言い聞かせて、感覚を押し拡げる

 微かだがこの人から夜の大気のようなニオイが滲んでいた
 このニオイは純粋に、都市伝説由来の感覚だ

 間違いない
 契約者だよこの人

636次世代ーズ 04 「会遇」 ◆John//PW6.:2016/12/02(金) 22:37:14 ID:i6wXlp0c
 
「気をつけて
 最近は、以前より、殖えているわ」


 この町に越して来たからには、こういうことが起こるのは予想していた
 こういうことってのは、もちろん契約者との遭遇だ
 ただ四月から随分この町をうろついたのに契約者と出くわすなんて無かった
 いや、遠巻きに見かけることなら何度かあったが今回みたいなのは初めてだ
 いくらなんでも急過ぎる


「人気のない道には、特に」


 正直言って心の準備が間に合ってない
 落ち着けって、俺
 落ち着くんだ


「ごめんなさい、唐突過ぎた、でしょうね」


 女の人の言葉に我に返る
 目の前の美人さんは目を伏せていた

「お喋りが、過ぎたわ」

 声がどこか申し訳なさそうなのは、気の所為ではない
 先程よりも一段とトーンが低めだ

 俺がさっきからずっと黙ってた所為か
 何か返事しないと
 頭の中を掻き回すが言葉が出ない

「こういう日は、早く帰った方が、いいわ
 特に、こんな夜は、ね」

637次世代ーズ 04 「会遇」 ◆John//PW6.:2016/12/02(金) 22:39:29 ID:i6wXlp0c
 
 女の人は踵を返した
 いいのか? この人を行かせてしまって
 いいのか!? 契約者で、しかも美人さんだぞ!?
 いいのか!? 俺!!


「あ……、あの、あのぉっ! すいません!」


 思った以上に大きい声が喉から飛び出ていた
 女の人は振り返った


「こ、今度、一緒に……お茶でもどうですか」


 口から飛び出た言葉に、頭が真っ白になった

 なに言ってるんだ俺は
 これじゃ、ただのナンパじゃねえか


「あら」


 美人さんの表情は大きく変化したわけではない
 でも、少し驚いているような感じがした
 あくまで印象だ


「そうね」


 美人さんが微笑んでいるのに気づく
 これは俺の印象じゃない、確かに微笑んでる


「じゃあ、今度、会えたら、また、誘ってください、ね」

638次世代ーズ 04 「会遇」 ◆John//PW6.:2016/12/02(金) 22:41:11 ID:i6wXlp0c
 
 今
 この人、なんて言った?

 また、誘ってください??

 正直、やっちまったと思ったが、これは
 もしやこれは、成功した、だと?

 何が成功したってんだ
 落ち着けって

 普段の俺なら舞い上がっていただろう
 だが今は状況が状況だ、心臓もドコドコ鳴いてる

「さようなら
 気をつけて」

 女の人は今度こそ踵を返して歩き出した

 彼女の別れの言葉に返事が詰まる
 ここでさよならと返したら二度と会えなくなるような気がしたからだ

 未だ頭は真っ白のままだ
 後ろ姿を呆然と眺めるより外ない
 傘に隠れて彼女は笑っているのではないか、そんな感じがした



 美人さんは行ってしまった








□□■

639次世代ーズ 04 「会遇」 ◆John//PW6.:2016/12/02(金) 22:42:56 ID:i6wXlp0c
 



男@自宅

男 「本当何言ってるんだ俺……」
男 「出会ったばかりの人にお茶とか、馬鹿か俺は」  ☜ソファの上で体育座りしている
男 「しかも相手は契約者なのに」

 チラッ

コンビニで買ったエンタメ雑誌「女性の『また今度』は、ヤンワリとした断り文句。まさか本気にしてる男性はいないよね?
                   この程度の本音が読めないようではモテ男君を目指すだなんて無理です。素直に諦めましょう」

男 「まあそりゃそうだよね」
男 「いきなりナンパとか、そりゃ警戒するよ」


男 「馬鹿か俺は……」  ☜ソファの上で体育座りして反省している






 高校生
 名前はいずれ出る
 四月に学校町へ越してきた

マジカル★ノクターン
 詳細は不明
 “学校町”外の出身らしい
 「シャドーピープル」の契約者らしい
 学校町には情報収集(比重9割5分)と害を為す都市伝説の撃退(比重残り5分)に来ているらしい

 ゴシック趣味があるらしいがこちらも詳細は不明
 「組織」とは関わらないらしいがこちらも詳細は不明
 ただ一つだけ確かなのはこのお話のヒロインではない



朱の匪賊
 「トンカラトン」で構成された都市伝説集団
 この内の一部が現在学校町に潜伏中

兄者
 ヤッコから兄者と呼ばれた「トンカラトン」
 鍔広の麦わら帽子と赤いコート姿
 刀の腕だけは確か

ヤッコ
 「兄者」からヤッコと呼ばれた「トンカラトン」
 おつむはやや残念

 団長から受けた命令とか潜伏中の理由とか
 口裂け女を斬ったのに「トンカラトン」の能力が発動しなかった理由とかは追々(多分)

640次世代ーズ 05 「ソレイユ、参上!」 ◆John//PW6.:2016/12/02(金) 23:51:40 ID:i6wXlp0c
 

 雨に濡れた夜道をユキオ少年は走っていた
 勿論それは後ろから追いかけてくる変質者数名から逃れるためである

「ハァッ、ハァッ」

 角を曲がり、走り、更に角を曲がり
 少年はブロック塀にもたれかかって荒い呼吸を繰り返した

 動揺する心を抑えながら彼は耳を澄ませる
 何ということだ――あれだけ逃げたというのに、連中の迫りくる足音が聞こえてくるではないか!

「なんで……っ!」

 パニックのあまり叫んでしまいたくなるのを堪える
 ユキオ少年は変質者が未だ執拗に彼を追跡しているという事実に恐怖していた

 発端は学習塾からの帰宅途中に近道しようと街灯の少ない道へ入ったことだ
 すると奇妙な装束に身を包んだ彼らが急に現れ、奇声を上げて追い掛けてきたのだ

「どっ、どうしよう……っ!」

 こうなったら民家に逃げ込んで警察を呼んでもらうしかない
 パニックながらもユキオ少年の判断は的確かつきわめて常識的なものだった

「変な人に追い掛けられてるんですって、事情を説明すれば……!」

 だが問題は少年を追う彼らにその常識が通用しないという点にある!
 言うまでもない! ユキオ少年を追い回す不埒な輩とは、その実、都市伝説なのである!

「留守だったらどうしようっ!? でもっ!!」

 グズグズしている暇はない
 ユキオ少年は意を決し、近くの家宅に駆け込もうと次の曲がり角を飛び出た、次の瞬間!

「赤いマントはいらンかァァァッッ!!!」
「うわああああああああああっっっっ!?!?」

 曲がり角からコンニチハしたのは、なんと先程の変質者ではないか
 そう、その変質者とは近頃の学校町内を跋扈する都市伝説「赤マント」である!

「あか、あか、あかーいィィィィィィィィィィィィィィィィー……」
「マぁぁぁぁぁントはぁ、いーらんかァァァァァァァァァァァァァァー……」

 ユキオ少年は驚きのあまり後退ろうとして躓いてしまった
 角から現れたひとり。そして、何ということだ、少年の後方からも更にふたり、赤マントが近寄ってくるではないか

「あっ、ぅあ……っ」

 完全に不意を突かれた彼の口から漏れるのは悲鳴ではなく吃音
 少年の恐怖を知ってか知らずか、赤マント達は緩慢な挙動で距離を詰める

「  赤い マントは いらんか  」

 そして、遂に
 彼ら変質者がマントの下から凶刃を覗かせて、少年に迫ろうとした

 次の瞬間だ!


「レン・ディルレット!          (阻止して!)」


 熱風のように熱い奔流が、少年と変質者の間を駆け抜ける!
 大振りのナイフを少年に突き出そうとした赤マントの体が、弾き飛ばされた!

 一体何が起こったというのか!?
 ユキオ少年はほぼ反射的に、声のした方向へと振り向いていた

.

641次世代ーズ 05 「ソレイユ、参上!」 ◆John//PW6.:2016/12/02(金) 23:53:23 ID:i6wXlp0c
 
 そこに立っていたのは、少女だった
 鮮やかな赤い髪がユキオ少年の目を引いた

 一瞬ユキオ少年は自分の置かれた状況を忘れ、その少女に見惚れていた


「ユル・ヴェジュ――レン・レヴェット!          (矢を放って!)」


 少女は真っ直ぐに腕を伸ばし、叫んだ!
 同時に腕の先、手に握られた何かから眩い光が迸る!

 少女から発射された赤い閃光が尾を引くように空中を奔った!
 一瞬にして赤マントに直撃!

「おごォォーーッッ!!」

 赤マントは絶叫と共に吹き飛ばされる!
 直撃した赤マントの体は何やら炎上しているようにも見えるぞ!

「大丈夫!?」

 少女が駆け寄ってくる
 ユキオ少年は思考が麻痺した頭で彼女の顔を見た

「メリー! この子をお願い!」
「まかせてなのね!」

 少女とは別の声が、少年の手元から聞こえた
 考えるでもなく、彼はそちらの方へ視線を落とす

 何時からいたのだろうか、そこには何やらぬいぐるみようなものがあった

「わたしメリー! 今、東区二丁目大通り300メートル手前南側の十字路にいるの!」

 突如、未知の感覚がユキオ少年を襲う
 まるで臍が外側へと思いっきり引っ張り出されるようだ

「んひぃっ!!」

 思わず変な声が出る
 立ち眩みの時のように目の前が真っ暗になり

「あれ? ここ、どこ?」

 未知の感覚は一瞬だった
 視界が明るい、というより眩しい。思わず手で目の前を遮った。直ぐ近くの街灯の光のせいだ

 おかしい、ユキオ少年は違和感に気付いた
 ここは先程の場所ではない。変質者達から逃げていたあの道には街灯は無かったのだ

 少年はアスファルトにへたり込んだままの体勢で周囲を見回す
 ここは学校町の東区、それは間違いない

 ただしこの場所は、先程いた場所とは全く別の場所で、厳密に言うと距離的に離れている
 近道しようとして通った道からはだいぶ離れた、大通りに近い場所だ

「えっ、どういうこと?」
「んふー」

 可愛らしい声が手元から聞こえる
 驚いてそちらを見れば、先程のぬいぐるみだった

「んふー……。んふ、やっぱり、ピンポイントの転移は、んふー、きつきつ、なのー……」
「えっ、嘘、ぬいぐるみが、喋った……!?」


..

642次世代ーズ 05 「ソレイユ、参上!」 ◆John//PW6.:2016/12/02(金) 23:54:49 ID:i6wXlp0c
 
 ぬいぐるみ、小さな羊のぬいぐるみだ
 白いもこもこに黒い顔のそれは確かに羊のぬいぐるみのはずだ

 ぬいぐるみが、喋った
 ユキオ少年の思考は未だに麻痺したままである

「ぬいぐるみじゃないのー! わたしはメ……、あっ、……と、とにかく、ぬいぐるみじゃ、ないのー!」

 ぷんすか、という表現が適当だろうか
 そのぬいぐるみは可愛い声で抗議の意思を表明している

 少年はよろめきながら立ち上がった
 僕は、夢でも見てるんだろうか?

「あっあっ、わたしも抱っこしてほしいの、ぬれぬれの地面はいやなの!」

 少年は未だに喋るぬいぐるみに視線を落とし、言われるままに持ち上げた
 アスファルトは数時間前の雨でひどく濡れていた。ぬいぐるみだから汚れたくはないだろう

「なんだか、瞬間移動したみたい」
「うん、そうなのー」

 ユキオ少年が先程起きたことの感想を漏らすと、あっさりその答えが返ってきた
 驚いてぬいぐるみを見ると、何やら得意そうに鼻をふんふん鳴らしていた

「あれは、わたしの能り、あ、えっと、ソレイユちゃんの能、あっ、魔法なの。すごいでしょー、褒めてくれてもいいのー」
「ソレイユ、ちゃん?」
「うん、えっと、さっきキミを助けたお姉さんなの」
「あ……!」

 そうだ、あのお姉さんだ
 ユキオ少年の頭の中で先程の出来事が鮮明に甦る

 赤い髪の、綺麗なお姉さんだった。僕より年上かもしれない
 可愛い感じの羽織りものの下は、何だかエッチな格好をしていた気がする

 ユキオ少年は心臓の鼓動が駆け上がっていくのを感じていた
 そしてそれが先程の恐怖の余韻なのか、はたまたあのお姉さんの為なのかは、分かっていなかった

「あっ、電話なの」

 ぬいぐるみの声で我に返った
 羊のぬいぐるみはどこから出したのか携帯電話を抱えていた

「ソレイユちゃん、終わったの? うん、分かったのー」

 鼓動が一際高鳴るのを感じた
 通話相手はきっとあのお姉さんだ

「ソレイユちゃんは今、私の前にいるの」

 一瞬、目の前の空間が捻じ曲がるような錯覚がした
 その直後、そこにはなんと先程のお姉さんが立っているではないか

「ソレイユちゃーん!」

 突如ユキオ少年の手からぬいぐるみが飛び上がる
 放物線を描くように、ぬいぐるみはお姉さんの手元へ収まった

「お疲れメリー、ありがとね」
「もうくたくたなのー」

 お姉さんと目が合う
 彼女は少年に近寄ってきた



...

643次世代ーズ 05 「ソレイユ、参上!」 ◆John//PW6.:2016/12/02(金) 23:57:12 ID:i6wXlp0c
 
「きみ、大丈夫だった?」

 お姉さんは心配そうな顔でユキオ少年を覗き込む
 お姉さんは白の長い手袋をしているのに今更気づいた

「あいつらに何かされなかった? 怪我してない?」

 そしておもむろにお姉さんは少年の体をあちこち撫で始めたのだ
 手袋越しに撫でられる不思議な感覚が少年を襲う。ゾクゾクするのが止まらない

「大丈夫? どこも怪我してない?」
「あっあっ、はいっ、だっ大丈夫ですっ」

 緊張のあまり妙な声色になってしまった
 返答を聞いたお姉さんの顔に安堵の表情が広がった

「本当? 良かったぁ」

 思わず見惚れてしまう
 この瞬間、ユキオ少年は胸の奥と股間の上辺りがきゅうと甘く締め付けられる謎の感覚に囚われた

 クラスの片想いの女の子を見つめていてもこんな風になったことは一度も無いのに
 そう、ユキオ少年はこの時、思春期の扉を開け放ちその第一歩を踏み出していたのだ

「あ、あの、さっきの変質者の人達は」
「大丈夫、私が全員退治したわ!」

 お姉さんはユキオ少年の問いにはっきりと答える
 間をおいて「あ」という顔をしたお姉さんは、前屈みになってずいと顔を近づけてきた

「それより、どうしてこんな時間にあんな暗い道を通っていたの?」
「え、あ」
「それも独りで。感心しないわ」
「あの、あっ、ごめんなさい」

 お姉さんは怖い顔で問い質してきた
 今、僕はお姉さんに叱られてるんだ。ユキオ少年の胸に謎の興奮が生まれる

 お姉さんの顔はうっすらと濡れていた
 それが汗なのか、だいぶ前に止んだ雨の所為なのかは分からない

 お姉さんの羽織りものから覗く体に、少年は視線を奪われる
 ぴったりと肌に密着するタイプの生地なのだろうか、スクール水着のようなのを着ている

 そして、前屈みになったお姉さんの胸に彼の目は釘付けになってしまった
 その膨らみはふっくらと柔らかそうな丸みを帯びていた

 グラビアのアイドルのような特別大きな胸というわけではない
 でもそれは少年の同級生の女子達が持っていないものだ

 心臓の鼓動がどんどん駆け上がっていく
 少年は自分の内部で何かが高まっていく錯覚を覚えた

「学校で暗い夜道は通ったらダメって言われなかった? 最近は変質者も増えてるから危ないのよ?」
「ごめんなさい、僕、塾の帰りで、急いで帰ろうと、近道しようとして、それで」
「近道かもしれないけど、あんな人気のない道は何があるか分からないわ」
「あ、はい……」

 お姉さんは少年の前に右手を掲げて小指を立てる
 もう怖い顔はしていなかった

「お姉さんと約束して? もうあんな暗い道は通らないって。必ず人気のある明るい道から帰るって。約束できる?」
「あ、はい。約束します。危ない所は通りません」

 お姉さんはもう一方の手で少年の手を取って、小指と小指を絡めた
 指切りげんまんである

「うん! じゃあ、約束ね!」
「はっ、はい」

 お姉さんはにっこり笑顔で頭を撫でてきた
 この時、少年の心臓は喉から飛び出そうなほどに高鳴った

 不意にお姉さんの体が離れる
 未だに思考が麻痺しているとはいえ少年は愚かではない。お姉さんとのお別れの時は着実に近づいている


....

644次世代ーズ 05 「ソレイユ、参上!」 ◆John//PW6.:2016/12/02(金) 23:58:17 ID:i6wXlp0c
 
「あ、あの! お姉さん、あの、あ、名前を、教えてください!」
「え、私?」

 少年の突然の質問にやや面食らったようだ。お姉さんは少し困ったようにぬいぐるみの方を見た
 先程のぬいぐるみは、いつの間にかだっこちゃんのようにお姉さんの腕にしがみついている

「私は……、ソレイユよ。マジカル☆ソレイユって言うの。それで、ええと、あなたのお名前は?」
「あっ、コバヤシ ユキオです」
「ユキオ君って言うのね」

 お姉さんは困った顔のままだ
 そしてその表情はどこか硬い

「あの、ユキオ君。お姉さんのことは、誰にも言わないで欲しいの」
「ソレイユちゃんの魔法が他の人にバレたら魔法の国に帰らなくちゃいけない、なの」

 お姉さんの言葉にぬいぐるみが付け足してくる
 しかし少年はお姉さんの言葉を半分しか聞いていなかった

「僕、絶対に誰にも言いません。約束します!」
「本当? ありがとう!」

 誰にも言うもんか、こんなエッチなお姉さんは僕だけの秘密にするんだ
 ユキオ少年が胸に秘めた決意は固い、非常に固い

「それで、あの。お姉さん、僕、いつかまた、お姉さんに会えますか?」
「えっ? そ、それは、あの」

 少年の質問にお姉さんは先程よりも露骨に困った顔をしていた
 狼狽えた様にぬいぐるみの方をチラチラと見ている

「ユキオ君がお姉さんとの約束を守っていたら、いつかまた会える……かもしれないなのー」
「そっ、そうね! ユキオ君が私との約束を守ってくれてたら、また会えるかもしれないわ!」
「分かりました! 約束守ります!」

 ユキオ少年の返答はほぼ反射的だった
 未だに彼の心臓は謎の興奮で高鳴り続けている

 お姉さんは少年の答えに頷くと、数歩後退った
 そして片腕を揚げて、頭上で大きく二回円を描いた

 突如、熱風が吹き抜けた
 お姉さんの体の周囲を幾重にも赤い光の輪が取り巻いている

「ユキオちゃん、ばいばいなのー」
「気をつけて帰るのよ!」

 それは、一瞬の出来事だった
 目の前の空間が歪むような錯覚と同時にお姉さんは消失した

 行ってしまった。残念な気持ちが胸いっぱいに広がり始める
 少し前に怖い目に遭ったことなど遥か昔の事件のような気がした

 ぼんやりした頭に浮かぶのは、お姉さんの格好と、体、そしてあの優しい笑顔
 ユキオ少年は、未だにお腹の下の下辺りに熱が高まっていく不思議な感覚に憑りつかれていた

 少年は果たしてあのお姉さんに再会できるのだろうか
 実の所、彼の中でお姉さんとの約束はすべて吹き飛んでいた

 あの危ない夜道を通り続けていれば、必ずまたあのお姉さんに会える
 ユキオ少年はそんな、根拠はないが自信に満ち満ちた絶対の確信を握りしめていたのだ






□□■

645次世代ーズ 05 「ソレイユ、参上!」 ◆John//PW6.:2016/12/02(金) 23:59:55 ID:i6wXlp0c
 









コバヤシ ユキオ
 赤マントに襲われたしょうがくせいのおとこのこ
 マジカル☆ソレイユに助けられて何かに目覚めてしまった


赤マント
 今回の被害者
 複数でコバヤシ少年に襲い掛かったが
 マジカル☆ソレイユに捕捉され、滅!された


マジカル☆ソレイユ
 赤マントに襲われたコバヤシ少年を助けたお姉さん
 コバヤシ少年曰く、「ちょっとエッチな」コスチュームを着ている
 彼女は良い子のみんなに夢と希望を与えるマジカル少女などといったメルヘン存在ではない
 その正体は言うまでもなく、怪奇不可思議で魑魅魍魎な暗黒存在である“都市伝説”と契約した能力者である


メ…ぬいぐるみ
 マジカル☆ソレイユの使い魔的ポジションなマスコット
 外見は小さな羊のぬいぐるみだが、人語を話す
 もこもこしておりかわいい
 使い魔じゃないのー



.

647スペシャルマッチ終了後・治療室 ◆nBXmJajMvU:2016/12/03(土) 23:35:27 ID:TvshVvXY
「いやはや、派手にやったよねぇ、彼も。流石と言うべきか」

 等と口にしながら、「先生」はてきぱきと怪我人逹の手当てを終えていた
 次いで、行っているのは何やら服の作成

 ……くしっ、とくしゃみの音が治癒室に響き渡った
 ザンとのスペシャルマッチは挑戦者側の勝利となった訳だが、ザンが返した「クイーン・アンズ・リベンジ」の大砲の弾が降り注いだ「良栄丸」と「クイーン・アンズ・リベンジ」は見事に撃沈した
 そんな中でも、重傷者が出なかったのは幸いだ
 あの場に居た誰頭が、とっさに防御でもしたのかもしれない
 一番の重傷者は大砲の弾の直撃を受けたらしいサキュバスだが、契約者ではなく都市伝説(それも、結構な実力者)であるおかげか、意識が飛んだ状態であったものの今はすぷー、と心地よさ気な寝息を立てている
 どちらにせよ、船が撃沈した以上、そこに乗っていた者逹は水中に落ちたのだ
 スコール+クラーケン召喚の歳に付属するらしい海水に落ちてしまえば、ずぶ濡れにならない方がおかしい
 よって、スペシャルマッチ参加者のほとんどがずぶ濡れ状態になり、大きなバスタオルに包まっている状態だ
 着替えはあまり、どころかほぼ用意されていなかった為、また「先生」が作っているのである
 …………なお、「具体的にきちんとリクエストしておかなければ、どんなデザインの服が出されるかわからない」と言う事実は、灰人が一気に運ばれてきた怪我人の治療に専念した為、伝え忘れたままである
 今現在、白衣が作ってる服は思いっきりフリルたっぷりの物なのだが、はたして誰用なのだろうか

 もっとも、大半がバスタオルに包まっている中、そうではない状態の者もいる
 一人は、ゴルディアン・ノット
 その出で立ちのせいもあり、ずぶ濡れ度はかなり高いのだが「大丈夫ダ」の一点張りだ
 「先生」は「後でちゃんと診察させてもらうよ」と言っていたのだが、それに関しても「大丈夫」と告げている
 大砲の弾を受けこそしたが、ダメージを受けた際の形態が形態だった為か、さほど大きなダメージとならなかったのだ
 一応、水分は絞ってきた……つもりであるし、急いで着替える必要もないはず、と当人は判断しているのかもしれない
 もう一人、ずぶ濡れの服を脱ごうともせず、バスタオルにも包まっていない人物
 それは、スペシャルマッチにてザンに一撃を当てる事に成功した忍び装束の人物だった
 目元がかろうじて見えるだけのその忍び衣装は、スコールに晒された為にぐっしょりと濡れている
 ゴルディアン・ノット同様、一応絞って水分は落としたようであるが、忍び装束越しでも小柄で細身とわかる体付きの為、心配そうに見ている者もいる(主に、まだ治療室から出ていなかった憐)

「…お前ハ、ソロソロソの装束を脱いデ、着替えた方ガ良いのデハないか?」

 ゴルディアン・ノットがそう声をかけたが、その忍びは声を発する事もなく、ふるふる、と首を左右にふるだけだ
 ぽた、ぽた、と水滴が床に落ちる

648スペシャルマッチ終了後・治療室 ◆nBXmJajMvU:2016/12/03(土) 23:36:02 ID:TvshVvXY
 この忍び、治療室に来てからと言うもの、一言も言葉を発していない
 「先生」が治療を行う為に診察しようとした際も、手で軽く制してふるふる、と首を左右にふってみせた
 診察なしでの治療は困難……と思われたが、憐が治療室にばらまいてしまった治癒の羽がまだあった為、それで治療sをシたから怪我はもう問題ないだろう
 ただ、そのずぶ濡れ状態では風邪を引きかねない
 そして、ずっと口を聞く様子がない
 声を出せない、と言うよりも、むしろ……

「そういえば、試合中も身振り手振りだけで話していなかったような………声がでない?」

 ずぶ濡れの髪をタオルで拭きながら深志が問うたが、ふるふる、とまた首を左右に振ってきた
 「喋れない」のではなく「喋らない」。そういうことなのだろう
 顔は隠す。体型も、細身とはわかるが忍び装束ゆえ細部はわからない。そして声も出さない、となると

「まぁ、大方「レジスタンス」所属だろ。それなら、正体は隠すわな」

 黒髭がそう口にした瞬間
 ぴくり、その忍びの身体が小さくはねた
 黒髭の言葉に、バスタオルに包まっていた黒が首をかしげる

「どういうことだ?」
「あのな、マスター。「レジスタンス」は元々、少数精鋭でのステルスや潜入捜査が得意なんだよ。「MI6」には流石に負けるが、スパイの数もかなりいる」
「正体がバレたらまずい、と」

 なるほど、と真降は納得した様子だ
 中には堂々と「レジスタンス」所属である事実を公言している者もいるが(灰人の母親なんかがその例だ)、「レジスタンス」所属の大半は、おのれが「レジスタンス」所属である事を公言することはないという
 この忍びも、そうした「レジスタンス」の一員であるならば、正体を晒すような真似はしない、そういう事なのだろう

 そうではない、と言う可能性は、この時、治療室に入ってきた男によってあっさりと否定された

「そういう事なんだよ。まだその子は自分の正体バラせるだけの子じゃねーんだわ」

 ひょこり、と治療室に顔を覗かせた大柄な男の姿に、「げ」と黒髭が嫌そうな顔をした
 オールバックにして逆立てた銀髪にサングラス、ライダースーツという出で立ちの、どうやらヨーロッパ方面出身らしい外見の男だ

「おや、「ライダー」殿。日本に来ていたのか」
「おーぅ。お仕事あるんでねー。さて、「薔薇十字団」の「先生」よ、うちの、回収してっていいな?」

 「ライダー」と呼ばれた男は、そう「先生」に告げた
 …黒髭が、先程までは「先生」の視線から黒を守るようにしていたのが、「ライダー」相手からも守るような位置へと移動した事に、気づいた者はいただろうか?





to be … ?

649続スペシャルマッチ終了後・治療室 ◆nBXmJajMvU:2016/12/22(木) 00:29:52 ID:4D9eGzIg
 すくり、と忍びが立ち上がった
 とととっ、と「ライダー」と呼ばれた男性に近づいていき………そっ、とライダーの背後に隠れた
 まるで、人見知りの子供のような行動だ
 単に、「正体が見抜かれる可能性」を減らそうとしただけなのかもしれないが

(……こりゃ、この中に顔見知り、もしくは、少なくともあの忍者が知ってる奴がいる、って事か)

 そのように黒髭は考えた
 ……そう言えば、自分の契約者の方をなるべく見ないようにしている

(マスターの学校関係者か……もしくは近所に住んでいるか。はたまた契約者の親の会社関連か………どっちにしろ、あまり関わり合いたくはねぇな)

 「レジスタンス」にはあまり関わり合いたくない
 それが「海賊 黒髭」としての考えである
 契約者である黒が関わると言うのならわりと全力で止めるだが、今後どうなる事やら

(「レジスタンス」とは何度かやりあってるし、関わり合いたくねぇ……味方にできりゃ心強いだろうが、あそこは支部っつか、「どこに対するレジスタンス」かによって違うしよ)

 ようは、色々と面倒だから嫌だ、と言う理由なのだが
 ……後で、契約者に、もうちょっときっちり「レジスタンス」について説明しよう
 この時、黒髭はそう強く、心に決めた


「一応、服越しとは言え治療はした。ただ、何かあったら、すぐに連絡………こっちに、その子の正体が知られたくなかったら、そちらの治療役に頼んでちゃんと見てもらうように」
「おーぅ。一応、確認はしとくわ。傷残ったら可哀想だし」

 手元で何やら作業しながらの「先生」の言葉に、ライダーは軽い調子でそう返した
 見た目からシて日本人ではないようなのだが、日本語ペラペラだ。それを言うなら、「先生」も明らかに日本人ではないのだが

「あんたは、スペシャルマッチに参加しなかったのか」
「いやぁ、本国の上司に参加していいかどうか確認したら「僕は面倒かつつまらない仕事中なのに、そんな面白そうな事参加するなんてズルい」って却下された」

 栄の言葉に、ライダーは肩をすくめながらそう答えている
 どうやら、上司は日本には来ていないらしい
 参加したかったんだがなぁ、とライダーは残念そうだ……どこまでが本心かは不明だが

「じゃ、そういう事で。この子の着替えはこっちがなんとかするけど、他のスペシャルマッチ参加者逹は風邪引くなよ」

 そう言うと、ライダーはひらひらと手を振りながら、治療室を後にした
 忍びはその後をついていき………ぺこり、一礼してから、治療室を出た
 不意打ちとはいえ、ザンに一撃を与えたあの忍びは、どこの組織にも所属していなかったのであればスカウトがあちこちからきた可能性があるが、「レジスタンス」にすでに所属していると判明したならば、そういったスカウトも来ないのだろう
 ライダーがわざわざ忍びを迎えに来たのは、そう言ったスカウトの類が来ないように、「レジスタンス」所属の者であると知らしめるために来たのかもしれない

「……ある意味、過保護だねぇ」
「?何が??」

 ライダー達を見送りながら、ぽつり、「先生」が口にした言葉が耳に入ったのか、ひかりは首を傾げた
 「なんでもないよ」と「先生」は笑いながら、作業を続けている
 ひかりはもう一度首を傾げて……が、特に気にする事でもないと判断したのか、思考を切り替える
 彼女が考えることは、一つ

「せっかく、おっきなエビフライ作ったのになぁ……」

 そう、これである
 あの巨大なエビ型クラーケンをせっかくエビフライにしたのに、食べることが出来なかった
 彼女は、それがとっても残念なのだ

「せめて、ひとくち食べたかったな…」

 と、そう口にすると

650続スペシャルマッチ終了後・治療室 ◆nBXmJajMvU:2016/12/22(木) 00:31:10 ID:4D9eGzIg
「ふむ、しかしお嬢さん。あのスコールの中にさらされていたならば、あのエビフライ、水分でぶよぶよになってしまって味が落ちていたのでは?」

 ……………
 「先生」の言葉にっは!?となり、ガビビビビン、とショックを受けるひかり
 そう、誠に残念ながら、「先生」の言う通りだろう
 かなりの水分に晒されたであろうエビフライは、揚げたてさくさくの美味しい状態ではなかったのだ
 美味しく食べる事など、あの試合会場にスコールが降り注いでいた時点で無理だったのだ
 ガーンガーンガーン、とショックで固まった後、若干、涙目でぷるぷるしだしたひかり
 と、そこに「先生」が救いの手を差し伸べる

「さて、お嬢さん。可愛らしい服がずぶ濡れになってしまっているからね。はい、乾くまでこちらを着ているといいよ」

 ひらりっ、と
 「先生」が、先程までずっと作っていたそれを広げてみせると、ひかりが「わぁ」と嬉しそうな声を上げた
 それは、可愛らしい、黒いゴスロリのワンピースだったのだ
 首元のリボンやスカートを見るに少々デザインは古めかしいが、ひかりにぴったりなサイズである

「おじさん、ありがとう!」
「どういたしまして。さて、次作るか」
「だから、せめてリクエスト聞いてから作れ」

 っご、と灰人に脳天チョップツッコミをしたが、「先生」はスルーしてさっさと次の服を作り上げている
 どうやら、また女性物を作ろうとしているらしい。レディーファーストだとでも言うのだろうか
 なんとなく楽しげに、「先生」はその作業を続けていた


(……際立っておかしなところはない、よね?)

 「先生」の様子を何気なく伺いながら、三尾は少し不思議に思っていた
 この「先生」に関して、実は「組織」で少し、話を聞いたことがあるのだ
 三尾が担当する仕事絡みではない為、又聞きだったり噂が大半なのだが、共通している事は一つ
 「あの「先生」は厄介だ」と言う事
 何故、よりにもよって学校町に来たんだ、と、学校町に来た当初、天地が頭を抱えていた様子も見たことあるような。ここで「先生」を見ているうちに、それを思い出した
 ……何故、そのような評価なのか?
 治療の手伝いをしつつ何気なく観察していると、「海賊 黒髭」は自分と自身の契約者に関しては、「先生」に治療されないように、と言うより、接近すらされないようにしている事に気づいた
 契約者の方はともかく、黒髭の方はかなり「先生」を警戒している
 その警戒っぷりは、「先生」が学校町に定住し始めた頃の天地にどこか似て見えて

(彼に聞けば、わかるのかな)

 と、聞く聞かないはともかくとして、三尾はそう判断したのだった


to be … ?

651チキン野郎は今日も逃げる:2016/12/23(金) 23:16:20 ID:nOZbdaUs
・九話 姉から逃げられない!その一

 時計の針が午前五時を示す頃、ボクは着替えと準備を終えていた。
 いつもの習慣。日曜日でもそれは変わらない。

「よし!」

 着慣れたジャージ、時間を確認するための時計、いざという時のための小銭。ジョギングの支度はばっちりだ。昨夜、【首なしライダー】と戦ったせいで寝不足気味なのを除けば。後で昼寝でもしよう。
 朝日が差し込む自室を出て、階段を降りる。すると、玄関に佇んでいる緋色さんが目に入った。

「おはようございます、師匠」
「おはよう、緋色さん」

 緋色さんはいつものように、姉ちゃんから貰ったジャージを着ていた。
 ……うん、似合ってない。大人な彼女には、きっちりとした服装が向いている。ジャージのような活動的な格好はいまいちだ。

「師匠? どうしました」
「ううん、何でもないよ」

 思ったことを顔に出さないようにして笑う。
 こんな失礼なこと、本人に悟られるわけにはいかない。

「緋色さんは、今日もいつものコースを走るの?」

 本心を隠すために話を振ってみる。

「はい、あの辺りは人気が殆どないので。全力で走っても問題がありませんから」
「いいよね、あそこ」

 ボクも、能力の訓練で使ったことがある。
 人気がないのに不気味な感じはしない不思議な場所だ。むしろ、あそこにいると心が落ち着く。運動をするのには最適な場所かも知れない。

「師匠もいつものコースですか」
「うん」

 ボクが走るのは、契約者となる前と同じく河川敷。ランナーには人気のある道で、毎朝多くの人がジョギングをしている。ウォーキングや犬の散歩をする人も多い。
 もちろん、今も能力を使わずに走っている。

「わかりました。指導はいつも通り夜に?」
「うん」

 ボクは生意気にも、緋色さんに走りの指導なんかをしている。
 といっても、親から教えてもらったコツや経験からの知識を教えているだけなんだけれど。緋色さんは、タメになると言ってくれている。

「わかりました。では、『訓練』の方も」
「いつも通り、ジョギングが終わったらで」

 靴を履きながら、約束を交わす。

「今日こそは頑張るよ」

 決意表明をしながら、玄関のドアを開けた。

652チキン野郎は今日も逃げる:2016/12/23(金) 23:21:04 ID:nOZbdaUs
【注射男】の件に片がついた翌日から、緋色さんは我が家で暮らすようになった。……もちろん、ボクから言い出したわけじゃない。今でも、あんなに綺麗な女の人と同居するのには抵抗がある。
 ことの発端は、【注射男】を退治した翌日。彼女を自宅に招いたことにある。

「本当にいいんですか?」
「もちろん」

 学校からの帰り道、ボクは合流した緋色さんを自宅まで案内した。

「これからは、今まで以上に深い付き合いになるだろうしね」

 緋色さんは、契約都市伝説でもないのに一緒に戦ってくれると言ってくれた。いわば、仲間だ。
 自宅に招いて、親交を深めるくらい当然だろう。

「ふ、深いお付き合いですか……」
「うん。あ、緋色さん」
「? なんですか」

 首をかしげる彼女に、大事なことを質問した。

「緋色さんってマスク外せる?」
「ええ、外せますよ。それが何か?」
「いや、どうせなら一緒に夕食でもどうかなと思ってさ」

 都市伝説は情報生命体だ、殆どの個体は食事を摂る必要ない。けれど、生物の形をしていれば食べることはできる。実際、トバさんはボクや姉ちゃんと一緒に食卓を囲む。

「はい、もちろん。……いえ、でも」

 顔を曇らせたので、慌ててフォローする。

「ああ、口のことなら気にしなくていいよ。姉ちゃんも気にしないし」

 姉ちゃんと口にすると、緋色さんは敏感に反応した。

「お姉様がいるなら、ますます」
「あーうん。大丈夫、姉ちゃんは誰よりも大丈夫」

 実際は大丈夫どころではなかった。
 姉ちゃんは緋色さんを気に入り、家にいる間ずっとべったり。緋色さんは、困惑しながらも嬉しそうにしていた。
 その内、姉ちゃんは彼女から帰る家がないことを聞き出した。……念の為に言っておくと、これはおかしなことじゃない。都市伝説は情報生命体。人間と違い休息を取る必要がない。 住処を作る習性のある都市伝説でもない限り、家がなくても平気だ。
 ただし、姉ちゃんは都市伝説のことを知らない。だから、

「なら、うちに住めばいい」

 と言い出した。
 緋色さんは大いに慌てた。真面目がゆえに、本当の事を言ってしまったことを後悔しながら。
 迫る姉ちゃん、困り果てる緋色さん。

「おい、どうすんだよ」

 トバさんは、ボクに決断を求めてきた。

「どうするも何も決まってるよ」
「まあ、そうだよな。お前みたいなチキン野郎が認めるわ――」
「空いてる客間を使ってもらうよ」
「おい!?」

 押し入れに、来客用の布団があることを思い出した。早速、取りに行こうとすると足に猛烈な痛み。

「ト、トバさん! 痛い! 痛い! いきなり噛み付かないでよ!!」
「うるせえ。どうして、今日に限ってお前が破廉恥なのか説明しろ! いつものお前なら、顔を真っ赤にして逃げてるだろ」
「そ、そりゃ」

 決まりきった答えを口にした。

「姉ちゃんの決定には逆らえないし……」

 こうして、緋色さんは同居人となった。

653チキン野郎は今日も逃げる:2016/12/23(金) 23:26:43 ID:nOZbdaUs
 同居人となった緋色さんは、今まで以上にトレーニングに力を入れるようになった。そればかりか、家のお手伝いもしてくれている。ボクがやらなくてもいいよ、といってもだ。姉ちゃんなんか、頼んでも絶対にやってくれない。自分の洗濯物すら、僕に任せっぱなしだ。
 こうして、緋色さんは我が家に馴染んでいった。しかし、彼女にはもう一つ役目がある。

「師匠、もっと前へ」
「う、うん」

 それはボクの指導。
 
「当たることより当てることを考えてください。師匠は、まずそこからです」
「わかってはいるんだけど……」

 ナイフ術のコーチだ。
 ジョギングから帰ってきたボクらは、いつものようにゴム製のナイフを持って対峙していた。

「緋色さんの剣筋、まったく読めないよ!?」

 実力差がありすぎて、まともな勝負になっていけどね!
 目、首、心臓。急所を狙って繰り出されるナイフに、ボクは対応できずに後退。壁際へと追い詰められる。
 その間に、無防備な腕や足が斬られていく。これが実戦だったら、今ごろ動けなくなっているだろう。

「大丈夫です。その内に慣れます」
「とてもそうは思えないよ!」

 緋色さんは【口裂け女】。
 人間を圧倒する膂力を持っている。でも、それだけならただの剛剣。いくら、速くてもワンチャンスぐらいはある。実際、目で刃を捉えることはできていた。
 ボクが、ここまで手も足も出ないのは緋色さんの技術が高いから。次にどこを刺突してくるか、どんな軌道で来るかがわからないせいだ。これじゃあ、刃を見ることができても意味が

ない。
 彼女は、刃物の扱いに関してはプロ中のプロだ。包丁を握らせても天下一品。あっという間に皮を剥き、野菜を切り終える。魚を下ろすのだってちょちょいのちょい。……昔、料理を覚えるまで苦労した身としてはかなり羨ましい。
 戦闘では、腕がさらに発揮される。ナイフの距離だと都市伝説を圧倒し、遠距離でも投げナイフで応戦。完璧だ。
 そんな彼女を、慣れだけで攻略できるなんて思えない。いくら、ボク用に手を抜いていたとしてもだ。

「あっ」

 ついに、壁が背中についた。もう逃げ場所はない。
 こうなったら、イチかバチかだ。
 膝を曲げ腰を下ろす。同時に、頭上をナイフが通り過ぎた。うん、ラッキー。ナイフがくるかなんて全然わからなかった。
 体勢を低くしたまま、瞬時に能力を発動。両足が熱くなり、気持ちも高まる。

「えいっ!」

 ナイフを前に構え、緋色さんめがけ突っ込む。ボクに出来る精一杯の奇襲だ。
 拙いけれど、能力のおかげで速度だけはある。もしかしたら、当たるかも――

「師匠、バレバレです」

 期待はあっさりと崩れ去った。
 ナイフは空を切った上、緋色さんによって足払いされた。加速しているボクは、勢いを止められないまま床に飛び込む。
 ……前にも似たようなことあったね! デジャブを感じながら顔面スライディング。滅茶苦茶痛い。
 畳みが、ボクを笑っている気がした。

654チキン野郎は今日も逃げる:2016/12/23(金) 23:30:42 ID:nOZbdaUs
「はあ」

 ナイフ訓練後、ボクは体育座りをして落ち込んでいた。

「師匠、元気を出してください」
「ありがとう、緋色さん。でもさ……」

 溜息がこぼれた。

「ここまで進歩がないとね」

 【注射男】の一件で、ボクは自分の無力さを実感した。だから、戦うための技術を身に付けようと模索を始めた。
 まず、最初に試したのが蹴り。
 トバさんの能力のおかげで、足が速くなったんだから蹴りも強くなっているんじゃないか。という、単純な発想だ。でも、全くの適当という訳じゃない。
 トバさんと緋色さん曰く、能力には系統というものが存在するらしい。主なものは五つ。 強化、放射、操作、変化、創造だ。二人の場合は、主に強化の能力が使える。身体能力が高いのが証拠だ。また、緋色さんのナイフを作る力は創造に分類されるらしい。
 系統には契約者との相性がある。
 放射系は得意だけど、変化系は苦手。創造系は達人級だけど、それ以外はからっきし。といった感じに。
 ボクの場合は、トバさんの能力しか試してないから厳密にどうとは断言できない。けれど、脚力の増大していることから強化が得意なタイプ。いわゆる、強化型じゃないかと診断された。なら、キック力も高いだろうと予想されたので試してみた。
 結果、

「……おい、サンドバック全然揺れてねえぞ」

 駄目駄目だった。どうやら、強化されているのは脚力ではなく走力だったみたいだ。理屈がよくわからない。
 落胆するボク。そこで、緋色さんが話を持ちかけてきた。

「良かったら、私のナイフ術を教えましょうか?」と。

 刃物なら、力が弱くとも傷を負わせることができる。それに、師匠の能力とは相性がいいと思いますと勧められた。確かに、コンパクトなナイフと速度に特化したボクの能力はぴったりだ。両方の利点を殺すことなく運用できる。
 緋色さんの説明にボクは納得。早速、翌日から教えてもらうことになった。
 ……結果はこの通りだけど。

「ボク、向いてないのかな」

 思わず、出た言葉に緋色さんが反応した。

「そんなことありません! だって、師匠は!」
「? ……師匠は?」
「あ、いいえ。何でもありません」
「そ、そう」

 やけに、余所余所しい態度を取られてしまった。せっかく、教えてくれているのに弱気な発言をしたのはまずかったかもしれない。
 反省しながら、ある提案をしてみた。

「だからさ、緋色さん」
「……はい」
「夜も練習に付き合ってもらってもいいかな」
「はい、私なんかじゃコーチになりませんよね。別の戦い方を考えましょう」
「……ん?」
「……え?」

 見事に食い違った。

「え!? 私、てっきり師匠が止めるのかと」
「いや、止めないよ!? 多分、ナイフがボクの能力に一番合っているし。それに――」

 昔は、傷だらけだった手の甲を見つめる。今はもう、絆創膏一つ貼っていない。

「練習するのは慣れているから」

 それと、失敗することにも。

「……師匠はすごいですね」
「当たり前だよ、このくらい。じゃないと、何も身に付かないし」

 時間と労力。
 この二つを割かないと、人は何も得られない。だから、二つとも惜しみなく差し出す。必要な力を手に入れるために。

655チキン野郎は今日も逃げる:2016/12/23(金) 23:33:04 ID:nOZbdaUs
「まっ、それでも身につかねえこともあるけどな」

 突然、廊下から声。そこには、見慣れた同居犬がいた。
 大型犬らしいがっちりとした体、ふわふわの毛並み、そしてアンバランスな中年男性の顔。

「あ、トバさん」
「おはようございます」
「おう」

 ボクの契約都市伝説である【人面犬】、トバさんは悠々とした足取りで部屋に入ってきた。どこか、チンピラっぽい。

「また、今日もボロ負けか」
「うん、見事に」

 苦笑で返す。

「いまだに刃筋が読めないし、ナイフも擦りすらしないよ」
「……本当に進歩がねえな」

 我ながら、その通りだと思う。
 心の底から同意していると、トバさんは緋色さんに視線を向けた。

「まっ、お前が強すぎるってのもあるんだろうが」
「……私がですか」
「ああ」

 首をかしげる緋色さん。一方、トバさんは珍しく真剣な表情をしていた。

「自分じゃ自覚がねえかもしれねえが、お前のナイフ術は一級品だ。うますぎる」
「そんなことありませんよ、【口裂け女】ならこのくらいできます」
「いや、それを差し引いてもだ」
「え?」

 どういうことだろう。ボクにも、よく分からない。

「確かに、【口裂け女】には刃物に関する話がある。けどな、刃物扱いが上手いっていう話はあんまりねえんだよ」
「あー、そうだね。でも、たまたまじゃない。ほら、同じ都市伝説でも地域によって伝承が違うし」

 情報の違いは、都市伝説に影響を与える。
 同じ都市伝説でも、地域が違うだけで異なる能力を持ったりするらしい。それを考えると、おかしいことじゃない。彼女を形作る情報の中に、人を解体するとかの噂が混じっているだ

けの話だ。

「特別、気にすることじゃないよ」

 ボクとしては、ナイフ術を教えてもらえるので助かっているし。

「……お前、適当だな」
「トバさんが敏感なんだよ」

 嘆息したトバさんに言い返す。なんで、そんな細かいことを気にするんだろう?
 疑問に思っていると、緋色さんが口を開いた。

「……私にとって、刃物はあくまでトドメを刺すための道具です。それ以上でもそれ以下でもありません」
「あんなにうまいのに?」
「ええ、一番重要なのは足の速さだと思ってますから」

 緋色さんは、速さを求めるためだけにボクに弟子入りしたような人だ。この答えには納得できる。

「もっとも、最近はタイムが伸び悩んでいますけど……」
「あー、うん」

 ボクに弟子入りをしてすぐの頃、緋色さんのタイムはぐんぐんと伸びた。
 当然だ。今まで、身体能力だけで走っていた彼女に技術を教えたんだから。けれど、一通り教えると伸びは下がってきた。ある程度、実力が上がり低迷期に入ったからだ。ずっと成長できるように、人も都市伝説も出来ていない。
 ここは励ました方がいいのかな、脳裏に考えが浮かぶ。でも、その必要はなかった。

「ですが、頑張ってみます。……師匠も精進していますから」

 嬉しい一言を付けてくれた。

「うん、ありがとう」
「いえ」

 感謝の言葉に、カンさんは微笑みを返してくれた。美麗な顔立ちが更に輝く。なんだか、見ているだけで心が洗われる。
 すっかり、浄化されたボクは静かに立ち上がった。

「じゃあ、朝ご飯にしようか。姉ちゃんは、まだ起きてないから三人分だけ――」
「それは違う」

 廊下から遮る声。すぐに、その持ち主が足音一つ立てずに姿を表す。

656チキン野郎は今日も逃げる:2016/12/23(金) 23:35:46 ID:nOZbdaUs
「今起きた」
 
 まず、目に入るのは180cm以上はある長身と栗色のロングヘア。次に、人形のように整った無表情な顔を瞳が映す。肌は適度に焼けていて、体には無駄な肉が一切ない。相変わらず、完璧を体現したような容姿だ。世の男性からしたら憧れ、世の女性からしたら天敵だろう。
 そのどちらにも属さないボクは、いつものように挨拶をする。

「おはよう。今日、日曜日なのに早いね」

 もちろん、呼び慣れた愛称付きで。

「姉ちゃん」 

 ボクの問いに、姉ちゃんこと空井燕(うつい つばめ)はお腹に手を当てた。

「お腹減って目が覚めた。ご飯は?」
「うん、これから作るよ。それまで」

 後ろを振り返る。

「緋色さん。手伝いはいいから姉ちゃんの相手をしてもらっていい?」
「はい、任せてください」
「姉ちゃんも、いつも通りそれでいいよね?」

 返ってきたのは無言の首肯。我慢できないとばかりに右手が差し出される。

「じゃあ、すぐに作るから」

 ボクは、姉ちゃんにゴムナイフを手渡した。

657チキン野郎は今日も逃げる:2016/12/24(土) 09:29:30 ID:hibDrTLs
「では、行きますよ。燕さん」
「いつでもいい」

 二人を部屋に残し、ボクとトバさんは廊下に出た。

「……相変わらず、朝から血気満々だな。お前の姉は」
「姉ちゃん、バトルジャンキーだから。それに、相手が緋色さんっていう強者だしね」

 苦笑しながら、台所に向かって歩き出す。

「今はマシになったほうだよ。中高生の時は、道場掛け持ったり喧嘩したりと大変だったから」

 主に洗濯が。そう付け加えると、トバさんは苦い顔をした。

「普通、気にかけるのはそこじゃねえんだけどな」
「しょうがないよ、姉ちゃんだし」
「そうだな。なんせ」

 トバさんは、部屋の方を向いた。

「【口裂け女】と互角に斬り合いをする女だからな」

 模擬戦をしていると言うのに、物音は殆どしなかった。たまに聞こえるのは、僅かな足音だけ。
 そのくせ、部屋の入口からは静かな殺気が溢れ出ていた。

「達人同士の戦いは、静かなものだっていうがここまでとはな」
「得物が刃物だから特にね。今は、お互い牽制しあっている感じかな」
「……慣れてるな、おい」
「姉ちゃんの弟だからね」

 リビングに通じるドアを開ける。

「しっかし、緋色の奴と互角とはな。あいつの剣捌き、【口裂け女】としても異常に高いレベルだぞ」
「姉ちゃん、『システマ』とか『富田流』とかも齧ってるから。それでじゃない? 緋色さんも、全力は出してないみたいだし」
「まあ、それもあるんだろうが。……色々とおかしすぎるだろ、この家」
「うん? 何か言った?」

 首を傾げ、トバさんを見つめる。けれど、首を振られた。

「いや、何でもねえよ。それより、早く飯作れ」
「はーい」

 何を言おうとしたんだろう? そう疑問に思いつつ、ボクは台所に立った。

――続く――

658治療室 外海とゴルディアン・ノット ◆MERRY/qJUk:2016/12/27(火) 01:21:00 ID:cC0o4zhc
忍びが「ライダー」と呼ばれた男性と共に退室してから少しして

「……ソロソロ頃合いか」

唐突に乾いたものが擦れるような声でそう呟くと、
ゴルディアン・ノットはゆっくりと外海の方へ近づいた

「外海、帽子を」
「うむ。確かに返したぞ」

外海が差し出した中折れ帽をグローブをはめた手で受け取ると
ゴルディアン・ノットはまだ湿った様子の▼模様が描かれた覆面の上から被った

「シかシ今回ハ試合にこソ勝てたガ、己の未熟サを痛感スル戦いダった」
「確かにそうかもしれないな……」

ゴルディアン・ノットの言葉に悔しそうな表情を見せる外海
それが見えているのかいないのか、彼は言葉を続けた

「俺ガヒーローを名乗レル日はまダ先のようダ
 目と手の届く者スラ守レないようデハな……」
「……だがお前は、最後のあの時に」
「結果を伴わない過程に大シた意味ハない
 それは過程の無い結果もまた然リ……
 二つが揃ってようやく、俺ガ目指ス在リ方となルのダ」

外海の言葉を遮って言い捨てると
ゴルディアン・ノットは背を向けて歩こうとする

659治療室 外海とゴルディアン・ノット ◆MERRY/qJUk:2016/12/27(火) 01:22:36 ID:cC0o4zhc
「待て」

その背にもう一度、外海が言葉を投げかける

「余計な世話かもしれないが、本当に診察を受けなくていいのか?」

戦場で言葉を交わし共闘した相手に対して
外海は純粋な善意、その体を心配して確認の問いかけをする

「大丈夫ダ」

そして返された言葉に「ああ、やはりそう答えるか」と思って

「ソレにあの男に体を見セルのハ、少々気乗リシない」
「………………うん?」

続いた言葉に違和感を覚えて、声を漏らした頃には
ゴルディアン・ノットは治療室を出て行った後だった


                                           【続】

660ゴルディアンの結び目 04:肝試し ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:02:35 ID:cQ6fb3cU
夏休みも半ばを過ぎたある日のこと
相生家に電話の着信音が鳴り響いた

「――――肝試し?学校で?」
『うん。真理ちゃんも来るよね?』

なぜ行くのが前提なのか。それよりちょっと整理させてほしい

「あのさ、学校って普通夜は施錠されてるでしょ」
『鍵が壊れて施錠できない場所が一階にあるんだよね』
「……監督の先生とか」
『いないよ』
「…………本気なのね?」
『真理ちゃんもしかしてこういうのダメなの?』
「いや、そういうわけじゃないけど」
『うーん、どうしても嫌なら来なくてもいいけど』
「まあできれば、あんまり行きたくないというか……」
『でも篠塚さんは来るって言ってたよ』
「行きます」
『じゃあ夜の11時集合だから』
「時間遅くない?」
『じゃあまたね』

電話が切れた。受話器を置いて、ゆっくりと息を吐く
…………あのバカを問いたださなければ
私は幼馴染を詰問すべく、飲み物を用意して部屋へ向かった

661ゴルディアンの結び目 04:肝試し ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:03:27 ID:cQ6fb3cU
「で、どういうつもり?夜の中学校なんて明らかに危険じゃない」
「んー、それはそうなんだけどねー」

ベッドの上でゴロゴロしていた結が起き上がって座り直す
視線がコップに向かっているが、飲み物の前に回答が欲しい

「登校日があったでしょー?その時に集まって計画しててさー」
「ああ、草むしりの日に……それで?」
「私も最初止めようと思ったんだけどさ、全然聞いてくれないしー」
「普段一人のあんたがいきなり話しかけても、そりゃそうなるでしょ」
「いかんのいー」

頬を膨らませる結だがこれは自業自得だろう
完全な人ではない結は、人と距離をとりたがる傾向がある
人が嫌いだからではない。人ではない自分が人とどう接するべきか
至極真面目に思い悩んだ結果そうなったのである……不器用かっ!
もちろん話しかければ普通に答えるし、当たりが強いわけでもない

ところがここである要素が足を引っ張った。容姿である
結の母親である瑞希さんは十人中九人が美人と答える容姿で
ここに持ち前の明るさが加わり高校生時代男女問わず人気があった
……という風に美弥さんからは聞いている。その結果として
仲良くしていた美弥さんは同級生から睨まれたとか。これはたぶん事実なのだろう

662ゴルディアンの結び目 04:肝試し ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:04:07 ID:cQ6fb3cU
結も母親の容姿の良さをしっかり受け継いでいる
可愛いというより美人という言葉が似合う顔立ち
同年代と比べて細身でスラッとした体型
加えて人に踏み込まず人に踏み込ませずという立ち回り
この結果、私の幼馴染は学校ではまるで『孤高の花』であるかのように
扱われている……というか周囲も接し方に困っているようだ
色々探ろうとしてものらりくらりと誤魔化され
分かることといえば私の幼馴染であり仲が良いということくらいらしく
であれば接触するのは私に任せて遠巻きに眺めるほうが
よほど気が楽なのだろう。いい子なんだけどなぁ、趣味以外

「だからねー、止められないなら一緒に行って万が一に備えようかなって」
「そういうことか……というかそういうのは私にも教えておきなさいよ」
「真理ちゃんまで誘われるとは思ってなかったんだもん」

どうやら気を使ってくれていたらしい
確かに私も好き好んで深夜の学校になんて行きたくはない
が、それはそれとしてみんなの中に結を一人放り込むのも……うん

「とにかく今回は私も参加します」
「うん!みんなと真理ちゃんは私が守るからね!」
「はいはい」

とはいえ本当に何かが起これば私ばかり守るわけにもいかないだろう
私も万が一に備えなければ。結に飲み物を渡しながら、心の中で呟いた

663ゴルディアンの結び目 04:肝試し ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:05:01 ID:cQ6fb3cU
そして肝試し当日、夜の11時
私は電話をかけ誘ってきた友人の両肩を掴み揺さぶっていた

「半数以上!ドタキャンって!おかしいでしょ!!」
「あはは、ごめんごめん!まさかここまで集まりが悪いとはねー」

首とポニーテールと自己主張の激しい胸を揺らしながら彼女が苦笑する
というかブラジャーはちゃんと着用してほしい。後ろの男子絶対困ってるから
当初は私と結を含め、10人で行うはずだった肝試し
蓋を開けてみれば、集まったのは私たちと彼女以外は男子一人だけ
他の6人はといえば、2人は親の目を盗めず外出できないということだが
残り4人はゲームがしたいとかテレビが面白いとかで来ないそうだ
そりゃあ同級生に危ないことはしてほしくないが、これはあんまりだろう

「ま、元々適当に夜の学校見て回って帰るだけなんだしさ。気楽にやろうよ」
「むしろこのまま解散でいいんじゃないかと思うんだけど……」
「えー、せっかく来たんだから真理ちゃんと肝試ししたーい」
「ちょっと結?」
「俺も、来たからにはやりたいって思うんだが……相生さんは嫌なのか?」
「…………あー、もう!分かったわよ!行けばいいんでしょ行けば!」
「そうこなくっちゃね!じゃ、ついてきて。鍵かかってないとこ案内するから」

そう言って彼女が近くの低いフェンスを乗り越えていく
続いて竹刀袋らしきものを背負った男子がフェンスを越えた
最後に大きめの鞄を抱えた結とウエストポーチを確認した私が越える、と

「結」
「うん」

フェンスを越えると空気が明らかに変わったように感じる
結も同じように感じたようで、隣の彼も違和感があるのか眉をひそめていた
もっとも彼女だけは立ち止まった私たちに首をかしげていたが
どうやら予想通り、肝試しは何事もなしとはいかないようだ……

664ゴルディアンの結び目 04:肝試し ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:05:46 ID:cQ6fb3cU
「よし、ちゃんと開いてる……ところでさ」
「なに?」
「せっかく一緒に肝試しやってるんだし、改めて自己紹介でもしない?」

校舎に侵入可能な窓を確認していた彼女がそう言った
といっても、結の方に視線を向けているので、主に結のことが気になるのだろう

「なら私からやるわ。相生真理。結の幼馴染よ」
「えっと、篠塚結。真理ちゃんの幼馴染だよー」
「……真面目にやってよ!」
「だっていまさらでしょ自己紹介なんて」

仮にも同じクラスで数ヶ月一緒だったのだ
懇切丁寧に自己紹介をするほうが変だろう

「あー、じゃあ次は俺が。半田刀也(はんだとうや)だ。怪談とか大好きだ」
「ぐぬぬ……潮谷豊香(しおたにゆたか)!私も怪談好き!」
「あ、私もー」
「私も嫌いじゃないわ」
「この便乗犯!!」

どうしろというのか

「紹介してよ!謎めいた篠塚さんの真実の姿ってやつを!!」
「ないわよそんなもの」

例のヒーローごっこはむしろ仮初の姿なのでウソにはならない
そして結は尻尾が生えたりもするが、紛う事なく人間だ
ならば普段見せている姿もまた真実の姿。つまり話すことはない

665ゴルディアンの結び目 04:肝試し ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:06:26 ID:cQ6fb3cU
「く……ま、まあそれは置いておいて。ここから校舎に入れるわけよ」
「ならさっさと行きましょ。早く帰りたくなってきたし」
「真理ちゃんに同意ー」
「あー……俺も長居はしたくない、かな」
「あんたたち盛り上がり悪くない?!」

いやだって、ねえ?

「とにかく入るわよ!ふっ……ほら、さっさと入って入って!」
「はいはい。よっ、と。ありがと結」
「お安いご用だよー。よいしょ」
「内履き下駄箱に置きっぱなしなんだよな……っと」
「よっし、じゃあ出発!……まずは玄関ね」
「おう、助かる」

豊香が意気揚々と先頭に立ったところで、私と結と彼が窓を振り返る
……校庭に墓石が立ち並び、土の下から青白い手が伸びているのが見える

「"墓地を埋め立てた学校"ってことね」
「やっぱすぐ帰った方がよかったか……?」
「なんとかなるよ。ね、真理ちゃん!」
「いやあんたは大丈夫だろうけど……えーっと、半田君は?」
「一応付いてきてもらってる。ほらアレ」
「どこ?……ああ、"テケテケ"か。戦闘は?」
「俺はともかく彼女はそれなりにできる方、だと思う」
「うーん……じゃあパパッと終わらせたほうがいいわね。一応近くに呼んどいて」
「わかった」
「ちょっとー!?なんでついてこないのよ!!」
「はいはい。今行くから」
「……なあ、潮谷さんさ」
「私と結に聞かれても分からないからね」

雰囲気的に(あと結の嗅覚曰く)彼女も契約者のはずなのに
緊張感がなさすぎではないだろうか。鈍感なのか大物なのか……
なんにせよ、今はこれ以上の厄介事が舞い込まないことを祈るばかりである

666ゴルディアンの結び目 04:肝試し ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:06:58 ID:cQ6fb3cU
ダメでした。何故か開いていた玄関から"ゾンビ"っぽいのがなだれ込んできた
いくらなんでも防犯がザルすぎるでしょ?!

「いやあああああこないでええええええええ!!!?」
「豊香邪魔!ひっつくな!結、頼んだわよ!!」
「ああ、任セロ」
「篠塚さん顔怖っ?!変身系か!!?」
「危ないから刀也さんも下がってください!ここは私が抑えます!」
「でもテケテケ、この数は……!」
「問題ない。俺ダけデ十分ダかラ、テケテケハ反対側の警戒を頼む」
「えっ?!でも刀也さんのご友人を危険に晒すのは」

結を説得しようとしたテケテケの頭上をビュンと影が横切る
結の背中側から黒い鱗に覆われた長い尻尾が伸びて死体の群れに振るわれたのだ
迫ってきた死体の群れが紙屑のように元いた方へ吹き飛ばされていったのを見て
半田君とテケテケは呆然としているようだ。まあ無理もないが……

「ドうシた?一階に留まルのハ不味ソうダ、二階に上ガルゾ」
「いやいやいや!えっ、なに、篠塚さんそんなに強かったのか?!というか声が違う!」
「結は基本週六で都市伝説退治しに行ってるわよ」
「えっ。私と刀也さん週末くらいしかそういうのやってないんですけど……」
「のんきに会話してないで篠塚さんの言う通りに逃げよう?!」
「じゃあ早く立ってよ」
「ごめん真理ちゃん。腰抜けたから担いで」
「無茶言わないでよ。半田君、手伝ってもらっていい?」
「お、おう。で、どうやって運ぶんだ?」
「とりあえず脇に腕を通すように後ろから抱えて。私が足持つから」
「分かった……テケテケは先に階段を登って警戒してくれ」
「分かりました」

半田君が指示を出すとテケテケが階段を駆け上っていった
結の方は……うん、安定して追い払ってる。とはいえ早く上に行こう

667ゴルディアンの結び目 04:肝試し ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:07:28 ID:cQ6fb3cU
「ところで半田君」
「なんだよ」
「たぶん豊香の胸を触ることになると思うけど私が許可する。思いっきりやれ」
「はぁ?!」
「ちょっと真理ちゃん!!?」
「下手に遠慮して力抜いたら落としかねないでしょ。どうせ減るものじゃないし」
「減るよ?!心の中の大切な何かがゴリゴリ削れちゃうよ!!?」
「…………あ、ダメだ。触らないようにすると思ったより力入らねえ」
「でしょう?というわけで豊香。覚悟決めなさい。緊急事態なんだから」
「うー…………や、優しくしてね?」
「いや落とさないようにしっかり持ってね?それじゃそろそろ行くわよ」
「わ、分かった……よっ!」

半田君と二人がかりで発育良好な分、重量のある豊香を抱えて二階に上がる
豊香はその間ずっとこっちを睨んでいた。気持ちは分かるけど必要だったのだ。許せ
さて二階は……ひとまずゾンビに先回りはされていないようだ

「二階に異常なし!」
「分かった、スグ向かう!」

結に声をかけてしばらくは鈍い音が鳴り響いていたが
やがて静かになったかと思うと、顔や喉に黒い鱗を生やした結が上がってきた

「ゾンビは?」
「殴っていたラ消えた。数は多いガ随分と脆いようダ」
「とはいえまた出てきそうよね……どうしたのそわそわして」
「着替えたい」
「……手短にね」
「ああ」

結が鞄を開けていつものトレンチコートと覆面を身に着け始める
こんな時でも格好は気になるのか。と思っていると豊香が話しかけてきた

668ゴルディアンの結び目 04:肝試し ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:08:38 ID:cQ6fb3cU
「みんな……契約者だったのね」
「気づいてなかったの?」
「全然。って、もしかして真理ちゃんは分かってたってこと?」
「結もね。あと半田君もでしょ?」
「まあ、そうだな。流石に何と契約してるのかは分からないけどさ……」
「そんなの私と結だって知らなかったわよ」
「えぇー、なんでみんなそんなに分かるの?」
「雰囲気かな」
「というか豊香が鈍感すぎるんじゃない?」
「そんなバカな」

心なしか肩を落とした様子の豊香だが、すぐ顔を上げて話を続けることにしたようだ

「私の契約都市伝説は"蛤女房"よ。飲むと回復するポーション的なものが作れるわ」
「えっ、尿から?」
「違うわよ!手に湧かせたりもできるの!」
「……も、ってことは尿自体に効果はあるのね」
「の、ノーコメント……」

その反応はもう答えを言ってるようなものだと思う
それにしても回復系は珍しいと聞いた覚えが……となると

「所属は?」
「しょ、所属?」
「あ、俺とテケテケはフリーだから。今のところ困ってないから"組織"のは断った」
「組織のは、っていうと……"首塚"あたりにも接触されてる?」
「前に危ないとこ助けられて名前聞いたくらいだよ。よければ来るか?とは言われたけど」
「助けられたといえばこの前の、かめんらいだー?の方々は何者だったのでしょうか?」
「フリーだったのかもな。ライダーって都市伝説扱いなのかって驚いた……相生さん?」
「……ねえ、そのライダーってショートヘアの女の人か、黒い犬と一緒にいなかった?」
「え?ああ、確かにどっちもいたけど。もしかして知り合いなのか?」
「それ、"怪奇同盟"って集団に所属してる人。というか結のお父さんよ」
「マジかよ……世間は狭いってこういうことなんだな」
「でも怪奇同盟というのは聞いたことがないですね?」
「トップが不在で実質解散状態らしいわよ。良かったら今度会いに行く?」
「本当か!色々話を聞いてみたかったんだよなー!」
「よかったですね刀也さん!」
「ねえ待って。私が置いてけぼりだから!所属ってなに?!組織?首塚?なんのことよ!?」
「潮谷さん……」
「豊香どっちも知らないんだ……」
「その哀れむような感じやめてくれる!?」

669ゴルディアンの結び目 04:肝試し ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:09:11 ID:cQ6fb3cU
いやまあ、実際のところ知らない可能性はあってもおかしくない
契約したとして目立つようなことをしなければ目をつけられることもないはず
半田君は積極的に都市伝説退治をしているようだから接触しやすかったのだ
しかし豊香の都市伝説は戦闘向きではない。表立って動いたことがなかったのだろう
逆に言えば表立って動いていたならば既にどこかに勧誘されていなければおかしい

「そもそも豊香、どうやって契約したのよ」
「昔海水浴に行った時、砂を掘ってたらすごく大きい貝を見つけたの
 それを使って遊んで最後に海に投げたんだったかな……で、最近になって
 夢の中に女の人が出てきて、実はあの時契約してましたって色々説明された」
「なにそのパターン初めて聞くんだけど……待って、昔っていつ?」
「えーっと5年前かな」
「小2から?よく襲われなかった、って豊香は小学校卒業後にこっち来たんだっけ?」
「そうだけど……襲われるってどういうこと?」
「契約者は都市伝説に襲われやすいって聞いたことない?」
「初耳なんですけど?!」

たぶんその夢の女の人、蛤女房なんだろうけど色々抜けてそうな気がする
あと半田君とテケテケは小6の11月頃に出会ったそうだ。意外と最近だ
そんな話をしていると着替え終わった結、もといゴルディアン・ノットが近づいてきた

「待たセたな。ソレデ、ここかラドうやって脱出すル?」
「一番早いのはあんたに窓から運んでもらうこと。でも気になるのよね、この状況」
「ねえ篠塚さんなんでそんな格好してるの?」
「俺もソレは気になル。ソもソも正面玄関の扉ガ開いていルのハ、おかシいダロう」
「確かに妙だよな。普通は施錠されてるはずだし」
「そのマスク手作りとか?ねえ篠塚さんってば」
「何者かが既に校舎に侵入しているということでしょうか……?」
「可能性はあるわね。ゾンビの出たタイミングからして、私たちとほぼ同時だったのかも」
「半田君とテケテケちゃんは気にならないの?気になるでしょ?」
「そういえばゾンビたちが出始めたの、俺たちが入ってすぐだったよな」
「しかも彼らは普段施錠されている玄関から入ってきた。開いてると知っていたのよ」
「奴ラハ我々デはなく施錠を解いた侵入者を追ってきた。ソう言いたいのか?」
「本当に可能性でしかないけどね。でもこれが事実だとすれば……」
「無視しないでよ!!」

豊香が地団駄を踏んでいるが、大事な話をしているのでそういうのは待ってほしい

670ゴルディアンの結び目 04:肝試し ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:09:41 ID:cQ6fb3cU
「私たちの選べる道は二つ。このまま帰ること。もう一つは調査をしてから帰ること」
「俺とシてハ、真理にハスグにデも帰ってほシいところダガ……」
「あれ、篠塚さん真理ちゃんの呼び方変えた?」
「冗談でしょ。私一人で帰宅するくらいならあんたと一緒にいる方が安全よ」
「確かに篠塚さん強いみたいだからな」
「ゴルディアン・ノット、ダ」
「あー……今はゴルディアン・ノットだから、ってさ」
「どういうこと?」
「ああ、ヒーローネームってことか!分かるよそういうの!」
「まあ長いし適当に省略して呼んであげてくれる?」
「えっと、じゃあ……ゴルディーさん?」
「hmm......ゴーディ、デいい」
「おー!愛称もかっこいい!」
「えー、そう?」

男子と結のセンスについていけないのは喜ぶべきなのだろうか
もっとも、ヒーローネーム自体に首をかしげている豊香より染まっている自覚はあるが

「それより刀也さん、私たちは……」
「おっと、そうだな……といってもここまで来て引き下がるのもかっこわるいだろ」
「そうですよね!それなら私は、全力で刀也さんを助けるだけです!」
「ありがとうテケテケ。頼りにしてるからな」
「お任せ下さい!」

そうこうしているうちに半田君は覚悟を決めたようだ
となるとあとは一人だけだが……

「豊香に選択肢はありません。ついてきなさい」
「ひどくない?!」
「逆に聞くけど一人でどうやって脱出するつもりなのよ」
「…………私も連れて行ってください」
「よろしい」

全員の意思は固まった。なら次にやるべきことは――――

671ゴルディアンの結び目 04:肝試し ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:10:18 ID:cQ6fb3cU
「後ろ三秒後行くわよ!3、2、1、ゼロぉ!!」

後方に放り投げた"小玉鼠"が破裂し爆風と共に血肉を撒き散らす
体勢の崩れた"動く人体模型"をテケテケが体当たりで空中に浮かすと
半田君が鉄パイプをフルスイングして叩き壊す。戦い慣れを感じるいい連携だ
手の中に戻った小玉鼠を今度は何も言わず前方のゾンビの群れへ放り込む
ゴルディアン・ノットも心得たもので布紐でそっと落下位置を調整してくれる
群れの中に小玉鼠が落ちたのを見て即座に爆破。ゾンビがいくつか消えたようだ

「ぎゃー!!肉片飛んできたー!!?」
「安心して。小玉鼠の肉片はしばらくすれば消えるから」
「しばらく私このままなの?!」
「戦ってもないのにごちゃごちゃ言わない!……にしても、多いわね」

言ってるそばから後方にまた新しい人体模型がやってくる
幸い"人骨で作られた骨格標本"も人体模型も同時に1つずつしかいられないようだ
後方にゾンビは回り込んでいないので敵が2体だけなのは助かる
なにせ前方では階段を上がってきたゾンビの群れが渋滞を起こしているのだ
ゴルディアン・ノットも奮闘しているがなかなか数が減ってくれない
二階から上は一通り調べた。もう一階しか手がかりを得られそうな場所は残っていない
それなのにいざ降りようとしたら上に向かって溢れ出してくるゾンビたち
慌てて二階廊下に下がったのが裏目に出た。強引に通るべきだったのだ

「手ガ足リないな」

ガシャリとゴルディアン・ノットの胴体に巻きつく鎖が音を立てる
しかしそれに続く幼馴染の呟きを私は否定する

「進展はしているわ。無理をする必要はないでしょ」
「時間ハ有限ダゾ」
「でも手札を切るには早すぎる」
「……なラ、ペースを上ゲルとシよう」

ゴルディアン・ノットの腕や体に巻きついていた布が、縄が、さらに鎌首をもたげる
それは糸と共に紡がれた女性の負の感情から、蛇の姿に変じた帯の妖怪
拡大解釈により蛇の異名である"朽ち縄"をも操るようになった彼女の契約都市伝説
"機尋"――繊維を束ねて形作られた無数の蛇が、主たる女の心の赴くままに牙を剥く
まあ、所詮は布と縄なので牙はないのだが……数の暴力はそれだけで脅威となりうる

672ゴルディアンの結び目 04:肝試し ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:10:51 ID:cQ6fb3cU
長さすら自在の無数の布と縄がゾンビを締めつけ、時に四肢を千切って捨てる
ゾンビの消えるスピードは早まったがゴルディアン・ノットの動きは鈍ってきた
いくら人外とはいえ無数の蛇を操りながら肉弾戦というのは難しいのだろう
ここが踏ん張りどころだと自分の心を叱咤して小玉鼠をゾンビに放る
できるだけ爆発の威力を上げ、より効果的に倒すため群れの奥へ向かって投げる
正直、投げる腕が辛くなってきたがここで私が休むと他の負担が増えるわけで
結局のところ無心で投げて起爆するしか私にできることはないのであった
だから豊香。投げるのに邪魔だから話しかけたり縋りつくのやめてくれないかな?

「刀也さんあれ!」
「おいおい、マジかよ……」

豊香を軽く蹴っ飛ばして引き離していると後ろで動きがあったようだ
人体模型と骨格標本、その後ろから近づいてきたのは……

「"歩く二宮金次郎像"……しかも石像じゃなくて青銅製か」
「真理ちゃん真理ちゃん!これマズいんじゃないの?!」

お荷物状態の豊香に指摘されるのは癪だが、実際状況は悪い
後ろは半田君とテケテケに私の援護があってなお拮抗していたのだ
ここで敵の増援が現れたということは……このままだと後ろが崩れる
どうする?進むことも引くこともできない。足りないのは、戦力……

「やるしか――――」
「――――お前達、伏セていロ!」

ゴルディアン・ノットの声に思考の海から意識が浮上する
見えたのは前方から後方に伸びる、複数の布と縄……それが向かう先は

673ゴルディアンの結び目 04:肝試し ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:11:54 ID:cQ6fb3cU
「早く伏せる!」
「ふぎゃっ?!」

ハッとして状況を分かっていない豊香の頭を掴み、強制的に伏せさせる
廊下にどこかぶつけたらしく痛そうな音と悲鳴が聞こえた。ごめん
チラッと後ろを見るとテケテケは伏せ、半田君は横に飛び退いていた
そしてその奥、布と縄で縛り上げられた二宮金次郎像が持ち上がり……
ゴウッと音を立てて私たちの頭上を通過する。その先にはゾンビの群れ
まるでボウリングでもしているかのようにゾンビという大量のピンが
二宮金次郎像という大質量のボールに弾かれて光の粒へと変わっていく

「走って!階段まで!!」

叫ぶと同時に豊香の手を引っ張って走り出す
廊下からゾンビが一気に減った今が一階に降りるチャンスだ
まだ残る少数のゾンビを消していくゴルディアン・ノットの横を抜けて
階段で未だにひしめき合っているゾンビ達に小玉鼠を放り投げる

「これで……どうよ!」

着弾と同時に今夜一番の威力で起爆。耳に痛い破裂音と
ビリビリと空気を震わせる爆風が階段に空間をこじ開けた

「よし、ゴーディは先に降りて蹴散らして!後は私がやる」
「心得た」
「半田君は豊香をお願い」
「分かったけど、相生さんは?」
「残りを足止めするわ。早く行って!」
「でも……」
「刀也さん行きますよ!」

全員が横を通り抜けたのを確認して小玉鼠を放り、爆破する
集まりかけていたゾンビと人体模型、骨格標本が
まとめて吹き飛んだのを確認して私もみんなの後を追った

674ゴルディアンの結び目 04:肝試し ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:12:34 ID:cQ6fb3cU
「おい、アレなんだ?!」

半田君の声に一階廊下の奥へと目を凝らす
ひしめくゾンビの向こうに白い巨大な何かが暴れるのが見えた

「あの辺りは……なるほどね。ゴーディ、白いのに向かって!」
「分かった!」

ゾンビを蹴散らすゴルディアン・ノットの背中を追うように
肩で息をする豊香を連れて半田君やテケテケと共に移動する
後ろから追いつこうとするゾンビを小玉鼠を散らしていると
遠目で見えていた白いものの姿がハッキリと見えるようになった

「なにこれ……紙で出来た巨人と、ゾンビが戦ってる?」
「いや頭に角がある。巨人というより鬼じゃないか?」

豊香と半田君が何か言っているが、たぶんコイツは……

「ゴーディ!」
「分かっていル」

ゴルディアン・ノットの腕から布と縄が飛び出し鬼を拘束する
振りほどこうとする鬼を、ゴルディアン・ノットが尾で打ち据えた
そして私は……

675ゴルディアンの結び目 04:肝試し ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:13:17 ID:cQ6fb3cU
「二人とも伏せて!」
「へぐぅ?!」
「潮谷さん?!」

豊香の後頭部を掴んで強引に伏せさせるのと同時に
小玉鼠を鬼とは反対の方向に投げつける。そこには

「紙で出来た鳥?!」
「鼻が……鼻が潰れたぁ……」
「テケテケさんお願い!」
「分かりました!」

突撃するも小玉鼠に撃ち落とされた鳥に
テケテケが組み付き床に叩きつけると、鳥はバラバラの紙片になった

「……こレデドうダ?」

鬼の方を見ると、ゴルディアン・ノットが頭部に掌底を叩き込んだところだった
頭が爆散するように吹き飛び、体も後を追うように紙片へと変わっていく

「よくわかんないけど……終わった、のか?」
「終わってない終わってない!だってほらゾンビが!」

豊香の言う通りゾンビが徐々に包囲を狭めて迫ってくる
だが……

676ゴルディアンの結び目 04:肝試し ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:14:00 ID:cQ6fb3cU
『持ち場に戻れ』

威厳を感じる声がすぐ近くの扉の中から発せられる
同時にゾンビは私たちに興味を失ったように踵を返して歩いて行った

『下校時間は過ぎているぞ。君たちも早く帰りなさい』
「……ど、どういうこと?」
「もう肝試しは終わりってことよ」

混乱している豊香の手を引っ張って玄関の方へ歩いていく

「あれ、校長室だよな?てことはあの声は……」
「"歴代校長の写真が動く"とかそのあたりだと思うわ」
「校長だから学校の都市伝説に命令できる、ということでしょうか?」
「たぶんね。何かしら命令出してるのがいそうだな、とは思ってたから」

半田君とテケテケに受け答えしながら考える
二階での襲撃が執拗だったことから、都市伝説に司令塔……
何かしら命令を出している存在がいる可能性は考えていた
問題は私たち以外のもう一方の侵入者だ
紙で出来た鬼と鳥。あれは恐らく――――

「なぁ真理」
「ん、なに?」
「肝試シハ楽シかったか?」

覆面の下に表情を隠して冗談を言う彼に、私も意味深な笑みで言葉を返す

「ま、あんたがいたから退屈はしなかったかな」

                                  【続……?】

677ゴルディアンの結び目 04:肝試し(裏) ◆MERRY/qJUk:2016/12/28(水) 00:14:53 ID:cQ6fb3cU
――中学校から少し離れた電柱の上に人影があった

「で、陽動の"式神"は両方とも潰されたと」
『ああ。でもまぁ、問題ねえよ。肝心の仕込みは済んだんだろ?』
「ひっひっひ……当たり前だよぉ。儂にかかればちょちょいのちょいさね」
『相変わらず気味の悪い話し方になってるな……しかし見られちまったか』
「消すかい?」
『消すまでもねえよ。それより次だ』
「そうかい。やれやれ、婆使いが荒いねえ」
『だから俺より年下だろうが……』

その言葉を最後に電柱の上から人影は消える
この街の深い夜闇に紛れて、今日も誰かが策謀を巡らせる――

                                            【続】

678夢幻泡影:2016/12/29(木) 23:36:14 ID:6X98F7cU
“出会い”とは時に残酷である



「あれ、何か動いた?」



決して交わるはずのなかった一人と一人



「――――何ダ、“アレ”ハ?」



やがて彼等は邂逅し



「ヘビでもいるのかな? 野生のヘビとか興奮だわ。おーい」



「私ハアノヨウナ“異形”ヲ見タ事ガ無イ……一体何ダ!?」



そして



「つってヤマカガシやマムシだったらどうしよ…う?」

「待テ! オ前ガ何者カ……ッ、光ッ――――――」






―――――――開闢の時だ。がっひゃっひゃっひゃ……

679夢幻泡影:2016/12/29(木) 23:38:25 ID:6X98F7cU
「…何あれ」

黄昏町という町がある
時は2004年8月、熱いナイフのような日差しの中、セミの合奏が響くその黄昏町の山奥
小学校低学年程の少年―――黄昏裂邪は、不思議そうに独り呟いた
それもその筈である
ガサガサと草の中を動くヘビか何かを追いかけていた彼にとって、その光景はあまりにも想定外だった
木に凭れ掛かる人間……の、ような“何か”
黒いローブを身に纏い、顔は窺い知れない
いや、本当に顔はあるのだろうか
覗き込めば忽ち飲み込まれてしまうような、見るからに黒しかないそれは、
まるで闇がローブを纏い形を持っているかのようだった
仮に裂邪が現実を見過ぎ、常識に埋もれた大人だったなら正気を保てなくなるだろう
だが彼は幼かった
ヘビじゃないけど凄い奴見つけた――――そのくらいにしか気に留めていなかった

「ねぇねぇ」
「……子供カ……何ノ用ダ?」

胃を揺さぶるような重い声で、“何か”は答える
よく見れば、肩で息をしているようだった

「えっと…誰? てか、人間?」
「…質問ガ多イナ……マァ、良イダロウ
 少年…都市伝説トイウノヲ知ッテイルカ?」
「あ、知ってる知ってる、「口裂け女」とか「トイレの花子さん」とかでしょ?
 ……え、もしかして都市伝説なの!? うわーナマで初めて見た」
「騒ガシイナ…如何ニモ、我々ハ「シャドーマン」ト呼バレル都市伝説ダ
 都市伝説ハ、同種デモ性質ガ異ナル場合ガ多イ…
 我々ハ人知レズ影ヲ彷徨イ渡リ歩ク……ソウヤッテ今日マデ過ゴシテキタ」
「今日までって?」
「クフフフフ…我ナガラ馬鹿ナ事ヲシタモノダナ
 我々ハ光ニ弱クテナ…少シ外ニ出レバ、コノ様ダ」
「ッ……死んじゃう、のか?」
「人間ニ譬エレバ…ソウナルナ
 コノ世カラ我々ハ跡形モ無ク消エル
 強イテ言エバ、オ前ノ記憶ノ片隅ニ残ル位ダロウ」
「おい、消えるって…死ぬってそんなことなのかよ
 辛いとか悲しいとかないのか!?」
「人間ヤ他ノ生物、或イハ他ノ都市伝説ニハアルダロウ…私ニソンナ便利ナ感情ハ無イ
 只、私ハコノ世界ヲ見タカッタ」
「……世界?」
「ドウイウ理由デ、ドウイウ工程デ我々ガコノ世ニ生マレタノカ…
 分カリ得ナイガ近付ク事ハ出来ヨウ
 コノ世ニ存在スル全テノ生物、事象、光景―――――ソノ全テヲ記憶シタカッタ
 最早戯言デシカ、無イガナ……全テガ、遅カッタ」
「遅くないよ。まだ、間に合う」
「……何?」

裂邪は、「シャドーマン」の傍でしゃがみ込むと、
顔をのぞきながら、すっ、と手を差し伸べた

680夢幻泡影:2016/12/29(木) 23:39:01 ID:6X98F7cU
「…何ノ真似ダ?」
「ボロっちい本に書いてた。都市伝説は、人とケイヤクできる
 どうやればいいか分かんないし、どうなるかも分かんない
 でも、ケイヤクすればお互いに強くなれるって…そう書いてたと思うんだ」
「正気カ? オ前モ死ヌカモ知レンゾ」
「俺は死なない。俺にも夢があるんだ
 お前と…「シャドーマン」と、同じ」
「ッ……」
「俺も生き物が好き。黄昏町の山も川も、いっぱい遊んでいっぱい探した
 違う。こんな小さな町で生き物を見たいんじゃない
 ライオンやパンダ、ジンベエザメ、ホッキョクグマ、ペンギン
 この世界の生き物を、ありのままで見てみたい
 頑張って生きてる姿を、そのままで
 だから……一緒に行きたいんだ、「シャドーマン」と」
「少年…」
「ねぇ、「シャドーマン」…俺と、契約しない?」

裂邪が言い終えるや否や、「シャドーマン」の身体が、僅かに震え始めた
笑っているのか、それとも泣いているのか
それはもう、誰にもわからない

「…強カナ少年ダナ…良カロウ、気ニ入ッタ
 ドノ道消エユクコノ命……オ前ニ預ケヨウ!!」

瞬間
裂邪がふと、己の両掌を広げてみた
熱い
何かが流れ入ってくるような、不思議な感覚
今までに感じたことのない体験が、暗に成功したことを知らせてくれる
都市伝説との、契約を

「こ、これって、成功したのか―――――うおっ、「シャドーマン」?」

気が付けば「シャドーマン」は、すくっと立ち上がっていた
こちらもまた、不思議そうに辺りを見回して

「……何トイウコトダ……奇跡カ?」
「おぉ、元気になったじゃん!
 あれ? でも光、苦手じゃ…」
「成程、契約スレバ都市伝説モ力ヲ得ルト聞イタガ…コレ程トハ
 少年ヨ、有難ウ。オ前ハ命ノ恩人ダ」
「え、あ、いや、その…ウヒヒヒ、バカ、照れるだろ」
「ダガ…都市伝説ノ契約者トナッタ今、何ガ起コルカ分カラナイ
 我々モ尽力スルガ…常ニ死ト隣合ワセダトイウコトヲ忘レルナ」
「大丈夫大丈夫、俺喧嘩強いし
 あ、そうだ、「シャドーマン」」
「ム?」

681夢幻泡影:2016/12/29(木) 23:39:34 ID:6X98F7cU
「折角だから名前決めようぜ?
 ほら、「シャドーマン」って長いし」
「名前…我々ニハ無カッタ文化ダガ、良イダロウ」
「よし! じゃあ今日からお前は“ツキカゲ”な!」
「エッ」
「え? ダメ?」
「イヤ、何カコウ……シックリコナイ」
「んーじゃあ……何かない?」
「ソウダナ…“シェイド”、ハ如何ダ?」
「おーカッコいい! んじゃ改めて、俺は黄昏裂邪! よろしくなシェイド!
 あともう一つ、“我々”って言ってたけど、シェイドって一人じゃないの?」
「…ホウ、随分面白イ所ニ気ガ付クナ」
「生き物観察大好きだからね」
「先ズ質問ダガ、『カツオノエボシ』ヲ知ッテルカ?」
「電気クラゲって言われる猛毒のクラゲだね
 でも本当はクラゲじゃない、それは見た目が似てるだけ
 幾つものヒドロ虫っていう小さな生き物が集まって、それぞれの役割を持って1匹の生き物に……
 え、ってことはどっかに違う形の「シャドーマン」が幾つもいるってこと?」
「…私モモウ一ツ聞コウ。年齢ハ?」
「ん? 8歳。小学2年生」
「ア、ソウ……ソノ通リダ
 移動ヤ捕食、ソレゾレに長ケタ個体ノ“私”ガ影ノ中ニイル
 私ハ“脳”―――思考ヤ記憶、ソシテ意思疎通ヲ司ル」
「マジか! すげぇな、じゃあ1回出してみ―――――――――――――、て、」

ふら、と膝をつき、少し呼吸が荒くなる
裂邪は自身に何が起こったのか分からなかったが、それでも気づいた
――――死ぬかと思った、と

「ドウシタ?」
「…なんか、影の中のシェイドを意識したら…」
「ソウ、カ……恐ラク、未ダソノ時デハ無イノダロウ
 オ前ガ成長シタ時……ソノ時ハ見ラレルダロウナ」
「うーん、残念だけど、まぁいっか」
「デハ私ハ戻ルトシヨウ
 必要トアラバ呼ンデクレレバ良イ
 我々ハ、常ニ影ノ中ニイル」

そう言って、すぅっ、とシェイドは裂邪の影の中へと消えていった
「じゃあな」と呟いて、裂邪は笑みを浮かべて山の中を歩き出す
陽は傾き始め、黄昏時を迎えようとしていた

682夢幻泡影:2016/12/29(木) 23:40:29 ID:6X98F7cU











自宅の押し入れに隠してあった1冊の古い本
父親に強く叱られたが、その内容はしっかりと覚えていた

「ウヒヒヒヒヒ……ヒハハハハハハハハハハ!!
 本当に…本ッ当に出来るんだ、世界征服!
 これからシェイドと一緒に! 邪魔する奴らをぶっ殺して!!
 この綺麗な地球を、俺のものにするんだ!!
 ヒハハハハハハ!! ヒィッハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

山奥に、少年の高笑いが木霊する









(ウワァ………大丈夫カ、コノ先……)






   ...to be continued

683足音、足音? ◆nBXmJajMvU:2016/12/31(土) 00:08:01 ID:pjJTxBTM
 治療室を出て少し歩いたところで、ゴルディアン・ノットは冷たい空気を感じた
 比喩表現ではなく、本当に空気が冷たい
 まるで、真冬の寒空の下を歩いているかのような冷気
 完全に乾ききっていない布の表面が、ぱきり、凍ったような

 冷気の主はすぐに見つかる
 司祭服を着た髪の長い男その男を中心に、辺りに冷気が広がっている
 戦技披露海が始まってすぐ、その実力を見せつけていた「教会」所属の男だ
 契約者……ではなく、契約者付きの都市伝説。飲まれた存在でもなく、契約者本人は戦技披露会には参加せず、単体で参加したという変わり種だ

 男は、何やら思案している様子だった
 己が強い冷気を発しているのだという自覚もあまりない様子だ
 このように辺りに冷気が漏れているせいか、辺りに他に人影は見えない
 別の通路を通るべきか、とゴルディアン・ノットが考えだした、その時

「あーっ!メルセデス司祭様、駄目っすよ。冷気、思いっきりダダ漏れ状態っす!」

 後方から、そんな声がした
 振り返ると、ぱたぱたと少年が駆け寄ってきていた
 ゴルディアン・ノット……にではなく、レイキの発生源たる男、メルセデスにだ
 少年の姿は見覚えが合った、と言うよりつい先程までいた治療室で見た顔だ
 ぱたぱたと忙しく「先生」の手伝いをしていたうちの一人で、「先生」から「休もう?君がばらまいた羽で十分治療できるから君はもう休もう??」と何度か言われていた……確か、憐とか呼ばれていたか
 憐の背後、もう一人同じ年頃の少年が居て、駆け出した憐のあとを追いかけてきている
 メルセデスは憐に声をかけられた事に気づいたようで、顔を上げ………冷気が、弱まっていく

「もう。考え事してる時に冷気ダダ漏れになるの悪い癖っすよ」
「別に、このふざけた催し物の参加者ならこの程度平気だろ」
「戦闘向きじゃねー人もいるっすし、冷気が弱点な人もいるだろうから、っめ、っす」

 自分より有に頭一つ以上大きい上、正体を隠す必要もないからか悪魔独特の威圧感を放つメルセデス相手に、慣れているのか恐れた様子もなく注意をしている
 …もっとも、憐のような少年の注意等、メルセデスは意に介していないようだが
 その事実は憐も理解しているようで、むぅー、と少し困ったような顔をしてこう続ける

「……カイザー司祭様も、気をつけるように、って言ってたでしょう」
「っち」

 あからさまな舌打ちをして、漏れ出していた冷気が完全に止まった
 契約者の名前なのだろうか。流石にそれを出されると従わざるをえないのだろう
 メルセデスは、ゴルディアン・ノットや憐の後から駆けてきた少年にも気づいたようで、この場を立ち去ろうとし

「あぁ、そうだ、憐」
「何っす?」
「………「見つけた」からな」

 ぴくり、と
 一瞬、憐の表情が強張った様子を、ゴルディアン・ノットは確かに見た

 メルセデスはそのまま、すたすたとどこかへと立ち去っていってしまう

「憐君、どうしたの?急に走り出して……」
「あ、えーっと。なんでもないっすよ、すずっち。問題は解決したんで」

 追いついてきた少年に、へらっ、と笑いながら答える憐
 そうして、ゴルディアン・ノットにも視線を向けて

「んっと、メルセデス司祭の冷気の影響、受けてないっす?凍傷とかの問題なさげっす?」

 と、心配そうに問いかけてきた

「あぁ。特に問題ハない」
「そっか、ならいいんすけど………じゃ、すずっちー、観客席戻る前に、何か屋台で買っていこう。死人の屋台以外で。死人の屋台以外で」
「大事な事だから2回言ったんだね……って、死人の屋台?」

 ぱたぱたと、少年二人は立ち去っていく
 憐の方は少しふらついているようにも見えたが、とりあえずは大丈夫なのだろうか

 ……あのへらりとした笑みに、一瞬強張った瞬間の、感情を一切感じさせない表情の影は、なかった




.

684足音、足音? ◆nBXmJajMvU:2016/12/31(土) 00:09:27 ID:pjJTxBTM
 時刻は、少し遡る

「年頃のレディの身体に何かあっては大変だし、きちんと検査したかったのだが」

 仕方ないねぇ、と退室していくゴルディアン・ノットを見送りながら、「先生」はぽつり、そう呟いた
 ……つぶやきつつ、また服を完成させている

「うむ、こんなところか。フリルをもう少しつけても良かったが、他の者の服も作る必要ある故、これで」
「わぁ、見事にフリルいっぱいのホワイトロリータ」
「白き衣纏いし死神がいても良かろうて」

 はい、と「先生」から渡された、フリル多めのホワイトロリータワンピースを受け取る澪
 恐ろしいことに、サイズを聞いてもいないのにサイズがぴったりだ
 目測で、完全にサイズを把握したというのだろうか

(……「先生」。もちろん、これは本名ではなく通称。所属は「薔薇十字団」。学校町にやってきたのは三年前……)

 …そのような「先生」の様子をチラ見しながら、三尾は考える
 やはり、きちんと思い出せない
 「先生」に関して、特に天地が何か言っていた気がするのだが、三年前と言えば久々にバタバタしていた時期であったし、そもそもYNoはCNoとさほど親しく付き合いがあるわけでもない
 元々、他のNoからの情報が不足しているとも言うが

 念のため、もうちょっと知っておくべきではないか
 そう感じたのは、黒髭が異常なまでに「先生」を警戒しているせいだ
 灰人の「先生」に対する扱いのぞんざいさ(一応師弟関係らしいのにいいのだろうか)のせいで、「先生」が危険人物とは思えないのだが、あそこまで露骨に警戒していると流石に気になる

「連絡先の交換?」
「あぁ。このところ、「狐」だの人を襲う赤マントの大量発生だの……それに、誘拐事件が相次いでいるとも聞く。私は組織だった集団とはほぼ縁がなく、都市伝説関連の情報源が乏しくてな……少しは情報がほしい」

 なので
 黒髭の契約者たる黒が、「首塚」所属である栄と何やら話している間に、三尾はこっそりと黒髭に近づいた

「あの、ちょっといいですか?」
「あ?……「組織」か。何か用か?」

 三尾に声をかけられ、黒髭は怪訝そうな表情を浮かべた
 少し警戒されている気がしたが、構わず問う
 流石に、小声でだが

「「先生」の事、警戒しているようですが。何故です?」
「……お前、「組織」だろ。あの白衣のことわかっているんじゃないのか」
「立場上……と言うか所属Noの性質上、そういった情報が少し入りにくいものでして」
「…マジか」

 把握していなかったのか、と言うように黒髭が少し頭を抱えたような
 ちらり、と黒髭は「先生」と灰人の様子をうかがってから、三尾に告げる

「あの白衣、元は指名手配犯だぞ」
「え」
「何が原因かまでは知らねぇが、発狂して正気失って、かなり色々やらかした奴だぞ。「組織」「教会」「薔薇十字団」「レジスタンス」、全てを敵に回して戦いきった化物だ」

 ちらり、三尾はまた、「先生」を見る
 ……正気を失っている様子はない

「今は、一応正気に戻ってるらしいぜ。じゃねぇと、指名手配も解除されないし、「薔薇十字団」に所属も出来ねぇだろ」
「でしょうね。天地さんが頭を抱えていたのは、そういう事ですか」

 恐らく、だが
 「先生」が学校町に来たのは、学校町が様々な意味で特殊な場所だからだ
 いくつもの組織の勢力がひしめき合い、しかし全面戦争にはならない場所
 …そこに「先生」を置くことによって、かつて指名手配されていた頃に買った恨みで何かしら起きないように、との処置なのだろう

「しかし、今はもう指名手配されていないのであれば、警戒する必要は…」
「ある。正気戻ったつっても、腹の底では何考えてるかわかりゃしねぇ。今、噂の「狐」絡みじゃないだけマシではあるが」
「そこは断言するんですね?」
「……断言してぇんだよ。あれが「狐」の勢力下に入っていたら、シャレにならねぇ」

 吐き捨てるように、黒髭は言い切った

「いくら俺だって、「賢者の石」と契約したと言われるような奴とは戦争したくねぇよ」





to be … ?


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