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都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者達……代理投下スレ
1
:
そろそろ建てなきゃって気づいた
:2011/09/11(日) 14:05:25
規制中・本スレが落ちている、など本スレに書き込む事ができなかったり
ちょっと、みんなの反応伺いたいな〜…って時は、こちらにゆっくりと書き込んでいってね!
手の空いている人は、本スレへの転載をお願いいたします
転載の希望or転載しなくていいよー!って言うのは投下時に発言してくれると親切でよい
ぶっちゃけ、百レス以上溜まる前に転載できる状況にしないときついと思うんだぜー
ってか、50レス超えただけでもきっついです、マジで
規制されていない人は、そろそろヤバそうだと思ったら積極的に本スレ立ててね!
盟主様との約束だよ!!
647
:
スペシャルマッチ終了後・治療室
◆nBXmJajMvU
:2016/12/03(土) 23:35:27 ID:TvshVvXY
「いやはや、派手にやったよねぇ、彼も。流石と言うべきか」
等と口にしながら、「先生」はてきぱきと怪我人逹の手当てを終えていた
次いで、行っているのは何やら服の作成
……くしっ、とくしゃみの音が治癒室に響き渡った
ザンとのスペシャルマッチは挑戦者側の勝利となった訳だが、ザンが返した「クイーン・アンズ・リベンジ」の大砲の弾が降り注いだ「良栄丸」と「クイーン・アンズ・リベンジ」は見事に撃沈した
そんな中でも、重傷者が出なかったのは幸いだ
あの場に居た誰頭が、とっさに防御でもしたのかもしれない
一番の重傷者は大砲の弾の直撃を受けたらしいサキュバスだが、契約者ではなく都市伝説(それも、結構な実力者)であるおかげか、意識が飛んだ状態であったものの今はすぷー、と心地よさ気な寝息を立てている
どちらにせよ、船が撃沈した以上、そこに乗っていた者逹は水中に落ちたのだ
スコール+クラーケン召喚の歳に付属するらしい海水に落ちてしまえば、ずぶ濡れにならない方がおかしい
よって、スペシャルマッチ参加者のほとんどがずぶ濡れ状態になり、大きなバスタオルに包まっている状態だ
着替えはあまり、どころかほぼ用意されていなかった為、また「先生」が作っているのである
…………なお、「具体的にきちんとリクエストしておかなければ、どんなデザインの服が出されるかわからない」と言う事実は、灰人が一気に運ばれてきた怪我人の治療に専念した為、伝え忘れたままである
今現在、白衣が作ってる服は思いっきりフリルたっぷりの物なのだが、はたして誰用なのだろうか
もっとも、大半がバスタオルに包まっている中、そうではない状態の者もいる
一人は、ゴルディアン・ノット
その出で立ちのせいもあり、ずぶ濡れ度はかなり高いのだが「大丈夫ダ」の一点張りだ
「先生」は「後でちゃんと診察させてもらうよ」と言っていたのだが、それに関しても「大丈夫」と告げている
大砲の弾を受けこそしたが、ダメージを受けた際の形態が形態だった為か、さほど大きなダメージとならなかったのだ
一応、水分は絞ってきた……つもりであるし、急いで着替える必要もないはず、と当人は判断しているのかもしれない
もう一人、ずぶ濡れの服を脱ごうともせず、バスタオルにも包まっていない人物
それは、スペシャルマッチにてザンに一撃を当てる事に成功した忍び装束の人物だった
目元がかろうじて見えるだけのその忍び衣装は、スコールに晒された為にぐっしょりと濡れている
ゴルディアン・ノット同様、一応絞って水分は落としたようであるが、忍び装束越しでも小柄で細身とわかる体付きの為、心配そうに見ている者もいる(主に、まだ治療室から出ていなかった憐)
「…お前ハ、ソロソロソの装束を脱いデ、着替えた方ガ良いのデハないか?」
ゴルディアン・ノットがそう声をかけたが、その忍びは声を発する事もなく、ふるふる、と首を左右にふるだけだ
ぽた、ぽた、と水滴が床に落ちる
648
:
スペシャルマッチ終了後・治療室
◆nBXmJajMvU
:2016/12/03(土) 23:36:02 ID:TvshVvXY
この忍び、治療室に来てからと言うもの、一言も言葉を発していない
「先生」が治療を行う為に診察しようとした際も、手で軽く制してふるふる、と首を左右にふってみせた
診察なしでの治療は困難……と思われたが、憐が治療室にばらまいてしまった治癒の羽がまだあった為、それで治療sをシたから怪我はもう問題ないだろう
ただ、そのずぶ濡れ状態では風邪を引きかねない
そして、ずっと口を聞く様子がない
声を出せない、と言うよりも、むしろ……
「そういえば、試合中も身振り手振りだけで話していなかったような………声がでない?」
ずぶ濡れの髪をタオルで拭きながら深志が問うたが、ふるふる、とまた首を左右に振ってきた
「喋れない」のではなく「喋らない」。そういうことなのだろう
顔は隠す。体型も、細身とはわかるが忍び装束ゆえ細部はわからない。そして声も出さない、となると
「まぁ、大方「レジスタンス」所属だろ。それなら、正体は隠すわな」
黒髭がそう口にした瞬間
ぴくり、その忍びの身体が小さくはねた
黒髭の言葉に、バスタオルに包まっていた黒が首をかしげる
「どういうことだ?」
「あのな、マスター。「レジスタンス」は元々、少数精鋭でのステルスや潜入捜査が得意なんだよ。「MI6」には流石に負けるが、スパイの数もかなりいる」
「正体がバレたらまずい、と」
なるほど、と真降は納得した様子だ
中には堂々と「レジスタンス」所属である事実を公言している者もいるが(灰人の母親なんかがその例だ)、「レジスタンス」所属の大半は、おのれが「レジスタンス」所属である事を公言することはないという
この忍びも、そうした「レジスタンス」の一員であるならば、正体を晒すような真似はしない、そういう事なのだろう
そうではない、と言う可能性は、この時、治療室に入ってきた男によってあっさりと否定された
「そういう事なんだよ。まだその子は自分の正体バラせるだけの子じゃねーんだわ」
ひょこり、と治療室に顔を覗かせた大柄な男の姿に、「げ」と黒髭が嫌そうな顔をした
オールバックにして逆立てた銀髪にサングラス、ライダースーツという出で立ちの、どうやらヨーロッパ方面出身らしい外見の男だ
「おや、「ライダー」殿。日本に来ていたのか」
「おーぅ。お仕事あるんでねー。さて、「薔薇十字団」の「先生」よ、うちの、回収してっていいな?」
「ライダー」と呼ばれた男は、そう「先生」に告げた
…黒髭が、先程までは「先生」の視線から黒を守るようにしていたのが、「ライダー」相手からも守るような位置へと移動した事に、気づいた者はいただろうか?
to be … ?
649
:
続スペシャルマッチ終了後・治療室
◆nBXmJajMvU
:2016/12/22(木) 00:29:52 ID:4D9eGzIg
すくり、と忍びが立ち上がった
とととっ、と「ライダー」と呼ばれた男性に近づいていき………そっ、とライダーの背後に隠れた
まるで、人見知りの子供のような行動だ
単に、「正体が見抜かれる可能性」を減らそうとしただけなのかもしれないが
(……こりゃ、この中に顔見知り、もしくは、少なくともあの忍者が知ってる奴がいる、って事か)
そのように黒髭は考えた
……そう言えば、自分の契約者の方をなるべく見ないようにしている
(マスターの学校関係者か……もしくは近所に住んでいるか。はたまた契約者の親の会社関連か………どっちにしろ、あまり関わり合いたくはねぇな)
「レジスタンス」にはあまり関わり合いたくない
それが「海賊 黒髭」としての考えである
契約者である黒が関わると言うのならわりと全力で止めるだが、今後どうなる事やら
(「レジスタンス」とは何度かやりあってるし、関わり合いたくねぇ……味方にできりゃ心強いだろうが、あそこは支部っつか、「どこに対するレジスタンス」かによって違うしよ)
ようは、色々と面倒だから嫌だ、と言う理由なのだが
……後で、契約者に、もうちょっときっちり「レジスタンス」について説明しよう
この時、黒髭はそう強く、心に決めた
「一応、服越しとは言え治療はした。ただ、何かあったら、すぐに連絡………こっちに、その子の正体が知られたくなかったら、そちらの治療役に頼んでちゃんと見てもらうように」
「おーぅ。一応、確認はしとくわ。傷残ったら可哀想だし」
手元で何やら作業しながらの「先生」の言葉に、ライダーは軽い調子でそう返した
見た目からシて日本人ではないようなのだが、日本語ペラペラだ。それを言うなら、「先生」も明らかに日本人ではないのだが
「あんたは、スペシャルマッチに参加しなかったのか」
「いやぁ、本国の上司に参加していいかどうか確認したら「僕は面倒かつつまらない仕事中なのに、そんな面白そうな事参加するなんてズルい」って却下された」
栄の言葉に、ライダーは肩をすくめながらそう答えている
どうやら、上司は日本には来ていないらしい
参加したかったんだがなぁ、とライダーは残念そうだ……どこまでが本心かは不明だが
「じゃ、そういう事で。この子の着替えはこっちがなんとかするけど、他のスペシャルマッチ参加者逹は風邪引くなよ」
そう言うと、ライダーはひらひらと手を振りながら、治療室を後にした
忍びはその後をついていき………ぺこり、一礼してから、治療室を出た
不意打ちとはいえ、ザンに一撃を与えたあの忍びは、どこの組織にも所属していなかったのであればスカウトがあちこちからきた可能性があるが、「レジスタンス」にすでに所属していると判明したならば、そういったスカウトも来ないのだろう
ライダーがわざわざ忍びを迎えに来たのは、そう言ったスカウトの類が来ないように、「レジスタンス」所属の者であると知らしめるために来たのかもしれない
「……ある意味、過保護だねぇ」
「?何が??」
ライダー達を見送りながら、ぽつり、「先生」が口にした言葉が耳に入ったのか、ひかりは首を傾げた
「なんでもないよ」と「先生」は笑いながら、作業を続けている
ひかりはもう一度首を傾げて……が、特に気にする事でもないと判断したのか、思考を切り替える
彼女が考えることは、一つ
「せっかく、おっきなエビフライ作ったのになぁ……」
そう、これである
あの巨大なエビ型クラーケンをせっかくエビフライにしたのに、食べることが出来なかった
彼女は、それがとっても残念なのだ
「せめて、ひとくち食べたかったな…」
と、そう口にすると
650
:
続スペシャルマッチ終了後・治療室
◆nBXmJajMvU
:2016/12/22(木) 00:31:10 ID:4D9eGzIg
「ふむ、しかしお嬢さん。あのスコールの中にさらされていたならば、あのエビフライ、水分でぶよぶよになってしまって味が落ちていたのでは?」
……………
「先生」の言葉にっは!?となり、ガビビビビン、とショックを受けるひかり
そう、誠に残念ながら、「先生」の言う通りだろう
かなりの水分に晒されたであろうエビフライは、揚げたてさくさくの美味しい状態ではなかったのだ
美味しく食べる事など、あの試合会場にスコールが降り注いでいた時点で無理だったのだ
ガーンガーンガーン、とショックで固まった後、若干、涙目でぷるぷるしだしたひかり
と、そこに「先生」が救いの手を差し伸べる
「さて、お嬢さん。可愛らしい服がずぶ濡れになってしまっているからね。はい、乾くまでこちらを着ているといいよ」
ひらりっ、と
「先生」が、先程までずっと作っていたそれを広げてみせると、ひかりが「わぁ」と嬉しそうな声を上げた
それは、可愛らしい、黒いゴスロリのワンピースだったのだ
首元のリボンやスカートを見るに少々デザインは古めかしいが、ひかりにぴったりなサイズである
「おじさん、ありがとう!」
「どういたしまして。さて、次作るか」
「だから、せめてリクエスト聞いてから作れ」
っご、と灰人に脳天チョップツッコミをしたが、「先生」はスルーしてさっさと次の服を作り上げている
どうやら、また女性物を作ろうとしているらしい。レディーファーストだとでも言うのだろうか
なんとなく楽しげに、「先生」はその作業を続けていた
(……際立っておかしなところはない、よね?)
「先生」の様子を何気なく伺いながら、三尾は少し不思議に思っていた
この「先生」に関して、実は「組織」で少し、話を聞いたことがあるのだ
三尾が担当する仕事絡みではない為、又聞きだったり噂が大半なのだが、共通している事は一つ
「あの「先生」は厄介だ」と言う事
何故、よりにもよって学校町に来たんだ、と、学校町に来た当初、天地が頭を抱えていた様子も見たことあるような。ここで「先生」を見ているうちに、それを思い出した
……何故、そのような評価なのか?
治療の手伝いをしつつ何気なく観察していると、「海賊 黒髭」は自分と自身の契約者に関しては、「先生」に治療されないように、と言うより、接近すらされないようにしている事に気づいた
契約者の方はともかく、黒髭の方はかなり「先生」を警戒している
その警戒っぷりは、「先生」が学校町に定住し始めた頃の天地にどこか似て見えて
(彼に聞けば、わかるのかな)
と、聞く聞かないはともかくとして、三尾はそう判断したのだった
to be … ?
651
:
チキン野郎は今日も逃げる
:2016/12/23(金) 23:16:20 ID:nOZbdaUs
・九話 姉から逃げられない!その一
時計の針が午前五時を示す頃、ボクは着替えと準備を終えていた。
いつもの習慣。日曜日でもそれは変わらない。
「よし!」
着慣れたジャージ、時間を確認するための時計、いざという時のための小銭。ジョギングの支度はばっちりだ。昨夜、【首なしライダー】と戦ったせいで寝不足気味なのを除けば。後で昼寝でもしよう。
朝日が差し込む自室を出て、階段を降りる。すると、玄関に佇んでいる緋色さんが目に入った。
「おはようございます、師匠」
「おはよう、緋色さん」
緋色さんはいつものように、姉ちゃんから貰ったジャージを着ていた。
……うん、似合ってない。大人な彼女には、きっちりとした服装が向いている。ジャージのような活動的な格好はいまいちだ。
「師匠? どうしました」
「ううん、何でもないよ」
思ったことを顔に出さないようにして笑う。
こんな失礼なこと、本人に悟られるわけにはいかない。
「緋色さんは、今日もいつものコースを走るの?」
本心を隠すために話を振ってみる。
「はい、あの辺りは人気が殆どないので。全力で走っても問題がありませんから」
「いいよね、あそこ」
ボクも、能力の訓練で使ったことがある。
人気がないのに不気味な感じはしない不思議な場所だ。むしろ、あそこにいると心が落ち着く。運動をするのには最適な場所かも知れない。
「師匠もいつものコースですか」
「うん」
ボクが走るのは、契約者となる前と同じく河川敷。ランナーには人気のある道で、毎朝多くの人がジョギングをしている。ウォーキングや犬の散歩をする人も多い。
もちろん、今も能力を使わずに走っている。
「わかりました。指導はいつも通り夜に?」
「うん」
ボクは生意気にも、緋色さんに走りの指導なんかをしている。
といっても、親から教えてもらったコツや経験からの知識を教えているだけなんだけれど。緋色さんは、タメになると言ってくれている。
「わかりました。では、『訓練』の方も」
「いつも通り、ジョギングが終わったらで」
靴を履きながら、約束を交わす。
「今日こそは頑張るよ」
決意表明をしながら、玄関のドアを開けた。
652
:
チキン野郎は今日も逃げる
:2016/12/23(金) 23:21:04 ID:nOZbdaUs
【注射男】の件に片がついた翌日から、緋色さんは我が家で暮らすようになった。……もちろん、ボクから言い出したわけじゃない。今でも、あんなに綺麗な女の人と同居するのには抵抗がある。
ことの発端は、【注射男】を退治した翌日。彼女を自宅に招いたことにある。
「本当にいいんですか?」
「もちろん」
学校からの帰り道、ボクは合流した緋色さんを自宅まで案内した。
「これからは、今まで以上に深い付き合いになるだろうしね」
緋色さんは、契約都市伝説でもないのに一緒に戦ってくれると言ってくれた。いわば、仲間だ。
自宅に招いて、親交を深めるくらい当然だろう。
「ふ、深いお付き合いですか……」
「うん。あ、緋色さん」
「? なんですか」
首をかしげる彼女に、大事なことを質問した。
「緋色さんってマスク外せる?」
「ええ、外せますよ。それが何か?」
「いや、どうせなら一緒に夕食でもどうかなと思ってさ」
都市伝説は情報生命体だ、殆どの個体は食事を摂る必要ない。けれど、生物の形をしていれば食べることはできる。実際、トバさんはボクや姉ちゃんと一緒に食卓を囲む。
「はい、もちろん。……いえ、でも」
顔を曇らせたので、慌ててフォローする。
「ああ、口のことなら気にしなくていいよ。姉ちゃんも気にしないし」
姉ちゃんと口にすると、緋色さんは敏感に反応した。
「お姉様がいるなら、ますます」
「あーうん。大丈夫、姉ちゃんは誰よりも大丈夫」
実際は大丈夫どころではなかった。
姉ちゃんは緋色さんを気に入り、家にいる間ずっとべったり。緋色さんは、困惑しながらも嬉しそうにしていた。
その内、姉ちゃんは彼女から帰る家がないことを聞き出した。……念の為に言っておくと、これはおかしなことじゃない。都市伝説は情報生命体。人間と違い休息を取る必要がない。 住処を作る習性のある都市伝説でもない限り、家がなくても平気だ。
ただし、姉ちゃんは都市伝説のことを知らない。だから、
「なら、うちに住めばいい」
と言い出した。
緋色さんは大いに慌てた。真面目がゆえに、本当の事を言ってしまったことを後悔しながら。
迫る姉ちゃん、困り果てる緋色さん。
「おい、どうすんだよ」
トバさんは、ボクに決断を求めてきた。
「どうするも何も決まってるよ」
「まあ、そうだよな。お前みたいなチキン野郎が認めるわ――」
「空いてる客間を使ってもらうよ」
「おい!?」
押し入れに、来客用の布団があることを思い出した。早速、取りに行こうとすると足に猛烈な痛み。
「ト、トバさん! 痛い! 痛い! いきなり噛み付かないでよ!!」
「うるせえ。どうして、今日に限ってお前が破廉恥なのか説明しろ! いつものお前なら、顔を真っ赤にして逃げてるだろ」
「そ、そりゃ」
決まりきった答えを口にした。
「姉ちゃんの決定には逆らえないし……」
こうして、緋色さんは同居人となった。
653
:
チキン野郎は今日も逃げる
:2016/12/23(金) 23:26:43 ID:nOZbdaUs
同居人となった緋色さんは、今まで以上にトレーニングに力を入れるようになった。そればかりか、家のお手伝いもしてくれている。ボクがやらなくてもいいよ、といってもだ。姉ちゃんなんか、頼んでも絶対にやってくれない。自分の洗濯物すら、僕に任せっぱなしだ。
こうして、緋色さんは我が家に馴染んでいった。しかし、彼女にはもう一つ役目がある。
「師匠、もっと前へ」
「う、うん」
それはボクの指導。
「当たることより当てることを考えてください。師匠は、まずそこからです」
「わかってはいるんだけど……」
ナイフ術のコーチだ。
ジョギングから帰ってきたボクらは、いつものようにゴム製のナイフを持って対峙していた。
「緋色さんの剣筋、まったく読めないよ!?」
実力差がありすぎて、まともな勝負になっていけどね!
目、首、心臓。急所を狙って繰り出されるナイフに、ボクは対応できずに後退。壁際へと追い詰められる。
その間に、無防備な腕や足が斬られていく。これが実戦だったら、今ごろ動けなくなっているだろう。
「大丈夫です。その内に慣れます」
「とてもそうは思えないよ!」
緋色さんは【口裂け女】。
人間を圧倒する膂力を持っている。でも、それだけならただの剛剣。いくら、速くてもワンチャンスぐらいはある。実際、目で刃を捉えることはできていた。
ボクが、ここまで手も足も出ないのは緋色さんの技術が高いから。次にどこを刺突してくるか、どんな軌道で来るかがわからないせいだ。これじゃあ、刃を見ることができても意味が
ない。
彼女は、刃物の扱いに関してはプロ中のプロだ。包丁を握らせても天下一品。あっという間に皮を剥き、野菜を切り終える。魚を下ろすのだってちょちょいのちょい。……昔、料理を覚えるまで苦労した身としてはかなり羨ましい。
戦闘では、腕がさらに発揮される。ナイフの距離だと都市伝説を圧倒し、遠距離でも投げナイフで応戦。完璧だ。
そんな彼女を、慣れだけで攻略できるなんて思えない。いくら、ボク用に手を抜いていたとしてもだ。
「あっ」
ついに、壁が背中についた。もう逃げ場所はない。
こうなったら、イチかバチかだ。
膝を曲げ腰を下ろす。同時に、頭上をナイフが通り過ぎた。うん、ラッキー。ナイフがくるかなんて全然わからなかった。
体勢を低くしたまま、瞬時に能力を発動。両足が熱くなり、気持ちも高まる。
「えいっ!」
ナイフを前に構え、緋色さんめがけ突っ込む。ボクに出来る精一杯の奇襲だ。
拙いけれど、能力のおかげで速度だけはある。もしかしたら、当たるかも――
「師匠、バレバレです」
期待はあっさりと崩れ去った。
ナイフは空を切った上、緋色さんによって足払いされた。加速しているボクは、勢いを止められないまま床に飛び込む。
……前にも似たようなことあったね! デジャブを感じながら顔面スライディング。滅茶苦茶痛い。
畳みが、ボクを笑っている気がした。
654
:
チキン野郎は今日も逃げる
:2016/12/23(金) 23:30:42 ID:nOZbdaUs
「はあ」
ナイフ訓練後、ボクは体育座りをして落ち込んでいた。
「師匠、元気を出してください」
「ありがとう、緋色さん。でもさ……」
溜息がこぼれた。
「ここまで進歩がないとね」
【注射男】の一件で、ボクは自分の無力さを実感した。だから、戦うための技術を身に付けようと模索を始めた。
まず、最初に試したのが蹴り。
トバさんの能力のおかげで、足が速くなったんだから蹴りも強くなっているんじゃないか。という、単純な発想だ。でも、全くの適当という訳じゃない。
トバさんと緋色さん曰く、能力には系統というものが存在するらしい。主なものは五つ。 強化、放射、操作、変化、創造だ。二人の場合は、主に強化の能力が使える。身体能力が高いのが証拠だ。また、緋色さんのナイフを作る力は創造に分類されるらしい。
系統には契約者との相性がある。
放射系は得意だけど、変化系は苦手。創造系は達人級だけど、それ以外はからっきし。といった感じに。
ボクの場合は、トバさんの能力しか試してないから厳密にどうとは断言できない。けれど、脚力の増大していることから強化が得意なタイプ。いわゆる、強化型じゃないかと診断された。なら、キック力も高いだろうと予想されたので試してみた。
結果、
「……おい、サンドバック全然揺れてねえぞ」
駄目駄目だった。どうやら、強化されているのは脚力ではなく走力だったみたいだ。理屈がよくわからない。
落胆するボク。そこで、緋色さんが話を持ちかけてきた。
「良かったら、私のナイフ術を教えましょうか?」と。
刃物なら、力が弱くとも傷を負わせることができる。それに、師匠の能力とは相性がいいと思いますと勧められた。確かに、コンパクトなナイフと速度に特化したボクの能力はぴったりだ。両方の利点を殺すことなく運用できる。
緋色さんの説明にボクは納得。早速、翌日から教えてもらうことになった。
……結果はこの通りだけど。
「ボク、向いてないのかな」
思わず、出た言葉に緋色さんが反応した。
「そんなことありません! だって、師匠は!」
「? ……師匠は?」
「あ、いいえ。何でもありません」
「そ、そう」
やけに、余所余所しい態度を取られてしまった。せっかく、教えてくれているのに弱気な発言をしたのはまずかったかもしれない。
反省しながら、ある提案をしてみた。
「だからさ、緋色さん」
「……はい」
「夜も練習に付き合ってもらってもいいかな」
「はい、私なんかじゃコーチになりませんよね。別の戦い方を考えましょう」
「……ん?」
「……え?」
見事に食い違った。
「え!? 私、てっきり師匠が止めるのかと」
「いや、止めないよ!? 多分、ナイフがボクの能力に一番合っているし。それに――」
昔は、傷だらけだった手の甲を見つめる。今はもう、絆創膏一つ貼っていない。
「練習するのは慣れているから」
それと、失敗することにも。
「……師匠はすごいですね」
「当たり前だよ、このくらい。じゃないと、何も身に付かないし」
時間と労力。
この二つを割かないと、人は何も得られない。だから、二つとも惜しみなく差し出す。必要な力を手に入れるために。
655
:
チキン野郎は今日も逃げる
:2016/12/23(金) 23:33:04 ID:nOZbdaUs
「まっ、それでも身につかねえこともあるけどな」
突然、廊下から声。そこには、見慣れた同居犬がいた。
大型犬らしいがっちりとした体、ふわふわの毛並み、そしてアンバランスな中年男性の顔。
「あ、トバさん」
「おはようございます」
「おう」
ボクの契約都市伝説である【人面犬】、トバさんは悠々とした足取りで部屋に入ってきた。どこか、チンピラっぽい。
「また、今日もボロ負けか」
「うん、見事に」
苦笑で返す。
「いまだに刃筋が読めないし、ナイフも擦りすらしないよ」
「……本当に進歩がねえな」
我ながら、その通りだと思う。
心の底から同意していると、トバさんは緋色さんに視線を向けた。
「まっ、お前が強すぎるってのもあるんだろうが」
「……私がですか」
「ああ」
首をかしげる緋色さん。一方、トバさんは珍しく真剣な表情をしていた。
「自分じゃ自覚がねえかもしれねえが、お前のナイフ術は一級品だ。うますぎる」
「そんなことありませんよ、【口裂け女】ならこのくらいできます」
「いや、それを差し引いてもだ」
「え?」
どういうことだろう。ボクにも、よく分からない。
「確かに、【口裂け女】には刃物に関する話がある。けどな、刃物扱いが上手いっていう話はあんまりねえんだよ」
「あー、そうだね。でも、たまたまじゃない。ほら、同じ都市伝説でも地域によって伝承が違うし」
情報の違いは、都市伝説に影響を与える。
同じ都市伝説でも、地域が違うだけで異なる能力を持ったりするらしい。それを考えると、おかしいことじゃない。彼女を形作る情報の中に、人を解体するとかの噂が混じっているだ
けの話だ。
「特別、気にすることじゃないよ」
ボクとしては、ナイフ術を教えてもらえるので助かっているし。
「……お前、適当だな」
「トバさんが敏感なんだよ」
嘆息したトバさんに言い返す。なんで、そんな細かいことを気にするんだろう?
疑問に思っていると、緋色さんが口を開いた。
「……私にとって、刃物はあくまでトドメを刺すための道具です。それ以上でもそれ以下でもありません」
「あんなにうまいのに?」
「ええ、一番重要なのは足の速さだと思ってますから」
緋色さんは、速さを求めるためだけにボクに弟子入りしたような人だ。この答えには納得できる。
「もっとも、最近はタイムが伸び悩んでいますけど……」
「あー、うん」
ボクに弟子入りをしてすぐの頃、緋色さんのタイムはぐんぐんと伸びた。
当然だ。今まで、身体能力だけで走っていた彼女に技術を教えたんだから。けれど、一通り教えると伸びは下がってきた。ある程度、実力が上がり低迷期に入ったからだ。ずっと成長できるように、人も都市伝説も出来ていない。
ここは励ました方がいいのかな、脳裏に考えが浮かぶ。でも、その必要はなかった。
「ですが、頑張ってみます。……師匠も精進していますから」
嬉しい一言を付けてくれた。
「うん、ありがとう」
「いえ」
感謝の言葉に、カンさんは微笑みを返してくれた。美麗な顔立ちが更に輝く。なんだか、見ているだけで心が洗われる。
すっかり、浄化されたボクは静かに立ち上がった。
「じゃあ、朝ご飯にしようか。姉ちゃんは、まだ起きてないから三人分だけ――」
「それは違う」
廊下から遮る声。すぐに、その持ち主が足音一つ立てずに姿を表す。
656
:
チキン野郎は今日も逃げる
:2016/12/23(金) 23:35:46 ID:nOZbdaUs
「今起きた」
まず、目に入るのは180cm以上はある長身と栗色のロングヘア。次に、人形のように整った無表情な顔を瞳が映す。肌は適度に焼けていて、体には無駄な肉が一切ない。相変わらず、完璧を体現したような容姿だ。世の男性からしたら憧れ、世の女性からしたら天敵だろう。
そのどちらにも属さないボクは、いつものように挨拶をする。
「おはよう。今日、日曜日なのに早いね」
もちろん、呼び慣れた愛称付きで。
「姉ちゃん」
ボクの問いに、姉ちゃんこと空井燕(うつい つばめ)はお腹に手を当てた。
「お腹減って目が覚めた。ご飯は?」
「うん、これから作るよ。それまで」
後ろを振り返る。
「緋色さん。手伝いはいいから姉ちゃんの相手をしてもらっていい?」
「はい、任せてください」
「姉ちゃんも、いつも通りそれでいいよね?」
返ってきたのは無言の首肯。我慢できないとばかりに右手が差し出される。
「じゃあ、すぐに作るから」
ボクは、姉ちゃんにゴムナイフを手渡した。
657
:
チキン野郎は今日も逃げる
:2016/12/24(土) 09:29:30 ID:hibDrTLs
「では、行きますよ。燕さん」
「いつでもいい」
二人を部屋に残し、ボクとトバさんは廊下に出た。
「……相変わらず、朝から血気満々だな。お前の姉は」
「姉ちゃん、バトルジャンキーだから。それに、相手が緋色さんっていう強者だしね」
苦笑しながら、台所に向かって歩き出す。
「今はマシになったほうだよ。中高生の時は、道場掛け持ったり喧嘩したりと大変だったから」
主に洗濯が。そう付け加えると、トバさんは苦い顔をした。
「普通、気にかけるのはそこじゃねえんだけどな」
「しょうがないよ、姉ちゃんだし」
「そうだな。なんせ」
トバさんは、部屋の方を向いた。
「【口裂け女】と互角に斬り合いをする女だからな」
模擬戦をしていると言うのに、物音は殆どしなかった。たまに聞こえるのは、僅かな足音だけ。
そのくせ、部屋の入口からは静かな殺気が溢れ出ていた。
「達人同士の戦いは、静かなものだっていうがここまでとはな」
「得物が刃物だから特にね。今は、お互い牽制しあっている感じかな」
「……慣れてるな、おい」
「姉ちゃんの弟だからね」
リビングに通じるドアを開ける。
「しっかし、緋色の奴と互角とはな。あいつの剣捌き、【口裂け女】としても異常に高いレベルだぞ」
「姉ちゃん、『システマ』とか『富田流』とかも齧ってるから。それでじゃない? 緋色さんも、全力は出してないみたいだし」
「まあ、それもあるんだろうが。……色々とおかしすぎるだろ、この家」
「うん? 何か言った?」
首を傾げ、トバさんを見つめる。けれど、首を振られた。
「いや、何でもねえよ。それより、早く飯作れ」
「はーい」
何を言おうとしたんだろう? そう疑問に思いつつ、ボクは台所に立った。
――続く――
658
:
治療室 外海とゴルディアン・ノット
◆MERRY/qJUk
:2016/12/27(火) 01:21:00 ID:cC0o4zhc
忍びが「ライダー」と呼ばれた男性と共に退室してから少しして
「……ソロソロ頃合いか」
唐突に乾いたものが擦れるような声でそう呟くと、
ゴルディアン・ノットはゆっくりと外海の方へ近づいた
「外海、帽子を」
「うむ。確かに返したぞ」
外海が差し出した中折れ帽をグローブをはめた手で受け取ると
ゴルディアン・ノットはまだ湿った様子の▼模様が描かれた覆面の上から被った
「シかシ今回ハ試合にこソ勝てたガ、己の未熟サを痛感スル戦いダった」
「確かにそうかもしれないな……」
ゴルディアン・ノットの言葉に悔しそうな表情を見せる外海
それが見えているのかいないのか、彼は言葉を続けた
「俺ガヒーローを名乗レル日はまダ先のようダ
目と手の届く者スラ守レないようデハな……」
「……だがお前は、最後のあの時に」
「結果を伴わない過程に大シた意味ハない
それは過程の無い結果もまた然リ……
二つが揃ってようやく、俺ガ目指ス在リ方となルのダ」
外海の言葉を遮って言い捨てると
ゴルディアン・ノットは背を向けて歩こうとする
659
:
治療室 外海とゴルディアン・ノット
◆MERRY/qJUk
:2016/12/27(火) 01:22:36 ID:cC0o4zhc
「待て」
その背にもう一度、外海が言葉を投げかける
「余計な世話かもしれないが、本当に診察を受けなくていいのか?」
戦場で言葉を交わし共闘した相手に対して
外海は純粋な善意、その体を心配して確認の問いかけをする
「大丈夫ダ」
そして返された言葉に「ああ、やはりそう答えるか」と思って
「ソレにあの男に体を見セルのハ、少々気乗リシない」
「………………うん?」
続いた言葉に違和感を覚えて、声を漏らした頃には
ゴルディアン・ノットは治療室を出て行った後だった
【続】
660
:
ゴルディアンの結び目 04:肝試し
◆MERRY/qJUk
:2016/12/28(水) 00:02:35 ID:cQ6fb3cU
夏休みも半ばを過ぎたある日のこと
相生家に電話の着信音が鳴り響いた
「――――肝試し?学校で?」
『うん。真理ちゃんも来るよね?』
なぜ行くのが前提なのか。それよりちょっと整理させてほしい
「あのさ、学校って普通夜は施錠されてるでしょ」
『鍵が壊れて施錠できない場所が一階にあるんだよね』
「……監督の先生とか」
『いないよ』
「…………本気なのね?」
『真理ちゃんもしかしてこういうのダメなの?』
「いや、そういうわけじゃないけど」
『うーん、どうしても嫌なら来なくてもいいけど』
「まあできれば、あんまり行きたくないというか……」
『でも篠塚さんは来るって言ってたよ』
「行きます」
『じゃあ夜の11時集合だから』
「時間遅くない?」
『じゃあまたね』
電話が切れた。受話器を置いて、ゆっくりと息を吐く
…………あのバカを問いたださなければ
私は幼馴染を詰問すべく、飲み物を用意して部屋へ向かった
661
:
ゴルディアンの結び目 04:肝試し
◆MERRY/qJUk
:2016/12/28(水) 00:03:27 ID:cQ6fb3cU
「で、どういうつもり?夜の中学校なんて明らかに危険じゃない」
「んー、それはそうなんだけどねー」
ベッドの上でゴロゴロしていた結が起き上がって座り直す
視線がコップに向かっているが、飲み物の前に回答が欲しい
「登校日があったでしょー?その時に集まって計画しててさー」
「ああ、草むしりの日に……それで?」
「私も最初止めようと思ったんだけどさ、全然聞いてくれないしー」
「普段一人のあんたがいきなり話しかけても、そりゃそうなるでしょ」
「いかんのいー」
頬を膨らませる結だがこれは自業自得だろう
完全な人ではない結は、人と距離をとりたがる傾向がある
人が嫌いだからではない。人ではない自分が人とどう接するべきか
至極真面目に思い悩んだ結果そうなったのである……不器用かっ!
もちろん話しかければ普通に答えるし、当たりが強いわけでもない
ところがここである要素が足を引っ張った。容姿である
結の母親である瑞希さんは十人中九人が美人と答える容姿で
ここに持ち前の明るさが加わり高校生時代男女問わず人気があった
……という風に美弥さんからは聞いている。その結果として
仲良くしていた美弥さんは同級生から睨まれたとか。これはたぶん事実なのだろう
662
:
ゴルディアンの結び目 04:肝試し
◆MERRY/qJUk
:2016/12/28(水) 00:04:07 ID:cQ6fb3cU
結も母親の容姿の良さをしっかり受け継いでいる
可愛いというより美人という言葉が似合う顔立ち
同年代と比べて細身でスラッとした体型
加えて人に踏み込まず人に踏み込ませずという立ち回り
この結果、私の幼馴染は学校ではまるで『孤高の花』であるかのように
扱われている……というか周囲も接し方に困っているようだ
色々探ろうとしてものらりくらりと誤魔化され
分かることといえば私の幼馴染であり仲が良いということくらいらしく
であれば接触するのは私に任せて遠巻きに眺めるほうが
よほど気が楽なのだろう。いい子なんだけどなぁ、趣味以外
「だからねー、止められないなら一緒に行って万が一に備えようかなって」
「そういうことか……というかそういうのは私にも教えておきなさいよ」
「真理ちゃんまで誘われるとは思ってなかったんだもん」
どうやら気を使ってくれていたらしい
確かに私も好き好んで深夜の学校になんて行きたくはない
が、それはそれとしてみんなの中に結を一人放り込むのも……うん
「とにかく今回は私も参加します」
「うん!みんなと真理ちゃんは私が守るからね!」
「はいはい」
とはいえ本当に何かが起これば私ばかり守るわけにもいかないだろう
私も万が一に備えなければ。結に飲み物を渡しながら、心の中で呟いた
663
:
ゴルディアンの結び目 04:肝試し
◆MERRY/qJUk
:2016/12/28(水) 00:05:01 ID:cQ6fb3cU
そして肝試し当日、夜の11時
私は電話をかけ誘ってきた友人の両肩を掴み揺さぶっていた
「半数以上!ドタキャンって!おかしいでしょ!!」
「あはは、ごめんごめん!まさかここまで集まりが悪いとはねー」
首とポニーテールと自己主張の激しい胸を揺らしながら彼女が苦笑する
というかブラジャーはちゃんと着用してほしい。後ろの男子絶対困ってるから
当初は私と結を含め、10人で行うはずだった肝試し
蓋を開けてみれば、集まったのは私たちと彼女以外は男子一人だけ
他の6人はといえば、2人は親の目を盗めず外出できないということだが
残り4人はゲームがしたいとかテレビが面白いとかで来ないそうだ
そりゃあ同級生に危ないことはしてほしくないが、これはあんまりだろう
「ま、元々適当に夜の学校見て回って帰るだけなんだしさ。気楽にやろうよ」
「むしろこのまま解散でいいんじゃないかと思うんだけど……」
「えー、せっかく来たんだから真理ちゃんと肝試ししたーい」
「ちょっと結?」
「俺も、来たからにはやりたいって思うんだが……相生さんは嫌なのか?」
「…………あー、もう!分かったわよ!行けばいいんでしょ行けば!」
「そうこなくっちゃね!じゃ、ついてきて。鍵かかってないとこ案内するから」
そう言って彼女が近くの低いフェンスを乗り越えていく
続いて竹刀袋らしきものを背負った男子がフェンスを越えた
最後に大きめの鞄を抱えた結とウエストポーチを確認した私が越える、と
「結」
「うん」
フェンスを越えると空気が明らかに変わったように感じる
結も同じように感じたようで、隣の彼も違和感があるのか眉をひそめていた
もっとも彼女だけは立ち止まった私たちに首をかしげていたが
どうやら予想通り、肝試しは何事もなしとはいかないようだ……
664
:
ゴルディアンの結び目 04:肝試し
◆MERRY/qJUk
:2016/12/28(水) 00:05:46 ID:cQ6fb3cU
「よし、ちゃんと開いてる……ところでさ」
「なに?」
「せっかく一緒に肝試しやってるんだし、改めて自己紹介でもしない?」
校舎に侵入可能な窓を確認していた彼女がそう言った
といっても、結の方に視線を向けているので、主に結のことが気になるのだろう
「なら私からやるわ。相生真理。結の幼馴染よ」
「えっと、篠塚結。真理ちゃんの幼馴染だよー」
「……真面目にやってよ!」
「だっていまさらでしょ自己紹介なんて」
仮にも同じクラスで数ヶ月一緒だったのだ
懇切丁寧に自己紹介をするほうが変だろう
「あー、じゃあ次は俺が。半田刀也(はんだとうや)だ。怪談とか大好きだ」
「ぐぬぬ……潮谷豊香(しおたにゆたか)!私も怪談好き!」
「あ、私もー」
「私も嫌いじゃないわ」
「この便乗犯!!」
どうしろというのか
「紹介してよ!謎めいた篠塚さんの真実の姿ってやつを!!」
「ないわよそんなもの」
例のヒーローごっこはむしろ仮初の姿なのでウソにはならない
そして結は尻尾が生えたりもするが、紛う事なく人間だ
ならば普段見せている姿もまた真実の姿。つまり話すことはない
665
:
ゴルディアンの結び目 04:肝試し
◆MERRY/qJUk
:2016/12/28(水) 00:06:26 ID:cQ6fb3cU
「く……ま、まあそれは置いておいて。ここから校舎に入れるわけよ」
「ならさっさと行きましょ。早く帰りたくなってきたし」
「真理ちゃんに同意ー」
「あー……俺も長居はしたくない、かな」
「あんたたち盛り上がり悪くない?!」
いやだって、ねえ?
「とにかく入るわよ!ふっ……ほら、さっさと入って入って!」
「はいはい。よっ、と。ありがと結」
「お安いご用だよー。よいしょ」
「内履き下駄箱に置きっぱなしなんだよな……っと」
「よっし、じゃあ出発!……まずは玄関ね」
「おう、助かる」
豊香が意気揚々と先頭に立ったところで、私と結と彼が窓を振り返る
……校庭に墓石が立ち並び、土の下から青白い手が伸びているのが見える
「"墓地を埋め立てた学校"ってことね」
「やっぱすぐ帰った方がよかったか……?」
「なんとかなるよ。ね、真理ちゃん!」
「いやあんたは大丈夫だろうけど……えーっと、半田君は?」
「一応付いてきてもらってる。ほらアレ」
「どこ?……ああ、"テケテケ"か。戦闘は?」
「俺はともかく彼女はそれなりにできる方、だと思う」
「うーん……じゃあパパッと終わらせたほうがいいわね。一応近くに呼んどいて」
「わかった」
「ちょっとー!?なんでついてこないのよ!!」
「はいはい。今行くから」
「……なあ、潮谷さんさ」
「私と結に聞かれても分からないからね」
雰囲気的に(あと結の嗅覚曰く)彼女も契約者のはずなのに
緊張感がなさすぎではないだろうか。鈍感なのか大物なのか……
なんにせよ、今はこれ以上の厄介事が舞い込まないことを祈るばかりである
666
:
ゴルディアンの結び目 04:肝試し
◆MERRY/qJUk
:2016/12/28(水) 00:06:58 ID:cQ6fb3cU
ダメでした。何故か開いていた玄関から"ゾンビ"っぽいのがなだれ込んできた
いくらなんでも防犯がザルすぎるでしょ?!
「いやあああああこないでええええええええ!!!?」
「豊香邪魔!ひっつくな!結、頼んだわよ!!」
「ああ、任セロ」
「篠塚さん顔怖っ?!変身系か!!?」
「危ないから刀也さんも下がってください!ここは私が抑えます!」
「でもテケテケ、この数は……!」
「問題ない。俺ダけデ十分ダかラ、テケテケハ反対側の警戒を頼む」
「えっ?!でも刀也さんのご友人を危険に晒すのは」
結を説得しようとしたテケテケの頭上をビュンと影が横切る
結の背中側から黒い鱗に覆われた長い尻尾が伸びて死体の群れに振るわれたのだ
迫ってきた死体の群れが紙屑のように元いた方へ吹き飛ばされていったのを見て
半田君とテケテケは呆然としているようだ。まあ無理もないが……
「ドうシた?一階に留まルのハ不味ソうダ、二階に上ガルゾ」
「いやいやいや!えっ、なに、篠塚さんそんなに強かったのか?!というか声が違う!」
「結は基本週六で都市伝説退治しに行ってるわよ」
「えっ。私と刀也さん週末くらいしかそういうのやってないんですけど……」
「のんきに会話してないで篠塚さんの言う通りに逃げよう?!」
「じゃあ早く立ってよ」
「ごめん真理ちゃん。腰抜けたから担いで」
「無茶言わないでよ。半田君、手伝ってもらっていい?」
「お、おう。で、どうやって運ぶんだ?」
「とりあえず脇に腕を通すように後ろから抱えて。私が足持つから」
「分かった……テケテケは先に階段を登って警戒してくれ」
「分かりました」
半田君が指示を出すとテケテケが階段を駆け上っていった
結の方は……うん、安定して追い払ってる。とはいえ早く上に行こう
667
:
ゴルディアンの結び目 04:肝試し
◆MERRY/qJUk
:2016/12/28(水) 00:07:28 ID:cQ6fb3cU
「ところで半田君」
「なんだよ」
「たぶん豊香の胸を触ることになると思うけど私が許可する。思いっきりやれ」
「はぁ?!」
「ちょっと真理ちゃん!!?」
「下手に遠慮して力抜いたら落としかねないでしょ。どうせ減るものじゃないし」
「減るよ?!心の中の大切な何かがゴリゴリ削れちゃうよ!!?」
「…………あ、ダメだ。触らないようにすると思ったより力入らねえ」
「でしょう?というわけで豊香。覚悟決めなさい。緊急事態なんだから」
「うー…………や、優しくしてね?」
「いや落とさないようにしっかり持ってね?それじゃそろそろ行くわよ」
「わ、分かった……よっ!」
半田君と二人がかりで発育良好な分、重量のある豊香を抱えて二階に上がる
豊香はその間ずっとこっちを睨んでいた。気持ちは分かるけど必要だったのだ。許せ
さて二階は……ひとまずゾンビに先回りはされていないようだ
「二階に異常なし!」
「分かった、スグ向かう!」
結に声をかけてしばらくは鈍い音が鳴り響いていたが
やがて静かになったかと思うと、顔や喉に黒い鱗を生やした結が上がってきた
「ゾンビは?」
「殴っていたラ消えた。数は多いガ随分と脆いようダ」
「とはいえまた出てきそうよね……どうしたのそわそわして」
「着替えたい」
「……手短にね」
「ああ」
結が鞄を開けていつものトレンチコートと覆面を身に着け始める
こんな時でも格好は気になるのか。と思っていると豊香が話しかけてきた
668
:
ゴルディアンの結び目 04:肝試し
◆MERRY/qJUk
:2016/12/28(水) 00:08:38 ID:cQ6fb3cU
「みんな……契約者だったのね」
「気づいてなかったの?」
「全然。って、もしかして真理ちゃんは分かってたってこと?」
「結もね。あと半田君もでしょ?」
「まあ、そうだな。流石に何と契約してるのかは分からないけどさ……」
「そんなの私と結だって知らなかったわよ」
「えぇー、なんでみんなそんなに分かるの?」
「雰囲気かな」
「というか豊香が鈍感すぎるんじゃない?」
「そんなバカな」
心なしか肩を落とした様子の豊香だが、すぐ顔を上げて話を続けることにしたようだ
「私の契約都市伝説は"蛤女房"よ。飲むと回復するポーション的なものが作れるわ」
「えっ、尿から?」
「違うわよ!手に湧かせたりもできるの!」
「……も、ってことは尿自体に効果はあるのね」
「の、ノーコメント……」
その反応はもう答えを言ってるようなものだと思う
それにしても回復系は珍しいと聞いた覚えが……となると
「所属は?」
「しょ、所属?」
「あ、俺とテケテケはフリーだから。今のところ困ってないから"組織"のは断った」
「組織のは、っていうと……"首塚"あたりにも接触されてる?」
「前に危ないとこ助けられて名前聞いたくらいだよ。よければ来るか?とは言われたけど」
「助けられたといえばこの前の、かめんらいだー?の方々は何者だったのでしょうか?」
「フリーだったのかもな。ライダーって都市伝説扱いなのかって驚いた……相生さん?」
「……ねえ、そのライダーってショートヘアの女の人か、黒い犬と一緒にいなかった?」
「え?ああ、確かにどっちもいたけど。もしかして知り合いなのか?」
「それ、"怪奇同盟"って集団に所属してる人。というか結のお父さんよ」
「マジかよ……世間は狭いってこういうことなんだな」
「でも怪奇同盟というのは聞いたことがないですね?」
「トップが不在で実質解散状態らしいわよ。良かったら今度会いに行く?」
「本当か!色々話を聞いてみたかったんだよなー!」
「よかったですね刀也さん!」
「ねえ待って。私が置いてけぼりだから!所属ってなに?!組織?首塚?なんのことよ!?」
「潮谷さん……」
「豊香どっちも知らないんだ……」
「その哀れむような感じやめてくれる!?」
669
:
ゴルディアンの結び目 04:肝試し
◆MERRY/qJUk
:2016/12/28(水) 00:09:11 ID:cQ6fb3cU
いやまあ、実際のところ知らない可能性はあってもおかしくない
契約したとして目立つようなことをしなければ目をつけられることもないはず
半田君は積極的に都市伝説退治をしているようだから接触しやすかったのだ
しかし豊香の都市伝説は戦闘向きではない。表立って動いたことがなかったのだろう
逆に言えば表立って動いていたならば既にどこかに勧誘されていなければおかしい
「そもそも豊香、どうやって契約したのよ」
「昔海水浴に行った時、砂を掘ってたらすごく大きい貝を見つけたの
それを使って遊んで最後に海に投げたんだったかな……で、最近になって
夢の中に女の人が出てきて、実はあの時契約してましたって色々説明された」
「なにそのパターン初めて聞くんだけど……待って、昔っていつ?」
「えーっと5年前かな」
「小2から?よく襲われなかった、って豊香は小学校卒業後にこっち来たんだっけ?」
「そうだけど……襲われるってどういうこと?」
「契約者は都市伝説に襲われやすいって聞いたことない?」
「初耳なんですけど?!」
たぶんその夢の女の人、蛤女房なんだろうけど色々抜けてそうな気がする
あと半田君とテケテケは小6の11月頃に出会ったそうだ。意外と最近だ
そんな話をしていると着替え終わった結、もといゴルディアン・ノットが近づいてきた
「待たセたな。ソレデ、ここかラドうやって脱出すル?」
「一番早いのはあんたに窓から運んでもらうこと。でも気になるのよね、この状況」
「ねえ篠塚さんなんでそんな格好してるの?」
「俺もソレは気になル。ソもソも正面玄関の扉ガ開いていルのハ、おかシいダロう」
「確かに妙だよな。普通は施錠されてるはずだし」
「そのマスク手作りとか?ねえ篠塚さんってば」
「何者かが既に校舎に侵入しているということでしょうか……?」
「可能性はあるわね。ゾンビの出たタイミングからして、私たちとほぼ同時だったのかも」
「半田君とテケテケちゃんは気にならないの?気になるでしょ?」
「そういえばゾンビたちが出始めたの、俺たちが入ってすぐだったよな」
「しかも彼らは普段施錠されている玄関から入ってきた。開いてると知っていたのよ」
「奴ラハ我々デはなく施錠を解いた侵入者を追ってきた。ソう言いたいのか?」
「本当に可能性でしかないけどね。でもこれが事実だとすれば……」
「無視しないでよ!!」
豊香が地団駄を踏んでいるが、大事な話をしているのでそういうのは待ってほしい
670
:
ゴルディアンの結び目 04:肝試し
◆MERRY/qJUk
:2016/12/28(水) 00:09:41 ID:cQ6fb3cU
「私たちの選べる道は二つ。このまま帰ること。もう一つは調査をしてから帰ること」
「俺とシてハ、真理にハスグにデも帰ってほシいところダガ……」
「あれ、篠塚さん真理ちゃんの呼び方変えた?」
「冗談でしょ。私一人で帰宅するくらいならあんたと一緒にいる方が安全よ」
「確かに篠塚さん強いみたいだからな」
「ゴルディアン・ノット、ダ」
「あー……今はゴルディアン・ノットだから、ってさ」
「どういうこと?」
「ああ、ヒーローネームってことか!分かるよそういうの!」
「まあ長いし適当に省略して呼んであげてくれる?」
「えっと、じゃあ……ゴルディーさん?」
「hmm......ゴーディ、デいい」
「おー!愛称もかっこいい!」
「えー、そう?」
男子と結のセンスについていけないのは喜ぶべきなのだろうか
もっとも、ヒーローネーム自体に首をかしげている豊香より染まっている自覚はあるが
「それより刀也さん、私たちは……」
「おっと、そうだな……といってもここまで来て引き下がるのもかっこわるいだろ」
「そうですよね!それなら私は、全力で刀也さんを助けるだけです!」
「ありがとうテケテケ。頼りにしてるからな」
「お任せ下さい!」
そうこうしているうちに半田君は覚悟を決めたようだ
となるとあとは一人だけだが……
「豊香に選択肢はありません。ついてきなさい」
「ひどくない?!」
「逆に聞くけど一人でどうやって脱出するつもりなのよ」
「…………私も連れて行ってください」
「よろしい」
全員の意思は固まった。なら次にやるべきことは――――
671
:
ゴルディアンの結び目 04:肝試し
◆MERRY/qJUk
:2016/12/28(水) 00:10:18 ID:cQ6fb3cU
「後ろ三秒後行くわよ!3、2、1、ゼロぉ!!」
後方に放り投げた"小玉鼠"が破裂し爆風と共に血肉を撒き散らす
体勢の崩れた"動く人体模型"をテケテケが体当たりで空中に浮かすと
半田君が鉄パイプをフルスイングして叩き壊す。戦い慣れを感じるいい連携だ
手の中に戻った小玉鼠を今度は何も言わず前方のゾンビの群れへ放り込む
ゴルディアン・ノットも心得たもので布紐でそっと落下位置を調整してくれる
群れの中に小玉鼠が落ちたのを見て即座に爆破。ゾンビがいくつか消えたようだ
「ぎゃー!!肉片飛んできたー!!?」
「安心して。小玉鼠の肉片はしばらくすれば消えるから」
「しばらく私このままなの?!」
「戦ってもないのにごちゃごちゃ言わない!……にしても、多いわね」
言ってるそばから後方にまた新しい人体模型がやってくる
幸い"人骨で作られた骨格標本"も人体模型も同時に1つずつしかいられないようだ
後方にゾンビは回り込んでいないので敵が2体だけなのは助かる
なにせ前方では階段を上がってきたゾンビの群れが渋滞を起こしているのだ
ゴルディアン・ノットも奮闘しているがなかなか数が減ってくれない
二階から上は一通り調べた。もう一階しか手がかりを得られそうな場所は残っていない
それなのにいざ降りようとしたら上に向かって溢れ出してくるゾンビたち
慌てて二階廊下に下がったのが裏目に出た。強引に通るべきだったのだ
「手ガ足リないな」
ガシャリとゴルディアン・ノットの胴体に巻きつく鎖が音を立てる
しかしそれに続く幼馴染の呟きを私は否定する
「進展はしているわ。無理をする必要はないでしょ」
「時間ハ有限ダゾ」
「でも手札を切るには早すぎる」
「……なラ、ペースを上ゲルとシよう」
ゴルディアン・ノットの腕や体に巻きついていた布が、縄が、さらに鎌首をもたげる
それは糸と共に紡がれた女性の負の感情から、蛇の姿に変じた帯の妖怪
拡大解釈により蛇の異名である"朽ち縄"をも操るようになった彼女の契約都市伝説
"機尋"――繊維を束ねて形作られた無数の蛇が、主たる女の心の赴くままに牙を剥く
まあ、所詮は布と縄なので牙はないのだが……数の暴力はそれだけで脅威となりうる
672
:
ゴルディアンの結び目 04:肝試し
◆MERRY/qJUk
:2016/12/28(水) 00:10:51 ID:cQ6fb3cU
長さすら自在の無数の布と縄がゾンビを締めつけ、時に四肢を千切って捨てる
ゾンビの消えるスピードは早まったがゴルディアン・ノットの動きは鈍ってきた
いくら人外とはいえ無数の蛇を操りながら肉弾戦というのは難しいのだろう
ここが踏ん張りどころだと自分の心を叱咤して小玉鼠をゾンビに放る
できるだけ爆発の威力を上げ、より効果的に倒すため群れの奥へ向かって投げる
正直、投げる腕が辛くなってきたがここで私が休むと他の負担が増えるわけで
結局のところ無心で投げて起爆するしか私にできることはないのであった
だから豊香。投げるのに邪魔だから話しかけたり縋りつくのやめてくれないかな?
「刀也さんあれ!」
「おいおい、マジかよ……」
豊香を軽く蹴っ飛ばして引き離していると後ろで動きがあったようだ
人体模型と骨格標本、その後ろから近づいてきたのは……
「"歩く二宮金次郎像"……しかも石像じゃなくて青銅製か」
「真理ちゃん真理ちゃん!これマズいんじゃないの?!」
お荷物状態の豊香に指摘されるのは癪だが、実際状況は悪い
後ろは半田君とテケテケに私の援護があってなお拮抗していたのだ
ここで敵の増援が現れたということは……このままだと後ろが崩れる
どうする?進むことも引くこともできない。足りないのは、戦力……
「やるしか――――」
「――――お前達、伏セていロ!」
ゴルディアン・ノットの声に思考の海から意識が浮上する
見えたのは前方から後方に伸びる、複数の布と縄……それが向かう先は
673
:
ゴルディアンの結び目 04:肝試し
◆MERRY/qJUk
:2016/12/28(水) 00:11:54 ID:cQ6fb3cU
「早く伏せる!」
「ふぎゃっ?!」
ハッとして状況を分かっていない豊香の頭を掴み、強制的に伏せさせる
廊下にどこかぶつけたらしく痛そうな音と悲鳴が聞こえた。ごめん
チラッと後ろを見るとテケテケは伏せ、半田君は横に飛び退いていた
そしてその奥、布と縄で縛り上げられた二宮金次郎像が持ち上がり……
ゴウッと音を立てて私たちの頭上を通過する。その先にはゾンビの群れ
まるでボウリングでもしているかのようにゾンビという大量のピンが
二宮金次郎像という大質量のボールに弾かれて光の粒へと変わっていく
「走って!階段まで!!」
叫ぶと同時に豊香の手を引っ張って走り出す
廊下からゾンビが一気に減った今が一階に降りるチャンスだ
まだ残る少数のゾンビを消していくゴルディアン・ノットの横を抜けて
階段で未だにひしめき合っているゾンビ達に小玉鼠を放り投げる
「これで……どうよ!」
着弾と同時に今夜一番の威力で起爆。耳に痛い破裂音と
ビリビリと空気を震わせる爆風が階段に空間をこじ開けた
「よし、ゴーディは先に降りて蹴散らして!後は私がやる」
「心得た」
「半田君は豊香をお願い」
「分かったけど、相生さんは?」
「残りを足止めするわ。早く行って!」
「でも……」
「刀也さん行きますよ!」
全員が横を通り抜けたのを確認して小玉鼠を放り、爆破する
集まりかけていたゾンビと人体模型、骨格標本が
まとめて吹き飛んだのを確認して私もみんなの後を追った
674
:
ゴルディアンの結び目 04:肝試し
◆MERRY/qJUk
:2016/12/28(水) 00:12:34 ID:cQ6fb3cU
「おい、アレなんだ?!」
半田君の声に一階廊下の奥へと目を凝らす
ひしめくゾンビの向こうに白い巨大な何かが暴れるのが見えた
「あの辺りは……なるほどね。ゴーディ、白いのに向かって!」
「分かった!」
ゾンビを蹴散らすゴルディアン・ノットの背中を追うように
肩で息をする豊香を連れて半田君やテケテケと共に移動する
後ろから追いつこうとするゾンビを小玉鼠を散らしていると
遠目で見えていた白いものの姿がハッキリと見えるようになった
「なにこれ……紙で出来た巨人と、ゾンビが戦ってる?」
「いや頭に角がある。巨人というより鬼じゃないか?」
豊香と半田君が何か言っているが、たぶんコイツは……
「ゴーディ!」
「分かっていル」
ゴルディアン・ノットの腕から布と縄が飛び出し鬼を拘束する
振りほどこうとする鬼を、ゴルディアン・ノットが尾で打ち据えた
そして私は……
675
:
ゴルディアンの結び目 04:肝試し
◆MERRY/qJUk
:2016/12/28(水) 00:13:17 ID:cQ6fb3cU
「二人とも伏せて!」
「へぐぅ?!」
「潮谷さん?!」
豊香の後頭部を掴んで強引に伏せさせるのと同時に
小玉鼠を鬼とは反対の方向に投げつける。そこには
「紙で出来た鳥?!」
「鼻が……鼻が潰れたぁ……」
「テケテケさんお願い!」
「分かりました!」
突撃するも小玉鼠に撃ち落とされた鳥に
テケテケが組み付き床に叩きつけると、鳥はバラバラの紙片になった
「……こレデドうダ?」
鬼の方を見ると、ゴルディアン・ノットが頭部に掌底を叩き込んだところだった
頭が爆散するように吹き飛び、体も後を追うように紙片へと変わっていく
「よくわかんないけど……終わった、のか?」
「終わってない終わってない!だってほらゾンビが!」
豊香の言う通りゾンビが徐々に包囲を狭めて迫ってくる
だが……
676
:
ゴルディアンの結び目 04:肝試し
◆MERRY/qJUk
:2016/12/28(水) 00:14:00 ID:cQ6fb3cU
『持ち場に戻れ』
威厳を感じる声がすぐ近くの扉の中から発せられる
同時にゾンビは私たちに興味を失ったように踵を返して歩いて行った
『下校時間は過ぎているぞ。君たちも早く帰りなさい』
「……ど、どういうこと?」
「もう肝試しは終わりってことよ」
混乱している豊香の手を引っ張って玄関の方へ歩いていく
「あれ、校長室だよな?てことはあの声は……」
「"歴代校長の写真が動く"とかそのあたりだと思うわ」
「校長だから学校の都市伝説に命令できる、ということでしょうか?」
「たぶんね。何かしら命令出してるのがいそうだな、とは思ってたから」
半田君とテケテケに受け答えしながら考える
二階での襲撃が執拗だったことから、都市伝説に司令塔……
何かしら命令を出している存在がいる可能性は考えていた
問題は私たち以外のもう一方の侵入者だ
紙で出来た鬼と鳥。あれは恐らく――――
「なぁ真理」
「ん、なに?」
「肝試シハ楽シかったか?」
覆面の下に表情を隠して冗談を言う彼に、私も意味深な笑みで言葉を返す
「ま、あんたがいたから退屈はしなかったかな」
【続……?】
677
:
ゴルディアンの結び目 04:肝試し(裏)
◆MERRY/qJUk
:2016/12/28(水) 00:14:53 ID:cQ6fb3cU
――中学校から少し離れた電柱の上に人影があった
「で、陽動の"式神"は両方とも潰されたと」
『ああ。でもまぁ、問題ねえよ。肝心の仕込みは済んだんだろ?』
「ひっひっひ……当たり前だよぉ。儂にかかればちょちょいのちょいさね」
『相変わらず気味の悪い話し方になってるな……しかし見られちまったか』
「消すかい?」
『消すまでもねえよ。それより次だ』
「そうかい。やれやれ、婆使いが荒いねえ」
『だから俺より年下だろうが……』
その言葉を最後に電柱の上から人影は消える
この街の深い夜闇に紛れて、今日も誰かが策謀を巡らせる――
【続】
678
:
夢幻泡影
:2016/12/29(木) 23:36:14 ID:6X98F7cU
“出会い”とは時に残酷である
「あれ、何か動いた?」
決して交わるはずのなかった一人と一人
「――――何ダ、“アレ”ハ?」
やがて彼等は邂逅し
「ヘビでもいるのかな? 野生のヘビとか興奮だわ。おーい」
「私ハアノヨウナ“異形”ヲ見タ事ガ無イ……一体何ダ!?」
そして
「つってヤマカガシやマムシだったらどうしよ…う?」
「待テ! オ前ガ何者カ……ッ、光ッ――――――」
―――――――開闢の時だ。がっひゃっひゃっひゃ……
679
:
夢幻泡影
:2016/12/29(木) 23:38:25 ID:6X98F7cU
「…何あれ」
黄昏町という町がある
時は2004年8月、熱いナイフのような日差しの中、セミの合奏が響くその黄昏町の山奥
小学校低学年程の少年―――黄昏裂邪は、不思議そうに独り呟いた
それもその筈である
ガサガサと草の中を動くヘビか何かを追いかけていた彼にとって、その光景はあまりにも想定外だった
木に凭れ掛かる人間……の、ような“何か”
黒いローブを身に纏い、顔は窺い知れない
いや、本当に顔はあるのだろうか
覗き込めば忽ち飲み込まれてしまうような、見るからに黒しかないそれは、
まるで闇がローブを纏い形を持っているかのようだった
仮に裂邪が現実を見過ぎ、常識に埋もれた大人だったなら正気を保てなくなるだろう
だが彼は幼かった
ヘビじゃないけど凄い奴見つけた――――そのくらいにしか気に留めていなかった
「ねぇねぇ」
「……子供カ……何ノ用ダ?」
胃を揺さぶるような重い声で、“何か”は答える
よく見れば、肩で息をしているようだった
「えっと…誰? てか、人間?」
「…質問ガ多イナ……マァ、良イダロウ
少年…都市伝説トイウノヲ知ッテイルカ?」
「あ、知ってる知ってる、「口裂け女」とか「トイレの花子さん」とかでしょ?
……え、もしかして都市伝説なの!? うわーナマで初めて見た」
「騒ガシイナ…如何ニモ、我々ハ「シャドーマン」ト呼バレル都市伝説ダ
都市伝説ハ、同種デモ性質ガ異ナル場合ガ多イ…
我々ハ人知レズ影ヲ彷徨イ渡リ歩ク……ソウヤッテ今日マデ過ゴシテキタ」
「今日までって?」
「クフフフフ…我ナガラ馬鹿ナ事ヲシタモノダナ
我々ハ光ニ弱クテナ…少シ外ニ出レバ、コノ様ダ」
「ッ……死んじゃう、のか?」
「人間ニ譬エレバ…ソウナルナ
コノ世カラ我々ハ跡形モ無ク消エル
強イテ言エバ、オ前ノ記憶ノ片隅ニ残ル位ダロウ」
「おい、消えるって…死ぬってそんなことなのかよ
辛いとか悲しいとかないのか!?」
「人間ヤ他ノ生物、或イハ他ノ都市伝説ニハアルダロウ…私ニソンナ便利ナ感情ハ無イ
只、私ハコノ世界ヲ見タカッタ」
「……世界?」
「ドウイウ理由デ、ドウイウ工程デ我々ガコノ世ニ生マレタノカ…
分カリ得ナイガ近付ク事ハ出来ヨウ
コノ世ニ存在スル全テノ生物、事象、光景―――――ソノ全テヲ記憶シタカッタ
最早戯言デシカ、無イガナ……全テガ、遅カッタ」
「遅くないよ。まだ、間に合う」
「……何?」
裂邪は、「シャドーマン」の傍でしゃがみ込むと、
顔をのぞきながら、すっ、と手を差し伸べた
680
:
夢幻泡影
:2016/12/29(木) 23:39:01 ID:6X98F7cU
「…何ノ真似ダ?」
「ボロっちい本に書いてた。都市伝説は、人とケイヤクできる
どうやればいいか分かんないし、どうなるかも分かんない
でも、ケイヤクすればお互いに強くなれるって…そう書いてたと思うんだ」
「正気カ? オ前モ死ヌカモ知レンゾ」
「俺は死なない。俺にも夢があるんだ
お前と…「シャドーマン」と、同じ」
「ッ……」
「俺も生き物が好き。黄昏町の山も川も、いっぱい遊んでいっぱい探した
違う。こんな小さな町で生き物を見たいんじゃない
ライオンやパンダ、ジンベエザメ、ホッキョクグマ、ペンギン
この世界の生き物を、ありのままで見てみたい
頑張って生きてる姿を、そのままで
だから……一緒に行きたいんだ、「シャドーマン」と」
「少年…」
「ねぇ、「シャドーマン」…俺と、契約しない?」
裂邪が言い終えるや否や、「シャドーマン」の身体が、僅かに震え始めた
笑っているのか、それとも泣いているのか
それはもう、誰にもわからない
「…強カナ少年ダナ…良カロウ、気ニ入ッタ
ドノ道消エユクコノ命……オ前ニ預ケヨウ!!」
瞬間
裂邪がふと、己の両掌を広げてみた
熱い
何かが流れ入ってくるような、不思議な感覚
今までに感じたことのない体験が、暗に成功したことを知らせてくれる
都市伝説との、契約を
「こ、これって、成功したのか―――――うおっ、「シャドーマン」?」
気が付けば「シャドーマン」は、すくっと立ち上がっていた
こちらもまた、不思議そうに辺りを見回して
「……何トイウコトダ……奇跡カ?」
「おぉ、元気になったじゃん!
あれ? でも光、苦手じゃ…」
「成程、契約スレバ都市伝説モ力ヲ得ルト聞イタガ…コレ程トハ
少年ヨ、有難ウ。オ前ハ命ノ恩人ダ」
「え、あ、いや、その…ウヒヒヒ、バカ、照れるだろ」
「ダガ…都市伝説ノ契約者トナッタ今、何ガ起コルカ分カラナイ
我々モ尽力スルガ…常ニ死ト隣合ワセダトイウコトヲ忘レルナ」
「大丈夫大丈夫、俺喧嘩強いし
あ、そうだ、「シャドーマン」」
「ム?」
681
:
夢幻泡影
:2016/12/29(木) 23:39:34 ID:6X98F7cU
「折角だから名前決めようぜ?
ほら、「シャドーマン」って長いし」
「名前…我々ニハ無カッタ文化ダガ、良イダロウ」
「よし! じゃあ今日からお前は“ツキカゲ”な!」
「エッ」
「え? ダメ?」
「イヤ、何カコウ……シックリコナイ」
「んーじゃあ……何かない?」
「ソウダナ…“シェイド”、ハ如何ダ?」
「おーカッコいい! んじゃ改めて、俺は黄昏裂邪! よろしくなシェイド!
あともう一つ、“我々”って言ってたけど、シェイドって一人じゃないの?」
「…ホウ、随分面白イ所ニ気ガ付クナ」
「生き物観察大好きだからね」
「先ズ質問ダガ、『カツオノエボシ』ヲ知ッテルカ?」
「電気クラゲって言われる猛毒のクラゲだね
でも本当はクラゲじゃない、それは見た目が似てるだけ
幾つものヒドロ虫っていう小さな生き物が集まって、それぞれの役割を持って1匹の生き物に……
え、ってことはどっかに違う形の「シャドーマン」が幾つもいるってこと?」
「…私モモウ一ツ聞コウ。年齢ハ?」
「ん? 8歳。小学2年生」
「ア、ソウ……ソノ通リダ
移動ヤ捕食、ソレゾレに長ケタ個体ノ“私”ガ影ノ中ニイル
私ハ“脳”―――思考ヤ記憶、ソシテ意思疎通ヲ司ル」
「マジか! すげぇな、じゃあ1回出してみ―――――――――――――、て、」
ふら、と膝をつき、少し呼吸が荒くなる
裂邪は自身に何が起こったのか分からなかったが、それでも気づいた
――――死ぬかと思った、と
「ドウシタ?」
「…なんか、影の中のシェイドを意識したら…」
「ソウ、カ……恐ラク、未ダソノ時デハ無イノダロウ
オ前ガ成長シタ時……ソノ時ハ見ラレルダロウナ」
「うーん、残念だけど、まぁいっか」
「デハ私ハ戻ルトシヨウ
必要トアラバ呼ンデクレレバ良イ
我々ハ、常ニ影ノ中ニイル」
そう言って、すぅっ、とシェイドは裂邪の影の中へと消えていった
「じゃあな」と呟いて、裂邪は笑みを浮かべて山の中を歩き出す
陽は傾き始め、黄昏時を迎えようとしていた
682
:
夢幻泡影
:2016/12/29(木) 23:40:29 ID:6X98F7cU
自宅の押し入れに隠してあった1冊の古い本
父親に強く叱られたが、その内容はしっかりと覚えていた
「ウヒヒヒヒヒ……ヒハハハハハハハハハハ!!
本当に…本ッ当に出来るんだ、世界征服!
これからシェイドと一緒に! 邪魔する奴らをぶっ殺して!!
この綺麗な地球を、俺のものにするんだ!!
ヒハハハハハハ!! ヒィッハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
山奥に、少年の高笑いが木霊する
(ウワァ………大丈夫カ、コノ先……)
...to be continued
683
:
足音、足音?
◆nBXmJajMvU
:2016/12/31(土) 00:08:01 ID:pjJTxBTM
治療室を出て少し歩いたところで、ゴルディアン・ノットは冷たい空気を感じた
比喩表現ではなく、本当に空気が冷たい
まるで、真冬の寒空の下を歩いているかのような冷気
完全に乾ききっていない布の表面が、ぱきり、凍ったような
冷気の主はすぐに見つかる
司祭服を着た髪の長い男その男を中心に、辺りに冷気が広がっている
戦技披露海が始まってすぐ、その実力を見せつけていた「教会」所属の男だ
契約者……ではなく、契約者付きの都市伝説。飲まれた存在でもなく、契約者本人は戦技披露会には参加せず、単体で参加したという変わり種だ
男は、何やら思案している様子だった
己が強い冷気を発しているのだという自覚もあまりない様子だ
このように辺りに冷気が漏れているせいか、辺りに他に人影は見えない
別の通路を通るべきか、とゴルディアン・ノットが考えだした、その時
「あーっ!メルセデス司祭様、駄目っすよ。冷気、思いっきりダダ漏れ状態っす!」
後方から、そんな声がした
振り返ると、ぱたぱたと少年が駆け寄ってきていた
ゴルディアン・ノット……にではなく、レイキの発生源たる男、メルセデスにだ
少年の姿は見覚えが合った、と言うよりつい先程までいた治療室で見た顔だ
ぱたぱたと忙しく「先生」の手伝いをしていたうちの一人で、「先生」から「休もう?君がばらまいた羽で十分治療できるから君はもう休もう??」と何度か言われていた……確か、憐とか呼ばれていたか
憐の背後、もう一人同じ年頃の少年が居て、駆け出した憐のあとを追いかけてきている
メルセデスは憐に声をかけられた事に気づいたようで、顔を上げ………冷気が、弱まっていく
「もう。考え事してる時に冷気ダダ漏れになるの悪い癖っすよ」
「別に、このふざけた催し物の参加者ならこの程度平気だろ」
「戦闘向きじゃねー人もいるっすし、冷気が弱点な人もいるだろうから、っめ、っす」
自分より有に頭一つ以上大きい上、正体を隠す必要もないからか悪魔独特の威圧感を放つメルセデス相手に、慣れているのか恐れた様子もなく注意をしている
…もっとも、憐のような少年の注意等、メルセデスは意に介していないようだが
その事実は憐も理解しているようで、むぅー、と少し困ったような顔をしてこう続ける
「……カイザー司祭様も、気をつけるように、って言ってたでしょう」
「っち」
あからさまな舌打ちをして、漏れ出していた冷気が完全に止まった
契約者の名前なのだろうか。流石にそれを出されると従わざるをえないのだろう
メルセデスは、ゴルディアン・ノットや憐の後から駆けてきた少年にも気づいたようで、この場を立ち去ろうとし
「あぁ、そうだ、憐」
「何っす?」
「………「見つけた」からな」
ぴくり、と
一瞬、憐の表情が強張った様子を、ゴルディアン・ノットは確かに見た
メルセデスはそのまま、すたすたとどこかへと立ち去っていってしまう
「憐君、どうしたの?急に走り出して……」
「あ、えーっと。なんでもないっすよ、すずっち。問題は解決したんで」
追いついてきた少年に、へらっ、と笑いながら答える憐
そうして、ゴルディアン・ノットにも視線を向けて
「んっと、メルセデス司祭の冷気の影響、受けてないっす?凍傷とかの問題なさげっす?」
と、心配そうに問いかけてきた
「あぁ。特に問題ハない」
「そっか、ならいいんすけど………じゃ、すずっちー、観客席戻る前に、何か屋台で買っていこう。死人の屋台以外で。死人の屋台以外で」
「大事な事だから2回言ったんだね……って、死人の屋台?」
ぱたぱたと、少年二人は立ち去っていく
憐の方は少しふらついているようにも見えたが、とりあえずは大丈夫なのだろうか
……あのへらりとした笑みに、一瞬強張った瞬間の、感情を一切感じさせない表情の影は、なかった
.
684
:
足音、足音?
◆nBXmJajMvU
:2016/12/31(土) 00:09:27 ID:pjJTxBTM
時刻は、少し遡る
「年頃のレディの身体に何かあっては大変だし、きちんと検査したかったのだが」
仕方ないねぇ、と退室していくゴルディアン・ノットを見送りながら、「先生」はぽつり、そう呟いた
……つぶやきつつ、また服を完成させている
「うむ、こんなところか。フリルをもう少しつけても良かったが、他の者の服も作る必要ある故、これで」
「わぁ、見事にフリルいっぱいのホワイトロリータ」
「白き衣纏いし死神がいても良かろうて」
はい、と「先生」から渡された、フリル多めのホワイトロリータワンピースを受け取る澪
恐ろしいことに、サイズを聞いてもいないのにサイズがぴったりだ
目測で、完全にサイズを把握したというのだろうか
(……「先生」。もちろん、これは本名ではなく通称。所属は「薔薇十字団」。学校町にやってきたのは三年前……)
…そのような「先生」の様子をチラ見しながら、三尾は考える
やはり、きちんと思い出せない
「先生」に関して、特に天地が何か言っていた気がするのだが、三年前と言えば久々にバタバタしていた時期であったし、そもそもYNoはCNoとさほど親しく付き合いがあるわけでもない
元々、他のNoからの情報が不足しているとも言うが
念のため、もうちょっと知っておくべきではないか
そう感じたのは、黒髭が異常なまでに「先生」を警戒しているせいだ
灰人の「先生」に対する扱いのぞんざいさ(一応師弟関係らしいのにいいのだろうか)のせいで、「先生」が危険人物とは思えないのだが、あそこまで露骨に警戒していると流石に気になる
「連絡先の交換?」
「あぁ。このところ、「狐」だの人を襲う赤マントの大量発生だの……それに、誘拐事件が相次いでいるとも聞く。私は組織だった集団とはほぼ縁がなく、都市伝説関連の情報源が乏しくてな……少しは情報がほしい」
なので
黒髭の契約者たる黒が、「首塚」所属である栄と何やら話している間に、三尾はこっそりと黒髭に近づいた
「あの、ちょっといいですか?」
「あ?……「組織」か。何か用か?」
三尾に声をかけられ、黒髭は怪訝そうな表情を浮かべた
少し警戒されている気がしたが、構わず問う
流石に、小声でだが
「「先生」の事、警戒しているようですが。何故です?」
「……お前、「組織」だろ。あの白衣のことわかっているんじゃないのか」
「立場上……と言うか所属Noの性質上、そういった情報が少し入りにくいものでして」
「…マジか」
把握していなかったのか、と言うように黒髭が少し頭を抱えたような
ちらり、と黒髭は「先生」と灰人の様子をうかがってから、三尾に告げる
「あの白衣、元は指名手配犯だぞ」
「え」
「何が原因かまでは知らねぇが、発狂して正気失って、かなり色々やらかした奴だぞ。「組織」「教会」「薔薇十字団」「レジスタンス」、全てを敵に回して戦いきった化物だ」
ちらり、三尾はまた、「先生」を見る
……正気を失っている様子はない
「今は、一応正気に戻ってるらしいぜ。じゃねぇと、指名手配も解除されないし、「薔薇十字団」に所属も出来ねぇだろ」
「でしょうね。天地さんが頭を抱えていたのは、そういう事ですか」
恐らく、だが
「先生」が学校町に来たのは、学校町が様々な意味で特殊な場所だからだ
いくつもの組織の勢力がひしめき合い、しかし全面戦争にはならない場所
…そこに「先生」を置くことによって、かつて指名手配されていた頃に買った恨みで何かしら起きないように、との処置なのだろう
「しかし、今はもう指名手配されていないのであれば、警戒する必要は…」
「ある。正気戻ったつっても、腹の底では何考えてるかわかりゃしねぇ。今、噂の「狐」絡みじゃないだけマシではあるが」
「そこは断言するんですね?」
「……断言してぇんだよ。あれが「狐」の勢力下に入っていたら、シャレにならねぇ」
吐き捨てるように、黒髭は言い切った
「いくら俺だって、「賢者の石」と契約したと言われるような奴とは戦争したくねぇよ」
to be … ?
685
:
や
:2025/01/12(日) 20:57:27 ID:sAaYCGhY
これは入院中に、こんな展開有ったら面白いなーと妄想してたものです。能力が異なる場合があります。
ーーーーーーーーーー
視線の先には、付近一帯を吹き飛ばすための巨大な火の玉がある。
おそらく先ほどから姿を隠していた、ツングースカ大爆発の仕業だろう。
僕たちがここにいる事を相手が認識しているかは知らないが、あれに巻き込まれればひとたまりもない。
どのみち、今から退避するのは、もう無理だろう。
こんな時に仲間と逸れてしまうなんて、本当にツイてない。
右目も能力の使いすぎで、白目と黒目が反転した悪魔模様になっていて、さっきから破壊衝動を囁いている。
「ああもう! リボルバーもマスケットも壊れてる! 全部材料にするか……」
それても、少しでも可能性を広げるために、何もしない訳にはいかない。
黒服Yは自分のバッグをひっくり返して、使える物をかき集めいた。
持っいた護符の類は全て、黒服Oに押し付けてある。
彼女はいま怪我て走れる状態ではないが、治癒の護符や結界の札もあるから、多少はマシになるはずた。
「今創りたせ、あれに対抗出来る魔弾を……!」
「ねぇY! 待ってよ! ねえってば!」
魔弾の自由度はかなり高い。
『弾』のみならず、頑張れは撃ち出すための『銃』も生成出来る。
あとは想像力と材料と気力次第だ。
ガラクタもスクラップも使える物は集めた、やる気も沸騰するぐらい滾ってる、あとは組み立てるだけだ。
「魔弾・生成……」
目を閉じる。
ーーーーーー
▶一人で作る
「力を貸せよ悪魔。今から最高のおもちゃを作るんだ」
開いた目は左右とも悪魔模様に染まっている。
「モデルは戦艦の主砲だ、敵を打つ砕け! カスタム・サイズオフ・ラストショット・アンカーで固形!」
「ちょっと聞いてるの! Y!!」
「ロマンを詰め込めっ! しっかり護れよ、古の戦艦!」
材料は形を崩し、混ざり合い、望み通りに形を成していく。
ロマンを詰め込んだ、唯一無二の最高のおもちゃ。
黒服Yは少しだけ後ろをすり替えって。
「大丈夫だから、そこに居てよ、O」
轟音と赤い閃光か視界を埋めつくし、何も見えなくなってゆく。
「……ゲホッゲホッ……くっ」
黒服Oが目を覚ました時、周りは瓦礫の山になっていた。
「足は…まだ動く、両手も力は入る。……どうなったのよ、Y……」
ふらつきながら、辺りを探していく。
そして、それを見つけて、その場に座り込んでしまった。
「だから待ってって……言ったじゃない……」
エンド1
686
:
や
:2025/01/12(日) 20:59:21 ID:sAaYCGhY
ーーーーーー
▶二人で作る
目を閉じたまま、長く息を吐いて。
「O! Oも手伝ってよ」
「……えぇ。……えぇ! 当たり前じゃない!」
黒服Yの目は普通の色に戻っていた。
…………
「できたわ! 名付けて、堕ちた陰陽師・一縷の光と叛逆の矢よ!」
「うわぁ……今冬公開とか言いだしそう名前……」
出来上がったのは弓矢だった、正確に言えばバリスタと鏑矢だ。
渡した護符や、黒服Oの手持ちの布を全て使って、雅な雰囲気が出でいる。
顔を見れば、やり切った満足感が窺える。
完成した魔弾について、説明したくないけど説明しよう。
まず鏑矢、これは破魔矢と同じで悪い物を退けるこうがあり、音をよく鳴らすために何故か高速で回転して飛ぶ。
バリスタは、普通の弓だと威力や反動を支えきれないため、固定式の射出装置になった。
そして魔弾は魔属性、悪属性があるため、そのままだと聖属性、善属性の物は扱えない。
そこを『堕ちた陰陽師』と名付て作成する事で、悪属性を持たせて制限ん回避。
名付の後半部分は、強大な敵に抗う1本の矢という現在な状況を示し、状況を限定することで威力の底上げをしている。
黒服Yは、もしかしたら黒服Oの方が自分よりも魔弾の性質に詳しいんじゃないかと不安に感じた。
「よし。征け!
放たれた鏑矢は、甲高い音を響かせる飛んでいく。
その音は護られている安心感があり、黒服Yはこれなら王蟲もすぐに鎮まりそうだと変な事を考えていた。
発射後のバリスタを壁になるように起こし、2人でそこに隠れた。
黒服Yは黒服Oを守るように胸に抱く、衝撃に備えた。
「きっと、大丈夫だよ」
轟音と赤い閃光か視界を埋めつくし、何も見えなくなってゆく。
「……痛って……どうなった……?」
黒服Yは気を失っている黒服Oをバリスタにもたれかけると周囲を見回した。
自分達を中心にして、ほぼ円形の範囲でほとんど被害が出ていないようだった。
どうやら鏑矢の音その物に護りの力があり、周囲のみを守ったようだ。
「ははっ、すごいな、Oは。まだ矢の原型が残ってる」
黒服Yのみで魔弾を設計すれば、こんな強力な魔弾は作れなかっただろう。
矢を引き抜た黒服Yは、黒服Oを起こすため戻っていった。
エンド2
687
:
コカトリスVS
:2025/06/28(土) 22:29:28 ID:5Br.uEN2
「六本足のコカトリス?」
「そうっす。先輩、知らないんすか?」
深夜、人々が眠りにつく頃。
郊外の廃工場に彼らはいた。
共にフードを被った二人は、物陰に身を隠し『獲物』が来るのを待っていた。
「結構有名なフリーの多重契約者っすよ。あちこちで派手に仕事しているとか」
「生憎、聞いたことねえな。よくわからんが【コカトリス】と契約しているのか?」
「いや、それが違うんすよ」
どこか得意げに『後輩』は人差し指を振った。
「契約しているのは【六本足の鶏】と【姦姦蛇螺】っす。で、鶏と蛇繋がりでコカトリスって呼ばれてるんすよ」
「ああ、それで『六本足のコカトリス』か。で、噂になるってことは強いのか?」
「そりゃもう、一時期は『組織』と敵対していた時期もあるみたいっすから。でも」
「でも?」
先輩と呼ばれた男は、話に耳を傾けながら外に目を向けた。
雲一つない空には、煌々と輝く満月が浮かんでいる。
獲物はまだ来ない。
「強いのはあくまで【姦姦蛇螺】本体らしいっすね。何でも特殊個体で大蛇と巫女が分離しているとか」
「へえ、特殊個体か。そりゃ珍しい」
「ええ。大蛇の方は怪獣並のサイズで暴れたら手が付けられなくて、巫女も巫女で即死クラスの弾幕を連発してくるとか」
「……ヤバいな。で、契約者本人と【六本足の鶏】はどうなんだ?」
「ああ、そっちはあんまり大したことないらしいですよ」
へらへらと後輩は笑った。
「【六本足の鶏】は鉄火場に姿を現さないし、契約者本人は体術が少し使える程度とか。主力はあくまで【姦姦蛇螺】っすね」
「契約者本人を叩けば何とかなるタイプか。分断するか奇襲すればどうにでもなりそうだな」
「そっすね。……元ボスを殺した契約者とは真逆っすね。あいつは白兵戦の鬼でしたから」
「ああ、俺達は運良く生き残れたけどな。……おい、来たぞ」
外から聞こえた足音で二人は意識を切り替えた。
物陰に身を隠しながら、そっと入り口の方を窺う。
そこから現れた契約者を襲うのが今夜の『彼ら』の任務だった。
「……確か『雇用主』が偽の依頼で呼び出したんですよね」
「ああ、だから相手は交渉のつもりでこの場に来る。その隙を利用して仕留める」
能力を使う暇も与えずに、屋内へ足を踏み入れた瞬間に襲う。
それが事前に決めた作戦だった。
単純極まりない内容だが、彼らには性に合うやり方だった。
「手筈通り、最初に仕掛けるのは『犬達』だ。それで仕留められたら万々歳。例え失敗しても」
「俺達が仕留めればいいっすよね」
鋭い『牙』を覗かせ、後輩は舌なめずりをした。
同じく身を潜めている仲間達や『犬』を確認するように工場内を見回す。
「外にも犬を潜ませているから逃げられる心配もない。ここにノコノコ来た時点で向こうの詰みだ」
「袋の鼠ってやつっすか。ところで先輩、相手の能力はわかってるんすか?」
「都市伝説名まではわからないが炎を操る力を持っている。使わせるつもりはないが最悪」
「犬達を盾にすればいい、ですよね?」
後輩の言葉に男が頷く。
「減ってもまだ増やせばいい。昔のように派手には動けないが欠員を補充する分には問題ない」
「そっすね。ああ、早く昔みたいに派手に暴れたいっすね」
「今は我慢の時だ。仕事をこなして後ろ盾を得るまでな。……と始まるぞ」
廃工場の入り口前に獲物である契約者は姿を現した。
ラフな格好をした三十代くらいと思われる男だ。
彼は警戒した様子もなく、廃工場へと足を踏み入れた。
その瞬間
「一方的な狩りがな」
物陰から飛び出した複数の【人面犬】が彼に襲いかかった。
688
:
コカトリスVS
:2025/06/28(土) 22:38:40 ID:5Br.uEN2
この時点で勝敗は決した筈だった。
後は【人面犬】によって肉塊となった獲物を処分か、弱ったところを嬲るだけ。
いつもの簡単な任務だと男達は思っていた。
しかし現実は違った。
「せっ、先輩。あれは一体」
思わず言葉が漏れた後輩の口を男はふさいだ。
自分も息を潜め、冷や汗を掻きながら入り口の方を見る。
そこには未だ健在の契約者と横たわる人面犬達の姿があった。
男は自分の見たものが信じられなかった。
【人面犬】が獲物である契約者に襲った時、彼は特にこれといったことをしなかった。
それにも関わらず、人面犬達は突如動きを止めると仰向けになり服従の姿勢を取った。
自分達が把握していない能力を敵は持っているのか?
焦りを押さえながら、男は思考を巡らせた。
次にどう動くか頭を働かせようとしたが
「っ! あのバカ!!」
それより先に仲間が行動に出てしまった。
入り口の近くに潜んでいた一人が、隠れるのをやめ契約者に飛びかかる。
勇ましい咆哮を上げ、刃物より鋭利な『爪』を突き出しながら。
だがその一撃が届くことはなかった。
「がはっ!?」
襲いかかった同志は逆に吹き飛ばされた。
契約者の放った強烈な横蹴りによって。
返り討ちにあった同志は、受け身も取れず床を転がり蹲(うずくま)る。
一方、契約者は気にした様子も見せずに男達の潜む方へと歩いてくる。
すると、他の隠れていた同志達も物陰から姿を現し襲いかかった。
正体不明の敵に対する恐怖心を隠せないまま、叫びを上げて。
彼らは皆、フードを脱ぎ頭部を剥き出しにしていた。
人間とは程遠い、犬にしか見えない顔を。
【犬面人】。
【人面犬】とセットで語られる狼男もどきの都市伝説が彼らの正体だった。
ただ、男と後輩の二人だけは依然姿を隠していた。
689
:
コカトリスVS
:2025/06/28(土) 22:39:38 ID:5Br.uEN2
「せっ、先輩! あいつ一体何なんすか!? 事前の情報と全然違うじゃないですか! 先輩!!」
「黙れ! それより早くずらかるぞ。これ以上、ここにいたら不味い」
「ずらかるって。他の連中は」
「見捨てるしかねえ。わかんねえのか、俺達は」
二人が言い争う間にも、犬面人達は打ち倒されていった。
ある者は上段廻し蹴りを食らい、ある者は膝を踏み砕かれ、ある者は腕を取られ頭から床へと叩きつけられた。
攻撃を食らった者は立ち上がることなく倒れるしかない。
どこまでも一方的な蹂躙だった。
「嵌められたんだよ!!」
説得する暇も惜しいとばかりに、男は後輩を促し一刻も早く逃げだそうとする。
このわずかの間に彼はわかってしまった。
自分達が『雇用主』に嵌められ、逆に狩られる側になったことを。
「で、でも待って下さい! あいつさえ倒せばまだ」
「駄目だ。どうせ別働隊もいる。外の犬共も今頃やられているかもしれない。それに」
契約者の男の背後から二人の【犬面人】が攻撃を仕掛ける。
彼が正面の同志へ対処している隙を狙って。
「あの契約者は普通じゃない」
攻撃が届くよりも先に、二人の【犬面人】は事切れた。
契約者の背中から、服を突き破って生えた二本の腕に首を折られて。
そのまま雑に投げ捨てられる。
「……あ、あんなのって」
「わかっただろ。早く逃げるぞ。このままじゃ俺達も――」
男の言葉はそこで止まった。
契約者の視線が自分達に向けられている事に気づいたために。
「ひっ」
人間味を感じない、ガラス玉のような目に後輩が悲鳴を上げた。
崩れ落ち、身動きを取れずにいる。
先程の人面犬達と同じように。
怯えた様子こそ見せないが男も同様だった。
彼は目の前の契約者に、恐怖心を植え付けられたことを自覚せずにいられなかった。
本能が目の前の化物に逆らうことを拒絶していた。
「……蛇に睨まれた蛙、か」
これから自分達に待つ末路よりも、目の前の契約者の方が男は怖かった。
690
:
コカトリスVS
:2025/06/28(土) 22:42:22 ID:5Br.uEN2
「仕事が済んだから朝までには帰る。飯も用意しといてくれ」
「わかりました。契約者さんに伝えておきます。でも無理はしないでくださいね?」
「大丈夫だ。特に怪我もしていない。それに」
「それに?」
「カンさん達の顔が早く見たい」
「だから、そういうのは私ではなく彼女に言ってあげてください。……私へは時々だけでいいですから」
「わかった、毎日言う」
「だーかーらー!」
その後も些細な事を喋り通話を終えた。
携帯をポケットにしまい、先程出てきたばかりの廃工場を見上げる。
「相変わらず仲がいいですね」
投げかけられた言葉に振り返ると、案の定【首切れ馬】の黒服がいた。
「家族ですから。それより後処理の方はもういいんですか?」
「ええ、後は捕らえた【人面犬】と【犬面人】を護送するだけなので」
彼女の視線の先を見ると、他の黒服によって拘束され連れて行かれる犬面人達の姿があった。
【人面犬】はケージのような物に入れられ運ばれている。
「あなたのお陰で、こちらへの被害を出さずに制圧出来ました。ありがとうございます」
「いえ、仕事をこなしただけです。外に潜んでいた【人面犬】の対処はそちらに任せましたし」
「このくらいしないと、こちらの面子にも関わります」
「そうですか」
「そうです」
会話をしている間にも、ケージが到着したトラックの荷台に積み込まれていく。
犬面人も同様だ。
拘束されたまま乱暴に床に放り出されている。
あのトラックも何かしらの都市伝説なのかもしれない。
「今回の件で『山犬』の残党である彼らも再起不可能でしょう。生け捕りにした者から詳細な情報を聞き出せる筈です」
「山犬、ですか」
「ええ、それが彼らの集団の名前。いえ、だったと言うべきでしょうか」
彼らの首魁はとっくに倒されていますから、【首切れ馬】の黒服は呟いた。
「人面犬に噛まれた人間は人面犬になってしまう、という話はご存じですか?」
「人面犬の有名なエピソードの一つですね」
「ええ、その特性を利用して人々を人面犬に変えて勢力を拡大した集団が彼ら『山犬』です」
「つまり今日襲ってきた人面犬は」
「お察しの通り、元々は何の罪も無い一般人です」
哀れみを含んだ目を彼女はトラックに向けた。
「『山犬』の構成員である【犬面人】は忠誠の証としてあの姿になりますが【人面犬】については完全な被害者です」
「元の姿に戻すことは」
「出来ません。洗脳を解いて意識を取り戻すことは出来ますが本人達からすれば」
「地獄でしかないかもしれない」
「……はい。ですから彼らについての扱いは組織でも別れています」
そのために保護をするつもりなのだろう。
彼女が仕事前に「人面犬は出来れば無傷で捕らえて欲しい」と言った理由がわかった。
691
:
コカトリスVS
:2025/06/28(土) 22:43:47 ID:5Br.uEN2
「けど、そんな派手に活動していれば組織にすぐ潰されそうですが」
「……組織の中に彼らと通じている一派がいたんです。おかげで実態が明らかになるまで時間がかかりました」
「隠蔽していたってことですか」
「ええ。事態が表沙汰になったのは、洗脳を自力で解き『山犬』から脱走した一人の【人面犬】の存在があったからです」
【首切れ馬】の黒服は語った。
その後、人面犬が学校町へと辿り着き一人の少年と契約したことを。
彼らは幾つもの都市伝説と戦った末に、【人面犬】の古巣である『山犬』と決着をつけることになった。
「組織が事態を完全に把握した頃には、『山犬』の首魁は少年達によって倒されていました。脱走者である人面犬の犠牲と引き換えに」
「今日の連中は、その時にうまく逃げおおせた面々ですか」
「はい。当然、組織が征伐に乗り出しましたが緊急だったので漏れがありました。……通じていた黒服の方はすぐに『処理』されましたが」
ため息を一つ、彼女はした。
「ちなみにその後、少年はどうなったんですか」
「……それが現在消息不明だそうです」
「消息不明?」
「私にも詳しいことはわかりませんが、事件が解決してすぐに学校町から姿を消したようです」
【首切れ馬】の黒服によると、少年は自分の意思で失踪したらしい。
何でも同居していた家族に書き置きを残していたようだ。
「事件を通して何か思うところがあったのかもしれません。元々、優しい少年だったようなので」
「そうですか」
契約した都市伝説を失ったことは俺にもある。
だからといって、気持ちがわかるかと言えば答えは否。
人は人、自分は自分だ。
「ちなみに彼の名前は?」
「珍しいですね。あなたが他人に興味を持つなんて」
「もしかしたら出会うことがあるかもしれないので」
「……その時は一報をお願いします。彼と知己の者が今も捜しているらしいので」
少し待って下さいと言うと、彼女はポケットから手帳を取り出しめくった。
「ああ、思い出しました。中々、珍しい名字と名前です」
「珍しい名前ですか」
「ええ、彼の名前は」
一拍置き、【首切れ馬】の黒服は読み上げた。
「空井雀。空に井戸の井と書いて空井、雀はそのまま漢字です」
知り合いと同じ名字を持つ少年の名を。
692
:
コカトリスVS
:2025/06/28(土) 22:46:01 ID:5Br.uEN2
最後のトラックが廃工場の敷地内を出て行く。
飛脚が描かれた車体は、すぐに遠ざかり闇の中へと消えていった。
俺はそれを、【首切れ馬】の黒服と共に門前から眺めていた。
「……これで依頼は完了です。お疲れ様でした」
「はい。こちらこそ、お疲れ様でした」
「報酬はいつも通り口座に」
「ありがたく」
区切りを付ける挨拶を交わす。
長い付き合いなのもあり、わずかに彼女の気が緩むのを感じる。
「……しかし、今でも不思議に思います」
すると、彼女はそんなことを呟いた。
「何がですか?」
「あなたと今もこうして、共に仕事をしていることがですよ」
【狂骨】に憑依された私が目を覚ました時には、取り返しの付かない事態になっていましたから。
悔いを隠さず【首切れ馬】の黒服は言った。
「暴走した今の奥方『達』を止めた上で組織と敵対。彼女らを連れて逃走した、とは。最初は信じられませんでした」
「やりたいことをやっただけです。それに助けもあったので」
空井の助けもあって森に辿り着いた俺は、【姦姦蛇螺】として暴走した二人を異常を使い正気に戻した。
そのまま契約を交わしたものの、犠牲が出ている以上組織が黙っているはずもない。
ゆえに、包囲網を無理矢理こじ開けて脱出。何人かの協力もあって、予定通り駆け落ちした。
空井やそのパートナー、葛藤しながらも手を貸したヒーロー、黙っていられなかった師匠。
そして
「……【獣の数字】の契約者が生きていた上で、あなたの逃走に協力したと聞いた時は本当に耳を疑いましたよ」
「協力というか好きなように引っ掻き回しただけですけどね」
そもそも恋人が呑まれ、カンさん共々正気を失って暴走したのも奴の仕業だった。
でなければ、あんな特異な変化を遂げるわけがない。
あの場で手を出したのは、このまま黒服の手によって俺が倒されるのが自分の望んだ結末ではなかったから。
ただそれだけだ。
「逃亡生活中も何かと絡んできましたから。『決着』はつけましたけど」
追手の黒服達も、しょっちゅう襲ってきたので中々大変だった。
特に【忍法】の黒服とは何度もぶつかった。
「……逃亡中に今の体に変えたんですよね?」
「ええ、必要だったので」
俺の体を眺める彼女に頷く。
「【六本足の鶏】の特徴である遺伝子操作。それを応用して、自分の肉体を戦闘向けに弄りました」
地力を上げる必要性は、【スレンダーマン】や【忍法】の黒服との戦闘を通じて痛感していた。
逃亡生活を続けるなら強化は必須。
躊躇う理由は無かった。
「師匠には後で怒られましたけど。手っ取り早く、身体能力を上げるのにはこれしかなかったので」
「相応のリスクもあったはずですが」
「成功したので問題なしです」
「……そうですか」
もちろん、それだけで戦い抜けるほど甘くもなかったので一から技も磨き直した。
【姦姦蛇螺】と契約したことで得た能力と異常、全てを含めてスタイルも再構成。
幸いというか不幸にも、新しいやり方を試す機会は幾らでもあった。
追手の黒服、【獣の数字】の契約者が寄越した刺客、現地の都市伝説や集団。
今まで以上に実戦を重ねた時期だった。
そんな日々が終わったのは、【首切れ馬】の黒服のおかげだ。
693
:
コカトリスVS
:2025/06/28(土) 22:47:56 ID:5Br.uEN2
「目を覚ましたあなたが、こちらと組織の間に立って仲介をしてくれなかったら死んでいたかもしれません」
「私は私の仕事をしただけです。【姦姦蛇螺】の暴走が【獣の数字】の契約者による仕業な以上、あなた達と敵対する必要もありませんから」
彼女はそう話すが、事態はそう簡単ではなかったはずだ。
暴走により、黒服だけでなく一般人にも犠牲者は出ていた。
いくら正気に戻ったとはいえ、【姦姦蛇螺】を討伐対象から外す理由に本来はならない。
【首切れ馬】の黒服の尽力があったのは容易に想像できた。
「……それに元はといえば、私の失態のせいです」
けれど、彼女はあくまで自分に非があると思っていた。
「私が【狂骨】に憑依され、あなたを撃ったりしなければあんな事態にはならなかった。あなたや、あなたの大切な人達が窮地に陥ることもなかった」
「前にも言いましたけど不可抗力ですよ。あれはどうしようもなかった」
実際、【獣の数字】の契約者が刺客として差し向けた【狂骨】は強大な力を持っていた。
あれに抗うのは、カンさんのように浄化の能力でも持っていないと不可能だった。
「そもそも【獣の数字】の契約者に狙われていたのは俺です。あなたは巻き込まれただけだ」
「ですが」
「それに」
彼女の言葉を遮るように言う。
「今もこうして、定期的に依頼を寄越してくれている。感謝はしても恨む筋はありません」
「……監視の意図もあることはわかっていますよね?」
「同時に敵意がないことを証明する手段でもある」
俺の返答に彼女は小さく笑った。
「こういうことには頭が回りますよね、あなたは」
「出なければとっくに屍になっていたので」
「ええ、では」
初めて会った時からは想像のつかない、柔らかい表情がそこにはあった。
「これからも末永く、お付き合いが続くことを祈ります」
694
:
コカトリスVS
:2025/06/28(土) 22:49:35 ID:5Br.uEN2
【首切れ馬】の黒服と別れた俺は、工場を出て最寄りの駅へと向かい歩いていた。
「本当に送っていかなくていいですか?」と彼女は言ったが俺は丁重に断った。
歩きたい気分なんです、という言葉に向こうは少し首を傾げていたが。
丑三つ時を過ぎた暗い田舎道を通り過ぎていく。
車通りはなく、僅かな電灯だけが辺りを照らしている。虫と梟の鳴き声だけが耳に響く。
しばらく歩いた後、開けた野原を見つけた俺は足を止めた。
この辺でいいだろ。
「そろそろ出てきたらどうだ?」
呟きに返答はない。
ただ、反応はあった。
「ほう」
今まで闇しかなかった空間に、突如霧が出始めた。
それも血を思わせる緋色の霧が。
瞬時に辺りを包み込んだそれは、こちらの視界を奪った。
「毒ではないか」
肉体は特に問題ない。
しかし、俺の異常である【野生】は「ここは危険だ」と訴えていた。
それを事実だと示したのは、後ろ斜め前から飛んできた数本のナイフだった。
「やるな」
躱しながら敵がいると思われる方向に突っ込む。
気配を感じた場所に前蹴りを叩き込むが感触はない。
同時に空中から殺気を感じた。
「なるほど、そういう能力か」
「っ!?」
背中から腕を生やし、敵の足を掴み地面に叩きつける。
「変則的な結界か。霧によって空間を支配して瞬間移動等を可能にする」
ダメージを与えたはずの相手は既に、俺の手から逃れていた。
代わりに、今度は四方八方から狂気を含んだ殺意を感じる。
まるで複数人の殺人鬼に囲まれているようだ。
どうやら敵は、霧が出てきた時点で予測した都市伝説そのものらしい。
だが。
「何か混じっているな」
俺に向かって、それらは襲いかかってきた。
正体は大小様々なナイフ。まるで悪霊に取り憑かれたかのように俺を殺そうと飛んで来る。
先程の投げナイフと違い、縦横無尽に悪意を持って刺突と斬撃を繰り返してくる。
手っ取り早く息の根を止めようと首を狙ったかと思えば、機動力を奪おうと足に襲いかかってくる。
お次は心臓、脇の下、顔面と中々の節操無しだ。それらを躱し、捌き、砕いていると痺れを切らしたのか大きな気配が迫ってきた。
おそらく先程の本体だ。かなりの俊敏さで距離を詰めたそいつは、白いマスクを着け赤いコートを身に纏っていた。
それで答え合わせは済んだ。なるほど、【口裂け女】が混ざっていたか。
こちらの内心とは関係なく、敵は二振りのナイフを手に突貫してきた。それだけで手慣れなことはわかった。
先程の瞬間移動や他のナイフによる攻撃、それらを複合させるとかなり厄介だろう。だから俺は
「やれ、真紅」
熱き烈風で全てを吹き飛ばすことにした。
695
:
コカトリスVS
:2025/06/28(土) 22:54:26 ID:5Br.uEN2
血の霧が晴れた野原に、光り輝く翼を持つ六本足のガルダは舞い降りた。
「やれやれ、主様や。手札を出来るだけ切りたくなかったのはわかるが」
そう苦言を呈しながら、いつもの姿へと変化していく。
褐色の肌、銀色に輝く髪、そして真紅の瞳を持つ少女へと。
「さすがにギリギリすぎじゃろ。あんまり悠長なのは問題じゃぞ。昔と比べればマシじゃが」
「ああ、悪い。観察に回りすぎた」
【六本足の鶏】、俺の契約都市伝説である真紅に謝る。
彼女には仕事の際、姿を隠して貰いながら状況によって支援するよう頼んでいた。
伏兵として重要な働きをする場面もあるので、安易に頼らないようにしているが今回はさすがに判断が遅いと思ったのだろう。
「少し気になる相手だった」
「ふむ。まあ確かに」
二人、襲ってきた敵に視線を向ける。
強烈な熱風に霧ごと吹き飛ばされた【■■■■■■■■】と【口裂け女】の混じりは、膝をつきながらもこちらを睨んでいた。
手には変わらずナイフ。体は傷ついても、闘争心は衰えていないようだ。
「異なる都市伝説が混じっているタイプは稀に見るが、ここまで強力なのは中々いないのじゃ」
「そうだな。それに、もう一人がどう仕掛けてくるか気になった」
「もう一人? ……ああ、契約者がいたのか。じゃが、それらしい人影は上からは見えなかった――」
赤い閃光が真紅の首元を襲ったのはその直後だった。
「なっ!?」
咄嗟に真紅を蹴り飛ばし、契約者の顔面目がけ突きを放つ。
完璧なタイミングの一撃。昔と違い、拳打の技も身につけた今なら確実に仕留められるはずだった。
しかし。
「主様っ!?」
突きを放った左腕は、肘から下を切り落とされた。
神速の斬術。そうとしか形容できない、相手のナイフによる一撃によって。
すれ違いざまの神業だった。更に相手は、手を緩める事無くこちらへ再び襲いかかる。
圧倒的な俊敏性、それに接近戦に特化した歩法が厄介だ。
今もそれで拳打を躱され腕を斬られた。この距離での戦いなら、あの【忍法】の黒服をも上回るかもしれない。
目に捕らえきれない程のスピードを前に俺は
「……はっ?」
切り飛ばされた左腕を右手で掴み、相手に向かい横薙ぎに思いっきり振った。
溢れ出す血液諸共に。
目潰しを兼ねた殴打に対して、【口裂け女】と同じく赤いコートを着た契約者の反応は悪くなかった。
飛び散る血液を意に介さず、左腕を骨ごと切り払い、俺の首を狙ってきた。
迷いのない行動だ。実力も申し分ない。だが
「甘いな」
「っ!」
これが囮だということには気づかなかった。
左腕による攻撃に注意を引きつけ、契約者の右足の甲を踏みつける。
確かに骨を砕いた感触がした。だが、相手はこちらが追撃を仕掛ける前に飛び退いた。
やはり判断が早い。苦痛を顔に出さないのも見事だ。
「主様、また滅茶苦茶な戦法を」
「あの場面だとこれがベストだった」
「だとしても絵面がヤバすぎるじゃろ!」
呆れ顔の真紅と軽口を交わしながら左腕を生やす。
左腕のストックはあと二本。両腕合わせれば五本。
どうせ時間が経てば回復するので出し惜しみする必要もない。
【姦姦蛇螺】と契約して得た能力で重宝していた。
カンさんは「どうしてそう毎回、後ろ斜め上なんですか」と頭を抱えていたが。
696
:
コカトリスVS
:2025/06/28(土) 23:00:58 ID:5Br.uEN2
「しかし主様。あの相手は一体」
真紅が【口裂け女】と契約者に視線を向ける。
向こうも距離を保ちながら、こちらを観察していた。
【口裂け女】の方は、ある程度ダメージが回復したのか立ち上がり戦闘体勢を取っている。
契約者の方も同様。マスクを着けていない以外は、【口裂け女】と変わらない服装と髪型をしているので姉妹のように見えた。
「かなりの手慣れじゃが何者じゃ。襲われる心辺りは……山ほどあるな、うん」
「ああ」
ただ、契約者の顔には見覚えがあった。
真紅は気づいてないようだが。
「なんじゃ。心辺りでもあるのか?」
「まあな。今はそれよりも」
真紅を後ろに下がらせ前に出る。
向こうも同じ、契約者が歩き出す。
「決着を着けるのが先だ」
野原の真ん中で相対する。
こうして見ると、やはり契約者の顔は知人二人と似ていた。
幼さを残しながら整った顔立ち。強い意志を感じる大きな瞳。
それぞれの特徴を兼ね備えている。
「六本足の契約者。あなたを『世界の敵』として斬る」
口火を切ったのは向こうだった。
「世界の敵、か」
昔、二人がそう呼ばれたことを思い出す。
目の前の契約者の顔。【首切れ馬】の黒服が話していた内容。それらが結びついていく。
真相はわからないが、俺の知らないところで何かの思惑が働いているのはわかった。
「かつて、あなたの契約都市伝説である【姦姦蛇螺】が引き起こした惨劇は決して許されるものではない」
「それは【獣の数字】の契約者のせいで――」
「だとしてもです。罪は裁かれねばならない」
真紅の反論に、契約者はきっぱりと言い切る。
『彼』は長い黒髪を揺らすと、今度は俺に矛先を向けた。
「そして、何よりあなた自身だ。六本足の契約者。あなたの存在はそれだけで世界を乱す」
「ああ、そうかもしれないな」
覚えないがない。とは言えるわけがなかった。
否定できない程度には、様々な相手と戦い事件に関わってきた。
少なくとも、俺がいなければ【獣の数字】の契約者が暗躍することはなかっただろう。
二人が【姦姦蛇螺】に呑まれ暴走することもなかった。
正体がわかった今ならそう断言できる。
だが
「だからといって大人しく斬られるつもりはない」
かつて貫くと決めたエゴを捨てる理由にはならない。
「俺は最期の瞬間まで家族と生きていく」
「……ならば」
契約者の雰囲気が変わった、人から都市伝説へ近いものへと。
昔、聞いたことがある。都市伝説に呑まれるギリギリの境界線に立つ事で力を発揮する体質があると。
目の前の相手がそうかもしれなかった。
「『ボク』はその覚悟ごとあなたを切り捨てる」
「やってみろ」
月の下、本当の戦いが始まった。
「おわり」
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