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好きな小説を語るんだよ(*`Д´)ノ

4130うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/23(土) 21:44:31 ID:LNssCYN6
ダングラール氏は額に汗し、破産という亡霊の前に莫大な赤字の欄とにらめっこ中
ではダングラール夫人は?

ダングラール夫人はこの悲喜劇に打ちのめされ、いつもの助言者であるリュシャン・ドブレに会いに行った
じつのところ、彼女はこの結婚で、母親としての務めを放棄できるとあてにしていた
ウジェニーの結婚が駄目になったのが心の底から残念だった
この結婚が自分に自由を返してくれるはずだったから・・・
しかしドブレは留守であり、夫人は帰宅した

あの事件が世間に広まれば、私たちの面目はまるつぶれだわ

夫人はヴィルフォールのことを考える
昔のことを持ち出してみよう
事件をもみけしてくれるだろう
あるいは少なくともカヴァルカンティをこのまま見逃してくれるかもしれない

翌朝、ダングラール夫人はヴィルフォール邸を訪れた
召使はなかなか取り次がない
毒殺事件のために人の出入りを厳重にしているためであった
ヴィルフォールは悲痛な笑みを浮かべて夫人を迎えた

「あなたからあのペテン師の事件がどうなっているのかお聞きしようと思って伺ったのです」
「ペテン師?アンドレア、いやベネデットは正真正銘殺人犯ですよ」
「そうです、そうですけれど!
あなたがあの男に敵意を燃やせば燃やすほど、私どもの家庭をうちのめすことになるのです
あの男のことはしばらくお忘れになってください」
「もう命令は出されたのです」
「あの男は捕まるでしょうか」
「そう願っています」
「もし捕まえたら、あの男を牢屋に入れっぱなしにしておいて!」
「できない
裁判には定められた手続きというものがある」
( ゚Д゚)お、おまえが言うか( ゚Д゚)
「私のためにでも?」
「誰のためでも、私自身のためであろうと他人のためであろうと」
「・・・」
「あなたは今こう思ったのではないか?
ではなぜおまえの身の回りで起こっている犯罪を罰せずにおくのか、と」
「ええ、そのとおりですわ」
「それは・・・
犯人がわからないからだよ・・・
真犯人の首ではなく、無実の者の首を切り落としてしまうことを恐れるからだ
犯人がわかったときには、それが誰であろうと、必ず死刑に処す
さあ、これでもあなたはあのならず者を見逃せと私に言うのですか」
「でも、あの男が言われているほどの悪人だと確信があるのですか」
「ここに書類がある
ベネデット
16歳で偽造の罪で5年服役、そして脱走、殺人
コルシカの浮浪児だ
両親もわからん」
(^^)/ あなた方の子どもです〜(^^)/
「ヴィルフォール、あの男の汚辱が私たちの家に降りかかるんです!」
「私の家には死神がいる」
「ああ、あなたは、本当に冷酷な方だわ!
私はあなたに対して同情などいたしません!」
「よろしい!
私は仕事をして何もかも忘れたいのだ!」

召使が知らせを持ってやってきた

「つかまえたぞ!」

ダングラール夫人は冷ややかに言った「さようなら」
検事はむしろ楽しそうに言った「さようなら、さあ、この公判は見ものだぞ」

4131うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/23(土) 21:46:56 ID:LNssCYN6
ヴァランチーヌはまだ回復していなかった
昼間はノワルチエが付き添い、夕方からはヴィルフォール、ダブリニー、看護婦と見張りはひきつがれていた
ヴァランチーヌが眠ると看護婦は部屋の鍵を閉め、ヴィルフォールにその鍵を渡す
それ以後、病人の部屋にはヴィルフォール夫人の部屋とエドワールの部屋を通らなければ入れなくなる

その夜、ヴァランチーヌは意識朦朧としたまま寝付けずにいた
突然、彼女は暖炉の脇の窪みに置かれた書棚の扉がゆっくりと開くのを見たように思った
また亡霊をみているのかしら、わたし・・・
書棚から出てきた男は水薬のコップを手にして明かりのほうへ近づき、仔細に調べて、スプーンで一杯ほどの量を自分で飲んだ
「大丈夫だ、お飲みなさい」
「モンテ・クリスト伯爵さま!」
「こわがらなくてもよい
私はマクシミリヤンのために、4日前から目を離さずあなたを守ってきた」
「ではマクシミリヤンはあなたに何もかも打ち明けたのですね」
「あなたの命は僕の命だ、と言っていたよ
だから私はあなたを助けてみせると約束したのだ
あの書棚のうしろは私が借りた隣家に接しているのだ
私はあの扉の影から、どんな人間があなたのもとへやってくるか、
どんな飲み物をもってくるか、見張っていた
そして先ほどのように調べて危険な飲み物だと判断したときは
あなたに仕組まれた死の危険を避けるために身体に良い飲み物とすりかえてきたのだよ」
「死!いったいどういうことなのでしょうか」
「あなたに死をもたらす飲み物を運んできた者が誰なのか、私は知っている」
「ああ、私は熱に浮かされて幻を視ていると思っていました」
「もうすぐ12時だ
人殺しが出てくる時間だよ
今夜のあなたははっきりと目覚めている
眠ったふりをするのだ
ぴくりとも動いてはいけないよ」
伯爵は扉の向こうに姿を消した

4132うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/23(土) 21:48:10 ID:LNssCYN6
ヴァランチーヌはエドワールの部屋の床がきしむ音が聞こえたように思い、息を殺した
ドアが開く
ヴァランチーヌにはとっさに目を腕で覆い隠すほどの余裕しかなかった
ヴァランチーヌ・・・ヴァランチーヌ・・・
呼びかける低い声
コップになにかを注ぐ音
ヴァランチーヌは思い切って腕のしたで薄目を開けてみた
白い部屋着を着た女
ヴィルフォール夫人だった

書棚の扉を開けてモンテ・クリストが姿を現した
えt
「見たかね」
「ええ、でもとても信じられません」
「ヴァランチーヌ、あなたを狙う手はどこまでもあなたを追いつめるだろう」
「でも私の身体は毒に慣れているのでしょう?」
「毒を代えtくるかもしれない
ほら、もうやっているよ
これはブルシンではない、麻酔剤だ
これを飲んでいたら、あなたは死んでいた」
「あの人はどうしてこんなことを?」
「それがわからないとは、あなたは優しい人だね
全財産をエドワールに相続させるためだよ」
「では私はどうしても殺されてしまうのですね」
「ヴァランチーヌ、あなたは愛し、愛されるために生きなければならぬ
だがそのためには私を心の底から信頼しなければならぬ
私が与えるものを、目をつぶって飲むことだ」
「父は共犯ではありませんでしょう?そうですわよね?」
「違う、だが・・・
本来、ここで私の代わりにあなたを見張っているべきなのはお父上なのだよ」
「伯爵様、お祖父さまとマクシミリヤンのために私は生きます」
「私はその二人にも、あなたと同じように、目を離さないと約束する」
「では私をどうにでもなさってください」
「ヴァランチーヌ、苦しくなっても、視覚、聴覚、触覚が無くなっても、
何も怖がらなくていい
たとえ、目覚めてみたらそこが棺の中であったとしても、私が見守っていることを信じなさい」

モンテ・クリストはヴァランチーヌに豆粒ほどの錠剤を飲ませた

4133うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/23(土) 21:52:51 ID:LNssCYN6
エドワールの部屋の扉がまた開いた
ヴィルフォール夫人が毒薬の効果を確かめにやってきたのである
夫人はコップの中味を灰の中へ捨て、ハンカチで丹念にふいた
毛布をはねのけて娘の心臓の上に手を置いた
心臓は音をたてず、冷え切っていた

朝が来た
看護婦がヴァランチーヌの部屋へやってきた
すさまじい悲鳴

ヴィルフォールとダブリニー医師が駆けつける
「ヴァランチーヌは死んだよ」
医師の言葉にヴィルフォールは崩れるように倒れ込んだ
ヴィルフォール夫人がやってきて空涙を浮かべようとしたそのとき、夫人の目は彼女が空にしたはずのコップにくぎ付けになった
なぜならコップのなかに液体が3分の1残っていたから・・・
ダブリニー医師の目はごまかせない
「これはブルシンではない」
ヴィルフォール夫人はよろよろと自分の部屋へ戻り、ドアの向こうで倒れたようである
ダブリニー医師はそんな夫人を扉を通して見つめながら、看護婦に夫人の手当をするよう指示した
死んだ、死んでしまった・・・ヴィルフォールは呻いた
「ヴァランチーヌが死んだなんて、誰が言ったんだ!」
第三の声が響いた
マクシミリヤン・モレルだった

4134うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/23(土) 21:57:14 ID:LNssCYN6
その日もマクシミリヤンは、勝手知ったる階段を通って、ノワルチエの部屋を訪ねた
ノワルチエの様子がおかしく、心配事がある様子だった
呼び鈴を鳴らしましょうか、と彼が言うと
老人は激しくまばたきをした
しかし召使はやってこない
老人は目を飛び出させんばかりにうろたえている

いったい、どうなさったんです?
しかしなぜ誰も来ないのだろう・・・ヴァランチーヌは?

老人がはげしくまばたきをした
マクシミリヤンは部屋を飛び出した
ヴァランチーヌの部屋からヴィルフォールのうめき声が聞こえた

4135うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/23(土) 21:58:39 ID:LNssCYN6
ヴィルフォールは立ち上がり、マクシミリヤンに言った
「どなたですか
死者のいる家にそのような訪れ方をするとは」

マクシミリヤンはヴァランチーヌの姿を見て、ふらふらと部屋を出て行った
ヴィルフォールとダブリニーは怪訝に顔を見合わせた
マクシミリヤンはは超人的な力でノワルチエを椅子ごと運んできて、変わり果てたヴァランチーヌの姿を見せる
ノワルチエの声なき叫びは全身から発散された
マクシミリヤンは叫び、ヴァランチーヌのそばに跪いてその冷たくなった手を握った
僕は、僕は、このひとひとのフィアンセです!
このひと亡骸は僕のものだ!
お祖父さまはすべてご存知だ!
どうか皆に説明してください!

ヴィルフォールは言う
「ヴァランチーヌに君のような人がいたとは、私は知らなかったよ
でも娘はもう、人間の愛を必要としていない
この娘に必要なのは司祭だ
最後の別れをいいたまえ」

モレルは立ち上がって言う
「それはちがう!
ヴァランチーヌは殺されたのです
ヴァランチーヌには仇を討つ者が必要なのです
ヴィルフォールさんは司祭を呼んでください
僕は仇を討つ!」

「それはどういうことなのだ」

「あなたには父親の役目と検事としての役目、ふたつの人格がおありだ
僕は自分で何を言っているのかよくわかっています
ヴァランチーヌは殺されたんです
僕はここに犯罪があると告発する
検事さん、犯人を捜してください」

ヴィルフォールはノワルチエに、ダブリニーに救いを求める目を向けた
しかし断固として肯定する目にぶつかっただけであった

「私の家で犯罪など起きてはいない!」
「僕は断言する
この4か月の間で4人目の被害者です
ヴァランチーヌ、君のお父さんが君を見捨てても、僕は必ず犯人を探し出す」

ダブリニーが言った
「私もモレルさんとともに犯罪を法的に究明することを求める」

ノワルチエが何か言いたい様子をみせた
モレルが言う
「犯人をご存知なんですか」
『そうだ』
「聞きましょう、ダブリニー先生、伺いましょう」
ノワルチエはモレルを射すくめ、ドアのほうを見た
「私に出ていけとおっしゃるのですか」
『そうだ』
「ああ、僕を憐れと思ってください」
以前、ノワルチエはドアのほうを見ている
「「せめてあとでまた来てもいいですか」
『いい』
「僕だけ出ていくのですか」
『いや』
ノワルチエはダブリニーを見た
「ヴィルフォールさんとふたりきちりになりたいのですね」
『そうだ』

4136うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/23(土) 22:06:14 ID:LNssCYN6
15分後、ヴィルフォールはモレルとダブリニーを部屋へ迎え入れた

「おふたりに誓っていただきたい
この恐ろしい秘密は我々だけのものにしてもらいたいのだ
わかっている
犯人は必ず罰される
モレル君、父は犯人の名を明らかにしてくれた
その父もあなた方に秘密を守ってもらいたいと願っているからだ
そうですね?」
『そうだ』
「モレル君、父がこんなことを君に頼むのは、
犯人が凄まじい復讐

を受けると知っているからだ
そうですね?」
『そうだ』
「私に3日間の猶予をいただきたい
3日後には私は我が子を殺された恨みを晴らす
私の家の名誉を憐れみ、この復讐を私に任せると誓ってください」
ダブリニーは顔をそむけながら承諾した
マクシミリヤンはヴァランチーヌに最後の口づけをすると、部屋を飛び出していった

ダブリニーは司祭の手配をどうするかヴィルフォールに尋ねる
ヴィルフォールはなるべく近くの司祭が良いと答えたため、隣家に越してきた司祭を呼ぶことになった
ダブリニーは隣家へ向かう
玄関先にひとりの司祭が立っていた

司祭はヴァランチーヌのために祈りをささげ、老人に対してはその世話をしようと約束した
そしてヴァランチーヌの部屋とエドワールの部屋の間の扉に鍵をかけた

ブゾニ神父は夜明けまで祈りをささげ、帰っていった
ノワルチエは安心しきったように眠りについていた
かすかな微笑みさえ浮かべて・・・
ヴィルフォールはベネデット(=アンドレア・カヴァルカンティ)事件に一心不乱に徹夜で取り組んでいた
ヴァランチーヌの葬式の手配は従兄弟に任せ、仕事に打ち込んで悲しみをまぎらせるつもりだった

4137うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/23(土) 22:09:43 ID:LNssCYN6
モンテ・クリストはダングラール邸を訪問した
ダングラールは暗いが愛想良く迎えた
「伯爵、モルセールは名誉を失い死んでしまうし、ヴィルフォールは家族が妙な死に方をするし、この私はあのベネデットにしてやられて世間の笑い者になるし、それに・・・」
「それに、どうしたんです?」
「娘のウジェニーは出ていっちまった」
「え、まさか」
「あの娘の性格じゃ、帰ってこいと言ったって金輪際聞きやしません」
「仕方ないじゃありませんか
でも子供だけが財産であるような文無しと違って、あなたは地位も財産もお持ちだ
耐えられなくはないでしょう?」
一瞬、からかわれているのかと思ったダングラールだったが、モンテ・クリストの人の良い微笑みに釣り込まれるように笑った
「そうですな、私には金がある
ところで申し訳ないが今、5枚の手形に署名をしなくてはなりませんでな
続きをさせてもらえますかな?」
「どうぞ、どうぞ 何の手形ですか?スペインの?」
「持参人払いの手形です フランス銀行のね」

モンテ・クリストはダングラールが得意満面で差し出した手形をしげしげと眺めた

『フランス銀行理事殿におかれましては、小生の請求により、小生の預金より、
現金にて百万フランお支払いくださいますよう 男爵 ダングラール』

「5枚で合計500万フラン!いやはやすごいやり口ですな!」
「私の仕事のやり方はこんなものですよ」
「いや、これがすぐ現金になるとすれば・・・」
「もちろん、なりますよ」
「5枚で500万フランですよ?自分の目で見ないことには信じられませんな」
「では家の店員を銀行へお連れください
目の前で見せてさしあげますよ」

4138うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/23(土) 22:19:17 ID:LNssCYN6
「いやいやそれにはおよびません
私が自分でやってみたいと思います
実は今日、どうしても金が必要でしてね
私がおたくに設定した信用は600万、すでに90万は受け取りましたから
残りは510万です
この5枚の手形をいただきましょう
受取もあらかじめ用意してきています」
と言いながらモンテ・クリストは5枚の手形をポケットに入れ、受取をダングラールに差し出した

たとえ足元に雷が落ちても、これ以上の恐怖をダングラールに与えはしなかっただろう

「な、なんですって!ああ、ご勘弁願います
それは養育院に返さねばならぬ金なのです
今日の午前中に返す約束をしたのです」
「ああ、それなら話は別です
私はこの手形に固執しているわけではありません
別の形でお支払い願いましょう
ダングラール銀行は5分と待たせずに現金で500万払ってくれたと世間に言ってやろうかと
思いまして
ではこれはお返しして、別のをいただきましょうか」
モンテ・クリストは手形をダングラールに差し出した
ダングラールはハゲタカのように手を伸ばそうとして急に思い直し、
やがて微笑みさえ浮かべて、顔つきもなごんできた
「実際のところ、あなたの領収書ならば現金も同然ですな」
「そうですとも、ローマのトムソン・アンド・フレンチ商会はあなたほど難色を示さずに支払いますよ」
「いや申し訳ありませんでした」
「ではこの手形はいただいてよろしいので?」
額の汗をぬぐいながらダングラール
「どうぞ、どうぞ」
「では、いただきます」
モンテ・クリストは手形をポケットにしまった
「が、しかしまだ10万残ってますな」とダングラール
「おお、そんなはした金、手数料としてとっといてください」
「伯爵、本気でおっしゃってるんですか」
「私は銀行家相手に冗談など言いませんよ」

4139うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/24(日) 10:11:39 ID:LNssCYN6
召使が告げた
「養育院の収入役、ボヴィル様がお見えでございます」

「ほう、どうやら私はまにあったようですな
あなたの手形の取り合いですね、これは」

モンテ・クリストは養育院の収入役と丁寧なあいさつを交わした
あのときと同じ書類ばさみを抱えたボヴィル氏とすれ違った彼の顔に微笑みが浮かんだ

「ダングラールさん、養育院の代理として参上いたしました
500万フランをいただきに伺いました」
「あ〜、ボヴィルさん、できれば24時間待っていただけませんか
先ほどあなたもお会いになったと思われるモンテ・クリストさんに500万払ったばかりでしてね
あの方はうちに無制限貸出の権利をお持ちなんです
一日でフランス銀行から1000万も引き出すのはちょっと異常に思われやしないかと・・・」
ボヴィル氏は疑惑の表情を浮かべながら言った
「おどろきましたな
あの、知己のごとく私に挨拶なさったあの方に500万お渡しになったとは」
「たぶん、あなたはご存知なくてもあちらではご存知なんでしょう
顔の広いお人ですからな」
「500万!」
「これがあの方の領収書ですよ」

『ダングラール男爵より、510万フラン受領しました
上記金額は、ローマのトムソン・アンド・フレンチ商会より随時返済されます』

「これは本当ですな」ボヴィル氏は言った
「トムソン・アンド・フレンチ商会をご存知で?」
「ええ、20万ばかし取引したことがありますが、その後あの商会の話は聞いたことがありませんな」
「ヨーロッパでも一流の商会ですよ」
「モンテ・クリスト伯爵という方は大金持ちなんですな」
「私のところと、ロスチャイルド、ラフィット、三つの無制限貸出の権利をお持ちなんです」
「一度、寄附のお願に上がらねばなりませんな
モルセール夫人と息子さんのお申し出を引き合いにだして・・・」
「ほう?」
「全財産を養育院に寄付なさいました
卑劣な手段で手に入れた金など欲しくないというわけですな」
「それはまたご立派ですな」
「ところで私どもの金の話に戻りましょうか」

4140うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/24(日) 10:13:47 ID:LNssCYN6
いとも自然にダングラールは言った
「結構ですな、その金はお急ぎになるので?」
「明日の二時に会計検査があるのです」
「それを早くおっしゃってくださいよ
では正午にとりによこしてください」
ボヴィルは書類ばさみをゆすりながら多くを答えなかった
「あ、いいことがあります
モンテ・クリストさんの受領書なら現金も同じですよ
これをロスチャイルドかラフィットに持ち込めば・・・」
「ローマ支払いでも?」
「もちろんです、ただ、5,6000割り引かれますが」
「とんでもない、明日まで待つほうがましです」
「いや、ひょっとして、あなたが欠損の穴埋めでもしなきゃならないんじゃないか、
とかふとそんな気がしてもので」
「何をおっしゃる!」
「まあまあ、こんなことは外に出ちまうもんですよ
多少の損はしなけりゃ・・・」
「ありがたいことに、そんなことはありませんね」

明日正午の約束をして二人は別れた

ボヴィルが部屋の外へ出るやいなや、ダングラールは叫んだ
「馬鹿め!
正午に来てみろ!わしはもう遠くへ行っておるわ」

4141うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/24(日) 10:15:06 ID:LNssCYN6
ダングラールはドアに鍵をし、金庫の中味をぶちまけ、書類を焼き捨て、
手紙を書き始めた
『ダングラール男爵夫人宛』
そして引き出しからパスポートを取り出した

4142うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/24(日) 10:16:14 ID:LNssCYN6
ヴァランチーヌの葬列が墓地へ到着し、葬儀は終了した
ひとりになったマクシミリヤン・モレルはヴァランチーヌの霊廟の前に跪く
モンテ・クリストがやってきた
マクシミリヤンは、一人にして欲しいと言い、モンテ・クリストはその場を離れるが、彼から目を離さない
マクシミリヤンは妹夫婦が待つ家へと帰った
モンテ・クリストは彼の妹ジュリーの許しを得て、マクシミリヤンの住む階へと向かう
「さて、どうしたものか
呼び鈴を鳴らすと、彼の決心を早めるおそれもある」
モンテ・クリストは窓ガラスを割り、カーテンをまくり上げた
ペンを手に机に向かっていたマクシミリヤンは驚いて立ち上がった
「いや、すまない、足元が滑って肘でガラスを割ってしまった
割れたついでに鍵を開けさせてもらうよ」
モンテ・クリストは手を入れてドアを開けた
マクシミリヤンは冷たく言った
「お怪我はありませんか」
「さあどうかな、ところで君は何をしていた?ピストルがあるね」
「旅に出ようと思って」
「モレル君、私は誤魔化されないよ、君は自殺しようとしている
これは遺書だな」
モンテ・クリストは机から書きかけの紙を取り上げた
「そうだったとして、誰が僕を止められますか!
僕の希望はすべてついえた
この世は灰になってしまった
死なせてくれなければ僕は狂ってしまう!
それでもそれは間違っていると、あなたにそう言う勇気がありますか!」
「ある」
「僕をだまし、馬鹿馬鹿しい希望を持たせたあなたが!
何か思い切ったことをすれば、僕はあのひとを救えたんだ!
あなたが僕を引き留めたから・・・
あなたは限りない英知と物質的な力あるようなふりをしているだけなんだ
自ら神の意志の役割を演じているふりをしているだけなんだ」
「モレル・・・」
「モンテ・クリスト伯爵よ、あなたは、友が死ぬのをその目で見るのだ」
マクシミリヤンはピストルに素早く手を伸ばした
モンテ・クリストはピストルに手を置き、言った
「私は繰り返すぞ、君は死なせぬ
この世のうちでただひとり、私は君にこう言える者なのだ
『モレル、私は君のお父上の息子が今日死ぬことを望まぬ』
とね」
「なぜ、父のことを・・・」
「それは、私が、今日君が自ら命を絶とうとしているようにお父上が自殺を決意なさった日に、お父上の命を救った男だからだ
君の妹に財布を送り、モレル氏にファラオン号をお贈りした男だからだ
君が子供の頃、君をこの膝の上で遊ばせた、エドモン・ダンテスだからだ」
マクシミリヤンは全身の力が抜け、モンテ・クリストの足元にひれ伏した
だが、すぐに起き上がり、階下へ向かって叫んだ
ジュリー、ジュリー、エマニュエル!

4143うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/24(日) 10:18:43 ID:LNssCYN6
エマニュエルは言った
「伯爵、なぜ教えてくださらなかったのですか
あれほど僕たちがしょっちゅうあの恩人のことを話すのを聞いておられたのに」
「私はこの秘密を死ぬまで埋もれさせておきたかったのだよ
だが、君のお義兄さんが乱暴なふるまいに及んだのでばれてしまった」
モンテ・クリストはこう言いながら、エマニュエルに義兄から目を離すな、とさささやいた
エマニュエルは机の上のピストルに気づいた

ジュリーは絹の財布を手に涙を浮かべていた
「その財布は返してくれないか
思い出の種は私に対して抱いてくれる愛情だけにしてほしい」
「とんでもない、だめです
伯爵様は、いつかは私たちから離れて行ってしまう
ちがいますか?」
「お見通しだな 一週間後には私はこの国を離れている
私の父は、飢えと悲しみのために息絶えたというのに、神罰を受けてしかるべき者がのうのうと生きているこの国をね」
モンテ・クリストは、ジュリーとエマニュエルに、マクシミリヤンと二人にしてほしいと告げる

マクシミリヤン、私が君に生きていてくれと願うのは、君が私に感謝する日が来るという
確信があるからなのだ
なんということをおっしゃるのですか
きっとあなたは恋などなさったことがないのでしょう
ヴァランチーヌがいなければ、僕にとってはこの世には絶望と悲嘆しかないのです

私は希望を捨てるな、と言ったのだよ

あなたは僕を説き伏せようとしておられる
僕にヴァランチーヌに会えると思い込ませようとしている
あなたの僕への影響力が怖いのです
あなたは僕に超自然的なことを信じさせてしまう!

希望をもつのだ
これからは、マクシミリヤン、君は私のそばで私と一緒に暮らすのだ
もう君は私からは離れないのだ
一週間後に君と私はフランスを後にする

で、相変わらず希望を持てとおっしゃるのですか

私は君を立ち直らせる良薬を知っているからだよ

あなたは僕が受けた苦しみを通りいっぺんのものとしか考えておられない
だから旅などで僕を立ち直らせるなどとおっしゃるのだ

私は約束を守る男だ
試しにやらせてみてくれないかね
モンテ・クリスト伯爵という男が、どういう能力の持ち主が、君はしっているのか
この世の多くの権力に対して、命令する力のあることを知っているのか
マクシミリヤン、よく聞いてほしい
一か月後の同じ日、同じ時刻にもしも君の悲しみが癒されていなければ、
私は君に弾丸をこめたピストルと、イタリアの毒の中で最も確実なものを君に与えよう

約束してくださいますか

私は誓うよ
今日は9月5日
死のうとなさっていたお父上を救ったのは10年前の今日なのだ
モレルは伯爵の手を取り、唇にあてた
伯爵は、あたかもこの崇敬の念が当然であることを知るかのように、なすがままにさせていた

4144うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/24(日) 10:23:48 ID:LNssCYN6
アルベールとその母メルセデスはサン・ジェルマン・デュプレのささやかな住まいに暮らしていたが、その2階の借り手は素性のわからぬ人物であった

その人物とは、実はリュシャン・ドブレなのであった
ダングラール夫人との密会場所である
「リュシャン、ダングラールが昨夜出て行ってしまったの」
「いったいどこへ!」
「知らないわ
あの人、書置きを残していったの」

貞淑なる妻へ
おまえにはもう夫はいない
娘がいなくなったように、夫もいなくなる
お前には訳を話しておく義務があると考える
今朝急に500万の返済を迫られ、そのすぐあとで同額の返済を迫られた
我慢出来ぬほど不快な日になるはずの明日を避け、わしは今日家を出る
わしの財産の半分がどこへ消えてしまったのやら、わしにはてんでわからぬが、
お前ならば説明できるのだろう
今わしはお前に快く自由を返す
わしは、金持ちだが身持ちの悪いお前を妻とした
わしの財産は15年以上増え続けてきた
なのにいまだに不明な謎の破局が襲いかかりわしを踏み潰した
これは断じてわしのせいではない
お前は自分の財産をふやすことだけにつとめた
そしてお前はそれに成功した
わしはだいたいそう確信している
だからわしは、お前を妻としたときそのままに、
金持ちだが身持ちの悪い女のまま残していく
心からなる夫 ダングラール男爵

「その手紙を読んで、どうお思いになる?」
「ダングラールさんは僕たちのことに感づいたまま出ていかれたと思いますね」
「おっしゃることはそれだけ?」
「仰る意味がわかりませんが」
「行ってしまったのよ!もう帰ってきやしないわ!
あの人は自分の利害から割り出した決心は絶対に変えません
私はもう永久に自由の身なんですわ!」
ドブレは返事をしない
「そう言われても・・・どうなさるおつもりなんですか」
「あなたから仰っていただきたいの」胸をときめかせながら夫人は答えた
冷ややかにドブレは答えた
「そうですね、旅にでも出たらいかがですか」

ご主人がおっしゃるように、あなたはお金もあるし、まったく自由な身の上です
僕の考えではウジェニー嬢の婚約騒ぎで2つも事件が重なったこともあるし、
しばらくパリを留守になさるべきでしょうね
世間にはあなたが夫に捨てられて貧乏であると思わせたほうが良いでしょうね
破産した男の妻が金持ちだというのでは世間が承知しませんから
2週間ばかりパリにいて、夫に捨てられたと会う人毎におっしゃれば、あとは他人が吹聴してくれますよ
そのあとでお屋敷を出るのです 宝石類も資産も放棄なさってね
なにしろあなたの資産状況を知っているのは僕だけですからね
今ここで誠実な共同事業者として会計報告をいたしましょう

ドブレは過去半年の投機事業の収支決算を夫人の目の前で行った
「僕はあなたのお金を用心のために動産にしておいたんです
まるであなたに今にも金を返せと言われるのを見越していたみたいにね
半分は紙幣、半分は持参人払いの手形ですよ
ああ、僕の銀行はダングラールさんのところではないからご安心を」

「ふん、好きにするがいいさ」ドブレは夫人が行ってしまうとそう言った

4145うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/24(日) 10:32:47 ID:LNssCYN6
その階上の部屋では、アルベールとメルセデスが今後の暮らし向きについて話し合っていた
メルセデスからはその魅力的な微笑みも消えていた
アルベールのほうも、贅沢な暮らしから貧乏生活への変化に居心地の悪い思いをしていた
ふたりはマルセイユへ行くことを決めた
「お母さんはマルセイユに住み、僕はアフリカへ行くと決めました
今までの名を捨て、アフリカで新しい名を名乗ります
実は、アルジェリア騎兵に身を投じたのです
僕は身売りをしました
2000フランでね」
「この子の血を売ったお金・・・」
「お母さん、安心してください
僕は死にはしません
僕は今ほど、生きたいと思っているときはないです
お母さんはゆっくり2年は所持金で暮らしてゆけます
僕が将校になったらお母さんの将来も安定します
もし僕が死んだら・・・お母さんも死んでください
そのときは、僕たちの不幸は、その頂点で終わるんです
僕はぜいたくも言わず、無茶なこともしない男になりました
お母さんは聡明な方だし、耐え忍ぶ力も強い
マルセイユのダンテスさんの家に入れば静かに暮らせます
ふたりで、やってみましょう」
「そうね、やってみましょう」

モンテ・クリストはそんなふたりを見ていた
「どうやってあの罪のない二人に、この俺が奪った幸せを返してやったものか
神が力をお貸しくださるだろう」

4146うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/24(日) 10:36:20 ID:LNssCYN6
ベネデット(=アンドレア・カヴァルカンティ)は最も凶悪な囚人を収容する監獄に入れられていた
ある日、彼は面会室へと呼ばれた
そこにいたのはベルトゥチオだった
「あ、あんたは・・・」
「お前は相変わらず悪の道を突っ走ってるな」
「あんた、誰の使いで来たんだ
どうして俺が牢に居ることを知った」
「シャンゼリゼで馬を優雅に走らせてる高慢ちきな奴がお前だということはとっくに知っていた」
「シャンゼリゼねえ 
なあ、俺の父さんのことを話そうや
シャンゼリゼといえばさる大金持ちのお方が住んでるよな」
「お前が盗みに入り、人を殺したお屋敷か
モンテ・クリスト伯爵様は神の御寵愛深く、とてもお前のような悪党の父親になどなれぬお方だ」
「おおげさだな!
俺は親爺が誰だか知りたいんだ
必要とあれば死んだっていい
つきとめてやる!」
「そいつを教えに来たんだよ」

4147うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/24(日) 13:36:22 ID:LNssCYN6
ヴィルフォールは書斎にこもり、熱に浮かされたようにカドルッス殺害事件に取り組んでいた
休息を取るため庭へ出た検事はふと見上げた窓の中にノワルチエの姿を見た
老人は鋭い視線を庭のある一点に注いでいた
視線の先にはエドワールと遊ぶヴィルフォール夫人がいた
ヴィルフォールの顔は青ざめた
ノワルチエはその視線を急にヴィルフォールへと向けた
「わかっております、父上
もう一日だけ辛抱なさってください
お約束は必ず実行いたします」

夜は静かにふけてゆく
ヴィルフォールは朝の5時まで仕事をした
いよいよ今日だ
今日こそは正義の刃を持つ者が、いずこにひそむ罪人をも切り捨てるべき日!

召使がココアをもってきた
そんなものは頼んでおらんぞ
奥様が、きょう旦那様は例の殺人事件で弁舌をおふるいになる日だから、
力をつける必要があるとおっしゃいまして・・・
ヴィルフォールはココアの入った茶碗を見つめ、えいとばかりに飲み干した
毒は入っていなかった
召使がやってきて、夫人が傍聴したいのでお供をしたいと言っている、という
ヴィルフォールは、部屋で待つように、とだけ伝えた

身支度を終え、ヴィルフォールは夫人の部屋へ向かった
「エドワール、お母さんと話しがあるからサロンで遊びなさい」
ヴィルフォールは、子供が出て行くと扉に鍵をかけた

「まあ、どうなさったんですの」
「いつもお前が使っている毒薬はどこにしまってあるのだ」
夫人の声はかすれた
「あなた、私には・・・なんのことかわかりませんわ」
「おまえが義父サン・メラン侯爵と、義母と、バロワと、私の娘ヴァランチーヌを殺した毒薬をどこにかくしたかと聞いておるのだ」
「あ、あなた、何をおっしゃいますの」
「尋問するのはお前ではない お前は答えればいい」
「夫に対して?それとも裁判官に対してですの?」
「裁判官に対してだ!」
「ああ、あなた、あなた・・・」
「答えないつもりか!
お前は否認することはできないはずだ
お前は巧妙に犯罪を重ねた
私は愛情ゆえに盲目となってしまっていた
バロワが死んだとき、あの天使のような者に嫌疑をかけたのだ
でもそのヴァランチーヌが死んだあとではもう疑う余地はない
お前の罪は万人の知るところとなる」
若い妻は両手で顔を覆った
「お前の罪が露見したときのことをまさか考えていなかったわけではあるまい
当然科せられるべき刑を逃れるために、お前が使ったものよりもずっと楽に確実に死ねる毒物をお前は自分用にとっているはずだ
少なくとも私はそう思いたい」
夫人は跪いた
「自白しようというのか
だがもはや否認できぬとなってからの自白は刑を少しも減ずるものではないのだ」
「あなた、刑ですって?二度もおっしゃったわ!」
「お前は、お前に求刑する者の妻であるから許されるとでも思っているのか
毒殺犯には断頭台が待っている
さっきも言ったようにその犯人がより確実な毒物を自分用に取っておかなかった場合はな
いや断頭台を恐れずともよい
お前の名誉を傷つけるつもりはない
それは私の名誉を傷つけることだからな
私の言葉をよく聞いたのならわかるであろう」
「あなた、わかりませんわ・・・」
「最高司法官の妻はその夫と子供を汚辱の巻き添えにしてはならぬ」
「ええ、そうです、そうですとも」
「それでいい
お前は立派な行動をしてくれる
それに対して礼を言う」
「お礼?ああ、神様、わたし、頭がどうかしてしまいそう
まさか、あなたはそんなことをお望みにならないわ!」
夫人はふるえながらわめいた
「私が望まないのはお前が断頭台で息絶えることだよ」
「あなた・・・お願いです・・・」
「私が望むのは正しい裁きが行われることだ
私がこの地上にいるのは罪人を罰するためなのだ
お前には寛大な処置をとる
私はこう言う
楽に、速やかに死ねる毒薬を数滴は残しているだろうね」
「あなた、許して・・・
私があなたの妻であることをお考えになって!
私たちの子どものために!どうか私を生きながらえさせてください!」
「ならぬ!
お前を生かしておけば、お前はいつか、あの子まで殺してしまう女だ」
「わたしがあの子を殺す?
わたしが?あ、は、は、は、は」
夫人は狂ったように笑い、叫び、倒れた
「私が帰宅したときにまだ裁きが遂行されていなければ、私は私自身の手でお前を逮捕し、告発する」
夫人は目を開けたまま、倒れていた
ヴィルフォールはかがみこんでゆっくりと言った
「さようなら」

4148うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/24(日) 13:39:41 ID:LNssCYN6
ベネデットの裁判の日
傍聴席は奪い合いの大人気である
ボーシャン、シャトー・ルノー、ドブレも姿を見せていた
「この1週間、ヴィルフォール検事には会えなかった
無理もないな
家庭内に不幸が続いて娘にまで妙な死に方されて」
「ボーシャン、妙な死に方ってなんだよ」
「え、つまり、あれ?あそこにいるのはダングラール夫人じゃないか?」
ドブレがびくっとなりながら言った
「なんだ、ヴェールをかぶった知らない女の人じゃないか
話を戻せよ、妙な死に方って?」
「それにしてもどうしてヴィルフォール夫人は来ていないのかな」
「あの人、気付け薬をつくって病院に贈ったり、化粧水を作ったりするのに忙しいらしいや」
「話を戻せよ、妙な死に方って?」
「君たち、なぜヴィルフォール家で人がしげしげと死ぬのか知りたくないか
なぜ、しげしげと人が死ぬか?
それはあの家の中に殺人犯がいるからだよ」
「で、その犯人は誰なんだ」
「エドワールさ」
3人は吹き出した
(^^)/ エラリー・クィーン『Yの悲劇』か

「ところでモンテ・クリスト伯爵の姿も見えないな」
「こんなことには飽き飽きなんじゃないか」
「マクシミリヤンも見かけないんだよ
妹さんはまったく心配してなさそうなんだけどな」

廷吏の声が響き渡った
みなさん、開廷です

4149うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/24(日) 13:48:31 ID:LNssCYN6
ヴィルフォールは落ち着き払った目であたりを見回していた
父親としての悲しみがいささかも平静さを失わせていないこの男の姿に、
聴衆は驚嘆し、恐怖すら覚えた

やがて被告が入廷してきた
ベネデットは居並ぶ判事たちを眺めまわし、裁判長と、特に検事をじっと眺めた
裁判長が起訴状の朗読を求める
ヴィルフォールの手になる起訴状である
その明晰かつ雄弁な文章は犯罪を色鮮やかに描き出した
これを聞けば、ベネデットは世論から見放されたといえよう
アンドレア(=ベネデット)はまったく関心を示さない様子である
ヴィルフォールの鋭い凝視はただの一度も彼の目を伏せさせることはなかった

裁判長が言った
「被告、姓名を」
アンドレアは立ち上がり、澄み切った声で言った
「裁判長は私がお答えしかねる順序で質問なさっています
私がふつうの被告とは違うと後ほど証明いたします
ですからどうぞ、違う順序でご質問を」
裁判長は驚いて陪審、検事を見た
アンドレアにたじろぐ様子はなかった
「年齢は」
「もうすぐ21歳です
1817年9月27日から28日にかけての夜に生まれましたから」
ヴィルフォールは顔をあげた
「どこで生まれたのか」
「パリ近郊のオートゥイユです」
ヴィルフォールは再び顔をあげ、ベネデットを見つめ、血の気を失った
「職業は」
「はじめは文書偽造、ついで泥棒に、最近人殺しとなりました」
ヴィルフォールは片手で額をおさえ、いきなり立ち上がったかと思うとまた椅子に倒れ込んだ
「被告、今度は名前を言うことに同意するか?
その方の意図はその名前を際立たせることにあるのであろう」
「裁判長、そのとおりです」
「では尋ねる、名前は」
「私には、名前を申し上げることができません
自分の名前を知らないからです
父の名前は申し上げることができます」
ヴィルフォールは目の前が真っ暗になった
「では父の名を言いなさい」
「はい、私の父は検事です
父の名は、ヴィルフォールです!」
「被告、そなたは裁判を愚弄する気か!」
ざわめく傍聴人の中で、どうも女が一人気を失ったらしい
「とんでもありません
私が自分の名を申し上げられなかったのは、両親が私を棄てたからです
でも父の名はヴィルフォールです
今すぐにでも証明できます」
検事はじっと座って動かなかった
「しかし、予審の際にはその方はベネデットと名乗り、孤児であると言い、コルシカが故郷だと言ったぞ」
「私は予審の際には予審にふさわしいことを言いました
私の言葉に厳粛な意味を持たせたかったからです
繰り返し申します
私は1817年9月27日から28日にかけての夜に生まれた、
検事ヴィルフォールの子どもです
ラ・フォンテーヌ通り28番地の2階、赤い緞子を張った部屋で生まれました
父は、私は死んだと母に言って、私をH・Nの頭文字をしるした布にくるんで庭へ運び、
生き埋めにしました」
傍聴人のあいだに戦慄がはしった
「だがどうして、そのように詳しく知っておるのか」
「一人のコルシカ人の男が父を付け狙い、その現場を目撃していたのです
この男は穴を掘り返し、一度は私を孤児院に預けたものの、結局は引き取ってコルシカで育ててくれました」
廷内は静まり返っていた
「続けたまえ」
「この優しい人達の間で私は幸福に育つことができたはずなのですが、
持って生まれた邪悪な性格が、養母が私に注ぎこもうとしたあらゆる美徳に勝ってしまった
養父は私に言いました
『神を呪うな
罪はお前のせいではない
お前をみじめな境遇に追いやった父親のせいだ』
その日から、私は父を呪うと決めたのです」
「その方の母親はどうしたのだ」
「母は私を死んだものと思っていました
母に罪はありません
私は母の名を知ろうとも思いませんし、
今も存じません」

4150うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/24(日) 13:49:39 ID:LNssCYN6
この瞬間、鋭い悲鳴が聞こえ、むせび泣きに変わった
その婦人は倒れて法廷から運び出されていった
運ばれる途中でヴェールが落ちた
ダングラール夫人であった
ヴィルフォールの頭は気も狂わんばかりであったが、夫人であるとわかると、思わず立ち上がっていた
裁判長は言った
「証拠は?証拠はあるか?」
「証拠を見せろと?
では、ヴィルフォール氏をご覧ください
そのあとで証拠をお求めになってください」
検事はよろめくように判事席に進み出た
「お父さん、私は証拠を見せろと言われているんです
お見せしましょうか?」
「いや、いらん、その必要はない」
裁判長は叫んだ
「必要がない?!
それはどういう意味ですか?」
ヴィルフォールは叫んだ
「私にはわかっておるのです
私は復讐の神の手中にある
証拠などは必要ありません
今この青年が申したことは、すべて真実であります」
「なんですと?ヴィルフォールさん、気は確かですか?」
「気は確かです
今から直ちに謹慎いたします
私の後継者である検事の指示に従います」

ヴィルフォールはよろめきながら法廷を出て行った

4151うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/24(日) 13:52:15 ID:LNssCYN6
ヴィルフォールは今や重荷となり果てた法官服を脱ぎ、自分の馬車へ乗り込んだ
神よ、ああ、神よ
この運命の崩壊のかげに、彼は神の姿しか見ていなかった
彼の背に何か固い物があった
取り出してみるとそれは、彼の妻の扇であった

あの女が罪を犯すに至ったのは、この私に触れたからなのだ
それなのに私はあれを罰した
『恥を知れ、死ね』と言ってのけた
この私が・・・!
あれを死なせてはならない
何もかも打ち明けよう
私も、私も罪を犯したのだと
まさに虎と蛇の組み合わせ、私のような夫にふさわしい妻
死なせてはならぬ
私の汚らわしい罪で、あれの罪を軽くしてやらねば
あれがしたことはすべてあの子のため
子を愛する母親を絶望させてはならぬ
あの子を育てさせてやらねば
そうすれば、私も善行を施したことになる
私の心も休まるというものだ

馬車は屋敷に着いた
ヴィルフォールは馬車を降り、屋敷内に駆け込んだ
ノワルチエの部屋を通り過ぎたとき、父親ともう一人の人影をみたが、気にも留めなかった
妻の姿は見当たらない
最後に寝室へと向かった
「エロイーズ、エロイーズ」
弱々しい声が聞こえた
「どなた?」
「私だ、開けろ」
ドアは開かれない
ヴィルフォールはドアを蹴破った
夫人は引きつった顔で立っていた
若い妻は夫のほうへ手を差し伸べた
「済みましたわ
これ以上何をしろとおっしゃいますの?」
こう言うと夫人は床に倒れた
ヴィルフォール夫人は死んだ
遺体の向こうのソファの上に、エドワールが寝ていた
ヴィルフォールは駆け寄り、抱き寄せ、ゆすぶった
子供は死んでいた
エドワールの胸から畳んだ紙が落ちた
『私が良き母親だったかどうか、あなたがご存知です
良き母親は子供を残して一人旅立つようなまねはいたしません』

ふたつの犠牲
またしても神だ!

4152うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/24(日) 13:53:05 ID:LNssCYN6
ヴィルフォールは髪を振り乱し、父親の部屋へと向かった
ノワルチエはブゾニ神父の言葉に熱心に耳を傾けているようであった

「あなたがここにおいでとは!
いつも死神のお伴をして姿を現すものとみえますな」

ブゾニは立ち上がった
重要裁判はその結末を迎えたものと思った
それ以外のことは知らなかった
「この前はお嬢さまのために祈りをささげるためにまいったのですよ」
「では、今日は何をしに来られたのです」
「あなたが十分に借りを返したことを告げに来たのです」
「おお、その声は、その声はブゾニ神父の声ではない!」
司祭は鬘を取った
「モンテ・クリスト伯爵の顔だ!」
「それも違う、検事さん、もっと遠い昔をよくよく思い出すことですな
あなたは23年前にマルセイユで、サン・メラン侯爵令嬢と結婚した日に、
この声を聞いたのですよ
思い出せ、思い出すんだ!」
「私がきさまに何をしたと言うのか!言え!」
「私に死の宣告をしたのだ
父を殺したのだ
私から自由と恋を奪い、幸せな運命を奪った!」
「誰だ!いったい誰なのだ!」
「私はあなたがシャトー・ディフの地下牢に埋めた不幸な男の亡霊だ
ついにその墓を脱け出たその亡霊に、モンテ・クリスト伯爵の仮面を与えたもうた」
「ああ、きさまは、わかったぞ!」
「エドモン・ダンテスだ」
「そうだ、エドモン・ダンテスだ
ならば、こっちへ来い!」
ヴィルフォールは妻と子供の死体を見せた
「エドモン・ダンテス、これでお前の復讐は遂げられたか?」

モンテ・クリストはその無残な光景に色を失った
彼は復讐が大きく逸脱したことを知った
彼は子供の遺骸にとびつき、脈を取り、瞳孔を調べた
そして抱きかかえ、ヴァランチーヌの部屋へ入り、鍵をかけた
「私の子どもを返せ!
ええい、畜生、きさまのような奴は死んでしまえ!」
ヴィルフォールは目を見開き、こめかみの血管は膨れ上がった
そして完全な精神の錯乱が訪れた
大声で叫んだかと思うと高笑いをし、階段を駆け下り、庭へ走った

モンテ・クリストはどうやっても救うことのできなかった子供を母親の横へ寝かせた

ヴィルフォールは庭中をスコップで掘り返していた
「ここでもない、ここでもないぞ」
モンテ・クリストが近づいた
「みつけてみせますよ!
あの子がここにいないと言っても無駄です
最後の審判の日まで探してやる!」

ああ、気が狂ったのだ
モンテ・クリストはぞっとして後ずさりした
彼は路上に飛び出した
自分に、己れのなしたことをやるだけの権利があったのか
今初めて彼は疑ったのであった
「もう十分だ・・・最後の男は見逃してやろう」

モンテ・クリストは自宅に戻り、マクシミリヤン・モレルに言った
「明日パリを発とう
あまりやり過ぎぬことを神が望んでおられる」

4153うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/24(日) 13:53:55 ID:LNssCYN6
マクシミリヤン、ジュリー、エマニュエルは、このところ立て続けに起こった
モルセール、ダングラール、ヴィルフォールの悲劇について語り合っていた
とはいえ、マクシミリヤンは、ただ無感動にそこにいるというだけの様子であった

モンテ・クリストがたずねてきた
「マクシミリヤン、君を迎えにきたよ」
「どこへいらっしゃいますの?伯爵さま」ジュリーが言った
「まずはマルセイユへ」
「まあ、兄を元気にして返してくださいませ」
「君たちはお兄さんが苦しんでいるのに気が付いていたのかね」
「ええ、私たちと暮らしていたんじゃつらいんじゃないかと」
「私がお兄さんの気がまぎれるようにしてあげるよ」
「用意はできています」マクシミリヤンは言った
「そんなに急に行ってしまうの?!」
「ぐずぐずしていると悲しみが増すばかりだ」
「お兄様のこのしゃべり方!
お兄様はなにか私たちに隠してらっしゃるわ!」
「とんでもない!
お兄さんのことは心配しなくていい
元気で笑って帰ってくるよ」
「お兄様に明るさを取り戻してください」
「まだ船乗りシンドバッドを信じているかね」
「もちろん」
「ならば、安心して待ちなさい」

階段の下に、召使のアリが待っていた
「あの手紙をあの方に見せたか」
アリはうなずいた
「なんと言って、いやどうなされた?」
アリはノワルチエの『そうだ』を真似た
「よし、老人は承諾してくださった
では行こう」
馬車は出発した
途中、台地の上で、モンテ・クリストは馬車を降りた
そこからはパリが黒々とした海のように見えた
偉大なる都よ!
私の使命は終わった
さらば、パリよ
馬車はふたたび走り出す
「モレル、ついてきたことを後悔しているかね」
「いいえ、でもパリにはヴァランチーヌが眠っているんです
パリを離れることは、もう一度彼女から離れることだ」
「モレル、失われた人々はわれわれの心の中にいるのだ
私にはね、そのようにしていつでも私とともにいる人が二人いる
一人は私に生命を与えてくれた人
もうひとりは私に知性を与えてくれた人だ
迷いが生じたときは、私はいつもこの二人に訊ねている
モレル、君のこころに訊ねてみるがいい
いつまでもそんな憂い顔を私に向けるべきなのかとね」
例のごとく、伯爵の旅は素晴らしい速さで進んだ

4154うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/24(日) 14:57:35 ID:LNssCYN6
活気にあふれる港町マルセイユ
モンテ・クリストにとってもマクシミリヤンにとっても懐かしい
「伯爵、ここですよ
あなたが父にファラオン号を贈ってくださったときに、父が立っていた場所です」
「わたしはそのとき、あの丘から見ていたんだよ」
モンテ・クリストはそう言って丘のほうへ目を向けると、そこにヴェールをかぶった一人の婦人の姿を見た
モレルが、あっと声を上げた
「あの船から手をふっている軍服の青年は・・・アルベール・ド・モルセールだ!」
「そう、わたしにはわかっていた」
ふたたびモンテ・クリストが丘のほうへ目を向けると、もうそこの婦人はいなかった
「君はここでなにかすることはないか」
「私は父の墓へ行こうと思います」
「それはいい
では向こうで待っててくれたまえ
私も涙を流しに行く場所があるのだ」

モンテ・クリストはメラン小路のあの懐かしい家へ向かう
かつて老ダンテスが住んでいた家である
いまでは、建物全体をメルセデスの自由なように使わせていた
メルセデスは庭でひとり泣いていた
モンテ・クリストの足元で砂がきしみ、メルセデスは顔をあげた
「奥さん、私にはもはやあなたを幸せにする力はありませんが、
友人としての慰めを受け取っていただけますか」
__
「わたしには息子だけしかおりませんでしたのに
あの子も行ってしまいました・・・」
「あなた方の未来を再建する仕事をご子息にさせておいたほうがいい
あえて予言しますが、あなた方の未来は頼もしい手に握られているのです」
「その幸運を、あの子が授かりますように
でも私がその幸運を授かることはありません
もうお墓のすぐそばにいるような心持がいたします
伯爵さま、ここへ住まわせてくださって感謝しております
人が死ぬべき場所はその人が幸せに暮らした土地ですもの」
「あなたの言葉が心に刺さります
あなたの不幸は私が引き起こしたものなのだから」
「エドモン、私の子どもの命を救ってくださったあなたを憎むわけがありません
モルセールの自慢の息子を殺すことがあなたの意図だったはずですもの
私が憎むのはこの自分なの!
ああ、私はなんて見下げ果てた女なのでしょう!
あなたは私を復讐の対象からはずしてくださった
でも、私が最も罪深いのです
ほかの人たちは憎しみや貪欲や利己心からああしたんです
なのに私は卑怯な心からああしたんです
エドモン、あなたはいまなにか優しい言葉を探している
でもそれは、ほかの女性のためにとっておいてください
私には受け取る資格がありません
この世には、最初の過ちがその将来をなにもかも駄目にしてしまうよう運命づけられている者がいるものですわ
私だけがあなたであることを見抜き、息子の命を救うできても、それが何になるというのでしょう
どのように罪深い男にせよ、私が夫として受け入れた男を、私は救うべきだったのではないでしょうか
それなのに、私は何もせずに彼を死なせてしまった
それどころか、私は卑劣な無関心さと軽蔑の念で、あの人の死に手を貸したのです
私にとっても最もつらい責苦はあなたと他の男の人たちを比較すること
あなたほどの方はこの世に一人といない
さようならとおっしゃってください、エドモン
お別れしましょう」

「別れる前になにかしてほしいことはないか、メルセデス」
「エドモン、私の願いはひとつだけ、あの子の幸せです」
「神にあの子を死から守り給えと祈りなさい
それ以外は私が引き受けよう」
「ありがとう、エドモン
私は二つのお墓の間で生きています
ずっと昔に死んだエドモン・ダンテスのお墓
この世のなにをくれると言われてもこの追憶だけは失いたくありません
もうひとつは、エドモン・ダンテスが殺した男のお墓
殺されて当然とは思います
でも死者のために祈らねばなりません」
「またお会いしましょう、とは言ってくれないのですか」
「いいえ、またお会いしましょう」
メルセデスはそう言って、天を指さした

4155うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/24(日) 14:59:05 ID:LNssCYN6
活気にあふれる港町マルセイユ
モンテ・クリストにとってもマクシミリヤンにとっても懐かしい
「伯爵、ここですよ
あなたが父にファラオン号を贈ってくださったときに、父が立っていた場所です」
「わたしはそのとき、あの丘から見ていたんだよ」
モンテ・クリストはそう言って丘のほうへ目を向けると、そこにヴェールをかぶった一人の婦人の姿を見た
モレルが、あっと声を上げた
「あの船から手をふっている軍服の青年は・・・アルベール・ド・モルセールだ!」
「そう、わたしにはわかっていた」
ふたたびモンテ・クリストが丘のほうへ目を向けると、もうそこの婦人はいなかった
「君はここでなにかすることはないか」
「私は父の墓へ行こうと思います」
「それはいい
では向こうで待っててくれたまえ
私も涙を流しに行く場所があるのだ」

モンテ・クリストはメラン小路のあの懐かしい家へ向かう
かつて老ダンテスが住んでいた家である
いまでは、建物全体をメルセデスの自由なように使わせていた
メルセデスは庭でひとり泣いていた
モンテ・クリストの足元で砂がきしみ、メルセデスは顔をあげた
「奥さん、私にはもはやあなたを幸せにする力はありませんが、
友人としての慰めを受け取っていただけますか」
__
「わたしには息子だけしかおりませんでしたのに
あの子も行ってしまいました・・・」
「あなた方の未来を再建する仕事をご子息にさせておいたほうがいい
あえて予言しますが、あなた方の未来は頼もしい手に握られているのです」
「その幸運を、あの子が授かりますように
でも私がその幸運を授かることはありません
もうお墓のすぐそばにいるような心持がいたします
伯爵さま、ここへ住まわせてくださって感謝しております
人が死ぬべき場所はその人が幸せに暮らした土地ですもの」
「あなたの言葉が心に刺さります
あなたの不幸は私が引き起こしたものなのだから」
「エドモン、私の子どもの命を救ってくださったあなたを憎むわけがありません
モルセールの自慢の息子を殺すことがあなたの意図だったはずですもの
私が憎むのはこの自分なの!
ああ、私はなんて見下げ果てた女なのでしょう!
あなたは私を復讐の対象からはずしてくださった
でも、私が最も罪深いのです
ほかの人たちは憎しみや貪欲や利己心からああしたんです
なのに私は卑怯な心からああしたんです
エドモン、あなたはいまなにか優しい言葉を探している
でもそれは、ほかの女性のためにとっておいてください
私には受け取る資格がありません
この世には、最初の過ちがその将来をなにもかも駄目にしてしまうよう運命づけられている者がいるものですわ
私だけがあなたであることを見抜き、息子の命を救うできても、それが何になるというのでしょう
どのように罪深い男にせよ、私が夫として受け入れた男を、私は救うべきだったのではないでしょうか
それなのに、私は何もせずに彼を死なせてしまった
それどころか、私は卑劣な無関心さと軽蔑の念で、あの人の死に手を貸したのです
私にとっても最もつらい責苦はあなたと他の男の人たちを比較すること
あなたほどの方はこの世に一人といない
さようならとおっしゃってください、エドモン
お別れしましょう」

「別れる前になにかしてほしいことはないか、メルセデス」
「エドモン、私の願いはひとつだけ、あの子の幸せです」
「神にあの子を死から守り給えと祈りなさい
それ以外は私が引き受けよう」
「ありがとう、エドモン
私は二つのお墓の間で生きています
ずっと昔に死んだエドモン・ダンテスのお墓
この世のなにをくれると言われてもこの追憶だけは失いたくありません
もうひとつは、エドモン・ダンテスが殺した男のお墓
殺されて当然とは思います
でも死者のために祈らねばなりません」
「またお会いしましょう、とは言ってくれないのですか」
「いいえ、またお会いしましょう」
メルセデスはそう言って、天を指さした

4156うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/24(日) 15:01:01 ID:LNssCYN6
>>4154
>>4155
だぶりました、すみません<m(__)m>

4157うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/24(日) 15:03:12 ID:LNssCYN6
メルセデスを残し、モンテ・クリストは胸ふさぐ思いでその家を後にした
エドワールの死以来、彼の心の中には大きな変化が生じていた
「このように自分を責める破目に陥ったのは、俺の計算に何か過ちがあったからだ
俺の目的がばかげていたというのか?
まちがいだったというのか?
そんな考えは到底受け入れることはできぬ」

モンテ・クリストは過去をもとめ、マルセイユをさ迷い歩く
24年間のあの日、夜の闇のなか、衛兵に連行されていった波止場
シャトー・ディフへの舟に乗せられた場所
遊覧船を雇い、再びかの場所へ
7月革命以来、シャトー・ディフには囚人はおらず観光名所となっていた
門番に案内を頼み、モンテ・クリストは地下牢へ行く
彼の額は青ざめ、流れる汗は心臓にまで達するかのようであった
彼は、王政復古当時の看守がまだいるか尋ねたが、さすがにもういないということだった

地下牢へ案内され、ファリャ神父が掘った穴を見た
「この地下牢のことで看守のアントワーヌに聞いた話があります」
モンテ・クリストはぞっとした
その看守こそ、彼の担当だったのだ
「ここにいた囚人はひどく危険で、おそろしく頭が切れる奴だったそうです
同じ頃、もうひとり囚人がいて、こいつは頭のおかしい坊さんだったとか
もし、釈放してくれたら何百万という金をやる、と言ったらしいですよ」
「その囚人たちは互いに会うことはできたのかね」
「とんでもない!厳重に禁じられていました
でも連中、地下道を掘ったんですよ
ほら、あそこに見えます」
「ああ、ほんとうだ」モンテ・クリストの声はかすれた
「老人のほうは死んじまって、若いほうは・・・どうしたと思います?
死人を自分とすりかえて、自分が死体袋に入ったんですよ」
モンテ・クリストは目を閉じた
「奴の計算違いは、ここでは死体は海に投げ込まれるってことだったんです
埋葬人どもが崖から死体袋を海へ投げ込んだときに、悲鳴を聞いたんです」

伯爵は息のつまる思いだった
俺が自分の目的に疑問を抱いたのは、過去を忘れかけていたからだ
だがふたたび、俺の胸はえぐられた
復讐の炎は今また燃え上がる
モンテ・クリストはかつて自分のいた独房を見回した
椅子がわりの石
壁に刻まれた数字
父とメルセデスの年齢を刻んだ数字
モンテ・クリストは、墓地に運ばれる父と婚礼の祭壇をすすむメルセデスの幻影を見た
そう、わたしは思い出した!
わたしはこの地下牢で記憶力を失うことを恐れていたのだった

「そのあわれな老人の独房を見せてもらえないか」
ファリャ神父の思い出に涙するモンテ・クリスト

「案内をありがとう、これは礼だ」伯爵は金貨を門番に渡した
「え、こんなにくださるので?」
「私も船乗りだったから、お前の話には心打たれたんだよ」
「こんなにしていただいたからには、私のほうからもなにか差し上げることにいたしますよ
あのあわれな坊さんが死んだ後に見つけたんでさ
今とってきますよ」
戻って来た門番は手に巻物のようなものを持っていた
それは、布に書かれたファリャ神父の大著、イタリア統一王国に関する論文だったのである
伯爵は奪い取るようにしてその論文を手にした
『汝竜の牙を抜き、獅子をその足元に踏みつけん、と主はのたまえり』
これが答えだ!
あの陰惨な牢に俺を閉じ込めた者どもに禍あれ
俺が閉じ込められていたことを忘れた者どもに禍あれ

マルセイユのカタロニア人村を通るとき、伯爵は目をそむけた
そして、恋に等しいほどの情愛をこめてひとりの女性の名を口にした
エデ、と

4158うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/24(日) 15:04:24 ID:LNssCYN6
モンテ・クリストはマクシミリヤンに会うため墓地へと向かった
「マクシミリヤン、君にはマルセイユに何日か滞在してもらう
私は君と別れねばならないが、君との約束は忘れないよ」
「僕のほうはきっと忘れてしまいますよ」
「いや、君はそんなことはしない
名誉を重んずる男だからね
モレル、私は君よりも不幸な男を知っている」

伯爵はエドモン・ダンテスの不幸を話す
もちろん、名前は伏せて

マクシミリヤン・モレルはその話に衝撃を受ける
「その人も、いつかは幸せになれるのでしょうか・・・」
「彼はそれを希望しているよ」
「僕はお約束します、でも忘れないください」
「10月5日、港に迎えの舟がくる
船長に私の名前を告げなさい
私はモンテ・クリスト島で君を待っている」
「わかりました、必ずその通りにします
でも忘れないでください、10月5日には、僕は」
「何度も言わせるものではない
その日になってもまだ、君が死にたいと言うのなら、私が手を貸してやる」
モンテ・クリストはマクシミリヤン・モレルを一人残し、船でイタリアへと向かった

4159うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/24(日) 15:05:51 ID:LNssCYN6
同じ頃、一人のフランス人の男がフィレンツェからローマへ馬車を走らせていた
男は紙入れから四つ折りにしたものをとりだして言った
「よし、わしにはまだこれがあるぞ!」

フランス人は馬車を降り、スペインホテルへ入った
(^^)/ 物語の初め、アルベールとフランツとモンテ・クリスト伯爵が出会ったホテル

フランス人はトムソン・アンド・フレンチ商会の場所を聞き、再び出かけて行った
その様子を観察する男がひとり、後をつけ始める

フランス人はトムソン・アンド・フレンチ商会へ到着
「どちらさまで?」
「ダングラール男爵だ」
あとを付けてきた男は帳簿係の前の椅子にすわった
帳簿係が顔をあげ、あたりを見回す
「おや、ペッピーノじゃないか
あのフランス人に金のにおいを嗅ぎつけたか」
「あいつは金を引き出しにきたのよ
俺が知りたいのは金額だ」
「ちょっと待ってろ」

「おい、大変な額だぞ!500万!」
「モンテ・クリスト伯爵閣下の受領書で、だな
よし、あいつだ」

ダングラールが手配した馬車は商会の前で待っていた
彼はそれに乗って、ホテルへ帰り、金を枕に眠りに落ちた
翌日、彼はふたたび馬車へと乗り込んだ
まずはベネチアへ、その後ウイーンへ向かう予定だった
馬車の手配がのろく、出発が遅くなってしまう
ゆれる馬車のなかでもダングラールはぐっすりと眠った
ふと目を覚まし、窓から外を見ると、マントの男がひとり、馬に乗って並走していた
あわてて反対の窓をみると、そこにも馬に乗った男が!
ダングラールがまず考えたのは、彼らは憲兵だということだった
「ええい!罪人を引き渡そうってんだな!」
ところが馬車は町へは入らない
彼の髪は逆立った
これは・・・盗賊どもだ!

馬車が止まった
降りろ!
ダングラールは生きた心地もしない
10分ほど歩かされ、岩穴の中へと連れ込まれた
彼は山賊ルイジ・ヴァンパの手に落ちたのであった

4160うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/24(日) 15:08:00 ID:LNssCYN6
ルイジ・ヴァンパはダングラールの顔をみて言った
「この男は疲れているな
寝かせておけ」
ダングラールはアルベールの身代金の金額を思い出していた
たしか4万8千くらいだったはず
それを差し引いてもわしにはまだ505万くらいはある
なんとか切り抜けられるだろう
そう考え、安らかに眠り込んだのだった

ダングラールは目を覚ました
そうだ、わしは山賊の虜になったのだった
いそいでポケットを探る
なぜか金はそのまま残っていた
金目の時計も盗られていなかった
おかしな山賊だ・・・

ダングラールは閉じ込められた部屋の隙間からのぞいてみた
見張りが目の前で食事をしていた
彼はふいに自分の胃袋が空っぽであることを思い出した
彼は扉をたたき、なにか食べ物をと要求したが、見張りは完全に彼を無視した
4時間がすぎ、見張りはペッピーノに交代した
ペッピーノは美食家だった
うまそうな匂い
ダングラールはは扉をたたいた
「わたしに食事をさせろとは言われてませんか」
ペッピーノは答えた
「おや、閣下はお腹がすいておられるので?
お安い御用ですよ
ただし、料金はいただきますがね」
「言うまでもない!」

ひな鳥のローストが運ばれてきた
カフェ・ド・パリにいるみたいだな、とダングラールはつぶやいた
ナイフとフォークを手にとりかかろうとしたそのとき、
ペッピーノが言った
「ここでは前金で支払うことになっておりまして」
「ほら」
ダングラールは彼に1ルイ(20フラン)を投げ与えた

4161うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/24(日) 15:09:24 ID:LNssCYN6
ペッピーノはそれを拾い上げ
「ちょっとお待ちを
これでは少し足りませんな
あと足りないのは4,999ルイでございます」
「このやせた雛が10万フランだというのか!?
わかった、わかった、さあ、もう1ルイやろう」
「あと4,998ルイでございます」
「ばかばかしい!そいつは絶対に駄目だぞ!」
ペッピーノはさっとひな鳥を取り上げてしまった
ダングラールはふたたび閉じ込められた
ペッピーノはベーコン入りのエジプト豆を食べ始めた

30分、それでもダングラールは我慢した
「ええい!わしは食べたい!
ひからびたパン一切れでよい!」
「パンでございますね、かしこまりました」
小さなパンが運ばれた
「4,998ルイでございます」
「おい!なぜひな鳥とパンが同じ値段なのだ!」
「一品料理はやっておりません
少し召し上がろうが、たくさん召し上がろうが、料金は同じです」
「はっきりいえ!わしを餓死させるつもりだと言ったらどうだ!」
「とんでもない、閣下が勝手に自殺なさろうとしているのです
お金を払って食事なさってください
閣下はポケットに505万フランお持ちです」
「その10万を払えば、安心して飯を食えるんだな
だがどうやって払えばいいのだ」
「閣下はトムソン・アンド・フレンチ商会に口座をお持ちです
私に4,998ルイの手形を書いてくださればいいのです」
ダングラールは言われたとおりにした

4162うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/24(日) 15:10:44 ID:LNssCYN6
翌日、ダングラールはまた腹がへった
彼は、今日は絶対に金を使うまいと思った
しかし、喉が渇いた
「飲み物がほしい」
「閣下、このあたりでは葡萄酒は高いです」
「では、水だ」
「水はもっと高いです」
「やれやれ、では葡萄酒を一杯くれ」
「手前どもでは分け売りはいたしません
一本25,000フランです」
「おい、わしを丸裸にするつもりか!」
「どうやら主人はそうなのかも」
「その主人てのを連れてこい」
ヴァンパがやってきた
「お呼びですか」
「わしの身代金としていくら欲しいのだ!」
「ざっくばらんに言いまして、閣下が身に着けておられる500万です」
「これはわしの全財産だ
巨万の富の残りがこれなのだ
こいつを奪うくらいなら殺してくれ!」
「閣下の血を流すことは禁じられておるのです」
「君も誰かに服従しているのか?」
「はい」
「その首領も誰かの手下なのか?」
「はい」
「誰の?」
「神の」
「どうもよくわからんな」
「でしょうね」
「どういうつもりなのだ」
「わかりません」
「わしの財布は空になってしまう」
「たぶんね」
「君、百万欲しくないか?いや200万、300万・・・400万!
逃がしてくれたら400万やる!」
「どうして500万払うところを400万で済むとお思いになるんで?」
「みんなもってけ!そしてわしをころせ!」
「あんまりわめきなさると、また食欲がでますよ
倹約して使わないとね」
「だが、払う金がなくなったらどうするんだ!」
「腹が減るだろうね」
ダングラールは顔色を変えた「腹がへる?」
ヴァンパは冷ややかに答えた「たぶんね」
「だが、あんたはわしを殺すつもりはないと言ったではないか!」
「ない」
「それなのにあんたは、わしが餓死してもかまわんというのか!」
「それとこれとは話が別」
「ええい、畜生め!わしは絶対に署名はせん!」
「ご随意に、閣下」

4163うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/24(日) 15:12:21 ID:LNssCYN6
いったいこの連中は何者だ
誰でも身代金を払えば自由になれるはずなのに、なぜ自分はできないのか
おお、そうだ
いきなり急死でもすれば、奴らの裏をかくことができる
人生ではじめて、ダングラールは死を考えた
死への欲求と恐怖を抱きながら

署名はせぬという彼の決意は2日間続いた
その後、彼は食べ物を乞い、すばらしい食事に100万とられた
この囚人は絶え間なくうわごとを繰り返すようになった
そしていかなる要求にも応じた
12日ほど過ぎて、囚人の所持金はついに5万フランになった
このとき不思議なことに、彼はこの5万を死守することを決意した
5万フランという金は、一人の人間が餓死せずに済む金額である
彼は神に、この5万を守らせたまえと祈った
そして祈りつつ涙を流した

こうして3日が過ぎた
ときおり彼は錯乱に陥った
そんなとき窓越しに、粗末なベッドの上で今はの際の苦しみにあえぐ老人の姿が見えるような気がした

4日目
彼はもはや人間ではなかった
地面のむしろまで貪り食い始めていた
彼は、一口のパンに1,000フラン払うと言った
その要求は無視された
5日目
彼は扉まで身体をひきずって行った
「君だってキリスト教徒だろう
神のみ前では兄弟である男を殺すのか?
首領!首領!」
ヴァンパが現れた
「まだなにか欲しいのか」
「わしの金をとってくれ
そして生かしておいてくれ
もう逃がしてくれとはいわん
わしはただ生きていたいだけだ・・・」
「だいぶお苦しみとみえますが、あなたよりもっと苦しんだ人が多勢いますよ」
「とてもそうは思えん」
「いるとも、餓死した人たちだ」
ダングラールは窓ごしに幻影をみたあの老人の姿を思い出した
彼は呻きつつ、地面に額を打ちつけた

「後悔はしているんだな」
その声に、ダングラールの髪は逆立った
ヴァンパの後ろにマントに身を包んだ男の姿があった
「なにを後悔せねばならぬのでしょう」ダングラールはつぶやいた
「あなたが犯した罪をだ」
「おお、後悔しますとも・・・」
「それならば私はあなたを許そう」
男はマントを脱ぎ捨て、一歩前に出た
「モンテ・クリスト伯爵!」
「いや違う、私は
あなたが売り、身柄を引き渡し、名誉を台無しにした男
あなたにフィアンセが身売りを余儀なくされた男
あなたが財産を気付築くため踏みつけにした男
父をあなたに餓死させられた男
あなたを餓死の刑に処した男
だが、
わたし自身が許されるために、あなたを許す男
エドモン・ダンテスだ」
ダングラールは悲鳴をあげ、地にひれ伏した
「あなたの命は救われた
だが、他の二人にはそのような幸運は訪れなかった
一人は死に、もうひとりは狂った
その5万フランは持っているがいい
私からの贈り物だ
養育院からあなたが奪った500万フランは匿名ですでに返済されている
ヴァンパ、この人が飢えをしのいだら逃がしてやれ」

ダングラールは最高の食事を与えられ、馬車に乗せられると、街道沿いの木の下に放置された
夜が明けて、彼は小川のほとりにいることを知った
水を飲もうと川へ身体をひきずっていき、水面にかがんだとき、彼の髪が真っ白になっていることに気づいた

4164うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/24(日) 15:14:48 ID:LNssCYN6
優美なヨットがモンテ・クリスト島に向かって疾走していた
舳先に立つ男はマクシミリヤン・モレル

モンテ・クリストが出迎える
「マクシミリヤン、君の悲しみはまだ癒されていないのか」
「僕の悲しみが癒されることもあると、本気で考えていらしたのですか」
「私は人間の心を知り尽くした者として聞いている
君は今でも、墓に入らねば癒されることのない渇きを覚えているのか」
「僕は友のそばに抱かれて死ぬためにあなたのそばに参りました
たどり着くべき場所にたどり着いたと言う気がしています
あなたは『待て、そして希望せよ』と言った
人間なんてみじめなものです、僕は希望を持ちました
何の?僕にもわかりません、何かの奇蹟かも・・・
きょうはあなたが僕に求めた猶予期間の期限の日です
10月5日です」
「わかった、ついてきたまえ」
二人は洞窟へと入って行った

「君は何も思い残すことはないのかね」
「ありません」
「私のこともかね」
モレルははっとした
大粒の涙がこぼれ落ちた
「お願いです、もうこれ以上僕の苦しみを長引かせないでください」
モンテ・クリストは思った

俺はいま、この男に幸福を返してやろうとしている
その幸福は、天秤の片方に載せた、俺がなした悪に釣り合わせるための重り
だが、もしもこの男がその幸福に価するほど不幸ではないのだとしたら・・・
善を思い返すことによってしか悪を忘れられないこの俺はどうなるのか

モンテ・クリストはモレルを試す

「いいか、君は神を信じている
魂の救済までも失う気にはなれないのではないか」
「僕の魂はもう僕のものではありません」
「モレル、君は莫大な財産がもたらすこの世の快楽を知らないから、人生に別れを告げたいなどと思うのではないか?
私の財産を君にやろう
それがあれば、なんでも君の思う通りになる
とにかく、生きるのだ」
「伯爵、あなたは僕に約束なさったのですよ・・・」モレルは冷ややかに言った
「モレル、君はこの私の家で、本当にそんなことを考えているのかい」
「ではここから立ち去らせてください
さもないと、あなたが僕を愛してくださるのは、僕のためではなくご自分のためだと思うようになってしまいます」
「わかった、君の意志は固い、君は本当に不幸なのだ
君を癒せるものは奇蹟のみ
では座りたまえ、モレル」
モンテ・クリストは銀の小箱を取り出し、その中味をひとさじすくって、モレルの前に差し出した
「これが、君が求めたものだよ」

4165うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/24(日) 15:17:29 ID:LNssCYN6
激しい苦痛が青年をとらえた
「伯爵、僕には死んでいくのが感じられます・・・ありがとうございました」
視力の薄れた彼の目に、伯爵が微笑したようにみえた
と、同時に伯爵の姿が2倍にふくらんだようにも見えた
モレルはソファの上に身を投げた
麻痺が血管のすみずみに行き渡っていった
伯爵に手をさしのべようとしたが動かない
瞼はとじようとしている
伯爵が扉を開けたように見えた
美しい女性が入ってきたように見えた
ああ、あの天使は僕が失ったひとに似ている
ヴァランチーヌ!
声にならない叫び声をあげて、モレルは目を閉じた

ヴァランチーヌは駆け寄った

「ヴァランチーヌ、君たちはこの地上で別れることはない
彼は君に会うために墓にとびこんだのだから」
ヴァランチーヌはモンテ・クリストの手をとり、くちづけをした
「ああ、うんと感謝してほしい
君を幸せにしたという確信が、私にとってどれほど必要か・・・」
「私の感謝の気持ちがどれほどのものであるか、
どうぞ、エデお姉さまにお聞きになってくださいませ
私たちがフランスを発った日から、あなたのことを話してくれて、辛抱づよく私を待たせてくれたエデお姉さまに」
「君はエデが好きかい?ヴァランチーヌ」
「ええ、もう心の底から」
「それではね、頼みがある
エデを君の本当の姉にしてはくれまいか
モレルと君とで、あれを守ってくれないか
これから先、あれはこの世でひとりになってしまうのだ・・・」

4166うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/24(日) 15:19:13 ID:LNssCYN6
「なぜですの?!」
うしろで声がした
モンテ・クリストは振り向いた
エデは凍り付いたような瞳をして立っていた
「それはね、エデ
お前は自由の身となるからだよ
お前にふわさしい社会的地位を、お前はふたたび得るのだよ
私の運命がお前の運命を暗いものにしてしまうことを、私は望まない」
エデの声は涙にかすれた
「では殿さまは私と別れようとおっしゃるのですね」
「お前は若く、美しい
私の名前など忘れ、幸せになりなさい」
エデは一歩しりぞいて言った
「わかりました
ご命令通りにいたします
名を忘れ、幸せになります」
ヴァランチーヌはモレルの頭を抱きながら叫んだ
「あんなに辛い思いをなさっているのがおわかりになりませんの!?」
「ヴァランチーヌ、この方に、私の心などわかるはずはありません
この方は私のご主人様、私は奴隷なんですもの
この方は、なにも御覧になる必要はないの」
伯爵はこの心を引き裂くような調子に慄然した
「エデ、お前は私と一緒にいても幸せだというのか」
「私はまだ若うございます
あなたのおかげでいつも楽しかったこの人生が好きです
死ぬのには未練がのこります」
「では、もし私がお前と別れたなら・・・」
「私は生きてはおりません」
「では、私を愛してくれるのか」
「ヴァランチーヌ、この方は私に、愛しているかとお聞きになるのよ!
ええ、愛しています!
お父様を愛するように
お兄様を愛するように
そして夫を愛するように
自分の命を、神様を愛するように
私はあなたを愛しています」
「今こそはっきりわかる
神は勝利の果てに悔恨を残すことを望んではいられないのだ
私は自分を罰しようとした
しかし神は私を許そうとなさっている
私はこの運命をお受けしよう
おいで、エデ」
エデはモンテ・クリストの胸にとびこんだ

4167うぉんさんの読み聞かせの会:2017/12/24(日) 15:21:01 ID:LNssCYN6
1時間ほどの時が流れた
ヴァランチーヌはついにモレルの心臓が鼓動を打ち始めるのを感じた
ついに彼は両目を見開いた
目の前にはヴァランチーヌがいた
翌日、ヴァランチーヌはモレルに、モンテ・クリスト彼女の部屋へ現れ、一切の秘密を解き明かし、彼女を死んだものと思わせることによって奇跡的に彼女を救った経緯を説明した
「あ、ヤコポだわ、ヨットの船長よ」
「伯爵様からお手紙をあずかっております」

親愛なるマクシミリヤン
ヤコポが君をリヴォルノへ連れて行く
ノワルチエ氏がそこでお待ちだ
この洞窟にあるもの、シャンゼリゼの屋敷、ル・トレポールの別荘は
エドモン・ダンテスから主人モレル氏のご子息への結婚祝いだ
ヴィルフォール嬢がその半分を受け取ってくれるよう期待する
というのは
狂人となった父上と、義理の母と共に亡くなった弟御から同嬢に与えられる資産は
すべてパリの貧民たちに与えてやって欲しいからだ
モレル、
君の天使に伝えてほしい
サタンのように一時は己れを神に等しい存在と思い込んだが、
今は謙虚に、万能の力と知恵は神の御手にのみあることを再び悟った男のことを、
ときに祈ってほしい、と
君にはこう言おう
私が君になぜあのような態度を取ったか
それはこの世には幸福も不幸もない、ある状態とある状態の比較だけがある
極端な不幸を味わった者のみが、至高の幸福を感じ得る
生きることがどれほど楽しいかを知るためには
マクシミリヤン、
一度は死のうと思ったことがなければならない
愛する子たちよ
人間の英知はすべて次の二語に集約されていることを忘れないように
『待て、そして希望せよ』

汝が友 エドモン・ダンテス モンテ・クリスト伯爵

ヴァランチーヌは家族の身の結末を知り、涙した
彼女の幸せの代償はあまりに大きなものであった

「伯爵はあまりに良くしてくださりすぎる・・・
ヴァランチーヌは僕のささやかな財産で満足してくれるだろうに
それにしても伯爵はどこにおいでだ?」

ヤコッポは遠い水平線を指さした
その先にはカモメの翼ほどの大きさの白い帆がみえた
「行ってしまった!」モレルは叫んだ
「そんな、行っておしまいになったの・・・
さようなら、伯爵様
さようなら、エデお姉さま」
「いつかまた、お会いできるのだろうか」モレルは涙をぬぐった
「伯爵さまはおっしゃったばかりですわ
人間の英知はこの二つの言葉に集約されていると・・・
『待て、そして希望せよ』

(^^)/終わり

4168名無しさん@ベンツ君:2017/12/28(木) 23:03:48 ID:alxz1x.M
乙です


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