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投稿スレ

1名無しさん:2009/11/08(日) 21:20:23
作品を投稿するスレです。

2名無しさん:2009/11/08(日) 21:24:09
FINAL FANTASY IV #0541 6章 2節 「穿つ流星」(20)

「…………」
ローザから凝視されてもカインは顔を落として無言を貫いていた。
「どうして……?」
ローザからこぼれる疑問の声。
無理もない。先ほどまでのゴルベーザの意に沿って動いていた自分の様子は彼女も充分に見ていたはずだ。
「安心して……もうカインは大丈夫だよ。ゴルベーザに操られていただけなんだ……」
「そう……良かった」
カインが無言を貫き通している間にもセシルによって自分の行いが弁護されていく。
それに対してローザも安堵したような言葉を上げる
(俺は……)
しかし、セシルやローザが納得しても自分の気持ちの整理はなかなかつかなかった。
先程セシルやシド達の前では操られていた自分に対しての悔しさを吐き出して、自分の行いに対して詫びる事も出来た。
しかし、彼女――ローザを前にしては、カインは何か言葉を出すことに躊躇いがあった。
自分がゴルベーザへと付け入られた最たる理由は間違いなく彼女に対する気持ちである。
結局、自分のしてきた事はなんだったのだ? ローザに対して何がしたかったのだ……?
考える毎に自分が情けなくなっていく。自分が利用されていた事実に対する悔しさとは違った気持ち……恥ずかしさがカイン
の心を支配していた。
「すまない……ローザ」
ようやく言葉にできたのはその一言であった。
「許してくれ」
本心で言ってるのかと聞かれると、はっきりと肯定できないだろう。口から出る謝罪の言葉はある意味で、自分自身を卑下する為である。
こうやって自分を落とすような言葉でも言わなければカインは今の自分を維持できなかった。
「それに操られてたばかりではない……俺は……俺は……!」
更に言葉が出てくる。
俺は――何だというのだ?
この先からは唯、ありふれた単純な言葉を捻り出す事は出来ない。自分の本心に基づいた言葉でなければいけないであろう。
「俺は……君に側にいてほしかった……」
それは好意による言葉なのか。昔からの付き合いによるものなのか。そしてセシルへの優越感を感じていたから出た言葉なのか。
はたまたそれを全て内包した言葉なのか、自分でも完全に考えが纏まるまでも無く出た言葉であった。しかしこれは本心なのだ。
悔しみと恥ずしめを受けて出た本当の言葉。今はこれ以上、何かを言うことはカインには無理であった。
「カイン……」
ローザの言葉はそれだけで途切れた。何度目になるのか分からない沈黙が辺りを支配する。
再びカインも顔を俯かせて黙りこくってしまう。
許してもらえる訳がない。最初からそう思っていた。今の誰も何も言わない状況も当然ながら予想の範疇なのだ。
彼女と彼――ローザとセシルの前から消え失せるべきなのか……そのような思考が頭によぎる。
「カイン」
苦悩交じりのカインを呼ぶ声はローザのものではなかった。セシルである。
「こちらを見て」
今度はローザの声だ。
促されるままにカインは視線を上へと戻す。そこには先程までと変わらない二人がいた。
しかし、二人はそれぞれがカインの目の前へと手を差し伸べてくる。
「!」
二人の意図がすぐには読めなかったカインは、疑問を言葉に出すことは出来なかった。かろうじて出た一声が、疑問符の役割を果たしたの
であろう、すぐさま二人からの返答は返ってきた。
「誰が一番誰を大切に思っているかなんて自分にしか分からない。だからこそ誰かを理解しなければならないんだ」
それがセシルの真意なのか……?
「一緒に戦いましょう……カイン」
ローザの言葉はセシルよりも分かりやすかった。
それはつまり?
否――今は深く考える時期ではない。仮にそうだとしてもじっくり言葉を吟味している時間は無いだろう。
「すまん……ローザ……セシル……!」
少しでも間をおくと離れてしまうのではないかと感じさせる二人の手をカインは躊躇う事無く握った。

3名無しさん:2009/11/08(日) 21:33:03
FINAL FANTASY IV #0542 6章 2節 「穿つ流星」(21)

<ごちゃごちゃやっとる場合ではない――>
シドの一声がゾットからの退避の幕開けとなった。
ゴルベーザとテラ。野望と復讐の激しいぶつかり合い。実際のパワーとして魔力がぶつかりあった。そしてその激戦のプレリュードを打った
古の魔法メテオ。
機械仕掛けの塔ゾットが受けたダメージは半端なものではなかった。
様々な思惑が渦巻いた舞台は、用済みだと言わんばかりの勢いで崩壊し始めている。
「ここは危険です――早く脱出せねば」
この困難な迷宮の脱出に先陣を切るのはヤンであった。
「ヤン無茶はしないでくれよ!」
危険を顧みず颯爽と歩を進める彼を気遣うようにセシルは言葉をかける。
「心配には及びません。丈夫な事が取り柄なのですから――」
常に仲間を気遣う事を忘れない堅気なモンク僧の言葉は途中で途切れた。
「ぐっ!」
突如、風を切るかの音と共に目前から何かが飛来し、先頭に立つヤンを切り付ける。
「ヤン――」
「大丈夫です」
セシルの気遣いに先回りしてヤンが身の安全を告げる。
練磨された闘士にとって奇襲程度では何ら戦闘に支障は無い。
「誰だ! こんなときに」
シドが事の発端である先へと叫ぶ。
どちらにしても……衝突は避けられないだろう。そう判断したセシルは剣を構え――
「待ってセシル!」
そう言って遮ってきたのは意外な場所からであった。
「ローザ!?」
思わぬ介入に驚きセシルは声を荒げる。
「あの人は……彼女は――」
その口振りからしてローザは今目先に迫る人物を知っているようであった。
「ゴルベーザの四天王。風のバルバリシア」
だが、回答を述べたのは更に別の方向からであった。
「ふん……カインお前も寝返ったようだね。残念だよ」
「何がだ?」
最後の言葉に対してであろう。
「それだけの力を持ってさえいれば……ゴルベーザ様も悪くは扱わなかったはずさ……」
「違うな」
バルバリシアの声をカインが遮る。
「何がだ?」
「寝返ったのではなく正気に戻ったと言ってもらおうが、バルバリシア!」
「馴れ馴れしく私の名を呼ぶ出ない!」
カインとバルバリシア。二人がどんな間柄なのかセシルは詳しくは知らない。
しかし、先程から続く二人のやり取りを聞く限り――

4名無しさん:2009/11/08(日) 21:33:52
FINAL FANTASY IV #0543 6章 2節 「穿つ流星」(22)

「カイン、待って!」
間にローザが割って入る。
「バルバリシアも!」
「ふん……ローザかい!」
バルバリシアはカインだけでなく、ローザの事も知っているようであった。
「今更どうしたっていんだい!」
「私達も始末するつもりね」
「そうさ」
「だったら、何故私を助けたの?」
その言葉にセシルは驚いた。どういう事だ? バルバリシアがローザを助けたのなら、何故今になって始末する必要があるのだ?
「どういう意味だ!?」
驚いたのは全ての事情を知らないセシルだけではなかった。カインも今の事実には驚いているようだ。
「私はゴルベーザに拘束されて始末されようとしてたわ……正直もう駄目かと思ってた。セシルやカイン達が助けてくれるのを
祈るしかなかった……」
その事はセシルも承知していた。だからカインと共に急いでローザの元へと向かったのだ。しかし、結果的にその心配は杞憂に終わった。
ローザは自分の手でゴルベーザの拘束を逃れセシル達の元へやってきた。
あの時はローザが無事であった事に安堵してそれ以上の事は考えていなかった。だが、今深く考えてみればローザはどうやって拘束を
逃れたのだというのだ?
「あなたが助けれくれたのでしょ……バルバリシア」
沈黙が辺りを支配した。それは肯定を意味するのだろう。
「結果さえ同じであれば過程なんてどうでもいいんだよ……」
「ほう……それがお前の答えだというのか」
一番先に返答したのはカインであった。
「だから、馴れ馴れしくよぶんじゃないよ……!」
「なら、バルバリシア。あなたはどちらにせよ私達を始末するつもりだったって事?」
彼女――魔物であるバルバリシアにこの表現は不適格かもしれないが――の言葉を噛み砕いて理解したローザが返答する。
「そういう事になるね……」
「おかしいわそんな事!」
確かにそうであった。それはバルバリシアと大切な友人である二人の間に何があったのかを詳しくは知らないセシルにとっても、
容易に想像できた。
「だから言っただろう! 結果だけ終わりならどうだっていい。物語の始まりもどこからだっていい。間に入るシーンや登場人物も
いくらでもかわればいい。結末のみを死守すればそれは最初から一貫したストーリーになる!」
それはまるで自分に言い聞かせるようであった。
「要は俺とローザを自分の手で始末したいって事か。そう始めから……ゴルベーザの手ではなく」
「残念だね、少し違うよ」
カインの言葉をバルバリシアは否定する。
「あんたとローザだけじゃないよ……そこにいるセシルもだよ!」
「!」
今まで少しばかり蚊帳の外に追い出され気味だったセシルは、急遽自分の名前がでて驚いた。
「セシルもだと……?」
先程からバルバリシアの言葉の一つ一つを見透かすように聞き答えしていたカインにとっても、セシルの登場は予想外だったのだろう。
驚いたとばかりにセシルの方向へと視線を巡らす。
「そうさ、カイン。あんたとローザの関係は此処にやってきた時点で何となくわかっていた。でもそれは不十分だったんだ……そこにはもう
一人の人物が深く関わっていた」
「それが僕だった」
セシルには理解できた。
「分かり合うことは出来ないか……」
バルバリシアとは初対面であったセシルであるが、彼女の意思とでもいうべき覚悟は充分に伝わってきた。
「そういうことだ」
カインが呼応する。

5名無しさん:2009/11/08(日) 21:35:48
FINAL FANTASY IV #0544 6章 2節 「穿つ流星」(23)

「シド、悪いけど先に言っておいてくれないか」
「何? どういうことだ?」」
セシル以上に話に取り残されていたシドは自分に御鉢が回ってきた事、そしてセシルの急な要望が不可解であった事に対して二度の
驚きの声を上げた。
「あの魔物の狙いはどうやら僕達三人だけのようなんだ……だからヤンと一緒に」
「それだけでは納得いかんぞ!」
シドはすぐには首を縦には振らなかった。当然であろう。
「やっと皆がそろったのだ! お前達を置いていくことなどできるわけがないであろう……」
老技師は自分が今この場所に於いて不要だとされている風潮に対して怒っている訳ではない。
「ここでお前達三人を残していけばまた帰ってこなくなるのではないか? 儂はそれが怖いのだ」
セシルとカインの旅立ちで残されたのはローザだけではなかった。シド、赤い翼の仲間達も当然ながら残された者として寂しさを
持っていた。
「シド殿。行きましょう」
梃子でも動くつもりのないシドにヤンがひっそりと声をかける。
「…………」
「シド殿、我々が此処にいても邪魔になるだけです。しかし私達にはまだ出来ることがあります」
黙ったままのシドに対して更に続ける。
「船乗りは必ず海に旅だちます。ですがいずれは元の場所へと帰ってまいります。しかしそれには待つ者の存在――碇の存在が必要不可欠
なのです……」
「今の状況もそうだというのか?」
「はい」
「碇か……確かにな!」
少しの迷いの後、シドは元の語気を取り戻した。
「わかったわい!」
重い腰を上げたように言った。
「だが約束だぞ! 絶対帰ってくるのだぞ!」
「ああ!」
力強く差し出された腕をセシルも強く握り返す。
「では我々は先に行っています……すみません力になれなくて」
「いやこちらこそすまない」
本来ならヤンの力も借りたいほどであった。
多少の傷を負っていても彼の力はやはり頼もしかった。
「だが……これは僕たちの問題だ……」

6名無しさん:2009/11/08(日) 21:41:10
FINAL FANTASY IV #0545 6章 2節 「穿つ流星」(24)

「こうして一緒に戦うのはいつ以来かな……」
「ミスト時以降だね」
眼前に迫るバルバリシアを前にセシルとカインはそんな遣り取りを交わしていた。
「あの依頼を受けた時か……悪いことをしたな」
「リディアの事……?」
「ああ」
ミストに向かう途中、カインとの共闘の末に霧の竜に打ち勝った。だが、それは幼い召喚士の大切な人物を
奪ってしまう行為であった。
「俺はあの時……炎で焼き裂かれる町を見た時、笑いが止まらなかったんだ」
「……」
「おかしな言葉だろうが、だけど本当なんだ。苦しむ人々や崩れ落ちる建物、泣き叫ぶ少女を見て、何故か悔しさや憎しみ、恐怖
よりも先にケタケタと笑いが漏れたんだ……自分でも少しどうかしてると思った……」
セシルは黙って続く言葉を待った。
「今でもその気持ちをきちんと言葉にすることは出来ない、でも俺は――あのの俺は他人が苦しんだり、酷い目にあってるのを見て
面白くてしょうがなかった。それはきっと自分に対しての充足感が得れてなかったんだろう。だから他人の誰もが怨めかしかった
その劣等感のせいで、それが原因なのかもしれない……」
それ以上は語らなかった。
多くを語ってしまうは自分自身の悔しさや恥ずかしさを呼び戻してしまうからだろう。
「思えば、あれからそこまで時間はたっていないんだね……」
だが、セシルにとっては今までの人生の中で最も密度が高く、長い時間であったと言ってもよい。
「ドグ達を倒したあのメテオの使い手はもういないようだね……みんなそろったところで仲良く葬り去ってやろう!」
感傷の最中、バルバリシアの激昂の声と共に闘いの狼煙が上がった。

7名無しさん:2009/11/08(日) 21:41:48
FINAL FANTASY IV #0546 6章 2節 「穿つ流星」(25)

瞬時に、幾多もの箇所から風が吹き荒れる――
風はやがて一つの場所へと集う……バルバリシアを中心とした一点へと集まったそれはやがて刃と思えるほどの鋭さを備え、
彼女の身を守るかの如くセシル達の前へと立ちふさがる。
それは諸刃のような鋭さの武器としての役目を果たしているように見え、強靭な鎧として彼女の身を守る鉄壁の壁の役割
の両方を果たしているように見えた。
「まずいな……」
「どうしたカイン……?」
言いながらセシルは少し照れくさい気持ちになった。
本来なら――長い付き合いのある戦友に対して相槌を打つ事などは日常茶飯事の事であるはずだった……
しかし、長い対立の末に久し振りといえる<戦友>と呼べる相手に<戦友>として相応しい会話をするのだ。
まだ違和感が抜けない。
ひょっとしたら、平静を装っているように見えていきなり背後から裏切るのではないのかと不謹慎な考えすら、ふっと
頭の中をよぎる。
「奴があのように風を張っている限り地上戦は不利だ」
そんなセシルの考えは当然ながら杞憂に終わった。
「視界を遮られてまともに攻撃を通す事すら困難であろう。それに……攻撃も兼ねた風の刃でいずれはこちらが浪費してしまうだろう」
「だったら当然……」
長々と続く友の講釈が次第にセシルのペースを取り戻させる。
「竜騎士のお家芸の出番って事だ……」
脚力を生かし、遥か高みから強襲を駆ける――
「ならば僕が相手の攻撃を引きつける」
「頼むぞ」
このやりとり……セシルにバロンからの旅を思い出させた。
「ローザは後方に控えておいてくれ」
「ええ……」
やや力無く答える。
まだ躊躇っているのだろう、バルバリシアと戦う事に……
無理強いさせるのは良くない。そう判断したセシルは彼女に支援するように促すと元の方向へと振り返った。
<カインが頑張ってくれるはず……>
長年の付き合いから生まれた信頼感とでもいうべき確信が、セシルの敵陣のただ中へと突っ込ませる覚悟になった。

8名無しさん:2009/11/08(日) 21:43:25
FINAL FANTASY IV #0547 6章 2節 「穿つ流星」(26)

「ふん正面から来るなんてね……」
愚かな行為だ。そうバルバリシアは言いたいのであろう。
「まずはセシル。お前から葬ってやろう!」
バルバリシアの周囲に漂う風刃が容赦なくセシルへと襲いかかる。
「ぐっ!」
痛みがセシルの全身へと走る。しかしここで倒れることは決してあってはならない。
傷を堪えながらも上空へとちらりと目をやる。周囲に巻き起こる風によって完全な視界を確保する事は出来てはいないが、
友の蒼き鎧の姿を朧げながら確認することが出来た。
<此処で倒れればカインも――>
高い上空で一撃の機会を伺っている竜騎士の攻撃が今戦略の骨子である。この作戦が成功しなければ、状況は防戦一方、
悪くなっていくばかりであろう。
仲間達を守り、常に楯となる。パラディンである自分に課せられた使命とでもいうのだろうか。
その気概がセシルを踏ん張らせた。
「しぶといね……」
バルバリシアの方にも少しだけ、疲れの色が見て取れた。
機は熟した。セシルはそう判断し、攻撃の手を増した。
勢いに任せて、更に力強く攻め込む。僅かであるが、此方の攻撃の勢いが相手に比べて勝しているように感じられた。
(今だ……カイン)
その声は当然聞こえなかったであろう。
だが……カインにも今が絶好の機会である事は充分に分かったのであろう。遥か上空、天駆ける騎士は急速に落下速度を
速めて、地上へと降下した。
「!」
バルバリシアは――自身の張った風の障壁を過信し過ぎていたのか、上空から勇猛と近付いてくる竜騎士の攻撃に
対して注意を払うことをしていなかった。
加速を付けた槍の斬撃がバルバリシアを縦に薙ぐ。確かな呻き声と共に、風の四天王を守る障壁が消えさる。
カインが着地した後、間を置かずに、バルバリシアへと槍の追撃をかける。
「セシル!」
「ああ!」
そしてカインの促しの一声と共にセシルも続けざまに剣閃を走らせる。
嘗てのバロンの誇る最強の二大闘士の連携と続けざまに放たれる攻撃は、四天王という立場である彼女にとっても無事で
すむものではない。
無論、彼女の方にも、風の障壁に対する絶対的な信頼と、相手が見知った者であるという事。二つの事実から生まれた油断
が背についていたのだろう。
「ぐぁ……」
人間を超越した程の美しき美貌を持つ彼女の顔は苦悶の表情に歪み、体から鮮血がほとぼしった。
「カイン……これで勝ったと思うな。私を倒してもルビカンテが……最後の四天王がいる! それにまずは此処から逃げ切る事
ができるかな……」
人であればとうの昔に息絶えているであるはずの傷を負った体でバルバリシアは苦し紛れに言葉を続けた。
だが強靭な四天王の体もそれで限界であった。
彼女の体は、ゆっくりと崩壊を始めていた。じきに完全に崩れ去るであろう。
「それがお前の結末か……」
カインはその様相を見て一言だけ呟いた。

9名無しさん:2009/11/08(日) 21:44:08
FINAL FANTASY IV #0548 6章 2節 「穿つ流星」(27)

「行くぞ、セシル!}
そして、その終わりを見届けぬうちにセシルへと言い放ち、駈け出そうとしていた。
「ゾットの崩壊は始まっている。早くシド達の元へ行かねば間に合わんぞ!」
「ああ!」
セシルも慌てて呼応する。
だが、既に崩壊を始めてからかなりの時を経ているゾットの塔を脱出するのはかなりの困難を要する事
は想像に容易かった。
「くそッ!」
「二人共! 私に掴まって!」
カインとセシルが分の悪い駆けに出ようとした瞬間、二人を呼びとめる声がした。
ローザである
「ローザ?」
「早く!」
考えている時間は無さそうである。二人はすぐさまローザの手を取った。
瞬間、セシルの視界は少しだけ歪んだ。
「これは……」
極一部の空間に捻じれを生じさせ、その限られた場所にいる対象――人や物――を別の場所へと移動させる。
転移魔法――その詠唱には強力な攻撃魔法程の時間がかからないにせよ、極度の集中力を要する。
(ローザは戦いの最中、この魔法を)
戦前から続く沈黙はその為だったのだろう。それはつまりセシル達の勝利を信じていたという事。
そしてセシルとカインを救い出そうとしてくれていた。
(すまない)
感謝の気持ちが言葉になる前にセシル達三人の姿は崩れゆくゾットの塔から消えていた。
後に残されたのは何もない。ただ、幾多もの野望や想いの渦巻いた瓦礫の舞台が終幕を告げるように幕を下ろすだけであった。

10名無しさん:2009/11/09(月) 01:03:28
FINAL FANTASY IV #0549 6章 3節 「終わりの始まり」(1)

朝日を意味する陽光がセシルへと降り注ぐ。未だぼやけたままの意識でセシルは声を上げる
「ここは」
自問自答の答えはすぐに出た。
見慣れた天井と小奇麗に整頓された様相。壁に掛った時計が規則正しい音を立てながら時を刻んでいる。
「僕の部屋だ」
事実を言葉にしつつ、過去の出来事を思い起こす。
「助かったんだよな……」
崩壊するゾットから脱出する為にローザの手を取った。そこまでは覚えていた。
「……みんなは! 何処だ?」
記憶が鮮明になってきた途端、今度は不安が押し寄せてきた。
目覚めると自分一人。以前にも全く同じような状況があった……
「いや違う」
しかし即座にそれが杞憂だという事に気づく。それと同時に新たな疑問が湧き上がる。
「此処はバロンの城の中だ……確か僕はゾットが崩れそうな所を脱出しようと思ってローザの手をとった
つまりは助かったって事だ。でもどうして僕はここに……?」
少しばかりの間、一人ごちて考えを張り巡らす。しかし、当然の事ながら何か新しい考えが浮かぶわけでは
無かったし、先ほどからの疑問が解決される事も無かった。
ここはやはり自分以外の当事者――ローザとカイン。二人に話を聞いてみるべきだろう。
それに三人で一緒に話すのはバロンを出てから初めての事だ。いい機会だろう。

11名無しさん:2009/11/09(月) 01:04:15
FINAL FANTASY IV #0550 6章 3節 「終わりの始まり」(2)

「失礼します」
結論を出し横になった体を起こそうとした瞬間、部屋の外から入室の合図を告げる声が聞こえた。
(ローザか?)
扉越しからでも曇ることなく聞こえる澄み切った声は間違い無く女性の者であった。
(違うな……)
即座に自分の第一案を否定した。声の色はまだあどけなさが残りきっていた。
「あ……お目覚めになられましたか!」
声主の少女――セシルの部屋を任された幼さの残るメイドは入室と共に驚きの声を上げた。
「失礼しました! 返事も待たずに勝手に入ってしまって……でも良かったです」
最後の方は敬語から安堵の息を感じさせる言葉になっていた。
「もうこのままずっと起きてこないものかと思いました……」
そう言って彼女は瞳に涙を浮かべた。
「私の様な者がセシル様の心配をするなんて失礼かもしれませんが……」
「そんな事ないよ……」
従者という身寄りから来るのか、慌てふためく彼女の頭をセシルは優しく撫でた。
「あ、の……セシル様……!」
セシルの行為は彼女に安心を与えるよりも先に混乱を与えてしまったようだ。
「これは一体……どういう事ですか!」
緊張しどぎまぎする彼女は少女そのものであった。
「あ……いや、すまない」
純真な優しさを表したつもりであったのだが逆効果であったのだろう。
「いえ……ご好意は大変嬉しいのですが、いえ!」
慌てふためき彼女は自分頬をぱんと一手叩いた。
「とにかく、良かったです。私、皆さんに伝えてきますね……セシル王がお目覚めになられたと……」
「え?」
急に話題を変え、そそくさと退出しようとする彼女を見送りつつ、セシルの疑問は更に募ることとなった。
(聞き間違いか……?)
(否、彼女は確かに言った)
(僕の聞き間違えなんかじゃない)
思考の中で彼女の言葉を何度か反照する。疑問が確信へと変わる。
(彼女は間違いなく僕の事をこう言った。セシル「王」だと――)

12名無しさん:2009/11/09(月) 01:07:39
FINAL FANTASY IV #0551 6章 3節 「終わりの始まり」(3)

「来おったかーセシル!」
バロンが誇った最強の飛空挺部隊<赤い翼>を格納するための広きカタパルトにシドの銅鑼声が響き渡った。
「メイドの穣ちゃんから聞いたぞ。良かったな」
「シド……僕は一体? あれからどうなったっていうんだ?」
あれからとはゾット以降という意味である。
「どこから話していいものか……」
セシルの疑問を把握すると、シドは急に難しい顔になった。
「まあ、儂一人の口からでは全てを話すことは難しいのだが……あの時――儂とヤンは先に飛空挺に言きお前達が来るのを待った。
この事はお前も覚えているであろう?」
セシルは黙って頷いた。本心ではもっと色々と質問したい事があったのだが、少しでも事情を知っているであろうシドの話を全て聞いて
からでも遅くはないと判断した。
「だが……お前とカイン、そしてローザの三人はいくら時間が経っても戻ってはこなかった。やがてゾットの塔の崩壊が儂らのいる場所に
まで届いてきた。このままでは儂らも危ない……ギリギリまで待ったが、そう判断して先に飛空挺で脱出する事になった……すまない!」
待つ者の思考がどうであれ、結果的にセシルを見捨ててしまった事に変わりはない。シドはその事を詫びてるのであろう。
「別に構わないよシド。そのまま一緒に崩壊に巻き込まれてしまった方が僕としても不本意だよ。それより……」
シドの謝罪を込めた告白はセシルの疑問に対する完全なる答えにはなってはいなかった。それどころかまた一つ新たな疑問が増えるだけであった。
「その、僕たちを置いて先に行ってしまったって事は当然ながら、僕はそのままゾットに残されてしまった事になる。だとしたら何故僕は
此処にいるんだ……?」
セシルの疑問は先程からシドが気にしている事を再び蒸し返すものである。一応慎重に言葉を選び質問にしてみたつもりなのだが大丈夫であろうか。

13名無しさん:2009/11/09(月) 01:08:18
FINAL FANTASY IV #0552 6章 3節 「終わりの始まり」(4)

「そこが不思議なところなのだよ!」
だがシドは特に気にとめた様子もなかった。それどころかセシルの問いに待ってましたとばかりに口を開く。
「失意のまま儂とヤンはバロンへと帰る事となった……お前達三人はあのまゾットの爆発に巻き込まれたと思っていた。そう思うととても
悲しかったわ。あの老いぼれ――テラが死んだ時は悔しさで胸が一杯だったのだが、今回は純粋な悲しさが心を支配していた」
「…………」
シドがローザをカインを……そしてセシルをどれ程大事に思っているかを理解するには充分すぎる程の言葉であった。ゾットで待つ時も
崩壊寸前までセシル達を待っていてくれたのであろう。セシル達を残して先に飛び立つ時には相当辛い気持ちであっただろう。
ヤンがいなかったとしたら、そのまま爆発するゾットに身を委ねていたであろう。
「しかしだ、信じられない事にバロン城へと着艦した儂とヤンを迎えたのはカインであったのだ……」
「つまり僕たち三人はシドとヤンよりも先にバロンに到着していたって事か」
シドの説明はまだ不十分であったが、おぼろげながらに存在した記憶が補ってくれた。
「ゾットが崩れ落ちる時にローザが脱出魔法を唱えていた。僕とカインは慌ててその手を掴んだ」
今度はセシルが説明する側に回る。
「ここからはおそらく推測であるんだけど……脱出する際にローザが指定した場所がバロンなんだろう。下手にゾットに近い場所に転移すると
危ないからだろうね。だから僕たちは一瞬でバロンまで転移した」
ならば何故バロンなのか。別にゾットから遠ければ何処でもいいのではないか? そういった質問は野暮であろう。
ローザにとって最も楽しい思い出はこのバロン城に存在していた。例え、今が辛くても、未来が閉ざされたとしても、過去の想いだけは
いつまでも変わることなく残り続ける。
「そうであったか」
シドは特に異論も無く納得したように頷き、続ける。
「しかしそれでお前達が無事なのは良かったのだが、また一つ問題があったのだ。セシル――お前さんだけが眠りから覚めなかったのだ」
再び語り手がセシルからシドへと移る。
「僕が?」
「ああ、儂もローザも少し心配したぞ」
「そうか……」

14名無しさん:2009/11/09(月) 01:08:59
FINAL FANTASY IV #0553 6章 3節 「終わりの始まり」(5)

何故自分は眠り続けていたのだろうか?
単純に疲れていたのかもしれない。最近、僅かな時間の間に目まぐるしい程に沢山の事があった。
体が純粋に休みを欲しがったのかもしれない。
「僕はどれくらい眠っていたの?」
「そうだな……今日で丁度一週間ってところだ」
一週間――長いようで短い時間だ。
「皆は?」
とりあえず、ゾットにいたメンバーだけにも自分が目覚めたという事実は伝えておかなければならない。
「それなんだが……」
軽い気持ちで聞いたつもりであったが、シドの顔は最前に増して緊張の色が強くなっている。
「ヤンは一旦ファブールへと帰国した。このご時世だ、一体いつ何が起こるかわかったもんではないからな。そしてカインなのだが――」
ここからが本題だといわんばかりに間を開ける。
「ゴルベーザについて色々と調べ事をしているようだ。お前にも話したい事があるそうだ」
「僕に?」
「ああ、儂も詳しくは聞かされておらん。だから詳しくは直接あやつの口から聞くのだ。その前に――」
続く、シドの言葉に先回りしてセシルが答える。
「ローザですね」
「そうだ。ローザはまだ街の方にいる。迎えに行ってやれ、そしたらここに戻って来い」
「わかったよ」
先程の会話の流れで、シドが眠り続ける自分をどれだけ心配しているかは充分に分かっていた。
ならばローザは尚のことだ。早く元気な顔を見せてあげるのが一番良い事であろう。
そう思うと、セシルは足早にバロンの町へと駈け出した。

15名無しさん:2009/11/10(火) 05:56:20
FINAL FANTASY IV #0554 6章 3節 「終わりの始まり」(6)

実体験での経験というものは言葉で説明されただけでは絶対に分からないものが見えてくる。
幼い頃に誰もが聞かされた有り触れた講釈である。しかしあながち的外れな意見ではないだろう。
今現在のセシルは改めてその言葉を痛感した。
「これは?」
久し振りに乗った飛空挺の甲板から見下ろす地面は明らかな変化があった。
バロン国に周辺に広がる広大な平野。赤き翼隊長として眺めたその場所は、薄らと雲がかかった上空から見渡しても
見違う程はあり得ない新緑の緑一色の場所であった。
しかし、今のセシルが見下ろしている同場所はその様相を変えていた。視界を支配していた平野一面には幾つかの大きさの穴が
ぽつぽつと散見された。
緑一色の場所に混ざった茶色い穴の数々は、やや不吉な雰囲気を演出していた。
「儂らが帰還する途中から既にこの有り様であった」
ゾットからという意味であろう。つまりはあのゾットの一連が眼下での風景の原因である事は容易に想像できた。
(あの時、あの場所には今の世界で起こっている大事な事が全て起こっていた……)
何所か別の場所でそれ以上の何かがあったなど到底考えられない。
そう考えると、セシルにはすぐにでも原因が分かった。おそらくシドも既に分かっているのであろう。
「メテオ」
シドに聞こるかどうかわからない程の小さな声で呟いた。
「…………」
シドは無言であった。今のセシルの声が聞えていなかったのだろうか? 例え聞えていたとしても彼は無言を
貫いていたであろう。
復讐の為に己の命を全てかけた男――賢者テラ。彼が最期に唱えた最強の黒魔法メテオ。
その呪文はゴルベーザに深手を負わせた。それと同時に、地上の幾多もの場所を傷つけた……
結果がどうであれテラは後悔はしていない。彼は己の消滅の際にそう残した。
「それで、各地の被害はどうなってるの?」
「幸いにも人口が密集している場所に大きな被害は出ていない。ヤンの方からも特にこれといった報告は入ってない……」
ならばこの結果すらも受け入れたのだろうか?
そもそもテラはメテオの詠唱がこのような惨状を引き起こす事を知っていたのであろうか?
もし知らなかったら後悔したのだろうか? 知っていたとしたら、全て分かっていてメテオを行使したのか。
「ヤンもこの事を知った時は慌てておったぞ。一時国に帰ったのもファブールを心配しての事らしいからの」
いずれにせよテラに対しての数多くの質問の回答を得ることは不可能になってしまった。
「まあ大事に至らなくて本当に良かったわ、本当に……」
今セシル達に出来る事。少しでも状況を確認して、被害の様子を知る事しかなかった。

16名無しさん:2009/11/10(火) 05:57:22
FINAL FANTASY IV #0555 6章 3節 「終わりの始まり」(7)

「ところでシド」
話題を変えるつもりでもセシルは切り出した。
「ん……どうした?」
特に詮索する様子もなくシドが聞き返す。先程までの重い空気を引きずっている様子も感じられない。
「そういえばあの娘が僕の事を王って言ってたんだ」
「あの娘? ああ、メイドの穣ちゃんか?」
セシルは頷く。
「どういう事? 町の方では何も言われなかったけど……」
自分が王と言われた事に対しては、心の片隅で考えている内になんとなくだが理解は出来た。
現在、バロン国は王が存在しない状態である。正確には王は殺された。いつかは分からぬがゴルベーザの手によって。
そして四天王の一人である水のカイナッツォが影武者として王に即位していた。この間までは……
カイナッツォを打倒した後、セシルは本当の王――自分を育ててくれた心優しき騎士が何処かで生きてはいないかと
思った。
しかし、その淡い期待はすぐさまに打ち砕かれた。城の地下深く、セシルは確かに王――父と呼べる者の声を確かに聞いた。
王はもうこの世にはいない。バロンという巨大な国家を治めるには指導者の存在は必要不可欠であろう。
今はまだいい。ゴルベーザという確固たる敵が存在し、各国も一致団結してゴルベーザと戦うはずだ。しかしその戦いが
終わった時、バロンは再び一つの国家としての道を再び歩む事になる。そうなれば誰かが指導者として国を導いていかなければ
ならない。
「僕が王になれって事?」
考えてみれば、無理もない話であった。幼い頃に王に拾われたセシルは、王の寵愛を受けて育った。自賛になるがセシル自身も
王の期待に応えれるように努力してきたつもりである。
今亡き先代王に近しく育ったセシルに後継ぎの座を期待する者がいても不思議ではない。
「まだ確定事項ではない」
シドが口を挟む。
「王が偽物であった事。そして王が既にいない事を知っているのも知っているのもごく城のごく僅かな者だけだ」
混乱を避ける為であろう。だから、町の方では何も言われなかったのだ。
「とはいっても完全に賛同している者ばかりという訳ではない。セシル、お前がこれからどうしていくか。それにお前さん自身に
自らなるべき意思がないとどうすることもできんしな」
最終的にはセシルの判断に任せる事にはなっているようだ。
「まだ目的地には到着しないんだろう?」
話題を切り替えシドに尋ねる。彼は黙って頷いた。
今向かっている行先は伝えられていない。だが、其処にはカインがいるらしい。
「僕も少し休んでくるよ。部屋を使わせてもらうよ」
<僕も>というのは<ローザも>という事である。町に迎えに行って一緒に飛空挺に乗った後、彼女はすぐに眠りについたのだ。
ローザも疲れているのだろう。セシルと同じく。
それじゃあと軽い挨拶をした後、セシルは甲板を後にた。
自分が王になるかもしれない。父のように尊敬していた王の後を継ぐことが嬉しくない訳ではない。身寄りのない自分のような者が
王になる事に反対する者もいるだろう。しかし、それに対して謙遜や躊躇いを感じる事はないし、反対する者を納得させる自信もある。
しかし、迫る未来に対して覚悟をするには多少の準備が必要だ。それがどんなに大きなものでも小さなものでも、人は悩むのである。

17名無しさん:2009/11/11(水) 22:11:46
FINAL FANTASY IV #0556 6章 3節 「終わりの始まり」(8)

アガルトの町。バロン国の真南に位置するやや大きめな島に存在する町。
島の面積の過半数が山岳で構成されるその場所は、ミシディア近くにあるミスリルの町のように特殊鉱石の貿易で栄えている
わけでもない。ましてやバロンのように国家としての形態を作っている訳でもない。
水の都トロイアのような美しさもなく、観光目的で此処を訪れるものも皆無である。島中で一番栄えている小さな町に建てられた
武器屋、防具屋に並ぶ商品も平凡な品揃えだ。
一見して何の特色も無い平凡なこの島を訪れる人は段々と少なくなり、いつの間にか人々から忘れ去られる場所となった。
ある程度の面積を有している事から地図上から消されることは無かったし、「アガルト」という名前も存在し続けた。
しかし、学問においても政治的な思想においても、この島は誰にも触れることはしなかった。
学校の教育でも教えなかったし外交でも気に留めるものはいない。この場所に興味を示す学者は殆ど存在しなかったし、戦場に
なる事もなかった。
セシル自体も赤き翼隊長としてこの場所の存在は知っていたし、島の上を飛空挺で通過する事も何度かあった。
しかし、当然の事ながらこの島に注目を向けた時は無かった。

シドの飛空挺に連れられてやってきたのは、まさかのそんな場所であったのだ。

18名無しさん:2009/11/11(水) 22:12:36
FINAL FANTASY IV #0557 6章 3節 「終わりの始まり」(9)

「久しぶりだな。セシル」
山肌が多数を占めるこの島に飛空挺を止めるのはえらく難儀な事であった。
なんとか平坦な地形を見つけ出し、着艦すると此方に向かってやってくる声が一つ。
その声は着艦の苦労と疲労を打ち消すには充分すぎるものであった。
「カイン」
言葉通り、しばらくであったカインの声はセシルもよく見知ったものであった。
「僕も、久し振りだね」
会話を続けさせつつも、セシルはカインの姿をまじまじと観察した。
友を信用していない訳ではない。だがゴルベーザに操られていた頃のカインの印象は未だセシルの頭には残っていた。
もしかするとカインが正常に戻ったのは幻であったのではないか? ふいにそんな疑問がよぎったのだ。
「何所まで知っている?」
だが、セシルの疑惑の視線を別段気にする様子も無く、カインは言葉を続ける。
「え……?」
冷静な面持ちを維持したままのカインに自分の考えが杞憂であった事を悟る。
「まだ何も知らないようだな」
曖昧な返事のまま沈黙しているとカインから再び口を開いた。
「クリスタルが四つがゴルベーザの手に渡った。それは分かっているな?」
「ああ」
どうやら自分は無駄な事を考えていたようだ。先ほどまでの考えを頭の隅に追いやる。
「これで全てのクリスタルが奴の手に渡ったことになる」
ゴルベーザの目的が何であるかはまだ分からない。だが、奴は血眼になってクリスタルを探してそれを手中に収めようとしていた。
それだけに関していえば奴の目的は成就されてしまった。状況的に見てセシル達は負けているのだ。
「いや、クリスタルは四つしか揃っていない」
会話の流れ上、あまり意味なく呟いた言葉であったが即座に否定されて驚く。
「どういう事?」
「簡単な話だ。クリスタルは四つで全てではない」
続く言葉を待った。
「世の中何事に関しても表と裏、二つの側面が用意されている。そう何事にもだ……それはクリスタルとしても
例外ではない……」
「表と裏……」
セシルも反芻する。
自分にも暗黒騎士という一面があった。そして今の自分であるパラディンという一面がある。
このように人は誰しも今の自分以外の影と呼べる存在を従えている。
その影は自らで否定しようにもする事が出来ないもの。光があれば影もある。それは何事も逆らえぬ摂理とでも言うのだろうか。
「思ったより受け入れがいいようだ……安心したぞ」
静かに思考するセシルを見ての感想であろう。
「ああ。共感できる所が多々あるからね」
「ふ……まあ今はそれだけ分かっていればいい。ここから先は場所を移してから話す事にしよう。俺達だけで話す事は出来ん」
そう言って踵を返す。
「ローザも連れて来い……」
少しどよめきながらカインは言った。
「分かった」

19書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/11/12(木) 04:54:02
カインの後を追うとやがて一つの開けた場所に出た。
島の中で数少ない平野部分であるそこはゴブリンぐらいの魔物を追い払う為に作られた、気休め程度の低い柵に囲まれ、
二階建ての民家がまばらに散在していた。
町ではなく集落と呼んだ方がふさわしいその場所であるが、森林と山岳に覆われたこの島においては最も栄えている場所なのであろう。
行き交う人々は少ないながらも、集落は予想以上には活気に満ち溢れていた。
「こっちだ」
カインに促されるままに歩を進めると、一つの民家へとたどり着いた。
「ここが?」
見たところ、道中に見た他の民家と何ら変わりはしない普通の場所である。やや拍子抜けしたというのが本音だ。
「ああ」
簡潔な返答をすると、セシルの返事を待つことなくカインは民家の扉を叩いた。
「あ……はい!」
程無くして扉の中から声が返ってきた。それから間をおかずに扉が向こう側から開いた。
「あら……カインさん。こんにちわ」
姿を現したのは若い女性であった。見たところの年齢はセシル達とあまり変わらないように見える。
「コリオは?」
「それがあれからずっと部屋の方に籠もりきりで……まあいつもの事なんですけどね」
そこまで言って、セシルと若い女性の視線が合った。
「あ、その人がセシルさんとローザさんですね!」
にっこりと笑顔で会釈してくる。
「こちらこそ」
セシルも返答を返す。
見たところの年齢はセシル達とはそれほど変わらないであろう。
「なら、奥を使わせてもらうぞ」
それだけ言うと、女性の返答も待たずに奥へと進む。
「セシル、お前も来い。気まぐれな奴だからな……早めに話を聞かねばな」
考えている時間は無さそうだ。セシルもカインの後を追って歩き出した。

20書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/11/12(木) 04:57:47
↑FINAL FANTASY IV #0558 6章 3節 「終わりの始まり」(10)です。

21書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/11/12(木) 04:58:45
FINAL FANTASY IV #0559 6章 3節 「終わりの始まり」(11)

カインに促されるまま階段を上ると一つの扉へとたどり着いた。
「ここだ」
そう言って扉をノックする。
「カインか」
程無くして声が返ってきた。今度は入口と違って男の声であった。
「セシルはどうした?」
「連れてきた」
行き成り自分の名前が出てセシルは驚く、扉の中の人物が誰なのかは知らないが、向こうは自分を知っているようだ。
「他には誰もいないか?」
「ローザも一緒だが、下でキャロルとお茶の準備をすると言っていた」
キャロル。入口で出迎えた若い女性の事であろう。
カインがどうなのかは良く分からないが、彼女と出会うのはセシルもローザも初めてであった。
しかし。初対面ではあるが、彼女の素振りは何処となく好感を感じさせた。
人と人との繋がりは僅かな時間しか存在しない刹那的なものでは決してない。たとえ好きな人でも嫌いな人でも
何所かで顔を突き合わせ、その度に相手への印象というものは変化していくのだ。何事にも不変は存在しない。
しかし、人間という生き物には、性別や年齢など関係無く初対面で誰しもに好感を与え、誰とでも仲良くなってしまう人が必ずいる。
彼女――キャロルは間違いなくそのようなタイプに分類される人であろう。
「そうか、まあ丁度いいか」
同性であるローザにとって、キャロルはセシル以上に好感を感じたのであろう。
入口での僅かな会話だけで二人はすっかり意気投合したようであった。
「狭い部屋だ。できるだけ入る人数は少ない方がいい」
扉の中の男が呟いた。
それは入室の許可である事は暗黙のうちに分かった。

22書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/11/12(木) 04:59:21
FINAL FANTASY IV #0560 6章 3節 「終わりの始まり」(12)

「入るぞ」
そう言ってカインは扉を開けた。
扉の中には一般的な民家と変わらない内装の部屋一杯に所狭しといったばかりの本と黴臭い匂い、それに一人の
男が本に囲まれて座っていた。
「やあ」
セシル達二人を見ると男の方は気さくな様子で挨拶を交わしてきた。
僅かな一声ながら、先程の声主の正体である事は分かった。
縁の太く、顔と比べれると少しばかり大きすぎる眼鏡をかけ、ボサボサに伸ばしきり肩下まで到達しようとする髪に
顎には不精髭を生やしっぱなしにしているその姿は一見するとみすぼらし印象を持たせた。
「君がセシルかい。始めてだよねこうして顔を合わせるのは――」
だが、一旦口を開くとすぐさま先の様な印象は薄れた。
その男の声色は澄みやかに透き通っており、口調も外見からイメージされるような暗さや気難しさはない。
むしろ気さくな様子で誰とでも仲良くなれそうな雰囲気を醸し出している。
「初めてだ」
まじまじと男を観察しているセシルに変わりカインが答える。否定するつもりはない。
セシル自身も彼と会った記憶は当然ないないからだ。
「そっか――始めまして。僕はコリオ。君に話があってここまで来てもらった」
男――コリオと目が合った。
巨大な眼鏡の奥底に眠る瞳は好奇心に満ちたりており、如何なる時にも探究心を忘れることのなく何かを追い求める
かのように光り輝いている。
冴えない外見と不精鬚ですぐには気付かなかったが良く見ると年端もセシルやカインと差ほど変わらないように見える。
少しでも小奇麗にすれば、理知的な青年として周囲の目を引きつけてしまうのではないか。
「単等直入に切りだすよ。クリスタルはあれが――ゴルベーザとやらが奪取したやつですべてではない。って……これは
カインもはなしているね?」
「あ……ああ」
言葉通りいきなり本題に移ったので少し驚いた返答になった。
「クリスタルはこの世界には八つあるんだよ。つまり残り四つもあるって事……だったらその残りのクリスタルはどこに
あると思う……?」
にやりとコリオの口元が笑う。
「表と裏……?」
先程のカインの言葉を反芻する。
「!」
そこである考えに行きついた。
「世界の裏……」
「そう此処にあるんだよね」
セシルの言葉を肯定するコリオは不敵な笑みを維持したまま地面を指差した。
「文字通りの地底。世界の裏の姿……」

23書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/11/13(金) 00:33:17
FINAL FANTASY IV #0561 6章 3節 「終わりの始まり」(13)

複雑怪奇な迷路の答えをいきなり聞かされたようだ。
「地底……? 其処にクリスタルが?」
「そうだ、この世界の四つのクリスタルはいわば表のクリスタル。ならばさしづめ地底になる四つのクリスタル
は闇のクリスタルというのであろう」
今度はカインは答えた。
「闇のクリスタル?」
情報がいきなりどっと流れ込んできて軽く混乱気味である。先ほどから新しく登場する言葉に疑問符を付けること
しかできない。
少し頭を整理するべきか? 否ここは黙って話を聞くべきであろう。情報を整理するのはそこからでも遅くはない。
むしろ今の言葉だけでは判断材料が少なすぎる。一つ一つの言葉を頭に留めるように聞くのが最善だろう。
「その闇のクリスタルが本当に存在するのかを今ここで証明する事は出来ない。一応僕の専門外の分野って事になってる
からね。疑ってもらっても構わない」
カインと入れ替わりにコリオが口を開いた。
「でも……どうやらそんなにのんびりと考えている時間はなさそうなんだよね……」
そう言ってカインの方へと目くばせする。
「ああ、物事の真偽を考察するのは決して悪いことではない。だがそれは時間が許してくれる時のみだ」
それはつまりこの問題に関してはあまり考える余地がないという事か?
「ゴルベーザの方は既に全てを把握しているのだ……」
一拍置いてからカインは話始めた。
「闇のクリスタルの存在もそれが何処にあるのかすらもゴルベーザの奴は探し当ててしまっている」
ゴルベーザはクリスタルを集めることを最大の目的としていた。その為にはどんな犠牲も厭わない様子であった。」
実際に多くの国が焼き払われ、多くの人が犠牲になった。アンナ、テラ、バロン王……父として慕っていた、そして
カインもその心を利用されていた。
「それで! 地底にはどうやって行けば!?」
考えれば考えるほど焦燥の気持ちがセシルを支配する。急がねばならないだろう、地底がどんな場所であるのかは
セシルは全く知らない。
其処には人が住んでいるのか、国家は存在するのか等全てが分からない未知の領域である。
しかし、ゴルベーザは地底がどんな場所であっても多大な被害をもたらすのは間違いないと思った。
急がねば。逸る気持ちが自然に結論を要求する発言へとセシルを向かわせた。
「ああ……言葉通りの地底、この世界の裏にある」
セシルの剣幕に一瞬圧倒されながらもコリオが話始める。
「まあ、これだけじゃ何を言ってるか分からないだろうから、詳しく説明しようか。まずは本当にその地底世界が存在する
としたら真っ先に疑問に思うのは一つだね。今僕達がいるこの世界と裏にあるであろう地底。この二つの世界の片方から
もう片方の世界に行くことはできるのか? できる限り往復できるのが望ましいけど、この際片道だけでも構わないからなんらか
の手段を講じて行くことが出来るのか?」
それまでの軽い口調から一転、コリオの口調は険しさを帯びている。
「結論から言えば出来る。<可能>なんだよ<不可能>ではなく」

24書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/11/13(金) 00:33:58
FINAL FANTASY IV #0562 6章 3節 「終わりの始まり」(14)

「…………」
その言葉を聞いてもなおセシルは黙りこんでいた。言葉が出なかった訳ではない考え込んでいたのだ。
この地上世界と地底世界は完全に遮断された別世界などではなく、どこかでつながっている世界である。そして両者間の
世界を実際に移動する事は可能なのである。
しかし、それは手放しに喜べる事ではない。セシル達が地底へ行くことが出来るのならば、ゴルベーザも例外ではないだろう。
地底世界の存在をどれくらいの人間が知っているのかは良く分からないが、其処には人――地底人とでも言うべき存在がいる。
もう誰にも犠牲になってほしくはない。より一層急ぐ理由が出てきた。
「正確には<可能>ではな<可能>になったというのが正しいのだけどね」
意思を固め、地底へと行く方法を尋ねようとしたところでコリオが再び口を開いた。
「遂最近の話だけど、世界を大きく震撼させる衝撃があっただろう?」
心辺りはすぐに分かった。テラのメテオの事だ。
「……ああ」
その場にいた当事者として複雑に思う所があるものの、こくりと頷いた。
「あの影響で地上と地底を隔てていた境界、<膜>とでも言った方がいいのかな……その部分が非常に不安定になっているようなんだ」
コリオは別段、メテオが起こした事象を批判する訳でも恨みをぶつけているわけでもない。だが一つ一つの言葉が小さな棘のように
セシルに突き刺さる。
「実際に大地のあちこちに穿たれたような箇所があるだろ……そのような場所は特に<膜>が不安定になっている。さすがに
全てという訳ではないが幾つかの箇所からは、直接地底へとそれも往復が出来るようになったんだよ。まさに不幸中の幸いといえるよね」
不幸とはテラのメテオで大地が穿たれた事である。では幸いとは……
「これでゴルベーザを出し抜くという程ではないが対等の立場へと立つ事が出来る」
今度はカインが切り出した。
「ゴルベーザの奴は地上と地底、二つの世界を安定して往復する手段を探していた。各地のクリスタルを略奪するだけでなく
世界を結ぶ場所を探していた……そして奴はそれを探し当てた」
声に力が籠る。
「その場所は二つあった、一つはゾットの塔。だがこの塔は既に先の戦闘で破壊され使い物にならない。そしてもう一つが
バブイルの塔。エブラーナ国にそびえたつ謎の巨頭とされていた所だ」
その場所はセシルも知っていた。ゾットを見た時、バブイルの塔に似ていると思ったが、よもや同じような機能を持っていたとは。
「ゴルベーザはその二つの塔を確保した、それで二つの世界の往復を自分で独占したものだと思っていた。ゾットを爆破したのも
俺達に利用されるのを嫌ったからだ。バブイルさえ残っていれば地底へは行くことができるからな」
段々とセシルにも分かってきた。つまり何が幸なのかと言えば――
「先の世界の衝撃は奴にとっても予想外にしなかった事だ。ましてやそれの所為で地上と地底を行き来する手段がバブイルの塔以外
にもあるとは誤算以外の何者でもない。そして俺達から見ればこれは願ってもみないチャンスなんだ」
老魔道士の放ったメテオ。術者が何を想っていたのかは既に知る由もない。しかし、メテオは新たな戦いの幕開けの開始となったことは確かだ。
同時にそれは完璧のはずであったゴルベーザの作戦が狂い、セシル達に逆転のチャンスを作る結果にもなったのだ。
「テラ……」
腕に力が籠る。地上に被害は出たが、メテオによる歪みがなければゴルベーザに対抗する手段は無く、完全なチックメイトであった。
例えゴルベーザを倒す事は出来なくともテラのメテオは無駄ではなかった。
(ありがとう。後は僕に任せてくれ)
彼が命と引き換えに示してくれた唯一の手段。それを最大限に利用するのが今のセシルの使命であると言える。

25書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/11/13(金) 00:34:57
FINAL FANTASY IV #0563 7章 1節 「地底世界」(1)

カインが何故自分をこの島に連れてきたのかは先程のコリオとの会話では分からなかった。
しかし翌朝コリオ達の住んでいた集落を去り、飛空挺で上空へと飛ぶと、ものの数秒でその疑問は立ち消えることとなった。
むしろ着陸の際に何故気付かなかったのかと、少し前の自分に問いかけたくなる程であった。
飛空挺が離陸し、視界を地面が支配すると共に真っ先ににそれは目に入ってきた。
アガルトの町が位置するやや大きめな島の過半数を占める山岳地帯。その中でも一際目立った大きさの一山の頂上部分が
大きく穿たれていた。
否、穿たれる……という表現では少々物足りないかもしれない程であり、まるで其処には初めからそのような大穴が開いていた
のではないかと思わせるほどである。
しかし、周囲に規則正しく並ぶ丘稜や山岳地帯が否が応にも以前の風景を証明するかのようであり、その大穴は周りから
浮足だっており、不気味さすら醸し出していた。
大穴自体を凝視してみても、一向に底が見えずただひたすらに漆黒の闇が広がっているだけであった。
例えもっと至近距離から見たとしても、この印象は変わらないであろう。
それが<繋ぎ目>であることは疑いようがなかった。世界の不安定箇所。二つの世界を繋ぐべく不確定要素。そして残された希望。
カインがセシルを此処に連れてきたのも、今この場所が最も大きな<繋ぎ目>であるからだろう。
メテオ以降、世界にこのような場所は多々あれど、飛空挺のような大型の乗り物を連れたって世界を往復出来る場所は此処ぐらいの
ものであろう。
ゆっくりと飛空挺が<繋ぎ目>へと向かう。視界を黒が覆う。目一杯に近づくとまるで巨大な闇に呑み込まれてしまったかのような
感覚を受ける。

26書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/11/13(金) 00:36:10
FINAL FANTASY IV #0564 7章 1節 「地底世界」(2)

飛空挺が完全にその闇の中へと入る。空が遠ざかり、やがては周りを完全な暗闇が支配する。
どのくらいの時間その状態が続いたのだろうか。いつの間にか上空の蒼は消え去った。変わりに遥か眼下に大地が姿を現した。
恐らくはあれがセシルが慣れしんだ地上の裏と呼ぶべき地底世界なのだろう。
地底世界と認識した、その場所は段々と飛空挺との距離を狭めてきた。
よくよく目を凝らし観察すると、地底世界と呼ぶべきその場所は地上とは大きく違っていた。
焦げた茶色の地面はでこぼことしており、まるで未開の山道のようであった。そしてなによりも大地と大地を隔てるはずの
海と呼ぶものが存在せずに、変わりに灼熱の溶岩が一面を支配していた。
船など浮かべればたちまち燃えさかってしまうであろう。熱気は上空を浮かんでいるはずの飛空挺にまで伝わってきた。
はやく着陸場所をさがさねば――そう言ったのはシドであった。
この熱気では飛空挺にもダメージがでかい。一旦地面へと腰を下ろし調整が必要なのだろう。
遥か高みといえるこの空の上ですらこの状態なのだ、地面を歩くとなればどれほど過酷であろうか?
しかし、まるで別世界のようなこの地底世界ではあるが、上の世界であるセシル達の世界とは同世界なのだ。
人にもクリスタルにも表と裏があるように世界そのものにも二つの側面があるのだ。
それを否定する事は出来ない。表裏一体。裏があるからこそ表が存在し、表があるからこそ裏も存在してるのだ。
例え世界であろうがその法則を逃れることは出来ないのかもしれない。

27書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/11/13(金) 00:36:46
FINAL FANTASY IV #0565 7章 1節 「地底世界」(3)

着陸できるような場所を探し周囲を旋回していると、轟音と共にとある光景が飛び込んできた。
それと同時に上空を飛ぶ飛空挺がこのエンタープライズ以外にも飛び込んでくる。
何隻もの編隊を組んで飛ぶそれはかつてセシルの指揮していた赤い翼を彷彿させた。
しかし、それらの飛空挺にはバロンとシドが造ってきたものとは決定的な違いがあった。
編隊飛行をする全ての飛空挺の側面には巨大な砲塔が幾つも備え付けられていた。
「おのれ! ゴルベーザめ!」
それに気付いたシドが怒声を上げる。
「飛空挺を量産するは勝手だが……武装化するとはな! ましてやこのような暴挙に出るなど!」
飛空挺を武装化されていたのはダムシアンの悲劇から分かっていた事であるが、シドが実際に
見るのは初めての事なのだろう。ましてや技師として開発に関わった人物である。
怒りは相当なものであろう。
かつてのバロンの赤い翼と称された飛空挺群には目の前のように砲塔が備え付けられたりはしていない。
セシル達が任務に赴く時は武器となるものを別個に積んでいた。あのミシディアの奪還からの帰還
の時にも魔物に襲われたのだが、その時も持ち込んだ魔法具「赤い牙」と「青い牙」を使って撃退したのだ。
飛空挺から砲撃が地面に向けて発射され、轟音がする。それに反応して地面からも上空に向かって砲撃が
返ってくる。
地面には鉄の箱のようなものが車輪と大砲を先端に備え付けて砲撃を空の上の飛空挺群――ゴルベーザの<赤い翼>とでも
呼ぶべきものに向けていた。
それが地底の兵器である事は間違いないであろう。やはり地底にも誰かが住んでいるのだ。
同時にこの光景は地底の人々とゴルベーザが交戦状態である事を想像させた。
上空から高機動で迫るゴルベーザに比べ地底の頑強なる兵器は地面を這いじっくりと腰を据えた
迎撃態勢をとっている。
受け手に回っているのは地底側である。遥か高みで安全に攻撃する飛空挺に地底の鉄の箱は相手を撒く
事に精一杯といった様子だ。

28書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/11/13(金) 00:37:31
FINAL FANTASY IV #0566 7章 1節 「地底世界」(4)

「くっ……シド助けに入る事は……?」
言ってセシルは自分の言葉は無謀である事に気づいていた。数という絶対的な差で劣っている。
ましてやこの乱戦にいきなり割って入ると混乱を生むだろう、最悪両者から攻撃を食らいかねない。
「無理だな、悔しいがこの船は奴らのとは違ってこの灼熱に耐えれない」
シドが技師としての専門的な局地から否定する。
「一旦何処かへ不時着するしかない!」
そう判断し着陸できる場所はないかと二人は周囲へと目を張り巡らす。
「ねえ、あそこはどう!?」
そう言ったのはローザだ。彼女もこの状況を見極めていたらしい。
その指の指さす方向には高い石造りの壁に張り巡らされた。その壁の中にはこれまた石造りの砦が備え立っていた。
城壁と思われるその場所の入口と思われる巨大な門からは先程の鉄の兵器が続々と出撃していた。
交戦中の部隊の劣勢を覆す為の増援なのだろうか?
あそこがこの世界の城であり拠点となっているのは間違いない。しかしいきなり向かって大丈夫だろうか?
ましてや飛空挺に乗っているのである。敵と間違えられる可能性もある。
「行くしかあるまい!」
皆の言葉を代弁したのはカインであった。
迷っていては状況は好転しない。すぐさま行動あるのみだ。

29書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/11/14(土) 00:24:15
FINAL FANTASY IV #0567 7章 1節 「地底世界」(5)

その地底の城に辿り着くのには一苦労であった。
何故ならセシル達は思っていた以上に地底の民とゴルベーザの戦いは広がっていた。既にこの世界のあちこちで規模の違いは
あれど戦いが始まっていたのだ。
エンタープライズが着陸するにはそんな戦いの渦中を突っ切るような無茶な行動を取らなければならなかった。
当然ながら流れ弾や誤射、敵と錯乱しての地底人の攻撃。その上ゴルベーザ達の方は此方の飛空挺がセシル達だと分かった
のか地底人よりも優先して攻撃してくる有様であった。
そこまで長距離で無かったのが救いではあったものの、城の近くに辿り着いて着陸する頃にはエンタープライズ自体は完全にガタが
きてしまっていた。
「これは再び飛び立つには修理が必要かもしれん……」
痛んだ装甲を見てシドが険しい顔をした。
「お前さんには辛い思いをさせたな」
そう言ってゆっくりと焦げた船首部分を撫でた。技師にとってはその成果物は自分が生み出したようなものなのだ。
シドの行動はまるで愛娘を気遣うような素振りだ。
「さてここからが問題だ」
しんみりとしたシドを尻目にカインが城の方向へと向き直る。
「歓迎されるとは限らん……」
地底人にとっては目的は違えどセシル達も空からの来訪者。つまりはゴルベーザ達と変わりはしないのかもしれない。
此方に戦う気がないという意思を伝えて戦闘を回避しても、手放しに歓迎するつもりはないのかもしれない。
「あれ見て!」
どちらにせよ城の方へ行ってみるべきだ。そう判断して歩き始めた時の事であった。
ローザの指さす方向――つまりは城の方向から幾多の人影がセシル達の元へと近付いてくる。
思わず身構えるような態度で人影の接近を待っていると、程無くしてその影は姿を現した。

30書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/11/14(土) 00:25:02
FINAL FANTASY IV #0568 7章 1節 「地底世界」(6)

「!」
現れた人影は一人ではなく複数であった。そしてその集団の姿形はセシル達を驚かせる事になった。
どの者達も小柄で浅黒いを通り越した真っ黒な肌をしていた。集団の中には男と思われるものと女と思われるものの両者
がいたが、すぐには判別はつかなかった。そして男と判別されるであろう者達の頭には二本の角が生えた兜をかぶっていた。
これがこの大地に住む者達――地底人達だというのか。
「地上から来たのですね歓迎します」
驚きと戸惑いで困惑しているセシル達に向こう側から話しかけてくる。彼らの口から出たのは意外にも友好的な言葉であった。
「何故俺達を知っている?」
カインが警戒したかのような声を上げる。未知との遭遇ともいえるこの状況に対して、そう簡単に警戒心は解けないのだろう。
セシルも未だに信じてよいものか半信半疑であった。
「そう怖い顔をなさらないでください、カインさん――」
地底人の人々から次に紡がれた言葉は更なる驚きをもたらした。
「既にあなた達の話は聞いています。ローザさん、シドさん、それにセシルさん――」
どうやらこちらの情報を把握しているようだ。
「ご心配なく、我々は地上の人々と対立するつもりはありません。むしろ友好な話し合いが望みだったのですが……」
そう言って空――この世界でそう言っていいのか分からないがを見上げた。
飛空挺と鉄の箱の戦いは未だにやむ気配がない。
「あれはお前さん達が作った武器なのか?」
シドが尋ねる。あれとは鉄の箱の事であろう。
「はい、戦車という武器でありまして――本来はこの大地間の移動を楽にする為に作られた乗り物だったはずなのに、
あのような使い方をしてしまうなど不本意なのです……」
「……そうか」
技師として大空へと大志を抱き飛空挺を作ったシドとしては複雑な色々思うところがあるのだろう。
飛空挺も結局は兵器としての道を歩んだ。地を這う戦車に大空を舞う飛空挺。その起源は同じようなものなのであった。
「とにかく急いでください! ジオット王があなた方を待っております」
その慌てぶりを見ると、事態は一刻を争うのであろうか。反対する余地もないと判断したセシル達は地底人達の案内へと従った。

31書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/11/14(土) 00:26:19
FINAL FANTASY IV #0569 7章 1節 「地底世界」(7)

またたく間に城へと案内されたのは、真っ先に目に入ってくる大広間を通り抜けた先にある大きな扉であった。
ここまでの道のりには複雑な順路を通ってきた。そこから察するに今招待されたこの場所は、普段王との謁見を果たすために
存在する王の間ではないであろう。そのような場所であれば大抵入口を道なりに行けば辿り着くからである。
ここまでの道案内をしてくれた地底人の男が、扉を開けて内部へと踏み込む。セシル達もそれに続く。
部屋の中には大きな円卓の机が一つ並べられていた。机を取り囲むように数えきれない程の人が着席している。
更には祭りや宴の類にしても大きすぎる円卓からすらもあぶれた人々があちこちに立ち尽くしていた。
「おお――あなたがバロンの!」
とてもではないが一目で何人いるのか到底判断がつかないその円卓の中心、そこにいる人物がセシルを見るなり声を上げた。
外見からして地底人の男である。それもどこからともなく溢れ出る威厳が彼の正体を示していた。
「私がジオット、この地底の国を治めるものです」
円卓から立ち上がり会釈を交わしてくる。
「既に外の様子は見てきたでしょう?」
セシルが頷くと、すぐさまジオットは言葉を紡いだ。
「ゴルベーザといいましたかな。あの部隊を率いてる者の名は」
それが質問なのか自問なのかを考える内に更に続く。
「闇のクリスタル――こちらのクリスタルもすでに二つも奪われてしまった」
「そんな!」
次々と語られる事実にローザが悲鳴と驚愕の声をあげる。
セシルも、おそらくはカインもシドも同じような気持ちであった。窮鼠猫を噛む勢いで地底までやってきたというのに……
僅かに残された手段を使って来たのに、ゴルベーザを出し抜く事は出来なかったのか? そもそもセシル達のやってきた事など
ゴルベーザにとっては微塵にも影響を及ぼさない事だったのか?
いくら抵抗しようが無駄なのか? メテオの直撃を喰らってでも生き延びた奴の野望は底なしなのか?
絶望にも近い想いがよぎった――そこから導き出されるのはただ一つ、諦め――
「いや、まだ諦めるには早いですぞ!」
セシル達の落胆は外から見ても明らかだったのか、円卓から声を上げる者が一人。
本当か――? 投げやり気味な思考が否定の言葉を出した。
だが、その者の声は聞いたことがあった。そして続く言葉が完全にセシルをマイナスの思考から引きづり戻した。
「あまり多くは抱えすぎるなという事ですぞ……パラディン殿」
それはかつて、パラディンとしての責務に病的になっていたセシルに対しての言葉――
「例えどんな状況からでも諦めずに状況を覆す、何事にも遅すぎるという事はないのですぞ!」
そしてセシルよりも遥かに熟練し長き道のりを歩きてきたからこそでる言葉。
「そうですなセシル殿?」
「……ヤン!!」
ゾット以降の再会となった仲間――モンク僧の名をセシルは呼んだ。

32書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/11/15(日) 00:58:39
FINAL FANTASY IV #0570 7章 1節 「地底世界」(8)

「ヤン……」
何故ここに? という疑問は口にする前に立ち消える事となった。
自分達がこの地底にやってこれたのもメテオが原因となっている。メテオが生んだ傷痕はあれだけではない。
ならばヤン達も何所かの<繋ぎ目>を使ってここまでやってきたのだろう。
「奪われたクリスタルはまだ半分です。後二つ残っています」
「それに一つはこの城にある。皆が頑張っている限りは奴らに侵入される事はないだろう」
後半はジオットが引き継いだ。
「頼もしい我ドワーフの民達が一丸となればどんな苦境すらも吹き飛ばしてやるぞ!」
ドワーフ――それが地底の民の名か。
「私だけではないのです」
だけではない。その言葉は先程のセシルの予想が正解であったということだ。
「既に地上の人々もゴルベーザと戦う為に続々と地底へと集結しています。各国も残存部隊をこちらに集め、全力で城を
死守するつもりでいるのです」
各国とはゴルベーザにクリスタルを強奪され破壊された国の事だ。ファブール、ダムシアン、ミシディア……
「ならギルバートも来てるの?」
もう少し情報が欲しい、そう思って更なる言葉を探していると、先にローザが疑問を投げかけた。
ローザにとってはファブールの死闘以来、ギルバートには一度も会っていない。生きているという事実を知っていても
実際に会ってその安否を確認したいのだろう。
「それが……」
ヤンが申し訳なさそうな顔をする。
「まだ怪我の方が完治しておらず、この場にやってくることはできませんでした」
「……そう」
「いや、しかしギルバート殿もこの世界の危機に対して影ながらの支援をしてくれています!}
がっかりするローザを元気づけようと必死に言葉を探すヤン。口から出まかせを言ってる訳では
ないだろう。
「そう言えばファブール王は?」
文武に長ける剛の国の長。ゴルベーザに拉致される直前にローザも面識があった。このような場に顔を出さぬのは不思議でないか
そう思ったのだろう」
「あの時の傷がまだ深く……」
今度はヤンが暗い顔をして答えた。続けて怪我人の話題を出すことにもだが、主君が手負いだというのは思ったよりも辛い出来事
なのだろう。
「ですが快報にむかっていられますので心配しないでください。今は王に代わって私がファブールの者達を率いております」

33書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/11/15(日) 00:59:18
FINAL FANTASY IV #0571 7章 1節 「地底世界」(9)

「……ごめんなさい」
ローザとしてはただ疑問をぶつけただけなのだろうが、結果的に二度も明るくない話題をふってしまうこととなった。
そのことを詫びているのだ。
「いえ、それよりも今は互いに協力してゴルベーザの野望を阻止すべきです!」
お互いを気づかうばかりの微妙な空気を入れ替えるべく、ヤンが喝とばかりに威勢を上げる。
「その通りです!」
それに呼応されるように円卓からも声が上げる。
「あなたは?」
見ると、一人の老人が立ち上がっていた。知らない顔であった。
「私はエブラーナの家臣、であった者です……」
その語りくちはまるで過去を回想する者のようだ。
「ではエブラーナは?」
カインも察しったのか、一つの疑問をぶつける。
エブラーナ? その言葉にはセシルも聞き覚えがあった。急いで記憶を回想するとすぐにも思い出された。
確かバロンの真南、アガルトから更に西へと向かった場所にある異国の地。他国家とはほぼ鎖国の状態に
あり、謎に包まれていた国。独自の発展を遂げたその国には<忍者>とよばれる特殊な戦法を用いる戦士達がいる事。
セシルが幼い頃「学校」で仕入れた知識、そして趣味や好奇心から自ら調べたところによる知識。
この二つを総合してみたところの情報はこんなところだ。
そして、仕事や任務として世界を駆けた時に得た知識としてもう一つ――謎の巨塔、ゴルベーザ達がバブイルと言っていた
場所が存在していた場所……
「はい、ある日突然ゴルベーザの四天王と名乗る者がやってきて……王は必死に抵抗しましたが王妃共々に命を落としてしまいました」
涙交じりに天を仰ぐ老人の様子が、嫌でも当時の状況を喚起させた。酷い有様だったのだろう。
「それで民は?」
「はい、多くの民は抵抗して、または逃げそびれて命を落としました。残り少ない生き延びた人は地下に潜伏しました。隙を見て
一矢報いておろうとする者もまだおりますが、残った大半は女子供老人が大半です。家老であった私もそうです。それに王が不在で
若が行方不明の今国を率いるものがいません――」

34書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/11/15(日) 00:59:52
FINAL FANTASY IV #0572 7章 1節 「地底世界」(10)

「若?」
誰もがしばらくのその老人――家老と呼ばれた者の話を黙って聞いていた。しかし耳慣れぬ単語の登場にカインが言葉を挟む。
「あ、はい若様の事です。王と王妃の間に生まれたご子息の事です。事件の当初、城を離れていたために難を逃れましたが、それ
以来姿を確認できていないのです」
行方不明。しかし、それは生きている可能性があるということ。同時に既に何処かで息絶えている可能性もあるということ。
「その心配はありません」
暗い方向性に目を向けたセシル達を家老が否定する。
「若はエブラーナ忍者の中でも頭一つ抜けた力を持っています。簡単にやられてしまう事はないでしょう。それに……若は一度
熱くなると止まらない性格。おそらくは両親の仇を討とうとしてるのでしょう」
そこが心配なのですが。と最後に小声でつけ加える。
実際にそのエブラーナの若こと王子が今どこでどうしているのか、果たして生きているのかすらも分りはしない。しかし、家老の
老人が信じているのならば大丈夫であろう。
「話は変わりますがセシルさん。あなたがバロンの代表者という事でいいですか?」
ドワーフの王、ジオットが会話にはいってくる。
「僕がですか……僕は……」
王はもういない。地上世界の誰もが今の状況を打破しようとしている。ならば自分も何かをせねばならぬのだろう。
「はい。そういう事にしておいてください」
「そうですか。ならばこうして皆が集まった所で地上・地底合同の作戦会議を行いたいと思う」
もし戦いがひと段落したら自分はバロン王になるのか? それは分からない。だが、今は後ろを振り変えずにただひたすら
前を見ていく。それが未来へと続くはずだ。

35書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/11/16(月) 00:06:16
FINAL FANTASY IV #0573 7章 1節 「地底世界」(11)

作戦会議の結果、二つの結論が出た。
一つは残されたクリスタルを死守する事。その内一つはこの城にある。ゴルベーザの<赤い翼>が
何度もこちらに攻め込んでくるのはクリスタルを奪う為、ならばこちらも迎撃体制に入るべきだ。
現状地底側は不利な状況である。地上と空の打ち合いでは圧倒的に上からの方に分がある。
セシルの初見の戦局の印象はそうであったが、この見解は地底側も同じであった。
飛空挺での制空権があちらにある以上は劣勢は覆せない。そう判断した地底側は一つの提案を思いついた。
ゴルベーザの主力兵器である飛空挺は、元々地上で開発されたもの。ならば今こうして二つの世界が
結ばれた今、地上の技術提供さえあれば飛空挺を導入する事が出来る。
当然ながらこの提案を用いる際にもっとも活躍するのはシドである。何しろ飛空挺を開発し発展させた
技師なのであるから。
この提案、シドには躊躇いがあるのではないかとセシルは危惧した。飛空挺を戦いに使うのを誰よりも嫌い、そしてその光景
が現実になった事に一番責任を感じているのはシド以外に他ならない。
しかし、彼はあっさりと承諾した。そして次の日からは乗ってきたエンタープライズの修理、そして地底での飛空挺を開発する
際の技術指導、制作工程の指揮、地底資源で足りないものは例の<繋ぎ目>から地上の材料を持ち込む事になり、この物資搬入にも
細かな指示を出すことになった。
結果的にこれからの戦いにおいて、シドは最も多忙な人物になった。

36書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/11/16(月) 00:07:01
FINAL FANTASY IV #0574 7章 1節 「地底世界」(12)

もう一つの結論、それは前述の守りとは違い攻めに関する事項であった。
それはすなわちゴルベーザの本拠地、バブイルへの攻撃を早急に開始する事。バブイルが二つの世界を結ぶなら当然、この地底にもその巨塔
は存在する。
そして、おそらくはその場所に奪われたクリスタルがある。それを奪還する事も目的の一つである。
しかし、それ以上にバブイルへ進行する事にはもう一つの重大な意味があった。前述の目的は願わくば出来ればいいのである。此方にクリスタル
が残されている限りは。
地底側の弁によるとバブイルには巨大砲の開発がされているとの事。
そしてそれが完成すればすぐにでもこちらを一方的に攻撃できるような高性能長距離兵器になるという事。
シドの飛空挺援護が万全になるにはまだ時間がかかるし、例えそれがあったとしてもこちらが優勢になるという訳でもない。
巨大砲を破壊せねば事態は悪化する一方だ。それに守りに入ってばかりではいつまでも勝利はやってこない。
踏み出せる時があれば、多少のリスクを恐れずに歩きださねばならない。
それにバブイルを攻撃する事によって相手側にダメージが与えれば、こちらが有利になる。そしてあわよくば奪われたクリスタルを奪還
する事も出来る。
とにかく作戦は一刻を争う!
日々続く、ゴルベーザとの防戦の最中も作戦を開始する為の準備は行われていた。
この作戦が成功すれば少しは状況を打破できる。先の見えぬ闘いの中生み出された根拠の無い思いのせいか、またまた城の防御は万全さに
安心しきってた為、当分の間は大丈夫だと信じ込んでいたのだろうか。

そんな時とある事件が起こった――

37書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/11/16(月) 00:36:38
FINAL FANTASY IV #0575 7章 2節 「罪の在処」(1)

「おい、しっかりしろ!」
カインが床へと倒れこむ兵士達に片っ端から声をかけて回っている。
「一体何があった!?」
王との謁見の間。玉座と真新しい赤絨毯に大理石の柱が立ち並ぶその場所は普段の厳格かつ静粛な
雰囲気を留めていなかった。
「ローザ傷の方は?」
「……命に別条はないみたい」
作戦開始の準備が刻一刻と進む最中、突然王の間に異変が起こった。
最初に聞こえてきたのは悲鳴であった。ただならぬ予感を感じ取ってかけつけてみれば、王の間には
血溜まりがあちこちに出来上がり警備と思しき兵士達が何人も倒れていた。
まさかゴルベーザ達が城にまで潜入部隊を潜り込ませていたなど完全に想定外であった。
そしてそのせいでまたもや傷つく者が出てしまった。
「じゃあ、この人達は大丈夫なんだね……?」
緊急手当として白魔法を詠唱し終えたローザにセシルが尋ねる。
「ええ。でもこれじゃ応急処置にしかならない。すぐに医務室にでも連れて行かないと」
ほっと一息撫で下ろす。結局はゴルベーザとの戦いは地上の者達が持ち込んだものだ。
それにより地底の者に犠牲者が出てしまうのは絶対に阻止したかった。否、もうこれ以上誰にも
犠牲になってほしくはない。
「……いやいいんだ……」
ふと負傷した警備兵が口を開いた。
「いまの回復魔法で私達は大丈夫です。後は自分の足で医務室に行きます。それよりもあそこへ……」
大丈夫だといったがまだ傷は完治していないようであった。しかし、その兵士は痛む体を抑えて奥の方向を指差した。
見ると王の間の象徴であり、権威の証でもある玉座の後ろの壁に人が出入りできるほどの空間が出来上がっていた。
先の見えないそれは随分と奥まで続いているようであり、覗き込んで見てもここからでは最深部を確認できない。
「まさか!?」
警備の者が自分の身を後回しにしてでも守れというもの。そしてゴルベーザがわざわざ向かっているもの。考えられるものは一つしかない。

38書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/11/16(月) 00:37:18
FINAL FANTASY IV #0576 7章 2節 「罪の在処」(2)

「おおっ……!」
急に一つの台詞が割って入った。振り返るとジオット王が入口の方に立ち尽くしていた。
「これは……私が会議室の方へと言ってる際に。なんと……!」
ジオット王の様子を見る限り、何が起こったのかすら分からない程混乱している訳でもないし、状況を呑みこめていない訳でもない。
「王、無事でしたか……良かっ――ぐっ」
「まだ喋らないで」
ローザが優しくなだめる。
「この先には?」
カインが尋ねる。既に回答を知っているのであろうが。
「ああ……クリスタルだよ」
誰も驚かなかった。
「王の間であれば警備万全。私の目の黒い内は絶対に大丈夫だと思っていた。其処にクリスタルがあるというのも、私を含めて数人しか
知らない事となっていた。こんな事ならば君たちにも話しておくべきだったよ……協力を頼んでおきながら隠しごとなど」
「王は悪くありません」
懺悔と後悔の念を吐き出す王をヤンがいさめる。
「それが最善と判断したのなら誰も責める事はできません。それよりも奴らめ!」
怒りの表情で奥へと続く道を睨む。ヤンにとって国家がこのように攻め落とされる光景が許せないのだろう。かつてのファブール
がそうであったように。
「とにかく後を追うべきだ!」
セシルは告げた。既にクリスタルは奴らの手に渡っているかもしれない。だが立ち尽くすような事は出来ない。
誰も反対しない。決まりだろう。
「王は負傷したみんなをよろしくお願いします」
背中越しに告げて、返答を聞く前には走り出した。セシルを先頭に続くのはカイン、ローザ、ヤン。
本当ならばシドの力を借りたい所であった。しかし、彼は多忙の身。そういうわけにはいかなかった。

39書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/11/17(火) 03:01:43
FINAL FANTASY IV #0577 7章 2節 「罪の在処」(3)

奥へと続く薄暗い通路を進んでいく、一本道であったから道なりに進むだけだ。
もっとも順路には血が矢印のような糸を引いていたので、例え複雑な道でも迷いはしなかっただろう。
同時に、点在するその血痕が侵入者が確かにいる事。この奥にいるであろうことを示している。
道の終わりには豪華な装飾の施された大きな扉があった。ここがクリスタルルームであることは間違いない。
力を入れて扉を引っ張る。鉄で出来た頑強な扉は鈍い音を立てつつあっさりと開いた。扉が壊された様子がないと
いう事は最初から鍵などかかっていなかったということか。ジオット王はここまで侵入されると思っていなかったのだろう。
完全に開け放たれた扉から、中の様子が目に飛び込んでくる。クリスタルルームと呼ばれるそこは一見して地上の
それとあまり変わりがあるようには見えなかった。透明で自分を映し出す床に、中央に備え付けれられたクリスタル用の台座。
そして冷たくひんやりとした空気。何もかもがファブールの時と変わらないように思えた。
しかし、すぐにもこの場に似つかわしくない存在に気づかされる。
それは一見するとどうみてもごく普通の玩具の人形であった。とはいっても玩具にしては多少大きすぎる事と、子供用にしては
やや豪華すぎる装飾品や精巧から見て、相当高価な代物ではある。親が子供に買い与えるにしては贅沢すぎる品とすら
思われる。最も、どれほどの値打ちのものであろうが少女が愛でる人形である。この緊迫した場所には場違いな存在である
事に変わりはない。
その人形は数にしてみて六体程であり、色は大きく分けて二種類。赤というよりは橙色の人形と紫に近い青色の人形の
二通りにでそれぞれ半分づつ奇麗に色分けされている。
人形達はそれぞれが誰にも支えられることなく直立不動しており、その精巧な手が朱色に染まっている。
それが血である事は日の目を見ることよりもあきらかであった。
常識的に考えてみればおかしな光景であった。だが、あまりにも突拍子の無い場面に遭遇したせいか、セシル達はしばらくの
間身構えることすら忘れていた。
人形達の十二の瞳が一斉にセシル達へと向けられる。そこから何かの感情を読み取る事は出来ない。
「僕らは」
「陽気な」
「カルコブリーナ!」
自立した子童達が口々に言葉を発する。ここからも表情同様に何も感じる事ができなかった。
「怖くて可愛い人形さ!」
台詞が重なり合うともはや何重にも連なって言葉を聞かされているようだ。
結局人形達からは感情の揺れや、敵意といったものは何一つ感じ取る事が分からなかった
だが一つだけ言える事は向こうがこちらに攻撃を仕掛けようとしてくる事。敵意や悪意を感じ取る事が出来ないが間違いない。
おそらくは誰かが操っているのだろう――誰かとは考えるまでもないゴルベーザだ。
王の間の警備の者達がやられたのも決して彼かが未熟だったわけではない。警戒心の無いこの人形達を察知する事はどれだけの
熟練者にも無理であっただろう。

40書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/11/17(火) 03:05:55
FINAL FANTASY IV #0578 7章 2節 「罪の在処」(4)

元々戦闘用につくられたものでないカルコブリーナ達自体の戦闘力はそれほどのものではない。
攻撃手段もその短い手足を子供のように振り回してくるだけであり、何か特殊能力をしかけてくるわけではない。
不意打ちでなければ致命的なダメージをもらうこともないだろう。唯一懸念すべきなのは数だけだ。
しかし、その有利要素すらも人形達は利用してこようとしない。絶妙な連携も多数による戦略も何も
行使してこようとしない。闇雲に一体づつが攻撃してくるだけであった。
人形という意外性が分かった今、散発する攻撃をしかけてくるだけのカルコブリーナの攻撃を受け流す
のは簡単な事であった。カインとヤンの二人と協力して着実に人形達から戦闘手段を奪っていく。
「痛いよ!」
「よくもやったな!」
傷つく度に人形が苦しみや抗議の声を上げる。しかし、やはりそこには言葉以上感情が存在していなかった。
魔物であっても傷をつけられれば呻き苦しむ。だがカルコブリーナ達にはそのような素振りを全く見せる様子
すらない。
相手がどのような考えで戦っているのか? 今相手は苦しんでいるのか、悲しんでいるのか、それとも逆に喜んでいるのか?
戦闘において相手の感情の揺れを捉えられないのは、時に自分の精神状態を把握出来ていない時よりも重大な問題になってくる。
これで――
戸惑いを感じつつも、最後の人形の戦闘力を奪う。
「痛いよ、苦しいよ」
人形はまだ痛みの声をあげている。何度聞いても感傷に浸る事はできなかった。
「やはりこんなものでは駄目か――」
「!」
突如として人形の声色が変わった。今までの無感情なものとは違い、どす黒い暗黒を感じる事ができる
その声を見間違う事は無かった。
「ゴルベーザ!」
セシルの声に呼応するかのように人形から黒き波動が舞い上がる。
途端、カルコブリーナと呼ばれる人形達はまるで糸が切れたかのように突如として動きと止め、以降は微動だにしなかった。
飛び出した波動は一つの場所に一点集中。段々とその大きくなっていき一つの形をつくる。
まずは輪郭をかたどり、細かな部分を明らかにしていく、やがて波動は見覚えのあるものである。
予想した通り、波動があつまった影はゴルベーザとなりその場へと姿を現す。
「先日はお世話になったな」
先程の波動であった時に比べてより明確になった声が聞こえた。

41書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/11/18(水) 00:03:51
FINAL FANTASY IV #0579 7章 2節 「罪の在処」(5)

眼前に元凶が迫っている、しかしそんな最中でもセシルはすぐに身構える事が出来ずにいた。
相手はメテオを食らい生き残った強仁な肉体に今までこちらが先手を打とうとしても常に先回りしてこちらの出鼻を
くじいてきたゴルベーザだ。三度の直接的なぶつかりあいである今回もそのような状況だ。
それに……ゾットの際のゴルベーザとの事が未だに引っかかていたのだ。
「さて」
自分が動かないせいなのか、はたまた同じく同様しているのかローザやヤンもその場に立ち尽くしていた。
だがその時が止まったかのような空間でゴルベーザだけがいつも通りの素振りで口を開く。
「今回はお前達には用はない。この人形を遣わしたのも別段、お前達の相手をさせるわけではないのだからな」
そう言って床に崩れ落ちたカルコブリーナ達を一瞥し、すぐにも後方の台座へと向き直る。
「地底に眠る闇のクリスタル。これで三つはわが手中に収める事になるのだからな」
ゆっくりと黒甲冑の手を上空へと伸ばし空を切る。呼応するかのようにゴルベーザの眼前、台座へと静かに安置されたクリスタル
が浮かびあがる。
ゴルベーザが伸ばした手をこれまたゆっくりと後ろへと引く。クリスタルはするするとゴルベーザの方へと向かっていき、やがて
すっぽりとその手中に収まる。
スローモーションの如き、行われるその光景の一部始終をセシル達は見守る事しかできなかった。
思えばあの時、ゾットで傷ついたカインを背負い頂上へと向かう時に止めを刺すべきだったのか? あの時のゴルベーザはかなり
の手負いの傷を負っていた。あれからまだ二週間程度の時間しかたっていない。それがここまで回復しているとは奴の生命力は
どれほどのものなのだ。
あの時のゴルベーザは何故か自分に止めをさそうとはしなかった――逆に言えば自分も出来なかったのだが。しかしなんとしてでも
打ち倒すべきだったのか?
ヤンに諭され諦めの気持ちは消えうせたとはいえ、向い来る脅威を前にして浮かび上がるのは自問自答であった。
しかし、待ったはきかない。ゴルベーザの様子を見る限り、今回ばかりは本当にセシル達に用はないのだろう。もしかするとローザ
を取り戻された今、セシル達など眼中にないのかもしれない。否、ファブールでローザをさらったのもただの気まぐれなのかもしれない。

42書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/11/18(水) 00:05:20
FINAL FANTASY IV #0580 7章 2節 「罪の在処」(6)

「待てゴルベーザ」
中々踏み出せずにいるとカインが口を開いた。
「このままみすみす返すつもりはないぞ」
言いながら、竜騎士の象徴たる槍をゴルベーザの目先へと向ける。黒兜に覆われたそこからは表情を察せないのは当然であり、
僅かな隙間から瞳を凝視する事すら出来ない。
「ほう……それは恨みか? 私に利用された?」
逃がすつもりはないといったカインに興味深く向き直り、質問を出すゴルベーザ。
「そんなところだ」
「ふ……はははは! 実に面白いやつ。そして利用しがいのある奴だな!」
「何がおかしい!」
黒甲冑の男には不釣り合いな笑いという予想外の反応。カインは激昂した問いを返す。
「お前を手放すことになったのは実に惜しいといっているのだ」
「貴様!」
それが挑発だと思ったのかカインは槍を一閃。ゴルベーザを薙ぐ。
しかし、予想していた反応なのか。ゴルベーザはひらりと横へと微動しその攻撃を回避した。
「どうだ? 今からでも私の所に戻ってくる気は?」
「ふざけるな! 生きて帰れると思うな!」
カインは更に激昂した。当然だろう。心に付け込まれ利用された事に一番悔しさを抱いているのは誰でもない彼自身なのだから。
「僕も逃がすつもりはないぞ! ゴルベーザ!」
二人のやりとりが開戦の合図になったかのようにセシルも声を上げた。
「ふん……大人しくしていれば楽に引き下がったものを」
後ろを見やるとヤンとローザも戦闘の構えをとっていた。どうやら激突は避けられそうにない。

43名無しさん:2009/11/19(木) 01:53:35
FINAL FANTASY IV #0581 7章 2節 「罪の在処」(7)

「いいだろう。この体であっても貴様達を倒す事など造作もないのだからな!」
この体――手負いの傷という意味であろうか? だとしたらどれほどの強大な力を有しているのか想像もつかない。
だが、同時に今がゴルベーザを叩く絶好の機会でもあるということである。
考えていると、ゴルベーザが先程と同じく黒甲冑の腕を振り上げる。今度は台座でなくセシル達の方へ向いている。
「絶対的な力の差を思い知るがいい!」
振り上げた手を真っすぐとこちらへと下ろす。<それ>が何かの攻撃であることは明白であった。
止めなければ――そう判断したののはセシルだけでない。
<それ>が発生する直前の光景にはセシルの他にもヤンとカインがゴルベーザへの攻撃を開始しようとしていたところであった。
「が……ぐっ!」
いつどのようなタイミングで<それ>が発生したのかは分からなかった。しかし、いつの間にかひんやりとしたクリスタルルームの
空気は更に冷たくなった。それもただ寒いとかそのようなものではない。何かどす黒いオーラのようなものが体にまとわりついてくる
ような感じ。いつしか、周囲の景色――クリスタルが中央に安置されそれを中心にして光輝くこの場所を黒き霧が覆っていた。
「体が」
その場所にいた一人――ゴルベーザを除いた人物に急に重みがのしかかった。
(動かない!)
いつしかセシルは床へと、がっくりと膝をつけていた。騎士として王に仕えたもの、自分の体が戦えるのかの判断は出来ているつもりだった。
だが、このような状況は初めてであった。体中を痺れが駆けめぐり、動かす事もままならない。立ち上がる事は当然として手を動かす
事すら困難であった。
何とか、瞳だけを動かして周囲へと視線を走らせてみると、他の三人も同様の様子であった。
「ゴルベーザ……何をした……?」
幸いなのかどうかは分からないが、口だけは普通に動かす事が出来た。
眼前にただ一人平然と立っているゴルベーザへと疑問をぶつける。もっともこの様子からして今の状況が奴によっておこされている
事は疑う余地もない。そしてこれがセシル達を片付ける為のものだという事にもだ。
「呪縛の冷気――動けぬであろう?」
それだけ言うと、再び腕を振り上げる。
「動けぬ体に残された瞳で真の恐怖を味わうが良い」
言い終わらぬ内に辺りの黒き霧が一点に集約していった。

44書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/11/19(木) 01:57:44
FINAL FANTASY IV #0582 7章 2節 「罪の在処」(8)

それはカルコブリーナ達から噴出した黒き波動がゴルベーザを形作った時の様子に似ていた。
黒き霧は集まるにれ大きさを増す。やがてはもくもくとしたそれは次第にはっきりとした線となり輪郭を描く。
違うところと言えば、ゴルベーザの時に比べて霧の量が多く、集まったそれも何倍もの大きさであった事である。
一つの形になろうとしている霧がとてつもなく巨大なものになろうとしているのは想像するまでもなかった。
「参れ、黒龍!」
ゴルベーザの合図とともに霧がその姿を完全なものにする。
現れたのはゴルベーザの甲冑と同じ漆黒の鱗に包まれ、黒き瞳を宿した巨大な龍。
「やれ」
ゴルベーザの指示に呼応するかのように黒龍と呼んだそれが咆哮を上げる。
黒龍は大きく息を吐き、鋭い牙が見え隠れする口から霧を吐いた。先程の黒龍やゴルベーザを形成した時に
比べればそれほどの大きさではないが、やはり何かの形を形成する。
それは一つの鋭利な刃物のようであった。じっくりと瞳をこらすと曲線状をしている。
まるで牙のようなそれは勢いをつけてこちらに向かってくる。
やがてそれは動けぬままおその場へと座り込むヤンの体へと、的を外す事のないような正確さで突き刺ささる。
「ヤン!」
その様子に誰かが声を上げた。おそらく同時にセシル達三人の誰かが言ったのだろう。
曲線上の鋭利な刃物。正確には牙と言っていいそれが体に突き刺さったヤンはがっくりとその場へと倒れこんだ。
すぐにでも駆け寄って治療をせねばならない。そう思ったが体が動かない。さきほどの呪縛の冷気とやらのせいであろう。
焦る気持ちを抑えつつもその場からヤンの様子を観察してみると不思議な事がわかった。
強靭な体に間違い無く牙は突き刺さっている。だが、不思議な事に血は出ていない。
しかし、倒れんだヤンの表情は苦悶に満ちている。それは痛みを感じているのではなく、まるで何かに苦しんでいるかのようだ。
「仲間の心配をしている場合ではないぞ!」
ゴルベーザの声がする。振り返る間もなく続けて何かが飛来する気配。おそらくヤンの体を貫いたもの同じ牙であろう。
恐ろしい早さで襲来する牙を交わす事は出来なかった。否、例え気づいていたとしても今の動けぬからだでは避ける事はできなかった
であろう。

45書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/11/19(木) 01:58:18
FINAL FANTASY IV #0583 7章 2節 「罪の在処」(9)

牙は瞬く間にローザとカインの体にも突き刺さる。
その後の二人の様子はヤンと全く同じであった。牙が深々と突き刺さった体からは全く血がでていない。だがそれにも関らず、二人は
何かに苦しんだかのような呻きを上げる。
「黒竜の牙――闇の力を集約したそれは相手を気づ付ける事なく内部からその体を蝕んでいく」
ただ茫然とその様子を眺めるしかないセシルに対して、ゴルベーザが切り出した。
「直接的な傷はない。だがじわじわと体へと侵食した闇はゆっくりと相手を苦しめる。そして訪れるのは――」
「ふざけるな!」
言われなくても分った。だからセシルはその先の言葉を遮った。ゴルベーザにその先を言わせたくはなかった。
「どうすればいい?」
この状況を打破せねば三人は間違いなく助からない。だからといって何かいい方法が見つかるわけでもない。
セシルはゴルベーザを威嚇する意味も込めてそう尋ねた。
「なあに簡単だ」
教えてもらえるとは到底思っていなかったので驚いた。
「体に突き刺さる黒の牙を抜き取ればすぐにでも闇の侵食は止まる。送り出す根本である牙さえなくなれば闇の力はその力を急速に
弱める」
そして不敵な口調で最後にこう付け加える。
「最も出来ればの話だがな、出来ればの。くく……」
何故ここまで丁寧に話すのかがセシルにはやっとわかった。
体から黒の牙を抜けば三人は助かる。だがそれは同時に誰かの助けが必要だという事である。そして今この場にいるのはセシルと
ゴルベーザだけである。そして今セシルは呪縛の冷気で動くことは出来ない。
「仲間が打ち果てていくのをそこでゆっくりと見届けるがいい」
解答を先回りして答えられた。
要はそういうことだ。誰も三人を助ける事が出来ない。今のセシルには黙って様子を見届ける事しかできない。
絶体絶命の状況が訪れた。

46書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/11/19(木) 05:58:41
FINAL FANTASY IV #0584 7章 2節 「罪の在処」(10)

「教えてやろう」
どれくらいの時間が経ったか? どうすればいいと思考するときの時間は無限とすら思えた。
だが、時間としてみればそれほどの時間は経ってないだろう。
牙を刺された三人は未だに苦しんでいる。だがそれはまだ苦しむだけの命が残されているということだ。
「私がクリスタルを集める目的を」
「何故だ?」
急に口数の増えたゴルベーザに疑問の声をぶつけた。
「お前は僕たち始末するつもりだろう。だからなのか?」
「まあそんなところだ」
簡単な答えを言った後ゴルベーザは続けた。
「地底と地上の二つの世界のクリスタル。光と闇あわせて八つのクリスタル。それらが
揃う時、封印されたバブイルの塔の真の力が復活する」
バブイルの塔――ゾットと同じ、謎に包まれた機械巨塔。
「あそこは地底と地上を結ぶだけではないのか……?」
「ゾットの内部を見たであろう?」
質問に対し質問を返すゴルベーザ。
「ああ、とてもじゃないが常識では考えられない場所だった」
「ゾットはこの世界の表と裏を結ぶだけではない。遥か空に浮かぶ月とこの世界を結ぶ場所でもあるのだ」
それがゾットの本来の力。だが驚くよりも先に、会話の中で出てきた月という言葉がセシルを脳裏を強く支配した。
「これは私の推測なのだが……?」
月――子供のころから何故かセシルは月に強く引かれてた。夜空を見上げれば自然と月へと手を伸ばし、しばらくの間、夜の
闇の中ぽっかりと描かれた金色の円を見続けていた。
時にはそのまますいこまれてしまうのではないかと思う程であり、バロン王を心配させた事もある。
いつしか月に対し強い思い入れを抱くようになっていた。
「お前も思った通り、ゾットとバブイルの両者ともその内装は現在のこの世界では考えられない程の技術で造られている。
ならばあれは誰が作ったのか? そこで私は考えた。あれは月からもたらされたのではないかと」
感傷に浸るセシルをゴルベーザの言葉が現実へと引きもどす。
「それはつまり月にも人が存在するという事か?」
荒唐無稽だなどど完全に否定できる気はしなかった。この地底にも人類が存在していたのだ。それならば月にも人が
存在してもおかしくないのではないか。
「そしてあの塔から察するに月には――月の民とでもよぶべき存在には我々の常識を超えた技術を有しているはずだ」
「それをどうするつもりだ?」
セシルにはその仮説を否定する気はなかった。むしろいつも惹かれていた月にも誰か人が住んでいるというのは、色々な意味で
興味深かった。
「決まっているだろう。この手に収めるだけだ」
「やはりか」
眼前にいる野望の秘めたる黒騎士が見逃すとは思えなかった。地上のクリスタルを奪い、各国を蹂躙し世界を驚異に陥れた
ゴルベーザ。その手は地底まで伸びた。月の存在を知った今、みすみすと逃しておくほど奴の目は甘くはない。
「ならば僕はお前を逃がすわけにはいかない!」
「その体で何が出来る」
指摘の通りだった。
その一言以降、ゴルベーザは何も言わなくなった。呪縛の冷気により動けない体での長い時間が再びやってきた。

47書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/11/20(金) 01:51:50
FINAL FANTASY IV #0585 7章 2節 「罪の在処」(11)

(しかし、おかしい)
ゴルベーザとの会話の中からセシルには新たな疑問が生じた。正確には以前からもやもやとしていた気持ちが、疑問と言う名の
形に変わっただけなのだが。
(何故、僕に牙を打ち込まない?)
(どうして僕だけには……何もしない)
仲間の苦しむ所をじっくりと見届けさせたいのか? 確かにゴルベーザはそう言っていた。
考えれば自分にとってローザが大切な人だと気づいた瞬間にローザをさらった。
しかし、それならば新たな疑問が生じる。
(それならば今度は何故僕にだけそのような仕打ちをする?)
自分が不幸だとか、一方的に相手に嫌われるような人間だとか自虐するつもりは一切ない。
だが今までのゴルベーザのやり方を見ると手段を選ばず、目標のためになら何でも犠牲にする冷酷無比なものであった
ダムシアンではクリスタルを奪還した後、国自体を一斉砲撃した。ファブールも抵抗するものに対して容赦なしであり
つまるところ敵に対して特別な感情を抱かないやり方なのだ。
だとしたらセシルに対する行いに対してだけは違和感を感じざるを得ない。まるでセシルにだけは何か特別な恨みが
あるかのような素振りではないか?
ゴルベーザの目的は先の通り、クリスタルを手に入れて月すらも手中に入れるというものだ。そこにセシルに何が関係
するのか? すぐには思いつかなかった。
違和感といえばもう一つの考えがセシルの中でまとまりつつあった。
これは一番目の疑問と似ている。ゾットでゴルベーザは自分に止めをさせる時があったのにしなかった。
更によくよく考えれば、今までの自分に止めをさせる時はあったのではないかと思う。第一、これほどまでに後手に回った
セシルが今まで危機に陥らなかったのも偶然ではないかのような気がした。
(ゴルベーザが僕を避けている)
馬鹿げている。自分でもそう思った。だが実際に今自分だけが黒い牙を喰らっていないのだ。
(まさかそんな事は――)
あるわけがない。頭ですぐに否定する。
それよりも今はこの状況を打破する事を考えなければ! しかし、一つの考えが纏まらぬうちに別の事を考えても
良い考えが浮かぶ訳がない。
そんな最中であっただろうか。辺りを覆い尽くす黒き波動が薄れたのは――

48書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/12/06(日) 05:33:34
FINAL FANTASY IV #0586 7章 2節 「罪の在処」(12)

視界の黒が一瞬のうちに白に入れ替わる。
「これは……」
辺りの空気を支配する雪のような白は次第にその勢力を増し、前を見ることすら困難なほどになった。
この感覚には見覚えがある。
「霧」
セシルが旅立ち最初に立ち寄った場所。ミストへと続く場所。長い旅の始まりの場所。
しかし何故、急にこのような事態が? 霧の先からかすかに見えるゴルベーザの姿にも動揺がうかがえる。
つまりこの状況はゴルベーザにとっても誤算だという事だ。
お互い何がおこったのかすぐには理解できずに立ち尽くしていると、霧が一つに集まり始めた。
黒き波動が黒龍を生みだしたように、白き霧も今何かの形を生み出そうとしている。
輪郭を描いたそれは見覚えのあるものだった。
「これは霧の龍」
そんなはずはない。頭によぎった可能性を否定した。
霧の龍――過程がどうであれ結果的にセシルはあのミストへと続く洞窟で霧の龍を傷つけ退けた。
それは故意でないにしろ術者の命を奪ってしまうことになった……
更には王の偽物、カイナッツォの策略で召還士と呼ばれる者が集まる村を壊滅状態にしてしまった。
つまりこの霧の龍を呼び出した者以外の他の召還士すらも根絶やしにしてしまったのだ。
もはやあの龍を呼び出せるような力を持ったものはいないはず。
いないはずだ……

――たった一つ小さな可能性を除いては――

49書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/12/06(日) 05:35:01
FINAL FANTASY IV #0587 7章 2節 「罪の在処」(13)

残された幼き命。
だが、その儚き夢もあの大津波が全てさらっていってしまった。
セシルはそう思っていた。そう思わざるを得なかった。
暗黒騎士からパラディンへ。そして数多くの出会いと別れを経て、世界を駆けこうしてもう一つの
世界に来た今になってさえ、彼女の所存はつかめずにいた。
ましてや成長した大人ならばともかくとして、あのような幼き子供がどこかで生き延びてるなど到底考えられる
事ではなかった。
きっと生きているはず。
心の中ではそう思い、仲間達との会話の中でもそう言ってきた。
しかしいつの間にか心の何処かには諦めの考えが浮かんでいたのだろう。いつしか彼女の無事を祈りながらも
既に世界に彼女は存在しない。そう思いこんでいたのだ。

今目の前で起きているこの状況はそのような諦めと思い込みの思考を打ち破るには十分すぎる内容であった。
万一彼女ならば?
新たな疑問がセシルを支配する。
言い方は悪いが、彼女が召還士と呼ばれる特別な血を引いているとしてもやはり子供だ。胸に宿る強大な力を完全に上手く扱える訳ではなかった。
実際、母を失った悲しみが彼女を暴走させた時もあった。あの時は大地の巨人を呼び出し辺り一体に甚大な被害をもたらした。
だが逆にそれ以降の彼女は温厚なチョコボを呼び出す程度にしかその力を発揮していない。
最初、黒魔法や白魔法の基礎魔法でさえ彼女は上手く扱えなかった。恐怖によって炎魔法の行使を拒否した時もあった。
その点は今は亡き偉大な賢者の指導や仲間達との交流で、段々と腕を上げてはいったのだが。
良くも悪くもセシルの彼女の召還士としての一面での印象は<幼い>ものであった。素質は十分にあれど激しい感情の揺れ幅が
大幅に力を不安定にしている。

霧の龍が首をしならせ、大きな口から白き息を吹き出す。粒状の白玉を大量に含んだそれは一点の迷いも無くゴルベーザと
黒龍へと向かっていく。
粒状の息は粉雪の如く黒き意志へと容赦なく降りかかった。黒龍は既に体の大部分を白で埋め尽くされている。
やがて身をよじらせたと思ったら、黒龍は生み出された時とは逆に、段々とその形を元の黒き煙へと姿を変えていく。
煙となったそれはやがてはあちこちへと拡散しついには、龍の形を確認する事はできなくなった。同時に辺りを覆い尽くす黒き闇は
ひっそりとなりをひそめ、クリスタルルームを彩る黒はゴルベーザの姿一つであった。
代わりに辺り一体には霧が立ちこめる事となった。
やはりだ
一部終始を見てセシルは確信した。
霧の龍は力を暴走させる事なく安定した力で闇を退けた。それはあの時、彼女の母親が操った時の龍と同じく、一点の狂いも無く。
だが<彼女>は……自分の記憶にある<彼女>は……体に負担のかかるエーテルを無茶して飲んで傷を嫌そうとする頑固だけど
曇りのない意志を持つ<彼女>……
その面影を霧の龍から感じ取ることは出来なかった。

50書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/12/06(日) 06:28:37
FINAL FANTASY IV #0588 7章 2節 「罪の在処」(14)

「ゴルベーザ。これまでよ」
背中越しから声が一つ聞こえる。
「いや、ゴルベーザの<意志>よ……」
その声には聞き覚えがあった。否、完全に同じではない。だが聞いた事のあるものだ。
振り返る事はしなかったがそれは間違いない。
「<本体>でない貴方に用はないわ。さっさと消えなさい」
硬直するセシルを追い抜きゴルベーザの前へと立ちはだかる声の主。
寸分先を見渡す事も容易でないその場所でも彼女を見間違う事は無かった。
エメラルドグリーンの髪は色はそのままではあるが、肩越しの部分まで伸びている。
小さかった背丈は充分に伸び、前に立たれると頼もしさを感じた。とはいえ男であるセシルの身長には到底達してはいないのだが。
「くっ……だがクリスタルだけでも」
ゴルベーザはよろめいていた。先程の霧の一撃は黒龍だけでなく彼にも相当な聞いたのであろう。
やがてゴルベーザは黒龍と同じく煙へと姿を変える。だがその煙は拡散せずに一つの場所へと集まっていく。
「いただいていくぞ」
微かな声と共にクリスタルを包んだ黒い煙はその場で急に薄くなり、やがては消えた。クリスタルと共に。
ゴルベーザに止めを刺さなくて良かったのか? 結局クリスタルを奪われてしまった。
いつもならばそう思っていたところだろう。
だが今は目の前にいる人物に対して釘付けになる他は無かった。
「逃したか」
その人物――彼女が少しだけ上を見上げてそういった。
「まあいいか。どうせ全部揃わないと意味がないんだし。<本体>が弱っている今の内ならこっちにも充分打って出る手はある」
自分の記憶とはかけ離れた容姿に声色。だが、喋りの片鱗からあの頃の無邪気さを察する事ができるような気がした。
彼女は間違いなく――
「……もう大丈夫だよ」
突如彼女が――今まで背を見せていただけの彼女がこちらへと振り返った。
髪と同じ色の瞳と目があった時には既に驚きは無かった。ただ確信が現実となっただけで。
「あっ! 心配しないでヤン達は大丈夫。最初に霧を張った時点で私が牙の方を抜いておいたし。そもそも黒龍がいなくなったし」
思った反応を得られなかったのだろうか。それとも黙り込んで自分を見るセシルが無愛想に感じたのか。リディアは明るい声で明るい話題を降った。
「だからみんなの事は心配しないで……しなくていいんだよ」
「リディア……」
セシルは静かに記憶の中にある<彼女>の名前を呼んだ。
「そうだよセシル」
別にセシルは無愛想にしていたのではない。驚きのあまりになんの反応を返す事が出来無かったわけでもない。
ただ、心の何処かで諦めていた確信がこうして現実になった事が嬉しかったのだ。夢でも幻でも無い。彼女は確かに、今この場所に存在している。
「私だよリディアだよ」
エメラルドグリーンの瞳から透明な粒が流れ落ちる。
「もっと驚くと思ってたのに……ちょっと悔しいよ」
冗談めかして笑いながら、リディアは頬を伝わる涙を拭いた。
「正直、拒絶されるかもって怖い気持ちもあったんだよ」
どんな姿になろうがリディアはリディアだ。否定する箇所など見つからない。
「おかえり」
ただ嬉しさだけが心にあった。言葉はそれだけで充分だった。
「ただいまセシル。十年待ったよ」

どうしてこうなったのか? 彼女の言葉一つ一つの意味も完全に把握してはいなかった。
だが、今この瞬間に於いてはそのような事は全て置き去りにして、この嬉しみと喜びを彼女と分かち合いたかった。

51書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/12/08(火) 05:08:35
FINAL FANTASY IV #0589 7章 2節 「罪の在処」(15)

ゴルベーザは去り、辺りの黒の気配は微塵も感じられなくなった。
新たに周囲を覆っていた霧もいつの間にか消えていた。霧に関してはリディアが張ったものだ。
おそらくは彼女自身が霧の展開を止めたのだろう。元々黒龍の驚異を退ける為のもの。それが
なくなったという事はこの場所での戦いは終わりを迎えたと言うことだ。
ひんやりとしたクリスタルルームに穏やかな雰囲気と共に視界が戻ってきていた。
一連の喧噪が嘘のように静まりかえったその場所には、一つだけ変化があった。中央に設置された台座、
そこに本来置かれるべきである光り輝くクリスタルが消え去っていたのだ。
主役とも言えるべきものを失ったこの場所は静けさと同時に寂しさが同居しているかのようだ。
「リディアなのか」
そんな音の無い世界でヤンの驚愕の声は大きく響き渡った。
「信じられない……」
ローザも同意見のようだ。
黒龍から受けた一撃から幸いにも助かったヤン達は、セシルと同じく驚きの再会を体験する事となった。
「それにしてもリディア」
驚愕する彼らを尻目にセシルは一人別の話を切り出した。
「説明、いや話してくれるかい?」
無感量の感動の後にやって来るのは、理屈めいた疑問だ。
彼女の登場からゴルベーザとのやりとりの中には、セシル達の知らない言葉がいくつも混ざっていた。
それにしっかりと言葉には出してはいないが、彼女の外見の変化も当然の事ながら気になった。
記憶の中の彼女はあどけない幼子であった。それが今は逞しく何処か美しさを感じさせる姿だ。
十年――彼女の言葉によるとそれだけの時間が経過しているのだろう。以前のリディアが七つか八つ位の年齢で
あろうから、今は十代後半と推測される。とすればローザよりも一歳か二歳年下という事になる。
「大人」と言うのはまだ早いかもしれないが「少女」断定するのもおかしい。判断の難しい年頃だ。
何にしても、その様な急速な成長はセシル達の常識――否、地底世界からみても非常識な事態であった。
バロンへの船で彼女は離れてからまだ一月程度しか経っていない。現に再会を果たした他の仲間達は誰一人として
彼女の様な成長を遂げていない。
考えても分かることではない。ならば直接聞くしか手段はないであろう。

52書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/12/08(火) 05:09:21
FINAL FANTASY IV #0590 7章 2節 「罪の在処」(16)

「うんいいよ」
拒否されるかもしれない。そう思っていたが、リディアはあっけらかんとした様子で悪びれることなく了承した。
ミストを滅ぼしたという自責の念は未だにセシルの想いに強く残っていた。その事で一緒に旅をしていた時も
申し訳無い気持ちで完全に距離を接することが出来なかった。
考えすぎだったのかもしれない。セシルは心の中で自分を責めた。
「……あいつ、今襲ってきたゴルベーザはね、正確に言えば今までセシル達が戦ってきた奴ではないの。だから私は<意志>と呼んだ」
一刻置いて、リディアが話し始める。これは確か……最初の発言、ゴルベーザを<意志>と<本体>二つの名で呼んでいた事であろう。
「今回ゴルベーザは自らの肉体から発信した<意志>を送り込んできただけだったの。だから戦い方も今までの直接手を下してきたけど、召還
なんて手段に頼ったのもその為。あいつはゴルベーザの一欠片にしか過ぎないから大した実力はないの」
そこまで言って今度はセシル達に向き直る。
「で、ここで質問。なぜそんな事をしたと思う? 別に今まで通り<本体>がやってくればいいのに?」
「<本体>になにか問題があった?」
出題に答えたのはカインだ。
「正解。<本体>自体が弱まっているのよ……ある事をきっかけにね」
最後の方は声の調子が悪い。それで分かった。
「メテオか……?」
今度はセシルが口を開いた。
「そう、あの日放たれたメテオは結果的にゴルベーザを倒す事が出来なかった……でもあいつも決して無傷という訳にはいかなかった。肉体はかなりの
傷ついて、回復するまでは大して動けない状況なの。それでも、自分の<意志>を送り込める辺りは大したものなんだけどね……」
その声は所々悲しみを感じさせた。
「知っていたのか?」
「ごめん……」
それだけで分かった。別にメテオの事ではない。テラの事だ。彼女もまた老賢者を知る者の一人であるのだから。
「とにかく! 今ゴルベーザ本人は動くことが出来ないって事! 私達からみたらこれは大きく有利な状況って事!」
もうその話は終わりだとばかりに早口で捲し立てるリディア。
「クリスタルは結局もってかれちゃったけど……あれが全て揃わないと意味がないのは既に知ってるよね?」
セシルは頷いた。ゴルベーザが自ら言っていた。その目的も。
全て揃えば奴の底なしの欲望は更に拡大していくだろう。それだけは阻止しなければならなかった。
「分かっているリディア……でもこれで終わりでは……」
まだ聞きたい事があった。だが、ここから先は彼女の内面に踏み込むことだ。
聞いて良いのかどうか悩んでいたが彼女の方から切り出してきた。
「うん……説明しないとね私の事」
今までの元気な声とは一転。少しばかり静かな口調でゆっくりと話始めた。
「あの日の出来事の真相……それからの出来事。そして幻獣界の話……」

53書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/12/08(火) 06:27:44
FINAL FANTASY IV #0591 7章 2節 「罪の在処」(17)

クリスタルルームにいる誰もが黙って彼女の言葉を聞いていた。
「まずはあの時の事を話さなきゃ……覚えている?」
セシルとヤンはすぐさま頷いた。カインとローザは黙ったままだ。
「セシル説明を?」
「ああ、ローザが捕らわれた後に僕たちはすぐさまバロンへと向かった。シドの協力を借りる事、そしてローザを
助ける為、だが途中で謎の海龍に襲われて離ればなれになった……」
リディアに促されセシルは二人に簡潔に説明する。
「そうだったの……」
ローザが口元に手を当て嘆くような口ぶりで答える。カインの方も無言ではあるが考え込んでいる表情だ。
お互いに色々あった時期だ……その裏でこのような事があったのは思うところがあるのだろう。
「あの時の原因は全て私にあるの……」
「!」
その言葉はセシルを凍りつかせるには充分であった
「そんな訳はない!」
ヤンが慌てて否定する。セシルも同じ気持ちだ。だがどこに根拠がある?
「いいの……優しくしてくれないで。本当の事なんだから……」
「…………」
ヤンの擁護も穏やかにはねのけられた。もはや黙って言葉を待つしかなさそうであった。
「あの時、あの場所に現れた海龍。あれは幻獣、いえ幻獣王のリヴァイアサンなの……幻獣は地上には生息せず
別の場所に住んでいるの。それがあのようにして地上に現れる手段は一つしかない」
段々とセシルにも分かってきた。耳を塞ぎたくなった。だがそれはリディアが許さないだろう。また自分が許せなく
なるだろう。
「別の世界の存在に触れそれを呼び出す存在。それが召還士なの……」
「ならばあれはリディアが呼んだというのですか!」
ヤンが声を荒げる。怒っているわけではない。ただ信じられない事を聞いて動揺しているのだ。
「でもそんな事が出来るのか……だって」
セシルは語られた事実を思わず否定した。今度は根拠があった。
「あの時の私にそんな力は無かったって言いたいんでしょ?」
「……ああ」
内容が内容なので言い淀んでいるとリディアが変わりに答えた。
肯定するしかなかった。リディアは特に怒っていなかった。むしろこれからが本題とばかりに続けた。
「セシルの言う通り。子供だった頃の未熟な私に幻獣王様を呼び出す事なんて無理だった。いや、こんな体になった今でも
出来ないのよ。普通に考えたらあり得ないのよそんな事……」
その声はまるで誰かに詫びているかのようであった。

54書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/12/08(火) 06:28:22
FINAL FANTASY IV #0592 7章 2節 「罪の在処」(18)

「でもあの時の私には一つだけ凄い力があった。それは怒りと憎しみ……」
リディアはセシルを見た。
「セシルには守ってもらった。だから私は一緒について行く事にした。でも……やっぱり時々思い出したのミストが燃えさかる光景を……
それでやっぱり憎しみの心を思い出したの。表では許そうと思っても、裏の心では憎しみを捨てきれずにいた」
「ミストか……やはりあの幼子だったのだな」
その言葉はカインにも響いたようだ。
「許してくれと言うつもりはない。俺はセシルと違ってあの後もゴルベーザに付き従ったのだからな……」
何か言わないとカインも気が済まないのか。謝罪の言葉を述べた。
「いいの」
それだけ言って彼女は再び本題へと戻った。
「それでゴルベーザがローザお姉ちゃんをさらっていった時も当然の用にゴルベーザを憎んだの、そしてその想いは焦りを生んだ……」
もはや誰も何も言わなかった。
「全てが無くなっちゃえばいい。巨大な力が現れて全て壊れてしまえ。憎しみが加速して私はそんな事まで考えてしまった。でもその憎しみ
は力としてみれば凄いものだったらしいの。その力が幻獣王様を呼び出す事になった……」
詫びる言葉から自分を責める言葉の調子へと変わっていく。
「でもそれは言っちゃえば負の思考なの。元来幻獣ってのは程度の差はあれど穏やかな生き物なの……ましてや幻獣王様ほどの御方になれば
非常に聡明であるはず。でもそれはあくまで幻獣世界での話……向こうの世界から地上に現れた時、幻獣達は余所者に過ぎない。そしてその
存在は召還士によって行使されるモノ。気性や性格などは召還士の状態によって大きく異なってくる……」
声色は涙混じりになってきた。
「私は悲しみによる怒りと憎しみの力で幻獣王様を呼んだの。王と呼ばれるだけあってその力は強大……そんなものが間違った力で地上にやって来ると
どうなると思う? ああなるのよ……」
セシルは身震いせざるを得なかった。恐怖に? あの場所で彼女を制止できなかった自分に?
思えばエーテルを大量に口に含み、回復魔法を一心不乱に唱えていたのも焦りの表れであったのだろう。
何かがきっかけで彼女を変える事が出来たのなら、あのような悲劇は回避できたのか? だが、あの時の自分は暗黒騎士の自分は己に迷い、周りに惑わされ続けていた
彼女の事にまで手は回らなかったであろう。

55書き手 ◆W4g5HNoLOg:2009/12/08(火) 07:31:57
FINAL FANTASY IV #0593 7章 2節 「罪の在処」(19)

「この事はあちらの世界でも話題になったわ」
ここからは、リディアが最初に言ったその後の出来事になるのだろう。
「あの津波には私自身も巻き込まれた、だけど流れ着いた先は地上ではなかった。幻獣界だったの」
どうりでリディアは世界中の何処を巡ってもいない訳だ。
「なんで其処にたどり着けたのかは私にも分からない。幻獣王様を呼んだ召還士が現れた事、結果的にそれが王様の暴走を招いてしまった事は
幻獣界でも深刻な問題として扱われたの」
「ちょっとした騒ぎになったって事?」
「ちっとどころじゃなかった。もの凄い騒ぎで事の発端となった人物――私の処理については大きく議論される事になったわ。危険だからこの世界に
閉じこめておこうとか、記憶を全て消して地上世界に返すべきだとか。どれも厳しいものだった」
向こうの世界を統べる王の力を意のままに操ったのだ。幻獣達がリディアを危険視するのも無理はないだろう。
「でも、そんな最中の事だった。幻獣王様が一つの提案をくれたの……その力を負に使うな、より正しき方向へ――私に私の力を見直すだけの時間を
くれたの……」
段々と話が繋がってきた。散らばった断片が纏まっていくようであった。
「幻獣界の時間の流れはこの地上や地底とは違うの――」
「だからか」
そこまで言ったのを確認してセシルは彼女に関する真実を述べた。
「幻獣界の十年は僕たちの世界ではほんの僅かな時間に過ぎない。つまり、僕たちの世界に比べて圧倒的に時間の進みが早いって事か」
「うん――でもおかげで私は自分の罪を見つめ直して改めるだけの時間を手に入れた。普通の世界だったら恨んで、悲しんでいると時間という絶対的な
ものが過ぎ去っていく。それは個人の恨みを始めとした感情をいつの間にか流し去ってしまう。あらゆる者が通り過ぎていく中、どこかでその感情を
有耶無耶のまま起き去ってしまう。でも幻獣界での暮らしは私に考えるだけの時間をくれた。冷静になって物事を見て考えて、戦えるようになる為の
時間を与えてくれた。あの世界で私は凄く強くなれたの」
彼女が再会に言った台詞である「ただいまセシル。十年待ったよ」
その言葉の違和感がようやく説けた。ただいまなのに待ったというのは幻獣界での修行期間の事を言っていたのだ。あそこで、あの時間の流れが違う世界で
リディアは自分を抑制し、どんな理不尽な物事でも受け入れるだけの覚悟を手に入れたのだ。
「そしてこれは罰でもあるの……自分の焦りや怒りで回りに多大な被害を与えた自分に対する……」
話はまだ終わらないようであった。
「こっちの世界の事は大体が幻獣界にも情報が入ってきた。その中にはテラお爺ちゃんの事も……」
やはりメテオとそれと運命を共にしたテラの事は知っているようだ。
「丁度三年位前だったかな……」
「!」
その言葉はセシルを驚かせた。
あのメテオの日以来、まだ二週間程度しか経っていない。だが彼女の時間でそれは既に三年も前という事なのだ。
「本当はね……あの時、お爺ちゃんが危機に陥った際に助けに行きたかったの。でもまだあの時の私には、三年前の私にはまだ今程の力は無かった。
助けに行くなんて到底出来なかった。でもあの時の一部始終は知っていたし見ていた……見殺しにしたようなものだよ……」
テラの死をただ黙って一人で見てきたのか、そしてその悲しみを三年も一人で誰とも共有する事なく心に持ち続けたというのか。
それが彼女の罰――だというのか。
「ごめんね……セシル、お爺ちゃん」
彼女が先程ごめんと言ったのはこういう事なのか? だが、これでいいのか?
「いいんだよセシル」
セシルの思考を呼んだのか涙声の彼女は言った。
「もう私は全てを赦そうと思うの。世界には大きな意志が蠢いて大きな運命が存在するの。アンナだってそれがわかっていたから――」
彼女は上を見上げる。そしてそれ以降は何も言わずに手を差し伸べてきた。
「だから私も戦う。冷静になって、全てを受け入れて」
セシルは彼女の細い手をしっかりと掴んだ。
「ああよろしく頼むよ――」

56書き手 ◆W4g5HNoLOg:2010/01/03(日) 18:50:06
FINAL FANTASY IV #0594 7章 3節 「去りゆくもの 残されるもの」(1)

リディアとの再会、そして彼女の口から語られたゴルベーザの現状は刻一刻と進みつつ
ある作戦をより後押しする事になった。
ただでさえ城内のクリスタルは奪われてしまったのだ。もはや迷っている時間は無い。
躊躇する気持ちもなくなり、こちらが有利だと思えるような情報も掴んでいる。
バブイル奇襲作戦はゴルベーザを退けた後、それほど間をおくことなくして実行に
移されることになった。
作戦の具体例として、まず残存の戦車部隊がバブイルを攻撃する。クリスタルを奪還されて
以降、ドワーフ城内を攻撃するゴルベーザ部隊は日に日に少なくなっていた。
これはクリスタルを奪還するという第一目標を達したからであろう。ゴルベーザ達は何よりクリスタル
を目標にしていた。手段を選ばないとはいえ目的を果たしたのならその場所には全く興味が無くなる。
それが彼らの考え方なのは、地上の時から大体想像がついた。
とにかく防衛に戦車部隊を多数割く必要がなくなった為、バブイル攻撃に回す戦車部隊を確保出来た。
だが、その戦車部隊でバブイルを陥落させる事は不可能であるというのは、誰の目から見ても明らかだ。
無論、ドワーフの民の誰もがその事は重々承知している。戦車部隊の攻撃はあくまで作戦の一環であり
最終目標ではない。いうならば戦車隊は囮の役割なのだ。
彼らが攻撃をしている間に少数の人数でバブイルに忍び込む、そして奪われたクリスタルを奪還する。
同時に城を狙い打つ巨大砲の破壊。そして願わくばゴルベーザ<本体>を打倒す事。
それが今作戦の第一目標であり、最終目標なのだ。
この少数精鋭に選ばれたのはセシルであった。別の場所であったとはいえ、ゾットという未知なる機械
塔に足を踏み込んでいる。それがドワーフ達の当てに繋がったようだ。最も、一番最初に潜入に志願した
のがセシルであったというのが一番大きな理由であった。セシル自体、ゴルベーザについてまだ気がかりな
事が沢山あった。それにゴルベーザの野望は地上の災いがこの地底にまで拡張してきたようなものなのだ。
地上の人間が責任を取るべきだと思ったのだ。
セシルの他に同行することになった面子は、カイン、ローザ、リディア、ヤン。の四人。
結局、先ほどのクリスタル攻防の時と変わらない顔ぶれとなった。
ここでもシドとは一緒に行動を共にする事はできなかった。それどころか、地底に来て以降顔を合わせたことは一度もない。
別に色々あって仲が険悪になったとかそういうものでなく、シドは地上の技師として様々な役割があり非常に多忙なのだ。
本来なら、再会したリディアを紹介したいところなのだが、中々、時間をとってゆっくり話すことができなかった。
ギルバートに関しても未だ病床に伏したままであった。そのせいもあって地底でその姿を見たこともない。
担当の医師達に向かうと段々と快報に向かっているようなので心配する必要はないのだが、回復を待っている程の時間も
残されていなかった。

57書き手 ◆W4g5HNoLOg:2010/01/03(日) 18:51:14
FINAL FANTASY IV #0595 7章 3節 「去りゆくもの 残されるもの」(2)

作戦は当初予想されていた以上にうまく事が運んでいた。
戦車隊の攻撃はバブイル側には効果絶大であったようである。応戦するだけで手一杯という様子で
あった。
これはゴルベーザが未だに回復する為に眠りつ続けている為であろうか? いずれにせよバブイル側
の指揮系統が大幅に乱れているようであった。
陽動の方が大成功した事もあり、セシル達は何の苦労もなくバブイルの塔へと潜入する事に成功した
のであった。
バブイルの内装の印象はゾットと全く持って同じであった。
ガードロボットの存在が気がかりであったが、まったくもってその姿を見かける事は無かった。
バブイルには配置されていないのか? はたまた先の陽動作戦の影響なのか?
いずれにせよ目的地まで無駄な戦闘をする事はしなくて済みそうであった。
しかし、歩き続けるたびに何度もゾットの既視感に襲われる。あの迷い込んだ果てしない迷宮の事を――
だが違う。潜入部隊の先頭を進むセシルは後ろを振り返り、改めて確信する。
後ろを進む仲間達の中にはローザがそしてカインがいる。既に自分達三人はあの迷宮を抜け出したのだ。
再び困難や迷路が立ちはだかる時もあるかもしれないが、少なくとも今はその時ではない。
そしてもし再び、自分たちを試すような状況に置かれたときも、以前のようには迷わない。セシルはそう決心したのだ。

潜入は容易であったが、目的の達成は決して楽だという訳ではなかった。
ゾットで慣れているとはいえ、あの時はゴルベーザが上へと昇るように案内していたのだ。いうなればただ上を目指すだけであった。
それに比べると今度の登頂は未知なる場所を探索しつつ、目的地を見出さなければならない。
どうやらこのバブイルの塔はゾットに比べて、全体の面積は広いようだ。その事がさらに目標をより遠いものにしていた。
幸いにもガードロボットの妨害は全く存在していなかった。根気よく塔内部を散策するのは地力さえあれば、さほど困難な事では
なかった。
とはいっても闇雲に探すのでは時間がいくらあっても足りなくなってしまう。ある程度怪しそうな場所に目星をつけて、要所要所を
探索していくことにした。
無論警戒は怠らない。いくら警備が手薄になっているとはいえ、目的のクリスタルと巨大砲の場所には何かしか警備の目が行き届いている
であろう。
散策をある程度繰り返していた時であろうか、その場所を見つけたのは――

58書き手 ◆W4g5HNoLOg:2010/01/03(日) 18:52:23
FINAL FANTASY IV #0596 7章 3節 「去りゆくもの 残されるもの」(3)

その場所の入り口は他の扉と一見すると全く一緒であった。
だが、外部からでも分かるほどの異様な雰囲気が部屋の中からあふれ出ていた。
「ここは?」
おそらく巨大砲の制御室ではないであろう。ましてやクリスタルをいくつも保管している場所であるとは思えない。
そこからあふれ出ていいる空気はどこか禍々しく近寄りがたいものであった。
「……いってみるか」
誰も拒否しなかった。その場所が発する空気は誰もが感じていたのだろう。
後から思えば無視して通り過ぎるという事も出来たはずなのに、何故か素通りする事は出来なかった。
部屋の中は塔内部の他の個室と違って、明かりがついていなかった。詳しく中を確認する為には、目を慣らす時間を要した。
「!」
暗がりに慣れ、おぼろげながら見えてきた光景に目を疑った。
「……にこれ」
部屋中に並べられた大型の培養管。その中に詰められたものは――
「人間……?」
言葉にしたくない台詞を口にする。
間違いない。それはセシル達となんら変わらない人間。培養管の中、濁った水の様な液体に詰められている。
その者達の表情は誰もが無表情であり、感情を伺いしる事は出来ない。焦点の合わない目は虚ろな様子で空を眺めている。
「まだ生きているぞ……!」
誰もが口を開きたくなかった状況を打ち破ったのはカインだ。
目を逸らしたい気持ちを抑えてじっくりと観察してみると、培養管の人々は体を微動していた。
「でも酷い……」
良かったと手放しに喜べるわけではないが、生きているという事実が眼前の光景を直視する余裕を与えた。
リディアが非難する。
「どうしてこんな事を……!」
それはセシルも同感であった。ゴルベーザ達は各国からクリスタルを奪い、多くの抵抗する民の命も奪ってきた。
だが……このような事をしているとまでは想像する事が出来なかった。

59書き手 ◆W4g5HNoLOg:2010/01/03(日) 18:53:10
FINAL FANTASY IV #0597 7章 3節 「去りゆくもの 残されるもの」(4)

「奴ら……許せん!」
ヤンが怒りを露にする。
「人を操るだけでは満足しないという事か!!」
カインが激昂する。
かつての操られた怒りが他の者以上の怒りを増幅する。
「いえ違うね〜」
皆、ありとあらゆる意見が飛び交った。そのどれもが批判的であった。
その言葉に割り込む声が一つ。
感傷的なその場に於いてはあまりに陽気でひょうひょうとした声……
「あなたは……?」
薄汚れた白衣を着て、白髪の髪を伸ばし放題にした老人。出で立ちからして科学者の類である事は間違いない。
そして、今この場所に入ってきたという事は目先の非人道的光景に関わっている可能性は非常に高い。
「私ですか〜ゴルベーザ様のブレインことルゲイエ博士ですよ〜あなた方はゴルベーザ達と闘っていると噂の方々ですね〜」
この状況であるというのにルゲイエと呼ばれた老人は依然ひょうひょうとした語り口で話し続けている。
「ルゲイエ! 貴様! 許されると思ってるのか!」
カインが当事者を前にして更に怒りを増した声を上げる。
「おや〜カイン君じゃないですか〜なんですか〜? いつの間に私達を裏切ったのですか〜」
会話の流れを見るかぎりどうやらカインはルゲイエと呼ばれる人物と面識があるようだ。おそらくは操られゾットにいた時の事であろう。
「違う! 正気に戻ったのだ! それより言え、何故こんな事を!?」
「なんのことですか〜」
それは突きつけられた事実にとぼけているわけではない。むしろ問いただされている内容に対し悪意を感じていないようだ。
「悪いと思ってないのか?」
ルゲイエの意図に気づき質問の内容を変える。
「だから〜なにがですか〜」
「くっ!」
「おじちゃんはなにも思わないの?」
平行線をたどる押し問うにリディアが口を挟む。
「おんや〜今度は子供ですか〜一体なんです〜?」
「だから……こんな……」
ルゲイエの狂気じみた形相がリディアをまじまじと見つめる。
「一体なんです〜」
「えっと、だから……人をこんな所にとじ……こめて……酷いことを……して」
そこまで言うのがやっとだった。

60書き手 ◆W4g5HNoLOg:2010/01/03(日) 18:53:51
FINAL FANTASY IV #0598 7章 3節 「去りゆくもの 残されるもの」(5)

「え……ぐ」
「リディア! もういい!」
今にも泣き出しそうなリディアを慌てて宥め、その口を閉じさせる。
ここで何が行われていたのかを想像するのは容易い。それをわかってルゲイエはリディアに尋ねたのだ。
「あなたって人はっ!」
セシルも怒ったような言葉を向ける。
「あなたもわたしに説教ですか〜? やはり私の考えを理解するのは一般人共には無理があるということですかね〜」
相次ぐ非難が頭に来たのかどうか知らないが、ルゲイエは急に多弁になった。
「この人たちの事か……これがあなたの結果なのか。ならば教えるんだ。一体ここで何をやっているんだ」
正直、あまり聞きたくはなかったが。これが奴の、ゴルベーザのやりくちなのか確認したかった。
「ふん、それはゴルベーザ様の計画の手助けとしてやったものだ。人と魔物を融合させて、より一層強力で命令に忠実な
手駒をつくるのだ。人間の知恵と魔物の力を兼ね揃えた最強の兵士となるだろう」
「命令されたからやったのか? なら誰がそれを提唱した?」
怒りの気持ちを抑えつつ、疑問点を口に出す。下手に出て怒らせてしまったら、聞き出せなくなる。
それにこのルゲイエという男、怒らせてしまうと何をするのか分からない気がした。
「ああ、考えついたのは私ですね。それをあの御方、ゴルベーザ様に進言したところ、特に止められる事も無かったから勝手に
実行に移させてもらったのですよ」
「やはりあなた自身が……」
間違いない。この男が興味を持ってやった所業だという事だ。
「くそっ! まさかルゲイエ。お前がこんな奴だったとは思わなかったぞ!」
カインが怒りの言葉を再度口にする。
「目的の為には手段を選ばないとでも? それは残念。カイン君、あなたとは似たもの同士と思っていたのですけどね〜」
「黙れ! この狂人め!」
「うへへへへーーーーああ〜〜有難う、アリガトウ!!! 最高の褒め言葉だよ!!!!」
激昂したカインの非難はルゲイエを怒らせるどころか逆に喜ばせているようであった。
「お前は生かしておけん! ここで打ち倒させてもらう!」
「おおっと! 力にものを言わせるのですか!? 悪いとは言いませんが、今のところ私はあなた方と戦うつもりは毛頭ありません
やるべき事がありますからね、それでは――」
踵を返し、部屋から退出しようとするルゲイエ。カインは慌てて追いかけようとした、セシルも同じだ。逃がすつもりはなかった。
だが、その前にルゲイエを引きとめる声が一つ。
「どうしてですか……」
それは怒りも悲しみも含まない声であった。
「どうしてあなたがここにいるんですか?」
消え入りそうな声は必死に音量を絞り出していた。
「おや〜やっぱりいたんですか〜無視されてるのかと思いましたよ〜ローザ君?」
ルゲイエも足を止めて、セシル達の方向へと振り返り直した。
「久し振りです、ルゲイエせんせい」

61書き手 ◆W4g5HNoLOg:2010/01/16(土) 08:13:42
FINAL FANTASY IV #0599 7章 3節 「去りゆくもの 残されるもの」(6)

「!」
今にも消え入りそうな声の正体は、今までの間ずっと口を詰むんでいたローザであった。
それだけでも充分に驚くべきことであったが、発せられた言葉の内容はセシル達を更なる驚きへと誘った。
「どういうことだ?」
「私じゃなくて彼女に聞けばどうかのう〜?」
別に誰かに質問するつもりで口を開いたわけではないが、最初に疑問への返答をしたのはルゲイエであった。
「ローザ……」
振り返った先に見えた彼女はすっかりと意気消沈し、今にも消えてしまいそうに小さくなっていた。
「そこにいる人――ルゲイエ先生は私の恩師なのよ」
視線が答えを求めている事が分かったのだろう。彼女は少しの間を経て口を開いた。
「まだ私がバロンの学校で白魔道士を目指していた頃だった。そこで私はルゲイエ先生に出会った」
「学校?」
今一事情が呑み込めないのか、リディアが尋ねる。
「私達――セシルやカインはバロンの学校に通っていたのよ」
「だから学校ってのは?」
「共通の目的を持った人達が皆で集まってお互いに交流を交わしたり、共に教養を深めていくところよ」
リディアの質問は、ローザの過去の詳細でなく学校という機関そのものに対しての疑問だったのであろう。
「ふ〜ん。じゃあ先生ってのは?」
「そうね、あなたにとっての幻獣王様みたいなものよ」
「幻獣王様?」
唐突に聞きなれた言葉が出て驚いたような口を上げる。
「教える者と教え合うものの間柄って事かな? だったらおかしくない? 学校ってのはお互いが高め合う場所なんでしょ?
例えばミストの村ではかあさ――召喚士達は皆で集まってお互いに修練し合うことはあったよ。でもそれは皆が教えあう雰囲気
だったし。わざわざその先生っての――この場合は幻獣王様のような存在はいなかった」
説明はリディアに相次ぐ疑問を与えるばかりである。
「人生の先輩とでもいうのかしら。学校という場所はあらゆる人が集まるの。嘘をついたようになるけどさっき学校は共通の
目的を持った人が集まるっていったけどね。正しくはそうではないの」
悩める彼女にローザは少し考えてから言った。
「中には名誉の為、中には人生の模索の為、もしかしたら、他にも様々な目的があるかもしれない。それに共通の目的を
持った者と言っても、必ずしも相容れるものではない。ましてや学校には多種多様な人間がいるのよ。人間関係が必ずしも
円滑に進むとは限らない……」
セシルにも苦い記憶が呼び起こされた。
王に拾われ身寄りのない孤児だった。自分に対し、学校という場所は決して居心地のいい空間ではなかった。
カインやローザに出会わなければ自分はどうなっていただろう? 考えたくもないし、思いつきもしなかった。

62書き手 ◆W4g5HNoLOg:2010/01/16(土) 08:14:14
FINAL FANTASY IV #0600 7章 3節 「去りゆくもの 残されるもの」(7)

「なんで仲良くできないの? みんなお互いを高める為に集まってるんでしょ?」
その十年を人間という存在はただ一人といえる空間で過ごしてきたリディアは、温室育ちで世間の常識に疎いお嬢様の
ようであった。複雑な空間である学校への疑問はつきない。
「……不安だからよ」
そんなリディアに対し、言っていいのかどうか悩んだような表情でローザは言葉を続けた。
「いくら自分に自信がある人だって、一つの道ならば誰にも負けないと自負してる人だって多くの中に交われば、自分が井の中の蛙
であった事を知る。そこからその人はどういう答えを導き出すか? 私が思うに答えは二つ。自分の才能と相手の才能を冷静に比較し、
それを否定する事なく受け入れる。もう一つは他人を否定する事によって自分を肯定する事」
「…………」
「そのどちらが正しいのかは私には分らない。多分頻度の問題ね。前者を白、後者を黒としましょうか。白だったら自分を認めて
より一層己を高めることができる。でも完全に白に染まった人はただ自分に自信を無くし相手に迎行しているだけ、自分を失った
といえるわ。だったら後者はどうか。相手を認めないで否定すれば、新たな道が見えてくる可能性がある。たとえ遠回りだとしてもね……
でもその考えが行き過ぎると、他人を否定するだけして己を止めてしまう」
「例外があると思うがな」
カインが口を挟む、
「己の道とその場所が合わなかったもの。そいつは別の場所で上手くやるかもしれない。また、学校というものが枠内に収められた空間だとすれば、
当然その枠内に収まりはしないものもいる。ある意味道を示されずとも自らで歩きだせる。天才とでもいえる存在なのかもしれん」
そこまで言ってルゲイエを見た。
「たとえばコリオのようにな……」
「ほう〜その者の名には聞き覚えがある〜ああ〜懐かしいですね〜」
「そしてお前もコリオと同類といえるだろう」
「どういうことですかな〜」
ルゲイエは答えが分かっているのに態々質問しているかのようであった。
「目の前の事態に絶望し、新たなる道を模索する為にその場所を去ったということでだ」
「ほほう、やはりあの若者もですか。まあ当然ですね。彼も決められた枠内で終わる程の人材ではないと思ってましたからね」
コリオとは地底に行く前に出会ったあの若者の事だ。彼もバロンの学校にいたことがあった。
事実を聞いたルゲイエは妙に納得し得心がいったようであった。
「ルゲイエ……せんせい。教えてください何故あなたはこのような事を……何故此処にいるのかを……」
真実を尋ねるローザの口調は所々たどたどしかった。まだ先生と呼ぶことが自分にとっても相手にとっても許されるのか?
見知った者が人の道に外れた行いとしているという事実を未だに受け入れ切る事が出来ない迷いのせいなのか。
「ああ構わんよ」
かつての教え子に対するルゲイエの言葉はそこだけ聞けば穏やかなものに聞こえた。

63書き手 ◆W4g5HNoLOg:2010/01/16(土) 08:14:47
FINAL FANTASY IV #0601 7章 3節 「去りゆくもの 残されるもの」(8)

「絶望したのだよ……魔法というものにねぇ……」
しかし続く言葉は最前までの狂気の陰りを充分に感じられるものであった。
「白魔法とは傷ついた人を癒す魔法である。だが、所詮はそれだけなのだよ……ほんの少しの痛みしか和らげる事の出来ぬ
気休め程度の魔法。失われてしまったものを完全に再生することなど到底かなわない、出来そこないで不完全なものなんだよ」
答えとは程遠いルゲイエの絶望の叫びが辺りに響き渡った。
「私は可能性を感じていたのだ! 魔法に! 人が新たなる段階に進めるのではないかと!! だから探し求めたのだよ!!!
魔法を使うことで、新しい世界がやってくるのではないか? 全ての人間に幸せを!! 人の誰もが理想通りに生きることが
できる万能な世界。素晴らしき世界がやってくるはずだ。 しかし、魔法には限界があった。所詮は昔に生まれた古臭い概念
でしかなかったよ!!」
演説気味に喋るルゲイエに狂気は消えていた。
「知っているかね魔法の起源を? 昔この世界に突如現れた一人の人間によってもたらされたもの
「…………」
ローザは既に言葉を持たない。顔は蒼白気味だ。
「正直に言うとね、ローザ君。君たちに魔法を教えるのは悪い気分ではなかった。しかし、私自身の方に限界が近づいていたのだよ。
魔法という、底の見えたものにしがみつくなど……」
何処か遠い目で過去の感傷に浸るルゲイエ。だが、その時間はほんのわずかであった。
「だから私は求めた新しき力を、科学という力を。機械という未知なる力を。正直、ゴルベーザ様が何を考えているのか、何を成そうと
しているのか私には分らない。でもあの御方は私に科学に触れる機会と研究する力をくれた。それだけで十分なのだよ……」
「そんな……」
力を振り絞ってローザはやっと悲観の一声を捻り出した。しかしそれ以上は何も言えない。
「それだけで、あなたは――世界がこんなになっているというのに!」
セシルがローザの気持ちを代弁して言葉を引き継ぐ。
「傲慢極まりないなルゲイエ。魔法で万全たる世界を作り出せると信じていたようだが……その考え自体が
「なんとでもいうがいい……私はもはや何事にも動じる気持ちはない。既に計画は動きだしているのですからね〜」
けたたましく笑うルゲイエは激昂した様子をひそめ、元の狂気じみた笑いを浮かべていた。
その顔にはこのような状況にも関らず勝ち誇った様子が伺える。
「何を企んでいる?」
「教えるわけないでしょう。まあいずれは嫌でもわかる事ですよ……」
何か含みがあるのは間違いない。訪ねてみるがルゲイエはセシルの疑問を一蹴して踵を返す。
「待て!」
部屋から退出しようとするルゲイエをヤンが引き留めようとする。しかし、白衣の老人は全く聞く耳を持たぬままに歩みを続ける。
「逃げる気か」
そう言ってヤンが後を追いかける。セシル達も続いて後を追いかける。

64書き手 ◆W4g5HNoLOg:2010/01/16(土) 08:16:17
FINAL FANTASY IV #0602 7章 3節 「去りゆくもの 残されるもの」(9)

「逃げるだと……」
追いかけてからどれくらいたったのだろうか。いつの間にか塔のもっと上層まで来ていたらしい。
辺りの様子はいつの間にか迷路のような場所から、中央に空洞を備え、周りに足場を備えたような場所へと変化していた。
中央から下の階が覗きこめるが、何階層も同じような構成が続いてるようで、空洞部分の底を見ることはできない。
その場所でルゲイエはようやく立ち止まり、セシル達の方へと振り返った。
「違うね〜今この場所で君たちと戦うのは無意味なだけですよ」
「負け惜しみを!」
「そう思いたいのなら勝手に思っておきなさい、真なる勝利の為に一時の敗北を喫すのはなんら恥じるべきものではありませんからね」
「ぐっ……こいつ……」
ひょうひょうとした態度を崩す様子がないルゲイエに苛立ちを隠せないヤンであったが、謎めく言動の連続に今度は不気味さを感じていた。
「さてと、もうあなた達と話す事はありませんね。そしてこの体にも――」
ルゲイエの視線はセシル達を向いてはいなかった。狂気に満ちた眼は階層の中央部分から見渡すことのできる遥か眼下の闇を見ていた。
「何をする……?」
ゆっくりと闇へと近付くルゲイエにセシルが言葉をかける。
「まさか、飛び降りるつもりか?」
今の状況からしてそう考えるしかなかった。今が塔の何階層かは分からない。だがかなり高いところまで来てるのは確かだ。
その場所から飛び下りれば無事ではすまないだろう。
何故? 咄嗟に疑問を浮かべるがわからない。否、例え彼の口から直接聞きただしても分からないだろう。
「待て巨大砲は何処だ?」
理由を聞くことも、その行為を止める事も出来ないまま見守るしかないと思ったところでヤンが口を挟む。
「我々はこの塔に設置された巨大砲を止めに来た。あれもお前が開発したものなのだろ? ならば言えっ! どこにある」
無視されるものと思ったが、その言葉聞いたルゲイエはぴたっと足を止めて懐から何かを取り出した。
「あれならばもう少し階層を登ったところにある……」
取り出したものは鍵束であった。ルゲイエは振り返る事はせず背を向けたままにそれをセシル達へと放り投げた。
「その鍵を使えば巨大砲の制御室には辿りつけますよ……あとは好きにしなさい。あんなもの作った時点で興味はなくなりましたからね」
「待って――」
用は済んだとばかりに再び歩き出したルゲイエに今度はローザが口を開く。
しかし、その声は消え入るほどに小さいものであり、続くルゲイエの声にかき消されてしまった。
「もう発射の準備は殆ど終わっていますからね〜急がないととんでもないことになりますよ〜くくくくーーー」
言い終わらぬうちにルゲイエはその体を跳躍しその身を空中へと委ねる。
あっという間にその体は重力に引かれ遥か奈落の底へと姿を消していった。

65書き手 ◆W4g5HNoLOg:2010/01/16(土) 08:16:48
FINAL FANTASY IV #0603 7章 3節 「去りゆくもの 残されるもの」(10)

「急がねば!」
一部始終を見終わらない内にヤンはルゲイエから受け取った鍵束を持ち走り出した。
「先にゆく――」
簡潔にそれだけ言ってヤンは姿を消した。
巨大砲を止めねば、地底も地上の国々と同じように甚大な被害をだしてしまう。それだけは断固として阻止をしたいのだろう。
セシルも同じ意見ではあるが、ましてや国を焼かれたことのあるヤンならばなおもその想いは強いのであろう。
本来ならばすぐにでもヤンの後を追うべきであるのだが、まだセシルにはやることがあった。
「…………」
「ローザ」
がっくりと膝をつき顔を項垂れている彼女にセシルは優しく声をかける。
彼女にとっては狂気にとりつかれ今この場所から飛び降りた人物は昔からの恩師なのである。
数多くの非人道的な行為やゴルベーザへの加担があってもその事実は変わらない。
だからこそ、余計に今の状況はつらいのであろう。良心との板挟みにあっている部分もあるのだろう。
「もう少しここに……」
「……行こう。ゆっくりでいいから……」
それだけ言い残してセシルも歩き出した。
しばらくは感傷に浸りたいであろうローザを強引に連れて行くことはしない。
彼女ならばこの困難すらも自らの手で乗り越えてくれるから……そして今の彼女に何か言葉をかけても
無責任な気休めにしかならないから……
親しい間柄でも、時には一人で思い悩むことがあるのは当然だから……

66書き手 ◆W4g5HNoLOg:2010/01/16(土) 08:18:02
FINAL FANTASY IV #0604 7章 3節 「去りゆくもの 残されるもの」(11)

順当にバブイルの階層を登っていくと、ルゲイエの言った通り制御室らしき場所が設置されたと思わしき場所へとたどり着いた。
「あれだ……!」
目標とする場所を確認し、セシルは歩を速めた。
急がねばならない――先程からどうにも嫌な予感が頭をよぎっていた。
ヤンが先を急いだ。セシル達に一言言い残して。
それは本当にただ先を急ぐ主を伝えただけなのであるか? セシルはヤンの言葉に表面上の言葉以上のものを感じていた。
(今は……深く考えるのは止めだ!)
おこってほしくない悪い考えを想像するのは、本当にその考えが実現してしまう可能性を高めてしまう。
今までセシルが度々に思ってきた事だ。勿論、根拠はない。
だが先の見えぬ未来には期待だけを馳せるようにしたい。
とにかく自分に今出来る事はこうして先を急ぐことだけだ。閉ざされている道でも進めば何かが見えてくる。
一瞬だけ後ろを振り返ると後に続くカイン達が見えた。
その中にはローザもいた。顔を見るとまだ表情は暗い。しかしゆっくりとした足取りは前向きに歩きだしている。
「大丈夫だ――」
彼女はだ。確認すると更にセシルは移動を強める。
「ヤン――!」
目の先まで迫った制御室の扉に向けてセシルは叫ぶ。
ヤンは大丈夫なのか? 頭に浮かぶ心配の二文字を必死に払いのけようとするがなかなか上手くいかない。
「――――!」
一見すると何事もない制御室の鉄扉であったが、近づいてみると異常があることに気づいた。
(熱い……!?)
扉に触れるとおとずれたその感触。それは部屋の中でただならぬ事がおきている証拠だ。
ふっと冷静になってみると熱風が肌に触れる。目の前の制御室からであることは明らかだ。
「ヤン!」
すぐさま扉を蹴破った。熱を持った扉を普通に開けるのは難しいと判断したからだ。幸い、鉄扉といえど、一般的な扉と同じ
薄いものであったので難なく開くことができた。
「!!!」
扉の内部、制御室の光景が目に入ってくる。
塔の個室にしては広めなその場所には、制御室としての役割を果たす為か、所狭しに制御系の機械が立ち並んでいた。
しかしその場所には一目で分かるほどの異変があった。
おそらく巨大砲の各種制御に使うであろう機械類、それらすべてが破損していた。
部屋中に電流と火花が飛び交い、黒煙が辺りを支配している。
「ヤン! 大丈夫か!}
荒廃しきった制御室からは、ゾットの時を嫌でも思い出させた。
いてもたってもいられなくなったセシルは制御室へと踏み込み、ヤンの姿を探した。

67書き手 ◆W4g5HNoLOg:2010/01/16(土) 08:18:32
FINAL FANTASY IV #0605 7章 3節 「去りゆくもの 残されるもの」(12)

「セシル殿」
ほどなくしてヤンの返答が返ってきた。黒煙が視界を邪魔するこの場所で、現れたヤンは先程セシルの前から
姿を消した時となんら変わった様子はない。
「良かった」
どうやら心配は杞憂に終わったようだ。見たところ大した怪我もしてない。
「いえそれがあまり良くない状況なのです……」
しかし安堵の息を漏らすセシルに比べ、ヤンの表情は暗い。
「どういうこと?」
「ご覧の通りです」
そう言って回りへと視界を促すヤン。
「私がやってきた時には既にこの状態でした……」
つまりあらかじめ制御室は何者かの手によって壊されていたという事か。
それはどういう事を意味するのか?
「どうやら既に巨大砲の発射準備は完了してしまったようです……」
考えを張り巡らしている途中にヤンが口を開いた。
「だったらそれを止めないと――」
台詞の途中で自ら気づく。
「発射準備さえしておけばあとは放置しておけばいい。万が一それを阻止する者がやってきても、制御機械を壊しておけば
止めようがない。そういう事です」
セシルの様子を見てヤンが結論を述べた。
「あのルゲイエという男がここまで計算に入れていたのかは分かりません。しかしこれで我々が巨大砲を止める手段は
無くなった……」
冷静に語るヤンであるが拳は震えていた。打つ手なしといった状況が悔しいのだろう。

68書き手 ◆W4g5HNoLOg:2010/01/16(土) 08:19:05
FINAL FANTASY IV #0606 7章 3節 「去りゆくもの 残されるもの」(13)

「なんとかして制御系を直せないかな?」
刻一刻と迫る時間の中、セシルは何か打開策はないかと考える。
「これを作ったものならば可能ではないでしょうか? あのルゲイエという奴ならば不可能ではないかもしれませんが……」
それが不可能だということセシルにもわかったし、説明するまでもないことだ。
「最も残された時間の少ないこの状況では、開発者でもどうにもならないかもしれませんが」
「だったら巨大砲の発射は阻止できなくても、なんとかして軌道をずらしさえすれば……被害は軽くなる」
「それも考えました。それらしきものを探してみましたが何処にあるのかすら……」
即席で思いつくことはヤンも同じであったらしい。既にヤンは色々と思考錯誤したのだろう。その結果、打つ手なしと判断したのだ。
「ならどうにかドワーフの人達に連絡をとってみんなを避難させる事は――」
自分で言っておいて無理難題だとセシルは思った。
「可能だとしても作戦失敗の事実と本拠地を失う事はこれからの士気に大きく影響がでるでしょう。巨大砲を破壊する根本的な目的
は達せられない。またいつ修理して巨大砲を撃ってくるかわかりますまい」
それでもヤンは懇切丁寧に批判と否定をしてくれた。そこには馬鹿げた考えだと笑う気持ち以上に自虐的な気持ちが感じられた。
「くそっ! どうすればいいんだ!」
もはや何も頭に浮かばなかった。セシルは半ば怒り気味に床を叩いた。
「こうなったら、せめて二度と巨大砲が打てないように徹底的に破壊する!! それだけじゃない、このバブイル自体を徹底的に
破壊しつくしてやる!」
セシルとしては失意と怒りから出た自暴自棄気味の発言だと思っていた。
だがそれを聞いたヤンは――
「それだ!」
「え?」
予想外の反応に驚くセシル。
「徹底的に破壊する。それはいい考えかもしれませんぞ!」
「ヤン……」
最初は自分の後先考えない言葉に、ヤンが感化されたものかと思った。
しかし、続く言葉は真面目なものであった。
「やつらは巨大砲の発射の止めさせない為に制御機械を破壊した。しかし、本当に破壊したのならそもそも巨大砲を発射する
事すら困難になるという事です。つまり奴らは、巨大砲を一発発射できる程度には制御機能を残しているという事です」
聞きながら自分で言葉を整理する。つまりは――
「制御機械を更に壊せば、そもそも発射すら困難になる!」
盲点だった。既に壊れた制御機械を見て、止める事は不可能だと錯覚してしまっていた。
適度に壊しておく事はカモフラージュも兼ねていたのかもしれない。

69書き手 ◆W4g5HNoLOg:2010/01/16(土) 08:19:36
FINAL FANTASY IV #0607 7章 3節 「去りゆくもの 残されるもの」(14)

「だったら今すぐにでも!!」
「セシル殿……」
意気込むセシルに対してヤンは冷静であった。
「お待ちください!」
今すぐにも制御機械へと剣を振りおろそうとするセシルの前にヤンの巨大な体躯が立ちふさがる。
「ヤン……急がないといけない。君も協力するんだろ?」
「勿論そのつもりです」
「だったら!」
もしかして怖気づいたのか? だが、すぐにもそれが的外れであることを自覚する。
「ここは危険です!」
「だからとっとと終わらせて、二人で脱出しないと」
もう少しでカイン達もやってくるだろう。もしかするとすぐそこまで来ているのかもしれない。
いずれにせよカイン達を危険に巻き込みたくはなかった。あんなことがあって気を落としているローザもいるし
覚悟を決めたばかりのリディアにも無理強いはさせたくない。
ヤンと協力して巨大砲を破壊してカイン達と合流する。それがセシルの頭が描いた展開であった。
当然ながらヤンも同じ考えだと思っていたのだ。実際に提案にも賛同してくれたのだし――
「ですから……必ずしも安全だと言いきれないのです」
目の前に聳え立つヤンの剣幕は恐ろしいものであった。
そこでようやく気付いた。ヤンの真意を
「ヤン――まさか」
すぐには信じられなかった。否信じたくなかったのだ。
「もし何かあったら妻に伝えてくれ――」
しかし続く言葉はやはりセシルの予想の範疇であった。
「楽しい旅であった――」
言葉の終わりと共にモンク僧の鋼の肉体が高速に身を翻し後ろへと跳躍、そのまま片方の足で地面を蹴りあげて
もう片方の足でセシルへと蹴りかかる。
修練したモンク僧の一撃。警戒していてもその攻撃を交わす事は容易でなかったであろう。
ましてや目の前の事実を受け入れず驚愕しているセシルにとっては直撃であった。
「ごめん――」
ほんのかすかな声でヤンがそう言った気がした。もしかすると空耳だったのかもしれない。
ファブールが誇るモンク僧ヤン――彼の渾身の蹴りを直に受けたセシルが空を舞い遥か彼方へと吹き飛んで行く。
痛みはなかった。当然だ。ヤンはセシルを傷つけるつもりは毛頭ない。手加減したのだ。
何故こんな事を? 自問して愚問だと気づく。
こうでもしなければ自分はヤンの前から立ち去らなかっただろう。
視界から遠ざかる制御室の鉄扉を見ていた。黒煙に覆われここからではヤンの姿を確認できなかった。

70書き手 ◆W4g5HNoLOg:2010/03/17(水) 03:40:59
FINAL FANTASY IV #0608 7章 3節 「去りゆくもの 残されるもの」(15)
「セシル」
宙を舞うセシルの眼下に聞きなれた声がした。
カインだ。どうやら追いついたようだ。
「セシル……」
ローザの声だ。顔は蒼白としている。先ほどのルゲイエの時と違い、単純に今この場で起こっている事が
信じられない、何が起こっているのか分からないといった様子だ。
「大丈夫?」
リディアが泣きそうな顔で心配してくる。
声にはでないが。大丈夫であろう。
ヤンも自分を倒すつもりで蹴り飛ばしたのではない。できるだけ遠くへと避難させようとしたのだ。
このまま行けば適当な壁にぶつかって不時着するだろう。
当然ながら痛みはあるだろうが大した事はないだろう。少し打ち身ができるくらいだ。
すぐにでも体をひきずってこの場所を離れなければ。
そう思っていた矢先、自分の体が停止した。だが不思議と痛みはない。
「…………」
不思議に思って辺りを見回す。
「カイン……君が」
見ると壁へとぶつかって不時着する寸前にカインが自分の体を受け止めてくれたようであった。
「すまない」
目の前の友の優しさが今は急に嬉しくなった。
「気にするな。それよりどういう事だ?」
そう言って制御室を顎先で指す。
「ようやく到着したと思えば、この有様だ。いきなり制御室からお前が飛び出してきた時は驚いたぞ」
「すまない……」
「少しは自分を気遣え、お前だけの体ではないんだぞ」
「ああ……」
ローザを心配させてしまった。それに折角ヤンが一人で犠牲になろうとしたのだ。
「ねえヤンは?」
リディアが違和感を感じたのだろう口に出す。
「制御室にはヤンもいるのよね?」
そこまで言ってその言葉がおかしいことに気づいたのだろう。
「まさか……」
制御室は黒煙だけに止まらず、既に火が燃え広がっているようであった。
「もうすぐ爆発する……ここも安全ではないだろう」
「そんな……」
説明は十分のようであった。
「作戦は無事成功した……一時報告の為、陽動部隊との合流地点に向かう……」

71書き手 ◆W4g5HNoLOg:2010/03/17(水) 03:42:04
FINAL FANTASY IV #0609 7章 3節 「去りゆくもの 残されるもの」(16)


今回の作戦としては目的は二つあったのだが、巨大砲の破壊は目下に迫る大問題であった為、作戦における最重要要素であった。
クリスタル奪還は無理だとしても巨大砲だけは断固として破壊しなければならなかったのだ。
作戦の成功の暁には陽動部隊に報告、脱出の手引きをしてもらう為に合流地点を定めていた。
本来ならばクリスタルを奪還してから合流する予定であったが、ヤンを失ったセシルには続けて作戦を続行する
気力はなかった。
目下の脅威であった巨大砲は破壊したのだ。しばらくはゴルベーザ側も攻撃をしかけてくる事はないだろう。
一旦退却するという自分の判断は間違えていなかったとセシルは思った。
合流ポイント向かう道中、誰も口を開く事は無かった。皆複雑な気持ちなのだろう。
思えばヤンはここにいるメンバーとは最も長く行動を共にしたものであった……
ファブールの道中でセシル達と志を共にして、その後敵に利用され刃を交えたが、今思えばそれがより一層絆を強固にしたようにも
思えた。
ポロム、パロム、テラがその身を犠牲にした。ギルバートとシドは色々な事情があって別れなければならなかった。
しかしその中でもヤンは激しい戦いの中をずっとセシルと共にした。苦しい時にも大切な時にもいつもヤンはセシルの前に立っていてくれた
気さえした。いつの間にかヤンを拠り所とする部分もセシルの中では大きくなっていた。
そのヤンが……あの状況では生きていることを望む事は絶望的であろう。
双子の魔道士や賢者の時は悲しみや悔しみが大きく心を支配していた。しかし、今はそれら以上に恐怖と不安が大きかった。
年長者として的確な助言をくれた数少ない存在――共に前線を駆け抜けてくれた頼れる存在。
軍人時代も旅をしていた時も皆を率いる事が多かったセシルには貴重な存在であったヤン。
彼がいなくなればこれから自分はどうすればいい? もし、立ち止まってしまったら、迷ってしまったら? その時は誰が自分を助けてくれる?
危機に陥ったら? 今はカインがいる? しかし人生の年長者としてヤンはカインにはないものを持つ存在であった。
これからは粋がる若者二人でローザやリディアを守らなくてはならない。
頼れるヤンがいない。
その事実はセシルに巨大な威圧感と先の見えない恐怖と焦りを募らせていた。
しかし迷っている時間は無い。今はとにかく前に進むしかないのだ。

72名無しさん:2010/03/17(水) 03:43:08
FINAL FANTASY IV #0610 7章 3節 「去りゆくもの 残されるもの」(17)

「きましたか」
集合場所とされた地点――バブイルの塔に設置された飛空挺発着場には既に迎えと思わしきドワーフの兵士達
が何人も待っていた。
「こちらにも聞こえてきました。巨大砲の破壊、お見事でした。して――」
セシル達の存在に気づくと若きドワーフの民が威勢よく話しかけてきた。
どうやら爆発の轟音で巨大砲の破壊を確信したようだ。ドワーフの民にとっての嬉しい報告に士気は万全といった感じだ。
最も彼らはセシル達を迎え城の方へと帰還させる輸送部隊であり、実際に戦う訳ではないのだが。
「クリスタルの方は?」
若い兵士は更なる吉報の預言し、催促してきた。
セシル達に期待しているのだろう。
「それが……まだ……」
目をぎらぎらと輝かせる兵士の期待を無下にするのは申し訳ない気分であったが、事実は事実だ。
それにあんな事があったのだ……包み隠さず全て話しておきたかった。
「そうですか……」
セシル達の反応が良くないものと知り若者はがっくりと肩を落とした。予想通りの反応ではあるが
やはり居たたまれない気持ちになる。
「そうがっかりするな! 」
暗く沈黙する会話へと割り込む怒声が一つ。
「シド隊長!」
「シド」
セシルとその若者がその名を呼んだのはほぼ同時であった。
「隊長……?」
「あ、はいっ。シド技師長は今ドワーフの飛行部隊の隊長の立場も兼任しています……」
「そうなのか」
いつの間にかシドも頑張っていたようだ。否、彼がいたからこうして地底の大地を自由に動き回れるし、ゴルベーザの
飛行部隊にも対抗できたのだ。いくら感謝しても足りないくらいであろう。
「巨大砲を破壊出来ただけでも充分な成果だ! よく頑張った!!」
そう言ってセシルの肩をぽんぽんと叩いて祝福してくれた。
「うん……ありがとう」
素直に喜んでいいものだろうか。
結果的にヤンを犠牲にしてしまった。それを皆に話せば辛い思いをさせてしまう。
そんな気持ちがあった。
同時にもう一つ、シドはセシルに対しいつも労いの言葉をかけてくれた。
セシルが子供の頃、飛空挺について教えてくれた時、お世辞にもあまりよく理解できずにシドの出した質問にも上手く答えられない
時があった。
その時もシドはセシルに対して、頑張った時と同じ様に労いの言葉をかけてくれた。
要はあまりいい成果や結果がだせなかった場合でもシドはセシルに対してよく頑張ったと労いの言葉をかけてくれるのだ。
当然、その言葉を貰った中には自分で納得する結果を出せた時もあったのだが。
だから今の台詞もいつも通り結果は問わずに、とりあえず頑張った事を褒めてくれただけなのではないかと思ってしまったのだ。
無論それが煩わしいと感じたことは一度もない。セシルを育ててくれた王は国や民を思う心はあったが厳格な人物であった。
それは育て子のセシルに対しても例外ではなく、中途半端な頑張りで褒めてくれたことは無かった。
セシル自身も王の性格は充分に承知していたし、その事に対して特別な憤りや憎しみを感じたことはない。
むしろより一層自分を磨いてやろうと思った程であった。
しかし、今思えばそのような厳しい王の姿勢を素直に受け止めれたのはシドのようないつも満面の笑顔で褒めたたえてくれる者がいたからであろう。
シドがいなければ心では分かっていても体は王を拒絶したかもしれない。

73書き手 ◆W4g5HNoLOg:2010/03/17(水) 03:44:18
FINAL FANTASY IV #0611 7章 3節 「去りゆくもの 残されるもの」(18)

「ところで――」
シドが口を開く。何が聞きたいのかは考えなくても分かる。
「ヤンはどうした?」
ある程度セシル達と行動を共にした者なら誰もが疑問に思うであろう。
「そういえば奪還部隊として派遣されたのは五人だったはず……」
シドの一言で若者も、セシル達の違和感に気づいたようだ。
「まさか――!」
無配慮とも言える様子で事実を口にしようとする若者。最も詳しい事情を知らない彼を責める事は出来ないだろう。
爆煙に消え行くヤンを見た誰もが続く言葉を待った――つもりだった
「え…ぐっ…ぐすっ……うわぁあああーーーん!!!」
突如としてリディアが今まで殺していた感情を爆発させた。
若者の言葉は肉体的に成長したとはいえ、感情まで大人になりきれていないリディアには残酷すぎたのだろう。
「え……えええ……とっ」
予想外の反応に戸惑いどうしていいのか分からず言葉にならない声を捻り出す若者。
「やめろ!」
シドが助け舟を出す。とは言っても叱責という名のものではあるが。
「すいません……」
「謝るのは儂じゃなくてあの子だろ」
小さくなる若者を尻目にリディアの方へ向き直り頭を撫でる。
「すまんかったな穣ちゃん。儂がいらぬ事を尋ねたばかりに辛い思いをさせてしまって……」
「グスッ……」
リディアが泣きやんだのを確認して今度はセシルへと向く。
「セシルも」
「あ、ああ……」
シドの謝罪を聞いてもセシルは若干上の空であった。
何か言葉を返さねばと思った所で再びリディアが口を開いた。
「いいの……おじいちゃん。そんなに謝らなくても。誰も…誰も悪くはないんだから……こんな事になったのも
誰も悪くない、責めれない……」
「もう喋るな、今は何もしゃべらんで良い……」
有り触れた気休めでは効果はないと判断したのであろう。それだけ言って、シドはリディアの小さな体を優しく抱きしめた。
「ありがとおじいちゃん。でも……」
リディアが小さな声で礼を述べる。
「あまり強く抱きしめられちゃうと痛いよ……」
冗談交じりの言葉と共に、大人の姿をした少女の顔に笑顔が戻ってきた。
「おおっ!! すまんかったわ!! すまんのうお穣ちゃん、だから――」
シドも嬉しそうな声でリディアから離れる。
「せめて、おじちゃんと呼べ。お爺ちゃんはよしてくれ!」
強く、あくまで優しさを忘れない声でリディアに指示するシド。
「うんわかった。おじちゃん……」
「ははは……」
「えへへへ……」
小柄の少女に大柄な老技師のやり取りと、二つの対照的な笑いが辺りから重い雰囲気を取り去っていった。

74書き手 ◆W4g5HNoLOg:2010/03/17(水) 03:44:54
FINAL FANTASY IV #0612 7章 3節 「去りゆくもの 残されるもの」(19)

未だ敵陣のただ中であったが、誰もがほっと息を撫でおろしたその時であろうか。
急に騒がしい警報が辺りに響きわたったのは――
「何だ!?」
その場にいた誰かが疑問の声を上げた。一人、否、複数であったのかもしれない。
しかし今この場所にいる誰もが同じような疑問におそわれていたであろう。
「見つかってしまったか!!」
始めの驚きが通り過ぎた後に口を開いたのはシドであった。
そして、それは真実をついた言葉であると同時に混乱を呼び起こす言葉でもあった。
「まずいぞ」
実際にそうだと断定するにはまだ尚早であったであろう、しかし程無くして発着場と塔内部を繋ぐ場所から
幾多ものガードロボットが姿を現した。
「何故?」
このバブイルの塔に潜入した時はガードロボットの数も疎らで数えるほどしかいなかった。実際、大した妨害もなく巨大砲の
場所にまでは辿りつけた。結果はどうであってもだ。
考えるまでもなかった――いくら陽動部隊で引きつけたといっても敵がただ何も考えずに行動しているはずもない。
巨大砲を破壊した騒ぎを聞きつけて、潜入者がいることに気づいたのであろう。つまり陽動部隊に割かれていた戦力が警備に戻って
きたのだ。
「だとしたらまずいことになったな……」
陽動部隊はあくまで陽動が役割なのだ。このまま戦車隊が勢いにまかせてバブイルを攻め落とすことは不可能だ。
となれば残された選択は撤退しかない。そうなれば、更に警備は強くなってしまうだろう。
だとしたらクリスタル奪還どころか、この場所を脱出する事すら困難になってしまう。
「さっさと逃げるぞ! セシル」
作戦指揮をとる者であるからだろうか、一早くセシルと同じ結論に達したシドがそう言った。
「ああ」
その考えにセシルも同意であった。このまま躊躇していては全滅であるし、無理を通して強行突破でクリスタルを取り返そうと
してもどちらも勝率としては非常に低いものであろう。一時退却。この響きに不名誉を感じる司令官もいるであろうが、状況が
状況だ。逃げることも立派な戦術の一つだ。
(でも……)
バロンの旅立ち以来、ゴルベーザとの戦いにおいて後手に回り続けている自分が少しだけ悔しかった。自ら打って出たのは
偽物の王を倒した時くらいであろうか。
もっと状況を正確に判断してれば違った結果になっただろうか? しかし過ぎた事をいくら考えても所詮たらればの域を出るもの
ではない。今は一刻も早くこの危機を脱しなければならない。

75書き手 ◆W4g5HNoLOg:2010/03/17(水) 03:45:40
FINAL FANTASY IV #0613 7章 3節 「去りゆくもの 残されるもの」(20)

「ええいっ! 皆、落ち着かんかい!!」
脱出するという結論に達したものの、いきなりの襲撃という状況に、この大人数が遭遇したのだ。誰もが冷静になる事など
到底無理な話であった。
ましてや今、この集合場所に待機しているのは飛空艇を動かす為に搭乗員や運送部隊、シドの連れてきた技師達もいるのだ。
普段戦場などの前線に赴かない者達が突然と敵の攻撃の真っただ中に放り込まれたのだ。さぞかし恐ろしい事であろう。
先程までの穏やかな雰囲気とは一転し混乱と悲鳴が交わる場所と化していた。
「お前も落ち着くのじゃ!!!」
シドが近くで震える若者を捕まえて、怒鳴り声を鳴らす。
「ですが……」
その若者は先ほどリディアを泣かせて謝っていた若者であった。良く見ると二つ角のついたドワーフの兜をしているが
目深に見えるその顔はセシルと同じ地上人のものであった。
「それでも儂の弟子を名乗る者か!!」
「すいません……」
どうやらシドが連れてきた技師のようであった。
「船の操縦はお前に任せる出来るか?」
「え?」
叱られて小さくなっていた若者が今度はきょとんとした表情になる。
無理もないだろういきなり飛空挺を任されたのだから。
「どういう意味ですか?」
それはセシルも気になった。何故シド自身が動かさないのか。
「皆っ! 落ち着け!! 落ち着くのだ!!」
考える間もな、いきなり大きな声でガードロボットの方向へと走りだした。
シドの予想外の行動に段々と混乱が静まり返っていく。
「早く飛空挺へと逃げるのだ。ここは……」
その先は聞かなくてもわかった。
「ほれ急がんかい!!」
混乱する周囲を飛空挺へと誘導する当のシド本人もその先の言葉を出すことを拒んでいた。
口に出すのが怖いからだろうか? 最も彼の性分上、人並みの恐怖を感じる事などないように思える。
ならばこう言った方が正しいだろう。
言葉にしてしまえば決死の覚悟が揺らいでしまう――
シドの性格は熟知していた。長い付き合いだから当然だ。一度火がつけば止まらない、誰にも止めることは出来ない。
直接目にしてはいないが自分を追ってバロンを出たローザを助けた時もこうであったのだろう。
「シド……なんでなの? 何故あなたまでが? また私達を助けるために……」
「急ぐか……」
ローザもカインもセシルと同じだ。彼を知っているから止めることが出来ない。だからそれぞれが想いを口にするが、決して
シドに向けはしない。
「やめて――!! おじちゃん」
唯一リディアが出来上がりつつある流れを逆流しようとする。しかしそんな少女の響きもシドの意思を揺るがす事は出来なかった。
「よしっ! おじちゃんだ。それでいいぞ! お穣……リディア――」
こんな状況であってもシドは満面の笑顔を絶やす事はなく彼女の名前を呼んだ。
「あの老いぼれにはがつんと一喝してやりたいし、ヤンも一人では寂しいからな、これで心残りといえば……お前達の未来の姿――
可愛らしい――を拝むことが――ぐらいだ――」
「皆さんっ発進します!!」
シドの言葉の最後の方は良く聞こえなかった。入れ替わりに、ドワーフの兜を被ったシドの弟子の初々しい指令の言葉が聞こえた。
天かける船が空へと発つ。シドの残されたバブイルの発着場は段々と遠ざかりついには視界で確認することも出来なくなった。

76名無しさん:2010/04/20(火) 21:46:12
人生オワタのネット対戦ゲーム

人生オワタ\(^o^)/大乱闘
ttp://clover.45.kg/owata/

77名無しさん:2011/03/08(火) 07:43:22
FINAL FANTASY IV #0614 8章 1節 「エブラーナ」(1)

先の見えない洞窟を進むセシル達。
片手にかざした松明が無ければとうの昔に道を見失っていただろう。
まるで今の自分の心情を現しているようではないか? 先頭を歩くセシルは自虐めいて思う。
ヤンとシド。二つの別れが訪れてからどれくらいの時間が経ったのだろうか?
振り返れば一瞬であったような気がするし、遥か遠い昔の出来事だったような気もする。
しかし、現実へと目を向ければあれからさほど時間は経っていない。もしあの出来事を過去のものとして
振り返るほどの時間が経っているのなら。セシル達は生きてはいないだろう。
止まることのないゴルベーザの侵攻。既にゴルベーザの脅威を知らぬものはこの世界には存在しない。
しかし今こうして生きているという事は、それが完遂されてはいない何よりの証拠なのだ。
後ろに続くは、ローザとカインにリディア。ヤンを除けばバブイルと変わりない面子だ。
ギルバート達の行方は分からない。まだ何処かでゴルベーザ達と闘っているのは間違いない。
ヤンの奥さんとシドの娘さんには合わなければならないと思った。どう顔向けしていいのかは分からなかったが
とにかく会わねばならないと思った。しかし、未だに会いに行けていない。
二人ともあの戦いで多大な戦果をあげたのだ。セシルの口が無くとも、二人がどうなったのかは彼女達には伝わっている
だろう。そう考えると余計に会わなければならないという思いが強くなった。
色々な事が頭を巡り合っては消えていき、そしてまた同じこ事が再び戻ってきては消えていった。
考えはまとまる訳がない。前進しているのは自分の足並みだけであった。

78名無しさん:2011/03/08(火) 07:43:59
FINAL FANTASY IV #0615 8章 1節 「エブラーナ」(2)


シドの決死の決意もあって無事逃げ延びたセシル達一向はそのままドワーフ王の城に帰ることはなかった。
脱出の際、飛空挺が無傷で帰還するのは不可能であった。シドが内部の敵を引きつけていたとはいえ
陽動部隊と戦っていた塔の外の戦力もまだ残っていた。逃げるセシル達を見て、みすみす見逃してくれる
はずもない。シドの欠けた飛空挺では攻撃をさばき切ることだけで精一杯であった。
撃墜されなかっただけでも幸運であったと思うべきであろう。
何にせよ、傷ついた飛空挺でそのままドワーフ城に帰るのは危険であった。何処かで一旦着陸して安全な場所で
修理をした方がいい。
幸いにも、バブイルから少し離れた場所にはメテオによる<傷痕>があった。丁度、敵の追撃も弱まったところだ。
ここから一旦地上に行って態勢を立て直せるだろう。不慣れな地底よりも地上の方が飛空挺を自由に動かせる。
そう判断したのはあの若い技師であった。

若い技師の顔をセシルは知っていた。勿論、向こうも此方の事を知っていた。
彼の名前はヨップ。シドの弟子の技師の中でも腕が良いと評判の技師であった。
バロンで拾われ育ち、シドとは長い付き合いであったセシルは任務の時以外にも飛空挺に乗せてもらう時が
何度かあった。
実際には新しい飛空挺を飛ばす為の<実験>とやらであり、要はシドに付き合わされていたのだが。
その時、弟子としてセシルと同じく船に乗船していたのがヨップであった。
技師としてシドを尊敬しつつも、破天荒な性格に振り回されているという点で共感したのか、以来何度か顔を
合わせると会話が弾む事もあった。
バブイル脱出の際に気づかなかったのは、彼がドワーフの兜を目深く被っていたからであろう。
最も、ヨップの方はセシルを以前から知っているようであった。バロンにおかれた学校。彼もそこにいた時が
あったようだ。その時にセシルの噂は聞いていたそうだ。勿論、セシル自体は彼の存在を知っていた訳ではない。
いや……もし話しかけられたとしても、当時の自分は黙ってあしらっていたであろう。既に記憶の中に曖昧に
なりつつあるが、学校時代のセシルはローザとカイン、それも彼らだけといた時にしか口を開いた事が無かった。
そんな状況でさえ、身寄りも家柄も無い自分を場違いだと常に思い自重し続けていたのだから……

79名無しさん:2011/03/08(火) 07:45:59
FINAL FANTASY IV #0616 8章 1節 「エブラーナ」(3)

エブラーナに来ていた。
飛空挺も無事に修理できたのでこのまま地底に帰りドワーフの城に戻っても良かった。
だが、巨大砲は無事に破壊したもののクリスタルを取り返してはいない。加えてヤンやシドは犠牲になった。
結果的には目前に迫った危機は回避したものの、総合的に見れば状況は不利になってるとまではいかないものの
好転しているとは言い難い状況であった。
このまま安全策として拠点に帰り、防御を固めつつ作戦を練る。そういう決断を下すのも決して間違いでは
無かっただろう。
しかし、今のセシルには戻ってヤンやシド達の事を含め今の状況を報告する事は嫌であった。
多少危険であっても再びバブイルへと舞い戻りクリスタルを奪還する目的を果たしたかったのだ。
とはいってもその為の手段を講じる必要はあった。飛空挺を修理し、地底に戻ることは出来たとしても警戒を
強めたバブイルに再び正面からはいる事など不可能であったからだ。仮にそれが出来たとしても犠牲がつきもの
になるであろう。それでは意味がなかった。
答えは思った以上に早く出た。それも思わぬところからだ。
飛空挺を修理している待ち時間、セシル達はバブイル潜入の新たな手段を考えていた、その場にいたシドの技師達や
ドワーフの民にも意見を聞いてみた。しかし誰もが首を傾げる様子であった。
そう簡単にはいかないか――そういう思いがよぎったその時、脱出の際に乗りあわせていた一人の者がセシルに進言してきた
のだ。
その者は以前、ドワーフの城の各国の集会に居合わせた老人であった。以前聞いた通り彼はエブラーナ王国での重役――
向こうの言葉では家老という立場らしいのだが。
家老の言葉によると、エブラーナ国には地下一杯に張り巡らされた通路が備わっているらしい。それがいつできたのかは
彼も知らない、要は家老である者が知らないくらい古くから存在する場所だ。
エブラーナの民は先祖代々伝わるものだと思い、日々日頃からその場所を整備していた――結果、ゴルベーザ達の
襲撃の際にも戦いに身を投じた男達を除いて、殆どの者が地下へと逃げ延びる事ができたのだが。

そして家老が語るにはその地下通路は、<地下一杯>の名に恥じぬ程の広さであり、エブラーナの民であっても
未だに把握できていないそうなのだ。一節によるとエブラーナ国にそびえ立つ謎の巨塔バブイルへと
続いているのではないかと噂されている。
「あくまで噂ですが……それに塔へと続くと言われている道は我々ですら未知の領域。整備も行き届いておらぬ上、魔物
達がはびこっている。危険な道のりになるのは間違いないでしょう……」
老人の不吉めいた言葉はセシル達を引きとめようとしているのだろうか? それとも何か試そうとしているのだろうか?
いずれにせよ、残された道があるのならセシルは賭けてみたいと思っていた。勿論、後先考えずに突入し可能性の低い戦いを
挑むつもりもないのだが。
迷う事は無かった。それはカイン達も同じであった。
「安全なところまででいい。案内してください」
老人の会話に同行していた仲間達の了承を得てから、すぐさまセシルは切り出した。
「なんとっ……! いくというのですか……」
断ると思っていたのだろうか、あるいは少しの躊躇も無かった事に驚いたのか、老人は声を荒げた。
「いいでしょう案内しましょう……後一つお願いがあります……」
しかしそこまで言って老人は声の勢いを弱め――。
「いえ……やはりいいです。セシル殿達の手を煩わせてしまうかもしませんから……それにもう手遅れかも
しれませんし」
消沈し言葉を下げた。それは追及を許さぬ沈黙であった。

80名無しさん:2011/03/08(火) 07:47:28
FINAL FANTASY IV #0617 8章 1節 「エブラーナ」(4)

老人に案内された道をしばらく行くと、老人の言葉通り、息もつかせぬ魔物の襲撃と
一寸先すら見渡せぬほどの闇が待ち受けていた。
「本当に辿りつけるのかな?」
あらゆる考えが巡る中、無心で剣を振るうセシルと同じく仲間達はしばらくの間沈黙を貫いていた。
「ねえ……大丈夫かな?」
無言で歩を進める一同の中、少女の心を残したリディアだけは不安を直接口に出す。
誰も答えを返しはしなかった。返せなかった。
おそらく彼女も回答が返ってくる事に期待をしている訳ではないのだろう。
「リディア……」
陰鬱とした雰囲気を打破しようとしてか、ローザが答えにならない言葉をかけて慰めようとする。
しかし、その小さな声を打ち消すかのような斬撃音が暗き闇の道に響き渡った。
「これはっ!」
咄嗟にカインが、次いでセシルがその音に反応する。
「行くぞっ!」
言い終わらぬ内に駈け出していた。
その後をローザがリディアの手を取り続く。後方からセシルとカインを追う二人にはすぐさまには
状況は呑み込めなかった。しかし、何か良くない事が起きているという事ぐらいは安易に予想ができていた。

81名無しさん:2011/03/08(火) 07:48:37
FINAL FANTASY IV #0618 8章 1節「エブラーナ」(5)

音がした場所はバブイルの抜け道のある方向、要するに今までの順路を道なりに進んだところであった。
前に頼もしい二人がいることに加え、今まで進んだ道を引き返すわけでもないのでリディアの手を引きつつも
迷うことも魔物に襲われることもなく女性二人で辿りつくことが出来た。
その場所は今までと同じく、薄暗い闇に閉ざされた場所である事は間違いなかった。しかし、これまで通ってきた
場所とは違って開けた広間のようになっていた。
その場所に銀の太刀筋と共に斬撃音が鳴り響く。先ほどセシル達が聞いた音の原因はこれであることは間違いないであろう。
「誰か戦ってるの?」
リディアが不安げに尋ねてくる。良い雰囲気ではないのは察したのだろう。
「ああ……」
カインが頭を縦に振る。
「だが、時間の問題だろう」
それはセシルも同感であった。
先の広場は闇で閉ざされてはいるが定期的に舞いあがる炎が明かりとなり定期的に様子を
伺う事が出来た。
うっすらとした闇の中でも目立つ白装束の男が両手にそれぞれ太刀を構え、対峙する相手へと
その矛先をむけていた。
「エブラーナの忍者というやつか」
二刀流という特殊な剣術を使いこなす他にも擬似的な魔法ともいえる忍術を操る者――
異国と呼ばれる地エブラーナの戦術はバロンにも届いていた。
今、この場を照らす炎はあの者の忍術なのであろう。
「あの男……乱れた剣筋だな……」
それはセシルも感じていた事であった。先ほどからあの忍の戦士の攻撃はひたすらに
一辺倒なのである。
「怒りに身をまかせている。あのままでは」
それはかつてのカインや自分のようであった。己の中の感情だけに捉われて回りを見据えていない。
その戦い方は相手に手の内をばらしているのと同じなのだ。
「あのままでは負けてしまうな……」
「助けましょう!」
セシルの言葉を引き継いだカインの冷静な台詞にローザが反応する。
さしづめ国を滅ぼされた恨みを込めた打倒といったところであろうか。だとすればその者が
相手をするならばゴルベーザの手の者だということになる。
どの道、目的を同じくする者だ。協力し合うのも悪くはないし、目の前で誰かがやられるのを
黙って見てるのもいい気分ではない。
「しかしどうやって助けに入る?」
一対一の戦いとはいえ、混戦を極めている。それにあのエブラーナの男の元に急に割って入れば、
誰彼構わず攻撃を仕掛けてくるかもしれない。
「その程度か――」
助けに行くといいつつ、中々その機会を見いだせずにいる。新しく響く声が一つ。
新たな人物がこの場所に現れたわけではない。先程からエブラーナの忍の攻撃を無言であしらい
続けていた対戦相手が声を上げたのだ。
「エブラーナ王直伝の技を受け継ぐ者だと聞いて期待したが……まるで話にならんな」
「ん――だと!」
相手の露骨な挑発の言葉にエブラーナの忍者も太刀をとめて怒りを口にする。
「やはりな……この程度で気を散らすなど未熟者の証拠――」
「何をぉ――!!」
感情の揺れの激しいエブラーナ忍者に比べ、相手はどこまでも冷静だ。
男が二つの太刀で相手へと斬りかかる。よけられたと思えば今度は相手の回避場所へと炎の弾速を飛ばす。
炎が対戦相手へとぶつかり爆発を上げる。
「やった!」
男が感嘆の声をあげる。しかし、それで終わりではないことは当事者以外の誰の目から見てもあきらか
であった。
「ふ、なんだこの哀れな忍術は……」
爆煙の中から相手が姿を現す。その手には炎が宿っていた。
「てめぇ……受け止めやがったのか!!」
相手の宿す炎が明りとなってその姿がセシル達にも見えてくる。
斑模様の紅色のマントを羽織った背の高い男――先程の一撃をそのマントで受け止めたようであった。
「我のマントは炎を受け止める――」
「あいつはルビカンテか!」
見知った姿なのかカインが声を上げる。
「四天王最後の男ルビカンテ――その実力は四天王最強でもある――」
「これで最後にしようかエドワード・ジェラルダイン!!!」

82名無しさん:2011/03/08(火) 07:49:20
FINAL FANTASY IV #0619 8章 1節 「エブラーナ」(6)

勝負の結果は明白だった。
「まったく見ちゃおれんな……」
カインが激戦のプレリュードを打った戦場へと足を進める。
結論からいえば勝負に勝った者――ルビカンテは相手に情けをかけた。
エブラーナ忍者からしてみれば祖国に壊滅的被害を負わせた復讐を遂げる相手だ。
相手を打つために全身全霊の想いであったはずだ。死も覚悟するつもりであっただろう。
それを見逃されたのだ。
取り残されたエブラーナ忍者は未だに対戦場所で地に伏している。
生きてはいるだろうがその場所を動かない。
一命を奪われなかったとはいえ手負いの傷を負っているのか。情けをかけられた悔しみに
伏せているのか。
「確かに自信を持てるほどの強さだ……しかし この私には、まだ及ばぬ。
腕を磨いて来い! いつでも相手になるぞ!」
先ほどのルビカンテの言葉をカインが反照する。
その言葉にはセシルも同意であった。
偶然とはいえ戦いの一部始終を見守ったセシルから見てもエブラーナ忍者の動きには
隙が多すぎた。
それに、憎しみにとらわれているのか。まるで何かに生き急いでいるかのような動きだ。
それはかつての暗黒騎士の……そして今も悩める自分をみているかのようであった。
すぐに加勢してもよかったのだが、様々な感情が渦巻き助けに入ることはできなかった。
勿論、ルビカンテがエブラーナ忍者に止めを刺すようならば、それらの感情を放り捨ててでも
助けに入っただろうが。
そして一つだけ言えることは、あの者とはここで助けて終わりになる関係ではないだろう。
何かがセシルの中で確信めいていた。

83名無しさん:2011/03/08(火) 07:50:06
FINAL FANTASY IV #0620 8章 1節 「エブラーナ」(7)

「おい大丈夫か!!」
カインがやや乱暴な声をかける。
生きているかどうかの確認だろう
「くっそ……あの野郎止めを刺さずに帰りやがった」
そう言って立ち上がろうとしてがっくりと膝をおろす。
「ならば話は早い――」
「へっ! このまま帰って傷を癒せってか。冗談じゃないね!!」
続くはずのカインの言葉を言葉になる前にかき消す。
「まだ終わりじぇねえぞ……ここから第二試合の開始だぜ……」
「だったら――」
薄暗い洞窟の中、男たちの会話に場違いな声が割り込む。
「リディア」
蚊帳の外にしていたがどうやら追いついてきたようだ。
「私達もあいつら――ルビカンテ達と戦ってるの……協力したほうが……」
「御免だね!」
少女と女性の中間点を彷徨う彼女の台詞をエブラーナ忍者の怒声がかき消す。
「手を出すな! 奴は……俺が……この手でブッ倒す!」
「その傷でか」
感情的な忍者をあくまで冷静な竜騎士の言葉が響く。
「相手は四天王最強ルビカンテだ。それにそのまま行っても同じ結果になるのが目に見えている……」
「なんだと!」
「あくまで冷静に分析して言っているんだぜ。王子様」
「なっ!」
「そうだろうエドワード・ジェラルダイン王子」
どの名前にはセシルも聞き覚えがあった。
「何故それを知っている!?」
「奴が――ルビカンテが最後に言っていただろう。それに俺もバロンに仕え、それなりの地位についていた者。
他国の事情くらいは知っている。
おそらくはローザも。ここにいる者ではリディア以外は知っていたであろう。
「王と王妃が討ち死にされた事。息子の王子がかたき討ちに燃えている。王子は行方不明と聞いていたが
こんなところにいたとはな」
そこまではセシルも知らない。カインはゴルベーザの元にいる時に知ったのだろう。
「聞くところ王子様は王位も継がずに延々と何処ぞやを放浪していたそうだな……にその様な未熟な腕前で
奴と再戦するのは無謀と思えますが」
「手前ぇ……その事とこの事は別だろうがっ!!」
おそらくは王位に関する事とだろう
「カイン! やめないか!」
エドワードの言う事は確かに間違っていない。だからと言って皆を納得させる正論でもない。
――エブラーナでは次期当主になる息子が中々王位に即位しようとしないのはセシルもバロンにいた時聞いたことがあった。
エブラーナを治めていたのは年老いた王の方であった。ついこの間までは……
何故今ここにいる王子――エドワードが王位につかないのかは向こう側のつまりはエブラーナ側の事情だ。
無理に詮索するものではない。
それにここにはリディアがいる。幻獣界で成長したとはいえ精神面ではまだ幼い。そんな彼女の前で大人の事情だる王位継承
問題の話などしたくはなかった。それにこれには複雑な家庭の事情も絡んでいるはず……なおかつリディアの前では話したくない。
「エドワードの言うとおり。今ここでする話ではない! だけど……」
カインがこの王子に突っかかり気分は分からないでもなかった。否、セシルもこの王子を前にして何を言わない事は出来なかった。
「カインの言う事にも一理ある。奴の強さを見ただろう。今のまま言っても結局、結果は一緒だ!!」
今度はエドワードへ言葉を向ける。
「第一、君の動きには無駄が多すぎる」
肉体的な面や精神的な面両方でだ。
「何……! もう一回言ってみろよ!」
この言葉にはカインの言葉以上に彼を怒らしたようだ。
「まだまだ未熟だってことだよ。君には理想ばかりで現実的な問題が何一つ考えられていない。個人の事情に顔を突っ込むつもりはない。
だが、今の戦い方は必ずしも正しいとはいえない」
「ぐっ……」
黙り込んだせいなのか、セシルは更に続ける……
「正直言って、僕は君と一緒に戦いたくはない。これから敵の本陣に乗り込む際に君に身勝手な戦い方では無駄に被害を増やすだけだ――」

84名無しさん:2011/03/08(火) 07:50:47
FINAL FANTASY IV #0621 8章 1節 「エブラーナ」(8)

「やめて!!」
悲壮の声がセシルの声をかき消す。
「これ以上誰かがいなくなるのは嫌だよぉ……テラのお爺ちゃんも、ヤンも、シドのおじちゃんもみんなみんないなくなっちゃった……」
自分を恥じた。セシルの言葉もリディアを傷つけていた。
見るとカインも伏せ目がちになっている。セシルと同じ気持ちなのだろう。
「私はもう誰にもいなくなってほしくないよぉ……」
それ以降はえぐっえぐっと泣くだけで声にならない。
「泣くなよ」
泣きじゃくる彼女に真っ先に声をかけたのは以外にもエドワードであった。
「こんな綺麗な姉ちゃんに泣かれたんじゃあ仕方がねえな。しょうがねえ……ここは一発……手を組もうじゃねーか」
同意を求めるようにセシル達に向き直る。
「あっ…ああ……」
はっきりとしない口調で今度はセシルがカインに同意を求める。王子の急な身の代わり、調子の良さに調子を狂わされたからだ。
「俺も構わん」
あくまで無表情な返答であったがセシルと同じ気持ちのようだ。
正直言って、まだ完全には賛同できないところはあった。やや無鉄砲ともいえる王子の行動は必ずしも戦闘においていい結果を出すとは限らない。
同じ王族のものであったとしてもギルバートとは全く違う系統の性格である彼と自分は必ずしも相性がいいとも思えない。
「良かったな。二人とも賛成のようだぜ」
「うん!」
だが……
「そういえば名前を聞いてなかったな」
「リディア。こっちの二人はセシルとカイン」
「そうか。俺はエドワード・ジェラルダイン。長ったらしいならエッジでいいぜ。お袋や親父、爺達もそう呼んでいるからな」
「じゃあエッジよろしくね」
「おうよ!}
こうして笑顔になって会話をしているリディアはいつ以来であろうか? 地底で再会して以降、彼女には何処か影が存在してたような
気がする。自分もカインも目の前の戦いに集中するばかりに彼女のことをないがしろにしていたのかもしれない
<すべてを許そうと思うの>
再会の言葉――それで全て抑え込むにしては彼女の身体は小さすぎた……そんな当たり前ことすら気づいてなかった。
カイポのオアシス以来であろう彼女の満面の微笑みはセシルの疑問や心配をあっさり打ち消してしまった。
「セシルにカインと言ったか。お前らもエッジでいいぜ……ぐっ!!」
言い終わらぬうちにまたしてもがっくりと膝をつく。
「無理をするな……まだ傷は完治していないんだぞ……」
そう言ってある方向を向き直る。
「おいローザ!」
リディアの後ろ、今まで会話に参加していなかったローザに声をかける。
「おいっ!」
反応が薄かったのかもう一度言うカイン。
「えっ! ああ御免なさい……回復魔法ね」
少し間があってローザが答える。
言い終わらぬうちにエッジの元へ駆け寄る。
「私はローザ。じっとしててね」
しばしの間薄暗い闇の洞窟に沈黙と温かい回復魔法の光だけが時間を支配した。
「おおっ……これが白魔法ってやつか! さっきまでの傷が嘘のようだぜ!」
そう言って完治した事を全身で表現するエッジ
「サンキュー ねえちゃん! さっきは傷のせいでよく見てなかったがあんたも可愛いぜ!」
「おいっ!」
急に馴れなれしくなったエッジにカインが制止の言葉をかける。
当然ながらセシルもいい気分がしない。
だがエッジは聞く耳を持たずローザに駆け寄り、挙句の果てには手を握る。
「これからも俺が傷ついた時はよろしく頼む――」
言い終わらぬうちに再び膝をがくりとおろすエッジ。
「まだ何処か悪いところがあったの――」
回復を務めるもののさがなのか、ローザが心配した声をかける。
「え……いやぁ足がぁ……ぐっ……!!」
またもや呻きを上げるエッジ。
「今度はもう一つの足がぐぇ……」
ローザが距離をつめればつめるほど、第三者<リディア>のエッジに対する<こうげき>が激しさを増す。
「本当に大丈夫!?」
「離れた方がいいぞローザ。逆効果だぜ。なあセシル」
カインにしては珍しく調子のいい声で同意を求めてくる。
「ああ…そうだね」
セシルも笑い交じりの返答を返す。
こんな表情をしたのは久しぶりだ。彼を仲間にしたのは間違いではなかったそう思った。
以降、薄暗い洞窟の道中で常に会話が絶えることはなかった。

85名無しさん:2011/03/08(火) 07:52:02
コンプリートコレクション発売記念に
おひさです

ひょっとしたら完結させれるかも

86名無しさん:2011/03/08(火) 23:35:33
臨時と合わせると#0631 8章 2節からですね

87名無しさん:2011/03/13(日) 03:37:14
FINAL FANTASY IV #0621 #0632 8章 2節 絆(11)

怒りの力とはセシルの予想以上のものであった。
ルビカンテを前にしてエッジは己の中に眠る忍術の素養を覚醒させたのであった。
(怒りが人を強くさせる事もあるのか……)
それはパラディンとして過去の自分を認め受け入れた自分には決して出来ることのない
力の強さであった。
今までの長い旅路の中、セシルは様々な人と出会ってきた。
その前にもバロンで育った中、カインやローザ、亡き王にシドといった様々な人と知りあってきた。
しかし、今目の前にいるエブラーナ忍者の様な人間には初めてあったであろうか。
(こういう強さもありって事なのかな?)
セシルは試練の山の光の声を思い出していた。思えばパラディンになったとはいえ、それからも
自分の中での葛藤は続いていた。
特別な事を成し遂げた自分はどのようにふるまえばいいのか。常に強くあらねばならない。誰かを守り傷つけぬためにも
半ば義務感と化したそれがセシルを苦しみ続けていた。
(なんとなく楽になった気がするよ。エッジ)
心の中で彼に礼を送る。
「エッジいけそうか!?」
「おう! 力がみなぎってくるぜ!! これなら、この力なら奴を!!」
自身たっぷりに答えるエッジ。だが、一人では到底勝つことはできないだろう。
エッジ自身がどう思っているのかまでは理解していないが、セシルの判断ではだ。
しかし、だからといって勝算が全くないわけではない。戦術と戦法次第ではこちらにも分があるだろう。
カインに目くばせする。どうやら思っていることは一緒のようだ。
(カイン……頼んだよ)
目で合図を送る。このような場面では付き合いの長い友人同士だ。言葉を交わすまでもない。
セシルの思惑を理解したのかカインは跳躍し、遥か上空の方に姿を隠す。
(こっちは首尾よくやる。頼んだよ!)
無言で鼓舞しつつ敵の様子をうかがう。幸いにもルビカンテは今のセシルとカインのやりとりは大して気にも留めていないようだ。
むしろ新たな力を引きだしたエッジの方に興味を向けている。
「ほう……怒りというものは人間を強くするのか。面白い……だがそれで私に勝てると思っているのかね」
「やってみなきゃわかんねえだろ!!」
飛びかかり攻撃に移ろうとするエッジにセシルは声をかける。
「エッジ無茶はするなよ!」
「分かっているって! お前らも当てにしてるぜ!」
その一言にセシルはほっと胸をなでおろす。どうやらセシル達の事もちゃんと考えていてくれたようだ。
そうでなくては困る。セシルの算段ではこの事は非常に重要であることだからだ。

88名無しさん:2011/06/04(土) 03:13:10
FINAL FANTASY IV #0621 #0633 8章 2節 絆(12)

ルビカンテは強きものとの正面からの戦いを生き甲斐としているだけあって実力は確かなものであった。
エッジがいくら力を増したとはいえ、正面から立ち向かっていってもその一撃の一つ一つをあっさりと
交わしていった。
無論回避するだけで手いっぱいというわけではなかった。エッジに向かって本気の一撃を下さないのも
戦いを長引かせ楽しんでいるのだろう。
しかし、だからと言って外野からの攻撃に対して無頓着なわけではない。回避行動を続けるルビカンテの隙を
ついてローザが弓による援護射撃、リディアが冷気魔法での一撃を狙う。しかしルビカンテはみすみす攻撃を喰らっては
くれない。
攻撃がくると察知すると、身にまとったマントで身体を包み。冷気魔法の直撃を受けとめる。
「効かない!?」
リディアが驚きの声を上げる。あのマントには炎をつかさどる四天王の弱点である、冷気魔法に耐えうる防御力があるのだろう。
「あれを貫くことは無理そうだ」
セシルはリディアを落胆させないように一人ごちた。
ルビカンテは防御だけにとどまらず、積極的に後方支援に徹するローザと、リディアに対し、炎魔法を打ちこんできた。
直撃させないように、二人を守るのはセシルの役目だ。
(これでいい…僕の役目はこれでいい。後はカインが首尾よくやってくれる)
勿論、相手にこちらの手の内を明かされるわけにはいかない。勘付かれないように自分が上手く立ち回らねば作戦が機能しない。
「どうした? お前たちの力はその程度なのか……」
失望からくるのか、それとも挑発なのか、ルビカンテから失意の声が届く。
「うるせぇ! まだまだこれからだぜ!」
後者と受け取ったエッジが斬撃をよりいっそう強く繰り出す。しかし、ルビカンテはひらりと攻撃をかわしていく。
「エッジ落ち着いて……!」
リディアが冷静さを促す。だが聞こえていないのか、聞く耳を持たないのか、エッジは攻撃を続けている。
「セシル……」
ローザも心配したようにセシルを見てくる。
誰の目から見ても今のエッジの攻撃は成果を上げているようには見えない。そうあくまで<エッジの攻撃>ではだ……
「大丈夫」
静かに、短く、だがはっきりとセシルは自分の成功を確信した上での声を上げる。
(僕たちは一人ではない。他人同士だ。いくら通じ合ったところで完璧な意志疎通は出来はしない。だけど……それを上手く使えば)
「いい加減やられろってんだ!!」
疲れとも苛立ち交じりで願望を口にするエッジ。だがルビカンテに攻撃が当たることはない。
「ふっ……まだまだ青いな!? それでは私に勝つことは出来ぬ、決してな……」
いっそうエッジの気を紛らわすルビカンテ。いっそうエッジへと集中するルビカンテ。
だがその光景はセシルにとっては好都合だったのだ。

89名無しさん:2011/06/04(土) 03:13:57
FINAL FANTASY IV #0621 #0634 8章 2節 絆(13)

「機は熟した」
誰にも聞こえない声で一言。
しかし、それと同じ想いの者がこの場には一人……
(カイン)
今この場所でたった一人大空を主戦場とする天架ける騎士が動きだした――
ルビカンテは力だけでなく、知略や戦術にもたけていた。決して戦場の全てを把握せずに戦うなど無策な事はしない。
むしろ常に怖いくらいの冷静を兼ね揃えているといっていい。
だから冷静さゆえにエッジのような性格の相手を甘く見てしまうのだろう。加えて相手は一度勝利した人間だ。
完璧な勝利が揺るがない。そう思っているからこそ無駄に戦いを長引かせる、戦いを楽しんでしまったのだ。
それは一人の相手に夢中になる――つまりは全体を見渡せなくなっていたということだ。
「!」
ルビカンテはすぐにでも上空からの刺客に気づいたが、すでに回避しきれる間合いではなかった。
防御するが、眼前には絶えることのないエッジの猛攻が続いていた。
「ぐっ――」
回避する際でも微動だに姿勢を崩すことがなかった炎の魔人ががくりと腰を曲げる。
「今だ!」
セシルの声が終わらぬうちに一斉に攻撃が開始される。
リディアもローザもセシルの意図を感じ取ったようだ。
ルビカンテも冷静さを失わずに防御するが、直撃を避ける事は出来ない。
(が……ぐっ)
常に平静さ装っていたその声色に呻きが混じる。
(これで決める!)
セシルも剣を抜き跳躍。ルビカンテへ距離を詰める。
既に機敏な回避ではなく、少しでも損害を減らそうと防御を主体とするルビカンテ。だが数で勝るこちらの攻撃を全て凌ぎきるのは
不可能である。戦法を切り替えた時点で勝負は決していた。
「セシル――」
誰もがルビカンテの敗北を、セシル達の勝利を確信した瞬間にエッジが一言。
「分かった」
とどめは自分で刺したいのだろう。拒否する事はない。
己の感情のまま戦ったエッジもこの戦いにおける功労者なのだ。

90名無しさん:2011/06/04(土) 03:14:56
FINAL FANTASY IV #0635 8章 2節 絆(14)

「見たかよ――! ルビカンテ。これが怒りが呼ぶ力だ!」
「ぐぅう……!」
今までで一番大きな傷を負ったルビカンテ。そこから黒い血ともとれる波動が噴き出す。
「私の負けだ……」
はっきりとそう告げた。四天王で最も強く、誰よりも力を誇示し、それを求めた者からその言葉が出たのだ。
「その手があったのか、一人ひとりの力は小さくても――弱い者でも、お互いの力を併せるという手が」
「へっ今更負け惜しみかよ!」
「エッジよ――怒りにまかせたお前の力は見事であった……この私の判断を狂わしたのは間違いなくお前の力だ。
時に危険を招くその力を上手く使うのだな」
「おっ……お前の指示なんかうけねえよ!」
エッジは単純に驚いているようだ。戦いに負けた者の身からそうような言葉が出ることに。
「そしてセシル達か……ゴルベーザ様やバルバリシア、カイナツォにスカルミリョーネ……みなが手をやかれたわけは
ある。皆、それぞれ性質は違うが立派な戦士達だ」
「ゴルベーザが!? 手を……」
その言葉に驚いたのはセシルであった。自分達は常に負ける。後手に回っていたと思ったからだ。
「我々とて一枚岩でない。四天王の誰もが己の目的で動いているし、あのルゲイエも独自の目的を持っていたように思える。
それにゴルベーザはお前に何か特別な感情を持っているようにもな」
「僕に!? どういう事だ!」
「最後のはあくまで私の個人的分析だ。だが、お前たちの存在が戦いを動かしているのは確かだ……」
「…………」
「では私は……既にこの身体は長くは持たない。しかし、いつの日か必ず蘇る。それがいつになるかは分からぬがな……
最後に面白い戦いが出きた。さらばだ……」
黒い波動を噴出すると共に、ルビカンテの身体は崩れ落ち、やがてはその姿は辺り一体から完全に消えてしまった。
しばらくの間、誰も何も言わなかった。
それは強敵との戦いに勝利した安息感と達成感からなのか、新たな戦いへの緊張感と徒労感なのかは誰にも分からなかった。

91名無しさん:2011/06/04(土) 03:15:53
FINAL FANTASY IV #0636 8章 2節 絆(15)

セシル達はルビカンテに勝った。四天王最後の一人であり、最強の存在にだ。
だがそれは一つの戦いの終わりにしかすぎない。むしろゴルベーザとの戦いはこれからが本番なのだ。
それに、敵司令官でもあったルビカンテを倒したのだ。敵側もセシル達をただで返すわけがない。
「おいっ大丈夫か!?」
走るのを止めずにエッジは隣のカインに声をかける。
「勿論だ」
ただ単調な言葉一つ返すカイン。
「そうかよ……」
初対面から変わることのない無愛想な態度には相変わらず不満があった。
しかし、今は突っ掛かったり、喧嘩をしている場合ではないのはエッジも重々に承知していた。
一刻も早くこの場を脱出すること……それが最優先事項だ
――セシル達は戦いに勝利した。しかしルビカンテの敗北は同時に自分達の存在を相手に知らせたような
ものであった。休む間もなく。敵のガードロボットや兵士が押し寄せてきた。
最初の内は迎え撃ったものの、此処バブイルは敵の本拠地であった。倒してもなおも敵の猛攻は止まること
を知らない。
「撤退だ」
誰が言い始めたのか分からないがセシル達一同の思惑は一致した。
本音ではクリスタルの奪還をしたいという当初の目的を達成したかったが、無謀だと結論づけた。
そして撤退の最中の混戦の中、エッジは気づいたらセシル達とはぐれていたのだ。
否、決して一人になったわけではない。自分の横を歩く無口な竜騎士の男も一緒なのであるが――

92名無しさん:2011/06/04(土) 03:16:32
FINAL FANTASY IV #0637 8章 2節 絆(16)

(それにしても……)
セシルとローザ、それにリディアとはぐれ、カインと二人行動する中エッジは一人ごちる。
(いつの間にかこいつらと行動を共にする事になっちまったな……)
本来ならば自分の目的はルビカンテを倒し、お袋や親父の敵を、エブラーナの無念を晴らすことであった。
勿論、お袋や親父をあんな目にあわせたのはルゲイエという男であるのだし、セシル達の口からゴルベーザという
黒幕が存在する事も聞いていた。
ルビカンテを倒した後も奴らと一緒に戦おう――心のどこかではそのような決意も存在していた。
(こうも急な形となるとな――)
格好がつかない。とまではいわないがもう少し決意を固める時間がほしかった。
それに、セシル達はここを脱出したら自分は国に帰ると思っているのかもしれない。
ならば自分はこの後は国に帰るべきか。王族として後を継がねばならないし。爺や達も心配している――
「おい……おいっ! 聞こえてるのか!?」
少し、いや……大分前から自分にカインが話しかけていたようだ。
「ああっすまねえ少し考え事を!?」
物思いにふけって相手の話を聞き逃す自分の悪い癖だ。
「まあいい、これから格納庫を探すぞ!」
「格納庫?」
「飛空艇のだ。お前も見たことはないかも知れんが聞いたことはあるだろう?」
「まあな」
バロンの天翔ける船の話はエブラーナにも届いていた。島国であるエブラーナにゴルベーザ
が侵攻する際にも用いたのも知っていた。
「どうした? 敵の兵器を使う事に不満が? それとも自国を滅ぼしたものに頼るのは嫌か?」
「へん……そんな思いは毛頭ないぜ」
エッジにとってはエブラーナは祖国であり、この国は伝統などといったものを重視する場所であった。
しかし、当のエッジは保守的な思想よりも革新的な思想の持ち主である。他国の良い部分はどんどん
取り入れるべきであるし、飛空艇に対しても興味があった。
「ならばいい。おそらく格納庫には飛空艇がある。ここから最も確実に脱出するにはそれを奪うのが
もっとも的確だ」
「なるほどな」
「それに……おそらく奴も、セシルも同じことを考えているはずだ。向こうはローザにリディアを抱えている
はずだからな。安全に脱出する方法を考えればそれしかない。ならば、俺達も格納庫を目指せばセシル達と
合流できる可能性は高いはず」
状況を的確かつ冷静に分析するカイン。反論する余地もない。
「いいぜ、それに従う……」
「決まりだな」
それだけのやりとりで再び足を速めるカインとエッジ。

93名無しさん:2011/06/04(土) 03:18:34
FINAL FANTASY IV #0638 8章 2節 絆(17)

「しかしよ……お前みたいな奴がなんでまたセシルと行動してるのかちょっと疑問だぜ」
道中にエッジがぽつりと呟く。エッジからすれば軽い一言であった。
「……!」
しかしカインは足を止めエッジに振り帰る。
「何故……そう思った……?」
「えっ……ああ……嫌よ、お前は何処か近寄り難いっていうかさ。優等生的なセシルと一緒にいるにしちゃ
影がありすぎる……プライドが高いっていうか……」
エッジからしてみればカインやセシルは初対面の相手だ。詳しい事情を知らないものが率直な言葉を述べた
だけのつもりだ。
「ふふ……面白い奴だ」
カインは苦笑する。そこには怒りの色はない。
「どうした……?」
好き放題言ったのだ。てっきり激怒するのではないかと思ったが、かえって気持ち反応だ。
「いや、本当面白い奴だ。本当に……俺とセシルとローザは幼馴染だ」
少しだけ間をおいてカイン
「何……! そいつは悪かった……」
驚きの後、すぐに謝罪の言葉が出る。何も知らなかったとはいえ、さっきの言葉はカインにとっていい気持ちでは
なかっただろう。
「いいや。気にするな。俺も面白い言葉を聞けたさ」
「嫌……本当すまねえ。それでセシルとローザとはいつ知りあったんだ?」
話題を転換しようとエッジは話を振っていく。だがその言葉がカインの顔に陰りを生んだような気がした。
「俺とローザは昔から家の付き合いがあった。あいつは……セシルは孤児だ。俺と……俺とローザが知り合ったのは
軍の学校に入学してからだ」
その言葉は真実を述べていた。だがその言葉の裏にあるカインの心理まではエッジには分からなかったであろう。
「そうかすまないな。色々話させてしまって」
「構わんさ」
その言葉には既に裏はない。
「じゃあ。もうひとつ教えてくれ。リディアは一体……」
「あの子か……詳しく話すと長くなるがあの子の住んでた村を俺とセシルが壊滅させた」
「何……」
「その事については俺達をいくらでも攻めてもらって構わん。取り返しのつかない事をした。これは俺もセシルも
同じ思いだ。<珍しく>な……」
「いや別に攻めはしないけどよ……」
「これ以上は俺にも分からん。その後セシルとはしばらく別行動をとっていたからな……いつの間にか彼女はセシル達
と行動していた。彼女はまだ俺の事を……ひょっとしたらセシルからも完全な恐怖を取り消せていないのかもしれん。
だからというわけではないが彼女に直接尋ねることはやめておいた方がいい。
「…………」
「あくまで俺の考えだがな」
最後にそう付け加える。
「そうかありがとよ。色々話してくれて」
エッジは駆け出す。
「行こうぜ。セシル達も待っているはずだ!」
エッジは心に決めたのだ。先ほどまでの迷いはもう無い。
(こいつらと一緒にゴルベーザをぶっつぶす!)
何がこの結論に心を動かしたのかはわからない。セシルかカインかローザか、それともリディアなのか。
既に悩みとは程遠き王子には理由など必要はなかった。

94名無しさん:2011/06/08(水) 01:06:47
FINAL FANTASY IV #0639 8章 2節 絆(18)

セシル達と無事合流したカインとエッジはその目的通り格納庫へと向かっていた。
「これは」
たどり着いたその場所は機械塔の内部にしてはわずかながらの明りに照らされるだけの
場所であり、薄暗いその場所に慣れるには多少の時間を有した。
「敵の飛空艇かっ!」
飛び込んできた光景に最初に口を開いたのはセシルだ。
「それも見たこともない形……おそらくは新型だろうね」
シドに教えられたのか、はたまた元飛空艇隊の隊長であったからか、冷静に分析した結果を口にする。
「どうやら、俺の読みは当たっていたようだな」
「それじゃ早速こいつを使って脱出だな!」
カインとエッジも勝ち誇ったような口調で続ける。
「でも敵の飛空艇なんだよ!」
強気な態度の男性陣に待ったとばかりに口を挟むのはリディア
「都合が良すぎると思わない?」
「そうよ罠じゃないかしら……」
ローザもリディアの考えに同意する。
「ねえ……セシル。あなたは――」
それまで冷静な分析だけを口調にしていたセシルに対し、意見を求めようとするローザ。
だがそこに割り込む言葉が一つ。
「罠だろうと構うものかよ!」
「でも……」
いつになく強気な忍者にローザは小さな声で抗議する。
「いいんだよ! 俺達が使った方がこいつの為だろ!」
「それは……」
確かに飛空艇を戦いの道具として使うのは本来の開発者であるシドの本意ではなかった事だ
それに反論の余地はない。
しかし、今この場においての状況判断としては正しいのだろうか?
「心配いらねえって! もしもの時は俺が何とかするさ!」
不安の表情を消さないローザに対しエッジは半ば強引とまでいえる励ましの言葉をかける。
「そうだろ! セシル、カイン……」
ローザとの関係の深い、二人に話を振る。
「確かに迷っている時間はない、こうしている間にも敵の追撃は迫っている。急いで脱出した方が安全だ!」
それは先ほどのローザからの意見に対する答えでもあるのだろう。
「俺は元から賛成だ。それに万一の時は全力で対処するさ」
カインの静かな解答が終わるとすぐさまエッジは呼応する。
「よっしゃ決まりだな! じゃあこいつに名をつけるか!! そうだなファルコンってのはどうだ!?」
それはエブラーナ地方に生息する鳥の名前であった。子供のころから憧れていた。
反論する声も上がらない。名前に対する異議はないようだ。
「ファルコン発信!」
飛空艇が舞い上がり眼前へと迫る地底の空へと躍動する。どうやら追手も迫らないところを見ると
罠ではなかったようだ。
「まったく調子がいいの」
舵を握るエッジの側にリディアが立っていた。安全だと分かったからだろう。
「でも良かった……こうして無事に脱出できて」
その言葉が妙に大人びて見えたのははエッジの思い込みであろうか。
カインから彼女の事情は聞いていた。外見はローザと変わらぬ歳に見える彼女がまだ少女と変わらぬ精神であることも
おぼろげながら聞いていた。
彼女に秘められた事情を知った自分の思い込みなのだろうか――ふとそんなことを考えると前までは当たり前のように
出ていた軽口が声に出る前に止まっていた。
「ちょっと……! どうしたの?」
いつもと違う反応に対して、少し驚いた表情のリディア。
「いや、なんでもねえよ……それよりこれから何処に行けばいいんだ」
「あっ! エッジはこっちにくるのは初めてだったね」
こっちとは地底の事だろう。そういえばその存在知っていたが来たのは初めてであった。
「ここから南にいったところにあるドワーフさん達のお城に向かって」
「分かったぜ」
舵をとり南へと進行方向を向ける。
(今はよしておくか)
リディアに対してより詳しい事情を聞きたいなら本人に聞けばいい。カインもそう言っていたし、自分も
それが一番手っ取り早いと思っていた。
しかし、彼女の大人びて淋しそうな顔を見るとそんな考えは引っ込んでしまった。
(でも俺は決めた。こいつらと一緒に戦う。爺や……それまではエブラーナを)
絆とでもいうのだろうか、初めて感じていたのだエッジはセシル達に。
それはこれから続く戦いの覚悟をエッジに強めさせていた。

95名無しさん:2011/06/08(水) 01:08:23
FINAL FANTASY IV #0640 9章 2節 月へ(1)

地底に閉ざされた世界には地上と違い昼夜の概念は存在しない。
しかし、生活の規則は存在し、そこに住む人々――主にドワーフと呼ばれるものは地上で言う朝がくれば
活動を開始し、夜がくれば帰路につきゆっくりと休む。
地上から来たものにとって朝と夜をすぐに見分けるのは困難ではあるが、皆が寝静まると家や通路の
明りは最低限なものとなる。そうなってくると自然と人影は少なくなり人通りからも活気は薄れる。
空に太陽や月が存在しなくとも、雰囲気という面において朝と夜の概念は存在するのだ。

96名無しさん:2011/06/08(水) 01:08:57
FINAL FANTASY IV #0641 9章 1節 月へ(2)

薄闇の中動く人影が一つ。地上でいう夜という時間においてひっそりと行動を開始する者がいた……
「待ってくれカイン!」
騒ぎを起こさぬよう、それでいて相手に聞こえるような声で影を引きとめる声が一つ。
「一体どうしたというんだ」
無視を決め込む影に対し声を強めていく。
「しつこいぞセシル」
「今ならまだ引き返せる!」
「言いたいことはそれだけか」
「カイン!」
平行線を辿る二人の会話に割り込む女性の声が一つ。
「お願い……正気に戻って。あなたはまた操られているだけなのよ!」
「違うな」
何を言われても動じない淡々とした声。
「おれは正気に戻った」
全てを突き放すような冷徹な声は地底のマグマすらも凍りつかせるほどに冷たい。
「これが本来の俺だ。今までの俺の方がおかしかったのだ。セシル、お前がパラディンになったようにな」
「カイン! クリスタルを返すんだ!」
視線をセシルに向け、挑発気味に話すカインにセシルも多少声を荒げる。
「取り返したいのなら力づくでくることだな。だがこのクリスタルを守っていた衛兵達のように手加減はしてやらんぞ
全力で痛めつけてやるさ」
口元を歪めて笑うカイン。邪悪さすら感じられる。
「カイン。まだ戻れるというのに!」
カイン自身が言ったように、この逃走の中カインは相手を痛めつけることはしていない。ましてや闇打ちだったのだ。上手く誤魔化せば
誰もカインの仕業とは思わないはずだ。
今ならまだ戻れる――そう今なら
「怖気づいたか」
忠告交じりの説得も意味をなさない。
「仕方ない、カイン!」
セシルも覚悟を決めて剣を抜く。だが……
「やめて! 二人とも――!」
夜の存在しない地底で静かな戦闘は叫びともとれるローザの声で制止された。
「セシル――それにカイン――何故二人が戦うの? カイン、目を覚まして!」
「ふん……興が削がれた」
カインはセシルから背を向け歩きだす。
「これで全てのクリスタルが揃った。月への道が開かれる」
最後にそう言い残して。
「カイン」
セシルは友人の――親友の――カインの名を呼ぶ。そこに意味はない。彼と戦う意思も制止する力も。

97名無しさん:2011/06/08(水) 01:09:33
FINAL FANTASY IV #0641 9章 1節 月へ(3)


「あの野郎っ! なんてことをしやがる!」
夜の静けさはあっという間にかき消された。一大事なのだ。ジオットはすぐさま緊急招集をかけて会議室へと
皆を集めた。
「エッジ落ち着いて」
怒りを露わにするエッジをリディアがなだめる。
「でもよっ! 折角一緒に戦う仲間だったのによ……一体どうして」
「だからって……でも……セシル……」
段々を返答に困りセシルに助け舟を出すリディア。
「カインは最初から僕達の敵だったのかもしれない……」
「セシル!」
リディアがセシルを叱咤する。当然だろう。
他人事とはいえ親友にそんな酷い事をいうのは怒って当然だ。
「御免なさいリディア。セシルもショックなのよ」
「分かってるわ、でも……」
ローザが助け舟を出してくれて、リディアも食い下がる。
(ごめんリディア)
声にする力がないので心でリディアに謝罪する。
ローザの言っている事は本当だ。ショックを受けているという事。
しかし、それ以上に他の考えがセシルを支配していた。
おそらくカインはまたゴルベーザに操られたのだ。それはカインの心の何処かに未練があったからではないか?
そして、ゾットでカインが言った言葉。意識はあったのだ――
さっきカインが立ち去る時に言った言葉。俺は正気に戻った――
ゾットでの自分はあくまでカインを助けるつもりで剣を交えた。だが、今回はカインを倒すつもりで剣を交えないと
いけないのかもしれない。

98名無しさん:2011/06/13(月) 20:27:06
FINAL FANTASY IV #0642 9章 1節 月へ(4)

「あんた達は怒ってないのかよ!」
沈黙が支配する会議室に再びエッジの怒りの声が飛び交う。
しかし、それに反応する声が一つもない。
カインに最後のクリスタルを奪われた一同の顔は怒りではなく放心といった感じであった。
もはや打つ手がなくなったのだ。無理もないだろう。
「なあジオットさん。どうなんだよ」
「だがのう……」
名指しされジオット王が静かに口を開く。
「もうどうしていいのか私にはわからんのだよ。出来ることといえば最悪の状況を想定して軍の増強と整備くらいでは。
しかし、兵達の士気も低下しているしのう」
「…………」
反論する余地がなく黙り込んでしまうエッジ。
時間だけが過ぎていった――時々事務的なやり取りが交わされるがそれ以外は何も誰もしゃべることのない静かな時間が。
「あのミシディアの伝説が本当ならな……」
ふとジオットがつぶやいた。本人からしてみればそれは現実逃避する為に呟いた夢みたいな事であった。
「今なんて……!」
セシルはその言葉を見逃さなかった。
「え……いや、ミシディアに伝わる魔導船の伝説がある。あの噂が本当なら……」
「ミシディアだって!」
会議室から驚きの声が次々と上がる。
ここにはセシル達と同じく地上から来た者も少なくない。その名前に聞き覚えのある者は沢山いた。
「まさか……ミシディアは……」
周囲のただならぬ反応から希望の光を見だすジオット。
「実在したのか!」
力強く断定を言葉にする。
「ええ」
地上の者を代表してセシルが返答する。誰も否定しない。
「ミシディアに一体何があるというんです?」
はやる気持ちを抑えつつ、今度はセシルが質問する。
「魔導船の伝説……」
「魔導船?」
「遥か昔、ミシディアという場所に存在したという巨大な船の事だ」
ジオットの言葉は少しばかりセシルを落胆させた。
ミシディアという場所を知っている者にとって、その噂はすぐには信じれないものであったからだ。
(確かにミシディアは魔法大国。しかし飛空艇を越える程の大きな船が存在するなんて話は聞いたことがない)
「こんな伝説がある。竜の口より生まれしもの――」
「!」
しかし、すぐにそのような一時的な疑惑は打ち消された。
「それはミシディアの!」
忘れもしない。パラディンとしての資質として与えられた剣に刻まれた言葉。同時に古くよりミシディアに伝えられた伝説。
地上のミシディアに地底の王国。この二つに何故共通した言い伝えが残っているのかは分からない。しかしセシルには一つの考えが浮かんでいた。
「長老は……ミシディアの長老は今は祈りの神殿に入り、ずっと祈り続けています」
ポロムとパロムの事を報告しようとした時も長老は自分に会いはしなかった。テラがその身を犠牲にした事も
知っているはずだ。だが彼は一行に姿を現そうとしなかった。
不信感すら抱くほどの長老の行動には何か意味があったのだろう。今ならそう解釈する事が出来る。
「もしや、そのお方は……」
どうやら長老もセシルと似た考えに行きついている。そしておそらくはここにいる多くの者たちが――
「魔導船を復活させるつもりか! いやそう信じるしか道はない!」
深く考えている時間がないという事にはセシルも同意であった。
「僕達はすぐにでもミシディアに向かいます!」
仲間達の顔を見る。皆反対する理由はないといった感じだ。
「頼む。全てはお主らにかかっとる」
「分かりました!」
既にセシルの中では全ての考えがまとまりつつあった。
長老、カイン、ゴルベーザ、そしてローザ。自分の周りをとりまく者達にどう向かい合えばいいのか。
(ありがとう。みんな……今なら僕は迷う事なくその道を進めそうだ)
道なき迷路は終わりをつげて到着点が見えたような気がした。やるべきことと自分のやりたいことが迷いなく一致したのだ。
今度こそ自分は本当の意味でパラディンになれた。そう思った。
(行こう……)
自分の中の暗黒騎士に――パラディンに心でもう一回言葉を告げた。

99名無しさん:2011/06/15(水) 04:24:29
FINAL FANTASY IV #0643 9章 1節 月へ(5)




セシル達がミシディアにたどり着いた時、その場所は今まで見知った街と違って見えた。
それは気のせいではないのは一緒にやってきたローザ達の反応から見ても明らかであった。
「変ね……静かすぎるわ」
ミシディアにやってきたのはセシルを除けばエッジ、リディアも初めてであった。
だが、白き螺旋を描くこの街の静けさは誰もが思うところであった。
(確かにおかしい。最初……暗黒騎士の僕が受けた手荒い歓迎の時は置いとくとしても、以降この街の入口を潜る際には
早朝であろうが見張り程度の人間はいたはずだ。それが……)
今回は門番すらいない。試しに武器屋、道具屋などの建物を窓から除いてみたが人がいる気配もない。
(この武器屋の人は最初えらく冷たかったけ……でも僕がここを旅立つ際には餞別として鎧を授けてくれたかな)
懐かしい思い出を感傷しつつ、続けて街で最も栄える場所である酒場を訪れてみた。しかし、ここにも人一人確認できなかった。
「そっちはどうだった?」
散策を終え、街の中心部でローザ達と落ち合う。
「いえ……誰もいないわ」
エッジとリディアの顔色も窺う。此方もローザ達と同じ反応のようだ。
「……セシル」
「とりあえず――」
長老に会おう。セシルはそう結論づけた。おそらくこの街の静けさもセシル達の目的も長老の口から全て語られるであろう。
「待っておったぞ」
ローザ達にそう伝えようとした矢先であった。目の前にそびえる街一番の高さの場所――祈りの塔の方向よりこちらへと歩いてくる
人影と声が聞こえたのは。
「長老!」
声だけで振りかえらずとも分かったその人物はセシルが探し求めていた人物である。
「祈りの塔へ」
久しぶりの対面であったが長老は静かに自分の道程を指さすだけであった。
「お話したいことが……」
報告したい事、個人的に話したいこと、感謝。長老への言葉は尽きるわけがない。
「わかっておる。だが今は急ぐのだ。祈りの塔へ参られい」」
しかし長老はセシルの言葉を強引に打ち切って再び、祈りの塔へ向かう事を促す。
「……はい」
その言葉の力に負けたのだろうか? セシルは長老の指示に従った。ローザ達も特に異論はなくセシルに付き従う。
確かに今はゆっくり話している暇はない。それはセシルも同じ考えであった。
地底から感じていた何かが動く前触れのような確信。長老も似たようなものを感じ取ったのだろう。

100名無しさん:2011/06/15(水) 04:25:48
FINAL FANTASY IV #0644 9章 1節 月へ(6)

竜の口より生まれしもの
天高く舞い上がり
闇と光をかかげ
眠りの地に更なる約束を持たらさん
月は果てしなき光に包まれ
母なる大地に大いなる恵みと
慈悲を与えん

ミシディアに広まる言葉。
地底に伝わる伝説。
伝説の剣に刻まれた文字。

三種に共通したそれが何を意味するのかは今まで誰も知らなかった。
今現在も知る者はいない。
だが今目の前に現実として再現されようとしているのだ。
先にあるのは何なのか――

それはこれから始まる運命の氷解が教えてくれる――


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