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えばんふみ先生について語るスレ

1りぼん好きな名無しさん♪:2010/05/11(火) 22:42:48 ID:9mrgpXFU0
えばんふみ先生について語るスレです。

4二雪:2010/07/11(日) 02:30:12 ID:eETmOAnY0

       小説/木々のゆくえ――もう1つの最終回――


7月の青い海の中で、三神樹里と夏目葉が生まれて初めてのキスを交わしている頃。
樹里の部屋の扉がそっと開けられた。
部屋に入ってきたのは、ほんの少しだけ深刻な表情をした樹里の母。
樹里の机の上には、何やら意味深な小箱と1枚のハガキ。
母はハガキの存在に気付くと、黙ってそれを取り上げ、
裏の面に記されている樹里の自筆の文面に目を通す。

お母さん。私、今ね。恋してるの。

中3の春、もう手の施しようがないと医師から宣告された、ひとり娘の樹里。
あれ以来、樹里は進学も夢も何もかもあきらめ、三神家は激しい絶望のうちに、
やがて来る樹里の死を受け入れるための準備だけを進めてきた数ヵ月だった。
その樹里が何日か前、嬉しそうにしゃべった言葉が、母の頭の中によみがえる。
あの時のことを思い出した母は、文面を読み終えると、寂しげな表情を浮かべて、
静かに微笑んだ。

「……ああ、そうか。あの子は。最後の最後まで、恋をするつもりなんだね。」

5二雪:2010/07/11(日) 02:59:14 ID:eETmOAnY0

「……帰りたくないな。」
三神家の門の前で、樹里がボソッとつぶやいた。
辺りはすでにどっぷり日が暮れて、空の上には丸いお月様まで顔を出している。
「何を言ってるんだい? 君は。」
あの海辺のデートの後、ここまで樹里を送ってきた葉が、
樹里のつぶやきを聞きとがめて質問した。
「だって。何か時間たつの早いんだもん。もっと喋りたい。」
「ダメダメ。もう遅いし。ホラ、帰った帰った!」
葉は樹里のお願いをあえて無視して、右手でぱっぱっと樹里を振り払うような
仕草をした。これ以上、ここでのんびりしていたら、家の中から樹里の父が出てきて
怒られるようなことにもなりかねない。
「……。」
葉の言い付けにしばらく黙っていた樹里は、
「……そうだね。葉くん、意外と手、早いもんね……。」
半分冗談の口調でそんなことをつぶやき、ポ…と顔を赤らめた。
樹里の口から出てきた予想外のセリフに、葉は半ばあきれた表情で沈黙している。
オイ。俺がそんなスケベ男に見えるのか。もっとも、お願いされたとはいえ、
さっき海で三神とキスをしたのは、ごまかせない事実なんだが……。
「分かりましたー。帰りますよ―――。」
ちぇー、と軽くため息をつきながら、樹里はゆっくりと門の扉に手をかけた。
その後ろから、葉が思い出したように声をかける。
「夏休み。たくさん会えるよ。」
その言葉に、樹里が少し大きく目を見開いた。その顔には、予想もしなかった
葉の言葉に対する驚きと、夏休みへの期待の表情がはっきりと表れている。
「あ。でも、俺ら受験生だし。勉強もしないとだな。」
はは、と苦笑しながら、葉はあわてて受験生の心得を付け加える。
そんな葉の顔を見つめながら、樹里はこれからも自分が病気なんかと関係なく、
ずっと葉といられそうな気がして、心の底から喜びを感じていた。
「今日はありがとう。楽しかった。またね!」
樹里は笑顔でそう言いながら、キイ…と門の扉を開けて家に入り、玄関のドアを閉める。
パタン……。
ドアの閉まる音を聞きながら、葉はしばらくの間、無表情で三神家の門の前に立ち尽くしていた……。

カタン……。
玄関の方でかすかな物音がしたのを、樹里の両親が気付いた。
「樹里? 帰ってるの?」
縫い物をしていた手を止めて、母がリビングからひょこっと顔を出す。
電灯の光が消えている暗い玄関。そこにたのは、土間の上で靴をはいたまま、
胸を押さえてしゃがみ込んでいる樹里の姿。
「樹里!? どうしたの!? もしかして、またどこか体が――……。」
驚いて樹里のそばに駆け寄り、声をかける母。
「……お母さん。……たい。……痛い……っ。」
胸の奥にただならない痛みが感じられるのを母に訴えながら、樹里の頭の中では、
『夏休み。たくさん会えるよ。』という、さっきの葉の言葉が繰り返されていた。

純粋に。
未来を語る君。
私には。君が。
まぶしくて仕方なかった。

6二雪:2010/07/11(日) 03:29:57 ID:eETmOAnY0

「え――。今日で1学期が終わります。夏休み、受験生の自覚を持って行動するよーに!」
明日から夏休みが始まる1学期最終日のホームルーム。早くも夏休み気分で浮かれ気味のみんなに向かって、先生が受験生の心得をくどくどと説明している。
「先生。この夏こそは彼女できるといいねー。」
1人の生徒がふざけた口調でそんなことを言う。その言葉に、「ほっとけー!」とムキになって言い返す先生。それを聞いて、教室のみんながどっと笑い出す。
だが、葉だけはみんなの笑いに参加することなく、その視線は、ひとつの席をじっと見つめていた。
葉の席から見て、ちょうど左隣に位置している樹里の席。そこに、樹里の姿はなかった……。

ホームルームが終わって先生が教室から出て行った後、葉は、たた…と廊下を小走りに走って、先生を追いかけた。
「先生。」
「おお、夏目。」
背後からの声に気付いて、先生が葉の方を振り向く。
「あの……。三神、何で今日休みなんですか?」
葉は、今朝から気になっていたことを先生に質問した。
「ああ。体調を少し崩したらしくてな。休ませますって、お母さんの方から連絡あったよ。」
軽い口調で事もなげに言った先生の返事を聞いて、葉の表情がさっと変わった。まさか、あれから三神の身に何か……。
「……それで!?」
「わ。」
葉が急に声を荒げたので、先生はぎょっとした。
「何……深刻なのかよ!?」
「や……。先生もそこまでは……。」
「もしかして、病気が――。」
「……? 病気……?」
先生は葉の言葉にポカンとした。樹里が重い病気で残りあとわずかの命だという話は、先生も聞いていないらしい。
葉の頭を不安がよぎる。
だっ……。
葉は足音を立てて廊下を駆け出した。
「あっ。おい、夏目!?」
先生が驚いて、葉の背後から声をかけたが、葉はもう先生の言葉など聞いていなかった。

(……大丈夫だよな? 毎日……ずっと笑ってたし。昨日も楽しそうだったし。)
昨日案内してもらった樹里の家に向かって自転車をこぎながら、葉は頭の中で何とか不安を打ち消そうとしていた。
だが、それでも自分の目で樹里の無事を確かめない限り、今の不安が簡単に消え去るものではない。
「そうだ。ケータイ……。」
葉はふと、ポケットの中に携帯があったことを思い出すと、キキッと自転車を止めて携帯を取り出し、急いで樹里に電話をかけようとした。
が……。
(……アドレス知らねえ……。)
葉はこの時はじめて、自分が今まで1度も樹里の電話番号を聞いていなかったことに気が付いたのだ。
せっかく両想いになれたのに、今まで何してたんだ、俺……。
クラスの委員長のくせに肝心な所が抜けている自分のバカさ加減にあきれて、自己嫌悪に陥った葉がその場に呆然と立ち尽くしていた時。
キキッ。
向こうから1台の軽自動車が走ってきて、葉のすぐ近くに停まった。

7二雪:2010/07/11(日) 03:58:25 ID:eETmOAnY0

バタン……。
車のドアが開いて、中から1人の女の子が降りてくる。
さあ……と気持ちのよい風が吹いている中、
「葉くん! やほーっ!」
そう叫びながら、ててて…と小走りに近付いてきたのは、まぎれもない樹里。
その予想外に元気そうな姿を目の当たりにした葉は、驚いて自転車から降りながら、樹里に問いかける。
「おま……何で。」
「え?」
「だって、体調崩したって―――。」
「ああ、ごめん。あれ、本当は朝ねぼうして、終業式、出おくれちゃってさー。」
「へ?」
「バカだよねー、あたし―――。」
「……。」
恥ずかしそうに照れ笑いをしながら話す樹里の表情を見て、葉はしばらく沈黙した後、思い切ってたずねた。
「……あーもう! 少し焦ったじゃねぇか。じゃあ……元気なんだな!?」
「うん! 元気だよー。この通り!」
樹里はニコニコ笑いながら葉にVサインをしてみせたが、そのあと少しの間、何も言わずに口をつぐんだ。
「………。」
やがて、樹里は思い切ったように、意外なことを口にした。
「葉くん。あたしね。明日から家族と1週間、旅行に行くんだ!」
樹里の発言を聞いた葉は少し驚いて、一瞬だけ言葉を失う。
「……なんか、急だな。」
「ごめん。このこと、ずっと伝えそびれちゃってさ。だから、しばらくお別れだけど……。さみしい?」
「! アホか!」
樹里のからかうような質問に、葉は思わず顔を赤くしながらムキになって反論する。
そんな葉の表情に、樹里は「あはは。」と笑いながら、
「おみやげ、たくさん買って帰ってくるからね。帰ってきたら、たくさん話そうね! じゃあ、またね!」
と、無邪気に叫んで歩き出した。
その後ろから、葉が心配そうに声をかける。
「三神。旅先で走ったりすんなよー。」
「うん! ばいばい、葉くん!」
精いっぱいの元気な声で返事をしながら歩き去る樹里の後ろ姿を、葉は黙って見送り続ける。そんな葉の視線を背後に感じながら、樹里の目からは静かに涙がこぼれ始めていた。
樹里には最初から分かっていた。私が葉くんと言葉を交わせるのは、これが最後。今から1週間後、私はもうこの世にはいない。
だから、せめて最後はそのことを葉くんに気付かれないよう、わざと明るく振る舞いながら、笑ってお別れをするんだ……。

……ばいばい。


ばいばい。


キキ……。
樹里を乗せた車が、軽いブレーキ音を出しながら止まった。
隣の席に座っていた母が、樹里を優しく起こす。
「……樹里。着いたよ。」
車中での軽い眠りから覚めた樹里の目に入ったのは、『中央病院』の看板。
樹里はこれから1週間、この病院の一室に寝泊まりすることになる。
学校の先生にもクラスのみんなにも本当の事を知らせることなく、両親と、そして医師と看護師だけに見守られながら、たった14歳で人生最後の儀式を迎えるために……。
そんな、まだ中学生の女の子にとってはあまりにも悲愴な覚悟を1人で決めていた樹里は、母と一緒に病院の建物へ入っていく直前、もう1度だけ、葉へのお別れを心の中で告げた。


ごめんね。

8二雪:2010/07/11(日) 04:44:30 ID:eETmOAnY0

それから1週間後。
世間はまさに夏まっさかりの状態だった。
空の上には、白熱の太陽が毎日のようにギラギラと輝き、葉の家の周りでも、「ミーン。ミーン。」というセミの声がうるさく響いている。
そんな中、暑さでクタクタに疲れた葉が外から帰ってきた。
「あちー。ただいまー。」
「あれぇ―――。お兄ちゃん、ドコ行ってたの?」
リビングルームのソファの上でテレビゲームに熱中しながら、葉の妹が能天気にたずねた。
「塾だよ。」
「うわー。大変そー。」
妹はそんなセリフを他人事みたいに言いながら、相変わらずコントローラーのボタンをピコピコと夢中で押しまくっている。
「お前もゲームばっかしてねーで。少しは宿題しろ!」
「えー。クラスの子達と写し合うから、いーもん。」
「………。」
葉はあきれて絶句した。いるよな、こーゆーの。
「それより、お兄ちゃん宛にハガキ来てるよ。」
葉の目の前に1枚のハガキを出しながら、妹が言った。
「え? おれ? 誰から?」
「女の人だよー。やるじゃーん。」
そんなことを言いながら、妹が葉をからかう。
妹からハガキを受け取った葉は、文面を読み終えるなり、急に玄関へ向かって走り出した。
だっ……。
「あら、葉。どこ行くの?」
ちょうど外から帰ってきた母が、びっくりして葉に声をかける。
「ちょっと近く。」
そう返事をする葉の傍から、妹がニヤニヤしながら母に告げた。
「女だよ。おかーさん。」
「あんらまぁ〜〜〜!」
妹の報告(?)を聞いた母も、目を大きく見開いて、わざと大げさに驚いてみせる。
「お前はだまってろ!」
照れ隠しにそう怒鳴った葉は、自転車に乗って家から飛び出した。

葉がさっき読んだハガキには、1週間前に家族旅行へ行くと言っていた樹里の名前があった。
そのハガキには、少し変わったメッセージが書かれている。
葉はそのメッセージにつられて、この前樹里と二人で行った海辺へ向かおうとしていた。

――葉くんへ。
元気? カゼとかひいてないですか?
私は元気モリモリです☆
もしヒマな時間があれば。
今からちょっとした思い出めぐりの旅をしてみない?

まずは、海にレッツゴー!

浜辺の奥の、一番小さな木に注目してみてね。

(奥……?)
海辺に着いた葉は、ハガキに書かれていた樹里のメッセージに従って、浜辺の奥の木立へ分け入った。
何だ、一体。
ガサ……と音を立てながら辺りを見回すと、1本の木の枝に、おみくじのような紙が結び付けてある。
「何だコレ……。」
葉は不思議に思いながら、紙を手に取って開いてみた。
中には、こんな言葉が書かれている。

よく見つけました! やるじゃん♪
この海で、私が言ったワガママを覚えてる?

この言葉を読んだ葉は、夏休み前のデートの時の出来事をすぐに思い出した。
あの時、樹里は海の中で、葉に向かって小声で言った。

「……じゃあ。キスして下さい。」

あの日。
生きててよかったぁーって、心から思ったの。


「………。」
病室のベッドの中で、樹里は何か言いたそうな顔をしながら黙っていた。
今の樹里には、もう布団から手を出すだけの力も残っていない。
それに、その両目もすでにうつろの状態で、視点もはっきりとは定まっていない。
樹里の体から急速に生気が失われつつあるのは、誰の目にも明らかだった。
それでも、樹里の母だけは娘の寂しい気持ちを察して、優しく声をかける。
「……どうした?」
「……葉くん。……ちゃんと。最後の場所までたどり着けるかなぁ……。」
葉くん。それは、樹里がずっと想い続けているひとりの男の子。
その名前を耳にした母は、しばらく押し黙った後、胸に込み上げてくる悲しみをこらえるように、ゆっくりと言った。
「……きっと……たどりつけるよ……。」
その言葉を聞いた樹里が、かすかに微笑んだのを確かめると、母は突然、何か意を決したように椅子から立ち上がった。
「……樹里。お母さん、ちょっと電話をしてくるね。」
そう言うなり、母はバッグを手に持ち、病室のドアを開けて、静かに出て行った。
「……?」
不思議そうな顔をしながらドアの方を見つめる樹里をひとり置いて、母は小走りに廊下を走って行く。
やがて、病院の玄関にたどり着いた母は、手にしたバッグの中から急いで携帯を取り出し、ボタンを押し始めた……。

9二雪:2010/07/11(日) 05:16:46 ID:eETmOAnY0

その頃、葉は自転車で学校の校門へ向かっていた。
次の目的地は、校門。
海辺で見付けた紙には、そう書いてあった。
夏休みの最中でも大きく開いている校門にたどり着くと、鉄の柵にはさっきと同じような紙が結び付けてある。
その中には、こんな言葉が書かれていた。

この門をくぐるのが。
毎日ユウウツだった。
だけど、たった1人だけ。
強引に教室まで引っぱってくれた。
本当は、それが。
とても嬉しかったの。

その次のメッセージに従って、葉が次に向かったのは裏庭。
そこにあった1本の木の枝には、次のような言葉の書かれた紙が結んであった。

クラスで大そうじした時。
クラスの中心になってる葉くんを見て。
カッコいいなって思ったんだよ。

紙に書かれている樹里の無邪気な文章を読んだ葉は、生まれて初めて“カッコいい”なんて言われて、少し照れる。
そして……。

さあ。
いよいよゴール間近です!

奥の森へ。

学校の奥にある小さな森は、誰もいなくて静かだった。
さぁ……と、気持ちのいい風が吹き抜けていく中、葉は何も言わずに黙って森の中を歩いて行く。

と、葉の目の前にある1本の木の幹に、1枚の変な貼り紙が。
その貼り紙には、「ゴール!!」と大きく書かれた文字と、
樹里が自分で書いたらしい、ふざけたVサインの絵。
そして、貼り紙の中央下には「↓」の記号。
その「↓」の記号が指し示す木の根元のくぼみには、葉の両手に収まるくらいの小箱がひとつ。
「……宝箱? 一体、何が入って――。」
葉が不審に思いながら箱のフタを開けると、中には4つに折りたたまれた紙が。
その紙に書かれていたのは……。

おめでとう。ゴールです!
疲れたでしょ?
ここまで付き合ってくれて、
本当にありがとう!

これを読んだ葉は、樹里のおどけた言葉使いに思わず拍子抜けした。
「……ゴールって……。」
いったい何のためにこんな……と、葉は柄にもなく笑ってしまいそうになる。
が、気を取り直して、その後に続く文章を読み始めると、葉の表情はみるみるうちに変わっていった。

「……バカな……! そんなバカなこと、あってたまるか!!」

読み終わった時、葉の顔は真っ青になっていた。心臓は今にも壊れそうなほど激しく鼓動し、足元はガクガク震えて、この場ですぐにも卒倒してしまいそうな感覚が葉を襲う。
その時、葉のポケットに入っていた携帯がけたたましく鳴った。
ビクッ。
突然の着信音に、葉は息が止まるほど驚く。が、それでも葉はできるだけ冷静を装いながら、携帯の受信ボタンを押した。
「……はい。」
葉がそう言った次の瞬間、葉の知らない大人の女性の声が早口に聞こえてきた。
『……もしもし? 夏目葉くん? 三神樹里の母です。』
「!? 三神のお母さん!? まさか……!」
樹里の母だと名乗る女性の声を聞いて、葉の心は激しく動揺した。女性の声には、まるで何かに追い詰められているような不安と危機感がこもっている。
『葉くん! お願い! 今すぐ中央病院の301号室まで来て!! でないと、あの子はもう……!!』
今にも泣き出しそうな、悲鳴にも近い女性の訴えを聞いた葉は、今の自分に残された気力を限界まで振りしぼって立ち上がると、校門へ向かって駆け出した。

10二雪:2010/07/11(日) 06:14:40 ID:eETmOAnY0

葉は、樹里のいる中央病院へ向かって、必死で自転車を走らせていた。
さっき森の中で読んだ手紙に書かれていた樹里のメッセージが、葉の頭の中で何度も何度も繰り返される。

葉くんがこの手紙を読んでいる頃。
私はきっと、もうこの世にはいません。

ごめんね。

弱くて。病気に勝てなくて。

会って。
ちゃんと本当の事を話せなくてごめん。
自分の最期だけは。
葉くんには見られたくなかった。
こんな自分勝手でワガママな私を。
いつも。
幸せに生きる道へ引っぱってくれたね。

葉くんと出会って。
今までにないくらい人を好きになって。
毎日が楽しくて。
生きる事って、こんなに幸せなんだって思えたの。

私と。
恋をしてくれてありがとう。

葉くん。
大好き。

どうか。
私の分まで。
幸せに。
幸せに生きて下さい。


(バカ野郎! このまま黙ってサヨナラなんて、俺は絶対に認めないからな! 俺……俺……まだ、お前に何も伝えてないじゃないか……!!)
葉は腹が立って仕方がなかった。樹里が最後の最後で本当の事を教えてくれなかったことに。そして、それ以上に、そのことに気付かずにいた自分自身に。
だが、樹里の母はそんな2人の心中を察して、最後のチャンスを与えてくれた。
今、ここで樹里に会えなかったら、葉は一生後悔することになる。そして、きっと樹里の方も……。
頼む! 生きていてくれ!!
死に物狂いで自転車を走らせながら祈り続ける葉の目に、中央病院の白い建物が見えてきた……。


樹里の病室は、重苦しい雰囲気に包まれていた。
樹里と母は何も言わずに押し黙ったまま、ベッドに設置されている心電図のモニターの無機質な音だけが、ピッ……ピッ……と規則正しく鳴り続けている。もし、この規則正しい音が止まり、「ピ―――」という長く続く音に変わった時。それは、樹里の心臓が永遠に止まる時だ……。
その時、廊下の方から、バタバタ……という駆け足の音が聞こえてきた。
それに続いて、「ちょっと! 走るのはやめなさい! ここは病院だぞ!」という、誰かの注意の声が聞こえてくるが、足音は止まることなく、樹里の病室の方にまっすぐ近付いてくる。
その足音はちょうど樹里の病室の前で止まったかと思うと、次の瞬間、ドアが勢いよく開かれて、チェック柄のワイシャツを着た少年が姿を現した。
少年の全身は汗だらけで、ハァハァ、ゼェゼェ……と、激しく息をはずませている。その少年が誰なのか、もう目がかすんで親の顔も判別が困難になっている樹里にもはっきりと分かった。
「……葉……くん……? どうして……ここが……?」
突然、病室に飛び込んで来た葉の姿に驚いた樹里が、かすれ声でたずねる。
その傍から、それまで黙っていた母が静かに口を開いた。
「……私が……知らせたの……。」
「お母……さん……?」
樹里は母の言葉を聞いて、怪訝(けげん)な表情をした。お母さんは葉くんの電話番号なんて知らないはずなのに……。
そんな樹里の疑問を察したように、母がゆっくりと説明を始めた。
「……樹里。この前、あなたが自分の部屋で書いていたハガキ、葉くんの住所と名前が書いてあったでしょ?」
(あ……。)
樹里は、あのハガキを書いた後、しばらく自分の部屋の机の上に置きっぱなしにしていたことを思い出した。
「それを見て……。葉くんの住所と名前を知ったの……。それで……さっき電話局に電話をして……。葉くんの家の電話番号を教えてもらって……。出てきた家族の人に、葉くんの携帯の番号を教えてもらって……。」
母の説明を聞き終えた樹里は、しばらく黙って天井を見つめていたが、やがて寂しげに笑みを浮かべながら、弱弱しくつぶやいた。
「そ……っか……。そうだったのか……。私……肝心な所でドジっちゃったなぁ……。こんなカッコ悪い姿、葉くんには見られなくなかったのに……。」
はは……と力なく笑いながら、樹里の目からは涙がポロポロとこぼれ始める。だが、今の樹里にはもう、その涙を自分でふく力も残っていない。
そんな樹里の泣き笑い顔を見ながら、葉がいきなり怒鳴った。
「バカっ!」

11二雪:2010/07/11(日) 07:03:56 ID:eETmOAnY0

その荒々しい声に、樹里がビクッとする。
「お前、俺のことがそんなに信用できなかったのか!? 自分の最期だけは俺に見られたくないから、黙ってサヨナラするだと!?」
葉の怒鳴り声は、さっき母からの連絡を受けてちょうど病室の前まで来ていた樹里の父にも聞こえていた。
「バカにするな! 俺にとっちゃ、そっちの方がよっぽど残酷なんだよ!!」
病室の中から聞きなれない男の声が響いてくるのを耳にして、不審に思った父がドアを開けると、樹里と同じくらいの年に見えるひとりの少年が、ベッドの上の樹里に向かって怒鳴っている。それを黙って聞いている樹里の両目からは、大粒の涙が激しく流れ落ちていた。
「! 君は……!」
この様子を見とがめて、父は思わず少年に詰め寄ろうとした。が、その腕を母が後ろからサッとつかんだ。
父は驚いて母の方を振り向く。母は思いつめた表情で父の顔を見ながら、何も言わずに黙って首を横に振った。それを見た父は、母の言いたい事を察して、あきらめたように押し黙った。
そんな樹里の両親のことなど気付かない葉は、涙でびしょ濡れになった樹里の顔をじっと見つめながら、ため息をついた。そして、そのまま病室の床に膝をつき、樹里のやせおとろえた手をそっと握った。
「……三神。覚えてるか? お前がどんな姿をしていたって、お前はお前だって、俺が言ったこと……。」
葉の言葉を聞いて、樹里はゆっくりと葉の方へ目を向けながら、静かにコクンとうなずいた。
「俺……本気だぞ。これから先、お前がどんな姿になったって、俺は絶対にお前を見捨てないからな!」
「葉くん……!」
葉が言い終わった次の瞬間、樹里は今まで押し殺していたマイナスの感情を全部外へ洗い流そうとするかのように、声を上げて泣いた。
「葉くん……! 私……ほんとは……すごく怖かった……。このまま……ひとりぼっちで死ぬのが……怖くて怖くてたまらなかった……。」
「三神……。」
「だけど……今……葉くんがここにいてくれて……すごくホッとしてる……。会いたかった……。会いたかったよ……。」
「三神……!」
何度も嗚咽(おえつ)を繰り返しながら本当の想いを告白する樹里の姿を見て、葉は胸が締め付けられそうになった。
病室の入り口には、ここの騒ぎを聞いて医師や看護師たちも何人か集まっているが、みんな2人の状況を察して、なかなかベッドに近付けずにいる。
無論、今の葉は、そんな周りの様子に気が付くはずもない。
この1週間、樹里はいったいどんな気持ちで、死の恐怖と向かい合っていたのだろうか。そんな彼女の心の内に少しも気付かないまま、二度と戻らない大切な1週間を無駄にしてしまった自分……。そんな後悔の念で自分も泣きたくなるのをこらえながら、それでも葉は樹里を少しでも元気付けようとして、懸命に励ましの言葉をかけた。
「三神……。2学期になったら……また学校に出てこいよ……。俺……毎日勉強を見てやるから……。だから……一緒に卒業しような……。それで……。」
「――無理……。」
葉がさらに言葉を続けようとするのを、樹里は寂しい声でさえぎった。
「私の目……ほとんど見えなくなってるんだ……。もう……葉くんの顔も……はっきりとは分からない……。」
「……!!」
樹里のこの発言を聞いて、葉は激しい衝撃に言葉を失った。
樹里の目はもうほとんど見えない。それは、樹里の最期の時がすぐそこまで近付いているということ。それだけは、葉にもはっきりと理解できた。樹里は本当にあと少しで、葉の手の届かない所へ逝ってしまう。もう、自分が彼女にしてあげられることは何もないのか……。
そんな絶望的な思いで葉が途方に暮れているのを感じながら、樹里は静かに言葉を続けた。

12二雪:2010/07/11(日) 08:04:24 ID:eETmOAnY0

「でも……。葉くんの手……あったかい……。すごくあったかいよ……。
 私……最期に……葉くんと会えて……よかった……。」
そう言いながら、樹里の目からはまた新しい涙があふれてきた。でも、それは、さっきまでのような死への恐怖と悲しみに染まった絶望の涙なんかじゃない。樹里自身もこの世に生まれてから今までに1度も感じたことのない、綺麗(きれい)で……温かくて……透き通っていて……優しい優しい涙だった。
自分の命はあと何分かでこの世から消える。それもたったの14歳で。そんな絶望の極致に置かれながら、樹里の心には、死への恐怖と悲しみの感情はもうなかった。自分の命が永遠に消えようとしているこの瞬間(とき)、世界でいちばん好きな人が自分の傍にいて、そっと優しく手を握ってくれている。それだけで……。
「三神……!」
樹里の優しい告白を聞いて、葉は思わず自分も泣き出しそうになりながら小さく叫ぶ。
「葉くん……!」
樹里は両目から流れ落ちる涙で頬を濡らしながら、最後の力を振りしぼって、ありったけの笑顔を葉に見せていた。もしかしたら、それは、樹里の短かった生涯の中で最高の笑顔だったのかもしれない。
「葉くん……。私……みんなと一緒に……高校へ行けなかった……。
 保育園の先生になる夢も……すてきなお嫁さんになる夢も……かなわなかった……。
 だけど……今……私……世界でいちばん幸せな女の子だよ……。」
「三神……!」
葉は樹里の弱々しいかすれ声を聞きながら、とうとうお別れの時が来たのを悟って、声を詰まらせる。
「葉くん……最後の最後まで……私に付き合ってくれて……本当にありがとう……。
 お母さん……。最後に葉くんを呼んできてくれて……本当にありがとう……。
 今度……今度生まれてくる時は……きっと健康な体で生まれてくるからね……。」
「樹里……!」
樹里の言葉に耐え切れなくなった母が、悲痛な声で嗚咽しながら叫んだ。
父は何も言わずにうつむいたまま、母の後ろで全身を震わせている。
ベッドの周りでは、ようやく気を取り直した医師や看護師たちが静かに動き始めている。
葉はベッドの前で涙をこらえながら、黙って樹里の手を握りしめていた。今、葉が樹里のためにしてあげられる事。それは、樹里がほんの少しでも安らかな気持ちで天国へ旅立てるよう、最期の瞬間までずっと彼女の手を離さずに握っていてあげる事だけ……。
「葉くん……。」
ふと、樹里が何かを思い出したように、今にも消えそうな小さな声で葉に話しかけた。
「ん?」
葉は、もうすぐ最期の瞬間を迎えようとしている樹里の顔をじっと見つめながら、思わず聞き返す。

「……もう一度……樹里……って呼んで……。」

「!! ……―――っ……!!」

この言葉を聞いた次の瞬間、今まで泣くのを必死で我慢していた葉の目から、とうとう大粒の涙があふれ出した。
思えば、葉は樹里と付き合い始めてからも、彼女を“樹里”と呼ぶのが照れくさくて、たったの1度しか名前を呼んでいなかった。でも、樹里にとっては、それがずっと忘れられない大切な思い出になっていたのだ。
こんな事になるなら、樹里が元気な間にもっと名前を呼んでやればよかった……。

「――樹里……。」

激しい後悔と謝罪、そして樹里への精いっぱいの想いを込めて、葉は体中を震わせながら樹里の名前を口にする。樹里のベッドのシーツの上に、葉の涙が3〜4滴、ポタ……ポタ……と落ちて消えていった。
「――ありがとう……。」
葉からの最後の呼びかけを受け取った樹里は、もう見えなくなったはずの目で葉の顔を見つめ返すと、ニコ…と微笑んだ。
樹里の目から、綺麗に透き通った最後の涙が、頬を伝って静かに流れ落ちた。
「葉くん……。大好き……。」
それだけ言い終えると、樹里の両目がゆっくりと閉じられた。

そして、数秒後。
心電図のモニターが、無情にも「ピ―――……」と、乾いた音を立てて鳴り響いた……。

13二雪:2010/07/11(日) 08:46:47 ID:eETmOAnY0

「うう……っ! うううう――――っ!!」
今まで押さえに押さえていた様々な感情が一時にあふれ出して、葉は人目もはばからず号泣した。
もっと、もっと樹里とはいろんな事をしたかった。彼女と一緒に高校へ行きたかった。彼女と一緒に将来の夢もかなえたかった。それなのに……。それなのに……。
もう物を言わなくなった樹里のベッドにすがり付いて涙を流し続ける葉の傍で、樹里の母が静かに語り始めた。
「葉くん……。樹里は、今年の春から、もう手の施しようがないって、病院の先生から言われていたの……。」
「……。」
葉は何も言わずにすすり泣きながら、黙って母の話を聞いている。
「……それ以来、樹里は、進学も夢も何もかもあきらめてしまった……。
 私も夫も、何もできないまま、ただ黙って樹里の死を受け入れるための準備だけを進めてしまっていた……。」
「……。」
「それが……それが……最期には、こんなに幸せそうな顔で微笑んでいて……。
 私たち夫婦の前で……『世界でいちばん幸せな女の子だよ……。』って言ってくれて……。
 葉くん……! あなたには……何て……何てお礼を言えばいいか……!!」
こみ上げてくる涙で何度も何度も息を詰まらせながら、やっとの思いでそれだけ言い終えると、樹里の母は床の上にしゃがみ込んで、激しく泣き崩れた。
「樹里……!!」
樹里の母から精いっぱいの感謝の言葉を受け取った葉は、とめどなく流れ落ちる熱い涙で頬を濡らしながら、大切な女の子の名前をもう1度叫んだ。
ベッドの上に横たわっている樹里の死に顔は、樹里の母が言った通り、本当に幸せそうに微笑んでいた。もしも葉に霊感があったら、病室の中にまだ樹里の魂が留まっていて、こんな言葉をささやいているのが聞こえたかもしれない。

葉くん。ありがとう。
私、天国へ行っても、葉くんのことを忘れないよ。
さようなら……。



あれから半年以上の月日が過ぎて、葉とクラスメート達は無事に卒業式の日を迎えていた。
「うおー。卒業〜〜! みんな俺のコト忘れんなー!」
「今からみんなでメシ食いに行こーぜーっ!」
クラスメイトの男子たちは、卒業の喜びで早くも最高潮の気分にわき立っている。
そんな中、ひとりの男子の姿だけが校庭に見当たらなかった。
「あれ? 葉は?」
不思議そうに辺りを見回すひとりのクラスメイト。それに向かって、別のクラスメイトがあっさりとした軽い口調で返す。
「彼女の所だろ。」
「! ああ。そっか……。」

学校から少し離れた墓地の中にひっそりと建っている三神家の墓。
その前に、葉は穏やかな気持ちでたたずんでいた。
墓石の銘をじっと見つめていると、元気だった頃のあの樹里の可愛い笑顔が、今でもはっきりと目の前に浮かんでくる。
「……樹里。」
葉は、自分の目の前に樹里がいるような気分で、語りかけるように言った。
「俺、卒業したよ。」
葉の心の中に、樹里と過ごした数ヵ月の思い出が次々とよみがえってくる。
葉くん。大好き。
樹里が最期に言ってくれたあの大切な言葉は、これからもずっと、葉の心から消えることはないだろう。
葉は、墓石の前にそっとしゃがみ込むと、樹里の霊前に優しく語りかけた。
「……オレは不器用で。何ひとつ言えなかった。
 お前と一緒にいた時間。楽しくて幸せだった事も。
 ……手放したくないほど。好きで好きで仕方なかった事も。」
葉はそこまで言うと、自分の制服の第2ボタンをはずして、墓石の前にコト…と置いた。
「最期まで。幸せに生きてくれてありがとう。
 オレは。お前の分まで、強く生きてみせるから。」

墓石の前でそんな事をしゃべっている葉を、後ろから静かに見つめているひとりの女の子がいた。
今はもう体がなくなって、霊だけの存在になってしまった樹里。樹里は、墓石の前にいる葉の姿を見付けると、気付かれないように後ろからそっと抱き付いた。
そして、葉との楽しかった思い出に包まれながら、静かに空へ還(かえ)って行った……。


ねえ、葉くん。
私、葉くんが生きている間は。
ずっと天国から見守っていてあげるね。
そして。
いつか、私達が同じ世界に生まれ変わったら。
その時は、また一緒になろうね。
木々のように青かった私達の恋のゆくえは。
精いっぱい背伸びした。
瞬きほど一瞬の。
幸せな。
幸せな時間。



(おわり)

14二雪:2010/07/11(日) 09:03:56 ID:eETmOAnY0
『りぼん』愛読者の皆さんへ

……ふう。結局、全文を書き上げるまでに6時間以上、未明から朝までかかってしまいました。
もっとも、これは、文字や記号の間違いがないように、何回も読み直していたためでもあるのですけれど。
でも、私は今、不思議と眠くありません。長い間、気がかりで仕方がなかったことに
やっと決着を付けることができた達成感のためでしょうか。私はこれから用事があって
しばらく外出しますけれど、もしも私のいない間に、今までの全文をまとめて読んでみる
気力と根性のある人がいましたら、どうか左下の数字をクリックしてみて下さい。
それでは、私の書き込みはひとまず終了させていただきます……。

>>3-13


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