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えばんふみ先生について語るスレ

12二雪:2010/07/11(日) 08:04:24 ID:eETmOAnY0

「でも……。葉くんの手……あったかい……。すごくあったかいよ……。
 私……最期に……葉くんと会えて……よかった……。」
そう言いながら、樹里の目からはまた新しい涙があふれてきた。でも、それは、さっきまでのような死への恐怖と悲しみに染まった絶望の涙なんかじゃない。樹里自身もこの世に生まれてから今までに1度も感じたことのない、綺麗(きれい)で……温かくて……透き通っていて……優しい優しい涙だった。
自分の命はあと何分かでこの世から消える。それもたったの14歳で。そんな絶望の極致に置かれながら、樹里の心には、死への恐怖と悲しみの感情はもうなかった。自分の命が永遠に消えようとしているこの瞬間(とき)、世界でいちばん好きな人が自分の傍にいて、そっと優しく手を握ってくれている。それだけで……。
「三神……!」
樹里の優しい告白を聞いて、葉は思わず自分も泣き出しそうになりながら小さく叫ぶ。
「葉くん……!」
樹里は両目から流れ落ちる涙で頬を濡らしながら、最後の力を振りしぼって、ありったけの笑顔を葉に見せていた。もしかしたら、それは、樹里の短かった生涯の中で最高の笑顔だったのかもしれない。
「葉くん……。私……みんなと一緒に……高校へ行けなかった……。
 保育園の先生になる夢も……すてきなお嫁さんになる夢も……かなわなかった……。
 だけど……今……私……世界でいちばん幸せな女の子だよ……。」
「三神……!」
葉は樹里の弱々しいかすれ声を聞きながら、とうとうお別れの時が来たのを悟って、声を詰まらせる。
「葉くん……最後の最後まで……私に付き合ってくれて……本当にありがとう……。
 お母さん……。最後に葉くんを呼んできてくれて……本当にありがとう……。
 今度……今度生まれてくる時は……きっと健康な体で生まれてくるからね……。」
「樹里……!」
樹里の言葉に耐え切れなくなった母が、悲痛な声で嗚咽しながら叫んだ。
父は何も言わずにうつむいたまま、母の後ろで全身を震わせている。
ベッドの周りでは、ようやく気を取り直した医師や看護師たちが静かに動き始めている。
葉はベッドの前で涙をこらえながら、黙って樹里の手を握りしめていた。今、葉が樹里のためにしてあげられる事。それは、樹里がほんの少しでも安らかな気持ちで天国へ旅立てるよう、最期の瞬間までずっと彼女の手を離さずに握っていてあげる事だけ……。
「葉くん……。」
ふと、樹里が何かを思い出したように、今にも消えそうな小さな声で葉に話しかけた。
「ん?」
葉は、もうすぐ最期の瞬間を迎えようとしている樹里の顔をじっと見つめながら、思わず聞き返す。

「……もう一度……樹里……って呼んで……。」

「!! ……―――っ……!!」

この言葉を聞いた次の瞬間、今まで泣くのを必死で我慢していた葉の目から、とうとう大粒の涙があふれ出した。
思えば、葉は樹里と付き合い始めてからも、彼女を“樹里”と呼ぶのが照れくさくて、たったの1度しか名前を呼んでいなかった。でも、樹里にとっては、それがずっと忘れられない大切な思い出になっていたのだ。
こんな事になるなら、樹里が元気な間にもっと名前を呼んでやればよかった……。

「――樹里……。」

激しい後悔と謝罪、そして樹里への精いっぱいの想いを込めて、葉は体中を震わせながら樹里の名前を口にする。樹里のベッドのシーツの上に、葉の涙が3〜4滴、ポタ……ポタ……と落ちて消えていった。
「――ありがとう……。」
葉からの最後の呼びかけを受け取った樹里は、もう見えなくなったはずの目で葉の顔を見つめ返すと、ニコ…と微笑んだ。
樹里の目から、綺麗に透き通った最後の涙が、頬を伝って静かに流れ落ちた。
「葉くん……。大好き……。」
それだけ言い終えると、樹里の両目がゆっくりと閉じられた。

そして、数秒後。
心電図のモニターが、無情にも「ピ―――……」と、乾いた音を立てて鳴り響いた……。


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