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えばんふみ先生について語るスレ

5二雪:2010/07/11(日) 02:59:14 ID:eETmOAnY0

「……帰りたくないな。」
三神家の門の前で、樹里がボソッとつぶやいた。
辺りはすでにどっぷり日が暮れて、空の上には丸いお月様まで顔を出している。
「何を言ってるんだい? 君は。」
あの海辺のデートの後、ここまで樹里を送ってきた葉が、
樹里のつぶやきを聞きとがめて質問した。
「だって。何か時間たつの早いんだもん。もっと喋りたい。」
「ダメダメ。もう遅いし。ホラ、帰った帰った!」
葉は樹里のお願いをあえて無視して、右手でぱっぱっと樹里を振り払うような
仕草をした。これ以上、ここでのんびりしていたら、家の中から樹里の父が出てきて
怒られるようなことにもなりかねない。
「……。」
葉の言い付けにしばらく黙っていた樹里は、
「……そうだね。葉くん、意外と手、早いもんね……。」
半分冗談の口調でそんなことをつぶやき、ポ…と顔を赤らめた。
樹里の口から出てきた予想外のセリフに、葉は半ばあきれた表情で沈黙している。
オイ。俺がそんなスケベ男に見えるのか。もっとも、お願いされたとはいえ、
さっき海で三神とキスをしたのは、ごまかせない事実なんだが……。
「分かりましたー。帰りますよ―――。」
ちぇー、と軽くため息をつきながら、樹里はゆっくりと門の扉に手をかけた。
その後ろから、葉が思い出したように声をかける。
「夏休み。たくさん会えるよ。」
その言葉に、樹里が少し大きく目を見開いた。その顔には、予想もしなかった
葉の言葉に対する驚きと、夏休みへの期待の表情がはっきりと表れている。
「あ。でも、俺ら受験生だし。勉強もしないとだな。」
はは、と苦笑しながら、葉はあわてて受験生の心得を付け加える。
そんな葉の顔を見つめながら、樹里はこれからも自分が病気なんかと関係なく、
ずっと葉といられそうな気がして、心の底から喜びを感じていた。
「今日はありがとう。楽しかった。またね!」
樹里は笑顔でそう言いながら、キイ…と門の扉を開けて家に入り、玄関のドアを閉める。
パタン……。
ドアの閉まる音を聞きながら、葉はしばらくの間、無表情で三神家の門の前に立ち尽くしていた……。

カタン……。
玄関の方でかすかな物音がしたのを、樹里の両親が気付いた。
「樹里? 帰ってるの?」
縫い物をしていた手を止めて、母がリビングからひょこっと顔を出す。
電灯の光が消えている暗い玄関。そこにたのは、土間の上で靴をはいたまま、
胸を押さえてしゃがみ込んでいる樹里の姿。
「樹里!? どうしたの!? もしかして、またどこか体が――……。」
驚いて樹里のそばに駆け寄り、声をかける母。
「……お母さん。……たい。……痛い……っ。」
胸の奥にただならない痛みが感じられるのを母に訴えながら、樹里の頭の中では、
『夏休み。たくさん会えるよ。』という、さっきの葉の言葉が繰り返されていた。

純粋に。
未来を語る君。
私には。君が。
まぶしくて仕方なかった。


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