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ID再考 & 科学と疑似科学とを判別する

1Ken:2024/02/10(土) 17:54:47 ID:j5b29EhE
仕切り直します。

新しいスレッドも、基本的な課題設定から始めます。

2Ken:2024/02/10(土) 17:58:02 ID:j5b29EhE
前段は、1つ前のスレッドで投稿した、鳥の進化に関する考察です。そのあと、本題である科学と疑似科学の判別を論じます。基本的には、過去の5年間におこなった私の投稿を整理し、一部編集を加えたものです。

私の立場は、鳥のような個別の進化をインテリジェント・デザインと見なす仮説は、正しいかもしれないし誤りかもしれないが、疑似科学ではない、というものです。つまり定説を含む、世にある科学理論群と同じです。そもそも、特定の科学理論を、まともな科学でない、などと言う人の大半は、科学への浅薄な知見しかなく、深く考えもせずそんなことを言ってるだけ。そのことが分かる文章になってます。

異論のある方は書き込まれてかまいませんが、課題設定を読むことなく、思い込みだけで、投稿するのはやめてください。もっとも、読んでも理解できず、しかも自分が理解できてないことも理解できず、同じスレッドに書き込ませろと駄々をこねる、救いようのない人は、いるのでしょうけど。

では、次の投稿から、課題設定が始まります。

3Ken:2024/02/10(土) 18:03:17 ID:j5b29EhE
私が、鳥の進化にID(意図的な品種改良)の可能性を見るのは、この進化を自然選択で説明するのは力学的な無理がある、と考えるからです。それを検証すべく、旧スレッドにて駆け上がりモデルを例に、仮説の合理性を何度も尋ねました。

jbbs.shitaraba.net/study/5329/#4

しかし、返ってきた回答は「化石や現生物の証拠がある」のような一般論ばかりで、そこを追及すると「IDは人の想念」という、論点外しの逃げ口上が繰り返されました。

この結果を受け、自然選択で鳥の進化を説明するのは、やはり無理があると考えますので、あらためて、ここで説明します。まず、駆け上がり(Wing-assisted incline running)モデルについて。私の情報源は、ウィキペディアの記事です。
en.wikipedia.org/wiki/Origin_of_avian_flight#Wing-assisted_incline_running

この記事にあるように、駆け上がりモデルとは、鳥の先祖の恐竜が、捕食者に追われ、木の上に逃げる時、羽毛を持つ腕を上方向に動かし(upstrokes)、その反作用として恐竜本体は下向きの力(downforce)を受け、結果として、足が木をしっかりと捉えるので(increased grip)、効率よく木登りができる、というものです。そのような機能に優れた個体が、多くの子孫を残し、やがて飛翔できるほどの羽ばたき能力をもつ鳥に進化した、というものです。

でも、翼を羽ばたき上げて空気を上に押すのでは、鳥の飛翔と反対です。前者の進化から、後者を生じるものでしょうか?

初歩的な力学から語りましょう。仮に、翼が木の板のような剛体だと想像してください。これを、どれだけ羽ばたいても飛翔には至りません。翼を下に動かすと本体は上向きの力(揚力)を得ますが、次に上に動かせば、最初の結果を帳消しにする下向きの力を得るからです。結局、重力の影響だけが残り、物体は地に落ちます。

現生種の鳥は、翼を下に動かす時と上に動かす時で、空気の捉え方に差をつけ、この問題を解決しています。翼自体が下向きにカーブしてますし、さらに角度を調節し、翼を下に動かす時は空気を捉え、上に動かす時は空気を流すのです。これは、飛行に不可欠な要素で、この上下方向の非対称性がなければ、翼を動かす力がどれだけ強くても、飛行はできません。翼が空気に与える下向きの運動量をPd、同じく上向きの運動量をPuとすると、Pd > Puが飛行の必要条件です。飛行する鳥は、それを可能にする翼の構造をもっています。

ところが、駆け上がりモデルはどうでしょうか。空気を上に押すなら、角度調節は、今の鳥とは逆方向に行わねばなりません。Pd < Puが要求されるということです。そのような構造を獲得した個体が、効率よく木を登り、捕食者から逃れることで、繁殖します。進化が進むほど、Pdはより小さく、Puはより大きくなることでしょう。つまり飛行する鳥の構造から遠ざかることを意味します。

これで、どうして恐竜が鳥に進化するのでしょうか?

4Ken:2024/02/10(土) 18:05:13 ID:j5b29EhE
駆け上がりモデルには、もう1つの問題があります。鳥の先祖とされる恐竜は、実際にそんな行為をしたのでしょうか?

現在の鳥の幼鳥にやるものがいるから、過去の生物がやってもおかしくないといいますが、完全な鳥に進化した生物の子供と、これから進化する生物では、条件が異なります。

イワシャコの雛は、飛行する構造の翼をもって生まれてくるし、成長すれば、空を飛ぶのです。ゆえに、羽ばたきながら駆け上がることで、翼を動かす筋肉を鍛える意味があるかもしれません。

でも、鳥に進化する前の恐竜は違います。成長しても、その個体は飛行できません。ゆえに、翼を羽ばたく意味とは、木の幹を駆け上がる効率を向上させること、それだけなのです。

それなら、翼を羽ばたくよりも、前肢で木を掴むなり、幹に爪を立てるなりして、体を引き上げる方が、よほど効果的ではないでしょうか。現在の鳥とは異なり、2足恐竜なら、そのための前肢があるでしょう。四肢全部を使って木に登るのなら、四肢全部で木の幹を下に押せばよいのです。なんのために、効率が悪く、捕食者に捕まるリスクが大きいはばたきをするのでしょうか。

要するに、鳥の先祖の恐竜が、よしんば羽ばたきながら駆け上がる体構造をもってたとしても、そんな行為を行うとは考えられない、ということです。われわれ人間で考えてみましょう。人間の体構造は、四つ足で這うことも可能です。人によっては、逆立ちして歩くこともできます。でも、誰も実生活で、そんなことをやりません。移動手段として、効率が悪いからです。

5Ken:2024/02/10(土) 18:06:12 ID:j5b29EhE
しかし、駆け上がりモデルのような、走行モデルを基礎にした仮説の最大の問題は、飛行へ向かう進化が、もし起こるとして、起こってから生じるのです。旧スレッドでも述べましたが、走行生物が飛行生物に変わる進化では、

1.揚力を生む翼を大きく堅牢にする
2.体重、とりわけ飛行に不要な脚を軽量化する
3.体の重心を上げ、翼の高さに合わせる

のような構造変化が必要です。ところが、すくなくとも滑空ができるようになるには、つまり大気で体重を支えられるようになるには、このような変化が相当程度進まねばなりません。飛べるようになるまでは、その恐竜は依然として走行生物であり、地上を走って捕食し、捕食者から逃れるのです。

しかし、上記の体変化は、始まった瞬間から、走行機能を阻害します。大きな翼は空気抵抗を増やすだけだし、小さな脚はむろん走力を弱めます。また脚で走る生物が重心を高くすれば、安定を失い、失速し、最悪は転倒するでしょう。これでは、飛行能力を得て繁殖する前に、走行能力を失って淘汰されるだけです。

そもそも、駆け上がりモデルや飛びかかりモデルのような、走行生物を前提にした仮説が考え出された理由は、走行モデルに力学的な無理があるからです。(参照記事)

この記事の後半に書かれるように、恐竜が走る途中で翼を広げてジャンプすれば、直ちに空気抵抗で減速するし、バランスも保持できません。この問題の解決策として、木の幹を駆け上がったり、高所から獲物に飛びかかるモデルが考案されたのでしょうが、駆け上がりや飛びかかりをやるには有利な体変化としても、基本機能である走行を犠牲にするなら、生存のためには本末転倒です。旧スレッドでも述べましたが、高所から降りる時に有利だからといって、ずっとハンググライダーを着けたままで、生活する人がいますか、ということです。

6Ken:2024/02/10(土) 18:08:01 ID:j5b29EhE
これまで述べてきたように、鳥の進化のモデルとして提唱されてる仮説には、力学的な無理があるのです。それは、自然選択が働く環境では、淘汰される体変化であることを意味します。一方、そのような変化があっても繁殖しうる条件として、観測例があるのは、飼育者がいる場合です。人間に飼育されるブタやイヌが、イノシシやオオカミ以上に繁殖するように。

むろん、鳥が発生した時代に、そのような飼育者がいた証拠は、これまでに見つかってません。言い換えれば、これまでに構築されてきた地球生物史の体系とは、整合しないということでしょう。

しかし、そうなると、地球生物史の体系と整合するか、力学の体系と整合するか、どちらを優先するかが問われます。そしてその場合、優先されるべきは力学の知識体系です。なぜなら、力学は物理法則に依るもので、生物史よりも根源的な法則だからです。

実は、力学的な無理を伴わない、鳥の進化仮説が1つあります。樹上モデルです。鳥の先祖の生物が、ムササビのように樹上で暮らし、木から木へ飛び移る生活の中で、滑空から飛翔に至る能力を進化させることです。なお、この場合の樹上モデルとは、地上の生物が木に登ることもある、という意味ではありません。ムササビのような完全樹上生活者で、もはや地上を走ることはなく、飛行へ向かう構造変化で、走行機能を劣化させても問題ない、というケースのことです。

しかし、化石から分かる骨格では、鳥の先祖は地上を走る恐竜と考えられます。ウィキペディアの記事によると、始祖鳥の足の親指は、木にとまる鳥のように後ろを向かず、地を走るダチョウのように前を向いてます。一方で、爪の曲率が木にとまる鳥に近いとも書かれてますが、それだけでは、せいぜい「時に木に登ったかもしれない」といえるだけで、樹上モデルの必要条件である、完全樹上生活の根拠にはなりません。基本構造が、地を走る恐竜なのだから。
en.wikipedia.org/wiki/Origin_of_avian_flight#Arboreal_model

提唱される諸仮説の中で、唯一、力学的合理性がある樹上モデルに支持が集まらないのは、このように化石の証拠と合わないからです。化石の証拠は、鳥の先祖は地上を走る恐竜だったという走行モデルを支持するが、力学的な無理がある。そこで、駆け上がりモデルや飛びかかりモデルが考案されたが、依然として力学的な無理がある、というのが、私が説明してきたことです。

なら、やはり、自然選択に拘るより、化石の証拠と力学を両立させる仮説として、品種改良者を想定し、力学問題があっても繁殖できたと考えるのが私の論点です。鳥への進化は、化石が示す通り走行モデルであったが、その生物を淘汰させなかった飼育者がいた、ということです。すくなくとも、それは、疑似科学とか、科学の土俵に登らない、などと言って、切って捨てられるようなものではありません。

その、科学と疑似科学の問題を語りましょう。ここまで鳥の話をしたのは、IDが疑似科学ではないことを示すためです。スレッドの主題はここからです。

7Ken:2024/02/10(土) 18:09:21 ID:j5b29EhE
IDをめぐる議論がしばしば混乱するのは、理論の可否以前に、そもそも科学の態をなさない、という批判が寄せられることにあります。

同じ課題を扱う諸仮説に優劣がつくことはあります。1つの理論が別の理論よりも支持を集めるわけです。17世紀から続いた光の正体論争には、光粒子説が優勢だった時代と、光波動説が優勢だった時代がありますが、支持の弱い理論でも、疑似科学と呼ばれたわけではありません。理論の比較優位と、科学疑似科学は、別の問題だからです。

数年にわたって続けてきた一連のスレッドで、私は、科学と疑似科学を判別する客観的な基準が存在しうるのかを検証してきました。具体的には、議論の相手に、基準を提示させ、その基準が普遍的に適用されるのかを、調べることです。基準としては、

1.科学理論は、反証可能であるべき(基準01)
2.対立説の否定ではなく、自説を支持する証拠を示すべき(基準02)
3.論理的な矛盾があってはいけない(基準03〜)

といったものが提示されてきました。これに対して私がやってきたのは、これらの基準で、天地創造論やID論ではなく、熱力学第2法則のような、広く受容されている理論を判定することでした。そうする理由は、一部の理論は初めから疑似科学と、問答無用で決めつけられており、判定基準などあと付けではないか、と疑ったからで`す。

そして5年以上続けた議論の結果は「やはりそうだった」というものでした。上記の基準は一見合理的に見えますが、普遍的に適用すれば、定説を含む多くの理論を、疑似科学と判定してしまうのです。過去の投稿に編集を加えながら、説明しましょう。最初は、基準01です。

1.科学理論は、反証可能であるべき(基準01)

これを論じたのは2020年11月18日の投稿が最初でした。まず「反証」には本当に意味があるのか、反証された理論は本当に棄却されるのか、という問題に、元素周期表の例を挙げ、そうとはいえない、と説明しました。

8Ken:2024/02/10(土) 18:10:34 ID:j5b29EhE
そもそも、ある理論への「反証」が現れたとき、科学はどう応じるのでしょうか? 私たちはよく、「定説でも1つの反証で崩れる」などと耳にしますが、本当にそうでしょうか? 科学史の1事例で考察してみます。その事例とは元素周期表の歴史です。以下の文章の情報源はアジモフの2書、「Asimov's Guide to Science」と「Noble Gases」で、周期表の考案者メンデレーフの事績を語ります。

メンデレーフは当時知られていた元素を原子量の順に並べることから始めました。このようにです。

水素、リチウム、ベリリウム、ホウ素、炭素、窒素、酸素、フッ素、ナトリウム、マグネシウム、アルミニウム、シリコン、燐、硫黄、塩素、カリウム、カルシウム、(以下略)

見てのとおり、ヘリウム以下の貴ガスはまだ知られていません。こう並べると、元素の1原子が結合できる原子数を表す「原子価」が規則的に増減し、同じ原子価が何度も現れます。ここからメンデレーフは、現在の周期表の原型を考案したのです。1869年のことでした。

元素周期表は広範な支持を得ました。最大の利点は未知の元素を予言したことで、カリウムと同じ周期にアルミニウムとシリコンの同族元素があると予言し、そのとおりに1875年にガリウムが、1886年にはゲルマニウムが発見されました。1879年のスカンディウムの発見も周期表が予測したものでした。

大成功した周期表ですが、問題が2つありました。

1つは「順序を守らない元素」の存在です。原子量127.6のテルルは126.9のヨウ素より後に来るはずですが、原子価ではテルルはセレンの同族で、臭素の同族のヨウ素の前に来ます。同じく、コバルトの原子量58.9はニッケルの58.7より大きいのに、原子価ではコバルトが先に来ます。元々メンデレーフが元素を並べる基準は原子量しかなかったのだから、これは矛盾で、当時は誰も説明できませんでした。

でも、説明できないなら、それはメンデレーフ理論への反証ではないのでしょうか?

メンデレーフ自身も、1894年に発見が報告されたアルゴンを新元素と認めませんでした。アルゴンは史上初めて確認された原子価=0の元素で、そのことも疑惑を生んだのでしょう。実在するなら原子価=0のアルゴンは塩素とカリウムの間に入るはずだが、アルゴンの原子量40.0はカリウムの39.1より大きかったのです。メンデレーフは観測されたのは新元素ではなく「N3」だろうと主張しました。酸素原子が3つでオゾン(O3)を作るように、窒素原子3つの分子だというのです。

第2の問題は、周期表のある地点から、元素の化学特性が変わらなくなることでした。ランタンはイットリウムの同族ですが、ランタンの後もイットリウムの同族元素が続くのです。後に「レアアース」と呼ばれるこれらの元素も説明がつかないから、メンデレーフ理論への反証だったはずです。

今の私たちは、その後の歴史を知ってます。20世紀に電子殻の構造が解明され、原子価は原子量で決まるものでないこと、電子殻は必ずしも順番に埋まるわけではないことから、「順序を守らない元素」もレアアースも説明されるようになりました。ですが、その解明がなされたのは1910年代から20年代で、メンデレーフ理論の半世紀も後のことです。その半世紀の間、この理論にはいくつもの反証があったわけですが、当時の人は理論を棄却しませんでした。反証を反証とは考えなかったのです。

では当時の人は、どう考えたのか?

一見矛盾に見える事例も、いつか説明されると信じて、反証と見なすことを拒絶したのでしょう。では、もし彼らが反証と見なすことがあるなら、何が必要だったのでしょうか?

矛盾を説明する理論は現れないと確信することです。これは「反証」の重要なポイントです。反証を反証とみなすには、矛盾を説明する理論は存在しないことが条件になるのです。

9Ken:2024/02/10(土) 18:11:52 ID:j5b29EhE
さて、私が、反証不可能な理論の代表例に挙げるのが、熱力学第2法則ですが、それを説明する前に、読者の理解を助けるため、次の投稿を入れました。

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熱力学第2法則は確率論に立脚するので、まずは確率論の反証可能性から語ります。

双六で用いる普通のサイコロがあると考えてください。このサイコロを振って「1」の目が出る確率は1/6ですから、600回振れば100回前後、6000回振れば1000回前後は「1」の目が出ることが、確率の法則から予測されます。

では、もしサイコロを6000回振って、すべて「1」が出たら? その事実を反証と見なして、私たちは確率の法則を否定するでしょうか?

絶対にそうはならないはずです。その場合は、なにかの原因があるはずと、私たちは考えるでしょう。サイコロ自体がいかさまであるのか。サイコロ師がよほど特殊な振り方をしたのか。サイコロでもサイコロ師でもない、何か環境的な原因があるのか。そういうことを考えて、原因を探すはずなのです。

問題はここからです。一定の努力を傾け時間をかけて探しても、原因が見つからないときは、どうするのでしょうか? もはや特別の原因はないと結論して、確率の法則を否定しますか?

できないはずです。数学理論を実事象の観測だけで否定することなどできません。数学理論を覆せるのは数学理論しかなく、サイコロの目のような物理現象では否定されません。よって「1」ばかりが出る原因を永久に探し続けるはずなのです。これは、言い換えれば、「このような事象が観測されたら、確率の法則は反証される」という事象を、具体的に想像できないということです。よって、確率の法則は反証不能になります。

10Ken:2024/02/10(土) 18:13:22 ID:j5b29EhE
以上の予備説明のあと、熱力学第2法則が、なぜ反証不可能であるかを、語りました。

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さて、熱力学第2法則ですが、まずはこの法則を解説します。非常に初歩的で冗長なものになりますが、我慢してください。

ここに3つのボールがあるとします。区別のため「A」「B」「C」と名前を入れます。3つのボールをある高さから落下させ、下に開いた箱を3つ置きます。箱には「1」「2」「3」と番号を付けましょう。ボールがどの箱に入る確率も同じ、つまり1/3です。

実験を繰り返せば、3つが同じ箱に入ることも、別の箱に分かれることもあるでしょう。その確率はどうなるでしょうか? その計算には、3つが同じ箱に入る場合と別の箱に分かれる場合が、それぞれ何通りあるかを数えます。

同じ箱に入る場合は3通りあります。
[1]ABC [2]空 [3]空
[1]空 [2]ABC [3]空
[1]空 [2]空 [3]ABC

別の箱に分かれる場合は6通りあります。
[1]A [2]B [3]C
[1]A [2]C [3]B
[1]B [2]A [3]C
[1]B [2]C [3]A
[1]C [2]A [3]B
[1]C [2]B [3]A

ゆえに、同じ箱にまとまる確率は、別の箱に分かれる確率の半分になります。この、同じ箱にまとまるのがエントロピーが小さい状態、別の箱に分かれるのが大きい状態です。つまりエントロピーが増大するとは、確率の大きな状態になることです。

わずか3つのボールと箱でも、エントロピーが小さい状態は大きい状態の1/2の確率ですが、ボールと箱が4つなら、これが1/6になります。ボールと箱が5つなら1/24、6つなら1/120と、エントロピーが小さい状態は生じにくくなり、ボールと箱が100あると、156桁もある数値分の1という奇跡のような確率になります。しかし実際の熱力学現象での分子や原子の数は到底こんなものではありません。

例えば水の分子量は18ですから、わずか18ccの水の分子の数は6.02 × 1023。こんな数だと、上記の確率を電卓ではもう計算できません。ましてや浴槽を満たす水では? 海の水では? それどころか宇宙全体の素粒子なら? こう考えると、エントロピーが減少するとは、サイコロの目が6000回すべて1になることを、はるかに極端にしたものと納得されるでしょう。熱力学第2法則は確率論そのものなのです。

では、もしエントロピーが減るように見える現象が観測されたら? 例えばコップの水に垂らしたインクが拡散せず逆に1点に集まるとか。あるいは高温の物体と低温の物体が接触し、高温側がさらに熱く、低温側が一層冷たくなるとか。私たちはそれを見て、第2法則が反証されたと考えますか?

考えないでしょう。例えば冷蔵庫は熱を低温側から高温側へ移動させますが、一見エントロピーが減ったようでも、冷蔵庫を動かす電力を作る発電所で燃料を燃やし、石油や石炭の内部エネルギーを散逸させており、結局エントロピーは増大しています。私たちはそのような理由を探すはずです。

そして、サイコロと同じで、問題はここからです。冷蔵庫の場合のような理由を探しても見つからない時は、第2法則が反証されたと考えますか?

考えません。確率論そのものである第2法則は、確率論自体を否定しない限り、否定できません。一見、反証に見える事象でも、必ずあるはずの理由の探求が永遠に続くだけで、「こういう事象が観測されたら第2法則は否定される」という事象を想像できません。よって反証不能です。

11Ken:2024/02/10(土) 18:15:19 ID:j5b29EhE
非常に重要な点なので、繰り返し強調します。熱力学第2法則は反証不可能です。「反証」に見える事象がどれだけ見つかろうが、法則を棄却することはできません。ミチオ・カクは著書の中で、宇宙物理学者で数学者だったアーサー・エディントンの言葉を紹介しています。オンラインで公開されてるので、関心があれば、290頁の2つめの段落を見てください。
archive.org/details/parallelworldsjo0000kaku_f9n4/page/290/mode/2up?view=theater

The law that entropy always increases -- the Second Law of Thermodynamics -- holds, I think, the supreme position among the laws of Nature . . . If your theory is found to be against the Second Law of Thermodynamics, I can give you no hope; there is nothing for it but to collapse in deepest humiliation.


反証不可能な理論は、第2法則だけではありません。さらに例を挙げました。

12Ken:2024/02/10(土) 18:16:37 ID:j5b29EhE
まだ終わりではありません。次はメンデルの法則を考えましょう。19世紀のメンデルがマメ科の植物を観察して得た結論です。優性遺伝子と劣性遺伝子が交配すると、「子」の世代ではすべて優性遺伝子の表現型が現れ、「孫」の世代では3対1で優性が現れるといいます。これも確率の法則に立脚したもので、「孫」の世代が受け継ぐ遺伝子の組み合わせには、

[1]父親から優性、母親から優性
[2]父親から優性、母親から劣性
[3]父親から劣性、母親から優性
[4]父親から劣性、母親から劣性

の4通りがあり、[4]の場合のみ劣性遺伝子の表現型を示すからです。高校(中学でしたか?)の授業で教える、基本中の基本です。

では、メンデルの法則の反証とはどんなものでしょうか? 「孫」の世代が3対1ではなく2対1になる事象が、十分なサンプル数で観測されたら、反証になりますか?

ならないはずです。やはりサイコロやエントロピーと同様に、そうなる原因が探索されるでしょう。その形質に影響する遺伝子が複数あるのか。遺伝子以外の環境的要因が働いているのか。そして、結局サイコロやエントロピーと同じ問題に行き着きます。法則どおりにならない原因を発見できなかったとき、どうするかです。

結局メンデルの法則も事情は同じです。確率の法則を数学の問題として否定しないことには、メンデルの法則を否定はできず、原因の探索が無限に続くだけです。

サイコロ、エントロピー、遺伝という3つの事例にまつわる法則を考察し、事象の観測だけでは反証できないことを述べてきました。3つとも確率論に立脚しているのが理由ですが、実のところ、確率論とは関係のない法則でも、結局は同じ問題に行き着くのです。

どんな法則であれ、一見、反証と思える事象が観測されても、実はそれを説明する理由があるかもしれません。(いかさまサイコロのように)。そんな理由はないことを明らかにしなければ、反証を反証として受け入れることができません。これこそ、最初に持ち出した元素周期表で起こったことで、新しいレアアースがどれだけ見つかっても、それを説明する理由が、つまり後世の電子殻理論のようなものが、存在しないといえなければ、反証はできないことになります。その法則が確率論に立脚していようが、いまいが。

ですが、「存在しない」ことを証明するのは「悪魔の証明」です。誰にもできません。そして、ここまでくると、反証不能な理論の数は著しく増大するのです。

13Ken:2024/02/10(土) 18:18:15 ID:j5b29EhE
ID論が「疑似科学」とされる理由の1つが反証不能といわれます。以前に紹介した記事で、ドーキンスもそれを言ってます。
www.theguardian.com/science/2005/sep/01/schools.research

「それに比べて」とドーキンスは続けます。「進化は反証可能である。もし先カンブリア時代のウサギの化石が見つかったら進化は反証される」という言葉を紹介しています。

しかし、以前に言ったことの繰り返しですが、このような言い方は論理の歪曲で、ドーキンスこそ疑似科学者ではないかと、私が疑う理由なのです。IDと進化を対比させても意味がありません。進化とは生物種が時間的経過の中で変わることですが、IDはそれを否定しないからです。

IDの対立仮説は進化ではなく自然選択です。過去の進化の一部に注目し、自然選択と人為的干渉のどちらが合理的に説明するかを問うのがID論です。ドーキンスがIDを反証不能と論難するなら、彼は進化ではなく自然選択が反証可能と言わねばなりません。

でも、自然選択は反証可能ですか?

反証可能と思う人は、反証になりそうな具体事象と、それが現実になった場面を想像してみるべきです。そのとき自分は自然選択を否定するかと。

工場の煤煙のせいで黒い蛾が増えたという、おなじみの話があります。町並が黒くなり、蛾の黒い色が保護色となって、捕食されにくくなったと。では、もし、町並が黒くなる中で、白い蛾が増えたら、自然選択は反証されるでしょうか?

されないはずです。そもそも保護色だけが繁殖に有利とは限らず、孔雀の羽のように目立つことも有利になりうるから、蛾でも同じ想像をする人が現れるでしょう。また、色自体は要因ではなく、蛾の体内に何らかの化学物質が生じ、それが代謝の効率を高めたり、特定の病気への耐性を強めたので、白い色はその物質の副産物という想像がなされるかもしれません。もし、煤煙が起こす健康障害への耐性を強める物質なら、煤煙と正相関を示す形で白い蛾が増えるはずです。

そのような事情は一切ないと結論されて、初めて自然選択は反証されるのです。でもそんなことが可能ですか? 「先カンブリア時代のウサギ」に該当する、自然選択を反証する事象とはどういうものでしょうか?

結局ここでも周期表や第2法則やメンデルの法則と同じことが起こります。一見、反証に見える事象があっても、別の理由があってそうなるだけかもしれず、そのような理由は「ない」ことを証明しなければ、つまり悪魔の証明をやらなければ、反証とは見なされません。

14Ken:2024/02/10(土) 18:19:27 ID:j5b29EhE
私は以前に、クォークやモノポールのような素粒子の存在を反証できるかと尋ねたことがあります。ただ、第2法則や自然選択と比べれば、素粒子の反証はまだ望みがあるかもしれません。なぜなら対象となる素粒子に具体的な特徴があるからです。

例えば、ゲルマンが提唱したクォークなら端数の電荷という特徴があり、クォークの実観測を試みた人は端数電荷を探したといいます。存在証明はそれでよいとして、反証はどうやるのか。私には思いつきませんが、もしかしたら背理的に証明できるかもしれません。つまり陽子や中性子の内部に端数電荷が実在するなら起こりえない現象を見つけるのです。それがどんな現象なのか想像もつきませんが、一般論としては、具体的な特徴があるほど背反現象を見つける望みが出ます。

でも、反証が反証でないことを示す理由、たとえば、

*本当はエントロピーが増えてるのに減ってるように見える
*本当は自然選択で白い蛾が増えてるのに、自然選択に逆らってるように見える

このような、具体的な特徴が何もないものに、どうやって背反現象を想定できるでしょうか?

それとも、「反証」とはそこまで厳密なものではなく、「矛盾があるかもしれない」程度でも、反証と考えるのですか? 例えば、熱が低温から高温に移動することが観測され、かつ冷蔵庫のような明らかな理由が見つからない場合は、それが見つかるまでは反証と考えるのですか?

でも、そこまで反証の定義をゆるめるなら、今度はあらゆる理論が反証可能になり、反証の意味がなくなりませんか? 早い話が、天地創造論も反証可能です。『創世記』を読むと、神は昼と夜を分ける光を2度創造したことになります。初日に昼夜を分け、その後、天と地を作り、植物を作った後、4日目にもう1度昼夜を分ける光を作り、それから動物を作ったとあります。いかに全能の神でも、既に分かれている昼と夜を、どうやって分けられますか。そこを突けば反証になります。




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