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ID再考 & 科学と疑似科学とを判別する
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私は以前に、クォークやモノポールのような素粒子の存在を反証できるかと尋ねたことがあります。ただ、第2法則や自然選択と比べれば、素粒子の反証はまだ望みがあるかもしれません。なぜなら対象となる素粒子に具体的な特徴があるからです。
例えば、ゲルマンが提唱したクォークなら端数の電荷という特徴があり、クォークの実観測を試みた人は端数電荷を探したといいます。存在証明はそれでよいとして、反証はどうやるのか。私には思いつきませんが、もしかしたら背理的に証明できるかもしれません。つまり陽子や中性子の内部に端数電荷が実在するなら起こりえない現象を見つけるのです。それがどんな現象なのか想像もつきませんが、一般論としては、具体的な特徴があるほど背反現象を見つける望みが出ます。
でも、反証が反証でないことを示す理由、たとえば、
*本当はエントロピーが増えてるのに減ってるように見える
*本当は自然選択で白い蛾が増えてるのに、自然選択に逆らってるように見える
このような、具体的な特徴が何もないものに、どうやって背反現象を想定できるでしょうか?
それとも、「反証」とはそこまで厳密なものではなく、「矛盾があるかもしれない」程度でも、反証と考えるのですか? 例えば、熱が低温から高温に移動することが観測され、かつ冷蔵庫のような明らかな理由が見つからない場合は、それが見つかるまでは反証と考えるのですか?
でも、そこまで反証の定義をゆるめるなら、今度はあらゆる理論が反証可能になり、反証の意味がなくなりませんか? 早い話が、天地創造論も反証可能です。『創世記』を読むと、神は昼と夜を分ける光を2度創造したことになります。初日に昼夜を分け、その後、天と地を作り、植物を作った後、4日目にもう1度昼夜を分ける光を作り、それから動物を作ったとあります。いかに全能の神でも、既に分かれている昼と夜を、どうやって分けられますか。そこを突けば反証になります。
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