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配偶者がカルトに入ったらどうしますか
1
:
管理者
:2002/06/29(土) 12:05
妻顕さんより、スレッドテーマのご提案がありましたので、スレッドを立ち上げます。皆様の活発な議論を期待いたします。なお、提案趣旨は以下の通りです。
わたしはHNそのままの境遇に居ります。自分の配偶者がカルトまたはカルトといわれる宗教団体に入ってしまったとき、あなたならどうしますか?どういう行動を起こしますか?と言うようなテーマでスレッドを立ち上げていただけませんでしょうか。できれば特定の団体の誹謗中傷にならない形で、ぜひ、お願いいたします。
2
:
いちりん
:2002/06/29(土) 12:12
う〜ん。具体的にどういう教団か、でないと語りにくいですね。
「カルト」という教団があるわけでもないし。
顕正会とか親鸞会とかをカルトというんでしょうかね。
アレフと顕正会では、ずいぶんと違うし。
自己啓発セミナーみたいなものもあるし。
まあ、八葉物流みたいな元金が倍になるというようなマルチ商法だったら、それよくないよといえるんだけど。
3
:
つまけん
:2002/06/29(土) 18:25
いちりんさん(こちらでは、様ではなく「さん」とお呼びするようですね)
スレッドを立ち上げていただきましてありがとうございました。
>具体的にどういう教団か、でないと語りにくいですね。
カルトの定義(蓮月氏HP)
(1)教祖の絶対化、(2)教団批判の禁止、(3)睡眠・食事の制限、
(4)高額の寄付、(5)情報の遮断、(6)長時間の労働、
(7)教祖のハーレム構造、(8)タテの構造、(9)訴訟の乱発
破壊的カルトの定義(カルト研究会)
カルトとは何らかの強硬な信念、思想を共有し、その信念に基づいた行動を
熱狂的に実践するように組織化された集団のことをさす。
その中で特に真の活動目的を隠し、自らの利益追求のためにあからさまな欺瞞を行う
反社会的な集団のことをいう。
上記、いちりんさんや皆さんは周知のことと思いますが一応書いておきます。
ご自分がカルトだと感じる教団のことでもよいのではと思いますがいかがでしょう?
妻は初め創価学会に入りました。いつの間にかやめたと思ったら今度は
わけのわからない宗教団体に入ってしまいました。顕正会と分かったのは1年後です。
私自身は、ネットで顕正会に関する情報を収集、並行して(一回だけですが)
関東地区のある地方会館にもいってビデオを見ましたが浅井氏が信仰の対象である
ことが強く感じられました。神棚の中はいつの間にか空っぽ(学会?)、邪宗排除、
神社仏閣、菩提寺にも行かない、線香も上げない、などと言い出し、困りました。
結婚生活に支障をきたすことのない宗教なら黙っているつもりでしたが
このような信仰の仕方をしている者と長い間一緒に暮らすことは、私には到底
我慢できないことです。(私自身は宗教をやっていません)
「やばい」「洗脳されている」と感じたので、いつでも救い出せるように、実際に
自分も入会しました。本当にカルトかどうか自信なかったのと、入会しないと今後は
会館に出入りできないと思ったからでもあります。ただ、これでよかったのか
どうか自分では判断できません。
そのことに対するご意見などや、顕正会に限らず、ご自分の体験談でも書いていた
だければ、参考にさせていただきたいと思っています。
なんだかまとまらなくてすみません、よろしくお願いします。
4
:
菊水護国
:2002/06/29(土) 22:03
こんばんは。
元顕正会員「菊水護国」と申します。
カルトの定義につき、もう2つ、つけ加えさせてください。
(10)「現在を宗教上特別な時と結びつける」
(11)「そのため、そのときに生まれた信者に選民思想を植え付ける」
以上がカルトを脱した私の分析です。
顕正会の感想については後日、投稿します。
5
:
菊水護国
:2002/06/29(土) 22:07
ちなみに、日蓮正宗では「神社仏閣、菩提寺にも行かない、線香も上げない、」
等と言う事はありませんね。
私の家は禅宗ですが、今でも命日参詣は欠かしておりません。
また、他宗の神社仏閣周りは私の趣味です(一番、最近は東照宮かな)。
6
:
つまけん
:2002/06/29(土) 23:32
菊水護国さん、こんばんは。レスいただきましてありがとうございます
偶然ですが、私の家も禅宗です。ご住職は、若い頃永平寺で修行した方です。
お墓には、父母・ご先祖様の分あわせて15のお骨が入っています。
>他宗の神社仏閣周りは私の趣味です(一番、最近は東照宮かな)。
自分はあちこちドライブするのが好き(特に日光方面は大好き)なのですが、
最近、家族全員では行かなくなりました。というか、行ける場所が少ないですね。
できれば、顕正会が100万達成するまえに二人揃って脱会したいです。
7
:
つまけん
:2002/06/29(土) 23:56
>(10)「現在を宗教上特別な時と結びつける」
>(11)「そのため、そのときに生まれた信者に選民思想を植え付ける」
これを加えると、顕正会は半分以上該当してしまいますね。(笑)
ただし、(3)睡眠・食事の制限、(4)高額の寄付、左記を求められたことは
いまのところ、ありません。
8
:
あ
:2002/06/30(日) 04:40
情報収集のために入会したこと自体は悪くないアイディアだと思います。
だんなさんが入会したことで、「この人は私の気持ちをわかってくれる」と奥さんが思うだろうから。
真っ向から反対するよりはマシだと思います。
学会と宗門の分裂直後なら
学会 → 宗門法華講
というコースはあった。この掲示版に来ている人は、そういう人が多いですね。
こういうコースも見かける。
顕正会 → 宗門法華講
一応、顕正会は日蓮正宗の教義ですから。
ちょっと考えられないコース。
顕正会 → 創価学会
創価学会から顕正会に移った、というのは、もう、バリバリですなあ。
創価学会の何が気に入らなかったのだろう。池田先生に魅力を感じなかったのかな。
別に、つまけんさんをオチョクリたくて、ふざけてカキコしているわけではありません。
家族にとっては大変な問題だろうな、と思います。
9
:
犀角独歩
:2002/06/30(日) 10:41
つまけんさん:
はじめまして。なかなか興味深いスレッドのご提案でした。
実は私は自分のサイトを運営している関係から、この手のアクセスをしてこられる方はメールだけでも多いときに月間200通を超えることがあります。もちろん石山系のみならず、キリスト教系を含め、深刻な社会問題であると認識しています。敢えて社会問題と言ったのは、これは宗教教義にかかる心情論であるというより、その奈返に心理学的要因、さらに社会的な背景に少なからぬ影響を受けていると思うからです。
特に本年は750ということもあり、石山系グループ・メンバー、及びご家族からのご相談で驚くほど、多く寄せられました。そして、多かったのが結婚を前提に勧誘を迫られること、次に当スレッドのご提案のパートナー、あるいはご家族が特定の議論の多い団体に入ってしまうということでした。
キリスト教系に比し、石山系グループの場合、特徴的なのは退会から次の入会となり、次々と各グループをサーフィンし続けるという点です。私はこれを“大石寺スゴロク”と呼んでいるのですが、結局、板曼荼羅・日蓮本仏論を基底に各グループを一周回り続けて、抜け出ることができず、家族は言いしれぬ迷惑と不幸を味わっているのに、本人は身入信者に「幸せにしてやる」ためというところに意識のすれ違いは実に深刻です。
お示しになっておられた蓮月さんの所に記されているカルトの定義は、たしか浅見定雄師(『マインド・コントロールの恐怖』訳者)か、滝本太郎弁護士(オウム問題その他)が仮設したものであったかと記憶します。
菊水護国さんの提出された2点も、たしかに議論の多い団体では常に見られる特徴ですね。
いずれも重要な判断肢であると思います。ところで「カルト団体はどこか」というのは、よくなされる議論ですが、私は個人的にカルトとは団体・個人を指すというより“状態”を指すものであると考えています。ですから、どの団体でもカルト的な状態は起こり得るし、反面、カルトと目される団体でもカルト性が見出せない部分もあり得るということです。
自分が特定の団体に所属している、特定の信仰をしているとき、そのなかの「カルト性はここである」と指摘できない信仰者があれば、その人は既にカルト性を帯びていると自己分析しなければならないというのは私の経験則です。しかし、これは宗教の正邪などという問題ではなくて、判断力に懸かる心的側面である点が理解されないと前に進めません。ここに横たわってる“絶対”神話によってもたらされる心理操作である点が理解されないと宗教問題として片付けられることになります。
要は信仰者各人が、自分の所属する団体のカルト性を斥け、健全な宗教的行為(特に精神面を含めて)を模索していくことが重要であると思います。もちろん、社会悪を実際に行う団体は解散させなければなりませんが、しかし、実は解散させたところで、信徒各個人の心に残るマインド・コントロールは消え去らない点はけっして忘れてはならないところです。
昨日、お子さんが法の花三法行の信者となり、献金のために多額の借金をしてしまったという親御さんの話を伺ったのです。「息子が法の花に夢中になっているとき、こんな団体、なくなってくれればいいと思った。けれど、実際になくなっても、結局、問題は何も解決されなかった」と肩を落としておられました。
パートナーや、知り合いが熱烈なカルト性を帯びるとき、どうしたらよいのか、これがここのテーマであると思いますが、私は一番重要なことは、問題を分割して考えることであると考えています。宗教問題、家族問題、経済問題、精神問題(心理問題)というように、複雑に絡み合った問題の糸を解きほぐし、整理すること。整理した段階で、その問題を生み出す要因を見極め、そこを根治することであろうかと思うのです。
以上の点はとても簡略に記せませんが、宗教という名目で一切を判断してしまうと、いつまで経っても問題は解決されないというのも経験則です。
当スレッドにおける活発な議論を期待します。
10
:
犀角独歩
:2002/06/30(日) 10:44
【9の訂正】
誤)奈返 身入信
正)奈辺 未入信
他にもあるかもしれません。ご判読いただければと思います。
11
:
いちりん
:2002/06/30(日) 12:14
つまけんさん
>「やばい」「洗脳されている」と感じたので、いつでも救い出せるように、実際に自分も入会しました。本当にカルトかどうか自信なかったのと、入会しないと今後は会館に出入りできないと思ったからでもあります。ただ、これでよかったのかどうか自分では判断できません。
実際に自分も入会したというところが、すごいですね。
やはり、実際にその会に入って、なにか体験してみないと(あるいは体験している人の顔くらいは、眺めてみないと)、真実のところはわからないということはあると思います。
宗教というのは、体験(つまり身体を使ってやってみる)しないと、わからないということは、あると思います。
顕正会が、カルトかカルトでないかは、自分の感性でとらえるのがいちばんだと思います。いくら、カルトの定義にあてはめてみても、あんまし意味はないように思います。
●
カルトであるとか、そうでないというのは、たんなるレッテルの問題ですから、問題なのは「強烈に依存する心」なんだろうなと思ったりします。
宗教のみならず、奉仕活動でも、家の掃除でも、ダイエットでも、勉強でも、インターネットでも、「どっぷりと依存してしまう」という心が問題であって、団体とか組織ではないかもしれない。
とくに宗教は「ここが真実だ」「ここがゼッタイだ」「他は間違っている」「ここしか救いはない」ということをいいますから、はまりやすい。
ただ、かつてそういうことを叫んだ宗教があっても、次第に、インポテ化してしまうので、アブなさと取れているわけですよね。
生きている宗教というか、伸び盛りの旬の教団は、どうしてもカルトっぽくなりますね。
●
その信仰とか組織のエネルギーに没入しているときは、もう「これがゼッタイ」「ここが正しい」「ほかは間違っている」という思いこみがすごいですから、なかなか脱却するのは難しいですね。
そうして、日蓮さんの教えには、そういう「独善・排他」のエネルギーに満ちているところがあるので、日蓮さんがすごいと思えば思うほど、顕正会に惹かれていくこともありますね。
もはや創価学会には、かつてのエネルギーも魅力もないし、法華講はインポテ化しているし、日蓮宗などの伝統仏教は、いわずもがなですし。
正しいと思いこめば思いこむほど、反対する人、説得する人は、みな「障魔」と位置づけられて、ますます「正しいから魔があらわれた」と思いこむ。「正しいから迫害されているのだ」=「迫害されているのは正しいからだ」という、思考の自動反応になりますね。
……などと書きましたが、つまけんさんは、誰かに相談に乗って欲しいというスタンスじゃないと思うので、つまけんさんにどうのこうのと言おうとしているのではなくて、カルトについてのわたしの雑感です。
12
:
いちりん
:2002/06/30(日) 12:30
宗教は、そもそもはカルトであるというのが、わたしの認識です。
神道やヒンドゥー教などの民族宗教は、ちと違いますが、世界宗教になっていったキリスト教も仏教もイスラム教などは、そもそもはカルトであったろうなと思います。
日本の仏教でも、日蓮さんの教団などは、当時は、もうカルトそのものでありましたでしょうね。
創価学会なども、昭和四十年代の頃までは、カルトみたいなものだと思いますね。
宗教が生きていて、旬なときは、まさにカルトである。そう思っているわけです。
そうして、信徒が増えて、さまざまな層に広まっていくと、やがてカルチャーになる。カルト→カルチャーとみています。
それは、いちめんインポテ化していく過程でもありますよね。形だけはある。けど、もはや伸び盛りのエネルギーがないと。まあ、日本の伝統仏教は、みんなインポテでありますね。
創価学会も、やがてはインポテ化していきます。
顕正会は、かつてもの創価学会の姿と、とてもよく似ています。
だから、エネルギーの密度がとても高い。もちろん、独善・排他のエネルギーの密度も高い。
わたしが、顕正会の本部に行って驚いたのは、若い女性が多かったことです。若い女性が多い団体は、のびているんだなあと思いますね。若い女性、若い人は、ほかに遊びに行くとこがたくさんありますからね。ほかに行くとこがなくて、集まっているんじゃない。そういう人たちが、わざわざ集まるには、やはり魅力があるんだろうなと思います。
オウムも幸福の科学も、会合に何度も参加しましたが、やはり若い人たちが多かったです。
伝統仏教などは、もう年寄りばかりですね。お寺の集いに、若い人が集まるというのは、聞いたことがない。インポテ化した宗教には、若い人は魅力は感じない。
13
:
菊水護国
:2002/06/30(日) 12:36
つまけんさん
(3)睡眠・食事の制限
(4)高額の寄付
以上2点について、言います。顕正会では「折伏」という名の「勧誘活動」が主流になってしまうと、それこそ、不眠不休不食事で走り回る姿が多いです。直接的には(3)とは言えんでしょうが、結果としては(3)になってます。
(4)についてですが、彼の会では「広布御供養」が年に1回、上限8万円で徴収されます。上限を決めるのが、清純な証拠と言いますが、実は皆が上限に併せる基準を作ってます。しかも実は8万円以上でも受け取るのです。
さらに機関紙を毎年切り替えますが、班員の分を立て替え数十万円払っていた方もいます。退転者が出ても、誓願がありますから減らす事は出来ないのです。
確かに、オウムのように「全財産供養」等ということはありません。しかし、実は毎年定期的に金を徴収したほうが、長い目で見れば有利なのはお分かりかと思います。
14
:
犀角独歩
:2002/06/30(日) 12:47
> 3
ちょっと、余談ですが、9の破壊的カルトの定義はカルト研究会ではなく、脱カルト研究会(JDCC-Japan De-Cult Council)のものです。
http://www.cnet-sc.ne.jp/jdcc/
あと、既にご存じかもしれませんが、洗脳とマインド・コントロールは厳格には区別されます。
【洗脳】『洗脳(brainwashing)』とは、一九五一年にジャーナリストのエドワード・ハンターがつくった用語である。彼は、朝鮮戦争で捕虜になったアメリカの兵士達が突如として彼らの価値観と忠誠の対象を逆転させ、彼らが犯した架空の『戦争犯罪』を信じるようになる現象を説明する(マインド・コントロールの恐怖から)
【マインド・コントロール】(マインド・コントロールとは)個人の人格(信念、行動、思考、感情)を破壊してそれを新しい人格と置き換えてしまうような影響力の体系(システム)のことである。多くの場合、その新しい人格とは、もしどんなものか事前にわかっていたら、本人自身が強く反発しただろうと思われるような人格である。(同)
【マインド・コントロールを解く八つの鍵】
第一の鍵 親密な関係と信頼関係をきずく
第二の鍵 目標重視のコミュニケーションをする
第三の鍵 人格のモデルと作りあげる
第四の鍵 カルト以前の人格に触れる
第五の鍵 現実世界をいろいろな角度から眺めさせる
第六の鍵 間接的な情報を与えて、思考停止の作用をさける
第七の鍵 カルトの外でしあわせな未来を思い描かせて、恐怖の教え込みを解く
第八の鍵 マインド・コントロールとは何か、また破壊的カルトの特徴とは何かを具体的に説明してやる。
ただし、現在、マインド・コントロールという語が適切かどうか自体も議論になっています。社会的心理学でいえば社会的影響力で説明するべきことであるという意見もあります。いずれにしても集団心理に係る問題であることは変わらないでしょうが。(同)
15
:
犀角独歩
:2002/06/30(日) 13:29
> 11
いちりんさんのカルトからカルチャー、面白い視点であると思います。
カルトという言葉を日本に具体的に将来したのは、やはり浅見定雄師であると思うのですが、この訳出に紹介に当たって、整理すると以下のように話されていました。。
・カルトという言葉はもともとは宗教上の用語
・本来はラテン語で宗教儀礼一般を表すもので、ぜんぜん悪い意味はなかった
・アメリカ英語では半世紀のあいだに、特定の教え・教祖に熱狂するタイプの、比較的閉鎖的で小さな集団を指す傾向ができたが、この時点でも、善いことをしている・悪いことをしているという基準はなかった。
・やがてアメリカでは80年代の終わり頃から、破壊的なことをする団体を指すように変わっていった
・カルトはいまは問題のある宗教を指す言葉
・アメリカ英語ではさらに、反社会的・反人道的なことをする宗教以外の団体にも適用
商業カルト -commercial cult-
心理カルト(教育カルト-educational cult-
心理療法カルト-psychotherapeutic cult-
政治カルト-political cult-など
・詐欺商法をする集団、自己啓発セミナーを名乗って暴利をむさぼる団体、過激な政治信念から破壊活動をする団体もカルトと呼ぶようになった
以上が“カルト”という言葉の意味の変遷(日本脱カルト研究会第1回公開講座、当日メモから)
また、ここのスレッドのテーマとは離れますが、宗教の持つ神秘性といったものがなくなることに新宗教新聞編集長の廣橋氏が懸念を表明したことがありました。
いちりんさんがインポテ化と表現した宗教のカルティックな面の変遷については、精神科医の高橋伸吾師(日本脱カルト研究会代表理事)は、
「宗教は成熟するとパトスを失う。パトスを失うと人々を魅きつけられなくなる」
パトスがない団体は滅んでいく。しかし、パトスがあるから伸びるとカルト問題が積算する…(第2回公開講座、当日メモから)
と述べていました。
(パトス[(ギリシヤ) pathos]
〔哲〕〔受動の意〕外界を受容して内面に生まれる心的状態。感情・感動・情熱など。無記・無方向であることから知性(ロゴス)と対比され、一時的であることから持続的習性(エートス)と対比される。)
16
:
犀角独歩
:2002/06/30(日) 13:50
○集団健康度チェック
日本脱カルト研究会のサイトに『集団健康度チェック』という自己、ならびに第三者が集団の健康度をチェックできるページがあります。【判定】をクリックした段階では点数が表示されるだけで送信されません。まあ、できれば送信して破壊的カルト・マインド・コントロール研究の日本の第一人者・西田公昭師の研究に協力していただければとは思いますが。
ご家族、パートナーがメンバーの心の健康度をチェックするのに、特に役に立ちます。
こちらのサイトに来られている信仰者の方々も試しにどうぞ。
集団健康度チェック
http://www.cnet-sc.ne.jp/jdcc/GHI/index.html
資料収集の中間報告
http://www.cnet-sc.ne.jp/jdcc/GHIweb/ol002_nishida.html
17
:
つまけん
:2002/06/30(日) 16:05
あさん、こんにちは
>だんなさんが入会したことで、「この人は私の気持ちをわかってくれる」と奥さんが
>思うだろうから。
ご指摘の通りだったようで、ネットで集めた顕正会の情報を印刷して渡しましたところ
読んでくれましたよ。もっとも、そのまえに顕正会の本を何冊か取り寄せさせて、
わたしはそれをすべて読みましたが。。。
これはあたりまえですが、批判するだけなら、されたほうは話も聞かないと思うの
です。本を読んだことやビデオ放映会に参加したことで、少なくとも顕正会員である
妻の思考回路は理解できました。
>創価学会の何が気に入らなかったのだろう。池田先生に魅力を感じなかったのかな。
私たちには障害を持つ子がいるのですが、学会の方が来て、「あなたの前世が悪い・
育て方も」というようなことを言われたみたいです。
一生懸命育てているんですけどね。。。そんなこともあり、指導者である池田氏の
ことも嫌いになったようです。
>別に、つまけんさんをオチョクリたくて、ふざけてカキコしているわけでは
>ありません。家族にとっては大変な問題だろうな、と思います。
今度は御書講義に行こうと思っています。浅井氏がどんなことを言うか楽しみです。
あとでよく調べてみて、間違いを見つけたら密かに笑うとか。。。
要はあせらず、あまり深刻にならず、自分も楽しめればいいなと思っています。
それにしても、お題目って(とくに女性のは)とても耳に心地よいものですね。
聞いているとゆったりとした気分になります。
理屈ぬきで、妻がはまる気持ちが分かるような気がします。
18
:
つまけん
:2002/06/30(日) 16:13
みなさん、レスありがとうございます。
>9から>16まで、これからゆっくり読ませていただきます。
19
:
あ
:2002/06/30(日) 17:10
>17
そおぉぉぉなんですか。池田先生を嫌いになっちゃったんですか。
それなら、浅井先生も嫌いになっちゃう可能性もありますから、希望が持てますな。
つまけんさんは、もう、ご存知かもしれませんが、このサイトを開いていらっしゃる方も、お身内に障害を持った方がいらっしゃいます。
「心のリハビリしてますか」 いわたち せいごう
http://www.geocities.co.jp/Berkeley/4549/open.html
20
:
つまけん
:2002/06/30(日) 17:35
犀角独歩さん
はじめまして。つまけんともうします。
冨士門流信徒の掲示板を半月くらい前から読むようになり、ほぼ同時期に犀角独歩さんの
サイトをいつでも見られるように登録させていただきました。ありがとうございます。
>信仰者各人が、自分の所属する団体のカルト性を斥け、健全な宗教的行為
>(特に精神面を含めて)を模索していくことが重要であると思います。
>宗教という名目で一切を判断してしまうと、いつまで経っても問題は解決されない
まさに、そのとおりだと思います。私自身は、なぜ、彼女(彼)は宗教団体に入ったのか、
そのことを考えるようになってから、一歩前進できました。
21
:
犀角独歩
:2002/07/01(月) 01:42
> …犀角独歩…サイトをいつでも見られるように登録…
そうですか、ありがとうございます。
日々雑記をよろしく
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/6963/zakki_01.html
あと、顕正会現役の方、退会後法華講になった方との会話録
『「日蓮聖人は富士山本門寺戒壇義を述べず』
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/6963/s_w_d_dis.html
ご参考にしていただければ、幸甚です。
22
:
つまけん
:2002/07/01(月) 16:57
いちりんさん
>宗教は、そもそもはカルト ---中略---
>信徒が増えて、さまざまな層に広まっていくと、やがてカルチャーになる。
>カルト→カルチャーとみています。
cult→cultureですね。なるほど。。
逆に考えるに、「カルトのままで残る=信者が増え続ける=ことは難しい」と読めます。
すこし安心するところではありますが、(独善・排他の)エネルギーを保ったまま
どのくらいまで大きくなれるものだとお考えでしょうか。
また、実際、何人集まればカルトと呼ばれなく(呼ばれ難く)なるのでしょう。
彼の会のことだけではなく、こちらのほうも興味あります。
沿おうか学会における教義の変遷とも信者の増加と無関係ではないと思います。
23
:
つまけん
:2002/07/01(月) 17:00
21と22は仕事場PCからです。すみません。
沿おうか→創価の誤りです。
24
:
つまけん
:2002/07/01(月) 18:10
菊水護国さん
(3)睡眠・食事の制限、
>顕正会では「折伏」という名の「勧誘活動」が主流になってしまうと、それこそ、
>不眠不休不食事で走り回る姿が多いです。直接的には(3)とは言えんでしょうが、
>結果としては(3)になってます。
仰ることはよくわかります。会では最末端の妻の夫(つまけん)を折伏(に臨席)
したのは、浅井氏のすぐ後列に座る壇上の女性でした。なんと、大幹部自ら。。。
このことから推察するものです。
4)高額の寄付
>(4)についてですが、彼の会では「広布御供養」が年に1回、上限8万円で徴収されます。
>上限を決めるのが、清純な証拠と言いますが、実は皆が上限に併せる基準を作ってます。
>しかも実は8万円以上でも受け取るのです。
>さらに機関紙を毎年切り替えますが、班員の分を立て替え数十万円払っていた方もいます。
>退転者が出ても、誓願がありますから減らす事は出来ないのです。
これは、現在八十数万人(公称)の会員分の収入が顕正会にあるということでしょうか。
半分で計算しても年間約350億円になります。我が家では二人で機関紙ひとつですが。
余談ですがつまけんが地方の顕正会館に行った時、車椅子の老婦人に対する、会員の
とても親切なる行動に感激した事をご報告します。更にいえば、会館の敷地周辺に、
たばこの吸殻などありませんでした。
このことがあったからこそ、最後までビデオを見ることができました。
25
:
つまけん
:2002/07/01(月) 18:18
菊水護国さん
(10)「現在を宗教上特別な時と結びつける」
(11)「そのため、そのときに生まれた信者に選民思想を植え付ける」
(10)は、その通りだと思います。「選民思想」について、大体しかわかりません。
具体的には、どういうことでしょうか。
26
:
犀角独歩
:2002/07/01(月) 18:30
横レス、失礼します
> 何人集まればカルトと呼ばれなく(呼ばれ難く)なるのでしょう
破壊的カルト・マインド・コントロール状態というのは、いわば異常心理というべき状態です。ですから、どんなに規模が大きくなろうと小さかろうと、基準とすべきは心理面であると思います。私はカタカナがあまり好きではないので、破壊的カルト・マインド・コントロールを、端的に第三者心理操作と呼ぶことにしています。つまり、これは目的のために費やされる個人的な努力がいつの間にか、第三者の利益に置き換えられる心理操作ということです。
幸せになりたい、だから、一所懸命に活動する、お題目を唱える、それがいつの間にか組織の拡大のために使われることになる。仏様に出した供養、実は組織と指導者のポケットに入ってしまう。病気が治りますよ、幸せになりますよ、金持ちになりますよと言われて、はたと気が付いたときには自分は少しも変わっておらず、それまで自分がしてきた労力は組織と指導者の利益にされてしまっている構造、これが第三者心理操作でしょう。これには組織の大小は関係ないと私は思っています。
ここで問題になってくるのは西山茂師風に言えば、草創期の熱狂性、呪術性を失うころ、ある程度の規模があれば、社会的な存在となる。その段階では、初期の霊的な部分は失われているわけです。社会的認知を得るために教義を再編成するわけです。このとき、カルティックな要素は損なわれることになる。しかし、実はカルティックなものにしか宗教を見出せないニーズというのは宗教市場には必ずあるわけです。それを補完する新しい教団が出きるというわけです。これが新宗教の次に新々宗教が生み出されるというのが西山師の分析であると私は受け止めています。つまり、創価学会のカルティックなパワーが減少したときに、それを補完するために登場したのが顕正会であるということになります。私のように創価学会の草創期を知っている者からすれば、顕正会は40年前の創価学会とそっくりです。違う点を言えば、親族で固めるような真似を池田さんはしなかった点ぐらいでしょう。
もう一点、大きく違う点は少なくても池田さんは戒壇堂と言うことはできた正本堂を造るまでにこぎ着けた。けれども、顕正会は絶対に、ここにこぎ着けない点です。なぜならば名前こそ、顕正会は日蓮正宗を名乗っていても法律上では日蓮正宗とは縁もゆかりもないわけです。戒壇堂を作れても、容れる本尊を持っていないわけです。「仏作って魂入れず」ならぬ、お堂を造って入れる本尊なしという状態です。つまり、今の顕正会員の熱誠はすべて無駄になることははっきりしているわけです。それなのに、国立戒壇建立のためにと、尊い個人の信仰心と労働力、人生の時間、財産までもつぎ込まされている、私は本当に気の毒であると思います。
私は、よく顕正会員と会うことがあります。そのときに私はいつも聞くことがあります。「戒壇の本尊て、本当に大石寺にあるの?」、すると相手はびっくりして「あるに決まっています」と答えるわけです。「見たことがありますか?」、そう聞くと「ありませんけれど…、あるんです」と、こんな会話になります。憲法改正だ、国会決議だ、国立戒壇と篤く語るその人は、その戒壇に安置すべき本尊を見たこともないわけです。つまり、組織から伝えるままに、心の中で肥大化したイメージだけしかないことに本人は気付いていないわけです。
できもしない目標を恰も真実のように信じ込まされたうえに、さらに宿命転換であるといったこれまた日蓮聖人の教えでないものを、教えであると信じ込まされたうえで、到達不能の目標と、自分の目標をオーバーラップさせられて活動に熱中させられているわけです。これは第三者心理操作と呼ぶ以外のない自体であるように私には思えます。ただ、各人の切なる思いで唱える題目の効験は、では、ないかと言えば、それはあるでしょう。しかし、それは○○会だからあるのではなくて、会や、宗派に関係なく、各人の持つ信仰心によってもたらされるものであるはずです。ところがその個人の力を、恰も組織が正しい団体であるから引き出されたと、また個人の力による部分を“もって行かれて”しまうわけです。つまり、組織のおかげとすり替えられてしまうわけです。これが第三者心理操作の部分であると私は思っています。これは組織がいくら大きくなってもなくならない部分です。組織というものは大きくなればなるほど、虚仮威しが効くようになるわけです。そして、魅入られていくという仕組みがあります。カルト性は減少したとしても、虚仮威しが効く分、真実みが帯びるという新たな問題が持ち上がってくるわけです。
27
:
犀角独歩
:2002/07/01(月) 18:36
> 会員のとても親切なる行動に感激した事をご報告します。更にいえば、会館の敷地周辺に、
たばこの吸殻などありませんでした
私は福祉の現場を常に見ていますが、記されるようなことは、極めて当然なことで、常に見かける私の日常です。
しかし、反面、会員のご家族から家庭生活の著しい乱れを指摘する声は多く寄せられています。
いわば、「会館、会合という場では」という限定的な振る舞いもあり得るでしょうね。
28
:
つまけん
:2002/07/01(月) 20:35
あさん
>「心のリハビリしてますか」 いわたち せいごう
>
http://www.geocities.co.jp/Berkeley/4549/open.html
このサイトは初めて見ました。家族にも印刷して見せたいと思います。
ありがとうございました。
29
:
犀角独歩
:2002/07/01(月) 20:38
改めて、言葉で読んでびっくりしたんですが、なんですか、この「広布御供養」というのは。
仏の十号の一つに「応供」というのがあります。供養に応えるという仏の徳を称えたものです。これを富士門では仏以外は供養を受けられないと解釈するのは通途のことです。
戒壇の本尊を仏と解釈するのは、富士義であるけれど、そもそもその戒壇の本尊をもってもいない顕正会が何で御供養を受けているわけでしょうか。富士義違反も甚だしい。これは富士義を見直す以前、その富士義の正当に違反していると言うことです。この金を浅井さんの一族が恣にしているわけですか。恣にしていないとすれば、会計監査とはどうなっているのでしょうか。御供養という富士義を利用した集金は、信じられない逸脱です。
昭和52年度路線の折、池田さんは「在家も供養を受けられる」とやったために会長職を辞任する羽目になったわけです。これが現石山の当然の在り方でしょうね。
さらにまた、広布とは、どういうことなのでしょうか。広宣流布する、国立で戒壇を立てると言っているのに、なんで広布=戒壇堂という教義裁定に基づいて金銭を集めることが正当化されているのでしょうか。
まったくもって、改めて驚愕の極みです。
30
:
つまけん
:2002/07/01(月) 21:41
犀角独歩さん
>日々雑記をよろしく
>
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/6963/zakki_01.html
>『「日蓮聖人は富士山本門寺戒壇義を述べず』
>
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/6963/s_w_d_dis.html
拝見しました。
ご周知の通り現役顕正会員Sさんの掲示板は現在書き込み出来ませんが
過去ログが残っておりましたね。こちらのサイトはつまけんが一番最初に訪れた
所です。あのとき掲示板過去ログも見ておけば。。。と悔やまれます。
詮無いことですが、Sさんには、直接お聞きしたいことがあり一度メール
しましたが、返信いただけませんでした。
あと、こちらに、ご本人の書き込みがありました。
http://8603.teacup.com/saiou_horse/bbs
こちらのサイトは、Sさんのサイトの次に顕正会の情報を仕入れたところです。
いままで、いろいろなサイトを訪れましたが、サイト運営者の方には、失礼な書き込み等
たくさん、ご迷惑をおかけしました。いまは、申し訳ない気持ちでいっぱいです。
この場をお借りしてお詫び申し上げます。ごめんなさい。
31
:
つまけん
:2002/07/01(月) 22:00
広布御供養について、妻に質したところ「8万円寄付した・もうしない」
とのことでした。。。
32
:
犀角独歩
:2002/07/01(月) 22:17
つまけんさん:
記すまでもないことですが、私は奥様は本当に純粋な信仰心から、お子さんのことを思い、そして、ご主人を思って、広布御供養なるものを為されたのだと思います。そして、日々唱題行に励まれているのだと思います。私はそのことを本当に尊いことであると思います。奥様のお気持ちも痛いほど、わかる気がします。
ただ、悲しいかな、その善意が直接、お子さんのためにならず、組織のためになるとしたら、もっと直接的にお子さんのために時間を使い、そして、お金を使うべきであると、私は思います。
でも、本当に私は思うのです。お子さんは、自分のために組織活動をしてくれるより、自分のために自分のことをやってくれるほうが遙かにうれしいはずです。
先にも記しましたが、私は常に福祉の現場に関わっているのですが、そこでいつも感じることは、人は、世界解平和だとか、ボランティアには気がいくのに、たとえば近しい親戚に障害者の家族があっても、そこに気をやることは少ないのです。それは、たぶん、身内の身勝手で、近しいところに障害者がいることで、恰も自分たちが被害者のような感覚をどこか懐いているところがあるからです。私がもっとも力を入れて、相手に非を説くのはこのようなときです。
もっとも近しいところからの福祉は、他の介在を為さず、直接、そのご本人に報いることが一番、ご本人のためですよね。
インカでは障害者は神の使いとして崇められたと言います。仏像、尊像に刻まれる数多の芸術は人と違った形状を持つ方々をモデルにしています。インドにも、そのような障害者を神の使いと見なす信仰があったと指摘したのは、自ら障害を持たれているM師という法華経の研究者でした。
私はつまけんさんのお子さんを神様のお使いと崇めます。どうか、このお子さんにこそ、供養することが仏教であることを、奥様がご理解できるようにお導きください。
僭越な書き込みをしたことを謹んでお詫び申し上げます。
33
:
つまけん
:2002/07/01(月) 22:33
金の出所は障害者給付金=税金です。上の独歩さんのかきこみ後で読ませていただきます。
すみません、きょうは酒飲んで寝ます。
34
:
菊水護国
:2002/07/01(月) 23:25
つまけんさん
浅井さんの論法を、箇条書きでで答えますね。
>(10)は、その通りだと思います。「選民思想」について、大体しかわかりません。
具体的には、どういうことでしょうか。
①つまり浅井さんは「21世紀こそ広宣流布」と言う事を言います。
②そして「学会、宗門、正信会は全て国立戒壇の御遺命を捨てたから、
③顕正会のみ大聖人の御遺命を護る唯一の団体である。
④故に、顕正会に縁出来た会員こそ、大聖人に選ばれた会員
ということになります。
これは選民思想の典型です。
これの、特徴は「我々こそ大聖人に選ばれた者である。選ばれなかった者は我々より劣る者である」
となり、異常な他者への差別を生みます。
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