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『おにくげ』について教えてください。
86
:
犀角独歩
:2005/03/11(金) 22:26:35
あ、そうか、83では、そう、ちゃんと読んでいたのでしたね。
これは、失礼しました。
87
:
犀角独歩
:2005/03/11(金) 22:42:49
愚鈍凡夫さん、「除歴」なんて騒がれるのは、寺院経営はうまいが、信仰面ではケチを付けられる御仁と相場が決まっているかと揶揄の一つもしたくなりますね(笑)
そう言った意味では、阿部さんも大したもの何じゃないでしょうか。石山、小ぶりになったけれど、バックマージンを払わなくてよくなった分、収入効率は上がったんじゃないでしょうか。
まあ、亨師は、日蓮門下一般で最も評判のいい石山僧でしょうね。しかし、学会で載る文書、石山で載る文書、はたまた、門外での話、そのコントラストに、ある面、「なかなかなの学者」と思います。雪山坊、隠居が実質、蟄居であったことは、その事情をよく物語っていると思います。こんな報道管制で作られた石山教学は、実は寛師ともかなり隔たった、学会アレンジであることに、さして寛師を真面目に読まない人々は気付かない滑稽さがあるわけですね(笑)
88
:
愚鈍凡夫
:2005/03/11(金) 23:12:28
犀角独歩さん、どうもです。
1956(昭和31)年1月31日の本部幹部会に於ける戸田さんの発言は奇妙ですね。全然理屈に合っていない。
「私が最初に拝んだ時は六百五十年遠忌の時であります。その時には、このくらい、マッチ棒の先ぐらい、お歯が出ていたが、他の部分はほとんど包んでいた。」と、述べているのですが、一応は650年かかって「マッチ棒の先ぐらい」に成長した歯茎のようなものが、「七百年祭の時、拝んだが、歯はすっかり包まっていたのです。」だそうですから、50年の間にもの凄く成長したことになりますよね。
それまでの650年は何だったんでしょうね。 ( ̄ヘ ̄)ウーン
89
:
愚鈍凡夫
:2005/03/11(金) 23:20:56
済みません、勘違いをしていたので訂正します。
マッチ棒の先ぐらい出ていた歯が、歯茎のような肉で50年間の間にすっかり歯を包んでしまっていた。と言うことでした。それにしても、成長が早いですね。
「歯はすっかり包まっていたのです。」というこの発想は、「観心本尊抄」の有名な一節をパクったものでしょうかね。
90
:
犀角独歩
:2005/03/11(金) 23:24:45
愚鈍凡夫さん、題名も作者も控えなかったんですが、以前、立ち読みした本の話。
当掲示板でも、話題になりましたが、釈尊の入滅年代は500年間違っていて、鎌倉時代はまだ「像法」。つまり、未曾有の大戦を経験した近代こそ、真の末法であると、こうなるわけですね。田中智学師一派も地が踊ったことでしょうが。しかし、この点を論って、「創価学会は、仏意仏勅の団体、池田先生こそ地涌の菩薩(=本仏)なんてコンセプトの本が出ていたことがありました。(この本の題名・著者をご存じの方はいらっしゃいますか。ご存じならば、是非ともご教示ください)
まあ、こんな論点からすれば、戸田さん以降に、成長しなければ、学会の正しさは証明されないことになるのでは? ……(「わかってますって」という愚鈍凡夫さんの声が聞こえた…)
91
:
犀角独歩
:2005/03/12(土) 10:10:15
それにしても、御肉の変形、見る側の心理的側面から変化したように感じさせているのか、実際に作り替えられているのか、はたまた、生きているのか(笑)
しかし、そのたびに作り替えていたとしたら、まあ、ご苦労なことであると思う次第です。
92
:
愚鈍凡夫
:2005/03/12(土) 10:19:55
何ですね。今のお肉牙は歯の部分が歯茎のような物で覆われているようなので、見た目にはピンク色のおむすびみたいな形をしているんでしょうか。戸田さんが言うように、汗なんかかいていたら、ちょっと怖いかも。 (((( ;゚д゚)))アワワワワ
お(´д`)む(´。`)す(´。`)びぃ(´-`)_@
93
:
犀角独歩
:2005/03/12(土) 10:48:36
愚鈍凡夫さん、過去50年で急速に成長したというのは、なかなか視点であったと思うのですが、いまはぴったり、「成長」は止まっているんでしょうかね(笑)
94
:
れん
:2005/03/12(土) 18:11:36
犀角独歩さん。
>75
‘おにくげ’について、歴代法主全書をひもときましたが、精師以前には‘おにくげ’にふれた文献はありませんでした。おにくげについては、皆さんの言われる通り昭門の伝承をパクッて精師が作製したのではないかと思います。歯そのものは祖師伝に出てくる石山蔵の「高祖上人の眉間の骨舎利」(目師の舎利?)から外れた歯を使用したものでしょうか?歯茎は蝋かなにかを加工すればそれらしく見えるでしょうね。
95
:
パンナコッタ
:2005/03/12(土) 20:24:12
質問になってしまうのですが、昭門の伝承ということなら玉沢の妙法華寺にも
この様な聖遺物が今でもあるのでしょうか?
96
:
れん
:2005/03/12(土) 21:03:15
パンナコッタさん。ご質問の件ですが、たしか美濃さんか誰かが書かれた本に、玉沢妙法華寺に蓮師の肉付きの歯があると書いてあったのを以前読んだ記憶があります。独歩さんが御提示された通り昭師文献に蓮師の歯の伝持が記されていますから、玉沢のものが肉付きか否かは別として玉沢に蓮師の歯と称する物があるのは事実と存じます。いずれにせよ、蓮師の歯の伝説は玉沢が先行し、石山のそれは後追いで成立したということだと思います。
97
:
パンナコッタ
:2005/03/12(土) 22:05:30
>96 なるほど、れんさんありがとうございます。 どうでしょう、ほかの
朗門系や尊門系にはこの手のモノがあるでしょうか? 身延非主流派の中だけに
作られていった伝説のように思えるのですが。
98
:
れん
:2005/03/12(土) 22:54:31
パンナコッタさん。肉付きの歯の伝説については玉沢と石山以外では聞きませんね。ただの歯でしたら、本間守拙師の著書(書名失念)に佐渡阿佛房妙宣寺に蓮師の歯といわれるものが伝承されていると書いてあったのを記憶しています。朗師門や尊門には、この手のものは伝承されてませんね。私個人としては中世日蓮門下の主流は教勢や教学的には身延山よりむしろ京都や関東の朗師門流ではないかと愚考しております。いずれにしろ、肉付きの歯伝説は実際のところパンナコッタさんの仰る通り非主流派である玉沢や石山の中にだけ作られていった伝説ということになろうかと思います。
99
:
犀角独歩
:2005/03/13(日) 11:57:41
94 れんさん
> 歴代法主全書…精師以前…‘おにくげ’…文献はありません
歴全を所蔵しないわたしにとって、有り難いご教示でした。
感謝申し上げます。
> 「高祖上人の眉間の骨舎利」(目師の舎利?)から外れた歯を使用
これは、二重に驚く、ご推論と拝しました。なるほど。
わたしもかつて、石山にある蓮師霊骨と言われるものは目師半身の遺骨が伝承のなかで蓮師のものといわれるようになったという仮説を述べたことがあります。
長くて恐縮ですが、以下です。
*** 以下転載 ***
225 名前: 独歩 投稿日: 2001/12/02(日) 11:14
○石山の霊骨は誰の遺骨か
…石山にはたしかに“遺骨は”あるのです。これが聖人の遺骨ではないとしたら、いったい誰の遺骨なのでしょうか。両山問答において霑師は
当山瓶中に盛る処の者は全骨にはあらず僅に胸部より頭脳にいたるまでの御骨にして其の余は身延に残し給へるか其の情知るべからず
といいます。つまり胸より頭部に至る骨、いわば上半身のみであるということです。私は、この記述に接し、直ちに以下の資料を思い出しました。
富士大石寺明細誌
正慶二年興師の滅後再び将に帝都に観光せんとす濃州垂井駅に抵りて疾を感じて乃寂す実に十一月十五日なり、春秋七十四、従ふ所の日尊日郷泣々喪事す、乃“骨を二瓶に分ち”以て富士上野と洛の鳥辺山とに塔す
同誌は享師も「先師も曽て怪奇の書と貶せられたれども」という如く、その内容は多く考証の余地を残しています。ただ、それまでに伝承をまとめてある点での資料性は有します。
これはあくまで推論ですが、目師の遺骨は尊・郷二師が分かって、方や京へ、方や富士へ持っていったのは事実ではないか、その石山に持ちかえられた目師の遺骨が、その後、聖人の遺骨として崇められるに至ったのではないのかと考えるのです。
…目師の尊敬は篤く聖人と異ならず拝され…その遺骨は極めて意義あるもの…いつしか目師の遺骨は聖人の遺骨といわれるに及び、現代に至っているのではないでしょうか。
『富士大石寺の歴史について』225
http://fujimonshinto.hp.infoseek.co.jp/keijiban/rekisi.htm
*** 転載おわり ***
今回のれんさんのご賢察を拝し、石山の蓮師霊骨と称されるところを目師遺骨と達観されている所を拝し、ますますかつての思いが深まりました。また、要山人が目師を「高祖上人」と言ったところで不思議はないように思えますが、この点は、同お考えになりますか。しかし、一般は高祖と言えば、蓮師でしょうから、これが誤伝された可能性をわたしは考えるわけです。
しかしそれにしても頭骨があれば、当然、歯が残っている可能性はあるわけですね。「御肉牙」作成に、これを供したという点に、なるほど、そのように考えることは充分にできると思った次第です。
あと、一点。わたしは生まれながらの日蓮正宗創価学会でした。親は昭和28年の入信でした。昇師の時代です。亨師が院尊。その後、順師、達師と時代を追います。座替に親は何度か当たっているわけです。わたしも、背負われて見たと母は言うのですが、どうも記憶に残っていません。その母が「御肉牙は犬歯」と言ったのを覚えています。しかし、各伝承を見ると「肉附歯一枚」と数取りされます。どうも、犬歯を「一枚」と数えることには違和感を懐くわけですが、どの歯と言うことになっているかご承知でしょうか。
ロムの皆さんでもご存じの方がいらっしゃればご教示いただきたくお願い申し上げます。
100
:
一字三礼
:2005/03/13(日) 14:12:17
犀角独歩さん
> どの歯と言うことになっているかご承知でしょうか。
以前の投稿内容を話してくれた祖母は、すでに他界しており、また当時でも90半ばを越えた高齢でもありましたので確かな情報ではなかったかもしれません。
今度は両親に「御肉牙」を見た時の感想を聞いてみました。両親とも達師が石山住職となられた時に「御肉牙」と接近遭遇しております。その話によりますと、歯と思われる部分はほとんど真ん中の一点のみで周りは全て赤い肉であった、との事でした。そしてほんの先端部しか見えていなかったせいか、犬歯のようにも見えた、と言っております。
祖母の話では、歯茎は金になっていた聞いたのですが、両親は赤かったと言っておりますので、祖母と両親のどちらかの見誤りか、もしくはどちらも実物とは違うかもしれません。誤った情報を書き込んでいる可能性がありますので、その際はご容赦願います。
101
:
犀角独歩
:2005/03/13(日) 14:35:55
100一字三礼さん:
> …犬歯のよう…祖母…歯茎は金…両親は赤
いつも貴重な情報、有り難うございます。
肉から顔を出している部分が尖っている、尖っている歯であれば犬歯ということなのでしょうね。
肉の色については、実に印象的であると思いました。
102
:
パンナコッタ
:2005/03/13(日) 15:03:23
偽史の世界では以前、安倍頼良の骨といわれるものが『鯨の骨』であったことが
ありましたが一体何なんでしょうね?
103
:
犀角独歩
:2005/03/13(日) 15:13:43
> 102
そう。こういう点ははっきりさせるべきです。
石山は彫刻本尊と共に、「御肉牙」の科学的分析調査を実施するべきです。
104
:
愚鈍凡夫
:2005/03/13(日) 15:47:53
摂りようによっては、
「以前テレビで見た、河童のミイラと変わらんだろう。」 (`ヘ´) プンプン。
こういった類の物と同じような作為を感じますね。
105
:
パンナコッタ
:2005/03/13(日) 16:10:03
> 河童のミイラ・・・。 たしかにかわりませんね。 ちなみに人魚のミイラは
鮭と猿を合体させ、燻して作っていましたが、おにくげの場合は肉の色違いから
数バージョンあるのでしょう。
106
:
犀角独歩
:2005/03/13(日) 18:55:47
石であるか、歯を入れ、蝋を練り込んだか、はたまた、河童のミイラのような制作か?
しかし、それでも「御法主上人猊下」が生きていると言えば、否定せず、手を合わせるのが信仰。
本当に、信仰とは、そんなものでしょうか。
「○○が言えば、そうである」、こんな考え方で、地下鉄サリンも撒かれたわけです。
誰々が言ったことだから、それに従うという考えが、歴史上の多く悲劇を生み、今の政財界の汚職を生み、そして、宗教も腐らせたのであると思います。
なんで、そこまで信者は、自己の信仰に対して、、無責任になれるのでしょうか。ミルグラム師は以下のように分析しています。(『服従の心理』(河出書房新社))
この分析に当てはまるとおり、上述のような態度は、信仰上の問題ではなく、社会心理学上の問題であることが知られます。
*** 以下転載 ***
「責任感の消滅は、権威への服従のもっとも重大な効果である」(P25)
「個人的責任の放棄が権威への屈服の主要な心理的結果である」(P210)
「代理状態のもっとも重大な結果は、個人が自分の指図している【権威に対して】は責任を感じるが、権威に命じられた行為の内容【については】責任を感じなくなるということである。道徳は、消滅するのではなく、根本的に違った点に集中される。従者が感じる恥や誇りは、自分が権威に求められた行為をどれほどうまくやったかということで決められる」(P193)
「権威組織にはいった個人は、自分自身を自分の目的のために行動しているのではなく、他人の要望を実行している代理人と見なすようになる。ひとたび個人が自分の行動をこの観点から考えるようになると、彼の行動および内的機能様式に深い変化が起こる。この変化はきわめてはっきりしているので、個人は、この態度の変化によって、ヒエラルキーに組込まれる前にいた状態とは別の【状態】におかれたのだと言うことができよう。わたしはこの状態を【代理状態】(agentic state)と呼 ぶことにする。それは、個人が自分自身を他人の要望を遂行する代理人と見なしている状態である。この用語は、【自主性】、すなわち、個人が自分自身を自分の意志で行動している見なしている状態と対比して用いられるよう」(P178)
107
:
パンナコッタ
:2005/03/13(日) 20:00:58
元オウム信者が麻原の説法の中で「マクドナルドのビックマフィン」と連呼
していた話がありましたね。
この信者は心の中で『ビックマックだろ』と、ツッコミを入れていたそうですが
言葉には出せない。聞いている他の人たちも「心の中ではそう思っていたに
違いないけど誰一人として言い出す者は居なかった。この程度のことを指摘
できないとは・・」と自戒の念を込めて言ってましたっけ。
石山はこの先、おにくげを否定するとは思えないし、秘密の伝説としてこれからも
いくのでしょう。果たしてこれが信仰するに値するモノなのでしょうかねぇ。
108
:
吉祥仙人
:2005/03/15(火) 05:46:55
おじゃまながら、ちょっと失礼します
犀角独歩さんへ
山田ミネコ作「ハルマゲドン伝説」ほかハルマゲドンシリーズはご覧になりましたか?
オウム(アーレフ)には「デイバダッタ」の秘密を今も信じている人がいるそうです。
109
:
犀角独歩
:2005/03/15(火) 09:50:19
108 吉祥仙人さん:
ここは「おにくげ」スレなので、他の適当なところに、レスを移そうと思ったのですが、思いつかないので、取り敢えず、こちらに。
> 山田ミネコ作「ハルマゲドン伝説」…
たぶん、仰りたいところは、漫画の宗教(信者)への影響ということと拝察いたしました。
わたしは、ほとんど、漫画というものを読まないので、恥ずかしながら、ご呈示の作品もまだ目を通していません。この機会に読んでみようと思います。
昔は宗教に影響を与えたものというのは、哲学書や、文学書というところでした。また、『ムー』の影響力も指摘されます。週末論で、多大な影響を与えたのはノストラダムスで、日本では後藤勉著『ノストラダムスの大予言』の影響は深刻であったと考えています。ここら辺までは、まだノベル、文字の世界からの影響ですね。これにビジュアル系の影響として、映画、また、テレビもかなりの影響力を持っていたと思います。
近代はやはり漫画との関係が取り沙汰されていますね。さらに、今後は、ロールプレイング系のゲームが、リアティを増すごとに影響を発揮していくことになると予測できます。たしかな記録ではないのですが、国連子ども人権委員会の発表では、今の子どもたちが1日平均5時間コンピュータに向かっているという統計が発表されていたかと思います。この大半は、勉強と言うより、当然、ゲームが中心になっているだろうと予測されます。
けれど、「浅原彰晃」に影響を与えたのは、漫画であったのでしょう。しかし、反面、(故意に悪用したわけですが、)かなりの仏教の知識も持ち合わせており、このちぐはぐさが、この倒錯心理を解く鍵になるかもしれません。
貶す目的と誤解されると困るのですが、最近、静かなブームの浦沢直樹著『20世紀少年』は創価学会をモチーフにしていると言いますが、これはどうでしょうか。
やや余談になるかもしれませんが、日本で仏教が人々にリアリティをもって迫ったのは、文字仏典より、地獄変(地獄図)であったという学者がいます。これは差詰め、いまでいう漫画、映画、テレビの影響の原形といえるでしょうか。
宗教学の立場から漫画を考えている川瀬貴也師の『宗教マンガ学−仮設的総論−』は、なかなか興味深いアプローチだと思います。
http://homepage1.nifty.com/tkawase/comic/relicomi.htm
110
:
犀角独歩
:2008/08/09(土) 07:22:23
「本門寺の肉牙」、この件、ご存じの方がいらっしゃいましたら、ご教示ください。
犀の角のように独り歩め「肉牙は2カ所に蔵されていた?」
http://blog.livedoor.jp/saikakudoppo/archives/51387974.html
111
:
彰往考来
:2008/08/09(土) 08:23:32
>110 本門寺のお肉牙
これは池上本門寺ですね。
石倉重継著『日蓮宗各本山名所図会』(明治36年、博文館)343頁に記載があります。
『日蓮宗各本山名所図会』は近代デジタルライブラリーで見られます。
http://kindai.ndl.go.jp/BIBibDetail.php
彰往考来
112
:
犀角独歩
:2008/08/09(土) 16:08:19
彰往考来さん
ご投稿、有り難うございます。
ちょっと、わたしの愚鈍な頭で斟酌できないところがありますので、お尋ねします。ご紹介の「石倉重継著『日蓮宗各本山名所図会』(明治36年、博文館)343頁」は、以下の文章が底本だと思います。
「遺跡之事
…
一、聖人御歯二粒者 御存生之時 親自聖人之御手所賜也 夙夜可成向顔之思 云云 然則於二粒所在者成御存日之思而号日昭弟子之人者深可奉尊重若令違背者非遺弟矣
…
文保元年十一月十六日 法印 日昭 在判」(日宗全・昭尊之部 P12)
この記述が、本門寺の宝物を指すということでしょうか。
熊田氏の該当リードは、厨子入りの宝塔、つまり肉牙が納められている写真は、本門寺のものであるという意味に採れるのですが、昭門の宝物が本門寺にあるということでしょうか。
113
:
彰往考来
:2008/08/11(月) 06:05:51
>112 肉牙
石倉重継著の『日蓮宗各本山名所図会』は今でいう観光ガイドブックのようなもので同書342頁に池上本門寺の「寶物と古文書」の項があります。『日蓮宗各本山名所図会』に種本があったろうことは否定できませんが、同書は当時の日蓮宗各本山名所にどのような宝物があるかなどを列記したガイドブックにすぎませんので恐らくは各寺院発行の縁起などを参照にしたものと考えます。
同書343頁には、池上本門寺の宝物として
「△高祖御肉牙二枚(昭師へ授興し玉ふ所の物なり高祖の御譲状昭師の添状あり)
とあります。
これだけでは現在玉沢妙法華寺にある「御肉牙」が当時池上本門寺にあったのか、はたまた双方にあるのか判断できませんが、『日蓮宗各本山名所図会』の記載は「注法華経」に関する同書の記載から信用できると考えます。『日蓮宗各本山名所図会』の当該箇所には「注法華経四巻」が記載されています。いうまでもなく「注法華経」は玉沢妙法華寺の所蔵であり池上本門寺の所蔵ではありません。これは『日蓮宗の本山めぐり』(昭和56年5版(初版:昭和46年)、ニチレン出版、129頁)の妙法華寺の項によれば「曽ての師であつた池上の惺師が、宗祖の『註法華経』を是非拝見したいといわれたので慎重にその前半を御覧に入れたところ、これは無事に返却された。然るに、あとで御覧に入れた後半が、遂に戻らなかつたのである。苞師(引用者注:妙法華寺十四世)はこれを苦にして慶長八年(1603)職を法弟の産師に譲り、越えて十四年十月五日、六十六歳を一期として、大見川へ身を投げたのであつた。これが今に伝わる日苞ケ淵の哀話である。だが、昭和十六年十二月二十三日に、池上から『註法華経』が還付され、代りに『兄弟鈔』が池上に復帰して、両者ともに本来の在り場所におちついた。その復古式が本門寺の酒井日慎猊下によつて行われている」ということで、『日蓮宗各本山名所図会』が発刊された明治36年には「注法華経」の後半四巻は池上本門寺に在ったことが確認され、『日蓮宗各本山名所図会』の記載内容の正しいことが分かります。池上本門寺蔵の霊宝をまとめた天明8(1788)年の「御霊宝之控」(『大田区史(資料編)寺社1』昭和56年、東京都大田区、120頁)にも「注法華経」が記載されており上記内容は矛盾ありませんが、玉沢妙法華寺と池上本門寺の両寺で「御肉牙」の行き来があったなどという記録は見当たりません。
私は玉沢妙法華寺と池上本門寺の両寺に「御肉牙」があると考えます。その根拠は、
一、 「御肉牙」が納められている厨子入りの宝塔が両寺で異なること
二、 高祖「御肉牙」が池上本門寺の什宝として『日蓮宗の本山めぐり』(ニチレン出版)と天明8(1788)年の「御霊宝之控」(『大田区史(資料編)寺社1』)とに記載されていること
の二点です。
(つづく)
114
:
彰往考来
:2008/08/11(月) 06:06:29
113の続きです。
まず「御肉牙」を入れた容器である厨子入りの宝塔です。玉沢妙法華寺のものは星野武男/著『現代人の日蓮聖人傳』(昭和10年、文松堂出版部、241頁)に写真が紹介されており、池上本門寺のものは熊田宗次郎/著『日蓮上人』(明治44年、報知社、359頁)記載の写真が該当すると考えられ、写真でみる限り両者は全く別物です。
天明8(1788)年の「御霊宝之控」(『大田区史(資料編)寺社1』昭和56年、東京都大田区、120頁)に「祖師御肉付御歯 同記一巻」との記載があることから、少なくとも天明8(1788)年の時点で池上本門寺に「御肉牙」が所蔵されていたことが解かります。
『日蓮宗の本山めぐり』(昭和56年5版(初版:昭和46年、ニチレン出版、79頁)の池上本門寺の項には寺宝として、いの一番に「(1)高祖御肉牙 日昭上人に授け給うたもので宗祖の御譲状と昭師の添状がある」とあります。『日蓮宗の本山めぐり』の妙法華寺の項(127頁)には「御肉牙」の記載はありませんが『日蓮宗寺院大鑑』(昭和56年、池上本門寺)の妙法華寺の項(437頁)に「御肉歯」とあります。しかしながら『日蓮宗寺院大鑑』の池上本門寺の項(61頁)にはなぜか〔寺宝〕の箇所に「御肉牙(御肉歯)」の記載がありません。池上本門寺が「祖師御肉付御歯」を危ない(本物ではない)と判断して記載しなかったのでしょう。
以上のことから私は玉沢妙法華寺、池上本門寺の両寺に現在でも「御肉牙」と称されるものがあると考えます。富士大石寺を入れると少なくとも3箇寺に「御肉牙」があることになります。探せばまだあるかもしれません。
私はかつて『日蓮宗各本山名所図会』や『日蓮宗の本山めぐり』に記載された池上本門寺の「御肉牙」を読んだ際に、「御肉牙」と称する怪しげなものはアチコチにあるのだと思ったものでした。これらの御肉牙をDNA分析すれば真偽は分かるはず(少なくとも3箇寺のものが同一人物であるかどうかはわかる)ですが、それは実現しそうにありませんし、もし実際に分析したら日蓮聖人の歯ではなく他人の歯だったということもあり得るでしょうし、歯とは別の物質ということもあり得るでしょう。
しかし荼毘にふした御真骨ならともかく、肉付きの歯を什宝とする神経も理解できませんし、ましてこれが七百年後も成長していると信じている人たちにはとてもついていけません。アチコチに「御肉牙」と称する怪しげなものがあるので、その大半は後世の偽物でしょう。まじめに議論する値があるとは思えない代物です。
彰往考来
115
:
犀角独歩
:2008/08/11(月) 16:17:43
彰往考来さん
詳細なご説明、有り難うございます。
どうやら、池上にもあるのですね。こちらはいまは完全に引っ込めて、秘蔵厳護といったところでしょうか。
江戸時代までは、庶民にとって、お漫荼羅より、よほど、この手のもののほうが人寄せには役だったでしょうね。軈て「科学万能」と言われる時代に入り、なりをひそめたというのが経緯でしょう。
> 肉付きの歯を什宝とする神経も理解できませんし、ましてこれが七百年後も成長していると信じている人たちにはとてもついていけません。
まったく、このご意見には賛成です。先だっての石山における阿部さんから早瀬さんへのバトンタッチでも、これを見せて、いまだに「御生骨拝観」なんてやっているわけです。「21世紀なのになぁ」と溜息が出ました。
もっとも、昭和31年、つまり、いまからまだわずか半世紀前に、戸田さんは、彰往考来さんが批判するとおりのことを言っていたわけです。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/364/1015567021/6
それを知らない創価学会員の、新しい連中が大石寺批判に「おにくげ」を引っ張り出します。「あんたんところの永遠の指導者第2代が本物といっていたよ」と教えたくなるわけですが、まあ、こうした若い連中は戸田さんよりは常識があるということでしょうか。
さらに言えば、戸田さんは、先に挙げた「御肉牙」発言の3カ月前、以下のように話しています。
「これは世界のどこにもない不思議なものである。妙である。この実態を見たならば、広宣流布は間違いない。広宣流布されてしまえば、消えてしまうもので、いまこそ拝む時期である。招来のために、記録もはっきりとっておきたい。まあ人数の制限もあろうが、奉安殿に、コの字の形式にずらりと並び、そうとう範囲で見えると思う。そうすると、なかなか歩かないのですよ、だまっていれば、何分でも動かない。
あとが続かない。仮に、それを一日十時間、以前は一日最高三時間でしたが、拝ませていただくとして、一万人が登ったとしても、一万人は喜捨で運べぬから、歩いて行って拝むとしてもでず、一時間に一千人、一分間で六十で割ると、三十何人が回っていかねばならない。そうでもして、数多くの方に拝んでもらいたいと、こう思います。
さきほどの猊下への御報恩と、御肉牙の拝観だけは、四月までに、ぜひやりたいと思う。孫子の代まで語り草に、広宣流布のしるしですから、御肉牙を拝観しなさいよ」(同P183/昭和31年1月31日/本部幹部会/豊島公会堂)
創価学会員が登山をすると、石山から1人当たりいくらというバックマージンが出ていたという話が本当であれば、戸田さんはなかなかの興行師ですね。いまどき、御肉牙なんか、本気で信じているのは顕正会ぐらいでしょうが、その原因をつくったのは、創価学会であり、戸田さんでした。
> アチコチに「御肉牙」と称する怪しげなものがあるので、その大半は後世の偽物でしょう。
「肉」ということでいえば、全部が全部、偽物でしょうね。
> まじめに議論する値があるとは思えない代物
それを上記のように、わずか50年前に語ったのが創価学会、戸田さん。本当に創価学会員1万人が見に行ったかどうかは知りませんが、おっしゃるとおり「真面目に議論する値があると思えない代物」に創価学会は大挙動いたという事実は、かつて、池上本門寺も同じ様なことを行っていたという事実と共に、ここではっきりと確認できてよかったと思いました。
創価学会と、その会員は、こうした過去の経緯に対してもきっちりと責任を取ってほしいと思うわけです。いまだに「本物だ」と言っているほうももちろんです。
116
:
犀角独歩
:2008/08/11(月) 16:44:04
【115の訂正】と補足
誤)招来のために、記録もはっきりとっておきたい。
正)将来のために、記録もはっきりとっておきたい。
「昭和31年、つまり、いまからまだわずか半世紀前に、戸田さんは、彰往考来さんが批判するとおりのことを言っていたわけです」は、ちょっと、わかりづらい文章ですね。
「昭和31年、つまり、いまからまだわずか半世紀前に、戸田さんは、彰往考来さんが批判の的とすることを言っていたわけです」としたほうがわかりやすいでしょうか。
ついでに書けば、この戸田さんの発言のなかで、それまでの大石寺御肉牙伝説をさらに補填しています。すなわち、「広宣流布されてしまえば、消えてしまう」という件。
「御生骨と称す、蓮祖の存日生歯を抜き血脈相承の証明と為て之れを日興に賜ひ事の広布の時に至らば光明を放つべき」と、それまで日蓮が直接日目に渡したと言ってきたのに、日蓮日興日目と書き換えたうえで広宣流布には光明を放つでした。これを戸田さんは、「広宣流布されてしまえば、消えてしまう」というわけです。「広宣流布は間近だ。いま見ないと損をするぞぉ。消えてなくってしまうからな。ワッハッハ」という戸田さんの高笑いが聞こえそうです。人の煽り方は抜群でした。
それから50年、いまの創価学会。孫子の代には、創価学会員がこれを否定する。戸田さんの言いつけは、守られなかったわけですね。お気の毒です。
117
:
犀角独歩
:2008/08/11(月) 17:12:46
まだ、何カ所か、間違いがありました。引用文なので、転載の便宜を考えて、今一度、投稿します。マスの無駄遣い、お詫びします。
「これは世界のどこにもない不思議なものである。妙である。この実態を見たならば、広宣流布は間違いない。広宣流布されてしまえば、消えてしまうもので、いまこそ拝む時期である。将来のために、記録もはっきりとっておきたい。まあ人数の制限もあろうが、奉安殿に、コの字の形式にずらりと並び、そうとう範囲で見えると思う。そうすると、なかなか歩かないのですよ。だまっていれば、何分でも動かない。
あとが続かない。仮に、それを一日十時間、以前は一日最高三時間でしたが、拝ませていただくとして、一万人が登ったとしても、一万人も汽車で運べぬから、歩いて行って拝むとしてもです、一時間に一千人、一分間には、それを六十で割ると、三十何人が回っていかねばならない。そうでもして、数多くの方に拝んでもらいたいと、こう思います。
さきほどの猊下への御報恩と、御肉牙の拝観だけは、四月までに、ぜひやりたいと思う。孫子の代まで語り草に、広宣流布のしるしですから、御肉牙を拝観しなさいよ」(『戸田城聖先生講演集 下』発行所 創価学会 「御肉牙の拝観」昭和31年1月31日/本部幹部会/豊島公会堂/P183)
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