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V@akyapad@iya読解メモ

4近藤 貴夫:2003/03/28(金) 23:55
まず、世界(=全宇宙)は無始無終である、というのは、
縁起・無常を説く仏教でさえ認められていることです。
縁起の流れの全体が理由もなく始まったり終わったりする
ことは、縁起の概念そのものに反するからです。

コトバそれ自体がやはり無始無終である、というのは、
コトバについて少し考察してみないと分かりにくいところ
です。言語とは、現象である音声や書字によって、現象も
それ以外も含む諸々の事象を表す営みですが、その中間の
<記号−意味>という構造が曲者で、これが現象ではない
のです。
言われた音声が消え去り、書かれた文字がかすれて消え、
それらの表す事態が因果の流れにうつろい動いても、この
<記号−意味>は不変でありうるのです。

5近藤 貴夫:2003/03/29(土) 00:04
そして、コトバが世界を支え、形成・展開するという
ときのコトバとは、自然科学の法則などのことを念頭に
置けば納得できます。法則的に形成・展開していると
いうことは、即ち総体的にコトバ(方程式もコトバである)
に則って展開しているということであり、言語記述可能な
言語原理的世界であるということになるのです。

ちなみに、ここでは関係のないことですが、アートマンと
いうのは『認識原理』であり、やはり時空・現象界を超越
しています。

6近藤 貴夫:2003/03/29(土) 00:19
『不滅の字音(アクシャラ"ak#sara")』という語は、
一語で、「不滅の」という意味と「言語上の記号(即ち
音素・単語・句・テキスト)」という意味とを兼ねて
いるのです。そしてそのまま<ブラフマン=アートマン
=神>でもあります。
このキーワードにおいて、神はロゴスそのものであり、
それ以外にないことがはっきりと表されています。

7近藤 貴夫:2003/03/29(土) 11:10
アルタ"artha"という語は、<意味内容(内包)><指示対象(外延)>
<希求対象(利益・意義・目的)>の各意味を含む、意味の広い語で、
言葉の示す<意味>がこれらのどの範囲であるのかインド思想上の
議論の対象になってきました。

8無名子:2003/04/03(木) 11:21
『ブラフマンは、[次のようなものであると]主張される。(1)その本質が、
[われわれ人間の]あらゆる想像を超えたものである。』

ブラフマンは現象や観念ではなく、従って認識対象ではありえません。
現象や観念ならば、それは上記<アルタ>であり、形成されたものであり、
【別な姿をとって現れた】ものなのです。そして、それら形而下のものと、
ブラフマンとの関係が問題になります。

9近藤 貴夫:2003/04/03(木) 11:37
『(2)別異と同一を完全に超越していることによって、ありとあらゆる
力能(シャクティ)をそなえたものである。』

別異と同一とは、ブラフマンと個々の現象・事物との関係を指しています。
そして、仮に個物同士や属性の値同士ならば別異やら同一を語れますが、
ブラフマンと諸現象は、別異か同一かというような言語表現では全く言い
当てることのできない関係にあるということです。
ブラフマンは森羅万象すべてに関わる理ですから、森羅万象すべてを規定
する力能(シャクティ)をそなえたものです。

10近藤 貴夫:2003/04/03(木) 11:49
『(3)知と非知という二つの区分をその姿としてもちながらも、しかも
無区分のものである。』

ここで「知と非知」と訳されている句は、漢訳仏典では多く「明と無明」と
訳されるところのもので、煩悩にまみれた我々の世界を仮現させるのが
非知であり、それを滅して一者としてのブラフマンに還らせるのが知で
あります。そしてその両方が、ブラフマンの不可分の両側面だということ
です。

11近藤 貴夫:2003/04/03(木) 15:38
『(4)[この世の人々は、様々に分割された]個別的時間区分の経験を
何度も繰り返すことと、[様々な場所を占めて空間的に存在する]
個別的物体について何度も繰り返し学習することによって、[自分
たちの様々な活動を成り立たせている]。そのような活動に付随して
生起してくる種々の功徳(ダルマ)・罪過(アダルマ)をそなえたもの
[としてブラフマンは語られるの]ではあるが、[実際には]
どの様な状態においても、はじまりにも終りにも依拠することが
ないものである。』

(4)は長くて、まだこの後にも説明が続きます。

個別的時間区分とは、秒・分・時・日・週・月・年などによって
区切られる個々の特定の時のこと、個別的物体とは、あの机とか
この壷とかいう個々の特定の物体のことと解します。現象は、
このように時間的・空間的個別性をもって立ち現れてきます。
ダルマ(dharmaH)という語は非常に複雑な派生義を持つ語ですが、
ここではその否定語のアダルマと対置して用いられているゆえに、
<道義・徳・善>の意味にとられております。漢訳では<法>・
<非法>と訳されることが多いでしょう。
善悪の行為やその影響も、現象に付随するものとして、時空的個別性の
中で生じ、はじまりも終りもある。そしてそれはブラフマン(理法)を
基盤とするものとして語られる。しかし、ブラフマン自体は時空を超越して
いるとされます。

12近藤 貴夫:2003/04/03(木) 15:50
訂正:上記 <善悪の行為>→<行為の善悪>

『なぜなら一者でありながら、結果でありまた原因でもあり、多様に
区別されるものであり、また区別されることのないものでもある
ブラフマンについて、[様々な言説がなされているが]、それらの
いずれの言説にも、[ブラフマンの限定的特徴として]それ以前のない
運動開始点(はじまり)や、それ以後のない運動終了点(終り)が
数え上げられることはないからである。また、[ブラフマンは]
様々の形態をとって[現象世界として]現れてくるものであるが、
それらの各部分のどこにも、上方にも下方にもまた水平方向にも、
[ブラフマンの]限界は認められない。』

<宇宙の無限性>は古代インドにおいて公理に近いものです。
時間的側面について言えば、大地や太陽が生じて消えることがあっても、
それは全宇宙の創始や終末ではないのです。その点が、一回限りの世界の
創造を説く旧約聖書とは異なります。人々が住む惑星を持つ小世界が、
この宇宙には無数にあって、それぞれ生成・発展・衰退・消滅を繰り返して
いるものの、それらの宇宙の総体は決してはじまりも終りも持ちません。

13近藤 貴夫:2003/04/03(木) 16:01
こうしたブラフマンに相当する仏教用語は、法界(dharma-dhaatuH)
でしょう。仏教は現象の背後に形而上学的な基体を措定することを嫌い、
語ろうとしないことが、ヒンドゥーに比べての特徴とされますが、
ヒンドゥーに近い概念を言い出す諸派は多く、そうした名分から
仏教と非仏教を分けることを非現実的にしています。
私はこのスレッドで、この後、コトバや理法の非現象性の一端を明らかにし、
ブラフマンという概念が、現代の目から見ても、決して荒唐無稽な
オカルトではないことを述べていこうと思っています。

14近藤 貴夫:2003/04/03(木) 16:16
話が前後しますが、ここで論者は、仏教においてもブラフマンの無始無終が
否定されていないことを示唆しています。
諸行無常と説いて、個々の事物がうつろい変わるものだと言っても、その
うつろい変わる縁起の世界全体が終わる(全く何も結果も生まなくなる)
とか、いつか始まった(何の原因もなしに)とか、或は因果を支配する
理法自体が突然変化するいうことは、仏教は想定していないのです。
事実、唯識仏教においては、アーラヤ識縁起の流れが無始無終だと説かれ、
仏身に関しては、法身の無始無終が大乗仏教の通説であるのみならず、
報身や応身の無始無終も説かれるようになりました。

15近藤 貴夫:2003/04/03(木) 16:41
『しかし、諸々の変様物(個物)は、多様な姿をもつとたとえ認められる
にしても、[一個の]根源的原理(プラクリティ)[であるブラフマン]と
結びついて存在しているから、言葉が[ブラフマンにとって、それ自身の
一部として]受け入れられるべきものであることによって、そして同時に、
言葉が[ブラフマンを]受け入れるものであることによって、それ
(ブラフマン)が、「コトバそれ自体(言葉の本体)」と言われるので
ある。』

ここに、ブラフマンが<理法・ロゴス>であることが一層明らかに
表明されます。ブラフマンとは根源的原理−−全ての分野を余すことなく
支配する理法なのです。
言葉は、正しく語ることによって、ブラフマンによってその一部(正しい
事実描写や定理等)として受け入れられるものであり、我々は言葉に
よってのみブラフマンの一部を理解し、客観的なものとして意思疎通する
ことができます。

16近藤 貴夫:2003/04/03(木) 17:07
『なぜなら[ブラフマンの現象的な現れである]存続・運動開始
(はじまり、創世)・運動終了(終り、帰滅)という区分は、言葉に
よって[こそ]作り出されるのであるから。そしてそれ(ブラフマン)は、
諸字音の発効原因であるから、[転義的に]「[ブラフマンは]、不滅の
字音である」と[詩節1に]言われる。人間ひとりひとりの心[の中]に
奥深く入り込まされている[諸字音]が、他者を理解させるための
顕現体[つまり具体的な音声を伴った言葉]として[外部世界へと]
流出するのである。』

前段で言われているのは、理法の永遠なる内部構造=コトバが、
あらゆる現象を規定しているということです。
中段で言う諸字音とは、つまり各言語で有意味な<音素>のことであって、
それらが言葉として意味を持って使われうるのは、世界がブラフマン的
(=ロゴス的)であるからなのです。
後段には、私的言語(個人の内的言語)と、その表出である疎通言語
(言語使用)との関係が指摘されます。両者のうちで前者の方がより
根源的で重要だというのが、論者バルトリハリの考え方で、後で大いに
論じられますから、ここでは措いておきましょう。

17近藤 貴夫:2003/04/04(金) 13:15
『実に次のように言われている。
「ある人々は、[いまだ意識の内部にあって外部世界へと]流出しない
状態にあるコトバを、微細で、表示対象とそれ自体が未分化のままにある
単一体であると考える。また他の人々は、このような状態にあるコトバを、
[表示対象とは]別個のもののごとくであり、様々な様相をもち、
アートマン(各個人の心)の中に奥深く入り込んでいるものであると
考える」と。』

使用されていない状態のコトバ=各個人の中における本源的なコトバに
ついての描写です。
光や音が外界を認知するのに便利であることを無意識に悟っていたからこそ、
動物の先祖たちは目や耳を発達させ生き長らえてきました。それと同じ
意味で、コトバの能力も我々の奥深いところに根ざしていると推測できます。

18近藤 貴夫:2003/04/06(日) 09:33
この思想においてはコトバについては、
(1)使用され現象(音声等)になっている語列・テキスト
(2)その他のあり方にある言語
の両義にまず大きく区分されます。

(2a)世界の根源たるコトバ=ブラフマン(=ロゴス)
は後者の一側面として常に意識されます。

(2b)システムとして見た人間世界の各個別言語のレベル
は、主にサンスクリットだけを対象言語として扱い、
外国語を時たましか省みないため、あまり考察の対象に
なりません。少なくとも比較考察はされない。
ただし、
(3a)対象言語 と (3b)メタ言語 の区別はしっかり
登場します。
その一方で、(2b-2)個別言語の通時的変遷の側面
は事実上無視されているといってもいいでしょうし、
(2b-3)個別言語のサンプルとしてのサンスクリットの分析
はこの論書の中心主題になります。

(2c)個人の能力としての言語能力 と
(2d)思考に使われている内的つぶやきの言語 と
(1)使用され現象(音声等)になっている語列・テキスト
との考察も、十分整理されているとは言えないかも
しれません。

それに加え、記号としての音素列(シニフィアン)と現象としての
音声、観念としての意味(シニフィエ)と指示対象の各ペアは
十分に議論の対象になっており、それらに(3a)対象言語と(3b)メタ言語の
区別が加わって複雑な議論が展開します。

19近藤 貴夫:2003/09/28(日) 19:36
『[詩節1で]「ブラフマンは、意味=対象=事物として、この
世界に別の姿をとって現れてくる」と言われている。「別の姿を
とって現れてくること」(ヴィヴァルタ)とは、一者でありそれ
自身の本質を決して失うことのないものが、異なり=個別性を
模倣することによって、非実在(虚妄)の・区分されたもの(個別
実体化されて現象世界に存在するように見えるもの)である他者の
様相を、[自分自身のものとして]受け入れるものとなるという
ことである。ちょうど夢の中の諸対象の顕現[を、ひとつの意識が、
それ自身の変様として受け入れるの]と同じである。』

ヴィヴァルタ=vivarta(開展。漢訳で、成・成立・成相・生成・
有成など。)

20近藤 貴夫:2003/09/30(火) 21:24
<絶対の一者>であるコトバ=ブラフマンこそが真の
実在で、個別の多なる存在は、ブラフマンの夢のような
もの、ということになります。

21近藤 貴夫:2003/09/30(火) 21:42
『そして次のように言われている。
「形体的仮現と作用的仮現は、非知(アヴィドヤー)の
力の働きにすぎないものである。そしてこの両者は、
知を本性とする[ブラフマン]に対して、それと同一で
あるとも別異であるとも語りえない。実にこれこそが、
非知(アヴィドヤー)の非知たる性質である」と。』

アヴィドヤー=avidy@a(無知。漢訳で、無明・癡・
愚癡など。
語りえない→an@akhy@eya(<@a-KHY@A,(sbd.に)語る・
言い表す・言明する・説明する、<KHY@A,)

22近藤 貴夫:2003/10/02(木) 21:59
現象世界は、非実在(空)であるがゆえに、言い
当てられない。そしてそれは、空性である真如と
同一であるとも別異であるとも言えない。
仏教的に言えば、こういうことと並行的だと言える
かもしれません。

現象でないもの、つまり形式(それは原理上観測不能)
ならば、言い当てられないことを露わにされずに
語ることができます。そして、言語は<現象でない>
側面を多分に持った最たるもの。故に、こうして世界
原理に置かれることも一理あるのです。
仏教徒が「ただ名称に過ぎない」とか言って、物事の
実在性を否定するとき、その<名称>の全側面をどう
把握して言っていたのか、私はもう一度検討してみたい
ところです。

23近藤 貴夫:2003/10/02(木) 23:36
『そこから世界の形成(プラクリヤー)がある[ブラフマン][と
いう詩節1の句について説明する]。実に、「コトバ」と呼ばれ、
すべての分節的順序をその内に取り込んでいる、そのブラフマンから、
そして一切の変様物が消滅するときに、[それら一切の変様物を
その中に]帰入合一させて、[自らは]明確な形象をとることのない
[ブラフマン]から、そして[変様物の新たな出現が起こる]以前
には変様物の結節点(グランティ)として明示されることのない
[ブラフマン]から、「現象的世界」と呼ばれる多種多様な変様物が
形成される。
すなわち次のように言われている。』

24近藤 貴夫:2003/10/08(水) 22:19
プラクリヤー=prakriy@a(<pra-K$R,手続き・方法・
儀式・など。漢訳で、史・根由など)
グランティ=granthi〔男〕(結び目・節。漢訳で、
結・縛・纏縛・栓・綱・結縄など)

25近藤 貴夫:2003/10/10(金) 11:10
『「われわれ人間が、ありとあらゆる想像を働かして[それを]
想い描こうとも、そこにおいて捉えられたことには決してならない
ものであり、思量(タルカ)や伝承(アーガマ)や推論(アヌマーナ)
によって、多種多様に想像されるものであり、』

タルカ=tarka\h(>TARK,思いなし・推量・想像・憶測;考慮・思索・
探求;註:論理学=認識論・推理論・討論法の各分野を含む哲学的体系の
意味もある。漢訳で、覚・知覚・覚想・覚観・思度・思量・尋思・尋伺
・計度・忖度・分別など)
アーガマ=@agama\h(<@a-GAM,来着・到着;由来;起源、その他多義。
この場合は伝承された聖典やその学問のことか。漢訳で、来・生起・
教・理教・聖教・至教・教法;言・聖言;旨・勅・勅旨;伝、など。
音訳して、阿含など)
アヌマーナ=anum@anam(<anu-M@A,推理・推論・論証;類比・類似性。
漢訳で、比・比知・比量・比度;随量;知;籌量。三つ、或は二つの
認識手段のうちの一つの称)

26近藤 貴夫:2003/10/12(日) 11:54
『「別異と同一、存在(「ある」)と非存在(「ない」)、
分節と無分節、そして真実と虚偽[といった各種の相対]を
超越しているものでありながら、遍在するアートマンとして、
弁別に基づいて[この現象世界に]立ち現れてくる」、』

『「そのようなそれ(ブラフマン)が、諸存在物の内制者として、
近くにおいても遠くにおいても見られる。そのものは完全に
解脱したものであり、解脱を求める者たちによって解脱のために
念想される」。』

27近藤 貴夫:2003/10/12(日) 16:39
『「そのもの(ブラフマン)は、[現象世界に見られる粗大な
変様物だけでなく、]根源的原理(プラクリティ)としてある
諸変様物をさえ作り出す。それはちょうど夏の終りに、季節の
エネルギーが多くの大きな雲の塊を作り出すのと同じである」。』

プラクリティ=prak$rti\h(<pra-K$R,(何かの)本性・性質、
性向・素質、気分、形相、精髄、起源・根源、原型・基本型、
女性、生殖器官、最高存在、〔複〕根源的構成要素。漢訳で、
性・本性・自性・性自;自体・稟性・志性・体性;自性本来・
本・本来・本来性・先来;法;自然・自然本性;実性・真実之性・
真実之相;性行、など。哲学用語として、往々にして特別な
意味を担う。)

『「そのもの(ブラフマン)の精神は単一であっても、多種多様に
区分される。ちょうど全世界を燃やし尽くす大災害[を引き起こす]
時の埋もれ火や、海の一滴の水と同様に」。』

炎の譬え、水滴の譬えは、小さなものが大きなものの元となる
比喩によく使われるもの。

28近藤 貴夫:2003/10/19(日) 10:53
『「<普遍(アークリティ)>あるいは<種族(ゴートラ)>と
等しい位置を占めるそれ(ブラフマン)から、変様をもつもので
ある様々の個物の集まりが生じてくる。それはちょうど風から
雨を伴った多くの雲が生じてくるのと同じである」。』

29近藤 貴夫:2004/01/09(金) 13:36
昨年暮、当該文献の詩頌部分の全原文を、ネット上で入手しました。
現在、最初から改めて読解中です。

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http://bbs.8a.hk/home.php?mod=space&amp;uid=155614


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