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1竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2012/12/07(金) 22:36:30 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

こんにちは、もしくは初めまして。
いや、ここまで来て初めましてはあるのだろうか、竜野 翔太です。
今回、苗字と名前の間にスペースを空けて、トリップも変更いたしましたのは、心機一転してみようかと。
いやですねぇ、今アップしてるものも、もう一回一からやり直そうかと。そう思った次第でございます(更新を待ってくれていた人はごめんなさい)。

しかし、リメイクするからには、以前よりも良い作品に仕上げていきたいと思います!
ちなみに、これはそれとは別の作品です。
リメイクするのも、四つのうちの三作という形で。

相も変わらず英語なタイトルですが、楽しんでいただければ幸いです!

2竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2012/12/07(金) 23:05:18 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
Prologue -started...-

 東京都。
 人口数日本一を誇る都道府県。そこのある街で、ある話題が持ち上げられていた。学生達の間で。あるいは会社の昼休みの中で。あるいは昼時の主婦達の会話の中で。その噂はどんどんと広まっていき、一種の都市伝説のようなものとなっていっていた。
 その話題を切り出す者が最初に言う言葉は決まっていた。
 『ねえ、繰々師(くくりし)少女って知ってる?』
 その都市伝説の名称は『繰々師少女』。
 まず容姿が目立つらしい。人形を思わせる愛らしい顔立ちに、腰くらいまである黒髪のストレート。前髪はまぶた辺りで切り揃えられている。いわゆるパッツンだ。服装も奇抜で、現在の季節は五月中旬。丁度春の爽やかな暖かさが、梅雨の時期特有のじめっとした蒸し暑い季節に変わる頃。にも関わらず、その少女は首から上の肌を全て隠したようなゴスロリの衣装を身に纏っているらしい。そして、いつも大事そうに、大きなウサギのぬいぐるみを抱えているようだ。
 確かに、そんな少女がいたら都市伝説はともかくとして、十分な噂にはなるだろう。街に人気俳優が歩いていることと同じくらい目を引く。
 しかし、その少女の不思議さは全体の容姿だけではなかった。
 見た目十四歳程度、中学生くらいの少女が昼間に街に出没するのだ。嫌でも目を引く。そのため、大人に声を掛けられることもあるようだ。しかし、その少女は決まって同じ返事をする。
 君は誰、と聞かれれば『私は繰々師』と。
 何を聞いても、その返事以外は返ってこない。それ以外は答える気が無いようだ。
 その少女は何かを探しているように辺りをきょろきょろと見回している。物か、人か、何を探しているかまではわからないが、何かを探している様子だけは伝わっている。
 何を探しているの、と聞かれれば『大切な、物』と答える。
 都市伝説『繰々師少女』はゴスロリ衣装を身に纏い、昼間に現れる。
 少しだけ暑い日差しに照らされながらその少女は何かを探し続ける。

 だが、今回は昼間だけに留まらず、深夜にも現れた。
 『繰々師少女』は夜の街を闊歩している。未成年がこんな深夜に街をうろついていいわけがない。警官達の目を盗みながら、彼女は大きなウサギのぬいぐるみを抱えながら夜の街を走り回る。
 夜の街を彼女は駆け抜けながら、ぽつりと小さく呟く。
 鈴のような高く、幼い女の子らしい可愛らしい声だ。
「―――何処にいるの?」
 彼女のその声は夜空に溶けた。
 夜が明ける。
 走り回って疲れた彼女は、公園のベンチで横になりながら眠ってしまっていた。
 大きなウサギのぬいぐるみを両腕で大切そうに抱えながら、小さな寝息を立てて、心地よさそうに眠っている。

 彼女の、そして街全体の朝が始まる。

3竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2012/12/07(金) 23:37:34 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
第一章 噂の少女との邂逅 -boy and girl-

 1
 
 朝だ。
 漠然と少年はそう思った。カーテンを閉めているため、ほんのりと部屋の中に差し込む朝日。その朝を告げる日差しが丁度少年の目を照らしている。はた迷惑な朝日だ、と少年は思いながら目をごしごしと擦る。
 すると部屋のドアの前で中学生らしき少女の声が響く。
「おにーちゃん、朝だよ! 早く起きないと遅刻さんになっちゃうよー! ほら、起きた起きた!」
 言いながら少女はドアを開けてずかずかと上がりこんできた。
 ベッドから上体を起こしたままの少年は、欠伸混じりに返事を返す。お玉を持ったままの少女は、起き立ての少年の服の袖をぐいっと引っ張りながら下の階へと連行していく。そんな強引に連れて行かんでも、という少年の思いは彼女には届いていない。
 リビングのテーブルには二人分の朝食が用意されていた。目玉焼きが乗ったトーストに、小さな器に入った緑色の野菜の中にプチトマトが入ったサラダ。そして白いマグカップにはコーヒーが淹れられている。マグカップの側面に『R』と書かれているが、恐らくは少年のイニシャルだろう。一方で、妹である少女のマグカップの側面には『A』が記されている。
 彼女の名前は澤木亜澄(さわきあすみ)。黒髪を肩にかかるツインテールにしたあどけなさを顔に残した少女だ。縛っている髪を束ねているのはピンク色のゴム。彼女が小学六年生の頃に、少年が誕生日に買ったプレゼントである。意識はしてなかったものの、こうやって自分があげたものをちゃんと使っているのを見ると嬉しい。彼女は黒基調のセーラー服を着ている。恐らく彼女の学校の制服だろう、現在の彼女は中学三年生である。
 一方で、そろそろ暑い季節になってきたためブレザーを着ずに、制服の長い袖を二の腕辺りまで捲っているのが、彼女の兄である澤木霊介(さわきりょうすけ)だ。二人の両親は離婚しており、母方に引き取られた。しかし、二人の生活のために母は仕事で忙しいため、家には二人しかいない時がほとんどである。
 霊介はトーストを食べながらテレビに視線を移す。やっているのは政治系の話題ばかりで、そういうのに疎く、興味の無い彼にはさっぱりの内容だ。
「目玉焼きの黄身ってさ、ぎりぎりまで潰したくないよね! たっぷりの黄身に包まれた白身がおいいくって―――って聞いてる、おにーちゃん?」
「お前はちょっと黙れ。朝くらいゆっくりさせろよ」
「ぶー、おにーちゃんの意地悪。でもさ、そんなにゆっくりさんでいいのかな?」
「は?」
 彼の疑問を解消するように、亜澄が壁に掛けてある時計を、ココアを飲みながら指差す。
 時刻は八時十分。学校の始業時間は八時三十五分。家から学校までは、もうダッシュして十五分前後。
 完全にまずい。
「―――ッ、早く言えよッ!!」
「気付きなよー。もう高校生になって一ヶ月近く経つのにさー。あ、玄関のとこのゴミおねがーい」
 ふざけんな、と叫びながらもしっかりとゴミを持って家を飛び出す霊介。あんなに急いで出かけたくせに朝ごはんをきっちりと食べて行ってくれている。空になった器ににんまりする亜澄。しかし、彼女がふと視線を移した先にあったのは霊介の弁当箱だ。
 お昼ごはんを持って行き忘れた兄に、新婚のサラリーマンか、と思いながら亜澄は肩をすくめ、
「……もう、おにーちゃんってば。仕方ないなあ」
 彼女は彼の弁当箱も鞄の中に入れて登校する。彼女の学校は自転車通学オーケーなので、亜澄は自転車で通っている。彼女の学校から霊介の学校まで、自転車で約二十分。先生にわけを話したら外出させてくれるだろう、こういうときに成績優秀でよかったと思う亜澄であった。
 どうせ昼休みになって弁当がないことに気付くんだろうなー、と思いながら亜澄は学校へと向かう。

4竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2012/12/08(土) 00:04:13 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 2

 何とか遅刻せずに間に合った霊介は、教室に着くなり机に突っ伏していた。猛ダッシュで十五分。のはずだったのだが、結果は記録を大きく上回る十分台。ぜーはーと大きく息を切らす少年に、二人の少女が近づいてくる。
「朝から元気だねー、霊介は。その元気はどこから来てるの?」
 少女の名前は夏海涼花(なつみすずか)。
 中学生から霊介の友達で、霊介に忘れた宿題を見せる係。肩にかかるかかからないかくらいの金髪をサイドポニテに結った少女で、快活な口調で元気な性格の少女である。可憐な容姿とその性格が合わさってか、告白されることもしばしばあるようで、中学の頃は三年間合計で十人前後に告白されたらしいが、それを全部フッたというのは、霊介の記憶にも新しい。
 そんな彼女より頭一個分程度背の高い少女。可愛らしい涼花とは対照的な、凛とした印象の少女が口を開く。
「まあ、若者は元気が一番だし。お陰で新記録が出たぞ。喜ぼうじゃないか、澤木!」
 黒髪をポニーテールに束ねた少女、刀坂明日香(とうさかあすか)。
 文武両道の万能系女子で、彼女も中学からの付き合い。テスト前に霊介に勉強を教える係。霊介の成績はそこそこだが、理数が壊滅的なためそこを重点的に教えている。男友達のような話の掛け方で霊介としても彼女とは話しやすいのだろう。割と自然体で接することが多い。
 また、剣道部でもないのにバットを仕舞う袋に真剣を入れて、常に持ち歩いている。一歩間違えれば、いや間違えなくても警察沙汰だ。さすがに、街中で刀を引き抜いたことは無いらしいが。
 そんな二人の声を聞きながら、霊介は重苦しい声で返事をする。
「……これが元気に見えるか、このやろー。それと、何が新記録だばっきゃろう。こっちは死ぬかと思ったっつーの」
 そんな霊介の言葉に、涼花と明日香は顔を見合わせて、目を瞬かせる。
「すごーい、淡々と私達にツッコミは入れれるんだね」
「随分元気じゃないか。その調子で一時間目の英語も乗り切ろう」
 全くの他人事加減で返す二人に、霊介は重々しく嘆息する。
 すると、明日香が思い出したような口調で霊介に話しかける。
「そうだ澤木。お前、『繰々師(くくりし)少女』って知ってるか?」
 彼も名前くらいは聞いたことがあるだろう。逆に、これだけ騒がれて知らない方が不自然だ。
 名前くらいはな、と返すと明日香が嬉しそうな顔をした。
 彼女は中学の頃から噂や都市伝説の類に興味があった。故に、この話も興味を抱くだろうと霊介は思っていたのだ。こうなると面倒にんりそうだ、と霊介は再び嘆息する。
 一方で、明日香は目をきらきらと輝かせながら、
「東京都の街に出没するゴスロリ少女。『私は繰々師』と謎の言葉を発する。私は何としても、この少女に会いたいんだよ!」
「で、俺にどうしろと?」
 決まってるだろ、とニヤリとした不適な笑みを浮かべたまま明日香は霊介に顔を近づけながら言う。
「今日の放課後、暇だよな?」
 意味を悟った。
 危うくそのまま、暇だけど、と言いそうになったところで霊介は質問の意図を悟り、本来言おうとした言葉を飲み込んだ。このままイエスと言ってしまえば面倒なことになり得るだろう。ここは、特に用事が無いのだが、そういえばシャー芯を補充した方がいいなか、的な理由で文房具屋に行く、といって何とか誤魔化そう。
 そう、誤魔化そうと霊介が口を開く。
「―――悪いが、今日は文房具屋に寄る用事が―――」
「よし決定! 放課後その謎の少女を探しに行くぞ!」
「了解です、隊長!」
 言葉を遮られた上、聞かなかったことにされた。
 ぶっ、と霊介が噴出しながら、俺の意見は無視ですか、隊長!? などと叫びながら彼は無理矢理に彼女達のお遊びに付き合わされる羽目となった。

5竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2012/12/08(土) 13:29:31 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 3

 四時間目の授業も終え、学校はようやく昼休みに突入だ。大勢の学生が待ちわびた時間だろう。教室にいた生徒の半数程度が我先にと教室を飛び出し、食堂へと駆け出していく。そのため、教室は誰がどの席を使おうが構わない状態だ。
 涼花と明日香は霊介の前と右側の机を霊介の机にくっつける。この三人のいつもどおりの昼休みの光景だ。
 二人ともお弁当を持参している。涼花は父、母と三人暮らしなので弁当は母が作っている。一方の明日香は一人暮らしらしく、弁当はいつも早起きをして作っているようだ。
 机の上に弁当箱を広げている二人が、未だ昼ごはんを用意していない霊介に視線を向ける。
「どーしたの、霊介? まさかお腹でも痛いとか?」
 向かい側に座っている涼花が珍しそうな顔で聞いてきた。いつもなら霊介だけは自分の席に座っているため、いち早く弁当箱を広げているのだが、今日は広げていないので、珍しがられたのだろう。
 明日香は嘆息し、頬杖をつきながら問いかける。
「腹痛じゃなさそうだな。お前まさか……」
 そう、霊介は鞄の中を見て気がついたのだ。
 弁当を忘れたことに。
 それを悟った女子二人は呆れたように溜息をつく。教科書や宿題を忘れることはあっても、弁当を忘れるとは、といったような溜息だ。霊介は思い切り肩を落としてしまっている。朝の全力ダッシュが響いたのか、空腹は限界を達していた。
「亜澄ちゃんの愛情弁当を忘れるとは。兄失格だな」
 明日香の言葉が霊介を貫く。
 しかし、霊介は諦めてはいない。この学校には食堂がある。食堂に行けば何かしら買うことは出来るだろう。そう思い鞄の中から財布を―――。ポケットの中から財布を―――。

 財布すら持ってきていなかった。

「万事休すだな」
 机に顔を突っ伏した霊介を見て悟ったのか、明日香が冷淡に告げる。確か財布の中身は千円程度あったはずだ。
 霊介は泣きそうな顔で明日香を見ると、
「なあ、刀坂。明日お金は返すから、今日だけ貸してくんね?」
 泣き出しそうな友人を見かねたのか、嘆息しながら明日香はポケットの中から財布を―――。自分の席に行き、鞄の中から財布を―――。
 引きつった表情を浮かべながら、明日香は席に戻ってくる。そして、
「すまん。今日私も忘れた」
 ガーン、という効果音が頭からのしかかってきたような衝撃を霊介は感じた気がした。こうなったら頼みの綱は涼花しかいない。最近金欠気味だ、と言っていたが二百円くらいはあるだろう。そう思い霊介は涼花に、
「夏海。明日返すから今日お金貸し―――」
「今五十円しかないけど、それでもいいなら貸すよー」
 じゃあ要らねぇよ、と霊介は叫んでしまう。まさか本当にお金が無いと思わなかった。五十円では食堂で何も買えない。
 これじゃ本当にどうしようもない。涼花と明日香も『仕方ないから分けてやろう』的な表情をしている。その時、
「おーい、澤木ー」
 クラスの男子がドアのところで霊介を呼ぶ。
 霊介がそちらに視線を移すと、その男子は、
「妹さんが来てるぞ」
 はい? と目を丸くする霊介。驚いたのは涼花と明日香もだ。
 その男子が横に避けながら教室に入ってきたのは黒髪ツインテールの妹、澤木亜澄だ。

6竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2012/12/08(土) 16:47:41 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 驚いた表情のまま霊介は亜澄に近寄っていく。霊介には彼女が何をしに来たのか分からないのだ。鞄を持っている辺り、早退でもしたのだろうか。しかし、その割には具合は悪そうに見えない。
 霊介が目の前に来ると、亜澄は鞄の中身を漁りだして、
「はい、おにーちゃん。朝お弁当さん忘れたでしょ?」
 亜澄がすっと弁当箱を差し出してきた。
 そのことに霊介はしばしきょとんとした後、がっと亜澄の肩を掴む。小さな声でずっと妹に対する感謝の言葉を言い続けている。そんな霊介を亜澄ははいはい、と適当にあしらうと、
「じゃあ、私学校に戻るね。あんまり帰りが遅くなると疑われるかもしんないから!」
 彼女は学校の先生に断りを入れて、わざわざ高校に弁当を届けにきたのだ。
 よくもまあ出来た妹だ、と涼花と明日香は感心し、周りの男子生徒からはそんな優しくて世話を焼いてくれる、可愛らしい妹がいる霊介を羨ましそうな視線で見つめている。
 帰ろうとした亜澄が思い出したように立ち止まり、再び鞄の中を漁りだした。
 まだ何か渡すものがあるんだろうか、と思い霊介は首を傾げる。そんな彼の前に差し出されたのは、お茶が入ったペットボトルである。中身の量は満タンではなく、半分より少し多めに残されている。
 一応受け取る霊介だが、いまいち何故渡されたのか分かっていない。
「喉詰まらせちゃうと危ないでしょ! 私の飲みさしだけど、あげる」
「ちょっと待てよ、それならお前の分がなくなるだろ?」
「大丈夫。私は帰りに自販機さんで何か買ってくよ。おにーちゃんが財布持って来てないの分かってるし」
 言いながら駆け足で亜澄は去っていく。
 教室の中の男子は『可愛いなぁ』『俺もあんな妹が欲しかったのに』『ちくしょー、弟じゃなくて妹が良かった』などという声が聞こえる。自分の妹に不純な感情を抱く男子どもを睨みつけながら、霊介は自分の席へと戻る。飲み物を渡されたのは嬉しいが、飲むとしたら妹と間接キスすることになるのか。そう思うと少々飲みづらくなってきた。普段そういう出来事がないため、いざ直面すると少し戸惑ってしまう。
 ご飯を口の中に運びながら、明日香は楽しそうな口調で霊介に話しかける。
「相変わらずいい子だよな、亜澄ちゃんって。去年まで髪下ろしてなかったっけ? でもツインテールも可愛かったよ。ホント、兄がだらしないと妹がしっかりするんだな」
 にやり、としながら霊介を見る。
 見られた霊介は『だらしない』という言葉を否定できないため、口をつぐんでしまう。涼花は涼花で、何やら別のことを思っているようで、
「でも本当に可愛いよね。多分ここにいる男子の半分くらいは惚れちゃったんじゃないかな?」
「なあ!?」
「可笑しくないだろ、あんなに可愛いんだから。私も男だったら惚れてないとは言い切れないし。玉子焼きもーらい」
 あ、私もー、と霊介の弁当から明日香と涼花が一個ずつ玉子焼きを攫っていく。四つ入ってるから、二つもらわれてもまだ半分残るので問題は無いのだが。
 しかし、霊介にとってはそのことより、妹のモテ度の方が重要だった。確かに兄としての贔屓目を無くしても亜澄は可愛いと思う。妹だからこそ何の感情も抱かず、兄妹としての好きになっているが、実際赤の他人だったら自分は亜澄にどういう感情を抱いているか全く分からない。
 霊介を悩ませた原因を作った二人は亜澄の作った玉子焼きを食べながら、おいしかったのか、今度レシピを教えてもらおうと同様に呟いていた。
 昼休み終了まであと十五分ほど。急いで食べてしまわねば、持って来てくれた亜澄に申し訳がない。霊介は妹の手作り弁当で空腹を満たしていく。
「放課後のイベントの為に食っとけよ?」
 明日香は笑みを浮かべながら言う。
 そう、彼女の言う放課後のイベントとは半ば強制的に決まった『都市伝説』の探索だ。
 時が経てばそれほど嫌でもなくなったのか、霊介はああ、と返事をして弁当を食べ進めていく。

 『都市伝説・繰々師(くくりし)少女』捜索まで、あと二時間とちょっと。霊介もなんとなく楽しみになってきた。

7竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2012/12/08(土) 18:12:13 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 4

 決行時点で嫌になることはあるが、その後時間が経つにつれ、乗り気になることがある。つまり、『やりたい』と『やりたくない』はよく似ており、いざ決行しよう、という時に面倒くさくなることもあるわけで。
 澤木霊介は現在そんな状況だ。
 朝の学校での刀坂明日香の提案により、都市伝説となっている『繰々師(くくりし)少女』を探すことになったのだが、今はそれほど乗り気ではない。一方で言いだしっぺの明日香は勿論ではあるが、涼花もそれなりにやる気を出している。よく分からない。都市伝説、という言葉に魅力を感じないわけではないが、霊介にとってはそれほど興味をそそられるものではないのだ。あくまで『少し気になる』程度であり、自分でそれを確認しようとは思わない。
 それを言うなら、明日香が今回のことを決行したのも違和感を感じていた。
 刀坂明日香は都市伝説とか噂とかそういう類のものが好きである。それは中学からの付き合いの中分かっていたことではあるが、今までの彼女とは違うような気がしていた。今まではそういう噂の類の話を持ち出したり、確かめに行こうなどと言ってはいたものの、実際にすることはなかった。だからこうやって実際に確かめに行くことは珍しいのかもしれない。
 しかし、だからといって霊介の気持ちが変わるわけでもなく、彼は肩をすかしたまま、
「なあ、俺やっぱ帰ってもいい?」
「何言ってんだよ! さっきまではかなり乗り気だったろ!?」
 それは昼休みの話だ、と霊介は噛みついてきそうな彼女をなだめながら、
「別に乗り気じゃねーよ。嫌になって、若干興味持って、結局嫌になったんだよ」
「ダメだ! 三人で見つけなきゃ意味ねーんだよ!」
 何だその変なこだわり、と思いながらも直接口には出さなかった。
 霊介と涼花を先導するように前を歩く明日香に、一応二人はついていくことにした。このまま黙って帰ると、翌日しつこく問い詰められそうだ。
 涼花と肩を並べながら歩く霊介は、自分のように何一つ文句を言わない涼花に視線を向け、
「そういや、夏海は嫌じゃないのか? 文句言わないけど」
「うーん、文句を言わないじゃなくて、文句を言う必要がないもん」
 くすっと笑いながら涼花が返答する。
 え、と霊介が聞き返すと笑みを浮かべながら、涼花は前にいる明日香に視線を向ける。振り返らずに歩いている明日香は、彼女の視線には気付いていないだろう。
 涼花は『楽しいよね』と言って、
「私は皆といれればいいよ。だから私が遊びを断ったことないでしょ? ついでにテスト勉強とかも。どんなことでも二人がいれば楽しいから、こういうことも嫌だって思うことはないよ」
 霊介に笑顔を向けながら彼女はそう答えた。
 そっか、と霊介は納得して前方にいる、振り返らずに歩いている明日香へと視線を向ける。
 彼は小学生までは、友達と呼べるほど親交を持った人物はいなかった。つまり、霊介にとっては、中学の頃から親しくなった涼花と明日香が本当に友達と呼べる存在なのだ。今となっては親友となっている夏海涼花と刀坂明日香。確かに涼花の言うとおり、三人で何かをしているときに幸せを感じているかもしれない。
 すると、今まで振り向かなかった明日香が振り向きながら霊介と涼花を呼ぶ。いつの間にか結構距離が空いてしまっていた。
 二人は微かな笑みを浮かべながら、駆け足で明日香へとついて行った。

8竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2012/12/08(土) 22:46:30 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 5

 街のベンチで、明日香が疲れたような声を上げながら椅子に座り込んだ。学校が終わったのが三時半頃。都市伝説捜索が三時四十分頃。捜索から二時間程度経ち、時刻は五時半を過ぎていた。例の『繰々師(くくりし)少女』を探していたのだが、それに似た人物すら見つからない。三十分過ぎるごとに、意気込んでいた明日香のやる気も沈んでいっていた。
 とりあえず二時間ずっと歩いていたため、ベンチにでも座って身体を休めることにした。三人は鞄の中からまだ残っている飲み物を取り出し、一息つく。
 やはり都市伝説というだけあるのか、中々少女の居場所すら掴めない。大体何処に現れているのかも分かっていないのだから。明日香は自分の詰めの甘さに悔しがっているのか、顔を伏せながら『ちくしょー』と呟いている。
 かくいう霊介も少し疲れていた。五月とはいえ日差しは日に日に強くなっていく。二時間も休まずに歩いたら、少し汗ばむくらいだ。涼花も汗が気持ち悪いのかタオルで首周りを重点的に拭いている。
 霊介は空を仰ぎながら嘆息して、
「……結局見つからなかったな。やっぱ難しいんだって。仮にも伝説なんだろ?」
 明日香は黙っていた。
 ふー、と小さく息を吐くのが聞こえる。彼女も流石に疲れたようで、三十分ごとにどんどん元気を失くした彼女は、ベンチに座るまではまるで廃人のような状態になっていた。
 それにしても、『繰々師少女』は何処にいるのだろうか。
 一時間も歩いていたらじわりと汗をかく、こんな日差しの中で彼女はいつも暑そうなゴスロリの服を身に纏っているのだろうか。
 とりあえず今日は明日香がダウンしてしまったため、解散することにした。霊介と涼花、明日香は道が違うためベンチで別れた。ぐったりしている明日香を涼花が送る羽目になったのだ。
 一人で帰り道を歩きながら霊介は探しても見つからなかった、都市伝説の少女について考えていた。
 一体どんな娘なんだろうか、とか。人形みたいな顔立ちというからには可愛いんだろうか、とか。背が低い方が望ましい、とか。低身長に黒髪ストレートは可愛すぎるだろう、とか。どうでもいいことを交えながら考えていた。
 実際その娘が目の前に現れたら、一瞬で恋に落ちるとかではないだろうと思う。可愛らしいとか思うことはあっても、それは決して恋愛感情の好意ではない。霊介は妹の亜澄を可愛いと思っている。しかしそれはあくまでも兄妹愛からくる好意で、自分が血の繋がった実の妹に恋愛感情を寄せていたら世間的にアウトだし、そんなことになっていたら涼花や明日香といった親友を失くしているかもしれない。
 そう、つまり彼の言いたいことは―――、

 そんな都市伝説の少女が。
 公園のベンチで眠っているのを見たら、不覚にも可愛いと思ってしまうということだ。

「―――え?」
 霊介は学校へ通う道の事情で、一つの小さな公園を横切るのだ。朝は誰もおらず、夕方ですら子供の姿を見ないそんな公園で、子供というより、少女の方がニュアンスの近い少女が眠っているところを目撃してしまった。
 ゴスロリの衣装を身に纏い。横たわっているので長さはよく分からないが、長い黒髪だというのは確認できる。さらに前髪はパッツンになっており、寝ていながらも大きなウサギのぬいぐるみをしっかりと抱いている。そのウサギのぬいぐるみはつぎはぎになっていて、二つの目は大きさの違うボタンが付けられている。小さい子供が見たら怖がりそうなぬいぐるみだ。
 霊介はそんな少女に近づいていく。ほんのりと頬が赤く染まっている。熱はないようだが、こんなところで寝ていては体調を崩しても可笑しくない。もしくは、もう崩し始めているのかもしれない。
 近づいて、彼は改めてその少女の全容をじっくりと見た。細い腕に、スカートから伸びる脚。その細い脚も黒のタイツで覆われている。そして、全体的に色白なイメージを持たせる肌。ピンク色の唇に、ほんのりと赤く染まっている頬。優しく閉じられた瞳。どれを見ても人形のようなイメージが強かった。
「……もしかして」
 霊介は思った。
 この娘が噂の『繰々師少女』なのでは、と。
 とりあえず、どうするか悩んだ霊介は、このままここに放って置くわけにもいかず、彼は彼女をお姫様だっこをして、家まで連れて行くことにした。

 そっと持ち上げた彼女の身体は、予想以上に軽いと感じた。

9竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2012/12/09(日) 01:08:13 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 6

 ゴスロリ少女を抱えたまま、霊介は家のドアを開け駆け込むようにして中に入った。既に学校から帰宅した亜澄がリビングでテレビを見ながらくつろいでいる。玄関でそれが分かったのは、リビングから亜澄のおかえり、という言葉と、帰ったらリビングでくつろぐ、というのが彼女の日常だったからだ。
 霊介は下手な嘘をつくよりも正面きって話した方がいいと思い、とりあえずリビングへと入っていく。亜澄が霊介へと視線を向け、遅かったねー、という言葉が出る直前で『へっ!?』という上擦った声が聞こえた。流石に驚いているようだ。
 亜澄はあわあわしながら、霊介が抱きかかえている少女を指差し、
「お、おおお……おにーちゃん!? そ、それは、だ……誰なの!? 誰!? ど、どこの妹さん!? その服装はおにーちゃんの趣味!? 攫ってきたの!?」
 かなり勘違いされている。
 まあ無理もない。いきなり兄が見知らぬゴスロリ少女を連れて帰宅してきたのだ。動揺するな、という方が難しいだろう。
 亜澄への説明も大事だが、とりあえずは彼女だ。体調を崩しているかもしれないので、霊介は自分の部屋のベッドで寝かせることにした。
「悪い、亜澄、説明は後だ! 俺はこの娘を自分の部屋のベッドで寝かせるから、俺の鞄から弁当場を出して洗っといてくれ!」
 澤木家の家事は主に亜澄が担っている。
 料理も洗濯も洗い物も全てだ。彼女が風邪や熱を出した時は、それを霊介が肩代わりする。彼も亜澄ほどではないが、料理も洗濯も洗い物も出来る。その度に彼女は笑顔で『ありがとう』と返してくれるのが少し嬉しい。
 きょとんとしたまま、固まっている亜澄を尻目に霊介は自分の部屋がある二階へと上がっていった。後で説明してくれるならいいか、と思い亜澄は霊介が言ったとおり、彼の鞄から弁当箱を取り出して洗い物に取り掛かる。今日も弁当箱は空だ。空の弁当箱を見て、亜澄は嬉しそうな笑みを零す。

 霊介は自分の部屋のベッドに彼女を寝かせ、しっかりと布団をかけてやる。ぬいぐるみは勝手に取り上げたら怒られそうなので抱かせたままにしておく。
 はあ、と短く溜息をつくが問題はここからだ。
 明日香が言っていた情報だと、彼女の探していた『繰々師(くくりし)少女』とこのゴスロリ少女は外見が酷似している。明日香も容姿については詳しく話していなかったため真実は定かではないが、この娘である可能性は極めて高い。
 まずこの娘は何処に返せばいいのだろう。家は何処だろうか。この近辺なんだろうか。親はいるのだおうか。学校は言っているのだろうか。どれも彼女本人が起きなければ解決できない問題ばかりだ。
 もし、この娘が本当に明日香の言っていた少女であるなら、連れて帰ったなどと言ったら叫ばれるだろう。明日香にだけは連絡しないことにした。
 霊介は人形のような彼女を見てどきどきしている。気持ちよさそうに眠っている彼女の頬に手を当てたり、頭を軽く撫でてやっても何の反応もない。ただ規則的に細い呼吸を続けるだけだ。
「この娘、本当に人形みたいだな。何か、自然に出来た顔って思えない」
 失礼なことだろう、と思っていても思わず口から出てしまった。
 もう一度彼女の肌の感触を確かめたい、と思い霊介は彼女の頬へと手を伸ばす。すると―――、

 不意に彼女の右手に小指が掴まれた。
 まるで赤子と接するときのように一本の指を五本の指でしっかりと握ってきている。霊介はその手を包み込むように残り四本の指で優しく握り返した。
 案外、自分は年下が好きなのかもしれない。恋愛的にではなく、友人として。
 それを、こんな少女に気付かされるとは夢にも思っていなかった。
 今日の疲れが溜まっているのか、霊介はベッドに顔を伏せて眠ってしまった。

10ピーチ:2012/12/09(日) 19:35:47 HOST:nptka306.pcsitebrowser.ne.jp
竜野 翔太さん>>

初めましてー!

亜澄ちゃん可愛いですねー!

小説面白いです!

11竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2012/12/09(日) 20:38:58 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

ピーチさん>

コメントありがとうございます。
亜澄は漫画とかでよく出てくる世話焼きの妹です。自分の望みとかも反映されていたr((

まだ始まったばかりですが、応援よろしくお願いします。

12竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2012/12/09(日) 21:10:25 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 7

 霊介はふと目が覚めた。気付けば自分はベッドに顔を埋めて眠ってしまっていた、いわゆるうたた寝というものだろう。ゴスロリ少女を抱きかかえて家に戻り、自分の部屋のベッドに寝かせてからの記憶がない。恐らく疲れが溜まっていたので、そのまま眠ってしまったのだろう。
 あの娘は目が覚めたかな、と顔を上げると、ベッドに横たわっているはずのゴスロリ少女の姿が見当たらない。
 あれ、と目を点にする霊介。とりあえず自分の部屋から出てみる。隣は妹の亜澄の部屋だ。彼女が電話やら友達と話していたら、ドアが閉まっていても声が聞こえる。しかし、今は彼女の声が聞こえないということは、恐らくゴスロリ少女は妹の部屋には行っていないようだ。次に一階まで降りて玄関を見てみる。彼女の靴があるので帰ったということはないらしい。ついでにリビングも見ておくが、やはり彼女の姿は見当たらない。トイレは……もしいたら大変だ。トイレを調べるのは諦める。
 入れ違いに部屋に戻ったのかなー、と適当に考えながら、自分が少々汗臭いことに今更ながら気付いた。放課後ずっと歩き回っていたのだ、無理もない。
 霊介はそのまま風呂場まで行き、ドアを開けた。
 その先にあったものとは―――、

 例のゴスロリ少女だ。
 しかし、今の彼女はお馴染みの服を着ていない。現在の彼女の姿は下着しか身に着けていないのだ。全体的に細い身体つきに、僅かに膨らんでいる胸。手足は細く、ガラス細工を思わせるほどである。長い髪で背中辺りは隠されてしまっているが、そのカーテンのようになっている黒髪もとてもきれいで、さらさらとしたイメージを抱かせる。こちらに気付き振り返った彼女の表情は、大きな目をよりいっそう大きく開かせ、頬はほんのりと赤く染まっている。

 かなり細かく分析をしながら、霊介はことの重大さにようやく気付いた。しかし、彼女の白い肌から、細い身体つきから、黒くきれいな長い髪から。彼の目が離れることはない。
 ようやく自分の裸を見られていることを把握したゴスロリ少女、現在は下着少女が耳まで真っ赤に染め、
「キャアアアア!!」
 甲高い悲鳴と共に、細い腕から繰り出されたビンタが、霊介の頬へと直撃する。
 その悲鳴に気付いた亜澄が風呂場へかけつけ、事態がややこしくなったのは言うまでもない。

「さて、おにーちゃん。何か弁明は?」
「……弁明も何も……わざとじゃないって言ってんだろ……」
 リビングに霊介と亜澄とゴスロリ少女が座っている。女性陣は裸を見た霊介と向かい側に座っている。亜澄が冷ややかな瞳で霊介を睨みつけている中、ゴスロリ少女は通常の服装に戻っており、大きなウサギのぬいぐるみで顔を隠している。裸を見られたこともあり、顔を合わせにくいのだろう。
 霊介はビンタでダウンさせられた後、亜澄に馬乗りされ、散々拳やら平手打ちが叩き込まれた。現在の彼の顔面はボコボコだ。
 亜澄は腕を組みながら、とても冷たい視線を霊介に向けている。
「結局この娘は何なの? 説明してもらってないんだけど?」
 霊介は亜澄の問いかけに言葉を詰まらせる。
 実際、霊介も彼女が何者なのか、明確なことを掴めていない。恐らく都市伝説になってしまった少女なのだろうが、今の状態で聞いても答えてくれそうにない。霊介はとりあえずありのままのことを話すことにした。
 それで亜澄が納得してくれるかは分からないが、今の彼女の怒りを治めるには、彼女の質問に全て答えていくしかない。
「公園のベンチでその娘が寝てたんだよ。そのまま連れて行かれたら危ないし、体調を崩したりするかもしれないから、一応家に連れて様子見ようと思ってな」
 ふーん、と納得し切れていない反応を亜澄が示す。
 そんな彼女の反応に霊介は困ったような表情を浮かべる。勿論さっきの話に嘘、偽りはないし、捏造をした記憶もない。今のは全てありのままの出来事だ。
 なんだかんだで面倒なので、自分が彼女の頬を触ったり、頭を撫でたりしていたことは黙っておく。再び馬乗りされて今度こそ命の危険に晒されそうだ。
 このままでは埒が明かないと思ったのか、ゴスロリ少女はぬいぐるみの影から、片目だけを覗かせる。その瞳は大きくて、僅かに潤んでいるようにも見える。その瞳の下にある頬は、やはりピンク色に近い色で染まっている。
 彼女は霊介に視線を向け、ごにょごにょとした口調のまま、
「……ありがとう……」
 そう呟いた。
 どういたしまて、と霊介が返事をし、彼は彼女にあることを訊ねた。
「なあ、お前の名前って何なんだ? このままじゃどう呼んでいいかわかんないし」
 ゴスロリ少女は僅かに戸惑った仕草を見せた後、ぬいぐるみを胸の辺りまで下げる。
 それから自分の名前を名乗った。

「……なぎ。私の名前は、人乃宮凪(ひとのみやなぎ)だ」

13ピーチ:2012/12/10(月) 20:13:32 HOST:EM114-51-154-71.pool.e-mobile.ne.jp
竜野 翔太さん>>

霊介君…凄い誤解を受けてる気が(汗

女の子はある意味強いですよねー←

14竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2012/12/11(火) 16:47:36 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 凪。
 彼女の名前を聞いた時、霊介は漠然と『きれいな名前だ』という感想を抱いた。覚えやすい名前であるし、何より響きが大好きだ。自分や妹の亜澄の場合はよく、『れいすけ』や『あずみ』と間違われてしまうのだ。二人の場合は大抵苗字で呼ばれるか、間違えた名前でニックネームをつけられる(亜澄なら『あずあず』)ことが多い。
 霊介は壁に掛けてある時計に目をやった。時刻は七時前。いつもの澤木家なら夕飯の支度を亜澄が開始、霊介が食器を出したりしている時間帯だ。
 だが、今回だけは違ったようで、亜澄はまだ買い出しにも出ていないようだ。どうも、兄と見ず知らずの女子を二人きりにする、ということに危機感を感じたようだ。
 五月中旬の今の季節は、まだ七時前でも明るい方だ。街灯などは明かりが点いているかもしれないが、点いてなくても周りが分からなくなることはないだろう。
 亜澄は時間を気にする霊介の視線に気付き、隣にいる凪に問いかける。
「どうする、凪ちゃん。家に帰る? それとも今日泊まってく? 夕飯ご馳走するよ!?」
 早速下の名前で呼んでいる。この妹には他人という感覚がないのか。いや、ただ女子同士は下の名前で呼びやすいだけなのか。男である霊介には分からないことだ。ぶっちゃけ彼は男子相手でも知り合ったばかりの相手を下の名前で呼べない。
 凪は困ったように目線を亜澄から逸らす。今までこういうことがなかったのか、照れ隠しのようだ。
 彼女は助けを求めるように霊介へと視線を移した。さっきまで裸を見られて目すらも合わさなかった男に助けを求めるのか、と霊介は彼女の思考に困惑する。しかし、凪の小動物のような愛らしい瞳に霊介の頭から『助けない』という選択肢は消え去った。
 霊介は思わず目を逸らして、
「好きにしたらいいじゃねぇか。亜澄もどうやら泊まってほしそうだし、まあ……泊まっていったら?」
 霊介の言葉を聞き、僅かに考えるような仕草をした後、凪は視線を亜澄に向け直して、
「じゃあ、泊まる……」
 小さな声でそう言った。
 その答えに満足したような笑みを浮かべた亜澄は、『よし』と一言。勢いよく椅子から立ち上がる。その動きに隣の亜澄がびくっと肩を大きく揺らす。
 何だか嫌な予感が振り払えなかった霊介。その予感は的中することとなる。
「さあ、おにーちゃん! 出かける準備だよ!」
「……はあ?」
 亜澄は目を輝かせながら、霊介を指差して言った。

「凪ちゃんにとびっきりの夕飯をご馳走しようじゃないか! 三人で買い出しにレッツゴーさ!!」

 そういうことか、と肩をすくめながら霊介は椅子から立ち上がり、凪に外に出るように促す。
 凪は霊介の呼びかけに、こくりと頷き彼の後をついて外へ出る。

15竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2012/12/15(土) 21:41:22 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 8

 霊介達が向かったのは大きなスーパーマーケット。
 澤木家がよく利用するスーパーだ。食材や日用品が幅広く揃えられている。主に利用するのは妹の亜澄である。彼女は澤木家の家事をしているので、夕飯の買い出しは勿論、翌日の朝・昼の弁当用の食材、はたまた歯磨き粉や洗剤、シャンプーまでも買い揃えている。霊介がいたって健康なのは亜澄がバランスのいい献立を考えているからだ。
 彼女は勢いよく買い物カートにかごを載せて、お目当ての場所目指して突っ走っていく。
 彼女の後姿を見ながら、霊介と凪は固まっていた。
 ぶっちゃけると、亜澄のあのテンションは相当面倒だ。兄の霊介でさえも対処できない。落ち着かせることが出来ない。
 彼女のテンションについていけていない凪は、大きなウサギのぬいぐるみを抱えながら戸惑っている。
 霊介はあからさまに肩をすくめて、嘆息する。
「悪いな。アイツ、客が来るとああなんだ。悪いわけじゃないんだけど、有無を言わさずああなるからな」
 疲れきったような口調で、霊介は言う。
 凪はそんな霊介の横顔を眺めくすっと笑う。霊介が彼女へと視線を向けると、彼女は優しい笑みを浮かべたまま、
「でも、楽しそう」
 そうか、と凪の言葉に霊介はきょとんとする。
 霊介は精肉コーナーで二つの肉を見比べている亜澄を眺める。
 どうやらメニューは鍋らしい。彼女は真剣な目つきで二つを交互に見ている。『こっちのが安い。でも、このお肉の方がおいしいし』などと言っているような気がする。
 同じように亜澄を見ていた凪が、霊介の腕を引っ張って亜澄の所へと向かう。
「本当に妹が大好きな目をしてる。大切なものを労わるような目。あなたは、妹が好き?」
 霊介の方を見ながら彼女が問いかける。
 霊介は考える時間三秒。答えをすぐに出した。
「ああ」
 好きだよ、と。
 だが、言葉は外に出なかった。しっかりと言葉では聞けなかった凪だが、にっこりと微笑むと、
「だよね」
 そこで凪は思い出したように足を止め、霊介の方を見る。
 霊介が首を傾げていると、彼女は小さな口を動かして質問を紡ぐ。
「名前は?」
「―――は?」
 名前だよ、と口を尖らせながら凪が二度目の問いかけをしてきた。
 いきなりで理解できなかっただけで、ようやく質問の意図を理解した霊介は彼女を見据えながら言う。
「霊介だよ。澤木霊介。アイツは妹の亜澄。普通に良い奴だよ」
「そう」
 凪は楽しそうに笑いながら、
「よろしくね、霊介」
 霊介は彼女の笑みにドキッとしてしまう。
 笑顔を見ることには慣れていたはずだ。
 だが、目の前に現れた彼女の笑みだけは別物に感じられた。

 まるで、天使のような微笑だった。

 その後、白菜を持っていった霊介は亜澄と口論になっていた。
 一玉にするか二玉にするか。どうでもいい議論だった。
 結局、凪の提案により二人の間を取った一玉半で議論は終結した。

16竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2012/12/16(日) 01:23:15 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
第二章 繰々師 -urban myth-

 1

 二時間半ほどで、澤木家流鍋パーティーは終了した。
 思いのほか小柄な凪がかなりの量を食べていたのに霊介と亜澄は驚いていたのだ。亜澄は肉と野菜、きのこ類を満遍なく、バランスの良いように食べていた。一方の霊介は亜澄と凪から優先的に肉を与えられていたため、一時間半ほどで満腹感を得られたわけだが。
 夕飯を食べ終わって、食べながら沸かしていたお風呂が沸いたので、凪を先に入らせる。霊介と亜澄はというと、食器などの洗い物だ。亜澄が洗った物を、霊介が手際よく拭いている。中学に入るまではやっていたのだが、中学になってから全くと言っていいほど、やる機会がなかったのだ。
 久しぶりに兄と肩を並べてする作業に、亜澄は微かな笑みを浮かべて、
「なんだか、久しぶりだね。こうやって、おにーちゃんと一緒に洗い物するの」
「まー、そうだな。最近はお前が成長して、何でも一人でやるようになったから、おにーちゃんは楽させてもらってるよ、ありがとな」
 皮肉るような言い方に頬を膨らませる亜澄だが、最後の『ありがとな』の機嫌をよくする。
 彼女は霊介の何気ない言葉や行動に喜んだりするのだ。
 例えば、毎朝どれだけ遅刻しそうになっても、朝食は残さず食べてくれるし。お昼の弁当箱は必ず空になって返ってきて味の感想を言ってくれるし。夕飯の用意や後片付けもたまに手伝ってくれる。誕生日やクリスマスには毎年プレゼントを買ってくれる。
 亜澄はそんな霊介が大好きなのだ。
 彼女はそんな彼の肩に、洗い物をしながら寄り添ってみた。
 いきなりのことで戸惑っていた霊介だが、やがて微かな柔らかい笑みを浮かべながら食器を拭いていく。
「……昔と変わらず甘えん坊だな、お前は」
「いいんですー。女の子は甘えん坊の方が可愛いでしょ?」
 そうかもな、と笑みを含んだ口調で霊介は返す。
 全ての食器が洗い終わった後で、丁度凪が風呂から上がってきた。
 彼女の服装は簡素な淡い色のワンピース。亜澄の衣類らしいが、身長的にも大差ない凪にサイズがぴったりだったらしい。しかし、彼女は相も変わらず大きなウサギのぬいぐるみを抱えている。
 その後に亜澄が風呂へと入っていく。となると、最後は自然に霊介となってしまう。
 まあ通常も亜澄の後が多いし、と思っていたのだが、今日はイレギュラーなことがあった。
 既に湯船には凪が浸かった後だ。
 今日は湯船は極力使わず、シャワーを使おうと霊介が心に決めていると、
「霊介」
 不意に凪に呼ばれた。
 彼女は上を指差した。見上げてみるが何もない。彼女が自分の服の裾を握っている辺り、二階の部屋に行こうと促しているらしい。
 直接言えよ、と思うもそれは口に出さず、凪の指示通り二階にある自分の部屋へと向かった。
 
 霊介の部屋はほとんどといっていいほど何もない。
 本棚には漫画や雑誌などしか入っておらず、ベッドの下にもいかがわしい本などはない。机の上には教科書やノートが綺麗に整頓されている。いや、実を言うと家で勉強をしていないだけなのだが。
 ベッドの上にもクッションなどはなく、枕と布団があるだけだ。どこにでもある男子高校生の部屋。ただ、机の上に猫のぬいぐるみがある。なんでも亜澄が小学生の頃にくれたものらしい。そんな前にあげたものを今でも大切にしているのが、霊介の優しさなのだろう。
「何なんだよ、いきなり」
 部屋に連れて行くよう言われた霊介は部屋に入るなり、凪に問いかける。
 凪は床に座り、舌足らずな声で告げる。
「―――知りたくないか。『繰々師(くくりし)』が何なのか」
「―――ッ!?」
 その言葉に霊介は勢いよく振り返る。
 その反応を見た凪は満足気に笑ってみせた。さっきまでとは違った不適な笑みだ。
「知りたいのなら、私の前に座って」
 今ようやく分かろうとしてる。
 霊介は息を呑んで、凪の言葉に耳を澄ませた。
「じゃあ話そう。都市伝説、『繰々師少女』の言う『繰々師』とは何なのか」

17竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2012/12/16(日) 11:40:01 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 2

 人乃宮凪は、『繰々師(くくりし)』が何なのかを知らせるつもりらしい。それは遠回しに自分が繰々師だ、と言っているようなものだ。
 彼女が床で正座しているその目の前に、霊介はあぐらをかいて座り込む。
 凪は変わらず大きなウサギのぬいぐるみを抱えたままだ。だが、先ほどまでの幼い少女らしい雰囲気はなく、どう見ても子供にしか見えない大人のような雰囲気を感じる。
 小さく咳払いし、凪は口を開いた。
「『繰々師』とは、いわば達人技のようなものだ」
「達人技?」
 凪の言葉に霊介が首を傾げる。
 それは武術や剣術でよくいうもののことなのか。しかし、もしそうだとしたら凪は剣など、武器になるようなものは持ってないし、武術を会得してそうな雰囲気もない。むしろゴスロリ少女が武術を使ってきたら、それはそれで可笑しいと思う。自分のキャラと服装を合わせてほしい。
 彼女は続ける。
「とはいっても、単なる武術や剣術とは違う。私達『繰々師』が言う達人技とは、魂を注ぐことだ」
 なっ、と霊介が目を見開く。
 ということは、意志がないものを動かしたり出来るということか。だとしたら、凪がぬいぐるみを肌身離さず持っていることも理解できる。
 しかし、と凪は一度言葉を区切って、
「魂を注ぐ、といっても物に自我を埋め込むことではない。魂を注いで強度やその物本来の能力を上げ、例えば鉄や水の『繰々師』であるならば、その物質を自分の意のままに自在に変えることが出来る」
 鉄の椅子であったり、水の剣であったりだ、と凪が言う。
 しかし、当の霊介本人は腕を組んで沈黙している。凪の言葉を理解し絶句している、というよりは理解できていないから何も言えないだけのように見える。
 理解できていない霊介に、凪は嘆息し、
「そうだな。言うよりやった方がいいか。私が見せてやろう」
 そういうと、凪はぬいぐるみの脇を持ち、床に立たせるようにする。しかし、そんな事をしてもぬいぐるみは立つことが出来ない。
 凪もそれは分かっており、ぬいぐるみの脇を持ったまま静かに目を閉じる。
 彼女の小さな唇が、呪文のような言葉を紡ぎだす。
「―――『人形繰々師(にんぎょうくくりし)』、人乃宮凪が告げる。我が命(めい)と魂に呼応し、『ろーたす』起動せよ」
 凪が告げると、ぬいぐるみの周りに淡く白い光が浮き上がる。
 凪がそっと脇から手を離すと、凪の手から離れたぬいぐるみは床に崩れ落ちることはなく、自分の足でしっかりと立ち、生命を注ぎ込まれたようにウサギのぬいぐるみは手や、首を動かしたりしている。
 その光景に霊介は、今度こそ絶句した。
 これが、凪の言う『魂を注ぎこむ』こと。
 『ろーたす』と名付けられたぬいぐるみが動いていることが、人乃宮凪が『繰々師』であることを証明していた。

18竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2012/12/16(日) 19:50:36 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 3

「おっはよー、霊介……ってどうしたの!?」
「何か死地から命からがら生き延びた人みたいに疲れ切ってるな。何かあったのか」
 翌日の朝、学校の校門の前で話している夏海涼花と刀坂明日香へと、澤木霊介は疲れきった表情と足取りで歩み寄る。
 彼はあまり寝てないのか、目は薄っすらとしか開けられておらず、眩しい日差しに照らされ続けたせいか、余計に弱っているような感じがある。
 明日香は心当たりがあるのか、昨日の放課後に彼を連れ回したのがそんなに悪いことだったのか、と自責の念に駆られている。
 涼花は霊介を心配そうに見つめて、
「どうしたの、霊介? 昨日の夜あんま眠れなかったとか?」
「……あながち、間違いではないかな……」
 涼花の言葉に霊介が返す。
 彼の言葉に自責の念に駆られていた明日香が顔を上げる。二人からはその理由を聞かれはしなかった。あまり聞かれても困ることなので、霊介としてはそっちの方が助かるのだ。
 澤木霊介は、昨日の夜を思い出す。

 昨日の夜、人乃宮凪が『繰々師(くくりし)』だと判明し、その証拠も見せてもらった。そのこと自体は別に疲れてもいないし、寝不足の理由にもなっていない。都市伝説の少女に会った、ということは明日香には黙っておく。しつこく問い質される気がしてならないからだ。
 問題は夕飯の後だ。
「えー!! 凪ちゃん、おにーちゃんの部屋で寝るの!?」
 風呂から上がり、いつもはツインテールにしている髪を下ろした亜澄が驚愕の声で叫ぶ。髪を下ろすと雰囲気が変わるが、見慣れている霊介はそんなに違和感はない。髪を下ろした彼女は、清純そうな大人しい女の子に見えなくもないが、先ほどの大声で雰囲気も台無しだ。
 凪は霊介の服の裾をしっかりと持っており、この意見は変えないという決意を目に宿している。
 しかし、自分と同い年くらいの女の子を、兄の部屋で一緒に寝かせるのはどうも安心できないらしく、
「だ、だだだ……ダメだよ!」
「何で?」
「何でって……」
 亜澄は黙り込んでしまう。
 単に危機感を覚えたから、という理由では納得してはくれないだろうと思ったらしい。
 しかし、亜澄は必死に言い訳を探し、
「そ、そりゃ、年頃の男子と女子が一緒の部屋で夜を越すっていうのは、どうかと思うよ? それにおにーちゃんはケダモノだし、凪ちゃんに何かあったらどうするの!?」
 ケダモノ、という言葉に引っかかりを覚える霊介だったが、ここは口を閉ざしておく。
 彼としても、凪と一緒の部屋にいるのは少し気まずい。いっそのこと、亜澄の説得で凪を納得させるkとおにしたのだ。それで自分がどんなことを言われてもだ。彼女の言葉を否定したら、凪は『一緒でも大丈夫』と思ってしまうだろう。
「大丈夫だよ?」
 凪は亜澄の言葉を否定するように、小首を傾げた。
 え、と目を丸くする亜澄に凪が言う。
「霊介はそんなにやらしい人間じゃないよ。ベッドの下にそういう本があるっていう定番を覆していたし。だからきっと大丈夫だよ。一緒でも」
「……な……あぅ……」
 亜澄はもう言い返せなくなってしまった。
 実のところ、亜澄は霊介が嫌いではない、むしろ好きだ。だからこそ、彼を必要以上に貶せない。貶したくない。
 これはもうダメか、と霊介が嘆息する。納得してくれたのかな、と思い笑みを浮かべる凪。
 亜澄は震えながら俯いて、
「……分かった……」
 ただし、と彼女は言葉を続けた。
 次の言葉は、霊介を戦慄させるものだった。
「わ、私も……今日はおにーちゃんの部屋で寝るっ!!」

19竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2012/12/21(金) 21:48:06 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 凪と亜澄の二人がどうしても引かないので、霊介は二人を自分の部屋に寝かせることにした。とりあえずそうすれば二人は満足なのだろうと思っていた。
 彼だけは、現在空いている母の部屋で寝ることに決めたのだ。
 問答無用にベッドの上に投げ出された凪と亜澄は不機嫌そうな表情でこちらを睨みつけている。
「で、おにーちゃん。これはどういうこと? 何でおにーちゃんだけ別室で寝るの?」
「当たり前です。兄妹ならまだしも、妹とほぼ同い年の女の子と一緒の部屋で寝れるか」
 霊介のもっともな意見に、珍しく亜澄は黙り込んでしまう。
 ならば凪を母の部屋で寝かせればよかったのでは、と思ってしまうが、凪は『一人で寝るのは寂しい』らしく、亜澄と一緒にいさせることにしたのだ。とりあえず、一人ではなくなる。
 だったら凪を亜澄の部屋に送り出すのも良かったな、と考えている霊介に、凪が口を開く。
「霊介。私、霊介と一緒の部屋がいい」
 彼女はとことん霊介の退路を塞ぐつもりだ。
 亜澄も霊介を逃がさぬよう凪の言葉に同意を示すように、こくこくと頷く。
 霊介は溜息をついて、
「仕方ないから一緒に寝てやる。でも、ベッドはお前ら二人で使え。俺は床で寝るからな!」
 と言って、結局女子二人の意見に押される霊介。
 ベッドは壁と密接している。壁際に凪、床側に亜澄。そして床に霊介が布団を敷いて寝る形になった。
 が、

 霊介が目を覚ますと左側に何かぬくもりを感じる。
 彼が虚ろな瞳で、ぬくもりを感じる左側へと視線を向ける。すると、
 愛らしい表情で眠っている凪がそこにいた。
「―――ッ!」
 霊介は飛び起きて凪から離れる。
 その時、丁度凪も目を覚まし、眠たげな目を擦りながらこちらを見ている。
「な、何でお前が床にいるんだよ!!」
 霊介の質問に凪が、ふあ、と欠伸をしながら答える。
「寝てたら落ちた」
「よくそんな嘘を平然とつけるな。お前は壁際にいたはずだぞ。普通に落ちるなんて有り得んだろが!」
「亜澄の上を転がった」
「嘘つけ!!」
 ぎゃあぎゃあと言い訳をしている中、凪がパジャマ代わりに着ていたワンピースの肩紐がずれていることに気付き、顔を赤くする。しかもただ身体を起こしただけなので、パンツが見えそうで見えない位置までワンピースの裾が上がっている。
 視線を逸らしつつある霊介に、凪が目覚まし時計を見ながら質問をする。
「霊介。時間だいじょうぶ?」
「はい?」
 凪に時計を見せられ、霊介の表情は青ざめる。八時十五分。まずい、まずすぎる。
「……ッ、起きろ亜澄! もう八時だ! 十五分もオーバーしてんぞ!!」
「ふえっ!? え、ええっ!?」
 亜澄も急いで起き上がり、自分の部屋に戻っていく。
 霊介も制服に着替えるため、凪を部屋の外に放り出して、急いで学校への支度を整える。
 霊介も亜澄も、珍しく慌ただしく家を出たのであった。

20竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2012/12/22(土) 01:55:36 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 4

 てなことがあったわけで、霊介は朝も食べておらず、昼も食堂まで買いに行かなければいけないことになった。遅刻しなかったのは奇跡とでも言うべきか。
 しかし、家に凪一人置いて大丈夫だろうか。流石に非常識な子ではないと思うのだが、なんだかんだで一人にしたらそれなりに危なっかしい気がする。今日は寄り道せずに帰ろう、と霊介は決めた。
 とりあえず、昨夜と今朝のことは涼花と明日香には黙っておこう。涼花はともかくとして、明日香に言ったら都市伝説少女というだけあって、家に押しかけてきそうだ。凪も驚くだろう。日本刀を持った少女が自分に詰め寄ってきたら、凪じゃなくても驚くだろう。
 空腹のまま朝の四時間を乗り切った頃には霊介は机に顔を突っ伏し、食堂まで行く気力もないぐらい憔悴していた。
 そんな霊介を心配そうに見つめ、涼花は彼の頭を優しく撫でる。見かねた明日香が溜息をつきながら、
「金渡せ。買ってきてやる」
 明日香の言葉に、霊介は財布から千円札を取り出しおにぎりを三つ要求した。特に嫌いな食べ物もないので、おにぎりの具は何でもいいのだ。よく嫌われる梅や明太子が三つでもいい。
 お金を受け取った明日香が小走りで教室を出て行くのを見ていた霊介が、再び顔を机に突っ伏せる。
 明日香が帰ってくるまでは食べないでおこう、と弁当のふたを開けず待っている涼花。彼女の視界には、霊介しか映っていない。
 周りには気付かれておらず、明日香だけしか知らないことだが、涼花は霊介に密かに想いを寄せている。中学の頃、霊介と涼花が知り合ったきっかけになったことが原因なのだが。勿論、当の霊介は鈍いので気付くはずもない。涼花にとっては、霊介と二人でいれるこのちょっとした間にも幸せを感じていた。
 程なくして明日香が戻ってきた。彼女が買ってきたのは、昆布、シーチキン、鮭といった霊介の好物の具ばかりだ。さすがに三つ同じものを買ってくる、というのはなかったようだ。
「お前の好みが分からないから好きそうなものを選んできた。不満はないか?」
「ねーよ。ありがとな、刀坂」
 霊介の感謝に、気にするな、と明日香は短く答える。
 ようやく自分の弁当のふたを開けた涼花が、思い出したように口を開いた。
「そういえば霊介。朝校門で待ってる時にさ、蝶(ちょう)ちゃんが霊介に話があるって言ってたよ。放課後職員室に来いだって」
 その名前を聞いたとき、霊介は『げっ』という声を漏らした。
 萩原歌蝶(はぎわらかちょう)。霊介が通う学校の現代文担当の教師だ。背は一五〇センチ前後と小柄で、簡素なシャツに短パン、さらには白衣といったミスマッチな衣装の女教師だ。比較的話しやすい先生で、生徒からは主に『蝶ちゃん』という愛称で呼ばれている。
 それだけ聞けば普通にいい先生なのだが、同僚の先生達でも知らない裏の職業があるらしく、その実態を知っている霊介としてはあまり関わりたくない教師だ。
 今日は現代文の授業がないため、涼花が言伝を頼まれたのだろう。
「……蝶ちゃんからか……嫌な予感がする」
「呼び出されると毎回言ってるよね、その台詞」
「大体合ってるんだもんな。でも、あの人はそんなに悪くないだろ」
 それはそうなんだけど、と曖昧な返事を返す。
 悪い先生ではないし、嫌いな先生でもない。
 ただあの人は少し苦手だ、と霊介は思うのだった。

21竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2012/12/22(土) 09:00:52 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 5

 涼花の言うとおり、霊介は萩原歌蝶と会うために放課後職員室に向かった。話が長くなるかもしれないので、いつも下校をともにしている涼花と明日香には先に帰ってもらった。
 職員室の前に立ち、一体何の話をされるのやら、と溜息をつきながら職員室のドアを開けた。
 失礼しまーす、と呟いてから一歩中に入り、職員室中を見渡す。が、探している歌蝶が見当たらない。
 首を傾げる霊介。偶然前を通りかかった先生を呼び止め、彼女が何処にいるか訊ねる。
「ああ、萩原先生かい? さっき国語準備室に行ったよ」
 職員室じゃなかったのかよ、と思わず叫びそうになるが、その言葉を飲み込んで三階にある国語準備室に向かう。ちなみに、職員室は二階だ。
 国語準備室は普段人はあまりいない。そのため、基本少数でいるのを好む歌蝶にとっては職員室より居心地がいいかもしれない。
 霊介は階段を上がり、国語準備室の前に立つ。
 わざわざ二度手間をかけさせられたため、霊介はそのままドアを開け、中に入る。
「蝶ちゃん! 夏海には『職員室に来い』と伝えておいて、本人は国語準備室ってどういうことだよ!」
 部屋に入って、中の光景に霊介は絶句する。
 中にあるのは本棚だ。中には資料や漢字検定を受けるための問題集などが敷き詰められている。その部屋の一番奥に、壁と密接している机がある。その机と一緒に置かれているパイプ椅子に、現代文教師の萩原歌蝶は座っていた。いつもどおりの服装で足を組みながら、手には紫色に近い赤ワイン―――ではなく、ただのぶどうジュースだろう。彼女は成人の癖して酒が飲めないからだ。
 いかにも知的でナルシストのような雰囲気をかもし出している白衣の女性。清楚なイメージを持たせる肩口までの黒い髪。瞳は大きく、黒目がちの瞳が余計に童顔らしくしているのかも知れない。小柄な体型に比例するかのような、控えめな膨らみの胸、色白で華奢な身体つき、短パンから伸びる脚に、ブーツを履いている。
 彼女はゆったりとした笑みを含みながらこちらを見つめながら、
「ようこそ。我が館へ」
「国語準備室で何してんだよ。ただの子供にしか見えないぞ?」
 霊介の普通の反応に、歌蝶がつまらなそうに頬を膨らませた。
 歌蝶は、ワイングラスに半分ほど注がれたぶどうジュースを一口すすり、
「相変わらず君の反応はつまらないな。もうちょっと盛大にツッコミを入れてもいいのに。女というのは、構ってほしくてしょうがない生き物なんだよ」
 見た目子供の成人女性に言われてもいまいち説得力がない。
 自分が座るために用意された、彼女と向かい合わせに置かれているパイプ椅子に霊介は腰をかける。
「で、一体何で呼び出したんだ?」
「ふむ。澤木、君は都市伝説の『繰々師(くくりし)少女』―――というものを知っているか?」
 彼女もそういう話に興味があるのか、と思いつつ『一応は』と答えておいた。
 今家にいるよ、などと答えたら危ないので、見たことはないけどと付け加える。
「そうか。なら、今から私の言うことを守れ」
 幼い印象の声に、真剣さが宿る。
 彼女は真っ直ぐに霊介を見つめると、
「彼女には近づくな、そして関わるな。―――否、『繰々師』に関わるな」

22竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2012/12/22(土) 22:32:09 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 歌蝶のいきなりの質問に、霊介は戸惑っていた。
 彼女の口調からすると、恐らく都市伝説の『繰々師(くくりし)少女』のことは半信半疑だろう。しかし、彼女は教師だ。霊介の友人の刀坂明日香がそういう伝説や噂の類を好きなのを知っている。
 遠回しに彼女は、明日香がこれ以上『繰々師少女』を探すのをやめさせろ、と言っているのだ。さらに、涼花も関わらせようとするなという意味合いも篭っている。
 ここで本当のことを言ったらややこしくなる。そう考えた霊介はあくまでをしらを切る口調で、
「あ、あんたは一体何を言ってんだよ。俺がそんな怪しげなモンと関わってるわけねーだろ」
 なんとも下手な誤魔化し方だ。涼花や明日香は勿論、亜澄や凪でさえも騙せないだろう。
 しかし歌蝶はワイングラスを傾けながら、
「そうか。いや、関わってないならいいんだ。関わってないのなら探そうとするな。関わっているのなら深入りするな。そういう注意を呼びかけようと思っただけだからな」
 何とかやり過ごせたか、と霊介は胸を撫で下ろす。
 歌蝶は相変わらずマイペースで、ワイングラスに注がれたぶどうジュースを飲み干す。空になったワイングラスを机に置き、椅子から立ち上がる。
 そのまま彼女は霊介の前まで歩み寄ってくる。何も言わずに近づかれるのが怖い。
 彼女が霊介の前に立ち、腕を組みながら継の話題を振る。
「ところで、君には疑問が残っているだろう? 何故、私が『繰々師』を注視しているのか」
 歌蝶の言葉に、霊介はそういえばといった感じで頷く。
 霊介は凪しかしらないから、『繰々師』全体がどういうものかを知らない。もしかしたらものすごい凶暴な奴が『繰々師』かもしれないし、かなり大人しい奴がそうなのかもしれない。
 なら彼女が彼らを注視する理由は何なんだろうか、と霊介は考え始める。
 彼の疑問に、歌蝶は楽しそうな笑みを含みながら答えた。
「君はたしか、私の裏の仕事の職業を知っていたな?」
「……あ、ああ。現場目撃したし」
 彼女の裏の仕事は政府から雇われている傭兵だ。戦闘能力は極めて高く、傭兵の中には特殊な力を開発させたものもいる。歌蝶もその一人で、電撃を扱うことが出来る。
 彼女が裏の仕事で、犯人を仕留めているところを霊介は過去に目撃している。それ以来、二人は友達のような関係になっているのだが。
「私は凄腕の傭兵だ。だが、そんな私でも『繰々師』におびえている」
 霊介にはその意味が分からなかった。
 凪という人物を『繰々師』の代表を捉えている霊介にとっては、歌蝶がおびえる理由を理解できないのだ。歌蝶と凪が戦ったりしたら、凪はデコピンでやられそうな気さえする。
 歌蝶は背中を向けながら、霊介に告げる。
「彼ら『繰々師』は一人で強大な力を持つ。街を、ひいては世界を滅亡させることも出来るだろう」
 霊介は絶句する。
 自他ともに認める凄腕の傭兵、萩原歌蝶が彼らを恐れる理由がこれだ。
 いくら名のある傭兵でも、世界を滅ぼせる人物を止められはしない。生身で戦車と戦うようなものだ。
「刀坂と夏海にも言っておけ。これ以上探るな、とな」

23竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2012/12/23(日) 14:31:53 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 6

 霊介は家に帰る途中、歌蝶の言っていた言葉を考えていた。
 『繰々師(くくりし)』は世界を滅ぼせる―――そんなこと言われても、自分の身近にいる『繰々師』が凪なのだから、とても想像が及ばない。たしかに、彼女が自分の力でぬいぐるみを動かしたことはすごかったし、それで彼女の言葉が嘘じゃないと分かった。だが、霊介から見れば彼女は何を考えているかよく分からない少女だ。
 しかし、心では安心していても、どこか不安を感じていた。
 もし、凪がこの世界を嫌に感じて、自分の力を悪用してしまったら―――?
 その時は、自分が彼女を止めなければならない。だが、電撃を操れる凄腕の傭兵でさえも関わりたがらない少女を、世界さえも滅ぼせる力を振るう人間を止められるのか。自分の、大して喧嘩も強くない自分などが止められるのか。
 今では信用してくれている凪が、暴走して自分を襲ってきた時、本当に止められるのだろうか。
 そんなことを考えながら凪と出会った例の公園の前を通り過ぎる時、ベンチの下をのぞくゴスロリが目に入った。ただゴスロリを着ているだけじゃ誰かは分からないだろうが、ベンチの上に置いている大きなウサギのぬいぐるみと、しゃがんでいるため地面についている黒髪で誰か判断できた。
 霊介は嘆息しながらその少女のところへ歩み寄って、
「こんなとこで何してんだ、お前?」
 びくっと肩を大きく揺らしたゴスロリ少女。
 頭を上げようとするが、頭が丁度ベンチの下に潜り込んでいたので、頭を強く打ち『うぅぅ』と小さく呻きながら頭を押さえてうずくまる。
 ベンチの下から脱出して、涙目で頭を押さえながらその少女は顔を上げる。
 やはり、霊介が思ったとおりの少女、人乃宮凪だ。
 そもそも、凪を『お前』と呼ぶのは霊介くらいだと思う。初対面の女の子を『お前』と呼ぶのは中々いないだろう。大抵『君』か『お嬢さん』だと思う。
 凪は立ち上がって、霊介の顔を見上げると、
「霊介こそ、ここで何してるの?」
「下校途中だよ」
 凪の質問に霊介が答える。
 そもそも、制服姿で鞄を持っているのだから、大体想像がつくと思うのだが。
 凪はベンチに置いていたウサギのぬいぐるみを抱きかかえ、そう、と返事をする。
「お前こそ何してたんだ? ベンチの下でもぞもぞしやがって。お前自身は気付いてないだろうが、あれ外から見たらお尻振ってたぞ?」
 自分で言うのも恥ずかしかったが、霊介は注意するように言った。
 途端に凪は冷ややかな視線を霊介に送り、
「変態」
「誰がだ! そんな行為をお前がしてたんだよ!」
 凪の言葉に霊介が反論する。
 霊介は呆れたように溜息をついて、
「ここってお前が寝てた公園だよな。何か探してたのか?」
 ベンチの下を見てやることなど、探し物以外に思いつかない。
 虫を見つけるためにベンチの下は見ないだろう。そもそも、凪は虫とか苦手そうだ。蟻が出ただけで逃げて行きそうな気がする。
「……うん、探し物。ずっと探してるけど、見つからないの」
「何を探してるんだよ?」
 霊介の質問に凪が間を空けて答える。
「人」
 人? と霊介が首を傾げる。
 凪はそれに構わず、言葉を繋げた。
「私は、私を受け入れられる人を探してるの」

24竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2012/12/23(日) 22:49:10 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 凪は都市伝説という存在になっていた。
 何処からともなく現れ、何かを探しているような所作を行う。大切な物を探している、と凪はいつも答えていた。
 その大切な物が、自分を受け入れてくれる人のことらしい。
 特定した誰か、というわけではなく、漠然とした答え。『自分を受け入れてくれる人』を探していたのだ。
 凪の言葉に霊介は息を吐いて、
「だったら、もう探す必要ねーだろ」
 え? と凪がきょとんとする。
 彼女が霊介に視線を向ける。霊介は自分の胸に手を当てて、
「俺がいる。それに、亜澄だっているだろ」
 凪は目を大きく見開いた。
 自分が探していたものが既に見つかっていたことに驚愕して、ではない。彼がそんなことを言ってくれたことが嬉しくてだ。
 今までの人は、自分にそこまで言ってくれる人はいなかった。ぬいぐるみを動かせば気味悪がられるし、好きこのんで近づいてくる人もいなかった。そんな彼女を、たった一日一緒にいただけで受け入れてくれた。凪は嬉しさで表情が綻ぶ。
 しかし、凪は顔を俯かせて、
「……でも、私は危険なんだよ。きっと、霊介や亜澄にも迷惑かけちゃうだろうし……」
 その凪の言葉に霊介は歌蝶の言っていたことを思い出す。
 彼女に限らず『繰々師(くくりし)』は世界を滅ぼせる。凪がいつそんな暴挙に打って出るか分からない。今が安全でも、この先ずっと安全だという保障はどこにもないのだから。
 だが、それなら彼女がこの世界を嫌わないような、そんな楽しい思い出ばかりを作ってやればいい。
 自分だけじゃ無理でも、亜澄がいたら不可能ではない。それに涼花や明日香にも手伝ってもらおう。歌蝶には二人を近寄らせることを禁じられたが、このまま隠し通せる自信もない。後で下手に言い訳するよりも、今本当のことを言っておいた方がいいだろう。明日香の反応が怖くなりそうだが。
 俯いている凪の頭に手を置いて、霊介は優しく語り掛ける。
「お前が危険なんて知ったことかよ。そんなのどうでもいいんだ。お前はずっと俺達の家にいていいんだよ。亜澄もきっと喜ぶ」
「……霊介……」
 凪は思わず霊介に抱きつく。
 いきなり抱きつかれた霊介は戸惑うものの、安心したような溜息をついて優しく彼女を抱き返す。
 そこへ、

「いんやー、そうなるとこっちゃ結構困るんすよー」
 明るく、それでいてどこか危険性を孕んだ声が二人の耳に届く。
 
 勢いよく声の方向を振り返る霊介と凪。
 そこに立っていたのは一人の少女だ。年は大体十七歳程度。赤い髪と目が特徴的だ。後ろの方で結ばれた、太ももに到達する長さのツインテールがさらに特徴となっている。服装はへそが露出する長さのキャミソールに深緑色の短パン。ニーソにローファーのような靴を履いている。中でも特に違和感を放つのが、腰のベルトに挟まれた短剣だ。
 赤髪の少女はくすっと、小悪魔的に笑ってみせ、
「その娘、『繰々師』っすよねー。そちらの男の人に質問です。貴方はその娘の危険度を知っている。イエス? ノー?」
「な、何なんだよお前は! いきなり出てきて! 質問する前に何者か答えやがれ!」
 霊介の言葉に少女はきょとんとしたかと思うと、急に冷徹な瞳に変わる。
 彼女の声が低い声色になり、
「いいから質問に答えてくださいよー。イエスかノーか言うだけでいいんすよー」
 その声に霊介の背筋に寒気が走った。
 単純に怖いと思ってしまった。言うと大袈裟だが首元にナイフを突きつけられているような感覚がした。
 霊介は『イエス』と答える。少女の返答を待たずして霊介が続ける。
「だが、俺はこいつが危険だと思わない! お前はどう思ってるか知らないけど、こいつは一人で寝るのを怖がるような、ただの普通の女の子なんだよ!」
 霊介の言葉に少女は呆れたように嘆息した。
 彼女は前髪をかき上げると、
「いや、知らないっすよ。その娘がどうとかじゃなくて、私は世間的に言ってるんです。さっさと退いちゃってくださいよー。じゃないと、私は貴方も殺すっすよー?」
「退くかよ!」
 霊介は凪を庇うように、彼女の前に立つ。たとえ、相手がどんな人間でも、霊介は凪を守ると決めたのだ。

25竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2012/12/24(月) 03:06:34 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 7

 赤髪の少女は、ベルトに挟んであった短刀を、ゆっくりと引き抜く。
 あっさりと凶器を引き抜いた相手に、凪は肩をびくっと大きく揺らす。そんなおびえている凪を見て、霊介は落ち着かせるために言う。
「大丈夫だ。俺が守ってやる」
 しかし、実際のところ霊介だって怖いのだ。
 今までナイフを持った強盗犯に出くわしたこともなければ、銀行の立てこもり事件の現場に遭遇したことも無い。彼の身体も小刻みに震えている。さっきの声が震えなかったのが奇跡だ。
 明らかに怯え、がちがちに固まっている霊介を赤髪の少女は退屈そうに眺めて、
「ありゃりゃ、もしかしてカッコいいこと言っておいて怖いんすか?」
 嘲るような少女の問いに霊介は答える余裕も無い。恐怖が頭と身体にこびりついて、それどころではないのだ。
 ただ怖くて答えられなかっただけなのだが、それを無視したと思い込んだ少女は、うーと頬を膨らませて不機嫌モードに突入してしまった。
 少女は手の中で短刀をいじりながら、霊介と凪を赤い瞳で見つめる。
「ま、怖がっても全然いいっすよ。その方が私もやりやすいし。むしろ、目の前で短刀抜かれて堂々とされても困るっすからね」
 んじゃ、と少女は姿勢を低くした。陸上競技のクラウチングスタートのような姿勢だが、そのれよりは少し高い。
 腰を下ろし、足は完全に走り出す準備が出来ている。短刀も逆手で持ち、臨戦態勢はばっちりだ。
「始めるっすよ」
 言った瞬間、少女がものすごい勢いで突っ込んでくる。その速度がかなり速く、霊介は凪を押し倒すような形で、少女の攻撃から凪と自分の身を守った。
 かわされた少女は、おお、と少し楽しげな声をもらした。まさかかわされるとは思ってなかったのだろう。彼女自身も、普通の人間を殺めるのは好まないらしく、相手の身体に短刀が触れる寸前で止めようと思っていたのだが、自分の速度に反応されたことに楽しんでいるようだった。
 少女は、くく、と笑って、
「すっごいじゃないですかぁ! 本当に素人ですか? さっきまでがちがちに緊張してたとは思えないんすけど」
 それでも、霊介は気を抜けるわけじゃない。
 さっきのに反応できたといって、二回目も同じく反応できるか分からない。それに、相手が速度を上げるかもしれない。どっちみち、手抜きは最初の方だけだ。それが一回目だけか、二回目以降も何回か続くのかまでは分からない。
 霊介の後ろにいる凪は、地面に赤い液体が滴っているのに気付く。
 液体の居場所を辿っていくと、霊介の肩が切りつけられていた。
「……れ、霊介……血……!」
 凪に指摘されてようやく気付いたのか、霊介は右肩から血が出てることを確認する。
 傷は深くない。出血もそれほど多いわけじゃない。だが、先ほどのかわせていた、と思っていた攻撃もかわせていなかったのだ。相手にそれは気付かれてはいけなかった。
 先ほどの攻撃がかわせていないと分かれば、次の攻撃はさっきより速度を上げてくるだろう。そもそも、さっきの攻撃も殺さないよう手加減してたのだ。速度は最低速とでも呼べるほどだろう。
 霊介に傷を負わせたことに気付いた赤髪の少女は、
「痛くないんすか? いいんすよ? 別に泣き叫んじゃっても。恥ずかしいことじゃありませんよ。高校生でも、痛かったら泣いちゃいますし」
「これくらいで泣くかよ。つーか、こんな状況じゃ涙も出ねぇし」
 私は今でも転んですりむいたら泣きますけどねぇ、と相手はどうでもいいことを話し出した。
 彼女が再び先ほどと同じ突撃体勢を取る。霊介は右肩を押さえながら、相手の攻撃のタイミングを見計らっている。
 しかし、凪は霊介が傷つけられたことにショックだったらしく、リミッターが解除されようとしていた。
 赤髪の少女は再び霊介へと突進する。今度こそ、霊介がかわせない速度で。
 ―――傷つけられた。霊介を。何で耐えるの。もう耐えなくてもいいよね。目の前の敵を。殺しても―――。凪の頭の中で、相手を潰す理由を、正当化する作業が始まっていた。こうなってしまえば、もう誰も止められなかった。
 凪は、呟くように言う。
「―――『ろーたす』起ど―――」
 凪の言葉が終わるより早く、霊介と赤髪少女の間に落雷が落とされる。
 二人が何事かと考え始めるが、霊介だけはこんなことをする人物を、一人思い浮かべていた。
 その人物は簡素なシャツに短パンにブーツ。さらにその上から白衣といった、中と外の服が全く合っていない、身長一五〇センチ前後の現代文教師。
 萩原歌蝶が、電撃が走る右腕を前に突き出していた。

26竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2012/12/24(月) 12:08:27 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 突如として戦場にやって来た歌蝶。
 さっきまで国語準備室で話していたのに、この人は自分を尾行でもしていたのだろうか、と不安に思ってしまう。
 だが、この状況で来てくれたことはありがたい。あの赤髪の女の子の相手を任せようと言うわけではないが、強力な助っ人が来たことには変わらない。
 霊介は思わず彼女の名前を叫んでいた。
「蝶ちゃん!」
「―――蝶ちゃん? まさか」
 霊介の言葉に赤髪の少女が眉をひそめる。まるで、どこかで名前を聞いたような、といいたそうな表情だ。
 歌蝶は腕を組みながら霊介の前まで歩いて行く。
 何でここに、と霊介の口が言葉を紡ぐより早く、歌蝶の左腕が霊介の腹に叩き込まれた。身長差のせいか、彼女は腹を殴ったつもりなのだろうが鳩尾にいい具合に入り、霊介は膝をついてその場に崩れる。
 鳩尾を手で押さえたまま霊介は呻くように問いかける。
「……何すんだよ……」
「ただのおしおきだ。まったく、何が『「繰々師(くくりし)」とは関係ありません』だ。思い切り関わってるじゃないか」
 霊介は言い返せない。
 あの場で面倒ごとを避けるために嘘をついたのはたしかだ。しかし、意外だったのは歌蝶があのバレバレの下手な嘘を信じていたということだ。彼女は全面的に生徒を信頼しているのだろうか。その分嘘がバレれば鉄拳制裁が飛んでくるので、容易に嘘はつけない。
 歌蝶は崩れている霊介を見て小さく嘆息する。それから、短刀を構えている赤髪の少女へと視線を移し、
「ところであの赤髪ツインテールは誰だ? 君の彼女か? 君が他の女の子と親しくしているのを見て怒り狂って短刀を振り回すとは……随分と厄介なヤンデレじゃないか」
「違うわ! どこの世界に嫉妬して短刀振り回す女がいるんだよ! せめて包丁かナイフだろ!」
 それも問題だが、と霊介が付け加える。
 赤髪の少女に対して、怯えまくっていた霊介とは対照的に歌蝶は愉しそうな笑みを浮かべていた。やはり実践慣れしているプロは違う。
 彼女は大きな欠伸をした後、腕を組み直して、
「来い、女。相手をしてやろう」
 強気に告げた。
 赤髪の女は構えとく。その様子に歌蝶が目を丸くした。女は歌蝶を睨みつけて質問をする。
「……さっき、蝶ちゃんって呼ばれてたっすよね?」
「納得はしてないよ。ただ言い返しても無駄だろうからそのまま通しているが……おっと君もそのあだ名で呼ぶなよ?」
 心配ないっすよ、と赤髪の少女は俯きながら答える。
 少女は無意識に短刀を握る力が強くなり、叫ぶように歌蝶に問う。
「電撃を操る白衣の女。―――まさか貴女は、『電撃の司者(でんげきのししゃ)』と呼ばれている、萩原歌蝶っすよね?」
 歌蝶はやれやれ、といったような調子で溜息をついた。
 蝶ちゃんと呼ばれるのも好きではないし、かといって裏の仕事(こっち)の名前で呼ばれるのも嫌いなようだ。
 はあ、と溜息をつきながら、歌蝶は自分の頭に手を当てる。
「それは全盛期の私の名前だ。今はもうその称号は捨てたつもりだったんだが……」
 歌蝶は霊介を見る。
 彼女ほどの人間になれば霊介の肩が傷つけられているのをすぐに見つけることが出来る。歌蝶は傭兵であり教師でもある。彼女は右手に電撃を迸らせながら、赤髪の少女を睨みつける。
「君が私の生徒を傷つけたのなら、昔の名を冠することも厭わんよ。さて、それ相応の覚悟は出来ているのだろうな?」
 赤髪の少女が歌蝶に気圧され、僅かに身を引く。
 歌蝶の目は本気だ。殺すつもりはないだろうが、生徒を傷つけられて心中穏やかでいられるほど温厚な性格ではない。
 完全に不利な状況に陥った少女は、くっ、と歯軋りをして、
「どうやらここは退いた方が良さそうですね。『電撃の司者(でんげきのししゃ)』と戦うには、私はまだまだ未熟なので」
「逃げるのか。まあ好きにするがいい」
 歌蝶は相手を深追いしない。退いてくれるなら無駄な運動をしなくても済むからだ。
 しかし、彼女はただで逃がすつもりはない。次はないぞ、という意味合いを含めた言葉を言い放つ。
「だが君の顔は覚えたぞ」
 歌蝶の言葉に戦慄した赤髪の少女が、その場から走り去っていく。
 とりあえず危機は去った、と安堵する霊介だったが、この後歌蝶からの尋問が待っているだろうと思うと、本当の意味の安堵は出来なかった。
 自我を失いかけていた凪も、はっと目を覚ましていた。

27竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2012/12/24(月) 13:04:43 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 8

 公園のベンチに霊介と凪は並んで座らされた。二人の目の前には腕を組んで、不機嫌な顔をしている現代文教師、萩原歌蝶だ。
 彼女が不機嫌な理由は、霊介が嘘をついたことだろう。それを分かっているのか、霊介は歌蝶から目を逸らしている。座らされた理由が分かっていない凪はきょとんとしている。
 歌蝶は心底不機嫌な口調で、
「まったく、教師を騙すとはなんて奴だ。私が通りすがらなかったらどうしていたつもりだ、うん?」
 う、と霊介は何も言い返せなくなる。
 きっと彼女がいなかったら今頃自分がどうなっていたか分からない。相手の攻撃をずっとかわせていた自信も無いし、そもそも凪をちゃんと守れていたという自信も無い。
 それほど、赤髪の少女は危険だということだ。
「……嘘をついたことは、謝っておくよ。ごめん。……つーか、そんなこと言って、本当は尾行してたんじゃ……」
 瞬間、歌蝶の表情が一変する。
 いたずらがバレた子供のような、そんな表情になりながら凍りついた。
「……何故バレた?」
 そのとおりだったのか、と霊介は小さく溜息をつく。
 数分前に学校出た相手に追いつくなど、つけていたとしか考えられない。しかし、この教師は目の前で襲われていたにも関わらず、途中からしか助けなかった。ずっと見ていたのなら助けてくれても良かったのに、と言えば甘ったれるな、とか言われそうなので、霊介は言葉を飲み込んだ。
 歌蝶は尾行していたのがバレて恥ずかしかったのか、照れ隠しのような口調で、
「ふ、ふん! 君は何かと危なっかしいからな。助けてもらったんだ、感謝してほしいものだ」
 ありがとうございます、と霊介は歌蝶に言う。
 歌蝶が落ち着きを取り戻し、凪に視線を移した。
「で、その娘が『繰々師(くくりし)』か。名前は?」
 聞かれて凪ははっとしたように、
「……あ、ひ……人乃宮凪です」
 凪か、と歌蝶が意味深な調子で呟く。
 霊介と凪が首を傾げていると、歌蝶は思い出したような感じで、
「そういえばうちの学校の三年生にいたなー、凪という子が。確か文芸部の部長で……」
「いや、蝶ちゃん。今はその情報どうでもいいから」
 一応学校の生徒の名前は覚えているようだ。
 彼女の担当は一年のはずだが、三年生も覚えているのは流石だと思う。
 歌蝶は霊介に視線を戻して、真剣な面持ちで訊ねる。
「さて、澤木。君に聞きたいことがある。返答次第では、彼女をどうするか決めることになる」
 言いながら歌蝶は凪に視線を移す。恐らく凪に関係することだ。
 霊介は気持ちを引き締めた。彼女をどうするか聞かれたら、守りきると答える。彼はそう決めていた。彼女は腕を組んだまま、霊介に問いかける。
「君は彼女を受け入れるか? 守れるか? もしそれが無理なら、難しいと言うのなら私が彼女を引き取る」
 歌蝶の質問は、霊介にとってもいい話だ。
 歌蝶は仮にも教育者である。彼女の下の方が凪にとってもいいことだろうし、何よりさっきみたいな襲撃にも対処できるだろう。霊介では、どうすることも出来なかったのだから。
 だが、霊介の答えは決まっていた。凪が心配そうな瞳で霊介を見つめながら、服の袖をきゅっと強く握ってくる。彼女なりの離れたくない、という意思表示だ。されるまでもない。霊介は始めからどう答えるか決めていたのだから。
 彼は凪を守ると決めていた。だからこそ、
「受け入れるよ。そして守りきる。凪を守るって、決めたんだ。確かに俺は凪より弱いのかもしれないし、蝶ちゃんみたいに戦えない。でも、居場所を作ることは、守ることは出来る。だから……」
 ふっと歌蝶は笑う。
 彼女はくるりと背を向けながら、
「よく言った。それを確認したかったんだ。君が決めたのなら何も言わない。だが、私は今回のようにいつでも来れるわけじゃない。何かあったら私に連絡しろ。その時は力になってやる」
 言いながら歌蝶は去っていった。
 凪は霊介の返答が嬉しかったのか、彼に思い切り抱きつく。霊介は彼女の頭を優しく撫でて、
「じゃあ帰るか。あんまり遅いと亜澄も心配するだろうし」
「……うん」

28竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2012/12/25(火) 15:39:14 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp
第三章 迷走、のち捜索 -oath to keep-

 1

「あーもうっ! やってらんないっすよ!」
 暗い夜道を歩きながら、赤髪の少女は電柱を拳でぶん殴る。少女の手にも怪我が残るが、電柱も僅かにひびが入っている。
 赤髪の少女の本来の目的は『人乃宮凪を捕獲すること』という、いたって簡単なものだった。しかし、こともあろうか一般の高校生に邪魔されるわ、凄腕傭兵の 『電撃の司者(でんげきのししゃ)』こと萩原歌蝶も乱入してくるわで、踏んだり蹴ったりだ。
 今回彼女は、『繰々師(くくりし)』を危険だと判断し、彼女達を捕らえる組織に雇われていた。彼女も凄腕の傭兵であることには違いない。
 しかし、相手があの萩原歌蝶であれば話は別だ。彼女の伝説は裏の仕事では知らぬ者はいないに等しい、とまで言われているのだ。
 例えば、たった一人でナイフや鉄筋を持った男十数人を蹴散らしたとか、素手で熊とやりあって生き残ったとか、銃弾をはじき返せるとか、指で真剣白刃取りをやってのけたとか、どうも嘘っぽい逸話も紛れ込んでいるが、彼女のお世話になっている人物も少なくない。
 国家公認の傭兵だ、という人も少なくはない。
「予想外の想定外の計算ミスです! まさかあの小娘があんな強力な人間との繋がりを持っていたなんて、『電撃の司者(でんげきのししゃ)』さえいなければ、今頃任務も達成できていたはず……!」
「その様子だと、失敗したようだね」
 突如、彼女の背後から男の声がした。
 身長が一八〇センチを超えるであろう巨体の男だ。顔つきは外国人ぽい顔で、年齢は三十後半程度だろう。男は全身を黒い服で覆っており、手も黒い手袋で隠すほどの徹底振りだ。もうすぐ六月に突入するというのに、この格好は暑くないのだろうか、と首を傾げたくなるほどである。
 赤髪の少女は、その男を不愉快そうに睨みつけて、
「わざわざ文句を言いに来たんですか。趣味悪いですよ、アルドルフ=グルタクスさん」
 三十後半の男は口の端を吊り上げた。
 この男が赤髪の少女を雇った組織の人間、つまりは依頼主となる。しかし、少女の方はこの男が嫌いらしく、会っても悪態しかつかない。
 アルドルフはそんな赤髪の少女に歩み寄り、
「そんな悲しいことを言わないでくれ。仕事の調子を窺いに来ただけだ」
「あんま寄らないでもらえます? 気付いてるでしょうけど、私貴方が嫌いなんですよ」
 赤髪の少女は冷ややかに言い放つ。
 男は僅かにしょんぼりとした態度を見せて、
「えらくはっきりと言う子だ。失敗した理由を訊ねてもいいかな?」
 聞かれると、赤髪の少女は口を尖らせながらも答える。
「邪魔が入りました。一般の高校生と『電撃の司者(でんげきのししゃ)』の二人です。高校生で時間食ってる間に大物が来ちゃいましてね」
 『電撃の司者(でんげきのししゃ)』という言葉を聞くと、アルドルフは僅かに目つきを鋭くする。彼もその名を知っているようだ。
 赤髪の少女は腕を組み、深く溜息をつきながら、
「あの二人が来なけりゃ上手くいってたんすけどねぇ。まったく、面倒ったらありゃしないっすよ」
「次は私も出ようか」
 アルドルフの言葉に、赤髪の少女が『は?』と聞き返す。
 男は不適な笑みを刻みながら、
「次は私も出るよ。協力して、例の少女を捕らえようじゃないか」
 傭兵としての立場的に、依頼主を戦場に来させるわけにはいかなかった。
 しかし、また一人でやっても失敗する。せめて、彼女を捕らえる隙さえ作ってくれれば。
 そう考えた赤髪の少女はにっと笑って、
「いーでしょー。是非手伝ってくださいよ。成功したら、今までの非礼を謝り、口には出来ないようなえっろぉーいこともさせてあげましょうか?」
「期待せずにしておくよ」
 男は呆れたように嘆息しながら、暗い夜道を歩いていった。

29竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2012/12/27(木) 16:57:52 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 2

 またこの状況か。
 朝目が覚めた霊介を待っていたのは抱きつくような体勢で、自分の上にのしかかっている凪の姿だった。彼女の顔が首のすぐ近くにあり、彼女の吐く息が首元に当たるせいでかなりくすぐったい。首元の妙な感覚に身が震えるのを我慢し、出来るだけゆっくりと彼女を自分の上からどかす。ベッドの上には亜澄が横たわっている。『もう食えねーっすよ、とっつぁん』などという世界観が全く掴めない寝言を言っている。
 凪がこちらの家に泊まりに来てから、二回目の朝だ。彼女が『霊介の部屋で寝る』と言ってから当然のように亜澄も自分の部屋ではなく、霊介の部屋で寝るようになった。そのため、毎晩ベッドは女子二人に占領されているし、仕方なく床で寝るも起きたら凪が上に乗っかっているしで、いつもより早く目が覚めてしまう。
 現在の時刻は朝の五時前だ。彼が普段起きるより二時間早い。亜澄はいつもこんな時間に起きているらしいが、今は起きる様子が無い。
 霊介は大きな欠伸をしてから部屋を出て、トイレに向かいながらいろんなことを考えていた。
 凪のこともそうだが、昨日襲ってきた赤髪の女。昨日の出来事の後、家に戻るなり歌蝶からメールで『あの女も恐らく傭兵だ』という情報を送られやっぱりな、と呟いてしまった。彼女自身心の底から凪を捕らえようという感じではなかった。むしろ、割って入った霊介の反応を楽しんでいたように見える。つまり、凪のことが本命であるが、それは誰かに命令されてやったこと、と考えるのが妥当だ。
「……おにーちゃん?」 
 あれこれ考えていると、不意に後ろから声を掛けられ肩を大きくびくつかせてしまった。
 声を掛けたのは紛れもなく亜澄だ。彼女は髪を下ろしており、眠気眼を擦っている。
 今起きたところなのだろう。これから今日の弁当と朝ごはんの調理に入るのか、台所へと迷いなく足を踏み入れていった。
 いつもこんな早くに起きてご飯の支度をしてくれてる亜澄に感謝しようと、霊介は思ったことを正直に言葉に出す。
「ありがとな、亜澄。いつも朝早くに起きて、弁当や朝ごはんを用意してくれて」
 いきなりの言葉に不意を突かれた亜澄が『へ?』と目を丸くする。
 その後僅かに赤くなった頬のまま、こちらに視線を一瞬だけ向けると、すぐに調理に取り掛かりながら、
「べ、別に……もう慣れっこさんだし。おにーちゃんが毎日おいしそうに食べてくれるから、私はそれで満足してるよ」
「しっかし、よくこんなに早く起きれるよな。目覚まし一台だけだろ?」
 自分の部屋には二台あるよ、と先に言って、
「おにーちゃんこそどうしたの? こんな朝早く起きるなんて。早寝早起きに目覚めた?」
 そうじゃないけど、と霊介は否定する。
 彼が早寝早起きに目覚めるなど有り得ない。自称『怠惰の象徴』が早寝早起きなどするわけがない。言っていた当の亜澄本人も『まあないよね。あったら「ちへんてんい」さんだもんね』などといっている。ちなみに『ちへんてんい』というのは四字熟語の『天変地異』のことで、彼女は間違って覚えてしまっている。そこのところは、霊介は何も言わないことにした。
 すると、霊介は涼花と明日香の会話を思い出して、
「なあ亜澄。お前って学校で結構モテたりするのか?」
「ひうっ!?」
 いきなりの質問に変な声を上げる亜澄。さっきので手を包丁で切らなかったのは奇跡だろう。
 顔を赤くした亜澄が霊介へと振り返り、
「な、いきなりなんてこと訊くの!? そそ……そんなのおにーちゃんは関係なしさんでしょ!? 驚かさないでよ、馬鹿!」
 叫ぶように亜澄が言った。
 霊介は悪い、と素直に謝る。亜澄は再び材料を切りながら、
「……モテるってほどじゃないよ。確かに、今まで告白はされたけどさ……」
「マジか!? 何人!?」
 食いついてくる兄に戸惑いながらも、亜澄は思い出しながら、
「えっと……中学入ってから、少なくとも五人には……」
「……全部ふったのか?」
「うん。好みじゃないもん」
 きっぱりと言い放つ亜澄。
 案外涼花と明日香が言っていた『モテるだろうなー』的な言葉は的を射ていたのである。
 亜澄はくすくすと笑っている。兄と食事の支度をしながらこんな会話が出来ることを喜んでいるのだろう。彼女は悪戯っぽい口調で、
「何でいきなりそんなこと訊いたわけ? おにーちゃん、まさか私のこと大好き?」
 亜澄は霊介の慌てたような口調の『んなわけねーだろ』を期待してたのだが、無自覚鈍感男の霊介は恥ずかしがりもせず、
「ああ、大好きだよ」
 素直にそう返す。
 返された亜澄がゆでだこのように顔を耳まで真っ赤にして、再び材料をざっくざっくと切っていく。

30竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2012/12/30(日) 20:46:55 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 3

 霊介が学校へ向かうと、いつものように涼花と明日香が校門の前で彼を待っていた。
 二人は基本的に校門の前で霊介を待っているのだ。どうせなら違う場所で三人一緒に落ち合うのもいいのだが、二人が言うにはこれが楽らしい。ということで、霊介もなんとなく二人の意見に従うことになった。
 しかし、その二人にはいつもと違う様子がある。
 涼花が新聞を広げている。彼女は本はおろか、新聞でさえもまともに読むような女子ではない。恐らく毎日新聞は見ていてもテレビ欄しかチェックしてないだろうし、政治や経済についてもさほど興味がないはずだ。だが、当の涼花は食い入るように新聞に見入っている。明日香もいつものように腕を組んで、涼花と同じ場所を凝視している。
 彼はその光景に首を傾げていた。
 一体何を見ているんだろう、と思いながら霊介は軽い挨拶をしながら二人に近づいていった。
 彼の損じに気付いた二人も軽い挨拶を返してくる。すると、涼花が今まで見てた記事を霊介にも見えるように広げる。
 彼女は新聞記事の一点を指差した。
「ねえねえ、霊介これ見て!」
 その記事を見た瞬間、霊介の目が大きく開かれた。
 映っていたのは赤髪ツインテールの少女。つい先日凪を襲った傭兵の写真が映っていた。服装は変わっていなかったが、変わった点が一つある。彼女の隣に一人の長身男が立っている。
 霊介の表情の変化に気付かずに、涼花は記事を見つめながら、
「何か短刀持ってるんだって。怖いよね」
「しかもこの街、この前私達が都市伝説を探しに行った場所だろ?」
 余計怖いな、と明日香が付け加える。
 霊介は二人の言葉をもはや聞いていないだろう。彼はわざとらしく作り笑いを浮かべながら、
「悪い、今日蝶ちゃんに出されてた課題提出しないと! 朝のホームルーム前しか受け取らないとか言ってたから!」
 じゃあな、と霊介は慌てて駆け出す。
 昨日歌蝶に呼び出されていて良かった、とりあえずあの場を抜け出す口実になった。霊介は職員室へと向かって走る。
 勢いよく開けながら歌蝶を呼ぶが、一番近くにいた教師が、国語準備室にいるよ、と言ってくれた。
 いい加減職員室にいてくれてもいいのだが、彼女はとことん一人でいるのが好きなようだ。
 霊介は国語準備室の前に立ち、切らしている呼吸を整えながら部屋のドアを開ける。すると、
「蝶ちゃん!」
「おわっ!?」
 丁度部屋から出ようとしていたのか、開けるとすぐに歌蝶の姿が目に入った。
 彼女は驚いたように霊介を見つめていたが、息を切らしている彼に気付きことが重大なことだと気付いたようだ。
 丁度彼女も話したいことがあったのか、丁度良かった、と呟きながら彼を部屋へと招きいれた。
 二人は向かい合うように座る。話を切り出したのは、歌蝶からだった。
「大体来た理由は分かっている。今朝の新聞を見たのか」
「ああ」
 涼花から見せてもらったんだけどな、と付け加える。
 歌蝶は腕を組む。彼女の机の上にはワイングラスではなく、ぶどうジュースが入った二リットルのペットボトルがそのまま置かれている。ワイングラスがないのが珍しい。
 彼女は僅かに考える仕草をした後に、
「……今から言うのはあくまで、私の推測だ。全てを信じるな」
 歌蝶の言葉に霊介は頷く。
 歌蝶は真剣な声色で、
「では、私の推測を聞いてもらおう」

31竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2013/01/04(金) 20:04:05 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 歌蝶はさながら盗賊のように、ペットボトルに入っているぶどうジュースをそのまま飲んでいる。もしペットボトルの中身が見えなかったら、ただの酒飲みのようにしか見えない。しかし、その仕草も白衣の小柄な女性が行っているので、酒飲みさは微塵も感じさせない。
 そのまま手の甲で口を拭い、ペットボトルを机の上にどかっと置く。彼女は霊介を真っ直ぐに見据えて口を開いた。
「私の推測の話だが、昨日のあの女はメールで送ったとおり傭兵。それも雇われた傭兵だ」
 それは霊介もなんとなく想像がついていた。
 あの女からは、凪の捕獲は優先順位が低そうに見えていた。自分が凪を守るために動いてから、自分と戦うのを楽しそうにしているようにさえ見えていた。だから、彼女はしたくもない仕事を、誰かから雇われてそれを忠実にこなそうとしていたに過ぎない。霊介が考えつくだけあって、歌蝶もその程度のことは考えていたらしい。
 だったら誰に雇われたのか、という疑問が浮上する。凪を狙う―――ということは、『繰々師(くくりし)』だから狙われているのか。それともただのロリコンが狙っているのか。後者の方は是が非でも勘弁してほしい。
 歌蝶は頬杖をつきながら、
「この前、傭兵仲間の会話を小耳に挟んでな。なんでも、『繰々師』を狙う組織があるそうだ」
「……狙う?」
 霊介が歌蝶に聞き返す。
 彼女も小耳に挟んだ程度なので、詳しいことは分かっていないらしい。ただ、彼女が聞いた限りでは、強大な力を持つ『繰々師』を捕獲し、力を使わせないようにする、という考えもあるらしい。しかし、その限りではないらしく、解放する代わりに自分の護衛として使ったり、いいように使い回すなどという使い方を目論む者もいるらしい。それは一限りの人間らしいが、『繰々師』を調べるために捕獲するという名目が大きいらしい。
 たしかに、霊介も目の前でその力を見ている分、彼女達の力には興味がある。どうやったら人形が動かせるようになるのか、魔法や手品では不可能な芸当だろう。
 捕獲の理由はどうあれ、あんな小さい娘がそんな意味不明な組織に狙われているのなら、見過ごすことは出来ない。それに、自分は彼女を守ることを誓ったのだから。霊介が立ち上がろうとしたところで、歌蝶が彼を止めるように言葉を続ける。
「あの女、君と交戦中に『誰かから雇われた』という類の言葉を言っていなかったか?」
 霊介が思わず聞き返す。
 唐突だったので、質問の意味が分からなかった。彼の記憶が正しければ言ってはいないと思う。状況が状況だったので、あまり相手の言葉を覚えていないのも理由の一つだ。自分が凪を狙っている、的なことは言っていた気がする。
 何故そんなことを聞くんだろう、と霊介は首を傾げる。
 あの女と遭遇した時なら、歌蝶もいたはずだ(陰に隠れていたが)。状況に直面している霊介より、彼女の言葉は歌蝶の方がよく覚えられているはずだが。
 霊介が曖昧に首を振ると、歌蝶はやはりなと呟いた。
「私自身曖昧だったから聞いたのだ。そして、ここからはもっとも可能性ある推測だ」
 霊介が身を乗り出して歌蝶の言葉に耳を傾ける。
「あの女は昨日独断で捕獲に動き出した。そう考えると、彼女が一人なのは危ないんじゃないか? 君の妹も学校に行って、今家にいるのは凪だけなのだろう?」
 その言葉に霊介は絶句する。
 そう、今この瞬間も彼女は赤髪の傭兵に狙われているかもしれないのだ。

32竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2013/01/12(土) 14:34:53 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 霊介は何か嫌な胸騒ぎを感じてズボンのポケットから携帯電話を取り出す。
 自宅の番号に電話をかけてみるが、コール音が鳴るだけで誰かが出る気配は無い。凪が電話の出方を知らない、というのも考えた。だが、ただ受話器をとると言うだけのことが出来ないとはとても思えない。電話が何なのか知らない、という可能性も無いだろう。
 舌打ちをして携帯電話をポケットに仕舞いなおす霊介。
 歌蝶は凪が電話に出なかったのを悟ったのか、嘆息しながら霊介に声を掛ける。
「……出なかったようだな。だったら、外に出ている可能性が高い」
 霊介は凪が外出している、という可能性を考えないようにしてしまっていた。
 霊介は凪が探している『自分を受け入れてくれる人物』になると言った。ずっと凪を守ると彼女に誓った。それは歌蝶も聞いていたはずだ。霊介も恥ずかしいながら彼女が聞いている前でそう宣言したのだから。
 だからこそ、彼には歌蝶が凪が外出しているかもしれない、と言った理由が分からない。
「蝶ちゃんも聞いてただろ? 俺がアイツを守るって言ったのを。それに、今日も学校に行くときにずっと家で留守番しとくって……」
「じゃあ何で電話に出なかった? 見た目中学生程度の娘が電話に出られないとは思わんのだよ」
「それは、寝てるかもしれないし……」
 君は馬鹿だな、と歌蝶が言う。
 その言葉に霊介が僅かにムッとする。凪のことは明らかに歌蝶より自分のほうが分かっている。歌蝶が一体何を知っていると言うのだろうか。
 歌蝶はぶどうジュースを飲みながら、
「君は昨日、あの少女がなんと言ったのか覚えていないのか? 君はあの傭兵小娘の前で『一人で寝るのを怖がるような』と言ったろう? 今家では彼女は一人なんじゃないのか?」
 霊介ははっとする。
 そういえば今、霊介が凪と亜澄を一緒に寝ているのは、凪が一人でなるのが怖いといったのが原因だ。公園のベンチで見かけた時、あの時は一人で寝ていたが、どちらかというと眠ってしまったという方が合っていると思う。
 ということは、彼女が外出しているという可能性が高くなってくる。
 じゃあ、
「一体何のために?」
「……多分だが……あの子はお前を危険に晒したくないんだと思う」
 歌蝶が思いつめたように言う。
 現に凪は自分を守るために霊介が傷ついたのを目の当たりにしている。霊介が大切だと思っているのなら、彼を危険に晒したくないと思うのは当然だと言える。
「だから自ら離れることを望んだ。君を守るためだ、澤木」
 くそ、と叫びながら霊介は国語準備室から出て行こうとする。凪を探しに行こうとしているのだ。
 歌蝶は止めない。
「私も後で探しに行く。何かあったら連絡しろ。今日は特別に早退扱いにしてやる」
 ありがとう蝶ちゃん、と言って霊介は国語準備室を飛び出した。
 歌蝶も出る準備を整えている。
 一方、街中に出ていた都市伝説『繰々師(くくりし)少女』に、人影が迫っていた。

33竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2013/01/13(日) 22:45:43 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 4

 凪は再び街に出ていた。
 あまり澤木家に長居は出来ない。このまま自分があそこにいれば大好きな霊介にも亜澄にも迷惑をかけてしまう。また、霊介に怪我をさせてしまうかもしれない。凪にとってはそれだけはどうしても嫌だった。
 彼女は自分と一緒にいても死なないような、決して傭兵達が攻めてきても気にしないような人を探しに来ていた。
 しかし、凪はこうも思っていた。
 ―――いっそのこと、自分と同じ『繰々師(くくりし)』でもいいや、と。
 そうすれば自分と一緒にいても破滅することは無いし、万が一自分が暴走した時もその人になら止められる。相手が暴走した時も、それは同じだ。
 凪は辺りをきょろきょろ三見回して、再び歩こうとした瞬間、
「お嬢さん、少しいいかな?」
 声の主は男だった。一八〇センチを超えるほどの巨体であるにも関わらず声は案外優しいもので、髪型をオールバックにした上からシルクハットを被っている外国人の顔つきをした三十代の男性だ。紳士のように黒いスーツを着ており、表情は優しく笑っている。第一印象では間違いなく好印象を与えるであろう、そんな男性だ。
 凪は自分かな、と思って首を傾げると、黒スーツの男はこくりと頷いた。その男性とは数メートル離れていたので、凪は大きなウサギのぬいぐるみを抱えながら、その男性に近づいていった。
 外国人のような顔つきにも関わらず、その男性は流暢な日本語で話しかけてくる。
「お嬢さん、一人かい? お母さんやお父さんは?」
「……いない。今は私一人」
「いない? 迷子とかじゃなく?」
「うん。生まれた時から一人。……いたのはこの『ろーたす』だけ」
 言いながら凪はぎゅっとぬいぐるみを抱き寄せた。
 男性はほぅ、と小さく呟く。
 男性は続けて言う。
「実は私は都市伝説と言われている君を探していてね、親がいないなら引き取ってあげようと思っていたんだ。私は、親がいない子供を預かる施設の者でね。もしかしたら、君の本当の親が見つかるかもしれないんだ」
 こんなことを言ってくる人物なら、前にも何人かいた。
 凪はことあるごとに迷子や孤児だと思い込まれてしまうことがある。厳密に言えば孤児であることは変わりないのだが、施設に引き取られるのも嫌だった。そうなれば、受け入れてくれる人を探せないからだ。
 凪は今回も男性の誘いを断ろうと、男性に背を向けながら駆け足で離れていく。
「……いい。そんなとこに行く必要がないもの」
「おいおい、何処へ行くんだい?」
 男性は楽しそうな口調で言う。
「ここら一帯に人はいない。身を隠そうとしたってダメだよ」
「―――ッ!?」
 凪はハッとして辺りを見回す。
 確かにそこには自分と相手以外誰もいなかった。東京都の朝八時半頃だ。この時間帯に人一人いないのはどう考えても可笑しすぎる。
 何が起こったのか考える前に、凪の足元に火球が落ちる。
「……?」
 見ると、黒スーツの男性が手のひらからそれを生み出しているようだった。
 男性は警告するように、
「こちらへ来なさい、『繰々師』よ。君達は危険すぎる。私達がちゃんと保護してあげようじゃないか」
 優しそうな笑みで言う。だが、今の彼の笑みは優しそうなイメージではなく、恐怖を覚えさせるような。そんな感じに思えた。

34竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2013/01/14(月) 21:13:15 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 人乃宮凪は人一人見当たらない朝の街を疾走していた。
 彼女は元々体力に自信がある方ではない。むしろ運動などはもっとも苦手とする分野だ。彼女の走りはとても速いといえるものではないが、追ってきている相手であるアルドルフ=グルタクスから離れるには十分だった。
 アルドルフはゆっくりと歩いている。いくら凪が走るのが不得意といえども、歩きと走りでは明らかに差が出来る。アルドルフは火の玉を放ち続けている。しかしそれは凪を狙ってはいない。むしろわざと外している。絶対凪に当たらないように、彼女の足元付近に放っている。
 凪は逃げながら思考を働かせる。
 まずは街の人間がいなくなったことだ。相手が空間を操れる『繰々師(くくりし)』だと考えたが、その考えはすぐに消し去った。何故なら、『繰々師』の能力は一人につき一つしか与えられない。彼がもし空間を操るというのならば、火を操ることが出来ない。逆もまた然りだ。
 ならば彼の正体は一体何なのだろう? 街から人を消す、そして火を自在に操るそんなことが出来るのは―――凪の思考では答えが見つからない。
 必死に走っていた凪が、急に虚空の空間にぶつかり、『ひあっ?』という甲高い悲鳴と共に尻餅をついてしまう。凪は鼻を押さえて自分がぶつかった場所へと視線を向けるが、そこには何も無い。高層ビルに囲まれた大きな道が広がるだけだ。
 彼女はそこに手を当ててみる。そこには見えない壁が隔たれており、壁の向こう側には行き交う人々の姿が見える。
 凪は助けを求めようと見えない壁を叩き、外の人に助けを呼ぶ。だが、絶え間なく叩いても外の人が気付く気配は無い。
「―――無駄だ『繰々師』」
 数十メートル離れた位置にアルドルフは立つ。
 彼は手のひらに火の玉を生み出したまま、口の端を僅かに吊り上げて言う。
「ここら一体には人払いの結界を張ってある。外の人間にはここに空間が存在していること自体気付かんよ」
「……あなたは、もしかして魔術師?」
 まだまだ未熟ではあるがね、と男は自嘲するように言った。
 ここら一帯の空間の人を払ったのは、一般人を巻き込まないための配慮だろうか、と凪は考える。
「私は君らを保護する機関なのだよ。大人しくするのなら、私だって君に手出しはしないさ」
「……勝手な、ことを……! 私知ってる。私達『繰々師』を保護するなんて、口先だけだって!」
 ほう、と男は声を上げた、
「保護した後は良いように研究に使われるって知ってる! そんなところに、誰が好きこのんで行くもんか!」
「おいおい。勘違いしないでくれたまえ」
 男の言葉に凪が眉をひそめる。
 男は手のひらの火の玉を消して、
「私達が研究しているのは珍しい能力を持った『繰々師』のみだ。重複するような珍しくない能力の者は、最初の一人を研究に使って二人目以降はちゃんとした生活を送らせているよ」
「……もし、研究の過程で一人目が死んでしまったら?」
 凪は僅かに黙り込むと、恐る恐る訊ねる。
 するとアルドルフは極めて冷静に答えた、
「その時はその時だ。二人目を使うよ」
 凪は歯を食いしばる。
 単に許せなかった。人を人とも思ってないような彼らの態度に。自分の知らないところで、自分と同じ『繰々師』がそんな目に遭っていることに。そして、それが当然のことだというような相手の言葉に。
「そんな、外道の元になんて絶対に行かない! 私は自分の居場所は自分で決める! あなた達になんて、死んだってついて行かない!」
 瞬間。
 凪が叫び終わったと同時に、凪のすぐ横を火の玉が掠めた。火の玉は後方の見えない壁に当たって消滅する。凪は反応するどころか、言葉を発することさえ出来なかった。
 何が起きたか分からずに。何が起きたか分かっても、恐怖を植えつけられ言葉が出ない。
 凪のぬいぐるみを抱く腕が震え始める。
「君がどう言おうが構わない。足を燃やしても研究は出来る。無理矢理にでも連れて帰るとしよう」
 ひっ、と上擦った悲鳴を上げて凪が再び一目散に走り出す。
 その凪の後姿を。滑稽とでも思っているような笑みを浮かべながらアルドルフが追う。
 そんな二人の鬼ごっこを、廃ビルの屋上から眺めている人物が一人。
 赤髪ツインテールの傭兵だ。
 彼女は退屈そうに頬杖をつきながら、『繰々師』と魔術師の鬼ごっこを眺めていた。
「―――まったく、何やってんだか。さっさと捕らえればいいのに」
 つまらなそうに呟きながら、彼女は―――。

35矢沢ヤハウェ:2013/01/15(火) 11:12:55 HOST:ntfkok217066.fkok.nt.ftth4.ppp.infoweb.ne.jp
>>1
小説家気取りなんて、痛い奴だなぁ。

36竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2013/01/18(金) 18:55:03 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 5

 萩原歌蝶はようやく学校から出た。
 実を言うと中々学校側が出してくれなかったのだ。彼女は一応教師である。しかも今日は一時間目から授業があるのだ。しかし、彼女は国語準備室に偶然あったマスクを使用し、あたかも病人のように振る舞いなんとか抜け出したのだ。
 彼女は装着したマスクを外し、鞄の中に突っ込む。
 彼女は街へと歩きながら意識を集中させる。今彼女が行っているのは魔力の捜索だ。『繰々師(くくりし)』は特殊な能力が備わっているため、身体の中に魔力という力の波動を宿している。人により大小の差はあれど、微弱ながらも感じ取ることは出来る。
 そこで、彼女はふと足を止めた。
 何かが可笑しいと思ったのだ。人乃宮凪の魔力を感じたまではいい。だが、彼女を中心に半径五キロ程度が薄い魔力に囲まれている。
 明らかに人乃宮凪のものではない。
「……結界か?」
 歌蝶はそう呟いていた。
 彼女の傭兵仲間の中に何人か魔術師がいる。数は多くはなく両手の指で足りるほどだが。魔術師は歌蝶らとは別の方法で力を手に入れた者達だ。魔道書を、あるいは学問を、または先祖の血を引き継いだり、そんな方法で力を手に入れた者が魔術師だ。歌蝶らは自分に特殊な力が宿るように、無理矢理力を開発させた、というやり方である。
 成功する確率は、魔術師の方が圧倒的に高い。
 歌蝶は低く舌打ちをする。
「新聞のあの男。やはりただの人間じゃなかったか……。にしても魔術師だったとはな。少し甘く見ていた。まさか―――」
 歌蝶は走り続け、ある場所で止まると虚空に手を添える。
 そこには変わったところは何もなく、同じように街の風景が続いているだけだ。だが、歌蝶の手は虚空で確かに止まっている。
 それは、ここに結界が張られている証拠だ。
 歌蝶は知る由も無いが、この先の何処かで凪を魔術師の男が追いかけている。
 彼女はただ、凪が無事なのを祈るしかない。祈りながら―――、
「……久しぶりに本気を出すか」
 左手に黒の皮手袋を装着する。
 彼女が手袋を着ける時は、仕事をする時。つまり『電撃の司者(でんげきのししゃ)』になる時だ。
 歌蝶は手袋をつけた左手を虚空に、結界に当てる。
 それから電撃を奔らせながら、
「―――オイシイところは君にあげるよ、澤木。お姫様を助けるのが王子様の役目だからな」

37竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2013/01/18(金) 23:40:48 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 6

「あっ!」
 凪は体力が限界に近づいていたのか、足をもつれさせて転んでしまう。彼女は身体を早く起こして逃げようとするが、体力の消耗がそれを遅れさせる。
 彼女は後ろを振り返る。やはり依然としてゆっくりと歩いたままこちらへと近づいてくる人物がいた。
 魔術師アルドルフ=グルタクスだ。
 彼は獲物を見つけた獣のように、草食動物を狩る時のような瞳で凪を見つめている。
 ―――捕まったら殺される。
 凪の本能がそう叫んでいた。恐らく何人かの『繰々師(くくりし)』は彼らに捕まり研究材料にされているだろう。非人道的な実験の過程で死んでしまった人もいるかもしれない。凪もそんな目に遭うかもしれないのだ。
 死ぬのだけは嫌だ。凪はそう思った。もう霊介と亜澄に会えなくなるのは嫌だ。そう、確かに思っていた。
 矛盾している、と自分でも思う。
 自分から離れていったくせに、会えなくなるのが嫌だなんて、自分でも分かるくらい可笑しすぎる。矛盾しすぎている。
 だから凪は立ち上がる。身体を必死に動かす。今はとりあえず逃げることしか―――、
 凪の足元の地面が魔術師の火の球によって破壊され、立ち上がった凪は再び地面に伏す。
「無駄だと言ったはずだ」
 魔術師の冷徹な言葉が放たれる。
 凪の首は、自然と男に向けられた。男は炎の扱う割には冷たすぎる瞳で凪を見下ろしていた。
「私は君の命があればいいんだよ。そのためには、君の身体を傷つけることも厭わない。今までが自分の力でかわしてきたと思わないことだ」
 凪は戦いのために『繰々師』の力を使うことを嫌う。
 ぬいぐるみではあるが『ろーたす』も彼女の友達である。傷つけられるのは嫌だ。凪はぎゅっとぬいぐるみを抱きしめる。
 するとアルドルフは、今気付いたかのように眉を動かした。
「そうか、そうだった。君にはその力があるじゃないか。何故使わない? それを使えば私を撃退できるかもしれないぞ。それとも、それはただの飾りだとでも言うつもりかね?」
 凪はふるふると首を横に振る。
 アルドルフは口の端を吊り上げて、
「それもそうだな。君の力は世界を壊す力。こんなちっぽけな街一つ簡単に消し去れてしまうからな。使うのを躊躇うのも理解できる」
「……!」
 凪はびくっと反応を示す。
 自分は世界を滅ぼせるんだ。―――まだ子供の凪には想像もつかないほど大きな話だった。世界を滅ぼせるといっても上手く想像できない。
 だが、彼女は思い出す。
 自分が幼い頃見た景色を。瓦礫が散乱し、形を維持できている建物が無いほどの荒れ果てた大地を。人も、動物も、生命の確認を出来ないほど何も残っていない大地を。初めて力を使ったことの時を。
「君がいるだけで人が不幸になる。だったら、私達と一緒にいたほうがいいと思わないかい」
 凪はうずくまりながら、フラッシュバックした光景を消し去ろうと喚く。嘆く。叫ぶ。
 頭を押さえながら、涙を流しながら、彼女はひたすらに声を上げる。
「いやあああああああああああああああああああっ!!」
 アルドルフは彼女の泣き声を聞きながらも、非常に手を上げる。
「大丈夫だ。私が君と周りの人間の安全は保障しよう。まずは、君の足を切り落とすかな」
 アルドルフが凪の足を切り落とそうと手を振り下ろす。
 だが、その手は凪の足を切り落とすことは無い。何故なら―――、

「―――おい、オッサン。なにうちの凪を泣かせてんだよ?」

 表情を怒りに染めた少年、澤木霊介がアルドルフの手首を掴み、彼の頬へと拳を叩き込んだからだ。
 凪は涙で潤んだ瞳を霊介に向ける。
 霊介は凪の方を振り返って、笑みを向けた。

38れあ:2013/01/19(土) 03:35:39 HOST:<xmp>">http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/comic/3134/1348900885/, 133.242.140.96
とりっぷちゃんねるでえーっす

39竜野 翔太 ◆026KW/ll/c:2013/01/19(土) 16:06:38 HOST:p8152-ipbfp4204osakakita.osaka.ocn.ne.jp

 7

 ―――来た!
 廃ビルの屋上から『繰々師(くくりし)』と魔術師の追いかけっこを退屈そうに眺めていた赤髪の傭兵は、楽しそうに口を端を吊り上げて勢いよく立ち上がった。彼女は腰にある短刀の柄に手を当てる。
 ぶっちゃけ今回の件に対しては、自分の力は必要が無いと思っていた。彼女自身はアルドルフが魔術師だと聞かされていなかった。だから彼女は前もってアルドルフから『必要と思った時に加勢してくれ』と言われていた。走るのでさえ普通の人間のスペックを下回っている『繰々師』を相手に、彼女が思う加勢するタイミングは能力を発動された時だ。
 だが、どういうわけか今彼女は能力を使おうとしていない。彼女が錯乱しだしたのを見ると、前に何かトラウマがあったようだ。この調子なら自分の加勢は必要ない、と赤髪の傭兵は思っていた。
 けどもうそれはどうでもいい。
 追い詰めたアルドルフの前に現れた人物を見て、『繰々師』を助けにやって来た人物を見て、魔術師を容赦なくぶん殴った人物を見て、彼女は加勢のタイミングなどどうでも良くなった。彼女にとっては、今は突如やって来た人物に興味がある。
 彼女を楽しませてくれた少年。武器を持っている自分を前に引くこともしなかった少年。彼女はもう一度あの少年に会いたかった。もう一度戦ってみたかった。
 アルドルフが窮地だろうがそうでなかろうがもう歯止めは効かない。
 彼女が屋上から戦場へと降り立とうとした瞬間、
「―――邪魔は無粋というものだ、少女」
 肩に手を置かれると同時、少女のような声が耳に届いた。
 置かれた手は小さく、手袋を着けていた。しかも声は初めて聞くものではなく、幼くも威圧感を感じさせる類のものだった。
 赤髪の傭兵はゆっくりと振り返る。
 そこにいたのはシャツに短パンという動きやすい服装の上から白衣という、何ともミスマッチ過ぎる服装の少女のような人物だった。
 赤髪の傭兵が忌避してしまうほどの人物、『電撃の司者(でんげきのししゃ)』萩原歌蝶。
 彼女の左腕には火傷したような傷跡が残っており、力なくだらんと下がっている。
 歌蝶は落ち着いた口調で、
「何とか間に合ったようだな。しかし澤木(アイツ)、意外と走るの速いな。今度陸上部にでも勧誘してやるか」
「な……なんでここにいるって分かったんすか……?」
 歌蝶はふん、と鼻を鳴らして、
「君のような小娘の考えることなど分かる。目の届く範囲で、依頼者に危険が迫れば手を貸す―――そんなところだろう。私が雇われる仕事の多くは護衛ではなく迎撃だ。依頼者を仲間が守ってる間、依頼者を狙う刺客を私が潰す。それが私の仕事だ。刺客の潜みそうな場所など、ここ付近では数十個もある」
 あとは君が隠れるの下手だから楽に見つけられたがな、と歌蝶は締めくくった。
 それでも、と赤髪の傭兵は歯を食いしばる。
「ここには結界が張ってあった! まさか、それも粉砕したっていうんすか!?」
「粉砕とまではいかなかったよ。さすがに私も現役から退いているのでね。だが人が通れるくらいの隙間は作れた。タイミングよく澤木が来てくれて助かったよ。久しぶりに無茶をしすぎて左手が上手く動かん。ああ、壊した部分の結界は私が直しておいた。さすがに―――」
 歌蝶の全身に眩いほどの黄色の電撃が奔る。
 赤髪の傭兵は小さく悲鳴を上げた。
「一般人を巻き込まない自信はないのでな。生憎、久しぶりで加減の仕方を忘れてしまったようだ」
 勝敗は決した。
 赤髪の傭兵は膝からその場に崩れ落ち、恐怖に身体を震わせている。
 そんな少女を歌蝶は一瞥し、『繰々師』のいる下へと視線を向けた。
「あとは任せたぞ」


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