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叫号〜Io ripeto un incubo〜
31
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/12/28(金) 21:14:56 HOST:i118-20-98-64.s04.a001.ap.plala.or.jp
「霧月蓮、ね。……っふふ、面白くなりそうだ。」
口元に手を当てて湊は笑う。楽しくて仕方がないとでも言うように。珍しいことに意識せずとも出た、自然な笑い。何だ自分もまだこんな風に笑えるんじゃないか。ぼんやり、そんな考えが浮かんで、埋もれていった。
「……何、ニヤニヤしてる」
突然現れた白鷺が言う。いきなりの登場に驚きながらも湊は小さく首を振った。怪訝そうな表情をしながらも白鷺はベッドの横の椅子に腰掛ける。湊がベッドの上から動くことを認める気はさらさらないようである。
まぁ、それはいつものことか、そう考えて湊は頷く。気分もいいので意地になって白鷺の言葉を否定しようとも思わないらしい。気分さえよければ基本的には温厚な少年なのだ。勿論対立関係の話を除けば、の話になってしまうのだが。
普段もここまで機嫌がよければ自分も助かるのだが、そう考えて白鷺はため息をつく。それでもそれを口に出したりはしない。余計なことを言って機嫌を損ねれば湊は問答無用で布団から出て、万全の状態じゃないのに動き回るのだ。
紅零からとりあえず日常生活を送る分には問題ない位には回復したといわれた白鷺だったが、正直なところまだ湊を動かすつもりは無い。紅零の日常生活という感覚は白鷺には分からないが、白鷺が知る湊の日常生活は正直、一般人が真似すれば即死する、というレベルだと思っているのである。
「ねぇ、白鷺。面白いことになったよ」
「……と、言うと?」
思考を遮られ、思わず顔を顰めてしまいそうになりながらも白鷺は問う。まぁ白鷺が表情を変えたところでそれは本当に小さな変化にしかならないので、気づく人物なんて殆ど居ないのだが。ちなみに湊は気づくときと気づかないときが半分ぐらいの確立である。
白鷺の問いに湊は更に嬉しそうな表情をした。本当にこの人は闇のトップなんだよな? そう考えて白鷺は僅かに首を傾げる。
「僕と同じ召喚能力の登場さ。しかも百年前の人間ときた」
「断言、何故」
「召喚能力は百年に一人生まれればいいところな能力だ。そして召喚能力者は全て精霊が記録している。それに確認すれば一発さ」
胡散臭いものを見るかのような白鷺の様子を見て、湊は僅かに肩をすくめて見せる。こればっかりはしかたがない反応かもしれないなんて思って。突然百年前の人間が現れましたなんて言われればそんな反応もしたくなる。それは湊でも同じだ。
今回に関しては精霊達がくれた情報だから信じているだけ。精霊は召喚主に対して嘘をつくことはできない。主が求める情報の真実だけを告げるのだ。
「学園内の資料にもあったはずだ。聖鈴学園闇高等部生徒会副会長霧月蓮……この学園の前身となった学園だね。面白い具合に組織や設備も似ているんだ」
「調べた?」
楽しそう語る湊の表情を伺い、半ば呆れたように白鷺はそういう。コイツ結局ベッドを抜け出しやがったのか、そんな風に考えながら。でも湊は口元に手を当てて笑うって自分の頭を指すだけ。わけがわからずに白鷺は小首をかしげた。
頭を指したということは、元々持っていた情報なのだろうか、そう考えて白鷺は眉を顰める。
「悩んでるみたいだね。精霊の力だよ。プライバシーもクソも無いだろう?」
楽しそうな湊に、白鷺は黙って頷いた。便利な能力なようで、そう湊の能力を羨んだりもする。とは言うものの白鷺の能力も充分すぎるぐらいに便利なものだし、そんな能力を複数所持しているのだから笑えない。使い道の無い能力を与えられたものよりははるかにマシなはずだ。
ぼんやりと白鷺が思考を巡らせているうちに、湊はベッドから抜け出して、制服のブレザーに袖を通し始める。正気に戻った白鷺がとめようとしたころにはすっかり湊は身支度を終えていた。髪の毛には多少ハネているところがあるがそんなこと、湊は気にしないようだ。
もうテレポートでベッドに叩き込んでやろうか、そんな事を考えながらも、白鷺は湊について歩くことを選ぶ。能力を使いそうになったら後ろからぶん殴って止めてやればいい、そう考えて。
「どこに?」
「いや、百年前と言って、少し思い出したことがあってね。犠牲事件を知っているかい?」
白鷺は考えるような仕草をした後小さく首を振る。正直のところ白鷺は世間で起こっている、もしくは起こった事件には疎い。それはずっと家に閉じ込められて育ったからである。学園に着てからもそこまで外の世界というものに興味を持っていない。
それ故に白鷺の中の情報は、自らの家柄と、学園内部の事件などに傾いている。学園内部で生活する分には困らないので誰も咎めたりしない。というよりも、そもそも学園内部で外の事件のことなんて殆ど話題にならないから関係が無いのである。
32
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/12/28(金) 23:02:52 HOST:i118-20-98-64.s04.a001.ap.plala.or.jp
白鷺の反応に、まぁ当然か、なんていう風に呟いて湊は足を止める。
「百年前にサクリファイスという存在がいたんだ。契約した相手を命を懸けて守る人形みたいな存在だね。もっとも多くは精霊だからピンと来ないんだけど。確か動物型、精霊型、人間型ってくくりがあったはずだ」
「外のこと、詳しい?」
少し考え、自分の頭の中で整理しながら話す湊を見て白鷺はそう呟いた。白鷺がこの学園に来たころにはもう湊はこの学園に居た。しかもそのころから生徒会の副会長というポストについていた。確か湊、白鷺が中学生のころの話である。
それに話を聞けば湊は初等部に入るよりも前から学園に保護されて育ったという。それなのに、自分よりも外の知識があることに、白鷺は正直驚きを隠せないようである。学園の外に居た期間は白鷺の方が長いのだから驚くのも無理は無いのかもしれない。
そんな白鷺に向けて、湊はクス、と静かに笑んだ。
「まぁ好きだからねそういうの。で、犠牲事件というのはそのサクリファイスの人間型の全てが暴走したことを言うんだ。死者は確か百人ぐらいだったかな。人間型の契約者全員が死んだはずだ」
湊の言葉に白鷺が目を見開く。そんなことは気にしないように湊は話を続けていく。流れるように語られるそれは、まるで湊がその事件の現場に居て、全てを見てきたとでも言うようなもので……。
「それが原因でサクリファイスは危険だと判断され政府が処分に出た。ちなみに事件の原因はある一つのサクリファイスに入ったウイルスだったらしい。それを“広めるべき情報”だと勘違いしたそのサクリファイスが人間型全にウイルスを広めて……というわけ」
「……サクリファイス、間抜け」
白鷺の言葉に湊は違いないといって笑う。フォローしないんだ、そんな風に考えて白鷺はうっすらと苦笑いを浮べた。それにしても、今日の湊はよく笑う、と白鷺は思う。もしかすると意識が無かったときの分笑っているのかもしれない、と。
面倒くさいことにならないといいけど、そんな風に考えて、湊の話に耳を傾ける。
「で、この学園の中枢部にその原因となったサクリファイスがいるらしい。確かめたことないけどね。何故か処分されなかった二つのうちの一つがね」
ゆっくりと歩き出した湊はその後も話し続けていた。サクリファイスが生まれた町のこと、事件のこと、その当時の能力者のこと。どれもこれも白鷺にとっては知らなかった面白い知識だ。もっとも百年も前のことを知っている人のほうが少ないのだけど。
そんな話をしながらも、どんどん光の届かない方へと歩いていく。学園の下にある天空都市の制御を行っている場所へと。天空都市の中でももっとも大切な場所。それ故に多くの生徒が近づくことさえできない場所だ。
たどり着いた部屋の扉には何も書いていないプレートがかかっていた。本当に入る気なのだろうかと湊の顔を覗き込むのを無視して、湊はドアを蹴り破った。セキュリティが一番厳重なはずな部屋なのに、警報一つ鳴らない。
さも当然だというような表情をして湊は部屋の中に足を踏み入れる。やはり何も起こらない。そんなはずは無いのだが、そんな風に考えながらも白鷺は湊の後に続く。白鷺も一応は学園内のセキュリティのことは把握しているから表情はずっと訝しげなものなのだが。
「これ、何」
白鷺の目に飛び込んできたのは一人の少女が中に浮かぶ大きな楕円状の水槽。中に浮かんでいるのは紫の髪に、赤い瞳の少女。頭には大きなリボンをつけて、薄い色のワンピースを着ている。湊は無言で水槽に浮かぶ少女を見上げていた。
少女の目は何処を映しているか分からないような、光が宿らない瞳。
「これが処分されなかったサクリファイスの一つさ。確か名前は紅零、だったかな」
「……新任、先生、同じ名前」
白鷺の言葉に湊は軽く頷いて、その後無表情で白鷺の方を見た。
「でもまぁ、接点は無いだろうね。サクリファイスは製作者が名前をつけるのが殆どだから、さ」
「で、どうする?」
納得したように頷いた後、白鷺は再び水槽の少女を見上げて湊に聞く。湊は少しだけ首をかしげて何かを考えているようだった。その何処か真面目な表情に白鷺はため息をつく。これは面倒なことが起こるかもしれないな、なんて考えて。
しばらくして、湊はそっと水槽に触れた。何をするつもりか、そんな風に白鷺は身を強張らせる。湊が問題を起こすと責任を取らされるのは白鷺なのだ。湊の行動を監視して危ない行動などは止めないといけないような立場にいるのだから。
33
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/12/31(月) 21:09:30 HOST:i118-20-98-64.s04.a001.ap.plala.or.jp
水槽を見上げ、湊はうっすらと笑みを浮かべる。その手が、僅かに淡い光を放ち始めていた。
「副会長、何を」
「見ていれば分かるよ。さぁウィンディーネ、手伝っておくれ」
白鷺が動こうとしたときにはもう遅かった。僅かだったはずの光は、どんどんと強くなっていく。堪えきれず、白鷺を目を閉じたが、湊は真っ直ぐ水槽を見つめていた。水槽の中の液体が不自然に揺らいだかと思えば、一瞬で水槽は砕け散った。
突然の出来事にも関わらず、警報は鳴り響かなかった。水槽の中にいた少女も、なんてことはなしに、ふわりと湊の後ろに着地する。ただ、その様子を白鷺は見ていなかった。ゆっくりと目を開いたころにはもう、少女と湊は向かい合っていて、湊の後ろには無数のガラスの破片が散らばっていた。
「大丈夫だよ。ここはもう保護はされてないんだ。殆ど生徒も来ないからその辺は甘くなってしまったんだよ。守護者の中にも情報が行ってない……つまり、理解できるだろう?」
「見捨てられた中枢部……」
白鷺は少し驚いたように目を見開いた。そして、数秒間の沈黙の後に白鷺は小さく頷いた。湊は満足げな笑みを見せた後、顔を少女に向ける。少女は不思議そうな表情で首をかしげた。状況が全く理解できていないようだ。
湊は静かに笑う。好青年に見えるような笑みに少女は幾分か安心したようだった。研究室のパネルの薄い明かりが、部屋の中を照らす。
「君はどうしたい。帰りたいのなら道は用意しよう。……と、その前に名乗っておこうか。僕は秋空湊、そっちにいるのは白鷺だよ。君は?」
「紅零……ねえ、主人は?」
「主人……? ああ、月条 流架(ツキジョウ ルカ)だっけ」
湊の言葉に、紅零は静かに頷いた。白鷺はもう頭を抱えている。報告書をどうしようかとか、処分はどうなってしまうのだろうかなんて考えている。セキュリティが甘いと言え、一応は学園の中枢部となっている部分だ。
ふうっと湊が息を吐く。そして何かを言おうとするよりも早く、紅零は何かを思い出したような表情をした。彼女の中にデータが流れ込んできたのだ。見た目は人間でも彼女は“犠牲(サクリファイス)”と呼ばれる特殊な存在。それぐらいはなんでもない。
やがて、紅零は一人で頷く。その表情は硬い決心を宿しているように見えた。僅かに湊が首をかしげると同時、紅零は言葉を吐き出す。
「……もう主人はいない。百年が過ぎた……でも桜梨(オウリ)はまだ生きてる」
紅零の言葉に湊が驚いたような表情をする。紅零の口から出た名前に思考をむけた。そして、一つの可能性を導き出す。
「桜梨というのは君と一緒に残されたサクリファイスの一人の名前かな?」
「そう。あの子は進むこともできず一人。だから私は戻る。……でも、」
湊の問いに紅零は静かに頷いた。しばらく考えるような動作。沈黙。どちらも何も言わない。紅零は壊された水槽を見上げ、何かを考えているようだった。白鷺は未だに始末書について悩んでいるようで使い物にはならない。
静かに笑って、湊が腕を組む。ジロジロと紅零を見るその目は何かを確かめるようなものだった。その目に紅零が僅かにたじろいだ。
「その子が心配なんだね。大丈夫だよ。確かに中枢部はここなんだけどね。月条が死んだ後、核は別のものに作り変えられたんだ。だから君を逃がしても問題はないんだよ。行ってあげればいい。もう君は“犠牲”なんかじゃない」
静かに言いながら笑う湊に紅零は僅かにその瞳を輝かせた。湊の言葉に白鷺もフッと顔を上げた。ただその表情は傍から見れば無表情にしか見えないものである。でも湊には白鷺が安心しているのが手に取るように分かった。面白いものだ、そう湊は考える。
「核が変えられたのは何で?」
「うん? いやね、君の力だけだと色々と足りなかったらしい。だから君を核から外して、別の核を作った。まぁ基本的な形は変わってないよ。ただシステムが能力者の余剰分の力をエネルギーにする形に変わったんだ。まぁ詳しいことは僕にも分からないんだ、ごめんね」
34
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/12/31(月) 21:15:25 HOST:i118-20-98-64.s04.a001.ap.plala.or.jp
湊の言葉に紅零は小さく首を振って「答えてくれて有難う」と呟いた。嬉しそうな表情だった。それを見ると不思議なものだ、胸の中が暖かくなる、と湊は思った。
意味もなく頷いて、湊は顔を白鷺に向けた。白鷺は不思議そうな表情をして首を傾げる。始末書について悩んでいたので、今の今までの会話を聞いていなかったのである。そんな事を分かっている湊はいじらしく笑って見せた。
白鷺は気まずそうに視線を伏せた。それを見て湊はますます楽しそうに笑う。
「白鷺、桜蘭研究所にテレポートしてくれるかい?」
「……場所、分からない。方角、距離、指定できない」
湊の言葉に白鷺は僅かにムッとしたような表情がした。どうやら散々笑われて、流石に悔しかったようである。湊と白鷺がああだこうだと言い合いをする様子を見た紅零が僅かに笑う。それに気づいた湊がハッと動きを止めた。
そんな湊を見た白鷺はふうっと短くため息をついて、紅零に顔を向けた。それだけで紅零は察したと言うように研究所の場所を話し始める。そのヒントの全てにこくん、こくんと白鷺は頷いていた。
やがて、白鷺は黙って小さなモニターを取り出す。天空都市が今飛んでいる場所を現すものだ。天空都市内から天空都市内に移動するのならばあまり必要はないのだが、天空都市から外に、外から天空都市に移動する時にはそうもいかないようである。
白鷺のテレポートがそもそも特殊なのが影響しているのかもしれない。白鷺のテレポートに明確な距離制限はない。同じ“国”の中ならば好きなようにテレポートすることができるのだ。ちなみに白鷺の場合普段は天空都市を国、と見て移動を行う。
しかし場合によっては天空都市の下にある国の一部だと判断をして、その国に移動して地上に降りるという手段をとる。そんな感じによく分からない能力なのだ。
「準備完了。行く」
フッと部屋の中から三人の姿が、消えた。
*
三人が降り立ったのは大きな建物の前だった。
建物の中からは丁度、白衣を着た黒髪の少女が出てくるところだった。右目を黒い眼帯で隠していて、左目は綺麗な青色の少女。その少女に気づくなり、紅零はハッと走り出して、その少女の前に立った。少女は静かに何かを言っているようだった。
湊たちは近づかずにその様子を眺めていた。微笑ましい光景だなぁなんて思いながら。
しばらくして、紅零は静かに頭を下げて建物の中へと消えていく。少女の方はぼんやりと湊たちを眺めた後、深く、丁寧に頭を下げて、紅零の後を追う。
やがてその少女の姿も見えなくなったころ、湊はフッと笑って白鷺の方を見た。
「たまにはこういうのもいいものだね」
「何故、こんなこと。似合わない」
白鷺の問いに、湊は空を見上げた。そうして、静かに言う。
「同情さ。ずっと忘れていたけれど、思い出した瞬間、可哀想になった。忘れられるような存在が学園に残っていることがね。人の盾となることを強制された犠牲の少女が、懐かしい場所に変えることもできないなんてさ……なんだか寂しいなって」
「……以外。優しいところ、合った」
目をぱちくりさせて言う白鷺に湊は笑う。白鷺は湊の方を見てはいなかった。空を見上げる湊とは対照的にジッと地面を見つめている。
「優しくないさ。強いていうのなら核からも外され、犠牲としての意味を失った彼女は“外”の人間だ。そんなものがあっても駒としては使えないからね。なら、同情に任せて空に放ってやろうと思っただけだよ」
もう、白鷺は何も言わなかった。僅かに白鷺の様子を探るように表情を窺った湊はすぐにその視線を空へと戻す。まるで何かを望むように、何処か悲しげな笑みを浮かべながら。
NEXT Story 第二章 仮面少年と幽霊少年
―――――――――――――――――――――
やっと第一章完結。な、長かった……
書き溜めがあったので連続投稿です。
続いて二章は一章ほどは長くならない予定です
一章目次
>>6
‐13
>>17
>>22
>>25-34
35
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2013/01/03(木) 02:05:32 HOST:i118-20-98-64.s04.a001.ap.plala.or.jp
――ねぇ、刹。僕には何故君がよい方へ進んだのかが理解できない。
だから僕は君が一つ進むたび、二つ君を突き落として見せよう。
第二章 仮面少年と幽霊少年
その少年は魘されていた。きつく、きつくワイシャツの胸元を握って、ただただ魘され続けているのだ。蓮が回復の精霊を呼んでも効果は出ない。はて、どうしたものかそんな風に考えながら蓮はベッドに横たわる刹のことを眺めていた。
四六時中魘されているというわけではないのだが、それでも魘される時間の長さは日ごとに長くなり、間隔も短くなる。消耗のせいで回路がイカレでもしたのだろうか、そうなると後が厄介だなんて蓮は考えてため息を吐く。
静かに立ち上がった蓮は、無表情のまま、刹の顔を覗き込む。間違ってもいいとは言えない。回復していると言うよりも明らかに悪化していた。困ったな、そんな風に呟いて、蓮は一枚の紙切れを取り出した。こうなりゃダメ元だ、そう考えて。
「癒しを司る天使、ラファエルよ、今我が名の下に顕現し、その力を揮え」
蓮の声に答えて、現れたのは杖や水筒を持った人間の姿に、大きな美しい翼を持った不思議なもの……大天使ラファエルだった。ラファエルは現れるなり、刹を見て小さく首を振る。まるで癒すことはできない、とでも言うように。
そのラファエルの様子に蓮は思わず顔を顰めた。癒しを司る者の中ではトップクラスの力を持つラファエルである。そのラファエルが癒せぬほどのダメージなのか、蓮は考え込む。それを見たラファエルは小さく首を振る。否定の意味だ。
しばらく考えて、蓮はようやく口を開く。その間黙り込んだ男の横に優しげに微笑むラファエルが佇むという少々奇妙な光景が作られていたが、蓮は気にしていない。
「もしかして、俺の駒が引っ付いて邪魔になってるのか?」
今度は頷いたラファエルに、蓮はため息を吐いた。なる程、確かにアイツならそれをやりかねないと考えて。引っ付いているものの意思などは関係ない。問題はその“力と意味”なのである。与えられた意味にしたがって無意識のうちに力を放出してしまうものなのだから。
「月詠、中(ソイツ)から出て来い。お前が邪魔で回復できないと」
「邪魔、とは久々に会った相手に対して随分なご挨拶で」
蓮の言葉に反応して、刹の体から鈍く輝く銀の光が飛び出た。光はゆっくりと人の形をかたどっていき、やがて、黒地の布に桜などの花、蝶の描かれた着物を着た少年へと姿を変える。少年は腰より少し上ぐらいまでの銀髪に澄んだ右が薄紫、左が水色の瞳をしていた。太めのフレームの黒縁の眼鏡をかけている。
軽く腕を組んで頬を膨らませるその少年の名前は月詠(ツキヨミ)。蓮と契約を交わし、人としての本来の名を失った元人間である。月詠を見た蓮は何も言わずにラファエルに指示を出した。蓮の場合一々指令を口に出す必要はないのだ。
蓮と月詠は淡い光が刹を包むのをただただぼんやりと眺めていた。お互いに口を開くような様子はない。声を出してラファエルの集中力を削がないようにと考えてのことなのか、それとも単純にお互いが相手が何かを待っている状態なのか、そんな事はわからないが、とにかく二人ともジッと黙って刹の様子を眺めていた。
ふわり、優しくラファエルが刹の胸元に触れると同時、刹の表情が落ち着いたものへと変わった。それを確認してラファエルは姿を消す。蓮に向けて、軽く頭を下げて。
「よく気づきましたね。僕が中にいると」
「あんな大っぴらに身体を乗っ取ってるとこ見せられればそれはな。……紅零も気づいていると思うぞ」
蓮の指摘に刹は軽く舌を出して笑う。その様子はまるで無邪気な少年のように見えた。まぁ姿が十三、四歳ほどの少年の姿をしているのがそう見えてしまう原因なのだろう。呆れたようにため息を吐く蓮の顔を覗き込んで、今度はにんまりと引き裂くような笑みを月詠は浮かべた。
その瞳には何処か面白がるような、そんなものが込められている。相変わらずのようだ、なんて少年の変わらぬ様子に安心しながらも蓮はその少年を真っ直ぐと見かえしてやる。少しだけ驚いたようにした後、少年はからかうような笑みへと表情を変える。
まったく、お前は百面相か、そう言いたくなるのを堪えて、蓮は月詠が何かを言うのを待っている。
「ようやと行動開始で?」
「ああ。必要なものは揃うからな」
「炎、風を担当する鍵がまだ見えてないようですが?」
ふわり、着物の袖を翻し、ベッドの端に腰掛けた月詠は足を組んで蓮に問う。その表情は何処か楽しげであった。
36
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2013/01/03(木) 23:58:46 HOST:i118-20-98-64.s04.a001.ap.plala.or.jp
蓮は静かに笑う。それを見た刹はまるで訝しむかのような表情で、蓮を見た。そんなこと気にも留めずに蓮は言葉を紡ぎ始める。先ほどまでの蓮から考えればやけに饒舌で、流れていくように。
「アイツの力も弱まっているのさ。今は見えずとも近いうちに必ず姿を現す。特に風は、な。どちらにせよ、だ。正しい形へと戻ってくれただけで大きな収穫だと思わないか?」
「思いませんね。問題は結果なんですよ。結果が出なけりゃ全て無駄だ」
言うじゃないか、そう呟いて蓮は笑みを消した。しかしその瞳は何処か懐かしむようなもので……。月詠との会話を楽しんでいるようだった。月詠はため息を吐いて天井を見上げる。黒く塗りつぶされた天井は何の面白みもなくそこにあった。
天井を見上げたまま黙り込んだ月詠から視線を外し、蓮は椅子に腰を下ろす。机には読みかけの本が置いてあった。ある学園を舞台とした短い物語である。それに視線を落とした蓮は、顔を月詠に向けることないままに問う。
「結局、だ。お前は終わりを望んでいるのか?」
「さぁ? どうなんでしょうね。どちらにせよ僕は蓮に従うほかないのでしょう? そういう契約だ」
「いや。今はまだ好きにしていてくれて構わないぞ。必要になったら存分にこき使ってやるさ。それとも、だ。戻ってきたくなったか?」
蓮の言葉にまさか、と月詠は笑った。蓮も本のページを捲りながら薄く笑う。
穏やかな時間を堪能するのは悪くない、そう考えて蓮は意味もなく頷いた。それが月詠には何か肯定のようなものにも感じる。どちらにせよ、月詠もただの人間だったころを思い出して楽しげに会話を楽しんでいた。
横目で時計を見ると、時刻は十八時。外は薄暗く静寂に包まれ始めている。
「今はまだ“彼”の中にいて彼の力になっていることにしますよ。僕自身彼が気に入っていますし、何より、貴方のもとより居心地がいい」
「そうか。でもまぁ、あまり身体を乗っ取るのは止めておけよ。壊れられると困る」
「御意」
会話を止めて、月詠は軽く頭を下げた。その身体が静かに光へと形を変えて、刹の中に消えていく。瞬間、刹が僅かに身動ぎをした。月詠が消えたことで話し相手が消えた蓮は、本に意識を集中したために気づかなかったが。
ペラペラと本を捲る音が部屋に響く。本を読む蓮の表情は月詠がいたときに比べ、暗く、真剣なものだった。今ここに月詠がいたらうんとからかわれるかもしれない、そんな事を考えながらも、蓮は眉一つ動かさず本を読み進めていく。
ふと、刹がその目を開いた。何も言わずに腕を自分の目の前に持ってくると、僅かに顔を顰め、その視線を天井へと移す。思考は一瞬であー、今何時だろうから、ここは何処だろうに変化。しばらく天井を見つめた刹は、勢いよく起き上がる。
「何処、ここ!?」
叫ぶような刹の声に、蓮が振り返る。それを見て刹は余計に混乱したようだった。
やれやれ、と蓮はため息を吐いて、刹のそばに寄る。異常な速さで警戒態勢に入る刹に思わず苦笑いを浮べながら。ある程度近づいたところで足を止めて、刹を見下ろす。お互いなんだか睨みあっけいるような状態だが本人達にそんなつもりはなかった。
「まぁ、目が覚めたようでよかったよ。一週間近く気を失ってたぞ。ここは俺の部屋。ほんとならお前の部屋に運んでやった方がよかったんだろうが、場所が分からなかったからな」
「そうなんですか。どうもご迷惑をおかけしました」
蓮の言葉を聞いて、刹は納得したとでも言うように頷いて見せた。そして、ベッドから出て立ち上がろうとしたところで顔を顰める。身体の感覚が可笑しいのだ。座っているだけで身体が左に傾いているように感じる。立ち上がろうとすれば余計。
そして極め付けに眩暈。短く呻き声をあげて刹はその額に手を当てる。その様子を蓮は黙ってみていた。手を貸そうともせずに、ただただ刹が再びベッドに沈むのを眺めている。幾分か戸惑ったようにしながら刹は何度も起き上がろうとする。
でも、もう立ち上がることすら満足にできなかったようだ。うむ、と蓮は呟いて小さく頷いた。
「能力的損傷、消耗が大きかったのだろう。身体が無意識にストッパーをかけているだけで、回復すればなんともなくなるさ。なに、損傷のせいで消耗が増えるのはよくあることさ」
そう言って、蓮は無言で刹に掛け布団をかけてやる。もう少しゆっくり休めと言うことなのだろう。刹の方はやや不安そうな表情をしていた。風雅のことが心配なのである。湊の状態がわかれば多少は安心できたのかもしれない、そんな風に考えて刹はため息を吐く。
37
:
匿名希望
:2013/01/04(金) 00:37:05 HOST:zaq31fa4b53.zaq.ne.jp
貴方の小説面白いですね。
38
:
匿名希望
:2013/01/04(金) 01:53:23 HOST:zaq31fa4b53.zaq.ne.jp
これからも面白い話聞かせて下さい。
私も頑張ります。
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