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避難所用SS投下スレ11冊目

1名無しさん:2014/02/18(火) 02:41:49 ID:0ZzKXktk
このスレは
・ゼロ魔キャラが逆召喚される等、微妙に本スレの趣旨と外れてしまう場合。
・エロゲ原作とかエログロだったりする為に本スレに投下しづらい
などの場合に、SSや小ネタを投下する為の掲示板です。

なお、規制で本スレに書き込めない場合は以下に投下してください

【代理用】投下スレ【練習用】6
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1279437349/

【前スレ】
避難所用SS投下スレ10冊目
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/9616/1288025939/
避難所用SS投下スレ9冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1242311197/
避難所用SS投下スレ8冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1223714491/
避難所用SS投下スレ7冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1212839699/
避難所用SS投下スレ6冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1205553774/
避難所用SS投下スレ5冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1196722042/
避難所用SS投下スレ4冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1192896674/
避難所用SS投下スレ3冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1190024934/
避難所用SS投下スレ2冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1186423993/
避難所用SS投下スレ
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1184432868/

780ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:15:09 ID:WZ82hnBc
 そうなれば善は急げ、再び足に霊力を溜めようとしたハクレイであったが…―――そこへ思わぬ妨害が入った。
 妨害は地上で何事かと訝しんでいた客でも、ましてや先ほどまで彼女がいた共同住宅の屋上からではない。
 今の彼女が立っている場所、ちょうど建物の二階にある窓を開けた中年男からの怒声であった。
「あぁオイコラァッ!てめぇ、ウチん店の看板を踏んでなにしてやがる!」
「…え!?…わ、わわッ!」
 突然背後から浴びせられた怒鳴り声にハクレイは身を竦ませると同時にその場で倒れそうになってしまう。
 元から人が立つには不自由な場所だった故なのだが、それでも辛うじて転倒することだけは阻止できた。
 倒れそうになった直前で、辛うじて掴めたロープを頼りに立ち上がると慌てて後ろを振り返る。
 そこには案の定、店の人間であろう男が開けた窓から上半身を乗り出しながら自分を睨み付けていた。

「テメェ!そこはウチの看板だぞ!さっさとそこから降りやがれ、潰れちまうだろうが!?」
「い、いや…ごめんなさい。でも、すぐにどくつもりで…あ!」
 上半身と一緒に出している左腕をブンブンと空中で振り回しながら怒鳴る男の形相には鬼気迫るモノがあった。
 怒りっぷりからして恐らくは店長なのだろう、そう察してすぐに謝ろうとしたハクレイはハッとした表情を浮かべる。
 そしてまたもや慌てながらもう一度振り返ると、通りを歩いていた人々が後ろからの怒声に何だ何だと視線を向けていた。
 酒場へ行くであろう平民の労働者や若い下級貴族に、いかにも水商売をやっていますといいたげな恰好をした女たち。
 そして案の定『あの娘』も振り返ってこちらを見つめていた、金貨入りのサイドパックを大事に抱えたあの少女が。

 自分の魔法で蹴散らしたと思っていた女の人がすぐ近くにまで来ている事に気づき、目を見開いて凝視している。
 気のせいだろうか、ハクレイの目にはその瞳にある種の感情が宿っているように見えた。
 距離がありすぎてそれが何なのかは分からなかったが、少なくとも好意的な感情ではないだろう。
 そう思ってしまう程、少女の見開いた瞳が自分に向けて刺々しい視線を向けていた。 

 少女とハクレイ。暫しの間互いの瞳を数秒ほど見つめ合った後、先に体が動いたのは少女の方であった。
「―――…ッ!」 
 口を開けて何かを叫んだ少女は急いで踵を返し、全力で走り出したのである。
 近くにいた通行人の何人かが突然走り出した少女へと思わず視線を向けてしまうが、止めようとはしなかった。
「あ……――ま、待って…待ちなさいッ!」
 少女が走り出した事で同じく我に返ったハクレイは、左足で勢いよく看板を蹴り付ける。
 貯めてはいたものの、練りきれなかった霊力が彼女の足にジャンプ力と破壊力を与えてしまう。
 結果、薄い材木で造られた看板は彼女の刺々しい霊力に耐えきれる筈もなく…窓から身を乗り出していた店主の目の前で、惨事は起こった。

「お、オレが五年間溜めたお金でデザインしてもらった店の看板がぁああぁぁああああぁぁ!!」 
 程々に厚い木の板が割れるド派手で乾いた音が周囲に響き渡ると同時に、男の悲痛な叫び声が混じった。
 呆気なく砕け散った五年分の売り上げが注がれた看板゙だっだ木片は、バラバラと地上へと落ちていく。
 何が起こったのかイマイチ分からない入口の客たちももこれには流石に慌てて店の周りから一斉に逃げ出してしまう。
 周りにいた通行人たちは派手に割れた看板へと注目してしまうが、それを踏み台にしたハクレイにはより多くの視線が注がれていた。
 その場にいた大半の者たちは皆頭上を仰ぎ見ていた、地上よりほんの少し上まで上がってしまったのである。

781ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:17:08 ID:WZ82hnBc
「うわ…ヤバ!跳びすぎちゃったかしら?」
 そう、あの看板を思わず踏み砕いてしまうほどの力で跳んだ彼女は、看板の上から五メイル程まで跳んでしまっていた。
 逃げる少女を見て、咄嗟に霊力を調節せずに跳んでしまった事がこうなってしまった原因かもしれいな。
 でなければやや垂直ながらもここまで高くは跳べなかっただろうし、蹴り付ける際に看板まで壊してしまう事はなかっただろうから。
 咄嗟にやってしまった事とはいえ、人が大切にしていたモノを壊してしまった事に彼女は妙な罪悪感を抱いてしまう。
「流石にあれは弁償しないとダメよね?…とにかく、この状態から早くあの娘を捕まえないと」
 しかし、だからといって今はそれに浸り続ける事は許されず、彼女は急いで通りの方へと視線を向ける。

 幸い必死に走る少女の姿はすぐに確認する事が出来、先程よりも更に人通りが少なくなった通りを全力疾走していた。
 後方では足を止めて自分を見上げている人が多かったが、少女がいる場所は何が起こったのかまだ知らないのだろう。
 それと同時に、十メイル以上まで跳んだハクレイの体はそこから三メイル程上がった所で一旦止まり、そこから一気に地上へと落ち始める。
 すぐさま視線を地上へと向ける。幸いにも自分の事を上空で見守ってくれていた人々は彼女が落ちてくると瞬時に察してくれたのだろう。
 丁度自分が落ちるであろう場所にいた人々が急いでそこからどく事で空きスペースという名の着地地点ができる。
 
 人々がそこから下がってすぐに、十メイル以上もジャンプしたハクレイは地上へと戻ってこれた。
 ブーツに纏っていたやや過剰気味な霊力のおかげで怪我をすることも無く、硬いブーツと地面がぶつかりあう音が周囲に響き渡る。
 それでも完全に相殺する事はできなかったのか、ブーツを通して彼女の足に痺れるような痛覚がブワ…ッと足の指から伝わってくる。
「……ッ痛ゥ!流石に十メイルは無理があったかしらぁ…?」
 痛む右足へと一瞬だけ視線を向けた後、すぐさま少女を捕まえる為の準備を始めた。
 先ほど看板を蹴った時の様な間違いは許されない、下手をすればあの少女を傷つけかねないからだ。

 慎重かつできるだけ素早く霊力を練っていくハクレイは、先ほど上空からみた光景を思い出す。
 少女との距離は十メイル以上は無く、周りにも巻き添えになってしまうような人はあまりいなかった。
 それならばここから直接跳んで、上から抱きかかえるようにして捕まえる事も可能かもしれない。
 捕まえた後は自分が怪我をしても良いので何とか受け身を取って、まずは財布を取り返す。
 その後はまだ曖昧であったものの、ひとまずはこんな事を二度としないように説得しようと考えていた。
 誰かに大人のエゴだとしても、例えメイジであったとしてもニナと同い年の子供が犯罪に手を染めてはいけないのだから。

(待ってなさい、今すぐそっちへ行くわよ)
 心の中で呟き、改めて捕まえて見せると決意した彼女は霊力の調節を終えた右足で地面を勢いよく蹴る。
 それと同時に彼女の体は宙へ浮いたかと思うと、そのまま一気に少女がいるであろう方向へ跳びかかった。 
 得体の知れぬ自分を助けてくれたカトレアの意思を尊重し、そして彼女が渡してくれたお金を取り戻すために。
 

 しかし、この時彼女は『ミス』をしていた。至極単純で、確認すべき大事な事を忘れていたのである。
 それさえやっていれば恐らくあんな事故は起こらなかったであろうし、少女を捕まえて無事お金も取り戻せていたに違いない。
 この時は早く捕まえなければという焦燥を抱いてしまったが故に、慌てて跳びかかってしまったのである。
 だが…正直に言えば、誰であろうとまさかこんな事故が起こる等と思っても見なかったであろう。
 
 何せ、偶然にも少女は自分と同じように財布を盗って追われていた兄と遭遇し、
 ついでその兄も、服装こそまともだが空を飛んで追ってくるという霊夢の姿を目にしたうえで、
 その霊夢が杖の様な棒で兄の頭を叩こうとしたが故に、押し倒すようにして二人揃ってその場で倒れた瞬間…。
 丁度跳びかかってきたハクレイと霊夢が仲良く空中衝突したのだから。

782ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:19:17 ID:WZ82hnBc
 霊夢も霊夢で兄を追いかけるのに夢中になって反応が遅れてしまったことで、事故は起こってしまったのである。
 結果的に、仲良くぶつかった二人はそれぞれ明後日の方角へと墜落してしまう羽目となった。
 無論双方共にかなりのスピードでぶつかったのだ、当然の様に気を失って、互いに追っていた者達を見失ってしまう。
 
 運勢は正に神の気まぐれとしか言いようの無い程の変則ぶりを見せてくれる。
 幸運続きかと思えば突然不幸のどん底に落ちたり、不幸の連続から急な幸運に恵まれる事もあるのだ。
 そして今回、この追いかけっこで勝利を制したのは小さな小さな兄妹。
 彼らは無事(?)に、自分たちを追いかけてくる鬼を撒いて暫くは幸せに暮らせるだけのお金を手に入れたのだから。




 ざぁ…ざぁ…!ざぁ…ざぁ…!という木々のざわめく音が頭の中で木霊する。
 まるで大自然から起きろとがなり立てられている様な気がした霊夢は、嫌々ながらに目を覚ました。
 渋々といった感じに瞼を上げて、妙な違和感が残る目を袖でゴシゴシとこすった後、ほんの少しの間ボーっと寝転がり続ける。
 それから十秒、二十秒と経つうちに自分が今どこで寝転がっているのか気づき、ムクリと上半身を起こして一言…

「――――――…ん、んぅ…?何処よ、ここ?」

 頭の中で想像していたものとはまったく違っていた辺りの風景に、彼女は目を丸くして呟く。
 予期しきれなかった思わぬ衝突で気を失った彼女が目を覚ました場所は、何故か闇に覆われた針葉樹の中であった。
 流石の霊夢も目を覚ませば王都で倒れていただろうと思っていただけに、思わぬ展開に面喰っている。
 それでも博麗の巫女としての性だろうか、何とか冷静さを取り戻そうとひとまず周囲の様子を確認しようとしていた。
「えーと、確か私は何故か街にいた巫女モドキと空中でぶつかって…それで気絶、したのよね?」
 気絶する直前の事を口に出して確認しながらも、彼女は周囲を見回してここがどこなのか知ろうとする。

 やや高低差のきつい地形と、そこを埋めるようにしてそびえたつ細身の巨人の様な樹齢に何百年も経つであろう樹木たち。
 辺りが暗すぎる為にここが何処かだか詳しく分からなかったが、これまでの経験から少なくとも山中であろう事は理解できる。
 それに闇夜の中でも薄らと分かる地形からして、少なくとも人の手がそれ程入ってないであろう事は何となく分かった。
「まさか、ぶつかったショックで意識を無くしたまま飛んでって山奥まで…って事はないわよね?」
 そうだとしたら自分が夢遊病だというレベルを疑う程の事を呟きながら、彼女はゆっくりと立ち上がる。
 遥か頭上の闇夜で揺れる針葉たちの擦れる音は、不思議と耳にする者の心に妙なざわめきを生んでしまうものだ。
 風で絶え間なく揺れ続け、喧しい音を立てる葉っぱは人をじわりじわりと追い詰めていく。
 止むことを知らないざわめきはいつしか、それを聞く者に対しているはずの無い存在を想起させる一因と化す。

 今こうして木々がざわめいているのは、天狗や狐狸の悪戯だと考えてしまい冷静な判断ができなくなってしまうのである。
 実際には単なる風で揺れているのだとしても、焦燥と見えない恐怖でそうとしか考えられなくなってしまう。
(まぁ外の世界ならともかく、幻想郷だと本当に狐狸や天狗の悪戯だったりするけど…)
 彼女自身何度も経験したことのある妖怪たちの悪戯を思い出しつつ、ひとまずここがどこなのか探り続ける。
 妖怪退治を生業とする彼女にとって闇夜など毛ほどに怖くもない。むしろそこに妖怪が潜んでいるのなら退治にしにいくほどだ。
 だからこそまともに視界が効かぬ中、ひっきりなしに木々のざわめきが聞こえていても動じる事などしていないのである。

783ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:21:07 ID:WZ82hnBc
 とはいえ、このまま気の赴くまま動いてしまっては迷ってしまうのは必須であろう。
 足元もしっかりと見回しつつ、霊夢は何か目印になるようなものがないか闇の中をじっと睨みつけていた。
 まるで闇の中に潜んでいる不可視の怪物と対峙するかのようにじっと凝視しながら、あたりを見回していく。
 しかし、彼女の赤みがかった黒い瞳に映るのは闇の中に佇む針葉樹や凸凹の山道だけである。
 何処なのかも知れぬ山中で立ち往生となった霊夢は一瞬だけ困った様な表情を浮かべたものの、すぐにその顔が頭上を見上げる。
 まるで空を突き刺さんばかりに伸びる針葉樹の隙間からは、森の中よりもやや薄い夜空が広がっている。
 幸いにも彼女が空へ上がるには十分な隙間は幾つもあり、ここよりかは幾分マシなのには違いない。
「んぅ〜…面倒くさいけど、誰かが待ち伏せしてるって気配は無いし…しゃーない、飛びますか!」
 寝起きという事もあってか気だるげであった霊夢は仕方ないと言いたげなため息をつくと、その場で軽く地面を蹴りあげた。
 するとどうだろう。彼女の体はそのまま宙へと浮きあがり、ふわふわ…という感じで上空目指して飛び上がっていく。
 
 そして三十秒も経たぬうちに、空を飛ぶ霊夢は無事濃ゆい闇が支配する森の中から脱出する事が出来た。
 地上と比べて風の強い空へ浮かんでいる彼女は、容赦なく肌を撫でていく冷たい風に思わずその身を震わせる。
「ふぅ〜…やっばり夏とはいえ、こう風がキツイと肌寒い…ってあれ?」
 針葉樹の枝を揺らす程の強い風におもわずブラウス越しの肩を撫でようとした霊夢は、ある違和感に気づく。
 感触がおかしい。ルイズに買ってもらったブラウスの感触にしては妙に生々しかったのである。
 思わず自分の両肩へと視線を向けた直後、霊夢は今の自分がルイズから貰った服を身に着けていない事に気が付く。
 無論、一糸纏わぬ生まれたまま…ではない。今の彼女が身に着けている服、それはいつもの巫女服であった。
 紅白の上下に服と別離した白い袖、後頭部の赤いリボンと髪飾り。そしていつもの履きなれた茶色のローファー。

 いつもの着なれた巫女服を身に纏っていたという事実に今更になって気が付いた彼女は、目を丸くして驚いている。
 何せついさっきまで大分前にルイズが買ってくれた洋服一式を着ていたというのだ、おかしいと思わない筈がない。
「…ホントにどういう事なの?だって私は気絶する直前まで……う〜ん?」
 流石の彼女も理解が追いつかず、思わず頭を抱えそうになったとき―――ふと、ある考えが頭の中を過った。
 こうして落着ける場所まで来て、良く良く考えてみればこの意味不明の状況を全てそれに押し付ける事ができる。


「――――まさか…ここは夢の中ってオチじゃないわよね?」
 首を傾げた霊夢は一人呟いた後で、ここでは自分の疑問に付き合ってくれる者がいない事にも気が付いた。
 あの巫女もどきとぶつかった後、呆気なく気を失ってしまったのは理解していたので、きっと現実の自分は今も意識を失っているのだろう。
 それならば今自分が体験している出来事は、全て自分の夢の中という事で納得がいく。
 闇夜の森の中で目を覚ましたのも、いつの間にか巫女服になっていたのも全て夢だというのなら説明する必要もない。
「な〜んだ、それなら慌てる必要も無かったじゃないの。馬鹿馬鹿しい」
 ひとまず今の自分が夢を見ているという事で納得した霊夢は、安堵の色が混じる溜め息をつきながら空中で仰向けになった。

 空を飛ぶことに長けた霊夢らしい特技の一つであり、何かしらする事がなければ幻想郷でもこうして寝転がる事が多い。
 今が日中で快晴ならば風で流れゆく雲を間近で見れるのだが、当然ながら今は夜である。
 しかも月すら雲で隠れているせいで、眺めて見れれるものは闇夜だけと言う情緒もへったくれもない天気。
 だが今の霊夢は綺麗な夜空は見たかったワケではなく、今の自分が夢を見ているだけという事に安心しているのだ。

784ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:23:11 ID:WZ82hnBc
「最初は何処ここ?とか思ってたけど、夢ならまぁ…特にそれを考える必要はないわねぇ」
 上空よりも暗い闇に包まれた地上に背を向けながら、彼女は気楽そうに言った。
 ここが夢の中ならば何もしなくても目を覚ますだろうし、変に動き回れば夢がおかしくなって悪夢に変わる事もある。
 だからこうして空中で横になって、そのまま夢が覚めるまで目でもつぶって見ようかな?…と思った所で、
 
「……そういえば、私とルイズたちの財布を盗んでいったあのガキはどうしてるのかしら?」
 ふと、自分が気を失って夢を見る原因の一つとなったあのメイジの少年の事を思い出した。
 ルイズと魔理沙は魔法で吹き飛ばれさていたし、自分はあの巫女モドキとぶつかってしまっている。
 となれば誰もあの少年を追う事などできず、アイツはまんまと三千エキュー以上の大金を盗まれてしまったことになる。
 そんな事を想像してしまうとついつい悔しくなってしまい、その気持ちが表情となって顔に浮かんでしまう。
 まぁここなら誰にも見られることは無いのだが、それでも悔しい事に代わりは無い。
 あの時、もっと前方に警戒していれば何故かは知らないが自分に突っ込んできた巫女モドキもよけられた筈なのだから。
 
「うむむ…まぁ所詮は過ぎた事だし、どんな言い訳しても結局は負け犬の遠吠えね」
 心の内に留めきれない程の悔しさを説得するかのような独り言をぼやきながら、それでも霊夢は未だあのお金を諦めきれないでいた。
 あれだけの大金があるならばまともな宿にだって長期宿泊できたし、何より美味しい食べ物やお酒にもありつけた筈なのだから。
 それをまんまと盗んでいったあの子供は、今頃自分たちの事を嘲笑いながら豪遊している事だろう。
 街で買ってきた安物ワインとお惣菜で乾杯し、実在していた自分の妹へ今日の追いかけっこをさも自分の武勇伝として語っているに違いない。
 無論、それは霊夢の勝手な妄想であったのだが、考えれば考える程彼女の苛立ちは余計に溜まっていった。
「……何か考えただけでもムカついてきたわね?私としても、このままやられっ放しってのも癪に障るし…」
 そう言いながら空中で仰向けに寝ころばせていた上半身を起こした後、グッと左手で握り拳を作る。

 お金の事を考えていると、ついついあの少年が自分に向かってほくそ笑んでいると思ったからであった
 さらに言えば、霊夢自身このまま世の中舐めきったあの子供に黒星を付けられている事も気に入らなかったのである。 
「まず夢から覚めたら捜索ね。あのガキをとっ捕まえてからお金を取り返して、余の中そうそう甘くないって事を教えてやらなくちゃ」
 器用にも夢の中で夢から覚めた後の事を考える彼女の脳内からは、アンリエッタから依頼された仕事の事は一時的に忘れ去られていた。

「ん?…何かしら、あのひ―――って、キャア!」
 そんな風にして、やや私怨臭い決意を空中で誓って見せた彼女であったが…、
 突如として視界の隅で眩い閃光のような光が瞬いたかと思った瞬間―――耳をつんざく程の爆発音で大いに驚いてしまった。
 ビックリし過ぎたあまり、そのまま落ちてしまうかと思ったが何とかそれを回避した彼女は、音が聞こえた方へと視線を向ける。
「…ちょっと、いくら何でも夢だからって過激すぎやしないかしら?」
 爆発音の聞こえてきた方向を見た彼女は一言、ジト目で眺めながら一人呟いた。
 それは丁度彼女がいま立っている場所から前方五十メイル程であろうか、針葉樹から爆炎の柱が小さく立ち上っている。
 爆炎に伴い周囲の光景が暴力的な灯りにより照らされ、火柱よりも高い針葉樹が不気味にライトアップされていた。

「一体何のかしら?あの派手な爆発音からして何かよろしくないものが爆発したような雰囲気だったけど…」
 すぐさま空中での姿勢を元に戻した霊夢は、乱暴な焚火がある場所へと目を向けて分析しようとする。
 火の手が立ち上っているという事は人が係わっている可能性は高いが、それにしては勢いが強すぎだ。
 恐らく何かしらの事情があってあんな火柱とは呼べないレベルのものができたのだろうが、きっと余程の事があったに違いない。
「――むぅ…ここは夢の中だと思うんだけれど、何でかしら?体が言うとこを聞かない様な…」
 博麗の巫女としての性なのだろう、何かしら異常事態を目にしてしまうとつい無性に気になってしまうのだ。
 例えこれが夢の中だとしても、面倒くさいと思ってしまっても、それでも気にせず現場へ赴きたくなってしまう。

「…うぅ〜!どうせ夢の中だから何もないだろうけど…まぁ念の為を考慮して…行ってみようかしら?」

785ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:25:42 ID:WZ82hnBc

 地上であるならば、灯りひとつない山道を歩くだけでも相当な時間を要する。
 それに対し、霊夢の様にスーッと空から飛んでいく事が出来れば時間も然程かかることは無い。
 距離にもよるが、今回の場合ならばたったの二、三分程度ヒューッと飛んで行けばすぐにでも辿り着く程度だ。
 
「…!あれは?」
 火が立ち上っている場所のすぐ近くまで飛んできた彼女は、眼下で何かが盛大に燃えているのを知った。
 全体的なシルエットはやや四角形っぽいものの、その四隅には車輪が取り付けられている。
 それが山中の少し開けた場所で盛大に横転しており、ついで勢いよく燃え盛っていたのである
 一瞬馬車の類なのかと思ったものの、それを引いていたであろう馬は見当たらない。
 逃げてしまったのか、それとも馬車みたいな何かを襲った存在の喰われてしまったのか…
 そこまでは彼女の知るところではなかったし、今の彼女には別に考えるべき事があった。
 夢の中の出来事とはいえ、こんな光景を目にしてしまっては無視したり見なかったことにするのは彼女的に難しかった。
 それにもしかすると、まさかとは思うが…これが夢ではなく現実に起こっている事なのだとすれば、
   
 そこまで考えた所で、霊夢は面倒くさそうなため息を盛大についてみせた。
 結局のところ、夢の中だとしても自分は博麗の巫女なのだという現実を改めて思い知った彼女なのである。
「夢の中とはいえ…流石に見過ごすのは良くないわよ…ねぇ?」
 一人呟いた彼女はやれやれと肩を竦めながら、そのままゆっくりと燃え盛る馬車モドキの傍へと降り立つ。
 着地まで後数メートルという所から馬車モドキを燃やす炎の熱気は凄まじくなり、彼女の肌に汗が薄らと滲み出てくる。
 服で隠れている肌にもはっきりと伝わってくる熱気が、目の前で燃え盛ってる炎がどれだけ凄まじいモノなのかを証明している。

「うっ…これはひどいわ。中に人がいたとしても、これじゃあ流石に…」
 顔に掛かる熱気を服と別離している左腕の袖で塞ぎながら、彼女は周囲に何か落ちていないか見回してみる。 
 もしもこの馬車モドキに人が乗っていたとするならば、何かしら証拠の一つはある筈だ。
 そう思って辺りを見回してみたのだが、周囲の地面には何も散らばっておらず、粘土交じりの土だけしか見えない。
「まぁ特に期待はしてないけど…それにしたって、誰がこんな事をしでかしてくれたのかしら?」
 彼女自身それ程真面目に探していなかった為、今度は馬車モドキを燃やしたであろう犯人を捜し始める。
 どういう方法でここまで燃やしたかは知らないが、少なくとも生半可なやり方ではここまでの惨事にはならなかっただろう。
 
 先ほどと同じように周囲と頭上へ視線を向けて探ってみるが、当然の様に怪しい者や人影は見つからない。
 まぁこれも予測の範囲内であった霊夢は一息ついた後、目を閉じて周囲の気配を探るのに集中し始める。
 相手が何であれ、まだ近くにいるというのなら何かしらの気配を感じられる筈である。
 それは霊夢が本来持つ勘の良さから来るモノなのか、それとも先天的なハクレイの巫女としての才能の一つなのかまでは分からない。
 だが、異変以外の妖怪退治の仕事があった際にはこの能力を使って、隠れていたり物や人に化けた妖怪を見破ってきた。
 今回もまた、何処かで馬車モドキが燃えているのを眺めているであろう『何か』を探ろうとした彼女であったが、
 意外にも早く、というか呆気ない位に…馬車モドキをここまで酷い状態にしたであろう『モノ達』を見つけたのである。

「………ん?―――――!これって…もしかして妖怪?」
 彼女は今立っている方向、十一時の方向に良くない気配―――少なくとも人ではないモノを感じ取った。
 気配の先にあるのはモノへと続く鬱蒼とした茂みであり、時折ガサゴソと揺れている。
 気配と共に滲み出ている霊力の質と量からして、相手が下級程度の妖怪だと判断する。
(夢の中とはいえ、まさか久しぶりに妖怪と戦うだなんて…働き過ぎなのかしら?)
 そんな事を考えながら彼女は目を開けると、気配を感じ取った方向へと視線を向けつつスッと懐へ手を伸ばす。
 懐へ忍ばした右手が暫く服の中を物色した後、目当てのモノを掴んでそれを取り出した。

786ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:30:21 ID:WZ82hnBc
 彼女が取り出したモノ―――それは霊夢直筆のありがたい祝詞がびっしりと書かれたお札数枚であった。
 右手が掴んできたお札をチラリと一瞥した霊夢はホッと一息ついた後、左手に持ち替えて軽く身構えて見せる。
 
「てっきり夢の中だから無かったと思ってわ、…まぁ無くても何とかなりそうだけどね」
 経験上今感じ取れてる霊力の持ち主程度ならば、そこら辺の木の棒ではたいたり直に触れるだけでいい相手だ。
 御幣程とまではいかないがただの棒きれでも霊力は伝わるし、直接タッチできれば直に霊力を送り込んで痛めつけられる。
 とはいえ、お札があると無いとでは安心感が違う。遠くから攻撃できるのであればそれに越したことは無い。
 お札を左手に持ち、戦闘態勢を整えた霊夢は先手必勝と言わんばかりにお札を一枚、茂みへと放った。
 彼女の霊力が入ったお札は、一枚の紙切れから霊力を纏った妖怪退治の道具へと変わり、一直線に突っ込んでいく。

 このまま真っ直ぐ行けば、茂みの中に隠れているであろうモノは霊夢からの先制攻撃を喰らう事になる。
 そうなれば、妖怪を殺す為だけに作られたと言えるお札の力で、呆気なく倒されてしまうだろう。
 投げた霊夢自身もすぐに片が付くと思っていた。何だかんだ言っても、やはり戦いは手短に済ませた方が良い。
 しかし…予想にも反して相手は寸でのところで茂みから飛び出し、彼女の一撃をギリギリで避けたのである。
 彼女がこれまでの妖怪退治で聞いたことの無いような、鳴き声とは思えぬ奇声を発しながら。
「オチャカナ!オチャカナ!」
「…!」
 まさか、あの距離で攻撃を避けられるとは思っていなかった霊夢は思わずその目を丸くしてしまう。
 そしてすぐに、飛び出してきたモノの姿を燃え盛る火で目にし、奇声を耳にして相手が人語を解す存在だと理解する。

 茂みから飛び出してきた妖怪は、全身が黒い毛皮に身を包んだ猿…とでも言えばよいのだろうか。
 全体的な姿は幻想郷でも良く目にするニホンザルと似ているものの体格は一回り大きく、そして毛深い。
 手足の指は五本。しかしそれが猿のものかと言われれば妙に違和感があり、どちらかと言えば人間のものに近い。
 何よりも特徴なのは、ソイツの顔はどう見ても猿ではなく、人間…しかも、乳幼児程度だという事だろう。
 まだ生まれて一年も経っていない、乳飲み子の様なふっくらとした優しげな顔。
 しかし、人外としか言いようの無い毛深く大きな猿の体にはあまりにも不釣り合いな顔である。
 そんなアンバランスな、しかし見る者を確実に恐怖させる姿は正に妖怪の鑑といっても良い。
 最も、妖怪は妖怪でも紫やレミリアと比べれば遥か格下の低級妖怪…としてだが。

 茂みから姿を現したソイツの姿を目にした後、霊夢はやれやれと言いたげな様子でため息をつく。
 あの馬車モドキを炎上しているから、てっきり下級は下級でも一癖も二癖もある様なヤツかと思っていたが、
 何でことは無い、大方長生きし過ぎた猿がうっかり妖怪化してしまった程度の存在だったのだ。
「何が出てくるかと思いきや、まさか妖獣の類だなんてハッタリも良いところね」
 そんな軽口を叩きつつも、少し離れた場所でダラダラと両手を振ってこちらを凝視する妖獣相手に身構える。
 相手が妖怪としては大したことはないにせよ、相手が妖怪ならば退治するに越したことは無い。
 幸い人語は解するにしてもこちらと会話できる程の知能を持ち合わせているようには見えなかった。
 
「夢の中とはいえ、妖怪退治をする羽目になるとはね…」
 そんな事を呟きながらも、いざ目の前の猿モドキへ向けて再度お札を投げようとした――――その時である。
 妖獣が出てきた茂みの方、先ほどのお札が通り過ぎて行った場所から再び奇怪な鳴き声が聞こえてきた。
 しかもそれは一つではなく、明らかに数匹が纏まって鳴いているかのような、耳に来る程の声量である。
 一体なんだと霊夢が攻撃の手を止めた瞬間、あの茂みの中から似たような個体が二、三匹飛び出してきた。
 顔立ちや毛並みに僅かな違いがあるが、全体的な特徴としては最初に出てきたのと酷似している。
 突然数を増やした妖獣に攻撃の手を止めてしまった霊夢はその顔に嫌悪感を滲ませながら妖獣を見つめていた。

787ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:32:07 ID:WZ82hnBc
「うわ…何よイキナリ?人がこれから退治しようって時にワラワラ出てくるなん……て?……――――ッ!」
 そんな愚痴をぼやきながらも、まぁ出てきたのなら探す手間が省けたと攻撃し直そうとした直前――――感じた。
 先程妖獣たちが出てきた茂みの向こう――墨で塗りつぶされたかのような黒い闇に包まれた森。
 彼女はそこから感じたのである。恐らくこの妖獣たちがここへ来たであろう原因となった、怖ろしい程に『凶暴』な霊力を。
 恐らく妖獣たちに対してであろう殺意と共に流れ出てくるソレを察知している霊夢は、思わずそちらの方へと視線を向ける。
 まだこの霊力の持ち主は姿を見せていないのだが、その気配を霊夢より一足遅く感じ取ったであろう妖獣たちは、皆そちらの方へ体を向けていた。
(…何なのこの霊力の濃度、紫程じゃないにしても…コレって私より…いや、それとはまた別ね)
 一方で、攻撃の手を止め続けている霊夢は感じ取れている霊力とその持ち主が気になって仕方が無かった。
 その霊力はまるで相手の肉を骨ごと噛み砕く狼の牙の様に鋭く、そして生かして返す気は無いと断言しているかのような殺意。
 人外に対する絶対的な殺意をこれでもかと詰め込んだ霊力に、霊夢は知らず知らずの内に一層身構えてしまう。


 そして…霊夢が無意識の内に身構え、妖獣たちが茂みの向こうへと叫び声を上げた瞬間―――『彼女』は現れた。
 霊夢の動体視力でしか捉えられない様な速さで森から飛び出した『彼女』が、一番前にいた妖獣へ殴り掛かる。
 殺意が込もった凶暴な霊力で包まれた右の拳が、赤子そっくりな妖獣の顔を粘土細工の様に潰してしまう。
 一瞬遅れて、炎で照らされた空間に血の華が咲き誇り、それを合図に『彼女』は周りにいる妖獣たちへ襲い掛かった。
 妖獣たちも負けじと叫び、意味の分からぬ人語を喋って『彼女』へ飛びかかり―――そして殴られ、潰されていく。
 分厚い毛皮に包まれた体に大穴が空き、拳と同じく霊力に包まれた左足の鋭い蹴りで手足が吹き飛ぶ。
 正に有無を言わさぬ大虐殺、圧倒的強者による妖怪退治とは正にこの事だ。 

 そんな血祭りを、少し離れた所で眺めていた霊夢は思った。――――どちらが本当の妖怪なのだと。
 『彼女』は確かに人間だ。霊力の質と量からして妖怪ではないのだすぐに分かる。
 しかし、あぁまで残酷かつ野獣のような戦い方をしているのを見ると、どちらが化け物なのか一瞬戸惑ってしまうのだ。

「アイツ、本当に何者なのよ?」
 一人呆然と眺め続ける霊夢は、妖獣を殺していく『彼女』へ向かった懐疑心を込めながら言った。
 最初に会った時は手助けしてくれて、その次は何の恨みがあるのか人様にぶつかってきて…。
 そして今自分の目の前…夢の中で猿の妖獣たちを、まるで獲物に食らいつく野獣の様に引き裂いていく―――あの巫女モドキへと。




 暗く、熱く、そして血に塗れてしまった自分が夢から覚めたと気づいたのはどれぐらいの時間を要したか。
 ついさっきまで夢の中にまでいたかと思って起きた時には、既に霊夢の体は慣れぬベッドの上で横になっていた。
 目を開けて、これまた見慣れぬ天井をボーッと見つめ続けて数分程して、ようやくあの夢が覚めたのだと気が付く。
 首元まですっぽりと覆いかぶさる安物勘が否めないカバーをどけて、霊夢はゆっくりと上半身を起こして自分の体を確認する。
 今身に着けているのは気絶する直前まで来ていた洋服ではなく、その下に巻いていたサラシとドロワーズだけのようだ。
 そして、今自分が妙に安っぽくてそれでいてあまり埃っぽくない部屋の中にいるという事を理解して、一言述べた。

788ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:34:07 ID:WZ82hnBc
「…どこよここ?」
 夢の舞台も妖怪が出てくる変な森の中であったが、起きたら起きたで見た事の無い部屋で寝かされている。
 まぁあのまま街中で気絶したままというのも嫌ではあるが、だからといってこうも見た事の無い場所でいるというのも不安なのだ。
 そんな事を思いながら、部屋を見回していた霊夢はふとその薄暗さに気が付いて窓の方へと視線を移す。
 しっかりと磨かれた窓ガラスから見えるのは、すっかり見慣れてしまったトリステインの首都トリスタニアの街並み。
 今自分がいる部屋の向こう側で窓を開けて欠伸をしている男が見えるので、恐らく二階か三階にいるのだろう。
 
 そこから少し視線を上へ向けると、並び立つ建物の屋根越しに空へ昇ろうとしている太陽が見えた。
 幻想郷でも見られるそれと大差ない太陽の向きからして、恐らく今は夜が明け始めてある程度経っているのだろう。
(そっかぁ〜、つまりは…あれから一夜が経っちゃったて事よね?)
 まんまと自分やルイズたちのお金を盗んでいったあの子供の事を思い浮かべていた、ふと窓から聞き慣れぬ音が聞こえてくるのに気が付く。
 窓ガラス越しに聞こえる街の生活音はまだまだ静かで、しかし陽が昇るにつれどんどん賑やかになろうとしている雰囲気は感じられる。
 通りを掃除する清掃業者と牛乳配達員の若者同士の他愛ない会話に、軒先に水を撒いている音。
 普段人里離れた神社に住む霊夢にとっては、夜明けの街の生活音というのはあまり聞き慣れぬ音であった。
「まぁ、嫌いってワケじゃあないんだけど……ん?」
 そんな事を呟きながら何となく窓のある方とは反対方向へ顔を向けた時、
 出入り口のドアがある方向に置かれた丸いテーブル。その上に、自分がいつも着ている巫女服が置かれているのに気が付いた。
 ご丁寧に御幣まで傍らに置かれているところを見るに、きっと自分をここまで連れてきてくれたのは親切な人間なのだろう。
 しかし疑問が一つだけある、どうして自分の巫女服一式がこんな見知らぬ部屋の中に置かれているのか。
 そして気絶する直前まで着ていた洋服が消えている事に霊夢つい警戒してしまうものの、身を震わせて小さなくしゃみをしてしまう。
 恐らく昨晩は下着姿で過ごしたのだろう、いくら夏とはいえいつも寝巻姿で寝る彼女の体は慣れることができなかったらしい。
(まぁ、別段おかしなところは感じられないし…着ちゃっても大丈夫よね?)
 霊夢はそんな事を思いながらゆっくりと体を動かし、ベッドから降りて巫女服を手に取った。


「うん…良し!あの洋服も悪くは無かったけど、やっぱりこっちの方が安心するわね」
 手早く巫女服に着替え、頭のリボンを結び終えた彼女はトントンとローファーのつま先で床を叩いてみる。
 トントンと軽い音といつもの履き心地にホッとしつつ、最後に御幣を手にした彼女はひとまずどうしようかと思案した。
 御幣はあったもののデルフがこの部屋に無いという事は、恐らく魔理沙はすぐ近くにいないという可能性がある。
 それにルイズの安否もだ。彼女がいなければ幻想郷で起きた異変を解決するのが困難になる。
 最後に目にした時は、無事に藁束に落ちた所であったが、少なくともあれからどうなったのかはまでは分からない。
 もしかしたらこの家?のどこか、別室で寝かされているかもしれない。そんな事を考えながら霊夢は窓から外の景色を眺めていた。
 通りを行き交う人の数は昨夜と比べれば酷く少なく、本当に同じ街なのか疑ってしまう程である。

「とりあえずここの家主…?にお礼でも言った後、ルイズたちを探しに行った方がいいわよね」
 ひとしきり身支度を整え、何となく外の景色を眺めていた彼女がぽつりとつぶやいた直後であった。
 まだドアノブにも触れていないドアから軽いノックの音が聞こえた後、「失礼します」と丁寧な少女の声が聞こえてくる。
 何処かお偉いさんのいる場所で御奉公でもしていたのだろう、何処か言い慣れた雰囲気が感じられた。
(ん、この声って…まさか)
 何処がで聞き覚えのある声だと思った時にはドアノブが回り、ガチャリと音を立てて扉が開かれる。
 ドアを開けて入ってきたのは、霊夢と同じ黒髪のボブカットが特徴の、彼女とほぼ同い年であろう少女であった。
 そして奇遇にも、霊夢と少女は知っていた。互いの名前を。

789ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:36:09 ID:WZ82hnBc

「もしかして、シエスタ?」
「あっ!レイムさん、もう起きてたんですか!」
 ドアを開けて入ってきた彼女の顔を見た霊夢がシエスタの名を呟き、ついでシエスタも彼女の名を呼ぶ。
 いつもの見慣れたメイド服ではなく、そこら辺の町娘が着ているような大人しめの服を着ている。
 
 ドアを開けて入ってきたシエスタは静かにそれを閉めると、既に着替え終えていた霊夢へと話しかけた。
「レイムさん、怪我の方は大丈夫なんですか?ミス・ヴァリエールが言うには頭を打ったとか何かで…」
「え?…あぁ、それはもう大丈夫だけど、ここは…」
 シエスタが話してくれた内容でひとまずルイズかいるのを確認しつつ、ここがどこなのかを聞いてみる。゛
「ここですか?ここは『魅惑の妖精亭』の二階にある寝泊まり用のスペースですよ」
「魅惑の、妖精………あぁ、あのオカマの…」
 彼女が口にした店の名前で、霊夢は寝起き早々にシエスタの叔父にあたるこの店の店主、スカロンの事を思い出してしまった。
 以前、魔理沙が街中でシエスタを助けた時にこの店を訪れた時に出会って以来、記憶の片隅にあの男の姿が染み付いてしまっている。
 その気持ちが顔に出てしまっていたのか、再び窓の方へ視線を向けた霊夢に苦笑いしつつ、
「はは…まぁでも、あんな見た…―変わってても性格は本当に良い人なんですけどね…」
 少し言い直しながらも、シエスタは見た目も性格も一風変わった叔父の良い所の一つを上げていた時であった。

「シエスタ―いる〜?入るよぉ〜」
 先程とは違いやや早めのノックの後、声からして快活だと分かる少女がドアを開けて入ってくる。
 シエスタと同じ黒髪を腰まで伸ばして、彼女と比べればやや肌の露出が多めの服を着ている。
 遠慮も無く入ってきた彼女は既に起きてシエスタと会話していた霊夢を見て、「おぉ〜!」とどこか感心しているかのような声を上げて喋り出す。
「あんなにぐったりしてたから、まだ寝てるかと思いきや…いやはや丈夫だねぇ〜!」
「ジェシカ、アンタか…」
 頭に巻いた白いナプキンを揺らして入ってきた少女の名前も、当然霊夢は覚えていた。
 スカロンの娘でシエスタの従姉妹に当たる少女で、確かここ『魅惑の妖精亭』でウェイトレスとして働いている。
 彼女のやや大仰な言い方に、霊夢は怪訝な表情を浮かべつつもその時の事を聞いてみる事にした。
「何よ、気絶してた時の私ってそんなにひどかったの?」 
「そりゃぁ〜もう!ルイズちゃんと今ウチで働いてる旅人さんが連れてきた時は、死んでるかと思ったよ」
「ジェシカ、いくら何でも死んでるなんて例え方しちゃダメよ…それにルイズちゃんって…」
 両手を横に広げてクスクス笑いながら昨日の事を話すジェシカを、シエスタが窘める。
 ジェシカそれに対してにへらにへらと笑い続けながらも、「いやぁ〜ゴメンゴメン」と頭を下げた。

 そのやり取りを見ていた霊夢は、本当に二人の血がつながってるとは思えないわね〜…と感じつつ、
 ふと彼女の言っていだ旅人さん゙とやらと一緒に自分を連れてきてくれたルイズの事が気になってきた。
 ルイズがここにいるのならば、成程この『魅惑の妖精亭』に巫女服が置かれていたのも納得できる。
 実は彼女が持っていた肩掛け鞄の中に、もしもの時のためにと巫女服を入れてもらっていたのだ。
 巫女服の謎を解明できた霊夢は一人納得しつつも、ジェシカに話しかける。
「そういえば…ルイズと後一人が私を運んできてくれたそうだけど…ルイズはここに?」
「うん、そーだよ。今はウチの店の一階で一足先に朝ごはん食べてると思うから…で、アンタも食べる?」
 霊夢の質問にジェシカはあっさり答えると、親指で廊下の方をさしてみせる。
 その指さしに「もう大丈夫か?」という意味も含まれているのだろうと思いつつ、霊夢はコクリと頷く。

790ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:38:10 ID:WZ82hnBc

 不思議な事に、あの巫女もどきと結構な速度で衝突したというのに頭はそれほど痛まない。
 まぁ痛まないのならそれに越したことは無いのだが、残念な事に今の彼女には考えるべき事が大量にあった。
 自分たちの金を盗んでいった子供の行方やら、魔理沙とデルフの事…そして、さっきまで見ていたあの悪夢の事も。
 解決すればする程自分の許へ舞い込んでくる悩みに霊夢は辟易しつつも、まずはすぐ目の前にある問題を片付ける事にした。
 そう、ここにいるであろうルイズから昨夜の事を聞きながら、朝食で空腹を満たすという問題を。
「そうね、それじゃあ遠慮なく頂こうかしら」
「それキタ。んじゃあ案内するよ、シエスタは部屋の片づけよろしくね」
「お願いね、それじゃあレイムさんは、ジェシカと一緒に一階へ行っててくださいね」
 ジェシカが満面の笑みを浮かべながらそう言うと、シエスタに片づけを任せて霊夢と共に部屋を後にした。
 最も、この部屋の中で直すべき場所と言えばベットぐらいなものだろうから然程時間は掛からないだろう。
 
 『魅惑の妖精亭』の二階の廊下はあまり広いとは言えないが、その分しっかりと掃除が行き届いているように見える。
 ジェシカ曰く二階の半分は店で働く女の子や従業員の部屋で、街で部屋や家を借りれなかった人たちに貸しているのだという。
 もう半分は酔いつぶれた客を寝させる為の部屋らしいが、今年からは宿泊業も始めてみようかとスカロンと相談しているらしい。
「それに関してはパパも結構乗り気だよ?何せウチのライバルである゙カッフェ゙に差をつけれるかもしれないしね」
「う〜ん、どうかしらねぇ?部屋はそれなりに良かったけど、肝心の店長があんなだと…」
「ぶー!酷い事言うなぁ。あれでも私の父親なんだよ、性格はあんなで…いつの間にか男好きにもなっちゃったけど」
 霊夢の一口批判にジェシカが口を尖らせて反論した後、二人そろって軽く苦笑いしてしまう。
 シエスタを置いて部屋を出た霊夢は、二階の狭い廊下を歩きながら先頭を行くジェシカに質問してみた。
「そういえば、何でシエスタがここで働いてるの?まぁ間柄上、別におかしい事は無いと思うけどさぁ」
「…あぁーそれね?まぁ…何て言うか、シエスタの故郷の方でちょっと色々あってね」
 先程とは打って変わって、ほんの少し言葉を濁しつつもジェシカが説明しようとした時、
 すぐ目の前にある一階へと続く階段から、聞きなれた男女の声が二人の耳に入ってきた。

「さぁ〜到着したわよぉ〜!ようこそ私達のお店、『魅惑の妖精亭』へ!」
 最初に聞こえてきたのは、男らしい野太い声を無理やり高くしてオネェ口調で喋っている男の声。
 その声に酷く聞き覚えのあった霊夢は、すぐさま脳内で激しく体をくねらせる筋肉ムキムキの大男の姿が浮かび上がってくる。
 朝っぱらからイヤなものを想像してしまった霊夢の顔色が悪くなりそうな所で、今度は少女の声が聞こえてきた。
「おぉー!…相変わらずお客さんがいなくて閑古鳥が鳴きまくってるような店だぜ」
『突っ込み待ちか?ここは夕方からの店だろうから今は閑古鳥もクソもないと思うぞ』
 あまりにも聞き慣れ過ぎてもう誰だか分かってしまった少女の言葉に続いて、これまた聞きなれた濁声が耳に入る。
 その三つの声を聞いた霊夢は、先頭にいたジェシカの横を通って一足先に階段を降りはじめた。
 見た目よりもずっとしっかりとしたソレを少し軋ませながらも、軽やかな足取りで一階にある酒場を目指す。
 
 思っていたよりも微妙に長かった階段を降りた先には、想像していた通りの二人と一本がいた。
「魔理沙!…あとついでにデルフとスカロンも」
「ん?おぉ、誰かと思えば私を見捨てて言った霊夢さんじゃあないか!」
「……それぐらいの軽口叩ける余裕があるなら、最初から気にする必要は無かったわね」
 階段を降りてすぐ近くにある店の出入り口に立っていた魔理沙は、階段を降りてきた彼女を見て開口一番そんな事を言ってくる。
 まぁ実際吹き飛んだ彼女を見捨てたのは事実であったが、別に霊夢はそれに対して罪悪感は感じていなかった。

791ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:40:13 ID:WZ82hnBc
「おいおい…酷い事言うなぁ、そうは言っても私かあの後ぞうなったか気にはなっただろ?」
「別に?ルイズはともかく、アンタならあの風程度でくたばる様なタマじゃないしね」
 今にも体を擦りつけてきそうな態度の魔理沙にきっぱり言い切ってやると、次に彼女が手に持っていたデルフを一瞥する。
 インテリジェンスソードは鞘だけを見ても傷が付いているようには見えず、これも心配する必要は無かったらしい。
 そんな事を思っていると、考えている事がバレたのか鞘から刀身を出したデルフが霊夢に喋りかけてくる。
『おぅレイム、大方「なんだ、全然無事じゃん」とか思ってそうな目を向けるのはやめろや』
「ん、そこまで言えるのなら元から心配する必要は無かったようね。気苦労かけなくて済んだわ」
『…なんてこった、それ以前の問題かよ』
 魔理沙ともども、最初から信頼…もとい心配されていなかった事にデルフがショックを受けていると、
 霊夢に続いて階段を降りてきたジェシカが「へぇー!珍しいねェ」と嬉しそうな声を上げて、デルフに近づいてきた。

「インテリジェンスソードなんて名前は聞いたことあったけど、実物を見るのは始めてだよ」
『お?初めて見る顔だな。オレっちはデルフリンガーっていうんだ、よろしくな』
「あたしはジェシカ、アンタとマリサをここへ連れてきてくれたスカロン店長の娘よ」
『はぁ?スカロンの娘だって?コイツはおでれーた!』
 流石に数千年単位も生きてきて、ボケが来ているデルフでもあのオカマの実の子だとは分からなかったらしい。
 信じられないという思いを表しているかのような驚きっぷりを見せると、そのジェシカの父親がいよいよ口を開いた。
「いやぁ〜ん!酷い事言うわねェー!ジェシカは私のれっきとした娘よぉ〜!」
 朝方だというのにボディービルダー並の逞しい体を激しくくねらせながら、『魅惑の妖精亭』の店長スカロンが抗議の声を上げる。
 そのくねりっぷりを見てか、刀身を出していたデルフはすぐさま鞘に収まり、スッと沈黙してしまう。
 いくらインテリジェンスソードと言えども、スカロンの激しい動きを見ればそりゃ何も言えなくなってしまうに違いない。
 デルフにちょっとした同情を抱きつつも、ひとまず霊夢はスカロンに挨拶でもしようかと思った。

「おはようスカロン、まだあまり状況が分からないけれど…昨日は色々と借りを作っちゃったらしいわね」
「あぁ〜ら、レイムちゃん!ミ・マドモワゼル、昨日は心配しちゃったけど…その分だともう大丈夫そうねぇ〜!」
 尚も体をくねらせながらもすっかり元気を取り戻した霊夢を見やってて、スカロンはうっとりとした笑みを浮かべて見せる。
 相変わらず一挙一動は気持ち悪いが、シエスタの言うとおり性格に関しては本当にマトモな人だ。
 何故かくねくねするのをやめないスカロンに苦笑いを浮かべつつ、霊夢は「ど、どうも…」と返して彼に話しかける。
「そういえばスカロン、ルイズもここにいるってジェシカから聞いたんだけど一体どこに―――」
「ここにいるわよ。…っていうか、一階に降りてきた時点で気づきなさいよ」
 彼女の言葉を遮るようにして、店の出入り口とは正反対の方向からややキツいルイズの言葉が聞こえてくる。
 霊夢と魔理沙がそちらの方へと視線を向けると、厨房に近い席で一足先に朝食を食べているルイズがこちらを睨み付けていた。
 
「おぉルイズ、無事だったんだな」
「くっさい藁束の上に落ちて事なきを得たわ。その代償があまりにも大きすぎたけど」
 霊夢よりも先に魔理沙が左手を上げてルイズに声を掛けると、彼女も同じように左手を顔の所まで上げて応える。
 その表情は沈んでいるとしか言いようがない程であり、右手に持っている食いかけのサンドイッチも心なしかまずそうに見えてしまう。
 彼女の表情から察して、結局アンリエッタから貰った分すら取り返せなかった事を意味していた。
 結局一文無しとなってしまった事実に、霊夢はどうしようもない事実に溜め息をつきながらルイズの方へと近づいていく。

792ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:42:11 ID:WZ82hnBc
「その様子だと、アンタもあのガキどもを捕まえられなかったようね」
「…言わないでよ。私だって追いかけようとしたけど、結局藁束から抜け出すので一苦労だったわ」
 自分の傍まで来ながら昨日の事を聞いてくる巫女さんに、ルイズはやや自棄的に言ってからサンドイッチの欠片を口の中に放り込む。
 魔理沙もルイズの様子を見て何となく察したのか、参ったな〜と言いたげな表情をして頬を掻いている。

「そういえば貴方たち、昨日お金をメイジの子供に盗まれたのよねぇ〜そりゃ落ち込みもするわよぉ」
「あーそいやそうだったねぇー。まぁここら辺では盗み自体は珍しくないけど…まぁツイテないというべきか…」
 そんな三人の事情を昨夜ルイズに聞いていたスカロンとジェシカも、彼女たちの傍へと来て同情してくれた。
 ルイズとしては本当に同情してくれてるスカロンはともかく、「ツイテない」は余計なジェシカにムッとしたいものの、
 それをする気力も出ない程に落ち込んでいたので、コップの水を飲みながら悔しさのあまりう〜う〜唸るほかなかった。
「そう唸っても仕方がないわよ。それでお金が戻って来るならワケないし」
「じゃあ何?アンタは悔しくなんか…無いワケないわよね?」
「当り前じゃない。とりあえずあの脳天に拳骨でも喰らわたくてうずうずしてるわ」
 霊夢も霊夢で決して諦めているワケではなく、むしろ今にも探しに行きたいほどである。
 しかし、一泊させてくれたスカロンたちに礼を言わずにここを出ていくのは気が引けるし、何よりお腹が空いていた。
 人探しには自信がある霊夢だが、自分の空腹が限界を感じるまでにあの子供を探せるという保証はないのである。
 それにタダ…かもしれない朝食を食わせてくれるのだ、それを頂かないというというのは勿体ない。

「んじゃ、私は厨房でアンタ達の朝メシ用意してくるから」
「ワザワザお邪魔しといて朝ごはんまで用意してくれるとは、嬉しいけどその後が怖いな〜」
 一通りの挨拶を済ましてから厨房へと向かうジェシカに礼を述べる魔理沙。
 そんな彼女がここに来るまで…というよりも昨夜は何をしていたのか気になった霊夢はその事を聞いてみる事にした。
「魔理沙、アンタ吹っ飛ばされた後はどこで何してたのよ?さっきスカロンに連れて来られてたけど…」
「それは気になるわね。私は藁束から出た後で道端で気絶してた霊夢を見つけてたけど、アンタの姿は見てないわ」
「あぁ、あの後不覚にも風で飛ばされて…まぁ情けない話だが気絶してしまってな…」
 黙々と食べていたルイズもそれが気になり、魔理沙の話に耳を傾けつつサンドイッチを口の中ら運んでいく。
 彼女が説明するには、ルイズが箒から落ちた後で少し離れた空き地に不時着してしまった殿だという。
 その時に頭を何処かで打ったのか、靴裏が地面を激しく擦った直後に気を失い、デルフの声で気が付いた時には既に夜明けだったらしい。
 慌てて箒とデルフを手に吹き飛ばされる前の場所へ戻ったが案の定霊夢たちの姿は付近に無く、当初はどうすればいいか困惑したのだとか。
 何せ気を失って数時間も経っているのだ、あの後何が起こったのか知らない魔理沙からしてみればどこを探せば良いのか分からない。

『いやぁー、あれは流石のオレっちでもちょっとは慌てたね』 
「だよな?…それでデルフととりあえず何処へ行こうかって相談してた時に、用事で外に出てたスカロンとばったり出会って…」
「で、私達が『魅惑の妖精亭』で寝かされているのを知ってついてきたってワケね」
 デルフと魔理沙から話を聞いて、偶然ってのは身近なものだと思いつつルイズはミニトマトを口の中にパクリと入れた。
 トマトの甘味部分を濃くしたような味を堪能しながら咀嚼するのを横目に、霊夢も「なるほどねぇ」と頷いている。
 しかしその表情は決して穏やかではなく、むしろこれから自分はどう動こうかと
 ひとまずは魔理沙が王都を徘徊せずに済んだものの、今の彼女たちの状況が改善できたワケではない。
 ルイズがアンリエッタから頼まれた任務をこなす為に必要なお金と、ついで二人のお小遣いは盗まれたままなのだ。
 しかも賭博場で荒稼ぎして増やした金額分もそっくり盗られているときた。これは到底許せるものではない。
 だが探し出して捕まえようにも、こうも探す場所が広すぎてはローラー作戦のような虱潰しは不可能だ。
 
 そんな事を考えているのを表情で読み取られたのか、魔理沙が霊夢の顔を覗き込みながら話しかけてくる。
「…で、お前さんのその顔を見るに昨日の借りを是非とも返したいらしいな」
「ん、まぁね。とはいえ…ここの土地は広すぎでどこ調べたら良いかまだ分からないし、正直今の状態じゃあお手上げね」
「でも…お手上げだろうが何だろうが、盗ませたままにさせておくのは私としては許しがたいわ!」

793ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:44:19 ID:WZ82hnBc
 肩を竦めながらも、如何ともし難いと言いたげな表情の霊夢にミニトマトの蔕を皿に置いたルイズが反応する。
 盗まれた時の事を思い出したのだろうか、それまで落ち込んでいたにも関わらず腰を上げた彼女の表情は静かな怒りが垣間見えていた。
 席から立つ際に大きな音を立ててしまったのか、厨房にいたジェシカやスカロンが何事かと三人の方を思わず見遣ってしまう。
 自分の言葉で眠っていたルイズの怒りの目を覚まさせてしまった事に、彼女はため息をつきつつもルイズに話しかける。
「まぁアンタのご立腹っぷりも納得できるけど、とはいえ情報が少なすぎるわ」
「スカロンも言ってたな…最近子供が容疑者のスリが相次いで発生してるらしいが、まだ身元と居場所が分かってないって…」
 思い出したように魔理沙も話に加わると、その二人とルイズは自然にこれからどうしようかという相談になっていく。
 やれ衛士隊に通報しようだの、お金の出所が出所だけに通報は出来ない。じゃあ自分たちで探すにしても調べようがない等…
 金を奪われた持たざる者達が再び持っている者達となる為の話し合いを、ジェシカは面白いモノを見る様な目で見つめている。

 彼女自身は幼い頃からこの店で色々な人を見てきたせいで、人を見る目というモノがある程度備わっていた。
 その人の仕草や酒の飲み方、店の女の子に対する扱いを見ただけでその人の性格というモノがある程度分かってしまうのである。
 特に相手が元貴族という肩書をもっているなら、例え平民に扮していたとしてもすぐに見分ける事が出来る。
 父親であるスカロンもまた同じであり、だからこそこの『魅惑の妖精亭』を末永く続けていられるのだ。
「いやぁー、あんなにちっこい貴族様や見かけない身なりしてても…同じ人間なんだなーって思い知らされるねぇ」
「そうよねぇ。ルイズちゃんは詳しい事情までは教えてくれなかったけど、お金ってのは大切な物だから気持ちは分かるわ」
「そーそー!お金は人の助けにもなり、そして時には最も恐ろしい怪物と化す……ってのをどこぞのお客さんが言ってたっけ」
 そんな他愛もない会話をしつつもジェシカはテキパキと二人分のサンドイッチを作り、皿に盛っていく。
 スカロンはスカロンで厨房の隅に置かれた箱などを動かして、今日の昼ごろには運ばれてくる食材の置き場所を確保している。
 その時であった、厨房と店の裏手にある路地を繋ぐドアが音を立てて開かれたのは。
 
 扉の近くに立っていたジェシカが誰かと思って訝しみつつ顔を上げると、パッとその表情が明るくなる。
 店に入ってきたのは色々とワケあってここで働いている短い金髪が眩しい女性であった。
 昨夜、ルイズと共に霊夢をこの店を運んできだ旅人さん゙とは、彼女の事である。
「おぉ、おかえり!店閉めてからの間、ドコで何してたのさ?みんな心配してたよー」
「ただいま。いやぁ何、ちょっとしたヤボ用でね?…それより、向こうの様子を見るに三人とも揃ってる様だな」
 ジェシカの出迎えに右手を小さく上げながら応えると、厨房のカウンター越しに見える三人の少女へと視線を向ける。
 相変わらず三人は盗まれたお金の事でやいのやいのと騒いでおり、聞こえてくる内容はどれも歳不相応だ。
 もう少し近くで聞いてみようかな…そう思った時、いつの間にかすぐ横にいたスカロンが不意打ちの如く話しかけてきた。
「あらぁー、お帰りなさい!もぉー今までどこほっつき歩いてたのよ!流石のミ・マドモワゼルも心配しちゃうじゃないのぉ〜!」
「うわ…っと!あ、あぁスカロン店長もただいま。…すいません、もう少し早めに帰れると思ってたんですが…」
 体をくねらせながら迫るスカロンに流石の彼女のたじろぎつつ、両手を前に出して彼が迫りくるのを何とか防いでいる。
 その光景がおかしいのかジェシカはクスクスと小さく笑った後で、ヒマさえできればしょっちゅう姿を消すに女性に話しかけた。

「まぁ私達もあんまり詮索はしないけどさぁ、あんなに小さい娘もいるんだからヒマな時ぐらいは一緒にいてあげなって」
「そうよねぇ。あの娘も貴女の事随分と慕ってるし尊敬もしてるから、偶には可愛がってあげないとだめよ?」
「…はは、そうですよね。昔から大丈夫とは言ってますが、偶には一緒にあげなきゃダメ…ですよね」
 ジェシカだけではなく、くねるのをやめたスカロンもそれに加わると流石の女性も頷くほかなかった。

794ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:46:12 ID:WZ82hnBc
 彼女の付き人であるという年下の少女は、女性が店を離れていても何も言わずにいつも帰ってくるのを待っている。
 時には五日間も店を休んで何処かへ行っていた時もあったが、それでも尚少女は怒らずに待っていた。
 少女も少女でこの店の手伝いをしてくれてるし、女性はこの店のシェフとして貴重な戦力の一人となってくれている。
 休みを取る時もあらかじめ事前に教えてくれているし、この店の掟で余計な詮索はしない事になっていた。
 それでも、どうしても気になってしまうのだ。この女性は何者で、あの少女と共に一体どこから来たのだろかと。
 本人たちは東のロバ・アル・カリイエの生まれだと自称しているが、それが真実かどうかは分からない。

(…とはいえ、別に怪しい事をしてるってワケじゃないから詮索しようも無いけれど)
 心の中でそんな事を呟きつつ、肩をすくめて見せたジェシカが出来上がった二人分のサンドイッチを運ぼうとしたとき、
「あぁ、待ってくれ。…そのサンドイッチ、あの二人に渡すんだろ?なら私が持っていくよ」
 と、突然呼びとめてきた女性にジェシカは思わず足を止めてしまい顔だけを女性の方へと振り向かせる。
 突然の事にキョトンとした表情がハッキリと浮かび上がっており、目も若干丸くなっていた。
「え?いいの?別にコレ持ってくだけだからすぐに終わるんだけど…」
「いや何、あの一風変わった二人と話がしてみたくなってね。別に良いだろ?」
「う〜ん?まぁ…別にそれぐらいなら」
 女性が打ち明けてくれた理由にジェシカは数秒ほど考え込む素振りを見せた後、コクリと頷いて見せた。
 直後、女性の表情を灯りを点けたかのようにパッと明るい物になり、軽く両手を叩き長良彼女に礼を述べる。

「ありがとう。それじゃあ、あの三人が食べ終えたお皿も片付けておくからな?」
「ん!ありがとね。私とパパは今やってる仕事が終わったら先に寝るから、アンタも今夜に備えて寝なさいよね」
 ジェシカからサンドイッチを乗せた皿を受け取った女性は、彼女の言葉にあぁ!と爽やかな返事をしつつ厨房を出て行こうとする。
 霊夢達へ向かって歩いていく女性の後姿を見つめていたジェシカも、視線をサッと手元に戻して止まっていた仕事を再開させた。
 彼女よりも前に仕事に戻っていたスカロンの視線からも見えなくなった直後、霊夢達へ向かって歩く女性はポツリ…と一言つぶやいた。

「全く…あれ程バカ騒ぎするなと紫様に釘を刺されていたというのに。…何やっているんだ博麗霊夢、それに霧雨魔理沙」
 先程までジェシカたちと気さくな会話をしていた女性とは思えぬ程にその声は冷たく、静かな怒りに満ち溢れている。
 そしてその表情も、先ほどまで彼女たちに向けていた笑顔とは全く違う、人間味があまり感じられないものへと変貌していた。 
 まるで獲物を見つけた獣が、林の中でジッと息をひそめているかのような、そんな雰囲気が。


「…?―――――…ッ!これは…」
 最初にその気配に気が付いたのは、他でもない霊夢であった。
 魔理沙やルイズ達とこれからの事をあーだこーだと話している最中、ふと懐かしい気配が背後からドッと押し寄せてきたのである。
「んぅ?…あ…これってまさか…か?」
『……ッ!?』
 ある種の不意を突かれた彼女が口を噤んだことに気が付いた魔理沙も、霊夢の感じた気配に気づいて驚いた表情を見せた。
 テーブルの下に置かれてそれまで楽しげに三人の会話を聞いていたデルフの態度も一変し、驚きのあまりかガチャリと鞘ごと刀身を揺らす。
 唯一その気配を感じられなかったルイズであったが、この時三人の急な反応で何かが起こったのだと理解した。

795ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:48:09 ID:WZ82hnBc
「ちょ…ちょっと、どうしたのよアンタ達?一体何が起こったのよ」
 朝食を食べ終えて水で一服していたところで不意を突かれた彼女からの言葉に、魔理沙が首を傾げなからも応える
「いや、゙起こっだというよりかは…゙感じだと言えばいいのかな」
『あぁ…感じたな。それも物凄く近いところからだ』
 彼女の言葉にデルフも続いてそう言うと、丁度厨房に背を向けていた霊夢もコクリと頷いて口を開いた。
「近いなんてモンじゃないわよ……多分これ、私達のすぐ後ろにまで来てるわよ」
 切羽詰まった様な表情を浮かべている霊夢の言葉にギョッとしたルイズが、咄嗟に後ろを振り向こうとしたとき……゙彼女゙は口を開いた。


「やぁ、見ない間に随分と彼女との仲が良くなったじゃあないか。…博麗霊夢」
 冷たく鋭い刃物のようなその声色に覚えがあったルイズが、ハッとした表情を浮かべて後ろを振り返る。
 そこに立っていたのは、黒いロングスカートに白いブラウスと言う昨日の霊夢と似たような出で立ちをした金髪の女性が立っていた。
 厨房へと続く入口の傍に立ち、こちらを睨み付けている彼女は、昨日気絶して路上に倒れていた霊夢を一緒にここまで運んできてくれた人である。
 気を失って倒れていた彼女をどうしようかと悩んでいた時に、突如助けてくれてこの店で一晩過ごせるようにとスカロン店長に頼み込んでくれたのだ。
 そんな優しい人…というイメージを持ちかけていたルイズには、彼女が自分たちを睨んでくるという事に困惑せざるを得なかった。
 
 ここは、どう対応すればいいのか?鋭い眼光に口を開けずにいたルイズを制するように最初に彼女へ話しかけたのは霊夢であった。
「何処にいるかと思ったら、案外身近なところで潜伏していたようね」
「まぁな。お前たちが散々ここで大騒ぎしなければ私だって静かに自分の仕事だけをこなせてたんだがな」
「…え?え?」
 初対面の筈だと言うのに、女性と霊夢はまるで知り合いの様な会話をしている。
 これには流石の霊夢も理解が追いつかず、素っ頓狂な声を上げて霊夢と女性の双方を交互に見比べてしまう。
 そんなルイズを見て女性は彼女の内心を察したのか、二人分のサンドイッチを乗せた皿をテーブルの置いてから、サッと自己紹介をしてみせた。


「お初にお目にかかかります、私の名前は八雲藍。幻想郷の大妖怪八雲紫の式にして九尾の狐でございます」
 右手を胸に当てて名乗った女性―――藍は、眩しい程の金髪からピョコリ!と獣耳を出して見せる。
 ルイズの記憶が正しければ、それは間違いなく狐の耳であった。

796ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:50:42 ID:WZ82hnBc
以上で83話の投稿を終わります。
もうそろそろ暑くなってきましたね。
では、今よりもっと熱くなってるであろう来月末にまたお会いしましょう。ノシ

797ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/04(日) 18:11:04 ID:i7FNJALY
無重力巫女さんの人、乙です。私も投下します。
開始は18:13からで。

798ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/04(日) 18:13:45 ID:i7FNJALY
ウルトラマンゼロの使い魔
第百四十三話「六冊目『大決戦!超ウルトラ8兄弟』(その1)」
海獣キングゲスラ
邪心王黒い影法師 登場

 『古き本』に奪い取られたルイズの記憶を取り戻すために、本の世界を旅している才人とゼロ。
五冊目の世界はウルトラマンマックスが守った地球を舞台とした本であり、地上人と地底人の
存亡という地球の運命を懸けた戦いに二人は身を投じた。同じ惑星の文明同士という、本来は
ウルトラ戦士が立ち入ることの出来ない非常に困難な問題であったが、最後まで未来をあきらめない
人間の行動が地底人デロスの心を動かし、二種族の対立は解決された。そして最後の障害たる
バーサークシステムも停止させることに成功し、地球は未来を掴み取ることが出来たのだった。
 そして遂に残された本は一冊のみとなった。リーヴルの話が真実であるならば、これを
完結させればルイズは元に戻るはずだ。……しかし、最後の本の旅が始まる前に、才人たちは
密かに集まって相談を行っていた……。

「『古き本』もいよいよ後一冊で最後だ。その攻略を始める前に……ガラQ、リーヴルについて
何か分かったことはないか?」
 才人、タバサ、シルフィード、シエスタはリーヴルに内緒で連れてきたガラQから話を
聞いているところだった。三冊目の攻略を始める前に、ガラQにリーヴルの内偵を頼んで
いたが、その結果を尋ねているのだ。
 ガラQは才人たちに、次のように報告した。
「リーヴル、夜中に誰かと会ってるみたい」
「誰か……?」
 才人たちは互いに目を合わせた。彼らは、一連の事件がリーヴル単独で起こされたものでは
ないと推理していたが、やはりリーヴルの背後には才人たちの知らない何者かがいるのか。
「そいつの正体は分からないか? どんな姿をしてるかってだけでもいいんだ」
 質問する才人だが、ガラQは残念そうに首(はないので身体ごと)を振った。
「分かんない。姿も、ぼんやりした靄みたいでよく分かんなかった」
「靄みたい……そもそもの始まりの話にあった、幽霊みたいですね」
 つぶやくシエスタ。図書館の幽霊の話は、あながち間違いではなかったのだ。
『俺はそんな奴の気配は感じなかった。やっぱり、一筋縄じゃいかねぇような奴みたいだな……』
 ガラQからの情報にそう判断するゼロだが、同時に難しい声を出す。
『しかもそんだけじゃあ、正体を特定するのはまず無理だな。それにここまで来てそれくらいしか
尻尾を掴ませないからには、相当用心深い奴みたいだ。今の段階で、正体を探り当てるってのは
不可能か……』
「むー……リーヴルに直接聞いてみたらいいんじゃないのね?」
 眉間に皺を寄せたシルフィードが提案したが、タバサに却下される。
「下手な手を打ったら、ルイズがどうなるか分かったものじゃない。ルイズは人質のような
ものだから」
「そっか……難しいのね……」
 お手上げとばかりにシルフィードは肩をすくめた。ここでシエスタが疑問を呈する。
「わたしたち、いえサイトさんはこれまでミス・リーヴルの言う通りに『古き本』の完結を
進めてきましたが……このまま最後の本も完結させていいんでしょうか?」
「それってどういうことだ?」
 聞き返す才人。
「ミス・リーヴルと、その正体の知れない誰かの目的は全く分かりませんけど、それに必要な
過程が『古き本』の完結だというのは間違いないことだと思います」
 もっともな話だ。ルイズの記憶喪失が人為的なものであるならば、こんな回りくどいことを
何の意味もなくさせるはずがない。
「だったら、全ての『古き本』を完結させたら、ミス・ヴァリエールの記憶が戻る以外の何かが
起こってしまうんじゃないでしょうか。それが何かというのは、見当がつきませんが……」

799ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/04(日) 18:15:46 ID:i7FNJALY
「洞窟を照らしてトロールを出す……」
 ハルケギニアの格言を口にするタバサ。「藪をつついて蛇を出す」と同等の意味だ。
「全ての本を完結させたら、悪いことが起きるかもしれない。そもそも、ルイズが本当に
治るという保証もない。相手の思惑に乗るのは、危険かも……」
「パムー……」
 ハネジローが困惑したように目を伏せた。
 警戒をするタバサだが、才人はこのように言い返す。
「けど、それ以外に方法が見当たらない。動かないことには、ルイズはいつまで経っても
元に戻らないんだ。だったら危険でも、やる他はないさ……!」
『それからどうするかは、本の完結が済んでからだな。ホントにルイズの記憶が戻るんなら
それでよし、もし戻らないようだったら……ブラックホールに飛び込むつもりでリーヴルに
アタックしてみようぜ』
 ウルトラの星の格言を口にするゼロ。「虎穴に入らずんば虎児を得ず」と同等の意味だ。

 そうして最後の『古き本』への旅が始まる時刻となった。
「今日で本への旅も最後となりましたね、サイトさん。最後の本も、無事に完結してくれる
ことを祈ってます」
 才人らが自分を疑っていることを知ってか知らずか、リーヴルは相変わらず淡々とした
調子で語った。
「それではサイトさん、本の前に立って下さい」
「ああ……」
 もう慣れたもので、才人が最後に残された『古き本』の前に立つと、リーヴルが魔法を掛ける。
「それでは最後の旅も、どうか良きものになりますよう……」
 リーヴルがはなむけの言葉を寄せ、才人は本の世界へと入っていく……。

   ‐大決戦!超ウルトラ8兄弟‐

 昭和四十一年七月十七日、夕陽が町をオレンジ色に染める中、虫取り網と虫かごを持った
三人の子供たちが駄菓子屋に駆け込んできた。
「くーださーいなー!」
「はははは! 何にするかな?」
「ラムネ!」
「僕も!」
「俺もー!」
「よーしよしよし!」
 駄菓子屋の店主は快活に笑いながら少年たちにラムネを渡す。ラムネに舌鼓を打つ少年たちだが、
ふと一人があることに気がついた。
「あッ! おじさん、今何時?」
「んー……六時、ちょい過ぎ」
「大変だー!!」
 時刻を知った三人は声をそろえて、慌てて帰路につき始めた。それに面食らう駄菓子屋の店主。
「どうした? そんなに急いで」
 振り返った子供たちは、次の通り答えた。
「今日から、『ウルトラマン』が始まるんだ」
「早くはやく!」
 何とか七時前に少年の一人の家に帰ってきた三人は、カレーの食卓の席で始まるテレビ番組に
目を奪われる。
『武田武田武田〜♪ 武田武田武田〜♪ 武田た〜け〜だ〜♪』
 提供の紹介後――特撮番組『ウルトラマン』が始まり、少年たちは歓声を上げた。
「始まったー!!」
 三人は巨大ヒーロー「ウルトラマン」と怪獣「ベムラー」の対決に夢中となる。

800ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/04(日) 18:18:22 ID:i7FNJALY
『M78星雲の宇宙人からその命を託されたハヤタ隊員は、ベーターカプセルで宇宙人に変身した! 
マッハ5のスピードで空を飛び、強力なエネルギーであらゆる敵を粉砕する不死身の男となった。
それゆけ、我らのヒーロー!』
「すっげー……!」
「かっこいー!」
 ――特撮番組に夢中になる小さな少年も、月日の流れとともに大人になる。そして、そんな
日々の中で、『それ』は起こったのである……。

 ……才人は気がつくと、見知らぬ建物の中にいた。
「あれ……? 本の世界の中に入ったのか?」
 キョロキョロと周りを見回す才人。しかし周囲には誰の姿もない。
「随分静かな始まり方だな……。今までは、ウルトラ戦士が怪獣と戦ってるところから入ってたのに」
 とりあえず、初めに何をすればいいのかと考えていると……正面の階段の中ほどに、白い洋服の
小さな少女が背を向いて立っている姿が目に飛び込んできた。
「……赤い靴の女の子?」
 その少女は、履いている赤い靴が妙に印象的であった。
 赤い靴の少女は、背を向けたまま才人に呼びかける。
「ある世界が、侵略者に狙われている」
「え?」
「急いで。その世界には、ウルトラマンはいない。七人の勇者を目覚めさせ、ともに、
侵略者を倒して……!」
 少女は才人に頼みながら、階段を上がって去っていく。
「あッ、ちょっと待って! 詳しい話を……!」
 追いかけようと階段に足を掛けた才人だったが、すぐに視界がグルグル回転し、止まったかと
思った時には外にいることに気がついた。
「ここは……?」
 目の前に見える光景には、赤いレンガの建物がある。才人はそれが何かに気がつく。
「赤レンガ倉庫……。ってことは、ここは横浜か……? でも相変わらず人の姿がないな……」
 横浜ほどの都市なら、どこにいようとも人の姿くらいはあるだろうに、と思っていたところに、
倉庫の向こう側から怒濤の水しぶきが起こり、巨大怪獣がのっそりと姿を現した!
「ウアァァァッ!」
「わぁッ! あいつは……!」
 即座に端末から情報を引き出す才人。
「ゲスラ……いや、強化版のキングゲスラだッ!」
 怪獣キングゲスラは猛然と暴れて赤レンガ倉庫を破壊し出す。それを見てゼロが才人に告げた。
『才人、ここはメビウスが迷い込んだっていうレベル3バースの地球だ!』
「メビウスが迷い込んだって!?」
『メビウスに聞いたことがある。あいつがまだ地球で戦ってた時に、ウルトラ戦士のいない
平行世界に入ってそこを狙う宇宙人どもと戦ったってことをな。この本の世界は、それを
綴った物語だったか……!』
 飛んでくる瓦礫から逃れた才人は、キングゲスラの近くに一人だけスーツ姿の青年がいる
ことに目を留めた。
「あんなところに人が!」
『確か、メビウスはここで平行世界で最初に変身したそうだ。ってことはもうじきメビウスが
出てくるはずだ……』
 と言うゼロだが、待てど暮らせどウルトラマンメビウスが出てくるような気配は微塵もなかった。
そうこうしている内に、キングゲスラが腰を抜かしている青年に接近していく。
「ゼロ! 話が違うぞ! あの人が危ないじゃんか!」
『おかしいな……。メビウス、何をぐずぐずしてんだ……?』
 戸惑うゼロだったが、先ほどの赤い靴の少女のことを思い返し、ハッと気がついた。
『違うッ! あの人を助けるのは、才人、俺たちだッ!』
「えッ!?」

801ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/04(日) 18:20:09 ID:i7FNJALY
『早く変身だッ!』
 ゼロに促されて、才人は慌ててウルトラゼロアイを装着!
「デュワッ!」
 才人の肉体が光とともにぐんぐん巨大化し、たちまちウルトラマンゼロとなってキングゲスラの
前に立った!
『よぉし、行くぜッ!』
 ゼロは早速ゲスラに飛び掛かり、脳天に鋭いチョップをお見舞いした。
「ウアァァァッ!」
「デヤッ!」
 ゲスラが衝撃でその場に伏せると、首を掴んでひねり投げる。才人は困惑しながら戦う
ゼロに問いかけた。
『ゼロ、どういうことだ? メビウスが出てくるんじゃ……』
『詳しい話は後だ! 先にこいつをやっつけるぜ!』
 才人に答えたゼロは起き上がったゲスラの突進をかわし、回し蹴りで迎撃する。
「ハァァッ!」
 俊敏な宇宙空手の技でゲスラを追い込んでいくゼロ。しかしゲスラの首筋に手を掛けたところで、
ゲスラに生えている細かいトゲが皮膚を突き破った。
『うわッ! しまった、毒針か……!』
 ゲスラには毒針があることを失念していた。しかもキングゲスラの毒は通常のゲスラの
ものよりも強力だ。ゼロはたちまち腕が痺れて思うように動けなくなる。
「ウアァァァッ!」
 その隙を突いて反撃してきたゲスラにゼロは突き飛ばされて、倒れたところをゲスラが
覆い被さってきた。
「ウアァァァッ!」
『ぐッ……!』
 ゼロを押さえつけながら張り手を何度も振り下ろしてくるゲスラ。ゼロはじわりじわりと
苦しめられる。この状態ではストロングコロナへの変身も出来ない。
『何か奴の弱点はねぇか……!?』
『えぇっと、ゲスラの弱点は……!』
 才人がそれを告げるより早く、地上から声が聞こえた。
「その怪獣の弱点は、背びれだッ!」
『あの人は……!』
 先ほどキングゲスラに襲われていた青年だ。ゼロは彼にうなずいて、弱点を教えてくれた
ことへの反応を表す。
「デェアッ!」
 力と精神を集中し、ゲスラの腹に足を当てて思い切り蹴り飛ばす。
「ウアァァァッ!」
「セイヤァッ!」
 立ち上がると素早く相手の背後に回り込んで、生えている背びれを力の限り引っこ抜いた!
「キャアア――――――!!」
 たちまちゲスラは悲鳴を上げて、見るからに動きが鈍った。青年の教えてくれた情報が
正しかったのだ。
『よし、今だッ!』
 ゼロはゲスラをむんずと掴んでウルトラ投げを決めると、額からエメリウムスラッシュを発射。
「シェアッ!」
「ウアァァァッ!!」
 緑色のレーザーがキングゲスラを貫き、瞬時に爆発させた。ゼロの勝利だ!
 キングゲスラを倒して変身を解くと、才人は改めてゼロに尋ねかけた。
「ゼロ、つまり俺たちがウルトラマンメビウスの代わりをした……いや、するってこと?」
『そのようだな。この本は、書き進められてた部分が一番少なかった。だから、本来の異邦人たる
メビウスの役割に俺たちがすっぽり収まったのかもしれねぇ』

802ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/04(日) 18:22:01 ID:i7FNJALY
「なるほど……さっきの人は?」
 才人が青年の元へ向かうと、彼は傷一つないままでその場にたたずんでいた。青年の無事を
知って才人は安堵し、彼に呼びかけた。
「さっきはありがとうございます。お陰で助かりました」
「君は……?」
 不思議そうに見つめてくる青年に、才人は自己紹介する。
「平賀才人……ウルトラマンゼロです!」
 と言ったところで風景が揺らぎ、彼らの周囲に大勢の人間が現れた。同時に、壊されたはずの
赤レンガ倉庫も元の状態に変化する。
「これは……?」
『今までは、一時的に違う世界にいたみたいだな。位相のズレた世界とでも言うべきか……』
 突っ立っている才人に、近くの子供たちがわらわらと集まってくる。
「ねぇお兄さん、今どっから出てきたの?」
「どっからともなくいきなり出てこなかった!? すげー!」
「手品師か何か!?」
 どうやら、周りから見たら自分が唐突に出現したように見えるらしい。子供に囲まれ、
才人はどうしたらいいか困る。
「あッ、いや、それはね……!」
 そこに先ほどの青年が、連れている外国人たちを置いて才人の元に駆け寄ってきた。
「ごめんね! ちょっとごめんね!」
 そうして半ば強引に才人を、人のいないところまで連れていった。
 落ち着いた場所で、ベンチに腰掛けた二人は話を始める。
「何だかすいません。仕事中みたいだったのに……」
 青年はツアーのガイドのようであった。その仕事を邪魔する形になったと才人は申し訳なく
思うが、青年は首を振った。
「いいんだ。それよりさっきのことを詳しく聞きたい。……とても不思議な出来事だった。
実際に怪獣がいて、ウルトラマンがいて……」
「ウルトラマンがいて?」
 青年の言葉に違和感を持った才人に、ゼロがひそひそと教える。
『この世界にウルトラ戦士はいねぇが、ウルトラマンが架空の存在としては存在してるんだ。
テレビのヒーローって形でな』
『テレビのヒーロー! そういう世界もあるのか!』
 驚いた才人は、ここでふと青年に問いかける。
「そういえば、まだ名前を伺ってなかったですね」
「ああごめん。申し遅れたね」
 青年は才人に向かって、自分の名前を教えた。
「僕はマドカ・ダイゴと言うんだ。よろしく」
 マドカ・ダイゴ……。かつて『ウルトラマン』に夢中になっていた三人の少年の一人であり、
彼こそがこの物語の世界の主人公なのであった。

『……』
 そしてダイゴと会話する才人の様子を、はるか遠くから、真っ黒いローブで姿を隠したような
怪しい存在……この物語の悪役たる「黒い影法師」が観察していた……。

803ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/04(日) 18:23:03 ID:i7FNJALY
今回はここまでです。
大決戦!超ウルトラ8兄弟(誤りなし)

804ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 11:41:14 ID:9ZOoAC8I
ウルゼロの人、乙です。では私もまいります

805ウルトラ5番目の使い魔 59話 (1/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 11:43:20 ID:9ZOoAC8I
 第59話
 予期せぬ刺客
 
 UFO怪獣 アブドラールス
 円盤生物 サタンモア 登場!
 
 
「さて皆さん、ここで質問です。あるスポーツで、とても強いチームと戦わねばならないとします。まともに試合をしてはとても敵いません。さて、あなたならどうしますか?」
 
「ふむふむ、『あきらめない』『必死に練習をする』。ノンノン、そんなことじゃとても敵わない相手です。たとえばあなた、ウルトラ兄弟を全員いっぺんに相手にして勝てますか? 無理でしょう」
 
「では、『反則をする』『審判を買収する』『相手チームに妨害をかける』。なるほどなるほど、よくある手段ですが、発想が貧困ですねぇ」
 
「いいですか? 本当の強者は、もっとエレガンツな方法で勝利を掴むものなのですよ。それをこれからお見せいたしましょう」
 
「んん? 私が誰かって? それはしばらくヒ・ミ・ツです。ウフフフ……」
 
 
 間幕が終わり、また新たな舞台の幕が上がる。
 
 
 ハルケギニア全土を震撼させたトリスタニア攻防戦、そして始祖ブリミルの降臨による戦争終結から早くも数日の時が流れた。
 その間、世界中で起きた混乱も少しずつ終息に向かい、民の間にも安らぎが戻ってきている。
 もちろん、裏では教皇が実は侵略者だったことに尾を引く動乱は、ブリミル教徒の中では枚挙の暇もなく続いていた。ただそれも、始祖ブリミル直々のお言葉という鶴の一声のおかげで、少なくとも善良な神父や神官については無事に済んでおり、今日も朝から街や村でのお祈りの声が途切れることはない。
「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかなる糧を我に与えたもうたことを感謝いたします」
 戦火の中心であったトリスタニアでも、今では料理のための煙が空にたなびき、復興のためのノコギリやトンカチの音が軽快に響いている。

806ウルトラ5番目の使い魔 59話 (2/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 11:45:33 ID:9ZOoAC8I
 やっと戻ってきた平和。そして、長い間陽光をさえぎって世界を闇に包んでいたドビシの暗雲が消えたことで、ようやく人々に安息の笑顔が蘇り、元通りの日常を取り戻すという希望が街中に満ち溢れていた。
 瓦礫は取り除かれ、道には資材を積んだ荷馬車が行き来する。昨年にベロクロンによって灰燼に帰したトリスタニアを復興した経験のある人々は、あれに比べたらマシだと汗を光らせて仕事に精を出す。
 戦火を逃れて避難していた町民たちも自分の家や店に戻ってきつつあり、中央広場では止められていた噴水が再び水を噴き始め、その周りでは子供たちが遊んでいる。
 そうなると、商売っ気を出してくるのが人の常だ。すでに一部の店舗は営業を再開しつつあり、魅惑の妖精亭でも本業への復帰の盛り上がりを見せていた。
「さあ妖精さんたち、戦争も終わってこれからはお金がものを言う時代よ。みんなで必死で守ったこのお店で、修理代なんか吹っ飛ばすくらい稼いじゃいましょう! いいことーっ!」
「がんばりましょう! ミ・マドモアゼル!」
「トレビアーン! みんな元気でミ・マドモアゼルったら涙が出ちゃう。そんなみんなに嬉しいお知らせよ。みんな無事でこうして集ってくれたお礼に、なんと一日交代で全員に我が魅惑の妖精亭の家宝である魅惑の妖精のビスチェを着用させてあげるわ」
「最高です! ミ・マドモアゼル!」
「うーん、みんな張り切ってるわねえ。さあ、お客さんが待っているわよ。まずは元気よく、魅惑の妖精のお約束! ア〜〜〜ンッ!」
 スカロンのなまめかしくもおぞましいポージングに合わせて、ジェシカをはじめとする少女たちが半壊した店で明るく声をあげていった。
 あの戦いの終わった後で、魅惑の妖精亭でもいろいろなことがあった。新たな出会い、再会、それらの舞台となった大切なこの店は、これからもずっと繁盛させていかないといけない。
 
 賑わう店、だがこれはここだけのことではない。
 戦争が終わったことで、タルブ村やラ・ロシェールのような辺境。アルビオンのような他国でも、同じように活気は戻ってきつつある。
 人は不幸があっても、それを乗り越えて前へ進む。それが人の強みだ。
 
 けれど、平和が完全に戻るためにはまだ大きな障害が残っている。
 トリステイン魔法学院の校長室から、オスマン学院長が無人の学院を見下ろして寂しそうにつぶやいた。
「魔法学院の休校は無期限継続か。いったいいつになったら学び舎に子供たちが帰ってこれるのかのう……」
 戦争は終わったけれども、トリステインの戦時体制は解除されていない。あれだけ大規模であった戦争は、その後始末にも膨大な手間を要し、教員や生徒であっても貴族には仕事は山のようにあり、トリステインが猫の手も借りたい状況は終わっていなかったのである。

807ウルトラ5番目の使い魔 59話 (3/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 11:46:58 ID:9ZOoAC8I
 学院が休校になった後、校舎には警備と保全のための最低限の人間のみで、教員で残っているのは高齢を理由に参戦を控えたオスマンのみ。しかしそれでも、いつでも学院を再開できるように待ち続けており、貴族はいなくても厨房ではマルトーやリュリュたちが火を消さずにいる。
 
 
 平和は一度失うと、取り戻すための代償は大きい。しかし、現世は戦わなければ大切なものを得ることのできない修羅界でもある。
 だが、勝利の余韻が過ぎ去った後に、戦士たちに戻ってくるのが闘志とは限らない。忘れてはならないが、才人は元々はただの高校生、ルイズたちにしても、貴族として国のために命を捧げる覚悟は詰んできたものの、まだ十代の少年少女に過ぎない。
 そんな彼らに、戦争には必ず潜んでいるが、これまで大きく現れることのなかった魔物が、音もなく侵食しはじめてきていたのだ。
 
 
 確かにロマリアが主体となった戦争は終わり、聖戦は回避された。けれども、凶王ジョゼフのガリアがまだ残っている。鉄火なくしてこれを倒せると思っている人間はひとりもいなかった。
 また、次の戦争が始まる……対すべき敵はガリア王ジョゼフ。教皇と手を組み、世界を我が物にせんと企んでいたと目される無能王と、ガリア王家の正等後継者として帰って来たシャルロット王女との全面対決はもはや必至と誰もが思っていた。
 そして戦争の中心にいた才人やルイズたちも、ブリミルとの別れから、再会や出会いを経て、新たな戦いへ向けての準備を始めている。しかし彼らは、これが正しいことと理解しながらも一抹の寂しさを覚えていた。
「なんかタバサのやつ、ずいぶん遠くに行っちまった気がするな」
 才人は、ガリアの女王としてガリア兵士の前でふるまうタバサを見るたびにそう思うのだった。正確にはまだ正式に即位していないので女王というのは自称に過ぎないのだが、トリステインに投降したガリア兵をはじめ、ほとんどの人間がいまやシャルロット女王こそガリアの正統なる統治者だと認識していた。
 これはシャルロット王女が始祖ブリミルの直接の祝福を受けたことが最大の理由ではあるが、単純に、タバサの父であったオルレアン公の人気の高さと、ジョゼフの人望のなさが反映されたというのも大きい。
 オルレアン公が暗殺されたのは四年前。ルイズたちもまだまだ子供の頃で、しかも外国のことであるので当時は詳しくなかったのだが、まさか自分たちのクラスメイトがその渦中の人になるとは想像もできなかった。
「すんなりアンリエッタ女王に決まったトリステインは幸運だったのかもしれないわね。たったひとつの王の椅子を巡って家族で争う、ね……タバサ……でも、それがあの子の選んだ道なのよ。むしろ、これまで友人でいられたことのほうがおかしかったのよ」

808ウルトラ5番目の使い魔 59話 (4/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 11:49:37 ID:9ZOoAC8I
 ルイズも、もしもカトレアやエレオノールと争うことになっていたらと思うとぞっとした。自分は貴族の責務を背負っていることを自覚してきたが、王族の責務からしたら軽いものだ。
 今ではタバサにまともに話しかける機会さえなかなかない。しかしそんなわずかな機会に話した中でも、タバサはガリアのために女王となることに迷いを見せてはいなかった。
「本来はわたし一人であの男と決着をつけるつもりだった。でも、もうこれ以上わたしの私情で対決を引き伸ばして世界中に迷惑をかけるわけにはいかない。わたしはガリアの女王になる、これはもう決めたことだから」
 タバサにはっきりとそう告げられ、ルイズたちはそれ以上なにも言うことはできなかった。
「タバサもきっと、わたしたちと同じように異世界でいろんな経験をしてきたのよ。寂しいけど、きっとそれがガリアにとってもタバサ自身にとってもきっと一番いいことなんだわ」
「そうだよな、おれたちはタバサの意思を尊重しなくちゃいけない……ってのはわかってんだけど、もう学院に戻れてもタバサはいないんだぜ。やっぱり寂しいぜ」
「サイト、もうわたしたちの感情でどうこうできるレベルの話じゃないのよ。それに、寂しいっていうならキュルケが我慢してるのに、わたしたちが愚痴を言うわけにはいかないわよ」
 ふたりとも、タバサにはこれまで多くの借りがあった。それを返したい気持ちも多々あるが、ルイズの言うとおり、一国の運命がかかっているというのに自分たちの私情でタバサに迷惑をかけることはできなかった。
 ガリア王国がタバサの手に渡るか、それともジョゼフの手にあり続けるか。それによってガリアだけでも何十万人もの生死に関わってくることと言われれば、才人も返す言葉がなかった。こればかりはウルトラマンたちがいようとどうすることもできない。
 コルベールやギーシュたちも、タバサが実はガリアの王女だったと知って驚いたものの、今ではできるだけ彼女を支えるべく行動している。彼らはルイズと同じく、貴族や王族の責務というものを心得ていて、才人はギーシュたちのそんな切り替えの速さを見ながら、やはり自分はこの世界の人間とは異質な存在なんだなと心の片隅で思っていた。
「なあルイズ、確か学院の予定だったら、もうすぐ全校校外実習……要するに遠足だろ? せめてそれくらい」
「サイト! 今はそんなこと言ってる場合じゃないって何度言えばわかるのよ。今タバサがガリアを統治できたらハルケギニアはようやく安定できるわ。それが、一番多くの人のためになることで、それはタバサにしかできないことだって、これ以上言わせると承知しないわよ!」
「ご、ごめん。でも、どうしても釈然としなくてさ。やっと教皇を倒してホッとできると思ったらまた戦争だぜ。これで本当に平和が来るのかと思ってさ」
 才人の暗い表情に、ルイズも気分が悪いのは同調していた。
 もしもガリアをタバサが統治できれば、アルビオン・トリステイン・ガリアで強固な連帯が組まれてハルケギニアは安定する。そして三国が協調すればゲルマニアも追従せざるを得なくなる。ロマリアは勢力が大幅に減退してしまっており問題にならず、実質的にハルケギニアに平和が訪れるということになるのだ。
 もちろん、完全な平和とはいかないが、平和とは地球でも均衡の上に成り立つものだ。そもそも世界中の人間が心から仲良く、などとなれば『国』というものがいらなくなる。残念ながら、それが実現するのは遠い遠い未来のお話であろう。
 うかない気分をぬぐいきれずに、次の戦いの準備を進める才人たち。その様子を、ウルトラマンたちも複雑な心境で見守っていた。

809ウルトラ5番目の使い魔 59話 (5/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 11:56:30 ID:9ZOoAC8I
「長引きすぎる戦いに、皆が疲れ始めているようだ。しかし、我々にはどうすることもできない」
 再び旅立ったモロボシ・ダンが言い残した言葉である。彼をはじめ、どの世界のウルトラマンもこの戦争には関与できない。もしもジョゼフが怪獣を投入してきた場合は別だが、それ以外では静観するしかないのだ。
 この戦争は、あくまでハルケギニアの人間同士の勢力争いである。宇宙警備隊の範疇ではなく、我夢やアスカらにしても直接関わるのははばかられた。彼らは戦争中にヤプールや他の侵略者が介入してこないかを見張ってくれている。
 だが、彼らは外部からの侵略者よりも、この世界での友人たちの内面が受ける心配をしていた。特にウルトラマンアグルこと、藤宮博也はこの世界の状況を見て我夢にこう言っている。
「人間は、自分が”狙われている”という状況にいつまでも耐えられるほど強くはない。この世界の人間たちも、俺たちの世界の人間たちと同じ過ちを犯しかねない状況になっている」
 我夢や藤宮のいた世界では、いつ終わるともわからない破滅招来体との戦いの中で人間たちは焦り、地底貫通弾による地底怪獣の早期抹殺や、ワープミサイルでの怪獣惑星の爆破などといった強攻策を浅慮に選んで手痛い目に何度も会っている。M78世界でも、防衛軍内を騒然とさせた超兵器R1号計画の推移も、度重なる宇宙からの侵略に地球人たちが「いいかげんにしろ」としびれを切らせた気持ちがあったことをダンは理解している。戦いに疲れ果て、もう戦うのは嫌だという気持ちが人に正気を失わせてしまうのだ。
 今のハルケギニアは、長引く戦いで疲れが溜まりきってしまっている。このまま開戦すれば、決着を焦った人々によって何が起こるかわからない。ウルトラマンたちはそれを懸念していた。
 けれど、戦いを避けるという選択肢が実質ないことも皆が理解していた。当初、アンリエッタらは圧倒的戦力差を背景にしてジョゼフに生命の保証を条件に降伏を迫ろうと提案したが、タバサがジョゼフの異常性を主張して断念させた。
「忘れないでほしい。あの男は、王になるために自分の弟を殺した男だということを。そして、王でなくなったあの男を受け入れるところなんて世界中のどこにもない、ガリアの民がそれを許さないということを」
 一切の反論を封じる、タバサの氷のような視線が残酷な現実を突きつけていた。
 ジョゼフの積み上げてきた業は、もう生きて清算できるようなものではない憎悪をガリアの民から買っている。ガリアの民は、ジョゼフの支配が完全な形で終わることを望んでいた。
 
 トリステインでは、前の戦争で攻め込んできたガリア軍がそのままシャルロット女王の軍となり、ガリア解放のために動く準備を日々整えている。
 開戦の日は近い。才人たちは、あくまでもタバサに個人的に協力するという立場で、ひとつの街ほどの規模のあるガリア軍の宿営地で手伝いを続けていた。
 
 
 だが、戦いの火蓋は感情や理屈を無視して、文字通り災厄のように切って落とされた。

810ウルトラ5番目の使い魔 59話 (6/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 11:58:00 ID:9ZOoAC8I
「おわぁぁぁっ! なんだ、敵襲かぁ?」
 ガリア軍の宿営地に火の手があがった。同時に爆発音が鳴り、砂塵が舞い上がって悲鳴がこだまする。
 兵士たちの仮の寝床であるテントが次々と吹き飛ばされ、武器を持つ間もなく飛び出したガリア兵たちが右往左往と走り回る。
 それを引き起こしている元凶。それは、この一分ほど前、宿営地を襲った激震を前兆として現れた。
「地震か! おい、みんな外へ出ろ!」
 そのとき、テントの中では才人やルイズがギーシュたち水精霊騎士隊と休息をとっていた。しかし、突然の地震に驚き、とにかく外へと飛び出たとき、彼らは地中から空へと躍り出る信じられないものを目の当たりにしたのだ。
「サイト! あの円盤は」
「あれは! なんであれがまた!?」
 地中から現れて、宿営地を見下ろすように空に浮かんでいる光り輝くUFOの姿にルイズと才人は愕然とした。
 白色に輝くあのUFOは、一年前の雨の夜、リッシュモンが操ってトリスタニアを襲撃したものとまったく同じだったのだ。
 だがあれは確かに破壊したはず。それがなぜまた現れる!? 同じ型のUFOがまだあったのか? だがUFOは困惑する才人たちを尻目に、破壊光線を乱射して宿営地を攻撃し始めた。あまりに突然の襲撃に、宿営地は完全に秩序を失った混乱に陥っている。
「くそっ、考えてる暇はねえか。ルイズ、あいててて!」
「遅いわよバカ犬。このままじゃガリア軍はすぐ全滅しちゃうわ、戦えるのはわたしたちしかいない。行くわよ」
 ルイズは才人の耳を引っ張りながら連れ出そうとした。完全にふいを打たれたガリア軍に邀撃する術はなく、トリステインから援軍が来るのを待っている余裕もない。
 いや、迎え撃つ余裕があったとしても、竜騎士の力程度ではあのUFOに対抗する術はない。なにより、今ここを襲撃してくるのはジョゼフの息のかかったものに違いない。ここには全軍を統率する立場としてタバサもいる。タバサがやられたらガリアは完全におしまいだ。
「あんなのが出てきたなら、こっちだって遠慮する必要はないわ。わたしのエクスプロージョンで叩き落してあげる、それでダメならわかってるんでしょバカ犬!」
「わかったわかった! わかったからもうやめろってご主人様」
 UFOが相手ならウルトラマンAも遠慮する必要はない。ともかく、ギーシュたちの目の届かない場所に移動するのが先決だ。幸い連中もあたふたしていて、今ふたりが姿を消したとしても気づかれない。
 だが、UFOはふたりが行動を起こすよりも早く、下部からリング状の光線を放射して地上にあの怪獣を出現させた。黒光りするヌメヌメとした体表に、黄色い目を持ち、体から無数の触手を生やしたグロテスクなあの怪獣は。

811ウルトラ5番目の使い魔 59話 (7/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 11:59:15 ID:9ZOoAC8I
「アブドラールス! くそっ、あいつも前に倒したはずなのに。どっからまた出てきやがった!」
 才人が毒づく前で、アブドラールスはさっそく目から破壊光線を放って宿営地を破壊し始めた。その圧倒的な猛威の前には、ガリア軍は文字通り成すすべもない。
 もう躊躇している場合ではない。ここにいるウルトラマンはエースだけ、才人とルイズは急いで変身をしようと踵を返しかけた、だがその瞬間。
「うわっ! なんだこの突風は!?」
 猛烈な風が吹いて、才人は飛ばされそうになったルイズを抱きとめてかがんだ。
 うっすらと目を開けて見れば、さっきまでいたテントが突風にあおられて飛んでいき、ギーシュたちも手近なものに掴まってこらえている。
 あのUFOかアブドラールスの仕業か? だがどちらも突風を起こすような攻撃は持っていなかったはず、なのにと才人が考えたとき、空を見上げたルイズが引きつった声で才人に言った。
「サ、サイト、空を見て!」
「な、なんだよ……そんな……そんなことってあるかよ!」
 才人は自分の目が信じられなかった。空を飛びまわる船ほどもある巨大な鳥、それは以前にアルビオンで戦って倒したはずのあの怪獣。
「円盤生物サタンモア! どうなってんだ、なんでまた倒したはずの奴が」
 奴は確かにアルビオンで葬ったはず。しかし、驚くべきことはそれだけではなかった。サタンモアの背中に人影が現れ、才人とルイズにとって聞き覚えのある声で呼びかけてきたのだ。
「久しぶりだねルイズ、それに使い魔の少年!」
「その声、そんな……そんな、ありえない!」
「てめえ! なんでここにいやがる。てめえ、てめえは確かにあのときに」
 ルイズと才人にとっての忌むべき敵のひとり。トリステインの貴族の衣装をまとい、レイピア状の杖を向けてくるつば広の帽子をかぶった男。

812ウルトラ5番目の使い魔 59話 (8/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 12:00:56 ID:9ZOoAC8I
 だが、こいつはとうにこの世からいないはずだ。それが何故ここに? 才人とルイズの頭に怒りを上回る困惑が湧いてくる。
 混乱を増していく戦場。いったいなにが起こって、いや起ころうとしているのだろうか? これもジョゼフの策略なのだろうか?
 
 
 だが、混沌の元凶はジョゼフではなかった。それは、ジョゼフさえも観客として、自分が作り出したこの惨劇を遠くガリアのヴィルサルテイル宮殿から眺めている。
「さあ、楽しいショーが始まりましたよ。王様、とくとご覧ください。そうすれば私の言ったことが本当だとおわかりになるでしょう。そうしたら、私のお願い、かなえてくれますよね? ウフフフ」
「……」
 遠くトリステインの状況を映し出しているモニターを、ジョゼフが無言で見つめている。その表情にはいつもの自分を含めたすべてをあざ笑っているような余裕はなく、この男には似つかわしくはない緊張が張り付いていた。
 この部屋には、そんな様子を怒りをかみ殺しながら見守っているシェフィールドと、もうひとり人間ならざる者が宙にぷかぷか浮きながら楽しそうな笑い声を漏らしている。
 
 教皇に対してさえ平常を崩さなかったジョゼフに態度を変えさせる、こいつはいったい何者なのであろうか?
 それはむろん、ハルケギニアの者ではない。人間たちの思惑などは完全に無視して、戦争の気配が再度高まるハルケギニアに、誰一人として予想していなかった第三者が介入を計ろうとしていたのだ。
 
 それはこのほんの数時間前のこと。そいつは誰にも気づかれずに時空を超えてハルケギニアにやってくると、楽しそうに笑いながらガリアに向かった。
「ここが、ふふーん……なかなか良さそうな星じゃありませんか。ウフフフ」
 それは痛烈な皮肉であったかもしれない。今のガリアは王政府が混乱の巷にあり、貴族や役人たちが不毛な議論に時間を浪費し続けていた。もっともジョゼフはそんなことには何らの興味も持たず、タバサとの最後のゲームに向けて、機が熟するのを暇を持て余しながら気ままに待っていた。
 ジョゼフのいるのはグラン・トロワの最奥の王族の居住区。豪奢な寝室のテラスからは広大な庭園が一望でき、太陽の戻ってきた空の下で花や草が生き生きと美しく輝いている。それに対して、グラン・トロワの大会議室では大臣たちがシャルロット王女の立脚に対して、王政府はどう出ようかと紛糾しているのだが、ここには飽きもせず続いている罵詈雑言の嵐も届きはしない。
「まったく変なものだ。命が惜しければ、さっさと領地に逃げもどるなり、シャルロットに頭を下げるなりすればいいものを。いつまで宮殿に張り付いて、決まりもしない大義とやらを探し求めているのやら」

813ウルトラ5番目の使い魔 59話 (9/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 12:02:31 ID:9ZOoAC8I
「ジョゼフ様、彼らはせっかく手に入れた地位を奪われるのが怖いのですわよ。シャルロット姫が帰ってくれば、彼らは確実に失脚します。命は助けられたとしても、一生を閑職で過ごすことになるのは明白。他人を見下すことに慣れた人間は、自分が見下されるようになるのが我慢できないのですわ」
 傍らに控えるシェフィールドが疑問に答えると、ジョゼフは理解できないというふうに首を振った。
「人を見下すというものが、そんなにいいものなのか余にはわからぬな。余は王族だが、すべてにおいて弟に劣る兄として侍従にまで見下されて育ったものよ。増して、今は世界中の人間が余を無能王と呼んでいる。そんな無能王の家来が、いったい誰を見下せるのか? 大臣たちはそんなこともわからんと見える」
 心底あきれ果てた様子で笑うジョゼフに、シェフィールドはうやうやしく頭を下げた。
「まったくそのとおりです。やがてシャルロット姫は軍勢を率いてここに攻めてくるでしょう。彼らにはそのとき、適当な捨て駒になってもらいましょう」
「はっはは、捨て駒にしても誰も惜しまなさ過ぎてつまらんな。今やガリアの名のある者は続々とシャルロットの下に集っている。対して余にはゴミばかり……フフ、これだけ絶望的な状況でゲームを組み立てるのもまた一興。シャルロット、早く来い! ここは退屈で退屈でかなわん。俺の首ならくれてやるから、代わりに俺はガリアの燃える姿を見せてやる。そのときのお前の顔を見て、俺の心は震えるのか? 今の俺にはそれだけが楽しみなのだ」
 空に向かって吼えるジョゼフ。その顔には追い詰められた暴君が死刑台に怯える気配は微塵も無く、最後に己の城に火を放って全てを道連れにしようとする城主をもしのぐ、すべてに愛着を捨てた虚無の残り火だけがくすぶり続けていた。
 
 すでにジョゼフの胸中には、これから起こるであろう戦争をいかに凄惨な惨劇にしようかという試案がいくつも浮かんでいる。数万、数十万、うまくいけば数百万の人命を地獄の業火に巻き込む腹案さえもある。
 だが、シェフィールドに酌をさせながら思案をめぐらせるジョゼフの下に、突如どこからともなく聞きなれない笑い声が響いてきた。
「おっほっほほ、これはまた聞きしに勝るきょーおーっぷりですねえ。人の上に立つ者とは思えないその投げ槍っぷり、わざわざ足を運んだかいがあったというものです」
 わざと音程に抑揚をつけて、聞く相手を不快にさせるためにしゃべっているような声に、真っ先に反応したのは当然シェフィールドだった。「何者!」と叫び、声のした方向に立ちふさがってジョゼフを守ろうとする。
 そして声の主は、自分の存在を誇示するように堂々とふたりの前に現れた。
「どぉーも、はじめまして王様。本日はお日柄もよく、たいへんご機嫌うるわしく存じます。ううぅーん? この世界のお辞儀って、これでよかったですかね」
 敬語まじりではあっても明らかに相手を小ばかにした物言い。ジョゼフたちの前に現れたそいつは、身の丈こそ人間と同じくらいではあるものの、ハルケギニアのいかなる種族とも似ていないいかつい姿をしていた。

814ウルトラ5番目の使い魔 59話 (10/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 12:04:17 ID:9ZOoAC8I
 ”宇宙人か?” すでにムザン星人やレイビーク星人などの宇宙人をいくらか見知っていたシェフィールドはそう推測したが、そいつはシェフィールドの知っているいずれの星人とも似ていなかった。また、シェフィールドは自身の情報力で、ハルケギニアに現れたほかの宇宙人の情報も可能な限り調べ、その容姿も頭に入れていたが、やはりそのどれとも該当しない。仮にここに才人がいたとしても「知らない」と言うだろう。
 シェフィールドは長い黒髪の下の瞳を鋭く切り上げて、ほんの数メイル先で無遠慮に立っている宇宙人の悪魔にも似た姿を睨みつける。いざとなれば、その額にミョズニトニルンのルーンを輝かせ、隠し持った魔道具で八つ裂きにするつもりだ。
 だがジョゼフはシェフィールドを悠然と制し、目の前の宇宙人にのんびりと話しかけた。
「まあ待てミューズよ。余に害を成すつもりならば、頭にカビの生えた騎士でもなければさっさとふいをつけばいいだけであろう。はっはっはっ、ロマリアの奴といい、悪党はノックをせずに入ってくるのが世界的なマナーらしいな」
「あら? 私としたことが誰かの二番煎じでしたか。これは恥ずかしい、次からは花束でも持参で来ることにいたしましょう。あっと、申し送れました。私、こういう者で、この方の紹介で参りました」
 わざとらしい仕草でジョゼフのジョークに答えると、宇宙人は二枚の名刺を取り出してシェフィールドに手渡した。
 ご丁寧にガリア語で書いてある名刺の一枚はその宇宙人の名前が、もう一枚にはジョゼフとシェフィールドのよく知っているあいつの名前が書かれていた。
「チャリジャ……」
「ほう? あいつの名前も久しぶりに聞いたな。なるほど、あいつの知り合いか」
 シェフィールドは面倒そうに、ジョゼフは口元に笑みを浮かべながらつぶやいた。
 宇宙魔人チャリジャ、別名怪獣バイヤー。過去に、ふとしたことからハルケギニアを訪れ、この世界で怪獣を収集するかたわらジョゼフにも色々と怪獣や異世界の珍しいものを提供してくれた。商人らしく、やるべきことが済むとハルケギニアから去っていってしまったが、小太りで白塗りの顔におどけた態度は忘れようも無く覚えている。
 まさかチャリジャの名前をまた聞くことになるとは思わなかった。異世界のことは自分たちには知る方法もないが、どうやら元気に商売にせいを出しているらしい。それでと、ジョゼフが視線を向けるとそいつは楽しそうにチャリジャとの関係を話し出した。
「ええ、私もいろいろなところを歩き回ることの多いもので、彼とはある時に偶然出会って意気投合しましてねえ。それで、とある怪獣のお話になったところで、彼からあなたとこの世界のことを聞きまして。私の目的にベリーフィット! ということなのではるばるやってきた次第です」
「それはまたご苦労なことだな。で? お前は余に何の用があるというのだ? 余は退屈してたところだ、少し前まで多少は楽しいゲームを提供してくれていた奴がいたのだが、勝手に負けていなくなってしまってな。この世界が欲しいというなら手を貸してやらんでもないぞ? うん?」
 やや嫌味っぽく言うジョゼフは、その態度で相手を計ろうとしていた。これまで自分に興味を持って利用しようと接触してきた奴はいろいろいたが、いずれも途中で脱落していった。ましてやこれから始めるゲームは、シャルロットとの最後の対戦になることは確実なのだ、三下を入れてつまらなくはしたくない。

815ウルトラ5番目の使い魔 59話 (11/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 12:05:12 ID:9ZOoAC8I
 しかし、宇宙人はジョゼフの嫌味に気分を害した風もなく、むしろ肩を揺らして笑いながら言った。
「いえいえ、侵略などとんでもない。ウルトラマンがこれだけ守ってるところに侵略をかけるなんて、やるならもっと強いお方と組みますとも。実は私、同胞がちょっと面白そうなことを計画していましてね。その手伝いをできないかと考えていたのですが、あなたを利用するのが一番手っ取り早いと……おっと、私ったら余計なことまで言っちゃいました。気にしないでください」
 その言い返しにシェフィールドは唇を歪めた。間接的にジョゼフを馬鹿にされただけでなく、おどけた口調の中でもこちらを見下す態度を隠そうともしていない。話しているときの不快度ではチャリジャやロマリアの連中以上かもしれない。
 だがジョゼフは相変わらず気にもせずに薄ら笑いを続けている。元より傷つけられて困るプライドがないせいもあり、何事も他人事を言っているようにも聞こえる不快な態度をとるのは彼も似たようなものである。
「ははは、よいよい、悪党は悪党らしくせねばな。それで、余にどうしろというのだ? 悪事の片棒を担ぐのはやぶさかではないが、余もそこまで暇ではない。利用されるかいがあるような、それなりに立派な目的なのかな、それは?」
 つまらない理由なら盛大に笑ってやるつもりでジョゼフはいた。宇宙人を相手にしてはミョズニトニルンや自分の虚無の魔法でもかなわない公算が高いが、かといって惜しい命も持ち合わせてはいない。
 宇宙人は、その手を顔に当てて大仰に笑った仕草をとった。どうやらジョゼフの物怖じしない態度が気に入ったらしい。そいつは、ジョゼフに自分の目的を語って聞かせると、さらに得意げに言った。
「……と、いうわけでご協力をいただきたいのですよ。どうです? 王様に損はないでしょう。それに、王様と王女様のゲームとしても存分に楽しめると思いますよ。なにより、私も見てて面白そうですしねえ」
「なるほど、確かに一石二鳥で、しかも余から見てさえ悪趣味なことこの上無いゲームだな……だが、貴様はひとつ忘れているぞ。そのゲーム、余はともかくとしてシャルロットが乗ってこなければ話になるまい。あの娘がこんな舞台に乗ってくるとは思えんがな」
「だぁいじょうぶですとも! チャリジャさんからそのあたりの事情はよーく聞き及んでおります。ですから、あなた方に是非とも参加いただけるほどの、素敵な景品をプレゼントさせていただきますよ。ゲームが終わった暁には、王様へのお礼もかねて、
なな、なんと特別に!」
 宇宙人は高らかに、ジョゼフに向かって『豪華プレゼント』の中身を暴露した。
 その内容に、シェフィールドは戦慄し、そしてジョゼフも。
「な、んだと……?」
 なんと、ジョゼフの表情に狼狽が浮かんでいた。あの、自分を含めた世界のすべてに対して唾を吐きかけて踏みにじってなお、眉ひとつ動かさないほどにこの世に冷め切っているジョゼフがである。

816ウルトラ5番目の使い魔 59話 (12/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 12:05:59 ID:9ZOoAC8I
 あの日以来、何年ぶりかになる脂汗がジョゼフの額に浮かんでくる。だが宇宙人は、ジョゼフとシェフィールドが怒声を上げるより早く、勝ち誇るように宣言してみせた。
「おやおや、ご信用いただけない様子? では、お近づきの挨拶もかねて軽いデモンストレーションをいたしましょう。それできっと、私の言うことが本当だと信じていただけるでしょう。フフ、アーッハッハハ!」
 狂気さえにじませる宇宙人の笑い声がグラン・トロワに響き渡った。
 この日を境に、ジョゼフとタバサの最後の決闘となるはずだった歴史は、いたずらな第三者の介入によって狂い始める。その魔の手によって混沌と化していく未来が、魔女の顔をして幕から姿を現そうとしている。
 
 
 所は移り変わってトリステイン。時間を今に戻して、燃え盛る宿営地に二匹の怪獣が暴れ周り、人とも物ともつかぬものが舞い上げられていく。
 その頃、タバサは北花壇騎士として培った経験からすぐに衝撃から立ち直り、杖を持って飛び出していた。そしてすぐにトリステインに連絡をとり、援軍を要請するよう指示を出すとともに混乱する軍をまとめるために声をあげる。そこには戦士としてのタバサではなく、指導者としてのタバサがいた。
 タバサは、この襲撃がジョゼフによるものであることを確信していた。戦争が始まる前に、反抗勢力ごと自分を抹殺するつもりなのか? だけど、わたしはあなたの首をとるまでは死ぬつもりはない。
 だがタバサといえども、これがそんな常識的な判断によるものではなく、よりひねくれた、より壮大且つ宇宙全体に対して巨大な影響を与えるほどの計画の前哨であることを知る由もなかった。
 そして、これがタバサとジョゼフの最後の対決を、まったく誰も予測していなかった方向へ導くことも、ハルケギニア全体に壮大な悲喜劇を撒き散らすことも誰も知らない。
 
 それでも、運命の歯車は無慈悲に回り続けている。
 空を飛ぶサタンモアの背に立つ男から、ウィンドブレイクの魔法が地上の才人めがけて撃ちかけられてきた!

817ウルトラ5番目の使い魔 59話 (13/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 12:07:11 ID:9ZOoAC8I
「相棒、俺を使え!」
「わかったぜ!」
 才人は背中に手を伸ばし、再生デルフリンガーを抜き放った。
「でやぁぁぁっ!」
 魔法の風が刀身に吸い込まれ、才人とルイズには傷一つつけられずに消滅した。しかし、男はむしろ楽しそうにあざ笑う。
「どうやら腕は落ちていないようだね使い魔の少年、そうこなくては面白くない。以前の借りをルイズともどもまとめて返させてもらおうか」
「てめえこそ、どうやら幽霊じゃねえみたいだな。いったいどうやって戻ってきやがった、ワルド!」
 
 倒したはずの怪獣、死んだはずの人間。それが現れてくる理解不能な現実。
 常識は非常識に塗り替えられ、前の編の総括すらすまないまま、新たな幕開けは嵐のようにやってきた。
 役者はまだ舞台に上がりきってすらいない。しかし、客席から乱入してきた飛び入りによってカーテンコールは強要され、悲劇の幕開けは笑劇へと変えられた。
 それでも運命という支配人は残酷な歯車を回し続ける。舞台セットや奈落が勝手に動き回る狂乱の舞台が、ここに始まった。
 
 
 続く

818ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 12:11:59 ID:9ZOoAC8I
今回はここまでです。新章初、お楽しみいただけたでしょうか。
最初ですので勢いとインパクト重視でいきました。そのせいでハルケギニアに来たアスカや我夢たちがどうしたのかということを楽しみにしていただいていた方にはすみませんが、それらも順を追って書いていきますのでお待ちください。

819ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/08(木) 03:39:36 ID:hRNpquWg
5番目の人、乙です。続く形で投下します。
開始は3:42からで。

820ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/08(木) 03:43:02 ID:hRNpquWg
ウルトラマンゼロの使い魔
第百四十四話「六冊目『大決戦!超ウルトラ8兄弟』(その2)」
双頭怪獣キングパンドン
地獄星人スーパーヒッポリト星人
剛力怪獣キングシルバゴン
超力怪獣キングゴルドラス
風ノ魔王獣マガバッサー
土ノ魔王獣マガグランドキング
水ノ魔王獣マガジャッパ
火ノ魔王獣マガパンドン 登場

 ルイズの魔力を奪った『古き本』も遂に最後の一冊となった。最後の本は、かつてウルトラマン
メビウスが赤い靴の少女に導かれて迷い込んだパラレルワールドの地球。そこにはウルトラ戦士は
いないのだが、そんな世界を侵略者が狙っている。才人とゼロは位相のずれた空間で、キングゲスラに
襲われる青年を発見するが、何故かメビウスが現れない。その時ゼロは気がついた。この物語では、
自分たちがメビウスの役割を果たすのだと! キングゲスラを撃退したゼロたちは、青年――
マドカ・ダイゴと邂逅を果たす。

 ダイゴに赤い靴の少女から聞かされた、「七人の勇者」のことを話した才人は、それらしい
人たちに心当たりがあるというダイゴに導かれて、ある四人のところへ行った。
「おお、ダイゴ君。そちらは?」
 その四人とは、自転車屋のハヤタ、ハワイアンレストラン店主のモロボシ・ダン、自動車
整備工場の郷秀樹、パン屋の北斗星司。……ゼロがよく知っている、ウルトラマン、セブン、
ジャック、エースの地球人としての姿そのままであった。ダイゴは彼らがウルトラ戦士に
変身するのを幻視したのだという。
 だがこの世界での彼らは、ウルトラ戦士ではない普通の地球人であった。ウルトラ戦士に
変身する力を秘めているのはまず間違いないであろうが、それはどうやったら目覚めさせる
ことが出来るのだろうか……。
『ゼロ、ウルトラマンメビウスから方法とか聞いてないのか?』
『いや……詳しいこと聞いた訳じゃねぇからなぁ……』
 才人が困っているのを見て取って、ダイゴが励ますように告げた。
「まだ、あきらめることないよ。だって……あの四人は、この世界でもヒーローだから。
いくつになっても夢を忘れないって言うか、カッコよくて、小さい頃と同じように
憧れられる、特別な人たち……。だから、きっと思い出すと思うんだ! 自分たちが、
別の世界ではウルトラマンだったってこと!」
「そうですね……俺も信じます!」
 ダイゴの呼びかけに才人が固くうなずくと、ダイゴはふとつぶやいた。
「でも、残る三人の勇者は誰なんだろう。この街のどこかにいるのかな」
 すると才人が告げる。
「その内の一人は、ダイゴさんだと俺は思います!」
「えぇッ!? 俺!?」
 仰天して目を丸くしたダイゴは、ぶんぶん首を振って否定した。
「そ、それはないよ! 僕なんかは、ハヤタさんたちとは全然違うから……夢も途中で
あきらめてしまったし……僕にウルトラマンになる資格なんてないよ」
 自嘲するダイゴに、才人は熱心に述べる。
「いいえ。ダイゴさんには強い勇気があるじゃないですか。俺たちが危ない時に、危険に
飛び込んで助言をくれました」
「あ、あの程度のこと、別に普通さ……」
「いえ、勇気があってこそです」
 ダイゴに己のことを語る才人。
「俺も初めは、特に取り柄のない普通の人間でした。だけど勇気を持ったから、今でも
ウルトラマンゼロなんです。勇気を持つ人は……誰でもウルトラマンになれます!」
「才人君……」

821ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/08(木) 03:45:00 ID:hRNpquWg
 熱を込めて呼び掛けていた才人だったが、その時にゼロが警戒の声を発する。
『才人ッ! やばいのが近づいてきたぜ!』
「ッ!」
 バッと振り返った才人の視線の先では、海から怪しい竜巻が沿岸の工場地区にまっすぐ
上陸してきた。その竜巻が消え去ると、真っ赤な双頭の怪獣が中から姿を現す!
「キイイイイイイイイ! キュイイイイイイ!」
「怪獣!?」
 才人は工場区で暴れ始める怪獣に酷似したものを二度見覚えがあった。
「あいつは、パンドン!」
 パンドンが強化改造されて生み出された、キングパンドンだ! ダイゴは現実に現れた
怪獣の姿に驚愕する。
「でも、どうして!? 僕の住む世界に、本物の怪獣はいないはずなのに……!」
「誰かが呼び寄せたんです! それが、少女の言った勇者が必要な理由……!」
 キングパンドンは火炎弾を吐いて街への攻撃を始める。こうしてはいられない。
「ダイゴさん!」
「……行くんだね……戦いに……!」
 うなずいた才人は前に飛び出し、ゼロアイを取り出す。
「デュワッ!」
 才人はすぐさまウルトラマンゼロに変身を遂げ、パンドンの前に立ちはだかった! パンドンは
即座に敵意をゼロに向ける。
『さぁ……これ以上の暴挙は二万年早いぜ!』
 下唇をぬぐったゼロに、パンドンは火炎弾を連射して先制攻撃を仕掛ける。
「キイイイイイイイイ! キュイイイイイイ!」
『だぁッ!』
 だがゼロは相手の出方を読み、素手で火炎弾を全て空に弾いていく。
『行くぜッ!』
 頃合いを見て飛び出し、パンドンに飛び掛かろうとするも、その瞬間パンドンは双頭から
赤と青の二色の破壊光線を発射した!
 反射的に腕を交差してガードしたゼロだが、光線は防御の上からゼロを押してはね飛ばす。
『うおあッ! 何つぅ圧力だ……!』
 キングパンドンは極限まで戦闘に特化された個体。そのパワーは通常種のパンドン、
ネオパンドンをも上回るのだ。
「キイイイイイイイイ! キュイイイイイイ!」
 仰向けに倒れたゼロに対し、パンドンは破壊光線を吐き続けて執拗に追撃する。
『ぐわあああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!』
 ゼロの姿が爆炎の中に呑み込まれる。
「キイイイイイイイイ! キュイイイイイイ!」
 高々と勝ち誇ったパンドンは、今度は街を手当たり次第に破壊しようとするが……その二つの
脳天に手の平が覆い被さった!
『なんてな!』
「!!?」
 ゼロが器用に、パンドンの首を支えにして逆立ちしたのだ!
「キイイイイイイイイ! キュイイイイイイ!」
『自分の攻撃で自分の視界をさえぎってちゃ世話ねぇな! はぁッ!』
 ゼロはグルリと回ってパンドンの後頭部に強烈なキックを炸裂した。蹴り飛ばされたパンドンだが
反転して再度火炎弾を連射する。
『そいつは見切ったぜ!』
 しかしゼロはゼロスラッガーを飛ばして全弾切り落とし、更にパンドンの胴体も斬りつける。
「キイイイイイイイイ!!」
『行くぜッ! フィニッシュだぁッ!』
 左腕を横に伸ばし、ワイドゼロショット! 必殺光線がキングパンドンに命中して、瞬時に
爆散させた!

822ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/08(木) 03:47:45 ID:hRNpquWg
「やったッ!」
 短く歓声を発したダイゴに、ゼロはサムズアップを向ける。ダイゴもサムズアップで応えるが……。
『ッ!』
 ゼロの周囲にいきなり透明なカプセルが現れる! ――その寸前に、ゼロは側転でカプセルを
回避した。
『危ねぇッ!』
 ぎりぎりでカプセルに閉じ込められるのを逃れたゼロの前に、空から怪しい黒い煙が渦を
巻いて降ってくる。
『ほぉう……よく今のをかわしたものだな。完全な不意打ちのはずだったが……』
『へッ……似たようなことがあったからな』
 黒い煙が実体化して出現したのは、ヒッポリト星人に酷似した宇宙人……より頭身が上がり、
力もまた増したスーパーヒッポリト星人だ! 今のはヒッポリトカプセル……捕まっていたら
間違いなくアウトであった。
 十八番のカプセルを避けられたヒッポリト星人だが、その態度に余裕の色は消えない。
『だが、お前のエネルギーは既に消耗している。どの道貴様はこのヒッポリト星人に倒される
運命にあるのだ!』
 ヒッポリト星人の指摘通り、ゼロのカラータイマーはキングパンドン戦で既に赤く点滅していた。
さすがにダメージをもらいすぎたか。
『ほざきな。テメェをぶっ倒す分には、何ら問題はねぇぜ!』
 それでもひるまないゼロであったが、ヒッポリト星人は嘲笑を向ける。
『馬鹿め。怪獣があれで終わりだとでも思ったかッ!』
 ヒッポリト星人が片腕を上げると、地面が突如陥没、また空間の一部が歪み、この場に
新たな怪獣が二体も出現する!
「グルウウウウゥゥゥゥ!」
「ギュルウウウウゥゥゥゥ!」
 キングゲスラやキングパンドンと同様に、強化改造を施されたキングシルバゴンとキング
ゴルドラスだ! 新たな怪獣の出現に舌打ちするゼロ。
『くッ、まだいやがったか。だが三対一だって俺は負けな……!』
 言いかけたところで、空から黒い煙が四か所、ゼロの四方を取り囲むように降り注いだ!
『何!?』
 黒い煙はヒッポリト星人の時のように、それぞれが怪獣の姿になる。
「ミィィィィ――――! プォォォ――――――!」
「グルウウウゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
「グワアアアァァァァァ! ジャパッパッ!」
「ガガァッ! ガガァッ!」
 鳥のような怪獣、グランドキングに酷似したもの、魚と獣を足し合わせたような怪物、
またパンドンに酷似した個体の四種類。それらは皆額に赤く禍々しい色彩のクリスタルが
埋め込まれていた。
『な、何だこいつらは……!』
 この四種は、あるモンスター銀河から生まれた「魔王獣」という種類の怪獣たち。風ノ魔王獣
マガバッサー、土ノ魔王獣マガグランドキング、水ノ魔王獣マガジャッパ、火ノ魔王獣マガパンドン。
内の一体を、現実世界のあるレベル3バースにて封印することになるということを、今のゼロは
まだ知らない。
 それより今はこの現状だ。さすがのゼロも、カラータイマーが点滅している状態で七体もの
敵に囲まれるのは厳しいと言わざるを得ない!
「ミィィィィ――――! プォォォ――――――!」
 しかし怪獣たちは情け容赦なく攻撃を開始する。まずはマガバッサーが大きく翼を羽ばたかせて
猛烈な突風を作り出し、ゼロに叩きつける。
『うおぉッ!』
「ガガァッ! ガガァッ!」
 身体のバランスが崩れたゼロに、マガパンドンが火炎弾を集中させる。
『ぐあぁぁぁッ!』
 灼熱の攻撃をゼロはまともに食らってしまった。更にキングシルバゴンも青い火炎弾を吐いて
ゼロを狙い撃ちにする。

823ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/08(木) 03:49:39 ID:hRNpquWg
「グルウウウウゥゥゥゥ!」
『がぁぁッ! くッ、このぉッ!』
 瞬く間に追いつめられるゼロだが、それでもただやられるだけではいられないとばかりに
エメリウムスラッシュを放った。
 しかしキングゴルドラスの張ったバリヤーにより、呆気なく防がれてしまう。
「ギュルウウウウゥゥゥゥ!」
 ゴルドラスはカウンター気味に角から電撃光線を照射してきた。ゼロはそれを食らって、
更なるダメージを受ける。
『あぐあぁぁッ! くっそぉッ……!』
 それでもあきらめることのないゼロ。光線が駄目ならと、頭部のゼロスラッガーに手を掛けたが、
「グワアアアァァァァァ! ジャパッパッ!」
 そこにマガジャッパがラッパ状の鼻から猛烈な臭気ガスを噴き出す。
『うわあぁぁぁッ!? くっせぇッ!!』
 考えられないレベルの悪臭に、ゼロも我慢がならずに悶絶してしまった。その隙を突いて、
スーパーヒッポリト星人が胸部からの破壊光線をぶちかましてきた。
『うっぐわぁぁぁぁぁぁぁッ!』
 逆転の糸口を掴めず、一方的にやられるままのゼロ。ヒッポリト星人は無情にもとどめを宣告する。
『そこだ! やれぇッ!』
「グルウウウゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
 マガグランドキングの腹部から超威力の破壊光線が発射され、ゼロの身体を貫く!
『が――!?』
 ゼロもとうとう巨体を維持することが叶わなくなり、肉体が光の粒子に分散して消滅してしまった。
「なッ!? さ、才人君ッ!」
 ダイゴは大慌てでゼロの消えた地点へと走り出す。一方でゼロを排除したヒッポリト星人は
高々と大笑いした。
『ウワッハッハッハッ! ウルトラマンはこのヒッポリト星人が倒した! これで邪魔者はいない! 
人間どもよ、絶望しろぉぉ――――!』
「グルウウウウゥゥゥゥ!」
「ギュルウウウウゥゥゥゥ!」
「ミィィィィ――――! プォォォ――――――!」
「グルウウウゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
「グワアアアァァァァァ! ジャパッパッ!」
「ガガァッ! ガガァッ!」
 ヒッポリト星人の命令により、怪獣たちは思いのままに街を破壊し始める。巨体が街中を蹂躙し、
竜巻が街の中心を襲い、ビルが次々地中に沈んでいき、悪臭が広がり、火が街全体を焼いていく。
地獄絵図が展開され始めたのだ。
 そんな中でもダイゴは懸命に走り、ゼロの変身が解けた才人が倒れているのを発見した。
すぐに才人の上半身を抱えて起こすダイゴ。
「大丈夫か!? しっかりしてくれ!」
「うぅ……」
 才人はひどい重傷であった。ゼロの時にあまりにも重いダメージを受けてしまったのが、
彼の身体にも響いているのだ。
 息も絶え絶えの才人であったが、最後に残った力を振り絞って、己を介抱するダイゴの
手を握って告げる。
「あ、後のことはどうか……七人の勇者を見つけて……そして……」
 うっすら目を開いて、視界がかすれながらもダイゴの顔をまっすぐ見つめる。
「ダイゴさん……この世界を、救って下さい……!」
「そ、そんな! だから俺は勇者なんて……おい!?」
 困惑するダイゴだが、才人はそれを最後に意識の糸が切れた。
「しっかりするんだ! おーいッ!!」

824ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/08(木) 03:51:54 ID:hRNpquWg
 ダイゴの必死の呼びかけが徐々に遠のいていき、才人の意識は闇に沈んでいった……。

「……はッ!?」
 次に目が覚めた時に視界に飛び込んできたのは、真っ白い天井だった。
 バッと身体を起こして周囲に目を走らせると、病院の病室であることが分かった。身体には
何本ものチューブがつながれている。あの状況で救急車がまともに機能しているとは思えない。
ダイゴがここまで担ぎ込んでくれたのだろう。
 しばし呆然としていた才人だったが、遠くから怪獣の雄叫びと破壊の轟音、人々の悲鳴が
耳に入ったことで我に返る。
「あれからどれくらい時間が経ったんだ!? こうしちゃいられない! 早く行かないと……うッ!」
 チューブを無理矢理引き抜いてベッドから離れようとする才人だが、その途端よろめいた。
いくらウルトラマンと融合して超回復力を得たとしても、さすがに無理がある。
『無茶だ才人! その身体じゃ!』
 ゼロが制止するのも、才人は聞かない。
「けど、俺が行かなきゃこの世界が……! ルイズも……!」
 ここまで来たのだ。最後の最後で失敗したなんてことは、才人には耐えられなかった。
傷ついた身体を押して、才人は病室から飛び出す。
 病院は至るところ、数え切れないほどの怪我人でごった返していた。それほどまでの被害が
出てしまったことの証明だ。才人は下唇を噛み締めた。
 怪我人たちをかき分けてどうにか病院の外に出て、遠景を見やると、夜の闇に覆われた
横浜の街の中でヒッポリト星人と怪獣たちがなおも大暴れを続けていた。あちこちから
火の手が上がり、まるで地獄が地の底から這い出てきたかのようだ。
「くッ……これ以上はやらせねぇぜ……!」
 人の姿のないところへと駆け込んで、再度ゼロアイで変身しようとするが……それを
ゼロに呼び止められた。
『待て才人! あれを見ろッ!』
 ゼロが叫んだその瞬間、街の間から突然光の柱が立ち上った!
「あの光は……!?」
 才人はその光がどういう種類のものかをよく知っていた。いつもその身で体感しているからだ。
 果たして、光の中から現れたのは……銀と赤と紫の体色をした巨人! 胸にはカラータイマーが
蒼く燦然と輝いている!
 ゼロがその戦士の名を口にした。
『ウルトラマンティガだッ!』
 才人はひと目で、あのティガが誰の変身したものかということを見抜いた。
 ダイゴが……勇者として、ウルトラマンティガとして目覚めたのだ!

825ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/08(木) 03:52:54 ID:hRNpquWg
今回はここまでです。
改造パンドンを除けば、パンドン種コンプリート。

826名無しさん:2017/06/12(月) 01:39:19 ID:Hb7VX43o
ウルトラの人達乙です。
ウルトラ5番目の新キャラ、誰だ・・・?
ティガかダイナにこんな奴いたっけ?

827ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/15(木) 23:51:22 ID:KySqBsyk
こんばんは、焼き鮭です。続きの投下を行います。
開始は23:53からで。

828ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/15(木) 23:54:22 ID:KySqBsyk
ウルトラマンゼロの使い魔
第百四十五話「六冊目『大決戦!超ウルトラ8兄弟』(その3)」
地獄星人スーパーヒッポリト星人
剛力怪獣キングシルバゴン
超力怪獣キングゴルドラス
風ノ魔王獣マガバッサー
土ノ魔王獣マガグランドキング
水ノ魔王獣マガジャッパ
火ノ魔王獣マガパンドン
究極合体怪獣ギガキマイラ
巨大暗黒卿巨大影法師 登場

 最後の本の世界への冒険に挑む才人とゼロ。最後の世界は、メビウスが不思議な赤い靴の少女に
導かれて入り込んだもう一つの地球の世界。ここで才人たちはメビウスの代わりに、侵略者に立ち向かう
七人の勇者を探すことに。しかしまだ一人も見つけられていない内に、怪獣キングパンドンが
襲撃してきた! それはゼロが倒したのだが、直後に怪獣を操るスーパーヒッポリト星人が出現し、
キングシルバゴンとキングゴルドラス、更には四体の魔王獣をけしかけてくる。さしものゼロも
この急襲には耐え切れず、とうとう倒れてしまった。どうにかダイゴに救われた才人だが、重傷にも
関わらず再度変身しようとする。だがその時、暴れる怪獣たちの前にウルトラマンティガが立ち上がった。
勇者として目覚めたダイゴが変身したのだ!

「ヂャッ!」
 我が物顔に横浜の街を蹂躙する邪悪なヒッポリト星人率いる怪獣軍団の前に敢然と立ち
はだかったのは、ダイゴの変身したウルトラマンティガ。その勇姿を目の当たりにした
人々は、それまでの疲弊と絶望の淵にあった表情が一変して、希望溢れるものに変わった。
「ウルトラマンだ……!」
「ウルトラマンが来てくれた……!」
「頑張れ! ウルトラマーン!!」
 街の至るところでウルトラマンティガを応援する声が巻き起こる。そして才人も、感動を
顔に浮かべてティガを見つめていた。
「ダイゴさん……変身できたのか……!」
『ああ……! この物語も、ハッピーエンドの糸口が見えてきたな!』
 ヒッポリト星人はティガに対してキングシルバゴン、キングゴルドラスをけしかける。
しかしティガは空高く飛び上がって二体の突進をかわすと、空に輝く月をバックにフライング
パンチをシルバゴンに決めた。
「グルウウウウゥゥゥゥ!」
 ティガの全身の体重と飛行の勢いを乗せた拳にシルバゴンは大きく吹っ飛ばされた。ゴルドラスは
ティガに背後から襲いかかるが、すかさず振り返ったティガはヒラリと身を翻して回避しながら
ゴルドラスのうなじにカウンターチョップをお見舞いする。
「ギュルウウウウゥゥゥゥ!」
 魔王獣たちも続いてティガに押し寄せていくが、ティガはその間を縫うように駆け抜けながら
互角以上の立ち回りを見せつけた。
「いいぞ! ティガーッ!」
 才人は興奮してティガの奮闘ぶりに歓声を上げた。……しかし、所詮は多勢に無勢。やはり
一対七は限界があり、ヒッポリト星人の放った光線が直撃して勢いが止まってしまう。
「ウワァッ!」
「あぁッ! ティガがッ!」
 ティガの攻勢が途絶えた隙を突き、怪獣たちは彼を袋叩きにする。挙句にティガはヒッポリト
カプセルに閉じ込められてしまった!
「まずい!」
 ヒッポリトカプセルが中からは破れない、必殺の兵器であることを才人たちは身を持って
体験している。才人はティガを救おうとゼロアイを手に握った。
「ゼロ、行こう! ティガを助けるんだ!」
『よぉしッ!』

829ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/15(木) 23:56:41 ID:KySqBsyk
 今度はゼロも止めなかった。
 が、しかし、才人がゼロアイを身につけるより早く、夜の横浜に更なる二つの輝きが生じる。
「! あれは、まさか……!」
『二人目と三人目の勇者か……!』
 ティガに続くように街の真ん中に立った銀、赤、青の巨人はウルトラマンダイナ! そして
土砂を巻き上げながら着地した赤と銀の巨人はウルトラマンガイアだ!
「ジュワッ!」
「デュワッ!」
 並び立ったダイナとガイアは同時に邪悪な力を消し去る光線、ウルトラパリフィーを放って
ヒッポリトカプセルを破壊し、ティガを解放した。助け出されたティガの元へダイナ、ガイアが
駆け寄る。
 三人のウルトラマンが並び立ち、ヒッポリト星人の軍勢に勇ましく立ち向かっていく!
「ダイナとガイアが、ティガのために立ち上がってくれたのか……!」
 感服で若干呆けながら、三人の健闘を見つめる才人。
 ティガはヒッポリト星人、ダイナはシルバゴン、ガイアはゴルドラスに飛び掛かっていく。
一方で四体の魔王獣は卑怯にも三人を背後から狙い撃ちにしようとするが、その前には四つの
光が立ちはだかった。
「ヘアッ!」
「デュワッ!」
「ジュワッ!」
「トアァーッ!」
 才人もゼロもよく知るウルトラ兄弟の次男から五男までの戦士、ウルトラマン、ウルトラセブン、
ウルトラマンジャック、そしてウルトラマンエース! この世界のハヤタたちが変身したものに違いない。
「七人のウルトラマンが出そろった!」
『勇者全員が覚醒したってことだな……!』
 ウルトラマンたちはそれぞれマガグランドキング、マガパンドン、マガジャッパ、マガバッサーに
ぶつかっていき、相手をする。これで頭数はそろい、各一対一の形式となった。
 七人の勇者が邪悪の軍勢相手に奮闘している様をながめ、才人はポツリとゼロに話しかける。
「なぁ、ゼロ……俺はさっきまで、俺たちが頑張らないとこの世界は救われないって、そう思ってた。
俺たちが物語を導いていくんだって」
『ん?』
「でも違ったな。ダイゴさんは、俺たちが倒れてる間に自分の力で変身することが出来た。
他の人たちも……。思えば、これまでの物語の主人公たちも、みんな強い光の意志を持ってた。
俺たちはそれを後押ししてただけだったな」
 と語った才人は、次の言葉で締めくくる。
「たとえ本の中の世界でも、人は自分の力で光になれるんだな」
『ああ、違いねぇな……』
 才人とゼロが語り合っている間に、ウルトラ戦士対怪獣軍団の決着が次々ついていこうと
していた。
「ヘアッ!」
「ミィィィィ――――! プォォォ――――――!」
 空を飛んで上空から竜巻を起こそうとするマガバッサーに、エースがウルトラスラッシュを
投げつけた。光輪は見事マガバッサーの片側の翼を断ち切り、バランスを崩したマガバッサーは
空から転落。
「デッ!」
 エースは落下してきたマガバッサーに照準を合わせ、虹色のタイマーショットを発射。
その一撃でマガバッサーを粉砕した。
「シェアッ!」
「グルウウウゥゥゥゥゥゥゥゥ!」

830ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/16(金) 00:00:15 ID:uyQASVdY
 ウルトラマンは非常に強固な装甲を持つマガグランドキングに、両手の平から渦巻き状の
光線を浴びせた。するとマガグランドキングの動きが止まり、ウルトラマンの指の動きに
合わせてその巨体が宙に浮かび上がる。これぞウルトラマンのとっておきの切り札、ウルトラ
念力の極み、ウルトラサイコキネシスだ!
「ヘェアッ!」
 ウルトラマンがマガグランドキングをはるか遠くまで飛ばすと、その先で豪快な爆発が発生。
マガグランドキングは撃破されたのだった。
「ヘアァッ!」
 ジャックは左手首のウルトラブレスレットに手を掛け、ウルトラスパークに変えて投擲。
空を切り裂く刃はマガジャッパのラッパ状の鼻も切り落とす。
「グワアアアァァァァァ!? ジャパッパッ!」
「ヘッ!」
 鼻と悪臭の元を失って大慌てするマガジャッパに、ジャックはウルトラショットを発射。
一直線に飛んでいく光線はマガジャッパに命中し、たちまち爆散させた。
「ジュワーッ!」
「ガガァッ! ガガァッ!」
 セブンはマガパンドンの火球の嵐を、ウルトラVバリヤーで凌ぐと、手裏剣光線で連射し返して
マガパンドンを大きくひるませる。
「ジュワッ!」
 その隙にセブンはアイスラッガーを投擲して、マガパンドンの双頭を綺麗に切断した。
 魔王獣は元祖ウルトラ兄弟に全て倒された。そしれティガたちの方も、いよいよ怪獣たちとの
決着をつけようとしている。
「ダァーッ!」
 ダイナのソルジェント光線がキングシルバゴンに炸裂! オレンジ色の光輪が広がり、
シルバゴンはその場に倒れて爆発した。
「アアアアア……デヤァーッ!」
 ガイアは頭部から光のムチ、フォトンエッジを発してキングゴルドラスに叩き込む。光子が
ゴルドラスに纏わりついて全身を切り裂き、ゴルドラスもたちまち爆散した。
 最後に残されたスーパーヒッポリト星人は口吻から火炎弾を発射して悪あがきするが、
ダイナとガイアにはね返されてよろめいたところに、ティガが空中で両の腕を横に開いて
必殺のゼペリオン光線を繰り出した!
「テヤァッ!」
『ぐわああああぁぁぁぁぁぁぁ――――――――ッ!!』
 それが決まり手となり、ヒッポリト星人もまた激しいスパークとともに大爆発を起こして消滅。
怪獣軍団はウルトラ戦士たちの活躍により撃滅されたのであった!
「やったッ!」
『ああ。……だが、戦いはこれで終わりじゃないはずだぜ。まだ真の黒幕が残ってるはずだ……!』
 ゼロがメビウスの話を思い出して、深刻そうにつぶやく。
 果たして、ウルトラ戦士の勝利で喜びに沸く人々に水を差すように、どこからともなく
おどろおどろしい声が響いてきた。
『恐れよ……恐れよ……』
 それとともに街の至るところから幽鬼のようなエネルギー体が無数に噴出して空を漂い、
更に倒したキングゴルドラス、キングシルバゴン、キングパンドン、キングゲスラ、
スーパーヒッポリト星人の霊も出現して空の一点に集結。全てのエネルギー体も取り込んで、
巨大な黒い靄に変わる。
 その靄の中から……ウルトラ戦士の何十倍もある超巨体の怪物が現れた! 首はキング
シルバゴンとキングゴルドラスの双頭、尾はキングパンドンの首、腹部はキングゲスラの
頭部、胴体はスーパーヒッポリト星人の顔面で出来上がっている、自然の生物ではあり得ない
ような異形ぶりだ!
 これぞ闇の力が怪獣軍団の怨念を利用して生み出した究極合体怪獣ギガキマイラである!
「グルウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」
 空に陣取るギガキマイラは身体に生えた四本の触手から、一発一発がウルトラ戦士並みの
サイズの光弾を雨あられのようにティガたち七人に向けて撃ち始めた。
「ウワァァァーッ!」

831ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/16(金) 00:02:59 ID:uyQASVdY
 ギガキマイラの怒濤の猛攻に、七人は纏めて苦しめられる。これを見て、才人は改めて
ゼロアイを握り締めた。
「遅くなったが、いよいよ俺たちの出番だ!」
『おうよ! 八人目の勇者の出陣だな!』
 勇みながら、才人はこの世界での三度目の変身を行う。
「デュワッ!」
 瞬時に変身を遂げたウルトラマンゼロは、ゼロスラッガーを飛ばしてギガキマイラの光弾を
切り裂いて七人を助ける。ティガがゼロへ顔を向けた。
『ウルトラマンゼロ!』
『待たせたな、ダイゴ! 一緒にあのデカブツをぶっ飛ばそうぜ!』
『ああ、もちろんだ! これで僕たちは、超ウルトラ8兄弟だ!!』
 ギガキマイラはなおも稲妻を放って超ウルトラ8兄弟を丸ごと呑み込むような大爆炎を
起こしたが、ゼロたちは炎を突き抜けて飛び出し、ギガキマイラへとまっすぐに接近していく!
「行けぇー!」
「頑張れぇー!」
 巨大な敵を相手に、それでも勇気が衰えることなく立ち向かっていくウルトラ戦士の飛翔
する様を、地上の大勢の人々が声の出る限り応援している。
「頑張ってぇーッ! ウルトラマン!」
 その中には、北斗の娘の役に当てはめられているルイズの姿もあった。
『ルイズ……!』
 才人はルイズの姿を認めると更に勇気が湧き上がり、ゼロに力を与えるのだ。
「セアッ!」
「デヤァッ!」
 八人のウルトラ戦士はそれぞれの光線で牽制しながらギガキマイラに肉薄。ゼロ、ティガ、
ダイナ、ガイアが肉弾で注意を引きつけている間に、マン、セブン、ジャック、エースが
各所に攻撃を加える。
「シェアッ!」
 ウルトラマンは大口を開けたキングゲスラの首に、スペシウム光線を放ちながら自ら飛び込む。
ゲスラの口が閉ざされるが、スペシウム光線の熱量に口内を焼かれてすぐに吐き出した。
「テェェーイッ!」
 エースはキングゴルドラスの首が吐く稲妻をかわすとバーチカルギロチンを飛ばし、その角を
ばっさりと切断した。
「テアァッ!」
 ジャックはキングシルバゴンの首の火炎弾を宙返りでかわしつつ、ブレスレットチョップで
角を真っ二つにする。
「ジュワッ!」
 キングパンドンの首にエメリウム光線を浴びせたセブンに火炎弾が降り注ぐが、海面すれすれを
飛ぶセブンには一発も命中しなかった。
『へへッ! 全身頭なのに、おつむが足りてねぇんじゃねぇか!?』
 ウルトラ戦士のチームワークに翻弄されるギガキマイラを高々と挑発するゼロ。彼を中心に、
八人が空中で集結する。
「グルウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……!!」
 するとギガキマイラは業を煮やしたかのように、全身のエネルギーを一点に集めて極太の
破壊光線を発射し出した! 光線は莫大な熱によって海をドロドロに炎上させ、横浜ベイ
ブリッジを一瞬にして両断させながらゼロたちに迫っていく。
「シェアッ!!」
 しかしそんなものを悠長に待っている八人ではなかった。全員が各光線を同時に発射する
合体技、スペリオルストライクでギガキマイラの胸部を撃ち抜き、破壊光線を途切れさせる。
「デヤァッ!!」
 煮えたぎった海面には全員の力を合わせた再生光線エクセレント・リフレクションを当て、
バリアで包んで修復させる。

832ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/16(金) 00:06:27 ID:uyQASVdY
 その隙にギガキマイラが再度破壊光線を放ってきた。今度はまっすぐに飛んでくるが、
すかさずウルトラグランドウォールを展開することで光線をそのままギガキマイラにはね返す。
「グルウウウゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」
 己の肉体がえぐれてしまったギガキマイラは、勝ち目なしと見たか宇宙空間へ向けて逃走を
開始した。だがそれを許すようなゼロたちではない。
『逃がすかよぉッ!』
 その後を追いかけて急上昇していく八人。大気圏を突き抜けたところでギガキマイラの
背中が見えた。
「テヤーッ!」
「シェアッ!」
 セブンとゼロはそれぞれのスラッガーを投擲。それらに八人が光線を当てると、エネルギーを
吸収したスラッガーはミラクルゼロスラッガー以上の数に分裂。イリュージョニックスラッガーと
なってギガキマイラの全身をズタズタに切り裂き、足止めをした。
「ジェアッ!!」
 とうとう追いついたウルトラ戦士たちは同時に必殺光線を発射し、光線同士を重ね合わせる。
そうすることで何十倍もの威力と化したウルトラスペリオルが、ギガキマイラに突き刺さる!
「グギャアアアアアアァァァァァァァァァ――――――――――――――ッッ!!」
 ギガキマイラが耐えられるはずもなく、跡形もなく炸裂。超巨体が余すところなく宇宙の
藻屑となったのであった。
 見事ギガキマイラを討ち取った勇者たちは、人々の大歓声に迎えられながら横浜の空に
帰ってくる。
『やりました……! この世界を守りましたよ!』
『……いや、まだ敵さんはおしまいじゃないみたいだぜ』
 喜ぶティガだが、ゼロは邪な気配が途絶えてないのを感じて警告した。実際に、彼らの
前におぼろな姿の実体を持たない怪人の巨体が浮かび上がった。
 それこそが人間の負の感情が形となって生じた邪悪の存在であり、真に怪獣軍団を操っていた
黒幕である、黒い影法師。それら全てが融合した巨大影法師であった!
『我らは消えはせぬ……。我らは何度でも強い怪獣を呼び寄せ、人の心を絶望の闇に包み込む……。
全ての平行世界から、ウルトラマンを消し去ってくれる……!!』
 それが影法師の目的であった。心の闇から生まれた影法師は、闇を広げることだけが存在の
全てなのだ。
 しかし、そんなことを栄光の超ウルトラ8兄弟が許すはずがない!
『無駄だ! 絶望の中でも、人の心から、光が消え去ることはないッ!』
 見事に言い切ったティガの身体が黄金に光り輝き、グリッターバージョンとなってゼペリオン
光線を発射した! 他のウルトラ戦士もグリッターバージョンとなって、スペシウム光線、
ワイドショット、スペシウム光線、メタリウム光線、ソルジェント光線、クァンタム
ストリームを撃つ!
『俺も行くぜぇッ! はぁぁッ!』
 ゼロもまたグリッターバージョンとなり、ワイドゼロショットを繰り出した! 八人の
必殺光線は一つに重なり合うと、集束した光のほとばしり、スペリオルマイスフラッシャーと
なって巨大影法師の闇を照らしていく!
『わ、我らはぁ……!!』
 巨大影法師は光の中に呑まれて消えていき、闇の力も完全に浄化されていった。
 地上に喜びと笑顔が戻り、そして夜が明けて朝を迎える。昇る朝日を見つめながら、ティガが
ゼロに呼びかける。
『ウルトラマンゼロ、本当にありがとう! この世界が救われたのは、君たちのお陰だ……!』
『何を言うんだ。お前はお前自身の力で自分を、世界を救ったんだぜ』
『いや……君たちの後押しがあったからさ。感謝してもし切れない……。この恩は必ず返す
からね! 必ずだよ!』
 そのティガの言葉を最後に、ゼロの視界が朝の日差しとともに真っ白になっていく……。

 遂に六冊、全ての本を完結させることに成功した。才人はその足でルイズの元まで駆け込む。
「ルイズッ!」

833ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/16(金) 00:08:03 ID:uyQASVdY
 ルイズのベッドの周りには、タバサ、シエスタ、シルフィードらが既に集まっていた。
皆固唾を呑んで、ルイズの様子を見守っている。
 ルイズは今のところ、ぼんやりとしているだけで、傍目からは変化が起きたかどうかは
分からない。
「……どうだ、ルイズ? 何か思い出せることはあるか?」
 恐る恐る尋ねかける才人。するとルイズが、ぽつりとつぶやいた。
「……わたしは、ルイズ……。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール……!」
「!!」
 今の言葉に、才人たちは一気に喜色満面となった。ルイズのフルネームは、ここに来てから
誰も口にしていないからだ。それをルイズがスラスラと唱えたということは……。
「そうよ! わたしはヴァリエール公爵家の三女、ルイズ・フランソワーズだわ!」
「ミス・ヴァリエール! 記憶が戻ったのですね!」
 感極まってルイズに抱きつくシエスタ。ルイズは驚きながらも苦笑を浮かべる。
「ちょっとやめてよシエスタ。そう、あなたはシエスタよ。学院のメイドの」
「ルイズ……記憶が戻った」
「タバサ! 学院でのクラスメイト!」
「よかったのねー! 色々心配してたけど、ちゃんと元に戻ったのね!」
「パムー!」
「シルフィード、ハネジローも!」
 仲間の名前を次々言い当てるルイズの様子に、才人は深く深く安堵した。あれほど怪しい
状況の中にあって、本当にルイズの記憶が戻ったというのはいささか拍子抜けでもあるが、
ルイズが治ったならそれに越したことはない。
「よかったな、ルイズ。これで学院に帰れるな!」
 満面の笑顔で呼びかける才人。
 ……だが、彼に顔を向けたルイズが、途端に固まってしまった。
「ん? どうしたんだ、その顔」
 才人たちが呆気にとられると……ルイズは、信じられないことを口にした。
「……あなたは、誰?」
「………………え?」
「あなたの名前が……出てこない。誰だったのか……全然思い出せないッ!」
 そのルイズの言葉に、シエスタたちは声にならないほどのショックを受けた。
「う、嘘ですよね、ミス・ヴァリエール!? よりによってサイトさんのことが思い出せない
なんて……あなたに限ってそんなことあるはずがないです!」
「明らかにおかしい……不自然……」
「変な冗談はよすのね、桃髪娘! 全っ然笑えないのね!」
 シルフィードは思わず怒鳴りつけたが、ルイズ自身わなわなと震えていた。
「本当なの……! 本当に、何一つ思い出せないの……! あるはずの思い出が……わたしの
中にない……!」
 ルイズが自分だけを思い出せないことに、才人はどんな反応をしたらいいのかさえ分からずに
ただ立ち尽くしていた。

「……」
 混乱に陥るゲストルームの様子を、扉の陰からリーヴルがじっと観察していた。

834ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/16(金) 00:09:14 ID:uyQASVdY
以上です。
いよいよ迷子の終止符〜編も終わりが見えてきました。

835ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/22(木) 05:16:09 ID:TNP.Dkrk
おはようございます、焼き鮭です。今回の投下を行います。
開始は5:18からで。

836ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/22(木) 05:19:20 ID:TNP.Dkrk
ウルトラマンゼロの使い魔
第百四十六話「七冊目の世界」
ペットロボット ガラQ 登場

 六冊の『古き本』に記憶を奪い取られてしまったルイズ。才人とゼロはルイズを元に戻すため、
未完であった『古き本』を完結させる本の世界の旅を続けてきた。そして遂に六冊全ての本を
完結させ、ルイズもまた記憶を取り戻したのだった。……そう見えたのもつかの間、才人のこと
だけがルイズの記憶からすっぽりと抜け落ちていることが判明した。よりによって才人を思い
出せないのは明らかにおかしい……いよいよ我慢がならなくなった才人たちはリーヴルに
隠していること全てを聞き出すために、彼女を捜し始めたのだが……。

「お姉さま、駄目なのね〜! あの眼鏡女、全っ然見つからないのね〜!」
「パムー……」
 夜の薄暗い図書館の中を、才人たち一行はリーヴルの姿を求めて捜し回っているのだが、
杳として見つからなかった。シエスタが困惑する。
「いくら広い国立図書館とはいえ、これだけ捜して見つからないというのは変です……!」
『しかし、図書館の人の出入りはずっと監視していたのだが、リーヴルが外に出たところは
確認できなかった。だからまだ館内にいる可能性が高いのだが……』
 と報告したのはジャンボット。彼の言うことなら信用できる。
『見つからないとなると、意図的に隠れていると考えていいだろう。そうなると、やはり
リーヴルは重大な何かを秘匿している可能性が大だ』
『やっぱ、今回の件には裏があるってことだな……』
 ゼロがつぶやいたその時、一旦ルイズの様子を見に行ったタバサが額に冷や汗を浮かべて
戻ってきた。
「ルイズがいない……!」
「何だって!?」
 才人たちの間に衝撃と動揺が走る。
「ど、どういうことでしょうか……!? ミス・ヴァリエール、勝手に出歩いてしまうような
状態ではありませんでしたのに……!」
『ルイズの自発的行動ではなく、何らかの外的要因の可能性が高いだろう。……やはり、
この事件はまだ終わりを迎えてなどいなかったのだ』
 ジャンボットが深刻に述べる。
「ひとまず、図書館の中をもう一度捜そう! どこかにいるかもしれない!」
 才人の提案により、一行は手分けして館内の捜索を再開した。才人は背にしているデルフリンガーの
柄を握り締めて、いつ何が起こっても対処できるようにガンダールヴの力を発動している状態にする。
 やがて才人とデルフリンガーは、館の片隅から人の話し声が聞こえてくるのを耳に留めた。
「ふふッ、そうなの? すごく面白いお話しなのね」
「! 相棒、今の娘っ子の声じゃなかったか?」
「間違いない! 行くぞ、デルフ!」
 すぐにそちらへ駆けつける才人。彼が目にした光景は、ルイズが何者かと向かい合って
談笑しているというものだった。ルイズの相手をしている者の手には、開かれた本がある。
「もっと楽しいお話しが聞きたいわ。お願い出来るかしら?」
「もちろんだよ。君の望みとあらば、ボクは何だって聞かせてあげるよ」
 一見すると少年のようであるが、ふと見れば落ち着いた青年のようにも、また年季の入った
老人のようにも見える、何だか不確かな雰囲気を纏った怪しい人物が、ルイズに本の読み聞かせを
しているようであった。才人はすぐにその怪人物に怒鳴りつける。
「誰だお前は! ルイズから離れろッ!」
 すると怪人物は、至って涼しい表情で才人の方へ顔を上げた。
「おやおや、困るね。図書館では静かにするのがマナー。それくらい常識だろう?」
「ふざけてるんじゃねぇ! 何者だッ! 宇宙人か!?」
 いつでもデルフリンガーを引き抜けるように身構えながら詰問する才人。それと対照的に
余裕に構えている怪人物が名乗る。

837ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/22(木) 05:22:30 ID:TNP.Dkrk
「ボクの名前はダンプリメ。君はボクのことを知らないだろうけど、ボクは君のことをずっと
観察させてもらってたよ。サイト……そして君の中のもう一人、ウルトラマンゼロ」
「!!」
『どうやら、こいつがリーヴルの後ろにいる黒幕の正体みたいだな……』
 ゼロのことを簡単に言い当てたダンプリメなる男に対して、ゼロが警戒を深めた。才人は
ルイズに呼びかける。
「ルイズ、そこは危険だ! 早くこっちに来い!」
 だがルイズは才人に顔も向けない。
「ねぇ、早く次の話を聞かせて。わたし、もっとあなたのお話しが聞きたいの」
「ルイズ……?」
『才人、お前のことを思い出せないばかりか、今はお前のことが見えてすらいないみてぇだぜ……!』
 ルイズの反応を分析したゼロが、ダンプリメに向かって言い放つ。
『お前がルイズの記憶をいじってんだな。一体何者で、目的は何だッ!』
「質問が多いなぁ……。まぁこっちばかりが君たちのことを知っているというのも不公平だ。
今度はボクのことを色々と教えてあげようじゃないか。始まりから、現在に至るまでね」
 おどけるように、ダンプリメが己のことを語り始める。
「始まりは、もう二千年も前になるかな。その当時、この図書館にあった本の中で、様々な人の
魔力に晒されて、意志を持った本が生まれた。いや、己が意志を持っていることを自覚したと
いった方が正しいかな」
「意志を持った本……? 生きた本ってことか?」
「俺のようなインテリジェンスソードみてえな話だな」
 才人の手の中のデルフリンガーが独白した。
「それとは少しばかり経緯が異なるものだけどね。インテリジェンスソードは人が恣意的に
作ったものだけど、その本は自然発生したんだから。そして本は、己に触れる人の手の感触、
己を読む人の視線に関心を持ち、徐々に人のことを理解していくようになった。本は成長
するとともに、人に対する関心も大きくなり、それは人を知りたいという欲求に変化して
いった。やがては魔力の影響を受け続けた末に、人の形を取ることに成功するまでになった。
人を知るには、同じ形になるのが最適だからね」
『なるほど……それが今のテメェだってことだな』
 ゼロが先んじて、ダンプリメの話の結論を口にした。
「ご明察。すまないね、回りくどい言い方をして。ボクが本なせいか、自分のことでも他人の
ように話してしまうことがあるんだ」
「お前の正体が本だってことは分かった。けどそれとルイズにどんな関係があるんだ」
 才人はダンプリメへの警戒を一時も緩めないようにしながら、ダンプリメの挙動を監視する。
もしルイズに何か妙なことをしようものなら、即座に飛び出す態勢だ。
「本、つまりボクは人を知る内に、どんどんと人に惹かれていった。もっと人のことを知りたい、
人と交わりを持ちたい……そんな欲求は、遂には人と結ばれたいという想いになったんだ」
「人と結ばれる? 本と人が結婚するってか? そんな馬鹿な」
「まぁ普通はそう思うだろうね。だけどボクは本気さ。この想いは、馬鹿なことであきらめられる
ものじゃないんだ」
 と語るダンプリメに、才人はあることに思い至って息を呑んだ。
「……まさか、それでルイズを!?」
「如何にも。ボクは仲間といえるこの図書館の本の内容も理解する内に、この図書館そのものと
いっていい存在にまでなった。当館に保管される書籍、資料はどんなものであろうと、ボクの
知識になる」
 それはつまり、ダンプリメはトリステインの国家機密にまで精通しているということになる。
王政府の文書の数々も、この図書館に保管されるのだ。
「その中でルイズの存在を知り、生まれて一番の関心と興味を持った。そして彼女がここに
やってきた時に、その類稀なる魔力に関心は最高潮となった。そしてボクは感じた。ルイズ
こそが、ボクの伴侶として最も相応しいとね」
 このダンプリメの言葉に、才人は激怒。

838ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/22(木) 05:25:17 ID:TNP.Dkrk
「ふざけんな! ルイズの意志はどうなる! お前が人だろうと本だろうと関係ねぇ、自分の
勝手でルイズの心を好きにいじくり回そうっていうのなら……容赦はしねぇぞッ!」
 相当の怒気を向けたが、ダンプリメは相変わらず態度を崩さなかった。
「勇ましいね。流石は正義の味方のウルトラマンゼロだ。……だけど、やめろと言われて
じゃあやめますと撤回するようだったら、初めからこんなことはしないんだよ」
 不敵な笑みを張りつけているダンプリメの顔面に、やおら迫力が宿った。
「ボクは何としてでもルイズを手に入れてみせる。君が何者であろうとも、邪魔をすることは
許さないよ」
 ダンプリメがサッと一冊の本を取り出すと、その瞬間にダンプリメ自身と、ルイズの身体が
強く発光する。
「うわッ!?」
『まずいぜ才人! 止めろッ!』
 ゼロが忠告したが、その時にはもう遅かった。ダンプリメとルイズの姿は閃光とともに
忽然と消え、後に残されていたのはダンプリメが持っていた本だけであった。
「ル、ルイズッ!!」
『やられた……連れ去られちまったな……』
 床に放置された本へと駆け寄って拾い上げる才人。
「まさか、ルイズはこの中に!?」
『奴が生きた本だっていうのなら、リーヴルがやってたのと同じことが出来ても何ら不思議
じゃねぇだろうな』
「く、くそう……!」
 才人はまんまとルイズを奪い取られたことを悔しんで唇を噛み締めた。そこに騒ぎを聞きつけた
タバサたちが集まって来たので、落胆している才人に代わってゼロとデルフリンガーが経緯と現状を
説明したのであった。

 ひとまず、才人たちはゲストルームに戻って今後の対応を講じることとした。才人らは
テーブルに置いた本を囲んで、話し合いを行う。
『簡潔に言うと、そのダンプリメが今回の件について裏から糸を引いてた輩だ。こいつを
どうにかしないことには、ルイズは取り戻せないと考えていい』
「娘っ子に直接危害を加えるつもりはねえってのが不幸中の幸いだが、どちらにせよ早いとこ
娘っ子を奪い返さねえと色々とまずいだろうな」
 と言うデルフリンガーであるが、するとシルフィードが意見する。
「だけど、本の中に引っ込まれたらここにいるシルフィたちだけじゃどうしようもないのね」
「少なくとも、ミス・リーヴルの手助けがなければいけませんね……」
 シエスタがつぶやくと、才人はリーヴルのことを思い出して顔を上げた。
「そのリーヴルは結局どこに……」
「みんなー」
 と発した直後、才人たちの元にガラQがひょこひょこと現れた。しかも、後ろにリーヴルを
連れている!
「ミス・リーヴル!」
「ガラQ、お前と一緒にいたのか!」
「うん。説得してた」
 リーヴルは皆の視線を受けて気まずそうにしていたが、やがて観念したかのように口を開いた。
「話はガラQより伺いました……。遂にダンプリメが行動を起こしたのですね」
「……全て話してくれる?」
 タバサの問いかけにうなずくリーヴル。才人が一番に彼女に尋ねる。
「まず初めに聞いておきたい。この図書館で起きた事件の初めから終わりまで……リーヴル、
あんたがあのダンプリメという奴に指示されて仕組んだことなのか?」
 その質問に、リーヴルは変にごまかさずに肯定した。
「はい、幽霊騒ぎの件から『古き本』をルイズさんが手に取るように設置するまで、ダンプリメに
言われた通りに……。ですが、それらは図書館を守るために必要なことだったのです」
「図書館を守るために? どういうことなのね?」
「パム?」

839ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/22(木) 05:28:08 ID:TNP.Dkrk
 シルフィードとハネジローが首をひねった。リーヴルは答える。
「……ルイズさんを本の世界に取り込む計画を持ちかけられた私は、初めは当然断りました。
そんなことは出来ないと。ですが……ダンプリメは、協力しなければ図書館の本を全て消して
しまうと言ったのです」
「え? 図書館の本を……?」
 呆気にとられる才人たち。
「ダンプリメは本に関しては万能といっていいほどの力を持っています。当館には、他にはない
貴重な図書もいくつもあります。それを盾にされたら、どうしようもなく……」
「ま、待って下さい。いくら貴重だからって……本のために、ミス・ヴァリエールを犠牲に
したってことですか!?」
 いくらか憤りを見せるシエスタであったが、リーヴルははっきりと返した。
「他の人にとってはたかだか本という認識でしょう。ですが、早々に親を亡くし、親戚の元でも
冷遇され、頼る人のいなかった私にとって、この図書館は何より守るべきものなのです」
 リーヴルの身辺を洗っても何も出てこないはずだ、とタバサは思った。本が人質など、
常人の感性では理解できるものではない。
「私も、どうにか説得しようと試みました。ですがダンプリメの意志は強く……」
「押し切られたって訳か」
 静かにうなずくリーヴル。才人は腕を組んでしばし沈黙を保ったが、やがて口を開く。
「事情は分かった。話してくれてありがとう」
「どんな事情にせよ、私がダンプリメの片棒を担いだのは紛れもない事実です。サイトさんに
どう罰せられようとも、異論はありません」
「いや、今リーヴルを責めたってルイズが戻ってくる訳じゃない。それより、ダンプリメ自身の
方をどうにかしないと」
 と言って、才人はリーヴルの顔をまっすぐ見つめて告げた。
「リーヴル、俺をもう一度本の中に送り込んでくれ。ルイズを助けに行ってくる!」
 決意を口にする才人だが、リーヴルは聞き返してくる。
「本気ですか……? 一応、もう一度言いますが、ダンプリメは本に関しては万能です。
特に本の中では、神に等しい能力を発揮できます。そこに乗り込んでいくのは、今までの
六冊の旅よりも危険であることは必至です」
 その警告も、才人にとっては無意味なものであった。
「相手が神だろうが何だろうが、そんなのは関係ない。俺はやる前からあきらめるようなことは
したくないんだ!」
 才人の強い働きかけに、リーヴルも応じたようであった。
「考えは変わらないみたいですね……。分かりました。では少しだけ時間を下さい。準備をします」
「頼む」
「その前に一つだけ、訂正することがあります。最初、私の魔法では本に送り込める人数は
一人だと言いましたが、それは虚偽です。あなたを可能な限り不利な状況に置くようにと、
ダンプリメに指示されましたので」
「そうだったか……。まぁ今更それにとやかく言ってもしょうがない。それよりもこれからのことだ」
 リーヴルが魔法の準備をする間、ジャンボットが才人とゼロに申し出た。
『複数人が本の中に入れるのならば、私たちもともに行こう。皆で力を合わせれば、きっと
ルイズを取り戻せる!』
 ジャンボットの言葉に才人は苦笑を浮かべた。
「ありがとう。……だけど、それは遠慮するよ」
『ああ。ダンプリメも、俺たちがそうしてくるのは予想済みだろうからな。奴が本当に本の中では
万能だってのなら、人数を増やすのは逆に首を絞めることになっちまうかもしれねぇ』
 ダンプリメの能力の範囲はまだまだ未知数。いたずらに複数で挑んだら、最悪同士討ち
させられる恐れもある。

840ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/22(木) 05:29:21 ID:TNP.Dkrk
『みんなは外の世界で応援しててくれ。なぁに、心配はいらねぇぜ。俺たちは、あらゆる死線を
突破してきたウルトラマンゼロなんだからな! 本の中の引きこもりぐらい訳ねぇぜ!』
 おどけるゼロの言葉にシエスタたちは苦笑した。
「ええ。それではお帰りをお待ちしています、サイトさん。必ず、ミス・ヴァリエールと
ともに戻ってきて下さい」
「頑張って」
「シルフィ、あなたの勝ちを信じてるのね! きゅいきゅい!」
「パムー!」
 もうここには、才人たちを引き止める者はいない。そんなことをしても意味はないことを
十分理解しているし、何より才人たちを強く信頼しているのだ。
「相棒、俺は持っていきな。正直ずっと置いてけぼりで退屈だったぜ」
「ああ、分かった。頼りにしてるぜ、デルフ」
 才人がデルフリンガーを担ぎ直したところで、彼らの元にリーヴルが戻ってきた。
「お待たせしました。いつでも本の世界へ入れます」
「ありがとう。もちろん今すぐに行くぜ!」
 才人が魔法陣の真ん中に立ち、仲間たちに見守られる中リーヴルに魔法を掛けられる。
向かう先は、ダンプリメが待ち受けているであろう七冊目の世界。
(待ってろよ、ルイズ。すぐに助けに行くぜ!)
 固い意志を胸に秘めて、才人とゼロは今度こそルイズを取り返す戦いに挑んでいくのだった……!

841ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/22(木) 05:30:15 ID:TNP.Dkrk
今回はここまでです。
いよいよあと二回。あと二回です。

842ウルトラ5番目の使い魔 60話 (1/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:29:52 ID:U1/UBfmE
ウルゼロの人、乙です。
こんにちは。ウルトラ5番目の使い魔、60話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

843ウルトラ5番目の使い魔 60話 (1/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:31:15 ID:U1/UBfmE
 第60話
 ジョゼフからの招待状
 
 UFO怪獣 アブドラールス
 円盤生物 サタンモア 登場!
 
 
「ルイズ、それに使い魔の少年。悪いが、今度はお前たちが死んでもらおうか!」
「ふざけるんじゃないわよ! この卑劣な裏切り者。トリステインの面汚しのあんたに、トリステインの空を飛ぶ資格はないことを、お母様に代わって今度はわたしが思い知らせてあげるわ」
「俺は今はガンダールヴじゃねえけど、てめえに名前を呼ばれたくもねえな。二度とおれたちの前に現れないようにギッタギタにしてやるぜ、ワルド!」
 互いに武器を抜き放ち、因縁の対決が幕を開けた。
 ジョゼフの下に現れた謎の宇宙人の”デモンストレーション”により、トリステインにいるシャルロット派のガリア軍宿営地を襲った怪獣たち。アブドラールス、サタンモア、しかしそれらはいずれもかつて倒したはずの相手であり、ここに現れるはずがない。
 だが何よりも、才人とルイズの前に現れた男、ワルド。奴はアルビオンでトリステインを裏切り、その後も悪事を重ねた末にラ・ロシェールで死んだはず。
 なぜ死んだはずの怪獣や人間が現れる? だがこれは夢でもなければ幽霊でもない。実体を持った敵の襲来なのだ! 才人とルイズは武器を握り、同時に新たなる敵の襲来はすぐさまトリステインに散る戦士たちに伝えられた。
 先の戦いの休息もままならないうちに、次なる戦いの波が無慈悲に若者たちを飲み込もうとしている。
 
 が……この戦いを仕組んだ者が望んでいるのは戦いなのだろうか? なにかの目的のために、単なる手段として戦いを利用しているだけだとしたら。それはむしろ、単純に戦いを挑んでくるよりも恐ろしいかもしれない。
 黒幕は、自分で演出した戦火を遠方から眺めながら愉快そうに笑っていた。
「オホホホ、やっぱり何かするなら派手なほうが楽しいですねえ。見てくださいよ王様、これからがおもしろくなりますよぉ。ほらほらぁ?」
「……」
「あら? ご機嫌ナナメですか。それは残念。けど、これからもっと楽しくなりますよ。ビジネスは第一印象が大事だってチャリジャさんに教わりましたから、私はりきっちゃったんですよ。そ・れ・に、これだけ豪華メンバーを揃えたんです。この星に集ってる宇宙一のおせっかい焼きさんたちがジッとしてるわけないですもの、誰が来るか楽しみだったらないですねえ」

844ウルトラ5番目の使い魔 60話 (2/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:33:25 ID:U1/UBfmE
 黒幕の声色には緊張はなく、筋書きの決まった演劇を見るような余裕に満ちている。
 これだけのことをしでかしておきながら、まるでなんでもないことのような態度。そればかりか、奴が自分を売り込もうとしているジョゼフの様子もおかしい。常の無能王としての虚無的な陽気さはどこにもなく、表情は固まり、口元は閉じられて、落ち着かない風に指先を動かし続けている。
 何より、これだけのことを起こせる力があるというのにジョゼフの協力を得ようとしている奴の目的は何か? 単なる侵略者とは違う、さらに恐ろしい何かを秘めた一人の宇宙人によって、ハルケギニアにかつてない形の動乱が迫りつつある。
 その第一幕はすでに上がった。もう誰にも止めることはできない。始まってしまったものは、もう止められない。
 
 燃え盛る宿営地を見下ろしながら、サタンモアの背に立つワルドは杖を振り上げて呪文を唱え、眼下の才人とルイズ目がけて振り下ろした。
『ウィンド・ブレイク!』
 強烈な破壊力を秘めた暴風が、姿のない隕石のように二人を襲う。だが、才人はルイズをかばいながら、ワルドの殺意を込めた魔法を真っ向からその手に持った剣で受け止めた。
「でやぁぁぁっ!」
 風の魔法は才人の剣に吸い込まれ、その威力を減衰させて消滅した。
 ニヤリと笑う才人。そして才人は剣の切っ先をワルドに向けると、高らかに宣言したのだ。
「何度やっても無駄だぜ。魔法は全部、パワーアップしたデルフが受けてくれるんでな!」
「ヒュー! 最高だぜ相棒。俺っちは絶好調絶好調! いくらでも吸い込んでやるから安心して戦いな」
 才人がかざしている銀光りする日本刀。それこそは新しく生まれ変わったデルフリンガーの姿であった。
 デルフは以前、ロマリアの戦いで破壊されてしまった。だが、その残骸は回収されてトリステインに戻り、サーシャが帰り際に修復してくれたのである。
「さっすがサーシャさんだぜ、あのワルドの魔法がまったく効かないなんてな。しっかし、サーシャさんがデルフを最初に作ったんだって聞いたときはビックリしたけど、考えてみたら魔法を吸い込む武器なんてガンダールヴのためにあつらえられたようなものだからな」
「ああ、俺もずっと忘れてたぜ。元々は、サーシャが後々のガンダールヴのためにって作り残してたのが俺だったんだ、こういうときのためにな! さあ遠慮なく戦いな相棒。魔法は全部俺が受け止めてやるからよ!」
「おう!」
 才人はうれしそうに、新生デルフリンガーを構える。その顔には、久しぶりに心からの相棒とともに戦えるという闘志がみなぎっていた。

845ウルトラ5番目の使い魔 60話 (3/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:34:39 ID:U1/UBfmE
 だがワルドもそれで戦意を失うはずがない。風がダメなら別の方法がと、ワルドの杖に電撃がほとばしる。
『ライトニング・クラウド!』
 何万ボルトという電撃が襲い掛かってくる。だがデルフリンガーはそれすらも、完全に受け止めて吸収してみせた。
「無駄だって言ってるだろう。もう二度と壊されないように、思いっきり頑丈に作り直してもらったんだ。まあちょっともめたけどな……」
 そう言って、才人はふとあのときのことを思い出した。
 
 ブリミルとサーシャが過去の語りを終えて帰る前のこと、談笑している中でサーシャがふとミシェルに話しかけた。
「んー? 何かあなたから妙な気配を感じるわね。あなた、何か特別なマジックアイテムみたいなものを持ってるんじゃない?」
 そう問い詰められ、ミシェルは迷った様子を見せたが、仕方なく懐から柄の部分だけになってしまったデルフリンガーを取り出して見せた。
 刃は根元近くからへし折れ、もはや剣だったという面影しか残してはいない。そしてその無残な姿を見て、才人は血相を変えて駆け寄った。
「デルフ! お前、お前なのかよ。どうしてこんな姿に」
「サ、サイト、すまない。後で話すつもりだったんだが……こいつはお前たちが消えた後で、教皇たちに投げ捨てられたんだ。こいつは最期までお前たちのことを思って……だが」
「おいデルフ、嘘だろ。ちくしょう、あのときおれが手を離したりしなけりゃ、くそっ!」
 才人の悔しがる声が部屋に響いた。先ほどまでの浮かれていた空気が嘘のように部屋が静まり返る。
 だが、サーシャはミシェルの手からひょいとデルフの残骸を取り上げると、少し目の前でくるくると回して観察してから軽く言った。
「ふーん、なるほど。安心しなさい、こいつはまだ死んでないわ。直せるわよ」
「えっ? ええっ! 本当ですかサーシャさん! で、でもなんでそんなことがわかるんです?」
 才人は興奮してサーシャに詰め寄った。ミシェルをはじめ、ほかの面々も一度壊れたインテリジェンスアイテムが再生できるなんて聞いたこともないと驚いている。

846ウルトラ5番目の使い魔 60話 (4/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:35:35 ID:U1/UBfmE
 注目を集めるサーシャ。しかし彼女は腰に差した剣を引き抜くと、こともなげに答えたのだ。
「別になんてことはないわ。こいつを作ったのはわたしだもの」
 才人たちの目が丸くなった。そして、サーシャが抜いた剣をよくよく見てみると、それはデルフリンガーと同じ形の片刃剣……いや、デルフがいつも言葉を発するときにカチカチと鳴らしている鍔の部分がないことを除けば、デルフリンガーそのものといえる剣だったのだ。
 唖然とする才人。しかし才人よりも頭の回転の速いミシェルは、ふたつの剣を見比べて答えを導き出した。
「つまり、あなたはその剣を元にしてデルフリンガーを作った。いや、これから作り出そうとしているということですね?」
「んー、当たってるけどちょっと違うかな。これから作るんじゃなくて、今作ってるとこなのよ。この剣には、もう人格と特殊能力を持たせるようにするための魔法はかけてあるわ。けど、魔法が浸透して実際に意思をもってしゃべりだすためには、まだ長い年月が必要になるわ。意思を持った道具を作るっていうのは、けっこう大変なのよ」
 一時的な疑似人格ならともかく、六千年も持たせるインテリジェンスソードを作り出すにはそれなりの熟成が必要、でなければこの世にはインテリジェンスアイテムが氾濫していることになるだろう。
 目の前のこのなんの変哲もない剣が六千年前のデルフリンガーの姿。才人は、自分は知らないうちにデルフといっしょに戦い続けてきたのかと、運命の不思議を思った。
「そ、それで。こいつは、デルフは直せるんですか? もう柄しか残ってないボロボロの有様だけど」
「そうねえ、さすがにこのまま修復するのは無理ね。本来なら、母体にしてる武器が大破したら付近にある別の武器に精神体が憑依しなおすはずなんだけど、そのときは運悪くそばに適当なものがなかったのね」
 そう言われてミシェルは思い出した。あのとき、傍には銃士隊の剣が何本もあったけれど、いずれも激しく痛んでしまっていた。デルフが宿り直すには不適当だったとしても仕方ない。
「大事なのは精神体のほうで、武器は器に過ぎないわ。けど、それなりのものでないと容量が足りないのよ。なにか、こいつの意思を移せる別の武器を用意しないと」
 そう言われて、才人はすかさずアニエスを頼った。ここはさっきまで戦争をしていた城、武器がないはずがない。もちろん異存があるわけもなく、武器庫への立ち入りを許可してくれた。
「戦でだいぶ吐き出したが、平民用の武器ならばまだ些少残っているだろう。剣を選ぶんだったら、城の中庭で見張りをしてるやつが詳しいから連れて行くといい」
「わっかりました! ようし待ってろよデルフ」
 喜び勇んで出て行った才人がしばらくして戻ってきたとき、その手には一振りの日本刀が握られていた。
「お待たせしました! こいつでどうっすか?」
「へえ、見たことない片刃剣ね。って、なにこの鋼の鍛え具合!? 研ぎといい、変態ね、変態の国の所業ね」
「こいつは日本刀っていって、俺の国で昔使われてたやつなんだぜ。トリステインの人には使い勝手が悪いみたいで放置されてたらしいけど、アニエスさんに紹介してもらった人にも「切れ味ならこれが一番」って太鼓判を押してもらったんだ。てか、俺が使うならこれしかないぜ! これで頼みます」
 興奮した様子で才人が説明するのを一同は唖然と眺めていたが、才人から刀を受け取ったサーシャが軽く振っただけでテーブルの上のキャンドルの燭台が真っ二つになるのを見て、その驚くべき切れ味を認識した。確かにこれなら、切れないものなどあんまりないかもしれない。

847ウルトラ5番目の使い魔 60話 (5/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:38:37 ID:U1/UBfmE
 切れ味は申し分なし。なにより才人が気に入っているのだからと、異論を挟む者はいなかった。
 サーシャは日本刀を鞘に戻すと、デルフの残骸とともにテーブルの上に置いた。
「それじゃやるわよ。見てなさい」
「そ、そんなに簡単にできるんですか?」
「大事なのは精神体だけで、作り出すならともかく移し替えるだけなら難しくないわ。たぶん数分もあれば十分だと思うわよ」
 要はパソコンの引っ越しみたいなもんかと、才人は勝手に納得した。
 一同が見守る前で、サーシャは呪文を唱えて移し替えの儀式を始めた。その様子を才人は固唾を飲みながら見守り、その才人の肩をルイズが軽く叩いた。
「よかったわね、やかましいバカ剣だけどあんたにはお似合いよ。今度はせいぜい手放さないことね」
「ああ、ルイズもデルフとは仲良かったもんな。お前も喜んでくれてうれしいぜ」
「か、勘違いしないでよ。あいつにはたまにちょっとした相談に乗ってもらったくらいなんだから! ほら、もう終わるみたいよ」
 本当に移し替えるだけだったらすぐだったようで、日本刀が一瞬淡い光を放ったかのように見えると、そのまま元に戻った。
「こ、これでデルフは生き返ったんですか?」
「さあ? 儀式は成功したけど、抜いてみたらわかるんじゃない?」
 サーシャに言われて、才人は恐る恐る日本刀を手に取るとさやから引き抜いた。
 見た目は変化ない。しかし、すぐに刀身からあのとぼけた声が響きだした。
「う、うぉぉ? な、なんだこりゃ! 俺っち、いったいどうしちまったんだ? あ、あれ相棒? おめえ何で? え、なにがどうなってんだ?」
「ようデルフ! 久しぶりだな。よかった、完全に直ったんだな!」
「当然よ、この私が手をかけたんだから直らないほうがおかしいわ」
「ん? え、えぇぇぇぇっ! おめぇ、サ、サーシャか! それにそっちは、ブ、ブリミルじゃねえか。こりゃ、お、おでれーた……え? てことは、ここはあの世ってことか! おめえらみんな死んじまったのかよ」
 大混乱に陥っているデルフを見て、才人やサーシャたちはおかしくて笑った。

848ウルトラ5番目の使い魔 60話 (6/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:41:07 ID:U1/UBfmE
 だがずっと眠っていたデルフからしたらしょうがない。なにせデルフからしたらブリミルもサーシャも六千年前に死んでいる人間なのだ。才人がこれまでの経緯の簡単な説明をすると、デルフは感心しきったというふうにつぶやいた。
「はぁぁぁぁ、時を超えてねえ。まったく、長げぇこと生きてきたが、今日ほどおでれーた日はなかったぜ。しっかし、ほんとにブリミルとサーシャなのかよ。うわ懐かしい……おめえらと生きてまた会えるなんて、夢みてえだぜ。ああ、思い出してきたぜ……おめえらといっしょにした旅の日々、懐かしいなあ」
「久しぶり、いや僕らからすればはじめましてだけど、君も僕らと共に過ごした仲間だったんだね。会えてうれしいよ」
「まったく、なんか生まれてもいない子供に会った気分ね。けど、その様子だとちゃんとインテリジェンスソードとして成熟できたようね。よかったわ」
 奇妙な再会だった。こんなに時系列がめちゃくちゃで関係者が顔を合わせるなんてまずあるまい。
 しかし、困惑した様子のブリミルとサーシャとは裏腹に、デルフは堰を切ったように話し始めた。
「思い出した、思い出した、思い出してくるぜ。忘れてたことがどんどん蘇ってきやがるぜ。ちくしょう、サーシャに振られてたころ、懐かしいなあ、楽しかったなあ。でもおめえらほんと剣使いが荒いんだもんよお、六千年も働いたんだぜ。俺っちは死にたくても死ねねえしよお、わかってんのかよ? 苦労したんだぜまったくよぉ!」
「悪いわね。けど、私たちの子孫を助け続けてくれたそうね、感謝してるわ。寿命のある私たちにはできない仕事だから、もう少しサイトたちを助けてあげてくれないかしら」
「へっ、おめえにそう言われちゃしょうがねえな。まったくおめえらが張り切ってやたら子供をたくさん残しやがるからよぉ。ほんと毎夜毎夜、俺を枕元に置いてはふたりして激しく前から後ろから」
「どぅええーい!!」
 突然サーシャが才人の手からデルフをふんだくって壁に向かって野獣のような叫びとともに投げつけた。
 壁にひびが入るほどの勢いで叩きつけられ、「ふぎゃっ」と悲鳴をあげるデルフ。そしてサーシャはデルフを拾い上げると、「えーっ、もっと聞きたかったのに」と残念がるアンリエッタらを無視して、鬼神のような表情を浮かべ、震える声で言ったのだ。
「ど、どうやら再生失敗しちゃたようね。サイト、このガラクタを包丁に打ち直してやるからハンマー用意しなさい! できるだけ大きくて重いやつ!」
「あ、じゃあ武器庫に「抜くと野菜を切りたくなる妖刀」ってのがあったから、それと混ぜちゃいましょうか」
「キャーやめてーっ! 叩き潰されるのはイヤーッ! 生臭いのもイヤーッ!」
 悲鳴をあげるデルフの愉快な姿を眺めて、場から爆笑が沸いたのは言うまでもない。
 さて、それからサーシャの機嫌をなだめるのには少々苦労したものの、六千年ぶりの生みの親との再会にデルフは時間が許す限りしゃべり続けた。
「懐かしいぜ、おめえらとはいろいろあったよなあ。極寒の雪山で雪崩を切り裂いたことも、マギ族の魔法兵士と戦うために魔法を吸い込む力を与えてもらったことも昨日のように思い出せるぜ。それからよ、それからよぉ」
 懐かしさで思い出話が止まらなくなっているデルフに、ブリミルとサーシャはじっくりと付き合った。デルフの思い出は、ブリミルとサーシャにとっては未来のことだ。それも、未来を聞いたことによってこれから本当に起こるかはわからない。
 それでもよかった。仲間との再会はうれしいものだ、デルフの語る思い出の光景が、ふたりの脳裏にも想像力という形で浮かんでくる。もっとも、ときおり夜の思い出の話になりかけると、ブリミルは期待に表情をほころばせ、そのたびにサーシャが大魔神のような表情で睨みつけて黙らせていたが。

849ウルトラ5番目の使い魔 60話 (7/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:43:27 ID:U1/UBfmE
 そして、ひとしきり話が終わると、サーシャはなにげなくデルフに新しい魔法をかけていった。
「魔法を吸い込む力を強化しておいたわ。吸い込む量が増えれば反動も大きくなるけど、その刀の強度なら耐えられるでしょう」
 それが、再び今生の別れとなるサーシャからデルフへの餞別だった。
 そうして、ブリミルとサーシャは才人やルイズたち一同に見送られながら過去の世界へとアラドスに乗って帰っていった……山のように大量の食糧をおみやげに持って行って。
 
 あのときのことは、本当に思い出すと笑いがこみあげてくる。しかし、サーシャのこの時代への置き土産は、この時代の苦難はあくまでこの時代の人間がはらわなければいけないという課題でもある。
 才人はワルドを睨みながらデルフを握りしめ、今度こそデルフとともに最後まで戦い抜くことを誓った。
「さあ何度でも来やがれヒゲ野郎! もうお前なんか、おれたちの敵じゃねえぜ」
「おのれ、たかが平民が大きな口を叩いてくれる」
 才人の挑発に、ワルドは再度魔法を放とうとした。しかし、その詠唱が終わる前に、ワルドの至近で鋭い威力の爆発が起こったのだ。
『エクスプロージョン!』
「ぐおおっ!」
 とっさに身を守ったものの、死角からの一撃に少なからぬダメージをもらったワルド。そしてその見る先では、ルイズが毅然とした表情で自分に杖を向けていた。
「飛び道具があるのが自分だけだと思わないことね。そんなところに突っ立ってるなら狙いやすくて助かるわ。次は外さないわよ、覚悟なさい」
 ルイズの魔法には弾道がない。それゆえに回避が難しく、ワルドもさっきは長年の勘でとっさに身をひねってかわしたに過ぎない。
 ワルドは、このまま魔法の打ち合いを続けたら自分が不利だと判断した。あの二人は自分が死んでいた間にもさらに成長している。前と同じと思っていると危ない。
「やるね、小さいルイズ。だが君たちも僕をあなどってもらっては困る。楽しみは減るが、こちらも本気を出させてもらおうか」
 そう宣言すると、ワルドはサタンモアの背中から飛び降りた。そしてサタンモアに、お前はそのまま施設の破壊を続けるように命じると、自身は得意とするあの魔法の詠唱をはじめた。
「ユビキタス・デル・ウィンデ……」
 ワルドの姿が分身し、総勢八人のワルドとなってルイズたちの前に降り立った。

850ウルトラ5番目の使い魔 60話 (8/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:50:57 ID:U1/UBfmE
「風の遍在ね。まあ見たくもない顔がぞろぞろと、吐き気がするわ」
「ふん、だが君の魔法でも八人は一気に倒せまい。そして知っての通り、本体以外への攻撃は無効な上に、君の虚無の魔法が詠唱に時間がかかるのも知っている。時間は稼がせんよ、覚悟したまえ!」
 ワルドとその遍在は、八方からいっせいにルイズと才人に杖を向け、『ライトニング・クラウド』を唱え始めた。ルイズの反撃は間に合わず、デルフリンガーとてこれだけの魔法の攻撃はしのぎ切れない。
 だが才人は不敵な笑みを浮かべると、ワルドたちに向かって言い返した。
「それはどうかな?」
 その瞬間だった。横合いから、無数の魔法の乱打がワルドと遍在たちに襲い掛かったのだ。
「サイトたちを助けろ。水精霊騎士隊、全軍突撃ーっ!」
 炎や水のつぶてが大小問わずに叩き込まれ、それらはとっさに防御姿勢をとったワルドたちには大きなダメージは及ぼさなかったものの、態勢を崩壊させるのには充分な威力を発揮した。
「ギーシュ、いいところで来てくれるぜ」
「ふふん、英雄は活躍するチャンスを逃さないものなのさ。てか、あれだけ騒いでおいて気づかれないほうがどうかしているだろうよ」
 かっこうつけて登場したギーシュたち水精霊騎士隊の仲間たちに、才人も笑いながらガッツポーズをして答える。
 対して、虚を突かれたのはワルドだ。八人で才人とルイズを包囲したと思ったら、いつのまにか倍の人数に囲まれている。ワルドは烈風カリンのような強者の存在は計算して襲撃したつもりでいたが、学生の寄り合い所帯に過ぎない水精霊騎士隊のことは完全に計算外だった。
 しかし……だが。
「ワルド、てめえの次のセリフを言ってやろうか? たかが学生ごときが何人集まったところで元グリフォン隊隊長たる『閃光』のワルドに勝てると思っているのかね? だ」
 才人のその言葉に、並んだワルドたちの顔がぴくりと震えるのが見えた。だが才人はただ調子に乗っているだけではない、そしてギーシュたちもプロの軍人メイジを前にして根拠のない蛮勇ではない。
 簡単なことだ。水精霊騎士隊の積み上げてきた経験は、もう並のメイジの比ではない。そしてメイジ殺しのプロである銃士隊に鍛え上げてもらってきたのだ、その地獄を潜り抜けた自信はだてではない。ギーシュは、ギムリやレイナールたちに向かって隊長らしく命令を飛ばした。
「さて諸君、元グリフォン隊隊長ワルド元子爵を相手に訓練ができるとは願ってもない機会だ。僕らの帰りを待ってくれているレディたちにいい土産話ができるぞ。元子爵どののご好意に感謝しつつ、元隊長どのを環境の整った美しい牢獄へご案内してあげようじゃないか」
「ええい、元元とうるさい! よかろう、ならば特別に稽古をつけてやろうではないか。その成果を十代前の祖父に報告するがいい」

851ウルトラ5番目の使い魔 60話 (9/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:52:55 ID:U1/UBfmE
 本気を出したワルドと水精霊騎士隊がぶつかる。ワルドにも焦りがあった、時間をかければ当然あの烈風がやってくる可能性が高まる、アルビオンでの敗北はワルドにとってぬぐいがたいトラウマとなっていた。
 ワルドは自分がつけいる隙を自らさらしていることに気づいていない。そして、当然才人とルイズも攻勢に打って出て、戦いは乱戦の様相を見せ始めた。
 
 
 しかし、才人とルイズがワルドとの戦いに忙殺され、ウルトラマンAに変身できなくなったことで、アブドラールスとUFO、そしてサタンモアは我が物顔でガリア軍を攻撃している。
 怪獣二体が相手では通常の軍隊では勝機は薄い。しかも不意を打たれているのだ、タバサはこれまでであれば自らシルフィードに乗って戦えたが、女王という立場では動くことはできない。
 ガリアの人間たちが傷つけられている姿を見ていることしかできないタバサ。しかし、彼女は敗北を考えてはおらず、その期待に応えて彼らはやってきた。
「きた」
 短くタバサがつぶやいたとき、空のかなたから光の帯が飛んできて上空のUFOに突き刺さった。
『クァンタムストリーム!』
 金色の光線の直撃を受けたUFOは粉々に吹き飛び、続いて空の彼方から銀色の巨人が飛んできてアブドラールスの前に土煙をあげて着地した。
「ウルトラマンガイア」
 信頼を込めた声でタバサがその名を呼ぶ。異世界でタバサが出会った友、タバサが突然の敵の襲撃を受けたと聞き、駆け付けたのだ。
「デヤァッ!」
 掛け声とともに、ガイアはアブドラールスとの格闘戦に入った。ガイアにとっては初めて戦う怪獣だが、ガイアがこれまで戦ってきた怪獣の中にもミーモスやゼブブなど格闘戦を得意とする相手はいた、初見の相手でも遅れはとらない。
 接近しての腰を落とした正拳突きでよろめかせ、すかさずキックを入れて姿勢を崩させる。
 逆に、反撃でアブドラールスが放ってきた目からの破壊光線は、大きくジャンプしてかわした。
 その精悍な戦いぶりに、パニックに陥っていたガリア軍からも歓声があがりはじめた。
「おお、すごいぞあのウルトラマン! ようし、今のうちに全隊集まれ、女王陛下をお守りするのだ」
 余裕が生まれると、さすがガリアの将兵たちは秩序だった動きを発揮しだした。それに、ガイアの戦いぶりは彼らに「怪獣はまかせても大丈夫」という頼もしさがあった。我夢は頭脳労働担当ではあるが、XIGの体育会系メンバーにもまれることで貧弱とは程遠いだけの体力も身に着けていたのだ。

852ウルトラ5番目の使い魔 60話 (10/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:55:20 ID:U1/UBfmE
 ガイアはリキデイターを放ち、アブドラールスの巨体が赤い光弾を受けてのけぞる。我夢は、敵が別の場所で動きを見せた場合に備えて藤宮に残っていてもらっていることに余裕を持ちながら、冷静に敵の意図を考えていた。
〔このタイミングで、白昼堂々仕掛けてきた理由はなんだ? 作戦も何もない力押しの攻撃、怪獣もなにか特別な能力を持たされてるわけではなさそうだ……〕
 もしも破滅招来体のような狡猾な相手なら、なにか裏があるはずだ。まして聞いた話ではジョゼフというのは相当に頭の切れる男らしい、我夢は戦いながら思案を巡らせ続けた。
 
 一方で、サタンモアもワルドから解放されて自由に暴れていた。
 空を縦横に飛び回り、本来の凶暴性を発揮して、子機であるリトルモアを解放して地上の人間たちを襲おうとする。が、そんな卑劣を許しはしないと、別の方向から次なる戦士が現れる。
『フラッシュバスター!』
 青い光線が鞭のようにサタンモアを叩き、リトルモアの射出態勢に入っていたサタンモアを叩き落とす。
 そして光のように降り立ってくる、ガイアに劣らないたくましい巨人の雄姿。その名はウルトラマンダイナ!
〔ようルイズ、手こずってるみたいじゃねえか。こっちの焼き鳥もどきはまかせな。さばいて屋台に出してやるぜ〕
「アスカ、あんたまた出しゃばってきて! 仕方ないわね。わたしより先にそいつを片付けられなかったらそいつのステーキを食べさせてやるからね」
〔うわ、それは勘弁してくれ。ようし、いっちょ気合入れていくか〕
 ルイズとテレパシーで短く言い合いをした後で、ダイナは指をポキポキと鳴らしてサタンモアに向き合った。
 対してサタンモアもリトルモア射出器官をつぶされはしたものの、これでまいるほど柔くはない。再浮上して、その最大の武器である巨大なくちばしをダイナに向かって猛スピードで突き立ててくる。
〔真っ向勝負のストレートで勝負ってわけか! その根性、気に入ったぜ〕
 ダイナは逃げずに正面からサタンモアに対抗し、胸を一突きにしようとするサタンモアの頭を一瞬の差でがっぷりと担ぎ上げた。
「ダアァァァッ!」
 サタンモアの勢いでダイナが押され、ダイナは全力でそれを押しとどめる。
 なめてもらっては困る。アスカはピッチャーだが下位打線ではない、それに、相手が真っ向勝負を向けてきたら燃えるタイプだ。
〔しゃあ、止めてやったぜ。俺ってキャッチャーの才能もあるんじゃねえか? ようし、じゃあでかいバットも手に入ったし、今度は四番バッターいってやろうか〕
 ダイナは受け止めたサタンモアの首根っこを掴むと、そのままホームランスイングよろしく振り回した。その豪快なスイングの風圧でテントが揺らぎ、砂塵が巻き起こる。当然サタンモアはたまったものではない。
 その相変わらずの戦いぶりには、旅を共にしてきたルイズも苦笑いするしかない。

853ウルトラ5番目の使い魔 60話 (11/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 09:56:11 ID:U1/UBfmE
 そして、戦いの中でダイナとガイアは一瞬だけ目くばせしあった。こっちはまかせろ、お前はそっちを存分にやれという風に、まるで長年そうしてきたようにごく自然にである。
 
 ふたりのウルトラマンの参戦によって、戦いは一気に流れを変えだした。
 だが、この戦いを見守る黒幕は、この状況を見てむしろ楽しそうに笑っていた。
「すごいすごい、さっそくウルトラマンがふたりも駆けつけてきましたよ。まったくこの星は恐ろしいですねえ、ひ弱な私にはとても侵略など思いもできませんよ」
 まるで他人事のような気楽な態度。自分が送り出した怪獣がやられそうだというのに、まるで気にした様子を見せていない。
 隣のジョゼフは無言で、なにかをじっと考え込んでいる。シェフィールドが心配そうにのぞき込んでいるが、まるで気づいている様子さえない。
 ジョゼフにここまで深刻に考えさせるものとはなにか? そして黒幕の宇宙人は、手を叩いて愉快そうにしながらクライマックスを告げた。
「おやおや、そろそろ決着みたいですね。王様、見逃すと損をしますよ。私も私の世界にはいないウルトラマンがどんな必殺技を繰り出すのか、もうワクワクしてるんですから」
 だがジョゼフは答えず、視線だけをわずかに動かしたに過ぎない。
 そしてそのうちにも、戦いは黒幕の言った通りに終局に入ろうとしていた。
 
 まずは怪獣たちに先んじて、ワルドが引導を渡されようとしていた。
「くっ、弱いくせにしぶとさだけは一人前だな」
「伊達に猛訓練してきたわけではないのでね。これくらいでへばっていたら、もっと怖いおしおきが来るのさ」
 ギーシュたちは三人がかりでワルドの遍在ひとりと対峙していた。互角、と言いたいところだがさすがワルドは強く、ギーシュたちは苦戦を余儀なくされているが、ワルドとて楽なわけではない。
「だが、いくら粘っても私の遍在ひとつ倒せないお前たちに勝機はないぞ」
「それはどうかな? ぼくらはただの時間稼ぎだったことに気づかなかったようだね。ルイズ、いまだ!」
「ええ、あんたたちにしちゃ上出来ね。『ディスペル!』」
 合図を受けたルイズが詠唱を終えて杖を振り下ろすと、杖の先から虚無の魔法の光がほとばしり、ワルドの遍在たちを影のように消し去っていった。あらゆる魔法の威力を消滅させる『ディスペル』の魔法の効力だ。
 たちまち一人になるワルド。ワルドは、水精霊騎士隊の戦いが、最初からディスペルの詠唱を終えるための囮であったことに気づくが、もう遅い。

854ウルトラ5番目の使い魔 60話 (12/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 10:07:14 ID:U1/UBfmE
「し、しまった」
「ようし、これで邪魔者は消えたな。みんな、袋叩きにしてやれーっ!」
 いくらワルドでもひとりで才人をはじめ水精霊騎士隊全員とは戦えない。悪あがきのライトニンググラウドも才人のデルフリンガーに吸収され、後にはワルドの断末魔だけが響いた。
 唯一、救いがあるとすればルイズが冷酷に言い放った一言だけだろう。
「とどめは刺すんじゃないわよ。そいつには吐かせなきゃいけないことがたくさんあるんだからね。まあ、アニエスの尋問を受けるのに比べたら死んだほうがマシかもしれないけど」
 まさしく『烈風』の血を引く者としての苛烈な光を目に宿らせたルイズの冷たい笑顔が、ワルドが気を失う前に見た最後の光景であった。
 
 そして、怪獣たちにもまた最後が訪れようとしている。
「ダアアッ!」
 ガイアがアブドラールスを宿営地の外側へと大きく投げ飛ばす。そして、無人の空き地に落ちたアブドラールスに向けて、ガイアは左腕にエネルギーを溜め、右手を交差させながら持ち上げると、そのまま腕をL字に組んで真紅の光線を放った。
『クァンタムストリーム!』
 光線の直撃を無防備に受けて、アブドラールスはそのまま大爆発を起こして四散した。
 
 さらに、ダイナも空を飛び交うサタンモアとの空中戦の末、両腕を広げてエネルギーをチャージし、全速力で突進してくるサタンモアに対してカウンターで必殺光線を放った。
『ソルジェント光線!』
 頭からダイナの必殺技を浴びたサタンモアは火だるまになり、そのまま花火のように爆発して宿営地の空にあだ花を残して消えた。
 
 ダイナはガイアのかたわらに着地し、「やったな」というふうに肩を叩いた。

855ウルトラ5番目の使い魔 60話 (13/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 10:08:11 ID:U1/UBfmE
 だが、ガイア・我夢は素直に喜ぶことができなかった。
〔どうした我夢? どっかやられたのか〕
〔いや、本当にこれで終わったのかなと思って。なにか、あっけなさすぎると思って〕
 ガイアもダイナもたいした苦戦をしたわけではない。ふたりともカラータイマー、ガイアの場合はライフゲージではあるが、青のままで余力たっぷりだ。
 念のために周りを探ってみたが、別の怪獣が潜んでいる気配もない。こちらがエネルギーを消費したところへ追撃が来るというわけでもなさそうだ。Σズイグルのように罠を残していった様子もなかった。
 アスカも、言われてみれば楽に勝てすぎたと思い当たったようだが、彼にもそれ以上はわからなかった。
 しかし、ウルトラマンの活動限界時間は少ない。考えている時間はなく、ふたりともこれ以上余計なエネルギーを消耗するわけにはいかないと飛び立った。
「ショワッチ」
「シュワッ」
 ガイアとダイナはガリア兵たちの歓声に見送られて飛び去り、宿営地に安全が戻った。
 兵たちは秩序正しく動き出し、被害箇所の復旧や負傷者の救助に当たり始めた。
 そんな中で、タバサは連行されていくワルドの姿を見た。すでに大まかな報告はタバサのところに上がってきており、概要は知っている。
 だが、タバサもまた解せない思いでいた。
「おかしい……」
「ん? なにがおかしいのね、おねえさま」
「ジョゼフの仕業にしては、あっさりしすぎてる……」
 シルフィードにはわからないだろうが、ジョゼフという男を長年見続けてきたタバサには、これがジョゼフのしわざとは到底思えなかった。
 確かにふたりのウルトラマンは強かった。それに、才人やルイズたちが強いのも友人のひいき目はなくわかっているつもりだ。だがそんなことはジョゼフなら当然わかるはずで、力押しならば圧倒的な戦力を背景にした上で、そうでなければ裏をかいて悪辣な何かを仕組んでいるのが常套だ。

856ウルトラ5番目の使い魔 60話 (14/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 10:09:27 ID:U1/UBfmE
 しかし、今回は怪獣たちは特に強化された様子もなく、ワルドも前のままの実力であっさりと捕らえられてしまった。追い詰められて手段を選んでられなくなったのか? いや、それはない。ジョゼフがそんな暗愚の王ならば、とっくの昔に仇は討っていた。けれど、ここが陽動でほかの場所で事件が起きたという知らせもなく、タバサもまた公務に忙殺されていった。
 
 激震が起きたのは、その翌日である。
 その日、ルイズは才人を連れてトリステイン王宮を訪れていた。もちろん昨日の顛末を女王陛下に報告し、さらに今後のことを話し合うためである。
「女王陛下、ルイズ・フランソワーズ、ただいま参上つかまつりました」
 謁見の間には、アンリエッタのほかにタバサも先にやってきていて、王族同士ですでに話をつめていたようだ。
 なお、ウェールズは今はアルビオンに戻っている。アルビオンもまだまだ安泰というわけではないので当然だが、新婚だというのに別居せねばならないアンリエッタのことをルイズは痛ましく思った。平和が戻った暁には、トリステインとアルビオンを夫婦で交互に行き来して統治するつもりだというが、一日も早くそうしてあげたいと切に願っている。
 今日はこれから、捕縛したワルドから引き出した情報を元にしてジョゼフへの対抗策の原案を練る予定となっていた。だが、謁見の間に深刻な面持ちで入ってきたアニエスの報告を受けて、一同は愕然とした。
「ワルドの記憶が消されている、ですって!?」
 ルイズは思わず聞き返した。ほかの面々もあっけにとられている中で、アニエスは自分も納得できていないというふうにもう一度説明した。
「目を覚ましたワルドを、考えられるあらゆる方法で尋問したが、奴は錯乱するばかりで何も答えようとはしなかった。そこで、まさかと思って水のメイジに奴の精神を探ってもらったら、どうやら奴はここ数年来の記憶をまとめて消されてるようなのです」
「ここ数年ということは、つまりトリステインに反旗を翻したことも、昨日のことも……」
「ええ、きれいさっぱり忘れてしまっています。嘘をつけないように、それこそあらゆる手を尽くしましたが、結果は同じでした」
 アニエスの言う「あらゆる手」が、どんなものであるか、才人は想像を途中で切り上げた。ここは現代日本ではない、悪党へのむくいも違っていてしかるべきだ。
 しかし、記憶が消されているとは。アニエスは説明を続ける。
「恐らく、敗北したら記憶が消去されるようになんらかの仕掛けがされていたのでしょう。魔法か、薬物か、催眠術か……今、調査を続けておりますが、奴の記憶が戻る望みは薄いと思われます」
「口封じというわけね……けど、おかしいわね。口封じのためなら敗北したら死ぬようにしておけば、一番確実で安全でしょうに?」
 ルイズは、なぜワルドを生かして捕らえさせたのかと疑問を口にした。

857ウルトラ5番目の使い魔 60話 (15/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 10:12:05 ID:U1/UBfmE
 記憶が消されているのはやっかいだが、戻る可能性が皆無というわけではない。たとえば何らかの魔法、今も行方不明のアンドバリの指輪でも使えば強固な精神操作は可能であろうが、ディスペルを使えば解除は可能だ。そのくらいのことをジョゼフが予見できないとは考えられない。
 なら、記憶を消されたワルドにはまだ何か役割があるということか? アンリエッタはアニエスに、念を押すように尋ねた。
「アニエス、死んだはずのワルド子爵ですが、本当に死んだところを確認したのですね?」
「はい、あのとき奴の心臓をこの手で確実に……そして怪物と化した後はウルトラマンAが倒したのをこの目で確認しました。あれで、生きているわけがありません」
「しかし、現に子爵、いえ元子爵は生きた姿で帰ってきました。シャルロット殿、あなたはどう思われますか?」
 話を振られたタバサは、自分もいろいろと考えていたらしく、仮説を口にした。
「まだ、はっきりしたことは言えないけど。可能性としては、前にあなたたちが倒したワルドが偽物だった、スキルニルなどを使えば精巧な偽物は不可能じゃない。第二に、ワルドに似せた別人を自分をワルドだと思わせるように洗脳した。ほかにもいくつか仮説はあるけれど、どれも『なぜこのタイミングでワルドを送り込んできた』かの説明ができない。腕の立つ刺客なら、ジョゼフはほかに何人も雇えるはず」
 確かに、タバサを始末するだけならあんな派手な攻撃は必要ない。むしろひっそりと暗殺者を送り込むほうが安全で確実だ。なにより、ワルドはルイズたちへの雪辱に気を取られてタバサには目もくれていなかった。
 ルイズや才人も、納得のいく答えが出なくて悩んでいる。才人は、なにかあったらまたその時に考えればいいんじゃね? という風に笑い飛ばそうかとも思ったが、自分の手で確実に葬ったはずの奴が当たり前のように戻ってきたと思うと、やはり不愉快なものがあった。そんなにしつこいのはヤプールと、いいとこバルタン星人くらいでいい。
 残された手掛かりはワルドのみ。今もミシェルがやっきになって調査をしているものの、あまり期待はできそうにない。
 タバサはアニエスに対して、もう一度尋ねた。
「あのワルドという男、本当にあなたたちの知っているワルドそのものなの? スキルニルで作られた複製、あるいはアンドバリの指輪で操られている死人という可能性は?」
「ない! 女王陛下への報告の前に、あらゆる手立ては尽くした。魔法アカデミーにも頼んで徹底的にな。あれは間違いなくワルドだ。生きた人間だ!」
 アニエスはいらだって大声で答えた。彼女とて信じられないのだ、確実に死んだはずの人間がまた現れる。そんなことは、先の始祖ブリミルの一件だけでたくさんだ。
 
 しかし、完全に秘匿されているはずのこの部屋を、こっそりと覗き見ている者がいた。

858ウルトラ5番目の使い魔 60話 (16/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 10:13:07 ID:U1/UBfmE
 それは窓ガラスに張り付いた一匹の蛾。それが魔法で作られたガーゴイルであれば、部屋のディテクトマジックに引っかかっていだろうが、あいにくそれは科学で作られた超小型のスパイロボットだったのだ。
 その情報の行く先はもちろんガリアのヴィルサルテイル宮殿。そこでジョゼフとシェフィールドを前にして、黒幕の宇宙人は高らかに宣言した。
「ウフハハハ! 聞きましたか王様? 間違いなく生きた人間そのものだそうですよ。これで、私の言うことを信じていただけますね! では、始めていただけますね。約束しましたよね?」
「ああ、やるがいい……ミューズ、出かけるぞ。支度しろ」
「ジョゼフ様……はい、仰せのままに……」
 グラン・トロワから飛行ガーゴイルが飛び立ち、ジョゼフを呼びに来た大臣が騒ぎを起こすのはその数分後のことである。
 
 そして時を同じくして、トリステイン王宮でも事態は急変していた。
 突然、謁見の間の窓ガラスが割れて、室内に乾いた音が響き渡る。
「女王陛下!」
「ルイズ、俺の後ろにいろ!」
 敵襲かと、アニエスはアンリエッタをかばって剣を抜き、才人もルイズをかばって同じようにする。もちろんタバサも愛用の杖を握って、女王ではなく戦士の目に変わった。
 しかし、敵の姿は見えず、代わってガラスの破片の中からジョゼフの声が響いた。
『シャルロットよ、お前の屋敷で待っている。戦争を止めたければ、来い』
 それが終わると、ボンと小さな爆発音がして静かに戻った。
 いまのは、いったい……? 唖然とするルイズや才人。だが、タバサはわかっていた。わからないはずがなかった。
「ジョゼフ……」
 あの男の声を、父の仇であるジョゼフの声を聴き間違えるはずがない。
 だが、ジョゼフの声にしては珍しく落ち着きがなく、動揺が混じっていたように感じられたのはなぜだ? しかしタバサの中の冷静な部分の判断も、抑え込み続けてきた怒りの前にはかなわなかった。
 謁見の間の窓ガラスを自ら叩き壊し、ベランダに出たタバサはシルフィードを呼び寄せた。もちろんルイズや才人が慌てて引き止めようとする。

859ウルトラ5番目の使い魔 60話 (17/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 10:14:28 ID:U1/UBfmE
「待ってタバサ! あなた、どこへ行くつもり?」
「ジョゼフが待ってる。わたしは、行かなきゃいけない」
「なに言ってるのよ! これは間違いなく罠よ。あなたならわかるでしょう」
「たとえ罠でも、これはジョゼフを倒すまたとない機会。たとえ刺し違えても、あの男をわたしは倒す。わたしがいなくてもガリアは……さよなら」
 飛びついて止める間もなく、タバサはシルフィードで飛び去ってしまった。こうなると、シルフィードに追いつけるものはそうそう存在しない。
「タバサ! ああ、もうあんなに小さく。アニエス、竜かグリフォンを、って、それじゃ間に合わない。シルフィードより速いのなんてお母様の使い魔くらいしか、お母様は今どこ?」
「カリーヌどのは昨日の襲撃の検分のために、ちょうどお前たちと入れ違いになった。お前こそ、前に使ってみせた瞬間移動の魔法はどうした!」
「遠すぎるしシルフィードが速すぎるわ! もう、あの子ったら我を忘れちゃってるわ。こんなときに限って、キュルケもいないんだから、もう!」
「落ち着け! 追いつけなくても追いかけることはできる。シャルロット女王はどこへ向かった? 飛び去ったのはリュティスの方角ではないぞ」
 アニエスに言われて、ルイズははっとした。あの方向は、まっすぐ行けばラグドリアン湖……そしてキュルケから聞いたことがある。ラグドリアン湖のほとりには。
「旧オルレアン邸……タバサの実家だわ!」
 ジョゼフの言葉とも一致する。そこだ、そこしかないと才人とルイズは飛び出した。
 同時にアンリエッタもアニエスに命じる。
「アニエス、伝令を今連絡がとれる味方すべてに出しなさい。あらゆる方法を使って、ラグドリアン湖の旧オルレアン邸に急行するのです! シャルロット殿を死なせてはなりません!」
 伝書ガーゴイル、その他思いつく限りの方法がトリステイン王宮から放たれる。
 そして、急報を受けてトリステインのあらゆる方向からタバサに関わりのある者たちが飛び立っていく。目指すはオルレアン邸、前の戦いの疲れも癒えないままに、それはあまりにも唐突で早すぎる決戦かと思われた。
 
 
 しかし、いかに彼らが急ごうとも、タバサに先んじてラグドリアンまでたどり着ける位置と方法を有している者は、ウルトラマンさえいなかった。
 
 
 オルレアン邸の現在はギジェラに破壊されて以降、放置されたままの廃墟の姿をさらし続けている。

860ウルトラ5番目の使い魔 60話 (18/18) ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 10:15:58 ID:U1/UBfmE
 タバサは飛ばされる理由もわからずに飛んでいるシルフィードに乗って、自分の家であり、かつて異世界に飛ばされる場所になったそこに帰ってきた。
「ここで待っていて」
 タバサは門の前にシルフィードを残すと、ひとりで邸内へと入っていった。
 敷地内は雑草で覆われ、焼け落ちた邸宅はつるに巻き付かれて荒れ放題な様相を見せていた。
 女王のドレスに身を包んだままのタバサは、油断なく杖を構えながら庭を進んでいく。かつて幼い日には家族と遊びまわった庭、ジョゼフが弟を訪ねて遊びにやってきたことも何回か覚えている。
 そう、オルレアン公と王になる前のジョゼフは、庭の一角にテーブルを広げ、よくチェスに興じていたものだ。思えば、チェスに関しても無類の強さを持っていた父が「待った」をしていたのはジョゼフを相手にだけだったかもしれない。
 そしてその場所で、ジョゼフはひとりで立って待っていた。
「来たなシャルロット……ここも変わってしまったな。俺がここにやってきたのは、ざっと五年ぶりくらいだ。あの頃のお前はまだ妖精のように小さくて、来るたびにシャルルの奴が娘の自慢話を長々と聞かせてくれたものだ」
「呼ばれたから、来た。なにを、企んでいるの?」
「そう警戒するな。別に罠などは仕掛けていないし、ここにいる俺はスキルニルでも影武者でもない俺本人だ。お前より先にリュティスからここに来るのは、少々骨を折ったぞ」
 ジョゼフは杖も持たずに棒立ちでタバサの前に無防備でいた。
 対してタバサは油断せずに、全神経を研ぎ澄ませてジョゼフと自分の周囲を観察している。
 伏兵が潜んでいる気配は特にない。目の前の相手も、こうして確認する限りではジョゼフ本人に間違いはない。だが、一気に魔法を撃って仕留める気にはならなかった。ジョゼフも虚無の担い手であることは判明している。下手な攻撃は返り討ちに合う危険性が高い。
 だが、洞察力をフル動員してジョゼフを観察しているタバサは、違和感を覚えてもいた。なにか、声に余裕がなく、焦っているように感じられる。あのジョゼフが焦る? まさか。
「ここはわたしの家、客人は来訪の用件を言ってもらう」
「フ、たくましくなったものだなシャルロット。用事は簡単だ。お前にひとつ、相談したいことがあってな」
「相談? 冗談はよして」
「冗談ではない、俺は本気だ。実は今、真剣に悩んでいることがあってな。お前にもぜひ意見をもらいたいんだ」
 信じがたい話だが、ジョゼフが嘘を言っているようには思えなかった。だがジョゼフの口から出る言葉が、まともなものとはとても思えなかった。
 このまま問答無用で仕留めにかかるか? 相談とやらが何か知ったことではないが、それを聞けばまず間違いなく自分が不利になる。
 しかし、タバサが決断するよりも早く、ジョゼフがつぶやいた一言がタバサの心を大きく揺り動かした。
「……」
「……え?」
 タバサの表情が固まり、心臓が意思に反して激しく脈動し始めるのをタバサは感じた。
 ジョゼフは今、なんと言った? まさか、いやそんな馬鹿な。だが、それならジョゼフの焦りの説明もつく。そうか、あれはすべてこのために用意された伏線だったのか。
 呼吸が荒くなり、杖を持つ手が幼子のように震えだす。それは、どんな悪魔のささやきよりも深くタバサの胸へと浸透していった。
 
 その間にも、才人たちは全速力でオルレアン邸へと急行しつつある。
 けれど、黒幕のあの宇宙人はそれにも動じることはなく、自分の思い通りに事が進んでいることに高笑いを続けていたのだ。
 
 
 続く

861ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/06/27(火) 10:17:47 ID:U1/UBfmE
今回は以上です。
急展開突入。タバサの運命やいかに!

862名無しさん:2017/06/27(火) 13:09:10 ID:jMO6xym.
ウルトラ乙

863ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/29(木) 23:59:20 ID:XQsS.U.Q
5番目の人、乙です。私の投下も始めさせてもらいます。
開始は0:02からで。

864ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/30(金) 00:03:10 ID:jU/S1V5A
ウルトラマンゼロの使い魔
第百四十七話「決闘!ウルトラマンゼロ対悪のウルトラ戦士」
ウルトラダークキラー
悪のウルトラ戦士軍団 登場

 六冊の本の旅を終えた才人とゼロだったが、ルイズの記憶は元に戻らなかった。更にはルイズが
ダンプリメなる謎の人物に、本の中にさらわれてしまった! 才人たちはダンプリメの正体を、
ガラQに説得されたリーヴルから知らされる。ダンプリメは長い年月を経て本に宿った魔力が成長して
誕生した存在であり、人間に関心を持った末に莫大な魔力を秘めているルイズを自分のものにしようと、
リーヴルを脅して今回の事件を仕組んだのであった! そんなことを許せる才人ではない。彼は
リーヴルの手を借りて、ダンプリメが待ち受ける七冊目の世界へと突入していった……!

「うッ……ここは……」
 才人がうっすら目を開けると、そこはもう図書館ではない別の場所であった。本の中の
世界に入ったに違いない。
 しかし七冊目の本の世界は、これまでの六冊の世界とは大きく異なっていた。それまでの
本の世界は、様々な宇宙の地球の光景そのままの街や自然で彩られた景観が広がっていたのに、
この世界は360度見渡す限り薄暗い荒野が続いていて、石ころとほこりしかないようであった。
「随分殺風景だな……。至るところに何もないぜ」
「それはそうさ。この本の物語はまだ一文字たりとも書かれていない。だからこの世界には
まだ何もないのさ」
 才人の独白に対して、背後から返答があった。才人は即座にデルフリンガーを抜いて振り向いた。
「ダンプリメ!」
 果たしてそこにいたのはダンプリメ。才人のことを警戒しているのか、デルフリンガーの刃が
届かない高さで浮遊している。
「物語はこれから綴られるんだ。ウルトラマンゼロ……君たちが敗北し、ボクとルイズの永遠の
本の王国が築かれるハッピーエンドの物語がね」
 ダンプリメはすました態度でこちらを見下ろしながら、そんなことを言い放つ。対して才人は、
デルフリンガーの切っ先をダンプリメに向けて言い返した。
「残念だったな。これから書かれるのは、俺たちがルイズを救出して現実世界に帰るハッピー
エンドの物語だ!」
 早速ダンプリメに斬りかかっていこうと身構える才人だが、それを察知したダンプリメは
才人から距離を取りつつ告げた。
「まぁ落ち着きなよ。そう勝負を急がずに、前書きでも楽しんでいったらどうだい? たとえば、
ボクがどうして六冊もの本の世界を君たちにさせたのか」
「何?」
 自在に宙を舞うダンプリメが逃げに徹していると、才人も狙うのが難しい。相手の動きを
常に警戒しながら、ダンプリメの発言を気に掛ける。
「ルイズを手に入れる上で最大の障害である君たちを排除するため……おおまかに言って
しまえばそういうことだけど、それは旅のどこかで本の怪獣たちに倒されればいいな、
なんて希望的観測じゃないんだよ。ボクも、そんな不確実な方法に頼るほど馬鹿じゃない」
「じゃあ何のためって言うんだ」
 才人が聞き返すと、ダンプリメは自分でも言っていたように、遠回りな説明を始める。
「ところでボクは本から生まれた存在なだけに、その知識量はこの世界の誰の追随も許さない
ものと自負している。何せ、トリステインの図書館の蔵書数がそのままボクの知識だからね。
それは世界の全てを知っているということに等しい。それこそあらゆることをボクは知っているし
実際に行うことも出来る……剣術も間合いの取り方だって達人のレベルさ」

865ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/30(金) 00:06:16 ID:jU/S1V5A
 いつの間にか、ダンプリメが剣を手に才人の背後にいた! 間一髪察知した才人は振り向きざまに、
相手の斬撃をデルフリンガーで弾く。
「図に乗るな! いくら本の内容を全部知ってるからって、世界の全てを知った気でいるのは
自惚れだぜ!」
「そうだね。逆に言えば、本に書かれてないことをボクは知らない。そう、君の中の光の戦士、
ウルトラマンゼロ。それなんかがいい例だ」
 単なる余興だったのか、剣を弾かれても平然としているダンプリメは、才人の胸の内を指差した。
「ハルケギニアの外の世界からやって来て、超常的な力であらゆる敵を粉砕する無敵の戦士。
その力の前では、どこまで行っても本の世界から外に出ることは出来ないボクは呆気なく
粉砕されてしまうだろう。そう考えたボクは、リーヴルを通じてある策を実行した。無敵の
ウルトラマンゼロを『本の中の登場人物』にしてしまうというね」
「何!?」
 ここまでの説明で才人も、ダンプリメの狙いが薄々分かってきた。
「本の中に引き込んでしまえば、ボクは相手の能力を分析することが出来る。六冊分もの
旅をさせて、既にウルトラマンゼロの力は隅々まで把握してるよ。……だけど、狙いは
それだけじゃあないんだ」
「まだあるってのか!」
「旅の中で、君たちは度々その本の世界には本来存在しない怪獣と戦っただろう。あれらは
ボクの介入で出現したんだ。何でそんなことが出来たのかって? それはこの『古き本』の
力によるものさ!」
 ダンプリメが自慢げに取り出して見せつけたのは一冊の本。それは……。
「怪獣図鑑!?」
 どこで出版されたものか、古今東西の様々な怪獣の情報が記載されている図鑑であった。
そんなものまでトリステインに流れ着いていたのか。
「それだけじゃない。本の中の存在も生きてるんだよ。本の中の怪獣が君たちに倒されるごとに
生じた怨念のエネルギーも、ボクは集めてたんだ。そういうこともボクは出来るんだよ」
 それは黒い影法師の力か。ダンプリメはそんな能力まで学習していたのだ。
 そしてダンプリメの周囲に、六つの禍々しく青白い人魂が出現する。
「……それが真の狙いかよ!」
「さぁ、機は熟した。ウルトラマンゼロへの怨念が一つになり、今こそ誕生せよ! ゼロを
上回る最強の戦士よッ!」
 ダンプリメの命令により人魂が一つになり、マイナスエネルギーも相乗効果によって膨れ上がる。
そして人魂が巨大化して戦士の形になっていった!
「あ、あれは……!」
 新たに生まれた、邪悪な力をたぎらせる巨人の戦士を見上げて、才人は思わずおののいた。
 あまりにもおぞましいオーラを湛えた異形の姿だが、胸の中心に発光体を持つその特徴は、
明らかにウルトラ戦士を模していた。頭部には四本ものウルトラホーン、腕にはスラッガーが
生えていて、様々なウルトラ戦士の特徴を有しているようである。
「目には目を。歯には歯を。古い言葉だが、ウルトラマンを葬るのにも闇のウルトラマンが
最もふさわしいだろう。君たちウルトラ戦士を抹殺する闇の戦士……ウルトラダークキラー
とでも呼ぼうかな」
「馬鹿な真似はよせ! 闇の力ってのは、手を出したら取り返しがつかないことになるぞッ! 
今ならまだ間に合う!」
 警告を飛ばす才人だが、ダンプリメは取り合わず冷笑を浮かべるだけだった。
「おやおや、ウルトラダークキラーを前にして臆病風に吹かれちゃったかな? 君が勇士と
いうのは、ボクの買い被りだったかな」
「……どんなことになっても知らねぇぞッ!」

866ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/30(金) 00:09:31 ID:jU/S1V5A
 才人はやむなくウルトラゼロアイを装着して変身を行う。
「デュワッ!」
 才人の身体が光り輝き、この暗い世界を照らそうとするかのように閃光を発するウルトラマン
ゼロが立ち上がった。
「ふふ、いよいよ最後の決戦の始まりだ。さぁウルトラダークキラーよ、恨み重なるウルトラマン
ゼロをその手で闇に還すがいい!」
 ダンプリメの命令によって、ウルトラダークキラーが低いうなり声を発しながら腕のスラッガーで
ゼロに斬りかかってきた!
「セアッ!」
 こちらもゼロスラッガーを手にして対抗するゼロだが、ダークキラーの膂力は尋常ではなく、
押し飛ばされて後ろに滑った。
『くそッ、とんでもねぇパワーだな……!』
 ダークキラーは倒した本の怪獣全ての怨念の結集体というだけあり、力が途轍もないレベル
だということが一度の衝突だけでゼロには感じられた。
『こいつは全力で行かねぇと駄目なようだな! デルフ!』
 そこでゼロはゼロスラッガーとデルフリンガーを一つにして、ゼロツインソードDSを作り出した。
本の世界では一度も使用していないこれならば、ダンプリメも対策はしていまい。
『こりゃまた歯ごたえのありそうな奴じゃねぇか。相棒、遠慮はいらねぇ。かっ飛ばしな!』
『もちろんだぜ! はぁぁぁぁぁッ!』
 ゼロはツインソードを両手に握り締めて、一気呵成にダークキラーへと斬りかかっていった。
 ゼロツインソードとダークキラーのスラッガーが激しく火花を散らしながら交差する。
ダークキラーはその内にゼロを突き飛ばすと、スラッガーを腕から切り離して飛ばしゼロへ
攻撃してきた。
「セェェアッ!」
 ゼロは一回転して迫るスラッガーをツインソードで弾き返す。スラッガーがダークキラーの
腕に戻った。
『なかなかやるじゃねぇか……』
 一旦体勢を整えて、ひと言つぶやくゼロ。ダークキラーの戦闘力はかなりのもので、
ゼロツインソードを武器にしてもやや押されるほどであった。しかし、ゼロは決して戦いを
あきらめたりはしない。どんな相手だろうとも最後まで立ち向かい、勝利をもぎ取る覚悟だ。
 だが、この時にダンプリメが次のように言い放った。
「そっちもさすがにやるものだね。このダークキラーに食い下がるなんて。……だけど、
ボクはより確実に君を倒す手段を用意してるんだよ」
『何!?』
「さぁ、ここからが本番だッ!」
 パチンと指を鳴らすダンプリメ。それを合図にしてダークキラーの身体から怨念のパワーが
次々と切り離されて飛び散り、それぞれ実体と化してゼロを取り囲む。
 それらは全て、ダークキラーと同じように暗黒のウルトラ戦士の形を成した!
『な、何だと……!?』
 カオスロイドU、カオスロイドS、カオスロイドT、ダークキラーゾフィー、ダークキラージャック、
ダークキラーエース、ウルトラマンシャドー、イーヴィルティガ、ゼルガノイド、カオスウルトラマン、
カオスウルトラマンカラミティ、ダークメフィスト……ウルトラダークキラーも含めたら何と十三人にも
及ぶ悪のウルトラ戦士軍団! ゼロはすっかり囲まれてしまった!
『おいおいおい……こいつぁ絶体絶命って奴じゃねえか?』
 口調はおちゃらけているようだが、その実かなり本気でデルフリンガーが言った。
「行くがいい、ボクの暗黒の軍勢よ! 恨み重なるウルトラマンゼロを葬り去れッ!」
 ダンプリメの号令により、悪のウルトラ戦士たちが一斉にゼロへと襲いかかる! ゼロは
ツインソードを握り直して身構える。
『くぅッ!?』

867ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/30(金) 00:12:48 ID:jU/S1V5A
 カオスロイドやダークキラーたちが飛びかかってくるのを必死でかわし、ツインソードを振り抜いて
ウルトラマンシャドーやゼルガノイドを牽制するゼロ。だが悪のウルトラ戦士は入れ替わり立ち代わりで
攻撃してくるので、反撃の糸口を掴むことが出来ない。
 そうして手をこまねいている内に、カオスロイドSのスラッガー、ウルトラマンシャドーの
メリケンパンチにツインソードが弾き飛ばされてしまった。
『し、しまった!』
 回収しようにも、カオスウルトラマンたちやダークメフィストが立ちはだかって妨害してきた。
立ち往生するゼロをイーヴィルティガ、ゼルガノイドが光線で狙い撃ってくる。
『うおぉッ!』
 懸命に回避するゼロだったが、十三人もの数から狙われてそうそう逃げ切れるものではない。
ウルトラダークキラーを始めとした悪のウルトラ戦士たちの光線の集中砲火を食らい、大きく
吹っ飛ばされた。
『ぐはあぁぁぁッ!』
 悪のウルトラ戦士はどれも本当のウルトラ戦士に迫るほどの恐るべき戦闘能力を持っている。
しかもゼロがたった一人なのに対し、二桁に及ぶ人数だ。多勢に無勢とはこのことで、ゼロはもう
なす術なくリンチにされている状態であった。
 完全に追いつめられているゼロのありさまに、ダンプリメが愉快そうに高笑いした。
「ははは……! 実質一人で乗り込んでくるからこんなことになるのさ。仲間を危険な罠から
守りたかったのかもしれないけど、一緒に本の世界の中に入る方が正解だったのさ」
 今もなお袋叩きにされているゼロを見やりつつ、勝ち誇って語るダンプリメ。
「君はこれまで、一人の力だけで勝ってきた訳じゃないようだね。仲間の助けを受けることも
あった。……だけど、この本の世界では君の仲間なんてどこにもいない。君は独りなのさ、
ヒラガ・サイト……ウルトラマンゼロッ!」
 最早エネルギーもごくわずかで、息も絶え絶えの状態のゼロにウルトラダークキラーが
カラータイマーからの光線でとどめを刺そうとする……!
 その時であった。
「それは違うわ!」
 突然、ダンプリメのものではない甲高い声……才人たちにとって非常に慣れ親しんだ声音が
響き渡り、ダークキラーがどこからともなく発生した爆発を受けてよろめいた。
 恐るべき暗黒の戦士のウルトラダークキラーの体勢を崩すほどの爆撃……それも才人たちは
よく覚えがあった。
『ま、まさか……!』
 ゼロが振り向くと、その視線の先に……桃色のウェーブが掛かった髪の少女が腰に手を当て、
無い胸を張っているではないか!
『ルイズッ!!』
 才人は歓喜や驚愕、疑問など様々な感情が入り混じった叫び声を発した。また驚き、動揺
しているのはダンプリメも同じだった。
「そ、そんな馬鹿な! ルイズの意識は確かに眠らせていたはず……それがどうしてこの場に
いるんだ!?」
 ルイズはダンプリメの疑問の声が聞こえなかったかのように、ゼロに向かって叫んだ。
「ゼロ、しゃんとしなさい! あなたは独りなんかじゃない。……本の世界でも、あなたは
たくさんの人を助けて、絆を紡いでいったんでしょう? わたし、覚えてるわよ!」
 そして空の一角を指し示す。
「ほら、みんなが駆けつけてくれたわよ!」
 ルイズの指差した方向から、ロケット弾や光弾が雨あられと飛んできて、ゼロに光線を
発射しようとしていたカオスロイドU、S、カオスウルトラマン、カラミティの動きを阻止した。
『あれは……!』
 ゼロの目に、この場に猛然と駆けつけてくるいくつもの航空機の機影が映った。

868ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/30(金) 00:14:07 ID:jU/S1V5A
 ジェットビートル、ウルトラホーク、テックライガー、ダッシュバード! どれも各本の世界で
共闘した防衛チームの航空マシンだ!
「何だって……!?」
 またまた絶句するダンプリメ。だがそれだけではなかった。
「彼らだけじゃないわ。ほら見て! みんなやって来たわよ!」
 各種航空機の編隊に続いて飛んでくるのは……あれはウルトラマン! ウルトラセブン! 
ゾフィー! ジャック! エース! タロウ! コスモスにジャスティス! マックス! 
ティガにダイナにガイアも! 計十二人ものウルトラ戦士がマッハの速度で飛んできて、
ゼロを守るようにその前に着地してずらりと並んだ。さすがの悪のウルトラ戦士たちも、
この事態にはどよめいてひるんでいる。
『み、みんな……!』
 声を絞り出す才人。最早言うまでもないだろう。彼らは六冊の本の世界の旅の中、才人と
ゼロが出会い、助け、助けられた者たちである。
 才人は最後の旅の終わり際にティガ=ダイゴが言っていた言葉を思い出した。「この恩は
必ず返す」……その約束を果たしに来てくれたのだ!
『みんな、本の世界の枠を超えて、助けに来てくれたのか……!』
 強く胸を打たれるゼロ。彼はコスモスとジャスティスからエネルギーを分け与えてもらって、
力がよみがえった。
 そしてルイズが救援のウルトラ戦士たちに告げるように、高々と宣言した。
「さぁ、行きましょう! このウルトラマンゼロの物語をハッピーエンドにするために!!」

869ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/30(金) 00:15:05 ID:jU/S1V5A
今回はここまで。

勝てる気がしない×
勝てない○

870ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:29:03 ID:nOWdnO9U
ウルトラマンゼロの人、投稿お疲れ様でした
さて、皆さん今晩は。無重力巫女さんの人です
特に問題が起こらなければ、84話の投下を21時32分から始めます

871ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:32:06 ID:nOWdnO9U
「全く、昨夜は随分と騒いでくれたじゃないか?」
 『魅惑の妖精亭』二階にある客室の一つ、八雲藍は部屋の中にいる三人を睨みつけながら言った。
 服装は霊夢と魔理沙が良く知る道士服姿ではないが、頭から生える狐の耳で彼女が紫の式なのだと一目でわかる。
 そして彼女は怒っていた。本気…と呼べるほどではないが、少なくとも鋭い眼光をルイズ達に見せるくらいには怒っていた。
 先ほどこの店の一階で思わぬ再開を果たした後、出された食事を手早く食べさせられた後にこの部屋へと連れ込まれてしまったのである。
 助けてくれそうなジェシカとスカロンは彼女を信頼しているのか、それとも何かしらの゙危機゙を本能的に察したのだろう。
 今夜の仕込みと片づけが終わるとさっさと寝てしまい、シエスタも店の手伝いがあるので今はベッドでぐっすりと寝息を立ててる。
 つまり、逃げる場所は無いという事だ。
 
 霊夢は部屋に一つしかないシングルベッドに腰掛けて、右手に持った御幣の先を地面に向けて何となく振っており、
 魔理沙とルイズはそれぞれ椅子に腰かけ、テーブルに肘をついてドアの前で仁王立ちする藍を見つめている。
 
 博麗の巫女であり、彼女ともそれなりに知り合いである霊夢はスーッと視線を逸らして話を聞いている。
 あの紫の式だというのに主と違って融通が利かず、人間には上から目線な彼女の説教をまともに聞く気はないのだろう。
 一方で魔理沙は気まずそうな表情を浮かべてじっと視線を手元に向けつつ、軽く口笛を吹いて誤魔化そうとしていた。
 霊夢以上に目の前の式が好きになれない彼女にとって、これから始まる説教は単なる苦行でしかない。
 そしてルイズはというと、唯一三人の中でキッと睨み付けてくる藍と睨み合っていた。
 とはいっても、実際には緊張のあまり身動きできない為に目と目が合ってしまっているだけであったが。

 お喋りなインテリジェンスソードのデルフも今は黙り込み、微動だにすらしないまま大人しく鞘に収まって壁に立てかけられたている。
 三人と一本。昨夜この近辺で子供のスリ相手に大騒ぎした三人は一体の式を前に大人しくなってしまっていた。
 両腕を胸の前で組む藍はこちらをじっと見つめるルイズと視線を合わせたまま、こんな質問をしてきた。
「お前たちに一つ聞く、…一度幻想郷へと帰り、この世界へ戻ってくる前に紫様に何か言われなかったか?」
 そう言って霊夢と魔理沙を睨み付けると、視線を逸らしたままの霊夢がボソッと呟いた。
「言われたわよ?今回の異変を解決するにはルイズの協力が必要不可欠だって…」
「そういやーそんな事言われてたな。…後、私にはしばらく白米は口にできないって言ってたっけな?あの時は―――」
「霊夢はともかく魔理沙、お前に関しての事はどうでも良い。私が聞きたいのは、お前たち三人に向けて紫様が言った事だ」
 無意識に空気を和まそうとした二人の会話をもう一段階怒りそうな藍が遮ると、今度はルイズの方へと話を振る。

「…というわけだ。あの二人はマジメに答える気はないようだが、お前はちゃんと覚えているだろう」
 自分を睨み付けるヒトの形をした狐に睨まれたルイズは、ハッとした表情を浮かべて自分の記憶を掘り返す。
 それは今からほんの少し、アルビオンから帰ってきた後に幻想郷へと連れていかれ紫と散々話をしたこと、
 翌日に霊夢の神社とやらで゙これから゙の事を話し合い、念のためには魔理沙を押し付けられてハルケギニアへ戻る事となった事。
 そしてルイズは思い出す。魔理沙が来た後、紫が学院の自室へと続くスキマを開ける前に言っていた事を。
 彼女が自分たちを見下ろし、心配そうに言っていたのが印象的だったあの説明。
 それを頭の中で思い出し、忘れてしまった部分は省略と補正でどうにかして、一つの説明へと作り直していく。
 藍がルイズに話を振ってから数秒ほどだろうか…少し返事が遅れたものの、ルイズは口を開いてあの時聞かされた事を喋り出す。
「た、確か…能力を使って戦うのは良いけど、あまり人目に触れると大変な事になる…って言ってたような…」
「……少し違うが、まぁ大体合っているな」
 少々しどろもどろだったルイズの回答に藍は自分なりに褒めてあげると、今度は霊夢と魔理沙を睨みつけながら話を続けていく。

872ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:34:08 ID:nOWdnO9U
「彼女の言った通り、紫様はこの世界ではいつもの異変解決と同じ感じで暴れ回るなと言った筈だ
 特にこの世界の人間…彼女を除いた貴族、平民含むすべての人間にはなるべく自分たちの力を見せるな。…と」

 それがどうだ?最後にそう付け加えると、二人はバツの悪そうな表情を浮かべて思わずそっぽを向いてしまう。
 確かに、昨日は魔法学院とは比べ物にならない大勢の前で箒で飛んだりしていたし空も自由に飛び回っていた。
 幸いあの時はスペルカードもお札も使わなかったので良かったが、そうでなければ彼女の怒りはこれだけでは済まなかっただろう。
 九尾狐からの大目玉をくらわずに済んだ二人は、しかし今は素直に胸をなで下ろす事はせずにじっと藍の睨みを我慢していた。
 紫ならともかく、彼女の場合融通が利かなすぎて安易に冗談を言おうものなら普通に怒ってくるのである。
 主が傍にいるのなら彼女が上手い事間に入ってくれるのだが、当然今は幻想郷でグータラしていることだろう。
 よって霊夢と魔理沙の二人が取れる行動は、何となく彼女の話を聞きながら視線を逸らし続ける事であった。

 二人がそっぽを向き続け、流石にこれは不味くないかと感じたルイズが少しだけ慌て始めた時、
 キッと目を鋭くして睨み続けていた藍は一転して諦めたような表情を浮かべて、大きなため息をついた。
「まぁ…した事と言えば空を飛んだだけで、この世界では別に珍しい事では無い。大衆の前でスペルカードを使うよりかはマシだな」
 そう言ってから肩を竦めてみせると、それを待っていたと言わんばかりに霊夢達は藍の方へと視線を向ける。
「何だ何だ、お前さんにしてはやけに諦めが早いじゃないか?悪いモンでも喰ったのか?」
「そうね。……っていうかそれくらいしか目立ったもの見せてないし、怒られる方が理不尽極まりないわ」
「………お前らなぁ」
 まだ許すのゆの字すら口に出していないというのに、ここぞばかりに二人は口達者になる。
 単にあっさり許した藍に驚く魔理沙はともかく、霊夢の反省する気ゼロな言葉に流石の式も顔を顰めてしまう。
 そして相変わらず変わり身の早い二人を見て額に青筋を浮かべつつ、藍は怒る気力すら失せてしまう。
 下手に怒鳴っても彼女たちに効かないのは明白であるし、霊夢の場合だと逆恨みまでしてくるのだから。
 
 そんな式の姿にルイズは軽い同情と憐れみの気持ちを覚えつつも、ふと気になる疑問が一つ脳裏に浮かぶ。
 それを口に出そうか出さないかと悩んだところで、その疑問を質問に変えて藍聞いてみた。
「えーと、ラン…だったけ?ちょっと質問良いかしら?」
「ん?いいぞ、言ってみろ」
 丁寧に右手を顔の横にまで上げたルイズの方へと顔を向けた藍は、コクリと頷いて見せる。
 急な質問をしてきたルイズに何かと思ったのか、霊夢達も口を閉じて彼女の方へ視線を向けた。
「単純な質問だけど、どうしてここのお店で人間のフリして働いてるのよ?」
「……ふふふ、ルイズ〜。それはコイツにとっちゃあ凄くカンタンな質問だぜ?」
 しかし藍が口を開く前に、口から「チッチッ…」という音を鳴らしながら人差し指を振る魔理沙に先を越されてしまう。
 ルイズと霊夢は突然意味不明なことをし出す魔理沙に奇異な目を向けつつ、彼女は藍に代わって質問に答えようとした。

「答えは一つ、それはコイツが人間のフリしてこの店の人間を頂こ…うって!イテテ!冗談だって……!?」
「冗談でも言って良い事と悪い事ぐらい、言う前に吟味しろ」
 最も、得意気に言おうとした所で右の頬を強く引っ張ってきた藍に無理矢理止められてしまったのだが。
 一目で怒ってると分かる表情で魔法使いの頬を抓る式の姿を見て、幻想郷の連中に慣れてきたルイズは思わず身震いしてしまう。
 そしてあの魔理沙が有無を言わさず暴力に晒される光景に、目の前にいる狐の亜人がタダものでないという事を再認識した。

「じゃあ真剣に聞くけど、何でアンタみたいなのがわざわざ人間の中に紛れて…しかもこの店で働いてるのよ?」
 藍の暴力という矛先が魔理沙へ向いている間に、すかさず霊夢もルイズと同じような質問をする。
 ただし先の質問をしたルイズとは違い、彼女の体からあまり穏やかとは言えない気配が滲み出ている。

873ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:36:08 ID:nOWdnO9U
 霊夢からしてみれば、式といえども妖怪の中では群を抜く存在である九尾狐が人間との共存などおかしい話なのだ。
 古来から大陸を中心に数多の国を滅ぼし、外の世界においても最も名が知られているであろう九尾狐。
 人間なんて餌か玩具程度としか見なさないようなヤツが、どうしてこんな場所で人間と暮らしているのか?
 妖怪を退治する側である霊夢としては、彼女がここにいる真意…というか目的を知りたいのであった。

 そんな霊夢の考えを察したのか、彼女の方へと顔を向けた藍は魔理沙の頬を抓るのをやめた。
 彼女の攻撃か解放された魔理沙が頬を摩りながらぶつくさ文句を言うのを余所に、霊夢と向き合ってみせる。
 ベッドに腰掛けたままの霊夢と、この部屋にいる四人の中で唯一立っている藍。両者ともに鋭い目つきで睨み合う。
 人間と妖怪、食われる側と食う側、そして退治する側とされる側。共に被食者であり捕食者である者たちの間から漂う殺気。
 その殺気を感じたのかルイズと魔理沙の二人が緊張感を露わにするのを余所に、まず最初に藍が口を開いた。
「…まぁそうだな、お前からしてみれば私が何か企んでいると思っているんに違いない。…そう思ってるんだろう?」
「まだ手ェ出してない内にゲロっといた方が良いわよ?今なら半殺しよりちょっと易しい程度で済ましてあげるから」
「落着けよ。紫様の式である私がこの世界で人を喰いたいが為にいないなんて事はお前でも理解できるだろ」
「そこよ、紫のヤツが何を考えてアンタを人の中に放り込んだのか…その意図を知りたいの」
 人差し指を突き付けてそう言う霊夢に、藍は「初めからそう言え」と言ってからそれを皮切りにして説明し始める。
 それは八雲紫が、式である彼女に任命しだ任務゙の事と、ここで働く事となった経緯についてであった。

 八雲藍の分かりやすく、そして的確な事情説明は時間にすれば三十分程度であったか。
 途中話を聞くだけの側である霊夢達が、ここが藍が寝泊まりしてる寝室だと知ってから勝手に物色し始めたり、
 そして見つけたお茶と茶請けを勝手に頂いたり…というハプニングはあったものの、何とか無事に聞き終える事ができた。
「なるほどね〜、紫のヤツもまぁ…アンタ相手に無茶な命令してくるわねぇ」
「紫様の考えている事もまぁ納得はできるが、…それよりも人の菓子を平気で食うお前の神経が理解できん」
「概ね同意するわね。私も自室にこっそり隠しておいた大切なお菓子を食べられたから」
 最初は疑っていた霊夢も、これまでのいきさつと藍が街のお菓子屋から買ってきたであろうクッキーのお蔭ですっかり丸くなっている。
 藍も藍で一応は止めようとしたものの、下手に騒いでも得にはならない為止むを得ず見逃すしかなかった。
 そんな彼女と相変わらず暴虐無人な霊夢を見比べて、ルイズは人の姿をした狐の化け物についつい同情してしまう。

「それにしてもさぁ、紫も考えたもんだよな。この異変を利用して、魔法技術を幻想郷に広めようだよなんて」
『実力のある者ほど危機を好機と解釈して動く。お前さんの主は相当賢いねぇ』
 羊羹とは違い王都で購入したお茶啜っていた魔理沙が口を開くと、今まで黙っていたデルフもそれに続く。
 どうやら藍の話を聞くうちに危険ではあるものの話が通じる者と判断したのか、いつもの饒舌さを取り戻していた。
 藍も幻想郷では目にした事の無い喋る剣に興味を示しているのか、デルフの喧しい濁声には何も言わない。
 まぁ嫌悪な関係になっては困るので、ルイズ達としてはそちらの方が有難かった。

 八雲藍が主である紫に命令されてこのハルケギニアへと来た目的は大まかに分けて二つ。
 一つはこの世界と幻想郷を複雑な魔法で繋げ、゙何がを企てようとしている異変の黒幕の情報を探る事。
 いくら霊夢が異変解決の専門家であったとしても、流石に幻想郷よりも広大な大陸から黒幕を探し当てるのを難しいと判断したのか、
 自分の式をこの世界へと送りつけて、今はハルケギニア各国で何かしら不穏な動きが無いか探らせているらしい。
 ただ、本人曰く「この世界は業火に変わりそうな煙が幾つも立ち上っている」とのことらしい。
 そして二つ目は、魔理沙が言ったようにこの世界の発達した魔法技術が幻想郷でも使えるか調査しているのだという。
 各国によりバラつきはあるらしいが、今の段階でも外の世界の魔法より遥かに洗練された技術と彼女は褒めていた。
「そーいえばそうよね。…あの涼しい風を発生させてた水晶玉もマジック・アイテムだったし」
「だな。この世界の魔法は私達ほど独創性は無いが、呪文自体は固定化されてるし便利と言えば便利だぜ?」
 以前、その魔法技術がもたらした涼風の恩恵を受けた事のある霊夢と魔理沙も彼女の言葉に納得している。

874ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:38:09 ID:nOWdnO9U
「幻想郷にそのまま持ち込んでも十分使えるが、こちらなりに改良すれば格段に便利になるかもしれないぞ」
「そーいえば紫も似たような事言ってたわね。ヨウカイ達の生活向上だとか何とかで…」
 説明を終えて一息ついていた藍に続くようにして、少し嬉しそうなルイズが紫との会話を思い出す。
 別に彼女がこの世界の魔法を作ったわけではないが、それでも敬愛する始祖ブリミルから賜わった魔法が異世界の者に認められたのだ。
 貴族、ひいてはメイジにとってこれ程…というモノではないが嬉しくないワケがなく、その顔には笑顔が浮かんでいる。
 嬉しそうに微笑んでいるルイズを一瞥しつつも、その時紫か言っていた事を思い出した霊夢はふと藍に質問してみた。
「でも、妖怪たちの為に研究するなら私や人里で住んでる人たちにはその恩恵を分けてやらないつもりなの?」
「まずは身内から…という事だ。里の人間に不用意に技術を渡せばどういう風に利用されるか分かったものじゃない」
「魔法使いの私としても、人里中に似非魔法使いが溢れるっていうのは感心しないなぁ」
「っていうか、さりげなく自分も恩恵にありつこうとしてるのがレイムらしいわね…」
 藍の口から出た厳しい回答に魔理沙とルイズがそれぞれ反応を示した後、暫し部屋に静寂が流れる。
 開け放たれた窓の外から見える王都は既に賑わっており、静かな部屋の中に喧騒が入り込む。

 暫しの沈黙の後、口を開いたのは壁に立てかけられていたデルフであった。
『…で、お前さんはこの王都に来たのはいいものの寝泊まりする場所が確保できず、やむを得ず住み込みで働くことにしたと…』
「うむ。時期が悪かったのもあるが…ここまで活気のある都市へ来るのも久々だったからな」
 先程の説明の最後で教えた事を反芻するデルフの言葉に頷いて、はぁ…と切なげなため息を口から洩らす。
 そのため息の理由を何となく察することのできたルイズたちの脳裏に「トレビアン」と呟いて体をくねらす大男の姿が過る。
「…大分お疲れの様ね。まぁ無理もないと思うけど」
「正確に関して言えばこの会話では一番真っ当な人間だと思うんだが、如何せん性格がアレでは…」
「トレビアン、だろ?そりゃーあんなのと四六時中いたら気も滅入ると思うぜ」
 幻想郷では絶対にお目にかかれないであろうスカロンの存在に、霊夢と魔理沙も疲れた様子の藍に同情してしまう。
 何せどんなに性格が良くてもあの見た目なのである、あれでは初対面の人間はまず警戒するだろう。

(酷い言われようだけど、でもあんな容姿だと確かに仕方ないわよねぇ)
 ルイズは口にこそ出さなかったものの、大体霊夢達と似たような考えを心中で呟いた時である。
 突然ドアをノックする音が聞こえ、思わず部屋にいた者たちがそちらの方へ顔を向けた直後、小さな少女がドアを開けて入ってきたのは。
 やや暗い茶髪の頭をすっぽり包むほどの大きな帽子を被り、少し高めと思われるシンプルな洋服に身を包んだ十代くらいの女の子。
 あの廊下で足音一つ立てず、ドアの前にいきなり現れたと思ってしまうような少女の闖入にルイズは思わず「女の子…?」と口走ってしまう。
 そして驚く彼女に対して、霊夢は少女の体から漂ってくる気配ど獣の臭い゙から少女の正体をいち早く察する事ができた。
「ふ〜んふふ〜んふ…――――えっ!?な、何でここに巫女がいるの?それに、黒白も!?」
「巫女?黒白?何、貴女もコイツラの親戚なの?」
 八重歯を覗かせる口から鼻歌を漏らしながら入ってきた少女は部屋に入るなり、霊夢達の姿を見て酷く驚いてしまう。
 ルイズはその驚きようと、少女の口から出た単語で霊夢達と関係のある人物だと疑い、奇しくもそれは的中していた。
 霊夢と魔理沙の姿を目にして先程の嬉しげな様子から一変、冷や汗を流しながら狼狽える彼女にベッドから腰を上げた霊夢が傍へと歩み寄る。

「まぁアンタとは藍と顔を合わせるよりも前に出会ってたから、どこかにいるだろうとは思ってたけど…っと!」
 怯えた様子を見せる少女のすぐ傍で足を止めた霊夢はそんな事を言いつつ、そのままヒョイッと少女が着ている服の後ろ襟を掴み上げた。
 身長は一回り小さいものの、少なくとも軽々と持ち上げられる程軽くは無いはずなのに…霊夢は少女を片手で掴み上げている。
 何処か現実味の薄いその光景にルイズが軽く驚く中、持ち上げられた少女は両手足を振り回して抵抗し始めている。
「わ、わわわわぁ…!ちょッ放してよ!」
「…あ、ちょっとレイム!そんな見ず知らずの女の子に何てことするのよ!」
 ルイズの最な注意にしかし、霊夢は反省するどころかルイズに向けて「何を言ってるのか?」と言いたげな表情を浮かべていた。

875ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:40:14 ID:nOWdnO9U
「見ず知らずですって?アンタ忘れたの?コイツがアンタの部屋に来た時の事を」
「………?私の、部屋…。それって、もしかして魔法学院の女子寮塔にある私の自室の事?」
『レイム。今のその嬢ちゃんの姿じゃあ娘っ子には分からないと思うぜ?』
 霊夢の意味深な言葉にルイズが首を傾げるのを見てか、デルフがすかさず彼女へ向けて言った。
 彼もまた気配から少女の正体を察して思い出していた。かつて自分を異世界へと運んでくれるキッカケとなった、小さくて黒い使者の姿を。

「はぁ…全く。変装するくらいならもう少し技術を磨いてからにしなさいよね?」
 デルフの忠告に霊夢はため息をつきながら少女へ向かってそんな事を言うと、彼女が頭に被っている帽子に手を伸ばす。
 恐らくこの世界で藍が買い与えたであろう帽子は妙にふわふわとした触り心地で、決して安くはない代物だと分かる。
 その帽子を掴み、さぁそれをはぎ取ってやろう…というところで霊夢は未だ一言も発していない藍へと視線を向ける。
 自分を見つめる彼女の目が鋭い眼光を発しているが、何も言わない所を見るにこのままこの少女の゙正体゙をルイズの前で明かしても良いという合図なのか?
 そんな事を思った霊夢は、一応確認の為にと腕を組んで沈黙している藍へ確認してみることにした。
「……で、ご主人様のアンタが何も言わないのならコイツの正体を念のためルイズに教えてあげるけど…良いわよね?」
「まぁお前のやり方は問題があると思うが、これも良い経験になるだろう。その子の為にも手厳しくしてやってくれ」
「そ、そんなぁ!酷いですよ藍様ー!」
 霊夢を睨み続ける藍からのゴーサインに少女が思わずそう叫んだ瞬間、
 彼女が頭に被っていた帽子を、霊夢は勢いよく引っぺがしてやった。

 文字通り帽子がはぎ取られ、小さな頭がルイズたちの目の前で露わになる。
 その直後、その頭から髪をかき分けるようにしてピョコリ!と勢いよく一対の黒い耳が出てきたのである。
 頭髪よりもずっと黒い毛色の耳は、まるで…というよりも猫の耳そのものであった。
「え?み、耳…ネコ耳!?」
 少女の頭から生えてきた猫耳に目を丸くしてが思わず声を上げてしまった直後、
 間髪入れずに今度は少女が穿いているスカートの下から、二本の長く黒い尻尾がだらりと垂れさがった。
 頭から生えてきた耳と同じく猫の尻尾と一目でわかるその二尾に、流石のルイズも口を開けて驚くほかない。
「こ、今度は尻尾…!二本の…って、あれ?二尾…猫耳…黒色…?」
 しかし同時に思い出す、霊夢が言っていた言葉の意味を。
 二本の尻尾に黒い猫耳。形こそ違うが、似たような特徴を持っていた猫と彼女は過去に会っていた。

 アルビオンから帰還した後、霊夢とデルフからガンダールヴのルーンについて話し合ったていた最中の事。
 あの猫は唐突にやってきたのである、まるで手紙や荷物の配達しにきたかのように。
 そして自分とデルフは誘われ、彼女は帰還する事となったのだ。自分にとっての異世界、幻想郷へと。
  
 あの後の色んな意味で刺激的すぎる出来事と体験を思い出した後、ルイズはようやく気づく。
 目の前にいる猫耳と二尾を持つ少女と、かつて出会っていた事に。
「え?ちょっと待って、じゃあもしかして…あの時の猫ってもしかして」
「もしかしなくても、あの時の猫又こそコイツ――式の式こと橙のもう一つの…っていうか正体ね」
 ルイズか言い切る前に霊夢が答えを言って、猫耳の少女――橙をパッと手放した。
 ようやく怖ろしい巫女の魔の手から解放された橙は目の端に涙を浮かべながら藍の元へ一目散に駆け寄る。
「わあぁん!酷いよ藍さま〜、帰って来るなりこんな目に遭っ……うわ!」
 てっきり諌めてくれるかと思って近づいた橙はしかし、今度は主の藍に首根っこを掴まれて驚いてしまう。
 正に仔猫の様に扱われる橙であったが、元が猫であるので驚きはするが別に痛みは感じいない様だ。

876ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:42:16 ID:nOWdnO9U
 一方、近寄ってきた橙を掴んだ藍は自分の目線の高さまで彼女を持ち上げると目を細めて話しかけた。
「橙、私がこうして怒っている理由はわかるよな?」
「は、はい…」 
 藍の静かな、しかしやや怒っているかのような言い方に橙は借りてきた猫の様に委縮しながら頷く。
「前にも言ったが、この店での仕事がある日は私の言いつけ通り外出は一時間までと決めた筈だな」
「仰る、通りです…」
「うん。……じゃあ、今は外へ出てどれくらい経ってる?」
「一時間、三十分です」
「正確には一時間三十五分五十秒だ」
 そんなやり取りをした後、冷や汗を流す橙へ藍の軽いお説教が始まった。
 
「…やれやれ、誰かと思えば式の式とはね。…まぁ藍のヤツがいるならコイツもいるよな」
 静かだが緊張感漂う藍のお説教をBGMにして、魔理沙が一人納得するかのように呟く。
 最初のノックの時こそ誰かと思ったものの、ドアを開けて自分たちに驚いた所で彼女も正体には気が付いていた。
 デルフや霊夢と比べてやや遅かったが、この世界で何の迷いもなく自分の事を黒白を呼ぶ少女なんて滅多にいない。
 それに実力不足から来る抑えきれない獣の臭いもだ、あれでは正体を見破れなくとも怪しまれる事間違いなしだろう。
 そんな事を思いながら、しょんぼりと落ち込む橙を見つめてお茶を飲む魔理沙にふとルイズが話しかけてくる。

「それにしても意外ねぇ。あの女の子の正体が、あの黒猫だったなんて」
「まぁあの二匹に限っては獣の姿の方が正体みたいなもんだしな、そっちの方が学院にも潜り込めると思うしな」
 驚きを隠せぬルイズにそう言った所で説教は済んだのか、藍に首根っこを掴まれていた橙が地面へと下ろされた。
 少し流す程度に訊いていた分では、どうやらあらかじめ決めていた外出時間を大幅に過ぎていた事に怒っているのだろう。
 腰に手を当てて自分の式を見下ろす藍は、最後におさらいするつもりなのか「いいか、橙」と彼女へ語りかける。
「私か紫様にお使いを頼まれた時でも外出時間はきっかり一時間までだ。いいな?」
「はい、御免なさい…」
 橙も橙で反省したのか、こくり頷いて謝るのを確認してから藍が「…さぁ、彼女の方へ」とルイズの方へ顔を向けさせた。
 魔理沙と話していたルイズは、突然自分と橙を向き合わせてきた藍に怪訝な表情を見せてみる。

 一体どういう事かと問いかけてくるようなルイズの表情を見て、藍は橙の肩に手を置きつつ彼女へ自己紹介を始めた。
「まぁ名前は言ったと思うが、この子は橙。私の式で…まぁ霊夢達からは式の式とか呼ばれているがな」
「ど、どうも…」
 先ほどの怒っていた様子から一変して笑顔を浮かべる藍の紹介に合わせて、橙もルイズに向かって頭を下げる。
 スカートの下で黒い二尾を大人しげに揺らしてお辞儀をする彼女の姿に、ルイズもついつい「こ、こちらこそ」と返してしまう。
 別に返す必要は無かったのだが、霊夢や魔理沙、そして藍と比べて随分かわいい橙の雰囲気で和んだとでも言うべきか…
 元々猫が好きという事もあったルイズにとって、橙の存在そのものは正に「愛らしい」という一言に尽きた。
 橙も橙でルイズが自分に好意を向けてくれている事に気づいてか、頭を上げると申し訳程度の微笑みをその顔に浮かべる。 

「やれやれ、化け猫相手に笑顔なんか向けちゃって」
 そんな一人と一匹の間にできた和やかな雰囲気をジト目で見つめながら、霊夢は一言呟く。
 霊夢にとって猫というのは化けてようがなかろうが、時に愛でて時に首根っこを掴んで放り投げる動物である。
 神社の境内や縁側で丸くなってる程度なら頭や喉を撫でて愛でてやるのだが、それも猫の行動次第だ。
 それで調子に乗って柱や畳に粗相しようものなら、箒を振り回してでも追い払いたい害獣として扱わざるを得ない。
 更に化け猫何てもってほかで、長生きして妖獣化した猫なんて下手な事をされる前に退治してしまった方が良い。
 とはいえ、相手が藍の式である橙ならば何も知らないルイズ相手に早々酷いことはしないだろう。

877ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:44:18 ID:nOWdnO9U
 そんな時であった。自分の方へと視線を向けてニヤついている魔理沙に気が付いたのは。
 面白そうな事を見つけた時の様なニヤつきに何かを感じた霊夢は、キッと睨み付けながら彼女へ話しかける。
「何よ、そんなにジロジロニヤニヤして」
「いやー何?基本他人の事にはそれ程気を使わないお前さんでも、人並みに嫉妬はするんだな〜って思ってさ」
「はぁ?私が嫉妬ですって?」
 テーブルに肘をつきながら何やら勘違いしている黒白に、霊夢は何を言っているのかと正直に思った。
 大方橙のお愛想に気をよくしたルイズをジト目で見つめていたから、そう思い込んでしまったのだろう。
 無視してもいいのだが、ルイズたちにも当然聞こえているので後々変な勘違いをされても困る。
 多少面倒くさいと思いつつも、魔理沙に自分の考えが間違っている事を丁寧に指摘してあげることにした。

「別に嫉妬なんかしてないわよ。ただの化け猫相手に愛想よくしても何も出やしないのに…って呆れてるだけよ」
「…!むぅ〜、私を藍様の式だと知っててそんな事言うのか、この巫女が〜」
「ちょっとレイム、いくらなんでもそれを本人の目の前で言うとか失礼じゃないの!」
 霊夢の辛辣な言葉に真っ先に反応した橙は反論と共に頬を膨らませ、ルイズもそれに続いて戒めてくる。
 彼女の勢いのある暴言に、ショーを見ている観客気分の魔理沙はカラカラと笑う。
「いやぁ〜ボロクソに言われたなー橙、まぁ今みたいにルイズに色目使うと霊夢に噛みつかれるから次は気を付けろよ」
『お前さんがレイムのヤツをからかわなきゃ、こんな展開にはならなかったと思うがな』
「全くその通りだな。何処に行っても変わりないというか、相変わらず過ぎるというか…やれやれ」
 魔理沙の言葉にすかさずデルフが突っ込み、藍は霊夢に跳びかかろうとする橙を押さえながら呆れていた。


「―――良い?言うだけ無駄かもしれないけど、これからは自分の言葉に気を付けなさいよね!」
「はいはいわかったわよ、…全く。―――あっそうだ」
 その後、襲い掛かろうとした橙に変わってルイズに軽く注意された霊夢はふと藍にこんな事を聞いてみた。
「そういえば…アンタの式はどこほっつき歩いてきたのよ?アンタと再会したばかりの時には見なかったけど…」
「ん?そうか、まだお前たちには話してなかったな。……橙、ちゃんど調べ物゙はしてきたな?」
 霊夢からの質問に忘れかけていた事を思い出したかのように、藍は背後に控えていた橙へと呼びかける。 
 尻尾を若干空高く立てて、警戒している橙はハッとした表情を浮かべると自分の懐へと手を伸ばす。
『お?……何か取り出すみたいだな』
 その様子から何をしようとしているのか察したデルフが言った直後、橙は懐から一冊のメモ帳を取り出して見せた。
 彼女の手よりほんの少し大きいソレは、まだ使い始めて間もないのか新品のようにも見える。
 ルイズたちの前で自慢げに取り出したソレを、橙はこちらへと顔を向けている自分の主人の前へ差し出す。 

「藍様、これを…」
「うん、確かに受け取ったぞ」
 橙からメモ帳を受け取った藍は真ん中くらいからページ開き、ペラペラと何度か捲っている。
 そして、とあるページで捲っていた指を止めると今度は目を右から左に動かしてそこに書かれているであろう内容を読み始めた。
「……?何よ、何が書かれてるのよそんな真剣に読んじゃって」
 無性に気になった霊夢が藍にメモ帳を読んでいる藍に聞いてみると、彼女は顔を上げてメモ帳を霊夢の前を突き出す。
 読んでみろ、という事なのだろうか?怪訝な表情を浮かべつつも霊夢はそれを受け取ると、最初から開いていたページの内容に目を通した。
 ルイズと魔理沙も霊夢の傍へと寄って何だ何だと目を通したが、ルイズの目に映ったのは見慣れぬ文字ばかりである。
「何よこれ?…あぁ、これってアンタ達の世界の文字ね。で、何て書かれてるのよ?」
 魔理沙には難なく読めている事からそう察したルイズは、霊夢に質問してみる。
「ちょい待ちなさい―――ってコレ、もしかして…」
「あぁ、間違いないぜ」
 逸るルイズを抑えつつメモ帳に書かれていた内容を理解した霊夢に、魔理沙も頷く。
 一体何がどうなのか分からないままのルイズは首を傾げてから、後ろで見守っている藍へと話を振る。

878ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:46:07 ID:nOWdnO9U
「ねぇラン、このメモ帳には何が書かれてるのよ?私には全然分からないんだけど」
「昨日お前たちから金を盗んだという子供とやらに関する情報だ。…まぁ大したモノは無かったがな」
「へぇ、そうなんだ…って、え!そうなの?」
 自分の質問に藍が特に溜めもせずにあっけらかんに言うと、ルイズは一瞬遅れて驚いて見せた。
 昨日彼女と一緒に霊夢を運んだ際に、何があったのかと聞かれてついつい口に出してしまっていたのである。
 その時はまだ霊夢の取り合いだと知らなかったので、自分たちの素性はある程度隠してはいたのだが、
 きっと自分達の事など、最初に見つけた時点で誰なのか知っていたに違いない。

「酷いですよ藍様ー!せっかく身を粉にして情報を集めたっていうのに」
「そう思うのならもう少し良い情報を集めてきなさい。そこら辺の野良猫に聞いても信憑性は低いんだから」
 自分が持ってきたモノを「大したことない」と評されて怒る橙と、諌める藍を見てルイズはそんな事を思っていた。
 しかし、どうして自分たちの金を盗んだ子供とは無関係の彼女達がここまで調べてくれるのだろうか?
 それを口にする前に、彼女と同じ疑問を抱いたであろうデルフがメモの内容へ必死に目を通す霊夢達を余所に質問した。
『しっかし気になるねぇ〜、昨日の件とは実質的に無関係なアンタらがどうしてここまで首を突っ込むのかねぇ?』
「…あっ、それは私も思ったぜ?人間同士の争いには無頓着なお前さんにしてはらしくない事をする」
「まぁ書かれてる内容自体は、大したことない情報ばっかりだけどね」
「うわぁ〜ん!巫女にまで大したことないって言われた!」

 霊夢にまでそう評されて怒る橙を余所に、藍は「そりゃあ気になるさ」と彼女らしくない言葉を返した。
「何せ盗られた金額が金額だからな。…確か、三千二百七十エキューか?お前たちにしては持ち過ぎと思うくらいの大金だな」
 一回も噛むことなく満額言い当てた藍の言葉を聞いて、霊夢と魔理沙は一瞬遅れたルイズの顔を見遣ってしまう。
 金を盗られた事は話していても、流石に金額まで言わなかったルイズは首を横に振って「言ってないわよ?」と答える。
 藍は三人のやり取りを見た後、どうして知っているのかと訝しむ彼女たちに答えを明かしてやる事にした。
「何も聞き耳を立てているのは人間だけじゃない、街の陰でひっそりと暮らすモノ達はしっかりとお前たちの会話を聞いてたんだ」
「…成程ねぇ、だから橙を外に出歩かせてたワケね」
 藍の明かしてくれた答えでようやく理由を知った霊夢が、彼女の隣で頬を膨らます化け猫を一瞥する。
 化け猫であり妖獣である橙ならば猫の言葉が分かるし、それならメモ帳に書かれていた内容も理解できる。 
 とはいっても、その大部分が書く必要もない情報――どこそこのヤツと喧嘩したとか、向かいの窓の娘に一目惚れしてる―――ばかりであったが。
 
「大部分の情報がどうでもいいうえに、有用なのも、私でもすぐに調べられそうな情報ばかりなのが欠点だけどね」
「それ殆ど褒めてないでしょ?ちょっとは褒めてあげなさいよ、可哀想に」
「まぁ所詮は式の式で化け猫だしな、むしろ気まぐれな猫としてこれで精一杯てヤツだな」
「わぁー!寄ってたかって好き放題に言ってくれちゃってぇー!!」
「こらこら橙、コイツラに怒るのは良いがもう少し声は控えめにしないか」
 容赦ない霊夢と魔理沙のダメ出しと、調べて貰っておいてそんな態度を見せる二人に呆れるルイズ。
 そして激怒する橙を宥める藍を見つめながら、デルフはやれやれと溜め息をつきながら一人呟いていた。


『こんだけ騒がしい中にいるってのも…まぁ悪くは無いね。少なくともやり取りだけ聞いてても十分ヒマはつぶせるよ』
 壁に立てかけられている彼はシッチャカメッチャカと騒ぐ少女たちを見て、改めて霊夢の元にいて悪くは無かったと感じた。
 多少扱いは荒いが言葉を間違えなければ悪い事にはならないし、何より話し相手になってくれるだけでも十分に嬉しい。

879ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/06/30(金) 21:48:10 ID:nOWdnO9U
 以前置かれていた武器屋の親父と出会うまでは、鞘に収まったままずっと大陸中を移動していた。
 南端にいたかと思えば、数か月もすれば北端へ運ばれて…サハラの国境沿いにあるガリアの町まで運ばれた事もある。
 何人かは自分がインテリジェンスソードだと気づいてくれたが、生憎自分の゙使い手゙となる者達では無かった。
 戦うこと自体はあまり好きではない。しかし、剣として生きているからには自分を使いこなせる者の傍にいたい。
 そして、できることならば自分を戦いの場で振るってほしいのだ。

 そんな風に出会いと別れを繰り返し、暇で暇で仕方ないときに王都に店を持つ親父と出会えたのは一種の幸運であった。
 ゙使い手゙ではなかったが自分を一目見て正体を看破しただけあって、武器に関しての知識はあった。
 話し相手として申し分ないと思い、暫く路地裏の武器屋で過ごした後に色々あって魔法学院の教師に買われてしまった。
 それなりに戦えるようだが゙使い手゙ではなかったし、メイジが一体何の冗談で買ったのかと最初は疑っていたのである。
 
(そんで、まぁ…色々あってレイム達の許へ来たわけだが…まさかこの嬢ちゃんが『ガンダールヴ』だったとはねぇ)
 今にも跳びかからんとする橙に涼しい表情を見せる巫女さんを見つめながら、デルフは一人感慨に浸る。
 何ぜ使い手゙どころか剣を振った事も無いような華奢な彼女が、あの『ガンダールヴ』ルーンを刻まれていたのだ。
 かつて『ガンダールヴ』と共にいた彼にとって、霊夢という存在は長きに渡る暇から解放してくれた恩人であったが、第一印象は最悪であった。
 最初の出会いは最悪だったし、その後も一人レイムの知り合いという人外に隅から隅まで容赦なく調べられたのである。
 まぁその分いろいろと『おまけ』を付けてくれたおかげで、ルイズと霊夢たちが喧嘩した時の仲直りを手伝えたからそれは良しと思うべきか?。
(いや、良くはないだろうな。…でも、久々にオレっちを振るってくれるヤツが現れただけマシってやつか)
 もしもし人の形をしているならば首を横に振っていたであろう彼は、まだ記憶に新しいタルブでの出来事を思い出す。

 ワルドという名の腕に覚えのあるメイジとの戦いは、久しぶりに心躍る出来事であった。
 霊夢も自分と『ガンダールヴ』の力を存分に使って振るい、これまで溜まっていた鬱憤を見事拭い去ってくれたのである。
 かつての記憶は忘れてしまったが、以前自分を使ってくれた『ガンダールヴ』よりも直情的な戦い方。
 けれどもあのルーンから伝わる力に、どれ程自分の心が震えたことか。
 あれのおかげか知らないが、ここ最近になってふと忘れていた昔の事をぼんやりと思い出せるようになっていた。
 といってもそれを語れるほどではなく、ルイズ達にはその事を話してはいない。
(あーあ、懐かしかったなーあの力の感じは。オレを最初に振るってくれだ彼女゙と同じで――――ん?彼…女…?)

 そんな時であった、心の中でタルブの事と朧気な昔の記憶を思い出していたデルフの記憶に電流が走ったのは。
 まるで永らく電源を入れていなかった発電機を起動させた時の様に、記憶の上に積もっていたノイズという名の埃が振動で空高く舞い上がっていく。
 その埃が無くなった先に一瞬だけ見えたのだ、どこかの草原を歩く四人の男女の影を。

(誰だ…お前ら?――イヤ違う、知ってる。そうだ…!憶えてる、憶えてるぞ…)
 誰が誰なのかをまだ思い出せないが、それでもデルフの記憶の片隅に断片が残っていた。
 それがビジョンとして一瞬だけ脳内を過った事で、彼は一つだけある記憶を思い出す。
 そう、自分は『ガンダールヴ』とその主であるブリミル…その他にもう二人の仲間がいたという事実を。
 どうして、この瞬間に思い出したかは分からない…けれど、それを思いだすと同時にある事も思い出した。
 これは長生きの代償で失ったのではなく、何故か意図的に忘れようとしたことを。

(でも…なんでだ?どうしてオレ、この記憶を゙忘れようどしたんだっけ?)
 最も、その理由すら忘れてしまった今ではそれを思いだす事などできなかったが…
 それが彼の心と思考に、大きなしこりを生むこととなってしまった。


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