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避難用作品投下スレ2

1管理人★:2007/04/24(火) 01:55:07 ID:???0
新スレが立たない、ホスト規制されている等の理由で
本スレに書き込めない際の避難用作品投下スレッドです。
また、予約作品の投下にもお使いください。

2離脱:2007/04/25(水) 00:04:40 ID:kfIOCBPU0
「……んー、あっち随分うるさいな」
「何かあったのでしょうか」

入り口付近にて見張を担当していた折原浩平と久寿川ささらのもとにも、その喧騒は伝わっていた。
二人で見張を始めてから早一時間程、しかし正面切っての侵入者は今の所無い。
それなのに、何故こんなにも屋内の方が騒がしいのか。疑問が浮かぶのは自然の流れであった。

「オレ、ちょっと見てきますね」
「あ、でしたら私も……」
「いや、ささらさんはこっち見ててくださいよ。オレも確認したらすぐ戻ってきますから」
「……はい、分かりました」

婦女子に手間をかけさせるわけにはいかないと、変にフェミニストをきかせながら場を去る浩平。
ささらはその背中を不安そうに見送るのであった。





一方いきなり現れたイルファにより急変した場面、仁王立つ彼女は今もまだ煙を放つ大型拳銃を構えたままであった。
今は遺体となってしまった小牧郁乃が転がっているそのすぐ傍、沢渡真琴は呆然とそんなイルファの姿を見つめていた。
ほしのゆめみが、朝霧麻亜子が、そしてイルファが現れた今でも……真琴は、何もできないでいた。
悲鳴もあげられなかった、恐怖で硬直してしまった真琴の体では倒れる郁乃に手を伸ばすことすらできなかった。

真琴と郁乃はここ、無学寺にて知り合った関係であり、これまでの間でも交流と呼べるようなものがそこまで深くあったわけではなかった。
立田七海と共に休んでいた郁乃の元に真琴達四人のグループは合流した形なので、時間で言っても出会って間もない部類に入るだろう。
それこそ郁乃のような少しきつい性格に真琴も自然と苦手意識を持ってしまうような空気も流れていて、どちらかというと真琴は彼女の連れである七海と一緒にいる時の方が多かった。
相性的にも大人しい七海の気質は真琴にぴったり合ったようで、真琴が七海と接した時間は郁乃のそれよりずっと長く充実したものだった。

3離脱:2007/04/25(水) 00:05:12 ID:kfIOCBPU0
でも、それでも。
このような形で郁乃を失うことになるなんて想像を、真琴ができるはずもなく。
いくら関わりが少ないとは言え、郁乃がいなくてもいい存在だなんて思うはずもなく。

震えが、真琴の体を走り抜ける。
先ほどまで同じ時間を過ごした仲間がこんなにも簡単に消えてしまうという恐怖、その重みに真琴の精神が啄ばめられてゆく。
……怖いという率直な感情、その矛先がいつ自分に向かうか分からないという状態。
真琴は、動けずにいた。矛先をこちらに向かせないための、それが唯一の努力でもあったから。
ほしのゆめみが窮地に追いやられていても手を貸さなかった、郁乃のように後方からの援護をすることもしなかった。
全ては、彼女が自己の安全を優先した結果だった。
しかしそれで場が良くなるはずもなく、苦戦を強いられたゆめみはついに追い込まれることになる。

(どうしよう、どうしよう……ゆめみがやられちゃったら、どうすればいいのよ……っ)

そんな時だった、突如あのイレギュラーが現れたのは。
イルファは真琴にとって、言わば救世主と呼べるべき存在であった。
「この人なら何とかしてくれる」「自分達を助けてくれる」といった願望は瞬時に膨れ上がり、絶望に染まりかけた真琴の心に希望の光を灯しだす。

(やった! 何でもいいのよ、もう皆で生き残れれば何でもいいのっ! お願い何とかして……)

願う、真琴はひたすら願い続けた。
その願いを実行に移すための後ろ盾を自分では一切用意することもなく、思いだけを先行させる姿には根本的な楽観さが抜けきれない幼稚なものにも見えてくる。
……いや、違う。彼女の場合そこには「思いだけ」しかないのではなく、真琴自身が何かを変えようとする様事態が、全くなかったのだ。

そんな自覚を持つことなく、真琴は尚眠り続ける振りをした。
期待を胸に込め、自分では何もせず救世主である女性の次の言葉を待つのだった。
安全な所で一人、場が収束する所を。待つのだった。

4離脱:2007/04/25(水) 00:05:46 ID:kfIOCBPU0
そのような真琴の様子に当の本人、イルファが気がつくことはない。
今起こっている事を目で見ることでしか判断できない彼女にとっては、身動きを取らない真琴は気絶した七海等と同列の認識しかできないでいた。

そんなイルファが目を覚ましたのは、本当につい先ほどのことであった。
バッテリーが切れてから数時間、ある程度の充電が完了した時点で彼女の自我は再び表に出ることになる。
目が覚めた所で見知らぬ部屋にて横になっていた自身の状態に驚きは隠せなかったイルファは、すぐさま飛び起き自分の損傷具合を確認した。
千鶴との戦闘で受けたダメージの他は特に新しいダメージもなかったようで、イルファは安堵の溜息を漏らす。
自身のデイバックがすぐ隣に置かれていたことから、誰か親切な人が保護をしてくれたのであろうことも簡単に想像がつくだろう。

(何はどうであれ、助かりました……)

落ち着いた所で自らの浅はかな行動を恥じる思いに駆られるイルファ、しかしその瞬間どうして自身がそこまで取り乱していたのかというのも思い出す。
何故あれだけ必死になって走り回っていたのか、それも予備バッテリーまで使い込んでしまう程。
そう、姫百合珊瑚と姫百合瑠璃の二人を保護しなければいけないという一番大切な彼女の任が、一気にイルファの思考回路を埋め尽くしていった。

「こうしてはいられません……っ!」

慌てて荷物を掴み、イルファはまだ充電が終わっていないプラグを力ずくで引っこ抜くとそのまま部屋を飛び出した。
あれからどれだけ時間が過ぎたのか、時計のないこの部屋では知る術もなくイルファの焦りは一層助長させることになる。
とにかく早く行動を起こさなければいけない、そうやって廊下を駆け出したイルファの聴覚器官に値する部々が捉えたのが、例の部屋で行われていた乱闘の喧しさであった。

本当ならば、主君の安全を考え無視して進むべきである。
しかしイルファとて、そこまで冷徹な思考回路を所持しているわけではなかった。

(誰か襲われているのでしたら、見過ごすことなどできませんね……)

5離脱:2007/04/25(水) 00:06:16 ID:kfIOCBPU0
もしかしたら自分を助けてくれた人が危ない目にあっているのかもしれない、そんな義理人情的なものもイルファの背中を軽く押す。
深く考えている時間はない、イルファは支給品であるツェリスカを取り出し足音を立てぬよう静かにその部屋の前へと走りこんだ。
開け放たれた扉、覗くまでもなく鳴り響いた轟音で銃器を使った戦闘が行われていることはその時点でイルファも理解できた。
そして、次の瞬間彼女の視界に入り込んだのが、ちょうど朝霧麻亜子がゆめみに対しSIGの引き金を引こうとした様であった。
反射的に構えたツェリスカで麻亜子を撃退するイルファは、放心しているゆめみに声をかけながらじっくりと部屋の状態を見渡し始める。

そこには争っていた二人の他にも、身動きを取らぬ三人の少女らしき人物が存在していた。
見るだけならば気を失っているだけなのか、既に命を落としているのかという判断材料はほとんどない。
だが、その中でも一際目立つ存在感をかもし出す少女がいた。
……その少女は、一人だけ血溜まりに浸っていた。

脇目も振らず駆けて行くイルファを止める者はいない、赤く染まってしまったピンクのセーラー服を着込んだ少女の体をイルファはゆっくりと抱き起こした。
くたん、と力なく垂れる体に力が再び入る様子はなかった。
制服だけでなく顔も真っ赤になってしまっている少女の額に空いた、一つの空洞が物語る。
それはどう見ても致命傷であり、彼女が再び動き出すことが決してないという宣告でもあった。
少女の命が尽きているということ、イルファは走りよった時に比べ随分冷静にそれを受け入れているようだった。
しかしそれと同時に滲み出た怒りという名の感情が、彼女の口にする言葉に率直に表れていく。

「……これは、どういうことですか?」

静かだが、脅しているかのごとく低い声色に場の温度が下がっていく。
イルファの感情回路を刺激した要因は、二つであった。
一つは少女の着用していた制服が、誰よりも大切な存在である主君のものと同じだったということ。
そして、もう一つは・・・・・・少女の近くに転がっている、多分彼女の持ち物であろう車椅子。
半壊させられたそれを見ることで、浮かび上がる一つの可能性。
そう、もしこの少女の死因が乱闘していた二人に巻き込まれたことであるとしたら、それを見過ごすわけにはいかないのがイルファの性分であった。
背後に投げかけた問いに対する返答はまだ来ていない、郁乃の体を再び横にした後イルファはゆっくりと振り返りもう一度あの問いを繰り返した。

6離脱:2007/04/25(水) 00:06:44 ID:kfIOCBPU0
「これはどういうことですか。返答次第では、お二方とも処分させていただきます」
「しょ……っ?!」

ストレートに表された言葉に、たじろぐ二人の姿がイルファの視界に入る。
睨みつけながらイルファはツェリスカの銃口を二人に向け構えなおし、尚様子を窺い続けるのだった。

「おいおい、どうすんだよ」
「あちきに聞くなっつーの。あんたの仲間っしょ?」
「知るか、あんなの覚えてねーよ」
「何おぅ」
「何だよ」

ぼそぼそとくだらないやり取りをしだす二人、そんな不謹慎な様子に苛立ちを覚えながらイルファは手にするツェリスカに握力をかけていく。
しかしそこで、ある重要なことに気がつくのだった。
イルファが手にするこの大型拳銃、本来常人が発砲することすら難しい代物であるというのは有名なこと。
一応使いこなしてはいたイルファだが、それは決して易々できたという訳でもなかっただろう。
やはりここにきて無理が出てしまったということを、他でもない彼女の体が叫んでいた。
先ほどの発砲にて左腕が動かないことから右手のみを駆使して引き金を引いたことが致命的だった、反動を抑えるべく自然と力を込めた結果予想よりも強いそれはイルファの指の関節コードをボロボロににしてしまっていた。

(こんな時に……っ!)

どんなに信号を送っても、イルファの指が再び動く気配はなかった。反応も全く返ってこない。
しかしここで相手にこれを悟られたら終わりである、内心の焦りを隠しながらイルファはじっと耐えていた。

「むー……しゃーないっ、ここは一端逃げとくか」

そんな彼女の心情は伝わっていないはずだが、銃口の先にてゆめみと二人並んでいる状態の麻亜子はこのタイミングでそれを口にした。
勿論イルファには届かないよう、ゆめみにだけ聞こえるくらいの小さな囁きで、だが。

7離脱:2007/04/25(水) 00:07:15 ID:kfIOCBPU0
「あぁ? 生言ってんじゃねーぞ、コラ!」

眉間に皺を寄せ凄むようにしながらも答えるゆめみ、この状態で何を言い出すのかと呆れながら舌を打つ彼女の様子を気に止めることなく、麻亜子は飄々と言ってのける。

「あんたはあっちから、あちきはこっちから」
「おい、俺の方が遠いじゃねーかよ?!」
「気にしたらダメぞよ。ほれ一、二の三!」
「なっ?!」

ゆめみが止める暇もなかった。
瞬時に反応したものの銃口を向けるだけで発砲をしてこないイルファを尻目に、麻亜子は外に通じる窓、しかし閉じられたままのそこに頭から突っ込んでいった。
ガラスが粉々になっていく激しい雑音が響き渡る、この部屋から彼女が消えたのに五秒とかかっていないだろう。

「ま、待ちなさいっ!」

張り上げられた声、追随しようとイルファも窓枠に手をかけるが既に麻亜子の姿は闇の中に溶け込んでいた。
どうしたものかと少しまごつくものの結局イルファも麻亜子の後を追うようにし、窓から外へと飛び出していく。
結局、部屋に残されたのは立ち尽くすゆめみとその他寝転がったままの少女のみとなった。

「あー、仕方ねぇなぁ……」

頭をポリポリと掻きながら、ゆめみが呟く。
麻亜子の思惑通りになったかどうかは定かではないが、イルファが彼女を追随したため今ゆめみが逃げようとしても邪魔するような輩はもうここにはいないはずであった。
部屋の入り口が空いたことにより退路も確保できていた、この隙にお暇するのが無難であろうとゆめみもこの場から離脱する決心をする。
だが、何もしないでただ去るというのも彼女の性分に当てはまらず。
ゆめみの中の男である人格、久しぶりに目覚めたそれは今だ性欲を持て余したままである。
その捌け口を、ゆめみは欲していた。
せめてもの戦利品ということで、ゆめみは今だ目を覚まさない七海に近づきそのままひょいっと抱え上げた。
まだ育ちきっていない感はあるがこの際選んではいられないと自身に言い聞かせ、保障済みである感度の良さにゆめみは大きな期待を込める。
しかし手土産も無事入手しそのまま部屋を去ろうとするゆめみを呼び止める者が、まだこの部屋には残っていた。

8離脱:2007/04/25(水) 00:07:47 ID:kfIOCBPU0
「ま、待ってよ!」

思いもよらない背後からの声かけに、ゆめみは慌てて振り返る。
声の主はすぐに見つかった。郁乃の遺体の向こうで半身を起こしこちらを見つめる真琴、彼女とゆめみの視線がぶつかり合うのはすぐのことだった。
今の今まで存在感を全く顕わにしていなかった真琴に対する疑問が、ゆめみの中で沸かない訳はない。
ゆめみはそれを口にする前に、様子を見るべく真琴のの出方を窺うのだった。

「なんで、どうして七海を連れていっちゃうのよぅ」

半分涙声の弱々しい声色で訴えかけてくる真琴は、もう今にも泣き出しそうな様子であった。
しかしここでゆめみが気になったのは、そんな彼女の庇護欲を掻き立てられる姿ではなく。

(こいつ……いくらなんでも、このタイミングは狙ったとしか思えないぞ……)

この余りにも図ったような間合いのきな臭さに眉間に皺を寄せるゆめみ、その中で導き出された一つの解答にほくそ笑む。

「ははーん、成る程。……卑怯だな」
「え?!」
「お前、ずっと起きてたんだろ。ずるいなぁ、何もしないで高みの見物ってか」
「ち、違うもん!真琴はっ……」

慌てて否定してくる彼女の姿の怪しさに、ゆめみは意地悪そうな笑みを浮かべながらもそれが図星であると確信した。

「そうか、真琴って言うのか。覚えといてやるよ、お前みたいなクズは嫌いじゃないぜ?
 やっぱ我が身は可愛いもんな、がーっはっはっはっ」
「……ゆめみさん?」

9離脱:2007/04/25(水) 00:08:14 ID:kfIOCBPU0
ゆめみの高笑い、気持ち良さそうなそれは中途半端なところで突然途切れることになる。
また、彼女の聞き覚えのない声が場に響いたからだ。
部屋の入り口、真琴に声をかけられたことによりそこで立ち止まっていたゆめみがそっと顔を横に向けると、そこには。
不思議そうに彼女を見やる少年が、部屋に続く廊下の先にて佇んでいた。

「ちっ、新手か」
「え、どこ行くんですかゆめみさん!!」

そのまま庭へと駆け出すゆめみ、少年の声を背に受けても今度は振り返ることなく彼女もまた闇の中へと姿を消すのであった。

「な……どういう、ことだ?」
「うう、あうううぅぅぅぅ……」

残されたのは泣き崩れる真琴と、今場に到着したということで事態をさっぱり飲み込めていない浩平だけであった。
浩平がこの事態をきちんと把握するのは、またもう少し後のことになる。
慌てて駆け寄った彼の視界を占めた光景は、ふるふると震える真琴や血の海に沈んだ郁乃の姿という惨状の残骸のみ。
それだけの状況証拠では語ることのできない現実が、彼の目の前には在った。

10離脱:2007/04/25(水) 00:09:11 ID:kfIOCBPU0
【時間:2日目午前1時半】
【場所:F−9・無学寺(離脱済み)】

立田七海
【持ち物:無し】
【状況:汚臭で気絶、ゆめみ郁乃と共に愛佳及び宗一達の捜索】

ほしのゆめみ?
【所持品:支給品一式】
【状態:七海を抱えて離脱、性欲を持て余している】

朝霧麻亜子
 【所持品:SIG(P232)残弾数(1/7)・バタフライナイフ・投げナイフ・制服・支給品一式】
 【状態:離脱・着物(臭い上に脇部分損失)を着衣(それでも防弾性能あり)・貴明とささら以外の参加者の排除】

イルファ
【持ち物:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 4/5 +予備弾薬5発、他支給品一式×2】
【状態:麻亜子を追う・首輪が外れている・右手の指、左腕が動かない・充電は途中まで・珊瑚瑠璃との合流を目指す】


【時間:2日目午前1時半】
【場所:F−9・無学寺】

沢渡真琴
【所持品:無し】
【状態:号泣】

折原浩平
【所持品:だんご大家族(だんご残り95人)、イルファの首輪、他支給品一式(地図紛失)】
【状態:呆然】


【時間:2日目午前1時半】
【場所:F−9・無学寺入り口】

久寿川ささら
【所持品:日本刀】
【状態:不安、見張りを続けている】

・ささら・真琴・郁乃・七海の支給品は部屋に放置
(スイッチ&他支給品一式・スコップ&食料など家から持ってきたさまざまな品々&他支給品一式・写真集二冊&他支給品一式・フラッシュメモリ&他支給品一式)
【備考:食料少し消費】

・ボーガン、仕込み鉄扇は部屋の周辺に落ちています

(関連・539・685)(B−4ルート)

11募る不安、見えない恐怖:2007/04/25(水) 18:35:52 ID:oBzskNlg0
「まーりゃん先輩、完全に見失っちゃったな」
鎌石村の入り口で河野貴明は白み始めた空を見上げながらポツリと呟いた。
「なに他人事みたいに言ってんのよバカ」
ツッコミ代わりに観月マナの放ったスネ蹴りが見事に直撃する。筆舌に尽し難い痛みが貴明の身体を駆け巡り、ウサギのようにぴょんぴょん飛び回る。
「さんざんカッコ良さげな事を言ってたくせに…ハア、こんなので大丈夫なのかしら」
麻亜子を追って学校を出たはいいものの時既に遅し、ものの見事に見失っていた。
麻亜子の足が速いのもあるが、武器の分配に手間取ってしまったというのもある(ちなみに麻亜子の捨てていったSIG P232と鉄扇はまともな武器がないささらに渡った)。
腕組みするマナにささらがフォローを入れた。
「仕方がないと思います、まーりゃん先輩は逃げ足だけは早い人ですから」
「確かに、あんなヘンな格好してるのにすごい早さで走ってったわよね…」
マナの脳裏に麻亜子の姿が思い出される。電光石火とはこの事かと言えるくらいの俊足。あんな感じでチョコマカ動き回られたら探すのは困難を極める。
とすれば目撃者を探すのが一番手っ取り早いのだが、麻亜子が『乗って』いる人物である以上出会い頭に攻撃されて死んでいる人間も何人かいるはずだった。
つまり、他の参加者からの情報は期待できないということである。
少し考えたマナは、二人に意見を求める。
「聞きたいんだけど、もし、もしもよ? 久寿川さんや河野さんがそのまーりゃんの立場だったとして、効率良く殺して…いくためにはどういう行動を取るのが最も有効だと思う?」
マナの質問に、うーん…と二人はしばらく考えこんでからまず貴明が意見する。
「俺なら…やっぱり人が集まりそうな、それでいて目立つ場所へ行くと思う。だから鎌石村にいるんじゃないかって思ったんだけど」
「そうですね。まーりゃん先輩は何て言うか…目立ちたがり屋で自信家で…けどそれでいて意外とずる賢いというか、機転は利く人です。だから、派手に騒ぎを起こしては美味しいところを持っていく、そんな戦い方をなさると思います」
「頭は悪くないのね?」
「成績は最悪だけどね。お情けで卒業させてもらってたくらいだし」
ふうん、とマナが唸る。学校での貴明との会話や自分との戦闘から窺う限りではやかましくて運動能力がやや高いとだけ思っていたが油断しない方が良さそうだ。
「じゃあまずは人の集まってる場所に向かってみるのはどうかしら? 鎌石村でも人の集まる場所、集まらない場所もあるでしょうし」
マナの提案にささらも頷く。だが貴明は「それはいいんだけど…」と言って言葉を濁した。その態度に少しムッとしたのかマナが強い口調で言う。
「何よ、何か意見があるんだったら早く言って」
「じゃあ言うけど…行った場所で戦闘が起こり得る、ってのは承知してるよね?」

12募る不安、見えない恐怖:2007/04/25(水) 18:36:24 ID:oBzskNlg0
言葉は柔らかいものだったが、そこに甘さはない。その雰囲気に多少言葉を詰まらせたマナだったが、すぐに「…当たり前じゃない」と言い返す。それを受けた貴明がさらに続ける。
「まーりゃん先輩が出てこない可能性も十分にある。それどころか、俺達の装備じゃ歯が立たないような凶悪な奴と戦うことになるかもしれない。その時…観月さんは迷わず、人を撃てる?」
今度はすぐに返答できなかった。迷わず人を攻撃できるどころか…引き金すら引ける自信があるかどうか、分からなかった。
「そういう…河野さんはどうなのよ」
自身の不安を隠しながら、逆に貴明に尋ねる。
「それは俺にも分からない。このショットガンだって実はまだ一発も撃ってないんだ。だけど…それでも『やらなきゃならない』って決めてる。今だから言うけど、1回目の放送で友達が死んでた。
それで、タマ姉やこのみ…久寿川先輩や、他の皆を守る為にそれまで一緒に行動してた仲間と別れてここまで来た。だから…その事を無駄にしないためにも、もう誰も失わないためにも…俺は『覚悟』を決めなきゃならないんだ」
予想とは違った。死線を潜り抜けている訳ではない。別れた仲間の為に、誰も悲しませないために、それだけの理由で貴明は手を血に染めようとしている。恐怖や、心を押し殺して。
そんな貴明の雰囲気に何か感じるものがあったのか、ささらが不安そうな顔で貴明の顔を覗き込みながら言った。
「貴明さん…あまり気負いこまない方がいいと思います…これから先、この島で手を汚さずに進んでいけるなんて少なくとも私は思ってません。
ひょっとしたら数分後には戦闘になって、貴明さんを守るために人を撃ってしまうかもしれない。もちろん、それが正しい事だなんて少しも思っていませんけど…かと言って黙って貴明さんが殺されるのを見ていられるほど私は優しくもない、と自分で思っています。
それは誰だって同じ。同じだから…貴明さん、自分一人が罪を背負うだなんて思わないで下さい」
「…先輩」
ささらの励ましに、僅かながらも貴明は強張っていた顔を緩ませる。
しかしこれでいざ戦闘になって容赦なく撃てるか、というともちろんそういう事は少しもない。未だ全員が『撃てるかどうか分からない』のだ。言葉では口に出せても、心の奥底が最後まで殺人という言葉を否定し続けている。
それは人間として当然の考えであるが――この殺戮の島においては足枷にしかならないのだ。
気違いにでもならないとやってられないなあ、とマナは思う。
実際、狂人になってしまった方が何倍も楽には違いない。何も考えずに殺し、何も考えずに死ねるのだから。
しかし、それでも、マナ達は――人間だった。
「ともかく、先に進みましょ。何にしてもあの人をこのまま放っておくわけにはいかないわよね?」
「うん…その通りだ。立ち止まっててもあの高槻って人に怒られそうだもんな」
「そうですね…今頃は…みなさんと上手く合流している頃かしら」

13募る不安、見えない恐怖:2007/04/25(水) 18:37:24 ID:oBzskNlg0
遠く、森の向こう側にいるであろう無学寺へ向けてささらが視線を飛ばす。今はまだ、何も見えない。
そうして、少しだけ寺の方角を見やった後、また三人は歩き出した。中途半端に、覚悟を残したまま。



河野貴明
【所持品:Remington M870(残弾数4/4)、予備弾×24、ほか支給品一式】
【状態:左腕に刺し傷、出血はあったが現在行動に大きな影響なし。麻亜子を止めるために一路鎌石村に】
久寿川ささら
【所持品:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、SIG(P232)残弾数(2/7)、仕込み鉄扇、ほか支給品一式】
【状態:麻亜子を止めるために一路鎌石村に】
観月マナ
【所持品:ワルサー P38・支給品一式】
【状態:足にやや深い切り傷、麻亜子を止めるために一路鎌石村に】

【時間:2日目6:00前】
【場所:C-5】
【備考:由依の荷物(下記参照)と芽衣の荷物及び二人の死体は職員室内に放置】
   (鎌石中学校制服(リトルバスターズの西園美魚風)
    カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)
    荷物一式、破けた由依の制服

→B-10

14予約スレ2:2007/04/25(水) 22:17:22 ID:.QizSAos0
リサ・ゆきねえ・朋也・敬介・環・留美・珊瑚・ゆめみ・佐祐理・柳川、投下します
予想よりかなり長くなったので、二つに分けて掲載をお願いします>まとめさん

15深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:18:24 ID:.QizSAos0
暗黒の空より降りしきる陰鬱な雨、じっとりと濡れた地面。生暖かい風が、頬を撫でる。
湿った空気が、耳障りな雨音が、荒野の雰囲気をより一層不快なものへと変えてゆく。
河野貴明の離脱から暫く時が経過した頃、七瀬留美達はようやくショックから立ち直りつつあった。
貴明の走り去った方向にずっと視線を送っている姫百合珊瑚の肩を、留美が軽く叩く。
涙目で振り返った珊瑚に対して、留美は優しく言った。
「いつまでもこうしちゃいられないよ。そろそろ、行こう?」
「で、でも……」
「河野も言ってたじゃない。『皆は何処か安全な場所を探して、隠れてくれ』って。
 大丈夫……ささらも追い掛けて行ったし、きっと無事に戻ってくるよ」
弱々しく肩を震わせる珊瑚を励ますように、力強い声で語り掛ける。
だが珊瑚は留美の言葉に対して、ゆっくりと首を振った。
「アカンよ……。そんな保障、何処にもあらへんやん……」
「…………」

確かに、それはそうだった。
留美の言葉は何の根拠も伴わぬ、気休め以外の何物でもない。
いくら強力な装備を持っているとは言え、重傷である貴明が無事に帰ってくるかどうか確証などない。
しかし留美は珊瑚の両肩をしっかりと掴んだ後、顔を引き寄せた。
「留美……?」
「珊瑚の言ってる事は分かるわ。でも実際問題、今から追い掛けても貴明には追いつけない。
 ここで立ち尽くしてても、何にもならないよ。今は貴明とささらを信じるしかないの」
それにね、と付け加えて留美は言った。
「河野が帰ってきた時に、あたし達の誰か一人でも欠けてたら、きっとアイツ凄い悲しむよ?
 河野が帰る場所を守れるように、あたし達は今出来る事をしよう?」
「あう……」
恐らくはまだ不安を拭えないのだろう――真剣な眼差しを受けた珊瑚が、困ったような表情を浮かべる。

16深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:19:20 ID:.QizSAos0
留美は顎に手を当てて少し考え込んだ後、にこっと笑って、言った。
とても、場違いな事を。
「見てたら何となく分かったけど……好きなんでしょ? アイツの事」
「え……」
珊瑚は一瞬口を小さく開いて、ぽかんという表情になった。
しかし次の瞬間には、はっきりと頷いていた。
「そうだよね。だったら信じてあげようよ」
「……うん、分かった」
珊瑚の返事を確認すると、留美は他の者達の方へ振り返った。
「じゃあ、みんな行きましょうか。……と言っても、何処に行けば良いか分からないんだけどね」
留美は苦笑混じりに、後頭部をぽりぽりと掻きながら言った。

自分達は村にいるのだから、隠れる場所自体は幾らでもある。
しかし下手な場所を選べば、襲撃された時に圧倒的に不利となる。
それに仲間すら知らぬ場所に隠れてしまうと、合流はかなり難しくなるだろう。
ここは慎重に行動しなければならなかった。
留美は珊瑚とほしのゆめみに視線を向けたが、両方共心当たりは無いようで、首を横に振るばかり。
どうしたものかと留美が思い悩んでいたその時、倉田佐祐理が言った。
「……北川さんが言っていた『工場』はどうでしょうか?確かここからそう遠くない位置にある筈です。
 前回参加者の方達が滞在場所に選んだみたいですし、隠れ家としては最適だと思います」

北川潤が訪れたという平瀬村工場――工場というくらいなのだから、色々と使える物があるかも知れない。
それに屋根裏部屋もあった筈だから、上手く隠れれば敵が来てもやり過ごせる可能性が高い。
佐祐理が思いつく中では最良の選択肢だった。
他の者も特に異論は無いようだったので、一行は速やかに移動を開始した。

17深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:20:26 ID:.QizSAos0






歩く事、十分。
短い時間とは言え、豪雨に見舞われ、雷も断続的に響く中での移動は決して楽なものでは無かった。
しかし、北川より大まかな位置を聞いていた事も幸いして、留美達は無事に平瀬村工場の前まで辿り着いていた。
「ふえー……思ったより大きいですね」
佐祐理が工場を眺めながら、困ったような表情で呟く。
こんな孤島にあるくらいだから小さな工場だと思ったのだが、実際は予想以上に大きかった。
「これはちょっと隠れるのには向いてないかも知れませんね……。大き過ぎて目立っちゃいます……」
「っていうか……ガソリン臭いわね……」
各々が各々の感想を口にする。
本当にこの建物を隠れ家として良いものか――留美の頭を疑問が過ぎる。
しかし外で考え込んでいても始まらない。
こんな所で雨に打たれているよりも、今はまず中に移動すべきだ。
留美がそう思った時だった。底冷えするような声が聞こえてきたのは。
忘れる筈も無い悪魔の声が、聞こえてきたのは。

「――やはりここにいましたか」
「…………っ!?」
後ろから聞こえてきた声に、誰もが弾かれたように振り向き、そして絶望を覚えた。
七瀬留美達の眼前には、絶対の殺気を纏ったリサ=ヴィクセンと、歪んだ笑みを浮かべた宮沢有紀寧、そして見知らぬ男が直立していたのだ。
「どうしてこの場所を……?」
留美が震える声で問い掛けると、有紀寧は愉しげに答えた。
「脱出派の方々は教会にいらっしゃらなかったので、地図に載っていないこの場所へ逃げ込んだと予測したのですが、案の定でしたね。
 この方――岡崎さんが、工場の場所については知っていました。仲間を集めようとする余り、情報を広め過ぎてしまったみたいですね?」
有紀寧はそう言って、横にいる朋也に視線を移した。
佐祐理がその視線を追って、ゆっくりと口を開いた。
「岡崎さん、春原さんから貴方の事は聞いています……。貴方も殺し合いに乗ってしまわれたのですか……?」
「くっ……」
朋也は苦々しげに奥歯を噛み締めたが、それ以上は何も言えなかった――余計な事を言えば、首輪を爆破されかねない。

18深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:21:18 ID:.QizSAos0
「…………最悪ね」
留美が複数の感情――怒り、そして恐怖が入り混じった声を絞り出す。
冬弥を殺した宮沢有紀寧は絶対に許す事が出来ないが、今回は柳川がいない。
即ちあのリサ=ヴィクセン……向かい合ってるいるだけで寒気を催す怪物を、自分達で相手にしなければならないのだ。
しかもゲームに乗っているのか、脅されているだけなのかは分からないが、新たに一人、敵側の人間が増えてしまっている。
黒い憎悪をそれ以上に大きな絶望が塗りつぶしてゆき、心臓が早鐘を打つ。
「あの人らが……」
リサ達とは初見である珊瑚だったが、尋ねるまでも無く、目前に立ちはだかる敵の正体が理解出来た。
有紀寧の外見的特長は春原陽平から、リサの外見的特徴は倉田佐祐理から聞いていたというのもある。
しかしそんな情報を引き出さずとも、際限無く向けられる凍りつくような殺気が、敵がどれだけ危険な存在であるかを認識させる。
下手な動きを見せればその瞬間に撃ち抜かれかねない事を、本能が報せていた。

有紀寧が、絶対の余裕に裏付けされた優美な笑みを湛えながら、口を開く。
「藤井さんがいませんね? もしかして私に撃たれた所為で死んでしまいましたか?」
――決まりきった事を聞く。大口径の拳銃で腹部を撃ち抜かれて、死なぬ人間などいる筈が無い。
忌々しげに歯軋りする留美だったが、そんな彼女にリサが追い討ちを掛けた。
「あら、何を悔しがってるのかしら? あの男は私の大切な人を奪った連中の片割れ……死んで当然の人間よ」
闇夜に良く響く、冷え切った声。
リサからすれば、藤井冬弥は那須宗一の命を奪った怨敵であり、絶対悪以外の何物でもない。
出来る事ならば自らの手で、凄惨に縊り殺したい程憎い相手だった。

物の怪のような視線に射抜かれて萎縮しそうになった留美だったが、別れる間際に見た柳川祐也の背中を思い出す。
度々意見がすれ違う気に食わない人物ではあったが、彼はこの圧倒的な相手に一人で挑んだのだ。
ならばここで自分が気後れする訳にはいかない。
自分達では敵わないかも知れないけれど、心まで折られてしまってはならない。
留美はしっかりとリサの目を睨み返しながら言い放った。
「よく言うわね。あんた達だって罪の無い人の命を幾つも奪ってるじゃない。
 それに藤井さんは少なくとも、自分の命惜しさに戦ってたんじゃないわ。
 自分の事しか考えてないあんた達なんかよりも、何十倍もマシよ」

19深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:21:56 ID:.QizSAos0
それを後押しするように、佐祐理も迷いの無い声で口を開く。
「七瀬さんの言う通りです。藤井さんは一度は道を間違えたかも知れないけれど……最後には分かってくれました」
大きく一度息を吸って、覚悟を決めた瞳で敵を見据えながら続ける。
「佐祐理達にはリサさんのような力はありません。それでも皆で力を合わせて、頑張っています。
 脱出への道程も少しずつ明確になってきています。佐祐理達はまだ諦めていませんが、リサさん……貴女は希望を捨てました。
 少なくとも心の部分では、貴女に劣っているとは思いません」
「……そうかも知れないわね。でもそんな事、どうだって良いわ。貴女はここで死ぬのだから、佐祐理」
リサの視線が細まり、M4カービンの銃口が持ち上げられる。
気温が急激に低下したかと錯覚を覚える程の威圧感が、佐祐理達を襲う。
「そして、貴女だけじゃない。貴女以外の人間も全員仕留めて、『脱出への糸口』とやらを断ってあげる」
もはやリサの声からは、怒りや迷いといった感情は感じられない。
これ以上の会話は不要とばかりに、純粋な殺気だけを向けてくる。
――始まる。圧倒的戦力を誇る相手が、躊躇う事なく自分達を仕留めに来る。

そこでこれまで一言も言葉を発していなかったゆめみが、突如右手を振り上げた。
「――――ッ!?」
ロボットのゆめみには気配と言うものが無い為、リサの反応が一瞬遅れる。
次の瞬間にはゆめみは地面へ、忍者セットの中の一品――煙球を叩きつけていた。
「What!?」
外人にとっては未知の道具により、視界が突如封じられてしまう。
「こっちよ!」
煙の向こう側で、留美の叫ぶ声と、駆け出す複数の足音が聞こえた。
しかし流石に歴戦のエージェントは立ち直りが早く、すぐに冷静さを取り戻して狙撃を開始する。
リサは敵が外に向かって逃げ出すと予測し、留美達の左右の空間を中心に弾丸をばら撒いたが、それが敵を射抜く事は無かった。
「……わざわざ逃げ道の無い場所に逃げ込むなんて、どういうつもり?」
煙の向こうにうっすらと見えた留美達の影は、悉くが工場の内部へと駆け込んでいったのだ。
その意図こそ理解しかねるが、悩んでいる暇など無い。
リサはすぐに有紀寧と朋也を急かして、工場の中へと飛び込んだ。

20深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:23:19 ID:.QizSAos0

内部に突入した有紀寧達は、目前に広がる光景を観察した。
最早使われていない施設なのだろうか。それともこの部屋だけが、例外なのだろうか?
工場の一室である作業場には大した設備は無く、せいぜいボイラーが数個並んでいる程度だった。
作業場の四隅には、言い訳程度に工具や雑品が幾つか転がっている。
大規模な工場の実に半分程度を占めるだだっ広い空間が、酷く寂しいものに感じられた。
そんな場所で、留美達が拙い陣形を組んで待ち構えていた。
先頭は留美、その左右に佐祐理とゆめみ。
そして三人に守られるように、後方にいるのが珊瑚だった。
有紀寧にとって一番不可解だったのが、留美達の手に持っている武器だ。
銃くらい持っている筈なのに、留美達は揃いも揃って日本刀やナイフなどの刃物で武装していたのだ。
「何のお遊びですか? そんな物で銃に勝てるとでも思っているのですか?」
有紀寧はそう言って、トカレフ(TT30)の銃口を留美に向けた。
「……随分とナメちゃってくれるわね。でも、あたし達はいたって真面目よ。ほら、撃ちたきゃ撃ってみなさいよ」
ただの強がりかどうかは分からないが、留美は口元に勝気な笑みを浮かべていた。
――何か考えがあるのか?
そんな疑問も浮かんだが、有紀寧はすぐに考える必要など無いと思い直す。
ともかく実際に撃ってみれば良いのだ。
相手が強がりを言っているだけならそれで仕留められるし、対策があったとしてもその正体は掴めるだろう。
有紀寧は銃口にかけた人差し指に、力を入れようとする。
しかしそこでリサが横からすっと手を伸ばしてきた。
「……どうしたのですか?」
「駄目よ。この場所はガソリンの臭いが充満してる……銃なんて使ったら、爆発してしまうわ」
「――――!」
有紀寧はぎりぎりの所で指を押し留め、大きく息を飲んだ。
この工場内には、気化したガソリンが充満している。即ち、銃など使ってしまえば間違いなく自滅する。
だからこそ敵は全員、火薬を用いぬ装備で武装していたのだ。

21深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:24:15 ID:.QizSAos0

――出来れば敵が自滅してくれればと思い挑発したのだが、思惑が外れた留美は大きく舌打ちした。
「く……大人しく引っ掛かってくれれば楽だったんだけどね」
「残念だけどそれは無いわ。私が居る限りはね」
リサはそう言うとM4カービンを鞄に戻して、傍にいる有紀寧へと小さく耳打ちした。
(……私があの三人を殺してる間に、貴女達は佐祐理達の後ろにいる女を倒して。
 佐祐理達の陣形は一人を守ろうとしている――奥にいる女がきっと『脱出の糸口』であり、キングよ)
(――了解、お任せください)
確かな承諾の意を確認してから、リサが一歩、足を前に踏み出す。
続いて目にも留まらぬ動作で真空を巻き起こしながら、一対のトンファーを構える。
その姿を目の当たりにした留美は、警戒心を強め刀を深く構え直した。
「さて、神様へのお祈りは済んだかしら? まさか勝てるなんて思ってないわよね?」
「勝負はやってみなきゃ分からない。少なくとも、慣れない銃で撃ち合いをするよりはマシよ」
次の瞬間、疾風と化したリサが、留美達に襲い掛かった。

――有紀寧は珊瑚を襲撃するのも、朋也へ指示を出すのも忘れて、目の前の光景に魅入っていた。
冷静沈着である彼女にそうさせてしまう程、雌狐は圧倒的だった。

リサは一瞬で間合いを詰めると、留美の鎖骨に狙いを定めて、右手に携えたトンファーを振るう。
信じられない速度を誇ったその一撃を、しかし留美は何とか受け止めていた。
留美がリサの攻撃を受け止められたのは、かつて剣道部に所属していた時の経験のお陰だろう。
曲りなりにも剣の道を歩んでいたからこそ、ぎりぎりの所で反応出来たのだ。
だが、そこまでだった。
「今の攻撃を受けたのは褒めてあげる。だけど次の動作への移行が遅すぎるわ」
リサは冷え切った声でそう言うと、留美の刀をトンファーで押さえつけたまま、鋭い中段蹴りを放った。
「がっ……」
無防備な脇腹に衝撃を受けた留美が、がくんと地面に膝を突く。

22深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:24:55 ID:.QizSAos0
続いてリサは視線を動かさぬまま、左手のトンファーをさっと斜め後ろへ振るった。
「――――!」
がきんと大きな音がして、佐祐理の手に持った暗殺用十徳ナイフが弾き飛ばされる。
背後より隙を突いたつもりであった佐祐理だったが、リサにとってはその程度の攻撃、楽に予測出来るものだ。
素手となってしまい大きな隙を晒した佐祐理を、リサは敢えて攻撃しない。
リサは佐祐理を攻撃する前に身体の向きを変え、ゆめみを前方に捉えていた。
ゆめみの振るう刀をしゃがみ込んで躱した後、海老のように背中を丸めたまま体当たりを敢行する。

「あぐっ!」
意表をついたその攻撃に、ゆめみが弾き飛ばされ、尻餅をつく。
続いてリサは斜め後ろにいる佐祐理目掛けて、衝撃波付きの回し蹴りを打ち込んだ。
高速の蹴撃はガードの上からでも十分な衝撃を伝え、佐祐理がたたらを踏んで後退する。
その後リサは尻餅をついているゆめみの腹を、刃物さながらの片脚で踏みつけようとし――背後へ、跳んだ。
留美が地に膝を付いたままの体勢で、横薙ぎに日本刀を振るってきていたのだ。
その一撃を悠々と躱してみせたリサは、すたんという音と共に、地面へと降り立った。

「一瞬で決められると思ったけど……意外にしぶといのね」
よろよろと立ち上がる少女達を、リサが凍った瞳で睨みつける。
圧倒的に押しているリサだったが、その言葉に嘘偽りは無い。
敵三人のうち、二人は戦いが始まる前から怪我をしていた。
故に数秒で決着をつけれると判断したのだが、読みが外れた。
原因はあのツインテールの女だ――あの女が自分の初激を止めたからこそ、攻め切れなかった。
あの動体視力、そして攻撃を受けてからの立ち直りの早さは評価に値する。
しかし所詮は素人に過ぎないのだから、問題になる程では無い。
もう一度攻め込めば今度こそ、敵全員を戦闘不能に追い込む事が出来るだろう。
リサは早々に決着をつけるべく、腰を低く落とし脚に力を込める。
しかしそこで、背後より走り寄ってくる音が聞こえた。

23深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:25:36 ID:.QizSAos0
「――リサ君。まさか本当に、君が殺し合いに乗ってしまっていたなんて……」
工場の入り口に一組の男女――橘敬介と向坂環が現れていた。
彼らは工場外でリサが放った銃声を耳にして、急いで駆けつけてきたのだ。
二人の視界に飛び込むのは、苦悶の表情を浮かべる少女達と、ブロンドのハンターの姿。
敬介は双眸で目前の光景を視認し、リサが紛れも無くゲームに乗っているという事を理解した。
続けてわなわなと肩を震わせながら、リサに視線を送る。
「どうして……どうして殺し合いに乗ってしまったんだ……リサ君……」
それは音声だけでも十二分に感情が伝わってくる程、重く哀しい声だった。
しかしリサは、敬介の感情を受け流すように、肩を竦めて言った。
「別に大した理由なんて無いわよ? 足手纏いの貴方達と協力するのが馬鹿らしくなっただけよ」
「何だと……?」
「貴方達のフォローをして命を落とすなんてお断りよ。貴方達なんかと協力して脱出するよりも、優勝を勝ち取る方が遥かに容易だわ」
「クッ……!」
自分達が足手纏い――この点に関して敬介は、何も言い返せなかった。
実際診療所に居た時の自分は、宗一とリサに頼りっぱなしだったのだから、反論出来る訳が無かった。
だが脳裏に浮かぶ、栞とリサの暖かいやり取り。
少なくとも栞と接している時のリサは、心の底から笑っていたように思えた。
「君は嘘を言っている。君は自分の命惜しさにそんな選択をする人間じゃ無い筈だ。
 君がそんな人間なら、美坂君と行動を共にしたりしないだろう」
そうだ――リサは優しい心を持った女性なのだ。それは殆ど、確信に近かった。
黙すリサに対して、敬介が続けて話す。
「……宗一君か? 宗一君が死んでしまったから君は――優勝の褒美で、生き返らせようとしているのか?」
敬介の言葉を受けたリサが、眉間へと微かに皺を寄せ、パチンと右の親指を噛む。

24深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:26:23 ID:.QizSAos0
リサはすっと視線を横に移した。
「有紀寧、あの二人は貴女達が相手してくれないかしら?」
「あら? 図星を突かれてやり辛くなりましたか?」
有紀寧が嘲笑交じりにそう言うと、リサの双眸に怒りの色が浮かんだ。
すると有紀寧は取り繕うように、ひらひらと手を振った。
「まあまあ、言われた通りにしますから怒らないで下さい。さて、岡崎さん」
「……何だよ」
朋也が陰鬱そうな口調で声を出す。
有紀寧は右腕を伸ばして、環と敬介を指差した。
「いよいよ出番です。あのお二人の相手をしてあげて下さい。
 分かっていると思いますが、拒否権はありませんからね?」
「……畜生!」
朋也は苦々しげに毒づくと、鞄から薙刀を取り出し、すっと前に出た。

環は、朋也の向こう側に見える少女達へと言葉を投げ掛ける。
工場内に良く響く、凛と透き通った声で。
「留美、佐祐理、また会ったわね。長々と話してる時間は無いから手短に言うわ。
 私と橘さんはそこの男の人と有紀寧を倒すから、それまで何とか粘って頂戴」
「で、でも向坂さんは怪我をしてらっしゃるんじゃ……」
佐祐理がそう言うと、環は腰に手を当てて呆れたような表情となった。
「貴女達も似たようなもんでしょ。こんな状況だもの、やるしかないわ」
環の言葉通り、自分達の中で無事な者など殆どいない。
ゆめみは左腕が動かない。佐祐理は右肩を負傷している。
環も敬介も、あちこちに傷を負っている。
このような状況下で、怪我人だから静観するなどといった事は不可能なのだ。
圧倒的に戦力が不足している以上、傷付いた体に鞭を打って戦うしかなかった。

25深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:27:03 ID:.QizSAos0
環は鞄から包丁を取り出すと、その切っ先を朋也へ向けた。
「貴方……有紀寧に脅されているのね?」
「…………」
朋也は答えない。それに構わず、環は続けた。
「……やっぱり答えられない、か。良いわ、私が貴方を止めて、有紀寧の性根も叩き直してあげる。
 それから首輪を外して、こんな馬鹿げた殺し合いなんてとっとと終わりにさせて貰う」
「そうだ、殺し合いなんて絶対に間違ってる。これ以上人が死ぬのなんて、僕は認めない。
 君達が話しても分かってくれないというのなら、力尽くでも止めてみせる」
敬介がベアクローを取り付けながら、澄んだ目で朋也を見据えた。

朋也は、環・敬介と対峙していた。
リサは、留美・ゆめみ・佐祐理を獲物と断定していた。
各々がそれぞれの敵と、睨み合う。
「前口上はもう十分――死になさい」
リサが獲物を狙う肉食獣のように、ぐっと頭を下げて攻撃態勢に入る。
次の瞬間雌狐は、弾けるように駆けた。

26深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:27:46 ID:.QizSAos0
前の突撃が疾風なら、今度は暴風だ。
今度こそ敵を仕留めるべく、リサが殺気を剥き出しにして留美に襲い掛かる。
「――――ハァァァッ!」
「くぅぅぅ!」
真空波を巻き起こしながら迫るトンファーを、留美はどうにか受け止めた。
あまりの衝撃で、受けた手に痺れが走る。
鍔迫り合いの形で二人は顔を突き合わす。
烈火の如きリサの眼光が間近で留美を射抜いたが、しかしーー
「こんのっ…………どおりゃああぁっ!!」
「なっ――!?」
武器を突き合わせての押し合いは、裂帛の気合を搾り出した留美が勝利した。
リサは両方の手に一本ずつトンファーを握っている為、今の力比べでは片手しか用いていない。
だがそれでもあの雌狐に、一介の女子高生が押し勝ったのは驚くべき事態だった。
後退するリサに、ここぞとばかりにゆめみが斬り掛かる。
「――ク!」
リサは尋常で無い早さで態勢を整え、くるりと体を横回転させ、ゆめみの攻撃より逃れる。
そしてそのままの勢いで、独楽のように回転しながらトンファーを横薙ぎに振り回す。
留美が素早く飛び出して、その一撃を刀で受け止めた。

27深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:28:25 ID:.QizSAos0
リサはもう力比べに固執せず、すっと腰を落としてゆめみの懷に潜り込んだ。
ゆめみの右腕を掴み取り、流麗な動きで極めの形に移行する。
続けて力任せに、ゆめみの体を真横へ振った。
「――――!?」
横でナイフを振り上げていた佐佑理の腕が止まる。
リサの体がゆめみの後ろに隠れる形となっていたのだ。
リサはその隙を逃さず、ゆめみの体を佐佑理に叩きつける。
「つぅ……」
リサは佐佑理が尻餅をつくのを待たずに、今度は背負い投げの要領で、ゆめみの体を留美へと投げつけた。
腕を極められた状態から強引に投げられた為、ゆめみの右肩に罅が何本か入る。
「ゆめみ!」
留美は日本刀を手放して、何とかゆめみの体を抱き止めた。
そしてリサは後ろを振り返って――思い切りトンファーを投げた。

   *     *     *    *     *     *

「く……」
環が焦りを隠し切れない様子で舌打ちする。
環と敬介は、朋也相手に攻めあぐねていた。
相手の薙刀と、自分達の得物のリーチ差が災いしての事だ。
敬介はベアクローを右腕に付けているものの、扱いづらい武器である為に思ったような動きが出来ない。
一方環の得物は比較的扱いが容易な包丁であったが、敵を倒すにはもう少し距離を詰める必要があった。
環は相当勝れた運動神経と身体能力を誇っている。
全快時なら造作も無く、敵に接近出来ただろう。
だが満身創痍の今の体では、薙刀から身を躱しつつ前進するのは厳しいものがあった。
どうしても自分の間合いまで踏み込めず、一方的に攻撃されてしまう。
一発、二発と、連続して薙刀が奔り、環はぎりぎりの回避を続けていた。
とは言えこのままでは埒が開かない。
「どうせ避け切れないなら――」
上方から迫る白刃をバックステップでやり過ごした後、環は一気に前へと駆けた。
「そこだっ!」
間合いに踏み込んできた敵に対して、朋也が素早く返しの一撃を放つ。

28深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:29:10 ID:.QizSAos0
「っ……!」
脇下より迫る鋭い一閃を、環は敢えて避けなかった。
前進を続ける環の脇腹に、薙刀の柄の部分が食い込む。
だが、これは環の想定通りだ。
白刃の部分さえ食らわなければ、致命傷にはならないのだから問題無い。
環は薙刀の柄の部分を、尋常でない握力で握り締めた。
「くそっ、なんて馬鹿力してやがる!」
朋也が強引に薙刀を振るおうとするが、どれだけ力を入れてもビクともしない。
女のものとはとても思えぬその膂力に、朋也は驚きを隠せなかった。

「橘さん、今です!」
「ああ!」
仲間の作ってくれた好機を活かすべく、敬介が大きく前に踏み込む。
続いてベアクローを大きく上に振り上げた。
――狙いは朋也の右肩だ。
その場所なら、恐らく致命傷にはならないだろうから。
「悪いけど、暫らく大人しくしててくれ!」
「チィ――!」
朋也が薙刀を手放して、後方に飛び退こうとする。
しかしそこで環の腕が伸びて、がっしりと朋也の右腕を掴み取った。
「しまっ!?」
身動きの取れぬ朋也に、鋭い爪が空気を割きながら襲い掛かる。
次の瞬間、鮮血が舞った。

29深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:31:19 ID:.QizSAos0
――敬介の、鮮血が。
「ごふっ……」
「た、橘さんっ!?」
腹から鮮血を迸らせ崩れ落ちる敬介の姿を目の当たりにし、環の胸を驚愕が過ぎる。
「――岡崎さんにはまだ利用価値があるので、今殺されては困りますね」
聞こえてきた声の方へ顔を向けると、有紀寧がにっこりと優雅な微笑みを浮かべていた。
右手に、電動釘打ち機を握り締めて。
「流石に工場だけあって、便利なものが落ちていますね。
 火薬を用いないコレなら、この場所でも好き放題に使えます」
「な……何て事……」
最悪の事態に、環が掠れた声を絞りだす。
電動釘打ち機は空気圧を利用する武器なのだから、引火の心配が無い。
つまり敵はこの場所においても、強力な遠距離攻撃が可能となったのだ。
そして――

ガツンという、鈍い音がした。
「がっ……!?」
環は突然即頭部に衝撃を受け、意識が遠のいていくのを感じた。
ゆっくりと崩れ落ちながら、地面に倒れ伏せている敬介に目をやる。
(たち――ばなさん――ごめん……なさい……)
岸田洋一に遅れを取った時と同じく、突然の奇襲により環は意識を失った。

「――油断は禁物よ? 私が留美達だけを狙うとは限らない。
 これはスポーツでも何でも無い、ただの殺し合いなんだから」
リサがそう言って、環の傍に落ちたトンファーを拾い上げる。
先程環を襲った衝撃の正体は、リサの投擲したトンファーによる不意打ちだったのだ。
続いて、くすくすという笑い声が工場の中に響き渡る。
有紀寧が眼を細めて、どこまでも愉しげな声で口を開いた。
「ふふ、そろそろチェックメイトのようですね」

30深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:31:53 ID:.QizSAos0

確かに、勝負は決まったも同然だった。
敬介と環は倒れ、留美だって体力を消耗してしまった。
ゆめみは右腕を破壊され、佐祐理も前から左肩を負傷している。
唯一珊瑚だけは無事であったが、彼女が殺されてしまった時点で全ては終わりなのだから、前線で戦う戦力としては数えられない。
対する敵は、三人とも余力十分である上に、新たな武器まで入手してしまったのだ。
(柳川さん……すみません。佐祐理達はここまでかも知れません……)
もう勝ち目など無い――いや元から勝算など、微塵も無かったのかもしれない。
たとえ自分達が全員五体満足な状態であったとしても、リサと有紀寧を打倒するなど出来ないのではないか。
そんな思いに駆られ、佐祐理の頭を深い絶望が支配する。
それは留美も、ゆめみも、珊瑚も同じで、誰もが悔しげに敵を睨みつける事しか出来ない。

「――それじゃ、キングを取らせて貰いましょうか」
リサは異形のような眼で珊瑚を睨みつけた後、ゆっくりと足を踏み出そうとする。
しかし突如足首に違和感を感じ、一歩も先に進めなくなった。
「……敬介?」
何本もの釘で腹を穿たれた筈の敬介が、リサの右足首をがっちりと掴んでいた。
敬介は大きく息を吸い込んで、人生最大の、そして恐らくは最後になるであろう絶叫を上げた。
「みんな、逃げろおおおおおおおおっ!!」
工場内に――いや、それどころか村中にさえ響き渡ったのではないかと思える程の声量。
その叫びは、絶望に打ちひしがれていた佐祐理達の心を揺れ動かす。
「早く……逃げてくれっ! 僕がリサ君を、止めていられる間に……!」
今度の声は、先程より随分と小さかった。
無理もないだろう。口の端から、次々と血の泡が吹き出ているのだから。
しかしそれでも、敬介の言葉は十分に伝わった。
敬介と留美達は面識が無いにも拘らず、心が伝わった。

31深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:32:22 ID:.QizSAos0
「――みんな、行くわよっ!」
留美がそう叫ぶと、弾かれたように珊瑚もゆめみも佐祐理も動き出した。
入り口方面にはリサ達が居るのだから、正面の扉を通って工場の外に出るのは不可能だ。
ならば奥に逃げ込むしかない。
北川の話によれば、奥の方にある階段から屋根裏部屋へと行ける筈。
前回参加者達が使っていた場所なのだから、もしかしたら逆転の切り札か何かがあるかも知れない。
一抹の希望に縋りつくように、留美達は工場の奥に続く扉を目指して駆けた。

「逃がさない!」
それを黙ってリサが見逃す筈も無く、素早く後を追おうとする。
敬介の手を振り解くべく、思いきり右足に力を込める。
死に損ないによる拘束如き、一秒と掛かからずに外せるだろうという確信を持って。
しかし一秒後には、確信が驚愕へと変貌していた。
「外れ……ない……?」
足は腕の三倍の筋力があるという。ましてや雌狐の脚力は、常人と比べ物にならぬ程強いだろう。
それなのに、敬介の手を振り解くことが出来なかった。
何度足を引き抜こうとしても、がっちりと固定されたままで、状態は一向に変わらない。
まるで物理的なものだけでなく、目に見えぬ何かで掴まれているような、そんな感覚。
だがリサはすぐに思考を切り替えて、別の手段で脱出する事にした。
「外れないなら――壊してしまえばいい」
そう、頭を砕いてしまえば確実に敬介の手は外れるだろう。
わざわざ力比べを続ける理由など、何処にも存在しないのだ。
リサは眼下の負傷兵を見下ろしながら、トンファーを大きく上方に振り上げた。
だがそこで、リサは初めて気付く。敬介の口元が、笑みの形に歪んでいる事に。

32深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:32:50 ID:.QizSAos0
「何が……可笑しいの?」
「いや、旅の道連れが君みたいな美人なんだから、僕は案外恵まれてるかも知れないと思ってね」
「…………?」
まるで意味が分からず、リサが怪訝な表情となる。
敬介は一度咳き込んで、大きく血を吐いてから、言った。
「知ってるかい? 逆転のカードは、こういう時にこそ使うものだよ」
敬介はそう言って、ポケットから左手を出した。
「僕は観鈴を探さなきゃいけなかった。観鈴と一緒に花火をしたかった。だけど僕はもうここまでみたいだから……」
「それはっ……!」
リサの表情が、見る見るうちに驚愕と焦りの色に染まってゆく。
敬介の左手に握り締められているのは、花火セットの一つである百円ライターだったのだ。
「まさか、貴方――!」
「そのまさかさ。一緒に見ようじゃないか――飛び切り派手な花火を!」
ガソリンの充満した場所でライターを点ければどうなるか――少なくとも、間近にいる人間が助からぬくらいの爆発は起こるだろう。
リサが慌ててトンファーを振り下ろすが、明らかに遅い。
どう考えても、敬介が指を動かしてライターを点火する方が早い。
カチャッ、という音がしてライターのスイッチが、入った。

33予約スレ2:2007/04/25(水) 22:33:30 ID:.QizSAos0
ここまでが第一パートです。
続いて第二パート行きます

34深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:34:49 ID:.QizSAos0
「――危ない所でしたね」
「ええ。本当にね……」
工場内部に二人の女の声がする。
一人は有紀寧、そしてもう一人は――敬介に決死の攻撃を仕掛けられた筈の、リサだった。
リサは背中を冷や汗でびっしょりと濡らしながら、後頭部を砕かれた敬介の死体を眺め下ろしていた。
あの時、間違いなく自分は死にゆく運命にあった。
その運命を捻じ曲げたのは、ライターの側面に見える、小さな罅だろう。
その罅が自分達との戦いの時に生成されたものか、それより以前からのものかは分からないが――ともかくそれが原因で、ライターより燃料が漏れ出たのだろう。
敬介のライターには十分な燃料が無く、火を巻き起こす事が出来なかった。
結果として、ライターのスイッチを入れても何も起こらず、唸りを上げるトンファーが敬介の頭部を破壊したのだ。


リサが頬に付着した汗を拭い取り、ゆっくりと口を開いた。
「有紀寧。貴方は岡崎を連れて、佐祐理達を殺してきなさい」
それを聞いた有紀寧は、訝しむような表情となった。
相手は怪我人だらけな上に、工場内の戦いなら電動釘打ち機を持つ自分が相当有利なのだから、追撃する事自体に文句は無い。
しかしリサの口ぶりに少し違和感を覚え、有紀寧は問い掛けた。
「……それは構いませんが、リサさんはどうなさるおつもりで?」
「私は此処に残るわ――彼と決着をつけなければならないようだから」
リサが首を回した先、工場の正面入り口。有紀寧はその空間を眺め見る。
「……成る程、そういう事ですか」
そこには、白いカッターシャツで長身の体躯を包み、眼鏡の下には紅蓮の炎を宿した眼を持つ男。
『鬼の力』を持つ、正真正銘の人外――柳川祐也が立っていた。

35深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:35:24 ID:.QizSAos0
「――岡崎さん、行きますよ。私達は逃げた人達の方を追い掛けましょう」
素早く朋也に命令を下すと、有紀寧は留美達が走り去った方向へ駆け出した。
柳川の姿を確認した有紀寧の心に湧き上がったのは、恐怖や焦りなどではなく、声を張り上げたくなる程の喜びだった。
有紀寧が策を弄するまでも無く、柳川とリサの対決は実現した。
自分と朋也が死に損ないの始末をしてる間に、怪物共は二人で勝手に潰し合ってくれる。
どちらが生き残るにせよ、勝った方もとても無事では済まない筈。
おまけに電動釘打ち機とガソリンにより、自分だけが飛び道具を使用出来るという圧倒的な優位性まである。
怪物狩りにはこれ以上ないくらいの、好条件だった。
自分はまず死に損ないの一般人達を悠々と始末し、それから駆けつけてくる手負いの獣を狩れば良いのだ。

有紀寧は走りながらも、口元に浮かぶ笑みを押さえ切れなかった。

   *     *     *    *     *     *

有紀寧が走り去った後の作業場で、柳川とリサは正面から向かい合っていた。
「貴様――倉田達を襲っていたのか」
「ええ、そうよ。たっぷりと痛め付けておいたから、もう少しすれば有紀寧達に追いつかれて、殺されてしまうでしょうね」
リサが無表情で告げると、柳川は鞘より日本刀を抜き出した。
「そうか。ならば早く貴様を殺して、助けに行かねばならんな」
「それは無理ね。貴方も此処で死ぬのよ、柳川」
お互いに、負けるなどとは微塵も思っていないような口振りを見せる。
「ふん……この臭い、ガソリンだろう。銃器の使えぬこの場所でなら、前のようにはいかんぞ」
柳川からすれば、不慣れな機関銃での戦いを避けられるこの場所は、最高の戦場だった。
「それはどうかしらね? 案外前より酷い結果になるかも知れないわよ」
リサからすれば、たとえ異能の力を持っていようとも、戦闘のプロで無い人間などいくらでも倒しようがある。

36深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:36:14 ID:.QizSAos0
柳川が、怒りを押し殺した声で言った。
「殺す前に聞いておこう。貴様――何故、ゲームに乗った? 同じ志を抱いていた筈の貴様が、一体何故……!」
「――何故、ですって?」
リサは一瞬どうするか迷ったが――素直に本当の理由を話す事にした。
理論や理屈による判断ではない。この男相手には、話さなければならない気がしたのだ。
「簡単な事。ここで主催者を敵に回しても犬死するだけ……。私は優勝して、褒美で仲間を蘇らせなければいけないのよ」
「褒美、だと……? 下らん。まさか貴様があのような虚言に騙されるとは思わなかったぞ」
「下らない、ね。貴方にとってはそうかも知れない。だけど私にとって、宗一や栞、それに栞の大切な人達を生き返らせるのはとても大切な事だわ。
 それに今反旗を翻した所で勝算はゼロよ。だったら、褒美の話がブラフで無い可能性に賭けた方が良い。
 褒美が本当なら宗一やエディを生き返らせる事が出来る。そうすれば主催者だって、十分倒せるもの」
今は亡き那須宗一とエディ。
彼らは間違いなく世界最高のコンビであり、数々の不可能を可能にしてきた猛者中の猛者。
そしてリサと非常に親しい間柄にあるアメリカ大統領、アレキサンダー=D=グロリア。
彼らの力を借りれば、主催者がどれ程強大な存在だったとしても十二分に対抗出来る筈。
そう、十分な勝算を以って、主催者に決戦を挑める筈。
だからこそ、リサにとっては優勝する事こそが最優先事項なのだ。
勿論優勝したって殺されてしまう可能性はあるし、無事に帰らせてもらえる保障など何処にも存在しないだろう。
それでも今主催者に決戦を挑むより、優勝を目指した方が勝算は遥かに高くなる。
宗一の、栞の、命を背負っている自分は、絶対に勝ち残って目的を成し遂げねばならないのだ。

37深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:36:57 ID:.QizSAos0
「……それが理由か。その為に貴様は、罪の無い人間をその手にかけるというのだな」
「そうよ。だけどそんなの今に始まった事じゃない……私は昔からずっと人を殺し続けてきたわ。任務の為に、正義の為に、目的の為に、何人も何人も。
 私の前に立った人間は容赦無く屠ってきた……その中にはきっと罪の無い人間も少しは混じっていたでしょうね」
柳川は黙したまま、複雑な表情でリサを眺め見る。
鬼に操られての事とはいえ、人を殺し続けてきたのは柳川も同じだった。
「だって仕方ないでしょう? そうしないともっと多くの人が、苦しむ事になったんだから。今回だってそうよ。
 このゲームの主催者を放っておけば、いずれもっと多くの人間が犠牲になる。ここは泥を被ってでも生き延びて、体勢を整えてから反撃するべきよ」

――それがリサの選んだ道、そしてこれまで歩んできた彼女の人生そのものだった。
悪を滅して、罪の無い人々を救う。己の心を凍らせてでも、巨大な悪への復讐を果たす。
その為に何か代償が必要ならば、支払うだけだ。たとえその結果、自分の手を汚す事になっても。
篁の悪事に加担した事だってある。雌狐は、今更躊躇いなどしない。

しかし、柳川はリサの言葉を認める気にはならなかった。
眉を鋭く吊り上げ、強い怒りを籠めて言葉を紡ぐ。
「……貴様は間違っている。正義を語るのならば、この島にいる人間も救ってみせろ。
 多勢の為に少数を見捨てるというのなら、貴様は正義などでは無い……ただのエゴイストだ」
柳川の言葉を受け、元より氷の仮面を纏っていたリサの顔が、より一層凍りついた。
「愚かな人ね。実現しようが無い夢を追いかけるのは、子供だけ。そう、私がエゴイストなら、貴方はただの子供よ。
 もう御託は要らないし、時間も勿体無いわ――決着をつけましょう」
言い終わるとリサは、一対のトンファーを構えた。
リサの瞳が、獲物を射抜くソレへと変貌してゆく。
応じて、柳川も日本刀を構えた。
息苦しいまでの圧迫感が、周囲の空気を支配する。
二人の間を灼けつくような、或いは凍りつくような、人智を超えた殺気が飛び交ってゆく。

38深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:37:37 ID:.QizSAos0
直後、辺りに旋風が吹き荒れた。
同時に踏み込んだ二人の距離が、一瞬にして無になる。
まずは柳川の攻撃が嵐の如き勢いで繰り出されたが、それは一対のトンファーによって悉く弾き飛ばされる。
続いて放たれたリサの連撃に、柳川は戦いの最中にも拘らず見惚れそうになってしまった。
一発、二発、三発、四発――次々と迫る烈風に、柳川は守勢を強いられる。
リサの流れるような華麗な動きから放たれる攻撃には、全くと言って良い程無駄が無い。
リサの膂力は、通常の成人男性を遥かに上回ってはいるが、柳川と比べれば女のソレに過ぎぬ。
しかし速い――余りにも速過ぎる。
その動きは人間の常識を超えており、制限付きとは言え鬼の力を有している柳川すらも凌駕していた。
更に悪い事には、得物の差だ。
幾らでも他の武器を得る機会はあっただろうに、何故わざわざリサが、殺傷力に劣るトンファーを選んだのか。
その理由を柳川は、自身の身を以って思い知らされていた。
刀の方がリーチと殺傷力には優れるが、トンファーは小回りが効く上に一対の武器である。
故に柳川が一の攻撃を放つ間に、リサは悠々と二発の攻撃を繰り出せる。
他の武器を用いる必要など無い――こと近接戦に限っては、この武器こそがリサのスピードを最大限に活かせるのだ。

39深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:38:11 ID:.QizSAos0
常に先手を取られる形となり、柳川は一発一発の攻撃を十分な予備動作を伴って放つ事が出来ない。
閃光のようなリサの連撃に対抗しようとすると、攻撃は全ては半端なものとなってしまう。
衝突を重ねる度に受けきれなかったトンファーが迫り、身を捻って躱そうとしても、避けきれない。
「くぁ……!」
一発、二発と柳川の身体に硬いトンファーが打ち込まれる。
内臓にまで響く衝撃に、柳川は呻き声を上げた。
急所は避け衝撃もある程度は逃している為、それは致命傷と成り得ないが、軽視出来るような甘い代物ではない。
雪崩のようなリサの連撃は確実に柳川の身体を傷付け、その機能を低下させてゆく。
「……まだだ!」
柳川は痛みを堪えて、大きく日本刀を振り上げた。
両の腕にこれ以上無いくらい力を込めて、速さを放棄し一撃の重さに賭ける。
例えその動作中に攻撃を受けようとも、敵の命を絶てさえすれば良い。
衝撃波を巻き起こし、空気を切り裂きながら、リサの肩口へと迫る日本刀。
それは刀の強度を度外視すれば、岩をも砕きかねない剣戟だった。
しかし――
柳川の手に、十分な反動が伝わってこない。
「ば……馬鹿なっ……」
渾身の一撃を簡単に、受けられた――否、受け流された。
リサはトンファーを斜めに構えて、刀の軌道を変える事により衝撃を逃していたのだ。

40深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:38:56 ID:.QizSAos0
至近距離で顔を突き合わせながら、リサが余裕の笑みを浮かべる。
それとは正反対に、柳川の顔は焦りの色に染まっていた。
「白兵戦なら勝てるとでも思ったの? お生憎様、私はありとあらゆる状況に対応出来なければ生きていけない世界の人間なのよ」
「チッ……」
単純な身体能力だけ見れば、柳川に分があるかも知れない。
しかし戦いは、一方的にリサが押していた。
片や平和な島国の一刑事。
片や世界最強の軍隊を誇る米国において、なお頂点に君臨する最強の雌狐。
無駄が多い柳川の攻撃に対して、リサの攻撃は最小限の動作で正確に急所目掛けて放たれる。
生まれ持った物だけでは埋めきれない技術差が、二人の間には存在していた。
リサが両の手に堅持したトンファーを、同時に振り回す。狙いは柳川の右脇腹と左肩だった。
一本しか無い刀で、二条の閃光を全て防ぎ切るのは困難を極める。
柳川は刀を斜め上に薙ぎ払い、続いて身体を斜め後ろへと逸らす。
「――――っ……」
上から迫る一撃は食い止めたものの、脇腹への攻撃は避け切れない。身を捻って、衝撃を緩和する程度が限界だ。
痺れるような激痛、体の内側が破壊される感覚。柳川が苦悶に顔を歪める。
動きが鈍ったその隙を、リサが見逃すなどあり得ない。
ここで必要なのは大振りよりも、確実な攻撃――速さのみに重点を置き、トンファーを奔らせる。
連続して旋風が巻き起こり、その内の一つがまたも柳川の腹を掠めた。

41深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:39:30 ID:.QizSAos0
「があっ……!」
度重なる衝撃に堪りかねた柳川が、跳ねるように後退する。
その最中、思った。
(駄目だ――正面勝負ではこの女に勝てない!)
激しい斬り結びを経て、柳川はその事実を認めざるを得なくなっていた。
スピード勝負では、はっきり言ってお話にならない。自分の動作はリサに比べて、無駄が多過ぎるのだ。
パワー勝負も試みたが駄目だった。恐らく何度やっても、さっきと同じように受け流されてしまうだけだろう。
ならばもう、小細工を弄すしかない。
そして幸いにも、その為の策は既に準備してある。
自分が唯一リサに勝っているのは、鬼の力による膂力だ。
先程までは両腕で日本刀を握り締めていたが、右腕だけで持ったとしても力負けはしない筈。
ならば――柳川は左手をぱっと離し、残る右手だけでしっかりと日本刀を握り締めた。
それを見て取ったリサが、訝しげな表情となる。
「それは何のつもり? 両腕を使っても勝てない癖に、その上手加減をしてくれるのかしら?」
「ふん、ほざいてろ。非力な貴様如き、片腕でもお釣りが来るというものだ」
「そう。それじゃ、その自信の所以を見せてもらいましょうか」
「――良いだろう!」
柳川が上体を折り畳むようにして体勢を低く保ち、そのまま猛然と前方へ駆ける。
疾風と化した柳川は一瞬のうちに間合いを詰め、リサの足元まで潜り込んでいた。
「シッ!」
密着に近い状態から、頭上に見えるリサの首へと狙いを定め、斜め上方の軌道で日本刀を振るう。
当然そのまま切り裂かれるのをリサが許容する筈も無く、柳川の攻撃はトンファーによって遮られた。
超近距離戦でならば、小回りの効くトンファーの方が圧倒的に有利に決まっている。
それを思い知らせるべく、リサは刀の動きをトンファーで封じ込めたまま、もう片方のトンファーを柳川の顔面へと振り下ろす。
だが柳川は顔をリサの方へと向け――笑った。

42深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:40:15 ID:.QizSAos0
「――かかったな」
日本刀を右腕だけで振るうという事は、左腕は自由に使える状態であるという事。
柳川は自由になった左腕の前腕部を盾にして、迫るトンファーを受け止めていた。
敵の攻撃が振り切られる前に止めたのである程度威力は抑えられたが、それでも生身で防ぐのは無理がある。
「…………っ!」
激痛が頭脳に伝達されるが、しかし気になどしていられない。
何しろ勝利の好機は、今を置いて他には無いのだから。
柳川は左手に握り締めた青矢――先の突撃の際に取り出しておいた物を、リサの両目を割く軌道で横薙ぎに振るう。
「――くぅぅっ!」
リサが超人的な反応で上体を逸らし、辛うじて視界を潰される危険より逃れる。
だがその刹那、柳川は握り込んだ手をぱっと開いた。
縛めを失った青矢は勢いに任せて宙を突き進み、リサの頬を軽く切り裂く。
(――勝った!)
柳川は勝利を確信していた。
リサに与えた傷は、本来ならば戦闘に影響など無いものだっただろう。
だが青矢には麻酔薬が塗ってあり、しかも佐祐理の話によれば相当強力な即効性の筈。
程無くしてリサは倒れるか、或いは大きく動きが鈍るに違いない。
自分は佐祐理達の後を追わなければならないのだから、決着は早いに越した事は無い。
柳川は決戦に終止符を打つ一撃を叩き込むべく、日本刀を全身全霊の力で振り下ろした。

43深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:40:52 ID:.QizSAos0
「何だと!?」
そこで柳川の胸を、驚愕をよぎった。
柳川の剛剣が目標に達する寸前で、リサが横方向に軽やかなステップを踏んだのだ。
リサは迫る一撃からあっさりと身を躱すと、そのまま腰を大きく捻らせて鋭い回転蹴りを放ってきた。
柳川は慌てて後ろへ跳ねようとしたが、間に合わない。
半ば弾き飛ばされる形で後退し、苦しげな表情で蹴られた腹部を押さえた。
(……どういう事だ? 俺はあの女の身体に、間違いなく青矢を掠らせた筈だ)
どうして敵が何事も無かったかのように反撃に移れたのか、まるで理解出来なかった。
その疑問を見透かしたかのように、リサが口元を吊り上げる。
それから腰に手を当てて、余裕の表情で口を開いた。
「その矢は確か、麻酔薬が塗ってるのよね? でも悪いけど私にそういった類の薬は一切効かないわ。
 職業柄――そういう身体なのよ、私」
それで柳川は全てを理解した。この女の素性は知らないが、軍の関係者なのは間違いない。
そして、そういった裏の世界で生きる人間ならば、薬への耐性をつける訓練ないしは実験をしていても可笑しくは無いのだ。

「クッ……!」
柳川は一旦仕切り直すべく、大きく後ろへ飛んだ。
身体の節々に走る痛み、乱れる呼吸。
左腕は一度攻撃を受けたものの、まだ動く。骨に罅が入っているかも知れないが、まだ動く。
しかし先程の不意を突く回し蹴りは不味かった――恐らく、腹部の骨が一本、折れている。
救いは日本刀がよほど出来が良い品なのか、未だに罅一つ入っていない事だけだった。
「グ……ハァ……ハァ…………」
外部だけでなく、内臓にもダメージを受けている所為で、時折喉の奥から血が溢れそうになる。
「苦しそうね。眼は闘志を失っていないようだけど、身体の方はそろそろ限界かしら?」
悠々と話すリサの身体は、戦いが始まる前の姿と見比べてもなんら遜色は無い。
手にしたトンファーも表面こそ木製である為にボロボロとなっているが、中に仕込まれた頑強な鉄芯は健在だった。
「貴様、本当に人間か……!」
「ええ、生物学的にはその筈よ。けれどね、とっくの昔に私は人間なんて捨ててるわ。
 ある時は狡猾な雌狐として、ある時は獰猛な兵士として目的を果たす、ただの兵器よ」
リサは冷たい声でそう言うと、地面を大きく蹴った。
金色の髪が翻り、影が柳川の下へ迫り来る。

44深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:41:48 ID:.QizSAos0
「チィ――ッ!」
柳川が苦し紛れに日本刀を何度も振るう。
リサはそれを難なく掻い潜って、柳川の眼前まで肉薄した。
超至近距離で柳川の目を睨みつけながら、鬼気迫る形相で口を開く。
「これが貴方の実力よ。私一人に勝てない男が主催者を倒すなんて、妄言もいい加減にしなさい!」
叫びと同時に、トンファーが振り下ろされる。
それはこれまでとは違い、疾さを感じさせぬ強引な一撃だった。
しかし、重い――どうにか受け止めはしたが、刃伝いに凄まじい衝撃が伝わる。
「理想を追い続けた所で、何にもならない……貴方は偽善者に過ぎない! 理想を追った所為で悪を倒せなければ、誰も救えないじゃない!」
リサが再び、大きくトンファーを振り上げた。
己の中に蓄積した鬱憤を込めて、何度も何度もそれを叩きつける。
柳川の刀を持つ腕がガクガクと震える。
次第に痺れるような感覚が両腕を襲い始める。
「貴方は冷徹なフリをしてるけど、本当はとても甘くて弱い人! 足手纏いに過ぎない佐祐理をいつまでも連れていたのが、その証拠よ!
 でも私は違う。何を犠牲にしてでも、絶対に悪を滅す……それが私の生き方なのよ!」
爆撃のようにすら感じられるリサの攻撃。
リサの攻撃が柳川の体と精神を、次々と蝕んでゆく。
身体の節々から伝わる激痛が、歪む視界が、限界を報せる。
「主催者打倒の為に人を殺さなければいけないなら! 私は敢えてその道を突き進む! それこそが真の正義!」
間断無く豪快な金属音が工場内に響き渡り続ける。
柳川の膝が、ガクガクと力無く揺れる。繰り返し打ち込まれる、強固な意志。
宗一を死なせてしまったという後悔と、ゲームの勝利を栞に託されたという責任感が、リサに後戻りを許さない。

45深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:42:25 ID:.QizSAos0
「ヤッ――!」
リサが大きく叫んで踏み込んだ。これまで見せた中でも一番の、異常なまでの速度。
その手に握り締められた、二つの凶器。
殆ど同時のタイミングで、天より二つの流星が落とされる。
柳川はそれを受け止めようとして――
「――――ッ!?」
上段への攻撃はフェイク。トンファーは柳川の目前で止まっていた。
意識が上に行っていた柳川の鳩尾に、渾身の蹴りが突き刺さる。
数々の屈強な軍人を沈めて来た、高速ワンツーから蹴撃に繋げるコンビネーション、それを応用した必殺の一撃だった。
警戒し受身を取っている状態で攻撃を受けるのと、全くの無防備で受けるのではまるでダメージが違う。
「が――はっ……!」
柳川の身体が放物線を描き、後方に勢いよく弾き飛ばされる。そのまま彼は、背中から地面に叩きつけられた。
倒れこんだまま咳き込んだ柳川の息には、赤い鮮血が混じっていた。

「終わりね……でも安心なさい。主催者はいずれ、私が倒してみせるわ」
リサはすぐに追撃を仕掛けようとはせず、祈るように軽く目を閉じた。
これで勝敗は決したと、そう思ったから。
もう相手は起き上がれないだろう――後は落ち着いてトドメを刺すだけだ。
それ程改心の手ごたえであり、絶対の自信があった。

     *     *     *

46深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:43:05 ID:.QizSAos0
意識が薄れてゆく。もう体が、言う事を聞かない。
俺は……負けたのか。まさかこの世に、鬼の一族を凌駕する者がいるとは思わなかった。
リサ=ヴィクセンは、信じ難い強さだ。
口惜しいが、制限されている鬼の力ではとても敵わない。
それに、リサの言い分の方が正しいかも知れない。
たとえこの島で正義を振りかざして戦い続けた所で、最後には主催者との対決が待っている。
あのリサですら、対決を避けた程の相手。
リサを、俺を、柏木家の人間を、一夜にして拉致してみせた怪物。
想像を絶する程の存在が、このゲームの裏には隠されているのだろう。
そんな存在を相手にして、一体どれだけの勝ち目があると言うのだろうか。
……少なくとも、主催者打倒を掲げておきながら、人の感情を捨て切れていない俺では勝てぬだろう。
そうだ、ここで勝ったとしても、俺を待つのは死のみなのだ。
しかしリサならきっと、何時の日か主催者に手痛い反撃を食らわせてくれる気がする。
なら、もう良いんじゃないか……。
俺の目標を、”主催者を倒す”という事を、自分より上手くやってくれる人間がここにいるのだ。
この状況で立ち上がる意味が、どれ程あるというのだろう。
もう、俺は――

47深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:43:48 ID:.QizSAos0
だが、そこで俺の脳裏に映像が次々と浮かんだ。

――彼女は戦っていた。唯の女子高生に過ぎぬ身で、鬼の血を引く柏木梓から俺を庇っていた。
無謀にも思えるその行為のおかげで、俺は救われた。

――彼女は泣いていた。二度と動かぬ親友の亡骸を抱えて、まるでこの世の終わりが来たかのように泣いていた。
俺は助けられなかった。彼女の親友を守ってやれなかった。

――彼女は笑っていた。俺などより遥かに重い悲しみを抱えている筈なのに、それでも笑い続けようとしていた。
それは優しい、しかしとても悲しい笑顔だった。何時の日か、彼女が本当の意味で笑えるようにしてやりたい。

彼女は言った。『これからも、ずっと……よろしくお願いしますね』と。
それは何よりも優先しなければならない約束だ。主催者の打倒よりも、大事な約束だ。
そうだ――人の感情を捨てる必要など無い。
リサがこれまでどんな道を歩んできていたとしても、最終的には主催者を打倒するつもりであろうとも、関係無い。
リサに目的があるように、俺にだって絶対に譲れない目的がある。

刑事の役目?主催者の打倒?最早そのような物はどうでも良い。
俺は貴之を守れなかった。楓を守れなかった。
だが今度こそ、何としてでも倉田だけは守り抜いてみせる。
倉田を元の世界へ帰して、彼女の幸せを取り戻してみせる。
それを成し遂げるにはこの女に……リサ=ヴィクセンに、勝たねばならない。
あの柏木耕一すらも上回る強さの、怪物に。
しかし俺は、圧倒的な力量差で戦い抜いた人間を知っている筈だ。

48深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:44:23 ID:.QizSAos0
川澄舞――彼女はあの耕一を相手に相当の時間を稼いだ。
そして傷付いた体で尚戦い続け、柏木千鶴から倉田を守り抜いてくれた。
人の想いは時として、信じられぬ程の力を生み出すのだ。
制限されている鬼の力だけではリサに及ばぬのなら、後は人間としての想いの力で補うまでだ。
今なら出来る筈だ……俺も川澄と同様、もう倉田を守る事しか考えていないのだから。
俺の心は鬼の物では無いのだから。

そうだ――俺は人間、柳川祐也だ!

     *     *     *

「――――ッ!?」
リサが唖然とした表情になる――有り得ない事態が起こっていた。
「グ……ハァ、ハァ……」
必殺の一撃を受けた筈の柳川が、起き上がろうとしていた。
彼は日本刀を地面に突き立て、それを杖のように用いている。
そうしなければ起き上がれぬ程、深いダメージを受けているのだ。
それでも、今にも飛びそうな意識を強引に押し留め、柳川は立ち上がった。
かつて川澄舞が使っていた日本刀を、しっかりと握り締めて。
「ど……どうして起き上がれるの……?」
リサが呆然としたまま呟く。だが、その質問に答えは返ってこない。
「アアアアアアアアアッ!!」
正しく猛獣の咆哮を上げて、柳川が駆けた。一瞬で間合いを詰めて、斬撃を放つ。

49深淵に秘めたる想い:2007/04/25(水) 22:44:57 ID:.QizSAos0
「――なっ!?」
リサは信じられない思いだった。
柳川の肉体は満身創痍、最早立っているだけで精一杯の筈。
その身体から繰り出される攻撃。それは間違いなく、脆弱なものとなるに決まっているだろう。
しかし、かつてない気迫で打ち込まれたその斬撃は、異常なまでの重さだったのだ。
「ありえ、ない!」
驚きは連続する。再度迫る刀の速度は予測を大幅に上回るものだった。
咄嗟の判断で、リサは両手に握ったトンファーを用いて刀の軌道を遮った。
「…………!!」
体を支える両足が悲鳴を上げる。防御の上からでもなお、柳川の攻撃はリサにとって十分なダメージとなっていた。
「――調子に乗らないで!」
リサはすっと腰を落とすと、肩口を突き出した形で猛牛の如き当身を繰り出した。
体格では遥かに勝っているにも拘らず、当身を受けた柳川がよろよろと後退する。
それを見たリサは、敵は確実に死に体であり、先の攻撃は燃え尽きる前の蝋燭のようなものだと判断した。
ならばこれ以上、無駄な足掻きを許す必要など無い。
次の一手で全てを終わらせる。
リサの両手に握られたトンファーが、目にも止まらぬ速度で、眼前の敵を排除しようとする。
続いて何度も激しい金属音がした。
「そんなっ!?」
リサの口から零れ出たのは、勝利の雄叫びでは無かった。
勝負を決める筈だった連撃は、一つ残さず叩き落されてしまったのだ。


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