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避難用作品投下スレ

1管理人:2006/11/11(土) 05:23:09 ID:2jCKvi0Q
新スレが立たない、ホスト規制されている等の理由で
本スレに書き込めない際の避難用作品投下スレッドです。

718No.766 君がくれたもの:2007/03/20(火) 04:09:28 ID:HWpERD7o0
「皆の意思をある程度統一させておいたほうが良いと思うんだ」
皆の自己紹介を終えて、貴明はそう口火を切った。
腹の底に怒りの火種を燻らせて。
「これから俺達は脱出に向けて動く。その時に何があるかは分からない。不測の事態には出来るだけ備えるべきだと思う」
「そやね。でも、その前に……」
ずっと俯いていた珊瑚が顔を上げる。
未だその眼は潤んでいた。
「いっちゃん、みせて」
「……うん」

719No.766 君がくれたもの:2007/03/20(火) 04:10:03 ID:HWpERD7o0
珊瑚は椅子に座らせられていたイルファのところに行く。
封印されているとはいえ鬼の力でもって砕かれた身体は損壊が激しかった。
三度、珊瑚は涙ぐむ。
「いっちゃん……ごめんな……ごめんな……」
既に電気の通っていない、躯となった身体を抱きしめる。
細かな破片が珊瑚の腕に刺さる。
構わず珊瑚は抱き続けた。
「ごめんな……ごめんな……ごめんな……」
腕に僅か血が滲む。
頬に涙が一筋流れる。
「ごめんな……ごめんな……ごめんな……」
ひたすらに。
ひたすらに謝る珊瑚の声と一緒に漏れる嗚咽だけが教会に響く。
「珊瑚ちゃん……」
後ろから抱きしめられる感触。
暖かな感触。
「貴……明……?」
「うん……」
彼女にとっての最後の世界の欠片。
貴明は珊瑚をイルファごと抱き続ける。
「貴明……ウチな……いっちゃんと一回あってん」
「え?」
嗚咽にも等しいその呟きを拾って問い返す。
「いっちゃんな……ずっとウチと瑠璃ちゃんのこと探してくれててん。でな、神社でようやくあえた。でもその後すぐに女の人に……
そこでいっちゃんがウチと瑠璃ちゃん逃がしてくれてん……『必ず追いつく』ゆうて……」
珊瑚の眼からまた涙が溢れる。
静謐な空間に唯珊瑚の泣き声が木霊する。

720No.766 君がくれたもの:2007/03/20(火) 04:10:41 ID:HWpERD7o0
「珊瑚ちゃん」
応えは無い。
それでも聞こえているはずだと信じて続ける。
「イルファさん……さ。イルファさんがどう考えてたかは……もう俺には分からないけどさ。
イルファさんは珊瑚ちゃんと瑠璃ちゃんを逃がしたくて……一人残ったんだよね」
「……」
嗚咽はやまない。
それでも貴明は続ける。
「そして……珊瑚ちゃんは今生きている。生きて、ちゃんとここに、いる。
だから、イルファさんが……死んでしまったことは……絶対に無駄じゃない。
それだけははっきりと言える。言う。絶対に、無駄じゃない」
「……っ」
珊瑚の体が震える。
「――俺が、守るから。これからは、俺が、守るから。
何が出来るかはわからないけど、何も出来ないかもしれないけど、出来るだけ……俺が珊瑚ちゃんを守るから。
だから、泣かないでなんて言わない。
絶対にこんな島、生きて出よう?」
「――っか……あ……き……」
珊瑚はイルファを抱いたまま動かない。
それでも懸命に貴明に応えた。
「っ……うん……っん……ぇったい……かえろ……なぁ……」
「うん……うん……」
嗚咽の中から呟きを拾って聞く。
小さなそれには、珊瑚の決意が一杯に詰まっている。
協会に、やまない嗚咽が響く。
それでも、そこに空虚さは無かった。

721No.766 君がくれたもの:2007/03/20(火) 04:11:38 ID:HWpERD7o0




――俺は、多分、屑だ。
既にこの手は血に塗れている。
そして岸田や綾香……戦う意思の無いものを殺して廻る者を殺す。
その手で珊瑚ちゃんを抱いて、あまつさえ守りたいと言う。
珊瑚ちゃんだけではない。
久寿川先輩も、観月さんも、るーこも。
そんなこと俺なんかにそうそう出来る筈が無い。
それでも、守りたいと思う。
――笑わせる。
何の力も無い俺が殺人鬼二人を殺して、その間誰一人殺させないようにするなんて。
でも。
それでも。
腕の中で泣いている珊瑚ちゃんを守りたいと思う。
何処かの哲学者が言っていた。
――曰く、神は死んだ。
この哲学者が――そうだ、ニーチェとかいったっけ――どんなつもりでこれを言ったかは知らないけど、なるほど確かにここには神なんていなそうだ。
何に祈ればいいんだろうな。俺達は。
星? 悪魔? 運命?
誰でもいい。
何でもいい。
俺から何を取っていってもいい。
偽善かもしれないけど、唯珊瑚ちゃん達から何も取らなければそれでいい。


俺にこの娘を……皆を守る力を下さい――

722No.766 君がくれたもの:2007/03/20(火) 04:12:16 ID:HWpERD7o0





【時間:二日目19:00頃】
【場所:G-3左上の教会】

姫百合珊瑚
【持ち物①:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン】
【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD】
【状態:嗚咽、決意。ハッキングはコンピュータの演算に任せている最中、工具が欲しい】

ルーシー・マリア・ミソラ
【持ち物:H&K SMG‖(6/30)、予備マガジン(30発入り)×4、包丁、スペツナズナイフ、LL牛乳×6、ブロックタイプ栄養食品×5、他支給品一式(2人分)】
【状態:綾香に対する殺意・主催者に対する殺意、左耳一部喪失・額裂傷・背中に軽い火傷(全て治療済み、裂傷の傷口は概ね塞がる)】

春原陽平
【持ち物1:鉈、スタンガン・FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、他支給品一式(食料と水を少し消費)】
【持ち物2:鋏・鉄パイプ・首輪の解除方法を載せた紙・他支給品一式】
【状態:全身打撲(大分マシになっている)・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)】

河野貴明
 【装備品:ステアーAUG(30/30)、フェイファー ツェリザカ(5/5)、仕込み鉄扇、良祐の黒コート】
 【所持品:ステアーの予備マガジン(30発入り)×2、フェイファー ツェリザカの予備弾(×10)】
 【状態:祈り。左脇腹、左肩、右腕、右肩を負傷・左腕刺し傷・右足、右腕に掠り傷(全て応急処置および治療済み)、半マーダーキラー】

723No.766 君がくれたもの:2007/03/20(火) 04:12:39 ID:HWpERD7o0

観月マナ
 【装備:ワルサー P38(残弾数5/8)】
 【所持品1:ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、9ミリパラベラム弾13発
入り予備マガジン、他支給品一式】
 【所持品2:SIG・P232(0/7)、貴明と少年の支給品一式】
 【状態:足にやや深い切り傷(治療済み)。右肩打撲】

久寿川ささら
 【所持品1:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、支給品一式】
 【所持品2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:右肩負傷(応急処置及び治療済み)】

藤林杏
 【装備:Remington M870(残弾数4/4)、予備弾(12番ゲージ弾)×27】
 【所持品:予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書×3(国語、和英、英和)、救急箱、食料など家から持ってきたさまざまな品々、支給品一式】
 【状態:健康、目的は主催者の打倒】

ほしのゆめみ
 【所持品:日本刀、忍者セット(忍者刀・手裏剣・他)、おたま、ほか支給品一式】
 【状態:胴体に被弾、左腕が動かない】

ボタン
 【状態:健康、杏たちに同行】

イルファ
 【状態:死亡、椅子に座らされている、左の肘から先が無い】

【その他備考】
※珊瑚ならゆめみを修理できるかもしれません

→755

724No.766 君がくれたもの:2007/03/20(火) 04:14:26 ID:HWpERD7o0
訂正を
イルファ
 【状態:死亡、椅子に座らされている、左の肘から先が無い】

イルファ
 【状態:停止、激しい損壊、椅子に座らされている、左の肘から先が無い】


725:2007/03/21(水) 03:42:15 ID:xe1qXsw20

その女は、笑んでいた。
何一つの慈悲も、欠片ほどの温もりもなく、笑んでいた。
深い紅の双眸は、どこまでも静謐で、そして昏く澱んでいた。

白い肌に何かが撥ね、小さな赤い染みを作った。
返り血だった。
女、柏木千鶴のたおやかな指が、染みを拭う。
紅の文様が、広がった。
その手には、既に血に染まっていないところなどありはしなかった。

血化粧に笑みを湛え、千鶴が歩を進める。
手指を、振るった。
瞬間、その白く長い指が禍々しい変貌を遂げる。
古代の爬虫類のそれを思わせる無骨な漆黒の皮膚に、真紅の長い爪。
柏木の家が伝えてきた、鬼の力だった。

何気ない動作でその腕を振り上げた千鶴が、吹く風を楽しむかのように手を伸ばす。
血飛沫が、舞った。

726:2007/03/21(水) 03:42:37 ID:xe1qXsw20
「来栖川の臭いがする」

詠うように、千鶴が言葉を紡ぐ。
伸ばした手の先には、少女、砧夕霧の体が垂れ下がっていた。
顔面の中央を貫かれ、後頭部から爪の先が突き出している。
既に絶命しているのが明らかだった。

「腐った泥を固めて捏ねた臭い」

小さく、交響曲の端緒を開くタクトのように、爪を振る。
眼鏡が断ち割られ、鼻筋が両断された。
ずるりと、夕霧の躯が地に落ちた。

「ひとのかたちをした蟲の臭いだ」

大空を愛でるように、天を見上げて胸を張り、両の腕を伸ばす。
両の手指、合わせて十の爪の先が、左右にいた夕霧の頭を、それぞれ六つに断ち割った。
噴水のように、血潮が溢れた。

727:2007/03/21(水) 03:43:04 ID:xe1qXsw20

千鶴が、軽やかにステップを踏むように、その足を進める。

「生きて動けば汚らわしい」

夕霧の腕が、もがれて落ちた。
ぐらりと揺れるその肢体が、地面に倒れるまでに細切れにされる。
ぼとりぼとりと、四角い肉の塊がいくつも零れた。

「死んで斃れて、なお醜い」

居並ぶ夕霧の首が、まとめて刎ねられた。
天高く飛ぶその頭の鼻先が、順番に串刺しにされていく。
千鶴の広げた手指にちょうど十の夕霧の首が晒され、すぐに打ち捨てられた。

「生まれ落ちて疎ましく」

夕霧の膝下が、喪われた。
もぞもぞと這いずる夕霧の背に、五月雨のように爪が突き降ろされる。
びくりと震えて、動きを止めた。

「屍を晒して救われない」

長い爪が、肋骨の隙間を縫うように、夕霧の身体に突き入れられた。
一気に、左右に引き裂かれる。
回遊魚の鰓のように、夕霧の胴が割れていた。

「ああ、ああ」

千鶴がわらう。

「お前たちはやはり、来栖川だ」

幾十、幾百の骸を眼下に並べ、悠然と、まるでそれが、芳しい香りを放つ花畑だとでもいうかのように。

「鏖にしてなお、飽き足りない」

そう言って、心の底から楽しそうに。

728:2007/03/21(水) 03:43:23 ID:xe1qXsw20

柏木千鶴が、砧夕霧を駆逐する。

「憎い、憎い来栖川が」

駆除し、

「殺して、殺して、殺して殺して殺しても」

切除し、

「尽きることなく涌いてくる」

削除する。

「こんなにありがたい話はない」

刹那をもって、

「こんなに愉快な世界はない」

苦痛の限りを与えながら。

729:2007/03/21(水) 03:43:57 ID:xe1qXsw20

「死ね」

砧夕霧の喉が裂かれた。

「手足をもがれて死ね」

砧夕霧の四肢が斬り落とされた。

「脳漿をぶちまけて死ね」

砧夕霧の頭蓋が両断された。

「臓物を抉り出されて死ね」

砧夕霧の臓腑が、飛び散った。

「死ね」

砧夕霧の乳房が削ぎ落とされた。

「幸せを渇望しながら死ね」

砧夕霧の手指が寸断されて散らばった。

「喜びを思い出すことなく死ね」

砧夕霧の貌が、轢き潰された。

「生まれたことを悔やんで死ね」

砧夕霧の両の耳朶に、爪が突き込まれた。

「死ね」

柏木千鶴は、笑んでいる。

730:2007/03/21(水) 03:44:28 ID:xe1qXsw20

「これは」

何百体めかの砧夕霧を解体しながら、千鶴は謳う。

「これは断罪だ、来栖川の係累」

殺戮の只中で、千鶴は踊る。

「罪ゆえに死ね」

並べた骸を舞台とし、流れた血潮を書割に。

「罰を受けて死ね」

さながら終末を告げる御遣いの如く。

「尊厳を奪われ、省みられることもなく」

或いは総てを奪い去る、黒死の風の如く。

「踏み躙られて死ね」

柏木千鶴が、舞い踊る。



「死んで、死んで、死に尽くすまで」

大地と、木々と、吹き抜ける大気をすら、鮮血の赤に染めながら。

「私が、殺してやる」

柏木千鶴は、笑んでいる。

731:2007/03/21(水) 03:44:52 ID:xe1qXsw20

【時間:2日目午前10時すぎ】
【場所:I−4】

柏木千鶴
 【所持品:なし】
 【状態:復讐鬼】

砧夕霧
 【残り27641(到達0)】
 【状態:進軍中】

→532 690 ルートD-2

732満たされぬ歩み:2007/03/21(水) 22:03:07 ID:qjYz5/2.0
舗装された道を、颯爽と駆け抜けて行く人影がふたつ。
それは鎌石村役場へと急ぐ、坂上智代と里村茜であった。
先立つ事十数分前、彼女らは偶然発見したロワちゃんねるに岡崎朋也と銘打たれた書きこみを見つけ、その真偽を確かめる為に走っているのだ。
二人分の吐息が断続的に吐き出される。ここまで一睡もしておらず喧嘩紛いの事までしているというのに、スタミナ切れという言葉を知らないが如く身体を動かし続けている。
仲間の為に、そして主催者に抗するために走る彼女らの姿は、まさしく月夜に照らされる戦士の姿だと言っても相違無い。
…作業着に身を包み、『安全第一』のヘルメットをかぶってさえいなければ。

「どうした茜、さっきから目をきょろきょろさせて。尾けられているのか?」
挙動不審気味な茜を心配に思ったのか、智代が小声で話しかける。茜は「いえ、そういうことではないのですが…」と、歯切れ悪く言って言葉を濁した。
「何だ、はっきり言え。少しでもおかしいと思うところがあったら警戒するに越した事はないんだからな」
言いたい事をずばずば言う茜にしては珍しく口を濁したので智代はさらに言葉を入れる。茜はしばらく反応しなかったが、一分くらい経ったところでようやく、「くだらない事ですけど…」と前振りをして言った。
「やっぱり、この服装はおかしい…というか、恥ずかしいのですが」
「…だから、もうそれは言うな。私だって恥ずかしいんだ…もしこれをあいつにでも見つかったら一生の不覚になるんだぞ」
あいつ、とは恐らく智代の友人の事(岡崎か、春原とかいう人のどちらかに違いない。口ぶりから判断して)だろうと茜は思った。
茜とて、折原浩平には見つかりたくない。格好のネタにされる気がする。
ここで弁明しておくが、彼女らは決して工場の作業員を馬鹿にしているわけではない。二人ともが、普段の姿とギャップがあり過ぎると思っているからだ。まだ二人は、花も恥らう乙女なのである。
「…だったら、作業着だけでも脱ぎませんか」
茜が提案するが、智代は首を振る。
「確かに恥ずかしいが…命には代えられないだろう」
その一言で、茜は沈黙せざるを得なかった。
そうだ、忘れてはいけない。これはたった一つの命というチップを賭けた史上最悪のゲームなのだ。
都合が悪くなったからといって、リセットは出来ないのだ。電源ボタンはあるけれどもそんなものを押す気は、茜にはさらさらない。
「それより、ここからはより一層の注意が必要だぞ」
智代が道の先を指差す。まだ暗くてよく見えないが、僅かに住宅街が見えてきたような気がする。

733誇りに懸けて:2007/03/21(水) 22:03:26 ID:qjYz5/2.0
「ここから先は、どんな人間が隠れていてもおかしくない。細心の注意を払って進もう」
黙って茜は頷いた。一応武器は調達したとはいっても性能は銃器、爆発物には遠く及ばない。役場につくまでは派手な行動を起こさず慎重に進むことが肝心だ。
「私が前衛になる。茜、バックアップを頼むぞ」
また、黙って頷く。智代はそれを確認すると茜の前に立って、ゆっくりと走りから歩きにヘと転じる。茜もそれに倣って左右へと警戒を始めた。
村に入ると、まずは一番近くの民家の壁へと張りつき、回りの様子を窺う。どの民家も明かりはついておらずまるでゴーストタウンに迷い込んだかのような感触が二人を覆った。
だがそれに怖気づく事なく、慎重に状況を確認しゆっくりと先に進んでいく。
「明かりはどの家にも付いてませんね…敵を警戒するなら当然ですが」
「だな。何にしろ、無闇に街の真ん中を歩くことはないぞ。街中というのは狙撃されやすいからな」
「それにしても…」
「ん? 何だ?」
「智代、随分と手際がいいですね。サバゲーにでも参加したことがあるんですか?」
一瞬何の事か、と智代は思った。さばげー? 鯖? 海で何かするのだろうか。
「よく分からんが、漁に出た事は一度もないぞ」
「…生まれ持った素質だと思う事にします」
呆れるように茜がため息をついた。失礼な。人をランボーみたく言って、と智代は心中で憤慨する。
ともかく、二人は細心の注意を払いながら夜が明けるくらいの時刻に役場に到着することができたのだった。
既に内部に誰かがいるかもしれないとのことで警戒は崩さず、むしろより警戒しながら役場の扉を押す。
ギィ、と重厚な音が響き少しづつ日の光が入り始めた役場の光景が目に入る。
街中とは違う、紙と建築材の匂いがまず鼻を刺激し、続いて埃が風によってふわりと舞いあがるのが見える。ドアを閉めると埃がまた地面に舞い戻っていく。
「流石に、まだ誰もいないのでしょうか」
茜が耳元で智代に問い掛ける。極力気配を悟られるのを警戒して、だ。智代はまだ分からない、と首を振った。
前衛は智代、後衛は茜という基本スタイルは崩さず一歩一歩奥へ進んで行く。床に敷き詰められたリノリウムがミシ、ミシっと音を立てて軋む。
役所に所狭しと並べられた机には何かしらの本や書類が乱雑に並べられている。何か脱出の鍵になるものはないかと内容を確認してみるがやはりただの本や書類であった。
「やはりそう簡単にはあるわけないか…しかし、やたらと机が多いような気がしないか?」
部屋に所狭しと並べられている机のせいでまるで迷路のように通路が狭くなっている。誰かが隠れたりするには絶好の場所だ。必然的に、智代達の注意も足元へと向く。

734満たされぬ歩み:2007/03/21(水) 22:05:02 ID:qjYz5/2.0
「そうですね…それに、机の配置からして適当に並べただけというような感じもします」
茜が何気なく口にした言葉。それが智代の何かに引っかかる。この島に来た時から度々感じている違和感だ。だが、その違和感の正体について考えを巡らせるのは、今はやめた。
「奥にも部屋はあるみたいだな」
迷路のような通路を抜けると、奥にはさらに何部屋かあるようだった。恐らく、応接室や給湯室なのだろう。さらにその近くには階段も見えた。
「2階も探索するか?」
「そうしましょう。まだ予定の時間まではまだまだ余裕がありますし、この建物の構造を把握しておいて損はありません」
同感だ、と智代も頷きゆっくりと二人は2階へと足を進めた。
     *     *     *
2階は1階以上に乱雑になっていて、古い机やその他備品などが言葉通り『放置』されていた。一応物置の体裁は保っているがとても清潔感があるとは言えない。
「汚いな…ロッカーも横倒しになってるぞ。まるで地震の後みたいだな」
棺桶のように床に寝かせられているロッカーを、軽く足でつつく。カンカンというロッカー特有の金属音が音の無い室内に響く。
「遮蔽物も多いですね…隠れる分には最適だとは思います」
ダンボールの山をかき分けながら茜が奥へと進む。
「だな…人が隠れててもまず気付かない」
智代は机や床の上にばら撒かれているプリントを拾う。ここにも何かヒントになるようなものは落ちていないかと思ったのだがやれ料理のレシピだの学校で扱っているような授業のプリントなどてんでヒントにもなりそうにないものばかりだった。
「物置じゃなくて、ゴミ捨て場だなこれは」
嘆息していると、部屋を一周してきた茜が戻ってきた。
「特に何もありませんでした。本当に誰もいないようですね」
「そうか、だったらここで『自称』岡崎を待つことになるんだが…ただ待つのもな」
壁に身を預けてうーむ、と悩む。それを見た茜は、「こんなのはどうでしょう」とあるアイデアを持ち出す。
「罠?」
「そう、罠です」
茜が持ち出したアイデアはこの役場に罠を仕掛けてやってきた人物を迎撃する、という内容だった。確かに自分達に有利な状況で戦えるというのは魅力的ではある。
「…だが、関係ないというか乗っていない奴が引っかかったらどうするんだ」
「そこはそれ。仕掛ける場所を限定するんです。例えば2階とか…つまり、戦闘になったらさっさと撤退して罠を使いながら迎撃するんです」
なるほど…と智代は感心する。武装の貧弱さは地の利でカバーする。戦闘にならなくても無駄にはならないだろう。用心に用心を重ねる事は悪い事ではない。

735満たされぬ歩み:2007/03/21(水) 22:05:26 ID:qjYz5/2.0
「しかし罠なんてどうやって作るんだ? 私は経験がないからさっぱり分からないが」
すると茜はどん、と胸を叩いて高らかに(全然似合わなかったが)言った。
「任せて下さい。とあるクラスメイトの馬鹿騒ぎをいつも見ているお陰で多少知識はあります」

「ぶえっくしょーい! うおお、何か噂をされてる気がするぞ」
「おい、鼻水垂れてるぞ折原」
話のタネになっていることを、浩平は知らない。

そして智代も知らない。有紀寧がやったものだとはいえ、その名前で書きこまれた張本人、岡崎朋也が既にこの世からいなくなっていることも。

【時間:2日目8:30】
【場所:C-3、鎌石村役場】
坂上智代
【持ち物:手斧、ペンチ数本、ヘルメット、湯たんぽ、支給品一式】
【状態:作業着姿。罠の設置開始】

里村茜
【持ち物:フォーク、電動釘打ち機(15/15)、釘の予備(50本)、ヘルメット、湯たんぽ、支給品一式】
【状態:作業着姿。罠の設置開始】

736満たされぬ歩み:2007/03/21(水) 22:07:28 ID:qjYz5/2.0
→B-10

>>733はミスです、ごめんなさい

737名無しさん:2007/03/21(水) 22:10:14 ID:qjYz5/2.0
言葉が足りなかった…
>>733の題名がミスってことで

738とりあえず出発:2007/03/22(木) 01:23:39 ID:mVh5YqOY0
目が覚めたら、全く見覚えのない場所にいた。
とりあえず仲間を探した方がいいと周囲を探索しようとしたものの、辺りは闇に包まれ視界は殆ど利かない状態であった。
意外と森が深く、月の光もほとんど差し込んでこない。
これでは埒が明かないと、城戸芳晴は一端灯台に戻り上から今いる場所についての情報を探ろうとした。

「と言っても、見通しはやっぱり悪いよな」

集落のようなものも何となく確認できたが、如何せん住居に灯る光が一切なかったので人がいるかも判別がつかない。
これは朝にならないと難しいであろう。コリン達には悪いが、芳晴は一晩をこの灯台で越すことした。

・・・・・・が。一時間ほどで、その眠りは覚めてしまう。
自分でもよく分からないが、嫌に目が冴えてしまっていたのだ。
少しブラブラして見るかと、明かりをつけ灯台の中をウロウロする。

その時だった。埃臭い地下に構えられた部屋、中央のテーブルに無造作に置かれたそれを見つけたのは。

「なんだ、これ・・・・・・」

表を見て、ひっくり返してみて。とにかく用途を探そうとしてみる。
形状的にはテレビのリモコンを髣髴させるものだった、しかし一つしかないボタンが何のためについているのかはよく分からない。

「うーん、どうするかな」

何が起こるかは分からない、しかし芳晴の好奇心はその危険性を増していた。
もしかして秘密の部屋でも出てくるかなーと、ちょっとした期待をこめボタンへと人差し指を伸ばす。

「こーら、あんまり簡単にイジると後が怖いわよ?」
「え、ルミラさん?!」

いきなりの声かけに心臓が飛び出そうになる。そんな芳晴の半分裏返った間抜けな声に、背後から現れた見知った女性が笑みを零す。
ルミラはB5サイズのノートのようなものを手にして、入り口にて佇んでいた。

739とりあえず出発:2007/03/22(木) 01:24:05 ID:mVh5YqOY0





「何か、やばいことに巻き込まれちゃったかもしれないわ」

ちょっとしたダイニングのような場所、見つけたランプに明かりを灯し二人は向かい合って席に着く。
他の照明に関しては、全てルミラの指示で落とすことになった。
その意図が分からず疑問を口にする芳晴だが、ルミラは「後で説明するわ」の一言でそれらを全て流した。

そして今、こうして落ち着いた時間ができた所で。
何か思うところでもあるのだろうか、妙に身構えたルミラは先ほどから手にしていたノートを芳晴に向けて差し出してきた。

「中、見てみて」

普通の大学ノートのようだった。外見は。
しかし、中を開けた途端。芳晴の表情に、驚きが走る。

「・・・・・・何です、これ」
「『全支給品データファイル』ですって。このノートの・・・・・・ほら、ここ。載ってる」

身を乗り出し、芳晴の前に置かれたノートをぱらぱらとめくり指を差す。
アイテムNO.98 全支給品データファイル。似たような形で、隣のページには参加者の写真つきデータファイルというものが紹介されていた。

「参加者?」
「ここで何か大会でもしているのかしらね。それにしては、血生臭さがきつい気もするんだけど」
「えっと・・・・・・その、この隣のデータファイルに載ってる人の持ち物の一覧が、このノートってことですか?」
「多分、そういうことになるでしょうね。ほらこれ、鞄の中に入ってた名簿に載ってる人の情報じゃないかしら」

740とりあえず出発:2007/03/22(木) 01:24:28 ID:mVh5YqOY0
そういうルミラの手荷物を見て、芳晴はやっと自分も持たされたデイバッグのことを思い出した。
あれはどこにやったのか、寝室に置きっ放しだったかな。
そんなことを考えていた時、ふと溜息をついているルミラの様子に気がついた。

「ちょっと、体が重くてね。ワープの影響かしら、何だか疲労感が抜けない感じなの」

芳晴の視線に気づいたルミラが答える、そういえばと思い芳晴も自分がエクソシストの力が使えないことを彼女に伝えた。

「・・・・・・芳晴もなの?」
「え、ということは・・・・・・」
「私も、魔法が出せなくなってるみたい」
「そ、そうなんですか」
「おかしいわね、何か変な呪いでもかけられたのかしら。・・・・・・でも、そんないつの間に・・・・・・」

再び俯くルミラ。
その中で、芳晴も一つの可能性に気づく。

「えっと、じゃあこの辺りの土地自体にかけられてるって可能性もあるんじゃないですかね」
「・・・・・・」
「俺はここに来て一番に気づいたのがそれでしたし。もしかしたら、ですけど・・・・・・」
「そうかも、しれないわね。さっさとエビルのノートを見つけて、早めに離脱した方が懸命だわ」

バンッと机を叩き、勢いよく立ち上がったルミラはそのまま部屋の入り口に向かって歩き出す。

「行くわよ」
「はい?」
「あの子達を一刻も早く見つけてあげなくっちゃ」
「え、でもこんな暗い所じゃ・・・・・・」
「大丈夫、私を誰だと思ってるの。夜目なら多少は効くし、安心して着いてきなさい」

741とりあえず出発:2007/03/22(木) 01:25:01 ID:mVh5YqOY0
ウインクするチャーミングな仕草の中にも、頼もしさが含まれている。
・・・・・・男である自分がリードされてしまうのは情けない限りだが、相手が相手なのでここは任せた方が無難だと自分に言い聞かせる芳晴であった。






「そうそう、そのノートの最初の方をきちんと見た方がいいわよ」
「え?」
「結構、ヤバいことに巻き込まれちゃうかもしれないから」

寝室に置き忘れていた荷物を取りに行き、いざ出発と芳晴が気持ちを切り替えた時であった。
既に支度を終え入り口にて佇むルミラが、もう一度あの冊子を芳晴に向けて差し出してくる。
月の光がいまいち上手く届かない場所なので、やはり視野は効き難いがそれとなく捉えることはできた。

ぺらっと捲った最初のページ、映し出される写真はどれも闇に溶け込む黒ばかり。
それらは、全て銃器の類であった。

742とりあえず出発:2007/03/22(木) 01:25:33 ID:mVh5YqOY0
ルミラ=ディ=デュラル
【時間:2日目午前4時45分】
【場所:I−10・灯台】
【持ち物:全支給品データファイル、他支給品一式】
【状況:魔法使用不可、他のメンバーとの合流、死神のノート探し】

城戸芳晴
【時間:2日目午前4時45分】
【場所:I−10・灯台】
【持ち物:名雪の携帯電話のリモコン、支給武器不明、他支給品一式】
【状況:エクソシストの力使用不可、他のメンバーとの合流、死神のノート探し】

【備考:二人はバトルロワイアルに巻き込まれていることを理解していない】

(関連・670)(B−4ルート)

743嵐の前触れ:2007/03/22(木) 22:04:18 ID:1VjX0TdE0
この殺し合いの舞台において、一際異彩を放つ神秘的な建造物。
平瀬村の外れにある教会の中で、河野貴明達は今後の方針について話し合っていた。
行われたやり取りは、主に情報交換だ。その中でも特筆すべきはやはり、首輪についての情報だろう。
主催者側に盗聴されている事、そして首輪の解除方法が既に確立されている事は、驚愕すべき事実だった。
ささらが話し合った内容を確認しようと、紙の上に文字を綴る。
『つまり首輪の解除方法はもう調べ終わって、今はハッキングをプログラムに任せている状態なんですね?』
『うん。それで、頼みたい事が一つあるんやけど、ええかな?』
『大体予想出来るよ。工具を取りに行って欲しいんでしょ?』
貴明が確認するよう書き返すと、姫百合珊瑚は大きく頷いた。
『そや。首輪を外すのにもゆめみを修理するのも工具が必要や』
珊瑚がゆめみの構造を軽く調べてみると、所々に知らない技術が使われているものの、修理は可能であるようだった。
だが流石の珊瑚といえども、素手で修理を行うのは無理難題に過ぎるというものだ。
『僕が村まで一っ走りして取って来ようか?』
春原陽平が全員の顔を見回す。それからこほんと一回咳払いをした後、言った。
「僕はこれから仲間を集めに平瀬村に行こうと思うんだけど、どうかな? 動くなら暗くなった今が良いと思う」
勿論仲間を集めに行くという口実は盗聴対策のフェイクであり、実際は工具を探しに行くというのが本音である。
陽平の意見を受けて、ルーシー・マリア・ミソラ(通称:るーこ)は考え込むような仕草を見せた。
確かに隠密行動のしやすい夜の方が、安全性は高いが――ゲームに乗っている者と出会う可能性がゼロになる訳ではない。
「ちょっと待て、うーへい。一人では危険過ぎるだろう」
「……じゃあさ、全員で行けばいいんじゃない?それなら万が一の事があっても安心よ」
「あんま人数が多いと目立っちゃうわよ。それにここを留守にする訳にもいかないでしょ」
観月マナの意見をきっぱりと否定した後、藤林杏が言葉を続ける。
「あまり怪我が酷くない人達――あたしと陽平、マナとるーこの四人で行く、ってのはどう?」
工具を探しに行く役目を請け負う者は、外を歩き回る為に軽いフットワークを要求される。
怪我をしている者達が行くべきで無いのは明白だった。

744嵐の前触れ:2007/03/22(木) 22:05:10 ID:1VjX0TdE0
杏が一人一人に視線を移していくと、ほぼ全員が頷く事で返事をする。
そんな中、唯一貴明だけが杏の意見に乗り気ではなかった。
(ここでただ待っていろだって? そんな事、俺には出来ない……!)
仲間の身を危険に晒して、自分は安全な場所に留まるなど耐えられない。
貴明は反論しようと腰を上げたが――途端に身体のあちこちに痛みが走った。
「はいはい、怪我人は無理しない。ここはあたし達に任せときなさいって」
安心させるように、杏がどんと胸を叩く。その仕草は彼女の言葉同様、頼もしげに見えた。
それでようやく貴明も、これ以上反論するのは諦めた。
自分の私情を押し通して強引に同行したとしても、その結果周りの足を引っ張ってしまっては何にもならない。
今は――仲間を信じる他なかった。


すぐにそれぞれが出発する準備を始め、程なくしてその作業も終わりを迎える。
開け放たれた扉の向こうで出発してゆこうとする四人と、それを見守る四人。
貴明が少し思いつめたような表情をした後、短く言葉を搾り出す。
「るーこ」
「何だ、うー?」
「……死ぬなよ」
不安げに視線を寄せる貴明。するとるーこは、ばっと両手を上げて”るーのポーズ”をとってみせた。
「るーは勇敢な戦士だ、問題無い。うーこそ、るー達の居ない間しっかりと此処を守るんだぞ」
「ああ、分かってるよ」
貴明が力強く返答すると、るーこはにこっと微笑んでから踵を返して歩き始めた。
闇夜の中に消えゆくるーこ達の背中を、貴明は唯じっと眺めていた。

   *     *     *    *     *     *

745嵐の前触れ:2007/03/22(木) 22:06:07 ID:1VjX0TdE0
夜の闇と同化するように努めながら、平瀬村へと急ぐ春原陽平ら四人。
メンバーと殆ど面識の無いマナはともかく――陽平は杏やるーこと相当に親しい間柄である。
基本的に明るい性格の陽平なら、雑談の一つでもしながら平瀬村へ向かうのが普通だろう。
しかし今回ばかりは、陽平はおろか誰の口からも言葉が発される事は無く、薄暗い森の中を駆けてゆく。
ただひたすら迅速に、閑静に、工具を手に入れる事だけを目的として平瀬村を目指す。
盗聴対策で陽平が言った、『仲間を探す』などといった事をするつもりは毛頭無い。
教会で首輪の解析作業を行っている事は、既に多くの同志に知らせてある。
自分達から探し回るような危険を犯さずとも、仲間は自然と集まってくる筈なのだ。
今自分達がすべき事は脱出に必要な要素を揃えていく事、そしてそれを守る事だ。
ならば極力穏便に工具を入手し、なるべく早く教会へ戻って防衛の任に当たるのが最良だろう。
今回の陽平達の判断は的確であり、落ち度らしい落ち度は無かった。




――だから、最も見つかってはいけない人物に見つかってしまったのも、運が悪かっただけだ。
「おやおや、あの時のチビ助君じゃないか。 随分急いでるようだけど、何処に行くつもりかね?」
陽平たちが通過した場所より少し離れた木の影に、一人の少女が息を潜めていた。
スクール水着の上に、可愛らしい制服を着込んだ、おおよそ殺し合いには相応しくない外見の少女。
しかしこの少女――朝霧麻亜子は既に多くの参加者を血の海に沈めた、強力な殺人者なのだ。
麻亜子はこれからの行動について思惑を巡らせていた。敵は四人、真っ向勝負を挑むのは正直分が悪い。
もっとも相手は何かの用事があって急いでるようなので、隙をつくのは十分可能であるが――もう一つ、気になる事がある。
(あのチビ助……たかりゃんやさーりゃんと一緒にいた奴だよね。もしかしたらこの近くに、二人が居るのかも知れない……)
学校で別れて以来会っていないが、放送で二人が無事だったのは分かっている。
だがそれは『生きている』というだけであって、五体満足でいる保障が得られた訳では無い。
(さーりゃん、たかりゃん、元気でやってるかな……)
自分はゲームに乗っている以上、再会した所で何もしてやれないのだが……無性に二人の事が気になった。

746嵐の前触れ:2007/03/22(木) 22:07:24 ID:1VjX0TdE0


(あれは春原にるーこ……。まさかまだ平瀬村に居たとはね……)
そして朝霧麻亜子の背後で、鋭く目を光らせる少女、来栖川綾香。
胴体部を防弾チョッキで守り、圧倒的火力を誇るマシンガンを携えた綾香は、他の参加者にとって死神にも等しい存在だ。
右手に持ったレーダーは、教会に居る貴明達の光点も逃さず映し出ている。
多くの人間を憎み、同時に多くの人間に憎まれている彼女だったが、この場で唯一人、誰にも存在を悟られていない。
(さて、まーりゃんはどう出るかしらね?)
少女は口元を笑みの形に歪めながら、戦場の趨勢を見守っていた。

【時間:2日目・19:40】
【場所:g-2・3境界線】

朝霧麻亜子
【所持品1:デザート・イーグル .50AE(1/7)、ボウガン、サバイバルナイフ、投げナイフ、バタフライナイフ】
【所持品2:防弾ファミレス制服×2(トロピカルタイプ、ぱろぱろタイプ)、ささらサイズのスクール水着、制服(上着の胸元に穴)、支給品一式(3人分)】
【状態:次の行動を考える、マーダー。スク水の上に防弾ファミレス制服(フローラルミントタイプ)を着ている、全身に痛み】
【目的:目標は生徒会メンバー以外の排除、特に綾香の殺害。最終的な目標は自身か生徒会メンバーを優勝させ、かつての日々を取り戻すこと。】

来栖川綾香
【所持品1:IMI マイクロUZI 残弾数(25/30)・予備カートリッジ(30発入×2)】
【所持品2:防弾チョッキ・支給品一式・携帯型レーザー式誘導装置 弾数1・レーダー(予備電池付き)】
【状態:右腕と肋骨損傷(激しい動きは痛みを伴う)。左肩口刺し傷(治療済み)】
【目的:様子見、麻亜子を尾行、麻亜子とささら、さらに彼女達と同じ制服の人間を捕捉して排除する。好機があれば珊瑚の殺害も狙う。】

747嵐の前触れ:2007/03/22(木) 22:08:36 ID:1VjX0TdE0
ルーシー・マリア・ミソラ
【持ち物:H&K SMG‖(6/30)、予備マガジン(30発入り)×4、包丁、スペツナズナイフ、LL牛乳×6、ブロックタイプ栄養食品×5、他支給品一式(2人分)】
【状態:平瀬村で工具を探す、綾香に対する殺意・主催者に対する殺意、左耳一部喪失・額裂傷・背中に軽い火傷(全て治療済み、裂傷の傷口は概ね塞がる)】

春原陽平
【持ち物1:鉈、スタンガン・FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、他支給品一式(食料と水を少し消費)】
【持ち物2:鋏・鉄パイプ・首輪の解除方法を載せた紙・他支給品一式】
【状態:平瀬村で工具を探す、全身打撲(大分マシになっている)・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)】

観月マナ
 【装備:ワルサー P38(残弾数5/8)】
 【所持品1:ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、9ミリパラベラム弾13発
入り予備マガジン、他支給品一式】
 【所持品2:SIG・P232(0/7)、貴明と少年の支給品一式】
 【状態:平瀬村で工具を探す、足にやや深い切り傷(治療済み)。右肩打撲】

藤林杏
 【装備:Remington M870(残弾数4/4)、予備弾(12番ゲージ弾)×27】
 【所持品:予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書×3(国語、和英、英和)、救急箱、食料など家から持ってきたさまざまな品々、支給品一式】
 【状態:健康、平瀬村で工具を探す、最終目的は主催者の打倒】

ボタン
 【状態:健康、杏の鞄の中に入れられている】

748嵐の前触れ:2007/03/22(木) 22:09:21 ID:1VjX0TdE0
【時間:二日目19:20頃】
【場所:G-3左上の教会】

河野貴明
 【装備品:ステアーAUG(30/30)、フェイファー ツェリザカ(5/5)、仕込み鉄扇、良祐の黒コート】
 【所持品:ステアーの予備マガジン(30発入り)×2、フェイファー ツェリザカの予備弾(×10)】
 【状態:左脇腹、左肩、右腕、右肩を負傷・左腕刺し傷・右足、右腕に掠り傷(全て応急処置および治療済み)、半マーダーキラー】

久寿川ささら
 【所持品1:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、支給品一式】
 【所持品2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:右肩負傷(応急処置及び治療済み)】

ほしのゆめみ
 【所持品:日本刀、忍者セット(忍者刀・手裏剣・他)、おたま、ほか支給品一式】
 【状態:胴体に被弾、左腕が動かない】

姫百合珊瑚
【持ち物①:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン】
【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD】
【状態:決意。ハッキングはコンピュータの演算に任せている最中、工具が欲しい】

イルファ
 【状態:停止、激しい損壊、椅子に座らされている、左の肘から先が無い】

→745
→766

749希望を目指して:2007/03/23(金) 13:46:00 ID:u9p.xRPc0
突如遠くから響いた銃声と爆発音に環の身体に戦慄が走る。
その音は自分の向かっている場所……診療所の方角から聞こえてきたからだ。
「――そんな、まさかっ!」
きしむ身体を押さえながら歩く速度を上げる。
だが環の考えとは裏腹に、思うように動いてくれない足が彼女の体勢を大きく崩していた。
「なんで……なんでこんな時に。動いて、動いてよっ!」
両足を叩きながら環の瞳から小さな涙がこぼれていた。
首輪を外すことが出来るかもしれない。
そうしたらもうこんなくだらない殺し合いなんかする必要なんか何もなくなる。
タカ坊も診療所にいる仲間達も、笑って日常に帰れるはずなんだ。
気落ちする心を奮い立たせるように再び立ち上がったその時だった。
環の耳に聞きなれた……だがずっと聞いていなかったこの島では異質な音が届く。
それが車のエンジン音だと思い出した瞬間、弾かれた様にすぐそばの大木の傍らに身を隠そうと地を跳ねていた。
全身を襲う激痛に耐えながらそっと身を乗り出すと、遠くを一台の車が走り去っていった。
「――あれはあの時の……」
車を運転していた人間。それは鎌石村で自分たちを襲おうとし、そして英二が撃った人間だった。
ウインドウ越しに見えた弥生の姿と車が来た方向に、抗いようのない絶望感に襲われる。

「行かないと……早く……みんなに伝えないと!」
押し寄せる不安を拭い去るように足に力をこめ立ち上がろうとし――突如目の前が真っ暗になり、環の意識は闇に落ちていった。





750希望を目指して:2007/03/23(金) 13:46:50 ID:u9p.xRPc0
「――こんな……ひどい」
横たわる少女の無残な死体を目の前に、敬介は呆然と立ち尽くしていた。
美しかった顔は血にまみれ、制服はところどころが破られており、そして身体に付着している白い液体。
何が起きたかをすぐ理解すると同時に、行き場のない感情が敬介の心を締め付けた。

平瀬村での戦い……秋生の言葉から察するに美汐の何かしらの言動が事態をあそこまで大きくし、晴子をはじめたくさんの犠牲をはらんでしまった。
本当に彼女が? だとしたらなんのために?
それを確認するために敬介は美汐と出会った家に戻ってきた。
最悪、再会したところで戦闘になるかもしれないと覚悟すらしていた。
彼女は殺し合いに乗っていた可能性もあり、それによって自身も仲間も危険に陥っていたのかもしれないのだ。
だがもう真実を確かめる方法は何もなく、わかることは少女の身に起こった悲劇のみ。
敬介に叩きつけられた現実はこの島の凄惨さをまざまざと感じさせ、怒りよりも恨みよりもやりきれない悲しみだけが押し寄せていた。
「何も出来ないけれど……せめて安らかに」
言いながら絶望に歪み見開かれたままの瞳を右手でそっと閉じる。
美汐との間にたいした接点があったわけではない。
それでもわずかながらでも関わり会話をした少女を慈しむ用に目を瞑ると黙祷をささげ、家を後にしていった。


「観鈴、国崎君……」
氷川村を探索する敬介の足取りは重かった。
疲れもさることながら、終わりの見えない惨劇に精神が疲弊していたのもあるだろう。
再び離ればれになってしまった愛娘の姿を求めひたすら歩き続けた。

周囲を警戒しながら見回し、そして不意に目に入った一人の女性の姿に敬介は叫びながら駆け寄っていた。
「向坂さんっ!」

751希望を目指して:2007/03/23(金) 13:47:29 ID:u9p.xRPc0
全身に付けられた傷を見て顔をしかめながら必死に呼びかけるも環の口から返事はない。
最悪な想像が浮かびながら環の腕を取る……が脈も呼吸もあり、気絶しているだけと気づいたときには安堵のため息が漏れていた。
「どうしようか……ここじゃ危険すぎる」
(一度診療所に戻るか……もしかしたら緒方さんが観鈴を連れ戻して来ているかもしれない。
その時誰もいなかったらあの惨状を見たら診療所を後にしてしまうだろう)
環を休ませる意味でも闇雲に探し回るよりはと敬介は決心し、環の身体を抱え上げると、再び診療所へと足を向けた。






「う……ん……」
「――気がついたかい?」
環の小さな呻きに気づいた敬介は、手元のタオルを絞りながら小さく声をかける。
「ここは……私は……?」
気だるさが襲ってくるがそんな事は気にしていられず体を無理やり起こす。
かけられたシーツが床に落ち、右腕が割れるように痛んだ。
「――っ」
ふらついた環の身体を敬介が優しく抱きとめると、たしなめる様に声をかけた。
「無理しないほうがいい、全身怪我だらけじゃないか」
環の呼吸が落ち着くのをゆっくり待ちながら、水に濡れたタオルを差し出すと環の額をそっとぬぐう。
冷たい水の感触に息を落ち着かせながら視線を横にそらすと、環の目に半身が焼け焦げた宗一の死体がベットに横たえられているのが映った。
「――宗一さん?」
先ほどの爆発音のせいだろうと瞬時に理解した。

752希望を目指して:2007/03/23(金) 13:48:11 ID:u9p.xRPc0
慌てて周りを見渡しても他の者の姿はどこにもいない。
「……英二さんは!? 観鈴は!? それに他のみんなはっ!?」
声を荒げるながら尋ねる環にたいし、敬介は顔を伏せたままポツリと口を開き語りはじめた。
悲痛に顔を歪めながらも、それに返すように環も今まで起きていたことを話し始めた。

お互いの持つ情報をすべて交換し合った二人はもはや息をするのも億劫なほどに項垂れていた。
訪れるのは重苦しい空気に気が遠くなるような静寂……。
どうしていいかわからず黙りこくる二人の耳に第三回目ともなる放送が鳴り響いた。

「国崎君まで……」
飛び出した観鈴とそれを追っていった英二の名前が挙がらなかったことに安堵していたのも一瞬のことで
とどまることを知らず増え続ける死者の数……その中には国崎往人の名前も挙げられていた。
敬介の顔は知らず知らずのうちに不安に歪んでいた。
二人が出て行ってから数時間が経過している。
自分がここを離れた際にやはり来ていたのではないか……待つと言う選択をしなかった自分に無償に腹が立った。
拳を握り締め叫びだしたい衝動を必死に抑えながら環に視線を移すと、痛む身体を気にもせず立ち上がろうと身体を起こしていた。
「向坂さん!?」
叫ぶ敬介の言葉も気にせず環はベットから抜け出るとデイバックを手に取り……その重さに崩れながら片膝を突いた。
「無茶だ、そんな身体で!」
慌てて敬介は環の身体を支えようと駆け寄るが、切羽詰ったように環は声を絞り出し敬介の身体を突き放すように押しのける。
「みんなを探して……教会に向かわないと。寝てる暇なんか無いんです。こんなこと早く終わりにしないと!」
鬼気迫るその顔に、いつもの環の余裕は無かった。
「もう誰も死なせない。希望が目の前に広がっているのだから」
決意に満ちたその言葉に、敬介は少しの間考え込むとおもむろにデイバックを漁り始めた。
「……わかった。ならこうしよう」

753希望を目指して:2007/03/23(金) 13:48:46 ID:u9p.xRPc0
言いながら、中から筆記用具を取り出すと敬介はスラスラとペンを走らせる。
この先英二たちが戻ってきた場合の事を考え、足跡を残しておく。
(もしも道中見つけれなくてもこれに気づいてさえくれれば……)
その紙を宗一の綺麗な左手に握らせると、環の元へ走り寄りデイバックを奪うように持ち上げる。
「橘さん……」
申し訳なそうに口を開こうとする環の言葉を、首を左右に振りながら制しにっこりと微笑みかける。
「――さあ行こう」

敬介の言葉に環が力強く頷き返し、二人は診療所を後にする。
ふと見上げた空はこれからの運命を暗示するように辺りを黒く覆いつくしている。
だがけして歩みは止めず、別れた仲間の身を案じながらゆっくりと歩き出した。





敬介と環が立ち去り、中には宗一の死体が転がるのみとなった診療所。
そこに一人の人影――柳川との戦闘を終え、体力の回復を図っていたリサの姿が現れる。
無作為に歩き回るよりも、地図により指針のある診療所のほうが合流しやすいだろうと考えたためだった。
最初に別れてしまった際の合流方法を決めておかなかったのは失敗だとも考えた。
だがいつかは殺す相手だ。有紀寧とは合流出来ようが出来まいがどちらでもいいと考え直す。
診療所に戻ってきたのは自分の甘さを消すための再確認。

「宗一……」
冷たくなった宗一の手をそっと握り、寂しげに微笑みながらリサは声をかける。

754希望を目指して:2007/03/23(金) 13:49:24 ID:u9p.xRPc0
返事など返って来るわけもない。返ってきたところで、馬鹿な真似はやめろと殴り倒されるのが関の山だったろう。
もう止めてくれる者はいないのだ。だからもう止まらない。
ガサリ――と手に当たる感触。
そこに握られていたのは敬介の残したメモだった。

『観鈴、緒方さん。無事にこれを見つけられていることを祈ってる。
僕と向坂さんは平瀬村に向かうよ。もしかしたらここから脱出できる糸口が掴めるかもしれないんだ。
また再会出来ると信じて―― 橘敬介』

メモに目を通したリサの顔に笑みが浮かぶ。
殺戮の道を選んだとは思えないほど優しい笑顔。
「みんな頑張っているのね……」
それはほんの少しでも共通の意識を持った仲間への賛辞だった。
「でもね……脱出なんてさせられない。私は優勝しなければならないのだから!」
だが一瞬にして顔をこわばらせるとメモを握りつぶし、休む間もなく荷物を持ち上げた。

「――ごめん宗一、私行って来るわ。地獄でまた……会いましょう」

755希望を目指して:2007/03/23(金) 13:49:53 ID:u9p.xRPc0
【時間:2日目18:15】
【場所:I−7】
向坂環
【所持品①:包丁、レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(10/10)、】
【所持品②:救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
【状態:観鈴と英二の捜索をしつつ教会に向かう、頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、全身に痛み、左肩に包丁による切り傷・右肩骨折(応急処置済み)、焦りと疲労】
橘敬介
【所持品:支給品一式x2、花火セット】
【状態:観鈴と英二の捜索をしつつ教会に向かう、身体の節々に痛み、左肩重傷(腕を上げると激しい痛みを伴う)・腹部刺し傷・幾多の擦り傷(全て治療済み)】


【時間:2日目19:30】
【場所:I−7】
リサ=ヴィクセン
【所持品:鉄芯入りウッドトンファー、支給品一式×2、M4カービン(残弾15、予備マガジン×3)、携帯電話(GPS付き)、ツールセット】
【状態:マーダー、目標は優勝して願いを叶える。有紀寧と合流出来ればする、軽度の疲労、一路教会へ】


備考
・花火セット等の入った敬介の支給品の中身は美汐の家から回収済
・敬介の残したメモには教会の位置が記載
・→718 →722 →751

756No.774 天才科学者とオーパーツ、生徒会長と放送者と俺:2007/03/24(土) 11:40:41 ID:AS3Yq5iQ0
――考えろ。考えるんだ。
これはあの忌々しい兎共が生んだ油断。
この相手の油断を最大限活用するんだ。
ハッキングをしてきたから僕にこれを渡したと言った。
つまり今生き残っている参加者の中には首輪解除のハッキングが出来る位の技術を持った人間がいるということ。そしてここは孤島。首輪を解除しても帰る手段など無い。
この殺し合いで優勝するつもりの人間には首輪の解除技術など必要ないはず。
つまりこれは主催者妥当を掲げた人間がやったことのはず。
――ああ分かっている。穴だらけの理論だ。兎が油断でこれを僕に渡した確証はないし殺し合いをするものがハッキングした可能性だって否定できるもんじゃない。しかしハッキングの技術を持った人間などそうそういないはず。
僕が出来るのはこのまま黙って殺し合いを見守るか、裏切られる覚悟でハッキングした人間に連絡を取るか、それとも兎の言っていた掲示板で忠告を残すかだ。
馬鹿馬鹿しい。
座して見守るなど出来るものか!
最早相当数な人間が死んでいる。
相沢君も川澄君も既に……
止めるんだ。
止められる可能性の高い行動をするんだ。
0%で無くなった。僕は止められる可能性を手に入れた。
この可能性を尽くせ。
全面的に信頼するんだ。僕一人で解決できることじゃない。
このパソコンは兎共に見られているとみて良いだろう。
その上で正しい情報を送りハッキングした人に信じてもらうんだ。
――――――――よし。
いこう。

757No.774 天才科学者とオーパーツ、生徒会長と放送者と俺:2007/03/24(土) 11:41:25 ID:AS3Yq5iQ0


『メールが届きました』
「?」
メールが届いた?
そんな馬鹿な。
誰が使っているかも分からないパソコンに対してメールが届いた?
「珊瑚ちゃん……これ……」
「うん……」
メールのタイトルは『放送者よりハッカーへ』
! 
ハッキングがばれている!?
珊瑚ちゃんは一瞬の逡巡を挟んでメールを開いた。


『はじめまして。久瀬というものです。
はじめに断っておきますが、僕は主催者達を心底憎んでいます。
出来るならこの殺し合いを止めたいと思っています。
僕は貴方達がこの殺し合いを止めようとしていると信じてこのメールを送ります。
貴方達からでは僕が本当に主催者側でないのかは分からないと思います。
ですから僕は唯貴方達に情報を送ります。
それらをけして鵜呑みにせず、自分で考えて行動してください。
僕が誤った情報を掴まされている可能性も在ると言うことも覚えておいてください。
主催者達は貴方がハッキングしたことに気付き、僕にこのパソコンを渡しました。
恐らくこのパソコンでした行動は全て主催者に筒抜けでしょう。
あの兎共が僕にパソコンを渡したら僕がどう行動するか、予想しないはずがありません。
それでもあの兎は僕にパソコンを渡した。
理由を尋ねたら
『うん、簡単に説明するとね。こちらの施設にハッキングを仕掛けた参加者がいてね。
殺し合いで何が起ころうとも介入するつもりはない――ああ、一部の例外の参加者もいたけどね。だが基本的にすべてを黙認することにしている。
ゲーム内には確かに首輪の解除を示唆したものはあり、それで解除なりするのは一向に構わないのだがそれはあくまで彼らが"ルールに則ってる場合"に限る。
ハッキングなどによる私たちに不利益を齎すもので得られることではないんだよ』
と言い、
そして最後に
『――希望と、より深い絶望を……かな』
と答えました。
僕がもがく姿を見たいだけなのかもしれませんが、他にも意味があるかもしれません。

主題です。
ここは絶対に軽んじないで下さい。
あの兎はハッキングで首輪の解除方法を見られた事に対して『気づくのが早かったおかげで侵入者はダミーを持っていって満足しているようだけどね』と言いました。
事実かどうかは僕からは分かりません。
しかし、兎は『解除ではない。起爆用の手順を踏んだもの』と言いました。
これがもし事実だった時貴方が首輪を解除しようとしたら爆発してしまいます。
もしかしたら本当の解除方法を貴方が手に入れてそれを兎共が何とかしようと僕にパソコンを渡して貴方達に思いとどまらせようとしているのかもしれません。
考えてください。
心当たりがあるなら十全に考えてからしてください。
これそのものが主催者側の罠であるかもしれませんが、僕は僕に出来ることをします。
判断は任せます。
生き残ってこの島を脱出してください。

最後にこのパソコンに入っている情報の一部を添付します。
役立ててください。
そして、この無益な争いを止めてください。
それでは。』

758No.774 天才科学者とオーパーツ、生徒会長と放送者と俺:2007/03/24(土) 11:42:05 ID:AS3Yq5iQ0


……………………メールを見終わって、一息つく。
珊瑚ちゃんも久寿川先輩もゆめみさんも何も喋らない。
――もしこれが本当だったら、俺達は九死に一生を得たことになる。
「珊瑚ちゃん……これは……」
珊瑚ちゃんの指が唇に当てられる。
「これ……なんなんやろ。ゆめみ? それで左腕以外は大丈夫なん?」
「あ……は、はい。左胸に穴は開いていますが動かすのに支障は無いようです」
「やとしたら……うーん……」
『待って。これがウチらに送られてきたとして、ウチらの正体が主催者にばれてるとは限らん。もしかしたらハッキングした奴を炙り出す為にやってるのかもしれへんしな』
あ……!
しまった。完全に失念していた。
ここで動きを見せたりメールについての会話をすること自体が罠かもしれない。
この久瀬とかいう人がこちらの状況を知らずに善意でやったとしてもそれが主催者の狙いだったら最悪だ。
……こちらの首にはまだ枷が付いているのだから。
『だとしたら貴明さん、このメールから得られる情報をここで考えるほうが先決じゃないかしら』
『わたしもそう思います。無駄に出来る時間はありませんが、これは大きなチャンスです』
……うん。その通りだ。主催者がこちらを特定したいのだとしたら現状こちらの正体は割れていないことになる。
それでなくてもこのメールから読み取れることは数多くあるはずだ。
書いてあることからも、無いことからも。
『うん。そうしよう。大前提として主催者は絶対悪であると仮定する。もう一つ。これが完全に無意味な気紛れな行動で無いとする。でないと考える意味がなくなるから。そこからはじめよう』
皆一様に頷く。

759No.774 天才科学者とオーパーツ、生徒会長と放送者と俺:2007/03/24(土) 11:43:06 ID:AS3Yq5iQ0
取り敢えず簡単なところからはじめてみよう。
『久瀬って言う人がこちらの敵と仮定する。その時久瀬と主催者の目的は何だと思う?』
『私達の、つまりは姫百合さんの特定が第一じゃないかしら。こちらが割れていないとすれば、だけど』
『もっと単純に得られた情報が誤情報だと錯覚させての時間稼ぎかも知れません。ですが』
その後を引き継ぐ。
『うん。もし俺達が誰かを犠牲にするつもりで外すのなら主催者にとってこんなことをする意味は無くなる。こんなことやりだす主催者が俺達の善意に甘えるような行為をするとは考えがたい』
こんなことを平然と考えるあたり俺も壊れてきたのかな。
半ば自嘲気味に考えてみる。
『寧ろ情報が俺達に来る分主催者が不利になるだろう。でもやっぱり時間を稼ぎたいだけと言う可能性はあるけどね』
他に何かある?
眼で問うけど少なくともすぐ出てくるような意見はもう無いようだ。
と、珊瑚ちゃんが何か書く。
『ないことないけど、これは後にする』
『分かった。じゃあ、次。久瀬が反主催者としたときの目的。このときは主催者と久瀬は別の目的で動くことになるけどね』
『正直なところ、私はこっちだと思うの。久瀬さんの放送聞いているとどうしても主催者に自分から従っているようには思えないの』
『わたしもそう思います。こんなことを喜んでやる人がそんなにいるとも思いたくありませんし』
『ウチもそう思いたいけど』
珊瑚ちゃんが書く手を止める。……俺と同じことを考えているんだろうか。
『このメールが久瀬から来たって言う保証は無いよ』
代わりに書いてみる。珊瑚ちゃんもそれをみて微かに頷いた。
『でも、今はそれを考える時じゃない。久瀬、ないしはこのメールを送った人が反主催者としたときのことを考えよう』
先輩とゆめみさんも頷く。
『まず、主催者が伊達や酔狂でこれを久瀬に送ったと言うのは無いと思う』
『でも、そうなるとこの『――希望と、より深い絶望を……かな』というのが引っかかりませんか?』
『久瀬を騙してるんか、それとも本気でそう考えてるんかは知らんけど、そうだとしても考える意味がなくなるからそれは今はおいとこ』
『私達が何も出来ないから、束の間の希望から叩き落すため、と言うのなら楽なのにね』
『久瀬の真意は簡単だ。正にここに書いてある通りだよ。この俺達に『考えろ』って何度も言っているのは主催者にとっては一番痛烈な行動だと理解しているからだと思う』
『これが主催者やったらウチらの思考をひとつにまとめようすると思うねん。主催者にとって不利益なこと、ってかいてあったやろ? 主催者にも触れられたくないところはある。そしてウチらの行動はそこを突ける。そういう意味や。ただ』
『それらをひっくるめて主催者の罠、って言う可能性もある、と。これはここで悩んでも答えは出ないけどね』

760No.774 天才科学者とオーパーツ、生徒会長と放送者と俺:2007/03/24(土) 11:43:42 ID:AS3Yq5iQ0
『確かにそうですね。そうなると次は姫百合さんの手に入れた情報ですが』
『これはちょっと心当たりあるねん。実はな』
そういうと珊瑚ちゃんはハッキングのためのCDを手に入れた経緯を説明してくれた。
前参加者の遺品、だったらしい。
『前のこれがいつあったのかわからへん。でも、前回からセキュリティがまったく変わってないとは限らへんやん。時間掛ければこれでもいけたのかも知れんけど、主催者がそれより先に気づいたとしてもおかしない』
なるほど……
確かにそう考えると主催者が気付いたのは事実かもしれない。
『でも姫百合さん、それだと主催者が久瀬さんにそのことを教えたことに対して疑問が残るんじゃないかしら。そのことを久瀬さんが知らないのなら私達も気付かずに首輪を爆発させていたかもしれないのに』
ああ……確かにそれもそうだ。しかし……
『そうだね。でも、それで確定させるのはやっぱり危険だ。もう一度ハッキングするにしてもこれは珊瑚ちゃんに任せるしかないと思う』
『そうですね。わたしたちだけではどうやっても首輪の解除は出来ません。姫百合さん。お任せして宜しいでしょうか』
『あたりまえやんか。ウチが出来るんはこんくらいやもん』
そう言って微笑む珊瑚ちゃん。
――強いよな。やっぱり。
そういえば――
『珊瑚ちゃん、さっき何か言いかけてたよね。あれは?』
『ああそやね。もうええかな。うん。あのメール、ウチに送られてきたやろ? どうやってウチのこと特定したんかなーって』
「!!」
そうだ。その通りだ。あのメールは明らかに珊瑚ちゃん宛だ。でも久瀬は受け取り手が珊瑚ちゃんとは書いてない。にもかかわらずこのパソコンに送られてきた。と言うことは全てのパソコンに送ったと言うのか?そんなことをしたら綾香や岸田のような奴らが見る可能性が飛躍的に増えるのに? 久瀬は主催者側の人間だったのか? いや待て。そうとは限らない。相手が誰だか分からなくともハッキングをしたパソコンなら分かるのかもしれない。それなら説明は付く。いや待て。早計だ。それなら主催者だってそのパソコンは分かるはずだ。そして主催者は俺達の首輪から盗聴をしている。つまりそのパソコンの周辺にいる人間が誰か分かるはずだ。違うのか? では主催者が久瀬にパソコンを渡した目的は? ハッキングをした珊瑚ちゃんの首輪を爆発させない理由は? ああもう駄目だ! 頭の中で整理しきれない! 何で俺はこんなに馬鹿なんだ! ここで考えなくていつ考えるんだ!
「っ……」
柔らかな、感触。
珊瑚ちゃんが抱きしめてくれている。
ふっ……と楽になった気がした。
『皆で考えよ。な?』
黙って首肯する。
そうだ。元より俺一人で何とかできる問題じゃない。俺は俺に出来ることをするしかないんだ。

761No.774 天才科学者とオーパーツ、生徒会長と放送者と俺:2007/03/24(土) 11:44:20 ID:AS3Yq5iQ0
『あの、つまり久瀬さんが全てのパソコンにこれを送ったと言うことですか? そんなことをしたら岸田みたいな人が見てしまうかもしれないのに』
『じゃあ久瀬さんは主催者側の人間で、姫百合さんを妨害するためだけにこのメールを送ったと言うことですか?』
『そうとはかぎらへんよ。どうしてもウチに連絡を取りたいから無理に送ったのかもしれへん。でも、それよりありそうなんが』
俺も書き綴る。
『ハッキングに使ったパソコンだけがばれている、って言う線だ。よね? 珊瑚ちゃん』
珊瑚ちゃんは頷く。
『でも、そうなると主催者だってそのパソコンが分かるはずなんだ。そして主催者は久瀬が持っていない情報も持っている。うん。そう。これだ』
久寿川先輩とゆめみさんが首に手を伸ばすのを見て肯定する。
『これのせいで俺達の会話、場所、生死が筒抜けになっている。そう考えて良いんだよね? 珊瑚ちゃん。だからつまり久瀬がパソコンの狙いを絞ってここだけに送ってきたんだとしたらそれは主催者にも出来るはずなんだ。そしてそのパソコンの周辺にいる人間もわかるはず。つまり珊瑚ちゃんのことが割れていると言うことになってしまうんだ。ここが俺にはわからない。全てのパソコンに久瀬が送ったんでないならどうして主催者は珊瑚ちゃんを放っておくんだ?』
久寿川先輩がペンを取る。
『もしかしたらどのパソコンか分かってもそのパソコンの場所が分からないんじゃないのかしら』
ああ……確かに。それはそれでありえそうだ。
『そうかもしれませんね。でも、そうなると他のパソコンも欲しいですね。他のパソコンに送られているかを見れば一目瞭然ですから』
『そうだね』
と、何かを考え込んでいた珊瑚ちゃんが書き出した。
『あんな、ウチ最初レーダーもっててん。そのレーダーなんやけどな、人の場所がわかるようなもんやったんや。多分この首輪。これが発信機かGPSになっとる。あのレーダーやと番号までは分からんかったんやけど、もし主催者もおんなじやったら』
『そうか。俺達がどれかわかんないから首輪を爆発させることが出来ないのか』
『と、思いたいんやけどな。盗聴機能がある上にあの放送のことを考えると、やっぱりわかってるって考えるほうが自然やと思う』
『えっ? でもそうなると主催者がわたし達をほうっておく理由が見つからないのですが』
『そこやねん。ウチら明らかに反主催者やのに、何でほっておかれとるんか。何でやと思う?』
それについて考え始めた時。
再び俺達の元にメールが届いた。

762No.774 天才科学者とオーパーツ、生徒会長と放送者と俺:2007/03/24(土) 11:44:44 ID:AS3Yq5iQ0

『メールが届きました』
「!!」
また、届いた。
俺達から何も連絡は入れてないのに。
どういうことだ?
珊瑚ちゃんがパソコンを動かす。
件名は……『先程書き損じた事と他』
……書き損じ?
安心していいものだろうか。
しかし……
珊瑚ちゃんのほうをみる。
頷く。
久寿川先輩とゆめみさんも反対側で頷く。
そうだ。
見なければ進まない。
仕掛けるならさっきのメールで仕掛けているはずだ。
……さっきのメールと違う人間が書いた可能性もあるが。


『申し訳ありません。
まず先程書き忘れていたことをいくつか。
僕は何処とは知れぬ個室に監禁されています。
外にでることも外のことを知ることも殆ど出来ません。
私がいる部屋にはモニターがあり、そこに逐一その島の映像が送られてきます。
そして僕は定時放送、つまり午前・午後六時前になると寝ていても起こされ、放送の名前を読み上げさせられます。
それとあの兎の言った優勝者の望みを叶えると言う言葉。
あれは僕は嘘だと思っています。
またこのパソコンに入っている情報の一部を添付します。
それでは。』

763No.774 天才科学者とオーパーツ、生徒会長と放送者と俺:2007/03/24(土) 11:45:29 ID:AS3Yq5iQ0



俺は即座に天井を仰ぎそうになって……何とか踏みとどまった。
今ここで天井を見たら俺達がこのメールを見たことが丸分かりになってしまう。
慌ててペンを取る。
『皆、これは』
『うん。迂闊やった』
『主催者の情報収集の手段が首輪一つと思ったのがそもそもの間違いでしたね』
『でもこれで主催者が私達を特定できていたのはまず間違いないと思うわ』
……待てよ。そうなるとこの盗聴対策も完全にばれていると言うことになるんじゃないのか?
『待って。それじゃあもう筆談の意味がなくなるんじゃないか?』
しかしそれには珊瑚ちゃんが間髪入れず答えてくれた。
『どやろ。この島広いし、カメラどんくらいあるんやろな。待ってて』
そう書き残すと珊瑚ちゃんはデイパックを取りに行った。
そして地図を取り出す。
『この地図10-10で区切られとるやろ? んで、大体半分くらいが陸やねん。色々歩いてきたかんじ、1マス2キロくらい。だから本当適当やけど大体200平方キロくらいになるねん。200平方キロにカメラおくとどんくらいいるんやろな』
久寿川先輩が声なき声を上げる。
そうだ。この教会一つだって死角を作らないようにカメラを置くんなら相当数必要になる。カメラの有効距離は決して広くない、筈。それこそ1000あっても1平方キロに5個平均になってしまう。
『ある程度ポイントを絞ってカメラを設置している、と言うことですか?』
『それは分からん。でも、島をくまなく覆うほどカメラを置いたらそれこそ見てる余裕なんてなくなると思う。それにいくらカメラでも室内である限り筆談の文字まで読めるほど精密なんは無いと思う。そんなおっきなレンズやったら簡単に見つかるやろうし、あってもウチらの身体で隠せばええしな』
『カメラは置いておくにしても、やっぱり主催者が私達を放っておく理由はなんなのかしら。私達なんか何しても覆せるわけない、って言う余裕?』
『うーん、単に主催者にとって看過できないものを掴むまで放置されているだけかもしれない。根拠は弱いけど』
『どちらにしても主催者の気分一つで簡単に殺されるって言うのは気分のいいものじゃないわね』
『それをいったらこんな島に閉じ込められてることなんて最悪に気分が悪いけどね』
『あの、もしかしたら爆発させるわけには行かない理由が何かあるんじゃないでしょうか』
『理由。何かあるかしら。私達を殺せない理由なんて』
『主催者側にも何かルールがあるのかもしれません。全くの想像でしかないのですが』
『もしかしたら、やけどな。爆発できんのかもしれん。希望的観測やけど、ちゃんと個別で爆発させるようなもんがあるとしたらこの島にその為の塔みたいなもんがないとおかしいもん。一番高いのはあの山やけど、あの山』
そこまで書いて、珊瑚ちゃんの手が止まる。
眼を閉じてしばし。
真剣な眼で再び書き綴る。
『瑠璃ちゃんといってん。頂上まで。でも、なんもなかった』
『じゃあ、主催者は任意で爆弾を爆発させることは出来ないんですか?』
『それはわからへん。あくまで希望的観測やし。でも、電波が届きにくいだけでも取れる選択肢は増えるはずや。電波は水でかなり減衰する。爆発されるタイミングがわかっとったらお風呂に飛び込むだけでももしかしたら何とかなるかもしれん。さすがに首輪は防水やろうけどな』
『凄いね珊瑚ちゃん。それが分かっただけでも十分すぎる収穫だ。ねぇ、皆。まだあのメールから読み取れることあるかな?』
『私はもうないわ』
『わたしももうありません』
『ウチももうおもいつかへん』

764No.774 天才科学者とオーパーツ、生徒会長と放送者と俺:2007/03/24(土) 11:46:10 ID:AS3Yq5iQ0
『俺もだ。じゃああのメールに対してどう動くか。多分一番重要なところだ。ここを間違えると、多分死ぬ』
皆の顔に緊張が走る。
『俺は』
俺は……ここから先を書いていいのだろうか。
俺が一番守りたいと思っている人に全てを押し付けるような選択を。
一番……危険な……選択を。
『貴明』
手を握られた。
珊瑚ちゃんだ。
珊瑚ちゃんは俺が見てる前で文字を三つ重ねる。
『ええよ』
――お見通し、か。
僅かな諦めと大きな感謝でもって止まった手を動かす。
『どんな道を通るにせよ、誰も犠牲にしないつもりなら』
もう手は止めない。左手が勇気を伝えてくれる。
『最終的に珊瑚ちゃんにハッキングをしてもらうしかないと思う。首輪の爆弾の解除法、正しいにせよ間違っているにせよその判断は今の俺達では付けられない。それに、主催者共を殺すつもりならその情報もいる。脱出方法も探らなければならない。前回の参加者がいたと言うことは前にも同じような殺し合いがあったんだ。それを知るだけでも大きい筈だ。本当は爆弾を解除してからしてもらいたかったんだけど、最早それも叶わない。だったら』
「あ!」
久寿川先輩が急に声を上げる。
どうしたんだ?

765No.774 天才科学者とオーパーツ、生徒会長と放送者と俺:2007/03/24(土) 11:46:33 ID:AS3Yq5iQ0
「あ……ご、ごめんなさい!」
「あ、いえ。大丈夫です。痛くないですから」
ゆめみさんナイス。
『ごめんなさい! ちょっと待ってて!』
そういうと先輩は立ち上がって……デイパックを取りに行った。
なんだ?
先輩はデイパックから何かを取り出す。
……スイッチ? と、紙。
楽になれます、ねぇ……
『見るからに怪しいねこれ。比喩でなく爆発しそうなくらい』
『私もそう思ったから今まで忘れてたんだけど。おまけに充電器もないし』
『わたしも始めて見ました』
『ごめんなさい。でも、今一つ目のメールで『ゲーム内には確かに首輪の解除を示唆したものはあり、それで解除なりするのは一向に構わない』って言うのでふと思い出したの。もしかしたらこれのことなんじゃないかしら』
『でも、これスイッチやで? スイッチが押した人を判別できるとは思えんけど』
『ってことは押されたスイッチから全方位半径数メートルの人全員とか?』
『どんな効果かは分からんけどそうかもしれへん』
『でも、これどうしましょうか?』
『そうよね。これの効果が分からないと結局は使えないし』
『あの、わたしが実験してみましょうか?』
『駄目だ!』
『貴明さん』
『やめてくれ。無駄に犠牲になるのは』
『無駄じゃありませんよ。このスイッチの効果が分かります』
『分かったところで充電器がないのなら使えないだろう。戦力が欠けるのも困る』
『貴明、ゆめみ』
珊瑚ちゃんが割って入ってきた。
『ええよ。そんなことせんで。なんもないよりましやん。どうせ今からハッキングやるんやから、首輪が爆発されそうになったら押せばええやん。運が良ければそれで助かるで。保険が入ったと思えばええよ』
『そう、ですね』
『取り敢えずハッキングの前に久瀬と連絡取ったほうがええかもな』
『そうだね。それで見えてくる事もあるかもしれない』
『じゃあ、いくで』


『メールを送りました』

766No.774 天才科学者とオーパーツ、生徒会長と放送者と俺:2007/03/24(土) 11:47:39 ID:AS3Yq5iQ0







【時間:二日目20:00頃】
【場所:G-3左上の教会】

姫百合珊瑚
【持ち物①:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン】
【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD】
【状態:決意。メールを送った。工具が欲しい】

河野貴明
 【装備品:ステアーAUG(30/30)、フェイファー ツェリスカ(5/5)、仕込み鉄扇、良祐の黒コート】
 【所持品:ステアーの予備マガジン(30発入り)×2、フェイファー ツェリスカの予備弾(×10)】
 【状態:左脇腹、左肩、右腕、右肩を負傷・左腕刺し傷・右足、右腕に掠り傷(全て応急処置および治療済み)、半マーダーキラー】

久寿川ささら
 【所持品1:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、支給品一式】
 【所持品2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:右肩負傷(応急処置及び治療済み)】

ほしのゆめみ
 【所持品:日本刀、忍者セット(忍者刀・手裏剣・他)、おたま、ほか支給品一式】
 【状態:胴体に被弾、左腕が動かない】

イルファ
 【状態:停止、激しい損壊、椅子に座らされている、左の肘から先が無い】

久瀬
 【場所:不明】
 【状態:主催者と戦う決意、珊瑚達に全てを託すつもり、パソコンに入っていた情報を小出しにして主催者の出方を伺う】
 
【備考:久瀬・珊瑚のパソコンの中に入っている情報は作内以外にもお任せ、ただし主催に関する情報は入ってはいない、一回目に久瀬が送った添付は参加者一覧表、二回目は各種島内施設概要】

767No.774 天才科学者とオーパーツ、生徒会長と放送者と俺:2007/03/25(日) 00:36:40 ID:/2nZ.tp60
忘れてた。
追加で
→758→772

768挺身:2007/03/25(日) 02:02:34 ID:8IppEzck0
僅か半日とはいえ、強固な信頼関係を結んだはずなのにその絆は脆かった。
長森瑞佳は豹変した月島拓也を前に呆然としていた。
瑠璃子に対する愛情は聞いていたが、正邪をひっくり返すほどのものだったとは。
(もう駄目。月島さんは狂ってしまった)
宵闇の中、それぞれの姿はもうほとんど見えない。
かろうじて影がわかる程度である。
ナイフを手に襲いかかる拓也と、かわしながら石を武器に反撃を試みる水瀬名雪。
体力からして名雪が力尽きるのは時間の問題であった。
名雪が殺されれば次は自分の番なのだ。

手探りで手ごろな石を拾い呼吸を整える。
過去二回命拾いしただけに、気持ちの切り替えは早かった。
(やっぱりわたしには月島さんを殺すなんて……でも、どうしたらいいの)
そのうちに「キャッ」という短い悲鳴とともに、名雪が転倒したのがわかった。
「このぉっ、分際を思い知らせてやる!」
「おにいちゃん、やめて!」
瑞佳が悲鳴を上げた直後、一条の照明が絡み合う二人を闇の中から浮かび上がらせた。
「ううっ、誰だ。眩しい」
照明の中心は確実に拓也の目に向けられる。
「女の子を放しなさい」
「はっ、その声……」
「そこの不良少年、聞こえませんか? 放しなさいと言ってるんです!」
押し殺したような女性の声。
次の瞬間、一発の銃声が響いた。

「う、撃つな! 放すからっ」
「お母さん! お母さんだね」
名雪は拓也を突き飛ばすと声の主へと駆け寄る。
そこには左手に懐中電灯を、右手にジェリコ941を手にした水瀬秋子の姿があった。

769挺身:2007/03/25(日) 02:03:49 ID:8IppEzck0
「よくぞ生きていてくれました。会いたかったわ……名雪」
「私何回も殺されそうになったんだよ。怖かったよ。命からがらずっと逃げ回っていたんだよ」
「名雪、持ってなさい」
秋子は感慨に耽ることもなく、名雪に懐中電灯を渡すと銃口を向けたまま歩み寄る。
「おばさん、待ってください。僕の話を聞いてください……くっ、だめだ」
相手が名雪の親だけに言い訳は通用しない。
毒電波を用いたが秋子にはまったく効かなかった。

「ナイフを渡してもらいましょうか。もう威嚇用に弾は使いたくないので警告はしません」
秋子は笑みを浮かべたまま、しかし冷ややかな声で話しかける。
座り込んだまま拓也は仕方なく八徳ナイフを放り投げた。
「うぐっ」
次の瞬間、拓也は蹴倒され地べたに転がっていた。
「両手を伸ばしなさい」
「するから……赦してください! ゴホッ」
「光陰矢のごとしというでしょ。命乞いなんて聞いてたら、おばあさんになってしまいますよっと」
「うあっ、あぁぁぁぁぁぁっっ!」
右の掌にナイフが深々と刺さっていた。
「まったくもう、悪い子ですね。名雪が受けた苦しみをたっぷりと味あわせてあげましょう」
「あぁぁぁぁぁぁっっ! やめてくれぇ! 許してくれぇ!」
秋子はナイフを抜くとすかさず左の掌を貫通させた。
名倉有里の時と同様、苦痛を味あわせた上で殺すつもりである。

「男の子だから……そうだわ、クルミ割りをやってみましょうね、ウフフフ」
足先で拓也を仰向けに転がすと楽しむように股間を踏みつける。
──つま先が睾丸を捉えていた。
「おばさん! 頼むからやめ……ぎゃああああああっ!」
危うく潰れかけたところを拓也は渾身の力を振り絞り、身をよじって逃れた。

770挺身:2007/03/25(日) 02:06:11 ID:8IppEzck0
瑞佳は名雪の力を借りるべく彼女を見た。
よくはわからないが名雪は楽しむようにニタニタと笑っているようだ。
(ああ、名雪さんまで狂ってる!)
思いつめた末、秋子の前に走り出る。
「お願いです。どうか──」
言い終わるよりも早く銃口が額に突きつけられていた。
「名雪、この方は?」
「長森瑞佳さん。私を助けてくれた恩人なの」
「これは娘がたいそうお世話になりました。ありがとうございます」
秋子は瑞佳の瞳をじっと見つめた。
悪企みとは無縁の純粋な心の持ち主の少女ということは聞かずとも解った。
「そこの極悪人、月島さんの従妹だそうだよ」
「えっ、いとこ?」
眼下の二人の関係が名雪と相沢祐一のことと重なり、戸惑いを覚える秋子。

瑞佳は俯き跪いた。
真面目なことで嘘をついたことがないため、嘘を通そうものなら顔に出てしまう。
名雪には義理の妹といってあるが、本当のことは伝えてない。
初めてながら真剣勝負の演技をするしかなかった。
顔が強張り背中を冷たいものが流れ落ちる。

「は、はい。そうなんです。どうか拓也おにいちゃんを赦してあげてください」
「何いってんの? 私達殺されそうになったんだよ。今殺さないでどうするの?」
「瑞佳ちゃん、これはどういうことなの?」
「おにいちゃん、放送でいってた優勝したら何でも願いを叶えるということを聞いておかしくなったんです」
つい先ほど前までは自分と名雪のためにかいがいしく面倒を見てくれた。
話せるところは正直に話して拓也を赦してもらうのが瑞佳の考えであった。
もちろん赦してもらったところで拓也が悔悛する見込みは殆どない。
境遇が折原浩平と似ていることから、拓也をなんとか助けたい──それが瑞佳の切実な願いであった。

771挺身:2007/03/25(日) 02:08:09 ID:8IppEzck0
「あなたには悪いけど、拓也さんには死んでいただかなければなりません」
しばし考えた末、秋子はきっぱりと言った。
「わたしが命をかけて説得しますから、もう一度おにいちゃんに悔い改める機会を与えてください」
「長森さん、そんなことしてたら命がいくつあっても足りないよ」
「名雪さんのお母さん、どうか命だけは助けてあげてください。お願いします」
瑞佳は引き下がらず懇願する。
「さてどうしましょ。ねえ、名雪」
目の前の少女の身内を処刑するとあって、秋子はどうしたらよいものか名雪を振り返る。
薄明かりに浮かぶ名雪は、一寸の迷いもく首を横に振った。

「おにいちゃん、あなたからもお願いしなさいよっ!」
拓也の胸倉を掴むな否や瑞佳は平手打ちをした。
「……瑞佳」
「ほうら、水瀬さんに謝るんだよ! 早くするんだよっ!」
夜の闇に乾いた音が何度も響く。
「……ごめんなさい。心を入れ替えますから、どうか赦してください」
拓也は痛みを堪えながら起き上がると、土下座して赦しを乞うた。
彼自身どこまでが本気がわからないが、この機会を逃すと助からないと判断したのである。

「わかりました。今回は瑞佳ちゃんに免じて赦してあげましょう」
必死の願いに秋子はついに折れた。
「おかあさん! 駄目だってば。月島さんは猫かぶってるんだよっ」
「私と名雪はここに来る途中にあったお寺に泊まります。瑞佳ちゃんもいらっしゃい」
「わたしは……もう暫くここにいます。おにいちゃんと話をした上で参ります」
「長森さん、あなた殺されるわよ」
「お気遣いありがとう。わたし頑張るから」
「馬鹿だよ、こんな極悪人を助けるなんて。私、あなたといっしょにいたかったのに……」
名雪は瑞佳をひしと抱き締め涙を流した。
「また会えるよ、きっと」

772挺身:2007/03/25(日) 02:10:25 ID:8IppEzck0
秋子は名雪の肩を借りながら闇の中へと消えて行った。
八徳ナイフとトカレフの弾倉は没収されてしまった。
「怪我、大丈夫? 止血しなきゃ」
デイパックから懐中電灯を取り出し、灯りを点ける瑞佳。
胸のリボンと右手に巻いていたリボンをほどき、拓也の両手に巻きつける。
「赦してもらってよかったね。しばらく手を上げてると血が止まるよ」
労いの言葉をかけた途端、左の頬に強烈な痛みが走る。
「ありがとよ、馬鹿な『妹』め。お前のお人よしには反吐が出るぜ」
言うなりまた殴りつけ、瑞佳をアスファルトに叩きつける。
怪我のためいくらか力は弱いが、それでも本気で殴られたため瑞佳は一溜まりもなかった。

「ねえ、もし願いをかなえてもらったとしても……あの兎が日常に帰してくれると思うの?」
「どういうことだ?」
「お約束の展開なんだよ。悪い人に何かのことで利用された挙句、最後は殺されてしまうんだよ。無事に帰してはくれないんだよ」
「そんな! ……でも、僕には瑠璃子が必要なんだっ」
「瑠璃子さんには及ばないけど、わたしじゃ駄目かな? わたしが付いていてあげるから……おにいちゃん」
瑞佳は肩で息をしながら悲しい眼差しで見つめる。
三発目を下そうとしたが、拓也は何を思ったかそれ以上はせず、鼻をすすりながら闇の中へと去って行った。

すべては徒労に終わった。
薄れ行く意識の中で瑞佳は命懸けの努力が水泡に帰したことを悟った。
(住井君、会えたらいいね。わたしももうすぐいくから待っててね)
夕方の放送で住井護の死を聞くも、悲しみを堪え名雪を励ますことに全力を尽くした。
ある意味、浩平よりも自分のことを大事にしてくれた住井。
彼に会えるならば、狼だろうがまーりゃんが現れようが怖くはない。
本来なら山の中で芳野祐介と運命を共にするはずだったのが、少しだけ遅れただけのこと。
心残りといえば、浩平に会えることなくこの世を去ろうとしていることだ。
(浩平、会いたかったよ。ぎゅってしてもらいたかった。どうか無事でいて……)

773挺身:2007/03/25(日) 02:12:18 ID:8IppEzck0
意識が途切れかかった途端、誰かに体が抱き起こされた。
「ごめんよ、瑞佳。僕が悪かった」
何があったか知らないが拓也は戻ってきた。
「おにいちゃん、わかってくれたんだね。ありがとう」
「瑞佳の優しさを、温かさを、愛を、僕はずっと感じていたいんだ。どうか死なないでおくれ」
地面に置いた灯りに涙を流す拓也の顔が照らし出される。
「もう大袈裟なんだから……恥ずかしいこといって──」
そこまで言いかけて唇が塞がれた。
軽いキスの後拓也は囁く。
「瑞佳とならこの苦境を乗り越えることができるような気がする。どうか僕のために生きてくれ」
再び唇を求められ、口腔を蹂躙されながら瑞佳はどこか安堵感に浸っていた。
(よかった。月島さんはまだわたしを必要としてるんだ)

だが次の言葉で現実に引き戻される。
「僕は寂しいんだ。寂しさを紛らわすためにも瑞佳のすべてを知りたい。だから……交わりたい」
「交わるって……どういう意味なの?」
「セックスだ。セックス! セックス! セックス! セックス! セックス! セックス!──」
「やめてぇっ!」
「ごめん。うっかり高揚してしまった。……でも、より絆を深めるためにもセックスをしたい。駄目かい?」
すがるような目つきに瑞佳は戸惑ってしまう。
「ごめんなさい。そこまでは……その、わたし、こういう体だから……後になってから考えようね」
「うん、今は一刻も早く治療をしなければな。さ、背中に乗って」
拓也は狂気に走る以前の優しい少年に戻っていた。

「手は大丈夫なの? ちゃんと握れる?」
「まだ痛むけど、手当てしてくれたからどうにか使えるよ。それよりも具合はどうかい? 苦しかったら少し休むけど」
「わたしのことを大切に想ってくれるのが何よりも励みになるよ」
先ほどの悪夢を乗り越えるかのように互いを気遣う少年と少女。
雨降って地固まるとはこのようなものであろうか。
瑞佳は揺られながら希望を胸に眠りに落ちて行った。

774挺身:2007/03/25(日) 02:14:13 ID:8IppEzck0
【時間:二日目・19:40】
【場所:D-8街道】 
月島拓也
 【持ち物:支給品一式(食料及び水は空)】
 【状態:両手に貫通創(止血済み)、睾丸捻挫、背中に軽い痛み。疲労】
 【目的:瑞佳の治療のため鎌石村へ】

長森瑞佳
 【持ち物:ボウガンの矢一本、支給品一式(食料及び水は空)】
 【状態:睡眠中。重傷、出血多量(止血済み)、衰弱】


【時間:二日目・19:40】
【場所:E-8上部街道】
水瀬秋子
 【持ち物1:ジェリコ941(残弾10/14)、澪のスケッチブック、支給品一式】
 【持ち物2:八徳ナイフ、トカレフTT30の弾倉】
 【状態:腹部重症(傷口は開いている)、出血大量、疲労大。マーダーには容赦しない】
 【目的:休養のため名雪を連れて無学寺へ】

水瀬名雪
 【持ち物:なし】
 【状態:疲労、マーダーへの強い憎悪】

 【関連:757】

775挺身:2007/03/25(日) 02:22:31 ID:8IppEzck0
訂正をお願いします。
水瀬秋子
 【持ち物1:ジェリコ941(残弾9/14)、澪のスケッチブック、支給品一式】

776狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:42:23 ID:nzSvzy/k0
静寂に包まれた夜の村を二人の少女達が走る。
前方を往く、つまり追われる立場にある宮沢有紀寧は、聞き耳を立てながら逃亡を続けていた。
自分の後を追う足音はただ一つ、柏木初音のものだけだ。
他の三人――藤井という男とその仲間達は、撤退したと考えて間違いないだろう。
それならば後は初音を殺害すれば、自分に降りかかる火の粉は全て払った事になる。
だが有紀寧は敢えてそれをしなかった。勿論初音に情けを掛けようなどとしている訳では無い。
ただ単に銃弾を温存したかっただけだ。コルトバイソンの銃弾は残り二つ、これ以上の消費は極力避けたかった。
包丁を用いて迎え撃つという手もあるが、接近戦などという危険過ぎる真似を行うのは馬鹿らしい。
となると残る選択肢は一つ、逃げの一手だ。自分は体力がある方ではないが、初音は大怪我を負っている。
このまま走り続ければ、程なくして振り切れるだろう。
初音は決死の覚悟で追ってきているようだが、こちらの知った事ではない。わざわざ決戦に応じるなど単細胞のする事だ。
放っておけばいずれ野垂れ死ぬであろう愚物相手に、貴重な弾丸を使う価値は欠片も無い。
そう考えて、有紀寧は走り続けていたのだが――
「はっ……はっ……はぁっ……」
大きく乱れる吐息、痛みを断続的に伝える事で肺が限界を訴える。
ノートパソコンやコルトバイソンはこの島で生き抜くに当たって大きな武器となるが、今はその重量が恨めしい。
(――しつこいですね……)
ほぼ無傷の自分がこんなにも一生懸命走っているのに、初音の気配は一向に遠ざかる気配を見せなかった。
終わりの見えぬ追走劇の末、有紀寧の体力は限界に達しつつあった。
有紀寧の誤算はたった一つ、初音に流れる鬼の血による力をまるで理解していなかった事だ。
初音も鬼の端くれ――片腕に致命的な損傷を受けている状態であろうとも、有紀寧程度の身体能力で引き離せる相手では無い。
とうとう観念した有紀寧が突発的に足を止め、振り向きざまに背後へとコルトバイソンの銃口を向ける。

777狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:43:04 ID:nzSvzy/k0
「――――!」
銃口を向けられ、初音もすぐに勢いのついていた体を押し留め、その場に静止する。
無理をして激しい運動を続けた所為で、左肘から先は言い訳程度にぶら下がっているだけであり、少し力を加えれば千切れそうな状態だ。
有紀寧は乱れる呼吸をゆっくりと整え、それから忌々しげに言葉を吐き捨てた。
「いい加減にして下さい……貴女のその傷ではすぐに治療をしなければ命に関わるでしょう。そこまでして早死にしたいんですか?」
「言った筈だよ。全てを失った私は止まらないって」
「……勝てると思っているんですか? その身体で銃弾を躱しながら距離を詰めれるとはとても思えません。
 貴女を殺すのは簡単ですが、私としては無駄に弾丸を消費したくないんですよ。ここは退いて頂けませんか?」
有紀寧は威嚇するように軽く銃口を上下させ、極めて冷淡な口調で言った。
すると初音は多くの血を失い青白くなっている唇を歪め、薄ら笑いを浮かべてみせた。
「そっか、有紀寧お姉ちゃんはここで弾を使いたくないんだね。だったら私がここで殺されちゃっても、少しは意味があるって事になるね?」
「……正気ですか?」
たった一発の弾丸を失わせる事と引き換えに、初音は己が命を散らそうとしている。
立っているのも辛い筈なのに未だに鋸を握り締めているその姿が、彼女の決意の固さをどんな言葉よりも雄弁に物語っていた。

778狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:43:37 ID:nzSvzy/k0
(さて――こうなった以上は確実に、一発で仕留めなければなりませんね)
強力な切り札であるコルトバイソンを使用する以上、銃弾の消費は一発で抑えたい。
一発目を外して二発目を使わざるを得なくなれば、初音を倒したとしてもこれから先の戦いが大きく不利になるだろう。
最悪の場合、二発共回避されて手痛い一撃を受けてしまう可能性すらもある。
ならばどうするか――
有紀寧は小さく溜息をついて、それからゆっくりと口を開いた。
「仕方ありません、ここで雌雄を決する事にしましょう。ですが一つだけ、貴方を殺す前にお教えしておきたい事があります」
「…………?」
有紀寧の顔に、微かに笑みが浮かび上がる。
良く言えば悪戯をする前の子供のような、悪く言えば計画を着々と進めている犯罪者のような、押し殺した笑みだった。
「――長瀬さんは、第三回放送の後に死にました。私がちゃんと殺しておきましたよ」
「……有紀寧お姉ちゃん、それは本当なの?」
初音の瞳に宿った明らかな動揺の色を見て、有紀寧は作戦の成功を確信した。
それから初音と出会ったばかりの頃の、優しい笑みを形作りながら言葉を繋いでゆく。
「あの人には苦渋を嘗めさせられた恨みもありますので、たっぷりと苦しめてから止めを刺してあげました。
 長瀬さんは最後まで――貴方を、馬鹿みたいに心配していましたよ。それなのに貴女はここで犬死にするんですから、あまりにも報われませんね?」
「祐介……おにい……ちゃん……うわあああああああああああっ!!」
初音が動物のような叫び声を上げながら一直線に向かってくる――そう、銃口の先から逃れる事すら忘れて。
人間とは錯乱してしまえば、ごく簡単な判断すらも誤るようになるのだ。
初音の精神を乱す方法は簡単、彼女にとって最早一番大切な存在となったであろう、長瀬祐介を用いて話を捏造すればよい。
「さようなら初音さん。貴女は十分に役立ってくれました」
初音はもう眼前に迫っている。有紀寧は引き金にかけた指に、静かに力を加えた。
 
   *     *     *

779狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:44:28 ID:nzSvzy/k0
「この音は……!」
夜の静寂を切り裂いて響き渡る銃声は、長瀬祐介の耳にも届いていた。
それは聞き覚えのある銃声――宮沢有紀寧が藤林椋の命を奪った時に聞いた、殺戮の鐘だった。
銃に詳しくない祐介でも聞き分けられるくらい、その音は近くから聞こえてきた。
有紀寧が銃弾を無駄に使用する愚を犯すなどありえない……戦闘が行われていると考えるのが妥当だろう。
勿論有紀寧が初音と戦っているとは限らない、例えばゲームに乗った者と殺し合いっている可能性もある。
だが何故か確信が持てた。今有紀寧と戦っているのは初音で……戦いは既に始まってしまっていると。
「初音ちゃん……お願いだ、無事でいてくれっ!」
民家の密集地帯を抜け、街道を越え、ひたすら音の出所を目指して駆け抜ける。
初音を探し始めてから二時間以上も走り続けた祐介の体力は、とうに限界を超えていた。
もうどれだけ走ったかも分からないし、戦いの現場に辿り着いた所で何が出来るかも分からない。
それでも走った。形振り構わず全力で、祐介は走り続けた。
やがて祐介の瞳に、闇夜の中に一つのシルエットが伸びているのが映った。
僅かな月の光に助けられ、その影の正体が何であるかはすぐに見て取れた。
「有紀寧っ……!」
祐介は足を止めて、冷笑を携えた人影――宮沢有紀寧を睨みつける。
数多の人間の命を踏み躙った絶対悪。祐介にとって有紀寧は、もう主催者以上に憎むべき対象となっていた。
殺人を重ねてきた少女が放つ、言葉では表せぬ身の毛もよだつ迫力。自分如きが敵う相手とは思えぬが、それでも祐介は有紀寧から目を逸らさない。
有紀寧は自身に向けられた殺意の眼差しを、余裕の表情で受け流す。
「ふふ、一足遅かったですね。もう――終わりましたよ」
「終わった、だって……?」
「ええ、そちらをご覧下さい」
有紀寧が指差した方向を追って、祐介が首を動かした。呼吸が止まるような思いだった。

780狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:45:23 ID:nzSvzy/k0
月明かりに照らされた冷たい地面の上。そこに形成された円状の、紅い水溜り。
その中央部に大きなゴミ袋か何かみたいなものが転がっていた。
祐介はその物体が何かを確認しようと少し足を進めて、そして自分の中の世界が崩れてゆくのを感じた。
「う……あ……初音ちゃあああああんっ!」
見間違えるはずも無い、祐介の探し人――初音がぐったりと土の上に倒れ伏せていた。
祐介が慌てて駆け寄り初音の身体を抱きかかえると、その胸から止め処も無く血が流れ落ちているのが見えた。
あの愛らしかった瞳は光を失い、どろりと濁っている。
儚げな白い肌は血で赤く染まり、胸の奥に赤黒い臓器が見え隠れしていた。
「うそ……だ……」
祐介が喉の奥から掠れた声を漏らした。
「初音ちゃん、分からないのかい? 僕だよ、祐介だよ。僕は初音ちゃんを助けにきたんだよ。
 あ、首輪の事なら心配いらないよ。どうにかなりそうなんだ」
初音の身体を支えながら、矢継ぎ早に言葉を続けてゆく。
「だからさ……、早く起きようよ。 やっと……やっと会えたんじゃないか。僕がずっと初音ちゃんを守る……から………、一緒に行こう」
だが、かつて祐介を優しく慰めてくれた少女の口からは、もう何の言葉も紡がれはしない。
「初音ちゃん……。お願いだから、目を開いてくれよーーーーーーっ!!」
数多くの悲劇を生み出した氷川村に、また一つ、悲痛な叫びが響き渡る。
視界がぐにゃりと歪んでいく。それでようやく祐介は、自分が涙を流しているのだと分かった。
続いて自分の意識すらも、段々と薄れてゆく。正常な思考能力は既に失われている。
どうしてこんな事になってしまったのか、祐介にはまるで分からなかった。
自分が死ぬのは、ある意味まだ許容出来る。強要された上での事とは言え、無実の人間を襲ったのだから。
だがこの子が……初音が何をした?彼女はとても心優しい女の子だった。
いつだって初音は自分よりも周りを第一に考え、その小さな身体で頑張ってきたのだ。
人に感謝されこそすれ、不当に命を奪われる謂れなど存在し得ない。
初音の人生は本当に尊い、何者であろうと奪ってはならないものだった。
それがただ一人の悪魔による身勝手な謀略で、完膚無きまでに踏み躙られてしまった。

781狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:45:56 ID:nzSvzy/k0
後ろであの女の声がする。
「……憎いですか? 悔しいですか? 『祐介お兄ちゃん』」
初音の胸に顔を埋めていた祐介が、ゆらりと幽鬼のように立ち上がり、涙に塗れた瞳で有紀寧を捉えた。
「お前の所為だ。お前みたいな生きる価値も無い外道の所為で、初音ちゃんがっ……!!」
祐介の頬を伝う涙。初音の血が混じり薄い赤色に染まったそれは、まるで血の涙のようだった。
有紀寧はその赤い涙に対して、コルトバイソンの暗い銃口を向ける事で応えた。
「貴方如きに銃弾を使うのは本来なら避けたいのですが、窮鼠猫を噛むという諺もありますからね。念には念を押させて貰います」
体力を消耗しきった祐介では、銃弾を躱すなどという芸当は到底無理だ。
コルトバイソンに装填されている最後の銃弾は確実に祐介を貫き、彼の抱いている想いなど意にも介さず全てを終わらせるだろう。
しかし祐介は武器も持たずにすっと目を閉じて、頭の中で『あの日の事』を思い出していた。

   *     *     *

782狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:46:37 ID:nzSvzy/k0
――月島拓也と対峙し、彼の毒電波によって精神を破壊されそうになったあの日。
自分はただ月島瑠璃子を救う事だけを願った。それを成す為のより強い力を願った。
その時に瑠璃子が教えてくれた、祐介の中に隠された最強の兵器。
もう二度と使う事が無い……憎しみと狂気の大半を失った自分では使える筈の無かったあの爆弾。
世界を燃やし尽くし、人という人を例外無くドロドロに溶かす最悪の狂気。
それは確かに、まだ自分の心の奥底に存在している。原型はとうの昔に完成させてある。
後はただ感情に――次から次へと溢れ出す、憎しみと狂気に身を任せるだけだ。
憎い憎い憎い憎い憎い憎いニクイニクイニクイニクイニクイ……!
全てが憎かった。宮沢有紀寧も、主催者も、初音にあんな仕打ちを与えたこの世界そのものも憎かった。
自分も憎かった。初音を守ると誓ったにも関わらず、結局何も出来なかった愚かな自分が。
みんな壊れてしまえばいい。瑠璃子も初音ももう死んでしまった。
初音を救えなかった自分に生きる資格など無いし、この世界にだって存在する価値など無い。
だってそうだろう?仮に首尾よく主催者を倒せたとしても、瑠璃子も初音も決して生き返りはしない。
彼女達が余りにも理不尽に命を奪われたのに、今この瞬間だって世界の至る所で人々は能天気に笑っているのだ。
そんなの、許せる筈も無い。こんなどうしようも無い世界など、壊れてしまえば良い。
初音や瑠璃子と同じように、みんな死んでしまえば良いのだ。
今自分の眼前には、一つの導火線がある。月島拓也と戦った時を遥かに凌駕する、圧倒的な爆弾の導火線だ。
誰かの為などと言う意識の混じっていない、純粋な破壊を願う狂気のスイッチだ。
祐介は一度だけ瑠璃子と初音の顔を思い出し――そして、全ての終わりを望んだ。

   *     *     *

783狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:47:45 ID:nzSvzy/k0
「くっ……これは……!?」
目を開くと、銃を取り落とした有紀寧が、何が起こったのか全く分からないといった感じの顔をしていた。
当然だろう、電波による攻撃を受けた経験なんて無いに違いないから。
祐介が生成した巨大過ぎる毒電波は、制限を受けてなお宮沢有紀寧の身体の自由を完全に奪い去っていた。
だがその程度で済んだ事実に有紀寧は感謝せねばならない。
今の祐介の毒電波は、制限さえ無ければこの島に存在する全ての人間を壊し尽くす程のものだった。
突然頭の中に侵入され、意識がある状態で身体の自由を奪われる恐怖は、実際に体験した自分が良く知っている。
祐介はにやりと歪んだ笑みを浮かべ、それから口を開いた。
「やっとお前の心を犯す事が出来たよ。これが、僕の力――『毒電波』だ」
「……毒……電波……?」
「そうだ。人の脳に侵入して、自分の思い通りに相手を操れる史上最悪の力さ。
 制限されていたから今の今まで殆ど使えなかったけど……お前のおかげで多少は使えるようになったよ」
有紀寧が否定しようと口を動かそうとした瞬間、祐介は電波の力を強めてそれを遮った。
「分かる……分かるよ。『何を馬鹿な……そんなの力が存在する訳無い』って言おうとしたんだよな。
 でも実際にお前の身体は動かない。それが僕の言葉が真実である、何よりの証明だろ?」
かつて自分がされたように嘲笑うような口調で告げると、有紀寧の顔が見る見るうちに絶望の色に染まっていった。
少し前まではまるで勝てる気のしなかった悪魔が、今はとても矮小な存在に思えた。

784狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:49:06 ID:nzSvzy/k0
祐介は鞄の中から金属バットを取り出すと、有紀寧の身体を操って転等させ――そして敢えて、電波の力を少し緩めた。
恐怖に歪んだ顔でこちらに視線を送る有紀寧に、弾んだ声で話し掛ける。
「僕はお前の言うように『お人好し』だからね、少し電波を弱めてあげたよ。これ以上は力を強めないから、逃げたきゃ逃げてみろよ」
「…………っ!」
有紀寧は体を動かして立ち上がろうとしたが、すぐにバランスを崩して転んでしまう。
ばっと顔を上げると、バットを持った祐介がゆっくりと自分の方へ近付いてきていた。
「ほらほら、早く逃げないとお前の頭を砕いちゃうぞ? それとも得意の悪巧みで何とかするつもりか?」
粘りっこく纏わりつくような、そんな重い声が有紀寧の耳に届く。
説得は無意味――祐介はどんな言葉を掛けられようも、決して止まりはしないだろう。
「――ぁ、うぁ……」
有紀寧は迫り来る恐怖から逃れる為に手足をバタバタと動かして、必死に地面を這った。
顔が地面と擦れ合い、口の中に苦い土の味が広がってゆく。
――時間など与えず即座に祐介を殺していればこんな事態にはならなかった。
有紀寧の心は、強い後悔と途方も無い恐怖で覆い尽くされていた。
「いいザマだな。その調子で芋虫みたいに這って、僕を楽しませてくれよ」
背後から何か声が掛けられたが、もう聞こえはしなかった。
死んだらどうなってしまうのだろうか。死後の世界?……馬鹿らしい、そんなものある訳が無い。
全ての人間は命を失えば等しく、蛋白質の塊となってしまうだけだ。
死は人間にとって完全な終幕――身内を失った経験のある有紀寧は誰よりもそれを理解しており、だからこそ死を異常に恐れていた。
(嫌……嫌だ……私はまだ……死にたくないっ……!)
有紀寧が涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、不恰好な匍匐前進を続ける。
程なくして、そんな彼女の脇腹を強烈な衝撃が襲った。
呻き声を上げる暇すらなく、有紀寧はその衝撃に吹き飛ばされて仰向けに倒れた。
空を仰ぐ有紀寧の視界に足を振り上げた祐介の姿が映り、それで自分は蹴り飛ばされたのだという事が分かった。

785狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:50:08 ID:nzSvzy/k0
「がはっ……げふっ……」
「僕なんて『如き』で表現出来るような小者なんだろ? 早く宮沢有紀寧様の大者な所を見せてくれよ。
 沢山の人をゴミみたいに扱ってきたお前ならそれくらい簡単だろ?」
痛み苦しんで、もがく有紀寧の腹を無造作に蹴り上げる。
「あぁ、うあああっ!」
有紀寧の口から次々と漏れる苦悶の声は、祐介にとって何よりの快楽だった。
腹を蹴るのを止めると見せかけて、次は左腕を思い切り踏みつける。
「ひぐぅっ!」
祐介の足に肉を踏み潰す嫌な感触が伝わり、有紀寧が奇声を上げた。
祐介は最後に有紀寧の髪を乱暴に掴むと、大きく拳を振り上げた。
相手の意図に気付いた有紀寧が、必死の形相で許しを請う。
「や、やめ――」
「駄目だね。お前も初音ちゃんの苦しみを味わってみろよ」
全力で振るわれた拳が有紀寧の頬に突き刺さり、歯を数本叩き折っていた。
本来身体を吹き飛ばしていた筈だった衝撃は全て頭皮に吸収され、大量の髪が有紀寧の頭から千切れ落ちた。
「…………っっ!!」
口の中に血が溢れているので、悲鳴を上げて苦痛を紛らせる事すら叶わない。
血反吐を吐きながら苦しそうに咳き込む有紀寧を見て、祐介は満足げに哂った。
「さて……本当なら月島さんがやったみたいに陵辱してから殺したいけど……。僕はまだまだやる事があるからね。そろそろ死んで貰おうか」
有紀寧を痛めつけるのは、祐介にとって人生最大の愉悦だったが、まだまだ殺すべき敵は残っている。
何しろ自分は参加者を全て殺し、主催者も殺し、世界も壊さなければならないのだ。
祐介はその第一歩を踏み出すべく、地面に落ちていたコルトバイソンを拾い上げて、有紀寧の額に押し付けた。
「た……助けて……」
息も絶え絶えといった様子で、有紀寧が助命を懇願してくる。祐介はそれを、一笑に付した。
「あの優しい初音ちゃんに対して、お前は何をやった? 僕がお前を許す訳が無いだろう」
余りにも見苦しい命乞いに、祐介はほとほと呆れ果てていた。
この世界でこれ以上有紀寧が生命活動を続けるなど、到底許容出来ぬ。
祐介がコルトバイソンの撃鉄を上げた後、大きな銃声が夜の氷川村に反響した。

786狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:51:06 ID:nzSvzy/k0
――銃声は祐介がコルトバイソンの引き金を絞る寸前に聞こえてきた。
それから一瞬遅れて、祐介は身体の数箇所に跳ねるような痛みを感じた。
コルトバイソンを取り落とし、地面にがくりと膝をつきながら横を見ると、金色の髪をなびかせた美しい白人女性が立っていた。
その女性の手にはコルトバイソンの数倍はあるであろう、大きな銃が握られていた。
あの銃から吐き出された銃弾が、自分の身体に、恐らくはもう助からない程の損傷を与えたのだ。
女性――リサ・ヴィクセンの手元にあるM4カービンが再び祐介に向けられる。
祐介はその銃口から逃れようとはせずに、自身に残された力を全て精神の集中に費やした。
腹の中で熱の感触が膨れ上がってゆく――気にしている暇など無い。
痛みにのたうち回るのも、初音の死体を弔うのも、死ぬのも、目の前の敵と有紀寧を屠った後で良い。
今は自分が持ちうる最強のカードを使用する事に全てを注ぎ込むんだ――!
「壊れろ……壊れろ……壊れてしまええええええっ!!」
一瞬で形勢された毒電波の塊を、リサに向かって乱暴に放出する。
回避も目視も不可能な電波の雪崩は一瞬でリサの身体を制圧するかのように思えたが、そうはいかなかった。
「く……あ……!?」
リサの身体を大きな脱力感が襲ったが――それ以上は何も起こらなかった。
「そ、そんな……こんな筈は……!」
再び電波の力を集めようとしたが、その前にリサの手元から強烈な閃光と轟音が放たれる。
祐介の胸から腹にかけて、複数の大きな風穴が開き、そこから血が噴き上げた。
上半身をくの字に折り曲げながら、祐介は思った。
時間が足りなかった――制限された環境下においては、一瞬で集めれる程度の電波くらいで敵の自由を奪えはしなかった。
朦朧とする意識の中で、しかし冷静に失敗の原因を分析した祐介は、再び電波のエネルギーを収集する。
もう身体の感覚は無いし、自分が呼吸をしているかさえ分からなかったが、問題無い。
最後の電波を生成する為に必要な、脳の機能さえ保てていれば十分だ。

787狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:52:38 ID:nzSvzy/k0
イメージするのは世界の崩壊、身を任せるのは熱くねっとりとした殺戮の衝動。
罅割れる大地、猛り狂う空、灼熱地獄のような炎の中、逃げ惑う愚民共の姿。
妄想の世界の中では神である自分が描いた爆弾によって、民衆が次々と溶けてゆく。
彼らの悲鳴と懇願を無視しながら、自分は最後の爆弾を放つのだ。
――祐介がそこまで想像した時には、十分過ぎる程膨大な電波が集まっていた。
「ア……ア……アアアァァァァッ!」
今度こそ膨大な量の電波に飲み込まれ、リサの身体は完全に制御を失っていた。
もう祐介の筋肉はその機能を果たさなくなっているので、相手を停止させるだけでは意味が無い。
残された手段はたった一つ、リサの身体を操って有紀寧を殺した後に自害させるのだ。
だがそこまで考えた時、祐介は突然喉に異物が侵入してゆく感触を覚えた。
(…………ッ!?)
奇跡的にまだ機能を維持していた祐介の瞳に、包丁を構えた有紀寧の姿が映った。
その顔にはいつものような余裕の笑みは無く、戦慄に引き攣っていたが――ともかく自分は、負けたのだと分かった。
恨みを籠めた言葉の一つでも浴びせたかったが、切り裂かれた喉からはひゅうひゅうと、耳障りな音が発されるだけだった。
(初音……ちゃん……)
横を見ると、初音の見開かれた目が自分の方を向いている気がした。
(初音ちゃん、初音ちゃん、初音ちゃん……!ごめんよ……僕は……)
もう電波を生成する時間も余力も、自分には残されていない。
祐介が最後にイメージした世界は、自分と初音の、二人だけの世界。
その世界の初音は穏やかな、信じられないくらい穏やかな表情をしていた。
――僕は結局、最後まで何も出来なかった。ごめんね、初音ちゃん……。
――ううん、良いよ……気にしないで。
――でもっ……!
――あんな世界なんて、もうどうでも良いじゃない。それよりこっちの世界で、楽しくやろうよ。
――……そうだね。僕もあんな世界、どうなったって構いはしないよ。
――うん。それじゃ、行こっか?
差し出された初音の小さな手を取って――そこで、もう一度銃声が響き、彼の世界は終わった。

788狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:54:16 ID:nzSvzy/k0
    *     *     *

「…………」
「…………」
宮沢有紀寧とリサ・ヴィクセンは無言のままに、祐介と初音の死体を眺め下ろしていた。
何処にそんな力が残っていたのか、祐介は地を這うように移動して、しっかりと初音の手を握り締めたまま息絶えていた。
そう、息絶えている筈だ。リサが放った銃弾は確かに祐介の後頭部を破壊し、疑いようも無く殺害せしめた筈なのだ。
それでも次の瞬間にはまた狂気の力を放ってくるような気がして、二人共何も言えなかった。
地面に横たわる少年の、何も映さぬ漆黒の瞳。それが何よりも恐ろしかった。


【時間:2日目19:45】
【場所:I−7】
リサ=ヴィクセン
【所持品:鉄芯入りウッドトンファー、支給品一式×2、M4カービン(残弾7、予備マガジン×3)、携帯電話(GPS付き)、ツールセット】
【状態:精神的に疲労、肉体的には軽度の疲労、マーダー、目標は優勝して願いを叶える。一路教会へ】

宮沢有紀寧
【所持品①:参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(2/6)】
【所持品②:ノートパソコン、包丁、ゴルフクラブ、支給品一式】
【状態:肉体精神共に疲労、前腕軽傷(治療済み)、腹にダメージ、歯を数本欠損、左上腕部骨折】

789狂気の果てに:2007/03/26(月) 17:55:10 ID:nzSvzy/k0
長瀬祐介
【所持品1:コルトバイソン(1/6)、100円ライター、折りたたみ傘、金属バット・ベネリM3(0/7)・支給品一式×2、包丁】
【所持品2:懐中電灯、ロウソク×4、イボつき軍手】
【状態:死亡】

柏木初音
【所持品:鋸、支給品一式】
【状態:死亡】

→764
→773

790名無しさん:2007/03/26(月) 20:15:52 ID:nzSvzy/k0
>>780
以下のように訂正お願いします、お手数をおかけして申し訳ございません
>月明かりに照らされた冷たい地面の上。そこに形成された円状の、紅い水溜り。
      ↓
空を覆う雲の間より漏れる月明かりに照らされた、冷たい地面の上。そこに形成された円状の、紅い水溜り。

791世界で一番綺麗な場所へ:2007/03/28(水) 15:19:09 ID:oXLpm9G.0

思うさま叩きつけた拳にこびり付いた血と鼻汁を、次の一人の腹に正拳を捻じ込むことで拭き取る。

「―――二百と、十八」

淡々とした声。
身体をくの字に曲げた眼鏡の少女、砧夕霧の無防備な首筋に肘を落としながら、松原葵はカウントを一つ増やす。
腕を折ろうと膝を砕こうと蠢き続ける夕霧に対して、葵が見出した最も簡易な対処法は、頚骨を砕くことであった。
延髄を破壊してしまえば、さしもの夕霧も生命活動を止める。
頭蓋を砕くよりも、頸を折る方が早かった。

葵が歩を進める。
身を沈め、右の脚を鞭のようにしならせて繰り出す。
相手の足を刈るような水面蹴り。
重心を強引にずらされ、夕霧が綺麗に横転する。
倒れた夕霧を、何の感情も浮かべない瞳で見下ろして、葵は足を踏み出した。
震脚。何気ない動作に全体重を乗せたその踏み込みに、夕霧の喉がひとたまりもなく弾けた。
けく、と空気の抜ける音を残して、夕霧が息絶える。

「二百十九」

呼吸すら乱さず、葵が次の夕霧を殺すために視線を動かした。
その先には、にたにたと笑みを浮かべた夕霧がいる。
空虚な笑みを、その命ごと破壊するために、葵が拳を振るった。

792世界で一番綺麗な場所へ:2007/03/28(水) 15:19:42 ID:oXLpm9G.0

瑠璃子と呼ばれた女の足取りを追うのは、容易かった。
葵の行く先には、常にどこからともなく砧夕霧が現れていた。
それが瑠璃子の差し金であることは疑いようがなかった。
何となれば、葵の前に姿を見せた夕霧は、一様に同じ表情を浮かべていたのである。
どろりと濁った瞳に、張り付いたような中身のない笑み。
見紛いようもない、瑠璃子と呼ばれていた女の浮かべていたものと寸分違わぬ表情だった。

まるで葵を誘うように、夕霧は現れた。
そのすべてを殺し、砕き、壊しながら、葵は歩き続けていた。
拳に死を纏う、それは道行きであった。



松原葵は死ぬべきだと、葵は思っている。
悪に敗れた拳に、存在意義などありはしなかった。
暴力に屈した強さなど、辱められ、絶望の中で死ぬべきだと、そう思う。

瑠璃子と呼ばれた女は、葵を辱め、そして去った。
ならば、あとは絶望の中で死ぬことだけが、葵に残された道だった。
それが、松原葵の奉じる強さの末路であるべきだった。

だが、葵は生きている。
殺されず、生き恥を晒している。
ならば自らの手で死のうと思い、そして果たせなかった。
恐怖ゆえにではない。未練ゆえにでは、断じてない。

ただ、足りなかった。
己を埋め尽くし、塗り潰すだけの絶望が。
見上げた空には一片の希望もなかったが、絶望もありはしなかった。
虚ろな灰色の空が、ひどく近く思えて、手を伸ばした。
何一つ、掴めなかった。

死ねなかった。
絶望もなく、悲嘆もなく、身を切るような悔恨もなく、こんなに虚ろなままでは死ねないと、
死んではいけないと、思った、
もっと、もっともっと、絶叫と涙に塗れて、あらゆる後悔に苛まれながら、死ぬべきだと思った。

だから、瑠璃子と同じ表情の少女たちが現れたとき、葵は微笑みすらしたものだ。
これが慈悲かと、目にはうっすらと感謝の涙を浮かべながら、最初の一人を殺した。
道は、続いていた。絶望という救済へ続く道を、瑠璃子は残しておいてくれたのだ。
終末は、完成された死だった。
己が命を弄びながら、松原葵は夕霧を殺していった。

793世界で一番綺麗な場所へ:2007/03/28(水) 15:20:01 ID:oXLpm9G.0

眼前が、開けていた。
鎌石小中学校。傍らのプレートには、そう刻まれていた。
門をくぐれば、そこは校舎に囲まれた中庭のようだった。
中央には噴水が配され、休み時間ともなれば学徒たちの憩いの場となるのだろう。
だが、今そこに立っているのは前途洋々たる子供たちではなかった。
虚ろな笑みを浮かべたまま、中庭を埋め尽くしていたのは、砧夕霧の大軍勢である。
それを見やって、嬉しそうに笑うと、松原葵はそっと呟いた。

「―――殺してもらいに、来ました」

瞬間、すべての砧夕霧が、葵に目掛けて殺到していた。
葵もまた、応えるように、拳を固めて走り出した。

殺意なき殺戮が、始まった。

794世界で一番綺麗な場所へ:2007/03/28(水) 15:20:14 ID:oXLpm9G.0


 【時間:2日目午前10時30分過ぎ】
 【場所:D−6 鎌石小中学校・校門】

松原葵
 【持ち物:支給品一式】
 【状態:空虚】

砧夕霧
 【残り27328(到達0)】
 【状態:電波】

→628 ルートD-2

795困惑:2007/03/29(木) 14:35:41 ID:LhiNRSkE0
広瀬真希が示してみせた見覚えのあるロザリオを、みちるがじっと凝視する。
「……それは美凪がつけてたペンダント?」
「ええ……そうよ」
沈痛な表情で、真希が答える。少し遅れて、一人、また一人と顔を歪めていき、場が静まり返った。
岡崎朋也とみちるだけが場に流れる空気の意味を理解出来ず、きょろきょろと辺りを見回している。
古河秋生は苦々しげに大きく舌打ちをした後、真希と北川潤に向かって手招きをした。
「おめえらは敵じゃなさそうだな。となりゃいつまでもここで話してる事も無いだろ……中に入んな」
「オッサン?」
続けて何かを言い掛ける朋也。それを遮って、秋生が小さく耳打ちをする。
「――覚悟はしとけ。多分、悪い話を聞かされる事になる」
「え……?」
呆然と立ち尽くす朋也にはもう構わずに、秋生は家の中へと踵を返して歩き出した。

居間に戻るとある者は床に、ある者は椅子に腰掛け、緊張を解いてゆく。
そんな中で唯一朋也だけは、構えこそ解いているものの、銃は握り締めたままだった。
その姿がちらっと目に入り、北川はごくりと唾を飲み込んだが、すぐに口を開いた。
「――じゃあ説明するぞ。なんで俺達がみちるちゃんを知ってたか……。そして、みちるちゃんを探していた理由を」
北川は話し始めた。まずは広瀬真希と――遠野美凪の出会い。この時点で既に、みちるの外見的特長は聞いていた。
そして、藤林杏を襲っていた柊勝平との一戦。
完全に狂気に取り込まれていた勝平の様子と最期を語ると、朋也が思い切り床を殴りつけた。
「畜生! なんでアイツ、こんなクソッタレゲームに乗っちまったんだ!」
その剣幕の凄まじさに、全員黙り込んでしまう。だが程なくして朋也は我に返り、「……すまん、続けてくれ」と言った。
続けて語られるは相沢祐一達との別れ、ホテルで知った前回大会についての事項と、その後に起こった悲劇。
このみが殺された理由は未だ分からないままだが、とにかく首輪に爆破機能が付いてる事は証明されてしまった。

796困惑:2007/03/29(木) 14:37:19 ID:LhiNRSkE0
それから――
「あの、何してるんですか?」
「うーん、ちょっとな」
古河渚の問い掛けに生返事をしながら、北川が紙に鉛筆を走らせてゆく。
渚達がその紙を覗き込むと、そこには驚くべき内容が書かれていた。
『俺達は二日目の夜明けと共に平瀬村工場に行って、そこで知ったんだ――盗聴されている事を』
「え――」
大きく声を上げそうになった渚の口を、済んでの所で秋生が塞ぐ。
北川はぐっと親指を立てた後、紙に続きを書き始めたが、その動きが途中で止まった。
『工場を出た後、俺達は柏木千鶴と柏木耕一にいきなり襲われて、それで……』
北川はみちるの方を見て、奥歯を強く噛み締める。
「…………?」
不思議そうな瞳でみちるが視線を返したその時、彼らの耳に三回目となる放送が届いた。




――重苦しい空気が流れ、静寂が部屋の中を包み込む。放送が終わった後、誰もが俯いてしまっていた。
それ程に今回の放送は各自に大きな精神的ダメージを与えていた。

797困惑:2007/03/29(木) 14:37:59 ID:LhiNRSkE0
「何だよこれ……。アイツラみんな、死んじまったってのか……?」
朋也の知人、相良美佐枝、藤林椋、一ノ瀬ことみ、芳野祐介、幸村俊夫。彼女達はもうこの世にいない。
美佐枝は面倒見の良い人間だったから、きっとこのゲームの中でも誰かの世話を焼いていただろう。
椋は大人しい女の子だったが、根はしっかりしている。自分から人を傷つけようなどと、する訳が無い。
ことみは……頭が良過ぎて行動は予測出来ない。しかし彼女なら、常人の想像など及ばぬような方法で脱出を企てていた筈だ。
芳野祐介や幸村俊夫だって、殺人者になった末に死んだとはとても思えない。
ならば答えは一つ、彼女達は何も悪い事はしていないのに、理不尽な暴力で命を奪われてしまったのだ。
(クソ……クソクソクソッ! ふざけんなよ……!)
大きな喪失感と彰に抱いた以上の憎しみで、朋也の理性は弾け飛ぶ寸前だった。
再び復讐鬼としての道を歩む為に、今すぐ家を飛び出したい衝動に駆られたが、そこで声が掛けられる。
「朋也君、落ち着いてください……。きっと死んじゃった皆は復讐なんて望んでいません」
「けどっ……!?」
朋也が反論しようとした矢先、彼の胸を柔らくて暖かい衝撃が襲った。
渚が上半身を少し倒して、朋也の胸に顔を埋めていた。
「渚……?」
「――私さっき怖かったんです」
渚の声は、何時に無く震えていた。
「朋也君が人を殺しに行ったって、死んじゃうかも知れないって聞いて、凄く怖かったです」
「…………」
渚の顔は下を向いていたが、どんな表情をしているかは想像に難くない――朋也の服に染み込んだ暖かい液体が、彼女の心境を教えてくれた。
「お母さんはもう死んでしまいました。お願いですから朋也君まで……居なくならないで下さい」
「……ごめん」
朋也はそれだけ言うと両腕を伸ばし、渚の肩を抱きしめた。
(そうだ……これ以上俺が暴走する訳にはいかない。復讐心は殺人者と出会うその時までとっとけば良い。
 今はこいつを……渚を守る事だけを考えるんだ……)
とてもか細いその身体の感触が、胸に伝わる体温が、朋也の心に落ち着きを取り戻させていった。

798困惑:2007/03/29(木) 14:38:56 ID:LhiNRSkE0
   *     *     *

今回の放送では、北川の知人も多く名前を呼ばれてしまった。
ホテルや平瀬村で出会った仲間達からも沢山の犠牲者が出ていたが、それ以上に重い存在の死で北川の心は一杯になっていた。
「相沢……お前逝っちまったんだな……」
あの祐一が殺された。それは北川にとって、にわかには信じ難い事実だった。
祐一の土壇場での行動力は自分などとは比べ物にならない。仲間も、別れた時点では沢山居た筈だ。
だが放送で名前を呼ばれてしまった以上、祐一の死を疑う余地は存在しない。
目の前で掛け替えのない仲間を失った経験のある北川は、取り乱したりはしなかった。ただ――
(もうアイツとつるんで、馬鹿やれた時間は戻ってこないんだな……)
完全に喪失した日常を思うと、胸の奥がずきんと痛んだ。
「川名先輩や藤田も死んじゃったね……」
真希が横から話し掛けてくる。彼女は涙こそ流していたかったものの、とても悲しそうな顔をしていた。
「これが夢だったら良かったのにな……」
「そうね。潤と出会えなくなるのは嫌だけど、あたしもそう思うよ……」
この島で芽生えた絆だって確かにある。北川が真希や美凪と築いた絆は、親友の祐一とのそれにも匹敵する。
それでも人が余りにも沢山死に過ぎて、失う物が多過ぎて、二人はこの悪夢が醒める事を願わずにはいられなかった。

   *     *     *

799困惑:2007/03/29(木) 14:40:00 ID:LhiNRSkE0
「ちっ……もう謝る事すら、出来なくなっちまったな……」
抱き合う朋也達を横目で見ながら、秋生が一人小さな声で呟く。
霧島聖は死んだ。霧島佳乃を守れなかった侘びを入れるのは、もう永久に不可能となった。
秋生はやり切れない気持ちになったが、すぐに感傷に浸っている場合では無いと思い直す。
過ぎ去った事に思いを馳せても人は生き返らない以上、ここで心を痛めていても何も変わらない。
今は最年長の自分が、悲しみに支配されたこの場を纏めなくてはならないのだ。
「……落ち込んでるトコ悪いが、ちょっと聞いてくれるか」
秋生の声に、一同の視線が集中する。
「皆色々思う所はあるだろうけど、頭を悩ませるのは生きて帰ってからにしてくれ。非情なようだが、今俺達が考えるべきはこれからの事だけだ」
それは揉めるのも覚悟の上で行った、冷たい言い草の発言だ。
しかし秋生の予想に反して、誰も突っかかってこようとはしなかった。
生き残った者に課せられた義務は何か、この島で生き延びるには何が必要か、もう誰もが分かっているのだ。
北川がまた紙に文字を書いて、それから真希の手を引いて立ち上がった。
「まずは食事にしよう。腹を膨らませた方が良いアイデアも浮かぶってもんさ」
そう言い残して北川と真希は台所に消えていった。すぐに秋生達は残された紙に目を通す。
『いきなり悪いな……。でも俺達は、みちるちゃんにハンバーグを作ってやってくれと、美凪から頼まれてるんだ。
 伝えたい情報は大体鞄の中に入ってる紙に書いてあるから、それを見ながら待っててくれ』
北川の鞄を漁ると、長々と情報が書き綴られた紙が入っていた(教会での情報交換の際に使用したものである)。
それによると、首輪を解除し得る技術と装備を併せ持った――姫百合珊瑚とその仲間が平瀬村周辺の何処かにいる。
そして宮沢有紀寧こそがロワちゃんねるに偽の書き込みをした犯人であり、最も警戒すべき敵の一人だという事実だった。
(宮沢……お前まで殺し合いに乗っちまったのか……)
自分の知る有紀寧とは大きく逸脱した行動に、朋也は強い怒りを悲しみを覚えていた。
もう憎悪に身を任せはしないが、沸き上がる感情だけは自制しようも無い。
大きく深呼吸をして気を落ち着けた後、思考を纏めようとして――みちるの様子がおかしい事に気付いた。

800困惑:2007/03/29(木) 14:41:31 ID:LhiNRSkE0
「みちる……?」
みちると美凪がとても親密な関係であったのは聞いている。
だから朋也は、みちるが泣き崩れているものだとばかり思っていた。
年端もいかぬ少女が大切な存在を失ったら、悲しみを抑えきれないだろうと、そう考えていた。
しかし朋也が視線を動かした時、みちるは泣いてなどいなかった。
「そんな……筈無い……だってみちるは美凪の夢なんだから…………」
みちるは焦点の定まらぬ目をしたまま、ぶつくさと理解出来ぬ事を呟いている。
「おいみちる、どうしたんだよ?」
「……美凪が死んだら……みちるも消えちゃうに決まってるのに……」
朋也が話し掛けても、みちるはこちらを見ようともしない。まるで二人の間に、透明な壁があるかのようであった。
どう対応すれば良いか検討もつかなくなり、朋也の思考は混乱の一途を辿っていった。

【時間:二日目・18:30】
【場所:B-3民家】
古河秋生
 【所持品:S&W M29(残弾数0/6)・支給品一式(食料3人分)】
 【状態:情報を整理中、左肩裂傷・左脇腹等、数箇所軽症(全て手当て済み)。渚を守る、ゲームに乗っていない参加者との合流】
古河渚
 【所持品:包丁、鍬、クラッカー残り一個、双眼鏡、他支給品一式】
 【状態:情報を整理中、左の頬を浅く抉られている(手当て済み)、右太腿貫通(手当て済み、痛みを伴うが歩ける程度に回復)】
みちる
 【所持品:セイカクハンテンダケ×2、他支給品一式】
 【状態:呆然、混乱】
岡崎朋也
 【所持品:トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・三角帽子、薙刀、殺虫剤、風子の支給品一式】
 【状態:混乱。マーダーへの激しい憎悪、全身に痛み(治療済み)。最優先目標は渚を守る事】

801困惑:2007/03/29(木) 14:42:22 ID:LhiNRSkE0
北川潤
 【持ち物①:SPASショットガン8/8発+予備8発+スラッグ弾8発+3インチマグナム弾4発、支給品】
 【持ち物②:スコップ、防弾性割 烹着&頭巾(衝撃対策有) お米券】
 【状況:真希を手伝う。チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】
広瀬真希
 【持ち物①:ワルサーP38アンクルモデル8/8+予備マガジン×2、防弾性割烹着&頭巾(衝撃対策有)×2】
 【持ち物②:ハリセン、美凪のロザリオ、包丁、救急箱、ドリンク剤×4 お米券、支給品、携帯電話】
 【状況:ハンバーグ作成中。チョッキ越しに背中に弾痕(治療済み)】

※北川達は珊瑚が教会にいる事までは知りません
→634
→747
→767

802後悔:2007/03/30(金) 21:31:50 ID:ZLJdWx7c0
緒方英二、そして篠塚弥生――それぞれの想いを吐露し、二人は対峙する。
数少ない元の世界からの知り合いなのに、二人が協力する事はもう未来永劫あり得ない。
少しでも何かが違っていたら、こうはならなかっただろう。
森川由綺が死にさえしなければ、弥生は殺戮の道へと身を投じなかった。
英二が街道沿いのルートを選ばなければ、このような窮地に追い込まれはしなかった。
だが運命の歯車は確かに噛み合ってしまい、二人に決着を強要する。
空を覆い尽くす暗雲は、彼等の行く末を暗示しているかのようであった。
守る為に、殺す為に、十メートル程の間合いを取って、互いの身体に銃口を向ける。
今の状況は両者にとって最大の好機であると共に、絶体絶命の危機でもある。
このまま攻撃するだけでは確実に撃ち殺されるし、回避を優先すれば機会を逸してしまうだろう。
ならばどうするか――決まっている。二つ纏めて行えば良いのだ。
「さあ――ラストダンスといこうか?」
「ええ、お相手させて頂きます」
瞬間、二人は動いた。
英二は銃を放つと同時に横へ飛び退こうとし、弥生もまた同じ行動に出る。
少し遅れて英二の肩が、弥生の左腕が、夥しい鮮血と共に大きく抉られた。
「うぐぁっ!」
「え……英二さんっ!」
後ろから観鈴の悲鳴が聞こえてくる。
跳ねるような激痛に悶絶しそうになりながらも、英二の目は戦意を失っていない。
大地を蹴り上げて、強引に体勢を整える。
英二は左方向にいる弥生へと、視線を向け――視界の隅で、自身の左肩から白いモノが見え隠れした。
しかしそんなものに気を取られている時間は、一秒たりとも存在しない。
怪我の痛みも不安も思考から排除し、今は弥生を倒す事だけに全ての意識を集中させる。

803後悔:2007/03/30(金) 21:33:16 ID:ZLJdWx7c0
それでも武器に秘められた威力の差か――先のダメージから立ち直り第二激を放つのは、弥生の方が早かった。
弥生の構えたFN Five-SeveNが轟音と共に火花を噴く。
(観鈴君を無事に帰すまで……僕は死ねないんだっ!)
英二は横に転がり込む事で、襲い掛かる一撃から身を躱そうとする。
背中に思い切り殴られたような衝撃が伝わったが、何とか直撃だけは避けられた。
出来の悪いアクション映画のように地面を転がりながら、ベレッタM92の引き金を立て続けに引く。
両者の距離はかなり近いが、素人では派手に動きながら的を射抜くのは困難――だからこそ、『数撃てば当たる』という作戦を実行した。
放たれた弾丸は四発。その内の三つはあらぬ方向へ飛んでいったが、一発は弥生の左足大腿部を貫いた。
「がっ……!!」
脳が焼け付くような激痛を感じ取り、弥生は小さな呻き声を上げた。
自身の闘志とは無関係に身体が揺れ、膝が地面についてしまう。
腕から、足から、雪崩の如く血を流しながら、それでも弥生は顔を上げて再び戦おうとする。
ただ一つの目的の為に――森川由綺を生き返らせる為に、立ち上がろうとする。
そんな弥生の姿を哀しげな瞳で見据えた後、英二はすっと身体を起こした。
肩を伸ばし、腕を持ち上げて、ベレッタM92のトリガーを引き絞る。

804後悔:2007/03/30(金) 21:34:56 ID:ZLJdWx7c0
――そして、弥生の腹部を中心に、花火のような形で大量の血が舞った。
(ここまで……ですか……)
弥生の視界が、白色の薄霧で覆われてゆく。
意識がどんどんと、希薄になっていく。
まるで走馬灯のように――否、事実走馬燈なのであろうが、次々と視界の中に見知った顔が浮かんでゆく。
あのお節介な医者、霧島聖。もし『あの世』で会う機会があれば、謝りたい。
別れ際の、呆然とした顔をしている藤井冬弥。意志は弱いけれど、優しい青年だった。
見捨てた自分が言えた義理では無いが、彼には生き続けて欲しいと思う。
死が目前に迫ってようやく、これまで押し隠していた素直な感情が溢れ出していた。
しかしその次に浮かんだ顔が、弥生に最後の活力を与える事となる。
この島では結局会う事の出来なかった、森川由綺。彼女の顔が浮かんだ瞬間、弥生の決意が蘇った。
ここで自分が死ねば、由綺は生き返らない。それだけは自身の誇りに賭けても、絶対に避けねばならない。
自分の身体が限界であろうとも、知った事ではない。
英二の道こそが正しく、自分の選択が間違いであろうとも、関係無い。
絶対に勝つ。殺して殺し続け生き延びて、由綺を取り戻してみせるのだ。
その為にはまずこの薄れていく意識をどうにかして、現実に押し留めなければならない。
「く……ああああっ!」
「――!?」
これまで冷静を保っていた英二の顔が、驚愕に大きく歪む。
弥生はボロボロになった左腕に残された筋肉を総動員して、自身のもう用を足さなくなった左足にベアクローを突き刺したのだ。
絶叫を上げたくなる激痛に襲われるが、その痛みこそが弥生の意識を現実世界へと引き戻した。
右腕に持ったFN Five-SeveNの銃口をすっと上げて、英二の胸をポイントする。
弥生の光を半分失った、しかし強い意志だけはまだ内に込めた瞳が、英二の目を睨み付けた。
これだけは――この一撃だけは、絶対に外さない。
「しまっ……!」
英二が咄嗟に身を低くしようとするが、それよりも早く破壊を齎す銃声が響き渡った。

805後悔:2007/03/30(金) 21:37:38 ID:ZLJdWx7c0
「英二……さん……?」
観鈴の瞳は、決着の一部始終を逃さず捉えていた。
「観鈴……君……少年…………芽衣ちゃん……すまない…………」
小さな呟きの後、英二の口から膨大な血の塊が吐き出される。
胸から鮮血を吹き出しながら、英二の身体がゆっくりと前方へと傾いてゆく。
そのままドサリと地面に倒れる様は、まるで国崎往人が殺されたシーンを再生しているかのようであった。
英二の身体を中心に、街道の土が赤い死の色へと染まっていった。

   *     *     *

……勝った。
酷い手傷を負い、もう立ち上がる事さえ満足に出来そうも無いが、とにかく勝った。
「つっ……くぅ……」
身体の至る所から、弥生の意識を奪い去らんとする激痛が伝わってくる。
大量の出血により意識が混濁し、視界が壊れかけのテレビのように点滅する。
だが気絶する訳にはいかない。まだまだ自分の戦いは、これで終わりでは無いのだ。
まずは英二にトドメを刺して(生きていればだが)、観鈴を殺し、武器を奪い取る。
それから車の後部座席に置いてある治療道具を使って、怪我の応急処置をする。
今の自分の傷で助かるかどうかは正直疑問だが、何としても生き延びてみせる。
生き延びさえすれば、まだ車という移動手段が残されている以上、優勝の芽はある。
目標を成し遂げられる可能性は、潰えてはいないのだ。
弥生は必死に由綺の顔を思い浮かべて、執念で意識を押し留めた。

806後悔:2007/03/30(金) 21:39:09 ID:ZLJdWx7c0
がくがくと震える右手に力を入れて、FN Five-SeveNをしっかりと握り締める。
獲物の――観鈴の姿を探そうとして、そしては狩られる立場にあるのは自分の方である事を悟った。
「ゆるさ……ない……」
これが先程までのおどおどとした少女と同一人物なのだろうか?
観鈴の、憎しみを込めた声と殺意の宿った視線が、弥生に鋭く突き刺さる。
その手に握られたワルサーP5の小さな銃口は、確実に弥生へと向けられていた。
「許さないっ! どうしてみんな、私から大切な人を奪っちゃうの!」
ドンッという爆発音と共に、弥生の胸に赤い点が刻まれる。
服に開いた穴から血を噴き上げ、FN Five-SeveNを取り落とし、弥生はうつ伏せにゆっくりと倒れた。

冷たい土の肌触りを感じながら正面を見ると、倒れている英二と目が合った。
弥生は血に塗れた口元を歪め、皮肉な笑みを浮かべた。
「緒方さん……殺し合いなんて……下らないものでしたね……」
「はは……。全く、だな」
英二が笑みを作って、震える声を搾り出し返答する。
少し間を置いて、弥生が寂しげな声音で呟いた。
「私は……間違っていた……のでしょうか……?」
「僕には……何が正しいか、なんて……分からない…………けど、自分の信じた道を貫いたのなら…………それは誇れる……事だろ……?」
英二の目は既に視力の大半を失っていたけれど、弥生がまた微かに笑ったのを認識する事は出来た。
「そう、ですか……」
英二が、弥生が、静かに目を閉じる。
――それきり二人の身体は、もうぴくりとも動かなくなった。
後はただ薄暗い街道の真ん中に、二つの死体が横たわるだけだった。

807後悔:2007/03/30(金) 21:40:02 ID:ZLJdWx7c0
少しばかりの静寂の後、観鈴がぺたんと地面に両膝をつく。
往人のように、或いは相沢祐一のように、血溜まりの中倒れ付す英二――また自分を庇おうとして、大切な人が死んでしまった。
同時に、嫌でも視界に入る血塗れの女性――自分が、明確な殺意を持って殺してしまったのだ。
「あ……ぅぁぁ……」
再び絶望の淵に叩き落された観鈴は、ただぶるぶると震えていた。
自分がもっと早く戦っていれば、祐一は、往人は、英二は死なずに済んだかも知れない。
或いはここで大人しく殺されておけば、少なくとも人を殺害してしまう事だけは避けられた。
だがどれだけ後悔しようとも誰も生き返らないし、人を殺してしまったという事実も消えはしないのだ。
「うあああああああっ……!!」
観鈴は両手で顔を覆い、子供のように首を振り回しながら泣きじゃくった。
静まり返った村の中に、少女の泣き声がいつまでも響き渡っていた。

808後悔:2007/03/30(金) 21:40:43 ID:ZLJdWx7c0
【時間:2日目19:00】
【場所:I-6】

神尾観鈴
【持ち物:ワルサーP5(1/8)、フラッシュメモリ、紙人形、支給品一式】
【状態:混乱、号泣。綾香に対して非常に憎しみを抱いている、脇腹を撃たれ重症(治療済み、少し回復)】
緒方英二
【持ち物:H&K VP70(残弾数0)、ダイナマイト×4、ベレッタM92(0/15)・予備弾倉(15発×2個)・支給品一式×2】
【状態:死亡】
篠塚弥生
【所持品:ベアークロー、FN Five-SeveN(残弾数7/20)】
【状態:死亡】

【備考1】
・聖のデイバック(支給品一式・治療用の道具一式(残り半分くらい)
・ことみのデイバック(支給品一式・ことみのメモ付き地図・青酸カリ入り青いマニキュア)
・冬弥のデイバック(支給品一式、食料半分、水を全て消費)
・弥生のデイバック(支給品一式・救急箱・水と食料全て消費)
上記のものは車の後部座席に、車の燃料は残量40%程度、車は弥生達の近くに停車

→760

809落穂拾い(後編):2007/03/31(土) 01:31:52 ID:tB1LGHsk0
放送が終わるとあたりには何事もなかったかのように、ただ波の音だけがしていた。
浜辺に座り込む坂上智代、里村茜、柚木詩子の三少女はそれぞれがあらぬ方向を向いたまま呆然とする。
彼女達の仲間の川名みさき、幸村俊夫、相良美佐枝、藤田浩之の名前があったからである。

半日ほど前まで共に行動し、姉御的な存在だった美佐枝の死は詩子に大きな衝撃を与えた。
(美佐枝さんもで死んじゃったんだ。もう会えないなんて、こんな悲しいことをあたしは知らなかったよ)
「……ううっ、うぐっ」
すすり泣く声の方を向くと智代が泣いていた。
彼女にとっても美佐枝は大事な知り合いということは聞いている。
悲しみに暮れる中、柏木千鶴の死は唯一の吉報といえるものだった。
七瀬留美と話し合い、可能なら説得すると合意したが恐らく無理だろうとは思っていた。
あの超人的な俊敏さと弩力を二度も目の当たりにしただけに、思い出すだけでも体が震える。
まともに戦っても勝ち目はなさそうだった。
(もしかしたら美佐枝さん達が命と引き換えにやっつけてくれたのかもしれない)
前向きに考えるべく、智代に声をかけようとしたところ──
「くそぉっ!」
目の前を手斧がクルクルと回転しながら飛んで行き、林の中の一本の木に刺さった。
「軽挙に走ってはなりません!」
茜が珍しく声を荒げた。
「わかってる。わかってるが──」
「斧を取って来るんです! 今襲われたらどうするんですか? 銃を持ってるのは詩子だけなんですよ」
「智代のやるせない気持ちを理解してあげなよ。茜だって司が居なくなったからわかるでしょ?」
「今……なんて言いました?」
目を丸くし口をポカンと開けたまま茜は次の言葉を待つ。
「あれ、司って誰だっけ? あたし何言ってんだろ。うーん……」
思わず口にした茜の想い人──城島司のことを思いだそうとする詩子。
しかし頭の中の引き出しが引っ掛かっているような感じに加え、思い出そうとすると頭痛がする。
「思い出してくれたんですね? ねえ、あの人のこと思い出してくれたんですね?」
「……ごめん、なんだか頭痛くなってねえ。あたし混乱して別の人と間違えたのかな」

810落穂拾い(後編):2007/03/31(土) 01:33:26 ID:tB1LGHsk0
「女の子が倒れてる。こっちに来てくれ」
突然林の中から声がかかり、茜と詩子は身内話を中断し智代の許へと走る。
「なあっ、死んでる」
駆けつけてみると、眼鏡をかけ目を見開いたまま事切れている少女が仰向けに倒れていた。
その少女、保科智子が九時間前この地で少年と死闘を演じたことなど智代達は知る由もない。

詩子は智子が手にしているバズーカ砲に注目した。
「こんな大層な武器、扱えるのだろうか。……取説取説っと」
同じことを智代も考えていたようで、さっそく取扱説明書を見始める。
「弾は一つだけ。あとは拳銃弾らしいものがいっぱいありますよ。ざっと五十以上」
「この砲弾やけに軽いよ。茜も持ってみて」
「……残念ながら爆発能力はないようだ。中に入ってるのは網らしい。用途は捕縛だそうだ」
「網だって。だっさ」
失笑が漏れ、重火器を手に入れた快哉は糠喜びと終わった。

「他に誰か犠牲者がいないか調べてみましょう」
茜の提案を受け付近を捜索していると、智代の悲痛な声が聞こえた。
「この人が智代の言ってた先生なわけ?」
「そうだ、幸村先生だ。先生の性格からしてゲームに乗るとは到底考えられない」
「あの女の子と行動を共にしていたのでしょうか?」
「たぶんな。手違いで同士討ちしたとも考えられぬ。何者かに襲われて命を落としたのだろう」
「じゃあ、船で死んでた女の人との関わりは?」
智代も茜も答えられず黙りこんでしまった。

その後捜索範囲を広げてみたものの、犠牲者は見つからなかった。
時間も遅く、迫り来る夕闇が彼女達の活動を消極的にさせる。
三人は幸村を智子の隣に寝かせ冥福を祈った。
「先生、見知らぬあなた。今はしてあげられるのはこれが精一杯です。許してください」
智代は遠ざかりながらも、後ろ髪を引かれるように何度も振り返るのであった。

811落穂拾い(後編):2007/03/31(土) 01:35:35 ID:tB1LGHsk0
幸村達の下を去って間もなく、詩子は百メートルほど先の浜辺で倒れている人物を発見した。
無念の思いのままこの世を去ったのであろうか。
倒れていたのは老人で顔を顰め、死してなお険しい顔つきをしていた。
「まあ、幸村先生と同じくお年寄りの方ですね。お気の毒に」
謎の老人の死に、茜はたいそう心を痛める。
「ナイフで一突きか。くそっ、弱者と見て銃を使うのをもったいぶったのだろう。外道め、許さん!」
「ねえねえ、このじいさんの荷物、手付かずだよ」
「なんだって!」
それぞれ悲しみと怒りに浸っていた茜と智代の目がギラリと光る。
デイパックの口からは細長い物が突き出ていた。

あたかも餓死寸前の人間が食べ物にありついたような、妙な雰囲気が満ちていた。
詩子が手をつけたのをきっかけにデイパックの奪い合いが始まる。
「私が出します! 早く銃を、銃、銃、銃ーっ!」
「うろたえるな! 私が開ける! 二人とも手を離せ! 落ち着くんだあっ!」
「あたしが見つけたんだから待ちなさいって。もう、茜も智代も下品なんだからっ」
「きゃあっ! 酷いです。突き飛ばさなくてもいいのにっ」
「痛っ……かわいい顔して本性は凶暴なんだね。七瀬さんみたい」
茜も詩子も殺気立ち、懐の得物に手をかけつつも、かろうじて理性で押さえる。

結局力の差で智代が奪い取ってしまった。
「正義は勝つのだ。リーダーたる智代さんのいうことを素直に聞くがよい」
「智代の場合は性の技の方のくせにっ」
「フフ、さあてどんな銃が入ってるかしらん♪」
取り出してみると銃にしては銃巴の部分がない。
「……ねえ、なんか傘みたい。タグに何か書いてある」
「……『マイナスイオン効果付き』って書いてあります」
本体を包んでいる緑色のカバーを外すと、詩子が言った通りピンク色をした傘が出てきた。
「おのれ、ふざけやがって。くそ兎め!」
智代は激怒し傘を投げ捨てようとした。

812落穂拾い(後編):2007/03/31(土) 01:37:30 ID:tB1LGHsk0
「待ってください。その傘、私にください」
茜に呼び止められ智代は投げかけた腕を止める。
「この傘なんか変だぞ。やけに重い」
ただの傘にしては異様に重く、まるで鉄棒を持っているような感じがした。

詩子は取扱説明書を読み聞かせる。
「えーと……防弾性仕込傘。日傘雨傘兼用。遣い手によっては性格が変わる妖刀。注意、だって」
「なに、仕込傘?」
智代は柄の部分をかすかに捻り、二つに引いてみる。
すると残照を浴び、茜色に染まる直刀の抜き身がその姿を現した。

「わあ……素敵です。私にください」
「はあ、刀か。まあ、いいや。……しかし遣えるのか?」
見た目にも非力な茜が刀を遣えるとは思えない。
「持っているだけでも気付けになります。もしもの時には智代に渡しますから」
「そうか。それでは私はナイフをもらっておこう。手裏剣代わりになりそうだ」
智代は老人の胸からナイフを抜くと血を拭った。
「あたしの鉈、研いでくれたんだね。ありがとう」
「刃こぼれまでは直せなかったが、幾分ましにはなってるからな」
「智代、ありがとうございます。今度何か見つけたらその時はあげますから」
「ああ、期待してるぞ」
茜は傘に頬ずりしながら嬉しそうに顔をほころばせる。
先ほどの険悪な雰囲気は消え、三人の仲は元に戻っていた。

「そろそろ行こうよ。日が暮れちゃう」
詩子は立ち上がるとスカートの砂を払い二人を促した。
一時はグループ解消かと気を揉んだが杞憂に終わりホッとした。
(やだ、雨降るのかな。茜は雨女だからね〜)
海の方を見ると彼女達の前途を暗示するかのように、西の方から雨雲が近づいていた。

813落穂拾い(後編):2007/03/31(土) 01:39:41 ID:tB1LGHsk0
【時間:二日目・18:30頃】
【場所:C−2の砂浜】

坂上智代
【持ち物1:手斧、LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り1発)、38口径ダブルアクション式拳銃用予備弾薬69発ホローポイント弾11発使用】
【持ち物3:スペツナイズナイフの刃、食料1食分(幸村)】
【状態:健康】

里村茜
【持ち物1:包丁、フォーク、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、救急箱】
【持ち物3:防弾性仕込傘、食料三人分(由真・花梨・篁)】
【状態:健康】

柚木詩子
【持ち物1:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)、鉈、他支給品一式(食料は残り1食分)】
【持ち物2:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、食料1食分(智子)】
【状態:健康】

【目的:鎌石村へ】

(関連:026、512、750 B-13)

814落穂拾い(後編):2007/03/31(土) 01:56:43 ID:tB1LGHsk0
補足
防弾性仕込傘の耐弾力は北川と真希が着用している割烹着と同じ程度。


※名称を防弾仕込傘に変更してください。

815太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:28:42 ID:E1x9FCpI0

「―――これで最後、と」

その手に残る炎を振るい消しながら、浩之が周囲を見回す。
柳川もまた、最後の夕霧を相手にしているところだった。
鷲掴みにされた夕霧の頭が握り潰されるのを目にして軽い嘔吐感を覚えるが、眉間を押さえて堪える。
相手は人間ではない。同じ顔をした人間が何百人もいるはずがない。
それ以上は深く考えずに、浩之は柳川の大きな背に軽く拳を当てる。

「お疲れさん。ここいらの連中はあらかた片付いたな」

振り返れば、廊下には至るところに焼け焦げと血飛沫がこびり付いていた。
倒れ伏す夕霧の群れをなるべく視界に入れないようにしながら、浩之は凄惨な光景の中に立ち尽くす男に声をかけた。

「あんたにもお疲れ、だ」
「……」

ぐったりとした白皙の美少年を背負ったその男、高槻はどろりと濁った瞳で浩之を見やると、無言で頷いた。
その陰気な様子に少し鼻白みながら、浩之は言葉を続ける。

「何発か危ないのが行っちまってすまねーな。けど、本当にヤバいのはこっから先だ。
 そいつのこと、気合入れて守ってやれよ」

言いながら顎で指し示したのは、校舎全体でいえば北東の隅にあたる曲がり角だった。
南北に延びる校舎を夕霧を撃破しながら縦断し、辿り着いたのがこの場所である。
ここまでの道程はほぼ無傷。しかしこの先はそうはいかないだろう、と浩之は思案する。
振り返った廊下の薄暗さと、曲がり角の向こうから漏れてくる明るさの差に眉を顰める浩之。

「窓、か……。厄介だな」

知らず、口に出してしまう。
ここまで突破してきた校舎の南北部分は、廊下の両側に教室が配されていた。
それぞれの教室には勿論、窓が存在していたが、扉と壁に隔てられた廊下には直接の光はほとんど届かなかった。
なればこそ、各教室からの採光を中継する個体を遠距離から潰していくことで夕霧群の攻撃能力を激減させ、
柳川の頑強さを頼りに突破することも可能だったのだ。
しかしこの先、東西に伸びる校舎は勝手が違った。
校舎の北側、曲がった先の向かって右側には、これまでのような教室が存在しなかった。
そこには採光性に優れた広い窓硝子が、延々と連なっていたのである。
余計なことをしやがる、と口の中で呟く浩之。
学生の健全な精神の育成には必要かもしれないが、今現在の浩之たちにとっては有害以外の何物でもなかった。

816太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:29:14 ID:E1x9FCpI0
「ダイジョウブ……オレ、タカユキ、マモル」

浩之の思案顔を見て、柳川が無骨な黒い手をそっと伸ばしてくる。
遠慮がちなその仕草に、浩之のしかめ面が苦笑に変わった。
ハイタッチをするようにその手をはたいて、ことさらに明るい声を上げる。

「そうだな、俺と柳川さんなら大丈夫だよな!」

己を奮い立たせるような声。
ぱん、と頬を挟むように叩く。

「うっし、気合入った。……すまねーな、心配させちまったみたいで。
 グダグダ考えてても仕方ねえ、どの道、時間が経てば経つほどヤバくなるんだしな」

言って、視線を窓へと向ける。
硝子の向こう側にはいまだ曇天が広がっていたが、しかし所々では雲に切れ間が見え隠れしていた。
天候は回復しつつある。
敵が太陽光線をその攻撃の要因としているならば、直射日光によってその威力が跳ね上がることは想像に難くない。
何としても、その前に包囲を突破する必要があった。

「オッケ、それじゃ基本はさっきまでと同じ、フォワードとバックアップだ。
 完全に制圧する必要はねえ、一気に駆け抜ける。―――あんたも、いいかい?」
「……ああ」

高槻が首を縦に振るのを見て、浩之が一つ頷き返す。

「じゃ、いくぜ……一、二の、三!」

声と同時。角に張り付いていた柳川が、咆哮と共に躍りだした。
その背に隠れるように、浩之も続く。
手近な夕霧を撃ち落としつつ弾幕を展開しようとした浩之の表情は、しかし次の瞬間、凍りついていた。

817太陽がまた輝くとき:2007/03/31(土) 03:29:43 ID:E1x9FCpI0
「何だ……この、数……!?」

浩之たちを迎えていたのは、無数の視線と、濁った笑顔だった。
床に這いずっていた。
天井に張り付いていた。
壁に身を預けていた。
立っていた。跪いていた。あるいは倒れてさえいた。
互いに互いを押し退けんばかりに、砧夕霧がひしめき合っていた。
奇妙な笑みを貼り付けたその顔が、一斉に浩之たちを見つめていた。
刹那、光条が炸裂した。

「やば……っ!」

あまりの光景に一瞬、我を忘れていた。
先手を取るどころか、いまや迎撃すら遅きに失していた。
廊下を薙ぎ払わんばかりの光に思わず目を瞑ろうとする浩之。
しかしそれよりも僅かに早く、その視界を黒い影が遮っていた。

「柳川、さん……!」

オォ、と。
応えるような咆哮が、浩之の耳朶を打った。
浩之を抱えるように庇ったその背に、光線が幾つも直撃していた。
目映い光芒の一閃が文字通りの光速で飛び去り、廊下にほんのひと時の静寂が戻る。

「グ、ォォ……」

明るさの反動か、突如として暗がりに踏み込んだような錯覚を覚える浩之の眼前で、
柳川の巨躯がガクリと膝を落とした。
真紅の瞳も苦しげに歪められていたが、浩之を認めると必死に優しげな笑みの色を浮かべようとする。
思わず声を詰まらせた浩之に、柳川の低い声が語りかけていた。

「タカ……ユキ、ダイジョウ、ブ……カ……?」
「―――ッ!」

言葉にならなかった。
眦に込み上げる熱いものを心中で燃え盛る炎と変え、浩之は拳を打ち出していた。
これまでとは比較にならない、巨大な火の鳥が柳川の背後へと飛んでいく。
着弾。轟、と風が吹き抜けた。並んだ窓硝子が、片端から割れ砕けた。
次の瞬間、爆炎が噴き上がった。


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