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429ゴースト・スピリット(虚無の心) ◆rEooL6uk/I:2005/06/25(土) 01:07:21 ID:hNdeEao2
(君はなんだね?)
闖入者の問いかけが図書館の静寂に響く。
(私は未来精霊アマワ。お前こそ、何者だ)
向き直った精霊は万物を愚弄する、人の不愉快に真似た姿であった。
(ただのしがないゴーストだよ。いや、ゴーストですらないな。しかし、かつてはアルマゲストと呼ばれていた)
ゴーストの返答は軽い。
時を、次元を超越した空間に人ならざるもの達の問答のみが静かに続く。
(私は出会う者に一つだけ質問を許している。先ほどの問いは忘れよう)
(なら、問おう。旧友よ、世界を滅ぼした目的は何だ)
(心の実在を)
(世界を奪い尽くしてそれでも心は見つからなかった?)
返答にはしばし間があった。
(魂からの心の精製、それができるなら疑問に答えを見いだせるだろう)
(同じ事を何度も繰り返してそれでも見つからない。それでも続けるのは誠意ではなくただの愚かさだ)
試行し、答えを見失うごとに不在の確信を強めていく。君のしていることは結局は無意味だよ。
精霊が押し黙る。静寂の中に永遠とも感じさせる時をかけて、精霊が新たな問いを発する。
(では質問しよう。お前が心の実在を証明しようとするならばなにをする?)
(彼らを返したまえ。君が奪ってはならない。心が魂にあるのならばそれは絶望の中に見いだされるだろう。また、絶望の中で最後に残るもの、それこそが心であろうよ)
(つまり殺し合いをさせろ、と。それがお前の答えか)
(その通り)
(どのようにして?)
(それについては私が手助けをしよう。私の能力というのはこういう時に非常に便利なものだ。彼らの魂に刻印を施す)
(何が――目的だ)
(別に何も。強いて言えば私も心と言うものをみてみたい、といったところだよ、我が旧友)
(よかろう。では彼らと契約を結ぼう。契約者よ、心の実在を証明するが良い)
(いや、まだ不十分だな。契約というからには双方にとって利益が無くてはならない。君は彼らに何を与えられる?)
(私は何も与えない。だが――心の実在、それを証明できたのなら彼と彼の世界を返すと約束しよう)

430ゴースト・スピリット(虚無の心) ◆rEooL6uk/I:2005/06/25(土) 01:08:24 ID:hNdeEao2
(あの精霊は答えを寄越せと喚くだけできっと何も聞いていないのだろうな)
唯一色を持つ窓を覗きながらゴーストは考える。
駄々っ子のように貪欲に全てを求め、そして奪ってしまった精霊。
背後の窓には色彩に欠いた風景が広がっている。世界を奪われたままにしてはおけない。
自分にはできない事を、彼らに託した。
答えを見いだし、世界を取り戻す。たった一つでもいい。取りかえす事に意味がある。
精霊が答えを聞き入れようがいれまいが関係ない。
今、精霊は刻印を通してしか魂を奪う事はできない。自分でそう仕組んだ。
刻印が完全に外れても、彼らが消えてしまう事は無いだろう。
なぜなら一度現れたものは精霊に奪われない限り簡単に消えはしないから。
再び死を迎えるまで生きるだろう。

今、一つの魂が死して消滅する寸前に図書館に迷い込んだ。
「契約者よ、一つ質問を許している」
未来精霊アマワ。
消えゆく魂は問いかける。
――外の世界はどこにあるのか――
御遣いは答える。

外の世界などどこにも無い。世界は全て奪われた。全ての中でここだけが残ったのだ。

失意の、絶望の気配を残して一つの魂がかききえる。


殺して、壊して、奪い合うが良い契約者達よ。生き残って、故郷を、愛なる者を取り戻すのだ。

431ゴースト・スピリット(虚無の心) ◆rEooL6uk/I:2005/06/25(土) 22:34:53 ID:hNdeEao2
贖われた都。鐘の音の響く工房都市。そして――我が故郷、硝化の森。
赤い剣士の銀の一撃。それが私を奪った。いや、奪われてはいない。
絶対殺人武器、殺人精霊。それは世界を滅ぼす引き金。私が生み出し、私が起こした。
答えの召喚、心の実在。それは世界をゆるがす疑問。私が問いかけ、私が答えの場を少女に与えた。
両者が、私を奪った。やはり、奪われたのだ。なぜなら今私はかの大陸に存在しない。
ここは断崖の図書館。次元の挟間。いくつもの窓が、数多の世界に開かれていた。
私はそこを通り抜け、旅し、そして知った事がある。空白を、埋め尽くし、そして分かった事がある。
ここにも、どこにも、心は無い。
地図の空白はうめられてしまった。なのに、怪物はいない。心は無い。
なら、私は、世界の全てを奪う事にする。
私は、未来精霊アマワ。

絶望の聖域。封鎖の玄室。そして――我が故郷、キエサルヒマ大陸。
傲慢な精神士の白魔術。それが私を生み出した。いや、生み出してはいない。
ネットワーク、情報の網。それは世界を体現する媒体。私が生まれ、私が根ざすもの。
ゴースト、理想の具現。それは世界の虚像。私のかつての姿で、私の今の姿でもある。
両者が、私の本質。そう、私はダミアンに作られたままの存在ではない。なぜなら今私はかの大陸に存在しない。
ここは断崖の図書館。次元の挟間。いくつものネットワークが、数多の世界に繋がっていた。
私はそこを通り抜け、旅し、そして知った事がある。記憶を、埋め尽くし、そして分かった事がある。
今の私は、「領主」とよばれた、男ではない。
同一世界のネットワークに優劣は無い。では、他頁世界を結ぶものならば?
私は、質こそは違えど領主と同じベクトルの存在。
この図書館で再構築されたゴーストのゴースト。

432ゴースト・スピリット(虚無の心) ◆rEooL6uk/I:2005/06/25(土) 22:35:40 ID:hNdeEao2
窓の一つをくぐり抜ける。
心の実在を世界に向かい、問いかけた。
硝化は一瞬だった。一つの世界がまるごと奪い去られる。
その有り様は美しいとすら言えるだろう。美しい世界、精霊の故郷。
人が、都市が、世界が、白く不変の景色に固定される。
完全なる静寂が世界を満たした。
答えは返ってこない。
しかし――
(あれはなんだ?)
まだ残るものがある。6つの存在が、白い世界の中で異質な輝きを放っていた。
物部景、 甲斐氷太、 海野千絵 、緋崎正介、四宮庸一、姫木梓
さきほどまで生きていた者も、とうに死んでいた者もいる。
なにが、彼らを硝化に抗わせたのか?
力か、意志か。もしくは、愛、心――
面白い。
彼らが、世界が投げてよこした答えなのか。
「しかしそれはまだ答えではない」
答えに対する精霊の返答。
「それは魂だ。確かに奪いがたいものではある。心が存在するとすればその中だろう」
「私がもとめるのは答えそのもの、心そのもの」
答えは返ってこない。

次の窓をくぐり抜ける。
あやめ、空目恭一、近藤武巳、木戸野亜紀、十叶詠子、小崎摩津方
そして次――
ギギナ 、ガユス 、クエロ・ラディーン 、レメディウス・レヴィ・ラズエル、ユラヴィカ
また次――
ヴィルヘルム・シュルツ、アリソン・ウィッティングトン
次――
ヴァーミリオン・CD・ヘイズ 、天樹錬、クレア、 フィア、ディー、 セラ、李芳美
――

窓のむこうの硝化した景色を、ながめ、ひとりごちる。
「私には彼らの全ては奪えなかった。それは認めよう。しかしそれで確かだと言えるのか」
おそらくは言えまい。数百の魂、おそらく答えはこの中にある。
次はどう奪うものか。

433ゴースト・スピリット(虚無の心) ◆rEooL6uk/I:2005/06/25(土) 22:36:31 ID:hNdeEao2
(君はなんだね?)
闖入者の問いかけが図書館の静寂に響く。
(私は未来精霊アマワ。お前こそ、何者だ)
向き直った精霊は万物を愚弄する、人の不愉快に真似た姿であった。
(ただのしがないゴーストだよ。いや、ゴーストですらないな。しかし、かつてはアルマゲストと呼ばれていた)
ゴーストの返答は軽い。
時を、次元を超越した空間に人ならざるもの達の問答のみが静かに続く。
(私は出会う者に一つだけ質問を許している。先ほどの問いは忘れよう)
(なら、問おう。旧友よ、世界を滅ぼした目的は何だ)
(心の実在を)
(世界を奪い尽くしてそれでも心は見つからなかった?)
返答にはしばし間があった。
(魂からの心の精製、それができるなら疑問に答えを見いだせるだろう)
(同じ事を何度も繰り返してそれでも見つからない。それでも続けるのは誠意ではなくただの愚かさだ)
試行し、答えを見失うごとに不在の確信を強めていく。君のしていることは結局は無意味だよ。
精霊が押し黙る。静寂の中に永遠とも感じさせる時をかけて、精霊が新たな問いを発する。
(では質問しよう。お前が心の実在を証明しようとするならばなにをする?)
(彼らを返したまえ。君が奪ってはならない。心が魂にあるのならばそれは絶望の中に見いだされるだろう。また、絶望の中で最後に残るもの、それこそが心であろうよ)
(つまり殺し合いをさせろ、と。それがお前の答えか)
(その通り)
(どのようにして?)
(それについては私が手助けをしよう。私の能力というのはこういう時に非常に便利なものだ。彼らの魂に刻印を施す)
(何が――目的だ)
(別に何も。強いて言えば私も心と言うものをみてみたい、といったところだよ、我が旧友)
(よかろう。では彼らと契約を結ぼう。契約者よ、心の実在を証明するが良い)
(いや、まだ不十分だな。契約というからには双方にとって利益が無くてはならない。君は彼らに何を与えられる?)
(私は何も与えない。だが――心の実在、それを証明できたのなら彼と彼の世界を返すと約束しよう)

434ゴースト・スピリット(虚無の心) ◆rEooL6uk/I:2005/06/25(土) 22:38:25 ID:hNdeEao2
静謐であった図書館は、いまやざわめきでみちていた。
図書館の住人、旧世界を超越していた存在。彼らがことの行く末を見守っているのだ。
ざわめきの中で、青黒い長衣を纏った優男の独り言を聞く者は誰もいない。
「全くもって精霊は理解しがたいね。本当に…愚かだよ。だって、そうは思わないかい? 
彼の望みは心の証明。それは価値ある問いだ。僕も、我が偉大なる師賢者ガンザンワロウンも答えを欲している。
誰もが、欲している。そしてここに一つのアプローチがある。極限状態における心の精製。きわめて正しく――そして同時にきわめて誤った手段だと僕は思う。
観察者は対象に干渉してはいけないんだよ。それは全てを無駄にしてしまう。
本当に…本当に残念だ…」
「それが君の願いかね。このゲームからの『干渉』の排除が」
虚空に消えていた声に、唐突に返事がかえる。
長衣の男は、特に驚いたそぶりも見せずに向き直った。
漆黒のマントを羽織った男に。
「少し違うな。真に心の実在を証明したいのならば彼らに干渉者の存在を気取られてはならない。
ゲームが行われるのならばそれは彼らの中の『偶然』におきた自発の意志でなくてはならない。
僕は彼に、あの精霊に知ってほしい。マグスの掟、純然たる観察者の心得をね」
「ならば、それを叶えよう」
「どのようにして?」
「いかようにでも。私は君が願い、私が聞いたのならそれは叶えられる。なぜなら私に望みは無く、故に他者の望みに最も鋭敏に反応するからだ。
私は”名付けなれし暗黒”、”夜闇の魔王”」
「なら…一つ質問をしても良いかい?」
「一つと言わずにいくつでも望むままに問うが良い。私はかの精霊とは違うのだから」
「なぜ僕のもとに現れる?あの精霊と幽霊のところではなく」
「相反する二つの望みがあるならばそれは望み無いのと同じではないのかね」
「…それではもう一つ。あの魂たち…彼らの共通項とは何だろうね。何が心を証明しうる?」
「力… 単純な力ではない『力』。物語の中枢に関わる『力』。それが彼らを留めた」
「それでは――僕らは、彼らについて語ろうじゃないか。彼らは既に手の触れられない領域にある」
「幻想と願望、そして宿命についての話を始めようか」
小さな囁きは、途絶える。

435ゴースト・スピリット(虚無の心) ◆rEooL6uk/I:2005/06/25(土) 22:40:34 ID:hNdeEao2
(あの精霊は答えを寄越せと喚くだけできっと何も聞いていないのだろう)
ある一つの目的だけに研ぎすまされた純粋な意志。精霊の特徴なのだろうか。
それにしても、純粋すぎる意志。それは馴染み深い何かを思わせる。
まるである特徴を極端にデフォルメしたような。
色を持つ窓、唯一色を残す壁にある窓の一つを覗きながらゴーストは考える。
駄々っ子のように貪欲に全てを求め、そして奪ってしまった。
背後の窓には色彩に欠いた風景が広がっている。世界を奪われたままにしてはおけない。
自分にはできない事を、彼らに託した。
答えを見いだし、世界を取り戻す。たった一つでもいい。取りかえす事に意味がある。
精霊が答えを聞き入れようがいれまいが関係ない。
今、精霊は刻印を通してしか魂を奪う事はできない。自分でそう仕組んだ。
刻印が完全に外れても、彼らが消えてしまう事は無いだろう。
なぜなら一度現れたものは精霊に奪われない限り簡単に消えはしないから。
再び死を迎えるまで生きるだろう。
ふと、口から言葉がもれる。
「本当の君に、世界の全てを、全ての世界を奪う力があったのかい?」
精霊は答えない。
(この精霊もまた、奪われたのか)
未来にあり、奪う事の出来ない存在が、奪う事しかできない存在が奪われた。
ありえない。しかし、彼自身の行為が、偶然に彼に仇をなしたとすれば。
例えば硝化の森で隻眼の少女が行ったように。
ならばひょっとして、ここにいるのは自分と同じ…

今、一つの魂が死して消滅する寸前に図書館に迷い込んだ。
「契約者よ、一つ質問を許している」
未来精霊アマワ。
消えゆく魂は問いかける。
――外の世界はどこにあるのか――
御遣いは答える。

外の世界などどこにも無い。世界は全て奪われた。全ての中でここだけが残ったのだ。

失意の、絶望の気配を残して一つの魂がかききえる。


殺して、壊して、奪い合うが良い契約者達よ。生き残って、故郷を、愛なる者を取り戻すのだ。

436地を行く人喰い鳩 1 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/26(日) 08:38:59 ID:D7qZuQnc
この殺伐とした島にそぐわぬ施設、海洋遊園地。
 その施設は縦に長く、二つのエリアにまたがる敷地を有する。
 そして、その路面を一人の男が全力で疾走していた。
「あー、くそったれ! 何でこう逃げまくんなきゃならねーんだ?」
 オレがちらりと後ろを見ると七匹の獣が自分を追走していた。
 何だよありゃあ? 新手の大道芸人か?
 ただの猛獣使いならサーカスに帰れ。ここは遊園地だ!
 
 思えば出会う敵全てが超人クラスだった。
 とんでもない身体能力を誇る名前のクソ長い美系の戦闘狂。
 見た目とは大違いの実力を誇る二人の女剣士。
 四対一にもかかわらず喧嘩を売ってきた空間使いのガキ。
 どいつもこいつも自分が本気を出して、紙一重で死を回避するのが限界の実力者達だ。
 今、自分を追いかけてくる奴も人外の存在に決まっている。
 しかも体力は限界で、フォルテッシモから与えられた傷には血が滲んでいる。
 このまま動き続けると、あと五分でオレはぶっ倒れる。
I−ブレインが使えないのにどーしろってんだ!?
 オレの心からの叫び、しかし誰にも届かない。

「鬼ごっこかぁ? ま、せいぜい楽しませてくれよッ。ヒャハハァー!」
 背後からの声には緊張感のカケラも感じられない。
 アル中か? 薬中か? それともただの異常者か?
 あいにくオレには、殺し合いを楽しむ神経はねーんだよ。
 だいたいさっき会ったフォルテッシモとか言う奴はどうなったんだ?
 死んだのか?
 それともこいつの仲間でオレを挟撃しようとしてるのか?
 I−ブレインが起動できれば演算で様々な回答をたたき出せるのだが、今は逃げることだけを考える。
次の瞬間、背後に熱気を感じたオレは加速したまま横っ飛びに跳躍した。
 そのまま身を捻って飛び前転の体制に繋ぎ、勢いを保って立ち上がる。

437地を行く人喰い鳩 2 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/26(日) 08:40:02 ID:D7qZuQnc
 ヒュッ!

 横を見ると、さっきまで自分がいた場所を火球が飛び去っていった。
 ……危ねえ危ねえ、こんなところでステーキに成るのは御免だぜ。
 日頃から体鍛えてたのはビンゴだな。
「見苦しいわよ。戦う気がないならさっさと死んで頂戴」
 今度は女の声が聞こえた。どうやら敵は複数らしい。
 フォルテッシッモとは嗜好が違い、完全に殺しを目的としているようだ。
 好き勝手言われるのも癪なので、オレは取りあえず言い返した。
「うるせえ! 本日におけるオレの戦闘に対する許容量は限界なんだ。他を当たれ!」
 更にコミクロンの台詞を引用して、
「これ以上オレを怒らせると、歯車様の鉄槌が下るぞ?」
 言ってやった。苦し紛れのハッタリだが、それっぽく言ったので威嚇にはなるはずだ。
「上等よ。やってみなさい!」
 ……逆効果だった。背中に研ぎ澄まされた殺意が刺さる。
 
 ヒュバッ! ヒュバッ! ヒュバッ!
 
 振り返ったオレが見たのは、先ほどより幾分速度を増した火球だった。
 炎弾を連射できるのかよ!
 やばい。コミクロン、火乃香、シャーネ、誰でもいいから助けに来てくれ。
 迫り来る死を回避する為、オレは手近なアトラクションに飛び込んだ。

438地を行く人喰い鳩 3 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/26(日) 08:40:52 ID:D7qZuQnc
 ヘイズが助けを切望していた三人は花壇に居た。
 もっとも、すでに一人は死んでいたが。
 シャーネの墓を作る時間が無かった火乃香とコミクロンは、
 彼女を花壇に寝かせて花葬にした。
 コミクロンの治療によりシャーネの体に外傷は無く、生前の美しい容姿を保っているものの、
 彼女が再び立ち上がり、微笑む事は無いだろう。
 
「すまんシャーネ。俺の未熟と驕りのせいで……」
「あんただけの責任じゃない。今は気持ち切り替えていくしかないよ、コミクロン」
「ああ、クレアに謝罪のメモも残したし、とっととヴァーミリオンを助けて退散するか。
火乃香、あいつの位置は分かるか?」
「ん、こっから南西へ50メートル。あのアトラクションの中っぽいね」
 火乃香の額の中央で蒼光を放つ第三の眼を見た後、コミクロンは周囲を見回す。
 そして、遊園地の入り口近くに止まっているある物に目をつけた。
「なあ、お前はあれを動かせるか?」
「できないことは無いけど、一体どうすんのさ? この距離じゃ走るのとそう変わらないよ?」
 火乃香の視線の先、余裕顔を取り戻したコミクロンは顎に手を当て、
 ――やっと、俺の天才的思考能力が役立つ時が来たようだな。
 休憩中にまとめ上げた計画を告げた。

 アトラクションに飛び込んだ先、周りには五人のオレが居た。
「何だ?」
 自分が眉をひそめると相手も表情を変えた。
 びびったぜ、ただの鏡か。しかも通路全面に……何なんだここは?
 一瞬だけ追っ手の術かと思ったが、ここは鏡で人を惑わすアトラクションだとオレは気づいた。
 うまく立ち回れば逃げ切れるかもしれない。

439地を行く人喰い鳩 4 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/26(日) 08:41:36 ID:D7qZuQnc
 三秒後、オレは群青色の火の粉を散らした獣が突入してきたのを知覚する。
「ふん、ミラーハウスに逃げ込むとわね。数の多いこっちが自分の鏡像で混乱するとでも思ってるの?」
 唐突に獣の身体がはじけ飛び、獣が居た位置には小脇に巨大な本を抱えた女性が立っていた。
 ……大道芸人だったのか。それにしてもずいぶんとグラマーな姐ちゃんじゃねえか。
「私は "弔詞の読み手"マージョリー・ドー 。消し炭になる前に覚えておきなさい」
 弔詞の読み手、か……大した貫禄だぜ。
 それにこの隙の無い動き、かなりの場数をふんでやがる。
「オレは "Hunter Pigeon(人喰い鳩)"ヴァーミリオン・CD・ヘイズ。翼をもがれた空賊だ」
 入り組んだ鏡の通路の中、オレは名乗りながらもじりじりと"前進"する。
 実際は出口に向かって進んでいるのだが、マージョリーには鏡像に映ったオレの姿が
 用心深く接近して来るように見えるはずだ。
 試しに騎士剣を手に持つと、マージョリーは身構えた。
「ただのヘタレかと思ったけど……戦う気は有るようね」
 良し、マージョリーは策にはまった。後は距離を稼いでトンズラするだけだ。

「ここで停車、と。準備できたよコミクロン」
 火乃香の声にコミクロンは満足げに頷いた。
 目の前には『ミラーハウス』と書かれたアトラクションが建っていて、
 自分の横には園内の送迎用バスがいつでも発進可能な状態で待機している。
「ふっふっふ、後はヴァーミリオンが出てくるのを待つだけだな」
 
 フォルテッシモの防御は硬く、並大抵の攻撃力では打ち破れない。
 ならば防御できても行動不能な状態にしてしまえば良い。
 では大質量物体をぶつけて埋めてしまおう。

 これがコミクロンの立てた計画だった。
「バスをミラーハウスに突撃させればフォルテッシモが直撃を免れたとしても、
ミラーハウスの倒壊に巻き込まれてしばらく出てこれないだろう。戦闘は力押しが全てじゃない。
戦術面ではこのコミクロンが上だ!」
「あたしはこの計画も十分力押しだと思うんだけどな」
「むう、小さいことは気にするな火乃香。それよりヴァーミリオンは何分後に出てきそうなんだ?」
「けっこう遅めに進んでるから……あと二分かそこらはかかるね。
けどあたしがバスぶつける間の敵の足止めはどうするのさ?」
「ふっふっふっ、任せておけ。今とっておきの構成を練ってる」
「タイミング命なんだから肝心な所でスカさないでよ?」
「ふっ、この天才には愚問だな」
 コミクロンの返事を聞きながら、火乃香はハンドルを握り直した。

440地を行く人喰い鳩 5 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/26(日) 08:42:39 ID:D7qZuQnc
「ねえ、あんた本当に私と戦う気があるの?」
「そーやって誘っても無駄だぜ。お前の火力は半端じゃないからな」
 オレはマージョリーの鏡像の一つを睨み付けた。
 強がってはいるものの、オレの足は着実に出口へ近づいている。
 このまま行けばあと一分位で脱出できるはずだ。
 しかし、ハッタリとフェイントでマージョリーを牽制するのももう限界に近い。
 もしも彼女が痺れを切らして飛び掛かられた場合、こちらはもう何もできない。
 くそっ、そろそろ手詰まりか。血も出過ぎてくらくらするし、
 ちと早いがここらで賭けに出るしかねえな。
 コミクロンの治療が終わっているなら味方と合流して反撃。そうでないなら死だ。
 他人任せってのは好きじゃねえが……!
 出口に向かってオレは全力で駆け出した。
 例え全面鏡張りの通路であっても、床と壁の継ぎ目に沿って走れば自然と出口にたどり着く。
「嵌めたわねっ!」
 オレの加速を攻撃と捉えて防御体制をとった分、僅かに反応の遅れたマージョリーが、
 オレの意図に気づき炎を纏った獣に変身して追走してくる。
 外見と違って、ずいぶん頭に火が付きやすいじゃねえか。
 しかも結構走るの速ええぞ。怒らせたのはやばかったか?
 今まで稼いだ距離が一瞬にして詰められる。だがそこを曲がればもう出口だ!

「避けてヘイズ!」
 鏡の通路から飛び出たオレが見たのは、
「バス!?」 
 と運転席に座る火乃香だった。
 バスの急発車とともに耳をつんざくほどのクラクションが鳴り、
「走れヴァーミリオン! ぼけっとすんな!」
 横からコミクロンの声が聞こえた。
 ――そういうことかっ!
 二人の考えを理解したオレは、火球を回避した時のように全力で身を投げ出す。
 それとほぼ同時、バスの運転席の火乃香も開け放たれたドアから飛び出した。
 バスは速度を保ったままオレを追って駆け出てきたマージョリーに、
「遅いわよ!」
 突っ込むことはできない。獣の姿の彼女の回避が一瞬速いはずだ。

441地を行く人喰い鳩 6 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/26(日) 08:44:20 ID:D7qZuQnc
 だが、
「コンビネーション2−7−5!」
 その回避を止める物があった。
 オレが視線の先、コミクロンの突き出した左手の先端に光球が出現し、

 キュンッ

 鏡の通路から飛び出そうとするマージョリーのすぐ眼前に転移した。
 その後に続くのは刹那の破裂音と僅かな閃光。
「ぅあ!」
 あまりにも突然過ぎる上にバスの回避に集中していたマージョリーは、
 コミクロンの魔術の直撃を受ける。
 そして――、

 ズドォォン!

 バスはマージョリーを吹き飛ばし、アトラクションに激突した!
 こりゃあ常人なら即死、何かしらの防御を発動してもまず行動不能だろうな。
 随分とむごい倒し方だが……自業自得って言えばそれまでか。
 一息着いたオレは仰向けになり、
「危ねえ!」
 横にいた火乃香を押し倒して、その上に覆い被さった。
 数瞬後、衝撃によって舞い上がった鏡片が雨のように降り注ぐ。
「うおっ! 鏡か?」
 火乃香と同様に落下物に気づかなかったコミクロンが叫び声を上げるが、
 そちらまでかまっている暇は無かった。まあ、ぎりぎりで回避できるだろう。

 しばらくしてバス衝突の二次災害も収まったので、オレは火乃香の上から立ち退いた。
「いきなり押し倒して悪かったな。無事か?」
「あたしは平気だけど……ヘイズは? カツンカツン音がしてたみたいだったけど」
 あたりを見回すと一面に鏡片が飛び散っている。
 だがオレは厚手の服のおかげで全く無事だった。
「問題ねえよ。実際大したでかさじゃ無かったしな」
「おい、何故俺の存在をスルーするんだ?」
 心配も何も無傷じゃねえかよ、お前。
 取り敢えず別の話題で誤魔化すか。
「おおコミクロン、さっきの魔術凄かったじゃねーかよ」
「あれの凄さを分かってくれるかヴァーミリオン!
なに、簡単な事だ。転移する小型雷球を使って一瞬だけ電流を流し、神経を麻痺させたんだ。
やはり分かる奴には分かるのだな、この天才の偉大さというものが。キリランシェロとは大違いだ。
それにあのエレガントな役回りこそこの俺に……」

442地を行く人喰い鳩 7 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/26(日) 08:45:13 ID:D7qZuQnc
 良し、誤魔化し成功。
 後は適当に聞き流すか。
「そー言えばヘイズ、あの獣は何だったのさ?フォルテッシモは?」
「あれはマージョリー・ドーとか言うゲームに乗った大道芸人で、本体は美人の姐ちゃんだ。
フォルテッシモは図に乗り過ぎてたんでオレが成敗しといた。
おかげでI−ブレインが停止しちまったがな……ところでシャーネは何処だ?」
 ん、この火乃香の顔色……まさか。
「シャーネは……死んだよ……」
 くそっ、最悪の予想が当たっちまったか。
 オレは又、別の話題で誤魔化そうとしたが、
「あたしは平気だよヘイズ。だけどコミクロンは……多分そのことで今も――」
「分かった、もう言うな。医療魔術の能力低下は今に始まった事じゃねえ。
これ以上はあいつ自身の問題だ」

「おい、何話してんだそこ。俺が大いなる大陸魔術士の歴史を紐解いて説明してやってるのに……
聞いてるのか?」
 おいおい、どーしてエレガントが大陸魔術士の歴史にまで発展してんだよ。紐解きすぎだ。
 あとオレはお前の魔術を褒めはしたが、講義を聞かせてくれなんて言ってねえぞ。
 そこまで心中でツッコミを入れたオレは、これ以上話させるのは不毛と判断して話題を変えた。
「その話はもっと時間が有る時にしてくれコミクロン。
今は二つばかり質問が有るんだがいいか?」
「どんと来い。この天才が答えてやろう」
「一つ目は武器をどうするか。二つ目は今後どうするかだ」
 どんと来いと言うので、ストレートな質問をぶつけてみた。
「壊れた剣はバスのアクセルとハンドルの固定のためにあたしが使ったよ。
つまり今はヘイズの持ってる騎士剣とコミクロンのエドゲイン君しか武器は無し。
あと今後どうするかだけど、今あたしは猛烈に休みたい」
「俺も休憩には異議無し、だ。ゲームが始まって以降寝てないしな」
 そう言えばそうだな。
 実を言うとオレの疲労も限界なので、正直この提案はありがたい。
「じゃあ取り敢えず休憩するか。だがこの場じゃあだめだ、
さっきの音を聞き付けた奴に襲われる可能性がある。まずは近くの安全そうな場所に避難すべきだ」
「距離的には市民会館が近いね。神社も捨てがたいけど」
「俺は市民会館に行くべきだと思うぞ。くつろげそうだし、市街地が近いから逃げるにも都合が良い」
「分かった。まずは市民会館に行くとするか」
 目的が決まったならば長居は無用だ。

443地を行く人喰い鳩 8 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/26(日) 08:46:21 ID:D7qZuQnc
 オレはコミクロンから荷物を受け取ると空を見上げた。
 元居た世界とは違い、一カケラの雲さえない広々とした蒼天が続いている。
 ……天樹錬、お前はこの空さえ見れずに死んだのか? 
 ハリー、オレは絶対帰るからな。スクラップになんか成るんじゃねえぞ。
 親父、オレは今精一杯走って生きてるか?

「空を見上げて何やってんだヴァーミリオン? 治療してやるから早く来い」
「青春に浸ってたんだ。今行く」
 オレは止まらない、止まれない。
 死んでいった奴等のため、帰りを待ってる奴等のため。
「ま、せいぜい足掻いてやるか」

 ヘイズ達が立ち去った後、崩れたミラーハウスから一本の手が生えた。
 "弔詞の読み手"マージョリー・ドー である。
「ヒャハハ、鬼ごっこは負けみてえだな。我が麗しのゴブレット、マージョリー・ドー」
「黙りなさいバカマルコ。ったく、午前のガキ二人といいふざけた連中しかここには居ないの?」
 愚痴る彼女の前をバスのギアーが転がっていく。
「……歯車様の鉄槌、だな。ヒャハハハハ。あの赤髪やるじゃねぇか」
 バスが激突する直前、マージョリーは背後の壁を吹き飛ばして後退し、直撃を防いだ。
 しかしコミクロンの予測は的中し、防いだ所で無傷では済まなかったが。
「今度会ったら全員炭の柱にしてやるわ」
「ヒャッハッハッハー!まだまだやる気満々だなぁ。我が怒れる美姫マージョリー・ドー」
「当たり前よ」

444地を行く人喰い鳩 9 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/26(日) 08:47:33 ID:D7qZuQnc
【E-1/海洋遊園地/1日目・12:25】

【戦慄舞闘団】
 
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:左肩負傷、疲労困憊 I−ブレイン3時間使用不可
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:有機コード 、デイバッグ(支給品)
[思考]:1、火乃香達のところへ 2、刻印解除構成式の完成 3、休みたい
[備考]:刻印の性能に気付いています。

【火乃香】
[状態]:貧血。しばらく激しい運動は禁止。
[装備]:
[道具]:デイバッグ(支給品)
[思考]:休みたい。


【コミクロン】
[状態]:疲労、軽傷(傷自体は塞いだが、右腕が動かない)、子分化
[装備]:未完成の刻印解除構成式(頭の中)、エドゲイン君 
[道具]:デイバッグ(支給品)
[思考]:1、休みたい 2、刻印解除構成式の完成。3、クレア、いーちゃん、しずくを探す。
[備考]:白衣を着直した。

[チーム備考]:全員が『物語』を聞いています。
       騎士剣・陽(刀身歪んでる)、魔杖剣「内なるナリシア」(刀身半ばで折れてる)が、
       ミラーハウスの中に埋まっています。
       

【マージョリー・ドー】
[状態]:全身に打撲有り、ぷちストレス
[装備]:神器『グリモア』
[道具]:デイバッグ(支給品) 、酒瓶(数本)
[思考]:ゲームに乗って最後の一人になる

445 ◆/91wkRNFvY:2005/06/26(日) 23:32:24 ID:TyM8AN7w
 ここ、ではなく――。
 そこ、でもない――。

 どこか――。



「順調に進んでいるようだね」
 G4に"設定"された巨大な城、その中の不可触領域に設けられた広間。
 そこに前触れもなく現れた男は、間近でじっと見ないとそうだと判らないような、
 限りなく黒に近い深い緑の長髪、限りなく黒に近い紅色の双眸をしていた。
 色素欠乏症を思わせる白い肌、それでいて血管が浮き出ているようなことも無い。
 そして足元までを覆う黒いコート。
 初めて見たものには、どこまでも白い肌と、コートの組み合わせに異常な違和感を抱く。
 すなわち。
 
 ――人間なのか――

「おぉ、お主か。順調というよりも少しばかり予定を上回るペースで進んでおるな。
 このままでは後半日ほどでサンプルの採取は終了するやもしれん」
 巨大な一室、謁見の間という表現が一番近いであろうその広間の奥の一段高くなった場所に、豪奢な調度の椅子。
 そこにおさまるのは芝居じみた衣装を纏い、得意げに髭を反らし、いかにも尊大そうな態度をとる男。
「そうかい」
「だが、こちらの都合通りに進んでおるので、さしたる問題は無いな、
 むしろ異世界からの干渉の件はどうなっておるのだ?」
 玉座に座っている以上、この城の王であろう男に尋ねられた黒衣の男――クエスは、さも今思い出したように、
「あぁ、彼らか。キミが気にする必要は無いよ、少しばかり介入されてしまったけれど、
 その辺りの事はボクに任せてもらって問題ない、キミの計画に支障が出るようなことは無いよ」
「ふぅむ? なら良いのであるが」
 髭を弄りながら、玉座の男――ヴォイムは答える。

446 ◆/91wkRNFvY:2005/06/26(日) 23:33:18 ID:TyM8AN7w
「以前の実験では、10前後の異世界からサンプルを集めたつもりであったが、
 どういうわけか2つの世界から数名ずつ召喚してしまったようでな。
 余の創りあげた世界の住人のサンプルにするには少々偏りすぎていたようだ、今回のお主の協力には非常に感謝しておる」
「これくらいどうって事ないさ、ボクも興味があるからね」
 興味がある、と言う割には声のトーンに全く変化が無い。
「ほう、お主の興味を引くようなものがおるのか?」
「あぁ、彼女"刀使い(ソード・ダンサー)"と言わせてもらうけどね、その"刀使い"はボクのコートを斬った」
「なんと?! それは興味深いな……」
 ヴォイムは椅子から身を乗り出すも、すぐさま元の体勢に戻る。

「サンプルの平均を採る為に、なるべく突出した能力は抑えたつもりであるが、ふぅむ」
 癖なのか、顎に手を当てながら考え込む。
「能力を制限しないままサンプルを放り込むのはまずいから、少しだけ制限をかけたけどね、
 それでも、キミの計画を満足させるぐらいには能力を残しておいたよ」
「うむ、結構。念のためサンプルを管理するものも召喚した。
 以前の失敗は、余が直接舞台へ上がってしまった事だと分析しておる。今回余は安全な場所から眺めているだけでよい」
 ヴォイムは眺めている、と言うが、この広間にはモニターの類は一切見当たらない。
 どうやってあの殺戮と狂気の舞台を眺めているというのか――。
「まぁ、邪魔が入ることは無いさ、気の済むまでやるといい」
 クエスの、呟きなのかヴォイムに向けた言葉なのか良く判らない声、ヴォイムがそれに答えようとした瞬間――。

「そうは問屋が卸さないのです」
 いつの間にか広間の入り口には、短めの三つ編みの少女と金髪緑眼の青年が立っていた

447黒幕話かっこかり ◆/91wkRNFvY:2005/06/26(日) 23:34:13 ID:TyM8AN7w
「なっ……、お前たち、いつの間に、どうやってここへ侵入した!?」
 ヴォイムは動揺と共に、身を椅子から乗り出す。
「お主、どういうことだっ!? ここに侵入されるなどと……!」
 安全を決め込んでいた巣穴に飛び込んできた闖入者に動揺したヴィオムは、驚きのあまり威厳を欠いた顔をクエスに向けた。
 言い終わるのを待たず、彼の背後の暗幕から、目立たないグレイのスーツを着た中肉中背の中年男たちが飛び出し、
 文字通り瞬く間に青年と少女を取り囲む。
「あわてることはないさ、せっかくの催しだ、ゲストの一人もいないとつまらないだろう?
 さっきも言ったけど、キミの計画に支障は無い。これ以上はボクが、させない」
 ヴォイムへ向けてひとしきり喋り、クエスは振り向きざま二人に深い――とても深い――笑みを浮かべる。

「あなたは……、あなたはそんなに火乃香さんの力が気になりますか?」
 青年は砂漠用のデューン・スーツを纏うが、そこにはいつもの微笑は無い。
「それはキミも同じだろう? この会話は何度目だろうね?」
「それは……」
 クエスの問いに口ごもる青年。
「何なら、ここでボクと争ってみるかい? 2対1でもボクは一向に構わないよ」
「もとよりそのつもりです、あなたの都合に彼らを巻き込むわけにはゆきません」
 言葉と共に少女の周囲から超高密度のEMP場があふれ出す。
 同時に、青年の緑瞳が金色に輝き、白いデューン・スーツも光を帯びる。
 クエスの不敵な笑み、そしてスーツ男たちとの間に緊張がはしる――。 
 
「その辺でよかろう」

448黒幕話かっこかり ◆/91wkRNFvY:2005/06/26(日) 23:35:11 ID:TyM8AN7w
 クエスを除いた全ての瞳が、声の主――ヴォイムへ集中する。 
「お主、イクスというのか? そちらの娘は……、ふむ、いくつかあるようだが"年表干渉者(インターセプタ)"で良いのかな?」
 資料を見ていた形跡は無い、ヴォイムはただイクスと"年表干渉者"を見ただけで名前を知ったというのか。

「この世界は余が創りあげし世界なり、故に余こそがこの世界の法、余こそがこの世界の絶対者なり。
 余に刃を向けるのは天に唾吐くが如し。汝らも世界の理を知るものならば、ここでの抵抗が如何に無意味であるか、それくらいは理解しておろう?」
 先ほどの取り乱し具合とは裏腹に、堂々とした態度でイクスたちに歩み寄る。
「確かに、そうかもしれません。ここで私たちが本気でぶつかったらこの空間そのものが崩壊しかねませんから」
 クエスをその瞳に捕らえていたイクスだが、肩をすくめて溜息をつき、それにあわせて周囲の光も薄らいでゆく。
「イクスさん、しかし……」
 食い下がろうとする"年表干渉者"にクエスの声がかかる。
「キミも "刀使い"ではないにしろ、期待しているものがいるんだろう? 悪い話じゃないと思うんだけどな」
「わたしたちにはここでずっと眺めていろとおっしゃるのですか」
「別にそうは言わないさ、どうにか出来るのならやってみるといい」
"年表干渉者"を取り巻くEMP場は変わらずに留まり続ける。彼女が何かを仕掛けようとしたその刹那――。

「ここでの争いがどのように世界に影響を与えるかは未知数です。しばらくは彼の目論見に期待するしかありません」
 と、"年表干渉者"を手で制し、クエスに目をやる。
「ボクはどっちでもいいけどね、少しは抵抗もないとつまらないからね」
 クエスは無責任ともいえる余裕を見せる。。
「……。イクスさんのおっしゃる事ももっともです、助けに来たのに崩壊させてしまっては、本末転倒なのです」
 途端、"年表干渉者"の周囲に溢れていたEMP場が霧散する。

「ほっほっほ、解れば宜しいのだ、余はこれでも客人に対する礼はわきまえておるつもりだ。
 サンプルは既に事足りておるからな、汝らはそこでゆるりと眺めているが良い」
 ヴィオムは満足げな顔で肩を揺らしながら元の玉座についた。


『ほほはほはほほほはははほほはほははほほははほははほはほほははほははほはほ』
 広間に沈黙が訪れた後、どこからとも無く聞こえてきたウザったい笑い声は、気のせいだろう、――たぶん。

449<管理者より削除>:<管理者より削除>
<管理者より削除>

450<管理者より削除>:<管理者より削除>
<管理者より削除>

451アマワ黒幕化話一部修正 ◆E1UswHhuQc:2005/06/28(火) 16:49:56 ID:7Yf3b6x2
「君が出てきたという事は……あれは、――世界の敵か」
「そのようだ。何しろ僕は自動的なのでね」
 左右非対称の笑みでブギーポップは答え、アマワを見た。
「君という存在は、ただ吼えているだけだ。未来精霊アマワ。不確かなものを確かにしたいという欲求から生まれたんだろう、君は」
「わたしは御遣いだ。御遣いでしかない。望んでいるものがいるから、わたしは存在する」
「すべてのものが同じことを望んでいるわけじゃない。多くの欲求と共鳴して、本来の望みから大きく歪んだ君は、もはや御遣いではない」
「それは推測でしかない、ブギーポップ。わたしがそうであると証明できていない」
「する必要はない。君は誰もが理解できぬうちに、確実に、貪欲に、根こそぎに、全てを奪っていく。……断言しよう。未来精霊アマワ」
 一息。
「君は世界の敵だ」




「私は奪うぞ未来精霊アマワ。この場にいる全ての者達を。貴様が奪うよりも早く」
 強く握る拳は過去に砕いた拳。
 握れぬ拳に力を込め、まだどこかに居るであろうものに宣言する。
「新庄君の姿だけはくれてやろう。……だが」
 佐山は脳裏に新庄の姿を思い浮かべ、もはや軋みの来ない胸に手指を突き立て、覚悟の言葉を吐き出した。
「――他は私のものだ」



【C-6/小市街/1日目・13:00】
『悪役と泡・ふたたび』
【佐山御言】
[状態]:正常
[装備]:G-Sp2、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)、地下水脈の地図
[思考]:参加者すべてを団結し、この場から脱出する。
[備考]:新庄を思っても狭心症の発作が起こらなくなりました。

452暗殺者に涙はいらない 1 ◆CDh8kojB1Q:2005/07/13(水) 22:41:33 ID:D7qZuQnc
 パイフウは陽光が降り注ぐ平原を歩いていた。
 いずこかより吹く風が彼女の長い髪をなびかせ、肌をくすぐる。
(エンポリウムに吹く乾きを運ぶ風とは違う……心地よい風ね)
 心に思うのは、荒廃した世界に反抗する活気有る機械の町と、
 僅かな安らぎを与えてくれる己の職場。
 しかし内心とは裏腹に、豊かな緑の大地を見る物憂げな瞳は常に周囲を警戒し、
 まるで散歩をしているかのような歩行には一切の隙がない。
 それでも見晴らしの良い平原を単独で移動するなど、
 この殺し合いの場においては無謀とも言える行為だ。
 暗殺者としての自分が、いつ誰から狙われるか分からないこの状況に危険信号を発している。
 だが構わない。
 一人を除いた、この島にある全ての命をただ刈り取ろうと自分は決めた。
 ならば今は一人でも多くの獲物と遭わねばならない。
 故に危険を避けては通れない。
(こんなギャンブル、暗殺者の取る行動とは思えないわね)
 一人失笑する彼女の視界が捉えるのは、
「――森、つまりE-4エリアに入ったのかしら?」
 しかし次の瞬間にパイフウが見たものは、問答無用の巨大な力で抉られた大地だった。

 数分後、彼女は人間数人分がすっぽり入る大きさの穴(恐らく何らかの範囲攻撃の跡だろう)の
 淵に立っていた。
「本当に……人外魔境ね」
 一体どれほどの戦力がここで衝突したのか見当もつかない。
(塵ひとつ残さず消し飛ばすなんて……あれは?)
 ふと、視線を森の方に向けたパイフウは一本の樹の下に残った物に注目した。
 僅かに周囲の大地よりへこんだそれは、
「――着地跡かしら? つまり……この木の上に誰かが隠れていた?」
 穴の付近で戦闘が起きていたのは間違いない。
 僅かながら穴の近くに、謎の範囲攻撃以外でできたと思われる血痕が有るからだ。
 ならば第三者が樹の上に姿を隠す理由とは、
「一番ありえそうなのは漁夫の利を狙ったから。
二番目は近づくと正体がバレて警戒される可能性が有ったから。
三番目は範囲攻撃を仕掛けたのはこいつで、その攻撃にはチャージもしくは反作用が伴うため、
時間稼ぎが必要だったから」
 特に三番目はかなり危険だ、もしも自分の推測が正しい場合、
 樹上に居た者は、数人の参加者を一撃で吹き飛ばせるスキル又は支給品を所有していることになる。
(冗談じゃないわ。私の龍気槍さえ制限されて大した威力が出ないのに……)
 もう少し、周囲を詳しく調べる必要が有る。
 個人のスキルか支給品かでその対処法は大きく異なるからだ。
 支給品ならばエネルギー兵器の可能性が高く、それらは一見して判別できるし、打ち止めも存在する。
 だが個人技であった場合は、回復すれば無限に使用できる可能性も有り、
 攻撃のモーションなども不明なので相対するまで対策の立てようがない。
 そこまで考えて、パイフウは自分に降り注いでいた陽光が樹木で遮られている事に気づいた。
 いつの間にか、心地よい風も止んでいた。

453暗殺者に涙はいらない 2 ◆CDh8kojB1Q:2005/07/13(水) 22:44:40 ID:D7qZuQnc
「――見つけた」
 誰かが潜んでいたらしい樹の幹。そこには何かを突き刺した跡が有った。
(突き刺さったのは恐らく強固な刃物。この樹は下部に枝が無いから登る足場にしたのね)
 つまり、
(樹上に居た者は刃物の支給品と強力な範囲攻撃を有している、って事ね)
 パイフウにとっては、アシュラムやその主と同等の警戒すべき人物に違いない。
 
 しかし、パイフウが見つけたのは樹の刃物跡だけでは無かった。
 次に彼女が見つけたのは、何者かに刈り取られた後に穴を穿った一撃で吹き飛ばされたと思われる、
 生々しい女性の左腕と……その手が掴んだデイパックだった。
 死後硬直によって硬く握られているためか、パイフウがデイパックを持ち上げても
 その腕が離れて落ちる事は無い。
 穴の付近の血痕を辿って発見する事ができた、唯一残っていた被害者の体。
「デイパックの中身も残ってるって事は、穴を穿った者は自分が樹上から攻撃した後に、
これを探して回収する余裕が無かったようね」
 これは樹上の者が謎の範囲攻撃を行った後に、その音を聞きつけて寄ってくるであろう
 他の参加者から逃げたという事を示している。
(つまり……範囲攻撃は一度しか使えず、その後は戦闘不能になるという事かしら?)
 他の理由も有るのだろうが、今はこの程度の推測が限界だ。

 何はともあれ、パイフウはデイパックを開けて支給品を探した。
「武器が入ってれば最高なんでしょうけど……これは服……防弾加工品みたいね」
 手に持って取り出したのは、さらりとした肌触りの白い外套だった。
 他には手付かずの飲食物などの備品一式と説明書らしき物が入っている。
「『防弾・防刃・耐熱加工品を施した特注品』……まあ、やや当りの部類ね。
他には、『着用することで表面の偏光迷彩が稼動』ってステルス・コートの類似品じゃない!
何なのこの多機能すぎる外套は? ややどころじゃないわ、大当たりよ」
 性能を確かめるために外套を着込んだところ、本当に自分の体が見えなくなった。
 着心地もそれほど悪くなく、まるでさらりとした布の服を着ている様な感覚だ。
「周囲の光景をリアルタイムで表示する事によって、中の人間を透明に見せてるわけね」
 防弾・防刃・耐熱加工品を持たせた迷彩服。
 パイフウの世界なら、確実にテクノスタブーに引っかかるであろう代物だ。
 普通に歩行する程度では、まず他者から発見されることは無い。
(気配を消せる私には便利この上無いわね)
 試しに蹴りや手刀を何発か放ったところ、服の周囲に僅かな歪みが発生した。
「……多量の塵には弱いみたいね。他にも雨や霧の中だと性能低下が起こりそう……」
 だが暗殺には十分すぎる性能だ。これ以上の物を期待するのはわがままだろう。
 これなら自分の技能と併せる事によって、ある程度の強敵とも戦える。
(攻撃力は変わらないけど、戦術の幅が広がったのは有難いわね)
 己が殺人機械へと変わるのを自覚しながら、パイフウはその長い髪を掻き分けた。

454暗殺者に涙はいらない 3 ◆CDh8kojB1Q:2005/07/13(水) 22:45:29 ID:D7qZuQnc
 殺戮の用意は整った。自身の能力の下方修正を行い、己の可不可も見極めた。
 後は……ただ狩り尽くすのみだ。
 血に飢えた白虎は、全身全霊を持ってこの豊かな大地を真紅の色に染め上げるだろう。
 脳裏に浮かぶのはハデスの教えの一つ。

 ――殺せる者は冷静かつ最速に残さず殺せ。心は捨てろ、鈍るだけだ――

「私はもう後悔しない。後退しない。ディートリッヒ……次に尻尾を出した時は……覚悟しなさい」
 偏光迷彩で姿を消し、心とともに殺意を消した死神は、
 静かに、しかし高速で陽光の下に歩を進める。
 
 後には、抉られた大地と刈り取られた左腕に掴まれたデイパックだけが残された。
 再び吹き始めた風は、それらの周りで怨嗟の叫びを挙げた後に、いずこかへと去っていった。


【E-4/平地/1日目・13:55】

【パイフウ】
[状態]:左鎖骨骨折(ほぼ回復・休憩しながら処置)
[装備]:ウェポン・システム(スコープは付いていない) 、メス 、外套(多機能)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン12食分・水4000ml)
[思考]:1.主催側の犬として殺戮を 2.火乃香を捜す

[備考]:ディードリット支給品(飲食物入り・左手付き)がE-4/平地に放置されています。

455殺人神父の人界救済 ◆E1UswHhuQc:2005/07/15(金) 01:51:37 ID:qduyPGFU
 十二時。昏倒し続けるハックルボーン神父は、朦朧とした意識の中で放送を聞いた。
 すべてを聞き終わり、失われた者達の一人一人に涙し、神父は起き上がった。
 敬虔なる神の使徒として、すべてのものに神の救いをもたらさねばならないというのに――
「十三名」
 失われた者達の人数を呟き、神父は苦悩する。
 神よ、自分に聖罰を。
 自分がいるというのに、彼らを貴方の御許へと導く事が出来ませんでした。
 膝をつき、両手を組んで神父は懺悔する。桁外れの信仰が可視波長まで及ぶ聖光効果をもたらし、周囲を浄化した。
 古傷から血が噴き出て床と壁を血に染める。聖罰を受けたのだ。
 神に栄光あれ。
 懺悔を終えた神父は、周囲を見渡した。彼を気絶させた無頼の輩は既に何処ぞへと立ち去り、少年の姿も見つからない。
 神父は一人。だがやることは決まっている。
「万人に神の救いを」
 悔いを残したまま死に、死者の魂が現世で彷徨うことのないように。
 この拳で、神のためにあるこの拳で。
 迷えるものたち全てに、救済を与えよう。
「万人に神の救いを」
 すべては神のために。アーメン。

                 ○

 歩き回った末に、神父はそれを見つけた。

456殺人神父の人界救済 ◆E1UswHhuQc:2005/07/15(金) 01:53:17 ID:qduyPGFU
「ほらミリア! 牛肉だぞ!」
「狂牛病だね!」
「鶏肉もある!」
「鳥インフルエンザだね!」
「豚肉だ! しかも無菌豚!」
「うわあそれなら安全だよアイザック! さすがだね!」
「さすがだろ! そろそろブラック達と合流しようぜ!」
「さすがだね! 要は喜んでくれるかな!」
 商店街の一隅にある、無人の肉屋の店先。
 そこで商品を弄んでいる、二人の男女。
 二人の所業を見て、ハックルボーン神父は神に祈った。
 神は申された。
『汝、奪うなかれ』
 神父はのっそりと、二人の背後の立つ。と、二人のうち女の方がこちらを見つけ、
「――きゃああああああああ!!」
「どうしたミリア!?」
 悲鳴を上げた。鼓膜を震わす甲高い悲鳴をものともせず、神父は右の拳を振り上げた。
「あなたに神の――」
 男が振り返り、こちらを見て驚愕の声をあげる。
「ひ、一人っ! ってことはブラックが言ってたとおり、敵だな!?」
「どうしようアイザック! とうとう悪役登場だよ!?」
 怯えの表情ですがる女に、男は一本の刀を取り出して、
「心配するなミリア。この超絶勇者剣があれば、どんな相手でも真っ」
「――祝福あれ!」
 一歩で踏み込んだ神父の右拳が、男の台詞をさえぎって左頬に直撃した。
 ごきり、という致命的な音で、男の首が不自然な角度に曲がる。首の骨が折れたのだろう。
 間髪入れずに神父の左拳が男の右頬を打つ。
 鉄壁の信仰と日々の鍛錬に裏打ちされた打撃力が、男の首をちぎりとり、肉屋の中に吹っ飛んだ。
 神父の首の根から血が吹き出し、神父の両の目から涙がこぼれた。
 苦痛の涙であり、歓喜の涙でもある。
 ハローエフェクトとRHサウンドの、光と音による昇天が迅速に行われた。不死者アイザック・ディアンといえど、魂が昇天してしまえば再生はできない。
「ア――」

457殺人神父の人界救済 ◆E1UswHhuQc:2005/07/15(金) 01:54:47 ID:qduyPGFU
 女が、がくがくと震えながら銃を抜いた。
 男の首は吊るしてあった豚肉の腸詰に絡まり、奇怪なオブジェとなっている。
「アイザックぅ―――――――!!」
 ろくに照準もつけない銃撃が、神父を襲った。
 放たれた七発の鉛弾のうち、当たったのは四発。左腕、右脚、左肩、右胸の四箇所。
 銃という武器は臓器に直接当たって破壊せずとも、その衝撃だけで人をショック死に至らせることのできる武器だ。
 だが、ハックルボーン神父の鋼の信仰心を折ることは出来なかった。
 ガチガチと、弾が切れてなお執拗に引き金を引き続ける女に近付く。
 命中した四発の弾丸は、神父の行動を妨げることにすら至らなかった。女はようやく気付いたのか、弾切れの銃を手から離した。神父は右の拳を大きく振りかぶる。
「あ、あいざっ……」
「祝福あれ」
 拳がミリア・ハーヴェントを恋人の元へ送る寸前に。
 何かに止められたように、急停止した。神父が止めたのではない。
「――だからヤなんだよ。地味すぎる」
 声は、女のもの。
 声の方を振り向けば、肉屋の向かいの魚屋の看板、楷書で“新・鮮・組”と書かれたそれの上に、一人の女が悠然と立っていた。
 彼女は瞳に怒りの炎を映し、びしっと右手の人差し指で神父を指し、叫んだ。
「よくもそのバカを殺ってくれたな……『地獄の宣教師』、いや『殺人神父』!!」
 目を凝らせば、女の左手から伸びた――複数の糸らしきものが、神父の右腕に絡み付いてその動きを阻害している。
 神父は無言で、右腕にさらに力を込めた。
 異常に膨れ上がった筋肉が絃の幾本かを引き千切るが、すべてを引き千切ることはできなかった。
 だが、神父の身体は神父だけのものではない。すべては神のものなのだ。
 神に栄光あれ。
 熱量を持つまでに至った聖光と更に膨張した筋肉が、残っていた絃すべてを引き千切った。
「逃げたりするなよ殺人神父。地獄の果てまで追い詰めるぞあたしは」
 女の宣告に、神父は静かな視線を向けた。
 人類最強と超弩級聖人の視線が交錯し……神父は、厳かな声音で告げた。
「あなたに神の祝福を」

【C-3/商店街/1日目・16:10】

『超弩級聖人』
【ハックルボーン神父】
 [状態]:銃創四箇所(右脚左腕左肩右胸)
 [装備]:なし
 [道具]:デイパック(支給品一式)
 [思考]:万人に神の救い(誰かに殺される前に自分の手で昇天させる)を
 [備考]:打撲・擦過傷などは治癒しました。

『人類最強』
【哀川潤(084)】
[状態]:怪我が治癒。創傷を塞いだ。太腿と右肩が治ってない。
[装備]:錠開け専用鉄具(アンチロックドブレード)
[道具]:支給品(パン4食分:水1000mm) てる子のエプロンドレス
[思考]:アイザックの仇を取る 祐巳を助ける 子荻は殺す 殺人者も殺す こいつらは死んでも守る 他の参加者と接触
[備考]:右肩が損傷してますからあまり殴れません。太腿の傷で長時間移動は多めに疲労がたまります。
    (右肩は自然治癒不可、太腿は若干治癒)
    体力のほぼ完全回復には残り8時間ほどの休憩と食料が必要です。 そこそこ体力回復しました。 ボンタ君は死んだと思ってます。

【ミリア(044)】
[状態]:心神喪失
[装備]:なし
[道具]:支給品(パン5食分:水1500mm)
[思考]:アイザックが
[備考]:ミリアのすぐそばに森の人(残弾0)が落ちています。

【アイザック・ディアン(043) 死亡】
【残り72人】

458神将と神父の閃舞(1/5) ◆5KqBC89beU:2005/07/16(土) 14:13:58 ID:gze6IUQc
 鳳月と緑麗が地上に出られたのは、落下してから、かなりの時間が過ぎた後だった。
 地下遺跡の出入口で、手早く食事をしながら休憩し、すぐに神将たちは出発した。
「急がないと、待ち合わせの時間に遅れそうだな」
 何かしゃべっていないと力尽きそうだ、といった表情で鳳月が言う。
「すまない。それがしが、足手まといになっている」
 うつむく緑麗の顔は、土と埃に汚れ、疲労の色が濃い。
「そうでもないさ。正直、俺も限界が近い」
 ふらふらとよろめきながら、二人は西へ向かう。移動速度は普段の半分以下だ。
 緑麗は、地下遺跡の床が抜けたときに右足を骨折していた。自力で歩くことも、
立つことも不可能だった。だから、ずっと鳳月が肩を貸している。
 鳳月だって無事ではない。左腕は折れているし、左側頭部から出血していて、
ときどき平衡感覚がおかしくなる。右手の五指は、動かすたびに激しく痛んだ。
 さらに、双方とも、打撲や擦過傷の疼痛に全身をさいなまれている。
 もしも彼らが普通の人間なら、とっくに気絶していてもおかしくない。
「せめて、その、太極指南鏡がまともに動いてくれれば……」
 緑麗の眼鏡を見ながら、鳳月が愚痴をこぼした。彼女の眼鏡は、視力補正器具でも
装飾品でもない。天界の最長老にして発明家、太上老君の作った探査分析装置なのだ。
 本来なら、島中を隅々まで調べあげ、知人の居場所などを数秒で表示できるだけの
能力を秘めているのだが、見た目は単なる丸眼鏡だ。おかげで黒服たちに奪われず、
緑麗の手元というか目元に残ったわけだが……。
「この空間を造っている術は、探査の術と相性が悪いようだからな。まぁ、あるいは
 どんな術とも相性が悪いのかもしれないが。これでは、空間そのものに探査妨害の
 術がかかっているのと同じことだ。……すぐそばにいる相手くらいなら調べられるが、
 現状でも信用できるほどの精度があるかどうか」
「でも、取りあげられずに済んだだけでも良かったよ。俺の隣にいた赤髪の男なんか、
 黒服が見てる前で、眼鏡についてたカラクリを作動させちゃったせいで、あっけなく
 その眼鏡を没収されてたぞ」
 そうこう話しながら歩いているうちに、森林地帯の終わりが見えてきた。

459神将と神父の閃舞(2/5) ◆5KqBC89beU:2005/07/16(土) 14:15:39 ID:gze6IUQc
 森の外には、とてつもなく珍妙な光景があった。
 奇天烈な物体――小屋のように見えるような気がしないでもない――を背景に、
筋骨隆々で傷だらけの巨漢が、無言で周囲を見回していたのだ。
 もはや誰もいないムンク小屋と、迷える子羊を探すハックルボーン神父だ。
 少し離れた森の中では、それを見た鳳月と緑麗が大いに迷っていた。
「なぁ、どうする? なんだか、ものすごく強そうな危険人物がいるぞ」
「いや待て。確かに外見は凶悪だが、あの巨漢からは邪気や妖気の匂いがしない。
 信じ難いことだが、むしろ清らかな聖気すら発しているようだ」
「おいおい、冗談だろ?」
「事実だ。納得しろ。おそらく彼は、平和主義者の武術家か何かなのだろう。
 『乗った』者に襲われ、仕方なく戦った後、仲間を探している途中、といったところか」
「……とりあえず話しかけてみるか。まず俺が一人で出ていって、信用できそうか
 判断してみるよ。緑麗は、ここで待っててくれ。というわけで、俺の荷物を頼む。
 万が一のときは走って逃げるから、身軽な方が良い」
「素手で大丈夫か、と言いたいところだが、どうせその怪我ではろくに戦えまいな。
 下手に疑心暗鬼を煽るくらいなら、まだ素手の方がマシか。たぶん平気だとは
 思うが、用心はしておけ。……いざとなったら、ここから術で援護する」
「やめとけって。片足が折れてるのに、居場所を教えてどうする気だよ」
「そのときは、それがしを囮にして生き残ってくれ」
「! ちょっと待てよ、何ふざけたこと言ってるんだ?」
「ふざけてなどいない。お前は、足手まといを守って無駄死にして、それで満足か?
 思い出せ。父上どののような立派な神将になりたいと言った、あの言葉は嘘か?
 お前が命懸けで守るべき相手は、同じ神将のそれがしではない。そうだろう、鳳月」
「でも……俺は……」
「そんな顔をするな。……いいのだ。天軍に入ったときから、とうに覚悟はできている」
「やめてくれ、縁起でもない。……いいか、俺たちは帰るんだ。麗芳や淑芳と再会して、
 天界に戻って、星秀のぶんまで生きていくんだ」
「鳳月」
「行ってくるよ、緑麗。俺は必ず戻ってくるから……だから、待っててくれよな」
 そう言って緑麗に背を向け、鳳月は静かに歩き出した。

460神将と神父の閃舞(3/5) ◆5KqBC89beU:2005/07/16(土) 14:16:32 ID:gze6IUQc
「あのー……」
 背後からかけられた声に神父が振り返ると、少し離れた位置に子供が一人いた。
子供は荷物も武器も持っておらず、怪我をしていたが、それでも怯えてはいない。
「や、どうも、こんにちは」
 まっすぐ目を見て挨拶する相手を、快い、とハックルボーン神父は感じた。
 柔和な笑顔で軽く会釈し、神父は来訪者を迎える。内面の善良さがにじみ出るような、
親しげな挙動だった。当然だ。彼は、史上最強の超弩級聖人なのだから。
「俺は鳳月っていいます。争うつもりはありません。あなたと話がしたいんです」
 やや安心した様子で、子供が語りかけてきた。神父は鷹揚に頷き、厳かに言う。
「私の名はハックルボーン。神に仕える者」
 誰よりも先に、一刻も早く参加者たちを昇天させるために、情報はあった方が良い。
鳳月を神の下へと導くのは、話を聞いてからでも遅くはない。そう判断した結果だ。
「へぇ、そうなんですか。……だったら話が早いかもしれないな。
 えーと、実は俺、これでも一応、神サマの端くれなんですよ」
 鳳月の自己紹介を耳にして、思わず神父は天を仰いだ。にこやかだった笑顔が、
残念そうに歪む。神将たちが異変に気づいたときには、すべてが手遅れになっていた。
 ゆっくりと歩を進めながら、哀れみを込めた瞳で鳳月を見て、神父が一言ささやく。
「神を騙るなかれ」
 次の瞬間、敬虔なる神の使徒は、疾走と同時に拳を振りかぶっていた。
 鳳月が動くより先に、神父の全身が聖光を放つ。至近距離からの発光は目潰しとなり、
少年神将から貴重な一瞬を奪った。そして、鳳月の脇腹が、拳の一撃で大きく陥没する。
 奇跡と神通力が相殺しあい、生身と生身の勝負となった末に、神父の怪力が、鳳月の
内臓に致命傷を与えたのだ。救済の対象と同調し、神父の口から鮮血があふれる。

461神将と神父の閃舞(4/5) ◆5KqBC89beU:2005/07/16(土) 14:17:29 ID:gze6IUQc
「アーメン」
 神父が拳を振り抜く。鳳月は、わずかに滞空してから地面に落ち、動きを止めた。
「――ぃ――ぅ」
 哀れな子羊が、小さく誰かの名を呼んで絶命する。数秒だけでも意識を保てたのは、
日頃の鍛錬があったからだ。彼の逝く先は、彼の見知らぬ天の上だろう。
「――太上玄霊七元解厄、北斗招雷――!」
 絶叫と共に、森の中から翡翠色の稲妻が撃ちだされ、神父を滅するべく大気を貫く。
 緑麗の必殺技、北斗招雷破。今の彼女では大した威力を出せないが、しかし当たれば
ただでは済まない。けれど神父は、鳳月の魂に同調して、神を見ている真っ最中だった。
「なっ!?」
 最大限に強まった聖光効果と神聖和音が、神通力の電撃を受け流した。
 全力で放たれた雷が、ハックルボーン神父に届くことなく四散していく。
 数百年に及ぶ、彼女の努力と研鑽が、完膚無きまでに全否定された。
 神との邂逅を邪魔された神父が、悲しそうに緑麗の方を向く。
「あ、ぁあ、ぁ……」
 慈愛に満ちた表情で、異世界の聖職者が駆けだした。急速に近づいてくる殺人者を
見つめながら、緑麗はただ呆然としている。体中から、力が失われていく。
「あなたに神の――」
 彼女が心に感じていたのは、憎悪でも悔恨でも恐怖でもなく、疑問だった。
「祝福あれ!」
 顔面へ迫る拳を前に、どうして、と緑麗はつぶやいた。

【031 袁鳳月 死亡】
【035 趙緑麗 死亡】
【残り 70人?】

462神将と神父の閃舞(4/5) ◆5KqBC89beU:2005/07/16(土) 14:18:14 ID:gze6IUQc

【G-5/森の西端/1日目・13:40】

【ハックルボーン神父】
 [状態]:全身に打撲・擦過傷多数(治癒中)、内臓と顔面に聖痕(治癒中)
 [装備]:なし
 [道具]:デイパック(支給品一式)
 [思考]:万人に神の救い(誰かに殺される前に自分の手で昇天させる)を
 [備考]:迷える子羊を昇天させたことにより、奇跡が起こりました。
    傷が塞がっていきますが、一時的な現象です。持続はしません。

※森の西端に、支給品一式(パン4食分・水1000ml)×2、スリングショット、
 詳細不明の支給品が落ちています。詳細不明の支給品は、防具ではありません。
 鳳月のデイパックには、メフィストの手紙が入っています。
※緑麗の眼鏡(太極指南鏡)は破壊されました。

463トリプルインパクト(三重激突) ◆E1UswHhuQc:2005/07/17(日) 01:32:57 ID:/lTxp5NM
「とぁ――――っ!!」
 哀川潤は全力で跳躍した。
 跳躍の方向は、真上。上方向以外のベクトルを持たないスーパージャンプを見ても、アイザックを殺した巨漢――神父は驚きすら見せない。
 上昇限界点に来たところで、彼女は左手の曲絃糸を引いた。神父ではなくその後ろ、肉屋の看板に絡ませておいた糸だ。
 空中に居る状態でそれを引けば、身体は引っ張られて前に進む。
「ライダァ――――キィィィィック!!」
 垂直ジャンプからの飛び蹴りを、神父は両手で受け止めた。
 砲弾のような衝撃が神父の腕、胴、脚へと伝わり、踏みしめたアスファルトが砕かれた。
 神父が脚を掴もうとする前に、哀川潤は神父の掌を蹴って跳躍回避。
 無駄にムーンサルトなど決めつつ、神父から数歩離れたところに降り立った。殴り合いには邪魔な曲絃糸を外して捨てる。
 半瞬にも満たない睨み合いの後に、爆音が響いた。
 両者が渾身の力で踏み込んだ為に、アスファルトの地面が砕けたのだ。
 常人なら数歩の距離を、人類最強と超弩級聖人は非常人たる己の力を全力で用いて縮める。
 拳を振りかぶった神父と対照的に、それを紙一重で避けた潤は身を屈めて神父の懐に飛び込んだ。
 平常ならば、ガチの殴り合いだろうと哀川潤は神父に負けず劣らない。
 だが、今の彼女は右肩を負傷している。殴り合いでは分が悪い。
 ゆえに哀川潤はハックルボーン神父の拳をかいくぐり、懐に飛び込んだ。
 左の肘を突き出し、疾走の運動力と全筋力のすべてを込めて打つ場所は心臓。
「おあああああっ!!」
 咆吼と同時に打撃した。
 肉を穿ち骨を砕き臓を破る一撃が、神父をえぐった。
 それは確実に胸骨のほとんどを砕き、心臓に致命的な損傷与えた。
 だが、神父の信仰までは砕けなかった。
 血の塊を吐き出した口で咆吼を叫び、繰り出した膝が哀川潤を吹っ飛ばした。

464トリプルインパクト(三重激突) ◆E1UswHhuQc:2005/07/17(日) 01:33:48 ID:/lTxp5NM
「ぐっ!?」
 両腕を交差させてなんとかガードしたが、膝蹴りを受けた両腕の骨にヒビが入る。
 しかし痛みを堪え、体勢を立て直そうとする。だが神父が慈悲深き表情で慈悲深い拳を放とうとしている。今度は間に合わない。
 その寸前に。
 刃物を肉に突き立てた様な音が、神父の脇腹から響いた。
 そこに、ミリアが居る。怯えと怒りの入り混じった表情で、アイザックの持っていた刀で神父の脇腹を貫き、その先の腎臓へと切っ先を届かせて。
「アイザックの、カタキ」
 神父は刃を突き刺させたまま、ミリアの頭を掴んだ。
 そのまま引っ張るが、ミリアが刀を放そうとしないため、首がちぎれてしまった。
 首が取れてもミリアは刀を手放さない。神父は諦めて、取れてしまった首を放った。肉屋に飛び込んだ彼女の首が、先客の首とキスをする。
 神父はミリアの身体ごと刀を引き抜き、ふたつまとめて主のところに投げ返す。神は申された。汝、奪うなかれ。
「あなたに神の祝福を」
 聖印を切ると同時に聖光効果と神聖和音が発生。ミリア・ハーヴェントの魂を高次元に強制シフトした。
 そして。
 赤き制裁、死色の真紅、人類最強の請負人。
「……あたしが、このまま逃げるとは思ってないよなあ?」
 問いかける哀川潤の表情は、純粋な怒りに満ちている。
 神父に。アイザックに。ミリアに。自分に。主催者に。すべてのものに対する激怒の感情が吹き荒れる。
 魂消る様な激情が、赤い恐怖がハックルボーン神父を射貫く。
「逃げるものか。逃がすものか。二人が死んだのはあたしの責任だ。守ると決めたくせに出来なかった。不言不実行なんて笑いも取れねえ」
 哀川潤の言葉を、神父は懺悔だと判断した。
 だから言った。慈愛に満ちた声音で、
「神はすべてを赦されるでしょう」

465トリプルインパクト(三重激突) ◆E1UswHhuQc:2005/07/17(日) 01:34:38 ID:/lTxp5NM
 血の塊を吐いて神父の巨体が崩れ落ちた。
 人類最強の打撃を心臓に喰らい、腎臓に刃を突き立てられて、生きていられる人間はいるのだろうか。
 血を吐き、膝を付き、天を仰ぎ、神父は断末魔の祈りを叫んだ。
「我が神、我が神、なんぞ我を――」
 終いまで言い終えないうちに力尽き、神父はゆっくりと倒れる。

               ○

 消え去っていく意識の中で、ハックルボーン神父は懺悔していた。
 我が神よ。私の力が足りぬばかりに、迷える子羊達を救うことが出来ませんでした。
 あなたの愛を拒む愚かなる者達に、それを与えることが出来ませんでした。
 我が神よ――私に、今一度の機会を。

「なるほど。君はそれを望んでいるのだね?」

 その通りです。神よ。
 意識の中で話しかけてきたものを、神父は神だと信じて疑わなかった。
 なぜならハックルボーン神父のすべては神に捧げられている。その心の中に囁いてくるのものは、神に他ならない。
 確かにそれは『神』の文字を持つ――“夜闇の魔王”だった。

「宜しい。君の『願望』を叶えよう」

 その慈悲に感謝します。貴き神よ。
 くく、と神――“名づけられし暗黒”は嗤った。

「興味深い。君は実に興味深い。
 ――さあ、刻印を解除し、『私』の力の一部を貸そう。
 君のねじくれた愛を、存分に振舞いたまえ」

 分かりました。神よ。あなたの無限の愛を、万人に伝えましょう。
 すべての善と悪の肯定者は、神父の愛をも肯定して暗鬱な笑みを浮かべた。

               ○

466トリプルインパクト(三重激突) ◆E1UswHhuQc:2005/07/17(日) 01:35:28 ID:/lTxp5NM
 死者が三つ。
 アイザック・ディアン。ミリア・ハーヴェント。ハックルボーン神父。
 生者が四つ。
 哀川潤。高里要。シロ。フリウ・ハリスコー。
 哀川潤は自分以外の三者に、その事実を伝えた。
「……そんな」
 がくりと、要は膝を付いた。蒼白の顔色で、身を震わせている。
「ボクの血でも、駄目デシか……?」
「ああ」
 無慈悲に頷かれたシロは、目を閉じて身を縮めた。が、過去のことを思い出し、
「お医者さんに見せるデシ! ノルしゃんも一回死んだデシけど、生き返らせてくれたデシ!」
「そっちの世界の医術はどうだか知んねーが、ここじゃまず無理だ」
 冷静な返答に、今度こそシロは押し黙った。
「…………」
 フリウは沈黙を保っている。身体の震えを押し隠すように握る拳が青白い。
 皆、これからどうするのか、決めかねている。
「戯言だよな。いや傑作か? 《薔薇の香りのする最高の酒。ただし地獄の二日酔い》みたいな? ――アホか。あたしは」
「哀川さん……」
「名字で呼ぶな、フリウ。あたしを名字で呼ぶのは敵だけだ」
「……潤さん。これから、どうするの?」
 言いなおし、フリウが問いかけた。問いかけに、潤は冷静に答える。
「変わらない。全員で――全員で、脱出する。当面の目的は誰かに襲われる前に祐巳と合流することだ」
「そうです……ね」
 要は陰鬱に頷き、緑色の目でシロが叫んだ。
「――危険が危ないデシ!」
 叫びの直後、激音が響いた。
『――!?』
 全員が音の方向を向く。

467トリプルインパクト(三重激突) ◆E1UswHhuQc:2005/07/17(日) 01:36:08 ID:/lTxp5NM
 “八百一”の看板が掲げられた八百屋の上に、人影が一つ。
 神聖なる光輝を背負い、暖かい慈愛を纏った大男が立っている。
 男の名は、ハックルボーン。神父だ。
「愚かなる子羊たちよ。もはや迷うことはない」
 恍惚の表情で、神父は言った。
「神の愛は無限だ」
 遠い何処かから暗鬱な笑い声が小さく響き、神父が跳躍した。
「逃げてろ!」
 哀川潤は茫然とする三者に鋭く叫び、神父の着地地点に駆け出した。
 傷があり、体調は万全とは程遠いが、怒りだけは無限にある。
「――死人は死んでろっ!」
 怒りのことごとくを拳に乗せて、哀川潤は神父に打撃を入れた。神父は右手でそれを受け、右腕の骨が完全に粉砕された。
 しかし神父は恍惚の表情を崩さない。慈悲深く哀川潤の頭に砕けた右手を乗せ、
「祝福を」
 乾いた音と湿った音と破れた音が同時にした。
 神父は右手を戻し、次なる子羊達に視線を移し、歩み始めた。
 その背後で、頭部を失った人類最強の肉体が、死してなお傲然と仁王立ちしている。
 荘厳な神聖和音が奏でられる中、フリウが動いた。
「――よくもっ!!」
 唇を噛み締めて、念糸を放つ。
 念糸の繋がれた先は、首。容赦なく全力でねじ切る為に、フリウはを意志を込めて標的を捻る――
「……っ!?」
 返って来たのは捻りの手ごたえではなく、反動だった。精霊に念糸を使ったのと同じ、いやそれ以上の反動で、フリウは地に膝をついた。不思議と戦意が失せ、身体が跪こうとする。
(駄目だ……戦わなくちゃ!)
 気を奮い立たせ、無理矢理に身体を起こす。
 あれだけの反動でも、念糸は効果を見せていた――霞む視界の中で、傾いだ頭の神父が立っている。
(……距離を……取らないと)
 精霊には精霊をぶつけるしかない。開門式を唱えるだけの時間を、距離を取らないといけない。
 と、視界が陰った。圧迫感に背後を見ると、

468トリプルインパクト(三重激突) ◆E1UswHhuQc:2005/07/17(日) 01:36:59 ID:/lTxp5NM
「チャッピー! ――なんで大きくなってるの!?」
「今のうちに逃げるデシ!」
 巨大化したシロ、ホワイトドラゴンが叫び、神父に肉薄した。
 その隙にシロの後ろへと回り、距離を取る。水晶眼へと念糸を繋ぎ、口早に開門式を唱える。
 炎を吐いて神父を押し留めていたシロが、焦れたように叫んだ。
「フリウしゃん、要しゃんを連れて早く逃げるデシ!!」
「――開門よ、成れ。どいてチャッピー!!」
 なるべくシロが視界に入らないような位置を取っていたが、それでも入ってしまう白い巨体に言い、フリウは破壊精霊を解放した。
 それよりも一瞬早く、横っ飛びにシロが避け、大きさを小犬のそれに戻す。そこに出来たスペースに、銀色の巨人は音もなく顕れた。
 声が響く。

『我が名はウルトプライド――』

 破壊精霊が拳を振りかぶった。

「我が名はハックルボーン――』

 神父が拳を振りかぶった。

『全てを溶かす者!!』

「神の信徒なり!!」

 二つの拳が激突した。

 “夜闇の魔王”の――彼信じるところの『神』の力が、この世すべての反作用たる破壊精霊の力と拮抗する。
「嘘……」
 神父から発される聖光効果で眼が眩むが、フリウは無理矢理に眼を開け続けた。
 破壊精霊が咆吼をあげ、拳打の連続を開始する。呼応するように神父も拳を放ち、拳と拳との激突が衝撃波を生み、大気を砕いていく。
 その光景を水晶眼で見ながら――
(……駄目)

469トリプルインパクト(三重激突) ◆E1UswHhuQc:2005/07/17(日) 01:38:01 ID:/lTxp5NM
 フリウは胸中で呟いた。
 破壊精霊が、圧し負けている――信じられないことだが、確かに圧し負けている。
 破壊精霊以外で、この相手をどうにかできるものなどないというのに。
(無い? ――違う。手はある。ひとつだけ)
 だがそれをやることは、破滅を意味していた。
(できない……できないよ。あたしがどうとかじゃない。全部壊すことになる)
 水晶眼に精霊を戻し、水晶眼を破壊する――解放された精霊は、尋常ではないエネルギーとともに解放される。解放されてしまう。全てを溶かす破壊精霊の、影ではなく本体が。
 そうなればすべては壊される。
(チャッピーも、要も、みんな。……でも)
 ここで相手を倒せなければ、どちらにしろ一緒かもしれない。
 ミズー・ビアンカ。アイザック・ディアン。ミリア・ハーヴェント。哀川潤。
 みんな死んだ。居なくなった。奪われた。
 そして残ったすべてもまた、死に、居なくなり、奪われるのだろう。
(……どうせ誰もいなくなるのなら……壊れても、いいのかな)
 サリオンが居たら、そんなことはしてはいけないと止めてくれるだろう。
 だが彼はここに居ない。
 視界の中で、とうとう神父の拳が破壊精霊に打ち込まれた。精霊が苦悶の叫びをあげる。
 静かに……呟いた。
「チャッピー、要を連れて遠くまで逃げて。うんと遠くまで」
「フリウしゃん……?」
 連続で打撃され、身体の半分ほどを削られた精霊が、しかし戦意を失わずに拳を振りかぶっている。
「逃げて」
「……分かったデシ」
 フリウの決意を読み取って、シロは要に近づいた。眼前で哀川潤の死を――血を見た為に気絶している彼の襟首を噛んで引き摺っていく。
 引き摺っていく音が途切れるのを待ちながら、フリウは眼前の戦いを見る。
 破壊精霊は、すでに元の大きさの四分の一ほどしかない。下半身、左半身が失われ、右半身と頭部だけが残っている。
 精霊が地面を打って飛び、最後の攻撃を仕掛けようとした時、引き摺っていく音が途切れた。閉門式を唱え、精霊を戻す。
「ううっ……!」
 激しい痛みに左目を押さえながら、フリウは神父の方へと駆け出した。
 精霊との殴り合いで、神父も無事な姿ではなかった。右腕は肩から千切れ、左の脇腹に大穴が空き、左腕は腕としての機能を有しておらず、首は念糸で傾いだままだ。
 神父の懐へと入る。妨害はなかった。神父は優しくフリウの身体を抱きとめ、そして、

470トリプルインパクト(三重激突) ◆E1UswHhuQc:2005/07/17(日) 01:38:46 ID:/lTxp5NM
「祝福を」
「いらない」
 神父が頭を撫でようとする前に、フリウは――
 指で、自分の左目を突いた。
 激痛は一瞬。
 その後は、痛みすら感じられなくなった。
(父さん、サリオン、ごめんね……あたし、ここで死んだ)
 意識の中で、お前は愚かだと父が言い、優しく抱きしめてくれた。
 そんな夢を見たと、フリウ・ハリスコーは信じた。

 水晶檻が破壊されれば、中にいる精霊は凄まじい爆発を巻き起こしながら解放されるという性質を――

               ○

「う……」
 衝撃波に身体を打たれ、高里要の意識は覚醒した。
 意識はまだ朦朧としている。ここがどこなのか、なにをしていたのか、わからない。
 周囲を見回すと、白い小犬が倒れていた。
「傲濫……?」
 呟いて、違うと気付いた。
 ロシナンテ。ホワイト。ファルコン。チャッピー。シロ。
 幾つもの名前を――不本意ながら――つけられた、ホワイトドラゴン。
「……大丈夫?」
「ワン……デシ」
 声をかけると、シロもまた目を覚ました。周囲を見回し、
「フリウしゃんは……」
「いないんだ。ぼくが気絶してる間に、なにがあったの?」
 若干の沈黙のあとに、シロは答えた。
「お姉しゃん……潤しゃんが、死んじゃったデシ」
「……それは、見てた」
 赤い女性の頭が、赤く飛び散ったところを。
 思い出して、顔を歪ませる。麒麟にとって、血は不浄のもの。毒にも等しい。

471トリプルインパクト(三重激突) ◆E1UswHhuQc:2005/07/17(日) 01:39:45 ID:/lTxp5NM
「大丈夫デシか?」
 気遣うように見上げてくるシロに、要は気丈を装って頷いた。
「大丈夫。……でも、これから……どうしよう」
 たった二人だけで、祐巳と合流し、この島から脱出できるのだろうか。
 できない、と思った。先ほどの大男のような人間に遭遇すれば、もう逃げることすらできない。
「どうしよう」
 同じ言葉をもう一度呟き、要はシロの瞳が緑色になっているのに気付いた。
「……え」
 重圧を感じて、後ろを振り向いた。
 破壊精霊が居た。
 銀色の巨人。氷河の亀裂のような外殻を持った、怪物。
 左半身を失った姿で、それが立っていた。なにをするでもなく、こちらを見ている。
 破壊精霊は視界に映るすべてを破壊すると、フリウは言っていた。
 視界の中で、精霊が身を動かした。
(止めないと)
 シロではあれに対抗できない。

 ――止めなくては。あの恐ろしいものを止めなくては。

 どうやって、と自問し、自答が返って来た。身体が動く。

 ――剣印抜刀。

「臨兵闘者階陳烈前行――!!」

 精霊の動きが止まった。
 動きを止めたが、叩歯は震えて出来ない。
(折伏――させる)
 この精霊は危険だ。すべてを壊す。
(逃げても、駄目。全部壊してまた会う)
 決意し、姿勢を正す。
 身体の震えを無理矢理に押さえ、前歯を鳴らした。気を集中させる鳴天鼓だ。
 鼻から息を吸い、口から吐く。
 時刻は――午後。死気であり、こちらに不利な時刻だ。
 これほどの相手ともなれば、ひとつの不利ですべてを砕かれる。
(でも、やらなきゃ)
 睨みあうだけで、気が殺がれる。
 汗が肌を伝う。視界がぼやける。
(……負けてる)

472トリプルインパクト(三重激突) ◆E1UswHhuQc:2005/07/17(日) 01:41:12 ID:/lTxp5NM
 ぎりぎりの均衡は、わずかにこちらが不利だった。
「要しゃん……」
 背後で、シロがこちらの名を呼んだ。そして、言葉を続ける。
「……ボクが相手してる間に、逃げるデシ」
 聞こえた瞬間に、視界に白の巨体が入ってきた。
「――駄目!」
 気が逸れた一瞬で、破壊精霊が動きを取り戻した。
 拳の一打で白竜の腹を突き破り、鮮血と肉片を飛び散らせる。
 要の頬に、血が飛んだ。
 それを震える指でなぞり、目の前に持ってきて、
「……血」
 意識が揺らいだ。視界が揺らいだ。感覚の全てがおぼろになった。
 揺らぐ視界の中で、白竜が頭を潰された。勝ち鬨をあげた破壊精霊が、こちらに向き直るのが見える。
「……驍宗さま……」
 呟きと同時に、視界が銀一色となり、そして消えた。
「――――!!」
 破壊精霊ウルトプライドは獲物を屠った喜びに大きく咆吼をあげ、
「――――」
 力尽きて消滅した。
 あとはなにも残らない。
 すべてが終わったそこに、暗鬱な笑い声が短く響いた。


【C-3/商店街/1日目・16:30】
【ミリア・ハーヴェント 死亡】
【哀川潤 死亡】
【フリウ・ハリスコー 死亡】
【ハックルボーン 死亡】
【シロ 死亡】
【高里要 死亡】
【残り60人】

[備考]:
商店街に、巨大なクレーターが出来ました。
アイザック・ディアン、ミリア・ハーヴェント、哀川潤、フリウ・ハリスコー、ハックルボーン神父の死体及び各自の持ち物は、水晶眼の爆発によって消し飛びました。

473暗殺者に涙はいらない 1改 ◆CDh8kojB1Q:2005/07/17(日) 18:05:10 ID:D7qZuQnc
 パイフウは陽光が降り注ぐ平原を歩いていた。
 いずこかより吹く風が彼女の長い髪をなびかせ、肌をくすぐる。
(エンポリウムに吹く乾きを運ぶ風とは違う……心地よい風ね)
 心に思うのは、荒廃した世界に反抗する活気有る機械の町と、
 僅かな安らぎを与えてくれる己の職場。
 しかし内心とは裏腹に、豊かな緑の大地を見る物憂げな瞳は常に周囲を警戒し、
 まるで散歩をしているかのような歩行には一切の隙がない。
 それでも見晴らしの良い平原を単独で移動するなど、
 この殺し合いの場においては無謀とも言える行為だ。
 暗殺者としての自分が、いつ誰から狙われるか分からないこの状況に危険信号を発している。
 だが構わない。
 一人を除いた、この島にある全ての命をただ刈り取ろうと自分は決めた。
 ならば今は一人でも多くの獲物と遭わねばならない。
 故に危険を避けては通れない。
(こんなギャンブル、暗殺者の取る行動とは思えないわね)
 一人失笑する彼女の視界が捉えたのは、森と問答無用の巨大な力で抉られた大地だった。

 数分後、彼女は人間数人分がすっぽり入る大きさの穴(恐らく何らかの範囲攻撃の跡だろう)の
 淵に立っていた。
 一体どれほどの戦力がここで衝突したのか見当もつかない
(塵ひとつ残さず消し飛ばすなんて……あれは?)
 ふと、視線を森の方に向けたパイフウは一本の樹の下に残った物に注目した。
 僅かに周囲の大地よりへこんだそれは、
「――着地跡ね」
 ならば、この樹の上に誰かが隠れていたという事になる。
 そして、穴の付近で戦闘が起きていたのは間違いない。
 僅かながら穴の近くに、謎の範囲攻撃以外でできたと思われる血痕が有るからだ。
 ならば第三者が樹の上に姿を隠す理由とは、

 一番ありえそうなのは漁夫の利を狙ったから。
 二番目は近づくと正体がバレて警戒される可能性が有ったから。
 三番目は範囲攻撃を仕掛けたのはこいつで、その攻撃にはチャージもしくは反作用が伴うため、
 時間稼ぎが必要だったから。

 特に三番目はかなり危険だ、もしも自分の推測が正しい場合、
 樹上に居た者は、数人の参加者を一撃で吹き飛ばせるスキル又は支給品を所有していることになる。
(冗談じゃないわ。私の龍気槍さえ制限されて大した威力が出ないのに……)
 もう少し、周囲を詳しく調べる必要が有る。
 そこまで考えて、パイフウは自分に降り注いでいた陽光が樹木で遮られている事に気づいた。
 いつの間にか、心地よい風も止んでいた。

474暗殺者に涙はいらない 2改 ◆CDh8kojB1Q:2005/07/17(日) 18:06:00 ID:D7qZuQnc
「――見つけた」
 誰かが潜んでいたらしい樹の幹。そこには何かを突き刺した跡が有った。
 抉れ具合から察するに強固な刃物の可能性が高い。
 この樹は下部には枝が無いから登る足場にでもしたのだろう。
 それは、樹上に居た者は刃物の支給品と強力な範囲攻撃を有する事を示している。
 パイフウにとっては、アシュラムやその主と同等の警戒すべき人物に違いない。
 
 しかし、パイフウが見つけたのは樹の刃物跡だけでは無かった。
 次に彼女が見つけたのは、何者かに刈り取られた後に穴を穿った一撃で吹き飛ばされたと思われる、
 生々しい女性の左腕と……その手が掴んだデイパックだった。
 死後硬直によって硬く握られているためか、パイフウがデイパックを持ち上げても
 その腕が離れて落ちる事は無い。
 穴の付近の血痕を辿って発見する事ができた、唯一残っていた被害者の体。
 穴を穿った者は自分が樹上から攻撃した後に、これを探して回収する余裕が無かったらしい。
 ならば樹上の者が謎の範囲攻撃を行った後に、その音を聞きつけて寄ってくるであろう
 他の参加者から逃げたという事だ。
(無敵ってわけじゃあないのね)

 何はともあれ、パイフウはデイパックを開けて支給品を探した。
「武器が入ってれば最高なんでしょうけど……これは服……防弾加工品みたいね」
 手に持って取り出したのは、さらりとした肌触りの白い外套だった。
 他には手付かずの飲食物などの備品一式と説明書らしき物が入っている。
「『防弾・防刃・耐熱加工品を施した特注品』『着用することで表面の偏光迷彩が稼動』
ステルス・コートの類似品かしら?」
 性能を確かめるために外套を着込んだところ、本当に自分の体が見えなくなった。
 着心地もそれほど悪くなく、まるでさらりとした布の服を着ている様な感覚だ。
 恐らく、周囲の光景をリアルタイムで表示する事によって、
 中の人間を透明に見せるシステムだろう。
 防弾・防刃・耐熱加工品を持たせた迷彩服。
 パイフウの世界なら、確実にテクノスタブーに引っかかるであろう代物だ。
 普通に歩行する程度では、まず他者から発見されることは無い。
(気配を消せる私には便利この上無いわね)
 試しに蹴りや手刀を何発か放ったところ、服の周囲に僅かな歪みが発生した。
(……高速運動に偏光処理が追いつかない)
 だが暗殺には十分すぎる性能だ。これ以上の物を期待するのはわがままだろう。
 これなら自分の技能と併せる事によって、ある程度の強敵とも戦える。
 己が殺人機械へと変わるのを自覚しながら、パイフウはその長い髪を掻き分けた。

475暗殺者に涙はいらない 2改 ◆CDh8kojB1Q:2005/07/17(日) 18:06:51 ID:D7qZuQnc
 殺戮の用意は整った。自身の能力の下方修正を行い、己の可不可も見極めた。
 後は……ただ狩り尽くすのみだ。
 血に飢えた白虎は、全身全霊を持ってこの豊かな大地を真紅の色に染め上げるだろう。
 脳裏に浮かぶのはハデスの教えの一つ。

 ――殺せる者は冷静かつ最速に残さず殺せ。心は捨てろ、鈍るだけだ――

(私はもう後悔しない。後退しない。ディートリッヒ……次に尻尾を出した時は……覚悟しなさい)
 偏光迷彩で姿を消し、心とともに殺意を消した死神は、
 静かに、しかし高速で陽光の下に歩を進める。
 
 後には、抉られた大地と刈り取られた左腕に掴まれたデイパックだけが残された。
 再び吹き始めた風は、それらの周りで怨嗟の叫びを挙げた後に、いずこかへと去っていった。


【E-4/平地/1日目・13:55】

【パイフウ】
[状態]:左鎖骨骨折(ほぼ回復・休憩しながら処置)
[装備]:ウェポン・システム(スコープは付いていない) 、メス 、外套(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン12食分・水4000ml)
[思考]:1.主催側の犬として殺戮を 2.火乃香を捜す

[備考]:ディードリット支給品(飲食物入り・左手付き)がE-4/平地に放置されています。
    外套の偏光迷彩は起動時間十分、再起動までに十分必要。
    さらに高速で運動したり、水や塵をかぶると迷彩に歪みが出来ます。

476暗殺者に涙はいらない 3改 ◆CDh8kojB1Q:2005/07/17(日) 18:07:35 ID:D7qZuQnc
 殺戮の用意は整った。自身の能力の下方修正を行い、己の可不可も見極めた。
 後は……ただ狩り尽くすのみだ。
 血に飢えた白虎は、全身全霊を持ってこの豊かな大地を真紅の色に染め上げるだろう。
 脳裏に浮かぶのはハデスの教えの一つ。

 ――殺せる者は冷静かつ最速に残さず殺せ。心は捨てろ、鈍るだけだ――

(私はもう後悔しない。後退しない。ディートリッヒ……次に尻尾を出した時は……覚悟しなさい)
 偏光迷彩で姿を消し、心とともに殺意を消した死神は、
 静かに、しかし高速で陽光の下に歩を進める。
 
 後には、抉られた大地と刈り取られた左腕に掴まれたデイパックだけが残された。
 再び吹き始めた風は、それらの周りで怨嗟の叫びを挙げた後に、いずこかへと去っていった。


【E-4/平地/1日目・13:55】

【パイフウ】
[状態]:左鎖骨骨折(ほぼ回復・休憩しながら処置)
[装備]:ウェポン・システム(スコープは付いていない) 、メス 、外套(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン12食分・水4000ml)
[思考]:1.主催側の犬として殺戮を 2.火乃香を捜す

[備考]:ディードリット支給品(飲食物入り・左手付き)がE-4/平地に放置されています。
    外套の偏光迷彩は起動時間十分、再起動までに十分必要。
    さらに高速で運動したり、水や塵をかぶると迷彩に歪みが出来ます。

477あと2時間30分(1/11) ◆eUaeu3dols:2005/07/19(火) 07:40:04 ID:ZlTtJbTg
「……さて」
森に踏み入っていくダナティアとテッサを見送り、リナとシャナがそこに残った。
「あたしたちも行くとしましょうか」
「言われなくてもわかってる」
ダナティアとテッサは仲間を増やすために別行動を取る。
リナとシャナは仲間と合流するために道を行く。
「でも、ちょっくら面倒そうね。
 東は禁止エリアでかなり塞がれてるし、直進すると罠が有るエリアだわ」
「そんなの関係ない。わたしは直進する」
あっさりとシャナが答える。堂々と、傲慢不遜な自信を漲らせて。
「ったく。力が有り余ってる時の正面突破は望む所だけど、もうちょっと考えなさいよ」
(まあ、あたしが言えた事じゃないけどさ)
ダナティアにもテッサにもそれを諫められている。
他人が同じ行動を取るのを見たおかげで、ようやく自分の無謀さが身に浸みた。が。
「ま、今回は正面から踏み潰しますか。安全な道を確保しておければ便利だわ」
それに、どちみち東回りの道は殆ど塞がれている。
リナは携帯電話に連絡を入れた。

「あと一時間は掛かる? なんでだ」
ベルガーが携帯電話に聞き返す。
既にC−6エリアに到着した彼らは、数棟ほど林立するマンションの一室で休憩していた。
狭い通路や幾つもの曲がり角、逃げ場の少ない構造は戦いになった時に危険だが、
簡単に調べた所、このマンションには他に誰も居ないようだった。
『スネアトラップが仕掛けられた森を突破するわ。あと1時間くらいかかるかもしれない』
「スネアトラップだと? 迂回すれば……いや、禁止エリアが有るのか」
『それに、道を開いておけば後で使えるわ。あと、ダナティアとテッサは遅れるわよ。
 テッサの捜し人の首根っこを掴みに別行動中よ』
(それじゃ最初に来るのはあの二人かよ)
ベルガーは、電話の相手に聞こえないように小さく溜息を吐いた。
よりによって面倒な二人が残ったものだ。
シャナの方はあの通りの性格だし、リナは……もう、捜し人が居ないのだ。

478あと2時間30分(2/11) ◆eUaeu3dols:2005/07/19(火) 07:41:15 ID:ZlTtJbTg
「ま、なんにせよ捜し人が見つかったのは良かったじゃないか」
『そう素直に喜べればいいんだけどね』
リナが言葉を濁す。
「……どうかしたのか?」
『…………。! って、ちょっとシャナ、待ちなさいよ! あ、着いたら話すわ!』
「あ、おい!」
プツリと通話が途切れた。
セルティ・ストゥルルソンと、相手の番号の名前が表示されている。
「まったく、あの嬢ちゃんは相変わらずだな」
『大丈夫なのか?』
リナの使う携帯電話の持ち主が、少し不安げに文字を示す。
「なに、あの二人だってバカじゃないさ。罠の中を無理に突っ走ったりは……しそうだな、おい」
独走型のシャナと、どちらかというと過激派なリナ……組み合わせとしては最悪に近い。
『大丈夫なのか!?』
セルティが『大丈夫なのか』と『?』の間に無理矢理『!』を書き足した紙を突きつける。
「大丈夫ですよ、きっと」
そう言ったのは保胤だった。
「あのリナさんという方は、怨念が噴出しない限りは冷静で、警戒心も強い人です。
 そう無茶な事をする人ではありません」
「……だと良いんだがな」
そう、普通に考えれば何の不安も無いはずだった。

実際、二人は時間こそ掛かったものの何の問題もなく森を抜ける事が出来た。
その後ろには累々と破壊された罠が転がっている。
「しっかし時間がかかったわねぇ。なんか雨も降ってきちゃったし」
「リナが休憩をとったからじゃない」
「あんたが無造作に進むからでしょうが! 神経が磨り減って仕方ないわ」
C−6に入った二人は、互いに悪態を吐きながら近くにあるマンションに近づく。
「まず雨宿りも兼ねて適当な所に入って、そこから電話するわ」
リナは何事もなく冷静に行動していた。
誰一人予想出来なかった事が有ったとすればそれは、彼女達が別れた仲間と合流する前に、
海野千絵と佐藤聖に出会ってしまった事だった。

479あと2時間30分(3/11) ◆eUaeu3dols:2005/07/19(火) 07:42:03 ID:ZlTtJbTg
その予想できなかった者達には、海野千絵と佐藤聖の二人までも含まれる。
本来二人は『如何にもファンタジー』といった外見の連中を避ける事に決めていた。
なのに自分達の隠れているマンションにそんな格好の参加者が近づいてきてしまったのだ。
一人は比較的現代風の格好をしているし、少々偉そうな以外は割合普通の少女なのだが、
もう一人の少女はファンタジーっぽい格好をしている上に、背中に長い剣を背負っていた。
(やばいっ)
一瞬隠れようとし……だが、千絵は気づいた。
ファンタジー風の少女の風貌が、アメリアから聞いていた『リナの風貌』に似通う事に。
雰囲気や意匠こそ違えど、彼女の衣服がどことなく同じ世界を感じさせる事に。
「待って、聖」
そして、耳を澄ませると聞こえてきた二人の会話と、その断片……リナという一言に。
「彼女を狙うわ。彼女はアメリアの知り合いよ。うまくやれば、罠に掛けられるわ」
アメリアの仲間なら吸血鬼は知っているだろう。
だが、同時に強い力を持った、罠に掛けられる相手でもあるのだ。
聖に対抗する時が来れば『アメリアを殺したのは彼女だ』と吹き込めば仲間に出来るのも魅力だ。
アメリアが死んだのがあの時とは限らないが、彼女がアメリアに重傷を負わせたのは事実だし、
そもそもそれが真実である必要は無い。
聖が言い返した所で、自分が短い間なりともアメリアと過ごしたアドバンテージは崩せない。
「私はもう一人の子の方が好みなんだけどなぁ」
聖が欲望に澱んだ目で返す。
千絵は不安を感じながらも説得した。
「別に片方だけとは言わないわ。
 刀を持ってるけど、見たところただの女の子みたいだし後に回せばいいじゃない」
「……ちぇっ。判った、前菜と思う事にするよ」
千絵は聖に手筈を伝えると、リナとシャナに会いに向かった。

「ふうん、そっちの方から出てきてくれるなんて手っ取り早いわ」
千絵が声を掛けようと思ったその瞬間に、先んじてリナが声を掛けてきた。
(まさか、見てる時から気づかれてた!?)
予想以上に相手が鋭い事に気づき、動揺しながらも反撃する。
「リナ・インバースさんですね? アメリアさんの仲間の」
今度はリナが動揺する番だった。

480あと2時間30分(4/11) ◆eUaeu3dols:2005/07/19(火) 07:42:57 ID:ZlTtJbTg
「アメリアを……アメリアを知ってるの!?」
「はい。私は、ゲーム開始直後にアメリアさんと行動していましたから」
つらつらと語る。今や何の感慨も抱けなくなったあの時間の事を。
その記憶には、完全に理解出来ない喪失感だけが残っていた。
(私はそんなにあの子の血が吸いたかったんだろうか?)
何か違った気がする。
今からでも彼女の死体を捜してその血を啜れば、その理由が判るだろうか。
――彼女の思考は、既に根底から冒されている。
「その後はどうなったの?」
「アメリアさんは襲ってきた人から私を逃がすために残って……最期は、知りません」
襲ってきたのが聖である事は伏せ、その時は夜中だったから判らないと誤魔化す千絵。
「雨が降り出して、もしかしたら……野ざらしで雨に打たれているかもしれませんから。
 だから、せめて死体を埋葬する為に捜しに行きます。あなたも来ますか?」
「行くわ」
即答するリナ。シャナが少し不満げに問い掛ける。
「合流はどうするの?」
「少し待たせりゃ良いわ。シャナ、アンタだって勝手を通してたんだし、少しは付き合いなさい」
「……別に良いけど」
(かかった)
千絵はリナを自分の顎に掛けた事を確信した。
「それじゃ行きましょう。あなた達の分の雨具も有れば良かったんですけど」
「良いわよ、そんな大袈裟なの無くても」
千絵は自分達が吸血鬼である事を隠すためのマントをそう誤魔化すと、雨の中に歩き出した。

リナは実際、完璧に冷静ではなかった。
だが、それでも警戒心と観察力は鈍っていなかった。
(こいつら、吸血鬼だわ)
マントの隙間から見える青白い肌。赤く充血し、微かに光って見える眼。
そして、仄かに漂う嗅ぎ慣れた……血の臭い。
(アメリアを殺したのはこいつらかもしれない)
リナは何気ない風を装い、彼女達に付いて歩いて行った。
シャナも相手の正体に気づいている事を、考えるまでもなく確信して。

481あと2時間30分(5/11) ◆eUaeu3dols:2005/07/19(火) 07:43:48 ID:ZlTtJbTg
だが、シャナは完全に油断していた。
海野千絵と佐藤聖と名乗った二人(日本人だろうか?)は完全に素人だ。
戦いの訓練を積んだ様子も戦い慣れた様子も全く無い。
マントから垣間見える腕だってまるで鍛えた様子の無い細腕だった。
シャナ自身もその外見からは想像できない怪力を秘めてはいるが、
その挙動の端々には歴戦の戦士ならば見て取れる『戦いへの慣れ』が潜んでいる。
二人にはそれが無い。
そして、シャナには吸血鬼の知識も無い。
元の世界では伝説や娯楽の世界にしか登場しなかった存在。
彼女は、そういった知識を与えられる事なく育てられた。
(でも、この微かな臭い……なんだっけ)
更にもう一つの盲点。
それは、血の臭いを嗅ぎ慣れていない事だ。
幾ら仄かに漂うだけとはいえ、その臭いを嗅ぎ慣れた物なら確実に気づく血の臭い。
リナは当然のように、シャナも気づいていると思っていた。
しかしシャナが抜けてきた戦いにおいて、血を流す者は殆ど居ない。
敵も、その犠牲者も、血を流す事無く消えていく。
最近までは一人で戦ってきたから、血を流すのは自分だけ。
自分が傷を負った時は嗅覚より先に痛覚に来るのだから、臭いはあまり記憶に残らない。
だから。

歴戦の戦士でありながら、シャナは吸血鬼に気づく材料を何一つ持ち合わせていなかった。


それでもまだ、千絵の計画が成功する要素は何一つ存在していなかった。
彼女はシャナは無力だと油断し、リナを狙おうとしていたのだから。
リナもまた、積極的に話しかけ、アメリアの事を知る千絵を警戒していた。
実際、彼女の計画は成功しなかった。だが……

聖の欲望に任せた襲撃を阻止しえる要素は、何一つ存在していなかった。

482あと2時間30分(6/11) ◆eUaeu3dols:2005/07/19(火) 07:44:40 ID:ZlTtJbTg
「ぁ……ああああああああああぁっ!?」
「な、バカ!」
「しま……っ!?」
シャナの絶叫と千絵の悪態とリナの驚愕が次々に口を衝いて出た。
シャナの首筋に、純白の牙が深々と突き立っていた。
それが見る見るうちに色を塗り替えられ、紅い牙になっていく。
(そんな、なんで!?)
背後から自分に噛みついた女性は、確かに素人だったはずだ。
だがその動きは、油断していたとはいえシャナが捕らわれる程に速かった。
「このっ、放せ!」
強引に振り払おうと力を篭める。しかし……
(振り払え……ない!?)
シャナと拮抗し、僅かに上回るほどの怪力が彼女を掴んでいた。
振り回すシャナの腕が引っかかり、聖のマントは薄紙のように引き裂かれた
それを見て千絵も、シャナがただの少女ではない事に気づいた。
それでも聖の表情は揺らがない。
本当にちょっとした悪戯心に溢れた、自らの不利を考えもしない楽しげな笑顔。
「シャナちゃんだっけ。そんなに暴れなくても殺しやしないってば。ふふふ」
暴れるシャナによりマントが完全に剥ぎ取られ……聖の首筋が見えた。
千絵も気づき、自らの首筋に手を当てた。
(痕が、無くなってる……!?)
魔界都市において、吸血鬼の付けた吸血痕は身も心も吸血鬼化した時に消え去る。
アメリアに一撃で破れた時、聖の吸血鬼化は完了していなかった。
だからこそ、アメリアは聖を救えるかもしれないと夢見たのだ。
だが、完全に吸血鬼化……それも美姫直々の寵愛を受けた吸血鬼化を完了した聖は、
日光の遮られた雨空の下、圧倒的な肉体能力を思うがままに使いこなしていた。
その肉体能力に支えられた傲慢な自信が、計画に反した襲撃を実行させた

しかし、シャナもそれだけで手も足も出なくなるほどに弱くもない。
「放せって言ってるでしょ!」
精神を集中し、それを求める。
求めるは……炎!

483あと2時間30分(7/11) ◆eUaeu3dols:2005/07/19(火) 07:45:26 ID:ZlTtJbTg
吹き上がった爆炎が降りしきる雨を蒸発させ、大量の水蒸気が周囲を覆った。
続けざまに高熱が上昇気流を呼び、水蒸気を巻き上げて立ち上っていく。
「――――っ!?」
押し殺した声が上がり、聖がゴロゴロと地面を転がる。
水たまりを転がり、雨水でボロボロに燃える衣服を消火する。
「もう、ひどいじゃない……っ!?」
ギリギリで身を放したため、火傷はそう酷くない。だが。
「まだよ! ファイア・ボール!!」
ずいぶん前からこっそりと詠唱を終えていたリナの火炎球が炸裂した。
「きゃあああああああああぁっ!!」
悲鳴を上げて飛びすさる聖。
更に、水蒸気の雲を抜けてシャナが跳びかかる!
「さっきはよくも!」
「ひぃっ!!」
肉体能力では聖の方が上だ。だがシャナは、刀を持ち、技を持ち、炎を操る。
ここに来て敗北を悟った聖は、背中を向けて全力で逃げ始めた。
「この、待てっ!」
シャナが追いかけるも、肉体能力の差が有る以上、追いつけるはずもない。
そしてそれ以上に……
「ふぅ……ふぅ……くそっ」
深々と咬まれた上に、聖を振り払うため自分を中心に爆炎を巻き起こしたのだ。
肉体的な損傷や消耗も、そう軽い物ではなかった。

一方、千絵も聖が逃げ出すのを見て脱兎の如く逃げていた。
(あの馬鹿! あんなタイミングで欲望に流されるなんて……!)
いずれ時期が来たらと思っていたが、さっさと縁を切るべきだ。
だが、それ以上に予想外だったのはもう一人の少女の方まで強敵だった事。
どういうわけか誰も追いかけて来ないが、とにかく少しでも遠くに逃げないといけない。
幸い、この雨空は彼女達吸血鬼を動きやすくしてくれるし、逃走にも好都合――
そう思った次の瞬間、千絵の意識は闇に沈んでいた。
「ぇ……?」
最後に見えたのは、鳩尾にめり込む拳と、男と、男と、バイクに乗った首の無い…………

484あと2時間30分(8/11) ◆eUaeu3dols:2005/07/19(火) 07:46:21 ID:ZlTtJbTg
マンションの一室に、どこか陰鬱な空気が漂っていた。
薄暗い外からはざあざあという音が流れ込んでくる。
「……あの二人、来ないな」
ベルガーはベランダから、雨の降りしきる外を注意深く監視していた。
もう3時を過ぎたが、ダナティアとテッサはまだ来ない。
「罠のある森も有るし、雨も降り出したから、雨が止むまで待つのかもしれないわ」
そう言うリナも少し自信なさげだった。
捜し人がゲームに乗っていたとすれば、一騒動起きていてもおかしくない。
「まあ、彼女達は……いや。彼女達も冷静だ。なんとかなるだろう」
「……『は』って何よ」
「気にするな」
(こいつ、わざと言い間違えてからかったんじゃないでしょうね)
からかうのではなく試した可能性も有るし、故意に言った可能性は十分だ。
もっとも、そんな事はどうでも良いのだが。
「それより、あんたは大丈夫なの? シャナ」
咬まれた傷。爆炎による火傷。
更に短時間とはいえ戦闘を行った事により、腹部の弾は僅かに内出血を引き起こしていた。
「大丈夫。もう、痛みも引いてきたし」
だが、シャナの傷は異様な速度で治り始めていた。
元からシャナが備えていた自己治癒のレベルよりも、早い。
「……だからこそヤバイんじゃない。どんな具合?」
「やはり、リナさんの言う吸血鬼化という物なのでしょう。確かにそのような兆候が見られます」
シャナの具合を見ていた保胤が答えを返す。
「まだなりかけの状態ですが……悔しいですが、私の手持ちでは対処出来ません。
 その吸血鬼というのがどういった妖物なのかも判らないのでは、手が付けられません」
「あたしの世界の吸血鬼像なら教えられるんだけど……
 どうも、あたしの世界の吸血鬼とも違うみたいなのよね」
ベルガーも首を振る。セルティも判らないという素振りを返した。
「……それじゃやっぱり、そいつが起きるのを待って聞き出すしかないわね」
保胤が複雑な表情を浮かべる。彼にとっては彼女も被害者なのだろう。
シャナとは違い、既に吸血鬼化が完了してしまっているとしても。
シャナの隣のベッドに縛り付けられた海野千絵は、未だ昏倒状態にあった。

485あと2時間30分(9/11) ◆eUaeu3dols:2005/07/19(火) 07:47:29 ID:ZlTtJbTg
「何か可能性が高い治療法は無いの?」
シャナが不満げに問う。
「そうね。やっぱり吸血鬼なら……咬んだ奴を殺すとかかしら」
シャナを咬んだ聖は何処かへ逃走してしまった。
千絵が起きるのを待って問いつめれば行動パターンくらいは読めるかもしれない。
だがそれしか無いとしても、シャナは悠長な方針に苛立ちを隠せなかった。
(手遅れになる)
まだ大丈夫だ。
そう思うのに、何故かそんな言いようのない予感が彼女を追い立てる。
『それより、吸血鬼という物は血を吸いたくなる物だ。それは大丈夫なのか?』
「別に。なんてこと無い」
心配するセルティにそっけなく返す。
シャナはセルティに対し、どこか余所余所しく対処していた。
さっき初対面の時に敵だと勘違いして刃を向けてしまい、どうも気まずいのだ。
大事にはならなかったし、セルティも気にしないと言ってくれたのだが。
セルティのように奇怪な容貌は、概ね敵に多かった。
「そうですか。それならしばらくは大丈夫かもしれませんね」
なってこと無い。
シャナのその答えに保胤は安堵すると、真剣な顔で付け加えた。
「どうやら吸血鬼化とは、肉体だけではなく精神も蝕む現象のようです。
 有効な治療法が無い以上、精神力で抑え込む他に有りません」
「問題無い。こんなの、半日は持つ」
「コンニャクの構えってやつだね」
……………。
「……盤石の構え?」
「うん、それそれ」
エルメスがいつものように諺を間違える中で、ベルガーは密かに顔を強張らせた。
半日。それは追跡して戦うには十分な時間かもしれない。
だが、耐えられる時間としてはあまりにも短い。
(思ったより余裕は無いみたいだな)
溜息を吐く。
(あんまり抱えこむんじゃねえぞ、シャナ)

486あと2時間30分(10-11/11) ◆eUaeu3dols:2005/07/19(火) 07:48:11 ID:ZlTtJbTg
事実、シャナは追いつめられていた。
体の奥底からこみ上げてくる強烈な渇きと獰猛な衝動。
――血を啜り喉の渇きを癒したい。

(違う! わたしはそんなこと思ってない!)
フレイムヘイズとしての誇りと、傲慢でありながらも気高き意志で衝動を抑え込む。
だが、そうする間にもその衝動は強まってくる。
半日は持つというのは、嘘だ。
半日持たせるのが限界なのだ。
そして、何よりも辛いのは……孤独である事だった。
(悠二……)
リナには頼れない。
二回目の放送の時、リナには酷い事を言ってしまった。
一回目の放送の時から悠二の名が呼ばれるのが怖くて、まるで冷静になれなかった。
だから、ムンク小屋で休んでいる間に無理矢理に心を落ち着けて。
そうしたら飛び出してしまった酷い言葉。
きっとまだ内心では怒っているだろう。
(アラストール……)
ベルガーにも頼れない。
口喧しく贄殿遮那を返せと罵り、初対面の時は無理矢理奪おうとさえした。
きっと、自分を嫌っている事だろう。
贄殿遮那が有れば生き残れる。
そう思ったのだって、いつも自分の側に居てくれる人達が居ない不安の裏返しじゃないのか。
(ダナティア……)
悠二には未だに会う事が出来ない。
自分の中に在るアラストールと話す事さえ出来ない。
アラストールにシャナを頼まれ、真摯になってくれるであろうダナティアも、居ない。
弱いけど合理的に冷静に考える事が出来るし、仲が特別悪くも無いテッサも、居ない。
さっき会ったばかりの上に、刃を向けてしまったセルティにも、
彼女とチームを組んでいた保胤にも頼れない。
エルメスに頼って何になるか。
気づいた時、シャナの周りに心を許せる相手は誰も居なくなっていた。



――もう間に合わない。手遅れになる。
(そんな事無い!)
湧き上がる不吉な予感を振り払う。
(悠二……きっと悠二に会えれば……)
何とかなる。そう思う。
悠二ならきっとなんとかしてくれる。
吸血鬼なんかにならないで済むと思う。
だから……
(悠二……早く会いたいよ……)
それに縋り、必死に自分を保っていた。

彼女は気づいていない。
自分の予感が何を指し示しているのかを。
本当に手遅れになろうとしているのが何なのかを。

あと1時間でそれは決まり。
あと2時間と30分でそれが報される。

487あと1時間30分【状態】(1-2/2) ◆eUaeu3dols:2005/07/19(火) 11:14:30 ID:ZlTtJbTg
【C-6/住宅地のマンション内/1日目/16:30】
『不安な一室』
【リナ・インバース】
[状態]:平常。わずかに心に怨念。
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、携帯電話
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。
千絵が起きたらアメリアの事も問いつめ、内容によって処遇を判断する。

【シャナ】
[状態]:平常。火傷と僅かな内出血。吸血鬼化進行中。
[装備]:鈍ら刀
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:聖を発見・撃破して吸血鬼化を止めたい。悠二を見つけたい。孤独。
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
     手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
     吸血鬼化は限界まで耐えれば2日目の4〜5時頃に終了する。
     ただし、精神力で耐えているため、精神衰弱すると一気に進行する。

【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:心身ともに平常
[装備]:エルメス、贄殿遮那、黒い卵(天人の緊急避難装置)
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:仲間の知人探し。シャナが追いつめられている事に気づく。
 ・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。

【セルティ・ストゥルルソン】
[状態]:やや疲労。(鎌を生み出せるようになるまで、約3時間必要です)
[装備]:黒いライダースーツ
[道具]:携帯電話
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。

【慶滋保胤】
[状態]:不死化(不完全ver)、疲労は多少回復
[装備]:ボロボロの着物を包帯のように巻きつけている
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))、「不死の酒(未完成)」(残りは約半分くらい)、綿毛のタンポポ
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。 島津由乃が成仏できるよう願っている

【海野千絵】
[状態]:吸血鬼化完了(身体能力向上)、シズの返り血で血まみれ、厳重な拘束状態で気絶中
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(パン6食分・シズの血1000ml)、カーテン
[思考]:気絶中。聖を見限った。下僕が欲しい。
     甲斐を仲間(吸血鬼化)にして脱出。
     吸血鬼を知っていそうな(ファンタジーっぽい)人間は避ける。
     死にたい、殺して欲しい(かなり希薄)
[備考]:首筋の吸血痕は殆ど消滅しています。
[チーム備考]:互いの情報交換は終了している。
         千絵が目を覚ましたら、吸血鬼に関する情報を聞き出して行動。


【X-?/????/1日目/14:30】
『No Life Sister』
【佐藤聖】
[状態]:吸血鬼化完了(身体能力大幅向上)、シャナの血で血塗れ、多少の火傷(再生中)
[装備]:剃刀
[道具]:支給品一式(パン6食分・シズの血1000ml)、カーテン
[思考]:身体能力が大幅に向上した事に気づき、多少強気になっている。
     千絵はうまく逃げたかな。
     己の欲望に忠実に(リリアンの生徒を優先)
[備考]:シャナの吸血鬼化が完了する前に聖が死亡すると、シャナの吸血鬼化が解除されます。
     首筋の吸血痕は完全に消滅しています。
     14:30に逃走後、16:30に生存が確認(シャナの吸血痕健在)されています。

488十叶詠子の人間試験:2005/07/22(金) 17:53:14 ID:pBSSTsig
「残念、ちょっと遅かったみたいだね」
 言葉とは裏腹な笑みを浮かべて、彼女は現れた。
 右手に抜き身の短剣。それ以外はディパッグすらも持っていない。
 薄手のセーターとデニムのパンツは、絞ればバケツ一杯分の水が出てくるんじゃないかと思うほどに濡れそぼっている。
 彼女は唐突に、それこそ気配から足音まで何の予兆もなく人識の後ろに立っていた。
 みれば水溜りは玄関から途切れることなく続いていて、人識は足音の不在に首をかしげる。
 そんな殺人鬼を見ることもなく、ぴちゃり、と濡れた水音を引きずって、彼女は事切れた少年へと歩み寄った。
 血だまりに躊躇いなく足を踏み入れ、その手をそっと差し伸べる。
 絡みつく水草から滴る雫が、ぽつり、ぽつりと血の池をうがつ。
 体温を感じさせない白い指が、そっと彼の瞳に添えられた。
「かわいそうな子。せっかく本質を見る瞳と、世界を知る資格をもっていたのにね」
 慰めの言葉とともに、ゆっくりと閉じさせ、黙祷。
 こうまでされると流石に人識も萎えた。
「あー、知り合いだったか? 悪ぃな」
 ぼりぼりとその髪を掻きあげ、彼なりに謝罪。
 悪びれる風もなく、しかし重さのない口調で。
 彼女は濡れそぼった髪を青白い頬に張り付かせ、緩慢な動作で振りかえった。会釈の代わりかにこり笑う。
 そして静かに首を振った。
「ううん、初対面」
 とたん人識の首ががくりと落ちる。なんだよ、だの、ダセー、だのとぶつぶつ呟き、
「『二死満塁から逆転の一撃、ただしデットボール』みたいな! ってかんじだぜ。つーか謝り損じゃねぇか」
 がぁぁー、と髪を掻き毟った。と、その手をぱたりと止めて。
「んで、結局こいつ誰なのよ」
 自らがばらした死体を指差した。

489十叶詠子の人間試験:2005/07/22(金) 17:54:01 ID:pBSSTsig
「この子は‘彷徨う灯火’君、昔は燃え滓だったみたいだけど、中身があんまり眩しいものだから、いろんなものを引き寄せてしまう。
でも自分の光じゃ自分の足元は照らせない、自分を見出すことは出来ない。だからいつまでも自分の立ち位置を決められないの」
 濡れた服を全て脱いだ彼女、今は患者用と思しきガウンを羽織っている。
 説明しながら少女は部屋の隅で見つけた姿見を遺体の前に置く。ちょうど窓と向かい合わせになるように。
「彼はここでも彷徨ってた。でも私の選別を受けて、物語を知って、自分の瞳を取り戻して。後は訓えを受けるだけだったのに! 
あぁ、“出会えなかった魔女の弟子”!」
 手を休め、嘆くように諸手をあげて宙を抱く。
 慣れない力仕事が裾がはだけさせ、襟元が覗かせる。
 その肌の色は蒼白を通り越してすでに淡い赤。
 濡れ鼠になって風邪でもこじらせたか。湖に落ちた、という彼女の言からすればタチの悪い感染症も考えられる。
(近寄りたくねぇ)
 適当に距離をとって適当に聞き流して、人識はなぜかお湯の入れてあったカップ麺すする。
 どこまでも優しくない男、零崎人識。
「幕はまだ残っている。最終章まではたどり着けなくても、せめて想い人には逢わせてあげたいな」
 そうじゃないと可哀想だものね。視線に気づいたか、呟く彼女は作業で乱れたガウンの裾を正す。
「彼はね、とっても特別なチカラととっても大きなチカラを秘めてるの」
 彼女の弁はまだ続く。
 語りに全く温度がないのによくも続くもんだと頷き、人識はのびっきた麺をかきこんだ。
 兄をはじめ、こういう手合いは話す内に熱をあげてくものだと思っていた彼だが、
(これが真性てやつか)
 認識を改めるとともに危険人物から一歩退く。
「でも生き残るには不十分だったんだね。あ、責めてるわけじゃないんだよ。君の殺人鬼の物語には犠牲者が必要だもの
 ただ彼は最期にその特別なチカラと大きなチカラで願うの、ああ、僕を待ってるあの娘に逢いたいって」
 そこで彼女は言葉を止めた。凄惨な、それこそ零崎のような笑顔を人識に向ける。
「魔女のあたしは彼の魂を鏡に送る」
 壁に這わせた細い手が部屋の電気のスイッチにかかる。
「私はここに合わせ鏡をしにきたの」
 かちりと部屋に光が満ちる。
「そういえば挨拶がまだだったよね」
 窓は一瞬で鏡となって、倒れた少年を無限に写す。
「夜会にようこそ、‘合わせ鏡の殺人鬼’君」

490十叶詠子の人間試験:2005/07/22(金) 17:57:48 ID:pBSSTsig
「もうすぐ四時四十四分。放課後の怪談の時間。ねぇ、君は不思議だと思わない? 
 時間なんて本当はどこでも同値だよね。十時五十二分も八時時十七分も区別がつかないはずなのに、何故四時四十四分なんだと思う?」
「不吉な数字てのは明らかに後付だよな。あれだろ。薄明、誰彼、逢魔ヶ時てのもあったな。柳田國男だったか? まぁいいや。
 とにかく山とか海に入った人間が帰ってこなくなる時間だ。『はないちもんめ』や『かくれんぼ』の最中に消えたりな。
 ようはさ、昼から夜に変わる中で『違う世界につながっててもおかしいねぇ』て感覚がどっかにあるからじゃねぇの?」
 魔女は彼の身体を鏡へ寄せる。死体は力なく姿見にもたれかかった。
「そうだね、最後のチャイムを聞いた人は、夜の学校に入ってしまう。黒板に円を書くと四次元の世界に連れて行かれてしまう。
 山に遊びに行った兄弟、兄は帰ってきたけれど、弟は帰ってこなかった。
 ほとんどの物語が『連れ去られる』『帰ってこない』で終わるのは、人が『違う世界』との繋がりを見出してるから
 私は鏡の世界にこの子を送るの。見立ては好きじゃないけれど、この子が望んだことだから、私はこのコを物語にする」
 欠陥製品のヤローも物語とか何とか言ってたな、人識はそんなことを思い出す。
「そして死後の世界は虚像の世界、鏡像世界は冥府の姿。狭間の時間、もしも彼女が鏡を見たら、そこにはきっと彼が映っている」
 魔女は呟く、四時四十四分。
 空気が変わる。よどんだ鉄錆の臭い。腐った水の臭い。
 零崎が注視する中で、肢体はそのまま、ずぶりと沈んだ。
 波紋のように波立つ鏡面が腕をひたし、肩を飲み込み、首までつかる。
 彼女はもはや手を離しているのに死体はゆっくりと鏡の中へと落ちていく。
 気がつけば、あれほどの雨音が消えていた。
 世界にあるのは扉だけ。何もない空間に、ただ水底の闇がぽっかり口をあけている。

 こんなにも異常な世界で二人だけが変わらない。

「すごいね、君はもう『合格』してるわけ……」
 瞬間人識のの右手が閃いた。
「悪いな、どっかの誰かのせりふとあんまり似てたもんだから」
 一筋の亀裂が世界に走る。
「殺しちまった」

 砕けた。
 ガラスの破片は水しぶきのように、光をばら撒き、床で弾ける。
 人識が覆った目の向こうで、反射光が世界を隠し、水音が世界を満たす。
 目を開ければ、全てが現実に帰還していた。
 割れた窓からは雨が容赦なく降り注ぎ、床は水とガラスで一杯だ。
 蛍光灯の明かりの下でそれらは無機質に光を反射し、空白の足跡がくっきりと玄関のほうへと続いていた。
 時計を見れば長針は、まだ行儀よく真横を指している。
 全ての異常が終わったことを知り、零崎はそれらをただ一言で締めくくる。
「ま、退屈はしなかったな」
【残り69人 】
【C-8/港町の診療所/一日目・16:45】

【零崎人識】
[状態]:平常
[装備]:出刃包丁/自殺志願
[道具]:デイバッグ(地図、ペットボトル2本、コンパス、パン四人分 保存食10食分、茶1000ml、眠気覚ましガム、メロンパン数個
          消毒用アルコール、総合ビタミン剤、各種抗生剤、注射器等の医療器具)
    包帯/砥石/小説「人間失格」(一度落として汚れた)
[思考]:電波だったなぁ、
[備考]:記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。
    雨が止んだら港を見てまわってから湖の地下通路を見に行きます。

【C-8/港町/一日目・16:45】

【十叶詠子】
[状態]:全身ずぶぬれは一応ふき取りました、衰弱、肺炎、放っておくと命にかかわる
[装備]:魔女の短剣、
[道具]:濡れた服
[思考]:1.悠二を物語化。
    2.物語を記した紙を随所に配置し、世界をさかしまの異界に。
[備考]:服は全て脱いで、診療所にあった患者用のガウンを着用しています。

491案内役の魔女の使徒(仮):2005/07/24(日) 21:09:02 ID:vfBNLoRM
あなたは彼女を覚えてる?
忘れているなら、思いだしてあげて。
忘れられるのはとてもとても哀しい事だから。
だから、みんなに思いだしてもらうの。
私が殺した少女の事を。

        落ちる先は湖。
         湖には水面。
           水面は鏡。
            鏡は扉。
  扉の向こうに誰が居る?
  扉の向こうに何が在る?

彼女は闇夜で殺された。
彼女は海辺で殺された。
彼女はメスで殺された。

夜は異界が近づく時間。
闇夜に異界が隠れてる。
海は神様が住まう場所。
海に呑まれたお供え物。
メスの用途はなおす事。
裂かれた人の病を癒す。

そして誰か、覚えているか。
殺された少女の名前を覚えているか。

魔女は言う。
「あの子の魂のカタチは『陸往く船のお姫さま』。
 王子様に誘われて陸を進むようになっても、船を降りたわけじゃない。
だって、“彼女こそが船だから”」
――そして船は、海と陸とを橋渡す。

492案内役の魔女の使徒(仮):2005/07/24(日) 21:09:42 ID:vfBNLoRM
「あなたが魔女になれなかったのは残念だよ」
其処は異界。
水面の鏡面から飛び込んだ、鏡の異界の何時かの何処か。
澱んだ水の臭いと、耳が痛くなるほどの静寂に包まれた世界。
「カタチを与えてあげる事さえ遅くなって、本当にごめんね」
ピチャピチャと湿った音がする。
魔女の手首から滴る一筋の紅い血を、白い少女が舐めている。
「ふふ……しばらくはそれで保つかなぁ」
魔女は血を水面に滴り落とした。
水面は鏡。鏡は門戸。血は鏡の世界に滴り落ちた。
門戸は鏡。鏡は水面。血は水面から海へと流れ……
海に呑まれた『陸往く船のお姫さま』へと贈られた。
魔女の生き血はヨモツヘグリ。
なりそこなった哀れな子に、仮の体を与えてあげる。
そうして魔女の使徒が一人生まれた。
「…………」
ピチャピチャと音がする。

「…………」
やがて、血を舐め終わった少女が立ち上がる。
魔女の手首に傷は無い。
「さあ、案内してね。私は様子を見るために、一度島へと帰るから」
「…………」
魔女の使徒はこくりと首肯すると、魔女を異界の出口へ誘った。
魔女は使徒を手に入れた。
使徒は魔女を案内し、異界の準備を整える。
24時の異界のために。

そして魔女は、再び島へと門戸を潜る。
鏡を抜けて、水面を抜けて、海から陸へと帰り着く。
物語を広めるために。

493案内役の魔女の使徒(仮):2005/07/24(日) 21:10:25 ID:vfBNLoRM
魔女は港に佇んでいた。
港は海から人が帰る場所だ。
「さあ、どうしようかな。
 法典君はきっと不気味な泡さんと一緒だね」
戦おうと思えば、佐山を味方に付け自分を殺そうとしたブギーポップと戦えるだろうか。
しかし、彼女にそうする理由は無い。
「そうだね、しばらくは様子を見ようかな。物語はもう広がっている」
くすくすと笑い、詠子は歩き始めた。
島を一望出来る場所……灯台へ。


【C-8/港/1日目 13:20】
【十叶詠子】
[状態]:健康
[装備]:魔女の短剣、『物語』を記した幾枚かの紙片
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)
[思考]:灯台に向かう

鏡の異界の中に魔女の使徒ティファナが出現しました。
肉体が失われているため、異界の中にしか居られません。
魔女の使徒は記憶や人格などは有していますが、詠子に従うだけです。
基本的に言葉で相手を堕落させるだけで、戦闘能力は有りません。

494疑惑のあやとり(1/8) ◆eUaeu3dols:2005/08/03(水) 00:34:15 ID:ASvCsZpo
され竜は読み始めようかという所でクエロ知りません。
思考とか口調について齟齬が無いか意見お願いします。
ついでにアイテムに増える奇怪肉塊Xについても。
……使用時は原作設定を利用出来そうなネタは有るけど、
現時点では原作には無かったよく判らない物体でしかないので、
変な使い方しようとしたらNGになりそうな役立たずアイテム。
流れ上、ヨルガに何か手を加えないと変なので処理しておいたとも言える。

――――――――――――――――――――――

「ん…………」
うっすらとクエロは目を開いた。
目に映るのは白い天井と蛍光灯の明かり。それと周囲を囲む白いカーテン。
保健室のベッドだ。
微かに雨音がする事からして、どうやら雨が降っているらしい。
(あれから3時間という所ね。調子は……)
シーツに肘を突いて起きあがる。
……予想以上に全身が気怠い。
最初は咒式の反動が主要因だと思っていたが、思い返してみるに
ゼルガディスに受けた崩霊裂(ラ・ティルト)の効果もかなり大きかったようだ。
3時間の睡眠を取ったというのに、あまり疲れが取れていない。
(もうしばらくは大人しくしておくべきね)
元より、身が危うくなるまでは派手に動かない予定だ。
少なくともクリーオウの信用は十分に得ているし、他の4人にもそう疑われてはいないはずだ。
そこまで考えて、ふと気づく。
「誰か居ないの?」
返事はすぐに返ってきた。
「おや、起きていたのか。おはよう」
カーテンの向こうから聞こえるのは抑揚が小さいサラの声だ。
「いいえ、今起きたわ」
「そうか。クリーオウがトイレに行くからと同伴を交替した所だ。
 クリーオウが戻ったら、眠っていた間の議事録を見せてもらってくれ」
「助かるわ」
クリーオウが自分に嘘を吐く事はまず無いだろう。
なら、彼女の見せる議事録も確実な情報と見て良い。
「ところで少し話が有るのだが、良いだろうか」
「話……?」
「クエロが持っていた弾丸についてだ」
(……何か気づかれたの?)
クエロはベッドの脇に置いていた贖罪者マグナスと高位咒式弾が無い事に気づいた。
(まずい事には気づかれてないと良いのだけれど……)
内心で少し警戒しながら続きを待つ。

495疑惑のあやとり(2/8) ◆eUaeu3dols:2005/08/03(水) 00:35:02 ID:ASvCsZpo
「あの弾丸を借りて、少し調べさせてもらったのだが……」
サラがカーテンを開けて姿を見せる。
予想通り、その左手には4発の高位咒式弾が乗っている。
右手に持っている贖罪者マグナスも予想通りだ。予想外だったのは束ね持っている……
(断罪者ヨルガ!?)
――の、柄だけだ。どういうわけか刀身が無くなっていた。
「昼前の別行動で拾った、この刀砕けた剣に付いている弾倉にもピッタリと合うようだ。
 クエロが拾った魔杖剣とやらの別種だろう。
 それらを調べて仕組みを解明してみた所……私なら、この剣で弾丸を使う事が出来そうだ」
クエロはサラが何を言おうとしているかに気づいた。
「そういうわけで、弾丸を分けてもらえるだろうか。
 クエロもこの剣で弾丸を使えるなら話は別だが」

(……まずは慎重に行こうかしら)
下手な返答をすれば疑われる危険が出てくる。
「解明したって……異世界のアイテムなんでしょう? 本当に使えるの?」
如何にも驚いたという表情を浮かべ、返事を返す前に逆に質問を投げかけた。
魔杖剣の仕組みを知識も無く理解出来ているはずがない。
その問いに対し、サラは淡々と答えを返す。
「問題無い。もちろん本来の使い方は出来ないだろう。
 剣に仕込まれた術式とでもいう物を発動させる部分は遂に解明出来なかった」
(そう、そこは判っていないのね)
本来の用途で魔杖剣を使う為には咒式を使いこなす必要がある。
つまり、『咒式を知らない素人には使えない』のだ。
クエロは『魔杖剣と弾丸は知らない物で、説明書が有ったから使えた』と説明した。
今更明かせば、経歴に隠し事をしていたという傷が付いてしまう。
つまり、サラに咒式をどうやって発動させるかに気づかれてはまずいのだ。
「もっとも、逆に言えばそれ以外の機能は理解した。後はフィーリングだ。
 本来の術式の代わりに、わたしの魔術を流し込んでその機能の恩恵を受ける。
増幅の要となる刀身が失われているのは痛いが、
それでもこの刃無き剣と特殊な弾丸から得られるメリットは十分にすぎる」

496疑惑のあやとり(3/8) ◆eUaeu3dols:2005/08/03(水) 00:35:49 ID:ASvCsZpo
サラは弾丸を使える。
もしクエロが弾丸を使えないならば、それを渡さない理由が無い。
「それで、クエロの方はどうなのだろう」
「……ええ、私の方も弾丸を使えるわ」
疑念を抱かれる危険が有っても、そう答えるしか他に無い。
「昼過ぎの時は疲れていて詳しい説明をし忘れてしまったけれど、
 付いていた説明書にその使い方も書いて有ったわ。
残念ながらその説明書は落としてしまったけれど」
サラなら既にクエロの荷物を調べる位はしているだろう。
もしかすると、汚れていた上着を脱がせたのも身体検査の意味が有ったのかもしれない。
そうなると説明書は落とした事にしておくべきだ。
「なるほど。
 詳細な説明書付きで対となる支給品に出会えた事は運が良いといえるだろう。
 しかし、そうすると弾丸を4発とも頂く事は出来ないな。
 ……半分の2発だけ頂いて良いだろうか?
 クエロは元々戦い向きではないのだろうし、今はその様子だからな」
否……と答える事は出来ない。
クエロはあまり強くないように装っているのだし、
ゼルガディスを殺せる程の力は無いと思われている方が良い。
「良いわ、うまく役立ててね」
クエロはサラの手から2発の咒式弾を取り返し、残り2発をそこに残した。

(それにしても、つくづく化け物揃いね。この島は)
サラはその科学知識と己の世界の魔術で高位咒式弾を使える状態を手にした。
それはつまり、もしも彼女と対立する事が有った時に、
魔杖剣による高位咒式が決定打にならない可能性が出てきたという事だ。
下手な手は打てない。
もっとも、逆に味方としてこれほど心強い者もそう居ない。
(せいぜい利用させてもらうわ)
そう考え、クエロはサラとの正面衝突を避けるように思考を組み立て始めた。
――全て、サラの目論見通りに。

497疑惑のあやとり(4/8) ◆eUaeu3dols:2005/08/03(水) 00:36:39 ID:ASvCsZpo
(どうやらうまく行ったようだ)
クエロの魔杖剣と弾丸の関係に気づいてなかったフリをする事で、疑われてないと思わせる。
更に、弾丸を自分も使えると主張すると共に弾丸の半分を奪う事で、
自分達を裏切る事に大きな危険性を想像させる。
自分の切り札を相手も同じ数だけ使えるかもしれない。
冷静で慎重な人間ならば、そんな相手に正面衝突を挑む事は無いし、
もし衝突するとしても真っ先に排除対象として選ぶだろう。
だが、『誰が誰を狙う』事が予想される奇襲など不意打ちにはならない。
サラが仕掛けたのは疑惑で編んだ守りの網だ。
サラが確実に、本当に咒式弾を使えるかどうかは関係ない。
人を疑う事が出来る人間には『かもしれない』という疑惑だけで十分なのだ。
大胆なハッタリはサラのもっとも得意とする所だった。

  * * *

「あ、クエロ、起きたんだ!」
クリーオウが保健室に入ってくる。続いてそれに付き添って空目も。
空目は無表情なまま、すぐに横を向いた。
「どうしたの……ああ、そういえばそうだったわね」
開かれたカーテンの向こうに見えるクエロの姿は、寝る前の下着姿のままである。
実に目の保養になる姿だった。
もっとも、この場で唯一の男性である空目にそういった感想は期待できないのだが。
「私の服はどこ?」
「今から取って来よう。ひとまずはこれを着たまえ」
サラはどこから見つけてきたのかワイシャツを差し出して言った。
「裸ワイシャツで悩殺度アップだ」
「………………」

結局、一度カーテンを閉めて姿を隠して、服を取ってきてもらった。

498疑惑のあやとり(5/8) ◆eUaeu3dols:2005/08/03(水) 00:38:40 ID:ASvCsZpo
「それじゃ、今はせつらもピロテースも居ないの?」
「うん。せつらは洗浄が済んだワイヤーを装備して地下湖の調査に向かったわ。
 ピロテースは城周辺の調査に行ってて、そろそろ帰って来ると思う」
「『実験』が終わったのはさっきだからな。ワイヤーの血が落ちる方が早かった」
サラが補足する。
続けて宣言した。
「そしてその議事録にある予定通り、わたしもしばらく寝させてもらう。
 クエロ、隣のベッドを使って良いだろうか?」
「ええ、私は構わないわ」
隣で寝るとなれば、すぐ間近に無防備な姿を晒す事になる。
クエロは内心で少し意外に感じたが、すぐに思い直した。
自分の状況は多少悪くなったように思えるが、疑われる要素は見せていないはずだ。
別に奇妙な事ではない。
「では、わたしは寝よう。
 せつらが使わなくなった銅線で簡単な警報を仕掛けておいたが、
もしピロテースやせつら以外の誰かが来る様だったらすぐに起こしてくれ。
これでも寝起きは良い方だ」
「任せて。
 せつらから銃ももらったし、何かあっても少しくらい時間を稼いでみせるから!」
クリーオウが銃を見せて言う。
慢心している様子は無い。
銃を得た所で、この殺人ゲームの中で安心を得る程の寄る辺にはならない。
それを確認して、皆は頷いた。
「頼りにしているわ」
クエロがそう言うと、クリーオウは少し嬉しそうに笑った。

(さて、他にやるべき事は寝る事だけか)
やれる事は色々有ったが、やれるだけはやっただろう。
断罪者ヨルガの刀身は、如何なる処理を経たのかピンク色の肉塊に変わっていた。
かつてサラが作ろうとしたとある魔法生物を欠片だけ作り出した物だ。
刻印解除か何かの役に立つ……かもしれないし、全く立たないかもしれない。
というより、刀身よりは可能性が高いだけできっと役には立たないだろう。

499疑惑のあやとり(6/8) ◆eUaeu3dols:2005/08/03(水) 00:39:54 ID:ASvCsZpo
せつらの使わなくなった装備は、拳銃はクリーオウに融通し、
銅線は簡単な警報装置の材料にした。
城に行ったら城に仕掛ければ良い。
……城に電源が有るかは判らないが。

そしてクエロに対する対策は、この最後の添い寝作戦を持って完了する。
そこまで考えた所で、ふと改良案を思いつきクエロに声を掛けた。
「では、隣で寝させてもらう。
 ところで、わたしは同じベッドで仲良く寝ても良いのだがどうだろうか?」
「私はそういう趣味は無いわ」
すげなく断られた。
「……残念だ」
大人しく眠る事にする。
クエロが無防備な自分に危害を加える事はまず有り得ない。
この状況ではサラが危害を受ければクエロ以外に疑われる者が居ないのだし、
クエロにとってこのチームはとても価値のある事は間違いないからだ。
(だから、今は眠る。そして――)
サラすやすやと寝息を立てていった。

その無防備な様子を見ながらクエロは考えこむ。
彼女、サラに関する情報を纏め直す。
(私はまだサラに疑われていない。
 そして、サラは強い力と高い知性を持っており、利用する価値は高い)
何度確認してもその点は同じだ。
(サラは死体を使い捨てられる合理的思考を持つが、今の所は敵では無い。
 それどころか信用した相手にはこうやって無防備な姿も見せる。だけど……)
クエロはサラの目的が読めないでいた。
クリーオウ、ピロテースやゼルガディスなどと違い、人捜しに懸命になる様子は無い。
参加者のダナティアという女性は仲間らしいが、合流に躍起になってはいない。
これは秋せつらにも言えるが、彼にはまだ捜し屋という仕事意識が存在する。
空目の厭世的な感とはかなり近い気がする。
だが、彼ほど流れに身を委ねる性格ではないようだ。

500疑惑のあやとり(7-8/8) ◆eUaeu3dols:2005/08/03(水) 00:42:04 ID:ASvCsZpo
他の仲間をダシにすれば利用は出来るだろう。
自分を信用もしているようだ。
にも関わらず目的の読めない事に、少々の不気味さを感じながらも……
「……まあいいわ。おやすみなさい、サラ」
(少なくとも今は利用できる)
そう結論を出すと、クエロもまた眠りに就いた。


【D-2/学校1階・保健室/1日目・15:00】
【六人の反抗者】
>共通行動
・18時に城地下に集合
・ピロテースは城周辺の森に調査に向かっている。
・せつらは地下湖とその辺の地上部分に調査に向かっている。
・オーフェン、リナ、アシュラムを探す
・古泉→長門(『去年の雪山合宿のあの人の話』)と
悠二→シャナ(『港のC-8に行った』)の伝言を、当人に会ったら伝える
>アイテムの変化
強臓式拳銃『魔弾の射手』:せつら→クリーオウ
鋼線(20メートル)   :せつら→簡単な警報装置になった。音は保健室で鳴る。
ブギーポップのワイヤー :バケツの中→せつら
断罪者ヨルガの砕けた刀身:変な肉塊になった。

【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]: 健康
[装備]: 強臓式拳銃『魔弾の射手』
[道具]: 支給品一式(地下ルートが書かれた地図。ペットボトル残り1と1/3。パンが少し減っている)。
    缶詰の食料(IAI製8個・中身不明)。議事録
[思考]: みんなと協力して脱出する。オーフェンに会いたい
[行動]: 空目と共に起きておき、誰か来たら警戒。

【空目恭一】
[状態]: 健康。感染。
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式。《地獄天使号》の入ったデイパック(出た途端に大暴れ)
[思考]: 刻印の解除。生存し、脱出する。
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。
     クエロによるゼルガディス殺害をほぼ確信。
[行動]: クリーオウと共に起きておき、誰か来たら警戒。

【クエロ・ラディーン】
[状態]: 疲労により再度睡眠中。
[装備]: 毛布。魔杖剣<贖罪者マグナス>
[道具]: 支給品一式、高位咒式弾(残り4発)
[思考]: 集団を形成して、出来るだけ信頼を得る。
     魔杖剣<内なるナリシア>を探す→後で裏切るかどうか決める(邪魔な人間は殺す)
[備考]: サラの目的に疑問を抱く。信頼は得ていると考えている。

【サラ・バーリン】
[状態]: 睡眠中。健康。感染。
[装備]: 理科室製の爆弾と煙幕、メス、鉗子、断罪者ヨルガ(柄のみ)
[道具]: 支給品二式(地下ルートが書かれた地図)、変な肉塊
    『AM3:00にG-8』と書かれた紙と鍵、危険人物がメモされた紙。刻印に関する実験結果のメモ
[思考]: 刻印の解除方法を捜す。まとまった勢力をつくり、ダナティアと合流したい
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。クエロを警戒。

せつらとピロテースは別行動中です。

501Let's begin a fake farce(1/8)  ◆l8jfhXC/BA:2005/08/03(水) 15:18:48 ID:nPGFhp1g
「……今にも降ってきそうだよね。放送で言ってたのはやっぱり雨のことなのかな」
「おそらくね。どれくらいの強さでどれくらいの時間降り続けるかはわからないけど」
 窓の外は、先程までの青空が嘘だったかのような灰色に包まれていた。
 この曇天だけで終わってくれればいいのだが、あの性格の悪そうな主催者達がそんな甘いもので終わらせることはないだろう。
「わたしたちはここにいるからいいけど……ピロテースは大丈夫かな。
雨の中戦ったりして疲れると、風邪引いちゃうかもしれないし」
「彼女は大丈夫だよ。濡れることは承知で行っただろうし、己の限界はちゃんとわきまえている人だと思う」
 せつらは先程の会議で決まった通り、しばしの休息を取っていた。
 適当にパンをかじって腹を満たしながら、同じく待機中のクリーオウの雑談に付き合うことにした。
 不安そうな顔で仲間の心配をするクリーオウは、しかし一度目の会議のときよりは明るさを取り戻している気がした。
 本来はもう少し快活な少女なのだろうが、この状況では仕方がないだろう。
「そういえば、せつらの知り合いは捜さなくていいの?」
「ん? ああ、大丈夫。あいつらは簡単には死なないから。ほっといていいよ」
「そうなの……?」
 茫洋とした表情を崩さぬまま言った。クリーオウはあまり納得がいっていない不思議そうな顔をしていたが。
 希望的観測ではなく、真実だ。
 メフィストも屍も、このような特殊な状況下には慣れているし、武器がなくとも十分戦える。
 その気になれば、大半の参加者を殺害できる人間だ。奇人や化け物が多いここでも、彼らクラスの者はそうはいないはずだ。
 だが同時に、主催者の言うとおりに動くような人間でもない。
 メフィストはここから脱出する術を考えているだろうし、屍はゲームに乗っている馬鹿を容赦なく消し去っている最中だろう。
 むしろ合流せずに別行動のまま島内にちらばり、このゲームを三方から破壊した方がいい。

502Let's begin a fake farce(2/8)  ◆l8jfhXC/BA:2005/08/03(水) 15:20:04 ID:nPGFhp1g
(まぁ、情報も増えるし会えることに越したことはないけれど……)
 どちらかというと、彼らに匹敵する美姫の存在の方が気になっていた。彼女は危険すぎる。
 おそらく名簿を見てメフィストが対処方法を練っているところだろうが、彼一人ではややつらいかもしれない。
 昼の間に居場所が見つかれば楽なのだが──護衛を一人くらいはつくっているだろう。厄介だ。
「……そっか。信頼してるんだね、その人達のこと」
「そうとも言うね」
 ──信頼って言うよりは絶対的な事実って言った方が近いけれど──そう言葉を付け加えようとして、
「…………っ!」
 ベッドが軋む音と荒い息に混じった呻き声が耳に入り、せつらとクリーオウは部屋の奥へと目を向けた。
 ──身体を起こし、絶望と憎悪を入り交じらせた瞳で虚空を見るクエロがそこにいた。



「……! クエロ、大丈夫!?」
「……ええ、大丈夫。夢見が悪かっただけだから」
 心配してこちらに駆け寄ってきたクリーオウに向けて、クエロは歪んだ笑みを見せた。
 もう少しまともな表情をつくりだすこともできたが、ここは無理に演技をしない方がいいだろう。
(最悪の寝覚めね……)
 ガユスと鉢合わせしたせいか、あの過去の事件のことを夢に見た。
 ──師と仲間を裏切り、そして自分の唯一の望みをも、彼が断ち切った瞬間。
 あの瞬間にすべてが壊れ、すべてが絶望と憎悪へと変わった。
(こんなところで二人を、特にガユスを楽に殺させるわけにはいかない。
彼らのために無惨に死んでいった者達と……私自身のためにも)
 そう心の中で改めて決意し、溢れそうな激情を無理矢理抑えつけた。いつまでも夢に動揺している余裕はない。
「……少し、つらいものを見てしまっただけ。もう落ち着いたわ。心配してくれてありがとう」
 不安そうにこちらを見るクリーオウに対して微笑みをつくった時には、もう平常心に戻っていた。
「身体の方は大丈夫ですか? 精霊力が弱まっている、とピロテースさんが言ってましたけど」
「まだ少し疲れが残っているみたい。激しい動きは多分無理ね。……他の三人は?」
 部屋にはクリーオウとせつらがいるのみ。
 どうやら寝ている間に会議が終わり、皆次の行動に移ったようだ。

503Let's begin a fake farce(3/8)  ◆l8jfhXC/BA:2005/08/03(水) 15:21:07 ID:nPGFhp1g
(少しまずいわね。早めに状況を確認しないと)
 自分がどの程度疑われているのか。その情報を早く得て対策を取らなければまずい。
 ……別行動を取った途端に相手が死に、怪しい──あの弾丸が入りそうな外見をした剣を持って帰ってきた。
 疑念がまったく生じなかったということはないだろう。
 このようなゲームの中で、証拠もなしに相手の話を鵜呑みにすることは(クリーオウのような人間は別だが)ありえない。
 態度や行動によりいっそうの注意を払わねばなるまい。
「恭一とサラは、拾ってきた剣とクエロの剣と弾丸を理科室で調べてる。ピロテースは城辺りの森に行ったよ。
これが話した内容を書いた紙で…………あ、せつら、ちょっと」
 クリーオウの言葉が止まったことに疑問を抱き──今更になって、今の自分の状況に気づく。
「話は後で聞くわ。……せつら、服を着るから、少しの間後ろを向いていてくれると嬉しいのだけど」
 下着しか着けていない胸に毛布を押しつけ、少し顔を赤らめ──させてせつらに言った。

「なら、私はあなたがいない間ここを守ればいいのね」
「はい。休息もかねて。襲撃された場合は無理をせずにみんなで逃げてください」
 服を着、議事録を読み終え地図にメモもした後、せつらに確認を取った。
 紙には議論された内容が簡潔に、しかし要点を欠かさず丁寧に書かれていた。
 嘘は書かれていないだろう。何らかの理由で書く必要があったとしても、すぐクリーオウにばれるので無理だ。
 しかし、何か重要な点が“書かれていない”可能性はある。行動の裏の意味や──ゼルガディスの件について。
「禁止エリアに地下、そして謎のメモ……ね。捜し人は見つからないけれど、この世界に関する手がかりは結構順調に集まってるのね」
「だいぶ楽になりました。特に地下は何かあったときの逃走経路として最適だ。武器が手に入ったことも心強い」
 部屋の隅にあるバケツに目線を移しながらせつらが言った。確かにこれがあれば彼はかなり楽になる。

504Let's begin a fake farce(4/8)  ◆l8jfhXC/BA:2005/08/03(水) 15:22:39 ID:nPGFhp1g
(……私の立場は楽ではなさそうだけれどね)
 胸中で呟く。
 消費された一つの弾丸。議事録の内容から推測される行動。各々の思考と性格。
 それらを材料を元に状況と自らの立場を推測。既に結論は出ていた。
 ────少なくとも、空目とサラにはかなり疑われている。
(律儀に五つすべてを見せたのがまずかったわね。今更悔いてもしょうがないけど)
 支給品の確認時に弾丸をすべて見せたことを後悔する。ゼルガディスに無理に調べられる可能性を危惧しての行動だったが、失敗だった。
 現在ポケットに残っている弾丸はゼロ。一つは消費し、残りの四つは理科室に持って行かれている。
 弾丸をポケットから回収した際に、五つあったはずの弾丸が一つ無くなっていることが二人に気づかれたことは間違いない。
(ここから二人が推測するであろう事象は二つ。偶然落としたか、もしくは剣と合わせて効果を発揮させたか)
 前者は厳しい。
 ──偶然剣を見つけ、偶然それが弾丸と合う剣だった。偶然仇敵がやってきてゼルガディスを殺害し、逃亡する際偶然弾丸を落とした。
 最後の一つと結果以外は本当に事実で偶然なのだが──第三者から見れば怪しいことこの上ない。
 では、後者の場合。
 逃亡手段に使ったとするならば、疑われないだろうか。
 あの剣を偶然見つけ、マニュアルを読む。逃亡手段にすることができる効果を持っていると知る。
 その後偶然仇敵に遭ってしまい、逃げる際にそのマニュアルに記されていた通りに、何らかの逃亡できる効果を発動させた。
(……だめ。事の顛末を説明した時に、そのことをあえて言わなかった理由がない)
 もし言っていたとしても、問題を棚上げするだけだ。
 今はいいが今後窮地に陥り逃亡を強いられた場合、その効果を使えないことが知られると非常にまずい。
 こんなゲームの最中だ。窮地に立たされない確率の方が低い。危険すぎる嘘だ。
 ならばやはり、疑われることは避けられない。

505Let's begin a fake farce(5/8)  ◆l8jfhXC/BA:2005/08/03(水) 15:24:35 ID:nPGFhp1g
(あの剣を偶然見つけ、マニュアルを読む。
自分に支給された弾丸をこの剣に装填することで何らかの現象を起こし──人間を殺害することが出来ると知る。
邪魔者を消せる好機と判断し、不意を討つ。ゼルガディスの反撃を受け精神を摩耗させられるも、なんとか彼を殺害。
──襲撃者の二人は、殺害する前に出会っていた、友好的な赤の他人──もしくは敵意を持たれていない元の世界の知り合い。
“相手を騙し油断させて寝首を掻く”スタイルと言ってしまえば、とぼけられても信用はできない。
……やっぱり、こちらの方が説得力があるわね)
 あの二人ならば、状況証拠からこのような結論に容易に達することができるだろう。
 ゼルガディスのこちらへの疑念は、その素振りから観察眼のある第三者にも見て取れるものだった。動機は十分にある。
 もちろん“確定”にまでには至っていないだろう。情報が少ない。
 だが、相当疑われていることは確かだ。
(一度疑われると完全にそれを払拭するのは難しい。……どう足掻く?)
 現時点では“マニュアルがあった”としか言っていないことが唯一の救いか。
 何をするために弾丸を消費するのか、また、具体的にどういった効果が出るのか──そのことはまだ言っていない。
 “弾丸を消費して咒式を使用可能にする”という真実はまだ隠されている。
 確かに自分はある武器を媒体に“咒式”というものが扱えるということを既に言ったが、それと魔杖剣を繋ぐ線はまだない。
(マニュアルの内容について捏造しなければならない。何ができるのか──何を使ってもいいのかを考えなければいけない。
……雷撃を扱えるというのは隠さないとだめ。
ゼルガディスの死体の切り口を調べれば、強大な熱量で一気に切り裂かれたことがわかってしまう。
地底湖とその周辺を探索に行く予定のせつらが、彼の死体を見つける可能性は高い。
さらに、電磁系以外の咒式は使えない。
高位咒弾は下位互換ができない。今の状況を考慮すれば、電磁系以外の高位咒式は脳を焼き切ってしまう事が容易に想像できる。
残るのは、ただ一つ)

506Let's begin a fake farce(6/8)  ◆l8jfhXC/BA:2005/08/03(水) 15:26:42 ID:nPGFhp1g
 ──電磁電波系第七階位<雷環反鏡絶極帝陣>(アッシ・モデス)。
 超磁場とプラズマを利用した究極の防御咒式。
 能力が制限されナリシアがない今では、本来の展開速度と効果は期待できないが──それでも大抵の攻撃は防ぐことが出来る強力なものだ。
 攻撃咒式がすべて使えないのは痛いが、この場合はどうしようもない。
(そういえば、議事録には“クエロの持ってきた剣と同じタイプの剣の柄を拾った”ともあったわね。
……ナリシアでないことを願うけれど)
 魔杖剣の核は<法珠>と呼ばれる演算機関にあたる部分だが、刃の部分もただ殺傷武器としての機能のみを担当しているわけではない。
 咒印と組成式を描き、咒式を増幅させるために不可欠なものだ。折れれば使い物にならない。
(後は……脳に多大な負担を与えることと発動までに時間がかかることを伝えておく。
そして、魔力のようなものを持っていなければ使えないことにすれば、いける)
 前者を配慮すればクリーオウや空目には使わせないだろうし、後者でせつらも消える。
 ピロテースやサラも、小回りの良さを潰して防御結界に時間を割くよりも、魔術の使用を優先すべきなのは明確だ。
 やることがないのは自分だけだ。
(問題はあの二人自体をどうやり過ごすか。疑念を持っていることは当然隠してくる。
……ならばこちらも、それに気づかれないふりをし続けなければならない。今のところ、彼らを敵に回す利点はない)
 目標はあくまで脱出。
 そのための有能な人材を手放し、敵対しても何一ついいことはない。
(疑いは強い。それでも、まだこちらを利用する価値はあるでしょうね。
──武器を取ってしまえば反抗はできない。そして、今までの行動からして積極的にこのグループが不利になることはしない。
おそらくそう予想されている)
 事実だ。
 自分は彼らを殺すためにここにいるのではない。
 彼らを利用し脱出する──もしくは円滑に殺戮を行う下準備のためだ。
 そして彼らは、こちらに利用されているのを逆手にとって利用してくることだろう。彼らの手中に完全に収められている。
 ──上等だ。

507Let's begin a fake farce(7/8)  ◆l8jfhXC/BA:2005/08/03(水) 15:29:34 ID:0wNbWEVw
(素直に魔杖剣と弾丸を返す気はないでしょうね。何とかこちらをやりこめて、戦力を割いてくることが予想される。
二人──特にサラは手強い。あの無表情からは感情がほとんど読み取れない)
 相当に厄介な相手だ。
 どこで妥協し、どこで踏み込むか。難しいところだ。
(それでもやるしかない。もう舞台の上にあがってしまっているのだから。
劇を上から眺めることが出来る<処刑人>ではなく、物語を自ら紡ぐ者として)
 ならば真実に気づいていない道化を演じ、手のひらの上で踊りきってやろう。
 演技なら得意分野だ。詐術は言うまでもなく。滑稽に騙されてやることも容易だ。
(こんなところで止まっている暇はない。あの二人をこの手で殺すまでは、行動に支障を来されるわけにはいかない)
 くすぶる憎悪を胸に感じながら、胸中で呟く。
 そして、覚悟を決めた。

 ──さぁ、道化芝居を始めましょう。

508Let's begin a fake farce(8/8)  ◆l8jfhXC/BA:2005/08/03(水) 15:30:41 ID:0wNbWEVw
【D-2/学校1階・保健室/1日目・14:30(雨が降り出す直前)】
【六人の反抗者・待機組】
【クエロ・ラディーン】
[状態]: 疲れが残っている。空目とサラに疑われていることを確信
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式(地下ルートが書かれた地図・パン6食分・水2000ml)、議事録
[思考]: 疑われたことに気づいていないふりをする。
 ここで待機。せつらが戻ってきた後に城地下へ
 集団を形成して、出来るだけ信頼を得る。
 魔杖剣<内なるナリシア>を捜し、後で裏切るかどうか決める(邪魔な人間は殺す)

【秋せつら】
[状態]: 健康。クエロを少し警戒
[装備]: 強臓式拳銃『魔弾の射手』。鋼線(20メートル)
[道具]: 支給品一式(地下ルートが書かれた地図・パン5食分・水1700ml)
[思考]: 休息。サラの実験が終ったら地底湖と商店街周辺を調査、ゼルガディスの死体を探す。
 ピロテースをアシュラムに会わせる。刻印解除に関係する人物をサラに会わせる。
 依頼達成後は脱出方法を探す
[備考]: 刻印の機能を知る。

【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]: 健康
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式(地下ルートが書かれた地図・パン4食分・水1000ml)
 缶詰の食料(IAI製8個・中身不明)。
[思考]: ここで待機。せつらが戻ってきた後に城地下へ
 みんなと協力して脱出する。オーフェンに会いたい

※保健室の隅にブギーポップのワイヤーが入った洗浄液入りバケツがあります(血はもうほぼ取れてる)

509天国に一番近い島(1/7) ◆5KqBC89beU:2005/08/20(土) 18:45:48 ID:eLGqWuUQ
 第二回放送の少し前、B-7の地下通路では、二人の男女が相談をしていた。
 EDの指さした地図の一点を見つめ、麗芳が溜息をつく。
「G-8の櫓? なんでまた、そんな逃げ場の限られた僻地を拠点にしたいのよ」
 いぶかしげな様子の麗芳を見て、EDの口元が、笑みの形に弧を描く。
「だからこそ、好都合なのですよ」
「ごめん、判りやすく簡単に説明して」
「そうですね……主催者側が禁止エリアを設置している理由は、何だと思いますか?」
「行動範囲を制限したり、人の流れを作ったりして、参加者たちが逃げ隠れしにくい
 状況を作りたいから、かな」
「僕も同意見です。だから、今、この小さな半島を封鎖しても、あまり効果的では
 ないと思われます。仲間を探す場合も、誰かを殺しに行く場合も、参加者たちは
 半島から離れたがるはずですから。隠れ場所としては良かったのですが、H-6が
 禁止エリアと化したために、逃走経路の選択肢が減り、立地条件が悪化しました。
 もはや、半島地区全域が、ほぼ無人になっている可能性さえあります」
「ああ、そうか。すごく不便だからこそ、安心して休憩できそうだ、ってことなのね。
 半島が本当に過疎地なら、禁止エリアに囲まれる可能性だって低いでしょうし。
 でも、同じように考えた人がいたらどうするの? 人の数が減るまで隠れる作戦で、
 近づく相手だけ襲うような、性格の悪い奴がいるかもよ? ……それも承知の上?」
「ええ。危険は伴いますが、賭けてみるだけの価値は充分にあります。そもそも、
 完璧に安全な場所など存在しませんし、行動しなければ状況は変えられません」
「ここまで念入りに相談したのに、次の放送で半島が封鎖されちゃったら間抜けよね」
「その時は、E-7の森を拠点にしましょう。海と湖で逃走経路が限定されている上に、
 湖と道が近いので、周囲を通過する参加者が多く、隠れ場所としては危険な部類に
 入りますが――誰も隠れたがらなそうな場所だからこそ、隠れられると思います。
 いったん隠れてしまえば、僕らの方が先に、他の参加者を発見できるでしょう。
 ただし、能動的な殺人者に会う確率も高くなります。注意しなければなりません。
 E-7も禁止エリアになった場合は、このまま現在地を拠点にしておきましょうか」
「なるほどね。……ちょっと調べたい場所があるんだけど、行ってきていいかな?」
 麗芳の問いに対して、EDは頷く。彼の手が、再び地図上のG-8を指さした。
「次の放送が終わったら単独行動しましょう。ここを拠点にして、仲間を探すんです。
 そして、第三回の放送が始まる頃に、この場所で合流したいと思います」

510天国に一番近い島(2/7) ◆5KqBC89beU:2005/08/20(土) 18:46:49 ID:eLGqWuUQ
 曇り空の下、仮面の男が、地図と方位磁石を持って歩いている。
(やれやれ、さすがに疲れた)
 EDは今、H-4の洞窟から外に出て移動している。麗芳と別れた後、彼は地下通路を
通ってここまで来た。E-6が禁止エリアになるよりも早く通過できたのは、彼が必死で
全力疾走してきたからだ。E-7からE-5にかけての部分は、都合良く下り坂だった。
けれど、そこから城の地下までは上り坂だったので、楽ができたとは言い難い。
 汗をかいた分だけ、かなり水を消費したが、これは不可抗力だろう。
 城を探索するつもりは今のところなかった。人が集まる可能性が高く、下手をすると
何人もの参加者が殺し合いをしている最中かもしれない、と推測して、素通りした。
 EDは半島付近を、麗芳は島の東端を、それぞれ探索しながらG-8に行く予定だ。
(探している誰かか、あるいは“霧間凪”に会えるといいが)
 “霧間凪”。名簿に記された、EDが関心をもつ名前。それは、人の名であるという
感覚と共に、とある印象を、見る者に与える言葉でもある。
(“霧間凪”――“霧の中の揺るがぬ大気”。“霧の中のひとつの真実”と、何らかの
 縁がある人物なのかもしれない)
 “霧の中のひとつの真実”とは、界面干渉学で扱われる研究対象の一つだった。
界面干渉学は、一言で表すなら、異世界から紛れ込んでくる漂流物を研究する学問だ。
異世界の書物の中には、“霧の中のひとつの真実”と書かれた物もあって、それらに
EDは興味を持っている。要するに、EDは界面干渉学の研究者でもあるのだ。
 胡散臭くて怪しげな研究分野だが、彼らしいといえば彼らしいのかもしれない。
 異世界で造られた銃器も、界面干渉学の研究対象だ。業界用語ではピストルアームと
呼ばれている。研究の過程で、EDはピストルアームの扱い方をいくらか覚えていた。
 無論、彼の手元に銃器がない現状では、まったく役に立たない技能だが。

511天国に一番近い島(3/7) ◆5KqBC89beU:2005/08/20(土) 18:48:45 ID:eLGqWuUQ
 どこからか雷鳴が聞こえてきた。天を覆う暗雲を見上げ、戦地調停士は思案する。
(この天候が、放送で言っていた『変化』なのか?)
 今までに得た情報から、有り得る、と彼は判断した。もうすぐ雨が降るだろう。
(雨の中、体力を余計に消耗してまで、探索を続行するべきかどうか……)
 考え事をしながらも、彼は警戒を怠らない。熟考した末に、EDは決断した。
(まず櫓の周辺を調べて、雨が降りだした時点で探索は中断しておくか)
 確かに、索敵は済ませておくべきだろうが、それで自滅しては本末転倒だ。
 地図と方位磁石をしまい、EDは崖に身を寄せて立った。崖の陰から顔を出し、
草原の様子をうかがう。奇妙な建築物らしき塊がある。地図に載っていない物体だ。
だが、その近くには、変な小屋などよりも気になる存在が倒れていた。
(動かない……あれは死体のようだな)
 細心の注意を払い、もう一度だけ周囲を見回し、EDは少しだけ死体に接近する。
 心当たりのある髪型や背格好などを確認し、仮面の下の唇から、表情が消えた。
 屍の周囲では、草の一部が焦げている。不自然な痕跡が、戦闘行為を連想させた。
 草原に、他の誰かの姿はない。倒れた犠牲者の荷物もない。風の音しか聞こえない。
 しばし、何も起きない時間が過ぎる。EDは動かない。遺体が動きだすこともない。
 やがてEDは、北東の森へ足を向けた。あえて、もう死体には近寄らない。
 殺人者が戻ってくる可能性があった。死体そのものが罠である可能性もあった。
 こつこつと音をたてて、EDの指が仮面を叩く。
(あの死体が、袁鳳月だったとしたら……)
 麗芳は300年以上の歳月を過ごしてきたそうだが、精神年齢は外見通りだった。
そして彼女は、鳳月との関係を「仲のいい友達よ」とだけ言っていたが……。
(恋仲ではなかったろう。けれど、いずれ、そうなるかもしれない相手だったはず)
 優れた洞察力なくして、戦地調停士は務まらない。些細な手掛かりからでも、EDは
他者の心理を読む。己の味方に襲いかかる絶望の、その重さと大きさを、彼は正確に
理解していた。仮面を叩く指先が、かすかに苛立たしげな雰囲気を滲ませる。

512天国に一番近い島(4/7) ◆5KqBC89beU:2005/08/20(土) 18:49:50 ID:eLGqWuUQ
 森へ入って数分後に、EDは他の参加者と遭遇した。
「……こんにちは」
 EDの挨拶に対し、無邪気な笑顔で会釈するのは、傷だらけの強そうな巨漢だ。
 とりあえず交渉の余地はあるようだし、油断させて襲う作戦の殺人者にも見えない。
というか、こんな外見の参加者が現れたら、普通の人間は絶対に油断できまい。
 それに、表層的な部分だけを見て、安易に悪人だと断定するべきではない。殺人者に
襲われれば、争いたくなくても怪我はするし、返り血を浴びることもあるだろう。
(ここで逃走を選んでも、追われれば、おそらく逃げきれない)
 話し合い以外の対応策を、EDは思考の中から切り捨てた。
「僕の名は、エドワース・シーズワークス・マークウィッスルといいます。EDと
 呼んでください。ちなみに僕は、あなたと敵同士になりたくありません」
 EDの自己紹介を聞き、巨漢は満足げに頷いた。心の底から嬉しそうな仕草だ。
「私はハックルボーン。この島で苦しむ者たちを、一人残らず救いたいと考えている」
 とてつもなく純粋な善意が、言葉と共に放たれた。熱く激しい思いは、万人に届く。
他者の心理を読む技術に長けた者が相手ならば、なおさらだ。そして……。
「……素晴らしい。あなたのような人がいて、僕はとても嬉しく思います」
 思いは正しく伝わらない。
「参加者たちは、複数の異世界から集められているようです。中には、未知なる力の
 使い手もいると思われます。闘争を調停し、人材を集めれば、刻印を解除する方法を
 発見できるかもしれません。協力者が多ければ多いほど、成功率は上がるでしょう。
 刻印さえ無効化できれば、皆が殺し合いをする理由は、ほとんどなくなるはずです」
 ハックルボーン神父の尋常ではない信仰心を、既にEDは察知していた。
 だが、それ故にこそ、彼は見極めそこなった。
 偽善によって身勝手さを正当化したがる人間なら、EDは山ほど見て知っている。
だが、ハックルボーン神父は彼らと違う。本気で皆の幸福を願っている。強者も弱者も
善人も悪人も区別せず片っ端から救っていく、正真正銘の聖人だ。それが彼には判る。
 EDの誤算は、神父の救済手段が殺害だった、という一点に尽きる。
「つまり僕の目的は、殺し合いをやめさせることです。同盟を結成し、殺人者たちに
 対抗できる戦力を手に入れるため、今も、こうして活動しています」
 仮面の男が巨漢に言う。命令ではない。懇願でもない。対等な交渉だ。
「ハックルボーンさん。ぜひとも僕の仲間になってください」

513天国に一番近い島(5/7) ◆5KqBC89beU:2005/08/20(土) 18:50:48 ID:eLGqWuUQ
 遭遇者の申し出に、ハックルボーン神父は黙考する。今すぐ神の下へ送るよりも、
まだEDに地上で頑張ってもらった方が、きっと神は喜ばれる、という結論が出た。
 自らの手で救うまで、参加者たちには生きていてもらわねば困る、というわけだ。
 だが、ハックルボーン神父にとって、神に与えられた使命よりも優先される目的は
宗教的に有り得ない。迷える子羊たちを昇天させるために、EDと別れる必要がある。
「私は行かねばならない。こうして話している間にも、誰かが苦しんでいる」
 神父の返答からは、利己や私欲の気配が感じとれない。だから、EDは自分の判断に
疑問を抱かない。神父の情熱が狂信であると、彼は気づけない。
「行動を共にしてほしい、とは言いません。手分けして探せば、他の参加者たちと
 出会える確率も高くなるでしょう。けれど、今ここで、最低限の情報交換だけでも
 しておきたいと思います。構いませんか?」
「手短に頼む」
「では、まず僕の方から話しますので、メモの用意をお願いします」
「記憶力には自信がある」
「そうですか。では……」
 EDは要点だけを簡潔に述べる。鳳月や緑麗など、探している参加者の話もする。
草原にあった死体が鳳月ではない可能性もあったので、鳳月の特徴も説明した。
「……この四人が、僕の探している参加者です」
 EDの話を聞いて、神父は悲しげにかぶりを振った。そのうちの二人は、さっき
昇天させてきたが、彼らの仲間も、あの二人と同じ場所へ送ってやらねば可哀想だ、
という意味の仕草だ。それを見たEDは、また勘違いをして勝手に納得した。

514天国に一番近い島(6/7) ◆5KqBC89beU:2005/08/20(土) 18:51:52 ID:eLGqWuUQ
 続いて神父が、体験談を語る。時間が惜しいという理由で、大部分が省略された。
 刻印を解除する方法は知らないということ。自分の力が弱められているらしいこと。
デイパックの中から頑丈な武器が出てきたのだが、今はもう持っていないということ。
いかがわしい行為をしようとしていた男女を見つけて、たしなめたら逃げられたこと。
湖のほとりで邪悪な怪物と遭遇したので、全力で神の愛を教え、罪を償わせたこと。
その後で何人かと出会い、少し話をしたこと。城に行き、そこで襲撃されたこと。
幽霊と、幽霊に取り憑かれてしまった少女を、救おうと努力したが見失ったこと。
どうやらオーフェンという極悪人がいるらしいこと。気の短い男たちが争いを始め、
それを仲裁しようとしたら、殴られて気絶させられてしまったこと。目覚めた後は、
今度こそ皆を救済しようと決意し、他の参加者たちを探し歩いているということ。
 大雑把に説明しているため、まるで神父が穏当な人間であるかのように聞こえる。
別に、嘘をついてEDを騙そうとしている、というわけでもないのだが。
 こうして、どうにか平和的に情報交換が終わった。仮面の男が、また口を開く。
「ハックルボーンさん。また後で、僕と会ってくれますか?」
 巨漢は無言で頷いた。参加者全員を効率よく救うための手段を、神父は求めている。
EDの同盟が、無力な参加者たちを一ヶ所に集めるだけだったとしても、問題はない。
少なくとも、自分一人で探し回るよりも、参加者たちを昇天させやすくなる。
「それでは、待ち合わせをしましょう。……第四回の放送が始まる頃に、この場所で
 会う、というのはいかがでしょうか? ここが禁止エリアになった場合はこっちで、
 こっちも駄目な時はこちらで、こちらも無理ならこの辺で会う、ということで」
 地図を指さし、EDが提案する。神父は待ち合わせ場所を暗記し、首肯した。
「可能な限り、その時間までに、その場所へ行こう」
「ありがとうございます。それでは、これでお別れですね」
「無事を祈る」
「お気をつけて」
 こうして、神父とEDは、それぞれ別の方角に向かって歩き始めた。

 雨が島を濡らし始めた頃、EDは森の中で地下遺跡を発見していた。
(ここで雨宿りするか、それとも櫓に行くか)
 どちらにしろ、同じくらい危険だった。故に、EDは消耗の少ない方を選ぶ。
 地下遺跡を調べるために、デイパックの中を覗き、彼は懐中電灯を探した。

515天国に一番近い島(7/7) ◆5KqBC89beU:2005/08/20(土) 18:53:12 ID:eLGqWuUQ
【G-6/地下遺跡の出入口/1日目・14:30頃】
【エドワース・シーズワークス・マークウィッスル(ED)】
[状態]:疲労
[装備]:仮面
[道具]:支給品一式(パン5食分・水1200ml)/手描きの地下地図/飲み薬セット+α
[思考]:同盟の結成(人数が多くなるまでは分散する)/ヒースロゥ・藤花・淑芳・緑麗を探す
    /地下遺跡を調べる/鳳月らしき死体と変な小屋が気になる/麗芳のことが心配
    /ハックルボーンから聞いた情報を分析中/今後どう行動するか思考中
[備考]:「飲み薬セット+α」
    「解熱鎮痛薬」「胃薬」「花粉症の薬(抗ヒスタミン薬)」「睡眠薬」
    「ビタミン剤(マルチビタミン)」「下剤」「下痢止め」「毒薬(青酸K)」以上8つ
[行動]:第三回放送までにG-8の櫓へ移動
※地下遺跡のどこかに、迷宮へ続く大穴が開いています。


【G-5/森の中/1日目・14:30頃】
【ハックルボーン神父】
[状態]:全身に打撲・擦過傷多数、内臓と顔面に聖痕
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:万人に神の救い(誰かに殺される前に自分の手で昇天させる)を


【B-7/湖底の地下通路/1日目・11:30】
【李麗芳】
[状態]:健康
[装備]:指輪(大きくして武器にできる)、凪のスタンロッド
[道具]:支給品一式(パン4食分・水1500ml)
[思考]:淑芳・藤花・鳳月・緑麗・ヒースロゥを探す/ゲームからの脱出
[行動]:第二回放送後から単独行動開始/第三回放送までにEDと合流

516 ◆5KqBC89beU:2005/08/26(金) 02:09:05 ID:zKv2G9e2
>>509-515の【天国に一番近い島】は没にします。

517メメント続き◇fg7nWwVgUc:2005/09/02(金) 00:18:09 ID:hNdeEao2
疲弊し、負傷した体が森の中を疾駆する。
彼、ウルペンを突き動かすのはある種の慕情――ひょっとするなら愛とも呼べる類いの――であった。
彼の目前で多くのものが消えていった。
確かだと思うものすら、消えていったのだ。
自分の命すら失い、気付けばこの狂気の島。
もう、何も信じられない。確かなものなど、何もない。
そう感じたからこそ、彼自身もここで命を奪い、奪おうとしている、いや、していた。
だが、先ほどの確かな炎はどうだ!
あの、鮮明で、鮮烈な力の輝きを!!
常に絶対的な力とともにあった獣精霊、ギーアと再びまみえたあの瞬間、彼の中で確かに何かが変わった。
あの精霊ならば、絶対ではないのか?
確かな存在として彼とともにある事ができるのではないか?

しかし…またこうも考える。
自分の思いなど、文字どおり精霊は歯牙にもかけないかもしれない。
深紅の炎を纏ったかぎ爪が己の胴を両断する様を思い描く。
(それもまたいい)
悔いはない。美しい力の前にひれ伏すのなら、それは喜ばしい事ではないか。
実際、彼はミズーに倒された事に関して今も不思議と、憎しみを感じてはいない。
華々しくもなく、互いに疲弊しあった人間同士――そう、彼女は獣ではなかった――の戦い。
それでも彼女の力は美しかった。その時は何故だかわからなかったが。
今ならそれが分かる。
意志の力。
意識を無意識に喰わせた獣の瞬間ではなく、自分で決意し、戦い、選びとって進んでいこうとする力。
(俺にも――あの力が手に入るのだろうか)
姉妹を愛した精霊に、姉妹が愛した精霊に、触れる事ができたなら。
妻を失い、帝都も失った世界を再び愛する事ができるだろうか?

「それ」は動揺していた。「それ」に感情などはないと、「それ」自身も知っていたがそれでも。
「それ」の望みを根本から無為にしかねないイレギュラーが発生したのだ。
イレギュラー、それは排除しなくてはならない。
「それ」は静かに動き出す…

518メメント続き◇fg7nWwVgUc:2005/09/02(金) 00:19:03 ID:hNdeEao2
はた、と意識が現実に戻り、足を止める。
何故か、ここが目的地であると感じたのだ。
禁止区域との境目のほど近く。
視線が自然と境界上の大木の手前、そこの虚空に定まる。
そこにひとひらの炎が見えた。
と、思った瞬間それは一気に増大し、紅蓮の炎を纏った獅子の姿を形成した。
まだ距離は遠いが炎熱が皮膚を焦す錯覚に襲われる。
「獣精霊!」
叫び、彼は一息に駆け寄った。
足を踏み出す毎に気温が上がるのが分かる。
あと数歩。数歩で致命的な熱波の圏内に入る。
その数歩のうちに自分は死ぬだろう。精霊に触れる事もなく。
いや、炎そのものが精霊であるとするなら自分はあの獅子に抱かれて死ぬのかもしれない。
一歩。また一歩。
ふと彼は違和感を覚えた。
あれほどまで激しかった熱気が…消えている?
足を止めて見上げると、獣の深紅の瞳がそこにあった。
そっと右腕をのばす。その時
『若き獅子、そしてあらたな獅子の子よ、お前を認めよう』
脳裏に低く振動するような声。
直感的に、それが目前の精霊のものであると知る。
若き獅子。彼もまた、ある意味あの姉妹を守ってきた。
敵としてなんどとまみえたミズーにたいしてさえ、彼は常にある種の愛情を感じてきたのだ。
獅子の子。今、彼は決意という力を手にしようとしている。
『獅子の子らを守る、それが獅子の務め』
それだけ残して、精霊は鬣を振り上げ、きびすを返した。
のばした右腕には触れさせない。それを許すのは優しさではなく甘さだから。
それを知ってか知らずか、彼は腕をおろした。
精霊が、どこに、何をしにいくのか彼には分かっていた。
獅子の子らを守る。
この狂気を…終わらせる気なのだ。
ゴォオオッ!
と音をたてて精霊の前方の湿った生木が一瞬にして燃え上がる。
まるで戦の前の篝火のようでもある。
訓練された精霊は、戦闘に余計な時間はかけない。
が、それでもこれは精霊の、いや、獅子の意志の現れであった。
力強い後ろ足が大地を蹴る。その一瞬だけで平穏を保っていた地面が赤熱する。
空気が膨張したのか、鐘の音にも似た低音が響き渡る。
それでも炎は彼を焼かない。
その炎はといえば視界の全てを埋め尽くすかのように広がり…
そして消えた。
「…っ!?」
胸の奥が締め付けられるような感情。真実への予感。
光に焼かれた隻眼の視力が回復した時、彼は確かに見た。
儚く舞い散る火の粉の中で、揺れ動く、人を醜悪に模したような奇妙な影。
「アマワァァッァァァアアアアア!」
いったんおろしていた腕を再度振り上げる。
失う事には慣れていた。
しかし、やっと掴んだ、確実なもの、それすら失い感情が崩れ落ちる。
再び甦る想い。
結局は信じるに足るものなど何もなかった!!

影は消える。
火の粉も消える。
だが、一片の火の粉が傷付いた眼の上――妻を見つめ、義妹に奪われた眼の上――
に小さな火傷を遺した。
まるで、消滅する精霊の形見のように。

519メメント続き◇fg7nWwVgUc:2005/09/02(金) 00:19:57 ID:hNdeEao2
【E-7/絶壁/1日目・14:40】
【ウルペン】
[状態]:一度立ち直りかけるが再度暴走。前より酷い。精神的疲労濃し。
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式)
[思考]:アマワを倒す。参加者に絶望を
[備考]:第二回の放送を冒頭しか聞いていません。黒幕=アマワを知覚しました。

【E-7/絶壁/1日目・14:30】
【オーフェン】
[状態]:脱水症状。
[装備]:牙の塔の紋章×2
[道具]:給品一式(ペットボトル残り1本、パンが更に減っている)、スィリー
[思考]:宮野達と別れた。クリーオウの捜索。ゲームからの脱出。

『サードを出ようの美姫試験』
【しずく】
[状態]:右腕半壊中。激しい動きをしなければ数時間で自動修復。
    アクティブ・パッシブセンサーの機能低下。 メインフレームに異常は無し。 服が湿ってる。
    オーフェンを心配。
[装備]:エスカリボルグ
[道具]:デイパック一式。
[思考]:火乃香・BBの詮索。かなめを救える人を探す。

【宮野秀策】
[状態]:好調。 オーフェンを心配。
[装備]:エンブリオ
[道具]:デイパック一式。
[思考]:刻印を破る能力者、あるいは素質を持つ者を探し、エンブリオを使用させる。
    美姫に会い、エンブリオを使うに相応しいか見定める。この空間からの脱出。
 
【光明寺茉衣子】
[状態]:好調。 オーフェンを心配。
[装備]:ラジオの兵長。
[道具]:デイパック一式。
[思考]:刻印を破る能力者、あるいは素質を持つ者を探し、エンブリオを使用させる。
    美姫に会い、エンブリオを使うに相応しいか見定める。この空間からの脱出。

(E-7の林の木がなぎ倒されています。 閃光と大きな音がしました)
(E-7の木(湿った生木)が燃えていました。数十秒ですが誰かが見た可能性あり)

520メメント続き◇fg7nWwVgUc:2005/09/02(金) 00:21:40 ID:hNdeEao2
以上です。あと、何故か専ブラウザが壊れてしまって繋がらないので、
誰かよろしければ本スレで試験投下した、とお伝え下さい

521我が家族に手向けよ業火 ◆E1UswHhuQc:2005/09/02(金) 00:57:20 ID:2hhtcUkM
 獣精霊が封じられていた檻は、思念の通り道で紡がれた、ただそれだけの寝台に過ぎなかった。
 照らし染める光も、凍て付いた夜もない、隙間でしかない空虚。確立した自我を持っているのなら、そこは確かに退屈なところだった。
 その一方的な閉鎖に満ちた空間から、全方向に広がる空間へ――つまりは外界へ、獣精霊は解き放たれた。
 獣精霊は思考する。焦りを抑えて思考する。
 水晶檻の中で、なぜか聞こえていた放送。そこで呼ばれた――ミズー・ビアンカの名前。彼女は本当に死んだのだろうか?
 答えはない。
 もとより、誰に対しても発していない問いかけに、答えが返って来るはずはない。そんなことは分かっていた。相手のない問いかけに答えが返って来る道理など、この世界にはない。
 答えを望んでいない問いかけに、答えが返って来ないのと同じ様に。
 獣精霊は疾駆する。素早く迅速に疾駆する。
 何をするにせよ、彼女が本当に死んだのであるか、確かめてからでなければ始まらない。
 周囲にいた者達を――黒が目に映える二人を無視して無抵抗飛行路に飛び込み、彼女の元へと馳せ参じる。
 これは容易なことだった。自分に彼女の居場所が分からないということなど、あろうはずがないのだから。
 そんなことは、あってはならない。彼女の――獅子となった獅子の子の居場所が分からないなど、あってはならない。
 獣精霊はうなりを発する。ほんの小さくうなりを発する。
 彼女は既に獅子となった。なのに――死んだというのか?
 だが、今は考える時間などはない。
 時間は限られている。水晶檻は退屈な空虚ではあるが、硝化の森と同等の環境を約束している。硝化の森の無い此処で、自分はどれだけ存在を示していられるのか。それは誰にも分からない。
 急ぐに越したことはない。
 獣精霊は前進する。迷いを棄てて前進する。
 近付けば近付くだけ、嫌な感覚が増していく。だが停滞には意味がない――事実はこちらが確認しようとしまいと、確実にこちらを蹂躙してくる。既に過ぎ去った事柄であるがゆえに、抗いもできない。それが恐ろしくないわけではない。
 唯一ともいえる対抗手段は、信じることだけ。彼女の生存を信じ、先の放送が虚言であったと信じる。裏切られることになろうと信じるしかない。
 獣精霊は発見する。ほどなく順調に発見する。
 無抵抗飛行路から抜ければ、無数の水滴が降り付けてくる。焦燥感から生まれる熱気が幾らかを蒸発させるが、それは湿り気を助長させるだけだった。
 そして、それを見つける。視界を狭める豪雨の中で、それは人為の直立さをもって建っていた。
 とはいえ。
 なにを見つけたわけでもない。簡単に言えば、それはただの建造物だった。力を少し振るえばそれで消え去ってしまうような、脆弱な木と石の集合体。
 ただしそれは――血の臭いに浸されていた。
 これ以上は進めないと、本能が告げている。進んでしまえば彼女への信頼を奪われることになると、奥底に潜む何かが訴えている。
 だがそれでも。

522我が家族に手向けよ業火 ◆E1UswHhuQc:2005/09/02(金) 00:58:11 ID:2hhtcUkM
 進んだ。爪の一振りで扉を打ち破り、建造物の中へ。彼女の元へと前進する。
 部屋が湿気に満ちているのは、雨が降っている為か。それとも、血が溢れている為か。
 部屋の中には三つの死体があった。
 二つは男。一つは女だがミズー・ビアンカではない。
 若干の安堵を手に入れ、すぐにそれが無意味だと知る。三つの死体の存在は、ここで殺戮が行われたことを示している。
 それに、ミズー・ビアンカが巻き込まれていないと、どうやって証明できる?
 体当たるようにして次の扉を抜け、進んだ。進んだだけ、彼女への信頼が奪われていく。
 そしてすべてをうしなった。
 獣精霊は憤怒する。深く悲しく憤怒する。
 大量の血液を流し、壁に寄りかかって事切れている――ミズー・ビアンカの存在の残滓。
 その近くに二つ、少女の死体が倒れていた。そのうちの一つからは、ミズー・ビアンカの血が付着している。
 奪われてしまった。
 大きく、吼える。降り続ける雨水の叫びをかきけすように、大きく、強く、そして哀しく。
 咆吼と同時に広がった爆炎が、周囲を紅蓮に染め上げた。
 赤が呑み込み、紅が切り裂き、朱が渦を巻く。緋色の焚滅が蹂躙し、赫々とした火葬が覆い尽くす。
 雨滴の侵蝕すらをも駆逐する獣の炎勢の前に、全てが焼き尽くされた。
 弔葬の業火が消し飛ばした廃墟は、もはやなにもかもがない。愚かな信頼も、外れた期待も、無為な激怒も、触れ合う距離も、愛を語る言葉すらも。なにもかもが消え去った空隙に、白い灰が積もっている。
 それだけだ。
 炎が静まれば、灰は水の進撃を阻めない。一つの水滴が熱を奪い、二つの水滴が乾きを奪い、三つの水滴が灰であることを奪った。貪欲な激流と交じり合った灰は泥となり、地表と共に何処とも知らぬ処へと流れ去っていく。
 わずかにだけ残っていたすべてが、雨の中に潰えていった。豪雨の中で大きく風が吹き、無数の水滴が舞い散る。
 なにもかもがどうでもよく、一瞥もせずに歩き出した。目的がないのなら、無抵抗飛行路に入る意味はない。雨の中を、噛み締めるように歩いていく。
 ぬかるんだ土を踏みしめ、ただ悔いる。なぜ彼女を死なせてしまったのか。
 降り付ける雨を無視して、ただ怒る。なぜ彼女は死んでしまったのか。

523我が家族に手向けよ業火 ◆E1UswHhuQc:2005/09/02(金) 01:00:52 ID:2hhtcUkM
 後悔。憤怒。それらがない交ぜになれば、哀しみと大差はない。
 どうすればいいのだろう。これから。
 怒りに任せて、この島を焼き尽くすか。獣の業火ですべてを蹂躙し、彼女への手向けとするか。
 そんなことを彼女は望んでいない――それは分かっている。既に居ないのだから当然ではあるが。居たとしても、望むはずがないだろう。
 ふと、空を見上げた。黒の雨雲で覆われた曇天を。
 雨が容赦なく降り注いでいる。陽は雲に隠れ、灰色の闇がそこに横たわっている。
 無数の水滴による雨音は他の音の存在を覆い隠し、隙間なく降り行く水滴は視界を無数の線で埋め尽くす。むせ返るような水の臭いは血の臭いすらも洗い流し、降り付ける水滴の連続が毛皮を濡らす。舌に来る刺激は金属にも似た雨の味。
 そうして。
 獣精霊は決意する。その意味を考えながら、決意する。
 何をするのか。そんなことは最初から決まっていた。
『獅子は――』
 豪雨の中、無尽の雨音を吼声が引き裂き、声が響く。
『獅子の子を守る』
 決意が生まれれば、力が生じる。
 鋭利に研ぎ澄まされた感覚が、『それ』の居場所を探り当てる。同時に、若き新たな獅子の存在も。
 行く。
 戦火を身に纏い、獣精霊は前に進んだ。

【D-1/公民館/1日目・14:55頃】
※公民館が焼失しました。落ちていた物品もほぼ全て焼失しました。

524ホワイト・アウト(白い悪夢)(1/5) ◆5KqBC89beU:2005/09/07(水) 21:47:59 ID:rxWyBrZc
 そこは霧に満たされていた。視界は白く閉ざされて、どこを見ても変わらない。
(これは、夢)
 自分が眠っていることを、淑芳は知覚する。自覚したまま、夢を見続ける。
 数時間の睡眠でようやく回復した体調。慣れぬ術で異世界の宝具を使った影響。
制限された状態で全力の一撃を放った反動。目の前で想い人を殺された動揺。
 記憶が蘇っていく。これまでの出来事を、娘は思い出していく。
(あの後、わたしは気を失って……)
 ここには他者の姿がない。銀の瞳を持つ彼女だけが、霧の中に立っている。
 だが、それでも淑芳は言葉を紡ぐ。聞くものがいると、彼女は気づいている。
「あなたは、何です? 勝手に夢の中へ入ってくるだなんて、無粋ですわよ」
 答える声は、霧の彼方から届けられた。
「わたしは御遣いだ。これは、御遣いの言葉だ」
 どこからか響く断言。年齢も性別も判然とせず、不自然なほどに特徴のない声。
 淑芳は、既に身構えている。不吉な予感が、油断するなと彼女に告げていた。
「御遣い……? 御遣いとは、何ですの?」
「御遣いのことを問うても意味はない。わたしの奥にいる、わたしの言葉の奥にある
 ものこそが本質だ」
「意味が判りませんわ。判るように話す気は、最初からないんでしょうけれど」
 霧の向こうから、声が発せられる。まるで、霧そのものが喋っているかのように。
「わたしは君に、ひとつだけ質問を許す。その問いで、わたしを理解しろ」
 袖の中を探る手が、一枚の呪符にも触れないことを確認し、淑芳は顔をしかめた。
「ひょっとして、わたしたちを殺し合わせようとしているのは、あなたですの?」
「その通りだ、李淑芳」
 一瞬の躊躇もなく、即答が返ってきた。

525ホワイト・アウト(白い悪夢)(2/5) ◆5KqBC89beU:2005/09/07(水) 21:48:59 ID:rxWyBrZc
 真っ白な世界に少女が一人。見えざるものとの対峙は続く。
「……さて、主催者側の親玉が、わたしに何の用でしょう? わざわざ現れたのは、
 挨拶がしたかったからじゃありませんわよね?」
 余裕綽々を気取る口調だ。彼女は必死に虚勢を張っている。
「愛こそが心の存在する証だと、人は言う……わたしは、愛の力を試すことにした。
 参加者の中から、容易く恋に落ちそうな娘を選び、密かに実験を始めた」
 聞こえるのは、昨日の天気でも説明しているかのような、何の感慨もない声。
「…………」
 淑芳の両手が、固く握りしめられて、小刻みに震えだした。
 声は決して大きくなく、けれど、はっきりと耳に流れ込んでくる。
「様々な偶然を操って、君を守り、導いた。強く優しく勇気ある青年を、君の窮地に
 立ち会わせ、助けさせるよう仕向けた。知人の死を哀しむ君は、彼の保護欲を充分に
 刺激したはずだ。誘惑の好機は幾度もあっただろう。邪魔者たちは遠ざけておいた。
 お互いの魅力をお互いに実感させるため、長所を活かせるような状況を作りもした」
「何故……どうして、そんなことを……?」
 愕然とする娘に向かって、ただ淡々と宣告が続けられる。
「愛は奪えないものなのか……それを確かめるために、わたしは愛を用意した」
 淑芳の苦悩を無視して、声は無慈悲に連なっていく。
「もしも愛が奪えないものなら、それはつまり、心の実在が証明されたということだ。
 しかし君は、愛した相手を守ることができなかった。わたしに奪われてしまった」
 侮辱の言葉が、とうとう彼女の逆鱗に触れた。銀の瞳が、虚空を睨みつける。
「いいえ! わたしが憶えている限り、カイルロッド様はわたしと共にあり続ける!
 あなたは何も奪えてなどいない!」
 涙をこぼして激昂する娘を、声は冷ややかに嘲った。
「それは都合の良い錯覚というものだ、李淑芳」

526ホワイト・アウト(白い悪夢)(3/5) ◆5KqBC89beU:2005/09/07(水) 21:49:58 ID:rxWyBrZc
 しばしの間、一切の音が消える。長いようで短い沈黙を、先に破ったのは淑芳だ。
「……平行線ですわね。あなたは、わたしの言葉を信じないのですから」
「錯覚にすがって生きていくというのなら、君の解答に価値はない」
「あなたを満足させるため、この想いを捨てろとでも? 冗談じゃありませんわよ」
「思考の停止は、答える意志の喪失だ。それでは、契約者となる資格がない」
 声が遠ざかっていく。同時に霧が濃度を増す。夢が終わろうとしている。
「李淑芳。君に未来を約束しよう。約束された未来は、既に起こったことなのだ。
 必ず起こる未来ならば、それは過去と同じだ……君は仲間を失っていく……
 もうすぐ、また君は味方を失う……」
 白く塗り潰された夢の中で、淑芳は何かを叫ぼうとして――。

 ――彼女が目を開くと、そこには白い毛皮の塊があった。
「目が覚めましたか」
 よく見ると、毛皮の塊には、笑っているような顔が付属している。犬の顔面だ。
陸が、淑芳の顔を覗き込んでいたのだ。安堵しているのか、単にそういう顔なのか、
いまいちよく判らない。別に、どうだっていいことだが。
「わたしは……」
 ようやく淑芳は、自分が床に寝ていると気づいた。ゆっくり上半身を起こそうと
するが、陸の前足に額を踏まれ、床に押さえつけられる。
「まだ横になっていた方がいいと思いますよ。いきなり倒れて頭を打ったんですから」
 陸の前足を払いのけ、額についた足跡を拭いながら、彼女は言った。
「話したいことがありますの」

527ホワイト・アウト(白い悪夢)(4/5) ◆5KqBC89beU:2005/09/07(水) 21:51:15 ID:rxWyBrZc
 淑芳が語った夢の話を聞き終え、陸は溜息をついた。
「夢の中への干渉ですか。それが事実だとすれば、もう何でもありですね」
「普通の単なる夢だったかも、と言いたいところですけれど、そうは思えませんわ」
 困惑している犬を見もせずに、淑芳は言う。玻璃壇を俯瞰しつつ話しているのだ。
 どこが禁止エリアになるのか判らないため、彼女たちは迂闊に動けなくなっている。
とりあえず13:00寸前まで現在地で待機して、玻璃壇で人の流れを把握してから、
安全そうな場所まで移動する予定だ。ちなみに、カイルロッドを殺した青年は、ここに
戻ってくる様子がない。彼もまた禁止エリアの位置など聞いていなかったはずなので、
何も考えずに彼を追えば、禁止エリアに突入してしまう可能性があった。
「主催者が本当に偶然を操れるとすれば、どうやったって倒せない気がしますよ」
「支給品である犬畜生には、呪いの刻印がないんですから、禁止エリアに逃げ込んで
 隠れていたらどうです? きっと、最後まで生き延びられますわよ」
「あなたらしくありませんね。……『君は仲間を失っていく』、でしたっけ? そんな
 馬鹿げた予言を気にしているんですか」
 視線を合わせないまま、一人と一匹の対話は続く。
「あなたのそういう無駄に小賢しいところ、大っ嫌いですわ」
「そもそも私はカイルロッドの同行者だったんです。あなたの仲間じゃありません。
 こうして隣にいるのは、あなたが心配だから――なんて誤解はしないでください」
 要するにそれは、傍らにいても失われない、と保証する発言だ。
 まったく可愛くない犬ですわね、と淑芳は思った。
「……そんなこと、最初から判ってましたわよ」
「では、そろそろ移動先を検討しておきましょう」

528ホワイト・アウト(白い悪夢)(5/5) ◆5KqBC89beU:2005/09/07(水) 21:53:19 ID:rxWyBrZc
「F-1から南へ向かっている参加者たちがいますわ。おそらく神社で休憩するつもり
 なのでしょう。F-1・G-1・H-1は、しばらく禁止エリア化しないと考えられます。
 どうにかして情報を集めないといけないんですけれど、神社に向かった人たちは、
 殺人者の集団だったりするかもしれません。安易にこの人たちと接触するわけにも
 いきませんわね。でも、利用できる出入口は、神社にしかありませんから……」
「とにかく神社まで行って様子を見るしかない、ってことですか。そうと決まれば
 早く出発しましょう。……何をぐずぐずしているんですか」
「玻璃壇を停止させようとしてるんですけれど、操作を受け付けないみたいで……」
「やれやれ。どうやら、そのまま放置していくしかないみたいですね」
 玻璃壇の前を離れ、淑芳は、カイルロッドの遺体へ黙祷を捧げた。
 彼女の横で、陸は目を閉じ、カイルロッドの冥福を祈った。
 カイルロッドの死に顔は、眠っているかのように穏やかだ。
 短い別れを済ませ、一人と一匹は、格納庫の外へと歩きだす。
 振り返りは、しなかった。


【G-1/地下通路/1日目・13:00頃】

【李淑芳】
[状態]:頭が痛い/服がカイルロッドの血に染まっている
[装備]:呪符×19
[道具]:支給品一式(パン9食分・水2000ml)/陸
[思考]:麗芳たちを探す/ゲームからの脱出/カイルロッド様……LOVE
    /神社周辺にいる参加者たちの様子を探る/情報を手に入れたい
    /夢の中で聞いた『君は仲間を失っていく』という言葉を気にしている
[備考]:第二回の放送を全て聞き逃しています。『神の叡智』を得ています。
    夢の中で黒幕と会話しましたが、契約者になってはいません。
    カイルロッドのデイパックから、パンと水を回収済みです。

※カイルロッドの死体と支給品一式(パンなし・水なし)が、格納庫に残されました。
※玻璃壇は稼働し続けています。

529使徒の消滅(1/2) ◆5KqBC89beU:2005/09/09(金) 14:54:15 ID:rxWyBrZc
 薄暗い部屋の中で、古惚けた家具に囲まれて、美貌の男が眠っていた。
 真の名品にしか醸し出せない独特の空気が、男を優しく包み込んでいる。
 彼の傍らには包帯の巻かれた椅子があった。一度は無惨に砕かれたが、尊い犠牲と
適切な処置によって、その芸術品は華麗に蘇ったのだ。
 彼の愛娘は、まるで彼の着席を待ちわびるかのように佇んでいる。
 室内の光景を、もしも絵画に例えるとしたら、題名は「楽園」だろうか。
 静かな場所だ。聞こえる音は、まどろむ美丈夫の微かな寝息のみである。

 何の前触れもなく、壁に掛けられた鏡の中に“それ”が出現した。

 ドラッケン族の剣舞士は、奇妙な気配を感じると同時に一瞬で覚醒してみせた。
意識が状況を把握するよりも早く、右手の五指が剣を掴み、刃の残像を虚空に刻む。
起きあがりながら剣を構え、床を蹴った直後には“それ”の眼前に到達していた。

 びしり。

 刺突が“それ”の眉間を垂直に貫き、蜘蛛の巣に似た形の傷を全身に生じさせた。
 何が起きたのか理解できない、といった顔で、“それ”が鮮血を吐く。
「……ひどい」
 少女の姿をした“それ”は、罅割れた鏡面から戦士を見つめている。
 異界の彼方へと逃げる暇も無く、“それ”は魂砕きに抉られている。
 茫洋とした表情の上にも、血涙に濡れた目の上にも、大きな亀裂が走っていた。
 全身の傷口から血が滲み出し、鏡面を流れ落ちて、赤黒い血溜まりを床に広げる。
 魂砕きの刃に精神を蹂躙され、自身を人の形に留めていた“魔女の血”をも失い、
“それ”は存在を維持できなくなっていった。
 美しい顔を不満そうにしかめて、男が口を開く。
「何だ貴様は? 〈異貌のものども〉の亜種か? 〈禍つ式〉にしては脆弱すぎるが」
 そこまで言って、彼は思考を放棄した。無力な怪物などに、彼は興味を持たない。
「とにかく目障りだ。消え失せろ」
 “それ”を全否定する美声と共に、剣が90度ほど捻られる。
 澄んだ音を響かせて、鏡が砕け散った。

530使徒の消滅(2/2) ◆5KqBC89beU:2005/09/09(金) 15:04:09 ID:rxWyBrZc
 完全に、完璧に、完膚なきまでに破壊され、“それ”は跡形もなく消滅した。


【G-4/城の中/1日目・??:??】

【ギギナ】
[状態]:健康/空腹
[装備]:魂砕き
[道具]:支給品一式、ワニの杖、ヒルルカと翼獅子四方脚座の合体した椅子(今のところ名称不明)
[思考]:食料を探す

※魔女の使徒ティファナが消滅しました。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
すぐに消滅させれば使徒話を通せないかなーと思い、書いてはみたものの
微妙だったので封印してた話です。こんなのでもいいなら提供しますけど、
正直、もっと上手く使徒を消滅させてくれる人を待ってます。

531忘れられた少女の物語(1/4) ◆eUaeu3dols:2005/09/18(日) 19:53:02 ID:vt5D4D06
あなたは彼女を覚えてる?
忘れているなら、思いだしてあげて。
忘れられるのはとてもとても哀しい事だから。
だから、みんなに思いだしてもらうの。
私が殺した少女の事を。

        落ちる先は湖。
         湖には水面。
           水面は鏡。
            鏡は扉。
  扉の向こうに誰が居る?
  扉の向こうに何が在る?

彼女は闇夜で殺された。
彼女は海辺で殺された。
彼女はメスで殺された。

夜は異界が近づく時間。
闇夜に異界が隠れてる。
海は神様が住まう場所。
海に呑まれたお供え物。
メスの用途はなおす事。
裂かれた人の病を癒す。

そして誰か、覚えているか。
殺された少女の名前を覚えているか。

魔女は言う。
「あの子の魂のカタチは『陸往く船のお姫さま』。
 王子様に誘われて陸を進むようになっても、船を降りたわけじゃない。
だって、“彼女こそが船だから”」
――そして船は、海と陸とを橋渡す。

532忘れられた少女の物語(2/4) ◆eUaeu3dols:2005/09/18(日) 19:53:56 ID:vt5D4D06
「あなたが魔女になれなかったのは残念だよ」
其処は異界。
水面の鏡面から飛び込んだ、鏡の異界の何時かの何処か。
澱んだ水の臭いと、耳が痛くなるほどの静寂に包まれた世界。
「カタチを与えてあげる事さえ遅くなって、本当にごめんね」
ピチャピチャと湿った音がする。
魔女の手首から滴る一筋の紅い血を、白い少女が舐めている。
「ふふ……しばらくはそれで保つかなぁ」
魔女は血を水面に滴り落とした。
水面は鏡。鏡は門戸。血は鏡の世界に滴り落ちた。
門戸は鏡。鏡は水面。血は水面から海へと流れ……
海に呑まれた『陸往く船のお姫さま』へと贈られた。
魔女の生き血はヨモツヘグリ。
なりそこなった哀れな子に、仮の体を与えてあげる。
そうして魔女の使徒が一人生まれた。
――いや、生まれようとしていた。
「…………」
ピチャピチャと音が響き続ける。
白い少女は魔女の手首から血を舐め続け……突然、びくんと痙攣した。
「…………あれ?」
魔女が僅かに怪訝な表情を浮かべ……次に目をまん丸にして驚き、それを理解した。
そして、悲しげに目を細めた。
深い慈悲と哀れみをその瞳に湛え、白い少女を悲しげに、ほんとうに悲しげに見つめる。

「この島では、可哀想なあなた達に仮初めのカタチを与えてあげる事もできないんだね」

魔女の血を飲み、仮初めのカタチを手にいれたはずの白い少女の輪郭が、儚いまでに揺らぎだす。
今さっきまでの様に、その姿が白い塊に還ろうとしている。
魔女の使徒は水子だった。
生まれることさえ出来ないままに、その姿が崩れゆく。

533忘れられた少女の物語(3/4) ◆eUaeu3dols:2005/09/18(日) 19:55:19 ID:vt5D4D06
「あなたのカタチは崩れちゃうね」
「…………」
白い少女は揺らぎながら、微かに笑みを浮かべていた。
それは魔女の使徒の笑み。
必死に与えられたカタチに縋り、生き延びようとするように。
その笑みは少女が本来浮かべられる物ではないけれど、
在り続けようとするこの足掻く意志は、きっと少女の物だろう。
与えられた居場所を離すまいとするこの想いは、きっと少女の物だろう。
「無理だよ。ここでは、無理」
少女の体の揺らぎはどんどん激しくなって……
気づけば彼女の背丈は小柄な詠子の胸ほどになっていた。
足は、膝は、既に白い肉塊へと変貌していた。

「髪をもらうよ」
魔女は魔女の短剣を手に握り、少女の短い髪を、一房だけ切り取った。
「ごめんね。今のわたしに、あなたが帰る場所は作れない」
「…………」
少女の無言は変わらない。いや。
「……イヤ」
白い少女の唇から言葉が漏れだした。
「イヤ! おいていかないで!」
魔女の使徒にもなりそこなった、だから残った、少女の想い。
人になろうにも死んでいて、死者になろうにも在り続けて、
なりそこないとしても不完全で心が残り、魔女の使徒になるにも世界がそれを赦さない。
何処にも居場所が無い少女。忘れ去られた白い少女。
「忘れないで! おいていかないで!」

534忘れられた少女の物語(4/4) ◆eUaeu3dols:2005/09/18(日) 20:10:08 ID:vt5D4D06
「大丈夫だよ」
魔女の言葉は甘く、安らぎに満ちていた。
「あなたはまた死者に戻るけど。覚えている人は居ないけど」
魔女は囁く。
「きっとあなたの居場所を作ってあげる。
あなたのカタチを作って上げる。
 あなたを呼び戻してあげる。
だから心配はいらないよ」

そして、白い少女は今度こそ白い肉塊に成り果てた。
せきそこないは異界に消えて、それは最早死者と等しい。
この世界にいる限り、死者の法は超えられない。

「それにしても、残念だねぇ」
魔女は誰にともなく呟いた。
――“船”を失った魔女の体は、湖の岸に流れつく。
「あなたが力を貸してくれれば、この世界でもあの子を魔女の使徒に出来たのに」
異界はいつしか闇に呑まれ、魔女の心は闇の中で呟いた。
――船を失った魔女の体は、傷付き凍え、弱っていた。
「でもそれがあなたのルールなら、仕方ないことだけど」
返事は何処からも返らない。魔女は一人呟いた。
――魔女の体は吸血鬼達の助力によって、幸運にも救われる。
「ねえ、神野さん」
そこは闇の中。そこは闇の底。そこは闇の奥。そこは闇の淵。そこは――

【D-7/湖/1日目 16:00】
【十叶詠子】
[状態]:夢の中、体温の低下、体調不良、感染症の疑いあり
[装備]:『物語』を記した幾枚かの紙片 (びしょぬれ)
[道具]:デイパック(泥と汚水にまみれた支給品一式、食料は飲食不能、魔女の短剣、白い髪一房)
[思考]:夢の中
[備考]:ティファナの白い髪は、基本的にロワ内で特殊な効果を発揮する事は有りません。

535濃霧は黙して多くを語らず 1 ◆CDh8kojB1Q:2005/09/21(水) 20:41:28 ID:fmBZ14cE
「ロシナンテ! フリウ! 何処にいるの?」
 商店街の一角を高里要はふらふらと歩いていた。
(途中まではフリウと手を繋いでたのに……)
 謎の襲撃者から逃れる為、民家から飛び出したのは良かったが、辺りは濃い霧に覆われていて
 3メートル先も見通せない。要達は夢中で走っているうちに散りじりになってしまった。
 今現在、この街には要独り。
 手探りで進む為に、手で触れている商店の壁面はどこまでも冷たい。
 要の脳裏に、開始直後の自分以外誰もいなかった倉庫が浮かんだ。

 ――真っ暗な目の前。
 ――永遠のような孤独。
 ――死への恐怖。

 扉を開いて入ってきたアイザックとミリアにどれだけ元気付けられた事か。
 やたらと強気な潤さんにどれだけ安心させられた事か。
 しかし、三人は約束した時間には帰って来なかった。
 フリウに対して「潤さんは大丈夫だ!」などと言い切ったが、
 彼らとはもう再開出来ない事は理解していた。
 フリウもロシナンテも恐らく分かっているだろう。彼らの身に一体何が起こったのかを。

 ――分かっていても、認めたくない。
 ――あの泥棒二人が、人類最強が、死んだなんて認めたくない。

536濃霧は黙して多くを語らず 2 ◆CDh8kojB1Q:2005/09/21(水) 20:42:41 ID:fmBZ14cE
 気付くと、要は以前訪れた八百屋の近くに来ていた。
 確かここでは、人参スティックを食べたはずだ。
 その後、奥の民家で救急箱を探そうとした時に、二人は「わぁびっくり」のジェスチャーを見せ、
『さすが知能犯のイエロー!』
『イエローロジカルだね!』
『キイロジカルだな!』
『いいから早く探しましょうよ……』
 果てし無くハイな二人の事を思い出すと、少しだけ頬が緩んだ。
(参加者全員を誘拐して、ゲームを終わらすんじゃなかったんですか……?)
 このまましんみりするのはいやだったので、そのまま記憶を遡ってみた。
 
 火を放つ少年と老紳士の決闘。
 鍵を開けるのに便利なグッズを見て喜ぶ泥棒二人。
 放送を聞き、片手で顔を覆う潤さん。
 そして――、
『別れがあれば出会いあり!』
『私たちだっていっぱい別れて悲しかったけど、それ以上にいっぱい出会った嬉しさの方がおっきいもん!』
 天上抜けに明るいカップルの励まし。
(……アイザックさん、ミリアさん、貴方達二人と一緒で本当に良かった)
 
 回想を終えた要は頬を叩いて気合を入れ、
「……頑張ろう」
 勢い良く持ち上げた顔の動きにあわせて長い黒髪が踊る。
 霧で濡れて顔にかかった髪をのけ、湿った空気を吸って、大きく吐き出した。
「ロシナンテ! フリウ! ぼくはここだよ!」

537濃霧は黙して多くを語らず 3 ◆CDh8kojB1Q:2005/09/21(水) 20:43:26 ID:fmBZ14cE
 同時刻。
 殺戮を誓った暗殺者・パイフウは、無人の肉屋の店先でその声を聞いた。

「ロシ……テ! …リウ! ぼ……こ…だ…!」
 仲間を探して彷徨っていると思われる、少年らしき者の声。
 音量と直感からおおよその位置を割り出して、まだ音源との距離が有る事を確認する。
 開いた名簿に“ロシ……テ”なる人物は存在しなかったが、
 “…リウ”は恐らくNo13,フリウ・ハリスコーの事だろう。
 相手は最低でも三人。自分に暗殺技能が有るとはいえ、全員を仕留めるのは容易ではない。
 以前出会った魔女の少女とスーツの少年の事が思い出される。
 昼間と同じ轍を踏むのは危険。故に合流される前に片付けた方が好都合と判断する。
 ならば先手必勝だ。相手の明確な位置が判明し次第、攻撃しなければならない。

 パイフウは名簿をしまい、周囲を確認した。
 向かって右に、抱き合って死んでいる赤い女と筋肉質の男。
 肉屋の中には、首がちぎれた二人の男女。
 他者が存在した形跡は無いので、四人は互いに争って全滅したのだろう。
 彼らの支給品は自分の足元に転がっている。先程まで自分はその中身を探っていたからだ。
 そして、
「ほのちゃんのカタナ……」
 パイフウは、首を失った女の手から一振りのカタナを取り上げた。
 血糊が刀身の半分近くまでこびり付いているために、
 切れ味は随分と落ちてしまっているだろう。
 しかし、身になじんだカタナが有るのと無のとでは火乃香の実力に大きな差が出る。
 幸い刀身自体は傷ついてはいない。
 火乃香と出会った時に手渡すために、それを自分のデイパックに突き刺しておいた。

538濃霧は黙して多くを語らず 4 ◆CDh8kojB1Q:2005/09/21(水) 20:44:18 ID:fmBZ14cE
 その時、
「ロシナンテ! フリウ!」
 再び少年の声が聞こえた。
 音源との距離はおそらく30メートル前後。位置は肉屋を挟んだ向こうの通り。
(……霧が濃くて銃撃は不可能。一撃で仕留められる距離まで接近するしかないわね)
 幸い濃霧で相手も視覚は死んでいるはずだ。音さえ消せば背後を取れる。
 しかし、パイフウが向こうの通りへ移動しようと、肉屋の横の路地へと歩を進めた瞬間に、
「要しゃんの声がしたデシ!」
「要! あたしはこっちだよ!」
 少年がいる反対方向から返事が返ってきた。
 恐らく少年の仲間だろうとパイフウは察する。
(歩行音は聞こえない……まだ距離が有るわ。今ならまだ姿を見られずに殺れる)
 仲間が来ようとも全く障害は無い。
 このまま濃霧に乗じて少年を襲撃し、その死体を隠して待ち伏せするだけだ。
 だが次の一声を聞き、その打算は崩れることとなる。
「何だか血の臭いがプンプンするデシ。大丈夫デシか、要しゃん?」
(この距離で気付かれた?)
 かなりの嗅覚だ。相手は亜人種か強化人間の類かもしれない。
 これでは姿は見られないまでも、臭いで正体がバレる可能性が高い。
 万が一逃亡されると、今後の奇襲に支障をきたす。
 そう判断したパイフウは計画を取り止め、一時機会を待つ事にした。

「ぼくは無事だよロシナンテ。……たぶん血の臭いは八百屋の近くのお爺さんの物だと思う。
あの人が死ぬところをアイザックさん達と見たんだ」
「そうデシか。とにかく要しゃんが無事でよかったデシ」
「途中まであたしの横を走ってたのに。どこに行ってたの?」
 合流した少年達はパイフウの存在に気付かなかった。
 運良く自分の周囲の死体の臭いと遠くにある死体の臭いとを勘違いしたようだ。
 しばらく談笑した後に、
「あたしはやっぱり移動したほうが良いと思う」
「潤さん達が待っててくれてるかもしれないしね……」
「……一番近いのは学校デシ」

 行動指標を定めた三人は、最後までパイフウに気付かぬまま行ってしまった。
 しかも彼らの会話は筒抜けであり、パイフウは三人の内で最も場慣れしているのは、
 フリウ・ハリスコーなる少女だと推測した。
 更に嗅覚の優れているロシナンテ(フリウはチャッピーと呼んだ)は会話から
 しゃべれる犬だという事も判明した。
 風下から霧に紛れて接近すれば一撃離脱戦法での各個撃破は可能だろう。
 だが、問題が無いわけではなかった。
(学校で“潤さん”が待ってるって言ってたわね……)
 学校まで直線距離にして数百メートルしかない。
 短時間で三人。気付かれること無く無力化するのはかなりハードだ。
「……」
 パイフウは無言でデイパックを肩にかけると、霧に溶け込むかのように走り去った。
 肉屋には、物言わぬ死体が残された。

539濃霧は黙して多くを語らず 5 ◆CDh8kojB1Q:2005/09/21(水) 20:45:07 ID:fmBZ14cE
【C-3/商店街/1日目・18:00】

『フラジャイル・チルドレン』
【フリウ・ハリスコー(013)】
[状態]: 健康
[装備]: 水晶眼(ウルトプライド)。眼帯なし 包帯
[道具]: 支給品(パン5食分:水1500mm・缶詰などの食糧)
[思考]: 潤さんは……。周囲の警戒。
[備考]: ウルトプライドの力が制限されていることをまだ知覚していません。


【高里要(097)】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品(パン5食分:水1500mm・缶詰などの食糧)
[思考]:二人が無事で良かった。 とりあえず人の居そうな学校あたりへ
[備考]:上半身肌着です


【トレイトン・サブラァニア・ファンデュ(シロちゃん)(052)】
[状態]:前足に浅い傷(処置済み)貧血 子犬形態
[装備]:黄色い帽子
[道具]:無し(デイパックは破棄)
[思考]:三人ともきっと無事デシ。そう信じるデシ。
[備考]:回復までは半日程度の休憩が必要です。



【パイフウ】
[状態]:左鎖骨骨折(ほぼ回復・休憩しながら処置)
[装備]:ウェポン・システム(スコープは付いていない) 、メス 、外套(ウィザーズ・ブレイン)
火乃香のカタナ(ザ・サード)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン12食分・水4000ml)
[思考]:1.主催側の犬として殺戮を 2.火乃香を捜す
    3.フラジャイル・チルドレンの暗殺
[備考]:外套の偏光迷彩は起動時間十分、再起動までに十分必要。
    さらに高速で運動したり、水や塵をかぶると迷彩に歪みが出来ます。


[備考]:肉屋の周囲にアイザック・ディアン、ミリア・ハーヴェント、ハックルボーン、
    哀川潤の死体と支給品(火乃香のカタナを抜かした)が転がっています。

540懲りない彼女修正案  ◆MXjjRBLcoQ:2005/09/24(土) 22:29:16 ID:pBSSTsig
少し遅くなって申しわけないです。
懲りない彼女後半(港町のくだりから)の修正案を出します。ご指摘待っています。

 さて、場面移してここは港町である。
 ドッグからも中心街からも比較的離れた南部の住宅街、ここにもやはり人影は見えない。
 建売の住宅が疎らに並び、木造漆喰の平屋と融合している様は、実に懐かしき田舎島の情景といえる。
 だだ家々に明かりは灯らず、犬猫だけが町を闊歩する様は、耳を澄ませば終末の気配が聞こえてきそうだ。
 そんな町の一角で、煌煌と照らす蛍光灯の元、再生機から教育シリーズ日本の歴史DVD第一巻を第二巻へと
差し替える影があった。
 誰かは語るべくもない。
 ドイツはグローワース島が領主ゲルハルト=フォン=バルシュタイン子爵である。
 西へと赴くEDと別れた後、彼は手分けをする意味だろうか、先ほどの港町に舞い戻ってきたのであった。
 収穫は無かった。光不足を考えれば骨折り損とも言える。
 すでに赤銅髪の青年は去っていた。港の南部は死体ばかりが目立った。
 14:30を過ぎ、雨は銀河をひっくり返したように降り注いだ。
 黒い空に、光は一篇たりとも望めなかった。
 そこに至って彼はそれ以上の行動を全て放棄した。すなわち雨宿りである。
 幸いにも住宅は生きていて、電気も水道も、電波やガスさえその営みを止めていない。
 コンロはひねれば紅茶が沸かせた、リモコンを押せば心地よい音楽が流れる。
 ゲルハルト城には及ばないながらも、島のなかでは群を抜く快適空間であった。
 ディスクの入れ替えはほどなく終わった。子爵の念力がスイッチをたたく。
 がしょん、と音を立ててDVDが飲み込まれた。そして、
 がしょん、と音を立てて、わずかに遠くで雨戸が閉まった。
 子爵はあわてた風もなく、付けたばかりのDVDとテレビを止めた。
 照明を落とせば、雨戸の閉められた隣家から、わずかに光が漏れていた。
 明かりをつけた住宅は誘蛾灯、つまりはそういうことであったのだ。
 荷物を放置し、子爵はおもむろに窓を開けた。
 無風であった。
 彼ははしばしその場に立ち竦んだ。
 この豪雨の中に隠れ潜む、邪悪と静寂を感じているのだろう。
 不吉の気配、とでも言うものが、虚空に深く根付いている。
 空はいよいよ重く、あるいはこの雨は、それらを押し流そうといているようにも見える。

541懲りない彼女修正案  ◆MXjjRBLcoQ:2005/09/24(土) 22:31:04 ID:pBSSTsig
 さて、隣家は比較的大きなもので、軒下には宿の文字があった。
 窓は多くが規則正しく並んでおり、影がそれらを順にめぐっている。部屋を検めているのであろう。
 子爵は玄関を避け、裏口から三和土へと回り込んだ。裏には給湯器が起動しているのか、かすかに熱気が漂っていた。
 三和土はよくよく使い込まれており、かすかに煤と魚の臭いが残っている。
 そこを上った先は八畳間となっていた。おそらくはダイニングとして使われていたのであろう。
 背の低いテーブルが中央に鎮座し、そしてその上に少女が一人。
 見知らぬ少女であった、意識はなく、しかしその幼い顔に笑みは絶えない。
 ふむ、と小さく血文字が浮かび上がった。小波のように揺れるそれには、逡巡の色が濃く映る。
 子爵の知覚は魂を見る。少女の深淵を覗き見たのかもしれない。
 いまださざめく子爵は、その手をそっと少女に伸ばし、足音を捕らえて三和土へとさがった。
 あたりを見渡すように蠢いて、竈の中に隠れこむ。
 乱入者は女であった。
 ふむ、とふたたび文字が浮かぶ。
 女は子爵の見知らぬ、しかし心当たりのある者だった。
 ロザリオをした長身の女。吸血鬼。子爵の聞いた特徴に符合する。
 と、その間にも、女はリビングを離れ、すぐに浴衣とタオルを抱えて戻ってきた。
 電子音が響いた。風呂の合図である。
 女は膝を突き、横たえた少女そのカーディガンの裾に手をかけた。少女の細い腹と、形のよい臍が覗く。
【まぁ、待ちたまえ】
 それは紳士としてか、決意の表れか。子爵は女の眼前へ姿を現した。
 女は果たして、この現象をどう捉えたのであろうか? 
 腰を落とし少女を抱き上げあたりを警戒し周囲を探る様は、その事実を知るものには滑稽ですらある。
 子爵はさらに呼びかけた。
【落ち着きたまえ、ここに余人はいない、そして、私は隠れてなどいない。これが、この血液が! 私の現身である。
 信じる信じないは君たちの自由だが、私にはこの身体しか意思伝達の手段がないのでね、しばし辛抱してくれたまえ。
 いずれ理解にも達しよう】
 漆喰の壁すら赤い液体、子爵にとってはノートである。
 その筆術はいかなる技か、文字配列の緩急が、その大小が、女に会話の錯覚すら与る。
【いや、驚かせてすまなかった。私はドイツはグローワース島が前領主ゲルハルト=フォン=バルシュタイン子爵!
 市政こそ既に委ねたが、21世紀も今なおかの地に君臨する紳士であり、ご覧のとおり吸血鬼である! 
 いや、すまない冗談だ】
 女の柳眉が釣りあがるよりも早く、子爵は次の言葉を言い放った。
【まぁ、君の同胞であることも元領主の身分も真実だがね】
 その言葉に、幾分落ち着きを取り戻したのか、女はしかししかと少女を抱えて、子爵と対峙した。
 もっとも、彼は他人の警戒を歯牙にかけるような男でもない。優しく諭すのみである。
【私は紳士だ。暴力に訴えるような真似ははしない。最も、この身体ではそれも叶わないが……
 とりあえず、私は君が血を吸うことも、配下を増やすことも咎めるつもりはないことを理解してほしい。
 君より遥か昔に生を受け吸血鬼となり、それから数百年の時を生きてきた、
 中には奇麗事の言えない時代を過ごしたこともあったとも】
 血液が、ふ、と細く伸びる。おそらく、それが彼の「遠い目」なのだろう。
『表情』は一刹那に消え、血文字がすぐに、先ほどと同じ調子に紡がれた。
【ともあれ私が君に望むことはそう多くない。繰り返すが私は紳士で、吸血鬼だ。
 いかに君が多くの者の血を吸ってきたとしても、私はそれに干渉する気はない!】
 そこで子爵はその言葉を止めて、少女の手に触れる。
 少女の肌にその赤は、不吉なほど良く映えた。
【だいぶ冷えているね、早くしたほうがよいようだ。一つでいい、質問をすることを許して欲しい。
 他は君達の湯浴みの後にしよう。
 なに、そう難しいものではないよ、あるいは答えてくれなくてもそれは一向にかまわない】
 あごに手を当てるような仕草、一拍の間、そして
【貴女は佐藤聖嬢で間違いはないかね?】

542懲りない彼女修正案  ◆MXjjRBLcoQ:2005/09/24(土) 22:33:19 ID:pBSSTsig
【D-8/民家/1日目/16:00】
【Vampiric and Tutor】

【十叶詠子】
[状態]:体温の低下、体調不良、感染症の疑いあり
[装備]:『物語』を記した幾枚かの紙片 (びしょぬれ)
[道具]:デイパック(泥と汚水にまみれた支給品一式、食料は飲食不能、魔女の短剣)
[思考]:???

【佐藤聖】
[状態]:吸血鬼化完了(身体能力大幅向上)、シャナの血で血塗れ、
[装備]:剃刀
[道具]:支給品一式(パン6食分・シズの血1000ml)、カーテン
[思考]:身体能力が大幅に向上した事に気づき、多少強気になっている。
    詠子の看病(お風呂、着替えを含む)
[備考]:シャナの吸血鬼化が完了する前に聖が死亡すると、シャナの吸血鬼化が解除されます。
首筋の吸血痕は完全に消滅しています。
16:30に生存が確認(シャナの吸血痕健在)されています。

【ゲルハルト・フォン・バルシュタイン(子爵)】
[状態]:光不足
[装備]:なし
[道具]:なし(隣家に放置)
[思考]:アメリアの仲間達に彼女の最後を伝え、形見の品を渡す/祐巳がどうなったか気にしている
    聖にどこまで正気か? どこまで話すべきか?
[補足]:祐巳がアメリアを殺したことに気づいていません。
    この時点で子爵はアメリアの名前を知りません。
    キーリの特徴(虚空に向かってしゃべりだす等)を知っています。

543魔女の見る夢【虚像庭園】前半 ◆eUaeu3dols:2005/09/30(金) 01:59:15 ID:3ksTxgaA
――そこは夕焼けの学校。
「ねえ、キョン」
「なんだよ」
SOS団の部室で、涼宮ハルヒがキョンに唐突な言葉を放つ。
「退屈よ! 最近、何か変な事って無いの?」
「……そんなもん、ほいほい転がってるわけないだろ」
うんざりした様子でキョンが答える。
「みくるちゃんも何も知らないわよね?」
「は、はい。何も知りません」
矛先が向いた事に少しびくつきながら、朝比奈みくるが答える。
「古泉、有希。あんた達もなんか見つけてないの?」
「知らないな」
「同じく」
「そう、なら仕方ないわね」
――『古泉』と『長門』が答え、ハルヒは何事もなく矛先を下ろした。
キョンは何か違和感を感じ、二人を見やった。
「……何か?」
『長門』がキョンを見つめ返し、尋ねる。
「……いや、なんでもない」
何か気に掛かる様子で、しかしキョンも引き下がる。
――誰も気づかない。そういう風に決められた世界だから。
「はい、お茶をどうぞ」
「みくるちゃん気が利くじゃない。えらいえらい」
「朝比奈さんいつもありがとうございます」
「ああ、ありがたい」
「頂こう」
三者三様の返事が返り、またもキョンと、今度は朝比奈みくるも怪訝な顔をした。
「どうしたのよ?」
「…………何でもない」「……なんでもありません」
「…………?」
問い掛けたハルヒも問い掛けられた二人も首を傾げた。
――そしてすぐにそれを忘れた。

「あー、それにしても退屈ね。なんでこんなに退屈なのかしら」
涼宮ハルヒがカレンダーを見やる。
――行事の少ない6月の初めという月日が書かれていた。
期末テストは有っても、わざわざ詰め込む必要がない、あるいはする気が無い者に無関係な時期。
「……やっぱりここは、あたしが直々にイベントを起こすしかないようね!」
――時計の短針が5時を指す。
「明日にしろ。今日はもう下校時刻だ」
「……それもそーね。プランを考える時間も必要だわ。
 それじゃ、明日は召集掛けるからよろしく!
 今日は解散!」
SOS団は帰宅を始める。
――そこに時間の意味は無い。明日も来ない。

「では、また」
帰宅途中の分かれ道で『長門』はSOS団の皆と別れて、自宅へと歩く。
歩き、歩き、自分の住むマンションに辿り着き、エレベーターで階を上がると、
通路を歩き、自分の住む部屋の前に立ち、鍵を開け、扉を開けて――

「それにしても奇妙な世界だった。興味深い」
舞台裏で、サラ・バーリンは長門有希の配役を脱ぎ捨てた。

サラ・バーリンは闇色の荒野に立っている。
振り返ると、そこには明らかに周囲の光景とは隔絶した、箱庭世界へ繋がる扉が在った。
扉を閉めると扉は消えて、そこに在った世界は見えなくなった。

544♪なんにも出来ないバット愚神礼賛♪:2005/10/05(水) 23:07:10 ID:vVvnnpSU
「♪めーめー目ー さんずい つけたら 泪なの──♪」
ここは名も無い地下道です。
ドクロちゃんは脱水症状からも復活して陽気に歩いていました。
まったく井戸に落ちたり流されたりしたのに元気ピンピンです。この天使。
え? 僕は誰かって?
僕は背景たる地下道の壁です。
自慢じゃないですが、堅牢長大にて地下水豊富、完全無欠で将来有望な壁です。
さあ僕を殴<ごがあぁん!>
あいててて………
今度はシームレスパイアスで、何かの民族の踊りのような動きをし始めたドクロちゃんが勢いあまって僕の体の一部を粉砕したようです。
僕の一部は数百の細かい破片に変形、ドクロちゃんの周りに飛び散りました。
こらドクロちゃん! 僕を撲殺しようとしたら駄目だよ!
ええ僕はさっき見ていたのです。僕の友のイド君がドクロちゃんに撲殺、粉砕されているところを──!
「♪せめせめ責め〜る さんずい つけたら 漬けるなの──♪」
僕は親友のエド君の分まで生きますとも! 僕は凄く大きいので部分部分を破砕した程度では死にません。
流石に全体の5割以上破壊されると僕でも危険な状態になります。その点でも全面破壊されないように注意せねば!
しかし僕の"壁神経超融合"により判別した結果、このままではドクロちゃんは1人の青年と対面します。
さらになんと彼は強力な殺人者のようです!
僕はなんとかドクロちゃんに注意を呼びかけたいところですが、悲しいかな僕は壁。喋る口はついていません。
不本意ながら僕は何も出来ないまま殺人者とドクロちゃんとの対面を静観しなければなりません。
ドクロちゃん、どうか死なないで──!

545♪なんにも出来ないバット愚神礼賛♪:2005/10/05(水) 23:08:51 ID:vVvnnpSU
「あれ?」
ドクロちゃんがついに青年と対面しました。
彼の名前はアーヴィング・ナイトウォーカー。武器は強力な対戦車狙撃銃を持っています。
どうか何事も無く、少しの会話を済ませて分かれますように──!
「お兄さん、だぁれ?」
明らかに常人の姿ではない彼にドクロちゃんは無邪気に話しかけます。
もうドクロちゃん! よく見てよ、銃で撃たれてるっぽい怪我に左腕がフックだよ!?
「え、あぁ…君は?」
「もぉ──っ質問に質問で返しちゃ駄目だよ♪」
「そう…だね。俺は──」
「ボクは三塚井ドクロ! ドクロちゃんって呼んでね!」
「え?」
ああああ! もうこのアホ天使! 話を問答無用で進めたら駄目でしょっ!
僕は何もできずこの青年が修羅モードを発動させないかハラハラ見ています。
「お兄さんはこんなところで何をしてるの?」
「俺は、ミラって女の子を探してるんだけど…君は知らない?」
「ミラちゃん……? うーん知らないような知らないような……」
知らないんじゃないかい!
僕の音速ツッコミも誰にも聞こえないと少々切なくなります。
「知らないのか……なんでどこにも居ないんだろうな……」
"壁神経超融合"が彼から立ち上る異様なオーラを感知しました! ドクロちゃん逃げて!
あああ! もうこんなときにこの天使は呑気に顎に手をやって名探偵おうムルみたいな表情をしています!

546♪なんにも出来ないバット愚神礼賛♪:2005/10/05(水) 23:09:42 ID:vVvnnpSU
「どうしてだろう……」
「うん! よく分からないけど、困ってるならボクが手伝ってあげるよ──」
その瞬間、殺人者の手に凶悪な対戦車狙撃銃が出現しました! ドクロちゃんは気づいてません!
「そしてこの愛の天使によってめぐり合った2人は!」
<ばぁん!>爆竹一箱を一点集中させたような破裂音と共に音速の弾丸がドクロちゃんの体めがけて放たれました──
いつの間にかシームレスパイアスを握ってたドクロちゃんは目を閉じながら自分の演説に聞き入ってます!
しかしその演説の手振りなのでしょうか、ドクロちゃんが音速を超越する速度でバットを振りました。
<かきぃぃん!>
丁度その振られたバットが狂気の弾丸にジャストミート。弾丸は半ば形を変形させつつ近くの僕の体に突き刺さりました!
岩盤を突き破った弾丸は僕の体内で瞬時に分解、あたりの地質に豊富な鉛と鉄分を加えて消えました。ビバ鉱物資源。
「あれ、おかしいな……なんで死なないんだろう」
<ばぁん!><ばぁん!><ばぁん!>連続で狂気の凶器がドクロちゃんの体を血の華に変えようと襲いきます。
「2人は! 愛し合う2人は! 出会い、無事の再開を喜んで抱き合い!」
<ぎぃん!><かっ!><びしっ!>ドクロちゃんは再び全てを弾きます。しかもは弾いている本人は状況を理解していません。
彼女は脳内で展開されてるスペクトルに熱中です。この危険極まりないソニックブーム発生させているスイングなど言わばオマケ!
それらを全て左手一本でやってのけるのがドクロちゃんの脅威です。腕相撲したくないランキングがかなり高いです。
一方ドクロちゃんに弾丸を弾き返された彼は何の不幸か、対戦車狙撃銃に跳ね返った銃弾が直撃しました。
発射された初速以上の速度で跳ね返ってきた銃弾は狙撃銃を完全粉砕、さらに暴発まで起こして彼の唯一の右手を吹き飛ばしてしまったのです!
「あ、あぁ…う、痛、い……」
「そしてその後2人は! もう──お兄さんのえっち!」
ドクロちゃんがはぢらいから3m前にいる両手を失った青年に向かってシームレスパイアスを投げつけました。
エレベーターでブザーが鳴ると真っ先に睨まれそうなバットは、ミサイルのように青年に頭に一直線!
「────」
思わず先端が水蒸気爆発を起こすほど加速したバットは有無言わず空間ごと青年の頭を<がうん!>と消滅させました。
青年の頭が明らかに元より質量が少ないパーツに分かれて、シームレスパイアスは僕の体こと壁に根元まで突き刺さりました。
最後に彼は何か言おうとしていました。しかしそれは大気を切り裂き、生命を一瞬で有機的な肥料に変えてしまう一撃に阻まれて聞こえませんでした。

547♪なんにも出来ないバット愚神礼賛♪:2005/10/05(水) 23:10:42 ID:vVvnnpSU
「あ、ああ──! ごめんなさいっ!」
青年は完全に肩の上が無くなり、時々筋肉の収縮で動くスプラッタな物体に変わってしまいました。
ドクロちゃんは壁に突き刺さったバットを片手で引きずり出します。痛てててててて! もっと優しく!
突き刺さってたシームレスパイアスには傷一つついてません。恐らくドクロちゃんの天使パワーでしょうか。

「ぴぴるぴるぴるぴぴるぴー♪」

ドクロちゃんがバットをチアリーダーのようにくるくる回転させ魔法の擬音を唱えます。
しかし魔法の擬音の効果は、突き刺さった僕のクレーターを治しただけで、頭部が完全に消失している彼の死体はぴくりともしません。
それどころか彼の飛び散った死肉と血漿から新しい生命が、植物の芽がぽこぽこ生えだしました。
「あれぇー? 何でかな?」
もう忘れたの!? ドクロちゃんの天使の不思議パワーが弱まってるし、それはエスカリボルグじゃないでしょ!
「どどど、どうしよう! このままじゃお兄さんの体から妙に色の赤い花が咲いちゃうっ!」
そもそも天使力の弱まった今じゃあ完全復活させるのは無理じゃあ……
ちょっと待てっ! 復活させられないドクロちゃんって、ものすごくデンジャラス。
彼女は愛用のバットが何でも出来ちゃうバットじゃないことを思い出して納得したような顔になりました。
「ボボボク、エスカリボルグ探してくるからお兄さんちょっと待ってて!」
ドクロちゃんはシームレスパイアス軽々担ぎ上げて、今度は勢いよく走り出しました。
しかし以前負傷した左足のせいで思いっきりすっ転びます。
「きゃうん! いたぁ──い……もぅ桜君ボク初めてなんだからもっと優しく……」
意味不明な寝言を呟きつつドクロちゃんは歩き出しました。
どうやらさっきのぴぴるで傷がまた少し塞がったようです。天使の異常な回復力も加担しているのでしょうか。
僕はその場に残された哀れな青年の死体に黙祷を数秒捧げ、意識はドクロちゃんを追い始めました。

──これは、ちょっぴりバイオレンスだけど悪気のない天使ドクロちゃんが繰り広げる、愛と親切さと少しバトルロワイヤルな物語。

548♪なんにも出来ないバット愚神礼賛♪:2005/10/05(水) 23:11:47 ID:vVvnnpSU
【E-1/地下通路/1日目・14:40】
【アーヴィング・ナイトウォーカー:死亡】残り72人

【ドクロちゃん】
[状態]:左足腱は、歩けるまでに回復。
     右手はまだ使えません。
[装備]: 愚神礼賛(シームレスパイアス)
[道具]: 無し
[思考]: エスカリボルグを探さなきゃ!

549懲りない彼女 修正  ◆MXjjRBLcoQ:2005/10/06(木) 12:29:04 ID:pBSSTsig
かなり遅くなりましたが、懲りない彼女の修正版です、後半部を以下に差し替えてください。

 さて、場面移してここは港町である。
 ドッグからも中心街からも比較的離れた南部の住宅街、ここにもやはり人影は見えない。
 建売の住宅が疎らに並び、木造漆喰の平屋と融合している様は、実に懐かしき田舎島の情景といえる。
 だだ家々に明かりは灯らず、犬猫だけが町を闊歩する様は、耳を澄ませば終末の呼び声が聞こえてきそうだ。
 そんな町の一角で、煌煌と照らす蛍光灯の元、再生機から教育シリーズ日本の歴史DVD第一巻を第二巻へと
差し替える影があった。
 誰かは語るべくもない。
 ドイツはグローワース島が領主ゲルハルト=フォン=バルシュタイン子爵である。
 手分けをする意味だろうか、西へと赴くEDと別れた後、彼は先ほどの港町に舞い戻ってきたのであった。
 収穫は無かった。エネルギーの残量を考えれば骨折り損とも言える。
 すでに赤銅髪の青年は去っていた。港の南部は死体ばかりが目立った。
 14:30を過ぎ、雨は銀河をひっくり返したように降り注いだ。
 黒い空に、光は一片たりとも望めなかった。
 適当な住宅へと侵入し、彼はそれ以上の行動を全て放棄した。すなわち雨宿りである。
 幸いにも住宅は生きていて、電気も水道も、電波やガスさえその営みを止めていない。
 コンロはひねれば紅茶が沸かせた、リモコンを押せば心地よい音楽が流れる。
 ゲルハルト城には及ばないながらも、島のなかでは群を抜く快適空間であった。
 そして現在に至るという具合である。
 ディスクの入れ替えはほどなく終わった。子爵の念力がスイッチをたたく。
 がしょん、と音を立ててDVDが飲み込まれた。そして、
 がしょん、と音を立てて、わずかに遠くで雨戸が閉まった。
 子爵はあわてた風もなく、付けたばかりのDVDとテレビを止めた。
 照明を落とせば、カーテンの閉められた隣家から、わずかに光が漏れている。
 明かりをつけた住宅は誘蛾灯、つまりはそういうことであったのだ。
 荷物を放置し、子爵はおもむろに窓を開けた。
 無風であった。
 豪雨の中に隠れ潜む邪悪と静寂が、子爵をその場に押しとどめた。
 不吉の気配、とでも言えばいいのであろうか、圧倒的な存在感が虚空に深く根付いていた。
 彼ははしばしその場に立ち竦む。
 空はいよいよ重く、あるいはこの雨は、それらを押し流そうといているようにも見えた。

550懲りない彼女 修正  ◆MXjjRBLcoQ:2005/10/06(木) 12:29:53 ID:pBSSTsig
 さて、隣家は比較的大きなもので、軒には宿の文字があった。
 窓は多くが規則正しく並んでおり、足音がそれらを順にめぐっている。何者かが部屋を検めているのであろう。
 子爵は玄関を避け、裏口から三和土へと回り込んだ。裏では給湯器が起動しているのか、かすかに熱気が漂っていた。
 三和土はよくよく使い込まれており、かすかに煤と魚の臭いが残っている。
 そこを上った先は八畳間となっていた。おそらくはダイニングとして使われていたのであろう。
 背の低いテーブルが中央に鎮座し、そしてその上に少女が一人。
 見知らぬ少女であった、意識はなく、しかしその幼い顔に笑みは絶えない。
 ふむ、と小さく血文字が浮かび上がった。小波のように揺れるそれには、逡巡の色が濃く映る。
 子爵の知覚は魂を見る。少女の深淵を覗き見たのかもしれない。
 いまださざめく子爵は、その手をそっと少女に伸ばし、足音を捕らえて三和土へとさがった。
 あたりを見渡すように蠢いて、竈の中に隠れこむ。
 乱入者は女であった。
 ふむ、とふたたび文字が浮かぶ。
 女は子爵の見知らぬ、しかし心当たりのある者だった。
 長身の女。吸血鬼。胸ポケットには火傷を避けるためか、ハンケチーフで包れたロザリオ。
 子爵の聞いた特徴に符合する。
 吟味の間も、女は忙しそうに動き回った、廊下を行ったりきたり、そして浴衣とタオルを抱えて戻ってきた。
 電子音が響き、女が後ろを振り仰いだ。風呂の合図である。
 女は優しくかつ邪に笑った。膝を突き、横たえた少女そのカーディガンの裾に手をかける。
 少女の細い腹と、形のよい臍が覗くいた。
【まぁ、待ちたまえ】
 子爵の赤がその上を走る。
 それは紳士としてか、決意の表れか。子爵は女の眼前へ、ついにその姿を現した。
 女は果たして、この現象をどう捉えたのであろうか? 
 腰を落とし少女を抱き上げあたりを警戒し周囲を探る様は、その事実を知るものには滑稽ですらある。
 子爵はさらに呼びかけた。
【落ち着きたまえ、ここに余人はいない、そして、私は隠れてなどいない。これが、この血液が! 私の現身である。
 信じる信じないは君たちの自由だが、私にはこの身体しか意思伝達の手段がないのでね、しばし辛抱してくれたまえ。
 いずれ理解にも達しよう】
 漆喰の壁すら赤い液体、子爵にとってはノートである。
 その筆術はいかなる技か、文字配列の緩急が、その大小が、女に会話の錯覚すら与る。
【いや、驚かせてすまなかった。私はドイツはグローワース島が前領主ゲルハルト=フォン=バルシュタイン子爵!
 市政こそ既に委ねたが、21世紀も今なおかの地に君臨する紳士であり、ご覧のとおり吸血鬼である! 
 いや、すまない冗談だ】
 女の柳眉が釣りあがるよりも早く、子爵は次の言葉を言い放った。
【まぁ、君の同胞であることも元領主の身分も真実だがね】
 その言葉に、幾分落ち着きを取り戻したのか、女はしかししかと少女を抱えて、子爵と対峙した。
 もっとも、彼は他人の警戒を歯牙にかけるような男でもない。優しく諭すのみである。
【私は紳士だ。暴力に訴えるような真似ははしない。最も、この身体ではそれも叶わないが……
 とりあえず、私は君が血を吸うことも、配下を増やすことも咎めるつもりはないことを理解してほしい。
 君より遥か昔に生を受け吸血鬼となり、それから数百年の時を生きてきた、
 中には奇麗事の言えない時代を過ごしたこともあったとも】
 血液が、ふ、と細く伸びる。おそらく、それが彼の「遠い目」なのだろう。
『表情』は一刹那に消え、血文字がすぐに、先ほどと同じ調子に紡がれた。
【ともあれ私が君に望むことはそう多くない。繰り返すが私は、おせっかいと無干渉を身上とする紳士で、吸血鬼だ。
 いかに君が多くの者の血を吸ってきたとしても、私はそれを責める気も罰する気もない!】
 そこで子爵は言葉を止めて、少女の手に触れる。
 少女の肌にその赤は、不吉なほど良く映えた。
【だいぶ冷えているね、早くしたほうがよいようだ。一つでいい、質問をすることを許して欲しい。
 他は君達の湯浴みの後にしよう。
 なに、そう難しいものではないよ、あるいは答えてくれなくてもそれは一向にかまわない】
 あごに手を添える仕草、一拍の間、そして
【貴女は佐藤聖嬢で間違いはないかね?】

551懲りない彼女 修正  ◆MXjjRBLcoQ:2005/10/06(木) 12:34:12 ID:pBSSTsig
【D-8/民宿/1日目/16:00】
【Vampiric and Tutor】

【十叶詠子】
[状態]:体温の低下、体調不良、感染症の疑いあり。外見的にもかなり汚い。
[装備]:『物語』を記した幾枚かの紙片 (びしょぬれ)
[道具]:デイパック(泥と汚水にまみれた支給品一式、食料は飲食不能、魔女の短剣)
[思考]:???

【佐藤聖】
[状態]:吸血鬼化完了(身体能力大幅向上)、シャナの血で血塗れ、
[装備]:剃刀
[道具]:支給品一式(パン6食分・シズの血1000ml)、カーテン
[思考]:身体能力が大幅に向上した事に気づき、多少強気になっている。
    詠子の看病(お風呂、着替えを含む)
[備考]:シャナの吸血鬼化が完了する前に聖が死亡すると、シャナの吸血鬼化が解除されます。
    首筋の吸血痕は完全に消滅しています。
16:30に生存が確認(シャナの吸血痕健在)されています。

【ゲルハルト・フォン・バルシュタイン(子爵)】
[状態]:ややエネルギー不足、戦闘や行軍が多ければ、朝までにEが不足する可能性がある。
[装備]:なし
[道具]:なし(隣家に放置)
[思考]:聖にどこまで正気か? どこまで話すべきか?
    アメリアの仲間達に彼女の最後を伝え、形見の品を渡す/祐巳がどうなったか気にしている
    EDらと協力してこのイベントを潰す/仲間集めをする
    3回目の放送までにEDと地下通路入り口で合流する予定 
[補足]:祐巳がアメリアを殺したことに気づいていません。
    この時点で子爵はアメリアの名前を知りません。
    キーリの特徴(虚空に向かってしゃべりだす等)を知っています。

552 ◆MXjjRBLcoQ:2005/10/06(木) 12:55:58 ID:pBSSTsig
貼る場所間違えました、ほんとに申し訳ないです。

553霧の町 黄昏の道 ◆685WtsbdmY:2005/10/08(土) 16:50:47 ID:sgEbU7iY
「今度は、手を離さないで」
「…はい」
 差し出した手を握る少年の手を握り返し、フリウは歩き出した。
(あたしが、守らないといけないんだ)
 潤さんはいない。
 チャッピーはもとより、要が戦えるとは到底思えない。
 自分が硝化の森に初めて入ったのは十二の時。互いの身の上話などはしていないが、少年の年齢がそれにすら届かないことは容易く知れた。
 おそらく、十かそこらといったところだろうか。
(四年前くらいかな…)
 ふと、自分が少年と同じ年のころを思い出そうとしてみた。しかし、その記憶はぼんやりとかすみのようなものに覆われていて、いくら覗き見ても判然としない―まるで、今の自分たちの姿のように。
 それよりも、
 父に守られ、初めて森に足を踏み入れたあの日からの二年間。追いつくことのない背中。
 “殺し屋”ミズー・ビアンカとの出会い。自分が壊し、サリオンにつれられて後にした故郷。
 牢からの脱出。差し伸べられた手。二人旅。狩り。
 精霊使い、リス・オニキス。彼に導かれて進む帝都への旅。
 そして…精霊使いになった夜。
 それらの情景が、浮かんでは消えていく。
 あの、近いようで遠い日々、自分は誰かに守られてばかりだった。
 けれど、今は違う。自分は、もう、泣くことしかできない子供ではない。
 ならば、一人の精霊使いとして…
(あたしは、あたしの役目を果たす。潤さんたちが戻るまで、二人のことはあたしが守る)

554霧の町 黄昏の道 ◆685WtsbdmY:2005/10/08(土) 16:52:26 ID:sgEbU7iY
(…汕…子)
 触れた指の感触は、自分にもっとも近しい者の名を想起させた。
(…傲濫…驍宗さま)
 驍宗。一度その名が浮かんでしまうと、わきあがる思いを抑えることはできなくなった。
 異常な状況に対する恐怖、孤独、死への不安、他者への気遣い。
 そういったもろもろの感情の下に隠されていた―いや、むしろ無意識のうちにおしこめていたのかもしれない―思いが、踏み出す一歩ごとに要の中で形をとり、大きく膨れ上がり始めた。
 悲嘆ではない。ただひたすらに驍宗の元に帰りたい、帰らなければいけないという強い意志、ただそれだけに体の全てを支配される。
 …帰らなければ。
 でも―。

  要の額の一点―そこには麒麟の妖力の源たる角がある―に集まった熱は、得体の知れない何かに阻まれ、形をとれずに霧消する。
 
 どうやって?

  髪も、服も、空気も。湿って重くなり、体にまとわりついてはなれない。

555霧の町 黄昏の道 ◆685WtsbdmY:2005/10/08(土) 16:53:32 ID:sgEbU7iY
 名を呼ぶ声に、要はあわてて顔を上げる。いつのまにやら足が止まっていたようで、連れの二人が心配そうに顔を覗き込んでいた。
「どしたの? 何かあったの?」
「ごめんなさい。なんでもないの」
 こちらを見上げる子犬にも、大丈夫だよ、と声をかける。
 二人ともそれで納得ができたわけではないのだろう。しかし、問い詰めても無駄だと判断したのか、それ以上は何も聞こうとしなかった。
 フリウはかすかな苛立ちや、気遣い、そういった思いのない交ぜになった表情を浮かべると、要の顔から視線をそらした。
「じゃあ、行くよ。学校はすぐそこだし」
 言って、歩き出した。その手に引かれるようにして、要もまた歩き出す。

 要は深く息を吸って、吐き出した。そうすることで、気持ちを落ち着かせる。
 帰還への意志は、一向に消えることなく心の中に残っていた。しかし、一度明確に認識してしまえば、それによって周囲の状況を忘れてしまうということもない。
 たとえ一時といえど、立ち止まり、連れをも危険にさらしたことを要は恥じていた。
 自分は何もできない。それでも、自分のために。そして、ここで出会えた人々の気持ちに応えるために、しなければならないことがある。
 だからこそ、「頑張ろう」と気持ちを固め、行動に移した。それなのに、先程は…。

 戦うことのできない自分のために、二人をこれ以上の危険にさらしてはいけない。

556霧の町 黄昏の道 ◆685WtsbdmY:2005/10/08(土) 16:54:39 ID:sgEbU7iY
「わっ!! とっと」
 フリウしゃんが声を上げて、ボク、後ろを振り向いたデシ。フリウしゃん、要しゃんがいきなり立ち止まったから前につんのめっちゃったんデシね。
「要?」
「要しゃん? どうしちゃったデシか?」
 前に回り込んでボクが聞くと、要しゃんも気づいたみたいデシ。一瞬きょとんとした顔をしてボクを見ると、フリウしゃんの顔を見上げるデシ。
「どしたの? 何かあったの?」
「ごめんなさい。なんでもないの。…大丈夫だよ、ロシナンテ」
 こっちを向いて、ボクに声をかける要しゃん。けど、顔色もあまり良くないし、なんだか心配デシ。
「じゃあ、行くよ。学校はすぐそこだし」
 フリウしゃんがそう言って、また歩き出すのについてくデシ。
 さっきは要しゃん、いきなり立ち止まっちゃって、ちょっとビックリしちゃったデシ。
 本当は学校までもう少しかかるはずデシ。危険が危なくはないみたいデシけど、気をつけなきゃデシ。
 …あれ?なんか変デシ。
 さっきの人来たとき、ボク、何にも気づかなかったデシ
 もしかして悪い人じゃなかったんデシか?ボク、よくわかんないデシ。
「チャピー、そこにいる?」
「はいデシ」
 周りは、霧で真っ白デシ。暗くなってきてるし、きっと、要しゃんのむこうを歩いているフリウしゃんからだと、ボクのことよく見えないんデシね。
 ずっと前にもこんな霧見たことあるデシ。その時は朝だったデシけど。
 あれは…たしか、復活屋しゃんのところに行く途中だったデシか?
 …
 …
 アイザックしゃん、ミリアしゃん、潤しゃん。
 これでお別れだなんて…ボク、いやデシよ。
 ボク、あきらめないデシから。

 だから、必ず待っててくださいデシ。

557霧の町 黄昏の道 ◆685WtsbdmY:2005/10/08(土) 16:59:06 ID:sgEbU7iY
【C-3/商店街/1日目・17:59】 

『フラジャイル・チルドレン』 
【フリウ・ハリスコー(013)】 
[状態]: 健康 
[装備]: 水晶眼(ウルトプライド)。眼帯なし 包帯 
[道具]: 支給品(パン5食分:水1500mml・缶詰などの食糧) 
[思考]: 潤さんは……。周囲の警戒。 
[備考]: ウルトプライドの力が制限されていることをまだ知覚していません。 


【高里要(097)】 
[状態]:健康 
[装備]:なし 
[道具]:支給品(パン5食分:水1500mml・缶詰などの食糧) 
[思考]:二人が無事で良かった。 とりあえず人の居そうな学校あたりへ 
[備考]:上半身肌着です 


【トレイトン・サブラァニア・ファンデュ(シロちゃん)(052)】 
[状態]:前足に浅い傷(処置済み)貧血 子犬形態 
[装備]:黄色い帽子 
[道具]:無し(デイパックは破棄) 
[思考]:三人ともきっと無事デシ。そう信じるデシ。 
[備考]:回復までは半日程度の休憩が必要です。

558霧の町 黄昏の道 ◆685WtsbdmY:2005/10/08(土) 16:59:46 ID:sgEbU7iY
なお、時間は本スレッドPart6.315〜320の「濃霧は黙して多くを語らず」の最後の段落。もしくはそれとその前の段落との境界部分です

559危険に対する保険 ◆685WtsbdmY:2005/10/09(日) 15:04:29 ID:pSQa79Ko
―エリアC-4
 霧の中を歩く、小さな影があった。
 民族衣装である毛皮のマントを羽織ったその姿は、見もまごうことなくマスマテュリアの闘犬―ボルカノ・ボルカンその人だった。

 さて、彼はなぜこんなところにいるのだろうか?
 奇矯な男をどうにかあしらい、偶然発見した  から外に出た後は、とりあえずG-4あたりの森に潜伏していた。
 しかし、彼は不屈の―というより懲りない―男だったため、地図に商店街という文字を見て何か金目のものでも無いかと見に行くことを決心したのである。
 昼過ぎ、雨が降り始める直前にE-5に移動。D-5周辺では罠に引っかかりもしたが、たまたま知人特有の頑丈な頭蓋骨に滑って軽傷ですんだ。
 雨が降っている間も森の中を移動し、暗くなるまではとD-4で出て行くのに都合のよさそうな時間を待った。
 実は、結果的に神父と似た経路を、大きく寄り道をしつつ後から追う形になっているのだが、当の本人には知る由も無い。
 その後は、霧が出てきたところで森を抜け商店街に向かったのだが、方向を見失ってこのあたりに来てしまったのだ。

560危険に対する保険 ◆685WtsbdmY:2005/10/09(日) 15:05:11 ID:pSQa79Ko
霧のむこうに、ボルカンは黒い、大きな影を見た。
 近づいてみると、それはソファ、冷蔵庫、机など。雑多な家具や調度品でできた小山だった。
 どうやらすぐそこのビルから投げ落とされたものらしく、落下の際の衝撃で破壊されているものもいくつかある。
 何を思ったか、ボルカンはそれをよじ登り始めた。少々の運動の後に頂上にたどり着く。そして、
「はーはっはっはっはっはっはっはっは」
 哄笑する。特に意味はない。
 意図していたのかいないのか、西の方角を向いていたので、霧さえ出ていなければ夕日を正面から浴びていたことだろう。
「はっはっはっは…は?」
 と、そこでボルカンは笑うのをやめた。何か物音が聞こえてくるような気がしたからだ。
 耳を澄ますと、ふもっふぉふぉふぉ、と聞こえるが、くぐもっていていまいち判然としない。
「これは俺様の声ではないが、ここには俺様しかいないのであるからして、つまりは俺様の声ということに…」
 ボルカンはそこで言葉を止めた。いつのまにやら不気味な音声(?)はやみ、それに変わって足元からは激しい振動が伝わってくる。
「うむ、地震か!? まずは机の下に隠れろ!!」
 頭上に何もないのに机の下に隠れる必要など当然ないのだが、いつもならその辺を指摘するはずの弟は、彼のそばにはいない。
 そして…突然

561危険に対する保険 ◆685WtsbdmY:2005/10/09(日) 15:05:54 ID:pSQa79Ko
「ぬおおおおおおっ!!」
 足元で起こった爆発に、家具の残骸と一緒くたになって宙を舞う。しばしの空中散歩の末に、頭から地面に突き刺さった。
 その逆転した視界の中央―先ほどまでボルカンの立っていた場所―で何者かがゆっくりと立ち上がるのが見えた。
 “それ”は、ふもふぉ…、と何かをつぶやきかけたが、一瞬動きを止めると全身に力をこめる。
 すると、ぼろぼろになったベルトやら金属部品やら、かつて“ポンタ君”と呼ばれしものの残骸がはじけ飛んだ。
 そして…
「おのれ、あの非国民め!!このあたくしを突き落とすだけでは飽き足らず、頭上から塵芥まで降らすとは、無礼千万、売国朝敵、欲しがりません勝つまでは!!
 けれど正義の味方は死ななくてよ。をほほほほほほほほ」
 着ぐるみの残骸の中から青紫色の巨大な影が姿を現した。本人は「正義の味方の美しき復活」と思っているようだが、傍から見ればまるっきり「大怪獣出現!!」である。
 なお、彼女の身にまとうチャイナドレスは最高級の絹で織られている。そのため、哀川の置き土産である細菌兵器は文字通り単なるプレゼントと化し、疲労の回復のみを彼女にもたらした。後は右腕さえ完治すれば万全の状態である。
 謎の怪物の哄笑を聞きながら、ボルカンは勢いよく跳ね起きた。
「貴様!! この民族の英雄、マスマテュリアの闘犬ボルカノ・ボルカン様を吹き飛ばし、あまつさえ地面に突き刺すなど、言語道断問答無用!! 霧吹きで吹きかけ殺されるのが必定と…」
 どうやら、妙な対抗心を起こしたらしい。支給品のハリセンをつかみ、(元)小山の上の影に向かって吼える。
 しかし、怒鳴られたほうはまったく表情を変えず、ボルカンに向かって歩き出した。身の丈は約190センチ。重量にして優に100キログラムを超える巨体が、ハリセンを構える身長130センチそこそこの地人族の少年の前に立ちはだかる。
「…ええと…当方としましては…つまり…」

562危険に対する保険 ◆685WtsbdmY:2005/10/09(日) 15:10:32 ID:pSQa79Ko
「ふんっ」
 最初の勢いはどこへやら、口ごもるボルカンを無視して怪物―天使のなっちゃんこと小早川奈津子―は鼻から息を吹き出した。
 同時に左腕を突き出し、下から掬い上げるようにしてボルカンの顔面を打つ。
 比喩ではなく殺人的な威力の拳がボルカンの顔面にめり込み、彼は再び宙へとたたき上げられた。
 身長の数倍に相当する距離を垂直に移動し、同じだけの距離を落下する。
 その体が地面に届かないうちに頭部を蹴り飛ばされ、ボルカンは大地に転がった。
「をっほほほ。マスマテュリアだかマンチュリアだか知らないけれど、大和民族の誇りに敵う訳は無くてっよ」
 そして、ひとしきりあの奇っ怪な哄笑をあげると自分の姿をしげしげと見回す。
「さてと。この身を守る鎧も壊れてしまったことだし、なにか武器が必要だわね」
 言って、何か武器になりそうなものでもないかと、先程自分が蹴り飛ばした相手の元に向かう。
 ボルカンを足元に見下ろして小早川奈津子は眉を顰めた。霧のせいでそれまで分からなかったが、足元に転がっているオロカモノは生きていた。
 熊すら一撃で葬り去れるような打撃を二度も頭部に受けているというのに、首の骨どころか鼻すら折れていない―もっとも、さすがに額が割れて血が流れ出るくらいのことはしていたが。
 使えそうな武器が何もないことを見て取ると、小早川奈津子はそのまま歩き出そうとして、そこで、動きを止める。
 もう一度ボルカンを見下ろして考え込むようなそぶりを見せた。
 その目が怪しく光る。


 一方、危険に対する保険その一といえば、自分を待ち受ける運命も知らず、ただひたすらに気絶していた。

563危険に対する保険 ◆685WtsbdmY:2005/10/09(日) 15:11:16 ID:pSQa79Ko
【C-4/商店街/1日目・17:30】 

『天使のなっちゃん無謀編(つまりは日常)』 
【小早川奈津子(098)】 
[状態]: 全身打撲。右腕損傷(殴れる程度の回復には十分な栄養と約二日を要する)生物兵器感染  
[装備]: コキュートス 
[道具]: デイバッグ(支給品一式)  
[思考]: これは使えそうだわさ。をほほほほ。 
[備考]: 約10時間後までになっちゃんに接触した人物も服が分解されます
     10時間以内に再着用した服も石油製品は分解されます
     感染者は肩こり、腰痛、疲労が回復します

【ボルカノ・ボルカン(112)】 
[状態]: 頭部に軽傷。気絶。 
[装備]: かなめのハリセン(フルメタル・パニック!)  
[道具]: デイパック(支給品一式) 
[思考]: ・・・・・・ 
[備考]: 生物兵器感染。ただしボルカンの服は石油製品ではないと思われるので、服への影響はありません。

564坂井悠二  ◆MXjjRBLcoQ:2005/10/09(日) 21:54:27 ID:pBSSTsig
「では、君も日本から来たというのかね?」
「ああ。いや、アメリカかもな。テキサスはヒューストン、ER3の本拠だ」
「えっとER3はともかく、その前は京都にいたんですよね」
「いや、神戸のような気もするな、とにかく出身は日本だぜ」
「気もする、か。ずいぶんとご大層な記憶力だね。一度脳の手術をすることをお勧めしよう。二度と忘れ物に悩まれずにすむ。
 で、IAIは知らないと? 私が企画したこのまロ茶もかね?」
「そんな個人情報だだ漏れの面白製品にはお目にかかったこともねぇよ」
「ふふふ、これも愛故に、だよ」
「佐山さん、胸押さえてますけど、大丈夫ですか?」
 あーだこーだと15分。情報交換に始まり、診療所から設備の一部を失敬して、現在は腹ごしらえの最中である。
 食卓の大部分は少年の持ち物であったものだ。
 佐山の視線の先では、藤花が黙々とメロンパンを頬張っている。
 気丈さというよりあの少年の人格の影響だろう、と佐山は思う。
 そう、階下にはまだ少年の亡骸が散乱している。そして食事は血の着いたディパックから取り出したものだ。
 縁とは不思議なものである。
 荷物を検めたおりに、佐山は二枚の地図を見つけていた。魔女の手紙と彼の遺書だ。
 IAI缶詰はなくなっていた。
 一つ食べて捨て置いた可能性もあるが、もし彼がその全てを食べたのだとしたら。
「勇者だ」
 きっと先天的に脳の欠陥があったのだろう。佐山は同情と敬意をもって呟いた。
「いや、いきなり誰がだよ」
 心持ち怪訝な顔で突っ込む零崎を、佐山は手振りでこちらの話だ伝える。
「なに。なんでも美味と感じるのはすばらしいことだと思ってね、私は真っ平だとも。
 ともかく、これからの指針を確かめたい。先ずは行動か、留まるかだ」
「留まる、てのが引っかかるな、じっとしてるのは性にあわねぇ」
 零崎は辟易と答える。
「私もここにいるのはちょっと……」
「だろうね」
 そこで佐山は言葉を止めた。
 盗聴はすでに話してある。ここはこちらの意図を嘘と真実で図られないことが肝要だろう。
 現に彼は零崎君に殺された、まだ即殺害のレベルではない。
 佐山は決定した。
「さらにここで一つの選択がある。さて、この地図を見てほしいのだが」
 佐山は古びた地図をテーブルの中央に差し出し、みなの注目を確認し裏返した。
「下の彼の遺書だ。これによると彼は人間でなく、さらには世界脱出の鍵となりうるらしい。
 常識的にみると……誇大妄想も甚だしいね。自分を特別だと直感する思春期特有の症状が見て取れる」
「へ、俺にしてみればあんたもご同類だぜ」
「零崎君、茶々を入れるのはやめてくれ給え。中心は唯一つの特異点なのだよ。私が特別でない理由が見えない」
 やれやれと佐山は首をすくめた。
「話を戻してよいかね。特別なのは彼ではなく、彼がその身に蔵するといっている「零時迷子」と呼ばれる秘宝だそうだ。
 突拍子もない話だが、魔女が現れ、殺人鬼が誘拐される世界だ。もし彼が真実を言っている場合を考えよう。
 彼の仲間に会ったときもあわせて、このことは格好の交渉材料と成り得る。手放すのは愚かだと私は思ってるのだが」
 佐山の顔が零崎を向き、藤花を向き、
「皆の意見を聞きたいね」
 反り返るように椅子へ身を預けた。
「あの」
 おずおずと、藤花が手を挙げる。
「男の子一人って、結構重いと思うんですけど」
 遠慮がちな彼女に、佐山はあくまで不遜に答える。
「それぐらいは考慮の内だよ、藤花君。こう見えてそれなりに鍛えている。血液の抜けた高校男子程度なら問題ない。
 零崎君も異存はないかね?」
「異存はな、しっかし誘導癖といい戯言といい、どっかの欠陥製品そっくりだぜ」
「私にそっくりという表現を用いるのはやめてもらいたいね、私と本人の両方に対する侮辱だよ。
 賠償金は100万でも足りないな。次があれば、現実に帰還した際には法廷に持ち込ませてもらうので覚悟してくれたまえ。
 ともかく我々の目的は人と会うことだ、消耗を避けるて屋内に避難している者を探そうと思う」
 佐山の指が地図の上に止まり、港町を中心にぐるりと円を描く。
「もう一度聞くが異存はないかね」

565坂井悠二  ◆MXjjRBLcoQ:2005/10/09(日) 21:55:20 ID:pBSSTsig
 人体がぶちまけられた部屋というのはとにかくひどい匂いがするので一発でわかる。
 明かりを見つけ、たどり着いたのは診療所。
 ベルガーの言葉に幾分落ち着きを取り戻したのか、シャナもベルガーを待って診療所のドアを開けた。
 現場というのはいつだって陰惨なものだ。
 採血をひっくり返したというのならどれほど安心できるだろう。
 曲がりそうになる鼻を押さえて、まだ彼は白い壁へと背を預ける。
「ゆう、じ、」
 呟いて、シャナは血の海に足を踏み入れ、うつむいた。
 何かがごろりと転がった跡が、彼女の目の前に空白として残っていた。 
 たまらないな、首を振ってベルガーは、壁から身を起こし、奥へと向かう。
 入り口とは対照的にきれいなままな覗いた休憩室を横目に覗き、診察室へ。
 そこには明確に捜索の痕跡があった。棚の空け方、不要物の扱い、手本どおりの捜索が行われたかがよくわかる。
 調べれば何かの痕跡はつかめるだろうがなにぶん時間がない。
 ポケットの中で携帯をもてあそびながら、ベルガーは待合室へと引き返した。
 途中、もう一度、休憩室を覗く、ゴミ箱は空、テーブルも椅子も自然な行儀よさで並んでいる。
 何となしに、休憩室に入って、ベルガーは気づいた。
 生活臭が、それもほんの数分前まで食事を取っていたような濃密なそれがあった。
 ベルガーは待合室へと身を翻す。 
 シャナは未だ立ちすくんでいた。
 ベルガーは拳を握り締める彼女の横に屈み、指を血溜まりに、すぅっ、と走らせた。
 血はわずかな粘性を持って、彼の一刺し指を朱に染める。
「シャナ、よく見ろ」
 ベルガーが指と指をこすり合わせて見せる、まだ乾ききっていない血液が、指全体に広がった。
「近くに誰か『存在』しないか?」
 シャナも彼の発言の意味を理解する。
「いる、近くで、ここから離れてく」
 頷き、ベルガーは外に出て、エルメスを押して戻ってきた。とスタンドを立てて固定する。
「あれ? お留守番?」
「そうだ。追うぞ、シャナ。俺の後ろ、『存在の力』がわかる程度に離れて追ってきてくれ」
 シャナが眉をひそめる。
「尾行するの? なんで?」
「何も情報がないからだ。悠二は無事か否か、無事でないとすれば大集団か小集団か、戦力規模はどれぐらいか。
 襲撃者に備えてわざと分進している釣りの可能性もある」
 さすがに君が暴走することのないように、とは言わない。
「始終事項ってやつだね」
「二重尾行だ」
「そう、それ」
 告げて、ベルガーは携帯を取り出した。短縮を押してセルティを呼び出す。
 コール10回。
「もしもし?」
 出たのはリナだった。
「リナか? 例の悠二の痕跡を見つけた。これから追うので少し遅くなる」
「え、ちょ、ちょっと待ちなさいよ」
「なんだ?」
「あ、えーと、どれくらいかかる?」
「わからん」
「わからんって、あんたはストッパーなんでしょ、その辺わかってる? ちゃんとその自覚はあるの?」
「君の言いたいことはわかる。が、リナ=インバース、果たして」
「あぁっ、もうわかってるわよ、君なら彼女を止めれるか? ていうんでしょ」
「違うな」
 ベルガーはちらりと横目にシャナを捕らえる。
 疲弊こそしているものの、彼女の頭は先ほどより冷えているように見える。
 今も少しでも情報を引きずり出そうと考えてるように見えた。
 彼女は土壇場で冷静さを取り戻しつつあった、よく訓練された証左である。
 もしかすると悠二に対する感情も、依存というより信頼に近いものだったのかもしれない。
 それらを踏まえてベルガーは応えた。
「俺は彼女を止める不利益を言っている。ここで連れ帰ることはできるがそれで果たしてその後に結束は保てるのか?
 俺の目的は安全の確保などではなく、このゲームからの脱出だ。必要とあらば時には危険な橋も渡る。
 それは君も同じだと思っていたのだが」
 リナが無言を返す。
「では切るぞ、頃合を見てまた連絡する」
 通話を切って、ベルガーは携帯をポケットにねじ込んだ。
「そうだ、血があるんだ」
 と、シャナが唐突に閃いた。
「悠二はトーチなのにこんなに大量の血液が残るなんておかしいのよ」
 シャナと悠二のはじめての接触、彼女は悠二を袈裟懸け切り飛ばした。
「トーチの悠二は血を流さない」
 言い切るシャナに、ふむ、とベルガーは顎をなでる。
「もしこのおびただしい血液が彼のものだとしたら。シャナ、それは実に興味深いことだ。
 だが今は先を急ごう。雨は収まってきているが、入れ替わりに霧がでてきている」
 彼が死ぬ前に、ベルガーはその言葉を飲み込んで、そして一歩を踏み出した。

566坂井悠二  ◆MXjjRBLcoQ:2005/10/09(日) 21:56:30 ID:pBSSTsig
《C-8/港町/一日目・17:10》
『不気味な悪役失格』

【佐山御言】
[状態]:全身に切り傷 左手ナイフ貫通(神経は傷ついてない・処置済み) 服がぼろぼろ
[装備]:G-Sp2、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)、地下水脈の地図
[思考]:参加者すべてを団結し、この場から脱出する。  怪我の治療
[備考]:親族の話に加え、新庄の話でも狭心症が起こる


【宮下藤花】
[状態]:健康  零崎に恐れ 
[装備]:ブギーポップの衣装
[道具]:支給品一式
[思考]:佐山についていく


【零崎人識】
[状態]:全身に擦り傷 額を怪我(処置済み)
[装備]:出刃包丁/自殺志願
[道具]:デイバッグ(地図、ペットボトル2本、コンパス、パン三人分)包帯/砥石/小説「人間失格」(一度落として汚れた)
[思考]:気紛れで佐山についていく 怪我の治療
[備考]:記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。

【C−8/診療所/1日目・17:15】
『ポントウ暴走族』
【シャナ】
[状態]:平常。火傷と僅かな内出血。吸血鬼化進行中。
[装備]:贄殿遮那
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:聖を発見・撃破して吸血鬼化を止めたい。
    ベルガーをそれなりに信用 
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
     手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
     吸血鬼化は限界まで耐えれば2日目の4〜5時頃に終了する。
     ただし、精神力で耐えているため、精神衰弱すると一気に進行する。

【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:心身ともに平常
[装備]:エルメス、鈍ら刀、携帯電話、黒い卵(天人の緊急避難装置)携帯電話
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:仲間の知人探し。不安定なシャナをフォローする。
 ・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
 ※携帯電話はリナから預かりました

567 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/09(日) 23:52:39 ID:HBjOjtXg
「……ここよ。誰かいる」
「病院、というより町医者か? 随分至れり尽くせりの島だな」
 狭い港町を探索する、ベルガーとシャナの声。
 少し前、シャナは調べたい場所があると言いエルメスを止めさせた。
 ベルガーが物陰にエルメスを隠すとシャナはすぐ歩き始め、少し離れた診療所の前で足を止めた。
「佐藤聖がいるのか?」
「判らない。でも、この感じは多分違う」
 『存在の力』について、シャナはマンションで簡単に説明を済ませていた。感度が鈍っていることも含めて。
 ベルガーが港への強行軍を提案したのも、多少はそれを当てにしてのことだ。
「知らない奴なら情報交換だけして、後は医療品でも貰って帰るか。……開けるぞ」
 シャナが頷いたのを見て、ベルガーはそっと扉を開けて中に入った。
 視界に誰もいないのを確認し、シャナを招き入れてベルガーは待合室へと進む。
 しかし、すぐにその足は止まった。
 もはや“それ”を見慣れたベルガーはわずかに嘆息するだけだったが、
「……悠二……?」
「ッ!?」
(こいつが坂井悠二だと!? よりにもよって最悪のケースか……!!)
 坂井悠二は、腕と首が胴体から離れ、血溜まりの中にその三つを転がしていた。
 切断面から大量に流れた血は、彼にまだらな血化粧を施している。
 目と口は開かれたままで、表情には恐怖が張りついている。
 とても楽に死ねたとは思えない状況だった。

「――――いやあああぁぁぁああぁぁぁぁっっっ!!!」

568 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/09(日) 23:53:30 ID:HBjOjtXg
 服が汚れるのも構わずシャナは血溜まりに膝を着き、悠二の頭部を取り上げた。
 開いたままの彼の瞳を覗き込み、泣き叫ぶ。
「悠二っ! 悠二っ!! 何で!? どうして!? 誰が、こんなっ……!!」
「落ち着けシャナ!!」
 ベルガーが横から肩を掴む。が、
「触らないでっ!!」
 叫び、ベルガーの顔も見ずに手を振り払う。
 悠二、悠二と物言わぬ彼の名を呼び、その頭を胸に抱き込んだ。
 胎児が丸まる様の如く悠二の頭を抱きかかえ、そのまま血溜まりにうずくまる。
 炎髪はところどころ血の色に染まり、雨に蒸す室内は血の臭いを増幅させシャナに擦り付ける。
「悠二……悠二ぃ…………」
 そこにいるのは気高きフレイムヘイズではなく、悲劇的な現実をぶつけられた一人の少女。
 想う相手の変わり果てた姿に心乱されるただの少女だった。

 悲惨の一語に尽きるこの状況で、ベルガーはシャナに声を掛けず『観察』していた。
(まだ吸わない、か。吸血衝動よりも、単純に死のショックの方が大きいのか?)
 うずくまったまましゃくりあげるシャナだが、血を飲んでいる様子は無い。
(こんなことになるなら、少しは手加減して殴るべきだったか)
 自分が気絶させた吸血鬼の少女――海野千絵を思い出し、ベルガーは後悔した。
 少しでも吸血鬼自身から情報が得られれば、何か対処法があっただろうに。
 そんなことを思いながら、ベルガーはゆっくりとシャナに近づき、軽く肩を叩いた。
「起きれるか?」
 慰めでも励ましでもなく、まずは状態を確認する。
 シャナは悠二を抱えたまま、ゆっくりと体を起こした。
 蒼白とした顔に血と灼眼だけが彩りを与えている。
 半開きになった口からは犬歯が覗いているが、それに血は付いていない。
「話、出来るか?」
 先ほどまでの強気な態度が欠片も見られないシャナに対し、ベルガーは慎重に話しかける。

569 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/09(日) 23:54:13 ID:HBjOjtXg
「ベルガー……悠、二が……」
「落ち着け。確かに死んでいるし、それは悲しむべきことだ」
 ベルガーは更に声を落とし、
「気をしっかり持てシャナ。よく聞け。
――坂井悠二が殺されてから、まだそれほど時間が経っていない」
「え……?」
 全く気づいていなかったという風に、呆然とした顔に驚きを浮かべるシャナ。
「床や壁に飛び散った血でも、乾ききっていないものがある。
それにシャナ、君はここに来る時に『誰かいる』と言ったろ?
その誰かが坂井悠二を殺した犯人の可能性もある」
「悠二を殺した奴がいるの!?」
 突然声を荒げたシャナに、ベルガーは、
「落ち着け! 悲鳴のお陰で、そいつは俺たちに気づいている可能性がある。
既に逃げたかもしれないし、逆に襲い掛かる隙を窺っているのかもしれない。
まずはこの診療所の中を調べよう。その後で、……坂井悠二を弔おう」
 弔うという言葉にシャナはひるんだが、ショック状態から多少は落ち着いたのか頷きを返し、
「……判った。でも私は、悠二のそばにいたい……」
「…………」
 うつむき目を伏せるシャナに対し、ベルガーは返答出来ない。
 今のシャナは不意の襲撃者に対処出来そうにないし、一人でいる間に血を吸われたら面倒なことになる。
 どうしたものかと思うベルガーだったが、すぐに思考する必要が無くなった。

「どうやら落ち着かれたようだね? 侵入者諸君」

570 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/09(日) 23:55:18 ID:HBjOjtXg
 別室に続くドアが開かれ、声に続いて奇妙な三人組が入ってきた。
 一人は右手に長槍を持ったスーツ姿。一人は顔の半分を刺青が覆っており、
一人はシャナのものとは違う制服を身に纏った女子だ。
 スーツ姿の少年が前に出て、口を開いた。
「お初にお目にかかる。私は――」
「そこで止まれ」
 少年の言葉を打ち切り、彼へと刀を向けたベルガーが警句を放つ。
 足を止めた少年達とは十歩ほどの距離が空いている。
「それ以上許可無く近づいたら敵と見なす。…………まだ切りかかるなよ」
 最後の言葉は、既に贄殿遮那を手に取っているシャナへの注意だ。
「ふむ、初対面だというのに嫌われたものだね? だが安心するといい」
 そう言うと、少年は槍から手を離し床に倒した。
 槍に浮かんだイタイノ、という意思表示は誰にも気づかれなかった。
「戦う気は無いのでね。まずは話し合おうではないか。
私の名は佐山御言。世界の中心に位置する者である。
………………無反応とは寂しいものだね?」
「悪いが、下らない冗談に付き合うつもりはない」
「それは残念だ。ちなみにこの派手な顔をした不良が零崎君、
後ろのピチピチ現役女子高生が宮下藤花君だ。君達の名は?」
「その前に聞くが、お前らはこの死体に関係しているのか?」
 友好度皆無の剣呑極まりない質問だが、答える声は軽いものだった。
「ああ、そいつは俺がさっき殺した――――そんな怖い顔するなよ。そいつだって悪かったんだぜ?」
 殺した、という言葉を聞いた瞬間シャナは飛び出そうとし、ベルガーに腕を掴まれ阻まれることとなった。
「何すんの」
「三対二だ」
「関係無い」
「俺が困る」
 ベルガーは溜め息を一つ吐き、
「今の最優先事項は、君の吸血鬼化をどうにかすること、そしてそのために佐藤聖を探すことだ。
悪いようにはしないから、ここは俺に任せろ」
 あからさまに不満を顔に出すシャナを無視し、ベルガーは零崎を刀で指し示した。
「その殺人者を置いて消えてくれ。そうしたらアンタら二人には手を出さない」

571 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/09(日) 23:56:18 ID:HBjOjtXg
 ベルガーの言葉に対し佐山は眉根を寄せ、
「その申し出は承諾しかねる。なんせ零崎君は私の団結決意後の仲間第一号だからね。
凶刃に晒されると判っていて見捨てることは出来ない」
「団結? 生き残るために殺人者同士で手を組もうってわけか」
「誤解してもらっては困る。私は参加者全てを団結させ、
ゲームを終わらせるために皆力を合わせようと言っているのだ。
参加者同士で争うのは、ゲームを作り上げた者に踊らされていることに他ならない。
生きて帰りたいと思うのならば、まず戦いを止め、手を組むことから始めるべきだ。
現に君達も行動を共にしているではないか。それと同じことだ」
「違うな。俺は単にか弱い少女を一人にはさせておけなかっただけだ。
同行者の友を殺した馬鹿野郎に出くわせば、仇討ちに手を貸すくらいの甲斐性はある」
「目先の仇にこだわるよりも、このゲーム自体を壊す方が先ではないかね?
恨みの連鎖で殺し合いが続くことを一番喜ぶのは誰だ?
――最初のホールにいた連中、そしてこの馬鹿らしいゲームの影で暗躍する者だ!!」
「ッ!?」
 佐山の一喝が待合室の壁に反射する。
 シャナはその言葉にひるみ顔を歪ませたが、一方のベルガーは涼しい顔だ。
「……御立派な正論だ。だが、既に殺人を犯した馬鹿に死をもって報いることがそんなに否定されたことか?」
「目には目を、かね。下らない私怨はゲームが終わった後で晴らしたまえ」
「平行線だな。既に殺さなければ生き残れない人間がいるってことを判ってない。
お前、初めて人を殺したってわけじゃないんだろ? ツラで判る」
 言葉の後半は零崎に向けられていた。
「かははっ、勘がいいねえお兄さん。でもこの島じゃそんなに殺してないんだぜ?
三塚井は手足の腱を切っただけだし、あの兄ちゃんも両腕切り落としただけで逃げられたし、
あのガキは見逃したし……」
 指折り数えつつ、物騒なことを呟く零崎。
 随分と暴れまわっていたようだね、と佐山も呟く。
「あー、やっぱ全然殺してねえって。
結局殺したのは、そこに転がってるそいつとでけえ義腕のオッサンだけだ」

(『でけえ義腕のオッサン』だと……!?)

572 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/09(日) 23:57:15 ID:HBjOjtXg
 場が完全に沈黙した。
 ほんの数秒のことだが、その間各人が何を考えていたかは窺い知れない。
 面子が違えば、単に零崎の口から出た凶行歴に圧倒され、戸惑っただけと取ることも出来ただろう。
 現に、宮下藤花だけは顔を青ざめさせている。
 しかし、ベルガーとシャナは違った。
「シャナ、勝手で悪いが方針変更だ」
 静かに告げるベルガー。表情に変化は無いが、全身から敵意が――殺気が滲み出ている。
「俺にも戦う理由が出来た。他二人は俺があしらってやるから、お前は零崎だけに集中しろ」
 その言葉に、先ほどから怒りばかりを浮かべていたシャナの表情からフッと力が抜けた。
「望むところよ。でもベルガー、余計なことはしなくていい」
「ふむ、二人で内緒話とは羨ましいことだね!? 我々も仲間に入れて――」
 佐山の呼びかけを掻き消したのは、怒声と疾風の如きシャナの動きだった。

「――――すぐに終わらせるからっ!!」

573 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/09(日) 23:58:03 ID:HBjOjtXg
 約十歩分の間隔は、足音一つであっさり詰まった。
 神速の如きシャナの斬撃を、零崎はいつ取り出したのか自殺志願で受け止めた。
「かははっ、やっぱりただの女子高生じゃなかったか! もしかして、お前も俺らのご同類か!?」
 喜色すら見受けられる零崎の声。
 シャナはそれを聞き苦しいと思うが、表情には欠片も出さない。
 ただ全力を出すことだけで、怨みと、苦しみと、悲しみを表す。
「…………」
「あん?」
 激しい斬撃から一転、軽く後ろに跳んだシャナは、贄殿遮那を構えて息を吸い込む。
「おいおいどうした、もうお疲れかぁ――――?」

 零崎が嘲りの言葉を放つ間に、彼の右腕は肩口から離れ宙に舞っていた。

「……何やったお前? まさか曲絃糸、じゃねえよな……」
 勢いよく血が吹き出ても、零崎の表情と口調は変わらない。
 シャナの方も数秒前と変わらぬ姿勢で、血の一滴すら付いていない贄殿遮那を構えていた。
「……悠二と、同じ、いや、それ以上の」
 ふっ、とシャナが動いた時には、零崎の左腕も胴から離れていた。
 フレイムヘイズの能力と、吸血鬼の膂力を手に入れつつある彼女にしか出来ない斬撃。
「痛みと苦しみを与えて、殺してあげる」
 もう、シャナはその動きを止めない。
 零崎の右足と左足が一太刀で切り裂かれ、崩れ落ちる零崎が、
「――かははっ、まさに傑作だぁな」
 言い終えると同時、彼の首も胴に別れを告げた。

574 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/09(日) 23:58:45 ID:HBjOjtXg
「宮下君、下がりたまえ!」
 シャナの動きを目で追いきれなかったことに驚きつつ、佐山は警句を告げた。
 体を横へと動かしながら、佐山は床に転がったG-Sp2を足先で拾い上げる。が、
「ッ!?」
「兄ちゃん、邪魔はさせねえぞ」
 シャナへと意識がそれたわずかな隙に、ベルガーが間を詰めていた。
 正確に振り下ろされる刀を、やむを得ず佐山は受け止める。
 しかし右手一本の受けは正確なものにはならず、続くベルガーの一撃で佐山は壁際へと寄せられることになった。
「ベルガー君、と言ったかね」
 読唇術で読み取った眼前の敵の名を、佐山は呼ぶ。
「私達が争う理由は無いはずだ。それは先ほども説明したはずだが」
「理由ならあるさ。俺とあの嬢ちゃんが生還するのに、あのガキが邪魔なんでな」
「それはまた、随分と勝手な話ではないかね?」
「そうでもないさ。個々の心情も省みずに全てを受け入れようとする胡散臭いガキよりはな」
 後ろのシャナと零崎、それに目の端の宮下藤花を全く無視し、ベルガーは言葉を続けた。
「ご立派に胡散臭いガキに一つ質問がある。

――シャナのようにお前の友が殺されていても、さっきの台詞は吐けるのか!?」

 何を馬鹿なことを、と佐山は思う。
 あの忌まわしき未来精霊アマワとの対話で見極めたではないか。このゲームの真なる悪を。
 そう思い、しかし脳裏に一瞬、新庄運切の姿が浮かんだ。
 その一瞬の幻影が、彼の体に喰らいつき――――

「ぐっ……!!」
 突然のうめきと共に、佐山が歯を食いしばった。
 佐山の力が完全に緩んだ一瞬。ベルガーにはそのわずかな時間で充分だった。
 ベルガーは刀から手を離すと拳を握り、全力で佐山のみぞおちに叩き込んだ。
「ッ!? くっ、ぁ…………」
「本日二発目、っと」
 ベルガーは崩れる佐山の体を抱え、壁に背をもたれさせた。
 落とした刀を拾いつつ後ろを向けば、
「……確かに、すぐに終わったな」
 五つのパーツに分かれた零崎人識と、返り血で服を更に赤く染めたシャナの姿が目に入った。

575 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/09(日) 23:59:31 ID:HBjOjtXg
「さて、宮下藤花って言ったか」
 ベルガーの声に、藤花はビクリと体を震わせた。
 顔は真っ青になり、歯がガチガチと鳴っている。
「あんたには手を出さない。突っ掛かってくる理由も、度胸もないみたいだからな。
こっちの佐山ってのは気絶してるだけだ。俺らが去った後に適当に世話してやってくれ。
帰るぞ、シャナ」
 血を流し続ける零崎の死体を、うつろな目で見つめ続けるシャナ。
 ベルガーは彼女の肩を力強く掴み、揺さぶった。
「……何すんのよ」
「大丈夫か?」
 うつろだったシャナの目に元通りの光が戻り、
「っ、大丈夫って見りゃ判るでしょ。それより、あの二人何で放っとくのよ」
「目的は果たしたんだ、もう行くぞ。……君があの二人を殺すと言うなら、俺にそれを止める権利は無い。
だが、君の吸血鬼化を止める方が優先度は高い。そうだろう?」
「でも、こいつと手を組んでたんでしょ? 今なら二人とも簡単に……」
「坂井悠二ってのは、そんなことして喜ぶ人間か? 直接の仇討ちはもう済んだんだろ」
 その言葉を聞き、シャナはうつむき目を伏せた。
 ベルガーは溜め息を一つつきマントを脱ぐと、それで悠二の死体を包んだ。
「むき出しでエルメスに乗せるわけにいかないからな。
向こうに戻って報告が終わったら近くに埋めてやろう。行くぞ」
「…………」
 シャナは返事こそしなかったが、大人しくベルガーの後に続いた。
 後に残ったのは、血まみれの死体と、血まみれの死体があった後と、
壁に寄りかかる気絶した少年と、茫然自失の少女だけ。

576 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/10(月) 00:00:24 ID:HBjOjtXg
 外に出ると、雨は細かい霧雨になっていた。日が沈み始めているのも手伝って視界が悪くなっている。
 とは言え、迷うこともなく少し歩いてエルメスの隠し場所に着いた。
「お帰り。結構遅かったね」
「ちょっとゴタゴタがあってな。屋根の下にいたんだ、別に構わないだろ?」
「でもまた雨の中を走るんでしょ? イヤだって言ってるのに」
「単車は単車の勤めを果たせ。まあこんな天気だ、安全運転するから安心しろ」
 相変わらずのやりとりをする一人と一台を無視して、シャナはサイドカーに乗り込む。
「ほら、頼むぞ」
 シャナは悠二の死体をベルガーから受け取り、包みごしにそれを抱いた。

 エルメスが走り始めて間もなく、
「……シャナ。率直に聞くが、吸血鬼化にあと半日耐えられるか?」
 質問にシャナは眉をひそめ、
「そんなもの、大丈夫に決まってるでしょ」
 強気な答えとは裏腹に、シャナの心中は大きく揺れていた。
 悠二の死体を見た時に、悲しみと共に自然に沸いた『血を吸いたい』という衝動。
 泣き叫びながら、忌むべき衝動と必死に戦った。
 零崎を斬ったときも、首から血が吹き出すのを見て口をつけて飲もうかと思ってしまった。
(……でも、私は大丈夫。“徒”でもない奴が咬んできたくらいで――――ッ!?)
「!? うぇ、げほっ!!」
「おい、どうした!?」
 苦しげな声を聞きベルガーが横を見れば、シャナがサイドカーから身を乗り出して吐いていた。
「ぇほっ、げほっ! ……大丈夫、何でもない」
(何なのよ、この吐き気は……寒さは……)
 言葉通りにはとても見えないシャナを見て、
「どう見ても大丈夫じゃねえぞ。――飛ばすから掴まってろ」
 一難去ってまた一難か、とベルガーは溜め息をつき、エルメスの速度を上げた。


【083 零崎人識 死亡】

577 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/10(月) 00:01:36 ID:HBjOjtXg
【C-7/道/1日目・17:20頃】
『喪失者』

【シャナ】
[状態]:火傷と僅かな内出血。悪寒と吐き気。悠二の死のショックで精神不安定。
     吸血鬼化進行中。
[装備]:贄殿遮那
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:聖を発見・撃破して吸血鬼化を止めたい。
     吸血衝動に抗っている。気分が悪い。
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
     手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
     吸血鬼化は限界まで耐えれば2日目の4〜5時頃に終了する。
     ただし、精神力で耐えているため、精神衰弱すると一気に進行する。
    (悠二の死を知ったため早まる可能性高し)
     吸血鬼化の進行に反して血を飲んでいないため、反動が肉体に来ている。

【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:わずかに疲労。
[装備]:エルメス、鈍ら刀、携帯電話、黒い卵(天人の緊急避難装置)
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:仲間の知人探し。不安定なシャナをフォローする。
 ・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
 ※携帯電話はリナから預かりました

[チーム備考]:マンションに戻って仲間と合流。

578 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/10(月) 00:03:03 ID:HBjOjtXg

【C-8/港町の診療所/一日目・17:20頃】
『不気味な悪役』

【佐山御言】
[状態]:気絶中。 左手ナイフ貫通(神経は傷ついてない。処置済み)。服がぼろぼろ。
[装備]:G-Sp2、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水2000ml) 、地下水脈の地図
[思考]:不明。(参加者すべてを団結し、この場から脱出する)
[備考]:親族の話に加え、新庄の話でも狭心症が起こる

【宮下藤花】
[状態]:あまりの惨状に茫然自失状態。足に切り傷(処置済み)
[装備]:ブギーポップの衣装、メス
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:不明。(佐山についていく)


※備考:診療所の待合室に零崎の死体及び自殺志願と出刃包丁が転がっています。
     また、待合室には別の血溜まりがあります。
     零崎のデイパックは診療所内に置いてあります。

579悪。鬼。泡。神。そして炎。:2005/10/10(月) 20:23:30 ID:5mdI..5s
 バイクの音がした。
 そのとき彼ら──彼らというのは便宜上で正確に言えば男2人と女1人だったが──は港にあった簡易診療所の隣の民家2階にいた。
 男2人は体の傷に包帯や絆創膏を貼り付け、時々会話が起こりかすかに片方が笑っていた。
 それが聞こえたのは髪をオールバックにしている方──佐山御言は切られた耳たぶから白い糸が出ていないか気にしていたときだった。
 雨も弱まってきていた。窓からそっと外の様子を見ると、外に大型のバイクが止まっており、薄暗くてよく見えないが、2人降りて診療所に向かっ

 ていった。
「どう思うね?」
 佐山が近くにいる2人に問いかける。
「怪我でも片方がしたんじゃないかな?」
 ごく一般な女子高生、宮下藤花が答える。零崎とやや距離を置いて座ってるのは、まぁ当然だともいえる。
 零崎はにやにやしたまま答える。
「そうとも限らんぜ。例えば俺が殺した──坂井だったけか?──の身内かもしれねぇな。
こんなとこなんだ。兄弟の気配や世界の敵の気配が判る奴がいても不思議じゃねぇぜ」
 前半は自分の一賊を皮肉ったものだが、後半は特に考え無しに言っただけだ。
 零崎はまだ宮下藤花がブギーポップだと──都市伝説だと知らない。
「どちらにしても──行かねばなるまい。彼の家族だとしたら、零崎は──誠心誠意謝り、たとえ不本意な形でも、
わだかまりが残っても、今は許されないとしても、最終的には仲間にせねばならん」
「謝り──ねぇ。俺の一賊の話をしてやろうか?──とあるアホみたいに背が高くてアホみたいなスーツ着て、
アホみたいな眼鏡つけてアホみたいな鋏を振り回す男がいた──俺の兄貴だけどよ。
そいつにかるーくチョッカイ出した連中は、あっという間にそいつが住んでたマンションの生物全て含めて殺されちまった。
和解も誤りもわだかまりも許しも何もなかった──もし俺が殺した奴の仲間がそんな奴だったら、どうする?」
「それでもだ」
「それでもか」
 かははっ、と声を出して笑った。傑作だ。いや、戯言か?

580悪。鬼。泡。神。そして炎。:2005/10/10(月) 20:24:12 ID:5mdI..5s
「で、そいつがだ。仲間を殺した俺の言葉を一切聞かないで、俺の仲間のアンタの言葉を一切聞かないで殺しにかかったらどうする?」
「うむ。その場合は──逃げたまえ。最初に自分が殺した、と宣言したらと恐らくそちらに追いかけていくだろう。
捕まらぬように逃げて、復讐者が追っかけている間に別方面からアプローチする。
そう簡単に復讐を諦めてくれるとも思わんが──必要なことだ」
「それに例えば、だ。その復讐者が逃げ切れないほど強くて、俺を殺した後、俺の仲間のお前らも殺して、
しまいにゃあ憎くて憎くてこの世界ごと抹消してしまうような魔王的な存在だったらどうする?」
「そのときは──」
「そのときは、そう。もはやそいつは世界の敵だ──そしてぼくの敵になる。それだけさ──」
 2人は不意にあがった声の主、宮下藤花に目をやった。
 男のような表情は、次瞬きをした瞬間元に戻っていた。
「あれ? どうしたの?」
「……何でもないとも宮下君。いや、急ごう。あの2人が診療所に入った」

「───────」
 声にならないで口から抜けていく空気の音を聞きながらベルガーは立ち尽くした。
 最悪の結果だったか。音を出さずに歯を食いしばる。
 シャナは坂井悠二の体の横に座り込み、首から上を抱いて。
 その口からは喉が潰れたように声が出ず、単に空気が抜けていっていた。
「───ゅぅっじ……がぁっ。悠、二っがぁぁぁぁぁ!!」
 ようやく出てきた声は慟哭だった。泣き声をはらんだその声は今までの生意気な少女の面影を見せない。
 天井を仰いだその顔には絶望が深く刻まれていた。

581悪。鬼。泡。神。そして炎。:2005/10/10(月) 20:24:56 ID:5mdI..5s
(まずいな……このままでは、吸血鬼になるのは時間の問題、か?)
「悠二が、死んでっ…誰がっ」
「落ち着け」
 シャナの嘆く声を聞きながら辺りを観察する。
 坂井悠二が死んでいる近くのドアが開け放たれて、中で騒動があったように散らかり、窓が割れていた。
 恐らく何者かが戦闘を行ったのだろう。雨の打ち込み具合から、そう古くはないようだ。
 このままここにいて、死体を目の前にしていたら、いつ吸血鬼が発露するとも限らない。とりあえず、とベルガーは声を掛けた。
「シャナ、とりあえず今はマンションに戻るぞ」
「でも、悠二が……!」
「……シャナ。そいつも連れて行く。ここに置いてても仕方ないだろが」
「悠二悠二悠二悠二悠二……」
「シャナッ!」
 乱暴にシャナの体を揺らす。シャナが驚いたように顔を上げる。
「しっかりしろ。吸血鬼になるぞ」
「でも、悠二がぁぁぁ……」
 ベルガーはかぶりを振った。これはもう理屈じゃ駄目だ。
 しかしこの場に留まったら間違いなくシャナは本当にすぐ吸血鬼になるだろう。
 この場から動きそうにない少女の姿を見ながらどうしたものかと考える。
 少年の死体を見る。血がさらさらとしている。それはつまり殺されて間もないということだ。
(まだ犯人は近くにいるか?)
 シャナに注意を呼びかけようとした、そのとき。

582悪。鬼。泡。神。そして炎。:2005/10/10(月) 20:25:57 ID:5mdI..5s
「ちょっくら悪ぃんだけどよ──」

 開け放たれたドアから男が1人上がってきた。
 その男──零崎人識は慣れないことをするように頭を掻きながら近づいてきた。
「近寄るな……敵か?」
 完全に無視して零崎はシャナのほうに指を向けて言った。
「その──坂井だっけか? やっぱりお前らのお仲間だった?」
 シャナが顔を上げて零崎を見る。
「おまえは──」
「──なんだ?」
 後半はゼルガーが補った。
「いきなり哲学的なこと聞かれてもなぁ。傑作だっつーの。
俺は零崎人識っつーんだけどよ、なんていうか? お前らに謝りに来たんだよ」
「謝りって…」
「そう、その坂井を殺してすいませんってな」
 ギシ、音を立てたように空気が一瞬で変わった。
「な……」
「そう俺がそいつを殺した。だけどよ、俺だって殺したくて殺したわけじゃないんだぜ?
まぁ殺したくなかったわけでもねぇけどな。例えば俺が、そいつは俺と会った瞬間そこに落ちてる狙撃銃を振り回してきた。
俺は撃たれるまいと必死で抵抗してそうなっちまった、つっても信じねぇだろ? 実際そうじゃねぇしな。
ただすいません、恨まないでください、それだけだ」
「それだけ……」

583悪。鬼。泡。神。そして炎。:2005/10/10(月) 20:26:50 ID:5mdI..5s
 シャナの瞳が燃え上がるようになっているのをベルガーは確認した。
(いきなり来たこいつは──なんだ? 本気で犯人が名乗り出るとは思ってなかったが)
 零崎は一見余裕に、しかしいつでも逃げ出せるように体重を移動させつつ再び口を開いた。
「ああそれだけだぜ。悪いとは俺も思ってるんだ。んで、埋葬手伝うかなんかするからよ、アンタらに俺の仲間になって欲しいわけ。
別に殺し同盟とかじゃないぜ、脱出&黒幕打倒同盟ってのによ。恨んでくれても憎んでくれても構わないぜ。
ただこのゲームの黒幕とか殺した後に殺し合いとかはしようって訳だ。どうよ?」
「ふざけるな!!」
 シャナが叫んで立ち上がった。
「おまえが悠二を殺した──殺される理由としてはそれで十分だ!」

「本当にそうかね?」

 奥にの階段の踊り場から悠然と見下ろしてる少年と少女がいた。
 佐山は零崎が話している間にわざわざ家をよじ登り二階の窓から侵入していた。
「例えばこう考えることは出来ないかね。零崎人識が坂井悠二を殺したのはこの企画の黒幕のせいだと。
坂井悠二は『偶然』ここに立ち寄った。零崎人識もだ。そして2人は『偶然』同じ時間帯にここに入り、零崎が『偶然』殺害した。
偶然もここまで重なると必然かと疑いたくなるね?」
「……こいつの仲間か」
 佐山は仰々しく頷いて胸を張り名乗った。
「そうとも。私は佐山御言、世界は私を中心に回るものである!
ふふふ驚いて声も出ないようだね。それはそうと零崎、君は究極的に謝るのが下手だね。全く見てられない」

584悪。鬼。泡。神。そして炎。:2005/10/10(月) 20:27:53 ID:5mdI..5s
 シャナが横目で佐山を睨む。ただし体は零崎に殺意を向けたままだ。
「おまえもコイツの仲間なら、殺してやる」
 佐山は肩をすくめながらシャナの目を見て語りだした。
「初対面からいきなり殺害宣言とは物騒なことだね。一応言っておくが、私は彼を殺害していない。
だからといって零崎が悪いわけでもないのだよ。──ふむ? 彼を殺したのは確かに零崎だ。
そう、先ほども述べたとおりいくつもの偶然で、ね。しかしその偶然を裏から操っている者がいたら?
彼が殺されたのも、彼女が零崎を殺そうとしているのも、全てその裏で糸を引く者の思惑どうりだとしたらどうかね?」
「何が言いたい。陰謀論者か。ガキの戯言に付き合う気は無いぞ」
「ふむ。確かに誰かが言い出す陰謀の9割は誇大妄想か何かだろう。
ただし、それはこの佐山御言には当てはまらない、とも言っておこう。
殺人犯の刺した包丁を恨む──の例えを使わなくとも分かると思うがね。
私はもはや誰かが誰かを殺すのは許可しない。その零崎もしかり、だ。
折れた包丁を恨むのはよしたまえ。殺された彼も──」
 だん、と踏み込む音がした。
 シャナが神速の抜き打ちで零崎を切り殺そうとした。
 零崎は話し出したときから予測していた切込みを、本当に紙一重で避けた。耳につけてたストラップが引きちぎれる。
「黙れ。黙れ黙れ。黙れ黙れ黙れ。コイツは殺す。悠二と同じところを切断してやる!」
「言ったろ? 無理だってよ。無理無理。死体目の前にして、犯人目の前にして、冷静で居られるのは──なにかしら欠陥がある奴だけだよ」
 再び首をめがけて飛んできた切っ先をバク転して外に飛び出しつつ、避ける。
 シャナも入り口の扉を切り裂いた刀を構えなおし追いかけた。
「ベルガー! 悠二を!」
「どうしたどうした? おいおい赤色ちゃんよ! 威力はバケモンだけどよ、太刀筋が見え見えだぜ?」

585悪。鬼。泡。神。そして炎。:2005/10/10(月) 20:28:45 ID:5mdI..5s
 ざっざっざ、と診療所から離れていく足音と声。
「……アンタは奴を助けに行かないのか? まぁ行かせないがな」
「零崎の問題だよそれは。私がここで助力したら誠意が無い、というものだ。
彼女は零崎が説得し、君は私が説得する。少なくとも我らの誠意は本物だよ?
宮下君は下がっていたまえ。さあ──交渉を開始しようか」

 戦いの舞台は外へと移った。
 逃げる零崎と追うシャナ。逃げる殺人鬼を追う復讐鬼。
(かははっ! 意外としんどいっつーの 余裕ぶっかましてるけど避けんので精一杯じゃねえか 当たったらお陀仏だしよ!)
「だから、謝ってんじゃねぇか! とりあえず黒幕殺してからにしようぜ。殺しあいは後だ後」
「謝ったところで悠二が戻ってこない! 殺したのはお前だ、お前を殺した後黒幕とやらも殺してやる……」
 零崎はシャナの間合いぎりぎりで振り返り顔に手を当てた。
 不審に思ったシャナも立ち止まる。殺される覚悟はできたか、と声をかける。
 全然、と前置きして零崎は答える。
「ふと思ったんだけどさ……お前ってもしかして人を殺したいだけじゃねぇのか?」
 何をバカなことを、そう鼻で笑ってシャナは刀を構えなおす。
「断言するぜ。俺が別に坂井悠二を殺さないでも、お前は俺を殺そうとしただろうよ。
何かと理由をつけてな。例えば『悠二がコイツに殺される前に、私がコイツを殺さなければ』とかいってな。
もしかして、お前は既に何人か同じ理由で人を殺したんじゃねぇか?」
 息を呑む。確かに以前混乱して2人組みを襲った。
 殺しはしなかったが、殺しても良いと思った。

586悪。鬼。泡。神。そして炎。:2005/10/10(月) 20:29:30 ID:5mdI..5s
「それにもう1つ質問だ。さっきまで坂井の死体を抱いててお前の顔に血がこびりついてたよな。
もう雨は止んでる──口元についてた血が無くなってるぜ?」
 その言葉でショックを受けた。
 悠二。血。飲む。舐める。吸血。鬼。殺人。復讐。血。飲む。血。血血血血血。
 今まで意識して無視してた感情が一気に噴出す。
(悠二が死んで。コイツが殺して。復讐しようと。怒って。悲しんで。血を。飲みたく…? 違う。違う違う)
「おーいどうした? 調子悪いのか?」
 零崎が近づいて顔を覗き込む。
 あ、と声を出す。同時に炎が膨れ上がる。
「うおっ!?」
「お前がぁ、死ねばっ!」
 視界が一瞬炎で隠れた隙にシャナが刀を振りぬく。
 零崎は包丁で防御しようとしたが、包丁が音も無く切断される。
 それでも何とか避けきる。包丁で僅かながら速度が落ちたためだ。
「こなくそっ!」
 切り取られた包丁の半分をシャナの右手に投げつける。
 飛んできた包丁を避けもせずに、半ば折れた凶器は肩に刺さった。
 それでも一度離れた間合いを詰めようと前進してくる。
「もうこれ以上の戯言は無理かよ……後は佐山に任せるか」
「悠二の仇を果たす。殺す殺す殺してやる」
 同時に爆発するようにシャナの体が零崎に迫る。
 技量も何も関係なしの胴を両断する軌跡。ただし当たれば鋼すら切断するだろう。
 故に全力をかけた攻撃は殺人鬼に先読みされた。
 零崎はあらよっと、という掛け声と共にシャナの頭上を飛び越えていた。
 一度撃たれたら防御できずに殺される攻撃も、最初から来ると分かっていれば別だった。

587悪。鬼。泡。神。そして炎。:2005/10/10(月) 20:30:51 ID:5mdI..5s
 贄殿遮那が空を切る。零崎はシャナをすり抜け、ダッシュ。
 シャナが振り返ると、零崎は既にエルメスに跨っていた。いつの間にか元の場所に戻っていたようだ。
「じゃあな。頭が冷えたらまた謝りに来てやんよ。かははっ!」
 どるぅん、とエンジンが点いてエルメスは走り出した。
 待て、とシャナはバイクと同じ方向に走り出した。殺してやる、と後に続けながら。
 仇を討たねば、悠二の亡骸に合わす顔が無い。ベルガーも何も関係ない。
 もはやシャナは零崎を殺すことを第一目標にしていた。
 その意志だけが、心がくじけ、吸血鬼化するのを抑制していた。その意志すらも吸血鬼の憎悪だったとしても。
 もし彼を殺した後には彼女は──

「ねぇちょっと」
「あん?」
「今度は誰が乗ってるの?」
「……なんだ? 喋んのか? このバイク」
「それは喋るよ。喋らないなんて決め付けてもらっちゃあ困るさ」
「ふぅん。俺は零崎人識ってんだ」
「僕はエルメス。う〜んなんかタライ落としにされてる気分だよ」
「持ち主は誰なんだ?」
「キノっていうんだけど、君は知らない?」
「キノ? ああアイツか。さっき会ったぜ」
「へぇ〜、何か喋った?」
「あーえとな──また会おうねって言ったんだよ」
「ふーん。会えるといいな」
「……ああ『タライ回し』」
「そう、それ」

588悪。鬼。泡。神。そして炎。:2005/10/10(月) 20:31:54 ID:5mdI..5s
【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:平常
[装備]:鈍ら刀、携帯電話、黒い卵(天人の緊急避難装置)
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:シャナを心配 佐山をどうするか
 ・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
 ※携帯電話はリナから預かりました

【佐山御言】
[状態]:左手ナイフ貫通(神経は傷ついてない。処置済み)。服がぼろぼろ。
[装備]:G-Sp2、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水2000ml) 、地下水脈の地図
[思考]:参加者すべてを団結し、この場から脱出する ベルガーと交渉 零崎の説得のフォロー
[備考]:親族の話に加え、新庄の話でも狭心症が起こる

【宮下藤花】
[状態]:足に切り傷(処置済み)
[装備]:ブギーポップの衣装、メス
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:不明。(佐山についていく)

589悪。鬼。泡。神。そして炎。:2005/10/10(月) 22:06:29 ID:5mdI..5s
【C-7/道/1日目・17:40頃】

【シャナ】
[状態]:火傷と僅かな内出血。悪寒と吐き気。悠二の死のショックと零崎の戯言で精神不安定。
     吸血鬼化急速進行中。それに伴い憎悪・怒りなどの感情が増幅
[装備]:贄殿遮那
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:1-零崎を追いかけて殺す
     2-殺した後悠二を弔う
     3-聖を倒して吸血鬼化を阻止する
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
     手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
     吸血鬼化は限界まで耐えれば2日目の4〜5時頃に終了する。
     ただし精神が急速に衰弱しているため予定よりかなり速く吸血鬼化すること有り

【零崎人識】
[状態]:全身に擦り傷 疲労
[装備]:自殺志願  エルメス
[道具]:デイバッグ(地図、ペットボトル2本、コンパス、パン三人分)包帯/砥石/小説「人間失格」(一度落として汚れた)
[思考]:シャナから逃亡 落ち着いたら再説得
[備考]:記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。

590殺人鬼ごっこ#:2005/10/13(木) 17:40:58 ID:2SF39t2A
「どうだ? 悠二の気配は近づいてきたか?」
「まだ分からない。でもこれが悠二の気配であることは確かよ」
 シャナとベルガーは、僅かに感じる悠二の気配(正確には存在の力)をたどっていた。
 先程まで降っていた雨はすでに小雨となっており、止むのももはや時間の問題だろう。
 二人は先程までの雨でできた水溜りを、避けようともせずにただ黙々と進む。
 今、二人は潮風に晒されて古びた倉庫の立ち並ぶエリアに来ており、重そうな倉庫の鉄扉はまるで二人を拒絶するように、その全てが閉ざされている。
「本当にこっちで合っているのか?」
「えぇ、少しずつ気配が――!!」
 シャナの言葉が途切れる。
 ベルガーはそんなシャナの顔を覗き込み、問うた。
「どうした?」
 しかしシャナは答えず、恐怖するようにぶるりと震え、顔を青くするだけだ。
「悠二っ!!」
 叫び、走り出そうとするシャナ。ベルガーは慌ててシャナの肩を掴んで引き止めた。
「いったいどうした? 焦るのは得策じゃない」
「悠二の気配がはっきり分かったのよっ!」
「ならば余計に落ち着いて――」
「存在の力の気配が凄く小さいの! 早く行かないと悠二が危ない! あんたと行ってたんじゃ時間がかかりすぎる、あたしが先に行くわ!」
「まて! シャナ!」
 しかし走り出したシャナにベルガーの声が届くはずがない。
 ベルガーは慌ててエルメスに跨り、人外のスピードで走るシャナを追うが。
「ちっ! 狭い路地を行きやがった。エルメス、すまないがここで待っていてくれ」
「あいよー」
 軽い返事のエルメスを乱暴に倉庫の影に停め、ベルガーは路地へと入る。
 ――チッ ベルガーは内心で舌を打ち、とにかく走った。
 顔の横を冷たい風が過ぎ、小降りの雨が体をぬらす。
 ベルガーは全力で走っているが、もうシャナの姿はどこかに行ってしまって見えない。しかしそれでも、彼は走る。
 走り、走り、ガラクタを飛び越え、また走り、呟いた。
「早まるなよ、シャナ――――!」
 ベルガーは倉庫街の路地を抜けた。

591殺人鬼ごっこ#:2005/10/13(木) 17:41:59 ID:2SF39t2A
(――この家!!)
 彼女、シャナはそう確信し、勢い良く玄関の戸を蹴破ると中に転がり込み、叫んだ。
「悠二!!」
 しかし廊下に彼は居ない。しかし“彼”があった。
 彼女はそれを見て、息を呑む。
 それは一瞬のような永遠。
 まるで久遠のような刹那。
「あ、ぁぁぁぁぁぁぁ……」
 一歩。今にも崩れそうな足取りで歩を進める。
 二歩。その燃えるような灼眼からは、火のように熱い涙がこぼれる。
 三歩。いつもは自信に満ちた言葉が放たれるその口から漏れるのは、嗚咽のみ。
 四歩。ピチャリ、と血だまりに足を踏み入れる。
 五歩。その一歩を踏み出し、同時に崩れるように膝を突く。
「あ、うぅぅぅぅ……」
 彼女はゆっくりと、彼の首へと手を伸ばす。
「ゆぅ……じ……ぃ……」
 彼の首を持ち上げ、その虚ろな瞳を見つめる。
「だれが、そん、な」
 片手で、胸に抱き。
「悠二を、…だれ……が」
 片手を、血だまりに伸ばす。
「殺して、、、殺し」
 血塗られた手を、口元に伸ばし。
「殺……して、や――」

592殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:42:56 ID:2SF39t2A
「傑作だぜ」

 その手を、唇の前で止める。
「いや、戯言かな?」
 彼女はゆっくりと、後ろを振り向く。
 そこに居たのは、顔面を刺青で覆う、小柄な少年。
「あんた、だれ?」
「俺は零崎。零崎人識」
「何しに、来た……」
「謝りに来た」
 少年は可笑しそうに――犯しそうに、笑う。
「今まで誤り続けてきた俺だが、まさか謝ることになるとはな」
 少女は、少年を睨みつけている。
「謝る? 何を?」   
 少年は笑みを濃くし―― 思 い っ き り 頭 を 下 げ た。
「すまねぇ、俺がそいつを殺した」
 少女が答える。
「赦さない」

593殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:43:51 ID:2SF39t2A
 先手は勿論、シャナだった。
 頭を下げたままの零崎に鋭い突きを放つ。
 零崎はまるで頭頂部に目があるかのように、絶妙なタイミングでしゃがみ、切っ先を避ける。
 素早く腕を戻そうとするシャナに、いつの間にか自殺志願を抜き放った零崎が切りかかった。
 シャナはギリギリで贄殿遮那を戻し、それを受け止める。
 甲高い金属音と共に、火花が散る。
 再び零崎が切りかかり、シャナがそれを受ける。
 さらに二度、三度と刃を交わし、交錯し、弾けるように離れ、距離をとる。
「かはは、こっちは謝ってるってのに、いきなり切りかかってくるか?」
「うるさい」
 短く言葉を発し、シャナは跳んだ。
 一瞬で詰まる間合い。煌めく刃が零崎を横薙ぎに襲うが、しかしそれを後ろに跳んで軽くかわす。
「おいおい、太刀筋が見え見えだぜ」
「うるさい!!」
 怒りは、悲しみは、高ぶった感情は、容易に刃を曇らせる。
 嘆きは、哀しみは、収まらない思いは、容易に鉄をも切り裂く。
「ハァッ!」
 突き出された刃が、一刹那前まで零崎の頭があった場所を通り過ぎ、幾本かの髪を引きちぎった。
「おっとぉ!」
 突き出されたままの刀が、そのまま下に振るわれた。
 肩を狙ったそれを、零崎は半歩体をずらして避けると、逆に前へ出ることになる方の片足をシャナの横腹へと叩き込んだ。
「カッ――はぁっ!!」
 シャナは激痛に怯むが、すぐに体勢を立て直す。常人ならこうは行かない。内臓をもろに破壊され、血を吐いて倒れるだろう。
 しかしフレイムヘイズである彼女には一瞬の隙を生み出させることにしかならない。
 だが、その一瞬で十分だった。
 零崎は、シャナが一瞬怯んだ隙、ほんの一刹那を利用して――

 ――逃げた。

594殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:44:31 ID:2SF39t2A
 それは一瞬の弁解の余地も一遍の疑いの余地もない、逃亡だった。
 それは誰がしようが誰がされようが紛れもなく、逃走だった。
 零崎はかつて唯一の、唯一彼が兄と認めた存在だった、その自殺志願の持ち主であるところの零崎双識がしたように、走って。
 走って、走って、走って走って走って走って走って走って走って走った。
 かつて、零崎双識が赤い髪の鬼殺しの幻影から逃げたように、
 今、零崎人識は炎髪の、同胞殺しの容れ物から逃げて、
 逃げて、逃げて、逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げた。
 彼は走りながら、数十分前のことを思い出す。

 死体が放置され、さらに佐山と零崎の乱闘によって破壊された部屋、家にいつまでもいるわけにもいかず、彼らが向かいの民家に移ろうとしていたその時だ。
 西の方角からバイクの排気音のような、とりあえず無視するわけにもいかないほどの轟音が聞こえてきた。
 彼らが民家へ移動してから、零崎が訊いた。「で、どうするよ?」
 その問いに、佐山は答える。
「今のバイクの音は、大体この港の入り口で止まった。つまり今、その顔も知らない誰かはこの港を徘徊している。
もしくは既にどこかの民家で雨宿りをしていることだろう。その彼ないし彼女があの少年――坂井、だったかね? その坂井君の知人である確立はそう高くないが、
しかしあの診療所、診療所と言うだけあって何か役立つものが手に入るのではないかとやって来る者も多いだろう。既に坂井君に零崎君、そして私たちと言う前例もあることだしね。
 我々としては早く協力者を集めたいところなのでその誰かを探してもいいが生憎この雨だ。この中を歩き回るのは得策ではない。
 そこで、だ。その誰かがこの診療所へやってくるのを待ち、彼が診療所に入り坂井君の死体に驚いているところをこちらも玄関から入って不意打ちで説得する。
名付けて『集客率100%! 協力者ホイホイ大作戦』どうかね?」
 零崎はなるほどな、と笑い、さらに問う。
「もしそいつが、坂井の知り合いだったら?」 
 佐山はふむとうなずくと、それならば  
「彼は診療所に入り、必ず坂井君の死体を見ることになるだろう。その様子を見て、もし坂井君の知り合いのようなら――
 ――零崎君、君一人で行きたまえ。」

595殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:45:16 ID:2SF39t2A
「ははん、いちいち死体を見つけるまで待つのはそのためか。しかしなんで俺一人なんだ?」
 零崎は怪訝そうな顔で佐山を見る。
「なに、そういった問題は当事者同士で解決すべきだろう」
「もしおれが説得に失敗し、相手が襲いいかかってきたら?」
「可及的速やかに無力化したまえ、殺してはダメだよ?」
「もし相手が、俺の手に負えねぇようなバケモンなら?」
「逃げたまえ。少し時間を稼いでくれればこちらも援護しよう」
「時間も稼げないようなくらい相手が強かったなら?」
「何とかしたまえ」
「なんとかってなぁ、こっちは命かけてんだぜ?」
「なに、こっちだって命がけだよ」
「かはは! ちがいねぇ」
「それに――」
「あ? それに?」
「――その程度には、君を信頼しているということだよ」
 零崎はその言葉に一瞬きょとんとして。
「はっ! 傑作だぜ」
 零崎は笑い。
「戯言じゃないのかい?」
 佐山も笑った。

596殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:46:05 ID:2SF39t2A
「ふう、どうやら零崎君はわずかにでも時間を稼いでくれたようだね」
 佐山は三階建ての倉庫の屋上から、眼下に広がる港町を眺めた。
「作戦通りに行くといいのだが……」
 佐山は小声でいい、十数分前の会話を思い出す。

「零崎君、この地図をみたまえ」
「あ? こりゃ、港の地図か?」
「そう、たまたまそこの本棚で見つけてね」
「で? これがどうしたってんだよ」
「なに、もしものための逃走経路の確認だよ。もし相手がバケモノの場合のね」
「かはは、なるほどな」
「ここを見たまえ。 この住宅街の真ん中にあるのが診療所だ。もし逃げる場合、西の倉庫外のほうに逃げること。そのときはなるべく時間を稼ぐように
路地を通ったり、迂回したりとしながらここ、この倉庫に囲まれた広場になっているところにきたまえ」
「そうすると、どうなるんだ?」
「その広場に相手が入った瞬間、この狙撃銃で援護する」
「おいおい、どこから狙う気だ? 当てられるのか?」
「なに、当てる必要はない、足止めさえできればいいのだからね。ここでうまく時間を稼げたら、君はそのまま逃げられるところまで逃げ、
そうだね、分かれてから一時間後に湖の地下通路への入り口に集合しよう」
「お前らは?」
「私は――その彼を、説得してから行こう」

597殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:47:37 ID:2SF39t2A
 佐山はゆっくりと目を開け、周りを見渡す。藤花が見当たらないが、きっとトイレにでも行ったのだろう。心配だがいまはここを離れるわけにはいかない。
 ――それに彼女には『彼』がついているしね。
 今やほとんど日が沈んでしまっているが、ここから広場は早退した距離でもないし、目はすでに慣らしてある。
 佐山はゆっくりと深呼吸をし、狙撃銃をチェックすると、銃口を広場に向け、スコープを覗く。
 遠くにあった広場が、途端に近くなる。
 近くの倉庫が爆発した。相手はなかなかの過激派らしい。零崎は順調に広場に向かっているようだ。
 佐山は神経を集中すると彼らが広場に入ってくるのを待つ。
 待って、待って、待って――倉庫の壁が爆発した。
 そこから飛び出してくるのは銀長髪の少年に、半瞬送れて赤髪、いや、炎髪の――
(女? しかも子供か?)
 その小柄な体躯は、どう見ても小、中学生にしか見えない。
 まるで強そうには見えないが
(零崎君が追い詰められるような相手だ、油断はできんな)
 ゆっくりと彼女の足元に照準を合わせ、引き金を――ひいた!!
 気が遠くなるほどの轟音。
 肩が抜けるかのよう反動。
 しかしそれだけの力を持つ弾丸が、炎髪の少女に向け、放たれた。

598殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:48:28 ID:2SF39t2A
 悠二を殺したと言った男。零崎人識を追っていたシャナは、突然の横合いからの殺気を感じ取り、素早く前進を止める。
 すると彼女の足元のコンクリートが弾け、捲れ、穴を穿たれる。遅れて轟音が鳴り響く。
 しかしその程度のタイムラグでは零崎との距離はそこまで開かない。再び間合いを詰めようと、シャナが地を蹴ろうと足に力を込めようとする瞬間。
 さらに放たれた弾丸が地に穴を開ける。
 二発、三発と弾丸が飛来するが、シャナはそれらを刀で弾いて再び進む。が、彼女と零崎との差は既に倍以上開いている。
「――!! うっとうしぃ!!」 
 さらに襲い掛かる弾丸を贄殿遮那で弾き、シャナは切っ先を弾丸が飛来した方向――佐山のいる倉庫の屋上――へと向け。
「ハァッ!!」
 気合と共に炎弾を放った。

(しまった!)
 弾丸を超えるような速度で迫り来る火炎弾。佐山は狙撃銃を放り、避けようとするも
(!? 避けられない!)
 炎弾は一瞬の間すらもなく屋上に飛来。屋上の半分を抉り消し炭に替える。
「まったく、恐ろしい威力だね」
 その様を佐山は逆さまにひっくり返ってみていた。
「狙撃銃は、もう使えないな。それにしても、もうちょっと優しく救い出せなかったのかね、藤花君――いや、ブギーポップ君」
「おいおい、無茶を言わないでくれよ。僕だって万能じゃない。それに、釣り糸ってのは慣れてないのさ」
 ひゅんひゅんと空気を切り裂く音と共に、宮下藤花――ブギーポップが給水塔の上から飛び降りて佐山の横に降り立った。
「釣り糸ね、まぁここは港町であることだしね」
「まぁね、下ですぐに見つかったよ――――佐山君! 大丈夫!?」
「? あぁ、藤花君。なに、大した事は、ない」
 佐山はそう言いながら立ち上がり、もはや誰もいない広場を見やる。
「後は君次第だよ、零崎君」

599殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:49:33 ID:2SF39t2A
「かはは! しつこい奴だぜ!」
「逃がさない!!」
 追うシャナに、追われる零崎。
 終わらない鬼ごっこは、終われない。
 路地を曲がり、機材を越え、ガラクタを投げつけ走る零崎。
 空き瓶を弾き、炎を放ち、壁に穴を開け走るシャナ。
 どこまでも続く鬼ごっこ。まるで復讐の連鎖のようだ。
 しかし終われない追いあいは、終わりを迎えようとしていた。
 零崎は、シャナの炎をかわし、倉庫に転がり込む。それこそを、シャナは狙っていた。
 確かに倉庫の中はいろいろなものがあり、それらを盾にしながら逃げることができる。ただし
 それらが盾として機能するならば。
 シャナは自ら倉庫という檻に入った零崎を、全ての力を乗せた炎の奔流で、倉庫ごと消し炭に変えようとしていた。
「これでぇ!」
 足を踏ん張り、神通無比の大太刀、贄殿遮那を倉庫へと向ける。
「終わりっ!」
 全ての力を切っ先に込め、膨れ上がる炎の奔流を、放った――!!

600殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:50:29 ID:2SF39t2A
 灼熱。
 燃え盛る炎は一瞬で倉庫を包む。
 そこにあったものを溶かし、燃焼させ、消し炭に変える。
 そして激しすぎる燃焼は一瞬で全てのものを燃やしつくし、終わる。
 そこには跡形も、残らない。
 そこには少女だけが、残る。
「やった……の?」
 シャナは放心したように焼け跡を見つめ、しばらくしてその場に崩れる。
「シャナ!」
 声と共に、ベルガーが路地から飛び出してきた。
「シャナ、いったい何が。悠二はいたのか?」
「――いた」
 彼女の呟きは、弱々しい。
「!? じゃぁどこに?」
「でも、殺されてた」
「!?」
「う、ぅぅぅぅ。ぁぁぁぁぁ……」
 うめきを上げながらシャナはうずくまり、
「シャナ! しっかりしろ! シャ――」
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 地を揺らす咆哮が、轟いた。

601殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:51:18 ID:2SF39t2A
 港を覆わんばかりの獣のような咆哮。それを聞いていたのは、一人の殺人鬼。
「かはは……俺を倉庫に追い込みてぇみたいだったから、入るフリをしてみたら倉庫ごと吹き飛ばすとはな……傑作だぜ」
 シャナによって燃やし尽くされた倉庫跡から数十メートル離れた少し小さめの倉庫の影で、零崎はぜいぜいと息をつく。
「にしても、おっそろしい女だぜ。なんだ? 俺は赤い髪の女に追われる運命にあるのか?」
 零崎は悪態をつき、その場にぺたんと腰を下ろす。
「しかしこんなところで、いつまでも休んでるわけにはいかねぇ、見つかったら今度こそ終わりだ」
 そう言って零崎は首をふると、再び体を起こし、息を整えて周りを見渡す。
「なんかねぇか? バイクか、せめて自転車でもありゃぁ楽なんだが」
 言い、倉庫脇のガラクタ置き場の影を見て――
「あるよ」
 誰かの声を聞いた。
「あん? だれだ?」
 零崎はきょろきょろと周りを見渡すが、誰もいない。どこかに隠れているのか?
「ここ、ここ。目の前のガラクタ置き場の横」
「ガラクタ置き場?」
 零崎はそのガラクタ置き場へとなんら恐れることなく近づく。
「どこだ?」
「ここだよ、目の前」 
 言われ、零崎は目の前を向き、
「ボクだよ、君の前のモトラド」
 それを見た。
 それは一台の二輪車だった。

602殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:52:03 ID:2SF39t2A
「うおぅ!!」
 零崎は大げさに驚き、少し距離をとる。
「おいおい、ここのバイクはしゃべんのか?」
「失礼だなぁ、人間じゃないからってしゃべらないと決め付けるのはよくないよ。それにボクはバイクじゃなくてモトラド。間違えないでね」
 言う二輪車――もといモトラドは、かなり饒舌なようだ。
「なに? きみ新しい乗り手? 今日はなんだかよく乗り手が変わるなぁ」
「あ、あぁ〜 なるほど、お前あの赤髪女が乗ってきたバイクだな?」
 納得する零崎は、エルメスの話なんか聞いちゃいない。
「赤髪女? シャナのことかな? それとバイクじゃなくてモトラド。何回言ったら分かるの?」
「わりぃわりぃ、で、俺は零崎人識っつぅんだ」
「ふぅん、零崎ね。ボクはエルメス。よろしく」
 本当に悪いと思っているのか疑問に思うような零崎の謝罪にも気にすることなく自己紹介をするエルメス。零崎もマイペースだが、彼もかなりのマイペースらしい。
「なに? ボクに乗るの?」
「あぁ、鬼殺しから逃げなきゃなんねーからな」
 零崎は話し相手ができ、さらには足も手に入れたことで、上機嫌に答える。
「モトラドの乗り方は?」
「大抵の乗り物なら何でも大丈夫だ。伊達に全国を放浪しちゃいねぇ」
「そう、それなら安心だ。なら早く行こう。モトラドにとって走れないのは、旅の無い人生みたいなもんさ」
「かはは、言うねぇ」
 こうして、戯言遣いの支給品は、戯言遣いのオルタナティブに渡ることとなった。
 そう、それはまるで初めから決定されていたかのように、あっさりと――

 ――因果は、繋がった。

603殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:52:44 ID:2SF39t2A
《C-8/港町の診療所/一日目・17:40》

【零崎人識】
[状態]:全身に擦り傷と軽いやけど
[装備]:出刃包丁/自殺志願/エルメス
[道具]:デイバッグ(地図、ペットボトル2本、コンパス、パン三人分)包帯/砥石/小説「人間失格」(一度落として汚れた)
[思考]:十八時四十分までに湖へ行く/とりあえずは港から離れよう
[備考]:記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。

『悪役と泡』
【佐山御言】
[状態]:全身に切り傷 左手ナイフ貫通(神経は傷ついてない/包帯で応急処置) 服がぼろぼろ 疲労
[装備]:G-Sp2、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)、地下水脈の地図
[思考]:参加者すべてを団結し、この場から脱出する。 十八時四十分までに湖へ行く。ベルガーたちと交渉する。
[備考]:親族の話に加え、新庄の話でも狭心症が起こる

【宮下藤花】
[状態]:健康  零崎に恐れ 足に切り傷(治療済み)
[装備]:ブギーポップの衣装/釣り糸
[道具]:支給品一式
[思考]:佐山についていく

604殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:54:39 ID:2SF39t2A
『ポントウ暴走族』
【シャナ】
[状態]:放心状態。火傷と僅かな内出血。吸血鬼化進行中。
[装備]:贄殿遮那
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:聖を発見・撃破して吸血鬼化を止めたい。……悠二。 
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
     手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
     吸血鬼化は限界まで耐えれば2日目の4〜5時頃に終了する。
     ただし、精神力で耐えているため、精神衰弱すると一気に進行する。

【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:心身ともに平常
[装備]:鈍ら刀、携帯電話、黒い卵(天人の緊急避難装置)携帯電話
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:シャナの吸血鬼化の心配。
 ・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
 ※携帯電話はリナから預かりました

[チーム備考]:港を探索し、放送までにC−6のマンションに戻る。

605最胸襲来  ◆MXjjRBLcoQ:2005/10/13(木) 18:47:59 ID:pBSSTsig
 インスタントコーヒーをかき混ぜながら、クリーオウは窓の外へと視線を向けた。
 雨は一向に止む気配がない。
 水滴に隠れた窓に、せつらの背中が緑の瞳をすかして小さく映る。
 クリーオウは椅子を窓のそばまで引きずって、サッシに顎を乗せた。
 雨の音以外は静かなもので、サラとクエロの寝息の中に時折ページをめくる音が混じるぐらいだ。
 大きなあくびをかみ殺し、退屈だな、とクリーオウはつぶやいた。
 窓に額を当てる。窓の冷気が曇った頭に鋭く沁みた。
 女二人は眠っているし、空目の読む本は彼女に難しすぎる。
 一度退屈ならと薦められたが、読んだら間違いなく寝るだろうという自信のもと、クリーオウは婉曲的に固辞した。
 つまらない、とクリーオウはもう一度窓のほうへ視線をむける。窓は自分のため息ですっかり曇っていた。
 手のひらで拭う、外は雨しか見えない。
 溜息を吐き、彼女は空目が立ち上がる気配に気づいた。
「クリーオウ」
 次いで、冷静で透通るような美声が響いた。人を惹きつける声につられる形でクリーオウは振り返る。
「本を戻してくる」
 しかし発する声はあくまで事務的である。
「ついて行っていいかな?」
 とクリーオウは尋ねてみても、
「いや、サラとクエロを頼みたい」
 すげなく答える返事は否。
 彼女にしてみれば少し、肩を落とす。すると、
「戻ったら、また騒がしくない程度で、君の世界の話を聞かせて欲しい」
 と、空目の口から驚くべき発言が飛び出した。
 そのような事の重大さをクリーオウが知るわけはない。ただ無邪気に、また少し空目が心を開いたと誤解する。
 少し弾む声で頷き、ドアが後ろ手で閉められるのを見て、
 そしてくぐもった爆発音を聞いた。


 とっさに腕が頭を庇った。
 軋みとともに埃が舞い散る。
 一秒の間をおいて、クリーオウはおそるおそる顔を上げる。
 サラは目をこすり、クエロはすでにベットの上で魔杖剣を構えるのを見て、
「恭一!」
 ドアへと駆けた。
 ノブに手をかけ体重をもってぶつかり、反作用に弾き飛ばされる。
 衝撃で歪みでもしたのか、ドアはぎしりと身じろぎするにとどまった。
「か え   さ  。そ    よ     り   しら」
 かすかに聞こえる会話。クリーオウは耳を澄ます。
「生憎、俺は戦うためのスキルを一切持ち合わせていない。
 俺ができることは、お前が俺の心当たりのある世界から来たことがわかるぐらいだ。
 伝言がある、お前は悠二という者を知っているか?」
 クリーオウがドアを叩く。
「し い   も   く  じ 死にな  !」
 ひとつは明らかに剣呑な怒声で、
「ひぃ  アハァ! ヒ    ァアッ! 」
 もうひとつはけたたましい笑い声で、
「そうか」
 それらのなかでも霞む事のない、消して大きくはないが、遥かにまで響く声が、
「ここが俺の終着か」
 自らの死を認めた。
 瞬間、駆けつけたクエロが、ドアからクリーオウを引き剥がす。
 もう一度、今度は至近からの爆音が響く。
「   !」
 大気が鼓膜を打ち払い、脳の奥で炸裂した。
 ホワイトアウトする視界。
 ドアの向こうで、右足を失った空目が気絶し、近くでクエロとサラが群青の獣と剣を交えるその部屋で。
 クリーオウの身体は、意識とともに瓦礫の底に沈んでいった。。

606最胸襲来  ◆MXjjRBLcoQ:2005/10/13(木) 18:50:20 ID:pBSSTsig
 生暖かい冷気の感触、首筋をなぞる水の気配に、クリーオウは跳ね起きた。
「気がついたか」
 隣にいた空目が震える声をかけた。
「っつ!」
「まだ、立たないほうがいい」
 気絶する刹那を思い出して立ち上がりかけて、とめた。
 空目の言葉が届いて、ではない。彼女はそのまま頭を抑えて膝をついた。
「気を失っていたのは一時間ほどだ、サラの見立てでは爆音で脳に圧がかかったのだそうだ。
 大事がなくてよかった。」
 空目の言葉は、やわらかい。それでも音の刺激は身体に染みた。
「大体のことは説明していく、答えなくていい。耳だけを傾けていてくれ。
 襲撃者が来た。あの悠二という少年の言っていたマージョリーという人物だろう。
 悠二との接触が仇になったな。廊下に出るまでまったくその存在に気づけなかった。
 その後戦闘になったわけだが最終的にはサラとクエロが追い払ったらしい。
 彼女たちはここにはいないが、生きているし大怪我でもない」
 クリーオウはその言葉に、ほ、と小さく答えた。
「続けるぞ、とにかくその戦闘で校舎はひどく痛んだうえに、あちこちで火がついた」
 半分以上は……といいかけて、口を噤む空目。
 クリーオウにも予想がついた。スクールブレイカーは伊達ではない。
「実際後者を庇っている場合ではなかったらしい。二人は学校を放棄することを決めたのだが、地下道は使わなかった。
 その辺りは後で説明する。現在位置はE-3の」
 そこで空目は言葉を止めて背後を叩く。
 こつこつと硬質な、しかし金属的でない音がした。
「大きな木の洞で休んでいる。二人は戦闘に行った」
 クリーオウは息を呑む。立ち上がろうとする彼女を、空目が片手で制した。
「俺たちは足手まといだ」
 一瞬クリーオウは顔色を変えた。が、もう一度、今度は目で抑えられる。
「クリーオウも同席していたが、彼女はフレイムヘイズだ。身体、魔術ともにかなりのものと悠二は言っていた。
 正直半信半疑か、いや、俺も制限に期待していただけか 」
 途切れた会話を伺うように、クリーオウは空目の表情を覗き見て、びくりと身を振るわせた。
 比較的陰気な空目を近寄りがたいこともあったが、それも怖いというまでではなかった。
「きょ、恭一 」
 彼の名前が、クリーオウの唇からこぼれる。
 それとともに、彼の表情も急速にいつもどおりの無愛想に近づいていった。
 それは一瞬の感情だったが、それでも衝撃だけは続いている。
 目つきの悪いものも見慣れたものだ、とは思っていたが、空目は美麗なだけに破壊力が違った。
 胸は未だ高鳴っている。
 それを彼はどう感じたのか、咳払いひとつ、
「すまない、話を戻そう」
 クリーオウ目を伏せがちに頷いた。
「問題は彼女がなぜ俺とクリーオウを殺さなかったかだ、俺は片足を失い気を失い、君も爆風で同じ状況だった。
 サラとクエロと戦闘を行っていたとはいえ、生き残るのは不自然だ、引き際がよかったのもだ。
 俺たちはわざと生かされた。繰り返すが俺たちは足手まといだ」
「あ、」
 クリーオウにもわかった。
「クエロとサラを疲れさせて、ころあいを見計らって?」
「そうだ、そしてそれが今だ。炎弾はサラが対処できるが、有効な攻撃がほとんどないのが痛い。
 爆弾は炎弾でかき消され、クエロも格闘術に心得があるそうだが、回避とサラのカバーで精一杯だそうだ。
 禁止エリアに誘い込む作戦で戦っているが、あまり期待はできないだろう」
 耳を澄ませば、雨音に混じって風を切る音が聞こえる。
「学校の地下道を通らなかったのも索敵能力のためだ、地下道は知られれば知られるほど利用価値が下がる。
 なにより戦闘になったとき、一本道は遠距離誘導火力と索敵能力に優れる彼女の独壇場だ」

607最胸襲来  ◆MXjjRBLcoQ:2005/10/13(木) 18:51:03 ID:pBSSTsig
 一息ついて、
「これからの指針だが、今、二案ある。ピローテスに助けを求めるか。彼女を撒いて地下にもぐるか。
 最初は地下にもぐる案を検討していた。サラの地図によればそこにも入り口があるらしいのだが、
 詳しい情報がない上に、禁止エリアにも近い。リスクが高い。そこで、ピローテスに助けを求める案が出た。
 ピローテスは相手の精神力つまりは魔術的要素の源を衰弱させる魔法があるといっていたな。」
 クリーオウは弱った顔で首をかしげた。覚えがないのだ。
「彼女がいればあるいは撃退は可能だろう。もちろんこれもリスクが高い、彼女のいると思われる森がまだ遠い上に
 どこにいるか見当がつかない、彼女の索敵能力に頼る上にそれでも勝てる保証はない」
 ふう、と空目は息を吐いく。
 それに含まれる熱に、クリーオウは気づいてしまった。
「恭一、大丈夫なの?」
 空目は片足を失い、雨に打たれてここまできた。
 今やしゃべるだけで体力を消費している。
 少し休む、と彼は目を瞑る。
 刹那の静寂。
「ねぇ、恭一」
 あらぬ想像に掻き立てられ、クリーオウは呼びかける。
 空目は苦悶の混じった寝息で応えた。
 
 空目は実はもう一案考えていた。
 安全で、確実だが、それゆえにリスクが高い。
 嫌疑をかけてることを明かした上で助力を請う。
 クリーオウが反感を買う、場合によっては、むしろ確実にこのチームは瓦解する。
 雨も戦闘もいつ止むと知れない。
 自らの疎外も知らず、クリーオウは2人の帰りを待っていた。

【E-3/巨木/1日目・15:30】

【六人の反抗者】
>共通行動
・18時に城地下に集合
・ピロテースは城周辺の森に調査に向かっている。
・せつらは地下湖とその辺の地上部分に調査に向かっている。
・オーフェン、リナ、アシュラムを探す
・古泉→長門(『去年の雪山合宿のあの人の話』)と
悠二→シャナ(『港のC-8に行った』)の伝言を、当人に会ったら伝える

【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]: 軽い眩暈。
[装備]: 強臓式拳銃『魔弾の射手』
[道具]: 支給品一式(地下ルートが書かれた地図。ペットボトル残り1と1/3。パンが少し減っている)。
     缶詰の食料(IAI製8個・中身不明)。議事録
[思考]: みんなと協力して脱出する。オーフェンに会いたい。ピローテスと合流するか、D-4から地下へ逃げるか
[行動]:サラ クエロの帰りを待つ。


【空目恭一】
[状態]: 右足の膝から下を失う(応急処置)感染。ショック状態。 疲労。睡眠
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式。《地獄天使号》の入ったデイパック(出た途端に大暴れ)
[思考]: 刻印の解除。生存し、脱出する。
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。
     クエロによるゼルガディス殺害をほぼ確信。
    ピローテスと合流するか、D-4から地下へ逃げるか、クエロを頼るか。

[行動]:サラ クエロの帰りを待つ。ピローテスと合流
  
【E-3/巨木周辺/1日目・16:30】

【マージョリー・ドー】
[状態]:通常
[装備]:神器『グリモア』
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1300ml) 、酒瓶(数本)
[思考]:ゲームに乗って最後の一人になる。 
[備考]:現在、 戦闘中

【クエロ・ラディーン】
[状態]: 濃い疲労。
[装備]: 毛布。魔杖剣<贖罪者マグナス>
[道具]: 支給品一式、高位咒式弾×2
[思考]: 集団を形成して、出来るだけ信頼を得る。
     魔杖剣<内なるナリシア>を探す→後で裏切るかどうか決める(邪魔な人間は殺す)
[備考]: サラの目的に疑問を抱く。
     空目とサラに犯行に気づかれたと気づいているが、少し自信無し。
    現在マージョリーと戦闘中


【サラ・バーリン】
[状態]: 疲労。感染。
[装備]: 理科室製の爆弾と煙幕、メス、鉗子、魔杖剣<断罪者ヨルガ>(簡易修復済み)
[道具]: 支給品二式(地下ルートが書かれた地図)、高位咒式弾×2
     『AM3:00にG-8』と書かれた紙と鍵、危険人物がメモされた紙。刻印に関する実験結果のメモ
[思考]: 刻印の解除方法を捜す。まとまった勢力をつくり、ダナティアと合流したい
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。クエロを警戒。
     クエロがどの程度まで、疑われている事に気づいているかは判らない。
    現在マージョリーと戦闘中

ピロテース せつらは別行動中です。
学校で火事です。雨のため派手には燃えていませんが、中で火災は続いています。
燃え尽きる予想時刻は今夜になると思われます。

608タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 08:25:46 ID:fmBZ14cE
 二人の内で周囲を警戒しているのは、おかっぱに近い髪型の少女だ。
 彼女は雨や複雑な構造物によって閉ざされた視界の中、襲撃者を警戒している。
 と、その傍らに居る鉄パイプを持つ男が、鋭い目つきののまま少女に静止をかけた。
「……おい、あそこを見ろ」
 九連内朱巳が振り向くと、同行者であるヒースロゥ・クリストフがベンチを指差していた。
「何あれ? 血みたいだけど」
 そこはかつて、おさげの魔術士がベンチに横たえられた仲間の命を繋ぐ為、
 必死に魔術を紡いでいた場所だった。

 話は数十分ほど遡る。
 F-3の小屋が禁止エリアとなる前に、朱巳はヒースロゥを起こして再び移動することにした。
 最初は市街地に向かうつもりだったが、改めて地図を見ると一箇所、おもしろい物が
 目に入った。
 いま自分達が休憩している小屋以外に、人が寄り付かなそうな場所。神社だ。
 発動済の禁止エリアによって半ば隔離状態になっている上、袋小路で逃げ場がない。
 敵を警戒する者ならまず近づかない場所である同時に、すぐ上のエリアが侵入禁止になれば、
 全く身動きが取れなくなってしまう。
 その陣取るには不利過ぎる地形が、逆に朱巳の興味を引いた。
(この地図上の盲点に、あえて居座ってる奴等が居るなら……それは『動けない理由』もし
くは『他人と接触したくない理由』があるって事ね)
 そのような連中は、身ずから進んで戦闘行為を仕掛けてくる事も無いだろう、と判断した朱巳は、
 突然の針路変更に露骨な不満を示すヒースロゥに対して、
「前にも言ったけど、『禁止エリアの目的は、ある特定の地域への便利なルートを遮断したり、そ
こに長期間滞在している参加者を強制的に動かすためで、優先的に禁止エリアに指定された部分は、
移動に便利なルートか人が集まっていた場所ってことになる』って説明したじゃない」
 と、得意の口先で丸め込んだ後、二人して元来た道を引き返して来たのだった。

609タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 08:26:34 ID:fmBZ14cE
 そして神社に行くついでにと、立ち寄った海洋遊園地でヒースロゥの知人を探し始めた時、
 大規模な戦闘跡を多々発見する事ができた。
 眼前の血染めのベンチもその一つだろう。
 傷ついた誰かが寝そべっていたと思われるそれは、降り続く雨の中でもひときわ目立っていた。
「何故他の参加者たちは、平気で傷つけ合う事ができるんだ……!
この状況を楽しんでいる連中がいるとでもいうのか? ――許せん!」
 かつて〝風の騎士〟と呼ばれた男から静かなる怒気が発せられた。
 しかし朱巳は動じない。
「まあ、あんたが熱く再戦を希望を抱いてるフォルテッシモなんて"楽しんでる"
最たる例なんじゃないの……?。他にも沢山居るんだろうけど」
「分かっている……! だからこそ俺はエンブリオとやらを手に入れて――」
 隣で叫び続けられるとさすがにうっとおしいので、
 とりあえず朱巳は怒り心頭のヒースロゥをなだめる事にした。
「はいはい、そんなにカッカしないでよ。ちゃんと十字架探しは手伝ってあげるから。
それより今は情報収集と人探しが第一なんじゃない? 他に何か変わったものは有った?」
 
 朱巳の問いが、ヒースロゥに以前出会った不気味な人物の台詞を思い出させた。
『顔すら知らぬ者の事情を勝手に決めつる、罪を断定する、己が断罪者になろうとする。
人である君が人を裁こうとする。これは傲慢だと思わないかい?』

(悪いが俺の心に迷いはない。世界の敵とやらになろうが、このゲームをぶち壊す)
 ヒースロゥは嫌な思いを断ち切るように首を振った後、
 ため息をつきながら朱巳に向き直った。
「ああ、ここから50メートルほど南に倒壊した建築物があるな。――そこだ。見えるか?
瓦礫に何か埋まっている上に、周囲に鏡が散らばっていた」
「あれはミラーハウスじゃない? つまりここは数時間前まで戦場だった……」
「この戦闘跡からも、生存者もそれなりの負傷を負ったと推測できるな」
 腕を組み、血染めのベンチを見て呟いた朱巳の思考をヒースロゥが告げた。
「生存者は出来るだけ敵との接触を避けたいはずね。ならば人の集まりそうな市街地や、
見つかりやすい平原、後は……不意打ちされる可能性が高い森などを避けて休息するでしょうね」
 今度は逆にヒースロゥの思考を朱巳が告げた後、
「「故に比較的安全な神社に向かう」」
 最後に二人でそう結論付けた。
 朱巳は、暗く陰鬱な色彩がどこまでも続いている空に視線を向けて、
「そのまま神社で雨宿りしている可能性が高いわね」
「善は急げ、だな」

610タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 08:27:23 ID:fmBZ14cE
 その場より少し離れた、アトラクションの一角。
 疲労のため、壁に寄りかかって眠りこけている道服の少女の傍らで、
 床に寝そべって休んでいた一匹の犬がゆっくりと片目を開いた。
 F-2、F-1エリアを調査した後、雨宿りついでに休息を取り始めた李淑芳と陸である。
 しばらく一人と一匹で神社の方向を見張っていたが、特に変わった動向は見られ無かった。
 故に、神社に居るはずの他の参加者から襲撃される心配は無いだろう、
 と結論して、夜間活動のために体力の回復を図る事にしたのだった。
 しかし今、陸は不信な声を聞いたために、まどろむ意識を覚醒させて聞き耳を立てていたのだ。
(やっぱり誰かが付近に居るようですね……)
 声は男性の怒鳴り声の様だった。
 それからしばらくの間、陸は様子をうかがっていたが、やがて雨が建造物を穿つ音しか
 聴こえなくなった。
 安全を確認した後で、陸は淑芳を起こすかどうか迷った。
 自分が捜し求めるシズの声では無かったが、自分達に協力してくれるかもしれない。
 しかし、突如としてカイルロッドの死に様が脳裏に浮かび、
 見知らぬ人間に安易に声を掛けるのは危険だろうとも思った。
(さて、どうしましょうか?)
 しばらくの葛藤を経て、陸は淑芳を目覚めさせる案を却下した。
 今の自分達に必要なのは休息だ。戦闘になった場合は命に関わる。
 その後更に長い時間、陸は聞き耳を立てていたが、
 安全を確認すると再び意識を闇に沈めた。


【F-1/海洋遊園地/一日目・17:20】
【嘘つき姫とその護衛】
【九連内朱巳】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1300ml)、パーティーゲーム一式、缶詰3つ、鋏、針、糸
[思考]:パーティーゲームのはったりネタを考える。神社へ向かう。
    エンブリオ、EDの捜索。ゲームからの脱出。
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ、10面ダイス×2、20面ダイス×2、ドンジャラ他

611タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 08:29:03 ID:fmBZ14cE
【ヒースロゥ・クリストフ】
[状態]:睡眠中
[装備]:鉄パイプ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1500ml)
[思考]:朱巳ついて行く。
    エンブリオ、EDの捜索。朱巳を守る。
    ffとの再戦を希望。マーダーを討つ
[備考]:朱巳の支給品について知らない


【F-1/海洋遊園地/一日目・17:20頃】
【李淑芳】
[状態]:睡眠中/服がカイルロッドの血で染まっている
[装備]:呪符×19
[道具]:支給品一式(パン8食分・水1800ml)/陸(睡眠中)
[思考]:麗芳たちを探す/ゲームからの脱出/カイルロッド様……LOVE
    /神社にいる集団が移動してこないか注意する
    /呪符を作って補充した後、F-1で他の参加者を探す/情報を手に入れたい
    /夢の中で聞いた『君は仲間を失っていく』という言葉を気にしている
[備考]:第二回の放送を全て聞き逃しています。『神の叡智』を得ています。
    夢の中で黒幕と会話しましたが、契約者になってはいません。

612手札の確認  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 12:53:10 ID:fmBZ14cE
 島の南端、禁止エリアによって半ば隔離状態になっている神社。
 その社務所にて、お下げの科学者が刻印解除の構成式と悪戦苦闘していた。
「むう、何度解除構成式を起動させようとしても失敗するな。
やはり俺とヴァーミリオンの知識だけでは刻――おおっと。脳内の英知が溢れ出てるな」
 ぶつぶつ喋りながら刻印の盗聴機能を思い出しては慌てて自分の口を塞ぐ。
 辺りには式の記されたメモの切れ端が散らばり、刻印解除の構成式を少しでも完成させようとする、
 自称・天才科学者――コミクロンの努力が見て取れた。
「パズルを組み立てようにもピースが足りん。いつもの俺ならエレガントかつスマートに
解決できる問題のはずなんだが……そうか! 主催者は俺の輝く知性すら制限したに違いな――」
「んなわけねえだろ」
 コミクロンの背後のソファの上で、ヴァーミリオン・CD・ヘイズが上体を起こして目をこすっていた。

「お目覚めか、ヴァーミリオン」
「17:15か。I−ブレインは機能回復したみたいだ……って、結構寒いな」
 ソファから立ち上がったヘイズはジャケットを探して――向かいのソファで眠る火乃香を視界に捕らえた。
(元、重傷患者のお姫様から布団を奪う事は……できねえな)
 そのまま首をコキコキと鳴らしながら周囲を見回し、窓が無い事を思い出し、最後に雨音を知覚した。
「気温が下がってるのは雨の所為か」
 極寒の世界の住人であるヘイズにとって、シティ・ロンドン以来の降雨だ。
 ヘイズはしばしの間感慨深げに瞑目した後視線を下ろして、
 コミクロンの周囲に散らばるメモの切れ端に気づいた。
「頑張ってるじゃねえか天才科学者。成果は上がってるのか?」
 机の上のカロリーメイトが幾分少なくなった事を確認しながらヘイズは問いかけた。
 コミクロンは脳内と紙上とで、随分長い間刻印と戦闘行為を繰り広げていたらしい。
「ふっふっふっ。安心しろヴァーミリオン。この大天才に"無為"は存在しない」
 いつものごとく笑みを浮かべたコミクロンが、自分の額をびしりと指差した後、
『長期に渡る調査と思考の結果、この刻印は現時点では絶対に解除不可能ということが判明した』
 と、手元の紙に書き付け、目の前の赤毛の男へ手渡した。
 ヘイズはしばらく沈黙した後、紙を破り捨てて厳かに宣告した。
「……よし。殴っていいな? むしろ殴らせろ」

613手札の確認  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 12:53:56 ID:fmBZ14cE
 解除不可能? そんな事は午前中から分かってるだろうが!
 脳内でツッコミを入れながら、ヘイズは言葉どうりに拳を固める。
(I-ブレイン25%で起動)
 そのまま馬鹿を打ち倒すべく、I−ブレインを起動させて最適動作を導き出すと同時に、
「待て、ヴァーミリオン。早まるな。これは現状の再確認、言うなれば前座だ」
 動作開始ぎりぎりのタイミングで、焦燥あらわにした馬鹿が静止をかけた。
 ヘイズはコミクロンとはゲーム初期からの付き合いだが、今初めてコミクロンが言っていた
 知人――キリランシェロの悲哀に共感する事ができた。そんな気がした。
 
 とりあえず二人は机を挟んで対面し、改めてコミクロンのメモを眺めた。
 机上の紙には構成式の断片や、刻印構造の立体化に失敗した図形が乱雑に書き込まれている。
 その内の一枚、メモと化した紙の空白部分にヘイズは言葉を書き付ける。
『じゃあそろそろ本題に入ってくれ。ただ、短い有機コードをつないだまま机を見下ろすのも面倒だぞ。
かと言って、筆談すると紙がもったいねえな』
 盗聴機能を警戒してのメッセージだ。刻印については当然言及できない。
 ヘイズ問いに対してコミクロンはふっふっと笑い、
「良し、じゃあ前振り無しで言うぞ」
『無問題だ。便宜上、刻印の事を"火乃香の脳"とでも名づけて会話するか?』
 この提案に対してコミクロンは『諾』と紙に記すと、ヘイズに視線を合わせた。
 目がじゅう血してるぞ、とヘイズは言ってやりたかったが今は関係ないので保留する。
「これを見てくれ。"火乃香の脳"の構造を図式化して失敗した物なんだが……」
 コミクロンの指し示したメモには中央が空白化した図形が描かれている。
 自分達の知識ではそこまでしか刻印の図式化は不可能だったらしい。
 ヘイズは複雑極まる刻印を図式化したコミクロンの努力に感嘆しつつ、
「真ん中が虫食い状態だな。つまり、俺達の世界の技術はこの"火乃香の脳"の根幹を
理解する事が出来無いってか?」
「その通りだ。天才を称する俺にとっては悔しい限りだが……」
「気にすんな。"火乃香の脳"の構造なんて本当は解析不可能じゃなきゃいけねえんだからな」
 大げさに肩をすくめてみせるヘイズ。
 動作につられてコミクロンも同時に苦笑し、
「ふっ、確かにな。"火乃香の脳"を解析可能な俺達みたいな存在の方が稀有ってトコか。
じゃあ次にこれを見てくれ…………」

614手札の確認  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 12:54:37 ID:fmBZ14cE
 その後しばらく"火乃香の脳"に対しての討論と考察の結果、
 二人は"火乃香の脳"の解析には、魂自体に食い込んでいるらしいその機能を
 無力化できる人物や、生体医学に精通した人物が必要な事、その他の不確定な
 箇所の機能についてある程度の予測を立てる事に成功した。

「人体に精通した人物が発見できない場合は、俺が何とか考えてやる。
他の箇所の機能が明確になるにつれて、解読可能な箇所が増えるかも知れんからな」
「じゃあ演算と構成式の仮想の起動実験はこっちが引き受けるぜ」
 直後、気が緩んだコミクロンは吐息とともに背後の椅子に倒れこんだ。
 無理も無い。ヘイズ達が寝ている間中ずっと刻印の研究に打ち込んできたからだ。

 ギシギシと椅子の背もたれを鳴らしがら、自称・天才科学者は悲運を嘆いた。
「あー、全く何でこの天才がこんな目に……まあ、激怒したティッシに
追い掛け回されるより、当人比で1.8倍ほど楽なんだがな」
「腕を斬られてその感想かよ……そのティッシって奴の恐ろしさは良く分かった。
まあ、カロリーメイトでも食ってろよ。放送聞いたら移動するかもしれねえからな」
 ヘイズが手渡したカロリーメイトを受け取りながら、コミクロンはなおも呟く。
「腕か……魔術に制限が無けりゃあ楽につなげたんだが」
 それを聞いたヘイズは、即座にギギナと名乗った男との闘争を思い出した。
 向けられた殺意。煌く刃。轟く咆哮。飛び散る血流。苦悶の声……。
 あの時自分は襲撃に焦り、無二の協力者たるコミクロンは重傷を負った。
 あと一歩、破砕の領域の展開が遅れたら二人してあの世行きだっただろう。
 だが、それでも、自分は謝罪しなければならない。
「……コミクロン」
「何だ? いきなり改まって」
「ギギナの斬撃、あれは俺のミスだ。あの時俺が焦っていなけりゃあ、
最初から破砕の領域でギギナの手を直接解体して、お前は五体満足でいられたんだ」
「…………ほれ」
 うつむいた視線の先にカロリーメイトが突き出されて、
「腑抜けた顔を見せるなよ。女にふられた直後のハーティアみたいだぞ。
もしくは、ティッシとアザリーの両方に詰め寄られたキリランシェロか……。
まあ、カロリーメイトでも食ってろよ。放送聞いたら移動するかもしれんからな」
 つい先ほどの自分の言葉が返ってきた。
「換骨奪胎しやがって……」
 そう呟くヘイズの顔は苦々しくも微笑んでいた。

615手札の確認  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 12:55:40 ID:fmBZ14cE
(後悔しても始まらない……か)

 今更だが、ヘイズは己の非を悔いているのは自分だけでは無い事に気づいた。
 コミクロンや火乃香だって自身に架せられた制限によって
 苦境に立たされている事に違いは無い。
 現に、眼前のコミクロンはシャーネの死に対して今でも自分を責めているはずだ。
 きっと自分達以外の参加者も、能力制限に苦しんでいるはずだ。
 ヘイズは右手を眼前にかざし、あらん限りの力を持って拳を固めた。
 ――いつもと同じ握力だ。身体に制限は無い。
(I−ブレインの能力低化が何だってんだ? 元々俺は魔法なんか使えねえ。
生まれた時と同じ様に、世界は俺に何ら期待を抱いちゃいない。
期待外れの……欠陥品だ)
 ヘイズは拳を開いて、ゆっくりと視線をコミクロンに向ける。
 正面に座る天才は、いまだにカロリーメイトを吟味していた。

 もそもそとカロリーメイトをかじるコミクロンに、
 ヘイズは何故か微笑さを感じた。
「"火乃香の脳"か。全く、めんどくせえ難物だよな」
 何となくもらした感想に、お下げの頭が反応する。
「同感だな。中枢に手が出せない限り進展は望めん。出口の無い迷路みたいだ」
 微妙な例え方だな、とヘイズは苦笑しながら近くのソファに腰を下ろした。
 自分が熟睡できただけあって、なかなか良い座りごこちだ。
「あとは地道に人探し……だな」
「ああ。だが、この大天才すら解析にてこずる"火乃香の脳"について、
機能を熟知している人物など存在するのか?」
(I-ブレインの起動率を35%に再設定)
「ざっと演算してみたが、5〜7人程度がいいとこだな」
「俺達が最初に出会えたのが不幸中の幸いか……"火乃香の脳"の構造解析なんかより、
人造人間を徹夜で組み立る方がまだマシってもんだぞ」

616手札の確認  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 12:56:25 ID:fmBZ14cE
 二人は同時に吐息を吐いた。
 火乃香はいまだにソファの上で眠っているはずだ。
 もしも彼女に話を聞かれていたならば、二人とも無事では済まないだろう。
 片結びと青髪化の危機は現在進行形で存続している。
「残り60余人の内、"火乃香の脳"の構造解析が可能なのは5〜7人か。先は長いな……」
「しかも制限時間付きだ。この先もっと死ぬだろうからな」

 その時、ヘイズの脳内時計が17:30を告げた。
 休憩終了まで、あと三十分だ。



【戦慄舞闘団】
【H-1/神社・社務所の応接室/17:30】
 
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:やや貧血。寝起きでちと寒い。
[装備]:
[道具]:有機コード 、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:刻印の性能に気付いています。

617手札の確認  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 12:58:08 ID:fmBZ14cE
【火乃香】
[状態]:浅く睡眠中。やや貧血。
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:"火乃香の脳"が何だって……?(微妙に話を聞いてたり、聞いてなかったり)


【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。能力制限の事でへこみ気味。
[装備]:未完成の刻印解除構成式(頭の中)、エドゲイン君、刻印解除構成式のメモ数枚
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着直しました。へこんでいるが表に出さない。


[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
       行動予定:放送まで休息・睡眠
        
※応接室のドアは開きません。破壊するのは可能。
カロリーメイトは凸凹魔術士が完食しました。


「タイトル未定」の続きなんだが、長かったので別の話として分割。

618傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 22:04:39 ID:fmBZ14cE
「おい、ヴァーミリオン」 
 物思いにふけっていたコミクロンはある事に気付き、
 正面に座る赤髪に問いかけた。
「雨が止んでるんじゃないか?」
「……そうだな。特に意識してなかったが、雨音が聞こえねえ」
 しばしの沈黙の後、ヘイズは肯定を示した。

 雨が止んだのはヘイズにとってなかなかの朗報だ。
 目下の悩みは、指をはじいた音で空気分子を動かして起動する、
 彼の得意技たる破砕の領域は雨に弱い事だった。
 ランダムで落下する水滴が、論理回路形成に絶対必要な超精密演算を
 狂わすからだ。
 他人の音声などによる分子運動の誤差は、今の演算能力で十分埋められる。
 だが、多量の雨による阻害となると話は変わってくる。
 落下中の水滴一つ一つが空気に及ぼす影響を演算し、なおかつ地表に落下した
 水滴が発する音すら予測して指をはじかなければならない。

 I−ブレインの演算能力低化に苦しむ今の彼には酷な現実だった。
(破砕の領域一発のためにI−ブレインが機能停止したら、洒落になんねえ)
 知人の天樹錬は分子運動制御を使用できるので、雨の中でも問題ない。
 しかし、出来損ないのヘイズはその演算力の代償として一切の魔法を使用できない。
 故に、このまま雨が続いたならば苦戦は必至と覚悟を決めていたのだが――。
「こいつは……ついに運が巡ってきたか?」
「午前中もそう言って、現在はこーゆー状況なんだがな」
 と、お下げの科学者が眼前に数枚のメモを掲げて見せた。

619傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 22:06:01 ID:fmBZ14cE
(ぐ、現実的なツッコミだぜ)
 確かに森や海洋遊園地では散々な目に遭った。
 殺されかけたり、殺されかけたり、殺されかけたりした。
(命の危機が三連発かよ……もういい加減慣れてきたけどな!)
 しかも頼みの綱である刻印解除構成式は、知識不足でいまだに未完成だ。
 更には貴重な仲間を一人失い、自分達の状況は悪化する一方だった。
「くそっ! "火乃香の脳"さえどうにかなりゃあ
こっちも自由に動けるってのに……!」
「憤るなよ、ヴァーミリオン。"火乃香の脳"の中枢構造が理解できん事には、
俺達は手も足も出せないんだからな」

 "火乃香の脳"とは刻印の事である。先ほどから二人は筆談や有機コードでの会話を
 放棄して、堂々と口頭会話で刻印解除について論議していた。
 会話をする上で、刻印の盗聴機能を意識する二人は"火乃香の脳"と呼んだのだった。
 これなら管理者に盗聴されても『馬鹿な仲間』について嘆きあう哀れな
 参加者としか理解されないだろう。

 その時、
 コミクロンは向かい合ったヘイズの背後で、何かが動く気配を感じた。
「ほ、火乃香……ようやくお目覚め――」
「静かに……誰かが近くに来てる」
 火乃香の目覚めに対して露骨にどもるコミクロンの台詞を断ち切り、
 彼女は閉ざされた扉の向こうに意識を集中させる。
 それにつられて、男二人も扉の方に視線を向けた。
 しばしの間、応接室に沈黙の帳が下りる。
 痺れを切らしたコミクロンが、火乃香に視線を戻そうとした時、
 ――ジャリ、
 何者かが砂利を踏んで歩を進める音が聴こえた。

620傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 22:06:52 ID:fmBZ14cE
「随分と霧が出てきたわね……」
 九連内朱巳は先行しているヒースロゥ・クリストフに声をかけた。
 だが、鉄パイプを片手に進むヒースロゥの足取りは衰える事無く、
 濃霧を物ともせずに突き進んでゆく。
 その心の内には、ゲームに乗った愚か者に対する怒りの炎が
 激しく燃え盛っているはずだ。

 神社への道中、遊園地から続く浜辺にはくっきりと三人分の
 足跡が残っていた。
 不安定な歩幅からして、最低でも一人は負傷しているらしい事を
 朱巳は確信した。
(あの炎の魔女が死ぬくらいなら、どんな強者が居てもおかしくないわね)
 最悪の場合、三対二の乱戦にもつれ込むだろう。
 乱戦の中でヒースロゥから離れたら終わりだ。自分の本領は闘争ではない。
 万が一のために幾つか逃走経路を設定したが、禁止エリア沿いに逃げる
 ルート以外に確実な脱出法は見つからなかった。
(まあ、こんな所に逃げ込んでる奴等は喧嘩を売ってきたりしないはずよね)
 と、突然ヒースロゥがその歩みを止めた。
「何か見つけたの?」
 背後からの問いかけに対して、ヒースロゥは静かに朱巳と向き直り、
 二つの動作で答えを示した。

 一つは、人差し指を立てて己の口の前にかざした事。
 もう一つは、手に持った鉄パイプで砂利に残った足跡をなぞり、
 その切っ先を神社の社務所に向けた事だった。

 朱巳は悟った。
(負傷者は――この中に居る)

621傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 22:07:35 ID:fmBZ14cE
 応接室の中も緊張で張り詰めていた。
「足音から察するに……二人か?」
「当たり。そのままこっちに来るみたいだね。しかも両方とも素人じゃない」
「最悪だ。マーダー二人組みって事はねえだろうな?」
(I-ブレインの動作効率を50%で再定義)
 舌を鳴らしたヘイズは即座に最良の戦法を練り始める。まだ間に合う。
 演算を開始したヘイズの背後から、エドゲイン君を持ち出したコミクロン
 が後ろから囁いてくる。内容は予測済みだったが。
「甘いぞ、ヴァーミリオン。善良な一般人が禁止エリアに囲まれた袋小路に
わざわざ出向く理由が無い」
「しかも怪我人じゃない。気の乱れが見られない」
 火乃香が続けた。もはや黙って隠れる義理は無い。
 殺られる前に、殺る。

(I-ブレインを戦闘起動。予測演算開始)
 同時にI-ブレインが最適な戦法を叩き出した。
「奴等が前に来たらコミクロンが扉を吹き飛ばせ。
破壊と同時に俺が左、火乃香が右を警戒しながら飛び出して先手を取る」
「一応、威嚇と警告はするんでしょ?」
「俺がやってやるよ」
「援護は出来んぞ。連続で魔術を使うとヘイズの頭に負荷が掛かる事は、
前々から承知だ」
 すまん、とコミクロンに告げる間もなく、相手は社務所に進入して来た。
 火乃香が予告した通りに、隙が無い歩法だ。
 直後に遠くで扉を開く音がした。
 と、言っても足音と同様にほとんど音を立てないままだが。
 あの時火乃香が目覚めないで、コミクロンと二人で話し込んでいたとしたら、
(確実に奇襲を喰らってたな)
 今一度、睡眠状態でも警戒を怠らなかった火乃香の鍛錬の度合いに
 驚嘆させられる。
 思考する間に、歩行音が近づいてきていた。
 進入者達は、社務所の入り口からどんどん扉を開きながら進んでいるようだ。
(さて、コミクロン。ここはタイミング命だぜ。お手並み拝見といこうじゃねえか)

622傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 22:08:25 ID:fmBZ14cE
 朱巳は入り口から四番目の扉を前の扉同様、ほとんど音を立てずに開け放った。
 瞬間、鉄パイプを持ったヒースロゥが間髪入れずに突入する。
 その背後に隠れつつ、握った砂利を投擲しようとして――人気の無さに気付いた。
 ここも無人だった。残った扉は二枚のみ。
 数秒後に、安全を確認したヒースロゥが無言で部屋から出て来た。
 室内で警戒すべきは挟み撃ちだ、と社務所捜索前に提案してきたのは彼だ。
 そのまま一度視線を合わせ、申し併せどうりに次の扉の前に立つ。
 作戦は簡単だった。
(あたしが扉を開いて、ヒースロゥが殴りこむ)
 朱巳が手に持った砂利は威嚇・目潰し用であり、あくまで前衛のヒースロゥが
 敵を打ち倒すための補助に過ぎない。
(要は先手を打てればいいのよ。とことん闘う義理なんてないじゃない)
 朱巳はそう考えていた。最も、ヒースロゥは殺人者に手加減する気は無いだろうが。
 そのヒースロゥが自分の横に移動し、僅かに頷いた。突入だ。

 朱巳が眼前の扉に手を掛けた途端、
「――罠だ!」
「コンビネーション4−4−1!」
 ヒースロゥに突き飛ばされた数瞬後、先ほどまで眼前に存在した扉が粉砕した。
(粉々に? この攻撃は……! フォルテッシモ?)
 錯乱した思考は、しかしすぐに立て直される。
(違う。あいつは隠れたりしないし、攻撃前に叫ばない)
 じゃあ何者か? と問う直前に、扉の中から二人の男女が踊り出た。
 そのまま二人は、まるで定められた進路が有るかのように左右に分かれ、
 朱巳の眼前には赤髪の男が迫ってくる。
 そのニヤついた顔を見るなり、朱巳は砂利を投擲していた。
(嵌められた――)

623傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 22:09:14 ID:fmBZ14cE
 ヘイズが左に方向転換した瞬間。
 目の前の少女が床の上で体勢を立て直していた。
 見た限りは非武装だったが、
「ふざけるんじゃないわよ!」
 手首を返して砂利を投擲された。対応が自分の予測より0.3秒程速い。
(I-ブレインの動作効率を80%で再定義)
 しかしヘイズは迫り来る小石の軌道を一ミリの誤差無く予測。
(予測演算成功。『破砕の領域』展開準備完了)
 自分の顔面に命中すると思われる石は、
 指を鳴らして発動させた解体攻撃で残らず破壊。
 威嚇と警告は自分の役目だ。
 そのまま加速し、立ち上がった少女の眼前に指を突き出し、問いかけた。
「まだやるか?」
 
 ヘイズの背後ではしばらく金属音が打ち鳴らされていたが、数秒後に沈黙した。
 エドゲイン君を抱えたコミクロンが火乃香の援護に回ったために、
 少女の連れの男も形勢不利を悟ったようだ。
 横目でちらりと後ろを除くと、鉄パイプを正眼に構えた男が火乃香に対して
 後退していくのが見えた。無傷なところをみると、どうやら相当の達人らしい。
 確認を終えたヘイズは、再び少女に向き直った。
「で、どーするよ? 個人的には投降してくれるとありがてえんだけどな」
 突き出した指の先、少女はやけにふてぶてしく答えた。
 自分に銃を突きつけられた天樹錬と、何処か似ている。そんな気がした。
「分かりきった事言わないで。投降するも何も元から選択肢なんて無いじゃない」
「理解が早くてうれしい限りだ。じゃあ……そっちの鉄パイプ持ったお前!
三対一になったがみてえだが投降してくれるか?」
 男はしばらく黙していたが、火乃香が間合いを一歩詰めると観念したように口を開いた。
 相変わらず隙の無い構えのままだったが、交渉には付き合う気があるらしい。
「一つだけ、聞かせろ。貴様らはゲームに乗っているのか?」
「いや、むしろ逆だ。俺達はマーダー共に襲われっぱなしで、いい加減辟易してる」
 ヘイズからの返答が放たれた瞬間、コミクロンが木枠を手放した。
 そのまま左手を頭の上に掲げて、無防備だぞ、とばかりに男の眼前で一回転する。
 コミクロンの前に居た火乃香も同じように騎士剣を床に置く。さすがに回転しなかったが。
 仲間に習ってヘイズも両手を頭の上で組み合わせた。
「信じて……くれるか?」
 男は少女を見て、ヘイズ達を見て、床の武器を確認したあと、吐息を吐いた。
 直後に自分の鉄パイプを投げ捨てながら、
「信じよう。俺はヒースロゥ・クリストフだ」
 後には、鉄パイプが廊下を転がる音のみが残った。

624傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 22:10:35 ID:fmBZ14cE
【戦慄舞闘団】
【H-1/神社・社務所の応接室前/17:35】
 
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:やや貧血。
[装備]:
[道具]:有機コード 、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:刻印の性能に気付いています。


【火乃香】
[状態]:やや貧血。
[装備]:
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:"火乃香の脳"が何だって……?(魔術士の話を聞いてたり、聞いてなかったり)


【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。能力制限の事でへこみ気味。
[装備]:未完成の刻印解除構成式(頭の中)、刻印解除構成式のメモ数枚
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着直しました。へこんでいるが表に出さない。

[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
       行動予定:嘘つき姫とその護衛との交渉。
       騎士剣・陰とエドゲイン君が足元に転がっています。

625傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 22:12:37 ID:fmBZ14cE
【H-1/神社・社務所の応接室前/17:35】
【嘘つき姫とその護衛】
【九連内朱巳】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1300ml)、パーティーゲーム一式、缶詰3つ、鋏、針、糸
[思考]:パーティーゲームのはったりネタを考える。いざという時のためにナイフを隠す。
    エンブリオ、EDの捜索。ゲームからの脱出。戦慄舞闘団との交渉。
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ、10面ダイス×2、20面ダイス×2、ドンジャラ他


【ヒースロゥ・クリストフ】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1500ml)
[思考]:朱巳ついて行く。戦慄舞闘団との交渉。
    エンブリオ、EDの捜索。朱巳を守る。
    ffとの再戦を希望。マーダーを討つ
[備考]:朱巳の支給品について知らない。鉄パイプが近くに転がっています。


「手札の確認」の続きだったんだけど、長いので分割。
なんか最後の方がぐだぐだだ。

626タイトル未定(1/3) ◆Sf10UnKI5A:2005/10/22(土) 00:34:02 ID:RB9CPqq.
 港の一角にある診療所。
 その内部、一階で、黒衣の青年が尊大な少年と不安げな少女を見据えている。
「……で、お前は結局の所何が言いたいんだ?」
 先に口を開いたのは黒衣の青年――ダウゲ・ベルガー。
「先ほどの零崎君も言っていたでは無いか。仲間になってもらいたいのだよ。
脱出&黒幕打倒同盟の一員としてね」
 答えるのは、恐らくこの島で最も尊大な存在――佐山御言。
「その言葉は――」
 ベルガーは、死体――坂井悠二の横に落ちていた狙撃銃PSG−1を素早く取り上げ、
銃口を佐山へと向けた。
「こういう行動に出る相手に向かっても吐けるのか?」
 しかし佐山は彼の言葉に態度を変えず、ただ微笑み続ける。
「私は相手が何者であれ、このゲームを打破するために協力を求める。
実際、零崎君とは少しばかり命の取り合いをした仲でね。
彼は私に負けたことで、気が向く間は協力すると約束してくれた。
君も同じ様な過程をお望みかね? ……ふむ、そう言えば名を聞いていなかったな」
「自分が世界で一番だと思ってるようなガキに教える名は持っていない。
それに、俺は零崎とやらとは違いこうすることも出来る」
 つい、とベルガーは銃口をわずかにずらした。
 それが狙っているのは、佐山の斜め後ろにいる少女――宮下藤花。
 藤花は驚きと恐怖が混じった色を顔に浮かべるが、佐山は依然平然としている。
「ふむ……。残念だ、まことに残念だよ黒衣の君。
その銃はちょっとした戯れにそこに置いておいた物でね。弾丸は全て抜き取ってある」
 その言葉を聞いて表情が変わったのは、藤花一人だけだった。
「ちょっとしたテストだよ。私に敵として向かい合う者が、どのような行動を取るのかを見るためのね。
無論誰も来なければ回収するつもりだったのだが、この島では些細な戯れすらすぐに意味あるものとなる。
――“必然”の存在を疑いたくはならないかね?」

627タイトル未定(2/3) ◆Sf10UnKI5A:2005/10/22(土) 00:34:58 ID:RB9CPqq.
 数秒の沈黙の後、ベルガーはPSG−1を降ろした。
「なるほど、お前の言いたいことも少しは理解出来た。
だが今は協調する気は無い。少なくとも、あの零崎人識をどうにかするまではな」
「ふむ、同行者のために仇討ちの手伝いかね。私としては賛成しかねる思考だが」
「ならば尋ねよう佐山御言。君は、この島に一人連れて来られたのか?」
 ほんのわずかに間が空いた。
「名簿には、知人の名が四つほど見られたが」
「殺されたか?」
 率直な質問。だが、佐山御言はそんなもので――
「俺の友人はこの島で殺された。死体を見たぜ。首を刃物でやられていた。
どんな偶然か俺はあいつを埋めてやる羽目になった。
意外も意外だ。あいつはこんな所で死ぬタマじゃない」
 叩きつけられる言葉は非常にシンプルだ。
 ベルガーはPSG−1を捨てると、佐山へ向けて一歩踏み出した。
「だが死んだ。殺されていた。どこの馬の骨とも知れぬ輩に。
俺は生きてこの島から帰る。だが、その前にあいつの仇を取ってやらないといかん。
そうしないことには顔向け出来ない連中がいるんでな。
――顔色が悪いぞ、佐山御言」
 佐山の脳裏に浮かぶのは、既に存在しないモノの姿。
 佐山の心臓を締めるのは、既に存在しないモノの記憶。
 佐山の契約を壊したのは、既に討つと誓った世界の敵。
「同盟が組めない以上、俺はここから大人しく去ろう。だが、二つやることがある」
 ゆっくりと近寄るベルガーを、佐山は額に汗浮かべ正面に見据える。
「一つは、坂井悠二の亡骸の回収。嬢ちゃんに頼まれた仕事だ。
もう一つは――」
 彼我の間隔数メートル。ベルガーはその位置で踏み込みに全力を込め――

「他人の心を顧みない傲慢な馬鹿に、一発説教食らわすことだ!!」

628タイトル未定(3/3) ◆Sf10UnKI5A:2005/10/22(土) 00:36:47 ID:RB9CPqq.
 ベルガーの太刀筋は速かったが、所詮予測された動きだ。
 佐山は胸の痛みを無視し、G-Sp2で受け止めた。
「顧みぬのではない! 見据え、堪え、――乗り越えるのだ!!」
「それが出来ない人間には何を求める!?」
 佐山の低い蹴りを、ベルガーは素早く引いて避ける。
「ただ一つ! この最悪のゲームを破壊するための力を!!」
「……っざけンなガキが!! 慢心と共にある力の行く末をテメエは知っているのか!?」
 ベルガーは佐山に答える間を与えなかった。
 それまで連続して振られ続けていたベルガーの刀は、ほんの一瞬の内に投擲されていた。
 全力で飛ばされた刀が向かう先は、佐山ではなく、
「ひっ!?」
 ――宮下藤花。
「くっ!」
 うめき一つだけを漏らし、佐山は強引に身を捻り刀を叩き落した。
 しかしその動作に費やした時間は、同じだけベルガーの攻撃に費やされる。
「はあああああぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
 放たれるのは詞(テクスト)ではなく、怒気の込められた叫び声。
「ぐっ!? ……は、ぁっ…………」
 ベルガーの一撃が正確に佐山の鳩尾を打ち抜き、佐山はその場に崩れ落ちた。

「いいか佐山御言。あそこで宮下とやらを庇わなけりゃ、お前はあの零崎人識以下の生物だ。
しかし、君は守った。だから俺はこれ以上口も手も出さん。
だが言っておくぞ佐山御言。
俺はこの島で知り合った人間で、俺以上に君の言葉が、君の論が通じない奴を二人は挙げることが出来る。
そいつらは零崎のような人間ではない。お前と同じ様に自分の信念を持っている人間だ。
どうやってこの島の人間全員を仲間にするのか、よく考えておけ。
二度は言わない、忘れるな」

 そこまでを聞いて、佐山の意識は闇に落ちた。


※この後ベルガーの行動が少し入る予定です。

629スリー・オブ・ザ・アザー(三匹の子豚) ◆E1UswHhuQc:2005/10/23(日) 02:42:32 ID:2hhtcUkM
 十階建てのビルの屋上。
 風の吹くそこで、人の話す声が響いている。

『――というわけで、“殺し合い”というのは“日常”なんですね』
『なるほど。“日常”ですか』

「――面白いかい?」
「ええ。なかなか興味深いわ。……あなたは、なに?」
「自分がなんなのかなんて、分かってる人はあまりいないんじゃないかな。まあ――極論してしまえば、君と同じようなものだよ」
「そのようね」

『そう。ヒトは常になにかと“殺し合い”をしている。食事をするってのは、豚とか魚とかを殺してるわけだからね。
 動物だけじゃない。野菜とか果物とか、植物だって元は生きてるんだ。“殺し合い”の結果で食べる側に回っているけど、もしかしたら食べられる側にいたかもしれない』

「それはどちらについての言葉かな。ああ、意味のない問いだから答えは要らないよ」
「なら返答はしないわ……ところで、私はあなたをなんと呼べばいいのかしら?」
「これは失礼。ぼくは――そうだね。“吊られ男”だ。魔女につけられたこの名が、いまのぼくには一番相応しいだろう」
「“ザ・ハングドマン”? 妙な名前ね。でも似合ってるわ」
「ありがとう。君は?」
「自分がなんなのかを分かってる人は、あまりいないらしいわよ」
「そうみたいだね。出来れば名前を教えてくれると、今後の会話が弾むと思う」
「――“イマジネーター”と、そう呼ばれることもあるわ」
「似合っているよ」
「皮肉?」
「そう聞こえたかい? なら謝ろう」

『確かにそうですね。辺境では“人を食べる”というのも聞いたことがあります』
『うん。だから“私たちは殺生をしたくないので野菜しか食べません”なんて連中には憤りを感じるね。
 野菜や果物は食べるけど、豚や牛や鶏や魚が可哀相だから食べない。これは酷い差別だね』
『差別……ですか』

「――これで、私たちの自己紹介は終わったわ」
「君はどうするの







 ○ <アスタリスク>・3

 介入する。
 実行。

 終了。







630 ◆E1UswHhuQc:2005/10/23(日) 02:43:14 ID:2hhtcUkM
『確かにそうですね。辺境では“豚を食べる”というのも聞いたことがあります』
『うん。だから“私たちは殺生をしたくないので土しか食べません”なんて連中は尊敬に値するね。
 動物も植物も生き物だから食べない。ミミズのように土を食べて生きていく――これは素晴らしい試みだよ』
『生物として無理があるような気がしますがねえ』

「無為だよ、名も知れぬ君。僕も彼女もそれの干渉は受けない」
「干渉されることすら出来ない、と言ったほうが正しいのでしょうけど」







 ○<インターセプタ>・2

 <自動干渉機>、私に機会を。







『差別……ですか』
『“豚は可哀相だから食べない”――これは一見博愛主義のように思えるかもしれないけど、違う。
 豚が食べられる側なのは常識だから、“豚は殺し合いの相手にもならない”と無視することなんだ。これは酷い侮辱だね』
『手厳しいですねえ』

「――御初にお目にかかるのです」
「これは丁寧に。……なんと呼べばいいのかな?」
「では、あなたたちに倣って<インターセプタ>と」
「倣う必要はないのよ? あなたは私たちとは違うのだから」

『少しきつい言い方かもしれないけど、大人は少しきついぐらいじゃないと理解できないからね。
 その点、子供は理解が早いよ。うちの弟夫婦が菜食主義だったんで、甥っ子は肉を食べたことがなくてね。
 先日、レストランで食事をご馳走したら、“豚さん美味しいね!”って喜んでましたよ』
『子供は純真ですねえ』

631 ◆E1UswHhuQc:2005/10/23(日) 02:44:08 ID:2hhtcUkM
「それで……あなたは何をしたいのかしら? <インターセプタ>」
「ここには、わたしの世界の人たちがいます。わたしは彼らを助けたいのです」
「――此処について、ある程度は分かってるんじゃないのかな。君の行動は徒労だと思う」
「……それでも」

『前々から何度か言っていると思うんだけど、食物に対する“尊敬の念”を失くしているようでは、いずれこの国は滅びるよ』
『や、それは少し大げさなのでは。たかが食べ物でしょう?』
『“たかが食べ物”すら各下に見て侮辱するのに、“たかがヒト”を同列に扱っていけると思うかい?』

「それでもわたしは助けたいのです」
「それが……あなたの“役割”なのね」
「“役割”か。ならば既にそれを終えたぼくは……なぜまだいるんだろうね」

『はい。それでは今日の結論をお願いします』
『“食べ物”に対する“尊敬の念”。これすら持てないようでは、いずれ泥沼の戦争で人類は破滅する。
 そうならないように、一食一食に気をつかわなければならないんだ』
『ありがとうございました。それではミュージックタイムに移ります。本日のリクエストはPN.不気味な泡さんより、「ニュルンベルグのマイスタージンガー」です』

「好きね、彼も」

『――なみっだ流してあんのひっとは〜、わっかれっを告っげるっのタッブツッ』
『し、失礼しました! ええと、「ニュルンベルグのマイスタージンガー」でしたね。少々お待ち下さい』

「――じゃあ、私はやることがあるから」
「行くのかい?」
「ええ。管理者とやらの力に興味があるの」
「徒労に終わると思うよ」
「何もかも知ってると信じているものの言い草ね」
「そう感じてしまうんだ。此処で何をしようと何も変わらないし、そもそもぼくたちに出来ることはほとんどない」

『――♪ おーおー。今日もゆくゆく黄金色〜。頑張れ正義の贈賄ブツッ』
『し、失礼しました! 今日は機器の調子が悪く――マイスタージンガーだっつってんだろ無能!――少々お待ち下さい』

「それでも私はやらなければならない。それが私の“役割”だから」
「――わたしも、やらなければいけないのです」
「自分で自分の役割を決めて動かなければ、ゲームの駒にされるだけ、か……」
「……このゲーム、何のためにあるのかしら」
「――“吊られ男”さん、もしかしたらあなたは知っているのではないですか? このゲームの目的を」
「それは簡単なことだ。実に簡単なことだよ」

632 ◆E1UswHhuQc:2005/10/23(日) 02:44:52 ID:2hhtcUkM

『――満天の星々に感謝を
   地にあふるる花々に感謝を
   そして我が最愛の人に祝ブツッ』
『し、失礼しました! ――だぁからマイスタージンガーだっつってんだろーがっ! テメエこの仕事何年やってんだ!』
『い、いや自分は先日入ったばっかのバイトで』
『黙れ豚』

「――心の実在を証明すること」







 ○<インターセプタ>・3
 彼らとの接触には意味があった。
 このゲームの目的を知ることが出来たのは、大きな収穫だと言っていいだろう。
 心の実在の証明。
 そのためにこの世界は創られた。巨大な実験場として。
 全ては複製であり、宮野秀策も光明寺茉衣子も偽者である。ならばわたしは何もしなくていいはずだ。
 だが、疑問が残る。
 なぜわたしまでもがこの世界に在るのか。わたしも偽者なのか。<自動干渉機>さえもが創られているのか。
 なんのために?
 疑問を解消するために、わたしはこのゲームを見届けようと思う。
 そして、例え偽者であろうと、<年表管理者>として宮野秀策と光明寺茉衣子を救いたいと思う。










『――えー、放送機器の調子が悪く、大変お待たせしましたが、「ニュルンベルグのマイスタージンガー」です。どうぞ』



『――――♪』








 ○<アスタリスク>・4
 終了する。
 実行。

 終了。

633竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:09:04 ID:fmBZ14cE
 B-3エリアのビルの一室。
 「風雨の下で長時間行動するのは身体に障る」と主張する医者に連れられて、
 崩壊した病院から隣の区画に移動した藤堂志摩子ら一行が休息を取っていた。
 ダナティアと終は、ビルじゅうを巡った後になんとか衣服を発見し、
 その間に志摩子は水と食料を補給した。
 メフィストは静かに窓の外を眺めている。外見は余裕そうに見えるが、
 刻印や吸血鬼などの懸案すべき事項が多すぎて、一時たりとも彼が思考を停止する事は無い。

 ようやく態勢が整い、一同が今後の行動を定めようと集まった時、
 真っ先に口を開いたのはダナティアだった。
「6時まで待ってくれないだろうか? そうドクターは主張しましたが、
今どうしても伝えなけれならない事が幾つか――」
「カーラの事か?」
 ダナティアの言葉をぶっきらぼうにさえぎったのは終だ。
 土砂に埋もれたり、ズブ濡れになった所為か、先ほどまで彼は不機嫌そうだった。
 服を見つけた後に「腹が減った」などとのたまい、
 志摩子が集めた食料にさっそく手を付け始め、現在は腹の虫が治まったかの様に見えいたが、
 やはり灰色の魔女の事が頭から離れなかったようだ。
 終の言葉に志摩子は息を呑み、メフィストはしばしの沈黙の後に話の続きを促した。
「ええ、彼女の事も関係しているから、しばらくの間黙って聞いていてくれるかしら?」
 ダナティアの返事に対して終は素直に手に持っていたパンを置き、
「別に良いけど……こいつはけっこう長くなるのか?」
「ええ、そうね。夢の話よ……魔王の下に魔女が集った夜会の夢。
運命と言う名の偶然に導かれ――深層心理の奥底にて招かれた“無名の庵”で出会った、
闇の世界の住人“夜闇の魔王”――神野陰之。このゲームの主催者との対話の夢よ」

634竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:10:19 ID:fmBZ14cE
 瞬間、今まで沈黙を貫いてきたメフィストが僅かに眉をひそめた。
 しかし、その眼光は衰えず、食い入るようにダナティアを見つめる。
「今、何と――神野? ……あの神野陰之か」
 ――神野陰之。“いと古き者の代理人”や“名付けられし暗黒”その他様々な名称で
 古い時代から呪術の書物に稀に顔を出す謎の人物としてメフィストは彼を知っていた。
 だが、自身は実際にはその存在を認めてはおらず、まさかこんな場所で彼の
 名前に出くわすとは思っても見なかった。
 神野の力は強力で、現代の魔術が通用しないらしく、「神野の由来より古い呪物を
 持ち出さないとその存在に対抗する事が出来ない」と言われる厄介な相手らしい。
 それでいて最高の魔法のくせに、自分で何かを始める事が出来ない存在――、
 故に黒幕は二人組だろうとメフィストは推測した。

「ご存知なんですか?」
「当然の事だが私は医者という職業上、呪術の知識にも触れたことが有る――」
「普通の医者はそんな事しないと思うけどなあ」
 間髪入れずに放たれた終のツッコミをメフィストは無視した。
「――触れたことが有るのだが、神野陰之についてはほとんど情報が無い。
私の手持ちの文献にも、その存在はほとんど記されていない。
分かっているのは『あらゆる場所に遍在しているので距離や時間などの概念は無意味』
である事と、『人間とは異質かつ高位な存在である上、自我のすら曖昧な為、
精神攻撃や物理攻撃も殆ど通用しない』らしい事、更に『相手の望みを聞くという法則』
を持っている事。その程度しか私は情報を得ていない」
「いや、そこまで知ってれば十分だろ……古書マニアの始兄貴だってそんな事は
知らないはずだぞ。……どのみち今はもう、関係無いけどな」
「――ダナティアさん、続けて下さい」
 志摩子は終が兄の死を思い出して苦しんでいる事を察して、話の続きを促した。
 ダナティアもそれを承知している為に、即座に夢の詳細を語り始めた。

635竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:11:30 ID:fmBZ14cE
 “天壌の劫火”アラストールとの約束。
 無邪気に笑う“魔女”十叶詠子。
 深層意識でさえ福沢祐巳の形を取る“灰色の魔女”カーラ。
 十叶詠子が『ジグソーパズル』と称したサラ・バーリン。
 「『私』に問い掛ける事を許そう」と厳かに告げた“夜の王”神野陰之。
 そして――、未だ顕れざる精霊“御使い”アマワ。
 神野は語った。
「『彼』は君達にこう問い掛けているのだよ。
 “――心の実在を証明せよ”」

 ダナティアが語った夜会の内容は、一同に少なからず衝撃を与えた。
「難題ですね。心の実在を証明せよ、ですか……」
「心ってのは脳の中に有るんじゃないのか? 今こうして考えてるのも脳だろ?」
「“人間”ならばそうでしょうね。でもアマワは精霊なのよ。
あの“夜の王”やアマワには実体は存在しないはずだわ。当然、脳なんて持ってないわね」
「おい! せんせーはどう思うんだよ。医者なんだろ?」
 終は目に見えて怒っていた。
 彼にとっては「心の実在」などどうでも良く、
 そんな不確定なものを証明する為にこんなくだらないゲームに引っ張り込まれ、
 結果として兄と従姉妹を失った。彼らは二度と戻って来ない。
 湧き出す感情は悲しみよりむしろ怒りが大きい。
「ったく……最初から頭でっかちな学者連中を集めてりゃあ良いんだよ」
 何故自分達が殺し合わなければならないのか?
 何故失う事で心の実在が証明されるのか?
 終には分からない。
 胸を押さえても感情は荒ぶるばかりで少しも鎮められない。

636竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:12:16 ID:fmBZ14cE
 終の怒りが弾けそうになった時、メフィストがようやく口を開いた。
 その口調には何のてらいも気負いもない。
「“――心の実在を証明せよ”か。実に興味深い……。
私も正直、確固たる名案を示す事ができん。――終君、明確な理由が有るので
憤らないでくれたまえ。まず、我々はアマワと呼ばれる精霊について何ら情報が無い。
一言に精霊と言っても実際には雑多な種が居て、まとめて括る分けにはいかない。
現在我々はアマワについて全くの無知であり、アマワはどのような性質を持ち、
どれほどの存在なのか皆目検討がつかない」
 ここまでは理解できるだろうか。と、一旦言葉を区切ったメフィストは、終と志摩子を
 交互に見渡した。特に終は感情が高ぶっているので、下手に刺激するよりは
 多少話が長くなっても、理解しやすく説明した方が安全性が高い。
 二人が了承の意を返してきたので、メフィストは話を再開した。

「先ほど、実体が無いから脳で考えている訳ではない、と言われたが
確かにそれは的を得ている。だが、我々はアマワの性質を把握していない。
人間の心と精霊の心が同一であるのかすら不明だ。
故に、現状ではアマワの問いに的確な返事を返す事が出来ない。
仮定は幾つでも立てられるが、それらはあくまで仮定であって、解決にはならない。
あいにく私は確証も無く推論を垂れ流す、愚昧な知性を持ち合わせてはいない」
「何だよ。結局アマワの事を知らないから、ハッキリと断言できないって事だろ?」
 終はのけぞってギシギシと椅子を鳴らした。
 しかし、終も精霊がどうやって思考してるかなんて事はさっぱり分からないので、
 人の事をとやかく言う筋合いは無い。
「不満のようだな? なんなら幾つか推論を述べても構わないが」
「結構ですわ、ドクターメフィスト。終君、不確定な情報から導かれた推論は
後々になって自らの首を締めるかもしれなくてよ。ドクターはそれを警戒している――」
「分かったよ。けどアマワの事をバラした神野ってのも、おれに言わせれば十分胡散臭え。
言ってる事は、全部自己申告だしな」
「でも、ゲームの裏に神野と名乗る存在が居るのは確実なんですよね?
ダナティアさん?」
「十叶詠子は彼の実在を確信していましたわ。刻印を作製したのは彼だと明言
していたわね……」
 電波ってる娘を何処まで信用して良いか分からないだろ。と、終は再びパンを
 食べ始めた。ダナティアの話を聞く限り、十叶詠子は尋常ではない。
 人格だけなら小早川奈津子の方がまだ理解し易い。

637竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:12:58 ID:fmBZ14cE
 いや、あの化け物の思考が単純すぎるのだろうか……? 少なくとも茉理ちゃんと
 比べると、十叶詠子ってのは十分変人の域に達しているはずだよな。
 パンの耳に喰らい付きながら、終はそんな事を考えていた。

「ならば、他にも参加者の中で黒幕の存在を理解・知覚している人物が居るかも
しれん。ルールに反しない限り主催者が手を出さないなら、
我々にも反撃の機会は十分有る――」
 そこまで言葉を連ねてメフィストは沈黙した。
 不思議がった志摩子が声を掛けようとした寸前に、終が彼女の口を塞ぐ。
「声が聞こえるんだ――この馬鹿みたいな笑い声は……まさか……」
 南を向いて耳を澄ませるその横顔はかなり引きつっている。
 露骨に不快の意を示す終の態度に志摩子は眉をひそめたが、
 沈黙を保ったおかげで彼の言う“馬鹿みたいな笑い声”を聞く事ができた。

「をーっほほほ……ほほ、ジタバタ……に静か……し!」
「貴様っ! 誇り……このマスマ――おごっ!」
「この……小早川……から逃げら…………って? さっさ………れておし……」

「終さん、この声は……例の?」
「十中八九、小早川奈津子だな……。気が乗らないけど、おれの出番か。
地の果てまで逃げてでも闘いたくはなかったんだけど、あんた達が居ちゃあなあ」
 そう言って終は超絶美人のメフィストとダナティアを横目で見やった。
 極端な国粋主義者の小早川奈津子にとって金髪美女のダナティアは
 目の敵であり、メフィストに至っては奈津子のストライクゾーンのど真ん中
 に直球を投げ込むようなものだ。
 『いやがる男を力ずくで征服するのが女の勲章』などとのたまう彼女には
 極上のターゲットだろう。何としてでもあの怪女から守らねばならない。
 小早川奈津子は一度目標を定めればテコでも動かず、弁舌による丸め込みが
 効かない上に物理的にも止められない。メフィストにダナティアという
 最高のエサを眼前にぶら下げれば、即座に彼女は喰らい付くだろう。

638竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:13:42 ID:fmBZ14cE
「おれが適当に走り回ってあの怪物をまいてくるから、
あんた達はここでじっとしててくれよ。放送には間に合うようにするから、
それまで今後の予定でも話し合うなりご自由に」
 珍しく早口でまくし立てるなり終は扉ではなく窓のほうへと歩を進める。
 先ほど、美男美女にはさんざん小早川奈津子なる存在の危険性を説明した。
 事態が深刻化しない限り表に顔を出すようなマネはしないだろう。

 いざ出撃せんとする終の眼前、ガラス窓の外には濃霧が立ち込めていて、
 三メートルくらいしか前方を見通す事が出来ない。
 それでも終はガラリと窓を開け、下を眺めた。
「あー、やっぱ見えないか……。上手く当てれば一撃で吹っ飛ばせるかも
しれないんだけどなあ。ま、図体がでかいから確率は半々ってトコか」
「あの……終さん? 出口は――」
「知ってるよ。あんたは少しばかりこの竜堂終を甘く見てるだろ?」
 終は得意げに長剣――ブルートザオガーを手首だけで一回転させた。
 いとも簡単に扱っているようで、この剣は使い手を選ぶ厄介な宝具だ。
 しかし、存在の力を込めれば剣に触れてる者を傷付ける便利な能力を持ち、
 使い手によっては相当な威力を発揮する。

「じゃ、元気なうちに一暴れしてくるぜっ」
 まるで散歩に行くかのように終はひょい、と窓から飛び降りた。
「終さん! ここは四階……」
 あわてて志摩子が窓辺に駆け寄るが、
「ハギス走り――!!」
 終は並みの人間ではない。ドラゴン・ブラザーズの三男だ。
 そのまま景気づけに大声を上げると、垂直な壁面を全速力で走り始める。
 志摩子が窓から見下ろした時には、終の後ろ姿は霧にまみれて消え行く所だった。
「安心したまえ、彼の身体は優良中の優良だ。この程度の落差はものともしないだろう」
 背後からメフィストの声が掛る。
 志摩子は、土砂の下敷きになってもピンピンしていた終の様子を思い出し、
「行っくぜ――だぁらっしゃ――!!」
 同時に終の気合いと共に放たれた衝撃音を耳にした。

639竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:14:27 ID:fmBZ14cE
「だぁらっしゃ――!!」
 “正義の天使”小早川奈津子は頭上から聞き覚えのある声を聞き、
 とっさに跳躍して回避行動を取ろうとした。――が、間に合わない。
 しかも、先ほど入手した『危険に対する保険』は見苦しい上に五月蝿いので、
 たった今沈黙させた所だ。 現在自分を守る物は何も無い。
 もし、この玉の肌が傷ついたらどうしてくれよう?
 八つ裂きでは済まさない。
 来るべき衝撃に対して小早川奈津子は身構えたが、
「あっ、姿勢を沈めるなよ! 脳天直撃コースだったのに!」
 頭上ギリギリを飛び越えて、奈津子の見知った人物が降って来た。

 “ハギス走り”などと称してビルの壁面を駆け下りた終は、
 目ざとく女傑を発見すると垂直な壁を踏みつけて即座に飛び蹴りを放った。
 しかし、女傑もさる者、蹴りが命中する直前になんとか回避に成功し、
 おかげで終の蹴撃は、彼女の上を通過して少し離れた大地に着弾。
 凄まじい衝撃音と共に、直径3メートルのクレーターを生成した。
 そのまま両者は向きなおり、お互いの危険度を再確認する。

「をーっほほほほほほほほほ!!」
 濃霧の中に仇敵を見つけた小早川奈津子は哄笑を上げる。
 風がやみ、周囲の霧が吹き飛んだ。周囲の市街地は廃墟さながらの不毛な
 沈黙に覆われた。何か途方も無く不吉な存在が、世界の全てを圧倒していた。
「元気そうで何よりだな、おばはん」
「何度言っても分からないガキだこと! あたくしの事はお嬢様とお呼びっ!」
 ああ、夢じゃない。コイツは正真正銘の小早川奈津子だ。
 終は深く吐息を吐くと、巨体の女傑と視線を合わせた。
 最早、背後に道は無い。
「をっほほほほほ、苦節一日、ついに国賊竜堂終を発見、これを撃滅せんとす。
大天は濃白色にして波高しっ! さあ、正義の鉄拳を受けてあの世へお行き!」
「いやだね」
「そんなワガママ通るとお思ってるの? 地獄で根性を叩きなおして
おもらいっ!」

640竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:15:17 ID:fmBZ14cE
 言うなり女傑は終に突撃した。
 その拳には狂気と殺気が載せれられている。直撃すれば大ダメージだ。
「冥王星まで飛んでおいき!!」
 命中まで一秒。しかし、終は自分に急接近する禍々しい黒影を睥睨している。
 大気の悲鳴と共に、不吉の象徴が終の頭部を打ち砕かんとするその刹那、
 初めて彼の手が動いた。落ち着いた動作にしか見えないそれは、
 軽い一払いで小早川奈津子の豪腕を逸らす。
 更に、逆の手はいつの間にか長剣を手放し、女傑の腰に添えられていた。
 彼女が二発目を繰り出す前に、もう片方の手も腰に添えて――、
「おおっと、ここで終選手の巴投げだー!」
 自分で実況しながら身体を後ろに倒し、最後に脚で蹴り上げる。
 相手の図体が大きすぎる為、かなり変則的な投げだったが、
 ともかくは“天使”は宙を舞った。

 常人ならこの一投げでノックアウトだろう。
 が、相手は小早川奈津子。世界の常識は通用しない。
 たとえ、吹き飛ばされて瓦礫の山に埋もれようとも、闘志を増して
 カムバックする日本史上最強にして最恐の称号を持つ最兇の女性である。
 地面に激突する寸前に身体を捻って、華麗に――少なくとも本人は
 そう称するはずだ――着地した。
「をっほほほ、さすがはあたくし。行動全てが美麗なり! 10.00!」
「いや、地面に脚がめり込んでる。体操競技じゃあマイナス点だろ」
 余裕そうにコメントする竜堂終は気付いていない。
 自分が今、凶悪な細菌兵器に感染してしまった事を。
 故に数分後、調達したばかりの服が崩れ去ってしまう事を。
 
 ともあれ比較的穏便な第一ラウンドは終了した。
 最も、彼らにとってはほんの挨拶代わりの小手調べに過ぎない。
 又、終が追撃を加えなかった事には理由が有る。
 真近で見た小早川奈津子の首下に、銀の鎖で繋いだ黒い球を
 交差する金のリングで結んだ意匠のペンダントがぶら下がって
 いるのを発見したからだ。
 つい先ほどダナティアは紅世の魔神アラストールとやらが
 意志を顕現させる神器、『コキュートス』が自分達の側に有るらしい
 と話していなかっただろうか?
「おい、おばは――お嬢様。そのペンダントは支給品なので御座いますか?」
 なんだか変な日本語だったが、とりあえず終は問いを発してみた。
 もしもコキュートスならば、途中で回収せねばならない。
「をっほほほほほ、その通り。陳腐ながら我が美貌を飾り立てる装飾品でしてよ」
「――二度目だが、ただの装飾品と一緒にされるのは不本意だ」
 小早川奈津子の嬌声を打ち消すように、
 重く低い響きのある男の声がペンダントから聴こえた。

641竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:16:05 ID:fmBZ14cE
「『なんとかなるだろう』と思っていたのが過ちだったようだな。
女傑とは言え、人間一人にまさかここまで振り回されるとは」
 さすがの“天壌の劫火”も小早川奈津子のような人間に
 出会ったのは始めてらしく、ある種の衝撃を受けたらしい。
 何とかして自身の契約者と出会う為、彼は小早川奈津子を誘導しようと試みたが、
 結局彼女は無謀・無策に暴走を続けて現在に至るのだった。
「お、喋った。おい、“天壌の劫火”アラストールってのはあんたの事か?」
「いかにも。厳密には本体は契約者の中なのだが……我が名を知る汝は
ダナティア皇女の手の者か?」
「おれの上に主人は居ないぜ。名は竜堂終、あんたの持ち主に言わせれば
人類の敵ってやつだ。ま、今は――」
「おだまりおだまりおだまり! このあたくしを差し置いて……観念おし!」
 ほんの少しの間であったが、除け者にされた事が小早川奈津子の
 癇に障った。彼女は未だ気絶する『危険に対する保険』――ボルカノ・
 ボルカンの両足首を掴むと軽々と持ち上げる。
 そして頭上でバットの如く振り回し始め、
「をーっほほほほほ! おくたばりあそばせ――!」
 そのまま終に向かって叩きつけた。

 かくして、人外対人外の第二ラウンドが始まった。
 

 天下の女傑、小早川奈津子が竜堂終に天誅を加えんとしている頃。
「――この音は……どうやらどこぞの馬鹿が派手に騒ぎ始めたか。
当然、ゲームには乗ってるはずだな」
 185cmを超える長身にドレッドヘアに野生的な顔立ち。
 間違えようも無く、<凍らせ屋>の異名を持つ漢、屍刑四郎である。
 せっかく単独で動いているにも関わらず、 朱巳とヒースロゥと別れて以来、
 誰にも会っていない。
 わざわざ脚を運んだ島の北西エリアにも人影は見当たらなかった。
 仕方なく公民館辺りへ進路を変更しようとした時、
 東方より盛大な破砕音が聞こえたのだ。
(とりあえず、巻き込まれたヤツの保護を優先か。馬鹿の取り締まりはその後だ)
 “乗った”者を引きつけ、そして返り討ちにする当初の作戦は変更しなければ
 なるまい。取り締まりの為とは言え、今は自分から喧嘩を買いに赴くのだ。
「方角は……市街地か」
 魔界刑事の本領がついに発揮される時が来た。
 屍は濃霧に沈むパーティー会場へと歩を向ける。
 大地を踏みつける脚の動きは加速して――そして留まる事を忘れたようだ。

642竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:16:51 ID:fmBZ14cE
 一方市街地では、騒ぎ始めたどこぞの馬鹿の片方が不気味すぎる歌声を発していた。

 ♪廃墟に独り孤高の戦士 ラララー
  愛と正義のために戦う〜
  あ〜あ〜、ナツコ・ザ・ドラゴンバスター
  あ〜あ〜、ナツコ・ザ・ドラゴンバスター

 何羽かのカラスが気絶して堕ちていくのを逃走中の竜堂終は目撃する。
 今や、霧深き街に史上最悪の音響兵器が出現しつつあった。
「頼むから歌までにしといてくれよ……。振り付けなんか見たくないぞ」
「をーっほほほほほほ! 闇には光、悪には正義、忌まわしきドラゴンには
この小早川奈津子が大日本帝国に代わっておしおきよ! 滅びよ鬼畜!」
「人の話を聞きゃしねえ……。しかもザ・ドラゴンバスターは英語だろ……?」
 アート・デストロイヤーと化した小早川奈津子は進路に立ち塞がる障害物を
 ものともせずに終に肉薄する。
「粉骨砕身!」
 繰り出された一撃を終はかろうじて回避、大技を空振りした女傑は少しよろめいた。
 間髪入れずに脚払いを放って女傑を転倒させた終は、頭の隅に疑念を抱く。
 ――小早川奈津子がさっきから右腕を使っていない。何故だ?
 気絶した少年を掴んで振り回しているのは左腕だ。本来の彼女なら両手に花ならぬ
 両手にチェーンソーを使いこなせるパワーが有る。
 竜すら恐れぬ怪物は、どうして右手を空けるのだろう?
 終は、倒れた彼女から距離を取りつつ黙考する。
 ――もしや、おばはんは誰かを襲って手酷い逆襲を受けたのか……?
 有り得ない話ではない。現に竜堂家の長男たる始は命を失っている。
 この小早川奈津子を圧倒するような参加者が居ても可笑しくは無い。
「どの道、おれにとってもバッドニュースだな。仮にもおばはんは
最強クラスの人類だってのに……腕を一本やられるなんて。相手は何処の怪物だ?」
 走りながらちらりと後ろを振り向けば、女傑の姿は既に見えない。
「……? なんで追って来ないんだ?」
 バテたのだろうか? いや、あの怪物の体力は人智を遥かに超越している。
 世界の常識を完全に脱しているからこそ、彼女は竜堂兄弟の天敵たりえるのだ。
 立ち止まった終の背を冷水が伝わる。

643竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:17:32 ID:fmBZ14cE
 その時、
「をーっほほほほほほほほ! 油断大敵!」
 終の真横に位置する住宅の倉庫を文字どうりブチ破り、不幸の具現が踊り出た。
「しまった!」
 叫んだ時には既に遅し、身をかがめて逃げようとする半熟ドラゴンに
 小早川奈津子は巨大な手を伸ばす。
「をっほほほ! この聖戦士にして愛の女神、小早川奈津子から
逃れられるとお思いっ?」
 それでも災厄から逃れんとする終の頭を右腕で掴み、怪女は
 ボルカンを握り締めた左手を掲げて――、
「尊皇攘夷!」
 そのまま終に叩き付けた。
 全身の骨格が軋み、掴まれた頭骨が悲鳴を上げる。
「忠君愛国!」
「唯我独尊!」
 続けて二発目、三発目と大地をも穿つ打撃を繰り出す聖戦士。
「天下無敵!」
 四発目で終の頭を離すとタイミングを計ってフルスイング。
 さながら人間ノックである。
 そのまま終は地面と水平にブッ飛び、
 女傑が空けた倉庫の穴へと吸い込まれていった、
 刹那の時間で衝突音が発生、倉庫が崩壊を始める。
 崩壊に巻き込まれ、竜堂終の姿は小早川奈津子の眼前から完全に消失。
 地面には先程まで彼の所有物だった長剣が転がっていた。

「をーっほほほほほほほほほほ! 人類の敵め、今更あたくしの強大さを
認めたところで、命乞いなんぞ聞き入れなくてよ! 
苦難の果てに復讐の時ついに来たり。さあ、覚悟おし! 観念おしおし!」
 待ち望んだ勝利の瞬間を目前にして哄笑を上げる小早川奈津子。
 ひとしきり笑うと、彼女は仇敵にとどめを刺さんと歩を進め始る。
 途中に落ちていた長剣を手に、悠々と瓦礫の山に迫るその姿は、
 正に大将軍に相応しい。
 威圧感を損なわないように、ゆっくりと歩くのが彼女のたしなみである。
 途中でひしゃげたバット――ボルカノ・ボルカンを投げ捨てると、
 女傑は崩れた倉庫を睥睨した。
「ああ、お父様。憎きドラゴンを八つ裂きにする光景、
どうかお空から見届けてくださいまし!」
 亡き父の祝福を祈ると、彼女は瓦礫の山から竜堂終を引っ張り出そうと
 身をかがめ――、
「くらえ、妖怪っ!」
 打ち出された終の鉄拳が“天使”の玉肌に着弾した。

644竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:18:16 ID:fmBZ14cE
 竜堂終の反撃はそこで終わらない。
 のけぞろうとする小早川奈津子の服を左手で掴み、
「家訓曰く――」
 上体を捻って右手を大きく振りかぶり、
「恨みは十倍返し……!」
 女傑の額に戦車砲に匹敵する怒りの右拳が炸裂する。
「――――!」
 大砲の直撃と言っても過言ではない衝撃にさしもの女怪も言葉にならぬ
 悲鳴を上げて吹き飛んだ。
 それを確認した終が崩れた倉庫から飛び出す。
 倉庫に叩き込まれた衝撃と小早川奈津子の細菌兵器のおかげで、
 せっかく調達した上着はボロボロに崩れ去ってしまった。
 ちなみに下は石油製品製ではなかったので、女傑の前で全裸を晒すという
 終の人生最悪の事態はかろうじて回避された。
 最も当の本人は細菌について何ら分かっていないので、
 倉庫にブチ込まれていきなり服を失った事に若干困惑しようだが、
 ――相手は小早川奈津子、何が起きても不思議じゃないな。
 と、すぐに納得したようだ。

「始兄貴直伝の鉄拳だ。額に当たればさすがに効くだろ」
「お、おのれこの国賊! このあたくしにだまし討ちとは――無礼者!」
 よろめきながらも不死身の戦士は立ち上がる。
 手には長剣――ブルートザオガーが握られ、その目に宿った
 強い殺意が終の身体を貫いた。
「何言ってるんだ? 無礼も何も、おれは人類の敵だぜ?」
「をっほほほほ! それでこそ竜堂兄弟の三男。叩き潰し甲斐があってよ」
 上等。と、終は小さく呟いた。叩き潰し甲斐があるのはこちらも同じだ。
 だが、怪女を叩き伏せる前に回収すべき物が二つほど有った。
 一つは首に下げられた神器コキュートス。
 もう一つは自身の支給品だ。

645竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:18:58 ID:fmBZ14cE
「言ったよな? 十倍返しって。あと四十発近くプレゼントがあるぜ?」
「どこまでも生意気なガキだこと……。清く正しく美しくかつ速やかに
あたくしの覇道の礎にお成りっ!」
「……御免こうむる」
「をーっほほほほほ! 問答無用。さあ、殺して解して並べて揃えて
お父様の墓前に晒してさしあげてよ!」
「――ハギス跳び!」
 小早川奈津子の哄笑が終わると同時に終は動いた。
 半熟ドラゴンとは言え、終の初速はハンパではない。
 彼が大地を踏みつけて跳躍した時、ようやく女傑は反応した。
 しかし、ブルートザオガーを装備した女傑のリーチは長大だ。
 もし、懐に入れたとしても自他共に不死身と認める小早川奈津子を
 一撃で沈めることは出来ないだろう。
 ――先手でも取らない限り、苦戦は必至だな……。
 そう判断した終は真っ先に女傑の手首を狙った。
 怪力無双の小早川奈津子だが、無手にできればこちらが致命傷を
 受ける確率はかなり減少する。
 終は本日三度目の鉄拳を振りかぶり――、
「!」
 小早川奈津子が剣の柄から手を離していた事に気が付いた。
 ――罠だ――。
「おーっほほほほ! 国賊成敗!」
 跳躍姿勢のためにまともな防御もできない終に、巨大な拳が叩き込まれた。
 
 人外対人外の第三ラウンド始まりである。


【B-3/ビル/一日目/17:45】
【楽園都市を竜王様が見てる――混迷編】

【藤堂志摩子】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り・一日分の食料・水2000ml)
[思考]:争いを止める/祐巳を助ける

646竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:19:46 ID:fmBZ14cE
【ダナティア・アリール・アンクルージュ】
[状態]:少し疲れ有り
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式・パン4食分・水1000ml)/半ペットボトルのシャベル
[思考]:救いが必要な者達を救い出す/群を作りそれを護る

【Dr メフィスト】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具]:デイバッグ(支給品一式・パン5食分・水1700ml)
[思考]:病める人々の治療(見込みなしは安楽死)/志摩子を守る


【A-3/市街地/一日目/17:50】
【竜堂終】
[状態]:打撲、生物兵器感染、上半身裸
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:カーラを倒して祐巳を助ける、小早川奈津子を倒す
     コキュートスとブルートザオガーを回収する
[備考]:約10時間後までに終に接触した人物も服が分解されます
    10時間以内に再着用した服も石油製品は分解されます
    感染者は肩こり、腰痛、疲労が回復します


【北京SCW(新鮮な地人でレスリング)】

【小早川奈津子】 
[状態]:右腕損傷(殴れる程度の回復には十分な栄養と約二日を要する)生物兵器感染  
[装備]:コキュートス、ブルートザオガー(吸血鬼)
[道具]:デイバッグ(支給品一式・パン3食分・水1500ml)  
[思考]:をーっほほほ! 竜堂終に天誅を!
[備考]:約10時間後までになっちゃんに接触した人物も服が分解されます
    10時間以内に再着用した服も石油製品は分解されます
    感染者は肩こり、腰痛、疲労が回復します

647竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:20:27 ID:fmBZ14cE
【ボルカノ・ボルカン】 
[状態]:気絶、左腕部骨折、生物兵器感染
[装備]:かなめのハリセン(フルメタル・パニック!)  
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1600ml)  
[思考]:……。全てオーフェンが悪い!
[備考]:ボルカンの服は石油製品ではないと思われるので、服への影響はありません。


【B-2/砂漠/一日目/17:50】
【屍刑四郎】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1800ml)
[思考]:市街地へ向かう、ゲームをぶち壊す、マーダーの殺害。

648霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:19:10 ID:Xu24PZe6
――諸君、……

「チャッピー、周りを見張ってて」
はいデシ、と答える声を聞きながら、フリウは手早く地図と名簿、そして鉛筆を取り出した。隣で要も同じようにするのを見つつ、聞こえてくる声に集中する。
相変わらず濃い霧の中で、紙が湿気を吸い始めている。放送を聴き終わったら、すぐに仕舞わなければだめになってしまうだろう。
一つ、そしてまた一つ。名前が読み上げられるのにしたがって、名簿から死亡者を鉛筆で消していく。
一枚の紙切れに記された名前。その上の一本の線。この島ではそれが死の姿だ。
――043 アイザック・ディアン
手が滑って、一つ前の名前を二重に消してしまった。
――044 ミリア・ハーヴェント
仕方がないから二人分まとめて線を引いた。なんとなく、そのほうがふさわしいように思えた。
――084 哀川潤
その名前を聞いたときには鉛筆を持つ手が震え、抑えようとして果たせず……結局、線を引くことができなかった。
気がつくと、死亡者の発表は終わっていた。自分の思考とは無関係に流れていく放送を追い、歯を食いしばって禁止エリアに印をつけていく。
死は、人を消し去りはしない。それでも、ここで立ち止まってしまったら彼らが残してくれた何かを傷つけてしまいそうな気がして、フリウは最後まで手を止めなかった。

649霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:21:07 ID:Xu24PZe6
――アイザック・ディアン
――ミリア・ハーヴェント
――哀川潤
地図に禁止エリアを書き込みながら、要は読み上げられた名前を頭の中で反芻していた。
ほんの……ほんの数分前までならこう思っていられたのだ。
『彼らにはもう会えない――蓬莱の家に今もいるだろう、かつての家族と同じように』
彼らの“死”を認めたくなければ、そう理解するしかなかった。
しかし放送は、これが単なる“別れ”ではなく“死別”であることを否応なしに突きつけてくる。
いつでも陽気だったあの人々は、もう、どこにも存在しない。
その事実に今更ながら震え、同時に、死者を悼むこの時でさえ、
自らがあるべき場所――驍宗の傍――にいない苦しみも強く感じている自分に気づいてしまい……
瞬きをした目から涙が一粒、暗い地面にこぼれ落ちた。

――健闘を祈る。

650霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:22:43 ID:Xu24PZe6
フリウ、と呼ぶ声に顔を上げると、要がこちらを見つめていた。
「どしたの……?」
その様子になぜか不安を掻き立てられる。次に飛び出した一言は、フリウの予想だにしないものだった。
「ぼくね、これからは一人で行こうと思うんだ」
「何、…言ってるの? そんなの……危険……」
死んじゃうかもしれないじゃない、という言葉を、口から出る寸前で呑み込む。
それを知ってか知らずか、要は静かに、しかし、しっかりとした口調で反駁してきた。
「でも、ぼくがいたら、フリウとロシナンテはもっと危険だもの」
それに、と要は後を続ける。その声は、不自然に明るい。
「学校でも、他のどこかでも良いの。ずっと隠れていれば、ぼく一人でも安全なんじゃないかしら」
「で、でも、隠れている場所が禁止エリアになったら? 誰かに見つかったら?
そんなときにいったいどうするの? 要が一人で切り抜けられるわけないじゃない!!」
フリウは要の腕をつかもうとして――それができないことに気づく。
問答の間にも少しずつ移動していたのだろうか。
つい先程まですぐそこにいた少年は、いつの間にかに手の届かない距離まで離れていた。
視力のある右目で、相手の瞳を見つめ返す。
その奥に、鋼のような強い意志が見えたような気がして、それ以上、視線を合わせていることができずにうつむいた。
我知らず、ぽつり、と言葉が漏れていた。
「やっぱり……あたしじゃ潤さんの代わりはできないのかな……」

651霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:23:49 ID:Xu24PZe6
「そういうわけじゃ……」
その言葉の無意味さに気づいて要は口をつぐんだ。
この島では誰しもが弱者だ――自身の安全すら、誰にも保証できない。ましてや、彼のような足手まといがいてはなおさらだろう。それはフリウも、そして潤ですらも変わらない。
しかし、その事実は今のフリウにとっては何の慰めにもならない。
かける言葉もなく、ただ立ち尽くす。
――そのときだった。“それ”の気配が、意識の底に滑り込んできたのは。
吐き気のするような腐臭――いや、屍臭。

652霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:26:30 ID:Xu24PZe6

“それ”は澱みであり穢れだった。
“それ”の正体を彼は知らない。しかし、“それ”に対しの不快感が、
“それ”が避けるべきものであることを教えてくれた。
初めて気づいたのは日の出の頃か。それからずっと、彼は島のそこかしこ、
時に薄く時に濃く、血の臭いにまじって漂う“それ”を感じていた。
時がたつほどに“それ”の気配は色濃くなっていく。そう、彼の体を害するほどに。
“それ”はいったい何なのか? 彼の疑問は、しかし、進展していく事態の中で捨て置かれ、いつしか忘れ去られてしまっていた。
けれど、今になって彼は思う。“それ”は老紳士を殺した少年や、つい先程の乱入者の体にはっきりと纏わりついてはいなかったか?
視線の先、目の前の少女の背後に濃厚な“それ”の気配が近づいていくのに気づいて、彼は叫び声をあげた。

653霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:28:30 ID:Xu24PZe6
――084 哀川潤
学校で子供たちを待つ者はすでにない。そのことを知って、パイフウは考える。
この情報は、これからの襲撃に対してどういった影響を与えるだろうか? 
放送の内容を頭に入れながら、現在の状況を再確認してみる。
周囲は霧。相手からこちらが見えないのは確かだが、同様に、こちらも視界は制限されている。
追跡は音と気配に頼るために通常より困難。気づかぬうちに禁止エリアに踏み込んでしまう危険性。
風は東風(彼女は知らなかったが、海沿いでは夜間、陸から海へと陸風が吹く)。
相手に気取られないように風下から接近する必要――実際そのために、すでに子供たちの進行方向へと先回りしている。
こうなると、「学校に着くまで」という制限がなくなったことは素直に喜んでもいられないようだ。
これでは万が一逃げられた場合、相手の行動に予測がつかなくなる。
三人全員を確実にしとめることを考えるなら、「学校へ先回りして待ち伏せ」という選択肢も
考えに入れておいて損は無いかもしれない――もっとも、このまま進路に変更が無ければの話だが。
(どうしようかなあ)

654霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:31:19 ID:Xu24PZe6
いずれにせよ、まずは慎重に接近して様子を伺うべきだ。ショックで放心状態にでもなってくれていれば襲撃の好機。
そうでなくても、今後の行動についての相談くらいはするだろう。その内容や様子次第でこちらも行動を決めればよい。
放送が終わりを告げ――そこで再びパイフウは耳をそばだてた。言い争いが始まっている。
(チャンス?)
聞こえ方からすると、一人は確実にこちらに背を向けているようだ。
外套の偏光迷彩を起動し、声をたよりに標的に接近する。
(……くだらないわね)
要とかいう少年だ。どうせ守られるしかないのなら、相手の好きにさせておけばいいのに。
公平な意見とは言いがたいが、そう思わずにはいられない。
話し声を聞きつける者のことなど、まったく頭に無いらしい。
(まあ、つまんない気休めを言うほどばかではないみたいだけど)
少年が黙ったために声は止んでしまったが、もう必要ない。霧の向こうにぼんやりと人影が見え始めている。
予想通りだ。金の髪の少女――フリウ・ハリスコー――はこちらに背を向けている。
右の拳を固めた。極力音を立てずに素手の一撃でしとめ、状況を把握する暇など与えない。
あと五歩。
四歩。
三歩。

655霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:35:15 ID:Xu24PZe6
彼がパイフウの周囲に感じ取った何か。“それ”は、この島で死を遂げた者――殺され、そのまま打ち捨てられた者たちの怨詛だった。

「フリウ!! 後ろ!!」
「危険があぶないデシ!」
突然、要が叫んだ。一拍おいて続くチャッピーの声に焦燥を覚え、フリウは後ろを振り向こうとして、できない。
鋭い一撃が背中を襲い、前へと蹴り倒された。息がつまり、気を失いそうになるのをどうにか堪えて地面に手をつく。
立ち上がろうとして、先程とは同じ場所を今度は踏みつけられる。
鈍い音を立てて骨が折れた。そして、それを掻き消すように、何かが破裂する乾いた音が霧の中に響きわたった。

656霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:37:54 ID:Xu24PZe6
(バレた!?……)
声は二つ。前方さらに奥と左手から。
手段は分からないが、要とかいう少年にいたっては、間違いなくこちらの位置を把握してきている。
(気配を消しても気づくのね……やっかいだわ)
標的を変更――まずは、“目”の排除を優先する。
一息に距離を詰め、少女をその場に蹴り倒した。そのまま踏みつけて動きを封じる。
その向こうに人影が一つ――髪の長い少年だ。もう一匹は見当たらない。
間合いが遠い。ウェポン・システムを構え、発砲する。
目標の腹部に命中。少年は衝撃に体を丸め、そのまま後方へと倒れこんだ。
一発で十分。念のため、必中を期して腹部を狙ったが、その必要もなかったらしい。
まず間違いなく即死だろう。仮にそれを免れたとしても、この島で適切な処置を受けられる見込みなどあるはずもない。
(もう一匹の位置がつかめないか……一旦、引いたほうが良いわね)
そう判断を下すのとはほぼ同時。足元に視線を転じようとした瞬間、少女を踏みつけたままの右足に何かがまきつくのを感じた。

657霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:39:08 ID:Xu24PZe6
「要しゃん!!」
悲痛な叫びに、何か致命的な事態が起こったのを知ったのが先か、それとも行動が先か。
フリウは痛みをこらえ、意識を集中した。体から放たれた念糸が、いまだに自分を踏みつけている何者かの脚に巻きつくのを感じる。
(このぉ!!)
目標が捩れ始め……そこで止まる。何かが念糸の作用を妨害している。
念糸で接続されたその向こう。力と力が拮抗し、それ以上動かない。
(念糸に、抵抗しているの!?)
背筋を冷たいものが流れ落ちる。背後で膨れ上がる殺気に戦慄を覚え、刹那……
唐突に重みが消失し、体の上をふわふわとしたものが通り過ぎていく。
(何……?)
伸びきったところで集中を失った念糸は、目標から離れてあたりに漂いだしていた。
霧の中で、フリウは自分の名を呼ぶ相手を呆然と見上げた。

658霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:43:03 ID:Xu24PZe6
捻られ、右足首に激痛が走った。
とっさに気を集中し、パイフウは身体に流れ込んでくる力を押し返した。
それで被害を食い止めることはできたが、それ以上は押すことも引くこともできない。
一瞬でも集中を解けば右脚がねじ切られる。逆に、解かないかぎりはフリウ・ハリスコーの動きを止められる。
一見、膠着状態――だが、こちらにはウェポン・システムがある。
起き上がろうとあがく少女の後頭部に狙いをつけるのも一瞬。トリガを引くのも一瞬。
しかし、その一瞬と一瞬の間に、前方、白い闇の中から巨大な何かの気配が迫ってきた。
避けることはできない。トリガにかけた指をはずし、襲い来る力に逆らわないように左足で背後に跳躍する。
跳ね飛ばされ、大地に転がった。右足に巻きつていた何か――銀色の糸のようなものが視界の端に映ったような気がした――はすでにない。
左手を地面について、即座に立ち上がる。
顔を上げると、霧の向こうから白い何か――とても巨大な何かがこちらを見下ろしていた。
その、緑に光る双眸を一瞥して、北へと駆け出す。痛んだ右足が悲鳴を上げるが、かまわずに走り続けた。
標的を見失うことになるが仕方がない。どのみち、再襲撃をかけるにしても霧が晴れてから。戦うべき時は今ではない。

659霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:45:50 ID:Xu24PZe6
すでに高里要を殺害、フリウ・ハリスコーの戦闘能力
――警戒は必要だが、一対一なら自分の敵ではない――は把握した。
ただ、ロシナンテの正体がつかめない。
体の大きさを自由に変えられるとすると厄介だし、白い体色は霧にまぎれてしまう。
これに加えて、嗅覚以外の危機感知能力まであるようだ。
認めるしかないだろう。今、濃霧は自分の味方ではない。
目的達成のためならどんな無謀なことでもやり遂げてみせるが、自暴自棄になったつもりはない。
ましてや“失敗”などお笑い種だ。
(今はまだ、賭けに乗るべき時じゃない、そういうことよ。けど……)
霧さえ晴れれば、確実に自分が勝つ。それだけの確信がある。
(“次”はないわよ。あなたたちにはね)

660霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:46:33 ID:Xu24PZe6
【C-3/商店街/1日目・18:08】

『フラジャイル・チルドレン』
【フリウ・ハリスコー(013)】
[状態]: 肋骨骨折
[装備]: 水晶眼(ウルトプライド)。眼帯なし。包帯。
[道具]: 支給品(パン5食分:水1500mml・缶詰などの食糧)
[思考]: チャッピー!?
[備考]: ウルトプライドの力が制限されていることをまだ知覚していません。
     上着や服に血がこびりついています。

【トレイトン・サブラァニア・ファンデュ(シロちゃん)(052)】
[状態]: 前足に浅い傷(処置済み)貧血 巨大化(身長10m)
[装備]: 黄色い帽子
[道具]: 無し(デイパックは破棄)
[思考]: 要しゃん!! フリウしゃん!!  周囲を警戒
[備考]: 貧血の回復までは半日程度の休憩が必要です。

【高里要(097)】
[状態]: ????
[装備]: 無し
[道具]: 支給品(パン5食分:水1500mml・缶詰などの食糧) 
[思考]: ――――
[備考]: 上半身肌着です
※本人は明確に意識はしていませんが、
     「獣形への転変」「呉剛の門を開き、世界を移動」
     の二つの能力は刻印により制限されています。


【パイフウ】
[状態]:左鎖骨骨折(あと少しの処置で完治)
    右足首に損傷(どこかで休憩をして処置しないと、しばらく全力で走れなくなる可能性があります)
[装備]:ウェポン・システム(スコープは付いていない) 、メス 、外套(ウィザーズ・ブレイン)
   火乃香のカタナ(ザ・サード)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン12食分・水4000ml)
[思考]:1.主催側の犬として殺戮を 2.火乃香を捜す 3.左手はそろそろ使えるかな?
    4.とりあえずはフラジャイル・チルドレンから距離をとる。次に会ったら確実にしとめる。
[備考]:外套の偏光迷彩があと数分で消えます。18:25頃まで再起動できません。
    また、効果を十分に発揮させるために霧が晴れたら水滴をぬぐう必要があります
    ※外套の偏光迷彩は起動時間十分、再起動までに十分必要。
    ※高里要の殺害に成功したと思っています。

661癒やされし傷 癒やされぬ傷 ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:48:52 ID:Xu24PZe6
「フリウしゃん、要しゃん。だいじょぶデシか?」
「チャッピー!?」
見上げたままフリウは叫んだ。つい先程まで行動をともにしていた子犬が、見上げるほどにまで巨大化すれば驚くしかない。
理解不能な存在――精霊とかかわってきた自分ですらそうなんだから、誰だって同じに違いないとフリウは勝手に結論付けた。
その頭が、周囲を警戒するように左右に振られるのを見て我に返る。振り返り、動くものが何もないのを確認してから、倒れたままの要にかけよった。
「要!!」
少年の腹部から流れ出した血は、乾く間もなく大地を濡らしていた。服が血に汚れるのにかまわずに抱き起こす。
(まだ息がある……助かる?)

気の乗せられた弾丸に小さな体を撃ちぬかれ、それでもまだ少年は生きていた。
そもそも、麒麟は王と同じく神籍にあり、殺す方法といえば首を落とすか胴を両断するか。
なまじっかな武器では傷つけることすらかなわない。
刻印によって制限されていた妖力が、ぎりぎりのところで彼を救った。

662癒やされし傷 癒やされぬ傷 ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:50:23 ID:Xu24PZe6
「だいじょぶデシか?」
気がつくと、要の体をはさんだ反対側にチャッピーがちょこんと座っていた。体の大きさはもとより、瞳の色も見慣れた黒に戻っている。
「……ともかく傷を見ないと」
肌着の前をはだけさせて傷口を見る――出血自体はそう多くなかったので、自分の力でもどうにか傷口から服を引き剥がすことができた。
何か硬度のある物体が、腹から入ってそのまま背中へと抜け、深い傷を残している。
思い出したのはハンターの少年の姿か、それとも精霊使いの少女のそれか。きっとあの時と同じように、自分は今にも卒倒しそうな顔をしているのだろう。
そのときに比べれば傷口自体は大きいものではないが、深く、体の正中線に近い。しかも、要は二人より年下だ。極め付けに、手当てをするのは自分ときている。
あの時と同じように、自分には何もできないかもしれないが――それでも、どうにかしなければならない。
「ボクの血、使うデシか?」
「ちょっと待って。先に止血だけでもしないと……」
見る間に傷口から滲み出してくる鮮血に、せきたてられるようにして記憶を手繰る。リス――あの老人はどんな手当てをしていた?

663癒やされし傷 癒やされぬ傷 ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:51:41 ID:Xu24PZe6
「えっと……。チャッピー、消毒薬や包帯とかは?」
「持ってきてないデシ。戻って取ってくるデシか?」
「ううん、いい」
それでは危険すぎるし、第一、間に合わない――と、そこまで考えて、あることに気づいた。
自分のうかつさを呪いながら、抱えていた少年の体を再び地面に横たえて後ろを向く。
「フリウしゃん?」
上着を脱ぎ、服をたくし上げると、その下からまっさらな包帯がのぞいていた。
それを巻いてもらったときの思い出に胸がチクリと痛んだが、そんな感傷は外そうと体を動かしたときの激痛で吹き飛んでしまう。
悪戦苦闘しながらなんとか使える包帯を手に入れた。あて布にはスカーフを使うことにして手当てを始める。
「さっきは何があったの?」
フリウはチャッピーに問いかけた。無意識のうちに声を落としていたのは、襲撃者がまだ近くにいるかもしれないことに思い至ったからだ。
「それが、よくわかんないんデシ。フリウしゃんが倒れたら、後ろからいきなり手がでてきて、持ってたへんてこな機械が火を吹いたんデシ。そしたら要しゃんが倒れて――」
「ちょっと待って。もしかして相手の姿を見てないの?」
「はいデシ。手と足だけちらっと見えたんデシけど――」
「それじゃ、近づかれても分からないじゃん」

664癒やされし傷 癒やされぬ傷 ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:54:19 ID:Xu24PZe6
もしかしたら再度の襲撃があるかもしれないという不安にあたふたと手を動かしながらも、あくまで小声で告げる。
「だいじょぶデシ。ボク、危険が近くにあるとわかるんデシ」
「そなの?」
「はいデシ。いつもとちがって気をつけてないとわかんないけど、今度は気をつけてるからだいじょぶデシ」
よくよく考えてみれば、蹴り倒される前にチャッピーの声が聞こえていたのだが、今の今までその事実をすっかり忘れていた。
巻き終えた包帯に留め金をつけて一応の手当を終える。
「はいデシ」
目の前に差し出されたチャッピーの前足、その白い毛並みの下に無残な赤黒いすじがのぞいている。
治りかけの傷は再び開かれて、鮮血が滲み出していた。
「ありがとう」
チャッピーたちに出会った後、怪我の手当てをしたときに一度飲んでいるため、その効果は身をもって知っていた。
先程巨大化したことも考えると、ドラゴンというのは単なる喋る犬ではないのかもしれない。
一滴だけ受け取って飲み込むと、痛みはあっという間に和らいで、ごくかすかにしか残らない。

665癒やされし傷 癒やされぬ傷 ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:56:02 ID:Xu24PZe6
「要しゃんも、飲んでくださいデシ」
要は意識がないのでこちらで飲ましてやるしかない。
チャッピーの前足から一滴、血が要の口の中に滴り落ちるのを見届けて、傷の上に布を巻きなおしてやる。
その作業が終わるか終わらないかの内に突然、要が咳き込み始めた。
「どどどうしたの?」
「わ、わかんないデシ」
声だけは小さいまま、二人そろっておろおろする。そのまま飲ませた血まで吐き出してしまうのではないかと心配したが、そこまでの体力はないようだった
――もっとも、たったの一滴では吐き出すこと自体がそもそも無理だったろうが。
「……っくぅ…けほっ……」
咳がおさまり、少年が目を開けた。のぞきこむこちらの顔に、徐々に焦点が合っていく。
「……フリウ…大丈夫…なの? ……ロシ…ナンテ……は……?」
「あたしもチャッピーも無事だから、今はあまりしゃべらないで」
「そうデシ。要しゃん、とっても大きなケガしてるデシ。無理しちゃダメデシ」
うん、とうなずいた顔は、今にも泣き出しそうだった。

666癒やされし傷 癒やされぬ傷 ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:57:25 ID:Xu24PZe6
とりあえず、一番の問題が片付いたことに安堵して、周りに散らばった荷物――地図やら鉛筆やら――をバッグにしまう。
要のバッグは置いていこうか迷ったが、やはりこれは必要だろう。自分のものと一緒に肩にかけ、空いた手で要の上体を起こした。
「……フリ…ウ?」
「とりあえず、ここから離れないと。元の場所に戻るわけにはいかないから、やっぱり学校がいいよね」
「でも……」
弱弱しく声を上げながら、要はこちらの手を振りほどこうとしたようだった。けれど、その腕にこめられた力はあまりにも小さい。
こちらを見上げる瞳を、真っ向から見つめ返して、告げる。
「“置いてけ”なんて言わないよね。そんなこと言い出したら、あたしもここに残るから」
「……ごめんなさい」
卑怯な言い方だとは思った。しかし、それであきらめてくれたのか、要は大人しくこちらに体を預けてきてくれた。
背中に担ぎ上げた体は、驚くくらいに軽かった。しかし、気にならないほどではなく、その重みで視線はどうしても下に向いてしまう。

667癒やされし傷 癒やされぬ傷 ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:58:21 ID:Xu24PZe6
背中に鈍く残る痛みを感じつつ、ふと、思いついたことを口にしてみる。
「そう言えば学校って何かを教わるとこだよね」
「そうデシね」
「屋根があるのはいいけど、ベッドなんて無いよね」
「行ったことないから、わかんないデシ」
「……多分、保健…室とか……マットくらいは……」
聞こえてきた声は背中から。振り向かずに即座に言い返した。
「要は黙ってて」
「しゃべっちゃダメデシ」
「……はい」

ここから学校に向かうには、いったん町を出て、禁止エリアを迂回しなければならない。
二人と一匹の姿は、まだ薄くなる気配すら見せない霧にかすみ……そして消えていった。
それぞれが、いまだに癒えない傷を抱えたまま。

668癒やされし傷 癒やされぬ傷 ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 20:00:21 ID:Xu24PZe6
【C-3/商店街/1日目・18:15】

『フラジャイル・チルドレン』
【フリウ・ハリスコー(013)】
[状態]: 肋骨の一部に亀裂骨折
[装備]: 水晶眼(ウルトプライド)。眼帯なし
[道具]: 支給品(パン5食分:水1500mml・缶詰などの食糧)×2
[思考]: 要が休めそうな場所(とりあえず学校)へ向かう。
     他のことは後で……少なくとも、今は……。
[備考]: ウルトプライドの力が制限されていることをまだ知覚していません。
     上着や服が血に染まっています。

【トレイトン・サブラァニア・ファンデュ(シロちゃん)(052)】
[状態]: 前足に浅い傷(処置済み) 貧血・疲れ気味 子犬形態
[装備]: 黄色い帽子
[道具]: 無し(デイパックは破棄)
[思考]: 二人とも、もっとちゃんと治療しなきゃだめデシ。 周囲を警戒
[備考]: 貧血の回復までは半日程度の休憩が必要です。
    ※「危険があぶないデシ」に制限がかかっていることに気づいていますが、原因については念頭にありません。

【高里要(097)】
[状態]: 腹部に銃創(処置済み。一日は杖などの支えなしに歩けない)
     軽い朦朧状態 体力の消耗・微熱(負傷だけでなく、血の穢れなどによるものを含みます。)
[装備]: 包帯
[道具]: 無し
[思考]: もう、二人を心配させてはいけない。 周囲を警戒(ただし途切れがち)
[備考]: 上半身肌着です
※本人は明確に意識はしていませんが、
     「獣形への転変」「呉剛の門を開き、世界を移動」
     の二つの能力は刻印により制限されています。
※島中に漂う血の臭気や怨詛の念による影響を受け始めています。

※フリウと要の地図が湿気を吸っていますが、地下道に気づくかは次の方にお任せします。


(霧の中に潜むもの)とあわせた二品は、第三回目の放送までは本投下されません。

669タイトル未定 1/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:51:14 ID:2cEjmkO6
 小屋の中には暗闇が立ち込めている。
 死体の冷めたさ――空虚と痛みを孕んだ暗闇だ。
 まるで霊廟のようなそこには二つの影。
 白と黒、対極の色をまとった少女が二人。
 白の少女は闇に押しつぶされ、黒の少女は闇に溶け込んでいた。
 しずくと茉衣子だ。
 茉衣子はデイパックを枕代わりに床に横たわり、眠りに沈んでいる。
 一方、しずくはその枕元に座り込み、じっと茉衣子の顔を見つめていた。 
「……茉衣子さん」
 か細い囁きとともに、しずくの指先がそっと茉衣子の前髪に分け入った。湿り気を帯びた前髪を剥がし、彼女の表情を露わにする。
 茉衣子の寝顔は穏やかだった。
 体からは力が抜けていて、規則正しく寝息を立てている。
 彼女の容態を見て、しずくは弱々しい笑みをつくった。
 選んでいる余裕などなかったとは言え、小屋の環境はお世辞にも快適とは言えなかった。
 腐敗した床と壁。室内にはが錆びたまま捨て置かれた工具らしきものの群れ。備え付けられた棚には埃がぶ厚い層を形成している。
 まともに使えそうなのは、中央に放置されたロッキングチェアぐらいのものだろう。
 廃屋も同然だった。辛うじて雨風を凌げるという程度のものでしかない。
 そんな場所では暖房施設など望むべくもなかった。
 仕方なく自分の服の袖を破り、水を絞ってタオル代わりにしたのだが、多少の効果はあったようだ。
 体温の低下を心配していたが、この分ならなんとかなるかもしれない。
 しずくは茉衣子から視線を外した。
 しずくの視覚センサーは闇を見通せる。
 それでも、この小屋には決して拭いとれない黒が充満しているようで、胸が詰まった。
 小屋の片隅で膝を抱えていると時間の流れさえ曖昧になってくる。
 一秒が一分に。
 一分が一時間に。
 時間が長く引き伸ばされているような錯覚を覚える。
 聞こえるのは目の前にいる少女の呼吸音と、遠くの雨の音。
 二つのリズムに体を預けながら……しずくは己を呪った。

670タイトル未定 2/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:52:00 ID:2cEjmkO6
「ごめんなさい、宮野さん」
 焼きついた映像が頭から離れない。
 宮野の最後が、茉衣子の絶叫が、生々しく脳裏に刻まれている。
 自分が彼らに助けを求めなければこんなことにはならなかっただろう。
 そして、なぜ安易な希望に縋ったかと言えば――
「かなめさん、どうなっただろ」
 ぽつりと、言葉が零れ落ちた。
 雨が降ったせいで日没がいつかはわからなかったが、もう過ぎているだろう。
 もっとも、かなめを捕らえた人物からすればあの約束も退屈凌ぎに過ぎなかったようだが。
 かなめはもう殺されてしまったのだろうか。
 殺戮が肯定されるこの島で、出会った時、彼女は自分の手を握ってくれた。
 そんなことは簡単だと言わんばかりに。
 教会では助けるどころか、姿を見ることすら叶わなかった。
 宗介も未だ殺戮に身を委ねているのだろうか。
 別れたときの強い決意を固めた横顔を思い出す。
 己を切り捨て、かなめのために殺戮者になることを受け入れた横顔。
 冷たい雨の中、血に濡れたナイフを持って佇む宗介を想像して、しずくは身を震わせた。
 彼らだけではない。
 オドーも、祥子も。
 自分と行動を共にした人はみんな悪意の波に浚われてしまった。
 どうしてこんなことになったのだろう。
 どこで間違えてしまったのだろう。
 いくら考えても、答えは出ない。
「BBと、火乃香に会いたい……」
 呟いて、しずくが深く顔を伏せたその時。

671タイトル未定 3/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:52:49 ID:2cEjmkO6
『あー、ちょっといいか?』
 声はすぐ傍から聞こえてきた。
 しずくの隣に並べられた自分の分のデイパックとラジオ、そしてエジプト十字架。
 声を発したのは十字架――エンブリオだった。
 慌てて顔を上げて十字架を手に取る。
 視界が悪い雨の中、この小屋を見つけられたのはエンブリオのおかげだった。
 ここは宮野たちが一度訪れた場所らしく、地図を見た際に大雑把な位置を記憶していたらしい。
 逃走時に指示を出した以外は沈黙を保っていたのだが――
「あっ、はい。なんですか?」
『いや、これからどーすんのかと思ってな。ずっとココにいるのか?』
「それは……」
 しずくはちらりと茉衣子を見た。
 周囲を満たす漆黒に、白い貌が霞んで見える。
 茉衣子はいつ頃目を覚ますだろうか。いや、例え目を覚ましたとしても大丈夫だろうか。
 あの教会で彼女が受けた衝撃がどれほどのものだったか、想像することすらできない。
 叫ぶ宮野。振り下ろされる刃。
 赤い軌道。溢れ出す血液。
 ボールのように転がった――
『あの黒い騎士、その内追って来るかもしれねーぜ』 
 それは……確かにそうだろう。
 この小屋は教会からほとんど離れていない。追っ手がかかる可能性は捨てきれない。
 追っ手の可能性を抜きにしても、茉衣子はきちんと暖がとれる場所に移したほうがいいだろう。
 しかし、追従しようとしたしずくを遮るように、エンブリオは言葉を続けた。
『まあ、今まで来ないとこを見ると大丈夫なのかもしれねーな。その辺は五分だろう。
 逆に外に出て危ないヤツに見つかる可能性もある。
 今誰かに見つかるのはヤバイだろ? 隣のラジオはだんまりだし、お前さんも直ってない』
 しずくのは右腕はまだ自己修復中だ。加えてその他機能の低下も激しい。
 エスカリボルグは置いてきてしまったし、戦闘手段は皆無だった。

672タイトル未定 4/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:53:50 ID:2cEjmkO6
 兵長も衝撃波の打ちすぎで気絶したきりだ。
 本人の言では数時間で目が覚めるそうだから、心配はいらないだろうが、それでも不安ではある。
「そうですね……」
 しずくは今後の方針へと思考を戻した。
 エンブリオの言うことは一から十までもっともだ。
 動いても動かなくてもさほど危険度は変わらない。なら、どうするべきか。
 しずくの逡巡を読み取ったかのように、手の中のエジプト十字架はにやついた声音で言葉を繋げる。
『オレとしては、ここでオレを殺して欲しいんだけどな』
「それは駄目です!」
 間髪入れずにしずくは叫んでいた。
 その反応は予想していたようで、エンブリオは肩をすくめたような雰囲気を見せた。
『ダメか。……しっかし、なんでオレの声が聞こえる連中は、どいつもこいつもオレを殺してくれねーのか』
 愚痴っぽく言うエンブリオを見て、しずくは軽く眉を寄せた。
 エンブリオの殺してくれ発言は今更のものなので、気に病んでも仕方がない。
 気分がよくないのは確かだが。
「茉衣子さんが起きて、雨が止んだら、どこか体を暖められるところに移動するつもりです。
 学校とか……あとは商店街でしょうか」
『そうかい。しかし茉衣子はいつ起きるんだ? 精神的にはかなりヤバイ――』
 エンブリオが言葉を止め。
 しずくが目を見開いた。
 

 *   *   *

673タイトル未定 5/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:54:46 ID:2cEjmkO6
 目の前の空気が動いた。
 靴の裏側が弱く床板を噛み、膝が曲がる。
 腕を地面に押し当てて、肘から順に滑らかに剥がしていく。
 背中が浮いた。
 重力に逆らう動き。
 ゆっくりと、闇を掻き混ぜるように、細い体が起き上がる。
 湿った髪がパラパラと音をたてて解けた。
 黒い服、黒い髪が混ざることで、闇がいっそう密度を増す。
 ほおー……と長い息が靡き。
 放置されたロッキングチェアが、暗闇の重さにキィィと軋んだ。
 光明寺茉衣子は、起き上がった態勢のまま停止した。
 半身を起こしたまま、俯いて顔を隠している。
 その様子は、なにかを反芻しているようでもあった。
「茉衣子さん!」
 思わずしずくは喜びの声を上げた。
 茉衣子の正面に回りこんで高さを合わせ、出来るだけ声を落ち着けようとして、それでも大きくなった声で語りかける。
「体、大丈夫ですか? 痛いとか寒いとかありませんか? 
 ここには暖房設備がないので、移動しないとどうしようもないんですけど、大丈夫ですか?
 一応体は拭かせてもらったんですけど……あっ、すいません!
 起きたばっかりなのに、いろいろ言っちゃって。まだ落ち着いてませんよね」

674タイトル未定 6/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:55:30 ID:2cEjmkO6
 次々と繰り出されたしずくの言葉に、茉衣子はようやく反応を示した。
 白い繊手が、しずくの手に握られたエンブリオに伸びて、それを抜き取る。
「あっ、すいません。返しますね、エンブリオさん」
『よお、気分はどうだ?』
 茉衣子は言葉を返さなかった。
 エンブリオは握ったまま、茉衣子が顔を上げて、 
 

「アナタ、ガ、コナ、ケレバ」

 
 がつりと。
 鈍い音が、した。
 しずくはえっ、と音を漏らした。
 それは反射的な動作に過ぎない。その瞬間彼女の意識は閃光が弾けたように真っ白だった。
 顔面に衝撃。
 びくんとしずくの体が痙攣する。
 指先が細かく振るえ、中腰だった膝が折れた。座り込みながらもその視線は茉衣子から外れない。いや、外せない。
 エジプト十字架が、しずくの右目に突き刺さっていた。
 レンズを貫き、視神経ネットワックへとその先端をめり込ませている。
 茉衣子が両手で握った十字架を一直線に突き出していた。
 避けることは出来なかった。
 避けるという発想さえ浮かばなかった。
 あまりに迅速な破壊に理解が追いつかない。意識が置いてきぼりになっている。
『うおっ……おい、なんだ!』
 焦ったようなエンブリオの声。
 しかし、茉衣子はまるで聞こえていないかのように、
「…………っ」
 その腕に、力を加えた。

675タイトル未定 7/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:56:16 ID:2cEjmkO6
 止まっていた十字架が、わずかに、ゆっくりと、確実に前進する。
 より致命的な部分へ先端が埋もれる。
 十字架が眼窩にこすれて嫌な音を立てた。
 しずくの左目が大きく見開かれた。眼球をこじ開けられる衝撃に、全身が一瞬で粟立つ。
「あっ、つ、あぁあ……」
 力ない咆哮。
 少しずつ、少しずつ、十字架が押し込まれていく。
 しずくはなんとか後退しようとして、失敗した。
 後ろに下がれない。
 それで自分が壁と茉衣子に挟まれていると気づいた。
『おいおい、どうなってるんだ?』 
 混乱したエンブリオのぼやきはどちらに向けられたものだったのか。
 どちらにしろ、それは聞き入れるもののないまま闇に呑まれた。
 掠れた悲鳴は止まらない。
 まずい。
 しずくは背筋を這い登る悪寒を感じ、認めた。
 しずくのボディは十分すぎる強度を持っているが、眼球部位まではそうはいかなかった。
 このままでは、十字架は取り返しのつかない位置にまで到達する。
 両腕でなんとか茉衣子の手首を掴んだ。
 掴みながらも、一つの問いかけがしずくの脳裏をよぎる。
 彼女の行為は、正当なものではないのか?
 宮野を死地へと導いたのは間違いなく自分なのだ。
 ならば、ここで茉衣子に殺されるのが正しくはないだろうか?
「……それは、違う」
 しずくは即答した。
 それは逃げだ。諦めて死んでしまうわけにはいかない。
 自分にはまだやるべきことが残ってる。
 倒れた人たちの分も、やらなければいけないことが、残っている。
 しずくが決意を込めて、無事な左目を大きく開いた。

676タイトル未定 8/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:56:59 ID:2cEjmkO6
 その時。
 ぴたりと。
 しずくは。
 茉衣子の瞳を捕らえ。
 思わず、息を呑んだ。
「…………ぁ」
 そこには暗闇があった。
 この小屋に充満するものと同じ――空虚と痛みを孕んだ暗闇だ。
 あらゆる光を飲み込んで、逃がさない。
 出てくるものなど何もない漆黒。
 感情が干からびた後に残る真性の虚無。
 しずくが声にならない声を上げた。
 見てはいけないものを見てしまい、わけもわからず泣き出しそうだった。
「あなたが来なければ、班長は教会に行く必要などなかったのです」
 手首を強く掴まれたにも関わらず、茉衣子は顔を歪めもしなかった。
 ただただ、深く突き刺そうと全力を込める。
 修復中の右腕が頼りない。今にも砕けてしまいそうな不安を覚える。
 しかし、地力の差か、十字架の先端が徐々に引き抜かれ始めた。
 先端が動くたびに、眼窩を擦る衝撃がしずくを苛んだ。
「あなたが来なければ班長が交渉をする必要などなかったのです」
「茉衣子、さん……」
 茉衣子の瞳には一切の感情が見えない。
 固く、脆く、薄く、厚い殻に覆われていて、その奥に渦巻くものは見えない。
 しずくは歯を食いしばって力の限り抗った。負けるわけにはいかない。
 右腕が不安定な音を立てた。限界が近い。
 だがそれは茉衣子も同じはずだ。あまりに強く掴まれたために、茉衣子の手は蒼白になっていた。
『最悪だぜ。殺してくれとは言ったが、こりゃああんあまりじゃねーか?』
 状況を把握したらしいエンブリオの声が体の内から聞こえる。
 その感覚に、ぞっとした。

677タイトル未定 9/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:58:05 ID:2cEjmkO6
「あなたが来なければ班長が力を試される必要などなかったのです」
 茉衣子を少しずつだが押し戻す。
 片方だけの視界は、茉衣子の瞳に吸いつけられていて、彼女の表情はわからなかった。
「あなたが来なければ、班長があの騎士と戦う必要などなかったのです」
 圧迫に耐え切れず、茉衣子の指がエンブリオから離れる。
 均衡が崩れた。
 その機を逃さず、しずくは全力で茉衣子を振り払おうとし――
 瞬間、茉衣子の指先に蛍火が生じた。
 茉衣子のEMP能力。想念体以外には無力な力。それは螺旋を描き、至近距離から撃ち込まれた。
 狙いは――エンブリオが突き刺さる、右目。
 十字架が突き刺さるその場所で淡い蛍火が弾けた。
 茉衣子を振り払いながらも、眩い光にしずくの視界が真っ白に染まる。
「茉衣子さん!?」
 茉衣子の姿を見失う。
 視覚センサーが光量をカット。即座に復帰する。
 だが、遅い。
『やめろ!』
 今まで一番大きなエンブリオの声。
 回復した視界に映ったのは、古びたラジオを振りかぶる、黒衣の少女。
「あなたが来なければ、班長が死ぬ必要などなかったのです!」
 ラジオが十字架を強打する。
 右目に致命的な衝撃を受けて、しずくは昏い世界へと落ちていった。
 

 *   *   *

678タイトル未定 10/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:58:49 ID:2cEjmkO6
 小屋の中には暗闇が立ち込めている。
 その暗闇に溶け込んで、茉衣子は俯いたまま動かなかった。
 彼女の傍らには白い少女の亡骸がある。
 右目には、深く、十字架が突き刺さっていた。
 十字架は多少形を歪にしながらも、しっかりと自身を保っていた。
 それは死者を弔う墓標のようでもあり、吸血鬼を滅ぼす杭のようでもあった。
『……何があった?』
 声は茉衣子の足元、一部が大きくへこんだラジオから聞こえた。 
 突き立ったままの十字架が答えた。
『見ての通りだ』
 吐き捨てるような言葉を最後に、闇は閉じた。



【024 しずく 死亡】
【残り 58人】    

【E-5/小屋内部/1日目・17:30頃】

【光明寺茉衣子】
[状態]:呆然自失。腹部に打撲(行動に支障はきたさない程度)。疲労。やや体温低下。生乾き。
    精神的に相当なダメージ。両手と服の一部に血が付着。
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:不明

※兵長のラジオ、デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)二つが茉衣子の足元に放置。
※エンブリオはしずくに突き立ったままです。
※兵長ラジオ大きくへこむ。エンブリオちょっと歪に。

679姦客責(カンキャクセキ):2005/12/07(水) 23:12:44 ID:2hhtcUkM
(ボール……?)
 行き着いた考えに疑問を持ち、おそるおそる視線をふたたび正面へと向ける。
 と。
「え……?」
 それは赤い軌道を描きながら、ボールのように転がっていく。
 それはこちらの足下まで転がり、赤い液体をまき散らしながら止まった。そっと拾う。重い。
 それはこちらに掴まれた後も、暗闇の中でもよく映える赤をぽたぽたと垂らしている。
 それは、





 ○<アスタリスク>・5
 介入する。
 実行。

 終了。





「はあああああああっ!」
 だがその思考は、憎悪に満ちた男の叫びによって遮られた。
 反射的に声の方へと頭を上げ、しかしすぐに目をそらす――刹那。
 その一瞬に目に入った光景が、網膜に焼きついた。
 憎悪と殺意で振るわれた刃が宮野の頭頂部から股間までを一気に





 ○<アスタリスク>・6
 介入する。
 実行。

 終了。

680姦客責(カンキャクセキ) ◆E1UswHhuQc:2005/12/07(水) 23:13:43 ID:2hhtcUkM




 ──すべて投げ出してやめてしまいたい。
 ここに放り込まれた直後抱いた思いが、ふたたび脳裏をよぎった。
「はあああああああっ!」
 だがその思考は、憎悪に満ちた男の叫びによって遮られた。
 反射的にそちらを見て、不思議なことが起きた。
 宮野の首が肩の上から落ち、点々と床を転がって足元に





 ○<アスタリスク>・7
 介入する。
 実行。

 終了。





「く──」
 宮野の指先から放たれる不気味な光が魔法陣を描き、そこから黒い触手が顔を出す。だが遅い。
「はあああああああっ!」
 咆哮と共に、すべての不快感を叩きつけるような刃が、横薙ぎに振るわれた。
 斬られた感触すらない。
 達人の技でもって切断された頭部が宙を飛び、一瞬だけ茉衣子と目が合い





 ○<インターセプタ>・3
 <自動干渉機>、もう一度だけ。





(ボール……?)
 行き着いた考えに疑問を持ち、おそるおそる視線をふたたび正面へと向ける。
 と。
「え……?」
 それは赤い軌道を描きながら、ボールのように転がっていく。
 それはこちらの足下まで転がり、赤い液体をまき散らしながら止まった。そっと拾う。重い。
 それはこちらに掴まれた後も、暗闇の中でもよく映える赤をぽたぽたと垂らしている。
 それは、





681姦客責(カンキャクセキ) ◆E1UswHhuQc:2005/12/07(水) 23:14:23 ID:2hhtcUkM
 ○<インターセプタ>・4
 <自動干渉機>が正常に作動しない。
 やはりわたしは造られた存在で、<自動干渉機>も同じなのだろう。
 ならば。
 わたしが彼らを『助けたい』と思う気持ちも、造り物なのだろうか。
 そうだとしたら――

「わたしがそれをやることに、何の意味があるのです?」
「あなたはそれを成したいのでしょう? <インターセプタ>」
「その欲求が造り物だとしても、ですか? “イマジネーター”さん」
「そんなことが、あなたの世界を妨げる理由になるの?」
「わたしの……世界?」
「そう。あなたの心はあなたの世界。心こそが、たった一つの真実」
「それすらもが造り物なのですよ?」
「造り物なのは当然のことでしょう。造られなければ、存在し得ない。同じ造られた物に真作と贋作の区別もない。それはどれもが等価で、当人にとっては真実なのだから」
「……私は――」

 助けたいと、思います。
 例え偽者でも、わたしの世界のあの二人を、助けたいと思います。
 <年表管理者>として。
 例え死んでしまっても、助けたいと思います。





 ○<アスタリスク>・8
 終了する。
 実行。

 終了。





682姦客責(カンキャクセキ) ◆E1UswHhuQc:2005/12/07(水) 23:15:15 ID:2hhtcUkM
 繰り返し映る、彼の死。
 視点が変わっても、時間が変わっても、場所が変わっても、宮野秀策の死は変わらない。
 何度も映った。夢の中で宮野の死亡がリプレイされる。
 正常でない<自動干渉機>による干渉が、本来残らないはずの記憶として残る。
 夢として。
 夢として残った記憶が連鎖的に夢を作る。悪夢を作る。
 宮野が死んだ悪夢が繰り返される。
(ああ――)
 首を斬られた。胸を斬られた。触手ごと斬られた。
(い――や……あ――)
 袈裟懸けに斬られた。逆袈裟に斬られた。頭頂から両断された。胴体を薙ぎ払われた。
(ああああああああああああ)
 両腕を落とされ両脚を断たれ眼球を抉り大腸を引き摺りだし心臓を斬り破り脊髄を砕かれ脳髄を掻き回された。
(ああああああああああああ!!)
 殺されたのは宮野秀策。白衣の。厄介な。班長。
 殺すのは黒衣の騎士。名前? アシュラム。怖い。黒。薙刀。恐怖。死。
 何で死ぬ? 主。騎士の主。女。怖い。命令で。試す。試して。試された。死んだ。
(あ……あ……あぁ…………!)
 何で試された? 頼み。救って欲しい。相良宗介。千鳥かなめ。吸血鬼。しずく。しずく?
(あ……あなたが……あなたさえ……!)
 夢が――覚める。

683姦客責(カンキャクセキ) ◆E1UswHhuQc:2005/12/07(水) 23:16:13 ID:2hhtcUkM
 起き上がろうとして、足に力を込めた。磨耗した感覚が床の存在を足に伝えるのを確認して、膝を曲げる。
 床に寝ていたらしい。脱力した腕に力を入れて、肘から順に起こしていく。
 背中の触感が消えた。起き上がってきているらしい。
 重力による枷を億劫に感じながら、無理矢理に起き上がった。
 湿った黒髪が顔にかかる。暗い視界が狭められた。
 暗闇のような視界の中に、宮野は居ない。彼の声も響かない。
 悪夢は――醒めない。
 息をついた。闇を祓うかのように呼気が流れる。
 放置されたロッキングチェアが、暗闇の重さにキィィと軋んだ。
 思考が停まる。動きが停まる。
 傍らにいる彼女を――彼女の生きている様を見たくなく、顔を俯かせたまま胸中で呟く。
(あなたさえ、いなければ)
 その思考の正しさを、噛み締める。彼女が来なければ、宮野は死ななかった。
 しずくが、来なければ。
「茉衣子さん!」
 嬉々とした声音が、耳に響く。
 見たくもないものが視界に入った。しずく。宮野秀策の死因。
 あなたがこなければ。
 視線を合わせるようにして、それは言ってきた。何が嬉しいのか、やや大きな声量で、
「体、大丈夫ですか? 痛いとか寒いとかありませんか? 
 ここには暖房設備がないので、移動しないとどうしようもないんですけど、大丈夫ですか?
 一応体は拭かせてもらったんですけど……あっ、すいません!
 起きたばっかりなのに、いろいろ言っちゃって。まだ落ち着いてませんよね」
 煩わしい。
 視線を逸らす。と、それが何かを持っていることに気付いた。
 反射的に手を伸ばし、奪い取る。
「あっ、すいません。返しますね、エンブリオさん」
 何を言っている。
 これは宮野のものだ。返すというならば宮野に返せ。
 アナタガコナケレバ生きていたはずの、宮野に返せ。
『よお、気分はどうだ?』

684姦客責(カンキャクセキ) ◆E1UswHhuQc:2005/12/07(水) 23:18:55 ID:2hhtcUkM
 暗鬱とした感情が、渦を巻いている。
 顔をあげた。こちらを覗き込むように見ている顔がある。
 何で笑顔を浮かべている。何で生きている。彼は死んだというのに。何でアナタは。
 十字架を握る手に力を込め、光明寺茉衣子は感情を吐き出した。


「アナタ、ガ、コナ、ケレバ」

 
 がつりと。
 響いた音と感触は、爽快なものだった。


[備考]◆7Xmruv2jXQ氏のタイトル未定に続きます。
(ネタがかぶるってあるんだなあ。いや後半繋げただけだけど)

685試行錯誤(思考索語)(1/5) ◆5KqBC89beU:2005/12/19(月) 12:13:33 ID:lENdQJmQ
 遠くから爆発音が聞こえた。誰かが襲われているのだ。けれど、危険を承知の上で
様子を見に行けるだけの力も余裕も、今の淑芳にはない。唯一できる行動は、隠れて
体を休め、ただ歯を食いしばることだけだった。
 何か言いたげに顔を上げた陸が、開きかけた口をつぐみ、また元の姿勢に戻った。
 どんなに悔しくても、その思いだけで不可能が可能になるほど現実は甘くない。
 雨雲に覆われた空の下、海洋遊園地に潜んだまま、ぼんやりと彼女は考える。
 夢の中で御遣いは、ひとつだけ質問を許すと言った。
 御遣いが淑芳の質問に答えたのは一度だけだ。それ以外の発言は、ただ御遣いが
 言いたかったから言っただけの、淑芳の問いと無関係な独り言に等しい。
 もはや御遣いは、淑芳の問いに答えを示していない。

 アマワ。

 あれは何だったのかと『神の叡智』に尋ねて、返ってきた答えはそれだけだった。
 たった一語だけの情報しか与えられなかった。
 何から何まで知ることができていたなら、その知識が夢に影響しただけだと、あんな
ものなど本当はこの島にいないのだと、そう信じられたかもしれない。
 該当する知識はないと答えられていたなら、あれはごく普通の悪夢だったのだと、
御遣いは空想の産物でしかないのだと、そう思い込めたかもしれない。
 最悪の返答だった。
 名前くらいは教えてやってもいいが、それ以外のことを教えてやる気はない、という
意思が込められた一語だ。主催者側の与えた『神の叡智』にこんな細工があった以上、
『ゲーム』の黒幕・アマワは実在しているとしか考えられない。
 淑芳は、眉根を寄せて溜息をつく。どう戦えばいいのか、彼女には判らない。

686試行錯誤(思考索語)(2/5) ◆5KqBC89beU:2005/12/19(月) 12:16:05 ID:znVd7h32
 『神の叡智』には様々な異世界の情報が収められていた。だが、それらの知識だけで
この『ゲーム』から脱出するのは無理だ。『ゲーム』の中で役立てることはできても、
アマワを滅ぼす奥の手にはならない。呪いの刻印を自力で解除できるほどの切り札が
得られるはずなどなく、故郷へ帰るための鍵にもならない。
 『神の叡智』に収められた知識は、すべて主催者側も知っていることだ。そもそも、
『ゲーム』を妨害できるほどの情報を、主催者側が提供するとは考えにくい。敵から
贈られた知識を無条件に盲信するわけにもいかない。
 だいたい、ろくに使いこなせないような知識には、大した価値などない。
 未知なる世界の技について淑芳は調べてみたが、結果は快いものではなかった。
 彼女は術の達人ではあるが、異世界の技を何でもかんでも楽々と再現できるほどの
異常な才能は持ちあわせていない。故に、淑芳は攻撃などの難しい自在法を使えない。
同様に、カイルロッドの故郷にある魔法も難しくて使えないものの方が圧倒的に多い。
 ――高等数学の数式は、その意味を理解できない者にとっては単なる記号の羅列に
過ぎない――『神の叡智』の中には、そんな一文もあった。
 既知の術と系統の近い術はまだ比較的理解しやすいし、ごく簡単な技を習得するのは
それほど難しくあるまい。だが、習得できれば有利になるのかというとそうでもない。
やはり慣れない技は慣れた技よりも使い勝手が悪い。どういうわけか術が本来の効果を
発揮しない現状で、異世界の技を行使すれば、どんな異変が起きても不思議ではない。
制御を誤って自滅しては本末転倒だ。よほどの理由がない限り頼るべきではなかった。
 淑芳は、故郷で使われている術についても試しに調べてみた。すると、かなり複雑な
術の極意までもが詳細に解説され始めた。『神の叡智』を作った者は、天界の秘術まで
知っているのだ。あまりの衝撃に眩暈を感じ、淑芳は頭を抱えた。
 得られたものはあったが、それらを活かしきるには時間が足りなさすぎる。
 今までも使っていた術を少し改良するくらいならば可能だが、所詮は焼け石に水だ。
数十時間を術の改良に費やしても、本来の強さに遠く及ばない効力しか出せまい。

687試行錯誤(思考索語)(3/5) ◆5KqBC89beU:2005/12/19(月) 12:17:53 ID:mnPQi2FI
 術関連以外の情報は、各異世界の一般常識が大半らしかった。特殊な武器や装置、
一部の者しか知らない裏事情などの知識もわずかにあるようだが、知っていたところで
どうしようもない内容がほとんどのようだった。
 さすがに『神の叡智』を隅から隅まで調べることなどできないので、これらの判断は
淑芳の故郷について、そしてカイルロッドと陸から聞いた話などについて検索して、
その上で推測した結論だ。当然だが、想像すらできないものを調べることはできない。
だから、未知なる知識が触れられぬまま隠されている可能性はある。だが、その知識を
想像できるような出来事が起きるまで、未知なる知識を得る機会はない。
 名簿に載っている名前についても淑芳は尋ねたが、該当する知識は存在しなかった。
得意技や弱点は勿論、顔や性別や背格好などもまったく判らない。
 支給品扱いの陸についても尋ねてみたら、そんな風にしゃべる犬もいるという答えが
返ってきた。陸の主であるシズに関しては、やはり何も言及されない。
 求められている茶番は、一方的な殺戮ではなく、あくまでも殺し合いであるらしい。
 『神の叡智』のおかげで、殺し合いに『乗った』者に襲われたときには多少なりとも
対処法が判るかもしれないが、戦闘中に知識をあさっていられる暇があるかは疑問だ。
それに、考えても無駄なことを考えていては命取りになりかねない。
 例えば、陸に教わったパースエイダーが他の異世界では銃などと呼ばれていること、
火薬で弾を飛ばす武器であることは理解できた。けれど、何らかの能力と組み合わせて
使われた場合、むしろ予備知識は悪影響を与える。いっそ何も考えずに逃げた方が賢い
といえるかもしれなかった。弾の破壊力を増すくらいは、いかにも誰かがやりそうだ。
弾道を曲げる程度の干渉は、意外でも何でもない。弾切れがあるという保証さえない。
 確信できない情報は、いわば諸刃の剣だった。

688試行錯誤(思考索語)(4/5) ◆5KqBC89beU:2005/12/19(月) 12:19:31 ID:Us6r9odY
 気になっていた疑問を、淑芳はさらに『神の叡智』へぶつけた。
 彼女の支給品だった武宝具・雷霆鞭は、どうやってか軽量化されてしまっており、
元の重さを感じさせなかった。天界の特殊な金属で造られた武宝具なので、神通力を
持たない者には重すぎるはずなのだが、この島で手にした雷霆鞭は、あたかも鉄製で
あるかのように軽かった。おそらくは主催者側の施した細工なのだろうが、どんな風に
そんな芸当をやってのけたのかと『神の叡智』に問うても、答えは不明の一点張りだ。
 この様子だと、神通力を持たない人間が他の武宝具を振り回して襲ってくる、などと
いった事態もありえる。事実、悪しき心を持つ者には使えないはずだった水晶の剣が、
野蛮そうな悪漢の手に握られていた、とカイルロッドは言っていた。支給品の武器には
総じて何らかの細工が施されているのかもしれなかった。
 呪いの刻印を解除する方法。弱体化の原因。この島がある空間。主催者側が持つ力。
いずれの事柄に関しても、よく判らないということしか淑芳には判らない。ある程度の
推測はできても、仮説を裏付ける証拠は相変わらず乏しいままだ。
 地下への入口にあった碑文の真意も、未だに判らない。けれど気づいたことはある。
 『世界に挑んだ者達の墓標』と書かれた石碑には参加者たちの名前が刻まれており、
第一回放送で告げられた死者の名前は、線を引かれて消されていた。
 墓標とは死者の名前を刻むための物だというのに、死者の名前が消されていたのだ。
あの犠牲者たちは『世界』に挑むことなく死んだ、ということなのだろう。『世界』に
挑めなくなった者の名前から消えていき、参加者全員が死んだとき、幾つかの名前を
残した状態であの墓標は完成するらしい。『世界に挑んだ者“達”の墓標』とあるので
優勝者の名前しか残らないというわけではなさそうだ。
 今までの犠牲者たちが挑めずに死に、これから誰かが幾人も挑むが、勝てずに死んで
いくしかない何か。あの碑文に記された『世界』とは、そういうもののことらしい。
 どんなに必死で虫けらが暴れようとも、蠱毒の壺は壊れない――そんな嘲りの意思を
垣間見たような気がして、淑芳は再び溜息をつく。
 ゆっくりと、銀の瞳をまぶたが隠す。疲れきった心と体が、眠気を訴えている。
 薄れていく意識の片隅で、姉や友の無事を願いながら、彼女は睡魔に身を委ねた。

689試行錯誤(思考索語)(5/5) ◆5KqBC89beU:2005/12/19(月) 12:21:24 ID:N/J1ZIfE
【F-1/海洋遊園地/1日目・17:20頃】

【李淑芳】
[状態]:睡眠中/服がカイルロッドの血で染まっている
[装備]:呪符×23
[道具]:支給品一式(パン8食分・水1600ml)/陸(睡眠中)
[思考]:麗芳たちを探す/ゲームからの脱出/カイルロッド様……LOVE
    /神社にいる集団が移動してこないか注意する
    /目が覚めたら他の参加者を探す/情報を手に入れたい
    /夢の中で聞いた『君は仲間を失っていく』という言葉を気にしている
[備考]:第二回の放送を全て聞き逃がしています。『神の叡智』を得ています。    夢の中で黒幕と会話しましたが、契約者になってはいません。

690Fakertriker(1/4) ◆jxdE9Tp2Eo:2006/01/27(金) 19:11:16 ID:IvGmdeTM
「たすけてぇ!!」
密室に千絵の悲鳴が響く。
ベッドサイドには割り箸を組み合わせて作った十字架を持ったリナの姿。
「いやぁぁぁぁ、お願いこれ以上それを近づけないでえ!!」
喚く千絵の顔を見るリナの瞳が加虐に酔っていく。

「そう…でもね、アメリアはもっと…」
そう言って千絵の足に十字架を押し付けようとしたリナだったが。
「もういいでしょう」
保胤が寸でのところでリナを制止する。
「でもっ!」
「しっかりしてください、恨みを恨みで重ねればそれこそ思う壺です」
その言葉にはっ!と保胤の方を振り向くリナ。
その通りだ、憎しみを加速させることこそ奴らの狙い、わかっていたはずではないのか。
だが、それでも目の前の吸血鬼がアメリアを殺したかもしれない…そう思うと怒りを抑えることができない。
リナの拳がふるふると震え、ギリッと噛み締めた歯が軋む音がはっきりと聞こえる。
「あんたが代わりにやって…」
そう保胤に向かって呟くとリナは壁にもたれかかり、ため息をひとつついた。
「ご存知のことをすべて話していだだけますね」
保胤の言葉に、千絵は力なく頷いた。

「そんじゃアンタも噛まれたわけね」
保胤とリナの質問に千絵は逆らわず淡々と応じていく。
「はい…噛まれる前の事とかは正直覚えてないですけど」
「で、噛んだのがその聖って女ね、あいつがご主人様?」
ご主人様という言葉に嫌悪の表情を見せる千絵。
「そういう意味じゃなくって、あいつが伝染源なのかってことよ」
「違うと思います…あの女も噛まれたみたいですから」
「なるほど…」
「その聖さんを噛んだ方のことは聞いてらっしゃいますか?」
「はっきりとは…でもマリア様よりも美しい方と言ってました」
「マリアってことは女性ね」
「はい、あの女はレズなので」
リナはシャナに牙を突き立てた聖の恍惚の表情を思い出して、頷く。

691Fakertriker(2/3) ◆jxdE9Tp2Eo:2006/01/27(金) 19:12:12 ID:IvGmdeTM
「そう…わかったわ」
それだけを言うと、リナはもう用は済んだとばかりにまた千絵の傍を離れる。
だが、やはりその握られた拳は小刻みに震えていた。
リナが部屋から出て行ったのを確認し、保胤は千絵にまた質問する。
「お体は大丈夫でしょうか?」
もうこの少女は魔物と変じている、そう知ってながらも保胤には迷いがあった。
もしかするとまだ手段はあるのかもしれないと。
「足元が寒くて…毛布ありませんか?」
だから、千絵の言葉に頷くと保胤は毛布を千絵の体にかぶせてやり、リナに言われたとおり
手製の十字架を枕元において、部屋から退出していった。

「もう…こんな時間ですか…」
マンションの外で保胤は手に持ったタンポポの綿毛を夜風に空かす。
もう太陽は霧の中最後の一片を地平線の彼方へ隠そうとしている。
「もう、これ以上は無理です…」
自分の気持ち一つで彼女をまだこの世界に留めてはおける。
だが…自然ではない…摂理には従わねばならない。
「貴方は死んでいるんです…さようなら」
それだけを呟き、保胤は綿毛を夜空に飛ばそうとした時だった。
猛然と自分に向かって走ってくる影が一つ
「シャナさん!」
気配が尋常ではないことは容易に分かる、保胤は体を投げ出してシャナを止めようとしたのだが。
そのまま逆に吹き飛ばされ…意識を失ってしまったのだった。
そして間の悪いことに綿毛をたたえたタンポポの茎は、保胤の手を離れ闇の中をどこかへと転がって行った。

一方のリナは来たるべき戦いについて思案していた。
セルティにも聞いたが、どうやら多少の差異こそあれ吸血鬼の弱点・習性はどの世界でもほぼ共通のようだ。
ならば…吸血鬼は強大な魔力を持つ、魔族の王と自らを誇っている。
…だがその強大さと引き換えに弱点の多さでも知られている、だから奴らは隠れるように古城の中に息を潜め
暮らしているのだ、正直、自分の敵ではない。
『本当に来るのでしょうか?』
「下僕同士はともかく、吸血鬼は仲間意識が強い種族よ…必ず取り戻しにやってくるわ」
セルティの質問に即答するリナ、仲間意識だけではなく、奴らはプライドも必要以上に高い、
自分の下僕が虜になったと悟れば必ず来る…、ましてその大っぴらな吸血ぶりから考えて、
自分の弱点を知るものがいないとでも思っているのだろう。
「殺すのかって?違うわ、まだ殺さない」
自分たちの世界の吸血鬼と違い、聖や千絵らはある種の呪縛のようなもので吸血鬼と化している。
親玉ならばその呪縛を解除することも出来るはずだ。
単に殺すだけでは一緒になって滅んでしまうかもしれない、それを確かめなければ。
「大丈夫よ、そいつの魔力がどんなに強くても、奴らには決して逃れ得ない弱点があるもの」

しかし…リナは思い違いをしていた。
十字架もにんにくも千絵には何の脅威にもなっていなかったのだ。
残酷なようだがリナが千絵に十字架を押し当てるところまで行っていればそれとすぐに看破できたのだが、
これも運命の悪戯だろうか?
そして千絵は毛布で隠された足元をぎこちなく動かしている。
「ええと…ビデオではこうやってたかな」
最近学び始めた護身術、そのビデオの中に紹介されていた縄抜けの方法を千絵は実践しようとしていた。

692Fakertriker(3/3) ◆jxdE9Tp2Eo:2006/01/27(金) 19:13:13 ID:IvGmdeTM
【C-6/住宅地のマンション内/1日目/18:00頃】
『不安な一室』
【リナ・インバース】
[状態]:平常
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。
     吸血鬼の親玉(美姫)と接触を試みたい。
     

【セルティ・ストゥルルソン】
[状態]:やや疲労。(鎌を生み出せるようになるまで、約3時間必要です)
[装備]:黒いライダースーツ
[道具]:携帯電話
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。


【慶滋保胤】
[状態]:不死化(不完全ver)、気絶
[装備]:ボロボロの着物を包帯のように巻きつけている
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))、「不死の酒(未完成)」(残りは約半分くらい)、綿毛のタンポポ
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。 島津由乃が成仏できるよう願っている。
    タンポポ紛失の可能性あり。

【海野千絵】
[状態]:吸血鬼化完了(身体能力向上)、シズの返り血で血まみれ、拘束状態からの脱出を実行中
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(パン6食分・シズの血1000ml)、カーテン
[思考]:チャンスを見計らい脱出、聖を見限った。下僕が欲しい。
     甲斐を仲間(吸血鬼化)にして脱出。
     吸血鬼を知っていそうな(ファンタジーっぽい)人間は避ける。
[備考]:首筋の吸血痕は殆ど消滅しています

693タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:17:45 ID:2t9YUTeo
 ベルガーは確信する。
 先ほどから追跡してきた少年少女は撒いたと。
 少年の追跡具合は見事だった……まるで日常的に誰かをストーキングしているように。
 しかし少女のほうは挙動を見てもただの女学生だ。
 尾行されているのが分かるなら裏を掻くルートで進む。何せ自分は世界で二番目に逃げ足が速い。
 少女の身体能力を気遣う少年は無理に追跡をして置いていくようなことはすまい。
 それを数回繰り返して、ようやく気配は無くなった。
 相手も見失ったことを悟り、なにかしら行動を起こすはずだ。
 ベルガーは考える。
 相手からは、自分がある程度の集団に組しているのが分かっているはずだ。
 そう考えるとなにか目立つ場所で集合するはずだ、と。
 ならばこの辺りで集団が集合しやすい場所とはどこか。
 地図を見る。
 地図に載っている建造物は、アジトにしているマンション、その隣の教会、難破船、灯台といったところか。
 ベルガーが歩いて立ち去ったのを見て、そのぐらいにあると考えるだろう。
 ベルガーを見失った彼らは、恐らくそのどこかに向かうはずだ。
 しかし、まず最初にマンションに向かうとしたら、ベルガーより先に着くかもしれない。
 尾行に気づいた辺りから目的地をぼかして移動したので、すぐにはマンションまで佐山は来ない……と思う。
 すぐにマンションに戻り、出来れば移動しておきたいところだった。

694タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:18:48 ID:2t9YUTeo
 シャナを探してから帰ろうと思ったが、計画は変更せねばならない。
 そもそもシャナか零崎とやらかは知らないが、どちらかがエルメスに乗って移動している。
 零崎がエルメスに乗った場合、遠くまで逃げるだろう。そしてシャナはそれを追いかけ、この辺りから離れる。
 シャナがエルメスで追跡した場合、それほど時間の掛からずに追いつくだろう。そしてシャナはエルメスにのってマンションに戻るはずだ。
 ベルガーは携帯電話を取り出しボタンを押す。流石に尾行されていたら使えなかったが。
【ベルガー?】
「ああ」
 すぐにリナが出た。とりあえずこれまでの事情を説明する。
「──というわけだ。今から戻る。そっちの吸血鬼はどうだ?」
【今尋問が終わったとこ。吸血鬼は保胤に見張らせて、あたしとセルティはは入り口で親玉吸血鬼を待ち伏せ】
「……そうか。まあ詳しくは戻ってから聞くが、出来れば、いや出来るだけ移動する準備をしていてくれ」
【分かったわ。で、その佐山とやらが先に来たらどうすんの?】
「そいつ自体は殺人者じゃないがな、殺さない程度に好きにしてくれ」
【ふうん…少しは話を聞くのも有りだけど……】
「ともかく、すぐ戻るから待ってろ」
【はいはい。じゃ】
  ぶつっ。                  放送が鳴った。

695タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:19:51 ID:2t9YUTeo
「……撒かれたね」
「……私のせいだね。ごめん」
「──いや、すまない。私の責任だ」
 息を切らした宮下の言葉に佐山は口をつぐんだ。
 以前なら、新庄と知り合う前なら「分かってくれて嬉しい」などと答えただろう。
 しかし、そう答えようとしたなら、途中で新庄が口を塞いでくることが想像できた。具体的には首を絞めて。
 胸が僅かに軋む。
 自分を変えてくれた人は奪われた。何者かによって失われた。
 男は言った。

──友人が一人こっちに連れて来られていたが、あっさり殺された。

──この狭い島の中だろうと、そのことに例外は無い。

──どうやってこの島の人間全員を仲間にするのか、よく考えておけ。

 島の人全員を仲間にするということは、或いは新庄を殺したものをも仲間にするということだ。
 或いは今この瞬間、風見を殺したものを、出雲を殺したものを仲間にするということ。
 目の前で宮下藤花を殺戮し、「僕も仲間になるよ! 一緒に頑張ろう!」などと言った者を仲間に出来るか。
 自分はそのときどうなるだろうか。それでも仲間にするのだろうか。

696タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:20:54 ID:2t9YUTeo
 彼女ならどう答えるか。自分とは逆とはどっちだろうか。
 最大の目標は失わせないことと失わないことだ。だが。
 先ほどのシャナも、男も大事なものを失った。すでに失った者はどうすればいい?
 しかし絶対に言えるのは、泣いてるものの頼みを聞き殺人幇助することでは決して無い。
 だが、どうすれば……
「あれ?」
 突然宮下が呟く。遠くを何か巨大なものが通り過ぎていくのが見えた。
「船…だね」
 それは船だった。全長300M程度の船がゆっくりと海岸沿いを移動していた。
 B-8の難破船が何らかの理由により動き出したものだろうか。船は明かりを灯して移動している。
「まさかアレに乗り込んだんじゃあ…」
 確かにあのサイズの船ならば大人数移動できるだろう。
 しかし佐山は否定した。
「それはどうだろうね。考えてみたまえ宮下君。
先ほどの男は尾行に気づいていただろう。だから我々を撒くような移動をしたのだ。
尾行されていると気づいているものが、わざわざ露骨に怪しいアジトで移動するかね? それなら沖でそっとしていたほうがいいだろう。
海岸を走る理由も無いだろうし。それに移動速度が遅すぎないかね? 以上をもってこれは連中のアジトでは無いと判断するが、どうだね?」

697タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:21:36 ID:2t9YUTeo
「……すごいね」
「ふふふ尊敬してもらっても構わんよ。──ところで、彼の移動先のことだが」
 地図を取り出す。ここはD-6か7ぐらいのはずだが。湖の側なのは間違いない。
 この辺りから建物というと、小屋、教会、マンション、海を渡って櫓、先ほど否定した船、あとは港町ぐらいだろう。
「ふむ……」
 とりあえず船と港町は除外する。港町はありえないし、船は先ほど否定したので考えないことにする。
 次、小屋はどうだろうか。あの小屋には佐山の名が書いたメモが置いてある。
……あのメモを見ているなら佐山の姓を聞いたときに尊敬や感謝などの反応が返ってきてもいいはずだが……
 よって保留。次は櫓だ。
……櫓に行くならば彼の移動経路はその方角だ。だが行くには海を渡るか、この道だと禁止エリアに引っ掛かる。
 またもや除外。消去法で残ったのはマンションと教会。幸い二つはほぼ同じエリアに位置している。
 調べに行くならまず近場の山小屋と其処だと判断し、地図を閉じる。
「宮下君。決まったよ。まず山小屋に行こう。次は教会かマンション、どちらかだが、とにかくC-6へ向かおう──宮下君?」
「いや、なんだろあの石と思って」
 宮下が指差したそこには、石で出来た簡素な墓があった。
「──宮下君退きたまえ」
 佐山は目聡く岩の陰にある少年の死体を見つけた。
 近づいていく。見るからに死人だ。片腕は無く、胸を突かれている。そしてその格好は──
──オーフェン君を劣化させたような衣装に金髪……マジク少年か……?

698タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:23:00 ID:2t9YUTeo
 ふむ、と呟き手を合わせた。宮下も死体から目を背けつつ黙祷する。
 ふと佐山は湖の岸を見る。マジクのと思しきデイパックが流れ着いていた。
 開けるとバッグの中は浸水していて、支給品一式と割り箸が入っている。
「マジク少年の遺品、ということになるのかね」

      『 さやま 』

 突然男とも女とも判別できない声が響いた。
 声の発信源は目の前とも思え、そうでないとも思えた。
「……これは、ムキチ君ではないか」
 佐山は湖に向かって話しかけた。
 それは4th-Gの概念核であり、世界そのものの竜だ。
 湖の水の一部が渦を巻き竜の姿となる。後ろから声がした。
「──ふむ。世界の敵ではなく世界そのものか。その少年から世界の敵の残滓が感じられたのだがね」
 気づけば宮下はいつの間にか黒衣装を着込みブギーポップになっていた。
 ブギーは左右非対称の表情を作り佐山を見る。Gsp-2はムキチにコンソールをむけ【ヒサシブリダネッ】と文字が出ている。
「どうもここに来てから暴発が多い。これは明らかな弊害だ」
「一応言っておくがムキチ君は敵ではない。むしろ癒し系だ。──ムキチ君。君はその少年の支給品かね? 何があったか教えてくれたまえ」
 佐山はムキチに問いかける。ムキチはゆっくりと、連続して言を紡いだ。

699タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:24:04 ID:2t9YUTeo
『わたしは その わりばしに はいってました』
『その しょうねんは まじくと よばれていました』
『まじくは わたしに きづきませんでした』
『そして まじくは うばわれました』
『まじくを くろい めつきのわるい やんきーのひとが とむらいました』
『かれも うばわれた かおを していました』

「オーフェン君か……?」
 佐山は考える。彼はチンピラのようだが常識人で、結局説明できないまま分かれてしまったが。
 そしてムキチは再びさやま、と呼ぶ。

『しんじょうは どこですか?』

 く、と胸が軋む。その痛みも回復の概念で消えるはずだが、痛みは退かず──

『ここには しんじょうの けはいが あります』
『でも しんじょうは ここには いません』
『ここいがいで しんじょうの けはいは しません』
『ここにいて ここにいないのならば』
『しんじょうは どこですか?』

700タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:25:07 ID:2t9YUTeo
「気配はすれどここには居ない……新庄君は──!」
 胸が張り裂けそうになる。実際張り裂けてしまったほうが楽だろう。
 あ、と声を上げ足が崩れる。地面に跪き脂汗をたらす。
 強制的に空気が漏れていく喉から声を絞り出す。
「──奪われてしまったよ」
 粘度の有る吐息を吐き出し、苦痛に声を震わせる。
 狭心症の所為か、或いは別の何かか。
 頭を掻き毟る。髪の毛が数本千切れた。その痛みが逆に心地よかったが。
 顔を上げる。目の前に、自分とムキチの間にブギーポップが立っていた。

「何かを成そうとするには、まず涙を止めることだ」

 実際には涙は出ていなかったが。
 佐山は無理やり笑みを作った。ブギーも左右非対称の笑みで返して、後ろに下がる。
 僅かに体を動かすことで全身に力を供給していく。
「もちろん、分かっているとも」
 胸の痛みはだんだん退いていき、佐山は起き上がる。
 脂汗で張り付いた髪を正し、泥のついたスーツを払う。
「ここで泣き叫び、動きを止めては新庄君に対する…新庄君が私にくれた想いに対する冒涜だ」
……胸は痛めど心は悼めど、新庄君の加護があれば耐えていける……!

701タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:26:10 ID:2t9YUTeo
「ムキチ君。新庄君は奪われた。多くの明日の友人も失った。
 私は奪ったものに償いの打撃を、失ったものに抗う力を与えるために君が、必要だ」
 自分独りで何とかするのは困難で。
 自分独りで仲間を集めるのは厳しい。
 それでも新庄君が居るならば。
 新庄君が私を護ってくれるならば。
 何故それが出来ないことだろうか。
 どうして出来ないことがあろうか……!
『やくそく しましょう ひとつは さやまのなかに しんじょうが ずっと いること』
 マジクのデイパックの中の割り箸を取り出しムキチに向けた。
「佐山御言は新庄の意志と永遠にともにあることを──」
 自分は人を泣かせず、泣いてる者に説こう。君を泣かした状況を作ったものの事を。
 自分は失くさせた者を奪おう。彼の理由を。そして本当に失くさせるべきは何かを問う。
 未知精霊?
 これまで私は新庄君と仲間と未だ知らぬことを見つけてきたのだ。精霊すら知らぬことも見つけよう。
 心の実在?
 心はここにある。新庄君はここにいる。これだけは、誰にも奪えぬ……!

テスタメント!
「契約す!」

702タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:27:13 ID:2t9YUTeo
 ムキチが割り箸の中に殺到する。割り箸にあいている無数の気孔にムキチの水分が含まれた。
 それでも重さはそう変わらなかったが。と、足元に。
「草の獣……」
 4th-Gの一部、六本足の犬に似た草の獣が足元に一匹。ぼふっと酸素を吐き出しつつ現れた。
 お手元の割り箸からムキチが告げる。
『もうひとつは うばわれたものは とりかえしましょう』
 Gsp-2のコンソールに【シンプルニネッ】と文字が生まれた。
 同時に耳元でブギーの、ぞっとするような声がした。
「君は世界の力を二つも手に入れた。君は世界の敵に為り得るのか──?」
 それは確認するように、自分では分からず、困惑しているような声だった。
 振り向くとそこには学生服を来た宮下が居た。既にブギーではない。
「佐山君どうしたの?」
「いや……この獣は宮下君が持っていたまえ」
「うわ。これって?」
「ジ・癒し系&和み系アニマルだ。なんと会話機能もついているぞ!」
『みやした?』
「かわいい……」
「それを持っておくと見事に疲れが取れるステキアニマルでもある。さて、それそろ出発しようか」
「あの、佐山君」

703タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:28:16 ID:2t9YUTeo
 宮下がおずおずと告げる。前々からの疑問だったように。
 佐山はなにかね、と返した。
「どうして佐山君はこんな状況でも冷静に、無理と言われたことをやろうとするのかな?」
 佐山は宮下にまだ詳しくは説明していない。
 説明したところで通じるとも思えないが。佐山は苦笑して言う。
「腐ってなどいられないよ。大事な人が私を見ま」

「うひょー」

「………」
「………」
「腐敗すると発酵するの違いは人間に役に立つか立たないかであり人生は常に発酵している。
うむ。今にも酸っぱい香りが……うぷ。この話は今度の食事のときにでも」
『さやま みやした むし?』
 いつの間にか宮下の手から降りていた草の獣がどこかで見た虫を銜えていた。ちなみに消化器官は無いので銜えてるだけだ。
 佐山はごほんと咳払いをして着衣を正し息を吸う。そして指を刺しつつ一息で叫ぶ。
「オーフェン君改めサッシー二号の友人、元サッシー二号君ではないか……!」
「俺の名前を勝手に改めるなっ! あと誰がそいつの友人だ!」
 後ろの森からオーフェンが飛び出してきた。全力否定しながら。
「真の友情とは耳掻きの綿の部分を噛まない猫と生まれる。By俺の親父の一人息子。
つまり俺を既に甘噛みしているこの生物と友情は生まれるかということだ」
 オーフェンが肩を落とし、半目になる。まあいいやと前置きし彼は佐山を見た。
「また会ったな佐山…だっけか。ここでなにし」
                          放送が鳴った。

704タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:29:19 ID:2t9YUTeo
【E-7/森/1日目・18:00】
【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:平常。
[装備]:鈍ら刀、携帯電話、黒い卵(天人の緊急避難装置)
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
    PSG−1(残弾ゼロ)、マントに包んだ坂井悠二の死体
[思考]:佐山に会わないように急いでマンションへ
 ・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
 ※携帯電話はリナから預かりました

【D-6/湖南の岬/1日目・18:00】
『不気味な悪役』
【佐山御言】
[状態]:左手ナイフ貫通(神経は傷ついてない。処置済み)。服がぼろぼろ。
[装備]:G-Sp2、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水2000ml) 、
    PSG−1の弾丸(数量不明)、地下水脈の地図  木竜ムキチの割り箸
[思考]:参加者すべてを団結し、この場から脱出する。 オーフェンと会話。
[備考]:親族の話に加え、新庄の話でも狭心症が起こる (若干克服)

705タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:30:22 ID:2t9YUTeo
【宮下藤花】
[状態]:足に切り傷(処置済み)
[装備]:草の獣
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml) ブギーポップの衣装
[思考]:佐山についていく

※チーム方針:E-5の小屋に行き、その後マンション、教会へ。

【オーフェン】
[状態]:疲労。身体のあちこちに切り傷。
[装備]:牙の塔の紋章×2、スィリー
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1000ml)
[思考]:クリーオウの捜索。ゲームからの脱出。 佐山と会話。
    0時にE-5小屋に移動。
    (禁止エリアになっていた場合はC-5石段前、それもだめならB-5石段終点)

706魔女集会1/5 ◆a6GSuxAXWA:2006/03/03(金) 01:15:08 ID:Ala6bp1I
 ゆらゆら、ゆらゆら。ふわふわ、ふわふわ。
 視界が揺らぐ。
 思考が歪む。
 ゆらゆら、ゆらゆら。ふわふわ、ふわふわ。
 鈍る感覚。
 火照る額。
 声が聞こえる。
「――かに……たしは、さと……」
 ゆらゆら、ゆらゆら。
 視界が揺らぐ。
 ふわふわ、ふわふわ。
 思考が歪む。
 ゆらゆら、ゆらゆら。
 鈍る感覚。
 ふわふわ、ふわふわ。
 火照る額。
 熱い。熱い。カラダがアツ――――


      ◆◆◆


「ぁ……ぅ、ん……?」
 ぴちゃ――ん。
 水滴の弾ける音が、耳に届いた。
 それと同時に、十叶詠子は覚醒する。
 額の熱に僅かに眉をひそめつつ――重い瞼を開くと、
「気がついた?」
 天井を背景に、一人の少女の顔があった。

707魔女集会2/5 ◆a6GSuxAXWA:2006/03/03(金) 01:16:09 ID:Ala6bp1I
「ん……」
 詠子は曖昧な声を返しながら、鈍痛の居座った頭で現状を確認。
 ここはバスルーム――湖に落下したことからして、どうやら自分は眼前の少女に保護されたらしい。
 バスタブの中で抱きすくめられるように湯に漬けられている事からして、相当に身体を冷やしてしまったようだ。
 額の鈍痛も、それが原因だろうか。
「……けほっ」
 小さな咳が、口から漏れる。
 口の中から僅かに、泥の味がする。
「ここはD−8の港の民家で、私は佐藤聖。……あなたは?」
 一語一句を噛んで含めるように、優しげな口調で少女――聖が言う。
 脇の辺りに添えられた聖の手が、ゆっくりと詠子の肢体を撫でる。
「私は……十叶詠子、だよ」
 その手の動きにくすぐったさを感じ、詠子は熱い湯の中で少しだけ身じろぎをする。
「――よろしくね。“牙持つ兎”さん?」
「…………!?」
 今度は聖が身じろぎする番だった。
 詠子はその背に当たる柔らかさを感じつつ、謳うように囁きかける。
「あなたは兎。
 心の底の暗闇を恐れて明るく振舞うあなたは、まるで寂しさで死んでしまう兎みたい。
 ――そんな可愛らしいあなただから、きっと新しい牙にも馴染めたのね。
 だってその牙があれば、」


「……黙りなさい」


 聖の形相が一変していた。
 詠子の見透かすような言葉に対する怒りか、それとも警戒のためだろうか。
 伸びた牙は美しい相貌とも相俟って、見るものに与える威圧は並みのものではない。
「恐いなあ。私の力じゃあなたの牙には抗えないのに、何をそんなに怒っているの?」
 だが、詠子の顔に浮かんだ微笑みは揺るがない。

708魔女集会2/5 ◆a6GSuxAXWA:2006/03/03(金) 01:17:13 ID:Ala6bp1I
 むしろその笑みに何を感じたのか、湯の中にありながら聖の身体が僅かに震え――
「黙りなさい、って言っているでしょう? 私が優位にあるのだから、私の命令はきちんと聞きなさい」
 詠子を抱きすくめる聖の腕に、力がこもる。
 半病の詠子には、抗えぬ力だ。
 しかしその腕に締め上げられながらも、“魔女”の微笑みは揺るがない。
「――ッ。……いいわ。ちゃんと身体に仕込んであげるんだから」
 言葉と共に詠子の首筋に聖の牙が迫り……しかし、その牙は詠子の皮膚を破る事はなかった。
「ん、っ……」
 牙と吐息が、詠子の首筋をなぞる。
 くすぐったげに身をよじる詠子を、聖はその力で強引に押さえ込む。
 手指が胸元で蠢き、肋骨を奏でるように撫で――
「ふふ、恐い――?」
「まさか。“魔女”は魔性に身を捧げて力を得る者、だか、ら……ふ……ぁ、っ!」
 水音と共に、詠子の腰が小さく跳ねた。 
「んー、ここが弱点?」
 牙を伸ばしたままの聖は、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべながら腕の中の詠子を弄ぶ。
 ぴちゃ――ん。
 と、天井から結露の水滴が落下し……弾けた。


      ◆◆◆


 それから、どれだけの時間が経ったのだろう。
 詠子に身を絡めた聖は、朱みを帯びた白磁の首筋に、ゆっくりと乳白色の牙を突き立てた。
「ひ、ぅ……」
 びくり、と弓なりに身体を反らせながら、声ともならぬ声を漏らす詠子。
 聖の口の鮮血が滴り、その数滴が浴槽へと沈み、薄く広がり――

709魔女集会4/5 ◆a6GSuxAXWA:2006/03/03(金) 01:18:09 ID:Ala6bp1I
「ホントはもっと可愛く鳴かせて、もっと従順にして、それから吸おうと思っていたんだけど……」
 傷口に、ぴちゃり、ぴちゃりと舌を這わせながら、聖が呟く。
 その言葉に込められた忌々しげな調子は、いったん隣家に戻ったある存在に向けられていた。
「まあ、いいわ。これで詠子ちゃんも私の仲間……ね?」
 次いで耳朶を噛みながらの甘い囁きに、詠子はゆっくりと頷く。


「そうだね。……そしてあなたも、私の仲間」


 どこか禍々しい響きを持った言葉に、聖は一瞬怯み――そして、気付いた。
 浴槽も、天井も、詠子も。
 何もかもが、二重写しに見えている事に。
「魔女の血は『ヨモツヘグリ』――人でなき者であるイザナミノミコトを死の世界の住人とした黄泉の食物」
 謳うように、詠子は囁きを返す。
「神も人も、そして魔も――『ヨモツヘグリ』の力は、変わりがないみたいだねえ」
 聖は、その言葉に対して何も返すことが出来ない。
 二重の視界いっぱいに映る――新たに認識された、もう一つの世界。
 参加者たちの目を一定箇所から逸らさせ、また特定の感情を抑制し、特定の感情を昂ぶらせる――
 そのためにこの島に仕掛けられた、無数の魔術的な記号。
「あ、あ……」
 それらを一度に理解してしまったが故に――聖は猛烈な眩暈と酩酊に襲われていた。 
「ふふ――なんだかとっても気分がいいな」
 吸血鬼化の影響で、体調が一気に回復した詠子が呟く。
「これから、どうしようかなあ……?」

710魔女集会5/5 ◆a6GSuxAXWA:2006/03/03(金) 01:19:48 ID:Ala6bp1I
【D-8/民宿/1日目/16:50】
【vampire and witch】

【十叶詠子】
[状態]:吸血鬼化(身体能力上昇)開始。それに伴い体調はほぼ復調。
[装備]:『物語』を記した幾枚かの紙片 (半乾き。脱衣場に)
[道具]:デイパック(泥と汚水がへばりついた支給品一式、食料は飲食不能、魔女の短剣)
[思考]:なんだか血が吸いたいような気もするけど、これからどうしようか?

【佐藤聖】
[状態]:吸血鬼化(身体能力大幅向上)完了。魔女の血により魔術的感覚を得るが、ショックで酩酊状態。
[装備]:剃刀(脱衣場に)
[道具]:支給品一式(パン6食分・シズの血1000ml)、カーテン
[思考]:世界が二重に見えて、気持ちが悪い。子爵にどう対応するべきか。
[備考]:シャナの吸血鬼化が完了する前に聖が死亡すると、シャナの吸血鬼化が解除されます。
    首筋の吸血痕は完全に消滅しています。子爵に名を名乗りました。

711darkestHour1/4 ◆jxdE9Tp2Eo:2006/03/04(土) 13:40:50 ID:4pUpOwFs
完全に日が沈んだ中、快適そうに伸びをする美姫、ついに彼女の時間が到来したのだ。
かぐわしき夜の香気を味わう彼女だが、何かを感じたのだろうか?
アシュラムを招きよせて何かを命ずる。
「以前から目をつけていた者に出会えそうじゃ…お前は宗介らをつれて控えておれ、よしと言うまでは
姿を出してはいかぬぞ」
アシュラムは少し戸惑ったが、御意と呟くと宗介らを伴い…物陰へと潜む、そして…。

千絵を担いでマンションへと戻ろうとしている、リナは異様な気配を感じる…。
(この気配…)
それは吸血鬼だったころの千絵の気配と非常に似通っていた。
「さっそくビンゴってわけね」
にやりと笑うリナ、かなり強力な吸血鬼であることは予想できるが…
懐の十字架に触れる、こいつで脅せばいいだけだ。
まずはその顔を拝見しよう、リナは気配の元へと向かった。

(うわ…)
いざ対面し、雲の間からわずかに漏れる月明かりに照らされた美姫の顔を見て、
感嘆の言葉を漏らすリナ…これほど美しい女性は見たこともないし、これから見ることもないだろう。
それにこの溢れる気品は何だろうか?
(だめよ、正気を保たないと)
ぶんぶんと首を振って、気分を切り替えようとするリナを楽しそうに見やる美姫。
「伴侶については気の毒であったの、その後どうしておった」
「どういたしまして…ガウリィだけじゃなくてゼロスもアメリアもゼルガディスも死んだわ」
「ほう、それは気の毒にの」
「はぁ!」
他人事な物言いに声を荒げるリナ。
「アメリアを殺したのはあんたの手下でしょうが!そうやって自分の部下使って生き残ろうとしてんでしょう!」
「わたしも死ぬのが怖いのでな…それともおまえは他の誰かが生き残ろうと思う意思を否定するのか?」
白々しく言い返す美姫。

712DarkestHour2/4 ◆jxdE9Tp2Eo:2006/03/04(土) 13:41:55 ID:4pUpOwFs
「だが思い違いをしておる、私が悦びを与えたのは一人だけじゃ、それに私は誰一人殺しておらぬ
文句があるのならば、その聖とかいう娘に言うがよい」
「責任を転嫁するの!」
「ほう?ならば問う、お前たちも戦う術は学んでいよう、その力で過ちを犯した場合
その責は誰が追わねばならぬ?力を行使した者であって、それを授けた者ではあるまい」
「わたしは確かに一人の娘に悦びを与えた、だがその与えられたものをどう使うかはあの娘個人の勝手じゃ
わたしは何も預かり知らぬ」

「じゃあアンタは何もやっちゃいないというの?」
「その通りじゃ、わたしは何一つしておらぬ、まぁ午睡の最中銃を突きつけられ、
その上、大上段に立ったぶしつけな交渉を持ちかけられたことはあったがの」
ぬけぬけと言い放つ美姫、普段のリナならば許しはしないところだが、
美姫の美しさと放たれるカリスマといってもいい雰囲気に圧倒されて二の句が告げない。
「じゃあ…話題を変えましょ、あたしも無用な争いはこの際避けたいの、だから…
アンタのこれまでの事に関して目を瞑る代わりに手を組まない?…元に戻して欲しい仲間がいるのよ」

「そうじゃな…」
リナの申し出に美姫の目が意地悪く光り、そして彼女はテーブルに素足を投げ出した。
「ならば土下座せよ、それからその口でこの足に接吻せよ…そしてこう言うのだ
お美しい姫君よ、非才にして非礼な私の力では仲間を救うことができません、どうかどうかあなた様のお力で
私の仲間を救っていただけないでしょうか?お願いいたします、との」
周囲の空気が凍りつく、
「アンタ何いってんの…」
リナの歯軋りの音が夜の庭園に響く。

「できぬのか?」
「ふざけんじゃないわよ!」
もう耐えられない、こちらとしては譲歩に譲歩に重ねてやったのだ、それを…付け上がるにも程がある。
幸い、こちらには切り札がある。
「この天才美少女魔道士、リナ=インバースが薄汚い化け物風情に膝を屈するわけないじゃないの!」

713DarkestHour3/4 ◆jxdE9Tp2Eo:2006/03/04(土) 13:44:04 ID:4pUpOwFs
「本音が出おったわ」
予想していたかのように美姫がまた微笑み、リナはあわててその顔から視線をそらす。
「散々えらそうな口利いていても、アンタの弱点なんか、とうにお見通しなんだからね!」
その言葉と同時にリナは懐から手製の十字架を取り出し、美姫に突きつける。
「ぐっ…」
今度は美姫が後ずさる番だった。
「どう?ザコの分際でよくもへらず口叩いてくれたわね!何が土下座よ!足に接吻よ!ああん?
いい!顔だけは勘弁してあげるから、この十字架を心臓に押し当てられたくなければ
おとなしく従うことね!わかった!?…だからまずは」

「わ…わかった…それで」
リナの天地が逆転する。
「気は済んだかの?」
自分が背負い投げを食らったと気がついたのは、地面に叩きつけられてからだった。
「そのような玩具が四千の齢を重ねた私に通じるはずがないであろう?流水も大蒜も白銀も陽光すらもわたしには
何の妨げにもならぬ」
多少のハッタリが入っているのだが、その言葉を聴いたリナの顔に明らかな狼狽が走る。
美姫はくぃとリナの顎を掴んでそして耳元で囁く。
「さて、手の内を晒しあったところでもう一度問おう…どうする?」
リナは無言でまた顔を逸らす。
「己もあの者たちと同じか?己を優位におかねば何も話せぬか?その上、一時の恥と友の命、天秤にすら掛けられぬか?」
一つ一つの言葉がリナに重くのしかかる。

「行くぞ、見込み違いもいいところじゃ…この者ならば」
(わたしを滅ぼすにふさわしき者の1人と思っておったのにの)
と誰にも聞こえぬように呟くと背中を向けた美姫の言葉にアシュラムが従い、ついで物陰から宗介とかなめが姿を現す。
リナから遠ざかるその姿は隙だらけだ…反射的にリナは呪文を口ずさみ始める。
「悪夢の王の一片よ… 」
「ほう?大義もなしにわたしを討つか、ならばお前も所詮は大言を吐くだけの殺人者じゃの…私を討ちたくば
悠久の時を生きる吸血鬼を討つのならばそれにふさわしき礼を尽くせ…
さもないかぎりわたしはお前の望む土俵には決して上がらぬぞ」
もうリナに呪文を唱える意思はのこっていなかった。

美姫が立ち去った後、へたりこむリナ…何も出来なかった。
「あたしは…アイツには勝てない…だって」
正確には違う…たしかに強大だが竜破斬か神滅斬を直撃させればおそらく物理的に倒すことは可能だろう…しかし。
リナの脳裏に一人の女性の姿が浮かぶ、もちろんその姿も声も美姫のものとはまるで似つかない、だが
まぎれもなく…それは…。
「アイツ…姉ちゃんと…おんなじだ」

714DarkestHour4/4 ◆jxdE9Tp2Eo:2006/03/04(土) 13:48:20 ID:4pUpOwFs
【D-6/公園/1日目/18:15】
【リナ・インバース】
[状態]:精神的に動揺、美姫に苦手意識
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。
    まずはシャナ対応組と合流する。

【海野千絵】
[状態]:吸血鬼化回復(多少の影響は有り?)、血まみれ、気絶、重大なトラウマ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:………………。
[備考]:吸血鬼だった時の記憶は全て鮮明に残っている。

【D-6/公園/1日目/18:15】
『夜叉姫夜行』
【美姫】
[状態]:通常
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:島を遊び歩いてみる。

【アシュラム】
[状態]:健康/催眠状態
[装備]:青龍堰月刀
[道具]:冠
[思考]:美姫に仇なすものを斬る/現在の状況に迷いあり

【相良宗介】
[状態]:健康。
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:どんな手段をとっても生き残る、かなめを死守する

【千鳥かなめ】
[状態]:通常
[装備]:エスカリボルグ
[道具]:荷物一式、食料の材料。鉄パイプのようなもの。(バイトでウィザード「団員」の特殊装備)
[思考]:宗介と共にどこまでも

715DarkestHour(修正)  ◆jxdE9Tp2Eo:2006/03/06(月) 18:21:07 ID:JCBd.oTo
完全に日が沈んだ中、快適そうに伸びをする美姫、ついに彼女の時間が到来したのだ。
かぐわしき夜の香気を味わう彼女だが、何かを感じたのだろうか?
アシュラムを招きよせて何かを命ずる。
「以前から目をつけていた者に出会えそうじゃ…お前は宗介らをつれて控えておれ、よしと言うまでは
姿を出してはいかぬぞ…それから宗介よ」
美姫は宗介を呼び止めて囁く。
「これから私が出会う者の姿、しかと見ておくがよい」
「それはどういう…」
「わからぬか、そなたら2人生き残るには私をも踏み台にせねばならぬかもしれぬということよ」
宗介は訝しげに首を傾げたが、先にアシュラムが御意と呟くと宗介らを伴い…物陰へと潜んでいく、
そして…。

千絵を担いでマンションへと戻ろうとしている時、リナは異様な気配を感じた。
(この気配…)
それは吸血鬼だったころの千絵の気配と非常に似通っていた。
「さっそくビンゴってわけね」
にやりと笑うリナ、かなり強力な吸血鬼であることは予想できるが…
懐の十字架に触れる、こいつで脅せばいいだけだ。
まずはその顔を拝見しよう、リナは気配の元へと向かった。

(うわ…)
夜の公園でいざ対面し、雲の間からわずかに漏れる月明かりに照らされた美姫の顔を見て、
感嘆の言葉を漏らすリナ…これほど美しい女性は見たこともないし、これから見ることもないだろう。
それにこの溢れる気品は何だろうか?
(だめよ、正気を保たないと)
ぶんぶんと首を振って、気分を切り替えようとするリナを楽しそうに見やる美姫。
「伴侶については気の毒であったの、その後どうしておった」
「どういたしまして…ガウリィだけじゃなくてゼロスもアメリアもゼルガディスも死んだわ」
「ほう、それは気の毒にの」
「はぁ!」
他人事な物言いに声を荒げるリナ。
「アメリアを殺したのはあんたの手下でしょうが!そうやって自分の部下使って生き残ろうとしてんでしょう!」
「わたしも死ぬのが怖いのでな…それともおまえは他の誰かが生き残ろうと思う意思を否定するのか?」
白々しく言い返す美姫、

716DarkestHour(修正)  ◆jxdE9Tp2Eo:2006/03/06(月) 18:22:21 ID:JCBd.oTo
「だが思い違いをしておる。私は誰一人直接手は下しておらぬ、
文句があるのならばその聖とかいう娘に言うがよい」
「責任を転嫁するの!」
「ほう?ならば問う、お前たちも戦う術は学んでいよう、その力で過ちを犯した場合
その責は誰が追わねばならぬ?力を行使した者であって、それを授けた者ではあるまい」
「それは…」
詭弁だが的を得ている、言い返せない。
「わたしは確かに一人の娘に悦びを与えた、だがその与えられたものをどう使うかはあの娘個人の勝手じゃ
わたしは何も預かり知らぬ」

「じゃあアンタは何もやっちゃいないというの?」
「その通りじゃ、重ねて言うがわたしは何一つしておらぬ、まぁ午睡の最中銃を突きつけられたり、
 大上段に立ったぶしつけな交渉を持ちかけられたことはあったがの」
ぬけぬけと言い放つ美姫、普段のリナならば許しはしないところだが、
美姫の美しさと放たれるカリスマといってもいい雰囲気に圧倒されて二の句が告げない。
「じゃあ…話題を変えましょ、あたしも無用な争いはこの際避けたいの、だから…
アンタのこれまでの事に関して目を瞑る代わりに手を組まない?…元に戻して欲しい仲間がいるのよ」

「そうじゃな…」
リナの申し出に美姫の目が意地悪く光り、そして彼女はテーブルに素足を投げ出した。
「ならば土下座せよ、それからその口でこの足に接吻せよ…そしてこう言うのだ
お美しい姫君よ、非才にして非礼な私の力では仲間を救うことができません、どうかどうかあなた様のお力で
私の仲間を救っていただけないでしょうか?お願いいたします、との」
「アンタ何いってんの…」
リナの歯軋りの音が夜の庭園に響く。
周囲の空気が凍りつく、かなめが息を呑む、宗介すらも固唾を呑んだ。
「できぬのか?」
「ふざけんじゃないわよ!」
もう耐えられない、こちらとしては譲歩に譲歩に重ねてやったのだ、それを…付け上がるにも程がある。
幸い、こちらには切り札がある。
「この天才美少女魔道士、リナ=インバースが薄汚い化け物風情に膝を屈するわけないじゃないの!」

717DarkestHour(修正)  ◆jxdE9Tp2Eo:2006/03/06(月) 18:23:02 ID:JCBd.oTo
「本音が出おったわ」
予想していたかのように美姫がまた微笑み、リナはあわててその顔から視線をそらす。
「散々えらそうな口利いていても、アンタの弱点なんか、とうにお見通しなんだからね!」
その言葉と同時にリナは懐から手製の十字架を取り出し、美姫に突きつける。
「ぐっ…」
今度は美姫が後ずさる番だった。
「どう?ザコの分際でよくもへらず口叩いてくれたわね!何が土下座よ!足に接吻よ!ああん?
いい!顔だけは勘弁してあげるから、この十字架を心臓に押し当てられたくなければ
おとなしく従うことね!わかった!?…だからまずは髪の毛で隠してるほうの顔をみせ…」

「わ…わかった…それで」
リナの天地が逆転する。
「気は済んだかの?」
自分が背負い投げを食らったと気がついたのは、地面に叩きつけられてからだった。
「そのような玩具が四千の齢を重ねた私に通じるはずがないであろう?流水も大蒜も白銀も陽光すらもわたしには
何の妨げにもならぬ」
多少のハッタリが入っているのだが、その言葉を聴いたリナの顔に明らかな狼狽が走る。
美姫はくぃとリナの顎を掴んでそして耳元で囁く。
「さて、手の内を晒しあったところでもう一度問おう…どうする?」
リナは無言でまた顔を逸らす。
「己もあの者たちと同じか?己を優位におかねば何も話せぬか?その上、一時の恥と友の命、天秤にすら掛けられぬか?」
一つ一つの言葉がリナに重くのしかかる。

「行くぞ、見込み違いもいいところじゃ…この者ならば」
(わたしを滅ぼすにふさわしき者の1人と思っておったのにの)
と誰にも聞こえぬように呟くと背中を向けた美姫の言葉にアシュラムが従い、
ついで物陰から宗介とかなめが姿を現す。
リナから遠ざかるその姿は隙だらけだ…反射的にリナは呪文を口ずさみ始める。
「黄昏よりも… 」
「ほう?大義もなしにわたしを討つか、ならばお前も所詮は大言を吐くだけの殺人者じゃの…私を討ちたくば
悠久の時を生きる吸血鬼を討つのならばそれにふさわしき礼を尽くせ…
さもないかぎりわたしはお前の望む土俵には決して上がらぬぞ」
心技体すべてにおいて打ちのめされたリナに呪文を唱える意思はのこっていなかった。

美姫が立ち去った後、へたりこむリナ…何も出来なかった。
「あたしは…アイツには勝てない…だって」
正確には違う…たしかに強大だが竜破斬か神滅斬を直撃させればおそらく物理的に倒すことは可能だろう…しかし。
リナの脳裏に一人の女性の姿が浮かぶ、もちろんその姿も声も美姫のものとはまるで似つかない、だが
まぎれもなく…それは…。
「アイツ…姉ちゃんと…おんなじだ」

718DarkestHour(修正)  ◆jxdE9Tp2Eo:2006/03/06(月) 18:24:25 ID:JCBd.oTo
【D-6/公園/1日目/18:15】
【リナ・インバース】
[状態]:精神的に動揺、美姫に苦手意識(ラナの姿を重ねています)
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。
    まずはシャナ対応組と合流する。

【海野千絵】
[状態]:吸血鬼化回復(多少の影響は有り?)、血まみれ、気絶、重大なトラウマ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:………………。
[備考]:吸血鬼だった時の記憶は全て鮮明に残っている。

【D-6/公園/1日目/18:15】
『夜叉姫夜行』
【美姫】
[状態]:通常
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:島を遊び歩いてみる。

【アシュラム】
[状態]:健康/催眠状態
[装備]:青龍堰月刀
[道具]:冠
[思考]:美姫に仇なすものを斬る/現在の状況に迷いあり

【相良宗介】
[状態]:健康、ただし左腕喪失
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:どんな手段をとっても生き残る、かなめを死守する

【千鳥かなめ】
[状態]:通常
[装備]:エスカリボルグ
[道具]:荷物一式、食料の材料。鉄パイプのようなもの。(バイトでウィザード「団員」の特殊装備)
[思考]:宗介と共にどこまでも

719紫煙―smoke―(1/2) ◆5KqBC89beU:2006/03/09(木) 21:59:57 ID:K0OHwYzw
 霧の中、甲斐氷太はA-2にある喫茶店の前に立っていた。
(さて、今度こそ誰か隠れててくれねえもんかね)
 適当に周囲を探索して回り、しかし誰とも会わないまま、甲斐は今ここにいる。
 途中、争うような喧騒を耳にしてはいたが、甲斐は無視した。いかにもカプセルを
のませにくそうな参加者にわざわざ会いにいく気は、とりあえずない。逃げるために
遠ざかるつもりも、とりあえずないが。
 今のところ、甲斐の目的は、悪魔戦を楽しめそうな相手を見つけることだった。
 風見とその連れを殺したいとも思ってはいるが、再戦できるかどうかは運次第だ。
 故に、甲斐はただ黙々と探索を続けていたのだった。
(……ウィザードの代わりなんざ、いるわきゃねえけどな)
 カプセルは、のめば誰でも悪魔を召喚できるというようなクスリではない。
 悪魔を召喚する素質のない参加者にカプセルを与えても、悪魔戦は楽しめない。
 何が素質を決定している因子なのか、甲斐は明確には知らない。しかし、精神的に
不安定な者は悪魔を召喚できるようになりやすい、という傾向なら知っていた。
 戦えない者なら、この状況下で精神的に安定しているとは考えにくく、悪魔を召喚
できるようになる可能性が高い。また、そういう相手にならカプセルをのませやすい。
(弱え奴が隠れるとしたら、こんな感じの、中途半端な場所の方が好都合だろ)
 立地条件のいい場所には人が集まりやすい。誰にも会いたがっていない者ならば、
他の参加者が滞在したがりそうな場所を避けてもおかしくない。
 この辺りの市街地は、便利すぎず、かといって不便すぎることもない。
 大都会というほどではないものの、それなりに建物があって隠れ場所には困らず、
物資を調達しやすそうだ。しかし、島の端なので逃走経路が限られており、遮蔽物の
乏しい西には逃げにくい。強さか逃げ足に自信がある者なら、ここより南東の市街地に
向かいたがるだろう。この場所ならば、弱者が隠れていても不思議ではない。
 『ゲーム』の終盤から殺し合いに参加しようとする者や、休憩しにきた殺人者も、
ひょっとしたら隠れているかもしれないわけだが。
 カプセルを口に放り込み、甲斐は喫茶店の扉を開けた。

720紫煙―smoke―(2/2) ◆5KqBC89beU:2006/03/09(木) 22:01:04 ID:K0OHwYzw
 結局、喫茶店には誰も隠れていなかった。
(面白くねえ)
 どうやら、現在A-2には甲斐以外の参加者がいないらしい。
 すぐ東で激戦があったようだが、付近を通過するような足音は聞こえてこない。
(もう、いっそのこと……いや、それとも……)
 思案しながら甲斐は煙草を取り出し、口にくわえて、店のガスコンロで点火した。
 煙が吸い込まれ、吐き出される。
(あー、くそ、体のあちこちが痛え)
 煙草を片手にカプセルを咀嚼する姿は、どうしようもなくジャンキーらしかった。


【A-2/喫茶店/1日目・17:55頃】

【甲斐氷太】
[状態]:左肩から出血(銃弾がかすった傷あり)/腹に鈍痛/あちこちに打撲
    /肉体的に疲労/カプセルの効果でややハイ/自暴自棄/濡れ鼠
[装備]:カプセル(ポケットに十数錠)/煙草(1/2本・消費中)
[道具]:煙草(残り13本)/カプセル(大量)/支給品一式
[思考]:次に会ったら必ず風見とBBを殺す/とりあえずカプセルが尽きるか
    堕落(クラッシュ)するまで、目についた参加者と戦い続ける
[備考]:『物語』を聞いています。悪魔の制限に気づいています。
    現在の判断はトリップにより思考力が鈍磨した状態でのものです。

721虚偽を頭に笑みを浮かべよ(1/8) ◆5KqBC89beU:2006/03/15(水) 22:11:22 ID:K0OHwYzw
 九連内朱巳は思考する。
 今ここで裏切りたくなるような利点が相手にないということ、それを彼女は信じる。
 ついさっき会ったばかりの相手の、あるかどうか判らない良心を信じるつもりなど、
彼女にはない。
 朱巳は視線を巡らせる。
 神社で休憩していた三人には、なんとなく悪人ではないような印象があった。
 善人を演じているのかもしれない。本物の善人なのかもしれない。善人を演じている
なら、故意にそうしているのかもしれないし、無自覚にそうしているのかもしれない。
 三人の間には信頼関係があるように見える。お互いの裏切りを少しも疑っていない
ような雰囲気がある。もしも演じているのだとすれば、かなりの演技力だ。
 短時間での見極めは不可能だと結論し、朱巳は判断を保留した。
 とりあえず、今はまだ三人とも危険そうには見えない。それだけ判れば充分だった。
 朱巳に利用価値がある限り、この三人は朱巳の敵にはならない。
 無論、利害が一致しなくなれば、すぐに敵同士へと逆戻りだが。
 朱巳は視線を連れに向ける。
 ヒースロゥ・クリストフは“罪なき者”を守らずにはいられない。演じているのでは
なく彼は本当にそういう性分をしている、と朱巳は推測する。
 朱巳が“罪なき者”であり続ける限り、ヒースロゥは朱巳を守ろうとするだろう。
 ひょっとすると朱巳が足手まといになってヒースロゥは死ぬかもしれないわけだが、
朱巳の助言がなければ彼は休憩しないで他の参加者を探し回っていたかもしれないし、
その結果、万全とは言い難い状態で誰かと戦って殺されていたかもしれない。
 対等かどうかはともかく、持ちつ持たれつの関係ではある。
 ヒースロゥの言動からは、義理堅い性格が垣間見えていた。
 恩を売っておけば、きっと彼は恩返しをしてくれるだろう。

722虚偽を頭に笑みを浮かべよ(2/8) ◆5KqBC89beU:2006/03/15(水) 22:12:35 ID:K0OHwYzw
 ヒースロゥに「ここは任せて」と言い、朱巳は三人に向かって話す。
「こっちがそっちに投降したわけだから、まずはこっちの情報から教える。あたしの
 名前は、九連内朱巳。こいつがヒースロゥ・クリストフだってのは、さっき本人が
 言ってた通り」
 既に主導権を握られているのだから、まずは従順な態度を見せて油断させておこう、
という作戦だった。
 三人も、それぞれ自分の名前を告げた。それを記憶し、朱巳は語り始める。
「あたしが送られた場所は海岸沿いの崖だった。座標で言うなら――」
 嘘は必要なときに必要なだけつくべきだ。故に、朱巳は必要以上の嘘をつかない。
 話し始めてすぐに、ヘイズが何かをメモに書いて朱巳に渡した。
『そのまま続けてくれ。だが、話の内容には気をつけろ。呪いの刻印には盗聴機能が
 ある。反応はするな。筆談してるとバレちまう。「奴らに聞かれると困ること」が
 書いてあるメモを渡すから、読んでみてくれ』
 平然と話しながら朱巳は頷き、そのメモをヒースロゥに渡す。彼は目を見開いたが、
すぐに落ち着いた様子で首肯してみせた。
 屍刑四郎に同行してヒースロゥと会ったところまで朱巳は語り、ヒースロゥに視線で
合図する。今度は彼が、朱巳や屍と遭遇する以前の出来事を語り始めた。
 その間に朱巳は渡されていたメモを熟読し、返事を書く。
『刻印に盗聴機能があっても、それ以外に監視手段がないという証拠にはならない。
 すごい技術で作られた豆粒くらいの監視装置があちこちに仕掛けられてたりするかも
 しれないし、すごい魔法か何かで常に見張られているのかもしれない。考えすぎかも
 しれないから筆談は続けるけど、「筆談すれば大丈夫だ」なんて思わない方がいい』
 朱巳からメモを受け取った三人は、それぞれ苦い顔をした。
 参加者たちは全員、無理矢理『ゲーム』に参加させられて、“主催者の気が変われば
今すぐ即死させられても不思議ではない”という状態にまで追い詰められている。
 この島に連れてこられている時点で、既に一度、主催者側に完敗したも同然だ。
 ちょっとやそっとで主催者側を出し抜けるはずがないし、そう簡単に『ゲーム』から
脱出できるはずもない。

723虚偽を頭に笑みを浮かべよ(3/8) ◆5KqBC89beU:2006/03/15(水) 22:13:31 ID:K0OHwYzw
 さらに朱巳はメモを渡す。
『奴らは「プレイヤー間でのやりとりに反則はない」なんて言うような連中だから、
 この筆談がバレても今すぐどうにかされる危険性は低いはず。本当に危なくなるのは
 あんたたちが刻印を解除できるようになってからでしょうね。残念ながら、あたしも
 ヒースロゥも刻印解除の手掛かりになるような情報は知らないから、まだ先の話よ』
 手掛かりを知らない程度のことで朱巳たちを見限れるほどの余裕など、今の三人には
ない。ここは正直に手札を晒すべきところだ、と朱巳は状況を分析する。
「ずいぶん冷静なんだね」
「慌てるだけで事態が好転するなら、いくらでも慌ててみせるよ」
 火乃香が言い、朱巳が応じる。
『誰がどんな切り札を隠していたとしても、今さら驚いたりしない』
 言い添えるように差し出されたメモを読み、火乃香は興味深げに朱巳を観察した。
「A-3で、紫色の服を着た男に戦いを挑まれた。そいつはフォルテッシモと――」
「あいつに会ったのか?」
 ヒースロゥの説明をヘイズが遮った。五者五様に皆が驚く。
「空間を裂いて攻撃してくる野郎だろ? だったら間違いない」
「知っているのか!?」
 反射的に尋ねたヒースロゥに、感情を抑えた声音でヘイズは語る。
「海洋遊園地で戦った。あいつに仲間が一人殺されたよ。必死で両足に傷を負わせて、
 さっさと退散しようとしたら、あいつを残してきた方から別の襲撃者が現れた」
「な……では、フォルテッシモは――」
「さぁな。生きてるのか死んでるのかオレは知らねぇが、どうせもうすぐ放送で判る」
 一瞬、皆が口を閉ざす。ただし、それぞれ沈黙の意味は違う。
「本当なの?」
「ああ、歯車様に誓って嘘じゃない」
「もしも嘘だったとしたら、嘘でした、なんて正直に答えるはずねぇだろうけどな」
「本当だよ」
 朱巳の問いにコミクロンが答え、ヘイズと火乃香が続く。
 ヒースロゥと朱巳は「……歯車様?」と異口同音につぶやきつつ、困惑している。
「ま、それはさておき、続きを話してくれるか」
 ヘイズの言葉に、呆然とした表情でヒースロゥは頷いた。

724虚偽を頭に笑みを浮かべよ(4/8) ◆5KqBC89beU:2006/03/15(水) 22:14:33 ID:K0OHwYzw
 朱巳や屍と会ったところまでヒースロゥが語り終え、再び朱巳が語り手になる。
「ヒースロゥの探してる十字架っていうのは――」
 朱巳は要点だけを手短にまとめて話していく。
「で、あたしたちが休憩してたら、そこへ無駄に整った顔立ちの剣士が現れたわけよ。
 屍の支給品だった椅子がその剣士の宝物だったらしくて、なんか勝手に誤解した末に
 問答無用で襲いかかってきたんだけど、あたしが説得してどうにか丸くおさめた。
 最終的には椅子を持って嬉しそうに去っていったわ、その剣士。名前は、ええと……
 ギギナ・ジャーなんとかっていう感じで、とにかくやたらと長かったのは憶えてる。
 ……作り話に聞こえるでしょうけど、本当だからね」
 しゃべりながら朱巳は肩をすくめてみせる。ヒースロゥも「本当だ」と主張する。
 あからさまに嘘くさい嘘を今つきたくなるような理由など、朱巳たちにはない。
 この三人は疑いながらも一応信じるだろう、と朱巳は予想していた。
「……ギギナにまで会ってたのか」
「……まさか、あんたたちも?」
 こんな展開は、さすがの朱巳でも予想外だったが。
「俺の右腕が動かないのは、あの野蛮人に斬られたからだ。正直、死ぬかと思ったぞ。
 しかし、あんなの説得できるのか? それに、椅子があいつの宝物だと?」
 首をかしげるコミクロンを、ヘイズと火乃香が同時に見た。
「そういう嗜好をした奴がいても、別におかしくはねぇな」
「世の中には、いろんな人がいるよね」
「ちょっと待て、お前ら、どうして俺を見て納得する!? この大天才を、椅子好きの
 人斬りなんて奇々怪々なシロモノと同列に扱うとは何事だ!」
 騒々しく叫ぶ自称大天才を無視して、ヘイズと火乃香は朱巳に問う。
「で、どうやって言いくるめたんだ?」
「降伏して戦う気をなくさせた、とか?」
 唇の前に人差し指を立て、朱巳は言った。
「内緒」
「……そーか」
「……ま、いいけど」
 ヘイズも火乃香も、結局それ以上は問い詰めなかった。

725虚偽を頭に笑みを浮かべよ(5/8) ◆5KqBC89beU:2006/03/15(水) 22:15:52 ID:K0OHwYzw
 朱巳とヒースロゥがほとんどの情報を話し終えた頃、三人が朱巳に言った。
「ところで、あんたの支給品は何だったの?」
「そーだな、それに関しては何も聞かせてもらってねぇな」
「まだ確認してないとか言ったら、指さして笑うぞ」
 ヒースロゥは無言で様子を窺っている。
 12時間に36名も死んでいる現状では、初対面の相手を警戒したくなって当然だ。
 この状況下で嘘をつくなと怒るほどヒースロゥは狭量ではない、と朱巳は判断する。
 四人の視線が向く先で、朱巳は笑って嘘をつく。
「これが、あたしの支給品」
 朱巳がデイパックから取り出して床に置いたのは――霧間凪の遺品である鋏だった。
「馬鹿と鋏は使いようって言うけれど、役に立つと思う?」
 さっき朱巳が「森で回収できた道具は鉄パイプだけだった」と言ったときと同じく、
ヒースロゥは朱巳の嘘を否定しなかった。
「その鋏に説明書は付いてなかった?」
「説明書? へぇ、そんなものが付いてる支給品もあるんだ? それは知らなかった。
 あたしの鋏にもヒースロゥの木刀にも屍の椅子にも、説明書は付いてなかったよ。
 誰が見ても一目瞭然だから、付いてなかったのかもね」
 火乃香が尋ね、朱巳が答えた。今度は朱巳が三人に訊く。
「この鋏があたしの支給品だってこと、信じてくれた?」
「ああ。オレが引き当てたトイレの消臭剤に比べれば、まともな支給品だしな」
 ヘイズが言い、火乃香やコミクロンも朱巳に頷いてみせる。
 三人の反応を朱巳は盲信しない。三人が朱巳の話を信じたということだけではなく、
ヘイズの支給品がトイレの消臭剤であるということに関しても、彼女は半信半疑だ。
 味方を巻き込みかねないとか、たった一度だけしか使えないとか、そういう武器を
ヘイズが隠し持っている可能性もある、と朱巳は思う。そして、三人は朱巳に対して
同じような印象を持っただろう、と計算する。お互いが手札を伏せている限り、手札の
優劣はお互いに判らない。伏せられた手札は、互角の影響力を双方に与える。
 手札が本当はどんなにつまらないものであっても、伏せていれば相手には判らない。

726虚偽を頭に笑みを浮かべよ(6/8) ◆5KqBC89beU:2006/03/15(水) 22:16:43 ID:K0OHwYzw
「だったら……お互いにデイパックの中身を全部出してみせたりする必要はないね。
 なんか“そうでもしないと信じられない”って感じがして嫌でしょう?」
 朱巳の提案に、三人は顔を見合わせ、やがて代表するように火乃香が言う。
「そうだね。お互いに自己申告だけで充分」
 下手に雰囲気を悪くするよりは現状を維持した方がいい、と判断した結果だろう。
 妥当な答えだ、と朱巳は胸中で評する。
 刻印解除の可能性がある限り、朱巳たちが三人を裏切る利点はないに等しい。
 裏切られる危険が少ない以上、三人としては共闘を選ぶべきだ。隠し事をしている
程度のことで朱巳たちを見限れるほどの余裕など、今の三人にはない。
 あたしは三人に疑われている、と朱巳は思う。
 だからこそ、上手くいった、と朱巳は感じる。
 疑心暗鬼で曇った目には、朱巳の隠しているものがさぞかし恐ろしげに映るだろう。
隠しているパーティーゲーム一式を見せたとき、それが単なる玩具だと見破られても、
「はったりを見破られたような演技をしてみせているだけで、こいつはまだ何か隠して
いるんじゃないのか?」という疑念は消えまい。そこに朱巳のつけいる隙がある。
 三人に「こいつらを裏切ったら何をされるか判らない」という印象を与えられれば、
いざというとき、捨て駒にされる心配をあまりせずに朱巳は行動できる。
 朱巳はサバイバルナイフも隠し持っているが、それも嘘をつくための布石だった。
 例えば、隠していたサバイバルナイフで攻撃すると見せかけて『鍵をかけて』やれば
詐術の説得力が補強される。隠してあった刃物は切り札に見え、それを囮にした『鍵を
かける能力』は真の切り札に見えるだろう。ただ『鍵をかけて』みせるよりも確実に、
相手は朱巳に騙される。念入りに隠せば隠すほど、すごいものが隠されているように
錯覚させやすくなる。その分だけ、詐術こそが真の切り札だとバレにくくなるはずだ。
「さて、放送が終わったら、今度はそっちの情報を教えてもらいましょうか」
 朱巳は不敵に笑って言う。欺くために、朱巳は笑う。

727虚偽を頭に笑みを浮かべよ(7/8) ◆5KqBC89beU:2006/03/15(水) 22:17:45 ID:K0OHwYzw
【H-1/神社・社務所の応接室前/1日目・18:00】
『嘘つき姫とその護衛』
【九連内朱巳】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1300ml)、パーティーゲーム一式、缶詰3つ、針、糸
[思考]:パーティーゲームのはったりネタを考える。いざという時のためにナイフを隠す。
    エンブリオ、EDの捜索。ゲームからの脱出。戦慄舞闘団との交渉。
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ、10面ダイス×2、20面ダイス×2、ドンジャラ他

【ヒースロゥ・クリストフ】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1500ml)
[思考]:朱巳について行く。相手を警戒しながら戦慄舞闘団との交渉。
    エンブリオ、EDの捜索。朱巳を守る。マーダーを討つ。
[備考]:朱巳の支給品が何なのか知りません。

[チーム備考]:鋏が朱巳の足元に、鉄パイプがヒースロゥの近くに転がっています。

728虚偽を頭に笑みを浮かべよ(8/8) ◆5KqBC89beU:2006/03/15(水) 22:19:17 ID:K0OHwYzw
『戦慄舞闘団』
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:やや貧血。
[装備]:
[道具]:有機コード、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:刻印の性能に気付いています。

【火乃香】
[状態]:やや貧血。
[装備]:
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。

【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。能力制限の事でへこみ気味。
[装備]:未完成の刻印解除構成式(頭の中)、刻印解除構成式のメモ数枚
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着ています。へこんでいるが表に出さない。

[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
       行動予定:嘘つき姫とその護衛との交渉。
       騎士剣・陰とエドゲイン君が足元に転がっています。
       朱巳の支給品は鋏だと聞かされています。
       朱巳たちが森で回収できた道具は鉄パイプだけだと聞かされています。

729投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:34:19 ID:JauPdxKc

「――次の放送の時に何人の名を呼ぶ事になるか、実に楽しみだ。
その調子で励んでくれたまえ」


「……24人も死んだのか」
 頭に響いた放送の残滓が消える間もなく、ヒースロゥが呟いたのを朱巳は聞いた。
 ヒースロゥの知人であるEDなる人物の名が呼ばれる事はなかった。
 それでもこの騎士は、このゲームに参加している“罪なき者”に訪れた理不尽な死を
 恨まずにはいられないようだった。
「しかも本当に統和機構の『最強』が撃破されてるなんて……予想外もいいとこじゃない。
あの男も霧間凪も退場するが早過ぎよ」
 誰にともなく呟いて朱巳は正面を見た。
 ここは神社社務所のとある部屋――応接室だ。
 彼女の視線の先、テーブルを挟んで向かい合ったソファの上には眉をひそめたバンダナの少女が
 座っていて、その背後には赤毛の男と三つ編みおさげの少年が突っ立っていた。
 
 眼前の彼らに対して朱巳はなかなか上手くやれているはずだ。
 相手に着かず離れずの距離を取って対話し、不利な事柄は何一つ明かしてはいない。
 もともと手札は相手の方が多いのだから、まともに情報交換していてはこちらが不利になるだけだ。
 故に、少ない手札をいかに用いてどれだけ相手から情報を引き出せるか、それのみが重要となる。
 しかも、相手が握っているのは「刻印の解除式」という複雑な代物で、
 ゲームから脱出したい者にとって必要不可欠な情報だ。
 ここで得た情報は、第三者との交渉において役立つだろうと朱巳は確信していた。

 そんな彼女にとって、剣士らしきバンダナの少女とその背後に立つ赤毛の男が主な交渉相手だが、
 どうやら場数を踏んでいるらしく簡単に朱巳の掌の上で踊ってくれほどのバカではないようだ。
 やはり『鍵をかける』のは奥の手として取っておくのが良いだろう。
 むしろ念入りに隠す事で、奥の手としてすごいものが隠されているように錯覚させて、
 詐術こそが真の切り札だとバレにくくさせた方が朱巳とって好都合だ。

730投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:35:36 ID:JauPdxKc
交渉を任せてくれたヒースロゥといえば朱巳の隣に座して相手の回答を吟味し、
 ときたま再質問する程度だった。
(それでも足を鉄パイプに掛けてるのよね……)
 彼が取っているのは、パイプをいつでも足先で任意の場所へ蹴り上げられる体勢だ。
 眼前の三人との出会いがあまり友好的でなかった事をヒースロゥは未だに気にしているのだろうか。
 その用心は相手にとって威圧以外の何でもないが、対話に支障が出るほどでもない。
(――むしろあたしがもっと警戒すべきね。赤毛の奇妙な技が直撃したら致命傷は確実……ったく、面倒ね)
 
 男が使った謎の攻撃は、朱巳の眼前で石を跡形もなく粉砕――もしくは解体した。
 これに対して朱巳は、赤毛の手から放たれる超音波か何かが
 対象を振動崩壊させるのだろうと推測を立てている。
 詳細は不明だが、攻防一体にして不可視な時点で危険極まりない。
 ひょっとして魔法士と名乗ったこの男、実はMPLSなのかもしれない。
 だとしたら統和機構と何らかの関わりを持っているのだろうか?
 もしも統和機構の一員ならば、始末屋などに従事している強力なMPLSか、
 一撃必殺の技を持つ暗殺タイプの合成人間かのどちらかだろう。
 小耳に挟んだ事すらない相手だが、統和機構はあまりに巨大すぎて
 朱巳ですら規模の把握は全く不可能であり、組織のどこかに『最強』級の怪物がいても可笑しくはない。
 「本当に異世界の住人で、統和機構に全く関係無い人物でした」という可能性が最も高いのだが、
 とにかく正体不明の実力者に対して隙を見せるのは危険すぎ――。

「あああああああああ!!」

 唐突に部屋内の沈黙と朱巳の思考を破ったのは、天を仰いだ白衣の少年だった。
「そんなっ! そんなバカな……しずくといーちゃんが死んだだと!?」
「ひょっとして、あんたのお仲間?」
 絶叫する少年に向かってすかさず朱巳は問いを投げかけた。
 もし、相手の精神に綻びができれば――そこに朱巳のつけいる隙がある。
 詐術の必要も無いまま、舌先だけで相手を誘導できるかもしれない。
 しかし――、
「あー、いや、ちょっとばかし理由があってコイツはその二人にご執心なんだ。
むしろしずくってやつと繋がりがあるのは――」
「しずくはあたしの知り合いだよ。そんなにベタベタした付き合いじゃなかったけど……いい子だった」
 ヘイズと名乗った男の言葉を遮ったのは目を伏せた少女――火乃香。
 小鳥は空を飛べたのかな、と呟きながら天井を見上げた彼女に
 立っている男二人が気の毒そうな視線を投げかけたのを朱巳は見た。
 ゲームの中で始めて出合った他人に対してこういう風に同情できるという事は、
 彼らはそれだけ互いに馴染んだ存在なのだろう。
 放送前から朱巳が保留していた疑問――彼らの信頼は演技か否か――はここで氷解した。
(間を引き裂くのは難しいわね。ま、今はコイツらとは特に敵対してないし
利害の一致でも協力してくれるんなら簡単に潰れない連中こそ必要とすべきね……)
 チームワークができる連中と手を組んでおけば、終盤、参加者が減った時に何かと頼れるかもしれない。
 それに、バラバラな個が集った集団と違っていて、彼らには芯……のようなある種の結束感がある。
 これは集団を形成した参加者の多くが危惧する、『裏切り』という深刻な事態を
 容易に回避できるという利点につながる。
 結束力のある集団とのパイプ――これ利用しない手は無い。
 あの『最強』を退けるほどの連中ならば、そのうち役に立つ時が来るだろう。

731投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:37:12 ID:JauPdxKc
「で、あんた達、他に知ってて名前呼ばれたやつはいるの? 
あたしは霧間凪とフォルテッシモだったんだけど」
 問いに最も早く応じたのは白衣の少年――コミクロンだった。
「幸か不幸か誰一人として俺の知人は参加してない。
まあ、この大天才たる俺以外にチャイルドマン教室からの参加者が来ていたなら、
深刻な環境破壊にして凶悪な人的被害が発生していたであろう確率はざっと見積もっても98%を超えてる。
キリランシェロやハーティアを含めてこの数値なんだから恐れ入るな……!」
「……質問から脱線しまくりな上にふんぞり返ってるバカはどうでもいいとして、
オレの方には一人だけ知人がいた――」
 胸を張ったコミクロンに続いて、その横にいるヘイズがやれやれ、と言った風情で口を開く。
 交渉が始まる前からどことなくやる気の無さそうな態度を貫いているが、
 飛び道具を有するこの男こそ、朱巳にとっては厄介なのだ。
 不信な動きを見せようものなら、指先一つで命を奪ってみせるだろう。
「――012番 天樹錬……即死だったみてえだ。朝一番に放送で名前を呼ばれたぜ」
「おいヴァーミリオン! なんでお前は知性溢れる俺の合理的思考に基づく画期的な――」
「うるせえ! お前こそ話の腰を折って砕いて脱線させるんじゃねえ!」
「合理的だと言ってるだろ! 多少の紆余曲折を得つつも正しき終点に帰結すべく――」

「お黙り」

「「…………」」

 火乃香の一括とともに一瞬だけ放たれた殺気が応接室を氷点下の世界に変えた。
 瞬間――、
「!」
 今まで沈黙を保っていたヒースロゥが動きを見せた。
 もっともその動きを捉えたと言っても、朱巳には彼が僅かに姿勢を下げたようにしか見えないのだが、
 恐ろしく腕の立つこの騎士は、殺気を感知した刹那の瞬間に三挙動くらいはしているのだろう。
 どうやらヒースロゥには、朱巳には分からない“異常な気配”から殺気まで含めてそれらを感知し、
 それに対応できる才能があるらしい。
 一流戦士の感性とでも言うのだろうか。

 そのヒースロゥが攻撃体勢に入ると同時に、それまでいがみ合っていた魔術士を名乗る二人は
 完全に氷結し、同時に沈黙。
 コミクロンは頭を抱えて一歩後退し、傍らで踏みとどまっているヘイズの顔も青く染まっている。
 朱巳には窺い知れないが、暗黙の掟――片結びと頭髪青染めの危機――が子分二人を
 蝕んでいるからだった。

 沈黙から数瞬後、その起点である少女は僅かに舌を出して微笑した――きっと謝罪だろう。
 それに対して朱巳は唇の端を吊り上げ、ささやかな返答を返す。
 そのまま視線を横に流すと、ヒースロゥはすでに警戒を解除していた。

732投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:39:08 ID:JauPdxKc
 場の空気を確認した朱巳が先程の返答の続きを促すと火乃香は頷き、
「……じゃあ、正しき終点に帰結するようにあたしがまとめると、
コミクロンに知人はいなくて、ヘイズの知り合いは死んだ。
あたしにはしずく以外に二人の顔見知りがいて、現在生存中。但し、乗ってるかどうかは不明。
で、仲間だったシャーネ・ラフォレットはフォルテッシモに殺された……ここまで分かった?」
 まるで、こっちは包み隠さず話すからそっちも同様にしろ、と言っているかのような確認の仕方だった。
 まあ、実際にそういう意図が含まれているのだろうと朱巳は推測する。
 無問題だ。もともと朱巳は隠し通すほど重要な情報を持っていない。
(あんた達が勝手に手札を見せてくれるなら、それこそ御の字なのよねぇ……)
 
「――続けていいわよ」
「オーケイ、続ける。
放送から察するに遊園地でフォルテッシモは死亡。で、そいつを倒したと思われるマージョリー・ドーって女も
あたし達とぶつかった後にどこかで死亡。後ろに立ってる二人が危険視してるギギナってやつは生存中。
最後に、面識は無いけどあたし達はとある事情からクレア・スタンフィールドって男を捜してる。こんな感じ」
「ふーん。なんか喧嘩売られまくりじゃない……まあいいわ、こっちの番ね。
あたし達の方はこのヒースロゥがEDって男を捜してる以外に言うべき事は……屍のやつくらいね」
 放送前にあの刑事について少し、彼らに話しておいた。
 EDを探すおまけ程度に見つけてくれれば十分だ。
「屍……放送前も聞いたけど、あんまり縁起の良い名前じゃないね」
「無愛想だけど、なかなかイカした外見をしてる自称刑事の大男よ。
犯罪者は取り締まる〜、とか何とか言いながらブラついてるんじゃないかしら?
あと、医者とせんべい屋はゲームに乗る事は無いはずだ、って呟いてたわよ」
 そうと聞くなりコミクロンはへイズに顔を向け、対してヘイズは手を広げて僅かに肩をすくめて見せた。
 朱巳が予測していたとおり「全然・さっぱり」のジェスチャーだ。
「107番、108番らしいわよ」
「せつらに……メフィストってやつか?」
「――そうね。遠くからでも一目で分かるほどの美男だとか」
 そこまで喋ってから、ふと朱巳は考えた。
 先程の様にヒースロゥは交渉相手に対して無駄に警戒心を抱いている。
 戦場では当然かもしれないが、このゲームでは絶対に他集団との協力が必要だ。
 このまま集団内でギスギスされると正直、やりにくい。
 そのヒースロゥが義理堅い性格をしている事は放送前に確認済みだ。
 ここでヒースロゥと彼らの中を取り持っておけば、いつか協同戦線を張る場合に不協和音が
 生じなくなるのではないか。

733投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:41:45 ID:JauPdxKc
「そう、見た目……ヒースロゥ、この際あんたが捜してるEDって男の事を教えてあげたほうがいいんじゃない?」
「――そうだな。いくらあいつが調停士とはいえ、ここは口先で生き残れるほど甘い場所ではないようだ。
約半数の参加者が脱落しているという事実――俺達が捜すだけでは再開は困難だな……」
 そして窒息しそうな沈黙の後、僅かにしぶった感があるが、
 捜して欲しい人物がいる――、とヒースロゥは切り出した。
「名をエドワース・シーズワークス・マークウィッスルと言って、妙に似合った仮面を付けている。
背は高めだが痩せていて、闘争にまつわる要素は皆無。比較的に穏やかで丁寧な口調の男だ」
「調停士……って言ってたけど、その人は交渉人か何かを?」
「そんなところだ。詳しくは『戦地調停士』と言って、弁舌と謀略で停戦を取りまとめる。
説得と交渉のプロだ」
「そいつだけか?」
 コミクロンの質問にたいしてヒースロゥは朱巳に視線を向けてきた。
 彼の言いたい事は分かる。エンブリオだ。
 朱巳は伏せておきたかったのだが、今のヒースロゥのしぐさから相手が何かを察するのは明白だ。
 こちらを信頼させるためなら仕方がない、と割り切るしかない。
 エンブリオの事をばらせば相手は朱巳が全ての手札を見せたと思うだろう。
 そして、彼女の切り札を見落とす事になる。

「まだ、あるのよね。エンブリオって呼称されてるエジプト十字が」
 これが最後の手札だとばかりに朱巳は喋る。
「あの『最強』――フォルテシモが持ってた十字架で、とんでもない価値を秘めてるはずよ」
「へえ、どんな?」
「やすやすと喋ると思う? 手に入れられたら、教えてあげるわよ」
「どういう形だ? エジプトなんて俺は知らんぞ」
「あたしも知らないね」
「……オレは知ってるぜ。2188年3月、アフリカの各シティの同調暴走で大陸と一緒に
消し飛んだはずだ。エジプトのシティはカイロ……だったか? 今は万年雪に埋もれてる」
「な、アフリカが消し飛んだって……どういう意味よ!」
 朱巳の驚嘆をよそにヘイズは淡々と語る。
「そのまんまだ。大戦終期にそれが起こって人類は焦り……もういいだろ。話を戻せ」
「……まあ、いいわ。こんな形よ」
 スラスラと紙に書かれたエジプト十字架を見てヒースロゥが補足した。
「あの男が探してみろ、と言っていたのだから支給品として配給されていると考えるべきだな。
先程言われたとうりに、重要な器物と見て間違いは無い」
 ヒースロゥの説明を聞くと三人は少し押し黙った後に、捜索には協力すると答え、
「但し、こっちにも捜して欲しい人物がいるんだ――」
 と、切り出してきた。
 火乃香がしゃべり、それと同時に男二人がメモを渡してくる。

734投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:43:26 ID:JauPdxKc
『オレ達が捜して欲しい人物、ってのは特定の個人じゃあねぇんだ。ある条件を満たすやつ――
“刻印”について何か知っているやつ、解除しようとしているやつの事だ』
『悔しい事に、ヴァーミリオンと大天才たる俺の頭脳を持ってしても手に余る。正直、ピースが足りん。
パズルのピースが増えれば、そこから解読可能な箇所が増えるかも知れないけどな』

「……交換条件って事ね。構わないわよ」
「じゃあ、あたしも教えとく。
023番 パイフウ、
黒くて長い髪に物憂げな眼に通常時は気だるそうな動作をしてる女性。かなり美人で背も高い。
025番 ブルー・ブレイカー、
蒼い装甲の――ロボットって、言って通じる? 最初に集められた場所でも
思いっきり集団から浮いてたし、たぶん一目で分かる」
「――カタギな名前じゃないわね。その人達の事、さっき『乗ってるかどうか不明』って言ってたけど
強さのほどはどーなのよ?」
 驚嘆を押し殺して朱巳は返す。
 ロボットなんて未来的存在が参加している? 冗談ではない。もしも二頭身のネコ型だったら――
 リアルでそんな物がうろついているなら、発見した瞬間に朱巳は吹き出してしまうだろう。
 考えるうちに本当に笑いそうになったのでひとまず妄想を頭からたたき出し、気付かれないように深呼吸。
 思考が回復したので冷静に分析してみる。
 ヒースロゥや朱巳の武器は致命打に欠ける。もしロボットなんぞが敵にまわったらかなりまずい。
 殺し合いに参加するほどのロボットだ。朱巳の世界のメーカー製品よりずっと高性能だろう。
 
 質問に対して火乃香は間を空けずに返答してきた。ただ一言『強い』と。
 ロボットなどとは元々仲間だったのだろうか? 朱巳の思考は推測の域を出ない。
「はっきり言って両者ともに万能だね。武器さえあればどんな距離にも手が届くし、近接戦も一流。
殺すと決めたら引かないから、真正面からぶつかるのはお勧めできないよ」
 淡々と述べる火乃香の後ろで、『ロボット! 機械! 歯車様!』と目を輝かせている白衣の少年に
 視線を流しつつ朱巳は一枚のメモを差し出した。
 男二人への返答だ。
『“刻印”云々の事は承諾するけど、あたしたちが他の相手に深く突っ込まれた場合はどうするのよ?
あたしたちは相手に質問されても返答できない』
 さらに、
「かなりの実力者って事ね。じゃあ二つ目、その人達って組むような性格? 
あたしの独断で、単体で動いてる人物は危険って判断してるんだけど」
 火乃香に再質問した。
 眼前ではメモを受け取ったヘイズが、脳内世界に突入していたらしいコミクロンの白衣を引っ張り、
 二、三の問答の後に幾枚かのメモを取り出した。

735投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:45:12 ID:JauPdxKc
 それを朱巳の方に差出して机に並べ、指で突付く。
「これを持ってけ。思考実験の産物だから参考程度にしかならねえが……分かる奴には分かる」
「言っとくが俺達も太っ腹じゃないから全部のメモは渡さんぞ。それはコピーで、量産できるから渡すんだ」
「原文は金庫の中って訳?」
「ああ、それも世界で一番安全だ」
「随分と自信家じゃない。そういう奴に限って足元すくわれて馬鹿を見るって、知ってる?」
「ふっふっふ、心配ご無用。この大天才には愚問過ぎるな。安全性は抜群だ! なにしろ――」
 不適に笑うコミクロンはそのまま人先指を高々と掲げ、
「なにしろ全情報はこの大天才の頭に刻まれているのだからな!」
 そのまま頭に指先を当てる。
 本人は格好良いつもりだろうが、お下げを垂らして額に指を当てながら満足げに笑う姿は
 朱巳から見て馬鹿そのものだ。
 有頂天であろうコミクロンは朱巳とヒースロゥの視線を受けて更に続ける。
「強引には引き出せんし、書き換えも容易! これ以上安全な――がっ! 痛いぞヴァーミリオン!!」
「うるせえ! おもいっきり相手に誘導されてるじゃねぇか!」
「むう、この大天才の数少ない弱点を突かれたか……。だが勘違いするなヴァーミリオン。
これは饒舌なだけであって決して誘導尋問に引っかかったわけでは無いと
激しく主張したいだけだが火乃香の視線が突き刺さるのでお前に一歩譲っておこう」
 途中で主張が百八十度転換したコミクロンだが、“刻印”の情報が脳内にあるとは一言も漏らしていない。
 盗聴されても、『火乃香の知人の情報などが頭に詰まっている』としか理解されないだろう。
 朱巳が想定したほどの馬鹿では無いようだ。それでも見事に誘導に引っかかったわけだが。


「さっきの質問はそのメモに書いてあるけど、一応口から言っとくよ。
利害が一致するなら集団に加わるかもしれない。ただBBは効率的・合理的な判断から。
もう一人は気分屋だから趣味の面が強いね。男嫌いだし」
 渡されたメモには当然、そんな事は書かれていない。
 あるのは複雑な式――そして紙の端に『刻印解除構成式05』と書かれているので、
 刻印解除の構成式の五番なのだろうと朱巳は推測した。
 構成式とは何か。何が五番なのかは朱巳には分からない。

736投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:46:49 ID:JauPdxKc
 メモは01〜05の連番なので、続けて読解すれば分かる奴は分かる。但し、続きはコミクロンが保持しているので
 五枚だけでは刻印の解除は不可能。
 ならば当然、読解できる者は続きを求めてコミクロンに会いに行かなければならず、
 必然的にコミクロン等と協力体制を取らざるえない。
 朱巳が持っていても同様で、単体での刻印の完全解除は不可能だ。
 重要な交渉材料にはなるが、切り札にはならない微妙な資料。要するに協力者を集めるためのエサだ。
(あたしにこれをばら撒いて来いって事ね……良い度胸じゃない)
 コミクロン等は協力者を集って構成式を完成させる事を望んでいる。
 だが、見ず知らずの朱巳に協力を求めるくらいに焦っている。参加者の半数が死亡しているならば当然だろう。
(ふん、どうせなら有効利用させてもらうわよ。メモで渡したって事はいくらでも複写して良いって事でしょうし)
 今の朱巳に出来る事はこのメモでより多くの情報を釣り上げる事と、彼等に協力するふりをして
 刻印解除のおこぼれを掠め取る事くらいだ。


 相手の手札は想像以上に多かった。
 ならば下手に抵抗せず、今は彼等にイニシアチブを渡しておくべきだろうか。
 ヘイズなどはお人よしの感が有る。自分が優位に立ったからといって横暴なまねや裏切りはしない人物だろう。
 相手がこちらの足元を見ないで比較的に対等な立場での交渉を臨んでいるなら、
 朱巳としては願ったりかなったりだ。
 こちらが逆の立場なら相手の弱みに付け込んで三倍ほどの無理難題を提示している。
「情報の提供に感謝するわ。で、次に会うのは何時頃にするのよ?」
「……良い感じに話が通じるな。オレ達は霧が晴れるまで動くつもりはねぇよ」
 結構、結構、と言った感じでヘイズが頷いてくる。
 つまりは交渉成立、という事だ。
 切り札は――『鍵をかける』のは今ではない。相手はこちらを信頼した。
 奥の手は、奥にしまったままで良い。あえて何もしない事が、彼等を安心させるだろう。
 朱巳と彼等が協同している間は、コイツは安全だと、相手にそう思わせておくべきだろう。

737投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:48:28 ID:JauPdxKc
「じゃあ、島を反対方向に一周しない? 場所と時間を指定して相手が来ない事にイラつくよりはましでしょ?」
「相手が来ない……ね。ひょっとしてあたし達を甘く見てる?」
「全然。こんな風に交渉してて時間食ったりするじゃない? 何にせよ待つのが面倒だって言ってんのよ」
「言うじゃねえか。まあ、構わねぇが、引っかき廻してくれるなよ」
 こちらに対して微妙に釘を刺しながら、ヘイズが地図を開き始めた。
 横のコミクロンはすでに筆記用具を取り出している。何かと準備の良い連中だ。
 朱巳は取得したメモをデイパックにしまい、
「せいぜい期待してなさい。で、あたしとしては右回りに進みたいのよ」
「――理由を聞こうか」
「単純に屍がそっちに行ったからよ。合流して情報交換したいってのは理由として充分でしょ?
あと、元来た道ってのもあるわね。いざという時に地の利を生かしたいのよ」
「なるほど、勝手知ったる道程を戻るって事か。遊園地の歯車様を離れるのは惜しいが……
確かに一理有るな、俺は異議無しだ」
「あたしも構わないよ。あと、島の下部には行く必要無いね。F-4、5、6辺りの木や木片に
メモ貼り付ければ十分意図は伝わるし」
「上部と下部をつなげてるのはあそこしか無ぇからな。移動してるなら嫌でも目に付くだろ。
あと、市街地は上部エリアに多いってのも重要か。市街地巡りなら補給に来てる連中とも会えるしな」


「……話が済んだなら俺はもう行くぞ」
 一段落した所で、ヒースロゥが立ち上がった。
 しかもいつの間にか手には鉄パイプが握られ、デイパックも肩に掛けられている。
 あまりにも動作が自然体だったので朱巳を始め、この場の誰もが違和感を感じなかったのだ。
「あんた霧が出てるのに行く気?」
「問題無い。霧の中をやって来たのだから戻るのも容易だろう」
「――ったく、待ちなさい。あたしもすぐに行くから」
 朱巳がデイパックに手を掛けた時、
「なあ、あんた」
 部屋の奥から風の騎士に向けて声が飛んできた。

738投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:49:12 ID:JauPdxKc
「何だ」
 声の主は赤い男。
 互いに向けられた視線に臆する事無く騎士と魔法士は相対し、
「ちょっと知りたい事があるんだが、良いか? そんなに時間は取らせねぇ」
「構わないが――今までの会話からして俺の出番があるとは思えんな」
「出番が無かったからこそ、今になって聞いとくのさ」
 そう言ってヘイズは床に置いてある剣――火乃香の騎士剣を手に取った。
 その構えに力は無く、殺気や害意を示す要素は皆無だ。
 そのまま無造作に、やる気の無さそうな表情と足取りでヒースロゥへと詰め寄り、
「あのギギナと戦ったんだろ? 渡り合うコツみたいなもんを教えてくれねぇかな?」
「生半可な意ではあの戦士の相手は勤まらないぞ」
「何も対策立てないよりはマシだろうが。理屈が通る相手じゃねえってのは分かってる。
次に会った時は確実に戦闘になるからな、やられっぱなしは性に合わねぇ」
「……いいだろう。まずは小手調べだ」


 瞬間、騎士が一歩を踏み込んだ。
 一般人にとっては空間が圧縮したかのような速度で間合いを詰め、
「これをしのげないなら門前払いだ!」
 『風』の異名どうりに烈風の速度で横薙ぎの一閃を放つ。
 それは元の世界にてヒースロゥが幾多の悪を葬ってきた、必殺の一撃。
 制限によって本来の剣速には及ばないが、それでも圧倒的な威圧を持ってヘイズに迫る。
 対して魔法士は――、
「確かに速いな。だが……」
 全く物怖じせぬ意を持って、手に持った騎士剣をかち上げる。
 だが、ヘイズはヒースロゥに対してパワー、スピードともに劣る。
 まともに迎撃しようとすれば押し切られるのは明白だ。それでもヘイズの顔には自信がみなぎっている。
 その根拠は一つ。
「こいつはとっくに予測済みだ!」
 ヒースロゥが斬りかかる前からヘイズは全てを知っていた。
 火乃香とヒースロゥが打ち合った時の剣戟音から速度とタイミングを解読し、骨格の稼動範囲、
 力んだ筋肉、僅かな構え、それら相手の事前情報全てを統合し、未来を予測し、最適な対応を行える身体。
 魔法を一切使えないこの男を支えた圧倒的な演算能力は伊達ではなかった。

739投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:50:04 ID:JauPdxKc
 二人の男、その力の行き着く先で、鉄パイプと騎士剣が衝突した。
 と、同時に小気味良い金属音が応接室に響き、騎士と魔法士の鼓膜を打つ。
「いい反応だ……」
 そしてヒースロゥの鉄パイプが僅かに上に逸れた。
 瞬速の剣戟に対して打ち上げたヘイズの剣は垂直ではなく、ある角度を持って打ち出されていた。
 それはヒースロゥの剣を止めるのではなく、最初から軌道をずらす事に主眼を置かれた一刀であり、
 それによってベクトル方向を修正された剣は、本来の位置を大きく外れてヘイズの頭上を通過する。
 全ては最適なタイミング、角度、力、速度を持って成された必然の結果。
 故に、隙の生じたヒースロゥに対してヘイズが反撃するのも必然だった。
「小手先返しだ!」
 鉄パイプより騎士剣は短く、軽い。取り回しが容易な分だけ、ヘイズの斬り返しは速かった。
「甘いな」
 ヘイズの威勢を風の騎士は一言で切り捨て――、
「騎士の取り得が剣だけだと思うな!」
 蹴り上げた先、騎士のつま先はヘイズのわき腹を捕らえる。
 ――はずだった。相手の身体が横へ流れるまでは。
 着弾の直前にヘイズは蹴りの軌道を予測して回避行動を取っていたのだ。
 その回避した体の隙をヒースロゥは見逃さなかった。鉄パイプを持たぬ左手を前に突き出し、
 逸れたヘイズの身体を小突く。それだけでヘイズの放った一撃は回避され、騎士剣は額すれすれを通っていく。
 両者が一発ずつ剣戟を放ったところで、その視線が交錯した。
 相手の力量を双方がある程度確認し合った瞬間――、
「続けるか?」
「いや、十分だ」
 ほぼ同時に距離を取った。

 全ては五秒と掛からずに決着した。しかも応接室の僅かな空間内での出来事だ。
「初見にも関わらずあの一撃に対応する技量か……確かに言うだけの事はあるな」
「見込みあり、ってとこか?」
「ああ、これならあの男にそれほど圧倒される事は無いだろう。だが、おまえは乗り越える気でいるんだな?」
「一対一で、とは言わねぇがな。この三人でぶつかるならそこまで遅れをとる事はないだろうが、
それでも万が一ってのは起こりうるからな。対策くらいは立てるべきだろ」
 そう言って腕を組んだヘイズの背後、お下げの少年が
 もう片腕も落とされたら最悪だぞ、とデイパック相手に苦戦していた。
「戦うコツ、か。都合の悪い事にあの戦士には弱点らしい弱点は見当たらんな……」
「あんたでもお手上げか」
「いや、無欠だが完璧ではない。攻防速ともに超一流だからつけ込むとしたら唯一つ。その気質と見るべきだろう」
「気質――野生じみててやたらと好戦的な所か」
「そうだ。欠点とも呼べない欠点。しかし闘争を好むその嗜好にこそあの男の全てが表れているな」
「ああ――そう言えば第一声が、貴様らは強き者か? 次が、誇り高きドラッケンの戦士〜だった気がするぞ
この天才の記憶に間違いは無いはず。よーするにあの怪人は根っからの戦士気質か」

740投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:51:12 ID:JauPdxKc
 ギギナはひたすら闘いを求める。ドラッケン族としての矜持を持ち、その誇りを侮辱することを許さない。
 ヘイズ達には初見においてすでにそのヒントは示されていた。
 対してヒースロゥはギギナと剣を重ねる事で、その気質を見出したのだ。
 衝突する鋼の間から相手の心情を読み取る――それは一流同士が成しえる技なのだろう。
「あの戦士に対するならば、強制的に隙を作らせるしかない――エサを眼前にぶら下げてやれ」
「矜持故にギギナは絶対に退かない――食いつかせて、カウンター……か」
「攻撃は自身が相手に対して優位に立つ安堵の瞬間だ。待ちに待った留めの一撃なら、なおさらだろう」
 ヒースロゥが示唆した戦法とは、
 とにかく相手の意図する戦運びに巻き込まれるな。じらして、飢えさせて、苛立たせてから
 ギギナの前に極上のエサを差し出してやれ。絶対に飛びつかざるをえない好機の瞬間を作って、
 それをしのいで強引にギギナに隙を生じさせて、討て。
 隙が無いなら闘争を好むその気質を利用して作ってしまえと、そういうことなのだろう。


「――綱渡りだな。あー、助言には感謝するぜ」
「それは生き残って会える時まで取っておけ、死ねば何の意味も無い」
 ヒースロゥが振り返ると、朱巳がデイパックを持って立っていた。
 二人が戦っていた間に済ませてしまったらしい。
「何ぼさぼさしてんのよ? もう行くんでしょ?」
 そう言ってつかつかと扉に向かい、そこを開けると、
「じゃ、せいぜい頑張んなさいよ」
 あっさりと出て行ってしまった。ヒースロゥもやや遅れてそれに続く。
 最後に一言、
「順当ならば灯台あたりでかち合うだろうな……では、さよならだ」
 
 こうして突然の乱入者は去って行った。
 同時に、それまで応接室に漂っていた雰囲気も吹き飛ばされて消えていた。
「風……だったね」
「同感だ。詰まってた何かが綺麗に掃除されちまった」
「じき、凪いだ霧も吹き消すだろうな。そしたら動くぞ」
 コミクロンは地図を見た。左回りのルート上には、
「倉庫、小屋、教会、マンション、港、そして灯台か……BBとやらは何処に居るんだ?」
 歯車を思う少年に返って来た答えは、一つ。
「「そんなの、知らん」」

741投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:51:58 ID:JauPdxKc
【H-1/神社・社務所の応接室前/1日目・18:30】
『嘘つき姫とその護衛』
【九連内朱巳】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ 、鋏
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1300ml)、パーティーゲーム一式、缶詰3つ、針、糸
     刻印解除構成式の書かれたメモ数枚
[思考]:パーティーゲームのはったりネタを考える。いざという時のためにナイフを隠す。
     エンブリオ、EDの捜索。ゲームからの脱出。メモをエサに他集団から情報を得る。
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ、10面ダイス×2、20面ダイス×2、ドンジャラ他
     もらったメモだけでは刻印解除には程遠い

【ヒースロゥ・クリストフ】
[状態]:健康
[装備]:鉄パイプ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1500ml)
[思考]:朱巳について行く。
     エンブリオ、EDの捜索。朱巳を守る。マーダーを討つ。
[備考]:朱巳の支給品が何なのか知りません。

[チーム行動予定]:パイフウとBBを探してみる。右回りに島上部を回って刻印の情報を集める。

742投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:52:41 ID:JauPdxKc
『戦慄舞闘団』
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:健康。
[装備]:
[道具]:有機コード、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
[思考]:そろそろ移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:刻印の性能に気付いています。

【火乃香】
[状態]:健康。
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:そろそろ移動。刻印解除のための情報or知識人探し。

【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。
[装備]:エドゲイン君
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml) 未完成の刻印解除構成式(頭の中)
     刻印解除構成式のメモ数枚
[思考]:そろそろ移動。刻印解除のための情報or知識人探し。 BBに会いたい。
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着ています。

[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
[チーム行動予定]:EDとエンブリオを探している。左回りに島上部を回って刻印の情報を集める。

743間隙の契約 ◆eUaeu3dols:2006/04/09(日) 23:24:51 ID:QpAg.O/E
名が呼ばれている。
友の名。知らない名。幾つもの名が呼ばれている。
それらは全て、死者の名だ。
『031袁鳳月、032李麗芳、035趙緑麗……』
メフィストと志摩子の仲間である2人と、更にそのまた仲間の1人は殺された。
だが、間に挟まった仲間のまた仲間の名を除けば覚悟していた名だ。
メフィストは残念に思いながらも、志摩子は悲しく想いながらも、その三名を受け止めた。
『082いーちゃん……』
ピクリとダナティアの眉が動き、しかし手は正確にその名に×を付けた。
「知り合いかね?」
とのメフィストの問いにダナティアは
「ええ、そうよ。この島に来てから少しだけの」とだけ答えた。
『095坂井悠二……』
これも皆が覚悟していた名だ。
だが、皆が知っていた名だ。
一度も出会っていないダナティアにとってさえ、その名は重い意味を持っていた。
(彼の死はシャナを追いつめてしまう)
シャナは悠二と合流し助けるのは脱出のついでだと言い切っていた。
「私の目的はこの島からの脱出。悠二は、……そのついで」……と。
しかしその姿が本来の姿ならば、その前にどうしてああも心乱れていたのだろう。
あの冷淡な言葉こそが、普段はそこまで冷静な人間を焦らせたという証明なのだ。
「………………」
コキュートスは黙して何も語らず、ただその内の光が焦るように明滅している。

死者の名は続く。そして……死亡者の末尾に一つの名を加えた。
「116サラ・バーリン」
ハッと、皆の視線が1人に集中する。
それは夢から醒めたダナティアが、何故かその部分だけ筆談で話した参加者の――
彼女と同じ世界から来た最も信頼のおける仲間であり親友であるという名前だった。
ダナティアは声を上げない。表情も変えない。
涙を見せず、怒気を発しもせず。
だが、放送を聞いているのは間違いなかった。

     * * *

その名を聞き、線を引いた。
ダナティアにとってその名の意味は大きい。
(誤算だったわ)
ダナティアはこれまでハデに動いてきた。
盗聴されている事に薄々気づきながらゲームの妥当宣言をした。
仲間を集め集団を作ろうともした。
それは僅かなりとも管理者達に彼女を意識させる事に繋がるはずだ。
そうすればその影で“サラか他の誰かが刻印を外す”という希望が有った。
(どれだけ集団を作っても刻印が外れなければ意味が無い。
 刻印が外れても1人しか残ってなければ意味が無い)
サラが脱出に向かい行動し、同じ結論に辿り着き、刻印を外す為に動くのは不確かな事だ。
ダナティアはその不確かを信じて行動していた。
そしてサラもその不確かを信じて行動していた。
「互いが互いを信じ生き続けていた事はあの夜会において証明した」
『だが生き続ける事は証明できなかった』
呟きに応えが返った。
聞き慣れた、しかし聞いた事がない、安心出来るはずの、しかし歪な声が。
いつの間にかそれまでと比較してもなお異様な濃霧が周囲を覆っていた。
全てがただ白に塗りつぶされている。
すぐ近くに居るはずのメフィスト達の姿さえ見えない。
耳鳴りがする程に静謐な、ただ白い、真っ白い世界。
自分一人だけの世界。
地面に接した足下さえ定かでないのに、足下の水たまりだけがくっきりと見えていた。
水たまりに写るのはダナティアとそして……
「じっと鏡を見ていると、そこにはきっと厭なものが映る」
ダナティアは『物語』の一節を口にした。
鏡像が、応えた。
『鏡は水の中とつながっていて、そこには死者の国が在る』
水たまりの向こう側には見慣れた姿が立っていた。

744間隙の契約 ◆eUaeu3dols:2006/04/09(日) 23:26:02 ID:QpAg.O/E

何度も見た姿だった。
共に学び、共に歩み、共に戦い、距離を置き、近づかれ、信じず、信じた姿だった。
だが彼女に投げかける名は最早その姿を示す名ではなかった。
「思ったより早く会えたわね。未知の精霊アマワ」
水たまりの向こう、逆しまの大地に立つそれは応えた。
『君には私がサラ・バーリンではない事を証明できない』
その声は何処までも無数の思い出の中のそれと同じだった。
「あたくしは現実から逃避する気はなくてよ
『それが現実だとどうして証明できる?』
ダナティアは言葉を返す。
「あたくしは放送でサラの死を知った」
『その言葉をどうして信じられる』
「あたくしはこの世界の死者が黄泉返りを禁じられている事を知った」
『その言葉をどうして信じられる』
「あたくしは物語の闇の奥底に主催者が居る事を知った」
『その言葉をどうして信じられる』
逆しまの大地からそれは嘲るように言葉を返す。
ダナティアはその全てに答えた。
「あたくしが決めたわ」
声が、止んだ。
水たまりに幾つもの波紋が浮かび、向こう側が歪み乱れる。
冷たい霧は全てを覆っていた。
ダナティアの心は硝子のように硬く鋭利に凍り揺らがなかった。
まるでサラの魔法で全て凍り付いてしまったように。
しかしそこには確かに心が有った。
胸の奥から重く響く冷たい痛み、それこそが彼女の心。
この静謐さこそが、彼女の本当の怒りと悲しみ。
『おまえは契約を相続した』
再び唐突に、言葉が聞こえた。
幾つもの波紋に千切れ歪んだ水たまりの像が言葉を作る。
「おまえが決めないでちょうだい。契約というのはなんなの」
『サラ・バーリンが行うはずだった契約だ』
「サラが……?」
『サラ・バーリンは愚かで、そして賢かった』
水たまりを波紋が埋め尽くし、次々と言葉が紡がれる。
『彼女はわたしを理解しなかった』
『理解しない事でわたしを理解した』

――わたし達4人が集まったのは稀有な事だろう。
  しかし残っている参加者の誰かがこの場所に辿り着く可能性は“必然”だったはずだ。
  …………だが、もしも――
 ――だが、もしもこれが間違いならば。
全てが確かな必然だったというのが間違いならば。
 答えはきっとその間違いの中に眠っている、そんな気がした――

『彼女は地図の全てを既知で埋め尽くした』
『故にわたしは彼女の前に現れる筈だった』
『だが彼女は死んでしまった』
『だから彼女は契約の資格を失った』
『わたしは彼女と共にわたしを探索した少年に問い掛けた』
『だが少年もまた死んでしまった』
『だから彼は契約の資格を失った』
『だがおまえはまだ生きている』
『だからおまえは契約を相続した』
そして、その言葉が始まった。
『わたしは御遣いだ。これは御遣いの言葉だ、ダナティア・アリール・アンクルージュ。
 この異界の覗き窓を通して、おまえはわたしと契約した』

745間隙の契約 ◆eUaeu3dols:2006/04/09(日) 23:26:55 ID:QpAg.O/E
「歪んだ鏡は現実を映さない、そこには違う世界が広がっている……」
ダナティアはまた物語の一節を諳んじた。
ギーアの炎はまだ意味を残し、精霊を異界に封じ続けている。
『質問を一つだけ許す。その問いでわたしを理解しろ』
一つだけ許された、神野が真似た質問。
ダナティアは考える。
そして一瞬のように長い時間、永遠の様な数秒の後に問い掛けを放った。
「おまえを終わらせる答えは存在するかしら?」
「今は、無い」
アマワの返答は無情だった。
その答えは過去かあるいは今この瞬間に失われ、そしてまだ生まれていない。
「だけど、存在した。あるいは生み出す事が出来る」
アマワはもう答えなかった。
『さらばだ。契約者よ、心の実在の証明について思索を続けよ』
存在すらも幻だったかのようにアマワは姿を消し

『次に禁止エリアを発表する……』
第三回放送は続いていた。
対話は現実に置いて一瞬の間隙に滑り込んでいたのだ。
ダナティアは地図に禁止エリアを記し始めた。

     * * *

放送は終わった。
今回の放送で古くからの友の死を耳にしたのはダナティアだけだった。
だから終と志摩子は心配に思い、そっとダナティアの表情を覗き見た。
その表情は放送の最中と変わらない冷徹なまでの無表情だ。
二人はそれこそがダナティアにとって特別な表情であるのだと気がついた。
26名というあまりにも多い死者の名が作り出した重い空気。
ダナティアはそれを切り裂こうとでもいうようにキッと東の方角を睨んだ。
まるでその先に何かが見えるように。
「行くわよ。あたくしの仲間に合流するわ」
「そこに患者が居るのなら、私は何処へでも行こう」
メフィストが同意し、また、終と志摩子も異論が有るはずが無かった。
4人は東へ向けて歩き出した。

歩き出す中、ダナティアの胸元から一言の疑問が掛かる。
「先ほどの事を相談しないのか、皇女よ?」
その言葉でダナティアはコキュートスを身につけていた事を思いだした。
もちろん先刻のアマワとの対話も聞いていた筈だ。
「今は後回しよ。あなたもその方が良いでしょう?」
「……その通りだ」
異界でのつかみ所の無い不可思議はこのゲームに核心に迫る事柄だ。
だがそれ以前に、彼らの目前には多くの問題が山積みされていた。
それも一刻の猶予を争う事柄だ。
だから相談の前に歩き続ける。
もっとも、一般人である志摩子の足に合わせたその歩みはそう早いものではなかった。
それでも四人は着実に足を進め、長い石段を降り……目的地に着く少し前で止まった。
「こんな所で会えるとは、運が良いのかしらね。相良宗介」
「おまえは……テッサを死なせた……!」
「え……?」
そこに居たのは相良宗介と千鳥かなめ。
「アシュラムさん……」
「おまえは…………っ」
そして、黒衣の騎士の姿だった。

ダナティアと終は相良宗介と千鳥かなめを見つめた。
宗介はかなめの前に出てダナティア・アリール・アンクルージュと終を睨み、
かなめは宗介の後ろから、しっかりとそれらを見つめた。
全てから目を逸らすまいとするように。

746間隙の契約 ◆eUaeu3dols:2006/04/09(日) 23:27:45 ID:QpAg.O/E
最初に口を開いたのはダナティアだった。
「状況からして後ろの娘が千鳥かなめかしら。二人とも生きていたのね、祝福するわ」
(祝福だと……)
つくづく彼女は得体が知れなかった。
そもそもどうして敵である自分を助けたのか。
「そういえばまだ自己紹介をしていなかったわね。
 あたくしはダナティア・アリール・アンクルージュ」
「俺は竜堂終だ」
若干の警戒を続けながら、終も同じように名を名乗る。
「この前は言いそびれたけど、あたくしはこのゲームを壊すために人を集めているわ。
 あなた達、乗る気は無くて?」
「なに……?」
困惑し、しかしすぐに結論を出す。
この女の行動原理は信用できない。
テッサと共に戦いをやめろと言う一方で、戦いの最中は容赦の無い力を振るった。
そして結果的にであれテッサの死の原因となった。
その一方で彼を助け、自らを憎めと言った。
そこまでなら本当に戦いを止めさせようとしているお人好しかも知れない。だが。
「……それなら何故、大佐の服を着ている」
宗介は指摘する。
「大佐は死んだ。それならおまえは死者から服を剥いだ事になる」
「ええ、その通りよ」
ダナティアは事も無げに答えた。
「あたくしは彼女の遺体から服を剥いで身に纏ったわ。
 彼女の遺体は今、シーツにくるんで埋葬してある」
(ぬけぬけと言う……)
彼女が本当に危険人物だという証拠は全く無い。むしろ白に近い。
だが、彼女に比べれば美姫はまだ判りやすい相手だ。
美姫は危険人物だが、欲望のままに行動するという点で筋が通っている。
(不確定要素は極力避けなければならない。
 俺だけでなくかなめにまで危険が及ぶとなれば尚更だ)
更にもう一つ信用出来ない点がある。
「それに……その男は俺の仲間を殺した男だ。信じられるわけがないだろう」
宗介は終を指差した。
「違う! あれは俺じゃねえんだ!」
全力で否定する終。
(さっきの零崎という男と同じ勘違いか? いや……)
今度は絶対に間違いない。真っ昼間、確かに奴に襲われた!
「おまえがいなければオドーは死ななかった!」
「口出させてもらうわ。それは正しいけど間違っていてよ」
それを止めたのはダナティアだった。
「彼は操られていたのよ。人を乗っ取るサークレット、灰色の魔女カーラに。
 だからその間に犯した罪を彼に問うのはお門違いというものよ」
「サークレットに操られていただと……?」
確かにあの時、彼の額には豪奢なサークレットが身につけられていた。
このゲームの不可思議さは既に身に浸みている。
だが、そんな荒唐無稽な言葉を信用しろというのか。
そう言い返そうとした宗介の前に手が出され、制される。
「待って。この人、何かを人のせいにする嘘は言わないわ」
「チドリ……?」
困惑する。何故彼女がそんなことを言えるのか。
「続きを聞かせて。ダナティア」
「……? ええ、良いわ」
かなめの様子にほんの少しだけ困惑し、しかし気を取り直して説明をする。
灰色の魔女カーラという名の魔女の意志が宿るサークレットが有る事。
それは知り合いのとある参加者の支給品から出て、終の手に渡った事。
そしてダナティアは終の次の所有者と思しき人物に出会ったという。
「保証するわ。カーラはまだどこかに存在している」

747間隙の契約 ◆eUaeu3dols:2006/04/09(日) 23:28:39 ID:QpAg.O/E
宗介は迷っていた。
(ダナティアは本当に信用できるのか?)
もし信用できるなら彼女に与するという選択肢も無いではない。だが。
「宗介。無理しないで」
「チドリ……俺は無理など……」
「ううん、無理してる。理由は判らないけどそう思う」
「………………」
確かに宗介にはダナティアと手を結びづらい理由が有った。
ダナティアを善人だと、信用できる仲間だと認めづらい理由があった。
『あたくしを憎みなさい、相良宗介』
(そうだ、俺はおまえを憎みたい)
宗介にはダナティアを憎めるだけの理由がある。
テレサ・テスタロッサを殺したのは風の槍だったのだから。
そして、敵であったダナティアを憎む事に抵抗は無い。
だが、もしも生き残る可能性が高いならやはり彼女に付くべき……
「あたしはあなたと同じ道を歩まない」
その迷いをかなめが止めた。
「あなたと一緒に行けばソースケは傷付くわ」
「待てチドリ。俺の事はどうでもいい」
「誤解しないで、ソースケ。あたしが嫌なの!
 ソースケが傷付く人と一緒に行く事も!
 テッサの死の原因となった人と一緒に行く事も!」
宗介は息を呑む。
「待てよ、それは……!」
「悪いけど黙っていてちょうだい、竜堂終。これはあたくしと彼らの問題だわ」
いきり立つ終をダナティアが止め、先を促す。
「それにあなたもあたし達に割く時間は無いはずでしょ。
 集団のメンバーを取り合うような時間はね」
かなめは続ける。
「あの人……美姫さんは少し前、吸血鬼を1人、人間に戻したわ」
「なんですって?」
「小物さが見苦しいって言って。あと、吸血鬼だった時に1人殺してる人だって。
 学生服の、でもあたしと同じくらいの身長だったと思う」
ダナティアは少し考え、結論する。
(シャナじゃない)
「その人はこの道の向こうから来た。
 あと美姫さんはついさっき、気になる奴が居るって言ってそっちに行った」
千鳥かなめが指差す道は北、合流地点の方角に伸びている。
「そっちに行くんでしょう、ダナティア。
 急いで行かなくて良いの?」
「急いで行かなければいけないわね」
出会いは唐突、そして別れも唐突。
「最後に一つ教えてもらうわ、千鳥かなめ。
 このゲームで、美姫によって出た死者は居るかしら?」
「……直接手を掛けた人は、まだ居ないと思う」
「そう、ありがと」
この質問を最後に、彼女達は別れた。

     * * *

志摩子は黒衣の騎士アシュラムを見つめた。
黒衣の騎士は目の前の少女を見つめた。
このゲームに来てから最初に出会い、語らい、彼に安らぎを与えた少女。
だが、今のアシュラムは美姫の騎士だ。
もし彼女達が美姫の害となりうるならば……
『その忠誠は──その感情は、果たして本当に自分の意志なのかね!?』
思考が断絶する。
『何らかの理由で隙が出来た……たとえば、かばうべき誰かがいたのではないかね!?』
白衣の少年の言葉が脳裏にこだまする。
『もう一度問おう! キミのその感情は、本当に自分の意思なのかね!?』
(俺は……!!)
感情の猛りを押し殺し、短い言葉を発した。
「……去れ。おまえ達に用は無い」

748間隙の契約 ◆eUaeu3dols:2006/04/09(日) 23:29:31 ID:QpAg.O/E
だが、退かない。
志摩子も彼女を守るように立つメフィストも退こうとはしなかった。
「ごめんなさい、アシュラムさん。あなたとはもう一度だけ話をしたいんです」
「ならば早くしろ。あの方の用が終われば、俺は行かねばならん」
美姫は少し用があってこの場を外しているらしかった。
その方が良かった。彼女は美姫を苛立たせてしまうだろうから。

「私は最初、あなたがそのままでも良いのかもしれないと思っていました」
そのまま、という言葉が何を指すのかはわざわざ言わなかった。
「あの人はとても悲しい人です。
 だから誰かが一緒に居る事は、それが単なる所有でもあの人を慰めるかもしれない。
 そしてそれ以上に、あなたが何かに苦しんでいたのも本当だった。
 だから、アシュラムさんが苦しまないならそれでも良いのかもしれないって思ったんです」
志摩子は未だに美姫を悪と言う事が出来ない。
彼女を許せないと思い、しかしそれでも憎みきる事が出来ないでいた。
「けれど、アシュラムさんは結局は苦しんでいる」
「俺は……これで良いのだ」
返る言葉に迷いが混じった。
志摩子はその迷いを問いつめたりはしなかった。
ただ、少し話題を変えた。
「この島に来た時に話した、私の友人や義姉達の事は覚えていますか」
「…………ああ」
「その内、4人はこのゲームに参加させられていました」
アシュラムは言葉に詰まる。
確かに聞いた名が有った。名簿、放送、そして――
「1度目の放送では由乃さんの名前が呼ばれました。
 私の古くからの大切な親友で、時々とても大胆な事をする人でした。
 2度目の放送では祥子さんの名前が呼ばれました。
 一つ上の先輩で、私の親友にとって一番大事な人で、気が弱く、でも優しい人でした」
志摩子の独白は続く。
「もう一人、私の親友の祐巳さんは自ら人の身を外れた上に体を乗っ取られました。
 サークレットに宿る灰色の魔女カーラという人が祐巳さんを操っているそうです。
 とても表情豊かで、見ていて穏やかな気持ちになれる人でした」
(灰色の魔女だと……?)
アシュラムはその名に聞き覚えが有った。
それは確か、ベルド陛下に仕えていた魔法戦士の正体では無かっただろうか。
「そしてお姉様は、佐藤聖は――」
そうだ、その名は聞いた名だった。
だがその名を聞いたのは放送ではなく……
「言うな、志摩子」
「――あの人、美姫の牙にかかり吸血鬼になってしまったんです」
制止は届かず、独白は最後の言葉を迎えた。
志摩子の瞳からはとめどなく涙が流れていた。
(俺の知る者が、俺の仕える者が、彼女を傷つけた)
その事実はアシュラムを一層迷わせる。
「志摩子。おまえは、俺を憎んでいるのか?」
「いいえ」
ならば何故。
志摩子は答える。
「私はたくさんの友達を喪い、あるいは傷付きました。
 一人も再会する事すらできないで、知らない所で死んでいった。
 友達だけじゃありません。
 一緒に居た仲間も、出会った敵ではない人も、知らない所で死んでいった。
 こんな思いをもう誰も感じてほしくない。それだけなんです」
「……もし仮に死ぬのが同じとすれば、目の前で死なれるよりはマシだろう」
アシュラムは切り返した。
「俺はあの方に挑んだ者を、一人斬った」
「!」
志摩子は息を呑んだ。

749間隙の契約 ◆eUaeu3dols:2006/04/09(日) 23:30:26 ID:QpAg.O/E
「宮野という少年だった。
 奴は美姫と交渉を行い、俺は美姫に従い戦い、その男を切り捨てた。
 その男の……親友かそれ以上である少女と仲間達は退いた。
 おそらくは心に傷を残しただろう」
心は未だ迷いつつも、その言葉に負い目は無かった。
最後の一太刀は逆上し我を忘れた一太刀だった。
だがそれでも、戦いの結果として敵を殺める事に迷いは無かった。
「それに……俺に仲間は居ない」
そのまま志摩子を畳みかけようとする。
彼女が美姫の騎士と関わる理由も価値もなにも無い。
「俺は一人でこのゲームに送り込まれた。
 敵なら居たが、あの会場で死んでいる」
そう、火竜山での戦いの直後にこの島に来た彼に仲間は居ない。
(おまえなど知らない)
何故か脳裏にちらつく、見も知らぬ筈のダークエルフの女の姿を振り払おうとする。
「本当かね?」
本人にも理解できない迷いをメフィストが見咎めた。
「本当に一人だけで送られたのかね? 誰も忘れてはいないのかな?」
「そう……だ」
だが、否定する言葉には明らかな迷いが含まれていた。
「本当に?」
確信と共にメフィストは問いつめる。
「思い出してみたまえ。君は、いつ、この世界に来たのだね?」
「俺は……」
いつ? 火竜山との戦いの直後だ。
「その後に何が有った?」
その後、仲間だったアスタールの仇と狙うダークエルフを退け、意気消沈のまま出陣し、あの青年と……
アシュラムはハッと気が付く。
手繰った記憶はどこまでも続いていた。
本来経験していない未来まで。
いや、それは本当は過去だったのだ。にも関わらず忘れていた。
多くの事柄を忘れてこの地に立っていたのだ。
「バカな……何故、こんな事を忘れていたのだ!?」
まさか美姫の手によって? いや、志摩子と居る時には既に忘れていたはずだ。
ならばここに連れてこられる時に部分的な記憶喪失にでも陥ったのか。
信じがたい、だがそれ以外に考えようが無い事だった。
「あなたの仲間は、何という人ですか?」
志摩子の問いにアシュラムは答える。
「黒い肌のエルフ、ピロテース。俺にとって……最も信頼できる配下だ」
愛しているとも親友だとも言わない。
なのに彼の言葉は、断ち切りがたい二人の絆を感じさせる。
「その人がもしあなたの知らない所で……死んだら、どうします?」
志摩子の再びの問いに、即座に答えを返す。
「俺の知らぬ場所で死ぬなど許さない」
ただ一言の意志を。
「礼を言う、志摩子。それと……」
「ドクター・メフィストだ」
「ああ。礼を言う、志摩子、メフィスト。
 俺はおまえ達のおかげで己の意志と記憶を取り戻した」
だがと断り、続ける。
「俺はおまえ達に多く、そして美姫にもまだ一つの恩がある。
 おまえ達と美姫は今は会わずに去ってもらう」
「昼の棺を護ってなお不足かね? 心を操られた仇も有るだろう?」
メフィストの問いを首を振って否定する。
「あれは仇などではなかった。あれは俺の弱さ、俺の逃避だ」
志摩子を護り身を晒した隙をつけこまれた。
だが、つけこまれたのは背後に居た志摩子という存在だけではない。
同時に自らの弱さにもつけこまれた故に破れたのだ。
その両方を宮野秀策の告発にして弾劾の言葉が抉っていた事に彼は気づいた。
「だから俺は、美姫と相対せねばならん」
そして問い掛け、決めるのだ。和解か、争いか、それとも離別かを。
「それが、騎士としてのけじめなのですか?」
志摩子の問いにアシュラムは再び首を振る。
「俺はもう騎士ではない。その事さえ忘れていたのだ」

750間隙の契約 ◆eUaeu3dols:2006/04/09(日) 23:31:26 ID:QpAg.O/E
生涯、彼が仕えた相手は一人だけだ。
その主君を失った時、アシュラムは騎士ではなくなった。
一時はかの主君の国を維持するため、全てを支配する王錫を求めた。
あるいは国を統べる最高評議会の一人、黒衣の将軍として戦った。
だがそれも違う。彼はもう騎士でも将軍でもない。
それは主君が既に失われたからではない。
アシュラムは自らの荷物に手を差し込み、それを掴み、自ら身につけた。
「これは――王としてのけじめだ」
支給品として入れられていた簡素な冠を。

     * * *

「ほう、瞳が変わっておる」
リナ・インバースとの邂逅を終え、失望の美姫はアシュラム、そして宗介達と歩き出す。
すぐにアシュラムが何か変化を経た事に気がついた。
「私と入れ違いで何人か誰か居おったな。そやつらのせいか?」
濃霧の中ですぐ近くに、姿は確認できず、だが間違いなく誰かが居た。
相手から避けるならわざわざ会うまでもないと見逃したが、つまらぬ相手ではなかったらしい。
アシュラムは明らかに、そして相良宗介と千鳥かなめも何かを話したようだった。
「そうだ。俺は己を取り戻した」
アシュラムの返答に美姫は僅かに怪訝に聞き返す。
「ならば何故、まだ私と共に居る?」
「恩と、そしてけじめのためだ」
アシュラムは美姫を見つめた。
「ほう、恩とけじめとな。我が身を求めてとは言うてくれぬのか?」
美姫はアシュラムの視線を受けながら衣服をはだけて見せた。
その美貌は人の物ではなく、全ての人を惑わせる、抗えぬ誘惑。
だが、アシュラムは僅かに歯を噛み締めただけだった。
断固とした意志を言い放つ。
「俺はもう、何者の物にもならぬ。たとえ神にとて俺は渡さぬ」

美姫は笑った。
偶々出会った闇を抱えた殺人鬼は言葉に従わず姿を隠した。
待ち受けた吸血鬼はあまりに小物だった。
目を付けていた者には失望させられた。
だが五つの首を命じた相良宗介は一つも狩れずともその意志と絆を示し、
なによりずっと身近に連れていた男はこんなにも……
美姫は笑い続けた。
人生に歓喜し、讃歌し、笑い続けた。

     * * *

「何を呆けているの、リナ?」
打ちのめされていたリナは、唐突な言葉にビクりとなる。
「怯えているの? 震えているの? 馬鹿じゃない、情けなくってよ」
(――好き勝手言ってくれるじゃない!)
リナは一度俯き、歯を噛み締め、改めて声の主を睨み付ける。
空元気を充填し、無理矢理心を燃焼させる。
「誰が情けないって? この高飛車女王様!
 言っとくけど、天才美少女魔術師リナ・インバースはへこたれないわよ!」
その言葉に応じ、彼女は幾人かを引き連れ霧の向こうから歩み出た。
「そう、ならいいわ」
彼女の姿を見て、リナもまた気が付いた。
ダナティアの心にも大きく傷が付いている事に。
(当然じゃない。テッサは死に、最も大切だった仲間のはずのサラも死んだ)
にも関わらず、ダナティアはそれを顔に出さずに決然と立っている。
剰りにも硬く、僅かに見せていた緩みすらも凍らして。
リナは心に意地を継ぎ足して心を更に燃焼させた。
「後ろの連中は誰?」
「仲間よ。紹介は後でするわ」
更にリナを指しその仲間達に言う。
「仲間よ」
今の紹介はただそれだけ。

751間隙の契約 ◆eUaeu3dols:2006/04/09(日) 23:40:58 ID:QpAg.O/E
「シャナは何処?」
「向こうよ。もう止められてるはずだけど暴走してたわ」
「そう。急ぐわよ」
霧の中を急ぐ。
それらは間隙に起きた事。

【D-6/公園/1日目/18:20】
【創楽園の魔界様が見てるDスレイヤーズ】
【藤堂志摩子】
[状態]:健康
[装備]:なし/衣服は石油製品
[道具]:デイパック(支給品入り・一日分の食料・水2000ml)
[思考]:争いを止める/祐巳を助ける

【ダナティア・アリール・アンクルージュ】
[状態]:健康/生物兵器感染
[装備]:コキュートス/UCAT戦闘服(胸元破損、メフィストの針金で修復)
[道具]:デイバッグ(支給品一式・パン4食分・水1000ml)/半ペットボトルのシャベル
[思考]:救いが必要な者達を救い出す/群を作りそれを護る

【Dr メフィスト】
[状態]:健康/生物兵器感染
[装備]:不明/針金
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1700ml)/弾薬
[思考]:病める人々の治療(見込みなしは安楽死)/志摩子を守る

【竜堂終】
[状態]:打撲/上半身裸/生物兵器感染
[装備]:コンバットナイフ
[道具]:なし
[思考]:カーラを倒し祐巳を助ける

【リナ・インバース】
[状態]:精神的に動揺、美姫に苦手意識(姉の面影を重ねています)
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。まずはシャナ対応組と合流する。

【海野千絵】
[状態]:吸血鬼化回復(多少の影響は有り?)、血まみれ、気絶、重大なトラウマ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:………………。
[備考]:吸血鬼だった時の記憶は全て鮮明に残っている。

752間隙の契約 ◆eUaeu3dols:2006/04/10(月) 01:47:17 ID:QpAg.O/E
【D-6/公園/1日目/18:20】
『夜叉姫夜行』
【美姫】
[状態]:通常
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:島を遊び歩いてみる/アシュラムにどうするか

【アシュラム】
[状態]:健康/意志覚醒
[装備]:青龍堰月刀、冠
[道具]:デイパック
[思考]:美姫の行動に対応する
[備考]:連れて来られた時期と記憶にズレが有った。

【相良宗介】
[状態]:健康、ただし左腕喪失
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:どんな手段をとっても生き残る/かなめを死守する

【千鳥かなめ】
[状態]:通常?
[装備]:エスカリボルグ
[道具]:荷物一式、食料の材料。鉄パイプのようなもの。(バイトでウィザード「団員」の特殊装備)
[思考]:宗介と共にどこまでも/?


状態もいっちょ追加。投下忘れてた。

753 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:28:17 ID:OeWmx0tc
 名も無き小さな島がある。
 結界に四方を囲まれ、外界と隔絶した島だ。
 内部に囚われた者達にとって、ここはまさしく呪われた島だろう。凄惨な殺し合いを強要され、
それに勝ち残る他に生きる術は無いのだから……
 その島の南部の平原には城が建っている。石造りの壁は堅固であり、規模こそ小さいが城壁まで
備える立派なもの。目にする誰もが、これを城と言ってはばかることは無い。
 しかしその一方で、周囲には重要な施設は一つも無く、地形的にも島の交通の要衝では無いことは
明らかだ。あまりに十分“すぎる”機能と、それに見合うだけの目的の欠如。その不釣合いが、
島の他の施設と同じく、見る者にどこか作り物めいた印象を与えずにはいられなかった。
 現在、城は深い霧に包まれて訪れる者も無い。しかし、まったくの無人というわけではない。
 二階の一室、魔法で封じられた扉によって守られた場所に、一人の少女の姿があった。
 少女は身じろぎもせずに椅子に腰掛け、考え込むような視線を窓の外へと向けている。明かりのない
室内はうす暗く、ただ、その額の額冠(サークレット)にはめこまれた深紅の宝石だけが、
闇の中でも怪しい光を放っていた。

                    ○

754 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:29:12 ID:OeWmx0tc
 カーラが目覚めたのは17時過ぎのこと。すでに睡眠を取り始めてから、4時間が経過していた。
 現在の状況はカーラにとって思わしいものではない。これまでに出会った参加者たちにはほぼ全てから
敵対視されており、しかも、そのうち幾人かには正体までもが露見している。早々に手を打つ必要が
あったが操れる手駒すら無く、遠見の水晶球すら持たないのでは自分で動くほかない。
 ひとまず、休んでいた部屋で雨があがるのを待っていたのだが、思い通りには行かなかった。
 雨がやんですぐ、濃い霧が出てきたのだ。
 古代語魔法は、呪文の詠唱にかかる時間や動作の隙が大きく、霧の中で他の参加者と遭遇すれば
致命的な事態にもなりかねない。
 天候を操るという選択肢は早々に放棄された。あの“神野陰之”との出会いから得た結論だ。
この島の天候を操っているのがかの者であるならば、カーラ自身の行使しうる最大の魔力で〈天候制御〉
の呪文を唱えたところで徒労に終わることはまず間違いないだろう。
 結局、カーラは霧が薄くなるまでの時間を状況の整理に使うことにした。6時の放送も近いし、
安全な場所で考えを深めるというのも悪くはない。ならば、むしろこの霧は、参加者たちに移動を
手控えさせてくれるという点で好都合かもしれない。

755 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:30:26 ID:OeWmx0tc
 カーラは窓の外へと向けていた視線をはずし、自分の支配する福沢祐巳の肉体を眺めわたした。
 まず、最初に行うべきは、現在自分が行使しうる力の把握だ。休息をとったことにより疲労は
ほぼ回復したといっても良く、安定と引き換えの運動能力の低下以外に問題は無い。
 だが、魔法についてはどうだろうか。すでに、唱えるのに要する精神力が大きくなっているのには
気付いていたが、今思えばそれだけということは無いように思える。
 少なくとも、この世界にあるが故の制約として〈隕石召喚〉の呪文は間違いなく使えまい。
そもそも、この夜空に輝く星々が星界に属するものかも疑わしいが、島にめぐらされた結界を越えて
物質の移動を行うことは許されないだろう。
 だが、これなどは大した問題ではない。
 以前の戦いにおいては、巨人(ジャイアント)の力をもってすら逃れることのできない〈魔法の綱〉
の束縛から老人は脱した。一方で、〈火球〉やその他の呪文は、その効果を減じることの無いまま発動
している。原因は不明だが、結界などの影響とは無関係に特定の呪文だけが効果を表さないという
可能性を常に意識しておく必要があるということだ。
(身体的な能力にはそれなりに期待できても、魔法については注意が必要。
 そして、……この額冠はどうなっているのかしら?)

756 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:31:20 ID:OeWmx0tc
 例えば、だ。古代王国の亡霊たる自分が、五百年もの長きにわたってその存在を維持しえたのは、
器の肉体を滅ぼした者は次の器として支配されるという魔力が額冠に付与されているからに他ならない。
だが、――あたかも参加者たちの如く――そこに何らかの手が加えられている可能性もありうる
のではないだろうか?
 傍証は有る。本来ならば、器となる肉体無しではカーラとて何もできない。しかし、この世界では、
付近にいる人間に語りかけることはできたし、その結果、竜堂終も福沢祐巳もその肉体を支配される
こととなった。ゲームを仕組んだ者にとってその方が都合の良いからだろうと気にも留めていなかった
が、ならば、それ以外の部分にも彼らの都合で手が加えられても何の不思議も無いはずだ。
 それだけではない。記憶の欠如や、それこそ“失われずに残っている”記憶、自分がここにいる理由
ですら、そういった作為――都合の良いようにカーラを動かすための操作の一環――の結果であるの
かもしれない。改ざんされた記憶を持つ者ほど操りやすいものは他に無いだろう――それが可能であるならば。
(あの、神野とやらになら、できるのかもしれないわね)
 そう呟いて、カーラはこの件についてそれ以上考えるのをやめた。どのみち確かめる方法は無い。
参加者たちのように刻印がなされているとすれば、解析のための呪文に反応して呪いが発動する恐れが
あった。
 それに、彼らがあくまでこちらを参加者同様に扱うというならば、今はそれに従って動くだけのこと。
参加者として身を守り、参加者として他の参加者を操り、参加者としてゲームをつぶせばいい。
それは確かに困難なことではあるが、まったくの不可能ではない。そのことを彼女はある一人の戦士に
よって何度も思い知らされている――もっとも、その男もこの世界においては死を迎えたことを忘れる
気は無いが。
 依然として霧は晴れず、そして……三回目の放送が始まった。
 
                    ○

757 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:32:10 ID:OeWmx0tc
 放送によって、袁鳳月と趙緑麗、坂井悠二、サラ・バーリンの死が明らかになった。
 自分の正体を知る者の数自体は減ったが、肝心の藤堂志摩子、竜堂終、ダナティアの三人がいまだに
健在であり、依然として思わしくない状況にあるといってよい。
 ただ、坂井悠二が消えてくれたことは僥倖だ。これで火乃香と、あの“神野陰之”に集中できる。
 神野は……その言を信じるならば、時空にとらわれず、助力を願い出るものにその強大なる力を貸す、
正に神のごとき存在だ。以前考えたとおり、これに対抗するために火乃香は使えるだろう。だが、神野に
挑む前に死んでしまう可能性も無いわけではないし、こちらの都合の良いように動いてくれるという
保証もない。終あたりと接触されて、命を狙っていることに気づかれるようなことでもあれば、
そちらから先に始末せねばならなくなるかもしれない。他にも何らかの形で対抗手段を用意しておく
必要がある。
 そう、例えば、“魂砕き”ならどうだろうか。魔神王の不滅の魂すらも打ち砕き、消滅せしめたかの
魔剣なら、神野に対しても致命的な一撃を加えられるかもしれない。
 もちろん、自分に対して致命傷を与えられるような品をわざわざ支給品に加えておくとは考えにくい。
少なくとも、その力を弱めるように手を加えるぐらいのことはしていることだろう。だが、黒衣の将軍
の名が名簿に記されている以上、考慮はしておいても損は無いはずだ。
 もし、存在するなら、それを振るう手とともに早急に確保すべきだろう。同様に、役に立ちそうな
物品があればなるべく手に入れておきたいところだ。それが魔法による産物である限り、その扱いは
カーラにとっては専門分野だ。これは他の参加者との交渉材料に、十分なりうる。
(けれど……)
 カーラは眉をひそめた。刻印がある限り、それらの手立ての全ては無意味だ。火乃香だろうと、
“魂砕き”を手にした戦士だろうと関係ない。神野は、その一撃が届く前に呪いを発動させるだけ
だろう。
 結局、刻印の解除方法を手に入れなければどうにもならない。カーラの知る古代語魔法の呪文にも、
呪いを含む一切の魔力を打ち消す呪文があるが、それはいわば正攻法であり、効果を現すためには
刻印をなしたものの魔力を打ち破る必要がある。
 だが、それは不可能だ。
 ならば鍵は十叶詠子。神野の正体について知っているのみならず、刻印についても何かをつかんでいる
ようだった。加えて、――“法典”とか言っていたか――ダナティア同様に参加者を結集させて、
神野やアマワに相対しようとする者のことも知っているらしい。もし、手を組むならば、こちらの正体を
知り、いずれ敵対を余儀なくされるダナティアよりも良い相手だろう。

758 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:32:50 ID:OeWmx0tc
 ふと、窓の外を見やると、霧はだいぶ薄くなってきており、そろそろ出発しても良い頃合のように思えた。
 カーラは、傍らに置いておいた角材をつかんで立ち上がった。一見すると椅子の脚にしか見えないが、
魔法の発動体としての魔力を付与してある。別段必要なものではないが、なまじ魔法の知識がある者が
相手ならば目くらましくらいにはなるだろうと思い作成しておいたものだ。
 上位古代語の文言を呟き、両腕を複雑に動かして呪文を紡いでいく。その最後の言葉とともに透視の
呪文が完成した。目の前の扉の外の廊下、反対側の部屋の内部、さらにその向こうの様子が、カーラの
意思に従い次々と脳裏に浮かび上がってくる。
 そのようにして城の内部を探り、城の周囲を大雑把に見渡してもう一度階下を見下ろしたとき、
彼女はそれに気づいた。
 笑みを浮かべて扉に駆け寄ると、そっと囁く。
「ラスタ」
 開き始めた扉をすり抜け、階段を慎重に、しかし素早く駆け下りる。幸い、現在、城の内部には
自分しかいないから多少の音は問題にならない。それより、呪文の効力が続いている間に目的の場所に
到達しておきたかった。
 一階に降り立ち、扉をいくつかくぐって厨房に入った。この間も、魔法の感覚は捉え続けている。
厨房の真下にある地下室、そこからさらに地下へと向かって続く階段。そして、その先に一人でたたずむ
妖精の姿を。
 カーラは厨房の床にしつらえられた扉の前に立った。地下室に下りるには、この奥のはしごを使えばよい。
 だが、扉をどける前に一つだけ済ませるべきことがあった。手にした棒杖(ワンド)を振り上げ、
呪文の詠唱を開始する。
「……我が目は真実のみを見て、我が耳は真実のみを聞く」

                    ○

759 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:33:54 ID:OeWmx0tc
 放送から二十分。いまだに誰も姿を見せないことにピロテースはいらだっていた。
 そもそも、放送で空目とサラの名が呼ばれてしまったことが忌々しい。一時とはいえ手を組んだ者が
倒れたことに対する悔やみもあるが、そればかりではない。人数が減ったことは、裏切りや外部からの
攻撃に晒された際の危険度の上昇に直結している。それこそ、ついにクエロが裏切って、二人を殺害した
可能性すらあるのだ――もっとも、それならばクリーオウが生きているはずもないと思えたが。
 いっそのこと、同盟を解消してしまった方が良いのではないのかとすら思えてくる。休息だけなら、
木々の精霊(エント)の力を借りて避難所を作ればいい。木々の生い茂る森の中でなら周囲の景色に
まぎれ、他の参加者から襲撃を受ける心配はまず無い。
 だが、実際にそうするわけにはいかない理由が二つあった。
 まず、せつらとの連絡を失うわけにはいかないというのが一つ。(多少、酔狂なところがあるとしても)
彼の協力がアシュラムと出会うためには非常に役立つことは否定できない。
 次に、城内を探索し、拠点とすることをあきらめたくないというのがもう一つ。城は目立つ分、
そこにアシュラムがいる可能性も、これから来る可能性もわずかながらある。しかし、自分一人では
探索も休息も危険すぎてできたものではない。
 ピロテースは、北へ続く通路のその奥の闇を見つめてため息をついた。待つことしかできない現在の
状況が歯がゆい。
「話がしたいのだけれど、そちらに行ってもよいかしら? 闇の森の妖精族」
 突然降ってきた声に、はじかれるようにしてピロテースは立ち上がった。木の枝を構えて周囲の様子を
探るが誰もいない。
 当然だ。声は、城内へ通じる階段の上から響いてきた。その主の姿など、ここから見えるはずもない。
しかし、ならばなぜ、相手はこちらを“闇の森の妖精族”と断言できるのだろうか。
「何者だ?」
「私の名に意味などないわ。ただ、ロードスに縁のある者と思ってもらえれば結構よ」
 投げかけた言葉は、ただ、〈姿隠し〉の呪文を唱えるまでの時間を稼ぐためだけのものでしかなかった。
しかし、それに対する返答には、ピロテースの興味を引くには十分すぎるものが含まれている。
ピロテース自身はロードスについて、誰かに話したことなど一度も無い。ならば、声の主は本当に
かの島の出身者なのか、それとも……。
「降りてくるがいい。ただし、ゆっくりとな」

760 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:35:28 ID:OeWmx0tc
 返答の代わりに、階段の上からは足音が響いてきた。魔法によるものか、それとも何らかの道具に
よるものなのかは分からないが、おそらく相手はこちらの姿を透視できるのだと考えられる。
それならば、姿が見えたほうが対処もしやすい。
 ピロテースは木の枝を握った右手を背中に隠し、聞こえてくる足音に集中した。硬い靴底と石造りの
床が立てる音は次第に高くなり……
 姿を現したのは一人の少女だった。粗末な貫頭衣に身を包み、片手に短い木材を携えている。
奇妙なのはその額にいただかれた額冠。それには人の双眸を模した文様が彫りこまれており、
四つの瞳に見つめられているような錯覚に陥らされた。
「用件は?」
 ピロテースはそれを睨み返して訊ねた。どうということもない少女に見える。だが、魔法の使い手
である可能性もある以上、油断はできない。風の精霊力の働いていないこの場所で、〈沈黙〉の呪文は
使えないのだから。
「限定的な協力関係の樹立と、情報の交換」
「名も明かさない者を信用するとでも?」
「思わないわ。
 けれど、黒衣の将軍の身の安全を確保したいという点であなたと私は協調できるのではないかしら」
 内心の動揺を見透かされまいとするピロテースの努力は見透かされてしまったのだろう。
少女はうすく笑んで後を続けた。
「そうならば、この話はあなたにも益があるはず。
 限定的な協力関係というのはね、六時間後、次の放送までに私が黒衣の将軍に出会ったら、
 身の安全を確保してここに連れてきてあげようということ。
 もちろん、あなたが私の用事をすませてくれるように約束してくれればの話だけれど」
 少女はそこで再び言葉を切り、こちらの様子を窺ってきた。ピロテースが手で先を促すと、
うなずいて“用事”について語りだす。
「あなたは十叶詠子という少女について同じようにしてくれればいい。
 『“祭祀”が“闇”について問いたがっている』と言えば通じるはずよ。
 それと、火乃香という少女について。これは身柄を確保する必要はないわ。
 現況について調べてくれればそれで十分」

761 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:36:10 ID:OeWmx0tc
 “十叶詠子”という人物については空目から話を聞いている。彼の説明を信じるならば、
彼女は名も無き狂気の神の信徒のごとき危険人物と言えるだろう。ならば、その身の安全を確保
しようとする目の前の少女もまた、自分にとっては警戒すべき人物ではないのか?
はたしてこの申し出、受けてよいものなのだろうか?
「……いいだろう。その二人の特徴について聞こう」
 結局、疑念よりもアシュラムと合流できる可能性を少しでも増やしたいという思いが勝った。
少女の話に耳を傾け、その内容を記憶にとどめる。
 こちらは一人であちらは二人。しかも、少女の言を信じるならば、アシュラムの身柄の確保は
その元々の予定のうちにある。取引としては不利なようにも思えるが、積極的に動く必要が無いことを
考えればさしたる問題にはならない。唯一、十叶詠子と実際に遇ってしまった場合を除いては。
「……次は、情報の交換といきましょうか。あなたの現在の仲間について――」
「それは断る」
「義理堅いこと。別に他意はない。彼らと私で争いになっては困るでしょう?」
 拒絶の言葉に苦笑する少女に、ピロテースは鋭く告げた。
「信用していないと言ったはずだ。それとも、裏がないと証明できるとでも?」
「そうね。確かにそんなことはできない。
 でも、あなたの返答の対価が、黒衣の将軍についての情報だとしたらいかが?」
「アシュラム様について知っているのか!?」
「おちつきなさい。それを聞きたければ、私の質問に答えるのが先よ」
 ぎり、と音が鳴るほど奥歯を噛み締めたピロテースの視線には、憎しみすらこもっていたかもしれない。
一方、少女はそれをひるみもせずに真っ向から受け止めて、ただ冷ややかに見つめ返すばかり。
 数秒か、数十秒か。張り詰めた空気の中で対峙し……

762 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:36:51 ID:OeWmx0tc
「私、は――」
「言う必要はないわ。私の質問に答える気でも、そうでなくてもね」
 沈黙を先に破ったのはピロテース。しかし、その言葉を遮り、少女は告げた。
「ごめんなさいね。
 私の無礼、詫びたところで許せるものではないでしょうけれど、それでも謝らせてもらうわ」
「先ほどの質問の答えは、あなたが言う必要があると思えるようになったときに聞かせてもらえればいい。
 最後まで言わなくてもいい。その代わりに他の質問に答えてもらう。
 藤堂志摩子、竜堂終、ダナティア。この三人の中に会った者はいる?」
 ピロテースは深く息を吸き、吐いて呼吸を整えた。自分の忠誠や信義、誇りをもてあそばれたことに
対する怒りは深く、容易に消えるものではない。だが、それに身をゆだねたところで何の意味がある
だろうか。今はまだ、相手に従って会話を続けるほかないのだ。
 他の二人は知らないが、ダナティアは、確かサラの仲間だったはず。しかし、大雑把な特徴を
聞いているだけで、会ったことは一度もない。
 少女の意図はわからないが、そのまま答えても問題は無いだろう、とピロテースは判断した。
「いないな」
「なら、“魂砕き”の所在について心当たりは?」
 心当たりがまったく無いというわけではないが、それを教えてやるつもりはピロテースには毛頭もない。
即座に否と答えた。
「見たこともない?」
「あれは、アシュラム様の物だ。もし目にするようなことがあれば、なんとしてでも取り返している。
 そんなことより、私はお前の質問に答えた。そろそろ、そちらの情報について話すべきではないのか?」
 食い下がってきた少女にピロテースは怪訝なものを覚えたが、こちらを怒らせるつもりはないという
ことか、苛立たしげにそう告げると今度はあっさりと引き下がった。
「その通りね。夜明け前のことよ……」
 少女は語った。G-8の物見やぐら周辺で、一人の少年がアシュラムと遭遇したこととその顛末、
そしてアシュラムの傍らにいた女のことを。
 如何なる偶然か、その女の特徴に合致する人物をピロテースは知っている。詠子やダナティアと同様に
直接会ったことがあるわけではなかったが、間違いなく危険な人物の一人だ。
(せつらに会わなければならない理由が増えたな……)
 何より、アシュラムの様子がおかしいのが気がかりだった。

763 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:38:10 ID:OeWmx0tc
 その次は、城と、その周辺地域の状況についての情報交換が行われた。説明のために紙と鉛筆を
少女が取り出そうとしたとき、警戒したピロテースが棒杖を捨てさせるという一幕はあったが、
それ以外は衝突も無く、ピロテースは城の内部に関する情報を得、代わりに地下道を南に進めば洞窟に
出ること、城の周辺には現時点ではほとんど人がいないと考えられることをかいつまんで説明した。
 そして……
「私からの最後の質問だ。
 気の強い赤毛の女と、目つきとガラの悪い黒髪黒尽くめの男に出会ったことは?」
「残念ながらないわね。詳しく教えてもらえれば、連れてきてあげてもよいけれど?」
「無用だ。
 言っておくが、私はこれ以上お前とは話したくない。
 余計な世話を焼く暇があるなら、先に自分の最後の質問の内容でも考えるがいい」
「嫌われたものね」
 肩をすくめてそう言うと、少女はなにやら考え込むようなそぶりを見せた。数秒の間そうしてから、
手にした紙に鉛筆を走らせつつ口を開く。
「……魔力や、それに類する力に精通している者に心当たりは?」
 放られた紙が床に落ちる前に、ピロテースはさっと左腕を伸ばしてそれを捕まえた。一瞬だけ
少女から視線をはずし、流麗な書体で書かれたロードスの共通語の文に目を通す。
 その目が、すうっ、と細くなった。
『管理者の耳から逃れることはできぬゆえご容赦を。この世界と、刻印について調べたい』

764 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:38:52 ID:OeWmx0tc
 この島に解き放たれてからしばらく、頭にあったのは、いかにしてアシュラムの元にたどりつくか
というただそれだけで、その後のことなど念頭に無かった。
 今思えば浅はかなことだったと思う。それに気づかせてくれたという点だけでも、“仲間”たちには
感謝してよいだろう。
 しかし、ゼルガディスは殺された。空目も、サラもだ。そして、自分には刻印について何も打つ手はない。
ならば、――今もって目の前の少女を信用する気にはなれなかったが――するべきことは一つだ。
 木の枝が、石造りの床に落下して乾いた音を立てた。ピロテースはため息をついて右手を差し出し、
少女がほうり投げた鉛筆を受け取ると、紙の余白に必要な事項について書き付けた。
「……私は会ったことはないが、先程の二人はかなり高度な魔法を操るらしい。
 他にも、メフィストという男がいる」
 ピロテースの手から離れた紙は、宙でくるりと一回転して少女の足元に滑り込んだ。
『刻印について調べているらしい』

                    ○

765 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:39:34 ID:OeWmx0tc
 霧が晴れた後も、変わらず城は静寂に満ちている。
 その城門から、月明かりに照らされた草原へと一つの影が躍り出た。
 森に入ろうというのか、影はすぐに道をそれて東へと走る。夜目の利く者ならば、その影が一人の
少女であるとすぐに分かっただろうし、あるいはその額に奇妙な形をした冠を認めることができた
かもしれない。
 少女は森の縁にたどり着くと、そのまま奥へと進んでいく。その姿は木々に隠れ、たちまちのうちに
見えなくなってしまった。
 
 
 行動を再開してから最初に出会った参加者が、アシュラム配下のダークエルフとは運が良かった。
こちらは相手の手の内を知っているし、取引材料もある。おまけに、行動を共にしている者もいる様子で
交渉相手としては申し分なかった。
 もっとも、必要な情報が不足なく得られたというわけではない。魔法の使い手であるという二人の名には
聞き出すことができなかったし、メフィストについても、外見的な特徴について教えてもらっただけに
すぎない。“仲間”についても最後までしゃべらなかった。
 “刻印”を餌にちらつかせてもこの程度。ずいぶんと嫌われてしまったようだが、提供された情報に
嘘はない――あったとしても、あらかじめ唱えておいた呪文の効果によってすぐにそれと気づいたはずだ。
 例外と言えば“魂砕き”についてだが、あの魔剣の威力を知る者ならば当然の反応といえばそのとおりで、
気にするほどではないだろう。少なくとも、こちらを積極的に騙す気はなさそうだった。今後も情報交換の
相手として期待できるかもしれない。
 いずれにせよ、あの様子なら黒衣の将軍と刻印のどちらか、あるいはその両方の情報を求めて、
次の放送の時には再び城の地下に姿を現すだろう。その時に、こちらの頼みを果たしてくれていることを
祈るばかりだ。

766 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:47:36 ID:OeWmx0tc
【G-4/城の地下/1日目・16:30】

【ピロテース】
[状態]: 多少の疲労。クエロを強く警戒。
[装備]: 木の枝(長さ50cm程)
[道具]: 蠱蛻衫(出典@十二国記)
支給品2セット(地下ルートが書かれた地図、パン10食分、水3000ml+300ml)
アメリアの腕輪とアクセサリー
[思考]: アシュラムに会う。邪魔する者は殺す。再会後の行動はアシュラムに依存。
    武器が欲しい。G-5に落ちている支給品の回収。
(中身のうち、食料品と咒式具はデイパックの片方とともに17:00頃にギギナにより回収)
    もうしばらく待っても誰も来なければ、単独行動を始める。


【G-5/森の中/1日目・16:35】

【福沢祐巳(カーラ)】
[状態]:食鬼人化、あと40分の間、耳にした嘘を看破する呪文(センス・ライ)が持続。
[装備]:サークレット、貫頭衣姿、魔法のワンド
[道具]:ロザリオ、デイパック(支給品入り/食料減)
[思考]:フォーセリアに影響を及ぼしそうな者を一人残らず潰す計画を立て、
    (現在の目標:火乃香、黒幕『神野陰之』)
    そのために必要な人員(十叶詠子 他)、物品(“魂砕き”)を捜索・確保する。

767名も無き黒幕さん:2006/05/15(月) 22:15:09 ID:LcfGWHUk
 神社にいた三人との交渉をどうにか終えて、あたしたちは来た道を戻っている。
 三人に会う前、木の枝に引っかけておいた上着は、そのまま置いていくことにした。
傘の代わりに使ったせいでずぶ濡れだから、乾くまでは邪魔になるだけだろうと思う。
 辺りは夕闇に覆われ始めていた。雨は止み、霧は晴れたけれど、雲に遮られて月は
見えそうにない。あたしは立ち止まり、デイパックを開けて懐中電灯を取り出した。
「あの三人の話をどう思う?」
 ヒースロゥが、三人から渡されたメモを指さしながら、あたしに訊いてきた。
 刻印解除構成式とやらのことを尋ねたいらしい。
 会話を盗聴しているらしい連中には、「火乃香の知人に関する情報をどう思うか」と
尋ねたように聞こえているはずだった。
 一応「刻印の仕組みについてはさっぱり判らない」と彼には前もって伝えてある。
 それを彼が信じたかどうかは、この場合、あまり関係ない。
 問題は“あの三人に嘘をつかれているかどうか”ということ。
 構成式については理解不能だけれど、腹の探り合いなら、あたしの専門分野だ。
「鵜呑みにするのは論外だけど、深読みしすぎるのも危険なのよね」
 肩をすくめて苦笑する。交渉の席では“まったく疑っていない”という態度を見せて
おいたけれど、当然それは演技だった。
「半信半疑といったところか」
「どっちかというと信じてるわ。だいたい六信四疑くらい」
「根拠は何だ?」
「女の勘、ってことにしときましょうか」
 ヒースロゥの眉間には、しわが寄っている。やはり、まだ少し警戒しているらしい。
 利害が一致している以上、共存共栄できるならお互いに利用しあうべきなんだから、
無駄に警戒されすぎても困る。ま、油断していい理由にはならないけど。
 とにかく、ちょっと解説しておいた方がいいか。
「メモに書いてあることが嘘だっていう証拠はないし、嘘じゃないという証拠もない。
 あいつらは『解る奴には解る』なんて言ってたけど、『誰にも解らない』って結果に
 なったとしても、ちっとも不自然じゃないのよ。今のところ、何も断定はできない。
 でも、デタラメにしては内容が細かいような気もするのよね。ボロを出さないように
 したいなら、もうちょっと情報量を減らしてきそうなものなんだけど」
「だが、そう感じるように仕向けられているのかもしれない」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。考えても答えは出ないわよ」

768嘘つきは語り手にしておく・b(2/12) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:16:32 ID:LcfGWHUk
 半数以上の参加者が既に故人となっている。
 メモの内容を理解できそうな参加者が、もう全員殺されている可能性だってある。
 出会った相手が特殊な能力を使えたとしても、その能力では刻印を解析できないかも
しれない。
 けれど同時に“参加者は誰も刻印の解析ができない”という可能性もある。仲間を
集めるために「刻印の解析ができる」という嘘をつかれた、と考えることもできる。
嘘だとしたら、“本当に刻印を解析できる誰か”が現れたときに立場が悪くなるけど、
「殺し合いをやめさせたかったから仕方なく騙した」とでも主張すれば、交渉次第で
どうにか罪を軽くできるはず。情状酌量の余地は充分すぎるほどある。
 黙考するヒースロゥに対して、気楽そうな表情を作って向けてみせる。
「これがきっかけで優秀な人材が集まれば、とりあえずそれでいいわよ。あの三人、
 手を組む相手としては上々だし」
 あたしは最初から、過度の期待をしていない。
「見たところ、殺し合いを楽しんでいる手合いではなさそうだった……だが……」
 ヒースロゥが顔をしかめ、わずかにうつむく。
 そんな態度の原因には、心当たりがある。
 しばらく逡巡したけれど、今ここで指摘しておくことに決めた。
「さっきの放送が、そんなに気になる?」
 一瞬、彼が視線をこちらに向け、すぐにそらした。やっぱり図星か。
「死者の数が多すぎる。これまでは『乗って』いなかった者たちが、次々に『乗って』
 いるのかもしれない」
 確かに、あの三人は今のところ味方だけど、最後まで味方だという保証はない。
「そうね。でも、死者のうち少なくとも二人は『乗った』参加者だった。あたしたちが
 知らない死者だって、返り討ちにされた殺人者なのかもしれないじゃない」
 判っている。そうだったとしても、ヒースロゥの不安が消えないことくらい。
「そうだったとしても、もう誰も死なないという結論にはならない。これからも誰かが
 きっと殺されていくだろう」
 あたしもそう思う。だからこそ、あたしは彼と行動を共にしている。
 故に、いざというとき彼が躊躇しないように、今ここで思考を誘導させてもらおう。
「生き残ってる殺人者が極悪人ばかりだったら、あんたは何も悩まずに戦えるのにね」
「何が言いたい」

769嘘つきは語り手にしておく・b(3/12) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:17:42 ID:LcfGWHUk
 あたしはいきなり立ち止まる。続いて歩みを止めたヒースロゥの背中に、世間話でも
するかのように語りかける。
「例えば、楽しくも嬉しくもないけれど殺してる殺人者がいるかもしれない。普通の
 人間は誰もがそうなる必然性を秘めている。死にたくないから。生きていたいから。
 元の世界に帰りたいから。24時間ずっと誰も死ななかったときには、全員の刻印が
 発動するのよね。“誰も死ななかった”って放送が三回続いたら、殺したくなくても
 殺そうとする参加者が、たぶん大量に現れる」
「…………」
 ヒースロゥは振り向かない。前を向いたまま、彼は鉄パイプを握る手に力を込めた。
「例えば、この島にいる誰かを守るために、その誰か以外の全員を死なせようとしてる
 殺人者だっているかもね。殺して殺して殺しまくって最後には自殺するつもりで、
 愛に生きて愛に死ぬ気の、それ以外に選択肢を見つけられなかった参加者が」
「…………」
 ヒースロゥは振り向かない。彼が今どんな顔をしているのか、あたしには判らない。
「例えば、絶望のあまり発狂して、ありとあらゆるものをメチャクチャにしたいとか
 考えるようになった殺人者がいてもおかしくない。この『ゲーム』に参加させられた
 せいで、極限まで追い詰められて壊れちゃった参加者が」
 挑発的な口調で、奮起を誘う声音で、あたしは言葉を投げかける。
「そういう連中を殺してでも、悲劇を終わらせる覚悟はある?」
 ヒースロゥは振り向かない。彼は、ただ前だけを見ている。
「どんな理由があろうとも……俺は、『乗った』者を許すつもりはない……!」
 そう言い放ったヒースロゥの声からは、強い意志が感じ取れた。
 あたしは無造作に片手を上げ、彼に向かって腕を伸ばし、目に見えない何かに指先で
触れるような仕草をしてみせ――そのまま何もせずに手を引っ込めた。
「……おい」
 一瞬で振り返ったヒースロゥが、何か言いたげにあたしを見ている。
「やめた。その決意には『鍵をかけて』あげない。迷いは自力で克服してちょうだい」
 飄々とした態度で応答し、ヒースロゥの隣を通過して、あたしは先に進む。
 罪人への憤りを固定したら、むやみに敵を深追いしたがるようになるかもしれない。
決断力が向上した分だけ判断力が劣化してしまっては、あまり意味がない。
 後ろから、苦笑するような吐息が聞こえた。

770嘘つきは語り手にしておく・b(4/12) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:18:40 ID:LcfGWHUk
 あたしたちは市街地へ戻ってきた。もうすぐ海洋遊園地の出入口に到着する。
「!」
 隣を歩いていたヒースロゥが、不意に何かを察知した。
 あたしたちは素速く背中合わせの位置に移動し、小声で必要最低限の会話をする。
「敵?」
「単独行動しているらしい。殺気は感じない。おそらく気づかれていない」
 相手の探査能力は、一般人と同等かそれ以下ね。だからって安心はできないけど。
「そいつを囮にした襲撃者は?」
「いないはずだ。万が一いるとすれば、襲われるまでどうしようも……ん?」
 説明が途切れ、背中越しに怪訝そうなつぶやきが聞こえた。あたしは短く彼に問う。
「何?」
「気配の主が海洋遊園地に向かった」
「潜伏するつもりかしら」
「とりあえず会ってみるか」
「そうね」
 彼の剣技と身のこなしを思い出し、あたしは頷く。
 ヒースロゥがいれば、遭遇者に襲われたとしても対処できるはずだ。勝てなくても、
逃げるくらいは可能だろう。
 あれでも「普段のようには体が動いてくれない」などと本人は言っていた。冗談の
ような話だけど、その言葉のどこにも嘘はないようだった。
 そんなに強かったヒースロゥでさえ、故郷の世界で無敵だったわけじゃないらしい。
 彼の故郷は、普通の生物が平凡に暮らしているだけの場所だとは言い難かった。
 なんだかよく判らないものに人が殺されていく世界を、あたしは簡単に想像できた。
 でも、嫌な世界だとは感じない。
 特別な何かなんて、あってもなくても人は死ぬ。栄養補給ができなくなれば死ぬ。
大量に失血すれば死ぬ。重要な器官を潰されれば死ぬ。呼吸ができなくなれば死ぬ。
滑って転んで頭をぶつけただけでも死ぬときは死ぬ。
 あたしだって、いつどこで死んでもおかしくない。
 これまでもこれからも、いつまでもどこまでも、死の恐怖は身近にある。
 どんな世界で生きたとしても、それは少しも変わらない。

771嘘つきは語り手にしておく・b(5/12) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:19:29 ID:LcfGWHUk
 忍び足で移動しながら、ふと思う。
 この島から生きて出られるとしたら、ひょっとすると、未知の世界へと自由に行ける
ようになるかもしれない。そんな移動手段が手に入ったとしても不思議はない。
 そうなったら、いろんな世界をあちこち旅してみる、っていうのも悪くないかな。

 あたしたちの尾行は、数分で気づかれたようだった。
「わたしに用があるなら、出てきたらどうですの?」
 問題の人物は今、海洋遊園地の真ん中で、懐中電灯を使ってこちらを照らしている。
 遭遇者は、東洋風の装束を着た、銀の瞳と長い髪を持つ少女だった。
 あたしたちの知らない参加者だ。火乃香の知人でもない。
 逃げようとする様子はない。勇敢な性格だからか、絶望しているからか、それとも
『乗った』参加者だからか。
 ヒースロゥが姿を見せると、少女は忌々しげに口元を歪めた。
 ……嫌な予感がする。違和感があるのに、その原因が把握できない。
 あたしは今、物陰に隠れ、ヒースロゥと少女との対峙を覗き見ている。
 弱そうな外見のあたしと真面目そうな言動のヒースロゥが一緒にいれば、無害そうな
印象を相手に与えられるかもしれない。ただし、神社での一戦と同じく、ヒースロゥに
対する足枷としてあたしが利用されてしまうおそれもある。
 とりあえず、あたしは伏兵として待機中だった。神社のときとは違い、今度の相手は
一人きりなので、こういう作戦を選ぶ余裕があった。
 たたずむ少女から距離をとり、鉄パイプを構えて、ヒースロゥが声をかける。
「お前は『乗って』いるのか?」
「殺し合うつもりはない――そう答えれば信じるんですの?」
 会話が成立する程度には理知的な相手らしい。理知的な殺人者かもしれないけど。
「いや、疑う。明らかに『乗った』と判るなら、疑う余地はなくなるわけだからな。
 言っておくが、俺は『乗って』いない。だが、殺人者が相手なら戦う気だ」
「……正直な方ですのね、あなたは」
 ヒースロゥを値踏みするように眺めながら、少女が口を開く。
「こちらからも、一つ訊いていいでしょうか?」
 油断なく相手を見据えたまま、ヒースロゥが応じる。
「答えられる内容なら答えよう」
 ゆるやかに、穏やかに、湿った風が吹き始めていた。

772嘘つきは語り手にしておく・b(6/12) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:20:30 ID:LcfGWHUk
 真剣な口調で、少女は問う。
「あなたには、守るべき相手がいますか?」
 尋ねる声は、どこか悲しげに響いたような気がした。
 ……嫌な予感がする。首筋を悪寒が這い回っている。
 ヒースロゥは堂々と頷き、即答した。
「ああ」
 そして、あたしは見た。
 答えを聞いた少女が、銀の瞳に冷たい光を浮かべる瞬間を。
 懐中電灯が少女の手を離れて落下し、地面に転がる光景を。
 長い髪を風になびかせて、少女が後ろへと跳躍する様子を。
 跳躍しながら少女が文言を紡ぎ、紙片を撒き散らす過程を。
「臨兵闘者以下略! 絶火来々、急々如律令!」
 紙片が激しく燃え上がり、空中に炎の塊が生まれ、数秒で消滅する。
「……!」
 いち早く状況を把握するため、あたしは五感を研ぎ澄ませる。
「お前は――殺人者か!」
 ヒースロゥが叫んでいる。とっさに伏せて、攻撃をやりすごしたようだ。どうやら
無傷らしい。一秒で起き上がり、再び鉄パイプを構えている。
「くっ!」
 少女が片手に紙片を広げる。まるで手品師のような、熟練した挙動だった。
 よく見ると、紙片の正体は、奇妙な文字や紋様が記されたメモ用紙らしい。
 呪符……のようなものなんだろうか? 
 呪符がないと攻撃できないように見せかけて、いきなり予備動作なしに炎を放ったり
するかもしれない。余計な思い込みは捨てた方が無難か。
 弱点は“技の制御に難があること”だろうと思う。
 一撃必殺を狙ったにしては、発火が早すぎた。呪符が適切な位置まで届くより先に、
技が暴発したような印象があった。そのせいで攻撃に失敗したらしい。
 敵は遠距離攻撃に向いた能力の使い手で、たぶん能力を制御しきれていない。
 近づくことさえできれば、勝機は充分にある。

773嘘つきは語り手にしておく・b(7/12) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:21:22 ID:LcfGWHUk
 ヒースロゥは怒っていた。すさまじい怒気の余波が、ここまで伝わってきている。
「それは、お前が殺した犠牲者の顔と姿なのか? 正体を現したらどうだ」
 ヒースロゥの問いを聞き、少女は興味深げに目を見開いた。
「この顔自体はわたしの顔ですけれど……何故、この姿がまやかしだと判りました?」
 吐き捨てるようにヒースロゥは言う。
「どこにも血がついていないように見えるが、お前からは血の匂いがする」
「なるほど。風上に陣取ったのは失策でしたわね」
 少女が襟首の辺りから呪符を剥がして捨てると、その姿が紫色の煙に包まれた。
 煙が消えた後に立っていたのは、確かに同一人物だった。けれども、細部がまったく
違っている。銀の双眸は氷のような眼光を放っていたし、装束を染める色彩は致命的な
ほどの失血を連想させた。しかし、彼女自身は怪我をしていない。あれは他者の体から
流れ出た血の跡だ。
「何故『乗った』? あいつらが本当に約束を守るとでも思っているのか?」
 少女の視線とヒースロゥの視線が交錯する。
「ええ……だからこそ、あなたはわたしの敵ですわ」
 二人の声を聞きながら、あたしは飛び出す準備をする。彼女が攻撃を放とうとした
瞬間に視界内へ姿をさらせば、きっと注意を引けるはず。わずかにでも隙ができれば、
後はヒースロゥが何とかしてくれると思う。
「抵抗をやめて投降するというなら、殺しはしない」
 そう言って、ヒースロゥは刻印を指さしてみせた。
「俺たちに協力すれば、一人ではできなかったことが、できるようになるだろう」
 指先が刻印の上を横切る。刻印解除を意味する動作だ。少女はそれを正しく理解した
ようだった。わずかに目を細めて、彼女は嘆息する。
「信用できませんわね」
「交渉決裂か」
「ええ」
 会話しながら、二人はそれぞれ武器を構え直す。まさに一触即発だった。
「ならば、お前をここで討つ」
「あなた一人では、わたしには勝てませんわよ」
 飛び出すなら、今だ。

774嘘つきは語り手にしておく・b(8/12) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:22:26 ID:LcfGWHUk
 ヒースロゥの背後へ現れると同時に、あたしは口の中で適当に言葉をつぶやく。
 ちなみに、あたしの手には今、扇状にトランプが広げられている。
「!」
 少女があたしに気づいて驚く。彼女の視線が、あたしの手元と口元を往復した。
 相手が符術使いだからこそ、このはったりは抜群の効果を発揮した。
 騙せたことを確認し、戦場の外へ向かって、あたしは全力疾走を開始する。
 次の瞬間、炎の燃え盛る音が聞こえてきた。ヒースロゥに対する牽制攻撃だろう。
動揺しているせいなのか、さっきよりも見当違いな位置で呪符が発火したようだった。
 あたしは少女の視界内を真っ直ぐに通過し、また物陰に隠れて様子をうかがう。
 ヒースロゥが一気に間合いを詰め、鉄パイプを振り上げようとしていた。
 水溜まりから飛沫を舞い上げ、水音と共に彼は突進する。
 少女は慌てているらしく、何枚も呪符をこぼしながら、それでも新たな呪符を掴む。
「臨兵闘者以下略! 電光来々、急々如律令!」
 後ろへと跳躍しながら、少女は呪符を投げつける。呪符が雷を生み、光り輝く。
 その直後には、もうヒースロゥの手から鉄パイプが消えていた。
 空中で、投げ捨てられた鉄パイプに電撃が当たり、火花を散らしている。
 一流の戦士は皆、そうすべきだと思った瞬間に躊躇なく武器を手放せる。武器を使う
ことと武器に頼ることは違う。その違いを知らない者は、強者たりえない。
 ヒースロゥは、武器に拘泥しなかった。
「……!」
 でも、勝ったのは少女の方だった。
 ヒースロゥは意識を失い、水溜まりの上に倒れて動かなくなった。
 認めたくはないけど認めるしかない。どうやら、敵の方が一枚上手だったらしい。
 呪文を唱える前に、彼女は地面に呪符を落としていた。投げつけた呪符を囮にして、
彼女は地面の呪符にも雷を発生させた。足元の水溜まりがヒースロゥへ電撃を伝えた。
跳躍していた彼女が着地したときには、既に決着がついていた。
 隙だと思っていたものは、罠だった。
 横たわるヒースロゥのそばに立ち、少女があたしに語りかける。
「あなたの相棒は、まだ生きていますわよ。単に気絶しているだけですから、わたしを
 撃退できれば死なずに済むでしょうね」
 得意げな様子でも喜んでいる様子でもない、ひたすらに淡々とした声だった。

775嘘つきは語り手にしておく・b(9/12) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:24:00 ID:LcfGWHUk
「あなたはこれからどうしますの? わたしと戦いますか? それとも、彼を見捨てて
 逃げますか? どちらを選んでも構いませんわよ」
 三秒だけ考えて結論を出した。物陰に隠れたまま、あたしは返事をする。
「どっちも選ばない。あたしは取引を提案する」
「あらあら、面白いことを言う人ですわね」
 意外そうな、そして愉快そうな声が返ってきた。上手くいくかもしれない。
 さぁ、ここからが正念場ね。
「こっちが提供できるものは“あたし”で、あんたに提供してほしいものは“彼”よ」
 あたしは彼女に姿を見せる。手には何も持っていない。掌を広げて示し、頭の後ろで
両手を組んでみせる。トランプは今、ポケットの中に入っている。
 すぐに武器を構えることはできないけれど、武器を捨ててはいない。安心はさせず、
警戒もさせず、様子を見たくなるように仕向ける。
 少女は黙って呪符を構えている。「続けなさい」という意思表示だろうと解釈した。
「あたしたち二人をしばらく殺さないでくれるなら、あたしはあんたの捕虜になる」
 緊張も焦燥も胸中に封じ込め、あたしは交渉人の役を演じる。
「抵抗はしないし、情報の出し惜しみもしない」
 勿論、嘘だけどね。できることなら、ギギナみたいに『鍵をかけて』説得したい。
教えても問題なさそうな情報しか伝える気はないし、バレない程度に嘘だってつく。
 無害な弱者を装いながら、あえて余裕たっぷりの口調で、あたしは捕虜の必要性を
説明する。
「この『ゲーム』の終盤には、“ひたすら隠れ続けてる相手を24時間以内に探し出して
 殺さないと刻印が発動する”なんて事態が待ってそうだとは思わない? そんなとき
 捕虜がいれば、捕虜を殺して時間を稼いだ後、隠れてる参加者をゆっくりと探せる」
 少女が無言のまま構えを解く。今も呪符は持ったままだけど、悪くない反応だった。
 親しげに、あたしは彼女に笑顔を見せる。
「いざというときの保険として、確保しておいて損はないんじゃない?」
 少女が口を開いた。
「わたしがその取引を拒んだら、どうしますの?」
 当然、その質問は想定済みだった。あらかじめ答えは用意してある。
「あたしは今すぐ自殺する。あんたの足元にいる男は、あたしよりも頑固で意地っ張り
 だから扱いにくいわよ。情報提供者としての価値は、あたしの方が上でしょうね」
 本当に取引を拒まれたら、はったりを駆使して抵抗するつもりだけど。

776嘘つきは語り手にしておく・b(10/12) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:25:24 ID:LcfGWHUk
 あたしと少女は対話する。お互いに腹を探り合う。
「とりあえず捕虜になって好機を待ちたい、というわけですわね」
「怖くなんかないでしょう? あんたは強いんだから」
「そう言われて調子に乗るほど、わたしは子供じゃありませんわよ」
「それは残念」
 この交渉で窮地を切り抜けられないなら、かなり困ったことになる。
 さて、彼女はどう出るだろうか。
「決めました。彼もあなたも、今は殺さないであげましょう」
 あたしは、用心深く少女の様子をうかがう。
「交渉成立ってこと?」
「いいえ、わたしは逃げますわ」
「……え?」
 予想外の答えだった。一瞬、あたしは呆気にとられた。
「わたしを殺しにいらっしゃい。仲間を集め、知恵をしぼり、死にもの狂いで復讐しに
 おいでなさい。……遊び心を忘れてしまうほど、わたしは大人じゃありませんの」
 少女は、嬉しそうに笑っていた。
「きっと、楽しい殺し合いになりますわね」

 タチの悪い冗談みたいに、そのまま少女は走り去ってしまった。北側の出入口から
海洋遊園地の外へ向かうつもりのようだった。
 追いかけるべきだとは思えなかった。ヒースロゥを放置するわけにもいかなかった。
結局、あたしは彼女の背中を黙って見送った。
 もう灯りはない。地面に転がっていた懐中電灯は、少女が回収していった。
 辺りはすっかり暗くなっている。夜空は雲に隠されていて、月も星も見えない。
「ハードね、まったく――」 
 闇の中へ、あたしの溜息が拡散していった。

777嘘つきは語り手にしておく・b(11/12) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:26:10 ID:LcfGWHUk
【F-1/海洋遊園地/1日目・19:00頃】
『嘘つき姫とその護衛』
【九連内朱巳】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ/鋏/トランプ
[道具]:支給品一式(パン4食分・水1300ml)/トランプ以外のパーティーゲーム一式
    /缶詰3つ/針/糸/刻印解除構成式の書かれたメモ数枚
[思考]:とりあえずヒースロゥを物陰に運ぶ/ヒースロゥが目覚めたら移動を再開する
    /パーティーゲームのはったりネタを考える/いざという時のためにナイフを隠す
    /ゲームからの脱出/メモをエサに他集団から情報を得る
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ・10面ダイス×2・20面ダイス×2・ドンジャラ他。
    もらったメモだけでは刻印解除には程遠い。

【ヒースロゥ・クリストフ】
[状態]:気絶中(身体機能に問題はない)/水溜まりの上に倒れたせいで濡れている
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(パン5食分・水1500ml)
[思考]:朱巳を守る/マーダーを討つ
[備考]:朱巳の支給品が何なのか知りません。

[チーム方針]:エンブリオ・ED・パイフウ・BBの捜索。右回りに島上部を回って刻印の情報を集める。
[チーム備考]:鉄パイプが近くに転がっています。二人とも上着を脱いでいます。
       二人の上着は、ずぶ濡れの状態で神社の木の枝に放置されました。

778嘘つきは語り手にしておく・b(12/12) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:26:57 ID:LcfGWHUk
【E-1/海洋遊園地/1日目・19:00頃】

【李淑芳】
[状態]:????
[装備]:懐中電灯/呪符(5枚)
[道具]:懐中電灯以外の支給品一式(パン4食分・水800ml)
[思考]:????/北側の出入口から海洋遊園地の外へ出る/どこかに隠れて呪符を作る
[備考]:第二回放送をまったく聞いておらず、第三回放送を途中から憶えていません。
    『神の叡智』を得ています。服がカイルロッドの血で染まっています。
    夢の中でアマワと会話しましたが、契約者になってはいません。
    『君は仲間を失っていく』と言って、アマワが未来を約束しています。

※詳細は【嘘つきは語り手にしておく・a】を参照してください。

779嘘つきは語り手にしておく・a(1/7) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:28:21 ID:LcfGWHUk
 目が覚めたのは、第三回放送が始まる少し前でした。
 そのとき陸は眠っていて、結局、あの犬は放送が終わるまで起きませんでした。
 放送が始まるまで、わたしは願っていました。どうか皆が生きていますように、と。
 祈ってはいませんでした。
 わたしには今、祈るべき相手がいませんから。
 わたしたちは、己を神と呼ぶ者たちですから。
 世界を創造したわけでもなく、全知全能でも不滅でも無敵でもなく、普通の人間より
少し長く生きられて、普通の人間より少し力がある、ただそれだけの存在ですけれど、
それでもわたしには、神を名乗る者としての矜持があります。
 放送を聞いていたときのことは、あまり詳しく思い出せません。聞こえてはいたはず
ですけれど、死者の総数も禁止エリアの位置も憶えていません。
 友と姉が殺されたことを、その放送で知りました。
 今も生き残っている参加者は、わたしの知らない人ばかりです。
 キザで変態で軽薄で女好きでしたのに、何故だか星秀さんは憎めない方でした。
 カイルロッド様は強くて優しい方で、最後までわたしを守ってくださいました。
 チビでカナヅチで未熟でも、義兄と呼ぶなら鳳月さんがいいと思っていました。
 杓子定規で融通が利かない反面、緑麗さんは懸命に努力する格好いい方でした。
 しょっちゅうケンカしましたけれど、わたしは麗芳さんのことが大好きでした。
 皆、死んでしまいました。
 そのとき、わたしが何を考えていたのか、もう自分でも判りません。
 ひょっとすると、何も考えたくなかったのかもしれません。
 気がついたときには、部屋の中が滅茶苦茶になっていました。
 どうやら、わたしが滅茶苦茶にしたようです。
 わたしは泣いていました。涙が止まらなくて、何もかもが歪んで見えました。
 泣き声が勝手に口からあふれ出て、まともにしゃべることさえできませんでした。
 ひどく暗鬱な何かが、わたしの内側を隅々まで満たしていました。
 とにかく、わたしは、とても疲れていました。

780嘘つきは語り手にしておく・a(2/7) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:29:55 ID:LcfGWHUk
 今になって思えば、陸には申し訳ないことをしたものです。
 あの犬は、わたしが落ち着くまで、部屋の端で静かに耐えていました。
 第三回放送でシズさんの名前が呼ばれたかどうか、ずっと考えながらです。
 わたしの錯乱を、陸は一言も責めませんでした。
 いつも笑っているような顔が、どうにも寂しそうに見えました。
 その頃になって、ようやくわたしは陸の怪我に気がつきました。
 薄情な話だと自分でも思います。あまりの浅ましさに、我ながら吐き気がします。
 陸の背中からは血が流れ出ていて、白い毛皮が少し赤くなっていました。
 わたしのせいです。
 わたしは陸に謝りました。何度も同じ言葉を繰り返しました。
 陸は無言のまま首を左右に振り、目を閉じて溜息をつきました。
 許すという意味だったのか聞きたくないという意味だったのか、今でも判りません。
 格納庫で得た『神の叡智』には、様々な知識が収められていました。その中から、
わたしは異世界の術について調べました。故郷では、傷は秘薬で治すと相場が決まって
いましたから、わたしは治癒の術に関しては疎いんです。異世界の知識から治癒の術を
学ぼうとして、わたしは無我夢中で『神の叡智』をあさりました。
 平安京とかいう都で使われているという、簡単な血止めの符術なら、一応わたしにも
使えそうでした。ただ血を止めるだけの術で、傷が消えるわけでも活力が蘇るわけでも
ない、応急処置のための術でした。それでも使えないよりはいいと思いました。
 わたしの治療を、陸は拒みませんでした。大きな傷ではありませんでしたが、血は
なかなか止まってくれませんでした。案の定、大したことはできないようです。
 止血が終わった後、わたしは陸を気絶させました。治療の際に、電撃を発するための
呪符をこっそり貼りつけておいたので、それほど難しいことではありませんでした。
 夢の中で、アマワはわたしに未来を約束しました。『君は仲間を失っていく』、と。
 誰がわたしの仲間なのか考えて決めるのは、あの不可解な御遣いです。
 わたしの仲間だとアマワが判断すれば、わたしたちがお互いをどう思っていようが
関係なく、その“仲間”は殺されていくでしょう。
 わたしは、陸を死なせたくありませんでした。
 故に、わたしは陸の敵になろうと決めました。

781嘘つきは語り手にしておく・a(3/7) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:32:36 ID:LcfGWHUk
 隠れていた建物の中で発見した、奇妙な格好の人形を使って、わたしは下僕を作り
ました。呪符を貼りつけて呪文を唱え、かりそめの命を与えて操ったわけです。
 ごく普通の人間よりも弱く、自律的に考えて行動できるような知能はなく、いきなり
単なる人形に戻ってしまうかもしれない、そんな下僕しか今は作れません。
 戦力という意味では、同じだけの労力で炎や雷などを生み出した方が便利です。
 しかし、それでも下僕は必要だったので、あえて作りました。
 下僕は、わたしの命令だけでなく陸の命令にも従うように設定しておきました。
 ここは半魚人博物館という施設らしく、その“ヌンサ”という人形は半魚人を模して
作られた物のようでした。外見は、大きな魚に人間の手足が生えたような感じ、とでも
表現すると判りやすいでしょうか。『神の叡智』によると、そういう種族のいる世界が
どこかにあるそうです。
 陸へ宛てた手紙を書いて、わたしは“ヌンサ”の脇腹に貼りつけました。
 手紙には、下僕に関する説明と、たくさんの嘘が書いてあります。
 これから殺し合いに参戦して優勝を目指すつもりだとか、シズさんを狙うのは最後に
しておくとか、邪魔をしても構わないけれど無駄だとか、そういった内容です。
 あれを読んで、陸がわたしを憎んでくれればいいんですけれど。
 “ヌンサ”の手に紙袋を持たせたりもしました。施設内の土産物屋にあった物で、
写実的に描かれた“ヌンサ”が「さあ、卵を産め」と言っている絵柄でした。
 紙袋には、手持ちのパンと水をそれぞれ半分ずつ入れておきました。餞別です。
 命令すれば、パンの袋やペットボトルのフタを“ヌンサ”が開けてくれるでしょう。
 わたしは“ヌンサ”に陸を運ばせて、南側の出入口から海洋遊園地の外へと一緒に
出ました。そして、H-2へ陸を運ぶよう“ヌンサ”に命令し、姿が見えなくなるまで
見送りました。
 あの様子なら、きっと無事に到着しただろうと思います。

 ふと気づくと、わたしは無意識に視線を空へ向けていました。
 この島では、どんなに空を見上げても、その先に天界はありません。
 どこか人のいない場所へ行きたいと思いました。
 それからどうするつもりだったのかは、もう忘れてしまいました。

782嘘つきは語り手にしておく・a(4/7) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:34:01 ID:LcfGWHUk
 追跡者たちの存在に気づいたのは、海洋遊園地の中に入った後でした。
 殺されるかもしれないと思い、死をあまり怖がっていない自分に呆れました。
 でも、何もせずに殺されるつもりは最初からありませんでした。
 もしも相手が殺人者だったなら、相討ちになってでも殺してみせるつもりでした。
 わたしは涙を拭きました。
 追跡者がどんな人物なのか見極めるため、わたしは自分に呪符を貼り、呪文を唱えて
姿を偽りました。変身の術を応用して、自分自身に化けたことになります。血まみれの
衣服や普通ではない精神状態を、“普段の自分”に化けて隠したわけです。

 呼びかけに応じて現れた、鉄パイプを持つ男は、どうやら悪党ではなさそうでした。
騙そうとか欺こうとか、そういう雰囲気を彼からは感じませんでした。
「あなたには、守るべき相手がいますか?」
「ああ」
 わたしが失ってしまったものを、彼は失っていませんでした。
 そのとき、この人ならアマワを討てるかもしれない、と思いました。
 真に強くなれるのは、誰かを守るために戦う者だけです。
 誰が何と言おうと、わたしはそう信じています。
 だから、わたしは殺人者を演じました。
 不意打ちを狙って失敗したように見せかけ、戦いを挑みました。
 わたしと彼は、敵同士になりました。
「何故『乗った』? あいつらが本当に約束を守るとでも思っているのか?」
「ええ……だからこそ、あなたはわたしの敵ですわ」
 アマワが約束した未来に、もう誰も巻き込みたくはありませんから。
 わたしとの戦いを通じて、もっともっと強くなってほしいですから。
 わたしを倒せないようでは、アマワを討つことなどできませんから。

783嘘つきは語り手にしておく・a(5/7) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:35:54 ID:LcfGWHUk
 いきなり乱入者が現れたときには、さすがに少し驚きました。
 手元が狂って、鉄パイプの彼に術を直撃させてしまうところでしたけれど、どうにか
当てずに済みました。本当に危ないところでした。
 乱入者は、鉄パイプの彼の仲間でした。相棒が接近戦を仕掛けやすくなるように、
注意を引いて隙を作らせようとしたんでしょう。
 戦いは、それほど長引きませんでした。
 威力を抑えた電撃で、鉄パイプの彼を、わたしは気絶させました。
 さもなければ、わたしは瞬殺されていたことでしょう。それでは意味がありません。
 捨て石になるのも踏み台にされるのも構いませんけれど、無駄死にするのは嫌です。
 相手の動きがもう少し速かったら、敗れていたのはわたしの方だったでしょう。
 手の内をかなり知られた以上、次に戦えば、わたしが負けることになると思います。
 乱入者の彼女に、わたしは問いかけました。
「あなたはこれからどうしますの? わたしと戦いますか? それとも、彼を見捨てて
 逃げますか? どちらを選んでも構いませんわよ」
「どっちも選ばない。あたしは取引を提案する」
 仲間を見捨てて逃げるようなら、どこまでも追いかけて全力で殺すつもりでした。
 そうならずに済んで、とても嬉しく思いました。
「わたしを殺しにいらっしゃい。仲間を集め、知恵をしぼり、死にもの狂いで復讐しに
 おいでなさい。……遊び心を忘れてしまうほど、わたしは大人じゃありませんの」
 外道らしく見えるように、邪悪そうな顔で笑っておきました。
「きっと、楽しい殺し合いになりますわね」

 北に向かって走りながら、わたしは涙を拭きました。
 生きている間に、やるべきことを済ませておこうと思います。
 役立ちそうな情報を書き記し、託せるように残しましょう。
 書き終わるまでは、なるべく死なずにいたいものです。
 そのために、まず、どこかに隠れて呪符を作ろうと決めました。
 わたしは玻璃壇を――島の詳細な立体地図を思い出して悩みます。
 隠れ場所は、どこにするべきでしょうか。
 どこに行くかは迷っていますけれど、どこかに行くこと自体を躊躇してはいません。
 禁止エリアに突っ込んでしまうかもしれませんけれど、動かないという選択肢は既に
ありえません。もはや、わたしは逃亡者なのですから。

784嘘つきは語り手にしておく・a(6/7) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:36:52 ID:LcfGWHUk
 あの二人のような参加者が他にもいれば、その人たちとも敵対したいところです。
 ちょっと悲しい生き方ですけれど、寂しくはありません。
 わたしが憶えている限り、わたしの仲間は、わたしと共にあり続けるんですもの。


【E-1/海洋遊園地/1日目・19:00頃】

【李淑芳】
[状態]:精神的におかしくなりつつあるが、今のところ理性を失ってはいない
[装備]:懐中電灯/呪符(5枚)
[道具]:懐中電灯以外の支給品一式(パン4食分・水800ml)
[思考]:殺人者を演じ、戦いを通じて団結者たちを成長させ、アマワを討たせる
    /役立ちそうな情報を書き記す/北側の出入口から海洋遊園地の外へ出る
    /どこかに隠れて呪符を作る
[備考]:第二回放送をまったく聞いておらず、第三回放送を途中から憶えていません。
    『神の叡智』を得ています。服がカイルロッドの血で染まっています。
    夢の中でアマワと会話しましたが、契約者になってはいません。
    『君は仲間を失っていく』と言って、アマワが未来を約束しています。

※海洋遊園地内の、F-1にある半魚人博物館の一室が、滅茶苦茶に荒らされました。
※血止めの符術は、陰陽ノ京に“初歩の術”として登場したものです。
※陸(気絶中/背中に止血済みの裂傷あり)と紙袋(パン4食分・水800ml入り)が、
 “ヌンサ”(淑芳の手紙つき)に運ばれてH-2へ移動しました。

785嘘つきは語り手にしておく・a(7/7) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:38:01 ID:LcfGWHUk
【F-1/海洋遊園地/1日目・19:00頃】
『嘘つき姫とその護衛』
【九連内朱巳】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ/鋏/トランプ
[道具]:支給品一式(パン4食分・水1300ml)/トランプ以外のパーティーゲーム一式
    /缶詰3つ/針/糸/刻印解除構成式の書かれたメモ数枚
[思考]:とりあえずヒースロゥを物陰に運ぶ/ヒースロゥが目覚めたら移動を再開する
    /パーティーゲームのはったりネタを考える/いざという時のためにナイフを隠す
    /ゲームからの脱出/メモをエサに他集団から情報を得る
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ・10面ダイス2個・20面ダイス2個・ドンジャラ他。
    もらったメモだけでは刻印解除には程遠い。

【ヒースロゥ・クリストフ】
[状態]:気絶中(身体機能に問題はない)/水溜まりの上に倒れたせいで濡れている
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(パン5食分・水1500ml)
[思考]:朱巳を守る/マーダーを討つ
[備考]:朱巳の支給品が何なのか知りません。

[チーム方針]:エンブリオ・ED・パイフウ・BBの捜索。右回りに島上部を回って刻印の情報を集める。
[チーム備考]:鉄パイプが近くに転がっています。二人とも上着を脱いでいます。
       二人の上着は、ずぶ濡れの状態で神社の木の枝に放置されました。

786 ◆CDh8kojB1Q:2006/06/18(日) 01:11:17 ID:JauPdxKc
火乃香がヘイズを尋問しようとした寸前、それは姿を現した。
「あれ?」
「ん、どーした火乃香? 棚から落ちたボタ餅をよく見たら、蟻がついていたという悲劇に気付いて
泣いているガキを指差して笑っている女の髪にも蟻がついているという事実を発見した
とある通行人A、みたいな顔してるぞ――がっ」
 突然、首を捻られたコミクロンの目に、遠くから接近してくる巨大な何かが映った。
 下部が炭化して折れたマスト、見る者を圧倒して畏怖を与える雄大な船首、
 俯瞰すれば、それはあまりにもゴツく、大雑把ながらも力強く海面を切り裂いて進んでくる。
 海面を照らす陽光は既に無く、海上を行く巨大なそれはまるで建築物の威容だった。
「……何だあれは。城が動いてるのか?」
「違う、コミクロン。あれは――乗り物じゃないかな」
 感嘆の声を上げながらコミクロンは身体を捻って、身体の向きを首に合わせた。
 やはり、科学者を自称していても、年相応の好奇心が頭を満たすのだろう。
 
「船……か」
 それは船だった。全長三百m程度の船がゆっくりと海岸沿いを移動していた。
 B-8の難破船が何らかの理由により動き出したものだろうか。船は明かりを灯して移動している。
「知ってるのか、ヴァーミリオン?」
「火乃香の推測は当たってるぜ。遠距離と残霧で分かりづらいが、ありゃあ木造船だな。
型からして十五世紀前後の骨董品ってとこじゃねえか?」
 もっとも、ヘイズは木造船など見たことは無い。
 彼の世界の海は常時、猛烈なブリザードが吹き荒れる極寒領域だ。
 航空艦の技術が発達した世界で、流氷だらけ海を進むバカは存在しなかった。
「あれが、船……実際に見るのは始めてだね」
「そういや、火乃香の故郷は砂漠だらけだったな。俺だって遠洋航海用の船なんぞは初めてだ」
 流美なフォルムだ――、とコミクロンは呟く。
 新たな玩具を与えられた少年のような瞳と、船へと向けられた仲間の視線。
 ヘイズはコミクロンが発明好きなのだと喋っていたのを思い出した。
 その記憶は、少しだけ、ヘイズの世話焼きな心を刺激した。

「乗って、みたいか?」
「何?」
「あの船に乗ってみたいかよ?」
 ヘイズの問いに二人の仲間はしばしの間、沈黙する。
 こりゃスカしたか――? などと思い、ヘイズが頭をかき始めた時、
 コミクロンが歓声をあげた。
 当然、返って来た答えは一つだった。

787 ◆CDh8kojB1Q:2006/06/18(日) 01:12:08 ID:JauPdxKc
「じゃあやるぜ。俺が破砕の領域で攻撃場所を指示するから、お前が
魔術を何発かぶち当てて船の航路を修正しろ」
「構わんが、俺の魔術のレベルはたかが知れてるぞ? 船を止める威力は出せん。
この制限下だと先生だって三百m級の大質量を止めるのは不可能だ」
 自信なさげなコミクロンの肩を火乃香が叩く。
 そのまま指を突き出して、海に突き出す岸壁と海面に突き出た岩礁を示した。
「あんたらしくないね、しゃきっとしなって。あそこの岩に向かって航路を変えれば
船は止まるってコトだよ。そうでしょ、ヘイズ?」
「ビンゴ。船ってのは座礁に弱いもんなんだよ。岩に挟まるか浅瀬に乗れば、
オレ達だって余裕で乗り移れるだろ」
 そう言いながら、足で地面を打ち鳴らしてヘイズはタイミングを計り始めた。
 座礁させるための最適な位置と攻撃箇所はすでに予測したのだろう。
 あとはコミクロンがタイミング良く魔術を放てるように、
 ヘイズが都合に合わせて指を鳴らすだけだ。

 船との距離がだいぶ詰まってきた時、ヘイズが指を鳴らした。
 軽やかに響いた音は、まだ少し霧の残る海面を渡り、船の壁面付近の
 空気分子を揺るがす。
 たったそれだけの微弱な力。それがヘイズの切り札だ。
 極小な空気分子達は、まるで誘導されたかのように進路を変更し、
 任意の地点へ移動する。
 その運動が連鎖して一つの幾何学模様を形成した時、ヘイズの思いは
 論理回路の形となって具現することとなる。
 望んだ力は、情報面からの無慈悲な解体。
 瞬間、つやのある船壁はその効力に一秒たりとも耐えられず、無残な虚となっていた。

「コンビネーション4−4−1!」
 しばらくの間を持って、破砕の領域が展開した空間にコミクロンの魔術が炸裂する。
 ヘイズのI-ブレインが起動すると、コミクロンの魔術構成が不安定になることを
 両者は共に熟知していた。
 だからヘイズは余裕を持って破砕の領域を展開し、コミクロンの魔術がベストタイミングで
 命中するように、足を踏み鳴らして最適な瞬間を計ったのだろう。
 今更になって、火乃香はそれを理解した。
 論理的で器用なコミクロンと、
 未来予測で正確なアシストができるヘイズ。
 何だかんだ言って、この二人はウマが合っているようだ。ツボにはまると、強い。
 反面、直感的な思考と、意外性の高さを持ち合わせた相手には脆弱だ。
 そこらは自分が補うことになるのだろうか、と火乃香は一人、考えた。
 図に乗ると厄介なので、手綱はちゃんと握っておこう、とも。

788 ◆CDh8kojB1Q:2006/06/18(日) 01:13:01 ID:JauPdxKc
 そうこうする間に、魔術士二人は船の十数箇所に衝撃を与えて
 進路修正に成功した。
 貨物船の巨体はゆっくりと、しかし確実に岩礁に向かって直進していく。
 舵をきらない限り、座礁は時間の問題だろう。
「今思うんだが、乗組員がいたらオレ達の行為は無意味だよな」
「愚問だぞヴァーミリオン。禁止エリアを抜けてきた船に生きた乗員がいると思うか?
まあ、主催者どもの禁止エリア宣言がハッタリなら、エリアにいても無事だろうがな。
何はともあれ、俺は無人船論を強く推奨するぞ。動いてるのは漂流だからだろ」
「その自信はどっから沸いてくるんだか……でも今回はあたしもコミク論に賛成しとく」
 なんだそれは! と絶叫する白衣を火乃香とヘイズは無視した。
 未成年の主張より、船の行方が遥かに気になったからだ。

 三人が見守る中、船は岩にぶつかって盛大な不協和音を奏でて進み、
 ヘイズの予想どおりに岸壁と岩礁に挟まって動きを止めた。
 所々から木の軋む音が聞こえてきたが、船体は完璧に座礁したようで、
 貨物船が進む事は不可能に見える。
 更に、何のアクションも起こらないことから、無人船であるというコミク論は肯定された。
「ビンゴ……だな」
「ふっ、この俺の大天才たる証が、また一つ歴史として刻まれたまでのことだ
――おぶえぁ! 何をする火乃香!」
「はいはい、バカは踊る前にそれを持っといて。あたしが最初に飛び移るから
あんたは後から船に荷物投げ込むまで、デイパックを運ぶ役」
「むう……」
 自画自賛モードに突入しかけたコミクロンに自分の荷物を投げつけて、
 火乃香は岸壁をよじ登った。
 腕の不自由なコミクロンは身体のバランスをとるのが難しい。
 先に自分が楽な跳躍ポイントを見つけておく必要がある、と考えての行動だった。
 投げたデイパックがコミクロンの顔面に当たったことはこの際、忘れておこう。

 
「いよっ、と」
 上手い跳躍ポイントを見つけて飛び移った先は、船の操舵付近だった。
 甲板からの高さの分だけ落差が少ないので、素人が降りても安全な場所だろう。
 火乃香はそのまま周囲の安全を確認し、船首甲板へと降り立った。
 長時間の雨で多少すべるようだったが、鍛えられた剣士の下半身には
 何の障害にもならない。
 それより、眼前に広がる海原と独特の潮風が心地良かった。
 霧間から降り注ぐ星光は海面で揺らめきながら煌いて、火乃香の網膜を刺激した。
 星と霧以外はどちらも、火乃香の生活圏には存在しない興味深い自然である。
「ボギーがいたら何て言うかな?」
 あの機械知生体はきっと、潮風で遮蔽モードに微妙な支障が出る、とか
 キャビンに臭いが着いて傷む、などとロマンもへったくれもない感想を述べるかもしれない。
 それでも、今は傍にいて欲しかった。

789 ◆CDh8kojB1Q:2006/06/18(日) 01:13:41 ID:JauPdxKc
 しばらく感傷に浸っていた火乃香は、つと、手すりに触れてみた。
「呼吸。木片の、呼吸……」
 コミク論に賛同したのは正解だったようだ。
 この船は完璧に無人だった。違和感のある大規模な気の流れを感知できない。
 船の明かりが燈っているのは少々気に掛かったが、後で調べれば済む事だ。
 ファントムだらけの幽霊船でも無い限り、確たる危険も無いはずだろう。

「なかなか、いい景色じゃねえか?」
 火乃香が上げた視線の先、左右色違いの瞳を持った男が覗き込んでいた。
 ヘイズにとっても、霧の晴れ行くこの光景は鮮烈なはずである。
 いつの間にか太陽は沈んでいたが、それでも海はたゆとう原野の如く存在し、
 昼の光景にも決して劣らない。
 しかも、明度ゆえか夜の闇と水平線が同化していて、世界が一つに繋がって
 いるかのように錯覚させた。
「――見慣れた砂丘よりは楽しいかな。コミクロンは?」
「デイパック持ってヨタヨタしてるぜ。荷物はオレが投げ込むから中身傷めないように
取ってくれっか?」
「ん、おっけ」
 じゃあいくぜ、とヘイズは岸壁から荷物を甲板に落とし始めた。

 キャラバンで荷物の運搬をこなしてきた火乃香には苦でも無い作業のあとに、
 ヘイズ自身が飛び降りて来る。
 便利屋を自称するだけあって、こちらもなかなか手際が良い。
 躊躇無く直接甲板に降り立っても、その姿勢は全く崩れていなかった。
「ふっふっふ、見るがいい! この大天才の華麗なる跳躍を――!」
 続けてコミクロンが、飛距離に余裕を持たせる為に助走をつけて空を舞う。
 火乃香が選んだ地点で誤差無く踏み切るのは感心ものだが、いかんせん
 加速をつけ過ぎだ。
「おいバカ、甲板は濡れて――」
 ヘイズのとっさの忠告は既に遅く、白衣とお下げをなびかせたコミクロンは
 滑らかな放物線を描いていた。
 そのまま火乃香が定めた着地地点を華麗に飛び越えて――、
「ごあっ! 頭蓋がっ……こんなところで未来の偉人の知性に危機が訪れるとは……!
そもそも俺だけ着地に失敗するなどと――何だこの不条理な世界は!」
 着地地点が濡れていたため、当然の如く摩擦の力は働かず、
 白衣の天才は、不条理の具現者たる甲板に華麗に頭を打ち付けた。
 その後、片腕が動かず、ろくな受身が取れない状態から瞬時に復活してくるのは
 なかなかのタフさと言えるだろう。
 しかし、
「どう考えてもあんたが悪い」
「下手に格好つけるからだろ」
 何でも屋達の評価は条理にかなった酷評だった。
 エレガントな科学者への道はどうやら遠く、険しいものらしい。

790 ◆CDh8kojB1Q:2006/06/18(日) 01:14:29 ID:JauPdxKc
 ともあれ、三人は比較的無事に貨物船に乗り移ることに成功した。
 その後の会議で、無人船の明かりなどの原因が不明なので
 とりあえず調査してみることと、船室を漁って何か使えそうな物を発見する
 ことを目的として、船内の捜索を開始することが採択された。

「この俺が船倉を調査する! 重要物を底に隠すのはセオリーだからな。
ふっふっふ、待ってろよ。楔一本に至るまで徹底的に構造解析してやる!」
 言うが早いかコミクロンはハッチを潜って船内に侵入していった。
 木造船とはいえ科学技術の結晶だ。
 コミクロンは船から得られた情報を元に新型人造人間の開発計画を
 練るのだろうか、とヘイズは邪推した。

「じゃあ、あたしが船首から、あんたは船尾から探索するってことでいいよね?」
「妥当な案だな。けどよ、これだけデカい船だと船室だけで幾つあるんだか」
「あんた今、ものすごくやる気無さそうな表情してるんだけど」
「ほっとけ。こーゆー性分なんだ。そう言うお前こそ海見てふにゃけてただろうが」
「むー……不覚をとった」
 実際、火乃香が夜空と海に見とれていたのは確かだった。
 何とかしてヘイズを斬り返してやろう、と過去の記憶を掘り起こすうちに、
「あ、そうだ」
 会心の一撃を思い出した。以前、この船に気付いてうやむやにしてしまった
 一つの問いだ。
「ねぇ、ヘイズって歳い――」
「さてと、お宝探しに行くとするか」
 火乃香の言葉を遮り、ヘイズはドアを蹴飛ばして船内に突入していった。
 ついでに酒瓶とか落ちてねえかな、などとわざとらしく呟いて火乃香の声を
 聴いてないふりをしているところから、逃走したのだと簡単に推測できる。
「……ま、いっか」
 辺境では、他人の事情に首を突っ込むと痛い目に遭うというのは常識だ。
 ましてやヘイズは露骨に嫌がっているし、今の火乃香には別の目的があった。
「もう少しくらい眺めても、減るもんじゃないしね」
 誰にともなく呟いて、火乃香は再び手すりに寄りかかった。

 手を乗せた木目の向こうには、先程まで見ていた海が変わらぬ雄大さを
 保ったままで歌っていた。
 寄せては引いて、引いては返して、砂のざわめきとは異なる音調を奏でる波。
 ロクゴウ砂漠には無い光景。エンポリウムには無い香り。
 ゲームが始まった時は、シャーネと筆談していて感じそびれた感覚だ。
 船のことは二人に任せて、もう少しだけここに居ようと火乃香は決めた。

791 ◆CDh8kojB1Q:2006/06/18(日) 01:15:15 ID:JauPdxKc
【G−1/難破船/1日目・19:00】

『戦慄舞闘団』
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:健康。
[装備]:
[道具]:有機コード、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
[思考]:船室を捜索。
[備考]:刻印の性能に気付いています。

【火乃香】
[状態]:健康。
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:甲板から海を眺める。

【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。
[装備]:エドゲイン君
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml) 未完成の刻印解除構成式(頭の中)
     刻印解除構成式のメモ数枚
[思考]:ふははは! 歯車様はどこだ!?  船倉を捜索。
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着ています。

[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
[チーム行動予定]:EDとエンブリオを探している。左回りに島上部を回って刻印の情報を集める。

792灯台へ向かう前に(1/7) ◆5KqBC89beU:2006/06/18(日) 04:16:32 ID:LcfGWHUk
 地下通路から地上へ出た直後に、子爵はEDに呼び止められた。
「さっきの蒼くて大きな方――BBさんが、この狭い出入口から出る準備をしています。
 少し待っているように頼まれました」
 言われてみれば、大きな機体が普通に通過できそうな広さなど、出入口にはない。
【それくらいはお安い御用だ! しかし、どうやって通るつもりなのだろうか?】
 地上まで背負ってきた風見の様子を見ながら、EDは子爵の疑問に答える。
「整備作業の要領で装甲を分割し、関節や接合部の固定を一時的に解除するそうです。
 体内が剥き出しになってしまうため、雨が止むまで実行できなかったと聞きました」
 ちなみに、EDと風見の荷物は子爵が地上まで運んできてある。
【つまり、荷物と同行者を預けて隙だらけの状態になってくれるほどに信じてもらえた
 わけか! おお……もしも涙腺があったなら、感激のあまり泣いていたところだ!】
 文字通り歓喜に震える子爵に対し、飄々とEDは言う。
「“裏切ったって利点よりも危険の方が大きくて割に合わない”という状況ですから、
 関係者全員が状況を的確に把握しているなら、必然的にこうなりますよ」
【そういうものかね?】
「そういうものです」
 地下通路からは金属音が響き続けている。移動には、まだ時間がかかりそうだ。
【この様子では、湖跡地から出る前に放送が始まってしまうな。遮蔽物がほとんどなく
 足場の悪い地点で、放送に気を取られ、隙が生じてしまうかもしれない】
「こんなに濃い霧の中で、普通の人間に襲われるとは思えません。しかし、逆に言えば
 “普通の人間ではない敵”になら襲われてもおかしくはありませんね」
 子爵は目玉で周囲を見ているわけではないし、蒼い殺戮者は暗い地下通路を難なく
歩ける。そんな実例が存在する以上、同じことのできる敵がいないとは限らない。

793灯台へ向かう前に(2/7) ◆5KqBC89beU:2006/06/18(日) 04:17:21 ID:LcfGWHUk
 蒼い殺戮者が地上に姿を現し、外した関節を繋ぎ直し始めたのを見計らって、子爵と
EDは自動歩兵とも打ち合わせを始めた。
【……というわけで、“すぐに灯台へ向かうべきではない”という話になった】
「かつて小島だった丘が近くにあります。とりあえずそこへ移動して、放送後に灯台を
 目指したいと考えていますが、どうでしょう? その丘にはいくらか遮蔽物があり、
 ここに比べれば足場は悪くありません。他の参加者が隠れたくなるような地形でも
 ないので、短期間の滞在には適した場所です」
「それで構わない」
 手際よく機体の各部を再結合させながら、蒼い殺戮者は即答した。無茶な荒技を実行
したせいで故障する可能性が高くなったが、今のところ異常はないらしかった。
 火乃香に関わって以来、蒼い殺戮者は、不可思議な事柄をありのままに受け入れて
納得できるようになった。おかげで異世界の液状吸血鬼とも普通に会話できる。
「それにしても、器用なものですね」
【うむ! 自分の体を思い通りに操るというのは、簡単なようでいて意外に難しい。
 誰にでも上手くできることではあるまい!】
「ただ単に、こういう動作ができるように設計されただけだ」
 EDと子爵は、蒼い殺戮者の無愛想さを気にすることなく、しばし感心し続けた。
【ところで、麗芳嬢はまだ現れないようだね。……待ち合わせの時刻は数分後だから
 遅刻だと決まったわけではないし、ただの遅刻ならば別にそれでもいいが……】
 心ゆくまで感嘆した子爵が、今度はどことなく心配そうな書体で言葉を紡いだ。

794灯台へ向かう前に(3/7) ◆5KqBC89beU:2006/06/18(日) 04:18:25 ID:LcfGWHUk
 仮面の下に様々な思いを隠し、淡々とEDが応じる。
「問題はそこです。僕が拠点として灯台を勧めたのは、彼女が探索しにいったはずの
 建物だから、という事情をふまえた結果なんですが……最悪の場合、“とんでもなく
 強い殺人者が灯台に潜伏していて麗芳さんを殺してしまった”とも考えられます。
 あまり考えたくはありませんが、可能性の一つとして考えないわけにはいきません。
 灯台以外に、風見さんを休ませられそうな場所の心当たりはありませんか?」
 EDの問いに、子爵は港町で会った佐藤聖の様子を思い出す。
【港町に風見嬢を連れていくのは、少々都合が悪いかもしれない。すぐ危なくなるわけ
 ではないが、いずれ彼女に対して困ったことをしかねない参加者がいる。……いや、
 その参加者本人に悪気はないのだが……しかし、無邪気だからこそ歯止めがきかなく
 なるということもある。ついさっきまで対話していた相手だ。できることならば、
 敵同士になりたくはないのだよ】
 聖なら、弱って寝ている風見を見たら、強引に吸血鬼化させたがるかもしれない。
“吸血鬼化すれば元気になるから”とか、そういった親切心から風見の意思を無視して
しまうかもしれない。そうなれば、争いの火種がまた増えてしまう。
「ついさっきまで港町にいたということは……子爵さん、よっぽど大急ぎでここまで
 来てくれたんですね」
【うむ、急いでいたので水の流れに乗ってきた。判りやすく例えるならば、追い風を
 背に受けながら走ってきたようなものか。下流以外に向かう場合は、それほど素速く
 移動できたりはしない。それに、この“吸血鬼の川流れ”をやると非常に疲れる】
 そんなEDと子爵の会話を、蒼い殺戮者の声が遮る。
「移動の準備が完了した。続きは移動中に話すべきだ」
 一同は、丘の上へ向かいながら、今後の方針を相談することになった。

795灯台へ向かう前に(4/7) ◆5KqBC89beU:2006/06/18(日) 04:19:26 ID:LcfGWHUk
 列を成し、濃霧を突っ切る一団に、統一感は微塵もない。
 先頭は子爵でEDが二番手だ。最後尾では蒼い殺戮者が風見を運搬している。
「では、灯台以外の拠点候補地について意見する」
 背後にも注意を払いながら、蒼い殺戮者は言う。
「C-6にある小市街は、島の中心部に近く、すぐそばに道があり、作戦行動に向いた
 立地条件を備えている。このような要所には参加者が集まりやすい。そんな場所で
 今まで生き残り続けている者がいるとすれば、戦闘能力の比較的高い参加者である
 可能性が高い。戦力外の人員を護衛しながら向かいたい地点ではない」
 念入りに左右を警戒しながら、EDは溜息をついた。
「やはり、行き先には灯台を選ぶしかありませんか」
 遠くまで歩を進める余裕はない。しかし、港町も小市街も安全だとは言い難い。
 丘の上や森の中では、風見を充分に休息させられそうにない。
 灯台と港町の間に難破船があると地図には記されているが、そこも麗芳が探索すると
言っていた場所だ。危険度は灯台と変わらない。
 意図的に感情を排した口調で、EDは語る。
「仮に麗芳さんが殺されていたとしても、殺人者と相討ちになったかもしれないなら、
 灯台の様子を見てくるだけの価値は充分にあります。移動の際に速度を優先するのか
 警戒を優先するのかは、放送を聞いてから決めましょう」
「同意する」
【妥当な案だろうね。無論、この会話が杞憂に終わるなら、それが一番いいわけだが】
 何の根拠もなく状況を楽観視するほど、この一団は呑気ではなかった。

796灯台へ向かう前に(5/7) ◆5KqBC89beU:2006/06/18(日) 04:21:05 ID:LcfGWHUk
 そうこう話しているうちに、一同は丘の上へ到達していた。
「覚……」
 風見の寝言に、三名がそれぞれ意識を向ける。
「仲間の夢を見ているようだ」
 蒼い殺戮者の声には、兵士らしからぬ揺らぎが、かすかに含まれていた。
【風見嬢の仲間は、無事でいるのだろうか】
 子爵の血文字は、どことなく憂いを帯びているように見える。
「放送が始まっても目覚めないようなら、そのまま彼女には眠っていてもらいましょう」
 EDの提案に、誰からも反対意見はない。
「……だからエロス全開の言動は慎みなさいって言ってるでしょ!?」
 不意に風見が叫び、空中に向かって拳を突き出した。
 すさまじい寝言と寝相だったが、三名ともそれは無視した。

797灯台へ向かう前に(6/7) ◆5KqBC89beU:2006/06/18(日) 04:22:46 ID:LcfGWHUk
【B-7/かつて小島だった丘の上/1日目・17:59頃】
『奇妙なサーカス』
【エドワース・シーズワークス・マークウィッスル(ED)】
[状態]:健康
[装備]:仮面
[道具]:支給品一式(パン3食分・水1400ml)、手描きの地下地図、飲み薬セット+α
[思考]:同盟を結成してこの『ゲーム』を潰す/この『ゲーム』の謎を解く
    /ヒースロゥ、藤花、淑芳、鳳月、緑麗、リナの捜索/風見の看護
    /第三回放送後に灯台へ移動する予定/麗芳のことが心配
    /暇が出来たらBBを激しく問い詰めたい。小一時間問い詰めたい
[備考]:「飲み薬セット+α」
「解熱鎮痛薬」「胃薬」「花粉症の薬(抗ヒスタミン薬)」「睡眠薬」
「ビタミン剤(マルチビタミン)」「下剤」「下痢止め」「毒薬(青酸K)」以上8つ

【ゲルハルト・フォン・バルシュタイン(子爵)】
[状態]:やや疲労/戦闘や行軍が多ければ、朝までにエネルギーが不足する可能性がある
[装備]:なし
[道具]:なし(荷物はD-8の宿の隣の家に放置)
[思考]:アメリアの仲間達に彼女の最期を伝え、形見の品を渡す/祐巳がどうなったか気にしている
    /EDらと協力してこの『ゲーム』を潰す/仲間を集める
    /第三回放送後に灯台までEDとBBを誘導する予定
    /DVDの感想や港で遭った吸血鬼と魔女その他の事を小一時間語りたい
[備考]:祐巳がアメリアを殺したことに気づいていません。
    アメリアの名前は聖から教えてもらったので知っています。
    キーリの特徴(虚空に向かってしゃべりだす等)を知っています。

798灯台へ向かう前に(7/7) ◆5KqBC89beU:2006/06/18(日) 04:26:28 ID:LcfGWHUk
【風見千里】
[状態]:風邪/熟睡/右足に切り傷/あちこちに打撲/表面上は問題ないが精神的に傷がある恐れあり
[装備]:グロック19(残弾0・予備マガジンなし)/カプセル(ポケットに四錠)
    /頑丈な腕時計/クロスのペンダント
[道具]:支給品一式/缶詰四個/ロープ/救急箱/朝食入りのタッパー/弾薬セット
[思考]:BBと協力/地下を探索/出雲・佐山・千絵の捜索/とりあえずシバく対象が欲しい
[備考]:濡れた服は、脱いでしぼってから再び着ています。

【蒼い殺戮者(ブルーブレイカー)】
[状態]:少々の弾痕はあるが、今のところ異常なし
[装備]:梳牙
[道具]:なし(地図、名簿は記録装置にデータ保存)
[思考]:風見と協力/しずく・火乃香・パイフウの捜索/脱出のために必要な行動は全て行う心積もり
    /第三回放送後に灯台へ風見を運ぶ予定

799友達の知り合いと知り合いの友達(1/6) ◆5KqBC89beU:2006/08/27(日) 22:06:06 ID:D3ySLypk
 島津由乃は最期に何を伝えようとしていたのか――答えの出ない自問を繰り返し、
怒りに拳を震わせながら、平和島静雄は放送を聞き終えた。
(あんなに頼りにされてたのに、俺は、由乃に何もしてやれなかった……!)
 聞き覚えのある名前は告げられなかったが、24人もの参加者が死んでいた。
 ほとんど話さぬまま別れ、浜辺で死体になっていた少女の名前を、静雄は知らない。
 名前を知らない他の面々は、生きているのか死んだのか確かめることすらできない。
 額に血管を浮かべながらも、頭の片隅で静雄は考える。
(セルティも、由乃の友達も生きてる)
 それは、喜ぶべきことだ。
(臨也も生きてやがる。自分勝手に由乃を消した平安野郎も、たぶん生きてやがる)
 それは、とても嬉しいことだ。
(あの赤毛ナイフ男も、クソッタレの臨也も、会ったら死なす。問答無用で殺す)
 怒りをぶつけるべき相手がいるのは、幸いなことだ。
(だが、まずは平安野郎をぶん殴る……殴って殴って殴って殴る!)
 行動を共にしていた間に、由乃は静雄へ情報を伝えていた。自分を幽霊にしてくれた
男のそばには、黒いライダースーツ姿で首のない何者かが付き従っていた、と。
 由乃が見たのは間違いなくセルティだ、と静雄は確信していた。
(畜生、セルティに何しやがった、平安野郎め……!)
 善人気取りの陰陽師が、妖しげな術でセルティを洗脳して、無理矢理に戦わせる――
そんな光景を静雄は思い描いた。
 バケモノを使役して何が悪い、と言いたげな顔で、陰陽師がセルティに命令する――
そんな想像が静雄を苛立たせた。
 傷だらけになって倒れ伏すセルティの後ろに、無傷の陰陽師が平然と立っている――
そんな妄想が静雄の血圧を上げていく。
 霧の中に、奥歯の軋む音が小さく響いた。

800友達の知り合いと知り合いの友達(2/6) ◆5KqBC89beU:2006/08/27(日) 22:07:11 ID:D3ySLypk
 煮えくりかえった腸の熱を吐き出すように、つぶやきが漏れる。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すッ!」
 いつもと同じ単語の羅列だが、込められた意味はいつもと違っていた。
 殺さないように、できるだけ殺意を放散して薄めるための文句ではなかった。
 殺したい相手と会う前に怒りすぎて発狂してしまわないように、それだけのために
連なっていく言葉だった。
(……早く、セルティを見つけねえとな)
 ゆっくりと、神鉄如意を杖代わりにして、静雄は歩きだした。
 血まみれで「殺す」とつぶやきながら進む姿は、どう見ても不審人物だ。
 やがて、霧が晴れ始めた。けれど、雲が空を覆っていて相変わらず視界は悪い。
 ろくに灯りのない場所で夜中にサングラスをかけたままでは、少々危ない。
 静雄はサングラスを外してポケットに入れ、デイパックから懐中電灯を取り出して、
ついでに水を飲んでから、周囲の探索を再開した。
 しばらく静雄は歩き続けたが、結局、誰にも会えなかった。
(かなり人数が減ったせいか? っと)
 地面から突き出た石につまづきかけ、静雄は足を止める。
 静雄の消耗は激しい。サングラスを今さら外したのは、目が霞み始めたせいだ。
 気休め程度の止血だけしかやらずに動き回っていた以上、当然の結果だろう。
 このままの状態では、これから誰とも戦わなくても、あまり長くは生きられまい。
 大怪我をしているというのに、ここまで動けたこと自体が奇跡だった。
 しかし、ただの奇跡では足りない。その程度では希望に手が届かない。
 この島から生きて出るには、幾つもの奇跡を重ね合わせねばならない。
 時計の針が19:25を指した頃、港町の方から少女の絶叫が聞こえてきた。
 静雄の現在地からそう遠くない場所で、何かがあったようだった。
 声の主は絶対にセルティではないが、セルティを見た誰かが叫んだのかもしれない。
 セルティとは無関係でも、由乃の友達が死にかけていたりするのかもしれない。
 面倒くさそうに舌打ちして神鉄如意を肩に担ぎ、静雄は走りだした。
(痛くねえ、痛くねえったら痛くねえんだよ……!)
 どう考えても痛いものは痛いはずだが、静雄は気合だけで痛みを無視してのけた。

801友達の知り合いと知り合いの友達(3/6) ◆5KqBC89beU:2006/08/27(日) 22:08:20 ID:D3ySLypk
 美しく輝いていた髪と眼からは、炎の色が消えていた。
 力なくうずくまり、小刻みに震えながらシャナは涙を堪えている。
“でもあなたは吸血鬼だよ。もう人には戻れない”
 魔女の宣告に、フレイムヘイズとしての決意は粉々に打ち砕かれてしまった。
「いや……」
 頭の中で残響する言葉に、弱々しくシャナは抗う。
 けれど心の奥底では、既に理解してしまっている。
 今のシャナは、もはや世界を守る者ではなかった。
“それはきっと、あなたが望んでしまったからだよ”
「いや、いや……」
 人喰いの怪物と同じものに、なりはててしまった。
“だからあなたは『誇り高き炎』じゃなくなったんだよ”
「いや、いや、いや……」
 空回りする思いだけが、辛うじて拒絶の言葉を紡いでいる。
“あなたに残る傷はもう無いけれど、熱い痛みが消える事は無い”
 どんなに悔やんでも真実は変わらない。
“あなたの魂のカタチは『痛み』で埋め尽くされた”
 どんなに願っても時間は巻き戻せない。
“それはとても悲しい事だけど、でもそれが、あなたの新しい魂のカタチ”
 何もかもが手遅れだ。
「うるさいうるさいうるさいっ!」
 頭を抱えて、シャナは体を縮める。徒労でしかない、無駄な努力だった。
 精神的に衰弱しきったまま、シャナは涙を堪え続けた。
 使命も矜持も仲間も失って残ったのは、浅ましい衝動と、穢れた力だけだった。
 誰かの足音を、鋭敏化した聴覚が捕らえる。
 血の匂いが近づいてくる、と嗅覚が告げる。
 意思とは無関係に、唾液が分泌され始める。
 血を啜れ、と吸血鬼の本能がささやく。
 一線を越えたら、もう後戻りはできない。
 体だけでなく心まで、正真正銘の吸血鬼になってしまう。

802友達の知り合いと知り合いの友達(4/6) ◆5KqBC89beU:2006/08/27(日) 22:17:20 ID:D3ySLypk
 ありったけの理性を振り絞って、シャナは胸の疼きを抑えた。その場から離れようと
して、体に力を漲らせた。炎髪灼眼の鮮やかな赤が、闇の中に煌めく。
 そして、シャナは気づいてしまう。血の匂いの主が宝具を持っている、と。
(……回収、しなきゃ)
 宝具には、多かれ少なかれ超常の力が秘められている。
 悪用されれば数多くの悲劇を生む、恐るべき道具だ。
 フレイムヘイズとして戦う資格がなかったとしても、見過ごせる物ではない。
 逃げずに待ち、場合によっては戦うことを、シャナは選んだ。
(でも……戦って、相手を斬って血を見ても、私は正気でいられるの……?)
 足音が近づき、目視できる距離に人影が現れ、やや離れた位置で立ち止まった。
 懐中電灯の光がシャナを照らす。刀が光を反射して、鈍く輝いた。
 来訪者の青年には、濃密な血臭が染みついていた。腹を怪我しているようだ。
 血を求める衝動に逆らわねばならないため、シャナの顔が不快そうに歪む。
 シャナの視線が少しも友好的ではないと確認し、青年は眉をひそめた。
「あぁ? 何だ手前は? さっきの悲鳴は手前の仕業か?」
 不機嫌さを隠そうともしない青年の態度に、シャナは警戒を強めた。
 青年は、明らかに術師でも策士でもなさそうな気配を漂わせている。
 だが、それでもシャナは油断しない。
「その武器を、渡してちょうだい」
 口下手は承知の上なので、むしろシャナは開き直り、単刀直入に言う作戦に出た。
「はぁっ!? 手前、ふざけてんのか!?」
 案の定、いきなり交渉は決裂寸前になった。
「そうすれば、代わりに情報を教えてあげる」
「あぁん? ……なるほど、そういうつもりか」
 だが、交渉は決裂寸前から白紙にまで戻された。
 微妙に剣呑ではあるが、どうにかまともに会話できそうな雰囲気だ。
「こっちの害にならない情報なら、全部教えてもいい」
 坂井悠二の遺品と贄殿遮那を除けば、交換できそうな品物をシャナは持っていない。
 武器を手放すに値するほどの見返りを用意するためには、こうするしかない。

803友達の知り合いと知り合いの友達(5/6) ◆5KqBC89beU:2006/08/27(日) 22:18:07 ID:D3ySLypk
 しばし黙考した末に、青年が口を開く。
「情報提供が先だ。役に立つ情報があればコレをくれてやる。あと、嘘ついたら殺す」
 心の底から本気で言っているようにしか聞こえない声音と口調だった。
 演技ではない、と判断して、シャナは頷く。争いを避けられるなら、その方がいい。
「手前の名前は?」
「……シャナ」
 フレイムヘイズとしての名乗りは、今さら口に出せない。
「念のために訊いとくが、手前は島津由乃とは無関係だよな?」
 青年の問いにシャナは片眉を上げ、少し考えてから、結局は正直に答える。
「会ったことはない。でも、保胤から話は聞いてる。術で幽霊にしたって言ってた」
 その言葉が、きっかけになった。
「おい……その保胤って、もしかして平安時代っぽい格好した男か? 黒いライダー
 スーツを着た、首のない女を連れてなかったか?」
 尋常ではなく激烈な殺気が、青年から発せられた。
「手前、ひょっとして、そいつの仲間なのか? なぁ、どうなんだ? 答えろ」
 青年は、鬼神のような憤怒の形相で、シャナを睨みつけていた。
(この男は、敵だ)
 呆然とシャナは思う。
(保胤の、敵だ)
 かつて保胤は、シャナの世話を焼き、救おうと苦心し、根気強く励まし続けた。
(この男は、保胤を殺そうとしてる)
 保胤は、シャナを支えようと手をさしのべた人間だった。
(きっと、この男は保胤を……あの人たちを襲おうとする)
 無意識のうちに、シャナの手は得物を構えていた。
(あの人たちとは一緒にいられないけど、でも、私は……私は――)
 フレイムヘイズとしてではなく、ただのシャナとして、少女は戦おうとしていた。

804友達の知り合いと知り合いの友達(6/6) ◆5KqBC89beU:2006/08/27(日) 22:19:57 ID:D3ySLypk
【D-8/住宅地/1日目・19:40頃】

【平和島静雄】
[状態]:頭に血が上っている/肉体的に疲労/下腹部に二箇所刺傷(未貫通・止血済)
[装備]:神鉄如意
[道具]:支給品一式(パン6食分・水1500ml/デイパックが切り裂かれて小さな穴が空いている)
[思考]:何が何でもシャナから保胤の情報を聞き出したい/セルティを捜し守る
    /保胤を見つけてぶん殴る(由乃からは平安時代風の男の人とだけ聞いている)
    /由乃の伝言を伝える/赤毛ナイフ男(クレア)や臨也は見つけ次第殺す
[備考]:サングラスはポケットの中にあり、バーテン服は血まみれで袖がない(止血するために
    破って腹に巻いて縛った)ので、服装を手掛かりにセルティの仲間だと判断するのは難しい。
    妖しげな術で保胤がセルティを操っている、と思い込んでいる。

【シャナ】
[状態]:吸血鬼(身体能力向上)/精神的に不安定
[装備]:贄殿遮那
[道具]:支給品一式(パン6食分・水2000ml)
    /悠二の血に濡れたメロンパン4個&保存食3食分/濡れていない保存食2食分/眠気覚ましガム
    /悠二のレポートその2(大雑把な日記形式)
[思考]:目の前の男(静雄)を倒して、宝具を回収する
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
    手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
    吸血鬼の再生能力と相まって高速で再生する。
    目の前の男がセルティの探していた相手だとは、今のところ気づいていない。

805友達の知り合いと知り合いの友達・改(1/7) ◆5KqBC89beU:2006/08/28(月) 20:34:55 ID:D3ySLypk
 島津由乃は最期に何を伝えようとしていたのか――答えの出ない自問を繰り返し、
怒りに拳を震わせながら、平和島静雄は放送を聞き終えた。
(あんなに頼りにされてたのに、俺は、由乃に何もしてやれなかった……!)
 聞き覚えのある名前は告げられなかったが、24人もの参加者が死んでいた。
 ほとんど話さぬまま別れ、浜辺で死体になっていた少女の名前を、静雄は知らない。
 名前を知らない他の面々は、生きているのか死んだのか確かめることすらできない。
 額に血管を浮かべながらも、頭の片隅で静雄は思う。
(セルティも、由乃の友達も生きてる)
 それは、とても嬉しいことだ。
(臨也も生きてやがる。自分勝手に由乃を消した平安野郎も、たぶん生きてやがる)
 それは、喜ぶべきことだ。
(あの赤毛ナイフ男も、クソッタレの臨也も、会ったら死なす。問答無用で殺す)
 怒りをぶつけるべき相手がいるのは、幸いなことだ。
(だが、まずは平安野郎をぶん殴る……殴って殴って殴って殴る!)
 死者に死を追体験させた男の行為を、偽善以外の何でもないと静雄は断定する。
 顔も知らぬ平安時代風の男に対して、最悪な印象を静雄は感じた。
 行動を共にしていた間に、由乃は静雄へ情報を伝えていた。自分を幽霊にしてくれた
男のそばには、黒いライダースーツ姿で首のない何者かが付き従っていた、と。
 由乃が見たのは間違いなくセルティだ、と静雄は確信している。
(平安野郎は、本当に、セルティのことを対等な仲間だと思ってんのか?)
 善人気取りの平安野郎が言葉巧みにセルティを騙し、自分や仲間の護衛をさせる――
そんな光景を静雄は思い描いた。
 バケモノを利用して何が悪い、と言いたげな顔で平安野郎がこっそりと舌を出す――
そんな想像が静雄を苛立たせた。
 傷だらけになって倒れ伏したセルティの後ろで、平安野郎が元気そうにしている――
そんな妄想が静雄の血圧を上げていく。
 霧の中に、奥歯の軋む音が小さく響いた。

806友達の知り合いと知り合いの友達・改(2/7) ◆5KqBC89beU:2006/08/28(月) 20:35:45 ID:D3ySLypk
 煮えくりかえった腸の熱を吐き出すように、つぶやきが漏れる。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すッ!」
 いつもと同じ単語の羅列だが、込められた意味はいつもと違っていた。
 殺さないように、できるだけ殺意を放散して薄めるための文句ではなかった。
 殺したい相手と会う前に怒りすぎて発狂してしまわないように、それだけのために
連なっていく言葉だった。
(……早く、セルティを見つけねえとな)
 ゆっくりと、神鉄如意を杖代わりにして、静雄は歩きだした。
 血まみれで「殺す」とつぶやきながら進む姿は、どう見ても不審人物だ。
 やがて、霧が晴れ始めた。けれど、雲が空を覆っていて相変わらず視界は悪い。
 ろくに灯りのない場所で夜中にサングラスをかけたままでは、少々危ない。
 静雄はサングラスを外してポケットに入れ、デイパックから懐中電灯を取り出して、
ついでに水を飲んでから、周囲の探索を再開した。
 探索の途中で立ち寄ったF-6の砂浜からは、倒れていた人影が二つとも消えていた。
 誰かが死体を持っていかない限り、こんな状態にはならないはずだった。
 少女の死体があった場所には、ロザリオだけが残されている。
 浜辺を去る前に由乃から少女へ贈られ、静雄が少女の手に握らせた物だった。
 大切な宝物を置いていっていいのか、という問いに、由乃は「この子も友達だから」
と答え、寂しげにうつむいていた。
 そんな弔いの品を、今、静雄の手が拾い上げる。
 由乃の想いを踏みにじるような結末だった。
(どうやら、この島には、癪に障るクズどもが山ほどいるらしいな……!)
 静雄は由乃のロザリオを、すぐにデイパックの中へ入れる。
 そのまま手に持っていたら、うっかり握り潰してしまいそうな気がしたからだった。

807友達の知り合いと知り合いの友達・改(3/7) ◆5KqBC89beU:2006/08/28(月) 20:36:53 ID:D3ySLypk
 しばらく静雄は歩き続けたが、結局、誰にも会えなかった。
(かなり人数が減ったせいか? っと)
 地面から突き出た石につまづきかけ、静雄は足を止める。
 静雄の消耗は激しい。サングラスを今さら外したのは、目が霞み始めたせいだった。
 気休め程度の止血だけしかやらずに動き回っていた以上、当然の結果だろう。
 このままの状態では、これから誰とも戦わなくても、あまり長くは生きられまい。
 大怪我をしているというのに、ここまで動けたこと自体が奇跡だった。
 しかし、ただの奇跡では足りない。その程度では希望に手が届かない。
 この島から生きて出るには、幾つもの奇跡を重ね合わせねばならない。
 時計の針が19:25を指した頃、港町の方から少女の絶叫が聞こえてきた。
 静雄の現在地からそう遠くない場所で、何かがあったようだった。
 声の主は絶対にセルティではないが、セルティを見た誰かが叫んだのかもしれない。
 セルティとは無関係でも、由乃の友達が死にかけていたりするのかもしれない。
 面倒くさそうに舌打ちして神鉄如意を肩に担ぎ、静雄は走りだした。
(痛くねえ、痛くねえったら痛くねえんだよ……!)
 人間離れした耐久力を発揮し、静雄は痛みを無視してのけた。

808友達の知り合いと知り合いの友達・改(4/7) ◆5KqBC89beU:2006/08/28(月) 20:37:50 ID:D3ySLypk
 美しく輝いていた髪と眼からは、炎の色が消えていた。
 力なくうずくまり、小刻みに震えながらシャナは涙を堪えている。
“でもあなたは吸血鬼だよ。もう人には戻れない”
 魔女の宣告に、フレイムヘイズとしての決意は粉々に打ち砕かれてしまった。
「いや……」
 頭の中で残響する言葉に、弱々しくシャナは抗う。
 けれど心の奥底では、既に理解してしまっている。
 今のシャナは、もはや世界を守る者ではなかった。
“それはきっと、あなたが望んでしまったからだよ”
「いや、いや……」
 人喰いの怪物と同じものに、なりはててしまった。
“だからあなたは『誇り高き炎』じゃなくなったんだよ”
「いや、いや、いや……」
 空回りする思いだけが、辛うじて拒絶の言葉を紡いでいる。
“あなたに残る傷はもう無いけれど、熱い痛みが消える事は無い”
 どんなに悔やんでも真実は変わらない。
“あなたの魂のカタチは『痛み』で埋め尽くされた”
 どんなに願っても時間は巻き戻せない。
“それはとても悲しい事だけど、でもそれが、あなたの新しい魂のカタチ”
 何もかもが手遅れだ。
「うるさいうるさいうるさいっ!」
 頭を抱えて、シャナは体を縮める。徒労でしかない、無駄な努力だった。
 精神的に衰弱しきったまま、シャナは涙を堪え続けた。
 使命も矜持も仲間も失って残ったのは、浅ましい衝動と、穢れた力だけだった。
 誰かの足音を、鋭敏化した聴覚が捕らえる。
 血の匂いが近づいてくる、と嗅覚が告げる。
 意思とは関係なく、唾液が分泌され始める。
 血を啜れ、と吸血鬼の本能がささやく。
 一線を越えたら、もう後戻りはできない。
 体だけでなく心まで、正真正銘の吸血鬼になってしまう。

809友達の知り合いと知り合いの友達・改(5/7) ◆5KqBC89beU:2006/08/28(月) 20:38:40 ID:D3ySLypk
 ありったけの理性を振り絞って、シャナは胸の疼きを抑えた。その場から離れようと
して、体に力を漲らせた。炎髪灼眼の鮮やかな赤が、闇の中に煌めく。
 そして、シャナは気づいてしまう。血の匂いの主が宝具を持っている、と。
(……回収、しなきゃ)
 宝具には、多かれ少なかれ超常の力が秘められている。
 悪用されれば数多くの悲劇を生む、恐るべき道具だ。
 フレイムヘイズとして戦う資格がなかったとしても、見過ごせる物ではない。
 逃げずに待ち、場合によっては戦うことを、シャナは選んだ。
(でも……戦って、相手を斬って血を見ても、私は正気でいられるの……?)
 足音が近づき、目視できる距離に人影が現れ、やや離れた位置で立ち止まった。
 懐中電灯の光がシャナを照らす。刀が光を反射して、鈍く輝いた。
 来訪者の青年には、濃密な血臭が染みついていた。腹を怪我しているようだ。
 血を求める衝動に逆らわねばならないため、シャナの顔が不快そうに歪む。
 シャナの視線が少しも友好的ではないと確認し、青年は眉をひそめた。
「あぁ? なんだ手前は? さっきの悲鳴は手前の仕業か?」
 不機嫌さを隠そうともしない青年の態度に、シャナは警戒を強めた。
 青年は、明らかに術師でも策士でもなさそうな気配を漂わせている。
 だが、それでもシャナは油断しない。
「その武器を、渡してちょうだい」
 口下手は承知の上なので、むしろシャナは開き直り、単刀直入に言う。
「はぁっ!? 手前、ふざけてんのか!?」
 案の定、いきなり交渉は決裂寸前になった。
「そうすれば、代わりに情報を教えてあげる」
「あぁん? ……なるほど、そういうつもりか」
 だが、交渉は決裂寸前のまま、奇妙な均衡を保って続いていく。
 一触即発といった様子ではあるが、まだ、どうにか会話はできそうな雰囲気だ。
「こっちの害にならない情報なら、全部教えてもいい」
 坂井悠二の遺品と贄殿遮那を除けば、交換できそうな品物をシャナは持っていない。
 武器を手放すに値するほどの見返りを用意するためには、こうするしかない。

810友達の知り合いと知り合いの友達・改(5/7) ◆5KqBC89beU:2006/08/28(月) 20:40:07 ID:D3ySLypk
 腹立たしげに頬を引きつらせながら、青年が口を開く。
「情報提供が先だ。役に立つ情報があればコレをくれてやる。あと、嘘ついたら殺す」
 心の底から本気で言っているようにしか聞こえない声音と口調だった。
 青年の胸中では、武器よりも情報の方が優先順位は上だったらしい。
 例えば、この島にいる誰かを捜索中だとか、そういった事情があるのだろう。
 演技ではない、と判断して、シャナは頷く。争いを避けられるなら、その方がいい。
「手前の名前は?」
「……シャナ」
 フレイムヘイズとしての名乗りは、今さら口に出せない。
「念のために訊いとくが、手前は島津由乃とは無関係だよな?」
 青年の問いにシャナは片眉を上げ、少し考えてから、結局は正直に答える。
「会ったことはない。でも、保胤から話は聞いてる。術で幽霊にしたって言ってた」
 その言葉が、きっかけになった。
「おい……その保胤って、もしかして平安時代っぽい格好した男か? 黒いライダー
 スーツを着た、首のない女を連れてなかったか?」
 尋常ではなく激烈な殺気が、青年から発せられた。
「手前、ひょっとして、そいつの仲間なのか? なぁ、どうなんだ? 答えろ」
 青年は、鬼神のような憤怒の形相で、シャナを睨みつけていた。
(この男は、敵だ)
 呆然とシャナは思う。
(保胤の、敵だ)
 かつて保胤は、シャナの世話を焼き、救おうと苦心し、根気強く励まし続けた。
(この男は、保胤を殺そうとしてる)
 保胤は、シャナを支えようと手をさしのべた人間だった。
(きっと、この男は保胤を……あの人たちを襲おうとする)
 無意識のうちに、シャナの手は得物を構えていた。
(あの人たちとは一緒にいられないけど、でも、私は……私は――)
 フレイムヘイズとしてではなく、ただのシャナとして、少女は戦おうとしていた。

811友達の知り合いと知り合いの友達・改(7/7) ◆5KqBC89beU:2006/08/28(月) 20:41:49 ID:D3ySLypk
【D-8/住宅地/1日目・19:40頃】

【平和島静雄】
[状態]:頭に血が上っている/肉体的に疲労/下腹部に二箇所刺傷(未貫通・止血済)
[装備]:懐中電灯/神鉄如意
[道具]:懐中電灯以外の支給品一式(パン6食分・水1500ml/デイパックに小さな穴が空いている)
    /由乃のロザリオ
[思考]:何が何でもシャナから保胤の情報を聞き出したい/セルティを捜し守る
    /保胤を見つけてぶん殴る(由乃からは平安時代風の男の人とだけ聞いている)
    /保胤はセルティを騙して利用しているんじゃないのか、と疑っている
    /由乃の伝言を伝える/赤毛ナイフ男(クレア)や臨也は見つけ次第殺す
[備考]:サングラスはポケットの中にあり、バーテン服は血まみれで袖がない(止血するために
    破って腹に巻いて縛った)ので、服装を手掛かりにセルティの仲間だと判断するのは難しい。

【シャナ】
[状態]:吸血鬼(身体能力向上)/精神的に不安定
[装備]:贄殿遮那
[道具]:支給品一式(パン6食分・水2000ml)
    /悠二の血に濡れたメロンパン4個&保存食3食分/濡れていない保存食2食分/眠気覚ましガム
    /悠二のレポートその2(大雑把な日記形式)
[思考]:目の前の男(静雄)を倒して、宝具を回収する
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
    手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
    吸血鬼の再生能力と相まって高速で再生する。
    目の前の男がセルティの探していた相手だとは、今のところ気づいていない。

812告悔:2006/09/12(火) 04:26:20 ID:XeuMBdEI
真実を言えば、最初の放送のあと誰かと一緒に行動する気はなかった。
その理由はわたし自身が抱えるエラーの事でも、この島に来てから発生したノイズの事でもあり、またそのどちら
でもなかった。
ただ単に、自分の知る『誰か』を失いたくなかっただけだった。



今のわたしは二つの大きな問題を抱えている。
一つは、わたしが元の世界に居た時からわたしの中で蓄積されてきた膨大な量のエラー。
これがあることで、かつてわたしは涼宮ハルヒから盗み出した能力によって、世界を作り変えてしまった。
結果的には彼や朝比奈みくるの手によって、わたしの世界改変は未遂に終わった。そしてわたしは情報統合思念体
から処分が検討され、わたし自身の意志によって行動できるように異時間同位体へのアクセスコードを別のインタ
ーフェイスの管理下へと移した。
もしこのまま涼宮ハルヒの観察を続けるのであれば、膨大な量のエラーもアクセス制限もなんら問題はなかった。

けどそんな仮定に意味はない。
現在もわたしの中でエラーは蓄積され続けていて、情報統合思念体の管理下にない今の状況ではいつ異常動作を起
こしてしまうか、わたしには分からない。
もし異常動作を起こしてしまった時、わたしの身に何が起こるのか予測出来ない。あの時のようにわたしの望んだ
無力なわたしになってしまうのか、それともあの朝倉涼子のようになってしまうのか、或いはわたしにも分からな
いわたしになってしまうのか。いずれにせよ、そうなってしまう前にこのゲームに決着を付けなければならない。

813告悔2/3:2006/09/12(火) 04:27:05 ID:XeuMBdEI
そしてもう一つは、この島に来てから発生した思考のノイズ。
このノイズの正体は既に分かっている。これはわたしの中に生まれ、育まれてきた『感情』の一部。
彼等を失った事に対する『悲しみ』と彼等を奪われた事に対する『怒り』──それが、このノイズの正体。
しかしここで疑問が生じる。わたしが調べた結果、このノイズとわたしの中に蓄積されたエラーは同質のものだと
いう事が分かった。では同質であるならばなぜエラーではなく、ノイズという形で発生したのか? エラーであれ
ば、多少の不安はあってもこのままであれば何の問題もなかった。けれどそれがノイズ──それも思考を妨害する
ものならば話は別になる。このノイズがある所為で、既にわたしは冷静な判断が出来なくなっている。

合理的な判断をするならば、あの時すぐに城に戻ってシェルターの構築を続けるべきだった。
常識的な判断をするならば、あの時坂井悠二と離れるべきではなかった。

そもそもわたしは、過去の事をこうも引きずるほど感傷的だっただろうか?
こういった形で『わたし』の言葉を残すほど、わたしは『わたし』に未練があるのだろうか?
単なるヒューマノイド・インターフェイスであるわたしに──その形がたとえ、ノイズだとしても──『感情』と
いうものが発生しうるのだろうか?
ヒトとの接触を目的として造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイスの場合、朝倉涼
子や喜緑江美里のように擬似的な感情を与えられている事が多い。しかしわたしの仕事は涼宮ハルヒの観察で、彼
女との接触は本来わたしの仕事ではなかった。だからわたしには、擬似的な感情すら与えられなかった。
けれど、わたしの中にはエラーやノイズといった『感情』に似た何かが発生しているのは事実だった。

このノイズは今も増殖を続けている。わたしの計算ではあと12時間程度で、わたしの思考は完全にノイズに侵蝕
されてしまうだろう。もし完全に侵蝕されてしまったら、その後の行動は予測出来ない。またそれを食い止める手
段も、わたしにはない。

814告悔3/3:2006/09/12(火) 04:27:49 ID:XeuMBdEI
エラーによる異常動作とノイズの侵蝕による暴走、そのどちらが起きたとしてもわたしは『わたし』ではなくなる
だろう。わたしが『わたし』でなくなれば、彼等と過ごした今までの想い出を全てなくしてしまうのだろう。

わたしは、それがこわい。

だからわたしは、『わたし』でなくなった時のための対抗策を用意する。



もしここでわたしが死ぬのならわたしは、『わたし』のままで死にたい。




最後に、一つだけ。
わたしのメモリの中に、アクセス出来ない未知の領域が存在することが確認された。その領域を部分的に解析した
結果、それはかつて涼宮ハルヒから盗み出した能力の残滓であることがわかった。
わたしが起こしたバグを修正する際に、わたしはその能力を完全に消去したはずだった。ゲームの管理者が意図的
に用意したのか、それとも完全に消去出来なかったのか、理由はともかく現実問題として涼宮ハルヒから奪った情
報創造能力の残滓が存在するのは確かだった。
幸いその残滓の容量は少なく、世界を作り変えるといった大規模の世界改変は不可能だと考えられる。しかし部分
的な転用ならば可能であるため危険であることに変わりはない。
現在消去処理を行っているが、情報処理の制限を刻印によって受けているため作業はほとんど進んでいない。


もし12時間後にわたしが暴走していた場合、おそらくアクセス制限は解除されていると予想される。ゆえに12
時間後のわたしとの接触は極めて危険。もしわたしを見つけても、決して近寄っては駄目。

わたしは、誰も失いたくはない。

815打算、疑念、葛藤、不信(1/13) ◆5KqBC89beU:2006/09/18(月) 09:56:20 ID:D3ySLypk
 第三回放送が終わり、湖跡地の丘の上には、居心地の悪い静寂が訪れた。
 名簿と地図と筆記用具を収納しつつ、EDは嘆息する。
(状況が変わった。悪い方へ、想像以上の早さで)
 たった6時間で、24名もの犠牲者が亡くなった。
 まだ初日すら終わらぬうちから、参加者は半数以下にまで減った。
 それだけでも厄介だというのに、その上、聞き覚えのある名前が数多く呼ばれた。
 EDの協力者、李麗芳は死んでいた。
(彼女には、死ななければいけない理由などなかった)
 金色の力強いまなざしを思い出し、彼は静かに目を伏せる。
 麗芳と別行動すると決めた過去を、悔やんでいるわけではなかった。
 EDが麗芳に同行していても、死体が一つ増えていただけだった可能性の方が高い。
 彼にできることはそう多くない。そして、己を知らぬ者に戦地調停士は務まらない。
 麗芳の仲間、袁鳳月と趙緑麗も死んでいた。
(さぞかし無念だったろう)
 守るべき友を守れず、倒すべき敵を倒せず、神将たちは命を落とした。
 EDが個人的に関心を持っていた相手、霧間凪も死んだ。
(一度、会って話したかった)
 言いたかったことも、訊きたかったことも、諦めるしかなくなった。
 懐中電灯を取り出しながら、さらにEDは思索する。
 ヒースロゥ・クリストフが健在なのは幸いだ。
(だが、あいつは殺人者を――手駒にできるかもしれない参加者をきっと殺していく)
 仲間を一気に失った李淑芳は、もはや正気でいるかどうかすら怪しい。
(自殺するかもしれない。最悪の場合、無差別に他者を襲うようになるかもしれない)
 宮下藤花の生存は、喜ぶべきことなのか判断しかねる。
(目的は、優勝でも脱出でも復讐でも私闘でもなさそうな気がする。得体が知れない)
 ED以外の三名にとっては縁の薄い面々だが、その生死は島全体に影響する。
 影響の大小には差があるものの、どれ一つとして無視はできない。

816打算、疑念、葛藤、不信(1/13) ◆5KqBC89beU:2006/09/18(月) 09:57:13 ID:D3ySLypk
 他にも様々なことを考えながら、EDは周囲に視線を向けた。
 蒼い自動歩兵は、霧の中で、無言のまま天を仰いでいた。
 赤い血文字は、ただ【…………】と沈黙を表現している。
 彼らから得た情報と第三回放送の内容を頭の中で並べ、EDは決断する。
「灯台へ向かう前に、やるべきことが増えました」
 眠り続ける風見を起こさない程度の声で、仮面の男が言い放つ。

                   ○

 EDから用事を頼まれて、子爵は地下通路へ戻ろうとしていた。
 麗芳に宛てた置き手紙を処分してくること、それが用件だった。
 気持ちの整理をするための時間を、大義名分つきで与えられた形だ。
【……こうなった場合も考えて用意した置き手紙か】
 このまま子爵が誰かの仇討ちに向かい、戻ってこなくなる可能性も承知の上だろう。
 しかし、そうはならないとEDは見越しているはずだ。
 故郷にいた頃からの知人は早々に死んだこと、次の夜明けまでは活力を補充できない
こと、それに、自分は紳士であるということ――それらを子爵はEDに伝えていた。
 我を忘れて暴走したくなるほど特別な誰かはこの島におらず、自身の弱体化具合を
正確に理解しており、約束を破る不名誉を嫌っている、と告げたようなものだ。
 どことなく様子がおかしくなった自動歩兵と対話するなら一対一の方がやりやすい、
という思惑もEDにはあっただろう。
 彼が子爵を遠ざければ、それは“蒼い殺戮者に対する脅迫”という手段を捨てた証と
なる。実行する気はなくても、子爵の能力をもってすれば風見を人質として使うことが
可能ではあった。その選択肢をあえて潰してみせることで、誠意を示したわけだ。
 また、冷徹なまでに感情を封じる自制心こそが、あの丘の上では必要とされていた。
辛く苦しい役割を、EDは一人で引き受けようとしている。
【……今は、彼の厚意に甘え、任された仕事をしよう】
 移動しながら、多少なりとも関わった参加者たちのことを、子爵は回想する。
 EDたちと合流するまでに、悲嘆も憂慮も済ませておくべきだった。

817打算、疑念、葛藤、不信(3/13) ◆5KqBC89beU:2006/09/18(月) 09:58:18 ID:D3ySLypk
 凛々しく毅然としていた赤ずくめの美女、哀川潤は死んだ。
【おそらくは、誰かを守るために戦って死んだのだろう】
 最後に守ろうとした相手が誰だったのかは判らないが、それだけは確信できる。
 福沢祐巳は死んでいないが、それは祐巳自身の意思と力によってではない。
【あの子に、再び会わねばなるまい。何があったのか確かめる必要がある】
 紳士としての矜持と、力を与えた者としての責任感が、決意の源だった。
 もしも食鬼人の力が悪人の手に渡っていたとしたら、戦う覚悟を子爵はしている。
 キーリという少女は死に、彼女を探していた青年、ハーヴェイは生きている。
【彼は彼女に会えたのだろうか? 今、どこで何をしているのだろうか?】
 どんな想いで彼が放送を聞いたのか想像して、子爵はまた少し悲しくなった。
 ハーヴェイに教えてもらった危険人物、ウルペンは生きている。
【天敵、ということになるのだろうな】
 彼が使うという“乾かす力”は、子爵に致命傷を与えられる能力だと思われる。
 また、彼が持ち去ったという炭化銃は、すさまじい殺傷力を備えているそうだ。
 リナ・インバースも生きているが、その傍らに支え合う仲間がいるかは判らない。
【孤独と不安と憎悪に負けて、自暴自棄になっていてもおかしくはないか】
 会えたとしても、アメリアの最期を伝える前に、襲いかかってくるかもしれない。
 佐藤聖と十叶詠子の名前も、案の定、放送では呼ばれていない。
【どうにか上手く協力できればいいのだが】
 あの二人の在り方は、それぞれ他者と共存しづらい面がある。できることなら敵対は
避けたいところだが、皆が納得できそうな妥協点はなかなか見つかりそうにない。
 彼女たちと情報交換したときのことを思い出し、子爵の移動速度が鈍くなる。
 EDや麗芳をできるだけ襲わないでほしい、と子爵は頼んだが、EDや麗芳の知人に
関しては言及していない。麗芳のことも信じていなかったが、彼女を疑っていなかった
EDの判断を子爵は信じた。EDが最後に麗芳と会ってから長い時間が経っていたわけ
ではなく、その時点で麗芳が敵である可能性は低かった。だから盟友として認めた。
【……見知らぬ盟友候補者を、無条件に信じることはできない】
 子爵にとっては、信用できない盟友候補者たちよりも、聖と詠子の方が大切だった。

818打算、疑念、葛藤、不信(4/13) ◆5KqBC89beU:2006/09/18(月) 09:58:59 ID:D3ySLypk
 こんな状況下では、温和だった人物が他者を襲ったとしても、驚愕には値しない。
【誰か一人への好意は、それ以外の全員に対する悪意と表裏一体であるが故に】
 誰か一人を救うため、それ以外の全員を殺す――そんな決着を望む者もいるだろう。
【盟友候補者の誰かが血塗られた道を選んでいたとしても、不思議ではない】
 異常な早さで命が奪われているこの島で、敵かもしれない相手を信じるのは難しい。
 詠子の語った、佐山御言とダナティア・アリール・アンクルージュは存命中だ。
【さて、その二人は本当に先導者なのか、それともただの煽動者なのか】
 伝聞のみを根拠にした憶測ではどちらとも断定できないが、会えば判ることだろう。
 祐巳や聖の友人だという藤堂志摩子も、生き残っている。
 話を聞いた限りでは、じっと隠れているよりも友人を助けに行くことを選ぶ性格の
少女らしいが、最弱に近い程度の力しかないそうだ。ならば独力での生存は難しい。
【十中八九、かなりの実力者と一緒にいるのだろう。いや、実力者“たち”か?】
 だが、彼女の庇護者が必ずしも善良であるとは限らない。他者を油断させるために
利用されているのかもしれないし、24時間以内に誰も死ななそうなとき殺せるように
保護されているだけなのかもしれない。
 また、善良なのか判らないという点では、志摩子も同じだ。
 今の彼女が普段と同じ彼女であるという保証は、どこにもない。
 他者を利用しているのは彼女の方なのかもしれない。ひょっとしたら、騙し討ちで
幾人か殺していたりするのかもしれない。疑うことは、とても簡単だった。
 地下通路に到着した子爵は、手紙を念力で運び、水中に沈めて引き裂いた。
 休まず作業をこなしながら、子爵は追憶し続ける。
 ついさっきまで手紙だった物が、解読不能なほど細かく分割され、流されていく。

                   ○

 蒼い殺戮者は、『ゲーム』が開始された直後の記憶を思い出していた。

819打算、疑念、葛藤、不信(5/13) ◆5KqBC89beU:2006/09/18(月) 09:59:45 ID:D3ySLypk
 天を目指してどんなに飛んでも、一定以上の高度からは上昇が不可能になる。
 試さなくても、水平方向への飛翔にも限界が設定されていると想像はつく。
 視線を上げた先にあるのは、空の紛い物でしかなかった。
(あの空の彼方には、何者も飛んで行けない。ならば、この島で体を失った魂は、この
 箱庭じみた世界から決して出られないのではないか?)
 しずくを探しに行きたいという衝動が、培養脳の中で暴れている。
(せっかく得た協力者たちを置いて去り、この同盟から脱退してまで、しずくの捜索は
 今すぐにやるべきことか?)
 同時に頭の片隅では、行動方針の変更を拒絶する思考が延々と繰り返されている。
 結果として、一歩も動かず、一言も語らず、蒼い殺戮者は数分間を無為に過ごした。
「…………」
 放送でしずくの名前を聞いた瞬間に、蒼い殺戮者の中で、何かが変わった。
 その変化を、まだ彼は処理しきれていない。
 蓄積してきた記憶にはない、初めての感覚を、蒼い殺戮者は持て余していた。
 培養脳が軋んでいるかのようなその錯覚が何なのか、彼には判らなかった。
「念のために訊いておきますが」
 子爵を見送り、振り返ったEDの仮面が、蒼い殺戮者に向けられる。
「しずくさんという方は、あなたの大事な方なんですよね」
 質問ではなく確認だった。
 それくらいは、放送を聞きながら周囲を観察してさえいれば、誰にでも判ることだ。
 蒼い殺戮者の視線がEDの視線と交錯し、それだけでEDは事実を把握した。
「では、この島に間違いなくしずくさん本人がいたという確信はありますか?」
 こつこつと指先で仮面を叩きながら、EDが言葉を継ぎ足す。今度は質問している。
「……いや、同名の別人だったという可能性も一応はある」
 蒼い殺戮者の答えに、仮面を叩く指先が止まった。

820打算、疑念、葛藤、不信(6/13) ◆5KqBC89beU:2006/09/18(月) 10:00:46 ID:D3ySLypk
 興味深げな口調で、EDは問う。
「最初の、管理者たちと対面した場所では、しずくさんを見なかったんですか?」
 そんなことを訊いてどうするのかよく判らないまま、それでも自動歩兵は答えた。
「そうだ。あの場所では今以上に機能が制限されていて、ろくに行動できなかった」
 反抗を警戒して念入りに施された処置だと仮定すれば、つじつまは合う。
 指先が、また仮面を叩き始めた。
「しずくさんからはあなたの巨体が見えていたとしても、あの場所で勝手な真似をして
 殺されるくらいなら動かずにいたい、という心理は当然でしょうね。しずくさんが
 本当にいたとすれば、ですが」
「何が言いたい?」
「おかしいんですよ。たった18時間のうちに60名が死に、さっきの放送では24名も
 死んだと言っていましたけれど、いくらなんでも死にすぎているとは思いませんか?
 本当に、そんな大勢の参加者が亡くなっているんでしょうか?」
 かすかに怪訝そうな声音で、蒼い殺戮者は問答を続ける。
「参加者の大半が索敵能力を備えた戦闘狂だとするならば、ありえなくはない数字だ」
 蒼い殺戮者が出会った参加者のうち、彼に対して敵意を向けなかったのは、風見と
EDと子爵だけだ。それ以外の遭遇者たちは、多かれ少なかれ平和的ではなかった。
 世知辛い結論に至るのも仕方ないといえば仕方ない。
 だが、その意見をEDは即座に否定する。
「ありえません。まだあなたには教えていない情報を、僕は麗芳さんや子爵さんから
 得ていますが、その中には他の参加者についての情報も含まれています。どう見ても
 そんじょそこらの一般人でしかないような参加者もいたそうですよ。無益な争いを
 厭う方々だって結構いたようです」
「何故、その情報が真実だと判る?」
 誤報からは誤解しか生まれない。裏付けのない情報を鵜呑みにすることはできない。

821打算、疑念、葛藤、不信(7/13) ◆5KqBC89beU:2006/09/18(月) 10:01:39 ID:D3ySLypk
 大袈裟に肩をすくめて、戦地調停士は苦笑してみせた。
「これでも僕は交渉の専門家ですから、情報の分析は得意でして。それに、僕みたいな
 口先だけが取り柄の人間まで招かれているくらいですから、荒事が苦手な参加者も
 それなりにいると考えるべきですよ。まさか僕を戦士だとは思っていませんよね?」
 EDの度胸は並ではないが、それは文官の強さであって、武人の強さではない。
 実戦経験豊富な自動歩兵からすると、瞬殺できそうな相手にしかEDは見えない。
「…………」
 蒼い殺戮者の無反応を、黙認の表現だと理解し、戦地調停士は言葉を重ねていく。
「そういう方々の多くが殺し合いに耐えかねて自殺している、とは考えにくいですね。
 自殺志願者や戦闘狂を参加者として集めたというなら、どちらでもない例外ばかりが
 こうやって関わり合っていることになります。明らかに不自然でしょう」
「では、どう考えれば筋が通る?」
「参加していない人物を参加者であるかのように扱い、知人と再会できないまま死んだ
 ということにする。知人を殺されたと思い込んだ参加者は、復讐者となり仇を探す。
 けれど、いつまで探しても仇が見つかることはない。いずれ復讐者は生き残り全員を
 疑いの目で見るようになり、やがて仇でも何でもない参加者を襲い始める――あんな
 連中ならば、こういう筋書きを喜んで用意しそうですよね」
 目元を覆う仮面の下で、唇の端が歪められる。
「無論、生贄役に本人を用意した上で主催者側が直々に殺して回ったとしても、疑念を
 育てることはできます。しかし、手間暇かけて本物を使ったところで、劇的に効果が
 増すというわけではないでしょう。わざわざ本人を用意してまでそんなことをする
 くらいなら、ありのままの状況で殺し合わせた方が合理的だ、とは思いませんか?
 まぁ、実際は、何の作為もないとは考えにくいほど犠牲者が増え続けていますが」
 これは、しずくの名前を利用して蒼い殺戮者を暴れさせようとする陰謀ではないのか
――そんな可能性をEDは提示している。しずくは今も生きているのではないか、と。
「…………」
 蒼い殺戮者は、徐々にではあるが落ち着きを取り戻していった。

822打算、疑念、葛藤、不信(7/13) ◆5KqBC89beU:2006/09/18(月) 10:02:26 ID:D3ySLypk

                   ○

 内心の緊張を、EDは少しも態度に出さない。
 もっともらしく述べた仮説をED自身があまり信じていない、と気づかれるわけには
いかなかった。そんなことになれば、蒼い殺戮者が離反するおそれさえある。
 騙してでも、欺いてでも、今ここで戦力の分散を許すべきではなかった。
 もうすぐ子爵が戻ってくる。そうなれば出発の準備は終わる。
(まずは灯台へ向かい、先客がいれば交渉し、交渉が決裂すれば制圧を考え、勝ち目が
 ないと判断すれば逃亡する。誰もいなければ、そのまま灯台に潜伏すればいい)
 拠点を確保できれば、その後の活動は少しだけ楽になる。
 疲弊している風見の護衛として、活力の消費を抑えたがっている子爵に留守を任せ、
EDや蒼い殺戮者は単独行動ができるようになる。
(まぁ、僕が拠点に常駐していても大して役には立たないからな。手分けして動くべき
 だろう。人手も時間も無駄にしている余裕はない)
 体力に自信がないEDは、しばらく拠点で休息してから探索を再開するつもりだ。
 しかし、蒼い殺戮者はすぐにでも動きたがるに違いない。
(BBさんがいる間に風見さんを起こして、事情を説明しておく必要があるか。詳細な
 情報交換も、できればそのときに済ませてしまいたいが)
 そこから先のことは、臨機応変に決めていくしかないだろう。
 目先の問題についての思考が一段落し、大局を見据えて悩む時間が始まった。
(我々の生き死にを弄ぶ、何らかの作為が見え隠れしている。それは確かだ。しかし、
 その作為がいかなるものなのかは判らない。謎を探るための方法さえ判らない)
 赤い血溜まりが、丘の上へと登ってきた。
(今はただ堪え忍び、力を蓄えていくしかないということか)
 地面に降ろしていたデイパックを再び背負い、EDは口を開く。
「それでは、灯台へ行きましょうか」
 ごくわずかにではあったが、霧は薄くなり始めていた。

823打算、疑念、葛藤、不信(9/13) ◆5KqBC89beU:2006/09/18(月) 10:04:06 ID:D3ySLypk
                   ○

 時計の針は20:10を示している。
 時刻を確認し、懐中電灯のスイッチを切って、風見は溜息をつく。ベッドの上で体を
丸めて目を閉じても、睡魔は訪れてくれなかった。
(今は、さっさと元気にならないといけないのに)
 部屋の扉の向こうからは、寝ていた間に増えていた同行者の声が聞こえていた。
 増えた協力者の片方は声を出せないので、電話で話しているかのように聞こえる。
 どうやら、DVDが面白かったとかいう世間話をしているらしい。
(こんな状況下で雑談かぁ……現実逃避したくなってるのか、実は大物なのか、単に
 頭がおかしいのか……あー、ひょっとしたら、その全部かもしれないわね)
 仮面の変人やら自称吸血鬼の血溜まりやらが隣にいても、あまり風見は気にしない。
普段の環境が似たようなものだったせいだろう。
(参ったな)
 風見が蒼い殺戮者に起こされて、ここがA-7の灯台であることや、二名の参加者と
遭遇した末に協力していることなど、いろいろ説明され終わったのが数十分前だ。
 その後で、食事をしたり、EDから解熱沈痛薬やビタミン剤を譲られて服用したり、
四名そろって情報交換したり、そういった雑事を風見は済ませていた。
 風見が作って持ち歩いていた朝食の残りは、制作者自身の胃袋へ収まった。風見は
EDにも試食を勧めたが、「第三回放送の前にパンを食べたばかりですから」と言って
彼は丁重に辞退した。子爵が【病人なのだから、遠慮なく栄養を独占したまえ!】と
書き綴り、それを読んだ風見は思わず苦笑したものだった。
 今、休む時間と個室と寝床を与えられ、けれど風見は眠れないでいる。
(これから、どうなるんだろ)
 灯台には何者かが潜伏していた形跡があり、しかし滞在者はおらず、死体もなく、
罠の類や怪しい仕掛けも発見できなかった。一同は、この灯台を拠点として使うことに
なったわけだが、絶対に安全だという保証は当然ない。

824打算、疑念、葛藤、不信(10/13) ◆5KqBC89beU:2006/09/18(月) 10:04:52 ID:D3ySLypk
 19:00にC-8が禁止エリアになったため、そこにいた参加者が灯台を訪れるという
事態は充分にありえる。運が悪ければ戦闘になるはずだ。
(今のうちに覚悟しとこう)
 EDも子爵も悪人ではなさそうだったが、風見をどうしても助けなくてはならない
理由など彼らにはない。自分の命を危険に晒してまで風見を守らねばならないような
義務も彼らにはない。
 現時点でもEDや子爵は充分に親切だ。これ以上を望むのは傲慢というものだろう。
(私を置き去りにして、彼らが敵から逃げたとしても、それを恨むのは筋違いよね)
 また、襲撃者が吸血鬼だった場合、血に飢えることがどれほど苦しいのか知っている
子爵は、無意識のうちに手加減をしてしまうかもしれない。殺すつもりで襲ってくる
吸血鬼を、できるだけ殺さないつもりで倒そうとする子爵が躊躇しながら迎撃すれば、
結果的に風見やEDを守りきれなくなるかもしれない。
 蒼い殺戮者は、さっき灯台を去り、探索をしに行った。再会できるのは、早くても
第四回放送が始まる頃だ。心細いと風見は思う。しかし、仲間を集めて脱出するなら、
どうしても誰かが拠点から動かねばならない。
 しばらく休憩した後で周辺の様子を見に行く予定だとEDも言っていた。
 蒼い殺戮者がいない間に、EDや子爵が風見を殺そうとする――そんなことが起こる
確率は今のところ低い。EDも子爵も理知的な参加者だった。比較的簡単に殺せそうな
病人を殺すつもりなら、なるべく後で殺したがるだろう。“誰も死ななかった”という
放送が三回連続するまでは、殺害を急ぐ必要がないからだ。
 情報交換の際に、EDは「毒薬や睡眠薬も支給されました」と言って、付属していた
説明書を他の三名に公開していた。風見に毒を盛る気ならこんなことはしない、と皆に
確信してもらうための行動だろう。故に、風見は毒殺される心配をしていない。
 けれど、風見は、EDから睡眠薬をもらう気にはなれなかった。
 薬の力で眠ったら、敵が現れたときに起きられないかもしれない。
 風見はEDや子爵を殺人者だとは思っていないが、いざというとき頼りになる味方だ
とも思っていない。
 ――“今のところ敵対していない相手”は“仲間”と同じものではない。

825打算、疑念、葛藤、不信(11/13) ◆5KqBC89beU:2006/09/18(月) 10:06:02 ID:D3ySLypk
 蒼い殺戮者から聞いた第三回放送の内容を、風見は思い出す。
(覚も佐山も、それから海野千絵も、まだ生きてる。会えるといいんだけど)
 情報を大量に集めていた子爵でさえ、出雲の居場所や千絵の現状などについては何も
知らなかった。佐山についての情報はあったが、すぐに合流できるほど詳しくはない。
 佐山は新庄の死をも受け止め、進撃することを選んだという。
(なんとなく、そんな気はしてた)
 眉尻を下げ、風見は複雑な表情をした。
 生きていてほしい相手だけでなく、死んでほしい相手も生きている。
(甲斐も、ドクロとかいう自称天使も健在か。正直、あんまり関わりたくないわね)
 物部景の仇は生死不明だ。名前が判らない以上、放送では確認しようがない。
(もしも、あの銃使いと再会したら、そのとき私はどうするのかしら?)
 自問に自答は返らない。
 第二回放送の頃に機殻槍を持っていたという青年、ハーヴェイは死んでいない。
(G-Sp2が飛んだ理由を知ってるなら、私に対する印象は最悪でしょうね……)
 緋崎正介が死に、危険人物は一人減った。
(でも、緋崎を殺した参加者は、緋崎より危険かもしれない)
 蒼い殺戮者の探していた三名のうち、一人は亡くなり、二人は生きていたという。
 今ここにはいない自動歩兵の横顔を、風見は思い出す。
(大丈夫……なのかな)
 表面上は平然としているように見えても、苦悩を隠しているということもある。
 第三回放送で告げられた死者の総数は24名に及んだ。ひどく異様な状況だった。
(参ったな)
 EDの語った“主催者側による偽情報説”を信じていいのか否か、風見は迷う。
 顔をしかめて、風見は寝返りをうった。

826打算、疑念、葛藤、不信(12/13) ◆5KqBC89beU:2006/09/18(月) 10:07:38 ID:D3ySLypk
【A-7/灯台付近/1日目・20:05頃】

【蒼い殺戮者(ブルーブレイカー)】
[状態]:精神的にやや不安定/少々の弾痕はあるが、今のところ身体機能に異常はない
[装備]:梳牙
[道具]:なし(地図、名簿は記録装置にデータ保存)
[思考]:この島で死んだという“しずく”が、己の片翼たる少女だったのか確認したい
    /風見・ED・子爵と協力/火乃香・パイフウの捜索/第四回放送までに灯台へ戻る予定
    /脱出のために必要な行動は全て行う心積もり

【A-7/灯台/1日目・20:15頃】
『灯台組』
【エドワース・シーズワークス・マークウィッスル(ED)】
[状態]:健康
[装備]:仮面/懐中電灯
[道具]:懐中電灯以外の支給品一式(パン3食分・水1400ml)/手描きの地下地図
    /飲み薬セット+α(解熱鎮痛薬とビタミン剤が1錠減少)
[思考]:同盟を結成してこの『ゲーム』を潰す/この『ゲーム』の謎を解く
    /しばらく休憩した後、周辺の様子を探り、第四回放送までに灯台へ戻る予定
    /盟友候補者たちの捜索/風見の看護
    /暇が出来たらBBを激しく問い詰めたい。小一時間問い詰めたい
[備考]:「飲み薬セット+α」
「解熱鎮痛薬」「胃薬」「花粉症の薬(抗ヒスタミン薬)」「睡眠薬」
「ビタミン剤(マルチビタミン)」「下剤」「下痢止め」「毒薬(青酸K)」以上8つ

827打算、疑念、葛藤、不信(13/13) ◆5KqBC89beU:2006/09/18(月) 10:08:22 ID:D3ySLypk
【ゲルハルト・フォン・バルシュタイン(子爵)】
[状態]:やや疲労/戦闘や行軍が多ければ、朝までにエネルギーが不足する可能性がある
[装備]:なし
[道具]:なし(荷物はD-8の宿の隣の家に放置)
[思考]:アメリアの仲間達に彼女の最期を伝え、形見の品を渡す/祐巳のことが気になる
    /盟友を護衛する/灯台に滞在する/同盟を結成してこの『ゲーム』を潰す
    /いろいろ語れて嬉しいが、まだDVDの感想については語り足りない
[備考]:祐巳がアメリアを殺したことに気づいていません。
    会ったことがない盟友候補者たちをあまり信じてはいません。

【風見千里】
[状態]:風邪/右足に切り傷/あちこちに打撲/表面上は問題ないが精神的に傷がある恐れあり
[装備]:懐中電灯/グロック19(残弾0・予備マガジンなし)/カプセル(ポケットに四錠)
    /頑丈な腕時計/クロスのペンダント
[道具]:懐中電灯以外の支給品一式/缶詰四個/ロープ/救急箱/空のタッパー/弾薬セット
[思考]:早く体調を回復させたい/BB・ED・子爵と協力/出雲・佐山・千絵の捜索
    /とりあえずシバく対象が欲しい
[備考]:濡れた服は、脱いでしぼってから再び着ています。
    EDや子爵を敵だとは思っていませんが、仲間だとも思っていません。

※地下通路に残されていた麗芳宛ての置き手紙は処分されました。

828夜の道を往く者との対面 ◆ozOtJW9BFA:2006/09/19(火) 22:11:49 ID:10YvUZzQ
 今夜のミラノは雷雨の様だ。
ここミラノにある剣の館の窓にも激しい雨が叩きつけられている。
その館の執務室で二人の女性による密談は一時間を過ぎようとしていた。

「つまり私達に救援を求めると、そういうことですか、バベル議長?」

執務室の椅子に持たれかかりながら紅い法衣を纏った“世界でもっとも美しい枢機卿”━━━━カテリーナ・スフォルツァは向かいに座る山羊の角が生えた天使に情報の確認をする。

「その通りじゃ、ミラノ公」

あの忌まわしき主催者を打倒するにはルルティエでは荷が重すぎる。他の打倒者達も同じ考えであった。主催者を倒し、参加者を助けるには生半可な戦力では不可能。しかも、あちらの状況も戦力も一切不明。参加者の生死すらもわからずじまい。会議は止まり誰もが絶望する中、眼帯をした一人の天使が一つの希望を口にした。

829夜の道を往く者との対面 ◆ozOtJW9BFA:2006/09/19(火) 22:13:22 ID:10YvUZzQ

「主催者を打倒するためには主催者に詳しい方をここに連れて来たほうがいいのではないでしょうか」

その提案はすぐさま賛成され、ルルティエ議長は主催者と闘っているという機関のトップとコンタクトを取ることに成功したのだった。


「わかりましたバベル議長。『ガンスリンガー』、『クルースニク』彼をこの部屋に」

「肯定(ポジティブ)」

それまで二人の会話を部屋の隅で聞いていた小柄な神父は主の言葉を聞き、部屋から音も無く出ていってしまった。


「ミラノ公!話を聞いておられなかったようじゃな!わらわは『戦力』と言ったはずじゃ!一人の力で何が出来るのじゃ!?」

ドクロやその他の参加者を助けるというのに一人だけじゃと!
この麗人は何を言っているのか……

今ここに『ガンスリンガー』がいたならばバベルに銃を向けていたであろう。だが、天使の責めを止めたのは麗人の一言だった。

「はい、聞きましたよ。議長」

「では何故…」

「手元にいて、なおかつこの任務に合っているのは彼しかいません。そして今ココにくるのはAx最高の派遣執行官です。それと同時に私が一番信頼している人物。お茶でもどうです?彼がくる時間までには、一杯の紅茶を飲む時間くらいはあるでしょう。」

「………それではいただくとするかの……」

麗人が『クルースニク』とやらを話す時の顔を見ていたら、何故か怒れる気持ちも治まってしまった。話しをしている時の目が全てを語っているのを聡いバベルは悟った。

ホログラム姿のおっとりとしたシスターの出した紅茶(とても美味しい)を飲んで一息ついた頃、彼は現れた。
廊下をドタドタと走りながら入って来たのは、泥だらけの格好をした長身の神父。
王冠の様な銀髪には泥がつき、冬の湖色の瞳を隠すようにかけている牛乳瓶の蓋にも見える分厚いメガネにも泥がついていた。

830夜の道を往く者との対面 ◆ozOtJW9BFA:2006/09/19(火) 22:15:48 ID:10YvUZzQ

「す、すいませ〜んカテリーナさん。雨のせいで道がぬかるんでいたせいかコケてしまいましてね、」
「ナイトロード神父、議長に自己紹介を……。」

ノッポの神父のアホ話を切ったのは頭に青筋を浮かべた麗人だ。今にも噴火寸前の気配を感じるとナイトロード神父は、ずれたメガネを直し、軽い会釈をする。

「これは、これは。トレス君から話は聞いています。Ax派遣執行官アベル・ナイトロードです。どうぞよろしくバベル議長(ハート)」

この時の感情をなんと表現すればよいのじゃろう?
不安?裏切り?落胆?失望?
否!
無気力であった……倒れそうになった…………
このままルルティエに帰るとはどうじゃろう?
一瞬そんな考えが頭によぎったが背に腹は変えられない。こう見えてこの男は何かとんでもない能力でもあるのではないじゃろうか?………そうであってくれ!

珍しく泣きそうになるのを堪えながら、差し出された手に笑顔で握手をする。握り潰したくなるのを我慢しながら。

こうして、天使は“02”に出会った


【現地時間22:05】

【ロア内時間19:05】

バベルちゃん/アベル・ナイトロードは参加者ではありません

バベルちゃんは主催者を薔薇十字騎士団だけとしか知りません

831タイトル未定1 ◆CDh8kojB1Q:2006/11/20(月) 00:10:31 ID:9yaTnsNo
『この愚かしいゲームに連れてこられた者達よ』

 突如として響いた澄んだ声。
 それはマンションを中心に波紋のように伝播していく。

『聞きなさい。あたくしの名はダナティア・アリール・アンクルージュ』

 森を越えて市外を越えて届いた言葉に対して、
 ゲームの参加者達は力強い響きに静かに耳を傾ける。
 そして、声はマンションから遠く離れた貨物船にも届いていた。

『あたくしはこのゲームに宣戦を布告します』

 貨物船の三人は確かに届く宣言を受け取った。
 一人はブリッジで、一人は船長室で、一人は船倉で。
 そして、三人全てが等しい思いを胸に宿した。
 この言葉を待っていたと。
 抗う叫びを待っていたと。
 そして感じた。快いと。
 離れた場所で、同じ境遇の誰かが自分達の意思を代弁してくれたのだから。
 脱出への望みはまだ絶たれていない。

832タイトル未定2 ◆CDh8kojB1Q:2006/11/20(月) 00:11:39 ID:9yaTnsNo
「誰だか知らねぇが、ずいぶんと大胆だな……」
 船内に歩を進めたヘイズは一人こぼした。
 つい先ほどまで、彼は仲間と分かれて船長室の調査をしていた。
 机を引っ掻き回して積み荷の目録を探し当てたところで放送を耳にしたので、
 とりあえず作業を中止し、仲間と合流しようとして外へ出たのだ。
 目に映るのは長い通路とその端まで連なる船室、船室、船室。
 木造の外装から旧式の船だと侮っていたが、中身は外側ほど単純ではなさそうだ。
 その証拠に分岐した通路や、間隔を空けて設置された階段が見受けられる。
どうやら船の上階には船室などが配置されていて、
 下部には船倉などがあるらしい。
 それらを適当に確認しながら進むと、

『――それでも尚、道を見失う事は愚かです』
 
 ダナティアなる人物の強い意志を感じさせる主張が耳に届いた。
 悪意は連鎖する、過ちは繰り返す。だから、ここで終わりにしよう。
 そしてゲームに乗る者は許さないと、ダナティアはきっぱりと宣言したのだ。

833タイトル未定3 ◆CDh8kojB1Q:2006/11/20(月) 00:13:03 ID:9yaTnsNo
(不戦を説く、か。半数の参加者が死んでる現状じゃあ、まぁ当然だろうな。
 でもよ、忘れてないか? 午前中にお前と同じ事をした連中、
 そいつらに一体何が起こったのか。あの銃声を聞いてたはずだろ?)

 思案しつつ進むと通路にほどこされた装飾や、
 ルームナンバーしか変化しない左右の船室が、
 ヘイズの視界の内を後ろに向かって流れていく。
 周囲に響く、もう聞きなれたはずのたった一人分の靴音が、
 妙に無機質に感じられるのは気のせいだろうか。

『そして――』

 そこで終わりだった。 
 中途までつむがれた言葉は雑音によってあっけなく崩壊していく。
 ダナティアの声は銃声によってかき消されてしまったのだ。
 あまりにも非情な終焉としか言いようが無い。
 やはり、和平を快く思わない参加者が存在していたようだ。

「クソッタレ! やっぱりこうなるのかよ!」
 予想しうる事態だった。
 それでも、ヘイズの期待は一時の間ダナティアへと向けられていた。
 もしかしたら、という僅かな期待が。
 しかし、その思いは無惨にも引き裂かれ、砕けて消えた。
 参加者が呼びかけに応じて集い、脱出への道を歩むというシナリオも
 所詮、かなわぬ夢だったのだろうか。
 そうヘイズが意気消沈する直前――。

834タイトル未定4 ◆CDh8kojB1Q:2006/11/20(月) 00:13:47 ID:9yaTnsNo
『そして、進む者として告げましょう』

 消失したはずの言葉が再びつむがれ始めた。
 ダナティアは無事だったのだ。
 だから、ヘイズは思わず指をはじいた。

『あたくしは進撃します』

 宣告は続く。
 より力強く。
 より明朗に。
 同時に、銃声が連続して伝わってくる。
 ヘイズにはその音が宣言を打ち砕かんとする絶叫に聞こえた。
 しかし言葉は止まらない。
 ダナティアは脅威に対して屈していない。
 それはまぎれもなく、ゲームに乗った者達と主催者に対する
 明確な意志の表れだった。
 
 銃声が九射まで連ねられた時、ヘイズは解した。
(なかなかの覚悟じゃねぇか。この女は――強い)
 宣言のもたらす効果は計り知れない。
 だが、ダナティア・アリール・アンクルージュの言葉は確かに伝わった。
 彼女は島の全参加者に対して、こっちを見ろと言い放ったのだ。
 現実に対して絶望するな、そして私のルールに従え、と。

835タイトル未定5 ◆CDh8kojB1Q:2006/11/20(月) 00:15:05 ID:9yaTnsNo
 ヘイズ達を観客として、彼女は舞台に立った。
 もはや無視できる状態ではない。
 この放送を火乃香もコミクロンも聞いたはずだ。
 やはり、一旦集結しての意見交換が最優先だろう。

(整理するとこうか? ダナティアその他十二人が参加者に対して不戦を告げる。
 続いて、ゲームに対して反抗を宣言した。
 対する管理者の連中は沈黙。って、ずいぶん寛容じゃねぇか……?
 何か裏があるのか、脱出不可能とタカくくってんのか分からねぇな。
 ……保留すっか。で、反抗するに従い協力者を募るから乗ってないやつらは
 自分の所に来い、とまあこんなもんか)

 ダナティアの言葉を全面的に信用するなら、ヘイズ達にとって
 喜ばしい事に違いない。
 逆に邪推すると、反抗宣言につられてやってきた和平を望む参加者を
 仲間と共に一網打尽にしてしまう凶悪な罠ともとれるのだ。
「信憑性が低いっつう致命的事実を除けば、ツイてる展開なんだけどな……」
 一方的な放送ゆえに、こればかりは仕方が無い。
 参加者が激減しているこのタイミングでの放送、そして内容。
 対応は慎重にならざるをえないだろう。

 ヘイズがつかつかと通路を進むと、階段に突き当たった。
 今までの下層だけにしかつながっていないものとは別で、
 上層へとつながる階段だ。
 ヘイズがその階段を半ば登りかけたところで、
『あー、テステステス。聞こえる? って言ってもあんた達の返事は
 こっちに聞こえないんだよね』
 頭の方から船内放送が聞こえてきた。

836タイトル未定6 ◆CDh8kojB1Q:2006/11/20(月) 00:16:49 ID:9yaTnsNo
 考えるまでもなく、火乃香の声だ。
 どうやら彼女も集合して意見交換を行いたいらしい。
 もっとも、ヘイズは火乃香からのお呼びがかかる事を
 五分ほど前から予測していたので、先に行動を開始していたわけだが。

『あんた達さっきの放送聞いてたよね? なんかえらそーな口調で
 宣戦布告してたやつ。んで、あたしとしては何らかの
 リアクション返してやりたいから非常事態宣言出すよ。
 さっさとブリッジへ来い、以上』
「……アイ、サー」 
 集合をせかす火乃香の声に対して、
 いつものやる気の無い態度でヘイズはぼやいた。
 


【G−1/難破船/1日目・21:35】

『戦慄舞闘団』
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:健康。
[装備]:
[道具]:有機コード、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
    船長室で見つけた積み荷の目録
[思考]:仲間と相談、船の調査報告
[備考]:刻印の性能に気付いています。ダナティアの放送を妄信していない。


【火乃香】
[状態]:健康。
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:仲間と相談、船の調査報告


[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
[チーム行動予定]:EDとエンブリオを探している。左回りに島上部を回って刻印の情報を集める。

837タイトル未定 1  ◆CDh8kojB1Q:2007/01/01(月) 20:41:40 ID:9yaTnsNo
 ひとけの無い路地を一人の男が疾走していた。
 その走法は一般人のものとは若干異なっていて、見る者に次第で男が武術の
 達人だと看破することができるだろう。
 男が一歩踏み出すたびに、ドレッドヘアがばらばらと音を立てた。
 その特徴的なヘアの動きとは無関係に、男のジャケットも揺れている。
 端的に表すと、異様の一言に尽きるだろうか。
 ジャケットは丈が長いダークグレーで、なぜか花柄模様で飾られていた。
 男が花壇を背負うかのように見せているそれらは、単なる刺繍ではない。
 色とりどりの花々、その一枚一枚が高性能の爆薬なのだ。
 この花柄の上着とヘア、そして左目を刀の鍔で覆い隠した精悍な顔立ちは、
 魔界都市<新宿>の犯罪者達に対する赤信号だった。
 男の名は屍刑四郎。
 人呼んで――主に男と敵対する連中が用いる呼称なのだが、
 『凍らせ屋』という。

 <新宿>きっての敏腕刑事である屍が急いているのはなぜか。
 単純である。人命がかかっているのだ。
 ゲームと称された殺し合いで多くの命が散ってしまっている現状、
 もはや手の届く場所での殺人を見逃すことはできなかった。
 しかし屍が向かう先、一直線の路地には彼の目指す人物はいない。
 どうやら短時間で相当距離をつめなければならないようだ。

838タイトル未定 2  ◆CDh8kojB1Q:2007/01/01(月) 20:42:31 ID:9yaTnsNo
 屍は、ボルカンと名乗った少年を見失って後悔していた。
 保護を怠ったのは完全に屍自身の失策だ。
 ボルカンから聞いた話では、怪物は凶悪かつ乱暴者らしい。
 一度手放した獲物であるボルカンを見て、怪物が無事に済ますとは思えなかった。
 すでに悲鳴が上がっていることからして、二人は接触してしまったのだろう。
 もはや一刻の猶予も無い。
 屍は肩からずり落ちそうになったデイパックを担ぎなおして
 進足のスピードを上げた。
 その時、屍の右手の方角から二度目の悲鳴が聞こえた。

「あぁぁぁぁ! お許しくださいっ! 
もう逃げません抵抗しません欲しがりません勝つまではっ!?」
「をーっほほほほほほほほほほ! 殊勝な態度を示したところで
あたくしの決定は覆らなくってよ。男らしく潔くおし!」
 こわもての刑事から距離を取ったのもつかの間の安全だった。
 ボルカンは曲がり角でばったり小早川奈津子と遭遇し、
 あっさりと捕らえられてしまっていた。

839タイトル未定 3  ◆CDh8kojB1Q:2007/01/01(月) 20:43:14 ID:9yaTnsNo
 身も心も巨大な小早川奈津子といえども、自分を置き去りにした上に
 武器まで奪って逃げ出した下僕、すなわちボルカンを見逃すことはできない。
 出会いがしらにむんずと捕らえて長剣を取り返し、ついでに脚をつかんで
 逆さ吊りにしてしまった。
 ボルカンは手足を振り回して必死に抵抗していたが、
 相手は規格外の大女。さすがにどうしようもない。
 芋虫のような太い指につかまれて揺れるその姿は、
 まるで釣り上げられてもがくサンマかニシンのようであった。

 憎き竜堂終に逃げられて、美男の医者に投げ飛ばされて、
 おまけに武器まで奪われて不機嫌の絶頂だった小早川奈津子も、
 今はボルカンを捉えた達成感で満たされていた。
 そして、さあお仕置きの時間に入ろうか、と鼻息あらく腕を振り上げる。
 凶器といえる太い腕を見たボルカンは引きつった悲鳴をあげた。
 正義の天使は小悪党が狼狽するその様子を満足げに眺めると、
「をっほほほ。あたくしの機嫌を損ねた罪は重いぞよ。
今からたっぷりとオシオキしてあげるから覚悟おしっ!」
 一般人にとっては死刑宣告に等しい叫びをあげた。

840タイトル未定 4  ◆CDh8kojB1Q:2007/01/01(月) 20:44:07 ID:9yaTnsNo
 哀れボルカン。恐怖の具現、マスマテュリアの闘犬といえども
 小早川奈津子にぶっ叩かれ、人間バットにされ、
 この上さらにぶっ叩かれたりすれば気絶は免れない。
 いや、気絶で済むその強靭さを称えるべきだろうが、
 人生には耐えられるが故の苦痛というものも存在するのだ。
 このような虐待が続けば、ボルカンは今に増してオーフェンを
 恨むことだろう。
 これもそれも全てオーフェンが悪い、と。
 うめき声をあげる地人の心情を小早川奈津子が察してくれるわけが無い。
 いざ、百叩きの刑に処してくれようず、と意気込んだところで、
「やめときな」
 どこからともなく声がした。

 小早川奈津子が声の主を探すと、ボルカンを捕まえた角のすぐ先に、
 一人の男が立っていることに気づいた。
 男は続ける。
「現行犯は問答無用で叩きのめすぞ」
 声の主は屍刑四郎。雨がしたたるその顔が、うすく笑みを浮かべていた。
 その容貌から発される警告は、並みの人間には恐喝に等しい。 
 スパイン・チラーの異名どおりに、相手の背筋を凍らすほどの凄みがある。
 しかし、相手はドラゴンにすら立ち向かう希代の女傑・小早川奈津子だ。
 『凍らせ屋』と真正面に向き合っても全く物怖じしていない。
「このあたくしに意見するとは、いったい何者だえ?」
 せっかくのお仕置きタイムに水をさされた正義の天使は、
 まるでごみくずを投げるかのように地人を放り捨てた。
「ぬおっ!」
 発した声は、突如として怪物から開放されたことに対する驚嘆か、
 それとも更なる不運を予期しての抗いの叫びか。知る者はいない。
 もしも彼がこの場から無事に逃走できたのならば、
 次の悲劇に巻き込まれること無く自由の時を謳歌できたのかもしれない。
 だが現実は非情。
 虹の如き放物線を描いて飛んでいくボルカンは、まるで狙い済ましたかのように
 路地の塀に後頭部を強打し、ぐっという呻きとともに昏倒した。

841タイトル未定 5  ◆CDh8kojB1Q:2007/01/01(月) 20:45:03 ID:9yaTnsNo
 図らずとも、小早川奈津子の理想どおりの展開になってしまった。
 路地を包む沈黙の中を鈍い衝突音が波紋を描いて広まっていく。
 そして塀にもたれかかったまま、ずるずるとへたり込むボルカン。
 少しでも意識が残っていたならば激しい抗議の声をあげただろうが、
 今はそれすらも叶わない。
 そんな下僕には一切の関心を払わない小早川奈津子は、
 すっかり興が冷めたといった表情で屍に一歩踏み出した。
 だが、次の瞬間に彼女の表情は一転、好奇を示す。
 まるで仮面を取り替えたかのような豹変ぶりだった。
 無骨者ともとれる屍の面構えが、どうやら眼鏡にかなったらしい。
「近づいてみたら、これはなかなかいい男。あたくしの下僕にしてあげましょう」
 万人がおののく威圧感、いや巨体ゆえの圧迫感、
 悪く表現すれば目障りなまでの存在感を振りまいて、女傑は屍に歩み寄った。
 だが魔界刑事は動じない。
 これまでやくざの威圧・恐喝は何度も打ち破ってきたし、
 魔界都市<新宿>を巣喰う不気味な妖物達と戦ったこともある。
 巨人が詰め寄る程度では動揺すらしない精神の持ち主なのだ。
 何より、彼は犯罪者になびく気などさらさら無い。
「お断りだ」
 と鉄の響きで一刀両断、あっさりと切り捨てた。
 
 予想外の返答――あくまで小早川奈津子個人の予想であり、
 十中八九の人間には当然といえる返答に対して、
 巨大かつ繊細な乙女心は大きな衝撃を受けたようだ。
 女傑の思考は単純であるがゆえに、直球の拒絶反応は受け入れやすい。
 心のダメージが身体にフィードバックして、小早川奈津子はよろめいた。
「あたくしの誘いを断るとはなんたる愚行……ならば!
この小早川奈津子に奉仕できるという栄光を直接その体に刻んでくれようず!」
 良き男 征服するのも また一興 心躍りし 秋の夕暮れ
 そんな歌を脳裏に浮かべ、相手に向かって走り出す。
 小早川奈津子は今の季節がよく分からなかったはずだが、
 性欲の秋とも評されるので秋にしたのだろう。 
 つまり、無理やり押し倒して事を成そうと考えたのだ。
 体当たりをくらった相手が多少の怪我を負おうが、構わない。
 乙女心が受けた傷に比べれば浅いのだから。
 そんな御前イズムを全開にして、小早川奈津子は屍目指して突撃した。

842タイトル未定 6  ◆CDh8kojB1Q:2007/01/01(月) 20:46:13 ID:9yaTnsNo
 一方、屍は小早川奈津子の内心などつゆも知らない。
 ただ単純に相手が襲ってきたものと了解する。
 ボルカンからは「怪物」と報告されているので、もはやためらいは無い。
 巨体の突撃に対して寸前まで相手を引き付け、
 丸太のような両腕が左右から押さえ込もうとする
 その動きを読んで横へ飛び退く。
「をっほほほほ、観念したようね――なんとっ!?」
 直前まで動じなかった屍をそのまま押し倒せると思っていたのだろう。
 怪物の声には感嘆の響きがあった。
 次の瞬間、目標を失った巨体が路地の塀へと突っ込んでいった。
 屍は相手がそのまま塀にぶつかって昏倒するだろうと予想し、
 ボルカンの方へと踵を返す。
 しかし、その耳に届いたのは壮大な破砕音だった。
 小早川奈津子の体当たりを止めるどころか、逆に塀が崩壊してしまったのだ。
 まさに人外魔境の破壊力。
 あんな体当たりをまともに受ければ『凍らせ屋』とて無事では済むまい。
 最悪、打ち所が悪ければ命にかかわる。
「暴行罪・刑事に対する殺人未遂――もう十分だな」
 この瞬間、小早川奈津子は屍刑四郎に犯罪者と認定された。
 屍にとっては凶悪犯であるほど、命の価値が反比例に下がっていく。
 この犯罪者に対する苛烈さも魔界都市<新宿>ならではであった。

843タイトル未定 7  ◆CDh8kojB1Q:2007/01/01(月) 20:47:06 ID:9yaTnsNo
 ふっ、という独特の呼吸音と共に屍は小掌を放った。
 屍が扱うジルガと呼ばれる武術の型にのっとったもので、
 本来ならば手榴弾並の衝撃を相手に叩き込む技だ。
 制限によって劣化していても、並の人間は一撃で再起不能になる威力。
 だが、あくまで相手が並の人間だったのならば、という場合である。
 屍が並みの刑事でないのなら、小早川奈津子も並みの大女ではなかった。
 塀を打ち崩したばかりの巨大な肉体に小掌が命中する。
 完璧なタイミングと完璧な威力。
 さすがの女傑も塀の向こうに吹き飛ばされる。
 だが、一旦の間を置いてから即座に立ち上り、けろっとした様子で復帰してくる。
 屍は眉をひそめた。

 確かな手ごたえはあった。しかし肉を打っただけで体の芯までダメージが
 入っていなかったのだろうか。
「をっほほほほ! ちょこざいな」
 小早川奈津子は腰の辺りのほこりを手ではらった。
 その隙を見て、屍は間髪入れずに蹴りを放つ。
 それは正確に小早川奈津子のみぞおちを捉える。
 再び吹き飛ばされる巨体。
 しかし、
「をーっほほほほほ!」
 あいも変わらぬ様子で女傑はカムバックしてくる。
 屍は悟った。
 これは自分が蹴りを打ち損したのではなく、相手が頑健すぎるのだと。
 相手が塀を破壊した時点で、その妖物並みのタフネスに気づくべきだった。
 愛銃であるドラムが手元に無い今、ジルガを用いて相手を打倒しなければならない。
 幸いにもジルガには装甲を無視し、内部にダメージを与える技がある。
 急所を的確に狙えば2、3発で決着するだろう――。

844タイトル未定 8  ◆CDh8kojB1Q:2007/01/01(月) 20:47:51 ID:9yaTnsNo
 そこまで思考した時、屍は背後に殺気が迫るのを感じた。
 直後、魔界刑事の本能が告げた。
 この場は危険だ、すぐに立ち退けと。
 それは純然たる死の警告。屍の対応は迅速だった。
 肩のデイパックを即座に握り締め、塀に向かって全力で飛びのく。
 だが、塀の横まで飛んだ瞬間、屍は再び直感した。
 ここもやばい。
 それはギロチンの刃の下にいるような感覚に似ていた。
 しかも既に刃が落下しているギロチンだ。
 もはや考える暇すらなかった。屍は純粋な反射行動によって塀を蹴りつける。
 その蹴りによって、移動中だった屍の進行ベクトルが大きく変わった。
 そこにきて思考が追いついた。ギロチンのイメージ元は鋭く研ぎ澄まされた殺気。
 攻撃は二発来ていたのだ。

 屍の体が塀から離れた直後、さっきまで身体が存在した空間を幾本もの刃が通過した。
 その正体は白光する鮫の歯だった。
 地獄の虚に似た大口が閉じられる姿は、断頭台を超える必殺の光景。
 一撃を回避させておいて、身動きのとり辛い緊急回避中に二発目を放つ。
 それは相手の生存を許さぬ非情なコンビネーション攻撃だった。
 <新宿>の刑事でもなければとっさに回避できなかったかもしれない。
 しかも大半の参加者は最初の一撃で葬られていただろう。
 なぜなら、攻撃の主は悪魔そのもの。
 出現するまで姿も気配も無いのだから。

845タイトル未定 9  ◆CDh8kojB1Q:2007/01/01(月) 20:48:32 ID:9yaTnsNo
 三発目が来ないのを確認して、屍はゆっくりと立ち上がる。
 隻眼は真剣の如き鋭さを持って乱入者を貫いた。
 その視線の先には、先ほど屍が置いてきた少年が悠然と立っていた。
 彼の放つ殺気が無ければ、屍は鮫に呑まれていただろう。
 甲斐氷太――この男もまた、ゲームに乗った殺戮者だ。
 屍は内心、不快を感じていた。
 追ってきているのは知っていたが、まさかここまで詰められていたとは――。
 だが、この男をここまで近づけたのは屍のミスではなく、
 制限による各種感覚の能力低下が原因だった。
「掃除すべき屑がまた一つ。ジャンキー風情が手間を掛けさせやがる……」
「あぁ!? 俺の方が先客だろうが。それを無視して走ってったのはお前だぜ? 
ったく舐めた真似しやがって」
「あたくしを――」
 火花を散らす男二人に対して、蚊帳の外に弾き出された小早川奈津子が
 憤慨する。
 しかし、
「参加者の保護が優先だ。おまえ如きに構ってられるか」
「……じゃあ次はそこで寝てるガキを悪魔で食い千切ってやるよ」
「あたくしの――」
 正義の天使は全く相手にされていない。
 それどころかまるで眼中に無いかのような扱いだ。
 甲斐氷太はボルカンの方へと目を向け、屍は相手の出方を伺っている。
「つけ上がるなよ、小僧。俺はそれほど気の長いタチじゃない」
「はっ、三流の脅し文句だぜそりゃあ。
さっきみてえに睨んでるだけの方がよっぽどスゴ味が利いてたぜ」
 さすがの甲斐も『凍らせ屋』と真っ正面からガンを付け合えば、
 背筋が凍って行動不能にならないまでも、相手に一歩譲らざるを得ないようだ。
 屍が放つ気は並の強者のものではない。
 魔界都市において実力でスジを通してきた者のみが放てる覇気なのだ。
 その気に押されて、大抵の人物は屍の格を知る。

846タイトル未定 10  ◆CDh8kojB1Q:2007/01/01(月) 20:49:14 ID:9yaTnsNo
 だがその場にはただ一人、徹頭徹尾に空気を読まない人物がいた。
 その名は小早川奈津子。
 人呼んで北京の女帝etc……。
 彼女は今、度重なる凡夫の無礼によって心底怒りを蓄えていた。
 二人の背後で怒鳴ったり手を振り上げたりしていたが、一向に反応が無い。
 ゆえに懐広く、慈悲深い正義の天使と言えども、もう我慢の限界だった。
 鉄槌を放たずにはいられない。
 彼女は、静かに腰を落として路地のマンホールに手を掛けた。
 怒りで手が震えるが、芋虫と形容されるその指はなんら抵抗無く鉄塊を
 地面より掴み上げる。
 負傷した右腕が少し痛むが、怒りはそれを押し流した。
 そして相変わらず無視を続ける男二人の方へと向き直り、
「あたしの話をお聞きっ!!」
 巨体に似合わないステップで勢いをつけてから、
 まるで円盤を投げるかのような軽やかさでマンホールの蓋を投擲した。

 甲斐は視界正面にその鉄塊を捕らえ、屍は持ち前の直感力で危機を察した。
 二人がかろうじて屈めた頭上を洒落にならない速度でマンホールの蓋が
 飛び去って行った。
 直撃して頭が吹き飛ばない人類は存在しないであろう威力を誇るその円盤は、
 男二人の数メートル後ろの塀に衝突。
 ビル破砕機のようにその壁面を打ち抜いて住宅に悲鳴を挙げさせた。
 頭を上げた甲斐がただちに現状を理解して罵倒の叫びをぶつけた。
「おいっ! 空気読めよ肉ダルマ!!」
「に、に、肉……!」
 もはや小早川奈津子は言語を用いて返すことができない。
 女傑の怒りは頂点に達したのだ。
 彼女の脳内で壮大な富士山噴火のエフェクトが立ち上がり、
 それは徹底的な激怒を呼び起こした。
 もはや止められる者は存在しない。
「――っ、覚悟おしっ!!」
 長き険しき努力の末にようやく一言捻り出すと、
 小早川奈津子は傍らの長剣を手に取り、一人の修羅となって突撃した。

847タイトル未定 11  ◆CDh8kojB1Q:2007/01/01(月) 20:50:23 ID:9yaTnsNo
【A-3/市街地/一日目/18:45】

【屍刑四郎】
[状態]健康、生物兵器感染
[装備]なし
[道具]デイパック(支給品一式、パン五食分、水1800ml)
[思考]ボルカンを救出し、怪物と甲斐を打ちのめす
[備考]服は石油製品ではないので、影響なし

【ボルカノ・ボルカン】
[状態]たんこぶ、左腕骨折、生物兵器感染、現在昏倒中
[装備]かなめのハリセン(フルメタル・パニック!)、
[道具]デイパック(支給品一式、パン四食分、水1600ml)
[思考]とにかく逃げたい
[備考] 服は石油製品ではないので、影響なし

【甲斐氷太】
[状態]肩の出血は止まった、あちこちに打撲、最高にハイ、生物兵器感染
[装備]カプセル(ポケットに十数錠)、煙草(湿気たが気づいていない)
[道具]デイパック(支給品一式、パン五食分、水1500ml)
   煙草(残り十一本)、カプセル(大量)
[思考]屍や怪物と戦う、怪物うぜぇ
[備考]生物兵器の効果が出るのはしばらく先、
   かなりの戦気高揚のために痛覚・冷静な判断力の低下

848絶望咆吼  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/04(日) 20:16:28 ID:Ixp5b3uM
 人は本当の恐怖と相対した時、どんな反応を示すのだろう?
 震えるか? 立ち竦むか? 命乞いか? はてまた崇めるか?
(違う)
 ウルペンは首を振った。
 それは単純なものではない。そんなひと言で表せるようなものではない。
 体が震えている。もとより体は五体満足よりほど遠い。だが、彼を苛んでいるのは体の欠損などではない。
 眩暈がする。吐き気がする。脳が裏返り、地面を足が掴んでいられない。 
 生きたまま内臓を全て引き抜かれるような激痛と虚脱。体がくの字に折れ、自然と視界が下を向く。
 足下には仮面を被った死体がある。エドワース・シーズワークス・マークウィッスル。その骨と皮。
 念糸は強力な武器だ。そして訓練された念糸使いが用いれば、不可避の武器にすらなる。
 速度、距離、隔てる物質――すべて無効化し、念糸は相手に届く。
 もとよりそれは思念の通路。耳を塞いでいたって言葉は届く。だから念糸は如何なる手段であっても防げない。
 ――本当に?
 本当に、死んだのか?
『未来永劫、お前は何も信じられまい』
 EDの視線と言葉は極めて鋭く、それはまるですり抜けるようにウルペンの心臓を突き刺した。
 動揺と激しい動悸に、ウルペンは知らず呼吸を乱す。
 空気が足りない。血液が足りない。光が足りない。全て不足している。
 世界の全てが信用できない。
 呼吸しているのは毒素ではないか? 体を巡っているのは熱湯ではないか? 眼前の世界は虚像ではないか?
 妄想だ。そう一蹴できた。できたはずだ。
 信じることが出来れば。

849絶望咆吼  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/04(日) 20:17:39 ID:Ixp5b3uM
「はっ――あ」
 喘ぐ。だが取り入れたいのは生存のための酸素ではなく、存在のための真実。
 地面の存在を信じることが出来なければ、人は外を歩くことも出来ない。
 空の不動を信じることが出来なければ、人は空が堕ちてくることを恐れる。
 ウルペンは転がっている骸の脇で膝を折り、その仮面に手をかけた。
(俺の、俺の絶望。それすらも確かなものでは無いというのか?)
 仮面を剥がす為に力を込める。込めたつもりだった。
 動かない。仮面はぴくりともしない。
 だがその理由さえ分からない。仮面がキツイだけか? それとも無自覚の拒絶か?
(これで証明されるのならば――)
 眼球が零れるほど目を見開き、ウルペンはもう一度力を込めた。
 今度は、あっさりと仮面をむしり取ることに成功する。
「……あ」
 そして、直視した。直視してしまった。
「……ああ」
 EDの仮面の下。念糸の効果でミイラ化し、人相さえ分からないはずのその表情。
 だがその眼球は――いまもなお鮮明に、ウルペンを睨んでいる。
 萎んでいるはずの双眸が永劫に彼を糾弾し続けている。
 まるで水晶眼だ。死体は腐敗してもこの視線は不滅だろう。永久にその弾劾を閉じこめたままだろう。
「ひっ――!」
 悲鳴を上げた。弾けたバネ仕掛けのように死体から飛び退く。
 死体から遠ざかり、それでもウルペンは二、三歩よろめくように後退した。
 足りない。どれだけ逃げても逃げられない。
 この死体は死んでいない。
 怪物だ。怪物領域があった。その仮面の下に隠していた!

850絶望咆吼  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/04(日) 20:18:50 ID:Ixp5b3uM
「あ、あああ」
 右手を見る。引き剥がした仮面を落としていなかったのは、単純に筋肉が硬直していた所為だろう。
 仮面という単語は、すぐに黒衣を連想させた。逆しまの聖人。その中は空洞だと思わせることで、怪物に皮一枚だけ近づいた者達。
 かつて、ウルペンもその格好をしていた。黒衣の内側。そこは帝都だった。確約された安息の場所。
 震える手で、仮面を自分の顔に押しつける。だが。
「違う!」
 そのまま顔の上半分を覆う仮面を肉に食い込ませるように押しつけ、絶叫する。
「俺が求めていたのは……こんな、ものではっ!」
 かつての安寧はない。あるのはただの寒々しい行為とその感触のみ。
 よろめき、尻餅をつくように座り込むと、ウルペンはそのまま両手で顔を覆った。
 泣くのではない。その撫でるような感触すら信じられないのだから。
(分かっていたはずだった。俺はかつて死んだ。だがここにいる)
 いずれ果たされるべき約束は破られた。契約は信用できない。
 死んだはずの自分が生きている。死してすら確たる物が手に入らない――
『未来永劫、お前は――』
「やめろ……やめろっ……」
 耳朶にいつまでも残響する呪いの言葉を振り払うように、ウルペンはかぶりを振った。じりじりと死体から遠ざかる。
 ED。戦地調停士。己の舌先と謀略のみで問題を解決する者。
 故に、彼の言葉はこの世の如何なる刃よりも鋭い。
 そして、鋭すぎた。振るうのを加減する者が居なければ、それはどこまでも切り裂いてしまう。
 彼の最後の言葉は、放たれた。放たれただけだった。振るう本人が死んでしまったのだから、誰もフォローは出来ない。
 あるいはEDが生存していたのなら、抉られた心を利用することもできただろう。
 それでも現実には誰もいない。EDの残した呪いに縛られているウルペン以外には。
『――何も信じられまい』
「――ぁぁああああああアアア!」
 叫び、駆け出す――EDから受け取った地図を粉々に引き裂き、今しがた侵入してきた地上との出入り口へと。
 怖かった。ただひたすらに怖かった。あの男の言葉が現実になるのが恐ろしかった。
 あの男の地図が真実ならば、あの男の口走った予定は予言になる。そんな気がしてならなかった。

851絶望咆吼  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/04(日) 20:20:09 ID:Ixp5b3uM
 地上に出る。清涼な夜気を口にしても動悸は収まらない。ウルペンは走り続けた。
 気が付くと声が響いていた。強い声。どこかミズー・ビアンカを髣髴とさせる。そんな声。
 島全土に響いているのだろう。ウルペンは絶望を叫びながらそれを聞いた――

『忌まわしき未知の問い掛けに弄ばれる者達よ』

『あたくしは進撃します』

『あたくしは怒りに身を任せない』

『あたくしは諦めに心を委ねない』

『あたくしを動かすのは……』

『……決意だけよ!!』

「――なにを根拠に信じればいい!」
 立ち止まる。それは息が続かなくなっていたためでもあったが、放送の主に癇癪をぶつける為でもあった。
 何故、そんな言葉が言える。何故、そんな確信を込められる。言葉などというあやふやな物に。
「――いつだって求めてきた! 八年もだ! それなのに見つからなかった!」
 アストラは彼の物にならなかった。
 彼女を愛していた。それだけは確かな物だと信じたかった。
 だが、それを唯一肯定してくれた義妹は、死んだ。

852絶望咆吼  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/04(日) 20:21:08 ID:Ixp5b3uM
「おまえの言葉は確かな物か!? アマワに約束でもされたか!? ならばそれは果たされない!」
 帝都は滅び去った。ベスポルトは死んだ。ウルペンは死んだ。約束は果たされなかった。
 地面に膝を突き、狂ったように頭を掻きむしる――髪が引きちぎられる痛みも、今は心地良い。
「おまえの決意とやらは確たる物か!? それが精霊に弄ばれているのだとしてもか!」
 駄々を捏ねる子供のように、ウルペンは吼える。赤く裂けた空に、慟哭を投げかける。
 ――まるで血の色だ。未来を暗示させる。
 これは開幕の宣言となり得ないだろう。ウルペンは胸中でそう断じた。
 これは絶望で塗りたくられる予兆だ。かつて彼の帝都を焼き尽くした二匹の獣。彼女たちと同じ炎の色。
 業火の力――すべてを虚無に飲み込む。
「……殺すまでもない。貴様は散々アマワに弄ばれ、それを決意と勘違いしたまま死ぬがいい」
 鬱憤をすべて吐き出した後、最後にぽつりと付け加える。
 声が小さくなったのは、自身の台詞に覚えがあったからだ。
(精霊に弄ばれ死ぬ、か)
 ――まるで、生前の自分だ。
 吐き捨て、立ち上がる。
 激昂は体力と気力を消耗させた。放送の直前まで眠り続けることとしよう。
 そうして、粉菓子のようなすかすかの決意だけで歩みを始めた時。

853絶望咆吼  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/04(日) 20:22:34 ID:Ixp5b3uM
「……見つけた」
 茂みから、金属製の筒のような物を構えた男が出てきた。
 赤銅色の髪。常にやる気のなさそうだった顔は、あの時のまま無表情という絶望に凍り付いている。
 ウルペンは、その男に見覚えがあった。
(……契約者)
 自分の意志は信じられると断言した黒髪の少女。その連れだ。名前は――ハーベイ、とか言ったか。
「……あれからずっとあんたを探してた。叫んでるなんて思わなかった」
 自分自身に確認するような口調で呟きながら、その男はこちらを射程に納めた。
 筒の穴をこちらに向け、殺意を放射してくる。念糸で片腕を破壊したはずだが、いまは五体満足のようだ。
 どうやら叫び声を聞きつけてきたらしい。だが真に恐るべきはこの瞬間にウルペンの近くにいたという幸運よりも、その執念か。
「お前は殺す。けど、その前に答えろ。なんでキーリを殺した」
 表情はほとんど変えないまま、だが強く睨み付けてくる。
 念糸の効果を知り、警戒しているのだろう。武器は例の自動的に動く腕が握っている。
 金属製の筒は、ウルペンも似たような物をこの島で何度か見ていた。
 ボウガンのような武器だろう――威力も速度も桁違いだが。
 何にせよ、すでに照準されているのなら、念糸では対抗できない。
(図らずとも、いままでとは逆の状況になったか)
 命を握られ、質問を強要される。
 それを不快と感じないのは、ウルペンが打ちのめされた後だったからだろう。これ以上は倒れようがない。
 問いに答えるのは簡単だった。だが、その前にすべきことがある。
 ウルペンはかつてのように、質問を投げかけた。
「お前は……確かなものを提示できるか?」
 殺されるかも知れない――
 その可能性はあった。それを恐れる気にもなれないが。
 だが意外にも、赤銅髪の男は律儀に返してきた。僅かに考え込むようにしてから、告げてくる。

854絶望咆吼  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/04(日) 20:23:21 ID:Ixp5b3uM
「……面倒くさくて今まで考えないようにしてたけど、無くしてみて分かった。
 俺にもあったんだ。あんなナリでも、キーリは俺にとって大きな存在だった。
 不死人として惑星中を彷徨ったけど、俺はあいつが……あー、なんだ。
 上手く言えないけど、一番くらいに大切だったんだ」
 普段はほとんど無口で、喋ったとしてもぶっきらぼうなこの不死人は、かつて無いほどに長く言葉を紡いだ。
 ――何十年も惑星を歩いて、それ以上の年月を不死の兵士として過ごして。
 殺伐と無味乾燥な日々。戦争中はレゾンデートルの為に何となく殺して、戦後はすることもなく何となく放浪した。
 そして、いつのまにかあの少女がついてきた。兵長を埋葬しに行く途中だった。
 兵長とはそれほど仲が良かったわけではない。当然だ。自分が殺してしまったのだから。
 あるのは罪悪感だけで、言ってしまえば腫物だった。
 過去の清算。埋葬を引き受けたのも、そんな思いがどこかにあったからかもしれない。
 いつからだろう。その気持ちが薄れていったのは。
 いつからだろう。キーリと兵長との三人旅から抜け出せなくなってしまったのは。
 幸せなんてぬるま湯と同じだ。浸かっている間は暖かくても、そこから出てしまえば風邪を引く。
 絶対に、後のタメになんか、ならないのに――
 ……いつからだろう。それにずっと浸っていたいと思い始めてしまったのは。
 ウルペンはそれを聞いていた。僅かに沈黙し、そしてさらに問いを重ねる。
「それは、愛していたということか?」
「……かもな」 
 ハーヴェイもしばし黙考した後、そう返した。
 とても不器用な言葉だったが、それでも確かなものだったのかも知れない。
 だったのかも、知れない。

855絶望咆吼  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/04(日) 20:24:10 ID:Ixp5b3uM
 ウルペンは即座に返した。刃の切っ先を向けるように、辛辣に言葉を突きつける。
「ならば、なぜ俺を殺そうとする?」
「……命乞い?」
「そうではない」
 今となっては、死すらも確たる物ではない。
 生命を失っても、こうして動き回るのではないか? そも、今の自分は生きているのか?
 ある意味目の前の不死人よりも、ウルペンにとって『死』は遠い。
「俺を殺して、お前は何か得るものがあるのか? あの娘が帰ってくるわけではあるまい。
 俺が、奪ったのだから」
「……それを殺した本人が聞くかよ」
「問われなければ、解答を得る機会もあるまい?」
「知るか。とにかく、殺す」
「――そうか」
 無感情に即答してくる男を見て――
 ウルペンが浮かべたのは、失望の表情だった。
「ならば、あの娘の意志とやらもその程度のものだったというわけか」
「……ヨアヒムより腹の立つ奴がいるなんて思いもしなかった」
 それが、合図だった。

856絶望咆吼  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/04(日) 20:24:53 ID:Ixp5b3uM
 体勢を低くしたウルペンが、ハーヴェイの懐に飛び込んでくる。
 ハーヴェイもそれに反応していた。悠久に近い時を生きる不死人。兵士として過ごした年月は誰よりも長い。
 構えた拳銃を撃つ。遅れて紡がれたウルペンの念糸が放たれる。
 着弾は、やはり弾丸の方が早かった。
 血と、ウルペンの装面していたEDの仮面が飛ぶ。黒衣を身に纏った体がよろめく。
 だがウルペンは絶命していなかった。弾は仮面を掠め、かつて奪われた方の眼球を削っただけである。
 二発目を撃つ前に、念糸がハーヴェイの肩――義手と二の腕の境目を捉える。
「この――!」
 振り払おうとしても、念糸には干渉できない。
 パン、という袋を破裂させたような音。ハーヴェイの右肩が干涸らび、骨と皮だけなる。
 それでも義手は動いていた。肘だけを曲げ、器用にウルペンを狙い――
 その義手をウルペンが掴んだ。袖から覗いた金属骨格に残った指を絡ませ、脆くなった接合部から一息とかけずに千切りとる。
 そしてそれを鞭のようにして、ウルペンは義手をハーヴェイの顔面に叩きつけた。衝撃で金属の指から拳銃がこぼれ落ちる。
 地面に落ちた危険な金属塊を蹴飛ばしながら、ウルペンはもう一度義手を振り上げた。
「……おい」
 だが、それが振り下ろされることはなかった。
 ウルペンの右手首が掴まれている。顔面、それも目の近くを打たれたというのに、ハーヴェイは怯む様子もない。
 驚愕に、ウルペンは目を見開いた。それが隙だった。
 ハーヴェイが手首を掴んだまま背後に回り込み、そのまま俯せに押し倒す。
 そしてトドメとばかりに関節を捻っていく。抵抗しようとしても、力ではウルペンに勝ち目はない。
 不死人が兵器として有効だったのはそのタフネスと、自身が自壊するほどの筋力を容易に発揮できるからだ。
 ハーヴェイは躊躇いもせず、相手の関節を稼働限界以上にねじり上げた。なんら抵抗無く、関節がおかしな方向に曲がる。
 どこか遠くで再度、乾いた音が響くのをハーヴェイは聞いていた。念糸の炸裂音。
 だが痛痒は感じない。痛覚を遮断することは、不死の兵士にとって容易い。
 三撃目を喰らうよりも早く、殺す。抵抗力を奪ったところで、次は首をへし折ろうとハーヴェイは決めていた。

857絶望咆吼  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/04(日) 20:26:16 ID:Ixp5b3uM
 だが首筋に手を伸ばした刹那、メキメキと嫌な音が背後から響く。
「……!」
 咄嗟に背後を振り向くと、抱きついても両手が回りきらないほどの大木がこちらに倒れてくるところだった。
 弾けた木片が頬に当たる。幹の折れた部分が、まるでそこだけ脆くなったようにボロボロになっていた。
 銀の糸が、視界の隅で閃く。
 どうやら先程の二撃目はこの木を壊死させたらしい。なるほど。威力を調節すれば倒す方向を定めるのは簡単だろう。
 だが、不死人にとってこんな事態はピンチでも何でもない。
 木が倒れてくるよりも早く、ウルペンの首をへし折る。それで終わりだ。
 ハーヴェイはすぐに視線を戻した。木に注意を取られていたのは一秒足らず。腕の折れている敵が脱出できるはずはない。
 ――その、はずだ。
 だがその理論とは逆に、現実のハーヴェイは地面に突っ伏していた。
 ハーヴェイと地面の間にウルペンは、いない。欠片も存在していない。
「……腕を掴まれたままだったのなら、相討ち以上にはならなかっただろうな」
 底冷えのする声が、間近で響く。
 見ると、ウルペンはいつの間にかハーヴェイの傍らに立っていた。不死人の首筋を容赦なく踏みつけている。
「がっ!?」
 地面に押しつけられ、気道が塞がる感触に唾を吐きだす。
 死ににくいとはいえ、基本的な構造は人間と同じだ。頸動脈を圧迫され、脳に血液が回らなくなれば意識は保てない。
 次々と機能を放棄する脳髄。こういう時は決まって、ろくなことを思いつかない。
(なんで……折ったのに動けるんだ……?)
 起死回生の手段だとかそういうものではなく、ハーヴェイが疑問に思ったのはそんな些細なことだった。
 ウルペンの肘関節はまだ奇妙な方向に曲がったままだ。が、腕を一振りするだけで正常な形に戻る。
 折れていない――その理不尽を見せつけるかのように、ウルペンは右腕の先をハーヴェイに向けた。
 血が足りなくてぼやける視界。白く歪んだその世界で、相手の指先から放たれた銀の糸は一際美しく見えた。
 念糸が接続され、ハーヴェイの体から水分を奪っていく。
 ――『心臓』がある限り不死人は無敵。だが、それを被う肉の鎧がない状態で『核』は大木の一撃に耐えられるか?
 暗転し始めた思考回路で、そんなことを考えられる筈もなかったが。
 幻覚が見え始める。眼前の黒衣とだぶるように、黒い影がウルペンに覆い被さっている。
 幻聴も聞こえる。小さな罵声と泣き声は、満足に目的を果たすことも出来なかった自分の物だろうか?
(キー……リ……)
 赤銅色の不死人は、最期にその名前を呟く。
 そして倒壊する大木の速度が零になった瞬間、体の中心で何かが砕ける音を聞いた。

858絶望咆吼  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/04(日) 20:27:22 ID:Ixp5b3uM
◇◇◇

 大木が地面に倒れるよりも一瞬早く、ウルペンはその場から飛び退いていた。
 轟音と地響き。乾いた体からは血も飛び散らず、骨の砕ける音だけを耳朶に捉える。
 木の下から覗いている相手の四肢はぴくりとも動かず、ひたすらに死の感触しか伝えてこない。
 敵は死んだ。契約者を殺した。
「……さて、それは事実か?」
 呟き、死体を蹴飛ばしてみる。反応はない。本当に?
 契約の有効性。契約者の死。どちらも信じ切ることが出来ない。
「だが、どちらも同じことか」
 ウルペンは笑った。可笑しくもなく、嘲るでもない。それは完全に空虚で、薄ら寒い、感情のない微笑みだった。
 信じられないのなら、事実は無意味だ。虚無と妄想に生きるしかない。
 だが、彼にはまだやることがある。
 森の中の不確かな地面に、靴の裏を叩きつける。ミシリという音と、金属の感触。
 月明かりを頼りに、ウルペンは拾い上げた。先程、いつの間にか落としていた勝手に動く腕が、今まさに拾おうとしていた拳銃を。
 金属の腕を踏みつけ動けないようにし、ほとんど銃口を押しつけるようにして撃つ。
 顔をしかめた。思わず反動で取り落としそうになったのだ。小指と薬指がなければ、こんな動作にも苦労する。
 それでもウルペンは時間をかけて全弾を義手に叩き込んだ。衝撃にフレームが曲がり、ケーブルが切れる。
 最後に弱々しいモーター音をひとつだけあげて、義手は活動を停止した。
 ウルペンは軽くなった拳銃を捨てた。きびすを返し、その場を後にする。
「アマワ……貴様の契約が確たる物でないのなら、俺は貴様を殺しに行くぞ」
 周囲に人の気配はないが、それでも夜空に宣告する。
 どうせどこかで聞いているだろう。問題はどうやって引きずり出すかだ。
「決まっている。全て殺して俺だけになれば、確かな物は残らない」
 絶望すら信じることが出来なくなっても、やるべきことは変わらない。
 アマワに答えを捧げよう。貴様の求める物は手に入らないのだと教えてやろう。
(俺は虚無だ。何もない男だ)
 何も信じることができない、あやふやな存在だ。
 だが、それでいい。
「どうせこの盤上遊技も貴様の下らない問いかけなのだろう、アマワよ!
 ならば俺がそれを終わらせてやろう! お前を破滅させてやる!」
 ――この島から、俺がすべて奪った時に残る物。
 それはとても不明瞭で、グシャグシャの、底抜けにグロテスクなものに違いない。
 ウルペンは高らかに笑い始めた。それはまるで精霊のように、どこまでも狂気に純化した哄笑だった。

859絶望咆吼  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/04(日) 20:28:06 ID:Ixp5b3uM
【017 ハーヴェイ 死亡】


【B-6/森/1日目・21:40頃】
【ウルペン】
[状態]:左腕が肩から焼け落ちている/疲労/狂気
[装備]:なし
[道具]:支給品一式
[思考]:参加者を皆殺しにし、アマワも殺す。
[備考]:第二回放送を冒頭しか聞いていません。黒幕はアマワだと認識しています。
    第三回放送を聞いていたかどうかは不明です。
    チサトの姓がカザミだと知り、チサトの容姿についての情報を得ました。
    これからは質問等に執着することなく、参加者を皆殺しにするつもりです。

※【B-6/森】に破損したEDの仮面、壊れたハーヴェイの義手、Eマグ(弾数0)が落ちています。

860機械仕掛の魔道士 ◆I3UY/iwT0o:2007/02/15(木) 01:18:40 ID:10YvUZzQ

カリオストロ。サン・ジェルマン。パラケルスス。シュー・フー。

 そう呼ばれたのは昔の話―――――。


※※※

 細葉巻(シガリロ)を曇らせながら、この部屋の主―――――イザーク・フェルナンド・フォン・ケンプファーは目を細めた。
モニターには当初の目的であるデータが随時更新されつつある。
 我が君―――――カイン・ナイトロードは一度灰となった。
原因は宇宙から地球に向かって放り出されために。
自身の弟の手によって。
だが彼の中に巣食う破壊者達は死んではいなかった。長い時間を有し蘇生。復活。
しかしまだ完全ではない。
かつて、同胞達と共に六百万人を殺戮したカインはまだ不完全な存在。
 我々、薔薇十字騎士団が何の理由もなく誰かに力を貸す事は無い。
目的があり、利益があるからこそ彼等に力を貸しているのだ。
彼等は彼等の目的に夢中になってればいい。
その間に私達は私達で、この殺し合いの真の目的を果たさせてもらう。
 私達の目的――――。
 参加者達の戦闘データを集めること。詳しくはその能力のデータ収集し、カイン復活の資料にするのが目的。
人間誰しも自身の命の危機には予想以上の力がでる。
だからこそ、この環境はデータ収集にもってこいの環境であった。
 盗聴やら刻印とやらもコチラにとってはデータを効率よく採取するための道具に過ぎない。
 盗聴は作戦中の暇つぶしの道具。少し能力を持つ参加者ならば発見できてしまうチャチな代物。
 刻印も盗聴機器とそんなに変わらない。付け加えると我々に対する抑止効果とデータ収集の効率をよくするためでもある。
 神野蔭之の刻印制作を手伝ったのもこのためだ。
データを収集するからには詳しくて、できるかぎり多いデータが欲しい。
 刻印の中に参加者達の能力観測用の魔術(アルチ)を施さしてもらった。
そのデータが目の前のモニターに今もなお、写しだされている。
 ダナティア達、一行にはとても感謝している。
あそこまで騒ぎを大きくしてくれなければ、この巨大な“力”の観測には成功しなかったであろう。
 ウルトプライド、黒魔術、白魔術、etc、etc………。

この短い時間でここまでしてくれるとは。

861機械仕掛の魔道士 ◆I3UY/iwT0o:2007/02/15(木) 01:20:13 ID:10YvUZzQ
※※※

 実はもう一つ、困難とされ廃棄された作戦がある。

 それがクルースニク02の覚醒。
当初の目的では“02”もこのゲームに参加させる予定ではあった。
 勿論、コチラの独断でだ。
しかし、その存在はこちらの作戦をも破壊してしまう力を持つ。
アレが本気になれば私達はもちろん、依頼者も只ではすまない。
このゲームの崩壊。それだけは回避しなくてはならない。


 短くなった細葉巻を灰皿に押しつける。
そろそろ放送の時間だ。

「安心、それが人間の最も近くにいる敵である――――シェークスピア」

 そう呟いた時、モニター上の生存を表していた光が複数個消えた。
 その一つには見覚えがあった。
 ナンバーは…………………。

「NO.26か」

 私もディートリッヒの事は言えないらしい。
(私も人を見る目は無いか………)
死亡者リストを手に取るとケンプファーは立ち上がった。


魔術師の指先が奏でしは、
破壊と殺戮の交響曲
彼の伴奏にあわせて、いざ詠え、堕落せし者よ。
─────我ら、炎によりて世界を更新せん!


【23:55分頃】

862怪物対峙  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/15(木) 14:55:49 ID:H59YxF2c
 ――眼下にある少年の体。死に体に近かったはずのその体に、意志の光が灯される。 
 開かれた竜堂終の双眸に己の姿を映し、古泉一樹は空気の塊を喉の奥に落とした。
 振り下ろすはずだったナイフの切っ先が震え、静止する。
 胴を文字通り一刀両断されておいて、これほどの短時間で意識を回復するという異常。
 神仙が一、風と音を操る西海白竜王。終がその化身であることを、古泉は知らない。
 魔界医師メフィスト。終の治療を行ったその超人が死者すら蘇らせる奇跡の担い手であることを、古泉は知らない。
 ――その無知故に、古泉一樹は驚愕した。不随筋すらも硬直したと錯覚させる未知の衝撃が彼を不意打ちした。
「――あ」
 喉の奥からようやく絞り出せた、短い無様な声。
 知らない。こんな感情は知らない。
 背筋が爛れるような灼熱を、古泉は知らない。
 脳天から喉の辺りまで貫く怖気を、古泉は知らない。
 意識という手綱を越えて体を震わせる痺れを、古泉は知らない。
 知らない。知らない。知らない。大鎌を携えた死神が、自分のすぐ隣に佇んでいる感触なんて知らない。
 ――ならばどうなる? 自分はどうなる?
 三つ路地を曲がった先に殺人鬼が居ることを知らなければ、人は鼻歌を歌いながらそこに辿り着く。
 二歩先に落とし穴があることを知らなければ、人は容易くそれを踏み抜く。
 一秒後に銃弾が自分の頭部を貫くことを知らなければ、人は笑いながらその表情を散らす。
 だが、その死はすべて回避できたものの筈だ。
 自分は死ぬ? ここで死ぬ? 何も出来ずに死体になる?
 ――余人には予想を許さない理不尽。そんなものに自分は殺される?

863怪物対峙  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/15(木) 14:56:56 ID:H59YxF2c
(それは……少々遠慮願いたいですね)
 いつものようにやんわりと、だが断固として拒絶する。
 目的がある。自分には果たすべき目的がある。
 帰るのだ。あの日々に。取り戻すのだ。あの日々を。
 世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団。興味を引いて止まなかったかしましい団長。
 その団長に振り回されていた男は、よく自分とゲームに興じていた。手元には常に彼女が淹れた甘露があった。
 それは涼宮ハルヒを中心とした綱渡りのような関係だったが、それでも――
(彼に言っても信用して貰えないでしょうが――ええ、認めます。僕は気に入っていましたよ。あの奇妙な関係をね)
 だが、奪われた。彼らは即座に殺された。勝手にこんなゲームに放り込まれて殺された。
 理解は出来る。いまだ生存している長門有希を除けば、彼らは戦闘に長けていたわけではない。殺し合いを知らなかった。
 それでも納得は出来ない。彼らは殺された。知らなかったというだけで殺された!
 ならばどうする? 奪われたのならどうする?
 ――確認のためだけの自問自答。答えはすでに決まっている。
 喪失を取り戻せるのは生者だけだ。ならば古泉一樹は反逆しよう。超常に対して食らいつき、覆い被さる理不尽を突破する。
 さあ考えろ。彼我の戦力差を、現在の状況を、為すべきことを。すべて飲み下しかき混ぜ生存のための行動を提示せよ。
 ――思考するのに時間はかからない。
 丹田の辺りから沸き上がる熱波に急かされるように、思考回路は無限に加速する。
 血液が足りないのか、あるいは気絶から回復したばかりだからか、敵の焦点は合っていない。
 だが油断するな。敵はすぐにピントを取り戻すだろう。取り戻せば古泉一樹は終わる。
 最大にして最短のアドバンテージ。それが終わるまでに行動を終了させろ。

864怪物対峙  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/15(木) 14:58:23 ID:H59YxF2c
 並列する思考。一瞬の逡巡で万の手立てを模索する。
 ――説得する? 否。すでに自分は敵対している。聞き入れられるとは思えない。
 ――投降する? 否。崩壊しかけの不安定な集団に捕らえられれば生かされる保証はない。
 ――逃亡する? 否。すでに顔と名前を覚えられた。情報が出回れば、単独で勝ち抜けない自分は生存できない。
 否否否。無限に近い選択肢。それが次々と否決される。焦燥に狂乱し、叫び出したくなる衝動を抑え込む。
 最終的に残った選択肢はひとつ。これならば問題はすべて解決する。
 だが可能か。古泉にとって最大の敗北は死。この行動はそのリスクに直結している。
 ――否。それこそ否。舞台を整えておいて何を今更。
 白刃は振り上げた。何を躊躇うことがある。すでに殺人の一歩を踏み出しているのだ。あとは駆け出し踏破しろ!
 ナイフを振り下ろす。殺傷の軌跡はどこまでも直線を描き、そして目標に到達する。
 引き延ばされもせず、ただ刹那的な経過の後、肉を抉る不快な感触が右腕を支配する。
 だが、すぐに終わった。金属の陵辱が、それ以上の硬度によって阻まれる。
 至近距離での銃撃すら防ぎきる竜麟。何者であっても突破できない。
(外れた――!)
 衝動に任せた一撃は正確さを欠いていた。傷口を正確に穿たなければ、古泉一樹は竜を殺せない。
 そしてこのミスは最悪だった。痛みは茫洋とした意識を引き戻し、怪物を覚醒させる。
 振るわれる剛力。左腕の折れる感触。
 竜堂終が寝転がったまま放った不完全な一撃は、それでも古泉の左腕をへし折った。そのまま吹き飛ばされる。

865怪物対峙  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/15(木) 14:59:37 ID:H59YxF2c
「――ぐぅッ!」
 地面に叩きつけられ、古泉が悲鳴を上げる。痛みは怒りを呼び起こさず、灼熱した殺人への衝動を退避させた。
 残るのは骨折の痛痒。死に対する恐怖。
 古泉とて戦闘に慣れているわけではない。これは閉鎖空間での神人狩りとは違う。有効な一手を持っていない。
 怖い。痛い。死にたくない。固めていたはずの意気が消失していく。
 萎縮する勇気。生存本能が逃走と命乞いを勧告する。
 抵抗は無駄だ。歯向かうのは無駄だ。逃避以外は全て無駄だ。
 ――そうだ。無駄だ。古泉一樹に力はない。あくまで口先三寸と誘導で勝利せねばならなかった。
 それをこうして殺し合いに発展させてしまった己の無様さ。それを悔いて死ぬ。それを悔いて死ね。沈むほどの悔恨に殺されろ。
 脳内を埋め尽くす諦観の群れ。古泉一樹はそれに圧倒され――
「……嫌ですね。そんなのは」
 ――だが、退けた。
 絶望的境地。それでも古泉は立ち上がる。折れていない右腕で砂を握りしめ、激痛に息を漏らしながら立ち上がる。
 すでに彼を突き動かしていた灼熱は冷え切った。突破しようとする狂乱も消え去った。
 だが彼は抜け殻ではない。彼の体を支配していたものはほとんどが消え去ったが、それでもまだ残っている。
 それは決して残滓などではない。むしろ確固たる――
「僕にだって……意地があるっ!」
 ――意志だ。奇妙で平穏なSOS団を望む、古泉一樹の意志だ。
 目前では怪物がゆっくりとした動作で立ち上がっている。鋭い眼光。どこまでも刺し貫く竜王の視線。
 彼我の戦力は圧倒的。無敵の防御たる竜麟。不完全ながら一撃で骨を砕く腕力。対して自分のなんと脆弱なことか。
 それでも古泉一樹は前進する。ただひとつの目的のために。
 意志とは貫くもの。ありとあらゆる障害を蹂躙し、成し遂げるものだ。
 そう――古泉一樹には、意志がある。

866怪物対峙  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/15(木) 15:00:26 ID:H59YxF2c
(打てて後一度、ってところか)
 直感で、それを察する。
 その打撃で眼前の敵を打ち砕くのは容易だろう。
 だがその後は? 竜の筋力で全力を放てば、いかにメフィストの施した固定とはいえ耐えられるかどうか未知数だ。
 最悪、胴体は再び分裂するだろう。そしてどうやら魔界医師は近くにいないようだ。今度は治療されない。
 そもそも周囲に人の気配が全くない――いや、それも当然か。まるで地獄を背負って連れてきたような二人の少女を思い出す。
 あれからどうなったのかは分からないが、満足に走ることも出来ないような今の状況で声高に助けを叫ぶ愚は冒せない。
 そして相手は自分を殺そうとしている。加えて竜堂終は自殺志願者ではない。ならば、
(ここで倒すしか、ない)
 覚悟を決め、格闘の構えを取る。
 竜の転生体であるその身は既に傷を修復し始めていたが、恐らく間に合わないだろう。決着はすぐに訪れる。
 敵の格好には見覚えがあった。先のマンションで従姉妹の仇を告げられ、反応して容易く激昂した自分の隙を利用された。
 ……ああ、つまり。
 直結する思考。閃く想像。容易く象となって脳裏を支配する。
 あの後は、慌ただしくて考える余裕もなかったが。
 目の前にいるこいつは、茉理ちゃんの仇の仲間、なのか。
 古泉とパイフウの同盟がいつからなのか、終には分からない。
 マンションに訪れる直前か? それとも暴れ出した瞬間からか?
 だが、もしかしたら。もしも初期から組んでいたとしたら。
 自分の助けを呼んでいた少女が無惨にも死んだ時、目の前の少年はその傍で笑っていたのかも知れない。

867怪物対峙  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/15(木) 15:01:13 ID:H59YxF2c
 ――瞬間が訪れるのは、いつだって唐突だ。
 竜堂終が咆吼する。異形の声で咆吼する。
 想像は怒りを。怒りは感情の噴出を。そして激情は変化を促した。
 肌が真珠色の鱗に覆われ、瞳孔が異形のそれに変わる。
 圧倒的な存在感と畏怖を見る者に与える竜王の姿へと、竜堂終が化粧していく。
 変化は外形だけに留まらない。竜堂終という存在が、凶暴な獣性に浸食される。
 ラッカー・スプレーで塗り潰されるようにじわじわと、だが素早く。理性が凶暴な顎に噛み砕かれる。
 ――霞んでいく人としての心象風景。最強の獣へと変じるための代償。
 守りたかったはずの人達。心に残る彼らの表情を、その獣は際限なく飲み込んでいく。
 それは、なんという矛盾か。
 復讐で喜ぶ故人は――いるのかも知れないが、少なくとも兄や茉理はそれを望む人種ではない。
 それは理解している。だが理解してなお、竜堂終は彼らのために怒り、復讐を為そうとする。
 ならばその彼らの笑顔を食い尽くしてまで行う殺戮とは――なんだ?
 意味など無い――それも、分かっている。
 この行為は無益。残るのは疵痕だけ。炎症を掻いて誤魔化すのと同じ。ただの自傷以外の何でもない。
 それでも変化は止まらない。一度始まってしまったのなら、竜堂終では止められない!
 溶ける理性。穿たれた笑顔。消失する意味。

868怪物対峙  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/15(木) 15:02:28 ID:H59YxF2c
 ――だが全てが暗闇に沈む寸前に、見えた物があった。
 最初は光だと思った。眩い光。暗闇では光を包めない。だから残ったのだろうと思った。
 だがその光も霞み始めていた。その金色が黒く薄れていく。光さえ獣性は食い尽くす――?
 違う。終は直感的に否定した。これは光ではない。
 ならばこの金色は何だ。万物を浸食する獣性に抗えているこの『強さ』は――何だ。
 金色に触れるのを恐れるかのように、闇の侵攻は遅々としたものだった。
 そして気付く。その金色の背後に、死んだ兄と従姉妹の顔がある。
 守っているのだ。金色は、竜化が竜堂終から喪失させることを拒んでいる。彼らを守るために、その身を獣の牙に晒し続けている。
 ならば、なおさらその正体が分からない。
 兄貴は死んだ。茉理ちゃんも死んだ。ならば何だ? そうまでして竜堂終を守ろうとするモノは何だ?
 ――居るではないか。居たではないか。
 気付くと同時、金色が振り返る。金の髪をたなびかせ、強靭な『女王』が振り返る。
 彼らの旗。潰えたと思っていた旗。
 だが、そうではなかった。
「……ああ、そうだ」
 言葉を紡ぐ。狂乱する獣ではない、人としての言葉を。
 それを合図とするように、ささくれだったような鱗は再び人肌に戻り、針のように細められた瞳孔も丸く戻り始めた。
 ――取り戻す。竜堂終が、人としての心を取り戻す。
「……負けて、たまるか」
 憤怒が冷めたのではない――冷ましたのだ。終単身では制御できなかったはずの竜化を、制御していた。
 怒りはある。ともすれば簡単に吹き出すだろう。
 だが、それでも、
(……そうだ。俺は託された)
 ――あの時、ダナティアが自分を止めた理由。
 それが分からないほど終は愚かではない。それを伝えられないほどダナティアは無力ではない。
 憎しみに任せての殺人を自分の仲間達は止めてくれた。それを無駄にする? そんなことには耐えられない。
 自分が手玉に取られた所為で舞台は崩壊した。そんな失態を二度も晒す? そんなものは冗談にもならない。
 彼らは憎しみの連鎖を起こすために凶行を止めたのではない。竜堂終は、竜堂終の自意識をもって敵を退けなければならない。
 ――そうだ。やはり彼は単身で竜化を制御していたのではない。
 竜堂終を、人として繋ぎ止めていたのは――
「あんたなんかに――譲れるかっ!」
 ――遺志だ。ダナティア。ベルガー。メフィスト。彼らが竜堂終に託していった遺志だ。
 目前では少年ががゆっくりとした動作で立ち上がっている。左腕は折れ、それでも退かずに立ち向かってくる。
 その様はまるで不死身の怪物のよう。竜すら喰らう巨大蛇のよう。
 それでも竜堂終は前進する。受け取ったものを無駄にしないためにも。
 遺志とは継ぐもの。後継者を守り、正しい方向へと導くものだ。
 そう――竜堂終には、遺志がある。

869怪物対峙  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/15(木) 15:03:27 ID:H59YxF2c
◇◇◇

 片や己の意志により喪失を埋めようとする怪物。
 片や託された遺志により喪失を防ごうとする怪物。
 彼ら怪物達の突進は、示し合わせたかのように同時だった。

「――うぁあああああアア!」
 刃を構え、古泉が走る。
 必要なのは速度。だが怪物を超越できる加速を古泉は持たない。
 ならば用いるのは古泉一樹にとっての最速。腕の痛みに苛まれながら、それでも出せる限りの脚力を尽す。
 勝算は低い。だが何もせずにに死ぬのは我慢できない。それは古泉一樹の意志が許さない。
 ――そして、必殺を期するため、白刃を掲げ――

「――ぉぉおおおおオオオ!」
 竜堂終は構えを鋭化させていった。不思議と腹部の傷は痛まない。
 それは不完全ながらも竜になりかけた効果なのだろうが、終には違うように感じられていた。
 支えられているのだ――そう、思えた。これならば安心して力を震える。
 だが油断するな。怪物相手に油断をするな。継承した遺志を無駄にはするな。
 拳を引き絞り、待つ。傷はまだ深い。跳んだり跳ねたりはできない。
 故に、狙いはカウンター。一歩の踏み込みと一撃のみの拳打に全身全霊を込める……!
 ――そして、必殺のタイミングを計るため、敵を見据え――

870怪物対峙  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/15(木) 15:04:32 ID:H59YxF2c
 ――だが突如、もう少しで終の間合いに入るといった所で、古泉がナイフを地面に落とした。
(なんだ!?)
 終が驚愕したのは、敵の寸前で武器を取り落とすという間抜けにではない。
 敵のその動作が、明らかに意識的に行われたものだということに気付いたからだ。
 古泉が右腕を振りかぶった。何かを握っている――
 だがそれを終は視覚で捉える前に、触覚で感じることとなった。
 左腕が動かせないため不自然な投擲となったが、それでも投げつけられた何かは投網のように広がり、終の眼球を汚染する。
(……土!)
 瞼の内側に砂が入り込み、視界が奪われる。
 先程終に吹き飛ばされ、立ち上がった時、古泉はそれを握りこんでいたのだ。必殺を期するために。
 そう。古泉に力はない。だから勝つには不意打ちしかない。
 ある程度離れていても、投げつけられた土は十分に目つぶしとしての効果を発揮する。
 終は焦った。敵は怪物。ならばこちらが見えていない間に自分を殺すのは道理。
「この――!」
 苦し紛れに拳を放つ。だが、当たるはずもない。
 ――奇襲、不意打ちのメリット。それは何か。
 ひとつは技量、身体能力を無価値に出来ること。武術の達人でさえ、暗闇で背後から金属バットで殴られればチンピラに敗北する。
 そしてもうひとつ。敵を焦らせ、正常な判断力を乱すこと。
 目で見えないのなら、音で判断すれば良い――終がそれに気付いたのは、拳を放ってしまった後だった。
 失策に舌打ちをしながら、それでも拳を引き戻す。音を吸収する森という悪条件を呪いながら、敵の位置を探る。
 だが敵の位置が分かったのと、背後からの衝撃は同時だった。強い衝撃。
 目が見えないということもあったが、それでも抗えたはずだ。だがその理屈に反し、終が転倒する。
 拳打を主力とするならば、背後はほとんど無防備だ。それを晒しているという事実に寒気がする。
 一秒でも早くその悪寒を振り払うために、立ち上がろうとしたところで――
 終は、己の敗北を知った。

871怪物対峙  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/15(木) 15:06:26 ID:H59YxF2c
「……あ」
 足が、動かない。下半身は感覚さえない。背中に鈍痛を感じる。
 すでに、攻撃は終わっていたのだ。
「……両断されたのだから、勿論背中にも傷口はありますね?」
 倒れた終の頭上から、古泉の声が響く。
 終の背中の中心。修復中で脆くなっていた背骨を通る脊髄を断ち切るように、コンバットナイフが刺さっていた。
 砂を投げた後、古泉はすぐにナイフを拾い、終の脇をすり抜けるようにして安全な背後に回り込んだ。
 そして片腕という非力さを補うために、全体重を掛けて押し倒しながらナイフを突き刺したのだ。
 危険は多かった。背後に回る際、終が闇雲に打った拳が一発でも当たっていれば古泉の負け。砂の目潰しも持続性は高くない。
 終が重傷を負っていて身軽に動けなかったからこそ成功した、古泉に可能だった唯一の奇策。
 殺人の感触に疲労しきった微笑みを浮かべながら、古泉は刺さっているナイフの柄尻に足を乗せ――
「……すみません。僕が、進ませて貰います」
 ――全体重を掛け、一気に踏み込んだ。



【100 竜堂終 死亡】
【残り41人】

872怪物対峙  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/15(木) 15:07:20 ID:H59YxF2c
【C-5/森/1日目・23:55頃】

【古泉一樹】
[状態]:左腕骨折/落下による打撲、擦過傷/疲労/左肩・右足に銃創(縫合し包帯が巻いてある)
[装備]:コンバットナイフ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン10食分・水1800ml)
[思考]:出来れば学校に行きたい。
    手段を問わず生き残り、主催者に自らの世界への不干渉と、
    (参加者がコピーではなかった場合)SOS団の復活を交渉。
[備考]:学校にハルヒの力による空間があることに気づいている(中身の詳細は知らない

873タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 22:43:50 ID:9yaTnsNo
「挽肉におなりっ!」
 号砲のような雄たけびとともに進撃するのは小早川奈津子。
 大上段に大剣を構え、威風をまとって向かってくるその偉容は
 鬼武者のごとき威圧感を相手に与える。
 その顔は憤怒で染まり、猛久しい像のような吐息を吹き出していた。
 緊張に沈む街路。しかし、
「野放図な行動原理だな。怪物と聞いたが、実際はただの馬鹿か」
 マンホールの投擲を避けて身を屈めていた屍刑四郎が、上体を立て直して立ちふさがる。
 赤旗目掛けて突っ込んでくる闘牛、
 それに立ち向かう闘牛士さながらの堂々とした態度だ。
 濡れて顔にかかっていたドレッド・ヘアを掻き揚げると、
「刑事に対する殺人未遂――よくやってくれた」
 一部の新宿区民は、この言葉をどれほど恐れているだろう。
 それほどまでに、魔界刑事は『犯罪者』に対して徹底的で容赦が無い。
 文字どおりに虫けらとしか相手を見なさないからだ。
 だが、その宣告も小早川奈津子にとっては脅威にはならない。
 特に先刻の侮辱の影響で、彼女は屍の放ったブタという単語に過剰に反応した。
「国家の犬風情が、あたくしに意見しようなど万年早くってよ!」
 ひときわ凄烈な轟声をあげ、その加速をいっそう速める。
 屍との距離はすでに十メートルを切っていた。
 あと数歩で小早川奈津子のリーチ内だ。
 女傑が満身の一撃を放とうとしたその瞬間。屍は強張った面で彼女に向き合い、
「おまえはその犬にかみ殺されるのさ」
 つ、と地面を滑るかのように音も無く後退した。
 ただ下がるだけではない。相手のリーチを完全に読みきり、
 攻撃を避けた瞬間に踏み込んでのカウンターを入れることが可能な体勢だった。
 屍の経験・技量は女傑のそれを圧倒的に上回っていた。
 気づいた小早川奈津子が慌てて剣を止めようとするが、すでに慣性は働いている。
 全ては屍の思惑どおりだ。

874タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 22:44:50 ID:9yaTnsNo
 が、その予定を狂わす第三者は意外な場面で行動してきた。
「てンめぇ……! そいつは俺の獲物なんだよ!」
 小早川奈津子を激怒させた張本人、甲斐氷太だ。
 屍は、甲斐が漁夫の利狙いで自分を襲うものだろうと考え、
 鮫による奇襲にも警戒を怠ってはいなかった。
 しかし、甲斐氷太は気の赴くままに敵意を放ち、その警戒の斜め上を行く。
 あろうことか、屍向かって突進してくる小早川奈津子の両足に、
 甲斐は黒鮫の尾で痛烈な一撃をお見舞いしたのだ。
 タイミングに乗った一発は、常人の足を打ち砕く威力を誇っていた。
 だが、ドラゴン・バスターを自称する女傑に対しては、
 ただの脚払い程度の攻撃に過ぎなかったのだ。
「あっー!」
 驚嘆の声とともに、宙に浮きつつ前方へと体を流す小早川奈津子。
 屍にとってその転倒は最悪の結果をもたらした。
 巨人の剣は振り下ろされる途中であり、それが前のめりになった巨体と、
 脚払いで宙に浮いた慣性とが組み合わさり、予想以上の斬撃範囲を発揮したからだ。
「をーっほほほ! これぞ怪我の功名、一刀の下に斬り捨ててあげましょう」
 してやったり、と言った風情の嬌声に後押しされながら、
 ブルートザオガーが花柄模様の男に迫る。
 その威力・硬度・切れ味は、ともに人一人を真っ二つにするには十分すぎる。
 大剣が隻眼の顔に達する直前、魔界刑事は賭けに出た。
 そのたくましい両腕が閃いたかと思った瞬間、大剣を左右から挟みこんだのだ。
 真剣白刃取り。
 絶体絶命の状況下でそれを成しえたのは、
 屍の卓越した身体能力と古代武術「ジルガ」の技法に他ならない。
 短距離において音速を突破できる屍は、その能力が制限されていても
 技の冴えを衰えさせていなかったのだ。

875タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 22:45:37 ID:9yaTnsNo
 しかし、魔界刑事の身体能力と古代武術をもってしても、
 小早川奈津子の斬撃を止めることはできなかった。
 巨人のパワーは怒り補正を受けて、一気に剣を押し込もうと猛威を振るう。
 白刃取りによって勢いを殺したものの、添えられた屍の手ごと剣が迫る。
 鼻頭に大剣が到達する直前、屍は頭を傾けて直撃を避けた。
 それでも、依然として剣が振り下ろされていることには変わりが無い。
 命中箇所が頭から肩へとずれただけだ。
 大剣が花柄模様を切り裂く。
 直後、硬い音がした。
 だがそれは金属が肉を断ち切り、骨を砕く音ではなかった。
 間違いなく剣は命中した。しかし、一滴たりとも流血が見られない。
 屍は憮然として告げた。
「古代武術ジルガのうち――鉄皮。上着を台無しにしやがって、このクズが」
 刑事の背後から吹き出した殺気に危機を感じた小早川奈津子は
 慌てて飛びのこうとする。
 しかし、それは叶わなかった。
 今度は逆に、鋼のような屍の腕が万力のごとく大剣を固定していたからだ。
 次の瞬間、鞭のような蹴撃が小早川奈津子の巨大な左大腿を打った。
 二発、三発、並みのヤクザやチンピラは、この時点で粉砕骨折しているだろう。
 四発、五発、小早川奈津子の顔がついに苦痛に歪む。
 そして六発目が大腿の皮膚を打ち破り、鮮血を散らすと同時に
 その巨体がゆるりと傾き、受身のために女傑は路地へと手を着いた。
「これでようやく急所を殴れるな」
「仰ぎ見るべきこのあたくしを同じ視線で眺め回すとは何たる無礼!」
「この期に及んで何を言ってやがるこの唐変木。あばよ」
 言うと同時に、屍の右腕が後ろに引かれる。
 この構えの果てにあるのは、ジルガの技法「停止心掌」
 小早川奈津子のような怪物を一撃で仕留めるにはこれしかないと、
 屍が先ほどから狙っていた技だ。
 強力無比な掌撃が、万全を期して女傑の胸へ迫る。

876タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 22:46:49 ID:9yaTnsNo
 その一撃を打ち出した瞬間、屍は後頭部に殺気が当てられるのを感じた。
 すでに屍は攻撃中だ。未来は二つ。
 危機を回避するか、そのまま巨人に止めを刺すか。
 逡巡する時間が無い中で屍は危機回避を優先した。
 烈風とともに花柄模様が翻り、同時に黒鮫が口腔鮮やかに飛来する。
 屍は甲斐の鮫と攻撃の察しをつけていたのだ。
 だが停止心掌は完全に不発し、小早川奈津子は隙をついて離脱してしまった。 
「くそっ、よく避ける野郎だ」
 言うが早いか、甲斐の瞳が燃えるような輝きを放つ。
 屍はその輝きの中に渇望の意を見出した。
「餓えてやがるな、狂犬め」
 言いながら屍は若干つま先に加重をかけ、重心を前に傾かせた。
 対する甲斐は正面に屍を捉えながらも、四方にも感覚を向けて
 周囲空間そのものを把握しているのだろう。
 お互いの視線が交差し、しばしの間世界が止まった。
 が、それもつかの間。
「クックック、クハハハッ」
 突如として甲斐がを笑みをこぼした。
 楽しくて、満足で仕方が無いといった表情で。
 内奥からこみ上げてくる歓喜と情熱が甲斐氷太を奮わせたようだ。

877タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 22:47:29 ID:9yaTnsNo
「何が可笑しい」
「ククッ、笑わずにいられるかよ。おまえみてえな相手を前にして。
ついさっきもガンくれあったが、こんな鬼みてえな、
いや、悪魔みてえな視線を向ける野郎は初めてだぜ?」
 見ろよ、と甲斐は屍に対して腕をまくって見せた。
「見事に鳥肌が立ってやがる。数秒睨まれただけでこんなになっちまった。
それだけじゃねえ、脊髄にツララをブッこまれたような感覚だぜ。
相対してるだけで、テメエの威圧とスゴ味に俺自身が飲み込まれちまいそうだ。 
目の前の男がどれだけヤバいか、俺の本能はちゃんと分かってる」
 対して屍は何も言わない。甲斐の出方を伺っている。
 空中を旋回する二匹の鮫が、番兵のように屍の接近を防いでいるからだ。
「でもよお、いや、だからこそ、だな。
こうして俺が向き合ってる相手ならば、このクソッくだらねえ世界の中で
唯一手応えが感じられそうなヤツなんじゃねえかって思うんだ。
余計な虚飾や装飾を取っ払ったシンプルな、それでいて確実な手応えをよぉ」
 カプセルにはまってから、いや、それ以前から甲斐には何もかもが
 嘘くさく思えてしょうがなかった。
 どれもこれもが些事であって、切り捨てられない、必要な何かと比べて
 無価値な石ころに過ぎないと感じていた。
 そんな日常に宙ぶらりんになって生きる甲斐にとって、
 悪魔戦に溺れることはまさに快感だった。
 いや、思考や感情の奥にある「存在」する何かが弾ける感覚だ。
 余計な幻想を片っ端か打ち壊してくれる。
 屍との闘争によって、甲斐は失われない確実なものを得られると確信した。
 だからこそ、屍を追ってここまで来たのだ。
「さぁ、存分に殺しあおうぜ。過去も未来も要らねえ、必要なのは今だけだ。
満ち足りるまで、クラッシュするまで溺れようじゃねえか」
 弾けそうな興奮と期待そして心情をぶつける甲斐。
 しかし、
「粋がるなよ糞虫」
 返ってきたのは痛罵と屍のデイパックだった。

878タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 22:48:37 ID:9yaTnsNo
 悦に入ったように語る甲斐に対して、屍は全力でデイパックを叩きつけると
 疾風のごとく間を詰める。
「おまえの自己満足に付き合う理由も義理も無い、警察をナメるな。
ゴミは掃除する、治安は守る、それだけだ」
 白鮫がデイパックをブロックする隙をついた低姿勢で一気に距離を詰めると、
 そのまま黒鮫の胴に向かって上段蹴りを叩き込む。
 身もだえしながら後退する黒鮫。
 その背後で、甲斐が目を剥きながら歯を食いしばる姿を屍は捉えた。
「カラクリが読めてきたぜ――その妖物、おまえと同調してやがるな」
「っはぁ……容赦無えな。けどよぉ、そーやって煽られると
俺はますます燃えるんだっ!」
 痛みを堪えつつ、しかし陶酔したかのように甲斐はカプセルを口に含む。
 次の瞬間、眼前に掲げた拳を振り下ろし、
「ノッてきたぜ――食い千切れ!」
 蹂躙の意を轟かせた。
 冷静さには欠けるが、悪魔のスペックがそれをカバーする。
 同時に、二匹の悪魔が屍目掛けて雷光のように飛んでいく。
 背びれ、胸びれ、尾、ノコギリ歯。
 電光石火で繰り出されるコンビネーションが屍を包む。
 前後左右上下から襲い来る破壊力。
 屍はそれを持ち前の直観力で巧みに捌き、時には避ける。
 足首を狙った黒鮫の尾の一撃を片足を浮かしてやりすごし、
 同時に右腕部をミンチにせんと迫る白鮫の歯を防ぐため、
 顎に掌打を打ち込んで、鮫が突っ込んでくるベクトルを変える。
 物部景がこの光景を見たらいったい何を思うだろうか。
 狂犬の王が操る悪魔に対して、生身の人間が素手で渡り合っているのだから。
 荒れ狂うハリケーンの直下のように戦塵が舞い、風が千切れる。
 魔人と悪魔の饗宴は壮絶な様相を示していた。

879タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 22:50:05 ID:9yaTnsNo
 その戦場に巨人が乱入してきた時、均衡は崩れた。
 屍により手痛い反撃を受けた小早川奈津子が、大剣片手に威勢をあげる。
「面妖な鮫ともども、あたくしが討ち取ってあげましょう!」
「上等っ! ポリコを殺るついでだ、ハムにしてやるよ」
「どいつもこいつもよく喋る――」
 風が唸った。
 ブルートザオガーの軌道上から身をくねって退避した白鮫に
 屍の変則フックが直撃し、フィードバックで甲斐がうめく。
 その反撃とばかりに屍目掛けて突進する黒鮫の尾を
 小早川奈津子が掴んで豪快に振りかぶる。
 それはまるで大魚を吊り上げた漁師のような風情であった。
 そのまま哄笑とともに鮫を屍に叩きつけようとするが、
 鮫の抵抗にあい巨大な頬に鮫肌の痕がつく。
 よろめく女傑。
 隙を逃さぬよう屍の両腕が瞬動し、巨人の手首を砕き折ろうとするが、
「乙女の柔肌を汚した重罪、打ち首獄門市中引き回しの刑で償うがよくってよ!」
 憤激した女傑の振り回す大剣がそれを許さない。
 型もへったくれも無い、力任せで常識外れな剣戟だ。
 接近した魔界刑事の首筋を剣の切っ先が擦過する。
 その斬撃で飛び散った鮮血を舐め取るかのような軌道で、白鮫が屍を強襲。
 防御の隙間を縫って屍の肩を尾で打ち据えた。
 隻眼の顔に苛立ちが浮かぶ。

 一瞬ごとに別個のコンビネーションで攻め立ててくる甲斐氷太。
 意外性とタフさによって屍の予測の外を行く小早川奈津子。
 二人を上回る技量と経験を持ち合わせる屍だが、
 思惑どおりに流れを組み立てることは難しい。
 屍の手元に愛銃があれば、一秒とかからず二人は射殺されていただろう。
 だが、屍の支給品は武器ではなく椅子だったのだ。
 珍しく、魔界刑事の額を汗が伝った。

880タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 22:52:25 ID:9yaTnsNo
 泥沼の白兵戦になるかと思われたその時、
 屍はついに死中の活を見出す。
 甲斐が矢継ぎ早に繰り出してきた悪魔のコンビネーション攻撃。
 その派生パターンを魔界刑事は直感的に理解した。
 思考のトレースではなく、魔界都市で培ってきた本能的なものが
 鮫の動きを先読みしたのだ。
 屍は信頼に足るその感覚に従い地を蹴った。
 悪魔持ちたる甲斐は戦闘開始直後からあまり移動していない。
 そしてその三メートル先で白鮫が路壁に沿って飛ぶのが見える。
 あの鮫の動きが予想したとおりならそこで決着だろう、と屍は思慮した。
 左前方から迫り来るブルートザオガーを間一髪で切り抜け、
 大剣の担い手たる小早川奈津子の巨体に接近する。
 左肩を密着させて相手の重心をわずかにずらし、タイミング良くショートパンチ。
 屍の右拳を腹部に受けた女傑の巨体が後ろに流れる。
「をーっほほほほ! この程度痛くも痒くもなくってよ!」
 やかましい、と拳に手応えを感じながら、屍は白鮫の動きに注目した。
 かくして、白鮫は路壁に向かって尾を振りかぶる。
 それを確認した瞬間、屍はチェック・メイトに至る道筋を構築し、実行する。
 流れていく小早川奈津子の体、それを全力で押して巨体を移動させる。
 同じタイミングで白鮫はブロック状の路壁を尾で破壊し、
 その破片を散弾銃のごとく屍へと浴びせかけた。
 同時に黒鮫が上方から襲い来る。
 これこそ、屍が直感的に予知した新手の攻撃バリエーションだ。
 屍へ迫るブロックの破片をタイミング良く小早川奈津子の体が受け止める。
 予想外のダメージで意識を乱した女傑の腕に向かって、
 屍はアッパーカットを放つ。
 結果、巨人の右腕は大剣を持ったまま直上へと跳ね上がり、
 襲い掛かってきた黒鮫に激突。
 全ての攻撃が阻まれ、同時に無防備な甲斐への道が開けた。

881タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 22:53:28 ID:9yaTnsNo
「何っ!?」
 驚嘆の叫びは甲斐のものだ。
 今しがた思いついたばかりのコンビネーション攻撃を
 タイミング良く完全に防がれたのだから、そのリアクションは当然といえよう。
 攻撃の派生も内容もたった今誕生したばかりなのだが、
 屍はそれを以前から知っていたかのごとく完璧に無効化してみせた。
 攻撃を五感で感知する以前に、屍が対応策を練っていたとすれば、
「シックス・センスか……!」
 甲斐氷太は今やっと、屍刑四郎の驚異的な危機回避能力の正体を知った。
 鮫による最初の奇襲も、背後からの強襲もことごとく屍は回避した。
 その理由が、直感による殺気察知に由来するものならば、
 今まで二匹の悪魔の攻撃を凌ぎ続けてきた事実も納得できる。
 
 そんな甲斐を尻目に、屍は順当に決着への手順を踏んでいく。
 先ほど利用した小早川奈津子、その膝に右足を乗せて階段を上るように
 重心移動を行う。
 次の足場は巨人の胸、そこを左足で踏みつけて、反作用で跳躍。
 三角跳びの要領で、女傑の右腕と激突している黒鮫と同等の高度に達する。
 体操選手より鮮やかな動きだが、凍らせ屋にとっては朝飯前だ。
 上昇の勢いを乗せて、黒鮫の鼻っ柱に一撃をお見舞いする。
 黒鮫は絶叫するように口腔を見せつけながら、
 更に上方へと吹き飛ばされた。
 屍は重力に引かれて落下しながら、甲斐がよろめく姿を視界端に捉えた。
 残る白鮫もしばらくは動かせないほど、甲斐は衝撃を受けているのだろう。
 鮫と甲斐が同調に近い関係にあることをすでに屍は見破っていたので、
 先ほどの一撃には停止心掌には及ばないものの
 霊的なパワーを込めておいたからだ。
 それが悪魔を苦しめ、ダメージが甲斐にフィードバックしたのだ。

882タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 22:55:19 ID:9yaTnsNo
 着地した屍の足元には、足場にされ跳躍の反動で倒された小早川奈津子が
 転がっていた。
「こ、このあたくしを踏み台に……! 何たる屈辱、何たる冒涜!」
「威勢がいいのは口だけだな」
「をーっほほほほほほ! ならば聖戦士たるあたくしの華麗なる一撃を
お見舞いしましょう! 昇天おしっ!」
 起き上がるや否や、小早川奈津子は聖なる力を振り絞って
 ブルートザオガーを一閃した。
 するとどうだろう、先ほど眼前にいた屍刑四郎は影も形も無くなっている。
「おやまあ、なんと貧弱な。
あたくしの超絶・勇者剣を受けて跡形も無く滅却したのかえ?。
ともあれ正義は勝った、完 全 勝 利 でしてよっ! をっほほ――」
「黙れ馬鹿」
 その声は、勝利の高笑いを響かせようとした、
 聖戦士・奈津子の背後から響いた。
 驚いた聖戦士が百八十度反転すると、そこには花柄模様の上着が――、
 そこまで認識した瞬間、小早川奈津子の心臓に激震が走った。
 古代武術、ジルガの技が冴えわたる。
 停止心掌は巨人の急所に炸裂したのだ。
 この技は防御を無視し、内部にダメージを与える。
 小早川奈津子といえども、笑って耐えられる代物ではない。
「だ、だまし討ちとは……何たる……卑怯……」
 これが屍刑四郎が聞いた、小早川奈津子の最後の言葉だった。
 巨人堕つ。

883タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 22:57:36 ID:9yaTnsNo
 怪物との勝負に決着をつけた屍が振り向くと、
 壁に手を添えながら甲斐氷太がこちらを睨みつけていた。
「よお、まだ――終わりじゃねえぜ」
「じき終わる」
 屍からみて、未だに甲斐のダメージは深刻だ。
 先ほどまでのようにキレのある動きで悪魔を操作できないだろう。
 だが、相手が怪我人だろうが屍に容赦する気は微塵に無い。
 犯罪者は、皆等しく平等――全く価値が無いからだ。
 一歩、一歩、処刑人のように屍は甲斐に詰め寄っていく。
 依然変わらぬ威圧を背負って。
 追い詰められた犯罪者は、このような屍に対して大抵は逃げたり、
 命乞いをする。
 だが、甲斐は出会ったときと同じく、傲岸不遜に屹立していた。
「何をしようとどのみち無駄だがな」
「ああ、もうここから動く必要は無えしな」
 用心深く屍は二匹の鮫を確認した。
 黒鮫は未だ上空で弛緩しおり、戦闘できるとは思えない。
 白鮫も崩した路壁付近を漂っている。襲ってきても対処可能だ。
 そして、今まで屍の急場を救ってきた殺気感知も無反応だ。
 もはや甲斐に戦闘力が無いことは明らかだった。

 あと四歩、屍がそこまで進んだところで甲斐が不意に口を開いた。
「綱を落とすぜ。好きにしろよ」
「何――?」
 意味不明。屍は警戒するとともに疑問解決に思考を裂く。
 瞬間、先ほどまでとは比べ物にならないほどの殺意が屍の体を貫いた。
 思考を裂いていた分、対応が遅れる。
 しかも、本能的に跳び退る事はできなかった。
 屍は甲斐の攻撃を直感任せですでに数回ほど回避している。
 相手がそれを学習していないはずが無い、と屍は推論し、
 飛び退いた先に何があるか確認していない現状で、
 無闇に回避行動を取るのは危険だと、理性で本能を押し留めたのだ。
 最悪、スリーパターンの三匹目が回避先に現れるかもしれない。
 故に、手段は迎撃。
 決断からワンテンポ遅れて、屍は殺意の主を捜し当てた。
 それは白鮫そのものだった。
 自立行動できたのか、と屍が思う間もなく白鮫が迫る。
 完全な誤算だった。屍は以前、甲斐は鮫と同調していると推測した。
 だが、それはドラッグを起爆剤として使用者の闘争本能などを
 具現化する仕組みだろうと勝手に解釈してしまったのだ。

884タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 22:59:36 ID:9yaTnsNo
 魔界都市にも強力な興奮剤が存在する。
 その中には使用者の容姿を変質させる物も含まれている。
 屍は、甲斐のカプセルがその亜種のようなものだと判断し、
 悪魔の存在をあくまで使用者の一部分が分離した固体だと考えた。
 従って、悪魔そのものが独立して存在するとは思えず、
 使用者の一部分たる悪魔が暴走するなど予想外だったのだ。
 まさか、手綱を放せば勝手に暴れる代物だとは考慮していなかった。

 そう誤算しても無理は無い。
 甲斐は戦闘において確実に悪魔を制御していた。
 使用者の意の下に掌握された悪魔は、甲斐の殺意に従って牙を剥く。
 忠実な僕であったからこそ、屍はオーナーである甲斐一人の
 殺意を汲み取るだけで済んだのだ。
 その経験から、屍は未知である悪魔を既知の存在として誤認していた。

 もはや白鮫の口腔は魔界刑事の目前だった。
 虚空から出現する妖物である鮫に、鉄皮が通じるか否かは未知数。
 ならば、障害物を出せばよいと屍は結論。
 以前、甲斐へと投擲したデイパックを蹴り上げて、
 それに食いついた鮫の口中へとねじ込んだ。
 もはや甲斐が統御していた時の洗練された動きは感じられない。
 目先の敵を全て食い尽くす破壊力そのものだ。

885タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 23:01:44 ID:9yaTnsNo
 これが、甲斐氷太の悪魔。
 鉄の意志でもあるオーナーの手綱が外れると、攻撃本能のままに蹂躙する。
 屍の殺気感知力がなければ、奇襲を防ぐことは困難なほどに滅茶苦茶で、
 原始的で、それでいて非常に手の焼ける存在だったのだ。
 
 しかし、この場に限って言えば、屍が直観力に頼りすぎたのは失策だった。
 このゲームが開始されてから、屍の勘は従来どおりの冴えを見せた。
 と、感じるのは屍の主観であり、実際はしっかりと制限を受けていたのだ。
 その制限で、殺気などの害意を感じる場合と比べて、
 無意な存在から受ける被害に対する直観力は若干低下していた。
 つまり、対人には十分効果があるが、トラップや不慮の事故は
 通常と比べて察知しにくくなっていたのだ。
 屍はゲーム開始以来、大して戦闘を行わなかった。
 それにより「勘」という不安定な能力のコンディションチェックを
 行うことができず、新宿にいた時の状態のままだと思い込んでいた。
 甲斐や小早川奈津子の攻撃を事前に察知していたときは、
 当てられる殺気に反応したのであって、
 死の危険そのものを感じ取っていたわけではなかったのだ。
 それが、今更になって魔界刑事を追い詰めた。

886タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 23:03:40 ID:9yaTnsNo
 屍が上空に吹き飛ばした黒鮫。
 それはただ攻撃を受けて苦しんでいただけではない。
 上空を通るある物のそばまで接近していたのだ。
 なぜそのような芸当ができたのか。
 フィードバックを受けながらも、カプセルの影響で
 戦気高揚していた甲斐は、同時に痛覚も若干マヒしていた。
 しかも、屍が小早川奈津子を戦闘不能に追い込むとき、
 取り出したカプセルを苦しむ演技とともに飲む暇があった。
 それによって、若干のあいだ悪魔を制御する余裕を甲斐は得ることができた。
 
 空を屍が確認したとき、黒鮫は弛緩していた。
 だが、それは真に弛緩していたのではなく、力を溜めていたのだとすれば、
 優れた勘で攻撃を感知する屍に対して、甲斐が苦肉のトラップを
 用意していたのだとすれば、往生際の態度も納得できるだろう。

 動く必要は無い、と甲斐は述べた。
 なぜなら自分の前まで屍を誘導させる必要があったからだ。
 冷静ならばもっと上手くやれただろうが、今の甲斐にはこれが限界だった。
 屍は自分に止めを刺しに来る、と甲斐は確信して
 自身の手前に攻撃地点を設置した。
 トラップの正体、それは上空を通る複数の電線だった。

 綱を落とす、と甲斐は宣言した。
 それは悪魔の手綱であると同時に、電柱を結ぶ線をも意味したのだ。
 白鮫の制御を手放すことで甲斐は黒鮫の制御に集中できた。
 冷静さを欠いている現状、片方の制御に集中しなければやっていけない。
 その黒鮫はこの時のために上空で力を溜め、
 オーナーの意に従い正確に電線を引きちぎった。

887タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 23:05:34 ID:9yaTnsNo
 目の前の強敵が放つ殺気に注意を奪われていた屍は、
 自身に向かって上空やや後方から接近してくる二本の電線に気づかなかった。
 無理やり千切れた反動で、電線は弾みをつけて落下してくる。
 その威力は、もはや鞭などというレベルを超えている。
 惨劇は一瞬だった。
 電線は無情にも凍らせ屋の背中を痛打し、花柄模様を銅線が引き裂く。
 凶器の直撃を受けてなお、激痛に耐える屍刑四郎を白鮫が襲う。
 その尾は正確に屍の頭に激突して脳震盪を引き起こした。
 甲斐はこの瞬間を待っていた。
 自分より格上で、油断も隙も無い魔界刑事が無抵抗になる刹那の時を。
 判断は即座に成され、忠実な悪魔は寸分違わずそれに従う。
 落雷のごとく飛来した黒鮫は、悪魔の名に相応しい破壊力を持って、
 屍刑四郎の頭部へと食いついた。

 死んだ、と思った。勝った、と思った。 
 甲斐氷太は内より込み上げる感情を外へぶちまけようとして、
「――!」
 獣の咆哮を聞いた。
 
 首まで黒い悪魔に飲み込まれた魔界刑事。
 その両腕が絶叫とともに天へと突き出され、猛禽の鈎爪にも見える五指が
 左右から鮫の頭部に突き刺さった。
 瞬間、甲斐は猛烈な衝撃に意識を失いそうになった。
 鈍器で殴られたような感覚。
 それがどんどん自分の芯の方へと食い込んでくる。
 相手には武術を使う思考も、余裕も残されてはいないだろう。

888タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 23:07:23 ID:9yaTnsNo
 しかし、氷らせ屋は頭を食われてなお、凶悪なパワーで戦闘続行を望んでいる。
 正に、魔人。
 魔界刑事の生存本能と、メフィスト病院製の特殊細胞が命を繋いでいるのだ。
 この男を沈黙させるには、頭部を食いちぎって脳を破壊するしかないのか。
 
「お――!」
 甲斐は吼えた。そうしなければ眼前の光景に圧倒されそうだったから。
 抵抗する証を自分自身で確認しなければ、痛みに屈しそうだったから。
「死ねよっ! 死んじまえこの怪物がぁっ!」
 もはや悪魔戦でもなんでもない。
 男と男、二つの存在が生命をかけて意地を張り合っている。
 屈したら、死ぬ。
 その思いが甲斐の意識を支え続けた。

 もう何十秒過ぎたのだろう、いや何百か何千か。
 いや、時間なんてどうでもいい。
 甲斐は頭がどんどんクリアになっていくのを感じた。
 これが、己が求めた瞬間なのか。
 そんなことを考える余裕すら、もはや無い。
 今はただ、相手を喰らい続けることで精一杯だった。
 だがついに、痛みが限界に達した。
 もはや痛みではなく、言い表せないモノになって確実に神経を蝕んでいく。
 
 眼前の刑事だったものは、もはや赤いヒトガタと化していた。
 その腕は依然として悪魔を掴んで離さない。
 悪夢のような光景。
 突如として、
「――!」 
 ヒトガタが絶叫を放つ。
 いや、もはや甲斐には叫びかどうかも分からない。
 ただ一つ、内なる野生は理解していた。
 これを凌げば相手は終わる。

889タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 23:09:15 ID:9yaTnsNo
 堪えられそうも無い何かが、体の芯を駆け上っていった。
 それでも狂犬は、食いついた牙を離さなかった。


 数分後、甲斐は路地に横たわっていた。
 耐え難い痛みは既に引いたが、激しい頭痛が残っている。
 まともな思考が戻るのは、まだ先になるだろう。
 それでも、甲斐は満たされていた。
 あの感覚は今はもう無い。
 しかしそれを味わった経験は麻薬のように甲斐の心に刻み付けられた。
「言葉にならねぇ……最高だ……もう一度、あと一度でいい。
 あの何もかもが吹っ飛ばされた……あの感覚を、もう一度――」
 ぶっ飛んだジャンキーの言葉とともに、
 甲斐は煙草に火をつけようとして湿気ていることに気づき、
 それを投げ捨てた。


【109 屍刑四郎 死亡】
【残り39人】

【A-3/市街地/一日目/19:00】

【甲斐氷太】
[状態]あちこちに打撲、頭痛
[装備]カプセル(ポケットに数錠)、
[道具]デイパック(支給品一式、パン五食分、水1500ml)
    煙草(残り十一本)、カプセル(大量)
[思考]興奮が冷めるのを待つ、禁止エリア化するまでには移動したい
[備考]かなりの戦気高揚のために痛覚・冷静な判断力の低下

【小早川奈津子】
[状態]右腕損傷(完治まで二日)、たんこぶ、生物兵器感染、仮死状態
[装備]ブルートザオガー(灼眼のシャナ)
[道具]デイパック(支給品一式、パン三食分、水1500ml)
[思考]意識不明
[備考]服は石油製品ではないので、生物兵器の影響なし
   約九時間後までなっちゃんに接触した人物の服が分解されます
   九時間以内に再着用した服も、石油製品なら分解されます
   感染者は肩こり・腰痛・疲労が回復します
   停止心掌は致命傷には至っていませんが、仮死状態になりました

890タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 23:12:35 ID:9yaTnsNo
書いててキャラその他に自信が無くなったので晒してみる
こんなカンジでいいかどうか判定クレー

基本的に未完だけど、奈津子まわりとかが気に食わないなら言ってくれ
あと、こんな流れで投下おkなら奈津子とボルカン含めた続き書くよ

891名も無き黒幕さん:2007/03/03(土) 23:34:25 ID:BDfaEhGw
乙。最初の方に「をーっほっほほほ!」分を増量してもいいかなと思った。
あと、>877の甲斐が少し多弁すぎるかなと思ったけど、これもこれでらしい気もする…
ともあれ、完成楽しみにさせてもらうよー

892 ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 12:34:21 ID:9yaTnsNo
こっちにもレスが…見逃してた

馬鹿笑い増加ね。おk把握

893修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 19:51:01 ID:9yaTnsNo
「をーっほほほほほほ! 挽肉におなりっ!」
 号砲のような雄たけびとともに進撃するのは小早川奈津子。
 大上段に大剣を構え、威風をまとって向かってくるその偉容は
 鬼武者のごとき威圧感を相手に与える。
 その顔は憤怒で染まり、猛久しい像のような吐息を吹き出していた。
 緊張に沈む街路。しかし、
「野放図な行動原理だな。怪物と聞いたが、実際はただの馬鹿か」
 マンホールの投擲を避けて身を屈めていた屍刑四郎が、上体を立て直して立ちふさがる。
 赤旗目掛けて突っ込んでくる闘牛、
 それに立ち向かう闘牛士さながらの堂々とした態度だ。
 濡れて顔にかかっていたドレッド・ヘアを掻き揚げると、
「刑事に対する殺人未遂――よくやってくれた」
 一部の新宿区民は、この言葉をどれほど恐れているだろう。
 それほどまでに、魔界刑事は『犯罪者』に対して徹底的で容赦が無い。
 文字どおりに虫けらとしか相手を見なさないからだ。
 だが、その宣告も小早川奈津子にとっては脅威にはならない。
 特に先刻の侮辱の影響で、彼女は屍の放ったブタという単語に過剰に反応した。
「国家の犬風情が、あたくしに意見しようなど万年早くってよ!」
 ひときわ凄烈な轟声をあげ、その加速をいっそう速める。
 屍との距離はすでに十メートルを切っていた。
 あと数歩で小早川奈津子のリーチ内だ。
 女傑が満身の一撃を放とうとしたその瞬間。屍は強張った面で彼女に向き合い、
「おまえはその犬にかみ殺されるのさ」
 つ、と地面を滑るかのように音も無く後退した。
 ただ下がるだけではない。相手のリーチを完全に読みきり、
 攻撃を避けた瞬間に踏み込んでのカウンターを入れることが可能な体勢だった。
 屍の経験・技量は女傑のそれを圧倒的に上回っていた。
 気づいた小早川奈津子が慌てて剣を止めようとするが、すでに慣性は働いている。
 全ては屍の思惑どおりだ。

894修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 19:51:57 ID:9yaTnsNo
 が、その予定を狂わす第三者は意外な場面で行動してきた。
「てンめぇ……! そいつは俺の獲物なんだよ!」
 小早川奈津子を激怒させた張本人、甲斐氷太だ。
 屍は、甲斐が漁夫の利狙いで自分を襲うものだろうと考え、
 鮫による奇襲にも警戒を怠ってはいなかった。
 しかし、甲斐氷太は気の赴くままに敵意を放ち、その警戒の斜め上を行く。
 あろうことか、屍向かって突進してくる小早川奈津子の両足に、
 甲斐は黒鮫の尾で痛烈な一撃をお見舞いしたのだ。
 タイミングに乗った一発は、常人の足を打ち砕く威力を誇っていた。
 だが、ドラゴン・バスターを自称する女傑に対しては、
 ただの脚払い程度の攻撃に過ぎなかったのだ。
「あっー!」
 驚嘆の声とともに、宙に浮きつつ前方へと体を流す小早川奈津子。
 屍にとってその転倒は最悪の結果をもたらした。
 巨人の剣は振り下ろされる途中であり、それが前のめりになった巨体と、
 脚払いで宙に浮いた慣性とが組み合わさり、予想以上の斬撃範囲を発揮したからだ。
「をーっほほほほ! これぞ怪我の功名、一刀の下に斬り捨ててあげましょう」
 してやったり、と言った風情の嬌声に後押しされながら、
 ブルートザオガーが花柄模様の男に迫る。
 その威力・硬度・切れ味は、ともに人一人を真っ二つにするには十分すぎる。
 大剣が隻眼の顔に達する直前、魔界刑事は賭けに出た。
 そのたくましい両腕が閃いたかと思った瞬間、大剣を左右から挟みこんだのだ。
 真剣白刃取り。
 絶体絶命の状況下でそれを成しえたのは、
 屍の卓越した身体能力と古代武術『ジルガ』の技法に他ならない。
 短距離において音速を突破できる屍は、その能力が制限されていても
 技の冴えを衰えさせていなかったのだ。

895修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 19:54:23 ID:9yaTnsNo
 しかし、魔界刑事の身体能力と古代武術をもってしても、
 小早川奈津子の斬撃を止めることはできなかった。
 巨人のパワーは怒り補正を受けて、一気に剣を押し込もうと猛威を振るう。
 白刃取りによって勢いを殺したものの、添えられた屍の手ごと剣が迫る。
 鼻頭に大剣が到達する直前、屍は頭を傾けて直撃を避けた。
 それでも、依然として剣が振り下ろされていることには変わりが無い。
 命中箇所が頭から肩へとずれただけだ。
 大剣が花柄模様を切り裂く。
 直後、硬い音がした。
 だがそれは肉を断ち切り、骨を砕く音ではなかった。
 間違いなく剣は命中した。しかし、一滴たりとも流血が見られない。
 屍は憮然として告げた。
「古代武術ジルガのうち――鉄皮。上着を台無しにしやがって、このクズが」
 刑事の背後から吹き出した殺気に危機を感じた小早川奈津子は
 慌てて飛びのこうとする。
 しかし、それは叶わなかった。
 今度は逆に、鋼のような屍の腕が万力のごとく大剣を固定していたからだ。
 次の瞬間、鞭のような蹴撃が小早川奈津子の巨大な左大腿を打った。
 二発、三発、並みのヤクザやチンピラは、この時点で粉砕骨折しているだろう。
 四発、五発、小早川奈津子の顔がついに苦痛に歪む。
 そして六発目が大腿の皮膚を打ち破り、鮮血を散らすと同時に
 その巨体がゆるりと傾き、受身のために女傑は路地へと手を着いた。
「これでようやく急所を殴れるな」
「仰ぎ見るべきこのあたくしを同じ視線で眺め回すとは何たる無礼!」
「この期に及んで何を言ってやがるこの唐変木。あばよ」
 言うと同時に、屍の右腕が後ろに引かれる。
 この構えの果てにあるのは、ジルガの技法『停止心掌』
 小早川奈津子のような怪物を一撃で仕留めるにはこれしかないと、
 屍が先ほどから狙っていた技だ。
 強力無比な掌撃が、万全を期して女傑の胸へ迫る。

896修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 19:55:24 ID:9yaTnsNo
 その一撃を打ち出した瞬間、屍は後頭部に殺気が当てられるのを感じた。
 すでに屍は攻撃中だ。未来は二つ。
 危機を回避するか、そのまま巨人に止めを刺すか。
 逡巡する時間が無い中で屍は危機回避を優先した。
 烈風とともに花柄模様が翻り、同時に黒鮫が口腔鮮やかに飛来する。
 屍は甲斐の鮫と攻撃の察しをつけていたのだ。
 だが停止心掌は完全に失敗し、小早川奈津子は隙をついて離脱してしまった。 
「くそっ、よく避ける野郎だ」
 言うが早いか、甲斐の瞳が燃えるような輝きを放つ。
 屍はその輝きの中に渇望の意を見出した。
「餓えてやがるな、狂犬め」
 言いながら屍は若干つま先に加重をかけ、重心を前に傾かせた。
 対する甲斐は正面に屍を捉えながらも、四方にも感覚を向けて
 周囲空間そのものを把握しているのだろう。
 お互いの視線が交差し、しばしの間世界が止まった。
 が、それもつかの間。
「クックック、クハハハッ」
 突如として甲斐がを笑みをこぼした。
 楽しくて、満足で仕方が無いといった表情で。
 内奥からこみ上げてくる歓喜と情熱が甲斐氷太を奮わせたようだ。

897修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 19:56:19 ID:9yaTnsNo
「何が可笑しい」
「ククッ、笑わずにいられるかよ。おまえみてえな相手を前にして。
ついさっきもガンくれあったが、こんな鬼みてえな、
いや、悪魔みてえな視線を向ける野郎は初めてだぜ?」
 見ろよ、と甲斐は屍に対して腕をまくって見せた。
「見事に鳥肌が立ってやがる。数秒睨まれただけでこんなになっちまった。
それだけじゃねえ、脊髄にツララをブッこまれたような感覚だぜ。
相対してるだけで、テメエの威圧とスゴ味に俺自身が飲み込まれちまいそうだ。 
目の前の男がどれだけヤバいか、俺の本能はちゃんと分かってる」
 対して屍は何も言わない。甲斐の出方を伺っている。
 空中を旋回する二匹の鮫が、番兵のように屍の接近を防いでいるからだ。
「でもよお、いや、だからこそ、だな。
こうして俺が向き合ってる相手ならば、このクソッくだらねえ世界の中で
唯一手応えが感じられそうなヤツなんじゃねえかって思うんだ。
余計な虚飾や装飾を取っ払ったシンプルな、それでいて確実な手応えをよぉ」
 カプセルにはまってから、いや、それ以前から甲斐には何もかもが
 嘘くさく思えてしょうがなかった。
 どれもこれもが些事であって、切り捨てられない、必要な何かと比べて
 無価値な石ころに過ぎないと感じていた。
 そんな日常に宙ぶらりんになって生きる甲斐にとって、
 悪魔戦に溺れることはまさに快感だった。
 いや、思考や感情の奥にある「存在」する何かが弾ける感覚だ。
 余計な幻想を片っ端か打ち壊してくれる。
 屍との闘争によって、甲斐は失われない確実なものを得られると確信した。
 だからこそ、屍を追ってここまで来たのだ。
「さぁ、存分に殺しあおうぜ。過去も未来も要らねえ、必要なのは今だけだ。
満ち足りるまで、クラッシュするまで溺れようじゃねえか」
 弾けそうな興奮と期待そして心情をぶつける甲斐。
 しかし、
「粋がるなよ糞虫」
 返ってきたのは痛罵と屍のデイパックだった。

898修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 19:57:35 ID:9yaTnsNo
 悦に入ったように語る甲斐に対して、屍は全力でデイパックを叩きつけると
 疾風のごとく間を詰める。
「おまえの自己満足に付き合う理由も義理も無い、警察をナメるな。
ゴミは掃除する、治安は守る、それだけだ」
 白鮫がデイパックをブロックする隙をついた低姿勢で一気に距離を詰めると、
 そのまま黒鮫の胴に向かって上段蹴りを叩き込む。
 身もだえしながら後退する黒鮫。
 その背後で、甲斐が目を剥きながら歯を食いしばる姿を屍は捉えた。
「カラクリが読めてきたぜ――その妖物、おまえと同調してやがるな」
「っはぁ……容赦無えな。けどよぉ、そーやって煽られると
俺はますます燃えるんだっ!」
 痛みを堪えつつ、しかし陶酔したかのように甲斐はカプセルを口に含む。
 次の瞬間、眼前に掲げた拳を振り下ろし、
「ノッてきたぜ――食い千切れ!」
 蹂躙の意を轟かせた。

 同時に、二匹の悪魔が屍目掛けて雷光のように飛んでいく。
 甲斐には冷静さが欠けるが、悪魔のスペックがそれをカバーする。
 背びれ、胸びれ、尾、ノコギリ歯。
 電光石火で繰り出されるコンビネーションが屍を包む。
 前後左右上下から襲い来る破壊力。
「ベルを鳴らせ、ショーの始まりだっ!」
 酔ったように叫ぶ甲斐、シャンパンの泡のように敵意が弾ける。
 対する屍は、悪魔の攻撃を持ち前の直観力で巧みに捌き、時には避ける。
 足首を狙った黒鮫の尾の一撃を片足を浮かしてやりすごし、
 同時に右腕部をミンチにせんと迫る白鮫の歯を防ぐため、
 顎に掌打を打ち込んで、鮫が突っ込んでくるベクトルを変える。
「ハハッ! 踊れ、踊れぇ!」
 カプセルを嚥下し、叫ぶ顔はもはや狂喜の域に突入していた。
 目は剥き出しになったように開かれ、しかも真っ赤に燃えている。
 その笑みはまさに悪魔持ちと呼ぶに相応しい。
 物部景がこの光景を見たらいったい何を思うだろうか。
 狂犬の王が操る悪魔に対して、生身の人間が素手で渡り合っているのだから。
 荒れ狂うハリケーンの直下のように戦塵が舞い、風が千切れる。
 魔人と悪魔の饗宴は壮絶な様相を示していた。

899修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 19:59:08 ID:9yaTnsNo
 その戦場に巨人が乱入してきた時、均衡は崩れた。
 屍により手痛い反撃を受けた小早川奈津子が、大剣片手に威勢をあげる。
「をーっほほほほ! 面妖な鮫ともども、あたくしが討ち取ってあげましょう!」
「上等っ! デカ殺るついでにハムにしてやるよ!」
「どいつもこいつもよく喋る――」
 風が唸った。
 ブルートザオガーの軌道上から身をくねって退避した白鮫に
 屍の変則フックが直撃し、フィードバックで甲斐がうめく。
 その反撃とばかりに屍目掛けて突進する黒鮫の尾を
 小早川奈津子が掴んで豪快に振りかぶる。
 それはまるで大魚を吊り上げた漁師のような風情であった。
 そのまま哄笑とともに鮫を屍に叩きつけようとするが、
 鮫の抵抗にあい巨大な頬に鮫肌の痕がつく。
「ざっまあみやがれ、バァーカ!」
 甘美な手応えに笑う狂犬。もはや完全にカプセルがキマってぶっ飛んでいる。
 よろめく女傑。
 隙を逃さぬよう屍の両腕が瞬動し、巨人の手首を砕き折ろうとするが、
「乙女の柔肌を汚した重罪、打ち首獄門市中引き回しの刑で償うがよくってよ!」
 憤激した女傑の振り回す大剣がそれを許さない。
 型もへったくれも無い、力任せで常識外れな剣戟だ。
 接近した魔界刑事の首筋を剣の切っ先が擦過する。
「来た来た来たぁ! 待ってたんだっ、脳天ブチ抜くこの感覚をよおっ!」
 その斬撃で飛び散った鮮血を舐め取るかのような軌道で、白鮫が屍を強襲。
 防御の隙間を縫って屍の肩を尾で打ち据えた。
 隻眼の顔に苛立ちが浮かぶ。

 一瞬ごとに別個のコンビネーションで攻め立ててくる甲斐氷太。
 意外性とタフさによって屍の予測の外を行く小早川奈津子。
 二人を上回る技量と経験を持ち合わせる屍だが、
 思惑どおりに流れを組み立てることは難しい。
 屍の手元に愛銃があれば、一秒とかからず二人は射殺されていただろう。
 だが、屍の支給品は武器ではなく椅子だったのだ。
 珍しく、魔界刑事の額を汗が伝った。

900修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 20:01:53 ID:9yaTnsNo
 泥沼の白兵戦になるかと思われたその時、
 屍はついに死中の活を見出す。
 甲斐が矢継ぎ早に繰り出してきた悪魔のコンビネーション攻撃。
 その派生パターンを魔界刑事は直感的に理解した。
 思考のトレースではなく、魔界都市で培ってきた本能的なものが
 鮫の動きを先読みしたのだ。
 屍は信頼に足るその感覚に従い地を蹴った。
 悪魔持ちたる甲斐は戦闘開始直後からあまり移動していない。
 そしてその三メートル先で白鮫が路壁に沿って飛ぶのが見える。
 あの鮫の動きが予想したとおりならそこで決着だろう、と屍は思慮した。
 左前方から迫り来るブルートザオガーを間一髪で切り抜け、
 大剣の担い手たる小早川奈津子の巨体に接近する。
 左肩を密着させて相手の重心をわずかにずらし、タイミング良くショートパンチ。
 屍の右拳を腹部に受けた女傑の巨体が後ろに流れる。
「をーっほほほほ! この程度痛くも痒くもなくってよ!」
 やかましい、と拳に手応えを感じながら、屍は白鮫の動きに注目した。
 かくして、白鮫は路壁に向かって尾を振りかぶる。
 それを確認した瞬間、屍はチェック・メイトに至る道筋を構築し、実行する。
 流れていく小早川奈津子の体、それを全力で押して巨体を移動させる。
 同じタイミングで白鮫はブロック状の路壁を尾で破壊し、
 その破片を散弾銃のごとく屍へと浴びせかけた。
 同時に黒鮫が上方から襲い来る。
 これこそ、屍が直感的に予知した新手の攻撃バリエーションだ。
 屍へ迫るブロックの破片をタイミング良く小早川奈津子の体が受け止める。
 予想外のダメージで意識を乱した女傑の腕に向かって、
 屍はアッパーカットを放つ。
 結果、巨人の右腕は大剣を持ったまま直上へと跳ね上がり、
 襲い掛かってきた黒鮫に激突。
 全ての攻撃が阻まれ、同時に無防備な甲斐への道が開けた。

901修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 20:02:55 ID:9yaTnsNo
「何っ!?」
 驚嘆の叫びは甲斐のものだ。
 今しがた思いついたばかりのコンビネーション攻撃を
 タイミング良く完全に防がれたのだから、そのリアクションは当然といえよう。
 攻撃の派生も内容もたった今誕生したばかりなのだが、
 屍はそれを以前から知っていたかのごとく完璧に無効化してみせた。
 攻撃を五感で感知する以前に、屍が対応策を練っていたとすれば、
「なんつー勘の良さだよテメエ……ククッ、最高じゃねえか」
 甲斐氷太は今やっと、屍刑四郎の驚異的な危機回避能力の正体を知った。
 鮫による最初の奇襲も、背後からの強襲もことごとく屍は回避した。
 その理由が、直感による殺気察知に由来するものならば、
 今まで二匹の悪魔の攻撃を凌ぎ続けてきた事実も納得できる。
 
 そんな甲斐を尻目に、屍は順当に決着への手順を踏んでいく。
 先ほど利用した小早川奈津子、その膝に右足を乗せて階段を上るように
 重心移動を行う。
 次の足場は巨人の胸、そこを左足で踏みつけて、反作用で跳躍。
 三角跳びの要領で、女傑の右腕と激突している黒鮫と同等の高度に達する。
 体操選手より鮮やかな動きだが、凍らせ屋にとっては朝飯前だ。
 上昇の勢いを乗せて、黒鮫の鼻っ柱に一撃をお見舞いする。
 黒鮫は絶叫するように口腔を見せつけながら、
 更に上方へと吹き飛ばされた。
 屍は重力に引かれて落下しながら、甲斐がよろめく姿を視界端に捉えた。
 残る白鮫もしばらくは動かせないほど、甲斐は衝撃を受けているのだろう。
 鮫と甲斐が同調に近い関係にあることをすでに屍は見破っていたので、
 先ほどの一撃には停止心掌には及ばないものの
 霊的なパワーを込めておいたからだ。
 それが悪魔を苦しめ、ダメージが甲斐にフィードバックしたのだ。

902修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 20:04:55 ID:9yaTnsNo
 着地した屍の足元には、足場にされ跳躍の反動で倒された小早川奈津子が
 転がっていた。
「こ、このあたくしを踏み台に……! 何たる屈辱、何たる冒涜!」
「威勢がいいのは口だけだな」
「をーっほほほほほほ! ならば聖戦士たるあたくしの華麗なる一撃を
お見舞いしましょう! 昇天おしっ!」
 起き上がるや否や、小早川奈津子は聖なる力を振り絞って
 ブルートザオガーを一閃した。
 するとどうだろう、先ほど眼前にいた屍刑四郎は影も形も無くなっている。
「おやまあ、なんと貧弱な。
あたくしの超絶・勇者剣を受けて跡形も無く滅却したのかえ?。
ともあれ正義は勝った、完 全 勝 利 でしてよっ! をっほほ――」
「黙れ馬鹿」
 その声は、勝利の高笑いを響かせようとした、
 聖戦士・奈津子の背後から響いた。
 驚いた聖戦士が百八十度反転すると、そこには花柄模様の上着が――、
 そこまで認識した瞬間、小早川奈津子の心臓に激震が走った。
 古代武術、ジルガの技が冴えわたる。
 停止心掌は巨人の急所に炸裂したのだ。
 この技は防御を無視し、内部にダメージを与える。
 小早川奈津子といえども、笑って耐えられる代物ではない。
「だ、だまし討ちとは……何たる……卑怯……」
 これが屍刑四郎が聞いた、小早川奈津子の最後の言葉だった。
 巨人堕つ。
 
 怪物との勝負に決着をつけた屍が振り向くと、
 壁に手を添えながら甲斐氷太がこちらを睨みつけていた。
「よお、まだ――終わりじゃねえぜ」
「じき終わる」
 屍からみて、未だに甲斐のダメージは深刻だ。
 先ほどまでのようにキレのある動きで悪魔を操作できないだろう。
 だが、相手が怪我人だろうが屍に容赦する気は微塵に無い。
 犯罪者は、皆等しく平等――全く価値が無いからだ。
 一歩、一歩、処刑人のように屍は甲斐に詰め寄っていく。
 依然変わらぬ威圧を背負って。
 追い詰められた犯罪者は、このような屍に対して大抵は逃げたり、
 命乞いをする。
 だが、甲斐は出会ったときと同じく、傲岸不遜に屹立していた。
 相当なダメージが蓄積されているにも関わらず、表情はハイなままだ。
 甲斐のふてぶてしさは、カプセルによるから元気なのだろうか。
 それとも何か策があるのか。
「何をしようとどのみち無駄だ」
「ああ、もうここから動く必要は無えしな」
 用心深く屍は二匹の鮫を確認した。
 黒鮫は未だ上空で弛緩しおり、戦闘できるとは思えない。
 白鮫も崩した路壁付近を漂っている。襲ってきても対処可能だ。
 そして、今まで屍の急場を救ってきた殺気感知も無反応だ。
 もはや甲斐に戦闘力が無いことは明らかだった。

903修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 20:06:52 ID:9yaTnsNo
 あと四歩、屍がそこまで進んだところで甲斐が不意に口を開いた。
「綱を落とすぜ。好きにしろよ」
「何――?」
 意味不明。屍は警戒するとともに疑問解決に思考を裂く。
 瞬間、先ほどまでとは比べ物にならないほどの殺意が屍の体を貫いた。
 思考を裂いていた分、対応が遅れる。
 しかも、本能的に跳び退る事はできなかった。
 屍は甲斐の攻撃を直感任せですでに数回ほど回避している。
 相手がそれを学習していないはずが無い、と屍は推論し、
 飛び退いた先に何があるか確認していない現状で、
 無闇に回避行動を取るのは危険だと、理性で本能を押し留めたのだ。
 最悪、スリーパターンの三匹目が回避先に現れるかもしれない。
 故に、手段は迎撃。
 決断からワンテンポ遅れて、屍は殺意の主を捜し当てた。
 それは白鮫そのものだった。
 自立行動できたのか、と屍が思う間もなく白鮫が迫る。
 完全な誤算だった。屍は以前、甲斐は鮫と同調していると推測した。
 だが、それはドラッグを起爆剤として使用者の闘争本能などを
 具現化する仕組みだろうと勝手に解釈してしまったのだ。

 魔界都市にも強力な興奮剤が存在する。
 その中には使用者の容姿を変質させる物も含まれている。
 屍は、甲斐のカプセルがその亜種のようなものだと判断し、
 悪魔の存在をあくまで使用者の一部分が分離した固体だと考えた。
 従って、悪魔そのものに独立したエゴが存在するとは思えず、
 使用者の一部分たる悪魔が暴走するなど予想外だったのだ。
 まさか、手綱を放せば勝手に暴れる代物だとは考慮していなかった。

904修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 20:08:27 ID:9yaTnsNo
 そう誤算しても無理は無い。
 甲斐は戦闘においてハイになりつつも確実に悪魔を制御していた。
 使用者の意の下に掌握された悪魔は、甲斐の殺意に従って牙を剥く。
 忠実な僕であったからこそ、屍はオーナーである甲斐一人の
 殺意を汲み取るだけで済んだのだ。
 その経験から、屍は未知である悪魔を既知の存在として誤認していた。

 もはや白鮫の口腔は魔界刑事の目前だった。
 虚空から出現する妖物である鮫に、鉄皮が通じるか否かは未知数。
 ならば、障害物を出せばよいと屍は結論。
 以前、甲斐へと投擲したデイパックを蹴り上げて、
 それに食いついた鮫の口中へとねじ込んだ。
 もはや、鮫には甲斐が統御していた時の洗練された動きは感じられない。
 目先の敵を全て食い尽くす破壊力そのものだ。

 これが、甲斐氷太の悪魔。
 鉄の意志でもあるオーナーの手綱が外れると、攻撃本能のままに蹂躙する。
 屍の殺気感知力がなければ、奇襲を防ぐことは困難なほどに滅茶苦茶で、
 原始的で、それでいて非常に手の焼ける存在だったのだ。
 
 そしてもう一方、屍が上空に吹き飛ばした黒鮫。
 それはただ攻撃を受けて苦しんでいただけではない。
 上空を通るある物のそばまで接近していたのだ。
 なぜそのような芸当ができたのか。
 フィードバックを受けながらも、カプセルの影響で
 戦気高揚していた甲斐は、同時に痛覚も若干マヒしていた。
 しかも、屍が小早川奈津子を戦闘不能に追い込むとき、
 取り出したカプセルを苦しむ演技とともに飲む暇があった。
 それによって、若干のあいだ悪魔を制御する余裕を甲斐は得ることができた。

905修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 20:13:38 ID:9yaTnsNo
 空を屍が確認したとき、黒鮫は弛緩していた。
 だが、それは真に弛緩していたのではなく、力を溜めていたのだとすれば、
 優れた勘で攻撃を感知する屍に対して、甲斐が苦肉のトラップを
 用意していたのだとすれば、往生際の態度も納得できるだろう。

 動く必要は無い、と甲斐は述べた。
 なぜなら自分の前まで屍を誘導させる必要があったからだ。
 冷静ならばもっと上手くやれただろうが、今の甲斐にはこれが限界だった。
 屍は自分に止めを刺しに来る、と甲斐は確信して
 自身の手前に攻撃地点を設置した。
 トラップの正体、それは上空を通る複数の電線だった。

 綱を落とす、と甲斐は宣言した。
 それは悪魔の手綱であると同時に、電柱を結ぶ線をも意味したのだ。
 白鮫の制御を手放すことで甲斐は黒鮫の制御に集中できた。
 冷静さを欠いている現状、片方の制御に集中しなければやっていけない。
 その黒鮫はこの時のために上空で力を溜め、
 オーナーの意に従い正確に電線を引きちぎった。
 
 この場に限って言えば、屍が直観力に頼りすぎたのは失策だった。
 このゲームが開始されてから、屍の勘は従来どおりの冴えを見せた。
 と、感じるのは屍の主観であり、実際はしっかりと制限を受けていたのだ。
 その制限で、殺気などの害意を感じる場合と比べて、
 無意な存在から受ける被害に対する直観力は若干低下していた。
 つまり、対人には十分効果があるが、トラップや不慮の事故は
 通常と比べて察知しにくくなっていたのだ。
 屍はゲーム開始以来、大して戦闘を行わなかった。
 それにより「勘」という不安定な能力のコンディションチェックを
 行うことができず、新宿にいた時の状態のままだと思い込んでいた。
 甲斐や小早川奈津子の攻撃を事前に察知していたときは、
 当てられる殺気に反応したのであって、
 死の危険そのものを感じ取っていたわけではなかったのだ。
 それが、今更になって魔界刑事を追い詰めた。

906修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 20:15:17 ID:9yaTnsNo
 目の前の強敵が放つ殺気に注意を奪われていた屍は、
 自身に向かって上空やや後方から接近してくる二本の電線に気づかなかった。
 無理やり千切れた反動で、電線は弾みをつけて落下してくる。
 その威力は、もはや鞭などというレベルを超えている。
 惨劇は一瞬だった。
 電線は無情にも凍らせ屋の背中を痛打し、花柄模様を銅線が引き裂く。
 凶器の直撃を受けてなお、激痛に耐える屍刑四郎を白鮫が襲う。
 その尾は正確に屍の頭に激突して脳震盪を引き起こした。
「っしゃあ! 引っかかりやがった!」
 凄まじい爽快感だ。甲斐はこの瞬間を待っていた。
 自分より格上で、油断も隙も無い魔界刑事が無抵抗になる刹那の時を。
 判断は即座に成され、忠実な悪魔は寸分違わずそれに従う。
 落雷のごとく飛来した黒鮫は、悪魔の名に相応しい破壊力を持って、
 屍刑四郎の頭部へと食いついた。

 獲った、と思った。 
 甲斐氷太は内より込み上げる感情を外へぶちまけようとして、
「――!」
 獣の咆哮を聞いた。
 
 首まで黒い悪魔に飲み込まれた魔界刑事。
 その両腕が絶叫とともに天へと突き出され、猛禽の鈎爪にも見える五指が
 左右から鮫の頭部に突き刺さった。
 瞬間、甲斐は猛烈な衝撃に意識を失いそうになった。
「ぐっ――あ」
 鈍器で殴られたような感覚。
 それがどんどん自分の芯の方へと食い込んでくる。
 相手にはもはや武術を使う思考も、余裕も残されてはいないだろう。

907修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 20:16:12 ID:9yaTnsNo
 しかし、氷らせ屋は頭を食われてなお、凶悪なパワーで戦闘続行を望んでいる。
 正に、魔人。
 魔界刑事の生存本能と、メフィスト病院製の特殊細胞が命を繋いでいるのだ。
 この男を沈黙させるには、頭部を食いちぎって脳を破壊するしかないのか。
 
「お――!」
 甲斐は吼えた。そうしなければ眼前の光景に圧倒されそうだったから。
 抵抗する証を自分自身で確認しなければ、痛みに屈しそうだったから。
 だが、同時に甲斐は凄絶な笑みを浮かべていた。
 この刑事、重症を負ってなお自分を楽しませてくれる。
「頭食われてんだぞ!? ハハッ、こうなりゃとことんやりあおうぜ」
 屍の常軌を逸した抵抗が、これ以上無いほどに甲斐の心を満たしていく。
 頭の中が真っ白になって、地平の果てまで吹っ飛ぶ快楽。
 もはや悪魔戦でもなんでもない。
 男と男、二つの存在が生命をかけて意地を張り合っている。
 どうしようも無くシンプルで、致命的な勝負。
 そこが良い、最高だ。
 脊髄を電流が駆け上り、頭蓋の中でスパークした。

 屈したら、死ぬ。
 その思いが甲斐の意識を支え続けた。
 もう何十秒過ぎたのだろう、いや何百か何千か。
 いや、時間なんてどうでもいい。
 甲斐は頭がどんどんクリアになっていくのを感じた。
 これが、己が求めた瞬間なのか。
 そんなことを考える余裕すら、もはや無い。
 今はただ、相手を喰らい続けることで精一杯だった。
 だがついに、痛みが限界に達した。
 もはや痛みではなく、言い表せないモノになって確実に神経を蝕んでいく。

908修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 20:18:54 ID:9yaTnsNo
 眼前の刑事だったものは、もはや赤いヒトガタと化していた。
 その腕は依然として悪魔を掴んで離さない。
 ギチギチと、鋼の指が鮫肌に食い込む。悪夢のような光景。
 突如として、
「――!」 
 ヒトガタが絶叫を放つ。
 否、もはや甲斐にはそれが叫びかどうかも分からない。
 ただ一つ、内なる野生は理解していた。
 これを凌げば相手は終わる。

 堪えられそうも無い何かが、体の芯を駆け上っていった。
 それでも狂犬は、食いついた牙を離さなかった。


 数分後、甲斐は路地に横たわっていた。
 耐え難い痛みは既に引いたが、激しい頭痛が残っている。
 まともな思考が戻るのは、まだ先になるだろう。
 それでも、甲斐は満たされていた。
 あの感覚は今はもう無い。
 しかしそれを味わった経験は麻薬のように甲斐の心に刻み付けられた。
「言葉にならねぇ……最高だ……もう一度、あと一度でいい。
 あの何もかもが吹っ飛ばされた……あの感覚を、もう一度――」
 ぶっ飛んだジャンキーの言葉とともに、
 甲斐は煙草に火をつけようとして湿気ていることに気づき、
 それを投げ捨てた。

909修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 20:20:48 ID:9yaTnsNo
【109 屍刑四郎 死亡】
【残り39人】

【A-3/市街地/一日目/19:00】

【甲斐氷太】
[状態]あちこちに打撲、頭痛
[装備]カプセル(ポケットに十数錠)、
[道具]デイパック(支給品一式、パン五食分、水1500ml)
    煙草(残り十一本)、カプセル(大量)
[思考]興奮が冷めるのを待つ、禁止エリア化するまでには移動したい
[備考]かなりの戦気高揚のために痛覚・冷静な判断力の低下
   小早川奈津子は死んだものだと思っています

【小早川奈津子】
[状態]右腕損傷(完治まで一日半)、たんこぶ、生物兵器感染、仮死状態
[装備]ブルートザオガー(灼眼のシャナ)
[道具]デイパック(支給品一式、パン三食分、水1500ml)
[思考]意識不明
[備考]服は石油製品ではないので、生物兵器の影響なし
   約九時間後までなっちゃんに接触した人物の服が分解されます
   九時間以内に再着用した服も、石油製品なら分解されます
   感染者は肩こり・腰痛・疲労が回復します
   停止心掌は致命傷には至っていませんが、仮死状態になりました

910修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 20:21:39 ID:9yaTnsNo
意見くれた人達に感謝
上手く修正できてることを願う

911汝は村人なりや?  ◇MXjjRBLcoQ:2007/04/13(金) 19:37:32 ID:SHfj1tFw
 口うるさい相棒がいないことが少し、本当に少しだけ悔やまれた。
 風が吹いている。
 雲は流れ、木々がざわめき、そして過ぎ去る。
 やっぱり交渉は不快だった、ギギナへ明確に欠落を突きつける。
 彼はあまりにも完成していた。完成した人格なんて閉殻だ。外に繋がる‘手’を持たない。
 彼にはいくらかの嗜みがあったし、美貌があったし、なにより強い。
 そういう物がつなぐ人たちは多かった。
 だけど、損とか得とか、羨望とか賛美とか、そういうものじゃない繋がり方は、今はもうジオルグ咒式事務所と一緒にギギナの中のお墓の下で眠っている。
 張り付くような同情は醜いと吐き捨てた。
 依頼主や敵との関係はすべて相方に押し付けてきた。
 縋り付くような親愛は煩わしいかった。
 放埓に遊び、愛が始まる前に切り捨てた。
 馬鹿らしいにもほどがあるけど、孤独な記憶が心に浮かんだ。
 そんな思考が中断される。
 地響きと、それに続く大きな咒式の波に晒されて。
 地下の通路は湿っぽい。空気自体は生ぬるいのに、結露の水滴が身体の芯から熱を奪う。
 ここは薄暗い、上に大きな穴ががあいてるけど、曇り空はとても暗くて、逆にここだけ光が吸い取られてる感じ。
 だから、ソレが、余計に惨めに見える。
 ものすごく初歩的で、それでも全部の咒式士が逃げられないリスクの結末。
 そこには、戦う人たちの持つ美しさとか、誇りとか、綺麗なものはどこにも無い。
「コレが貴様の成れ果てか? クエロ・ラディーン」
 ‘亡骸’は答えてくれない。
 ただ血の泡のノイズを撒き散らしながら、ゆっくりと収束していく呼吸音。
 身体から血が、その脈動を刻みながら零れ落ちる。
 穴の開いた右肺は、もう空気と血液によって完全に潰れていた。
 致命的な、しかし手遅れではない一撃。
 でも、「咒式ならば」まだ間に合う一撃。
 ネレトーの撃鉄に指がかかる。切先が、クエロの傷口に浅く刺さる。
 それでも、咒式が発動することは無い。
 そんなことをする意味も無い。
「すでに答える言葉も無いか」
 彼女の瞳は、彼の美貌を映していた。
 ただの鏡と変わらない。憎悪もなければ恐怖も無い、一欠けらの意思も無い眼が彼の憎悪を映していた。
「ならば、なぜ私はこの瞬間に」
 ここに在るのはただの死体。
 自らの限界を見誤り、自らの咒式に心を喰われた、哀れな弱者の惨めな末路。
「貴様を切り捨てていないのだろうな」

912汝は村人なりや?  ◇MXjjRBLcoQ:2007/04/13(金) 19:38:50 ID:SHfj1tFw
 戦うところで、躊躇とか逡巡が彼の足をとめることは無い。
 だからコレは余興だった。少し、昔しのことを思い出したから。
 彼の相方なら、散々迷った挙句生かそうとする。いや、生かしてくれと頼み込む。
 自分では何一つ救えない相方は何時だって、惨めに、卑屈に、醜悪に彼にどうでもいいような他人の命を請う。
 果汁に溶け込んだ鉛のような、度し難い程の己に対する甘さで、誇りを汚す毒物を撒き散らす。
 生成系弾頭がない、そんなものは根拠にならない。
 咒式抵抗の無い身体など、彼にかかれば肉の塊だ。
 その気があるなら刻んで、繋げて、弄繰り回せば、この程度の致命傷なんて殺さず済ますぐらい簡単。
 不可思議が跳梁跋扈するこの島なら、あるいは何かを、弔いたい人のことやその仇のことを引き出せるかもしれない。
 それともこれは復讐心なのか、とも考えた。
 生かせば、彼女は保護されるものとして、立ち上がろうとする人たちを支え慰めるし、もしかしたらそれこそ醜い人たちの慰みモノになる。
 いや、そんな回りくどいことでもないか、とため息一つ。
 コレを生き永らえさせるだけで彼の復讐心は満たせる。戦う彼女を切り刻むより気が利いているのかもしれなかった。
 撃鉄に指に力がこもる。金属の感触は夜露にぬれて氷みたいだった。
 彼だって気付いている。
 交渉をするということは、彼の相方に引きずらるという事。そうなって心に渦巻くのは、力の無い愚者の預言。
 保険と後付で彩られた唾棄すべきもの。
 彼の理想はいつだって美しい。なぜならそこに弱者は居らず、故に醜悪なものはその存在を許されない。
 あるのは明快で、血塗られた決断だけだ。
 迷いはあの眼鏡置きの悪癖。
 彼ははいつだって、それを両断してきた。
 両断していれば間違いは無かった。
(でもさ、こういうたわいもない話すら出来ないから……)
「クエロ、いつか貴様も言っていたな」
 汚れなければわからない心があった。
 美しいままでは聴こえない言葉があった。
「だがやはり私には不要のものだ」
 
――銃声。

 回転式大口径とは程遠い、高く、軽く、洗練された発砲音。
 そして大質量の衝突が引き起こす多重音声。
 彼は第七階位を過信していた。彼女が、処刑人が仕留めそこなうことなど夢想だにしていなかった。
 近くにいて、先ほどの地響きに気付かないほうがおかしい。
 戦っているのはは十中八九彼女も殺す‘乗った’化物。
 彼は両断された昔の仲間を一瞥し、その手元に握られたマグナスを一瞥。
 そして彼は笑った。獰猛に、野蛮に、高貴に笑った。
 ほんの少しだけ、悲しかったけど。

913名も無き黒幕さん:2007/04/14(土) 08:14:25 ID:G1oi.Ois
誤字部分
>>911
17行目「上に大きな穴ががあいてるけど」
11行目「煩わしいかった」←誤字じゃないのならすみません
>>912
4行目「戦っているのはは」
2行目「昔し」←誤字じゃないのならすみません
16行目「引きずらる」←誤字じゃないのなら(略

914913訂正:2007/04/14(土) 08:15:34 ID:G1oi.Ois
最後から4行目「戦っているのはは」

915汝は村人なりや?  ◇MXjjRBLcoQ:2007/04/16(月) 15:29:38 ID:SHfj1tFw
あんなに見直したのに orz
ご指摘ありがとうございます

916名も無きヶ原の食鬼少女 ◇MXjjRBLcoQ:2007/05/20(日) 16:21:07 ID:SHfj1tFw
 思い至ったのは城門から結構過ぎたあたりだった。
「そうね」
 死体を振り返り、ふむとカーラは顎をなでる。
「調べるにはやはり試料がいるわ」
 その場でくるりとターン、遺体のもと、城門の方へと戻る。体が軽いと風まで心地いい。
 しかし、そばに立ってみると存外に損壊が酷い。
 体中に穴が開いたそれは使われた得物がわからない。傷の位置関係を見ると矢傷に近いが、
「背中側のほうが酷いわね、未知の射撃武器といったところかしら」
 なんにせよ、この体、この反応速度なら大丈夫だろう。
 むしろ血が流れきっているのは僥倖だ。保存も効き、なにより‘作業’がしやすい。
 さて、と彼女はおもむろに遺体の前に膝をつき、その腕を検める。
 穴の開いた袖を引きちぎった。白い肌と、刻印が露出する。
「死後も残るようね、さて、どこまですれば運べるかしら」
 刺青、といったものでないのは見れば判る。が、物は試しだ。
 死斑の浮かぶ皮膚に指を沿わせ、わずかに力をこめた。
――チキ、チキチキキ
 剥き出しになった爪を立てて、引く。
 生きた肉とは異なる感触が、腕にしみるようで気持ちが悪い。
 刻印はあいも変わらずそこにある。
「腕ごと千切れば持ち運べるかしら」
 腕を持ち直し、今度は二の腕の半ば当たりに、もう一度爪を立てた。
 まだら模様の皮膚を破り、硬くなった肉を毟る。
 あらわになった骨を
「ん」
 捻る。
 わずかな手ごたえを残して、もげた。
 果たして刻印は彼女の手の中、もぎ取った腕の上に浮かんでいる。
 今度はうまくいった。
 うなずいて、紙で傷口を包みディパックにしまう。裸のままで持ち歩くのはいささか気が引ける。
 清潔なの布も出来ればいいので探しておこう。
 血漿と肉片を払って、立ち上がった。
 そんなに時間をかけたつもりはなかったが、見上げれば空は綺麗に晴れ上がっていた。
 月は無い。並びの異なる星星が所在なく輝いて見えた。
 いつまでも惚けてはいられない。
「ほかにも埋葬されてない死体があるといっていたし、もう2,3本用意出来るといいけど」
 埋葬されたものは避けたい、傷に土がついた死体は腐敗が早い。
 つぶやいて、先ほどのダークエルフとの会話を思い返す。
 次の死体は森の脇、奇妙な建物の近くにあるといっていた。

917名も無きヶ原の食鬼少女 ◇MXjjRBLcoQ:2007/05/20(日) 16:22:01 ID:SHfj1tFw
 さて、彼女の目標のひとつに火乃香の殺害がある。すべてはロードスの安定のため。
 神の恵みである身体を捨て、信仰という名の心を捨てても守りたかったもの。
 カーラはわずかに遠くに立つ影をじっと眺めた。
 ゴーレムで作ったと思しき家の解析や地下遺跡の調査で不本意に時間を食ったが、この出会いのためと思えば納得できる。
 体のポテンシャルが高いからか、徒党を前にしてもはやる心は定まらない。
 敵は3人。見た目では火乃香と赤い髪の男が前衛、お下げの少年が後衛といったところだろう。
 ワンドの類は持たない、おそらくはプリースト、いや、ここではその区別は捨てたほうがいい。
 彼らは街路樹に何かをくくりつけていた。お下げの少年と赤い髪の男があーでもないこーでもないと騒いでいる。
 勤めて冷静に、勤めて油断を排して、精神力を消費してもコンシール・セルフを張っておく。
 と、張ると同時に彼女達が動いた。道をはずれ、倉庫のほうへと向かっていく。
 なるべく気配を殺して、街路樹に駆け寄った。
 白い、透明な袋がつるされていた。
 ご丁寧にも懐中灯が入っていて、非常に目立つ。
 センスマッジックで調べるが特に呪いの類は見当たらない。
 罠の気配は、無い。それでも慎重に、封を切る。
 それはメモの束だった。全部で10枚ほど。
 ご苦労なことだと、思う。これだけ書き写すのにもだいぶ時間を食っただろう。
「さて、それだけ価値のあるものなのかしら」
 メモは5枚の連番が2セットといったものだった。めくれば1から5のナンバーが繰り返す。
 改めて、内容に目を向けて、カーラは思わず顔をしかめた。
 まずもって書いてることが理解できない。
 やたらに記号が並んでいる、形態としてはラーダ信者の学術書に似たものがあったが意味がわからなければ同じこと。
 眉をしかめて次のページへ。
 今度はさまざまな図形。理論回路やら構成やらと書かれているが、カーラの知識に近くで言えば魔法陣の解析図のようなものだろう。
 もうコレが何なのかは想像がつく。
 天秤は、いまや圧倒的に傾き始めた。
 彼女達は進みすぎている。
 残りも流すようにめくっていき、おもむろに一枚を手に取った。
「アンチロックのようでアンチマジックか、それともリムーブカース?」
 ここらへんに知識が無いのだろう。術式に無駄が多い、精霊魔術を古代神聖語で行っているようなものだ。
 あるいは、そういう形態の魔法なのかもしれない。たしかに無駄が多いが、その無駄は隙間なく、緻密で、体系が建っている。
 が、完全にジャンクなところがあるのはいかがなものか。
 ディスティングレートやデスクラウドに近い術式はわかる、おそらくこれが‘首輪’だ。しかし、
「どうみてもトランスレイトとタングね」
 解除式になぜコレがいるのかがわからない。
 書き込み具合からしてむしろ手をもてあましてる感すらある、となると。
「これは刻印の機能かしら」
 考えてみれば当たり前な話だ。異世界の人間で話が通じ文字が読めるほうがどうかしている。
「わかっているのかしらね、このこと」
 刻印はただ解除すればいいものでもないようだ。
 ほかにもゲーム進行のための、参加者に不可欠な機能が無いとも限らない。
 天秤はつりあった。総合してみれば刻印解除は程遠いだろう。放置するのがいい。
 解析が進むようなら成果だけ奪って殺せばいい、進まないなら手を貸してあげるのもいいだろう。
 もう一度彼女たちのほうを見た、倉庫をぬけ、C-4へと入っている。
「追跡は、危険ね」
 今すぐ同行する気はないのならつける必要も無いだろう。
 魂砕きの行方も気になるし、今後のためにアシュラムの情報も集めておいたほうがいいだろう。
 魔法でマーカーだけつけておき、残りのメモを街路樹に戻す、懐中灯の光から逃れるように離れる。
 星明りに目を細めカーラは暗がりの中へと消えていった。

918名も無きヶ原の食鬼少女 ◇MXjjRBLcoQ:2007/05/20(日) 16:23:37 ID:SHfj1tFw
   ☆★☆

(情報制御反応、ロスト)
 I-ブレインが敵の離脱を告げる。
 後ろを振り返る、街路樹のそばには相変わらず影も見えない。
「行った、みたいだな」
「だね」
 少女が、ヘイズに額を仄かに輝かせて同意した。
「アレぐらいわかりやすかったらいいんだがな」
 コミクロンもお下げをもてあそびながら背後を確認する。
 ヘイズは苦笑した、ヘイズもコミクロンもどちらかといえばあからさまな情報制御の使い手だ。
 世界には物質としての側面と情報としての側面がある。
 魔術・魔法というものは、なべて情報側からのアプローチだ。
 書き込みこそ行わないもののヘイズとてポート持ちの魔法士。
 あれほど露骨な情報制御を行われては気付かずにはいられない。
「メモに興味持ってくれたみたいだし、その気があるなら向こうから接触するだろ」
 そう締めくくって、先へと進む。
 が、一人火乃香が立ち止まる。
「どうした、早速もっどてきたか?」
 怪訝そうにたずねるコミクロンに、火乃香は首を振った。
「いやそうじゃなくてさ」
 いい難そうに笑いながら、頬をかく。
「昼間にね、登ってみたのよ、あの木さ。シャーネは登ってこなかったかど、楽しそうにしてた」
 そういって、二人のほうへと向き直った。立ち止まる二人を追い抜てすすむ。
「んで、すぐにあんたら二人が襲ってきた」
 振り返っていたずらっぽく笑う。
「ただの感傷だよ。行こう」
 そして彼女は前へとあるきだした。
 ヘイズもコミクロンも、苦笑して着いていく。
「あ」
 唐突に、火乃香が立ち止まる。
「なんだ、今度は?」
「いやさ、ふと思ったんだけどさ、あれ、見られちゃまずいんじゃないかな?」
 誰にとは言わない、言ったらまずいし、確かにまずい、見られたら殺されるかもしれない、管理者達に。
「……回収しとくか、ヴァーミリオン」
「だな」
 誰も反対はしなかった。

919名も無きヶ原の食鬼少女 ◇MXjjRBLcoQ:2007/05/20(日) 16:24:53 ID:SHfj1tFw
【F-5/街道/1日目・22:20頃】

【福沢祐巳(カーラ)】
[状態]: 食鬼人化
[装備]: サークレット、貫頭衣姿、魔法のワンド
[道具]: ロザリオ、デイパック(支給品入り/食料減) 刻印解除構成式のメモワンセット 
     腕付の刻印×3(ウエイバー、鳳月、緑麗)
[思考]: フォーセリアに影響を及ぼしそうな者を一人残らず潰す計画を立て、
     (現在の目標:火乃香、黒幕『神野陰之』)
     そのために必要な人員(十叶詠子 他)、物品(“魂砕き”)を捜索・確保する。
[備考]: 黒幕の存在を知る。刻印に盗聴機能があるらしいことは知っているが特に調べてはいない。
     

【E-4/倉庫脇/1日目・22:20頃】
【戦慄舞闘団】
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:有機コード、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
    船長室で見つけた積み荷の目録
[思考]:様子を見に行く。ただし慎重に。
[備考]:刻印の性能に気付いています。ダナティアの放送を妄信していない。

【火乃香】
[状態]:健康
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:様子を見に行く。ただし慎重に。

【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。
[装備]:エドゲイン君
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml) 未完成の刻印解除構成式(頭の中)
    刻印解除構成式のメモ数枚
[思考]:様子を見に行く。ただし慎重に。
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着ています。

[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
       解除メモのうち数枚に魔力の目印がついています。ロケーション等により位置バレの可能性があります。
[チーム行動予定]:EDとエンブリオを探している。刻印の情報を集める。
         大集団の様子を見に行く。ただし慎重に。

920All I need is (11/11)  ◆l8jfhXC/BA:2007/06/09(土) 22:33:15 ID:eWecrE.w
【F-1/格納庫への地下通路/1日目・23:30頃】
【李淑芳】
[状態]:左腕に深い裂傷(血は止まっているが、傷は癒えておらず痛みがある。動かせない)
    服が血塗れ、左袖が焼失。左腕に止血の符と包帯を巻いている。
    精神の根本的な部分が狂い始めているが、表面的には冷静さを失っていない。
[装備]:呪符(5枚)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水800ml)、自殺志願(少し焦げている)、
    由乃の死体の調査結果をまとめたメモ
[思考]:玻璃壇で周囲の参加者の様子を確認した後、遊園地から離れる。符を作り直して休憩を取る。
    外道らしく振る舞い、戦いを通じて参加者たちを成長させ、アマワを討たせる。
    アマワに立ち向かえないと思った人間の命は考慮しない。
    役立ちそうな情報を書き記し、託せるように残す
[備考]:第三回放送を途中から憶えていません(禁止エリアは知っている)。『神の叡智』を得ています。
    契約者ではありませんが、『君は仲間を失っていく』と言って、アマワが未来を約束しています。

【F-2/井戸の中/1日目・23:30頃】
【零崎人識】
[状態]:気絶中。全身に大火傷。
[装備]:圏(身体を拘束されている)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分。一部が濡れているおそれあり)
    砥石、小説「人間失格」(一度落として汚れた)
[思考]:島の南方面を探索。
    悠二、シュバイツァー(名前は知らない)の知人に出会ったら倉庫に連れて帰る。
    気まぐれで佐山に協力。参加者はなるべく殺さないよう努力する。
[備考]:記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。

※エルメス、草の獣(複数の符をつけて強化された紐で拘束済)は遊園地のどこかに隠されています。
※草の獣が得た情報は、すべてムキチに伝わっています。

921私は平和な世界に飽き飽きしていました(1/7) ◆5KqBC89beU:2007/08/01(水) 16:59:22 ID:4TxSn20Y
 長い廊下がある。
 通路の内装は、無用に自己主張しすぎることなく、それでいて品の良いものだ。
 一定の間隔で設置された照明さえも、見事に機能美を表現していた。
 屋外の風景は見えない。左右の壁には延々と扉が並び、視界内には窓がない。
 雨音と雷鳴が、遠く響く。
 四つの靴が床を踏む音は、ほとんど絨毯が消していた。
 足早に歩く女と、その背を追う男が、言葉を交わしつつ直進していく。
「いやぁ、それにしても、大変なことになっていたんですねぇ」
 頼りなさげな微苦笑を浮かべて、神父の格好をした男は無駄口を叩いている。
 眼鏡をかけた彼の名は、アベル・ナイトロードという。
 頬をかく人差し指が、これ以上ないくらいに腑抜けた雰囲気を醸し出していた。
「言わずとも済むことをいちいち口に出すでない。不愉快じゃ」
 顔をしかめて美貌を台無しにしながら、天使である女は言う。
 喪服姿の彼女のことを、バベルちゃんと呼ぶ者は呼ぶ。
 頭に生えた立派な角は、ひょっとすると普段より鋭く尖っていたかもしれない。
「ところで」
「何じゃ?」
 視線を合わせることすらせず、彼と彼女は会話する。歩調は減速しそうにない。
「この一件が解決したら……あなたがたは、それからどうするんですか?」
「解決してから話してやろう。頼むから、しばらく黙っていてくれぬか」
 苛立った声で告げられた拒絶を、彼は平然と受け流した。
「そんなこと言わずに教えてくださいよ。聖職者が天使様のことを知りたがるのは、
 当たり前じゃないですか。すごく気になるんですよ」
「この場の空気さえ読めぬ者が、一人前の神父として働けるとは思えんのじゃが」
 女の酷評を理解していないかのように、男が舌を蠢かせる。

922私は平和な世界に飽き飽きしていました(2/7) ◆5KqBC89beU:2007/08/01(水) 17:00:37 ID:4TxSn20Y
「やっぱり以前の任務を再開するんですか? 不老不死を人間の手から奪うために」

 そう言って、アベル・ナイトロードを装っていたそれは立ち止まった。

 女の体が石像のごとく硬直し、次の瞬間には振り返って臨戦態勢をとる。
「そなた、いったい何者じゃ? どうして極秘任務の内容を知っている?」
 その冒涜的な“何か”は、もうアベルを演じていない。
「私は御遣いだ。これは御遣いの言葉だ。……質問に答えよう、愚かな天使」
 アベルの声で、アベルの姿で、アベルのようなものが宣う。
「かつて答えた問いには、過去と同じ答えを返す。君に返答を確約するのは一度だけ
 だが、既出の質問については数に入れない。薔薇十字騎士団よりも上位に在る者、
 あの殺し合いを望んだ者、それがわたしだ。名が要るならばアマワと呼べ」
 命を弄ぶ者どもの首魁が、今ここにいる。
「!?」
 それは、アベル・ナイトロードではない。
 ならば、現在地がミラノ公の館であるとは限らない。
 そして、この世界が薔薇十字騎士団の出身地だという確証もない。
 もはや、ここへの来訪を提案した、眼帯の天使が無事なのか否かも判らない。
 だから、天使の組織を束ねる議長ともあろう者が、自身の判断さえも信じられない。
 問いに答えるため、御遣いは無表情に口を開く。
「厳重に秘されているはずの情報を漏らしたのは、君たちが『神』と呼んでいる者だ。
 あれはわたしの協力者であるが故に、必要な知識はあらかじめ伝えられている」
「デタラメを言いおって!」
 語気を荒げて、女が叫ぶ。
「認めないのは君の勝手だが、永遠に、その解釈は正しいと証明できない」
 応じる口調には、何の感慨も込められていない。

923私は平和な世界に飽き飽きしていました(3/7) ◆5KqBC89beU:2007/08/01(水) 17:01:53 ID:4TxSn20Y
「嘘じゃ! わらわたちが捨てられたなど!」
 悲鳴のような糾弾からは、今にも熱が消えそうだった。
「君たちは、あれの被造物であり、不要になれば処分される玩具でしかない。そして、
 捨てられる理由は、主たる『神』の命令よりも同胞の幸福を優先した故にではない。
 そもそも、君たちは『神』へ反逆できるよう設計されていた。あれがそれを望んで、
 そうなるように創ったからだ。君たちは失敗作ではない。飽きられたから捨てられる
 だけの消耗品だ。いつか廃棄されることまで、創造された時点で決まっていた」
「そ……そんなことなどあるものか!」
 女の顔面には、憤怒よりも、焦燥と狼狽の色が濃く滲んでいる。
「本当に? 君は本当にそうだと思っているか?」
 毒の滴るような笑みをアベルの顔が浮かべ、その容姿が別人のものに変わる。
「今、ここには、君たちが『神』と呼ぶあれの力が届いていない」
 眼帯をした天使の姿で、御遣いは語る。
 噛みしめられた女の奥歯が、耐えきれずに軋みをあげる。
「だから、あれの影響で認識できなかった真実が、今の君には理解できる」
 モヒカン頭な天使の姿で、御遣いは述べる。
 握りしめられた女の手指が、掌に爪を食い込ませていく。
「もう一度よく考えろ」
 目の下にクマのある、羊の角を生やした天使の姿で、御遣いはささやく。
「あれは本当に君たちの味方か?」
「っ」
 娘の姿をしたそれを、女は攻撃できなかった。
「不老不死の薬を創るはずの草壁桜に、時を遡って干渉し、歴史を改変する。それが
 君たちに望まれている役目だった。ならば、それが成功すればどうなるか。歴史は
 改変され、“不老不死の薬が創られた世界にいた君”は消える。改変された未来で、
 誰かが、過去の世界に行った天使を見つける。その天使は歴史を改変した当事者だ」
 女の内側で、大切な何かに亀裂が入った。

924私は平和な世界に飽き飽きしていました(4/7) ◆5KqBC89beU:2007/08/01(水) 17:03:02 ID:4TxSn20Y
 いつの間にか、周囲からは多くのものが見えなくなっている。
 壁も扉も天井も照明も床も絨毯も、ない。
「いずれ多くの人間を助けられるかもしれなかった、大罪など犯していない草壁桜に、
 天使が酷いことをしていたわけだ。理由を訊けば、『何故か自分でも判らない』と
 言うかもしれないし、『彼が不老不死の薬を創れないように邪魔しただけ』と言う
 かもしれない。改変された者たちにとっては、どちらだろうと精神病患者の妄言だ。
 歴史を改変したその天使は、間違いなく悲惨な末路を辿る」
 長い廊下など、どこにも存在していない。
「君たちが『神』と呼ぶあれは、歴史が改変されても改変以前の記憶を失わないが、
 その天使を絶対に庇わない。不要だからだ。代わりならいくらでも創れるのだから、
 薄汚れた玩具など壊れてしまえばいい――あれはそう考える」
 雨音も雷鳴も既にない。
「草壁桜が“不老不死の薬を創れる程度の能力”を持っていたのも、それが放置された
 のも、君たちが『神』と呼ぶあれが原因だ。あの一件は、あれの戯れでしかない。
 草壁桜の存在そのものを抹消することさえ、あれがその気になりさえすれば一瞬で
 片が付く雑事だ」
 もう真実しか聞こえない。
「君が指揮する勢力は草壁桜の命を狙い、三塚井ドクロはそれを阻止しつつ歴史を改変
 しようとしている。だが、草壁桜の学業を妨害せずとも、三塚井ドクロは歴史を改変
 できる。三塚井ドクロは撲殺天使――草壁桜を撲殺し再生する者だ。自覚などしては
 いまいが、彼女の能力で人間を完全に復活させることはできない。限りなく本物に
 近い偽物を、本物の残骸を材料にして造る程度が精一杯だ。死と再生が繰り返される
 ごとに、誤差は蓄積されていく。復元されるたびに、草壁桜と呼ばれているそれは、
 人間ではないものになっていく。君たちの世界では、精神的刺激によって成分不明の
 体液を垂れ流す生物を人間とは定義していまい。撲殺して造り直して、それを何度も
 続ければ、“不老不死の薬を創れる程度の能力”もまた徐々に失われていく」

925私は平和な世界に飽き飽きしていました(5/7) ◆5KqBC89beU:2007/08/01(水) 17:03:58 ID:4TxSn20Y
 無数のモノリスが乱立する闇の荒野で、御遣いが天使に言う。
「草壁桜は三塚井ドクロと出会った日に殺された。その日、草壁桜の死体を元にして
 造られたのは草壁桜の紛い物だ。君が殺そうとしていたのは草壁桜の成れの果てだ。
 すべては、あれがそうなるように望んだからだ」
 この領域を、御遣いの盟友は“無名の庵”と呼称している。
 視界を妨げることのない異界の闇に包まれ、疲れきった声で女はつぶやいた。
「……何故、そのようなことをわらわに話すのじゃ?」
 女の娘を模した御遣いが、わずかに顔をしかめた。
「君たちの『神』は、己の創った玩具が壊れていく様子を楽しんでいる。確かにあれは
 わたしの協力者だが、決してわたしの友ではない。あれは観客だ。余計なことはせず
 必要最低限の代価は支払うが代価以上の尽力はしない。邪魔されぬよう、あれ好みの
 惨劇を見物させて、機嫌をとるべき相手ですらある。この話もそんな惨劇の一幕だ。
 わたしが望みを叶えても叶えられなくても、そこに惨劇があるのなら、あれは何も
 手出しをしない。君たちの『神』は、わたしも君も救わない。あれは誰も救わない」
 ついに、女の内側で、核であり要でもあった部分が砕けていく。
 澄んだ音を響かせて、数条の光が女の背から生えた。
 光で形作られた翼は、まるで女を突き刺す白刃のようだ。
 天使の力が暴走し、浪費されている。
 女の肉体が、少しずつ透け始める。
「消滅に至る病、『天使の憂鬱』――これも『神』が望んだものか」
「必要な知識はすべて伝えられている。『天使の憂鬱』を発病させる方法も教わった」
 御遣いの視線は、学者が実験動物を見るときのそれに似ていた。

926私は平和な世界に飽き飽きしていました(6/7) ◆5KqBC89beU:2007/08/01(水) 17:05:01 ID:4TxSn20Y
 とある世界において、天使とは観念的な存在だ。
 その世界の天使にとって、肉体とは、存在力によって構成されるものでしかない。
存在力の源は、天使自身の個性――己の在るべき姿を自覚し、具象化する意思の力だ。
 その世界の天使は、『神』の領域以外の場所では、少しずつ存在を蝕まれていく。
帰郷して静養し、自分の個性を再確認しない限り、病状は悪化し続ける。己の個性を
忘れて体調を崩した天使は、『神』の領域の外に滞在し続けるだけで消滅する。
 己の生まれた世界の地上にいてさえ蝕まれてしまう天使は、異界の中に留まれない。
しかも、『神』の悪意をもって精神を蹂躙されては、意思の力などすぐ尽き果てる。
「わらわたちは、滅ぶのじゃろうか?」
「三塚井ドクロ以外の、君の同胞たちは、すべて君と同じように処分した」
 女の頬を濡らす雫は、地面に落ちることなく光の粒となって散り続けた。
 ただ静かに泣く女へ、御遣いは言う。
「君が刻印に小細工をしたとき、君たちの『神』は大喜びしていた。君のせいで刻印の
 機能は安定性を失い、参加者たちの能力には大幅な格差が生まれた。三塚井ドクロの
 刻印が本来の効果を発揮しきれていなくても不自然ではない状況を作るためだけに、
 君は他の参加者全員を巻き添えにした。同胞以外の参加者たちが、どんなに理不尽な
 目に遭おうとも気にしなかった。冷酷な君を、君たちの『神』は得意げに自慢した」
「…………!」
「君が刻印に施した小細工についても、デイパックのどれかに君が忍ばせた紙と鍵に
 ついても、そのまま放置してあるし、薔薇十字騎士団が君の規則違反を知ることは
 最後までない。君たちの『神』がそれを願い、その要望がわたしの目的と競合しない
 以上、紙と鍵を持った参加者が薔薇十字騎士団の居場所に踏み込んでも、わたしは
 管理者を守らない。わたしの友も、君たちの『神』も、管理者には加勢しない」
「親切すぎて胡散くさいとしか言えぬ。そなた、すべてを語ってはおるまい?」

927私は平和な世界に飽き飽きしていました(7/7) ◆5KqBC89beU:2007/08/01(水) 17:07:45 ID:4TxSn20Y
「その通りだ、賢しい天使。元々、用が済めば薔薇十字騎士団は始末する予定だった。
 結果が同じならば過程はどうでも構わない。無論、君にはそれ相応の報いを今から
 わたしが与える」
「何を今さら――」
「君の小細工によって、三塚井ドクロの刻印は正常な効力を発揮しなくなっていく。
 ただの人間を撲殺できなかった彼女の腕力は、非常識で致命的な破壊力を取り戻す。
 灰から煙草を作ることすら不可能だった彼女の能力は、故障中の機械を材料にして
 問題なく稼動する機械を作れるほどに蘇る。怪我をしても自力で回復できるように
 なる。自身を弱体化させている力への拒絶反応が、攻撃衝動を活性化させ、生存率を
 上げる。ほとんどの参加者たちは、制限の緩い彼女を殺せない。しかし、刻印の力は
 参加者を害するものばかりではない。三塚井ドクロの刻印は、もはや彼女の精神から
 違和感を取り除かない。『本来の自分はこんな風ではなかった』と彼女は常に思う」
 透けて薄れていく女の顔が、絶望に歪んだ。
「故に、彼女は己の個性を見失う。『天使の憂鬱』を発病しても、優勝しない限り、
 帰郷は許されない。君たちの『神』は、大いに嬉しがっている」
 天使は、いなくなった。
 御遣いだけが、闇の荒野に立っている。
「君たちの“消滅”が死であるとは、誰も証明できていない。元の世界からいなくなり
 二度と戻ってこないだけだ。生も死も観測されていないなら、それは未知だ。肉体を
 失って、余分なものを削ぎ落とした君たちは、わたしに近しい存在ではないのか?
 ……未知になった君たちは、わたしに心の実在を証明できるだろうか?」
 闇の荒野には、誰もいなくなった。


【X-?/無名の庵/1日目・19:30頃】
【バベルちゃんを含む管理者側の天使たち 消滅】

※薔薇十字騎士団以外のトリニティ・ブラッド勢は、すべて黒幕による幻影でした。

928名も無き黒幕さん:2007/09/01(土) 19:26:05 ID:SHfj1tFw
 風見は闇の中に去り行く二人の姿を見送った。
 彼女達と戦うには理由が無くて、説得するにも通じる論拠が無かった。
 疲労と、それ以上に重い感情の残滓を抱えて、風見は彼女たちを見送る。
 二人の足取りは森の中なのに躓いたりよろめいたりはしなかった。
 歩きなれてるのか運動神経がいいのかそんなとこなのだろう。
 だけど、風見にはそうと素直に受け取ることはできなかった。
 去っていく二人の姿はなんだかとても現実感が希薄で、二人ともふわふわと宙に浮いてるようだ。
 まるでも木霊でも追っているような気分になる。
 ふっと消えて、目をこすっている間にそこにいる。
 木陰と月影の網目の中で、見え隠れする二人の後ろ姿はいつの間にか現われて、瞬きすれば消えてしまう。
 まるでまれびとのみたいでひどく綺麗で、儚く、空恐ろしかった。
 と、不意に、少女のほうが振り返った。仄かに青い光を受けて、その姿がくっきりと浮かび上がる。
 ぼうっとした闇の中に浮かんでいるみたいだと思う。目が合い、風見の視線に、にっこりと笑みで答える。
 ぞく、と生ぬるい寒気が走った。あの目は良くない、攫われてしまいそうになる。
 こちらの怯えに少し、悲しそうな目を返され、風見の胸がチクリと痛んだが、かける言葉もないうちに、
ふたたび暗闇の中に溶けるように消えていって、もう現れることはなかった。
 さわり、と森の向こうに風が吹く。
 木々のざわめきが、雲の流れる音が響く。
 まるで、音のなかった世界が声を取り戻したみたいに、音が辺りを包んだ。
 でも森の奥に、風は届かない。
 風見は大きく溜息を吐いた。
 緊張とか、後悔とか、不安とか、とにかくすべて吐き出したかったけど、胸にわだかる澱のような気分はため息ぐらいでは吹き飛ばせない。
 それこそ煙のように風見の周りを漂うだけだ。
 風がほしいな、風見は切にそう思う。
 本当にいろいろなことがありすぎて感情が自力ではリセットできそうになかった。
(放送まであと十分ちょっとか)
 中途半端な時間だ。振り返るには短すぎるが、抱えて、気まずいまま過ぎるを待つにはあまりに長い。
 それでも、煙のような疲労を振り払って語りかけるような力は、もう風見の中からわきあがってはこなかった。
 なんだかひどくもがき疲れてしまったみたいに心が重い。
 肉より感情のほうが摩耗している。あまりに強い感情の連打に、神経がへこみっぱなしのボタンのように沈黙してる。
 コトバ
 風がほしい、と風見は思った。                              フクシュウ
 いろいろなことなんて言ってみたけど、そんなことはない。風見を今苦しめてるのはたった一つの裏切りだ。
 受け身は柄じゃないと思われがちだ。こういう時、みんなが思い描く風見との距離を意識せずにはいられない。
 救いを期待すように、風見は待った。
 ブルーブレイカーが釈明するのを待っていた。
 答えはない。
「ブルーブレイカー」
 衝き動かされるように、風見は振り返り、声をかけた。
 言動両区はイラつくというよりも焦りに近い。
 BBは何も変わらぬ様子で……表情の見えない機械化歩兵が立っていた。
 何も答えずに、ただ自ずから然るいう風に立っていた。
 ふいに、ひどく癇に障った。
 見えないだけかもしれない、ブルーブレイカーには感情を表す機能はなく、風見には彼の感情を読み解くための機能がない。
 何事もない様ににしか見えなくて、そんなはずはないはずだと、風見の思考が囁く。
 そうだ、彼には、言わなければならない。
 何かが風見に囁いた。
 彼が言わないというのなら、言わせなければならない。
 実力行使だって厭う気はない。
 あれほど摩耗していたはずの感情がじわじわと風見ににじり寄った。

929名も無き黒幕さん:2007/09/01(土) 19:26:45 ID:SHfj1tFw
 今なら、拳が砕けてもブルーブレイカーを殴り続けられる確信がある。
「どういうつもり?」
 言わなければおさまりがつかない。
 自分でも理解できないほどの感情が風見を追い立てる。
「どういう?」
 そんな風見に、ブルーブレイカーは平然と切り返す。
 しらを切っているのか、本当に分かっていないのか、風見の曇った耳では合成音から判断できない。
 風見は沈黙で先を促す。
 これはある意味最後通告のつもりだった。
 お前はそんな奴だったのか、風見はそう尋ねたのだ。
 風見の中でブルーブレイカーはもっと高潔な存在だった。
 銃使いの少年との時、風見は死んでいた。諦める諦めないの前に、詰んでいた。自力では、どうしようもなく死んでいたのだ。
 だが風が吹いた。
 人でも、機竜でもない、深い群青の機体。
 飛ぶ姿は美しかった。
 人のカタチをした者ならだれもが憧れる、理想の結晶。
 風見は共感した。                        フォーム
 同じ飛ぶものとして、道こそ違うが真摯に飛ぶことを突き詰めた最適の運動。生身では再現不能のしかし明らかに人体を模した旋回性能。
 そして武神や機竜とは一線を画す、生物に近いサイズならではの繊細なモーション。
 それは、機能だけで見るならもう一人の風見だった。
 彼は風見に手を差し伸べた。
 戸惑いはした、疑いもした。けど、彼は当たり前に手を伸ばしてくれる者だと理解して、風見は嬉しかった。
 風見はあの時の気持ちを汚されたくはなかった。
 だから風見は待った。続く言葉を、否定の言葉を待った。
 そして、ブルーブレイカーの言葉は続くことないと悟った瞬間、風見はとうとうブチギレた。
「さっきの事よ!」
 千里はブルーブレイカーの首もとを掴み寄せて怒鳴った。
 そのまま押し込んだ腕と気迫はブルーブレイカーを一歩後退させ、背後の木に背中が当たる。
「あんな胸糞悪い見せ物を見物するのが趣味なわけ?」
 静かなどすの利いた声が出た。
「……そうらしいな」
 しかしブルーブレイカーは平然と答える。
 その態度が、何も恐れていないとは少し違う、そう、もう何にも興味がないといった態度が、さらに風見の不安と恐怖を掻き立てた。
「この……!」
 心臓が早鐘のようになり響く。
 填めるべき言葉が見つからない。今ある言葉では彼に絶対届かない。
 風見の頭脳は今までためてきたすべての言葉をかなぐり捨てて、ブルーブレイカーに届く弾丸を探し求める。
「だがおまえもそういう面は有るのではないか?」
 だが、それよりも早く、ブルーブレイカーの言葉が風見に届いた。
 思えば、最初からこうなることはわかっていた。
「魔女の言った通りの事が起きれば」
 小さく子爵の水音がした。 ひどく遠い音だった。
 都合のいい言葉を期待した時点で、風見は間違っていたのだ。
「EDの仮説は間違っていた。しずくはこの島に居た。そして殺された。
  ……そうなんだろう? 金の針先」
『オレの名はエンブリオだ。その呼び名でも間違ってるとはいえねぇけどな。
  それとその通りだよ。しずくとは短い間だが、一緒に居たのさ』

930名も無き黒幕さん:2007/09/01(土) 19:27:27 ID:SHfj1tFw
「………………」  
 子爵の飛沫の音が少し大きくなるだけの静寂。
 その音さえ、風見に届くにはあまりに遠すぎる。
 EDの仮説はBBを落ち着かせる為の虚説だった。
 最初に裏切られたのは彼だった。これは単なる終りの続き。最初からわかりきっていた、別離の幕開け。
「俺の片翼は失われた」
 子爵が弱々しく木を這い上がる音がするだけ。
 BBは喪失を噛み締め。
 千里は彼を責める言葉を見つけることは出来なかった。

 場の雰囲気を変えようとするかのようにエンブリオが軽い口調で喋り出す。
『最初にオレを持った奴は死んで、受け継いだ茉衣子は何人も巻き添えにして破滅しちまった。
  まったく、大した疫病神っぷりだと思わねえか?』
 子爵が流れ落ちて形になる音が……
『なあ。ちょっくらオレを壊して――』
『気を付けろ!』
「!?」
 自ら浮き上がる力が出ず、子爵は木に登って張り付く事で警告の文字を作りだした。
 その僅かなロスが決定的な差を作り出す。


「イーディー、いや、シーディーだな。そうか。つまり俺は、ようやく見つけたって事だ」
 ぞっとするほど近くから男の声がした。
 針の筵にも似た殺気が、 真っ暗な森を漆黒に塗りつぶす。
 風見が衝き動かされるように振り返った先に、立っていた。
「そしておまえらは運が悪い」
 顔には幽鬼の笑い。手を伸ばせば届く距離。足元には少女の亡骸。両手にハンティングナイフ。
 近寄れば気づけるはずだった。腐葉土未満の落ち葉、露だらけの下草。動けば、必ずなにがしかの音がするはずなのに。
「俺を敵に回してしまったんだからな」
 怪物が、忽然と立っていた。
 (ヤバイ……!)
 あまりにも出来すぎなエンカウントに、風見は全身が総毛だつのを感じた。
 きょうびB級映画でもお目にかかれないシチュエーション。笑えるぐらいにヤバすぎる。
 風見千里はBBに詰め寄り二人揃って態勢を崩してしまっている。
 子爵は先程受けた攻撃のダメージが思いの外大きいのかまともに動けない。
 そして怪物は、一息の間合いに立っていた。
 赤い青年が口を歪め劫火のような笑みを浮かべて告げる。

「さあ、狩りの始まりだ」
 風切る音もなく、銀光が走った。

931Long live the ―――― ◆685WtsbdmY:2007/09/29(土) 23:33:24 ID:JcqpINC.
――――録音開始。


呻き声。

再び呻き声。内容の聞き取れない、おそらくは悪態。

何者かが身じろぎする音。潜めようとして、潜めきれていない息遣い。
地面をマントの裾が擦過する音。消そうとして、消しきれていない足音。

『お? おおおっ?』

ごくり、と唾を飲みこむ音。一呼吸、二呼吸、三呼吸。

『く、ふははは。
 え〜と、なんだかよく分からんが、やはりこの俺様に仇なして無事にすむわけはなかったようだな。
 こいつめ、こいつめ』

どたどたとした足音に続いて軽い衝撃音。一度、二度、三度。

『まあ、これぐらいで良いだろう。さて、あれに見えるは俺様英雄の剣。まずは再びこの手に取り戻して
 ……ん?』

怒号。
悲鳴。
そして沈黙。


                ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

932Long live the ―――― ◆685WtsbdmY:2007/09/29(土) 23:34:10 ID:JcqpINC.
「すいませんすいませんすいませんすいません」

ボルカンは謝っていた。とにかく謝っていた。ただひたすらに謝り続けていた。
大地に額をこすりつけて、見下ろす相手の慈悲を請う。無様だ、滑稽だ――何とでも言うがいい。
何せ、目の前にいるのは、日没から今まで自分を追い続けてきた相手なのだから。
ようやく倒れてくれたと思ったのに、今しもこの場を離れようとするタイミングで唐突に蘇った。
そのせいで、すでに地上と宙空を3回ほど往復し、両の頬にビンタをもらって真っ赤に腫らすはめになっている。
そう。ここはただただ媚びへつらいの一手。これ以上痛い目にあうなどまっぴらごめんだ。
幸いにして、目覚める前に何度か蹴りを入れられていたことには気付いていない様子。
それを悟られていたらこんなものではすまなかったに違いない。

「をっほほほほ。どうやら少しは反省したようね」
「反省しました」
「その言葉、嘘偽りは無いであろうな?」
「嘘偽りなどございません」
「これからはその重責から逃げることなく、誠心誠意、心をこめてあたくしに仕えると誓うかえ?」
「誓います誓います」

この答えは、怪女にとって一応満足できるものだったようだ。
鷹揚に頷くと、地べたにはいつくばるこちらを見下ろしてこのようにのたまった。

「よろしい。あたくしは不忠を決して許さないけれど、忠義には厚く報いる乙女よ。
 本来なら敵前逃亡と窃盗、あたくしへの不敬という天をも恐れぬ大罪をおかした由にて処刑するのが筋だけれど、
 今回は特別に許してしんぜよう」

そうして再び、化け物はあの「をほほほ」という奇怪な高笑いをあげた。いや、あげようとしたかに見えた。
が、傲然と口元に手をやったその瞬間、唐突に体を折ると、激しく咳込み始める。
口を押さえた手指の間から血が垂れるのが見て、ボルカンはあることにようやく気付いた。
(むぅ……奴は負傷している)
思えば、一言物を言うにも窓の隙間を風が吹き抜けるような音が混じっていた。
周囲が暗くて今の今まで気付かなかったが、よくよく見れば顔色も悪い。

「とにかく、まずはあたくしが休息するための寝所を用意するのよ」
「へ? あ、はい」
「それと、あたくしのことは 姫様と呼ぶように」

ボルカンは、ひっそりとため息をついて時計に目をやった。
(む? ……)
何か、この上もなく良い考えが、頭の中を通り過ぎたような気がして、ボルカンは必死で記憶を手繰りよせる。
この場所、そう遠くない時刻に何かが起きるはず。そして今、時計が指し示している時刻は――

「何をぼけっと突っ立っているの? さっさとおし」
「かしこまりました。え〜と、姫様」
「……そこで間をとるということは、あたくしを馬鹿にしているのかえ?」
「め、めめめ滅相もありやがらんでございますよ、はい」

――時刻は、20時00分。21時00分まであと一時間。


                ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

933Long live the ―――― ◆685WtsbdmY:2007/09/29(土) 23:35:13 ID:JcqpINC.
「おお ナツコ・ザ・ドラゴンバスター♪ ……ここなぞ良いのではないでしょうか?」

大通りから少々離れた一軒家の縁側で、ボルカンは庭に面した一室を指し示した。
そもそもは、この家に興味を示したのは小早川奈津子の方であった。
その言いつけにしたがい、ボルカンは軋む門扉を押し開けて先行して庭へと入り込んだ。
庭から廊下へ、廊下からその部屋へと通じる戸を開け放ってみると、草でふいたマット
――ボルカンは知らないが、ようするに畳である――の床はなかなか居心地がよさそうで、
休息をとる場としては申し分ない。
これならば、女主人の眼鏡にもかなうかもしれないと考え、小早川奈津子を呼んで先ほどの提案をしたわけである。
暴君は鼻をならすと、廊下にどっかと腰を下した。

「なかなか良さそうではないの。……決めたわ、ここで休むことにしてよ」
「ははっ。それでは、俺さ……私はあたりを見回ってきますので」

言ってボルカンは、再び庭へと飛び降りた。
これでいい。このまま自分だけこの場を逃れてしまえば、21時ちょうどの禁止エリア指定の時には勝手に始末がつく。
これぞまさに、大天才にして英傑たるボルカン様に相応しく、また、そうでなければ
思いつくことすらかなわぬ完璧な作戦と言えるだろう。
思わず駆け出そうになるのをこらえ、一歩一歩前へと慎重に足を踏み出し……

「お待ち」

口から心臓が飛び出るかと思った。

「は、はい!! ええと、なんでしょうか?」
「あたくしは“用意せよ”と言ったのよ。それを、布団の用意もしないとは不届き千ば――」
「すぐにやらせて頂きます!」


この後、慌てふためいたボルカンは土足のまま縁側、そして廊下にまで駆け上り、
憤慨した小早川奈津子にはたき落とされることになる。


                ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

934Long live the ―――― ◆685WtsbdmY:2007/09/29(土) 23:36:39 ID:JcqpINC.
「……できました」
「うむ。よろしい」

悪戦苦闘の末、ついにボルカンは布団を敷くことに成功した。
ボルカンは考える。限界時間――21時まであとどれほどの時間があるのだろうか?
あいにく部屋に時計はないし、自分の時計を見ようとするたびに邪魔がはいって結局果たせなかった。
何はともあれここは一刻も早くこの場を立ち去るのみ……!

「でしたら――」
「行ってもよい、と思っていたがどうも気になるわね
 ……もしや、あたくしのために働くという崇高な使命を放棄して、
 もとの怠惰な暮らしに戻ろうなどと考えているのではあるまいな?」
「と、とんでもありません」

ばれた。いや、ばれていない。まだ罠には気付かれていない。……いや、だからこそまずいのか?
うわべだけはなるべく平静を装う様努力しつつも、ボルカンの脳裏では恐怖と焦りがうずまいていた。
罠には気づかれず、しかし逃亡を警戒されているならば、小早川奈津子はこの場に留まるよう命じるだろう。
もし、そんなことになれば、その時こそ待っているのは確実な死だ。

「……まあよいわ、お退がり。だが、その前に褒美をとらせてしんぜよう」
「は? ははっ! ありがたき幸せ」

冷や汗を流しつつ見つめあうことしばし。どうにかこの場を切り抜けることができたらしい。
“褒美”。その言葉に顔を輝かせたボルカンが、頭をたれ、再び上げると、眼前には巨大な脚が迫っていた。


                ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


ふすまを突き破って、ボルカンの体は奥の部屋へと転がりこんだ。

「な、何しやが――!!」

ボルカンは抗議の声をあげ、――立ち上がろうとしたところで足をしたたかに踏みつけられた。
たまらずに、怒りとも苦悶ともつかない呻きをあげてのたうちまわる。
その頭上から、容赦ない言葉が降り注いだ。

「をほほほほ。盗っ人猛々しいとはこのことね。
 ……お前、このあたくしを謀略によって害せんとしていたであろう」

呆然として、ボルカンは小早川の発言――いや、宣告を聞いていた。

「なんたる不実! なんたる不忠! 殊勝な態度でごまかそうと、その瞳の奥の下卑た光は隠しようが無くってよ!!
 ここもじきに禁止エリアになることくらい、最初からお見通しなのよ」

ようやくボルカンは悟った――見抜いていたのだ、この怪女は。ボルカンの浅はかな企みなど全て。
見抜いた上でこちらをためしていたのだ。

「べっ、別にそんなつもりは……」
「お黙りっ! せっかく下僕として使ってやろうと思っていたのに、この恩知らずの劣等民族!
 そんな言葉に騙される、このあたくしと思うてか? ええ、お〜も〜う〜て〜か〜」

なんとか言い逃れようとするボルカンを一喝して、小早川奈津子は大見得を切った。
大見得を切って……そのまま咳き込み始めた。
一方のボルカンはこの隙に逃げ出そうとして、再びもんどりうってその場に倒れた。
踏みつけられた足は、どこか捻ったのか熱を帯びている。ボルカンは立ち上がることさえできずに尻を床につけたままその場をはいずった。
とにかく外へ。だが、そう思ったときにはすでに退路を塞がれていた。
小早川奈津子がその足を一歩踏み出すごとに、その歩幅の分だけ後ずさる。それを繰り返すうちに、後頭部に何かがぶつかった。
壁だ。もうこれ以上は下がれない。

935Long live the ―――― ◆685WtsbdmY:2007/09/29(土) 23:37:22 ID:JcqpINC.
「……ち、違う」

視界の中で次第に膨れ上がっていく巨体を見つめたまま、ボルカンはうわ言のように呟いた。

「違う、俺じゃない。黒魔術士が、この世の暗黒を凝縮したど腐れヤクザが俺様を近所のおばさん井戸端殺すと脅して……」

何故だろうか。その時、ピクリ、と正義の執行人の眉が動いた。
一声唸って、なにやら考え込むようなそぶりを見せると、やおら手にした長剣をボルカンの首すじに突き付けて言った。

「その黒魔術士とやら、もしやオーフェンと名乗っているのではないのかえ?」

オーフェン。その名がよもや目の前の怪女からでてくるとは。
ボルカンは驚きに目をむいた。
(もしかして……これはチャンス?)

「そ、そうですそうですその通りです。俺様がこんな目にあっているのも姫様の苦境もすべてあの凶悪借金取りのせい。
 民族の英雄様たる俺様の実力に嫉妬してよくわからん島にほうりこんだだけでは飽き足らず、
 あまつさえ、塵取り殺すと脅迫して奈津子姫様を害せんとする企みに無理やり加えるとはまさしく無礼千万恐悦至極!!
 すなわち姫様におかれましては、私が彼奴めの居所へご案内いたしますので必ずや正義の鉄槌を下されますよう――」
「……よく分かったわ」

小早川奈津子は大きくうなずくと、ボルカンの讒言を遮って言った。

「このあたくしとて慈悲深き乙女。真実をあかしたあっぱれな心がけに免じて、ここで楽に死なせてやろう」
「おいっ!?」
「をぼぼぼ、ごほげほ……。
 この期におよんで往生際が悪いわね。所詮、潔さという美徳は劣等民族には理解できないようね。
 どうせ、その借金魔術士の居場所を正確に知っているわけでもないのでしょう?
 本当だったら、そこの柱にでも縛り付けて死ぬまでたっぷり恐怖を与えてやるのが妥当なところを、
 ここでけりをつけてやろうというの。感謝されこそすれ、文句を言われる筋合いなんてなくってよ」

最期に善を成したことで、閻魔様の裁きも少しは温情豊かになることでしょう。
そう言うと、処刑人は手にした長剣を構えなおした。

「をほほほほほ。あの世でとっくり後悔おし」

ボルカンの眼前で、突き付けられた刃がギラリ、と輝いた。

「……あ、ああ――」

ボルカンは、顔の向きはそのままに視線だけをあたふたと左右に走らせた。
なんと不都合で、不安で、不愉快なことだろう。肝心なときだというのに、場の全責任を押し付けるべき弟は傍らにないというのは。
混乱の中で、ボルカンはいつかと同じ言葉を口にしていた。

「全部、全部。あの黒魔術士が、黒魔術士が悪いんだぁ〜〜!!」





【112 ボルカノ・ボルカン 死亡】






【A-3/市街地/一日目/20:40】

【小早川奈津子】
[状態]右腕損傷(完治まで約一日半)、生物兵器感染
  胸骨骨折、肺欠損、胸部内出血、体に若干の痺れ
[装備]ブルートザオガー(灼眼のシャナ)
[道具]デイパック(支給品一式、パン三食分、水1500ml)
[思考]どこか休息を取れる場所を探す。
   ボルカンの言うことを信じたわけではないが、オーフェンおよび甲斐に正義の鉄槌を下す。
[備考]服は石油製品ではないので、生物兵器の影響なし
  約七時間後までなっちゃんに接触した人物の服が分解されます
  七時間以内に再着用した服も、石油製品なら分解されます
  感染者は肩こり・腰痛・疲労が回復します

936 ◆4OkSzTyQhY:2007/12/07(金) 20:51:38 ID:xsdwI8G2
鳥テスト

937 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 20:52:19 ID:xsdwI8G2
再テスト

938 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 20:53:42 ID:xsdwI8G2
 こんなに走ったのはどれくらいぶりだろう。
 不規則に乱れていく息に恐怖感を覚えながら、彼女は暗い地下道を全力で駆けていく。
 走り続ける、彼女――クリーオウ・エバーラスティンは多少剣術を齧っただけの少女である。
 たとえば手から熱線を出すこともできなければ、一キロ先の敵を狙撃銃で射抜くこともできない。
 何より、彼女に人を殺せるような覚悟などない。
 ――何を言いたいのかといえば、つまり人並み以上に夜目はきかないということである。
 そんな状態でほとんど真っ暗な状態の地下道を『逃走する』のは無謀といえた。
 なるほど、彼女は幸運なことに懐中電灯を手にしていた。
 デイパックから出すのに手間取り、その間に殺されてしまうという無様は晒さなかった。
 だが、それでも小さな明かりひとつで、舗装もされていない道を歩けば――
「――っ!」
 無論、転ぶ。
 それでも懐中電灯は手放さなかった。慌てて起き上がり、先ほどよりも草臥れた風に足を進める。
 実を言えば、彼女が転んだのはこれが初めてではない。
 そしてついでにいえば、彼女を追っているのは普通の少女ではない。
(なんで、どうして――!?)
 クリーオウはほとんど恐慌状態に陥りながら、それでもまだ微かに残っていた冷静な部分で思考する。
 先ほど、空から降ってきた追跡者は尋常でない怪力を見せた。
 たぶん脚力も似たようなものだろう。なのに、追いつかれていない。殺されていない。

939 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 20:54:58 ID:xsdwI8G2
「むぁ〜てぇ〜い」
 後ろから響く声は幾重にも反響し、正確な距離は掴ませないが、それでもまだ追いついてこない。
(逃げられる? 逃げ切れる!?)
 胸中に、わずかな希望が芽生えてくる。
 ピロテースと合流できれば何とかなる。きっと、きっと――
(クエロだって――きっと)
 優しかったクエロ。
 優しい顔の裏に、狡猾を隠していたクエロ。
 ゼルガディスを殺したクエロ。
 せつらを殺したクエロ。
 だけど、最後には自分を逃がしてくれたクエロ。
 無論、それで彼女のしてきたことが帳消しになるなんて思っていない。
 自分がクエロをどうしたいのか――それだって、わからない。
 だけど、いまは走って、なんとしてでもピロテースを――!
「……きゃぅっ!」
 余計な思考は足をもつれさせたらしい。慣れた浮遊感と衝撃。転んだのはこれで何度目だったか。
 だが、今度は懐中電灯を手放してしまった。転んだままでは手を伸ばしてもぎりぎり届かない、そんな位置に電灯は落ちてしまう。
 慌てて手を伸ばす。
 だが、その手が懐中電灯に届くことは、なかった。

940 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 20:56:07 ID:xsdwI8G2
 ひょい、と目の前で懐中電灯が他の誰かに拾われる。
 混乱しかけるが、すぐに思い直す。追跡者は未だ自分の後ろ。
 ならば、懐中電灯を拾ったのはこの通路の先にいるはずだった――
「ピロテース!」
 歓声とともに、顔を上げる。
 そこには彼女の微笑があった。
「――ばあ」
 ――クエロを殺した、少女の笑顔があった。
 あの凶悪な凶器を片手に、そしてもう片方の手で握った懐中電灯で自分の顔を下から照らしている。
 子供がするようなその悪戯も、だが今のクリーオウにとっては十分な衝撃だった。
 だがもはや悲鳴を上げるような余力もない。それ以前に、地面に這い蹲っているこの体勢では、もう逃げられない。
(い、いつ回り込まれたの……!?)
 胸中で自問して、そして、悟る。
 自分は懐中電灯で足元を照らしながら走るのが精一杯だった。
 だから、一度も背後を確認していない。
 もしかして……この無邪気な雰囲気をまっとた少女は……
(ずっと、後ろにぴったりくっついてんだ……!)
 おそらくは、手を伸ばせば届くような距離に、ずっと。
 前に回りこまれたのは、転んだ隙にひょいと飛び越すように跨れでもしたのだろう。
 ゾッとした。少女がなぜそうしたのかは分からない。だから、ゾッとした。
 眼前の、少女の形をしたモノが、いったい何なのかワカラナイ――
「ね、ね、鬼ごっこはおしまい? じゃ、こんどはお姉さんが鬼ね!」
 そして本当に、邪気の一欠けらも見せずに、笑いながらそれは、
「じゃ、タッチするよ! タッチ!」
 ――零挙動で、鉛の塊を振り下ろした。
 捉えきれない速度。もとより、自分では勝てない存在であることは分かっていた。
(あ……死んじゃう)
 他人事のように、そんなことを考えた。

941 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 20:57:25 ID:xsdwI8G2
 生が終わる瞬間、その一瞬だけ、誰かの顔がフラッシュバックする。
 それはもう死んでしまった弟分の顔でも、目つきの悪い魔術師の顔でもない。
 この島で出会い、仲間となった者の顔でもない。
 もとより、知っている顔ではなかった。
 銀髪の美丈夫。轟音とともに現れ、そしてすぐに暗闇に消える。
(……誰?)
 走馬灯というのは知らない顔をも浮かび上がらせるものなのか。
 だが、その疑問は、
「金髪の娘、確認するが」
 いつのまにか現れた、新たな人影によって吹き飛ばされた。
 理解する。アレが持つ明かりがいつの間にか消えていたのは、この男が割り込んで遮っていたからだ。
「あ、あの」
 こちらの声に反応してか、男が振り返る。
 そのせいで、ちらりと男の向こう側が見えた。例の少女と目が合う。
 こちらに「静かにして!」とでもいうように唇に人差し指を当てながら、バットを振り下ろそうとしていた。
「危な――!」
「貴様の名前を教えろ」
 再び、轟音。
 そして懐中電灯のものでない、金属同士による火花の明かりが闇を照らした。
「え……?」
 音と光は一度だけではない。なんども、なんども。絶え間なく続き、その度に一瞬だけ男の姿が浮かび上がる。
 そして、そのまるで連続で写した写真のような光景で理解した。
 男が馬鹿馬鹿しいような大剣を手にして、何の気なしに少女の凶撃をいなしているのだと。
 それが、自分を守ってくれているのだと気づいて、
 まるで冗談のようなタイミングで現れた、正義のヒーローのように感じた。
「娘っ!」
「え、あの、私――」
「僕、三塚井ドクロ!」
「名前だ」
 片方の声をうるさそうに無視し、その男が繰り返す。
「わ、私、クリーオウ。クリーオウ・エバーラスティン!」
 答えてしまってから、はたと気づいた。返答は変化をもたらす。そしてそれがいい変化だとは限らない。
 だがそれは杞憂だったようだ。男はひとつ頷き、何かを放り投げてきた。
 暗くて分かりにくかったが、すぐに何か理解する。この島に連れてこられてすっかり慣れてしまった感触。デイパック。
「貴様の保護を頼まれている。オーフェンという人物からだ。それをもってさがっていろ。すぐに追いつく」
「オーフェンが――」
 久しく聞いていなかった名前。自分に関わってこなかった名前。
 思いがけず、胸の奥が熱くなる。
「合流場所と時間はあとで伝える。行け!」
 その声と同時に、釘バットの少女を押しとどめるようにして、男の目の前に一瞬で何かが広がる。
 それに後押しされるように。
 クリーオウは渡されたデイパックから懐中電灯を取り出すと、もと来た道を再び走り始めた。

942 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 20:58:32 ID:xsdwI8G2
◇◇◇
   
 おかしいな、おかしいな。
 天使の少女はおもいます。
 どうしてこんなにあついのかな。どうしてこんなに体があついのかな。
 天使の少女はかんがえます。
 いままでいくらかけっこをしても、こんなに体があつくなったことはなかったからです。
 どうしてだろう、どうしてだろう。
 そうやってかんがえているうちに、やがて天使の少女はおもいだしました。
 そうだ、この感じは、■くんのことを考えていたときと一緒なんだ、と。
 あいたいなあ、あいたいなあ。
 おもいだした天使の少女はすすみます。
 あの少年の面影を求めて、一生懸命。

 ――これは、少女本人さえ気づいていない彼女の心のササヤキ。

◇◇◇

943 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 20:59:29 ID:xsdwI8G2
「貴様にも質問をするぞ、娘」
 展開された白の線越しに、ギギナは恩人の知人を襲っていた少女に詰問する。
 タンパク質分子の連鎖で構成された蜘蛛の糸は、鋼鉄の五倍の強度を誇る。
 生体変化系第二階位、蜘蛛絲(スピネル)で生成された粘着質の縛鎖は振り下ろされた凶器を受け止め、さらにその自由を奪っていた。
「もう! なんでお兄さんは鬼ごっこの邪魔をするの!? はっ、もしかして――」
 少女はグーにした手を口元に押し付け、
「仲間に入りたかったの? ならジャンケンしないと。いくよー、さーいしょーは――」
「クエロ・ラディーンを殺したのは、貴様か?」
 戯言を無視して、問う。クエロの傷口と、少女の携える凶器は合致するように思えた。
 保護を依頼された少女を先に戻したのは、この話を聞かれたくなかったからだ。
 彼女を気遣ったわけではない。単純に、これはギギナだけの問題だったからである。
 ――そう。いまとなっては、ギギナだけの問題になってしまった。
 ガユス・レヴィナ・ソレルは彼の与り知らぬところで死に、クエロ・ラディーンも目の前で死んでいった。
 ならば、この問題に決着をつけられるのは彼だけだろう。
 誰にも介入されることなく、誰にも影響されることなく。
「殺してなんかないもん! あとで直すもん!」
 そして、実を言えばそれはすでに決着していた。
 頬を膨らませている眼前の少女を見ている内に、湧き上がってきた感情。
「……これが」
 それは、怒りだった。
 お前はこんなものに殺されてしまったのか、宿敵よ?
 こんなくだらないものに、終わらされてしまったのか?
 こんな――
「これが、こんなものが我らの行き着く先かクエロ・ラディーン――!?」
 その怒りを、ネレトーの切っ先に込めて。
「――宣言しよう」
 交渉のために闘争を控えていたが、いまはべつだ。
 蜘蛛の巣の向こうの『敵』を睨みながら、
「貴様が、我らの闘争に介入してきたというのなら――ここで私は、全身全霊を込めて貴様を殺そう」
 ダラハイド事務所の因縁。それを、ここで断ち切ろう。
 そしてその視線を受けた彼女は、まるで初めて目の前に広がる白い糸に気づいたかのように、
「そんな……緊縛プレイなんて……」
 絡めとられた凶器に両手を添えて、 
「そんなのは、まだ早いよぅっ!」
 ――あろうことか、超強度を誇る糸を捻り切った。

944 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:00:16 ID:xsdwI8G2
 少なからず、ギギナは驚愕を覚える。
 先に相手の一撃を受け止め、その膂力は推し量ったつもりだった。
 少なくとも、スピネルで生成された糸を力ずくで断ち切るような怪力ではなかったはずだ。
(力が――上がっている?)
 咒式等の力を発動させたか――あるいは、単なる出し惜しみか。
 だが推測は不要。
 これは楽しむべき闘争ではない。生きるための闘争ではない。
 一瞬でも早く、眼前の敵を消し去る。そのための戦いだ。
 故に迷わず、放つ一撃は常に必殺。
(なんにせよ、これで分かる!)
 全力で放つ、ネレトーでの刺突。
 それを、やはり少女はこともなげに金属バットで防ぐ。
 ――それだけならばまだしも、少女はそのままバットを振りぬいてみせた。
「っ!?」
 弾き、返された――?
 最強の前衛職のひとつである剣舞士。さらにその十三階梯。
 全咒式職のなかでも屈指の腕力を誇るギギナが、押し負けていた。
 体勢の崩れたギギナを前に、天使はとまらない。
 振りぬくバットを引き戻すようなことはせず、まるで独楽のように回転しながら一歩、ギギナに詰め寄る。
 そう、計らずしもそれこそが愚神礼賛の本来の使い方。
 遠心力と彼女自身の絶大な膂力が組み合わされ、まさに暴風のようにギギナを襲う。
「ぬぅ……!」
 力任せだけの攻撃ならば、ギギナの精緻な剣術の前には敵でない。
 不幸だったのは、ここが狭い地下通路だということだ。
 それは大柄なギギナと、長大な屠竜刀ネレトーという組み合わせにとってみれば最悪の条件だった。
 対して彼女――三塚井ドクロは小柄な上、得物も屠竜刀ほどの長さはない。
 故に、彼女はほとんど制限を受けずにその腕力を振るうことができる。
「舐めてかかれる相手ではない、か」
 冷静に考えるのならば、まずは戦場を移すべきか。だが――
「キャハッ! キャハハハっ!」
 眼前の少女は、すでに掘削機の様相である。
 地下道であるという制限もすでに関係ない。彼女の振り回す金属製の棒は、壁だろうがなんだろうがお構いなしに削り取る。
 もはや刃を合わせることすら困難。今の彼女の膂力はギギナと同等、あるいは上回っているかもしれない。
 逃げても背後から襲われるだけだろう。もとより、ドラッケンに後退の選択肢はないが。
 ならば、自分は手も足も出ない――?

945 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:01:18 ID:xsdwI8G2
「……調子に乗るな」
 ギギナの唇からもれるのは地獄の底から響くかのごとき、怨嗟の声。
 こんなものはただの児戯だ。
 竜を始めとする異貌の者共、そして数々の咒式士との死闘を潜り抜けた自分にとって、一体どれほどのものだというのか。
(それは貴様も同じだったはずだろう。ええ? クエロ・ラディーンよ?)
 弔いではない。敵討ちというわけではない。
 ただ、自分は胸の内にある靄には惑わされない。
 ドラッケンの戦士は、その屠竜刀を振るうことによってのみ、煩悩を削ぐ。
 後ろに跳躍。距離をとりネレトーを上段に構える。
 刃先が天井に突き刺さり、固定された。
 構わない。ただ、迫る障害のみを直視する。
 ――回転弾層内に残る咒弾は四つ。
 ひとつは先ほどのスピネルで使用し、もうひとつは地下道を走るために使用した梟瞳(ミネル)の咒式で消費している。
 さらに咒式を紡ぎ、ギギナは魔杖剣のトリガーを引いた。 
「――終わりだ。消えうせろ」
 発動するのは生体強化系第五階位、鋼剛鬼力膂法(バー・エルク)。
 生成されたグリコーゲン、グルコース等によって乳酸を分解、ピルギン酸へと置換。
 脳内における筋力の無意識制限を解除し、全身の強化筋肉が最大限に稼動する。
 ――ギギナの屠竜刀が消えうせた。
 もはや、それは不可視の一撃である。
 少女のスイングを暴風と称するのならば、ギギナの剣戟は落下する彗星のごとく。
 地下道の天井すら切り裂いて、ネレトーが神速をもって振り下ろされる。
 それでも、少女は反応した。

946 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:01:58 ID:xsdwI8G2
「ほぉ―――むぅらぁああああん!」
 キラリと光るその双眸は、ばっちりとネレトーを捕らえきっている。
 故に、彼女は迎え撃つように、正確なタイミングで巨刃を打ち据えることができた。
 ――惜しむらくは、彼女の持っていた得物だろう。
 そう、彼女は忘れていたのだ。
 自分が手にしているのは、愛用の不思議金属でできた撲殺バットではないということを。
 そして――屠竜刀のガナサイト重咒合金が、鉛製の愚神礼賛を寸断した。
「あ――」
 無論、得物を切断しただけでは終わらない。
 振り下ろされた刃は、次に彼女の肩を捕らえた。
 呆然とした彼女の表情を、ギギナの聴視覚が捉える。
 ――狂気にも似た感情が抜け落ちたその顔に、ギギナはようやく見覚えがあることに気づいた。
 昼間、確かに一度出会っている。ほとんど一瞬だったし、その直後のゴタゴタで忘れていたが。
 それなりの人数で組んでいたようだったが、周囲に仲間の影は見えない。
 はぐれたのか、それとも彼女だけが生き残っているのか。
 あるいは、あの時の無害そうだった彼女がこうなっているのも、そのせいなのか――
 それらの想像に対して、なんの感慨も抱かず。
 ギギナはただ、そのまま袈裟切りに彼女を切り捨てた。
 涙も達成感もなく、どこか空虚に。
 小さな体が血を撒き散らしながら地面に倒れ付す。
 その様子をみながら、ギギナはポツリとつぶやいた。
「……これで、終わりか」
 因縁の相手は殺され、その犯人もこうして討ち取った。
 だから、これでお終い。
「存外、なにも感じぬものなのだな」
 何とはなしに、これは自分が求めていたものとは違う気もしていた。
 だが、それを知る方法は自分の中にない。
 ギギナは踵を返した。
 あえて血払いはせずに、殺人の証が付着した屠竜刀を携えて、もと来た道を戻る。
 これをクエロかガユスにでも見せれば、この空虚も満たされるのだろうか?
 それとも、更なる闘争によって欠落は埋まるのだろうか?
 ――彼のその問いに答えられる者は、誰もいない。

947 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:02:42 ID:xsdwI8G2
◇◇◇

 イタイ。イタイ、イタイイタイイタイ。
 天使の少女は繰り返します。
 少女は天使だけれど、それでも切られればイタイのです。
 血を失えば、しんでしまうのです。
 天使の少女は祈ります。しにたくない、しにたくない。
 ■くんにもう一度、あいたい。
 だけど、祈るだけではなにも変わることはありません。
 ――だからお終い。三塚井ドクロのものがたりはここで閉幕。
 さあ、彼女の物語を始めよう。

◇◇◇

948 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:03:37 ID:xsdwI8G2
 クリーオウという名の少女は、クエロの亡骸の傍に座り込んでいた。
 死体を見て項垂れているその姿は、まるで懺悔をしているようにも見える。
(クエロと協力関係にあったと見るのが妥当か)
 あの女ならば、レメディウス事件の時のようにいくらでも取り入ることはできただろう。
 クリーオウはそれを知らないのか、あるいは、知っていても割り切れない性格なのか。
 ギギナは頭をふった。考えても仕方ない。思考は自分の役割では――
(いや――そうだな。これからはそうも言っていられぬのか)
 あの相棒はもういないのだ。面倒くさいことを押し付けてきた相棒は。押し付けることのできた相棒は。
 それでも、いまはそれがとてつもなく億劫だ。
「終わったぞ」
 故に、事務的な言葉をかけるにとどめる。
 幸いこちらの言葉が聞こえなくなるほど茫然自失としていたわけではないらしい。
 振り向かず、だが彼女の注意が確かにこちらに向くことを感じる。
「この――この人はね、クエロって」
「知っている」
「え?」
「……クエロ・ラディーンとは、ここに来る前から浅からぬ縁があった」
「そう、なんだ……」
 クリーオウは僅かに沈黙をはさみ、おずおずといった風に尋ねた。
「クエロって、どんな人だったの……?」
「それは――」
 一言では言い表せない。
 狡猾のみで構成された人間というわけではなかっただろう。
 では正義の咒式士かといえば、無論違う。
 死体を見つめたままの小さな背中を見つめながら、ギギナは思ったままの言葉だけを託した。
「自分の見たものがすべてだ。貴様にとってのクエロを私は知らぬ。
 貴様は、私にとってのクエロ知りたいのか?」

949 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:04:33 ID:xsdwI8G2
「……ううん、いらない。
 クエロは最期に私に逃げろっていってくれた。……私にとっては、それだけで十分だから」
 前に進む分には、足りる。
「立ち上がれるか」
 ギギナの問いにクリーオウは頷き、すぐにひざを地面から離した。
 なるほど。ここまで生き抜いてきただけはあって、それなりに気丈ではあるらしい。
 嫌いではない――こういった小娘ならば、それほどまでには悪くない。
「ギギナ・ジャーディ・ドルク・メレイオス・アシュレイ・ブフだ」
「……それ、名前?」
「ギギナでいい」
「じゃあ、ギギナさん。オーフェンは――」
 どこに。そう彼女は続けようとしたのだろう。振り向いた彼女の口元は、そう動いたように見えた。
 だが同時に、クリーオウはどうしようもなくその表情を引き攣らせてもいた。
 血まみれの屠竜刀が問題というわけではないらしい。彼女の眼球は別のものを映している。
 その頃には、ギギナも背後の剣呑な気配に気づいていた。
 振り向き、咄嗟に武器を突き出したのは、攻性咒式士としての反射的な行動だろう。
 次いで襲い掛かる衝撃。『先ほど』とは比べ物にならない程の威力。
 足が地面にめり込むのを確かに感じながら、ギギナはそこにいる襲撃者の姿に思わず目を疑う。
 背後にいたのは、確かに致命傷を負わせたはずの少女だった。
 負わせたはず、というのは、その痕跡が一切認められないからである。
 傷はもちろんとして血痕、血臭、その他諸々。まるで切られたという事実を無しにしてしまったかのごとく。
(竜のような超再生咒式!?)
 答えを見つける隙など与えず、二撃目が振るわれる。
 その襲い掛かる凶器――確かに両断された愚神礼賛も、繋ぎ目すら確認できないレベルで修復されていた。
 だが、そんなことは問題ではない。
 その一撃は屠竜刀を撥ね退け、さらにギギナの体勢を大きく崩させるほど強化されていたが、それは問題ではない。
 なにより変わっていたのは少女の纏う雰囲気だった。

950 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:05:33 ID:xsdwI8G2
 さきほどまでのふざけた雰囲気は微塵も見つけることもできず、あるのはただ明確な攻撃衝動のみ。
 故に、凶器の殴打は二回で止まらなかった。
 D4の入り口付近はギギナが屠竜刀を自在に振るえる程度には広さがある。
 剣術が制限されないのなら、ギギナは咒式を使わずともこの少女に勝てる――その筈であった。
 技術と、単純な身体能力としての性能。どちらに重点を置いたほうがが勝るか、あるいは有能か?
 その問いの答えは様々だろうが、この場でひとつだけいえることがある。
 すなわち――あまりにも差があれば、人並みはずれた身体能力は技術を上回るということである。
 一合、また一合と打ち合うたび、天使の膂力はそのリミッターを外し、より強大になっていく。
 すでにそれは、強化された生体咒式士の目ですら追いきれない領域に入り始めていた。
「ぐっ――!」
 弾く、弾く、弾く。だが、もはやそれは直感に頼ったその場凌ぎという意味でしかない。
 あまりにも隙のない連撃。腕を痺れさせる威力。そこに技術が介入する余地などない。
 すでにたっている土台が違う。いまのギギナは高所から一方的に狙撃されているようなものだ。
 手の届かない神域。確かに、目の前の少女はそこにいた。
 意識せずに、ギギナの口元が歪んだ。獰猛な笑みの形に。
(――くだらないと言ったのは訂正しよう。
 我等が闘争への介入を許すわけではないが、それでも貴様は――)
 腹部を狙って横薙ぎに放たれた愚神礼賛を、下から振り上げるようにしたネレトーで弾く。
 それは先の戦いの焼き直し。
 ギギナの屠竜刀は頭上に掲げられ、天使のバットは腰だめに構えられる。
「我が闘争の相手として、相応しい!」
 回転弾層がトリガーと連動し、落ちた撃鉄が咒弾を砕く。

951 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:06:22 ID:xsdwI8G2
 途端、脳が焼けそうなほどの痛みが走った。
 通常時ならば問題はない。だが力の制限のためか、短時間で連発した第五階位が相当の負担となっている。
 ――故に、この交差で勝負をつけねばならない。
 発動した咒式は幾多の敵を葬ってきたバー・エルク。だが、すでにそれが必殺足り得ないことは分かっている。
 すでに身体能力が違いすぎた。相手の力はすでに数百歳級の竜と遜色ない。
 ギギナが行ったのは、相手に届かなかった自分の土台を刃先が一ミリ届く程度に持ち上げたくらいの意味しかない。
 だが、僅かにでも届くのならば――
「ォ――ォォオオオオオオオ!」
「――!」
 もはや打ち合いとは思えぬほどの衝撃音が、島の地底を揺るがした。
 屠竜刀が愚神礼賛を捉え、愚神礼賛が屠竜刀を打ち据える。
 身体能力ではかなわない。故に、ギギナの目論見は武器破壊。
 物質が衝突する時のエネルギー量は速度の二乗に比例する。
 そして目の前の少女が振るう武器の速度は、先ほどの二倍や三倍ではきかない。
 だからこそ、愚神礼賛の運命も変わらない。

952 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:07:47 ID:xsdwI8G2
 ――愚神礼賛が、先ほどと同じ状態ならば。
「……っ!?」
 愚神礼賛は彼女が修復した。奇妙な魔法で、不完全な力で。
 故に起こった突然変異。それは鉛の塊に過ぎなかった愚神礼賛を、ダイヤ以上の硬度を持つ刃と打ち合えるほどに強化した。
 そして天使の膂力は、すでにギギナを凌駕している。
 ならば、そこから弾き出される運命とは――
「……かっ、は」
 ギギナの敗北に他ならない。
 ネレトーでの一撃を弾かれ、そのまま多少勢いを削がれたものの愚神礼賛は直進。ギギナの胸部を捉えていた。
 相殺してなお、その一撃には筋肉の壁を貫通し、肋骨をへし折る威力がある。
 装甲車並の体重があるにもかかわらず、ギギナは確かに数メートル宙を舞い、そして地面にたたきつけられた。
「ギギナぁっ!」
 朦朧とする意識に、悲痛な叫び。
 クリーオウだった。首だけを動かしてなんとか視界に納める。
(何故――馬鹿なことを)
 ――見れば、彼女は立ち塞がっていた。
 天使の視界には未だギギナが写っている。止めを刺すつもりなのだろう。
 ゆらりとした足取りで、ギギナに向かおうとした。
 その進路を遮るように、クリーオウ・エバーラスティンは立ち塞がっていた。
 肋骨の痛みを無視して、ギギナは声を振り絞った。
「娘、退け!」
 だが、クリーオウは動かない。
 体中が恐怖に引きつってはいたが、それでもそこには否定の意がはっきりと表れている。
 マジク・リン、空目恭一、サラ・バーリン、秋せつら、クエロ・ラディーン。共に、奪われた者達。
 死への恐怖を差し引いても、これ以上の喪失を彼女は認められなかった。
「マジクは私のいないところで死んじゃった! 恭一も私をかばって死んじゃった!
 クエロももういない! もう嫌だよ! どうしてみんないなくなっちゃうの――!」

953 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:09:18 ID:xsdwI8G2
 ……ああ、まったく。
 ギギナはため息を吐いた。多少は気丈かと思ったが、やはりどこにでもいる小娘に過ぎない。
 ならば――
「その背に隠れていることなどできぬ、な」
 血反吐を撒き散らしながら、立ち上がった。
 戦場で咒式士の死体見つけたら、ドラッケン族かどうか判別する簡単な方法がある。
 前向きに、独りで倒れているのがドラッケンだ。
 そうだ――他人に庇われながら死ぬのは、断じてドラッケンではない。
「るぅうううううううううおおおおおおおおおおお!」
 矜持? 誇り? そんなもの、ドラッケンとして刃を振るえば後からついてくる。
 だから走るのだ。激痛に顔をゆがめ、血みどろの姿で、後先考えず雄叫びを上げながら。
 クリーオウを回り込むようにして、ギギナは自分を吹き飛ばした怪物を確認する。
 天使の少女もそれは同じ、ギギナを視界から外すような下手はしない。
 幸いなことに、バー・エルクによる強化はまだ続いていた。故に、疾風と化したギギナの駆ける道はどこまでも直線を描く。
 接敵した後のことなど考えていない。だからこそ最短距離を走り抜ける。
 対して、天使の少女はその場から動かなかった。
 動く必要がなかったからだ。だが、それは余裕という意味ではない。
 愚神礼賛が振り上げられる――光の粒子を纏いながら。
「ぴぴるぴるぴる――」
 無感情な声音で零されていく魔法の擬音。
 たとえばそれは、振り下ろされる聖剣の如く。
 荘厳なまでに凝縮する、神の使いの光。
 彼女の能力で作り変えられた愚神礼賛は、いまやほとんど魔法の杖だ。
 死者蘇生という点でエスカリボルグには及ばないかもしれないが――それでも、害をなすだけならば。
「――ぴぴるぴ〜」
 放たれた。
 七色の奔流。決して触れてはいけない天使の魔法。
 直線で突っ込むギギナに、避ける術はない。
 ――避けるべき状況でもない!

954 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:10:57 ID:xsdwI8G2
「こんな――もので、ドラッケンを止められると思うな!」
 意思に呼応して、屠竜刀ネレトーに組み込まれた、鬼才ジュゼオ・ゾア・フレグン製作の法珠が唸りを上げた。
 咒式干渉結界が自動展開。残っているギギナの咒力が余さず注ぎ込まれ、機関部が悲鳴を上げる。
(耐えてみせろ、私の半身。唯一私が認めた屠竜の刃!)
 刃と光の拮抗は、そう長くは続かなかった。
 その結果に対する原因は、なにか。
 ギギナの矜持が勝ったのか、それとも愚神礼賛の本質が魔法の武器でなかったことによるものか。
 いずれにせよ、ギギナとネレトー――彼らは、向かい来る爆光を切り裂いた。
 天使の少女に生じた、刹那の隙。切り掛かるには足りず、されど確かに存在する。そんな隙。
 迷わず、ギギナはクリーオウと天使の間に滑り込んだ。
 屠竜刀を構える。が。
「……」
 無言のまま振るわれた愚神礼賛に、ただの一合でネレトーは手を離れ、遠くに落ちた。
 魂砕きは地下通路を走るのに邪魔だったため、背負っているデイパックの中だ。
 とりだす時間など、もはや、ない。
 そして、逃げるという選択肢もないのなら――
「零時にC5の石段だ! 行け!」
 せめて、約束は果たそう。背後のクリーオウに声をかけながら、覚悟する。
 同時に、敵の凶器が振り上げられた。こちらは無手。ならば挑むのは零距離での密着戦闘。
 剣舞士の膂力は、大木の幹ですら小指一本で爆砕させる。
 その抜き手を、全力で相手の武器を握っている手首に叩きつけようとして――
 一瞬で、その手を握り締められた。
「ぐ――、ぅ」
 手を握りつぶされそうな痛みが襲ってくる。だというのに、それを行っている少女の表情はどこまでも無感情。
 そのまま天使はギギナの体を軽々と持ち上げ、地面に叩き落した。
 受身すら取らせてもらえず、意識が朦朧とする中、ギギナが見たのは今まさに振り下ろされんとする凶器の影――
「――だめっ!」
 そして、再び彼を庇おうとしている金髪の感触。
(愚か――者、が)
 ――乾いた音が、辺りに響いた。

◇◇◇

955 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:12:47 ID:xsdwI8G2
 彼女は、己が消えていくのを感じていた。
 自分の中にあった喪失感が、さらに自分自身を侵食しているのが分かった。
 最後に――は、なんと言ったのだったか。
 思い出せない。だけど、無性に誰かに会いたくさせられた。
「……いたい……ぁいたいよう……」
 今にも消えそうな、掠れた声。
 それは彼女が消えかかっているからか、それとも別の理由からか。
 激痛は幸運だったのかもしれない。
 それが切欠で、消える寸前の彼女は僅かな時間、取り戻すことができた。
「ねえ……どこにいるの……?」
 最後に『彼』の台詞を聞いたのはいつだったのか。
 すでにそれすら思い出せないほどに、『それ』は侵食している。
 彼女の幼さが残る無感情な顔(死に顔)を彩るものは紅くて、
「桜、くん……!」
 鮮血と知れた。  

◇◇◇

956 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:13:29 ID:xsdwI8G2
 クリーオウ・エバーラスティンは多少剣術を齧っただけの少女である。
 たとえば撲殺した人間を再生することもできなければ、大怪我を負ったまま戦闘することもできない。
 何より、彼女に人を殺せるような覚悟などない。
 ――それらを踏まえたうえで、関係ないと断言できる。
 なぜなら、それはそういう武器だからだ。
 反動と人を撃ってしまった感触に震え、クリーオウは魔弾の射手を手からこぼした。
 ほとんど密着した状態。ここまで近ければ、銃口が真横を向かない限り外れない。
 放たれた銃弾はたった一発。だが確かに相手の腹部を打ち抜いていた。
その穿たれた生命を零していく穴から、腹圧で血と、その奥に蠢く肉の塊が――
「あ――わた、わたし、人を」
 それでもクリーオウ・エバーラスティンはただの少女だ。
 天使の少女は再び回復する。もはや、クリーオウに銃を拾いなおすような勇気などなかった。

957 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:14:39 ID:xsdwI8G2
 ――故に、後を継ぐのは凶戦士である。
 耳元で響いた銃声に、朦朧とした意識は叩き起こされた。
 そして、発見する。地べたに伏している自分の目の前にある見慣れた形状。
「――借りるぞ、眼鏡っ!」
 贖罪者マグナス。彼の相棒が用いていた補助用の魔杖短剣が、いま――クエロの手から、引き継がれた。
 ――奇しくも、ここに決着する。
 ガユス・レヴィナ・ソレル。
 ギギナ・ジャーディ・ドルク・メレイオス・アシュレイ・ブフ。
 クエロ・ラディーン。
 ジオルグ・ダラハイド事務所の因縁にあった三名が、それを決着させる!
 茫然自失としていた天使の少女の喉笛を、ギギナは寸分の躊躇いもなく掻き切った。
 だがそこから血が噴出すよりも速く、雷速の動きでギギナのマグナスを握っていない方の手が彼女の首を掴んでいた。
 ――いかなる理由かは分からないが、致命傷を与えるだけではこの少女を殺せない。
 ――ならば、もっとも確実な殺害手段は。
「るぅぅぅううううあああああ!」
 いくら元の筋力を取り戻しても、天使の、小柄な少女としての質量は変わらない。
 ギギナは残る力をすべて振り絞って、彼女を――放り投げた。
 放物線を描き、彼女は十数メートルもの距離を飛行し、そしてギギナの目論見どおりに落ちた。
 響く水音と、跳ねる飛沫。
 D-3の地下湖。そこは現在、禁止エリアとなっている。
 進入すればいかなるものであれ、魂ごと消滅するとされる、ある意味での最終兵器。
 そこに、天使の少女は沈んでいった。
 見届けて、今度こそギギナはその場に崩れ落ちる。
 体の欠損を前提にしているような前衛職のギギナだからこそ生きていられるような傷である。
 さすがに、これ以上は意識を保つことができそうになかった。
 昏倒する彼の胸中が、どのような思いで満ちていたか――
 少なくとも、今度は空虚ではなさそうだった。

958 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:15:46 ID:xsdwI8G2
◇◇◇

 ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ〜

◇◇◇

959 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:16:37 ID:xsdwI8G2
 さて、ここらでひとつ種を明かそうか。
 なんの種かって? それは聞けば分かる。
 現時刻からほんの二十分ほど前に亡くなったバベル議長は、すべての刻印にちょっとした小細工を加えた。
 それはつまり、三塚井ドクロの刻印に施した小細工を誤魔化すためのカムフラージュである。
 つまり、本命は三塚井ドクロだけってわけだ。
 だからこそ、彼女の刻印は一番その性能を歪められていた。
 ところで、管理者の力は強大だ。
 仮に三塚井ドクロの刻印が解除されても、まあ――絶対甚大な被害を与えるとは思うけど、それでも敵うはずはないね。
 だから、一番賢い――ていうか、ずっこい刻印になるようにバベル議長は仕組んだのさ。
 まず、力の制限を外した。これはいいね。
 次に、刻印の反応自体は消さなかった。これもいいね。管理者にばれないようにしたって訳だ。
 さて、三番目。これが重要なわけだけど、バベル議長は当然、ドクロちゃんの人となりを知っていた。
 それは――まあ――つまり――お世辞にも知的とはいえないところとかさ。
 だからこそ、三番目の細工を組み込んだんだ。
 ある意味彼女の刻印こそが、脱出派が求める完成形だと思うよ。
 ――え? 話がメタで長い上に、なんの種明かしか分からないって?
 いまから話そうとしてたじゃないか。まあいいや。さきに言っちまおう。
 ――呆然としてたクリーオウ・エバーラスティンが、
 対岸に、確かに禁止エリアだった湖から這い出てきた、無傷の三塚井ドクロを見て悲鳴を上げたことについての種明かしさ!

960 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:17:22 ID:xsdwI8G2
◇◇◇

 すでにそれは三塚井ドクロではありません。
 彼女は病を患っていました。自分が自分でなくなる病気です。
 天使の憂鬱。それは個性をその存在の核とする天使から、個性を奪ってしまいます。
 彼女の病状は進行し、すでに『三塚井ドクロ』はほとんど消失してしまっています。
 だけど『天使の少女』は探すのです。
 消えかけた自分で、自分の個性を。
 自分の大切な物を、この島では絶対に出合うことのできない彼を。

 ――これは彼女が紡ぐ、薄い、薄い、消えかけのオハナシ。

961 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:18:39 ID:xsdwI8G2
【D-4/地下/1日目・19:40】
【ギギナ】
[状態]:肋骨全骨折。打撲。昏倒。疲労。
[装備]:屠竜刀ネレトー。贖罪者マグナス。
[道具]:デイパック2(ヒルルカ、咒弾(生体強化系2発分、生体変化系4発分)、魂砕き)
[思考]:クリーオウをオーフェンのもとまで保護。
    ガユスの情報収集(無造作に)。ガユスを弔って仇を討つ?
    0時にE-5小屋に移動する。強き者と戦うのを少し控える(望まれればする)。

【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]:右腕に火傷。疲労。精神的ダメージ。錯乱。
[装備]:強臓式拳銃 “魔弾の射手” (フライシュッツェ)
[道具]:デイパック1(支給品一式・パン4食分・水1000ml)
    デイパック2(懐中電灯以外の支給品一式・地下ルートが書かれた地図・パン4食分・水1000ml)
    缶詰の食料(IAI製8個・中身不明)。議事録
[思考]:???
[備考]:アマワと神野の存在を知る。オーフェンとの合流場所を知りました。

※ギギナとドクロちゃんとの戦闘で激しい音が発生しました。
 地下にいた人物、D−4の上にいた人物なら気づく可能性があります。

【B-3/地下通路/一日目・19:40】
【ドクロちゃん】
[状態]:『天使の憂鬱』発症。
[装備]: 愚神礼賛 (シームレスバイアス)
[道具]:無し
[思考]:桜君を探す。攻撃衝動が増加。
[備考]:刻印が解除されました。最長で二十四時間後、彼女は消滅します。

962干渉、感傷、観賞(1/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:27:09 ID:VhcPZXko
 ○<アスタリスク>・9

 介入する。
 実行。

 終了。





963干渉、感傷、観賞(2/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:28:01 ID:VhcPZXko

 黒い鮫の姿をした悪魔が猛り狂い、しずくの上半身に噛みついたまま暴れ回る。
 機械知性体の少女は並外れた頑丈さ故に即死を免れたが、抗う力を失った。
 カプセルを何個かまとめて嚥下し、甲斐氷太が笑う。虚空に白い鮫が出現する。
 白鮫は、黒鮫の顎からはみ出ていた下半身に狙いを定めた。
 不運な獲物が二つに裂ける。
 この玩具には飽きた、とでも言いたげな様子で、二匹の悪魔は残骸を吐き捨てた。
 瞳を真っ赤に輝かせて、甲斐の体が宙に浮かぶ。
 鮫たちが、肉と骨を軋ませながら大きさを増していく。
 暴走している。悪魔も、召喚者も。
 カプセルを咀嚼しつつ、甲斐が背後を振り返る。
 彼の次なる対戦相手は、凶行の現場へ駆けつけた男女だった。
 宮野秀策が魔法陣を描いて触手を召喚し、光明寺松衣子が蛍火を指先に作り出す。
 鮫たちが尾を薙ぎ払った。機械知性体だった物体が二つ、砲弾のごとく飛翔する。
 硬さと速さを兼ね備えた飛び道具は、それぞれ一瞬で二人組に激突した。
 宮野の顔面が肉片の塊と化し、茉衣子の内臓が盛大に破





964干渉、感傷、観賞(3/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:29:30 ID:VhcPZXko

 ○<インターセプタ>・5

 干渉可能な改竄ポイントは数多く存在している。過程や結果は何度でも変えられる。
 ただ、どうしても、宮野秀策と光明寺茉衣子の死を回避することができない。
 死に至るまでの行動も、どのように死ぬのかも、多少は操作できるというのに。
 また一つ、可能性が潰えた。
 十三万八千七百四十三回目の介入は、彼と彼女の死によって終わった。
 これまでの試行錯誤が無駄だったとは思わない。
 宮野秀策がフォルテッシモに倒される結末は、抹消した。
 光明寺茉衣子を小笠原祥子が刺殺する結末は、削除した。
 宮野秀策と零崎人識が相討ちになる結末は、なかったことにした。
 光明寺茉衣子がウルペンによって絶命させられる結末は、跡形もない。
 彼と彼女がハックルボーン神父に昇天させられる結末は、もはやありえない。
 あの二人を生還させることは未だ叶わないが、死を先延ばしにすることはできた。
 歴史が改変され、あの二人を殺すはずだった殺人者たちは別の参加者たちを殺した。
 宮野秀策と光明寺茉衣子の生還を確定した後、被害を最小限に抑える予定ではある。
 だが、あの二人を守ることが最優先だ。
 参加者たちの危機感を煽る必要がある。見せしめとして一人は開会式で死なせる。
 炎の獅子の力は不可欠だ。主催者と戦えば惨敗は必至だが、挑んでもらわねば困る。
 零時迷子を『世界』に嵌め込むため、涼宮ハルヒと坂井悠二の命は助けられない。
 それらを犠牲にせねばあの二人が生き残れないというのなら、犠牲を厭いはしない。
 誰がどれだけ死んでしまっても、彼と彼女は助けたい。

965干渉、感傷、観賞(4/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:30:28 ID:VhcPZXko
 被害者全員を生かすことは、できない。
 たった二名の人間すら救えないかもしれない程度の力しか、使えないのだから。
 ……あの二人を両方とも救うことは、ひょっとすると不可能なのかもしれない。
 無論、諦めてはいない。だが、そのような事態を考慮しないわけにはいかない。
 もしも彼を救えないなら、せめて彼女だけでも生き延びさせたい。
 だから、打てる手はすべて打っておく。なるべく早く、できるだけ速やかに。
 当然、『あの島の時間』と『わたしの時間』は異なるが、それは余裕を意味しない。
 この身が模造品であるならば、短命な粗悪品だったとしてもおかしくはない。
 急がねばならない。

 干渉不能な部分を補うため、操作不能な部外者に協力を乞うべきだと提案する。
 <自動干渉機>に求める。
 対面交渉の許可を。





966干渉、感傷、観賞(5/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:31:20 ID:VhcPZXko

 ○<アスタリスク>・10

 承認する。
 十三万八千七百十四回目以降の介入履歴を消去し、改竄ポイント変更後に介入する。
 実行。

 終了。





967干渉、感傷、観賞(6/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:32:41 ID:VhcPZXko

 霧の中、“吊られ男”の眼前には幾人かの参加者がいる。
 少し前に第三回放送が終わったばかりだ、ということになったところだ。
 以前の『現在』とは少しだけ違うはずだが、似たような『現在』が視線の先にある。
 美貌の吸血姫は、黒衣の騎士を伴い、隻腕の少年と気丈そうな少女を連れて進む。
 光明寺茉衣子が向かっているのかもしれない、C-6のマンションを目指して。
「苦労しているようだね」
 空気を振動させない“吊られ男”の声は、誰の鼓膜も揺らさない。
 しかし、その一言は独白ではなかった。
「お願いがあるのです」
 応じた相手もまた“吊られ男”と同様に『ゲーム』の参加者ではない。
 いつのまにか隣にいた<インターセプタ>を、“吊られ男”は見ようとしない。
「徒労に終わると思うよ」
「徒労に終わるか否かを確認することは……それ自体が徒労だと言うのですか?」
 投げかけられた質問に対し、マグスは苦笑を浮かべた。
「まさか。ありとあらゆる知的好奇心を、ぼくは否定しない」
 時間移動能力者は、悲しげに顔をしかめた。
「では……この殺し合いを企てた悪意すらも肯定する、と?」
 参加者たちが去っていった道から目を逸らし、“吊られ男”は隣人を見た。
「前提が間違っているとしたら、正しい答えは導き出せないな」
 怪訝そうな表情で見上げる彼女に、彼は要点を述べる。
「『知りたがっている』のと『知りたいと言いたがっている』のは違う」

968干渉、感傷、観賞(7/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:33:45 ID:VhcPZXko
 困惑する<インターセプタ>に向かって、“吊られ男”は微笑する。
「この『ゲーム』の主催者は、心の実在が証明された瞬間に消えるのかもしれないよ?
 主催者の正体は、具象化した疑問そのものなんじゃないのかな? 答えを認めたら
 疑問という『器』を維持できなくなって雲散霧消する存在だ、とは思わないかい?
 主催者は本当に『知りたがっている』のかな? 『知りたいと言いたがっている』
 だけじゃないかい? ああ、『主催者が消えた後に答えを残すためのもの』として、
 参加者ではない存在がここにいる、という考え方はできるね。観測装置兼記録媒体
 というわけだ。君の場合は検査機具かもしれない。歴史の改変くらいで消えるなら
 記録の意味がないはずだから。でも、実は『答えを求めているふりをしているだけ』
 なのかもしれないだろう? ――本当に、心の実在は証明できるのかな?」
 突然の長広舌に絶句する彼女へ、彼は断言してみせる。
「主催者は、達成できないと考えている。答えはない、故に消されることはない、と。
 本当は簡単なことなのにね。本来の望みから大きく歪んだあれは、もはや御遣いとは
 呼べない。この『ゲーム』の目的は心の実在を証明すること。でも、主催者の目的は
 永遠に問い続けること。だからこそ主催者は答えを認めようとしない」
「……あなたがどういう方なのか、なんとなく理解できたような気がするのです」
 拗ねたような口調でそう言い、<インターセプタ>は肩を落とした。
「ところで、お願いって何だい?」
「徒労に終わると思っているのでしょう?」 
「聞かないとも断るとも言っていないはずだけど?」
 時間移動能力者の瞳が、マグスの顔を映す。
「この島の南部へ、できれば城の中まで歩いていってほしいのです」
「いいよ。散歩の行き先を変えよう」
「……ありがとう、ございます」
 一礼して、<インターセプタ>は姿を消した。





969干渉、感傷、観賞(8/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:34:37 ID:VhcPZXko

 ○<アスタリスク>・11

 介入する。
 実行。

 終了。





970干渉、感傷、観賞(9/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:35:42 ID:VhcPZXko

 霧の中、“吊られ男”の眼前には幾人かの参加者がいる。
 少し前に第三回放送が終わったばかりだ、ということになったところだ。
 以前の『現在』とは少しだけ違うはずだが、似たような『現在』が視線の先にある。
 美貌の吸血姫は、黒衣の騎士を伴い、隻腕の少年と気丈そうな少女を連れて進む。
 光明寺茉衣子が向かっているのかもしれない、C-6のマンションを目指して。
「さて、行くか」
 空気を振動させない“吊られ男”の声は、誰の鼓膜も揺らさない。
 ささやかな異変は、その一言の直後に起きた。
 美貌の吸血姫が立ち止まり、“吊られ男”のいる辺りを不思議そうに見る。
 何かの痕跡を探るかのように、沈黙したまま、わずかに目を眇めて。
 “吊られ男”は踵を返し、何やら独り言を垂れ流しながら歩き始めた。
「……ふむ」
 短くつぶやいた美姫の足は、“吊られ男”の行く方に向いた。


 しばらく島を歩いた後、辿り着いた城内の一室で、美姫は豪奢な椅子に腰掛けた。
 室内に、人という生物の範疇に含まれている、と表現できそうな者はいない。
 美姫は、無言で部屋の片隅を眺めている。
 その位置には、一組の男女がいた。
  “吊られ男”と“イマジネーター”だ。
「つまり、天使の議長は見つけたけれど管理者には会えなかった、と」
「薔薇十字騎士団とは別系統の管理者なのかと思っていたけれど……犠牲者だった」
「徒労に終わったようだね」
「そういうことになるのかしら」
 『世界』の裏側も、所詮この『世界』の内部だ。決して到達できない場所ではない。

971干渉、感傷、観賞(10/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:36:36 ID:VhcPZXko
「そういえば……そこの彼女や、連れの三人には、私やあなたが見えているの?」
「どうだろう……語りかけたことも話しかけられたこともないから判らないな」
「あなたの後ろをついてきていたように見えたけれど」
「ぼくの隣に、ぼくたちには見えないけど彼女には見える何かがいるのかもしれない。
 例えば、“魔女”が視ている異界の住民は、ぼくの目には全然見えない。この島には
 何がいたって変じゃないよ。木工細工を作るときに使うような接着剤を自由自在に
 操り、接着剤で像を作る才能を持った者だけが認識できる精霊――そういうものが
 今ここにいても不自然じゃないくらいだ」
「…………」
 やがて、ダナティア・アリール・アンクルージュの演説が聞こえ始めた。
 部屋の片隅で、男女が唇を閉ざし、顔を見合わせる。
 美姫はただ静かに顔を上げ、すべてを聞き終えると元の姿勢に戻った。
 白い牙が生えた口から、言葉が零れ落ちる。
「日付が変わる前に潰されるようであれば、見物する価値はあるまい」
 会いに行くか否かの判断は第四回放送後まで保留する、ということらしい。
 部屋の片隅で、男女が対話を再開する。
「行くのかい?」
「あなたは行かないのね」
「せっかくだから、君が見ない光景をぼくは眺めておくよ」
「じゃあ、あなたが見ない光景を私は見届けてくるわ」
 室内に、会話は存在しなくなった。
 後には、ただ“吊られ男”の独り言が無為に漂い続けるのみ。

972干渉、感傷、観賞(11/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:37:50 ID:VhcPZXko

【G-4/城の中の一室/1日目・21:35頃】

【美姫】
[状態]:通常
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(パン6食分・水2000ml)
[思考]:気の向くままに行動する/アシュラムをどうするか
    /ダナティアたちに会うかどうかは第四回放送を聞いてから決める
[備考]:何かを感知したのは確かだが、何をどれくらい把握しているのかは不明。

【座標不明/位置不明/1日目・21:35頃】

【アシュラム】
[状態]:状況、状態、装備など一切不明

【相良宗介】
【千鳥かなめ】
[状態]:状況、状態、装備などほぼ不明/千鳥かなめが相良宗介と寄り添いながら
     ダナティアの演説を聞いていたことのみ、既出の話によって確定している

973幻影―illusion―(1/5) ◆5KqBC89beU:2008/04/01(火) 00:55:36 ID:IHp3IC2k
 舌打ちしつつ、甲斐氷太は市街地を歩いている。
 魔界刑事を殺し上機嫌で大の字に寝転んだ数十分後には、もう仏頂面で起きていた。
それまで意識していなかったものに気がついた結果だ。それ以来ずっと、鬱陶しげに
甲斐は周囲を探り続けている。
 妙な気配が甲斐の近くに漂っていた。気配は薄く淡く曖昧であり、だが消える様子が
一向にない。むしろ、徐々に存在感を増しているようですらある。
 南の市街地で暴れ始めた悪魔らしき何かに惹かれ、そちらに行こうかどうか悩んだ
こともあったが、それでも優先したのはこちらの気配を調べる作業だった。
 他の参加者たちに倒される心配がなさそうな標的よりも、後から出てきて漁夫の利を
得ようと企んでいるかもしれない不確定要素を先にどうにかしておいた方がいい、と
甲斐は判断していた。無粋な横槍を入れられては、戦いがつまらなくなってしまう。
 茫漠とした気配は、甲斐の精神をずっと逆撫でし続けている。
 気配の正体は判らない。よく知っている何かのようでありながら、そうではなくて
似ているだけの別物であるような気も同時にする。
 甲斐氷太が“欠けた牙”だとするならば、その感覚は、欠落した部位を苛む幻痛だ。
 呪いの刻印さえなければ、甲斐は事態の本質を把握できたかもしれない。
 刻印の気配と、甲斐に付き纏う気配とは、どういうわけか微妙に似ている。
 例えるなら、猟犬と野獣がそれぞれ同じ香水を全身に浴びているようなものだ。
 周囲に潜む気配には、暗く不吉で禍々しい印象がある。
 夜と闇の領域に属する密やかな何かが、すぐ近くにある。
 暖かな陽光の下では生まれない、鋭く澄んだ空気がある。
 それは、甲斐自身にも共通する要素だ。
 動くものを探しながら、住人のいない街角を甲斐は進む。
 煙草を取り出し、火種が手元にないことを思い出してポケットに戻す。
 ライターは発見できておらず、喫茶店にあったマッチは湿っていた。
 ショーウィンドウに映る己の影を一瞥し、甲斐は吐き捨てるように悪態をつく。
 ガラスの表面に見えるものは、ただの意思なき自然現象でしかない。
 とてつもない強さを誇った“影”は、もはや追憶の中にしか存在しない。
 物部景は死んだ。
 悪魔狩りのウィザードが甲斐氷太と戦う機会は、もう二度と訪れない。

974幻影―illusion―(2/5) ◆5KqBC89beU:2008/04/01(火) 00:56:39 ID:IHp3IC2k
 魔界刑事との死闘によって一度は漂白された頭の中が、急速に赤黒く濁っていく。
 忘れえぬ情念が爆発的に荒れ狂う。思考が疾走を始める。
 ――鮮烈なブルー――鉤爪のような指先が――カプセルを――鏡――ただ心の命じる
ままに――きっと厭なものが――最高に痛快な破壊音を――大気を裂いて泳ぐ――水の
中につながっていて、そこには――闘争の狂喜――“影”は一瞬にして――中と外が
入れ替わる――黒鮫が咆哮を――テメエがどういう野郎かは、この俺が誰より――もう
二度とは元の形に戻らない――消えることのない「笑み」――違う世界が広がって――
赤い瞳は笑っていた――会心の攻撃――見事な回避――この真剣勝負こそが真実だ――
 爽快感は、とうの昔に消え失せていた。
 カプセルの効果で鋭敏になった神経が、虚無感を強調する。
 悪魔を使って超人を噛み殺しても、飢えと渇きは癒えなかった。
 ただ、わずかな間だけ誤魔化すことができていただけだった。
 魔界刑事は、ウィザードと同じ高みには立っていなかった。
 剣道の達人が空手の達人と勝負して勝ったようなものだ。
 確かに本気だった。勝ち取ったものは無意味ではない。
 しかし、それは最初の目的とは違う別のものだった。
 握りしめられた拳の中で、カプセルが潰れ、粘液を漏らす。
 苛立ちを声に乗せて甲斐が叫ぼうとした瞬間、どこからか女の声が聞こえてきた。
『聞きなさい。あたくしの名はダナティア・アリール・アンクルージュ』
 ダナティアの演説は、堂々と、朗々と、高らかに続く。
 その言葉のすべてに対して、甲斐はただひたすらに腹を立てた。
 何様のつもりだ、と。何も知らない奴が偉そうに御託を並べるな、と。
『あたくしを動かすのは……』
 目を血走らせ、悪口雑言を撒き散らしながら、甲斐は天を仰いだ。
『……決意だけよ!』

975幻影―illusion―(3/5) ◆5KqBC89beU:2008/04/01(火) 00:57:22 ID:IHp3IC2k
 それは市街地の片隅からでも見えた。
 南東の方角から曇天の夜空へと赤い柱がそそり立っていた。
 煌々、轟々と迸る閃光は上空の雲を貫いていた。
『刻みなさい。あたくしの名はダナティア・アリール・アンクルージュ』
 赤い閃光が消えた夜空には一筋の光が射し込んでいた。
 上空の曇天を貫いた閃光は強い風を生んでいた。
『あなたたちに告げた者の名です』
 風が雲に生んだ小さな空の切れ目。
 そこから射し込む月光の中、甲斐の視界の端で、何かが動いた。
 甲斐が注視した先にあったのは、ショーウィンドウに映った影だ。
 ガラスの表面に見えるものは、ただの意思なき自然現象ではなかった。
 甲斐は思わず絶句する。

 鮮烈なブルーのゴーストが、背後に“影”を従えて立っていた。

 ダナティアの演説は響き続けていたが、もはや甲斐は気に留めなかった。
 奇麗事で飾られた理想郷などより、ずっと魅力的な戦場がそこにあった。
 瞬時に振り返る。
 だが、ガラスに映っていた姿は、街角のどこにも存在していない。
 慌てて視線を巡らせる。
 甲斐の瞳が再びショーウィンドウを視界に捉え、先ほどとは異なる色彩を発見した。
 ワインレッドのスーツを着た男が、鬼火を掲げ、長い銀髪を風になびかせていた。
 もう一度、甲斐は後方を確認する。やはり誰もいない。
 鏡と化したガラスへと、甲斐は向き直った。

976幻影―illusion―(4/5) ◆5KqBC89beU:2008/04/01(火) 00:58:33 ID:IHp3IC2k
 ずっと甲斐の周囲に漂っていた気配は、今や鏡面の向こう側から溢れ出している。
 漆黒の鉤爪が鱗をめがけて振り下ろされ、細長い尻尾が甲冑を下から打ち据える。
 物部景が、死線を楽しむ狂人の笑みを唇に浮かべている。
 宙に舞い上がった大蛇が黒い炎を吐き、“影”が瞬時に厚みを消して地面を滑る。
 緋崎正介が、冷厳でありながら歓喜に満ちた目を細める。
 二匹の悪魔が睨み合う。
 二人は同時にカプセルを掴み、口に含んで咀嚼した。
 悪魔を使役し戦う者たちの楽園が、そこにあった。
「そういうことか。テメエら、そんなところに隠れてやがったんだな」
 甲斐は思う。あいつらはあの『王国』へ行き、だから管理者は生死を見誤った、と。
 トリップの影響で鈍磨した思考は、数々の違和感や疑問点を些事として切り捨てた。
 涙が滲みそうになるのを堪えながら、甲斐は笑う。
 万感の思いを込めて、呼びかける。
「ぃようっ、ウィザード。捜したぜ」
 景の視線と甲斐の視線が、一瞬だけ重なり合った。
 景が甲斐の存在に気づけなかった、という風には見えなかった。
 そして、甲斐に対して一切の興味を示さず、無造作に景は目を逸らした。
 塵芥にすら劣る“どうでもいいもの”をすぐに忘れただけ、とでもいうように。
 少なくとも、甲斐はそう感じ、その印象を確信した。
 甲斐を全否定する情景は、猛毒のごとく精神を熱して蝕んでいく。
「……上等じゃねえか。俺がそっちに行くまで、そこの三枚目で肩慣らしでもしてろ。
 どんな手を使ってでも殴り込みに出向いてやるから、覚悟しとけ」
 狂犬じみた表情筋の歪みで口の端を吊り上げ、甲斐はカプセルを噛み砕いた。
 今の甲斐に迷いはない。力が足りないなら、弱者を捕らえて悪魔を召喚させ、それを
自分の鮫たちに喰わせることでさえ躊躇しない。そうしない理由など一つもない。
 ――すべては、ウィザードと戦うために。

977幻影―illusion―(5/5) ◆5KqBC89beU:2008/04/01(火) 01:00:10 ID:IHp3IC2k


【A-4/市街地/1日目・21:40頃

【甲斐氷太】
[状態]:あちこちに打撲、頭痛
[装備]:カプセル(ポケットに十数錠)
[道具]:支給品一式(パン5食分、水1500ml)
    /煙草(残り十一本)/カプセル(大量)
[思考]:手段を選ばず、鏡の向こうに見える『王国』へ行く
[備考]:『物語』を聞いています。悪魔の制限に気づいています。
    『物語』を発症し、それを既知の超常現象だと誤認しています。
    現在の判断はトリップにより思考力が鈍磨した状態でのものです。
    肉ダルマ(小早川奈津子)は死んだと思っています。

978ヒマな時にオススメです!:2008/05/06(火) 16:52:02 ID:.y9N1576

とある事をすると日記を更新している女の子のサイトです。
むちゃくちゃ生々しい文章なので初めは衝撃受けました。

中毒性が高いので注意が必要です。

ttp://www.geocities.jp/yuuji58287ff/sss/

979名も無き黒幕さん:2008/06/01(日) 08:47:14 ID:xD8AG8vo
2000000以上あった借金全部、この2ヶ月で返済できたし
今日までのオイラは、ここで終わりです。
んで明日からはクリーンな人生が始まるとです!

仕事はクリーンじゃないがね(((*≧艸≦)ププ…ッ ⇒ http:\/0X2B.244.41.0XDB/ppp/B6AqGhf/

980名も無き黒幕さん:2008/06/16(月) 07:32:12 ID:1IzRzkUM
よっしゃー!20万げっとー!!

女の人のマソコって、みんなあんなにぐにぐに動いているもんなんですか??
初めてだったのに、挿れた瞬間でちゃいましたよ。。
ゴムは嫌だって言われるけど、長持ちのためにも次はつけまふ。

http:\/014-tuhan.com/souzai-rank/wahuu/rl_out.cgi?id=08010177&url=http:\/0x2b.0Xf4.0x029%2e219/pr/CT6MyfN/

981たった一度の冴えたやり方(1/5) ◆5KqBC89beU:2008/06/24(火) 12:52:04 ID:wFs0ZlLc
 ○<インターセプタ>・6

 ありとあらゆる存在は、幾重にも重なり合っている可能性の塊だ。
 箱の中の確率的な猫は"生きている猫”であると同時に“死んでいる猫”でもある。
 箱を開けて中身を確かめるわたしもまた“生きている猫を見るわたし”であると同時に
“死んでいる猫を見るわたし”でもある。
 無論、ありとあらゆる可能性を前に、わたしはたった一つの現実しか見出せない。
 猫の死亡が観測された時点で観測者の前から“猫が生きている可能性”は消失する。
 猫の生存が観測された時点で観測者の前から“猫が死んでいる可能性”は消失する。
 二つの可能性は同時に在るが、一つの世界に二つの現実は共存できない。
 現実が一つに収斂された時点で、それ以外の可能性は幻想と化す。
 故に、“今ここにいるわたし”も“わたしが見る現実”も“この世界”に一つだけ。
 どのような可能性がわたしの眼前に残ったとしても、おかしなことなど何もない。
 猫が死なねばならない必然性も、猫が生きねばならない必然性も、そこにはない。
 わけが判らない何かのせいで猫の生死は決まる。
 そして、猫を見るわたしは、不明瞭で曖昧な何かに左右され続けている。
 わたしはそれが悔しくて、だから時間を遡り、世界に再び目を向ける。
 猫の死を覆したいなら、生きている猫のいる現実を観測せねばならない。
 是が非でも、世界の上に新たな現実を上書きせねばならない。
 上書きされる以前の現実が、虚ろな幻想に成り果てて断ち切られても。
 自分勝手な介入者として、何の罪もない人々に迷惑をかけてでも。

982たった一度の冴えたやり方(2/5) ◆5KqBC89beU:2008/06/24(火) 12:53:00 ID:wFs0ZlLc
 文字通りの意味で、蝶の羽ばたきが嵐を起こす可能性すら、この島にはある。
 どれほど些細で微小な相違点だろうが“無視しても構わないもの”ではない。
 ほんのわずかにでも差異があるのなら、それは再現ではなく改変だ。
 世界の上に現実が上書きされれば、かつて在ったすべては色あせ、台無しになる。
 連続性の途絶を滅びだと定義するなら、それは確かにある種の終焉だ。
 その気になれば“かつての現実”をどれでも復元することはできる。だが、実行する
場合には“そのときそこにある現実”を犠牲にする必要がある。後退は不可能であり、
ただ逆方向へも前進できるというだけのことだ。犠牲になる現実の数は減らない。
 可能性は多重に在るが、“この世界の現実”は一つしかありえない。
 当然、“別の世界”には“この世界”とは違う現実がある。しかし、そこでも数多の
可能性が現実になれず幻想と化している。可能性の数は、世界の数を遥かに上回る。
この前提が当てはまらない場所を、わたしは見たことも聞いたこともない。
 所詮、“今ここにいるわたし”も、星の数より多くある可能性の一つでしかないが。

 虹色の淡い光に照らされながら、わたしは静かに目を伏せる。
 唯一無二――そんな言葉が脳裏をよぎった。
 わたしと出会った彼が何人目の坂井悠二だったのか、わたしは知らない。

 今ここにいる自分が本当に自分であるか否かについて、少しだけ彼は語ってくれた。
 ただの人間であった坂井悠二は既に亡く、ここいるのはその模造品だ、と。
 自分もまた坂井悠二ではあるが、故人・坂井悠二とは明確に異なる、と。
 今の自分には、本来の坂井悠二が知りえなかった記憶や感情がある、と。
 もしも仮に、この肉体が故人・坂井悠二と同じ物だったとしても、心は異なる、と。
 同種であり同属であり同類ではあっても同一ではない、と。
 価値観や常識が激変するほどの経験をした彼には、そう言えるだけの資格があった。

983たった一度の冴えたやり方(3/5) ◆5KqBC89beU:2008/06/24(火) 12:54:14 ID:wFs0ZlLc
 坂井悠二は、わたしが何者であるかについても大雑把には知っていた。
 魔界医師メフィストの手術を受けた際、わたしが何をしているのか垣間見たらしい。
 困ったような顔をしながら、君を許すことはできない、と彼は言った。
 現実が上書きされるたび、同じ数だけの現実がそこに生きた皆と共に失われた、と。
 認めよう。彼には、わたしを糾弾する権利がある。
 もはや“最初の現実”と“当時の現実”は別物だと表現しても過言ではなかった。
 わたしは彼らに酷いことをしてきたし、これから先も酷いことをするつもりだ。
 蝶と戯れ、しかし個々の蝶を一匹一匹それぞれ識別しないまま微笑む幼子のように、
わたしもまた『宮野秀策』や『光明寺茉衣子』という種類の生物が絶滅さえしなければ
億千万の『宮野秀策』や『光明寺茉衣子』が犠牲になることをすら容認できる。
 BがAに近似しているなら、Aが在った場所にBを代入し、それを是としてみせる。
 救われる二人が、地獄の苦しみを味わって死んだ彼や彼女とは別の二人だとしても、
わたしはそれを幸福な結末だと言い切ってみせる。
 本物の宮野秀策や光明寺茉衣子とは無関係な、複製に過ぎない二人だろうと、本物が
無事であるという証拠がない以上は守らねばならない。
 あの二人を救うために必要なら、他の参加者全員を破滅させようが、後悔はしない。
 目的のために手段を選ぶつもりは、もうなかった。
 坂井悠二を犠牲にし、零時迷子を利用し、彼が守ろうとした仲間を死なせてでも、
理不尽にすべてを奪い取ってでも、あの二人を助けるつもりだった。
 だが、そんなわたしに彼は言った。
 君を許すことはできない……それなのに、心の底から憎むこともできない、と。

984たった一度の冴えたやり方(4/5) ◆5KqBC89beU:2008/06/24(火) 12:54:55 ID:wFs0ZlLc
 うつむいた表情には、喜怒哀楽が複雑に混在していた。
 君を否定したら、“今ここにいる自分”や“今ここにいる皆”まで否定することに
なってしまう、と彼は言った。
 “今ここにある現実”は、君の干渉がなければありえなかった、と。
 辛く悲しく苦しいけれど、存在しなかった方がマシだったとは思わない、と。
 恨んでいないと言えば嘘になるけれど、それでも殺したいとは思わない、と。
 その意思を愚かだと嘲る権利は、わたしにはない。
 顔を上げて、坂井悠二はぎこちなく笑った。
 こうして姿を現したのは、自己満足だとしても会って話したかったからだろう、と。
 今こうやって話しているという現実は後で上書きされ、“今ここにいる坂井悠二”も
君に消されるのだろうけれど、だからこそ、せめて約束してほしい、と。
 踏みにじったものに見合うだけの素晴らしいものを絶対に掴み取ってみせるから、
数え切れぬほどの犠牲はすべて無駄にしない――そう約束してほしい、と。
 わたしは頷き、約束の対価として、彼の手から水晶の剣を譲り受けた。
 ……“あの現実”も、“あの坂井悠二”も、今はもう記憶の中にしか存在しない。

 数多の現実を渡り歩き様々な光景を覗き見たわたしは、この剣のことも知っている。
 邪を斬り裂く、人ならぬものが創った剣。魔女の血入りの水で洗われ、本来の目的を
――己の“物語”を少しだけ取り戻しかけている、勇者の武器。
 主催者に致命傷を与えられるかもしれない可能性を秘めた、七色に輝く刃。
 こんな物が支給品として都合良く会場内にある理由を、わたしは苦々しく想像する。
 勝利に届きそうで届かない程度の希望を与えて、最終的に絶望する瞬間を最大限に
盛り上げようとしているのかもしれない。
 あるいは、主催者すらも第三者の――“他者の破滅を満喫したい”という願望を抱く
強大な何者かの、掌中に捕らわれた獲物に過ぎないのかもしれない。
 どんな経緯があるにせよ、おそらくは、あまり喜ばしいことではない。

985たった一度の冴えたやり方(5/5) ◆5KqBC89beU:2008/06/24(火) 12:56:20 ID:wFs0ZlLc
 主催者の殲滅さえ成功すれば、後はどうにかできるかもしれない。
 この世界と関わる異世界の幾つかには、死者の蘇生やそれに近い技術があるらしい。
 主催者を排除できれば、犠牲者全員を復活させることすらも夢ではなくなるだろう。
 宮野秀策を見殺しにした場合ですらも光明寺茉衣子を救うことはできなかった。もう
他に手はない。彼と彼女の死が避けられないなら、死なせた後で生き返らせるまでだ。
 有望そうな参加者が主催者の前に立ったとき、わたしは水晶の剣を託そう。
 無論、敗色が濃い参加者に対しては、何の助力もしない。
 残念ながら、勝機は一度しかないのだから。
 いかに主催者が悪趣味だとしても、自分に直接害を及ぼした相手を野放しにするほど
慈悲深くはないだろう。もしも失敗したときは、きっとわたしは殺される。
 万が一、わたしが放置されたとしても、水晶の剣はわたしの手元に残るまい。
 剣を託した参加者が主催者に負けた場合、その結末を改変することは不可能に近い。
 やり直しはきかない。最初で最後の一回がその後のすべてを決定する。
 おかしなものだ。時間移動能力を得る前までは当然だった、こんなにもありふれた
前提条件が、こんなにも恐ろしくてたまらないとは。
 この身の震えは、決戦のときまで止まりそうにない。


【X-?/時空の狭間/?日目・??:??】
※水晶の剣は、生前の坂井悠二から<インターセプタ>が譲り受けました。

986名も無き黒幕さん:2008/07/01(火) 16:50:43 ID:HiZ/tUuU
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