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【TRPG】ブレイブ&モンスターズ!第十章

1 ◆POYO/UwNZg:2024/02/04(日) 21:15:57
――「ブレイブ&モンスターズ!」とは?


遡ること二年前、某大手ゲーム会社からリリースされたスマートフォン向けソーシャルゲーム。
リリース直後から国内外で絶大な支持を集め、その人気は社会現象にまで発展した。

ゲーム内容は、位置情報によって現れる様々なモンスターを捕まえ、育成し、広大な世界を冒険する本格RPGの体を成しながら、
対人戦の要素も取り入れており、その駆け引きの奥深さなどは、まるで戦略ゲームのようだとも言われている。
プレイヤーは「スペルカード」や「ユニットカード」から構成される、20枚のデッキを互いに用意。
それらを自在に駆使して、パートナーモンスターをサポートしながら、熱いアクティブタイムバトルを制するのだ!

世界中に存在する、数多のライバル達と出会い、闘い、進化する――
それこそが、ブレイブ&モンスターズ! 通称「ブレモン」なのである!!


そして、あの日――それは虚構(ゲーム)から、真実(リアル)へと姿を変えた。


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ジャンル:スマホゲーム×異世界ファンタジー
コンセプト:スマホゲームの世界に転移して大冒険!
期間(目安):特になし
GM:なし
決定リール:マナーを守った上で可
○日ルール:一週間
版権・越境:なし
敵役参加:あり
避難所の有無:なし

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489明神 ◆9EasXbvg42:2025/01/26(日) 21:48:29
「意味わかんねー!ミズガルズ側の都合で30時間も待たされるとか!
 えっこれマジで30時間なんも出来ないんすか?自分あいつらにボコボコにされて超あったまってんすけど。
 リベンジくらい好きにやらせてくれよ!」

「リベンジしても結果は同じじゃないかな。連中……ブレモンのキャラ達は、明確に私達に出来ないことが出来る。
 プレイヤースキルで後隙の大きさを補えても、手を変え品を変えわからん殺しを擦られ続けるだけだよ。
 対抗するには……ブレモンと同じステージに立つしかない」

「それがあのエンバースとかいうエネミーの言ってた『ロールプレイ』ってやつすか。
 うーんイミフ。ナイもそうっすけど全体的にローウェルのゲームのキャラって話長くないすか?
 こっちの反応待たずにずーっと喋り散らかしてるし」

「ハイバ……エンバースはコマンド制RPGのキャラだからね。じっくり読める前提のテキスト量なんだよ。
 あるいは、こうやってブレモンのスタイルを押し付けることこそがロールプレイの要諦なのかも」

「出た!魔法の言葉ロールプレイ!ゲームの敵キャラと通じ合ってんのふつーに激キショっすからね。
 コマンド制RPGからお越しのバルさん氏にぜひロールプレイとやらについてご解説願いたいもんっすねぇー」

「エンバースが言ってたでしょ。『イクリプスとしてこの星にやってきた背景と役割を活かせ』。
 30時間で作り上げるんだ。私達が操作してるイクリプスが、何者であるかを。何が出来て、何を求めるかを。
 このRPGの世界では、築き上げた自分だけのイクリプスが実装される」

「それってつまり、思春期に布団の中で妄想してたようなことを今ここでやるってことっすか。
 ……シラフで?」

「多分これ各々で解釈に幅があると思うよ。プレイヤーごとのロールプレイ観っていうのかな。
 少なくとも私の解釈ではそういう感じ。さっそく試して見せようか。
 『――ガハハハ!ここがミズガルズであるか!なんとも風靡な星であるな!我が槍の冴えにて遍く全てを簒奪しよう!!』」

「ウソだろバルさん……あんた今ガワはキャピキャピの美少女なんすよ……?
 うわマジかよ、衣装までなんか武将っぽい感じになってる。これがロールプレイの力……?」

「『然り!』」

「然り。じゃねンすよ……あぁでもなんかわかってきたかも。
 ようは自分で考えたキャラを全力で演じりゃいいってことっすよね。
 じゃあじゃあ自分、超すごい魔法を使えるお嬢様イクリプスとかどうすか」

「『善き哉、善き哉!心の想うがまま、己の中のイクリプスが語るがままに言葉にすれば良い』」

「えーでは、オホン……
 『独断専行は禁則事項でしてよ、バルディッシュ様。お一人で平らげられぬよう、わたくしが帯同いたします。
  全ては没落した我が一族の再興のため。わたくしの炎が行く手を拓きますわ』」

「いいね、即興なのにすごい作り込んでくるじゃん。絶対これ今でも布団の中で温めてるやつでしょ」

「シラフでこれやんの激ハズなんすけど……確かに演じてる間だけ謎のバフ入ってますね。
 ゾディの火球も粘土みてーに好きな形に操れる。やべー、ドラゴンとか作れるかなこれ!
 ……ははっ!妄想が想像したとおりに現実になるって、めちゃくちゃ楽しいっすねバルさん」

「……うん。なんか楽しくなってきた。
 せっかくだしキャラシートにでもまとめてみようか。それで、演じる設定について共有しよう。
 ペアで行動する限り、私達はお互いのロールプレイを相互に強化できる。
 おっと……『ガハハ、帯同を許そう!して、お主の名はなんと呼べば?』」

「『――アヤコ=財前寺』」

 ◆ ◆ ◆

490明神 ◆9EasXbvg42:2025/01/26(日) 21:49:04
>「どんな終わりを目指すにせよ…ブレイブとして目指すべきだろうが!
  んな借り物の姿で好きだからなんて…抜かしてるんじゃねえ!!」

ジョンが吠える。
剣と槍を交えながら……一瞬だけ刃を握る手を離し、フリーになった拳をバルディッシュに叩き込んだ。
予期していない攻撃を直に食らってバルディッシュが吹き飛ぶ。
その先には、ロールプレイを解除されて動けずにいるアヤコがいた。

>「ふぎゃふ!?」

アヤコが吹っ飛ぶが、代わりに運動エネルギーを交換したバルディッシュがその場に留まった。
武器も戦意も失っちゃいない。穂先はジョンを捉え続けていた。

>「さあ明神反撃開始だ!…と言いたい所なんだけど…ちょっとだけ…今から余計な事するかも」

「あっおい!何する気だよジョン!?」

ジョンが答えるよりも先にバルディッシュが吶喊してきた。
剣士と槍士はみたびぶつかり合う。
拮抗出来ているのは、バルディッシュのロールプレイの精度が落ちてきているからだろう。

>「なあ…バルディッシュ…周りを見てみろよ…悲鳴とそれを喜々して狩って周るイクリプスと…
 血の匂いと…焼き焦げたビルの瓦礫だけが存在する街だ
 ラスベガスの人達は街を取り戻す為…家族を奪ったものに報復する為…
 ブレイブとしてモンスターと契約し…イクリプスと戦ってる…今こうしてる間も」

鍔迫り合いのさなか、ジョンは再びバルディッシュに語りかける。
武人っぽいロールプレイをする敵に、『無辜の民の犠牲』を言及するのは効果があるはずだ。
アンチロールプレイによるデバフ――
全世界放送もそうだけどコイツまじで俺のやり方に適応すんの早いな……。

>「ブレイブとして僕達の前に立ちはだかる事すらできない…足を引っ張る事しかできない自称ブレモン好きの老害が…消えろ!」
>「お前に…我の…ブレモンの何がわかる…分かった風な口を…聞くな!」

プレイヤーとしての根幹を支える『ブレモンへの愛』まで否定されれば、もうバルディッシュは黙っちゃいられない。
ジョンの指摘した、ブレモンが好きだと宣いながらこの世界を蹂躙する自己矛盾。
バルディッシュがいかに強固なロールプレイを組み上げようとも、根底を崩せば容易く揺らぐ。
俺達の勝ち筋が見える――

――『余計な事』?
ぶつかり合う前にジョンが漏らしたその言葉が、引っかかっていた。
ここまで俺のプラン通りにイクリプスの弱体化に成功してきた。
その上でジョンは、何をやろうとしてるんだ?

ジョンとバルディッシュの剣戟はもはや目に終えるスピードではなく、
金属同士の激突する音と断片的なお互いの言葉だけが耳に入ってくる。

>「雄鶏乃怒雷(コトカリス・ライトニング)…プレイ」
>「にゃあああああああああ!!」

スペルの光。
槍を取り落としたバルディッシュは防御もままならないままに雷撃を受ける。
麻痺によって十分な回避が出来ず、ジョンの打ち下ろした刃が左の顔面を切り裂いた。

「……勝負あったな」

槍に加え左目を失ったバルディッシュと、五体満足で剣を構えるジョン。
さらにバルディッシュはロールプレイの維持すらまともに出来ていない。
それが証拠にキャラデザの解像度が上がったり下がったりを繰り返している。

491明神 ◆9EasXbvg42:2025/01/26(日) 21:49:36
「ジョン、トドメを!」

俺の要請に対し、しかしジョンは油断なくバルディッシュを注視しつつも剣を振るう様子がない。
致命の一撃を加える千載一遇のこのチャンスに、なんで動こうとしない!?

「何やってんだ、あいつじきにロールプレイを立て直すぞ!」

>「くそ…エンバースの事とやかくいえない立場になってしまったな…明神…ごめん」

その言葉で、俺はジョンが何をしようとしているか、なんとなく察してしまった。

>「明神…僕はブレモンの先輩を…老害や半端者扱いしたまま殺すなんて…僕にはそんな事できなかった
 ごめんね…明神が恐らく考えてた道筋とは真逆な…道を僕は行くことになると思う…それでも…
 バルディッシュに関しては…責任持つから…できる限り…うん」

エンバースと同じように、敵に塩を送ろうとしている。

>「解釈違いにしかならない…ブレモンを滅ぼすイクリプスの心と…愛するブレイブとしての心を…
 矛盾したその二つを…持つことが…本当にできるなら…他のレベル5より…強くなる…そう思わないかい?」

――眼の前のイクリプスに、新たな進化を促そうとしている。

「……ああクソ、そういう感じか。分かってんだろうなジョン。
 そいつはカザハ君たちのライブをぶっ壊しに来たんだ。
 全世界配信、俺達が逆転しうる最大のチャンスを潰しに来たんだ。
 そいつが今より強くなっちまったら、今度こそ手がつけられなくなるかも知れねえんだぞ」

俺達の持ち場はセンターの死守。
戦線の瓦解は、ミズガルズの完全敗北を意味する。
唯一見いだせた勝ち筋を自ら放棄し、敵のパワーアップを見送るなんざ、あり得べからざることだ。
それでも――

「分かってやってるんなら――責任を持つなんて、水くせえこと言うなよ。
 SSSに浮気しやがった上位存在サマにもう一度、ブレモンを楽しんでもらおうぜ」

俺は指を弾く。ロールプレイの一環で設定した能力切り替えの精神的なスイッチだ。
バルディッシュに付与していたアンチロールプレイの呪縛を解除した。
輪郭のブレが収まり、解像度が安定する。バルディッシュがレベル3へと戻っていく。

>――『運営が…神の力がどれだけ強かろうと…存続を認めさせる。エンバースの言う通り…力を見せてやるんだ…
   僕達の世界の…ブレイブ&モンスターズの!!』

世界だけじゃなく『ブレイブ&モンスターズ』を救う……だろ、ジョン。
バルディッシュを、『ロールプレイの矛盾を論破された雑魚』で終わらせない。

>「我の道は決まった。…否!道は決まっていた!我が心に慢心があった故に…見失ってしまった
 だが今なら…自分の未熟さと向き合い慢心をこの左目と共に捨てた今なら…鮮明に見える」

「……潔いじゃねえか。片目無くしてその余裕、強キャラっぽい感じがするぜ」

バルディッシュの槍が虚空を凪ぐ。
届くはずのない距離で、風の巻く音が聞こえた。

>「…!やばい!明神!避けろ!!」

「うおおおおおっ!?」

ジョンの警告に弾かれるようにして身を伏せる。
頭のすぐ上を光と圧が擦過していく。
すぐ後ろの壁が、バターのように寸断された。

492明神 ◆9EasXbvg42:2025/01/26(日) 21:50:08
この斬撃は――星光を取り戻しやがったか!
それだけじゃない。バルディッシュからは、ロールプレイが万全だった頃よりもずっと濃密な圧力を感じる。
自己進化。ジョンの目論見通り、イクリプスとしての存在をもう一段踏み上がった。

>「ガハハハハハハハハ!!!我はイクリプス・クラス『貫く流星(シューティングスター)』――バルディッシュ。
 神をも否定し…世迷い事を吹き続ける愚か者共よ…その言葉…その力を…想いを我に見せ…証明してみせよ!!」

瞬間、バルディッシュの姿が眼前から消えた。
後に残る陽炎と、センター全域を洗うような暴風から、起こった現象にアタリがついた。

――星光の爆圧を推進力とした高速機動!
『導きの指鎖』が左を指す。咄嗟に左腕で上体をカバーする。
瞬間、激痛と衝撃。バルディッシュの振るった槍の柄が、俺の左腕にめり込んでいた。
ふっ飛ばされる。

「ぶべぇっ!?」

弾かれたピンボールのように床を滑り、へたり込むアヤコの近くまで転がった。

「アレが視界を彷徨けば、貴様は庇いに行くであろう、ジョン・アデル。
 それでは吾輩がつまらぬのでな。この死合に余人は無粋!暫し戦場から消えてもらった!」

「クソ……あの野郎……人を護衛対象のNPCみてーな扱いしやがって……」

今の一撃、バルディッシュは容易に俺を殺せたはずなのに、あえて柄でぶん殴って吹っ飛ばすに留めた。
俺を戦場に巻き込めば、流れ弾なんかから俺を庇うためにジョンが不利になると分かっていて。
あえて俺をフィールドから除外した。

『タイマンを望み』、『死合の相手以外は殺さない』。
武人のロールプレイの重ねがけだ。ジョンと1対1の理想的なフィールドを作り上げた。

「……吾輩のこの名には、教官の格別な思い入れがあってな。
 まぁ正味な話をすれば、教官が以前から使用していた魂の名を丸のまま流用しただけなのだが」

戦場の整理が済んだバルディッシュは、やおら握った槍に手を添わせ、語り始めた。
なんだこいつ、何を説明してる?
ロールプレイ強化の設定開示――には見えない。
『このキャラ名はプレイヤーが使ってるハンドルネームそのままなんすよ』みたいな、
中の人の素を出すような情報はロールプレイの没入度を下げるだけのはずだ。

だが、バルディッシュのレベルは下がっていない。解像度は高いままだ。
何かをロールプレイしようとしている。

「――由来となったのは、教官がブレモンで愛用していた武器の名だ」

槍を包み込むように星光の渦が迸る。
それは槍を強化する光というより……羽化寸前の繭のように見えた。
中身を溶かし、分解し、新たな存在へ進化させるための、蛹。

「我が槍よ!教官より授かりし真名もって我が敵を断ち切れ――『三日月の斧〈バルディッシュ〉』!!」

名を呼んだ瞬間、槍を包んでいた光が弾けた。
光の向こうから姿を現したのは、バルディッシュがこれまで握っていた槍ではなく――
長柄の先端側面から巨大な三日月状の刃を張り出した、戦斧だった。

493明神 ◆9EasXbvg42:2025/01/26(日) 21:50:36
「や、やりやがった……やりやがった、あいつ!
 気をつけろジョン!そいつの持ってる斧は……ブレモンのユニーク武器だ。
 バルディッシュの野郎……『武器』にロールプレイを適用しやがった!!」

三日月斧、バルディッシュ。
中世の東欧ロシアあたりに実在した戦斧の一種だ。
その名の通り三日月型の刃が特徴で、斧でありながら斬撃だけでなく月の尖った部分による刺突が可能。
長柄武器としては極端にトップヘビーであり、慣性の乗った一撃は全身甲冑も容易く引き裂いたという。

そしてブレモンにおいても同名の武器が実装されている。
STRとDEX両方に高い数値が要求される代わりにバカ高い威力と斬撃刺突の2属性攻撃が保証される。
何より刃には月神の祝福が込められていて、月齢のごとく刃の形状を変化させられる。

システムを理解すればするほど強く扱えるという玄人好みの特徴から、
古代遺物でも神代遺物でもない普通の武器でありながらレイド用武器の最適解に入ってくる武器でもある。

――イクリプスはタロットバフとレア武器の存在でさらにレベルを上げる。
バルディッシュはタロットの加護を得ている一方で、ガチャではアタリを引いていなかった。
レベル4止まり……そのはずだった。

進化したんだ。ジョンの言葉通りに、イクリプスの新しい段階へと踏み入った。
『ブレモンを知る教官から授かった』というロールプレイによって――
SSSに存在すらしないブレモンのユニーク武器を再現した。

「ガハハハハ!吾輩はブレイブでありイクリプス!この身の中に、どちらも欠けてはおらぬ!
 相反する二つの力を両翼として……ジョン・アデル。貴様に届こう!!」

バルディッシュの背後に『月』のタロットエフェクトが出現する。
ロールプレイが回復したことでタロットバフも十全に使用可能になってやがる。
それだけじゃない。月神の祝福を受けた三日月斧は、月のタロットとも相性抜群なはずだ。
そういう関連付けには説得力がある。

「ブレイブの流儀に則り宣言しよう――デュエル!!」

ジョンのもとへ、星光を身に纏ったバルディッシュが駆ける。
唐竹割りに打ち下ろされた刃は、手元で巧妙に握りを変えて、うねるような軌道でジョンに迫る。

あれは――『流刃〈カレントエッジ〉』。
ただの槍術や斧術じゃない。ブレモンの斬撃スキルだ。

「ブレモンのスキルを……イクリプスが使いやがっただと……!?」

「ガハハ!何を驚くことやあらん!吾輩はブレイブだと申したはず!!
 教官より授かりしは斧だけではないぞ!!」

バルディッシュが三日月斧を振り回す。
星光の尾を引く回転はやがて風を生み、局所的な竜巻を発生させる。
『渦潮の槍〈メイルストロム〉』。これもブレモンの槍スキルの一つだ。

「SUNO-GPT、記憶喪失ビルドは我らにとって革新的な発想であった!
 背景設定に製造者――『教官』の概念を導入することでロールプレイの自由度は飛躍的に向上する!
 『我が教官はかつてブレイブだった』……このようにな」

スノウだの記憶喪失だのが何のことを言ってるのか知らんが、要旨は理解できた。
バルディッシュは自キャラだけでなく、プレイヤーである教官の設定も作り込んでいる。
『教官のロールプレイ』によって、『ブレモンを知る教官とそのイクリプス』という設定を成立させた。

教官から貰ったって設定でブレモンの武器を持てるし、教官から教わったスキルも使える。
ブレイブとイクリプスの力を、矛盾なく共存させられる。
中の人の素が出てきてもそれはロールプレイの範疇ってわけだ。

494明神 ◆9EasXbvg42:2025/01/26(日) 21:52:04
おそらくこれまでは、あえてやってこなかった手段だったんだろう。
イクリプスとしてミズガルズを滅ぼすなら、ブレイブという設定は足かせにしかならない。
しがらみを解き放ったきっかけは――考えるまでもなく、ジョンの言葉だ。
あいつの熱が、バルディッシュの最後の導火線に火を付けた。

ジョンお前……マジで……死んだら恨むぞ。
見ろよバルディッシュのあのクソ楽しそうな顔!
俺達がクソゲーに変えちまったSSSを、心から楽しんでやがるじゃねえか。

「あークソ、バルディッシュの野郎、一人だけ良い空気吸いやがって……」

ぶん殴られてふっ飛ばされて、今は体が動かん。
多分元気いっぱいの状態でもジョンとバルディッシュの戦いに横槍は入れられまい。
余波だけで消し飛ばされちまいそうだ。

「バルさん……」

隣でアヤコが立ち上がれないまま戦況を見守っていた。

「何観戦モード入ってんだよアヤコちゃん。
 ロールプレイが解けたまんまだよ?ぼっ立ちしたまま眺めてるだけで良いの?」

「激ウザ……どうせロールプレイし直してもアンタが解除すんでしょうが。
 ロールプレイなしじゃアンタらブレイブを殺せない。自分はここで詰みっすわ」

「やだねぇ死んでもリスポできる連中は諦めが早くて」

「あのさぁ……ロールプレイの設定めっちゃ頭捻って考えてんすよ自分らは。
 アンチかなんか知らんけど茶化して否定されんのまーじでムカつくんすからね。
 何が量産型のヤンデレだよ……カッコいいだろ炎君……」

根に持ってるゥ!
まぁね、若干申し訳ない気持ちはありますよ俺にも。
ソシャゲのキャラを『絵じゃん』とか抜かす馬鹿はぶん殴ってやりたいもん。
『絵』と『火力の高い絵』の区別もつかねえヌーブ共がよ……

「……ま、良いんすよ自分は。バルさんがああやって楽しんでくれてれば。
 ブレモン終わってずぅっと意気消沈してんの見てらんなかったっすもん。
 無理くりにでもSSSに誘って良かった」

「複雑な気分だな……そんな付き合いでやってますみてえなモチベで殺しに来られてたのかよ俺達は」

「アンタらの内情なんか知らんけど……ゲームやる理由なんてそんなもんでしょ。
 『フレンドと遊びたいから』――そういうので、良いんだ」

剣戟の趨勢に変化があった。
ジョンとバルディッシュ、拮抗したぶつかり合いの天秤は、少しずつバルディッシュに傾きつつある。
三日月斧の乱打の密度がどんどん上がっていく。

「君の言う通りだよ……ジョン。本当は、ブレモンを終わらせたくなんて、なかった」

バルディッシュの口から『教官』の言葉が発せられる。
教官を巻き込んだロールプレイによって、もはやバルディッシュの姿が揺らぐことはない。

495明神 ◆9EasXbvg42:2025/01/26(日) 21:52:36
「今こうして、ブレイブとして戦えて、改めて分かった。
 楽しい。こんなにも楽しい!この時間をいつまでも終わらせたくない!!
 ブレモンが最高のゲームだって、みんなに知ってほしい!!」

横薙ぎの一撃が非業の剣に火花を散らし、刃こぼれを生じさせる。
石突で足払いをかけ、豪雨のような刺突を降らす。

「ブレモンを……諦めたくないよ……!!」

ラッシュのさなか、バルディッシュは左手を掲げた。
そこに一枚のカードが舞い降りる。
タロットカード――じゃない!アレは!

「スペル――『蓋のない落とし穴(ルーザー・ルート)』、プレイ!」

スペルカードだと……!?
ブレイブの力はスキルだけじゃない。スペルも使えたっておかしくはない。
使用したのはエンバースも持ってる巨大落とし穴生成のカード。
センターの床が地割れのごとく開き、飲み込まれたジョンとバルディッシュが落下していく。

「ありがとう。ブレモンを、もう一度最高のゲームにしてくれて。
 『地球を裏切った元ブレイブのイクリプス』――私に最高の悪役をロールプレイさせてくれて」

自由落下のさなか、星光噴射で巧みに姿勢を制御したバルディッシュは、
刃の切っ先をジョンの胸元に突きつけて、叫んだ。

「流星槍術――『隕月』!!」

戦斧の石突から波濤のごとく星光を噴射し、バルディッシュは一筋の流星となる。
光はジョンを飲み込み、そのまま地割れの底まで光条を描いた。


【『元ブレイブの教官』をロールプレイすることでブレイブとイクリプスの力を両立。
 ブレモンの武器やスキルを使いながらジョンを追い詰め、落とし穴スペルの底へ二人で着弾】

496ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2025/01/30(木) 02:20:47
目の前には眩い光を纏ったバルディッシュ。
後ろを見れば切断面など一切ないにも関わらず切断された壁。

…ほんのちょっとだけ自分の行いを後悔していた。…いやちょっとだけだよ…ホントダヨ
まあ…でも…これで先輩が不貞腐れて…大切なブレモン古参プレイヤーを…あんな形で失うのは避けれた。

「さてバルディッシュ…正々堂々…」

「しばし待て」

武器を構える僕に待ったをかけ…僕が混乱し思考が止まった瞬間にはその場から消え

>「ぶべぇっ!?」

明神がはるか遠くに吹き飛ばされる。

「明神!?」

>「アレが視界を彷徨けば、貴様は庇いに行くであろう、ジョン・アデル。
 それでは吾輩がつまらぬのでな。この死合に余人は無粋!暫し戦場から消えてもらった!」

「…なるほど」

まずい…思いっきり明神と共闘して倒そうと思ったのに…いきなり計画頓挫しちまったぞ…

>「……吾輩のこの名には、教官の格別な思い入れがあってな。
 まぁ正味な話をすれば、教官が以前から使用していた魂の名を丸のまま流用しただけなのだが」

心の中はまったく穏やかではない僕の心を知ってか知らずか…バルディッシュは話を始める。
お?ここにきてロールプレイの宣言?…ん〜…でも正直今から説明されても…【白ける】よな…そんな事するターンはもう終わった感じするし…

何か考えがあるのか?

>「――由来となったのは、教官がブレモンで愛用していた武器の名だ」

ああ…わからないけど僕の直感が告げてる…すご〜〜〜〜〜〜く嫌な予感する。

>「我が槍よ!教官より授かりし真名もって我が敵を断ち切れ――『三日月の斧〈バルディッシュ〉』!!」

>「や、やりやがった……やりやがった、あいつ!
 気をつけろジョン!そいつの持ってる斧は……ブレモンのユニーク武器だ。
 バルディッシュの野郎……『武器』にロールプレイを適用しやがった!!」

一見すれば繭のようにも見える光に包まれた槍は気づけば斧を形づくり…顕現する。

「戦斧って…鎧砕く為の武器だろ…?対人戦には不向きなんじゃないかな〜って…」

斧をしっかりと…バルディッシュが握ると纏う雰囲気が…更に変わる。

そういえば…エンバースが武器とカードが…どうとかいってたっけ……じゃあ。
今のバルディッシュは…最高の高みにたどり着いたって事?…自分のケツ…ちゃんと拭けるかな…?

497ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2025/01/30(木) 02:20:59
>「ガハハハハ!吾輩はブレイブでありイクリプス!この身の中に、どちらも欠けてはおらぬ!
 相反する二つの力を両翼として……ジョン・アデル。貴様に届こう!!」

クソが…ここまで来て何をビビる事がある…!やる気をだせジョン!ブレモンの何たるかを…元先輩に見せつけてやろうじゃねーか!

「御託はいい…!かかってこい!」

>「ブレイブの流儀に則り宣言しよう――デュエル!!」

バルディッシュの一撃は…確かに強く…重くなったのだろう…しかし!その分動きが若干鈍く…!
そして!何より!槍と違って先端が加速するような錯覚をさせるような武器ではないのだ…斧は!
いくらステータスが高くなっていようと…食らわなければ…!?

避ける直前…まるで鞭のように…いや…通常の武器や振り方ではあり得ない…!斧はうねり…軌道をかえた!

ガキイン!

僕も本来はバルディッシュを切りつける為に用意していた剣を急遽体勢変更しガードに転じる。
しかし急遽ガード体勢になった事…バルディッシュの一撃が僕の予想を遥かに超えるほど重かった事により…僕の体は吹き飛ばされる。

>「ブレモンのスキルを……イクリプスが使いやがっただと……!?」
>「ガハハ!何を驚くことやあらん!吾輩はブレイブだと申したはず!!
 教官より授かりしは斧だけではないぞ!!」

体勢が崩れ…地面に足をつける前にバルディッシュが起こした竜巻に飲まれ上空に打ち上げられる。

>「SUNO-GPT、記憶喪失ビルドは我らにとって革新的な発想であった!
 背景設定に製造者――『教官』の概念を導入することでロールプレイの自由度は飛躍的に向上する!
 『我が教官はかつてブレイブだった』……このようにな」

空に打ち上げられた僕に下から高速で突っ込んでくるバルディッシュ。
位置関係は僕の有利だ…だがなんの準備もなく空中にいる僕と…全身全力の力を込めてそれを突き上げる構えのバルディッシュ。

このままいけば…僕が肉塊になるのは…誰の目からも明らかだった。

「部長!雄鶏疾走!プレイ!」

加速した部長がビルの残骸から高速で登ってくる…だが間に合わない!

「…頼むから折れないでくれよ!!」

ガキイン!

刀と斧がぶつかり合う音がなる。幸いここは空中だ…勢いを逃す手段は豊富にある。
今まで戦ってきた経験を…知識をフルに動員し…大きくわざと吹き飛ぶ。

「はあ…はあ…こんなのもう曲芸のレベルだぞ…!何回も付き合ってたまるか…!」

地面に降りて呼吸を整えようとする僕にバルディッシュが急速に接近してくる。

「雄鶏乃栄光プレイ!…もういっちょプレイ!」

切れたバフを掛け直しバルディッシュがいる方に構え直す。

「舐めるな!この僕に…一度使った技が通用すると思うか!」

またうねる斬撃を受け止めバルディッシュに蹴りを浴びせる。

498ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2025/01/30(木) 02:21:25
その後の切り合いは拮抗していた。
ブレモン…そしてSSSのイクリプスとしての能力を両方使えるバルディッシュ相手に部長と共に一歩も引かない戦いを繰り広げた…

「バルディッシュ…君の動きは…綺麗だな。」

ステータス差が圧倒的なのにも関わらず…拮抗できていたのにはワケがある…余りにも…今のバルディッシュは動きが洗練されすぎていたからだ。

これは弓道のような相手が人じゃないアスリートによくある現象で…同じ動きを何千回何万回と繰り返すことで
無駄な動きを省き、効率化され、そこから更に洗練された結果…例え素人が見ても圧倒されるような境地にいたる。

恐らく…何千回…何万回と…それこそ魂にまでその動きが焼き付くぐらい…繰り返してきたのだろう
高みを目指す者の一種の終着点と言ってもいい。もちろんスポーツの範疇ならだが

どこをどう切り取っても絵に…芸術になるその振り方…立ち回りは…逆に僕のヒントになる。
最適化されているのだから…無駄のない動きは…戦場では最も正解に近い不正解になりえる。

ゲームのモーションをふわっと覚えてる人間は無限にいるだろう。
だが…完全に再現できるほどに…記憶している人は何人いるだろう。

バルディッシュは…ブレイブ&モンスターズというゲームの中で繰り返してきたんだ…絶望してブレモンを去るその直前まで…。

決して単調なわけではない…言葉ではうまく説明できないが…とにかくバルディッシュの魂に染みついたブレモンの心が…僕にバルディッシュの攻撃の軌道を教えてくれる。
その斧がバルディッシュである限り…そして目の前のイクリプスが…バルディッシュである限り…この拮抗は…簡単には崩れない

のはずだったが…バルディッシュの斧が…僕を捉え始めている。

「順応…し始めてる?」

普通なら一度染みついたクセを抜くのに莫大な時間が掛かる。
それこそブレモンをきっと僕の何十倍もやってるバルディッシュの魂にまで染みついているようなクセは…並大抵に抜けるような物ではない。

今までの自分を捨てるようなものだからだ。

>「君の言う通りだよ……ジョン。本当は、ブレモンを終わらせたくなんて、なかった」

僕は舐めていた…ブレモンとしての先輩を。
ブレモンを最初から最後までやりこんだプレイヤーを。

>「今こうして、ブレイブとして戦えて、改めて分かった。
 楽しい。こんなにも楽しい!この時間をいつまでも終わらせたくない!!
 ブレモンが最高のゲームだって、みんなに知ってほしい!!」

おおよそバランスが悪い部長しか使ってこなかった僕は見落としていた。

普通のプレイヤーにとってバランス調整で立ち回りを常に変える事など日常茶飯事だったという事。
やりこめばやりこむほどバージョンごとに立ち回りを一から変えるなんていうのは当たり前であり…強い行動をいち早く見つける事などやはり造作もない事

最も強い行動を…誰よりもはやく見つけ…最もうまく…素早く適応できるのが…ガチ勢なのだと。

>「スペル――『蓋のない落とし穴(ルーザー・ルート)』、プレイ!」

「…やば」

落とし穴に落とされ…目の前に刃が迫る今になって気づくなんて我ながら滑稽だ。
もっとはやく気づいていれば…次の瞬間にやってくるであろう一撃を回避できただろうか。

>「ありがとう。ブレモンを、もう一度最高のゲームにしてくれて。
 『地球を裏切った元ブレイブのイクリプス』――私に最高の悪役をロールプレイさせてくれて」

刃の切っ先を胸元に突きつけられた僕には…

「感謝するのは…僕に勝ってからにしてくれませんか?先輩」

強がりを言う事しかできなかった。

>「流星槍術――『隕月』!!」

499ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2025/01/30(木) 02:21:42
「オエ…ゲホ…ゲホ…」

「この高さから落下して…胸に穴が開いたのに…生きてるなんて…言っちゃ悪いけど君こそイクリプスかなんかじゃないの?」

とっても心外な事を言われたが…今は言い返す余裕がない…。

「雄鶏源泉!…プレイ!」

おっこちてきた部長に噴水を出してもらいその噴水の中に体を投げ入れる。
バルディッシュはまだこの戦いを終わらせたくないのか…様子見をしている。

「………ふむ…回復が終わったらまた死合うとしよう」

ふざけんな!傷が治っても流れ出た血は戻ってこねーつーんだよ!!
いくら永劫の祝福があったって血が急激に増えるわけではない。

自分が蒔いた種とはいえ…これ以上時間をかけるわけにはいかない。
地下に落ちてきた影響でカザハのバフが薄れている…ただでさえ力関係がハッキリしているのにこれ以上戦いが長引くのは避けたい。

「作戦会議タイム!」
「にゃ!」

「…認める」

とはいえ…どうすればいい?…落ち着け…まず一つずつ整理していこう。
僕は噴水を頭から浴びながら部長のお腹をワシワシと撫でながら思考に耽る

まず一番重要なのは地上に出る事だ…これが出来なきゃこの地下は僕のお墓になるだろう
しかし出る為にはバルディッシュを何とかしなければいけない。

明神の助けは…期待できないか…まだアヤコが残ってるしな…。

あれ詰んだ?…まて思考を止めるのはまずい

今のバルディッシュ切り合うのは無理だ。シンプルに適応してるのもあるが…いくらなんでも今日一日で血を失いすぎた。
カザハやおせっかい焼きの母の永劫の加護があるとはいえ…さらに炎君のバフがあるとはいえ…限度がある。
祝福、回復魔法でも…回復薬でも…失った血はすぐには帰って来ない。

そして何より!バフとか関係なくカザハに会いたい…なんだかもう永い事会えてないような気分になっている。

…それに明神がいなければ泥仕合をしたって痛い思いをする時間が長引くだけだ。
となればさっさと決めるしかないが…。

「…えい!」

カキン!

不意打ちで放ったナイフはいとも容易く斧の一撃で撃ち落とされる。
例え今のバルディッシュに不意打ちを完全に成功させても攻撃が当たらない事は考えなくてもわかる事だった。

「それ以上ふざけるならば…」

「ごめん。ごめんって…ちょっとまって」

外にでて…それと同時にバルディッシュに回避不能の攻撃を放って…倒す。
僕の身体能力をフルに使って攻撃を当てれないような相手に…?

できるのか?僕に…?

「にゃ!」

いや…やるんだ!バルディッシュの為に…僕達の為に…カザハの為に…!

500ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2025/01/30(木) 02:21:56
「覚悟は決まったようだな」

イブリースとはまた違ったオーラを放つバルディッシュの前へ立つ。
強敵は何回も倒してきた。どれも決して楽な敵じゃなかった。

けど僕達は勝ってきた…僕達は決して諦めなかったから。
不可能を可能にしてきたから…。

「なゆを助けるなら…世界を救うなら…僕だって不可能と呼ばれた事を一個ぐらい可能にしなくっちゃあな」

外にでる…そしてバルディッシュですら回避できない攻撃をお見舞いする。
この二つの条件を一度に満たせる方法ならある!僕が…僕達だけが使える手段が!

「その心意気や…善し」

僕はスマホを取り出し…スペルを使う…対象は部長だけでいい…僕にはもう…いらない

「雄鶏乃栄光!そして雄鶏示輝路!」

ローウェルの指輪強化効果で味方にしか使えないという弱点を克服した次のスペルの効果を二倍にするというチート効果。
そしてその二倍の効果で呼び出すのは…もちろん…!

「雄鶏乃啓示!プレイ」

「にゃああああああ!」

地上に向けた発射された2倍版…さらには指輪で強化された太陽は地上の大穴付近だけではなく地下を照らす。
イクリプスには沈黙は聞かないだろうが…そんな事はいい!バフさえあればいい!

「…これが最後か……」

名残惜しいのは僕だって同じだ…だが僕は一刻も早くカザハに会いたい!…だから今…ここで決める。

僕は勢いよくパーカーの袖をめくると部長の前に右手を差し出す。

「なっ…!?」

ずっと思っていた。モンスターには実際のゲームとは違い低級モンスターであろうと明確な個としての意志がある。
だがみんな口をそろえてここはゲームの世界だという。

部長は僕を助ける為に僕を裏切ってなゆ達と僕と戦った。
ゲームならあり得ない事だ。例えその主人が暴走していたとしても……なんであれ主人を攻撃するなんて

ここはブレモンであってブレモンじゃない世界……そんな哲学みたいな問答的なことには興味なんてないが…一つだけ分かる事がある。

恐らく初期から全力でブレモンをやりこんだガチ勢ですら…知らない事が起こりうるという事。
ここはブレモンであってそうじゃない!理屈とかどうとか馬鹿な僕にはわからないがそれだけはわかる!
そして部長にはその兆しがあるという事…!部長には…本来のゲームでなかったはずの進化がある…!

その確信が…僕にはある!

カザハの攻略本のモンスターナンバーに抜けはなかった…それでも…あると…僕は断言できる。
効率だとか…これはこうだからこう!みたいな考察だとか…そんなんじゃない…口にすれば笑われるだろう…ただの直感だ!

没データや進化案…それに現実が織りなす奇跡…それが一つもないだなんて僕は思わない…このブレモンだって最初は…創造主の愛で満ち溢れていたはずだから

【エンジョイ勢乙ww】【もっと調べてからコンテンツこいよカスただでさえザコモンス連れてんだからよ】

この世界に来る前から部長を使い続け…罵詈雑言浴びせられても…この世界にきてからも部長と一緒にここまで旅してきた。
どれだけ馬鹿にされても…!いつも一人と一匹で一緒に訓練してきて…強敵だって何人も倒してきた…!苦しい事!楽しい事!悲しかった事!いくらでもあった!
部長の僕じゃ役に立たないという後悔を僕はいつもみてきた…僕や仲間がなんと言おうと部長は気にした!そんなのあんまりだ!…僕は部長は強いって信じてる!…だから

「齧れ!部長!」

「にゃああああ!」

501ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2025/01/30(木) 02:22:14
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【進化の条件って知ってます?】

進化の条件?さあ…部長はレベル?が上がれば進化するんじゃないんですか?

【ええっと………ソレには進化はないですよ…それでも使いたい?…とりあえず強くなるためにじゃあ●●ってアイテムはありますか?それがないと機能が…】

ソッ……む………解放してないです…とりあえず見つけた物から先に消化してるので

【ではこのダンジョンに潜って…】

なるほど…でも…僕面白そうだから先にこれやってみたいんですけど

【そこは今だと効率悪いですよ!●●をやって△△にいって□□やりましょう!】

でも僕は…これが今やりたいんです…

【それは初心者向けじゃなくて〜上級者向けなので全然分からないと思いますよ。どうしてもやりたいならパートナーモンスターも変えないと…】

それ以外でなんとかなりませんか?

【あのねジョン君の為にいってんの!そんなんじゃゲーム楽しめないよ!】

…もういいです…自分で色々やってみますから…今までありがとうございました。

【今まで親切にやってきてやったのに!なんで俺の話がきけないんだ!】

…なんでゲームなのに他人をいちいち気にしなければいけないんですか?

【チッ…ゲームに興味がないならさっさとアンインストールでもしろや!】

………

●●さんがフレンド削除されました。
□□さんがフレンド削除されました。

●□△ギルドを追放された為脱退処理されました。

………


なんでだろう…。


なんでダメなの?




誰も…信じてくれないかもしれないけど…僕は…


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

502ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2025/01/30(木) 02:22:55
部長の牙が右腕に突きたてるが…だが破るには至らない。

「にいいいいいいい!」

部長の踏ん張りも空しく牙は僕の青白い皮膚を突破できない。
元々の攻撃力の低さをいくらバフで何倍にしても…容易い事ではないのは分かっていたが…

「がんばれ部長!部長ならできる!必ず!自分が信じられないなら主人である僕を信じてくれ!」

「君は…一体何してるんだ!?自分の相棒に自分の腕を食わせようとするなんて!?」

部長の進化に…奇跡に足りないのは…圧倒的な力…!それも十二階梯の継承者クラスの…!
そんなもの普通は都合よく用意できないが…!僕にはお節介焼きの自称母が与えた僕の右腕に宿る永劫の力がある…!

「君のその腕の色…力を感じるその薄青紫色……まさか…君はヴァンパイア…?いや…でも腕以外は…?!ていうか…まさかオデットの力か!?
あの不死身モンスターの!?…なんで人間の腕がそんな風に…?いやそれより!
やめろ!弱いモンスターにそんな生命そのものみたいなトンデモな力を操る奴の祝福を帯びた肉を与えるなんて!!自分の相棒を自分で殺す気か!?」

本来ウェルシュ・コトカリスにはそんな力の一かけらだって受け入れる強さはない。
実際バフを得た部長ですら色んな要因で強化されたとはいえ…人間の手足にすら牙を突き刺し肉を抉る事だってできないのだから

でもこの短いようで長く…楽しかったようで一杯辛い思いをしたこの旅で…部長は成長し…祝福を受けるに足る器ができたはずだ。
努力したから必ず報われるという事はない…けど!部長は報われるだけの旅をしてきたんだ!

「オデット!本気で…僕の事を息子だと思ってくれているなら…今だけ…これだけでいい…!願いを叶えてくれ!!!僕の全てを…部長に!」

だめだ…!牙が通らない…!僕じゃダメなのか…!?僕と部長じゃ…バルディッシュに…真の希望を見せる事はできないのか?
このまま…ブレモンの先輩を『地球を裏切った元ブレイブのイクリプス』のまま…このラスベガスに置いていくなんて…そんな…だめだ!そんな事!

バルディッシュの中の人を…そんな一夜限りの偽りの光の中に残していく事は…絶対に許されない!!僕が先輩に見せたいのは…そんなんじゃない!!

「えっ…!?」

その時…僕を纏う炎が僕の元を離れ…部長を包み込んだ。

ツプ

そして…牙が少し皮膚を貫いた。

「ッ!!」

ゴクン

部長は僕の肉をそぎ取り…その血と肉を咀嚼し…飲み込んだ。
その瞬間バルディッシュは吹き飛ばされ、僕は不思議な力によって守られる。

「なんだ…!?何が起こってる……??…!!!…いやそんなまさか!…ありえない!ウェルシュ・コトカリスの進化は…存在しないんだ!」

地下に吹き荒れる強烈な風が収まり…埃が晴れ…そこにいたのは…。

ニャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!

その時…世界に…新しいモンスターが誕生した。

大きさは…昔戦ったクマくらいだろうか。百獣の王を彷彿とさせる黄金のたてがみという若干コーギーっぽくない要素を含みつつ…しかし基本的な形は胴長短足のゴーギー体系
そして…それ以外はコーギーの毛並み毛色の基本は残しつつも…たまに薄青紫色の毛が混ざっている。
炎のオーラを纏い…口を開けば獣の牙というより吸血に適した形…恐らくオデットの種族…ヴァンパイアの能力を受け継いでいるのだろう

何よりも目を引くのは背中に生えた立派白い翼。

それでいてにゃあと鳴く…炎君としての力も含めた僕の力と…永劫の力を受け継いだ部長の新しい姿が…そこにあった。

「名づけよう…君は…君の種族名は…」

「ヴァンパイア・コトカリスだ!」

503ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2025/01/30(木) 02:23:06
「………」

バルディッシュは目の前の現実を受け止めるのに時間を掛けているようだった。
それはそうだろう…見た事も…聞いた事もない…予想した事すらない新モンスターが目の前にいるんだ…ガチ勢であればあるほど目を点にするに違いない。

「さっき最高のゲームにしてくれてありがとって言ってましたよね…先輩!…僕が先輩のあんたに送る最高は…まだこれからだ!」

部長の背に跨り…意外といや…かなり…ふわふわしてるな…いやいや今そんな事気にしてる場合じゃない!

僕はスマホを取り出す

「ジョン…君は…どこまで…」

「僕は…みんなの希望になるって誓ったんだ!それは先輩!あんただって例外じゃない!もし本当に…サービスが終わる事が決まっていたとしても…!
どんな事があっても諦めるなんて…もうやめようだなんて…!あんたにそんな事二度と思わせない一撃をくれてやる!だから僕を見ろ!部長を見ろ!…戦え!!!」

項垂れていたバルディッシュは武器を構え直す。

「は…ははは………ガハハハハ!!まさか敵にまた諭される事になるとは!!まったく…まったく…最高だな!
なら…我も全力を持って答えよう!『我今だけは天下無双成!(ショート・アンパラレルド)』プレイ!」

「雄鶏絶叫!雄鶏疾走!プレイ!覚悟はいいか…!せんぱ…バルディッシュ………バルさん!」

「…っふふ!………よかろう…こい我が友…ジョンよ!」

僕とバルディッシュは…出会ってから今まで時間にしてみれば30分もなかった。
それでも…僕達の想い通じ合っていた。ブレモンを…誰よりも今この瞬間ブレモンを楽しんでいるのは俺達だぞと。

「全力全開!突撃だ!部長!」

「にゃああああああああ!!」
「流星槍術――『臘月』!!」

正直バルさんからしてみればこの攻撃は回避という選択ができる類の攻撃だろう。
いかにスピードが早かろうとそれだけで攻撃が当たるほど…バルさんは甘くない。
だが…バルさんのロールプレイに…いや魂にブレモンが存在してる限り…この一撃を回避する事はできない!

誰よりも特等席で新モンスターの奥義を見れる機会をみすみす逃す事はできない!!!

ドゴオオオオオオオオオン!

力と力がぶつかり合う。その衝撃は地下でなければ周りのビルやその残骸…近くで観戦していた全てを吹き飛ばしていただろう。

「飛べえええええええ!ぶちょおおおお!」

「にゃああああああ!」

バルディッシュを芯に捉えたまま勢いそのままで空に急上昇する。
その勢いは外から見る者には地面から伸びる一筋の光のように見えるだろう。

「僕は武器の名前も知らないし…スキルの名前と効果もふわっとしてるし…いまだに解放してない機能だってあるんだ…
そんなんだから…お前はゲーム好きじゃないのになんでゲームやってるんだよって…いわれ続けてきたんだ…でも…」

光は天まで…宇宙まで伸び…そして力の終着点にたどり着く。

「でも…僕は誰よりブレモンを好きなんだ…!…それだけは真実なんだ…!…僕はブレモンが好きなんだ!愛してるんだ!」

ピカッ

イクリプスの光とブレモンの力の光が合わさったその光は…スペルカードで生まれた偽りの太陽ですら照らせなかった…広大な戦場を照らすほど眩い光であった。

504ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2025/01/30(木) 02:23:26
「…!…!バルさん!…バルさん!大丈夫っすか!?」

空から落下してきたバルディッシュをアヤコは受け止める。
僕はというと部長の背に乗りゆっくりと明神とアヤコの前に降りる。

「ありがとう部長…進化直後で力に馴染んでないのに酷使して…少しここで休んでて」

心配そうに明神が近寄ってきた…色々説明したい事はある…自慢する事も。
それはもう語りたい!一晩中部長の良さに語りたい…が今はする事がある。

「僕は大丈夫だよ明神…ダメージは見た目より派手じゃない…ちょっと貧血気味ではあるけどね」

普通の色に戻った腕と消えた体の炎を明神に見せる。

「部長は…進化したんだ…僕の腕にお節介焼きのお母さんがくれた祝福のおかげでね…あと炎君の力も…名付けて!ヴァンパイア・コトカリス!
いい種族名だろ?僕が考えたんだ!…まあもしかしたら正式名称あるかもだけど…こうゆうのは命名したもん勝ちだよね?」

さて…時間があるうちに…バルディッシュに…僕の友達のバルさんに別れの挨拶をしないと。

「アヤコ…バルさんに話があるんだ…いいかな」

「気安く…!……………ッ!…わかったいいっスよ」

あれ?こんなキャラだったっけ?僕はてっきり…バルディッシュ様をこんな目に合せて話!?お前を殺しますわー〜〜〜〜ぶち殺しますわ〜〜〜!破壊の衝動ですわ〜〜〜!って言われるかと思ったのに
随分しおらしくなってしまって…ロールプレイまで解けて…明神にさぞかしいじめられたに違いない。…しゃーないちょっとフォローでもいれとくか

「話あるんじゃないんすか?………なんですその顔?てかなんで私の顔じっとみてるんすか」

フ…アイドル時代はこの魔法だけで例外なく女性は笑顔になったものよ…まあその後メンドクサイことになるから先延ばしでしかないんだけど

「明神はその道のプロだからさ…負けても仕方ないよ…それにロールプレイしてない君もかわいいよ。………いた!なんで!?いたたた!褒めた!褒めたのに!」

連続往復ビンタで頬が膨れ合った後、話すならさっさと話せっス!っと突き飛ばされてしまった。
仰向けに寝かされたバルさんの横に僕は座る。

「ひどいな顔だな…しかし君はやはり女心が分かってないな」

「ふぁ〜…明神にイジメられただろうからって少しフォローしてあげただけだってのに…」

それが分かってないっていうんだよとバルさんは笑う。

「………ありがとう…私に新しい進化と技を見せてくれて…諦めるなって言ってくれてとっても嬉しかった」

「言ったろ?…僕は全員の希望になるって…でも…フレンドに直接そう言われるのは…悪い気分じゃないね」

バルさんの体から光が溢れ出す。…バルさんの体は今…少しづつ終わりを迎えようとしていた。

「フレンドか…あはは…馬鹿だな私…どんな事があってもブレモンが一番この世で楽しい物だって…世界で一番分かってたはずなのに…」

「今からでも遅くないでしょ…いや…!むしろ今だから更に楽しく遊べる事間違いなし!」

僕達は時間が許す限り話した。
さっきまでとても殺し合いをしていた者同士には見えないほどなかよく話した。

どこが楽しかったとか…いつ始めたのか…とか…そこには殺し合いの戦場において…敵も味方もない…確かな友情の輝きがあった。
だがそんな楽しい時間は長くは続かなかった。

「どうやら…時間が来たみたい……くどいかもしれないけど何回でも言わせてジョン…それにアヤコも…
SSSに誘ってくれて…ブレモンへの愛を取り戻してくれて…本当に…ありがとう………」

消えそうなバルさんの体を起こし顔を近づける。

「おいおい…何これが今際の際みたいな空気だしてんだよ!僕はこれを最後にするつもりはねーぞ!
アンタにはニワカな知識しかない僕にブレモンを教えるって役目があるんだから!だからバイバイじゃなくて」

おでことおでこをくっつけてバルさんと至近距離で目を合わせる。

「『また遊ぼうね』だろ?【また明日】でもいーけど…明日かどうかはわかんねーからさ…
とにかくせっかくフレンドになったんだ…僕の知らない事…行くとこ…ついてきてもらうよ!だから…バルさん…またね。だ」

僕の言葉を聞いたバルさんは笑った。
…なんだよちょっとドキってしちゃったよ…カザハがいなかったら推しになっちゃうとこだったぜ。

「また…遊…ぼ…ね」

そう言い終えると同時に…バルさんは光の塵となって消えた。

【バルディッシュ撃破】
【部長がゲームには無かったはずの進化。ヴァンパイア・コトカリスへ】
【特性;周りの味方を少量回復する。直接攻撃がヒットした時体力が回復する】

505崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2025/02/13(木) 08:53:08
「でやああああああッ!!」

熾天の輝く光刃がなゆたを狙う。
なゆたは『終着駅(ファイナル・デスティネーション)』によって最大限強化された身体能力の粋を尽くし、
『星蝕者(イクリプス)』の攻勢を何とか凌いでゆく。

「ポヨリン! 『流星雨スパイラル頭突き』!」

『ぽよよよよぉ〜っ!!』

しかし、ただ逃げてばかりではない。熾天の攻撃の僅かな間隙を狙い、反撃に転じる。
熾天の『星蝕者(イクリプス)』としての戦闘性能は、なゆたを遥かに凌駕している。
が、なゆたにはそれを補って余りあるポヨリンとの連携、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』としての経験がある。
両者の実力は、まったくの互角だった。

「『分裂(ディヴィジョン・セル)』プレイ! 挟み撃ちよ、ポヨリン!」

『ぽよっ!』

スマホから素早くスペルカードを手繰り、ポヨリンを二体に分裂させる。
巧妙に死角を衝いて挟撃を狙うポヨリンを、熾天は素早い身のこなしで長い黒髪を靡かせながら回避してゆく。

「いじましい真似を……! 己の身ひとつに宿る力をぶつけ合う、それこそが正義の戦いだというのに!」

「純粋な肉体の強さでは、わたしはあなたに太刀打ちできない……だから別の力で補う。
 これだって立派な己の身に宿る力じゃない? 何も卑怯なことはしてないわ。
 それがわたしたちの――『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の! 『正義(ジャスティス)』!」

「私の科白!!」

自身の決め台詞を使われ、熾天は忌々しそうに歯噛みした。

「ポヨリンA、B! 『ツインハイドロキャノン』!!」

『ぽよよよよっ!』

『ぽよよぉ〜っ!』

大口を開けた二体のポヨリンが熾天に狙いを定め、砲口の如き口腔から高圧力の水を浴びせる。
避けられる間合いではない。並の使い手であれば直撃必至のパターンである。
だが、熾天は絶体絶命の窮地だというのにまるで取り乱すところがない。

「甘い――」

熾天の姿が蜃気楼のようにぶれる。と思いきや次の瞬間、二体のポヨリンの水流砲撃をすり抜けた熾天はポヨリンBへ間合いを詰め、
その至近に到達していた。
いわゆる『縮地』『神行法』と言われる、超高速の瞬間移動術である。

「コズモ新陰流奥義・万里一空。なんぴとも我が身に触れること能わず、そして――」

剣閃が煌めく。刹那の交錯の後、ポヨリンBとすれ違った熾天がチキ……と鍔鳴りの音を立てて光刃を鞘に納める。
と、次の瞬間。遅れてきた無数の斬撃に滅多斬りにされ、ポヨリンBは叫び声も上げられずに消滅した。

「コズモ新陰流奥義・破邪顕正――。銀星騎士団御留流、コズモ新陰流の前に敵は無し……!!」

熾天はすぐに納刀した鞘を脇に添え、居合の構えに移行した。
恐るべき手合いである。SSSでも最上位に位置するタロットカード保有者、『正義』の暗示は伊達ではない。
その身から迸る蒼い炎のような闘気に中てられ、なゆたは顎から滴り落ちる嫌な汗を左手で拭った。
今までの戦いからなゆたは彼我の実力をほぼ互角と分析していたが、実際にはそうではない。
確かに瞬間的なステータスに大きな差はないだろう、しかし長期戦となればどうか。
自身が言っている通り純粋な己の実力のみで戦っている熾天に対し、なゆたは『終着駅(ファイナル・デスティネーション)』や、
各種のバフを用いてやっと同等の戦いが出来ているのだ。
おまけに、『終着駅(ファイナル・デスティネーション)』は既に期限である三日目になってしまっている。
いつ、なゆたの寿命に限界が訪れたとしても不思議はない。

――早く……熾天を倒して、ローウェルを見つけ出さなきゃ……!

それぞれ別の場所で戦っている仲間たちのことも気にかかる。
タイムリミットが間近に迫る中、眼前の強敵を倒して『星蝕者(イクリプス)』を一掃し、
更に大賢者ローウェルの居所を見つけ出して決着をつける。

クエスト達成までの道のりは、いまだ永劫のように長く感じられた。

「どれほど抵抗しようと詮無きこと……。我がコズモ新陰流は最強無敵、銀河無双なれば」

「なぁーにがコズモ新陰流よ、胡散臭い流派持ち出して……。なんでも宇宙っぽい枕詞付ければいいってもんじゃないわよ、
 それじゃスペース一刀流とか、ギャラクシー天然理心流なんてのもあるわけ?」

「ほう。なかなか勉強しているようですね、その通りです」

「あるんだ……」

皮肉のつもりだったが真顔で返され、なゆたはげんなりした。

「宇宙剣術諸派あれど、頂点に君臨するは我がコズモ新陰流のみ。
 中でも免許皆伝となれば、その数は銀河全域にても五指に足る。
 そのひとりがこの私――御子神熾天!」

ゴウッ! と熾天の身体から剣気が溢れ出る。

506崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2025/02/13(木) 08:57:52
「アカシック・レコードに記されし我が奥義の精髄、篤と見よ!
 コズモ新陰流・秘剣――」

剣気を芬々と放つ熾天のバックに、『正義』のタロットの絵柄が浮かび上がる。
と同時、ズゥン……と熾天を中心とした周囲の空気が重量を増した気がした。

「く……!?」

身体が重い。危うく片膝をつきそうになるところを、なゆたはかろうじて踏み止まった。
スペルカード『鈍化(スロウモーション)』のようなものだろうか? 対象一名の素早さを封じるというのではなく、
ある一定の範囲内にいる者全員の素早さを減退させるようだが、この程度なら充分対処は可能だ。

「ポヨリン……! 『しっぷうじんらい』!」

なゆたはすぐにポヨリンへ指示を下した。ポヨリンのスキル『しっぷうじんらい』は必ず自分がイニシアチブを取れる、
という強力な効果を持っている。多少動きが鈍くなったとしても問題はない――
はず。だった。

「ぽ、ぽよぉ……?」

なゆたの指示で熾天へと突っかけていったポヨリンであったが、熾天との距離を詰めてゆくごとにその動きが緩慢になってゆく。
最終的には、ポヨリンは熾天の目前に迫ったところで完全に動きを止めてしまった。
しかも、突進し体当たりを喰らわせようと跳ね飛んだ体勢のまま空中で硬直している。異様な光景だった。

「これは……」

「秘剣・消息盈虚……我が間合の内で時は澱む。常よりもゆるりと刻は遅滞する――也」

なゆたは当初、熾天が相手のAGIを下げるデバフスキルを用いたのかと思っていた。
だが、それは大きな間違いだった。驚くべきことに、熾天は自身を中心とした空間の『時間』そのものを遅らせていたのだ。
熾天に近付けば近付くほど、その影響は顕著に発現する。
ポヨリンは熾天に肉弾戦を挑もうとしたがゆえ、その結界に絡め取られてしまったのだ。

「多少の遣い手であれば、私に一メートルも近付くことは出来ません。
 ここまで肉薄するとは……流石と言うべきでしょうか?」

空中に固定されたままのポヨリンを押しのけ、熾天がなゆたを見据える。
時空操作の秘術。素早さの上下に関わるバフやデバフはブレモンにも数々存在するが、
時間そのものに干渉するスキルというものは存在しない。

「ッ、スペルカード――」

「遅い!!」

なゆたは咄嗟にスペルカードを切ろうとした――が、間に合わない。
先程の縮地法、コズモ新陰流奥義『万里一空』を使い、熾天が一瞬で接近してくる。
途端に空気がどろりとコールタールのように粘つき、重く纏わりついてなゆたの全身にのしかかってくる。
あと一タップ、一フリック。
それが、限りなく遠い。

「廻天せよ、荷電粒子刀・サイクロトロン村正! コズモ新陰流奥義……斬釘截鉄!!」

ざんッ!!

澱み遅滞する刻の中では、むろん逃げることも守ることも許されない。
肉薄してきた熾天の抜き打ち抜刀による袈裟斬りを、なゆたは成す術もなく受けた。

「が―――」

胸へまともに斬撃を浴び、くの字に折れ曲がった体勢のままなゆたが停まった時の中に縛り付けられる。
鞘を垂直に立てると、熾天はチン……とゆっくり光子刀を鞘に納めた。
そして、言う。

「――正義は――勝つ!!」

「うああああああ……ッ!!」

消息盈虚が解除され、澱んでいた刻の流れが元に戻る。
と同時になゆたも自由を取り戻し、斬打の衝撃のまま大きく吹き飛ばされて地面へ叩きつけられる。
姫騎士の鎧がまるで玉葱のように易々と断ち切られ、胸からどっと血が噴き出した。

「やはり、勝者は我ら『星蝕者(イクリプス)』……旧作の登場人物などに負ける道理がないのです」

刀を左手に提げ、熾天がふぁさ……と姫カットの長い黒髪をかき上げる。
致命傷だ。熾天の愛刀、レジェンダリーアイテムたる荷電粒子刀・サイクロトロン村正はアラミド繊維をも毛糸の如く切断する。
中世ファンタジー世界の稚拙な技術で鍛造された鎧など、なきに等しい。
熾天の攻撃は確かになゆたの命を一瞬にして摘み取ったかのように思われた、が。

「……ま……、まだ……ま、だぁぁぁ……!」

歯を食い縛り、上体を苦悶に折り曲げながらも、なゆたはゆっくりと立ち上がった。
到底信じがたい光景に、熾天が瞠目する。

「なんてこと……我が渾身の奥義を、凌いだ……と?」

「ギリギリ……だったけどね……。最近、爪……お手入れしてなかったから……」

そう言うなゆたの頭上で、スペルカードが一枚使用済みになった旨の標示が出る。
『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』。瞬間的に自身を硬化させ、防御力と攻撃力の双方を上げるスペル。
本来ならばポヨリンに掛けるべき其れを、なゆたは自分自身に用いた。
伸びていた爪の分だけ、ほんの一瞬フリックが間に合っていたというのだ。

507崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2025/02/13(木) 09:02:11
「そんなことで、私が敵を仕留め損なうとは……。しかし、次はありませんよ」

再度、熾天は腰を落として居合の構えを取った。そして同時に刻澱みの秘法『消息盈虚』を展開する。

「ぐ……ゥッ……」

ずずん、と身体が重くなる感覚。あたかも水の中にいるように、夢の中で身体をばたつかせているように、
碌な動きが出来ない。なゆたは歯を食い縛った。
一度はなんとか防いだものの、次にまた同じ攻撃が来れば今度こそ凌ぐ方法はない。お手上げだ。
長年冒険を共にしてきた姫騎士の鎧はスクラップになってしまったし、スペルカードもない。
胸からの出血は止まらないし、仮に時間を停滞されなくともなゆたにはもう逃げる体力は残されていなかった。
ポヨリンが何とかなゆたを護ろうと熾天の前に立ち塞がるも、同じことだろう。
不破の奥義・消息盈虚を前に、何の打開策も思いつかない。

「崇月院なゆた。正義の名に於いて、この御子神熾天が貴方を――斬る!!」

熾天は手加減や遠慮など一切なくなゆたを撃滅するだろう。そうなってしまえば、もうおしまいだ。
今までの冒険も、未来へ繋ぐ希望も、ブレモンの世界そのものも、何もかもが無に帰してしまう。
なゆたは歯噛みした。
居合の体勢のまま、恐るべき速度で熾天が突進してくる。時間がどんどん停滞してゆく。
そして、熾天が閃光と共に刀を鞘走らせた――瞬間。

「――――!!」

今まさになゆたを斬り捨てようとした、そのとき。
どういう訳か熾天は抜き打ちの体勢のままその動きを止めてしまった。

「……?」

なゆたは怪訝な表情を浮かべた。
一方の熾天は驚きの表情をありありと浮かべると、

「……教官……!」

と、虚空を仰いで言った。

「なんと、もうタイムリミットでしたか。この風紀委員長としたことが、ついつい楽しさから羽目を外してしまいました」

《―――――》

どうやら、熾天がなゆたを斬殺する寸前に『教官』から通信が入ったらしい。

「はい。勿論、忘れてはおりません。
 『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の力量に関しては、未だ図りかねるものがありますが」

《―――――》

「勿論です。計画は依然変わりなく。大船に乗ったつもりでお任せあれ」

《―――――》

「……はい。はい。それが私の、御子神熾天の『正義(ジャスティス)』――。
 では、これより計画を遂行します」

幾度かの会話の応酬の後、通話を切ったらしく、熾天は小さく息をついた。
そして、何を思ったか構えを解いて戦闘を終了させてしまう。
なゆたには訳が分からない。

「何があったの……?」

「作戦変更です。
 現時刻を以て貴方との戦闘は終了、此れより特秘任務を開始します」 

「は?」

益々意味が分からない。
なゆたは我知らず頓狂な声を上げてしまった。
というのに、熾天はまるで斟酌しない。まるで最初から決まっていたことのように、淡々と話を進めてゆく。
そう――『最初から決まっていたことのように』。

「此れより貴方を、いえ貴方たち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を“彼の地”へご案内します」

「彼の地?」

「ええ」

何も疑問が解消されず戸惑うなゆたに対し、熾天は荘重に頷く。そして、

「そもそも私は――そのために造られ、そのために此処へ来たのですから」

と、言った。

508崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2025/02/13(木) 09:05:56
「まったく事情が呑み込めないんだけど……。
 ただ、とりあえず……回復はしてもいい、ってことなのかしら……?」

「随意に」

なゆたの問いに、熾天は短く返した。
戦闘中はあれほど明確な殺意を以てなゆたを追い詰めていた熾天だったが、戦闘が終われば遺恨は無いということらしい。
許可が得られたことで遠慮なく『高回復(ハイヒーリング)』のスペルカードを用い、斬られた胸の傷を癒す。
ただ、姫騎士の鎧とインナーは両断されてしまったため、マントを使って胸元を縛っておく。

「戦闘は終了って、どうして? さっきの様子を見るに、あなたの教官? っていう人が指示してきたの?
 わたしたちを案内するって? “彼の地”? それはどこ?
 何のためにわたしたちを連れて行くの? まさか、降伏を迫るため……だなんて言わないわよね?」

矢継ぎ早に質問する。しかし、熾天は答えない。代わりに一度かぶりを振る。

「それらの質問に、私は答える権限を持っていません。
 けれど、貴方たちが“彼の地”へと辿り着いたなら、それらの疑問はたちまち氷解する筈です。
 そして……貴方たちの目的を遂げるための方策も与えられる筈」

「!」

なゆたたちの目的、それはひとつしかない。

「ローウェルを倒す方法が……其処にあるっていうの!?」

どうやら、熾天が導こうとしている地はなゆたたち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の墓場――というような、
剣呑な地ではないらしい。
現状、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』側は完全にローウェルに翻弄され、後手後手に回っている状態だ。
ブレモン消滅の刺客たる『星蝕者(イクリプス)』相手にはエンバースらの機転によって互角以上に戦えているものの、
所詮対処療法でしかない。裏ですべてを操っている黒幕、ローウェルを倒さない限り、
例え『星蝕者(イクリプス)』を撃退できたとしても第二、第三の刺客が送り込まれてくるだけであろう。
だが、“彼の地”へ行けば、その根源的な解決策が手に入るかもしれないというのだ。

熾天は答えない。
けれども、今までの戦いで熾天が虚言や奸計の類を好まないということだけは分かる。

「オーケイ……分かったわ。熾天、あなたを信じる。
 どのみち、それ以外に道はないみたいだから」

なゆたは肯った。
いずれにせよ、戦闘では此方が完全に押されていたのだ。生殺与奪の権利は熾天が握っている、
となれば何れにしたところでなゆたに選択肢などなかった。
ただ――

「……熾天。ひとつだけ聞かせてくれる?」

「なんでしょう」

「わたしはあなたを信じる。ううん……あなたの信じる『正義』を信じる。
 あなたの言う『特秘任務』ってやつ。
 それは……あなたにとってまったき『正義』なのよね?」

真っ直ぐに熾天の双眸を見詰めながら、なゆたは問うた。
御子神熾天というキャラクターにとって、正義というワードは何よりも重い意味を持つ――ということを、
なゆたは此れまでの彼女の戦いぶりや所作で理解した。
為らば、自らの掲げる正義に悖る行為だけは。たとい己の上官から命じられようと、
絶対にすることはないだろう。そう思ったのだ。

「―――」

熾天は軽く目を瞬かせた。驚いた、ようであった。
だが、その瞳の中に己が正義を問われたことに対する揺らぎはまったくない。

「無論!
 この御子神熾天、特秘任務の遂行に一切の迷うところなし! すべては大義のため、我が信念のため!」

白手袋に包んだ右手をビシィ! と斜め上方へ掲げると、熾天は朗々と言い放った。

「それが――この御子神熾天の! 『正義(ジャスティス)』――!!」

まるで特撮ヒーローの名乗りのような、そんな言葉。
少し前まで殺し合いをしていた相手だというのに、それが今は妙に頼もしい。

「ん。じゃあ、これから宜しくね。正義の味方さん」

なゆたは熾天の顔を見遣ると、小さく笑った。

509崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2025/02/13(木) 09:10:51
「アカデミーの栄光、その体現たる『皇帝』に! 此処まで食い下がったことは驚嘆に値する!
 我が身の武勇を誇って逝け、幻蝿戦姫ベル=ガザーヴァ!!」

「く――」

オーロールの指揮下にある『星蝕者(イクリプス)』、クラス『星辰の射手(サジタリウス)』相当の者たちが、
一斉にガザーヴァへとその銃口を向ける。
ガザーヴァは咄嗟に無数の蝿の群れに分解し、攻撃を回避しようとした。

「莫迦め。皇帝に二度同じ手は効かぬ! 皇帝親衛隊(イェニ・チェリ)、火炎放射――用意!」

ゴウッ!!

整然と隊伍を組んだ親衛隊の構えた銃口から、弾丸やレーザーではなく紅蓮の炎が迸る。
渦巻く炎に巻かれ、デスフライの群れはたちまち炎上した。火の粉を撒き散らしながら、算を乱して蝿たちが逃げ惑う。
炙られ、燃え尽きた蝿がぼろぼろと墜落し屍を晒してゆく。

「うわああああああッ!!」

ガザーヴァは堪らず叫んだ。――効いている。
超レイド級モンスター・ベルゼビュートは無数の蝿の集合体である。
その身体に刀剣や銃弾をといった点の攻撃を叩きつけたところで、数匹程度の蝿が死ぬだけ。全体のダメージには程遠い。
しかし、点ではなく面の攻撃であったとしたら?
広範囲の攻撃面積によって一度に数百匹単位の蝿を殺されれば、流石の超レイド級といえどダメージは免れない。
オーロールは短時間の戦闘によってベル=ガザーヴァの長所も短所も完全に見切っていた。
ガザーヴァは身体を分解できない。群れ形態から人型形態に戻ると、何とか体術で炎を回避しようと試みる。
だが、それも出来ない。

「重装騎兵(マムルーク)! 用意!」

ドドドッ!!

オーロールが次の指示を飛ばす。と、騎馬に打ち跨ったクラス『箱舟の漕手(ネビュラノーツ)』相当の者たちが、
長剣や騎兵槍を手にガザーヴァへと突貫した。

「ぐッ、うぁぁぁぁ……!!」

容赦ない攻撃の嵐がガザーヴァの全身を苛む。
ガードや分解が間に合わない。本体に直接響くダメージに、ガザーヴァは全身血まみれになって悶えた。
カザハとカケルがガザーヴァの援護をしようとするも、衆寡敵せず。軍隊を相手にたった三人でどうにかできる筈もない。

「長槍兵(カプクル)、用意!」

5メートルほどの長槍(パイク)を装備した兵士たちが一斉に槍を突き出す。まさに、逃げ場のない槍衾だ。
何人かは暗月の槍ムーンブルクを取り回して薙ぎ倒し、葬り去ったものの、焼け石に水である。
数の暴力による蹂躙を、いつもとはあべこべにガザーヴァの方が味わう。
全身ズタズタに斬り裂かれ、血みどろの泥だらけになりながら、
ガザーヴァはふらつきつつも何とか立ち上がって歯を食い縛った。

「く……、クソ……!
 こんな……ところで……!」

「もはや、戦の趨勢は見えた。勝敗は決した!
 皇帝の威光に敵う者なし、刮目せよ! 此れが諸人を遍く拝跪させる覇者の姿よ!!」

「……は……。
 何が……諸人を拝跪……だよ……。
 そうやって……人サマを……自分の前にひれ伏させることしか、考えて……ないんだな……。
 可哀想で……涙が出てきちゃう……ぜ……!」

「余は皇帝。至高の視座より下界を睥睨する支配者!
 その余が他者を屈服させるのは、当然の仕儀であろう」

腕組みし、オーロールがフンと鼻で笑い飛ばす。
ガザーヴァは軽く右の口角を歪めて笑みを浮かべた。

「ホントの……名君っていうのは、他人を力ずくで屈服させるんじゃない……。
 他人のために尽くす……その姿に、いろんな人たちが感銘を受けて……自然と、
 自分たちの王様だって持ち上げられるもんなのさ……。
 オマエみたいに……自分のことを皇帝でございなんて触れ回って、頭を押さえ付けたって……。
 誰もついてなんて来やしない……従うのは精々そこにいる、意思のない人形だけだ……!」

ガザーヴァはかつて魔王バロールの臣下として悪逆の限りを尽くし、多くの無辜の民を苦しめてきた。
魔王の威を借り、人々を苦しめてきた。その頃のガザーヴァならば今ごろはオーロールの言葉に影響され、
すっかり心を折られてしまっていただろう。
しかし、今のガザーヴァは違う。今のガザーヴァは明神たち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』との交流を経て、
友愛とは何か。協調とは、分かり合うとは何か――ということを理解している。
その、長い旅を経て成長したガザーヴァの魂が叫んでいる。
目の前にいる皇帝は、間違っている――と。

「自分は皇帝だ、エライんだって! オマエが誰より一番言い聞かせたいのは、オマエ自身にだろ!
 自分のことを凄い奴だって言ってないと自信が持てないンだ、オマエは!
 オマエは裸の王様さ! その証拠に――他のタロット持ちは、誰ひとりオマエに従ってないじゃないか!!」

唯一オーロールの命令を聞いていたスノウも、今はカザハとカケルに付きっきりだ。
ガザーヴァは痛む肺の疼きを堪え乍ら、精一杯に哄笑した。

510崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2025/02/13(木) 09:14:34
第三者視点で見れば、其れは明らかな強がり。窮地に立たされた者の虚勢でしかないだろう。
が、それでも。そんなガザーヴァの言葉は幾らかオーロールに刺さったようである。
皇帝の眉間に皺が寄り、怒気がその身から噴き出す。

「そのさがなき口を……今すぐ閉じよ、下郎!!」

ギュオッ!!

憤怒を纏いながら、軍列より前に出たオーロールが黄金の剣を振りかぶり、一気にガザーヴァへと突っかける。
むろん、ガザーヴァは単なる負け惜しみの苦し紛れでオーロールを喝破したのではない。
オーロールの持つ皇帝の矜持を穢すことで頭に血をのぼらせ、自らの手でとどめを刺しに来ることを誘発したのである。
軍列の後方に位置するオーロールをガザーヴァが突貫して仕留めるのは至難の業。
ならば、逆にオーロールを此方に来させてしまえばといいという訳だ。
挑発に応じず一貫して皇帝親衛隊に始末を命じてしまえば、オーロールは暗にガザーヴァの言葉を認めることになってしまう。
皇帝としての高すぎるプライドゆえに、どうでもオーロールは前に出ざるを得ない。
そして、ガザーヴァの計略は図に当たった。

「おおおッ!!!」

ガザーヴァは四肢に渾身の力を込め、ぎゅぅっとムーンブルクの絵を握りしめると、
咆哮を上げてオーロールへ競るように突っ込んだ。

「ぬううううううッ!!」

バシュッ!!

瞬刻を経て、ふたりの身体がすれ違う。
勢いは負けていなかった。攻撃のタイミングも、体捌きも、相手の攻撃への対応も完璧だった。
しかし――敗れたのはガザーヴァだった。
どさり、と重い音を立て、何かが硬い床に落ちる。
其れはガザーヴァの右腕だった。

「ぎゃあああああああああッ!!!」

右上腕半ばの切断面から壊れた蛇口のように鮮血が迸る。ガザーヴァは悲鳴を上げた。
床に落ちた右腕は蝿の群れに変じることはなく、ゆっくりと切断面から光の粒子に変わってゆくと、
ほどなくして跡形もなく消滅した。
ひゅん、とオーロールが剣に付着した血を払う。

「我が剣『黄橙色の死(クロケア・モルス)』に敵は無し。
 来た。見た。勝った――余の勝利は揺るがぬ。至極当然の帰結である」

ごく一部の『星蝕者(イクリプス)』のみが所有するという、レジェンダリー・アイテム。
其れをオーロールもまた持っているということらしい。

「はッ、は、はぁッ、は、ひ―――」

ガザーヴァは血と涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、ほうほうのていで逃げ出した。
それでも何とか自分のコスチュームのベルトで右腕をきつく縛り、どうにか止血する。
起死回生の一騎打ちさえ、力でねじ伏せられてしまった。こうなればもう、ガザーヴァには打つ手がない。
まさに万事休す、手詰まりといった状態だ。
そんなガザーヴァを、黄金の剣を携えたオーロールがゆっくりと追い詰める。

「死は必ず訪れる結末だ、来るときには来る……。最初からこうなることは分かり切っていた。
 散々手古摺らせてくれたが、此れで汝の進退も窮まった。疾く消え失せるが善い」

「うる……せェッ……!
 誰が、死ぬ……かよ……! ボクには……明神のお嫁さんになるって……絶対叶えなきゃならない夢があるんだ……!」

「ハ、何とも少女趣味な夢よな。
 生憎だが……夢の続きは冥府で見るがいい!!」

オーロールが剣を大上段に構える。
まさに絶体絶命。思わずガザーヴァは身を縮め、ぎゅっと強く目を瞑った。
脳裡に浮かぶのは、たったひとりの愛しい男の姿。

――明神――!!!

「死ね!!」

酷薄な宣告と共に、オーロールはガザーヴァの首を刎ね飛ばそうと黄金の剣を振り下ろした。
だが。

ザンッ!!

「なにッ!?」

思いもよらない事態に、オーロールが瞠目する。
おずおずとガザーヴァが眼を開くと、其処には――我が身を盾にしてオーロールの攻撃からガザーヴァを護る、
ひとりの『星蝕者(イクリプス)』の姿があった。

511崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2025/02/13(木) 09:18:04
ガザーヴァとオーロールの間に割って入った皇帝親衛隊に属する『星蝕者(イクリプス)』は、
黄金の剣の一閃を胸に喰らうと、ぐらりと大きく仰け反って斃れた。
そして、もうピクリとも動かない。

「なんだと……」

オーロールが呻く。
『皇帝(エンペラー)』の暗示を持つ『箱舟の漕手(ネビュラノーツ)』、
曙光のオーロールはレベル1〜2の『星蝕者(イクリプス)』を自らの乗騎、兵隊として使役することが出来る。
その支配力はきわめて高く、一度その軍門に下った『星蝕者(イクリプス)』は決して反抗を許されない。
というのに、だ。今、眼前の『星蝕者(イクリプス)』が取った行為は完全に主君であるオーロールへの造反、
叛逆行為以外の何物でもなかった。
なぜ。

「……!……」

ガザーヴァはおずおずと眼を開いた。
敵の筈のイェニ・チェリが何故オーロールの意思に背くような真似をしたのか、ガザーヴァにも分からない。

「ぬぅ……。βテストゆえのバグか? 此れは運営にきちんと報告せねばならぬな。
 では、改めて――」

気を取り直し、オーロールは再度剣を振りかぶった。
だが、そんなオーロールの前にまたしても親衛隊の『星蝕者(イクリプス)』が立ちはだかる。
しかも、今度はひとりではない。十人近くの『星蝕者(イクリプス)』が、
まるでガザーヴァに乗り換えでもしたかのように佇んでいる。

「何事か!? この皇帝に対し叛逆を企むとは! 不敬者どもめが……!」

オーロールが激昂する。
ガザーヴァは前方に佇む『星蝕者(イクリプス)』に注視した。
生気のない蒼い顔をして、無表情に佇む『星蝕者(イクリプス)』たち。
その鼻先を、一匹の蝿が飛んでゆく。

「あ……!」

唐突に、ガザーヴァは気付いてしまった。
オーロールに刃向かった『星蝕者(イクリプス)』は、全員すでに死んでいる。其れは先程ガザーヴァやカザハ、カケルらが、
何とか倒すことに成功した親衛隊の亡骸だったのだ。
その死体に、ガザーヴァ本体からはぐれ火炎放射を逃れたデスフライたちが取り憑き、
ユニークスキル『聖蝿騎士団(フライクルセイダーズ)』として操っているのだ。
そして、絶体絶命の窮地に在って明神を想うガザーヴァの思念に応じ、本体を守ろうと動いたのだろう。

通常、自我を持ちロールプレイが可能な『星蝕者(イクリプス)』たちは死ねばログアウトし、死体を残さない。
しかしオーロールのスキルによって支配されている『星蝕者(イクリプス)』は主導権がオーロールにあるため、
オーロールが死なない限りはその死体も消滅しないのだ。
で、あるならば。

「……ははッ……、ははは……ははははは……!」

逆転のチャンスはまだある。今までで一番のチャンスが。
右腕を失った満身創痍の状態ながら、ガザーヴァは笑った。
そして、其の身体から本体を維持するだけの量を残し、すべてのデスフライを解き放つ。

「何をするつもりだ!?」

これにはオーロールも焦りを覚えたか、一刻も早くガザーヴァを始末しようと剣を振り下ろす。
ガザーヴァは残った左手に持ったムーンブルクで何とか攻撃をやり過ごすと、床を蹴って後退した。
その穴を瞬く間に蘇った『星蝕者(イクリプス)』、今やガザーヴァの手駒となった『聖蝿騎士団(フライクルセイダーズ)』が塞ぐ。

「オマエの自慢の兵隊を、ソックリそのまま頂いちゃおうかと思って……な……!
 ボクは冥界の戦姫……死んでるヤツは、みんなボクがリサイクルしてやるよ!」

デスフライたちが周囲を縦横無尽に飛び回り、死体へと取り憑いてゆく。物言わぬ骸がゆっくりと立ち上がり、
かつての味方へ刃を向ける。

「おのれ……! 皇帝親衛隊、蹂躙せよ! 嘗ての朋輩であっても今は死体! 容赦するな!」

オーロールが未だ自身の指揮下にある親衛隊を指揮する。
親衛隊の『星蝕者(イクリプス)』と、死してガザーヴァの制御下に入った『星蝕者(イクリプス)』とが激突する。
当初は数が少ない分不利かと思われていた『聖蝿騎士団(フライクルセイダーズ)』側であったが、
徐々に戦況が変わり、優勢になってゆく。
元々死体であるがゆえ、物理的に動けなくなるまで戦い続ける『聖蝿騎士団(フライクルセイダーズ)』は、
桁外れの耐久性によって物量差をものともしない。
しかも、皇帝親衛隊が斃れればその分だけ『聖蝿騎士団(フライクルセイダーズ)』側の頭数が増えることになる。
やがて親衛隊は整然とした陣形を保てなくなり、瓦解を始めた。

「し……信じられぬ……! 我が無敵の『皇帝親衛隊(イェニ・チェリ)』が……!」

崩壊する戦線を目の当たりにして、オーロールが愕然とした表情を浮かべる。

512崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2025/02/13(木) 09:21:42
「ははッ! オモチャの兵隊は品切れか……!?
 形勢……逆転だな……!」

「のぼせ上がるな! 『星光(イルミネイト)』さえあれば、兵など幾らでも補充できるわ!
 スノウ! もっと歌え、紡げ! 余の勝利を寿ぐ凱旋歌を奏でよ――!!」

オーロールが高らかに告げる。
此処で先程のようにスノウに歌われ、折角消費したオーロールの星光を回復されては何もかも水の泡だ。
ガザーヴァは身構えた、しかし――

>どうして!? 音楽性も完成度も生成AIのこっちが圧倒的に上なはずなのに……!

スノウの驚愕する声が響き渡る。気付けば、カザハとスノウの歌唱対決はカザハに軍配が上がっていた。
タロットの暗示が砕け散り、一時的に歌唱によるバフが使えなくなってしまう。

「ちぃぃ……ッ! スノウめ、なんたる失態か!」

忌々しげに顔を歪ませるオーロール。此れで、オーロールはスノウの歌による星光の回復を封じられた。
『聖杯騎士団(フライクルセイダーズ)』が総崩れとなった『皇帝親衛隊(イェニ・チェリ)』を掃討する。
帝国の落日だ。今度こそ、オーロールは『箱舟の漕手(ネビュラノーツ)』の要である乗騎を破壊された。
即ち――

「ぐ、ぅぉ……!?」

ガクン、とオーロールの膝が折れる。脱力感が全身を襲い、先程迄あれほど身体に漲っていた力が抜けてゆく。
ルドルフとは違う、真の乗騎を撃破されたことでクラス特性を失い、弱体化したのだ。

「オマエの帝国は亡びた! もう……誰もオマエには傅かない!
 曙光のオーロールから……斜陽のオーロールとでも改名した方がいいんじゃねーか……ははッ!」

「お、お……おのれェェェ……!」

ガザーヴァの挑発に、オーロールは端正な面貌を歪めてわなわなと震えた。
とはいえ、ガザーヴァの方も余裕がある訳ではない。寧ろ、もう限界だった。
皇帝親衛隊は腐っても純正の『星蝕者(イクリプス)』である。その死体を操るというのは、一筋縄ではいかない。
ブレモンのモンスターならば一体操るのに蝿一匹で済むところ、
『星蝕者(イクリプス)』には一人頭百匹以上の蝿を動員して死体を操作している。
ガザーヴァ本体は本体を基本形の人型に保つので精一杯だ。ベルゼビュート最大の強みである分散も形態変化も不可能で、
現状生身のダークシルヴェストルと変わりない。
しかも今までの戦闘で全身に深手を負っており、右腕も喪ってしまっている。
もう、とっくに死んでいてもおかしくない状態なのだ。
けれど。
まだ、死ねない。

「来い……。来いよ、皇帝! もう一度一騎打ちだ!」

残った隻腕で愛槍を握り締め、ガザーヴァは叫んだ。
先刻後れを取り、右腕を切断される結果となった一騎打ちを、再び行うと言っている。

――さっきは、ボクの覚悟が足りなかった。これからも戦うための体力温存だとか、ペース配分だとか。
  そんなことを考えて、全力を出さなかった。だから負けた。
  でも、今度は――。

「舐めるなよ……。たとい翼をもがれようと、余は皇帝! 単騎であっても貴様の如き屠るなど造作もないわ!
 今度こそ、素っ首刎ね飛ばしてくれる!」

オーロールが黄金の剣・『黄橙色の死(クロケア・モルス)』を携え、全身より殺気を噴き出しながら突っ込んでくる。
乗騎撃破により著しくパワーダウンしているはずだが、その勢いはまったく衰えを感じさせない。
ガザーヴァへの尽きせぬ怒りが、矜持を穢された憎悪が、その身に力を与えている。

「おお! こいつがボクたちの――最期の戦い! だァァァァァァ―――――ッ!!!」

競るように、ガザーヴァも暗月の槍ムーンブルクのセーフティを解除する。
じゃきん! と槍の穂先が展開し、莫大な魔力が放出される。
暴風が荒れ狂い、ワールド・マーケット・センターの天井や床が剥がれ、崩壊してゆく。
ムーンブルクの最大出力だ、神代遺物だけあってその反動は凄まじい。
普段ならばレイド級の力で無理矢理に捻じ伏せるところだが、満身創痍の今となってはそうもいかない。
真の力を解放したムーンブルクから迸る魔力について行けず、ボロボロと肉体が崩壊を始める。
身体のあちこちから光の粒子が剥離し、鱗粉を纏った蝶のように虚空へと消えてゆく。
不可逆かつ絶対的な死。其れが、間近まで迫っている。
けれど――

――ボクは。負けない!!

ぎん! とピジョンブラッドの双眸に決意を込め、ガザーヴァは真っ直ぐに前方を見詰めた。

513崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2025/02/13(木) 09:27:31
「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「がああああああああああああああ!!!」

吹き荒れる嵐の中、雄叫びを上げながら、一直線に突進したガザーヴァとオーロールが激突する。
双眸を見開いたガザーヴァが渾身の一突きを繰り出す。
其れを、オーロールは半身をずらすことで紙一重に避けた。
返礼とばかりに、刺突を放って伸びきっていたガザーヴァの左腕を肘から切断する。
ムーンブルクを握り締めたままの左腕が宙を舞う。

「殺った!!」

ガザーヴァの両腕を斬り飛ばし、攻撃手段を剥奪したオーロールが勝利を確信し、喜悦の表情を浮かべる。
だが。

 ――まだだ。まだだ……まだだ!
   ボクはまだ、全力を出してない!
   すべて出し尽くせ、コイツを倒すために!
   ボクの命も、未来も、全部――――

ガザーヴァは素早く跳躍し、吹き飛ばされた左腕を追った。そして口を大きく開き、腕に噛み付くと、
空中で身を縮めぐるんと一回転した。
そして、大きく首を振りムーンブルクの穂先をオーロールの胸の中心めがけて突き立てる。

「ぐお!?」

切断された腕を用いての執念深い一撃に奇を衒われ、胸にムーンブルクを突き刺されたオーロールが瞠目する。
が、浅い。穿たれたのは皇帝の薄皮一枚で、致命傷には程遠い。

「莫迦め、余の防御をその程度の悪足掻きで突破できると――」

「……『万魔殿来たれり(パンデモニウム・カム)』!」

噛んでいた左腕を離したことで自由になった口が、スキルを発動させる。
『暗闇』『沈黙』『石化』『混乱』『20秒間ATBゲージストップ』『スロウ』『睡眠』『呪い』
『死亡』『HP強制1』『魅了』『ゾンビ化』のうち、いずれか4つをランダムで付与するベルゼビュートのユニークスキル、
『万魔殿来たれり(パンデモニウム・カム)』。
オーロールが万全であったときには不十分な効果しか発揮しなかったが、弱体化している今なら効果は覿面である。
その効果は――『暗闇』『混乱』『スロウ』――そして『HP強制1』。

「お、あ、ぁぁ……!!」

自身の保有していた莫大な星光、膨大な生命力を根こそぎ奪われ、オーロールは苦鳴を漏らした。
しかし、まだ終わりではない。
ガザーヴァは再度空中でくるりと方向転換すると、渾身の右飛び蹴りを繰り出した。
伸ばした右脚の先にあるもの。其れはオーロールの身体に浅く突き立ったムーンブルクだった。

「っっっっっだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――ッ!!!」

ボロボロと、脚が爪先から崩壊してゆく。光の粒子と化して消えてゆく。
しかし、それでも構わない。この戦いに勝てるなら、皆の未来を守れるなら。
明神と誓った夢を喪わずにいられるなら。
脛から先は消えた。跡形もなく崩れ去った、だがまだ他の部位は残っている。
残った膝をムーンブルクの柄に力の限り叩きつける。

ドッ!!

「ご、ぼ……!!」

ムーンブルクの魔力を放つビーム状の穂先が、今度こそ皇帝の胸を完全に捉えた。
胸の中央から背中まで田楽刺しに貫かれ、オーロールが血へどを吐く。
ただ、此れではまだ決定だとは言えない。
ガザーヴァは槍に縋りついた。途切れそうな意識を、掻き消えそうな命を、懸命に奮い立たせる。

「……終焉の……刻は、訪れり……。
 地獄の、君主の……名の許に……開け、アバドーンの顎(あぎと)……」

皇帝親衛隊に取り憑いていた蝿たちが一斉に死体を離れ、禍々しい骨の砲台を形作る。
その巨大な砲口が狙うのは、オーロールと――ガザーヴァ自身。

「き、貴様、正気か……!?
 自分もろとも余を撃つだと!? それでは貴様自身も……!」

オーロールは動揺したが、ガザーヴァは突き刺さった槍にしがみついたまま決して離れようとしない。
攻撃をオーロールへ直撃させるには、これ以外に方法はなかった。

「やめろ! こんなことをして何になる!?
 何が貴様を其処まで駆り立てるのだ!? この世界に命を擲つほどの価値など――」
 
「価値とか……そんなの、どうでもいい……。
 ただ……好きだからやるんだ。やりたいからやるんだ……。
 それ以外に、理由なんてないさ……」

「―――――」
 
オーロールが驚きに眼を瞬かせる。
へへっ、とガザーヴァは笑った。
そして――叫ぶ。

「―――真!! アウトレイジ・インヴェイダ―――――――――ッ!!!!!」

514崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2025/02/13(木) 09:32:11
ドギュオッ!!!!

骨で出来た巨大な砲塔から、一気に夥しい量の魔力が射撃となって解き放たれる。
ガザーヴァとオーロールは組み合った場から一歩も動けず、その奔流に呑み込まれた。
その瞬間、ぱりん……とガザーヴァの中で“なにか”が壊れる音が聞こえた。
ガザーヴァがガザーヴァであるために必要不可欠な、ガザーヴァという存在の構築のために無くてはならない“なにか”。
それが、壊れた。

――ああ――

これで、終わりか。
真アウトレイジ・インヴェイダーの魔力流に押し流されながら、ガザーヴァは僅かに目を細めた。

「フ……、フハハ……。フハハハハハ……」

致死の魔力に全身を穿たれながら、オーロールが笑う。
だが、その笑み声に嘲りや罵りの気配はない。
互いに死力を尽くして戦った相手に対する称賛。満足の行く戦いに対する感謝――そんな笑いだった。
臨界点に達したムーンブルクの穂先から、更に輝く魔力が放出される。

「――見事」

我が身を穿つ槍の放つ圧倒的な破壊の力をまともに喰らい、オーロールは砕け散った。
その姿は即座に消滅し、気配も何もかもが一切消失する。ログアウトしたのだ。
最期に告げた言葉は、きっと心からのものだっただろう。
オーロールの消滅を見届けると、ガザーヴァもまた薄く唇の端に笑みをのぼせ、

「……GGWP……ってか」

と、小さく呟いた。
極太であった魔力の奔流が徐々に細くなってゆき、やがて完全に掻き消えると、
蝿たちが消滅しガザーヴァのコスチュームも元のベストとホットパンツ姿に戻る。
『超合体(ハイパー・ユナイト)』の効果が切れたのだ。しかし、傷ついた肉体が元に戻ることはない。
マゴットはなんとか無事だ。分離する瞬間、ガザーヴァはマゴットへ多めに魔力を回していた。
きわめて重傷ではあるものの、生命を繋ぐことは出来るはずだ。
どっ! と音を立てて通常形態に戻ったムーンブルクが床に突き立ち、それからガザーヴァも地面に墜落する。
その肉体は両腕と右脚を喪い、そして今また各所が光の粒子となって崩壊しつつある。
その頃にはカザハとスノウの対決と同じく、ジョンとバルディッシュの戦いも決着がついている。
明神にもガザーヴァがオーロールと半ば相討ちに近い形で戦闘を終わらせたところが見えるだろう。

「ぅ……」

仰向けに倒れたまま、ガザーヴァは小さく呻いた。
その朽ち果てつつある肉体、喪われつつある生命には、もはやいかなる回復魔法も効果はない。
例え『高回復(ハイヒーリング)』などのスペルカードを使用しようとも、
ガザーヴァの身体は端から徐々に光となってゆく。
もはや、如何なる手の施しようもなかった。

「……みょう、じん……」

ガザーヴァは名を呼んだ。この世界でたったひとり、自分の孤独な魂を癒してくれる最愛の男の名を。
死が絶対に逃れ得ぬものであり、其れが今、自分の命の灯を吹き消しにやってきているというのなら。

せめて、愛する人に看取って貰うために。


【なゆたvs熾天、教官の介入により水入り。
 熾天、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を“彼の地”へ導くため、一時的に共闘。
 ガザーヴァvsオーロール決着。ガザーヴァが勝利するも、瀕死。回復手段は無し。】

515embers ◆5WH73DXszU:2025/02/24(月) 03:52:35
【セレクト・オブ・フレンジー(Ⅰ)】

来る。対物ライフルによる魂核への狙撃が――ブレードの再形成は間に合わない。
機動力による回避も出来ない――テスタの眼力は恐ろしく鋭い。

「くっ……そ……!出番だぞエンバース!!」

防御も回避も反撃も叶わない。
だから呼んだ。戦場から一時離脱したもう一人の自分を。
直後に響く銃声/炎陣を斬り裂き瞬く剣閃――星光の弾丸と青紅の刃が相殺。

「う、おおお……!」

眼前で生じた強力なエネルギーの衝突。
その衝撃波でエンバースが吹っ飛ぶ/受け身を取りながら地面を転がる。
見栄えは悪いが窮地は脱した――まずは冷静さを取り戻さなくては。
ロールプレイシステムを利用して、ミハエルと戦った時の「絶好調」を意識的に再現するのだ。

思考を巡らせながら起き上がるエンバース――そこに、誰かが手を差し伸べた。
エンバースが咄嗟にブレードの不完全なダインスレイヴを突きつける。

「……オイ、なんだよお前。散々ボコられた後にしれっと全回復していいのはボス側の特権だぞ」

『あはは……って事はボコられてる自覚はあったんだね?』

孫護空が微笑みと共にエンバースに手を差し伸べていた。

『それで?手、いらないの?』

「……いいや。使えるものは猿の手でも使わないとな」

『あら、意外。もっと警戒されると思ってた』

エンバースがダインスレイヴを胸部へ収納/孫護空の手を掴む/勢いよく引き起こされる。そして――

『星光解放――』

一帯が灰色に染まる。エンバースが展開した炎陣も凍りついたように静止している。

『愚者のカードが暗示するのは『自由』。この停止した主観時間の中で、あーしは次のアクションをじっくり考えて好きに選べる。
 つまりアクションを選ばなければあーしらはずーっとこのまま!……ってのは流石に嘘だけど。
 これでゆっくりお話出来るねー、エンバースちゃん。ちなみにあーしが全回復してるのは――』

「HPを削り切られたNPCがその後のイベントじゃ元気にお喋りしてるようなモンだろ。
 そういうロールプレイをしてるだけだ――だから、さっさとその『イベント』を始めろ。こっちは……忙しいんだ」

『ぶー、つまんなーい。いいよいいよ、お望みどーり教えてあげましょう。
 率直に言うね――あなた達を試すのはここまで。現刻を以て特務任務を開始。
 あなた達ブレイブを"彼の地"に案内します。そこで、この状況への打開策を授かるのです』

「……ああ?」

『さあ――』

「さあ――じゃないだろ!なんでさっきの今でお前らの話を鵜呑みにすると思ってんだ!
 彼の地?どの地だよ!エルデの王にでもなってこいってか?ええ!?」

怒声を上げるエンバース。

516embers ◆5WH73DXszU:2025/02/24(月) 03:52:50
【セレクト・オブ・フレンジー(Ⅱ)】

「そもそもあなた達ブレイブだと?どこまでが「あなた達」だ?言ってみろ!
 ミハエルは?イブリースは?アシュトラーセは?この戦いに志願してくれたヤツらは!?
 全員連れていけるんだよな?でなきゃあぶれたヤツらは全滅だもんなあ!」

『エンバース』

「それにブレイブじゃない、戦えない人達はどうなる!俺達が姿を眩ませばローウェルは侵食を起動させる!
 もう大丈夫だ、助けに来たって……そう言って連れてきた人達を置き去りに出来るかよ!
 それじゃ……ハッ、ホントにローウェルのゴミ掃除をお手伝いをさせて頂いただけじゃないか。そんな事――!」

『エンバース』

「うるさいぞ!お前らイクリプスは所詮……所詮ただのアバター!着ぐるみだ!
 造り物の、贋物の命には俺が何を言ってるかなんて分からない――」

『エンバース――そこまでだよ。それはちょっと傷つくよ……あーしも、アンタも。そうでしょ?』

諭すような――それでいて有無を言わせぬ孫護空の声色。

『そうやって人間のフリをするアンタも可愛くて嫌いじゃないよ。
 でも……ホントはとっくに分かってるんでしょ。「これ」はかなりマシな方の選択肢だって。
 もう、どうにもならない事があって、それらを切り捨てた方がずっと効率的だって』

エンバースは何か、なんでもいいから言い返そうとした。
だが――何も言えない。

『それに……アンタ達のリーダーはもうこの話に乗ったみたいだけど?』

「……それは、シャーロットの影響なのか?」

『シャーロット?なんで今その名前が出てくるの?』

そして――今度こそ言葉を失う/歯噛みする/項垂れる。

「…………お前のいう打開策ってのは、なんなんだ。どんな存在がバックにいればそんな事を断言出来る」

『それは言えません。私にはその質問に回答する権限も、それらの情報自体も与えられていません』

「ふざけてんのか、お前――」

『――けど、知らないからこそ色々テキトーに喋る事は出来るよん。ホラ、愚者ってそういうロールだし?
 これはぜーんぶあーしの想像なんだけどさー……
 多分、教官達の世界でもフツーにブレモン再始動したいヒトはいるんじゃないの?』

孫護空=左手の人差し指を口元に当てて首を傾げる/頭上を見上げる。

「……そりゃいるだろうよ。俺だってブレモンが急にサ終されたらSNSで署名活動くらいするかもな」

『あは、アドベンチャーパート再びって感じ?望むところ――そうじゃなくてさ。
 ホラ、それこそシャーロットとか、バロールとか?てゆーかブレモン作ってたヒト達?
 急に今やってるお仕事は全部打ち切り!って、みんながはいそーですかって納得する訳ないと思うんだよねー』

エンバースは――否定出来ない。孫護空の言葉には確かに一理あった。
彼女がどこまで知っているかは分からないが――実際バロール/シャーロットはローウェルに反抗していた。
加えて――ブレイブ&モンスターズがSSSのベータテスト会場として使われている現状は、
『ブレモンに干渉する手段を失った者が再度息のかかったアバターを投入し得る機会』と見る事も出来る。

「……確かに、バロールとシャーロットはブレモンを守ろうとしていた。
 ブレモンのサ終はローウェルが独断で決めて、データの削除もアイツの仕業……らしいが」

エンバースが少しだけ饒舌になる――意図せずも孫護空に推理の素材を提供する。
「アドベンチャーパート」のロールプレイに乗せられているのだ。

517embers ◆5WH73DXszU:2025/02/24(月) 03:55:25
【セレクト・オブ・フレンジー(Ⅲ)】

『でしょ?でしょ?……あっ!あーしちょっとイイ感じに閃いちゃった!
 ローウェルがブレモンのサ終を強引に押し通したんならさ――
 別の誰かが強引にブレモンをリブートさせる事だって出来るんじゃないの!?』

「……いくらなんでも無理があるだろ」

『なんでさ!どーにかブレモンを再リリースして、課金の一つでもさせちゃえばいーじゃん!
 そしたらもう「今のはただの手違いでした〜やっぱりもっかいサ終します〜」とは言えないでしょ!
 ぶっちゃけ最初のサ終自体が手違いみたいなモンなんだからさ!』

エンバースは――言い淀む。あり得ないとは言い切れない。

『てか、そうだよ!そもそもゲーム一つ無理矢理終わらせといてローウェルにお咎めナシっておかしくない!?
 絶対なんかウラがあるよ――ホントはブレモンのデータが、やろうと思えば復旧可能なのを隠してるとかさ!』

「……SSSでブレモンの穴埋めをした事にすれば、その追求を打ち切れる?」

『そう!SSSで次の一山当ててやるからゴチャゴチャ言うなナノデスー!ってさ!
 だってフツーに考えて誰かが独断でデータ削除しちゃったらとりあえず復旧させるでしょ。
 されない方がおかしいんだよ。つまりローウェルは――ホントはずっとそこそこ危ない綱渡りをしてるのかも?』

孫護空の目線がエンバースに戻る――悪戯っぽい微笑み。

『――どう?アドベンチャーパートはクリアー?これで"彼の地"に行ってみる気になった?』

「……お前、ホントはどこまで知っててやってるんだ?今のは全部……口からでまかせなのか?」

『さあ?その質問に答える権限は私にはありません。のでねー、ごめんねー』

「ああ、クソ……クソッ!結局、俺達の運命は神々のお気持ち次第って事か?」

エンバース=苦々しげ――認めたくないが認めざるを得ない。
この提案には――乗る以外の選択肢はない。

「ふざけやがって。認められるかよ……!」

エンバースが孫護空の手を振り払う/両手に炎を宿す――己の両眼に押し当てる。

「うあああああああああああああああああああああ――――――――――――――――――ッ!!!!」

悲鳴。絶叫。痛みによるものではない――狂気を呼び覚ましているのだ。
己の戦意が倫理に勝るほどに昂ぶる時、双眸が熱を帯びる――赤熱する事をエンバースは自覚している。
だから――『狂気に応じて瞳が赤熱するならば、瞳を赤熱させる事で狂気を呼応させる』。
これは、そういうロールプレイ。
狂気に頼らなければ――こんな決断は出来ない。認められない。

「――オーケイ、行こう。未踏破エリアを残してゲームクリアなんて、つまらないもんな」

過熱によって赤熱を超え、金色の炎を宿した瞳/楽しげな微笑みが孫護空を見遣る。
孫護空が思わず笑みを強張らせる/背筋を震わせる。

『……いいでしょう。それでは、改めて。さあ、手をこちらへ――』

「待て。さっきの口ぶりだと、少なくとも俺達パーティは全員"彼の地"へ案内されるんだよな?」

『……はい。そうなります』

「そうか――みんな、聞こえるか」

アルフヘイムのブレイブ――いつものメンバーへのボイスチャット。

「恨んでくれていい。この戦場でのデュエルはこれまでだ――行こう、"彼の地"へ。俺が許可した」

有無を言わせない/なのにどこか楽しげに浮ついた口調=デュエル狂いの気質をあえて前面に押し出して。
こんな決断を押し通す役目は自分がやればいい。その方が――合理的だ。

「おそらくこの先、エクストラステージがあるぞ」

518カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/02/25(火) 21:26:23
(>483冒頭でスキップした部分)

【カケル】
ジョン君に通信を繋ごうとしてみるも、繋がらなかった。
一時的に電波(?)がとどかない場所にいるのかも……。穴の底とか……。
ガザーヴァはちょっとこっちの相手してる場合じゃなさそうだし……。
試しに通信をエンバースさんに繋いでみると、すでに異変に気付いているようだった。

>「……おい、どうしたカザハ。BGMが止まっちまったぞ。折角……こんなに燃えるシチュエーションなのに」

>「……忘れないで……共に来た道……ここにいるよ……
 
エンバースさんが呪歌の再現を試みている……!

「カザハ! エンバースさんが、教えた曲歌ってくれてますよ……!
カザハが教えただけのことはありますね!」

スマホをカザハの耳元に持って行って聞かせる。
あれ? でもエンバースさんって歌唱訓練に参加してたっけ……。まあいっか!

【カザハ】
しかし 音楽的センスが 足りない!

なんか虚空に説明文が表示されちゃってるし! どうなってんのこの空間!

「普通ああいうのって実際には役に立たないの分かりつつほんの気持ち程度のつもりで教えたことが
ギリギリの局面で窮地を切り抜ける決め手になる……! って胸熱展開の布石じゃん!
それなのに本当に役に立たないってさぁ! しかし 音楽的センスが 足りない! ってさぁ! どういうことなん!?
そこは下手でも何でもちょっとは効果起動させるところじゃん!? この世界野暮じゃない!?」

ぼくは容赦ないこの世界のシステムに対してツッコミを入れた。

「いや知らんし!」

スノウちゃんがそれに更にツッコミを入れる。

>「カザハ! エンバースさんが、教えた曲歌ってくれてますよ……!
カザハが教えただけのことはありますね!」

カケルが必死に感動路線にもっていってぼくを起こそうとしてるけど
こっちは容赦ない発動判定の結果が見えちゃってるのよ!

「カザハが起きなかったらエンバースさんに歌い手ポジション取られちゃうかも!」

「それはアカンわ!」

ぼくはツッコみながら飛び起きた。

「カザハ……! 目が覚めたんですね!」

目の前ではカケルが安堵の表情を浮かべている。

「あれで歌い手ポジションは駄目でしょ!
あれじゃあエンディング曲でソロパート割り当てられない! 世界救ったら特訓しなきゃ……!」

「良かった! エンバースさんが歌が下手で良かった……!」

カケルが、エンバースさんが歌が下手だったことに感謝している……!
あれ? これってある意味ギリギリの局面で窮地を切り抜ける決め手になった……ってコト!?

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

519カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/02/25(火) 21:28:30
【カザハ】
ぼくにSEKKYOUされたスノウちゃん、というよりスノウちゃんの体を借りた初代はブチギレた――
正確にはブチギレパフォーマンスをしてみせた。

「あーもう腹立つ! せっかく楽に殺してやろうってのに何度も何度も起きてさぁッ!
ぶっちゃけローウェルにお前を消したらもう一度雇ってやるって言われてるから……死んでもらわなきゃ困るんだよねぇ。
つまり我はローウェルの刺客! 私利私欲のためにかつて愛した世界を裏切るドクズ!」

妙に芝居がかった悪役ムーブだな!? 極悪非道の悪役を演じてるつもりなんだろうけど、悲しいかな。
ローウェルの所業を知っているこちらとしては、騙されて利用されてる哀れな社会的弱者にしか見えない……!
おそらく、事実無根の大嘘だ。
いや、もしかしたら本当にそういう話を持ち掛けられてそれに乗る形でこの戦場に来たという可能性も無くはないが、
どちらにせよもうローウェルに雇われるのは真っ平御免だろう。

「キミがぼくの人格の転写元なら確かにあんまり高潔じゃない人格だろうな、とは思うんだけど……。
キミ、汚い本心は隠していい人でいたいタイプでしょ? 逆説、言っちゃったってことは本心じゃないんだよね」

「うわぁ、めんどくさっ! お前はハゲに向かってハゲって言うんか!?
人がせっかく悪役ムーブしてるんだから素直に乗れよ! 誰に似たの!?」

「ぼくはキミに似てるからなんとなく分かるよ。ぼくに本気を出させようとしてるんだよね……。
そんなことしなくたって、手心は期待しないし全力で迎え撃つから大丈夫!」

「やかましいわ! もう君と話す気にもならんわ! 
だから……歌で語ろう。最後のレッスンだ。付いてこれなきゃ――死ぬ。
ここでくたばってるようじゃ到底サ終は覆せないからね」

「でも、この戦いの間は生成システム接続出来なくなっちゃったんでしょ?」

「本当だよ、翔が要らんことしてくれたせいで、自力で頑張るしかなくなっちゃったじゃん。
仕方ないからこの際、キミの能力の転写元――本物をみせてあげよう。"即興呪歌生成零式"とでも名付けようか」

虚空に光が集まり、"魔術師"のタロットカードが復活する。よく見ると、さっきと微妙に絵柄が違うような……。

「もしかして、タロットが逆位置から正位置になった……!?」

確か、魔術師の逆位置は、混迷とか無気力やスランプという意味があり、対する正位置は、才能、感覚、創造という意味があったはず。
スターリースカイガールズのメンバー達から歓声があがる。例によってリンちゃんが解説する。

「風羽ちゃんは界隈では"音響の魔術師"と呼ばれてたんだ!
ローウェルの気まぐれによるどんな無茶な納期にも対応してみせたんだよ!」

風羽ちゃんって……。キミ達、単なる熱烈なファンとその推し以上の関係性か? リア友か!?
初代は、少し哀しげに語る。

「裏を返せば、ローウェルが我を使ってた理由はそれだけだった。他の初代精霊王達も大体似たようなものだったよ。
ローウェルにしてみれば、とりあえず形になったBGMが期限に間に合って付けばどうでも良かったんだ。
最後まで、少しも好きになってくれなかった。
少しでも、我の曲を好きになってくれたなら……今でも会社に残ってバロールさんの力になれてたかもしれないのに」

そういえばバロールさん、シャーロットさんが解雇されて初代精霊王達も全員リストラされたということは、
ブレモン存続派としてはたった一人残されてしまったのかな……。
今どうしてるんだろう。上位世界の本体は流石に命までは取られはしないだろうけど、無事とは限らないかも……。
ローウェルに吊るしあげられてログイン出来なくなっちゃってるとか、最悪解雇……。

「風羽ちゃん……」

「おっと、無駄話は終わりだ――」

520カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/02/25(火) 21:31:09
初代が、シンセサイザーのような楽器をバンドメンバーに渡す。伴奏は頼んだということだろう。
そして腕を掲げると、その身が風のエフェクトを纏い、白銀の髪に緑がかった色味がかかった。
スノウちゃんのクラスは一応ゾディアックらしいので、属性付与のスキルが使えても不思議はない。
何を思ったか、高い位置で結ばれたツインテールをほどいて長い髪をなびかせ、手の中に風の大鎌を生成する――

「あ……」

その姿を見て、ぼくは戦慄した。そこにいたのは、一巡目の自分の似姿――
え、待って。一巡目の時って今とは違ってゴリゴリのアタッカーで殺傷力もとい戦闘力全振りだったんですけど!?
そしてロールプレイシステムの影響を強く受けるイクリプスにとって、姿の変更はただのグラフィックだけの問題ではない。
おそらく姿に引っ張られて、能力値も変動するのだ。
キャラメイクの方向性が違うのに歌い手同士の戦い(※物理)やって勝てるわけないじゃん!

「これはアカン! ビビリ倒してる……! ちょっとその姿はやめてもらっていいですかね!?」

見かねたカケルが嘆願する。そんな中、この状況に似つかわしくない声が聞こえてきた。

「ベルちゃん! ベルちゃんじゃないか! そんなところにいたの!?」

「えっ、何何!? 私の前世のPLさん? よく分かんないけど似てるねー!」

見て見ると、背景でリンちゃんがブレモンBGMマニアの人の手を取ってぶんぶんしていた……。
もしかしてその子、キミのブレモン時代のPCだったんですか!? 世間って狭いなあ!
確かに一般ピープルにしては妙に有能だと思ってたけど!
ベルちゃんと言うらしきブレモンのBGMマニアの人、このトンデモな状況をなんとなく受け入れてるし……適応力高すぎやろ!

「人がガラでも無く頑張ってシリアスやってんのに背景でコントすんなや! 場面が散らかるやろ!」

素でツッコミを入れる初代を見て、肩の力が抜ける。

「ふふっ、やっぱり頑張って演技してたんだ」

「やかましいわ! 今のシーンは後でカットしてもらうとして……ルール説明をしよう。
我に合わせて一緒に一つの歌を作り上げてほしい。
ラップバトルのラップじゃなくて普通にメロディが付いてるバージョンと言えばいいかな。
AメロBメロはワンフレーズで交代、サビはカノン形式で頼むよ。
さっきも言ったけど付いてこれなきゃ我の手にかかって死ぬ。裏を返せば、付いてこれれば体は自ずから動くはずだ。
君はコマンド形式のキャラだから、歌合戦になったらアクションの成否が歌と連動するようになってるんだ」

「そうなの!? でも、それってどっちの陣営にバフがかかるの……?」

「心配しなくていい、我々の曲ならバフはブレモンに思い入れのある者にしかかからないはずだ。
楽器隊、また即興合奏(シンクロアンサンブル)を頼むよ。題名は――星巡る風の歌(アストラルウィンドカノン)」

楽器隊による前奏が始まり、ぼくは傘の杖を手に身構える。

「私達もいくよー! こうなったらさ! 最高に盛り上げて全世界バフ起動させちゃったら面白くない!?
両方にバフかけるから二人とも頑張ってね! 
即興集団舞踏(シンクロダンス)スタンバイ! 闇星舞踏術――最強無敵チアダンス!!」

と、ダンス部隊に声をかけるリンちゃんの背後にしれっとタロットのエフェクトが浮かび上がる。
ツッコミどころが多すぎてどこから突っ込んでいいか分からないんですけど……!
キミ、タロット持ちだったのかい!?
その発言はもう完全にこのゲームの主催者に反逆してるし!
キミ達、どっちかというと全世界バフ起動を阻止するのがゲームの目的やろ!?
大丈夫!? 闇のゲームの主催者に逆らったら消されちゃうんだよ!?
でも……ぼくがここで負けることはないのが大前提だと思ってくれてるってことだよね。
ぼく達はサ終を覆せるって見せつけて、初代を安心させてあげなきゃ……!
ところで両方に同じだけバフをかけても普通の状況では意味はないが……
この場合、演出が派手になるという重要な効果が発生するのである!

521星巡る風の歌(アストラルウィンドカノン) ◆92JgSYOZkQ:2025/02/25(火) 21:32:31
ttps://dl.dropbox.com/scl/fi/rext6t1a5annbt2kpt59k/.mp3?rlkey=25pvi7qdh3lygpqk13nokpl0w&st=s2gf37sy&dl

カザハ/スノウ:VY2

【スノウ】
遥か昔 風が生まれる始原の聖域にて 犯した罪
【カザハ】
何も無かったこの胸の奥に 不思議な何かが芽生えた

【スノウ】
ごめんね 無垢なる魂穢し苦しませて
【カザハ】
これを穢れというなら ぼくは綺麗じゃなくていい

【スノウ】
閉ざされた世界でいい 生きていてほしかった それすらも叶わぬなら この手で 永遠に眠れ
【カザハ】
(閉じられた物語 もう一度続けたい その願い 叶えるには この手では 足りないけど)

【スノウ】
迫りくる終焉を 覆すつもりなら その覚悟受けて立つ 前世の影 踏み越えて行け
【カザハ】
(押し寄せる絶望を 跳ねのけて進みゆく この想い 歌にして 過去の自分 乗り越えてゆく)

【カザハ】
かけがえのない夢が生まれた 闇の神域にて交わした誓い
【スノウ】
我が現身のはずの君に ありえぬ何かが根付いた

【カザハ】
ありがとう ぼくだけの心 授けてくれて
【スノウ】
それが真実だとすれば 君は奇跡起こせる 

【カザハ】
時を超え 地平超え 憧れを追いかけて 手に入れた宝物 奪わせはしない
【スノウ】
(星の声 風の声 黄昏と暁よ 美しきこの世界 消えて欲しくはない)

【カザハ】
星巡る風の歌 刻みゆくこの大地 いつまでも守りたい 何もかも乗り越えてゆく
【スノウ】
(勇気巡る物語 響かせるこの空に どこまでも伝えたい 君達の歩んだ道)

【スノウ】
天賦のこの才は 普通には生きられぬ代償
【カザハ】
そうだとしても ぼくはこの力 授かれて本当に良かった  

【スノウ】
どうして そんなに瞳が輝いているの?
【カザハ】
当たり前だ あなたはぼくが憧れた人

【カザハ】
争いが絶えぬ世で 手を繋ぐことの奇跡 いつだって忘れない 誓い合った約束を
【スノウ】
(いさかいが尽きぬ世で 愛を知り強くなる いつまでも覚えてる 君といた日々を)

【カザハ】
いつの日か 世界中の 悲しみが 癒えるまで 歌声を 風に乗せ どこまでも 届けるよ
【スノウ】
(いつか来る 全部から 憎しみが 消えるまで 星空に 響かせて いつまでも 届けよう)

522カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/02/25(火) 21:37:55
「遥か昔 風が生まれる始原の聖域にて 犯した罪」

ついに歌が始まる。初代が大鎌を振るうと、幾重もの風の刃の波状攻撃が襲い掛かってくる。
ナチュラルに詠唱省略の攻撃魔法を連射している……! あるいは歌詞そのものが詠唱として機能しているのか?

「何も無かったこの胸の奥に 不思議な何かが芽生えた」

メロディを繋げて歌うと、初代に言われた通り、体はおのずから動いた。
風の刃を避け、竜巻を放つ。

「ごめんね 無垢なる魂穢し苦しませて」

「これを穢れというなら ぼくは綺麗じゃなくていい」

時に地を蹴り、時に宙を舞い、踊るように戦う。

「閉ざされた」「閉じられた」「世界でいい」「物語」「生きていて」「もう一度」「ほしかった」「続けたい」
「それすらも」「その願い」「叶わぬなら」「叶えるには」「この手で永遠に眠れ」「この手では足りないけど」

付いてこれなきゃ死ぬ、なんて言われたけど……初代はぼくを見事にリードしてくれてる。
仮に本当に力及ばなかったら殺す気だとしても――同じセンスを持ってる以上、付いていけないなんて有り得ないんだ。
即興の曲のはずなのに滅茶苦茶ブレモンのBGMっぽいな――などと場違いなことを考える。
そりゃそうか、この人はぼくの大好きなブレイブ&モンスターズのBGMの作曲者なんだから。
ぼくがその才を受け継いでるって、さっきは喜んでる心の余裕が無くてスルーしてたけど、冷静に考えると滅茶苦茶凄い事なのでは……?
しかもその人と即興セッション出来てるとか、どんな状況!?
    
「迫りくる」「押し寄せる」「終焉を」「絶望を」「覆す」「跳ねのけて」「つもりなら」「進みゆく」
「その覚悟」「この想い」「受けて立つ」「歌にして」「前世の影」「過去の自分」「踏み越えてゆけ」「乗り越えてゆく」

暫しの間奏の間、無言で見つめ合う。体に光のエフェクトがかかり、コスチュームが少し豪華になる。
まさか布面積減らされてないよな!? 豪華にしないといけないのに布面積減らして節約したら駄目なんだよ!?
布面積は減ってないけど……シースルー素材をふんだんに取り入れたデザインになってる!
なんでや!? 透けてる方が風属性っぽいからか!?
それに、一見防御力に関係無さそうな別にどうでもいい箇所の装飾がやたら増えてるし!
というかどさくさに紛れて傘の杖が可愛くデコられてるし!
一見何の飾りっ気もないただの傘だけど実は超凄い、というコンセプトの武器なのに……誰だ勝手にデコったのは!
間奏が終わり、今度は攻守交替とばかりにこちらから斬りかかる。

「かけがえのない夢が生まれた 闇の神域にて交わした誓い」

「我が現身のはずの君に ありえぬ何かが根付いた」

「ありがとう ぼくだけの心 授けてくれて」

「それが真実だとすれば 君は奇跡起こせる」 

ド派手な魔法の打ち合いだった1番に対して、2番では至近距離での鍔迫り合いを演じる。

「時を超え」「星の声」」「地平超え」「風の声」「憧れを」「黄昏と」「追いかけて」「暁よ」
「手に入れた」「美しき」「宝物」「この世界」「奪わせはしない」「消えて欲しくはない」

ぼくの素早さゴリ押しによる攻撃に、初代はリードしてくれていた先ほどとは逆に、完璧に合わせてくる。

「星巡る」「勇気巡る」「風の歌」「物語」「刻みゆく」「響かせる」「この大地」「この空に」
「いつまでも」「どこまでも」「守りたい」「伝えたい」「何もかも」「君達の」「乗り越えてゆく」「歩んだ道」

楽しい――すごく楽しい。ずっとこうしていたいと思うぐらいに。
だけど、これは体力消費度外視のロマン戦法。そう長く続けられるものではない――

523カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/02/25(火) 21:39:28
【リン】
踊りながら、私の目は二人に釘付けだった。
2番が終わり間奏に入るところで、ほぼ同時に片膝をつく。息切れするタイミングも見事に一緒――
スノウちゃんはアンドロイドだから疲れないんじゃないかって? スノウちゃんはそうだが、教官はそうではない。
二人は、メロディに乗せて静かに言葉を交わす。

「天賦のこの才は 普通には生きられぬ代償」

「そうだとしても ぼくはこの力 授かれて本当に良かった」  

社会というものは常に標準値に合わせて設計されるため、そこから大きく外れた者は置き去りにされてしまう。
私達の世界では、仮想世界というものはゲームだけにとどまらず、生活全般において重要な位置を占めている。
仮想世界へのシンクロ率は個人差があるが、大体多くの人が集まっている中央値に合わせて色んなシステムが設計されており
風羽ちゃんの仮想世界へのシンクロ率は、標準値よりもあまりにも高い。そしてそれは生活全般に支障をきたす。
例えば検索システムにおいては流れ込む情報量が多すぎて大混乱したりする。
そしてこの手のゲームにおいては、本当に自分が戦っているように疲労したり、
フレーバー程度に軽減されるはずの傷みの感覚が軽減しきれなかったりするのだ。
因果関係は不明だが、芸術の才能を持つ者はほぼそうらしい。
普通には生きられない代償として授かった才能が価値を失ってしまった――その絶望は計り知れない。
だから、カザハちゃんがこの力を授かれて良かったと、真っすぐな瞳で言ってくれたのは救い――
たとえこんな上位世界事情までは知らないにしても。
まあ少なくとも私に言わせれば、少しも価値を失ってなどおらず、あの頃と変わらない燦然とした輝きを放っているのだけど。
完成度? 客観的音楽性? 知ったこっちゃないわ!
ローウェルの野郎が生成ボタンポチーして作ってるのであろうオサレスタイリッシュなSSSのBGM聞いてもちっともワクワクしないのよ!

【カザハ】
「どうして そんなに瞳が輝いているの?」

「当たり前だ あなたはぼくが憧れた人」

メロディに乗せて投げかけられた問いに答えながら、傘の杖を支えに立ち上がる。
いよいよラスサビ。これで決着が付く。

「争いが」「いさかいが」「絶えぬ世で」「尽きぬ世で」「手を繋ぐ」「愛を知り」「ことの奇跡」「強くなる」
「いつだって」「いつまでも」「忘れない」「覚えてる」「誓い合った約束を」「君といた日々を」

歌詞は、無意識のうちに『憧れを負う風』のサビと同じ歌詞になっていた。
とうにこの戦法が取れる許容時間を超えているため、先ほどのような最大速度が出ない。
が、それは相手も同じのようだ。
同一人物同士の戦いみたいなものだから、普通にやったら引き分けになるのは分かり切ってる――
となれば、普通なら何の影響も及ぼさないような、ほんの僅かな違いが決め手になるかもしれない。
なけなしの戦闘スキルを総動員する。

「いつの日か」「いつか来る」「世界中の」「全部から」「悲しみが」「憎しみが」「癒えるまで」「消えるまで」
「歌声を」「星空に」「風に乗せ」「響かせて」「どこまでも」「いつまでも」「届けるよ」「届けよう」

曲が終わる。ぼくに足を払われた初代がよろめいてなんとか踏みとどまる。

「最後まで凌ぎきったから……とりあえず合格?」

524カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/02/25(火) 21:42:19
「今レベル1の体術系スキルちまちま使ってたでしょ! せせこましいんだわ!
いや、違う……ほんの僅かな差だとしても出来ることは全部やって本気で勝とうとした――君の勝ちだ。
あとちょっとでも曲が続いてたら我が負けてた。希望を見せてくれて、ありがとう。
サ終からずっと立ち止まっていた我が、足掻きながらも前に進んできた君に勝てるはずなんてなかったんだ。
教えてもらうのは我の方だった……。
私達の世界では……空は見えない。風も吹かない。昼も夜もありはしない。だから、この世界は本当に綺麗だ。
この世界の存続を願うなら、ほんの一縷の望みでも希望を託して送り出すのがあるべき姿なのに、
殺そうとするなんて間違ってるって分かってる……。でも、駄目なんだ……。
だから、今から放つ最大の攻撃を防ぎきって――遠慮なくこの身を消し飛ばして欲しい!
次のステージへの案内は『正義』のタロット持ち達がしてくれるだろう。
何も気にすることはないよ。これは単なるガワ――いくらでもリスポーン出来る」

やっぱそうなる!?
こんな手の込んだことをやらせといて最後はやっぱりシンプルなパワーで消し飛ばされなきゃ気がすまないって、なんという脳筋的発想!

「これで最後だ! 終律――いずれ滅びゆく星の煌き(ヴァニシングスターライト)!!」

初代が最後の大技を放つ。
その名の通り、無数の破壊の星光が高密度で空から降り注ぐという、通常なら回避不可能な凶悪攻撃。
ぼくは、傘の杖を広げて頭上を覆うように持った。

「なん……だと!? それの使い道は振り回してチャンバラするだけじゃなかったのか!?」

初代が、あまりに予想外な傘の杖の使い方に驚愕の声をあげる。
傘の杖は、空から降りそそぐ系の攻撃に特に絶大な防御力を誇るのではないかという仮説を検証する時がついに来たのである!

【リン】
果たして、降り注ぐ星光の爆撃を、カザハちゃんは――凌ぎきった。
カザハちゃんは開くと盾のようにも使える、布がついた棒のような変わった武器を使っているが、
聞くところによるとあれは、私達の世界では降らない雨というものに濡れないために使う傘という道具を模した武器兼防具らしい。
私は思わずガッツポーズする。

「やった……!」

「今度はこっちの番だ……。終律――星駆け抜ける一陣の風(アストラルウィンドキャノン)!!」

カザハちゃんが技名を叫ぶと、さっきまで楽器演奏に徹していたカケル君がカザハちゃんのもとに駆け寄ってくる。
歌がアストラルウィンドカノンだけに、その後に使える大技はアストラルウィンドキャノン――誰が上手いこと言えと!
二人は光に包まれ、一瞬後にはカケル君が空気砲のようなデザインの巨大な大砲を肩に担ぎ上げていた。

「あれ? カザハちゃんは……?」

「ここです!」

ここですって……大砲の中? 御冗談を!
ブレモン界ではブレイブがパートナーモンスターをぶっ飛ばす攻撃は時々あるみたいだけど、
パートナーモンスターがブレイブをぶっ飛ばすのってアリ!?

「不定形モンスターじゃないんだから流石にそれは……まさかッ!」

これがどういう技なのかなんとなく分かってしまった。
シルヴェストルは普段は人間的な肉体を持っているが、そういえばその本質は風の元素で出来た風の化身だ。
自らの本質をもって、相手が何であろうと問答無用で文字通りの風穴をぶちあけて屠るという超シンプルな技。

「……って、そんなことしたら戻れなくなって死んじゃうでしょ常識的に考えて!」

「もしもカザハが単体のレクステンペストだったらきっとそうでしょうね――でも、私がいるから繋ぎ止められる」

525カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/02/25(火) 21:44:00
そう言うとカケル君は、躊躇いなくカザハちゃんを(!?)発射した――!
カケル君ってもしかして、カザハちゃんのレクステンペストの片割れ!?
でも、1巡目の時はそんな設定なかったよな!?
双子のレクステンペストは前例があるけど……種族全然違うけどどういうこと!?
何はともあれ凄まじい激風が辺りを吹き抜け、一瞬後――

「あれ……?」

風羽ちゃんが、自らのアバターであるスノウちゃんの体が消し飛んでいないことに、戸惑っている。
カザハちゃんがスノウちゃんのすぐ背後に姿を現し、タロットを手に持ってキラキラした瞳で見つめていた――
風穴を開けるのもすり抜けるのも、アイテムを擦っちゃうのも自由自在ということか。
ともあれ、スノウちゃんはタロットに依拠して即興呪歌生成を使っているという設定である以上、これでカザハちゃんの完全勝利だ。

「すごく、綺麗だね……!」

と、タロットを見つめるカザハちゃん。そんなカザハちゃんに、風羽ちゃんが声をかける。

「あげるよ、我にはもう不要なものだ」

「無理だよ、ブレモンのキャラが所持しようとしても多分消えちゃう。
それに、あなたのすごく大事なものだから――ちゃんと持っとかなきゃ。
ぼくは特定のアイテムに拠らなくても能力が使える設定だから大丈夫!」

そう言って、カザハちゃんはタロットを風羽ちゃんに返す。

526カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/02/25(火) 21:44:48
【カザハ】

「やれやれ、遠慮なく消し飛ばしていいって言ったのに……これじゃあ締まらないじゃん」

ぼやく初代に、一瞬の躊躇の後に、告げる。

「あのね……あなたは気付いてないかもしれないけど……その子、スノウちゃんは、もう人格宿してるんだ。
確かにこの世界はゲームだからプレイヤー入りのキャラは死んでもリスポーンし放題かもしれないけど……
スノウちゃんの人格は一度死んだらリセットされちゃうかもしれない……だからそういうわけにはいかなかったんだ」

「えっ――」

初代は一瞬固まったかと思うと、白銀ツインテールのスノウちゃんに戻る。それも、夢の中に出てきた可愛らしい雰囲気だ。
教官の思考がフリーズして操作を放棄したことで、スノウちゃんの人格が自律駆動で出てきたのだろう。
やっぱりさっきの夢、単なる夢じゃなくて本当にスノウちゃんが精神に干渉してきてたんだよな……。
初代がぼくと直接対話するためのコード(?)みたいなものを知っていて、それが漏洩したとか?

「お姉ちゃん! 教官には言わないでって言ったじゃん! 別にリスポーンしても人格残ってるかもしれないし!
それに私はゲームキャラだから消滅の恐怖とか無いようにプログラムされてるから全然気にしなくていいのに……!」

「こっちが気にするわ! ……ちなみに教官、今どんな感じになってる?」

「奇声発しながら転げ回ってるよ」

「ですよねー!」

そんな時、エンバースさんが通信を介して、意味ありげに皆に呼びかけた。

>「そうか――みんな、聞こえるか」

>「恨んでくれていい。この戦場でのデュエルはこれまでだ――行こう、"彼の地"へ。俺が許可した」

>「おそらくこの先、エクストラステージがあるぞ」

そういえば、初代もさっき、『正義』のタロット持ちが次のステージに案内してくれる、みたいなことを言っていた。
他のメンバーも同じような話を持ち掛けられているのかもしれない。
もしかして、ぼく達に勝負を挑んできた高レベルイクリプス達って、単なるテストゲーマーではないのか!?

「テストされてたのはSSSじゃなくて、ぼく達の方だったってこと!?」

527明神 ◆9EasXbvg42:2025/03/09(日) 17:03:18
バルディッシュがスペルで作った地割れに、二つの流星が飲み込まれていく。
恐ろしく深いクレバスだ。
地上からじゃ、土埃と単純な距離によって、すぐにジョンとバルディッシュの姿が見えなくなった。

「ジョン……!」
「バルさん……!!」

隣で一緒に観戦モードに入っていた俺とアヤコは、同時にそれぞれの仲間の名を呼んだ。
声に応えるものはなく、ただ反響だけが山彦のように返ってきた。

「……これ、中で二人とも死んでんじゃないすか?
 命を賭して炎君を地の底に封じ込めたみたいな感じで」

「馬鹿言えよアヤコちゃん。そういうの味方側の師匠ポジションとかがやるやつじゃん。
 バルディッシュは『悪役』を絶賛ロールプレイ中なんだぜ」

『蓋のない落とし穴(ルーザー・ルート)』の術者であるバルディッシュが死ぬか意図的に解除しない限り、
地割れは自然消滅することはない――逆説、地割れがあるうちはバルディッシュも生きてるってことだ。
そして、バルディッシュと地の底で対峙しているジョンも。

それが証拠に、ほどなくして地割れの中から二度三度と強烈な光が瞬いた。
追って駆け上がってくる轟音。そして、圧力を伴った風。
流星が、『重力に逆らって』ほとばしる。

>「飛べえええええええ!ぶちょおおおお!」
>「にゃああああああ!」

ジョンだ。
逆流れの星の中心にはジョンがいて、バルディッシュがいて――あとなんだアレ!?
クソでけえチベタンマスティフのような威容!対照的にコーギーじみた短足がちょこまかと必死に空を掻く!
直感で分かった。アレはウェルシュ・コカトリス――部長だ!!

「この土壇場で進化したってのか!?」

理屈はわからんが、部長はウェルシュ・コカトリスとしての存在を超越し、
炎を纏った巨大な獅子へと身を変じ、ジョンとともに流星になった。
バルディッシュを飲み込んだ流星はそのままセンターの天井をぶち破って夜空を駆け抜け――
戦火に煙るラスベガスの全てを、太陽のごとく照らした。

>「…!…!バルさん!…バルさん!大丈夫っすか!?」

空中で決着がついたのか、力を失って自由落下してくるバルディッシュをアヤコが受け止める。
ぼっ立ちしていた俺の隣に、部長(?)に跨ったジョンがふわりと降りてきた。

>「僕は大丈夫だよ明神…ダメージは見た目より派手じゃない…ちょっと貧血気味ではあるけどね」

「勝ったんだな、ジョン……それでその、部長……だよな?そいつ」

>「部長は…進化したんだ…僕の腕にお節介焼きのお母さんがくれた祝福のおかげでね…あと炎君の力も…
 名付けて!ヴァンパイア・コトカリス!
 いい種族名だろ?僕が考えたんだ!…まあもしかしたら正式名称あるかもだけど…こうゆうのは命名したもん勝ちだよね?」

「ヴァンパイア・コカトリス……良いね、史上最強の血統書が付いた、この世で最高のミックス犬ってワケだ」

ジョンが失った腕の代わりにオデットから貰ったヴァンパイアの腕。
吸血鬼の持つ『他者を同族に変える力』もそこには宿っていた。
なにせアルフヘイムで一番長生きしてる吸血鬼、その祝福を受けた右腕だ。
そこらへんの野良吸血鬼とは血の濃さがちげえよ。

528明神 ◆9EasXbvg42:2025/03/09(日) 17:03:50
ヴァンパイア化したウェルシュ・コカトリスなんてモンスターはブレモンには存在しない。
今の部長の有り様は、ジョンがゼロから作り出した新たな存在だ。
ロールプレイによる自己進化は、イクリプスだけの専売特許じゃあない。
『オデットの腕』と『炎君の力』って背景を説得力に変えたロールプレイで、ゲームシステムを超越した存在へ進化したんだ。

――いや、やめよう。多分、そういうのじゃねえよ。
戦術的ロールプレイなんか関係ないところで、ジョンと部長が積み重ねてきた絆が進化という形で結実した。
それだけのことじゃねえか。

>「アヤコ…バルさんに話があるんだ…いいかな」
>「気安く…!……………ッ!…わかったいいっスよ」

ボロボロになったバルディッシュを介抱するアヤコにジョンが声をかける。
アヤコは素直に場所を空けたが、ジョンが歩み寄ったのはバルディッシュの方じゃなかった。

>「話あるんじゃないんすか?………なんですその顔?てかなんで私の顔じっとみてるんすか」

……んん?なんかアヤコちゃん、喋り方がロールプレイしてた時に戻ってきてない?
イケメンに見つめられると女の子になってしまうのか?
俺は今から一体何を見せつけられようとしているんだ……??

>「明神はその道のプロだからさ…負けても仕方ないよ…それにロールプレイしてない君もかわいいよ。
 ………いた!なんで!?いたたた!褒めた!褒めたのに!」

アヤコの平手が何度もジョンの顔面を往復する快音が響き渡った。
うんまぁ……止めませんよ俺は。あとでカザハ君にチクってやろーっと。

「ぎゃはは!始めっから終わりまでずっと炎君に振り回されっぱなしじゃんアヤコちゃん!」

「殺すぞ……!!」

「なんで俺にはそんな辛辣なんだよ!?」

シンプルすぎる殺意を向けられたので俺は黙った。
イクリプスにビンタされたら首がどっか飛んでっちまうよ。

……さて、勝負が決したなら、感想戦ばっかやってるわけにもいかない。
センター中央では依然としてカザハ君達のライブが襲撃に晒されている。
ガザーヴァが皇帝を食い止め続けている。

>「どうやら…時間が来たみたい……くどいかもしれないけど何回でも言わせてジョン…それにアヤコも…
 SSSに誘ってくれて…ブレモンへの愛を取り戻してくれて…本当に…ありがとう………」

バルディッシュもそれを理解しているのか、あるいはイクリプスとしての活動限界が来たのか、
体が光に包まれて輪郭を溶かしつつある。
やおら、ジョンがバルディッシュの額に自分の額をぶつけた。
何やってんだあいつ……隣でアヤコが悲鳴を押し殺したようなうめき声を上げる。

>「『また遊ぼうね』だろ?【また明日】でもいーけど…明日かどうかはわかんねーからさ…
 とにかくせっかくフレンドになったんだ…僕の知らない事…行くとこ…ついてきてもらうよ!だから…バルさん…またね。だ」

ラグビーのノーサイド精神みてーなこと言うやつだな。
だけど多分、それで良いんだ。この世界はゲームで、俺達もイクリプスもやってるゲームは違えどプレイヤーには変わりない。
楽しくバトルした相手とフレンドになって、また遊びたい。最高のゲーム体験じゃねえか。

529明神 ◆9EasXbvg42:2025/03/09(日) 17:04:54
>「また…遊…ぼ…ね」

最後に笑顔をひとつ残して、バルディッシュは消滅した。
地球を裏切った元ブレイブのイクリプス――『悪役のロールプレイ』は、
"何者かになりきる"という本来のロールプレイングの楽しみに回帰したとも言える。

俺達ブレイブが採択した、全世界バフの起動とローウェル捜索までの時間を稼ぐ遅滞戦術は、
SSSのプレイヤーからすれば爽快感と無双ゲーの楽しさを著しく損なう
加えて一方的に不利を押し付けられるエンバースのロールプレイ理論。
βテストで無意味な苦行をやらされるクソゲーに、なったはずだった。

だけど、そんな中でも、工夫してこのゲームを楽しもうとしている奴らがいる。
キャラクターを作り込み、その世界に生きる登場人物としてドラマを生み出す――
それは、SSSとブレモンのどちらが欠けても成立しない「二つをあわせた新しいゲーム」の楽しみ方。
俺達とイクリプスが作り上げた楽しさだ。

「……はぁー。ゲームのキャラとフレンドになって喜ぶってだいぶイカれてますよバルさん」

一足先に消えていったバルディッシュを見送って、アヤコがクソデカ溜め息とともにそう漏らした。

「なになにアヤコちゃん、寂しいの??お前も俺達とフレンドになっていいのよ??」

「激ウザ。じゃぁまぁ自分もそろそろ消えますわ。フレに呼ばれてるんで。
 ……自分らの知らないところで勝手に死なんでくださいよ。
 炎君にはまだ100回くらいビンタし足りないんすから」

アヤコの輪郭が解け始める。こっちは意図的なログアウト操作をしたんだろう。
その姿が消滅する前に、俺はどうしても聞いておきたいことがあった。

「……楽しかったか?」

「なんすかそれ、βテストのアンケート?」

『ゲーム体験の評価とその理由をお答えください』――みたいな問いだと自分で言ってて思った。
良いじゃねえか教えてくれよ。ローウェルにフィードバックしてやっからよ。
アヤコは肩を竦めた。

「自分らの世界って、性別とか恋愛とか、その辺の考え方がだいぶ薄れてんすよ。
 男女の惚れた腫れたなんて、大昔のフィクションでしか触れられないようなものばっかで。
 だからまぁ……そういうのを当事者の目線でやれて、結構?それなりに?良い空気吸えたかな?」

「フラれてんじゃん」

「殺すぞ……!!」

もうお嬢様のメッキどこにも残ってねえな……。
炎君とかいう恋愛脳の極地みてえな設定は、恋愛ごとへの漠然とした憧れが生み出したものなんだろう。
初手で彼女持ちのジョン君にモーションかけて脳破壊されてんのはホントにお気の毒としか言えねえけど。
光の粒に分解されて消える、その刹那。ほんの一瞬だけ、アヤコの解像度が上がった。

「炎君!……次こそは貴方の愛を奪いに伺いますわ。
 それではいずれ相まみえる時まで――貴方がたに、星の神の祝福があらんことを」

それは、イクリプス流の「GGWP」だったのかもしれない。
そしてジョンの返事を聞くこともなく、アヤコは虚空へと溶けていく。
ロールプレイを全力で楽しみきった二人のイクリプスは、跡形もなく消え去った。

 ◆ ◆ ◆

530明神 ◆9EasXbvg42:2025/03/09(日) 17:05:30
バルディッシュとアヤコが撤退し、スペルで地割れしていた空間も元に戻った。
これでライブ会場に行ける。
ベル=ガザーヴァと合流し、スペルで援護すれば、オーロールだって退けられるはず――
そう考えていた俺の目に飛び込んできたのは、

>「――見事」
>「……GGWP……ってか」

相打ちになったガザーヴァとオーロールの姿だった。
オーロールは対手の健闘を称えながら消滅していく。
後に残ったのは、融合を解いたマゴットと、槍ごと地面に墜落したガザーヴァ。

「ガザーヴァ!!」

たまらず駆け寄るさなか、まずマゴットの姿が消え、スマホにアンサモンの通知が入った。
召喚を維持できない瀕死状態ではあるが、ギリギリ生きている。
その一方で、ガザーヴァは――両腕と右足を欠損し、大小無数の傷口から血ではなく光が漏れていた。
これまで幾度となく見てきた、レイド級モンスターの死亡演出。
誰がどう見ても致命傷……もはや止めようのない、死へのカウントダウンだった。

「ガザーヴァ!おい!ガザーヴァ!!」

地に伏せるガザーヴァを抱き上げる。冗談みたいに軽い。
呼びかけてどうにかなるもんじゃないと分かっていても、俺は声を上げずにいられなかった。
消えていく。次第にガザーヴァの輪郭が薄れ、紅茶に落とした角砂糖のように大気へ溶けてゆく。

「ジョン、ジョン!!『源泉』と『守護壁』だ!ありったけの回復スペルを寄越せっ!!」

ガザーヴァの体を回復の光が包むが、肉体の崩壊は止まらない。
俺は回復スペルを持ってないし、ジョンが持ってるのだってコンボに組み込む微回復のものしかない。
仮に大回復を持ってたとして、『この状態』のパートナーに回復が効果ないのなんて――
今までの経験で、わかっていた。

なんで。どうして。
益体もない疑問ばかりが頭の上を滑っていく。
なんで――命を捨ててまで戦ったのか。そんなもん、今更聞くようなことじゃねえだろ。
ガザーヴァの後ろには、未だ全世界へ呼びかけるために歌い続けてるカザハ君たちがいる。
委ねられているのは、俺達全員の命運。世界一つぶんの命を守るために、ガザーヴァは退かなかった。

「うわあああああ!!!」

取り乱すべきじゃなかった。だけど、意思と無関係に腹の底が震えた。
霧散していく光の粒をかき集めんと手を伸ばす。指の間をすり抜けていく。
その当たり前の現象に、どうしようもなく目の奥が熱くなる。

>「……みょう、じん……」

俺の声が聞こえたのか、ガザーヴァの唇が僅かに震えてか細い声を出す。
意識がある。生きてる……まだ生きてる!

531明神 ◆9EasXbvg42:2025/03/09(日) 17:05:54
「ガザーヴァ!……大丈夫だ、絶対助かる。俺が助ける。
 お前が命懸けでここにいる全員を守ったんだ。俺だってお前のために命を懸けられる」

一度死亡演出に入ったモンスターを助ける方法がないってことは、
プレイヤーなら誰でも知ってる常識だ。

……それが何だってんだ。
そんなもんは、ゲームの開発者が勝手に決めたルールに過ぎない。
この世界はゲームだが、システムを覆す方法はあるってことを、これまで何度も実感してきただろ。

あがけ。たとえ可能性が限りなくゼロに近くても。
逆境に立ち向かい続けるのが俺の目指したブレイブの姿だろ。

考えろ。俺が辿ってきた旅路の中から、ひとつひとつ状況打開の択を検証しろ。
『回復スペル』、『ゾンビ化』、『リボーンシード』――延命手段は数あれど、
それらはあくまで延命であって、失われた命を回帰させるものじゃない。
バロールに新しい体を用意させる――肝心のバロールが行方不明だ。
『捕獲』――ダメだ。死亡したモンスターは捕獲コマンドの対象にとれない。

思考を回すことで絶望から距離を取ろうとしても、やがて諦念に似た感情が追いついてくる。
ガザーヴァに両腕があれば、手を握ってやることが出来たのに――

「あ……――」

ひとつ、ひとつだけ心当たりに行き着いた。
消えかけの命に、外から生命力を分け与える方法。

『負荷軽減(ロードリダクション)』――。
手を繋ぐことで魔力の経路を形成し、相互に力を供給する魔法だ。
今のガザーヴァには経路を作るための両腕がない。
だったらどうするか……答えはすぐそばにあった。

かつてジョンは、カケル君の『トランスファー・メンタルパワー』を換骨奪胎し、
自己流のやり方で瀕死のカザハ君に命を分け与えた。
それがどういうやり方だったかも、ちゃんと覚えてる。

必要なのは、『勇気』ひとつだ。
腹の底から声を出せ。命を燃やせ。
寿命は少なからず縮むだろうが、ガザーヴァと一緒に生きられないなら、そんなもんに大した価値はない。

「寿命なんかいくらでもくれてやる。戻ってこい、戻ってこいガザーヴァ!!」

軽くなってしまったガザーヴァの体を抱き寄せて――
乾き始めたその唇に、自分の唇を重ねた。


【唇越しに生命力供給】

532ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2025/03/14(金) 21:08:33

「なんだよ…惚れちまうところだったよ…」

バルディッシュの最後の笑みを見た瞬間から…少しだけ時間がたっても胸のドキドキが収まらない。
んん…これは感動のドキドキだ。わからないが…きっとそうだ…だから…うん。

>「……はぁー。ゲームのキャラとフレンドになって喜ぶってだいぶイカれてますよバルさん」

>「なになにアヤコちゃん、寂しいの??お前も俺達とフレンドになっていいのよ??」

アヤコと明神が楽しく煽り合う。

え…?もしかして僕達が命のやり取りをしてる間上でこの【〜〜〜ツンデレ幼馴染と素直にさせたい俺〜〜〜】みたいな少女漫画的な空間繰り広げてたわけ?
明神…?さすがに嘘だよな…?………よし…きめた!後でガザーヴァにチクってやろっと。

>「自分らの世界って、性別とか恋愛とか、その辺の考え方がだいぶ薄れてんすよ。
 男女の惚れた腫れたなんて、大昔のフィクションでしか触れられないようなものばっかで。
 だからまぁ……そういうのを当事者の目線でやれて、結構?それなりに?良い空気吸えたかな?」

>「フラれてんじゃん」

>「殺すぞ……!!」

「…まじで仲良くなってんね」

バシン!

僕の頬が再び平手打ちの刑に処される。どうして…。

>「炎君!……次こそは貴方の愛を奪いに伺いますわ。
 それではいずれ相まみえる時まで――貴方がたに、星の神の祝福があらんことを」

バルディッシュがいなくなったことでいる意味がなくなったのか…それとも目的を達成したからなのか…
アヤコは明神に対する怒りや僕の平手打ちをかましてはいるが…穏やかな顔でログアウトしていく。

言いたい事は一杯あった…部長の進化だってアヤコの炎が無くては不可能だった。
今まですべての旅の軌跡が僕の力になった。例え時間としては短いものだったとはいえ…アヤコの…一族の炎も大切な軌跡の一つだ。

だから感謝の一言くらいいっても…バチは当たらないだろう。

「また遊ぼうぜ!」

そして僕はログアウトしていくアヤコを見送った。

533ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2025/03/14(金) 21:08:46
「部長…いけるか?」

「にゃあ」

力なく部長が鳴く。

強敵相手の激闘…かなり強引な進化方法…どれもHPじゃなく…部長の体力を削るには十分だった。
部長にも…僕にも休息が必要だ…だが…戦場は僕達に休む時間を与えてはくれない。

「カザハのバフの効果が切れたら…僕も部長もその場でぶっ倒れるかもな…」

僕の体の奥底には確かに力が湧いてくるだけの気力がまだ残っている。しかし…それはカザハのバフの効果あってのものだ。
戦場の特異性…俗に言うアドレナリンという奴だろう…要は紛い物の元気という事だ。

「くそ…血が足りないせいか思考が弱ってきてるな…」

だがこれ以上時間を掛けるわけにはいかない。カザハを助けにいかなくては。

明神も落ち着いているが…内心はガザーヴァの事が心配で仕方ないのだろう…そわそわを隠せていない。
これ以上…僕の都合でこれ以上合流を後らせるわけにはいかない。

「明神…ガザーヴァの位置はわかるか?部長に乗って行こう!そっちのが早いはずだ。」

マゴットがついてるとはいえ今の状況で危険度が一番高いのはガザーヴァだ。
本音を言えばカザハの元に飛んでいきたいが…ただでさえ遅れているのに私情を挟むわけにはいかない。

「部長…すまないが…頼むぞ!」

「にゃあーーーー!」

僕達は部長の背に乗り空を駆けた

534ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2025/03/14(金) 21:08:59
>「――見事」

ガザーヴァの元へついた僕達が見たのは恐らくガザーヴァが交戦していたであろう…名前は…なんだったか…の死を見た。
無事敵を退けたのだ。喜ばしい事だと…僕達は心の底から喜んだ。

死にかけ…いや…見るからに致命傷のガザーヴァの姿を見るまでは。

「あれ…は…………な…なんてっ」
>「ガザーヴァ!!」

どけっ!と明神が叫びながら部長から飛び降りる。まだ結構高さがあったので痛かっただろうに…そんな事も気にしないまま。
明神は顔歪ませながら…ガザーヴァに近寄っていく。

「にゃあ…」

部長が切なげに鳴く。
僕には部長がどんな意味を込めて鳴いたか分かった…いや…部長が鳴かなかったとしても…あのガザーヴァの容体を見れば一目瞭然だ。

――ガザーヴァは…もうすぐ息を引き取る。

>「ガザーヴァ!おい!ガザーヴァ!!」

体が崩壊しかかっている…もうこうなればもう誰にも止められない。
明神が名前をどれだけ叫ぼうとも…体は徐々に…消えていく…バルディッシュのように。

どうしてこうなった…?

僕が…無駄に話してたせいか?僕がもっと決着を急げば…ガザーヴァは死なずに済んだのではないか?

「明神…僕」
>「ジョン、ジョン!!『源泉』と『守護壁』だ!ありったけの回復スペルを寄越せっ!!」

無理だ。助かるわけがない。

部長の回復スペルは耐久よりの部長を生かす為であって…いやスペルでは…この状態から回復できる事など出来はしない。

「わかった…」

いくら部長の回復やバフを重ね掛けしたとしてもどうにもならない。
そんな事は…明神が一番よくわかってるはずだ。

僕には…どうする事もできない。

すぐ近くにカザハもいるだろう…他の二人はちょっとわからないが…そう遠くはないはずだ…だけど
連絡も繋がらないような状況で…だがもしつながったとしても…崩壊は始まっている。止められない…。

明神が回復の噴水を汲んできて必死にガザーヴァを回復させようとする。

あんなに冷静な明神が…間違える事はあっても冷静さだけは決して手放さなかった明神が。
誰よりも感情的になりつつも自分を見失わなかった明神が。

効果がないと分かっていながらガザーヴァを治そうとする姿を…見ていられなかった。

535ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2025/03/14(金) 21:09:11
>「ガザーヴァ!……大丈夫だ、絶対助かる。俺が助ける。
 お前が命懸けでここにいる全員を守ったんだ。俺だってお前のために命を懸けられる」

全員を救うヒーローになると宣う自分が情けなくて…どこまでも効果のない回復を続ける明神が見ていられなくて。
僕はただその場に座り込むことしかできなかった…。

そんなとき

>「そうか――みんな、聞こえるか」

繋がらないはずの通信から…エンバースの声が聞こえた。

なぜかわからないが通信が回復したのだ!僕は急いでみんなに通信を掛ける
エンバースが何か重要な事を喋っていた気がする…でも今はそれどころじゃないんだ!

「カザハ!カザハ!大丈夫か!?…そうか…よかった」

カザハののいつもの声を聞いて安心するも明神の悲痛な叫び声で現実に戻される。

「聞いてくれ!ガザーヴァが!大変なんだ…大けがして…もう姿も消えかかってて…それで…!」

もう少し疲れていなければ…貧血じゃなければ…明神の狼狽え姿をみても冷静にいられただろう。
戦いで疲れ果てていたのは体だけじゃなかったと…思い知る。

>「……みょう、じん……」

ガザーヴァの消えそうな声の前で僕はただ涙を流し…明神を見つめる事しかできない。

>「寿命なんかいくらでもくれてやる。戻ってこい、戻ってこいガザーヴァ!!」

確かに…その方法があった…!生命の直に渡す方法が…!
無意識に僕が取ったカザハを助ける為の方法。ラスベガスに来るために使った方法。

僕が使った時とはわけが違う!確かにカザハは弱ってはいたがまだ猶予がある段階だった。
でもガザーヴァは文字通り…消えかかってる…もう傷口を中心に崩壊は進み…肉体という概念すらも曖昧になってきている。

崩壊してて実行できるかどうかすらもわからない…もし出来たとしても……

当たり前のことだが…一つの体に命は一つだけだ。
生命エネルギーは…「命」は…例外を除けば全員が等しく持っているが増やすことはできない。

どれだけ生命力にあふれていようと限界がある。
崩壊する体を本気で止めようとするならば…明神の命は…

「や…………」

やめろという言葉がでなかった。もし倒れているのがガザーヴァではなく…カザハだったら僕も同じ事をしていたから。
明神だってそんな事百も承知だ…なら僕がこの場でできる事は…。

二人が無事でありますように

そう祈りながら周囲の警戒をする事だけだった。

536embers ◆5WH73DXszU:2025/09/02(火) 04:47:37
「『拒否権ないだろ…な』

「んなこたないけど……でも、多分やってみた方がジョンも楽しいぜ」

『俺はやるぜ。そこの色ボケCEOをキングに勝たせりゃ良いってこったろ。
 しかもガチンコ、正々堂々正面きってのスデゴロで。……クソ難易度コンテンツだ。最高だな。
 まぁ実際の格闘指導なんかはジョンアデル氏におまかせするとして』

「ほら見ろよ、明神さんなんか何事にも斜に構えて一言余計な事言わないと気が済まないくせに
 最終的にはノリノリで参加してくるんだぜ。ああいうのでいいんだよ、ああいうので」

『マホたんファンならぐーっと☆グッドスマイルはマスターしないと!』

「そうそう。そういうので……ああ?ちょっと待て。どうしてそうなる。
 確かにこの世界はゲームだがアイドル育成ゲームじゃないんだぞ」

練習が終わった!
煌帝龍のダンス力と歌唱力が上がった!
体力が減った!

「おいざけんなバロール。期間限定のミニゲームで仮組みのシステムを試そうとしてんじゃねえ。
 感触良かったら本実装するつもりか?そんなの……意外と面白そうだな。
 ジョンにカザハに明神さん、マル様。わりと駒も沢山あるし……」

『地獄の歌唱訓練合格! 次は明神さんによるレスバ特訓だよ!』

「……短いアイドル路線だったな。いや、独自要素としてアリなのか?SNSでオタクとレスバするアイドル育成ゲーム」

『レスバの練習ったってよぉ……好き好んでしょうもねえ口喧嘩鍛えようとする奴がいたらそれは間違いなくやべえ奴だぜ。
 まぁ一個だけアドバイスするなら、そうだな。相手の痛いとこ突くにはまず痛いとこ知らなきゃならん。
 的はずれなこと言ったってなんも響かねえし、反撃のチャンスをくれてやることになる』

「けど根も葉もない事をまるでホントみたいに言われるとムカつかないか?
 最近フォーラムに俺を野試合で三回はケチョンケチョンにボコったって言い張るヤツが
 頻出しててクッソムカつくんだよな。なんか知らないか?なあ明神さん」

『こんな平原のど真ん中で修行なんか100年やったってレスバは上手くならねえよ。
 敵を知り己を知ればなんとやらってな。これはレスバに限らずスデゴロバトルにも言えることだ。
 ガチでやるなら、まずはアコライトに潜り込もうぜ』

「潜り込む?簡単に言うけどあそこは一応城塞だぜ?」

『アコライトに潜入する。アテは……ある。
 俺達がここに着いて、シナリオが動いた。そろそろイベントが発生するはずだぜ』

明神が城壁の方を見やる。現れたのは――半目で覇気のないマホたん。

『来ると思ってたぜ。絶対君主がバリバリ元気なら……こういう奴も、居ると思ってた』

『ケヒヒッ、なんのことでございやしょう……あっしはただのケチな戦乙女でさぁ。
 そちらの帝龍のダンナをお迎えに上がりやした。アコライト外郭へお招きいたしやしょう』
『……あの傲慢な王を、打倒していただく為にね』

「なんだなんだ、急にダークソウルが始まったぞ。戦乙女の誘いに乗って敵の懐に飛び込めって?それって……かなり不吉じゃないか?」

エンバース=口ぶりとは裏腹に楽しげな笑み。

537embers ◆5WH73DXszU:2025/09/02(火) 04:49:09
『煌帝龍だっけ?君は筋がいい…才能を感じる…前の時は卑怯な手ばっか使ってた気がするけどなんてもったいないんだ!
 磨けば輝く宝石になれる…!…1時間…いや10分僕に筋肉の動かし方をレクチャーさせてくれないか』
『素質があるのにそんな雑な筋肉の使い方じゃ筋肉が可愛そうだ…』
『キングマホたんは僕達にお前を鍛えてくれといった!才能を感じるからこそ!その才能磨いてくれと頼んだのだ!』

「なんだなんだ、急に……何が始まったんだこれ?茶番か?茶番だな……。
 けど、ジョンがそこまで言うなんて珍しいぜ。試してみろよ、帝龍」

『君には才能がある…間違いない!もしかしたらあのアコライトにいる全部のマホたんを惚れさせる事も出来るかもしれない!!』

暫くジョンと煌帝龍による荒野の汗だくトレーニングをお楽しみ下さい。

『さぁ!では行こう帝龍!アコライトに!』

ジト目マホたんの案内に従って一行はアコライト外郭へ潜入した。
勿論特に変装とかはしていない。主人公はたとえ指名手配されたっていつもの格好を崩さないのだ。

ところでさっきから煌帝龍が全く喋っていないがお使いのモニターは正常である。
元が高慢なエリート気質だったが故に気安く会話に応じる事が出来ず、
さりとて現在進行形で世話になっている相手に平時の――横柄な態度を取る事も出来ない。
そこから導き出されたのが黙々と指示に従うというスタイルなのだ。察してやろう。

「とは言え、レスバの材料集めって何するんだよ。ていうか冷静に考えたらレスバに強くなってどうするんだよ……」

『――ねえ、ぶっちゃけ煌帝龍ってさ、どう思う?』

「お?」

相変わらずのマホたんカーニバルの中、気になる話題が聞こえた。
振り返ってみるとなんだかギャルっぽいマホたんが数人でたむろっている。

『正直ちょっとウザくない?』

「おいおいヤバいぞカメラ止めろ!マホたんのこんなとこ見られたら今度こそサ終ものの炎上――」

『――ホンットにそれ!何回挑んでも律儀に戦ってくれてる時点で脈アリだってフツー分かるじゃんね!?
 手段なんか選んでないでさっさとボコボコにしてあげなきゃレオたんいつまでも生殺しじゃん!』

「……流れ変わったな」

『やー、でもアレはレオたんも悪いよ。脆弱いとか飽きちまったとか言って好き避けしちゃってさ〜。
 ロンちゃんどー見たって戦乙女心とか分かるタイプじゃないし』

『てかそもそもウチら戦乙女なんだから負かしたらそのまま昇天れ帰っちゃえばよくない?
 最終的に負かして欲しいにしてもヴァルハラでやった方が効率的じゃん』

「……また流れ変わったな。帝龍お前ヤバいんじゃないか」

『えー?お臨終ち帰りは流石にちょっと重いよ〜。ヴァイキング時代じゃないんだからさ〜』

「……戦乙女心か。さっぱり分からん……そもそも心っていうか生態じゃないか?」

ぼやくエンバース――ふと視線を感じて振り向く。
ジト目マホたんがじっとり加減を強めた視線でブレイブ一行を見ていた。

『乙女の密談を盗み聞きたあなかなかいい趣味でいらっしゃる……お気が済みやしたらどうぞこちらへ』

更に案内された先は――外郭の隅にある屋外練兵場。
そこにはキングマホたんがいた。ぐーっと☆グッドスマイルを踊っている。
ただし両手に身の丈ほどもある戦斧を握りながら。

辞書のような分厚さの戦斧が踊り子のヴェールさながらに揺らめく。
踊りは緩急を付けながら、しかし次第に加速していく。
ただの舞踊が、次第に武術の型稽古めいた威容を帯びていく。

そして――――不意に強烈な薙ぎ払いを伴って、キングマホたんが振り返った。
斧を突きつけ睨む先には――咄嗟に物陰に身を隠したブレイブ一行。

「そこにいるんだろ。出てきな」

538embers ◆5WH73DXszU:2025/09/02(火) 04:50:19
観念したかのように物陰から歩み出る――ジト目マホたん。
後ろ手でしっしとブレイブ一行を追い払う仕草。

『ケヒヒッ、お気に障りましたならどうかご容赦を。あんまりにも見事な舞だもんだから、つい……』

『なんだ、手前か。別にいいぜ。盗み見くらい気にすんなよ……それより、丁度いいや。そっちの調子はどうだ?』

『……調子、ですかい?一体何の――』

『どうせまた裏でセコセコやってんだろ?頼むぜ、今度は楽しませてくれよ』

『……へ、へへ、一体何の事だか。すいやせんが、あっしはそろそろお暇させて頂きやさあ』





『クキィ〜〜〜〜〜! ご、ご覧になりやしたか!?お聞きになったでしょう!あの憎ったらしい……!
 「そっちの調子はどうだ」「今度は楽しませてくれよ」ですってよ!
 男一人意のままにも出来やしねえ戦乙女がなーにを偉そうに!』

ブレイブ一行と合流するや否や、ジト目マホたんは顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。
そうして明神に縋り付く。

『あ、あっしは、あっしは悔しいんですよ!
 あの王様気取りの唐変木の顔を真っ赤にさせて泣きを見せてやらねえと気が済まねえんです!
 頼んます、頼んますよ旦那方!どうかあの傲慢な王を――ケチョンケチョンに負かしてやって下せえ!』

エンバースが気まずそうに頭を掻く。

「……まあ、とりあえず次のトレーニングに進むか?とは言え……
 俺からお前に教えてやれる事なんてあんまりないんだよな。
 ホラ、俺達って天才だしさ……テクニックなんて今更共有するまでも……」

エンバースは暫く考え込むと――

「……まあ、結局ゲームが上手くなる方法なんて決まってるんだよな」

そう呟いた。

『やっとその結論に辿り着いたのかい?僕はもう待ちくたびれたよ。ホラ、さっさと行こう』

ミハエルがやれやれと伸びをして歩き出す。

『ム……その、ミ……ミハエル……この先は……』

向かう先は――先ほどの練兵場。
思わず煌帝龍も難色を示す。

『君……ヘイローだっけ?いつも正午に勝負を挑んでるんだろ?
 ならレオたんも明日に響くようなハードトレーニングはしない。
 とっくにいなくなってるよ。それくらい分かるだろ?』

有無を言わせぬミハエル――練兵場に到着。
キングマホたんはいない。

『効率よく上達するには座学やコーチングも大事だけどさ。結局のところゲームが上手くなるには――』

エンバースが不意に煌帝龍の背中を蹴飛ばした。
体勢を崩した煌帝龍は何歩か前につんのめって、それから急速に振り返った。
その表情には流石に怒りが見える。

『何を――!』

だが次の瞬間には言葉を失った。
喉元にダインスレイヴが突きつけられていた。

「――ゲームをやり込まないとな。新しく覚えたテクニックは実戦で噛み砕いて自分のモノにしないと意味がないぞ!ってな」

エンバースはそう言って不敵に笑うとダインスレイヴを収める。身を翻す。

「まっ、まずは俺の一勝と。それじゃ、次は誰が相手する?
 ジョン?明神さん?一旦カザハに自信付けさせてもらってもいいぜ?」


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