したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

【TRPG】ブレイブ&モンスターズ!第十章

1 ◆POYO/UwNZg:2024/02/04(日) 21:15:57
――「ブレイブ&モンスターズ!」とは?


遡ること二年前、某大手ゲーム会社からリリースされたスマートフォン向けソーシャルゲーム。
リリース直後から国内外で絶大な支持を集め、その人気は社会現象にまで発展した。

ゲーム内容は、位置情報によって現れる様々なモンスターを捕まえ、育成し、広大な世界を冒険する本格RPGの体を成しながら、
対人戦の要素も取り入れており、その駆け引きの奥深さなどは、まるで戦略ゲームのようだとも言われている。
プレイヤーは「スペルカード」や「ユニットカード」から構成される、20枚のデッキを互いに用意。
それらを自在に駆使して、パートナーモンスターをサポートしながら、熱いアクティブタイムバトルを制するのだ!

世界中に存在する、数多のライバル達と出会い、闘い、進化する――
それこそが、ブレイブ&モンスターズ! 通称「ブレモン」なのである!!


そして、あの日――それは虚構(ゲーム)から、真実(リアル)へと姿を変えた。


========================

ジャンル:スマホゲーム×異世界ファンタジー
コンセプト:スマホゲームの世界に転移して大冒険!
期間(目安):特になし
GM:なし
決定リール:マナーを守った上で可
○日ルール:一週間
版権・越境:なし
敵役参加:あり
避難所の有無:なし

========================

2崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/02/04(日) 21:16:34
人類が宇宙に進出して育星霜――
外宇宙からの脅威【星喰い(ステライーター)】を殲滅するため、
銀星連邦議会は外敵掃討部隊『銀星騎士団(コズモリッター)』の設立を宣言。
騎士団を構成する人類の守護者『星蝕者(イクリプス)』の育成に着手した。

学園惑星『セラエノ』。
無数の銀星連邦加盟星から見出された『星蝕者(イクリプス)』候補生は特務士官育成機関『アカデミー』で集団生活を営み、
その適性を伸ばされ才能を開花させてゆく。

光剣の担い手“フォトンブレーズ”
星辰の射手“サジタリウス”
貫く流星“シューティングスター”
箱舟の漕手“ネビュラノーツ”
暗黒銀河の刺客“ダークマター”
黄道の魔術師“ゾディアック”
恒星破壊者“ジャガンナート”

特務教官として七つのクラスを持つ『星蝕者(イクリプス)』たちを育成し、来たるべき破滅に抗え!





“星蝕のスターリースカイ”





少女たちと星を繋ぐ戦いが今、幕を開ける――

3崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/02/04(日) 21:20:10
「“あれ”……
 あの宇宙船が、イブリースの言っていた“あれ”……。
 ミハエルの言っていた、わたしたちの質問に答えられる者……なの……?」

空を見上げながら、なゆたは誰に言うともなく呆然とした表情で呟いた。
そう、なゆたたちアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』のはるか上空に浮かんでいる被造物の群れは、
まさしく宇宙船としか形容しようがない。
それも、なゆたたちの良く知っているようなスペースシャトルやボイジャーのような現実のそれとは違う。
スタートレックや銀河英雄伝説などといったスペースオペラ作品に出てきそうな、
現代文明を遥かに超越した叡智の産物とおぼしき技術の具現化した存在であった。
むろん、そんなものはアニメや映画の中の話でしか知らない。――が、何らかの特殊映像や蜃気楼の類ではない。
それらは間違いなくこの地球に、なゆたたちの視界に実体を伴って厳然と存在していた。

イブリースは『ニヴルヘイムとミズガルズの戦争ではなかった』と言っていた。
で、あるのなら。
等しく死亡しているニヴルヘイムの魔物たちと、地球の人々。
両者を鏖殺したのは――。

「エンデ……!?」

なゆたは咄嗟に傍らのエンデへ顔を向けた。
『ブレイブ&モンスターズ!』のシステム、『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』のエンデなら、
何か知っていることがあるのでは――そう思ったのだ。
しかし。

「……知らない。
 三つの世界のこと、『ブレイブ&モンスターズ!』にまつわることなら、すべての事柄がぼくのデータベースに入ってる。
 でも、あんな宇宙船のことは知らない。“あれ”は――」

日頃の眠たげな態度を引っ込め、ほんの少しだけ表情を強張らせながら、エンデが口を開く。

「異なる世界のものだ」

「アルフヘイムと、ニヴルヘイムと、ミズガルズ。
 その三世界の他に、まだ世界があるっていうこと……?」

「いいや。『ブレイブ&モンスターズ!』の世界は、あくまでその三つだけだ。未実装で終わったムスペルヘイムを除けば。
 けれど、あの宇宙船はそういうことじゃない。根本的に違うんだ」

エンデがかぶりを振る。ブレモンの中ならばまさしく全知全能と言っても差し支えない権能を持つエンデだが、
こればかりは完全にお手上げといった様子だった。
と、不意に『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちの周辺で轟音が鳴り響いた。
耳を劈くようなキャタピラの音と共に、整然と隊伍を組んだ戦車の群れが現れる。米陸軍の戦車大隊だ。
ネリス空軍基地に駐屯していた戦闘機部隊の全滅を知り、近隣の基地から派兵されてきたのだろう。
ざっと五十台はいる。他にも戦闘ジープや装甲車、銃火器で武装した歩兵を満載したトラックも見える。
世界に冠たる米軍の威信にかけて、この招かれざる外宇宙の客人(まろうど)を撃砕しようと、そんな断固たる意志が窺える。
さらに三十機ばかりの戦闘機がまるで航空ショーのように綺麗な編隊を組み、宇宙船めがけて飛んでゆく。
まさしく映画のような光景。今までミズガルズやニヴルヘイムでゲームの中のような光景を幾度も目にしてきたが、
これは別格だ。

先頭に陣取る超巨大な円盤型の宇宙船に接敵した戦闘機が、一撃必殺とばかりにミサイルを発射する。
翼下のウェポンベイからサイドワインダーが撃ち放たれ、一直線に宇宙船めがけて飛んでゆく。
命中。大きな爆発が起こる――が、宇宙船はどこも損害を受けていない。まったくの無傷、ノーダメージだ。
なおも後続の戦闘機がミサイルをありったけ発射するも、それらをすべて浴びて尚、宇宙船はまるで動じない。
文字通り、お前たちとは文明レベルが違うのだと。そう言いたげに威容を保ち続けている。
人類vs地球外生命体の作品あるあるだが、そんな悠長なことを言ってはいられない。

と、それまでされるがままで沈黙を保っていた宇宙船側に動きがあった。
円盤型宇宙船の下部から、無数の小さな何かがバラ撒かれ始めたのだ。
遠間からは、最初それが何なのか小さすぎてよく分からなかった。
しかし――宇宙船から出てきた夥しい数の其れが空を飛び、米軍の戦闘機へと蜂の群れさながらに吶喊したことで、
やっと正体が分かった。

「あ……」

その尋常ならざる驚異の光景に、なゆたはただただ目を丸くして驚愕する他ない。
サーフボードめいた板に乗っていたり、バイクのような乗り物に跨っていたり。
或いは背から翼を生やし、ジェットパックを装備し、全身に蒼白いオーラを纏って自在に空を翔ける者たち。

其れは、『人』であった。

4崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/02/04(日) 21:24:55
其れらは、一様に少女であった。
だいたい下は小学校低学年くらい、上は高校生くらいの年頃であろうか。男や成人女性はひとりもいない。
人類であるということ以外、人種も肌の色もまちまちであったが、皆セーラー服をSFチックにアレンジした制服を着ている、
というところが統一している。恐らくデフォルトの制服を個人個人の好みで改造しているのだろう。
軍服めいて肌の露出が少ない者もいれば、水着のように肌も露わな改造をしている者もいる。
そんな少女たちが、米軍を相手に圧倒的な戦闘を繰り広げている。

「――ふッ」

スタンダードなセーラー服に黒タイツ、ローファーといった地球でも見かける出で立ちに、
毛先を切り揃えた腰までの黒髪を靡かせた日本人とおぼしき少女が、蛍光管のように淡い碧色に輝く直剣を持って跳躍する。
まるで池の飛び石を跳ぶように、源義経の八艘飛びのように、味方の乗り物や仲間の背を踏み台にして、
地上から離れること数百メートルの上空を文字通り宙を跳んで戦闘機へ肉薄する。
そして、一閃。光の刃が戦闘機の片翼をバターのように斬断すると、制御不能になった戦闘機は錐揉みしながら墜落していった。

「アーッハッハッハッハッハハァッ!」

ジェットパックを背負い、ビキニの水着の上に申し訳程度に制服を纏った白人の少女がウェーブのかかった髪を靡かせ、
哄笑をあげながら両手に持ったバカげた大きさの銃を所かまわず乱射する。複数の銃口と有り得ない長さの弾帯、
常識で考えれば到底実際に使えるとは思えない冗談のようなデザインの銃器だが、そんな銃から放たれた弾丸で、
まるで蚊トンボのように戦闘機が墜ちてゆく。弾丸もいくら使っても一向に尽きる気配がない、
アニメやゲームでよくある、弾数無限のコスモガンというものに違いなかった。

「墜ちろッ!!」

全身を蒼く輝くオーラに包んだ、黒髪をお団子に結い各所に中国風の意匠の入った制服を着た少女が、
しなやかな肢体を宙に舞わせては手に持った穂先にビーム刃を展開した長槍を一閃する。
途端に周囲にオーラで形成された小振りの鎗が十数本出現し、唸りを上げて戦闘機へと飛んで行った。
ミハエルの持つ神殺しの鎗グングニールの『白い閃光(ホワイトグリント)』に似ていてるが、
その威力は勝るとも劣らないように見える。

「……ああ……」

なゆたは絶望の呻きを漏らした。
人類の戦闘力、破壊力の粋が、まるで通じない。
戦闘機は間合いを離してミサイルを発射し、バルカンを乱射するものの、少女たちにはまるで当たらない。
また、当たったところで倒せるかどうかも疑わしい。外見は自分たちと何ら変わらない――いや華奢でさえあるが、
彼女たちは正真、なゆたたちの知っている世界の住人ではなかった。

不意に、ドドォォンッ!! と爆音が響く。地上で戦車隊が主砲を撃ったのだ。
地上へ降りた少女たちを迎え撃つため、展開した歩兵部隊が戦闘を開始する。
しかし、そんな米軍の攻撃を、少女たちは嗤いながら蹂躙してゆく。

「はははッ……脆い! 脆すぎる!」

分厚い鉄板で鎧われた装甲車を、巨大な機械の神馬二頭立てのチャリオットが踏み潰す。
象の足跡ほどもある蹄が鉄板をひしゃげさせ、アスファルトに鉄車輪の轍を刻みながら進んでゆく。
チャリオットの御者台に屹立するのは、飾緒つきの豪奢な礼服めいた詰襟制服に身を包んだ小柄な少女だ。
機神馬は少女の号令通りに動き、戦車を、装甲車を、そして歩兵たちを容赦なく蹴散らし、轢殺し、粉砕する。
その轍の跡には、潰れてもはや原型すら留めぬ無数の骸があるばかり――。

「―――――」

圧倒的攻撃力で殺戮を繰り広げる少女たちを相手に、歩兵たちが持っているアサルトライフルを半狂乱になって撃ちまくる。
しかし、当たらない。どころか、その攻撃の結果を見届ける前に、歩兵たちは首を胴から泣き別れにして絶命していた。
あたかも影のように、鎌鼬のように。死角から突如として出現した、口許を覆面で隠し忍びのデザインを取り入れた制服を着る、
ポニーテールの少女によって暗殺されたのである。バックスタブ、或いは忍殺。
首を喪った兵士たちが切断面から噴水のように血を噴き出して斃れる。其処にはもう、少女の姿はなかった。

「うふふ……。参りますよ?」

阿鼻叫喚の戦場の中で、場違いなほど幼い声が響く。声の主は小学校低学年くらいにしか見えない、幼い少女だった。
スタンダードスタイルのセーラー服の上にだぶだぶの白衣を纏い、大きなウィッチハットにゴーグルを装備している。
歩兵たちが戸惑う。が、この幼女もまた紛れもない侵略者。宇宙船から降臨した敵だった。
幼女が右手を伸ばすと、途端に其処から巨大な火球が生まれる。火球はたちまち爆裂し、辺りは一面火の海と化した。
焼け爛れ悲鳴を上げ、のたうち回る兵士たちを一瞥し、養女はにまあ……と嗤った。

「くくッ……ははははッ、はは――はぁっはっはっはっはっは―――ッ!」

ズズゥン……と大地が震動する。見れば半袖ミニスカ、白いニーハイソックスで褐色の肌を包んだ少女が、
狂的な喜悦の笑みを浮かべてゆっくりと戦車大隊へ向かって単身歩いてゆくところだった。……ただし、無手ではない。
翼を光の剣で切断され、墜落した戦闘機の残骸。その機首を片手で掴み、肩に担いで軽々と持ち運んでいる。
少女がぶぉん! と戦闘機を振り回す。鈍器として扱われた戦闘機と戦車とが激突し、派手な爆炎があがる。
莫迦力と言うのも莫迦らしい、そんな膂力だ。戦車を持ち上げて投げ飛ばし、砲塔を素手で捻じ曲げ、拳で装甲を貫く。

そんな、人知を超越した少女の形をした何かが、宇宙船から続々と降りてくる。

5崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/02/04(日) 21:33:08
事ここに至り、上空に浮かぶ宇宙船の群れが――其処から出てきたこの少女たちがニヴルヘイムの魔物たちと、
地球の人間たちを一挙に相手取って屠り去ったのは明白だった。
確かに最初は、ニヴルヘイムの軍勢はミズガルズを手中に収めるべく米軍と戦闘するつもりでいたのだろう。
米軍も正体不明のモンスターたち出現の報を聞き、これを殲滅するために出動したに違いない。
実際に両陣営間で多少の戦闘はあったかもしれないが、それは微々たるものに過ぎない。
すぐにこの第三勢力が両者の間に乱入し、双方を一網打尽にしてしまったのだ。
それにしても、この少女たちは――

「うんうん、そのお気持ちはよォ〜くワカりますよォ〜! 皆さん、こう考えていらっしゃる!
 『いきなり何の脈絡もなく現れた、あの連中はドチラサマ? 誰か教えてェ〜ん!』とね――」

アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちが固唾を呑んで戦闘に釘付けになっていると、
そんな声が突然間近で聞こえた。
見ればいつの間に来ていたのか、黒地に金の差し色の入った燕尾服を着込みシルクハットをかぶった長身痩躯の男が、
さも当然と言った様子でなゆたたちパーティーの中に紛れ込んで立っている。
男はボロボロの頭陀袋で頭部をすっぽり覆い隠しており、その頭陀袋にはクレヨンで子どもが雑にラクガキしたような、
いびつな大きさの黒丸だけの双眸と大きなギザ歯の口が描かれていた。
そのヘタクソなラクガキの顔が、何故か普通の生き物のそれのように自然に喜怒哀楽を作っている。
男は手に持ったステッキをくるくると器用に回転させ、しきりに得心がいったように頷いてみせた。

「そうでしょうとも、そうでしょうとも! 当然の思考です無理もありません! 皆さんは正常です! フー!
 まァ世の中正気と狂気は紙一重、同じアレなら踊らにゃソンソンなんて言ったりもしますが。ええ」

良かったですねェ、とぽんぽんっと気安くカザハの頭を撫でる。
なゆたが呆気に取られ、仲間たちも驚いている中、男はやっと自分を取り巻く空気に気付いたのか、

「おおーっとォこれは失礼! ワタクシとしたことがとォんだウッカリを。
 自己紹介がまだでしたねェ、皆さまお初にお目に掛かります。ワタクシの名前はナイ!
 いえいえ『名前が無い』のではなく『名前がナイ』なのですお間違えなきよう。
 本日は皆さまのナビゲーションを担当するよう仰せつかり、斯様に推参仕った次第にてございますです。ハイ」

ナイと名乗った男はシルクハットを取ると、滑稽なほど芝居がかった所作で大袈裟に会釈してみせた。
むろん、こんなNPCもモンスターもブレモンには存在しない。

「ナイ……ね。分かった。
 わたしは――」

なゆたもまた、ナイが名乗ったことで自らの名を名乗ろうとする。
しかし、ナイは白手袋を嵌めた左手を前に突き出すとそれを遮った。

「ストップ! それには及びません! 自己紹介はキャンセルで、時間の無駄ですからね。
 そう配慮して頂かずとも、ワタクシは皆さまのことをよォ〜く存じておりますので!」

「……わたしたちのことを……?」

「ええ。知っておりますとも、よォォ〜くねェ。
 ――人気がなさすぎて間もなくサービス終了してしまうオワコンにいつまでもしがみついて、
 傷を舐め合ってる負け犬オブ・ザ・イヤー御一行様……と。
 いえ、キングオブ落伍者の方がいいですかね? それともワールド敗北者ユニバースチャンピオン? どれがいいです?」

なゆたの顔を腰を折って覗き込み、いい加減に描かれたギザギザの歯を剥き出して、 
にゃひッ、とナイは気持ちの悪い笑み声を漏らした。

「まァでも仕方のないことと言えましょう! いつまでも大昔の『楽しかったころの記憶』に縛られて、
 辞めどきを見失う……古参あるあるというヤツですかねェ〜! しかし形あるものいつかは壊れ、
 始まったコンテンツもいつかは終わる。栄枯盛衰は世の理、どれだけ面白いコンテンツもいつかは飽きられる、これ運命!
 アナタ方の『ブレイブ&モンスターズ!』にも、そのときが来た……単にそれだけの話なのです!」

パーティーの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちがその慇懃無礼な物言いに怒気を湛えても、ナイはどこ吹く風である。
例え憤怒に任せて攻撃を試みたとしても、まるで立体映像のようにすり抜けてしまうだろう。
この場に『在り』ながら『無い』。それがナイの特性らしい。

「しかァしご安心をォ! そんな往生際の悪い皆さまにご納得して頂くために、ワタクシが遣わされたのです!
 皆さまの為に、プロデューサーメッセージもご用意しておりますですよ。あのお方からの……ね。
 此れを見れば見苦しく生にしがみつく皆さまもだァ〜い納得! して死んで頂けますこと、これ請け合い!
 いやァ〜なんとラッキーなのでしょォ〜!」

くるくると踊るように振舞うナイの所作は何もかもが大袈裟で、まるでミュージカルのようだ。

「……あのお方……大賢者ローウェルのことかしら。あなたもローウェルに創られた存在ってことね……。
 いいわ、あなたがローウェルから全部説明するよう言いつけられて来たのなら――
 洗いざらい、何もかも喋って」

そんなナイの人を小莫迦にしたような振る舞いに眉を顰めながら、なゆたは口を開いた。

6崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/02/04(日) 21:43:24
「じゃあ、教えて。
 ……あなたたちは。あの宇宙船は、そして中から出てきた女の子たちは……。
 いったい、何者なの……?」

「にゃひッ。いいですとも、お教え致しましょう! しかし――あぁ、それにしてもつらい!
 あのお方はなにゆえ、斯くも! 斯くも酷薄なる職務をこのワタクシに与えたもうたのか!」

ナイがオーバーアクションで右手を額に添え、嘆く真似をしてみせる。

「死刑囚でさえ、自身の死刑宣告を聞きたくは無いと申します。例え自分は九分九厘死刑と察しがついていようとも!
 ワタクシがその問いに答える、それはまさしくアナタ方にとっての死刑宣告も同じ。
 すなわち皆さま方が助かる可能性はゼロ! と宣言することと同義! ンンン〜ッなんたる残酷! なんたる殺生!
 皆さまの悲嘆を想像するだけで、ワタクシの心臓は引き裂かれてしまいそうですよォニャヒッヒッハハハハァ!」

途中までは芝居じみて嘆くふりをしていたが、顔は笑っている。
最終的に堪えられなくなったのか、ナイは耳まで裂けたギザ歯の口を大きく開き、ゲラゲラと声を上げて嗤った。

「というか。皆さま、既にうすうす勘付いておられるのでは?
 ワタクシの。かの船団の。そして少女たちの正体を――。
 それでもお聞きになりたいと? そんなにご自分が死刑になる確証が欲しいと……」

「くどい。さっさと答えて」

なゆたは唸るように言った。――珍しく苛立っている。
ナイの人を舐め切り、おちょくった態度に対して不快を隠そうともしない。

「何を言われようと、わたしたちは負けないから」

ぎゅ、と拳を強く握り込む。
ナイはこれでもかと大きく背を反らせ、頭陀袋に楽しげな笑み顔を作った。

「にゃはッ! にゃヒひはハははハッ!
 そうですか! そうですかァ〜これはこれは大変失礼をば! 此れから絞首台に上られる、
 皆さまの決意に水を差してワタクシとんだ野暮天野郎でございました! ンン〜心よりお詫び申し上げます!
 では――」

ビタリ! とナイはポーズを決めると、ステッキの先端で米軍と戦う少女たちを指した。
そして朗々と語る。

「彼女たちは『星蝕者(イクリプス)』。
 新作ソーシャルゲーム『星蝕のスターリースカイ』のキーパーソンにして、育成対象の少女たちなのです」

「……星蝕の……スターリースカイ……?」

「イエェェェェェス!! つい先日リリースが発表されたばかりの、究極にして至高のゲーム! 
 皆さま方『ブレイブ&モンスターズ!』に代わる、次の世代の……プロデューサー・ローウェルの最新作!
 それがあの宇宙船団の、少女たちの正体です! お気軽に『SSS(スリーエス)』とお呼びください!
 ちなみにワタクシ、SSSのUIとシステム解説を担当させて頂いております、ナビゲーションキャラでございまして」

ぎひひッ、とナイがラクガキの顔を笑ませる。

『星蝕のスターリースカイ』――

シャーロットとバロールの反対を押し切り『ブレイブ&モンスターズ!』を見限った大賢者ローウェルが製作した、完全新作RPG。
SFファンタジーという、ブレモンの中世ファンタジーとはまったく経路の違うジャンルでリリースされたゲーム。
ブレモンに代わる後継作。

「な……んて、こと……」

瞠目して呟く。シャーロットの記録の中で、ローウェルが『次』に着手していたことは理解していたが、
まさかここまで形になるほど進行していたとは。
だが、そんな最新作のキャラクターたちが、どうして地球へ乗り込んできたというのだろう?
同じ人物のプロデュースしたゲームだ、理論上は可能かもしれなかったが、その意図が分からない。
そんな疑問を口に出さずとも察したのか、ナイが饒舌に喋り続ける。

「あのお方は皆さま方をとても評価しておられます。
 どんな逆境にも挫けず生を掴み取ろうとする、ゴキブリ並みのしぶとさ……もとい、諦めない心を! ニャヒッ!
 ということで――このまま放っておいても侵食で消滅するアナタたちに、今までの働きに対するご褒美としてェ!
 最期の花道を用意してくださったのです! つまり……」

ひゅばッ! と素早い動きで明神に近付くと、右腕を伸ばして気安く肩を組む。

「最新ゲームのプレイヤーたちの『的』になって死ぬ栄誉を……ネ!」

明神から離れると、ナイはくるくる踊るように回ってエンバースの前に出た。
そうして、未だ一方的な蹂躙で米軍を嬲っている少女たちを再度ステッキで指す。

「彼女ら『星蝕者(イクリプス)』はSSSのクローズドβテストに当選したプレイヤーの皆さまが育成した、
 テストキャラクターなのです!
 応募総数、約2億8千万件! その中で選ばれた50万人のプレイヤーに、この世界をたっぷり破壊して頂き――
 SSSの爽快感! 面白さ! 楽しさをご理解頂こうというワケでして!」
 
それからちょっぴり改善点も教えて頂けるとウレシいですねェ! と、茶目っ気たっぷりにウインクする。

7崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/02/04(日) 21:52:41
「な――」

ナイの物言いに、なゆたは絶句した。
クローズドβテストの的。そんなものはご褒美でも何でもない。
ローウェルは単に、ブレモンのことを廃品利用くらいにしか考えていないのだろう。
どうせ消える世界なら、新規ユーザーに新作の手触りを理解してもらうための試験場として使い捨てようという考えなのだ。
SSSテストプレイヤーのステータスを若干盛り気味にして、爽快感をたっぷり味わって貰えれば、
それが口コミとなって正式リリースの集客率増加にも繋がる。
抜け目がない、そしてブレモンの住人たちを何とも――まさにただのデータとしか捉えていない、非道な手法だった。

「最新ゲームの発展の役に立てるのです、喜ばしいことでしょう? まさにゲーマー冥利に尽きるというもの!
 存分に胸を張ればお宜しい! 次代の覇権ゲーの礎となって死ぬことが出来るのですから!」

どこからか十字架型の墓石を取り出し、ズドン! と『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちの前に置く。
ついでとばかり手品のようにロザリオと聖書も引っ張り出すと、牧師の真似ごとをしてアーメン、と十字を切る。

「ワタクシが皆さまの最期を看取って差し上げます!
 皆さまがどのように斬られ! 撃たれ! 刺され! 潰され焼かれ溶かされ凍らされ……etcetc!
 ともかく! いかなる終焉を迎えたのか、その死に様を詳細にモニターし、あのお方へ確実に!
 御報告致しますのでご心配なく! あのお方は決して、アナタ方の死を無駄には致しませんとも!
 皆さまを構成するそのデータの1バイトに至るまで、SSSのために有効活用して下さることでしょう!
 いやァ、ワクワクするじゃあありませんか! ワクワクするでしょう? ワクワクしません? ワクワクしろ!!
 ニャルルラハハハハハハハッハハッハハ――――――ッ!!!」

「……いい加減にしたらどう。耳障りよ、ナイ」

ナイがひっくり返らんばかりに背を反らして嗤う。すると、新たな声が聞こえた。
視線を向けると、前方十メートル程先に数人の少女たちが立っている。その中の、中央に立つ日本人風の少女が喋ったらしい。
『星蝕のスターリースカイ』の育成対象であるメインキャラクターたちだ。
その属性は七つのクラスに分かれ、それぞれ個性的なスキルやアビリティを持つ。
少女たちの姿を一瞥し、ナイが爆笑を含み笑いに変えて応じる。

「これはこれは『星蝕者(イクリプス)』の皆さま。
 米軍を相手に無双するのはおやめになられたので?」

「ハ! くだらねぇ。ただ数が多いだけのザコじゃねぇか! そういうのはいいんだよ、そういうのは!」

SF的な意匠のあるアサルトライフルを携えたボーイッシュなショートカットの少女が肩を竦める。

「そうですわね。大量撃破の爽快感は最初こそ良いものですが、すぐに飽きてしまうもの。やはり楽しいのは――」

くるくるにカールした金髪の少女が、軽く右手を口許に添えてのお嬢様ポーズで言う。

「……強い者との戦闘。デバッグテストとしても、そちらの方が有益」

目許以外を覆面ですっぽりと隠した少女が、軽く両手で印を結ぶ。
ナイはすぐに一歩しりぞいた。

「ニャッハハ! ごもっとも、ごもっとも! 
 クローズドβテストの開催期間は長くありません。『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の皆さま、
 名残は尽きないところですが――歓談のお時間はそろそろお開きと致しましょう!
 お話しできてよかった、楽しかったですよ! ワタクシ、皆さまとの語らいのひとときを決して忘れません!
 エート……なに話したんでしたっけ? まぁいいですよね! ニャッハッハハッ!
 ではでは! ごきげんよう―――」

最後まで『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』をコケにした態度で右手をひらひらっと振ると、ナイは瞬く間に消滅した。
跡にはなゆたたちアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』と、『星蝕者(イクリプス)』と呼ばれる少女が七人。
綺麗に前髪を切り揃えた姫カットの少女が可憐な唇を微かに開く。
だが、その少女はナイとは違い『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』と長々話すつもりはさらさらないらしい。
軽く仲間の少女たちに目配せすると、

「……行くよ」

とだけ告げた。
途端、我が意を得たりと他の少女――『星蝕者(イクリプス)』たちが『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』めがけて襲い掛かった。

魔導師めいた姿のセーラー服に身を包んだ幼女が右手を掲げると、無数の光の矢が迸ってカザハとカケルを狙う。
エンバースとフラウを無数の銃口が狙う。ショートカットの少女はニヤリと笑うと、両手に持った銃のトリガーを引いた。
炎を噴き出すロケットエンジンのノズルに長柄が付いたような槍を携えた北欧系の少女が、一直線に明神へと吶喊する。
褐色肌に白い長髪の少女が、物怖じするどころか好戦的な笑みを口辺に浮かべながらジョンへと肉薄する。
そして――明るく輝く刃を提げた姫カットの少女が、低く身を屈めて一気になゆたへと距離を詰めてゆく――。

8崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/02/04(日) 21:58:51
「ポヨリン! 『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』――」

人間離れした速度で接近してくる少女を迎え撃とうと、なゆたはスマホを取り出しスペルカードを切ろうとした。
が、その暇がない。少女の振るう光刃をなんとか回避したものの、胸鎧を掠める。

「く……!」

歯噛みする。まだ、リューグークランとの戦闘で負ったダメージが回復していない。当然、疲労もそのままだ。
そして何より――前回のデュエルで使用したスペルカードがリキャストしていない。
まったく万全でない手負いの状態で、米軍を手もなく捻り潰した別ゲームのキャラクターを相手にするというのは無茶が過ぎる。
第一、なゆたたち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は『星蝕のスターリースカイ』なるゲームのことを何も知らない。
よって相手がどんな手を使ってくるのか、まったく分からない。
ただ、米軍との戦闘を見ていたことで目の前の相手がライトセーバーじみた光刃を操る前衛職だということを知るのみだ。

「はッ!」

ぶぉん、と虫の羽音のような不快な音を立て、少女の光刃がなゆたを両断しようと迫る。
一撃でも貰えば、間違いなく致命となるだろう。対処法の分からないなゆたはただただ逃げ回るしかない。
成す術がないのは他の仲間たちも同様だろう。カザハとカケルの魔法は幼女の張った障壁によって悉く防がれ、
あべこべに幼女の爆裂魔法は容赦なく炸裂してふたりの灰を焼き、膚を焦がす。膨大な熱波の前では呼吸さえおぼつかず、
熱せられた空気を吸い込んでは深呼吸を必要とする呪歌は歌えまい。
エンバースの攻撃はほとんど届かない。エンバースの射程距離外から、銃使いの少女は巧みに射撃を連発してくる。
一見して盲滅法の無駄撃ちのようにも見えるが、その実エンバースとフラウの行動を予測し先回りして逃げ場を失くしている。
銃器だけではなく、時折自動追尾式の爆弾なども併用し、エンバースから完全に攻撃の機会を奪っている。
明神の死霊術をものともせず、槍使いの少女がその心臓を貫こうと吶喊してくる。矢継ぎ早の攻撃は、
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』にスマホを手繰る暇さえ与えない。完全なワンサイド・ゲームだ。
ガザーヴァも、まだ目覚めない。ガーゴイルの背にぐったりと突っ伏したままでいる。
圧倒的な戦力差。
その上、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』と『星蝕者(イクリプス)』の間には、決定的な違いがあった。

『星蝕者にはATBの概念がない』――

「アッハハハハッ……ATB? そんな時代遅れの古臭いゲームシステムなんて、まだ採用してるゲームがあったんだ?」

「『星蝕のスターリースカイ』のジャンルはTPS視点アクションRPG……根本的なシステムが違う」

「悠長にゲージが溜まるのを待ってるような、ノロマのやるゲームじゃないんだよ……SSSはなぁッ!」

『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の行動には、すべてATBゲージが関係している。ゲージが溜まらない限り攻撃も、
防御も、スペルカードを切ることも出来ないのだ。
一方で『星蝕者(イクリプス)』たちはそんなものは関係ないとばかり、次から次へと行動を重ねてくる。
プロデューサーが同じというだけでまったくの別ゲームなのだから当たり前の話だが、
それで抗えという辺り無茶振りもいいところだろう。いや、
元々ローウェルは『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を生かしておくつもりがない。ここで皆殺しにする気なのだ、
そのための死刑執行人として『星蝕者(エクリプス)』を差し向けている。

「オォォォォォラァァァァァッ!!!」

ガゴォン! という音を立て、ジョンに褐色少女の右拳が炸裂する。戦闘機を片手で持ち上げる、その威力は甚大だ。
ブラッドラストを使い『永劫の』オデットの力さえ我が物としたジョンであっても大ダメージは免れない。
そのくせ、ジョンが全力で少女を殴りつけようとも、少女はほとんどダメージを受けないのだ。

「み……、みのりさん……!」

なゆたは堪らず助けを呼んだ。ブレモンの管理者メニューを手中にしたみのりなら、何らかの手が打てるかもと思ったのだ。
が。

《あ、あかん! 強烈な干渉を受けとる! 外部からのアクセスを拒否できひん!
 なんやのこれ!? こんなんセキュリティハッカーのやることやろ!
 まともな精神の持ち主のやることやあらへんわ! 上位者や言うても、きちんとルールは守たらええのに!》

スマホからみのりの悲鳴が聞こえる。ニヴルヘイムではみのりとウィズリィが必死にファイアウォールを構築し、
外部からのクラッキングを阻止しようとしているのだろうが、ゲーム開発に関しては手練のローウェルと、
つい先日管理者になったばかりの新米であるみのりとでは役者が違いすぎる。

『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の必死の攻撃は、せいぜい『星蝕者(イクリプス)』に毛筋ほどの傷をつけることしか出来ない。
しかし、それは『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が弱いということではない。
単純に『星蝕者(イクリプス)』が強すぎるのだ。それはまるで、チートでも使っているかのように。
ローウェルはクローズドβテスト開催にあたって、応募に当選したプレイヤーを随分優遇したのだろう。
よって、今戦っている『星蝕者(イクリプス)』のステータスは最初からカンスト気味になっている。
正式リリースの暁にはもちろん調整され弱体化されるのだろうが、ここは事前登録者の呼び水とするためのテストの場だ。
後で直すと言ってしまえば、何でもできる。

「みんな! 撤退! 撤退よ……センターの中に入って!」

ポヨリンを抱き上げ、なゆたがありったけの声を張り上げて叫ぶ。
今の万全でない状態で戦ったところで、億にひとつの勝算もない。どころか万全であったとしても勝てるかどうか疑わしい。
一旦ワールド・マーケット・センターの中に退避して、体勢を立て直そうというのだ。

だが――

まったく異なるコンセプト、異なるシステム、異なる価値観のゲームに、対処する方法などあるのだろうか?


【『星蝕のスターリースカイ』クローズドβテストのテストプレイヤーたちが出現。ブレモンキャラの殲滅を開始。
 チート能力につき『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は勝ち目なし。
 全員退避し作戦会議をすることに。】

9embers ◆5WH73DXszU:2024/02/12(月) 02:19:12
【ニューエスト・コンテンツ(Ⅰ)】

『お前の言いたいことは分かったけどよ。望み薄じゃねえの?
 ずっとジジイにおんぶされながらニヴルヘイムを渡ってきて、地球で別れたわけだろ。
 こっち来てからの行方は知らないとか言ってたしよ』

「そうは言ってもどうせ手がかりなんてないんだ。取っ掛かりも今んとこコイツくらい、だろ?」

『フ……。僕は何ひとつ嘘は言っていないよ。そんな必要ないからね。
 ローウェルの行方は本当に知らない。信じるかどうかは君たち次第だけど』

「いい。俺はローウェルの居場所を聞いた覚えはないぜ。
 どうすれば辿り着けるか聞いたんだ。何か糸口があるだろ」

『僕がやったことに関しても、弁解するつもりなんてないさ。
 僕がニヴルヘイムの軍勢を地球へ連れてきた結果、たくさんの人が死んだ。魔物も。
 それが僕の罪で、償わなければならないというのなら受け入れようとも。ただ――
 そんな時間はないと思うけど』

「くどいぞ。俺がそんな事にはさせない……そう言った筈だ」

『君たちの質問に答えられる者がいるとしたら、それは……このワールド・マーケット・センターの外にいる。
 此処に来るときには見えなかったかい? まぁ、僕との闘いで頭がいっぱいだったというのなら無理もないか。
 でも、今なら君たちにも見えるはずさ……行って確かめてくるといい。
 僕は……もう二度と見たくない』

「……おい、俺に負けて気分が落ち込むのは分かるが。あんまり情けない事言うなよな」

慰め半分、当惑三割、不満二割といった口ぶり。
実際のところ、あのミハエルをこうも不安げにさせる存在――想像も出来ない。

『……みんな、行こう』

「……先に行っててくれ。すぐに追いつく」

エンバースがミハエルに向き直る/不敵な笑みを見せる――左手を口元に添えて密談の仕草。

「みんなは、なんだかいい感じに納得してくれたけどさ。
 俺は別に回りくどい駆け引きをした覚えはないぜ。
 あんな楽しいデュエル、一回きりで終わりだなんて認められるかよ、なあ?」

両手でミハエルの肩を掴む=力付けるように強く。

「俺が……いや、俺達だったな。俺達がなんとかしてやる――とは言ったもののだな。
 実際問題、お前が尻込みするほどの相手だ。俺も無事でいられるかは正直分からん」

エンバースが身を翻す/仲間達の後を追う――背を向けたままミハエルへ右手を一振り。

「つまり――敗北の余韻を楽しむのもほどほどにしといてくれよって事さ」

そうしてエンバースはワールドマーケットセンターの出入り口へ向かい――

「……あん?なんだ、わざわざ待っててくれた……」

『……ア……、アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……』

「……って訳でもなさそうだな。おい、何があった?」

エントランスホールで膝を突く、傷だらけ/半死半生のイブリースを目の当たりにした。
しかしエンバースの反応は薄かった。合理的に考えれば然程驚くべき事でもないからだ。

10embers ◆5WH73DXszU:2024/02/12(月) 02:19:33
【ニューエスト・コンテンツ(Ⅱ)】

あのミハエルが思い出すだけで身震いさせられるほどの存在。
そんなものが外にいたのなら、イブリースがこうなっているのは――単なる当然の結果だ。
リューグークランのデッドコピーを前にしてもデュエルに熱中出来たエンバースが、今更そんな事で動揺する理由はない。

『イブリース!?』

「おい、あまり迂闊に動くなって。そいつをそんな風にしたヤツがまだ近くにいないとも限らないんだぞ」

死に体のイブリースを通り過ぎる/センターの出入り口へ向けて警戒態勢。

『……“あれ”は……。
 “あれ”は、一体なんだ……?』

『最初は、我が同胞たちとミズガルズの者たちが戦闘をしているものと思っていた……。
 ミハエル・シュヴァルツァーの連れてきた、ミズガルズを侵略しようとするニヴルヘイムの同胞たちと、
 それを阻止せんとするミズガルズの者たち……。その両者が相争うのを止めようとしたのだ……。
 だが……そうでは、なかった……』

「おい、しっかりしろ。ぶっ倒れるなら見たもの全部喋ってからにしろ」

『……ニヴルヘイムと……ミズガルズの戦争では、なかった……。
 我が……同胞たちを、蹂躙し……ミズガルズの者たちを……殺戮、する……。
 “あれ”は……いったい、なんな……の、だ……』

「魔物達も、地球の人間も殺して回る……?なんだそりゃ……どこのどいつだ」

戦慄と動揺が周囲を包んでいくのを感じる――エンバースはどこ吹く風だ。
今更、そんな空気を払拭する為に気を使う必要などないからだ。
まだ見ぬ敵に怯えている暇はない。畢竟、自分達は前に進むしかない――もうみんな分かっている。

『レッツ・ブレイブ……!』

「よし、行くか。レッツ・ブレイブだ」

ワールドマーケットセンターを出る――眼前に広がるのは破壊された街並み/敗戦の痕跡。
前衛を務めるエンバースが先行――あちこちに横たわる魔物と人間の死体へ近寄る=死因の確認。

『……なんて、こと……』

「警戒しろ。何体かの魔物は急所を一撃でやられてる。ふん、なかなか……鮮やかな手並みだぞ」

『“あれ”……
 あの宇宙船が、イブリースの言っていた“あれ”……。
 ミハエルの言っていた、わたしたちの質問に答えられる者……なの……?』

見上げるなゆたの視線の先――近未来的造形の、恐らくは宇宙船団。

『エンデ……!?』

「あー……アレはなんだ?アレもブレイブ&モンスターズ第二章の隠し玉か?」

11embers ◆5WH73DXszU:2024/02/12(月) 02:19:53
【ニューエスト・コンテンツ(Ⅲ)】

『……知らない。
 三つの世界のこと、『ブレイブ&モンスターズ!』にまつわることなら、すべての事柄がぼくのデータベースに入ってる。
 でも、あんな宇宙船のことは知らない。“あれ”は――』
『異なる世界のものだ』

『アルフヘイムと、ニヴルヘイムと、ミズガルズ。
 その三世界の他に、まだ世界があるっていうこと……?』

『いいや。『ブレイブ&モンスターズ!』の世界は、あくまでその三つだけだ。未実装で終わったムスペルヘイムを除けば。
 けれど、あの宇宙船はそういうことじゃない。根本的に違うんだ』

「……待て。お喋りはほどほどにして集中しろ。何かを……投下してるぞ」

『あ……』

投下された何かは――人だった。
翼/ジェットパック/全身に纏うオーラで飛行する、制服姿の少女集団。
それらが空を飛び交う――戦闘機を斬り裂く/撃ち落とす。
そうして地へ降り立っては今度は戦車とその随伴歩兵を蹂躙していく。

「クソ、どうなってる……連中は――」

『うんうん、そのお気持ちはよォ〜くワカりますよォ〜! 皆さん、こう考えていらっしゃる!
 『いきなり何の脈絡もなく現れた、あの連中はドチラサマ? 誰か教えてェ〜ん!』とね――』

「ああ?」

不意に背後から聞こえた声――振り返りざま、即座にダインスレイヴを薙ぐ。
そこにいたのは燕尾服/シルクハット/落書きめいた顔の描かれた頭陀袋/洒落たステッキ――長身痩躯の男。

「……なんだ、お前。今確かに斬ったよな?」

『そうでしょうとも、そうでしょうとも! 当然の思考です無理もありません! 皆さんは正常です! フー!
 まァ世の中正気と狂気は紙一重、同じアレなら踊らにゃソンソンなんて言ったりもしますが。ええ』

シルクハット野郎がカザハの頭を気安く撫でる/もう一度斬りつける――やはり手応えがない。すり抜けている。

『おおーっとォこれは失礼! ワタクシとしたことがとォんだウッカリを。
 自己紹介がまだでしたねェ、皆さまお初にお目に掛かります。ワタクシの名前はナイ!
 いえいえ『名前が無い』のではなく『名前がナイ』なのですお間違えなきよう。
 本日は皆さまのナビゲーションを担当するよう仰せつかり、斯様に推参仕った次第にてございますです。ハイ』

「ナビゲーション……ああ、大体分かった。NPCなんて殴れない事の方が多いもんな」

『ナイ……ね。分かった。
 わたしは――』

『ストップ! それには及びません! 自己紹介はキャンセルで、時間の無駄ですからね。
 そう配慮して頂かずとも、ワタクシは皆さまのことをよォ〜く存じておりますので!』

「だろうな。どうせお前もローウェルの差し金だろ」

『ええ。知っておりますとも、よォォ〜くねェ。
 ――人気がなさすぎて間もなくサービス終了してしまうオワコンにいつまでもしがみついて、
 傷を舐め合ってる負け犬オブ・ザ・イヤー御一行様……と。
 いえ、キングオブ落伍者の方がいいですかね? それともワールド敗北者ユニバースチャンピオン? どれがいいです?』

「……いいよそういうのは。時間の無駄だからな。さっさとNPCとしての役目を果たしてくれるか」

12embers ◆5WH73DXszU:2024/02/12(月) 02:20:11
【ニューエスト・コンテンツ(Ⅳ)】

『じゃあ、教えて。
 ……あなたたちは。あの宇宙船は、そして中から出てきた女の子たちは……。
 いったい、何者なの……?』

『にゃひッ。いいですとも、お教え致しましょう! しかし――あぁ、それにしてもつらい!
 あのお方はなにゆえ、斯くも! 斯くも酷薄なる職務をこのワタクシに与えたもうたのか!』

「いるよなお前みたいなモブ。ボタン連打で与太話を飛ばしてたらもっかい話しかけちまうタイプだ」

『死刑囚でさえ、自身の死刑宣告を聞きたくは無いと申します。例え自分は九分九厘死刑と察しがついていようとも!
 ワタクシがその問いに答える、それはまさしくアナタ方にとっての死刑宣告も同じ。
 すなわち皆さま方が助かる可能性はゼロ! と宣言することと同義! ンンン〜ッなんたる残酷! なんたる殺生!
 皆さまの悲嘆を想像するだけで、ワタクシの心臓は引き裂かれてしまいそうですよォニャヒッヒッハハハハァ!』

「……これ、最後まで邪魔せず聞いたらアチーブメント貰えたりしないか?いや、俺がさっき殴っちまったな……」

『というか。皆さま、既にうすうす勘付いておられるのでは?
 ワタクシの。かの船団の。そして少女たちの正体を――。
 それでもお聞きになりたいと? そんなにご自分が死刑になる確証が欲しいと……』

『くどい。さっさと答えて』
『何を言われようと、わたしたちは負けないから』

「そういう感じだ。ほら、さっさとイベントを進めろよ」

『にゃはッ! にゃヒひはハははハッ!
 そうですか! そうですかァ〜これはこれは大変失礼をば! 此れから絞首台に上られる、
 皆さまの決意に水を差してワタクシとんだ野暮天野郎でございました! ンン〜心よりお詫び申し上げます!
 では――』

ナイのステッキが米軍を鏖殺してのけた少女達を指す。

『彼女たちは『星蝕者(イクリプス)』。
 新作ソーシャルゲーム『星蝕のスターリースカイ』のキーパーソンにして、育成対象の少女たちなのです』

『……星蝕の……スターリースカイ……?』

『イエェェェェェス!! つい先日リリースが発表されたばかりの、究極にして至高のゲーム! 
 皆さま方『ブレイブ&モンスターズ!』に代わる、次の世代の……プロデューサー・ローウェルの最新作!
 それがあの宇宙船団の、少女たちの正体です! お気軽に『SSS(スリーエス)』とお呼びください!
 ちなみにワタクシ、SSSのUIとシステム解説を担当させて頂いております、ナビゲーションキャラでございまして』

「こう言っちゃ悪いんだが……そういう長くお世話になるタイプのキャラならもっと可愛く作るべきだったろ。
 こっちのメロみたいにさ。SSS、ひとまずナビゲーターのクオリティじゃブレモンに完敗だな」

『あのお方は皆さま方をとても評価しておられます。
 どんな逆境にも挫けず生を掴み取ろうとする、ゴキブリ並みのしぶとさ……もとい、諦めない心を! ニャヒッ!
 ということで――このまま放っておいても侵食で消滅するアナタたちに、今までの働きに対するご褒美としてェ!
 最期の花道を用意してくださったのです! つまり……』

『最新ゲームのプレイヤーたちの『的』になって死ぬ栄誉を……ネ!』

「ほざけ。大方、本当ならウィズリィを送り込んだ辺りでケリを付けてるつもりだったんだろ。
 なのにしくじって、それっきりじゃダサすぎる。ちゃんと自分のプランで片付けた事にしないとな?」

目の前にやってきたナイに一歩詰め寄る/挑発的に鼻で笑う。

13embers ◆5WH73DXszU:2024/02/12(月) 02:21:26
【ニューエスト・コンテンツ(Ⅴ)】

『彼女ら『星蝕者(イクリプス)』はSSSのクローズドβテストに当選したプレイヤーの皆さまが育成した、
 テストキャラクターなのです!
 応募総数、約2億8千万件! その中で選ばれた50万人のプレイヤーに、この世界をたっぷり破壊して頂き――
 SSSの爽快感! 面白さ! 楽しさをご理解頂こうというワケでして!』
 
「けど、まあ……ちょっと面白そうだな、SSS。暫くプレイして話を進めて、未知の惑星に辿り着いて。
 その星の名前がミズガルズだったら……ちょっとテンション上がりそうだってのは分かるよ」

『最新ゲームの発展の役に立てるのです、喜ばしいことでしょう? まさにゲーマー冥利に尽きるというもの!
 存分に胸を張ればお宜しい! 次代の覇権ゲーの礎となって死ぬことが出来るのですから!』

「発展に役立つ?なら次のベータテストには俺も呼んでくれよ。今回は失敗に終わるだろうからさ」

『ワタクシが皆さまの最期を看取って差し上げます!
 皆さまがどのように斬られ! 撃たれ! 刺され! 潰され焼かれ溶かされ凍らされ……etcetc!
 ともかく! いかなる終焉を迎えたのか、その死に様を詳細にモニターし、あのお方へ確実に!
 御報告致しますのでご心配なく! あのお方は決して、アナタ方の死を無駄には致しませんとも!
 皆さまを構成するそのデータの1バイトに至るまで、SSSのために有効活用して下さることでしょう!
 いやァ、ワクワクするじゃあありませんか! ワクワクするでしょう? ワクワクしません? ワクワクしろ!!
 ニャルルラハハハハハハハッハハッハハ――――――ッ!!!』

『……いい加減にしたらどう。耳障りよ、ナイ』

不意に視界の外から聞こえた新たな声――星蝕者達が米軍との戦いを切り上げ、集合していた。

『これはこれは『星蝕者(イクリプス)』の皆さま。
 米軍を相手に無双するのはおやめになられたので?』

『ハ! くだらねぇ。ただ数が多いだけのザコじゃねぇか! そういうのはいいんだよ、そういうのは!』
『そうですわね。大量撃破の爽快感は最初こそ良いものですが、すぐに飽きてしまうもの。やはり楽しいのは――』
『……強い者との戦闘。デバッグテストとしても、そちらの方が有益』

「ああ、やっとクソ長いムービーシーンが終わるのか。おい、ちゃんとアンケに書いとけよ。
 可愛くもないナビゲーターの話が長くてもあんまり嬉しくないって」

『ニャッハハ! ごもっとも、ごもっとも! 
 クローズドβテストの開催期間は長くありません。『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の皆さま、
 名残は尽きないところですが――歓談のお時間はそろそろお開きと致しましょう!
 お話しできてよかった、楽しかったですよ! ワタクシ、皆さまとの語らいのひとときを決して忘れません!
 エート……なに話したんでしたっけ? まぁいいですよね! ニャッハッハハッ!
 ではでは! ごきげんよう―――』

「ああ、またな。次会う時はあの船の中を案内してくれよ」

やれやれと言わんばかりの深い溜息――真紅の眼光が星蝕者を睨み上げる。

「さて、と――」

『……行くよ』

戦闘開始――瞬間、エンバースがダインスレイヴを薙ぐ。
変幻自在の刃を伸長/手首の返しで切り払う=最速で敵全員を斬り裂く軌道。
だが――それが星蝕者達に届く事はなかった。
ガンナーの少女が既にこちらへ銃を向けている――その銃口が火を噴く。
速い。弾丸そのものは勿論、照準から射撃までの動作そのものも。
響く激しい金属音――咄嗟に斬撃の軌道を変えて弾丸を防ぐ他なかった。

14embers ◆5WH73DXszU:2024/02/12(月) 02:25:08
【ニューエスト・コンテンツ(Ⅵ)】

「……ふん」

エンバースが地を蹴る/大きく立ち位置を変える――自分を狙う射線から味方を遠ざける。
同時に再び剣閃――だが、やはり剣を振り始めた瞬間には銃口が己を睨んでいる。
銃火が閃く/弾丸が迫る=狙いは胸部の魂核――体捌きでは避け切れない。
ダインスレイヴで弾丸を弾く/弾く/弾く――弾幕が厚すぎる。
捌き切れない――常に動き続けて射線から逃れるしかない。

「なかなかのハンドスピードだ。ここ24時間で4回ほど死にかけてる俺を捉え切れないとはな!」

苦し紛れの遠吠え――とは言え実際問題、ショートウェーブヘア/水着制服少女の動作は機敏だ。
車載用にしか見えないサイズの、しかも大量の銃身を束ねた機関銃の二丁持ち。
それほどの重武装を軽々と取り回し、更にジェットパックを駆使してエンバース/フラウを常に視界内に捉え、追い続けている。

『アッハハハハッ……ATB? そんな時代遅れの古臭いゲームシステムなんて、まだ採用してるゲームがあったんだ?』
『『星蝕のスターリースカイ』のジャンルはTPS視点アクションRPG……根本的なシステムが違う』
『悠長にゲージが溜まるのを待ってるような、ノロマのやるゲームじゃないんだよ……SSSはなぁッ!』

「……ふん。俺達過激派ブレイブの間じゃ、そういうゲームは大味だとか底が浅いって言うんだぜ」

機関銃は二丁=必然、二つの射線に挟まれる瞬間が来る。
逆説、その合理的戦術がいつか来る事をエンバースは予測出来る。
そして予測さえ出来ていれば――後はリスクを冒すだけだ。

迫る二射線の片方へ飛び込む/地を蹴る/走り高跳びの要領で飛び越える。
遺灰の左足が撃ち抜かれて吹き飛ぶ――問題ない。
左足の断面から爆ぜる火炎/その爆風で空を蹴る/一息に距離を詰めて斬りかかる――筈だった。

だが――飛びかかるエンバースの軌道上に、赤く明滅するドローンの群体があった。
明らかに危険物=爆発物=機雷原――飛び込めば大ダメージは免れない。
してやられた。エンバースが敵の勝ちパターンを予測出来るなら――敵がその逆を出来ない理由はない。

「フラ――――――――ウッ!!」

今更空中で制動は不可能。エンバースが叫ぶ――フラウの触腕が主の右腕を掴む/引き寄せる。
追尾式の機雷同士が、一瞬前までエンバースのいた位置で接触――炸裂/炸裂/炸裂/炸裂。
強烈な爆風がエンバース/フラウをまとめて吹き飛ばす――どうにか受け身を取る。

「……はっ、はは……どうした。急に誰もいない場所を爆破したりして。
 もしかして……時代遅れのノロマにちょっとビビっちゃったのか?」

直撃は避けた/それでもダメージは重い――それでも萎縮するつもりはない。
それにまるきり収穫がなかった訳でもない。
フラウに引き寄せられながら、どうにか放ったダインスレイヴの斬撃。
それが少女の制服/左上腕を微かに斬り裂いていた――つまり少なくともダメージは与えられる。

「よし、よし。大分分かってきたぞ……そろそろ、お前の事を楽しませてやれそうだ」

直撃を貰えばその場でゲームオーバー/モーションの性能は敵の方が圧倒的/与えられるダメージは極めて微弱。
つまりこれはただの、そこそこやり甲斐のある――だが別に空前絶後というほどでもない縛りプレイ。
エンバースの赤熱する双眸がその輝きを強めていく――

『みんな! 撤退! 撤退よ……センターの中に入って!』

「……また後でな」

ゆらりと左手を振って後退/その指先で虚空を掴む/カーテンを勢いよく引くような動作――炎幕が空を踊る。
それが掻き消えた頃には『アルフヘイムの異邦の魔物遣い(ブレイブ)』一行は完全に姿を眩ませていた。

15embers ◆5WH73DXszU:2024/02/12(月) 02:33:00
【ニューエスト・コンテンツ(Ⅶ)】


「――さて。それじゃ次の目的地は連中の乗ってきた宇宙船って事になるのか?
 この世界の外側から来た船だ。ローウェルがどこにいようと追い回せるだろうよ」

センターへの撤退後、皆の呼吸が整った頃合いでエンバースはそう切り出した。

「……ああ、いや。まずはアイツらをやっつけないといけないんだっけ?
 悪いな。大して手こずりもしなさそうだったし、つい忘れちまった」

芝居がかった喋り方/皆を見渡す。

「……ちょっとわざとらしすぎたか?けど、心配するな。攻略法はある。だろ?」

自信ありげな/相変わらず少しぎこちない笑み。

「ひとまず……連中はTPSアクションRPGの出身らしい。アウトライダーズをプレイした事は?
 レムナントはどうだ?リスク・オブ・レインは?EDFシリーズも良かったな。
 4以降のバイオやスプラなんかも一応そうか?ちょっとシューター要素が強すぎるけど……」

TPSアクションRPG――ゲーマーなら一度や二度は触った事があるだろう。エンバースもそうだ。

「ま、とにかくだな。連中もRPGのキャラクターなら、そのステータスや能力の大部分は装備品由来の筈だ。
 つまり……まずは装備を奪うか、破壊するんだ。部位破壊で戦闘が有利になるイブリース戦とそう変わらないな?」

エンバースは心底楽しげだ――最初は皆を鼓舞する目的もあっただろうが。
今はもう、新しいコンテンツ/新しいゲームを前にしたゲーマーそのものだ。

「状態異常も有効かもな。アクション要素があるって事は、ヤバい攻撃はそもそも避けるのが前提になる訳だ。
 つまりレジスト関連のステータスはブレモンほど詳細に設定されていない……かもしれないぞ」

「スイッチ」を切れ――明神はさっきそんな事を言っていたが、生憎それは聞けない相談だった。
便宜上スイッチと呼んだそれはゲームのスキルなどではなく、ただの価値観だからだ。

世界も、未来も、そんなの関係ない。倫理観も感受性もノイズでしかない。
この世界はゲームなのだから――楽しめばいい。楽しんでいい。
何よりもまず目の前の戦いに熱中する事を。それを最高のデュエルにする事を――という価値観/優先順位。

その価値観が結果的に深い集中と、熱狂的な感情の昂りによるパフォーマンスの上振れを両立させているだけで。

言ってしまえばそれは課金とそう変わらない。
きっと最初は多くのプレイヤーが抵抗を覚える。お金を払ってガチャを回すなんてと。
だが一度課金してしまえば――次からはガチャ更新の度にそれが選択肢に入ってくる。

そして二度と課金をする前の精神状態に戻る事は出来ないのだ。

16embers ◆5WH73DXszU:2024/02/12(月) 02:34:13
【ニューエスト・コンテンツ(Ⅷ)】

「それにATBゲージがいらないとしても、なんの制限もないゲームなんて面白くないだろ。
 スキルにはクールタイムや固有のリソースがあってもおかしくないよな。検証してみる価値はあると思う」

そう言うとエンバースはもう一度皆を見渡した。

「……けど、これはあくまで俺向きのやり方だ。みんなはどうだ?何か見つけたか?」

問いかけ=穏やかな声。

「あまり深刻に捉えなくていい。なにせヤツらはキャラクター。
 そして俺達はプレイヤーだ。属性有利はこっちのもんだ」

ついでに右半分の生身の顔でウィンクしてみせる。
「スイッチ」はもう切れない――とは言え、別にそれでエンバースの感受性が完全に失われた訳でもない。
仲間を守る。思いやる。そうした今まで持っていた価値観が消えてなくなる訳でもない。
ただ少し――タガが外れやすくなっただけだ。

「……それと、なゆた。お前は……いや、まずは無事で良かった。
 だが……無茶はするなよ。次も銀の魔術師モードが発動するとは限らないんだ。
 クールタイムや固有のリソースがあるかもしれないのはお前も同じだ」

神妙な――不安/怒り/諦め/懇願――様々な感情が綯い交ぜになった表情。

「正直言ってだな……俺は今や世界最強のブレイブなんだぞ。
 待っててくれれば大体の事はなんとかしてやるから」

実際、ミハエルと次に戦ってまた勝てるかは分からない。
それでもエンバースは己が世界最強だと言い切った。
大言壮語一つでなゆたが少しでも自制を考えてくれるなら、安いコストだ。

17カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/02/18(日) 23:45:28
【カケル】
>「カザハ…君の言いたいことはなんとなくわかるよ…だから代わりに僕が言うね」
>「エンバース!訂正してもらおう…"俺"じゃなくて"俺達”に!」

「心の中、読まれちゃった……!」

自分はそんなに分かりやすく何かを言いたそうな顔をしていたのかという気恥ずかしさやら
ジョン君に想いを汲んでもらえた嬉しさやらでカザハがほんのり頬を染めている横で、なゆたちゃんがすかさずツッコミを入れる。

>「そこなんだ……」

あっ、これは多分“このバカップルどもめ!”って思われてますね……!
何はともあれ、ミハエルは、ローウェルの行方について本当に何も情報を持っていないらしい。

>「君たちの質問に答えられる者がいるとしたら、それは……このワールド・マーケット・センターの外にいる。
 此処に来るときには見えなかったかい? まぁ、僕との闘いで頭がいっぱいだったというのなら無理もないか。
 でも、今なら君たちにも見えるはずさ……行って確かめてくるといい。
 僕は……もう二度と見たくない」

「なんだよ。急にしおらしくなりきって……! 怖いじゃん!?」

戦闘開始前までの威勢はどこへやら、ミハエルは外にいる何かに怯え切っている様子。
エントランスホールまで戻ると、重傷のイブリースと気を失って倒れているエカテリーナとアシュトラーセがいた。

>「最初は、我が同胞たちとミズガルズの者たちが戦闘をしているものと思っていた……。
 ミハエル・シュヴァルツァーの連れてきた、ミズガルズを侵略しようとするニヴルヘイムの同胞たちと、
 それを阻止せんとするミズガルズの者たち……。その両者が相争うのを止めようとしたのだ……。
 だが……そうでは、なかった……」
>「……ニヴルヘイムと……ミズガルズの戦争では、なかった……。
 我が……同胞たちを、蹂躙し……ミズガルズの者たちを……殺戮、する……。
 “あれ”は……いったい、なんな……の、だ……」

その言葉を最後に、イブリースまでも昏倒する。

「嫌あああああああああああああああ!! “あれ”って何!?」

ビビり倒したカザハが皆に制止をかける。

「ねえ、今すぐは危ないよ! みんな戦える状態じゃないよ!
ガザーヴァは昏倒してるし、スペルカードも使い切ってるでしょ?
イブリースがこんなになる程の相手、今戦ったって勝ち目無いよ!
だから……まず相手の正体確かめてみて、危なくなったらいったん逃げようね!?
あのさ……ぼくも異邦の魔物使い《ブレイブ》だったんだ。”勇気”、あったんだよ……!」

>「レッツ・ブレイブ……!」
「レッツ・ブレイブ!」

18カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/02/18(日) 23:47:35
外に出ると、現実には存在しえないような宇宙船の群れが上空に浮かんでいた。

>「“あれ”……
 あの宇宙船が、イブリースの言っていた“あれ”……。
 ミハエルの言っていた、わたしたちの質問に答えられる者……なの……?」

>「……知らない。
 三つの世界のこと、『ブレイブ&モンスターズ!』にまつわることなら、すべての事柄がぼくのデータベースに入ってる。
 でも、あんな宇宙船のことは知らない。“あれ”は――」
>「異なる世界のものだ」

こちらが戸惑っている間にも事態は進み、制服美少女達が破壊の限りを尽くす、ぶっとんだ絵面が展開される。
いやいやいや、制服美少女って……そんなアホな!
よくありがちな美少女大量に出しときゃウケるだろう的なソシャゲじゃないんですから!
ん? ソシャゲ……?
まさか、そう……なのでしょうか。

>「うんうん、そのお気持ちはよォ〜くワカりますよォ〜! 皆さん、こう考えていらっしゃる!
 『いきなり何の脈絡もなく現れた、あの連中はドチラサマ? 誰か教えてェ〜ん!』とね――」
>「そうでしょうとも、そうでしょうとも! 当然の思考です無理もありません! 皆さんは正常です! フー!
 まァ世の中正気と狂気は紙一重、同じアレなら踊らにゃソンソンなんて言ったりもしますが。ええ」

「――誰!?」

「気軽に撫でないでくださいっ!」

カザハが突然頭を撫でられ、飛び退いて身構える。
エンバースさんが斬りつけるも、攻撃が通らずすり抜けているようだ。

>「おおーっとォこれは失礼! ワタクシとしたことがとォんだウッカリを。
 自己紹介がまだでしたねェ、皆さまお初にお目に掛かります。ワタクシの名前はナイ!
 いえいえ『名前が無い』のではなく『名前がナイ』なのですお間違えなきよう。
 本日は皆さまのナビゲーションを担当するよう仰せつかり、斯様に推参仕った次第にてございますです。ハイ」

ナイと名乗ったこの人物は、こちらのことを知っていると言う。

>「まァでも仕方のないことと言えましょう! いつまでも大昔の『楽しかったころの記憶』に縛られて、
 辞めどきを見失う……古参あるあるというヤツですかねェ〜! しかし形あるものいつかは壊れ、
 始まったコンテンツもいつかは終わる。栄枯盛衰は世の理、どれだけ面白いコンテンツもいつかは飽きられる、これ運命!
 アナタ方の『ブレイブ&モンスターズ!』にも、そのときが来た……単にそれだけの話なのです!」

>「……あのお方……大賢者ローウェルのことかしら。あなたもローウェルに創られた存在ってことね……。
 いいわ、あなたがローウェルから全部説明するよう言いつけられて来たのなら――
 洗いざらい、何もかも喋って」

ナイはしばらく勿体ぶった後に、ようやく核心を語るのであった。

19カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/02/18(日) 23:49:45
>「彼女たちは『星蝕者(イクリプス)』。
 新作ソーシャルゲーム『星蝕のスターリースカイ』のキーパーソンにして、育成対象の少女たちなのです」

>「……星蝕の……スターリースカイ……?」

>「イエェェェェェス!! つい先日リリースが発表されたばかりの、究極にして至高のゲーム! 
 皆さま方『ブレイブ&モンスターズ!』に代わる、次の世代の……プロデューサー・ローウェルの最新作!
 それがあの宇宙船団の、少女たちの正体です! お気軽に『SSS(スリーエス)』とお呼びください!
 ちなみにワタクシ、SSSのUIとシステム解説を担当させて頂いております、ナビゲーションキャラでございまして」

>「こう言っちゃ悪いんだが……そういう長くお世話になるタイプのキャラならもっと可愛く作るべきだったろ。
 こっちのメロみたいにさ。SSS、ひとまずナビゲーターのクオリティじゃブレモンに完敗だな」

「それに……主人公側の勢力の名前がイクリプスって、何か変じゃない……?」

カザハは新作ゲームの用語に何か違和感を感じているようだ。

>「あのお方は皆さま方をとても評価しておられます。
 どんな逆境にも挫けず生を掴み取ろうとする、ゴキブリ並みのしぶとさ……もとい、諦めない心を! ニャヒッ!
 ということで――このまま放っておいても侵食で消滅するアナタたちに、今までの働きに対するご褒美としてェ!
 最期の花道を用意してくださったのです! つまり……」
>「最新ゲームのプレイヤーたちの『的』になって死ぬ栄誉を……ネ!」

「そんな! 何も知らないプレイヤー達を殺戮に参加させるなんて……!」

「……きっと、上の世界の人にとってはゲームに出てくる敵キャラを倒してるだけなんですよ」

高度なAIに心はあるのか?という哲学的命題は、おそらく上の世界では無いという結論で決着が付いているのだろう。
前になゆたちゃんは、この世界はゲームとはいっても一人一人の人間の行動までは逐一制御されているわけではない、というようなことを言っていた。
ブレイブ&モンスターズというゲームは、NPCが自由意思を持っているかのように動くのがウリの一つだったのかもしれない。
が、上の世界から見れば、高度なプログラムで心を持っているかのように動いているだけと解釈されているのだ。

>「彼女ら『星蝕者(イクリプス)』はSSSのクローズドβテストに当選したプレイヤーの皆さまが育成した、
 テストキャラクターなのです!
 応募総数、約2億8千万件! その中で選ばれた50万人のプレイヤーに、この世界をたっぷり破壊して頂き――
 SSSの爽快感! 面白さ! 楽しさをご理解頂こうというワケでして!」

(ご、ごじゅうまんにん!? そんなの……浸食で消える前に世界が破壊しつくされちゃうよ……!)

20カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/02/18(日) 23:51:45
>「……いい加減にしたらどう。耳障りよ、ナイ」

放っておいたら延々としゃべり続けそうだったナイだが、
イクリプスの一人と思われる少女に制止され、戦闘が始まった。

>「……行くよ』

「「竜巻大旋風零式(ウインドストームオリジン)!!」」

多勢に無勢で一人一人相手にしてたらきりがない、ということで
開幕早々、二人がかりでレクステンペストの固有スキルの攻撃魔法を放つ。
並みのモンスターから結構強いモンスターまで一掃できる大規模攻撃魔法だが、魔術師系クラスらしき幼女の障壁に阻まれた。

「まずあの幼女を堕とすッ! 真空刃零式(エアリアルスラッシュオリジン)!」

「はいっ!」

幼女集中狙いで波状攻撃を仕掛けるも、ことごとく防がれる。
あの防御スキルの発動速度はいくら何でも早すぎやしません!?
お返しとばかりに幼女が爆裂魔法を放ち、爆風が巻き起こる。
体が軽いカザハが吹っ飛んでいきかけて、襟首を引っ掴んで確保して翼で出来るだけ覆い隠す。
身を焦がす膨大な熱波の中、呼吸すらもおぼつかない。
幼女が追撃をかけてくる。こんなものをまともにくらい続けたら……

(また焼肉になっちゃう……ってこと!?)

「伏せて!」

カザハがなんとか傘の杖を開き、私もその後ろに隠れて直撃だけは辛うじて免れる。
暴風の中で傘を開いたら普通は余計飛んでいきそうなものだが、そうならないのは流石すごい傘である。
しかし、防戦一方でこのままではやられるのは時間の問題だ。
呪歌はこんな状況ではとても無理だし、そもそも呪歌が歌えるほどの体力も残っていない。

「あぁああああああああ!
こんなことなら! さっき駄々こねてみんなを止めときゃ良かっだああああああ!!」

カザハは涙と鼻水を垂れ流しながら絶叫していた。
さっき一瞬ヘタレキャラが崩壊して心配になったけどやっぱ気のせいだったようです!

「あなたたち! いくらなんでもATBゲージ溜まるの早すぎるでしょう!」

>「アッハハハハッ……ATB? そんな時代遅れの古臭いゲームシステムなんて、まだ採用してるゲームがあったんだ?」
>「『星蝕のスターリースカイ』のジャンルはTPS視点アクションRPG……根本的なシステムが違う」
>「悠長にゲージが溜まるのを待ってるような、ノロマのやるゲームじゃないんだよ……SSSはなぁッ!」

21カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/02/18(日) 23:53:01
ATBゲージが視覚的に確認できるのはパートナーモンスターだけだが、
実際にはこちらの世界の存在は全員がATBゲージ方式で、
別にそんな感じがしないのはATBゲージがこの世界の尺度から見れば超速く溜まっているから、ということなのだろうか。
ATBゲージ方式のゲームの戦闘シーンって、
そういうものだと思って見るからゲージが溜まるまで突っ立ってても何も違和感が無いだけで、
冷静に見るとかなりシュールな光景ですよね……。
そもそもゲージ方式ではない向こうから見た私達は今まさにそんな状態に見えているのかもしれない。

「えっ、フルダイブじゃないの!? プレイヤーはお茶の間で画面の前に座ってるの!?」

「着眼点そこ!?」

とはいえ、ゲームがどの視点方式をとっているかというのは、戦闘システムと同じぐらい重要な情報かもしれない。
完全俯瞰視点かTPSかFPSかフルダイブかによって、相手が得られる情報量が全く違ってくるのだ。
フルダイブじゃないのは多分、3Dの映像技術が確立されている現代でもドット絵のゲームがあるのと同じ理屈だろう。

>「みんな! 撤退! 撤退よ……センターの中に入って!」

あまりに勝ち目のない状況に、なゆたちゃんが撤退の号令をかける。
でも、これって撤退すらままならない状況なんじゃ……。
私達が的として設定されているということは、倒したらいいことがあるということですよね!?
撤退しようとしたところで50万人に追撃されて袋叩きになりそう……!

>「……また後でな」

エンバースさんが炎幕を展開する。
私は移動速度に長けた馬形態に戻り、カザハが私の上に飛び乗った。

「撤退するなら今のうち――オールフライト!」

カザハが全員に飛行魔法をかけ、遅れそうになった人がいたら回収して全速力でセンター内を目指す。
こうして私達は、命からがらセンター内に転がり込んだ。今のところ、イクリプス達が追ってくる様子は無い。
うまいこと巻けたのか、それとも建造物の中には入れない仕様になっているのか?

「と、とりあえず助かった……」

>「――さて。それじゃ次の目的地は連中の乗ってきた宇宙船って事になるのか?
 この世界の外側から来た船だ。ローウェルがどこにいようと追い回せるだろうよ」
>「……ああ、いや。まずはアイツらをやっつけないといけないんだっけ?
 悪いな。大して手こずりもしなさそうだったし、つい忘れちまった」

エンバースさんが、芝居がかった口調で話を切り出す。
きっと皆を元気付けようとしているのだろう。

22カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/02/19(月) 00:19:28
>「……ちょっとわざとらしすぎたか?けど、心配するな。攻略法はある。だろ?」
>「ひとまず……連中はTPSアクションRPGの出身らしい。アウトライダーズをプレイした事は?
 レムナントはどうだ?リスク・オブ・レインは?EDFシリーズも良かったな。
 4以降のバイオやスプラなんかも一応そうか?ちょっとシューター要素が強すぎるけど……」

「TPSってカメラが自キャラの少し後ろにあるような視点のことだよね。
ダークク〇ニクルとか聖〇伝説4なら……あっ」

“西暦の千の位が2なら割と最近”は古代生物の感覚やで!? という私の心の声が通じたのか、カザハは口をつぐむ。
ちなみに前者はある程度近付いて〇ボタンを連打すると自動で照準合わせて攻撃してくれる親切設計だったけど
聖〇4はそんな親切設計じゃなくて暫く虚空に向かって剣ぶん回した後に「こんなクソゲーやってられるか」ってすぐ投げてましたね……。
クソゲーという点では世間の一般的見解と一致しているようですが。
幸いエンバースさんは深く突っ込まずに話を進めてくれた。

>「ま、とにかくだな。連中もRPGのキャラクターなら、そのステータスや能力の大部分は装備品由来の筈だ。
 つまり……まずは装備を奪うか、破壊するんだ。部位破壊で戦闘が有利になるイブリース戦とそう変わらないな?」

「あいつらの装備品といったらライトセーバーみたいなやつとか?
それからセーラー服……っぽい戦闘服?も単なるグラフィックじゃなくて特殊武装の可能性もあるよね……」

>「状態異常も有効かもな。アクション要素があるって事は、ヤバい攻撃はそもそも避けるのが前提になる訳だ。
 つまりレジスト関連のステータスはブレモンほど詳細に設定されていない……かもしれないぞ」
>「それにATBゲージがいらないとしても、なんの制限もないゲームなんて面白くないだろ。
 スキルにはクールタイムや固有のリソースがあってもおかしくないよな。検証してみる価値はあると思う」

「なるほど……」

色々な案が出てくるエンバースさんに、カザハが感心している。
流石最強のデュエリストだけあって、ゲームに対する造詣が深いですね……。
というか、気のせいかもしれないけどちょっと楽しそうじゃありません!?

>「……けど、これはあくまで俺向きのやり方だ。みんなはどうだ?何か見つけたか?」
>「あまり深刻に捉えなくていい。なにせヤツらはキャラクター。
 そして俺達はプレイヤーだ。属性有利はこっちのもんだ」

「そうだよね……! お茶の間で画面の前に座ってポテチ食べながら美少女の背中見て呑気に喜んでるような奴らに負けるものか!」

「エンバースさん、いいこと言いますね……」

こちらは向こう側から見ればゲームに出てくるNPCでしかなくて、
それが一つの真実であることには違いは無いが、こちら側から見ればまた別の真実があるのだ。
ターン制ならともかくアクションRPGでポテチ食べてる暇は流石にないと思いますけど!
エンバースさんが右目を瞑ってみせたのは、きっとウィンクしたんですかね?
あれ、エンバースさんってこんなお茶目なキャラでしたっけ!?

23カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/02/19(月) 00:23:24
>「……それと、なゆた。お前は……いや、まずは無事で良かった。
 だが……無茶はするなよ。次も銀の魔術師モードが発動するとは限らないんだ。
 クールタイムや固有のリソースがあるかもしれないのはお前も同じだ」
>「正直言ってだな……俺は今や世界最強のブレイブなんだぞ。
 待っててくれれば大体の事はなんとかしてやるから」

「銀の魔術師モードを発動した時は必ず生命の危機に瀕している」としても
「生命の危機に瀕すると必ず銀の魔術師モードが発動する」とは限らない――
これはカザハも常々気にしていることで、きっと他の皆も似たようなことは思っているだろう。
だけど、エンバースさんはなんともいえない神妙な表情をしていて、それ以上の何かを憂いているような……
例えば、彼の言う”固有のリソース”がとんでもない何かだとしたら……いえ、縁起の悪い憶測はやめましょう。

「世界最強……超かっけぇじゃん! 頼りにしてるから!
我、ゲームやっても全然下手糞でみんなみたいなゲーマーじゃないから……見当違いのこと言うかもだけど……」

カザハが不吉な予感を振り払うかのようにエンバースさんを盛り立てて見せてから、話題を作戦会議に戻す。

「さっきエンバースさんが炎幕張ってる間にうまいこと逃げ切れたでしょ?
上の世界のフルダイブじゃないゲームがこっちの世界のゲームと同じようなものだとすればだけど……
情報源が画面しか無い以上視覚情報の攪乱の影響をもろに受ける……のかも?」

もしもフルダイブでプレイヤーが実際にこの世界に入ってきているなら
視覚を攪乱しても魔力感知やら超音波探知やら果ては気配やらの感知方法がたくさんありそうだが
相手が画面を通してこっちを見ているならそういう抜け道は使えなさそうではある。
尤も、SSSに視覚以外の感知能力がゲームシステムとして搭載されてしまっていたらその限りではないのだが。
その可能性はひとまず置いておいて、視覚情報の攪乱という路線で更に踏み込むカザハ。

「SSSってどれぐらい親切設計のゲームなんだろう。
当然親切設計じゃない方がこっちには都合がいいわけだけど……
ある程度近付いたら自動で照準合わせてくれたり、
そこまでいかなくても敵キャラにターゲットマークみたいなの表示されてるのかな?
もしそうじゃない上級者仕様のゲームだとしたら……向こう側に絵柄を合わせてやれば、結構混乱するだろうね。
幻影(イリュージョン)のカード、まだ残ってるんだ」

クローズドβテストの参加者は50万人もいるので、当然お互いに自軍を一人一人認識しているはずはない。
セーラー服っぽい服を着た美少女だったら自軍、ぐらいにざっくり認識しているのだろう。
あれ? 絵柄を合わせる、とか真面目な顔をして言っているけど、要するにそれって、バーチャル美少女受肉……ってこと!?

「でもなぁ、虚空に向かって剣ぶん回してる奴が見当たらなかったんだよな……。
やっぱ自動で照準合うのかなあ……」

24カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/02/19(月) 00:24:10
小声でブツブツ言っているカザハに、2億8千万件の中から選び抜かれた50万人やで!? アンタとは違うんやで!?
と心の中で突っ込んでおく。
ところで、カザハはTPSだから画面で見る形式、という前提で話をしていますが、
よく考えるとTPSって飽くまでも視点の形式だからフルダイブの可能性も絶対無いとは言い切れないんですよね。
背後霊みたいな感じでキャラクターの背後で操ってる形式、という可能性も無くはない。
どちらにしても言えるのは、世界に干渉する主体(キャラクター)と世界を認識する主体(プレイヤー)が別個に存在していて、
プレイヤーの視点はキャラクターの少し背後にあるということ。ならば……

「視界を遮るなら、相手キャラのすぐ背後に幕を張ってやれば
こちらは影響を受けずに相手だけの視界を遮断できる……かもしれませんね」

幕を張る方法は多分いろいろあるだろう。
さっきのエンバースさんの炎幕もそうだし、私達も砂を浮遊させて視界を遮るぐらいの層を作ることは可能だ。

「それにしてもローウェル、シナリオライターもクビにしちゃって一人で作ってんのかな。
イクリプスって、日蝕とか月蝕の『蝕』って意味だよね。
どっちかというと、正義の味方側というより敵側みたいなネーミングじゃない?
それからあのナビゲーションキャラ、かわいくないのもそうだし、多分クトゥルフ神話のニャル様と元ネタを同じくするキャラだよね……。
それって思いっきり邪神じゃん!」

SSSのナビゲーションキャラ――ナイは名前とか特徴的な笑い方から鑑みるに、
地球における創作神話クトゥルフ神話のニャル様こと、ナイアルラトホテップとかニャルラトホテプとか呼ばれる邪神を元ネタにしたキャラ――
じゃなくて、それと共通の元ネタを持つキャラなのだろう。
元ネタと創作物に落とし込まれたキャラが必ずしも全く同じ属性とは限らないとはいえ、
ニャル様が邪神ならその元ネタも悪い奴である可能性は高い。
主人公の所属する組織とか雇い主が実は黒幕でした!というのも王道ではあるけど
それにしても最初からいかにも悪い奴っぽい名前付けるのは変ですよね……。

「あっ、ごめん、今こんな話してる場合じゃないよね……!
今はアイツらをやっつけることだけ考えなきゃ」

ひとしきりローウェルのセンスをディスったカザハは、はっと気づいて話を元に戻した。

「アイツら、自分達の方が絶対有利なシステムだと思ってドヤ顔してたけどそんなことないよね。
こっちはゲームシステム上はゲージ制コマンドバトルらしいから
習得したスキルで出来ると設定されていることなら無茶でも何でも出来てしまうけど……
向こうはプレイヤーが操作しきれない動きはどうしたって出来ないわけじゃん」

一見楽観的過ぎて能天気にも見えるが、皆を不安にさせないようにわざとそうしているのだろう。
何せ正攻法では刃が立たないのが分かり切っている上に、体力を使い果たして呪歌も満足に使えない状態なのだ。

「きっといろいろあるよ、TPSアクションというジャンルを逆手に取る方法……!」

25明神 ◆9EasXbvg42:2024/03/03(日) 01:57:46
>「フ……。僕は何ひとつ嘘は言っていないよ。そんな必要ないからね。
 ローウェルの行方は本当に知らない。信じるかどうかは君たち次第だけど」

エンバースの問いに、ミハエルは冷笑で返した。
思わず勇気パンチをその顔面に叩き込んでやりたくなったが、深呼吸でどうにか衝動を抑え込む。
アンガーマネジメントは社会人の必須スキルだ。

>「僕がやったことに関しても、弁解するつもりなんてないさ。
 僕がニヴルヘイムの軍勢を地球へ連れてきた結果、たくさんの人が死んだ。魔物も。
 それが僕の罪で、償わなければならないというのなら受け入れようとも。ただ――
 そんな時間はないと思うけど」

「なんだ、何言ってんだ、お前……?」

まるでラスベガスの惨状は結果論ですみたいな言い草がどうにも腑に落ちない。
罪を逃れるために詭弁を振り回してる、とかなら腹は立つけどまだ理解はできる。
だけど今の言葉は――本当に、本気で、他人事だと捉えているようだった。

何かが妙だ。
俺達とミハエルとの間に、重大な認識の齟齬があるような、座りの悪さを感じる。

>「君たちの質問に答えられる者がいるとしたら、それは……このワールド・マーケット・センターの外にいる。
 此処に来るときには見えなかったかい? まぁ、僕との闘いで頭がいっぱいだったというのなら無理もないか。
 でも、今なら君たちにも見えるはずさ……行って確かめてくるといい。
 僕は……もう二度と見たくない」

それだけ言って、ミハエルは自分の腕を抱いた。
怯えてる……?あの傲岸不遜のチャンピオンが、一体何にビビってるってんだ。

>「……みんな、行こう」

ミハエルの処遇は一旦保留にし、『質問に答えられる者』とやらのいる外を見に行くことにした。
エントランスホールまで戻ると、這々の体を引きずるイブリースの姿があった。

>「……ア……、アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……」

「イブリース……?お前、その傷……」

イブリースは襤褸切れ同然の満身創痍だった。
鎧は砕け、体中に穴が空き、翼もぐちゃぐちゃ。対戦車バズーカの集中砲火でも受けたみたいな惨状だ。
市内に展開してる米軍とやりあった結果なのか――

「嘘だろおい……カテ公、アシュトラーセ……!」

イブリースの後ろには、同じくらいボロボロになった賢者2人の姿があった。
いずれも生きてはいるようだが、命があるのが不思議なくらい重傷を負ってる。
変身能力でドラゴンにだってなれるカテ公と、半竜の頑丈な肉体を持ってるアシュトラーセ。
十二階梯でも指折りの耐久力を持つ二人が、ここまでスタボロになるなんてことがあるか?

>「……“あれ”は……。 “あれ”は、一体なんだ……?」

イブリースは死に体の浅い呼吸を繰り返しながら、言葉を絞り出した。

>「……ニヴルヘイムと……ミズガルズの戦争では、なかった……。
 我が……同胞たちを、蹂躙し……ミズガルズの者たちを……殺戮、する……。
 “あれ”は……いったい、なんな……の、だ……」

ミハエルの言った、「もう二度と見たくない」という言葉が脳裏をよぎる。
三魔将と十二階梯を瀕死に追い込み、世界チャンプすら恐れをなすような何かが、『外』に居る。
俺たちは今から、そいつと邂逅するんだ。

26明神 ◆9EasXbvg42:2024/03/03(日) 01:58:54
 ◆ ◆ ◆

>「……なんて、こと……」

センターの外、ラスベガス市街地は阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
崩壊した街、破壊された兵器、そこかしこに転がる人々の死体。
それらは俺たちが最初にここへ来た時と変わらない。
変化があったとすれば、重油のような黒雲の立ち込めるラスベガスの空。

「なんだよアレ、宇宙船……宇宙船……!?」

空を埋め尽くすのはまさしく宇宙船だった。
それもNASAみたいな宇宙開発機関が打ち上げてる、いわゆるスペースシャトルじゃない。
SFに出てくるような、異質でバリエーションに飛んだ外観の『船』――

剣と魔法のファンタジーに侵略してきた、異なる世界観の何かだった。

>「“あれ”……あの宇宙船が、イブリースの言っていた“あれ”……。
 ミハエルの言っていた、わたしたちの質問に答えられる者……なの……?」
>「……知らない。
 三つの世界のこと、『ブレイブ&モンスターズ!』にまつわることなら、すべての事柄がぼくのデータベースに入ってる。
 でも、あんな宇宙船のことは知らない。“あれ”は――」
>「異なる世界のものだ」

なゆたちゃんはエンデに問うが、エンデは歯切れ悪く答えるばかりだった。
これまでシステムの代弁者として、聞かれたことには必ず回答を寄越してきたエンデが――
『知らない』と、そう言った。

俺たちが目の前の光景を受け入れられずに硬直する中、事態はどんどん転がっていく。
ラスベガスに到着した米軍の増援が宇宙船団と激突。
大量のミサイルが船団に着弾するが、目立った損害は与えられない。
反撃として繰り出されたのは、

「人……?」

宇宙船が発射したのは、超科学のミサイルとかじゃなく、『人』だった。
空中にばらまかれた無数の人影は、ラスベガス上空で戦闘機と激突したあたりでディティールが明らかになる。

それらは少女だった。
服装も、乗り物も、手に握る武器らしきものもバラバラで統一性がない。
唯一共通項があるとすれば、いずれも10代と思しき少女達であることと――
――そいつらが一様に、近代兵器もロクに歯が立たない圧倒的な戦闘力を有していること。

少女が剣を振るう。上空で戦闘機が真っ二つになる。
少女が二丁の巨大なマシンガンから弾をばらまく。無数の爆発、命の失われる花が咲く。
少女が槍を掲げる。数えるのも馬鹿らしくなる光の槍の群れが、鋼鉄の兵器を食い荒らしていく。
古代の戦車が現代の戦車を踏み潰す。歩兵の群れを一人の少女が見えない速度で殺し回る。
巨大な火球を放り投げて地上部隊を焼き尽くす。物理法則を無視した怪力が装甲車を腑分けしていく。

「なんなんだよ……なんなんだよこれは!俺たちは何を見せられてんだ!!」

>「うんうん、そのお気持ちはよォ〜くワカりますよォ〜! 皆さん、こう考えていらっしゃる!
 『いきなり何の脈絡もなく現れた、あの連中はドチラサマ? 誰か教えてェ〜ん!』とね――」

不意に、隣で俺たちのものじゃない声が聞こえた。
思わずスマホに手をかけながら飛び退く。そこに居たのは、やはり新手の人影だった。

27明神 ◆9EasXbvg42:2024/03/03(日) 01:59:34
こっちは人……と断定できない。
燕尾服とシルクハットは紳士然としたものだが、こいつには『顔』がなかった。
ズタ袋を頭から被り、顔があるべき場所には目鼻を模した落書きがあるだけ。
落書きは生きてるみたいに『表情』をぐるぐる変える。
地獄絵図に発狂したラスベガスの市民には、思えない。

>「おおーっとォこれは失礼! ワタクシとしたことがとォんだウッカリを。
 自己紹介がまだでしたねェ、皆さまお初にお目に掛かります。ワタクシの名前はナイ!
 いえいえ『名前が無い』のではなく『名前がナイ』なのですお間違えなきよう。
 本日は皆さまのナビゲーションを担当するよう仰せつかり、斯様に推参仕った次第にてございますです。ハイ」

『ナイ』と名乗ったその何かは、大仰なモーションで頭を下げた。
なゆたちゃんは自己紹介に応じようとするが、ナイは慇懃無礼な仕草でそれを制した。

>「ええ。知っておりますとも、よォォ〜くねェ。
 ――人気がなさすぎて間もなくサービス終了してしまうオワコンにいつまでもしがみついて、
 傷を舐め合ってる負け犬オブ・ザ・イヤー御一行様……と。
 いえ、キングオブ落伍者の方がいいですかね? それともワールド敗北者ユニバースチャンピオン? どれがいいです?」

「……なるほど?そういう感じか。お前の自己紹介もこれで要らなくなったぜ。
 ブレモンをオワコン呼ばわりする馬鹿はこの世でローウェルただ一人だ」

ナイはローウェルから遣わされた、奴の言葉を借りればナビってわけだ。
もう大体わかったからさっさと本題に入って欲しい。

>「じゃあ、教えて。
 ……あなたたちは。あの宇宙船は、そして中から出てきた女の子たちは……。
 いったい、何者なの……?」
>「にゃひッ。いいですとも、お教え致しましょう! しかし――あぁ、それにしてもつらい!
 あのお方はなにゆえ、斯くも! 斯くも酷薄なる職務をこのワタクシに与えたもうたのか!」

そこからナイのくっちゃべる戯言の半分くらいは耳に入らなかった。
何故かといえば、本当に戯言だったからだ。
前置きが……前置きが長い!!

「嘘だろこいつ……『お教えしましょう』つってからどんだけ前置きすんだよ。
 牛歩戦術でもローウェルに頼まれたのか?もっと会話の上手い奴をナビに寄越せって言っとけ」

>「……これ、最後まで邪魔せず聞いたらアチーブメント貰えたりしないか?いや、俺がさっき殴っちまったな……」

「取得率低そうなアチーブだな……テキスト送りオートにして風呂入ってた奴しか取れねえよ」

たっぷり一分近く喋りちらしてから、ようやくナイは本題を切り出した。

>「彼女たちは『星蝕者(イクリプス)』。
 新作ソーシャルゲーム『星蝕のスターリースカイ』のキーパーソンにして、育成対象の少女たちなのです」

もたらされた衝撃の事実――のはずだが、俺は奴の期待通りに驚く気にはなれなかった。
こんだけ時間かけてムービー見せられりゃアホでも察する。
明らかに世界観を逸脱したような宇宙船に、一騎当千の戦闘力を有した『少女達』。
この世界がゲームだっていう大前提を振り返れば、どうやったって結論は見えてくる。

こいつらは……別のゲームのキャラクター達だ。

28明神 ◆9EasXbvg42:2024/03/03(日) 02:00:32
>「イエェェェェェス!! つい先日リリースが発表されたばかりの、究極にして至高のゲーム! 
 皆さま方『ブレイブ&モンスターズ!』に代わる、次の世代の……プロデューサー・ローウェルの最新作!
 それがあの宇宙船団の、少女たちの正体です! お気軽に『SSS(スリーエス)』とお呼びください!
 ちなみにワタクシ、SSSのUIとシステム解説を担当させて頂いております、ナビゲーションキャラでございまして」

「星蝕のスターリースカイ……シャーロットがなんか言ってやがったな。
 ローウェルは新しいゲームの開発にご執心だって。これかぁ……」

>「こう言っちゃ悪いんだが……そういう長くお世話になるタイプのキャラならもっと可愛く作るべきだったろ。
 こっちのメロみたいにさ。SSS、ひとまずナビゲーターのクオリティじゃブレモンに完敗だな」

「それな。毎日ログイン画面でこいつのツラ見んの?ログボのスタンプもこいつに押してもらうの?
 今からでもその頭巾脱いで美少女だったことにしたほうが良いって!
 プレイアブルが軒並み少女ってことは、SSSの主要ターゲットは男性プレイヤーだろ」

ナビキャラっつったら作品の顔みてえなモンだよぉ……?
こんな3分で作りましたみてえな雑キャラデザじゃぜってえ売れねえって!
ただでさえ「うるさい」、「うっとおしい」、「話が長い」の三重苦なんだからさぁ!

>「それに……主人公側の勢力の名前がイクリプスって、何か変じゃない……?」

「あ?そうなの?なんて意味だっけ、イクリプス……」

ナイのデザインに仮借ない酷評を加える俺とエンバースとは違い、カザハ君は別のところに引っかかりがあったみたいだ。
詳しく聞くよりも先に、ナイはまたぞろ御託を並べ始めた。

>「あのお方は皆さま方をとても評価しておられます。
 どんな逆境にも挫けず生を掴み取ろうとする、ゴキブリ並みのしぶとさ……もとい、諦めない心を! ニャヒッ!
 ということで――このまま放っておいても侵食で消滅するアナタたちに、今までの働きに対するご褒美としてェ!
 最期の花道を用意してくださったのです! つまり……」

ナイの姿が消えた。と思ったら、2メートルはあったはずの距離を詰め、俺の隣に出現する。
肩を掴まれた。

>「最新ゲームのプレイヤーたちの『的』になって死ぬ栄誉を……ネ!」

「ああもう!クソだるい絡み方すんなや!!」

急に機敏な動きしやがったせいで話が頭に入ってこなかったが、
プレイヤー達の的になる?そいつはつまり――

>「彼女ら『星蝕者(イクリプス)』はSSSのクローズドβテストに当選したプレイヤーの皆さまが育成した、
 テストキャラクターなのです!
 応募総数、約2億8千万件! その中で選ばれた50万人のプレイヤーに、この世界をたっぷり破壊して頂き――
 SSSの爽快感! 面白さ! 楽しさをご理解頂こうというワケでして!」
 
「なんだよそりゃ……!俺たちを、この世界の命を!
 新作ゲームの試し切りに消費しようってのかよ……!」

29明神 ◆9EasXbvg42:2024/03/03(日) 02:02:09
――>『次回作を作る時に、いちいちマップと敵キャラを全部作り直すなんて面倒だからだ。
   お前は……お前はただ殺されるべき時を待つ家畜のように、仲間達を出荷したんだ』

かつてエンバースがイブリースに告げた言葉が頭に蘇る。
こいつの予言がドンピシャでハマった形だ。
ローウェルはブレモンのリソースを、体験版のフィールドとして活用しやがった。

>「けど、まあ……ちょっと面白そうだな、SSS。暫くプレイして話を進めて、未知の惑星に辿り着いて。
 その星の名前がミズガルズだったら……ちょっとテンション上がりそうだってのは分かるよ」

「だったら舞台はラスベガスじゃなくてニューヨークでやるべきだろうがよ!
 西海岸に自由の女神はいねえよ!」

>「ワタクシが皆さまの最期を看取って差し上げます!
 皆さまがどのように斬られ! 撃たれ! 刺され! 潰され焼かれ溶かされ凍らされ……etcetc!
 ともかく! いかなる終焉を迎えたのか、その死に様を詳細にモニターし、あのお方へ確実に!
 御報告致しますのでご心配なく! あのお方は決して、アナタ方の死を無駄には致しませんとも!
 皆さまを構成するそのデータの1バイトに至るまで、SSSのために有効活用して下さることでしょう!
 いやァ、ワクワクするじゃあありませんか! ワクワクするでしょう? ワクワクしません? ワクワクしろ!!
 ニャルルラハハハハハハハッハハッハハ――――――ッ!!!」

>「……いい加減にしたらどう。耳障りよ、ナイ」

ゲラゲラ笑うナイにいい加減堪忍袋がパンクしそうになったその時、
『イクリプス』とか呼ばれた少女達がいつの間にか寄ってきて、爆笑を制した。

>「これはこれは『星蝕者(イクリプス)』の皆さま。
 米軍を相手に無双するのはおやめになられたので?」
>「ハ! くだらねぇ。ただ数が多いだけのザコじゃねぇか! そういうのはいいんだよ、そういうのは!」

ナイのクソみてえに長いお喋りの間に、市街地の戦闘は終結を迎えてきた。
結果は言うまでもなく、イクリプスの圧勝――後に転がるのは、兵器の残骸と兵士の死体ばかりだ。
こいつの話を聞いてる間に助けられる命があったんじゃないか。
今更ながらそんな考えが浮かぶ。

>「そうですわね。大量撃破の爽快感は最初こそ良いものですが、すぐに飽きてしまうもの。やはり楽しいのは――」
>「……強い者との戦闘。デバッグテストとしても、そちらの方が有益」

イクリプス共が俺たちを見遣る。
次のターゲットは俺たち。まっすぐ向けられた殺意の群れに、胃袋が竦み上がるのを感じた。

>「ニャッハハ! ごもっとも、ごもっとも! 
 クローズドβテストの開催期間は長くありません。『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の皆さま、
 名残は尽きないところですが――歓談のお時間はそろそろお開きと致しましょう!
 お話しできてよかった、楽しかったですよ! ワタクシ、皆さまとの語らいのひとときを決して忘れません!
 エート……なに話したんでしたっけ? まぁいいですよね! ニャッハッハハッ!
 ではでは! ごきげんよう―――」

言いたいことだけぶち撒けてナイが消える。
そうしてこの場には、俺たちとイクリプスだけになった。
ムービーシーンは終わりだ。ここからは、イクリプスの言葉を借りるなら……『強い者との戦闘』。
SSSで言うところの、ネームドボス戦。撃破対象となるのは、俺たちだ。

30明神 ◆9EasXbvg42:2024/03/03(日) 02:03:16
「……まぁそう焦んなよ。こう見えて俺たちボロボロでさぁ。
 はじめから体力バーの削れたボス戦なんてお前らもつまんねえだろ?
 お互いぐっすり寝てから日を改めて戦おうぜ――」

ダメ元でそう交渉してみるが、俺の言葉が届いているのかいないのか、

>「……行くよ」

イクリプスはガン無視で突貫してきた。

「ふざけやがって!瀕死のボスにボコられて吠え面かくなよッ!!」

俺の元に迫りくるのは槍を構えたイクリプス。
身にまとう衣装のデザインは北欧系、元ネタはヴァルキュリアってところか。

「戦乙女はマホたん一人で間に合ってんだよ!!」

攻撃に使えるカードはほぼ使い切り、ベル=ガザーヴァは未だダウン中。
ブレイブとしてのリソースは殆ど手元に残っちゃいない。

「ヤマシタ!怨身換装――モード『重戦士』!!」

近接戦闘特化のモードでヤマシタを喚び出し、バルゴスの大剣をイクリプスに叩き込む。
合わせて『闇の波動』を横合いから回り込むように発射。

対するイクリプスは槍さばきだけで大剣の軌道を捻じ曲げる。
そこへ殺到する波動は――

「おいおいおい、今の当たってただろうが……!!」

直撃。にも関わらず、まるでダメージが入った様子がない。
まるでふわふわのスポンジボールが当たったみたいに意に介さない。

いや、実際ダメージにはなっているんだろう。
素の防御力とHPが高すぎて、ミリほども削れてないだけ。

反撃の槍は的確に心臓を狙ってきた。
あまりにも正確な軌道はかえって読みやすい。横っ飛びで回避して、こちらからも反撃を――

「ちょっ、ちょっと待て!連続行動はズルだろ!?」

イクリプスはさらに突いてきた。二段、三段と連携する。
やがて回避にも限界が訪れる。

「ダボハゼがぁ!寄ってきてくれるならこっちのモンだぜ!
 ――『焼き上げた城塞(テンパード・ランパード)』、プレイ!!」

飛びながらスペルを起動。物理無効のトーチカが降ってきて、イクリプスだけを中に閉じ込めた。
トーチカの中から壁をぶん殴る音が聞こえる。耐久は多少減ったが、すぐに破られるダメージじゃない。

あの槍は物理だけの武器ではあるまい。
とはいえ、属性ダメージだけでトーチカを破るには相応の時間がかかるはずだ。
これでようやく、こいつを打破する戦略が練れる――

31明神 ◆9EasXbvg42:2024/03/03(日) 02:04:18

「……あ、あのぉ?何回殴るんですか……?」

打撃音が響く。トーチカが揺れる。
何度も、何度も何度も、俺の想定していないペースで耐久が削れていく。
ATBゲージを貯めてから殴っているとはとても思えない攻撃頻度だ。

「こいつの再行動、早すぎんだろ!ATBはどうしたATBは!」

>「アッハハハハッ……ATB? そんな時代遅れの古臭いゲームシステムなんて、まだ採用してるゲームがあったんだ?」
>「『星蝕のスターリースカイ』のジャンルはTPS視点アクションRPG……根本的なシステムが違う」
>「悠長にゲージが溜まるのを待ってるような、ノロマのやるゲームじゃないんだよ……SSSはなぁッ!」

「ノロマとかそういう話かなぁ……!?」

アクションとコマンド制RPGじゃジャンルが全然違うだろうがよ!
別物のゲームを並べてどっちが凄いかショボいかみたいな話すんの良くないと思うな僕は!

とはいえ、別ゲーからの侵略者共が別ゲーのシステム携えて襲いかかってくる現状は、
『コマンド制にはコマンド制の良さがあるよ!』の一言でどうにかなるものじゃなかった。
クソ、面白そうじゃねえかSSS!据え置き機とコントローラーでプレイしたいぜ!

>「みんな! 撤退! 撤退よ……センターの中に入って!」

「りょ、了解……!つってもこいつら普通に入ってこないか……!?」

>「……また後でな」
>「撤退するなら今のうち――オールフライト!」

ハイバラが炎の壁で俺たちとイクリプスとを隔絶する。
その隙にカザハ君がフライトを炊き、向上した機動力で一目散にセンターの中へと駆け込んだ。

32明神 ◆9EasXbvg42:2024/03/03(日) 02:05:07
 ◆ ◆ ◆

「追ってこない……?どういうこった、マップのロードが終わってないのか?」

ハイバラの炎の壁が解かれれば、俺たちがセンター内に逃げ込んだことは自明の理だろう。
追ってこない理由はないはずだが、一向にドアが破られる様子はなかった。
何一つ確証はないが、敢えて理由をつけるなら、SSSはオープンワールドじゃないってことなんだろう。
今回のβテストは『ラスベガス市街マップ』を舞台にしていて、建物内はまだSSSのマップとして扱われてないんだ。
今頃ローウェルが突貫でSSS用にセンター内のマップデータを構築してるのかも知れんが、
とにかく多少はこれで時間が稼げた。

>「――さて。それじゃ次の目的地は連中の乗ってきた宇宙船って事になるのか?
 この世界の外側から来た船だ。ローウェルがどこにいようと追い回せるだろうよ」

「……ツッコミ待ちなんだよな?めんどくせえからセルフでやれよ」

>「……ああ、いや。まずはアイツらをやっつけないといけないんだっけ?
 悪いな。大して手こずりもしなさそうだったし、つい忘れちまった」

「適当言いやがって。あのストライクウィッチーズみてえな奴にボコボコにされてんの見たからな俺」

>「……ちょっとわざとらしすぎたか?けど、心配するな。攻略法はある。だろ?」

思わずツッコミ入れちまったが……この期に及んで『攻略法はある』と自信もって言えるこいつの振る舞いは、
絶望的なこの状況にあってこの上なく心強かった。
そう、攻略法は……ある。何も弱点のない完全無敵なプレイアブルキャラなんかゲームとして面白くないからだ。

>「ひとまず……連中はTPSアクションRPGの出身らしい。アウトライダーズをプレイした事は?
 レムナントはどうだ?リスク・オブ・レインは?EDFシリーズも良かったな。
 4以降のバイオやスプラなんかも一応そうか?ちょっとシューター要素が強すぎるけど……」
>「TPSってカメラが自キャラの少し後ろにあるような視点のことだよね。
 ダークク〇ニクルとか聖〇伝説4なら……あっ」

「三人称視点のアクションRPGって枠組みなら、モンハンとかダクソとかもそうだよな。
 まぁあの辺は高速アクションバトルによる爽快感!って感じじゃなさそうだけど」

SFっぽい感じで言うとファンタシースターシリーズとかが近いのかね。
やったことないからいまいちピンとこねえわ。
それにしてもTPSか……サードパーソン・シューティングってわりにイクリプスの中にガンナーは少なかった。
Sはシューティングじゃなくてスラッシャーの方か?

……いかん、オタクの悪い癖で話がどんどん脱線しそうだ。

>「ま、とにかくだな。連中もRPGのキャラクターなら、そのステータスや能力の大部分は装備品由来の筈だ。
 つまり……まずは装備を奪うか、破壊するんだ。部位破壊で戦闘が有利になるイブリース戦とそう変わらないな?」
>「状態異常も有効かもな。アクション要素があるって事は、ヤバい攻撃はそもそも避けるのが前提になる訳だ。
 つまりレジスト関連のステータスはブレモンほど詳細に設定されていない……かもしれないぞ」
>「それにATBゲージがいらないとしても、なんの制限もないゲームなんて面白くないだろ。
 スキルにはクールタイムや固有のリソースがあってもおかしくないよな。検証してみる価値はあると思う」

「……ああ、なるほど。回避に関わる部分で言うと、その理屈は連中の攻撃にも適用されるかもな。
 照準を自分で合わせなきゃならない。当たるタイミングを自分で見出して当てなきゃいけない。
 アクションゲーである以上、そこが面白さのキモになるだろうからな」

対する俺たちはコマンド制RPGだから、命中の成否は『命中率』と『回避率』で定義される。
攻撃を必中させるバフもある。避ければ良いだけの攻撃が、『絶対に避けられない』状況を作れる。

33明神 ◆9EasXbvg42:2024/03/03(日) 02:07:49
>「あまり深刻に捉えなくていい。なにせヤツらはキャラクター。
 そして俺達はプレイヤーだ。属性有利はこっちのもんだ」

「軽く言ってくれるぜ。CPU相手のレイド戦で散々煮え湯を飲まされてきたってのによ」

状況は依然として最悪だ。
システムがまるきり違うゲームのキャラ相手に、俺たちがどれだけ食い下がれるかはわからない。

「でもまぁ……お前の言う通りだぜ、『エンバース』。これは形を変えただけのPVEだ。
 ゲームである以上、必ず解法はある。何もかもが八方塞がりってわけじゃないはずだ」

そして俺たちには、世界最強のプレイヤーが付いてる。
絶望には、まだ早い。

>「さっきエンバースさんが炎幕張ってる間にうまいこと逃げ切れたでしょ?
 上の世界のフルダイブじゃないゲームがこっちの世界のゲームと同じようなものだとすればだけど……
 情報源が画面しか無い以上視覚情報の攪乱の影響をもろに受ける……のかも?」

カザハ君はエンバースとは別の視点で、SSSの特徴を分析する。

>「SSSってどれぐらい親切設計のゲームなんだろう。当然親切設計じゃない方がこっちには都合がいいわけだけど……
 ある程度近付いたら自動で照準合わせてくれたり、
 そこまでいかなくても敵キャラにターゲットマークみたいなの表示されてるのかな?
 もしそうじゃない上級者仕様のゲームだとしたら……向こう側に絵柄を合わせてやれば、結構混乱するだろうね。
 幻影(イリュージョン)のカード、まだ残ってるんだ」

「おお、めっちゃ良いこというじゃねえかカザハ君!
 アクションゲーなら同士討ちの可能性もターン制よりずっと大きくなる。
 フレンドリーファイアが無効だとしても、仲間かどうかの判定にリソースを消費させられるぜ」

カザハ君の提案は、瞬間的な判断を要求されるアクションゲーならではの攻略法だ。
同士討ちが発生しないとしても、高火力のスキルを味方に空振りしたんじゃ意味がない。
大技はそれだけクールタイムも大きいはずだ。必ず敵に当てられる状況になるまで使用を控えるはず――

>「視界を遮るなら、相手キャラのすぐ背後に幕を張ってやれば
 こちらは影響を受けずに相手だけの視界を遮断できる……かもしれませんね」

「そこなんだけど、イクリプスに『中の人』が存在してるかどうかは検証する必要があるな。
 ナイは連中を『育成されたキャラクター』って言ってたけど、これはキャラがオートで動いてるって意味なのか?
 でも、SSSのプレイ感を体験させるためなら連中の中身がプレイヤーでなきゃいけないよな」

ようはこの企画が、『体験版』なのか『ティザームービー』なのか。
相手が単なるBotなのかプレイヤーなのかで、取りうる戦略は大きく変わる。

>「それにしてもローウェル、シナリオライターもクビにしちゃって一人で作ってんのかな。
 イクリプスって、日蝕とか月蝕の『蝕』って意味だよね。
 どっちかというと、正義の味方側というより敵側みたいなネーミングじゃない?」

「さっき言ってた『変』ってのはこのことか……」

確かに言われてみりゃ『蝕む』って言葉のイメージはプレイアブルの組織名にはそぐわない。
まぁなんかダークヒーロー的なひねり方してるのかも知れんが。
『正義の味方』ではなく『悪の敵』みたいなニュアンスはオタク好きそうだもんな。
ぼくもだいすきです。

34明神 ◆9EasXbvg42:2024/03/03(日) 02:10:03
>「それからあのナビゲーションキャラ、かわいくないのもそうだし、
 多分クトゥルフ神話のニャル様と元ネタを同じくするキャラだよね……。それって思いっきり邪神じゃん!」

「うん……『ニャルラハハハ』とか笑ってやがってもんな。
 鳴き声で自己紹介するアニメのポケモンじゃねえんだぞっていう」

味方側に邪神いるのおかしくない?ってのはまぁ、うん、わからんでもないわ。
ナイだかアルだかラトホテプだか知らねえが、キャラデザから設定まで雑の塊かよ。

ブレモン自体が北欧神話をベースにしたチャンポン世界観だから、
同じプロデューサーの次回作が100年前の大人気ホラー小説を元ネタにしてたとしても、
まぁそういう開発なんでしょうという割り切り方はできる。
『上の世界』にもラヴクラフト先生がいんのかな。

「外宇宙からの侵略者どもの頭目だから邪神、ってことなんだろう。
 ……待てよ。だとしたら連中は、自分たちが『侵略者』っていう自覚があるのか?」

>「あっ、ごめん、今こんな話してる場合じゃないよね……!
 今はアイツらをやっつけることだけ考えなきゃ」
>「アイツら、自分達の方が絶対有利なシステムだと思ってドヤ顔してたけどそんなことないよね。
 こっちはゲームシステム上はゲージ制コマンドバトルらしいから
 習得したスキルで出来ると設定されていることなら無茶でも何でも出来てしまうけど……
 向こうはプレイヤーが操作しきれない動きはどうしたって出来ないわけじゃん」

「おいおいどうしたカザハ君、今日のお前めちゃくちゃ冴えてるじゃん!」

>「きっといろいろあるよ、TPSアクションというジャンルを逆手に取る方法……!」

ゲーマーじゃないと言ってたが、こいつ結構ゲームやってんな……?
いわゆる高難度のアクションゲーとは違い、操作量の少ないコマンド制RPGは誰もがプレイしやすい。
カザハ君の指摘するブレモンならではの優位性は、そこに着目したものだ。

「俺たちにはゲージ溜まってからじっくりコマンドリスト開いて行動を選択する猶予がある。
 アクションゲーにはそれがない。アクションしながら選択できるスキルには限りがあるはずだ。
 ショートカットキーを活用したとしても扱えるスキルはせいぜい4つから8つくらいが関の山だろ。
 各スキルのリキャストをリアルタイムで管理し切るにはもっと減らす必要があるかもな」

つまり――使えるスキルの数と戦略の幅という優位性がブレモンにはある。
何もかもがSSSの下位互換とは言えないはずだ。

「……イクリプスは、無敵じゃない。
 キャラを全面に押し出したゲームである以上、『得意分野』と『弱点』は必ず存在する。
 プレイアブルのクラスを7種も用意してるってことは、キャラ同士で弱点を相互に補完するプレイが前提のはずだ。
 ブレモンと同じ運営なら、オンラインマルチのノウハウを活かしたいだろうしな」

βテストでステータスを盛っていようが、ゲーム性の根幹をなす部分は変えていないはずだ。

「もうひとつ、エンバースの言ってたクールタイムにまつわる話だ。
 イクリプス共のクールタイムが『スキルごと』に設定されているものだとしたら、
 火力を出し続けるには各スキルが腐らないよう常に使い続ける必要があるはずだ」

クールタイム制のアクションゲーには、理想的な火力を出すための最適解が存在する。
使用可能な状態のスキルをいつまでも使わないのはそれだけ火力のロスに繋がる。
だからプレイヤーは、クールタイムが空けた瞬間から順番にスキルを再発動する『スキル回し』のプランを構築する。
つまり真っ当にプレイしていれば、全部のスキルが使用可能な瞬間なんてものはそもそも存在しないのだ。

「俺たちにとってクールタイムにあたるものはATBゲージだが、こいつはオーバーチャージで溜め込める。
 ゲージを消費しない行動……エンバースがスマホ直すまで擦りまくってた『ブレイブ殺し』の戦術。
 オーバーチャージしまくって一気にぷっぱすれば、一回限りでイクリプスを上回る瞬間火力を出せる」

35明神 ◆9EasXbvg42:2024/03/03(日) 02:12:07
そこまで言って、俺は天井を仰いだ。
このエリアはまだブレモンの影響力が勝ってるが、外はもうSSSのフィールドだ。
異なる2つのゲームが同じ世界の中にある。ソシャゲ的に言えば、コラボイベントにあたるものだろう。
そして俺たちはコラボを迎える立場じゃない。これは『SSSのコラボイベント』――
ブレモンは、SSSの世界に入り込んできたコラボ先のゲームだ。

――>『此処に来るときには見えなかったかい? 
   まぁ、僕との闘いで頭がいっぱいだったというのなら無理もないか。
   でも、今なら君たちにも見えるはずさ……行って確かめてくるといい』

ミハエルはそう言った。見えないわけがねえだろ。
俺たちはヴィゾフニールで空からこの街に来たんだぞ、空中の宇宙船に気付かないわけあるか。

空からはラスベガスを埋め尽くす膨大なニヴルヘイムの軍勢を見た。
道中には魔物に食い殺された兵士や民間人の死体だって見た。
街のどこにも、イクリプスとかいう場違いな世界観の存在は欠片も居やしなかった。

つまりナイやイクリプス、あの宇宙船団は、ついさっき現れて――
ローウェルお得意の世界改変で『はじめからラスベガスに居たことになった』んだ。
ミハエルの率いた軍勢がもたらした被害も人死にも、イクリプスの手によるものに書き換えられた。

思えば、ミハエルはエンバースに負けたあの瞬間から急に弱気な発言をするようになった。
あの傲慢なチャンピオンが、イクリプス相手に挑みもしないのも不自然ではある。

ミハエルが可哀想になってきた。
ラスベガスを火の海に変えた悪逆非道の敵役だったはずのあいつは、
未知の侵略者から尻尾巻いて逃げてセンターに引き籠もる腰抜けだったことにされちまったわけだ。

ミハエルがローウェルの――プロデューサーのお気に入りだったことは疑いようもあるまい。
そして……見限られた。きっかけはやはりエンバースに負けたことだろう。
プロデューサーに飽きられ、寵愛を失ったキャラクターの、これが末路の姿だった。

「……さっきカザハ君の言ってたことだけどさ、イクリプス共はどういう感情で地球に侵略してんだろうな。
 見た感じあいつらも人間だろ。街破壊して人間虐殺する露悪なゲームが3億人だかに売れるとは思えねえんだが」

『上の世界』の社会構造や一般常識は俺たちに知る術もないが、
シャーロットいわく大人気だったっていう『本来のブレモン』のシナリオが人間視点での冒険譚である以上、
地球の人間と価値観や倫理観はそう変わらないと考えられる。

SF兵器で米軍とバトル!っていうコンセプトならまだ理解できんこともないが、
ラスベガスの民間人も大量に犠牲になってる。
まだイクリプス共はプレイヤーの入ってないNPCって線の方が納得はいく。

36明神 ◆9EasXbvg42:2024/03/03(日) 02:13:32
「ナイが本当に邪神で、プレイヤーからはミズガルズがゴブリンの巣かなんかに見えてるのかもな。
 ほんで終盤に自由の女神でも見て『なんてことだここは地球だったのか』……みてえなオチ。
 ぜってえ荒れるよ俺ならアンチスレ100は立てられる自信あるね」

駄目だまた話が脱線した。考察の余地にはしゃいでる場合じゃねえってのに。

「いずれにせよ、このイクリプスとの戦いは癇癪起こしたローウェルのちゃぶ台返しじゃない。
 プロデューサーによる真っ当なプロモーション活動の一環だ。
 顧客が存在する以上、後出しジャンケンで世界のルールをコロコロ書き換えられることはない。
 ゲームとしての面白さを確保するための弱点は、容易に潰せないはずだ」

そして考えるべきは、イクリプスの攻略法以外にもある。
『俺向きのやり方』――アンチの視点から見たSSSはどうだ?

「SSSは……言っちゃなんだが美少女ゲーの類だよな。
 イケメン盛りだくさんのブレモンとは客層がだいぶ違ってる。
 SSSがどんだけ覇権をとろうが、課金の出どころが違う以上ブレモンと共存できるはずだ。
 どちらが生きるかくたばるか、ゲームクリアとゲームオーバー以外にも、第三の結末は必ず存在する」

新ゲームの体験版で、敵を根絶やしにして完全勝利なんてことあるか?
ユーザーの購買意欲を訴求するならこういう落とし所が望ましいはずだ。
『我々の戦いはまだ始まったばかり。あなたの協力が必要です!』。

「掴み取るんだ。――『俺たちの戦いはこれからだ』エンドを!」


【戦術案:①回避バフと命中バフを活用②スキルの選択幅の多さで勝つ
     ③ATBのオーバーチャージで瞬間火力を確保
 検証事項:イクリプスはBotなのかプレイヤーがいるのか】

37ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/03/05(火) 12:41:07
>「フ……。僕は何ひとつ嘘は言っていないよ。そんな必要ないからね。
 ローウェルの行方は本当に知らない。信じるかどうかは君たち次第だけど」

ミハエルは…ある程度予想していた答えを出す。
劣勢になったとしてもなんの干渉もなかったが故に…明らかに捨て駒だったリューグークランにミハエル…

勝てば儲けもん…いや最初から負ける事も分かっていたかもしれない。

>「君たちの質問に答えられる者がいるとしたら、それは……このワールド・マーケット・センターの外にいる。
 此処に来るときには見えなかったかい? まぁ、僕との闘いで頭がいっぱいだったというのなら無理もないか。
 でも、今なら君たちにも見えるはずさ……行って確かめてくるといい。
 僕は……もう二度と見たくない」

ミハエルは謎の存在を示唆し…

>「……みんな、行こう」

これ以上の問答は意味がないと判断したなゆの一声で僕達は外にでようとする
そして出口に向かおうとした僕達の前に…イブリースが現れる。全身傷だらけの死に体で。

>「イブリース……?お前、その傷……」

僕達が…作戦を、死力を尽くしてイブリースを追い詰める事が精一杯だった。
そんな相手をこの短時間で追い詰めるほどの…存在がいるのか…?外に。

>「……ニヴルヘイムと……ミズガルズの戦争では、なかった……。
 我が……同胞たちを、蹂躙し……ミズガルズの者たちを……殺戮、する……。
 “あれ”は……いったい、なんな……の、だ……」

そう言うとイブリースは大量の血を吐き地に伏せる。

外には…イブリースを止めるような奴はいないと思っていたが…第三者の加入があったとみていいだろう。
ローウェルが用意したとしか考えられない…わざと僕達を一か所に集めて殲滅戦を仕掛けれるほどの…強力な存在を用意して…、

ミハエルとリューグークランを捨て駒にできるほどの存在が…外に…いる。
この消耗した状態で出会いたくないが…恐らく逃げれないだろう。

>「レッツ・ブレイブ……!」

「レッツ…ブレイブ…!」

なゆが…僕が…みんなが…覚悟を決めて出口に向かい…そして――

38ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/03/05(火) 12:41:36
外にでた瞬間飛び込んできたのは死体の山…鉄くずになったと思われる兵器たち…余りにも無残な光景。
そして…血の匂いより…色濃い…感じた事のない匂い。

近場にある死体を調べると傷口が見こた事もないような焼けこげた…?溶けてる…?なんていえばいいのかわからない致命傷になったと思われる傷があった。
そう思えば現代兵器で…大口径の重機による傷が致命傷だと思われる死体もある…が兵士達が持っている武器とは比較にならないほど巨大な兵器でやられている。

「人体が溶けてる…?なんだこの感じ…まるでSF映画のビーム兵器でやられたような…いや…まさか…そんな…」

内心そんな馬鹿なと一笑しようとした瞬間…明神が叫ぶ。

>「なんだよアレ、宇宙船……宇宙船……!?」

>「“あれ”……
 あの宇宙船が、イブリースの言っていた“あれ”……。
 ミハエルの言っていた、わたしたちの質問に答えられる者……なの……?」

僕以外の仲間達が全員空をみてそう言った。そんな馬鹿な。そう思った…しかし現実は…想像よりはるか上を行っていた。

「創作より現実のほうが奇怪とはよく言うが…まさか…こんな…」

宇宙船。なにを馬鹿なと思うかもしれないが…そうみんなが口をそろえて言ってしまうのも頷ける。
静かに…真上を飛んでる事を音で判断できないのがおかしいほどの円盤型だけじゃない…球体…ブロック状…あらゆる不可解な飛行物体が…僕達の頭上にいるのだ。

>「……知らない。
 三つの世界のこと、『ブレイブ&モンスターズ!』にまつわることなら、すべての事柄がぼくのデータベースに入ってる。
 でも、あんな宇宙船のことは知らない。“あれ”は――」

そりゃそうだろ。と心の中で思った。
現代背景に突然あんな宇宙船…サムライがショットガンを撃つかの如く違和感…要するに“時代が違う”のだ

「いやいや!ゲームの設定遵守しろよ!…こんなのもはや別ゲーじゃないか…!……え?……ゲームが違う…?」

どう考えても現代ベースの僕達より明らかに発達している文明…。

>「アルフヘイムと、ニヴルヘイムと、ミズガルズ。
 その三世界の他に、まだ世界があるっていうこと……?」

>「いいや。『ブレイブ&モンスターズ!』の世界は、あくまでその三つだけだ。未実装で終わったムスペルヘイムを除けば。
 けれど、あの宇宙船はそういうことじゃない。根本的に違うんだ」

エンデが分からない…つまりこのゲームの…ブレイブ&モンスターズ!というカテゴリーの存在ではない。

根本的に違う存在だとしたら……この宇宙船達は。
ローウェルの隠し玉…それは未実装データを引っ張ってくるとか…チート権限をフル活用するだとか…そんなあまっちょろいもんじゃなかったんだ。

39ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/03/05(火) 12:41:51
各宇宙船の入り口?射出口?が開き…大量にそこからなにかが放たれる。

何が…米軍の飛行機ですら遅いと言わんばかりに高速で動き…一瞬光輝いたと思ったらその瞬間米軍の飛行機が一瞬で全滅する。
光だけでみれば…花火など比較にならないほどに…眩しくて…煌びやかだった。それが人の死を持って映し出される絶景だと脳が理解を拒むほど…美しかった。

>「あ……」

なゆが間抜けな声を出す。でも…仕方なかった。こんな光景を唐突に見せられて現実を瞬間的に受け入れられる人間なんていない。

>「人……?」
>「クソ、どうなってる……連中は――」

近くに寄ってくる今ならわかる…あれは…人間だった。
いや…人間かどうかは分からない…とにかく…未成年以下と思われる…女性の姿をしている…人型だった。
サーフボードのような物に乗り…手には違った兵装を持ち…恐らく…笑って人を殺している…、

>「なんなんだよ……なんなんだよこれは!俺たちは何を見せられてんだ!!」

止めようのない暴力が…目の前で淡々と行われている。
僕達には…止めようがない。ただ指をくわえて残酷なこの光を…見させられている。

>「うんうん、そのお気持ちはよォ〜くワカりますよォ〜! 皆さん、こう考えていらっしゃる!
 『いきなり何の脈絡もなく現れた、あの連中はドチラサマ? 誰か教えてェ〜ん!』とね――」

>「そうでしょうとも、そうでしょうとも! 当然の思考です無理もありません! 皆さんは正常です! フー!
 まァ世の中正気と狂気は紙一重、同じアレなら踊らにゃソンソンなんて言ったりもしますが。ええ」

突然…後ろから現れた何かが…そう笑いながらカザハの頭に手で触れようとする。

「!!!なにしてんだお前!」

カザハに触れようとした手目掛けて蹴りを放つ。
いくら消耗していようが…この蹴りを躱せるのはイブリースですら難しい…この僕の全力の蹴りをお見舞いしたはずだったのだが

避けられた…いや…今のは避けたというより…すり抜けた?
動きが見えなかっただけなのか…?くそ…どっちにしろ当たらなかったって悔しい事実だけが残る。

>「……なんだ、お前。今確かに斬ったよな?」

エンバースも間髪入れずにダインスレイブで攻撃したが…手ごたえはなかったようだ。

「だ…大丈夫か!?カザハ!?」

どうやら本当に軽く叩いただけだったらしい…本当によかった。

「お前…一体なんなんだ」

>「おおーっとォこれは失礼! ワタクシとしたことがとォんだウッカリを。
 自己紹介がまだでしたねェ、皆さまお初にお目に掛かります。ワタクシの名前はナイ!
 いえいえ『名前が無い』のではなく『名前がナイ』なのですお間違えなきよう。
 本日は皆さまのナビゲーションを担当するよう仰せつかり、斯様に推参仕った次第にてございますです。ハイ」

実体がないのか…?それにしても…身のこなしも完璧だったが…。

「あの空中痴女船団のナビゲーションにしては自分ホラーな見た目だな…」

今…まさに人を襲っている美少女型の人型達は…全員ジャンルは違うが美少女といって差し支えない。
そのナビゲーターが…ヘタクソな顔の描かれた頭陀袋をかぶってるって…どんな世界設定なんだ?

40ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/03/05(火) 12:42:03
>「しかァしご安心をォ! そんな往生際の悪い皆さまにご納得して頂くために、ワタクシが遣わされたのです!
 皆さまの為に、プロデューサーメッセージもご用意しておりますですよ。あのお方からの……ね。
 此れを見れば見苦しく生にしがみつく皆さまもだァ〜い納得! して死んで頂けますこと、これ請け合い!
 いやァ〜なんとラッキーなのでしょォ〜!」

こっちのリアクションを全て無視し…聞いてるだけで不愉快なのに内容まで不愉快を垂れ流す不愉快頭陀袋。

>「……あのお方……大賢者ローウェルのことかしら。あなたもローウェルに創られた存在ってことね……。
 いいわ、あなたがローウェルから全部説明するよう言いつけられて来たのなら――
 洗いざらい、何もかも喋って」

少しイラついた口調でなゆが問い詰める。正直我慢の限界だった…僕だけじゃなく…ひたすら僕達を無視し続けて喋るこの頭陀袋に全員が。

>「死刑囚でさえ、自身の死刑宣告を聞きたくは無いと申します。例え自分は九分九厘死刑と察しがついていようとも!
 ワタクシがその問いに答える、それはまさしくアナタ方にとっての死刑宣告も同じ。
 すなわち皆さま方が助かる可能性はゼロ! と宣言することと同義! ンンン〜ッなんたる残酷! なんたる殺生!
 皆さまの悲嘆を想像するだけで、ワタクシの心臓は引き裂かれてしまいそうですよォニャヒッヒッハハハハァ!」

>「……これ、最後まで邪魔せず聞いたらアチーブメント貰えたりしないか?いや、俺がさっき殴っちまったな……」

「僕も蹴っちゃたけど…なあ…こいつの話聞く必要あるか?」

>「というか。皆さま、既にうすうす勘付いておられるのでは?
 ワタクシの。かの船団の。そして少女たちの正体を――。
 それでもお聞きになりたいと? そんなにご自分が死刑になる確証が欲しいと……」

>「くどい。さっさと答えて」

この長話の間も虐殺は続いてるわけで…無駄に消耗したくないから話を聞いているにすぎない。
そして…奴のいう通り答えは僕達の中で恐らくでている…。みんな認めたくないだけで。

>「彼女たちは『星蝕者(イクリプス)』。
 新作ソーシャルゲーム『星蝕のスターリースカイ』のキーパーソンにして、育成対象の少女たちなのです」

>「……星蝕の……スターリースカイ……?」

「イクリプス…」

今虐殺を行っている少女たちの総称…それは分かった。
だがなぜそれが虐殺に繋がるのか…いや聞かなくてもここまでくればなんとなくわかるよ…
わかるけど本当に…それはゲームの開発者がする事なのか?愛着はないのか?ローウェルは…自分が生み出した子供…ゲームを…なんとも思ってないのか…?

>「あのお方は皆さま方をとても評価しておられます。
 どんな逆境にも挫けず生を掴み取ろうとする、ゴキブリ並みのしぶとさ……もとい、諦めない心を! ニャヒッ!
 ということで――このまま放っておいても侵食で消滅するアナタたちに、今までの働きに対するご褒美としてェ!
 最期の花道を用意してくださったのです! つまり……」

>「最新ゲームのプレイヤーたちの『的』になって死ぬ栄誉を……ネ!」

ブレモンだって…苦労して作り出した世界だろうに…それを…簡単に…壊せる物なのか…?僕には…理解できなかった。

41ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/03/05(火) 12:42:20
>「彼女ら『星蝕者(イクリプス)』はSSSのクローズドβテストに当選したプレイヤーの皆さまが育成した、
 テストキャラクターなのです!
 応募総数、約2億8千万件! その中で選ばれた50万人のプレイヤーに、この世界をたっぷり破壊して頂き――
 SSSの爽快感! 面白さ! 楽しさをご理解頂こうというワケでして!」

「…ゲームは作った人間からしてみれば子供のような物のはず…ローウェルが本当にそうしろと言ったのか?」

>「ワタクシが皆さまの最期を看取って差し上げます!
 皆さまがどのように斬られ! 撃たれ! 刺され! 潰され焼かれ溶かされ凍らされ……etcetc!
 ともかく! いかなる終焉を迎えたのか、その死に様を詳細にモニターし、あのお方へ確実に!
 御報告致しますのでご心配なく! あのお方は決して、アナタ方の死を無駄には致しませんとも!
 皆さまを構成するそのデータの1バイトに至るまで、SSSのために有効活用して下さることでしょう!
 いやァ、ワクワクするじゃあありませんか! ワクワクするでしょう? ワクワクしません? ワクワクしろ!!
 ニャルルラハハハハハハハッハハッハハ――――――ッ!!!」

「…聞く気も言う気もないって事か…」

この頭陀袋ピエロにこれ以上なにを問いただしても意味はないだろう。
文字通りこいつはローウェルの意志を伝える為の…見た目はホラーだがやってる事はただの伝書鳩となんら変わらない。
もし力ずくで捕獲に成功したところで…なにもわかりはしないのだろう。

>「……いい加減にしたらどう。耳障りよ、ナイ」

どうやらあっちのメンバーにもウザがられてるようだ。
あれがかわいいキャラ扱いだったらどうしようかと思ったけど…感性は僕達と一緒だってわかってよかったよ

…米軍の戦闘機より高速移動できる化け物少女軍団が目の前にいるって事実そのものは全然よくないけど。

>「これはこれは『星蝕者(イクリプス)』の皆さま。
 米軍を相手に無双するのはおやめになられたので?」
>「ハ! くだらねぇ。ただ数が多いだけのザコじゃねぇか! そういうのはいいんだよ、そういうのは!」

やはり人が目の前で死んでも…自分で殺してもなんとも思う事はないらしい。
ゲームの1NPCが死んだくらいに思ってるのか…別に本物だろうと構わないのか…

大体は前者だろう。CBTの運営側が用意した的でしかないわけだ…もちろん僕達も。

>「ニャッハハ! ごもっとも、ごもっとも! 
 クローズドβテストの開催期間は長くありません。『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の皆さま、
 名残は尽きないところですが――歓談のお時間はそろそろお開きと致しましょう!
 お話しできてよかった、楽しかったですよ! ワタクシ、皆さまとの語らいのひとときを決して忘れません!
 エート……なに話したんでしたっけ? まぁいいですよね! ニャッハッハハッ!
 ではでは! ごきげんよう―――」

先の戦闘で消耗してる僕達にここでもう一度戦闘に入るという選択肢は本来ない。
しかし…超技術を目の前に作戦会議もなしに全員で逃走という事も…できるわけがない。
全員でバラバラに逃げれば一人くらいは逃げれるだろうけど…二度と全員で顔を合わすことなどできないだろう。

>「……まぁそう焦んなよ。こう見えて俺たちボロボロでさぁ。
 はじめから体力バーの削れたボス戦なんてお前らもつまんねえだろ?
 お互いぐっすり寝てから日を改めて戦おうぜ――」

となれば

>「さて、と――」

>「……行くよ」

部長はもう戦えない…カードを使いすぎてしまった…僕も正直だるいけど…やるしかない。

43ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/03/05(火) 12:42:52
身を構え…痴女少女軍団をみた瞬間とある少女と目が合う。
なぜそうしたのか…なぜあれだけの数がいる少女軍団の中でなぜピンポイントで彼女と目があったのかはわからないけど…本能だった。

褐色肌に白い長髪の少女だった。間違いなく美少女である。
返り血がいい塩梅で体につき…不思議な出で立ちを更に…美しくしている。
ゲームのキャラなら間違いなく人気がでるだろうな…そんな事さえ思う。

「ハハッ…」

僕達は近くないけど遠くもない距離で…見つめ合っていた…惹かれ合って…お互いに…。
胸が高鳴る。中身はともかく…見た目はかわいい美少女と目が合ったから…?…いや違う

10秒にも満たない見つめ合いの末に…お互いに心が通じ合うのを感じる。

あぁ…これは間違いない…これが…運命の出会いというものなのだろう。
あの子と僕は今…間違いなく同じ事を…考えていて…これから10秒もしない内にそれは…確実に実行に移されるだろう。

「部長…僕から離れすぎず…近すぎずをキープしてくれ」

僕と褐色少女の口角が不気味に釣りあがる。
あぁ…みんながこっちみてなくてよかった…こんなのみんなには見させられないよ。

>「「竜巻大旋風零式(ウインドストームオリジン)!!」」
>「まずあの幼女を堕とすッ! 真空刃零式(エアリアルスラッシュオリジン)!」

カザハが大規模魔法攻撃を放ち場は一気に乱戦に突入する。

しかし僕は不動だった。力を貯めてこの次の展開に備えていた。
来ると分かっていれば限界まで集中できる。

なぜ遠距離じゃなくて近接攻撃で来るのが分かってるかって?…そりゃわかるさ。
あの見つめ合った時…ほんの10秒ほどだったけど…理解できた…。


あぁ…あいつと戦うのが一番面白そうだって。


「さあ!こい!」

そう叫んだ瞬間カザハの竜巻を切り裂きながら少女が現れる。
僕は…命を賭けて…命を削り合うのが好きだ…だからこそ…この少女から感じる熱を浴びて…気分が高揚する。

>「オォォォォォラァァァァァッ!!!」
 「ウオオオオオオラアアアア!」

そして拳と拳がぶつかり合った時…僕達はゼロ距離でお互いの目を見る。
なびく長い髪…そして整った美しい顔…そして瞳に宿る…狂気。

あぁ…やっぱりこいつは…
僕と同類の…戦闘狂だ。

44ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/03/05(火) 12:43:08
ドゴオオオオオオオオン!

「ハハ…ハハハハ!」

たった一度のぶつかり合い。たった一回…拳と拳を突き合わせただけ…それなのに…
力量差がいやというほど伝わってくる。

「こりゃ…こんなのがいっぱいいるなんて…イブリースが叶わないわけだ…僕の右腕はちょっと特別なんだけど」

武装使っていない…純粋なパワー比べでさえ勝てる気がしないほどの…力の差。
永劫の加護を使ってさえ痛みを感じるほどなら…他の部位でまともに受けたらその部位とおさらばすることになるだろう。
こんなのが後何人いるんだ…?考えるだけでゾッとする

>「アッハハハハッ……ATB? そんな時代遅れの古臭いゲームシステムなんて、まだ採用してるゲームがあったんだ?」

他の水着少女がそう叫ぶ。

僕達はコンボを成立させるためにそれなりの時間を必要とする…しかも回数制限すらある。が相手にはない。
そして彼女達が使う一つ一つのスキルや武装…それが僕達のコンボよりも遥かに強い技…
なるほど…これが世界チャンピオンやリューグークランをも捨て駒にできる本命の実力って事か…

「まいったな…僕なんて連続攻撃すら受けてないのに…」

目の前の少女は不敵に笑い…指を動かし僕を挑発する。
完全に遊ばれている…武装を使わないだけではなく…純粋な身体能力すら本気でない可能性がある

「ハハ…ちょっと…楽しくなってきちゃったな」

殴って…殴り返して…僕達だけ子供の喧嘩のように…馬鹿の一つ覚えのように。
永劫の恩恵(右腕)で受け止めて…右腕が悲鳴をあげるまでその殴り合いは続いた。

「はあ…はあ…困ったな…どうも…文字通り手も足もでないや
てゆーか…君の体…金属でできてるみたいに固いな…どうなってんだ…?女の子は柔らかいもんだろ?」

本調子じゃないのはもちろんある…だがそれだけじゃない戦力差。
やっとの事相手を殴り飛ばしてみても……まるで地面を殴ってるみたいに固いしダメージは明らかに入ってない。
圧倒的だ…生物としての格が違うと言ってしまっていい。

「頼むよ…僕はブレイブでいたいんだよ…だから…」

誰に向かって言ってるのか…僕はボソボソと…フラフラと言葉を零す。
体がいたい…全身の骨という骨が今にも限界を迎えそうなのを感じる…

ああ…まただ…また…僕の体が…快楽で打ち震えている。

絶望的な状況だ…絶望の状況下だからこそ…楽しくてたまらない。
小細工なしの殴り合いだ…この世界にきて…やっと出会えた…同類との…。

イブリースでさえ…信念というものが邪魔をした。それすらない…闘争が目の前にある。
狂気だ…信念なんて純粋なものはなく…ただひたすら強い奴と戦いたいいう後先考えぬ狂気だけを色濃く残した…美しいながらも残酷な美少女が目の間にいる。

なんでこんな楽しいことを…我慢しなきゃいけない?

「もっと遊ぼう」

ブレイブらしくないから…もうやめようと思ったけど…ちょっとだけ解放してもいいよな…ほんのちょっとだけ…少しだけだから…先っぽだけ…。
せっかく…楽しくなってきたんだ…もう少し…少しだけこの子で遊んでいたいんだ…。

僕の体から少し赤い波動が出始めたその時…なゆの叫ぶ声を聞き…ハっと我に返る。

>「みんな! 撤退! 撤退よ……センターの中に入って!」

なゆの判断は妥当…いや遅すぎるくらいだった。

ゴゴオオオオ・・・・

エンバースの炎の壁が僕と少女を分断する。
正直気休めだ。この少女達に掛かればこんな壁あってないようなものだろう。

「……今は見逃してくれないか」

言葉などなくても邪魔をされ…怒りが見て取れる褐色少女にそう告げる。

「君に決定権なんてないんだろうけど…見逃してくれれば必ず…もっと君を楽しませてあげると思うんだ…だから君から提案してみてくれないかな」

命乞いにしか聞こえない…いやまあ実際命乞いではあるんだけど…

「代わりに…必ず君を満足させてあげるから」

>「撤退するなら今のうち――オールフライト!」

「またね」

どっからどうみても見っともない負け惜しみ満載の命乞いを決めたのち…カザハの魔法で僕は回収された。

45ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/03/05(火) 12:43:28
「はあああああああ・・・・・一体なにやってるんだ僕は!!」

もうやらないって決めたのに!その場に流されて僕はまた!あんな禍々しい力に頼ろうとするなんて!
焼け焦げた死体の匂いとか…あの場の雰囲気とか…そんなのに流されて…しかもあんな負け惜しみ全開の捨て台詞まで吐いて…お前中二病か!?何歳だよ!!

なゆのが撤退の合図を出さなかったらきっと手遅れになってた…。
もうやらないって…みんなに誓ったのに…結果的にはしなかったけど…。

「はあ〜〜〜…よし!反省終わり!切り替えよう」

いつまでも悔やんでばかりもいられない。とりあえずは恥ずかしい思いをしただけで済んだのだから…まともな反省会は後だ。
あの狂気に引き込まれない…それだけ覚えて気を付ければいい。

とりあえず…無事逃げ込めたのはいいが…いつ奴らが踏み込んでくるかわからないこの状況で情報整理は…とは思ったが…
情報がないと逃げる算段すらできないのが今の僕達である。

>「ひとまず……連中はTPSアクションRPGの出身らしい。アウトライダーズをプレイした事は?
 レムナントはどうだ?リスク・オブ・レインは?EDFシリーズも良かったな。
 4以降のバイオやスプラなんかも一応そうか?ちょっとシューター要素が強すぎるけど……」

「ええと…なんか銃が手前にあるのがFPSで…キャラが映ってるのがTPSでいいんだっけ?」

僕はゲームにあまり詳しくない。やったことがないわけではないが…情報として語れるほどではない。

>「ま、とにかくだな。連中もRPGのキャラクターなら、そのステータスや能力の大部分は装備品由来の筈だ。
 つまり……まずは装備を奪うか、破壊するんだ。部位破壊で戦闘が有利になるイブリース戦とそう変わらないな?」

>「それにATBゲージがいらないとしても、なんの制限もないゲームなんて面白くないだろ。
 スキルにはクールタイムや固有のリソースがあってもおかしくないよな。検証してみる価値はあると思う」

「でも…どこまでが装備なんだ…?あの中身はともかく見た目上は美少女のあの水着をひっぺがすのか?
しかたないとはいえ…どう考えても犯罪じゃないのか…?それは」

エンバースがいう装備には当然あの水着も含まれているだろう。
いくら必要とは言え…あれを…壊したりするのは…なんかこう…ダメなんじゃないか…色んな意味で。

>「……イクリプスは、無敵じゃない。
 キャラを全面に押し出したゲームである以上、『得意分野』と『弱点』は必ず存在する。
 プレイアブルのクラスを7種も用意してるってことは、キャラ同士で弱点を相互に補完するプレイが前提のはずだ。
 ブレモンと同じ運営なら、オンラインマルチのノウハウを活かしたいだろうしな」

>「でもなぁ、虚空に向かって剣ぶん回してる奴が見当たらなかったんだよな……。
やっぱ自動で照準合うのかなあ……」

「カザハのいう自動照準が…そのキャラの特性…個性スキルである可能性はあると思う
さすがに自動で狙いを定める機能がデフォルトだったら僕達に勝ち目なんてないし…そもそもそれゲームとして楽しくないだろ」

余りにも情報が少なすぎる。
だれだけ話し合おうとも恐らく正解だろう…止まりにしかならない…それに…今の僕達は消耗もしている・・・。

正直言って日を改めたいというのが本音ではあるが…実力が上の相手から逃げるのは不可能に近い…倒す算段を付けるのがよっぽど現実的だろう。

46ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/03/05(火) 12:43:47
>「アイツら、自分達の方が絶対有利なシステムだと思ってドヤ顔してたけどそんなことないよね。
こっちはゲームシステム上はゲージ制コマンドバトルらしいから
習得したスキルで出来ると設定されていることなら無茶でも何でも出来てしまうけど……
向こうはプレイヤーが操作しきれない動きはどうしたって出来ないわけじゃん」

とりあえず僕の所感をみんなに共有する事にした。

「そう…それなんだが…さっき…少女と殴り合った感じ…彼女は自分は相手より強い事は分かっているが…具体的にどう強いのか分かってない…そんな感じがした
なんていえばいいか…なんていうか…体の出力に頼りっきりというか…
例えばこのスキルはとっても強いです。強いけどそれは出の速さだったり…後隙の少なさだったり…当たり判定のデカさだったり…次の展開の良さだったり…
いろんな強みがあるわけだろ?その強みを理解せずとりあえず出してる感があるんだよな…それでも十分僕達より強いわけだが」

彼女達は本当の意味で戦闘を経験していない。そんな気がする
有利な条件で弱い相手を一方的に虐殺するだけでは…自分の体の限界を知る事はできない。

「中身が人間だろうとNPCだろうと…ザコ狩りしかしてないなら…明神のいう弱点を突かれた時に自分にどんな事が起きるのか…それすら理解してない奴もいると思う。
例えば異常状態…凍るとかオーバーヒートするとか…あの見た目なら感電するとか?…どこまで実装されてるかわかんないけど…
さらに言うならコンボシステムや回避のシステムをちゃんと扱えるのか…どこまでの性能なのかしってるどうかさえも怪しいな…
だって彼女達にはマジメに回避する必要性がある攻撃も真面目にコンボを叩き付けなけりゃ死なない敵も…いなかっただろうから」

チュートリアルで説明は当然受けただろう…しかし人が真に物事を理解するのは…使ってそれが活用できた時だと思う。
なぜなら僕はチュートリアルをちゃんと読むがいざ実戦の時には完璧に忘れていたからね!え?みんなそうじゃないの?みんなそうだよね?

ゲームに詳しくない僕がみんなに提供できる唯一の情報。
あの戦闘狂に付き合わず兵器を使ってくれるような奴と戦っていれば…もっと違った情報を提供できたかもしれないが…過ぎた事をいっても仕方ない。

「うーん…あくまで10発前後殴り合っただけの直感だから…そしてあくまでも僕の出会った少女はそんな気配がしてたってだけ覚えておいてくれ」

イブリース達がどれだけ善戦したかにもよるけど…あの数だ…イブリースでさえ逃げるのが精一杯だっただろう。
少なくとも現実でもゲームでも…PSが成長するのは苦難に出会った時…強敵に出会った時だ…それはあいつらだって変わらないはず。

自分の有能さに…全能感に酔いしれている今だけが唯一のチャンスと言っても過言じゃない。

「本当は全員で逃げ出そうぜって言いたい所なんだけど…勝負すらまともにできるかどうかわからない相手に全員五体満足で逃げるなんて…不可能だからね」

一通り全員で案を出し終え議論した後…しばしの沈黙が続く。
その沈黙を破ったのは…明神だった

>「……さっきカザハ君の言ってたことだけどさ、イクリプス共はどういう感情で地球に侵略してんだろうな。
 見た感じあいつらも人間だろ。街破壊して人間虐殺する露悪なゲームが3億人だかに売れるとは思えねえんだが」

>「ナイが本当に邪神で、プレイヤーからはミズガルズがゴブリンの巣かなんかに見えてるのかもな。
 ほんで終盤に自由の女神でも見て『なんてことだここは地球だったのか』……みてえなオチ。
 ぜってえ荒れるよ俺ならアンチスレ100は立てられる自信あるね」

「いや…それはないんじゃないか?…少なくとも異形の化け物には見えてないと思うね
あの頭陀袋がなんて言ったか忘れたのか?米軍を相手に無双するのはおやめになられたので?って言ってたし」

頭陀袋は間違いなく米軍と…そう言い放った。
なにかのフィルターで聞こえなくなってる可能性も否定はできないけど…可能性は低いだろう。

「そもそも…人間はゲームという媒体を通せばほとんどの場合同じ人型を殺す事は売上やゲーム人気に殆ど絡まないと思うんだ……大抵の場合はね
どれだけ現実味を帯びてようと…胸糞悪い設定でもそれは技術や製作者の上手さであって現実じゃない…そして相手はNPCか中身に人間がいようと関係ない
対人ありのゲームならなおさらさ…相手を半殺しにして屈伸…煽り…された経験あるんじゃないか?なんならした経験も…結局それの延長線上に過ぎないんじゃないかな」

当然だが現実じゃ絶対できない事のほうが楽しいのは当たり前の話である。

「現実とゲームがごっちゃになって精神がゲームにとらわれた本物のやべー奴もいるだろうし……そんな奴をテスターに選ぶ畜生じゃないと願いたいね」

ゲームの中で思いっきり犯罪してみたいだとか…だれしもが思う事であるし…美少女になりたい願望だってゲームなら簡単に叶えられる。
無双してモテ男になりたい。イケメンハーレムの中でおもしれー女になりたい…願望はいくらでも尽きない
まあそれがゲームやマンガ…アニメなどの面白さが日々上がっていく理由でもあるのだが…

「あっ…ごめん…別に空気を悪くするつもりはなかったんだけど」

別に口論したかったわけじゃないのに…なんか自然とそんな感じになって…空気を悪くしてしまった。
はあ…本当に僕は何歳になればちゃんと空気が読めるようになるのか…。

「えーと…本音を言うなら回復するまで全力で今すぐ逃げたいけど…それができないのなら
エンバースの水着を脱がす作戦と…明神の少女達の弱い所を突く作戦…同時進行でいくべきだと思う
ATBゲージを貯めて集中砲火は…出たとこ勝負でかますのは…余りにもリスクが高すぎるから…最後の手段にしてほしいな…そもそも僕はもうカード残ってないし」

要は試せるもん全部試そうぜっていう話なのだが…僕にはこれ以上にいい案は少なくとも僕には出せない。
エンバースと明神以上の案を脳筋の僕にだせというのは少し無理がある。なんとも悲しく歯がゆい事だが…受け入れなければいけない事実でもある。

その分前線で成果を出す…それしかない。

「強いていうなら装備を剝がすのを優先気味にして……一部の兵装…僕達が使えたりしないかな?
ブレモンのデータの一部使われたりしてれば兵装のちょっとした機能だけ使えたり…さすがに望みすぎか」

一部のデータが次のゲームに入ってるというのもまた…珍しくない話のはずだ。
ブレモン側の技術が使われているならその部分だけ仮使用できたり…さすがに希望的観測すぎる…か

結局の所…出たとこ勝負するしかない今の僕達にとって…今のうちに考えられるすべての可能性を求めるしかない。
戦闘が始まれば考える暇など僕達には一切与えられないだろうから…こうやって顔突き合わせて相談する時間なんてもってのほかだ。

僕達はなにがあろうと負けるわけにはいかない。
けれど・・・不思議と絶望感なんてものはなかった…みんなとならどんな困難だって乗り越えられる。そう理解しているから

「ま…僕達ならなんとかなるさ…困難は今に始まった事じゃない。だろ?慢心するのはよくないけど…気を張りすぎてもいい事はないよ」

>「SSSは……言っちゃなんだが美少女ゲーの類だよな。
 イケメン盛りだくさんのブレモンとは客層がだいぶ違ってる。
 SSSがどんだけ覇権をとろうが、課金の出どころが違う以上ブレモンと共存できるはずだ。
 どちらが生きるかくたばるか、ゲームクリアとゲームオーバー以外にも、第三の結末は必ず存在する」

>「掴み取るんだ。――『俺たちの戦いはこれからだ』エンドを!」

「いやそれじゃ終わっちゃうんじゃないかな…」



【戦闘狂同士の一目ぼれに遭遇する】
【水着少女達は自分の力を100%ちゃんと理解して扱えないんじゃないかという疑問】
【兵装を剥がしてさらにそれを自分達で使えないか?という希望を持つ】

47崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/03/14(木) 21:55:45
『星蝕者(イクリプス)』らの襲撃を受けたエンバースたちアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は、
息も絶え絶えにワールド・マーケット・センターの中へ退避した。
とはいえ、センターは要塞でもなければシェルターでもないただの建物にすぎない。
エントランスの入口はガラスの自動ドアだし、『星蝕者(イクリプス)』もその気になれば容易く侵入し、追撃できるだろう。
しかし、予想に反して『星蝕者(イクリプス)』たちがセンターの中に入ってくることはなかった。

>追ってこない……?どういうこった、マップのロードが終わってないのか?

明神が訝しむ。
裏付けも何もないが、しかし明神の考察はきっと的を射ている。
非オープンワールドの、定められたステージ内で戦闘をするタイプのTPSでは、通常ステージの中にわざわざ入れる建物は作らない。
構造物はあくまでも射線を切るための障害物や高低差を表すギミックといった程度の存在でしかないのだ。
だから、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は建物内にいる間は安全であると言える。
『ブレイブ&モンスターズ!』と『星蝕のスターリースカイ』の明確な差異がひとつ健在化した形だ。

>ひとまず……連中はTPSアクションRPGの出身らしい。アウトライダーズをプレイした事は?
 レムナントはどうだ?リスク・オブ・レインは?EDFシリーズも良かったな。
 4以降のバイオやスプラなんかも一応そうか?ちょっとシューター要素が強すぎるけど……

さっそくエンバースが口火を切る。
絶望的なほどの戦力差をまざまざと見せつけられたばかりだというのに、エンバースの半分生身になった面貌には、
まったく悲壮感がない。どころか楽しげでさえある。
それこそ、新作ゲームを与えられたゲーマーそのものといった様子だ。
世界が破滅の危機に瀕しているというのに不謹慎――以前ならそう思ったかもしれないが、
今その世界を救うために必要なことは、まさしくその“ゲーマーとしての視座”であった。

>ま、とにかくだな。連中もRPGのキャラクターなら、そのステータスや能力の大部分は装備品由来の筈だ。
 つまり……まずは装備を奪うか、破壊するんだ。部位破壊で戦闘が有利になるイブリース戦とそう変わらないな

>状態異常も有効かもな。アクション要素があるって事は、ヤバい攻撃はそもそも避けるのが前提になる訳だ。
 つまりレジスト関連のステータスはブレモンほど詳細に設定されていない……かもしれないぞ

>それにATBゲージがいらないとしても、なんの制限もないゲームなんて面白くないだろ。
 スキルにはクールタイムや固有のリソースがあってもおかしくないよな。検証してみる価値はあると思う

ゲームにおいて最大のカタルシスを得られる瞬間とは、『苦戦の末に強敵を斃した時』と決まっている。
その快感はジャンルを問わない。横スクロールACTで熾烈なステージギミックを踏破したとき。
STGで地獄めいた弾幕を掻い潜ったとき。ソウルライクARPGでボスキャラを撃破したとき。
道のりが険しければ険しいほど、苦労すれば苦労するほど、試練を乗り越え勝利したときのアドレナリンの分泌量は増す。
カカシを相手にいくら最強を気取ったところで、すぐに飽きてしまうのだ。
先程、『星蝕者(イクリプス)』は米軍をただ数が多いだけの雑魚はもういい、と言っていた。
強い者との戦いの方が楽しい、と。
ならば、『星蝕者(イクリプス)』も無敵ではない。
敗北するかもしれないというスリルと、プレッシャーを撥ね退け勝利したときの達成感が、ゲームの楽しさを生むからだ。
完全無敵モードではそれこそデバッグテストにもなるまい。
システム上の、ステータス上の、ルール上の制約を凌駕した先にゲームの醍醐味はある。
ならば、それを衝く。

>……それと、なゆた。お前は……いや、まずは無事で良かった。
 だが……無茶はするなよ。次も銀の魔術師モードが発動するとは限らないんだ。
 クールタイムや固有のリソースがあるかもしれないのはお前も同じだ

「あ……、うん……」

ゲーマーならではの視点で提案の先陣を切ったエンバースが、不意になゆたの方を向く。
エントランスの椅子に腰掛けたなゆたは、そんなエンバースの言葉に小さく頷いた。
自らの手に視線を落とし、軽く開いたり閉じたりしてみる。特に異常は感じられない。
体調は悪くないし、気分も平常通りだ。もちろんリューグークランとの闘いで消耗してはいるが、
それはここにいる皆も一緒だろう。
ただ、エンバースが心配する気持ちもわかる。なゆたは未だに銀の魔術師モードへの確実な覚醒の仕方を理解していない。
『死にそうになれば覚醒する』なんて、あやふやな条件にすべてを賭ける訳にはいかない――そう考えるのは当たり前だ。
……だ、けれども。

>正直言ってだな……俺は今や世界最強のブレイブなんだぞ。
 待っててくれれば大体の事はなんとかしてやるから

見事チャンピオンを下したエンバースが、いつものように気取った調子で告げる。
まさしく余裕綽々といった様子だが、マイディア――乙夜マリとの闘いを経たなゆたには、その気持ちが痛いほど分かった。
大切だから、心配だから、自分に任せろと言ってしまうエンバースの優しさが。
それはきっと、なゆたが仲間たちに抱いている想いと変わらない。

「ありがとう、エンバース。
 そうだね、不確定な銀の魔術師モードにいつまでも頼ってられない。頼るならここにいるみんなを頼るよ。
 ただ……待ってることだけはしない。わたしはわたしの力で、わたしの道を切り拓く。
 わたしはカメのお城の中で、オーバーオールのヒーローが助けに来てくれるのを待ってるだけのヒロインじゃないから!」

まぁあのお姫さまも最近めっちゃ戦ってるけどね! なんて言うと、なゆたはおかしそうに笑った。

48崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/03/14(木) 21:56:08
>さっきエンバースさんが炎幕張ってる間にうまいこと逃げ切れたでしょ?
 上の世界のフルダイブじゃないゲームがこっちの世界のゲームと同じようなものだとすればだけど……
 情報源が画面しか無い以上視覚情報の攪乱の影響をもろに受ける……のかも?

自分はゲーマーじゃないけど、と前置きして、カザハもまた自分の考えを口にする。

>SSSってどれぐらい親切設計のゲームなんだろう。
 当然親切設計じゃない方がこっちには都合がいいわけだけど……
 ある程度近付いたら自動で照準合わせてくれたり、
 そこまでいかなくても敵キャラにターゲットマークみたいなの表示されてるのかな?
 もしそうじゃない上級者仕様のゲームだとしたら……向こう側に絵柄を合わせてやれば、結構混乱するだろうね。
 幻影(イリュージョン)のカード、まだ残ってるんだ

>アイツら、自分達の方が絶対有利なシステムだと思ってドヤ顔してたけどそんなことないよね。
 こっちはゲームシステム上はゲージ制コマンドバトルらしいから
 習得したスキルで出来ると設定されていることなら無茶でも何でも出来てしまうけど……
 向こうはプレイヤーが操作しきれない動きはどうしたって出来ないわけじゃん

UI周りの利便性はゲームにおいて死活問題だ。
カメラの視点やゲージの位置、ボタン配置――その他にも重要なものはいくつもある。
SSSはTPSだとナイが暴露した以上、カメラはある程度限定される。無双シリーズやモンハン、DMCなどといった感じの、
キャラクターの背中を見ながらプレイする方式なのだろう。
そもそもフルダイブにせよリモコン方式にせよ、ゲームをすることに視覚が必要不可欠な以上、
目晦ましは有効な手段になるかもしれない。
また、アクションRPGと銘打っているだけに、カザハの言うようにプレイヤーのスキル以上のことは出来まい。

>おいおいどうしたカザハ君、今日のお前めちゃくちゃ冴えてるじゃん!

いつになく鋭い着眼点のカザハに対し、明神が快哉を叫ぶ。

>俺たちにはゲージ溜まってからじっくりコマンドリスト開いて行動を選択する猶予がある。
 アクションゲーにはそれがない。アクションしながら選択できるスキルには限りがあるはずだ。
 ショートカットキーを活用したとしても扱えるスキルはせいぜい4つから8つくらいが関の山だろ。
 各スキルのリキャストをリアルタイムで管理し切るにはもっと減らす必要があるかもな

>……イクリプスは、無敵じゃない。
 キャラを全面に押し出したゲームである以上、『得意分野』と『弱点』は必ず存在する。
 プレイアブルのクラスを7種も用意してるってことは、キャラ同士で弱点を相互に補完するプレイが前提のはずだ。
 ブレモンと同じ運営なら、オンラインマルチのノウハウを活かしたいだろうしな

>俺たちにとってクールタイムにあたるものはATBゲージだが、こいつはオーバーチャージで溜め込める。
 ゲージを消費しない行動……エンバースがスマホ直すまで擦りまくってた『ブレイブ殺し』の戦術。
 オーバーチャージしまくって一気にぷっぱすれば、一回限りでイクリプスを上回る瞬間火力を出せる

>いずれにせよ、このイクリプスとの戦いは癇癪起こしたローウェルのちゃぶ台返しじゃない。
 プロデューサーによる真っ当なプロモーション活動の一環だ。
 顧客が存在する以上、後出しジャンケンで世界のルールをコロコロ書き換えられることはない。
 ゲームとしての面白さを確保するための弱点は、容易に潰せないはずだ

明神が目をつけたのは、ブレイブ&モンスターズ! と星蝕のスターリースカイのジャンルの違いだった。
アクションRPGであるSSSは常にキャラクターを動かし続ける必要がある。
群がる敵の攻撃を回避し、狙いを定め、撃破しつつ自らのバフ、回復などを同時にこなすという、マルチタスクを強いられる。
限られた時間の中で使えるスキルには限度があり、あまり戦略的・戦術的なスキルは使えない。
自然と、プレイヤーの動きはパターン化されていくことになる。ソウルライクゲームのように、
敵の行動を頭に叩き込んで攻略してゆくようなジャンルのものなら、それが尚更顕著になる。
明神はそこを衝こうというのだ。
明神の言う通り、SSSには七つのクラスが存在する。そこにはプレイヤーを飽きさせない為という目的もあるだろうが、
マルチのパーティプレイ前提という目論見も垣間見ることが出来る。
個性豊かなクラスでチームを組み、互いの短所を補い合って強敵を斃す。マルチプレイの最も楽しい要素のひとつだ。
それはつまり、個々のクラスには明確な弱点がある――ということの確たる証拠であろう。

>そう…それなんだが…さっき…少女と殴り合った感じ…彼女は自分は相手より強い事は分かっているが…
 具体的にどう強いのか分かってない…そんな感じがした
 なんていえばいいか…なんていうか…体の出力に頼りっきりというか…

ゲームの知識が殆どないジョンは、あくまで直に闘った際に覚えた所感を口にする。

>中身が人間だろうとNPCだろうと…ザコ狩りしかしてないなら…
 明神のいう弱点を突かれた時に自分にどんな事が起きるのか…それすら理解してない奴もいると思う。
 例えば異常状態…凍るとかオーバーヒートするとか…あの見た目なら感電するとか?
 …どこまで実装されてるかわかんないけど…

『星蝕のスターリースカイ』はまだリリース前の、クローズドβテストの状態だ。
今回のミズガルズ――地球への侵攻を試金石としてこれからデバッグや調整などを適宜行い、
最終的な正式リリースに漕ぎ着けるというプランなのだろう。
当然、抽選によって択ばれたテストプレイヤーたち、即ち現在センターの外にいる『星蝕者(イクリプス)』たちは、
誰もが今回初めてSSSというゲームに触れたのだろう。事前のプレスリリースと当選時の説明で、
勿論ある程度の理解はしているだろうが、それでも直接触れるのは初めてに違いない。
歴戦のネトゲ廃人だろうと、重課金者だろうと、プロのゲーマーだろうと、『最初』はある。
初めて触った瞬間にルールを完全に理解し、法則を把握し、性能を充分に引き出せる者など存在しない。
誰しも最初は下手なのだ。そうして訓練と研鑽、経験を積み重ね、上達していく。それがゲームというものの面白さだろう。
『星蝕者(イクリプス)』がまだシステムに習熟しておらず、立ち回りを学習していない今のうちに叩く。

49崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/03/14(木) 21:56:39
「ふふっ」

侃々諤々、対SSSの攻略法を議論する仲間たちをエントランスの椅子に腰掛けて眺めながら、なゆたはそっと目を細めた。

「楽しそうだね、マスター」

なゆたの隣に佇んでいるエンデがぽつりと零す。
エンバースや明神の遣り取りに視線を向けたまま、うん、と返す。

「なんか……いいなぁ、って。
 どんなにつらいことがあったって、悲しいことがあったって、こうしてみんなで集まって。
 知恵を出し合って、一見絶対無理って難易度をしたゲームの攻略法を考えていく……。
 元々フォーラムでもやってたことで、当たり前の作業だったんだけど、
 こうしてみんなと出会って……たくさんの旅をしてきて。
 改めて、楽しいって思ったんだ。
 ゲームって、やっぱり最高に面白い! って」

かつて、考古学的な大発見を自ら解き明かそうという大望を抱いた人間がいた。
途方もない、到底不可能な、夢物語と言うしかない荒唐無稽な望みだった。
その人物はほうぼうを巡って信頼に足る仲間を集め、夢の実現に乗り出した。
道程は苦難を極めた。常人ならば一生に一度直面するかしないかの危難にも、幾度となく直面した。
だがその人物は決して諦めることなく、ありとあらゆる艱難辛苦を乗り越え、ついに念願の大発見へと辿り着いた。
しかし。
その人物が最も喜びを感じたのは、長年の夢である大発見を目の当たりにした時ではなく――
苦楽を共にしてきた仲間たちと、その発見を前に握手を交わした時だったという。

結果がすべてだと、そういう意見だってあるだろう。
過程がどうであろうと、結果を残せなければ無意味だと。確かに特定の分野においてそれは真実だ。
けれどゲームの世界では、それは必ずしも絶対的な真理ではない。
マリオカートで最下位だって。桃太郎電鉄で、モノポリーで、いただきストリートでビリだって。
それを以てそのゲームたちをクソゲーだと、面白くないと言うプレイヤーがいるだろうか?
仮に結果を残せなくても、くやしい思いをしたとしても。
その過程は楽しかったはずだ、盛り上がったはずだ。そこには笑顔が、歓声が、喜びが――必ずあるのだ。

ここにいる仲間たちは、皆それを知っている。ゲームの内容で楽しむことは勿論、こうして仲間同士知恵を出し合い、
力を合わせることこそが尊く、嬉しいのだと。
むろん、負けるつもりなんてない。あの『星蝕者(エクリプス)』たちには、何が何でも勝つ。
この逆境さえも楽しんで勝利する。目の前の頼もしい仲間たちなら、必ず成し遂げてくれるだろう。

『……もう、わたしの役目は終わりなのかもしれませんね――』

「え?」

前触れもなく聞こえた声に、なゆたは驚いてキョロキョロと周囲を見回した。

「マスター、どうかした?」

「エンデ、今何か言った?」

「いいや、何も」

いつものやや眠そうな表情で、エンデが答える。

「……うーん? 空耳かな……」

なゆたは首を傾げたが、結局気にしないことにした。
だが、なゆたは気付かなかった。
その“声”は外から聞こえたのではなく――
なゆたの心の中から聞こえた、ということに。

《私からも一言、いいかしら》

突然空中にディスプレイが展開され、ニヴルヘイムにいるウィズリィの顔が大写しになる。

《ミズガルズに『星蝕者(イクリプス)』が干渉することを阻止できなくて、ごめんなさい。
 大賢者様……いいえ、大賢者の方が管理者としての力量も、権限も強かったから……。
 ただし、私とミノリもやられっぱなしではないわ》

ウィッチハットをかぶった少女は、ふんと軽く笑みを浮かべてみせた。

《『星蝕者(イクリプス)』のアクセス履歴と干渉の痕跡を辿って、大賢者の居場所を特定できるかもしれないの》

まったく別のゲームのシステムと大量のテストプレイヤーたちを無理矢理召喚する、そんな大規模な干渉を、
完全に痕跡を残さずに遂行するというのはどんな腕の立つプログラマーであったとしても難しい。
ウィズリィとみのりは管理者権限をフル活用し、ローウェルの足跡を逆探知してその所在を解き明かそうしているらしい。

50崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/03/14(木) 21:57:17
「ローウェルの居場所を……!? 本当!? ウィズ!」

絶望に次ぐ絶望の中での思いがけない朗報に、なゆたは思わず歓声を上げた。
今まで決して居場所を明らかにせず暗躍していたローウェルの現在地を特定し、其処に乗り込めるとしたら、
この長い戦いに終止符を打つことが出来るかもしれない。
それでなくとも、今までアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』はローウェルの行動に対し、
後手後手に回ることを余儀なくされてきた。いつでもローウェルに先手を取られ、或いは出し抜かれ、
辛酸を舐めさせられ苦渋を飲まされ続けてきたのだ。
そんなローウェルに一矢報い、此方が攻勢に出られるというのなら、そんなに望ましいことはあるまい。

《ええ。今、ミノリが取り掛かっているわ……か細い糸を手繰るような試みだけれど、絶対に辿り着いてみせる。
 でないと、貴方たちのバックアップをすると言って此処に残った意味がないもの。
 だから――》

ウィズリィが『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の顔を見回す。

《貴方たちには、大賢者の居場所を突き止めるまでの時間稼ぎをしてほしいの》

必要なのは、みのりとウィズリィがローウェルを追い詰めるための時間だった。

「わかった! 任せておいて!」

仲間たちの意見を聞くまでもなく、なゆたは即答した。
椅子から立ち上がり、足許にポヨリンを従えて空中に展開されたディスプレイに歩み寄る。

「みんなの対『星蝕者(イクリプス)』戦術を聞きながら、わたしも考えてたんだ。
 今回の戦いは、持久戦。それがたぶん一番いいんじゃないかって」

くるりとスカートの縁を揺らし、ディスプレイから仲間たちへと振り返る。

「どうしてそう思ったのか、根拠はふたつ。
 まず、あのナイとかいうキャラはSSSの襲来を『抽選に当選したプレイヤー限定のクローズドβテスト』って言ってた。
 それはつまり『増援はない』ってことだと思う。
 まぁ……それでも50万とか、バカげた数ではあるんだけど」

たはは……と困り顔で笑いつつ、人差し指で右頬を掻く。

「あと、βテストっていうのも大事だよね。そういうのって、大抵期間限定でしょ?
 だから、きっと『星蝕者(イクリプス)』の侵攻には時間制限があるんじゃないのかな」

シャーロットでないなゆたに上位者の時間の概念がどうなっているのかは知る由もなかったが、
地球基準で考えればクローズドのテストプレイ期間というのは四日から長くても一週間程度が一般的だ。

「わたしたちだけで50万の『星蝕者(イクリプス)』を全員撃退するのは、とても無理だよ。
 でもね……このワールド・マーケット・センターを砦にしながらの籠城戦なら、できなくもない……かもしれない」

先程明神の指摘した『星蝕者(イクリプス)』はセンターの中に入ってこられない、というシステムの穴を衝いた作戦だ。
ローウェルが大規模なマップの改変でも行わない限り、センターは外部からのどんな攻撃も通さない、
アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』にとってこの上なく堅固な要塞として機能する。
いかなローウェルとて、そこまで大掛かりな修正をするとなればそこそこ時間を要するだろう。
クローズドβテストの期間が終了するまで、そしてみのりとウィズリィがローウェルの居場所を特定するまで、
このセンターを中心に持久戦を行う。それがなゆたの提案だった。

ラスベガスを巨大なひとつのステージと考えた場合、隠れる場所も戦う場所も大量にある。
一大観光地のため大きなホテルもレストランも数多く存在するから、休憩場所や食糧には事欠かない。
奇しくも、破壊されたリゾート地は圧倒的な兵数の不利を覆すゲリラ戦を展開するにはもってこいのフィールドと言えた。

「もちろん、戦うのはわたしたちだけじゃない。
 ――ここにいる人たち。全員に頑張って貰わなくちゃ」 

なゆたはスマホをタップすると、インベントリからアイテムをひとつ取り出した。
それは、膨大な魔力を秘めたひとつの指環。
アルフヘイムへ召喚されたばかりのときに手に入れた、大賢者に縁のある魔具。
『ローウェルの指環』。
それを右手の薬指に嵌め、自身のスペルカードをすべてリキャストする。
回復したスペルカードのうち『高回復(ハイヒーリング)』をプレイ。対象は――未だ昏倒している『禁書の』アシュトラーセ。

「ぅ……」

瀕死の重傷から一転、体力を全快させたアシュトラーセは右手で頭を押さえながらゆっくり起き上がった。
そんなアシュトラーセに大まかな事情を説明し、回復魔法を依頼する。
スペルカード『高回復(ハイヒーリング)』は対象一名のライフを回復させることしか出来ないが、
アシュトラーセら高位の魔導師ならば全体回復魔法で他の負傷者を癒すことも出来る。
状況説明を受けたアシュトラーセが全体回復魔法を唱えると、
対リューグークラン戦で受けた『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の傷と疲労がみるみるうちに癒えてゆく。
アシュトラーセと同じく『星蝕者(イクリプス)』の襲撃を受けたイブリースとエカテリーナ、
そして限界以上の力を使い果たして死んだように眠っていたガザーヴァも回復し、戦列に復帰する。

51崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/03/14(木) 21:59:08
「……なぁーんか、ボクが寝てるうちにまぁーたメンドクセーことになってンなぁ……」

明神の隣でふわふわと宙に浮きながら胡坐をかき、現在の状況を聞いたガザーヴァがぼやく。

「あのリューグーナントカをやっつけりゃ、残るは大ボスのクソジジーだけじゃなかったのかよ?
 ったく、次から次へと……やっつける方の身にもなれってんだよ! なー、明神!」

息つく暇もなく出現する敵に対して心が折れるのではなく、あくまで面倒くさいと言い放つあたり、
幻魔将軍の面目躍如といったところだろうか。

「もし、リューグークランの人たちが味方になってくれてたら心強かったんだけどね」

あはは、とガザーヴァの文句に眉を下げ、なゆたが小さく笑う。
日本最強チームであり、偉大な先達であったリューグークランがもしもここに健在で、
一緒にSSSに対抗してくれたとしたら、そんなに頼もしいことはなかっただろう。
だが、彼らはもう消えてしまった。自分たちに未来を託して。
第一クランの皆は望まざる復活によってローウェルに蘇らせられた人々だ。これ以上苦しみを味わわせず、
安らかな眠りについて貰いたいと思う。
クランの皆はなゆたたちアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』に、
最後まで諦めず戦う覚悟の大切さを教えてくれた。勇気を与えてくれた、それだけでも充分というものだろう。

「まだ、外には生き残りの人たちやニヴルヘイムの魔物がいるかもしれない。
 それを見つけてセンターの中に保護して、同時に戦力も拡充していこう」

「オレが『星蝕者(イクリプス)』どもの襲撃を受けたとき、あちこちにまだ同胞たちの気配があった。
 これ以上奴らの隙にはさせん。同胞の命を少しでも多く救えるなら、それに勝ることはない」

「そうじゃな。フィールドを探索し、生存者の発見に努める。
 然る後にこのワールド・マーケット・センターに収容し、負傷者には回復を。
 戦える者は戦力として対『星蝕者(イクリプス)』に出撃して貰う……というのが良策かの」

なゆたの提案に、アシュトラーセやガザーヴァと同じように回復したイブリースとエカテリーナが頷く。

「治療は任せて頂戴。本職ではないけれど、精一杯務めさせて貰うわ」

目下、此方の手勢の中で高位の回復魔法を扱えるのはアシュトラーセとエカテリーナだけだ。
しかしエカテリーナの虚構魔術はこういったゲリラ戦で真価を発揮する。回復役よりは外に出て、
魔術を用い『星蝕者(イクリプス)』を眩惑しての生存者の救出という役回りが一番だろう。
そのぶん独りで後方支援を務めるアシュトラーセの負担は大きいが、やむを得ない。

「しっかし、相手は50万。対してこっちはモンスター合わせても20人以下。
 そのうえ相手はクソジジーの肝煎りで常時バフが掛かってる状態なんだろ?
 バランスもクソもあったモンじゃねーなー! やっぱブレモンはクソゲー!」

「大丈夫! できるよ! だってもうわたしたちよりずっと前に、半年以上もの長い間、
 地上を埋め尽くす量の敵を相手に籠城して持ち堪えた『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』がいるんだもん!」  

そう。
なゆたたちはかつて、夥しい数のドゥーム・リザードやヒュドラ、イナゴの群れに少数だけで立ち向かい、
最終的に見事勝利を勝ち取った『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を知っている。

「へっ。あったりめーだろ。
 イクリップだかスクラップだか知んねーケド、ケチョンケチョンにしてやんよ!
 ポッと出の女キャラどもに、誰がブレモンさいかわキャラかってコトを教えてやる!」

ふふん、とガザーヴァは不敵な笑みを浮かべてみせた。
クソゲーだの何だのと文句を言ってみるのも、ガザーヴァなりの愛情表現のひとつらしい。
そんなブレモンの中で虚勢でも何でもなく、心の底から自分とそのマスターのコンビが地上最強だと信じて疑わない。
そして、それは他の仲間たちも同じだろう。

反面、そんな仲間たちに対し懸念がない訳ではない。
それは『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』である限り絶対に逃れられない、
宿痾とも言うべきシステム上の弱点の存在であった。
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』のスペルカードは、一度使用してしまうと原則24時間経過しなければリキャストしない。
ウィズリィの『多算勝(コマンド・リピート)』など、即座にカードをリキャストさせるスペルもあるが、
大抵の場合単体であったり何らかの制限が存在しており、もちろん多用も出来ない。
後のことを考えず総力を結集して戦えば、きっと『星蝕者(イクリプス)』を打破することも不可能ではないだろう。
なゆたたちは長い長い旅の果て、そこまでの力を手に入れた。
だが『星蝕者(イクリプス)』ひとりを倒すのに手持ちのスペルカードを使い切ってしまっては意味がない。
今回のSSSの侵攻に関しては、一度勝てばすべての決着がついた今までの戦いと違い、
いつになるとも分からないウィズリィとみのりの解析完了を待って戦い続けなければならないのだ。
とすれば、消耗を可能な限り抑えながらの戦いが大前提となる。
だいたい今現在だって明神たちはリューグーとの戦いでスペルカードの大部分を使い果たしているのだ。
SSSが建物に手出しできないのをいいことにじっと建物の中に閉じ籠り、
24時間経過するのを待てば――という作戦もないこともなかったが、
それでは外にいるかもしれない生存者を見捨てることになる。
継戦能力の低さ、それは『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の致命的なウィークポイントであった。
当然持久戦、籠城戦という作戦との相性も悪い。

だが――

52崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/03/14(木) 21:59:41
「……まだ、戦意を喪ってないのかい。
 あれだけのものを目にしても」

不意に声が聞こえる。其方を見ると、リューグークランと闘ったトーナメントの会場にいたはずのミハエルが立っている。

「ミハエル……」

「破滅は避けられない。君たちが儚い力をいくら振り翳したところで、絶対的な戦力と性能の差を縮めることは出来ない。
 誰にだって理解できる、単純な話だというのに……それでも抗おうとするだなんて、
 まったく理解できないよ」

ふ……、とミハエルは力なく笑ってみせた。
その表情に、デュエルをしていたときの狂気さえ孕んだ覇気は感じられない。
しかし、ミハエルは何もアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の士気を下げにわざわざ姿を現したのではなかった。
ミハエルがなゆたやエンバース、ジョンたちの顔を一頻り見回す。
そうして『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちの瞳から希望の光が消えていないことを確かめると、
ブレモン絶対王者は自分の衣服のポケットをまさぐった。

「だが――絶望的な戦力差を見せつけられ、死を間近に宣告されて。
 それでもなお運命を受け入れることはできないと、最期の最期まで戦ってみせようというのなら……。
 これを持って行くといい。きっと君たちの役に立つだろう」

ポケットから出した右手をエンバースたちへと突きつける。
開いたその手のひらの上には、すっかり見慣れたデザインの指環が乗っていた。
つい今しがた、なゆたがアシュトラーセたちを回復させるために用いた、
スペルカードのリキャストと超強化の効果を秘めたレアアイテム――『ローウェルの指環』。
それが、しかも四つ。

「ローウェルの指環……! 確かに、あなたが持っていたとしても不思議ではないけど……」

ミハエルは少し前までローウェルと同盟関係にあった。ローウェルからこのチートアイテムを与えられていたとしても、
何もおかしくはない。ただ、数が多すぎる。こういったレアアイテムは、通常ひとり一個が限度のはずだ。
訝しんでいると、すぐにミハエルは一度かぶりを振った。

「これは……僕のものじゃない。
 本来、リューグークランに与えられたものだ」

リューグークラン。
どうやらローウェルは対ハイバラを想定し、復活させたリューグークランのメンバーに必勝を期してひとり一個ずつ、
指環を渡していたらしい。
けれどもそんなローウェルの目論見に反し、リューグークランの皆は誰ひとり指環を使用しなかった。
ミハエルはそんなクランの使わなかった指環を預かっていたらしい。

「彼らは言っていたよ。もし君たちアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が自分たちに勝つようなら、
 此処よりもっと先へ進むつもりなら……これを渡してほしいと。
 ほんの一時的にでも、うわべだけでも……仲間になった者たちの遺言だ。持って行きなよ。
 ……彼らも、きっと喜ぶだろう」

ローウェルの指環があれば、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』のシステム上の弱点を完全に克服することは無理でも、
多少は負担を減らすことが出来るようになるだろう。 

「そっか、リューグークランのみんなが……」

マイディアかあいうえ夫か、何れが考えたにしろ、リューグークランはそこまで先を見通していた。
デュエルの中でハイバラを復活させ、その仲間たちの成長を促し、更には最後の戦いへむけて背中を押す。
おまけに自分たちを倒した後続の者たちへレアアイテムのご褒美まで用意していたとは――。

「はは……、やっぱり全然敵わないなァ」

仲間たちがそれぞれ指環を手にするところを見ながら、なゆたは小さく笑った。
偉大な先達がそこまで自分たちの為にお膳立てしてくれたのだ、
応えなければ『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の名折れというものだろう。

「これでみんな、ますます負けられなくなっちゃったね。何が何でも生き残って、希望を未来へつないで……。
 ローウェルの喉元に迫ってみせなくちゃ、ゲーマーとしての沽券に拘わるよ!
 気合入れていこーっ!」

仲間たちを鼓舞しようと、なゆたは大きく右腕を天井に突き上げた。
が、勢い余ったのかバランスを崩し、かくんと膝が折れるとそのままへなへなと床に尻餅をついてしまった。

「あ……、あれ?」

ポヨリンが心配そうに寄り添ってくる。なゆたはすぐに立ち上がろうとしたが、気持ちに反して脚に力が入らない。
結局、仲間に助け起こされて何とか立ち上がった。

「オイオイ、なーにやってんだよモンキン! これから大一番ってときにさぁー!」

ガザーヴァが呆れたように半眼で吐息する。

「ご、ごめんね……一番気合入れなきゃいけないのはわたしだったみたい、エヘヘ……」

今一度全身に力を込め直すと、なゆたは眉を下げて恥ずかしそうに笑った。

54崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/03/15(金) 01:27:45
アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちの目の前、虚空に大きく展開されたディスプレイに、
ラスベガス主要部を俯瞰したマップが表示されている。マップのあちこちには青色と赤色の光点が無数に散らばっており、
明滅を繰り返していた。
ウィズリィが管理者権限の一部を利用して作成したものだ。
マップの中央部、自分たちの現在位置であるワールド・マーケット・センターとおぼしき場所には、
一ヶ所に集まった白色の光点も存在している。これは恐らく自分たちの識別信号ということだろう。

《周辺地域をスキャンして、大まかな生物反応をマップ上に洗い出してみたわ。
 こちらの青い点は私たちの世界……『ブレイブ&モンスターズ!』由来の生物を示している。
 赤い光はそれ以外。つまり『星蝕のスターリースカイ』由来のユニット、つまり敵……ということになるわね》

マップ上に存在する赤い光点は夥しい数ではあるものの、蟻の這い出る隙間もない――というほどではない。
米軍やニヴルヘイム軍との大規模な戦闘が一旦終了し、目につくあらかたの敵を撃破してしまったことで、
『星蝕者(イクリプス)』たちも小休止を決め込んでいるのかもしれない。
今は上空に停泊している宇宙船群の中に大多数が引っ込んでしまっているのだろう、ひょっとするとレベルアップしたり、
スキルポイントを割り振ったりして自身を強化している最中という可能性もある。
マップの中を活発に動き回る赤い光点に対して、青い光点は当然と言うべきか殆どが動かずにいる。
建物の残骸や地下などに隠れ、息を殺しているのだろう。
目下、そういった生存者を救出するのが自分たちの最優先事項と言える。

「この青い点を全部回るってのは、ちょっと骨が折れるな……」

ガザーヴァが右手の小指を唇に添え、難しい表情で首を傾げる。
一口にラスベガス主要部と言ってもその範囲は広範で、青い点はその各地にまばらに存在している。
無数に蠢いている赤い点を回避しつつすべてを回収というのは、確かに容易なことではない。

「ならば複数の部隊を編成し、手分けして救援に当たればいい。
 寡兵ならば個々に役割を設け、無駄のない効果的な運用をするのが戦術の基本というものだ」

腕組みしながらイブリースが短く提案する。
今、この場で一番青い光点を救出に行きたいのは間違いなくイブリースだろうが、強靭な忍耐力で何とか耐えている。

「いや、万一『星蝕者(イクリプス)』と戦闘になった場合、人数を分けてしまっては確固撃破される恐れがあろう。
 ここは固まって行動すべきではないか? 人命救助しようとして我らがやられてしまっては、それこそ本末転倒じゃ」

イブリースの分散案に対して、エカテリーナがと集中案を挙げる。
いずれの案にも一長一短があり、どちらが優れているとも言い難い。

《どういった形態で作戦行動に移るかは、そちらで考えて貰うとして……。
 目下のところ、マップ上で重要とされる箇所は四ヶ所ね。ブック、表示して頂戴》

ウィズリィの指示によって、マップ内のブロック数ヶ所が色分けされピックアップされる。

《まずはフレモント・ストリート・エクスペリエンス。
 ここはリゾートホテルが立ち並んでいる区画で、この通り青色の光点が最も多くなっているわ。
 対して赤の光点はそこまで多くない……》

ホテルが多いということは、宿泊客などの生存者が建物内に避難していると考えるべきだろう。
またレストラン、ブティックなども多数あり衣食住にまつわる施設が多い点から、このブロックを押さえるのは急務と言えた。
持久戦には補給物資の確保が何より大切である。

《次に、マンダレイ・ベイ。
 このラスベガスでも有数のカジノホテルのようね。ここにも青の光点は多い……人命救助を考えるなら、
 此処も捨ててはおけないわ》

ラスベガスのメインコンテンツと言えば、なんといってもカジノだ。
従って世界的にも有名なこのカジノホテルに生存者が多く集まっているというのは当然の流れであろう。
また。そういった施設は急な傷病者の為に救護所や中には簡易的な病院も併設している場合があり、継戦能力向上に欠かせない。

《第三に、ザ・ストリップ。ラスベガスのメイン・ストリートね。現在みんなのいる、
 ワールド・マーケット・センターの真正面、目抜き通りがそれよ。此処は……ラスベガスで最も破壊の痕跡が大きい、
 恐らくは最大の激戦区となった場所だと思う。生存者は絶望的だけど、敵の攻略への糸口が見つかる……かも》

行きでは一目散にワールド・マーケット・センターを目指していたため、あまり周囲の景色に気を配る余裕がなかったが、
センターのすぐ近くで米軍とニヴルヘイム軍、そして『星蝕者(イクリプス)』の大規模戦闘が勃発したというのだ。
その爪痕は甚大で、建物のほとんどは破壊され、舗装道路は砕け、いまだに無数の屍が転がっている。

《最後に、ストラトスフィア。
 ラスベガスで最も高い展望台を擁するホテルね。……見ての通り、このホテルはSSSの飛空艦隊の真下に位置している。
 当然、赤の光点も一番多いわ。ただ――もし此方から攻め込むとしたら、此処が基点となるでしょう》

「なるほど」

マップを眺め、ウィズリィの説明を聞きながらなゆたは頷いた。それから、仲間たちの意見を募る。
みのりとウィズリィがローウェルの居場所を特定するまで、どうやって『星蝕者(イクリプス)』の攻勢を凌ぐか。
分散と集中いずれの作戦で、どこから調査に乗り出すか。決めるべきことは多い。

ローウェルは多くの人々を間接的に殺戮した。プロデューサーの職権を濫用し、世界を滅茶苦茶にした。
そんなときに不謹慎だと、そう言う者もいるかもしれない。
だが、ここはゲームの世界。なゆたたちが現実だと思っていたものさえ、より上位の存在がプレイするゲームに過ぎなかった。
で、あるのなら。
ゲームは楽しむもの、それがゲームという概念の発明された古来より不変の真理であるのなら――

この場で一番楽しんだ者、それが勝者だ。


【なゆた、みのりとウィズリィがローウェルの居場所を特定するまでの間、持久戦を提案。
 ミハエル、パーティー全員にローウェルの指環を支給。
 ウィズリィ、ラスベガス四ブロックのどこから先に探索するか意見を募る】

55embers ◆5WH73DXszU:2024/03/21(木) 03:09:49
【ニューゲーム・ニュールール(Ⅰ)】


ワールドマーケットセンターのエントランスホール。
イクリプス達による追撃の気配は――未だない。

『ありがとう、エンバース。
 そうだね、不確定な銀の魔術師モードにいつまでも頼ってられない。頼るならここにいるみんなを頼るよ。
 ただ……待ってることだけはしない。わたしはわたしの力で、わたしの道を切り拓く。
 わたしはカメのお城の中で、オーバーオールのヒーローが助けに来てくれるのを待ってるだけのヒロインじゃないから!』
『まぁあのお姫さまも最近めっちゃ戦ってるけどね!』

「はっ……フライパンで敵の頭をブン殴るなんて、いかにもお前らしいよな。かなりハマり役だぜ」

『さっきエンバースさんが炎幕張ってる間にうまいこと逃げ切れたでしょ?
 上の世界のフルダイブじゃないゲームがこっちの世界のゲームと同じようなものだとすればだけど……
 情報源が画面しか無い以上視覚情報の攪乱の影響をもろに受ける……のかも?』

「ああ……忍法クソカメラの術か。確かにアクションゲームには付き物だ」

『おいおいどうしたカザハ君、今日のお前めちゃくちゃ冴えてるじゃん!』

「……いつものカザハ君がどれくらい冴えていないかについては、追求しないでおこうかな」

『俺たちにはゲージ溜まってからじっくりコマンドリスト開いて行動を選択する猶予がある。
 アクションゲーにはそれがない。アクションしながら選択できるスキルには限りがあるはずだ。
 ショートカットキーを活用したとしても扱えるスキルはせいぜい4つから8つくらいが関の山だろ。
 各スキルのリキャストをリアルタイムで管理し切るにはもっと減らす必要があるかもな』

『イクリプスは、無敵じゃない。
 キャラを全面に押し出したゲームである以上、『得意分野』と『弱点』は必ず存在する。
 プレイアブルのクラスを7種も用意してるってことは、キャラ同士で弱点を相互に補完するプレイが前提のはずだ。
 ブレモンと同じ運営なら、オンラインマルチのノウハウを活かしたいだろうしな

「『何もかもが得意で弱点がない人権キャラ』と『なんの取り柄もない産廃キャラ』を忘れてるぜ。
 正直言って、前者はいる可能性が高いと思っていた方がいい。
 考えてもみろ。SSSのプロデューサーはローウェルだぞ。ゲームバランスなんて取るつもりないだろアイツ」

『いずれにせよ、このイクリプスとの戦いは癇癪起こしたローウェルのちゃぶ台返しじゃない。
 プロデューサーによる真っ当なプロモーション活動の一環だ。
 顧客が存在する以上、後出しジャンケンで世界のルールをコロコロ書き換えられることはない。
 ゲームとしての面白さを確保するための弱点は、容易に潰せないはずだ』

「……顧客にバレないようにズルをするって線もあり得るけどな。なんたって敵はローウェルだ」

『そう…それなんだが…さっき…少女と殴り合った感じ…彼女は自分は相手より強い事は分かっているが…
 具体的にどう強いのか分かってない…そんな感じがした
 なんていえばいいか…なんていうか…体の出力に頼りっきりというか…』

「システム上のレベルやステータスはさておき……経験値不足って事か?
 ヤツらが当て勘や駆け引きのノウハウに乏しいとすれば……大分やりやすくなるけど」

《私からも一言、いいかしら》

ふと中空に浮かび上がるホログラム・ディスプレイ。

56embers ◆5WH73DXszU:2024/03/21(木) 03:10:14
【ニューゲーム・ニュールール(Ⅱ)】

「ウィズリィ。システムへの干渉はどうなった?退けられたのか?」

《ミズガルズに『星蝕者(イクリプス)』が干渉することを阻止できなくて、ごめんなさい。
 大賢者様……いいえ、大賢者の方が管理者としての力量も、権限も強かったから……。
 ただし、私とミノリもやられっぱなしではないわ》

「……いいね。聞かせてくれ」

《『星蝕者(イクリプス)』のアクセス履歴と干渉の痕跡を辿って、大賢者の居場所を特定できるかもしれないの》

『ローウェルの居場所を……!? 本当!? ウィズ!』

《ええ。今、ミノリが取り掛かっているわ……か細い糸を手繰るような試みだけれど、絶対に辿り着いてみせる。
 でないと、貴方たちのバックアップをすると言って此処に残った意味がないもの。
 だから――》
《貴方たちには、大賢者の居場所を突き止めるまでの時間稼ぎをしてほしいの》

『わかった! 任せておいて!』

なゆたは即答/エントランスの椅子から跳ね上がる――ディスプレイを背に一行を見渡す。

『みんなの対『星蝕者(イクリプス)』戦術を聞きながら、わたしも考えてたんだ。
 今回の戦いは、持久戦。それがたぶん一番いいんじゃないかって』

「まあ……そうだな。俺もそろそろ、24時間で何回死に損なえるかゲームは飽きてきた」

『どうしてそう思ったのか、根拠はふたつ。
 まず、あのナイとかいうキャラはSSSの襲来を『抽選に当選したプレイヤー限定のクローズドβテスト』って言ってた。
 それはつまり『増援はない』ってことだと思う。
 まぁ……それでも50万とか、バカげた数ではあるんだけど』

「……どうでもいいっちゃどうでもいいんだが、アイツらって全く同じ存在があの船の中に50万人いるのか?
 アイデンティティとか平気なのかよ。俺は結構気にしちゃうけどタイプなんだけどな、そういうの」

『あと、βテストっていうのも大事だよね。そういうのって、大抵期間限定でしょ?
 だから、きっと『星蝕者(イクリプス)』の侵攻には時間制限があるんじゃないのかな』

「時間制限……なんか、そう言われると今すぐここを飛び出してヤツらと時間いっぱい戦闘しなきゃいけない気持ちになるな」

『わたしたちだけで50万の『星蝕者(イクリプス)』を全員撃退するのは、とても無理だよ。
 でもね……このワールド・マーケット・センターを砦にしながらの籠城戦なら、できなくもない……かもしれない』

「俺に異論はない……が、やるなら一回一回の戦闘を効果的にしよう。
 こちらの思惑がバレる前に色々と検証しておきたい事がある」

『もちろん、戦うのはわたしたちだけじゃない。
 ――ここにいる人たち。全員に頑張って貰わなくちゃ』

なゆたがスマホをタップ/ローウェルの指環を装備――カードをリキャスト。
すぐに【高回復(ハイヒーリング)】をプレイ――対象は重傷のまま手を施しかねていたアシュトラーセ。

『ぅ……』

「待て待て落ち着け。無理に喋るな。あれだけの大怪我だ。
 傷は癒えても内臓からの出血が喉や気管に残っているだろ。
 ゆっくり息を吸って、そうだ、全部吐け……よし。ほらよ、水だ」

最低限、人心地つかせる=結局その方がパフォーマンスが上がるから――そうして全員の治療/情報共有が完了。

57embers ◆5WH73DXszU:2024/03/21(木) 03:10:32
【ニューゲーム・ニュールール(Ⅲ)】

『……なぁーんか、ボクが寝てるうちにまぁーたメンドクセーことになってンなぁ……』
『あのリューグーナントカをやっつけりゃ、残るは大ボスのクソジジーだけじゃなかったのかよ?
 ったく、次から次へと……やっつける方の身にもなれってんだよ! なー、明神!』

「リューグークランだ。超カッコいい名前だろうが。どうして忘れられるかね」

『もし、リューグークランの人たちが味方になってくれてたら心強かったんだけどね』

「……そうか?アイツら絶対、リベンジマッチしに勝手にそこら辺ほっつき歩いてるぜ」

ややぶっきらぼうな語り口――たとえ感受性を押し殺せるとしても、あえて悲しみを直視したいかは話が別だ。

『まだ、外には生き残りの人たちやニヴルヘイムの魔物がいるかもしれない。
 それを見つけてセンターの中に保護して、同時に戦力も拡充していこう』

『オレが『星蝕者(イクリプス)』どもの襲撃を受けたとき、あちこちにまだ同胞たちの気配があった。
 これ以上奴らの隙にはさせん。同胞の命を少しでも多く救えるなら、それに勝ることはない』

『そうじゃな。フィールドを探索し、生存者の発見に努める。
 然る後にこのワールド・マーケット・センターに収容し、負傷者には回復を。
 戦える者は戦力として対『星蝕者(イクリプス)』に出撃して貰う……というのが良策かの』

「戦力……魅力的な響きではあるが、ヤツらは俺達がちょこっとだけ苦戦するレベルの相手だぜ。
 かなり上手く運用しない限りは、無駄な死傷者を増やすだけになるぞ。
 勿論……かなり上手い運用法についても心当たりはあるが」

『しっかし、相手は50万。対してこっちはモンスター合わせても20人以下。
 そのうえ相手はクソジジーの肝煎りで常時バフが掛かってる状態なんだろ?
 バランスもクソもあったモンじゃねーなー! やっぱブレモンはクソゲー!』

『大丈夫! できるよ! だってもうわたしたちよりずっと前に、半年以上もの長い間、
 地上を埋め尽くす量の敵を相手に籠城して持ち堪えた『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』がいるんだもん!』

「……なるほどな。あの時とは些か状況が異なるが――
 確かにあの戦場ではブレイブに及びもつかない魔物が戦力として機能していたな」

エンバース=何やら考え込む仕草――参考にする部分が些か的外れではあるが。

『……まだ、戦意を喪ってないのかい。
 あれだけのものを目にしても』

ふと視界の外から声が聞こえた/ミハエル・シュバルツァーの声――エンバースがそちらへ振り返る。

「……まあ、どうせやるしかないからな。それに――」

『破滅は避けられない。君たちが儚い力をいくら振り翳したところで、絶対的な戦力と性能の差を縮めることは出来ない。
 誰にだって理解できる、単純な話だというのに……それでも抗おうとするだなんて、
 まったく理解できないよ』

「そうやって俺がハナから諦めてたら、お前とのデュエルもあんなに楽しくはならなかったんだぜ」

エンバースの不敵な笑み/ミハエルが力なく笑う。

58embers ◆5WH73DXszU:2024/03/21(木) 03:11:48
【ニューゲーム・ニュールール(Ⅳ)】

『だが――絶望的な戦力差を見せつけられ、死を間近に宣告されて。
 それでもなお運命を受け入れることはできないと、最期の最期まで戦ってみせようというのなら……。
 これを持って行くといい。きっと君たちの役に立つだろう』

『ローウェルの指環……! 確かに、あなたが持っていたとしても不思議ではないけど……』

「指環が……四つ?いや、数は関係ない……ただ、何かがおかしいぞ……妙な違和感があるというか……」

『これは……僕のものじゃない。
 本来、リューグークランに与えられたものだ』

「いや、俺が気にしてるのはそこじゃない。だが……」

『彼らは言っていたよ。もし君たちアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が自分たちに勝つようなら、
 此処よりもっと先へ進むつもりなら……これを渡してほしいと。
 ほんの一時的にでも、うわべだけでも……仲間になった者たちの遺言だ。持って行きなよ。
 ……彼らも、きっと喜ぶだろう』

「まあ、アイツららしいな……カッコつけの、バカ野郎どもだ」

『これでみんな、ますます負けられなくなっちゃったね。何が何でも生き残って、希望を未来へつないで……。
 ローウェルの喉元に迫ってみせなくちゃ、ゲーマーとしての沽券に拘わるよ!
 気合入れていこーっ!』

なゆたの号令/拳を高く突き上げる――そのままよろめいて、尻餅をついた。
エンバースの、半分だけ再生した心臓がどくんと跳ねる。

『あ……、あれ?』

「……立てないのか?」

呆然としたエンバースの口から声が零れ落ちる。
安否を問うでもない/気遣いでもない――ただ目の前の出来事を否定して欲しい。
その一心だけが宿った声が。

だが結局――返答はなかった。

「――なら仕方ないな。確かにハマり役とは言ったが……ほら、お手を拝借しても?お姫様?」

だからエンバースは――茶化すように笑った。
目の前の出来事がまるで大した事じゃないみたいに。
実際、魔王城からの強行軍を鑑みれば消耗していない方がおかしいくらいなのだ。
むしろ今の内にその兆候が見て取れたのは僥倖でさえある――力になってやるべきだと認識出来たのだから。

チャンピオンを倒した事が、かつての仲間達にもう大丈夫だと伝えられた事が、
エンバースの精神を良い意味で前向き/楽観的に――そして強固にしていた。

『ご、ごめんね……一番気合入れなきゃいけないのはわたしだったみたい、エヘヘ……』

「いいや逆だ。お前は少し気を抜け。管理者メニューを開いた時から一番無茶してるんだ。ほら、歩けるか?」

なゆたの手を引く/肩を掴む/向きを反転――背中を押して先ほどまで座っていた椅子に強制送還。
有無を言わせず椅子に座り込ませる――その隣に腰を下ろす。

59embers ◆5WH73DXszU:2024/03/21(木) 03:13:54
【ニューゲーム・ニュールール(Ⅴ)】

「ここにいろ。座って、楽にするんだ……よし。それじゃ、ええと……何の話をしてたんだっけ。
 あー……そうだ。まず生存者を保護するとして、それらをどう探すんだ?居場所の目星は付けられるのか?」

《周辺地域をスキャンして、大まかな生物反応をマップ上に洗い出してみたわ。
 こちらの青い点は私たちの世界……『ブレイブ&モンスターズ!』由来の生物を示している。
 赤い光はそれ以外。つまり『星蝕のスターリースカイ』由来のユニット、つまり敵……ということになるわね》

『この青い点を全部回るってのは、ちょっと骨が折れるな……』

「ここがアルフヘイムならともかく、土地勘もないしな」

《どういった形態で作戦行動に移るかは、そちらで考えて貰うとして……。
 目下のところ、マップ上で重要とされる箇所は四ヶ所ね。ブック、表示して頂戴》

作戦行動の候補地は四つ。
フレモント・ストリート・エクスペリエンス=歩行者天国/生存者多数/敵は手薄。
マンダレイ・ベイ=黄金色に輝くカジノホテル/生存者多数――屋内に入れさえすれば戦闘は回避可能。
ザ・ストリップ=ラスベガスのメインストリート/先の戦闘の激戦区――戦闘データの収集が見込める。
ストラトスフィア=成層圏の名を冠するカジノホテル/直上にSSS艦隊――反攻の橋頭堡はここ以外にあり得ない。

なゆたが皆に意見を募る――エンバースは相変わらず悩む素振りさえ見せなかった。

「そもそも、お前らこのミズガルズでも『門』は使えるのか?使えるなら話は早いんだが」

身も蓋もない質問――とは言え、仮に門が使えなくとも考えはある。

「門が駄目でも、とりあえず落ち着いてメトロや……あまり気は進まないが下水道のマップを用意しよう。
 管理者メニューを使えばそう難しくないよな?その後は……方法はなんでもいいんだが、検証しておきたい事がある。
 ヤツらはメトロや下水道には侵入可能なのか、地形や建物を破壊出来るのか、その辺をハッキリさせとかないと」

どんなゲームの攻略でも最初にするべき事は決まっている――仕様の確認/追求だ。

「それが分かったら……手分けして、さっき挙がった四箇所を全部確認したい。
 ヤツらのベータテスト同様、俺達の戦いも時限イベントみたいなもんだ。
 時間をかければ負傷者の生存率は下がるし……SSS撤退後は拾えないアイテムとかも落ちてるかもしれない」

どうにもズレたバランス感覚――これはもう簡単には元に戻らない。

「それに、俺達が生存者を救助していると分かればヤツらもそれを逆手に取ろうとするだろう。
 つまり二回目以降の救出作戦は襲撃される可能性が高まるだろうって事だ。俺ならそうする。
 そういう意味でも、まとまって行動するのは効率的とは言えないんじゃないか?……と、俺は思う」

傾向と対策はゲームの基本――逆説、手の内が知れる前に成果を出すべき=エンバースの主張。

60カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/03/25(月) 22:52:50
>「SSSは……言っちゃなんだが美少女ゲーの類だよな。
 イケメン盛りだくさんのブレモンとは客層がだいぶ違ってる。
 SSSがどんだけ覇権をとろうが、課金の出どころが違う以上ブレモンと共存できるはずだ。
 どちらが生きるかくたばるか、ゲームクリアとゲームオーバー以外にも、第三の結末は必ず存在する」
>「掴み取るんだ。――『俺たちの戦いはこれからだ』エンドを!」

>「いやそれじゃ終わっちゃうんじゃないかな…」

「第一部完! の定番文句だから大丈夫だ問題ない! 言われてみればそうだよね。
そもそも後継作というなら普通何かしらの要素は被せてきそうなもんだけど世界観もジャンルも全く別物じゃん!
後継というより新規開拓だわあれは。あっちはあっちで栄えてくれればいいんじゃないの」

皆が一通り意見を言い終えたところで、空中にウィズリィちゃんが映し出された。

>《私からも一言、いいかしら》
>《ミズガルズに『星蝕者(イクリプス)』が干渉することを阻止できなくて、ごめんなさい。
 大賢者様……いいえ、大賢者の方が管理者としての力量も、権限も強かったから……。
 ただし、私とミノリもやられっぱなしではないわ》
>《『星蝕者(イクリプス)』のアクセス履歴と干渉の痕跡を辿って、大賢者の居場所を特定できるかもしれないの》

>「ローウェルの居場所を……!? 本当!? ウィズ!」

>《ええ。今、ミノリが取り掛かっているわ……か細い糸を手繰るような試みだけれど、絶対に辿り着いてみせる。
 でないと、貴方たちのバックアップをすると言って此処に残った意味がないもの。
 だから――》
>《貴方たちには、大賢者の居場所を突き止めるまでの時間稼ぎをしてほしいの》

>「わかった! 任せておいて!」

正直50万人を相手にまともに戦って勝利を収めるのは現実的ではないと内心思っていたが、
時間稼ぎをすればいいというのなら、希望が見えてきた。

>「みんなの対『星蝕者(イクリプス)』戦術を聞きながら、わたしも考えてたんだ。
 今回の戦いは、持久戦。それがたぶん一番いいんじゃないかって」

>「どうしてそう思ったのか、根拠はふたつ。
 まず、あのナイとかいうキャラはSSSの襲来を『抽選に当選したプレイヤー限定のクローズドβテスト』って言ってた。
 それはつまり『増援はない』ってことだと思う。
 まぁ……それでも50万とか、バカげた数ではあるんだけど」
>「あと、βテストっていうのも大事だよね。そういうのって、大抵期間限定でしょ?
 だから、きっと『星蝕者(イクリプス)』の侵攻には時間制限があるんじゃないのかな」
>「わたしたちだけで50万の『星蝕者(イクリプス)』を全員撃退するのは、とても無理だよ。
 でもね……このワールド・マーケット・センターを砦にしながらの籠城戦なら、できなくもない……かもしれない」

「これ言ったら身も蓋も無いんだけど……
相手が本当に建物の中に入ってこれないんならずっと引き籠ってたら時間稼ぎだけなら出来るんじゃ……」

61カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/03/25(月) 22:54:32
言っても無駄とは分かっていながらも、一応言ってみる。うん、分かってるよ!
この期に及んで廃ゲーマー達が「それじゃあ面白くない」とか「生存者を出来るだけ多く救出してハイスコア目指そう」みたいなことを言い出すんやろ!?
無駄と分かっていながらどうして言うかというと、こういうことを言いそうなヘタレ担当が他にいないので様式美というやつだ。

「――ですよねー!」

まあ実際いくら戦いに勝ってもローウェルに面白くないと思われたら未来は無いし、出来ることなら生存者は救出したい。
もっと足元を見て考えても、こちらが本気で引き籠り作戦に出たなら、
ローウェルだってそれに対抗して急ごしらえで建物の中のマップを増設するだろう。

>「もちろん、戦うのはわたしたちだけじゃない。
 ――ここにいる人たち。全員に頑張って貰わなくちゃ」

なゆがスペルカードを使うと、アシュトラーセが一瞬で瀕死の重傷から復活した。

「えっ!?」

そういえば、『高回復(ハイヒーリング)』ってそんな凄いスペルカードだったのか……!
そういえばそうだったんだけど今まで使っているのを見たのが主に戦闘中だったせいで
「あまりにも敵の攻撃が苛烈すぎて焼石に水」という状況が多すぎて感覚が狂っている……!

更にアシュトラーセが、皆に回復魔法をかける。
ちょっと回復待ちで場がわちゃわちゃしている隙に、ジョン君を近くに呼び寄せる。

「ジョン君……」

先ほど撤退するときに、逃げ遅れそうになっていたジョン君をカケルに乗せて回収した。
単純に逃げ遅れただけならいいのだが、多分そうではない。
おそらく拳を交わしていたと思われる、褐色肌の美少女の方を名残り惜しそうに見ていた。
ジョン君は強い者との戦闘に惹かれてしまう存在で、あの美少女がそうだったのだろう。
これはまずい。
別に相手が美少女だからまずいとかそういうわけではなく仮にガチムチマッチョでも同じことで。
あれ、自分は誰に対して言い訳しているんだろう。
とにかく、さっきは無事に回収できたから事なきを得たけど、今その性質を発揮したら最悪の事態になる可能性がある。

「もしもあの美少女と遭遇しても後先考えずに突撃したら駄目だよ!?」

今回は我慢してもらってどうにかなったとしても、根本的な問題として
ジョン君は強い者と戦わないと死んじゃうタイプの人間で、
でも好き好んで強い敵とガチで戦ってたらいつか死ぬかもしれないわけで……
えっ、これ無理ゲーじゃね!? その時、天啓のごとく閃いた!

(我が超強くなって時々死なない程度に相手してあげればジョン君色んな意味で死なないし死なずに済む……ってこと!?)

「不可能、というツッコミは置いとくとしても
それ以前に戦闘自体が目的じゃなくて何かの目的のための手段って時点で
戦闘民族的には満足できないと思うんですよね……」

カケルが冷静にツッコんだ!

62カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/03/25(月) 22:56:33
「あ、今思考が変な方向に行ってるので気にしないで下さい」

そして解説した!
そうしている間にガザーヴァ達が復活した。

>「……なぁーんか、ボクが寝てるうちにまぁーたメンドクセーことになってンなぁ……」

「起きて早々呑気過ぎやろ!?」

なかなか目を覚まさないものだからなんかのフラグだったらどうしようかとちょっとだけ思ってしまったよ!?
べ、べつに心配なんかしてないんだからッ!

>「へっ。あったりめーだろ。
 イクリップだかスクラップだか知んねーケド、ケチョンケチョンにしてやんよ!
 ポッと出の女キャラどもに、誰がブレモンさいかわキャラかってコトを教えてやる!」

ああ妹よ、一応顔のモデリングは共通のものが使われている以上
そういう巻き込まれ事故が発生しかねない発言は厳に慎んでほしいんだけど……。
ビジュアルが微妙な自称さいかわキャラはマーケティングによってはおもしろ愛されキャラとして成立するけど
実際にかわいいキャラが自分でそんなことを言ったら敵が量産されるだけやろ!?
でも顔が共通である以上これを口に出したら自分がさいかわキャラだと
間接的に自分で言ってやがるって思われかねないわけでツッコむことすらできないじゃん!?
いや実際はガザーヴァが言ってるのは小悪魔な性格も含めた総合評価だろうから違うんだよ!?
と心の中で言い訳を繰り広げているうちに、いつの間にかミハエルが来ていた。

>「……まだ、戦意を喪ってないのかい。
 あれだけのものを目にしても」

「手伝ってくれるの……!?」

やっと戦意を取り戻したのかと思ったら、違った。

>「破滅は避けられない。君たちが儚い力をいくら振り翳したところで、絶対的な戦力と性能の差を縮めることは出来ない。
 誰にだって理解できる、単純な話だというのに……それでも抗おうとするだなんて、
 まったく理解できないよ」

マジで大丈夫!? キャラ変わっちゃってない……?
エンバースさんとの戦いの最中に頭でも打ったんだろうか。

>「だが――絶望的な戦力差を見せつけられ、死を間近に宣告されて。
 それでもなお運命を受け入れることはできないと、最期の最期まで戦ってみせようというのなら……。
 これを持って行くといい。きっと君たちの役に立つだろう」

>「ローウェルの指環……! 確かに、あなたが持っていたとしても不思議ではないけど……」

>「これは……僕のものじゃない。
 本来、リューグークランに与えられたものだ」
>「彼らは言っていたよ。もし君たちアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が自分たちに勝つようなら、
 此処よりもっと先へ進むつもりなら……これを渡してほしいと。
 ほんの一時的にでも、うわべだけでも……仲間になった者たちの遺言だ。持って行きなよ。
 ……彼らも、きっと喜ぶだろう」

実際に誰がいい出したかは分からないけど、あいうえ夫さんだったらめっちゃ言いそう……。
指輪を受け取り、左手の薬指にはめようとすると、カケルに止められた。

63カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/03/25(月) 22:57:34
「あっ、そこは誤解を招くから駄目」

「なんで? まあいいや」

特にこだわりは無いのであまり深く考えずに右手の薬指にはめる。

>「これでみんな、ますます負けられなくなっちゃったね。何が何でも生き残って、希望を未来へつないで……。
 ローウェルの喉元に迫ってみせなくちゃ、ゲーマーとしての沽券に拘わるよ!
 気合入れていこーっ!」

なゆは、突然力が抜けたように床に尻もちをついた。

>「あ……、あれ?」

「なゆ!?」

>「……立てないのか?」
>「――なら仕方ないな。確かにハマり役とは言ったが……ほら、お手を拝借しても?お姫様?」

(これっていかにも、“フラグ”っぽくない……!?)

いやいやいや、それはこの世界がゲームだってことを意識し過ぎでしょ!
それ言ったら自分なんかしょっちゅうヘタレてるじゃん!?
頭をふるふると横に振って、一瞬浮かんでしまった不吉な考えを振り払う。

>「ご、ごめんね……一番気合入れなきゃいけないのはわたしだったみたい、エヘヘ……」

>「いいや逆だ。お前は少し気を抜け。管理者メニューを開いた時から一番無茶してるんだ。ほら、歩けるか?」

なゆは、エンバースさんによって強制的に座らされた。

>《周辺地域をスキャンして、大まかな生物反応をマップ上に洗い出してみたわ。
 こちらの青い点は私たちの世界……『ブレイブ&モンスターズ!』由来の生物を示している。
 赤い光はそれ以外。つまり『星蝕のスターリースカイ』由来のユニット、つまり敵……ということになるわね》

手分けして救援にあたる案を出すイブリースに対し、エカテリーナがまとまって行動する方がいいのではないかと言う。

>《どういった形態で作戦行動に移るかは、そちらで考えて貰うとして……。
 目下のところ、マップ上で重要とされる箇所は四ヶ所ね。ブック、表示して頂戴》

マップ内に、4つの重要箇所が提示される。

>「そもそも、お前らこのミズガルズでも『門』は使えるのか?使えるなら話は早いんだが」
>「門が駄目でも、とりあえず落ち着いてメトロや……あまり気は進まないが下水道のマップを用意しよう。
 管理者メニューを使えばそう難しくないよな?その後は……方法はなんでもいいんだが、検証しておきたい事がある。
 ヤツらはメトロや下水道には侵入可能なのか、地形や建物を破壊出来るのか、その辺をハッキリさせとかないと」

メトロや下水道……! いかにもRPGっぽい発想に、思わずちょっと興奮してしまう。
でもゲームでは王道でも実際に自分が下水道に潜入するのは確かに気が進まないかも……!

64カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/03/25(月) 22:58:17
>「それが分かったら……手分けして、さっき挙がった四箇所を全部確認したい。
 ヤツらのベータテスト同様、俺達の戦いも時限イベントみたいなもんだ。
 時間をかければ負傷者の生存率は下がるし……SSS撤退後は拾えないアイテムとかも落ちてるかもしれない」
>「それに、俺達が生存者を救助していると分かればヤツらもそれを逆手に取ろうとするだろう。
 つまり二回目以降の救出作戦は襲撃される可能性が高まるだろうって事だ。俺ならそうする。
 そういう意味でも、まとまって行動するのは効率的とは言えないんじゃないか?……と、俺は思う」

4か所全てを手分けして一斉に探索する、というのがエンバースさんの意見のようだ。
確かに、全員で1か所ずつ回っていては悠長すぎるかもしれない。

「間をとって、3か所手分けして探索した後に残りの一か所を全員で行くのは?」

分散行動と団体行動の折衷案を出してみる。

「フレモント・ストリート・エクスペリエンスとマンダレイ・ベイは
建物の中中心で行動すればいいから戦闘になる可能性は少ない……と思う。
生存者の救出を目的にするなら目立つ大人数で行くよりも小回りの利く少数でいったほうがいいかも……。
ザ・ストリップはそれよりは戦闘になる確率が高そうだから前2か所よりはちょっと大目の人数を割り振ってさ……。
こちらから攻め込むとしたらストラトスフィアは最後に全員で行った方がいいんじゃないかな?
他の場所で運よく戦力になる生存者とか攻略情報が見つかったら生かせるし……
反撃の拠点なら、やっぱり全員で行きたいじゃん!?」

そこまで言って、付け加えるように言う。

「飽くまでも籠城戦だから、積極的にこちらから攻め込むのが得策かは検討しなきゃだけど……」

まあ、多分聞く耳持たないんだろうけど!? 様式美なので仕方がない。

65明神 ◆9EasXbvg42:2024/04/01(月) 05:04:29
>「そもそも…人間はゲームという媒体を通せばほとんどの場合同じ人型を殺す事は売上やゲーム人気に殆ど絡まないと思うんだ…… 
大抵の場合はね。どれだけ現実味を帯びてようと…胸糞悪い設定でもそれは技術や製作者の上手さであって現実じゃない…
 そして相手はNPCか中身に人間がいようと関係ない。対人ありのゲームならなおさらさ…相手を半殺しにして屈伸…煽り…
 された経験あるんじゃないか?なんならした経験も…結局それの延長線上に過ぎないんじゃないかな」

「プレイヤーと敵が"対等"って前提ならその理屈も分かるんだよ。俺もプレイヤー相手になら屈伸しまくるしな。
 ただ、このクローズドβにおける前半戦の相手は装備に大きな格差のある米軍や、ラスベガスの無抵抗の市民。
 やってることはただの"弱いものいじめ"だ。何が楽しいんだそれ……」

気持ち悪いのは、SSSの連中の"目的"が一向に見えてこないこと。
弱い敵をひたすらボテクリ回すだけの底の浅いゲームなのか?
無双ゲーにしたって『自軍を勝利に導く』とか『拠点を守る』とかシナリオを通じた大義みたいなものがあるはずだろ。
野放図に虐殺するだけのゲームなんざ30分もやりゃ飽きが来る。……ってのが、ゲーマーとしての見解だ。

うーん……結局『上の世界』の価値観や倫理観は地球とは根本的にズレてて、
アリの巣に水を注ぎ入れるような暗い楽しみがメジャーな感じなのか?

まぁしかし、ここでイクリプス共の内面を考察しててもなんの結論も出るまい。
結局米軍無双はあくまで前菜で、ボス敵であるブレイブとの戦いに比重を置いてると考えりゃ矛盾もないしな。

「……うん、やめとこう。半端に敵を想像すりゃ足元掬われんのはこっちだ。
 先のことを考えるにはもうちょっと情報が要る。目先の火の粉を払うことから手をつけるべきだ」

>「現実とゲームがごっちゃになって精神がゲームにとらわれた本物のやべー奴もいるだろうし……
 そんな奴をテスターに選ぶ畜生じゃないと願いたいね」

「……そういう、ゲーマーの類型に当て嵌まらねえ頭のおかしい例外がいるかもしれねえしな」

なにせ敵は50万人。その全員が真っ当にゲームを楽しむプレイヤーとは限るまい。
ジョンが触れたような基地の外に居る奴や、マジで虐殺を楽しめる奴もいるだろう。
こればっかりはサイコロを何度も振るしかない。

>「えーと…本音を言うなら回復するまで全力で今すぐ逃げたいけど…それができないのなら
 エンバースの水着を脱がす作戦と…明神の少女達の弱い所を突く作戦…同時進行でいくべきだと思う
 ATBゲージを貯めて集中砲火は…出たとこ勝負でかますのは…余りにもリスクが高すぎるから…
 最後の手段にしてほしいな…そもそも僕はもうカード残ってないし」

「オーケー。リソースが絶対的に足りてねえのは俺も同じだ。
 水着を脱がすか……いいなそれ。あっ、違うよ?他意はないよ?ないけどね?
 美少女ゲーなら武装の大破とかで服が脱げてもおかしくない。いや、あるべきだ!!
 "イクリプスの水着は脱げる"……そういう機能は、かなり高確率で実装されてると考えられる」

むかーし艦これとかDMM系列で流行ってた擬人化系のブラウザゲームでは、
流血とか欠損を伴わないダメージ描写として『脱衣』がよく使われていた。
ようは特殊な衣服が肉体的なダメージを肩代わりして破損するって設定だったわけだな。
まぁ実際はなんていうかこう、お色気的なサービスの面もあったんだろうが……。

>「強いていうなら装備をはがすのを優先気味にして……一部の兵装…僕達が使えたりしないかな?
 ブレモンのデータの一部使われたりしてれば兵装のちょっとした機能だけ使えたり…さすがに望みすぎか」

「……いや、俺はお前の賭けに乗るぜ、ジョン。武装の鹵獲は積極的に試すべきだ。
 そういうハクスラ的なシステムはゲームを面白くするうえであってもおかしくない。
 ハクスラでなくても、例えば死んだ味方がドロップした武器を引き継いで使うみたいなシステムがあるかもだ。
 武装の破壊がイクリプスにどういう影響をもたらすか、検証の項目に加えよう」

>《私からも一言、いいかしら》

喧々諤々やってるところに、不意に虚空にウィンドゥが出現した。
表示されたのはウィズリィちゃんだ。

66明神 ◆9EasXbvg42:2024/04/01(月) 05:05:27
>《『星蝕者(イクリプス)』のアクセス履歴と干渉の痕跡を辿って、大賢者の居場所を特定できるかもしれないの》

「……マジか!」

確かシャーロットによれば、ローウェルはアバターを介してしかこの世界に干渉できないみたいな話があった。
つまり、どんだけデータを好き勝手弄ろうが、別ゲーを強引にコンバートして融合させようが、
その全ては必ずミズガルズのどこかで行われているということ。
管理者権限があればアクセスログの追跡ができるってわけだ。
言うほど簡単な作業ではあるまい。必要なのは人手と、権限と、そして――

>《貴方たちには、大賢者の居場所を突き止めるまでの時間稼ぎをしてほしいの》

――『時間』。
50万人のイクリプス、まともにぶつかりゃ秒で溶かされる究極の武力を相手に、
十分な時間を稼ぎ切る。それが俺達に課せられたミッションだった。

>「みんなの対『星蝕者(イクリプス)』戦術を聞きながら、わたしも考えてたんだ。
 今回の戦いは、持久戦。それがたぶん一番いいんじゃないかって」

ウィズリィちゃんの提案を受けて、なゆたちゃんが俺達を振り返る。

>「どうしてそう思ったのか、根拠はふたつ。
 まず、あのナイとかいうキャラはSSSの襲来を『抽選に当選したプレイヤー限定のクローズドβテスト』って言ってた。
 それはつまり『増援はない』ってことだと思う。 まぁ……それでも50万とか、バカげた数ではあるんだけど」
>「……どうでもいいっちゃどうでもいいんだが、アイツらって全く同じ存在があの船の中に50万人いるのか?
 アイデンティティとか平気なのかよ。俺は結構気にしちゃうけどタイプなんだけどな、そういうの」

「SSSがキャラクリするタイプのゲームなら、案外船の中でオシャレ装備の品評会でもやってるかもな」

しかしまぁ連中が船の中でどう生活してんのかは気になる……。
50万人だぜ。大航海時代の奴隷船みたく、起きて半畳寝て一畳でぎっちり詰め込まれてんのか?

>「あと、βテストっていうのも大事だよね。そういうのって、大抵期間限定でしょ?
 だから、きっと『星蝕者(イクリプス)』の侵攻には時間制限があるんじゃないのかな」

「ナイの野郎も言ってたな、『βテストの時間は限られています』って。
 ……βテストが終わった後のこの世界がどうなるのか、わかんねえのが怖いところだが」

普通はテスト結果のフィードバックのためにサーバーを閉じて作業を行うわけだが、
シャーロットの言を信じるならサーバーの電源をオンオフするレベルの根本的な権限はローウェルにはないはずだ。
流石にSSSの正式サービスをこのバックアップサーバーでやるってこともないだろう。
データを丸ごとコピーして本番機に移し替える腹づもりなのかもしれない。

>「わたしたちだけで50万の『星蝕者(イクリプス)』を全員撃退するのは、とても無理だよ。
 でもね……このワールド・マーケット・センターを砦にしながらの籠城戦なら、できなくもない……かもしれない」

「プレイヤーが手出しできない場所に籠城する……ひひっ、ワールドツアーじゃん。
 リオレウスに死ぬほどイライラさせられた記憶が蘇ってきたわ」

最近の作品ではだいぶ改善されたが、昔のモンハンじゃ空飛んだモンスターがいつまでも降りてこずに、
攻撃の届かないマップ外周を延々と回り続ける遅延行動が頻発していた。
ついたあだ名が『ワールドツアー』。言うまでもなくクソ行動だが、時間稼ぎにはピッタリだ。

>「俺に異論はない……が、やるなら一回一回の戦闘を効果的にしよう。
 こちらの思惑がバレる前に色々と検証しておきたい事がある」

「持久戦には賛成だな。50万人相手に殲滅戦なんざやれるとも思えん。
 っつーかさ、イクリプス……仮に倒せてもそのうちあの船からリスポーンしてくるんじゃねえの」

67明神 ◆9EasXbvg42:2024/04/01(月) 05:07:00
流石にアクションゲーで死んだらキャラロストですお疲れ様でしたってことにはなるまい。
なにがしかのデスペナはあるだろうが、拠点で復活するシステムはあると考えるべきだ。

>「これ言ったら身も蓋も無いんだけど……
 相手が本当に建物の中に入ってこれないんならずっと引き籠ってたら時間稼ぎだけなら出来るんじゃ……」

「実際、建物っつう絶対安全な領域に居続けるなら時間は稼げるだろうぜ。
 ただ、ローウェルに安易な安地潰しはさせたくない。ある程度ゲームを成り立たせる必要がある」

俺達が建物に引き籠もって一向に出てこなければ、ユーザーからの不満を受けてローウェルはパッチを当てるだろう。
例えば建物内のマップデータの実装。あるいは、『建物そのものを完全にデリートする』とかな。
逆に言えば、ゲームとして成立しているうちはそういう極端なパッチを当てることはないと考えられる。
なんの制約もなくひたすらにプレイヤーに有利なパッチを当て続ければ、βテストの意味をなさなくなるからだ。

>「もちろん、戦うのはわたしたちだけじゃない。
 ――ここにいる人たち。全員に頑張って貰わなくちゃ」 

なゆたちゃんがローウェルの指環を使い、アシュトラーセを回復する。
回復したアシュトラーセがさらに回復魔法を使って、全員の傷が癒えた。
黒刃の頭突きに砕かれた右手をグッパする。問題なく動く。

>「……なぁーんか、ボクが寝てるうちにまぁーたメンドクセーことになってンなぁ……」
>「起きて早々呑気過ぎやろ!?」

「ガザーヴァ……!復活したみてーだな、良かった……」

カザハ君との慣れないセッションで力尽きたガザーヴァも、ボヤきながら目を覚ます。
枯れた喉も癒えたようだった。

>「あのリューグーナントカをやっつけりゃ、残るは大ボスのクソジジーだけじゃなかったのかよ?
 ったく、次から次へと……やっつける方の身にもなれってんだよ! なー、明神!」

「わかるわ……。わんこそばみてえにホイホイ戦力を逐次投入しやがって。
 メインディッシュまでにお腹いっぱいになっちまったらどうすんだよ」

死闘を繰り広げてリューグークランに勝利しても、状況は一向に好転しない。
それでも、絶望じゃなく強気に由来したガザーヴァのボヤきは、俺にもう一度立ち上がる力をくれた。

>「もし、リューグークランの人たちが味方になってくれてたら心強かったんだけどね」
>「……そうか?アイツら絶対、リベンジマッチしに勝手にそこら辺ほっつき歩いてるぜ」

「ひひっ、黒刃の野郎がイクリプス相手にどこまでトロール突っ張れるかみてやりたかったな」

もういなくなってしまった連中のことを、少しだけ思う。
エンバースがそうであるように――奴らならきっと、新規実装の強敵相手にテンション上げてただろう。

>「まだ、外には生き残りの人たちやニヴルヘイムの魔物がいるかもしれない。
 それを見つけてセンターの中に保護して、同時に戦力も拡充していこう」
>「戦力……魅力的な響きではあるが、ヤツらは俺達がちょこっとだけ苦戦するレベルの相手だぜ。
 かなり上手く運用しない限りは、無駄な死傷者を増やすだけになるぞ。
 勿論……かなり上手い運用法についても心当たりはあるが」

「どっかで足切りは必要だろうな。参戦させるならレイド級……最低でも準レイドは欲しい。
 ワンパンで即死せず、退避して回復して再出撃――ゾンビ戦法ができるモンスターが望ましい。
 その辺の選定と具体的な指揮はイブリース、お前に任せるぞ」

同胞の生存を第一に考えるイブリースなら、戦力外を戦線に投入して無駄死にさせる愚はおかすまい。
最悪、ニヴルヘイムについては後方支援に徹させても構わない。
持久戦、籠城戦の良いところは、砦自体が戦力として機能するが故に、寡兵だろうが多兵だろうがやることが変わらない点だ。

68明神 ◆9EasXbvg42:2024/04/01(月) 05:08:24
>「しっかし、相手は50万。対してこっちはモンスター合わせても20人以下。
 そのうえ相手はクソジジーの肝煎りで常時バフが掛かってる状態なんだろ?
 バランスもクソもあったモンじゃねーなー! やっぱブレモンはクソゲー!」
>「大丈夫! できるよ! だってもうわたしたちよりずっと前に、半年以上もの長い間、
 地上を埋め尽くす量の敵を相手に籠城して持ち堪えた『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』がいるんだもん!」  

「……持ち堪えただけじゃない。ユメミマホロは、籠城戦に『勝った』。
 俺達がマホたんを勝たせたんだ。アコライトで出来たことを、もう一度ラスベガスで再現すれば良い」

>「……まだ、戦意を喪ってないのかい。あれだけのものを目にしても」

士気を高める俺達の横合いから、不意に声が飛んできた。
振り返れば、いつのまにかミハエルが会場から出てきていた。

>「破滅は避けられない。君たちが儚い力をいくら振り翳したところで、絶対的な戦力と性能の差を縮めることは出来ない。
 誰にだって理解できる、単純な話だというのに……それでも抗おうとするだなんて、まったく理解できないよ」

「お前バトル前に自分で言ったこと忘れたのかよ。『真のデュエリストなら云々』ってやつ。
 考えるんだよ、どんなに絶望的な状況だろうが……相手にどうやって勝つか、最後まで」

――>『真のデュエリストなら! 例え身の回りで何が起こっていようと!
 自身の足許にまで火が迫っていようと! いいや凶弾に斃れ、或いは化け物に生きたまま身体を貪り食われようと!
 意識が途切れる最後の瞬間まで自分のデッキの構築! パートナーモンスターの育成!
 自らのスキルツリーのビルドを考えているものだろう!!』

ミハエルのあの言葉は、発言の経緯はともかくブレイブのスタンスとしては間違っちゃいないと思ってる。
思考はブレイブの武器だ。武器は最後まで手放すな。諦めるのは、死んだ後でもできるんだから。

>「だが――絶望的な戦力差を見せつけられ、死を間近に宣告されて。
 それでもなお運命を受け入れることはできないと、最期の最期まで戦ってみせようというのなら……。
 これを持って行くといい。きっと君たちの役に立つだろう」

「急にNPCみたいなこと言うじゃん……」

ミハエルが差し出したのは、4つの指環だった。ローウェルの指環。
……ローウェルの指環!?なんでこんなもん4つも持ってんだよこいつ!

>「これは……僕のものじゃない。 本来、リューグークランに与えられたものだ」

曰く、リューグークランの連中はローウェルから一つずつ指環を受け取り、
それをそのままミハエルに投げつけて放棄したらしい。

>「彼らは言っていたよ。もし君たちアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が自分たちに勝つようなら、
 此処よりもっと先へ進むつもりなら……これを渡してほしいと。
 ほんの一時的にでも、うわべだけでも……仲間になった者たちの遺言だ。持って行きなよ。
 ……彼らも、きっと喜ぶだろう」

ミハエルとリューグークランの関係は、俺が思うようなドライな感じではなかったらしい。
指環を差し出すミハエルの感情は伺い知れない。
ハイバラを通じたなにがしかのシンパシーめいたものがあったのかもしれない。

「……エンバース、そこのチャンピオンのケツ叩いてやれよ。
 イクリプス相手にビビってんじゃねえよって。戦力って意味なら、こいつ以上に頼りになる奴ぁ居ねえだろ」

ミハエルのウルレアパートナーならイクリプスに手も足も出ずにワンパンされるってことはあるまい。
指環でリキャストを戻せば、半端な魔物より遥かに強力な戦力になるはずだ。
いつまでフニャフニャしてんだよこのチャンピオンは!ローウェルに見限られてショボくれてんのか!?

69明神 ◆9EasXbvg42:2024/04/01(月) 05:09:47
>「これでみんな、ますます負けられなくなっちゃったね。何が何でも生き残って、希望を未来へつないで……。
 ローウェルの喉元に迫ってみせなくちゃ、ゲーマーとしての沽券に拘わるよ!気合入れていこーっ!」
>「あ……、あれ?」

なゆたちゃんが右腕を振って気炎を上げる。
しかしすぐにふらつき、膝を折ってしまった。

「あっ、おい!大丈夫かよ――」

言ってから、自分の無慮を俺は呪った。
大丈夫なわけがあるかよ。ニヴルヘイムからこっち、連戦続きじゃねえか。
そうでなくともこいつは管理者メニューの解放のために身体に負担をかけまくってる。
瀕死を発動条件としたシャーロットモードを何度も発動してるってことは――
何度も死にかけてるってことじゃねえか。

>「ご、ごめんね……一番気合入れなきゃいけないのはわたしだったみたい、エヘヘ……」
>「いいや逆だ。お前は少し気を抜け。管理者メニューを開いた時から一番無茶してるんだ。ほら、歩けるか?」

なゆたちゃんの介抱をエンバースに任せて、自分の額を拳で打つ。
……いつの間にか俺は、なゆたちゃんとシャーロットを同一視していたのかもしれない。
ピンチになりゃ勝手にシャーロットが降りてきていい感じに回復させてくれると――
そんな風に割り切ってたのかもしれない。

違うだろ。ここに居るのはなゆたちゃんだ。俺の仲間だ。
この期に及んで会社クビになったプログラマのことなんざ当てにすんなよ。
この世界のことは、俺達が自分で考えていかなきゃいけないことだろ。

>「ここにいろ。座って、楽にするんだ……よし。それじゃ、ええと……何の話をしてたんだっけ。
 あー……そうだ。まず生存者を保護するとして、それらをどう探すんだ?居場所の目星は付けられるのか?」
>《周辺地域をスキャンして、大まかな生物反応をマップ上に洗い出してみたわ。
 こちらの青い点は私たちの世界……『ブレイブ&モンスターズ!』由来の生物を示している。
 赤い光はそれ以外。つまり『星蝕のスターリースカイ』由来のユニット、つまり敵……ということになるわね》

「うへぁ、すげえ量……でも50万って感じではねえな。大半はお船ん中でβテストの感想でも語り合ってるのかね」

俺達が戦場から撤退した以上、イクリプスの多くもまた一時撤収していると見ていいだろう。
今市内を飛び回ってる赤い点は、殺し足りない連中が残党狩りでもしてるって感じか。
青い点、ブレモン由来の生体反応も点在してる。こっちは固まって動かない。
俺達と同じように、建物内が安全だと気付いた籠城組ってところだろう。

>「この青い点を全部回るってのは、ちょっと骨が折れるな……」
>「ならば複数の部隊を編成し、手分けして救援に当たればいい。
 寡兵ならば個々に役割を設け、無駄のない効果的な運用をするのが戦術の基本というものだ」
>「いや、万一『星蝕者(イクリプス)』と戦闘になった場合、人数を分けてしまっては確固撃破される恐れがあろう。
 ここは固まって行動すべきではないか? 人命救助しようとして我らがやられてしまっては、それこそ本末転倒じゃ」

イブリースとカテ公がそれぞれ分散と集中の二案を投じる。
具体的な方針は後で決めるとして、大まかな目標地点の情報も欲しいところだ。

>《どういった形態で作戦行動に移るかは、そちらで考えて貰うとして……。
 目下のところ、マップ上で重要とされる箇所は四ヶ所ね。ブック、表示して頂戴》

求めに応じて、ウィズリィちゃんは4個所の目標地点をそれぞれ示した。
フレモント・ストリート、マンダレイ・ベイ、ザ・ストリップ、ストラトスフィア。
それぞれに戦術的な意義と……危険度の違いがある。

70明神 ◆9EasXbvg42:2024/04/01(月) 05:11:30
>「門が駄目でも、とりあえず落ち着いてメトロや……あまり気は進まないが下水道のマップを用意しよう。
 管理者メニューを使えばそう難しくないよな?その後は……方法はなんでもいいんだが、検証しておきたい事がある。
 ヤツらはメトロや下水道には侵入可能なのか、地形や建物を破壊出来るのか、その辺をハッキリさせとかないと」

「確かラスベガスって下水道の暗渠を不法占拠したスラムみたいなのがあったよな。
 人が住めるサイズのトンネルが街のそこかしこに伸びてるなら、比較的安全にどの目標地点にもアクセスできるはずだ。
 最悪……攻撃魔法で即席のトンネルをこさえりゃ良い。ブレモン側の住人なら構造物の破壊は可能だろうしな」

>「それが分かったら……手分けして、さっき挙がった四箇所を全部確認したい。
 ヤツらのベータテスト同様、俺達の戦いも時限イベントみたいなもんだ。
 時間をかければ負傷者の生存率は下がるし……SSS撤退後は拾えないアイテムとかも落ちてるかもしれない」

「4つのうちどれか一つを選ぶってのは俺も賛成できんな。ぶっちゃけ全部重要だろこれ。
 生存者の救出は最優先の大前提として……得られる情報も時間経過で腐ると考えるべきだ」

>「それに、俺達が生存者を救助していると分かればヤツらもそれを逆手に取ろうとするだろう。
 つまり二回目以降の救出作戦は襲撃される可能性が高まるだろうって事だ。俺ならそうする。
 そういう意味でも、まとまって行動するのは効率的とは言えないんじゃないか?……と、俺は思う」

エンバースは分散案を支持した。
やるなら全部の地点で同時多発的に行動を開始すべき……これは連中のタゲを散らす意味でも重要だろう。

>「間をとって、3か所手分けして探索した後に残りの一か所を全員で行くのは?」

カザハ君は折衷案を提じた。

>「フレモント・ストリート・エクスペリエンスとマンダレイ・ベイは
 建物の中中心で行動すればいいから戦闘になる可能性は少ない……と思う。
 生存者の救出を目的にするなら目立つ大人数で行くよりも小回りの利く少数でいったほうがいいかも……。
 ザ・ストリップはそれよりは戦闘になる確率が高そうだから前2か所よりはちょっと大目の人数を割り振ってさ……。
 こちらから攻め込むとしたらストラトスフィアは最後に全員で行った方がいいんじゃないかな?
 他の場所で運よく戦力になる生存者とか攻略情報が見つかったら生かせるし……
 反撃の拠点なら、やっぱり全員で行きたいじゃん!?」

「んー確かに。4つの中じゃストラトスフィアが一番後回しにできる。
 つうか敵のお膝元だし、積極的に攻勢をかける理由は今んとこないな。
 生存者救出のために行くとしても、地下を使った安全な退路が確保できたのを確認後だ」

あそこはクソでかいホテルタワーだから、他よりも籠城はしやすいと考えられる。
生存者には申し訳ないが、待っててもらうしかあるまい。

「俺はカザハ君の案を推すぜ。ストラトスフィア以外の3地点に同時に部隊を投入する。
 目的は生存者の救出と情報収集。そして地下の安全性の確認。
 地下が安全なら、ストラトスフィアから順次生存者を搬出していく――。
 カザハ君は例のボイチャ魔法を全員に頼む。
 手分けするにせよしないにせよ、ドンパチやってる中じゃ声も届かねえだろうしな」

反攻作戦を開始すれば、ラスベガスは再びビームと弾丸の飛び交う地獄と化すだろう。
船で暇こいてる連中も出てくるはずだ。

「……実際んトコ、βテスター50万人が一度にラスベガスに投入されるってことはないと思う。
 フィールドの面積に対して人が多すぎる。空を自由に飛び回るならなおさら広い空間が必要だ。
 仮にイクリプスが僚機とのニアミス回避のために10メートル四方の空間を確保するとして、
 マップもう一回出せるか?……ラスベガスの都市部面積は約30万平方メートル。
 どんぶり勘定になるが、大体3000人くらいが同時にフィールドに存在できる上限だろ。
 どうですかこの出血スーパーお値引き!多少は希望が見えてきたんじゃないですか?」

71明神 ◆9EasXbvg42:2024/04/01(月) 05:12:51
少なくとも、50万人をいっぺんに相手することはまずあり得ないと考えられる。
イクリプスの中身がプレイヤーだとして、βテストの期間中ずっとログインしてるはずもない。
飯を食う、風呂に入る、寝る。クソだってするし仕事や学校……に相当するタスクのあるプレイヤーもいるだろう。
テスターが50万人いるってのはフカシじゃねえだろうが、同時接続数はもっと少ないと見て良いはずだ。

「情報収集については……ローウェルの指環には発信機の機能があったよな。
 連中はおそらくボス標的のマーカーとしてこれを追って来る。
 うまく誘い込めばイクリプスに無駄足踏ませたり、一体を孤立させるチャンスがあるはずだ。
 装備の破壊とドロップ、そして……鹵獲が可能かどうかを検証しよう」

ジョンの言ってた『剥ぎ取った装備の利用』が可能であるなら、
イクリプスを一体でも倒せば持久戦の継続に大きく寄与する。
俺達が使っても良いし、救出した戦力に持たせたって良い。

「『倒したイクリプスがどうなるか』も知りたい。死ぬのか。死体は残るのか。リスポーンの有無や地点は。
 デスペナで装備ドロップっつうのが一番ありがたいが……。
 なんらかのスコアやボーナスが敵側である俺達に加算される可能性も低くはない」

リスポーンできるにせよ、ゲームとして最低限の緊張感を持たせるならデスペナは必須だろう。
仮に重いデスペナが課せられるなら、助命を引き換えにした交渉の余地が出てくるかもしれない。

「それから、イクリプスの戦術目標を確認したい。
 ゲームである以上、勝利条件と敗北条件があるはずだ。
 目標としているものが分かれば、それを阻止する形で持久戦もやりやすくなる」

単に敵対勢力を殲滅するのが目的か。敵拠点を一定時間制圧したり、巨大爆弾でも仕掛けようとしてるのか。
逆に連中にとって制圧されたら敗北の拠点もあるかもしれない。ストラトスフィアとかな。

「最後に……手分けするなら、激戦区のザ・ストリップには俺が行く。
 『俺のやり方』には、敵の多い場所の方が望ましい」

俺のやり方――アンチのやり方。
ブレモン運営との長きにわたる闘争で培われた、他人のモチベを下げる術。
プレイしてきたゲームをクソゲーだと主張する、ロジックの技術。

「βテスターは、テスターであると同時に潜在的な顧客と言って良い。
 テストしたゲームの出来の良し悪しで正式版をプレイするか決めるわけだからな。
 『クソゲーだからやめる』ってのもβテストとしては重要なフィードバックだ」

72明神 ◆9EasXbvg42:2024/04/01(月) 05:16:58
50万人もいれば、当然運営に対して好意的なプレイヤーばかりとは限らない。
ただでさえローウェルはブレモンの唐突なサ終でユーザーからの信頼を失ったばかりだ。
気合入ったローウェル信者を除けば、テストに参加しつつも猜疑的なプレイヤーは一定数存在するはずだ。

「持久戦は……イクリプス側から見れば著しく爽快感を損なう。
 かといってゲーム自体は成立してるから、極端なテコ入れでゲームを根本から覆すことも出来ない。
 積み重なった不平・不満はいずれ、『SSSはクソゲー』という評価に着地する。
 嫌気がさしてプレイするのをやめるテスターも出てくる。
 ……戦って倒す以外にも、イクリプスの数を減らす方法があるってことだ」

ゲームをクソゲーだと感じる瞬間。百戦錬磨のアンチの俺なら、そいつを余すことなく汲み取れる。
敵に何をやられたらクソかを判断し、最大限プレイヤーをイラつかせる立ち回りが出来る。
籠城戦で例に挙げたワールドツアーの他にも、アクションゲーをクソゲーに変えるムーブはいくつかある。

「敵は50万人も居るんだ。全員の意思を統一出来てるわけがねえ。
 このゲームに不満を抱えてる奴は必ず居る。そいつを見つけ出して教えてやるのさ。
 『SSSってクソゲーだよな』ってな。そしてその情報をテスター間で共有させる」

ゲーム運営にとってアンチの最も厄介な点は、その『伝染力』だ。
論理を伴ったアンチの言葉は共感を生む。潜在的な不満を顕在化させ、新たなアンチを生む。

原点回帰だ。見せてやるぜ。フォーラムに2年粘着し続けた、うんちぶりぶり大明神の面目躍如を!

「――俺が奴らをSSSのアンチにしてやる」


【提案:指環の発信機機能を使ってイクリプスを誘い込む。手分けするならザ・ストリップで持久戦しつつアンチ活動
 検証項目:イクリプスの装備の破壊と鹵獲の可能性、デスペナとリスポーン、勝利・敗北条件】

73ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/04/03(水) 20:59:01
>「システム上のレベルやステータスはさておき……経験値不足って事か?
 ヤツらが当て勘や駆け引きのノウハウに乏しいとすれば……大分やりやすくなるけど」

「とりあえずボタン押してるだけっていうか…うーんどううまく言えばいいのか…」

僕達は知恵を出し合う。
今までも圧倒的な不利を何度も…話し合い団結する事で乗り越えてきた。

相手にはない僕達の圧倒的なアドバンテージ…絆
うわなんか思っててちょっと恥ずかしくなってきた!

>《私からも一言、いいかしら》

作戦がある程度固まりつつある中…今まで沈黙を続けてきたディスプレイの向こうにいるウィズリィが話を始める。

>《ミズガルズに『星蝕者(イクリプス)』が干渉することを阻止できなくて、ごめんなさい。
 大賢者様……いいえ、大賢者の方が管理者としての力量も、権限も強かったから……。
 ただし、私とミノリもやられっぱなしではないわ》

まさか相手がブレモンの範疇を超えてくるなんてだれが想像できただろうか?
今回の件はまさに相手のほうが一枚上手だっただけだ…だれが悪い事なんてない。

>《『星蝕者(イクリプス)』のアクセス履歴と干渉の痕跡を辿って、大賢者の居場所を特定できるかもしれないの》

「それは…!」

>「ローウェルの居場所を……!? 本当!? ウィズ!」
>《貴方たちには、大賢者の居場所を突き止めるまでの時間稼ぎをしてほしいの》
>「わかった! 任せておいて!」

「そう言うのは簡単だがなゆ…」

いつ相手がこの場所に踏み込んできてもおかしくないこの状況で時間稼ぎなんて…
それに50万?さっきみたいなのが?…うーん現実的ではないのでは…。

>「みんなの対『星蝕者(イクリプス)』戦術を聞きながら、わたしも考えてたんだ。
 今回の戦いは、持久戦。それがたぶん一番いいんじゃないかって」

むしろそれしかできないと言ったほうがいい気がするが…言葉はとりあえず飲み込んでおいた。

>「どうしてそう思ったのか、根拠はふたつ。
 まず、あのナイとかいうキャラはSSSの襲来を『抽選に当選したプレイヤー限定のクローズドβテスト』って言ってた。
 それはつまり『増援はない』ってことだと思う。
 まぁ……それでも50万とか、バカげた数ではあるんだけど」

>「わたしたちだけで50万の『星蝕者(イクリプス)』を全員撃退するのは、とても無理だよ。
 でもね……このワールド・マーケット・センターを砦にしながらの籠城戦なら、できなくもない……かもしれない」

>「俺に異論はない……が、やるなら一回一回の戦闘を効果的にしよう。
 こちらの思惑がバレる前に色々と検証しておきたい事がある」
>「持久戦には賛成だな。50万人相手に殲滅戦なんざやれるとも思えん。
 っつーかさ、イクリプス……仮に倒せてもそのうちあの船からリスポーンしてくるんじゃねえの」

「持久戦って簡単に言うけど…僕達だけじゃ無理だ!せめてなにかしらのバックアップが無ければそれこそ遊撃戦を仕掛けても各個撃破されて終わるぞ」

>「もちろん、戦うのはわたしたちだけじゃない。
 ――ここにいる人たち。全員に頑張って貰わなくちゃ」 

なゆはそう言うとローウェルの指環を嵌めアシュトラーセに向かって高回復を唱えた。

>「ぅ……」

生きるか死ぬかの瀬戸際をさ迷っていた者でさえ瞬間的に回復する。
超上位のヒーリングカードならあり得ない事じゃないんだろうが…少なくとも一度のヒールでは治しきれない傷だった。

ローウェルの指環…人数分あったりしないかな…せめてリキャスト24時間だけでも解決すれば…いやない物ねだりしても仕方ないか…。

アシュトラーセは起き上がり事情を把握すると…この場にいる戦える者…イブリースとエカテリーナ…そしてガザーヴァを回復させるのだった。

74ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/04/03(水) 20:59:18
>「……なぁーんか、ボクが寝てるうちにまぁーたメンドクセーことになってンなぁ……」

戦えるものが次々と起き上がり、事情を聴き…準備を整える。
相手が50万に対して総動員してもなお…不安な数ではある…いくら全員が実力者といえども…だ。

「早いとこと水着をはぎ取って自分達で使えるか試してみるか…明神も賛成してくれたしうまく一人だけ誘い出せれば…いやでもそんなうまい事運ぶわけないよな…」

旗からきいたら犯罪者にしか聞こえない…いや実際女の子の水着を剥いで自分できようと言っているので間違ってはない…
そんな危険が危ない独り言を呟いていたら後ろからカザハに声を掛けられた。

>「ジョン君……」

どうした…?とは聞き返さなかった。
カザハが何を聞きたいのか…何を言いたいのか言い出す前から…検討はついていた。

>「もしもあの美少女と遭遇しても後先考えずに突撃したら駄目だよ!?」

思えばカザハとの付き合いも結構長くなってきた。もちろん心のつながりも。
だからだろう…僕が逃げ遅れたのではなく…強制的に連れ戻されるまで自分の意志で最後の最後まで戦っていたことがわかったのだろう。もちろん…その理由も。

「…………あぁ」

なんともやる気のない…生返事だけが僕の口からでた。
決してカザハの事が大事じゃないとか…そんなわけじゃない。

ただ…初めてなんだ。初めてゲームやおもちゃを買ってもらった子供のように…それしか考えられなくなるような…あの気持ちが。
僕に制御できるだろうか…もし誘われたらフラフラとついていってしまうんじゃないか…自分で自分を信用するなんて…今の僕には…。

「あっ…」

カザハと目が合う。うまく言えないけど…純粋な目で見つめられるだけで…。

「…意外と問題ないかも」

カザハはなにそれ!っと僕の体をぽかぽかと叩く。
僕もなんでそういったか分からないのだから仕方なかった

>「しっかし、相手は50万。対してこっちはモンスター合わせても20人以下。
 そのうえ相手はクソジジーの肝煎りで常時バフが掛かってる状態なんだろ?
 バランスもクソもあったモンじゃねーなー! やっぱブレモンはクソゲー!」

「…相手はブレモンどころかよそ様なわけだが…ま…でもいくら不利とはいえだ」

>「大丈夫! できるよ! だってもうわたしたちよりずっと前に、半年以上もの長い間、
 地上を埋め尽くす量の敵を相手に籠城して持ち堪えた『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』がいるんだもん!」  

「そうだね」

歌と踊り…そして希望で本来死の運命しかない人々を導いた前例を僕達を知っている。
こんな事でいちいち絶望してたら…ブレイブとして恥じだよ…それは。

とはいえ…僕達…ブレイブは継続戦闘に向いていないのは問題だ。
相手がザコならシンプルに肉体が強い僕やエンバース…それにイブリースがカードを一切使わず応戦すればいいが…、

一人一人が圧倒的なステータスを誇り、その上50万という圧倒的戦力を誇っている水着少女達…。
外で生き残ってる戦闘できそうな人手を探せるとは言えども…その為に一々カードを使っていては本末転倒だ。

75ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/04/03(水) 20:59:31
>「……まだ、戦意を喪ってないのかい。
 あれだけのものを目にしても」

>「手伝ってくれるの……!?」

「カザハ」

僕は手でカザハを引っ張る。
ミハエルの心はとうに折れている。もし言葉だけでも手伝うと言っても…こんなのについてこられても足手まといだ。

>「破滅は避けられない。君たちが儚い力をいくら振り翳したところで、絶対的な戦力と性能の差を縮めることは出来ない。
 誰にだって理解できる、単純な話だというのに……それでも抗おうとするだなんて、
 まったく理解できないよ」

「やる気を下げたいだけならさっさと黙ってくれないか?ゾンビに言葉をかけてあげれるほど僕達に余裕ないんだ」

これ以上この場の雰囲気を下げる発言を繰り返すなら…しかたない気絶でもさせるか…そんな事を考える。

>「だが――絶望的な戦力差を見せつけられ、死を間近に宣告されて。
 それでもなお運命を受け入れることはできないと、最期の最期まで戦ってみせようというのなら……。
 これを持って行くといい。きっと君たちの役に立つだろう」

しかしミハイルはふっ…と卑屈な笑みをみせ…自分のポケットからあるアイテムを取り出し…僕達に見せた。

>「ローウェルの指環……! 確かに、あなたが持っていたとしても不思議ではないけど……」

僕達の懸念だった継続戦闘力のなさ…それを解決するアイテム…
これがあれば希望が…かなり濃くなる…そんな夢のようなチートアイテムが…4つも…

>「これは……僕のものじゃない。
 本来、リューグークランに与えられたものだ」

>「彼らは言っていたよ。もし君たちアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が自分たちに勝つようなら、
 此処よりもっと先へ進むつもりなら……これを渡してほしいと。
 ほんの一時的にでも、うわべだけでも……仲間になった者たちの遺言だ。持って行きなよ。
 ……彼らも、きっと喜ぶだろう」

>「まあ、アイツららしいな……カッコつけの、バカ野郎どもだ」

指輪を一つ受け取り…指にはめようとする。
リューグークラン…自分達が死んだ後の事すら考えて用意してくれていた。

自分達で使えば自分達の命だけでも助かっただろうにそれをせず…僕達に残してくれたのだ。

「エンバー」

僕はエンバースにこれをつけてもいいのか?もらっていいのか?…そう声を掛けようと思ったけど…エンバースから発せられる圧に押されて言葉を途中で飲み込んだ。
指輪から…表情こそみえなかったがエンバースから覚悟を感じる。それを確認するなんて行為は…余りにも無粋だと…気づいた。

「それでも…この指輪を付けるのは…今の僕には…中々難しいな…」

僕はぼそりとそう呟くと指輪を見つめる事しかできなかった。

76ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/04/03(水) 20:59:47
>「これでみんな、ますます負けられなくなっちゃったね。何が何でも生き残って、希望を未来へつないで……。
 ローウェルの喉元に迫ってみせなくちゃ、ゲーマーとしての沽券に拘わるよ!
 気合入れていこーっ!」

>「あ……、あれ?」

「なゆ!?」

>「……立てないのか?」
>「オイオイ、なーにやってんだよモンキン! これから大一番ってときにさぁー!」

なゆが極度の疲労からか体勢を崩す。
無理もない…今日に入ってから今までどれだけの死線を乗り越えて来たかを考えれば。

なゆは決してか弱い女の子ではない…だが超人でも…僕のようなジャンキーでもない。
こんな少女を旗印にしなければいけない自分の無力を…僕は噛みしめる事できない。

>「ご、ごめんね……一番気合入れなきゃいけないのはわたしだったみたい、エヘヘ……」

休めと言えない状況が…行ってあげられない自分が…悔しい。
言えないならせめて…これからの戦いで…なゆの負担を軽くしよう…僕にできる事はそれしかなかった。

>《周辺地域をスキャンして、大まかな生物反応をマップ上に洗い出してみたわ。
 こちらの青い点は私たちの世界……『ブレイブ&モンスターズ!』由来の生物を示している。
 赤い光はそれ以外。つまり『星蝕のスターリースカイ』由来のユニット、つまり敵……ということになるわね》

「……このラスベガスに…もうこれだけしかいないのか?」

外の惨状はなにも水着少女達だけが作ったわけじゃない。
イブリースの配下と…米軍が大なり小なり戦闘していたはずだ。

元々いた民間人の数…戦争行為を行ってた数…合わせればこのマップが青色で埋め尽くされてなければいけない。
それなのポツリポツリと青点があるだけ。 一つの青点が何十人も重なっていようとも元の人数と比較するまでもない。
分かっていたことではあるけど…。

>「この青い点を全部回るってのは、ちょっと骨が折れるな……」
>「ならば複数の部隊を編成し、手分けして救援に当たればいい。
 寡兵ならば個々に役割を設け、無駄のない効果的な運用をするのが戦術の基本というものだ」
>「いや、万一『星蝕者(イクリプス)』と戦闘になった場合、人数を分けてしまっては確固撃破される恐れがあろう。
 ここは固まって行動すべきではないか? 人命救助しようとして我らがやられてしまっては、それこそ本末転倒じゃ」

どんな案でいくにせよ…安全に生存者を移動させる手段がほしい所ではある。
僕達だけなら気づかれたら逃げる・隠れる・戦う…まあいろんな手段を取れるとは思うが生存者を引き連れていたらとれる手段は殆どない。

しかし大人数になればなるほど隠れる事もまた難しい。

>「門が駄目でも、とりあえず落ち着いてメトロや……あまり気は進まないが下水道のマップを用意しよう。
 管理者メニューを使えばそう難しくないよな?その後は……方法はなんでもいいんだが、検証しておきたい事がある。
 ヤツらはメトロや下水道には侵入可能なのか、地形や建物を破壊出来るのか、その辺をハッキリさせとかないと」

「メトロ…下水道…たしかにありだな」

直接この避難所まで地下鉄や下水道までを掘ってもいい。
普通の人間なら不可能だが…僕達だけなら今すぐにでも実行できるだろう。

77ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/04/03(水) 21:00:35
>「それに、俺達が生存者を救助していると分かればヤツらもそれを逆手に取ろうとするだろう。
 つまり二回目以降の救出作戦は襲撃される可能性が高まるだろうって事だ。俺ならそうする。
 そういう意味でも、まとまって行動するのは効率的とは言えないんじゃないか?……と、俺は思う」

「そうだな…多くても1チーム3人までが…いいと思う
先頭を行き、非常事態になっても先導を続ける奴が一人。殿を務めるのが一人。両方こなす中間管理が一人…それ以上はいても邪魔になるだけだと思う」

>「間をとって、3か所手分けして探索した後に残りの一か所を全員で行くのは?」

>「フレモント・ストリート・エクスペリエンスとマンダレイ・ベイは
建物の中中心で行動すればいいから戦闘になる可能性は少ない……と思う。
生存者の救出を目的にするなら目立つ大人数で行くよりも小回りの利く少数でいったほうがいいかも……。
ザ・ストリップはそれよりは戦闘になる確率が高そうだから前2か所よりはちょっと大目の人数を割り振ってさ……。
こちらから攻め込むとしたらストラトスフィアは最後に全員で行った方がいいんじゃないかな?
他の場所で運よく戦力になる生存者とか攻略情報が見つかったら生かせるし……
反撃の拠点なら、やっぱり全員で行きたいじゃん!?」

カザハのいう事は…理には適っている。
どれだけの戦力が揃うかはわからないが…

>「俺はカザハ君の案を推すぜ。ストラトスフィア以外の3地点に同時に部隊を投入する。
 目的は生存者の救出と情報収集。そして地下の安全性の確認。
 地下が安全なら、ストラトスフィアから順次生存者を搬出していく――。
 カザハ君は例のボイチャ魔法を全員に頼む。
 手分けするにせよしないにせよ、ドンパチやってる中じゃ声も届かねえだろうしな」

「場所がどこであれ…やっぱり生存者最優先にして…を目視…魔法…スキル…その全部で確認するまで戦闘は最小にしてほうがいいと思う
反撃と生存者救助はやはりわけるべきでは?…別にこのマップの精度を疑ってるわけじゃないんだけど…ただ…万に一つでも…
もしかしたら生存者がいるかもしれないと頭に過ぎったら…僕達は全力を出せない。これじゃせっかくの力を腐らせる事にもなる
敵につまらない揺さぶりを掛けられない為にも…そんな状況になるわけにはいかない」

生命力が低下している人間や魔物…つまり命が消えかけているような存在は…もしかしたらレーダーに映らないかもしれない。
どれだけウィズリィが自信を持っていると言ってもほんの1%でも…脳裏を過ぎる心配事は戦闘に影響を及ぼす。
なゆ達は…嘘だと分かっていてももしかしたらって思ってしまうほど…お人よしだから

「心配しすぎ?…そうは思わないな。普通の魔物や人間は…ちょっと距離を取った程度じゃ…僕達の全力戦闘の余波だけでも死ぬぞ」

状況を整理がひと段落したところで明神がさらに思いついたようにしゃべり出す。

>「……実際んトコ、βテスター50万人が一度にラスベガスに投入されるってことはないと思う。
 フィールドの面積に対して人が多すぎる。空を自由に飛び回るならなおさら広い空間が必要だ。
 仮にイクリプスが僚機とのニアミス回避のために10メートル四方の空間を確保するとして、
 マップもう一回出せるか?……ラスベガスの都市部面積は約30万平方メートル。
 どんぶり勘定になるが、大体3000人くらいが同時にフィールドに存在できる上限だろ。
 どうですかこの出血スーパーお値引き!多少は希望が見えてきたんじゃないですか?」

「確かに…メタな事いうなら…いくら僕達はお目当てネームドボスとはいえ…50万も一気に襲い掛かるのはお祭りゲーとしてはいいかもしれないけど…
普通のゲームだったらわけわからないままボスが討伐される…まさにクソゲーだもんな…」

>「情報収集については……ローウェルの指環には発信機の機能があったよな。
 連中はおそらくボス標的のマーカーとしてこれを追って来る。
 うまく誘い込めばイクリプスに無駄足踏ませたり、一体を孤立させるチャンスがあるはずだ。
 装備の破壊とドロップ、そして……鹵獲が可能かどうかを検証しよう」

本当は戦闘その物を回避したいところではあるけど…全部回避するのは難しい。
なら逆に情報を相手に与えて抜け駆けしてきた奴を捕まえる事ができれば…いろんな検証ができる。
水着少女達との決戦前にその情報が手に入る入らないはかなりの差がでる。

「でもやはり生存者を率いてる間はしずらいし…捕獲班を別途に用意するのはどうだろう?それだと人数別れすぎか…?
そもそもそんな都合よく一人だけでくるようなアホがいるとは…」

ドヤッ!!!と明神のドヤ顔が僕の言葉を吹き飛ばす。…ちょっとうざい

78ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/04/03(水) 21:00:54
>「持久戦は……イクリプス側から見れば著しく爽快感を損なう。
 かといってゲーム自体は成立してるから、極端なテコ入れでゲームを根本から覆すことも出来ない。
 積み重なった不平・不満はいずれ、『SSSはクソゲー』という評価に着地する。
 嫌気がさしてプレイするのをやめるテスターも出てくる。
 ……戦って倒す以外にも、イクリプスの数を減らす方法があるってことだ」

みんなが必死に頭を使い唸っている中…明神はあくどい顔をしていた。
どこかでみたなあんな顔…テレビで…なんだっけ…時代劇の…。

>「敵は50万人も居るんだ。全員の意思を統一出来てるわけがねえ。
 このゲームに不満を抱えてる奴は必ず居る。そいつを見つけ出して教えてやるのさ。
 『SSSってクソゲーだよな』ってな。そしてその情報をテスター間で共有させる」

クックックと我慢できない邪悪な笑みが明神から零れ落ちる。

>「――俺が奴らをSSSのアンチにしてやる」

「どこかでみたことあると思ったら…この邪悪さ……悪代官だ…」

明神の長年の経験からくる笑みと思考は邪悪そのものだ。
後輩ゲームを潰しますと宣言しているのだから当たり前なのだが…理にはかなっていた。

たしかに僕が戦った褐色肌の女も戦闘を楽しんでいた。そして邪魔をされていた事に怒っていた。
テストに参加したのに楽しめないなら遊ぶ事をやめるのは…プレイヤーとしては当然の選択ではある。

「明神の言った通り徹底して焦らし続ければ…リスクを冒してわざわざ誘導しなくても向こうから飛び込んでくる確率はぐっとあがる…
ゲームをやめさせて敵の数を減らすことも…相手が一人なら水着を引ん剝く事も…
…そこまでうまくいかないまでも捕まえてごうも…んんっ!………あ〜……
尋問して口割らせれば敵のある程度の弱点やスキルの情報を吐かせることだってできる…!」

事前に口裏を合わされないように別々の場所で同じ時間に同じ情報を聞き出す事ができれば情報の正確さも格段によくなる
とはいえ…生存者救出が最優先なのは変わりがないので…できたら嬉しい目標に止めるのがいいんだろうけど。

「すごいよ明神…一気に希望も…やる事も明確化してきた…!」

だが希望ってのは大事だ…これから戦うメンバーが増えれば増えるほど目に見えてる希望ほどいい物はない。
僕達の士気が高いだけじゃだめだ…一致団結する為にはこれから一緒に戦うメンバー全員の士気も重要だ。

「方向性がある程度決まってきたけど…まずは…だ。何するにしてもとりあえず生存者の事を第一に考えたいよな…
出来る限り水着少女達と戦えるような人材以外で…生存者を迅速に安全地帯まで運ぶことができる人材を優先的に集めたいところではあるけど……
イブリース…君の仲間で心当たりとかないのか?」

いくらイブリースに移動適正がありなおかつ移動するスキルがあったとしても身一つではとてもじゃないが足りない。
アシュトラーセやみんなも移動させるの魔法やスキルの類は持っているだろうが…そも戦闘面で強い人材を生存者誘導だけに使う事自体は非効率だし…
捕獲作戦を実行する時にできる限りその場で仲間になったメンバーより技をお互いに知り尽くしている相手と組みたいというのもある。

そんなに都合よくいかないだろうけど…

「…うーん…ない頭で僕が考えるよりこの手の作戦はできる人に任せよう!
僕はゲリラ戦…ローウェルの指環に頼らず比較的静かにゲリラ戦を仕掛けられるし…それにアイドル業で忘れられがちだけど
自衛隊…殺す数より救う数が多い軍隊出身だから応急処置やその場の判断はある程度慣れているつもりだ
まぁ………魔法があるような環境だとちょっと微妙かもだけど…うまく使ってほしい!必ず期待に応えよう!」

できる事ができる仲間に任せる。

前の僕ならそんな無責任な事をするなんてあり得ないと自分である程度勝手に考え行動していただろう。
でも今ならわかる。困難を前に自分一人でできる事などたかが知れている。

人間には成長する時間も、才能も限られている。
だからお互いを頼り合うのだ…自分にないものを妬むより…自分もそうなろうと無理な努力を続けるのではなく補い合う。



まだちょっと口に出すのは…僕には無理だけど…そこは少し許してほしいかな

【全力で戦う為に生存者救助最優先案を提案】

79崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/04/12(金) 00:09:24
《それじゃ、こういうのはどうかしら。
 ジョンさんの言う通り、チームはスリーマンセルが三つ。
 ナユタとエンバースさん。カザハとジョンさん。それからミョウジンと――》

ウィズリィが提案する。
ただ、アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は五人パーティーだ。二人ずつで組むとなるとどうしても端数が出る。
ミハエルはエントランスのエンバースたちよりやや離れたところにいるが、相談に加わろうとはしない。
希望的観測だけではミハエルを動かすことは難しい。彼も戦力として当て込むなら、
SSSを向こうに回しても充分に戦える――という証拠を提示してやらなければならないだろう。

「別に『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』でペアになんなきゃダメってワケでもねーだろ。
 トーゼン、ボクは明神についてく。明神だろ、ボクだろ、んでマゴット!
 それでスリーマンセル成立だ。ヤマシタとガーゴイルはいつでも呼び出せるから除外で」

《んん……、何かバランスが悪い気がするわね……。
 それに、マゴットもミョウジンのパートナーモンスターでしょう?》

「細かいこと言うなよな魔女子。別にそれでいーじゃん、戦力的にはボクたちチーム明神だけで充分!」

意地でも明神派の身内だけで固めようとするガザーヴァであったが、そんな中、

「では、妾もザ・ストリップへ同道させて貰おうかの」

『虚構の』エカテリーナが名乗りを上げた。

「ザ・ストリップはこの地で最大の激戦区。今現在うろついておる敵も多い。
 此方としても頭数は少しでも多い方がよかろう、どうじゃ? 明神」

「え〜?」

「そんな顔を致すでない。
 人命優先で逃げながらの持久戦を展開すればよいモンデンキントやカザハらと違い、
 其方らは戦いながらアンチを増やす持久戦を展開せねばならぬ。
 ならば、必ずや妾の虚構魔術が役立つであろう。多数の敵を翻弄し手玉に取る、それが虚構魔術の真骨頂ゆえ」
 
ヤダヤダ、とあからさまに嫌な顔をするガザーヴァであったが、明神に説得されると渋々といった具合で納得し、
エカテリーナの同行を認めた。

《うん、それならバランスもいいんじゃないかしら。どう?ナユ――》

ディスプレイの中のウィズリィはなゆたに視線を向けた。最終的な判断はリーダーであるなゆたに委ねられるが、
肝心のなゆたはといえば、

「…………」

眠っていた。
目を閉じ、隣に座るエンバースの身体にやや凭れ掛かるようにして、静かな寝息を立てている。
エンバースによって半ば無理矢理椅子に座らされた途端、すとんとまるで電源が落ちるように眠ってしまったのだった。

「……寝かしておいてやろうかの」

エカテリーナが小声で呟く。
実際に、今まで短時間で幾度も死ぬような戦いを繰り返してきたのだ。
作戦開始までせめて少しでも休ませておいた方がいい、と継承者たちは頷いた。
イブリースも文句はないらしく腕組みして沈黙している。
最終的にチームはなゆた(ポヨリン)、エンバース(フラウ)、『黄昏の』エンデのチーム。
カザハ、カケル、ジョン(部長)のチーム。
そして明神(ヤマシタ、マゴット)、ガザーヴァ(ガーゴイル)、『虚構の』エカテリーナの三チームに決まった。

「私と兇魔将軍はこのワールド・マーケット・センターにいるわ。
このラスベガスで一番大きな収容施設がここになるから、生存者はどんどんこっちに運んできて頂戴。
怪我人がいれば治療するし、休ませる場所だってあるでしょう。
道中、医薬品や治療道具、食糧……なんでもいいから、役立ちそうなものがあればそれも送ってくれると嬉しいわ」

「オレも打って出たいところだが、已むを得ん。
 ニヴルヘイムの同胞たちを発見したら、これを見せてやれ。
 大人しく貴様らに従うはずだ。その者たちも此処へ連れてきてもらおう。
 保証は出来んが、作戦に有用な力を持っている者も確保できるやもしれん」

イブリースは鎧の懐から三分の一に分割された鎖付きのメダリオンを取り出すと、ジョンに差し出した。
それを見てガザーヴァが声を上げる。

「三魔将の割符! あったなぁー、そんなの! オマエまだ持ってたんだ?
 パパから貰ったものなんか全部捨てたと思ってた!」

三魔将の割符。
ニヴルヘイム最高戦力たる三人の魔神が持つ、支配者の証。

「……まあ……な」

イブリースはほんの僅かに目を細めた。
仲間意識の強いイブリースのこと、袂を別ったかつての上司に対しても、何らかの情は残っているのかもしれなかった。

80崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/04/12(金) 00:14:01
《みんなのスマートフォンからも、マップを閲覧できるようにしておいたわ。
 それから、この回線も常時開放しておくから。生存者がいたら報告して頂戴。
 こちらから『門』を開いて、ワールド・マーケット・センターに収容できるようにするわ》

ウィズリィが全員に指示する。
これで、パーティーを三つに分割した後でも各自がマーカーの標示されたマップを適宜確認することが出来る。
ニヴルヘイム謹製の『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』は術者が一度行った場所にしか門を開けない。
だが、世界を俯瞰して見ている管理者であるウィズリィならその問題は解決だ。

《探索の際は、こまめにセンターに戻ってきて適宜補給と回復を受けて頂戴。
 それから、連絡は密にね。どんな小さなことでも、何か異常があればすぐに報告して。
 こちらからも常にモニターはしているけれど、相手は未知の敵よ。
 何が起こるかまったく予想できないから》

虚空に表示されたディスプレイ、そこに複数のウインドウが開きマップを指し示す。

《スキャンしたところによると、このラスベガスにはメトロ――魔法機関車みたいなものかしら? が地下に走っており、
 地下街もあるわ。その下には更に下水道も存在している。
 地上を通らずとも、それらを使用すればラスベガス全体を行き来することは可能そうね。
 ただし――》

ウィズリィが一瞬口籠もる。
ラスベガスは世界有数の一大観光地である。当然、観光客を楽しませ利便性を追求することに特化している。
砂漠の暑い日差しの下を行かなくとも、冷房の効いた地下を進んでいけるということだ。
だが、地下鉄自体は存在していても運行は当然止まっているし、移動するなら徒歩で行く必要があるだろう。

《このワールド・マーケット・センターやマンダレイ・ベイなどのホテルは外から攻撃されても破壊されないと思うし、
 『星蝕者(イクリプス)』に侵入されることもないと思う。
 彼女らにはマップ上の敵を倒すことはできても、障害物として配置された建物を壊すことは出来ない。
 だから、戦闘の際は地形も効果的に使うことが出来るわね。ビルなどで射線を切れば、相手の攻撃は届かないということ。
 でも、先程の戦闘を見るに……マップ上のオブジェクトに干渉することは出来そうだったわね。気を付けて頂戴》

ジョンと交戦した『星蝕者(イクリプス)』は、墜落した戦闘機の残骸を鈍器代わりに振り回していた。
建物などと違い、動かせるものは『星蝕者(イクリプス)』でも動かせるということか。

《それと……メトロや下水道は通常のマップとして認識されているとの結果が出たわ。
 つまり、『星蝕者(イクリプス)』にとっても侵入は可能、ということね。残念だけど》

マップが切り替わる。まるでアリの巣のように何層にも入り組んで構築されている、
それはメトロと地下街、下水道の複合配置図だった。やはりと言うべきか、メトロと地下街にも赤い光点がまばらに見える。
ただし、鹵獲を試みるにはちょうどいい数と言えなくもない。
下水道に光点は皆無と言っていい。いくら異界のゲームプレイヤーと言っても、わざわざ汚い場所には行きたくないのだろう。

「基本は下水道を通っていくことになりそうね。スラムがあるのだったかしら?
 ……エーデルグーテで私たちが『永劫』の賢姉に対抗していたときと同じようなものかしら。
 あのときも、私たちは聖罰騎士の手を逃れて信徒たちを隠し村へ保護するのに、地下に広がる万象樹の根を使っていたから」

アシュトラーセが右手を顎先に添え、マップを見ながら呟く。

「んじゃ、モンキン焼死体チームとバカザハジョンぴチームが下水道を進む間、
 ボクらは真正面から打って出ればいーってコトだな。
 コソコソすんのはボクの流儀じゃないから、ちょーどイイや!
 いっちょド派手にブチかましてやんよ!」

ガザーヴァが暗月の槍を高く掲げる。
根拠のない強がりではない、ガザーヴァにはガザーヴァなりの勝算があるらしかった。
ただ、明神の作戦を成功させるにはひとりでも多くの『星蝕者(イクリプス)』の目を引く必要がある。

「作戦は決まりじゃな。
 ならば、善は急げじゃ。さっそく出立を――」

エカテリーナが軽く周囲を見遣る。
なゆたは、まだ眠っていた。

「ぅ……ん、んん……。
 ……はっ!? わ、わたし、寝てた? ゴメン! こんな大事な話してるときに……!」

仲間たちの誰かが揺り起こすと、なゆたはすぐに目覚めた。

「……マスター」

『ぽよぉ……』

傍らのエンデが心配そうな表情を浮かべる。ポヨリンもなゆたの膝の上で不安そうに主人の顔を見上げている。
他のメンバーよりも疲労が蓄積しているのは、誰の目にも明らかだった。

81崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/04/12(金) 00:17:44
「モンデンキント……貴方」

アシュトラーセも眉をひそめている。
とても十全な状態とは言えない。本来ならば、救助活動よりも自身の回復を待つ側であろう。
しかしなゆたはエンバースに肩を借りてゆっくり立ち上がると、ガッツポーズをしてみせた。

「大丈夫、大丈夫! 今ちょっと寝られたから、元気いっぱい! 体力マックスだから!
 ね、カザハ、わたし寝てる間に寝言とか言ってなかった? ヨダレ垂れてない?」

口許をゴシゴシと右腕の袖で拭い、誤魔化すように笑ってみせる。

「その状態で外へ出るのは危険だ。
 ……オレがお前の代わりに行く。お前はここで継承者と一緒に、生存者の保護に当たってくれればいい」

見兼ねてイブリースが交代を提案する。
なゆたとシャーロットを同一視するほど愚かではないが、といって別人とも思えずにいるイブリースにとって、
やはりなゆたは見捨てておけない特別な存在ということらしい。

《そうね……。その方がいいかもしれないわ。みんなはどう?》

ディスプレイのウィズリィも特に反対しない。
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』達が各々の意見を出すと、なゆたは小さく微笑んだ。
今にも泡沫のように儚く溶け消えてしまいそうな、淡い笑み顔だった。

「ありがとう、みんな。
 わたし……行くよ。何があっても、ここは行く。後ろで待ってるなんて出来ない」

「マスター、でも」

「最後まで歩きたいんだ。みんなと、一緒に」

《ナユタ――》

「……連れて行って。エンバース」

エンデとウィズリィの心配をよそに、なゆたはエンバースの袖を軽く掴むと、短く懇願した。
決然とした、不退転の意志の籠もった声。

「やれやれ……これは梃子でも考えを曲げぬ覚悟じゃな。
 妾たちの知っておる『救済』の賢姉は、このような強情な御方ではなかった筈じゃが……」
 
「そうね。いえ、むしろ引っ込み思案でほとんど自らの意見も出さなかったような」

エカテリーナとアシュトラーセが十二階梯の継承者として、姉弟子であったシャーロットとなゆたとを比較する。
ゲームの中でも『救済の』シャーロットは自身に関係するイベント以外ではあまり発言しない、
物静かで影の薄いキャラクターだった。そんな性格に反して性能的には光属性の人権キャラのため、
戦闘においては引っ張りだこであったのが皮肉なところだが。
そんなふたりの会話に、なゆたはアハハ、と笑うと、

「そうかもね。でも、それって当たり前のこと。
 だって、わたしはシャーロットじゃない。あくまで普通の女子高生!
 モンデンキントこと崇月院なゆた、だから――」

そう、なゆたは『救済の』シャーロットではない。単にシャーロットの記録とスキルを移植されただけの、
なんの変哲もない人間だ。
そんな人間が幾度も瀕死となり、本来上位者が用いるべき技能『銀の魔術師』を用い、
限界以上の体力と精神力を消費して激戦を潜り抜けている。
で、あるのなら。

「さあ――行こう!
 わたしたちの助けを待ってる人たちを保護して、『星蝕者(イクリプス)』も倒す!
 そして最後にはローウェルをやっつけて、ブレモンがまだまだ伸びしろのあるコンテンツだってことを教えてあげなくちゃ!」

ばっ! となゆたは右手を大きく横に振ると、大見得を切ってみせた。
その拍子に、さらり……と光の粒子がまた、ほんの少しだけその身体から零れ落ちる。

まるで、砂時計の中の砂が落ちていくかのように。

82崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/04/12(金) 00:23:09
眼前に、凄惨な破壊の光景が広がっている。
崩れ落ちたビルに、墜落した戦闘機。
砲塔が融解し履帯の外れた戦車が、あたかも巨大な獣の骸のような残骸を晒して横たわっている。
捲れ、ひび割れたアスファルトのせいで歩きづらいことこの上なく、至る所にクレバスのように大きな裂け目が出来ている。
噎せ返るような火薬と死のにおいもきつい。ニヴルヘイムの魔物が吐いたブレスか、米軍のミサイルか。
それとも『星蝕者(イクリプス)』たちの用いる未知の兵器の発したものか、いまだに空気は熱せられており、
時折熱い風が一行の髪や衣服を撫でてゆく。
いわゆるアポカリプス系映画のような光景。しかし、目の前のこれは映画のセットでもなければCGでもない。
紛れもない本物――そもそも上位者のゲームであるところのこの世界において、
本物というものが存在するならば、の話だが。

「あーあ、ハデにやってくれちゃって、まぁ」

槍を水平にして両肩に担ぎながら、大通りを闊歩するガザーヴァがぼやく。
煌びやかだったはずのネオンは砕け、オブジェは倒壊し、ビルの壁面に設けられていたディスプレイはもう何も映していない。
かつての一大観光都市であった面影はもはや欠片もなく、ただただ死と破壊だけが蔓延する世界。

「なぁ、明神。
 この街、スッゲーキレイなとこだったんだろ?
 瓦礫を見ただけでも分かるよ。きっとスッゲェキラキラ光ってて、ピカピカに輝いてる街だったんだろうな」

瓦礫や横倒しになった車、爆発し黒焦げになった戦車などの近くには米兵や人間の一般人の亡骸の他、
サイクロプスやワイバーン、ゴブリンなどニヴルヘイム由来のモンスターの死体も無数に転がっている。
視界に生存者の姿はなく、またマップにも青色の光点は表示されていない。
無慈悲かつ徹底的な虐殺の後。『星蝕者(イクリプス)』の仕業に違いない其れに、ガザーヴァは眉を顰めた。

「……壊される前に来たかったな」

ぽつり、と呟く。
一巡目の世界で自分の終焉の地となった、アコライト外郭。
そこから先の世界を見る、それを何よりの楽しみとしていたガザーヴァだ。
世界の境界を飛び越えてアルフヘイムでもニヴルヘイムでもない世界に行くというのは、
きっとさぞかし心躍る気持ちであったことだろう。
だというのに、視界に入るのは一面の破壊の跡ばかり。落胆するのも無理からぬことだろう。

「管理者としての力を用いれば、破壊される前の状態に戻すことも出来るのではないか?
 それこそ『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』の技術を応用するなどしてじゃな。
 師父ローウェルをお止めし、侵食を取り除くことが出来さえすれば、そういった研究も出来るようになるであろうよ」

エカテリーナが仮説を口にする。
消えゆくデータを丸ごとバックアップしコピーできるくらいなら、
街ひとつのデータを破壊される前に復元することも可能なのでは、と言っている。

「そーだよな。ん! じゃあ、サッサとスクラップどもをやっちゃって!
 クソジジーもバーン! って吹っ飛ばして! このキレーな街、元に戻そーぜ!
 この街はミズガルズいちのカジノの街だったんだろ?
 んじゃ、一切合切終わった暁にはカジノでギャンブル三昧だー!」

「これこれ、カジノで遊ぶと申しても、元手がなければ遊べまい。
 ミズガルズでルピは使えるのか? クリスタルは? でなければ妾たち、素寒貧ぞ」

「んーなの、どーとでもなるって!
 それこそ石油王に頼んで、管理者メニューでサイフの中身いじってもらえばさ!」

なー! と明神の方を振り返って笑う。
管理者メニューで所持金を設定できるのなら、そもそもカジノで稼ぐ必要などないのでは? と思ってはいけない。
ガザーヴァにとっては明神と一緒にカジノで遊ぶ、それが一番重要なのだから。
がんばるぞー! と槍を高々掲げ、元気いっぱいに鬨の声を上げる。
まるで、これから数十万の『星蝕者(イクリプス)』を相手に絶望的な持久戦を展開する身とは思えない。

「ま……何か目標を持つということは善いことじゃな。
 目的のため、何としてでも生き残らねばという気になる。
 何にせよ――先ずは連中を何とかせぬことには始まらぬが、な……!」

小気味よさそうに笑うと、エカテリーナは軽く肩を竦めた。
そして、長煙管を手に空を仰ぎ見る。
視線の先には、既に十騎ばかりの『星蝕者(イクリプス)』が出現していた。

「……やっと出てきたのね。
 建物の中に閉じ籠って、ブルブル震えてるだけの相手じゃ埒もないと思っていたんだけれど――
 死ぬ覚悟が出来た、ってことかしら?」

穂先がビーム刃になった長大な槍を持ち、中華風の意匠を加えたセーラー服を着たお団子髪の少女が、
すう……と音もなく地上へ降り立つ。
『星蝕者(イクリプス)』側には他にも日本刀持ちや巨大なドローンのようなプロペラ付きの機械に乗った少女などもいる。
姿はずいぶん異なるが、皆SSSの七つのクラスいずれかに相当するキャラクターたちなのだろう。
どうやらキャラメイクはオープンワールドRPGばりに自由らしい。

「ヘッ。そりゃこっちの科白だってーの。
 ザコを殺して最強気取りのテメーらに、ホントの最強ってのがどういうモンか教えてやるよ!
 お代は――テメェらの命でなァッ!」

狂暴な笑みを顔にへばりつかせ、ガザーヴァは上空の少女たちを挑発した。

83崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/04/12(金) 00:28:05
「ははッ! 久しぶりの運動だァ! 明神――ボクは『遊ぶ』ぜえッ!
 命令はその後にしろよな!」

戦術も作戦もあったものではない。
ドンッ! と土煙を立て、ガザーヴァが槍をしごいて『星蝕者(エクリプス)』へと襲い掛かる。
槍使い以外の『星蝕者(エクリプス)』が散開する。が、戦闘は仕掛けてこない。
SSS側にとっても、これは初めての『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』との戦いである。
先ずは相手がどれ程の実力を持っているのか、どのような戦い方をするのかを見極めたいということなのだろう。

「オォラァァッ!!」

ガザーヴァが空中から大振りに暗月の槍を振り下ろす。
槍使いの少女――クラス・シューティングスターは半身をずらすと、苦もなくそれを避けてみせた。
しかし、ガザーヴァの攻撃は終わらない。卓越した身体能力をフルに発揮し、矢継ぎ早に刺突や斬撃を繰り出してゆく。
それに負けじとシューティングスターも迎撃に打って出る。互いの槍が幾度もぶつかり合い、
激しく競り合うように火花を散らす。
高く跳躍し、柔らかな肢体を縦横に躍動させてのそれは、まさしく達人同士の戦いだ。
人知を超えた戦闘能力の持ち主同士の戦闘は、それ自体がまるで示し合わせた演舞のように華麗で、目を瞠るほど美しい。

「ボクの動きについて来られるなんて、ちょっとはやるじゃねーの。褒めてやんよ」

「……フン」

愉しげに笑うガザーヴァに対して、シューティングスターはあくまで無表情を貫いている。
が、といって何も感じていないという訳ではないらしい。鍔迫り合いから一旦間合いを離すと、
槍使いは今までに倍する速度で手数を増やしてきた。

ボッ!!

「おっ?」

ガザーヴァが一瞬驚いた表情を見せる。
ビーム刃での薙ぎ払い二連に、六本の小型槍を展開しての多重攻撃。波動を纏いながらの強烈な突撃。
目にも止まらぬコンビネーションだ。そのどれもが必殺の威力を秘めている。
出力を上げたシューティングスターのビーム刃から発せられる熱気が、明神のところにも伝わってくることだろう。
今までの一進一退の攻防から一転、ガザーヴァは瞬く間に防戦一方の状況に追い込まれてしまった。

「おっととっとっとっ! アブネーアブネー!」

ガザーヴァの米神を汗が伝う。
巧みに暗月の槍を取り回し、柔軟な肉体を駆使して防御と回避を成功させているものの、
攻撃までにはまったく手が回らない――といった状態だ。

「ふ……、手も足も出ないでしょう!? 旧作のボス敵程度が、身の程を知りなさい!」

ドッ! ドドッ! と大気をどよもしてシューティングスターがラッシュを続ける。
ガザーヴァはそんな相手の一挙手一投足にピジョンブラッドの双眸を向け、ただただ回避に専念しているように見えた。
状況は圧倒的に不利だ。いかなガザーヴァでもいつかは集中力が途切れ、体力が尽きて致命的な一撃を貰ってしまう。

「そろそろ頃合いかしら……! ――さあ、死になさい!」

「うわぁ! もうダメだー!」

今まさにガザーヴァへとどめ刺そうと、シューティングスターが全身にオーラを纏っての突進を繰り出してくる。 
穂先を前方に構え、蒼白いオーラの尾を引いて飛翔するその姿はまさしく流星、シューティングスターだ。
ガザーヴァは哀れっぽく悲鳴を上げた。そしてガザーヴァは成す術もなく『星蝕者(エクリプス)』の槍に貫かれ――

……たりは、しなかった。

「――なワケねーだろ、バーカ」

突進してくる死の流星を真正面から迎え撃つと、ガザーヴァは大きく上体を捻って身構える。
そして少女の突き出す槍を紙一重で躱すと、絶妙のタイミングでその喉元にカウンターの右ハイキックを叩き込んだ。

「ごっ!?」

まったく予期せぬ反撃に対処するいとまもあらばこそ、
シューティングスターは自らの突進のスピードもそのままに、喉元へ炸裂したガザーヴァの右脚を支点に勢いよく一回転すると、
ダダァァァンッ!! と地響きを立てて地面へうつ伏せ叩きつけられた。
信じられない光景だった。様子見を気取っていた『星蝕者(イクリプス)』たちは皆、呆気に取られている。
中でも一番信じられないのはシューティングスター自身だろう。盛大に吐血し、がりり……と地面に爪を立てる。

「ガハッ! ……い、いったい何が……」

「オイオイ、頭コカトリスかよ。三歩動いたら聞いたコト全部忘れんのか?
 ボクは『遊ぶ』って言ったんだぜ?」

相変わらず天秤棒のように槍を両肩で担ぎながら、ガザーヴァが呆れたようにシューティングスターを一瞥する。

「遊ぶ……ですって……?」

「せっかくのオモチャ、すぐぶっ壊しちゃったら面白くねーじゃん。
 でももういいや、分析も終わったし……オマエの攻撃は全部見切っちゃったからさ」

もう引っ込んでいいぞ、とばかり、シッシッと右手を振る。

84崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/04/12(金) 00:33:48
「……見切った? 見切った、と言ったの?
 この私の攻撃を? 最強の『星蝕者(イクリプス)』の攻撃を……?」

「おーよ」

「ふざ……けるなァァァッ!」

シューティングスターは奇襲の痛手もまったく感じていないような素早い動きで起き上がると、
端正な面貌を憤怒に歪めてガザーヴァへと飛びかかった。
先程の戦いで見せた怒涛のラッシュに輪をかけた激しい攻撃は、あたかも流星雨のよう。
が、当たらない。
破壊の嵐めいたシューティングスターの攻撃が、まるで功を成さない。
先程まではガザーヴァが防御行動を取る程度には当てられていたのだが、今はそれすらない。
しかも、ガザーヴァは必死なふうでもない。鼻歌交じりにシューティングスターの猛攻を往なしている。

「なっ」

言ったろ? とガザーヴァがにんまり笑う。
どうやら、見切ったというのはガザーヴァ流のブラフでも何でもない、紛れもない事実らしい。

「お、おのれェェェェッ!」

「何回やったって無駄だって……の!」

侮辱され、激怒したシューティングスターが槍を突き出す。しかしガザーヴァはそれを予想通りとでもいうように先回りすると、
穂先ではなく槍の石突で横殴りにシューティングスターの左頬を痛撃した。
まるで未来視、予知能力でも持っているかのような反撃の手際に、シューティングスターは再度攻撃をまともに受けると、
横回転しながら吹っ飛んだ。
どしゃり、と音を立て、SSSの槍使いは地面に横倒しになるとそのまま動かなくなった。
そして、その姿が武器の槍もろとも霧のように掻き消える。

「ンー。鹵獲作戦は無理かぁー。ま、そりゃそーだよな」

つまらなそうに呟く。戦いは序盤こそ『星蝕者(イクリプス)』優勢かに思われたが、
終わってみればガザーヴァの完全なワンサイドゲームだった。
どうして、こんなことになったのか。

「ふん、旧作のキャラだからといって舐めて掛かるからこうなる。
 次は私だ、格の違いというものを見せてやろう」

「いーぜ、いーぜぇ。
 明神、コイツの動きをよぉーく見てろよ。そしたら、コイツらの弱点がすぐ分かるハズだから」

様子見していた『星蝕者(イクリプス)』のひとりが前に進み出る。ガザーヴァは連戦だが、まったく疲労の色はない。
むしろウォームアップが終わった程度だ。
そして――シューティングスター戦と同じように最初は防御と回避に徹し、少しすると攻勢に転じて、
最終的にはやはり『星蝕者(イクリプス)』に一撃の有効打も許すことなく完封してしまった。
ドシャア! と音を立て、次鋒が沈む。『星蝕者(イクリプス)』たちは声もない。

「分かったか? 明神?」

槍を地面に立て、ガザーヴァが明神の方を見る。

「コイツら、攻めのパターンが少なすぎンだよ。バリエーションに広がりがなくておんなじ技ばっか使ってくるから、
 それさえ見切っちまえば当たるワケねー、ってコト!」

大抵のアクションゲームにおいて、初撃――攻撃の起点のモーションはキャラクターごとに固定で決まっている。
そこから弱攻撃に行くか、強攻撃に派生するか、必殺技を繰り出すかでコンボを組み立てていくわけだが、
SSSは爽快感を重視したゲーム性のためゲーム初心者でもボタンを連打しているだけでコンボができるようになっている。
システム上、格闘ゲームのようにありとあらゆる状況から技を選択して、という形には成り得ないのだ。
結果、どうしても攻撃が単調になる。ガザーヴァはそれを看破し、完璧に凌いでみせた――ということらしい。
 
「ミズガルズの人間たちやウチのザコ相手ならそれでも良かっただろうケド、ボクには通じないぜ。
 ひとりひとりなんてまだるっこしい、全員でかかってこいよな!
 ボクはレイド級なんだよ、レイド級ってのは元々、一対多で戦うようにできてンだ。
 そら……人間相手に無双してたオマエらに、今度は――ボクが無双してやンよ!」

暗月の槍を構え、さも愉快げに不敵な笑みを浮かべると、
ガザーヴァは『星蝕者(イクリプス)』を前に啖呵を切ってみせた。

85崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/04/12(金) 00:40:28
「先程は不覚を取ったが……。此度はそうは行かぬぞ。
 妾の虚構魔術、その精髄を見せてくれよう!」

エカテリーナがおもむろに長煙管を吸い、紫煙を吐く。
魔力を含んだ紫煙は瞬く間に周囲へ拡散すると、まるで霧のように皆の視界を覆った。
明神の得意とするスペルカード『迷霧(ラビリンスミスト)』に似ているが、ただ視認性を悪くするだけでは終わらない。
エカテリーナの煙は中にいる者の目を惑わせ、自分以外はすべて敵であるかのように誤認させてしまう。
結果、『星蝕者(イクリプス)』たちは同士討ちを始めてしまうことになる。
難点といえば『星蝕者(イクリプス)』だけでなくアルフヘイム側にも効果が及んでしまうという点だが、
煙の有効範囲にいるのがガザーヴァだけなら問題はない。元々自分以外は全員敵である。

「……どうやら、連中に此方の魔術へ抵抗(レジスト)する術はないようじゃな」

ふぅっ、と紫煙を吐き、エカテリーナが状況を観察する。
煙の範囲内に入っている『星蝕者(イクリプス)』たちは例外なく虚構魔術の影響を受け、
少なからず同士討ちを始めてしまっている。
その混乱に乗じてガザーヴァが怯んだ者たちを狩って回る。効果は抜群のようだった。
同様、明神の持つ妨害に特化したスペルカードも命中すれば十全な効果を発揮する。
SSSは3DアクションRPGである。従って純粋なRPGであるブレモンと違い、
デバフ効果を齎す地形やトラップは基本的に『回避する』という方式で防ぐしかないのである。
ひょっとしたらそういったアイテムも存在するのかもしれないが、
見たところこの場にそういった物を持ち込んでいるプレイヤーはいないようだった。
事前にネットで攻略法を見ていたり、攻略本をあらかじめ読んで対策を練っていない限り、
特殊効果を打ち消すアイテムというものは、基本的には一度負けて再戦する際に二の轍を踏まぬよう持ち込むものであろう。
スペルカードや魔法によって行動を阻害された『星蝕者(イクリプス)』の攻撃ならば、
一般人の明神であっても回避や防御は容易だろう。手駒にはヤマシタもマゴットもいる。

「最初はヤベー連中が来たと思ったケド……なーんだ、大したコトねーなァ! あっははははははッ!!」

自分のターンとばかりに縦横無尽に跳ね回り、気持ちよさそうに槍を振り回して敵を駆逐しながら、ガザーヴァが笑う。
ガザーヴァが『星蝕者(イクリプス)』を倒すたび、まるで雲霞のように後続のプレイヤーが参戦し、襲い掛かってくる。
だが、その誰もガザーヴァを倒すことは出来ない。どころか皆、
ガザーヴァの槍や暗黒魔法によって蚊トンボか何かのように墜とされてゆく。
確かに、『星蝕者(イクリプス)』は恐るべき手合いである。
その力は通常の人間やモンスターを遥かに凌ぎ、命を容易く蒸発させる超兵器を持っている。
が、その反面リリース前のβ版ということでプレイヤーに技術の蓄積がなく、
スキルや武器の解析も進んでいない。
何より、『星蝕者(イクリプス)』たち自身がおのれの力を使いこなせていない――。
反面、ブレイブ&モンスターズ! はフォーラムやWiki、各種動画によって徹底的な分析や研究が行われ、
モンスターやスキル、アイテムの性能をほとんど完全に発揮することが出来るのだ。

「く、くそッ、どういうことだ……!? 先程とは動きがまるで別物だ!
 チートでも使ってるのか!?」

『星蝕者(イクリプス)』のひとりが混乱の中で呻く。
緒戦で敗北したイブリースやエカテリーナらのことを言っているのだろうが、
単に彼らは初めて対峙した『星蝕者(イクリプス)』の手の内が分からず、わからん殺しで遅れを取ってしまっただけなのだ。
何も、兇魔将軍や十二階梯の継承者の実力が『星蝕者(イクリプス)』より劣っているという訳では決してない。
だから。

充分な準備と冷静な判断力、今までの長い旅で培ってきた経験を用いれば、
決して『星蝕者(イクリプス)』は倒せない相手ではないのだ。
尤も、それは一対一や少数と戦った場合である。何せ、SSS側には50万人とさえ言われる圧倒的な頭数がいる。
少数の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』だけでは、とても太刀打ちできるものではない。
だからこそ。

「明神、頼むぞ。此処に居る者ども、皆アンチにするのじゃろう?」

新たな虚構魔術で更に戦場を混乱状態に陥れながら、エカテリーナが明神を見る。
そして長煙管を軽く振ると、明神に魔法を付与する。
『扇動(アジテーション)』――魔力で拡声し広範囲に声を届ける魔法だ。

「この者たちが一斉にSSSを見限り、撤退する様はさぞかし壮観であろうな。
 師父の呆気に取られた顔が目に浮かぶわ……そら、見事為遂げてみせい!」

同士討ちを恐れてか、『星蝕者(イクリプス)』たちは煙の中での攻撃を手控えしている。
皆が皆戦闘に集中している状態なら明神の声も届かないかもしれないが、
今ならばきっと有効に作用することだろう。
そして、首尾よく明神のプランが成功すれば、SSS側の戦力を大幅に削減することが出来る。

百騎以上いる『星蝕者(イクリプス)』の視線が、明神へと集まった。

86崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/04/12(金) 00:46:12
カザハとジョンは青い光点のもっとも多いフレモント・ストリート・エクスペリエンスの人命救助を担当することになった。

《地下道を通って、ストリート内の青い光点……アルフヘイムとニヴルヘイム由来の人々を、
 このワールド・マーケット・センターへ避難誘導して頂戴。
 転移門はこちらで開くから、貴方たちは要救護者がいる場所まで行って、私に報告してくれればいいわ》

スマホの液晶画面でウィズリィがふたりに指示する。
大量の避難民を、地下道をいちいち歩いて誘導し搬送するというのは想像を絶するほど骨が折れる仕事だが、
ウィズリィが転移門を任意の場所に出現させられるというのなら話は早い。
薄暗く臭い下水道を歩き、マップ上の青い光点が密集している場所へ赴く。
地下駐車場を経由して大きなリゾートホテルのひとつに入り、エントランスに到着すると、
ホテルの宿泊客らしい人々が身を寄せ合って外の爆発音や震動に怯えているのが見えた。

「あ……、あんたたちは……?」

明らかに普通とは異なる人間が魔物を率いて現れたことに対して、人々が怯えた反応を見せる。
しかし、ジョンやカザハが説明すれば、もっと安全な場所があるということで皆おとなしく指示に従うだろう。

《転移門を開くわね》

ウィズリィが管理者権限でエントランスに転移門を開く。
門を潜れば、ホテルからマーケット・センターまで一瞬で移動することが出来る。
マーケット・センターのブレモン世界大会会場などは避難所にはもってこいだろう。
ぞろぞろと人々が列をなして転移門を潜ってゆく。
一軒目のホテルの救助が完了すれば、次の場所だ。転移門を消し、
ジョンとカザハはまた下水道を通って別のホテルや建物に行くという行動を繰り返すことになる。
そうして、マップに標示された青い光点の半分ほどを救助し、また下水道を移動していると、

「おやおやおやぁ〜?
 ドブネズミみてゃぁーに下水道を伝って悪さしとるヤツがいると思ったら――」

不意に、非常灯の微かな光に照らされた下水道の中で、声が聞こえた。

「アンタらかにゃ。アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たち」

「よーっ! こんなトコでまで会うだなんてキグーだなぁー! ははッ!」

見れば、狼耳にふさふさした尻尾の女と、ごつい籠手に脛甲を装備した短躯のホビットが前方に立っている。
十二階梯の継承者『詩学の』マリスエリスと、『万物の』ロスタラガム。

「ナルホドにゃァ……『星蝕者(イクリプス)』の寄り付かない下水道を使って人命救助とは、
 なかなか考えたもんだにゃ。
 ただにゃぁ……そんな小細工、アタシたちには通用しにゃーて。
 アタシもロスやんも、地下を通るのは得意だで」

ロスタラガムが能天気にカザハたちへ右手を大きく振り、マリスエリスがゆっくり狼咆琴(ブラックロア)に触れる。
マリスエリスは吟遊詩人の他に斥候(スカウト)、暗殺者(アサシン)のスキルを持っているし、
ホビットであるロスタラガムは元々大地の精霊ノームの眷属で地下にはめっぽう強い。

「そーゆーコトだ!
 でもさ、よかったー! 師匠のめーれーでこの世界に来たんだけど、何が何だかわかんなくてさ!
 イスリクプ? ってやつらも、おれたちのいうことぜんぜん聞いてくれないし……。
 おもしろくないなーっていってたんだよ! なー、エリ!」

「ちょっ、ロスやん! そういうコトはペラペラ喋ったらいかんでしょぉ!? 連中は敵だがね!」

「えー? そうなのか?」

シーッ! と右手の人差し指を口許に立てるマリスエリスに対して、ロスタラガムはキョトンとしている。
INTの著しく低いロスタラガムにとっては、敵だとか味方だとかの概念はよく理解できないことらしい。
このふたりもローウェルによって何かに使えるかもしれない駒として地球へ連れてこられたのだろうが、
案の定と言うべきか別ゲーム由来の『星蝕者(イクリプス)』とは折り合いが悪く、苦労しているらしい。

「とっ……とにかく、おみゃーさんらを見つけてまった以上、見過ごすことはできにゃぁンだわ。
 大人しく観念してちょぉ?」

気を取り直したマリスエリスがパチン! とフィンガースナップを鳴らすと、
その途端虚空に『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』が出現する。
むろん、遭難者救助のためのものではない。門の奥から、凄まじいまでの殺気が溢れてくる。
そうして――門を通り、やがて二十名ばかりの『星蝕者(イクリプス)』がジョンたちの前に現れた。

「こんなところに隠れていたとは……地上をいくら虱潰しにしても、下らない雑魚しか出てこない筈ですね」

スチームパンク風の意匠のセーラー服にとんがり帽子、表紙に多数の歯車のついた分厚い書物を手にした少女――
恐らくは魔術師のクラス・ゾディアックが口を開く。

「でも、もう終わりですよ。ここには二匹だけですか? まぁ、物足りないですがいいでしょう。
 皆さん、スコアは早い者勝ちで……いいですね」

ちら、と背後の『星蝕者(イクリプス)』たちへ目配せする。
よかろう、だとかいいと思いまーす、などと他プレイヤーが発言する。『星蝕者(イクリプス)』にとって、
ジョンとカザハはスコア稼ぎをするためのターゲットにしか見えていないらしい。
それはあたかも、ブレモンのプレイヤーがモンスターの討伐数を競うときのように。

87崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/04/12(金) 00:50:40
「あ、あの……」

今にも攻撃を開始しようと『星蝕者(イクリプス)』が身構える中、マリスエリスが恐る恐るといった様子で声を掛ける。

「何ですか」

「え、ええと、その……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を見つけて、『星蝕者(イクリプス)』の皆さんに報告したのは、
 アタシたちだで……どうか、ナイ様にはよしなに……」

「褒美にありつきたいと? 浅ましい……やはり時代遅れの旧作のキャラは思考が低俗ですね。
 いいでしょう。忘れていなかったら伝えますよ」

「……あ、ありがとうございます……にゃ」

眉を下げて愛想笑いをすると、マリスエリスはロスタラガムを伴って後方へ退いた。

「さて。では、始めましょうか。誰が殺しても恨みっこなし――ですよ!」

ドンッ!!

『星蝕者(イクリプス)』たちが一気にジョンとカザハへ襲い掛かってくる。
その攻撃は相変わらず強烈だ。盲滅法に乱射される銃や、ライトセーバーじみた光刃をまともに喰らえば、
ブラッドラストで強化したジョンであっても大ダメージは免れない。カザハやカケルはもっとだろう。
ただし、冷静にその攻撃を見極めれば、決して避け切れないものではない。
また、狭い下水道での戦闘になったというのも『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』にとっては結果的に有利に働いた。
『星蝕のスターリースカイ』は自在にフィールド内を駆け回り、空を飛んでド派手なエフェクトの攻撃で雑魚を薙ぎ倒す、
爽快感重視のゲーム性であった。
従って、下水道のような狭いマップではどうしても動きが阻害され、性能を存分に発揮することが出来ない。
例えば多少のダメージを覚悟のうえで接近すれば捕えるのは不可能ではないし、殴り倒すことも可能だろう。
とはいえ、拘束までは出来ない。例え首根をひっ掴み、無力化に成功しても、
『星蝕者(イクリプス)』はすぐに掻き消えてしまう。
理由は簡単――プレイヤーがもはやこれまでと判断し、自らログアウトしたのだ。
当然、武器も拾って使うようなことは出来ない。確かにその場にはあるのだが、ジョンやカザハが触れることは出来ず、
やがて消滅してしまう。

「ええい、こんなβテストのエネミーにどれだけ手古摺っているんです!?」

ゾディアックが魔法の光弾を乱射しながら叫ぶ。
ジョンとカザハがどれだけ倒しても、『星蝕者(イクリプス)』はまったくその数を減らさない。
マリスエリスの出現させた『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』から、無尽蔵と言っていいほど続々と出現してくる。
このままではジリ貧だ。
『星蝕者(イクリプス)』のビーム刃の槍がジョンの左腕を穿ち、腹筋を光の剣が薙ぐ。
カザハの頬をレーザーライフルの閃光が掠め、カケルの胴に魔術の衝撃が炸裂する。
まるでハーメルンの笛吹きのように、新たな『星蝕者(イクリプス)』が列をなして続々と門から出現する。
一対一では『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』に分がある。が、敵には『数』という最大の武器がある。
『大軍に兵法なし』と言うように、単純な物量差はいかなる戦術や身体的優位をも凌駕するのである。
圧倒的多数を前に、ジョンとカザハに勝ち目はないように見えた。
せめて、もう少しだけでも味方が居れば――。

「……なぁ、エリ」

「何にゃ」

「いーのか? 加勢しなくて」

「アタシたちはあくまで『星蝕者(イクリプス)』の補佐にゃ。それ以上のことは越権行為だがね。
 それに、アタシらが加勢しなくたって『星蝕者(イクリプス)』が勝つに決まっとるにゃ」

「いや、じゃなくてぇー……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』にさ」

「はぁ? なんでアタシらが『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』に加勢なんて――」

突然の相棒の言葉に、戦闘範囲外で戦いを眺めていたマリスエリスが思わず声を荒らげる。
が、ロスタラガムは斟酌しない。

「だってさ、アイツらはおれたちとおんなじセカイの奴らなんだろ? でもイスリスプはちがう。
 んならおれたちも『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』に手ぇー貸してやったほうがいいんじゃないのか?
 エリだって、イクリスプは気に入らないーってゆってたじゃんか」

「……ロスやん」

マリスエリスはロスタラガムの前に屈み込むと、視線の高さを合わせた。

「もう、ブレモンは終わりなのにゃ。アタシらの世界は消滅する。それは神さまが……いんにゃ、
 神さまより偉い師父が決めたことなんだわ。
 『創世』の師兄も、『救済』の賢師も、師父には敵やぁーせん。みんな、みんな消えてまうがや。
 でもアタシとロスやんはそうじゃにゃあ。アタシらは生き残る……そして新しい世界に居場所を見つけてみせる。
 そのためには、今はあの『星蝕者(イクリプス)』やら、ナイやらの言うことを聞いとくしかにゃぁも」

「んー……」

世界は侵食に冒され、十二階梯の継承者は崩壊した。
そんな中、マリスエリスはロスタラガムと是が非でも生き残る道を選んだ。そのためにローウェルの走狗となり、
見返りにSSSに拾い上げて貰おうとしたのだ。
例え、他の何を捨ててでも。
そんなマリスエリスを、ロスタラガムは不得要領といった表情で見詰めていた。

88崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/04/12(金) 00:54:42
マンダレイ・ベイ・リゾートは天空を貫く塔ストラトスフィアを除き、ラスベガスで最も目立つ建物である。
東南アジアの黄金郷をイメージした、金色に輝く巨大なホテルは遥か遠くからでもよく見え、存在感を放っている。
世界的にも有名なリゾートホテルであるから、毎年何十万人という利用客が訪れるのだが、
今回もその例に漏れず多くの人間が利用し、その末にSSSの襲撃を受けていた。
ホテル本館に加えて多くの新館、プール、水族館にサーカス、アリーナ会場、ライブハウス等、
複合リゾート施設であるだけにその施設は多岐に渡っており、マーケットや病院なども併設されている。
ここを押さえることが出来れば、人命救助はもっと楽になるはずだ。
そんな巨大へホテルへ、なゆたとエンバースは地下街を通って潜入していた。

「来るよ、エンバース!」

地上に比べ、地下街を闊歩している『星蝕者(イクリプス)』の数はずっと少ないものの、
皆無という訳ではない。此方の姿を見ると、サーフボードのような物に乗った『星蝕者(イクリプス)』と、
黒衣に身を包み短刀を二振り逆手に持った暗殺者めいた『星蝕者(イクリプス)』が此方へ突っ込んでくる。
なゆたは身構えた。

「こんなに綺麗な街をメチャクチャにして……絶対に許さない!
 ポヨリン! スパイラル頭突き!!」

『ぽよよよっ!』

なゆたの号令一下、ポヨリンが弾丸のように『星蝕者(イクリプス)』へ肉薄する。
が、当たらない。『星蝕者(イクリプス)』の中でも特に速度と機動力に特化したクラスのキャラクターらしく、
屋外と違って行動に制限のある地下街でもまるで問題ないとばかりに俊敏に動き回っている。

「死ね……ッ!」

暗殺者めいた『星蝕者(イクリプス)』、クラス・ブラックホールがエンバースとフラウに飛びかかってくる。
素早い上に隙が少なく手数の多い攻撃は確かに脅威だが、しかしエンバースとフラウのタッグならば凌ぎ切ることが可能だろう。
攻撃の幅が少なく、起点がいつも同じモーションだというのも、数合打ち合えば理解できるはずである。
ブラックホールはコンビネーションの最後に自らの持っている両手のダガーをブーメランのように投擲する。
そして、ダガーが弧を描いて戻ってくるまで動けない。その隙を狙って攻撃することは難しくあるまい。
また、『火酒(フロウジェン・ロック)』を用いた攻撃やデバフ魔法などにも抵抗力がなく、
避ける以外に対処法はないらしい。
エンバースがブラックホールを倒すと、『MISSION FAILED』の表示と共にその身が装備品もろとも消滅する。
恐らく宇宙船の中にあるであろうベースキャンプ的な施設まで強制送還されたのだろう。
ワールド・マーケット・センター前で戦闘した相手と比べ、今の『星蝕者(イクリプス)』は明らかに動きに甘さがあった。
が、それは別に不思議なことではない。
50万人もプレイヤーが存在するのなら、上手な者と下手な者の差が顕著になるのは当然のことだ。
どうやら、最初に遭遇した『星蝕者(イクリプス)』たちはプレイヤーの中でも相当な上澄みであったらしい。
しかし――

「く、ぅ……!」

エンバースがブラックホールを倒した後も、なゆたはもうひとりの『星蝕者(イクリプス)』を相手に苦戦していた。
サーフボードに乗った『星蝕者(イクリプス)』――クラス・ネビュラノーツが素早いということもあるが、
それ以上になゆたの行動が精彩を欠いている。

「ッ、『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』プレイ……!」

ネビュラノーツがポヨリンに体当たりを仕掛ける。
なゆたはなんとかスペルカードを発動し、ポヨリンを鋼の塊に変えて凌いだが、
いつもならばもっと余裕を持って対処できていたはずだ。
エンバースが加勢すると、ネビュラノーツはすぐにエンバースとフラウへ標的を変えた。
弱い相手と戦うよりも、強い者を倒した方がスコアが稼げる――とでも思っているのだろうか。
ネビュラノーツの強みはまるでサーフィンでもするように空中を縦横無尽に翔ける機動性と、そこから放たれる衝撃波である。
まるでひとりだけシューティングゲームでもやっているかのように、
ネビュラノーツのサーフボードの先端から衝撃弾が放たれ、マシンガンのように掃射してくる。
だが、高い機動力と俊敏性を獲得した代償として、サーフボードを駆る本体そのものはそこまで高性能ではないようだった。
一旦捕まえてしまえば、ネビュラノーツをサーフボードから引き摺り下ろすことは容易い。
得物を喪失した『星蝕者(イクリプス)』は、そこで終わりだ。すぐに『MISSION FAILED』という文字列が表れ、
フィールドから消滅した。

「あ、ありがと、エンバース……。助かっちゃった」

戦闘終了後、なゆたがエンバースに礼を述べる。

「チョコマカ動き回る敵って、そんなに闘ったことなかったから……。
 わたし、アクションゲーム苦手なんだよね。っていうかそもそもゲームを本格的に始めたのなんて、
 ブレモンが初めてだったし……」

あははと元気があるように振る舞い笑っているものの、その表情には疲労の色が濃い。
ポヨリンが心配そうに寄り添うのをひと撫ですると、なゆたはスマホをポケットに仕舞った。

「……大丈夫だよ、なんともない。
 これから、沢山やらなくちゃならないことがあるんだから……頑張らなくちゃ。
 エンバース、行こう。大勢の人たちが困ってる。救助の手を求めてるはずだから――」

なゆたは地下街の前方を右手で指すと、長い髪とマントを揺らして歩き始めた。
さらり……と、またほんの僅かに金色の粒子を零して。

89崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/04/12(金) 00:58:08
マンダレイ・ベイに到着し、エントランスホールに入ると、
やはりそこには『星蝕者(イクリプス)』の攻撃から逃れてきた人々が大勢避難していた。

「皆さん、落ち着いてください! これから皆さんを安全なところに誘導します!」

避難している人々に大声で説明し、次いでウィズリィに頼んで転移門を開けて貰う。

「二列に並んで、落ち着いてゆっくり進んでくださーい!」

ぞろぞろと人々が転移門を潜ってゆく中、懸命に誘導を試みる。
だが、素直に指示に従う者ばかりではない。中には我先にと他の人間を押しのけて門を潜ろうとする者もおり、
そういう人間はなゆたでは手に負えずエンバースに協力してもらう他なかった。
また、怪我をしている者や足腰の弱い老人もいる。
なゆたはそういった者を見かけるたびに駆け寄り、インベントリの中からあらかじめ用意していた救急キットを使って、
負傷者に簡単な応急手当をしたり、しきりに声を掛けて励ましたりした。

「大丈夫、絶対にみんな助けてみせるから……。
 だから元気出して。全部、救って……ハッピーエンドに……」

そう言って怪我人を慰めながら、包帯を巻く。
ぽた、ぽた、と額から顎を伝い、汗が点々と床に落ちる。
なゆたの顔は蒼白だった。これではどちらが要救護者なのか分かったものではない。
といって、避難誘導を疎かにすることもできない。普段はなゆたに寄り添うばかりで基本的に何もしないエンデまでが、
主人の体調を見兼ねて誘導のため徒列整理に当たっている。
そんな中。

「お、お願いです……息子を、息子を探してください……!」

五十代くらいの女性が、不意になゆたとエンバースにそんなことを言ってきた。
話を聞くと、持病のあるその女性のため薬を手に入れようと、
息子がマンダレイ・ベイに併設されている病院区画へ薬を手に入れるために単身行ってしまったのだという。
ホテルも病院も建物内で『星蝕者(イクリプス)』は侵入できないが、
両者を繋ぐ通路はその限りではない。
もしその息子が病院への移動中、『星蝕者(イクリプス)』に見つかっていたとしたら――。

「……わかりました。おばさんはここで待っててください。
 わたし、すぐに見つけて……きます……!」

なゆたは即答した。
しかし、体力が精神に付いて来ない。病院へ続く連絡通路に足先を向けるも、すぐにふらりと大きくよろめくと、
エンバースの胸に身体を預けるように崩れ落ちた。

「ぅ……」

熱がひどい。よくも、こんなコンディションで人命救助などと言ったもの――といった状況だ。
救護が必要なのはなゆたの方である。
だというのに、なゆたはエンバースの腕を掴むと、なんとか立ち上がって自力で歩こうとする。

「ゴメン……ちょっと、眩暈がしただけ……。
 何も、心配いらないから……早く、おばさんの息子さんを……探しに行こう……」
 
はぁはぁと浅く短い呼吸を繰り返しながら、なゆたは立ち上がろうと無駄な努力を繰り返す。
探し人も重要だが、その前になゆたの治療をしなければならないだろう。

「早く……、早く……行かな、きゃ―――」

なんとか気力だけで意識を繋ぎ止めていたものの、それさえもやがて尽きたらしく、
なゆたはエンバースの腕の中でかくり、と項垂れると、意識を失った。

「……ここは僕たちが受け持つ。だから、エンバースはマスターを病院へ。
 病院には医師もいるだろう。ミズガルズの医療が今のマスターにどれほど役立つかは分からないけれど」

エンデがエンバースに提案する。
といっても、エンデとポヨリンだけでは大勢の人々を御するには限界がある。
今はひとりの頭数でも欲しい。フラウもここへ置いてゆくことになるだろう――つまり。
エンバースは、ひとりでなゆたを病院に連れて行かなければならない。
しかもその道中には『星蝕者(イクリプス)』が徘徊している可能性が高く、見つかれば戦闘は避けられない。
けれど。それでも。

崇月院なゆたの命運は、エンバースに委ねられた。


【三隊に部隊編成してそれぞれ作戦開始。
 明神・ガザーヴァ・エカテリーナ組:ザ・ストリップ
 カザハ・ジョン組:フレモント・ストリート・エクスペリエンス
 なゆた・エンバース組:マンダレイ・ベイ
 
 明神の時間稼ぎのため、ガザーヴァとエカテリーナが『星蝕者(イクリプス)』と対峙。
 ジョンとカザハ、マリスエリス&ロスタラガムと遭遇。大量の『星蝕者(イクリプス)』と交戦。
 継承者二名には思うところがある模様。
 なゆた昏倒。】

90embers ◆5WH73DXszU:2024/04/21(日) 06:01:41
【ポジティブ・キャンペーン(Ⅰ)】

《それじゃ、こういうのはどうかしら。
 ジョンさんの言う通り、チームはスリーマンセルが三つ。
 ナユタとエンバースさん。カザハとジョンさん。それからミョウジンと――》

『別に『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』でペアになんなきゃダメってワケでもねーだろ。
 トーゼン、ボクは明神についてく。明神だろ、ボクだろ、んでマゴット!
 それでスリーマンセル成立だ。ヤマシタとガーゴイルはいつでも呼び出せるから除外で』

「そうとも。別にブレイブだけで固まる必要はない。ならイブリースをそこに混ぜても当然、問題ないよな」

《んん……、何かバランスが悪い気がするわね……。
 それに、マゴットもミョウジンのパートナーモンスターでしょう?》

『細かいこと言うなよな魔女子。別にそれでいーじゃん、戦力的にはボクたちチーム明神だけで充分!』

「とは言え、イブリースの戦闘スタイルは正直ヤツらと相性が良くなさそうだ。となると――」

エンバース=ガザーヴァの主張は何処吹く風――説得するよりさっさと結論を出してから丸め込んだ方が手っ取り早い。

『では、妾もザ・ストリップへ同道させて貰おうかの』
『ザ・ストリップはこの地で最大の激戦区。今現在うろついておる敵も多い。
 此方としても頭数は少しでも多い方がよかろう、どうじゃ? 明神』

「適任だな。それで決まりだ」

『え〜?』

『そんな顔を致すでない。
 人命優先で逃げながらの持久戦を展開すればよいモンデンキントやカザハらと違い、
 其方らは戦いながらアンチを増やす持久戦を展開せねばならぬ。
 ならば、必ずや妾の虚構魔術が役立つであろう。多数の敵を翻弄し手玉に取る、それが虚構魔術の真骨頂ゆえ』
 
「往生際が悪いぞガザーヴァ。いいか、こういう時は発想を逆転するんだ。
 ここは一度仕方なく折れてやった事にしておけ。実際はお前がひたすら駄々をこねてただけだが。
 とにかく一つ貸しにしておく。するとその貸しが後々――」

エンバースの双眸が一際紅く煌めく。

「虚構魔術を用いた明神さんの複製体逆ハーレムになって返ってくるんだ。
 確かに、所詮複製は複製だ。だがそれはそれとして――
 沢山の明神さんに囲まれるのはきっと楽しいぞ。分かったらここは大人しく退け」

もっとも実際の虚構魔術はエカテリーナ自身が虚構を纏うというもの。
仮に群体の形成が可能であったとしても、その逆ハーレムは甚く虚しいものになる。
が――しかしその虚しさこそが虚構魔術の妙味なのかもしれないなと、エンバースは勝手に納得してそこで話を打ち切った。

《うん、それならバランスもいいんじゃないかしら。どう?ナユ――》

「……どうした?まだ何か気になる点でも――」

視線を隣のなゆたへ――彼女は目を閉じて、小さく寝息を立てていた。

『……寝かしておいてやろうかの』

「正直あまりいい兆候ではないけど……そっとしておくって事には同意見だ」

91embers ◆5WH73DXszU:2024/04/21(日) 06:02:15
【ポジティブ・キャンペーン(Ⅱ)】

ブレイブは勇気というステータスでその性能を向上させる。
アルフヘイムのブレイブ一行はそのシステムを何度も体現してきた。
ただの日本生まれの一般人達が幾多の戦場を乗り越えて、今や世界を救うか否かの分水嶺にいる。

とりわけ崇月院なゆたの勇気はずば抜けている。
何の確証もない「目覚め」とやらの為に死地へと飛び込んでいった。
管理者メニューの起動では通常でさえ命取りになる筈の取り立てを二人分受け持つ事もした。

その崇月院なゆたが「疲れ果てて、つい居眠りをしている」。
これはゲーム的に解釈すれば極めて単純な事実を示していた。
「勇気によってもたらされていた補正値を、積み重なった消耗がとうとう上回った」のだ。

問題は――その事実を認識する事は出来ても、変えようがないという事だが。

『私と兇魔将軍はこのワールド・マーケット・センターにいるわ。
 このラスベガスで一番大きな収容施設がここになるから、生存者はどんどんこっちに運んできて頂戴。
 怪我人がいれば治療するし、休ませる場所だってあるでしょう。
 道中、医薬品や治療道具、食糧……なんでもいいから、役立ちそうなものがあればそれも送ってくれると嬉しいわ』

「……その事なんだが、一つ考えがある。長くなりそうだから、色々一段落した後にでも話すよ。
 でも、そうだな……ひとまずここ以外の避難所になりそうな場所を探しておいて欲しい。
 ほら……どんなものでも予備があった方が安全だろ?」

エンバース=何やら思わせぶり。

《みんなのスマートフォンからも、マップを閲覧できるようにしておいたわ。
 それから、この回線も常時開放しておくから。生存者がいたら報告して頂戴。
 こちらから『門』を開いて、ワールド・マーケット・センターに収容できるようにするわ》

「待った、どうせなら俺達のスマホをこの世界のインフラに接続出来ないか?
 ローウェルの妨害を受ける度に通信が不安定になるんじゃ危なっかしい。予防策を取っておこう」

《スキャンしたところによると、このラスベガスにはメトロ――魔法機関車みたいなものかしら? が地下に走っており、
 地下街もあるわ。その下には更に下水道も存在している。
 地上を通らずとも、それらを使用すればラスベガス全体を行き来することは可能そうね。
 ただし――》

イクリプスは建造物――およそ街/マップとして認識出来そうなものは破壊出来ない。
ただし自動車や街灯といった「地形に属さないもの」は例外になる。
メトロや下水道はイクリプスの侵入可能区域――エンバースは腕組みをして思索に耽る。

『基本は下水道を通っていくことになりそうね。スラムがあるのだったかしら?
 ……エーデルグーテで私たちが『永劫』の賢姉に対抗していたときと同じようなものかしら。
 あのときも、私たちは聖罰騎士の手を逃れて信徒たちを隠し村へ保護するのに、地下に広がる万象樹の根を使っていたから』

「問題は、下水道は万象樹の根ほど聖なる感じじゃないって事だ。言い出しっぺの俺が言うのもなんだけど」

「作戦は決まりじゃな。
 ならば、善は急げじゃ。さっそく出立を――」

エカテリーナの視線の先=未だ眠ったままのなゆた。
ふと、このまま寝かせておいた方がいいのでは――そんな考えが頭をよぎる。
なゆたの疲労は既に限界だ。今の状態で十分なパフォーマンスが発揮出来るとは思えない。

しかし一方で、起こした方がいい理由にも心当たりがない訳ではなかった。
差し当たって――無断で置き去りにするのは不実であるとか、そうした理由が。
エンバースはなゆたが枕代わりにしている肩を小さく揺すった。

92embers ◆5WH73DXszU:2024/04/21(日) 06:02:27
【ポジティブ・キャンペーン(Ⅲ)】

『ぅ……ん、んん……。
 ……はっ!? わ、わたし、寝てた? ゴメン! こんな大事な話してるときに……!』

「おはよう。世界最強のブレイブ様の右腕の寝心地はどうだったか、後で聞かせてくれ」

『モンデンキント……貴方』

『大丈夫、大丈夫! 今ちょっと寝られたから、元気いっぱい! 体力マックスだから!
 ね、カザハ、わたし寝てる間に寝言とか言ってなかった? ヨダレ垂れてない?』

「やめとけ。空元気なのは見れば分かる」

『その状態で外へ出るのは危険だ。
 ……オレがお前の代わりに行く。お前はここで継承者と一緒に、生存者の保護に当たってくれればいい』
《そうね……。その方がいいかもしれないわ。みんなはどう?》

エンバースは何も言わない。どうする事が合理的なのかは一目瞭然で、わざわざ自分が言うまでもないからだ。
やめておいた方がいいに決まっている――それでも、なゆたは決意を示すかのように微笑んだ。

『ありがとう、みんな。
 わたし……行くよ。何があっても、ここは行く。後ろで待ってるなんて出来ない』
『マスター、でも』

エンバースは何も言わない。結論は既に出ている。お互いに――後はそれを示し合うだけだ。

『最後まで歩きたいんだ。みんなと、一緒に』
『……連れて行って。エンバース』

なゆたがエンバースの袖を掴む/己を見上げる瞳と目が合う。

「……ポヨリンさんがイブリースにやられて、お前がパーティを抜けると言い出した時。
 あの時俺達はみんなでお前を引き止めたよな。俺もそうした」

エンバースの口元が僅かに笑みを描いた――安心しろよ、と促すように。

「だから今更――やっぱり今回は一緒に行けないなんて言い出すのはフェアじゃないよな」

己の袖を掴むなゆたの右手を掴み返す/強く引き寄せる――まるでダンスの一幕。

「今度は俺が応える番だ。好きなだけ俺を頼りにしろ。どこへだって連れて行ってやる」

『やれやれ……これは梃子でも考えを曲げぬ覚悟じゃな。
 妾たちの知っておる『救済』の賢姉は、このような強情な御方ではなかった筈じゃが……』 
『そうね。いえ、むしろ引っ込み思案でほとんど自らの意見も出さなかったような』

――そりゃそうだ。だってシャーロットってGMのアバターだろ。自己主張激しいの普通に嫌だろ。なあバロール。
なんて考えがエンバースの脳裏をよぎる――が、言葉にはしないでおいた。どうせ上手く伝わりもしないだろう。

『そうかもね。でも、それって当たり前のこと。
 だって、わたしはシャーロットじゃない。あくまで普通の女子高生!
 モンデンキントこと崇月院なゆた、だから――』

『さあ――行こう!
 わたしたちの助けを待ってる人たちを保護して、『星蝕者(イクリプス)』も倒す!
 そして最後にはローウェルをやっつけて、ブレモンがまだまだ伸びしろのあるコンテンツだってことを教えてあげなくちゃ!』

「……早くも、さっきまでのしおらしさが恋しくなってきたな。
 おい、威勢がいいのは結構だが装備をちゃんとチェックしろよ。下水道だぞ、下水道。
 毒耐性のアクセで諸々レジスト出来ると思うか?クソ、半分生身に戻る前なら良かったんだが――」

93embers ◆5WH73DXszU:2024/04/21(日) 06:04:04
【ポジティブ・キャンペーン(Ⅳ)】


エンバース/なゆたの目的地=マンダレイ・ベイ・リゾート。
暫しマップとにらめっこをした結果、目的地へは地下街を通るのが最適と結論が出た。
下水道を想定した装備の選出は徒労に終わったが、その事をエンバースが残念に思う事はなかった。

そうして暫く無人の地下街を進んでいくと――いた。イクリプスが二人が行く手を阻んでいる。

「……ベータテストの最中にわざわざこんな地下街をほっつき歩いているって事は、お前ら浅パチャ勢だな。
 とりあえずマップのあちこち歩き回ってみようとか思って来たんだろ?
 いいと思うぜ、そういう楽しみ方もあるよな。邪魔するつもりはないぜ。ここは見逃してやるから――」

『来るよ、エンバース!』

「――最後まで言わせてくれよ。さっさと失せろって」

『死ね……ッ!』

「悪いな。生憎もう死んでる」

迫る剣閃/剣閃/剣閃――同じ数だけ響く金属音=防御音。

「もっともお前が俺を殺せないのは、別にそんな理由じゃないらしい」

不敵に笑ってみせる――ものの、やはりイクリプスは速い。
3DアクションRPGというシステムに保証されたスピード感はエンバースにとっても脅威だ。

受ける分にはどうにかなっているが――問題は攻めだ。
実力の拮抗を時に「先に動いた方がやられる」と表現するように、先手を取るという事は存外難しいものなのだ。
特にこの相手――イクリプス・ブラックホールは見るからにスカウト型=スピード特化。

一方で――ブラックホールはそんな事はお構いなしに飛びかかってきた。
影をも置き去りにするかのような鋭いステップイン/右から弧を描き迫る剣閃。
それらを弾く/受け流す/躱す――今度はさっきよりも際どい。

エンバースは困惑を禁じ得なかったからだ。
自分が遅れを取りつつあるから――ではない。
ブラックホールの二度目の攻撃が――初手の連撃と殆ど代わり映えしなかったからだ。
あえて隙を見せてカウンターを誘われているのかとも思った。
それでかえって防御が際どくなっていたが――どうもそうではなさそうだ。

再三、ブラックホールがエンバースへ迫る――剣閃を躱す/躱す/躱す。
やはり斬撃は単調=今度は一転、ダインスレイヴで受ける必要さえない。

そして連撃の最後=両手のダガーを投擲する――その直前。
両手を振りかぶる瞬間に合わせてエンバースは反撃に出た。
ダインスレイヴの横薙ぎ――半信半疑/小手調べ程度の一撃だった。

まさかこんな安直なカウンターが通る筈がない。
そう思いながら放った刃が――いとも容易くブラックホールの首を刎ねた。

「……なるほどな。イブリースは相性が悪かったか」

イブリースは足を止めて敵と正面から合する戦闘スタイル――つまり単純なステータスの差を押し付けられやすい。
同胞を守るべく進んで敵の的にならねばならない状況であれば尚更だ。
もっとも――今倒したブラックホールは恐らくイクリプスの中でも下振れの部類なのだろうが。

「なゆた、そっちは――」

『く、ぅ……!』

なゆたを振り返る/見るからに防戦一方/攻めに転じる兆しも見えない――見かねたエンバースが加勢に入る。

94embers ◆5WH73DXszU:2024/04/21(日) 06:04:17
【ポジティブ・キャンペーン(Ⅴ)】

「よう。お前のツレはもう落ちたぜ。どうやらお前ら、やられるとログアウトされるんだな。
 折角のベータテストをログイン戦争で終えたくないけりゃ――」

イクリプス・ネビュラノーツは聞く耳持たず仕掛けてきた。
サイバーチックなサーフボードを乗りこなす遊撃手タイプ。
サーフボードの先端から放たれる衝撃波の弾幕――別に大した攻撃ではない。
威力はさておきその性質はダークネス・クラスターと大差ない。
つまり――

「オーケイ。少し遊んでやるよ」

エンバースが弾幕に真正面から飛び込む。
弾幕の濃淡を見極め/その最も薄いルートを選び抜き/潜り抜ける――弾幕渡り。
無傷のまま/最短距離でネビュラノーツへと詰め寄り――右手のフィンガースナップを一つ。
指先から火花が散る/それがたちまち激しく燃え盛る――閃光と化す。
目眩まし=効果は覿面――サーフボードの制御を失ったネビュラノーツが地下街のあちこちに激突する。

「なるほど。そうなるのか――なら、これはどうだ?」

エンバースが胸部の炎に左手を突っ込む/引き抜く/蒼炎が尾を引いて溢れ出す。
炎が海月のように/魚のように宙を泳ぐ=低速/空間制圧型の弾幕――というだけではない。
空間を回遊する超高熱の炎は周囲の気温を跳ね上げるのだ。

「冷たいお飲み物はお持ちかな?出発前にちゃんと持ち物をチェックしてきたか?
 ……なるほど、なるほど。ちゃんと辛そうだな。こういうのも効くのか」

まじまじと敵の様子を観察するエンバース。
その視線に耐えかねたか、ネビュラノーツが再びサーフボードを急浮上。
炎魚の弾幕を撃ち落とす/同時に側面へと急速に回り込み――だが不意にサーフボードが急停止した。
動揺するネビュラノーツがどう足掻いてもサーフボードはその意に従わない。
何故=炎魚を目眩ましにして周囲に張り巡らせたフラウの触腕に絡め取られているから。

「さて、それじゃ最後に……」

無造作にネビュラノーツへ歩み寄る/サーフボードから蹴落とす。
そうして主を失ったサーフボードへ乗ろうとして――足を踏み外してつんのめる。
ややバツが悪そうにネビュラノーツを睨むと――彼女は既にフィールドから退去されつつあった。

〈装備の鹵獲は出来なさそうですね〉

「いや、まだ分からん。分かったのは完全に無力化されたイクリプスは装備ごと消えるって事だけだ。それより――」

『あ、ありがと、エンバース……。助かっちゃった』

「気にするなって。連れて行ってやるって言ったろ」

『チョコマカ動き回る敵って、そんなに闘ったことなかったから……。
 わたし、アクションゲーム苦手なんだよね。っていうかそもそもゲームを本格的に始めたのなんて、
 ブレモンが初めてだったし……』

「……これが終わったら、箸休めに何か別ゲーでもするか?ちょっと気が早いけど……
 みんなで出来るヤツでさ。それこそマイクラとか……お前はどうだ?何か気になるゲームとかさ――」

他愛のない/ぎこちない雑談――休憩時間の捻出を試みる。

『……大丈夫だよ、なんともない。
 これから、沢山やらなくちゃならないことがあるんだから……頑張らなくちゃ。
 エンバース、行こう。大勢の人たちが困ってる。救助の手を求めてるはずだから――』

「……ああ、それもそうだな」

空元気なのは分かっている――そして空元気だと隠せていない事を、なゆたも分かっているだろう。
それでもこうして意志を貫くのが、なゆたのアイデンティティだとエンバースはよく知っている。
そこに口を挟む事は出来なかった。

95embers ◆5WH73DXszU:2024/04/21(日) 06:04:33
【ポジティブ・キャンペーン(Ⅵ)】


『皆さん、落ち着いてください! これから皆さんを安全なところに誘導します!』

マンダレイ・ベイ・リゾートには事前の情報通り大勢の避難民がいた。
エンバースはあえて抜き身のダインスレイヴを持ち込んでいた。
突然の来訪者が良くも悪くも「異常」である事を手っ取り早く証明する為だ。
群衆の制圧には――慣れていた。一周目ではそうした事が必要な時も多々あった。

それはそれとして、マスターアサシンローブのフードは目深に。
体の左半分が焼死体の姿は余計な混乱を招くに違いない。

「聞いての通りだ。今から『門』を開く。見た目は少し悪いが――
 詮索はなしだ。誰も質疑応答に時間をかけたくないだろ?」

『二列に並んで、落ち着いてゆっくり進んでくださーい!』

群衆がなゆたの呼びかけに応えて動き出す――多目に見積もって、半分くらいは。
残りは――押し合いへし合いだ。一刻も早くこの場を離れたいと我先に門を目指す。

「……フラウ」

呼びかけを受けたフラウの触腕が踊る/群衆の間を駆け抜ける。
蜘蛛糸のごとく細分化した触腕/だがそれは紛れもなく竜の腕――ただの一般人が抗える筈もない。

「急ぐ気持ちも分かるけど……心配しなくていい。大丈夫だ。門は勝手に閉じないし、俺達は逃げない」

避難誘導はフラウに任せ周囲を見回す――なゆたは歩行も覚束ない傷病者などを援助していた。
が――遠目にも分かるくらいに顔面蒼白だ。

『大丈夫、絶対にみんな助けてみせるから……。
 だから元気出して。全部、救って……ハッピーエンドに……』

見かねたエンバースがなゆたの右腕を掴む/応急処置に割り込んで手早く済ませる。
怪我人を最大限穏やかに見送ってから、なゆたの両肩を掴んで目を合わせる。

「……おい、ここは俺達に任せて少し休め。自分でも分かっているだろうが……ひどい顔色だぞ。
 考えてもみろ。ずっとここで息を潜めて生き永らえて、やっと助けが来たかと思ったら、
 ソイツはへろへろで今にもぶっ倒れそう。お前ならどう思う」

意地を張るのはいい。それがなゆたをなゆた足らしめているならもう仕方ない。
だが――だとしてもこんな風に擦り切れていくのは見過ごせない。

「お前は十分よくやってる。けど、無茶をするなら……今じゃないだろ。
 ここぞという時に備えるんだ。一回休んだくらいで置いていったりしないから――」

『お、お願いです……息子を、息子を探してください……!』

不意に、視界の外から聞こえた懇願の声/縋り付く右手――エンバースは一度深呼吸をして、そちらを振り返る。
そこにいたのは初老の女性/事情=息子が医薬品を求め病院区画へ独断専行――嫌な予感がした。

『……わかりました。おばさんはここで待っててください。
 わたし、すぐに見つけて……きます……!』

「おい……!」

なゆたが即答/すぐに歩き出す/すぐによろめき倒れかける――エンバースがそれを支える。

96embers ◆5WH73DXszU:2024/04/21(日) 06:04:54
【ポジティブ・キャンペーン(Ⅶ)】

『ぅ……』

「クソ、言わんこっちゃない……」

『ゴメン……ちょっと、眩暈がしただけ……。
 何も、心配いらないから……早く、おばさんの息子さんを……探しに行こう……』 

「……どうしたんだ、お前」

エンバースは困惑を隠し切れない――なゆたは自分が一番よく分かってる筈だ。
最早虚勢を張って誤魔化し切れる状態ではない――むしろ虚勢を張る事すら出来ていないと。

『早く……、早く……行かな、きゃ―――』

振り絞るようにそう言って――なゆたは意識を失った。
エンバースは――かえって安堵していた。
こうならなければ、どう止めていいかまるで分からなかった。

『……ここは僕たちが受け持つ。だから、エンバースはマスターを病院へ。
 病院には医師もいるだろう。ミズガルズの医療が今のマスターにどれほど役立つかは分からないけれど』

「……少なくとも、回復魔法よりは希望が持てるかもな」

エンバースがダインスレイヴを己の胸部へ格納/なゆたを抱き上げる――病院区画へ歩き出す。

〈その状態で行くつもりですか?一度門の向こうに彼女を返して、病院で改めて――〉

「フラウ。これは見るからに時限イベントだ。それに――」

〈何か気の利いた事を言おうとしてるんでしょう。どうぞ〉

「茶化すなよ……明神さんはヤツらをSSSのアンチにしてやるって息巻いてたけど。
 アレで気がついたんだ。それって別に――逆でもいいよなって」

〈逆、ですか?〉

「そう。シンプルにブレモンが面白そうだって思わせてやればいいんだ」

〈……どうやって?彼らは敵ですよ?〉

「こうやるんだ」

なゆたを抱えたままスマホをタップ/タップ/タップ。
フラウが増殖/増殖/増殖――融合=ナイツロード・イミテーションを特殊召喚。
ダインスレイヴをフラウへ格納/魔力刃が触手のファイバーを通して全身へ循環――血管めいた真紅の模様が浮き上がる。

97embers ◆5WH73DXszU:2024/04/21(日) 06:05:14
【ポジティブ・キャンペーン(Ⅷ)】

エンバースはそのままマンダレイ・ベイの外へ。
周囲には――先ほどの交戦がきっかけで集ったであろうイクリプスのパーティ。
互いが双方を認識する/エンバースが胸部に収めたダインスレイヴを右手で掴む――弁を開くように捻る。

「邪魔だ。通してくれ」

イクリプスが一斉に襲い来る/エンバースの全身から蒼炎が溢れる/周囲に大きく渦を巻く。
描き出される紅と蒼の炎魚の群れ――高速/低速/周期性/誘導性/爆発型/炎上型/閃光型=彩り鮮やかな弾幕。
燃え盛る火柱がイクリプスの進路を制限/爆発性の炎魚は機雷の役割を果たす。
それらを嫌って炎魚の駆逐を試みれば――閃光型の「当たり」を引く事になる。
ただでさえ煌々と瞬く炎の魚群は眩く、イクリプスの――ひいてはそのプレイヤー達の視界にさえ負荷をかける。

〈それで?これでどうやってブレモンを好きにさせるんです?〉

そして、その火柱/爆炎/閃光で埋め尽くされた視界=クソカメラの中をフラウが暗躍/暗殺。

「いいんだよ、これで。堂々とこいつらを圧倒しろ――ああ、だけど一つだけ忘れるな」

エンバースがふと空を見上げる/戦場を見下ろす「視点」があるだろう方へ。

「最高にカッコよくカメラに映るんだ――思わず、このブレイブ&モンスターズをインストールしたくなるくらいにな」

イクリプスの襲撃の中を、エンバースはまっすぐ病院区画へと歩いていく。
駆け抜けたり、急ぎ足になる事さえしない。

「……ウィズリィ、みのりさん。俺の付近の生体反応を精査する事は出来るか?
 別にコイツらを全員やっちまってから、のんびり探してもいいんだけどさ」

どうせ、なゆたを運ぶだけでなく人探しも並行しなくてはならないのだ。
であればとことん優雅に、悠々と、徹底的に見栄え良くやり抜くまでだ。

98カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/04/27(土) 00:30:31
【カザハ】
>《それじゃ、こういうのはどうかしら。
 ジョンさんの言う通り、チームはスリーマンセルが三つ。
 ナユタとエンバースさん。カザハとジョンさん。それからミョウジンと――》

頭脳派のウィズリィちゃんが、戦略的に有効と思われる組み合わせを考案する。
飽くまで戦略的に有効と思われる組み合わせであり、他意は無い。ここ重要。

>「別に『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』でペアになんなきゃダメってワケでもねーだろ。
 トーゼン、ボクは明神についてく。明神だろ、ボクだろ、んでマゴット!
 それでスリーマンセル成立だ。ヤマシタとガーゴイルはいつでも呼び出せるから除外で」

>《んん……、何かバランスが悪い気がするわね……。
 それに、マゴットもミョウジンのパートナーモンスターでしょう?》

うーん、まあ、マゴット君も辛うじて人型だけど……!

>「ザ・ストリップはこの地で最大の激戦区。今現在うろついておる敵も多い。
 此方としても頭数は少しでも多い方がよかろう、どうじゃ? 明神」

>「え〜?」

継承者が同行してくれるというありがたい申し出を、あろうことか駄々をこねて拒否するガザーヴァ。

「あのさあ! 我儘ばっかり言わないの! 修学旅行の班分けじゃないんやで!?」

仲良しグループだけで組みたいとか、こんな時にまで何を言っているんだこの子わ!
いや、修学旅行の班分けでも「内輪で組みたいからお前くんな」みたいな排他的なこと言ったらアカンと思う!
あれ? なんでだろう、涙出てきた……。

「泣いちゃった!」

「やかましいわ!」

しかしエカテリーナさんはへこたれずに食い下がる。流石継承者、メンタルの強さも半端ない。

>「往生際が悪いぞガザーヴァ。いいか、こういう時は発想を逆転するんだ。
 ここは一度仕方なく折れてやった事にしておけ。実際はお前がひたすら駄々をこねてただけだが。
 とにかく一つ貸しにしておく。するとその貸しが後々――」
>「虚構魔術を用いた明神さんの複製体逆ハーレムになって返ってくるんだ。
 確かに、所詮複製は複製だ。だがそれはそれとして――
 沢山の明神さんに囲まれるのはきっと楽しいぞ。分かったらここは大人しく退け」

(楽しいのか!? それ……!)

エンバースさんの丸め込み(?)が功を奏したのかはよく分からないが、
とにかく、スリーマンセルが3つという名目の実際は頭数バラバラなチーム分けが出来上がった!
え、待って。カケルは我のパートナーモンスターなのになんで人数に数えられてるんだろう……。
ガザーヴァは正式なパートナーモンスターじゃないから人数に数えるのは分かるとしても。
マゴット君は一応二足歩行だけど人数の算定外っぽいよ?
どうやら人数に数えるかの判定基準はある程度以上人間に近い姿をしているかということらしい。
でも、激戦区の人数が多めで、人命救助がメインで目立たない方がいいうちのチームが人数少な目になっているので結果オーライだ。

99カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/04/27(土) 00:33:08
【カケル】
>《うん、それならバランスもいいんじゃないかしら。どう?ナユ――》

なゆたちゃん、人数バラバラじゃないかーい!って突っ込んでくれませんかね……!?
……って寝てる!?

>「……寝かしておいてやろうかの」

「えーと、うちのチームは継承者さんは付いて来てくれないんですかね……?」

>「私と兇魔将軍はこのワールド・マーケット・センターにいるわ。
このラスベガスで一番大きな収容施設がここになるから、生存者はどんどんこっちに運んできて頂戴。
怪我人がいれば治療するし、休ませる場所だってあるでしょう。
道中、医薬品や治療道具、食糧……なんでもいいから、役立ちそうなものがあればそれも送ってくれると嬉しいわ」

「……ここを守る人員も必要ですよね。いえ、大丈夫です」

うちのチーム、これで大丈夫なのか――!?
最も戦闘になる確率が低いチームなので戦力的な意味ではなく、
私が心配しているのは「ちょっと部長さん、あれどう思います!?」な状況にならないかということだ。
世界が滅びるかの瀬戸際で呑気に乙女ゲー時空に突入しようものならローウェル大激怒でサ終待ったなしやわ!

>「オレも打って出たいところだが、已むを得ん。
 ニヴルヘイムの同胞たちを発見したら、これを見せてやれ。
 大人しく貴様らに従うはずだ。その者たちも此処へ連れてきてもらおう。
 保証は出来んが、作戦に有用な力を持っている者も確保できるやもしれん」

>「三魔将の割符! あったなぁー、そんなの! オマエまだ持ってたんだ?
 パパから貰ったものなんか全部捨てたと思ってた!」

効果としては水戸黄門の印籠みたいなやつらしい!

>《みんなのスマートフォンからも、マップを閲覧できるようにしておいたわ。
 それから、この回線も常時開放しておくから。生存者がいたら報告して頂戴。
 こちらから『門』を開いて、ワールド・マーケット・センターに収容できるようにするわ》

「行った先からこっちに帰る用の門はいつでも開ける……ってこと!? すごいじゃん!」

行きの行程を省略できないということは、メンバーが誰もいないところへ開くことは不可能なのだろう。
そうだとしても、物凄い効率アップだ。

100カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/04/27(土) 00:34:00
>《探索の際は、こまめにセンターに戻ってきて適宜補給と回復を受けて頂戴。
 それから、連絡は密にね。どんな小さなことでも、何か異常があればすぐに報告して。
 こちらからも常にモニターはしているけれど、相手は未知の敵よ。
 何が起こるかまったく予想できないから》

報告連絡を密にってどこかで聞いたことがあるようなフレーズ……!
ウィズリィちゃんよ、アルフヘイムの魔女っ娘なのに何故に地球の会社員みたいなことを言っているんですかね……!?

>《スキャンしたところによると、このラスベガスにはメトロ――魔法機関車みたいなものかしら? が地下に走っており、
 地下街もあるわ。その下には更に下水道も存在している。
 地上を通らずとも、それらを使用すればラスベガス全体を行き来することは可能そうね。
 ただし――》
>《このワールド・マーケット・センターやマンダレイ・ベイなどのホテルは外から攻撃されても破壊されないと思うし、
 『星蝕者(イクリプス)』に侵入されることもないと思う。
 彼女らにはマップ上の敵を倒すことはできても、障害物として配置された建物を壊すことは出来ない。
 だから、戦闘の際は地形も効果的に使うことが出来るわね。ビルなどで射線を切れば、相手の攻撃は届かないということ。
 でも、先程の戦闘を見るに……マップ上のオブジェクトに干渉することは出来そうだったわね。気を付けて頂戴》
>《それと……メトロや下水道は通常のマップとして認識されているとの結果が出たわ。
 つまり、『星蝕者(イクリプス)』にとっても侵入は可能、ということね。残念だけど》

>「基本は下水道を通っていくことになりそうね。スラムがあるのだったかしら?
 ……エーデルグーテで私たちが『永劫』の賢姉に対抗していたときと同じようなものかしら。
 あのときも、私たちは聖罰騎士の手を逃れて信徒たちを隠し村へ保護するのに、地下に広がる万象樹の根を使っていたから」

「そうだね。我々の行先は一番生存者がたくさんいそうだ……。
ジョン君、敵の情報収集は他のチームに任せてさ、敵がいない下水道で行こう。
一人でも多く助けようね……!」

>「んじゃ、モンキン焼死体チームとバカザハジョンぴチームが下水道を進む間、
 ボクらは真正面から打って出ればいーってコトだな。
 コソコソすんのはボクの流儀じゃないから、ちょーどイイや!
 いっちょド派手にブチかましてやんよ!」

>「作戦は決まりじゃな。
 ならば、善は急げじゃ。さっそく出立を――」

101カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/04/27(土) 00:35:13
【カザハ】
まあ、エンバースさんとなゆは敵からのドロップ品獲得等を目的に敢えて地下街に行く可能性もあるけど……。
――って、まだ寝てる!?

>「ぅ……ん、んん……。
 ……はっ!? わ、わたし、寝てた? ゴメン! こんな大事な話してるときに……!」
>「大丈夫、大丈夫! 今ちょっと寝られたから、元気いっぱい! 体力マックスだから!
 ね、カザハ、わたし寝てる間に寝言とか言ってなかった? ヨダレ垂れてない?」

皆が心配そうになゆを見ている。
だけどみんなで深刻な顔をしたら、余計無理して元気に振る舞おうとするのでは……。

「も、もう! なゆったらー! 無言で熟考してるように見えて寝てることに気付かなかったよ〜」

なゆの調子に合わせて軽いノリで気付いてなかった振りをしようとするも、無理があった。

>「やめとけ。空元気なのは見れば分かる」

>「その状態で外へ出るのは危険だ。
 ……オレがお前の代わりに行く。お前はここで継承者と一緒に、生存者の保護に当たってくれればいい」

>《そうね……。その方がいいかもしれないわ。みんなはどう?》

「な、なにもずっと引っ込んどけってわけじゃないから!
出撃メンバーがずっと同じである必要もないんだしさ。
もう少し休んで適当なところで交代すればいいじゃん。ね!?」

>「ありがとう、みんな。
 わたし……行くよ。何があっても、ここは行く。後ろで待ってるなんて出来ない」
>「最後まで歩きたいんだ。みんなと、一緒に」
>「……連れて行って。エンバース」
>「……ポヨリンさんがイブリースにやられて、お前がパーティを抜けると言い出した時。
 あの時俺達はみんなでお前を引き止めたよな。俺もそうした」
>「だから今更――やっぱり今回は一緒に行けないなんて言い出すのはフェアじゃないよな」
>「今度は俺が応える番だ。好きなだけ俺を頼りにしろ。どこへだって連れて行ってやる」

「ああ〜! やっぱこうなるのか……!」

尚、なゆは正統派美少女ヒロインなので公然ラブコメが例外的に許されるため、
この場合公然ラブコメ罪は成立せず、合法なのである。

>「やれやれ……これは梃子でも考えを曲げぬ覚悟じゃな。
 妾たちの知っておる『救済』の賢姉は、このような強情な御方ではなかった筈じゃが……」
>「そうね。いえ、むしろ引っ込み思案でほとんど自らの意見も出さなかったような」

>「そうかもね。でも、それって当たり前のこと。
 だって、わたしはシャーロットじゃない。あくまで普通の女子高生!
 モンデンキントこと崇月院なゆた、だから――」

102カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/04/27(土) 00:36:09
大見得を切っているが、神の力を与えられたのが普通の女子高生だから余計危なっかしいんやで!?
漫画とかのストーリーで、肉体のスペックを遥かに超えた力を与えられたせいで朽ち果てる例は枚挙に暇がない。
考えてみればシャーロットさんはなんで力の委託先を一般の人間にしてしまったんだ!?
そもそもゲーム内のシャーロットさんも上位魔族だったわけで。
素の肉体スペックが高いレイド級の人型モンスターとかにしとけばこんなことにはなっていないかもしれないのに!
……いや、でも待てよ? ブレイブじゃなければ「勇気」のパラメーターもないわけで……。
我やエンバースさんは例外中の例外で、ブレイブなら基本的に種族は人間に設定せざるを得ない。
それにゲームにおける一般的な傾向として、素の肉体スペックが高いキャラはそういう一発逆転的な補正値は低く抑えられがちなんだよな……。

>「さあ――行こう!
 わたしたちの助けを待ってる人たちを保護して、『星蝕者(イクリプス)』も倒す!
 そして最後にはローウェルをやっつけて、ブレモンがまだまだ伸びしろのあるコンテンツだってことを教えてあげなくちゃ!」

「――!?」

一瞬、なゆの体から光の粒子がこぼれおちたように見えた。
精霊族は時々元素が漏出することがあるが、それと同じような類……?
でも人間にそんなことがあるのか!? これってかなり危険な兆候では!?

(でも……この雰囲気で絶対行っちゃ駄目なんて言えないよ……!)

いや、雰囲気がどうとか言っている場合ではないほど危機的な状況だったらどうしよう……。
エンバースさんの様子をちらりと見るも、特に何かに気付いたような様子は無い。

>「……早くも、さっきまでのしおらしさが恋しくなってきたな。
 おい、威勢がいいのは結構だが装備をちゃんとチェックしろよ。下水道だぞ、下水道。
 毒耐性のアクセで諸々レジスト出来ると思うか?クソ、半分生身に戻る前なら良かったんだが――」

一瞬だったし、見間違いかな……? 照明の加減でそう見えただけかも……。

(気のせい……だよね……)

と、自分を無理矢理納得させた。

「ウィンドボイス・ネットワーク」

気を取り直し、明神さんの提言のとおりボイチャ魔法で全員参加可能のグループ通話回線を構築する。
そしてなゆに駆け寄って手を取って懇願する。

「生存者を救出して絶対無事で合流するんだからね! 約束だよ……!」

103カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/04/27(土) 00:37:43
【カケル】
こうして、それぞれのグループに分かれて出発した。

>《地下道を通って、ストリート内の青い光点……アルフヘイムとニヴルヘイム由来の人々を、
 このワールド・マーケット・センターへ避難誘導して頂戴。
 転移門はこちらで開くから、貴方たちは要救護者がいる場所まで行って、私に報告してくれればいいわ》

(なゆ……大丈夫かな……)

なゆたちゃんのことを心配して浮かない顔をしているカザハの足元に、いつの間にか部長さんが来ていた。

「羽根……生えてる。きっと、ジョン君のことを助けたくて進化したんだろうな……。
見て、カケルと似てる」

「本当だ、羽根のデザインが似てますね」

「うん。羽根以外も、いろいろ……。ずっと前からジョン君のことを見てることとか……」

「そういえばシェリーちゃんの飼い犬って言ってましたね……。
……って、それは名前が同じだけっていうか
ジョン君がパートナーモンスターに親友の犬と同じ名前を付けただけですよ!?」

「あっ、そうだった……!」

と、あっさり納得するカザハだったが、自分で突っ込んでおきながら思った。
もしかして、上の世界目線だと因果関係が逆!? エンデ君の言うところによると確か……。

『あのゲームは『君たちよりも先にあった』。
 リバティウムのマスターの箱庭も、キングヒルの五穀豊穣の箱庭も、君たち以前に存在していたんだ。
 君たちは、あれらの施設を最大限活用できるようにプログラムされたキャラクター。
 君たちが箱庭を作ったんじゃなく、箱庭に合わせて君たちが作られたのさ。
 つまり――
 君たちの知るゲームの『ブレイブ&モンスターズ!』は、君たちがミズガルズからこの現実のアルフヘイムに召喚された際、
 違和感なくスムーズに冒険が出来るようにと予め用意されたチュートリアルだったんだよ』

それと同じ理論でいくと、先に部長さんが存在して、
部長さんを最大限活用できるように作られたキャラクターがジョン君ということは
こっちの部長さんに合わせてシェリーちゃんの犬の名前が部長に設定された……ってこと?
もしくは名前が「部長」で固定ではないにしても、二つの存在の名前が連動するプログラムが予め組まれていた……?
その場合、連動するのは本当に名前だけなのか?
何故だろう、因果関係が逆転しただけなのに、何故か全くの無関係ではない気がしなくもなくもなくない気がしてきた……。
地球の生物←→アルフヘイムの生物 の換装の例も聞いたことが無くも無いような気がするし……(棒)
例えばの話、もしも順当に(?)私が地球人生の途中で死んでいたら……どうなっていたんだろう。
カザハはひょんなことからブレモンをやり始め、パートナーモンスターをカケルと名付けて、一般的なルートでブレイブとして召喚されていたのかも……。
うっかり生き残ってしまったから無理矢理辻褄を合わせるためにこういう特殊ルートになったとか……。

104カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/04/27(土) 00:38:36
「うっ、頭が……!」

なんだか訳が分からなくなってきた。
これ以上考えたらSAN値直葬されてしまう気がするからやめよう……!
私がSAN値直葬されそうになっているのを他所に、カザハは雑念を垂れ流していた……。

「あの羽根、モフりたい……」

ところで、私達が選んだルートは下水道。
ジョン君が警戒しながら前を進み、カザハはその後ろを付いて行く。
といっても、戦闘は皆無と言っていい。
ということは、道中で要らん会話をする余裕が生まれてしまうわけで……。
嫌な予感がする……!

「下水道ってなんかすごくファンタジーRPGのダンジョンっぽいね……!
ここ、地球のはずなのに変な感じ……!」

努めて場を和ませようとしているのか何も考えてないのかは謎だが、カザハは呑気なことを言っている。

「ジョン君……まだちゃんとお礼言えてなかったからさ。
リューグークラン戦のとき、ありがとね。
キミだって本当は人に生命力を分け与える程の余裕は無かったはずなのに……。
……思い返してみれば最初からずっと守って貰ってたよね。それこそ明神さんとデュエルした時から。
頑張って守ってくれるの、すごく嬉しいんだ。そんなの駄目なのに。
本当は間違っても我のために怪我してほしくないし無理させたくないのに……!
どうしよう、心が二つある……!」

呑気なことを言っていたかと思えばシームレスに私が危惧していていた路線に突入しちゃった……!
攻撃(?)を仕掛けてくるとしたらジョン君からかと思いきや、自ら地雷を踏み抜きに行っとる――!
大変だ! 早くこの雰囲気をぶち壊さねばローウェル大激怒でサ終してしまう!
どうする!? 背景で奇声を発しながら謎の踊りでも踊ってみるか……!?
と私が思考を迷走させている間にも行程は進み……

「何これ、くっさ!!」

私の心配を他所にカザハが自ら雰囲気をぶち壊し、私はずっこけそうになった。
といっても自分の台詞に耐えられなくなって自分でツッコんだ……わけではなく、リアルに匂いがキツめの区画に突入したらしい!
うん、そういえばここ下水道でした!
明神さんがいたらラスベガスの下水道事情についてひとしきり講釈してくれただろうに、いないのが悔やまれる(?)

「――プラズマクラスター! みんな半径2メートル以内を歩いて」

「逆ソーシャルディスタンス発令しちゃった……!」

術者から半径2メートル以内の空気が綺麗になる技らしい。
確かにカザハの近くを歩いていると臭くない……!
ああ、レクステンペストの無駄遣い――!! というか技名がまんま空気清浄機だし!
ちょっと待って、それ、リューグークラン戦で病原体撒き散らされた時に使えば良かったんじゃ……!?
と一瞬思ったが、あまりに強力な汚染には対抗できないか、もしくはあの戦いで得た経験値で習得したのだろう。
やがて下水道を抜けて、地下駐車場経由でリゾートホテル内に到着する。
そこではホテルの宿泊客らしき人々が身を寄せ合っていた。

105カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/04/27(土) 00:39:38
>「あ……、あんたたちは……?」

当然、普通の人間ではない私達に怯えた目が向けられる。

「落ち着いて聞いて。こんな姿だけど、敵じゃない。
広い意味ではあなたたちと同じ世界の存在で、サ終阻止……って言っても分かんないか!
えーと、要するにあの制服のやつらに対抗する勢力……!
我々が来たからにはもう大丈夫だからね! あいつらの好きなようにはさせない!」

カザハ達が事情を説明している傍ら、私は消耗が酷い者に回復スキルで応急処置を施していく。

「ワールドマーケットセンターを拠点にしてるんだけど、
そこにいけば仲間の高位の回復術士と強い護衛がいるから、ここより安全だと思う」

そんな事を言われてもどうやって行けばいいのか、道中でやられてしまうと口々にぼやく人々に対し――

>《転移門を開くわね》

カザハは、ウィズリィちゃんが出してくれた転移門を指さした。

「心配ご無用、その門をくぐるだけだよ」

人々は突如現れたど〇でもドアに驚愕しつつも、転移門をくぐっていく。
全員が転移門をくぐったのを確認し、次の場所へ急ぐ。
何度か移動と避難誘導を繰り返し、救助活動はこのまま順調に進むと思われていた。
下水道を進んでいると、カザハが驚愕の声をあげた。

「どういうこと!? こんなところに生存者……!?」

不意にマップ上に青い点が二つ現れたらしい。
青い点、ということはこちら側の世界の存在であることは確かだ。

「行こう! 襲撃を受けて下水道に逃げ込んだのかも……!」

そして生存者二名と相まみえる。が、それは下水道に逃げ込んだ避難民などではなかった。

>「おやおやおやぁ〜?
 ドブネズミみてゃぁーに下水道を伝って悪さしとるヤツがいると思ったら――」
>「アンタらかにゃ。アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たち」

>「よーっ! こんなトコでまで会うだなんてキグーだなぁー! ははッ!」

(うわぁ……全力で逃げるべきだった……!)

カザハは激しく後悔していた。
ところで吟遊詩人と戦闘民族の組み合わせってどこかで見たような……(棒)
ついでににゃーと鳴く犬科生物もどっかで見たことあるような……(棒)

「まだローウェルの手下やってんの!? ローウェルが何やろうとしてるか、流石にもう知ってるよね!?」

確かにこの二人はローウェルの手下だったけど……
今のローウェルはもはや明らかに三世界全てを消し去ろうとしているのだ。
流石に袂を分かってるかローウェルの方からもはや無用と放り出されてるかどちらかだと思っていたが……。
カザハは平静を装いつつもビビりまくっていた。

106カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/04/27(土) 00:40:35
(どどどどどどうしよう!? 勝てるかな!?)

(トラウマを植え付けられちゃってる……!)

一応肩書は吟遊詩人だが、少なくとも私から見たマリスエリスは、冷酷無慈悲な暗殺者だ。
実質自殺幇助だったかもしれないとはいえテュフォンとブリーズに手を下した張本人で、
カザハ自身も心身に大ダメージを負って殺されかけたのだ。

>「ナルホドにゃァ……『星蝕者(イクリプス)』の寄り付かない下水道を使って人命救助とは、
 なかなか考えたもんだにゃ。
 ただにゃぁ……そんな小細工、アタシたちには通用しにゃーて。
 アタシもロスやんも、地下を通るのは得意だで」

狼咆琴(ブラックロア)に触れるマリスエリスに対し、カザハ達も身構える。
マリスエリスが手ごわいのは言うまでも無いが、ロスタラガムももしかしたらマリスエリス以上の強敵だ。
何せあのエンバースさんをギリギリまで追いつめたのだ。
あの時は最終的に二人ともストームコーザーで吹っ飛んで事なきを得たが、今回はそんな都合のいい助けは期待できない。
一触即発と思われたが……

>「そーゆーコトだ!
 でもさ、よかったー! 師匠のめーれーでこの世界に来たんだけど、何が何だかわかんなくてさ!
 イスリクプ? ってやつらも、おれたちのいうことぜんぜん聞いてくれないし……。
 おもしろくないなーっていってたんだよ! なー、エリ!」

分かりやすく敵対的な態度を取るマリスエリスに対し、
ロスタラガムの方はうまくいってない時に久々に知り合いに敢えてよかった、的な雰囲気なんですけど……。

>「ちょっ、ロスやん! そういうコトはペラペラ喋ったらいかんでしょぉ!? 連中は敵だがね!」

>「えー? そうなのか?」

どうやらアホすぎてこちらが敵ということも認識できてないらしい……!
そして、この二人は直接自分達で戦う気は無いようだ。

>「とっ……とにかく、おみゃーさんらを見つけてまった以上、見過ごすことはできにゃぁンだわ。
 大人しく観念してちょぉ?」

虚空に現れた門から、イクリプス達がぞろぞろと現れた。

>「こんなところに隠れていたとは……地上をいくら虱潰しにしても、下らない雑魚しか出てこない筈ですね」
>「でも、もう終わりですよ。ここには二匹だけですか? まぁ、物足りないですがいいでしょう。
 皆さん、スコアは早い者勝ちで……いいですね」

「うちのチーム、基本戦闘しない想定だったから手薄なんですよ……!」

107カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/04/27(土) 00:42:11
【カザハ】
フリーザ様みたいな口調のイクリプスが場を仕切っている。
それにマリスエリスが遠慮がちに声をかける。

>「あ、あの……」
>「え、ええと、その……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を見つけて、『星蝕者(イクリプス)』の皆さんに報告したのは、
 アタシたちだで……どうか、ナイ様にはよしなに……」
>「褒美にありつきたいと? 浅ましい……やはり時代遅れの旧作のキャラは思考が低俗ですね。
 いいでしょう。忘れていなかったら伝えますよ」
>「……あ、ありがとうございます……にゃ」

(めっちゃ下手に出てる……!?)

強気なドSキャラはどうした……!? キャラ崩壊でローウェルに怒られても知らんぞ!?
逆に言えばキャラを曲げてイクリプス達の機嫌を取ってまでも欲しい見返りがあるということだ。

「ウィズリーちゃーん! 門開いてー! 門!」

「早速逃げ帰ろうとしとるこの人……!」

と言ってはみたものの、あまりにゲームとして成り立たないことをやってしまうと、ローウェルに修正パッチをあてられてしまう。
「ターゲットが逃げ帰るんですけど」とか報告がいって、門使用不可にされてしまったら困る。

「今の冗談! 冗談だから! 開かなくていいよ!」

「本気でしたよね!? 今一瞬本気でしたよね!?
真面目にやらないと愛想つかされて鳥取砂丘にリリースされてまうで!?」

それは困る……! 鳥取砂丘に外来生物を放逐したら逮捕されてしまう!
真面目な話、みんなが一緒にいた今までとは違って、我とジョン君と、カケルと部長先輩だけでこの場を乗り切らねばならない。
最後列で守られながらバフをかけるポジションに甘んじていることは出来ないということだ。
一応、ウィンドボイスの回線をオンにして他のチームに状況を伝えておく。

「マリスエリスとロスタラガムに見つかっちゃった! イクリプス20人ぐらいと戦いになりそう……!」

回線を通して他のチームの状況もなんとなく伝わってくる。
明神さん達は、当初の予定通りイクリプス達と交戦している模様。
なゆ達のチームは……なゆがいよいよフラフラみたいなんだけど……。
思えば、素のステータスは決して高くは無いはずの普通の人間の身でありながら、
いつも最前線でぶつかっていってなんだかんだでどうにかなってしまうから、
こちらもいつの間にか、彼女ならどうにかしてくれると心のどこかで思うようになってしまったのは否めない。
が、それは気合と根性とか主人公補正とかいう漠然とした都合のいいものではなく、
この世界の厳然たるシステム――常人よりもあまりに大きい「勇気」の補正値の賜物だったのだ。

(早く片付けて手伝いにいかなきゃ……! こんなところで手こずってられない……!)

「ジョン君、大丈夫だからね……!
多分みんな忘れてるけど! 我、ゲームで言ったら多分レイド級か少なくとも準レイド級だから……! 知らんけど!」

108カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/04/27(土) 00:43:02
ヘタレキャラのせいで忘れられがちだが、最後列におさまっているのは別にかよわいからではなく
バッファーというロール上それが戦略的に有効だからである。
ぶっ壊れ規格外のジョン君とかエンバースさんには劣るにしても、本当は普通の人間よりはずっと丈夫なのだ。
そしてゲームとして成立しないとローウェルが困る、いうことは……

「敵があまりにすぐにやられたらゲームとして成立しない。
それなら、敵であるこちらは少数で大勢を迎え撃てるゲームバランスに設定されているはず……!」

50万人の的として設定されているのが、たったの数人なのだ。
2人(+パートナーモンスター二体)で20人を迎え撃てないはずがない……!

>「さて。では、始めましょうか。誰が殺しても恨みっこなし――ですよ!」

フリーザ様みたいな口調のゾディアックが開戦の号令をかけ、戦闘が始まった。
銃撃が弾幕のように飛び交い、ライトセーバーの光刃が舞う。

「ああああああああああああああ! やっぱりいいいい!
少数を大勢でボコるのはああああ! 良くないと思ううううううう!」

Z字状に走り回りつつ銃撃を避ける。
普通ならジョン君の後ろにいて守ってもらいつつ援護するのが有効なんだけど……。

(これ、ジョン君でもまともに受けたら駄目なやつ……!)

だったら、上げるべきは防御力ではなく回避力……!
ジョン君に素早さ上昇のスキルをかける。

「テンペスト・ヘイスト! 我のことは気にしないで基本避けてね!」

大丈夫!
ちょっと信じられないかもしれないけど自分、初期のロールは突撃バカの回避タンクだったんやで!?

「ぎゃあ!?」

(あんまり大丈夫じゃない……!)

繰り出された光刃を、とっさに傘の杖ではらう。
ビームソードはらっても壊れない傘ってよく考えると凄いよね……。
単純に破壊値が設定されてない武器、ということなんだろうけど。
格闘技術ド素人の我が適当にはらってどうにかなったということは、「拒絶」の術式が効いてる――妨害技の類は有効ということか。
この間、カケルのほうもなんとか敵の攻撃を掻い潜っていた。

(やっぱ強い! けど――)

強いの意味が、明らかに前回とは違う。
さきほど外で戦った時は絶望的な強さの相手だったが……今は頑張れば戦える程度の強さかも……!

(狭いフィールドのおかげで、動きが制限されてる……!?)

相手はアクションゲームなのでフィールドの広さ(狭さ)の影響をもろに受けるが、
対するこちらはゲージ制コマンドバトル、フィールドの広さはフレーバー程度なのである。

「カケル! 視覚の攪乱を試してみよう!」

109カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/04/27(土) 00:44:20
「はい! ――烈風分身(テンペストアバター)」

超速く動くことによって残像を作り分身しているように見せる、とかいう
無茶苦茶な設定のスキルが使えてしまうのも、コマンドバトルならではである。
飽くまでもそういう設定であって実際にそうしているかは別問題だとか(!?)
カケルを狙った攻撃が、逸れた方向に繰り出される割合が目に見えて増える。
相手の攻撃の精度が大幅に下がった……!
やっぱり、視覚の攪乱は効くんだ。ならば次は……

「アトモス・リフレクション!」

ジョン君が対峙しているイクリプスの背後に真空の層を作って光を屈折させ、
相手が見ている画面もしくはそれに相当するものの攪乱を狙う。
やはり、相手の命中率が大幅に下がる。
相手キャラ自体ではなくカメラの視界を攪乱させる利点は、こちらは攪乱の影響を一切受けないことだ。
あれぐらい相手の精度が下がれば、ジョン君なら押し切れる……!
視界が攪乱されたユニットが増えてきて相手方がだいぶん混乱してきた頃。

「エアリアルスラッシュ・オリジン!」

カケルの相手をしていたイクリプスの背後から、至近距離で真空の刃を叩き込むことに成功する。
くらったイクリプスは倒れ、ついに戦闘不能となる。

「やった……! ちょっと端っこで寝といてね……」

後で話を聞き出せないかとロープで簀巻きにでもしようと思ったが、すぐに姿が掻き消えてしまった。

「あれ!? これじゃあ装備はぎ取れないじゃん……!」

ジョン君の方も何人か倒しているようだが、相手は一向に減る様子が無い。
それもそのはず、門から無尽蔵に補充されてくるのだ……!

>「ええい、こんなβテストのエネミーにどれだけ手古摺っているんです!?」

「その服……いいじゃん。歯車の付いた本、欲しいな……!」

フリーザ様口調のゾディアック相手に精一杯強がってみせる。
敵が最初に入ってきた20人だけなら一瞬いけそうな気がしたのだが……
無尽蔵に補充されてしまっては、このままでは勝ち目はない。
長く戦っているとこちらは消耗してくるが、向こうは常に新鮮な戦力が補充されてくるのだ。
飛んできたレーザーライフルを間一髪で避け……きれない。
集中力が途切れ、避けきれなくなってきているのだ。このままでは直撃を食らうのは時間の問題だ。

「切れてなーい!」

「切れてますよ!? ぐはあっ!!」

我のヤケクソのボケに突っ込んでいる間にも、カケルが魔術の衝撃弾に吹っ飛ばされた。
しょうもないボケをかますんじゃなかった……!

「カケル……!」

ライトセーバーの光刃が腕を掠る。

「切れてな「いや切れてるから!」

110カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/04/27(土) 00:45:07
ジョン君達の方も満身創痍になっている。
なゆに絶対無事に合流するようにって言ったのに、自分達が出来なかったらシャレにならないよ……!
これは……いよいよ最終手段でウィズリィちゃんに門を開けてもらって逃げ帰る……もとい戦略的撤退するか!?
それすら出来るかももはや微妙だが……!
いったん撤退しようと言おうとした時だった。完全に背景と化している二人の会話が聞こえてきた。

>「……なぁ、エリ」
>「何にゃ」
>「いーのか? 加勢しなくて」
>「アタシたちはあくまで『星蝕者(イクリプス)』の補佐にゃ。それ以上のことは越権行為だがね。
 それに、アタシらが加勢しなくたって『星蝕者(イクリプス)』が勝つに決まっとるにゃ」
>「いや、じゃなくてぇー……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』にさ」
>「はぁ? なんでアタシらが『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』に加勢なんて――」
>「だってさ、アイツらはおれたちとおんなじセカイの奴らなんだろ? でもイスリスプはちがう。
 んならおれたちも『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』に手ぇー貸してやったほうがいいんじゃないのか?
 エリだって、イクリスプは気に入らないーってゆってたじゃんか」

(――!?)

意外すぎる発言に、驚愕する。が、ロスタラガムなら有り得るのかもしれない。
ロスタラガムはINTが低すぎて敵や味方といった立場を認識できないキャラらしいが、
それは裏を返せば、立場によるしがらみや過去の因縁とは一切無縁の、今この時の素直な気持ちに従った判断が出来るということだ。
“もしも、この二人がこちらに寝返ってくれれば――”そんな、在り得ない可能性が脳裏によぎる。
いや、マリスエリスは深い考えがあってローウェルの側についているのだ。今更寝返れるわけがない。
ロスタラガムに、マリスエリスは諭すように語り掛ける。

111カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/04/27(土) 00:45:58
【カケル】
>「もう、ブレモンは終わりなのにゃ。アタシらの世界は消滅する。それは神さまが……いんにゃ、
 神さまより偉い師父が決めたことなんだわ。
 『創世』の師兄も、『救済』の賢師も、師父には敵やぁーせん。みんな、みんな消えてまうがや。
 でもアタシとロスやんはそうじゃにゃあ。アタシらは生き残る……そして新しい世界に居場所を見つけてみせる。
 そのためには、今はあの『星蝕者(イクリプス)』やら、ナイやらの言うことを聞いとくしかにゃぁも」

マリスエリスだって、ブレモンが終わるのは本意ではないんだ……。
考えてみれば、彼女だってこの世界の存在なのだから、当然のことだ。
きっと、ローウェルに逆らったところで勝ち目がないと悟って仕方なく……。
ロスタラガムを諭すマリスあエリスを悲しそうな顔で見ていたカザハだったが……唐突にマリスエリスに詰め寄った。

「終わりだとかみんな消えるとか……そんな……そんな悲しい事言わないでよ!
吟遊詩人のキミなら分かるよね!? ブレモンの音楽が素晴らしいってこと!
だったら、そんな音楽が彩る世界もきっと素晴らしいんだ……!
大体キミはまだ本領発揮してすらないじゃん! 吟遊詩人のくせに最後まで本職で戦わずに終わるつもり!?
それとも何!? 看板に偽りあり!? 肩書だけのフレーバーだったの!?」

(あっ、長文を流暢に喋ってる……!)

カザハは自分の好きな分野のことだけは流暢に喋るTHE☆ヲタクであった。
なんかちょっといいことを言っている風だが、実際にはBGMだけ良いクソゲーというのは結構ある。
要するに、BGMが神のゲームはとことん判定が甘くなって神ゲー認定してしまうというゲーム音楽ヲタク特有のトンデモ理論である。
だけど、マリスエリスの吟遊詩人の肩書が、肩書だけのフレーバーでないのなら……
きっと、音楽ヲタク同士でちょっと通じる部分はあるのかもしれない。

「我、自分が吟遊詩人にクラスチェンジしてることにすら気が付かずに終わるところだったんだ……。
でも君は違うじゃん。始原の草原で君の歌聞いたよ? 
あの時暗殺者技能で戦ったキミに全然敵わなかったけど……
それでもきっと、その相方と一緒なら猶更、君は吟遊詩人技能で戦った方が強い。
敵を直接なぎ倒すだけが強さじゃないんだ」

肩書が吟遊詩人なのに、今のところ実際の戦闘においては専らアサシン兼レンジャーなのは、
特に深い意味は無いのか、はたまた何か理由があるのか――

「あっ……」

カザハは何か重要な事実に気付いて我に返った。

「ごめん……。ブレモンの音楽、聞いたことないよね……。
聞かせてあげたいところなんだけど……今は我も前線で戦わなきゃ……」

そう、ゲーム内の登場人物は、あろうことか普通は自分が出演しているゲームの音楽を聞けないのだ。
私達は、ゲーム内ゲームのブレモンのおかげでその一端を知ることが出来ているだけなのだ。
その時、ウィンドボイスの回線を通して、エンバースさんの声が聞こえてきた。

112カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/04/27(土) 00:47:26
>「茶化すなよ……明神さんはヤツらをSSSのアンチにしてやるって息巻いてたけど。
 アレで気がついたんだ。それって別に――逆でもいいよなって」
>「そう。シンプルにブレモンが面白そうだって思わせてやればいいんだ」

「あ、そうか……。呪歌、意外とアリかも……」

「どういうこと!? まさか……アイツらにも聞かせるってこと!?
でも……楽器ひいてる余裕はありませんよ!?」

「大丈夫、ブレモンのBGMならこれで流せる……!」

カザハがスマホを操作すると、もともとダウンロードしてあったのか、ネットに繋がったのかは分からないが、ブレモンのBGMが流れ始めた。
それはブレモンの通常戦闘曲。
攻撃・防御・素早さをセットで上げてコンボを成立させる、いつもの呪歌の曲だ。

(その手があったか……!)

これなら手がふさがらないので、歌いながらでもある程度敵の攻撃を払ったりできる。

「二人とも聞いて! これがブレイブ&モンスターズの通常戦闘曲「バトル1〜勇気の魔法〜」ヴォーカライズバージョンだ!
見てて! 吟遊詩人とパワーファイターは最高の組み合わせなんだ!」

それは、ブレモンプレイヤーとしてはド素人のカザハが、ブレモンの素晴らしさを表現する唯一の方法。
マリスエリスやロスタラガムは、この曲自体、聞くのは初めてになるだろう。
イクリプス達のプレイヤーは、以前ブレモンをやっていた人は知っているかもしれないが
ヴォーカライズバージョンを聞くのは当然初めてだ。
ところで、アクションゲームとコマンド式RPGでは、適したBGMというのが違う気がする……!
BGMが印象的な曲だと、思わず聞く方に集中してしまい、作業用BGMが作業妨害用BGMと化す現象が起こる。
コマンド式RPGは、極端な話コントローラーを置いてBGMを聞くことも許されるので、そうなっても問題がない。
それに対して、アクションゲームは気が散っては困るので、あまりに存在感のあるBGMは望ましくない。
ただでさえ主張の激しいブレモンのBGMをヴォーカライズバージョンにして流そうものなら、
アクションゲームのプレイヤーは気が散って集中できなくなるのだ。多分。

(えーと、つまり……
・普通にジョン君達の強化
・マリスエリスとロスタラガムにローウェルに立ち向かう闘志を呼び覚ましてもらえたらいいな
・イクリプス達がブレモンのBGMいいなってつい聞いてしまって気を散らしてくれればいいな
の一石三鳥を狙ってる……ってこと!?
待てよ? もしウィンドボイスの回線越しでも有効ならワンチャン他のチームにもかかる!?)

>「ジョン君! かっこいいところ、あの二人に見せてあげてください!」

歌が始まった。なんかいつもより滅茶苦茶効果高くね……!?
これが、ローウェルの指輪効果か……!

113バトル1〜勇気の魔法〜 ◆92JgSYOZkQ:2024/04/27(土) 00:48:33
ttps://dl.dropbox.com/scl/fi/5vlxho1be7tkscwk3gatn/.mp3?rlkey=ax4u1gr4fu9hec4irxx8766i4&st=hk576boi&dl

【闘いの唱歌(バトルソング)】
磨き抜かれた剣の 刃に映るのは
揺らがぬ決意を秘めた 美しき瞳

【護りの祝詞(ガードフォース)】
無敵の盾に刻まれた 数え切れない傷
それはいつも君が僕を守ってくれた証

【疾風の賛歌(アクセラレータ)】
まだ見ぬ未来を夢見て進みゆく
恐怖をも凌駕する憧れはいつか
どんなに高い壁も超えてゆく翼となる

114明神 ◆9EasXbvg42:2024/05/05(日) 00:59:43
>《それじゃ、こういうのはどうかしら。
 ジョンさんの言う通り、チームはスリーマンセルが三つ。
 ナユタとエンバースさん。カザハとジョンさん。それからミョウジンと――》

それぞれの提案を元に、ウィズリィちゃんが分隊のメンバーを割り振っていく。
さぁみんなのトラウマ、組分けの時間です!ぼくと組むのは誰かなぁ〜?

>「別に『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』でペアになんなきゃダメってワケでもねーだろ。
 トーゼン、ボクは明神についてく。明神だろ、ボクだろ、んでマゴット!
 それでスリーマンセル成立だ。ヤマシタとガーゴイルはいつでも呼び出せるから除外で」

>《んん……、何かバランスが悪い気がするわね……。
 それに、マゴットもミョウジンのパートナーモンスターでしょう?》

>「細かいこと言うなよな魔女子。別にそれでいーじゃん、戦力的にはボクたちチーム明神だけで充分!」

「そうだよ」

俺は便乗した。

「激戦区っつっても俺の目的はイクリプスの打倒じゃない。極論ソロでも十分だ。
 救出班の方が確実に追手を始末する必要があんだからそっちに戦力回そうぜ」

ガザーヴァは……ついてきて欲しいかな……。
ソロプレイには慣れてるけど一人で行くのはそれはそれで寂しいしさぁ!

>「では、妾もザ・ストリップへ同道させて貰おうかの」

エカテリーナが同行を提案する。

>「ザ・ストリップはこの地で最大の激戦区。今現在うろついておる敵も多い。
 此方としても頭数は少しでも多い方がよかろう、どうじゃ? 明神」

「あっマジで?そりゃ来てくれるってんなら超ありがたいけども」

>「え〜?」

ガザーヴァは露骨に口を曲げた。

>「あのさあ! 我儘ばっかり言わないの! 修学旅行の班分けじゃないんやで!?」

「やめっやめろ!思ってても言わなかったのに!!」

カザハ君の諫言に過去の記憶が蘇る。
ふざけやがって……どこの班も俺を押し付け合おうとしやがる……。
別にソロで修学旅行したっていいじゃねえかよ!俺は寺で座禅組むより鹿と戯れたかった!

115明神 ◆9EasXbvg42:2024/05/05(日) 01:00:11
>「往生際が悪いぞガザーヴァ。いいか、こういう時は発想を逆転するんだ。
 ここは一度仕方なく折れてやった事にしておけ。実際はお前がひたすら駄々をこねてただけだが。
 とにかく一つ貸しにしておく。するとその貸しが後々――」
>「虚構魔術を用いた明神さんの複製体逆ハーレムになって返ってくるんだ。
 確かに、所詮複製は複製だ。だがそれはそれとして――
 沢山の明神さんに囲まれるのはきっと楽しいぞ。分かったらここは大人しく退け」

「気軽に地獄を召喚しようとするな。やだよ俺みてえな奴が何人も居るとか……
 俺は俺と仲良くできる自信がねえ。世界一しょうもねえ蠱毒が発生すんぞ」

大量の、いや超大量のうんちぶりぶり大明神がガザーヴァを取り囲む姿を想像してSAN値が下がった。
いやでも中身はカテ公なんだっけ?前世で何したらそんな刑罰食らうんだよ。

>「そんな顔を致すでない。
 人命優先で逃げながらの持久戦を展開すればよいモンデンキントやカザハらと違い、
 其方らは戦いながらアンチを増やす持久戦を展開せねばならぬ。
 ならば、必ずや妾の虚構魔術が役立つであろう。多数の敵を翻弄し手玉に取る、それが虚構魔術の真骨頂ゆえ」

「まぁ貸し云々については別途ご両人で交渉してもらうとして……カテ公が来てくれるんなら是非もねえ。
 虚構魔術、俺なら悪用の仕方を100個は思い付く。援護は任せた」

俺が真にカテ公の同行を必要としてることが伝わったのか、ガザーヴァはこれ以上ゴネなかった。
もしくはエンバースの提案が効いたのかもしれなかった。ホントにぃ?

>《うん、それならバランスもいいんじゃないかしら。どう?ナユ――》

大方の方針が固まって、ウィズリィちゃんはなゆたちゃんに水を向ける。
その視線の先では――
電池が切れたみたいに眠り続けるなゆたちゃんの姿があった。

>「……寝かしておいてやろうかの」

カテ公の言葉に、俺はもう何も言えない。
こいつが、なゆたちゃんが、どれだけ止めようが最後には飛び出していっちまうことを知ってる。
ただ、今だけは、ほんの少しでもいいから、休んでいて欲しかった。

>《みんなのスマートフォンからも、マップを閲覧できるようにしておいたわ。
 それから、この回線も常時開放しておくから。生存者がいたら報告して頂戴。
 こちらから『門』を開いて、ワールド・マーケット・センターに収容できるようにするわ》

後方支援の役割分担も決まり、最後に留意点を確認する。
ラスベガスには地下街も人の入れるサイズの下水道もあるが、そこはイクリプスも出入りが可能らしい。
いざというときに地下に引っ込むプランはこれで使えなくなった。
生存者の救出は……インチキテレポがあるから支障はない。

116明神 ◆9EasXbvg42:2024/05/05(日) 01:00:29
>「んじゃ、モンキン焼死体チームとバカザハジョンぴチームが下水道を進む間、
 ボクらは真正面から打って出ればいーってコトだな。
 コソコソすんのはボクの流儀じゃないから、ちょーどイイや!
 いっちょド派手にブチかましてやんよ!」

「強気じゃん。ひひっ、無理すんなとは言わねえよ。
 イクリプスの連中に散々ボコられていい加減ムカムカしてたんだ。
 あのスカした美少女共の横っ面をぶん殴ってやろうぜ」

出撃に向けて気炎を高める中、なゆたちゃんは未だ眠ったままだった。
肩を貸してるエンバースが軽く揺すって起こす。

>「ぅ……ん、んん……。
 ……はっ!? わ、わたし、寝てた? ゴメン! こんな大事な話してるときに……!」

「問題ねえよ、95割はいつもの他愛もねえ雑談だ。重要な部分はエンバースに聞きゃ良い。
 それよりちゃんと寝れたのかよ?休めるときに休むのは義務だぜ義務」

>「大丈夫、大丈夫! 今ちょっと寝られたから、元気いっぱい! 体力マックスだから!
 ね、カザハ、わたし寝てる間に寝言とか言ってなかった? ヨダレ垂れてない?」

なゆたちゃんは回復をアピールするが、それが空元気なのは誰の目にも明らかだった。
見かねたイブリースが助け舟を出す。それでも、あるいは案の定。決意を覆すことは出来なかった。

>「ありがとう、みんな。
 わたし……行くよ。何があっても、ここは行く。後ろで待ってるなんて出来ない」

「お前がそう言うんならもう止めねえよ。でもな……ちゃんと弱みは見せろよ。
 やべえときはやべえって言え。キツいときはキツいって言え。
 お前はシャーロットじゃねえんだ。お前は――」

>「だって、わたしはシャーロットじゃない。あくまで普通の女子高生!
 モンデンキントこと崇月院なゆた、だから――」

「世界救ったときに、『崇月院なゆた』がそこに居ないなら、この戦いに意味はねえんだ」

 ◆ ◆ ◆

117明神 ◆9EasXbvg42:2024/05/05(日) 01:01:48
崩壊したラスベガスの街を、俺達は行く。
そこかしこに転がる瓦礫。爆発した車両。砕け散ったアスファルト。
そして……焼け焦げた、あるいは原型をとどめていない、死体の山。

ひとつひとつが目に入るたび、胃袋からせり上がるものがある。
そいつを飲み込んで前を向くうちに、絶望を怒りが上塗りしていくのを感じた。
ふざけやがって。ぶっ殺してやる。やがて、死体を見ても吐き気を催さなくなった。
最悪の、慣れだった。

>「なぁ、明神。
 この街、スッゲーキレイなとこだったんだろ?
 瓦礫を見ただけでも分かるよ。きっとスッゲェキラキラ光ってて、ピカピカに輝いてる街だったんだろうな」

「バルディア自治領って行ったことあるか?
 ほら、霊銀結社のお膝元の。光の魔法で昼も夜もなくギラギラしてるとこ。
 あそこと同じことを、魔法以外の力でやってたのがこの街なんだ。
 俺も写真でしか見たことなかったけど、夜景とかめっちゃ綺麗だったらしいぜ」

>「……壊される前に来たかったな」

「……そうだな」

眠らない街のきらびやかなネオンを思う。
そして、すべてが過去形で語るほかないことに、腹の底が寒くなった。

>「管理者としての力を用いれば、破壊される前の状態に戻すことも出来るのではないか?
 それこそ『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』の技術を応用するなどしてじゃな。
 師父ローウェルをお止めし、侵食を取り除くことが出来さえすれば、そういった研究も出来るようになるであろうよ」

ふと、エカテリーナがそんなことを零した。

「サーバーのロールバックか……そいつができるなら、オブジェクトデータ以外も巻き戻せねえかな。
 あー……つまり、建物とかだけじゃなくて、人や魔族も。
 ラスベガスで死んだ人たちや……あるいは、滅ぼされたキングヒルや、ローウェルに消された軍隊も」

アルメリアは首都が滅び、正規軍も『侵食』で消滅しちまった。
もう国としての体裁を保つことは出来まい。早晩他の国に取り込まれるだろう。
大陸の覇権国家が突如として消滅すれば、空いたポストを巡って戦争だって起こり得る。
レプリケイトアニマで大地の栓をぶっこ抜かなくても、アルフヘイムは滅びに向かっている。

もしもロールバックが可能なら、地球だけじゃなくアルフヘイムもニヴルヘイムだって救える。
そう考えたら、少しは希望が見えてきたのかもしれない。

>「そーだよな。ん! じゃあ、サッサとスクラップどもをやっちゃって!
 クソジジーもバーン! って吹っ飛ばして! このキレーな街、元に戻そーぜ!
 この街はミズガルズいちのカジノの街だったんだろ?
 んじゃ、一切合切終わった暁にはカジノでギャンブル三昧だー!」

「いいねえ。俺さ、海外旅行って言葉わかんねーからイマイチ怖くて行けなかったんだよ。
 でもブレイブには翻訳機能がある。英語赤点の俺でもその辺の看板の文字が読める。
 世界中どこでも行き放題だぜ。ラスベガスに飽きたら次はヨーロッパとか行こうぜ!」

クラフトビールの本場のドイツだろ、海鮮とかピザとかパスタとか美味そうなスペインにイタリアだろ。
あとアレだ、トンカツっていうかカツレツの源流を辿るとフランスのコルトレットに行き着くはずだ。
トンカツフリークとしては見逃すわけにいくまい。

118明神 ◆9EasXbvg42:2024/05/05(日) 01:02:36
>「ま……何か目標を持つということは善いことじゃな。
 目的のため、何としてでも生き残らねばという気になる。
 何にせよ――先ずは連中を何とかせぬことには始まらぬが、な……!」

ひときしりガザーヴァとはしゃぎ合っていると、カテ公が鋭く警告する。
意識を前に遣れば、そこには10人ばかしのイクリプスがたむろっていた。

「出やがったな、クソったれの侵略者どもがよ。
 お船に帰らねえで何やってんだ?本隊がしゃぶり終わった食いカスでも漁ってんのか。
 シケモク拾いに精が出ますねえ、スカベンジャーに改名したらどうすか」

>「……やっと出てきたのね。
 建物の中に閉じ籠って、ブルブル震えてるだけの相手じゃ埒もないと思っていたんだけれど――
 死ぬ覚悟が出来た、ってことかしら?」

>「ヘッ。そりゃこっちの科白だってーの。
 ザコを殺して最強気取りのテメーらに、ホントの最強ってのがどういうモンか教えてやるよ!
 お代は――テメェらの命でなァッ!」

ガザーヴァが吠える後ろで俺も中指を立てた。
両手で。奇跡のカーニバル開幕だ。

>「ははッ! 久しぶりの運動だァ! 明神――ボクは『遊ぶ』ぜえッ!
 命令はその後にしろよな!」

犬歯を剥き出しにして幻魔将軍がイクリプスに躍りかかる。
ライブでヘトヘトになってから半日も経ってないってのに恐るべき体力だ。
俺達がリューグーとガチバトルする中、ずっと歌っててフラストレーションが溜まってたのかもしれない。
いつも以上にテンションが上ってプレイできるのも頷ける。

俺はと言えば、ガザーヴァと対峙する槍使い以外の連中の動向に気を配りつつ、
眼の前で繰り広げられる剣戟の一部始終を目に収めていた。

ガザーヴァが敢えて単独で飛び出した理由。
暴れたいってのももちろんあるんだろうが、敵の手前隠したもうひとつの目的がある。
俺に、敵の出方を見せること――冷静に、俯瞰して見れば、イクリプスの立ち回りを分析できる。

奇しくも槍を得物とする者同士、ガザーヴァとイクリプスの戦いは熾烈を極めた。
目にも止まらぬ刺突の応酬。
ガザーヴァは踊るように身を躱し、返す刀で痛打を叩き込む。
対するイクリプスも、ビットみてえな小型の自律武装を展開し、波状攻撃を以て臨む。

加速度的に手数を増すイクリプスの攻勢に、追い詰められ始めたガザーヴァ――
その様子を目の当たりにしても、俺はちっとも怖くなんかなかった。

偽りの窮地を"エサ"にして、隙だらけの大振りを誘い込む。
ゲームでさんざん煮え湯を飲まされたガザーヴァの十八番。
幻魔将軍の悪辣なライフハックだ。

>「――なワケねーだろ、バーカ」

カウンターの蹴りに喉元を穿たれ、血の尾を引きながらイクリプスが縦回転する。
蹴られたイクリプスはおろか、周囲のギャラリーすら何が起こったか理解できないようだった。

119明神 ◆9EasXbvg42:2024/05/05(日) 01:04:21
>「……見切った? 見切った、と言ったの?
 この私の攻撃を? 最強の『星蝕者(イクリプス)』の攻撃を……?」
>「おーよ」
>「ふざ……けるなァァァッ!」

激昂したイクリプスが再度突貫するも、今度は一撃すらガザーヴァを捉えられない。
そして再びのカウンター。真芯を穿たれたイクリプスは、起き上がることも叶わずそのまま消滅した。

>「ンー。鹵獲作戦は無理かぁー。ま、そりゃそーだよな」

ガザーヴァは消えたイクリプスを最早顧みることすらなく、無感情にそう吐き捨てた。
怖え〜〜っ。
それ以上に強え……なんつう頼もしさだ……。
これが三魔将。ニヴルヘイム最強戦力の一角、その面目躍如だ。

>「ふん、旧作のキャラだからといって舐めて掛かるからこうなる。
 次は私だ、格の違いというものを見せてやろう」
>「いーぜ、いーぜぇ。
 明神、コイツの動きをよぉーく見てろよ。そしたら、コイツらの弱点がすぐ分かるハズだから」

槍使いの敗北を見届けた残りのイクリプスから新手が進み出る。
この期に及んで戦力の逐次投入をやらかしてんのは、未だにこいつらが俺達を舐め腐ってる証左だろう。
そして"その程度"の相手に負けるガザーヴァではなかった。

>「分かったか? 明神?」
>「コイツら、攻めのパターンが少なすぎンだよ。バリエーションに広がりがなくておんなじ技ばっか使ってくるから、
 それさえ見切っちまえば当たるワケねー、ってコト!」

「ははぁ……なるほど。こんだけしっかり見せてもらえりゃ大体把握できたわ。
 攻撃ボタン1個か2個くらいしかないのね」

言われてみりゃ納得の仕様ではある。
格ゲーじゃあるめえし、PVEのゲームで武器の振り方による駆け引きなんざ操作が無駄にややこしくなるだけだ。
強攻撃と弱攻撃、あとはボタン長押しで溜め攻撃くらいか?三種もありゃ十分コンボパーツは成立する。
そもそもの話として――SSSはまだ対人戦をシステムに組み込んでないんだろう。
シンプルな攻撃速度とステータスの差に惑わされがちだったが、付け入る隙はいくらでもあったんだ。

『こちらザ・ストリップ。イクリプスの攻撃モーションはおそらくクラスごとに固定だ。
 初撃の始動を見逃さなければカウンターを取れる。
 注意すべきは、始動がワンパっつう弱点はイクリプス側にもいずれ周知されるだろうってことだ。
 遠からず、モーションキャンセルによる隙潰しを編み出してくる』

カザハ君とウィズリィちゃんが繋いだ回線に声を投げる。
無双できるはずのイクリプスが『原住民』に何も出来ず敗北した――
このニュースはすぐに連中の母艦で共有されるはずだ。
あるいは今まさに、死んだ槍使いのプレイヤーがフォーラムあたりに書き込んでるかもしれない。

コンボの始動を潰されると分かってしまえば対策は不可能じゃない。
例えばダッシュとかジャンプとか、別のアクションを織り交ぜることによるモーションキャンセル。
あるいはキャンセルを前提にしたフェイントなんかにも気をつけるべきだろう。

120明神 ◆9EasXbvg42:2024/05/05(日) 01:05:42
>「先程は不覚を取ったが……。此度はそうは行かぬぞ。
 妾の虚構魔術、その精髄を見せてくれよう!」

エカテリーナが魔力を込めた紫煙を燻らせ、一帯を幻惑に包む。
イクリプス達は視界を奪われ、惑い、果てには同士討ちさえも始める。

『エンバースの推測通りだ。連中は回避できないタイプのデバフを初見で防げない。
 それから……奴らは死ぬと消滅する。ドロップアイテムは今のところなし。
 次は生け捕りと装備の剥ぎ取りを試そう。オーバー』

>「明神、頼むぞ。此処に居る者ども、皆アンチにするのじゃろう?」

さて、いい加減俺もぼっ立ちで観戦かますのを終わりにしよう。
魔力を調節してボイチャの回線をガザーヴァとエカテリーナだけに設定する。

『カテ公、今から共有する俺のイメージに沿って虚構魔術で幻影を構築してくれ。
 ガザーヴァはマゴットと一緒に指示したタイミングで攻撃を頼む。
 俺達で……SSSをクソゲーにしてやろうぜ』

ボイチャ魔法は通常声を伝えるだけのものだが、魔術を齧った俺ならもう少し踏み込んだ仕様に改造できる。
言葉にする前の漠然としたイメージ。映像めいたそれを、高速かつ齟齬なく相手に伝えられる。

エカテリーナの虚構魔術で創るのは――巨大な狼。
リバティウムでライフエイクと戦った時にカテ公が身に纏った、近接戦特化の虚構の拡大版だ。

「オオオオオオォォォ――ッ!」

巨狼が咆哮し、イクリプスの集団めがけて突貫する。
カテ公の虚構は単なる幻影じゃない。その爪にも、牙にも、実体がある。殺傷力がある。
アスファルトを切り刻みながら疾駆し、イクリプスの一人に剛腕を振り下ろした。

当然、敵もただ漫然と立ち尽くしているわけじゃない。
迎撃に光弾を放つ。米軍の戦車を装甲ごと焼き尽くす威力を秘めた光の束が巨狼に殺到する。
直撃――だが、虚構で造られた巨狼は止まらない。毛皮の各所を焦がしながらも一切速度を減じることなく爪を振り抜く。
イクリプスは鎧を抉り取られ、吹き飛んで建物の壁に激突。そのまま消滅した。

「ぎゃはは!ワンパンじゃねえか!もしかしてですけどぉ……強靭がカスであられる!?」

仲間のデスを横目に見ていた残党達が一斉に武器を振るい、巨狼に突き立てる。
30ミリの鉄板をぶった斬れる日本刀も、戦闘機を小枝みたいに振り回す握力も、巨狼の動きを止められない。

虚構魔術の真骨頂、その一つは『虚実』を織り交ぜられることにある。
爪も、牙も、殺傷力を有する部位は本物だ。そしてそれ以外の肉体を構築する全てを幻影で造った。
そして同時に、『攻撃した手応え』を幻影で再現することで、実体がないことを悟らせない。
攻撃してくるのに攻撃が通じない理不尽の塊みてえな巨大ボスの完成だ。

ゲームをクソゲーに変える明神メソッドその1――『ずっと敵のターン』。
とりわけ高難度のアクションゲームは、アクションでありながら"ターン制"のバトルと表現される。
敵の猛攻を凌ぎ、隙を見つけて反撃し、怯ませ、追撃を叩き込む――
これはすなわち、敵のターンをいかにして生き残り、自分のターンに攻撃を入れられるかっつうターン制の様式そのものだ。

では、敵が一生隙のない出し得モーションを擦り続ければどうなるか。
反撃しても怯まず、攻撃を継続してくればどうなるか。
――ただひたすらに敵が暴れまわるのを眺めるだけの、敵だけ楽しそうなクソゲーが爆誕する。

121明神 ◆9EasXbvg42:2024/05/05(日) 01:06:23
「おやおや?どうした?反撃が来ねえな?試合放棄かな???」

巨狼が再び吠え、そのあぎとにイクリプスを捉える。
対するイクリプスは――迎撃の無駄を悟ったのだろう――回避を選択した。
ジェットパックと思しき背中のスラスターを蒸かし、横っ飛びに牙を躱わす。

『――ぶちかませ、ガザーヴァ』

巨狼の側面に回り込んだイクリプスへ、ガザーヴァが槍の一撃を叩き込む。
『巨狼の中から』だ。実体のない部分に、姿を消す虚構を纏わせたガザーヴァを潜ませておいた。
牙の届かない位置に退避していたはずのイクリプスは、完全に想定外の位置から不可視の攻撃を食らう。
鎧ごと胴体を貫かれ、そのまま消滅した。

――クソゲーメソッドその2。『当たり判定詐欺』。
敵の攻撃を紙一重で躱したはずなのに、亜空間じみた広い攻撃判定に引っ掛かってダメージを受ける。
実際は透明化した別の攻撃を食らったわけだが、イクリプスが真相を把握することは不可能だろう。

奴らはβテストに手を挙げる程度にはゲームをやり込んでるタイプのプレイヤーだ。
アクションゲーに親しんでいればいるほど、不自然なダメージを『理不尽な当たり判定によるもの』と納得してしまう。
そして「今の避けただろうが!!!」とコントローラーを投げるのだ。
俺もめっちゃ経験あるからよく分かる。

「――――!!」

不意に爆発。巨狼の牙が弾け飛ぶ。
見れば、巨大なマシンガンを抱えたイクリプスが後方から巨狼の牙を狙撃していた。
……そろそろこの理不尽なクソゲーに対応してくる奴が出始めたか。
実体がある牙や爪を狙えばダメージを与えられると気付いた奴がいるらしい。

『エカテリーナ、プランB』

すぐさま指示を投げると、狼がその巨体を光の粒に溶かして消滅した。
そして戦場から100メートルほど離れた地点に再出現する。
巨狼にはローウェルの指環を仕込んである。ターゲットマーカーにも表示されたんだろう。
イクリプス達は即座に巨狼に飛びかかり、見極めた弱点部位へ攻撃を加える。

巨狼が消滅。
そしてまた、離れた地点に出現した。

――クソゲーメソッドその3。『露骨な遅延行動』。
攻撃を受けたら即座に姿を消し、場所を変えて再出現する。
消えている間は当然攻撃できない時間だ。仕切り直しを頻繁に挟まれれば当然ストレスはマッハに達する。

終わらない敵のターン、不自然な当たり判定、無意味に長引く戦闘時間――
高難易度と理不尽を履き違えた数々のクソゲームーブを積み重ねられて、イクリプス共の脳みそは沸騰寸前のはずだ。
トドメの仕込みを打つときが来た。

「『幽体化(エクトプラズム)』――プレイ」

安置になってる建物内に退避し、幽体離脱で身体を抜け出す。
幽体は攻撃はおろかスマホを持つこともスペルを手繰ることも出来ないが、今からやることに支障はねえ。
巨狼に翻弄され続けているイクリプス達のもとへ駆け出した。

122明神 ◆9EasXbvg42:2024/05/05(日) 01:07:12
「イクリプスの皆さん!こんにちは!!うんちぶりぶり大明神です!!!
 『星触のスターリースカイ』のβテストはお楽しみいただけていますでしょうか!」

カテ公の『扇動』の効果で拡大された俺の声は、戦場を飛び回るイクリプスの全ての耳に届く。

「ああ?クソ判定の狼がウザい?そうでしょうともそうでしょうとも!
 おたくのナイ君と相談したんですよ、『簡単にクリアされたら悔しいじゃないですか』ってね!
 あの狼ちゃんはテコ入れの結果ってわけ。
 正式リリースの暁にはこういう"歯ごたえのある"敵をバンバン実装していく予定だから、みんな楽しみにしててね!」

瞬間、俺の首が飛んだ。
イクリプスの一人が瞬間移動めいた速度で接近し、刀を横薙ぎに振るっていた。
だが今の俺は物理的に相互の干渉ができない幽体だ。落ちてきた首は元の胴体に収まった。

「駄目でーす。さっきも言ったろ、俺はナイと内通してんだって!ナイだけに(笑)。
 あのクソボケナビと同じ存在なの!ちゃんと最後まで話聞かないと実績解除されないよ??」

クソゲーメソッドその4!『ウザいNPC』!!!!
クエスト依頼者とかにありがちな厚顔無恥で上から目線の要求してくる奴!
護衛対象とかで弱いくせに謎の義侠心を発揮して先走って敵の渦中に飛び込む奴!
ひたすら話が長くてくどくてうっとおしい奴!
クソムカつくのに殺せないNPCの存在もまた、ゲームをクソゲーに変える要素だ!!
ナイ!おめーのことだぞ!!!!

――ブレモンとSSSで客層が大きく異なる以上、イクリプスの殆どはブレモンを『同じ運営の旧作』としか捉えてない。
ブレモンの知識が多少でもあるなら、ガザーヴァの持ってる神代遺物相手に無警戒に飛び込むはずもない。
俺が本当にナイと同質の存在なのか、それとも『幽体離脱』で魂だけになってるのか、判別する術がない。

「さて、自己紹介も済んだことだしそろそろ本題に入りますか。
 俺はナイ君と違って本題に入るっつったらちゃんと本題に入るからね。
 その辺あの子にも見習ってほしいものですね。今日は皆さんに、重大な発表があります」

息を吸う。たっぷり"溜め"を作る。
こういう無意味な『間』も、人をイラつかせるテクニックだ。

「僕の考えたSSSの18禁同人誌のタイトルを発表します。
 ――『生殖のスターリースカイ』(笑)」

クソゲーメソッド、最後のひとつは……『没入感の否定』。
ゲーム、特にRPGってジャンルのキモは"ロールプレイ"、キャラクターを『演じる』ことにある。
プレイヤーはその世界に生きるキャラクターとなって、世界を救ったり仲間を助けたり強大な敵と戦ったりする。
感情移入したキャラクターの成長や成功を追体験することがRPGの楽しさの本質と言って良いだろう。

良質なゲーム体験には、作品世界への没入が不可欠だ。
そしてそれは、アクションRPGと銘打つ以上SSSにおいても変わりない。

安易なメタネタや公式の悪ノリで冷水をぶっかけられれば、現実に引き戻されて……萎える。
そういうクソゲーの数々を、俺はいくつも見てきて、その度にGEOに駆け込んできた。

さあ、SSSをクソゲーに変える手札はこれで品切れだ。
イクリプスが萎え落ちするか、クソゲーを続ける気概のある奴が現れるか。
分の悪い賭けが始まった。


【虚構魔術をフル活用して高難度と理不尽を履き違えたクソボスを構築
 プレイヤーの没入感に冷水を浴びせかける】

123ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/05/08(水) 14:27:49
>《それじゃ、こういうのはどうかしら。
 ジョンさんの言う通り、チームはスリーマンセルが三つ。
 ナユタとエンバースさん。カザハとジョンさん。それからミョウジンと――》

>「別に『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』でペアになんなきゃダメってワケでもねーだろ。
 トーゼン、ボクは明神についてく。明神だろ、ボクだろ、んでマゴット!
 それでスリーマンセル成立だ。ヤマシタとガーゴイルはいつでも呼び出せるから除外で」

>《んん……、何かバランスが悪い気がするわね……。
 それに、マゴットもミョウジンのパートナーモンスターでしょう?》

「僕はカザハと二人っきりで構わない…とういか僕の戦い方に大所帯になられても…邪魔になると思う…お互いに」

カザハの能力的には大人数のほうがいいのだろうけど…カザハはスキルの性質上とっても目立つ。
大人数にバフをかければそれだけ効率はあがるが…それに比例して敵のヘイトを買う事にもなる…。

明確な人数不利な今…カザハが歌わない事に越したことはないが…。

>「ザ・ストリップはこの地で最大の激戦区。今現在うろついておる敵も多い。
 此方としても頭数は少しでも多い方がよかろう、どうじゃ? 明神」

>「え〜?」

あぁ…この二人の会話を聞いてるだけで絶望的な今の状況を忘れられそうだ。
暗すぎるのはダメだ…気が滅入る。明るく…落ち着いてこれからの物事に対処しなければ僕達に明日はない。

>「そんな顔を致すでない。
 人命優先で逃げながらの持久戦を展開すればよいモンデンキントやカザハらと違い、
 其方らは戦いながらアンチを増やす持久戦を展開せねばならぬ。
 ならば、必ずや妾の虚構魔術が役立つであろう。多数の敵を翻弄し手玉に取る、それが虚構魔術の真骨頂ゆえ」

まあ…もうちょっとだけ…危機感を持った方がいいかとも思わないわけではないけど…。

「まあまあ…遠足じゃないんだから…わがままいわずに…なゆもなにかいって………」

なゆは眠っていた…。

>「正直あまりいい兆候ではないけど……そっとしておくって事には同意見だ」

これは…本当に疲れているから寝てるのか…?

そんな…よくない不安だけが僕の中で溜まっていく。
仕事柄…気絶するように寝たり本当に気絶した人間を見てきたが…このなゆの状態は…

「…早く終わらしてみんなで…遊びにでもいこう」

不安を口に出すよりも…一刻もはやくなゆを解放してあげよう…そう誓うのだった。

124ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/05/08(水) 14:28:00
>「私と兇魔将軍はこのワールド・マーケット・センターにいるわ。
このラスベガスで一番大きな収容施設がここになるから、生存者はどんどんこっちに運んできて頂戴。
怪我人がいれば治療するし、休ませる場所だってあるでしょう。
道中、医薬品や治療道具、食糧……なんでもいいから、役立ちそうなものがあればそれも送ってくれると嬉しいわ」

>「オレも打って出たいところだが、已むを得ん。
 ニヴルヘイムの同胞たちを発見したら、これを見せてやれ。
 大人しく貴様らに従うはずだ。その者たちも此処へ連れてきてもらおう。
 保証は出来んが、作戦に有用な力を持っている者も確保できるやもしれん」

「わかった…ありがとう」

僕はイブリースからメダリオンを受け取る。

>「三魔将の割符! あったなぁー、そんなの! オマエまだ持ってたんだ?
 パパから貰ったものなんか全部捨てたと思ってた!」

>「……まあ……な」

イブリースは顔を逸らし少し恥ずかしそうにしている。
彼にとってこのメダリオンは大事な物なのだろう…それを躊躇もなく僕に渡す…。

僕の一人よがりかもしれないけど…少しだけ…絆を感じた。

>《みんなのスマートフォンからも、マップを閲覧できるようにしておいたわ。
 それから、この回線も常時開放しておくから。生存者がいたら報告して頂戴。
 こちらから『門』を開いて、ワールド・マーケット・センターに収容できるようにするわ》

>《探索の際は、こまめにセンターに戻ってきて適宜補給と回復を受けて頂戴。
 それから、連絡は密にね。どんな小さなことでも、何か異常があればすぐに報告して。
 こちらからも常にモニターはしているけれど、相手は未知の敵よ。
 何が起こるかまったく予想できないから》

「しかし門…便利だね」

多人数が使用できる移動手段が弱いわけないが…余りにも便利すぎて…
だが今現在僕達が持ちうる手段や技術の中で明確な有利を取れている部分である。

>「行った先からこっちに帰る用の門はいつでも開ける……ってこと!? すごいじゃん!」

不利な状況で相手に勝つためには自分たちの有利を押し付ける必要がある。

>《このワールド・マーケット・センターやマンダレイ・ベイなどのホテルは外から攻撃されても破壊されないと思うし、
 『星蝕者(イクリプス)』に侵入されることもないと思う。
 彼女らにはマップ上の敵を倒すことはできても、障害物として配置された建物を壊すことは出来ない。
 だから、戦闘の際は地形も効果的に使うことが出来るわね。ビルなどで射線を切れば、相手の攻撃は届かないということ。
 でも、先程の戦闘を見るに……マップ上のオブジェクトに干渉することは出来そうだったわね。気を付けて頂戴》

「オブジェクトを動かして…自分達じゃ直接破壊できないものを破壊できる可能性があるって事か?…あ〜…こうゆうの考えるのは苦手なんだが」

そういえば戦闘機を振り回してる奴もいたっけ…はあ〜…まあ…今から僕の頭で考えてもまともな案はでないだろう。

>《それと……メトロや下水道は通常のマップとして認識されているとの結果が出たわ。
 つまり、『星蝕者(イクリプス)』にとっても侵入は可能、ということね。残念だけど》

「どっちにしても気を抜くつもりなんてなかったから関係ないさ…」

>「基本は下水道を通っていくことになりそうね。スラムがあるのだったかしら?
 ……エーデルグーテで私たちが『永劫』の賢姉に対抗していたときと同じようなものかしら。
 あのときも、私たちは聖罰騎士の手を逃れて信徒たちを隠し村へ保護するのに、地下に広がる万象樹の根を使っていたから」

スラムか…この緊急事態だ…もし騒ぎになったら少し黙ってもらう必要があるかもな…なるべく平和にね

>「そうだね。我々の行先は一番生存者がたくさんいそうだ……。
ジョン君、敵の情報収集は他のチームに任せてさ、敵がいない下水道で行こう。
一人でも多く助けようね……!」

「あぁ…そうだな!」

125ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/05/08(水) 14:28:17
>「作戦は決まりじゃな。
 ならば、善は急げじゃ。さっそく出立を――」

「………なゆ」

>「ぅ……ん、んん……。
 ……はっ!? わ、わたし、寝てた? ゴメン! こんな大事な話してるときに……!」

>「大丈夫、大丈夫! 今ちょっと寝られたから、元気いっぱい! 体力マックスだから!
 ね、カザハ、わたし寝てる間に寝言とか言ってなかった? ヨダレ垂れてない?」
>「やめとけ。空元気なのは見れば分かる」

なゆはもう限界だ…このままいけば戦闘中に突然気絶する事すらありえる。

>「その状態で外へ出るのは危険だ。
 ……オレがお前の代わりに行く。お前はここで継承者と一緒に、生存者の保護に当たってくれればいい」

本当なら無理やりにでも…止めるべきだ…絶対に戦場にでるな…と。しかし…

>《そうね……。その方がいいかもしれないわ。みんなはどう?》

しかし…

>「ありがとう、みんな。
 わたし……行くよ。何があっても、ここは行く。後ろで待ってるなんて出来ない」

>「マスター、でも」

>「最後まで歩きたいんだ。みんなと、一緒に」

>《ナユタ――》

>「……連れて行って。エンバース」

>「今度は俺が応える番だ。好きなだけ俺を頼りにしろ。どこへだって連れて行ってやる」

なゆは…だれがどうみても…限界だ…これ以上戦う事なんて…できてもするべきじゃない…それでも…
この戦いに決着をつける為に…この物語を平和に終わらすために…なゆは絶対に必要だ。

>「さあ――行こう!
 わたしたちの助けを待ってる人たちを保護して、『星蝕者(イクリプス)』も倒す!
 そして最後にはローウェルをやっつけて、ブレモンがまだまだ伸びしろのあるコンテンツだってことを教えてあげなくちゃ!」

僕がやらなきゃいけない事は無駄に反対して騒ぐ事ではなく…一刻も早くこの馬鹿げた戦いを終わらして…なゆに平和を…世界に救いもたらす事…。

「あぁ…必ず認めさせよう」

126ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/05/08(水) 14:28:36
…とかっこつけ勇んできたものの…僕とカザハはお世辞にもきれいでもいい匂いでもない場所を歩いている…いわゆる下水道って奴だ。
フレモント・ストリート・エクスペリエンスを目指して進軍中である。

カザハはなゆ達と別れてから何か考え事をしてるようだ。なゆの体調を気遣っているのだろう。

>「羽根……生えてる。きっと、ジョン君のことを助けたくて進化したんだろうな……。
見て、カケルと似てる」

カザハの不安を感じ取ったのか…部長がカケルの背中によじ登る。

「今はこれ自体で空を飛べるわけじゃないけど…空中で方向転換をこれでする事はできるんだ
パッシブも強くなったし…これから部長はもっと強くなるぞ!」

「にゃー!」

>「あの羽根、モフりたい……」

うーん存分にモフらせてあげたいけど…今は前を警戒しなきゃいけないからまた後でねと伝える。
しかしこの匂い…部長が普段よりも険しそうな顔しているのも納得の臭さである。

>「下水道ってなんかすごくファンタジーRPGのダンジョンっぽいね……!
ここ、地球のはずなのに変な感じ……!」

「たしかに…道を逸れれば宝箱があるかもしれないな…いや冗談だよ」

リューグークランとの一件があったからだろうか…会話がぎくしゃくする。
恥ずかしいのと何を言っていいのか…しかもあんな事があった直後に二人っきりになるなんて…クソ…どうしたらいいんだ…?何を話したらいいんだ…?

クソ…ヤングなボーイでチェリーでもあるまいになにを狼狽えているんだ僕は…!

ひじょーーーーに気まずい沈黙が流れる。その沈黙を破ったのはカザハだった。

>「ジョン君……まだちゃんとお礼言えてなかったからさ。
リューグークラン戦のとき、ありがとね。
キミだって本当は人に生命力を分け与える程の余裕は無かったはずなのに……。
……思い返してみれば最初からずっと守って貰ってたよね。それこそ明神さんとデュエルした時から。
頑張って守ってくれるの、すごく嬉しいんだ。そんなの駄目なのに。
本当は間違っても我のために怪我してほしくないし無理させたくないのに……!
どうしよう、心が二つある……!」

「何言ってるんだよ…僕を守ってきてくれたのは…君じゃないか」

この世界にきてずっと必死に目の前を走ってきた。
流されそうになるほどの情報量にひたすら流されて…見たくない真実さえも強制的に見させられた。

裏切りを本気で画策した事もあった…
心が折れて自分の人生を諦めようとしたことさえあった。

それでも僕が今ここにいるのは…

「僕は…したい事をする…そうゆう風に僕がしたいって思えるようになったのは…君のおかげなんだ…だから素直に僕を頼ってくれ…カザハ」

ところで…

「ところで…さ…その生命力を分けたくだりなんだけどさ…あの時は無我夢中でっていうかその…あの…くち」

「ニャッー!!!」

部長が生存者の匂いをキャッチしたらしい。話を切り上げ歩くスピードを速める。

>「あ……、あんたたちは……?」

よかった…生存者はどうやら無事のようだ…数も概ねレーダーで予測した数と一致する。

「安心してください。私たちは救助隊です…すぐに後続の救護部隊の所にお連れしますのでこの場所にいる者達をここに今すぐ集合させていただけ…」

>「落ち着いて聞いて。こんな姿だけど、敵じゃない。
広い意味ではあなたたちと同じ世界の存在で、サ終阻止……って言っても分かんないか!
えーと、要するにあの制服のやつらに対抗する勢力……!
我々が来たからにはもう大丈夫だからね! あいつらの好きなようにはさせない!」
>「ワールドマーケットセンターを拠点にしてるんだけど、
そこにいけば仲間の高位の回復術士と強い護衛がいるから、ここより安全だと思う」

一般人に突然魔法とかいっても通じないし…混乱させるだけだが……がまあ仕方なし…門の説明もしなきゃいけないからそのほうが手っ取り早いか…。

>《転移門を開くわね》

「皆さん…詳しい説明はこの先で行う者がおります」

127ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/05/08(水) 14:28:55
やはり門で移動する事に抵抗のある人達が少しの間渋っていたがなんとか移動させる事に成功し…また下水道で移動を再開する。

>「どういうこと!? こんなところに生存者……!?」

マップを見ていたカザハから下水道に生存者がいるのを発見して。
普通の人間がこんな所をうろついているとは考えにくい気がするが…。

>「行こう! 襲撃を受けて下水道に逃げ込んだのかも……!」

どっちにしろ僕達に選択肢はない…なるべく早く向かう事にした。

>「おやおやおやぁ〜?
 ドブネズミみてゃぁーに下水道を伝って悪さしとるヤツがいると思ったら――」

>「アンタらかにゃ。アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たち」
>「よーっ! こんなトコでまで会うだなんてキグーだなぁー! ははッ!」

星蝕者ではなかっただけマシといえばいいのか…やはり避難民などではなかったな。

>「ナルホドにゃァ……『星蝕者(イクリプス)』の寄り付かない下水道を使って人命救助とは、
 なかなか考えたもんだにゃ。
 ただにゃぁ……そんな小細工、アタシたちには通用しにゃーて。
 アタシもロスやんも、地下を通るのは得意だで」

>「そーゆーコトだ!
 でもさ、よかったー! 師匠のめーれーでこの世界に来たんだけど、何が何だかわかんなくてさ!
 イスリクプ? ってやつらも、おれたちのいうことぜんぜん聞いてくれないし……。
 おもしろくないなーっていってたんだよ! なー、エリ!」

「なるほどなるほど…じゃあ…お前等は『敵』なんだな?」

クソ猫と問答してる時間は僕達にはない。
しかしも星蝕者と繋がってると分かった時点でかける慈悲もない。

「クソ猫…お前にはカザハの件でも貸しがあったよな………口だけ聞けるようにすればいいか」

>「とっ……とにかく、おみゃーさんらを見つけてまった以上、見過ごすことはできにゃぁンだわ。
 大人しく観念してちょぉ?」

「僕がお前を許すと思うのかッ!」

カザハに地面に頭を凝りつけて謝罪するまで痛めつけてやるっと思ったその瞬間…間に割って入る形で乱入者が現れる。

>「こんなところに隠れていたとは……地上をいくら虱潰しにしても、下らない雑魚しか出てこない筈ですね」

>「うちのチーム、基本戦闘しない想定だったから手薄なんですよ……!」

「あぁ…もうこっちもあっちも失言だらけじゃねーか!!!!」

128ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/05/08(水) 14:29:12
>「あ、あの……」
>「え、ええと、その……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を見つけて、『星蝕者(イクリプス)』の皆さんに報告したのは、
 アタシたちだで……どうか、ナイ様にはよしなに……」
>「褒美にありつきたいと? 浅ましい……やはり時代遅れの旧作のキャラは思考が低俗ですね。
 いいでしょう。忘れていなかったら伝えますよ」
>「……あ、ありがとうございます……にゃ」

「おい…僕が…言うのもなんだが…お前それでいいのか?」

どうやらクソ猫の組織内力関係はこれではっきりした。それだけでも収穫ではある…あるのだが…。

問題は…もうエンカウントしてしまって逃げる事は不可能だって事だな。

>「ウィズリーちゃーん! 門開いてー! 門!」
>「早速逃げ帰ろうとしとるこの人……!」

「何言ってるんだカザハ!だめだ!避難所を危険に晒す事は絶対にできない!」

>「今の冗談! 冗談だから! 開かなくていいよ!」

「早く応戦する為の魔法の準備をしろ!はやく!!」

油断している今しか僕達のチャンスはない。

>「マリスエリスとロスタラガムに見つかっちゃった! イクリプス20人ぐらいと戦いになりそう……!」

>「ジョン君、大丈夫だからね……!
多分みんな忘れてるけど! 我、ゲームで言ったら多分レイド級か少なくとも準レイド級だから……! 知らんけど!」

「いいから準備しろって!!」

クソ猫との会話を終えたのか星蝕者が一斉にこっちに振り向く。

>「さて。では、始めましょうか。誰が殺しても恨みっこなし――ですよ!」

>「ああああああああああああああ! やっぱりいいいい!
少数を大勢でボコるのはああああ! 良くないと思ううううううう!」

まだ接近してくるタイプはまだいい…だが…出鱈目に乱射してくる銃タイプが厄介すぎる!!

>「テンペスト・ヘイスト! 我のことは気にしないで基本避けてね!」

そう…僕にも余裕などない…!急所に…一撃でももらえば余裕であの世行きだ!

「フン!」

横の壁を蹴り瓦礫…埃で視界を奪うついでにたまたま破った先の空間に飛び込む。

「カザハ!」

>「アトモス・リフレクション!」

煙によるリアルな妨害も…幻覚のような魔法的妨害も…問題なく適用される…!それなら勝機は…ある…!

狭い地形に必要以上の大所帯…それに埃による大量の煙に幻覚…ここまでくれば当然ヘタに撃つわけにはいかないはずだ。
僕は狼狽えていながらも…それでもなお僕を倒さんと前進してくる星蝕者に向かって走る。

「狙うのはお前だ!」

銃を持っている敵の高等部に目掛けて拳で一撃。よろめいたところに更に更に両手で一撃を食らわせる。
そしてそれで止まらず床に倒れた相手の頭に目掛けてサッカーボールのように蹴り上げる。

近接タイプが僕に気づいて振り向く。

「部長!」

部長が光刃を持った星蝕者の一人の肩に噛みつくそして星蝕者はそれを腕で払いのけようとする。
しかしはがれない…いくら強靭な力を持っていてしても肩を引きちぎるような覚悟で剥がそうとしなければ部長は決して外れない。

判断ミスだったな…武器でさっさと振り払えばワンチャンあったろうに…ま…部長に齧られて正常な判断できる相手はすくない…
そうゆう風に…人間が一番冷静でいられなくするためにどこをどう噛まれれば一番いやなのか…部長を僕が訓練したから。

「おらあ!!」

部長に注意が向いていた星蝕者の顔面に鋭い蹴りを放つ。

幻覚を浴びそれでもイノシシのように突出した二人をなんとか倒す。

129ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/05/08(水) 14:29:24
星蝕者を倒した…それも無傷で……いや…無傷…とは言えなかったか

「クッ…」

星蝕者を殴りつけた手や足から血が流れる。

「くそが…どんだけかてえんだよ…」

星蝕者の会話を聞く限りカザハの方も何人かやったようだ…大金星の勝利ではあるが…

「たかが数体って事か…」

星蝕者はまだ大量にいる…今は幻覚や目くらましでまだ満足には動けないが…。
その内暴れ出す奴もでてくるだろう…味方を巻き込んでもだ。

カザハと距離を取らされ…シンプルに人数不利…
それにクソ猫と…脳筋のお仲間までいるような状態だ…どうすればいい…

「そうだ…こいつらの装備を剥げば…!」

そう思い僕は倒れた星蝕者に触れる。もうピクリとも動かなくなった星蝕者をみて一瞬【あれ…僕もしかして…殺った?】と思ったが
星蝕者の体はフアアという効果音と共に光になって消えてしまった…装備ごと。

「…クソッタレ」

考えろ…どうすればいい…カザハと僕…二人をこの場から五体満足で脱出する方法を…
とりあえず合流しなければいけない…それから…合流して…それから…

どうにもならない。

圧倒的に人数不足だ…逃げるにも…立ち向かうにも人数が足りない。

不意打ちで何人か倒す。しかしカザハと僕の間にはまだ大量の星蝕者がいる。

ババババババッ

幻覚の効果が弱まり僕に目掛けてなんとなく連射し始める奴まで現れた。
壁を壊したり横道を増やす事で逃れ逃れやってきたが…僕がその銃の標準に捉えられるのも時間の問題だろう。

部長のスキルを使って正面突破…?囲まれた状態じゃだめだ…それこそ一斉攻撃を浴びて終わってしまう!

>「終わりだとかみんな消えるとか……そんな……そんな悲しい事言わないでよ!
吟遊詩人のキミなら分かるよね!? ブレモンの音楽が素晴らしいってこと!
だったら、そんな音楽が彩る世界もきっと素晴らしいんだ……!
大体キミはまだ本領発揮してすらないじゃん! 吟遊詩人のくせに最後まで本職で戦わずに終わるつもり!?
それとも何!? 看板に偽りあり!? 肩書だけのフレーバーだったの!?」

迷っていた僕にカザハの叫びが聞こえる。

>「二人とも聞いて! これがブレイブ&モンスターズの通常戦闘曲「バトル1〜勇気の魔法〜」ヴォーカライズバージョンだ!
見てて! 吟遊詩人とパワーファイターは最高の組み合わせなんだ!」

130ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/05/08(水) 14:29:40
声が聞こえる…音楽が聞こえる。

その圧倒的な歌唱力に星蝕者すらも動きを止め…聞きほれる。
僕はその隙にカザハの元に走る。

>「ジョン君! かっこいいところ、あの二人に見せてあげてください!」

「あの二人!?」

それってクソ猫と脳筋って事!?
二人の顔を見る。二人は完全にカザハの観客と化していた。

一体なにがなんだかわからない…わからないが…

「やればいいんだろ…殺れば…!」

いつもの事だが魂に響く歌声は…いつ聞いても気分が昂ぶる…例え場所がこんなきったねー下水道だろうが…。
しかも今回は更に…湧き上がる力を感じる…感情の昂ぶりを感じる。

「この…気持ちはなんだ…?…いうならば…そう!…RPGで即再行動を付与されたかのような高揚感!」

自分でも何を言ってるのかよく分からないが…理屈ではない…興奮・高揚…とにかく言葉には言い表せないレベルでの気分の…高まりを感じる。

「いくぞ部長…今ならこんなザコども相手にすらならん…そんな気がする
「雷刀(光)(サンダーブレードユピテル)」プレイ!」

部長に雷刀を装備させ自分はローウェル印のナイフを出す。
残念だが僕には…かっこいい刀より…無骨で…性能重視のこのナイフがしっくりくる。

正々堂々と…星蝕者の集団に向かって部長と共に歩いていく。

「力が…全身に行き渡る!」

【闘いの唱歌(バトルソング)】

「掛かって来い…不意打ちオンリーで焦れてきた頃だろ……はやく来い!
弱い僕と部長が…弱いからこそ…辿り着いた境地を見せてやる。」


僕に同時に二人光刃で切りかかってくる。僕は冷静に目の前の星蝕者に対処する。
攻撃を最低限の動きで避けナイフを首元を掻っ切る。

さっきの戦闘で敵が完全な行動不能状態になると消滅するという情報を手に入れた事が大きかった。相手が死なないと分かれば…僕も全力が出せる。
スポーツとしての技術ではなく…正真正銘殺人の為の技を。そしてそれは部長も同じである。

もう一人も僕に向かって武器を振り下ろそうとする。しかしそれは叶わない…部長に阻まれて。

「にゃ」

指輪の効果で歌の効果が跳ね上がり…そしてまた指輪の効果で雷刀の鋭さもまた飛躍的に上昇している。
重装備してる部位ならともかく…全裸のように露出してる肌を切り裂くなのに…その刃の鋭さは十分すぎた。

一斉に星蝕者達が引く。

一人のブレイブとそのパートナー…それに星蝕者全体が受け身に回る異常事態に場が混乱する。

近接武器だけなら恐れる必要なし!そう誰かが叫ぶ。
その言葉に僕はニヤリと笑いナイフを構える

「本気を見せてみろ!」

【護りの祝詞(ガードフォース)】

銃の乱射攻撃がくる…それを僕は…ナイフで…弾いた。

バババババババッ
キンキンキンキンキンッ!

「僕は…もう二度と…僕の歌姫の前で無様な姿見せないと…誓ったのだ。」

半分ほどの弾丸弾き返した…跳ね返した弾丸は発射した者や近くの者に跳ね返り相手を行動不能に追い込む。
実弾系ならば…バフの恩恵もあればできないことはないというのが分かった。
音楽だけではなく…自分が成長しているというその感覚も上乗せされば今の僕の調子はピークに到達していた。

ちなみにもう半分は僕の体に着弾した。

…痛い…急所にきた分は全部跳ね返したが…さすがに弾幕全てを返すには…身体能力というより動体視力が足りていなかった。
全身から結構な血が噴き出してくる…やはり…冷静に考えてリスクとリターンがあまり合ってなかった。その点は反省点である

しかしここでカッコ悪い姿を見せるわけにはいかない…!

「…それだけか?」

しかし歌姫にかっこいい所を見せてと言われたのだ…この程度で…大騒ぎしてなるものか…!

「残念だが次はない…!「雄鶏乃怒雷(コトカリス・ライトニング)」プレイ!」

指輪の効果で範囲も威力も増大された雷は…この狭い下水道では避けようがない…。
この雷そのものは致命打足りえない…がしかし…だ

【疾風の賛歌(アクセラレータ)】

「そして雷に一瞬硬直した奴…焦って回避を入力した奴…どれも僕と部長は…逃がさない」

容赦なく隙を狩り続け…ついに星蝕者グループ第一群の最後の生き残りにナイフを向ける。

「これが人間とモンスターの協力プレイ…そして歌姫の力も借りた…ブレイブの新境地…三位一体の力…!
現実…ってのがなにかはもう僕にはわからないが…戻ったらみんな伝えてくれ…そして宣伝してくれ
ブレイブ&モンスターズは仲間と共に無限のビルドを作れる神ゲーだ…ってね」

そうして最後の一人の首を刎ねる。

131ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/05/08(水) 14:30:10
「どうだカザハ…僕は…僕達は…かっこよかったかい?」

ただ一つ問題があった…今…僕は表面だけ見れば僕は星蝕者達を相手に正面から圧倒した。
しかし実際の所普通の人間(と思われていた人物から)の一撃必殺の不意打ちでしかない。
僕に倒された星蝕者達はカザハの歌にバフ効果があるなんて思いもしなかっただろう…複数の初見殺しが内包されたスーパー初見殺しである。

しかし…これからすぐにくる第二群である後ろからゾロゾロ現在進行形で増えている星蝕者援軍連中には…手の内がバレてる可能性が高い。

「さて…力も…かっこよさも…ブレモンの可能性も…いま見せた通りだ
本当はまだとっておきもあるにはあるんだけど…小回りが色々と効かなくてね…」

カザハが僕にかっこよく戦えと言った理由はなんとなく察している。
クソ猫…もといマリスエリスとロスタラガムを…仲間に引き入れようとしているのだと…。

このまま僕とカザハだけでは…敵ごと引き連れて撤退し生存者の命を危険に晒すか…もしくは…ここで死ぬしかない。
がしかし…この二人が仲間になるなら…話は別だ。

星蝕者第二群はこの惨状をみて…明らかにカザハを警戒している…数でカザハに詰め寄られたら僕だけでは守り切れない。
そもそも…今回は下水道・不意打ちだったからよかったものを…広い場所で冷静に空飛べばいいじゃん。そう気づかれた時点でこの戦法は破綻する。

今ここで…この二人を仲間に出来なかったら僕達は詰む。
最低でもここからの脱出を手伝ってもらわなければ…。

「………僕は…正直に言えばこの世界に愛着などない」

だってそうだろう?所詮ゲーム。所詮暇つぶし。だ。
確かに他のゲームよりは熱くなったりはしたけれど…だからといってそれ以上はなかった…今までは。

「でも僕は…仲間が愛したこの世界を…次のゲームが始まるからなんて理由で…いやどんな理由だろうと滅ぼされたくないんだ
僕はこの世界が好きな僕の仲間みんなが好きだ…カザハを愛してる!…だからこそ…ローウェルを…正さなきゃいけないんだ」

僕は汚水で塗れた床に正座し…そのまま頭を下げる。

「頼む…マリスエリス…ロスタラガム…お前らにもなにかそうしなきゃいけない理由があるんだろう…だけど…
特別な条件とか…僕には提示できないけど…けど!僕にできる事なら何でもする…!」

気丈に振舞っているがなゆは…もうそんなに長い時間残されていないのかもしれない。
なゆの負担をなるべく減らす為にも…長時間撤退戦をするのは…どうしても避けたい。

「落ち着いたら僕の事を星蝕者達に差し出せばいい。
お前たちが不甲斐ないから油断させて捕まえて来たとかなんとか言えば…面目だって立つだろう…だから…頼む。」

その為なら僕の命を賭けたっていい…なゆはそんな事するなって怒るだろうけど…僕には僕の命以上にみんなが好きだから…。
別に無駄に捨てるつもりは一切ない。僕一人なら…手足を縛られてもどうにもでもできる自信ある…

どんな条件を出されるのか…そもそも承諾されるのか…わからない。それでも…今の僕にとって仲間達の命以上に…大切な者なんてない。

【プレイヤー・モンスター・歌姫の三位一体のパワーで星蝕者第一群撃破】
【しかし完全な手づまりの為…渾身土下座で二人に仲間になるように懇願する】

132崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/05/19(日) 00:59:25
マンダレイ・ベイ外の大通りを、気を失ったなゆたを横抱きにしたエンバースが闊歩する。
すぐにその姿は『星蝕者(イクリプス)』らの知るところとなり、無数の少女たちが群れなして襲い掛かってきた。
多勢に無勢だ。しかもなゆたを抱えたエンバースは両手がほぼ塞がり、戦闘できる体勢ではない。
が、しかし。

>邪魔だ。通してくれ

遺灰の男がダインスレイヴの柄を捻った瞬間、まるでガスバーナーのコックを捻ったかのように、
その全身から蒼い炎が迸った。
揺らめく無数の炎塊が、あたかも大きな鰭を持つ優雅な熱帯魚のような姿を取り、エンバースの周囲を揺蕩う。
一見して目見張るほど鮮やかで美しい光景だが、むろん其れは単なるエフェクトではない。
大きさも色味も、宙を泳ぐ速度も何もかも違う炎の魚たちは、いわばエンバースの身を鎧う浮遊機雷。
そのはためく美麗な鰭に触れようものなら、爆発と閃光が相手を焼き尽くす。
まるで、見る者すべてを攻撃する『闘魚(ベタ)』のように。

「うお!?」

「なんだ……これは!?」

「くそッ! こんな小細工で!」

派手に爆発、炎上する魚たちに進路を阻まれ、『星蝕者(イクリプス)』たちが歯噛みする。
そして、怯んだ侵略者たちの隙を衝き、閃光と爆炎に乗じてフラウがひとり、またひとりと敵を屠ってゆく。

>それで?これでどうやってブレモンを好きにさせるんです?

フラウがマスターに問う。
エンバースは先刻『シンプルにブレモンが面白そうだって思わせてやればいいんだ』と言った。
其れは明神の提案した、SSS下げを行うことでβテストのプレイヤーを萎えさせるという作戦とは真逆のもの。

>最高にカッコよくカメラに映るんだ――思わず、このブレイブ&モンスターズをインストールしたくなるくらいにな

エンバースの提案した作戦。
それは、ブレモン上げを行うことでSSSのプレイヤーにブレモンへの興味を喚起させる――というものだった。
炎の魚たちを周囲に侍らせたまま、エンバースは悠然と病院区画への道を進む。
その歩みを止められる者は誰もいない。

>……ウィズリィ、みのりさん。俺の付近の生体反応を精査する事は出来るか?
 別にコイツらを全員やっちまってから、のんびり探してもいいんだけどさ

《やっとんでぇ〜。そこから六百メートル先の建物に推定人間の生体反応。更に二キロ先に病院や。
 マップ上にガイドビーコンを表示するから、其方に向かっておくれやす〜。
 それから……さっきのエンバースさんの作戦やけど。面白そうどすなぁ、うちも一枚噛ませてもらいますえ?
 最高に格好ええフラウさんを演出するさかい、おきばりやす〜!》

みのりがエンバースの声に応じる。
と、スマホのマップに明滅する矢印が表示された。それが探している人物かはまだ不明だが、
いずれにせよ生存者であるのなら救助する必要があるだろう。

「こんな雑魚ひとり相手にいつまで手を焼いてる!?」

「ええい、撃て! 撃ちまくれェ!」

接近戦は不利と見た『星蝕者(イクリプス)』が、エンバースの射程距離外からの攻撃を試みる。
両手に巨大な宇宙銃を装備したガンナーのクラス『サジタリウス』が、炎魚へ向けて弾幕を撃ちまくる。
しかし、それによって発生した硝煙も爆発もまたフラウの行動を助ける結果にしかなるまい。
超レイド級・ホワイトナイツロードを模した姿に変わったフラウが、当たるを幸い『星蝕者(イクリプス)』を薙ぎ倒してゆく。
そして。

フラウが流麗な挙動で『星蝕者(イクリプス)』をひとり駆逐するたび、カットインが入る。
みのりの機転だ。その刃から、翼から、虹色の美しいエフェクトが溢れ、圧倒的な映像美がフラウの戦いを彩ってゆく。
壮大でテンポの速い戦闘BGMが、スタイリッシュな戦闘に昂揚を付け加える。
『星蝕者(イクリプス)』たちはただ、究極の竜の模造品を相手に蚊トンボよろしく撃墜されるばかりだ。
星蝕のスターリースカイは、プレイヤーが多数の敵を相手に無双し爽快感を得るというのが最大の売りである。
それが、いつの間にか自分たちの方がモブ敵のごとくフラウの引き立て役となり、敗北を押し付けられている。
もっと爽快な娯楽を、圧倒的な強者感と全能感を味わうために、βテストにエントリーしたというのに。
結果――
戦闘が一段落する頃には、『星蝕者(イクリプス)』の姿は当初の半分以下になっていた。
すべてフラウが平らげたという訳ではない。大半は勝ち目がないと思って逃走、撤退したのだ。
そして、その中にはエンバースとフラウの美しくも他の追随を許さない戦闘に感銘を受けた者も、少なからずいた。

「なんだよ、このゲーム! こっちよりブレモンのが楽しそうじゃねぇか!」

「ブレモンってオワコンじゃなかったのかよ……!?」

「まだ登録できるんだっけ? それなら――」

撤退する、或いはその場でログアウトしたのか掻き消えるようにいなくなる『星蝕者(イクリプス)』らがそう口走るのを、
エンバースは確かに耳にするだろう。

133崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/05/19(日) 01:05:14
戦闘後エンバースは目当ての人物を途中で保護することに成功し、病院区画へと到着した。
幸い探し人は道中『星蝕者(イクリプス)』に襲われることもなく無事でおり、エンバースに倣って病院までついてきた。
病院の周囲にも幾人かの『星蝕者(イクリプス)』がいたが、今までのようにフラウが蹴散らすのは難しくないだろう。
病院からワールド・マーケット・センターへのポータルも繋ぎ、避難者たちは自由に行き来することが出来るようになった。

が。

なゆたはまだ目を覚まさない。
病院のベッドで横になったまま、大量の汗をかき、時折苦しげにうなされている。

「……原因不明の症状です」

病院へ到着してしばらく経った後、なゆたを診た医師は病室の中でそうエンバースに告げた。
院内には付近から避難してきた負傷者や米軍の生き残りなど多数の患者がいたのだが、
エンバースが周辺の『星蝕者(イクリプス)』を排除したことで、優先的になゆたを診察して貰えることになった。
世界中からやってくる観光客、特に大富豪の生命を保障するため、
ラスベガスの病院は施設、規模とも世界有数レベルのものが揃っている。もちろん、医師の腕も超一流だ。
だというのに――その施設と医師をもってしても、なゆたがこれほど消耗している理由が分からないという。
今は栄養剤の点滴を受けているが、そんなものは何の慰めにもならないだろう。

「疾病、負傷、毒素の有無。臓器の不全、脳波や精神の疾患に至るまで調べましたが、何ら異常は認められません」

なゆたの横たわるベッドの傍で医師が言う。が、実際になゆたは苦しんでいる。これが異常でなくて何だというのか。

「お力になれず、申し訳ありません。
 ……何かあれば、すぐに報せて下さい」

他にも手当てを必要としている人間は大勢いる。人数に限りあのる医師が、
いつまでもなゆたにだけかかずらっている訳にはいかない。
看護師に呼ばれると、医師はなゆたとエンバースのいる病室から出て行った。
ドア越しに遠く喧騒の聞こえる、静かな病室の中で、なゆたは昏々と眠り続ける。

『ぽよよぉ……』

ポヨリンがせめて主人の苦しみの幾許かでも取り除きたいとなゆたに寄り添い、
その額に浮いた汗を時折舐め取るが、なゆたの容態が快方に向かうことはない。

「ぅ……」

どれほど時間が経っただろうか、昏睡していたなゆたの瞼がぴくり、と動く。
ゆっくりと、緩慢に、殊更の時間をかけて、なゆたは目を覚ました。

「……ここは……」

エンバースが何事か声を掛けると、なゆたはやっと気付いてエンバースへ焦点の朧な視線を向けた。
そして、そっと微笑む。

「エン……バース……。
 わたし……また迷惑……かけちゃったみたいだね……」

ぴいぴいと泣きながら主人に頬擦りするポヨリンをあやしながら、なゆたが謝罪する。
そして、すぐにシーツを捲って起き上がろうとする。

「でも、もう大丈夫……。
 さっきの、マンダレイ・ベイにいたおばさんの息子さんは? 保護できた……? よかった。
 じゃあ、もうひと頑張りしよう……。まだまだ、周りのホテルにもわたしたちの助けを求めてるひと……が――」

何とか立ち上がろうと試みるものの、またがくり、と脱力。ベッドから危うく転がり落ちそうになる。
そして、其処でエンバースは目撃するだろう。
なゆたの右手が、ほとんど向こうが透けて見えてしまう程に薄く――消えかかっているところを。

「あ――――」

ベッドで上体を起こし、軽くおのれの手を翳しまじまじと眺めながら、なゆたはどこか呑気な声を漏らした。
すっかり希薄になってしまった手からは、金色の砂のようなものが絶えずさらさらと零れては、
床に落ちることなく途中で空気へ溶け消えている。

「タイムリミットが……来ちゃったみたい」

なゆたは再度エンバースを見遣ると、困ったように眉を下げて笑ってみせた。
今まで、なゆたは『ブレイブ&モンスターズ!』の世界を救うため、死力を尽くして闘ってきた。
度重なる死線を潜ってきたのはカザハや明神、ジョンも同じだが、
特にシャーロットの記録を復元してからのなゆたは銀の魔術師モードへの覚醒のため、
幾度も生死の境を彷徨い、限界以上の力を使ってきた。
文字通り、命をすり減らして戦ってきたのだ。
加えて、なゆたは明神たちと違ってまっとうな『この世界にあるべき生命』ではない。
メイン・プログラマーであったシャーロットが自分の不在にローウェルへ対抗するため生み出した、
いわば急ごしらえのイレギュラーなNPCであったのだ。
そんなキャラクターが、自らの許容量を遥かに超える性能を無理矢理引き出して何度も行動したのだ。
その皺寄せが、今になって一気に来たということなのだろう。

134崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/05/19(日) 01:08:56
「こんなときが……いつか来るんじゃないかってことは、予感してた……。
 銀の魔術師なんて、あんなチートスキル……何度も無制限に使えるものじゃないなんて、当たり前のこと。
 使えば使うほど大きな代償が待ってる、そんなの……ゲームのプレイヤーならみんな知ってる、でしょ……?」

あはは、となゆたはまた笑った。
手から零れている金色の粒子は、なゆたの命そのもの。
なゆたの生命が、“崇月院なゆた”というキャラクターのデータそのものが、崩壊しかけていることの証。
そんなことが地球の医師に理解できるはずもない。なゆたの異変は最初から医学以外のところにあったのだから。

「……みんなには言わないで」

対の腕でエンバースの外套の裾を掴み、決意の籠もった眼差しでその異貌を見上げる。
もうすぐ。もうすぐすべての元凶である大賢者ローウェルの喉元に迫れるまで漕ぎ着けたというのに、
こんなところで仲間たちの歩みを鈍らせる訳にはいかない。

《なゆちゃ―――》

病院での異変に気付いたみのりが虚空にウインドウを開き、仲間たちと共有している回線を通じて介入しようとしてくる。
なゆたはすぐにスマホをタップすると、オープンにしていた回線をクローズに切り替えた。
同時にエンバースにもそうするよう視線で促す。
これで病室内のことは当事者の他、みのりとウィズリィ以外には伝わらなくなった。

《……なゆちゃん》

「そんな顔しないでよ、みのりさん……。
 これは、わたしが選んだ道。どちらにしても避けられなかった結果、なんだ……」

仮に、銀の魔術師モードを使うことで不可逆な消滅が訪れると事前に理解していたところで、結果は変わらなかっただろう。
自分の命を代償とすることで仲間たちを、世界を救うことが出来るのなら安いもの。
現状は単に、リスクの詳細を知っていたか知らなかったか。それだけの違いに過ぎない。

《ナユタ……! 貴方、どうしてそんなに冷静なの!?
 身体が消滅しかかっているのよ!? ミノリ、早急に対処を! ミノリ……!
 ……ミノリ?》

ディスプレイの中でウィズリィが慌てたように捲し立てる。
だが、みのりは動かない。いつものはんなりとした表情を消し、ただ沈黙している。
みのりの沈黙が示すもの、それはたったひとつ――

《ミノリ、貴方、まさか》

ウィズリィは唇をわななかせた。
みのりの片眼は魔王バロールと同じ、この世のすべてを見通す『創世の魔眼』なのだ。
そのみのりが、なゆたを見て異変に気付かない訳がない。
そう――みのりはずっと以前から気付いていた。
気付いたうえで、事実を語らず秘していたのだ。
愕然とするウィズリィをよそに、なゆたは小さく息を吐き出すと、エンバースの外套を掴んでいた手を離した。
そして、代わりにその半分だけ復元した頬に触れようとする。

「エンバース、また……あなたを厄介ごとに巻き込んじゃったね。
 ずっと、わたし……あなたに頼りっぱなしだ。
 マイディアさんの遺志を受け継いで、強くなろうと思ってたのに……なかなかうまくいかないや……」

ゆる、とエンバースの生身の頬を緩く撫で、なゆたは儚げに笑った。

「どこへだって連れて行ってやるって、言ったよね……。
 ……連れて行って、わたしを。最後の戦いへ、その果ての勝利へ」

さらりと零れた命の粒子が、エンバースの膚を掠めて溶けてゆく。

「この身体が消えるとしたら……その最後の瞬間まで、わたしはあなたと一緒にいたいよ」

今から戦線離脱し、出来る限り心身に負担を掛けずこの病院で静かに過ごしていれば、
幾許かでも消滅までの時間を遅らせることは可能かもしれない。
しかし、命惜しみして最後の決戦に参加せず終われば、なゆたはきっと一生後悔して過ごすことになるだろう。
生きるとは、痕を残すこと。何事かを成し遂げること。
そう思えばこそ、なゆたは戦い続けることを選ぶのだ。

「みのりさん、あとどれくらいでローウェルの居場所を掴める……?」

《今、管理者権限をフルに活用してやっとるけど……だいぶ範囲を狭められとるよ。
 早くてあと二日ってとこやろかねえ》

「じゃあ、お願い。あと四日――ううん、あと三日でいい。わたしの身体がまともに動くようにして」

なゆたの選んだのは、短期決戦。
あと二日でローウェルの本拠地を特定し、残りの一日で其処を制圧。
ローウェルを撃破する、という電撃戦であった。

135崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/05/19(日) 01:12:34
《そんな無茶な――》

当然のようにウィズリィが反対しようとする。言うまでもなく、これは分の悪すぎる賭けだ。
仮に期間限定で身体を復調させられたとしても、みのりが二日以内にローウェルの居場所を突き止められなければ終わりである。
けれども、なゆたは敢えてそんな提案に自らの運命を賭けた。
同行する期間こそ短かったものの、ずっとパーティーのバックアップとして貢献してくれたみのりを、
今更疑うべくもない。

《……ええよ。
 今から調整を行うさかい、ちょぉっと待っとってなぁ》

「ありがと、みのりさん……」

《ちょっと……! ミノリ! そんなに簡単に請け負ってしまっていいの!?
 ナユタが消えてしまうかもしれないのに! そんな寿命を縮めるようなことを……!》

《三日間、やね。期間内なゆちゃんの身体が最大限パフォーマンスを発揮できるよう、パッシブスキルを付与するなぁ。
 なゆちゃん、最後となったら出し惜しみ無しで行くやろ? ステータス軒並み底上げしとこか。
 生命力と魔力の最大値も増やしとくさかい》

「ワオ、さっすがみのりさん……! わかってるぅ……ふふっ」

ディスプレイ越しにみのりがコンソールコマンドでなゆたの強化を実施するのが見える。
痒いところに手の届くみのりの手腕に、なゆたが快哉を叫ぶ。
だが――

《信じられない……!
 ナユタ、貴方、このままだと死ぬのよ!? なのに、どうしてそんなに平然としていられるの!?
 ミノリも! ナユタの死を後押しするようなことを、何故当たり前みたいに受け入れているの!
 エンバースさん、ふたりを止めて!》

ウィズリィだけは、そんななゆたとみのりの遣り取りが信じられないといった様子で声を荒らげた。
ディスプレイ越しにウィズリィがエンバースを見る。何となれば、腕ずく力ずくで止めろとその瞳が物語っている。
けれども、今更止められるものではない。なゆたはとっくに覚悟を決めているし、
みのりもそんななゆたの性格を知悉しているがゆえ、仮に万言を弄したところで止められないと――そう理解している。
だからこそ。
めまぐるしく動くみのりの手に、ぽた、ぽたり、と雫が落ちる。
みのりは頬を伝い零れる涙を拭うことさえせず、スキルを組み上げ続けた。

《……コマンド実行。スキル『ファイナル・デスティネーション』起動》

ぎゅんっ!!

みのりが虚空に表示されたホログラムキーボードの実行ボタンを押すと同時、なゆたの身体に活力が注ぎ込まれる。
蒼白だった顔に赤みが差し、汗が引く。その姿はいつもの元気ななゆたと寸分違わない。

「きたきたきたぁ!」

なゆたは勢いよくベッドから降りると、手を握ったり開いたり軽くジャンプしてみたりして身体の具合を確かめる。

「あはっ、すっごい! さっきまでの具合の悪さがウソみたいに身体が軽い!
 ありがとう、みのりさん! これで、わたし最後まで戦えるよ!」

《……そんなん、お安い御用やよ》

確かに、なゆたは復調した。危機的状態から脱却を果たした。
ただし――これは一時的なもの。仮初のもの。
この効果が切れたとき、なゆたには逃れ得ぬ絶対的な死が待っている。

「……『終着駅(ファイナル・デスティネーション)』……か。
 これが、わたしの長い旅の……最期の、終焉の場所――」

握っていた手を下ろし、小さく呟く。
例え、この旅の果てに自分を待っているものが死でも、消滅であっても。
この命と引き換えに世界の崩壊を防ぎ、皆の幸福を守れるのだとしたら、悔いはない。
崇月院なゆたというキャラクターを完結させるための、最後の旅。
それを、これから始めよう。
なゆたは大きく振り返ると、エンバースと向き合った。そして長い髪を揺らし、病室から出て行こうとする。

「……ごめんね。エンバース」

すれ違いざま、ぽつりと囁く。
その謝罪は自分の我侭に付き合わせてしまう罪悪感からか、
それともマイディアと同じくエンバースに死別の悲しみを味わわせてしまう後悔からか――。
いずれにせよ、既に賽は投げられてしまった。なゆたはポヨリンを伴い、
扉を勢いよく開くと、新たな生存者を探しに向かった。

136崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/05/19(日) 01:18:17
「おいおい、なんだこのクソゲー!」

「せっかくキャラデザが可愛いから、インストールしようと思ってたのに……」

徹底的にプレイヤー心理を衝く明神の作戦に、最前線にいた何人かの『星蝕者(イクリプス)』の姿が消える。
恐らく、明神の演出したクソゲーぶりに愛想を尽かしてログアウトしたのだろう。

「へっへーんっ! βテストのアンケートに書いとけ、バーカ!
 『深みのない制服女より銀髪褐色槍持ち美少女の方が至高』ってなぁー!」

ログアウトし戦場から消える『星蝕者(イクリプス)』らに、ガザーヴァがアッカンベーする。

「ふふ……やったのう。急拵えの作戦にしては、効果は上々といったところかの」

すぱ、と長煙管から煙をくゆらせながら、狼の姿から元に戻ったエカテリーナも上機嫌で零す。
確かに、作戦はうまくいった。
ただし今この戦場から離脱したのはせいぜい数十人程度で、すべての戦力を削ぐには至らない。
明神の垂らした『毒』が真の効果を発揮するのは、これからだろう。
嫌がらせとしか思えないこの仕様(?)を目の当たりにした『星蝕者(イクリプス)』たちが、
上位者のフォーラムやSNSといった媒体でこの経験を宣伝し、それが伝播してゆくまで――。
それに。

『グフォ……』

前方を注視しながら、マゴットが警戒するように得物の錫杖を構え直す。
『星蝕者(イクリプス)』はザ・ストリップから全員撤収した訳ではない。
依然として、目の前には十数人の『星蝕者(イクリプス)』が残っている。
その様子はミーハー気分でログアウトするかどうか迷っているようにも、窓落ちしたようにも見えない。
また、あれほどの明神の 嫌がらせに対して萎えた様子も、また文句を言うような様子もない。どころか――

『明らかにやる気を増している』。

そう。
ログアウトしたのは、美麗な少女のキャラグラに惹かれたり、無双的なゲームシステムに興味を覚えた、
もしくは話題性からβテストに応募した、いわゆるライト層。
しかし、ことゲームの世界には存在するのだ。ゲームの仕様がクソであればあるほど、
ユーザーフレンドリーとは無縁の無茶苦茶な内容であればあるほど燃える、達成し甲斐がある……と認識する輩。
所謂『クソゲーハンター』という種族が。

そういった輩に、明神のクソゲー演出は効果を及ぼさない。どころかそのモチベーションを逆に上げるまである。
今現在この場に残った『星蝕者(イクリプス)』はそういった手合いなのだろう。
あれほどクソゲーぶりを謳ったというのに、逆に薄笑いを浮かべ高い士気を維持しているように見えた。

「――来るぞ!」

束の間の勝利に浮かれていたガザーヴァも、残存戦力がライトユーザーでないと認識し、槍を握り直す。
どんっ! と大気をどよもす震動と共に、『星蝕者(イクリプス)』の第二陣が突進してくる。

「く……! コイツら……!」

ガィンッ!! と暗月の槍で攻撃を防ぎながら、ガザーヴァが呻く。
エカテリーナとマゴットもそれぞれ接敵するものの、先程の第一陣のように軽く往なすことが出来ない。
『星蝕者(イクリプス)』の致命的な弱点である攻撃モーションのワンパターンさ、手数の少なさを、
早くもテクニックで補う者が出てきたのだ。
それは奇しくも先程明神が仲間たちに注意を促した内容が現実化した形だった。

「ハッ! 先の連中に戦わせて、自分たちはボクたちのやり方を様子見してたってコトか! ずっりーな!
 でもなァ……ボクたちも、手の内全部見せたワケじゃねぇんだよ!
 明神! 『超合体(ハイパー・ユナイト)』だ!!」

明神がスペルカード『超合体(ハイパー・ユナイト)』を使用するとマゴットの身体が無数のデスフライに変化し、
巨大な蝿球となってガザーヴァの身体を覆ってゆく。

「ははははははッ! そぉーらッ! 幻蝿戦姫ベル=ガザーヴァ、ロールアウト!
 いっっっっっくぜェェ――――――――ッ!!」

王冠をかぶり、各所に髑髏のあしらわれた露出度の高いコスチュームに身を包んだガザーヴァが、
哄笑を上げながら戦場を縦横無尽に飛び回る。
その攻撃は圧倒的だ。ガザーヴァが暗月の槍を一閃するたび、致命傷を負った『星蝕者(イクリプス)』が消滅する。
また、超レイド級召喚時はフィールドが有利属性に変わる。ザ・ストリップの目抜き通り周辺は見るもおぞましい地獄に変貌し、
結果としてそのフィールド内にいる『星蝕者(イクリプス)』は全員動作の鈍化、dotダメージ、
回復アイテムの効果減少などのデバフを受けることになった。
無数のデスフライの集合体であるベル=ガザーヴァには、『星蝕者(イクリプス)』の光子刃も宇宙銃の銃弾も、
何もかもが通用しない。エカテリーナの虚構魔術で生み出した巨狼と同様だ。

「ふん、妾も負けてはおれぬな! 幻魔将軍にばかり手柄は立てさせまいぞ!」

エカテリーナも負けじと再度巨狼へ変じると、『星蝕者(イクリプス)』の中へ躍り込んでゆく。
今や戦況は超レイド級モンスターと十二階梯の継承者、ニヴルヘイムとアルフヘイムそれぞれの最高戦力によって覆され、
完全に『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の――明神の独壇場となった。

137崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/05/19(日) 01:25:14
人知を超越した超レイド級の強さに、『星蝕者(イクリプス)』たちも流石に無策での突進を避け、様子を窺う。
今までの激しい戦闘から一転して、束の間『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』と『星蝕者(イクリプス)』とが睨み合う。
今のところ、状況は『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の圧倒的優勢。
しかし、といってまだまだ『星蝕者(イクリプス)』もいなくなる気配はない。
数十時間、場合によっては数百時間に及ぶ苦行に等しいプレイにも耐えるクソゲーハンターだ。
この程度の理不尽は投げ出す理由にならない、ということだろうか。
とすれば、ここから先は根比べだ。『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の気力が勝るか、
『星蝕者(イクリプス)』の執念が勝るか。どちらかが全滅するまでの、壮絶な消耗戦を展開するしかない――
と、思ったが。

「やめとけ、やめとけ。
 お前さんらじゃ、束になったってこの兄さん方にゃ勝てねェ。無駄に悔しい思いをするだけさ」

睨み合う両陣営を宥めるように、不意に声が聞こえた。
声の方へ視線を向けると、戦場にそぐわないのんびりした歩みで、ひとりの人物が此方へやってくるのが見える。
その姿に、明神は見覚えがあるだろう。
漆黒のキャソックの上に羽織ったインバネス、目深にかぶったテンガロンハット。
無精髭の生えた口許に不敵な笑みを湛えた、三十代後半程度の年齢の男。
背には大きな十字の刺繍――十二階梯の継承者第二階梯にして、アルフヘイム最強の傭兵。
その名も、

「アラミガのおっさん!?」

「な……、『真理』の賢兄……!」

『真理の』アラミガ。
かつて螺旋廻天レプリケイトアニマでバロールに雇われた助っ人として参戦し、
無類の強さを誇るマル様親衛隊隊長・さっぴょんを苦もなく撃破してしまったアラミガが、この場にいる。
想定外の人物の登場にガザーヴァが叫び、エカテリーナが驚きの表情を浮かべる。

「よっ」

アラミガは紙巻き煙草を銜えながら、軽く右手を持ち上げた。
飄々とした態度の闖入者に、『星蝕者(イクリプス)』が気色ばむ。

「なんだ? お前は! 邪魔するな!」

「ブレモン側の追加戦力か……?」

「俺ァしがねェ雇われの傭兵さ。万が一の援軍にって言われて来たンだが、必要なかったかねェ?」

「なんだと、どういう意味だ!」

「もう、勝敗は決まってるって言ったのさ。この場はお前さんらの負けだよ、『星蝕者(イクリプス)』の嬢ちゃんたち」

ふぅ、とアラミガが紫煙を吐く。
その言葉に、『星蝕者(イクリプス)』たちは益々いきり立った。
が、アラミガは止まらない。テンガロンハットの奥から冷めた眼差しで、『星蝕者(イクリプス)』たちを見遣る。

「分からねェのか? この兄さんたちは今まで長い長い旅をしてきた。幾度も死線を潜り抜け、
 数えきれねェ修羅場を体験して、尚生き残りここにいる……文字通りの猛者たちだ。
 昨日今日戦い始めたお前さんらとじゃ、踏んだ場数が違うンだよ」

明神たちは赭色の荒野でパーティーを組んで以来、多くの場所を巡りたくさんの敵と相対してきた。
バルログ、タイラント、バフォメット、ライフエイク、ミドガルズオルム、アジ・ダハーカ、アニマガーディアン。
マル様親衛隊、『聖灰の』マルグリット、ロイ・フリント、『永劫の』オデット、兇魔将軍イブリース。
リューグークラン、ミハエル・シュヴァルツァー、etcetc――
その誰もが恐るべき敵であった。一瞬たりとも気の抜けない強者ばかりであった。
楽勝などというものはただの一度もなく、常に薄氷を踏むようなぎりぎりの勝ちばかりであったのだ。
だが、そんな強敵たちとの戦いを、アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は生き残ってきた。
単純な興味で、好奇心で、不完全なβテストに立候補した『星蝕者(イクリプス)』たちとは、
そもそも経験値が違うのだ。

「ふざ……けるなぁぁぁぁッ!!」

しかし、厳然たる事実を突きつけられようとも、『星蝕者(イクリプス)』たちは納得がいかないらしい。
数人の『星蝕者(イクリプス)』が怒号と共にアラミガへと襲い掛かる。
鋼鉄を容易く切断する刃が、ドラゴンの鱗さえ貫き通すビーム槍の穂先が、光子の銃弾が、一斉にアラミガを狙う。
というのに。

「やれやれ、これだけ懇切丁寧に説明してやっても分からねェか」

アラミガはまったく狼狽えない。
どころか銜えていた紙巻き煙草をつまんで軽く指で弾き飛ばすと、インバネスコートの中に腕を突っ込んだ。
そして――瞬刻の一閃。

「ぅ……」

「ぐ、ぁ……」

小さく呻くと、『星蝕者(イクリプス)』たちはバタバタとその場に倒れ伏した。
アラミガの手には、細長い錐のような道具が握られている。
『ノッキング』。一部の魚類や節足動物などに見られる、獲物に針を打ち込んで神経組織を刺激し、
一時的に麻痺させる技術である。
驚いたことに、アラミガは何の変哲もない錐だけで絶大な戦闘能力を誇る『星蝕者(イクリプス)』を無力化させてしまったのだ。

138崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/05/19(日) 01:29:07
「デケェ武器持ってりゃ強ェェと思ってるうちは、ヒヨッコのままだぜ」

ポケットからマッチと紙巻きを取り出すと、アラミガは口に銜えて火を点けた。
ミーハーなライト層ではない、そこそこ技術も造詣もあるプレイヤーをあっという間に無力化させてしまったアラミガの手腕に、
『星蝕者(イクリプス)』たちが及び腰になる。

「く、くそ……」

「……帰ンな。これ以上恥をかく前にな」

アラミガの説得に、『星蝕者(イクリプス)』たちは無力化した仲間を連れて退却した。
完膚なきまでの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の勝利だ。
これで、母艦に帰還した者たちが先程蹴散らした第一陣同様にフォーラムなどでSSSのクソゲーぶりを広めてくれれば、
まさしくこちらの思惑通りだ。

「おい、おっさん!」

勝利の余韻もそこそこ、合体を解いて元の姿に戻ったガザーヴァがアラミガへ駆け寄る。

「パパに雇われてきたんだろ? レプリケイトアニマのときみたいにさ!
 じゃあ、パパは生きてるんだな! パパは? パパは今どこにいるんだよ!?」

ガザーヴァが開口一番問うたのは、アルフヘイムの王都キングヒルで大賢者ローウェルやニヴルヘイムの奇襲を受け、
生死不明となった『創世の』バロールの安否と所在だった。
どれだけ裏切られても、愛情を向けられなかったとしても、ガザーヴァにとってバロールは生みの親だ。
生きているに越したことはない、そんなことは決まっている。
が、アラミガはゆっくりとかぶりを振った。

「知らねぇ」

「ウソつけ! ホントは知ってるんだろ? 勿体ぶってないで教えろよ!
 ルピを支払えばいいのか? 明神、払って!」

依頼を受けたのに依頼主の生死が分からないとはおかしな話だ。ガザーヴァは信じられないと更に食って掛かった。
そんなガザーヴァと入れ替わるように、今度はエカテリーナが前に出る。
十二階梯の継承者同士の邂逅だ。

「賢兄」

「よお、虚構の。相変わらず派手なドレスだぜ。
 ……お前さんからも言ってくれねェか、俺は嘘なんかついてねェってよ」

「ふむ。では、覗かせて貰うがよいかの」

「どうぞ、どうぞ」

妹弟子の特性についてはとっくに理解しているとばかり、アラミガが肩を竦める。
ならばとばかり、あらゆる虚構や虚言を見破るエカテリーナの双眸がアラミガを見据える。
しかし、エカテリーナの瞳をもってしても偽りは見受けられない。
本人の申告通り、アラミガは本当にバロールの行方については何も知らないらしい。

「さて、俺の潔白が証明されたところで――死霊術師の兄さん。ここにいるのはこれだけかい? 他のお仲間は?
 仕事の内容については事前に大体把握したンだが、細かいことは現地でってお達しでね」

バロールについてこれ以上言えることはない。それよりも現状把握に努めようとしてか、アラミガが話柄を変える。
明神が説明すると、アラミガはフィンガーレスグローブを嵌めた右手で軽く顎を撫でた。

「なるほどな。じゃァ、一旦おたくらのヤサに戻るとするか。
 今の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の人数も確認しておきたいし……な。
 連れてってくれるかい?」

『星蝕者(イクリプス)』の撤退を以て、現段階でのザ・ストリップの戦闘は終了した。
これほどまでにこっぴどくやられたなら、『星蝕者(イクリプス)』側も今後迂闊には攻めてこないだろう。
それに、今の戦闘で疲労も蓄積している。休めるうちに休むというのは、継戦能力の維持には必要不可欠だ。

「ん。じゃー、一旦帰ろーぜ! 魔女子、『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』よろしくー!
 パパの居所が分かんなかったのは残念だけど……アラミガのおっさんが加わるんなら、こっちは益々パワーアップだな!
 『星蝕者(イクリプス)』も大したことねーってワカったし、ローウェルのジジーをやっつけるのももーすぐだ!
 クリア後のプラン、今から考えとけよな! 明神!」

気を取り直し、ガザーヴァが明神の右腕にしがみつく。
緒戦は大成功だ。幸先のいいスタートは他の仲間たちの士気をも大いに上げることだろう。
だが――

「…………」

エカテリーナだけはただひとり、眉間に一条の皺を刻んで兄弟子の背を見詰めていた。

139崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/05/19(日) 01:33:09
>終わりだとかみんな消えるとか……そんな……そんな悲しい事言わないでよ!
 吟遊詩人のキミなら分かるよね!? ブレモンの音楽が素晴らしいってこと!
 だったら、そんな音楽が彩る世界もきっと素晴らしいんだ……!
 大体キミはまだ本領発揮してすらないじゃん! 吟遊詩人のくせに最後まで本職で戦わずに終わるつもり!?
 それとも何!? 看板に偽りあり!? 肩書だけのフレーバーだったの!?

何を思ったか、物凄い剣幕で詰め寄ってくるカザハの勢いに、奇を衒われたマリスエリスは一瞬驚いたように目を瞬かせた。

>我、自分が吟遊詩人にクラスチェンジしてることにすら気が付かずに終わるところだったんだ……。
でも君は違うじゃん。始原の草原で君の歌聞いたよ? 
あの時暗殺者技能で戦ったキミに全然敵わなかったけど……
それでもきっと、その相方と一緒なら猶更、君は吟遊詩人技能で戦った方が強い。
敵を直接なぎ倒すだけが強さじゃないんだ

「……ハッ」

しばらく呆気に取られていたマリスエリスだが、すぐに嘲るような表情を浮かべると、
詰め寄ってきたカザハの胸を右手で突き飛ばした。

「だから何なんにゃ? アタシが歌おうと歌うまいと、おみゃーさんらの末路はもう決まっとるがや。
 それとも、アタシのエンチャントで強化した『星蝕者(イクリプス)』に、いっそ一思いに殺されたいってことかにゃ?
 生憎、おみゃーさんの言うことなんぞ聞く義理はアタシにはにゃーがね」

突然歌のことを話題にして来た意味不明さにせせら笑う。
しかし、カザハは止まらない。
スマホを弄ると、何を思ったのかゲームの戦闘音楽を流し始める。

>二人とも聞いて! これがブレイブ&モンスターズの通常戦闘曲「バトル1〜勇気の魔法〜」ヴォーカライズバージョンだ!
 見てて! 吟遊詩人とパワーファイターは最高の組み合わせなんだ!

音楽を聴いても、マリスエリスは腕組みしたまま不機嫌そうな表情を浮かべている。
が、その隣のロスタラガムはというと、音楽に合わせて軽く身体を揺らしゆっくりリズムを取り始めていた。

「フン、安っぽいメロディだにゃ」

「そーか? おれ、この曲けっこースキだぞ!」

>ジョン君! かっこいいところ、あの二人に見せてあげてください!

カザハからジョンへ檄が飛ぶ。
その指示にジョンは最初こそ納得がいかなさそうだったものの、結局は従って戦い始めた。
鬼神の如きジョンの戦いぶりに、『星蝕者(イクリプス)』は瞬く間に斃れログアウトし消滅してゆく。
が、消えてゆくユニットよりも増援の方が多い。前方にあるポータルから、
続々と新たな『星蝕者(イクリプス)』が出現してくる。

>………僕は…正直に言えばこの世界に愛着などない
>でも僕は…仲間が愛したこの世界を…次のゲームが始まるからなんて理由で…いやどんな理由だろうと滅ぼされたくないんだ
 僕はこの世界が好きな僕の仲間みんなが好きだ…カザハを愛してる!…だからこそ…ローウェルを…正さなきゃいけないんだ

カザハに触発されたのか、何を思ったかジョンは突然その場に正座すると、継承者二人に対して深々と頭を下げた。
これには流石のふたりも予想外と呆気に取られ、目を見開く。

>頼む…マリスエリス…ロスタラガム…お前らにもなにかそうしなきゃいけない理由があるんだろう…だけど…
 特別な条件とか…僕には提示できないけど…けど!僕にできる事なら何でもする…!

「はぁ〜〜〜〜???」

マリスエリスが大仰に声を上げる。

「何言っとるがね? さっきからふたりして……。まさか、アタシとロスやんにおみゃーさんらへ加勢しろ、とでも?
 ハン、冗談も休み休み言うにゃぁ! 第一おみゃぁさん、さっき自分で言うとったがや?
 『お前等は『敵』なんだな?』ちゅうて――『お前を許すと思うのか』とも。もーぉ忘れたんきゃぁ?
 それとも脳筋ゴリラだから、自分の言ったことも覚えとらんのにゃ?」

頭を下げるジョンへ、当たり前のように痛罵を投げかける。

「その通り、アタシらはおみゃーさんらの敵だにゃ。
 アタシらの仕事は、おみゃぁら二人が血ヘド吐いてハラワタぶちまけて死ぬのを見届けること。
 それ以外ににゃーで!」
 
下水道の汚水の上で土下座するジョンの行動は、マリスエリスには何も響かないらしい。
ただ、嫌悪を隠そうともせず斟酌ない罵声を浴びせている。
しかし、ジョンは懇願の姿勢を崩さない。

>落ち着いたら僕の事を星蝕者達に差し出せばいい。
お前たちが不甲斐ないから油断させて捕まえて来たとかなんとか言えば…面目だって立つだろう…だから…頼む。

「黙りゃあ!!」

ポロン、とマリスエリスが『狼咆琴(ブラックロア)』を爪弾く。
途端、旋律が衝撃となってジョンを襲う。ドンッ! ドドッ! と、息が詰まるような苦痛がジョンを襲う。

「さんざんアタシらを敵だの許さんだの抜かしておきながら、ピンチになったら『助けてくれ』ぇ〜?
 たぁけたこと抜かすんでにゃぁ! おみゃぁらの言うことに、ちぃーとでも信じられるモンがあるとでも思うとるがや!?」

大きく右足を持ち上げると、マリスエリスはガツ! とジョンの後頭部を踏みつけ、泥水にその顔を押し付けさせた。

140崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/05/19(日) 01:38:37
「そんなに味方してほしけりゃぁ、今すぐ死んでちょぉ!
 自分でその腹ァかっ捌いて、素ッ首刎ねて死んでくれせんかね!
 おみゃーさんがくたばったら、残ったもうひとりに味方してやらんこともにゃーがね! ははッ!
 ほれ! どうしたぎゃぁ? 『はい』は!?」

ガツ! ガッ! とマリスエリスは幾度もジョンの頭を踏みつける。
それがこの場にいる『星蝕者(イクリプス)』や、恐らく何処かから様子を見ているナイへのポーズであることは明らかだ。
自分たちが生き残るためには、どんな些細な疑念さえも抱かせる訳には行かない。
というのに。

「エリ」

マリスエリスがジョンを足蹴にする光景を見ていたロスタラガムが不意に一歩踏み出すと、
何を思ったかマリスエリスの右手首をむんずと掴んだ。

「何にゃ? ロスやん! 今、このバカゴリラに詰め腹切らせて――」

「……やめろ」

「―――――!!」

いつも陽気で笑顔を絶やさず、能天気な態度を崩さないロスタラガムの顔から笑みが消えている。
いつになく真剣な様子での制止に、マリスエリスの足が止まる。
ロスタラガムはマリスエリスをぐいっと押し退けてジョンの頭から足を下ろさせると、ジョンの傍に屈み込んだ。

「おい、オマエ。
 おれたちに味方してほしーんだって?」
 いーぞ」

味方になってほしいというカザハとジョンの要請を、ロスタラガムは快諾した。

「ち、ちょっ、ロスや―――」

驚愕するマリスエリスをよそに、ロスタラガムはジョンの髪を掴むとその顔を上げさせる。
そして、ニカリと屈託ない笑みを浮かべる。

「そのかわり。この戦いがぜーんぶおわったら、おれと戦ってくれよな!
 今までのオマエの戦い、見てたぞ。すっげーカッコよかった! オマエ、強ぇぇーなぁー!
 こんなよくわかんないやつらより、オマエと戦ったほーがゼンゼン楽しそーだ!」

ロスタラガムにとっては、正義も悪も世界の崩壊も何も関係がない。
ただ、自分が楽しいかどうか。戦って面白いかどうか。それだけが全てなのだ。
そして、カザハの「格好いいところを見せて」という願いと、ジョンの渾身の戦いは、
見事に実を結んでロスタラガムの興味を引いたのだった。

「ヤクソクだぞ! じゃあ……
 おれもあっばれるぞぉ――――ッ!!」

ガィンッ!! とミスリル製の凶悪な打撃手甲を打ち鳴らすと、
ロスタラガムは物凄い勢いで『星蝕者(イクリプス)』の大軍へと突進していった。

「なっ!?」

「こいつ、裏切るつもりか!?」

想定していなかった事態に、『星蝕者(イクリプス)』たちが動揺する。
それはほんの僅かな隙に過ぎなかったものの、それを見過ごすロスタラガムではない。
瞬く間に最前線へ躍り込むと、当たるを幸い拳足を『星蝕者(イクリプス)』たちへ炸裂させてゆく。

「うははははははははははッ!!!」

喜悦の笑い声を高らかにあげながら、ロスタラガムが戦う。
小柄な体躯を生かしての高い機動力と回避力、そして高密度の筋骨が生み出す攻撃力と破壊力。
まるで小型の竜巻のような継承者の攻撃を前に、『星蝕者(イクリプス)』たちがみるみる数を減らしてゆく。

「あぁ……」

いかにも嬉しそうに哄笑を上げるロスタラガムとは対照的に、マリスエリスは絶望的な声を漏らした。
ブレモン崩壊後も生きていくため、折角プライドを捨ててまでローウェルや『星蝕者(イクリプス)』に媚を売ったというのに、
何もかもご破算になってしまった。
視線の先で、ロスタラガムが暴れている。
その様子はまるで、散々お預けを喰らっていた犬がやっと餌にありついたようにも見える。実際、
この世界の真実を知り是が非でもふたりで生き残ると誓って以来、マリスエリスはずっとロスタラガムに忍従を強いてきた。
ローウェルやゴットリープといった目上の者に対しては勿論、『星蝕者(イクリプス)』たちに対しても、
した手に出るように、逆らわないようにとずっと言い聞かせてきたのだ。
ロスタラガムはそれに不満を漏らすことはあっても、面と向かって逆らうようなことはしなかった。
きっと、それは本来自由奔放が信条のロスタラガムにとっては大きなストレスであったことだろう。
解き放たれ、思う侭に五体を躍動させるロスタラガムの、なんと生き生きとしていることか――。

141崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/05/19(日) 01:42:17
ロスタラガムの攻勢に、『星蝕者(イクリプス)』たちが慌てふためく。
何とか作戦を立て、ロスタラガムの苦手な遠距離戦に持ち込もうとするものの、何せ下水道である。
地の利はロスタラガムにあり、うまく隊伍を整えることが出来ない。
そして、その間にもロスタラガムは低い背丈を利用として瞬時に『星蝕者(イクリプス)』の懐に潜り込み、
一撃必倒の拳打を見舞ってくる。
『十二階梯の継承者』。アルフヘイム最強戦力の称号に相応しい強さに、戦いは混乱と熾烈をきわめてゆく。

「ぎゃああ! やられた!」

「畜生! こんなクソザコに、折角何時間もかけてキャラメイクした俺のブラックホールが……!」

ロスタラガムの姿を捉えられず、代わりに深刻なダメージを与えられる『星蝕者(イクリプス)』たちが、
腹いせに悪罵を投げかける。
そして――誰かがついに口にしてしまった。

「この……“まんもの”の癖に!!」

ロスタラガムにとっての、禁忌のワードを。

「……ぁ……?」

それまで一瞬たりとも動きを止めず、下水道を跳ね回って戦っていたロスタラガムが、俄かに動きを止める。
千載一遇のチャンスとばかり、『星蝕者(イクリプス)』たちが一斉にロスタラガムを攻撃する。鋭利な刀剣が、
ビーム刃の槍が、対モンスター用徹甲弾が、炎と氷の魔法が、その小柄な身体に狙い過たず炸裂する。

「やった!」

快哉。――しかし。

「今……、なんていった……? “まんもの”……?
 “まんもの”っていったのか……?」

『星蝕者(イクリプス)』の攻撃は、ひとつとしてロスタラガムに有効打を与えてはいない。
どころか、モリモリと隆起し膨張する筋肉がすべての攻撃を防ぎ、撥ね退けている。

「おれは……! “まんもの”じゃねええええええええええええええええええええええ―――――――――ッ!!!!」

声がよく反響する下水道の中での、ロスタラガムの咆哮。
ビリビリと空気が震えるような吼え声が耳を劈き、一瞬聴覚が使用不能になる。
と、次の瞬間。
ロスタラガムの近くにいた『星蝕者(イクリプス)』数人の頭が、瞬時に爆ぜた。
今までに倍する速度で動いたロスタラガムの攻撃により吹き飛ばされたのだ。それはローウェルがβテスト用にと、
『星蝕者(イクリプス)』に与えたバフをも容易く粉砕するほどの威力を誇る致死的な打撃だった。

「ぐァおおオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!」

“まんもの”。其れはロスタラガムには決して言ってはならない、禁断の言葉。
『星蝕者(イクリプス)』の中に、以前ブレモンをプレイした経験があった者がいたのだろう。それが災いした。
狂暴化(バーサーク)し、一層手の付けられなくなったロスタラガム相手に、『星蝕者(イクリプス)』が逃げ惑う。

「そ……、そんな……。こんなことが……。
 バランス調整がなってなさすぎるでしょう……? いくらβテストだからって、こんな……!」

初期から交戦していたクラス・ゾディアックが、この惨憺たる有様に恐れ戦く。

「け……、継承者!
 貴方、何をぼうっとしているの!? 早く、早くあれを止めなさい!」

暴れ狂うロスタラガムを特に何をするでもなく眺めているマリスエリスの姿に気付くと、
ゾディアックは一刻も早くロスタラガムを止めるようにと命令した。
しかし、マリスエリスは反応しない。

「マリスエリス! 何をしているの!? 生き残りたいのでしょう!?
 私に、ナイへ口利きして貰いたいんでしょう!? だったら早くあいつを止めなさい!」

「……楽しそうだにゃぁ」

「はっ?」

「あんな楽しそうなロスやんの顔、久しぶりに見たにゃぁ。
 アタシは、今まで何をしとったんにゃ……。ロスやんを失いたくなくて、生き延びることだけ考えて……。
 一番大切なことを忘れとったのかもしれんがや」

「貴方、何を……。いいから、あいつを何とかしなさいよ! あの“まんもの”を! さもないと―――――」

ザンッ!!

ゾディアックが何事かを言い終わる前に、その頭が胴体を離れて地面に落ちる。
がくりと両膝をつくと、ゾディアックの死体はすぐに消滅した。
携えた『狼咆琴(ブラックロア)』の音を鋭い刃へ変え、瞬時にゾディアックを葬り去ったマリスエリスが小さく息を吐く。

「黙りゃーせ。ロスやんの悪口を言うヤツは、誰であろうとアタシの敵だにゃ」

こうなってしまっては、もうどうしようもない。マリスエリスの計画は水泡に帰した。
が、そんな状況に反して、マリスエリスの表情はどこか愉しげであった。

142崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/05/19(日) 01:46:55
地面に倒れ伏した『星蝕者(イクリプス)』たちが、ゆっくりと消えてゆく。
何人倒しただろうか、気付いたときにはポータルは消滅し、下水道の『星蝕者(イクリプス)』はすっかり殲滅されていた。

「あ〜あ……やっちまったにゃぁ」

はぁ、とマリスエリスが大きく息を吐く。
十二階梯の継承者が参戦した後の戦いは、まさしく圧倒的と言うしかなかった。
狭い下水道の中をバーサークしたロスタラガムがゴムボールのように縦横無尽に跳ね回り、
マリスエリスの奏でる破壊の音色が容赦なく反響して逃げ場なく『星蝕者(イクリプス)』を狩ってゆく。
その様子は一方的で、結果としてジョンとカザハは確定的な勝利を収めた。
なお、狂戦士と化したロスタラガムは思う存分暴れ回るとそのままガス欠を起こし、
床に仰向けに倒れるとそのまま大いびきをかいて眠ってしまった。
『星蝕者(イクリプス)』の最後のひとりが消滅するのを見届けると、マリスエリスはゆっくりジョンとカザハの方を向く。

「勘違いしないでちょぉ、アタシたちは降りかかる火の粉を払っただけだぎゃぁ。
 おみゃーさんらの手助けをした訳でも、まして味方になった訳でもにゃぁで。
 依然として、アタシらとおみゃーさんらは敵同士。それを肝に銘じといてちょぉ」

ぎん、と眼差しに殺意を漲らせる。
そして、未だ気持ちよさそうに眠っているロスタラガムを抱き起こし、肩を貸す。

「次に会ったときには、必ず殺いてやるでにゃぁ。
 楽しみにしとるとええぎゃ――」

前方にポータルが開き、継承者ふたりはその中へと入ってゆく。
門はすぐに閉じ、下水道にはジョンとカザハたちだけが残された。
今なお自分たちは敵同士だと、マリスエリスは言った。
しかし、ふたりはもうローウェルの許には帰れまい。マリスエリスたちの取った行動は、
明らかにローウェルの意図に反する行為。まさしく叛逆行為であった。
何となれば、既に滅ぶことが決定している世界の住人の分際で大事な新作ゲームのプレイヤーを傷つけたとして、
追手を差し向けられる可能性さえある。
今更ジョン達を始末したところで、恐らくその罪が贖われることはないだろう。
つまり。
マリスエリスとロスタラガムは、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』と敵対する理由さえ失ってしまった。

《カザハ、ジョンさん、そろそろワールド・マーケット・センターに戻って頂戴》

ジョンのチームが近隣の建物に隠れている人々やモンスターをあらかた避難させると、
ウィズリィから連絡が入った。
ジョンのチーム以外のメンバーはもう全員、マーケット・センターに戻ってきているという。
しかも明神のチームは途中で『真理の』アラミガが加わる予想外の収穫もあったという。

「ジョン! カザハ! おかえり!」

ウィズリィの作った門を潜ると、センターのエントランスでなゆたがふたりを出迎えた。
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』仲間たちと、留守を預かっていたイブリースにアシュトラーセ。
そして相変わらず離れたところにいるミハエルと、明神に連れられて来たアラミガがいる。

「まさか『真理』の賢兄がいらっしゃるなんて――」

アシュトラーセもエカテリーナと同じく、風来坊で普段消息の知れないアラミガがふらりと姿を現したことに驚いている。

「今までどちらに? 継承者の招集にも応じず……」

「そいつは教えられねェ。いい男ってのは秘密が多いもんさ」

「では、どうして今になって此処に――」

「仕事だよ、仕事。金もらっちまったからなあ」

アラミガは相変わらずの調子だ。金だけがこの世界で唯一信じられるすべて、それがアラミガの『真理』なのである。

「みんな、無事でよかった。生き残った人たちもたくさん保護できたし、まずは作戦成功! って感じ?」

一番先にマンダレイ・ベイから戻ってきたなゆたが、仲間たちの無事を確認して嬉しそうに笑う。
なゆたの容態はすっかり良くなっているように見えた。まるで、出発前のフラフラの状態が嘘だったように。

「ちょっと、過労でグロッキー状態だったみたい。
 でも、病院へ行って栄養剤注射して貰ったら、これこの通り! すっかり元気になっちゃった!
 もう大丈夫、これで最後まで戦えるっ!!」

皆の前で、むんっ! とガッツポーズをしてみせる。

「じゃ、それぞれのチームは報告よろしく!
 ええっと、最初はわたしとエンバースのチームから。こっちはまったく問題なし!
 わたしもこの通り元気になったし……でしょ? エンバース」

エントランスのソファの近くに立ってそう言うと、エンバースを見る。
むろん、みのりに頼んで制限時間付きの健康状態を与えられた――ということは絶対に内緒にして、
とその表情が言っている。

【なゆた、リミットがあと三日になる。
 アラミガ出現。明神らと合流。
 下水道の戦いによってマリスエリス、ロスタラガムが一時的に味方に。】

143embers ◆5WH73DXszU:2024/05/27(月) 05:32:11
【ロール・プレイング(Ⅰ)】


「……ウィズリィ、みのりさん。俺の付近の生体反応を精査する事は出来るか?
 別にコイツらを全員やっちまってから、のんびり探してもいいんだけどさ」

《やっとんでぇ〜。そこから六百メートル先の建物に推定人間の生体反応。更に二キロ先に病院や。
 マップ上にガイドビーコンを表示するから、其方に向かっておくれやす〜。
 それから……さっきのエンバースさんの作戦やけど。面白そうどすなぁ、うちも一枚噛ませてもらいますえ?
 最高に格好ええフラウさんを演出するさかい、おきばりやす〜!》

「ありがとう、みのりさん……聞こえたな、フラウ。さっさと片付けよう」

エンバース=事もなげに宣言/ついでにイクリプスを一瞥――獰猛に笑う。
瞬間、再び魂核から蒼炎が溢れる/宙へと泳ぎ出す――超高難易度ステージが再構築。

一人のイクリプスは回避に専念=フラウへの注意を怠った――背後からの唐竹割りが直撃。
一人は弾幕の範囲外へと一時離脱=自ら孤立した形――フラウがそれに追い迫る/光刃を突き刺す。
一人は弾幕の撃墜を試みた=敵への集中/視界の欠如――同時多発的に弾けた爆炎越しの斬撃が直撃。

イクリプスが一人また一人と倒れていく/その度に上空が眩しく瞬く=フラウのフィニッシャーカットイン。

〈……あの。これ、落ち着かないんですけど〉

「確かに。この手の演出はオンオフ、戦闘中に一度だけとか選べた方がありがたいよな」

〈そうじゃなくて。どうせ豪奢に飾るなら……私が必殺技を使っている時にしてくれないと〉

「おっと……そうきたか。なら、見せてくれよ」

〈言われなくとも〉

フラウが炎魚を足蹴に/その爆炎を足場に跳躍/上空へと駆け上がる。
爆炎を浴びつつ跳躍してきた事で光剣のチャージは既に十分――蒼刃を高々と掲げる。
フラウの体表で蒼炎が瞬く=上空から地表へと照射されるレーダー波のように。

ナイツロード・イミテーション形態のフラウは自身の複製の集合体=故に数十もの眼を持つ。
数に物を言わせた観察眼/高高度から放たれるのは――空対地精密斬撃。
ただ光刃を掲げただけのフラウの姿が――竜が顎門に並々と炎を讃えたかのような威容を放つ。

〈偽王剣――〉

そして――イクリプス達は、逃げ出した。
ある者はなりふり構わず背を向けて/ある者は物陰に隠れたままログアウトして。

〈…………は?〉

フラウが呆然とした声を零す/掲げた光刃を力なく降ろす――地上に降り立つ。

「やられたな。切断とはマナーのなってない連中だ」

不満げに牙を剥くフラウ/同情の半笑いを浮かべるエンバース――紅く燃える瞳で空を見上げる。
さっきまでイクリプス達がいた場所のやや上後方――「そこ」にあるだろうカメラを見た。

「じゃあな、みんな。ブレイブ&モンスターズによろしく。また来いよ。今度はブレモンの方からログインしてな。
 最初のリセマラではハイバラを引くまで粘るんだぞ。エンバース(ハイバラ)と魔王ハイバラのピックアップも見逃すなよ」

別れの挨拶/宣伝文句を呼びかけ/深く一息――なゆたを肩に担ぐ形へ持ち替え早足で歩き出す。

「急ぐぞ、フラウ。この跳ねっ返りを早いとこ医者に診せないと」

医者に診せてどうにか出来るのか――そんな疑念を置き去りにしようと、殊更にエンバースは歩みを早めた。

144embers ◆5WH73DXszU:2024/05/27(月) 05:32:32
【ロール・プレイング(Ⅱ)】


『……原因不明の症状です』

そうして辿り着いた病院で、医師はなゆたにたった一言で診断を下した。

「……何を言ってるんだ、アンタ」

『疾病、負傷、毒素の有無。臓器の不全、脳波や精神の疾患に至るまで調べましたが、何ら異常は認められません』

「コイツの……顔色を見ろ。どう見たって異常だ。何か……何もない訳あるかよ」

こんな事を言っても何にもならない/それでも言わずにはいられなかった。

『お力になれず、申し訳ありません。
 ……何かあれば、すぐに報せて下さい』

「……ああ。絡んで悪かった」

医師が去った病室/なゆたは眠り続けている――エンバースは椅子に腰を落として項垂れている。
考える。何か出来る事はあるか――何もない。汗を拭いてやるくらいは出来るかもしれないが、ポヨリンの仕事を奪うのも酷だ。
いつまでこの状態が続く――分からない。時間を無駄には出来ない――だが、どうすればいい――分からない。

『ぅ……』

「なゆた……?」

不意になゆたが呻き声を零した。エンバースが慌てて顔を上げる。
窓の外では日差しの加減が変わっている――結構な時間が経っていたらしい。

『……ここは……』

「病院だ。お前は……倒れたんだ」

『エン……バース……。
 わたし……また迷惑……かけちゃったみたいだね……』

「迷惑だなんて思ってない。でもかなり心配した。なあ、なゆた……少し話を――」

『でも、もう大丈夫……。
 さっきの、マンダレイ・ベイにいたおばさんの息子さんは? 保護できた……? よかった。
 じゃあ、もうひと頑張りしよう……。まだまだ、周りのホテルにもわたしたちの助けを求めてるひと……が――』

「おい!よせ!自分がどういう状態か、まだ――」

エンバースが思わず声を荒げて――それから今度は言葉を失った。
なゆたがベッドから立ち上がろうとして、よろめき、体を支えようとベッドに右手を突いた――その右手が、透けていた。
自分達に敗れ、消滅させられたリューグークランの皆と同じように。

『タイムリミットが……来ちゃったみたい』

エンバースは――合理的な男だ。だからこんな状況でも――ただ混乱する事が出来ない。考える事をやめられない。
どうして――理由は明白。銀の魔術師モードだ。代償なしにあれほどの力が発揮出来る訳がない。
問題は――病状だ。状態はどれくらい悪い。使用を控えれば――良くなるのか。

「……それは、治るのか?」

思考の末、エンバースはたった一言そう紡ぐ=縋るような声。

145embers ◆5WH73DXszU:2024/05/27(月) 05:32:54
【ロール・プレイング(Ⅲ)】

『こんなときが……いつか来るんじゃないかってことは、予感してた……。
 銀の魔術師なんて、あんなチートスキル……何度も無制限に使えるものじゃないなんて、当たり前のこと。
 使えば使うほど大きな代償が待ってる、そんなの……ゲームのプレイヤーならみんな知ってる、でしょ……?』

「お前、自分が何を言っているのか分かってるのか」

『……みんなには言わないで』

「……手遅れなのか?」

返事はない――エンバースが深く深く嘆息を吐いて項垂れる。

《なゆちゃ―――》

なゆたが通信をローカルモードへ切り替え――これでもうこの会話は誰にも漏れない。
エンバースは項垂れたまま/なゆたに呼びかけられてそれに倣う。

《……なゆちゃん》

『そんな顔しないでよ、みのりさん……。
 これは、わたしが選んだ道。どちらにしても避けられなかった結果、なんだ……』

《ナユタ……! 貴方、どうしてそんなに冷静なの!?
 身体が消滅しかかっているのよ!? ミノリ、早急に対処を! ミノリ……!
 ……ミノリ?》

《ミノリ、貴方、まさか》

通信の音量を下げる――今はただ静かにして欲しかった。
項垂れたままのエンバースの頬になゆたが触れる――顔を上げる/目が合う。

『エンバース、また……あなたを厄介ごとに巻き込んじゃったね。
 ずっと、わたし……あなたに頼りっぱなしだ。
 マイディアさんの遺志を受け継いで、強くなろうと思ってたのに……なかなかうまくいかないや……』

「そうだな……今回ばかりは、俺も参ってる」

『どこへだって連れて行ってやるって、言ったよね……。
 ……連れて行って、わたしを。最後の戦いへ、その果ての勝利へ』
『この身体が消えるとしたら……その最後の瞬間まで、わたしはあなたと一緒にいたいよ』

エンバースは答えない/即答出来るような事ではない。

『みのりさん、あとどれくらいでローウェルの居場所を掴める……?』

だが――最後には頷いてくれる。なゆたはそう思ったのだろう。
気の早いヤツだ――なんて場違いな皮肉が脳裏をよぎったが、口に出す気にはなれなかった。

《今、管理者権限をフルに活用してやっとるけど……だいぶ範囲を狭められとるよ。
 早くてあと二日ってとこやろかねえ》

『じゃあ、お願い。あと四日――ううん、あと三日でいい。わたしの身体がまともに動くようにして』

《そんな無茶な――》

《……ええよ。
 今から調整を行うさかい、ちょぉっと待っとってなぁ》

「ありがと、みのりさん……」

《ちょっと……! ミノリ! そんなに簡単に請け負ってしまっていいの!?
 ナユタが消えてしまうかもしれないのに! そんな寿命を縮めるようなことを……!》

エンバースは今も項垂れたままで、何も言わない。

146embers ◆5WH73DXszU:2024/05/27(月) 05:33:08
【ロール・プレイング(Ⅳ)】

《信じられない……!
 ナユタ、貴方、このままだと死ぬのよ!? なのに、どうしてそんなに平然としていられるの!?
 ミノリも! ナユタの死を後押しするようなことを、何故当たり前みたいに受け入れているの!
 エンバースさん、ふたりを止めて!》

ウィズリィが声を荒げる――エンバースは項垂れたままだ。

《……コマンド実行。スキル『ファイナル・デスティネーション』起動》

『きたきたきたぁ!」
『あはっ、すっごい! さっきまでの具合の悪さがウソみたいに身体が軽い!
 ありがとう、みのりさん! これで、わたし最後まで戦えるよ!』

《……そんなん、お安い御用やよ》

『……『終着駅(ファイナル・デスティネーション)』……か。
 これが、わたしの長い旅の……最期の、終焉の場所――』
『……ごめんね。エンバース』

「……しんみりしてるところ悪いんだが、俺はまだ何も了承した覚えはないぞ」

ようやくエンバースは声を発した/立ち上がる/なゆたに歩み寄る。

「条件がある」

振り絞るような声だった。

「この事を誰にも言わない。お前を戦いの終わりまで連れて行く。それがお前の望みなら……叶えてやる。
 だが……この世界はゲームだ。それほどの高難易度クエストには、相応しい報酬が必要だ。だろ?」

エンバースがなゆたの頬に触れる/その瞳を――かつて己の魂を再点火したそれを覗き込む。

「……全てにケリが付いた時、俺の望みを一つ叶える。そう約束してくれ」

147embers ◆5WH73DXszU:2024/05/27(月) 05:33:55
【ロール・プレイング(Ⅴ)】


主要な建造物から民間人を救助した後、エンバース/なゆたはワールドマーケットセンターへと戻った。
これまでにしてきた事と言えば戦闘と避難民の救助くらいで、
早急に共有すべき情報は特にないが――それはそれとして仲間の無事を確認するのはいい事だ。

『ジョン! カザハ! おかえり!』

「こうなる」前のなゆたの状態を考えれば尚更だった。

『まさか『真理』の賢兄がいらっしゃるなんて――』

「あん?アラミガ?なんでお前が……」

『今までどちらに? 継承者の招集にも応じず……』
『そいつは教えられねェ。いい男ってのは秘密が多いもんさ』
『では、どうして今になって此処に――』
『仕事だよ、仕事。金もらっちまったからなあ』

「なんというか……その、クッソ胡散臭いな。
 見ろよ、あまりのツッコミどころの多さに明神さんが頭抱えてるぞ。
 誰が金払ったんだよとか……そもそもどうやって「こっち」に来たんだよとかな」

『みんな、無事でよかった。生き残った人たちもたくさん保護できたし、まずは作戦成功! って感じ?』
『ちょっと、過労でグロッキー状態だったみたい。
 でも、病院へ行って栄養剤注射して貰ったら、これこの通り! すっかり元気になっちゃった!
 もう大丈夫、これで最後まで戦えるっ!!』

「避難所のベッドでぐっすり眠って、よだれを垂らしてきたのを忘れてるぞ。
 ……ま、いいさ。暫く俺達と一緒に行動してくれ。お前が戦力になってくれるなら助かるよ、アラミガ」

『じゃ、それぞれのチームは報告よろしく!
 ええっと、最初はわたしとエンバースのチームから。こっちはまったく問題なし!
 わたしもこの通り元気になったし……でしょ? エンバース』

「……ああ。だが次またぶっ倒れるような事があってみろ。
 ローウェルを倒すまでずっとお姫様だっこで運んでいくからな。
 たまにスイッチを押しっぱにする為の置物にしたり、敵に投げつけるのもいいな」

敵に投げつけるのはもうやったっけ――などと嘯きつつ、エンバースは皆を見渡す。

「……さておき、報告か。うーん……正直みんな似たりよったりなんじゃないか?
 要救助者は概ね無事。イクリプスは攻撃モーションの柔軟性に難アリ。
 強いて言えば攻撃に予備動作のないガンナータイプは今後も脅威になり得るってところか」

そう言うとエンバースは――エンデに歩み寄った。

「だが、俺にはもう一つ……いや、二つ気付いた事がある……少し歩かないか?
 どうせこの後、ストラトスフィアの偵察に行く予定だったよな。
 俺の話は……そう大した内容じゃない。行きながら話そう。いいだろ?」

やや強引な勧誘――要求が通らなければ、エンバースはとても残念そうに肩を落とすだろう。
異論がなければ――エンデに門を開かせて、そこから暫しの散歩が始まる。

「みのりさん、防諜のレベルを「落としてくれ」。これからする話は……別に聞かれても構わない。
 むしろこっちから聞かせてやってもいいくらいだ……それと、ミハエルをこの通信網に含めてくれないか」

断られはしないだろう。今のみのりにはエンバースへの負い目がある筈だ。
たとえどう足掻いても結果が変わらず、本人に望まれた事だとしても――なゆたの死期を早める行いをした負い目が。

148embers ◆5WH73DXszU:2024/05/27(月) 05:34:06
【ロール・プレイング(Ⅵ)】

「――俺達は今のところ、とても上手くやっている。
 イブリース・シンを倒した。管理者メニューを開いた。チャンピオンにも勝った。
 そして今のところ……SSSの連中にも優位に立っていると言えるだろう」

ストラトスフィアはザ・ストリップからアクセス可能。
かつ門の使い手は(恐らくPTメンバーも含む)一度アクセスした事のある場所へ門を開ける。
ならばストラトスフィアへの移動にそう大した時間はかからないだろう。

「しかしだな、一方で俺達は一つ認めざるを得ない」

そうして辿り着いたストラトスフィアタワーの前、イクリプスの大艦隊を/プレイヤーのカメラを見上げて――

「――俺達は未だに、ローウェルの手のひらの上で踊る孫悟空に過ぎないって事を」

エンバースはそう言った。それから急速に自分達を包囲しつつあるイクリプスを見渡す。

「落ち着けよ。この場所、この状況じゃお互い勝ち切れない。やめておこうぜ。
 今回は話をしにきたんだ。ブレモンは高い戦略性と自由度の高いデッキ・パートナービルド。
 それに超カッコいい焼死体がいるだけじゃなく……アドベンチャーパートも結構イケるんだぜ」

仲間達を振り返る/エンバースの双眸は蒼く燃えている――今はまだ。

「で、どこまで話したっけ……ああ、そうだ。この状況はローウェルの想定通り。手のひらの上。
 疑心暗鬼に陥ってる訳じゃない。アドベンチャーパートらしく、れっきとした「証拠品」もある。
 インベントリを開いて、よく見てみろ。お前達も……ほら、見えるか?」

インベントリを開く/ホログラム機能でそれを開示。

「どうだ?分かるか?折角だから他にも幾つか問題を出すか。
 みのりさん、期間限定のクイズイベントのUIを使えないかな。
 全問正解出来たらローウェルが何か景品をくれるかもしれないぜ……それに、俺からも」

エンバースがインベントリをスワイプ/アイテムのツールチップがホログラムへ。

「第一問の答えは――そう、ローウェルの指環だ。そんなアイテム知らない?情報収集はゲーマーの基本だろ。悔い改めな。
 まあとにかく、このアイテムは俺達が……世界の滅亡なんて知ったこっちゃない、
 悪のブレイブから譲り受けたものなんだが――それって何かおかしくないか?」

右手の五指の上で指環を転がす/コイントスの容量で弾く――黒焦げた左中指で受け止める。

「だってもし俺達が負けていたら、アイツらは誰を相手にする為にこの指環を使うんだ?」

ミハエルは――無敗のチャンピオンのままだったなら、更なる強敵を求めていた可能性もある。
だがリューグークランはそうもいくまい。

「……まあ、その時はアイツらがなんやかんや理由をつけてSSSの標的にされていたとしよう。
 でもアイツら負けたらその場で消滅しちまったけどさ。
 だったらついでに勝てばリキャスト解消って設定も付けとけばよくないか?」

それなら万が一の場合もこうして奪われる事もなかった訳で――などと言いつつ左手を掲げる/指環を眺める。

「つまり逆説的にこの指環は……ローウェルからのプレゼントだったって事になる」

エンバースが笑う=得意げ/満足げ――そして懐かしげに。

149embers ◆5WH73DXszU:2024/05/27(月) 05:34:34
【ロール・プレイング(Ⅶ)】

「ま、ローウェルは俺に目をかけてくれていた。それに獲物は死にものぐるいの方がいい。
 だから指環を入手する余地を残してくれたのかもな。だが……ここまでがヤツの予定通りならその次は?
 なあ、みんな。ローウェルは次にどんな予定を立てていると思う?」

スマホをタップ/ホログラムマップを展開。

「……もしローウェルが俺達の勝利を想定していたのなら。
 俺達のその後の行動を予想するのは容易かっただろう。
 そう。みんなを助けないとってな――だからその後は、きっとこうなる」

エンバースが両手を高く掲げる=極めてオーソドックスな「がおー」のポーズ。

「お前達はゴミ掃除をした事がないのです?大量のゴミを片付けたければ――
 まずは一箇所にまとめてから処理した方が効率的なのですー!
 ……どうだ?ワールドマーケットセンターのマップデータの進捗は?順調か?」

照れの気配ゼロのローウェル・ロールプレイ/かますだけかまして平然と話を続ける。

「みんな、ちゃんと俺からのクエストは覚えていてくれたか?
 予備の避難所になるような場所を見つけておいて欲しいってヤツ」

示唆=ブレイブ一行がファストトラベルポイントを解禁/門で輸送を繰り返せば『推定次の予定』は当分実施出来ない。

「……まあ、心配するな。大丈夫だ。そんな事はしない。つまらないからな。
 そして俺達はブレモンをつまらないゲームにしたくない。でも……やろうと思えば出来る。
 ならお互いつまらない事にならない為に――俺達はどうすればいいと思う?」

随分と長い前置きになったが――これこそがエンバースの目的だった。
目的とはつまり、双方にとってデメリットのある戦術を提示する事で戦いにルールを設ける事――ではない。

「二日後の早朝だ。つまり……今からおよそ『30時間ほど』後になるか?俺達はここにもう一度やってくる。
 勿論、お前らをボコボコにして、あの大艦隊に攻め込んで、乗っ取って、
 たとえどこにいても……この世界の外側にいようとローウェルを探し出してぶちのめす為だ」

みのり/ウィズリィはローウェルの居場所の特定は早くて二日後と言った。
この「二日後」の中に「一日と十数時間」というニュアンスは含まれないだろう。
額面通り、最低でも48時間を要するものとする――だからそれより早く状況を解決する/ローウェルを見つけ出す。

「交渉はしない。拒んだり、艦隊を引き上げるなら俺達はベータテストが終わるまで逃げ続ける。
 ……断る理由はない。断る余地もない。そうだろ?やろうぜ、ローウェル。
 お前も、ベータテスターどもも、まとめて楽しませてやる。ステージを整えておけよ」

なゆたが消えてしまう前に全てにケリを付ける――それが、エンバースの目的。

「ブレイブ&モンスターズの力を見せてやるよ」

そう言い切ると、エンバースはゆっくりと深呼吸をして――再び口を開く。

「……で、どうだ?証拠品と、次の予定と、俺達の予定。全て正解出来たヤツはいるか?」

律儀にもエンバースはそう聞いた/そして全問正答者は――いる。間違いなくいる。
単純に50万人ものテスターがいれば一人くらい勘の鋭いゲーマー気質野郎がいてもおかしくない。
当てずっぽうでも当たるかもしれない。ローウェルがクイズ用のUIに干渉する事も出来ただろう。

「そうか。いたか。ならいいだろう。約束通り――いい事を教えてやるよ」

それに何より――このクイズはローウェルなら絶対に正答出来るのだ。
エンバースの予想が正しいか間違っているか、それすら関係なしに。
かつてハイバラをブレイブ&モンスターズの魔王に――そう考えるほど彼を目にかけたローウェルならば。

「――そもそもなんでお前ら、俺達に勝てないと思う?」

イクリプスを見渡すエンバースの双眸は――紅く燃え始めていた。

150embers ◆5WH73DXszU:2024/05/27(月) 05:36:43
【ロール・プレイング(Ⅷ)】

「いや……こう聞いた方がいいか。なんで俺達はお前らに勝てると思う?
 お前らの攻撃モーションはバリエーションが乏しい。それは分かるよな」

当然だ。エンバースの「スイッチ」はある種の心の防御反応だ。
最も大切だった仲間達の死を踏み躙られた――それでも戦い続ける為に精神が設けた理由付け。

「でも俺達は?なんで通常攻撃は単発じゃない?なんでゲームシステムに縛られない?
 どうしてベータテスト用装備のステータスを突破してダメージを与えられる?」

つまり強いストレスはスイッチの「たが」を緩める要因となる。
そして――なゆたが4日後には死んでしまうという事実は明らかに強いストレスだ。

「違う。逆なんだ。俺達はゲームシステムに保証されているのさ。
 お前らが『TPSアクション』としてのスピード感に祝福されているように」

もっともこの状態のエンバースは「戦闘への合理的判断が道徳や倫理観を強く上回る」だけ。
だからこの愚行にも――エンバースなりの合理性がある。
勿論エンバースはそれをわざわざ他人に説明しないから――そんなものはないも同然だが。

「この世界はロールプレイングゲームだろ。ロールプレイが足りてないんだよ、お前ら」

この理論は単なる「ゲームシステムの再解釈/拡大解釈」に過ぎない。
これまでもブレイブ一行が――特に明神が自覚的に使ってきたテクニックだ。

アンデッドは未練を核とする存在/故に未練に纏わるアイテムはアンデッドを変質可能。
スペルカードはスマホ経由の魔法/ならば魔法を学べば外部からその詳細を書き換えられる。
ブレイブには勇気のステータスがある/だから任意の行動を勇気によって補正する事が出来る。
イクリプスはTPSアクションゲームの出身だ/ブレイブとは一線を画すスピード感はその為だ。

だったら――この世界はロールプレイングゲームだ/当然ロールプレイは現実に作用する力を持つ。
この理論だけが成立しない理由はどこにもない。

151embers ◆5WH73DXszU:2024/05/27(月) 05:41:34
【ロール・プレイング(Ⅸ)】

「『最新ゲームのキャラクター』じゃ役不足なのさ。ある筈だろ、お前達にも。
 イクリプスになって、この星に来た背景が――役割が。それを活かせ」

エンバースがこの理論を見出したのは――自身の変容がきっかけだった。
ダインスレイヴを鍵に「魔王」と化した/ミハエルを倒し「世界一のブレイブ」になった。
そうした事で――自分とフラウは魔法とも剣術とも付かない「ギミック」めいた力を扱えるようになった。

それにこれならミハエル・シュバルツァーの変容にも説明がつく。
彼の過剰すぎる落胆は「チャンピオン」のロールを初めて失ったが故の反動なのだ。

とにかく、これで異邦の魔物使いの優位性は――大きく失われた事になる。
マスクデータだった仕様の判明はイクリプス達にそれなりの混乱をもたらしている。
そんな中、エンバースは仲間達を振り返る。

「……その、なんだ。色々と悪いな。でもどうしてもこうする必要があったんだ。
 いつかその時が来たら全て説明する。今は……一発くらいなら殴ってくれていい。
 ほら、こっちの……生身に戻ってない方でよければだけど」

双眸の赤熱も冷めて/かなり気まずそうに。

「けど……ほら、明神さんの一世一代のレイドイベントがただの初狩りで片付くなんてカッコ悪いだろ?
 カザハも……えーと、歌……そう、俺達の冒険を歌にするんだったよな?だったら波乱万丈な方がやりやすいよな?
 ジョンは……少なくとも次のバトルは、めちゃくちゃ歯応えがあるぞ……いや、マジでごめんって」

苦し紛れの言い訳――それからエンバースはなゆたを見つめた。
気まずそうな/苦し紛れの笑みは瞬く間に掻き消えて――歩み寄る/前触れもなく抱き締める。

「俺はお前を、最後に花か月みたいに消えちまう、ただのヒロインにするつもりはない――」

誰にも聞き耳の立てられない/立てる気にもさせない距離でそう告げて、なゆたを離す。
そしてもう一度目を合わせる――これは対決だ。エンディングの奪い合いなのだ。
だから――宣戦布告をしなくてはならない。

「――ゲームスタートだ」








「……ところでもう一つ、これは提案なんだけど。
 アイツらが「ロールプレイ?そんなシステム本当にあるのかよ!」
 なんて騒いでいる内にここから逃げた方がいいと思うんだよな。みんなもそう思わないか……なんて」

その後すぐに気まずさがぶり返したエンバースはやや所在なさげにそう言った。

152カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/05/29(水) 01:11:52
我の突然の要請に一瞬戸惑ったジョン君だったが、すぐに乗ってきてくれた。

>「やればいいんだろ…殺れば…!」

「うん! 遠慮なく殺っちゃって……!」

何故ならこのイクリプス達は、こちら視点で言うとこの世界で生きている生命ではなく単なるガワ。
上の世界視点で言うと、NPCではなくPCだ。
当然ながら、ゲームの自キャラが死んだところでゲーム内でペナルティを受けるだけで、プレイヤーは傷一つつかないのである。

バトル1〜勇気の魔法〜(フルバージョン)

ttps://dl.dropbox.com/scl/fi/mk9khpbgwy28eg97spmxu/FULL.mp3?rlkey=z49nr9btek1z0pjkmjyk6obvc&st=h6jmaqe8&dl


上パート:カザハ(VY1)
下パート:カケル(MEIKO)

【カザハ】
磨き抜かれた剣の 刃に映るのは
揺らがぬ決意を秘めた 美しき瞳

無敵の盾に刻まれた 数え切れない傷
それはいつも君が僕を守ってくれた証

まだ見ぬ未来を夢見て進みゆく
恐怖をも凌駕する憧れはいつか
どんなに高い壁も超えてゆく翼となる

【カザハ&カケル】
魂込めた術の 言霊で打ち破る
真綿のように君を縛る 忌まわしき呪い

旧き書物に刻まれた 数え切れない歌
それはいつも人が愛を 紡いできた証

遥かな理想を目指して進みゆく
絶望も凌駕する願いはいつか
どんなに遠い道も翔けてゆく翼となる

ぼくが自分を見捨てた時でも
君はこの手を掴んで離さなかった

この胸に確かに刻まれた 計り知れぬ絆
それは永遠に解けることない勇気の魔法

ぼくらの世界を必ず守り抜く
《運営(神)》をも恐れはしない決意は今
どんなに強い《権限(ちから)》も覆す奇跡起こす

輝く未来を必ず掴み取る
ぼくらの愛するこの《ゲーム(せかい)》は
今も昔もこれからも数多の《伝説(シナリオ)》紡ぎ続ける

153カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/05/29(水) 01:13:51
>「この…気持ちはなんだ…?…いうならば…そう!…RPGで即再行動を付与されたかのような高揚感!」
>「いくぞ部長…今ならこんなザコども相手にすらならん…そんな気がする
>「雷刀(光)(サンダーブレードユピテル)」プレイ!」

かっこよく戦うように言ったというのに、ジョン君の選んだ武器は、一見すると画面映えしない地味なナイフ。
ジョン君の使う武器はいつも、例えばRPGの主人公が使うような見栄えのいい伝説の剣とは似ても似つかぬものばかりで……

(見栄えより実用性重視って今の時代むしろかっこいいんじゃね!?)

>「力が…全身に行き渡る!」

>「掛かって来い…不意打ちオンリーで焦れてきた頃だろ……はやく来い!
弱い僕と部長が…弱いからこそ…辿り着いた境地を見せてやる。」

ジョン君は部長先輩と巧みに連携し、イクリプス達を次々と倒していく。
ヤバイ、これは――

(滅茶苦茶、かっこいいんだけど……!)

……って、そうじゃなくて!
これは飽くまでもあの二人を味方に引き入れるための作戦であって、自分が見とれてる場合じゃないっつーの!
継承者達の様子を一瞬見て確認する。
マリスエリスの方は相変わらずの仏頂面だが、ロスタラガムは目を輝かせているように見える。

>「僕は…もう二度と…僕の歌姫の前で無様な姿見せないと…誓ったのだ。」

(僕の、歌姫……!)

このワードを聞くのは初めてではないが、何度聞いてもパワーワードだ……。
魂が共鳴するような、呼吸が、鼓動がシンクロするような感覚。
最前線で敵を迎え撃つジョン君を、見ているだけしか出来ないと思ったこともあった。
だけど、今は確かに……

(ねえカケル、ぼくは……ぼくたちは、ジョン君達と一緒に戦えてるよね……)

(当たり前じゃないですか――!)

>「…それだけか?」
>「残念だが次はない…!「雄鶏乃怒雷(コトカリス・ライトニング)」プレイ!」

雷撃が戦闘域を襲う。

>「そして雷に一瞬硬直した奴…焦って回避を入力した奴…どれも僕と部長は…逃がさない」
>「これが人間とモンスターの協力プレイ…そして歌姫の力も借りた…ブレイブの新境地…三位一体の力…!
現実…ってのがなにかはもう僕にはわからないが…戻ったらみんな伝えてくれ…そして宣伝してくれ
ブレイブ&モンスターズは仲間と共に無限のビルドを作れる神ゲーだ…ってね」

>「どうだカザハ…僕は…僕達は…かっこよかったかい?」

「うん……! すごくかっこよかった!
もしも、ぼくが伝説に語る勇者を一人だけ選ぶとしたら……キミに決めた――」

154カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/05/29(水) 01:15:31
リーダーはなゆだし、我はうんちぶりぶり大明神と現場お任せ幻魔将軍の伝説を語る者でもあるから、
こんなのみんなに聞かれたら怒られてしまいそうだけど!
実際には一人だけ選ぶ必要なんてなくて飽くまでももしもの話だから、別に問題は無い。

束の間敵が途切れたところで、ジョン君が継承者達の説得を始める。

>「さて…力も…かっこよさも…ブレモンの可能性も…いま見せた通りだ
本当はまだとっておきもあるにはあるんだけど…小回りが色々と効かなくてね…」

>「………僕は…正直に言えばこの世界に愛着などない」
>「でも僕は…仲間が愛したこの世界を…次のゲームが始まるからなんて理由で…いやどんな理由だろうと滅ぼされたくないんだ
僕はこの世界が好きな僕の仲間みんなが好きだ…カザハを愛してる!…だからこそ…ローウェルを…正さなきゃいけないんだ」
>「頼む…マリスエリス…ロスタラガム…お前らにもなにかそうしなきゃいけない理由があるんだろう…だけど…
特別な条件とか…僕には提示できないけど…けど!僕にできる事なら何でもする…!」

ジョン君はなんと、その場に正座すると、全力の土下座をした。

(これは説得というより……全力ド直球の懇願……!)

>「はぁ〜〜〜〜???」
>「何言っとるがね? さっきからふたりして……。まさか、アタシとロスやんにおみゃーさんらへ加勢しろ、とでも?
 ハン、冗談も休み休み言うにゃぁ! 第一おみゃぁさん、さっき自分で言うとったがや?
 『お前等は『敵』なんだな?』ちゅうて――『お前を許すと思うのか』とも。もーぉ忘れたんきゃぁ?
 それとも脳筋ゴリラだから、自分の言ったことも覚えとらんのにゃ?」

マリスエリスは全く動じる様子はないが、当然といえば当然かもしれない。
彼女はこの期に及んでまだローウェルの走狗をやっているのだ。
その道で生き残って見せるという、並大抵のことでは動じない余程の覚悟があるに違いない。
これで揺らぐなら、とっくにローウェルと袂を分かっているだろう。

>「落ち着いたら僕の事を星蝕者達に差し出せばいい。
お前たちが不甲斐ないから油断させて捕まえて来たとかなんとか言えば…面目だって立つだろう…だから…頼む。」

「そ、そんな……!」

>「黙りゃあ!!」

必死に懇願するジョン君をマリスエリスは、ブラックロアで攻撃する。

「ちょっと……!」

>「さんざんアタシらを敵だの許さんだの抜かしておきながら、ピンチになったら『助けてくれ』ぇ〜?
 たぁけたこと抜かすんでにゃぁ! おみゃぁらの言うことに、ちぃーとでも信じられるモンがあるとでも思うとるがや!?」

マリスエリスが、ジョン君の頭を踏みつける。

「……っ!」

155カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/05/29(水) 01:16:39
怒りがこみ上げるが、ここで自分が激昂してはジョン君がここまでやってくれている意味がなくなってしまう。
マリスエリス達の役目は、ブレイブを自ら始末するのではなく飽くまでもイクリプス達の手引きをすることらしい。
それならいくらなんでも、完全に低姿勢に出ている相手にここまでする必要ある!?
いや、無い。そうだ――不自然に芝居がかっている。
マリスエリスは自分の見てきた限りだと、悪く言えば打算的で冷徹――良く言えば理性的で冷静。
一見単なる強者の煽りに見える言動も、多分戦略的なものだった。
「なんかイラついたから」とかいう理由で感情に振り回されて動くタイプではないはずだ。
ならばこれは、ローウェルに万に一つの疑念も抱かせないための演出――

>「そんなに味方してほしけりゃぁ、今すぐ死んでちょぉ!
 自分でその腹ァかっ捌いて、素ッ首刎ねて死んでくれせんかね!
 おみゃーさんがくたばったら、残ったもうひとりに味方してやらんこともにゃーがね! ははッ!
 ほれ! どうしたぎゃぁ? 『はい』は!?」

(どうしよう……)

マリスエリスの意図に思い至ったところで、打開策は浮かばない。
というか、感情が先行して動くことがないタイプなら、余計どうしようもない。

(みんながいれば、きっとなんとかなるのに……!)

そもそも敵を味方に引き込む説得は、明神さんの得意分野だ。
なゆの持ち前の輝きをもってすれば、ローウェルの元で生き残る道を選んだマリスエリスの固い決意すらも覆せるかもしれない。
世界一のブレモンプレイヤーのエンバースさんなら、こっち側に付いてみんなで生き残る道に少しは説得力を持たせられるのに……。

(あぁあああああああああああああああああ!!
長文で説得しようとすると訳わかんないこと言っちゃうし! 陰キャだし! ド素人だし!)

救いを求めるようにカケルの方を見る。
カケルは「それでもあなた、ブレイブだったんですよね」みたいな目で見返してきた……!
なんやこいつ! 腹立つわ! 都合のいい時だけ「自分ペット枠ですから」みたいな顔しやがって!
――でも、確かに、コミュ障陰キャド素人でもブレイブだった……!
それもただのブレイブじゃなくて、エンバースさんに勝るとも劣らない凄いブレイブを倒しちゃってる……!
明神さんならこんな時、どうやって説得する!?
協力してくれて目的が達成された暁には相手の望むものを差し出せる――
確か基本的な手法はそんな感じのはず……!
この二人、見る限りマリスエリスが主導権を握っているようだけど……
もしも少しでもブレモンのBGMに興味を持ってくれたならやりようはあったかもしれないが、お気に召さなかったみたいだし……。
それすらもローウェルの機嫌を損なわないためのポーズかもしれないが、何にせよ本心が見えないので、材料が少なすぎて交渉のしようがない。
ロスタラガムと共に生き残ろうとしていることだけは確かだが、
本当にそれ以外の全て――この世界の全てに大して執着がないのだとしたら、積みだ。
ならばやはり、ロスタラガムの方から陥落させるのに賭けるしかない!
マリスエリスとは違って、こちらは分かりやすい。
彼はおそらく、いわゆる戦闘狂キャラ枠――強い者と戦うのが好きなのだろう。
エンバースさんが、自らとの再戦を提示してミハエルから情報を引き出そうとしていたのが思い起こされた。
あの時ミハエルは戦意を失ってしまっていて思うような反応にならなかったが、ロスタラガムはそうではない。

156カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/05/29(水) 01:17:53
「ロスタラガムさん……! 歌、聞いてくれてありがと!
結構好きって言ってくれたよね。ぼくも大好きなんだ。
あれが、ブレイブ&モンスターズの――この世界のBGMなんだよ」

ジョン君の頭を足蹴にするマリスエリスに飛び掛かりたい衝動を抑えてロスタラガムに向き合い、少し屈んで視線を合わせる。

「さっきのを見てたら分かったかと思うけど……ジョン君、すっごく強いんだ……!
何せあのオデットさんとか、三魔将のイブリースさんに勝ったんだから!」

実際は別に一対一ではなく全員で力を合わせての総力戦だったんだけど、嘘は言っていないからセーフ……!
ジョン君を勝手に餌にするようで気が引けるけど、背に腹は代えられない。

「だから……今度、万全の状態で戦ってみたいと思わない?
もちろんジョン君にはぼくも一緒で。ジョン君にだけぼくがいるのは不公平だから……あなたは……」

それ、2対2と見せかけて実は4対2じゃね!? というツッコミは無しの方向で……!
ロスタラガムが聞いていたのかいないのかも分からないが、
こちらが言い終わらないうちに、彼は唐突に一歩踏み出すとマリスエリスの手を掴んだ。

>「エリ」

>「何にゃ? ロスやん! 今、このバカゴリラに詰め腹切らせて――」

>「……やめろ」
>「おい、オマエ。
 おれたちに味方してほしーんだって?」
 いーぞ」
>「そのかわり。この戦いがぜーんぶおわったら、おれと戦ってくれよな!
 今までのオマエの戦い、見てたぞ。すっげーカッコよかった! オマエ、強ぇぇーなぁー!
 こんなよくわかんないやつらより、オマエと戦ったほーがゼンゼン楽しそーだ!」

(あっ、もしかして自分何もしなくても大丈夫だったやつ……!?)

こちらが何も言わずとも戦闘狂なら強い相手は見抜けるだろうし、そんな相手と戦いたいと思うのは自然な流れで、
いくらINTが低いとはいえ、この世界がなくなってしまったらジョン君と再戦できないことぐらいは自分で分かったかもしれない。
まあそんなことはどっちでもよくて、とにかく良かった……!

>「ヤクソクだぞ! じゃあ……
 おれもあっばれるぞぉ――――ッ!!」

「ジョン君! あの……。癒しの旋風(ヒールウィンド)……!」

ようやく解放されたジョン君を見て、安堵と感謝と申し訳なさと愛しさと少しの腹立たしさがごちゃまぜになって
何か言おうとするもののなんと言っていいか分からず、ひとまずスペルカードで味方全員の負傷を回復させる。

「カケル! もうひと頑張りするよ……!」

カケルと共に、再び歌い始める。

157カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/05/29(水) 01:18:49
>「うははははははははははッ!!!」

ロスタラガムが、哄笑を響かせながらイクリプス達を次々と蹴散らしていく。

(なんか、めっちゃ楽しそうなんですけど……)

そしてこの状況に苛立ったイクリプスが、うっかり禁断の言葉を口走ってしまった。

>「この……“まんもの”の癖に!!」

(言っちゃった、NGワード……ッ!)

>「おれは……! “まんもの”じゃねええええええええええええええええええええええ―――――――――ッ!!!!」

狂暴化してますます手が付けられなくなったロスタラガムに、イクリプス達はもはや逃げ惑うのみ。
最初からしぶとく生き残っていた敬語口調のイクリプスが、慌てふためきながらマリスエリスに要請する。

>「け……、継承者!
 貴方、何をぼうっとしているの!? 早く、早くあれを止めなさい!」
>「マリスエリス! 何をしているの!? 生き残りたいのでしょう!?
 私に、ナイへ口利きして貰いたいんでしょう!? だったら早くあいつを止めなさい!」

>「あんな楽しそうなロスやんの顔、久しぶりに見たにゃぁ。
 アタシは、今まで何をしとったんにゃ……。ロスやんを失いたくなくて、生き延びることだけ考えて……。
 一番大切なことを忘れとったのかもしれんがや」
>「黙りゃーせ。ロスやんの悪口を言うヤツは、誰であろうとアタシの敵だにゃ」

今まで呆然と事態の成り行きを見ていたマリスエリスが、ついにイクリプスに刃向かった……!
そして、どれぐらい戦っていただろうか――イクリプス達の最後の一人が倒れた。
この状況に怖気づいたのだろう、増援もいつの間にか止まっている。

>「あ〜あ……やっちまったにゃぁ」

マリスエリスはイクリプス達が殲滅された辺りを見渡し、複雑そうに息を吐く。

>「勘違いしないでちょぉ、アタシたちは降りかかる火の粉を払っただけだぎゃぁ。
 おみゃーさんらの手助けをした訳でも、まして味方になった訳でもにゃぁで。
 依然として、アタシらとおみゃーさんらは敵同士。それを肝に銘じといてちょぉ」

久しぶりにロスタラガムの楽しそうな顔を見れて嬉しいというのは、おそらく本心だろう。
だけど色々なものを犠牲にして進んできた生き残りの道が一瞬でポシャってしまったのだ。
その文脈でいくと、我とジョン君はロスタラガムを唆した悪い奴らだ。
といったところでこうなってしまった以上は否が応でもこの世界を存続させるルートしか生き残る道は残されていないのだけど……
そう簡単に気持ちが切り替えられないのは当然だ。

>「次に会ったときには、必ず殺いてやるでにゃぁ。
 楽しみにしとるとええぎゃ――」

驚いたことに、二人の前方にポータルが開く。
ポータルが開くってことは、まだ見捨てられてないってこと……?
あれだけ分かりやすい反逆行為をして、お咎めなしは在り得ない。だとしたら……

(粛清されちゃう……ってこと!?)

158カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/05/29(水) 01:20:11
「それ、どこに繋がってるの? まさか、ローウェルのところに帰るの!? 待って……!」

二人の姿はポータルの向こうに消えてしまった。
何かと因縁のある二人だが……まあロスタラガムは先に加勢してくれたし、ブレモンのBGM好きな奴に悪い奴はおらんやろ。(単純)
マリスエリスははっきり言って滅茶苦茶嫌な奴だけど……それでも最終的には加勢してくれたのだ。
このままローウェルに殺されてしまってはあまりに寝覚めが悪い。
そもそも、今まで見てきたマリスエリスは、常にローウェルの忠実な走狗という立場に縛られたもの。
彼女の本当の姿は、まだ何も知らないのだ。それに……継承者の呪歌だって、聞いてみたい。

(結局、歌ってくれなかったな……)

「アタシのエンチャントで強化した『星蝕者(イクリプス)』に、いっそ一思いに殺されたいってことかにゃ?」って言ってたから使えるんだろうけど……。
――いや待って!? ”エンチャント”とは言ってるけど”呪歌”とは言ってないじゃん!?
「歌は上手いけど呪歌適性はない吟遊詩人」というキャラ付け、ブレモン運営なら普通にやりかねない……!
もし本当にそうだとしたら……
増してそれを上の世界の人達(イクリプス)にネタにされてからかわれたりしてたら……
自分、知らなかったとはいえ出来ないことをやれと迫りまくってきた上に
「自分は出来るんやで?(ドヤッ」と見せつけてきためっちゃ嫌な奴やん!!

「うわぁああああああああああああああああ!!」

奇声を発しながら床を転げ回る……のは汚いので流石にやめておいて、代わりに壁に頭を打ち付ける。

「やめてください!! ただでさえ低いINTが更に下がってしまいます!!」

カケルが襟首を引っ掴んで壁から引きはがし、何故かジョン君の方にパスされた。
(一見乱暴な扱いに見えるが、とても軽いのでこれで特に問題はないのだ)

「えっ、あ、わ……!」

ジョン君の胴体で受け止められる。
尚これは抱き付いているわけではなく、ぶん投げられて受け止められただけなので不可抗力である。

(あ……ジョン君また傷だらけになっちゃってる……!)

そうだ、当たってるかも分からない憶測で気を揉むよりも先に、目の前のことを気にしなければいけない。
そのまま、癒しのそよ風(ヒールブリーズ)を発動する。
受け止められた体勢のままなのは、至近距離にいた方が効きやすそうだからで、他意はない。

「こんなに汚れちゃって……。自分だけ差し出せばいいなんて言ったら駄目……!
本当に差し出されちゃったら助けに行かなきゃじゃん!
相手はSF超文明なんだから全部筋肉でなんとかなるとは限らないんだからね!?
そんな怪しからん体格して捕らわれの姫ポジションとか……ギャップ萌え過ぎるじゃん!」

回復の魔力を集めるように、ジョン君の頬に出来た傷に手を当てる。
スペルカードの効果で傷がゆっくりと消えていく。

159カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/05/29(水) 01:22:02
「でも……ありがと。すごくかっこよかった。
戦ってるところはもちろんだけど、全力土下座も全部! マリスエリスにあんな扱いされても耐えてさ……!
キミのために歌ってると……すごく不思議な感覚になる。
よく分かんないけどすごく胸が高鳴って素敵な気持ちで……そんな風になるの、キミのときだけなんだ。
それで原因を考察してみたんだけど……
きっとぼくは……キミのパートナーになるために生まれてきた……じゃなくて! いや、違わないけど違くて!
ぼくは……キミの力を最大限に引き出せるように設定されたキャラなんだ……!」

この世界というゲームの仕様の考察をしているだけなのに、うっかり誤解を招きかねない表現をしてしまった……!
誤解を招きかねないといえば……さっきジョン君、どさくさに紛れて日本人があんまり言わない台詞を言わなかったっけ!?
「僕はこの世界が好きな僕の仲間みんなが好きだ…」あれ? この次なんだったっけ!?
これはきっと思い出したら大変なことになってしまうから記憶にブロックがかかってるやつだ……!

「それと、出発前にむやみに突撃したら駄目って言ったけど……あれ、ぼくが一緒にいないとき限定だから……!
高レベルの呪歌使いは支援のエキスパートなんだ――さっき歌ったの以外にも、本当にいろいろある。
言ったでしょ? 君がぼくを守ってくれるなら、ぼくも君を守るって。
キミがどんな強敵に突撃したって、ぼくが必ず守る」

ブレモンのBGMに歌を乗せると呪歌がいろいろ出来る。
テーマ曲の一件があったから、ブレモンのBGMを使うのは若干気が引けていたのだけど……
さっきの歌の特に後半、我ながらどう考えてもローウェルの仕込みじゃないよな……!?

【カケル】
私は回復を待つ間、暇なので背景でアゲハさんと漫才をしていた。
もう完全に成仏するタイミングを失ってコント要員におさまってるなこの人……!

「私は一体何を見せられているんでしょう。
ヒールブリーズってあんな至近距離に立ってる必要ないんですけど……」

「アンタが戦犯やろ! わざとこうなるように煽って面白がってるやろ」

「カザハが持病の発作を起こしたから私よりカザハの扱いが上手な人にパスしただけやで?」

部長さん(※モフモフ)を抱き上げて話しかける。

「ちょっと部長さん、あれどう思います!?」

「そのお方多分ニャーとかニャンとかミャウしか言わんで?」

「分かってます。様式美です。
でも……ニャーとニャンとミャウが言えるとしたら
うん/ううん でYES/NOの受け答えが出来る可能性が微粒子レベルで存在する……!?
「出かける?」「うん」「どこいく?」「海」「何食べる?」「ウニ」なんて会話出来ちゃいます!?」

「何やねん! そのウラッと言えるキャラは津々浦々が言える的な理論……!」

頃合いを見計らって、私は二人に声をかけた。

160カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/05/29(水) 01:23:43
「大体回復したみたいですね……そろそろ行きましょう」

「そうだね……行こう、ジョン君。助けを待ってる人がまだ残ってる……!」

こうして私達は、救助活動に戻るのであった。
幸いこの後は、敵との交戦もなく、救助は順調に進んだ。
問題があるとすれば相変わらず道中が時々絶妙な沈黙に支配される程度である。
我に返ったカザハは例によって精神的に爆死していた。

(なんか……場の勢いで変な事いろいろ言ってしまった気がする……!
何やねん! キミのパートナーになるために生まれてきたって……!
ドン引きやわ! ピ〇チュウでもそんなこと言わんわ! そもそもあいつ「ピ」と「カ」と「チ」と「ュ」と「ウ」しか発声できんわ!)

尚、変なことを言って引かれるなら、最初からとっくに引かれているので、今更問題はない。
そしてそんな沈黙をどうにかすべく、カザハは

「それにしてもゴリラは酷いよな……! こんな顔がいいゴリラがいてたまるかっつーの!」

と思い出しムカつきをしてみたり。

「いや、待てよ!? マホたんの渾名はヴァルハラゴリラだったよな……。
マホたん(※アイドル)→ゴリラ ジョン君(※アイドル)→ゴリラ
ということはつまり……アイドルはゴリラ……ってこと!?」

と衝撃の新事実(?)に思い至ってみたりしていた。
下水道を通って人やモンスターがいるところに赴いては、門を開いてもらって避難させるのを繰り返し、どれぐらいの時間が経っただろうか。
ぱっと見る限り辺りに青い点は見当たらなくなった。

「とりあえずこんなもんかな……?」

丁度そんな時、ウィズリィちゃんから連絡が入る。

>《カザハ、ジョンさん、そろそろワールド・マーケット・センターに戻って頂戴》

「うん、丁度帰ろうと思ってたとこ……!
ところでなゆチーム、無事? ボイチャがずっと切断されてるんだけど……」

他のメンバーはなゆたちゃん含め全員戻ってきているという。
明神さんチームの方は、いい感じに敵を圧倒できたことがなんとなく伝わってきていたのだが。
激しい交戦で他のチームに気を回す余裕がなくなっている間に、いつの間にかなゆたちゃんのチームの音声は入らなくなっていた。
が、帰ってきているのなら、一安心だ。

161カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/05/29(水) 01:25:06
【カザハ】
門をくぐって帰ると、なゆが一番に出迎えた。

>「ジョン! カザハ! おかえり!」

「た……ただいま……! 途中で通信が途切れてたけど大丈夫だった……!?」

(妙に、元気……!)

元気になったのは良かったけど、大丈夫!? 元気過ぎて逆に怖いんだけど!
ヤバいヤクでドーピングとかしてない!?
そして、真理のアラミガがしれっといる。

>「まさか『真理』の賢兄がいらっしゃるなんて――」

>「仕事だよ、仕事。金もらっちまったからなあ」

バロールさん、やっぱりどこかで生きてたんだ! まあ、そうだろうとは思ってたけど……!

「されちゃったんだ……またのご用命! バロールさんどんだけ大金積んだんだ……!
えっ……雇い主違うの?」

>「なんというか……その、クッソ胡散臭いな。
 見ろよ、あまりのツッコミどころの多さに明神さんが頭抱えてるぞ。
 誰が金払ったんだよとか……そもそもどうやって「こっち」に来たんだよとかな」

バロールさんじゃないとしたら、誰に雇われたのだろうという疑問が当然浮かぶが、教えてくれないらしい。
口止めでもされているのだろうか。

>「みんな、無事でよかった。生き残った人たちもたくさん保護できたし、まずは作戦成功! って感じ?」
>「ちょっと、過労でグロッキー状態だったみたい。
 でも、病院へ行って栄養剤注射して貰ったら、これこの通り! すっかり元気になっちゃった!
 もう大丈夫、これで最後まで戦えるっ!!」

栄養剤で治るなら苦労せんやろ……! でも、空元気という感じでもないしなぁ。
それに、仮にヤバいドーピングをしたとしたら逆に、皆に怪しまれるのを警戒して、
ここまで急に元気になった風には見せないんじゃないだろうか。
本当に何でもなかったのかな……?

>「じゃ、それぞれのチームは報告よろしく!
 ええっと、最初はわたしとエンバースのチームから。こっちはまったく問題なし!
 わたしもこの通り元気になったし……でしょ? エンバース」

なんか、微妙になゆがエンバースさんに圧をかけてるように見えるのは気のせい!?
唯一、なゆチームの経緯を知るのであろうエンバースさんの顔をじーっと見る。
半分が生身になった今なら、もし何かあったなら動揺が顔に出るかもしれない……!

>「……ああ。だが次またぶっ倒れるような事があってみろ。
 ローウェルを倒すまでずっとお姫様だっこで運んでいくからな。
 たまにスイッチを押しっぱにする為の置物にしたり、敵に投げつけるのもいいな」

(いつも通りだ……!)

でも、そもそも人間の時からポーカーフェイスが上手いキャラなのかもしれないので、まだ安心はできない。

162カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/05/29(水) 01:26:13
「マリスエリスとロスタラガムがイクリプスを手引きしててさ……
たくさんイクリプスを召喚されて大変だったけど、最終的には加勢してくれたんだよ。
ロスタラガム、きっとアイツらの下で押さえつけられてるのが耐えられなかったんだよね。
でも……戦闘が終わったら門をくぐってどっかいっちゃった。
どこに行ったのかは分からないけど……少なくとももうローウェルの下にはいられないと思う」

>「……さておき、報告か。うーん……正直みんな似たりよったりなんじゃないか?
 要救助者は概ね無事。イクリプスは攻撃モーションの柔軟性に難アリ。
 強いて言えば攻撃に予備動作のないガンナータイプは今後も脅威になり得るってところか」
>「だが、俺にはもう一つ……いや、二つ気付いた事がある……少し歩かないか?
 どうせこの後、ストラトスフィアの偵察に行く予定だったよな。
 俺の話は……そう大した内容じゃない。行きながら話そう。いいだろ?」

あまりに唐突な提案に、戸惑う。

「そんな急にどうしたの!? むやみに出歩くのは危ないよ!?」

あっ……そんなに残念そうな目で見ないで!?
なんか、絶対行くという強い意思を感じるんですけど……!

>「みのりさん、防諜のレベルを「落としてくれ」。これからする話は……別に聞かれても構わない。
 むしろこっちから聞かせてやってもいいくらいだ……それと、ミハエルをこの通信網に含めてくれないか」

みのりさんは、すんなりとエンバースさんの言うとおりにしている。
いつもの彼女なら、意図を聞き出そうとするぐらいはしそうなものだが……。

>「――俺達は今のところ、とても上手くやっている。
 イブリース・シンを倒した。管理者メニューを開いた。チャンピオンにも勝った。
 そして今のところ……SSSの連中にも優位に立っていると言えるだろう」
>「しかしだな、一方で俺達は一つ認めざるを得ない」

門を駆使し、ストラトスフィアタワーには割とすぐに辿り着いた。

>「――俺達は未だに、ローウェルの手のひらの上で踊る孫悟空に過ぎないって事を」

「恰好付けてる場合じゃないし! 敵集まって来てるじゃん!」

イクリプスが周囲を包囲しつつあるが、エンバースさんは動じない。

>「落ち着けよ。この場所、この状況じゃお互い勝ち切れない。やめておこうぜ。
 今回は話をしにきたんだ。ブレモンは高い戦略性と自由度の高いデッキ・パートナービルド。
 それに超カッコいい焼死体がいるだけじゃなく……アドベンチャーパートも結構イケるんだぜ」
>「で、どこまで話したっけ……ああ、そうだ。この状況はローウェルの想定通り。手のひらの上。
 疑心暗鬼に陥ってる訳じゃない。アドベンチャーパートらしく、れっきとした「証拠品」もある。
 インベントリを開いて、よく見てみろ。お前達も……ほら、見えるか?」
>「どうだ?分かるか?折角だから他にも幾つか問題を出すか。
 みのりさん、期間限定のクイズイベントのUIを使えないかな。
 全問正解出来たらローウェルが何か景品をくれるかもしれないぜ……それに、俺からも」

エンバースさんは、ローウェルの指輪を例に出し、全てがローウェルの掌の上で転がっていることを説いた。
それを基に、こちらが設定した決戦の場に、相手が応じざるを得ないように仕向ける。

163カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/05/29(水) 01:27:35
>「二日後の早朝だ。つまり……今からおよそ『30時間ほど』後になるか?俺達はここにもう一度やってくる。
 勿論、お前らをボコボコにして、あの大艦隊に攻め込んで、乗っ取って、
 たとえどこにいても……この世界の外側にいようとローウェルを探し出してぶちのめす為だ」
>「交渉はしない。拒んだり、艦隊を引き上げるなら俺達はベータテストが終わるまで逃げ続ける。
 ……断る理由はない。断る余地もない。そうだろ?やろうぜ、ローウェル。
 お前も、ベータテスターどもも、まとめて楽しませてやる。ステージを整えておけよ」
>「ブレイブ&モンスターズの力を見せてやるよ」

急に敵陣に散歩に行こうと言い出した時はどうなることかと思ったが、こういうことだったのか。
確かに、こちらのペースで物事を進められるほうが、何かと有利だ。
それならそうと事前に説明ぐらいしてくれたっていいのに!
それにしても……妙に急いでる気がするんですけど……!

>「……で、どうだ?証拠品と、次の予定と、俺達の予定。全て正解出来たヤツはいるか?」

いや、まだ続けるんかーい!! 目的は達成できたんだからもういいじゃん、帰ろう!?

>「そうか。いたか。ならいいだろう。約束通り――いい事を教えてやるよ」
>「――そもそもなんでお前ら、俺達に勝てないと思う?」
>「いや……こう聞いた方がいいか。なんで俺達はお前らに勝てると思う?
 お前らの攻撃モーションはバリエーションが乏しい。それは分かるよな」
>「でも俺達は?なんで通常攻撃は単発じゃない?なんでゲームシステムに縛られない?
 どうしてベータテスト用装備のステータスを突破してダメージを与えられる?」
>「違う。逆なんだ。俺達はゲームシステムに保証されているのさ。
 お前らが『TPSアクション』としてのスピード感に祝福されているように」
>「この世界はロールプレイングゲームだろ。ロールプレイが足りてないんだよ、お前ら」

「――そうなの!?」

一見するとトンデモな理論に、思わずツッコむ。
だってMMORPGの類で「ロールプレイすると実際の数値判定も有利になる」なんてゲーム、聞いたことないよ!?
それどころか「うちの会社のクソ上司がさぁ〜」とかいう夢も希望も無い会話が飛び交うチャットウィンドウで
ノリノリで世界観に入り込んでロールプレイしてたら多分変人扱いされるじゃん……!

>「『最新ゲームのキャラクター』じゃ役不足なのさ。ある筈だろ、お前達にも。
 イクリプスになって、この星に来た背景が――役割が。それを活かせ」

(そんな当然のごとく言われても……!)

そんなことを考えずにそういう前提のゲームとして受け入れてるプレイヤーが大多数やろ!
コンピューターゲームのゲーマーにいきなりロールプレイしろって言っても無理ゲーでは!?
創作の素養がある人とか卓上TRPGやらマーダーミステリーの経験者なら出来るかもしれないけど……!
ほら、みんな混乱してるじゃん!

――ってそうじゃなくて!
もしもこのトンデモ理論が本当だとしたら、あいつらが碌にロールプレイ出来ないほうがこちらとしては助かるわけで。

164カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/05/29(水) 01:29:20
>「……その、なんだ。色々と悪いな。でもどうしてもこうする必要があったんだ。
 いつかその時が来たら全て説明する。今は……一発くらいなら殴ってくれていい。
 ほら、こっちの……生身に戻ってない方でよければだけど」
>「けど……ほら、明神さんの一世一代のレイドイベントがただの初狩りで片付くなんてカッコ悪いだろ?
 カザハも……えーと、歌……そう、俺達の冒険を歌にするんだったよな?だったら波乱万丈な方がやりやすいよな?
 ジョンは……少なくとも次のバトルは、めちゃくちゃ歯応えがあるぞ……いや、マジでごめんって」

「情報量多けりゃいいってもんでもないんやで!? すでに色んな要素が盛られ過ぎて飽和状態なんだわ!!」

あっ、情報といえば……これもしかして、それっぽい嘘情報を与えて敵陣を混乱に陥れるのが目的!?
本当だったら、普通に考えるとわざわざ敵に教えてあげるメリット、こっちにないよな!?
でもそういえば、驚き役(?)やってたころは、なんとなくだけど敵にあんまり狙われなかった気がする……!
驚き役とか解説役といったポジションは、なんとなく敵の攻撃を受けないのが創作物のお約束である。
もしかして、その場の状況に合わせた歌詞の呪歌が大きな威力を発揮する仕様って、ロールプレイ理論の一種なのか?
ただ一つ言えることは、エンバースさんは何かを隠しているということだ。
こちらの混乱を他所に、エンバースさんはなゆの方を向くと、唐突になゆを抱きしめた。

(――何故に今!?)

なゆの耳元で何か囁いたようにも見えたが、何を言ったのかは分からない。
そして離すと、なゆの目を見つめ、まるで宣戦布告のように宣言する。

>「――ゲームスタートだ」

>「……ところでもう一つ、これは提案なんだけど。
 アイツらが「ロールプレイ?そんなシステム本当にあるのかよ!」
 なんて騒いでいる内にここから逃げた方がいいと思うんだよな。みんなもそう思わないか……なんて」

「もっと早い段階で帰るべきだったと思うよ!?」

とりあえず門を開いて貰い、全員でその場から離れた。

165カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/05/29(水) 01:30:28
【カケル】
全員が帰ってきたのを確かめると、カザハはニヤニヤしながらエンバースさんに告げた。

「いくら公然ラブコメ罪が適用されないからって敵の集団の面前で見せつけちゃってさぁ!
途中で通信が途絶えてたのってそういうこと……!? あーあ、心配して損した!
怪しからんリア充共はしばらく二人っきりでいちゃついてなさい! 明神さん、ジョン君、あっちに行こう!」

明神さんとジョン君を伴い、なゆたちゃん達に会話が聞こえないところまで移動するカザハ。
そして、二人に向き直り、深刻な顔で口を開く。

「おかしいと思わない? あそこまで急に元気になるなんて……」

もちろん、なゆたちゃんのことだ。

「明神さん、気付いた? 各チームに分かれて行動してたとき、途中でなゆチームの通信が途絶えてたの……。
それって、その間に何かがあったってことだよね……」

「エンバースさんの意図は全部は分からないけど、
早めに決戦の場を設定したのはきっと、すごく急いでるんだよね……。
それに、何かを隠してる……」

ここまでなら、なゆたちゃんは本当にちょっと疲れていただけで
通信が途絶えてたのもうっかりで、
エンバースさんが唐突に独断で行動を起こすのもいつものこと――
そういう楽観的な想定も出来なくはない。
が、カザハは決定的なものを目撃してしまっているのだ。
暫く逡巡し、ついに告げる。

「見ちゃったんだ……なゆの体から光の粒子が零れ落ちるの……」

カザハの双眸に大粒の涙が溜まる。

「明神さん、最初からシャーロットを信用してなかったけど……それは正しかったんだよ。
シャーロット、世界を救うためならなゆはどうなったっていいって思ってる……。
それどころか……シャーロットの想定するエンディングはもしかしたら……」

零れ落ちそうになった涙を、乱暴に腕で拭うカザハ。
その先は言葉にすることは無かったが、二人にもなんとなく言いたいことは分かっただろう。
物語は大団円のハッピーエンドよりも、犠牲があった方が強烈なインパクトを残して人気が出る、という説がある。
“一人の少女の死と引き換えに、世界は救われる”――
――それがシャーロットの描くエンディングなのでは?

「ローウェルだけじゃなく、シャーロットも出し抜かなきゃ、ベストエンディングにたどり着けないのかもしれない。
シャーロットはブレモンのメインプログラマーだ。
こっちが何やったって、同じルートにいってしまうようにプログラムが組まれてるのかも……。
でも、エンバースさん、ベストエンディングを全然諦めて無いよ……! 一人で戦わせちゃいけない……!」

166カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/05/29(水) 01:31:31
「厄介なのはシャーロットはなゆを通して世界に干渉してて、なゆ自身もどこまでが自分自身でどこからがシャーロットの影響か分からない。
ナビゲーター役の言う事を素直に聞いて真面目にプレイしてたんじゃ
ベストエンディングに辿り着けないゲーム、時々あるじゃん……?
今までずっとなゆの決断に従ってうまくいってきたけど、今後なゆの言葉に反しなければならない分岐点がどこかにあるのかも……」

「もしかしたら……シャーロットは、エンバースさんみたいなポジションのキャラが全力で抵抗するのは想定内かもしれない……。
だからこっちは……何も気付いてない蚊帳の外の振りをし続けよう。
そうすればシャーロットの警戒対象にならないでいられるかもしれない」

もちろん、これは飽くまでもカザハの推測。
普通にやっているのではベストエンディングに辿り着けない類のゲームかもしれないというのは飽くまでも可能性の話で、
普通にローウェルぶっ飛ばせば管理者権限やらでなゆを元通りにしてもらえるのかもしれない。
それならそれで全然いい。
このゲームがドS仕様だった場合に備えておくに越したことはないというだけの話だ。

「……どうかな?
何も知らない振りをしつつベストエンディングへの分岐を探す――共犯になってくれる……?
多分、自分だけじゃフラグ、見落としちゃう……」

カザハは、二人を順番に真っすぐに見つめながら問いかけた。

167明神 ◆9EasXbvg42:2024/06/09(日) 03:49:38
>「おいおい、なんだこのクソゲー!」
>「せっかくキャラデザが可愛いから、インストールしようと思ってたのに……」

俺がザ・ストリップに生み出したクソゲーを直撃して、少なくない数のイクリプスが萎え落ちしていく。
ただ迷惑プレイヤーが暴れたのとはワケが違う。
奴らにとって俺はPVEにおけるエネミー、『運営の手先』だ。
そしてイクリプス達は、サービスが正式リリースされた暁には『お客様』になる連中だ。
コンテンツの供給側がこんな顧客を舐め腐ったスタンスでいることを知れば、貴重な時間を投じて付き合う義理もない。

>「へっへーんっ! βテストのアンケートに書いとけ、バーカ!
 『深みのない制服女より銀髪褐色槍持ち美少女の方が至高』ってなぁー!」
>「ふふ……やったのう。急拵えの作戦にしては、効果は上々といったところかの」

「悲しいぜ俺はよ……ちょっとばかしゲームがつまんないからってみんなさっさと見切りつけちゃってよぉー!」

俺のような気合の入ったゲーマーなんかはむしろ『不便さも含めてゲームを楽しむ』とかイキったセリフを吐きたがるもんだが、
普通に考えりゃ誰だって娯楽のゲームでストレスなんか溜めたくねンだわ。
昔のモンハンとかよくあんな面倒くせえシステムで売れたな……。

さて、次々とイクリプスがログアウトの光に飲まれていく中、この場に残った連中もいる。
俺のクソボス祭りに付き合うでもなく、遠巻きに戦闘を見守っていた奴らだ。
その双眸にクソゲーへの怒りや失望はなく、それどころか爛々と輝きを増してすらいる。

「ひひっ……ようやく気概のある奴が現れたか」

大多数がクソゲーのふるいにかけられて、それでも残った『大玉』たち。
やってるゲームがクソと化しても見限らず、カスみてえなコンテンツの中に楽しみを見出さんとする者たち。
クソゲーハンター……俺の同類だ。

残存イクリプス共が突貫してくる。
消えてった連中のような捉えやすいモーションがない。
しゃがみ、ダッシュ、ジャンプによるキャンセルを駆使し、コンボの初動を最低限の動きで成り立たせている。
敗因を分析し、ハンドスキルで対処できる奴が出てき始めた。

>「ハッ! 先の連中に戦わせて、自分たちはボクたちのやり方を様子見してたってコトか! ずっりーな!
 でもなァ……ボクたちも、手の内全部見せたワケじゃねぇんだよ!
 明神! 『超合体(ハイパー・ユナイト)』だ!!」

「っしゃあ!いくぜ必殺のぉーーーっ!『超合体(ハイパー・ユナイト)』!!」

こちらも負けじとスペルを焚く。
ベル=ガザーヴァがパッシブで戦場を地獄に変え、突撃してくるイクリプスを片っ端から撃ち落としていく。

>「ふん、妾も負けてはおれぬな! 幻魔将軍にばかり手柄は立てさせまいぞ!」

エカテリーナもまた、本来の強味を生かした脳筋戦術でイクリプスを迎え撃つ。
戦いは総力戦へと様相を変えた。

……やべえな。泥仕合への移行が思ったより早い。
俺の想定じゃもうちょいイクリプスを減らせるはずだったが、未だ気合の入った連中が残り続けてる。
本隊が引き上げてなおザ・ストリップをうろつくような奴らだ。
まだまだ暴れ足りねえってことなんだろう。

>「やめとけ、やめとけ。
 お前さんらじゃ、束になったってこの兄さん方にゃ勝てねェ。無駄に悔しい思いをするだけさ」

そろそろ撤退の文字が脳裏を過ぎり始めたその時。
横合いから聞いたことのある声が聞こえた。

168明神 ◆9EasXbvg42:2024/06/09(日) 03:50:50
>「アラミガのおっさん!?」
>「な……、『真理』の賢兄……!」

そこに居たのは十二階梯の継承者がひとり、第二階梯『真理の』アラミガ。
給料だけを己の行動原理とする、大陸最強の傭兵にして暗殺者だ。

>「よっ」

「よっ、じゃねンだわ。なんでお前こんなとこ……いや違う、『どうやって』ここに来たんだ」

ブレモン世界から地球へ渡航できたのは、ローウェルの力を借りたニヴルヘイムの軍勢を除けば、
管理者権限で門をこじ開けた俺達ブレイブ組だけのはず。
あの時こいつはダークマターの決戦の場にいなかった。
なゆたちゃんが命がけで切り開いた道は、一回こっきりの限られたチャンスだったはずだ。

>「俺ァしがねェ雇われの傭兵さ。万が一の援軍にって言われて来たンだが、必要なかったかねェ?」
>「なんだと、どういう意味だ!」
>「もう、勝敗は決まってるって言ったのさ。この場はお前さんらの負けだよ、『星蝕者(イクリプス)』の嬢ちゃんたち」

アラミガは俺の問いに答えることなく、イクリプス共と対峙する。
……イクリプスを、知ってるのか?ナイのアナウンスを聞いてる?こいついつから聞き耳立ててたんだよ。

>「分からねェのか? この兄さんたちは今まで長い長い旅をしてきた。幾度も死線を潜り抜け、
 数えきれねェ修羅場を体験して、尚生き残りここにいる……文字通りの猛者たちだ。
 昨日今日戦い始めたお前さんらとじゃ、踏んだ場数が違うンだよ」

理解が追いつかない俺を置き去りに、アラミガとイクリプスの戦端が開かれる。
そしてすぐに終わった。
瞬きすらままならない速度で駆け抜けたアラミガの後には、倒れ込むイクリプス達が残るばかり。
手に持った錐みてえなやつで延髄をぶっ刺されたんだってことを確認できた時には――

>「……帰ンな。これ以上恥をかく前にな」

動けなくなったイクリプスを仲間が抱えて退却していった。

おお……これは凄いぞ。凄いクソゲーだ……。
イクリプスからすれば、決戦の真っ最中に突如現れた知らんキャラが知らんエピソードを下敷きに説教しながら無双かまし始めた。
プレイヤーは完全に置いてきぼりだ。クソゲーハンターすら付き合いきれなくなってる。

俺が唖然としていると、超合体を解いたガザーヴァが駆け寄ってきた。

169明神 ◆9EasXbvg42:2024/06/09(日) 03:51:17
>「パパに雇われてきたんだろ? レプリケイトアニマのときみたいにさ!
 じゃあ、パパは生きてるんだな! パパは? パパは今どこにいるんだよ!?」
>「知らねぇ」
>「ウソつけ! ホントは知ってるんだろ? 勿体ぶってないで教えろよ!
 ルピを支払えばいいのか? 明神、払って!」

「そうだよ」

俺は便乗した。

「ミズガルズにお前を送り込むのも、イクリプスについて情報共有すんのも、
 管理者権限を持ってるバロール以外に出来るはずがねえ。
 いいんだぜこっちは、財布の中身全部プレゼントしてやってもよ」

どうせミズガルズじゃルピ使えねえしな……。
インベントリから送金の手続きを始めようとするが、アラミガはそれにも首を振った。

>「よお、虚構の。相変わらず派手なドレスだぜ。
 ……お前さんからも言ってくれねェか、俺は嘘なんかついてねェってよ」

知らねえことはいくら金積まれようが答えられない、ってことらしい。
カテ公がアラミガの言の真偽を確かめて、本当にバロールの行方を知らないことが明らかになった。

「あ?じゃあ結局お前をここに送り込んだのは誰なんだよ」

>「さて、俺の潔白が証明されたところで――死霊術師の兄さん。ここにいるのはこれだけかい? 他のお仲間は?
 仕事の内容については事前に大体把握したンだが、細かいことは現地でってお達しでね」

「聞けや。あーもう……ラスベガスの地理はどこまで把握してる?
 重要な戦術拠点がいくつかあって、俺達は分担してコトにあたってる。
 他の連中は別の拠点で迎撃と救命。落ち合う場所も決めてある」

>「なるほどな。じゃァ、一旦おたくらのヤサに戻るとするか。
 今の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の人数も確認しておきたいし……な。
 連れてってくれるかい?」

ひとつ、懸念があった。アラミガをこのまま信用して良いかどうかについてだ。
こいつはバロールの居所も安否も知らない。それはカテ公が保証済みだ。
それならどうやって世界を渡り、イクリプスの正体を掴んだのか。
『誰の命令で』、そうしたのか。

ゲートをこじ開けるその場にも人知れず同席してて、
ヴィゾフニールにこっそり密航してて、ミハエルとの戦いでも気配を殺してた――
アラミガは夜警局の凄腕暗殺者、ステルスの達人だ。そんくらいは余裕で可能だろう。

だけどもし、そうでなかったら。
アラミガが完全に後追いでこの世界にやってきたとしたら。
それを可能とするのは、現状で管理者権限を持ちうるのはバロールを除けばただ一人……ローウェルだ。

アラミガをこのまま拠点に連れていって本当に大丈夫なのか?
とはいえ、ここでアラミガの同行を拒否することに意味はない。
それこそ姿を隠してこっそり俺が仲間と合流するのを待つことくらい造作もないだろう。

「…………オーケー」

だったら、最低限アラミガの動向を見える範囲で確認しておくべきだ。
そう結論づけて、俺はアラミガを連れて拠点へ戻った。

 ◆ ◆ ◆

170明神 ◆9EasXbvg42:2024/06/09(日) 03:52:14
マーケットセンターに戻ると、既になゆたちゃんとエンバースは戻って来ていた。
エンバースはアラミガを見て開口一番、俺の言葉を代弁する。

>「なんというか……その、クッソ胡散臭いな。
 見ろよ、あまりのツッコミどころの多さに明神さんが頭抱えてるぞ。
 誰が金払ったんだよとか……そもそもどうやって「こっち」に来たんだよとかな」

「この期に及んで『実は雇い主はローウェルでした』とかナシにしてくれよマジで……」

カテ公の嘘発見器でローウェルの手先かどうかを確認できれば良かったが、
十二階梯で付き合いも長いこいつがその辺の対策を講じてないはずもない。
イエス/ノーの真偽判定くらいいくらでも誤魔化しようはある。
ローウェルが代理人を立てりゃそれだけで『ローウェルに雇われたか』の質問はノーになるわけだしな。

「……それで、エンバース。こっちは大丈夫なのかよ」

ボソっと耳打ちするのはなゆたちゃんの容態について。
合流した時は面食らうくらい元気になった姿を見せてくれたが、出発前の状態から短時間で回復できたとは思えない。
ずっと安静にしてたならともかく、イクリプスと一戦交えてきたらしい。

どう考えたってこれは――
言いたかないが、消える前の線香花火が一瞬だけ火を大きくする、あの現象じゃねえか。

>「ちょっと、過労でグロッキー状態だったみたい。
 でも、病院へ行って栄養剤注射して貰ったら、これこの通り! すっかり元気になっちゃった!
 もう大丈夫、これで最後まで戦えるっ!!」

「デスマーチの最中にシュークリームとユンケル同時接種した時みたくなってんじゃん。
 それホントに栄養剤なの?ほらここ、アメリカだしさぁ……」

特にベガスはね、治安がね、そのね。
その辺に疲労がポンと抜けるお薬が転がっててもおかしくない。
緊急事態だからアレコレ言うつもりはねえけど、ちゃんと世界救ったあとに社会復帰できるんだろうなぁ……?
そうこうしているうちにジョンとカザハ君も戻ってきた。

>「じゃ、それぞれのチームは報告よろしく!
 ええっと、最初はわたしとエンバースのチームから。こっちはまったく問題なし!
 わたしもこの通り元気になったし……でしょ? エンバース」

>「……ああ。だが次またぶっ倒れるような事があってみろ。
 ローウェルを倒すまでずっとお姫様だっこで運んでいくからな。
 たまにスイッチを押しっぱにする為の置物にしたり、敵に投げつけるのもいいな」

エンバースの歯切れの悪い答えも……俺の懸念を後押しするには十分だった。

>「……さておき、報告か。うーん……正直みんな似たりよったりなんじゃないか?
 要救助者は概ね無事。イクリプスは攻撃モーションの柔軟性に難アリ。
 強いて言えば攻撃に予備動作のないガンナータイプは今後も脅威になり得るってところか」

「ストリップも概ね右に同じ。モーションについてはキャンセル駆使して隙潰しできる連中が出てきてる。
 今後は初戦みてえなわからん殺しで一方的に戦えるってことはねえだろうぜ。
 あとは……『アリの巣コロリ』を撒いてきた。持ち帰った巣の中で広がる毒餌をな。
 最低でもベータテスターの一割……うまくすりゃ三割くらいは削れる」

今頃俺の生み出したクソボスはお船の中で情報共有され、クソゲーに見切りをつける奴も出てくるだろう。
大元のブレモンがそうだったように、もっと魅力的な別のゲームに客をとられるはずだ。

171明神 ◆9EasXbvg42:2024/06/09(日) 03:53:59
>「マリスエリスとロスタラガムがイクリプスを手引きしててさ……
 たくさんイクリプスを召喚されて大変だったけど、最終的には加勢してくれたんだよ。
 ロスタラガム、きっとアイツらの下で押さえつけられてるのが耐えられなかったんだよね。
 でも……戦闘が終わったら門をくぐってどっかいっちゃった。
 どこに行ったのかは分からないけど……少なくとももうローウェルの下にはいられないと思う」

「マジかよ……やるじゃん」

エリにゃんとロスやんが出てくるのは予想外だった。あいつらまだローウェルの下にいたんだ。
だけどジョンとカザハ君の内応策が成功……一定の効果を上げて、少なくとも奴らはイクリプスの味方ではなくなった。
これはかなり大きな戦果と言えるはずだ。

「どうやって連中を口説き落としたんだよ!……あ?ジョンがまたボロボロになったの?
 お前マジ本当……血まみれの上に汚水まみれじゃねえかよ。
 持ってきた物資の中に着替えくらいあんだろ、キレイにしようぜ」

>「だが、俺にはもう一つ……いや、二つ気付いた事がある……少し歩かないか?
 どうせこの後、ストラトスフィアの偵察に行く予定だったよな。
 俺の話は……そう大した内容じゃない。行きながら話そう。いいだろ?」

戦果について報告し合っていると、エンバースが不意にそう提案した。
こいつにしては妙に強引な話の切り替え方に、異を唱える暇もない。
そうして俺達は、『門』をくぐってストラスフィア――最終決戦の地へと足を運んだ。

>「――俺達は今のところ、とても上手くやっている。
 イブリース・シンを倒した。管理者メニューを開いた。チャンピオンにも勝った。
 そして今のところ……SSSの連中にも優位に立っていると言えるだろう」

「お前がなんの意味もなくお散歩して窮地に陥るなんざあり得ない……
 って前提は置いておいて警告するぞ。周り見てみろよ」

>「しかしだな、一方で俺達は一つ認めざるを得ない」
>「――俺達は未だに、ローウェルの手のひらの上で踊る孫悟空に過ぎないって事を」

ストラスフィアはイクリプスの本拠地。
そんな敵陣ど真ん中に無手で現れた俺達を、連中が見逃すはずもない。
瞬く間に十重二十重の御用提灯が視界を埋め尽くした。

>「落ち着けよ。この場所、この状況じゃお互い勝ち切れない。やめておこうぜ。
 今回は話をしにきたんだ。ブレモンは高い戦略性と自由度の高いデッキ・パートナービルド。
 それに超カッコいい焼死体がいるだけじゃなく……アドベンチャーパートも結構イケるんだぜ」

イクリプスは攻撃してこなかった。
奴らにとってエンバースの独壇場は、イベントのムービーシーンに見えてるんだろう。

エンバース曰くところの『アドベンチャーパート』は、ローウェルのふるまいの不合理についての分析だ。
ローウェルの指環は事実上ミハエル戦の戦利品だったわけだが、
そもそも俺達に利するようなアイテムを入手できる余地として用意していたのは何故だ?

それが本当に『戦利品』なのだとしたら。
ローウェルが俺達の勝利をシナリオに組み込んでいるとしたら。
次に奴が打ってくる手は――

>「お前達はゴミ掃除をした事がないのです?大量のゴミを片付けたければ――
 まずは一箇所にまとめてから処理した方が効率的なのですー!
 ……どうだ?ワールドマーケットセンターのマップデータの進捗は?順調か?」

「なんでちょっと似てんだよ……コソ練しただろ」

172明神 ◆9EasXbvg42:2024/06/09(日) 03:55:55
無駄に再現度の高いモノマネを披露した焼死体は全方位からの『キッショ』の視線をものともせず話を進める。
ようは生存者とブレイブが固まってるタイミングで丸ごと始末したほうが都合が良いってことだろう。
安全地帯が安全なのは、そこがSSSのマップとして実装されていないからだ。
拠点となっている一箇所だけをマップ化するのは難しいことではあるまい。

とはいえ、手の内がはっきりすれば対策もやりようがある。
シンプルな話拠点を分散させれば良い。それだけでマップ構築の進捗を振り出しに戻せる。
その前提があれば、俺達はこの戦いの主導権を維持できる。

>「二日後の早朝だ。つまり……今からおよそ『30時間ほど』後になるか?俺達はここにもう一度やってくる。
 勿論、お前らをボコボコにして、あの大艦隊に攻め込んで、乗っ取って、
 たとえどこにいても……この世界の外側にいようとローウェルを探し出してぶちのめす為だ」
>「交渉はしない。拒んだり、艦隊を引き上げるなら俺達はベータテストが終わるまで逃げ続ける。
 ……断る理由はない。断る余地もない。そうだろ?やろうぜ、ローウェル。
 お前も、ベータテスターどもも、まとめて楽しませてやる。ステージを整えておけよ」

主導権。そいつを使ってエンバースは、強制的に30時間の猶予を作り出した。
不毛ないたちごっこをしない代わりに、最終決戦の日時と場所を指定する。
これはイクリプス側にとっても利のある話のはずだ。無意味に30時間駆けずり回らなくてすむからな。

……なるほどな、これがやりたかったわけか。
なゆたちゃんを横目で見る。表向きは元気そうだが、俺達はもうこいつがぶっ倒れて死にそうだったのを知ってる。
最低でも30時間、なゆたちゃんを休ませられる……そういうことだろ?

>「――そもそもなんでお前ら、俺達に勝てないと思う?」

と納得したのもつかの間、エンバースは急に話題を変えた。
まだ続くんですかアドベンチャーパート!いい加減イクリプス共もお風呂入りたがってますよ!!

>「この世界はロールプレイングゲームだろ。ロールプレイが足りてないんだよ、お前ら」

――エンバースの指摘。
単調なモーションに縛られているイクリプスに対し、俺達の行動は明らかに自由度が高い。
行動の度にATBゲージを貯めなきゃならないが、ゲージをどう使うかに縛りはない。
一回の『攻撃』の中で、連撃もすればフェイントや攻撃後の回避行動まで盛り込むことが出来る。

かつてカザハ君も言ってたことだが、コマンド式RPGにおいて詳細な描写は省略される。
『攻撃した結果』の成否判定やダメージだけで、『どう攻撃したか』が描写されることはない。
俺達は省略された描写の範疇をフル活用して自由度の高い戦闘を成り立たせてきた。

ロールプレイング……『戦う役割』をロールプレイしてきた。
ゲームシステムに、適応してきた。
それはある意味で、『ゲームのキャラ』でしかない俺達だからこそできたことでもある。

翻ってイクリプスはどうだ?SSSはTPSアクション『RPG』だが、奴らはロールプレイしていたか?
――違う。こいつらには常に、『新作ゲームのテスター』という一歩引いた意識があった。
当たり前っちゃ当たり前だが、始まったばかりのこのゲームにロールプレイするほど没入できていないんだ。

>「『最新ゲームのキャラクター』じゃ役不足なのさ。ある筈だろ、お前達にも。
 イクリプスになって、この星に来た背景が――役割が。それを活かせ」

「そういうことか。確かに米軍相手に無双するばっかで、イクリプス自体の目的がイマイチ見えてこなかった。
 あれはイクリプスがSSSの『本来のシナリオ』に則ってなかったからなんだな。
 本当はあるはずなんだ。アクションRPGとしての、地球に侵略しに来た舞台設定みたいなものが」

『自分達はどんな存在で、なんのために戦うか』。ベータテストにしたってそのくらいの設定はあるはずだ。
でなけりゃイクリプスって名前も、それこそSSSってタイトルすら意味のないものになる。
エンバースは、SSSの実験台でしかなかったこの世界を『RPGの舞台』に再定義した。

173明神 ◆9EasXbvg42:2024/06/09(日) 03:56:56
「……ってちょっと待てよ!?お前これ教えちゃダメなやつだろ!!
 明らか敵に塩送ってんじゃねえかよ!!」

>「……その、なんだ。色々と悪いな。でもどうしてもこうする必要があったんだ。
 いつかその時が来たら全て説明する。今は……一発くらいなら殴ってくれていい。
 ほら、こっちの……生身に戻ってない方でよければだけど」
>「けど……ほら、明神さんの一世一代のレイドイベントがただの初狩りで片付くなんてカッコ悪いだろ?
 カザハも……えーと、歌……そう、俺達の冒険を歌にするんだったよな?だったら波乱万丈な方がやりやすいよな?
 ジョンは……少なくとも次のバトルは、めちゃくちゃ歯応えがあるぞ……いや、マジでごめんって」

「エンバースこの野郎……お前マジお前……
 まだハイバラの件で一発ぶん殴んの残してんだからな。黒刃の分も合わせて3発ぶち込んでやる」

勇気パンチぶちかまそうとして、踏み出した足を止めた。
エンバースが不意になゆたちゃんを抱きしめたからだ。なんで……?

>「――ゲームスタートだ」

「クッソあいつ一人だけ良い空気吸いやがって……」

唐突に繰り広げられる知らんキャラ二人のハグシーンにイクリプスが呆気にとられる中、
俺達は門をくぐって拠点に撤退した。

 ◆ ◆ ◆

174明神 ◆9EasXbvg42:2024/06/09(日) 03:58:08
>「いくら公然ラブコメ罪が適用されないからって敵の集団の面前で見せつけちゃってさぁ!
 途中で通信が途絶えてたのってそういうこと……!? あーあ、心配して損した!
 怪しからんリア充共はしばらく二人っきりでいちゃついてなさい! 明神さん、ジョン君、あっちに行こう!」

「そーだそーだ、ラブコメ菌が伝染るわ!えーんがちょ!」

カザハ君の提案に乗っかって距離を取る。
……それが単に若い二人をハブにするためでないことくらい、長い付き合いで分かってた。

>「おかしいと思わない? あそこまで急に元気になるなんて……」
>「明神さん、気付いた? 各チームに分かれて行動してたとき、途中でなゆチームの通信が途絶えてたの……。
 それって、その間に何かがあったってことだよね……」

「……うん。ああして無事に戻ってきてっから大した問題じゃないと思ってたけど……
 『問題があったことを隠してる』って可能性は否めねえな。
 それで、お前が隠れて相談なんてガラに合わねえことするってことは――」

>「見ちゃったんだ……なゆの体から光の粒子が零れ落ちるの……」

「……ああ、クソ。そういう感じか」

光の粒子――リューグークランが消える時に残したものと同じものだとすれば、
なゆたちゃんもまた、この世界から消滅する秒読み段階に入ってる。
誰の目にも死にかけてたなゆたちゃんが急に元気になったのは、
文字通り命を前借りして燃え尽きようとしてるってことじゃねえのか。

>「明神さん、最初からシャーロットを信用してなかったけど……それは正しかったんだよ。
 シャーロット、世界を救うためならなゆはどうなったっていいって思ってる……。
 それどころか……シャーロットの想定するエンディングはもしかしたら……」

「わかった……そっから先は言わなくて良い」

ダークマターで無茶を通そうとするなゆたちゃんに対し、言葉を選んでる余裕のなかった俺は、
『お前の意思はシャーロットに汚染されてるんじゃねえか』と言った。
その危惧が現実になろうとしている。

あの時なゆたちゃんは、第二の母親の墓前で『みんなを守れた』と報告したいって言ってた。
それは、生きてなきゃできねえことだろ。真ちゃんの母親も、自己犠牲で死ぬことなんか望んじゃいないはずだ。
その誓いと遺志を覆してまでなゆたちゃんを破滅へ突き動かすものは、シャーロット以外に考えられなかった。

シャーロットがなゆたちゃんを『銀の魔術師』の受け皿程度にしか捉えていないなら。
ブレモンのシナリオを彩る悲劇の死を演出する駒でしかないのなら。

「ふざけやがって……『全員助ける』の中に本人が入ってねえじゃねえかよ」

>「ローウェルだけじゃなく、シャーロットも出し抜かなきゃ、ベストエンディングにたどり着けないのかもしれない。
 シャーロットはブレモンのメインプログラマーだ。
 こっちが何やったって、同じルートにいってしまうようにプログラムが組まれてるのかも……。
 でも、エンバースさん、ベストエンディングを全然諦めて無いよ……! 一人で戦わせちゃいけない……!」

シャーロットの影響力がどこまで残ってるかわかりゃしねえが、
どうであろうとなゆたちゃんの犠牲ルートは叩き潰す。
本人が自分の意思で自己犠牲を選んでるのなら、横っ面を引っ叩いてでも命を惜しませる。

175明神 ◆9EasXbvg42:2024/06/09(日) 03:59:00
>「もしかしたら……シャーロットは、エンバースさんみたいなポジションのキャラが全力で抵抗するのは想定内かもしれない……。
 だからこっちは……何も気付いてない蚊帳の外の振りをし続けよう。
 そうすればシャーロットの警戒対象にならないでいられるかもしれない」
>「……どうかな?
 何も知らない振りをしつつベストエンディングへの分岐を探す――共犯になってくれる……?
 多分、自分だけじゃフラグ、見落としちゃう……」

「……ここでお前の意思を聞けて良かったよ、カザハ君。
 俺はお前のプランに乗っかるぜ。俺達の方針は今までと何も変わらない。
 『全員助ける』……なゆたちゃんも含めて、全員だ」

通信が途絶えた『空白の時間』になゆたちゃんの身にまつわる何かが起こったとして、
おそらくエンバースはその場に居合わせたはずだ。

「エンバースはなゆたちゃんがゴリゴリ命削ってることを知ってる。だからこそ30時間のタイムリミットを設けた。
 逆に言えば、あいつの指定した30時間の間はなゆたちゃんも消えることはないってことなんだろう。
 この30時間をどう使うかがカギだ。ただその前に……」

カザハ君とジョンとの秘密会議を終えて、なゆたちゃん達と合流する。

「俺もガチガチにバトってきて疲れたよ。一旦休もう……ちゃんと休もう」

救命チームは生存者の拠点からいくばくかの物資を持ち帰ってきていた。
それは商店街の食料品だったり、ホテルの衣類やタオルだったり、死んでしまった観光客の旅行バッグだったり。

「お、電動シェーバーがあるじゃねえの。この手の文明の利器はマジで久しぶりだな。
 俺ぁカミソリで髭剃るのばっか上手くなっちまったよ。ジョン、お前も使うだろ?
 アラミガは……そのきったねえ無精髭をどうにかして清潔感のある暗殺者にしてやろうか」

物資の中から袋ラーメンを取り出して、携帯コンロで鍋の湯を沸かす。
黒刃の野郎が食ってんの見てからもう腹が減って減って仕方なかったんだ。

「あーいい匂いだ。添加物と化調マシマシの最高に文明なメシだな。
 箸は……ないからフォークだな。どうよ、食おうぜ」

煮上がったラーメンを人数分取り分けて、啜る。盛大にむせた。
味が……味が濃い……!ジャンクフードってこんなドギツイ味してたのか……。
異世界でまともなメシしか食ってこなかったから味覚が追いつかねえ。

「……こんな時に言うのもなんだけど」

ペットボトルの水を一気に呷って、俺は続けた。

「こうして地球に戻ってきたわけだけどさ。……なゆたちゃん、出席日数とか大丈夫なの?」

俺はまったく他人事ではなかった。
が、まぁ多分とっくに無断欠勤でクビにはなってるだろう。
うちの会社曲りなりにもIT企業だからセキュリティの関係で入退館を記録されてんだけど、
退館記録ないまま失踪した場合どうなるんだろうか。警察案件かな。

「エンバースも……お前、学校は行ってたんだよな?
 まぁ留年してもあんまし人生には関係ねえよ。社会に出りゃ誤差だよ誤差。
 やべえのは俺とジョンだな。履歴書には異世界行ってましたなんて書けねえしよ。
 いっそ面接で自己PRすっか、『イオナズン使えます』ってさ。わはは」

この大昔のネットジョーク、今の子には通じるんだろうか……。
カザハ君は通じるよな!俺にはわかるぜ!!

176明神 ◆9EasXbvg42:2024/06/09(日) 04:02:22
とくに意味なんかない、いつもの雑談。旅の合間に何度もしてきた、ありふれた他愛もない会話だ。
ただ、なゆたちゃんには思い出して欲しかった。
今は世界を救うために戦ってるけど、俺達は地球に暮らしてた一般人だ。
全部終わったら、地球での日常が待ってる。物語の英雄とは違うんだってことを。

「……今後のことを話そう」

考えるべきことは山程あった。連れてきた生存者をどうやってラスベガスの外に脱出させるか。
そもそもSSSのフィールドの外はまだ安全な状態なのか。
脱出できないとしたら、最終決戦の間どこに匿っておくべきか。

「エンバースのもたらしたロールプレイ理論で、イクリプス一人ひとりの戦力は大幅に向上するはずだ。
 一方で、その『数』自体はかなり減るものと考えられる」

俺のクソゲー戦術に加え、手下だったはずのエリにゃんとロスやんの下剋上、
旧ゲーに過ぎないブレモンが思ったより面白そうだっつう風評……。
これらは総じて、『SSSなんかやってらんねえ』って結論に行き着くはずだ。

加えて、ロールプレイとかいう唐突な新要素の開陳。
トドメは貴重なβテストの期間中、30時間もの間コンテンツが供給されないという一方的なアナウンス。
単なるテスターとして参加した大多数のイクリプスは、付き合いきれなくてこのゲームを辞めてもおかしくない。
30時間のメンテって始まったばっかのソシャゲとしちゃ致命的だしな……。

「クソゲーでもプレイし続ける強固な意思と、ロールプレイに適応する柔軟性、あるいは没入力。
 この2つを兼ね備えた気概のあるプレイヤーが、俺達の前に立ちはだかるはずだ」

未知の惑星を入植地にしたいとか、新たな資源の獲得を目指すとか、故郷を焼かれた復讐だとか、
何かしらの目的をもって、地球に攻め入ってくる軍勢――
ちゃんと『イクリプスを演じられる』奴らが、クソゲーに篩い落とされずに残る。

「重要なのは、今んとこ地球は一方的に蹂躙されてる『被害者』でしかないってことだ。
 ただ無双ゲーをプレイするだけならそれでも良いんだろうが、こっからはワケが違う。
 地球を攻め滅ぼすだけの大義や悲願……ナイに騙くらかされてる可能性も含めて、
 ロールプレイとしての『戦う理由』を各々が用意してくるはずだ。
 そいつらは最早一山いくらのイクリプスじゃなく――『ネームドキャラ』になる」

いつの間にか伸び切っていた麺を、フォークで巻き取って一掃する。

「そんで、そういう相手なら……会話が通じる余地がある。
 『戦う理由』次第では、地球側の戦力として取り込めるかもしれねえ。
連中にとって今はただのマップに過ぎなくても、ここからは物語の舞台としての『地球』を意識することになる。
 エンバースの話じゃ、ブレモンに好意的な反応を示した奴らも少なからずいたみたいだしな」

言われるがままに力を振るって暴れまわるんじゃなく、世界に息づく一つの命として成長し、目標を達成する。
それがロールプレイングゲームの面白さのはずだ。

「ブレモンのサ終が止められないなら、SSSのコンテンツとしてこの世界を共存させる。
 単なる戦闘マップじゃなく、『滅ぼすべき場所』あるいは『守るべき場所』として。
 それが俺の目指すエンディングだ」


【イクリプスがロールプレイのために地球に攻め入る背景を設定するなら、
 その背景次第では交渉して味方につけることもできるのでは?
 SSSのコンテンツとしてブレモン世界の共存を狙う】

177ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/06/12(水) 23:59:09
>「はぁ〜〜〜〜???」

マリスエリスの当然のリアクション。

今まで散々罵声を浴びせておいて…自分でも余りにも調子が良すぎると思う。
それでも…なゆの為に僕は…なんと言われようと何をされようとも…この二人を仲間にしなければいけない。

>「そんなに味方してほしけりゃぁ、今すぐ死んでちょぉ!
 自分でその腹ァかっ捌いて、素ッ首刎ねて死んでくれせんかね!
 おみゃーさんがくたばったら、残ったもうひとりに味方してやらんこともにゃーがね! ははッ!
 ほれ! どうしたぎゃぁ? 『はい』は!?」

分かってる。こいつらだって好きでこんな事してるわけじゃないって。
無防備なカザハに襲い掛からず…星蝕者が倒されていくのを静観する必要がないのにそうした。
仲間にできる可能性はある…でも今じゃない…けど…今仲間にならないと僕達の作戦は大幅に遅延する事になる。

お互い切羽詰まってしまっているのだ…。

>「さっきのを見てたら分かったかと思うけど……ジョン君、すっごく強いんだ……!
何せあのオデットさんとか、三魔将のイブリースさんに勝ったんだから!」

>「だから……今度、万全の状態で戦ってみたいと思わない?
もちろんジョン君にはぼくも一緒で。ジョン君にだけぼくがいるのは不公平だから……あなたは……」

カザハが必死に説得する。しかし…材料も…タイミングも非常に悪い。
でも僕達にこれ以上の事はできない。どうしたら…なゆの為にも絶対引くわけには…!

>「エリ」

ロスタラガムがマリスエリスの手首を掴み静止させる。
なにが起こったのかわからず僕とカザハはただ困惑する事しかできない。

>「何にゃ? ロスやん! 今、このバカゴリラに詰め腹切らせて――」
>「……やめろ」
>「―――――!!」

失礼な言い方になるが…なにも考えていなさそうなロスタラガムの表情から笑みが消える。
いつもニコニコな感じのロスタラガムの顔から笑顔が無くなったせいなのか…強者特有の空気感からか…場が凍る。

>「おい、オマエ。
 おれたちに味方してほしーんだって?」
 いーぞ」

「…は?」

>「ち、ちょっ、ロスや―――」

無茶なお願いを聞いてくれるのか?なぜ?

>「そのかわり。この戦いがぜーんぶおわったら、おれと戦ってくれよな!
 今までのオマエの戦い、見てたぞ。すっげーカッコよかった! オマエ、強ぇぇーなぁー!
 こんなよくわかんないやつらより、オマエと戦ったほーがゼンゼン楽しそーだ!」

「あ…ありがとう?」

ただ僕は困惑する事しかできなかった。

178ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/06/12(水) 23:59:19
>「ヤクソクだぞ! じゃあ……
 おれもあっばれるぞぉ――――ッ!!」

それからは圧倒的だった。

>「なっ!?」
>「こいつ、裏切るつもりか!?」

>「うははははははははははッ!!!」

前見た時から体格の割に力持ちだなという感想は持っていたが…
星蝕者を圧倒できるスピード…パワー…。

僕も大概常軌を逸している自信はあったが…それを遥かに上回るパワー…そして…
本人は意識していないのかもしれないが…勝利の最短ルートを確実に実行できる才能も間違いなく持ち合わせている。

>「あぁ……」

となりから絶望の声が聞こえるが…気にせず僕は汚水で塗れた頭を振り回し…立ち上がり援護に向かおうとする。

>「ジョン君! あの……。癒しの旋風(ヒールウィンド)……!」

「ありがとう…よし…僕も援護を…!」

>「畜生! こんなクソザコに、折角何時間もかけてキャラメイクした俺のブラックホールが……!」

>「この……“まんもの”の癖に!!」

絶望するマリスエリスも…援護すると意気揚々と突撃寸前だったカザハも…たった今まで楽しそうに暴れていたロスタラガムさえも…急に動かなくなった。

「…?どうしたんだ……まさかダメージを…!?はやく援護に…」

>「今……、なんていった……? “まんもの”……?
 “まんもの”っていったのか……?」

ゾワッ

脳が緊急警告を発信する…発信源はロスタラガムで…これは…怒り…それに殺意も混じっている…。この世界に来た時から…大小様々な殺意に触れたが…これは…。

>「ぐァおおオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!」

野獣のような叫びと共に星蝕者達が一斉に引き裂かれる…文字通り。

>「マリスエリス! 何をしているの!? 生き残りたいのでしょう!?
 私に、ナイへ口利きして貰いたいんでしょう!? だったら早くあいつを止めなさい!」

星蝕者達が次々と引き裂かれていく中。その中でも立場が上と思われる個体がマリスエリスにそう告げる…しかし

>「……楽しそうだにゃぁ」
>「あんな楽しそうなロスやんの顔、久しぶりに見たにゃぁ。
 アタシは、今まで何をしとったんにゃ……。ロスやんを失いたくなくて、生き延びることだけ考えて……。
 一番大切なことを忘れとったのかもしれんがや」

先ほどまで殺気立っていたマリスエリスの顔が…一瞬恋人のような…慈愛に溢れた女神のような…母親のような慈愛の顔になる。

「君は…」

>「黙りゃーせ。ロスやんの悪口を言うヤツは、誰であろうとアタシの敵だにゃ」

マリスエリスはそう言い放つとその一瞬で死体を一つ増やした。

179ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/06/12(水) 23:59:31
>「あ〜あ……やっちまったにゃぁ」

二人の圧倒的な力で星蝕者達は壊滅し、援軍用ポータルもいつの間にか消滅していた。
完全勝利だ…僕が頑張ったのは最初だけだが。

>「勘違いしないでちょぉ、アタシたちは降りかかる火の粉を払っただけだぎゃぁ。
 おみゃーさんらの手助けをした訳でも、まして味方になった訳でもにゃぁで。
 依然として、アタシらとおみゃーさんらは敵同士。それを肝に銘じといてちょぉ」

「なあ…一緒にいこう…もう僕達が敵対する理由はないはずだ…だから…」

>「次に会ったときには、必ず殺いてやるでにゃぁ。
 楽しみにしとるとええぎゃ――」

>「それ、どこに繋がってるの? まさか、ローウェルのところに帰るの!? 待って……!」

カザハの言葉にも耳を貸さず。暴れ疲れたのか寝てしまったロスタラガムを抱き起し…ポータルを開く。
そして僕に一つ悪態を付いて…そのポータルに入って行ってしまった。

「…ありがとう…この貸しは必ずこっちから返しにいくよ」

あの二人は安全じゃないが…決して弱くない。
すぐにピンチに陥る事はないだろう…だからまずは自分の事を…なゆの事を落ち着けなくては。

>「うわぁああああああああああああああああ!!」
>「やめてください!! ただでさえ低いINTが更に下がってしまいます!!」

なにやら中二病を発してる可能性があるカザハが騒いでいる。
事情を聞こうと近寄ろうと思ったがカケルにパスされる。

「おっと」
>「えっ、あ、わ……!」

「大丈夫かい…カザハ?あ〜…と今ちょっと汚れているからあんまりくっつかないで欲しいんだが」

>「こんなに汚れちゃって……。自分だけ差し出せばいいなんて言ったら駄目……!
本当に差し出されちゃったら助けに行かなきゃじゃん!
相手はSF超文明なんだから全部筋肉でなんとかなるとは限らないんだからね!?
そんな怪しからん体格して捕らわれの姫ポジションとか……ギャップ萌え過ぎるじゃん!」

>「でも……ありがと。すごくかっこよかった。
戦ってるところはもちろんだけど、全力土下座も全部! マリスエリスにあんな扱いされても耐えてさ……!
キミのために歌ってると……すごく不思議な感覚になる。
よく分かんないけどすごく胸が高鳴って素敵な気持ちで……そんな風になるの、キミのときだけなんだ。
それで原因を考察してみたんだけど……
きっとぼくは……キミのパートナーになるために生まれてきた……じゃなくて! いや、違わないけど違くて!
ぼくは……キミの力を最大限に引き出せるように設定されたキャラなんだ……!」

「ありがとう…でも結局カザハや…あの二人の力を借りただけで…僕はなんにも…」

>「それと、出発前にむやみに突撃したら駄目って言ったけど……あれ、ぼくが一緒にいないとき限定だから……!
高レベルの呪歌使いは支援のエキスパートなんだ――さっき歌ったの以外にも、本当にいろいろある。
言ったでしょ? 君がぼくを守ってくれるなら、ぼくも君を守るって。
キミがどんな強敵に突撃したって、ぼくが必ず守る」

カザハなりに僕を励ましてくれている。
僕がいつも欲している言葉をくれる…僕はいつもそれに甘える。

「言葉は嬉しいけど…僕が君を守る…護りたいんだ。」

いいやぼくがまもる!とムキになるカザハと下水のムードもない場所でしょーもない言い争いが木霊する。
前の僕ならなぜ自己防衛能力が自分以下の存在に護られなければならないのかとか…言い出しててもおかしくなかったけど…。

「ハハ…じゃお互いがお互いを守る…ってのはどうだろう…いやまってくれそれって無敵かも」

あまりにも小学生みたいな結論すぎて二人で笑いあう。この時間が…カザハがどうしても愛しい。
場所が下水で体汚れてじゃなかったら抱きしめていたかもしれないな。

>「大体回復したみたいですね……そろそろ行きましょう」

そうだ。僕達にはまだする事がある。

>「そうだね……行こう、ジョン君。助けを待ってる人がまだ残ってる……!」

「ああ!いこう!」

180ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/06/12(水) 23:59:47
それから僕達は特に妨害も受ける事なく…避難誘導を完了した。
いくらロスタラガムが敵を殲滅したとはいえ…追加の増援が来る事はなかった。

たぶん別の場所でも殲滅戦になったと思われる。
あの二人に協力してもらわなければ僕達にはできなかった。

「僕にもっと力があれば…あの二人も仲間にできてかもしれないけど…」

考える事そのものが無駄と分かっていても考えずにはいられない。

>「とりあえずこんなもんかな……?」

僕にを気を使ったのかカザハが生存者の再確認に入る。レーダーを確認しても青い点はもう存在していなかった。

「うん…色々あったけど作戦成功だ…増援がこないところも見るに他の場所の戦果も十分なはずだ…これならそろそろ連絡が」

>《カザハ、ジョンさん、そろそろワールド・マーケット・センターに戻って頂戴》

「予定通りだね…わかった。今から帰投する。」

そして門を潜り…エントランスで出迎えたのは…なゆだった。

>「ジョン! カザハ! おかえり!」
>「た……ただいま……! 途中で通信が途切れてたけど大丈夫だった……!?」

なゆは作戦前の雰囲気と打って変わって大変元気そうだ。
良かった!僕の勘違いで医者に診てもらって元気になったのかもしれない!…とはならない。

さっきまで死にかけてるといっても差し支えないほど弱った人間が瞬間的に元気になるなんてことはありえない。
僕だって外傷をポーションでよく治すが…血が足りないからすぐに元気いっぱい!ジョンパンマン!…という事にはならない。

>「まさか『真理』の賢兄がいらっしゃるなんて――」
>「あん?アラミガ?なんでお前が……」
>「デスマーチの最中にシュークリームとユンケル同時接種した時みたくなってんじゃん。
 それホントに栄養剤なの?ほらここ、アメリカだしさぁ……」

その証拠にエンバースが冷静だ。なゆを心配するでもなく…かといって余裕も感じない。。
エンバースは『冷静』だ…それが当然のように…あの二人に既になにかあったのは…明らかだ。

エンバースが…冷静である限り…僕は…僕達は見ているのが一番だろう…。
言いたい事は無限にある。でも…それを問い詰めるのは…きっと二人とも望んでいないだろう…。

僕達がどう思っていようとも…

>「仕事だよ、仕事。金もらっちまったからなあ」

「ところで……なあカザハ…アレ…だれ?」

カザハに教えてもらってパッと情報を仕入れる。

『真理の』アラミガ…お金で動いてるという割には大層な称号である。
見た目は…確かに真理とか…神のご意思とか…そんな感じ…いやそうでもねーな…テーマが結構ブレてねーか?。

181ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/06/13(木) 00:00:01
>「みんな、無事でよかった。生き残った人たちもたくさん保護できたし、まずは作戦成功! って感じ?」

「………色々あったが…まあそれは後でまとめて報告しよう…それより…その…体のほうは」

>「ちょっと、過労でグロッキー状態だったみたい。
 でも、病院へ行って栄養剤注射して貰ったら、これこの通り! すっかり元気になっちゃった!
 もう大丈夫、これで最後まで戦えるっ!!」

「そうか…それ…は……よかった」

チラリとエンバースをみる…しかし。

>「避難所のベッドでぐっすり眠って、よだれを垂らしてきたのを忘れてるぞ。
 ……ま、いいさ。暫く俺達と一緒に行動してくれ。お前が戦力になってくれるなら助かるよ、アラミガ」

エンバースは至って…冷静だ…ならば…僕が取るべき行動は…。

「そうか!本当によかった………」

>「じゃ、それぞれのチームは報告よろしく!
 ええっと、最初はわたしとエンバースのチームから。こっちはまったく問題なし!
 わたしもこの通り元気になったし……でしょ? エンバース」

>「……ああ。だが次またぶっ倒れるような事があってみろ。
 ローウェルを倒すまでずっとお姫様だっこで運んでいくからな。
 たまにスイッチを押しっぱにする為の置物にしたり、敵に投げつけるのもいいな」

エンバースも…なゆも…僕に…僕達に言うつもりはないようだ…。
なにがあったのか…どんな事になっているか…僕達に告げないほど僕達は信用されていないのか?

体調を隠すのはいくらなんでも無理がある…なゆだって僕達がどんな形であれど察していると分かっているだろう。
それでも黙ってる理由なんて…僕にはわからない…!

>「……さておき、報告か。うーん……正直みんな似たりよったりなんじゃないか?
 要救助者は概ね無事。イクリプスは攻撃モーションの柔軟性に難アリ。
 強いて言えば攻撃に予備動作のないガンナータイプは今後も脅威になり得るってところか」

「あぁ…えっと…」

どんなにエンバースに任せるのが一番と分かっていても動揺から口が震える。

>「マリスエリスとロスタラガムがイクリプスを手引きしててさ……
たくさんイクリプスを召喚されて大変だったけど、最終的には加勢してくれたんだよ。
ロスタラガム、きっとアイツらの下で押さえつけられてるのが耐えられなかったんだよね。
でも……戦闘が終わったら門をくぐってどっかいっちゃった。
どこに行ったのかは分からないけど……少なくとももうローウェルの下にはいられないと思う」

僕の代わりにカザハが作戦状況を説明してくれた。
一体僕はなにをしているんだろう…そう思い頬を叩き気合を入れ直す。

>「だが、俺にはもう一つ……いや、二つ気付いた事がある……少し歩かないか?
 どうせこの後、ストラトスフィアの偵察に行く予定だったよな。
 俺の話は……そう大した内容じゃない。行きながら話そう。いいだろ?」

「エンバース…?何を?」

気合を入れ直した僕はそれの圧倒的上をいく不思議なエンバースの提案に乗るしかなかった。

いや…実際には…エンバースの雰囲気か…覚悟が…僕達を頷かせた。

182ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/06/13(木) 00:00:11
>「みのりさん、防諜のレベルを「落としてくれ」。これからする話は……別に聞かれても構わない。
 むしろこっちから聞かせてやってもいいくらいだ……それと、ミハエルをこの通信網に含めてくれないか」

星蝕者にわざわざ聞こえるように話す事とは?
なゆの話ではない事はわかる…だがわざわざ敵方に聞こえるように喋る必要が…?

>「――俺達は今のところ、とても上手くやっている。
 イブリース・シンを倒した。管理者メニューを開いた。チャンピオンにも勝った。
 そして今のところ……SSSの連中にも優位に立っていると言えるだろう」

そういいながら門を出た先はストラトスフィアタワー…の目の前…
敵の総本山と思われる場所の真ん前だ…。

>「しかしだな、一方で俺達は一つ認めざるを得ない」
>「――俺達は未だに、ローウェルの手のひらの上で踊る孫悟空に過ぎないって事を」

>「恰好付けてる場合じゃないし! 敵集まって来てるじゃん!」

これもエンバースの作戦通りなのだろう…だって話を聞いてほしいんだから…。
エンバースが突拍子もない事をお願いしたり実行したりは…今に始まったことじゃない…けど…

「今回のコレは…少し行き過ぎてるんじゃあないのか?」

今にも場は戦争がはじまりそうな雰囲気に包まれる。

>「落ち着けよ。この場所、この状況じゃお互い勝ち切れない。やめておこうぜ。
 今回は話をしにきたんだ。ブレモンは高い戦略性と自由度の高いデッキ・パートナービルド。
 それに超カッコいい焼死体がいるだけじゃなく……アドベンチャーパートも結構イケるんだぜ」

エンバースが指を天高くあげる…そのカッコイイポーズをとる間にもおびただしいほどの数の敵に囲まれる。

>「どうだ?分かるか?折角だから他にも幾つか問題を出すか。
 みのりさん、期間限定のクイズイベントのUIを使えないかな。
 全問正解出来たらローウェルが何か景品をくれるかもしれないぜ……それに、俺からも」

ここに全プレイヤーを集めてやる事が…クイズ大会…?正気の沙汰とは思えない…けどエンバースの事だ考えはあるはず…

「考え…あるんだよな?」

>「第一問の答えは――そう、ローウェルの指環だ。そんなアイテム知らない?情報収集はゲーマーの基本だろ。悔い改めな。
 まあとにかく、このアイテムは俺達が……世界の滅亡なんて知ったこっちゃない、
 悪のブレイブから譲り受けたものなんだが――それって何かおかしくないか?」

ぐっ…やめてくれエンバース…その言葉は僕に聞く…やめてくれ

>「だってもし俺達が負けていたら、アイツらは誰を相手にする為にこの指環を使うんだ?」
>「つまり逆説的にこの指環は……ローウェルからのプレゼントだったって事になる」

た…たしかに軽く考えた事はあった…

RPGなら強敵を倒して強つよ装備ゲットはよくある話だ…だけど…僕達を殺したいなら…邪魔ならばどんな事があっても使えないようにするべきだ
本来どんな予定でなにで使う予定があったにせよ…専用装備にするとか…そもそも他人の手に渡ったら消滅とか…命の再生ができるならできるはずだ。
僕達は敵だ…ならその強化する可能性があるような事する必要がないし…だけどそれじゃエンバースの言う通り筋が通らない。

じゃあ今僕達の手元にある…この指輪は…?

>「……もしローウェルが俺達の勝利を想定していたのなら。
 俺達のその後の行動を予想するのは容易かっただろう。
 そう。みんなを助けないとってな――だからその後は、きっとこうなる」

>「お前達はゴミ掃除をした事がないのです?大量のゴミを片付けたければ――
 まずは一箇所にまとめてから処理した方が効率的なのですー!
 ……どうだ?ワールドマーケットセンターのマップデータの進捗は?順調か?」

程よく温まった空気感は謎のモノマネ…モノマネだよね?…で一瞬で氷点下になった。

>「なんでちょっと似てんだよ……コソ練しただろ」
「うーん…なんかちょっと色んな意味で頭いたくなってきたな…」

183ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/06/13(木) 00:00:24
>「みんな、ちゃんと俺からのクエストは覚えていてくれたか?
 予備の避難所になるような場所を見つけておいて欲しいってヤツ」

「あぁ…下水にはあんまりなかったけど…あ!」

確かに拠点が複数あるってだけで僕達に有利にはなるけど…
リスクが減ると同時に僕達の勝利までの時間も大幅に伸びる事になる。

だが…だが時間が延びれば…そんな戦い方を選択すれば僕達は自動的に負ける事になる…おそらくなゆの死によって。
なゆは治ったといっていたが…いや…本当に治ったのか?…でもそれじゃわざわざエンバースが敵にまで宣言する理由がない…

「エンバ」

遮るな!といつものかっこいい指とポーズで僕を静止する。

>「……まあ、心配するな。大丈夫だ。そんな事はしない。つまらないからな。
 そして俺達はブレモンをつまらないゲームにしたくない。でも……やろうと思えば出来る。
 ならお互いつまらない事にならない為に――俺達はどうすればいいと思う?」

>「二日後の早朝だ。つまり……今からおよそ『30時間ほど』後になるか?俺達はここにもう一度やってくる。
 勿論、お前らをボコボコにして、あの大艦隊に攻め込んで、乗っ取って、
 たとえどこにいても……この世界の外側にいようとローウェルを探し出してぶちのめす為だ」

――――――なるほど

>「交渉はしない。拒んだり、艦隊を引き上げるなら俺達はベータテストが終わるまで逃げ続ける。
 ……断る理由はない。断る余地もない。そうだろ?やろうぜ、ローウェル。
 お前も、ベータテスターどもも、まとめて楽しませてやる。ステージを整えておけよ」

>「ブレイブ&モンスターズの力を見せてやるよ」

エンバースはやはり勝負を早め…確実に勝てば少なくとも星蝕者との戦いが終わる方法を提案した。
ローウェルにたどり着く為に…その最短方法を選択したんだ。

誰の為でもない……なゆの為に。

ゲリラ戦をすればするほど僕達の有利になる…明神やエンバースは正々堂々な戦いも好きだが
不意打ちや盤面操作で自分の思い通りにすることも…得意であるし好きだろう…確実に勝てる上に得意分野ですらあるその戦法をわざわざ放棄してまで…。

しかもこの方法を取れば30時間とはいえ休息の時間が取れる…その時間にローウェルを探す以上のなんの意味があるかは…僕には分からないが。
エンバースの事だ…たった一つの為に時間を浪費するとは考えにくい…。

184ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/06/13(木) 00:00:47
>「――そもそもなんでお前ら、俺達に勝てないと思う?」

これで帰ると思いきや…まだエンバースが話を続ける。

>「いや……こう聞いた方がいいか。なんで俺達はお前らに勝てると思う?
 お前らの攻撃モーションはバリエーションが乏しい。それは分かるよな」
>「でも俺達は?なんで通常攻撃は単発じゃない?なんでゲームシステムに縛られない?
 どうしてベータテスト用装備のステータスを突破してダメージを与えられる?」
>「違う。逆なんだ。俺達はゲームシステムに保証されているのさ。
 お前らが『TPSアクション』としてのスピード感に祝福されているように」
>「この世界はロールプレイングゲームだろ。ロールプレイが足りてないんだよ、お前ら」

>「――そうなの!?」

突然とんでもない事を言いだした。

>「そういうことか。確かに米軍相手に無双するばっかで、イクリプス自体の目的がイマイチ見えてこなかった。
 あれはイクリプスがSSSの『本来のシナリオ』に則ってなかったからなんだな。
 本当はあるはずなんだ。アクションRPGとしての、地球に侵略しに来た舞台設定みたいなものが」

「ちょ…ちょっとまってくれ!!」

なんとなくそりゃ言いたい事が分からないわけじゃない。

「なんで米軍を殺して回ってた?真の目的は?快楽?金銭?名誉?
ゲームとしての背景はもちろん本人達がどう思うのかだって大事な事だと思う。うんわかるよ?大事だと思うんだすっごく…でもさ…」

明神も僕と同じ考えに至ったらしい。

>「……ってちょっと待てよ!?お前これ教えちゃダメなやつだろ!!
 明らか敵に塩送ってんじゃねえかよ!!」

「教えちゃだめだろ!!!」

>「『最新ゲームのキャラクター』じゃ役不足なのさ。ある筈だろ、お前達にも。
 イクリプスになって、この星に来た背景が――役割が。それを活かせ」

確かにロールプレイ…かはわかんないけど…想いの力が実際助けになった事は何回もあった。
もちろん最近部長が覚醒したのだって…やっぱりそこに絆や…やっぱり想いの力ってのはあったと思う。

奴らにはチーム意識はあっても仲間意識は薄かった。
だれが一番を取り合うかのゲーム…それ以上でもそれ以下でもない…利用しあうだけのドライな関係。

でももし結束や…心の力…ロールプレイ…エンバースの言うとおり…なんらかの答えを得て次のステップに進む奴もでてきたとしたら…
意外と余裕ムードだったイクリプス戦は壮絶ハードモードになる…。

エンバースは一体なにを思って敵の進化を促してるんだ?
間違いなくなゆの為に何かをする気である事だけはわかる…わかるが…ここまでする事に対する答えがまったく見えてこない。

>「……その、なんだ。色々と悪いな。でもどうしてもこうする必要があったんだ。
 いつかその時が来たら全て説明する。今は……一発くらいなら殴ってくれていい。
 ほら、こっちの……生身に戻ってない方でよければだけど」

>「情報量多けりゃいいってもんでもないんやで!? すでに色んな要素が盛られ過ぎて飽和状態なんだわ!!」

「謝るくらいなら…僕達に言ってない情報を…もっと共有してほしんだけどな…?」

無意識になゆのほうをチラりとみる。

>「けど……ほら、明神さんの一世一代のレイドイベントがただの初狩りで片付くなんてカッコ悪いだろ?
 カザハも……えーと、歌……そう、俺達の冒険を歌にするんだったよな?だったら波乱万丈な方がやりやすいよな?
 ジョンは……少なくとも次のバトルは、めちゃくちゃ歯応えがあるぞ……いや、マジでごめんって」

「…いつも通り君には考えがあるんだろう。だけど毎回事後報告になるのだけ…なんとかならないか?ならない?…そう」

僕はハアと溜息をつく。

エンバースは口では謝っているが態度やその他は普段通りに振舞う。
いつも通りカッコイイポーズとセリフと…今回はなゆというメインヒロインを抱きながら敵に向かって宣言する。

>「――ゲームスタートだ」

>「クッソあいつ一人だけ良い空気吸いやがって……」

「ところで…これ…さっさと逃げた方がよくない?」

185ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/06/13(木) 00:01:09
なんやかんや全員で無事帰ってきてエンバースを問い詰めようとした瞬間カザハに声を掛けられる。

>「いくら公然ラブコメ罪が適用されないからって敵の集団の面前で見せつけちゃってさぁ!
途中で通信が途絶えてたのってそういうこと……!? あーあ、心配して損した!
怪しからんリア充共はしばらく二人っきりでいちゃついてなさい! 明神さん、ジョン君、あっちに行こう!」

「ん?…あ…あぁ…」

カザハはわざと大きな声で二人を茶化し距離を取る。
十分に距離が離れ二人が聞いていないことをわざわざ確認し、カザハが話始める。

>「おかしいと思わない? あそこまで急に元気になるなんて……」
>「エンバースさんの意図は全部は分からないけど、
早めに決戦の場を設定したのはきっと、すごく急いでるんだよね……。
それに、何かを隠してる……」

「おかしいと思わない方がどうかしてるだろうな…人間の体はあんなに急速回復できるようになってない
肉体的にも…精神的にも…それこそ非合法の薬か魔法でもやらなきゃな…」

恐らくなゆはその場凌ぎの…エンバースが設定した決戦の時刻から考えるに3日〜1週間ほど…体を持たせるなにかを使った。
魔法か薬か…その方法は定かではないが…どちらにせよ後の事は後で考える類の物である事だけは間違いない。

>「明神さん、最初からシャーロットを信用してなかったけど……それは正しかったんだよ。
シャーロット、世界を救うためならなゆはどうなったっていいって思ってる……。
それどころか……シャーロットの想定するエンディングはもしかしたら……」

>「わかった……そっから先は言わなくて良い」

シャーロットの影響も確かにあるのかもしれないが…なゆの自己犠牲は今に始まった事じゃない。
なゆは僕みたいな奴ですら全力で助けるようなお人よしだ。常に・どこでも・誰にでも…なゆは救いの手を伸ばそうとする。世界でさえも。だからこそ…その守るべき物の中に…

>「ふざけやがって……『全員助ける』の中に本人が入ってねえじゃねえかよ」

>「厄介なのはシャーロットはなゆを通して世界に干渉してて、なゆ自身もどこまでが自分自身でどこからがシャーロットの影響か分からない。
ナビゲーター役の言う事を素直に聞いて真面目にプレイしてたんじゃ
ベストエンディングに辿り着けないゲーム、時々あるじゃん……?
今までずっとなゆの決断に従ってうまくいってきたけど、今後なゆの言葉に反しなければならない分岐点がどこかにあるのかも……」
>「……どうかな?
何も知らない振りをしつつベストエンディングへの分岐を探す――共犯になってくれる……?
多分、自分だけじゃフラグ、見落としちゃう……」

>「……ここでお前の意思を聞けて良かったよ、カザハ君。
 俺はお前のプランに乗っかるぜ。俺達の方針は今までと何も変わらない。
 『全員助ける』……なゆたちゃんも含めて、全員だ」

「水を差すようで悪いんだが…なゆを救うっていうのは絶対でそこに異議はないんだが…
ゲームでの立ち回りを知らないからよくわかんないけど…シャーロットてのは悪い奴なのか?ブレモンを守るために他人の犠牲じゃなくて…自己犠牲を選んだんだろ?」

なゆはシャーロットの生まれ変わりだとか…シャーロットの依り代になってるかもしれないとか…シャーロットの想定するEDの中になゆはいないとか…。
争いが嫌いで…いなくなる前は自分を犠牲にして世界を巻き戻したんだよな?

誰かを犠牲にする前提の事をするような人間なら…どうせ記憶無くなるんだし誰かを変わり身にしたって良かったはずだ。なゆは自分の分身だから犠牲になってもいいなんて…そんな事思うだろうか?

「僕は…シャーロットの事はわからないが…イブリースの事は…よく知ってるつもりだ
彼のような…信念に生きる者が時を超えてもなお忘れぬ忠誠を誓うような人が…なゆが犠牲になる前提の仕掛けを…作るとは思えない…思いたくもない」

僕は決してシャーロットの事を信用しているわけでも…他人がどうこう言う彼女を盲目的に信用する気はない…が
イブリースの主人であるという点に関しては…僕は信じるに足るのではないかと考えていた。

「たしかにイブリースもシャーロットの…せいと言えばせいで過ちを繰り返した。でもそれは…中途半端に記憶が残った弊害と…それを利用しようと考えたクズがいたせいだ」

なゆが死にかけてるこの状況も…シャーロットの意図したものではなく…なゆがシャーロットに性格が引っ張られすぎて…同じ道を…自己犠牲の道をたどってるように感じて仕方ない。
親が望んでないところまで子供が似る…それに似た状況のように僕には思える。…子供なんて育てた事なんてもちろんないから…あくまでも僕の偏見的な意見ではあるけれど。

「シャーロットを疑うなとは言わない…言えない…けど…これじゃまるで敵だと誰かに思わされている気がして…」

味方が少なく敵ばっかりのこの状況で疑うなというのは流石に無理がある…けど…僕は…僕は心で…人に向き合いたい…もう…後悔しないために
なゆを失わない為に。

186ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/06/13(木) 00:01:26
「ごめーん…僕の下水で汚れてた服の洗濯が思いのほか時間掛かっちゃってさ〜〜」

僕達3人は秘密の会議を終え、みんなの所に戻ってきた。

>「お、電動シェーバーがあるじゃねえの。この手の文明の利器はマジで久しぶりだな。
 俺ぁカミソリで髭剃るのばっか上手くなっちまったよ。ジョン、お前も使うだろ?
 アラミガは……そのきったねえ無精髭をどうにかして清潔感のある暗殺者にしてやろうか」

なゆが普段通り装うというなら…僕達もカザハの案に乗って冷静を保とう。
エンバースが何を考えてるかはわからないが…なゆを見捨てるような事だけはしないってわかってる

>「エンバースも……お前、学校は行ってたんだよな?
 まぁ留年してもあんまし人生には関係ねえよ。社会に出りゃ誤差だよ誤差。
 やべえのは俺とジョンだな。履歴書には異世界行ってましたなんて書けねえしよ。
 いっそ面接で自己PRすっか、『イオナズン使えます』ってさ。わはは」

だから…僕達は僕達のできる事をしよう。

「僕は…意外と稼いでたし…生きるだけなら十分くらいの金はあるからなぁ…ニートも悪くないかも………どうしても働くならジムのコーチでもしようかな」

混乱した世界で…いつものような日常…しょーもない事で大騒ぎして笑って。
一歩外に出れば焼け野原になったラスベガスがあるとしても…みんなそれを忘れるくらい大はしゃぎした。
これを…最後になんて絶対させない…もう一度全て終わった後…みんなで好きな物でも食べながらこの時のことを面白可笑しく語り合かそう。

もちろん全員で!

>「……今後のことを話そう」
>「エンバースのもたらしたロールプレイ理論で、イクリプス一人ひとりの戦力は大幅に向上するはずだ。
 一方で、その『数』自体はかなり減るものと考えられる」

正直に言えば…前のままのイクリプスだったら僕達全員が揃ってれば可能性はあった。
数は多いが…遠距離の奴にだけ気を付けてれば近接の奴らはステータスが高いが攻撃を当ててこないザコだったから…。

「逆に数増えるんじゃないか?エンバースの演説は正直に面白かった。敵がある程度聞き惚れるのも納得できるくらいには…
そして殆どのゲーマーは…話題性に飛びつくんじゃないかと思う。30時間という猶予がむしろプラスに働く気さえする…。
もしクソゲーと思ってアンイスントールしても…新要素が発見されたら…普通トンボ返りしてくるんじゃないか?少なくとも今いる奴らはやめないと思うんだが…」

確かに明神が相手した奴らは怒ってアンインストールして帰って来ないかもしれないけど…
少なくともいまだにイクリプスとして存在してる奴が新要素発見したから「ハイヤメマース!」とはならない気がする。とりあえず新要素に触れてみようと思うはずだ。

カップラーメンがわざと出来上がる前に3分かかるように面白さの期待値が30時間の猶予時間が宣伝やらユーザー間の情報共有で増加してもおかしくない。

「あ〜と…すまない…話を続けてくれ」

187ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/06/13(木) 00:01:54
>「重要なのは、今んとこ地球は一方的に蹂躙されてる『被害者』でしかないってことだ。
 ただ無双ゲーをプレイするだけならそれでも良いんだろうが、こっからはワケが違う。
 地球を攻め滅ぼすだけの大義や悲願……ナイに騙くらかされてる可能性も含めて、
 ロールプレイとしての『戦う理由』を各々が用意してくるはずだ。
 そいつらは最早一山いくらのイクリプスじゃなく――『ネームドキャラ』になる」
>「そんで、そういう相手なら……会話が通じる余地がある。
 『戦う理由』次第では、地球側の戦力として取り込めるかもしれねえ。
連中にとって今はただのマップに過ぎなくても、ここからは物語の舞台としての『地球』を意識することになる。
 エンバースの話じゃ、ブレモンに好意的な反応を示した奴らも少なからずいたみたいだしな」

「確かに…最初に遭遇した奴ら意識してたかどうかは分からないけど…他の奴らより一際【自我】が強かった気がする…後シンプルな強さも…」

エンバースの流した情報によってそんな奴らが増えれば…
敵の質は飛躍的に向上するだろう…それは絶対に避けられない。

確実に大変な戦いになる…でもそれ以上にチャンスが来るのかもしれない
エンバースの考えてる事が全部分かったわけじゃないけど…方向性は見えてきてるのかもしれない

>「ブレモンのサ終が止められないなら、SSSのコンテンツとしてこの世界を共存させる。
 単なる戦闘マップじゃなく、『滅ぼすべき場所』あるいは『守るべき場所』として。
 それが俺の目指すエンディングだ」

「SSSのコンテンツとして?そんなみみっちいこと言うなよ明神!」

明神が妥協案みたいな事言い出すからつい声が大きくなってしまった。けど言わなければならない

「どのゲームにも無限の色んな良さがある…お互いいい所あるんだからゲームとしての優劣をつける必要性がない!どっちもいい!
こっちが折れてコンテンツの一つで吸収されるのは…そんな物は共存じゃない!」

現実でも強い国に弱い国が吸収されるなんて事はありふれた話ではある。
堅実にいくなら…本当はそのほうが可能性は高いんだろう…だけど僕達が目指すハッピーエンドに妥協なんて必要ない。

「この戦争で…イクリプスにも…そのイクリプスにも成れなかった奴も…
全然関係ないプレイヤーの卵も…ゲーマーですらない一般人にさえ伝わるような…!
敵も味方も関係ない観戦者も!全部巻き込んで派手に戦うんだ!僕達にボコられてつまんね〜〜〜〜って言ってやめてった奴らでさえもう一回やりたいって思えるような
2日後の戦いに参加した人間全員がこの場にいてよかったって思えるような…伝説を残すんだ。後世に語り継がれるような激闘を繰り広げて…運営でさえどうにもできないようなでかい波を作るんだそして!」

前の僕なら間違いなくもっと妥協したほうが確実だよとか言ってかもな…でも…今の僕は違う。

「お互いがお互いを認め合う。SSSにブレモンのコンテンツがあってもいいしブレモンにSSSのイベントがあったっていい!
吸収されるなんてアホらしい!両方生きればいいんだよ!そして面白さを認め合って初めて共存の道になる!
運営が…神の力がどれだけ強かろうと…存続を認めさせる。エンバースの言う通り…力を見せてやるんだ…僕達の世界の…ブレイブ&モンスターズの!!」

僕達は全部を手に入れて日常に戻る。それ以外の結末を求めてない。
なゆも…リューグークランのみんなも…そしてこのラスベガスで壊れて死んでしまった全ても…必ず取り戻す。

「どうせやるならどびっきり派手に…そうだな…全世界に向けて配信でもしてみるとか」

もう誰かが敷いたレールの上を走るのはまっぴらごめんだ
その道を誰が作ってどんな望みがあろうと…シャーロットだろうとローウェルだろうとそれ以外の第三者だったとしても…

「ま、どんな事があろうとカザハがいて場が盛り上がらないなんてありえないけど!」

そこに…その先の終着点に平和があっとしても…もしなゆがいないっていうなら…僕達は僕達の道行く。
それがどんだけ可能性が低くても…どれだけ妨害されようとも…誰かがそのシナリオ望んでいたとしても…決して止まるわけにはいかない。

必ず辿り着く。

【シャーロットは信じてないけどイブリースの主としての信頼度くらいはあってもいいんじゃないかと悩みを明神とカザハ二人に打ち明ける】
【明神に勝ってもブレモンとして残らなければ意味ないんじゃね?と反論】

188崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/06/20(木) 20:16:36
>……しんみりしてるところ悪いんだが、俺はまだ何も了承した覚えはないぞ

みのりのパッシブスキル『終着駅(ファイナル・デスティネーション)』によって束の間の延命を図ったなゆたに対し、
エンバースがやっと口を開く。
確かに、エンバースの許可を得ずに勝手に延命措置を受けてしまった。
今起こった一連の出来事を仲間たちへ秘密にするということも、まだ承諾して貰っていない。
エンバースが『駄目だ。皆に報告する』と言ってしまえば、それでもう終わりである。
けれど。

>条件がある

エンバースはそうしなかった。その代わり、咽喉の奥から搾り出すような声で提案する。

>この事を誰にも言わない。お前を戦いの終わりまで連れて行く。それがお前の望みなら……叶えてやる。
 だが……この世界はゲームだ。それほどの高難易度クエストには、相応しい報酬が必要だ。だろ?

「そう、だね。もちろん」

なゆたが頷く。立ち上がり、なゆたへと歩み寄ってきたエンバースの手が頬に触れる。
質感の異なる双眸が、なゆたの瞳を覗き込む。
ゲームのクエストには報酬がつきものだ。その難度が高ければ高いほど、貰える報酬も希少になる。
目も眩むような大金に、世界にひとつしか存在しないレアアイテム。クリア後のご褒美ムービー。
そういったものを求めて、プレイヤーたちは困難なクエストに挑むのだ。

>……全てにケリが付いた時、俺の望みを一つ叶える。そう約束してくれ

エンバースが望んだのは、まさにそういった類のものだった。

「―――……わかった」

普段のシニカルさを引っ込めた、いつになく真剣なエンバースの提案に、そっと頷く。
何せエンバース――ハイバラは日本ブレモンシーンの絶対王者だ。
非公式とはいえミハエル・シュヴァルツァーをも下した今は、世界最強のグランドチャンピオンと言ってもいい。
当然、やり込み度だって違う。なゆたの持っているようなレアアイテムの類はとうに入手しているだろう。
ルピだってクリスタルだって唸るほど持っている筈だ、そんなエンバースに対して、
自分が叶えられることなんて果たして存在するものか、と思う。
だが、彼の望みが何であれ自分に出来ることなら叶えるのが、
他の仲間たちを裏切り、口裏を合わせて自分の我侭を聞いてくれる彼への最期の誠意だと思うのだ。
どうせ、自分はこの戦いが終われば、三日後には跡形もなく消滅してしまうのだから――。

《あ。そうそう、なゆちゃん》

見詰め合う二人の静謐を乱すように、みのりが口を開く。

「なあに? みのりさん」

《その『終着駅(ファイナル・デスティネーション)』な。
 期日まで確実になゆちゃんのパフォーマンスを最大限発揮できるよう調整したつもりやけど……。
 それはあくまで、あんたが“普通に”身体を動かした場合の話や》

「つまり?」

《『銀の魔術師』モードは禁止、ちうことや。あれは身体に、命に負担をかけすぎる諸刃の剣や。
 もし今後発動させてもうたら、うちにもどないなるか分からしまへん。
 最悪、パッシブが解除されて発動した瞬間消滅……ちうことも有り得んで。
 それを重々、肝に銘じておくれやす》

みのりが釘を刺してくる。
元々、なゆたが今のように余命幾許もなくなってしまったのは、銀の魔術師モードの濫用によるものだ。
ちょうど三日で命を使い果たすように設定された今の状態でそんなものを発動させてしまえば、
重篤かつ致命的なエラーが出るのは火を見るより明らかであろう。
なゆたはそっと片手を持ち上げると、自らの頬に触れるエンバースの手に自らの手を重ねた。
そして、小さく微笑む。

「……うん。忘れない」

それはみのりにというよりは、目の前の共犯者――エンバースへの誓いのように響いた。

189崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/06/20(木) 20:41:32
>なんというか……その、クッソ胡散臭いな。
 見ろよ、あまりのツッコミどころの多さに明神さんが頭抱えてるぞ。
 誰が金払ったんだよとか……そもそもどうやって「こっち」に来たんだよとかな
>されちゃったんだ……またのご用命! バロールさんどんだけ大金積んだんだ……!
 えっ……雇い主違うの?
>この期に及んで『実は雇い主はローウェルでした』とかナシにしてくれよマジで……

「おいおい、御挨拶じゃねェか。レプリケイトアニマじゃ一緒に戦った仲だろう?
 悪いが依頼主に関しちゃ守秘義務ってヤツだ、この商売は口が軽いとやっていけねェ。
 まぁ、信じてくれと言うつもりはねェよ。オレはどのみち貰った銭のぶん仕事するだけさ」

『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちからこれでもかと疑惑の目を向けられても、アラミガはどこ吹く風だ。
ワールド・マーケット・センターのホールの壁に背を預け、腕組みしたまま皆の様子を眺めている。
エカテリーナもアラミガに対して特に叛意があるとは見なしていない。第一、アラミガが敵に雇われた刺客であるのなら、
回りくどい遣り方をしなくてもとっくに実力行使に出ているだろう。

>……ま、いいさ。暫く俺達と一緒に行動してくれ。お前が戦力になってくれるなら助かるよ、アラミガ

「ああ、そいつは契約のうちだ、遠慮なく頼ってくれ。契約外労働に関しちゃ別料金だがね」

この期に及んでなお守銭奴キャラを貫き通すアラミガである。
そしてそれぞれのチームの報告が始まると、なゆたに促されエンバースが口火を切った。

>……ああ。だが次またぶっ倒れるような事があってみろ。
 ローウェルを倒すまでずっとお姫様だっこで運んでいくからな。
 たまにスイッチを押しっぱにする為の置物にしたり、敵に投げつけるのもいいな

「誰が置物よっ! わたしだっていつまでもあなたに護られてるばっかりじゃないんだから。
 エンバースこそ、わたしにお姫様抱っこで運ばれないように気を付けなさーいっ!
 ……その場合ってお姫様抱っこじゃないよね? 焼死体抱っこ?」

ガーッ! と反論する。少しでも元気なことを仲間たちにアピールしておかなければ、
お人好し揃いの仲間たちのこと、またなゆたの身体のことを心配してしまうだろう――と思う。
が、普段つき慣れないウソをつく、そんな白々しさと必死さが逆に仲間たちの疑念を生んでいるということに、
なゆたはまるで気が付かなかった。

>……さておき、報告か。うーん……正直みんな似たりよったりなんじゃないか?
 要救助者は概ね無事。イクリプスは攻撃モーションの柔軟性に難アリ。
 強いて言えば攻撃に予備動作のないガンナータイプは今後も脅威になり得るってところか

考え考え報告をしつつ、エンバースはエンデへと歩み寄る。
なゆたの傍のソファに腰掛けていたエンデは、大きな双眸を瞬かせた。

>ストリップも概ね右に同じ。モーションについてはキャンセル駆使して隙潰しできる連中が出てきてる。
 今後は初戦みてえなわからん殺しで一方的に戦えるってことはねえだろうぜ。
 あとは……『アリの巣コロリ』を撒いてきた。持ち帰った巣の中で広がる毒餌をな。
 最低でもベータテスターの一割……うまくすりゃ三割くらいは削れる

>マリスエリスとロスタラガムがイクリプスを手引きしててさ……
 たくさんイクリプスを召喚されて大変だったけど、最終的には加勢してくれたんだよ。
 ロスタラガム、きっとアイツらの下で押さえつけられてるのが耐えられなかったんだよね。
 でも……戦闘が終わったら門をくぐってどっかいっちゃった。
 どこに行ったのかは分からないけど……少なくとももうローウェルの下にはいられないと思う

長く敵対していたマリスエリスとロスタラガムがローウェルに対して反旗を翻したというのは、大きな戦果であろう。
が、ローウェルに刃向かったからといって、それがイコール此方の味方になった、というのは早合点が過ぎる。
ロスタラガムは兎も角、マリスエリスはあっさりと継承者をやめられるほど単純な思考をしていない。
それから――ラスベガスの各所を回って生存者を回収できたのはよかったが、今回探索した分が全てではない。
今後も第二陣、第三陣と要救護者の回収に向かう必要がある。
そして、時間を経るごとに『星蝕者(イクリプス)』は手強くなってゆくだろう。
なゆたの限られた時間もある。その間にみのりがローウェルの居所を突き止めなければ、ゲームオーバーだ。
現段階は今回のような救助活動と探索、交戦を繰り返し、みのりからの朗報を待つのが得策か――
しかし。

>だが、俺にはもう一つ……いや、二つ気付いた事がある……少し歩かないか?
 どうせこの後、ストラトスフィアの偵察に行く予定だったよな。
 俺の話は……そう大した内容じゃない。行きながら話そう。いいだろ?

エンバースには、別の策があるらしかった。

>そんな急にどうしたの!? むやみに出歩くのは危ないよ!?
>エンバース…?何を?

カザハとジョンが口々に問うも、エンバースはまったく斟酌しない。
エンデに対し、ワールド・マーケット・センターの外へ『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を開くことを要請する。
裁断を求めるようにエンデがなゆたを見る。
なゆたにも、エンバースが何を考えているのか分からない。だが長い旅の付き合いにおいて、
こういった状況でエンバースが引き下がることはないということは理解している。
小さく頷くと、エンデは皆の前方にポータルを開いた。

190崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/06/20(木) 20:46:15
>みのりさん、防諜のレベルを「落としてくれ」。これからする話は……別に聞かれても構わない。
 むしろこっちから聞かせてやってもいいくらいだ……それと、ミハエルをこの通信網に含めてくれないか

《……了解や》

目抜き通りを歩きながら、エンバースがみのりへ指示する。
エンバースの思惑通り、みのりはその指示に抗うことはしなかった。すぐに回線がオープンになる。
そんな衆人環視の中、エンバースは朗々と語り始めた。

>――俺達は今のところ、とても上手くやっている。
 イブリース・シンを倒した。管理者メニューを開いた。チャンピオンにも勝った。
 そして今のところ……SSSの連中にも優位に立っていると言えるだろう
>しかしだな、一方で俺達は一つ認めざるを得ない

やがて、あたかもバベルの塔の如く天を穿って聳え立つストラトスフィア・タワーが前方に見えてくる。
その上空に停泊する、数十隻もの『星蝕者(イクリプス)』の艦隊も。
そして、回線をオープンにしたまま大通りを直進して敵の本拠地まで歩いてきた――ということは、
当然のように『星蝕者(イクリプス)』側にもその会話内容や姿は捉えられている、ということである。
まさしく雲霞の如く姿を現した百騎単位の『星蝕者(イクリプス)』たちに、
なゆたたち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は瞬く間に取り囲まれた。まさに槍衾だ。
絶体絶命の危機。だというのに、エンバースはまるで取り乱す気配がない。変わらず泰然と言葉を紡ぐ。

>――俺達は未だに、ローウェルの手のひらの上で踊る孫悟空に過ぎないって事を

>恰好付けてる場合じゃないし! 敵集まって来てるじゃん!

>お前がなんの意味もなくお散歩して窮地に陥るなんざあり得ない……
 って前提は置いておいて警告するぞ。周り見てみろよ

>今回のコレは…少し行き過ぎてるんじゃあないのか?

「く……さすがにこの数は……」

さすがに仲間たちが危機を感じて警告を口にする。なゆたにも勿論分からない。同行したエカテリーナとアシュトラーセも、
起こるべくして起こった事態に緊張の色を隠せない。ガザーヴァなどは明神の隣で暗月の槍を構え、
明神のゴーサインがあればすぐにでも飛び出せる体勢で、ガルル……と前方を威嚇している。
一触即発の空気。――だが、エンバースが望んだのは戦闘ではなかった。

>落ち着けよ。この場所、この状況じゃお互い勝ち切れない。やめておこうぜ。
 今回は話をしにきたんだ。ブレモンは高い戦略性と自由度の高いデッキ・パートナービルド。
 それに超カッコいい焼死体がいるだけじゃなく……アドベンチャーパートも結構イケるんだぜ

エンバースが仲間たちを振り返る。ここは任せろ、と言うように。

>で、どこまで話したっけ……ああ、そうだ。この状況はローウェルの想定通り。手のひらの上。
 疑心暗鬼に陥ってる訳じゃない。アドベンチャーパートらしく、れっきとした「証拠品」もある。
 インベントリを開いて、よく見てみろ。お前達も……ほら、見えるか?

まるで予めそうすることが決まっていたかのように、エンバースは淀みない調子で説明を続けてゆく。
立て板に水の解説に仲間である『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』や継承者たちのみならず、
見敵必殺といった様子で今にも襲い掛かってきそうだった『星蝕者(イクリプス)』までもが従い、
携えた武器を揮うことを一旦忘れてホログラムを眺めエンバースの言葉に耳を傾ける。
その場にいる誰もがエンバースの一挙手一投足に注目する、その果て。

>二日後の早朝だ。つまり……今からおよそ『30時間ほど』後になるか?俺達はここにもう一度やってくる。
 勿論、お前らをボコボコにして、あの大艦隊に攻め込んで、乗っ取って、
 たとえどこにいても……この世界の外側にいようとローウェルを探し出してぶちのめす為だ
>交渉はしない。拒んだり、艦隊を引き上げるなら俺達はベータテストが終わるまで逃げ続ける。
 ……断る理由はない。断る余地もない。そうだろ?やろうぜ、ローウェル。
 お前も、ベータテスターどもも、まとめて楽しませてやる。ステージを整えておけよ

エンバースが提案したのは、二日後の『ブレイブ&モンスターズ!』と『星蝕のスターリースカイ』の総決戦。

>ブレイブ&モンスターズの力を見せてやるよ

エンバースはそう締め括った。
30時間の猶予を遣るから、装備を整え必勝の気構えで来い、と――。
更にエンバースは『星蝕者(イクリプス)』に、自分たち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』との違いさえ教授した。
ロールプレイの有無。それは一見すると稚拙な要素のようにも感じられたが、実のところ幾許かの真理を言い当てている。
ロールプレイとは、つまるところ没入感だ。自らの分身たるキャラクターにどれだけ感情移入できるか、
入れ込めるか――全身全霊を懸けられるか。
エンバースも、なゆたも、他の仲間たちも、『ブレイブ&モンスターズ!』というゲームのキャラクターだ。
皆が皆『自分』というキャラクターを演じている。キャラクターそのものとして生きている。
しかし、『星蝕者(イクリプス)』はそうではない。
『星蝕者(イクリプス)』にとって、キャラクターは操作できる人形にすぎない。自分自身ではなく、
死んだところで幾らでも代替の利く存在でしかない。
死ねば後がない者と、死んでもやり直せるからいいと考えている者。
その覚悟の差が、双方の強さの差だ――エンバースはそう言っている。

191崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/06/20(木) 20:48:38
エンバースの突拍子もない提案に、『星蝕者(イクリプス)』たちがざわざわとどよめく。
ロールプレイ――そんな言ってしまえば自己満足に過ぎない、あやふやな要素で果たして強くなれるのか? と――。
しかし、それが単なるエンバースの口から出任せでないということは、
今までの戦いで他ならぬ『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちが実証している。
より深く世界に没入し、より広くゲームを理解し、単なるゲームのプレイヤーとしてではなく、
この世界に生きる一個の生命となりきることで、得られる強さがある――だとしたら。

>……その、なんだ。色々と悪いな。でもどうしてもこうする必要があったんだ。
 いつかその時が来たら全て説明する。今は……一発くらいなら殴ってくれていい。
 ほら、こっちの……生身に戻ってない方でよければだけど

自分の言いたいことをすっかり言うと、エンバースはばつが悪そうに仲間たちへ振り返った。

>情報量多けりゃいいってもんでもないんやで!? すでに色んな要素が盛られ過ぎて飽和状態なんだわ!!

>エンバースこの野郎……お前マジお前……
 まだハイバラの件で一発ぶん殴んの残してんだからな。黒刃の分も合わせて3発ぶち込んでやる

>謝るくらいなら…僕達に言ってない情報を…もっと共有してほしんだけどな…?

予想だにしないエンバースの振る舞いに呆気に取られたのは、何も『星蝕者(イクリプス)』ばかりではない。
当然のように、仲間たちからも非難の声が上がる。
なゆたにとってもそれは同様だ。エンバースとは他の仲間たちよりも秘密を共有する仲だが、
それでもこんな行動に出るというのはまったくの想定外で、真意が分からない。
むろん、他の仲間たちが彼に対してそうであるように、エンバースのことは信頼している。
その敵に塩を送る行為にしか聞こえない発言にも、何らかの意図があるということは理解できる。
それでも、何故。

「……エンバース」

問い質すことも出来ず、ただ立ち尽くして困惑していると、不意にエンバースが此方を向いた。
視線が重なる。エンバースは徐になゆたへと歩み寄ってくると、何を思ったか――不意に強くその身体を抱きしめてきた。

「――――――!!!」

これも、まったくの想定外。エンバースにぎゅぅっと強く抱きしめられたまま、なゆたは顔を真っ赤にして固まってしまった。

>俺はお前を、最後に花か月みたいに消えちまう、ただのヒロインにするつもりはない――

エンバースがはっきりと告げる。
それは恋い慕う者へ贈る睦言でもなければ、甘やかな愛の囁きでもない。

――決意表明、だ。

真っ直ぐな視線と共に宣言されたそれを間近に聞き、なゆたはそう思った。
なゆたの間近で鎌を研ぐ、運命という死神へ向けた宣戦布告。
さだめを受け入れ、自らにタイムリミットを設けたなゆたへの、抗戦の意志。
まるでそれは、運営の用意したエンディングなど見るつもりはない――自分の欲するエンディングは自分で探す、
とでも言っているかのようだ。
単なる一介のプレイヤーが予め用意された結末を拒絶するだなんて、そんなこと普通なら許されるはずがない。
プレイヤーは運営側の用意したシナリオをなぞり、誂えられたエンディングを確認することしか出来ない。それが常識なのだ。
だが、今までも幾多の不可能を可能に変え、運命を覆してきたエンバース、ハイバラなら――或いは。
あと三日で消え去るなゆたの運命も、変えてしまうかもしれない。
なんの確証も裏付けもない、ともすれば妄言のようにも聞こえるエンバースの言葉には、
なぜだかそんな期待を抱いてしまうような力が宿っていた。

「……ほんと。
 根っからゲーマーなんだから」

エンバースが抱擁を解く。それでも、視線は外さない。
見詰め合いながら、なゆたはそう言って淡く笑った。

>――ゲームスタートだ

エンバースが静かに、しかし確固たる決意を以て告げる。
それはこの世界において神に等しい権限を持つ大賢者ローウェルよりも或いは強い、
『運命』という敵に克つための、戦いの合図だった。

192崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/06/20(木) 20:52:18
ストラトスフィア前で『星蝕者(イクリプス)』やローウェルに宣戦布告した『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は、
ワールド・マーケット・センターへ戻ってきた。

>いくら公然ラブコメ罪が適用されないからって敵の集団の面前で見せつけちゃってさぁ!
 途中で通信が途絶えてたのってそういうこと……!? あーあ、心配して損した!
 怪しからんリア充共はしばらく二人っきりでいちゃついてなさい! 明神さん、ジョン君、あっちに行こう!

>そーだそーだ、ラブコメ菌が伝染るわ!えーんがちょ!

>ん?…あ…あぁ…

「ち、ちょっ!? なによーっそれぇーっ!
 いちゃついてなんかないでしょ!? カザハ! 変なこと言わないで――」

なゆたが抗議する暇もあらばこそ、カザハはジョンと明神を伴ってそそくさと距離を取ってしまった。

「まったく……!」
 
さっさと遠ざかってしまった三人を眺め、腕組みしてぷりぷりと頬を膨らませる。
が、それも長くはもたない。は、と小さく息を吐くと、なゆたは横目にエンバースを見た。

「……大丈夫だよ、エンバース。
 わたしは、あなたの心の棘にはならない。
 これ以上あなたの心に、消えない傷を残すようなことはしないから……」

心から愛していた幼馴染のマイディア、マリを冒険の果てに喪い、エンバース――ハイバラは心に死してなお消えぬ傷を負った。
エンバースには、自分のせいで再度そんな傷を拵えてほしくはない。エンバースだけではない、他の仲間たちもそうだ。
この世になんの哀惜も愁傷も残さず、ひっそり消えてゆくことができれば、それが最上であろう。
そう考えると、『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』によって“誰の記憶からも消滅する”という最期を遂げた
シャーロットは上手くやったものだ。
その想いは結果的に無駄になってしまったが、今のなゆたにはシャーロットの気持ちがよく分かる。
ただ、そう思う一方で。
自分が、崇月院なゆたがこの地球、ミズガルズに生まれ。
魔王バロールによってミズガルズへ飛ばされ、世界を股に掛ける冒険をして。
懸命に生きたということ、それを誰かに覚えていて欲しいと望む自分もいる。
とりわけ、自分が恋心を抱いた相手には――と。
忘却と、記憶。
アンヴィバレンツな願いを持て余し、なゆたは懊悩した。

>俺もガチガチにバトってきて疲れたよ。一旦休もう……ちゃんと休もう

ほどなく戻ってきた明神たちと合流する。そう言えば、ずっと戦い通しだった。
皆、限界以上に体力を使っている。三十時間の猶予が与えられたというのなら、最終決戦へ向けてしっかり休んでおくべきだろう。

>お、電動シェーバーがあるじゃねえの。この手の文明の利器はマジで久しぶりだな。
 俺ぁカミソリで髭剃るのばっか上手くなっちまったよ。ジョン、お前も使うだろ?
 アラミガは……そのきったねえ無精髭をどうにかして清潔感のある暗殺者にしてやろうか

エントランスホールの中で集まり、明神がインスタントラーメンを作るのを眺める。
やがてラーメンが出来上がると、人数分取り分けられたそれを渡される。
アルフヘイムでは決して嗅ぐことのなかった、化学調味料のケミカルな匂い。

>……こんな時に言うのもなんだけど
>こうして地球に戻ってきたわけだけどさ。……なゆたちゃん、出席日数とか大丈夫なの?

「え?」

突然水を向けられ、近くのソファに座っていたなゆたはぱちぱちと目を瞬かせた。
アルフヘイムへ召喚されてからこっち、生き残ることだけを考えて、
学校だとか出席日数だとかのことは完全に頭から抜け落ちてしまっていた。
確かに地球への帰還を果たしこそしたが、といって何もかもが終わった訳ではない。
ローウェルとの決着をつけ、この馬鹿げたサービス終了にまつわる一連の問題を片付けないことには、復学など夢のまた夢だ。
いや――仮に一切合切の事象が片付いたとしても、自分はもう元の生活には戻れない。
既に、導火線に火がついている。あと三日後に、自分は消滅するのだから。

「ど、どうだろ……やっぱりこれだけ無断欠席してたら、内申書に響く……かも……。
 ともだちも心配してるかな……。連絡取れるなら取りたいけど、いきなり電話なんてかけちゃったら、
 きっとビックリするよね……」 

あはは、とぎこちない笑顔を浮かべる。

「生徒会、わたしがいないと全然回らないし……生徒会長、わたしの原稿ないとスピーチできないの。
 書記や会計のみんなも……わたしなしで、ちゃんとお仕事出来てるのかな……」

思いつくまま、とりとめもなく呟く。

「クラスメイトのまーちゃんに、加奈……百合ち……。
 まーちゃんが、ブレモンみんなで一緒にやろう! って言ってきたの。
 でも、言い出しっぺのまーちゃんが一番最初に飽きちゃって……なんでやねん! ってみんなで突っ込んだよ。ふふっ。
 そのうち他のみんなも次々やめちゃって、結局最後までやってたのはわたしだけだった……」

一旦蘇った思い出は、留まるところを知らない。
ポヨリンを膝に乗せ、なゆたは語り続けた。
懐かしい思い出、掛け替えのない記憶。
しかし、もう二度とその先を紡いでゆくことはできない。

193崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/06/20(木) 20:55:28
>……今後のことを話そう

ラーメンを食べながら、明神がゆっくりと切り出す。

>エンバースのもたらしたロールプレイ理論で、イクリプス一人ひとりの戦力は大幅に向上するはずだ。
 一方で、その『数』自体はかなり減るものと考えられる
>クソゲーでもプレイし続ける強固な意思と、ロールプレイに適応する柔軟性、あるいは没入力。
 この2つを兼ね備えた気概のあるプレイヤーが、俺達の前に立ちはだかるはずだ

今回の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』側の工作の結果として、SSS側は根こそぎ篩に掛けられることになる。
その結果、『星蝕者(イクリプス)』の絶対数は激減するだろうが、その分個体の強さは激増する。
真のゲーマー、ブレモンで言うランカーのみが残るという訳だ。
そして、なゆたたちは三十時間後にはそんな精鋭たちと激突しなければならない。

>重要なのは、今んとこ地球は一方的に蹂躙されてる『被害者』でしかないってことだ。
 ただ無双ゲーをプレイするだけならそれでも良いんだろうが、こっからはワケが違う。
 地球を攻め滅ぼすだけの大義や悲願……ナイに騙くらかされてる可能性も含めて、
 ロールプレイとしての『戦う理由』を各々が用意してくるはずだ。
 そいつらは最早一山いくらのイクリプスじゃなく――『ネームドキャラ』になる
>そんで、そういう相手なら……会話が通じる余地がある。
 『戦う理由』次第では、地球側の戦力として取り込めるかもしれねえ。
 連中にとって今はただのマップに過ぎなくても、ここからは物語の舞台としての『地球』を意識することになる。
 エンバースの話じゃ、ブレモンに好意的な反応を示した奴らも少なからずいたみたいだしな

単に物見遊山や新作ゲームだからという理由でテスターとして参加した者たちと違い、
そこまでロールプレイできる、SSSに没入しているプレイヤーならば、
単に『ブレモン側は殺すべき』『ブレモンのキャラは的』といった脳死的な思考パターンはしていないはず。
そこに交渉の余地がある――明神はそう言っている。

>ブレモンのサ終が止められないなら、SSSのコンテンツとしてこの世界を共存させる。
 単なる戦闘マップじゃなく、『滅ぼすべき場所』あるいは『守るべき場所』として。
 それが俺の目指すエンディングだ

SSSとの共存。それが明神の出した、ブレモンの未来だった。
しかし。

>SSSのコンテンツとして?そんなみみっちいこと言うなよ明神!

それに、ジョンがはっきりと異を唱えた。

>どのゲームにも無限の色んな良さがある…お互いいい所あるんだからゲームとしての優劣をつける必要性がない!どっちもいい!
 こっちが折れてコンテンツの一つで吸収されるのは…そんな物は共存じゃない!

「そーだよ。ジョンぴの言う通り!」

明神の隣でラーメンを食べていたガザーヴァも、ジョンに同調する。

「新しいゲームの一部として間借りさせて貰って生きるだなんて、そんなのまっぴらゴメンだね。
 第一、それじゃSSSの連中に負けを認めるみてーじゃんか! 
 仮に今はそれでよくっても、ずっと先はどうなる? いつか連中がブレモンに飽きたらどーすんだ? 
 やっぱいらないから無くしちゃおうって思ったら?
 アイツらのご機嫌を窺いながら生きるなんて、死んでるのと一緒じゃんか!」

>この戦争で…イクリプスにも…そのイクリプスにも成れなかった奴も…
 全然関係ないプレイヤーの卵も…ゲーマーですらない一般人にさえ伝わるような…!
 敵も味方も関係ない観戦者も!全部巻き込んで派手に戦うんだ!
 僕達にボコられてつまんね〜〜〜〜って言ってやめてった奴らでさえもう一回やりたいって思えるような
 2日後の戦いに参加した人間全員がこの場にいてよかったって思えるような…伝説を残すんだ。
 後世に語り継がれるような激闘を繰り広げて…運営でさえどうにもできないようなでかい波を作るんだそして!
>お互いがお互いを認め合う。SSSにブレモンのコンテンツがあってもいいしブレモンにSSSのイベントがあったっていい!
 吸収されるなんてアホらしい!両方生きればいいんだよ!そして面白さを認め合って初めて共存の道になる!
 運営が…神の力がどれだけ強かろうと…存続を認めさせる。
 エンバースの言う通り…力を見せてやるんだ…僕達の世界の…ブレイブ&モンスターズの!!

「……ジョン」

今まで、体格に比して引っ込み思案であまり自分の主張をしてこなかったジョンの怒涛の攻勢に、思わず瞠目してしまう。
が、それはまさしく真理だった。片方がもう片方の一部になって生きる、それは共存ではなく寄生だ。
自らの力で生き延びることを放棄している――互いに力を拮抗させ、共に成長してこそ『共存』であろう。

「ヒュー! 最ッ高じゃんか! ホラ、なにポカンとしてンだよ明神!
 うんちぶりぶり大明神はブレモン最強の死霊術師だろ!? この劣勢を! 絶体絶命の窮地を!
 テーブルごとひっくり返して、カミサマ気取りのマヌケにあっと言わせてやるチャンスじゃんか!
 今、言わないでどうすんだよ――『あの』決めゼリフをさ!!」

ぐっと明神の手を握り、ガザーヴァが鼓舞する。
ゆっくりソファから立ち上がると、なゆたは荘重に頷いた。そして仲間たちの顔を見回す。

「そうだね。ジョンの言う通り。
 わたしたちの力を認めさせよう。『ブレイブ&モンスタース!』の面白さを。
 そして勝ち取るんだ、未来を。絶対に、ローウェルの思い通りになんかさせない――」

仲間たちの決意に満ちた表情を確認すると、なゆたはそっと前方に手を伸ばした。
自分の手に皆の手を重ねてほしいと、その目が言っている。
その場にいる『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』全員が手を重ねると、なゆたはそっと微笑んだ。

「……いい戦いをしましょう」

自分たちの愛するゲームの底力を、万人に知らしめるために。

194崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/06/20(木) 21:00:37
バチッ!

『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちが最後の戦いへ向けて決意を新たにした瞬間、
あたかもそれを合図とするかのようにエントランスホールの照明が音を立てて明滅した。
エントランスホールだけではない、ビル全体の電気系統が異常を起こしたかのように各所がスパークし、
火花を散らし、明滅する。

「これは……!?」

《く……! またや! 外部からの強烈な干渉を検知! みんな気を―――》

センター中の照明がダウンし、赤い非常灯のみに切り替わる。
みのりが仲間たちへ警告をしようとするのを掻き消すように、空中に無数のウインドウが展開されてゆく。
管理者権限を持つみのりたちだけではない、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の持つスマホの画面をも乗っ取る、
強力なハッキング。そんなことが出来る存在はごく一部しかいない。そして――

【ハローハロー! ハァァァァァァァァァロォォォォォォォウ!!!!!】

無数のウインドウを埋め尽くす、画面いっぱいに映し出される頭陀袋。

「ナイ!!」

【親愛なる『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の皆さま、御機嫌よう!
 遅れてしまって申し訳ありませんねェ。心よりのお詫びを!】

ナイはほんの少しだけカメラから離れると、手に持ったステッキをくるくると器用に回転させ、気取った様子で会釈した。
そして、またカメラにぐんっと近付く。

【ハ〜イ〜バ〜ラ〜。やってくれましたねェ……。まったく、まったくまったくまったく……。
 あの御方はとても御立腹です。あれほどアナタの力量を評価し、一時はバロールに次ぐ新たな魔王に!
 とまで優遇したというのに。身に余る栄誉を与えられておきながら、いったい何が不満なのです?】

子どもがマジックで画用紙に描いたような大きな口を不快げに歪ませ、
トラバサミじみたギザ歯を剥き出しにして、不快を露わにする。

【ァー……まァ宜しい。それはさておき、あの御方の。SSS運営の意向をお伝え致しましょう。
 本来であれば、到底受け入れがたい提案です。そも、交渉とは――互いに対等な者同士が譲り合うもの。
 ですが我々は対等ではない……此方が絶対的に上。其方は絶対的に下、なのですからねェ。
 βテストが終わるまで逃げ続ける? ニャハハ――そんなことが本当に出来るとでも?
 仮にアナタ方『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は出来たとしても……その他の方々は?
 ほら。外を見てご覧なさい?】

画面越しに顎でセンターの外を示す。
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』がエントランスから外の大通りに目を向けると、
其処には無数の“無”が――球状の闇の塊のようなものが無数に出現し、センターを取り囲んでいるのが見えた。

「……なんてこと……」

なゆたは目を瞠った。球状の闇、それがいったい何なのかは、考えずとも分かる。
にたぁ……とナイはラクガキの眼を笑ませた。

【ニャハハハハッ! ビックリしましたか? ビックリしましたよねェ!
 我々がその気になれば、ワールド・マーケット・センターの中に『侵食』を発生させることもできる。
 キングヒルに集結していたアルフヘイムの軍勢を、あの御方が“どう”消滅させたかご存じでしょう?
 アナタ方が必死でラスベガスを駆けずり回り、一ヶ所に集めてきた生ゴミ。
 ぜぇぇぇぇんぶ綺麗に吸い取って差し上げましょうか?】

ヒュボッ! とね――そう、掃除機の中にゴミが吸い込まれるような真似をしてみせる。
確かに、自分たち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』はどこへでも身を隠すことが出来る。
しかし今まで各地で救助してきた一般の人々はそうではない。怪我人も、足腰の弱い老人もいる。だいいち、数が多すぎる。
恥と外聞をかなぐり捨て、炎上覚悟でローウェルがセンター内に侵食を発生させれば、その時点で詰みだ。

「くそったれ……」

ガザーヴァが毒づく。
ナイはそんな様子に満足げに口角を吊り上げて嗤うと、

「ニャハ……イイ表情ですねェ。
 しかァし! ご安心を、そのようなことは致しませんとも……決してね。
 何故なら、ワタクシも運営も、あの御方も……プレイヤーの方々を愉しませるのが第一義。
 最高のプレイバリューと、極上のエンタテインメント! ラグジュアリーな非日常のひとときを、
 すべてのプレイヤーに! それが我々のモットーなのですから。それ以上に優先する事項など存在しないのです。
 従って――このバカバカしい提案にも乗って差し上げますとも】

くくッ、とナイは含み笑いを漏らす。
そして大きくステッキを空へ振りかぶると、虚空に展開したウィンドウが様々な情報を標示する。

【今、この最中にもラスベガスのワールドマップは着々と出来上がりつつあります。
 30時間、でしたか? 結構! ならば我々もその時間を有効に使わせて頂きましょう。
 次回β版バージョン2.0更新の暁には、『星蝕者(イクリプス)』の誰もが建物内の探索を愉しめるようになる!
 その他にも、色々と追加要素を用意する予定です。お楽しみに!】
 
にやぁ……と悪辣そのものといった笑みを浮かべる。

【此方はアナタ方の要求を呑んだ。譲歩して差し上げたのです、それをゆめゆめお忘れなきよう。
 では、また30時間後に――】

バチンッ!!

最後まで人を食ったような態度のまま、ナイは通信を切った。
ウインドウが消え、電気が復旧する。

195崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/06/20(木) 21:04:33
ナイが――SSS運営がエンバースの提案を呑んだことで、正式に30時間の猶予が与えられた。
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』のメンバーは自由行動だ。30時間後の決戦に備えて寝るもよし、
センターのシャワールームを使ったり、ホールではブレモンのデュエルも出来る。
およそ思いつくことは何でも実現可能と言っていいだろう。

「エンバース」

そんな中、イブリースがエンバースの許へやってくる。

「大賢者から時間を捥ぎ取ってくるとは……大した男だ。なるほど、大賢者が次期魔王に推した理由も分かる」

イブリースは軽く肩を竦めた。揶揄や皮肉でなく、素直に称賛している。
力こそすべて、欲しいものは力ずくで手に入れる――そんな魔族であるがゆえに、
自身に勝る力を持つ大賢者に抗おうなどとは最初から考えない。
そんな価値観であるから、ゲームを創った神という相手にも臆さず立ち向かい、
挙句に時間を勝ち取ってきたエンバースのことは評価に値すると考えている。
だからこそ。

「呼び止めたのは他でもない、ミハエル・シュヴァルツァーのことだ」

イブリースは『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が外で人々の救出活動をしている間、どうやらミハエルと話をしていたらしい。

「あれの姿を見ただろう。
 貴様と戦う前と、戦った後の姿の差を」

丸太のように太い腕を組み、イブリースがエンバースを見下ろしながら唸る。

「あれは一敗地に塗れ、自信を喪失してしまった。これでは、奴はずっと生ける屍のままだ。
 痛ましい姿だ……正直、見ていられん。そう思い、なんとか奮起を促してみたのだが」

無念そうに声を低くする。ニヴルヘイムで長く一緒にやってきた仲だけに、消沈するミハエルを放っておけなかったのだろう。
そうして説得しに行ったが、どうやらその努力は報われなかったらしい。

「オレでは力不足だった。
 だが、貴様なら……。そうだ、奴を蘇らせられるのは、奴を破った貴様以外にはいない」

ホールでの熾烈なデュエルを通して、エンバースとミハエルは確かに通じ合った。共感した。
それは他の誰とでもない、この世界の中で鎬を削って戦った者だけが共有できる感覚であっただろう。
デュエルの最中に同じ感情を分かち合い、深く分かり合ったエンバースならば、
必ずやミハエルを絶望の縁から引っ張り上げ、復活させることが出来るに違いないと――そう期待している。

「オレはミハエル・シュヴァルツァーがもう一度、金獅子として戦うところが見たい。エンバース、貴様もそうだろう。
 それでなくとも『星蝕者(イクリプス)』どもと戦うのならば人手は多い方がいい筈だ。
 奴ともう一度話してくれ。この通りだ」

そう言うと、イブリースはエンバースに対して軽く頭を下げた。
背丈の差から、それでもイブリースの目線がエンバースより下になることはなかったが。
ニヴルヘイム最高戦力、三魔将のリーダー。現ニヴルヘイムの最高指揮官が、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』に頭を下げた。
このことには、単に見た目以上に大きな意味がある。
イブリースは姿勢を戻すと、再度エンバースを見た。

「もし、貴様が首尾よくミハエル・シュヴァルツァーを蘇らせることが出来たなら――」

フ、とほんの僅かに口許を綻ばせる。

「いいものを見せてやろう。オレの“とっておき”だ。
 きっと驚く。貴様ら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』にとっても、悪い話ではないと思うがな」

頼む、と一言言い添えると、イブリースはすれ違うように歩き去っていった。

196崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/06/20(木) 21:08:37
「二列に並んでくださーい! ごはんはちゃんと人数分ありますからー!」

自由時間として与えられた時間の中、なゆたはというと食堂で炊き出しを手伝っていた。
避難民の有志がセンターの厨房を使い、料理を作ると提案した瞬間、なゆたはその仲間に立候補した。
幸いセンターの中にはミネラルウォーターや保存用ビスケット、缶詰入りのパン、
常温で食べられるパウチ料理などの備蓄が大量にあったが、やはりこういう状況下では冷たいものより温かいものが食べたい。
ガスは使えないものの電気と水道はまだ使える、それにポータルを使えば近隣のホテルから食材を調達することも可能だ。
なゆたは目を輝かせた。こういうボランティアは大の得意である。
手伝うのは炊き出しだけではない。避難生活に怯えている子どもたちの為にフレモント・ストリート・エクスペリエンスへ行き、
ぬいぐるみやおもちゃを取ってきて分け与えたり、ブレモンを知っている子どもとはデュエルに興じたり。
出来る限りのことをして、被災した人々に寄り添っている。

「はー忙し! 忙し!
 エンバース、ちゃんと休憩してる? 決戦に備えて、万全の体調に整えておいてね!」

携帯食のカロリーバーが入った大きな段ボールを抱えたなゆたがエンバースの姿を発見し、声を掛ける。

「わたしは……アハハ、力が有り余っちゃってて!
 ほら、みのりさんがわたしのために調整をしてくれたでしょ。だから……。
 最初はこの力が続く限り、手当たり次第に『星蝕者(イクリプス)』と戦って、時間を稼いで……。
 そのままローウェルのところへ殴り込みをかけようって思ってたんだけど。
 エンバースがお休みをくれたから。それなら人の役に立ちたいって思って」

敵を倒すためにと用意した力の使い処がなくなった代わりに、センターに避難してきた人々の手助けをしている。
このような状況で人手は絶対的に足りないし、避難所では常に誰かが助けを求めている。このままでは30時間後まで働きかねない。
だが、エンバースが休憩を促すなら、大人しく言うことを聞くだろう。

「ん……じゃあ、ちょっとだけ休憩しようかな」

ただし、それもほんの短い間のことだが。
人の輪からやや離れたベンチにそっと腰を下ろし、エンバースに隣を勧める。

「さっき、明神さんが学校の話をしたでしょ。ビックリしちゃった……今まで戦うのに必死過ぎて、
 そんなこと考えたこともなかったから」 

遠くでは、ポヨリンが子どもたちに揉みくちゃにされている。人懐っこく愛嬌のあるポヨリンは、
あっという間に子どもたちの人気者になってしまった。
それを眺めながら、小さく吐息する。

「そう……考えたこともなかった。ううん、違うね。考えないようにしてたんだ……。
 今も考えたくない。考えちゃいけないって思ってる。
 戦うことだけ、目の前の目的だけを見ていなくちゃ。集中しなきゃ……って」
 
きゃっきゃっと、子どもたちが笑いながらポヨリンと走り回っている。

「だって。考えたら、気持ちが弱くなってしまうから。帰りたいって、みんなに会いたいって……心が折れてしまうから。
 だから今も……何かやってないと、思い出しちゃいそうで。
 身体を動かしてれば、目の前のことだけに意識を向けていられるから……。
 でないと……怖くて……。不安で、心細くて、挫けてしまいそうに……なる、から――」

なゆたは上体を前にのめらせると、両腕で自らの身体を抱いた。
銀の魔術師モードの濫用によって消滅しかけていた肉体は、みのりのパッシブスキルによって束の間回復した。
けれども、精神に刻まれた傷と蓄積した疲労は、管理者権限をもってしても癒すことはできない。

「ごめんね、今更こんな……弱いとこ見せて……。
 エンバースみたいにタフにならなくちゃ。どんなピンチの時も、余裕を見せて……笑っていられる。
 そんな崇月院なゆたを、最後まで……みんなに見せなくちゃいけないのに」

常に人を食ったような態度と言動で、相手を圧倒し続けてきたチャンピオン・ハイバラ。
そんな彼を見習おうとするものの、中々上手くいかない。
だが、それでも。遣り遂げなくてはならないのだ、ゴールは――最期はもう間近に迫っている。
こんな土壇場で、仲間たちに無様な姿を見せる訳にはいかない。

「ね……エンバース。
 もうちょっと、あと少しの間だけだから……わたしのウソに付き合ってね。
 約束は守るよ……何もかも終わったら、あなたのお願いを聞くから。
 そのくらいの時間は……絶対。作ってみせるから」

そう。ローウェルとの戦いに勝ち、ブレモン世界の存続を見届けて。
エンバースの願いを聞き、消滅する――それがなゆたの願い。
異世界をめぐる長い長い旅。自分を主役とした物語の終焉、その筋書だった。

197崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/06/20(木) 21:12:46
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちが各自自由行動という運びになると、
他の者たちも決戦の時間まで時間を潰すことになった。

「おい、お前ら。ちょっとツラ貸せ」

アラミガがエカテリーナとアシュトラーセ、そしてエンデに声を掛ける。
怪訝な表情を浮かべる妹弟子たちを他所に、アラミガは軽く顎をしゃくった。

「久しぶりに会ったンだ、積もる話もある。水入らずで旧交を温めようじゃねェか」

兄弟子に言われれば、基本的に否やはない。継承者たちはエントランスホールを出て行った。
そして、ガザーヴァもいつの間にか明神の傍を離れ、姿を消してしまっている。
とはいえ、以前のように家出してしまったという訳ではない。その証拠に自由時間が始まって五時間ほども経過すると、

「みょうじーんっ!」

と、何事もなかったかのように姿を現し、いつものように明神の腕にしがみついてきた。
ただ、いつもと少し様子が違う。

「なぁなぁ、ちょっとこっち来いよ。見せたいものがあるんだ!」

ガザーヴァがしきりに明神の腕を引っ張る。いざなわれるまま移動すると、其処はセンター内にある中規模のホールだった。
照明の落ちた、真っ暗な空間。その中央に立つようにと指示すると、ガザーヴァはまた明神から離れた。
そうして待つことしばし――
不意に、視界いっぱいにラスベガスの輝く夜景が映し出された。夜闇を退けて煌めく、膨大な光の洪水。
特別製のプロジェクターでホール全体に映像を表示している。その光景はまるで、
本当に破壊される前のラスベガスの大通りに立っているかのようだ。

「へっへー! なんか面白いもんないかなってぶらついてるうちに見つけたんだ!
 使い方をマスターするのはちょっぴり骨が折れたケド!」

戻ってきたガザーヴァが得意げに語る。
ガザーヴァが手に持ったリモコンを操作すると、夜のラスベガスの街並みから景色が他のものへと変わる。
グランドキャニオンや、ニューヨーク――アメリカばかりではない、東京は浅草の雷門や、愛知県の名古屋城も映し出される。
地球の美しい景観。たくさんの名所たち。それを眺めながら、ガザーヴァはピジョンブラッドの双眸を細めて笑った。
くるくると踊るように明神の前に出、そうして両手を大きく広げる。

「ミズガルズってすげーな! こんなにいっぱい、キレーで面白そーな所があるなんて!
 アルフヘイムもニヴルヘイムも、たくさんキレーな場所はあるケド……ミズガルズはとびっきりだ!
 どこから行こうか、とてもじゃないけど決めらんないよ! 明神、オマエは何が見たい!?
 まー最終的には全部行くんだけど!」

プロジェクターの生み出す光に照らされながら、ガザーヴァは楽しそうにはしゃぐ。
そして一頻りはしゃいだ後、ガザーヴァは両手を下ろして一息つくと、改めて明神と向かい合った。

「……アリガトな。ボクを連れ出してくれて……アコライトから先の景色を、いっぱい見せてくれて。
 実は、最初は信じてなかった。調子のいいことばっか言って、どうせこいつもボクを愛してくれないんだって……。
 パパと一緒だって。そう思ってた。でも……違った。
 オマエは……約束を守ってくれた。ボクのこと、いっぱいいっぱい愛してくれた……」

いつもの落ち着きのなさ、凶暴さもどこへやら、ガザーヴァは静かに言葉を紡ぐ。
きゅ、と右手で自身の胸元を掴む。ほんの少しの沈黙を挟み、ガザーヴァは意を決すると、 

「……ボクも。ボクも、愛してる。
 いっぱいいっぱい愛してる……好き。大好き、なの。
 明神のことが、好き……」

と、言った。

「明神がボクにしてくれたことに対して、ボクがお返しできることなんてタカが知れてて……。
 この命くらいしかあげられないけど。
 せめて……これからの戦いで何が起こっても、明神のことは守ってみせるから。
 守り抜いてみせるから――だから」

今までも、ガザーヴァは再三にわたって明神に責任を取れと言い、ずっと一緒にいるようにと強弁してきた。
明神もそれを承諾してきた。だから、これは今更の確認に過ぎないのかもしれない。
ただ、それでも。省略することはできなかった、それはきっとガザーヴァなりの、
最終決戦へ向けての決意の表れだったのだろう。
ふたりきりのホール。其処にトリックスターで捻くれ者の幻魔将軍はいない。ただ――

「……だから。
 ずっと、あなたの傍に……いさせてください」

ひとりの恋する少女がいるだけだった。


【SSSの一部ではなく独立したコンテンツとしての生存案を主張。
 30時間の自由時間。】

198embers ◆5WH73DXszU:2024/06/28(金) 02:38:43
【コンカレント・コネクションズ(Ⅰ)】


『いくら公然ラブコメ罪が適用されないからって敵の集団の面前で見せつけちゃってさぁ!
 途中で通信が途絶えてたのってそういうこと……!? あーあ、心配して損した!
 怪しからんリア充共はしばらく二人っきりでいちゃついてなさい! 明神さん、ジョン君、あっちに行こう!』

「おい、しれっと自分をラブコメ要員から外してんなよ。大概だからな、そっちも」

『そーだそーだ、ラブコメ菌が伝染るわ!えーんがちょ!』

「もう一度言うぞ。大概だからなそっちも」

『ち、ちょっ!? なによーっそれぇーっ!
 いちゃついてなんかないでしょ!? カザハ! 変なこと言わないで――』

「……アレでか?俺はかなり勇気補正を働かせたつもりだったんだが……そうか、足りないか」

いつも通りの軽薄な口調/その中に本心を埋める――そこまで含めていつも通り。
とは言え、終始冗談めかしてみたものの――明神達はもう「何かがおかしい」と気づいているに違いない。
長い付き合いだ。それくらい分かる――まさかあと三日ほどでなゆたが死ぬなどとは想像も出来ないだろうが。

そうだ。事が上手く運ばなければ、なゆたはあと三日で死ぬ。
勿論そんな事にはさせない/それでも意識してしまうと――やはり、苦しい。

『……大丈夫だよ、エンバース。
 わたしは、あなたの心の棘にはならない。
 これ以上あなたの心に、消えない傷を残すようなことはしないから……』

ふと、なゆたが己に声をかける――よほど苦悶の思いが表情に出ていたのだろうか。
彼女がどういうつもりでそう言っているのかは――長い付き合いでも、分からない。
なゆたが死んで、心に傷一つ残らない――そんな事は決してあり得ないのに。

「……ああ、俺もそのつもりだ。お前を過去の傷跡にはしない」

だが――予想は出来る。決してあり得ない事を起こす。その為の手段は限られている。
なゆたを死なせない。起きてしまった事、やってしまった事全てをどうにかしてやる。
その為の手段が限られているように。

199embers ◆5WH73DXszU:2024/06/28(金) 02:39:00
【コンカレント・コネクションズ(Ⅱ)】

『俺もガチガチにバトってきて疲れたよ。一旦休もう……ちゃんと休もう』

やがて密会から戻ってきた明神がそう提案した。
エンバースが生身の右手を握って開く/それを何度か繰り返す――疲れは感じない。

『お、電動シェーバーがあるじゃねえの。この手の文明の利器はマジで久しぶりだな。
 俺ぁカミソリで髭剃るのばっか上手くなっちまったよ。ジョン、お前も使うだろ?
 アラミガは……そのきったねえ無精髭をどうにかして清潔感のある暗殺者にしてやろうか』

「いいねそれ。アラミガ(ドレスアップスタイル)限定ガチャ……これは金の匂いがするぞ」

残念ながら明神はヒゲを剃り終えると次はインスタントラーメンに目をつけた。
エンバースは焼死体になる前は健康な男子高校生だった。
しかも今は半分とは言え生身の肉体を取り戻している。
インスタントラーメン――心が惹かれない訳がない。

「フラウ。俺の今の体で飯が食えると思うか?」

〈生身の方で頬張れば咀嚼するくらいは出来るんじゃないですか。
 飲み込んだ後は食道のどこかで黒焦げになってしまうでしょうけど〉

『あーいい匂いだ。添加物と化調マシマシの最高に文明なメシだな。
 箸は……ないからフォークだな。どうよ、食おうぜ』

「…………俺はやめとくよ。体の中に焦げ付いても嫌だしさ」

エンバース=右手を掲げて固辞――焦げ付いたラーメン臭を撒き散らすのは気が引けた。

『……こんな時に言うのもなんだけど』
『こうして地球に戻ってきたわけだけどさ。……なゆたちゃん、出席日数とか大丈夫なの?』
『え?』

腕を組み目を閉じて、食事風景から意識を遠ざけていたエンバースが目を開く。

『ど、どうだろ……やっぱりこれだけ無断欠席してたら、内申書に響く……かも……。
 ともだちも心配してるかな……。連絡取れるなら取りたいけど、いきなり電話なんてかけちゃったら、
 きっとビックリするよね……』

だが何も言えない――易々と踏み込める領域ではない。
特に――死を覚悟している人間に対しては。

『エンバースも……お前、学校は行ってたんだよな?
 まぁ留年してもあんまし人生には関係ねえよ。社会に出りゃ誤差だよ誤差。
 やべえのは俺とジョンだな。履歴書には異世界行ってましたなんて書けねえしよ。
 いっそ面接で自己PRすっか、『イオナズン使えます』ってさ。わはは』

『僕は…意外と稼いでたし…生きるだけなら十分くらいの金はあるからなぁ…ニートも悪くないかも………どうしても働くならジムのコーチでもしようかな』

エンバースはそのまま暫し無言だったが――ふと口を開いた。

「……昔、ニュースか何かで見た事があるんだ。
 行方不明になった人間の家族や友達が、駅前でビラ配りしてるのを。
 その時は正直、他人事だったけど……アレ、いなくなった人が見つかるまでずっと続けるのかな」

いつになく重苦しい声――ハイバラは、焼死体になる前はゲームが並外れて得意なだけの男子高校生だった。
ゲームの事は全然分からんが高校くらい出とけと言ってくれる父親がいたし、
やはりゲームの事なんて全然分からないのに配信を見に来てコメントまで残していく母親がいた。

「……ま、ラスベガスがこの有り様じゃ世界中どこも大混乱だろうし、そもそも電話が通じるとは思えないけど」

スマホの連絡先を眺めながら――言い訳がましい口振り。

200embers ◆5WH73DXszU:2024/06/28(金) 02:39:28
【コンカレント・コネクションズ(Ⅲ)】

『……今後のことを話そう』

「そうしよう。湿っぽい話は世界を救ってからでも遅くないさ」

『エンバースのもたらしたロールプレイ理論で、イクリプス一人ひとりの戦力は大幅に向上するはずだ。
 一方で、その『数』自体はかなり減るものと考えられる』
『クソゲーでもプレイし続ける強固な意思と、ロールプレイに適応する柔軟性、あるいは没入力。
 この2つを兼ね備えた気概のあるプレイヤーが、俺達の前に立ちはだかるはずだ』

『逆に数増えるんじゃないか?エンバースの演説は正直に面白かった。敵がある程度聞き惚れるのも納得できるくらいには…
 そして殆どのゲーマーは…話題性に飛びつくんじゃないかと思う。30時間という猶予がむしろプラスに働く気さえする…。
 もしクソゲーと思ってアンイスントールしても…新要素が発見されたら…普通トンボ返りしてくるんじゃないか?少なくとも今いる奴らはやめないと思うんだが…』

「……まあ、いずれにしてもこちらが寡兵である事は変わらない。数を覆す策は必要になるだろうな」

エンバース=腕組み/首を傾げる/目を固く閉じている――何やら思案しているが口数は少ない。

『重要なのは、今んとこ地球は一方的に蹂躙されてる『被害者』でしかないってことだ。
 ただ無双ゲーをプレイするだけならそれでも良いんだろうが、こっからはワケが違う。
 地球を攻め滅ぼすだけの大義や悲願……ナイに騙くらかされてる可能性も含めて、
 ロールプレイとしての『戦う理由』を各々が用意してくるはずだ。
 そいつらは最早一山いくらのイクリプスじゃなく――『ネームドキャラ』になる』

明神曰く――相手が人間性を持っているなら会話が機能する筈。
エンバースもそこに異論はない。

『ブレモンのサ終が止められないなら、SSSのコンテンツとしてこの世界を共存させる。
 単なる戦闘マップじゃなく、『滅ぼすべき場所』あるいは『守るべき場所』として。
 それが俺の目指すエンディングだ』

だがその後に続いた言葉は――なんというか日和っている時の明神といった具合だった。
具体的には始原の草原でイブリースにボコられた後と似たような感じだ。

「おいおい明神さん、今更そんな――」

『SSSのコンテンツとして?そんなみみっちいこと言うなよ明神!』

「――ああ、クソ。いいぜ、ここは譲ってやるよ」

『どのゲームにも無限の色んな良さがある…お互いいい所あるんだからゲームとしての優劣をつける必要性がない!どっちもいい!
 こっちが折れてコンテンツの一つで吸収されるのは…そんな物は共存じゃない!』

『お互いがお互いを認め合う。SSSにブレモンのコンテンツがあってもいいしブレモンにSSSのイベントがあったっていい!
 吸収されるなんてアホらしい!両方生きればいいんだよ!そして面白さを認め合って初めて共存の道になる!
 運営が…神の力がどれだけ強かろうと…存続を認めさせる。エンバースの言う通り…力を見せてやるんだ…僕達の世界の…ブレイブ&モンスターズの!!』

「まあ……同じ運営開発のゲームだしな。スターシステムとかも出来なくはないよな」

『どうせやるならどびっきり派手に…そうだな…全世界に向けて配信でもしてみるとか』
『ま、どんな事があろうとカザハがいて場が盛り上がらないなんてありえないけど!』

「……おい、なんで最後急に惚気けた?」

201embers ◆5WH73DXszU:2024/06/28(金) 02:39:46
【コンカレント・コネクションズ(Ⅳ)】

『そうだね。ジョンの言う通り。
 わたしたちの力を認めさせよう。『ブレイブ&モンスタース!』の面白さを。
 そして勝ち取るんだ、未来を。絶対に、ローウェルの思い通りになんかさせない――』

なゆたが一歩前へ/右手を手の甲を上にして差し出す。
エンバースは――少しだけ躊躇した。自分は明神達を騙しているから。
それどころか――この場にいる全員を騙し討ちしようとしているから。
別に命を討ち取ろうという訳ではないが。
共に命をかけて戦いに臨む中で――自分には明らかに皆とは別の思惑がある。

エンバースはその事に負い目を感じて――そのストレスが双眸を微かに赤く染める。
倫理や道徳と言ったものの気配が頭の中から薄れていく。
エンバースがなゆたの右手に手を重ねた――結局のところ思い悩む事に意味はない。
どうせ皆に不義理だと感じようが感じまいが――するべき事は変わらないのだ。

そして――そこまで考えたところでエンバースは一つの閃きを得た。
皆への不義理を解消し――しかもゲームがより一層楽しくなるだろう閃きだ。

『……いい戦いをしましょう』

「…………あれ?もしかして俺も何か言った方がいいか?ええと、それじゃあ、そうだな――」

ふと、エンバースは自分がそれなりの時間黙り込んでいた事に気づいた。
ごめんごめん、と誤魔化すように笑う/いい感じのセリフを述べるタイミングを逃した今何を言うべきかに思いを馳せる。
そしてエンバースは――まるで対戦相手に見せるような不敵な笑みを浮かべて、

「――ゲームスタートだ」

もう一度、そう言った。



そして――その直後、エントランスホールの照明が火花を立てて明滅/停止した。

『これは……!?』

「……なんだ。俺じゃないぞ。今のはちょっと気に入ったセリフを意味深に擦ってみただけだ」

《く……! またや! 外部からの強烈な干渉を検知! みんな気を―――》

「ああ、なるほど。お出ましって訳だ」

【ハローハロー! ハァァァァァァァァァロォォォォォォォウ!!!!!】

「よう。わざわざ来てくれたんだな」

【親愛なる『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の皆さま、御機嫌よう!
遅れてしまって申し訳ありませんねェ。心よりのお詫びを!】

「気にするなよ。俺とお前の仲じゃないか」

いつも以上に軽薄な語り口=どうせ会話の成り立つ相手ではないのだ。
お互い思うがままに口走っていた方がまだ楽しめる。

202embers ◆5WH73DXszU:2024/06/28(金) 02:39:59
【コンカレント・コネクションズ(Ⅴ)】

【ハ〜イ〜バ〜ラ〜。やってくれましたねェ……。まったく、まったくまったくまったく……。
あの御方はとても御立腹です。あれほどアナタの力量を評価し、一時はバロールに次ぐ新たな魔王に!
とまで優遇したというのに。身に余る栄誉を与えられておきながら、いったい何が不満なのです?】

「……だから今こうして、戻ってきてやったんだろ?」

【ァー……まァ宜しい。それはさておき、あの御方の。SSS運営の意向をお伝え致しましょう。
本来であれば、到底受け入れがたい提案です。そも、交渉とは――互いに対等な者同士が譲り合うもの。
ですが我々は対等ではない……此方が絶対的に上。其方は絶対的に下、なのですからねェ。
βテストが終わるまで逃げ続ける? ニャハハ――そんなことが本当に出来るとでも?
仮にアナタ方『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は出来たとしても……その他の方々は?
ほら。外を見てご覧なさい?】

『……なんてこと……』

「アレは……なんだっけ?お前のペットか?フラウにちょっと似てるな」

〈今すぐ訂正しないと顔の左半分を失う事になりますよ、ハイバラ〉

【ニャハハハハッ! ビックリしましたか? ビックリしましたよねェ!
我々がその気になれば、ワールド・マーケット・センターの中に『侵食』を発生させることもできる。
キングヒルに集結していたアルフヘイムの軍勢を、あの御方が“どう”消滅させたかご存じでしょう?
アナタ方が必死でラスベガスを駆けずり回り、一ヶ所に集めてきた生ゴミ。
ぜぇぇぇぇんぶ綺麗に吸い取って差し上げましょうか?】

『くそったれ……』

「ビビるなよ、ガザーヴァ。こういう時はな、こう言うんだ――やってみろ。やれるものならな」

『ニャハ……イイ表情ですねェ。
しかァし! ご安心を、そのようなことは致しませんとも……決してね。
何故なら、ワタクシも運営も、あの御方も……プレイヤーの方々を愉しませるのが第一義。
最高のプレイバリューと、極上のエンタテインメント! ラグジュアリーな非日常のひとときを、
すべてのプレイヤーに! それが我々のモットーなのですから。それ以上に優先する事項など存在しないのです。
従って――このバカバカしい提案にも乗って差し上げますとも】

「――ああ、そうだろうとも。誰だって楽しくゲームがしたい。
 分かり切った事を説明するのに随分と長い時間をかけたな」

【今、この最中にもラスベガスのワールドマップは着々と出来上がりつつあります。
30時間、でしたか? 結構! ならば我々もその時間を有効に使わせて頂きましょう。
次回β版バージョン2.0更新の暁には、『星蝕者(イクリプス)』の誰もが建物内の探索を愉しめるようになる!
その他にも、色々と追加要素を用意する予定です。お楽しみに!】

「それで?生放送をご覧になってくれたユーザー向けのシリアルコードは?」

【此方はアナタ方の要求を呑んだ。譲歩して差し上げたのです、それをゆめゆめお忘れなきよう。
では、また30時間後に――】

「分かってる分かってる。精々楽しませてやるよ――こう言って欲しいんだろ?」

ホールの照明が復旧する――エンバースは皆を振り返る。

「……休憩する筈だったのに、なんだかまた話し疲れちゃったな。今度こそ、暫くちゃんとのんびりしようぜ。
 明日の作戦とか、考える事はまだあるけど……各々考えといて後で持ち寄るって感じでさ」

自由時間の提案はすぐに承認された/なゆたはセンター内を手伝って回るとの事だった。
エンバースにとっては頭の痛い行動だったが――今回ばかりは好都合だった。

203embers ◆5WH73DXszU:2024/06/28(金) 02:42:52
【コンカレント・コネクションズ(Ⅵ)】

「明神さん。ジョンとカザハも」

自由行動に移ろうとする三人をエンバースが指先で呼び寄せる。

「さっきは「こちらが寡兵」なんて言葉でお茶を濁したが――正直言って次の戦いはかなり厳しいものになる」

エンバースは開口一番そう言った。三人の反応を待つ素振りも見せない。

「なにせ仮に数が減ったとしても、そもそもの母数が50万だぜ?
 思ってたのとなんか違うクソゲー乙ってその半分が消えて、更に幸運にも30時間後の上位世界は月曜日。
 残ったヤツらの半分もすぐにはログイン出来ません――そうなったとしても約12万のプレイヤーが残る」

これでも相当に希望的観測寄りの数字だけどな――と肩を竦めて、エンバースは更に続ける。

「えーと、後は――30時間後に大人気ソウルライクゲームの超大型DLCがリリースされるとか。
 そんな感じでプレイヤーが1/10になってもまだ10000人以上。
 更にその半分が地球とブレモンの境遇に同情して戦闘を放棄しても5000人が残る」

とても楽観視していい状況ではない。

「何故さっきすぐにこの事に言及しなかったのかと言えば、間違いなく特大のカウンターが返ってくるからだ。
 本を正せばお前が招いた状況だろうが――ってな。
 だから一旦皆が解散した後で、一人ずつ相談に当たる事でカウンターの火力を下げるつもりだったんだが――事情が変わった」

事情が変わった=新たな閃きを得た。

「とにかく――策が必要だ。けど、ジョンとカザハと明神さんじゃあな……。
 三人寄れば文殊の知恵ってことわざがあるけど、水に水を足しても水だもんな」

突然の挑発――やはりエンバースは三人の反応を鑑みない。

「でも心配するな、大丈夫だ。俺達には頼れるブレーンがいる。ああ、いや、俺の事じゃないぜ」

明らかに明神の目を直視しながらエンバースは続ける。

「みのりさんと、ウィズリィ。二人ならきっと良い知恵を授けてくれる。力を貸してくれる」

言葉通りの意味ではない。単に対イクリプスの戦術を考えるだけならこの三人で事足りる。
エンバースは明らかにこう言っているのだ――みのりとウィズリィを味方につけろと。

無論二人に聞いたところで、なゆたの状態について全てを語る事はないだろう。
みのりとウィズリィは素朴で善良な感性の持ち主だ。
だからこそ、なゆたは死ぬ。それを本人の意志を蔑ろにして誰かに告げるなんて事は出来ない。

もっともエンバースには知る由もないが――実際には明神達は既になゆたの末路について確信を得ている。
それも「体が崩壊する兆しを偶然にも見つけてしまいました」なんて身も蓋もない理由で。
みのり達もその事に言及されれば口を噤み続けられるのかは怪しいところだが――少なくともエンバースは約束を守っている。

さておき――みのりとウィズリィは至ってノーマルな感性の持ち主だ。
だから、こうしてきっかけさえ作ってしまえば二人はきっと肩入れせずにはいられない。
何度も生死の境目を共に潜り抜けてきた仲間に何も聞かせてもらえないまま、ただ死別の時を待つだけの明神達に。
そもそも――明らかに隠し事をされたまま、それでもなゆたを救おうとしている仲間に肩入れしたくならない理由はそうそうない筈だ。

「ゲームスタートだ――今のは、ちょっと気に入ったセリフをもっかい擦りたくなった訳じゃない」

これが――エンバースの閃き。皆への不義理を解消し、しかもゲームがより一層楽しくなる閃き。
なゆたとの約束は守る。このゲームのエンディングは自分が貰う。
だがそれはそれとして管理者メニューとバロールの魔眼を味方につけた明神達は――きっといい対戦相手になる。

「……じゃあな。対イクリプス、ちゃんと考えておいてくれよ」

エンバースが皆に背を向ける――歩き去る後ろ姿はどこか上機嫌=肩の荷が一つ降りた。
それに――これでまたゲームは楽しくなる。

204embers ◆5WH73DXszU:2024/06/28(金) 02:43:46
【コンカレント・コネクションズ(Ⅶ)】


本日二度目のアドベンチャーパートを済ませたエンバースはなゆたを探して歩いていた。
特段用事がある訳ではないが――傍にいて損する事もない。

『エンバース』

「……イブリース?どうした、珍しいな。お前から声をかけてくるなんて。
 まあ……言うほどイブリースの交友スタイルについて詳しい訳じゃないけど。
 ニヴルヘイムじゃ部下には気さくに接してよく飯を奢ったりしてるなら、今のは訂正するよ」

『大賢者から時間をもぎ取ってくるとは……大した男だ。なるほど、大賢者が次期魔王に推した理由も分かる』

「なんだよ、そんな事を言いに来たのか?別に大した事じゃない。出来る手札があった。実行した。それだけだ」

『呼び止めたのは他でもない、ミハエル・シュヴァルツァーのことだ』

「……ああ。クソ。アイツまだへこたれてるのかよ」

エンバースが大仰な仕草で頭を抱える――だが実際問題ミハエルの有り様は見ていられない。

『あれの姿を見ただろう。
 貴様と戦う前と、戦った後の姿の差を』
『あれは一敗地に塗れ、自信を喪失してしまった。これでは、奴はずっと生ける屍のままだ。
痛ましい姿だ……正直、見ていられん。そう思い、なんとか奮起を促してみたのだが』

「お前が?言葉で人を励ましに?それは……なんで呼ばなかったんだ。絶対面白い絵面だったのに」

『オレでは力不足だった。
だが、貴様なら……。そうだ、奴を蘇らせられるのは、奴を破った貴様以外にはいない』

「……俺も、これでも結構言葉を尽くした後なんだぜ」

『オレはミハエル・シュヴァルツァーがもう一度、金獅子として戦うところが見たい。エンバース、貴様もそうだろう。
それでなくとも『星蝕者(イクリプス)』どもと戦うのならば人手は多い方がいい筈だ。
奴ともう一度話してくれ。この通りだ』

「そもそもだな。お前みたいな脳筋野郎には分からないかもしれないが、
 俺達ゲーマーはボコられた相手に優しくされると気分が悪くなる生き物――」

『もし、貴様が首尾よくミハエル・シュヴァルツァーを蘇らせることが出来たなら――』

「……あん?」

『いいものを見せてやろう。オレの“とっておき”だ。
きっと驚く。貴様ら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』にとっても、悪い話ではないと思うがな』

「……ほーう?なるほど、それがお前からのクエストって訳か?
 随分とゲーマーの動かし方が上手いじゃないか。そうかそうか。
 考えてみりゃお前、ミハエルとはそれなりに長い付き合いの筈だもんな」

具体的には――最低でもエンバースがなゆた達と出会ってから今に至るまでと同じか、それ以上の付き合いだ。

「……いいぜ。お前には「借り」があるしな。お前自身は気づいてもいないだろうが。
 それに、殺し文句なら丁度いいのがある。とっておきのヤツが――アイツ、今どこにいるんだ?」

そう言うとエンバースはミハエルを探し歩いて――ほどなくして彼を見つけた。
センターの片隅で膝を抱えて座り込んだその姿に――あの金獅子の面影は欠片も残っていない。

205embers ◆5WH73DXszU:2024/06/28(金) 02:43:59
【コンカレント・コネクションズ(Ⅷ)】

「よう」

エンバースはその正面に立った。

「世界を救う。俺とまたデュエルをする。それだけじゃお前が立ち直るには足りないか?」

ミハエルと目が合う/エンバースが不敵に笑う。

「はあ……俺との再戦はそんなに魅力的じゃないか?なら仕方ない。本当は誰にも言うつもりはなかったんだが――」

これを聞いてもまだ、しょぼくれていられるかと言わんばかりの挑発的な笑み。

「『やってしまった事。起きてしまった事。俺が全部なんとかしてやる』……あの時、俺はそう言ったよな。
 これは別に、お前から情報を聞き出す為の方便じゃない。だが――確かに俄かには信じがたいのは認めよう。
 お前がいまいち俺との再戦を待ち望めないのもそのせいなのかもしれないな。だが――俺には出来る」

エンバースが屈み込む/ミハエルと目線を合わせる――二人きりの、密談の距離。

「何故なら――俺はこの世界の神になるからだ。魔王は、世界を統べるものだろ?」

この世界の神になる。なんと荒唐無稽で馬鹿げた言葉の羅列。

「この世界の新たな魔王になる。それはつまり――バロールと同等の立場になるって事だ。
 俺にはその素質があった――いや、違うな。今でもその素質がある。
 なにせ今の俺は――かつてのハイバラよりも強い」

だがエンバースの目は本気だった。

「このプランはお前にとってもかなり好都合だ。なにせ俺がこの世界の神になっちまえば――
 もう一ブレモンプレイヤーとして競技シーンに参加する事は出来ないだろう。
 つまり――お前はチャンピオンに戻れるって訳だ。」

再び挑発的な笑み。

「繰り上がりのチャンピオンにな」

揶揄するような声色。

「……なんだよ、その目は。それじゃ不満か?もしそうなら――お前が止めに来ないとな」

エンバースが立ち上がる/大袈裟にふんぞり返る。

「俺はSSSを撃破する。ローウェルもブチのめす――そしてこの世界の神になる。
 その時、今度はお前が俺に挑戦しに来るんだ。
 繰り上がりなんかじゃない、チャンピオンの座を取り戻しにな」

エンバースが身を翻す=唯一残っていた手札を切った――これ以上ここに留まる理由はない。

「……ああ、そうだ。今の話、誰にも言うなよ。お前がいつまでもしょぼくれてるから仕方なく教えてやったんだからな」

206embers ◆5WH73DXszU:2024/06/28(金) 02:44:13
【コンカレント・コネクションズ(Ⅸ)】


『二列に並んでくださーい! ごはんはちゃんと人数分ありますからー!』

「……お前なあ」

『はー忙し! 忙し!
エンバース、ちゃんと休憩してる? 決戦に備えて、万全の体調に整えておいてね!』

「ちょっと待て。今マジックペンを借りてくる。お前のおでこに「昨日私はハードワークの末倒れました」と書いとかないと」

『わたしは……アハハ、力が有り余っちゃってて!
ほら、みのりさんがわたしのために調整をしてくれたでしょ。だから……。
最初はこの力が続く限り、手当たり次第に『星蝕者(イクリプス)』と戦って、時間を稼いで……。
そのままローウェルのところへ殴り込みをかけようって思ってたんだけど。
エンバースがお休みをくれたから。それなら人の役に立ちたいって思って』

「それでもG.O.Dスライムコンボの使い手か?ATBゲージが余ってるなら、ここぞという時の為にチャージしておけよ」

とは言えエンバースもいい加減分かってきた。どうせ口で言ってもなゆたは聞かないのだと。

「ほら」

エンバースが手を差し伸べる――なゆたはこの手を拒まない。
その事を自覚して、自分がそれを前提とした行動を取っていると思うと
なんとも恥ずかしいような――むず痒い思いを禁じ得ないが、意識しない事にした。

『ん……じゃあ、ちょっとだけ休憩しようかな』

少し歩くと、なゆたが自分の手を引く/視線は通路脇のベンチ――そこに二人で並んで座る。

『さっき、明神さんが学校の話をしたでしょ。ビックリしちゃった……今まで戦うのに必死過ぎて、
そんなこと考えたこともなかったから』

『そう……考えたこともなかった。ううん、違うね。考えないようにしてたんだ……。
今も考えたくない。考えちゃいけないって思ってる。
戦うことだけ、目の前の目的だけを見ていなくちゃ。集中しなきゃ……って』

「……ああ。よく分かる」

心からの共感の声――かつてエンバースもそうだったから。

『だって。考えたら、気持ちが弱くなってしまうから。帰りたいって、みんなに会いたいって……心が折れてしまうから。
だから今も……何かやってないと、思い出しちゃいそうで。
身体を動かしてれば、目の前のことだけに意識を向けていられるから……。
でないと……怖くて……。不安で、心細くて、挫けてしまいそうに……なる、から――』

なゆたが両腕で自身の体を抱く/隠し切れない身震いを見せる。

『ごめんね、今更こんな……弱いとこ見せて……。
エンバースみたいにタフにならなくちゃ。どんなピンチの時も、余裕を見せて……笑っていられる。
そんな崇月院なゆたを、最後まで……みんなに見せなくちゃいけないのに』

「なゆた」

『ね……エンバース。
もうちょっと、あと少しの間だけだから……わたしのウソに付き合ってね。
約束は守るよ……何もかも終わったら、あなたのお願いを聞くから。
そのくらいの時間は……絶対。作ってみせるから』

エンバースがなゆたの肩を両手で掴む/目と目を合わせる。

207embers ◆5WH73DXszU:2024/06/28(金) 02:45:02
【コンカレント・コネクションズ(Ⅹ)】

「聞け、なゆた。俺みたいになりたいなんて言わなくていい」

真に迫る表情/声色。

「俺がタフに見えるなら、それは俺が一度死んでるからだ。もう……壊れているからだ。
 何もかも失って、もう戻る場所もない。俺には今だけだ。だから――とことんやれるんだ」

双眸の奥で紅が――狂気の色が疼く。

「お前は、違うだろう。管理者メニューを底までひっくり返せば、延命の方法が見つかるかもしれない。
 ローウェルをブチのめした経験値でレベルアップすれば寿命が伸びるかもしれない。
 バロールはがまだ生きてるかもしれないし、シャーロットだってローウェルが失脚すれば戻って来るかもしれない」

エンバースは合理的な男だ。取り分け、瞳に紅の眼光を宿している時は特に。

「お前はまだ生きてる。お前が生きたいって思ってくれるなら。
 お前の気持ちが弱って、心が折れても……俺はその方がずっといいよ」

なゆたは――既に死の運命を受け入れている。少なくとも言葉の上では。
だが、もしもなゆたの弱さがその決意を鈍らせると言うのなら――生きたいと思わせられるのなら。
エンバースがその弱みを突かない理由などない。
エンバースの言動は本心からの言葉であり、同時に紅い瞳が示す通り――狂気を基盤にした合理性の賜物でもあった。

「……戦いが終わったら、二人でチームを組んで大会に出ようって話、したよな。
 他には何かないのか?俺は……本当は、お前と色んな場所に行きたい。色んな事がしたいよ。
 お前がどんなものが好きで、どんな場所で、どんな顔をするのか……本当は、もっと知りたい」

エンバースの右手がなゆたの頬に触れる/その目を見つめて――しかし項垂れる。
死にゆく者を見つめ続けるのは――辛い事だからだ。

「お前はどうだ……?俺の事を……どれくらい知ってる?」

消え入るような声。

「……悪い。こんな事言われても、困っちゃうよな」

208embers ◆5WH73DXszU:2024/06/28(金) 02:54:35
【コンカレント・コネクションズ(ⅩⅠ)】


程なくしてエンバースはなゆたを手放した/距離を離す。
そして大きく深呼吸――気持ちを落ち着ける為/もう落ち着いたとなゆたに示す為。

「……実は、もう一つ大事な話がある。SSSとの決戦が始まる前にどうしても――しておきたい事があるんだ」

気を取り直したエンバースはやはりまっすぐな眼差しでなゆたを見つめる。

「――作戦会議だ」

そうして――いけしゃあしゃあと、そんな事を言ってのけた。

「明神さん達にはもう話したんだが、連中の母数は50万。
 幸運に幸運が重なってその99%が脱落しても5000ものイクリプスが残る。
 しかも実際にはそんな事にはならないだろう。50%も脱落してくれるか怪しいもんだ」

実際のところ――なゆたと二人きりのこの時間は名残惜しい。



「――さあ、みんな集まったな。宿題はちゃんと済ませておいたか?
 適切な対策なしじゃ数の暴力だけで俺達は負ける。
 どんなプランが出てくるか楽しみだ……勿論、俺にも腹案がある」

だが一方で――ゲームが進行していく感覚/それに伴う高揚をエンバースは抑えられなかった。

「後でズルをしたと言われない為に、伏線だって張っておいた。
 ブレイブ&モンスターズの力を見せてやる――ってな」

実際のところ50万もの敵を相手取るには生半可な小細工ではどうにもならない。
結局、圧倒的な物量に対抗出来るのは――同じくらい圧倒的な物量なのだ。

「つまり――管理者メニューの力でここの避難民をブレイブとして、ここに召喚し直せないかな。
 どうせマップデータが実装されたらラスベガス内に安全地帯はなくなるんだ。
 ブレイブの力があるに越した事はない。身を守るにしても逃げるにしても――立ち向かうにしてもな」

ブレイブ&モンスターズは世界中で大人気のゲームだ。少なくともこの世界では今でもそうだ。
ラスベガスの人口は約60万――中にはそれなりにやり込んでいるプレイヤーもいるだろう。
数さえ揃えば後方からのバフ/回復/火力支援などを望めるようになるかもしれない。

「どうかな、ウィズリィ。みのりさん。そういうの……出来たらすげー面白いと思うんだけど」

209カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/07/04(木) 23:52:44
【カザハ】

>「……ここでお前の意思を聞けて良かったよ、カザハ君。
 俺はお前のプランに乗っかるぜ。俺達の方針は今までと何も変わらない。
 『全員助ける』……なゆたちゃんも含めて、全員だ」

「明神さん……ありがとう」

>「水を差すようで悪いんだが…なゆを救うっていうのは絶対でそこに異議はないんだが…
ゲームでの立ち回りを知らないからよくわかんないけど…シャーロットてのは悪い奴なのか?ブレモンを守るために他人の犠牲じゃなくて…自己犠牲を選んだんだろ?」

「悪い奴ってわけじゃないんだけど……むしろすごくいい人なんだと思うけど……。
「ブレモンを存続させる」部分はこちらの都合と一致していても、
どうやって存続させるか細かいところまで一致してるとは限らないというか……。
いいとか悪いとかの問題じゃなくて、そもそも次元が違う存在なんだよ……。
面白い話をつくるために自キャラを嬉々として死亡ルートに突っ込んでいく漫画家が悪い奴で
いつもハッピーエンドで締めてくれる漫画家が必ずいい人かっていうと、そんなことないでしょ?
上の世界視点だと単なる趣味嗜好の違いというか……」

>「僕は…シャーロットの事はわからないが…イブリースの事は…よく知ってるつもりだ
彼のような…信念に生きる者が時を超えてもなお忘れぬ忠誠を誓うような人が…なゆが犠牲になる前提の仕掛けを…作るとは思えない…思いたくもない」
>「たしかにイブリースもシャーロットの…せいと言えばせいで過ちを繰り返した。でもそれは…中途半端に記憶が残った弊害と…それを利用しようと考えたクズがいたせいだ」

「確かに、イブリースの同胞を大切にする信念が主人の影響を受けたものだとすれば……
シャーロットは自分の作品の登場人物達の幸せを願うタイプだった、とも考えられるんだよね。
でも、現になゆはああなってしまっている……」

>「シャーロットを疑うなとは言わない…言えない…けど…これじゃまるで敵だと誰かに思わされている気がして…」

「そう……なんだよね。
なゆの言葉を疑わなくていいところで疑って自滅したらそれこそローウェル大爆笑だよ……。
そうか……逆かも。むしろ我、シャーロットを信じすぎてるのかも。
もう少し疑ってみたほうがいいのかも」

こんな壮大なゲームのメインプログラマーだから物凄い人に違いないというイメージが先行して、
世界存続のためなら自キャラの犠牲も厭わない冷静で抜け目のない天才プログラマーという人物像が勝手に出来上がっていたが。
この上の世界から見たところの架空世界は、決して一大国家プロジェクトなどではなく、一介のゲームに過ぎない。
上の世界にはこれぐらいの規模のゲームが普通にあるのかもしれない。
最近は出世を望まない人が多いし、お人よしが大変な役職を押し付けられてしまったなんてこともあるのかもしれない。
実は冷静な天才などではなく、ハッピーエンド好きのドジっ娘という可能性も0ではないのである。
上の世界のシャーロットはこの状況を見て(部外者が見れるのか分からないけど)頭を抱えている可能性も否定できない……!
この状況が天才プログラマーの陰謀にしてもドジっ娘のうっかりにしても、
状況は変わらないしやる事もほぼ同じだが、一つ違うところがある。

210カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/07/04(木) 23:54:13
「なゆのあの状況がシャーロットの意図したものじゃなくて事故みたいなものだとすれば……。
シャーロットがローウェルにバレないようにこちらの手助けになる何かをどこかに仕込んでくれている、という可能性もあるってことか……。
ジョン君、ありがとう。視野狭窄になっちゃってたよ。
あらゆる可能性を想定していかなきゃね。全員助けるために……!」

どちらにせよ、通信が途切れていた時に起こったことについて
本人に直接的に問い詰めるのは少なくとも今は得策ではなさそうだ。
問い詰めれば問い詰めるほど頑なに否定するだけで意味が無い気がする……!
そして、なんとなくシャーロットは故人だから死人に口無しという前提で話をしていたが、正確には死んではいない。

「でも……そういえばシャーロットって上の世界では普通に生きてるんだよね。
ローウェルぶっとばしたら引きずり出してきてもらったりできないかな。
仮にプロデューサーのローウェルでも手が施しようがないとしてもさ、実際にプログラムした人ならどうにでも出来る気がする」

とはいうものの出来る保証もないので最終手段として念頭においておくとして、
そこに至るまでにあらゆる手を尽くすべきだろう。

「あの、二人とも、頼りにしてるね。
明神さんとなゆはデュエルでいい勝負した者同士にしか分からない何かがあるから……
そのアドバンテージは、エンバースさんすら持ってないものだよ。
それに、ジョン君を助けようとしてるときのなゆ、すごく必死だった」

>「エンバースはなゆたちゃんがゴリゴリ命削ってることを知ってる。だからこそ30時間のタイムリミットを設けた。
 逆に言えば、あいつの指定した30時間の間はなゆたちゃんも消えることはないってことなんだろう。
 この30時間をどう使うかがカギだ。ただその前に……」
>「俺もガチガチにバトってきて疲れたよ。一旦休もう……ちゃんと休もう」

「そうだね。ジョン君、いい加減綺麗にしなきゃ……! 服洗ったら一瞬でかわかしてあげるからね」

別にこのままだと一定距離以上近付いてくれないからというわけではなく、他意はない。
こうして、ジョン君の洗濯に付き合った後(※人力乾燥機係)皆と合流する。

>「ごめーん…僕の下水で汚れてた服の洗濯が思いのほか時間掛かっちゃってさ〜〜」

明神さんは、物資を確認していた。

>「お、電動シェーバーがあるじゃねえの。この手の文明の利器はマジで久しぶりだな。
 俺ぁカミソリで髭剃るのばっか上手くなっちまったよ。ジョン、お前も使うだろ?
 アラミガは……そのきったねえ無精髭をどうにかして清潔感のある暗殺者にしてやろうか」

明神さんは、物資の中からラーメンを取り出して調理を始める。
出来上がると、人数分取り分けてくれた。

>「あーいい匂いだ。添加物と化調マシマシの最高に文明なメシだな。
 箸は……ないからフォークだな。どうよ、食おうぜ」

>「…………俺はやめとくよ。体の中に焦げ付いても嫌だしさ」

「案外謎システムでうまくいくかもしれないし試しに……やめとくの?
じゃあ勿体ないから……誰か食べる? いらない? 貰うね」

211カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/07/04(木) 23:55:33
「食いしん坊かッ!」

「呪歌はお腹がすくんだよ。……あれ? なんか、塩辛くない?」

あまりの味の濃さに、明神さんがむせている。

「あ、ジョン君! スープたくさん飲んじゃ駄目! 血圧に上昇負荷がかかっちゃう!
長生きしてくれなきゃ困るんだから……!」

……あれ!? 微妙に生暖かい視線を感じるような……。もしかして公然ラブコメ罪の疑いをかけられてる!?
それは誤解だ! 断じて誤解だ!

「そ、そそそそそんなんじゃないから! 違わないけど違うから! ジョン君だけじゃなくて!
ぼくは! みんなに! 元気で長生きしてほしいんだ……!」

長生きしてほしいって、割と直接的な表現! 動揺するあまり、ついギリギリを攻めてしまった……!

>「……こんな時に言うのもなんだけど」
>「こうして地球に戻ってきたわけだけどさ。……なゆたちゃん、出席日数とか大丈夫なの?」

全員無事に勝利して平和な日常に戻ることを大前提の決定事項とした話題。
地球に戻ってきたと言ってもまだ何も終わってないし普通に考えると出席日数とか気にしている場合ではないのだが、
なゆにこの先も生きてほしくて、明神さんは敢えて戦いが終わった後の話をしているのだ。

>「ど、どうだろ……やっぱりこれだけ無断欠席してたら、内申書に響く……かも……。
 ともだちも心配してるかな……。連絡取れるなら取りたいけど、いきなり電話なんてかけちゃったら、
 きっとビックリするよね……」 
>「生徒会、わたしがいないと全然回らないし……生徒会長、わたしの原稿ないとスピーチできないの。
 書記や会計のみんなも……わたしなしで、ちゃんとお仕事出来てるのかな……」

「なゆがいないと回らないの? 大変じゃん! 早く戻ってあげないと!」

>「クラスメイトのまーちゃんに、加奈……百合ち……。
 まーちゃんが、ブレモンみんなで一緒にやろう! って言ってきたの。
 でも、言い出しっぺのまーちゃんが一番最初に飽きちゃって……なんでやねん! ってみんなで突っ込んだよ。ふふっ。
 そのうち他のみんなも次々やめちゃって、結局最後までやってたのはわたしだけだった……」

「そうなんだ……! じゃあ帰ったら自慢しなきゃね! すごいコンテンツクリアしたんだよって!」

>「エンバースも……お前、学校は行ってたんだよな?
 まぁ留年してもあんまし人生には関係ねえよ。社会に出りゃ誤差だよ誤差。
 やべえのは俺とジョンだな。履歴書には異世界行ってましたなんて書けねえしよ。」

「それ言ったら我なんか無職以前に地球の戸籍が有効かどうかすら怪しいんですけど!?」

そういえば果たして人型モンスターが地球にいたら人権みたいなの与えられるのか?
与えられるとしたら、どの程度以上人間に近い種族を人族認定するかが、結構難しい問題になるんじゃないだろうか。

212カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/07/04(木) 23:57:02
>「いっそ面接で自己PRすっか、『イオナズン使えます』ってさ。わはは」

「あはははは! あったあった、面接イオナズン!」

爆笑してるのは我だけだ。なんで!?

>「僕は…意外と稼いでたし…生きるだけなら十分くらいの金はあるからなぁ…ニートも悪くないかも………どうしても働くならジムのコーチでもしようかな」

「意外と稼いでたしって……みんなが言ってみたい台詞をさらっと言ってやがる……!
言えないッ! 親の年金を頼りに生活してたなんて……」

「さらっと社会問題ぶっこまないでください!」

「あ、台所の引き出しの三番目が二重底になっててにへそくりの通帳が……」

「今そういうリアルな伝達しないでください!」

「それはそうとジョン君、その顔でジムのコーチなんかやったら人気過ぎて混乱をきたしちゃうよ!?
ところで明神さん、アルフヘイムの方に拠点を置くんじゃなかったっけ?
まあいいや、どうせみんな仲良く無職ニートだしユーチューバーやろう!
ヘイストかけて超絶技巧で「演奏してみた動画」とかやり放題だし!
……でも今はティッ〇トックの方が受けるの?」

「どうせアンタ、一生ニ〇ニコ動画のノリが抜けないんやろ!」

「そうだった……!
今をときめく女子高生のなゆに監修してもらわなきゃ顰蹙を買ってしまう……!」

と、しょうもない話で盛り上がっていると、今まで無言だったエンバースさんが口を開いた。

>「……昔、ニュースか何かで見た事があるんだ。
 行方不明になった人間の家族や友達が、駅前でビラ配りしてるのを。
 その時は正直、他人事だったけど……アレ、いなくなった人が見つかるまでずっと続けるのかな」

「あ……」

そうだった、エンバースさんはたとえ全員無事に生き残って帰ることが出来ても、
今のままでは家族や知り合いに姿を見せるわけにはいかないのだ。

>「……ま、ラスベガスがこの有り様じゃ世界中どこも大混乱だろうし、そもそも電話が通じるとは思えないけど」

「……きっとどうにかなるよ! ローウェル締めあげて元の姿に戻してもらおう!?」

場がしんみりしかけたところで、真面目な作戦会議に戻る。

>「……今後のことを話そう」
>「エンバースのもたらしたロールプレイ理論で、イクリプス一人ひとりの戦力は大幅に向上するはずだ。
 一方で、その『数』自体はかなり減るものと考えられる」
>「クソゲーでもプレイし続ける強固な意思と、ロールプレイに適応する柔軟性、あるいは没入力。
 この2つを兼ね備えた気概のあるプレイヤーが、俺達の前に立ちはだかるはずだ」

213カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/07/04(木) 23:58:15
>「逆に数増えるんじゃないか?エンバースの演説は正直に面白かった。敵がある程度聞き惚れるのも納得できるくらいには…
そして殆どのゲーマーは…話題性に飛びつくんじゃないかと思う。30時間という猶予がむしろプラスに働く気さえする…。
もしクソゲーと思ってアンイスントールしても…新要素が発見されたら…普通トンボ返りしてくるんじゃないか?少なくとも今いる奴らはやめないと思うんだが…」

「それは……蓋をあけてみないと分からないところかな。
ロールプレイが好きな層とMMORPGやってる層って微妙に違う気がする。
上の世界では面白そうなゲームが掃いて捨てるほど次々リリースされてるのかもしれないし、
そうだとしたら待たせた時点でさっさと次に行って終わりだろうから……」

>「……まあ、いずれにしてもこちらが寡兵である事は変わらない。数を覆す策は必要になるだろうな」

>「重要なのは、今んとこ地球は一方的に蹂躙されてる『被害者』でしかないってことだ。
 ただ無双ゲーをプレイするだけならそれでも良いんだろうが、こっからはワケが違う。
 地球を攻め滅ぼすだけの大義や悲願……ナイに騙くらかされてる可能性も含めて、
 ロールプレイとしての『戦う理由』を各々が用意してくるはずだ。
 そいつらは最早一山いくらのイクリプスじゃなく――『ネームドキャラ』になる」
>「そんで、そういう相手なら……会話が通じる余地がある。
 『戦う理由』次第では、地球側の戦力として取り込めるかもしれねえ。
連中にとって今はただのマップに過ぎなくても、ここからは物語の舞台としての『地球』を意識することになる。
 エンバースの話じゃ、ブレモンに好意的な反応を示した奴らも少なからずいたみたいだしな」

>「確かに…最初に遭遇した奴ら意識してたかどうかは分からないけど…他の奴らより一際【自我】が強かった気がする…後シンプルな強さも…」

「白衣の幼女とかほぼ水着の奴とかいたっけ……。確かに無駄にキャラが濃かったわ……」

>「ブレモンのサ終が止められないなら、SSSのコンテンツとしてこの世界を共存させる。
 単なる戦闘マップじゃなく、『滅ぼすべき場所』あるいは『守るべき場所』として。
 それが俺の目指すエンディングだ」

>「SSSのコンテンツとして?そんなみみっちいこと言うなよ明神!」

ジョン君が突然大きな声で反論したので、驚いてなだめる。

「ジョン君、そんな言い方は……」

明神さんが非常識なことを言ったかというと、決してそんなことはない。
むしろ、現実的に現状を分析した結果の地に足の付いた発言だ。
ここがSSSのベータテストの会場になっているということは、
ブレモンとしてはすでに実質サ終してしまっているとすら言えるのだ。
決してブレモンへの思い入れが少ないとかではなく、ブレモンへの愛が深いからこそ出た発言じゃないかと思う。
荒らし行為自体は褒められたものじゃないけど、明神さんは挫折してもずっとブレモンに関わり続けていたんだ。

「明神さん、君よりもずっと前からブレモンが大好きなんだよ。
たとえ完璧な形が無理でもどんな形であれ存続してほしいからこそだよ……」

214カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/07/04(木) 23:59:04
が、ジョン君の勢いは止まらない。

>「どのゲームにも無限の色んな良さがある…お互いいい所あるんだからゲームとしての優劣をつける必要性がない!どっちもいい!
こっちが折れてコンテンツの一つで吸収されるのは…そんな物は共存じゃない!」
>「この戦争で…イクリプスにも…そのイクリプスにも成れなかった奴も…
全然関係ないプレイヤーの卵も…ゲーマーですらない一般人にさえ伝わるような…!
敵も味方も関係ない観戦者も!全部巻き込んで派手に戦うんだ!僕達にボコられてつまんね〜〜〜〜って言ってやめてった奴らでさえもう一回やりたいって思えるような
2日後の戦いに参加した人間全員がこの場にいてよかったって思えるような…伝説を残すんだ。後世に語り継がれるような激闘を繰り広げて…運営でさえどうにもできないようなでかい波を作るんだそして!」
>「お互いがお互いを認め合う。SSSにブレモンのコンテンツがあってもいいしブレモンにSSSのイベントがあったっていい!
吸収されるなんてアホらしい!両方生きればいいんだよ!そして面白さを認め合って初めて共存の道になる!
運営が…神の力がどれだけ強かろうと…存続を認めさせる。エンバースの言う通り…力を見せてやるんだ…僕達の世界の…ブレイブ&モンスターズの!!」

ジョン君の勢いに圧倒されて暫し無言で聞く。ジョン君ってこんな熱血キャラだったっけ!?
ああほら、そんなこと言うからガザーヴァ乗ってきちゃったじゃん! 碌な予感がしない!

>「どうせやるならどびっきり派手に…そうだな…全世界に向けて配信でもしてみるとか」

「えっ、ちょっとそれは……緊張しちゃうよ……!」

パーティーの吟遊詩人ポジションがマホたんみたいなアイドルなら全世界に配信してもいいんだろうが
我はたまたまレクステンペストの能力って呪歌に応用したらいいんじゃね!? ということに気付いてしまっただけの一介の陰キャヲタなのである。

>「ま、どんな事があろうとカザハがいて場が盛り上がらないなんてありえないけど!」

「ちょ、ちょっと! そんなナチュラルにそんなこと言っても何も出ないんだから……!」

そんなこと言われたらそんなこと言われたら……照れちゃうじゃん!?
他の人が言うならまあギリギリセーフだけど、ただしジョン君、キミは駄目だ!
頬が染まっているのを見られないように、後ろを向く。が、カケルが要らん解説を加える。

「はい、陥落しましたー!」

「やかましいわ!」

>「ヒュー! 最ッ高じゃんか! ホラ、なにポカンとしてンだよ明神!
 うんちぶりぶり大明神はブレモン最強の死霊術師だろ!? この劣勢を! 絶体絶命の窮地を!
 テーブルごとひっくり返して、カミサマ気取りのマヌケにあっと言わせてやるチャンスじゃんか!
 今、言わないでどうすんだよ――『あの』決めゼリフをさ!!」

>「そうだね。ジョンの言う通り。
 わたしたちの力を認めさせよう。『ブレイブ&モンスタース!』の面白さを。
 そして勝ち取るんだ、未来を。絶対に、ローウェルの思い通りになんかさせない――」

215カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/07/05(金) 00:00:14
心を一つにして戦おう、とでもいう風に、なゆが手を差し出す。
一瞬、ほんの少しの違和感を感じた。
なゆは明神さんの妥協案を否定し、ベストエンディングを掴み取る決意表明をした――ように見せかけて
実のところもっと良くない妥協をしている――もうとっくにベストエンディングを諦めているような気がしてならない。
なゆが自分の命を顧みないのはそういう性質のキャラということで、もう受け入れるしかないのかもしれない。
だけど、なゆ自身が自分を守ろうとしなくてもなゆにはエンバースさんが付いていて
エンバースさんは、決してなゆを諦めたりしないはずだ。
そう思いながら、手を重ねる。

>「……いい戦いをしましょう」

「レッツブレイブは言わないの? ……あ、明後日にとっとくのか!」

>「…………あれ?もしかして俺も何か言った方がいいか?ええと、それじゃあ、そうだな――」
>「――ゲームスタートだ」

エンバースさん、さっきから急に無言になったりおかしくない!?
頼りにしてるんだからね!? と思った瞬間。突然照明が音を立てて明滅する。

【カケル】
>「これは……!?」
>《く……! またや! 外部からの強烈な干渉を検知! みんな気を―――》

>【ハローハロー! ハァァァァァァァァァロォォォォォォォウ!!!!!】
>「ナイ!!」

まーたこいつか! こいつ、話長いんですよね……。

>【ァー……まァ宜しい。それはさておき、あの御方の。SSS運営の意向をお伝え致しましょう。
 本来であれば、到底受け入れがたい提案です。そも、交渉とは――互いに対等な者同士が譲り合うもの。
 ですが我々は対等ではない……此方が絶対的に上。其方は絶対的に下、なのですからねェ。
 βテストが終わるまで逃げ続ける? ニャハハ――そんなことが本当に出来るとでも?
 仮にアナタ方『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は出来たとしても……その他の方々は?
 ほら。外を見てご覧なさい?】

いいからさっさと結論言えよ、と思いながら外を見てみると……

>【ニャハハハハッ! ビックリしましたか? ビックリしましたよねェ!
 我々がその気になれば、ワールド・マーケット・センターの中に『侵食』を発生させることもできる。
 キングヒルに集結していたアルフヘイムの軍勢を、あの御方が“どう”消滅させたかご存じでしょう?
 アナタ方が必死でラスベガスを駆けずり回り、一ヶ所に集めてきた生ゴミ。
 ぜぇぇぇぇんぶ綺麗に吸い取って差し上げましょうか?】

「嫌ああああああああああ!! ご無体なああああああああああああああああああ!!」

カザハが涙と鼻水を垂れ流しながら絶叫している……。

「やかましいわ!! そんな敵が喜ぶ反応してあげるサービス精神要らんから!」

相手が自らの評判等の諸事情を度外視してその気になってしまえば、
一瞬でこちらを全員消滅させてしまう力を持っていることを改めて認識する。

216カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/07/05(金) 00:01:14
>「ニャハ……イイ表情ですねェ。
 しかァし! ご安心を、そのようなことは致しませんとも……決してね。
 何故なら、ワタクシも運営も、あの御方も……プレイヤーの方々を愉しませるのが第一義。
 最高のプレイバリューと、極上のエンタテインメント! ラグジュアリーな非日常のひとときを、
 すべてのプレイヤーに! それが我々のモットーなのですから。それ以上に優先する事項など存在しないのです。
 従って――このバカバカしい提案にも乗って差し上げますとも】

>【今、この最中にもラスベガスのワールドマップは着々と出来上がりつつあります。
 30時間、でしたか? 結構! ならば我々もその時間を有効に使わせて頂きましょう。
 次回β版バージョン2.0更新の暁には、『星蝕者(イクリプス)』の誰もが建物内の探索を愉しめるようになる!
 その他にも、色々と追加要素を用意する予定です。お楽しみに!】
>【此方はアナタ方の要求を呑んだ。譲歩して差し上げたのです、それをゆめゆめお忘れなきよう。
 では、また30時間後に――】

>「分かってる分かってる。精々楽しませてやるよ――こう言って欲しいんだろ?」

随分脅してくれたが、要するに30時間後の決戦に乗ってくれたらしい。

>「……休憩する筈だったのに、なんだかまた話し疲れちゃったな。今度こそ、暫くちゃんとのんびりしようぜ。
 明日の作戦とか、考える事はまだあるけど……各々考えといて後で持ち寄るって感じでさ」

30時間後までは自由行動の流れになる。

「自由行動にして大丈夫!? こういう状況って一人になった人が行方不明になっちゃうやつじゃん……!」

「山奥の洋館を舞台にしたミステリーじゃあるまいし……!」

侵食を見せつけられた後というのもあって、カザハがビビって騒ぐ。
が、途中で何回か安否確認兼ねて集まるということでなだめられた。
解散するなりなゆたちゃんがどこかに行ってしまい、そのタイミングを見計らったかのようにエンバースさんに声を掛けられる。

217カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/07/05(金) 00:02:38
【カザハ】
>「明神さん。ジョンとカザハも」

明らかになゆの目を盗んで呼び止められた感じに、違和感をいだく。

>「さっきは「こちらが寡兵」なんて言葉でお茶を濁したが――正直言って次の戦いはかなり厳しいものになる」
>「なにせ仮に数が減ったとしても、そもそもの母数が50万だぜ?
 思ってたのとなんか違うクソゲー乙ってその半分が消えて、更に幸運にも30時間後の上位世界は月曜日。
 残ったヤツらの半分もすぐにはログイン出来ません――そうなったとしても約12万のプレイヤーが残る」
>「えーと、後は――30時間後に大人気ソウルライクゲームの超大型DLCがリリースされるとか。
 そんな感じでプレイヤーが1/10になってもまだ10000人以上。
 更にその半分が地球とブレモンの境遇に同情して戦闘を放棄しても5000人が残る」
>「何故さっきすぐにこの事に言及しなかったのかと言えば、間違いなく特大のカウンターが返ってくるからだ。
 本を正せばお前が招いた状況だろうが――ってな。
 だから一旦皆が解散した後で、一人ずつ相談に当たる事でカウンターの火力を下げるつもりだったんだが――事情が変わった」

「事情が変わったって……具体的には何がどう変わったの……?」

エンバースさんはそれには答えず、話を続ける。

>「とにかく――策が必要だ。けど、ジョンとカザハと明神さんじゃあな……。
 三人寄れば文殊の知恵ってことわざがあるけど、水に水を足しても水だもんな」

「わざわざ煽りに来たんかーい!」

>「でも心配するな、大丈夫だ。俺達には頼れるブレーンがいる。ああ、いや、俺の事じゃないぜ」
>「みのりさんと、ウィズリィ。二人ならきっと良い知恵を授けてくれる。力を貸してくれる」

明神さんの方をガン見しながら、エンバースさんは今更なことを言う。

「それはそうだけど……その2人はずっと力を貸してくれてるじゃん。
改めて頼まなくたって、今も考えてくれてるでしょ」

頭の中に大量の疑問符が飛び交う。

>「ゲームスタートだ――今のは、ちょっと気に入ったセリフをもっかい擦りたくなった訳じゃない」

「嘘でしょ。絶対ちょっと気に入ってるでしょ……!」

>「……じゃあな。対イクリプス、ちゃんと考えておいてくれよ」

「ちょっと! 意味分かんないんだけど!」

エンバースさんは勝手に上機嫌になって去って行ってしまった。

「何あれ! なゆの石頭のせいでただでさえややこしい状況を更にややこしくしないでよ……!」

と、ひとしきり腹を立てた後、エンバースさんの真意を考える。

218カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/07/05(金) 00:03:48
「……。多分、言葉通りの意味とは別の意図があるんだよね……。
わざわざなゆがいないタイミングを見計らったってことは……」

言葉通りの意味なら、わざわざなゆを排除する必要は無い。

「なゆを救うために二人の知恵を借りろってことなんだ……!
でも、どうしてこんな遠回しに伝えないといけないんだろう?
エンバースさん、一人で戦わざるを得ない状況に追い込まれてるのかも……」

昔話等には時々、知ってしまった重要事項を喋ったら一貫の終わりという状況が出てくる。
なゆが得体の知れない魔法の類で延命しているとすれば……
エンバースさんは真実を知りながら言えない状況に追い込まれてしまっている可能性もなくはない。
そんな状況の中、必死に制約の網目をすり抜ける形でヒントをくれた結果がこれだったのかもしれない。

「せっかくエンバースさんがヒントをくれたんだ。とにかく、二人にコンタクトを取ってみよう!
核心部分の交渉は明神さんに任せてもいいかな? エンバースさん、明神さんの方をずっと見てた。
お願いって言ってるみたいにさ……。きっとすごく信頼してるんだね」

こうして、みのりさんとウィズリィちゃんに通信を繋いでみる。
まずは表向きの議題からだ。

「今のままだとすごく多勢に無勢だからどうにかしないとと思って……。
ところで、こっちの世界に来るゲートって開いたままなの?
アルフヘイム側のブレイブってたくさん召喚されてたよね。こっちに来てもらう事は出来ないかな?」

アルフヘイム側のブレイブってランダム召喚で山のように召喚されてたという話だった。
母数が多ければ、割合的には大部分が野垂れ死んでいたとしても、数十人レベルでは人数が残ってるんじゃないだろうか。

「ところで明後日の戦いって、全世界に配信出来たりする……?
逆に音声の受信は? ブレモンの曲演奏出来る人なら結構いるだろうからさ。
呪歌って参加人数が多い程出力が上がるんだよね」

いや待てよ? こちらの世界内で配信とか受信は出来なくはなさそうだけど……。

「ジョン君の言うように一大ムーブメントを起こすのを狙うとすれば、上位世界の方でも配信してもらう必要があるのか……」

上位世界に干渉するにはこっちの世界に潜り込んでいる上位世界の人に頼むしか手段がないわけだけど、
シャーロットは解雇されてるしバロールさんは消息不明だし……。
この世界に潜っている上位世界の人って本当に他にいないのだろうか。
……多分だけど、いる気がする……!

「こっちの世界のブレモン運営の上層部って上の世界のブレモンの会社の社員か何かが潜り込んでるんじゃない!?
希望してその部署にいるんだとしたら、きっとブレモン好きな人達だから協力してくれるよね……!」

果たして希望して配属されているのか単なる左遷部屋なのかは分からないし、
ゲーム内ゲームのブレモンを管理する部署というのが上の世界のブレモン運営会社においてどれぐらいの地位にあるのか、
ローウェルに進言できるほどの発言力があるのかは不明だが……。
駄目元であたってみる価値はあるかも!?

219カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/07/05(金) 00:05:33
「実はもう一つ相談したいことがあって……」

表向きの議題(対イクリプス戦略)が一段落したところで、真の本題に移るべく明神さんに目くばせする。



みのりさん達との密談が終わっていったん解散した後。
なんとなくキーボードを弄びながら漠然と思索にふける。

(なゆに、どうにかして生き残りたいって思ってもらえないかな……)

漠然とイメージはあったなゆのテーマ曲が、形を成す。
自分は決してシャーロットのことを手放しに信じているわけではないというのに、
むしろなゆを死に追いやろうとしているのではないかという酷い疑いすらかけているというのに……。
歌の中のシャーロットは、自らの作品の登場人物達の幸せを願う、優しい創造主だった。
やはり心の奥底では、彼女がいい人だと――
身も蓋も無い言い方をすれば自分達にとって都合のいい人物だと信じたいのだ。

「そっか。そうだと、いいな……」

少しでも皆が……なゆ含めて全員生き残れるように、できることは何だろう。
とりあえず、自分の戦力を上げるためにも進化条件を解明したいんだけど……。

「歌って超テンションあげたら進化するんじゃないですかね?」

「それはそうなんだけどそれだけじゃない気がして……」

進化した時の状況を、その少し前から思い出してみる。
そして、進化した2回の状況の共通点に気付いてしまった。

「もしかして、俗に言うところのアレ(※ただし部位は問わない)……ってコト!?
うわぁあああああああああああああああああああああ!!
衆人環視されてたら進化無理じゃん!! 我、逮捕されちゃうじゃん!!」

奇声を発しながら転げ回る。

「やかましいわ!! そんなわけないでしょう!」

ひとしきり転げ回った後、カケルに突っ込まれて我に返る。
そりゃそうだ! サンプル2回しかないしいくらなんでもそんなふざけた進化条件なわけないわ!
ブレイブ&モンスターズは乙女ゲーじゃないし仮に一万歩譲って乙女ゲーだったとしても我は美少女じゃないんやで!?
こんなことを考えるなんて、脳がラブコメウイルスに感染してしまったのか!? バ〇オハザードか!?
いや、自分はラブコメに対する完璧な免疫を持っていたはず……! そんなことがあるわけがない!
そうだ、きっと疲れて頭がおかしくなっているんだ。少しだけ寝よう。
というわけで、2〜3時間だけ寝ることにする。浅く眠ったせいか、変な夢を見た。

「やあ、新曲が出来たようだね」

様々な音響機器が置かれた部屋で、パーカーのフードを目深に被ってDJのような恰好をした少女(?)が語り掛けてきた。

「――誰!?」

「忘れたの? 初代だけど……」

220カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/07/05(金) 00:06:59
「お前か――ッ! 世界観考証とかいろいろおかしいやろ!
どしたん急に! 前はそれっぽい格好してそれっぽくハープ弾いてたやん!」

といっても、そういえばブレモン運営に今更世界観考証もクソもないわ!

「ちょっと雰囲気変えてみました」

「なんだろう、ツッコんだら負けな気がする……!
ところでキミは始原の風車の中枢プログラム? 双子のレクステンペストの進化条件って知ってる?」

「ところでこの曲なんだけど……」

「駄目だ、こいつ人の話聞かない!」

モニターに何段にも連なった楽譜が映し出される。我の脳内の曲を読み取ってる……ってこと!?

「えっ、何それすごい」

「ここのコードはこうした方が……」

「添削指導……ってコト!?」

初代風精王が始原の風車の中枢プログラムだとすると、この世界では音も風属性の管轄なので
楽曲生成プログラムが組み込まれててもおかしくない、ということにしておいた。

「なんか、寝た気がしない……」

起きてみると、なゆはやっぱりボランティア活動で忙しそうにしていた。
もしかして、不眠不休……!? いや、ボランティアは素晴らしいことなんだけど!
今は自分が生き残ること考えてくれよ!
とも思うが、体を動かしていないとやってられない心情なのかもしれない。
そこで、いったん安否確認兼ねて皆が集まった際に、声をかける。

「この後時間ある人は……ちょっとだけ歌の練習に付き合ってくれないかな?」

「地獄の歌唱訓練……ってコト!?」

「やかましいわ! そんなこと言ったら生徒が逃げちゃうじゃん!?
なゆ、ボランティアもいいけど息抜きに歌っていきなよ! ちなみにジョン君は強制参加ね」

「なんでや! なんかジョン君の扱い酷くないですか!?」

「アイドルは歌えた方がいいと思っただけで断じて他意は無い……!
大丈夫! 我、音楽の教員免許持ってるから」

「どうせ更新してなくて期限切れてるやろ」

「やかましいわ!」

通常の魔法は基礎から積み上げていかないと駄目みたいだけど、
呪歌は性質上、魔力を扱える者なら特定の曲を付け焼刃で習得、なんてことが出来てしまう。
もちろん効果はそれなりにはなるんだけど、少なくとも「ただし魔法は尻から出る」なんていうリスクはない。(※ネタが古い)
特に馴染のある曲だと習得が早い。というわけで、課題曲はバトル1。
道中で時々歌っていたし、ブレモンガチ勢なら耳にタコが出来るほど聞いている曲である。

221カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/07/05(金) 00:08:22
「1フレーズずつ歌うから同じように歌ってね! ほらそこ、口パクしないで真面目にやる!」

「やめたげて!? 多分声が小さいだけだから!」

「音程がはずれる? 大丈夫、レクステンペストの力で補正するから!」

「歌えたじゃん! え? 補正のおかげ? さっき補正してないよ?」

「何その自転車離さないって言いつつ離す親みたいなありがちな作戦!」

「みんないいね……! 音響効果かけちゃおっかな!」

こんな感じでカケルと漫才(?)をしつつ教え、皆がほぼ歌えるようになったところで、種明かしをする。

「付き合ってくれてありがとう。
これね、1フレーズでも効果を発揮するし、自分にも効くから。
役に立つか分かんないけど、ちょっとした御守りだと思ってくれたら嬉しいな。
ほら、ロールプレイ理論が本当ならそういう気持ちの問題、重要かもしれないし!
他にも教えて欲しい曲がある人は後で言ってくれれば教えるよ。
あ、なゆはもうちょっとだけ残っといて」

なゆに居残りを言い渡して、いったん解散する。

「ごめんね、引き留めちゃって。聞いて欲しい歌があるんだ――」

222転生してないスライムマスター(カバー) ◆92JgSYOZkQ:2024/07/05(金) 00:10:13
転生してない新キャラに管理者権限を渡したけどスライムマスターになってた件
(略称:転生してないスライムマスター)

ttps://dl.dropbox.com/scl/fi/ugx75x1etszd1w270ezmm/.mp3?rlkey=by8vekhm9iqbdfjy878glsouz&st=ughdrfcr&dl

なゆたパート:カザハ(VY2)
シャーロットパート:カケル(MEIKO)

(シャーロット)
1と0が紡ぐ私達の世界の記録 前世持たぬあなたに全て預けます

(なゆた)
何気なく見つけたゲームの 最初の敵キャラ 水色で丸くてかわいいマスコット
円らな瞳で 見つめられ 心奪われた 今日から君は私のパートナー

毎日毎日会いに行くよ レベルを上げて強くなれ
時間もお金も君に捧げた 君は応えてくれた 
並み居る強豪倒し続け いつの間にかランクは上位
気付けば二つ名付いていた その名もスライムマスター

ぽよぽよ飛び跳ねる 高く高く跳ぶ
もう誰にも最弱なんて言わせない
もっともっと強くなる 君と強くなる
二人で突き進む 世界最強への道

何気なく起動したゲームの 世界にワープ 周りの全てが変わってしまっても
冷んやりすべすべの 抱き心地で 更に好きになる 変わらず君は頼れるパートナー

来る日も来る日も共に歩む スキルを覚えて強くなる
自ら戦場に立ち指揮取る 君に応えるために
並み居る強敵退け続け いつの日か掴むは未来
わたしは 世界救う旅を 率いるパーティリーダー

ドキドキ胸高鳴る これはきっとラブ
もう以前の私には 戻れない
もっともっと強くなる 君と強くなる
みんなで突き進む 星を救う旅

すべてを失い 絶望の淵に立たされても
諦めず進んで 本当に良かった
君とまた会えた それだけで十分過ぎた
生きていてくれて 本当にありがとう

(シャーロット)
ようやく 目覚めた 管理者(かみ)の 権限(ちから) わたしが託した希望を
あなたなら ただしい道に 使ってくれると信じてます

(なゆた)
世界を書き換える力と星の外の記録を得ても
今まで通り君と歩くよ わたしはスライムマスター

(なゆた&シャーロット)
きっときっと 辿り着く 最高のエンディング
それ以外のルートなんて 認めない

もっともっと強くなる 君と強くなる
みんなで駆け抜ける 星を救う旅

やっとやっと見つけ出した 最後のフラグ
成立させないなんて 在り得ない

ずっとずっと忘れない わたし覚えてる
みんなで紡いだ伝説 結ぶ言葉は レッツブレイブ

223カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/07/05(金) 00:11:59
「今までになゆから聞いた話を繋ぎ合わせてみたんだ。君は世界最強になるまで止まるタマじゃないでしょ?
それから……瀕死にならないと発動しない力なんて……そんなのやっぱり使ったら駄目だよ!?
なゆは最強のスライムマスターだから、銀の魔術師モード使わなくても戦える……!」

歌の中では、シャーロットは自らの世界の登場物達の幸せを願う優しい創造主で、
なゆは決してベストエンディングを諦めない一昔前の王道少年漫画の主人公。
もしかしたら、自分の勝手な理想を押し付けているだけなのかもしれないけど……それでも聞いて欲しかった。
でも結局のところ、人が妥協案に甘んじるのは、全てを叶えようとするあまり一番大切な願いも叶わなくなるのを恐れてのことだ。
自分を助けようとするあまり、世界が救えなくなってしまったら本末転倒だから――
きっとそう思っているのだろう。
だから、世界も救えて、自分も助かる道が見つかったなら、その時はきっと……

なゆがボランティア活動に戻るのを見送ると、いつの間にか辺りに人だかりが出来ているのに気づく。

「何!? もしかして……ギャラリーってこと?
じゃあ……せっかくだから何か歌おうかな!
みんな、マホたん知ってる? それじゃあぐーっと☆グッドスマイルとか、どうかな!?」

どうせ歌うなら、聞いた人が元気になってくれるように魔力を込めて……
せっかくだから広範囲に聞こえるように範囲拡大もしようかな!
なゆも明神さんもこの曲好きだったものね。

224ぐーっと☆グッドスマイル(カバー) ◆92JgSYOZkQ:2024/07/05(金) 00:13:38
ttps://dl.dropbox.com/scl/fi/im3ypovvqddkqf575arwk/.mp3?rlkey=owevt36rl85ozagkat6h1dubb&st=a1m9ddtf&dl

上パート:カザハ(VY2)
下パート:カケル(MEIKO)

夢の国からやってきたのは 王国の危機救うため
笑顔のパワー集めるの この街に決めた

だけど案外難しいのです 本当の笑顔に出会うのは
だから助けてあげるのよ 勘違いしないでね

そんなぎこちない笑顔じゃノンノンですよ 駄目駄目よ
なんとかしてあげるから 最高の笑顔見せてよね

ぐーっと☆グッドスマイル 今日は笑えなくても きっと明日はもっといい日になるから
のーっと☆プロブレム  取り戻すよ 君のスマイル

この世界にとどまってるのは 未来の希望つなぐため
共にスマイル集めるの キミ達に決めた

だけど案外恥ずかしいのです 本当の気持ち伝えるのは
だからツンツンしちゃうのよ どうか許してね

そんな悲しげな笑顔はノンノンですよ いやいやよ
どうにかしてあげるからとびきりの 笑顔見せてよね

ぐーっと☆グッドスマイル 今日は泣きたくても きっと明日はずっといい日になるから
のーっと☆プロブレム 守り抜くよ みんなのスマイル

いつからだろう 手段が目的に キミの笑顔が見たいから 私は戦える

そんな優しげな笑顔はノンノンですよ 反則よ
仕方がないからとびきりの 笑顔見せたげる

ぐーっと☆グッドスマイル 今日は笑えなくても きっと明日はもっといい日になるから
のーっと☆プロブレム  取り戻すよ みんなのスマイル

ぐーっと☆グッドスマイル 今日は泣きたくても きっと明日はずっといい日になるから
のーっと☆プロブレム  守り抜くよ キミのスマイル

一緒に☆スマイル

225カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/07/05(金) 00:16:43
しばらく歌ってるうちに炊き出しの時間になったので、お開きにする。

「炊き出しはじまったからさ、みんな早くいかないと冷めちゃう。
え、ぐーっとグッドスマイルもう一回? 分かった、最後にもう一回ね!」

歌い終わってギャラリー達を解散させると、いつの間にか、ジョン君が来ていた。

「あ! ジョン君、聞いてた? 可愛らしいアイドルソングなんてガラじゃないけど……。
実はみんなが元気になってくれるように少し魔力込めてたんだ。元気、出たかな?」

「ところでお願いがあるんだけど……ジョン君って前衛系の体術的なスキルたくさんもってるんでしょ?
さっき呪歌教えたのと交換ってことで何か教えて欲しいな。本当にちょっとしたやつでいいからさ」

歌はこちらが強引に教えただけなので、ジョン君としてはお返しする義理もないのだが……。
仮に断られても、半ば強引に頼み込む。

「キミが必ず守ってくれるからそんなの必要ないって分かってるよ。
でも、何か一つでいいから、キミから貰ったものを持っていたいんだ……」



どれくらい時間が経っただろうか。なんとか形になり、合格が出る。
力が抜けて地面に座り込む。

「……無茶聞いてくれてありがとう。ジョン君、教えるの上手だね。
やっぱりコーチ向いてるかも……! 顔が良すぎる問題は何も解決してないけど!」

立ち上がろうとするが、体に力が入らない。

「……。お腹がすいて動けなくなっちゃった……。ジョン君が作ってくれたごはん食べたいな……」

と、言ってしまってからはっと気づく。
こんな時に何を呑気なことを言ってるんだ自分は! なゆ達が炊き出しで作ったやつの余りがあるやん!
ガスも使えないし急にこんなこと言ったらジョン君困っちゃうよ……!
スキル伝授のお願いは一応戦力アップに繋がる真面目な要請だったからともかく、これは流石に駄目だ!
我は状況を考えずに好き放題言ったりするキャラじゃないんです!
忖度にまみれた奥ゆかしき大和民族なんです! 某クッソ腹立つ超絶美少女現場将軍とは違うんです!
あいつときたらいつもいつも我儘放題言って実に裏山……怪しからんことこの上ない!
というわけで某全然似てないコピーキャラを心の中でディスりつつ、慌てて言い訳を繰り広げる。

「ち、ちちちちち違う! いや、違わないけど違う! 今のは心の声がうっかり出てしまっただけで……!
エーデルグーテでバイトしてた時の腕前が見事だったからつい……!
今そんな場合じゃないの分かってるから! 本当に大丈夫だから!
キミ相手だといろいろキャラ崩壊して困るんだから! キミ相手じゃなかったら、心の声うっかり出てない……!」

226カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/07/05(金) 00:18:01
と謎の逆ギレをしながらはたと気付く。こんなに焦る必要はないのでは!?
ジョン君はNOと言えない日本人ではないから、駄目なら一蹴されるだけの話だ!

「……と諸般の事情を総合勘案して検討すると今は優先順位の高い事項ではないというのは理解しているのだが……
一切の忖度無しに食べたいか食べたくないかといえば食べたい……」



それから少し時間が経ち、また集合時間がやってきた。
この集合では作戦会議をする予定になっている。エンバースさんが口火を切った。

>「――さあ、みんな集まったな。宿題はちゃんと済ませておいたか?
 適切な対策なしじゃ数の暴力だけで俺達は負ける。
 どんなプランが出てくるか楽しみだ……勿論、俺にも腹案がある」

こちらチームは、みのりさん達を交えた密談の際にまとめた案を提示することになると思われるが
エンバースさんが自らの案を披露した。

>「後でズルをしたと言われない為に、伏線だって張っておいた。
 ブレイブ&モンスターズの力を見せてやる――ってな」
>「つまり――管理者メニューの力でここの避難民をブレイブとして、ここに召喚し直せないかな。
 どうせマップデータが実装されたらラスベガス内に安全地帯はなくなるんだ。
 ブレイブの力があるに越した事はない。身を守るにしても逃げるにしても――立ち向かうにしてもな」

「そっちか……!」

召喚といったらメインの意味は魔法的手段で別の場所から拉致してくることだが、
往々にしてその際に特殊能力が付与され、ブレモンの場合もその例に漏れない。
今回は場所の移動は必要無いが、通常付随効果とされる特殊能力の付与の方のみを目的に行ってはいけないという理由はどこにもないのだ。

>「どうかな、ウィズリィ。みのりさん。そういうの……出来たらすげー面白いと思うんだけど」

ロイ君の例を見るに、禄にやってなくてもブレモンをインストールしているだけで召喚対象となることができ、
召喚されることでブレイブとしての基本特典は享受できるようだった。

「ブレモンやってる人はもちろんだしブレモンやってない人もとりあえずインストールして貰えれば……。
スマホ持ってる避難民総ブレイブも理論上可能ってこと!?」

227明神 ◆9EasXbvg42:2024/07/13(土) 14:06:03
>「SSSのコンテンツとして?そんなみみっちいこと言うなよ明神!」

「うぉっ!?何だよ急に……」

今後の方針を話し合う中、俺が口にしたエンディング案を聞いたジョンが唐突にでかい声を上げた。

>「どのゲームにも無限の色んな良さがある…お互いいい所あるんだからゲームとしての優劣をつける必要性がない!どっちもいい!
 こっちが折れてコンテンツの一つで吸収されるのは…そんな物は共存じゃない!」

意外なことに、ジョンの言葉に同調したのはガザーヴァだった。

>「新しいゲームの一部として間借りさせて貰って生きるだなんて、そんなのまっぴらゴメンだね。
 第一、それじゃSSSの連中に負けを認めるみてーじゃんか! 
 仮に今はそれでよくっても、ずっと先はどうなる? いつか連中がブレモンに飽きたらどーすんだ? 
 やっぱいらないから無くしちゃおうって思ったら?
 アイツらのご機嫌を窺いながら生きるなんて、死んでるのと一緒じゃんか!」

「こっ、この……この俺がみみっちいだと……?日和ってるだと……!?」

>「明神さん、君よりもずっと前からブレモンが大好きなんだよ。
 たとえ完璧な形が無理でもどんな形であれ存続してほしいからこそだよ……」

カザハ君から援護射撃が飛ぶが、俺はもうタジタジになっていた。

「おっ、俺だってなあ!ブレモンのサービスが継続するならそれが一番良いと思ってるよ!
 エンデが言ってたろ、ブレモンのマスターデータはローウェルに消されて、この世界はバックアップだって。
 上の世界の、オンラインサービスとしての『ブレモン』は事実上……もう終わってる。終わってんだよ」

バックアップを使ってサーバーを復旧すればサービスを継続できんこともないだろうが、
そうして復活した世界にはプレイヤーにとって何よりも重要な『築き上げたゲーム内資産』がない。
シャーロットがサルベージできなかったデータ……何日もかけたパートナーの育成情報や、必死こいて集めたアイテム。
イベントフラグは全て未達成に戻り、課金で買った石だって手元に残ってるかどうか分からない。

何よりローウェルは既にサービスの終了を告知している。
一旦辞めるっつったゲームが朝令暮改で再開したところで、少なくとも既存のユーザーが戻ってくる道理はない。
またすぐサ終するとも知れねえんだから。

「ブレモン世界がSSSのコンテンツとしてユーザーの支持を得れば、ローウェルもおいそれとデータ削除は出来なくなる。
 バロールが資金繰りしてたサーバーの保守費用の問題も、利益を生み出すコンテンツになれば解決だ。
 この世界を守る……いや、『存続させる』ためには、これが一番現実的なプランじゃねえかよ!」

思わず怒鳴るようなテンションで並べた言葉は、しかしジョンの勢いを削ぐことはなかった。

>「この戦争で…イクリプスにも…そのイクリプスにも成れなかった奴も…
 全然関係ないプレイヤーの卵も…ゲーマーですらない一般人にさえ伝わるような…!
 敵も味方も関係ない観戦者も!全部巻き込んで派手に戦うんだ!
 僕達にボコられてつまんね〜〜〜〜って言ってやめてった奴らでさえもう一回やりたいって思えるような
 2日後の戦いに参加した人間全員がこの場にいてよかったって思えるような…伝説を残すんだ。
 後世に語り継がれるような激闘を繰り広げて…運営でさえどうにもできないようなでかい波を作るんだそして!」
>「お互いがお互いを認め合う。SSSにブレモンのコンテンツがあってもいいしブレモンにSSSのイベントがあったっていい!
 吸収されるなんてアホらしい!両方生きればいいんだよ!そして面白さを認め合って初めて共存の道になる!
 運営が…神の力がどれだけ強かろうと…存続を認めさせる。エンバースの言う通り…力を見せてやるんだ…僕達の世界の…
 ブレイブ&モンスターズの!!」

「ぐ、ぐぬぬ……!」

俺は二の句が継げなかった。
いつもなら百世不磨のレスバトラーとして、反論の百や二百はポンと思いつくところが、
どうしてかジョンの言葉を否定する気になれなかった。

228明神 ◆9EasXbvg42:2024/07/13(土) 14:06:50
ジョンの言ってることは、理想論……だと思う。
イクリプスに限らず、『上の世界』のバロールやシャーロット以外の人間にとって、
ブレイブ&モンスターズは終わったコンテンツでしかない。
揶揄としてのオワコンじゃない。本当の意味で『事実上の終了が見えたコンテンツ』だ。
存続もクソも、データが消えてるモンはどう逆立ちしたって元には戻らない。

今のブレモンは最早ソシャゲですらなくて、シャーロットのPCに残ったただのバックアップだ。
PCの電源が落ちれば世界は終わる。バロールが過労で倒れて電気代が払えなくなれば終わる。

だけど――

「……伝説を残す、か」

オウム返しのように、言葉がひとつ口を突いて出た。
小川の底の泥を延々と篩にかけて、ようやく一粒の砂金を見つけた気分だった。

>「ヒュー! 最ッ高じゃんか! ホラ、なにポカンとしてンだよ明神!
 うんちぶりぶり大明神はブレモン最強の死霊術師だろ!? この劣勢を! 絶体絶命の窮地を!
 テーブルごとひっくり返して、カミサマ気取りのマヌケにあっと言わせてやるチャンスじゃんか!
 今、言わないでどうすんだよ――『あの』決めゼリフをさ!!」

「……リアリストな乾いた意見はお前のセリフだと思ってたんだけどな、ジョン。
 お前は『この世界』だけじゃなくて――『ブレモン』を救おうとしてる」

これまでジョンは、降りかかる危機に対してどう立ち回るかを考えることはあっても、
ブレモンがゲームとしてどうあるべきかって話題には積極的に絡んでこなかった。
シンプルに、ゲーマーじゃねえからだろう。ゲームの行く末なんざ案じるのは廃人か株主だけだ。
堰を切ったように吐き出される言葉には、言いようのない熱があった。
赫々と光る熱が、不明に落ちた俺の思考を照らした。

「互いを認め合って、伝説を残して、その先はどうなる。
 育てたパートナーも集めたアイテムも白紙に戻ったブレモンをサービス再開すんのか?
 陳腐化したUIを一新した『新生ブレイブ&モンスターズ』をリリースするのも良いかもしれねえな。
 ……ローウェルが首を縦に振るのなら、の話だが」

229明神 ◆9EasXbvg42:2024/07/13(土) 14:07:32
結局のところ、ブレモンの復活も新生もすべては総合プロデューサーの胸先三寸だ。
そしてローウェルが決済のハンコを押す可能性は限りなくゼロに近い。

まがりなりにも継続中のサービスのデータを独断で削除し始めるわ、
僅かに残ったデータを新作ゲームのベータで破壊の対象にするわ、
奴のブレモンに対する負の執着は常軌を逸している。

「たった一人のプロデューサーが癇癪起こしただけで容易くぶっ壊れちまうこの世界を。
 それでも『ブレモン』として存続させるには、途方もない"うねり"が要る。
 ローウェルが手のひら返すような、それこそ社会現象クラスの一大ムーブメントが。
 そんなもんを端末の中のデータに過ぎない俺達が引き起こせると、本気で思ってんのか?」

言うまでもなく分の悪い賭けだ。
塩試合を選んだからこそ拮抗できてる今の戦略的な優位を自ら投げ捨てることに他ならない。
だけど、ジョンの言う『派手な戦い』は、俺にとってきっと――

「――面白そうじゃねえか。作ってやろうぜ、伝説をよ」

そうしてようやく、俺は『ブレモン』を楽しめる。

>「そうだね。ジョンの言う通り。
 わたしたちの力を認めさせよう。『ブレイブ&モンスタース!』の面白さを。
 そして勝ち取るんだ、未来を。絶対に、ローウェルの思い通りになんかさせない――」

なゆたちゃんがジョンの言葉を引き取って告げる。
俺達の方針はこれで決まった。イクリプスとの戦いを、単なる世界の存亡に終わらせない。
『ブレモン』を、続けるための戦いだ。

ついて回る全ての因縁や懸案事項は、一つの言葉にまとめられる。
ようは、

>「……いい戦いをしましょう」

それだけだ。

 ◆ ◆ ◆

230明神 ◆9EasXbvg42:2024/07/13(土) 14:08:20
話がまとまった途端、マーケットセンターの照明系統が唐突に明滅した。

「なっ何だぁ……!?」

外はイクリプスのうようよ蔓延る戦場だ、電線をぶった切られたって不思議はない。
果たせるかな、照明のトラブルは物理的な要因ではないようだった。

>《く……! またや! 外部からの強烈な干渉を検知! みんな気を―――》

石油王の警告が飛ぶや否や、虚空が大量のウインドウで埋まった。
反射的にスマホをたぐるが反応はない。ブレイブの戦闘力を封じられた事実に冷や汗が吹き出す。

>【ハローハロー! ハァァァァァァァァァロォォォォォォォウ!!!!!】

癪に触る声と共に表示されたのは、SSSのナビゲーションキャラ……ナイだった。

>【親愛なる『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の皆さま、御機嫌よう!
 遅れてしまって申し訳ありませんねェ。心よりのお詫びを!】

「よし、風呂入ってくるわ。あとで要点だけ教えてね」

また出やがったよクソッタレの三流ナビがよぉ……。
どうせ今回も一方的にベラベラ無駄話するんでしょぉ?

>【ァー……まァ宜しい。それはさておき、あの御方の。SSS運営の意向をお伝え致しましょう。
 本来であれば、到底受け入れがたい提案です。そも、交渉とは――互いに対等な者同士が譲り合うもの。
 ですが我々は対等ではない……此方が絶対的に上。其方は絶対的に下、なのですからねェ。
 βテストが終わるまで逃げ続ける? ニャハハ――そんなことが本当に出来るとでも?
 仮にアナタ方『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は出来たとしても……その他の方々は?
 ほら。外を見てご覧なさい?】

促されて外を見れば、真っ黒な……『闇』としか形容しようのない何かがあった。
解説されなくても直感で理解できる。あれが……『侵食』。
ローウェルによるデータ削除の痕跡だ。

>【ニャハハハハッ! ビックリしましたか? ビックリしましたよねェ!
 我々がその気になれば、ワールド・マーケット・センターの中に『侵食』を発生させることもできる。
 キングヒルに集結していたアルフヘイムの軍勢を、あの御方が“どう”消滅させたかご存じでしょう?
 アナタ方が必死でラスベガスを駆けずり回り、一ヶ所に集めてきた生ゴミ。
 ぜぇぇぇぇんぶ綺麗に吸い取って差し上げましょうか?】

>「嫌ああああああああああ!! ご無体なああああああああああああああああああ!!」

カザハ君が隣で素っ頓狂なリアクションをとってくれたお陰か、
ナマの侵食を初めて目にしても、ビビり散らかさずに済んだ。
それどころか腹の中に寒々しい何かが堆積していく。

231明神 ◆9EasXbvg42:2024/07/13(土) 14:08:50
「しょうもな……。ナイ君さぁお前ホントにSSSのナビなの?競合企業のネガキャン要員だったりしない?
 この世界をユーザー手づからたっぷり破壊していただくのがベータの主旨じゃなかったんですかぁ?」

『ネームドボス』も『地球側の戦術目標』も全部運営が勝手に片付けちゃいました!
……なんて結末をプレイヤーの誰も望んじゃいないってことは、あたおか運営のローウェルでも理解してるはずだ。
侵食はブラフ。脅しでちらつかせているに過ぎない。
あるいは、煮え湯を食わしたエンバースに一矢報いようとしているのかもしれなかった。

>【今、この最中にもラスベガスのワールドマップは着々と出来上がりつつあります。
 30時間、でしたか? 結構! ならば我々もその時間を有効に使わせて頂きましょう。
 次回β版バージョン2.0更新の暁には、『星蝕者(イクリプス)』の誰もが建物内の探索を愉しめるようになる!
 その他にも、色々と追加要素を用意する予定です。お楽しみに!】

>「それで?生放送をご覧になってくれたユーザー向けのシリアルコードは?」

「めんどくせえからプレボに直で石放り込んどいてくれよ。
 コードなんかどうせ後でググりゃ一発で出るんだしさぁ」

>【此方はアナタ方の要求を呑んだ。譲歩して差し上げたのです、それをゆめゆめお忘れなきよう。
 では、また30時間後に――】

相変わらずこちらの話には一切取り合うことなく、ナイを表示したウインドウの群れが消えた。
照明が復旧し、センターに光が戻ってくる。

「……ナイ君ちょーイラついてたな」

いつもの長台詞を要約すると『30時間後のアポOKです』ってとこか。随分枝葉を盛ったなぁ……。
トリックスターな雰囲気で出てきたは良いが、言葉の端々には主にエンバースへの怒りがあった。
多分イクリプス側からも30時間のメンテだのロールプレイとかいう隠し要素だのに不満が紛糾してるんだろう。
その矢面に立たされるのはメッセンジャーになってるナイだ。
ただでさえ頭のおかしい上司の思いつきに振り回されてるというのに……。

>「……休憩する筈だったのに、なんだかまた話し疲れちゃったな。今度こそ、暫くちゃんとのんびりしようぜ。
 明日の作戦とか、考える事はまだあるけど……各々考えといて後で持ち寄るって感じでさ」

「オーケ。じゃあ今度こそ俺風呂入ってくるね」

ナイの登場でどっちらけになった空気を取り戻すようにエンバースが提案する。
俺はそれに乗っかり、いい加減ホコリ塗れになった身体を綺麗にすべく踵を返した。

232明神 ◆9EasXbvg42:2024/07/13(土) 14:09:41
>「明神さん。ジョンとカザハも」

と、後ろから声をかけられる。
解散を提案したはずのエンバースに呼び止められた。

>「さっきは「こちらが寡兵」なんて言葉でお茶を濁したが――正直言って次の戦いはかなり厳しいものになる」

「そーね、そうだね。どっかのアホが敵に塩送りやがったしな。
 どうすんだよマジでよ、SSSが面白いゲームになっちまったじゃねえか」

>「何故さっきすぐにこの事に言及しなかったのかと言えば、間違いなく特大のカウンターが返ってくるからだ。
 本を正せばお前が招いた状況だろうが――ってな。
 だから一旦皆が解散した後で、一人ずつ相談に当たる事でカウンターの火力を下げるつもりだったんだが――事情が変わった」

「なんだその無意味なダメージコントロールはよ……」

姑息なこと考えやがって、責任もって集中砲火浴びろや。
とはいえエンバースも、いつまでも戯言を垂れ続けるつもりはないようだった。
事情が変わった……?

>「とにかく――策が必要だ。けど、ジョンとカザハと明神さんじゃあな……。
 三人寄れば文殊の知恵ってことわざがあるけど、水に水を足しても水だもんな」

>「わざわざ煽りに来たんかーい!」

「うっせ。そんで透き通るような清らかな水の俺達に、エンバース君はどんな不純物をぶち込んでくれんだ?
 そのいい感じに焼干しになってる身体は良いお出汁が取れそうだなオイ」

>「みのりさんと、ウィズリィ。二人ならきっと良い知恵を授けてくれる。力を貸してくれる」
>「それはそうだけど……その2人はずっと力を貸してくれてるじゃん。
 改めて頼まなくたって、今も考えてくれてるでしょ」

「なんだなんだいつにも増して要領を得ねえぞ!結局何が言いたいんだってばよ」

石油王とウィズリィちゃん?なんでその二人が出てくる。
気取った言い回しは今に始まったことじゃないが、この妙に核心を迂回するような物言いはなんだ?

>「ゲームスタートだ――今のは、ちょっと気に入ったセリフをもっかい擦りたくなった訳じゃない」

「雑な擦り方をするな。言うほどゲームスタートな状況でもねえしさぁ……」

……ホントにそうか?エンバースのこのセリフは、無意味ないつもの妄言なのか?
そうでないとしたら。――本当に、こいつにとって今が『ゲームスタート』なのだとしたら。
何か、言葉に出来ない戦いが始まろうとしているのだとしたら。

>「……じゃあな。対イクリプス、ちゃんと考えておいてくれよ」

エンバースが去っていく。
その背中を見送ってから、俺はカザハ君とジョンと顔を突き合わせた。

233明神 ◆9EasXbvg42:2024/07/13(土) 14:10:34
>「……。多分、言葉通りの意味とは別の意図があるんだよね……。
 わざわざなゆがいないタイミングを見計らったってことは……」
>「なゆを救うために二人の知恵を借りろってことなんだ……!
 でも、どうしてこんな遠回しに伝えないといけないんだろう?
 エンバースさん、一人で戦わざるを得ない状況に追い込まれてるのかも……」

「……ははぁ、そういう感じか。
 なゆたちゃんは明らか何かがあったことを隠してる。
 隠さなきゃならない理由があった……エンバースも同じ状況だってことか」

石油王とウィズリィちゃんに詳細を聞けってことなの?
いや直接言ってくれよ。シャーロットの呪いかなんかで言葉に出来なくなってんのか。

なゆたちゃんと通信が途絶えたあの時、石油王達は状況をモニタリングしてたはずだ。
ってことは、4人は同じ情報を共有している。俺達の知らない、なゆたちゃんの異変を。

>「せっかくエンバースさんがヒントをくれたんだ。とにかく、二人にコンタクトを取ってみよう!
 核心部分の交渉は明神さんに任せてもいいかな? エンバースさん、明神さんの方をずっと見てた。
 お願いって言ってるみたいにさ……。きっとすごく信頼してるんだね」

「交渉もクソもねえよ。身内同士で腹芸なんかやめようぜって言うだけだ」

カザハ君がボイチャを石油王達につなぐ。

>「今のままだとすごく多勢に無勢だからどうにかしないとと思って……。
 ところで、こっちの世界に来るゲートって開いたままなの?
 アルフヘイム側のブレイブってたくさん召喚されてたよね。こっちに来てもらう事は出来ないかな?」

「いいなそれ。だったらマル様親衛隊の狂犬どもを喚んでこようぜ。オマケでマル公本体もだ。
 連中はニヴルヘイム側のブレイブだけど、今更どっちの陣営かなんか関係ねえしさ」

>「ところで明後日の戦いって、全世界に配信出来たりする……?
 逆に音声の受信は? ブレモンの曲演奏出来る人なら結構いるだろうからさ。
 呪歌って参加人数が多い程出力が上がるんだよね」
>「こっちの世界のブレモン運営の上層部って上の世界のブレモンの会社の社員か何かが潜り込んでるんじゃない!?
 希望してその部署にいるんだとしたら、きっとブレモン好きな人達だから協力してくれるよね……!」

「ゲーム内でアバター使って活動するインゲームGMって概念はあるっちゃあるけど……
 仮にバロール以外の『上の世界』の人間とコンタクトできるなら、もう直接ローウェルぶん殴ってくれって頼めねえかなぁ。
 あいつぜってえ社内でもヘイト溜めてるだろ。独断でビジネス一個ぶっ潰してるしさぁ」

とかなんとか、とりとめもないプランを浮かばせては沈めていく。

234明神 ◆9EasXbvg42:2024/07/13(土) 14:11:05
>「実はもう一つ相談したいことがあって……」

やがてカザハ君が核心に触れた。
目配せを受けて、頷きで返した。

「なゆたちゃんがあと2、3日で死ぬってマジ?」

俺は盛大にカマをかけた。

……頼むよ。
「はぁ?なにそれ?」って言ってくれ。

唐突にぶっ込んだ問いに対する石油王とウィズリィちゃんの表情は――
それが真実であることを言外に裏付ける、言葉よりも雄弁な証拠となった。

「……マジかよ。マジの話なのかよ」

どこかで『そんなはずはない』と思ってた。思いたかった。
カマをかけたのだって、一笑に付されれば不安を一つ解消できる、言質が欲しかったからだ。
だけど祈るような思いとは裏腹に、厳然たる事実だけが俺達の頭上に降り掛かってきた。
手のひらに鋭い痛みがある。握り締めすぎて爪が皮膚を破っていた。

「ふざけやがって。またかよ。また俺達は蚊帳の外かよ……!」

カザハ君の見た光の粒――あれが本当に消滅の兆候だとして。
そんな重大なことをなんで俺達に言わねえんだ。一人で抱えたまま逝こうとしてんだ!

「……石油王。俺達はもうあいつの現状をだいたい知ってる。そんでそれに一個も納得してない。
 正確なタイムリミットを教えろ。2、3日ってのは30時間の猶予から逆算したどんぶり勘定だ。
 それから、あいつの身体に何が起きてて、なんで今はあんな元気なのかも。
 お前ら二人が何もせず見送ろうとしてるとは思えん。思いつく限りの対処法は試したんだろ。
 試行錯誤の結果を全部共有してくれ」

バロールの管理権限を継承した石油王ですらなゆたちゃんの消滅を止められないとすれば、
単なる呪いとかじゃなくて、もっと根本的な部分に問題があるのかもしれない。
例えば……俺達がデータであるって前提を顧みるなら、『バグ』とか『データの破損』とか。

「……絶対死なせねえ。何が何でも留年させてやる」

まーちゃんとかいうお友達を先輩って呼ばせてやるんだ。
あいつのそんな姿をこの目で見て、俺はようやく溜飲を下せる。

 ◆ ◆ ◆

235明神 ◆9EasXbvg42:2024/07/13(土) 14:11:45
それからの時間、俺は炊き出しに参加するでもなくセンター内を彷徨いていた。
休むと言ったからには働くつもりはない。
それに……避難所ではなゆたちゃんがボランティアに駆けずり回ってる。
その姿が、ポヨリンを喪った直後にグランダイトの本陣でメシ作ってたあいつの空元気と被って、
どうにも居心地が悪かった。

ワールドマーケットセンターは大抵のコンベンションビルと同じように、でかいホールと小さいホールの集合体だ。
俺達がリューグーと戦ったでかいホールもあれば、炊き出し会場や難民の寝泊まり場になってる中小規模のホールもある。
このうち建物の端にある小さなホールは、番犬の居る家みたいに誰も近寄ろうとしなかった。

ここは暫定の死体安置所だ。
ラスベガスから可能な限り回収して収容した、市民と米軍兵士の遺体を収めてある。
死体安置所は離れた場所にもうひとつあって、そっちはイブリースが回収した魔族の安置所だ。

ドアを開くと、死体の他にも何人か生きてる避難民が居た。
赤黒く染まったシーツに包まれた遺体に寄り添っているのは、たぶん犠牲者の遺族だろう。
米軍の生き残りと思しき兵士は壁際で蹲っている。その手にはいくつものドッグタグがあった。

俺は俯いたままの兵士に歩み寄った。
接近に気付いた兵士は強張りきった顔を上げるが、俺が『人間』だと気付いて表情を緩めた。

「死んじまった連中の装備を借りたい」

俺が用件を伝えると、兵士は肩を竦めた。

「復讐かい?やめたほうが良いよ。連中には銃弾どころかミサイルだって当たりゃしなかった。
 ライフルも止められるプレート入りのアーマーがただの刃物に紙切れみたいに引き裂かれた。
 おれの貸した装備で……誰かが死にに行くのを手伝うのは、いい気分じゃない」

兵士は――ミハエルがそうしたように、自分の身体を震える腕で抱いた。
言葉には、常識を遥かに逸した化け物と直面して、直に殺意を向けられた、実感がこもっていた。

236明神 ◆9EasXbvg42:2024/07/13(土) 14:12:05
「うまく説明できねえけど、俺達は連中に対抗できる力を持ってる。
 超能力みたいなもんだ」

簡単な魔法で手のひらに闇の炎を灯して見せた。
兵士は目を見開いてそれを眺めて、それから苦み走ったような複雑な顔をした。

「ハハ……たまげた、マンガみたいだ。
 でもさ、対抗できる力があるならなんでこんなに人が死んでるんだ?」

「負けたからだよ。次は装備を整えてもっかいぶちかましに行く」

「あんたや、あのヒーローみたいな格好した殺人鬼どものマンガパワーに、
 うちのアーマーが役に立つとは思えないけど……」

兵士が顎をしゃくって示した先には、山積みにされた米軍の装備があった。
ライフル、ピストル、バックパック、それから……胴体の大部分を覆えるボディアーマー。
詳しくは知らんがプレートを仕込んでて防弾性能のあるやつだ。

仲間の死体から外したものだろう。
血がべったりと付いているものもあれば、原型を留めないほどひしゃげたものもある。
無傷のものは……おそらく首から上を灼き飛ばされた兵士の装備だ。

こいつはヤマシタの装備更新に使う。
セラミックとケブラー繊維で構成された現代の鎧は、革鎧より遥かに強力な防具だ。

「良いよ、持ってきなよ。ここのみんなを守るために戦ってくれるんだろ。
 ……おれたちより上手く、やってくれよ」

兵士はそこまで言って、無数のドッグタグを提げた両手で顔を覆った。
天を仰ぐ。自分の言葉に、自分で衝撃を受けたような、そんな顔をしていた。

「……さっき、誰かが近づいてくるって分かった時、おれは銃を抜けたはずなんだ。
 でも抜かなかった。皆のところに行けるって思っちまった。
 ここにはまだ、生き残った人達がたくさんいるのに」

おれは軍人なのに――兵士はそう呟いて横に目を遣る。
視線の先には遺体に縋る遺族たちがいて、さらに壁を隔てた向こうには、避難所がある。

「……おれが守りたかったなぁ」

かける言葉なんかあるはずもない。
俺は小声で礼だけ言って、静かにそこを離れた。

 ◆ ◆ ◆

237明神 ◆9EasXbvg42:2024/07/13(土) 14:12:47
>「みょうじーんっ!」

それからもしばらく益体もなくぶらぶらしていると、
横合いから突然ガザーヴァが現れて飛びついてきた。

「うわっ!?どこ行ってたんだよガザ公!5時間くらい探しちゃったじゃん!」

>「なぁなぁ、ちょっとこっち来いよ。見せたいものがあるんだ!」

前例があるだけにちょっと不安になっちまったじゃねえかよ。
そんな俺の心配をよそに、ガザーヴァは腕をぐいぐい引っ張ってどこかへといざなう。
付いていくとそこは、避難所とは別のホールだった。

「……暗くない?」

照明がすべて落ちているにもかかわらず、ガザーヴァは見えているかのようにスイスイ進む。
まぁ俺も似たようなことは出来るわ……暗視の魔法は闇属性だからな。
指定された場所に立つと、急に視界が開けた。
まるで壁が突然消滅したみたいに、眼の前をラスベガスの夜景の光が埋め尽くす。
本当に壁が消えたわけじゃないと分かったのは、その映像が――無事だった頃のものだからだ。

「うおぉ……」

言葉にならない声が出る。息を飲む。
満天の星空の中を飛んでいるような、不思議で壮大な美しさの光景だった。

>「へっへー! なんか面白いもんないかなってぶらついてるうちに見つけたんだ!
 使い方をマスターするのはちょっぴり骨が折れたケド!」

ガザーヴァが楽しげに語ると、周囲を取り巻く映像が切り替わっていく。
世界各地の有名な観光地。名古屋城!名古屋城もあるじゃん!

>「ミズガルズってすげーな! こんなにいっぱい、キレーで面白そーな所があるなんて!
 アルフヘイムもニヴルヘイムも、たくさんキレーな場所はあるケド……ミズガルズはとびっきりだ!
 どこから行こうか、とてもじゃないけど決めらんないよ! 明神、オマエは何が見たい!?
 まー最終的には全部行くんだけど!」

「そうだよ……そうなんだよ!俺、よく考えたら地球のことも全然知らねえ。
 なんなら日本の中すらそんなに分かってねえんだ。未解除の実績が死ぬほど残ってる」

皆でラーメン食った時、ふとカザハ君が『ところで明神さん、アルフヘイムの方に拠点を置くんじゃなかったっけ?』と零した。
俺はそれを聞いて愕然とした。そうじゃん。俺アルフヘイムに永住するつもりだったじゃんって。
何普通に再就職キメようとしてんだよ。

地球に舞い戻って半端に里心がついたのかもしれない。
ガラにもねえホームシックにかかったのかもしれない。

でも多分、一番の理由は――まだ見ていないものを、見たかった。見せてやりたかった。
ガザーヴァに、俺の故郷を……地球をたくさん知って欲しかった。

238明神 ◆9EasXbvg42:2024/07/13(土) 14:13:19
>「……アリガトな。ボクを連れ出してくれて……アコライトから先の景色を、いっぱい見せてくれて。
 実は、最初は信じてなかった。調子のいいことばっか言って、どうせこいつもボクを愛してくれないんだって……。
 パパと一緒だって。そう思ってた。でも……違った。
 オマエは……約束を守ってくれた。ボクのこと、いっぱいいっぱい愛してくれた……」

「な、なんだよ……今更改まって」

半分くらいは当たってた。
アコライトでこいつを連れ出したのは、ブレモンの『幻魔将軍ガザーヴァ』を失いたくなかったから。
バロールがそうだったように、現実のガザーヴァじゃない別の何かの影をこいつの中に見てた。

だけど今は違うって、胸張って言える。
セキニンなんて言葉を使わなくても、俺がこいつと一緒に居る理由は、いくらでもある。

>「……ボクも。ボクも、愛してる。
 いっぱいいっぱい愛してる……好き。大好き、なの。
 明神のことが、好き……」

ガザーヴァが俺の顔を真っ直ぐ見てくる。
その銀河を閉じ込めたような瞳に見据えられると、心拍数がどんどん上がるのが否応なしに理解できた。

>「明神がボクにしてくれたことに対して、ボクがお返しできることなんてタカが知れてて……。
 この命くらいしかあげられないけど。
 せめて……これからの戦いで何が起こっても、明神のことは守ってみせるから。
 守り抜いてみせるから――だから」
>「……だから。
 ずっと、あなたの傍に……いさせてください」

俺は恋愛エアプだから、こういうときどんな風に答えれば良いのかわからない。
経験豊富なジョンなら、百の言葉を並べて想いに応えられるのかもしれないけど。
だけど俺が本当にあいつのことを見習いたいのは、量じゃなくて、飾らず自分の想いを言葉にする意思そのものだ。

俺も言葉にしたいと思った。
ガザーヴァに伝えたいと思った。

「……俺も愛してる。だから交換しよう。
 お前がそうであるように、俺もお前のしてくれることに全力で応える。
 お前がピンチの時は誰よりも早く助けに行く。お前が笑ってくれるなら、俺も腹が捩れるくらい笑う。
 お前が傍にいてくれるなら――」

ああ、物語の中で死亡フラグを立てる連中のことが、今ならよく分かる。
未来の約束は、前へ進む希望だ。逆境の中で立ち上がる原動力だ。

「……この戦いが終わったら、結婚しよう」

俺が破滅を覆す最初の一人になってやる。

 ◆ ◆ ◆

239明神 ◆9EasXbvg42:2024/07/13(土) 14:14:32
ぼちぼち時間を潰して避難所に戻ると、カザハ君が人を集めて何かやっていた。

>「この後時間ある人は……ちょっとだけ歌の練習に付き合ってくれないかな?」

「お、いいじゃんいいじゃん。合唱なんて10年ぶりくらいだなあ」

実際の大規模災害の時にも、避難所で合唱やるケースは結構あるらしい。
理屈は知らんが、ずっと塞ぎ込んでるより腹から声出したほうがメンタルには良さそうだ。

>「1フレーズずつ歌うから同じように歌ってね! ほらそこ、口パクしないで真面目にやる!」

「ぶ、文化祭のやつ……!」

なんか思ってたのと違うな!?
ガチのやつじゃん!ちょっと男子ちゃんと歌ってよ!とか言われるやつじゃん!

それからしばらくカザハ君のスパルタ練習に付き合って、休憩して、メシを食う。
避難民たちにも少しずつ笑顔が戻りつつあるのは、『外』の惨状をいっときでも忘れられたからかもしれない。
なゆたちゃんとどっか行ってたカザハ君が戻ってくるなり『ぐーっと☆グッドスマイル』を歌い始めたので、
俺もJOYSOUNDで95点の実力をお披露目した。楽しかったです。

ほどなくして、再集合の時間がやってくる。
口火を切ったのはエンバースだ。

>「――さあ、みんな集まったな。宿題はちゃんと済ませておいたか?
 適切な対策なしじゃ数の暴力だけで俺達は負ける。
 どんなプランが出てくるか楽しみだ……勿論、俺にも腹案がある」
>「後でズルをしたと言われない為に、伏線だって張っておいた。
 ブレイブ&モンスターズの力を見せてやる――ってな」

「適当申し上げやがって。今んとこお前のカッコいいセリフが状況を好転させた試しがねンだけど」

>「つまり――管理者メニューの力でここの避難民をブレイブとして、ここに召喚し直せないかな。
 どうせマップデータが実装されたらラスベガス内に安全地帯はなくなるんだ。
 ブレイブの力があるに越した事はない。身を守るにしても逃げるにしても――立ち向かうにしてもな」

>「ブレモンやってる人はもちろんだしブレモンやってない人もとりあえずインストールして貰えれば……。
 スマホ持ってる避難民総ブレイブも理論上可能ってこと!?」

「ああ、なるほど……バロールの権限があるなら、単純なブレイブの頭数を増やすこと自体は難しくないのか」

こっちにはバロールの力を継承した石油王が居る。10連召喚だって不可能ではあるまい。
カザハ君が言ったように、ブレモンをインストールさせればその瞬間からブレイブだ。
なんならスマホも市街地のキャリアショップからパクってくれば調達できる。
基地局が破壊されて圏外になったとしても、センターのWi-Fiやら米軍の中継車やら通信手段の確保はできるはずだ。

「避難民総ブレイブか……それならもうちょい戦力を高める方法があるぜ。
 研究され尽くしたリセマラの手法を駆使すれば、5分くらいで全員をグランダイト討伐レベルまで引き上げられる」

240明神 ◆9EasXbvg42:2024/07/13(土) 14:15:56
ブレモンにおけるリセマラは、チュートリアル終了後にもらえる10連チケットのガチャを繰り返すのが定番だが、
より効率の良い方法の研究も進められている。
例えばメインシナリオの最初のボス、グランダイトの討伐報酬で10連チケット、そこまでのクエスト報酬で累計10連分の石。
第1章をクリアしさえすれば計30連のガチャを回せる寸法だ。

無論、グランダイトは強敵だ。生半可な、リセマラ前提の雑な育成でおいそれと勝てる相手じゃない。
一方で、ブレモンはリリースから二年以上が経過してる、ソシャゲとしてはそこそこ長命なゲームだ。

こうしたゲームには新規プレイヤーに早く最新コンテンツに追いついてもらうための救済措置がある。
例えば育成素材やドロップ率の緩和。レベリングを効率よく行うブーストアイテム。
それから――途中のシナリオをサクっと攻略できる、強力なパートナーや武器の配布。

それらをフルに活用し、シナリオをスキップしまくれば、インストールから5分未満でグランダイトを倒し、30連分のガチャを回せる。
これが現環境最新にして最高効率のリセマラ手法だ。
そして、さらに時間をかけられるなら、配布されたリソースだけで最新コンテンツの入口には立てる。

「無印版のアニメ化記念でシマエナガンとドロダンゴーレム、みならいナイトの三種が配布されてる。
 どれも進化させればレイド戦に投入できる優秀なモンスターだ。
 救済措置で配られてる大量の育成素材を全部ぶっこめば、全員に最低限の自衛力を持たせられる。」

実際にイクリプスと対峙するのは俺達や再召喚した既存のプレイヤーになるだろうが、
そうでない普通の避難民にとっても自衛の為の力があるに越したことはない。
3種の配布パートナーはどれも遠距離攻撃が可能だから、いざってときの火力支援にも期待できる。
何より、センターの防衛に主戦力を割かなくて済む。

「ブレイブ再召喚が可能なら、新規ちゃんのパワーレベリングは俺が指揮する。
 最終決戦までに準レイド級でこのセンターを埋め尽くしてやるぜ」

と、ここまでがエンバースのプランに対する付け足しの提案。
こっからは俺のプランだ。

「同じく管理権限が使えるなら、フレンドの『助っ人機能』を活用できないか。
 世界中のプレイヤーから、パートナーを借りるんだ」

大抵のソシャゲには、ソーシャル要素としてフレンド機能が備わっている。
対戦やレイド戦での共闘といった他プレイヤーと関わるマルチコンテンツの他に、もうひとつ。
フレンドからパートナーを『助っ人』として借りてコンテンツに挑む機能がある。

「俺のフレンド欄は……アンチ活動のせいで敵対リストみてえになってるからあんまり助力は期待できねえ。
 けど例えば月子先生やハイバラ君なんかは、有力なプレイヤーとも交流があるだろ。
 ブレイブの頭数を増やせるなら、そいつらにも助っ人を喚んでもらおう」


【避難民総ブレイブが可能なら育成RTAでさらなる戦力向上が可能
 フレンド機能を使って他のプレイヤーから助っ人を借りる】

241ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/07/18(木) 02:21:47
>「……リアリストな乾いた意見はお前のセリフだと思ってたんだけどな、ジョン。
 お前は『この世界』だけじゃなくて――『ブレモン』を救おうとしてる」

「ん〜…確かに…前の僕だったら…そうだな…核爆弾でも用意して集まった敵をまとめて消し飛ばそうとか…そもそも民間人の救助すらしてなかったかも」

僕もなんでこんな熱くみんなの前で大声で異を唱えたのか…でも明神の言葉を聞いた瞬間我慢できなかった。
今までの人生理不尽な事はいくらでもあった…でもシェリーを殺してから…全部受け入れてきた。

今に思えば…生きながらに死んでいるとは…今までの僕の事だったのかも。

>「たった一人のプロデューサーが癇癪起こしただけで容易くぶっ壊れちまうこの世界を。
 それでも『ブレモン』として存続させるには、途方もない"うねり"が要る。
 ローウェルが手のひら返すような、それこそ社会現象クラスの一大ムーブメントが。
 そんなもんを端末の中のデータに過ぎない俺達が引き起こせると、本気で思ってんのか?」

「え…?じゃあ逆に聞くけど…」

明神の顔を見れば本気で言ってるわけではないのがわかる…なぜなら明神の顔は…やる気に満ち溢れているから。

「どこに不可能な要素があるの?」

>「――面白そうじゃねえか。作ってやろうぜ、伝説をよ」

「そうでなきゃ」

まぁ…明神が本気で共存説を唱えていたとは思わないけど…明神も…不幸な事続きで心が参ってたのかもしれない。
だがそのために仲間がいる…弱った時こそ近くにいてくれる仲間が。…ちょっと心の中でも恥ずかしいな…これは

バチッ!

照明が消える音…そしてそれ以上に感じる不快感に僕はナイフを取り出し戦闘態勢を取る。

「敵襲?…いや…これは…」

星蝕者…?いや…あれだけの大騒ぎの後に…すぐ約束した時間を破るとは思えない…
そもそも電気を消すなんて今から不意打ちしますよなんて回りくどい事をせずに直接ミサイルでも打ち込んだほうがよっぽど効果的だろう。

それにこの不快な…これは…

>「よう。わざわざ来てくれたんだな」

僕がおかしくなったスマホの画面を見つめているとエンバースがそう言い放った。

>【ハローハロー! ハァァァァァァァァァロォォォォォォォウ!!!!!】
>【親愛なる『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の皆さま、御機嫌よう!
 遅れてしまって申し訳ありませんねェ。心よりのお詫びを!】

>「ナイ!!」

「あいもかわらず…気色悪いなぁ…」

不愉快な笑いと奇妙なダンスを…人の不快感を煽るような存在。
そしてわざわざ照明を壊し恐怖をあおる…

本当になんでこいつが…セクシー衣装が基本の星蝕者のますこっと?なんだ…?普通女神様みたいな見た目なんじゃないのか…?

242ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/07/18(木) 02:21:58
>【ハ〜イ〜バ〜ラ〜。やってくれましたねェ……。まったく、まったくまったくまったく……。
 あの御方はとても御立腹です。あれほどアナタの力量を評価し、一時はバロールに次ぐ新たな魔王に!
 とまで優遇したというのに。身に余る栄誉を与えられておきながら、いったい何が不満なのです?】

宣戦布告…と思いきやまさか嫌味を言いにきたのか?

>「気にするなよ。俺とお前の仲じゃないか」

恐らくガチギレであろうナイの事などどこ吹く風のエンバース
どれだけ挑発してもエンバースのこのスタンスを崩せないと…ナイは悟ったのかメインの要件を話し始める。

>【ァー……まァ宜しい。それはさておき、あの御方の。SSS運営の意向をお伝え致しましょう。
 本来であれば、到底受け入れがたい提案です。そも、交渉とは――互いに対等な者同士が譲り合うもの。
 ですが我々は対等ではない……此方が絶対的に上。其方は絶対的に下、なのですからねェ。
 βテストが終わるまで逃げ続ける? ニャハハ――そんなことが本当に出来るとでも?
 仮にアナタ方『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は出来たとしても……その他の方々は?
 ほら。外を見てご覧なさい?】

>「……なんてこと……」

外を覗いた僕達が見たのは…何かが…星蝕者ではない何かが…蠢いている姿だった。
闇としかいいようのない…球体上の何かが…あえて言葉にするなら闇そのものみたいなナニカがラスベガスを這い回っている。

>【ニャハハハハッ! ビックリしましたか? ビックリしましたよねェ!
 我々がその気になれば、ワールド・マーケット・センターの中に『侵食』を発生させることもできる。
 キングヒルに集結していたアルフヘイムの軍勢を、あの御方が“どう”消滅させたかご存じでしょう?
 アナタ方が必死でラスベガスを駆けずり回り、一ヶ所に集めてきた生ゴミ。
 ぜぇぇぇぇんぶ綺麗に吸い取って差し上げましょうか?】

あんなの…止めようがない。破壊する生物とかのほうがよっぽど優しい者に見える。
触れた者を片っ端から消滅させて回る浸食…破壊する以外の存在意義がない…破壊の権化そのものになんてどうすればいいのか。

自然災害のように…ただその場に佇んでいるだけだ。

>「しょうもな……。ナイ君さぁお前ホントにSSSのナビなの?競合企業のネガキャン要員だったりしない?
 この世界をユーザー手づからたっぷり破壊していただくのがベータの主旨じゃなかったんですかぁ?」

「!…たしかに…あんな球体を消してはい終わり。…そんなんじゃ星蝕者も黙ってないんじゃないのか?」

>「ニャハ……イイ表情ですねェ。
 しかァし! ご安心を、そのようなことは致しませんとも……決してね。
 何故なら、ワタクシも運営も、あの御方も……プレイヤーの方々を愉しませるのが第一義。
 最高のプレイバリューと、極上のエンタテインメント! ラグジュアリーな非日常のひとときを、
 すべてのプレイヤーに! それが我々のモットーなのですから。それ以上に優先する事項など存在しないのです。
 従って――このバカバカしい提案にも乗って差し上げますとも】

一瞬だけ【こいつ等すぐ正論で返してきてつまんな】みたいな顔をナイがしたきがしたが…

>【今、この最中にもラスベガスのワールドマップは着々と出来上がりつつあります。
 30時間、でしたか? 結構! ならば我々もその時間を有効に使わせて頂きましょう。
 次回β版バージョン2.0更新の暁には、『星蝕者(イクリプス)』の誰もが建物内の探索を愉しめるようになる!
 その他にも、色々と追加要素を用意する予定です。お楽しみに!】

そうナイは告げると気味の悪い笑みと悪意の籠った笑いを残して去って行った。

「…もとに戻ってる」

画面や電気がいなくなった瞬間正常に戻る。

わざわざ力の差を宣伝するために来たのか…?それともお前等が勝ったらあの球体で無理やり滅ぼしてやると宣言しにきたのか?
それとも…ただ条件を飲んだというだけでは負けた気分になるからいやがらせしに来たとか…

「頭がおかしい奴の事を真面目に考えても…無駄…か」

>「……休憩する筈だったのに、なんだかまた話し疲れちゃったな。今度こそ、暫くちゃんとのんびりしようぜ。
 明日の作戦とか、考える事はまだあるけど……各々考えといて後で持ち寄るって感じでさ」

「考えるっていうか…うーん…まあ…そうだな…今すぐに話合うのはちょっと…難しいかも。」

>「自由行動にして大丈夫!? こういう状況って一人になった人が行方不明になっちゃうやつじゃん……!」

「カザハも…御覧の通り混乱してるみたいだし」

僕達は整理も兼ねて一旦自由行動する事にした。

243ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/07/18(木) 02:22:11

「さて…自由時間と言われても…特にする事ってないんだよな」

考える事は僕の仕事ではないと…分かっていてもつい考えてしまう。
頭では次の戦闘のイメージトレーニングでもしてるほうが性に合ってると分かってはいても・・・。

>「明神さん。ジョンとカザハも」

とりあえず割り当てられた部屋にでも戻ろうとしていた途中でエンバースに声を掛けられる

「…なにかあったのかい?」

>「さっきは「こちらが寡兵」なんて言葉でお茶を濁したが――正直言って次の戦いはかなり厳しいものになる」

エンバースは僕達の返事を待たず話を続ける。
敵が強くなる事…敵の数を戦いの時刻を月曜日に合わせたり明神のおかげで減らせたといっても数千は残るだろうという事…その上で一人一人が超強化されること。

>「何故さっきすぐにこの事に言及しなかったのかと言えば、間違いなく特大のカウンターが返ってくるからだ。
 本を正せばお前が招いた状況だろうが――ってな。
 だから一旦皆が解散した後で、一人ずつ相談に当たる事でカウンターの火力を下げるつもりだったんだが――事情が変わった」

「まあ別に今更こんな事では怒らないけれど…ん?」
>「事情が変わったって……具体的には何がどう変わったの……?」

僕の疑問をカザハが代わりにする。

>「とにかく――策が必要だ。けど、ジョンとカザハと明神さんじゃあな……。
 三人寄れば文殊の知恵ってことわざがあるけど、水に水を足しても水だもんな」

>「わざわざ煽りに来たんかーい!」

「エンバース…【作戦を考えるのは俺の――役目だからな】って…素直に言えないのかい?」

今のちょっと似てたかも。

僕の渾身のモノマネをスルーしてエンバースは話を続ける。

>「でも心配するな、大丈夫だ。俺達には頼れるブレーンがいる。ああ、いや、俺の事じゃないぜ」
>「みのりさんと、ウィズリィ。二人ならきっと良い知恵を授けてくれる。力を貸してくれる」

「今回はエンバースが始めたのにエンバースが尻ぬぐいしないってマジ?」

やばい明神みたいな口調になってしまった。一緒に生活してると口調が移ると聞いた事があるが…本当の事だったらしい。

>「ゲームスタートだ――今のは、ちょっと気に入ったセリフをもっかい擦りたくなった訳じゃない」

>「雑な擦り方をするな。言うほどゲームスタートな状況でもねえしさぁ……」

そう言うとエンバースが立ち去っていく。
僕達にとっての…ゲームスタートは30時間後のはずだ。それでもわざとゲームスタートと言い放った。

いつにもまして遠回りな言い回しだ。いつもなら【お前たちが分かりやすいように言うと…】みたいな感じで分かりやすくヒントをくれるが今回は謎を押し付けたまま消えてしまった。
いつものかっこつけ…とは何かが違う気がした。エンバースは鬼気迫っている感じだった。その理由だけなら僕達にも分かる…なゆの事だろう。

>「みのりさんと、ウィズリィ。二人ならきっと良い知恵を授けてくれる。力を貸してくれる」

聞く相手がいるなら…悩むよりに先に行動するべきだ…そう思った僕達はすぐに行動に移す事になった。

244ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/07/18(木) 02:22:26
>「……。多分、言葉通りの意味とは別の意図があるんだよね……。
わざわざなゆがいないタイミングを見計らったってことは……」
>「なゆを救うために二人の知恵を借りろってことなんだ……!
でも、どうしてこんな遠回しに伝えないといけないんだろう?
エンバースさん、一人で戦わざるを得ない状況に追い込まれてるのかも……」

>「……ははぁ、そういう感じか。
 なゆたちゃんは明らか何かがあったことを隠してる。
 隠さなきゃならない理由があった……エンバースも同じ状況だってことか」

「エンバースの事だから…なゆには内緒にしてって言われてカッコよく承諾した手前自分だけはルールを破れない…
でも他人から真実を知る分にはルール違反にならない・・・みたいないつものトンチな気がするけど…」

しかし敵から何らかの干渉を受けている可能性も否定はできない。

>「せっかくエンバースさんがヒントをくれたんだ。とにかく、二人にコンタクトを取ってみよう!
核心部分の交渉は明神さんに任せてもいいかな? エンバースさん、明神さんの方をずっと見てた。
お願いって言ってるみたいにさ……。きっとすごく信頼してるんだね」

>「交渉もクソもねえよ。身内同士で腹芸なんかやめようぜって言うだけだ」

確かに僕達には慎重にやってるような時間はない。
多少のリスクをとっても無理やりにでも聞き出す為…カザハが連絡を始めた。

>「今のままだとすごく多勢に無勢だからどうにかしないとと思って……。
ところで、こっちの世界に来るゲートって開いたままなの?
アルフヘイム側のブレイブってたくさん召喚されてたよね。こっちに来てもらう事は出来ないかな?」

「勝手に召喚しといて世界がヤバイから手伝え…なんて言われていきなり手伝ってくれる奴が…何人いるのか…?」

なゆ達が特別お人よしなだけで普通はそうじゃない…そう考えるとかなり望み薄ではある。

>「ところで明後日の戦いって、全世界に配信出来たりする……?
逆に音声の受信は? ブレモンの曲演奏出来る人なら結構いるだろうからさ。
呪歌って参加人数が多い程出力が上がるんだよね」

>「ゲーム内でアバター使って活動するインゲームGMって概念はあるっちゃあるけど……
 仮にバロール以外の『上の世界』の人間とコンタクトできるなら、もう直接ローウェルぶん殴ってくれって頼めねえかなぁ。
 あいつぜってえ社内でもヘイト溜めてるだろ。独断でビジネス一個ぶっ潰してるしさぁ」

「あ〜…上の人間は無理でも有名人みたいな人を呼んで盛り上げてもらう事ってできないかな?話さえできるなら知り合いが結構いるんだけど…」

新しい案を出しては潰され。また一つ出ては色んな理由でなくなる。
予備プランなんて何個あってもいい。とりあえず僕達は数を出した。

「うーん…さすがに30時間じゃ用意できる物事にも限界があるなあ…」

245ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/07/18(木) 02:22:37
>「実はもう一つ相談したいことがあって……」

プランの出し合いがひと段落したタイミングでカザハが本命を切り出す。

みのりさんはカザハの珍しいシリアスなトーンになにか予感を感じたのか身構える。
恐らく何を聞きたいか察したのだろう…もう隠し立てはできない…ストレートに聞くしかない

>「なゆたちゃんがあと2、3日で死ぬってマジ?」

明神がカザハとの間に割って入りカマを掛ける。
確かにストレートに聞いても答えてはくれないだろう…しかしなゆの事を表情一つ変えずに嘘をつくことはできないと…明神は知っていたのかもしれない。

そして明神の読み通り…いや…本当は当たって欲しくなかったのだろう。
明神の目には…涙が浮かんでいた。

>「……マジかよ。マジの話なのかよ」

画面の向こうに見える二人の反応をみて僕達は確信した。

>「……石油王。俺達はもうあいつの現状をだいたい知ってる。そんでそれに一個も納得してない。
 正確なタイムリミットを教えろ。2、3日ってのは30時間の猶予から逆算したどんぶり勘定だ。
 それから、あいつの身体に何が起きてて、なんで今はあんな元気なのかも。
 お前ら二人が何もせず見送ろうとしてるとは思えん。思いつく限りの対処法は試したんだろ。
 試行錯誤の結果を全部共有してくれ」

二人の口からきかされたことは僕達の想像を遥かに超えていた。
予想はしていた…カザハの目撃情報がなくたってかなりヤバイ状況であることに疑いの余地はなかった…。
しかし改めて口にされると…その衝撃は更に増幅された。

>「……絶対死なせねえ。何が何でも留年させてやる」

みのりさんとウィズリィは…決して黙ってなゆを見殺しにしたのではないと…送れられてくる情報が物語っている。
この二人が全力で解を探しても見つけられないような物が…僕達3人で…見つけられるだろうか。

「二人ともありがとう…話してくれて…その気になればいくら僕達が追及しても…しらばっくれられたろうに…正直に話してくれて…」

でもエンバースは僕達に真実を知れと伝えてくれた。
エンバースだって決してあきらめたわけではないだろう…僕達に真実を教えて協力しろと遠回しに言ってくれている。

どれだけ不可能と言われても…僕達は諦めない…必ず…ハッピーエンドを目指してみせる…そう決めたんだから。

「安心してくれ…僕が…僕達が・・・必ずなゆを救って見せる。不可能?知ったことじゃないね!今までどんな不可能だって可能にしてきた!…だから
だから…信じて…手伝ってほしい。みんなが諦めなければ…きっと救えるから!」

僕には具体的な案は出せない。けど…だからこそ僕は誰よりも信じる事を諦めない。

「何か気づいた事があったらすぐ連絡してくれ………通信終了」

246ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/07/18(木) 02:23:11
僕は広く…人のいない所を借り…修練に励んでいた。

「はあ…はあ…はあ…」

知恵を出せない僕にできる唯一の事は力だ…暴力…。
だからこそ暇があれば体と部長を鍛えてきた…だが。

「にゃー…」

その限界も見え始めていた。

僕の体は人間離れした力を獲得した…しかし新生星蝕者に勝てるか…と聞かれれば答えはNOだ。

「クソっ…もう一度だ…雄鶏乃栄光!」
「にゃああああ!」

魔物用のバフを自分に…人間に掛ける実験。
最初期から発想そのものはあった…だがしかし…うまく行った事はなかった。

「ぐ…ぐああ!」

思いっきり剣を振ろうとした瞬間体が引き裂かれるような痛みが全身を襲う。
ローウェルの指環の効果で元の数値より遥かに高い効果量を誇るようになったバフだが…。
モンスターは負荷や変化に耐えられるようにできているが…純粋な人間な僕には…この力に耐えるスペックがない。

人間は…いきなり体の出力が数倍に跳ね上がるようにできていない。
カザハの歌や太陽は……上限ごと上がる感じなので問題ないのだが…このバフだけは出力だけが上がるようで人間の僕には扱い切れない物となっていた。

「くそ…この力を使いこなせれば星蝕者だって余裕で捌けるはずなのに…」

このままでは星蝕者戦で僕は足手まといになってしまう…。なゆを助けると誓っておいてなんという体たらくか…!
なゆを救う前にそんな事で躓くわけにはいかないんだ…!

「よし!もう一度だ」

「にゃ…にゃ〜…」

――――もう無理しないでね。

「…!!」

泣きそうなカザハの顔が脳裏を過ぎる。…僕は…僕は一体なにがしたいのだろう。
一人で無茶しないって…約束したはずなのに…焦りだけで一人で勝手に突っ走って…。

「…そういえば…カザハ…どこにいるんだろう…顔見ついでに少し休もうか」
「にゃ!」

247ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/07/18(木) 02:23:21
探すとカザハはすぐに見つかった

>「この後時間ある人は……ちょっとだけ歌の練習に付き合ってくれないかな?」
>「地獄の歌唱訓練……ってコト!?」

>「お、いいじゃんいいじゃん。合唱なんて10年ぶりくらいだなあ」

「何してるんだ…?合唱?………中学生の頃はみんなから嫌われてたから練習に一度も誘われた事なかったな…。」

ふと昔のトラウマが蘇る。いや全然大丈夫だし?なんたって今はカザハ達がいるもんね。うん。

>「やかましいわ! そんなこと言ったら生徒が逃げちゃうじゃん!?
なゆ、ボランティアもいいけど息抜きに歌っていきなよ! ちなみにジョン君は強制参加ね」

「いや…別に断るつもりなんてないけれども…」

正直会いにきたのはいいんだが…話題がなかったので合唱でもなんでも話題があるのは助かる。
しかし歌が…アイドル時代は歌った事がないわけじゃないけど…大体は事前収録の口パクだったからなあ…

>「1フレーズずつ歌うから同じように歌ってね! ほらそこ、口パクしないで真面目にやる!」
>「ぶ、文化祭のやつ……!」

カザハ大先生によるスパルタ指導のおかげで参加したメンバー全員がちゃんとキレイに歌えた。
やっぱり歌はいいな…と改めてそう思えた。

塞ぎこんでた避難民達に笑顔が少しづつ戻っていく。
言語が違くても…言葉や意味が伝わらなくても…通じ合える。

>「付き合ってくれてありがとう。
これね、1フレーズでも効果を発揮するし、自分にも効くから。
役に立つか分かんないけど、ちょっとした御守りだと思ってくれたら嬉しいな。
ほら、ロールプレイ理論が本当ならそういう気持ちの問題、重要かもしれないし!
他にも教えて欲しい曲がある人は後で言ってくれれば教えるよ。
あ、なゆはもうちょっとだけ残っといて」

ジョン君はちょっとまっててと言われたので…少し離れてごはんでも食べながらまっていると歌が聞こえてきた。

ぐーっと☆グッドスマイル 今日は笑えなくても きっと明日はもっといい日になるから
のーっと☆プロブレム  取り戻すよ 君のスマイル

「なんか…すごく…アイドル路線だな」

だが…すごく笑顔になる…いい曲だ…いつものカザハとは少し違う路線だが…これもまたいい。
僕がご飯を食べ終わる頃にはカザハとなゆの周りはギャラリーで埋め尽くされていた。

>「炊き出しはじまったからさ、みんな早くいかないと冷めちゃう。
え、ぐーっとグッドスマイルもう一回? 分かった、最後にもう一回ね!」

カザハは今やみんなのアイドルだ。アンコールを終え…みんなから名残惜しそうにされている
自分で言わなきゃブレイブとすらわからない僕とは…違う特別な存在。

少し…胸の奥が痛くなった。

248ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/07/18(木) 02:23:31
「君は…どこでも人気者だね」

なんでカザハを見るとなんか…苦しいのだろう…こんな気分になったことないから…これが何なのか…今の僕にはわからない。

>「あ! ジョン君、聞いてた? 可愛らしいアイドルソングなんてガラじゃないけど……。
実はみんなが元気になってくれるように少し魔力込めてたんだ。元気、出たかな?」

「ああ…十分すぎるくらいにね!」

カザハになんて言おうか…言葉がでてこない。

生まれてからこの方…決して人付き合いがなかったわけじゃない。
アイドルになった後はそれはもうモテたしとりあえず何人も付き合ってきた。
その時に無限に相手が欲しそうな言葉を投げかけた物だ。だから…それをもう一度すればいいだけなのに…。

カザハを見ていると…心臓が高鳴って言葉に詰まる。

これは恋ではないのか?一体なぜなのか…僕には分からない…ただわかるのは…とにかく今の僕は声がでないって事だけだった。
喋りたい気持ちもあるし喋りたい事も一杯あるのに…!

「ぁ…あのカザ」

>「ところでお願いがあるんだけど……ジョン君って前衛系の体術的なスキルたくさんもってるんでしょ?
さっき呪歌教えたのと交換ってことで何か教えて欲しいな。本当にちょっとしたやつでいいからさ」

カザハに妙な事を聞かれて心の中で少し驚く。

たしかに…敵に接近された時に仕える護身術の類はいくらでも教えられる。
体格で劣っている女性用の護身術もテレビの番組内で披露して教えてことも当然ある。
しかし…カザハのような軽さを体現したような存在には近接戦闘はあまりお勧めしないというか…

やめておこう。そう告げようとした瞬間にカザハの真っすぐな目と僕の目があう

>「キミが必ず守ってくれるからそんなの必要ないって分かってるよ。
でも、何か一つでいいから、キミから貰ったものを持っていたいんだ……」

ずるいよ…真剣な目で見られたら…僕は…絶対に断れない。

「………わかった…短時間で覚えたいなら…手加減はナシだ。いいね?もし辛くなったら…」

分かってる。君はそんな事言わないって…でも…心配なんだ君が。
中途半端な力や技は人間を行かなくていい死地に赴かせる。

安全な所で…歌っていて欲しい…僕だけに。

>「……無茶聞いてくれてありがとう。ジョン君、教えるの上手だね。
やっぱりコーチ向いてるかも……! 顔が良すぎる問題は何も解決してないけど!」

「カザハ…君は筋がいい。今僕が教えた護身術を完璧にマスターして応用までしてみせた…
だからこそ言わせてくれ…自分からこの護身術を使うような事はしないと…」

鬼気迫った状態ならともかくこれを戦闘に応用して自分から相手に攻撃を仕掛けるような使い方はしてほしくない。
できるできないじゃない。この技達を使うという事は近接戦闘をするという事だ。外せば…当然自分の身が危機に陥る。

僕の教え子の女の子が…それで事件に巻き込まれた事がある。自分の力を過信しすぎたが故に侵す必要のない危険に飛び込んでいってしまったのだ。
カザハには…そうなってほしくない。

249ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/07/18(木) 02:23:43
「…小言はこの辺にしておこうか」

>「……。お腹がすいて動けなくなっちゃった……。ジョン君が作ってくれたごはん食べたいな……」

カザハのお腹がぐうう〜と大きな音を立てる。これだけの運動をしたのだ…当然腹だって減るだろう。

「そうだな…一時の情報収集とはいえ…料理人に技を教わったのに…結局振るう事がなかったからな…久々になにか作ろうか」

>「ち、ちちちちち違う! いや、違わないけど違う! 今のは心の声がうっかり出てしまっただけで……!
エーデルグーテでバイトしてた時の腕前が見事だったからつい……!
今そんな場合じゃないの分かってるから! 本当に大丈夫だから!
キミ相手だといろいろキャラ崩壊して困るんだから! キミ相手じゃなかったら、心の声うっかり出てない……!」

なんの言い訳なんだかよくわからない言い訳をかわいい顔でするカザハについクスっと笑みが漏れる。

「なにも照れる必要なんてないさ…よし!久々に作るとしよう!…材料なにが余ってるかな…準備できたら呼ぶよ」

やった〜!と喜びながらピョンピョンと離れていくカザハの背中を見て僕の心臓の鼓動がまた急激に激しくなる。

一体僕の体はどうしてしまったのだろう?もう自分の体じゃないみたいに鼓動が速くなってきて…

「カザハ!待ってくれ!」

無意識にそう叫んでいた。どうしよう…特に理由なんてないのに…思わずそう叫んでいた。
言葉がでない…自分がおかしいと…胸の…心臓の鼓動を自覚し始めたら…制御できない。

「………すまない…なんでもない…ただ…名前を呼びたかったんだ」

当然喋る事なんてないので口からでる言葉はこれだけである。

へんなの!とカザハが立ち去るのをみて僕の心臓は更に締め上げられ下のように悲鳴を上げる。
自分の体なのに自分の体ではない…もう制御できないほど胸が苦しくなる。

僕は病気なのだろうか?僕の知ってる中じゃ恋の病のような症状だけど…。
だが恋は…そんじょそこらの人より経験してきた。

誰もが羨む美女も、無限の金を持つ社長も、なんの特徴もない女の子まで。
一通りの恋愛は経験をしてきた…だけどこんな事になった事はない。

それじゃあ…僕のこの心臓病のように苦しませるこの症状は…一体なんなんだ…?


そうこうしてる内にカザハの背中が見えなくなった瞬間…僕は悟った。

「これは…そうか…これが…そうか…」

250ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/07/18(木) 02:24:08
>「――さあ、みんな集まったな。宿題はちゃんと済ませておいたか?
 適切な対策なしじゃ数の暴力だけで俺達は負ける。
 どんなプランが出てくるか楽しみだ……勿論、俺にも腹案がある

そんなこんなで時間は経ち。時は作戦会議の時間で…あるが。
エンバースの中でこんな事言われても僕の中では作戦なんて一つもない…まあいつも通りではあるが。

>「後でズルをしたと言われない為に、伏線だって張っておいた。
 ブレイブ&モンスターズの力を見せてやる――ってな」
>「つまり――管理者メニューの力でここの避難民をブレイブとして、ここに召喚し直せないかな。
 どうせマップデータが実装されたらラスベガス内に安全地帯はなくなるんだ。
 ブレイブの力があるに越した事はない。身を守るにしても逃げるにしても――立ち向かうにしてもな」

>「ああ、なるほど……バロールの権限があるなら、単純なブレイブの頭数を増やすこと自体は難しくないのか」

エンバースの案は理に適ってはいる。物量には物量を。
当然今の僕達だけでは戦ってもいくら実力差があったとしても圧倒的な人数不利は覆せない。

どんなチームゲーでも一人欠けたら取り戻すのは至難の業…と言われるくらいだし…その不利を少しでも覆せるのは悪い案ではない。が、しかしだ

>「避難民総ブレイブか……それならもうちょい戦力を高める方法があるぜ。
 研究され尽くしたリセマラの手法を駆使すれば、5分くらいで全員をグランダイト討伐レベルまで引き上げられる」

>「ブレイブ再召喚が可能なら、新規ちゃんのパワーレベリングは俺が指揮する。
 最終決戦までに準レイド級でこのセンターを埋め尽くしてやるぜ」

例えば質…どれだけ数をそろえてもボーリングのピンのように簡単に崩されては戦いにならない。
見せかけの軍隊でも作戦次第ではあるが活用方法はある…がそんな大群を用意して脅かしたところで星蝕者は喜々として潰して回るだろう。

>「ブレモンやってる人はもちろんだしブレモンやってない人もとりあえずインストールして貰えれば……。
スマホ持ってる避難民総ブレイブも理論上可能ってこと!?」

質の問題を乗り越えたら…こんどは心の問題が生じる。

…避難民の殆どの人は米軍と星蝕者の戦いを見ていたはずだ。
特別な力を授けたから戦えというのは…あまりにも酷だ。目の前で死んでいく姿を一度でも見てるであろう人達に戦場に出ろというのは…余りにも人の心がない。

「代わりの案を出さずにこんな事言いたくは僕もないんだけど…避難民を戦わせるのだけはやめないか?
せめて…数は激減するだろうけど希望制にする…とか…敵と戦わせないから大丈夫とか…戦うのはモンスターだからとか…そんな話してるんじゃない…
悲惨な光景を見た・感じた後に…中途半端な力に低い士気は…自殺のように飛び出して死に行く人や…最悪味方殺しを始める可能性だってある事を…覚えといてほしいんだ」

しかもその人間を無理やり戦いに駆り出したとして肉壁以外で役に立つことなどない。
兵士でも…一般人でも…戦場で心が折れてしまえば…待つのは死の運命だけ。

戦争という特殊な環境なら…当然味方殺しだってありえる。

避難民以外か…と考え込んでいた明神が新たな案を出す

>「同じく管理権限が使えるなら、フレンドの『助っ人機能』を活用できないか。
 世界中のプレイヤーから、パートナーを借りるんだ」

「それはいいな!………いや待てよ…フレ…ン…ド?」

ふとスマホを取り出し、フレンド欄を開く。

0人

趣味がゲームですと…恥ずかしくてリアルでは一切口に出さなかった。アイドル業が忙しくて特定の時間遊ぶという事もできなかったし…

ひたすら一人で色んな手探りでやるゲームが楽しかったからであってフレンドがいないからって僕が一人ぼっちだなんて事は。

「テレビ的な有名人だったら…ある程度知ってるけど…フレンド…フレンドかあ…うん………ごめん力になれそうにないや…」

よく考えたらゲームだけじゃなくて…そもそも現実ですら友達って呼ばれる存在がいた記憶がない…。

「………せめて…ロイがいてくれれば…な」

別にフレンドや友達がいない事は悲しくない。カザハ達のほかに別に欲しいと思ってないから。
でも…ロイの事を想った瞬間…僕は泣いていた。ポロポロと大粒の涙が落ちていくのを感じる

「す…すまない…」

僕のせいで空気が悪くなってはいけない

「と…とにかく…もし必要なら新人の兵士としての育成は任せてくれ。ブレイブの力がなくても逃げれる方法と自分第一の心構えと…緊急時の怪我の対処法…避難の仕方…色々教えられるはずだ」

僕を顔隠しながらそう言った

251ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/07/18(木) 02:24:19
作戦会議も終わり…ひと段落して…夜も更け始めた頃。

「君も忙しいのに…来てくれてありがとう…それと…さっきは…カッコ悪い所みせてしまったね」

僕は予め人払いを済ませた個室にカザハを呼び出した。
今この部屋にはカケルさえもいなく…まあどっかでなんらかの方法で覗いてるかもしれないけど…この部屋には二人しかいない。

ガチャ

カザハが部屋の奥に入ったのを確認して僕は部屋の鍵を閉める。

「どうぞ…座って?」

そういうと僕はカザハをベッドに座らせる。

部屋の中は外の惨状に目さえ瞑ればいい部屋だった。
普通の人なら見る事すら豪華絢爛な部屋…悪趣味に金ぴかに光る照明になんだがよくわからない人物のボブルヘッド人形。

「何か飲む?お酒は…飲めるの?…ワイン…はやめて…無難にぶどうジュースとかにしとこうか」

いや…豪華ではあるかもしれないけど…別にいい部屋ってわけでもねーな…金を持て余すとみんなこうな感じの部屋が好きになるのか?

「呼び出した理由?…二人っきりで少しお喋りしたいなって…いつも誰かしらいるだろ?
カケルとかさ…別にそれも嫌いじゃないけれど…どうしても…二人っきりで話したい事があったんだ」

ジュースを一口…口に運びカザハの横に腰掛ける。

「カザハ…君には本当に感謝してるんだ。…君はなんにもしてないっていうかもしれないけど…
僕にとって君の存在は道を踏み外さない為の…道しるべになってるんだ」

人間してのジョンは…間違いなくなゆ達みんなと…そしてなによりカザハに支えられていた。
みんなに支えられて…僕は今ここに存在している。それだけは絶対に間違いない。

でも僕がカザハをここに呼び出したのはその事の感謝を伝える為ではない。

「それで…えっと………あ〜やっぱり僕にはエンバースみたいな気の利いた言い回しは無理だな…よし」

僕も一世一代の大勝負の時くらい…とってもキザに行こうと思ったが…慣れてない事を無理やりやってカザハに不審がられている。
まどろっこしいのは僕には無理だ。ただでさえ心臓が爆発しそうなくらい跳ねているのに。

「今まで…なあなあで伝えてきてしまったけど…改めて…ちゃんと伝えよう」

カザハの手を取り…目の前に跪く

「僕だけの歌姫になってくれませんか」

カザハの目を真っすぐ見る。

「本当は…なゆを救ってからにする予定だったんだけど…もう我慢できそうにないんだ」

返事を聞かずカザハの手の甲にキスをする。

「これは自分でも意外だったんだけど…僕って結構独占欲が強いみたいでさ…さっきカザハがアイドルのように扱われて囲まれている時…とっても胸が苦しくなったんだ
そしてその後訓練した後…歩き出す君の背中をみて…あぁ…なんで僕の為に歌ってくれないんだろう…って…一人で勝手に思ってしまった…」

おかしな話だよね…別にカザハはだれの物でもないのに…と消えそうな小声でそう呟き…少し気まずくなり引きつり笑いをしてしまう。

「その時気づいたんだ…これが僕が今まで経験したなによりも違う…【愛】なんだって…」

今まで経験した恋愛は…全て違う…別物なんだって気づいたんだ。
離れて欲しくない。近くにいてほしい。愛して欲しい…僕の為に歌ってほしい…。

生まれて初めて…僕が感じた…感情だった。

252ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/07/18(木) 02:25:08
「もちろん君が…みんなの前で歌うのをやめろとは言わない…ただ…僕の為に…歌ってほしい…同じくらい…僕の方が多めがいいな…」

溢れ出る僕の気持ちが…僕を突き動かす。
殺人の…戦いの衝動に突き動かされている時以上の・・・感情が僕を走らせる。

「僕は…僕の人生を全てを捧げる」

もちろんシェリーとロイのへの贖罪は残っているので…少し付き合ってもらう事にはなるけど…それ以外なら全てを捧げてもいい。
なにを要求しても…カザハからなら…僕は全てを受け入れる。

「僕の歌姫に…なってくれますか?」

その答えを聞いた瞬間僕はカザハをベッドに押し倒す。

「カザハ…分かってるんだろ…君がかわいい反応をすればするほど…僕がやっとのことで留めている理性がなくなってくって…!」

魔法込みならともかく純粋な力比べでは僕には勝てない。
しかもお互いの息が掛かるような0距離でカザハになすすべ等ない

かぷ

僕はカザハの首元に噛り付く(もちろん甘噛みで!)
…今僕はどんな顔しているんだろう?カザハは?静かな部屋に驚いているカザハの吐息しか響かない。

「ぷはあ………今はこれだけで我慢してあげるね」

僕は自分の唇を指でなぞりながら…感触を確かめると共に…。

「この続きは…世界となゆを救ったらね」

共に…

「じゃ…僕は部屋に帰るね…お休み…カザハ」

バタン

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」

扉を閉めた瞬間声にならない声が静かに僕の口から飛び出す。
確かに止まらないと決めた。だけど…だからって…やりすぎじゃないだろうか!?
感情にあまりにも素直に振り回されすぎじゃないか?…こんなの黒歴史確定じゃんか!

あぁ…くそ…今までマジメに恋愛してこなかった自分が恨めしい。

「でも…自分を押し殺すよりよかった…のかも」

深く考えていてもしょうがない…僕は決めたのだ…。

自分の…決して誰の物でもない…自分だけの…エゴを自覚した以上…何があろうとそのエゴを貫き通すと。
世界の平和も…なゆの命も…カザハの隣も決して…誰にも…絶対に譲らないと。

今まで誰かが求めるなら道を空けてきた人生だったが…どんな奴がこようと今回こそは譲れない。

「ゲームスタートだ…なんてね」

私利私欲のこの気持ちを…誰にも否定させない…自分自身にも。

【避難民ブレイブ化反対】
【フレンド…0人】
【兵士としての生存術叩き込む教官役に志願】

253崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/07/27(土) 22:43:49
崇月院なゆたの死が迫っている。
エンバースからのそれとない情報提供もあり、ある程度の確信をもって、
カザハたちはみのり、ウィズリィと密談を始めた。

>今のままだとすごく多勢に無勢だからどうにかしないとと思って……。
 ところで、こっちの世界に来るゲートって開いたままなの?
 アルフヘイム側のブレイブってたくさん召喚されてたよね。こっちに来てもらう事は出来ないかな?

>いいなそれ。だったらマル様親衛隊の狂犬どもを喚んでこようぜ。オマケでマル公本体もだ。
 連中はニヴルヘイム側のブレイブだけど、今更どっちの陣営かなんか関係ねえしさ

>勝手に召喚しといて世界がヤバイから手伝え…なんて言われていきなり手伝ってくれる奴が…何人いるのか…?

この旅で知り合ったマル様親衛隊に、ユメミマホロ。
修行に行くと言ってリバティウムで別行動を取ることになった赤城真一、そしてメタルしめじこと佐藤メルト。
他にも――現在生存しているかもしれない『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を、
この場に召喚して戦力に当て込めないかという提案である。
そのアイデアに明神は一も二もなく賛成したが、対照的にジョンは懐疑的な眼差しを向ける。
そして、宙に表示されたディスプレイ越しのみのりも、また難色を示した。

《結論から言えば、出来へんことはのうおす。
 ……せやけど、“それ”を……うちらがやってもうてもええんやろか?
 “それ”は……タブーじゃあらしまへんの?》

「どういう意味かしら」

アシュトラーセが疑問を口にする。

《……うちらは元々、お師さんの都合で無理矢理召喚された、単なる一般人や。
 それまでの平和で快適な世界から、そこいらじゅう殺意に満ちたモンスターの闊歩する、
 中世レベルの文明しかない崩壊しかかった世界に放り出されて『戦え』と言われたんや。
 今までニワトリ一羽も捌いたことさえない人間が『敵を殺せ、自力で生き残れ』と――。
 その理不尽に、うちらがどれほど憤ったか……忘れた訳やあらへんやろ》

何も『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は自分たちのように幾多の死線を潜り抜けてきた猛者ばかりではない。
この世界に順応できずリタイヤしたマル様親衛隊のスタミナABURA丸や、
旅よりも防衛を選択したしめじのように、戦いに向かない人間も大勢いる。

《ただ『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』だから言うて、無理矢理召喚して、
 あないに怖ろしい『星蝕者(イクリプス)』との戦いに駆り出す、ちうのは――
 お師さんがうちらにしたことと同じやあらへんの?》

「な、ならばこういうのはどうじゃ? きちんと説明して、戦いたいと希望する者だけ招集すれば……」

《ええアイデアやねぇ。でも、それは『時間に余裕があるとき』の話や。
 今はとてもそんな悠長なことは言うとれまへん。
 第一、うちらだって現状を把握するまでに相当な時間を有したんやよ?
 今まで前線にも出とらん『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』に、実は全部ゲームの世界で、侵食はデータ削除で、
 SSSっちう別ゲームが攻めてきて……なんて説明して、すぐ納得して貰えると思うとるん?》

「ぅ……」

《猫の手も借りたい、っちう状況なのは百も承知や。
 せやけど、その上で。うちは最後の一線だけは踏み越えとうないと思う。
 負けて死んだら元も子もあらへん、勝つためにはどんな手でも使う……それはそれでひとつの考えや。間違いやない。
 それでも……や》

みのりの淡々とした説明に、さしものエカテリーナも黙った。
そもそも現存する『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が果たしてどれほどいるのかも不明だし、
確証のない希望に縋るべきではない。残存『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の召喚計画は頓挫した。
だが、みのりはただ否定的な意見だけを述べて皆の意気を阻喪するだけの無能な軍師ではない。

>ところで明後日の戦いって、全世界に配信出来たりする……?
 逆に音声の受信は? ブレモンの曲演奏出来る人なら結構いるだろうからさ。
 呪歌って参加人数が多い程出力が上がるんだよね

《はいな。『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の召喚は反対やけど、配信は可能や。
 それなら、各地に散らばった『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』も視聴できるやろし、
 音声も受信できるようにしますわ。戦場で直接生死を懸けた斬った張ったをせんでも、
 力になることは出来る――》

全世界規模の配信で、世界中のブレモンプレイヤーや視聴者に呼びかけることが出来れば、
きっとそれは大きなうねりとなって戦いの趨勢に少なからぬ影響を与えることだろう。
ただ、そこまでのムーヴメントを自分たちで起こすことが出来れば……の話だが。

>こっちの世界のブレモン運営の上層部って上の世界のブレモンの会社の社員か何かが潜り込んでるんじゃない!?
 希望してその部署にいるんだとしたら、きっとブレモン好きな人達だから協力してくれるよね……!

>ゲーム内でアバター使って活動するインゲームGMって概念はあるっちゃあるけど……
 仮にバロール以外の『上の世界』の人間とコンタクトできるなら、もう直接ローウェルぶん殴ってくれって頼めねえかなぁ。
 あいつぜってえ社内でもヘイト溜めてるだろ。独断でビジネス一個ぶっ潰してるしさぁ

《それは、うちにも分からしまへんわ。
 お師さんやローウェルと違って、うちは上の世界のオフィス……があるならの話やけど……で仕事しとる訳やあらへんしなぁ》

「おや賢兄、どちらへ?」

「ションベン」

皆が侃々諤々と議論する中、それまで無言で柱に凭れ掛かって話を聞いていたアラミガは、
アシュトラーセにひらりと右手を振ってその場から立ち去った。

254崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/07/27(土) 22:52:52
>実はもう一つ相談したいことがあって……

表向きの作戦会議が一旦落ち着くと、カザハは意を決して口を開いた。
それにタイミングを合わせ、明神がずばりと真相に迫る。

>なゆたちゃんがあと2、3日で死ぬってマジ?

「――――――――……!!!」

明神の問いはなんの裏付けもない、ただのカマかけだった。
が、まったき善性の存在であるみのりとウィズリィには、そんな稚拙で単純な作戦でさえ充分だったらしい。
ディスプレイ越しにふたりが固まる。機材のエラーではない、画面を通して見ても、
みのりとウィズリィの顔が強張ったのは明白だった。
それは本来であれば一笑に付すべきであろう明神の戯言が、真実だということの確かな証明であった。

>……マジかよ。マジの話なのかよ

「……」

>ふざけやがって。またかよ。また俺達は蚊帳の外かよ……!

血を吐くような声音で明神が言う。
みのりは唇を噛み締めた。
根も葉もない話だ、デタラメだと、否定することが出来れば楽だったろう。
だが、できなかった。
なぜならば、なゆたの望みの全てを受け入れたみのりさえ、
単に『受け入れた』というだけで、『納得している』訳ではなかったからである。

>……石油王。俺達はもうあいつの現状をだいたい知ってる。そんでそれに一個も納得してない。
 正確なタイムリミットを教えろ。2、3日ってのは30時間の猶予から逆算したどんぶり勘定だ。
 それから、あいつの身体に何が起きてて、なんで今はあんな元気なのかも。
 お前ら二人が何もせず見送ろうとしてるとは思えん。思いつく限りの対処法は試したんだろ。
 試行錯誤の結果を全部共有してくれ

《……そうよ。
 ナユタは死ぬわ。あと三日後……いいえ、もう二日と半分といったところかしら。
 彼女の身体はもうボロボロなの。生きているのが不思議なくらい……。 
 神にも等しい上位者の権能――『銀の魔術師』の力を使い続けるには、徒人の身体はあまりに脆弱すぎた。
 でも、使わざるを得なかった。先へ進むために》

口を噤んだみのりに代わり、ウィズリィが言葉を紡ぐ。
なゆたが銀の魔術師モードを使用したのは聖都エーデルグーテでの『永劫の』オデット戦、
暗黒魔城ダークマターで管理者メニューを開いた際、そしてリューグークランの対マイディア戦の、計三回。
たった三回。それだけでなゆたの身体は消滅の危機を迎えるほどに綻び、崩れかけてしまった。

《彼女のたっての希望よ。平穏に安静に余生を永らえるより、あと三日。世界を救って消えたい……と。
 私たちの権限では、消えてゆくデータを復元することはできないわ。侵食が不可逆な消滅であるのと同じように。
 だから、せめて……私とミノリは彼女に出来る限りのバフを与えた。
 彼女が最期の戦いを、自らの望むまま行えるように》

《…………他に、どないしたら良かったっちうんや!?
 うちらはなゆちゃんが一本気なこと、ようく知っとる!
 戦いを他人に任せて安静にするなんて、そんな道を絶対選んだりせぇへんことも!
 なら……なゆちゃんの願いを聞き届けてやるより他にないやろ……!》

双眸に涙を滲ませ、みのりが叫ぶ。
管理者権限を行使できるようになり、大きな力を得たみのりであったが、全知全能という訳ではない。
出来ることが従来に比べて圧倒的に多くなったというだけで、何もかもが出来るようになった訳ではないのだ。
真に何でも出来るのなら、今頃とっくになゆたを全快させ、死者を復活させ、
ローウェルをこの世界から叩き出しているだろう――しかし、勿論そんなことは不可能だ。
だから、せめて自分たちに出来ることをした。それだけなのだ。

>……絶対死なせねえ。何が何でも留年させてやる

明神が呻く。

>二人ともありがとう…話してくれて…その気になればいくら僕達が追及しても…
 しらばっくれられたろうに…正直に話してくれて…
 
ジョンがみのりとウィズリィに礼を述べる。

>安心してくれ…僕が…僕達が…必ずなゆを救って見せる。不可能?知ったことじゃないね!
 今までどんな不可能だって可能にしてきた!…だから
 だから…信じて…手伝ってほしい。みんなが諦めなければ…きっと救えるから!
>何か気づいた事があったらすぐ連絡してくれ………通信終了

密談は終わった。
しかし、対SSSの作戦は兎も角、なゆたを救うという話題においてジョンらは何ら有効な解決策を見出せなかった。

255崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/07/27(土) 22:58:19
>よう

エンバースが真正面に立つと、膝を抱えて体育座りになっていたミハエルはのろりと億劫そうに顔を上げた。

>世界を救う。俺とまたデュエルをする。それだけじゃお前が立ち直るには足りないか?

「……」

濁った瞳でエンバースを見遣りながら、ミハエルは口を噤む。

>はあ……俺との再戦はそんなに魅力的じゃないか?なら仕方ない。本当は誰にも言うつもりはなかったんだが――
>『やってしまった事。起きてしまった事。俺が全部なんとかしてやる』……あの時、俺はそう言ったよな。
 これは別に、お前から情報を聞き出す為の方便じゃない。だが――確かに俄かには信じがたいのは認めよう。
 お前がいまいち俺との再戦を待ち望めないのもそのせいなのかもしれないな。だが――俺には出来る

自信たっぷりな様子で、エンバースは徐に屈み込むとミハエルと視線を合わせた。

>何故なら――俺はこの世界の神になるからだ。魔王は、世界を統べるものだろ?

「……」

>この世界の新たな魔王になる。それはつまり――バロールと同等の立場になるって事だ。
 俺にはその素質があった――いや、違うな。今でもその素質がある。
 なにせ今の俺は――かつてのハイバラよりも強い
>このプランはお前にとってもかなり好都合だ。なにせ俺がこの世界の神になっちまえば――
 もう一ブレモンプレイヤーとして競技シーンに参加する事は出来ないだろう。
 つまり――お前はチャンピオンに戻れるって訳だ
>繰り上がりのチャンピオンにな

あからさまな挑発だ。誇り高かったかつてのミハエルなら、到底我慢できない侮辱的な発言であろう。
しかし、ミハエルはまだ何も言わない。ただ無気力だった視線に、呆れの色が混ざっただけだ。

>……なんだよ、その目は。それじゃ不満か?もしそうなら――お前が止めに来ないとな
>俺はSSSを撃破する。ローウェルもブチのめす――そしてこの世界の神になる。
 その時、今度はお前が俺に挑戦しに来るんだ。
 繰り上がりなんかじゃない、チャンピオンの座を取り戻しにな

言いたいことだけを言って、エンバースはさっと踵を返す。

>……ああ、そうだ。今の話、誰にも言うなよ。お前がいつまでもしょぼくれてるから仕方なく教えてやったんだからな

だが、そう言い捨ててその場を後にしようとしたところで。

「……本当に、そんなことが出来ると思っているのかい」

不意に、エンバースの背中へミハエルが静かに声を漏らした。

「今の君は、かつての君よりも強い……それは認めるよ。君は実際、今までのどの君よりも強い。
 望めば魔王にもなれるだろう。この世界の神にだって、きっとなれるのだろうね――けれど、そこまでだ。
 大賢者をぶちのめす? この世界の創造主、開発者を? どうやって?」

相変わらず膝を抱えたまま、ミハエルはエンバースへ疑問をぶつける。

「君たちの話は聞いていたよ。君がわざと僕に聞こえるように流した、SSSとの交渉も。
 君たちはさも簡単なことのようにローウェルを倒すと言うけれど、具体的な作戦はあるのかい?
 確実にローウェルへ有効だとされる攻撃方法があるのか? どうすれば倒せるとか、何をすれば殺せるとか、
 手段は確立されているのかい?」

ローウェルに『ブレイブ&モンスターズ!』の価値を認めさせ、サービス終了を取りやめさせるという和解案も出ているが、
今のところはローウェルを排除し、自活の道を探るという論調が優勢である。
だとすれば、此方がローウェルを撃破する手段を有していることが大前提となろう。
しかし、今のエンバースらはローウェルの属する上位者とやらが何なのか、どうすれば倒せるのかのヒントすら持っていない。

「それに、君たちがローウェルと対峙したとして、ローウェルが何をしてくるかの対策は?
 ローウェルはプロデューサーだ。当然まともなデュエルなんてしてくるはずがない。
 ローウェルにとって三つの世界は、ボタン一つで容易に削除できてしまう薄っぺらなデータに過ぎないんだ。
 君がこの世界の神になったところで、ローウェルに対しては何のアドバンテージにもならないんだよ。
 だというのに、お題目のようにローウェルをぶちのめす、未来を勝ち取るなどと……。
 気軽に言ってくれるじゃないか……!」

気付けばミハエルは声を荒らげ、エンバースの背に叫んでいた。
理路整然と思考し、ロジックの上に勝機を見出すミハエルにとって、上位者は未知の相手に過ぎる。
それでなくとも相手はキングヒルに集結していたアルフヘイム軍数十万を一瞬で消滅させ、
ラスベガスに壊滅的な被害を齎し、気分で侵食を発生させられるような手合いなのだ。
ただただ何の根拠もなく、勇気と情熱だけで物事を突破しようとするアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちに、
憤りを感じるのも無理からぬことだ。

「……けれど。
 理論上突破不可能な困難を、理論以上の方法で乗り越えてきたのが君たちだったな……。
 『人間は神の失敗作に過ぎないのか、それとも神こそ人間の失敗作にすぎぬのか』 
 君たちがもし、今回も奇跡を起こすことが出来るのなら――」

ニーチェの言葉を引用し、小さく吐息する。
ミハエル・シュヴァルツァーは数理の徒である。
法則と規則に基づく数式に奇跡は起こらない。よってミハエルは奇跡を信じない。
だが。
アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が奇跡を起こしうる存在だということは、
数式以上に確かな事実だと思うのだ。

256崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/07/27(土) 23:02:24
>聞け、なゆた。俺みたいになりたいなんて言わなくていい

不意に、エンバースがなゆたの両肩を掴む。
なゆたは驚いて、ほんの僅かに息を詰まらせた。

>俺がタフに見えるなら、それは俺が一度死んでるからだ。もう……壊れているからだ。
 何もかも失って、もう戻る場所もない。俺には今だけだ。だから――とことんやれるんだ
>お前は、違うだろう。管理者メニューを底までひっくり返せば、延命の方法が見つかるかもしれない。
 ローウェルをブチのめした経験値でレベルアップすれば寿命が伸びるかもしれない。
 バロールはがまだ生きてるかもしれないし、シャーロットだってローウェルが失脚すれば戻って来るかもしれない

エンバースの眼窩で、双眸がまるで石炭のように赤熱している。
半身が生身に戻ろうとも、其処だけは変わらない。エンバースが未だ死者であることの証だ。
その瞳を、なゆたは真っ直ぐに見詰め返す。

>お前はまだ生きてる。お前が生きたいって思ってくれるなら。
 お前の気持ちが弱って、心が折れても……俺はその方がずっといいよ
>……戦いが終わったら、二人でチームを組んで大会に出ようって話、したよな。
 他には何かないのか?俺は……本当は、お前と色んな場所に行きたい。色んな事がしたいよ。
 お前がどんなものが好きで、どんな場所で、どんな顔をするのか……本当は、もっと知りたい

「……優しいね、エンバース」

エンバースが肩に乗せていた右手を持ち上げてなゆたの頬に触れる。
告白めいた言葉を告げた後、うなだれるエンバースの態度に、なゆたは軽く眉を下げて微笑んだ。
その表情は或いは、今にも泣きそうなものにも見えたかもしれない。

>お前はどうだ……?俺の事を……どれくらい知ってる?
>……悪い。こんな事言われても、困っちゃうよな

普段のシニカルで、自信満々なチャンピオンといった佇まいからは想像もできない、小さな声。
その声を聞くと、なゆたは頬に触れるエンバースの右手にそっと自らの手を重ねた。
すり、とエンバースの手のひらに軽く頬を懐かせる。

「……マイディアさんが言ってたよ。
 ハイバラは……思わせぶりなことを言って、こっちをその気にさせて。
 そのくせ、肝心な時にこっちを見てくれない……って。
 相当待たされた、って」

生きたいと思ってほしい。色んな場所に行きたい。なゆたのことをもっと知りたい――
エンバースが告げたそれらの言葉は、勿論彼の本心ではあるのだろう。混じりっ気のない気持ちに違いない。
しかし。

「さすがマイディアさんだね。彼女の言う通りだった。
 エンバースは、ずるいよ。
 わたしが犠牲になることを決めた後で、そんなこと言って」

誰も傷つかず、命を喪いもしないグッドエンド。そんな結末を安易に望めるほど、大賢者ローウェルは甘い相手ではない。
シャーロットから引き継いだ記録を保持しているなゆたは、それを誰よりも理解している。
たかだか自分ひとりだけの力で、勝利を掴み取れると思うほど自惚れてはいない。
が、もしも誰かが犠牲になることで勝率を幾許かでも上げられるというのなら、それには自分の命を使うべきと思う。
衝動的な感情ではない。なゆたの17年の人生観に基づく結論である。
誰かの死の許に自分の生が成り立つこと、なゆたはそれを良しとしなかった。

「もし、わたしが死ななかったとして。
 その代わりに他の仲間たちやよく知る人たちが犠牲になるようなことがあったら……。
 わたし、きっと一生後悔すると思う。
 あのときもっと何かできたんじゃないか、もっと頑張っていれば……って……。
 前に、わたしの育てのお母さんの話したよね? あのときの気持ちは、もう二度と味わいたくないんだ。
 それなら、わたしは悔いの残らないようなやり方を選ぶよ。
 わたしでも役に立てたって、やり切ったって、笑顔で終われるように」

かつてジョンに馬車の中で語り、それから明神らパーティーの仲間たちにも話した、育ての母親のエピソード。
治療不能の難病に苦しむ母親に対して、なゆたは何も役に立つことが出来なかった。
成す術もなく衰弱し死んでゆく母親を目の当たりにして、なゆたは手をこまねいていることしか出来なかった。
その無力感が、悔しさが、未だに胸の奥にトラウマとして深く突き刺さっている。
誰かが被害を蒙るなら自分が。それはなゆたの絶対的な思考の支柱であった。
ただ――今現在、唯一それを揺るがす存在がいるとするなら――。

「ね……教えて。
 あなたがそんなに優しいのは、わたしが消えかかっているから?
 三日後には跡形もなく消滅して、この世界からいなくなってしまうから?
 それとも……」

――好きだから?

なゆたはほんの僅かに身体を傾がせ、エンバースに凭れ掛かった。

257崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/07/27(土) 23:08:58
エンバースとの時間を終えると、なゆたは再度ボランティアに加わった。
やらなければならないことは無数にあり、どれだけ時間があっても足りるということはない。
避難キャンプ化したワールド・マーケット・センターの中は周りを見回せば、どこもかしこも助けを必要としていた。
しかも、自分たちがこのセンター内に収容できたラスベガスの人間は全被災者の数パーセントにすぎない。
センターの外では、まだまだ救いの手を待ちわびている人々がいるのだ。
それから、人間以外――ニヴルヘイムからやってきたモンスターたちのことも気にかかる。
モンスターだって生きている。そして、これからも生きたいと思っている。そもそも彼らは滅びゆく世界から、
生き残るためにこの地球へ遣って来たのだから。
生きてゆくためには、何よりも捕食をしなければならない。そんなとき、無力な人間たちは格好の餌であろう。
ミハエルが敗れ、SSSの襲撃を受けたことでニヴルヘイムの指揮系統はとっくに崩壊している。
既に一部のモンスターは野生化し、地球の人々を襲い始めているらしかった。
イブリースが外へ出てそういったモンスターの指揮の再統合をしているが、一度散らばってしまった軍勢を纏め直すのは難しい。
せっかく破壊と殺戮を免れて生き延びた生命だ、討伐などしたくはない。
が、彼らが人間を襲うなら、最悪それも念頭に入れなければならないだろう。

「イブリース、わたしも行くよ」

「……モンデンキント。しかし……」

今日何度目かの同胞の捜索に赴こうとするイブリースを呼び止めると、兇魔将軍は僅かに躊躇うそぶりを見せた。
イブリースもまた、遠巻きながら明神らとみのりの密談を聞いて事情を把握している。
無理をさせて消滅を早めでもしたら、と危惧しているのだろう。
しかし、なゆたはまったく斟酌しない。

「大丈夫! 平気だよ。それに、わたしも三魔将もどきみたいなものだから!
 説得も捗るかもしれないよ。何ならガザーヴァも呼んできて、三魔将揃い踏みで行こうか?」

足許にポヨリンを従え、とん、と右の拳で自分の胸を叩く。
確かに、ニヴルヘイム最高戦力の三魔将が全員揃った方がモンスターを従わせるには都合がいいだろう。
と、

>この後時間ある人は……ちょっとだけ歌の練習に付き合ってくれないかな?

何を思ったか、カザハが仲間たちへ歌唱訓練の呼びかけをしているのが聞こえた。
せめて緊張を解きほぐし、暗い雰囲気を払拭しようとの配慮だろうか?

>なゆ、ボランティアもいいけど息抜きに歌っていきなよ! 

「……いや、わたしは……」

そんなことをしている暇はない。
消滅までの時間は限られている。最期の瞬間に自分はやり切ったと、出来る限りの手を尽くしたと納得できるように、
救いの手は少しでも多く差し伸べておきたい。そう考えれば、呑気に歌っている暇などないのだ。今は一分一秒でも惜しい。
というのに、今日に限っては妙に押しの強いカザハによって、半ば無理矢理歌の練習に付き合わされることになってしまった。

「イブリース、ごめんね」

「いいや、気にするな。――あの方も、よく花園で小動物たちに歌を歌っておられた。
 今のお前は少し気を張り詰めすぎている。最終決戦に備え、一息つくのも重要なことだ」

なゆたの謝罪にそう言って微かに口許を笑ませると、イブリースは巨翼を羽搏かせてセンターから飛び立っていった。

>1フレーズずつ歌うから同じように歌ってね! ほらそこ、口パクしないで真面目にやる!

音楽の教員免許を持っているとかいうカザハの指導の下、歌の練習をはじめる。
元々なゆたは歌は苦手ではない。というか得意な方だ。
女子高生をやっていたときはよく放課後に友人たちとカラオケに行っていたし、
何なら実家の寺のお堂には檀家向けと銘打った父のカラオケセットもあった。ユメミマホロの動画やmp3をヘビロテして、
振り付けや歌詞を完コピしたことだってある。
はじめのうちは渋々といった様子で歌っていたのだが、やはり大きな声で歌うとストレス発散になる。
レッスンが終わるころには、ノリノリで歌っていた。

>あ、なゆはもうちょっとだけ残っといて

そうして楽しい気晴らしのひとときが終わると、なゆただけが呼び止められた。

「?」

>ごめんね、引き留めちゃって。聞いて欲しい歌があるんだ――

手近な椅子に腰掛け、カザハの反応を待つ。
カザハとカケルはなゆたの前で徐に、今まで聞いたことのない歌を歌い始めた。

「……カザハ」

>今までになゆから聞いた話を繋ぎ合わせてみたんだ。君は世界最強になるまで止まるタマじゃないでしょ?
 それから……瀕死にならないと発動しない力なんて……そんなのやっぱり使ったら駄目だよ!?
 なゆは最強のスライムマスターだから、銀の魔術師モード使わなくても戦える……!

歌い終わったカザハの目はいつになく真剣だった。
その声から、本気でなゆたを心配しているのがありありと伝わってくる。だからこそ、なゆたも理解した。
カザハは必死だ。心の底からなゆたを心配している、気遣っている、大切にしたいと思っている――

消滅に気付いている。

258崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/07/27(土) 23:18:53
どうして、エンバースとなゆただけが共有している秘密をカザハが知っているのか、それは分からない。
だが、いつもおちゃらけて意味不明なことしかしないカザハがここまで必死に説得を試みてくる態度は、
カザハが此方の消滅を知っているという証左に他ならない。
束の間、なゆたは眉間に皺を寄せてカザハの顔を見詰めた。
ただ、それもごくごく短い間のことである。軽く息をつくと、なゆたは小さく笑った。

「わかったよ。カザハにそこまで言われちゃ仕方ない。
 銀の魔術師モードは、もう封印。二度と使わないよ、約束する」

ことりと首を軽く傾げ、それでいい? と問う。
カザハに言われるまでもなく、もう既にみのりから銀の魔術師モードの封印を言い渡されている。
此方としても、使用直後即時消滅という事態は避けたい。今その約束をカザハと交わしたとしても、何の問題もない。

「素敵な歌だったよ、ありがとう……元気出た。
 世界最強――ふふっ、そうだね。
 わたしはモンデンキント。最強のスライムマスター、月子先生だから。
 見ててよカザハ、わたしは自分自身の力で――絶対ローウェルをやっつけてみせるから!」 

むん、と右腕に力瘤を作ってみせる。
それからなゆたは束の間立ち上がると、近くにある自販機でそれぞれ紙コップに入ったコーラとオレンジジュースを買った。

「ね、折角呼び止めてくれて、こんなかっこいい歌まで聴かせてくれたんだし。もう少しお話ししようよ。
 わたしたち、考えてみればこんなにふたりきりでゆっくり話すことって、あんまりなかったよね。
 こんなにも長い間、旅をしてきたのに」

カザハにコーラの入った紙コップを渡し、元いた椅子に座り直すと、
隣の座席をぽんぽんと叩きカザハに腰掛けるよう促す。
言われたとおりカザハが座るのを見届けると、なゆたは両脚をうーんと伸ばし、軽く天井を仰いだ。

「ああ、本当に……長い旅だったねえ。
 覚えてる? エーデルグーテでオデットに会う前、みんなで街を散策したときにさ――」

取り留めもなく、なゆたは今までの旅で起こったことを思い出しては唇に乗せてゆく。
楽しかったことも、苦しかったことも、今となってはすべて良い思い出とでも言うように。

「……昔、お父さんが説法で言ってたんだ。
 人間は……ううん、すべての命は、みんな……何か役目を持って生まれるって。
 でも、大半の命はそれが何なのか見つけられずに一生を終えるんだって。
 自分に課せられた役目を見つけられるのは、とても幸せなことなんだって……。
 その点、カザハは凄いよね。ちゃんと、自分に課せられた役目を見つけることができて」

カップを両手で持ち、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「わたしは……誰かの役に立ちたい。困っている人を助けたい。
 それがわたしという命の果たすべき役目なんだって、ずっと信じてきた。
 灯なき人の灯りに、杖なき人の杖に、牙なき人の牙に。そんな人間になりたい。
 ……この旅じゃ、逆にみんなに助けられてばかりだったけどね」

育ての母と死別して以来、なゆたはずっと自らの無力を呪って生きてきた。
それは歪んだサバイバーズ・ギルトであったのかもしれない。
『ブレイブ&モンスターズ!』にまつわる冒険の日々は、そんななゆたが自身の無力を返上するための、禊の旅路であった。

「でもね……こんなわたしでも、やっと。この旅を終えて、世界を救うことで……
 役に立てたって、誰かを救えたって。胸を張って言うことが出来そうなんだ」

なゆたの自己犠牲の精神が大なり小なり、大本であるシャーロットのパーソナリティに影響されているのは事実だろう。
しかし、なゆたはシャーロットの影でもなければ傀儡でもない。なゆたは一個の人格としてこの道を選択している。
崇月院なゆたという命が何のために生まれて、何のために生きるのか。それを証明するために。
持って生まれた役目を完遂するために。

「――『♪きっときっと 辿り着く 最高のエンディング』――か。
 カザハの作ってくれた歌の通り、わたしは……わたしたちは絶対に、最高のエンディングへ辿り着く。
 だから……最期まで見ててね、語り部さん。
 わたしのこと――…」
 
例え、完遂後に死が待っていようとも。

259崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/07/27(土) 23:41:32
>……俺も愛してる。だから交換しよう。
 お前がそうであるように、俺もお前のしてくれることに全力で応える。
 お前がピンチの時は誰よりも早く助けに行く。お前が笑ってくれるなら、俺も腹が捩れるくらい笑う。
 お前が傍にいてくれるなら――

「……」

明神の告白を、ガザーヴァは胸元をきゅ……と右手で握りながら聞いた。
『愛してる』と言ったら、『愛してる』と返ってくる。
この世にこれほど幸せなことが、果たして他に存在するのだろうか? 
あまりにも大きすぎる幸福に、頭がクラクラする。泣きそうになってしまう。
僅かでも気を抜けば膝が砕け、その場にへたり込んでしまいそうになる。
けれども、立っていなければならない。聞いていなければならない。気丈にしていなければ。
きっと明神はこれから、自分が一生に一度しか聞けないことを言うのだろうから――。
嗚呼、なのに、

>……この戦いが終わったら、結婚しよう

そんな、聞き間違えようのないプロポーズの言葉を告げられたなら、もう無理だった。
ピジョンブラッドの大きな双眸に、みるみる大粒の涙が滲む。それはやがて頬を伝い、輝く雫となって落ちた。
明神と向き合ったガザーヴァは唇をわななかせ、何か言おうとしたものの、うまく行かずに一旦口を噤んだ。
そして小さく吐息し、少しの間を置いて自身の気持ちをどうにか落ち着かせると、

「……はい……!」

零れる涙もそのまま、とっておきの笑顔でにっこり微笑むと、確かに頷いた。
偽りの星空の下、偽りでない愛情が実を結ぶ。
感極まったガザーヴァは明神へ勢い良く抱き着くと、そのまま仰向けに押し倒してしまった。

「へへ……」

明神を押し倒しても、ガザーヴァはまったく悪びれない。
どころか明神の上に馬乗りになって小悪魔めいた表情を浮かべると、ぺろりと小さな舌で唇を舐めてみせた。
そして上体を伏せ、明神の頬や唇の端に幾度も淡い口付けを落とす。
言葉では伝えきれない自分の心の中にある想いを、愛情を、少しでも伝えようというように。
無から有を創造する魔王バロールの『創世魔法』によって生み出されたものは数多い。
螺旋廻天レプリケイトアニマ。タイラント。天空魔宮ガルガンチュア。たくさんの魔法に、たくさんの武具。
魔王軍を構成するモンスターたち、そして――幻魔将軍ガザーヴァ。
数多の魔王の被造物の中で、唯一ガザーヴァだけが愛を求めた。
初めは、バロールから与えられた偽りのぬくもりを取り戻すために。
二巡目の世界に蘇ってからは、誰かのコピーではない自分自身の存在する証を残すために。
そして今は――ただ、目の前の男と共に生きるために。

「ボク、いいお嫁さんになるよ。
 料理とか、掃除とか、全然したコトないケド……頑張って勉強する。
 明神の好物のトンカツ、いっぱい作って食べさせてあげるから!
 もちろん、この旅が終わったら明神のご家族にもちゃんとご挨拶する!
 でも、ミズガルズにはダークシルヴェストルなんていないんだよな。
 いきなりボクみたいなのが押しかけたら、ビックリさせちゃうかな……?
 それにボク、嫌われ者の幻魔将軍だし……。」

キスの雨を降らせる合間、ふとそんなことを言う。
確かに突然褐色肌で耳の尖った少女が『フィアンセです』と言って現れたら、地球の人間はさぞかし驚くに違いない。
アルフヘイムの魔物が大挙して地球にやってきている現状で、今更の問題かもしれないが。
ついでに明神とガザーヴァは外見年齢も結構離れている。

「明神のパパとママがボクの義理のパパとママになる……ってことは、
 ボクのパパも明神の義理のパパになる……ってことだよな? あー……大丈夫?
 それに、マゴットも義理の弟だし……。え、待てよ? するとひょっとしてバカザハも……?
 う、うぇぇ……それはヤだなぁ……」

バロールの娘であるガザーヴァと結婚するということは、バロールは自動的に明神の義父になるということだ。
おまけにカザハは義姉となる。――ガザーヴァは頑なにカザハを姉とは認めないが。
カザハの名前を出すと、露骨に嫌そうな表情を浮かべる。
しかしそれもほんの僅かな間のこと、ガザーヴァはふたたびキラキラ輝く瞳で明神を見詰めると、
花の綻ぶように笑った。
殺戮の快楽や暴力の悦楽に酔う悪役の笑みではない、ひとりの男を一途に愛する少女の無垢な笑顔が、其処にある。

「ボク、頑張るから。明神の前に立ち塞がる敵は、全部叩きのめしてやるから!
 だから……ずっと、ずうっと、一緒にいてね。
 ボクの、ボクだけの、大好きなマスター……」
 
ふたりの顔と顔とが近付く。夢見るような甘い声音で、ガザーヴァが囁く。

「……あいしてる」

今一度万感の想いを込めて、溢れるままに愛情を紡ぐと、少女はそっと明神の唇に自らのそれを重ねた。

260崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/07/27(土) 23:46:49
>――さあ、みんな集まったな。宿題はちゃんと済ませておいたか?
 適切な対策なしじゃ数の暴力だけで俺達は負ける。
 どんなプランが出てくるか楽しみだ……勿論、俺にも腹案がある

日が傾き、炊き出しで作った夕食をとると、アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちは作戦会議を始めた。

>後でズルをしたと言われない為に、伏線だって張っておいた。
 ブレイブ&モンスターズの力を見せてやる――ってな
>つまり――管理者メニューの力でここの避難民をブレイブとして、ここに召喚し直せないかな。
 どうせマップデータが実装されたらラスベガス内に安全地帯はなくなるんだ。
 ブレイブの力があるに越した事はない。身を守るにしても逃げるにしても――立ち向かうにしてもな

《エンバースさん、それは――》

ディスプレイ越しにウィズリィが眉を顰める。
以前の密談の際に出た『点在しているであろう生き残りの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を召喚し戦力とする』という案。
それと同じ轍を踏んでいる――否、非戦闘員を『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』にするという辺り、前回よりもたちが悪い。

>ああ、なるほど……バロールの権限があるなら、単純なブレイブの頭数を増やすこと自体は難しくないのか

>避難民総ブレイブか……それならもうちょい戦力を高める方法があるぜ。
 研究され尽くしたリセマラの手法を駆使すれば、5分くらいで全員をグランダイト討伐レベルまで引き上げられる

>ブレモンやってる人はもちろんだしブレモンやってない人もとりあえずインストールして貰えれば……。
 スマホ持ってる避難民総ブレイブも理論上可能ってこと!?

>代わりの案を出さずにこんな事言いたくは僕もないんだけど…避難民を戦わせるのだけはやめないか?
 せめて…数は激減するだろうけど希望制にする…とか…敵と戦わせないから大丈夫とか…
 戦うのはモンスターだからとか…そんな話してるんじゃない…
 悲惨な光景を見た・感じた後に…中途半端な力に低い士気は…自殺のように飛び出して死に行く人や…
 最悪味方殺しを始める可能性だってある事を…覚えといてほしいんだ

以前と同じように、ジョンが反対する。
密談のときとまったく同じ流れになっている――そして。

「そうね。わたしもジョンと同意見」

なゆたも当然、反対した。

「理由はみんな、もうとっくに理解してるでしょ。……分かっているのに、見ないふりしてる。
 だから、わたしが言うわ。
 ――――――――『それは』。『よくない』。
 わたしたちの戦う意味。やるべきこと。それを見誤らないで」

有無を言わせぬ圧力をかけて否定する。
避難民は健康で屈強な男性ばかりではない。寧ろ、そんな者はごく少数だ。
病人、怪我人、年配者、女子供の方が圧倒的に多い。
確かにスマートフォンは人口に膾炙し、今や必要不可欠なツールとして市民権を得たが、
といって世の中スマートフォンをガジェットとして使いこなしている人間ばかりではない。
その中にはフリック入力なんて知らない人間もいるだろう。電話としてしか使っていない人間もいるだろう。
ゲームなんて触ったこともない、興味もないという人間だって多いのだ。
そんな人々に半ば無理矢理ゲームのルールを教え、ストーリーをスキップして急拵えで準レイド級まで育成し、
あまつさえ本当に死ぬかもしれない戦場に送り出す――などという行為が、果たして正義と言えるのか。
少なくとも、本来の『ブレイブ&モンスターズ!』の在り方とはかけ離れている。
『ブレイブ&モンスターズ!』の楽しさを、価値を、ローウェルや上位者たちに認めさせ存続を図ろうという者が、
やっていい戦いではない。

>同じく管理権限が使えるなら、フレンドの『助っ人機能』を活用できないか。
 世界中のプレイヤーから、パートナーを借りるんだ
>俺のフレンド欄は……アンチ活動のせいで敵対リストみてえになってるからあんまり助力は期待できねえ。
 けど例えば月子先生やハイバラ君なんかは、有力なプレイヤーとも交流があるだろ。
 ブレイブの頭数を増やせるなら、そいつらにも助っ人を喚んでもらおう
 
次の案は明神からだ。ブレモンのフレンド機能を使って、一時的にパートナーモンスターを借り受けられないかという。

《それは可能や。昨日言うとった世界規模配信、そのついでに働きかければよろしおす》

「え、そんな話してたの? わたしがボランティアしてる間に? 言ってくれればよかったのに……。
 う〜ん、現状の説明なんかはしなくちゃだけど、避難してる人たちを戦わせるよりは全然マシね」

お願い、とみのりに頼む。みのりは頷いた。
実際なゆたはフォーラムでフレンドを募ってパーティーを組み、
超レイドボス討伐イベントに参加したりもしている。フレンドは上限いっぱいまで登録されており、
中にはランカーもちらほら混ざっている。そういった猛者たちに協力を仰ぐことが出来たなら、
それは心強い戦力となるだろう。

>テレビ的な有名人だったら…ある程度知ってるけど…フレンド…フレンドかあ…うん………ごめん力になれそうにないや…
>………せめて…ロイがいてくれれば…な
>と…とにかく…もし必要なら新人の兵士としての育成は任せてくれ。
 ブレイブの力がなくても逃げれる方法と自分第一の心構えと…緊急時の怪我の対処法…避難の仕方…色々教えられるはずだ

ジョンが項垂れる。
どうやらフレンドが一人もいないらしい。『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』として召喚されるまで、
ロクにゲームをやり込みもしていなかったのだから当然だろう。
しかし、なゆたはまるで天啓を閃いたようにぽんと手を打つと、

「ううん、ジョンにはもっと別の役目があるよ」

と、言った。

261崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/07/27(土) 23:54:08
「全世界配信。そのMCをジョン、あなたがするんだ」

カザハから全世界へ向けて配信を行うという提案の説明を受けたなゆたは、そう言ってジョンを見詰めた。

「テレビ的な有名人を知ってる……っていうなら、その人たちに呼びかけようよ。
 有名人っていうのはみんなインフルエンサーなんだ、その人たちが何かを呟くだけで、
 世界中にものすごい勢いで伝わっていく……。みんな知ってるでしょ?
 ジョンは、そのきっかけを作ってくれればいいんだよ」
 
良きにつけ悪しきにつけ、今のネットが普及した時代では情報が短時間で爆発的な広がりを見せる。
SNSの片隅でやったことがバズって何億再生にもなることも、ほんの小さな呟きが大炎上し、
政治家や大企業の社長が辞任に追い込まれることだってある。
ブレモンだってそうだ。ジョンが多くの有名人に語り掛け、協力を得ることで、
その声はきっと短時間で遍く世界中へ届くに違いない。
フレンドがいない……と嘆いてはいるものの、ジョンは日本では超メジャー級の有名人であり、
老若男女知らない者はいないほどの国民的アイドルだ。
好感度も高く、不祥事で顰蹙を買ったこともない。かつて彼がやっていた広告塔、
それをもう一度――今度は『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の代表として実行する。

「んで、フォロワーを増やした上でバカザハが呪歌のバフを掛けるって段取りか。
 フン……まっ、面白くねーケド、またデュエットしてやンよ。
 配信とはいえ何億人もの人たちの前で歌うんだろ? あがり症でお調子者のバカザハだけじゃ心配だかんな!」

明神の隣でガザーヴァが頭の後ろで両手を組みながら名乗りを上げる。
カザハばかり目立つのは癪だから、という方が本音なのだがそこは黙っていた。

「そのバフ……とやらは、我らにも有効なのか?
 今まで、この地に召喚されたモンスターたちを可能な限り保護してきた。
 我が同胞たちにも呪歌の効力が及ぶのなら、心強いのだがな」

イブリースが問う。
ラスベガスへ移動してからずっと、イブリースは仲間であるモンスターたちを捕獲、あるいは保護し、
『星蝕者(イクリプス)』に襲われたり、あべこべに地球の人々を襲ったりしないよう努めてきた。
そうして揃えたモンスターたちは現在別の建物にいるが、それも戦力として数えられればと言っている。

「戦闘が始まったら、全世界にこの光景を配信する。
 ジョンが視聴者へ向けて説得をして、カザハとガザーヴァが呪歌を演奏。
 視聴者にも協力と参加を呼び掛けて……後は、みのりさんとウィズがローウェルの居場所を見つけ出してくれれば――」

「しかし、そうなるとジョン殿とカザハ殿、幻魔将軍は戦力としては当て込めぬということになるな。
 どうする? 其方ら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』三名と妾、アシュリー、兇魔将軍とその手の魔物。
 連中の頭数が相当減少することを前提としても、此方の圧倒的不利は否めぬぞ」

なゆたの言葉に横槍を入れるように、長煙管を吸いながらエカテリーナが口を挟む。
イブリースが救助した魔物たちは、多く見積もっても二〜三千程度だという。
万単位で押し寄せてくるであろう『星蝕者(イクリプス)』を相手に、寡兵なのはどうしようもない。
ジョンの説得が功を奏し、カザハたちの呪歌が効果を最大限発揮したとしても、
互角に持ち込めるかどうか、といったところだ。
おまけに、言うまでもなく説得には時間が掛かる。視聴者の皆が皆、一を聞いて十を理解する聡明な者ばかりではないだろう。
それまでの時間をもたせるには、どうすればいいか――
しかし。

「それについては大丈夫」

なゆたは胸を反らすと、ぴしりと右の手のひらを突き出して断言した。
そして、にんまりと悪戯っぽく笑う。

「わたしに腹案があります。
 ……ね? みのりさん、ウィズリィ! 進捗はどう? 間に合いそう?」

軽く宙のディスプレイを振り仰ぐ。
画面の中で、ウィズリィが軽く肩を竦める。

《ええ、何とか決戦までには用意できそうよ。
 それにしても……貴方たち、人使いが荒すぎるんじゃないかしら?
 大賢者の居場所を探りつつ、全世界配信の段取りを整えて、
 おまけにナユタの奥の手まで……。まったく、一息つく暇もないわ。
 この戦いが終わったら、たっぷりと持て成して貰――》

そこまで言って、はっとして口を噤む。
なゆたには『この戦いが終わったら』の先はない。平和になった世界で、ウィズリィを労うことは出来ない。

《と……とにかく。
 こちらのことは心配しないで頂戴。全部、遺漏なく用意してみせるわ》

「ん、期待してる。
 それじゃあ、作戦はそれで。ジョン、時間までリハーサルしておいてね。
 明神さんはジョンのスピーチの内容を考えてあげて。
 フォーラムでみんなをやり込めるくらい多弁だった明神さんだもの、お茶の子さいさいよね? 
 カザハとガザーヴァも……最高のライブ、楽しみにしてるよ」
 
ふふっ、となゆたは楽しそうに微笑んだ。

「え? 腹案ってなんだ、って?
 ふふ……それは、決戦の時までのお楽しみ!」

右手の人差し指を唇の前に立て、ナイショ! なんて言ってみる。
そうして、時が過ぎる。
三十時間の猶予はあっという間に過ぎ去り、約束の刻限を迎える――


【残存『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』召喚案を却下。避難民総ブレイブ案も却下。
 全世界配信案を支持。腹案は戦闘開始時まで秘密】

262embers ◆5WH73DXszU:2024/08/02(金) 02:26:43
【ディスカース(Ⅰ)】


『……マイディアさんが言ってたよ。
 ハイバラは……思わせぶりなことを言って、こっちをその気にさせて。
 そのくせ、肝心な時にこっちを見てくれない……って。
 相当待たされた、って』

「……アイツ。好き放題言いやがって。だが……その通りだ」

『さすがマイディアさんだね。彼女の言う通りだった。
 エンバースは、ずるいよ。
 わたしが犠牲になることを決めた後で、そんなこと言って』

「ずるい。ずるいか……それも、その通りだ。もう、ろくに思い出せないけど。
 あの時俺は多分……「それ」を伝えたら、どうしても生きなきゃいけない理由が一つ減るって思ってたんだ。
 待たせるだけ待たせて……結局、なんにもならなかった」

『もし、わたしが死ななかったとして。
 その代わりに他の仲間たちやよく知る人たちが犠牲になるようなことがあったら……。
 わたし、きっと一生後悔すると思う。
 あのときもっと何かできたんじゃないか、もっと頑張っていれば……って……。
 前に、わたしの育てのお母さんの話したよね? あのときの気持ちは、もう二度と味わいたくないんだ。
 それなら、わたしは悔いの残らないようなやり方を選ぶよ。
 わたしでも役に立てたって、やり切ったって、笑顔で終われるように』

エンバースは――何も言えない。
言われてみれば、確かに自分はかつてと同じ過ちを繰り返そうとしている。
結末が変わらなかったとしても――せめて、マリにもっと良い時間を過ごさせてやれたかもしれないのに。
臆病さから生まれた願掛けのせいでそれが出来なかった。

そして今では――己の気持ちを伝えるという事そのものに忌避感が芽生えた。

それでも――これはエンバースが命がけの戦いの中で積み重ねてきた切実な思いなのだ。
それが客観的に見ればただの思い込みに過ぎないものだとしても――それでも一つの人生観なのだ。

『ね……教えて。
 あなたがそんなに優しいのは、わたしが消えかかっているから?
 三日後には跡形もなく消滅して、この世界からいなくなってしまうから?
 それとも……』

「……お前が消えちまうなんて話が出てくる前から、俺は優しかっただろ?
 その、なんだ……それで勘弁してくれ。情けないのは百も承知だ。
 けどな。これは、俺にとっては……呪いなんだ」

だからその歪みは――簡単に正せるものではない。

263embers ◆5WH73DXszU:2024/08/02(金) 02:27:15
【ディスカース(Ⅱ)】


『代わりの案を出さずにこんな事言いたくは僕もないんだけど…避難民を戦わせるのだけはやめないか?
 せめて…数は激減するだろうけど希望制にする…とか…敵と戦わせないから大丈夫とか…
 戦うのはモンスターだからとか…そんな話してるんじゃない…』

「あー……なんだ。ボタンを連打しすぎてテキストを読み飛ばしちまったか?
 さっき言った事、もう一回ちゃんと言った方がいいか?」

『そうね。わたしもジョンと同意見』
『理由はみんな、もうとっくに理解してるでしょ。……分かっているのに、見ないふりしてる。
 だから、わたしが言うわ。
 ――――――――『それは』。『よくない』。
 わたしたちの戦う意味。やるべきこと。それを見誤らないで』

「なるほどな。ではご期待に応えて――俺はちゃんと、こう言ったよな。
 ブレイブの力があるに越した事はない。『身を守るにしても』『逃げるにしても』――だ。
 まさか、みんな俺の事を誰彼構わず戦場に駆り出す冷血漢だと思ってたのか?それは……ちょっと傷つくな」

エンバース=大袈裟なくらい傷心の様子。

「……まあ、いいさ。まずはみんなの話を聞かせてもらおうかな」

『ううん、ジョンにはもっと別の役目があるよ』
『全世界配信。そのMCをジョン、あなたがするんだ』

『んで、フォロワーを増やした上でバカザハが呪歌のバフを掛けるって段取りか。
 フン……まっ、面白くねーケド、またデュエットしてやンよ。
 配信とはいえ何億人もの人たちの前で歌うんだろ? あがり症でお調子者のバカザハだけじゃ心配だかんな!』

「……全人類に力を借りて総力戦をしよう。そう言ってるのか?本気か?」

『戦闘が始まったら、全世界にこの光景を配信する。
 ジョンが視聴者へ向けて説得をして、カザハとガザーヴァが呪歌を演奏。
 視聴者にも協力と参加を呼び掛けて……後は、みのりさんとウィズがローウェルの居場所を見つけ出してくれれば――』

『しかし、そうなるとジョン殿とカザハ殿、幻魔将軍は戦力としては当て込めぬということになるな。
 どうする? 其方ら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』三名と妾、アシュリー、兇魔将軍とその手の魔物。
 連中の頭数が相当減少することを前提としても、此方の圧倒的不利は否めぬぞ』

「それどころじゃない。もっと大きな問題があるだろ?総力戦になるって事は――
 ――ああ、いや。お前達はこの世界の歴史なんて知らないもんな」

『それについては大丈夫』
『わたしに腹案があります。
 ……ね? みのりさん、ウィズリィ! 進捗はどう? 間に合いそう?』
『え? 腹案ってなんだ、って?
 ふふ……それは、決戦の時までのお楽しみ!』

「……ああ、なるほどな。やっと分かった気がする。ずっと、こんな気分だったんだな」

エンバース=頭を抱える/何かが腑に落ちたといった様子――なゆたに歩み寄る。

「……初めて会った時を思い出すな。お前とはいつも意見が合わない。
 だから今更かしこまる理由もない。ハッキリ言わせてもらうぜ――」

両手を腰に当ててその顔を覗き込む=真剣な面持ち。

「どうもーモンデンチャンネルです。今日は世界の命運をかけて戦ってみたいと思います。
 皆さんはただ見ているだけ。でもバフをブーストする為なのでちゃんと応援はして下さいね。
 ついでにスパチャとフォローもお願いします」

いつも通りの冗談めかしたセリフ――しかし声色は冷たく/抑揚に乏しく。

「――――これはフェアじゃないだろ」

そして断固たる口調。

264embers ◆5WH73DXszU:2024/08/02(金) 02:30:17
【ディスカース(Ⅲ)】

「ええと、なんだったっけな……そうだ。はだしのゲンだ。小学校の図書館で読んだ事ないか?
 なくても空襲とか無差別爆撃って言葉は知ってるよな?なんでそんな事すると思う?
 あの時代から――多分現代までずっと、この世界の戦争は国中で兵士を集めて、武器を作って、飯を掻き集めてするようになったから……らしい」

いわゆる国家総力戦――もっともこれはフィクションから聞きかじった程度の知識。
ジョンの前でこんな事を語るのは釈迦に説法だ。
いまいち決まりが悪い気分を振り切ってエンバースは続ける。

「要するに――全世界配信を通してバフをブーストするって事は、全世界が攻撃対象に選ばれる可能性を作るって事だ。
 全世界配信そのものを隠す事はかなり難しいし、配信とバフの強度の連動性も……ずっとは隠し通せないだろう」

全世界への攻撃――それが出来ない理由は、されない理由はない。
実際ローウェルは既に一度、ウィズリィ/みのりの援護をハッキング紛いの干渉で跳ね除けている。
今までも散々思い知ってきた事だが――ローウェルは手段を選ばない。

「一番良くないのは……俺達がバフ目当ての配信を始めた時点で、全世界への攻撃に合理性が生まれる事だ。
 配信される側に拒否権はない。どうせ世界が滅びればみんな死ぬんだから拒否権なんていらない。
 ――と言っちまえばそこまでだけどさ。そういう問題じゃないよな?」

それにローウェルとイクリプスが国際法を守ってくれる事も期待出来ない。
つまり銃後への攻撃には「効率的だが人道に反する」やり方がまかり通るという事。
例えば原子力発電所を不完全に破壊/侵食するとか、そうしたやり方が。

「それに――数の問題が結局解決してない。明神さんの煽りがクリティカルしたとしても……
 あのブレモン運営の新作だ。プレイヤーが減るにしたって限度がある。
 仮に超高出力のバフとお前の腹案がバチバチにハマったとしても、一人頭何人倒す計算なんだ?」

戦国無双じゃないんだぞ――冗談っぽく肩を竦めるエンバース。

「仮にニヴルヘイムの連中や――ヤツらと同じ要領でアルフヘイムの連合軍を引っ張ってきたとしても、かなり分が悪い戦いだ。
 元々「個」のスペックではイクリプスが圧倒的に上だ……その上どっかの誰かが、余計な事もしちまったし」

エンバース=やや気まずそうな素振り/しかし言葉は止めない。

「……それに単純な戦力差も問題だが、それだけじゃない。
 ゲーム攻略において数は正義だ。ヤツらはあらゆる攻略法を想定してくるだろう。
 とりわけ『安全地帯を失った民間人を攻撃してメンタルを揺さぶる』なんて陳腐な手はすぐに誰かが思いつく」

ゲームには役割分担がある。全てのプレイヤーが楽しい楽しいアタッカーを務める事は出来ない。
敵にボコボコにされるのが役割のタンクがいて、攻撃を避けられないアホを助ける為のヒーラーがいる。
そして――そうした役割が性に合っていて、好んで務めるプレイヤーもいる。イクリプス達だってそうだろう。

「俺がイクリプスならまずライブ会場を見つけ出して叩く。ここでやってくれるなら手間が省けるな。
 全世界配信に流血一つ死体一つでも映せばブレイブへの精神攻撃とバフの妨害が両立する。
 やれば出来る。それに効率的だ。ゲームの攻略ってのは、そういうものだろ」

エンバースはそこまで語ると項垂れる/右手を額に当てる。

「――最後の戦いが始まれば、俺達は全人類を置き去りにして戦場に向かう。
 逃げる事も、身を守る事も、戦う事も出来ないヤツらを。
 それを……そのままにしていくのは『いいこと』か?」

黒煙混じりの深い吐息。

265embers ◆5WH73DXszU:2024/08/02(金) 02:32:31
【ディスカース(Ⅳ)】

「ソイツらに、せめて自分で選択肢を決める権利を与えるのは――
 たとえ今際の際でも。全身が焼け焦げて、捻くれて、元の面影なんて全部なくなって。
 それでも最後の最後まで味方でいてくれるパートナーがいて欲しいか聞くのは――『よくない』事か?」

エンバースが更に一歩、なゆたに歩み寄る/その目を見つめる。

「ここにいる人達は誰もが自分じゃ何も出来ない女子供か?
 俺達の配信を見ながらぽかんと口を開けて、ハッピーエンドが降ってくるのを待っているだけの生き物なのか?」

どこか哀しげな――或いは、憐れむような眼差しで。

「……話が長くなって悪いな。正直、ここまではただの前置きなんだ。俺が本当に触れたいのは――
 どうしてお前が『俺が言及した数々の可能性の、一つにも思い至れなかったのか』。
 ……それだけだ。つまり、俺が言いたいのは――」

エンバース=なゆたから一瞬目を逸らす/目を瞑る/開く――ひどく言い難そうに再び口を開く。

「俺達がとことん上手くやってのければ、一番いい結果が出る。誰も死なない。
 ……いや、違うな。本当は……『お前が一人で代償を支払えば――全部上手くいく。他のみんなは無事でいられる』。
 そう信じているんだろ?だがな、そんな考えは……まやかしなんだよ。何の根拠もない、希望的観測だ」

振り絞るような声。

「それが、お前の呪いなんだな。呪いなんて言い方は嫌かもしれないけど。でも、そう呼ばせてくれ」

エンバースはこれから――なゆたの大切なものを打ち砕こうとしている。

「お前とは……初めて会った時から意見が合わなかったな。合わせた事はあったけど。
 でも多分お前も……何度も俺に合わせてくれていたんだろうな。正直、今日が初めてだ。
 お前と、俺が似てると思うなんて――大事なんだよな。その呪いが。俺も、そうなんだ」

エンバースの「呪い」は、かつての自分の弱さと愚かさの結果だ。
だが――その事を自覚していてもなお、エンバースにはその呪いがどこか愛おしかった。
最愛だった人の為に身に帯びた呪い――それはある意味では、かけがえのない思い出でもあるから。

「やっと分かった。呪われているヤツを見ているのは……こんな気分なんだな」

エンバースがなゆたの肩を掴む。

「呪いを解け、なゆた。こんなものはただのバイアスだ。願掛けに過ぎないんだ」

振り絞るような声。

「こんなものは……全然、大したものじゃないんだ。俺達の未来を変えてくれたりなんかしない」

エンバースはこれから――自分の大切なものを打ち砕こうとしている。そして――

266embers ◆5WH73DXszU:2024/08/02(金) 02:47:59
【ディスカース(Ⅴ)】

「俺は……お前が、好きだ。ずっと、ずっと大事に思ってた」

死の間際にしか伝えられなかった言葉を/ずっと死の呼び水のように思ってきた言葉を――紡いだ。
その呪いは――エンバースが命がけの戦いの中で積み重ねてきた切実な思いだった。
それが客観的に見ればただの思い込みに過ぎないものだとしても――それでも一つの人生観だった。

そう簡単に正せる歪みではなかった。
例えば自分と同じように呪いを抱えた人間がいて。
その呪いを取り除きたいと、取り除けると示してやりたいと、強く願いでもしなければ。

「ほ……ほら見ろ。何も変わらない。そりゃそうだ。もう、ずっと前からそうだったんだからな。
 お前が好きだった。だから本当は……ずっと嫌だった。お前が苦しむのも、傷つくのも」

情けなく震える声/ひどく切実で――見え見えの強がりを辛うじて保った表情。

「……呪いを解くんだ、なゆた。それから……考え直してくれ。
 俺は、俺達が置いていく人達にも選択肢があるべきだと思う。
 俺達にはほら、選択肢なんてなかっただろ。これについては……俺の言い方が悪かったな」

半分だけ再生した心臓が暴れている。
息が詰まる――呼吸の仕方をずっと忘れていたからではない。

「全世界配信をするなら……その妨害対策も考えないといけない。
 配信そのものを隠蔽出来るならそれが一番だけど……
 でなきゃローウェルを手一杯にさせとく必要がある――どちらも難題だけどな」

もう燃えていない方の目の奥がひどく熱い。

「……俺じゃ、お前が願を掛けるには物足りないか?そんな訳――ないよな」

267カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/08/07(水) 00:16:27
>253
なゆがいない隙の密談だが、継承者達も普通に参加している。
みのりさんは、アルフヘイムにいるブレイブをこちらに連れてくることに、難色を示した。

>《ただ『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』だから言うて、無理矢理召喚して、
 あないに怖ろしい『星蝕者(イクリプス)』との戦いに駆り出す、ちうのは――
 お師さんがうちらにしたことと同じやあらへんの?》

「た、確かに……命の保証、無いもんね……」

自分とカケルは元居た世界に呼び戻された形なので正直別に怒っていないが、
急にアルフヘイムに召喚された大多数の人間にとってはバロールの所業は普通に拉致、
場合によっては結果的に殺人である。

>《はいな。『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の召喚は反対やけど、配信は可能や。
 それなら、各地に散らばった『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』も視聴できるやろし、
 音声も受信できるようにしますわ。戦場で直接生死を懸けた斬った張ったをせんでも、
 力になることは出来る――》

「本当!? ありがとう!」

上の世界から潜り込んでいる人がいるかは、分からないらしい。

>《それは、うちにも分からしまへんわ。
 お師さんやローウェルと違って、うちは上の世界のオフィス……があるならの話やけど……で仕事しとる訳やあらへんしなぁ》

「うーん、残念……」

アラミガさんが、まるで上の世界の話題を避けるようなタイミングで、席を外したような……。
雇い主明かしてくれないし、なんか怪しくない!? と思いつつもなゆの議題に移る。
告げられた事実は、想像以上に衝撃的なものだった。

>《彼女のたっての希望よ。平穏に安静に余生を永らえるより、あと三日。世界を救って消えたい……と。
 私たちの権限では、消えてゆくデータを復元することはできないわ。侵食が不可逆な消滅であるのと同じように。
 だから、せめて……私とミノリは彼女に出来る限りのバフを与えた。
 彼女が最期の戦いを、自らの望むまま行えるように》

>《…………他に、どないしたら良かったっちうんや!?
 うちらはなゆちゃんが一本気なこと、ようく知っとる!
 戦いを他人に任せて安静にするなんて、そんな道を絶対選んだりせぇへんことも!
 なら……なゆちゃんの願いを聞き届けてやるより他にないやろ……!》

「みのりさん……」

エンバースさんは、二人ならいい知恵を授けてくれるかもしれないと言っていたが、
二人が精一杯出来ることをやった結果がこれのようだった。
魔眼を持つみのりさんですら手の施しようがないものを、一体どうすればいいというのか。

>「安心してくれ…僕が…僕達が・・・必ずなゆを救って見せる。不可能?知ったことじゃないね!今までどんな不可能だって可能にしてきた!…だから
だから…信じて…手伝ってほしい。みんなが諦めなければ…きっと救えるから!」

「ジョン君……。……そうだよね! 諦めちゃ駄目だ!
一口に管理者権限といっても、役職によって与えられてる権限の範囲が違うんでしょ?
多分プロデューサーは全部の権限を持ってるんだろうけど……。
なゆはメインプログラマーのシャーロットの記録を保有している……。
ということは例えばだけど……本当は本人は今からでも助かる方法を知っているけど、
それが世界を救うという主目的には反してしまうから隠している……なんてこともなゆならあり得るよね。
なゆの気が変わりさえすれば助かる可能性も0ではないんだよ。まあ、気を変えさせるのが至難の業なんだけど……」

268カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/08/07(水) 00:19:00
>258
歌を聞いたなゆは、銀の魔術師モード封印を約束してくれた。

>「わかったよ。カザハにそこまで言われちゃ仕方ない。
 銀の魔術師モードは、もう封印。二度と使わないよ、約束する」

この期に及んで銀の魔術師モードを使われたら論外なので、ひとまず安堵する。
しかしこれは大前提。問題はここからなのだが……。

>「素敵な歌だったよ、ありがとう……元気出た。
 世界最強――ふふっ、そうだね。
 わたしはモンデンキント。最強のスライムマスター、月子先生だから。
 見ててよカザハ、わたしは自分自身の力で――絶対ローウェルをやっつけてみせるから!」 

「うん! その時には最高にかっこいいBGM付けてあげる!」

なゆが自販機で飲み物を買ってきて、コーラを手渡される。

「あ! ありがと」

>「ね、折角呼び止めてくれて、こんなかっこいい歌まで聴かせてくれたんだし。もう少しお話ししようよ。
 わたしたち、考えてみればこんなにふたりきりでゆっくり話すことって、あんまりなかったよね。
 こんなにも長い間、旅をしてきたのに」

「いつもみんながいて賑やかだったからねぇ」

>「ああ、本当に……長い旅だったねえ。
 覚えてる? エーデルグーテでオデットに会う前、みんなで街を散策したときにさ――」

「お魚くわえたエンデ君を追いかけたんだっけ……! え?お魚じゃない?」

暫し取り留めのない話をした後に、なゆがこんなことを言う。

>「……昔、お父さんが説法で言ってたんだ。
 人間は……ううん、すべての命は、みんな……何か役目を持って生まれるって。
 でも、大半の命はそれが何なのか見つけられずに一生を終えるんだって。
 自分に課せられた役目を見つけられるのは、とても幸せなことなんだって……。」

「なんか、そんな話聞いたことあるよ。
人間の短い人生で到達するのはとても難しくて大抵一回では無理だから、
何回も生まれ変わりながら少しずつ近付いていくとか……」

>「その点、カザハは凄いよね。ちゃんと、自分に課せられた役目を見つけることができて」

「あはは、ありがとう。でも我、本当はみんなよりすごく年上だから……。
といってもそのうちの殆どはプログラムに従って無為に過ごしてただけだけど……。
でもさ、みんなの方が我よりすごく大人なんだ。
やっぱり精神年齢って生きてきた年数じゃなくて残りの年数で決まってるんだね。
この調子じゃあ風精王として認められるのはいつになることやら……」

むしろなゆは前世もなくて、これが正真正銘の一回目の人生で、
その上まだ十数年しか生きてないのに、なんでこの領域に到達してるんだ!?
――若くして役目を果たして人生を終える定めだから?
そんなの嫌だよ。立派に役目を果たさなくていいから、駄目人間になって全然いいから生きててほしいよ……。

269カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/08/07(水) 00:20:28
>「わたしは……誰かの役に立ちたい。困っている人を助けたい。
 それがわたしという命の果たすべき役目なんだって、ずっと信じてきた。
 灯なき人の灯りに、杖なき人の杖に、牙なき人の牙に。そんな人間になりたい。
 ……この旅じゃ、逆にみんなに助けられてばかりだったけどね」

「そんなことないよ! なゆがいなきゃ、みんな露頭に迷ってたよ……!」

もし仮になゆが離脱することがあっても明神さんが立派にリーダーを代行してくれたかもしれないけど、
結果としてその必要性は無く、なゆは立派にリーダーを務めあげた。

>「でもね……こんなわたしでも、やっと。この旅を終えて、世界を救うことで……
 役に立てたって、誰かを救えたって。胸を張って言うことが出来そうなんだ」

育ての母親が病気で亡くなったって、言ってたな……。
そんなのなゆのせいじゃなくて、誰のせいでもないのに。
いや――本当に”誰のせいでもない”のか?
確か、普通の病気じゃなくて正体不明の奇病だった、みたいなこと言ってた。
それが、この世界で自然発生したものではなく、上位世界の干渉を受けたものだとしたら?
といっても、シャーロットではないだろう。
そうであってほしくはない、という希望的観測だけではなく。
仮に彼女が、なゆが世界を救うには自己犠牲の精神が必要と考えていたとしても――
なゆは彼女自身が送り出した存在なのだから、そんな回りくどいことをしなくても
最初から必要と思われる素質を備えさせて送り出すことは、やろうと思えば可能だったはず。
なゆは母親の死に直面して結果的に気高き信念を持つに至ったが、
なゆ自身は、(端から見るとツッコミどころ満載としても)自分のことを普通の女子高生だと言っている。
普通の女子高生ならそんなショッキングなことがあれば、心が折れてしまっても何ら不思議はないわけで。
そう考えると、容疑者は見えてくる。単純に、ローウェルがなゆの心を折るために――

「……」

この仮説は、胸にしまっておこう。
根拠無しの憶測に過ぎないし、言えばなゆが、母親は自分に関わったばかりに――と更に自分を責めてしまうだけだ。

「なゆはきっとやってみせるんだろうな。
でも、世界救えなくたって、誰の役にも立たなくたって、生きてていいんだよ……」

なゆは自分のように影を背負っていない、光の下を歩いてきた存在……そう思ってきたけど。
もしかして、なまじ器用なぶん、呪縛を背負ったまま頑張り続けることが出来てしまっただけなのか?
信念と強迫観念の違いとは、本人が解放されたいと思っているかいないかだけなのかもしれない。
英雄とか聖女とかいう人種って、案外そうやって生まれるのかもしれない……。
でも仮になゆの自己犠牲の精神が過去の壮絶な経験から来る呪縛だったとしても。
本人はそれを解きたいとは思っていなくて、それこそが自分に与えられた役目だと誇りを持っているのだ。
本人の意思を尊重するなら、信じる道を全うさせてあげるべきなのか?

270カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/08/07(水) 00:22:18
(そんなの、分かんないよ……)

そもそも、本人が解きたいと思っていない呪いを他人が解くことなんて、可能なのだろうか。
今の状況は、魔眼を持つみのりさんも、知恵の魔女であるウィズリィちゃんもそれが不可能と判断した結果なのだ。

>「――『♪きっときっと 辿り着く 最高のエンディング』――か。
 カザハの作ってくれた歌の通り、わたしは……わたしたちは絶対に、最高のエンディングへ辿り着く。
 だから……最期まで見ててね、語り部さん。
 わたしのこと――…」

気に入ってくれたのは良かったけど、解釈違い(※確信犯)甚だしい歌詞をあっさり受け入れ過ぎてて、なんか違和感を感じる……。
いっそ、勝手なこと言うなって、怒ってくれれば何かの糸口になったかもしれないのに。
その漢字変換、最後じゃなくて最”期”だよね!?

(あ……!)

“最高のエンディング”は存在するエンディングの中で最も良いエンディングを意味する。
つまりそもそも微妙なエンディングしか存在しなかったら、
その中で一番マシなエンディングがベストエンディングという理論が成立するのである!
解釈によっては、解釈違いを回避できてしまう……!

(しまった――! “最高”とかいう相対的な言葉じゃなくて
”全員生存ルート”とかのもっと直接的な言葉にしておくべきだったか!?)

ボランティアに戻ろうとするなゆの後ろ姿に、一方的に叫ぶ。

「なゆ! 死んだら駄目だよ! まだ全然役目果たせて無いよ!
この戦いで役目が終わりなんて思ったら大間違いなんだから!
君はこの先も、たくさんの人を救うんだから……! 手始めに副会長不在で露頭に迷ってる生徒会の面々とかさ!」

本当は、もう充分頑張ったよ、これ以上頑張らなくていいよって、言ってあげたい。
でもそれでは、石頭通り越して鉄鉱石頭のなゆは、心を閉ざしてしまう。
だから敢えて、もっと頑張れと言った。
でもなゆはシャーロットの情報があるぶん、他の皆より持っている情報量が多い。
そのなゆがこうも覚悟を決めているということは……
本当にそもそも微妙なエンディングしか存在しなくて、なゆの犠牲のもとに世界が救われるのが一番マシなエンディングなのか――?
もしくは、なゆの死自体が何かのトリガーになっている……?
そんなことを一瞬思ってしまい、頭を横に振ってその思考を振り払う。

(諦めちゃ……駄目!!)

そもそも自分はこういう時、先陣切って突撃して玉砕する役回りなのだ……!
むしろ銀の魔術師モードを使わないとの約束を取り付けることが出来ただけでも、上出来なのでは!?

271カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/08/07(水) 00:25:31
>248
>「………わかった…短時間で覚えたいなら…手加減はナシだ。いいね?もし辛くなったら…」

ジョン君は急な申し出に、承諾してくれた。

「ありがとう! 弱音吐かずに頑張る……! ……でも絶叫はするかもしれないけど許してね。
……あ、この服、体術の訓練するには不向きかも。ちょっとだけ待ってて」

そこで初期装備の王道シルヴェストルセットに装備を変更し、
ついでに最終決戦に備えて綺麗にしておきたいので、いつもの服を洗濯機に放り込む。
そしてスマホ連動ウェアラブル端末を外してカケルに渡しておく。
図らずも初期と同じ格好になった。

「そのグラフィック、懐かしいですね……あの時は少年型だったから厳密には微妙に違いますけど」

「その微妙な作画の違いが判別できる人はかなりの上級者やで?」

そんなこんなで指導が始まり、何か一つだけでも充分過ぎたのだけど、いくつか教えてくれた。

「えっと、こう……かな?」

明神さんに超スパルタ指導している様子を垣間見たことがあるので、
顔面から体液垂れ流しながら絶叫することになるのを覚悟していたのだが……
実際にはそんなことはなく、上手に教えてくれた。ということは……

(あれ、クーデターを企てた罰という名目だったけど……実際がっつり罰ゲームだったんじゃん……!)

普通の人間とレアモンスターの素の肉体スペックの差もあるとはいえ、絶対それだけではないよな!?
明神さんに目撃されたら、「普通に上手に教えられたんかい!」と突っ込まれそうだ。
ひととおり終わったところで、カケルにスマホを渡し、我のデータを見てもらう。
(カケルにスマホを渡すと表面上立場が逆転する謎仕様により、こういうことが出来てしまう)
ワクワクしながらスマホを覗きこむ。

「わあ……! 習得してる……!」

練習した技達が、いくつかのスキルとして表現されていた。
もちろんこの短時間なので、どれも初歩の初歩ではあるけど。
習得したことがはっきりデータとして表現されるのって、なんか楽しい……。
(この世界がゲームである以上、多分みんなデータとしては存在してると考えられる。
ただ普通は見る手段が無いだけで)
ジョン君が心配そうに告げる。

>「カザハ…君は筋がいい。今僕が教えた護身術を完璧にマスターして応用までしてみせた…
だからこそ言わせてくれ…自分からこの護身術を使うような事はしないと…」

「うん、心配しないで。我は最後列で後方支援するのが戦略上有効だって、分かってる。
それに……仮にしようと思っても出来ないかも。殆ど発動条件が”パッシブ”になってるみたい。」

使うとしたら、あいうえ夫さんと戦った時みたいに、どうしても自ら立ち回らないといけなくなった時だけだ。
しかしあれ、つくづく能力値バフのゴリ押しだけでよく押し切れたな……!

272カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/08/07(水) 00:26:58
>249
我のリクエストに応じ、ジョン君が料理を作ってくれることになった。

>「なにも照れる必要なんてないさ…よし!久々に作るとしよう!…材料なにが余ってるかな…準備できたら呼ぶよ」

「いいの……!? やった……! 汗かいちゃったからシャワー浴びとくね」

汗をかいてもすぐに風化するから関係ないと言えば無いのだが、気分の問題である。
とりあえず洗濯していた服を回収しに向かう。
嬉しさでつい足取りが軽くなり、カケルがすかさず突っ込む。

「動けないんじゃなかったんかい!」

>「カザハ!待ってくれ!」

ただごとではなさそうなジョン君の声に、驚いて振り向く。

「どうしたの……!?」

>「………すまない…なんでもない…ただ…名前を呼びたかったんだ」

「……?」

特に変わった様子は無かったはずだ。
そういえば若干、口数が少なかったような気はするけど……
こんな状況なのだから、緊張して口数が少なくなるのも当然だ。
それでも作ってくれるのだから、こちらも全力で向き合わなければ……!
少し経って、料理の準備が出来たということで食卓に付く。

「ありがとう! カケルの分まで作ってくれたの!?」

作ってくれた料理を見て思う。
こやつ、ノリが日本人じゃないくせに言葉遊び大好きな日本人の心を理解している……だと!

(いざ、実食――!)

「トカゲじゃ、ない……ッ!」

よく都合よく材料揃ってたな――!?
作って貰ったからには一切の雑念を排除して味わい、全力の食レポをもって感謝を示さねば……!

「美味しいものの上に美味しいものが乗ることにより発生する奇跡のケミストリーッ!
我は! それを今! 体感しているッ!
……えーと、つまり分かりやすく言うと……すっごく美味しいよ……! 何か特別なもの入れた!?」

食レポを諦め、夢中で食べていると、妙に視線を感じる……。
ジョン君がこちらを、嬉しそうに見ている。

「そ、そんなに見られたら恥ずかしいよ……! なんでそんな嬉しそうにしてるの!?」

あれ? なんか、涙出てきた……。辛すぎた!?と心配される。

273カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/08/07(水) 00:29:41
「違うんだ……。こんな時なのに……作ってくれたのが、嬉しくて。
その上、キミが嬉しそうにしてるのが嬉しくて。
本当にありがとう。お礼に、明日たくさん歌うよ。最後まで頑張れるよ……!」

「カザハ、『今それどころじゃない』っていつも忖度してましたから……」

「そうそう、忖度(※2017年流行語大賞)は日本の政治家の必須科目……って我、政治家ちゃうわ!」

カケルが要らん解説をしてくれたのでとりあえずノリツッコミしておく。
そして、ふとジョン君の皿に目をやり、要らんことに気付いてしまった。

(もしかして我、ジョン君よりたくさん食べてる……!?)

別に恥ずかしいことではないのだけど、これだけ体格差があってそれは、やっぱりちょっと恥ずかしい……!
アルフヘイムではそんなに食べなくても平気だったんだよ!? ほんまやで!?
このままでは食いしん坊キャラを確立してしまう気がして、言い訳をする。

「地球にいると、向こうにいる時よりお腹空いちゃう。
きっとアルフヘイムより空気中の風の元素が少ないんだね。
でもそれって、キミと一緒に美味しいものたくさん食べれるってことだよね……!
だから……キミが地球で生きるなら、地球にいるの全然平気だよ!」

(あ、結局食いしん坊キャラっぽくなってしまった……!)

でも、精霊族が属性元素の不足分を食事で補填できる便利仕様で良かった……。
「空気中から取り込むオンリーです」だったら始原の草原に引き籠っとくしかないじゃん!?
当然、あらゆるモンスターがその手の便利仕様というわけではない。
そういえば、精霊族が人間的な肉体を持った種族として描かれてる作品って、むしろレアだよな!?
下手すると幽霊みたいな感じで実体すら無かったり自らの意思すらないこともあるし。
なんとなく、エンバースさんからラーメンを平然と貰って食ったのを思い出してしまった。

「……。本当はエンバースさんだって、なゆと一緒に美味しいもの食べたいよね……」

いけないいけない、しんみりしてしまった。

「でも、よく分かんないけど半分戻ったってことは、もう半分も戻れるかもしれないよね……!」

皿に残っているのを、平らげる。

「ごちそうさま! 元気出た! 呪歌の出力、上がっちゃった……!
あのさ、まだできること、きっとあるよね……!」

といってももう自分ではどうにもならないので完全なる他力本願なんだけど。
というわけで、皿を片付けると、エンバースさんを探しに行く。
エンバースさんが一人でいるところを見繕って、呼び止める。

「みのりさんとウィズリィちゃんに相談してみたけど……全然駄目だよ!
そりゃそうだよ、あの二人でも手の施しようがなくて最善を尽くした結果が今の状況だもの……!
……あ、対イクリプス戦の話ね!」

「ここからはひとりごとだから返事は要らないんだけど。
デザイナーとプログラマーでは持ってる権限が違うだろうからさ、
もしかしたらみのりさんは知らなくてなゆだけが知ってる何かがあるのかも。
そうだとしたら、本人の協力を得ないとどうにもならないんだよね。
ぼくなりに頑張ってみたけど……全然歯が立たなかったよ。
これは憶測だけど、もしかしたら、なゆのあの頑なさは、ローウェルの呪い、なのかも……。
あんなの多分誰にもどうにもできないけど、もし仮に万が一どうにかできるとしたら、君だけだよ」

思い付いただけの根拠のない憶測を敢えて伝えた。当たっているか的外れかは別に問題ではない。
根っからのゲーマー気質のエンバースさんは、どんな状況でも明確な敵が想定されていた方が燃えるのだろうから。

274カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/08/07(水) 00:31:54
>260
>263
>「理由はみんな、もうとっくに理解してるでしょ。……分かっているのに、見ないふりしてる。
 だから、わたしが言うわ。
 ――――――――『それは』。『よくない』。
 わたしたちの戦う意味。やるべきこと。それを見誤らないで」

なゆは避難民総ブレイブ作戦をちょっと、いやかなり怖いぐらいの圧をもって却下した。
声を荒げることなく、言葉に有無を言わさぬ圧を込める感じ……!
シャーロットは怒るとめちゃ怖い、というようなことをガザーヴァあたりがちらっと言っていたような気がするが、こんな感じだったのだろうか……。
そういえばシャーロットの固有技が、業魔の一声、だったっけ……!
何にせよ、この気迫に逆らえる者はちょっといるとは思えない……。

>「なるほどな。ではご期待に応えて――俺はちゃんと、こう言ったよな。
 ブレイブの力があるに越した事はない。『身を守るにしても』『逃げるにしても』――だ。
 まさか、みんな俺の事を誰彼構わず戦場に駆り出す冷血漢だと思ってたのか?それは……ちょっと傷つくな」

(いた――――――!!)

>「……まあ、いいさ。まずはみんなの話を聞かせてもらおうかな」

ちょっとハラハラしたが、エンバースさんはいったん引き下がった。
気を取り直して、明神さんがフレンド借り受け作戦を提示する。

>《それは可能や。昨日言うとった世界規模配信、そのついでに働きかければよろしおす》

「戦いの様子をね、全世界に配信してもらうんだ。
音声の受信も出来るから、ブレモンのBGM演奏できる人に協力してもらえるし」

>「え、そんな話してたの? わたしがボランティアしてる間に? 言ってくれればよかったのに……。
 う〜ん、現状の説明なんかはしなくちゃだけど、避難してる人たちを戦わせるよりは全然マシね」

結論としては、全世界配信と、フレンド機能を使ったモンスター借り受けが採用となった。
人間急に戦わせるのは駄目なのにモンスター急に戦わせるのはええんか?
と一瞬思ってしまったが、そういう発想が出てくるのは自分がモンスターだからなのだろう。
このパーティーはブレイブ本体が戦い過ぎてすっかり感覚が狂っていたが
そもそもブレモンは前提としてモンスターを捕まえて戦わせるゲームでありブレイブ自身は戦闘能力は無いのが通常なわけだ。
その前提を踏まえると、フレンドリーファイア無効無しのガチの戦場に通常の人間を放り込もうなんぞ、狂気の沙汰だ。
それに対してモンスターは最初から戦いの場に出るのを想定した仕様に設定されてるし、そりゃあ人間とモンスターでは訳が違って当然である。
そういえば、前にバロールさんが「ゲーム内でモンスター殺してまくってるお前らはどうなんだ」でカマかけてきたことがあったな!?
結局、ゲームのブレモンは上の世界から見たところのゲーム内ゲームで、現実に直結するものではなかったけど。
脅かしやがって……!

>「テレビ的な有名人だったら…ある程度知ってるけど…フレンド…フレンドかあ…うん………ごめん力になれそうにないや…」
>「………せめて…ロイがいてくれれば…な」

(助けてあげられなくてごめんね……)

275カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/08/07(水) 00:33:22
ロイ君から気絶したジョン君を託された時のことを思い出す。
どう慰めていいか分からず、ジョン君の手を握る。
気を取り直してなゆが話を進める。

>「ううん、ジョンにはもっと別の役目があるよ」
>「全世界配信。そのMCをジョン、あなたがするんだ」

>「テレビ的な有名人を知ってる……っていうなら、その人たちに呼びかけようよ。
 有名人っていうのはみんなインフルエンサーなんだ、その人たちが何かを呟くだけで、
 世界中にものすごい勢いで伝わっていく……。みんな知ってるでしょ?
 ジョンは、そのきっかけを作ってくれればいいんだよ」

そしてガザーヴァが、予想外の申し出をした。

>「んで、フォロワーを増やした上でバカザハが呪歌のバフを掛けるって段取りか。
 フン……まっ、面白くねーケド、またデュエットしてやンよ。
 配信とはいえ何億人もの人たちの前で歌うんだろ? あがり症でお調子者のバカザハだけじゃ心配だかんな!」

「……いいの!?」

思わず満面の笑みが零れる。
一緒に歌っている間に明神さんがあんなことになってしまったし、つい無理させ過ぎて倒れちゃったから
もう歌うのはこりごりと思われていると思ってた。

>「……全人類に力を借りて総力戦をしよう。そう言ってるのか?本気か?」

エンバースさんが反論するも、場の雰囲気でなんとなくスルーされた。

>「そのバフ……とやらは、我らにも有効なのか?
 今まで、この地に召喚されたモンスターたちを可能な限り保護してきた。
 我が同胞たちにも呪歌の効力が及ぶのなら、心強いのだがな」

「もちろん、効くよ!
本来各種スキルってモンスターにかけるのを想定してるものだしね……!」

>「ん、期待してる。
 それじゃあ、作戦はそれで。ジョン、時間までリハーサルしておいてね。
 明神さんはジョンのスピーチの内容を考えてあげて。
 フォーラムでみんなをやり込めるくらい多弁だった明神さんだもの、お茶の子さいさいよね? 
 カザハとガザーヴァも……最高のライブ、楽しみにしてるよ」

「任せといて!」

>「しかし、そうなるとジョン殿とカザハ殿、幻魔将軍は戦力としては当て込めぬということになるな。
 どうする? 其方ら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』三名と妾、アシュリー、兇魔将軍とその手の魔物。
 連中の頭数が相当減少することを前提としても、此方の圧倒的不利は否めぬぞ」

>「それどころじゃない。もっと大きな問題があるだろ?総力戦になるって事は――
 ――ああ、いや。お前達はこの世界の歴史なんて知らないもんな」

>『それについては大丈夫』
>『わたしに腹案があります。
 ……ね? みのりさん、ウィズリィ! 進捗はどう? 間に合いそう?』
>『え? 腹案ってなんだ、って?
 ふふ……それは、決戦の時までのお楽しみ!』

276カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/08/07(水) 00:34:13
もはやエンバースさんをスルーして、話をまとめるなゆ。

>「……ああ、なるほどな。やっと分かった気がする。ずっと、こんな気分だったんだな」
>「……初めて会った時を思い出すな。お前とはいつも意見が合わない。
 だから今更かしこまる理由もない。ハッキリ言わせてもらうぜ――」

エンバースさんは自分の意見が却下されたのが余程気に食わないらしく、まだ食い下がっている……!
いや、明らかに話がまとまった雰囲気やん! 混ぜっ返すのもうやめよう!?

「なゆが諸般の事情を総合勘案してまとめたんだからいつまでもゴネないの!
今までだってなゆのまとめでうまくいってきたでしょ?」

エンバースさんはお構いなしに、反論を始めた……!
なゆがまとめた作戦の問題点を、最悪のパターンを想定して指摘していく。
口調はいつも通りだが、その様子はいつになく必死で……。

(……!?)

自分がなゆの決断に疑う余地もなく従おうとしていたことに、違和感を抱く。
確かに今までなゆのまとめでうまくいってきたが、
最後までなゆのまとめに従っていてはなゆが死んでしまう状況が今なのだ。

>「……話が長くなって悪いな。正直、ここまではただの前置きなんだ。俺が本当に触れたいのは――
 どうしてお前が『俺が言及した数々の可能性の、一つにも思い至れなかったのか』。
 ……それだけだ。つまり、俺が言いたいのは――」
>「俺達がとことん上手くやってのければ、一番いい結果が出る。誰も死なない。
 ……いや、違うな。本当は……『お前が一人で代償を支払えば――全部上手くいく。他のみんなは無事でいられる』。
 そう信じているんだろ?だがな、そんな考えは……まやかしなんだよ。何の根拠もない、希望的観測だ」

エンバースさんがなゆを説得しようとしている本題は、対イクリプス戦略自体ではなかった。
それも含まれるのかもしれないが、もっと根本的なことだ。
なゆが自ら犠牲になろうとしていることに、まさに今踏み込もうとしているのだ。

(ここが、分岐……ってこと!?)

全然気付かなかった……!
『今までずっとなゆの決断に従ってうまくいってきたけど、今後なゆの言葉に反しなければならない分岐点がどこかにあるのかも……』
って言ってたのはどこの誰だっけ!? 
……いや普通分からんでしょ! ヴィゾフニール入手ルート並みの激ムズ分岐やん!
こんなの攻略サイト見ない限り! 絶対! 見つけられない!
なゆのまとめた方針を疑ってみるという発想自体が、抜け落ちていた。
圧に圧されたのもあるが、決して無理矢理ではなく
「まあそうなのだろう」と内容的にも普通に納得してしまっていた――気がしていた。
なゆは、歴史上の偉大な英雄や革命家が持っている何か――カリスマとも言うべき資質を持っているのかもしれない。
鶴の一声で「この人が言うのだからそうなのだろう」と皆がそちらを向く影響力というか。
そして世の中にはその手の影響力が効果を発揮しない者も一定割合存在して、そのうちの一人ががエンバースさんだったのだろう。
でも、思い返してみれば、違和感はあったのかもしれない。
なゆはリーダーでありながらリーダー権限を振りかざすことなく、いつも対等に対話して皆をまとめてきた。
今回みたいに上に立つ者の圧で皆を従わせようとしたことは、今まで無かった気がする。
その違和感を、エンバースさんは見逃さなかったのかもしれない。

277カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/08/07(水) 00:35:25
>「お前とは……初めて会った時から意見が合わなかったな。合わせた事はあったけど。
 でも多分お前も……何度も俺に合わせてくれていたんだろうな。正直、今日が初めてだ。
 お前と、俺が似てると思うなんて――大事なんだよな。その呪いが。俺も、そうなんだ」

そういえばエンバースさん、最初はなゆに思いっきり嫌われながら根性で付いて来てたっけ……!
道理で、あれだけの圧をかけられても余裕で反論できるわけである。

>「俺は……お前が、好きだ。ずっと、ずっと大事に思ってた」

(ついに、言った……!)

息をのんで成り行きを見守る。

>「……呪いを解くんだ、なゆた。それから……考え直してくれ。
 俺は、俺達が置いていく人達にも選択肢があるべきだと思う。
 俺達にはほら、選択肢なんてなかっただろ。これについては……俺の言い方が悪かったな」

>「全世界配信をするなら……その妨害対策も考えないといけない。
 配信そのものを隠蔽出来るならそれが一番だけど……
 でなきゃローウェルを手一杯にさせとく必要がある――どちらも難題だけどな」
>「……俺じゃ、お前が願を掛けるには物足りないか?そんな訳――ないよな」

エンバースさんとなゆのやりとりを暫し見守った後、作戦会議が再開される。

「じゃあさ、もう避難民総ブレイブも全世界配信も、全部やっちゃおうよ」

「戦いをSSSのベータテストとしてやってる間は無差別攻撃はされない気がするんだよね。
SSSに地球の全世界のマップは流石に実装されてないんじゃないかな?
配信に気付いてから作れるほどすぐ出来るもんでもないはず……。
それでももし無差別攻撃されたらその時はもう…… 一億総ブレイブしかないんじゃない?」

たしかニチアサ魔法少女ものにそんな展開あったな!? あれ、どういう原理だったっけ!?

今度こそ作戦がまとまったところで、ガザーヴァに声をかける。

「ガザーヴァ、我と一緒に歌うからには特訓ね! 寝る準備出来たら我の部屋にくること!
昼間、みんなで歌の練習してた時、しれっと逃げたでしょ!
あの時はもう歌わないだろうし別にいいやと思ったけど……。一緒に歌うって、自分から言ったんだからね!?」

当然のごとくガザーヴァは、そんなの必要ないと拒否するが。

「ダ――メッ!
急にベース持って立ってるからお姫様時代に呪歌も習ったのかと思ったけど……全然じゃん!
よくそれでどうにかなったもんだよ!
あの後なかなか目を覚まさなかったから心配したんだからね!? また倒れさせるわけにはいかないの!」

(……あれ? もしかして我、怪しからん美少女を、自室に誘っちゃった……!?
きゃぁああああああ!!)

自分の行動に、自分で驚く。
ガザーヴァとは前世の宿敵で刺し違えた間柄だし、そもそも我は、狂暴なタイプは基本的に苦手だ。
なので、今まで「嫌われてるし積極的には拘わらんとこう……」的なスタンスで自分から絡みに行くことは無かった。

「ところでガザーヴァ……なんかいいことあった? ……まあいっか」

いつもより少しだけ雰囲気が柔らかい気がするし、こころなしか嬉しそうに見える……。
気のせいかな?
普段しないことをしたせいで、カケルにあらぬ疑いをかけられた!

「もしかして、指導者の立場を悪用した地獄のパワハラ指導で積年の恨みを晴らそうとしてる……!?
やめてくださいよ!? 今の時代コンプライアンス大事なんですから、そんなことしたら画面に映れなくなりますよ……!」

「失礼な……! 大事な妹にそんなことするわけないじゃん!」

278カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/08/07(水) 00:37:09
【カケル】
作戦会議終了後、皆で協力して作戦の準備を整える。
そして夜になり、カザハに風呂に一緒に連れて行かれた。
もしかして、洗ってくれようとしてます……?

「明日に備えて綺麗にしなきゃ……!」

「あの……洗ってくれなくていいですからね」

「なんで? 馬形態のときは気持ちよさそうに洗われてたじゃん」

「擬人化形態だと手が使えるので自分で洗えますから」

気分的な問題を論理的に説明するのは大変難しいので、実務的な理由を答えておく。

「納得した! じゃあ羽根の付け根とかは手が届かないから洗ってあげる」

結局洗われるオチだった……!
えーと、このシーンを世間はどう理解すればいいんだ……?

「もしかして、美少女(※外見)同士のキャッキャウフフってコト……!?」(錯乱)

「我、女性型ちゃうで」

「精霊族の性別って外見だけの問題だし、非常に残念な体形の女性型でいいんじゃないですかね」

「ち、ちちちちちがう!
……いや、もしかして無性型と非常に残念な体形の女性型は本人の自称が違うだけの同一の存在なのか……!?
しかしアストラル界に基盤を置く精霊族にとっては本人の認識こそが本質なわけで……」

図らずも、本人にもよく分からない深遠な哲学的命題を提示してしまったらしい。
カザハは「激しくどうでもいいわ」ということで結局すぐに考えるのをやめた。

部屋に戻り、ガザーヴァが来るのを待つ。
正直私としては来るかどうか半信半疑だったが、ガザーヴァは来た。
おおかた、明神さんあたりに半強制的に派遣されてきたのだろう。
そして私が危惧した通り、地獄のパワハラ指導が繰り広げられた……!
カザハだけはワックワクのパジャマパーティー気分で盛り上がっとるんやろな……。
自覚の無いパワハラほど性質の悪いものはない。
パワハラの具体的な内容としては、

・一人だけ楽しそう。無駄にテンション高い。やかましい。
・暴言吐かれても全く効いてない、どころかむしろ脳内ツンデレ翻訳が発動して喜んでるように見える。怖い。
・出来るようになるまで何度でも根気強く教える地獄のループ
・出来たら褒め殺しの刑

という恐ろしいものである。
カザハは人に嫌がらせして喜ぶような人間(精霊)じゃなかったはず……! どうしてこうなった!
そんな調子でしばらく指導し、合格を出す。

279カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/08/07(水) 00:38:32
「やっぱり思った通り、上達が早いや。流石、ぼくの妹……!」

そして部屋にある小さい冷蔵庫へ向かう。

「ぼくは君とは逆で、本当は結構悪い子だから、こんな悪い事しちゃう」

冷蔵庫から、ケーキを二皿取り出した……!
こんな夜更けにケーキを食べるとは、確かに許されざる所業……!
ご丁寧に、すでに皿に乗っている……!
一緒に食べるのを楽しみにいそいそと準備したのが目に浮かぶようだ。
フォークとお茶を添えてガザーヴァの目の前に置く。もう一皿は自分用のようだ。
一口口に運んでから、ガザーヴァに犯行を促す。

「うまっ! キミも食べなよ」

そして、ガザーヴァが食べているのをニコニコしながら見ている……。

(自分がされて困ったことを積極的に人にしていくスタイル……!)

そして、ぽつりぽつりと話始める。

「来てくれて、嬉しかったよ。たとえ自主的に来たんじゃないにしてもさ。
……いくらバカでも、分かってるよ。嫌われてることぐらい。
自分ではない誰かになるのを求められるのは、辛いから」

「でも、散々ツンケンした態度取ってるくせに、ぼくのことを絶対見捨てなかったよね……。
ただ放っておくだけで君の前からいなくなる機会なんて、いくらでもあったのに。
それにここぞというときに背中を押してくれてさぁ。そんなんさあ! 好きになっちゃうじゃん!?」

勢いで言ってしまい、気まずくなったのか、カザハはわざとらしく時計を見ると、帰るように促す。

「あ、もうこんな時間……。そろそろ寝なきゃね。明日はよろしくね」

ガザーヴァを見送ってそろそろ寝ようかと思っていると、カザハのスマホに通知が来た。

「あ、ジョン君が呼んでるみたい」

当然のごとく一緒に行こうとすると、止められた。

「一人で来てって」

「えっ、それって……」

カザハは何の警戒も無しに行ってしまった。えっ、それって……!
以前ガザーヴァに部屋に連れ込まれた時とは別の意味で心配なんですけど!?

280カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/08/07(水) 00:40:11
>251-252
【カザハ】
「わぁ、豪華な部屋……!」

>「君も忙しいのに…来てくれてありがとう…それと…さっきは…カッコ悪い所みせてしまったね」

ふるふると頭を横に振る。

「泣きたい時は、泣いていいんだよ。
泣きたい時に無理して笑ってると、自分の気持ちが分かんなくなるから……」

>「どうぞ…座って?」

「ふふっ、何あの謎の人形……!」

豪華な部屋だけど、よく見るといろいろシュールかも!

>「何か飲む?お酒は…飲めるの?…ワイン…はやめて…無難にぶどうジュースとかにしとこうか」

「うん、明日があるからさ、ジュースにしとこ。突然どうしたの?」

>「呼び出した理由?…二人っきりで少しお喋りしたいなって…いつも誰かしらいるだろ?
カケルとかさ…別にそれも嫌いじゃないけれど…どうしても…二人っきりで話したい事があったんだ」

「あはは、カケルはもうそういうものだから気を使わなくていいのに。
ジョン君の足元にいつも部長先輩がいるのと一緒……あれ? 今は引っ込めてるんだ。珍しいね」

いつもはジョン君の足元にいる部長先輩の姿が見えない。きっとスマホの中に収納しているのだろう。

>「カザハ…君には本当に感謝してるんだ。…君はなんにもしてないっていうかもしれないけど…
僕にとって君の存在は道を踏み外さない為の…道しるべになってるんだ」

「ええっ!? 嬉しいけど……ちょっと畏れ多いかも……!」

誰かの道しるべどころか、ついこの前まで自分自身が迷走しまくっていたのである。
照れくさくなって、うつむく。

>「それで…えっと………あ〜やっぱり僕にはエンバースみたいな気の利いた言い回しは無理だな…よし」
>「今まで…なあなあで伝えてきてしまったけど…改めて…ちゃんと伝えよう」

ジョン君が目の前に跪く。もう! またナチュラルにそんなことを……!
そんなことされたら……ドキドキしちゃうじゃん!?

>「僕だけの歌姫になってくれませんか」

「”だけ”って……。そ……そんなの駄目だよ!
ぼく、このパーティみんなのバッファーで伝説の語り手だよっ……!」

思わずはい、と言ってしまいそうな自分に戸惑いながら、なんとか踏みとどまる。

>「本当は…なゆを救ってからにする予定だったんだけど…もう我慢できそうにないんだ」

>「これは自分でも意外だったんだけど…僕って結構独占欲が強いみたいでさ…さっきカザハがアイドルのように扱われて囲まれている時…とっても胸が苦しくなったんだ
そしてその後訓練した後…歩き出す君の背中をみて…あぁ…なんで僕の為に歌ってくれないんだろう…って…一人で勝手に思ってしまった…」

(――!? ぼくがみんなに囲まれてて拗ねちゃった……ってこと!?)

その手の人間特有の独占欲なんて、争いの元になるから嫌いなはずなのに。
何故か悪い気はしなかった。それどころか……

(なんだろう、滅茶苦茶、かわいいかも……! 抱きしめてなでなでしたい……!)

悪い気はしないことを伝えたいけど、なんて言おう。
かわいいって言ったら気を悪くするかな、などと思っている自分がいた……。

281カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/08/07(水) 00:41:38
「そ、そんなこと言われたって……!
歌を世界中のみんなに聞かせて……一大ムーブメントを巻き起こしてサ終を引っ繰り返して、
エンディングは1億再生ぐらい行く歌を歌わないといけないんだから……!
それに、歌で世界中の人を元気付ける、夢だってある……! キミの隣なら出来そうなんだ……!」

>「その時気づいたんだ…これが僕が今まで経験したなによりも違う…【愛】なんだって…」

「愛……」

普段はあまり口にすることのないその言葉を、かみしめる。

(こんなの慣れてなさすぎて、どうしていいか分からないよ……!)

大きすぎる感情が押し寄せて涙が滲むが、この感情が何なのか、すぐにはよく分からない。
触られ慣れていない部分を触わられてくすぐったいような……。
すごく美味しい食材を初めて食べる時、一口目は美味しいのか何なのかよく分からないのと似たような感じかも……。

>「もちろん君が…みんなの前で歌うのをやめろとは言わない…ただ…僕の為に…歌ってほしい…同じくらい…僕の方が多めがいいな…」

じわじわと、胸の一番奥が暖かくなってくる。
ドキドキしているのに、すごく安心しているような、普通は両立し得ない不思議な感覚。
春の温かい大地に寝転がっているように、とても心地いい。

「もちろん、ぼくだって、ぼくの一番のファンに一番たくさん聞いてほしい!
もういいっていうぐらい、聞いて貰うから、覚悟してね……!」

>「僕は…僕の人生を全てを捧げる」

「ぼくは風精王として認められるまでにアホみたいに長い時間がかかっちゃうだろうから、
キミに同じ言葉を返してあげることが出来ない……。
でもそれって、君から見れば、確実に一生ぼくが隣にいるってこと……!
この気持ちが、君の言う【愛】と同じものなのかも、分からないけど……
この先どれだけ長く生きたとしても、ぼくをこんな気持ちにさせてくれるのはきっとキミだけ。
キミが人生をくれるなら……キミがいてくれる間めいっぱい、キミが笑顔になること、一緒にいろいろたくさんしたい!
だから、元気で長生きしてくれなきゃ困るよ。すぐいなくなったら駄目だからね!?」

>「僕の歌姫に…なってくれますか?」

手の甲に口づけされる。
こんな風にジョン君に攻めてこられたら……ぼくは陥落するしかないのだ。
自然に満面の笑みがこぼれる。

「ニヴルヘイムに出発する前、そうやって元気付けてくれたよね。
その時から、とっくにキミの歌姫だよ……!」

勢いで言ってしまったものの、やっぱり歌姫って自分で言うのはちょっと気が引ける……!

「……あはは。
キミに言われるのはちょっと慣れてきたけど、自分で言うのはやっぱり恥ずかしいや……

!?!?!?!?!!!!!!!」

突然視界が回転し、気付けばベッドに仰向けになって天井を向いている。
どうやらジョン君に押し倒されたらしく、身動きできないけど痛くはない絶妙な加減で押さえつけられている。

(えーっと……なんだろうこの状況。体術訓練の抜き打ちテスト!?)

現実逃避した思考を繰り広げつつ、戸惑いながら問いかける。

「ジョン君……? 急にどうしたの……?」

282カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/08/07(水) 00:44:00
>「カザハ…分かってるんだろ…君がかわいい反応をすればするほど…僕がやっとのことで留めている理性がなくなってくって…!」

(か、かわいいって……! いや今それどころじゃなくて! 豹変していらっしゃる――!)

かわいいに照れて呑気に頬を染めている場合ではない。
さっき一瞬子犬のように可愛らしく見えたジョン君が狼に豹変してる……!

(これ、乙女ゲーのやつだ……!)

それってつまり……そういうこと!? ジョン君はぼくと、そういうことをしたいと……!?
いやいやいや、ぼくはオオサンショウウオ(天然記念物)とかツチノコ(未確認生物)とかサカバンバスピス(絶滅動物)と同じカテゴリーだよ!?
確かに体術訓練は頼んだけど、夜の体術訓練(意味深)は、頼んでない……!
一緒にいろいろやりたいとは言ったけど、流石にこれは対象外……!

「落ち着いて! ぼく、古のヲタクで古代の天然記念物だよ!?
それにシルヴェストルにそういう文化無いし!
ジョン君は百戦錬磨でこんなのどうってことないのかもしれないけど!
こっちは数百年そういうのとは無縁で生きてきたんだから……! どうしていいか全然分かんないし!
それに見ての通りこんな体形だからきっと全然面白くない……じゃなくて!
この実体は歌で想いを伝えるために与えられてるんだよ。そういうことするためじゃない……!
もう色んな意味で駄目! いくらジョン君でもそれは駄目――――ッ!」

……って何を言わせんだ!? 顔が、近い……! 唇を狙われている……!?
戦略的なやつじゃないそれを許したら部長先輩のかわいい後輩でいられなくなってしまう!
反射的に顔を横にそむける。

「ひゃっ……」

不意打ちで首筋に甘噛みされ、思わず変な声が出る。

(そっちか――!)

横を向いたことで結果的に首が無防備になってしまった……。
もう観念するしかないのか!? 画面が暗転して次のシーンで雀がチュンチュン鳴いてしまうのか……!?
ちなみに画面が暗転している間に何が起こっているのかは永遠の謎である。

>「ぷはあ………今はこれだけで我慢してあげるね」
>「この続きは…世界となゆを救ったらね」

予想に反してジョン君はあっさりぼくを解放し、ドアの方に向かう。

>「じゃ…僕は部屋に帰るね…お休み…カザハ」

「え、あ、ちょっと……!」

急展開に付いて行けず、その場に取り残される。

「続きって……」

暫し仰向けの姿勢で呆然としてから、ようやく思考が戻って上体を起こし、頭を抱える。

(油断、してたんだ……ッ!)

改めて考えてみれば、この謎な雰囲気の部屋に同伴者無し指定で呼ばれてベッドに座らされて……って、いかにもじゃん!
話がしたいだけなら、こんな豪華なベッドがある必要性、無いじゃん!
もっと早い段階で気付けよ自分!と今更思うが、仕方ないじゃん!
今まで数百年無かった類の展開は永遠に自分の身には起こらないと思うじゃん!?
無性型ってこういうイベントが起こらないように設定されてる属性じゃなかったんか!?
まさかジョン君はそういう条件が無効のニュータイプなんか!?

「予約、されちゃった……っ!」

283カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/08/07(水) 00:46:43
……そもそも未確認生物相手にどうするつもりなんだ!?
現況確認(意味深)してから臨機応変に対応(意味深)するつもりなのか……!?

「――未確認生物が、確認(意味深)されちゃうってコト!?」

……って何を具体的に考えてるんだ! それ以前の問題やろ! なんか、腹立ってきた……!
即時予約成立のホ〇トペッパーじゃないんやで!? こっちは承諾するなんて一言も言ってない……!
愛とか大層なことを言って結局それ!?
絶対モテモテだしどうせ今まで列を成して押し寄せる有象無象を契っては投げ契っては投げしてきたんだろうけど!
調子に乗るんじゃねー! 世間ではイケメンアイドルかもしれないけどぼくに言わせりゃ芸人枠の珍獣ハンターなんやからな!?
ぼくとジョン君の関係性を、その辺にいくらでも転がっている名前の付いた関係性にカテゴライズされたくない……!
――って、腹を立てる方向性がおかしくない!? 分かってるよ有象無象とは全然違うことぐらい……!
でもそんなことしたらブレイブ&モンスターズ(R18)になっちゃうし!
未確認生物がうら若きイケメンを篭絡したなんてことになったら逮捕されちゃうし!
我が近年のポリコレ的な配慮で投入されてる枠だとしたらイケメンにホイホイっと陥落したら炎上案件な気がするし……!
部長先輩部長に部長室に呼び出されてしまうし……!
というわけで諸般の事情を総合勘案して検討すると駄目だと思うんだ……!

「なんか熱い……のど乾いちゃった……」

とりあえずコップに残っているジュースを飲み干してから、部屋を出る。



「あ……遅かったですね…… ――――!? えっえっ、ちょっとまさか……」

顔を真っ赤にして瞳を潤ませているのであろう我を見て、カケルが驚愕する。

「な、なんでもない……!」

「ジョン君とどんな関係になっても、変わらず背中に乗せますからね……!」

「やかましいわ!! 未遂やわ!!」

カケルが要らんことを言ったので枕を投げつけておいた。
そもそもお前、別にそういうユニコーン的な設定無いやろ!! っていうかそういう関係にならんから!
力で敵わない相手に押さえつけられてあんなことをされるなんて、
シルヴェストル的にも陰キャヲタ的にも、恐怖でしかないに決まってる。

――あれ?

そういえば、驚愕のあまり諸般の事情を持ち出して拒否はしたけど……自分自身は嫌ではなかった……?
それどころか、あっさりジョン君が出て行って、ちょっとだけ、拍子抜けしてしまったかも……。

(な、なんだって――――――――!! 駄目だけど、駄目じゃないってコト!?)

284カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/08/07(水) 00:48:45
自分自身に愕然とする余り奇声を発することすら出来ずにベッドの上を転げ回る。
そうだ、ぼく自身よりもぼくのことをよく分かってくれるジョン君が、ぼくが本気で嫌なことをするはずが無いんだ……!
もしかして、ジョン君がああいうことしようとするのは、ぼくが歌で想いを伝えようとするのと一緒なのかな?
ちょっと強引だったのは、本気過ぎて余裕が無かった……ってこと!?
ジョン君が想いを伝えようとしているのだとしたら、ちゃんと受け取りたい……けど!
そんなの! 手段の態様が! あまりにも! 刺激的過ぎて! 卒倒するかもしれない……ので!
予約承諾するかは、今のところ保留で……!

「ぎゃあああああああ! 鼻血出てきた……!」

今までそっち方面には一切無縁の超清純なキャラで通してきたのに……。
こんなの著しいキャラ崩壊じゃないか、どうしてくれるんだ!

「どんだけ興奮してるんですかッ!」

カケルに暖かいお茶を飲まされて、ようやく少し落ち着く。

(そういえばジョン君、隣の部屋だったな……)

キーボードを手に取り、音色をミュージックボックス(オルゴールみたいな音)にセットする。
わざと隣に聞こえるように、壁にもたれかかって、『憧れを追う風』を歌う。
敢えて魔力は込めずに、代わりに万感の想いを込めて。

ttps://dl.dropbox.com/scl/fi/56h2lgmyzb03uiv42iigi/2.mp3?rlkey=l5eh2lb97ufywn0p51lnb6xj7&st=t8b4siol&dl

「ふふっ」

歌い終わって、思わず笑みが零れる。
これを歌うのは当初すごく恥ずかしかったけど、今はそんなに恥ずかしくない……。
いつもドストレートに想いを伝えてくるジョン君に影響されてしまったみたいだ。
キーボードを置くと、決戦開始の時間に間に合うように目覚ましをセットし、ベッドに潜り込んで眠りにつく。
夢見るのは、誰一人欠けない、幸せな未来――

285明神 ◆9EasXbvg42:2024/08/12(月) 08:08:16
>「代わりの案を出さずにこんな事言いたくは僕もないんだけど…避難民を戦わせるのだけはやめないか?
 せめて…数は激減するだろうけど希望制にする…とか…敵と戦わせないから大丈夫とか…
 戦うのはモンスターだからとか…そんな話してるんじゃない…
 悲惨な光景を見た・感じた後に…中途半端な力に低い士気は…自殺のように飛び出して死に行く人や…最悪味方殺しを始める可能性 だってある事を…覚えといてほしいんだ」

「お前の言ってることは分かるぜ。俺も避難民を無理くり戦わせようとは思わん。
 けどな……こんなこと言いたかねえけど、『無謀な突撃』も『味方殺し』も、ブレイブの力があるから起こるわけじゃない。
 ここはアメリカだぜ。銃社会の、セルフディフェンスの国だ。そういうことする奴はブレイブだろうがなかろうがやるんだよ」

ラスベガスのあるネバダ州は全米でも特に銃規制の緩い。
拳銃もライフルも所有はおろか携行すら許容されてる。治安の悪い都市部なら保有者も多いだろう。
今は誰も彼もイクリプスに怯えて大人しくしてるが、避難生活が続けば銃を使った避難民同士の衝突も起きうる。
極限のストレスによる感情の爆発。物資の配当を巡った争い。暴力の種はそこかしこに転がってる。

「『銃』も『ブレイブの力』も自衛力って意味じゃ変わらん。
 ナイの言ってることを信じるなら、次はこのセンター内にもイクリプスが入り込んでくる。
 戦う戦わないは別として、ここが戦場になる以上ここに居る全員が身を守る手段を手にする機会を与えられるべきだと思う。
 それに市街地にはまだ救助できてない避難民が山程居るんだ、瓦礫を動かせるパートナーは誰にとっても必要だろ」

>「そうね。わたしもジョンと同意見」

俺とジョンがわやくちゃ言い合ってる横で、なゆたちゃんの声がぴしゃりと響いた。

>「理由はみんな、もうとっくに理解してるでしょ。……分かっているのに、見ないふりしてる。
 だから、わたしが言うわ。
 ――――――――『それは』。『よくない』。
 わたしたちの戦う意味。やるべきこと。それを見誤らないで」

>「なるほどな。ではご期待に応えて――俺はちゃんと、こう言ったよな。
 ブレイブの力があるに越した事はない。『身を守るにしても』『逃げるにしても』――だ。
 まさか、みんな俺の事を誰彼構わず戦場に駆り出す冷血漢だと思ってたのか?それは……ちょっと傷つくな」

「……わからねえな、なゆたちゃん。お前今度は、避難民みんな蚊帳の外にするつもりかよ」

俺とエンバースが反駁するも、なゆたちゃんはそれ以上取り合わず話が進む。

>「全世界配信。そのMCをジョン、あなたがするんだ」
>「テレビ的な有名人を知ってる……っていうなら、その人たちに呼びかけようよ。
 有名人っていうのはみんなインフルエンサーなんだ、その人たちが何かを呟くだけで、
 世界中にものすごい勢いで伝わっていく……。みんな知ってるでしょ?
 ジョンは、そのきっかけを作ってくれればいいんだよ」

286明神 ◆9EasXbvg42:2024/08/12(月) 08:08:58
「ちょっと待てよ、全世界配信って『上』の世界じゃなくて地球でやんのか?
 それこそなんの意味が――」

>「戦いの様子をね、全世界に配信してもらうんだ。
 音声の受信も出来るから、ブレモンのBGM演奏できる人に協力してもらえるし」
>「んで、フォロワーを増やした上でバカザハが呪歌のバフを掛けるって段取りか。
 フン……まっ、面白くねーケド、またデュエットしてやンよ。
 配信とはいえ何億人もの人たちの前で歌うんだろ? あがり症でお調子者のバカザハだけじゃ心配だかんな!」

「……なるほど。全世界をバフ要員にするってわけか」

ジョンの言う『伝説を残す』を具体化するなら上位存在共の世界に働きかけなきゃ駄目だと思ってたが……
単純に戦いの規模をクソでかくするって意味ならこの世界の内側でも出来ることはある。
カザハ君の呪歌スキルは聞き手の数にも影響を受ける。地球の総人口ウン十億の半分でも聞いてりゃ途轍もないバフになるはずだ。
だけど分かってんのか?全世界の応援を受けるってことは――

>「……全人類に力を借りて総力戦をしよう。そう言ってるのか?本気か?」

エンバースも同じ考えに至ったようだった。
なゆたちゃんは止まらない。おおまかな方針をもとに具体的なステップを速やかに決めていく。
俺達が何度もアテにしてきたリーダーシップだった。
だけど今はどうにも腹の据わりが悪い。何か、取り返しのつかない場所まで転げ落ちていくような感覚。

モンデンキントの悪いトコが出ている。
これと決めたことを絶対に譲らない、超ド級の石頭――。

>「しかし、そうなるとジョン殿とカザハ殿、幻魔将軍は戦力としては当て込めぬということになるな。
 どうする? 其方ら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』三名と妾、アシュリー、兇魔将軍とその手の魔物。
 連中の頭数が相当減少することを前提としても、此方の圧倒的不利は否めぬぞ」
>「わたしに腹案があります。 ……ね? みのりさん、ウィズリィ! 進捗はどう? 間に合いそう?」
>「え? 腹案ってなんだ、って?ふふ……それは、決戦の時までのお楽しみ!」

俺達を置き去りに何もかもが決まっていく。
どこか楽しげに語るなゆたちゃんの姿に、俺は食いつかずにはいられなかった。

287明神 ◆9EasXbvg42:2024/08/12(月) 08:09:53
「……お楽しみってなんだよ。俺達みんなが生きるか死ぬかの話だろ。
 なんでお前は毎回重要な情報を共有しねえんだ。
 なぁなゆたちゃん。ちゃんと話を聞――」

>「……ああ、なるほどな。やっと分かった気がする。ずっと、こんな気分だったんだな」

たまらず俺が制止するよりも先に、エンバースの声が背中を追い越していった。
振り返ると焼死体が半分生身の頭を抱えて苦虫を噛み潰していた。

>「……初めて会った時を思い出すな。お前とはいつも意見が合わない。
 だから今更かしこまる理由もない。ハッキリ言わせてもらうぜ――」
>「どうもーモンデンチャンネルです。今日は世界の命運をかけて戦ってみたいと思います。
 皆さんはただ見ているだけ。でもバフをブーストする為なのでちゃんと応援はして下さいね。
 ついでにスパチャとフォローもお願いします」
>「――――これはフェアじゃないだろ」

エンバースの悪いトコが出ている……!
一回煽り挟まなきゃお話出来ねーのかおめーはよ!

全世界をバフ要員にすれば全世界が攻撃対象になる――そうエンバースは指摘した。
これについては俺も同感だ。クソつよバフがあるならバフ要員から片付ける。当然の仕儀だろう。
仮にイクリプスがマップのあるラスベガスから出られないとしても、ローウェルにはいくらでも攻撃手段がある。
例えば『侵食』はSSSのアセットとは別系統だ。地球上のどこにでも発生させられると考えていい。
応援してる人間を片っ端から消してけば、それだけで十分すぎるほど気勢を削げる。

>「それに――数の問題が結局解決してない。明神さんの煽りがクリティカルしたとしても……
 あのブレモン運営の新作だ。プレイヤーが減るにしたって限度がある。
 仮に超高出力のバフとお前の腹案がバチバチにハマったとしても、一人頭何人倒す計算なんだ?」
>「……それに単純な戦力差も問題だが、それだけじゃない。
 ゲーム攻略において数は正義だ。ヤツらはあらゆる攻略法を想定してくるだろう。
 とりわけ『安全地帯を失った民間人を攻撃してメンタルを揺さぶる』なんて陳腐な手はすぐに誰かが思いつく」

なにより一番の問題は……人手がまるで足りていないこと。
バージョン2で建物内のマップが解禁されれば避難民を放ってはおけない。
戦闘要員とは別に防衛に割く戦力が要る。まだ救助しきれてない市民の回収要員もだ。
こればっかりは単独の戦闘力の問題じゃない。シンプルに頭数がなきゃ出来ないことだ。

>「――最後の戦いが始まれば、俺達は全人類を置き去りにして戦場に向かう。
 逃げる事も、身を守る事も、戦う事も出来ないヤツらを。
 それを……そのままにしていくのは『いいこと』か?」
>「ソイツらに、せめて自分で選択肢を決める権利を与えるのは――
 たとえ今際の際でも。全身が焼け焦げて、捻くれて、元の面影なんて全部なくなって。
 それでも最後の最後まで味方でいてくれるパートナーがいて欲しいか聞くのは――『よくない』事か?」

焼け焦げて、捻くれて、元の面影なんてない――エンバースが零す。
それは、何もかもを喪って、それでもなおパートナーという救いだけを頼りに俺達のもとに辿り着いた男の言葉だった。

288明神 ◆9EasXbvg42:2024/08/12(月) 08:10:58
ある日突然非日常の、殺戮の世界に放り出されたのは俺達もラスベガスの市民も違いはない。
一歩先に乾いた死体の転がる魔境でも、頼りになるパートナーを召喚出来たから俺達は今日まで生き延びてこれた。
俺達と同じように、避難民にだって救いを手にする権利はあるはずだ。

>「俺達がとことん上手くやってのければ、一番いい結果が出る。誰も死なない。
 ……いや、違うな。本当は……『お前が一人で代償を支払えば――全部上手くいく。他のみんなは無事でいられる』。
 そう信じているんだろ?だがな、そんな考えは……まやかしなんだよ。何の根拠もない、希望的観測だ」
>「それが、お前の呪いなんだな。呪いなんて言い方は嫌かもしれないけど。でも、そう呼ばせてくれ」

『呪い』――なゆたちゃんの苛烈なまでの自己犠牲。
それが母と慕った女性との死別に根差していることを、俺達はもう知ってる。
災害とか事故とかで一人生き残った人が、「他の人は死んだのに」と罪悪感に苛まれることがある。
生き延びてしまった意味を探し、拾った命の使い所を――死に場所を求める。

それは正しく呪縛だった。
そしてタチの悪いことに、なゆたちゃんには命を使い潰して目的を果たす力がある。
『銀の魔術師モード』……生命と引き換えに盤上をひっくり返す禁じ手を、誰かを救う為に躊躇いなく使うだろう。

>「呪いを解け、なゆた。こんなものはただのバイアスだ。願掛けに過ぎないんだ」
>「俺は……お前が、好きだ。ずっと、ずっと大事に思ってた」

エンバースが告げる。おそらく俺が初めて聞く、明確な言葉にしての告白だった。
そこにどういう心の動きがあったのかは俺に推し量る術はない。
思春期の照れ隠しなんかじゃなく、大きくて深い何かを乗り越えた……ように思えた。

>「……呪いを解くんだ、なゆた。それから……考え直してくれ。
 俺は、俺達が置いていく人達にも選択肢があるべきだと思う。
 俺達にはほら、選択肢なんてなかっただろ。これについては……俺の言い方が悪かったな」
>「全世界配信をするなら……その妨害対策も考えないといけない。
 配信そのものを隠蔽出来るならそれが一番だけど……
 でなきゃローウェルを手一杯にさせとく必要がある――どちらも難題だけどな」

「……エンバースが言いたいこと大体言ってくれやがったからな。
 便乗して説教なんかガラでもねえから俺の考えてることだけ共有しとくわ」

いつの間にか立ち上がってた決まりの悪さを誤魔化すために、その辺にあった木箱に腰を下ろす。

「世界を救うために命かけなきゃならないのは……俺達だけか?」

ずっと心に引っかかってた。
地球に舞い戻るずっと前から。ブレイブになったその瞬間から。

「一昔前のセカイ系じゃねえんだぞ。世界の存亡が一握りの少年少女に委ねられてたまるか。
 何も知らされねえまま化け物どもから逃げ回って、守られて、俺達が死ねば選択の余地なく一緒に死ぬ。
 ……これじゃまるでパニックホラーの脇役じゃねえか」

289明神 ◆9EasXbvg42:2024/08/12(月) 08:12:42
ホール内を見回す。ラスベガスのあちこちで救助してきた避難民達は、誰一人として無傷じゃない。
大なり小なり怪我してる奴もいれば、床に伏して苦痛に喘いでる奴もいる。
今この瞬間にも死を迎えそうな奴だっているだろう。

「ここに居る避難民は巻き込まれただけの無関係な人間じゃない。
 地球の住人として、現在進行系でイクリプスの侵略を受けてる当事者だ」

ラスベガスだけじゃない、地球の80億だかの全住民がこの戦いの当事者だ。
俺達が負ければ今度こそローウェルの暴走に歯止めをかける者は居なくなる。
そうなれば地球はもちろん、アルフヘイムとニヴルヘイムも同じように消滅するだろう。
翻せば、三世界の住民全てがローウェルとの戦いとの当事者とも言える。

「戦いを無理強いはしない。みんなが助かるように手を尽くす。異論はねえよ、当たり前のことだ。
 そのうえで、『当事者』として、理不尽から逃げるか抗うか、自分の意志で選び取る機会はあるべきだ。
 ある日突然アルフヘイムに放り出された俺達が、それでも世界を救うことを選んだように。
 ある日突然侵略されたここの連中にも、命を賭けて戦うかどうかを選択して欲しい」

戦えないなら降りたってかまわない。
選択する機会さえあれば、俺達は『勝手に貧乏クジ引いた孤独な当事者』じゃなくなる。
みんなで世界を救うんだって言える。

少なくとも、バロールは『みんなで世界を救う』ために動いていた。
グランダイトやオデットと同盟を結んだのも、世界全体でローウェルに対抗するためだと俺は捉えてる。
俺はもう一度立ち上がって、なゆたちゃんの前に出た。

「なゆたちゃん。俺達はずっとお前の意思決定を頼りにしてきた。
 最後にお前がバシっと決めて、いい感じに物事が転がってくって、信頼を押し付けてきた。
 ……ここは譲れない。俺が自分でケツ拭くための、意思決定だ」

>「じゃあさ、もう避難民総ブレイブも全世界配信も、全部やっちゃおうよ」

対立の姿勢を示した俺達の間に、カザハ君の声が挟まった。

290明神 ◆9EasXbvg42:2024/08/12(月) 08:13:06
>「戦いをSSSのベータテストとしてやってる間は無差別攻撃はされない気がするんだよね。
 SSSに地球の全世界のマップは流石に実装されてないんじゃないかな?
 配信に気付いてから作れるほどすぐ出来るもんでもないはず……。
 それでももし無差別攻撃されたらその時はもう…… 一億総ブレイブしかないんじゃない?」

「実際、銃後の連中にとってやべえのはイクリプスじゃねえんだよな。
 イクリプス共がPOPすんのはラスベガスに限定されるとこの際決めつけちまおう。
 問題はローウェルの侵食と……それから俺達に対するネガキャン戦術ってとこか」

全世界配信によるバフの効果を下げるなら、物理的な攻撃手段に頼る必要はない。
それこそエンバースが言及したように、死体ひとつ映像に介入させればそれで済む。

「以上を踏まえてジョン、俺が今からお前にスピーチの原案を授ける。
 長々喋る必要はないぜ、『イクリプスとかいう連中に侵略されて戦ってる』。これだけで良い。
 全世界のあらゆる層に届けるなら情報量は限りなく小さくしなきゃ伝わらん。映像ならなおさらな。
 ざっくりイクリプスが邪悪な敵で、それと戦ってるジョンやその仲間は味方だってことが分かりゃ良い。
 なんなら何も言う必要はねえかもな。連中が街を蹂躙してるの見りゃおおよその構図は検討がつく」

みんながみんな長文説明を最後まで聞いてくれるとは限らない。
というかまぁ普通に映像のインパクトが強すぎて説明は殆ど聞き流されると考えても良いだろう。
ガチで全世界に配信すんなら、発展途上国とか紛争地帯とか配信見てる場合じゃねえ相手も想定しなきゃならない。
長ったらしいスピーチはむしろ逆効果になる。

この世界が実はソシャゲで運営が新しい企画の生贄にしました――なんてのは、
石油王が言ったようにクソほどややこしくて口頭じゃまず理解されない。
スピーチとは別の方法で伝えることを考えるべきだ。

さて、映像において効果を発揮するのがスーパー有名人ジョン・アデル氏のご尊顔だ。
知ってる奴はジョンが味方だと疑わねえだろうし、シンプルに爽やかなイケメンで初見さんの好感度も高い。
説明しなくても誰が見ても『善側』の人物だと感じられるのは、映画俳優が死ぬほど欲しがるカリスマの一種だ。

「間違っても口にしちゃならないのは、『応援してくれ』って言葉だ。
 ローウェルからの『応援するな』ってカウンターで容易く叩き潰される。
 それこそ生首ひとつ配信に映して『応援したらお前もこうなる』って言われりゃ全員だんまりだ」

劇場でミラクルライト振って応援すんのが成り立つのは、それが画面の向こうの出来事に過ぎないからだ。
プリキュアがどんだけ痛めつけられようが街がどんだけ壊れようが、結局は他人事だから無責任に応援できる。

「リスナーの自発的な応援を引き出す。ちょっとやそっとの妨害じゃ動じないような、強固な応援を。
 妨害が無意味だとローウェルに理解させれば、それがそのまま全世界の連中を守ることにもつながる。
 言葉なんか使わなくたって、お前なら出来るはずだ、ジョン。
 少なくとも俺は……アコライトで、レプリケイトアニマで、タマン湿性地で、エーデルグーテで。
 お前がズタボロになりながら戦う姿を見て、ずっと『がんばれ』って思い続けてきた」

それから――俺は振り返る。
なゆたちゃんと、それからイブリースに目を遣る。

「ブレイブの頭数が増やせるなら、イブリース。お前が保護したモンスター達を連れてこい。
 そいつらに、即席ブレイブと臨時のパートナーになってもらう。
 スペルやアイテムの恩恵が受けられるだけでも単独でいるより確実に生き残りやすくなる。
 なにより……いざってときはアンサモンすれば、この世で一番安全なスマホのに中に隠れられる。
 命が保証されるんだ。ブレイブが死なない限り。ブレイブを守り続ける限りな」

保護したモンスターと、即席のブレイブが相互に命を保証しあう。
イブリースにとってそれは屈辱に等しい提案かもしれない。
それでも……こいつのごっつい腕と殴り合いになったとしても、できることは全部やる。
全員に命賭けさせて、全員助ける。


【ジョンにスピーチのポイント伝授。保護したモンスターと即席ブレイブのパートナーを提案】

291ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/08/17(土) 01:58:43
「ふう〜〜」

いろんな事があった激動の作戦会議の日の夜…僕は自分の部屋の窓際で考えていた。

>「ここに居る避難民は巻き込まれただけの無関係な人間じゃない。
 地球の住人として、現在進行系でイクリプスの侵略を受けてる当事者だ」

もちろん作戦会議その物についても思うところはあるが…一番僕の心を揺さぶったのは明神のこの一言だった。

僕は…できれば避難民に何もさせたくなかった。
力が無ければイクリプスだって避難民を狙わない…狙おうとしても力が無ければ理由もない。

でも中途半端に力を持てば逃げきれないのに見つかりやすくなる。
絶望した人間がより強い力で暴走する…。まあ他にもいろんな死のルートはあるけど…

「そもそもイクリプスが狙う理由を作らない事が…一番避難民の生存率を高める方法・・・だと思ってた」

今でも一番『この戦闘においての』生存数が多いのは力を持たせず静かに…遠く離れステルスが得意な護衛を付ける事だと思ってるが…だけど

>「ここに居る避難民は巻き込まれただけの無関係な人間じゃない。
 地球の住人として、現在進行系でイクリプスの侵略を受けてる当事者だ」

前に…兵士を囮にすれば最高率なのに…っと言ってみんなから殴りかかられそうになった事があった。
全部を拾うっていうみんなの考えに…感動して僕もそうでありたいと色々考えて…僕は僕なりに考えて発言したつもりだった…

>「戦いを無理強いはしない。みんなが助かるように手を尽くす。異論はねえよ、当たり前のことだ。
 そのうえで、『当事者』として、理不尽から逃げるか抗うか、自分の意志で選び取る機会はあるべきだ。
 ある日突然アルフヘイムに放り出された俺達が、それでも世界を救うことを選んだように。
 ある日突然侵略されたここの連中にも、命を賭けて戦うかどうかを選択して欲しい」

>「ここにいる人達は誰もが自分じゃ何も出来ない女子供か?
 俺達の配信を見ながらぽかんと口を開けて、ハッピーエンドが降ってくるのを待っているだけの生き物なのか?」

いつの間にか自分の持つ力に酔いしれていたのかもしれない。
全員を生かす事を…絶対数が…生存数だけしか考えてなかった。

物語とは違い…当然生きていれば…その後の人生がある。この世界が一体どんなものであろうと…どんな運命を辿ろうとも…滅び…命尽きるその時まで人生は進んでいく。
僕達だけじゃない…いち市民にだって今までがあって…これからがある…そんな単純な事さえわかってなかったんだ。

避難民をできる限り遠ざける…力も持たせない…全員命を助ける…
一見確かにみんなの理念を体現してるように聞こえるだろう…でも僕は分かってなかったんだ。生きるって事の意味を。

人の気持ちに寄り添う事…思いやる事のできる心

それがなゆ達が精神的にも…強い理由であり源となる光の力
数ある僕には未だ持つことの叶わぬ物の一つ。

「…まだ…遠いな…」

作戦会議は僕の心にいい意味でも悪い意味でも衝撃を与えた。

292ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/08/17(土) 01:58:53
>「テレビ的な有名人を知ってる……っていうなら、その人たちに呼びかけようよ。
 有名人っていうのはみんなインフルエンサーなんだ、その人たちが何かを呟くだけで、
 世界中にものすごい勢いで伝わっていく……。みんな知ってるでしょ?
 ジョンは、そのきっかけを作ってくれればいいんだよ」

「それは…ラスベガスだけじゃない…全世界を巻き込むって事?」

>「全世界配信。そのMCをジョン、あなたがするんだ」

僕はできる限り…一般人を参加させたくなかった…避難民だけじゃなく全員だ…いくら数が必要とはいえ…民間人を巻き込むのは…。
しかし敵の圧倒的な物量をなんとかする為には…誰かの手は借りなくてはいけないのもまた現実であった。

そこで明神やエンバースはブレイブやイブリースの同胞達ならイクリプスにも引けを取らない戦力になるだろうと提案した
もちろんそれをどう統率していくかの課題は残ってはいるが…。

しかし全世界同時配信でそこからバフを得る。確かになゆのいう事を実行すれば…大量のバフを得る事ができるだろう。
その力があれば短期決戦で勝ち切る事もできるのかもしれない…けど

>「なゆが諸般の事情を総合勘案してまとめたんだからいつまでもゴネないの!
今までだってなゆのまとめでうまくいってきたでしょ?」

そうだ…全員を救うという点で言えば確かに理には適っている。
長期戦になればなるほどイクリプスによる被害は広がっていく…多少のリスクは受けて然るべき。

>「え? 腹案ってなんだ、って?
 ふふ……それは、決戦の時までのお楽しみ!」

全員助かる道なら仕方ない。僕は心の奥で残る僅かなもやもやを感じながらも…思考停止して…会議が終わろうとしたその時

「あぁ…わか」

>「……ああ、なるほどな。やっと分かった気がする。ずっと、こんな気分だったんだな」

低い…怒りのようだけど…悲しみに近いその声。

>「どうもーモンデンチャンネルです。今日は世界の命運をかけて戦ってみたいと思います。
 皆さんはただ見ているだけ。でもバフをブーストする為なのでちゃんと応援はして下さいね。
 ついでにスパチャとフォローもお願いします」
>「――――これはフェアじゃないだろ」

エンバースのおふざけモノマネですらふざけているはずなのに明確な…言葉にし難い感情を感じる。

なゆ以外の言葉の存在を許さない圧倒的なソレに…僕には…見守る事しかできなかった。

293ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/08/17(土) 01:59:05
>「ええと、なんだったっけな……そうだ。はだしのゲンだ。小学校の図書館で読んだ事ないか?
 なくても空襲とか無差別爆撃って言葉は知ってるよな?なんでそんな事すると思う?
 あの時代から――多分現代までずっと、この世界の戦争は国中で兵士を集めて、武器を作って、飯を掻き集めてするようになったから……らしい」
>「要するに――全世界配信を通してバフをブーストするって事は、全世界が攻撃対象に選ばれる可能性を作るって事だ。
 全世界配信そのものを隠す事はかなり難しいし、配信とバフの強度の連動性も……ずっとは隠し通せないだろう」

そうか…だから僕は避難民だけじゃなく…一般人を使う事が嫌だったんだ。
味方殺しだとか…色々遠回しな考え方だったけど…そうか…もっと単純な事だったんだ。

そこまで考えていたわけじゃないけど…自分のもやもやとした感情の一つは解消された。

>「一番良くないのは……俺達がバフ目当ての配信を始めた時点で、全世界への攻撃に合理性が生まれる事だ。
 配信される側に拒否権はない。どうせ世界が滅びればみんな死ぬんだから拒否権なんていらない。
 ――と言っちまえばそこまでだけどさ。そういう問題じゃないよな?」

そのリスクは…確かにある…だけど短期決戦になれば被害がそれだけ狭くなるし…リスクにリターンが合ってる作戦ではある…と思う。

>「俺がイクリプスならまずライブ会場を見つけ出して叩く。ここでやってくれるなら手間が省けるな。
 全世界配信に流血一つ死体一つでも映せばブレイブへの精神攻撃とバフの妨害が両立する。
 やれば出来る。それに効率的だ。ゲームの攻略ってのは、そういうものだろ」

そのリスクはなゆだって分かってるはずだ…その上で提案している。
もしくは…そうさせないようにする僕達には話していないような…別の作戦がある…?

----------------------------------------------------------
>「え? 腹案ってなんだ、って?
 ふふ……それは、決戦の時までのお楽しみ!」
----------------------------------------------------------

確かにある…なゆには僕達に話してない別の作戦が!

…でもそれはきっと…。

>「俺達がとことん上手くやってのければ、一番いい結果が出る。誰も死なない。
 ……いや、違うな。本当は……『お前が一人で代償を支払えば――全部上手くいく。他のみんなは無事でいられる』。
 そう信じているんだろ?だがな、そんな考えは……まやかしなんだよ。何の根拠もない、希望的観測だ」

なゆには自分さえ犠牲になれば目標を達成できる力がある。
それが後何回使えるのか、後どのくらい時間が残されてるのか…具体的なパワーまでは…僕にはわからないけど

きっとなゆの事だ…出そうと思えばそれこそ世界を救う事も出来るほどの力があるのかもしれない。
けど…それはエンバースには…僕達には許容できるデメリットではない。

>「それが、お前の呪いなんだな。呪いなんて言い方は嫌かもしれないけど。でも、そう呼ばせてくれ」
>「呪いを解け、なゆた。こんなものはただのバイアスだ。願掛けに過ぎないんだ」

僕は…僕達はしっていた…なゆが黙って一人で…背負い込み自己犠牲をする人間だと。ハッピーエンドに自分を入れていないと。
エンバースはなゆの…犠牲精神からくるソレを呪いだと言い放った。

それがなゆの私はもうどうせ死ぬから…という考えから来てるのか…前身の性格が…影響してるかはわからない。
しかしなゆを失いたくない僕達にとって…ソレはたしかにエンバースの呪いという表現がしっくりくるような物だった。

294ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/08/17(土) 01:59:19
>「俺は……お前が、好きだ。ずっと、ずっと大事に思ってた」
>「……呪いを解くんだ、なゆた。それから……考え直してくれ。
 俺は、俺達が置いていく人達にも選択肢があるべきだと思う。
 俺達にはほら、選択肢なんてなかっただろ。これについては……俺の言い方が悪かったな」

エンバースは…今すぐにでもこと切れそうな声でなゆに告白をする。
今まで明言を避けてた言葉を…エンバースが自分の意志で…自分から…。

ずっとエンバースは直接言葉にするのを避けてた…(もしかしたら僕達の見えないところではしてたのかもしれないけど!)
それはシンプルに自分の状態を気にしていたから…だと僕は思う。

自分の先が分からないのに…そのよくわからない未来に自分の愛する人を連れていく事は…できない。
そう思っていたのかもしれない…だけどエンバースは自分の意志で口にした。愛していると

少し不穏な空気が流れていたけれど…エンバースのその一言でそれは全て吹き飛んだ。

僕から二人の顔は見えなかったけど…やっと…僕達のPTが帰ってきた気がした。
ラスベガスに来てから…どこかズレた僕達が…また一つになった…そんな気がした。

>「……エンバースが言いたいこと大体言ってくれやがったからな。
 便乗して説教なんかガラでもねえから俺の考えてることだけ共有しとくわ」

意義を申し立てるようなポーズを決めていた明神が恥ずかしそうに木箱に座り直す。

>「なゆたちゃん。俺達はずっとお前の意思決定を頼りにしてきた。
 最後にお前がバシっと決めて、いい感じに物事が転がってくって、信頼を押し付けてきた。
 ……ここは譲れない。俺が自分でケツ拭くための、意思決定だ」

>「じゃあさ、もう避難民総ブレイブも全世界配信も、全部やっちゃおうよ」
>「戦いをSSSのベータテストとしてやってる間は無差別攻撃はされない気がするんだよね。
SSSに地球の全世界のマップは流石に実装されてないんじゃないかな?
配信に気付いてから作れるほどすぐ出来るもんでもないはず……。
それでももし無差別攻撃されたらその時はもう…… 一億総ブレイブしかないんじゃない?」

>「実際、銃後の連中にとってやべえのはイクリプスじゃねえんだよな。
 イクリプス共がPOPすんのはラスベガスに限定されるとこの際決めつけちまおう。
 問題はローウェルの侵食と……それから俺達に対するネガキャン戦術ってとこか」

「死体になりたくなかったら黙ってみてろって…力と…それこそ死体でもを見せながらそう一言言えばそれで事足りるからな…」

浸食の具体的な効果はともかく…ローウェルが恐怖を飛ばせばそれだけで流れはいとも容易く止まるだろう。
殺気やオーラなんてものは漫画やアニメによくある表現だが…現実ならそんなものより力を示したほうが早いし手っ取り早い。

>「以上を踏まえてジョン、俺が今からお前にスピーチの原案を授ける。
 長々喋る必要はないぜ、『イクリプスとかいう連中に侵略されて戦ってる』。これだけで良い。
 全世界のあらゆる層に届けるなら情報量は限りなく小さくしなきゃ伝わらん。映像ならなおさらな。
 ざっくりイクリプスが邪悪な敵で、それと戦ってるジョンやその仲間は味方だってことが分かりゃ良い。
 なんなら何も言う必要はねえかもな。連中が街を蹂躙してるの見りゃおおよその構図は検討がつく」

「一応…避難民の何人かからイクリプスの殺戮の様子やラスベガス炎上の様子を捉えた映像があると言っていた…が」

しかし全世界でそれをいきなり流したとして…僕の有名人パワーが使えたとして…やはり混乱は避けられない。
となればやはり僕達の戦ってる姿をそのまま垂れ流したほうが効果的だろうな…。

295ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/08/17(土) 01:59:31
>「間違っても口にしちゃならないのは、『応援してくれ』って言葉だ。
 ローウェルからの『応援するな』ってカウンターで容易く叩き潰される。
 それこそ生首ひとつ配信に映して『応援したらお前もこうなる』って言われりゃ全員だんまりだ」
>「リスナーの自発的な応援を引き出す。ちょっとやそっとの妨害じゃ動じないような、強固な応援を。
 妨害が無意味だとローウェルに理解させれば、それがそのまま全世界の連中を守ることにもつながる。
 言葉なんか使わなくたって、お前なら出来るはずだ、ジョン。
 少なくとも俺は……アコライトで、レプリケイトアニマで、タマン湿性地で、エーデルグーテで。
 お前がズタボロになりながら戦う姿を見て、ずっと『がんばれ』って思い続けてきた」

「自発的に応援させる…か」

明神は褒めてくれたが…きっと僕の戦い方は大衆向きじゃない。

全身血まみれなりながら相手との我慢比べ。その先頭を笑って楽しんですらいて
ゲームの世界ではありふれているが…現実世界で血みどろの大男が笑みを浮かべて勝利を宣言する…。

英雄になるべきこのPTの異物…それが僕なんだ。

「やっぱ…」

いくらみんながいても…カザハがいたって無理だよ。その言葉がのどにまで出かかってる。

みんなと違って僕は広告塔にはなれてもみんなが応援して信じるようなヒーローには…僕はなれない。
所詮僕はみんなの光にくっついてきただけに過ぎない。



などと…前の僕なら何かと理由をつけて…自分可愛さに…自分に言い訳をし続ける為に…断っていたかもしれない。
でも今は違う。前に進むと決めた。…これはまだナイショだけど…絶対に誰にも譲れない野望もできた。

僕にはもう無理だとか…そんな事思ってやるもんか…できる…やって見せる…みんなが信じてくれるなら…一番嫌いな自分を僕は好きになる。

「任せてくれ…自分のブランド力がどれくらいか…試してみよう」

日本自衛隊の顔としてモテはやされたこの知名度を…ついに使う時がきた。
正直どうでもいい他人からの知名度なんてない方がマシだと思っていたが…人生なんでもやってれば特になる…という事か
せっかくの休日に街に出れば話しかけられ追い掛け回され…イメージの為にも無下にも出来ず…好きな所に行くのにも一苦労だったが…その恩をいま返してもらおう

296ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/08/17(土) 01:59:43
会議が少し落ち着いてきて…明神が切り出す。

>「ブレイブの頭数が増やせるなら、イブリース。お前が保護したモンスター達を連れてこい。
 そいつらに、即席ブレイブと臨時のパートナーになってもらう。
 スペルやアイテムの恩恵が受けられるだけでも単独でいるより確実に生き残りやすくなる。
 なにより……いざってときはアンサモンすれば、この世で一番安全なスマホのに中に隠れられる。
 命が保証されるんだ。ブレイブが死なない限り。ブレイブを守り続ける限りな」

「そうだな…イブリース…君が僕達だけじゃなく…ブレイブという存在そのものをよく思ってないのはよくわかってる…けど手を取り合うべきだ。
だが…残念な事に避難民にはイクリプスと君の同胞の違いは分からないだろう。実際侵略しに来たわけだしな。
…だから人間側の説得は僕達がする…そっち側の説得は君がしろ。それでも問題は起きるだろうが…その時の仲裁は僕がする」

正直なところ…イブリースやその同胞達には拒否権はないだろう。作戦が変わった時は…その限りではないだろうが…

そもそもを言えばイブリース達は完全なる被害者というわけではない…元々はラスベガスを侵略しにきたのだ。
偶々より強大で…より狂暴な侵略者が現れたから被害者面をしてはいるが…まったく無辜の民を殺してない…という事はないだろう

イブリースにとっては同胞の生存率は上がるし断る理由はないし……恐らく明神は断らせる気もない。

もちろんお互い思うところはあるだろうし…生きる為に円満に仲良く協力…とはならないだろう…ある程度の抵抗は予想される…そこで僕の力は役に立つだろう。
どっちが暴れ出しても…身一つで両方余計な怪我をさせず迅速に鎮圧できる自信がある。

「明神がブレイブの技術をイブリースがその補佐…僕は…まあ必要なら戦闘の余波で死なないぐらいの自衛力と…応急治療処置のやり方でも叩き込もうか
全員が回復ポーションや魔法を使えるわけじゃないし…あって困る物でもないからな」

この辺の人員は後で詳しく決めなければいけないだろうがとりあえず暫定で名前を上げておく。

怒っているのか…それとも諦めたのか…それとも内心喜んでいるのか。
僕は人の感情を読むのが得意じゃない…だからなんて思っているか決してわからないが…それでも声を掛けた方がいいと判断して話しかける。

「イブリース…何を思っているか…考えてるのか僕には…僕達には決してわからない…君なりの葛藤があるんだろう。
飲み込めとはいわない。…けど…悪いようにはしない…信じて欲しい」

それが口下手な僕に言える精一杯の言葉だった。
理解してないのに理解していると…僕には言う事はできなかった。

「落ち着け…さすがに物に当たられたら君を鎮圧しなけりゃならなくなる…。……冗談だよ」

イブリースの前に立ちけん制する。さすがに手が出るような愚か者ではないだろうが…話題が話題だけに一応仲裁に入る。

「………まさかとは思うけど…冗談にさせてくれるよね?」

人でもモンスターでも…在り様を簡単に変える事はできない。
しかしイブリースや同胞達にとってどれほど苦痛であって…死んだ方がマシと思えようとも…変わらないといけない時はくる。

僕がどれだけみんなのような光を持ちたいと思っても光にはなれないように。
この世の中から戦争や犯罪が無くならないように…そう簡単に持って生まれた性は変えられない。

「お互い…在り様を変える時が来たんだ。今手を取り合わなければ…君はよくても君が同胞と呼ぶ者達は…殆どが死ぬことになる。
君も…恐らくなゆと似た呪いに掛かってる。君の過去は…誰にも分からない…けど過去にとらわれていたら…未来は訪れない。
過去は変えれないが…未来は変えられるはずだ…もちろんあまりにも虫が良すぎる話なのは分かってる…頼む…協力してくれ」

僕も人に物事を言える立場ではない。ないが…それでも…
お互いゆっくり歩み寄ればいつか…分かり合える日が来ると…なゆ達を見れば…みんなわかってくれるはずだ。

297崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/08/29(木) 18:26:34
作戦会議は紛糾した。

一般人を戦力に駆り出したくないなゆたと、世界の危機である以上世界中の人々に戦うか、
戦わないかの選択肢が与えられて然るべきと主張するエンバースに明神。
何れにも言い分があり、その結論に至った理由がある。
一般人は武力を持たないがゆえに一般人、と言う。戦う戦わざるに関わらず、武器を持てばその人間は一般人ではなくなる。
ゲームのシステム的に、殺傷能力を持つ『戦力』と認識されてしまう――。
例えそれが自衛を目的とした力であったとしても、積極的に敵を倒したりはしないと主張したとしても、
そんなことは『星蝕者(イクリプス)』側には関係のないことだろう。武器を持っているから斃す、それだけだ。
戦うのは『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』と『星蝕者(イクリプス)』だけ。他の者には手を出すな――
そうナイに交渉を持ちかけることも出来るかもしれない。何せこれはオープンβテストなのだ。
何のデータ収集にもならない一般人虐殺などしたところで、ローウェルにとっては価値など皆無であろう。
実際、三十時間の猶予という此方の提案を、ナイはSSS側のメンテナンスやフィードバックの時間もあるしと受け容れた。
しかし、次にまた此方の提案を呑んでくれるとは限らない。
作戦は一向に纏まらなかったが、それでもなゆたは半ば強引に作戦会議を〆ようとした。
自分が犠牲になれば、何もかも上手くいく。
これまでもなゆたは自らの肉体と精神とを擦り減らして戦ってきた。そして、限界を迎えた。
これから始まる最後の戦いで、なゆたの心と身体は丁度ゼロになる。消滅し、跡形もなくなる。
けれども、それでいい。後悔する気持ちなんてこれっぽっちもない。
自分ひとりが消えることで皆が生きてゆけるのなら、それは悪くない条件だ。いや、むしろお得感さえある。
平和になった後の世界がどうなっていくのか見届けられないのは少し残念ではあったけれど、それは致し方のないことだろう。
そう、自分が。自分だけが消えれば――
しかし。

>俺達がとことん上手くやってのければ、一番いい結果が出る。誰も死なない。
 ……いや、違うな。本当は……『お前が一人で代償を支払えば――全部上手くいく。他のみんなは無事でいられる』。
 そう信じているんだろ?だがな、そんな考えは……まやかしなんだよ。何の根拠もない、希望的観測だ

エンバースが、そんななゆたの思考を真っ向から否定した。

>それが、お前の呪いなんだな。呪いなんて言い方は嫌かもしれないけど。でも、そう呼ばせてくれ
>お前とは……初めて会った時から意見が合わなかったな。合わせた事はあったけど。
 でも多分お前も……何度も俺に合わせてくれていたんだろうな。正直、今日が初めてだ。
 お前と、俺が似てると思うなんて――大事なんだよな。その呪いが。俺も、そうなんだ

魂の奥から振り絞るような声で、エンバースが続ける。
なゆたはただ、凝然とその言葉を聞いた。
かつてリバティウムで出会ったとき、エンバースは此方の話など一切聞かず、
とにかく亡き仲間たちの遺品をなゆたに託そうとしてきた。
その後パーティーの仲間入りを果たした後も、やはりなゆたの言うことに耳を貸さず、
とにかく護るの一点張りでなゆたのガードに徹していた。
掛け替えのない、リューグークランの仲間たちとの思い出。それをすべて喪った悲しみ。もう喪いたくないという決意。
それを呪いだと、エンバースは言っている。
なゆたも同じ呪いを持っていると。

>呪いを解け、なゆた。こんなものはただのバイアスだ。願掛けに過ぎないんだ

エンバースがなゆたの両肩を強く掴む。罅割れたものと生身のもの、ふたつの眼差しがなゆたを間近で正面から見詰める。
射貫くような視線。エンバースの只ならぬ気魄に何も言い返せず、なゆたはただ身体を強張らせた。

>こんなものは……全然、大したものじゃないんだ。俺達の未来を変えてくれたりなんかしない

エンバースが繰り返す。
なゆたにはそれが、なゆたを説得するというよりも――エンバースが自分自身に言い聞かせているように聞こえた。

>俺は……お前が、好きだ。ずっと、ずっと大事に思ってた

「……!!……」

なゆたは目を見開いた。
エンバースにとっての愛の言葉、それは死の宣告に等しい。
かつてマイディアに対して、エンバースはその消滅の間際にしか想いを伝えることが出来なかった。
その無念が、後悔が、ずっとエンバースを苦しめてきたのだろう。
それこそ、決して解けない呪縛として。

>ほ……ほら見ろ。何も変わらない。そりゃそうだ。もう、ずっと前からそうだったんだからな。
 お前が好きだった。だから本当は……ずっと嫌だった。お前が苦しむのも、傷つくのも

声が震えている。
いつだって自信満々で、皮肉屋で、余裕たっぷりを演じてきたエンバースの、
それが紛れもない裸の心であるのだろう。

「エン、バ……」

>……呪いを解くんだ、なゆた。それから……考え直してくれ。
 俺は、俺達が置いていく人達にも選択肢があるべきだと思う。
 俺達にはほら、選択肢なんてなかっただろ。これについては……俺の言い方が悪かったな
>……俺じゃ、お前が願を掛けるには物足りないか?そんな訳――ないよな

半分だけ再生した表情が、ひどく優しい。
なゆたは暫く固まっていたが、ややあってすとんと肩の力を抜くと、小さく息をついた。

298崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/08/29(木) 18:30:48
「……そうかもしれないね。
 わたしは、わたしが――ここにいるわたしたちだけが戦えば、何とかなると思ってた。
 でも、これは世界の未来を決める戦いなんだ。わたしたちだけで何とかしていい問題じゃ……なかったね。
 わたしたちはみんな、自分っていう物語の主人公――そんなこと言っときながら、
 他の人たちを強引に脇役にするところだった」

うん、となゆたは一度頷くと、仲間たちの顔を見回した。

「わたしの意見は撤回するよ。エンバースや明神さんのプランで行こう。
 ただ、あくまで強制はしない。戦う力は与える、でも戦うかどうかは本人が決めること。
 スピーチを考えるのが明神さんなら、その辺りは心配ないと思うけど」

大元の作戦自体は変わらない。全世界配信を実施し、世界中の人々に危機を伝える。
協力が得られれば、カザハのライブでバフを掛ける。世界規模のバフが掛かれば、
数や性能に於いて圧倒的不利の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』もきっと『星蝕者(イクリプス)』に対抗できるはず。
そうして時間を稼ぎ、みのりとウィズリィがローウェルの居場所を突き止めたのち、
その本拠地へ乗り込んで一気にカタをつける。
以前との違いは、戦いに際して一般の人々に戦う力を与えるか否か、という部分だけだ。
それに関しては管理者権限を持つみのりが調整できる。何ならソシャゲによくある初心者サポートということで、
強めのモンスターや莫大な経験値をサービスすることもできるだろう。
何れにしても時間はない。計画が決まったのなら、早急に準備をする必要がある。

「決戦まであと何時間もない。出来ることを一つずつ片付けていこう。
 わたしは避難民のみんなに呼びかけてくる。戦いたいっていう人がいるなら、協力して貰おう。
 ……明神さんの言ってた最短の育成プラン、わたしもできるから」

かつてはフォーラムでブレモン初心者に手取り足取りアドバイスし、月子先生とまで呼ばれたなゆたである。
育成ならばお手の物だ。エンバースから離れると、早速踵を返して避難民たちの居る区画へと歩いていった。

>ブレイブの頭数が増やせるなら、イブリース。お前が保護したモンスター達を連れてこい。
 そいつらに、即席ブレイブと臨時のパートナーになってもらう。
 スペルやアイテムの恩恵が受けられるだけでも単独でいるより確実に生き残りやすくなる。
 なにより……いざってときはアンサモンすれば、この世で一番安全なスマホのに中に隠れられる。
 命が保証されるんだ。ブレイブが死なない限り。ブレイブを守り続ける限りな

「承知した」

明神の提案に、腕組みして話を聞いていたイブリースは特に反対するでもなく頷いた。
イブリースとしても、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』とパートナーシップを結んだモンスターの力は充分知悉している。
その上単体でいるより生存率も上がるというのなら、願ったりといったところだろう。

>お互い…在り様を変える時が来たんだ。今手を取り合わなければ…君はよくても君が同胞と呼ぶ者達は…殆どが死ぬことになる。
 君も…恐らくなゆと似た呪いに掛かってる。君の過去は…誰にも分からない…けど過去にとらわれていたら…未来は訪れない。
 過去は変えれないが…未来は変えられるはずだ…もちろんあまりにも虫が良すぎる話なのは分かってる…頼む…協力してくれ

ジョンだけが心配している。
イブリースはフン、と一笑に付した。

「今更何を言っている。オレがそんなに狭量な男に見えるのか、貴様は。
 我らの世界が無くなる瀬戸際、下らんプライドなどに拘るものか。
 そんなものはどうでもいい、それにな――」

武人肌のイブリースではあるが、勝利のためならありとあらゆる手を使う判断力も兼ね備えている。
暗黒魔城でもただ一心に仲間たちのことを想い、誇りも矜持も何もかも擲ってローウェルの走狗と化したイブリースなのだ。

「不思議なことに、オレの心は穏やかだ。
 戦力の質も数も圧倒的に足りん、絶望的な劣勢だというのにな……。だが、だからといって悲観はしていない。
 どころか、貴様らと組んだことで窮地は乗り越えたとさえ思っている。
 十死零生の土壇場にあって、いつも状況を覆してきた貴様らと共に在るのなら、何も心配ない……とな。
 盤面返しは『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』のお家芸。今回も見せてくれるのだろう?」

ク、とイブリースは右の口角を僅かに歪めて笑った。

「今まで逆張りばかりしてきたオレだったが、今回ばかりは勝ち馬に乗れたようだ。
 ……悪くない気分だな」

ガシャリ、と甲冑を鳴らし、イブリースもまた同胞たちへ呼びかけるためにその場を後にした。

299崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/08/29(木) 18:35:08
「……エンバース」

避難民の育成が一段落すると、なゆたはエンバースに声を掛けた。

「あの……ちょっといい……かな」

逡巡するように言ってから、エンバースと一緒にセンター内のひと気のない休憩スペースへ行く。

「……さっきは、みんなの前であんなこと言うから……ビックリしちゃった。
 ビックリしすぎて、ろくに返事もできなかったから……今のうちにしておこうと思って」

公衆の面前で『好きだ』と告白されたことは、なゆたにとって大きすぎる衝撃だった。
エンバースにとって、己の呪縛を打ち払うためには仲間たちの前で言う必要があった――ということを理解していたとしても。

「好きって言ってくれて、嬉しかった。
 恋するって、こんなに幸せなことなんだ。わたし、全然知らなかった。
 ……これが、呪いを解くための手段じゃなくて……混じりっけなしの好意であったなら、もっと嬉しかったのかな」

ほんの少しだけ寂しそうに、なゆたは眉を下げた。

「呪い。そう……あなたの言う通りなのかもしれない。
 わたしは人の役に立ちたかった。お母さんのために何もしてあげられなかった、
 その気持ちを二度と味わいたくなくて。無力感に苛まれたくなくて。
 なんにも出来ない、役立たずのわたしだってことを否定したくて……」

は、と一度息を吐く。
考えが纏まらない、けれど何も言わずに最終決戦を迎えるのはどうしても避けたかった。
これが、ゆっくり話のできる最後の機会かもしれないから。
俯いたまま、なゆたは再度口を開いた。
 
「お母さんを喪ったときのような気持ちには、二度となりたくない。
 そんな想いが棘となって、心の深いところにずっと突き刺さってる。
 誰かの役に立たなきゃ、身代わりにならなきゃ……って。ただそれだけを願ってきた。
 それはわたし以外の人から見れば、呪い……なんだろうね」

なゆたの願い。それはいつしかなゆたの心を幾重にも雁字搦めに縛り付け、自由を奪ってきた。
願いと呪いは同じだ。呪いを解くには、其れを叶えなければならない。
けれども其れが成されなかったなら、なゆたは永劫願いに呪われたまま――。

「あなたとわたしが似てるなんて、わたしも……今まで一度だって考えたことなかった。
 でも、言われてみれば思い当たる節はいくつもあったね。
 そう……あなたも、わたしも、譲れない大切なものがある。
 自分の生き方。意志。その大元の、根っこの部分にある……変えられないものが」

そう言いながら、なゆたはそっと片手をエンバースの未だ乾き罅割れている方の頬へ伸ばした。
軽く触れ、ゆっくりと撫でる。

「口で言って、易々とどうにか出来るものじゃないってことは分かってる。
 でも……それでも、お互いに変えていかなくちゃいけないね。今がそのときなんだと思う。
 あなたの呪いが解けたとき……あなたのこの顔も、きっと元通りになるはず。
 わたしも……出来る限り努力してみるよ」

エンバースの元通りになった顔、ネットの記事じゃない生で見てみたいしね、とおどけてみせる。

「わたしに残された時間は少ないけれど。
 もし、ローウェルを倒した後でまだ猶予があるようなら……探すのを手伝ってくれる?
 消滅せずに生きていける方法を――…」

既にスキル『終着駅(ファイナル・デスティネーション)』は発動している。
砂時計の砂が上から下へ零れ落ちるように、なゆたの生命は着々とカウントダウンを刻んでいる。
それは自分自身が定めた不可逆の運命、しかし。
今まで幾多の困難を乗り越え、奇跡を起こしてきた自分たち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ならば、或いは――。

「……わたしを、護ってね。
 大好きな、わたしのエンバース……」

いつもエンバースに対して言っている、定番の『願い(オーダー)』。
万感の想いと共にそれを告げると、なゆたはもう一度、花の綻ぶように笑った。

300崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/08/29(木) 18:39:52
「さてさて、さァ〜〜〜〜〜てェ!
 長い長いメンテナンスもいよいよ終了! これからオープンβテストの第二幕を開始致しますよォ!
 SSSにご参加の『星蝕者(イクリプス)』の皆さま、お待たせ致しました!
 アップデートされた世界でこれより存分に大暴れし、どうぞ! SSSの楽しさを満喫なさって下さい!」

ワールド・マーケット・センター前に姿を現したナイが、スタンド付きのマイクを振り回して大声でアナウンスしている。
その背後には、数百騎の『星蝕者(イクリプス)』。第一陣より数は激減したものの、まだまだ多い。
しかもその内訳は明神らのネガキャンを乗り越え、篩に掛けられてなお残った精鋭たちだ。
好奇心や話題性だけでテスターに応募したにわか勢とは根本的に違う。
おまけに、この軍勢は今後も増える可能性がある。この場にいる『星蝕者(イクリプス)』が総力だとは考えづらい。
ラスベガス上空に留まっている無数の宇宙船がその証拠だ。

「そしてェ〜〜〜〜……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の皆さん!
 散々ゴネて悪足掻きしていたようですが、死ぬ覚悟は出来ましたかァ?
 アップデートによって建物内のマップもご用意させて頂きましたのでねェ、もう逃げ場はありませんよ?
 まっ! 逃げたところで、コチラとしては約束不履行として侵食を起動させるだけですが!
 どう転んだところで、アナタたちは『星蝕者(イクリプス)』の皆さまに気持ちよ〜く戦って頂くための的!
 それを重々ご理解の上、死んで頂ければと思います!」

ニャハッ、とナイがギザ歯を覗かせ、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を挑発する。
SSS側と正面から対峙する形で腕を組み、仁王立ちしたなゆたが、不快な煽りに眉を顰める。
なゆたの後方には、避難民の中で要請に応じ戦うことを選んだ新米の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』らが控えている。
その数は百二十名ほど。数千人は居るであろう避難民の中で抗戦を選んだ者がそれしかいないのは、
一見して少なすぎる――とも思えるが、実際はそうではない。
リゾートの最中に襲撃を受け、傷つき、疲労し、或いは家族を喪った。
『星蝕者(イクリプス)』の圧倒的な戦力によって戦車や戦闘機が成す術もなく一蹴される光景を目の当たりにした、
それでもなお戦うことを選べる人間がそうそう居るはずがないのだ。
瞬きの間に殺されるかもしれない。一矢も報いられずに死ぬかもしれない。
だが、何もせず隠れているよりはいい。
そんな人間が百二十人も集まってくれただけでも御の字と言うべきであろう。
何せなゆたは当初、自分たち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』五人だけで戦いを始めようとしていたのだから。

「……残念だけど、期待には沿えない」

静かに、しかし確固たる信念をもってなゆたは言い返した。

「わたしたちは必ず勝つ。あなたやローウェルの思惑通りにはならない」

傍にいるエンバースへと目配せする。
マーケット・センターの中ではカザハ、カケル、ガザーヴァによるライブの準備と、
ジョンと明神による全世界配信の準備が整っているはずだ。
メンテナンス明け、すなわち戦闘開始と共に配信を行ってジョンが世界中に呼びかけ、
応援を募り、カザハがその力を束ねて最大級の呪歌とし、最前線で戦う『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』へ届ける。
そうすれば『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』と『星蝕者(イクリプス)』の戦力差はごく僅少なものになるはず。

「ハ」

そんななゆたの、そして『ブレイブ&モンスターズ!』側の思惑を嘲るように、ナイは嗤った。

「ま……せいぜい頑張ってくださいな。
 最初から負けムード全開で来られても面白くないですからねェ。
 アナタの反抗的な顔が絶望に歪んでいく過程、それこそがエンターテインメント!
 期待してますよ、最高にみっともない死に様をね……」

ナイがなゆたに顔を近付け、息がかかるほどに接近して囁く。
なゆたはもう、ナイには見向きしなかった。

「というコトでェェ〜……皆さんお待ちかねです、そろそろ始めましょうか?
 イッツ! ショ〜〜〜〜〜〜〜タァァァァ〜〜〜〜―――」

「待ちなさい」

なゆたから離れたナイがマイクスタンドを大きく掲げ、戦闘開始を宣言しかけると、背後から制止の声がかかった。
軍服風のミニスカワンピースに黒タイツ、ケープマントの改造制服に身を包み、
腰までの長い黒髪の毛先を丁寧に切り揃えた、光子刀を携えるクラス『フォトンブレーズ』の一騎。
SSSとブレモンのファースト・コンタクトにもなった戦闘のときにも見かけた少女だ。
軍人めいた襷を掛け、腕章をしていることから、『星蝕者(イクリプス)』テストプレイヤーの中心人物なのだろう。

「……何か?」

司会を中断させられ、不服げにナイが顔を向ける。
フォトンブレーズはそんなナイの反応もどこ吹く風、ツカツカとなゆたに歩み寄ると、

「SSS、御子神 熾天。……よろしく」

と自らの名を名乗って、白手袋に包んだ右手を差し出してきた。
残虐な殺戮者というイメージが色濃かった『星蝕者(イクリプス)』の意外な振る舞いに、
なゆたは一瞬面食らってしまった。
しかし、冷静に考えれば当然のことだろう。『星蝕者(イクリプス)』はゲームのプレイヤーだ。
それも正式発表前のゲームのテストプレイヤー、その抽選にわざわざ応募するほどの猛者である。
彼女らは何も殺戮をするためにこの場にいるのではない。そういった無差別殺人犯のような振る舞いがしたいのなら、
最初からそういうジャンルのゲームを選んでいるだろう。
これから世に出る『星蝕のスターリースカイ』というゲームをいち早く体験したくて、楽しみたくてこの場にいるのだ。
で、あるのなら。
『ブレイブ&モンスターズ!』と『星蝕のスターリースカイ』、共にゲームが好きな者同士であるのなら――

「崇月院なゆた。……こちらこそ」

「――いいゲームをしましょう」

フォトンブレーズ――熾天に応じ、なゆたも名乗った後で右手を差し出す。
ふたりはしっかりと握手を交わした。

301崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/08/29(木) 18:44:47
「イヤハヤ、これは何ともスポーツマンシップに則った振舞い! 感動ですねェ!
 これぞEスポーツ! という感じでしょうか? では気を取り直して――
 イィィィィッツ! ショォォォ――――タ〜〜〜〜イムッ!!!」

いつの間にかマイクスタンドを大きなフラッグに変えたナイが、改めて高らかに戦闘開始の宣言をする。
熾天の後方に控えていた『星蝕者(イクリプス)』たちがドンッ!! と一斉に突撃し、
なゆたの側で身構えていた『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちがパートナーモンスターを召喚する。

「いくわよ、ポヨリン!」

『ぽっよよよよぉ〜っ!!』

なゆたも素早くスマホをタップし、レイド級モンスター召喚のコンボを組み立ててゆく。
事前にATBゲージは溜めておいた、既に準備は万端である。
 
「ウルティメイト召喚……光纏い、降臨せよ! 天上に唯一なるスライムの神――G.O.D.スライム!!」

『ぽぉぉぉぉぉ〜〜よぉぉぉぉぉ〜〜よぉぉぉぉぉぉぉんんんんんんんん〜〜〜〜〜』

召喚された400匹以上のスライムがポヨリンを中心に合体し、純白の翼を3対生やし王冠を被った巨大なスライムが出現する。

「ゴッドポヨリンの攻撃! 万理万物悉くを打ち砕け、天の戦鎚!
 ――『黙示録の鎚(アポカリプス・ハンマー)』!!!

地上を滑るように突進してくる『星蝕者(イクリプス)』へ、まずは先制の一撃を見舞う。
空中で超巨大な右拳に変身したゴッドポヨリンが、力の限り大地を殴りつける。
飛翔する能力を持ち合わせていない『星蝕者(イクリプス)』は大地を揺るがす震動に浮足立った。
その隙を、新米『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』とパートナーたちが狙い撃つ。
『黙示録の鎚(アポカリプス・ハンマー)』は絶大な威力を誇る広範囲物理攻撃だが、
大地を殴るという特性上飛んでいる相手には当たらない。
飛行能力を持つ乗り物を有するクラス・ネビュラノーツや、浮遊魔法を持つクラス・ゾディアックには効き目が薄い。
他にも身軽さが売りの射手、クラス・サジタリウスや暗殺者であるクラス・ブラックホールは高く跳躍し、
難を逃れている。勿論、フォトンブレーズの熾天も危なげなく回避しているようだった。
だが、それについてはなゆたも織り込み済みである。

「さらに、ゴッドポヨリンの攻撃! 一切万象を灰燼と帰せ、天の雷霆!
 ――『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』!!!」

ゴッドポヨリンの光背が、次いで全身が眩しく輝く。
そして次の瞬間、大きく開いたゴッドポヨリンの口から膨大な閃光が放たれ、空を薙ぎ払った。
太陽光を吸収して魔力に変換し、発射するユニークスキル『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』。
今まで数多くの敵を退けてきた文字通りの必殺技が、『黙示録の鎚(アポカリプス・ハンマー)』を回避して油断した
『星蝕者(イクリプス)』に降り注ぎ、そのライフを根こそぎ削り取る。

「エンバース! ここはわたしが受け持つから――思いっきり暴れてきて!」

鋭く、手短に指示する。
カザハ、明神、ジョンによって、すぐに全世界へ向けた放送が発信されるだろう。
外にいる『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちの最初の役目は、『星蝕者(イクリプス)』が建物内に入らないよう、
この場を死守することだ。
といって、守勢に回るだけではいけない。オフェンスとディフェンスを上手く使い分ける必要がある。
そこでなゆたは見出した新米『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』のうち、
素質のありそうな十名を選抜し、オフェンス側としてエンバースに付けることにした。
エンバースを隊長とした小隊だ。この部隊で『星蝕者(イクリプス)』の真っ只中に吶喊し、攪乱と切り崩しをしてもらう。
尤も、そのオフェンス側の十名も当たるを幸い攻撃していいという訳ではない。
部隊に編成された新米『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の役目は、エンバースの露払い。
エンバースが最大の攻撃力を発揮できるよう、そのサポートを行うための補助に徹するというのが最大の任務だった。
捻くれ者のエンバースのことだから、一人の方が身軽でいいだとか、
部隊を守りながら戦うのでは本末転倒だとか言うかもしれなかったが、
そもそも彼らにも権利を与えるべきだと言ったのはエンバースなので、そこは我慢して貰う。
むろん、みすみす死地に赴く愚連隊として組織した訳ではない。危なくなれば即撤退するようにと言い含め、
ポーションの類もインベントリに詰め込めるだけ詰め込ませた。

「みんな、持ち堪えるわよ!」

エンバースとその部隊を見送ると、なゆたは後ろを振り返った。
残った守備部隊を鼓舞し、ゴッドポヨリンの攻撃やエンバースたちの攻撃を潜り抜けてきた敵への対処を行う。
防衛側の新米『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は、意気軒高ではあるものの矢張り実戦経験のなさ、
プレイヤーとしての積み重ねのなさという点は否めない。
従ってワールド・マーケット・センター周辺に防衛線を張り、ATBゲージが溜まれば都度最大攻撃を撃ち込む、
という行動を厳守させている。
穴を埋めるのはなゆたとエカテリーナ、アシュトラーセの継承者と、イブリース。
その四人が遊撃隊として、都度手薄になったり危険な状況に置かれた守備部隊の加勢に入るといった具合だ。

「だあああああああッ!!」

不慣れな『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の防衛の隙間を狙い、黒衣に身を包んだブラックホールが迫る。
なゆたは腰の剣を抜き放つと、雄叫びを上げながらその間に割って入った。
ぎゃりんっ! となゆたの剣とブラックホールの短剣とが噛み合い、火花を散らす。
必殺の刃を受け止められたブラックホールは素早く体勢を立て直すと標的をなゆたに変え、
俊敏な身ごなしでなゆたの首を掻き切ろうと攻撃を仕掛けてきた。

302崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/08/29(木) 18:50:20
アクションゲームであるSSSのキャラクターである『星蝕者(イクリプス)』の身体能力は、
RPGジャンルのブレモンの登場人物を軽く上回る。
中でも体術に特化したブラックホールの動きは常人の域を遥かに超えていた――のだが。

――見える……!

驚いたことに、なゆたはそんな『星蝕者(イクリプス)』の攻撃を完全に見切り、軽やかな体捌きで致命の攻撃を避けていた。
スキル『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』の効果もあるが、
みのりによって施された『終着駅(ファイナル・デスティネーション)』のバフが生きている。
極限にまで強化され研ぎ澄まされた五感が、生身をして『星蝕者(イクリプス)』に匹敵する能力を引き出しているのだ。

「ッ……! ハアアアアアッ!!」

ドッ! ドドッ!

熾烈な技の応酬の合間、一瞬の隙を衝いたなゆたの細剣の切っ先が、狙い過たずブラックホールの肉体を二度穿つ。
『煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)』、ステッラ・ポラーレより伝授されたユニークスキル、
『蜂のように刺す(モータル・スティング)』。
三撃絶殺の必殺剣はいかなる相手をも三発で葬り去る。なゆたの其れはオリジナルと違い、
ただ相手を戦闘不能にするだけだが、それでも今は充分だろう。
ブラックホールにはむろん『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』のスキルについての知識などないだろうが、
ベテランゲーマーとしての危機感知能力が此の侭では危険ということを察知したらしい。
大きく後方に跳躍すると、脱兎のごとく離脱を始めた。
さらに左手首に装着した小型端末を操作して鷹型の支援メカを呼び出し、その足に掴まって空高く舞い上がる。
だが、逃がすつもりはない。今はひとりでも多くの敵を減らしておかなければならないのだ。

「行かせる……かぁぁぁぁ―――――ッ!!」

だんッ! と強く地面を蹴り、それから一気に空中を駆け上がる。
踏み出す足許に虹色の波紋めいた力場を発生させながら、なゆたは地上同様の走りで空中のブラックホールに迫る。
かつてなゆたが対オデット戦で一度だけ見せたスキル、『天国の階(ヘヴンリー・ステップ)』だ。
全速力で宙を駆け、ブラックホールに猛追を仕掛けると、なゆたは大きく上体を捻り細剣を引き絞った。
ブラックホールもそれを迎え打とうと懐から電磁手裏剣を取り出す。――が、遅い。

「――『蜂のように刺す(モータル・スティング)』!!」

ドッ!!

身体ごと叩きつけるようななゆたの刺突がブラックホールを貫く。三度目の攻撃をその身に受け、
ブラックホールは掴まっていた鷹型メカから手を離すと、成す術もなく落下していった。
と同時、『天国の階(ヘヴンリー・ステップ)』の効果を失ったなゆたも真っ逆さまに落ちてゆく。
墜落死待ったなしの高高度だったが、しかしなゆたが墜死することはなかった。
下方で待ち構えていたゴッドポヨリンが、巨大なクッションとなってなゆたの身体を受け止めたのだ。

「ありがと、ポヨリン!」

『ぽぉぉぉ〜よぉぉぉぉぉ〜』

身軽にゴッドポヨリンから降りると、地面を踏みしめたなゆたは自らの手に目を向け、開閉を繰り返してみた。
まだ、身体は動く。何の問題もなく機能している。……今のところは。

「ふふ。絶好調……! みのりさんのバフが覿面に効いてる証拠ね……!」

だが、それがいつまで持つのかは、正直なところ分からない。

「最後まで持ってよ、わたしの身体!
 灰も残らないくらい完全燃焼して、この世界の不幸を……全部まっさらにするために!」

ぐっ! と拳を握り込み、己の役目を今一度心に刻み込み直すと、なゆたは次の防衛地点へと駆け出して行った。
手薄になりがちな防衛地点は一ヶ所だけではない。百人からの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が防備に当たっているとはいえ。
相手は一騎当千の『星蝕者(イクリプス)』だ。一瞬たりとも気は抜けない。

「ぐはっ……!」

クラス・サジタリウスの超距離射撃をまともに浴び、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』のひとりが血を吐いて斃れる。
その穴を狙い、複数の『星蝕者(イクリプス)』たちが一気に殺到する。
が。

「カチューシャ!」

「おお! アシュリー!」

そんな防御の薄くなった場所を、アシュトラーセとエカテリーナがカバーする。
ハーフドラゴン特有の防御力の高さで鉄壁の守りを発揮し、紅蓮のブレスを吐いては敵を寄せ付けないアシュトラーセに、
変幻自在の虚構魔術で目まぐるしく姿を変え、群がる『星蝕者(イクリプス)』を蹴散らすエカテリーナ。
両者とも、まさしくアルフヘイム最高戦力『十二階梯の継承者』の名に恥じぬ獅子奮迅ぶりだ。

「此処は通さん……『冥獄憤激轟(ヘルガイザー)』!!!」

イブリースが魔力を満々と湛えて濃紫に輝く『業魔の剣(デモンブランド)』を逆手に持ち、一気に地面へ突き立てる。
その途端、間欠泉の如く地面から瘴気の奔流が噴き出し、近くにいた『星蝕者(イクリプス)』たちを巻き込んで爆発した。

303崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/08/29(木) 18:58:03
センター防衛部隊は何とか『星蝕者(イクリプス)』を押し留めようと奮戦したが、単純に数が違いすぎる。
それに、幾多の妨害工作やネガキャンにも屈さず短時間で研鑽や研究を重ねてきた『星蝕者(イクリプス)』と、
つい先程レベルアップを終えてニヴルヘイムの魔物とパートナー契約を結んだばかりの新米『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』とでは、
技量が違いすぎる。
『星蝕者(イクリプス)』は既にガザーヴァが指摘した自身の攻撃がワンパターンであるという弱点を克服し、
アイテムやスキルを駆使してモーションの隙を無くし攻勢を仕掛けてくる。

「ひ……ひィィッ!!」

パートナーモンスターとしていたデーモンが斃され、無防備になった『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が悲鳴を上げる。
バーニア付きの巨大な斧を構えた『星蝕者(イクリプス)』――スキル・ジャガンナートが、
既に戦闘能力を失った『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を真っ二つにしようと迫る。
なゆたとエカテリーナ、アシュトラーセ、イブリースらがどれだけ単騎の強さを誇っていても、
たった四人ではとても防衛線すべての綻びをフォローすることは出来ない。
であるから。

「みのりさん! 準備は!?」

《たった今出来たとこやわ! お待ちどうさん……そらっ、起動!》

なゆたがスマホで暗黒魔城のみのりへ呼びかける。
みのりが空中に浮かび出たコンソールをクリックすると、俄かにコンベンション・センター周りの大地が鳴動を始めた。
そして、防衛線の前方に十基ほどの『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』めいた転移門が出現する。
が、ただの門ではない。――巨大である。通常サイズの『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』ならば、
せいぜい三メートル程度の大きさなのだが、これはその十倍、三十メートルはあろうか。
見上げるばかりの大きさを誇る十基の転移門、そのひとつの縁が、内側からガシリ……と掴まれる。
規格外の、超巨大な『手』。ロボットアニメに登場するような鉄色の五指を持つ何かが、転移門から姿を現そうとしている。
そして、ヌウ……とゆっくり門の中から顔を覗かせたのは――見上げるばかりの体躯を誇る、屈強な鋼鉄のゴーレム。
明神はかつてガンダラの第十九試掘洞で其れを見たことがあるだろう。
太古の昔、ドワーフと魔術師たちがその持てる技術の粋を尽くして製造したと言われる、伝説の巨兵。
超レイド級モンスターの一角、『タイラント』。
それが十機。

「な……、これは……」

エカテリーナが呆気に取られる。

《さぁて……お気ばりやす! タイラント、陣地防衛!》

ゴッ!!

みのりがコマンドを実行すると、出現したタイラントの双眸がギン! と輝く。
巨大な腕で、タイラントは周囲の『星蝕者(イクリプス)』を羽虫でも追い払うかのように薙ぎ払った。

「よし……ッ!」

タイラントを見上げながら、なゆたがぐっと拳を握り込む。
本職のプログラマーではないみのりには、世界の根幹を改変するような難解なソースコードを構築することはできない。
しかし、敵や味方のユニットを配置変更する程度の変更なら、管理者コンソールによって可能なのではないか、
となゆたは睨んだのだ。
そしてみのりに運用できる最強のモンスターを味方として召喚、配置してくれるよう事前に頼んでいた。
同様の段取りで、世界中の他の箇所でももし『星蝕者(イクリプス)』が出現したなら、
タイラントが召喚され都市や人々の防衛を受け持つようにプログラムされている。

《ガンダラのポンコツと一緒にしたらあきまへんえ、保証書付きの完品や!》

みのりがキーボードをタイプしながら言い放つ。
かつてガンダラでアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を全滅寸前まで追い込んだタイラントですら、
半壊し殆どガラクタと化していた未完成品であった。
だが、今度は違う。超レイド級としての性能を遺憾なく発揮できる、完成版のタイラントだ。
隊列を組んだ鉄巨人の群れが、迫り来る脅威を駆逐する。
それはまさに、かつて赤城真一が目の当たりにした幻視とよく似たものであったろう。
ひとつ幻視と異なる点は、目の前で動いているタイラントは地球を破壊する侵略者ではなく、人類の守護者ということだ。

「好機だ! 我らも押し返すぞ!」

イブリースの号令一下、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』とパートナー契約を結んでいないモンスターたちが雄叫びを上げる。
タイラントの分厚い胸部装甲が展開し、長大な二本の砲塔が出現したかと思うと、
其処から轟音と共に極太のレーザーが発射される。タイラントのユニークスキル『二連破壊光線砲(デュアルキャノン)』だ。
巨大なゴーレムの一団が『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』側についたことで『星蝕者(イクリプス)』の足並みは大いに乱れたが、
それでも瓦解するほどではない。中には早くもタイラントをよくある超大型エネミーと認識し、攻略に着手している者もいた。
御子神熾天もそのひとりだ。五名ばかりの『星蝕者(イクリプス)』を率い、身軽に空を翔けてタイラントの攻撃を回避しながら、
ダメージの通りそうな場所へ攻撃を繰り出している。

「……」

なゆたはその姿を目で追った。と、まるでその視線に気付いたかのように熾天も顔を巡らせ、なゆたの方を見た。
地上とその遥か上空、500メートル以上離れた距離で、ふたりの眼差しが重なる。
熾天は微かに口許を綻ばせた。笑った、ようであった。
遠からぬ将来、彼女とも刃を交えることになるだろう。しかし、それは今ではない。
熾天から視線を離すと、なゆたは踵を返して窮地に陥っている仲間を救うべく駆けていった。


【主張を撤回。力を与え、三界の全員で戦うことを了承。
 ジョンと明神の配信、カザハのライブを成功させるため防衛任務に志願。
 30時間のインターバル後、戦闘開始。拠点防衛の切り札にタイラントを十機投入。】

304embers ◆5WH73DXszU:2024/09/08(日) 04:51:37
【レイドバトル(Ⅰ)】


正真正銘、心からの言葉だった。
エンバースにはずっと理解出来なかった。
なゆたが何故見え透いた虚勢を張ってまで自分を追い込もうとするのか。
自分が死ぬ――その運命をどうして平然と受け入れてしまえるのか。

その理由が、その元凶が、やっと見えた。
必死だった。今を逃せばもうなゆたを心変わりさせる事は出来ないだろう。
最終決戦は死闘になる。心の中でボタンを掛け違えたまま全う出来る筈がない。

だがそれ以上に――なゆたに根差す良くないものを取り除いてやりたかった。
今より健やかで、安らかな状態になって欲しかった。そして――

『……そうかもしれないね。
 わたしは、わたしが――ここにいるわたしたちだけが戦えば、何とかなると思ってた。
 でも、これは世界の未来を決める戦いなんだ。わたしたちだけで何とかしていい問題じゃ……なかったね。
 わたしたちはみんな、自分っていう物語の主人公――そんなこと言っときながら、
 他の人たちを強引に脇役にするところだった』

なゆたの答えに――エンバースは深い深い安堵の吐息を漏らした。

「……分かってくれるか」

『わたしの意見は撤回するよ。エンバースや明神さんのプランで行こう。
 ただ、あくまで強制はしない。戦う力は与える、でも戦うかどうかは本人が決めること。
 スピーチを考えるのが明神さんなら、その辺りは心配ないと思うけど』

「ああ、ああ、勿論だ。むしろ……脅しつけるくらいリスクは説明した方がいい」

『決戦まであと何時間もない。出来ることを一つずつ片付けていこう。
 わたしは避難民のみんなに呼びかけてくる。戦いたいっていう人がいるなら、協力して貰おう。
 ……明神さんの言ってた最短の育成プラン、わたしもできるから』

「俺も行くよ。俺が言い出したんだ。俺が話さなきゃいけない事だ」

エンバースがなゆたを追う。
なゆたが避難民の皆へ声をかける/呼び集める。
その過程はエンバースが予想していたよりずっとスムーズだった。
避難民の救出から今に至るまで、なゆたは時間が許す限りボランティアに徹していた。
まだ成人もしていない女の子が鎧を帯びて、その上傷ついた人達の為に右へ左へ駆け回っている。
その姿を見せていた事が「これは上手くそそのかして使い捨ての駒を集めたいだけの話ではない」という理解を生んでいる。
誠意をもって選択肢を提示していると。

なゆたはそんな事は意識もしていなかっただろうが――それはエンバースには出来ない事だった。
必要性を説き、利を吹き込んで人を話に乗せる。
そうした経験は今までに何度かあった。だが今回すべき話は違う。

「……もう言うまでもないかもしれないけど、俺達にはブレイブの力がある。
 そうだ。あのブレイブ&モンスターズの、ブレイブだ」

今更大した混乱は起こらない。
なゆたはずっとポヨリンを連れ歩いていたし、ここではイブリースがそこらを歩き回っている。
そもそもブレイブ&モンスターズはこの世界のタイトルだ。
上位世界の盛衰はさておき、この世界においてはまさしく約束された覇権ゲーなのだ。

305embers ◆5WH73DXszU:2024/09/08(日) 04:55:46
【レイドバトル(Ⅱ)】

「そして俺達はこの力を……望んだ相手に分け与える事が出来る」

実際には「分け与える」では少々語弊があるが省略した。
そこを詳しく説明する事で本筋が曖昧になっては意味がない。

「ここにいる誰でも、パートナーを召喚したり、スペルカードを使えるようになれる。
 何をするにも便利な力だ。傷病者の治療にも、身を守るにも、
 少なくとも自分は一人じゃないって気持ちになる為にも……」

人々がざわめく。
ブレイブの、正真正銘の魔法の力が誰でも手に入る。
訳も分からず戦火に追い立てられてきたからこそ。その言葉に浮足立たずにはいられない。

「……もし望むなら、戦う為にも」

そのざわめきを制するように、エンバースはフードを脱いだ。
半分が生身、半分が焼け焦げた顔貌が露わになる。
小さな喧騒は幾つかの悲鳴に変わって、その後には張り詰めた静寂が残った。

「戦力が補強したい訳じゃない。むしろ逆だ。これは、生きるか死ぬかの話だ。
 後になって騙されたとか、こんな筈じゃなかったとか、そんな思いはさせたくない。
 ただ……その為に何をどこまで説明すれば十分と言えるのか。俺には分からない」

元々、別に顔を見られたくなかった訳ではない。
無意味に恐れさせる事もないと隠していただけだ。

「だから俺は、あんた達を脅かす事にした。明日、ヤツらはまた攻めてくる。
 刃向かえば誰もがこうなる可能性がある。
 これでもまだ最悪じゃない。普通は、人間は一度死んだらそれで終わりだからな」

しかし今となっては――これくらいで怯むようなら変に夢を見ない方が幸せだ。

「俺達が負ければこの世界は滅びる。だからってあんた達が戦わなきゃいけない理由はない。
 世界が滅ぶからって、わざわざ戦場の真っ只中で死ななきゃいけない訳がない。
 命をかけて戦って死ねば、そのおかげで世界が救われるなんて保証もない」

エンバースが胸部に埋めたダインスレイヴを引き抜く。

「説明はこれで終わりだ。だけど……悪いけど全員、一度こっちへ来てくれるか……よし、そのままじっとしててくれ」

そして剣閃/剣閃/剣閃――淡い炎の線がホールに三重の円を描く=ホール内が四分割される形。

「……これでいい。さあ……ブレイブの力が欲しければ、最初の線を超えてきてくれ」

理屈の上では、ただブレイブの力を得る事にデメリットはない。
それでも避難民の半分以上が線を超えられなかった。
戦う力を持つ事自体が怖かったのかもしれない。
ブレイブになる事で明確な「敵」と見られる事を恐れたのかもしれない。
理由なんていくらでも考えつくし、わざわざそれを聞き出す必要もなかった。

「分かった。もし心変わりしたならいつでも言ってくれ。
 やっぱりブレイブになりたい、なりたくない。どちらでも構わない」

エンバースが身を翻す/ダインスレイヴの剣先で床をこすりながら新たな線を引く/振り返る。

「それじゃ、次だ。明日、ヤツらと戦いたいなら……もう一度線を超えてきてくれ」

エンバースは考える。言葉は尽くせたか――いや、まだ足りない。
ただ戦力を集めるだけなら絶対に言う必要のない事まで告げた。
それでも――まだ聞いておくべき事が一つ残っている。

「……もう一つ。次が、最後の選択だ――」

306embers ◆5WH73DXszU:2024/09/08(日) 04:56:01
【レイドバトル(Ⅲ)】


『……エンバース』

ブレイブ希望者の育成が一段落した頃、ふとなゆたに声をかけられた。

『あの……ちょっといい……かな』

「……どうした」

歯切れの悪いなゆたの様子にエンバースまで声が強張る。
どうにも緊張したまま後ろを付いていく/人気のない休憩スペースで歩みが止まる。

『……さっきは、みんなの前であんなこと言うから……ビックリしちゃった。
 ビックリしすぎて、ろくに返事もできなかったから……今のうちにしておこうと思って』

「あ、あー……そうか。そういやみんなの前だったな……」

忘れていた――という訳ではない。
だがそんな事を気にしている場合ではなかった。少なくともエンバースにとっては。
気まずそうに頭を掻く。

『好きって言ってくれて、嬉しかった。
 恋するって、こんなに幸せなことなんだ。わたし、全然知らなかった。
 ……これが、呪いを解くための手段じゃなくて……混じりっけなしの好意であったなら、もっと嬉しかったのかな』

「……待て、勘違いするなよ。打算があった訳じゃないぞ。俺だって必死だったんだ」

『呪い。そう……あなたの言う通りなのかもしれない。
 わたしは人の役に立ちたかった。お母さんのために何もしてあげられなかった、
 その気持ちを二度と味わいたくなくて。無力感に苛まれたくなくて。
 なんにも出来ない、役立たずのわたしだってことを否定したくて……』

「……ああ、分かるよ。次はもう耐えられない……そう思っちゃうんだよな」

気休めではない。エンバースにはその感覚が痛いほどよく分かる。

『お母さんを喪ったときのような気持ちには、二度となりたくない。
 そんな想いが棘となって、心の深いところにずっと突き刺さってる。
 誰かの役に立たなきゃ、身代わりにならなきゃ……って。ただそれだけを願ってきた。
 それはわたし以外の人から見れば、呪い……なんだろうね』

「……あんまり良い言い方じゃないよな、悪かった」

『あなたとわたしが似てるなんて、わたしも……今まで一度だって考えたことなかった。
 でも、言われてみれば思い当たる節はいくつもあったね。
 そう……あなたも、わたしも、譲れない大切なものがある。
 自分の生き方。意志。その大元の、根っこの部分にある……変えられないものが』

呪いは――ある意味ではかけがえのない思い出だ。思い出こそが呪いなのだ。
エンバースは確かに一度呪いを振り払った。
だが――言葉一つで思い出の全てが消える訳でもない。

307embers ◆5WH73DXszU:2024/09/08(日) 04:56:21
【レイドバトル(Ⅳ)】

『口で言って、易々とどうにか出来るものじゃないってことは分かってる。
 でも……それでも、お互いに変えていかなくちゃいけないね。今がそのときなんだと思う。
 あなたの呪いが解けたとき……あなたのこの顔も、きっと元通りになるはず。
 わたしも……出来る限り努力してみるよ』

「……今でも俺はかなりの男前だと思ってるんだけどな」

顔の焼け焦げた左半分を撫でる=冗談めかしてはいるがおおよそ本気の言動。

『わたしに残された時間は少ないけれど。
 もし、ローウェルを倒した後でまだ猶予があるようなら……探すのを手伝ってくれる?
 消滅せずに生きていける方法を――…』

「今からでもみんなに本当の事を言うってのは……ちょっと気まずいか」

自分はもうじき死ぬ――そんな事はそもそも伝え辛くて当然。
なゆたに限ってはこれまで散々見え見えの嘘を重ねてきた後だ。

「まあ……俺達も長い付き合いだ。みんなとっくに何かがおかしいって事は察してるさ」

実際にはエンバースは殆ど密告同然の行為をしているが――それに関しては黙っておく。

「どうにか助けようともしてくれる筈だ。実際俺達のパーティは、みんな俺ほどじゃないにせよ凄いヤツらだ。
 カザハはあれでもこの世界で最も原始的な力の化身だぜ。命ある者の定めだって制御出来るかもしれない。
 ジョンの生命力は今や単なるブラッドラストでも、ただのオデットの祝福でもないほど強力だ」

あの二人は――自分達が自覚している以上に規格外の存在だ。
カザハは言うまでもなく、ジョンは生者でありながらアンデッド以上の不死性を示している。

「それに明神さんもレスバが上手い……冗談だよ。明神さんは……みのりさんと息がぴったりだったな。
 みのりさんの創世の魔眼を一番上手く使えるのは、きっと明神さんだ。
 あの眼は……今んとこ一番希望が持てると思ってるんだが……」

エンバースが小さく溜息を吐く=クールダウン。

「……勿論、みんなの力を借りたからって今すぐどうにか出来るほど、簡単な話じゃない。
 けど……明日の戦いで、イクリプスもローウェルもぶちのめして、勝利して。
 それでレベルアップが出来れば……何か希望が生まれるかもしれない」

そう言った後で、ふとエンバースは何かを思い出したような仕草を見せる。

「当然、俺にも考えはある。少なくとも俺はローウェル公認の魔王の器だ。
 それに……一度死んで、それでも死に切らないままでいる前例でもある。
 ほら、不死者ってどいつもこいつも眷属を作りがちだろ?最悪、一旦それで我慢してくれって事も――」

柄にもなく口数が増えている。自覚はある。だがそんなのは些細な事だ。
何か一つでもなゆたの気が楽になるような言葉が紡げれば――考えている事はそれだけだった。

308embers ◆5WH73DXszU:2024/09/08(日) 04:56:41
【レイドバトル(Ⅴ)】

『……わたしを、護ってね。
 大好きな、わたしのエンバース……』

そんなエンバースを見てか、なゆたは綻ぶように笑った。
エンバースは一瞬、呆然と言葉を失って――それから少々しかめっ面っぽく笑った。

「……もう一つ見つけたぞ。俺とお前の、似ているところ」

そう言うとエンバースは――不意になゆたを両腕で抱き上げる。
そのままぐるりと振り回す/その顔を覗き込む/額と額を軽く合わせる。

「どこだと思う?ん?……思わせぶりなことを言ってその気にさせて。
 なのに肝心な時にこっちを見てくれない。だったか?」

なゆたから聞かされた、マリからのハイバラ評――実のところ自覚はある。

「散々俺に心配させておいて……今になってようやく私を護ってね、だと?
 ……俺はずっとそのつもりだったぜ。お前がそっぽを向いてただけでな」

だが、なゆたは――これはどう見たって無自覚の言動だ。
だから自分よりも更にタチが悪い。
仕返しに、とことん恥ずかしい思いをさせてやろうなんて考えが思い浮かぶくらいには。

「心配するな。大丈夫だ。俺が全部なんとかしてやるって……前にも言ったろ」

ひとしきり遊び終えると、エンバースはそう言ってなゆたを降ろした。

「……それで、今度はどうだ?混じりっけなしの好意を感じてくれたか?
 悪癖を治していこうって話だったからな……。
 ちゃんとその気にさせた上で、お前だけを見ていたつもりなんだけどな」

なゆたの顔を覗き込む/悪戯っぽい笑い方=正直言って――エンバースは浮かれていた。
明日、世界の命運を懸けて戦うとは思えないほど。だがこれは仕方のない事だ。
惚れた女がやっと生きる希望を持ってくれたのだ――浮かれない方がどうかしている。

309embers ◆5WH73DXszU:2024/09/08(日) 04:58:11
【レイドバトル(Ⅵ)】


『さてさて、さァ〜〜〜〜〜てェ!
 長い長いメンテナンスもいよいよ終了! これからオープンβテストの第二幕を開始致しますよォ!
 SSSにご参加の『星蝕者(イクリプス)』の皆さま、お待たせ致しました!
 アップデートされた世界でこれより存分に大暴れし、どうぞ! SSSの楽しさを満喫なさって下さい!』

「……うるさいぞ。この距離感ならマイクいらないだろ。配信で耳ないなったとかコメントして欲しいのか?」

『そしてェ〜〜〜〜……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の皆さん!
 散々ゴネて悪足掻きしていたようですが、死ぬ覚悟は出来ましたかァ?
 アップデートによって建物内のマップもご用意させて頂きましたのでねェ、もう逃げ場はありませんよ?
 まっ! 逃げたところで、コチラとしては約束不履行として侵食を起動させるだけですが!
 どう転んだところで、アナタたちは『星蝕者(イクリプス)』の皆さまに気持ちよ〜く戦って頂くための的!
 それを重々ご理解の上、死んで頂ければと思います!』

「気持ちよく戦って頂く?マスクデータ初見殺し隠し要素だらけのブレモンを作った連中が何言ってんだ?
 ブレモンが下火になったからって日和ってユーザーにすり寄っていく方針に変えたのか?それはちょっと……ダサいな?」

トラッシュトークの応酬も程々に視線を周囲に巡らせる/伏兵の気配は感じ取れない。
とは言え今確認出来るイクリプスは――恐らく千にも満たない程度。
別働隊がいる――と言うより、ここにいる連中が別働隊と考えた方が自然だ。
もしそうでなければ――明神の煽りがとうとう人を憤死させられるレベルにまで達した可能性がある。

『……残念だけど、期待には沿えない』
『わたしたちは必ず勝つ。あなたやローウェルの思惑通りにはならない』

『ま……せいぜい頑張ってくださいな。
 最初から負けムード全開で来られても面白くないですからねェ。
 アナタの反抗的な顔が絶望に歪んでいく過程、それこそがエンターテインメント!
 期待してますよ、最高にみっともない死に様をね……』

「御託は済んだか?なら……さっさと始めよう。待ちかねてるのはそっちだけじゃない」

『というコトでェェ〜……皆さんお待ちかねです、そろそろ始めましょうか?
 イッツ! ショ〜〜〜〜〜〜〜タァァァァ〜〜〜〜―――』
『待ちなさい』

「あん?」

ふとナイの背後から聞こえた制止の声――その主=軍服風の改造制服を纏った少女が前へと出てくる。

『SSS、御子神 熾天。……よろしく』

『崇月院なゆた。……こちらこそ』

『――いいゲームをしましょう』

「……聞いたか明神さん?御子神熾天……だってよ」

なゆた/熾天が言葉を交わす一方、エンバースが明神に語りかける。

「これまたとんでもないネーミングセンスのヤツが出てきたぞ。信じられるか?
 どういう神経してたら『キャラクターネームは御子神熾天でよろしいですか?』に「はい」を押せるんだ」

極めてシリアスな声色――からのクソみたいな陰口。
この先ずっと使っていくキャラクターネームを厨二病全開――なかなか出来る事ではない。
流石のエンバースもこれには一言言わずにはいられなかった。

310embers ◆5WH73DXszU:2024/09/08(日) 04:58:29
【レイドバトル(Ⅶ)】

『イヤハヤ、これは何ともスポーツマンシップに則った振舞い! 感動ですねェ!
 これぞEスポーツ! という感じでしょうか? では気を取り直して――
 イィィィィッツ! ショォォォ――――タ〜〜〜〜イムッ!!!』

「お前はお前で熾天ちゃんにも刺さりそうな煽りしてんなよ。
 抜き身のナイフかよ……まあ、いいか。さて、それじゃ――」

『いくわよ、ポヨリン!』
『ぽっよよよよぉ〜っ!!』

「始めようか、フラウ」

〈何を白々しい事を……〉

フラウの返答=十六重のサラウンド――エンバースの傍/建物の影/ビルの割れた窓――四方八方から。
戦闘開始が予め分かっていて、ゲージを溜めておけるなら――当然ついでにカードを使っておく事だって出来る。
【分裂】を三回付与したフラウ十六体を事前に周辺に伏せておいた。
伏兵を警戒していたのは――自分が伏兵を使うからこそだった。

〈もう始めていたくせに〉

押し寄せる純白の剣閃――イクリプスに回避/防御を強いる――その集中力を一瞬縛る。
そしてフラウの不意打ちがただの牽制だと気づいた時には――もう遅い。

『ウルティメイト召喚……光纏い、降臨せよ! 天上に唯一なるスライムの神――G.O.D.スライム!!』
『ぽぉぉぉぉぉ〜〜よぉぉぉぉぉ〜〜よぉぉぉぉぉぉぉんんんんんんんん〜〜〜〜〜』
『ゴッドポヨリンの攻撃! 万理万物悉くを打ち砕け、天の戦鎚!
 ――『黙示録の鎚(アポカリプス・ハンマー)』!!』

超巨大な拳骨と化したゴッドポヨリンが大地を叩く/放射状に爆ぜる砂埃――強烈な震動がその後を追う。
超強烈なスタン付与範囲攻撃――イクリプスがよろめく/更に回避を強制される。

『さらに、ゴッドポヨリンの攻撃! 一切万象を灰燼と帰せ、天の雷霆!
 ――『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』!!!』

審判者の光帯――G.O.D.スライムの主砲。
あんぐり開いたポヨリンの大口が淡く光る/光が加速度的に眩さを増していく――そして臨界。
稲妻のような激音を伴って迸った閃光がイクリプス達の姿を塗り潰す。

「……やるな。ちゃんと直撃は避けてやがる」

だが――落ち切らない。わざわざ開幕から矢面に立つような連中、手練れ揃いだ。
対人ゲームには幾つかのリソースがある。大抵のゲームにはHPとスキルが。
ブレモンならそこにカードとATBゲージ。少し高度なものでは布陣そのものもリソースだ。
ダメージを受けたくなければスキルを使えばいい。スキルも使いたくないなら布陣を捨てて逃げればいい。

イクリプスはその両方を実行した。
つまり守備的なスキルに乏しいクラスは早々に退避/守りに長けた者達が殿を務めダメージを軽減。
とは言え必殺技を打った。上手い事捌かれた――そんなのはよくある事だ。
重要になるのはその後――敵はスキルを消費/戦線を下げた。ならばどうするか。

『エンバース! ここはわたしが受け持つから――思いっきり暴れてきて!』

「任せろ」

なゆたのオーダーがかかった時にはエンバースは既に駆け出していた。
戦線を下げた敵陣めがけ火花の如く。
フォトンブレーズ/シューティングスター/ジャガンナートから成る前衛部隊へ突貫――
瞬間、全身が激しく炎上/炎を帯びた灰と化す――前衛を飛び越えて敵陣の真っ只中へ。

311embers ◆5WH73DXszU:2024/09/08(日) 05:01:55
【レイドバトル(Ⅷ)】

「……このスキルが通用する相手ってのも、かなり久しぶりだな」

灰化した肉体は一瞬で再生/イクリプスに囲まれながら呑気な感想。
当然、イクリプスはエンバースを集中攻撃――

「不正解だ、たった一人の為に敵の本陣に背中を向けてどうする」

しようとしたその隙に、逆にブレイブ達が猛攻を仕掛ける。
なゆたに任せられた精鋭の遊撃隊10人。エンバースは事前に彼らに三つだけ指示を出していた。
一つは決して死に急がない事。一つは――常にエンバースを囮にして戦う事。

およそ戦いというものはそれがゲームでも現実でも、刻一刻と状況が流動する。
だからこそ指示や助言をするのが難しい。
殴り合いの最中、殴りかかられるのを見てから防御を命じていては遅すぎる。
だからゲーマーはチームコンセプトを決める。戦術を自ら限れば思考すべき事を削減出来る。
エンバースは守ってもらう事を捨てた。自分一人で背負う為ではない。
それが志願してくれたブレイブ達を守り、巡り巡って自分の助けになるからだ。

「勿論、俺から意識を外すのも不正解だ。どう考えたって俺を一番に警戒すべきだろ?」

そして三つ目――遊撃隊の強襲を受けたイクリプスの前衛を、今度はエンバースが布陣の中から焼き払う。
鮮やかな蒼炎の刃は攻撃手段かつ符丁=炎色で最低限の戦闘方針を示しているのだ。

「……意外と、誰も落とせないな。粘り強い」

〈良かったじゃないですか。敵に塩を送った甲斐がありましたね〉

敵陣のそこら中から聞こえてくるフラウの声=その矮躯を活かした浸透/遊撃中。
だがそちらも敵を仕留め切れていない。上手く牽制され続けている。

何故か――種は既に割れている。
一部のイクリプス達はチーム単位で動いている。複数のクラスで常に連携しているのだ。
そしてそうした連中に引っ張られる事で、そうでないイクリプスの動きも最適化されている。

「ま……ただのベータテスターとそのアバターからは昇格だな。おめでとう」

一定の距離を保って自分を包囲し始めたイクリプスを見回す。
エンバースは軽口を叩きつつ魔力刃の炎を黄金色に塗り替えた。
遊撃隊への指示=牽制に徹すべし。
守勢を固め様子見している相手に強くぶつかるのは得策ではない。

「……だが、俺に殺されずに済んでいるだけじゃつまらないぞ。お前らはさておき俺がつまらない」

見え透いた挑発――だが事実でもある。囲んでいるだけでは敵は死なない。
遠巻きにちまちま突いてくるだけならエンバースが付き合う理由もない。
灰化で一時離脱して再度強襲するまで。要するに――

「無難な安全策はリターンも少ない。おいおい、こんな事も説明してやらないと分からない――」

挑発を続けるエンバース――不意にその背後から迫る疾風。
エンバースが振り返った時には既に刃は眼前にまで迫っていた。
そのまますれ違いざま首を斬り裂かれる/エンバースが大きくよろめく――しかし倒れない。

「糠に釘。暖簾に腕押し。アンデッドに急所攻撃。全部バカのする事だぜ」

防御は――体勢を崩しながらであれば間に合っただろう。
だがそれでは不意を突かれたのを認めるようで癪だった。
だから生身でない左半分で受けられる程度に躱して――ついでに挑発しておいた。

312embers ◆5WH73DXszU:2024/09/08(日) 05:02:23
【レイドバトル(Ⅸ)】

とは言え――今のはイクリプスの中でもかなりのスピードだった。
ゲーマーは「コイツやるな」と思った相手はなんとなく覚えているものだ。
覚えておけば次にマッチングした時、敵であれ味方であれやりやすくなる。
それはイクリプスに対しても変わらない。見覚えのある顔だろうかとエンバースは振り返り――

「……ああ?嘘だろ、お前かよ」

そこにいたのは見覚えのあるブラックホールだった。
ただし――覚えていたのは強さ故ではない。むしろ逆だ。
ゲーマーは「コイツ本当に弱いな」と思った相手もぼんやり覚えているものだ。
味方に来たなら扱いを考える必要があるし、敵に来たなら狙い目が分かる。
このブラックホールは――地下街で遭遇した個体だ。
同じモーションを三連続でお披露目してくれた雑魚だった。

「なんだなんだ、SSSにはもうチートが出回ってるのか?
 それともお兄ちゃんに操作を代わってもらったか?でなきゃお前みたいな雑魚が――」

エンバースの挑発など意に介さずブラックホールが再び動く。
超高速の右薙ぎ払い/左薙ぎ払い/乱れ斬り。
地下街で見せた基本コンボと同じ手順――明らかにブラフ。
最後の投擲モーションを変化させるか否かの駆け引きを仕掛けられている。

「一丁前に心理戦ごっこか?勝手にやってろ――」

エンバースの返答=付き合う必要がない――ダインスレイヴの剣先を突きつける。
魔力の刃は伸縮自在。次のモーションを待つ必要などなくブラックホールを貫ける。
そして――剣閃。直後に響く重い打撃音。

「あ――?」

エンバースの顔面、その左半分が砕けて抉れていた。
何をされたのか――エンバースには見えていた。
伸び来たる魔力刃を深く屈んで回避/同時に放たれた後ろ回し蹴り。
屈み込む事による反作用/遠心力を帯びた一撃は鋭く、重い。

エンバースが大きく飛び退いた――飛び退かされた。
砕けた顔の破片が早戻しのように再生する。

「……あるよな、こういうゲーム。装備はナイフなのに何故か蹴りまで威力が――
 あー、いや……やめとこう。認めるよ。今のは一本取られた。
 だがどういうカラクリだ?こないだとはまるで別人だ」

まるで別人――単なるパワーやスピードだけの話ではない。
先の蹴りには――まるで何年も磨き上げてきたかのような切れ味/技の冴えがあった。

313embers ◆5WH73DXszU:2024/09/08(日) 05:04:27
【レイドバトル(Ⅹ)】

『何言ってんだ。手前が俺達に吹き込んだんだろうが。ロールプレイとかいうシステムをよ』

再びブラックホールが肉薄/短剣を逆手に構えての――アッパーカット。
エンバースが仰け反ってそれを躱す/今度は短剣そのものによる突き下ろしが来る。
短剣ではなくそれを操る腕をダインスレイヴで切り払う/短剣の軌道を変えて防がれる。

「ああ……そういやそうだったな」

『だが……おかげさまで今はいい気分だ。ガジェットだのドローンだの……
 洒落くせえオモチャに頼らなくても良くなったからな』

だがブラックホールの短剣は二本ある。
右手はダインスレイヴを制したまま/踏み込み/左の短剣による刺突。
エンバースは受けない/避けない――ブラックホールの腹を蹴り飛ばす。
剣技を交えた格闘術など今までも散々使ってきた。

「……ロールプレイを通してサブクラスやパッシブスキルを設定しているのか?
 それは……面白そうだな。同じクラスでも色んなプレイスタイルが――」

流れるようにダインスレイヴを操る/周囲のイクリプスによる援護を振り向きもせず切り払う。

『設定じゃねえ。俺達はゲームのキャラクターらしいが、それでも俺達なりの現実がある。
 手前らもそうだろ。だから……とっとと席を空けな。この星も、ゲームサーバーとやらもな』

ブラックホールが短剣を投擲/ダインスレイヴがそれを弾く。
不意に頭上から聞こえる駆動音=ネビュラノーツのサーフボード。こちらも地下街で遭遇した個体。
直上からの弾幕掃射/それに合わせてブラックホールが間合いを詰める。
フレンドリーファイア無効を利用した制圧射撃――ゲームシステムを意識的に活用されている。

エンバースは大きく飛び退く/ダインスレイヴを地面に突き刺す/刃を伸長――大きく跳躍。
一瞬でネビュラノーツの頭上を取る/飛び上がった勢いを回転に変える。そして斬撃を――放てなかった。
他のイクリプスからの更なる横槍――シューティングスターの突撃を弾く。弾かされた。
一手無駄にした。その時間でネビュラノーツが全方位への衝撃波を放射――防げない。
エンバースが勢いよく撃ち落とされる/どうにか受け身を取る――ブラックホールが既に目の前にいる。
大鉈の如く唸る上段の前蹴り/ダインスレイヴで防御。だが姿勢が不十分。威力を殺し切れない。
激しい金属音――ダインスレイヴがエンバースの手を離れて宙を舞う。

ブラックホールが短剣を振りかぶる。エンバースは――牙を剥くように笑っていた。

そして空っぽになった右手で指を鳴らす。
瞬間――空からフラウが降ってきた。一体やニ体ではない。
十体やニ十体でも利かない。百を超えるフラウが完全同時に降り注ぐ/降り注ぐ/降り注ぐ。
その数は合わせて――256体。16の二乗。すなわち――『分裂』を四枚使用する事で生じる数字。

通常ならば何もかもがあり得ない。まずデッキに編成出来る同一カードは3枚まで。
加えてエンバースはスマホに触れていない。声一つ発してさえいない。
ならばどうやって――何も難しい事はしていない。ただ――質問をしただけだ。

エンバースは昨日、避難民達に三つの質問をした。
ブレイブの力が欲しいか。その力で世界の為に戦いたいか。
そして最後に――

314embers ◆5WH73DXszU:2024/09/08(日) 05:08:33
【レイドバトル(ⅩⅠ)】


『――次が、最後の選択だ。もし戦場に出ずに、遠くからカードやスキルで俺達を支援する。
 それくらいならやってもいいと思ってくれたなら……線を一つ超えてくれ。
 やっぱりそっちの方がいいと一瞬でも思ったなら……そのままそこに留まるんだ』

それは必要な質問だった。戦場にいなくても役立つ事は出来るという逃げ道を示す必要があった。
そもそもエンバースが考えていた急造ブレイブの運用法はそうしたものだった。
戦闘効率だけを考えるなら――正直ブレイブ志願者は戦闘員にするより後方支援に徹してくれた方が助かる。
ブレイブが一人増えるごとに1ターンおきに発生するATBゲージは増える。カードのクールタイムも肩代わりしてもらえる。
新参ブレイブを一人戦場に増やすよりも――バフを盛り盛りにしたエンバース/フラウが暴れた方が強いに決まっている。

それに新参ブレイブを遠隔で支援するオペレーターがいれば、彼らの生存率は確実に高まる。
みのりとウィズリィの助けがあればスマホを通して戦況を知る事は難しくないだろう。
画面の向こうで戦う者を援護するのはブレイブの最も原始的/直感的な戦い方でもある。

そして何より命を懸けなくてもいいと聞いて心が揺れたなら――最初からやめておいた方がいいからだ。

『……どうしても自分の力で戦いたいなら、最後の線を超えればいい。俺は……言うべき事は全て言った』

かくして最後の質問は効果覿面だった。直接戦闘を希望する志願者は激減した。
エンバースにとっては――その方がむしろ良かった。
効率的にも勿論そうだが――なによりも心情的に。

閑話休題――フラウがブラックホールを蹴飛ばす/その先にいたフラウがそれを蹴り上げる。
蹴飛ばす/蹴飛ばす/蹴飛ばす――十数体のフラウが空中でブラックホールをお手玉する。

「おーい、ほどほどにしてやれよ。食らってる間一切操作出来ない投げ技、マジで気分悪いからな」

エンバースはそれを呑気に見上げている。イクリプスは二百体超のフラウに押し返されている。
だから先ほど弾き飛ばされたダインスレイヴも、降ってくるのをゆるりと待っていられた。
エンバースが再びダインスレイヴを掴む/無造作に突き上げる――ブラックホールを串刺しに。

〈うわ、気分悪……〉

「いやぁ……やる側に回るとめちゃくちゃ気分いいな、これ」

エンバースはブラックホールを見向きもせずに打ち捨てる。
次は誰だと周囲を見渡す――不意に戦場に響き渡る地響き。
振り返る。目に映ったのは巨大な転移門/そこから歩み出る鋼鉄の巨人――タイラント。

「……おーおー、向こうもやってるな。アレが例のお楽しみか?」

改めてイクリプスを振り返る。

「――そこのニャイとかいう口だけの賑やかしは勘違いしているみたいだから教えてやるが」

256体のフラウが戦線を組む/無数の眼光がイクリプスを睨む。

「お前らがベータテスターで、俺達がコンテンツなら――この戦いはレイドバトルって事になる。
 そうだろ?つまりだな……あー、みなまで言わないと伝わらないかな」

タイラントの戦列が前へと踏み出す。それに呼応してフラウの戦線も前進を始める。
それらに前衛を任せながら、エンバースは悠々とダインスレイヴを高く掲げた。
ブレイブとイクリプスの衝突/タイラントの主砲――それらが飛散させた魔力を刃に集める。
戦闘規模が大きければ大きいほど――ダインスレイヴの出力は高まっていく。

「何やってる。とっとと逃げろ。蹴散らされるのはお前達の方だぜ」

エンバースは得意げにうそぶく。
自分を強大に思わせる/自分自身を鼓舞してテンションを上げる。
どちらもやっておいて損はない。だからとりあえずやっておく。

とは言ったものの――内心ではエンバースはある事を懸念していた。
地下街で遭遇したあの雑魚モブイクリプスでさえたった30時間で見違えるほどの実力を得ていた。
となれば元から高い実力を示していたイクリプス達は――

「――結構、大変な事になってるかもなあ」

ダインスレイヴを高々と掲げたまま、エンバースは小さくぼやいた。

315カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/09/09(月) 21:54:31
作戦会議がまとまると、早速なゆが避難民達に声をかけ、エンバースさんが状況説明と説得を始める。
そして、ブレイブの力が欲しい者と、その中から更に実際に戦う者を抽出していく。

>「……もう言うまでもないかもしれないけど、俺達にはブレイブの力がある。
 そうだ。あのブレイブ&モンスターズの、ブレイブだ」

>「……これでいい。さあ……ブレイブの力が欲しければ、最初の線を超えてきてくれ」

最初の線を越えてきたのは、半分弱というところか。

>「それじゃ、次だ。明日、ヤツらと戦いたいなら……もう一度線を超えてきてくれ」

次の線を越えてきたのは、二〜三百人ぐらいだろうか。
これで終わりかと思いきや、もう一段階あった。

>『――次が、最後の選択だ。もし戦場に出ずに、遠くからカードやスキルで俺達を支援する。
 それくらいならやってもいいと思ってくれたなら……線を一つ超えてくれ。
 やっぱりそっちの方がいいと一瞬でも思ったなら……そのままそこに留まるんだ』

前線に出なくても役立てる選択肢が提示されたことによって、
一度は直接戦うつもりで線を越えた者の半分以上はその場にとどまり、
逆に前線に出ないでもいいのなら……ということで二番目の線を越えて来る者もいた。
最終的には、前線に出るのが百数十人程度、後方支援がその数倍という結構な大所帯となった。
後方支援含めると、予想していたよりかなり多く集まった気がする……!
ゲーム的な面での育成はなゆとエンバースさんと明神さんに任せておけばいいし、
前線に出る人達へのゲームっぽくない面での生存技術はジョン君が教えるのだろうから
自分が出る幕は無い……と思っていたんだけど。
後方支援、あれだけいれば普段メールと電話しかしない層も普通にいるだろうし、
ゲーム的後方支援をさせて全員が全員有効活用しきれるわけじゃなさそう。

「あのさ、思ったよりたくさん集まったみたいだから……後方支援から何十人か引き抜いてもいいかな?」

近くに行ってブレモンBGMのボーカライズバージョンを歌ってみると、ブレモンのBGMが好きな人は反応するのですぐ分かる。

「ブレモンの曲、一緒に歌いたい人はこっち……!」

というわけで、普段ゲームに全然馴染みが無いとかスマホの操作がおぼつかないタイプのちょっと通常の後方支援が微妙な人達と
ごく一部のブレモンBGMファンが引き抜かれ、呪歌スキルが使えるモンスターを優先的にあてがってこちらに回して貰えることになった。

「呪歌で全世界からバフを集めるから、あなたたちには最初の数曲を手伝ってほしいんだ……!
ゲーム的操作いらないし、上手下手気にしなくても大丈夫!
この世界はブレイブ&モンスターズだからさ、やっぱり最初はブレイブ&モンスターズのBGMでいくよ!

316カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/09/09(月) 21:57:04
欲を言えば歌が下手よりは上手いに越したことはないが、呪歌はとりあえず参加人数が増えれば出力が増す仕様である。
我の場合、レクステンペストの力で音程補正が出来るので
仮にとんでもない音痴が混ざっていてもなんとなく周囲に溶け込ませるぐらいのことは出来る。
全世界の力が集まり切るまでの加勢はあった方がいいし、合唱隊引き連れてる方が見た目的にも豪華じゃん!?
というわけで、彼らには開幕直後に歌う予定の数曲を予め仕込んでおく。
そのうちの一人が話しかけてきた。

「HEY YOU! もしかしてあなた、鳥取砂丘でサンドワーム討伐やってた人?」

「おーいえす! ……ってなんで分かったの!?」

そんなしょうもない動画見てたのかとかよくそんな昔のこと覚えてたなとか
なんで同一人物って分かったんだとか色んな意味で! どんだけマニアなんだ!

「ビコースふつうに顔一緒だから。ジャパニーズコスプレ、ベリーナイスね」

(ぱっと見のイメージに騙されずにベースのモデリングを見抜いているだと……!?)

世の中妙に人の顔を識別するのが上手い人がいるんだよな……!
我の場合、全く違う姿になるよくある異世界転生とは違って
どっちかといえば異世界転移+種族の換装だから、ぱっと見のイメージに流されずに冷静に分析すると分かるのだ。
それにしてもこれコスプレだったら滅茶苦茶完成度高いコスプレだな!?
……えっ!? 日本なら千歩譲ってまだ分かるとしてここアメリカだよね!?
なんで日本の古のヲタクみたいなのが棲息してるの!?
というかこのTHE☆漫画的アメリカ人みたいな口調はどういうことだろう。
普通の英語喋ってるなら普通の日本語に自動翻訳がかかるはずだから、
これは本当にTHE☆漫画的アメリカ人みたいな日本語喋ってる……ってこと!?
そういえばここがアメリカということは、みんな本当は英語で歌ってるはずだけど
普通に日本語でメロディにはまってきこえるんだけど……。
一体どういう原理なんだ!? 最近のスマホの翻訳機能半端ない!
ところでうちの隊、他の隊より若干平均年齢高くね?
インターネット老人会とかいう次元じゃないガチの老人混ざってない?
普段らくらくフォン使ってるけどうっかり線超えてきちゃった的な層が軒並みこっち来てるからそりゃそうだ。
老人会のカラオケ大会で鍛えた歌唱力を存分に発揮していらっしゃる……!

「あ、あの……! 演歌じゃないからそんなにこぶし回さないでいいんだよ。
でも! いいね! すごくいい!」

立ってる者は親でも使えということで、(幽霊系モンスターの場合立ってると言うのか怪しいけど)
アゲハさんには例によってパーカッションをやってもらっておくことにする。
そうこうしているうちに、明日配信組の方にいることになるジョン君と明神さんが様子を見に来る。

「ジョン君はMCだからこっちにいることになるし、明神さんも配信組の方にいるんだよね?
何か楽器やってる振りでもする?
ジョン君はさ……ドラムとかどう? 明神さんはベースかギターかなあ」

317カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/09/09(月) 21:57:54
尚、この楽器のチョイスはビジュアル的に似合いそうなのを
独断と偏見により適当に選定しているだけなので、他の楽器でもいいし、断ってもいい。
やる場合、当然楽器はすぐできるようになるものではないので
やってるように見える構えだけ教えて適当にひいてもらって、あとは親切設計の音ゲーみたいに補正をかけまくる作戦である。
それにしてもガザーヴァ、全然真面目に練習しないな!? こりゃあやっぱり後で個別指導だわ!
大体形になったのでお開きにすることにし、皆に声をかける。

「一緒に戦ってくれること選んでくれて……本当に感謝してる。
明日は難しいこと考えずに楽しんで歌って。不謹慎に聞こえるかもしれないけどその方が戦略上有効だから。
呪歌って風属性の魔法だから、その方が出力が高くなる仕様なんだ。
でもそれって呪歌だけに限ったことじゃなくて、ゲームだって、多分なんだってそう。
好きじゃないものをどんなに頑張ったところで好きでやってる人には勝てないんだよね」

解散後、避難民の一人が話しかけてくれる。

「楽しんでいいんだ。
ブレモンのBGM好きだから、ここだけの話……全世界配信で歌えるなんてちょっとワクワクしてる」

こんなところにまさかのブレモンBGMのガチ勢がいた……!
そしてこの状況下でなんたる強メンタル!

「ブレモンのBGM、いいよね……!
実はゲーム自体は碌にやってないんだけどサントラだけは何周も聞いちゃってさあ!」

暫しブレモンのBGMトークで盛り上がる。

「あのさ、これ、みんなにははっきりとは言ってないし話半分で聞いて欲しいんだけど……。
この世界を創造した上位世界みたいなのがあって、この世界自体がブレイブ&モンスターズっていうゲームなんだ。
上の世界では多分ゲームのBGMはAIに作らせるのが主流なんだろうけどさ……
ブレモンのBGMはそうじゃない気がするんだよね。
きっとこの世界を愛するサウンドクリエイターがいたんだよ。
上の世界のブレモンの会社、まだそこそこ人気のゲームをサ終しようとするぐらいだから
もうとっくに経費削減でクビになっちゃってるんだろうけど……。
明日のぼく達の演奏、どこかで聞いててくれると、いいな」

318カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/09/09(月) 22:00:07
【決戦開始時間の少し前】

「カザハが自分で起きて自分で朝ごはん食べてるだと……!? 天変地異の前触れでは!?」

「残念ながらもうすでに天変地異起こりまくりやで?」

「あらやだこの子ったら寝癖付いてる! ちゃんと髪といて!」

「それ、寝癖じゃなくてアホ毛だからそういう仕様やで?
なんかオカンみたいやな!? ……ってオカンやったわ!」

と、朝ごはんを食べながら漫才(?)をしているとジョン君が来る。
そうすると必然的に要らんことを思い出してしまうわけだが……。

(昨夜のあの会話、夢じゃなかったよな……?
ジョン君が人生の全てをぼくに捧げてくれるって!? それでぼくはジョン君の歌姫……!?
うわぁあああああなんてことだどうしよう!)

……って呑気に悶えてる場合ちゃうわ! 昨夜のアレ、一体なんだったんだ……!
そして自分はなんで満更でもない気分になって壁越しに歌聞かせちゃうなんて思わせぶりなことを……!
あれじゃあ予約承諾したみたいじゃん!? なんという誤解を招きかねない言動!
……というかなんで自分はこんな時にこんなことで平常心を失っているんだ!? 
世界の命運をかけた決戦を前に緊張して平常心を失っているならまだしも!
本筋に関係ないラブコメやっとる場合ちゃうんやで!? 我ながらいくらなんでも不謹慎過ぎる!
(尚、なゆとエンバースさんのラブコメは本筋に密接に関係あるので例外的に許されるのである)

「ペット(通常の意味)だと思ってたらペット(意味深)だった……ってコト!?」

「やかましいわ!!」

要らんことを言うオカンをスマホに収納する。

(どうしよう、どんな顔してればいいのか分からない……! やはりここは何事も無かったかのように……)

「お、おおおおはよう、ジョン君! いい天気だね!」

しまった、思いっきり挙動不審になってしまった! とりあえず部長先輩を捕まえてモフモフして誤魔化す。
もしかしてジョン君があんな怪しからんことをしたせいで
自分はペット枠と自分に言い聞かせることによって平常心を保つ技が使えなくなってしまったのでは!?
こやつ、大事な決戦前になんてことをしてくれたんだ!
君が我をパートナー(ブレモンにおける通常の意味)にしようがパートナー(意味深)にしようが全く全然少しも本筋に関係無いんやで!?
通常の意味の方でそんじょそこらに転がってる惚れた腫れたより遥かに特別な関係性なんだから、だったら別にそれでいいじゃん!?
我は年功序列に則って部長先輩のかわいい後輩として過ごせれば幸せなんです!
昨夜一瞬パートナー(意味深)でもいいような気がしたのは、多分気が動転して正常な判断能力を失っていたのだ……!
というわけで、昨夜のことはいったん気合で忘れておくことにする。
全世界に向けた説得役に抜擢されたジョン君だが、世間一般から見た爽やかイケメンアイドルなイメージを利用することに、複雑な想いを抱えているかもしれない。
実際のジョン君は、そんな一言で言い現わせるほど単純なものじゃないのだ。

319カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/09/09(月) 22:06:35
「大丈夫、絶対上手くいくよ。キミの”かっこよさ”のパラメーターをもってすれば楽勝だ。
キミの一番のファンが言うんだから間違いない。この際世間一般のイメージ、最大限利用してやればいい。
ちなみに言っておくが我は……世間一般のイメージで一番のファンになったわけではない」

我はジョン君がイケメンアイドルだから一番のファンになったわけじゃないんです、世間一般の有象無象とは違うんです。
むしろ最初は「おもしろモンスター連れたおもしろ外国人やな! なんかテレビに出てたっけ」ぐらいの認識しかなかったよ! ほんまやで!?

「それと……分かっているとは思うが全世界配信してる間は乙女ゲー時空展開するのは禁止だからな。
ジョン君はみんなのアイドルだし、我はみんなの歌い手なんだから。
それにジョン君の過激ファンに後ろから刺されても困る」

「なんか口調が若干おかしいんですけど……!」

「我は! 元々! こういう口調だッ!」

そこに明神さんもやってくる。
昨日の作戦会議のとき、明神さんはエンバースさんと同じく、あの超難しい分岐に気付いていたようだった。
あの局面、ゲーム風に例えると選択肢が一択しかないように見せかけて実はあるみたいな
「そこカーソル動かせるんかーい!」的なやつだよな!?
今まで例外なくなゆがいったん決断したらそれ一択だったし!
やっぱりブレモンをやりこみまくったガチゲーマーには敵わないや……!
なゆとエンバースさんは声が届かない程度には離れたところにいる。
自然と内緒話が始まる。

「なゆ……結局何も言わなかったよね。いつまで表向き知らない振り続けりゃいいんだ!?
こうなったら頑張って最速クリア目指そう!
ローウェルを早く倒せば、それだけなゆが助かる方法を探す猶予ができるってことだよね」

エンバースさんの告白は、確かに一つの分岐点だったはずだ。
が、その瞬間こそ衝撃を受けていたものの、その後もなゆは平常心で作戦会議を続け
今に至るまで相変わらず自らの余命等の話題に直接触れてはいない。
なのでこちらも敢えて問い詰めるようなことをしてはいない。

(助かる方法知ってたら、流石に言うよね……)

つまりなゆ生存ルートは、潰えてはいないがまだ確定もしていない。
それならそれでみんなに真実を明かして「お願い助かる方法を探して」って言うとかさあ!
分かりやすいクエスト提示があってもええんとちゃう!?
それともなんだ、もしかしてエンバースさんにだけしてるのか!?
そっちがその気ならこっちだって……こっそりレッツブレイブしちゃう!

「あれ、やっちゃおう……3人で! あ、カケルとガザーヴァと部長先輩もやる?」

320カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/09/09(月) 22:09:51
いよいよ開始時間が近づいてきたので、配信組はワールド・マーケット・センター内の会場にスタンバイする。
戦場がここに設定されたことで、音響設備や照明設備が使えるという利点がある。
照明とかの演出も、避難民の中の有志がやってくれることになっている。

「ジョン君、まずは掴みをよろしくね!
大丈夫! とっかかりさえ頑張って貰えればあとは歌で盛り上げるからさ……一緒に頑張ろうね!」

決戦開始とほぼ同時のタイミングで、全世界配信を始めるが、
語りはメインのジョン君と、手助けが要るとしても明神さんに任せて、我は敢えて何も言わない。
真面目なことを言おうとすると意味不明なことを言ってしまうのがいい加減自分でも分かっているから黙っている……もとい
アーティストたるもの、語りたいことは全て歌に乗せて語るのだ!

>「さてさて、さァ〜〜〜〜〜てェ!
 長い長いメンテナンスもいよいよ終了! これからオープンβテストの第二幕を開始致しますよォ!
 SSSにご参加の『星蝕者(イクリプス)』の皆さま、お待たせ致しました!
 アップデートされた世界でこれより存分に大暴れし、どうぞ! SSSの楽しさを満喫なさって下さい!」

音声の通信は常に繋がっているのでなんとなく外の状況は分かるようになっているが、
ナイが通信を介さずとも聞こえる大音声で開戦を告げる。
ここを防衛するポジションのなゆの気迫をものともせずにこちらを煽り散らかすナイだったが、
意外にも一人のイクリプスが礼儀正しい振る舞いを見せたようだ。

>「SSS、御子神 熾天。……よろしく」

(ロールプレイ、してるんだ……!)

といってもあの少女の姿をした者は飽くまでも上位世界にいるプレイヤーが操るアバターだし向こうから見ればこの世界は単なるゲームだから、
ガチで命と世界の命運がかかってるこちらと同じ条件では全然無いんだけど。
それでも、破壊と殺戮を繰り広げるのみだった前回とは全く違う。
相手がロールプレイを始めたなら、明神さんが言っていたように
ロールプレイの一貫としてこちらの交渉に応じる可能性も出てくるかもしれない。

>「……聞いたか明神さん?御子神熾天……だってよ」

エンバースさんが通信を介して、意味ありげなことを言う。何か因縁でもあるのだろうか。

>「これまたとんでもないネーミングセンスのヤツが出てきたぞ。信じられるか?
 どういう神経してたら『キャラクターネームは御子神熾天でよろしいですか?』に「はい」を押せるんだ」

我は心の中でずっこけた。
いいじゃん別に! むしろ、厨二病もそこまで突き抜けたら逆にかっこいいと思うんだけど!

>「イヤハヤ、これは何ともスポーツマンシップに則った振舞い! 感動ですねェ!
 これぞEスポーツ! という感じでしょうか? では気を取り直して――
 イィィィィッツ! ショォォォ――――タ〜〜〜〜イムッ!!!」

>「いくわよ、ポヨリン!」
>『ぽっよよよよぉ〜っ!!』

321カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/09/09(月) 22:12:19
外ではいよいよ戦闘が始まったようだ。
こちらも、掴みのトークが一段落して歌う段階となり、仲間達と即席合唱団に声をかける。

「みんな! こっちもいくよ! ミュージックスタート!」

我の合図に応じて、予め用意しておいた伴奏音源が流れ始め、カンペ用のスクリーンに歌詞が映し出される。
ブレモンの素晴らしさを伝えサ終を阻止するためのこの戦いの開幕に選曲したのは、ブレモンのテーマ曲だ。
決戦版アレンジということで少しテンポを速くしてある。
なゆは、今のところ絶好調のようだが、絶好調過ぎて心配になってしまう。
銀の魔術師モードこそ使ってないものの、通常モードにしては強すぎるというか……。
なゆは通常モードでは飽くまでもポヨリンさんを主体とした戦い方で、
特殊な回避スキルこそ持っているものの本人自体がゴリゴリ戦えるようなキャラではなかったはず。
やはり、命と引き換えにかけてもらったバフの効果なのだろうか……。

>『だが……おかげさまで今はいい気分だ。ガジェットだのドローンだの……
 洒落くせえオモチャに頼らなくても良くなったからな』
>『設定じゃねえ。俺達はゲームのキャラクターらしいが、それでも俺達なりの現実がある。
 手前らもそうだろ。だから……とっとと席を空けな。この星も、ゲームサーバーとやらもな』

それにしてもエンバースさんの対戦相手、内容的にはめっちゃ入り込んだロールプレイしてるだけに、余計心の中で突っ込まざるを得ない。
口調が渋すぎて! 仮に文字情報の台詞だけ見ると美少女というよりも歴戦のおっさん戦士なんよ!
それとも歴戦のおっさん戦士みたいな口調の美少女、という手の込んだ設定なのか……!?
……。随分思わせぶりなこと言ってくれたけど、単にノリノリのロールプレイ、で合ってるよな?
ジャンルがアクションである以上、プレイヤーが直接操作してるのは間違いないし。
……でもSSSの基本設定って、プレイヤーは特務教官でイクリプスは育成対象、だったような?
戦闘パートだけ直接操作に切り替わるんだろうか。
もしかして、普段の育成パートではAIで自律的に動いたりしてる……?

(――!?)

この世界の生命も上の世界から見たらゲーム内の人工知能なわけで、
そうだとしたら、あっちも自分達と同じような意識持ってる可能性もあるという事では……!?
戦闘パートでは体の操作権が特務教官(プレイヤー)に乗っ取られるシステム……ってこと!?
でも考えてみればブレモンだって、戦闘時はパートナーモンスターの操作権はブレイブ(プレイヤー)に握られているから、同じようなものか!?

(もしかして、SSSにおけるイクリプスって……ブレモンにおけるパートナーモンスターみたいな立ち位置!?)

以前エンバースさんがオデットに操られている時、台詞だけは自分の意思で喋れたのを思い出す。
まさかさっきの、プレイヤーが喋ってると見せかけて実はイクリプス自身の方が喋ってる、なんてことは無いよな……!?
SFによくありそうな、人工知能がある種の刺激を受けたせいで目覚めちゃった……みたいな話!?
いや――やめよう。

322カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/09/09(月) 22:16:03
いくら考えてもSSSの詳細な仕様なんて分からないし、
分かったところで引き下がるわけにはいかないし手加減している余裕も無いのだ。
だったら、考えない方がいい。一瞬の迷いが命取りだ――
それに、仮に万が一、本当に相手が高度なAIで自律的に動く存在で
こちらと同じように意思を持っていたとしても……今時のゲームだったら普通、キャラロストはしないよね……?
死んだら生き返らない鬼畜ゲーなんて、ブレイブ&モンスターズだけで充分だ。

>〈うわ、気分悪……〉
>「いやぁ……やる側に回るとめちゃくちゃ気分いいな、これ」

エンバースさんがイクリプスを容赦なく蹴散らしているらしい。

>《さぁて……お気ばりやす! タイラント、陣地防衛!》

更に、センター防衛部隊の方では、タイラントが複数機召喚されてイクリプス達を圧倒している。
これが、なゆの言っていた秘策なのだろう。

(遠慮なくやっちゃって、いいんだよね――)

一瞬他に向いてしまった意識を、歌に戻す。
ちなみに、エーデルグーテで歌った時とはテンポ以外に違う部分があって、大サビの歌詞が前とは違うものとなっている。

――あなたが消えなくとも かならず やりとげてみせる ぼく達の手で

激しい戦いの中で歌詞なんて効いてる余裕ないだろうし、意味無いかもしれないけど。
呪歌って、言霊を旋律に乗せて願うおまじないでもあるから。
自分はエンバースさんや明神さんみたいに隠された分岐を見つけることも出来ないから、せめて――

323ブレイブ&モンスターズ!〜決戦〜 ◆92JgSYOZkQ:2024/09/09(月) 22:20:59
ttps://dl.dropbox.com/scl/fi/4n6wamc1olkxcdwgwrivz/.mp3?rlkey=lvkf80g4ay431e87hu6fjy0dm&st=4ua1dnbv&dl

カザハ:VY2
カケル:MEIKO
ガザーヴァ:VY2

【カザハ】
はじまりのとき 分かたれた 歴史が 今再び 交差する
虐げられた 無辜の民 守り抜くために

【カケル】
正義なる この大地の 護り手に 招かれて 集いし者よ
邪悪な企み 打ち砕き 勝利を掴み取れ

【ガザーヴァ】
旧い予言に 謡われてる 救われぬ結末
変えてみせよう そのために 僕らはここにきた

【全員】
行く手阻む 険しい道に くじけそうになっても
いつもいつでも 繋がってる 心の奥底で

君とゆく旅路 乗りこえられぬものはない
手には小さな板 二人繋ぐ固い絆

【カザハ】
創世の時 分かたれた 世界が 今再び 相まみえる
失われゆく 星の命 繋ぎ止めるために

【カケル】
終焉が迫る 世界の 呼び声に 導かれ 集いし者よ
滅びのさだめ 覆し 未来を掴み取れ

【ガザーヴァ】
遠い記憶に 刻まれてる 救えなかった結末
変えてみせよう そのために 僕らはここにいる

【全員】
行く手阻む 高い壁に ひるみそうになっても
いつもいつでも 響きあってる 魂の深くで

君とゆく旅路 恐れるものは何もない
手には小さな板 二人繋ぐ勇気の魔法

【全員】
あなたが消えなくとも かならず やりとげてみせる ぼく達の手で

【カザハ&カケル】
皆でゆく旅路 乗りこえられぬものはない
手には小さな板 僕ら繋ぐ約束

皆でゆく旅路 恐れるものは何もない
手には小さな板 僕ら繋ぐ勇気の魔法

【ガザーヴァ】
(巻き戻された 時の歯車が 今再び 回りだす
失われた すべての笑顔 取り戻すために)

(どんなに難しい クエスト受けても 難易度は下げてたまるか
一度限りのコンティニュー 完璧にやり遂げる)

324明神 ◆9EasXbvg42:2024/09/17(火) 04:45:36
>「……そうかもしれないね。
 わたしは、わたしが――ここにいるわたしたちだけが戦えば、何とかなると思ってた。
 でも、これは世界の未来を決める戦いなんだ。わたしたちだけで何とかしていい問題じゃ……なかったね。
 わたしたちはみんな、自分っていう物語の主人公――そんなこと言っときながら、
 他の人たちを強引に脇役にするところだった」

俺とエンバースの懇願に近い説得は、確かになゆたちゃんに届いた。
人はみな自分の人生の主人公――そうは言っても、この世界に流れている物語は人生だけじゃない。
会社が社運をかけて取り組むプロジェクトや、スポーツの勝ち負け、ゲーマー達が雌雄を決する大会。
『団体』が主体になった物語では、やっぱりそこに主人公と脇役ってやつは存在する。
この世界の存亡をかけた戦いは、結局はブレイブが主役で、そうでない連中は脇役になっちまうんだろう。

だけど……『世界を救う』戦いと、『自分の人生を生きる』戦いは、二者択一ってわけじゃない。
世界を救う戦いに翻弄されながらも、自分の運命を自分で決める。そういう生き方は、矛盾なく同居できるはずだ。
少なくとも俺はそうしてきたし、これからもそうありたい。

>「わたしの意見は撤回するよ。エンバースや明神さんのプランで行こう。
 ただ、あくまで強制はしない。戦う力は与える、でも戦うかどうかは本人が決めること。
 スピーチを考えるのが明神さんなら、その辺りは心配ないと思うけど」

「……わかった。話聞いてくれてありがとうよ。
 懸案事項はこれで終いだ。残りの時間は準備に充てよう」

即席のブレイブを確保できることが決まった。次はそいつらのパートナーをどうするかだ。
初心者救済ボーナスぶっこんで配布のモンスターをイチから育ててもいいが、
この世界にはすでに育成済みで、かつパートナーを持たないモンスターが多数存在している。
イブリースが首を縦に振ってくれるなら――

>お互い…在り様を変える時が来たんだ。今手を取り合わなければ…君はよくても君が同胞と呼ぶ者達は…殆どが死ぬことになる。
 君も…恐らくなゆと似た呪いに掛かってる。君の過去は…誰にも分からない…けど過去にとらわれていたら…未来は訪れない。
 過去は変えれないが…未来は変えられるはずだ…もちろんあまりにも虫が良すぎる話なのは分かってる…頼む…協力してくれ

>「承知した」

俺とジョンの説得に、イブリースは意外すぎるほどあっさりと承諾した。

「……マジで?お前を口説き落とすためのいい感じのセリフ百個くらい用意してたんだけど」

>「今更何を言っている。オレがそんなに狭量な男に見えるのか、貴様は。
 我らの世界が無くなる瀬戸際、下らんプライドなどに拘るものか。
 そんなものはどうでもいい、それにな――」

イブリースがほんの少しだけ口端を上げる。
魔族の顔の変化なんかピクチリわからん俺でも、そこに刻まれた表情は、なんとなくわかった。
憑き物が落ちたような……どこか晴れやかな顔。

>「不思議なことに、オレの心は穏やかだ。
 戦力の質も数も圧倒的に足りん、絶望的な劣勢だというのにな……。だが、だからといって悲観はしていない。
 どころか、貴様らと組んだことで窮地は乗り越えたとさえ思っている。
 十死零生の土壇場にあって、いつも状況を覆してきた貴様らと共に在るのなら、何も心配ない……とな。
 盤面返しは『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』のお家芸。今回も見せてくれるのだろう?」

それは――ずっと同胞の幸福のために奔走してきて、ローウェルの悪意に振り回されて。
挙げ句の果てに面倒見てきたミハエルにすら手酷い裏切りを食らって何もかもを奪われた男の、
ようやく辿り着いた安寧の境地なのかもしれなかった。
崖っぷちに引っかかって今にも滑り落ちそうな手を、俺達はついに掴み取ることができた。

325明神 ◆9EasXbvg42:2024/09/17(火) 04:46:15
 ◆ ◆ ◆

>「……もう言うまでもないかもしれないけど、俺達にはブレイブの力がある。
 そうだ。あのブレイブ&モンスターズの、ブレイブだ」

避難民のうち会話のできる状態の連中をホールに集めて、緊急の説明会を開催した。
矢面に立つのはエンバースだ。一度死んでるこいつは、戦うリスクと恐怖を誰よりも理解してる。
そしてそれを他人に伝える術も――こいつの顔面の半分は、今も焼死体のままだ。

ありのままを見せる。怖気づくならそれでも良い。むしろその方が良い。
そうしてエンバースの引いた一線を踏み越えたのは、正しく"ふるい"にかけられた連中だった。
地獄を知り、痛みを受け、恐怖と接して、それでも戦う覚悟を決めた、面構えの違う連中だ。
もはやこいつらのことを避難民とは呼ぶまい。これからは義勇軍と呼ぶ。

「何を隠そうあのひとハイバラなんですよ、ハイバラ。元日本チャンプの……。
 知らない?そっかぁ……」

クソつええブレイブがついてるから心配いらないぜ!っていうつもりでハイバラの身バレをかましたわけだが、
義勇軍の大部分はイマイチピンと来ていないようだった。
まぁそりゃね……ブレモンはミズガルズじゃ全世界規模の覇権ゲーだ。各国にそれぞれのチャンプがいる。
チャンプオブチャンプのミハエルならいざ知らず、アメリカ人には日本チャンプの名は通りが悪いみたいだ。
よくよく考えたらこいつ日本でも敵前逃亡扱いでタブーになってましたね……。

「ミハエルのクソボケがいつまでも縮こまってなけりゃ、いい感じの錦の御旗になってくれたんだけどな」

誰ともなしに独りごちて、それから頭を振った。
そうじゃねえだろ。この戦いで『士気を高める』のは悪手だ。
強すぎるカリスマは人を陶酔させ、恐怖を麻痺させる。その先にあるのは例外なく死だ。
『心配いらない』なんて言葉は使っちゃいけなかった。むしろ死ぬほどビビってくれと言うべきだった。
ハイバラの人望がカスでよかった!

義勇軍の人選が済んだところで、次はそいつらに最低限の力を与えるフェーズだ。
具体的な戦術については月子先生が、戦場で窮地に陥らない生身の立ち回りはジョンがそれぞれ担当する。
俺は……リセマラチャートを改造したゲーム内リソース確保の手順指導だ。

「パートナーモンスターについてはこっちで用意する。皆は、簡単な自己紹介をチャットで送ってくれ。
 職業、年齢、性別、免許と資格、従軍経験や運動習慣の有無。ブレモンや、その他のゲームのプレイ経歴。
 あとは簡単な趣味と配置の希望……それを元にマッチングを行う」

モンスターは当然、種族から属性、得意分野まで千差万別だ。
前線希望のブレイブには肉弾特化のモンスターを。後方支援にはバフとか回復の得意なモンスターを。

加えて個々人の『相性』も考慮する。可愛い系が好きな奴には見た目の可愛いモンスターを割り振ったりとかな。
これは多分、定量的な戦力よりも重要な考え方になると思う。
俺達は無数のモンスターから自分に合うパートナーを選んで育成してきたから、当然愛着だって持ってるし、造詣も深い。
即席ブレイブはそうはいかない。限られた生き残りのモンスターから一方的に押し付けられることになる。

326明神 ◆9EasXbvg42:2024/09/17(火) 04:47:25
「パートナーを受け取ったら……戦闘開始ギリギリまで、そいつと話をしてくれ。
 翻訳機能で言語は通じるはずだ。話題はなんだって良い。好きな食い物でも休みの日の過ごし方でも。
 目標は、そうだな……お互いの名前と"一番知られたくない秘密"を教え合うこと。
 俺は今でも寝る前に妄想してるオリジナルの斬魄刀の設定を預けてある。そういうので良いんだ」

ちなみに俺の斬魄刀はソードブレイカー型でぇ……解号は『断ち砕け 鉄礬柘榴(てつばんざくろ)』でぇ……
斬り付けられると刃は切れ味を失うし鬼道系も不発になる武装解除の特殊効果があってぇ……
理論上は月牙天衝も無効化できるけど一護の速さについていけなくて素手で倒されてぇ……
千年血戦編では十一番隊の席官としていぶし銀な活躍をする予定でぇ……

命を預け合う相手だ。少しでも相性の良い、趣味に合うモンスターとパートナーになって……『愛して欲しい』。
これはモンスター側にも言えることだ。時間はもういくばくも残されちゃいないが、少しでも信頼関係を結んで欲しい。
互いの強みと弱みを理解し、補い合うことで、生存率は飛躍的に高まるはずだ。

「パートナーの育成は済んでるから、リソースは全部スペルの獲得にぶっ込める。
 これから確保すべきスペルの一覧と入手法をリストにして配るから、各自ショップやミッション報酬で入手してくれ」

エンバースから事前に後方支援に必要なスペルについて情報共有を受けている。
それらを確保してなお余るリソースは、パートナーそれぞれに合わせた支援スペルに充当した。

>「あのさ、思ったよりたくさん集まったみたいだから……後方支援から何十人か引き抜いてもいいかな?」

義勇軍に必要なことを伝え終えると、カザハ君がとてとて駆けて来た。

「なーんか企んでんな……良いぜ、俺も一枚噛ませろよ」

カザハ君は義勇軍の中でも特にスマホに馴染みのない連中を選んで、独自の支援体制を構築するみたいだ。

「把握した。じゃあ必要なのはセイレーンとか、呪歌の使えるモンスターだな。
 あとはアニヒレーターみてえな音撃系のスキル持ち……その辺もマッチングの条件に入れとくわ」

割り振った音楽組を指導するカザハ君と、やいのやいの噛みつくガザーヴァの姿。
それをひとしきり眺めていると、再びカザハ君が寄ってきた。

>「ジョン君はMCだからこっちにいることになるし、明神さんも配信組の方にいるんだよね?
 何か楽器やってる振りでもする?
 ジョン君はさ……ドラムとかどう? 明神さんはベースかギターかなあ」

「ククク……いいのか俺に楽器なんて預けちゃってよぉ……。
 ギターの使い方なんでライブで振り回してぶち折るくらいしか知らねえぜぇ……?」

あっあっ学生ん時の記憶が蘇ってくる!
アニメに影響されてギター買ったはいいけどFコードが押さえられなくて一日で投げた記憶が!
あんな触手みてえにウネウネ指動かすのムリだよぉ……。俺はPCゲームのWASD操作すらおぼつかねえ男だぜ!
あんとき買ったギブソンレスポール、まだ実家にあるかなぁ。

さぁ、準備はこれで終わりだ。
人事は尽くした。天命を待つ……つもりもない。
ゲーマーは神に祈らない。運命なんて呼ばれるモノのほとんどは……ただの乱数の振れ幅だ。

 ◆ ◆ ◆

327明神 ◆9EasXbvg42:2024/09/17(火) 04:48:18
>『さてさて、さァ〜〜〜〜〜〜〜〜てェ!
 長い長いメンテナンスもいよいよ終了! これからオープンβテストの第二幕を開始致しますよォ!
 SSSにご参加の『星蝕者(イクリプス)』の皆さま、お待たせ致しました!
 アップデートされた世界でこれより存分に大暴れし、どうぞ! SSSの楽しさを満喫なさって下さい!』

定刻。センターの外から馬鹿うるせぇナイの声が聞こえてきた。
外ではなゆたちゃんとエンバースがイクリプスの軍勢と対峙している。
その様子は、俺達センター内の配信組の方にも通信越しに伝わってきた。

「テンション高ぇ……ようやくイクリプスの子守から開放されましたっての隠すつもりねえなアレ」

側にいるジョンとカザハ君といっしょに陰口を叩く。
運営の空回りしたテンションを冷笑すんのもソシャゲあるあると言えよう。
通信画面の向こうで、イクリプスの中から一人がなゆたちゃんの前に歩み出た。

>『SSS、御子神 熾天。……よろしく』

「みこがみ……何て?」

>『これまたとんでもないネーミングセンスのヤツが出てきたぞ。信じられるか?
 どういう神経してたら『キャラクターネームは御子神熾天でよろしいですか?』に「はい」を押せるんだ』

速攻でエンバースのクソダル通信がこっちに飛んでくる。

「おまっお前さぁ!それ『うんちぶりぶり大明神』に言うぅ?
 やだねぇどんなゲームもSteamアカウント名でプレイしてる対戦勢共はよ。
 お前の希望に則ってロールプレイしてくれてんじゃねえか」

そう、ロールプレイをしている。
SSSの『プレイヤー名』ではなく――イクリプスとしての『キャラクター名』を名乗ってる。
こいつはこれまでの一山いくらのイクリプスとは違う。
そう訴えかけているんだ。

>「イヤハヤ、これは何ともスポーツマンシップに則った振舞い! 感動ですねェ!
 これぞEスポーツ! という感じでしょうか? では気を取り直して――
 イィィィィッツ! ショォォォ――――タ〜〜〜〜〜〜〜イムッ!!!」

『名乗りの意図』を理解していないのか、クソあっさいコメントを残してナイが開戦を布告する。
同時、館外から轟音。戦端が開かれた。

「ガザーヴァ、カザハ君についててやってくれ。
 迎撃はこっちでどうにかする」

全世界配信が始まれば、そう間をおかずイクリプスが乗り込んでくるはずだ。
バフの強化という具体的な意図がわからずとも、何かやってるなら潰す。
プレイヤーとして当然の心理だ。

真っ先に狙われるのは歌ってるカザハ君だろう。
ガザーヴァには一番側で、それを守ってもらいたい。

328明神 ◆9EasXbvg42:2024/09/17(火) 04:49:10
>「みんな! こっちもいくよ! ミュージックスタート!」

ほどなくしてカザハ君が指揮を執り、音楽が始まった。
腹の底を揺るがす鼓動を背に受けながら、全世界へのチャンネルを開く。

「話す内容は会議で伝えた通りだ。最悪何も言えなくったって構わない。
 黙っててもお前はヒーローだ。戦ってる姿を見せればそれだけで、全世界がお前を英雄にする」

>『任せてくれ…自分のブランド力がどれくらいか…試してみよう』

作戦会議でジョンは、そう胸を張って見せた。
自信がある……とは今さら思わねえよ。信頼に答える、それだけを約束してくれた。

我ながら難題だと思う。
『応援を受ける』という目的を悟らせないためには、直接の言及を避けて俺達の状況を伝えなきゃならない。
都合の悪いことにイクリプスは見た目が良い。サイバーに寄ってはいるがコスチュームはどれもヒロイックだ。
俺みてえなでけえハエを操る死霊術師とあいつらじゃ、どっちが人類の味方かわかったもんじゃない。

印象を覆すには――ジョンがこれまで、地球で、積み重ねてきた大衆からの信頼が要る。
ジョンがブランド力と称したその力が、どこまで通じるか。そういう戦いだ。

「さて……これまでの戦いで、イクリプスは大まかに3つの種類に分けられると分かった。
 ベータテスターとしてプレイしたばかりの、固定モーションに振り回されるだけの雑魚共。
 便宜上『レベル1』とするか。イクリプスの大部分はレベル1だと思って良い」
 
攻略法の確立されたこいつらは、もう敵じゃない。
なんならネガキャンで殆どはゲームを辞めてるだろう。

「『レベル2』は、キャンセルとか駆使してモーションの隙を克服した連中。
 シンプルに『ゲームが上手い』奴らだ。経験豊富でネガキャンへの耐性も高い。
 正直この時点で死ぬほど厄介な敵ではあるけど、まだ俺達が上回れる余地がある」

ゲームが上手いだけならいくらでもカタに嵌めようがある。
ブレモン世界の自由度をフル活用すれば奴らにできないことが俺達には出来る。

「問題は――」

ドン!と爆発音がホールの上から響いた。
見上げるとセンターの壁に大穴が空いていて、そこには人影がひとつ。
イクリプスだ。巨大な槍を背負った……確か、クラス『シューティングスター』だったか。
穴の縁に足をかけて俺達を睥睨していたイクリプスは、パっと顔を綻ばせて口端を上げた。

「おお!当たりだ当たり!やはり本丸で何やらしておったか!ガハハ!」

イクリプス3分類、最後のひとつにして最大の敵は――

「……『レベル3』。ロールプレイに適応した奴ら。
 システム上のキャラクリだけじゃなく、自分だけのイクリプスを作り上げた連中。
 ようは――『ぼくの考えたさいきょうのイクリプス』だ」

見ただけで、そいつが普通のイクリプスとは違うと理解できた。
あの御子神なんちゃらとかいう奴と同じように、歴戦の勇士を思わせるような気迫が充溢している。
なんなら……顔のディティールが作り込まれているようにすら感じる。
『モブ』と『ネームド』のキャラの違いみたいに、顔面の解像度が鮮明だ。

329明神 ◆9EasXbvg42:2024/09/17(火) 04:50:24
「……バレねえように、街中にスピーカー置いて大音量で同時に音楽流してたんだけどな。
 なんでわかっちゃったの」

肉食獣に睨まれたような圧力に抗って、声を出す。
槍使いのイクリプスは顎を掻きながら答えた。

「至極単純よ。我ら数だけはおるのでな、怪しい箇所は全て潰すよう全域に部隊を差配したまで。
 最も守りの硬いこの塔には吾輩が参じた。故に『当たりを引いた』と、そういうわけだ、ふははははは!」

……クソっなんだこのクセの強ぇキャラ付けは!
ドスの効いた言い回ししてるけど声も見た目も女の子だ!
どういう性癖してたら自キャラを一人称ワガハイのガハハ系美少女なんて味付けに出来るんだよ!

槍使いは「とうっ」と無意味な掛け声をしながら直上の穴から降ってくる。
その着地点には、既に配置済みのモンスター達がいた。

「馬鹿がっ!奴は一人だ!囲んでボコれ!!」

大鎧を着た骸骨剣士が、ガキ爪を振るうリザードマンが、牙を剥き出しにしたフォレストウルフが、
着地したイクリプスに躍りかかる。

「うむ、重畳重畳!槍相手に三方向からの肉迫!よく練られた連携であるな!」

逃れられないよう時間差をつけて振るわれた三方向三連撃。
しかしそのどれもがイクリプスを捉えられない。
機動力で翻弄されてるわけじゃない。巧みな足さばきだけで全ての攻撃を躱して見せる。
石突で足払いをかけ、柄で打撃する。穂先を突き出すのではなく、片足を軸に上体ごと重心移動して体重を乗せた突きを繰り出す。

ほんの一瞬の攻防で、骸骨剣士の肋骨が砕かれ、リザードマンの腕が切り落とされ、ウルフの毛皮に無数の槍傷が生まれた。
ゲームキャラの派手なモーションじゃない。これはまるで――

「槍術を使ってやがるだと……!?」

ガチの、武術としての槍術。
これまで戦った『シューティングスター』にこんな、言っちゃなんだが地味な技巧はなかった。
地味すぎてゲームとして面白みがないからだ。体ごと突撃するような突きや、エフェクト盛り盛りの斬撃。
そういうTPS視点でもわかりやすいカッコいい殺陣ばかりだった。

「然り。『アカデミー』の選択科目に古流槍術の授業があってな。
 『星喰い』相手に通じるものではないが、人を殺すには刃先三寸を肉に埋めれば十分よ。
 いやはや対人武術ゆえの趣深さに吾輩としては感じ入るところが――」

「アンサモン、アンサモン!勝てる相手じゃねえ、退いて良い!」

アカデミーだの星喰いだの、おそらくSSSの固有名詞だろうワードも気になるところだが、
恐ろしいことにこのイクリプスは、ロールプレイの肝要を理解し、使いこなしていた。

つまりは――単なる槍使いのクラスじゃなく、『古流槍術を学んだキャラ』をロールプレイしてる。
だからシューティングスターに設定されたモーション以外の複雑な挙動が出来る。

骸骨剣士とリザードマンがそれぞれ光の粒子になって消え、ホール外に退避させてた即席ブレイブのスマホに帰って行く。
ウルフはアンサモンされない。おそらくアンサモンに必要なATBゲージを確保してなかったんだろう。
初心者を戦場に投入すれば当然起こり得るトラブルだった。

330明神 ◆9EasXbvg42:2024/09/17(火) 04:52:37
ウルフが自己判断でイクリプスに背を向け、駆け出していく。
槍使いはそれを追わない。ただ、血に濡れた槍を掲げ――

「ガハハ!逃げは悪手であろ。吾輩は槍術を使うが――普通の攻撃も、普通に出来るのだぞ」

槍先から放たれた光線が、疾走するウルフの心臓を穿った。
『シューティングスター』の遠距離通常攻撃……何度も見せられた、致死の閃光。
ウルフは血反吐を吐きながら地に伏せる。一拍遅れて燐光がその体を包み、掻き消えた。

『クソっ、生きてるか!?』

ウインドボイスでウルフのパートナーに声を投げる。

『生きてます、生きてます!HPミリだけど……"種"が一発でオシャカになりました。
 もう戦えません、すみません』

返ってきたのは安堵の声だった。
即席ブレイブ達に優先的に確保させたスペルのひとつに『来春の種籾(リボーンシード)』がある。
致死ダメージを受けてもHP1だけ残して食いしばる防御スペル。石油王がイシュタルに持たせてたアレだ。
本来は被ダメカウンターとか低HPを条件とする背水バフのトリガーとして使うものだが、
イクリプス相手に半端な防御バフは通用しないと踏んで全員に一回かぎりの保険として持たせていた。

「さて、露払いはこれで終いであるな?その耳障りな音を止めてくれよう」

槍使いの視線がこちらを見据える。俺の背後の、カザハ君たちを射抜く。
スマホを構えたその瞬間、槍使いの隣に新たな人影が落ちてきた。

新手……!
現れたのは魔女衣装にスチームパンクっぽいゴーグルを付けたイクリプス。
クラス『ソディアック』だ。

「バルさんやばいっす!激ヤバ!なんかクソでっかいロボットみたいなのがめっちゃ湧いてきて戦線大混乱!
 グスタとかジャガナじゃ射程全然足りなくてジリ貧なんすけど、バルさんブレモンやってたんすよね、アレなんなんすか――」

ゾディアックは早口でまくし立てると、ようやく俺達の姿を認めたらしく、頬を掻いた。

「あー……あの機甲人達は、一体どういった代物ですの?バルディッシュ様」

ロールプレイを始めやがった……!
対するシューティングスターは泰然とした表情を崩さない。

「アレは……『タイラント』。ブレイブ&モンスターズの超レイド級に相当する傑物よ。
 心配無用!既に無線にて我が麾下のネビュラをサジを差配しておる!
 適材適所、我らの戦術目標に変わりはなし!」

外の戦況は通信越しに伺い知るほかないが、タイラントがイクリプスを攻撃してる――?
アレは試掘洞の中で眠ってるはず、なんで地球に出てきてんだよ!
――脳裏をよぎるのは、かつて真ちゃんから聞いた白昼夢の光景。
無数のタイラントが地球の都市を蹂躙した、地獄の絵図。

「そういうことか……真ちゃんの夢が一巡目の結末を示したものなら。
 街を蹂躙するだけの数のタイラントが『存在する』ってことだもんな。
 なゆたちゃんの言ってた『腹案』ってのは、このことか……!」

331明神 ◆9EasXbvg42:2024/09/17(火) 04:54:10
タイラントはもともとアルフヘイムが地球信仰の戦術兵器として投入したものだ。
管理権限を有する石油王なら、ターゲッティングを変更して対イクリプス兵器に転用できる!

「なるほど……ではわたくしもこちらに加勢いたしますわ。
 おいでなさい、煉獄の龍よ!」

ゾディアックが魔導書を構え、背後に巨大な火球を出現させる。
それはゆっくりと形を変えて、まるで生きている龍のように空中をのたうった。
これもイクリプスのスキルエフェクトを逸脱してる。ロールプレイの恩恵だ。
シューティングスターもまた槍を構え――穂先に右手を添えた、槍術の構えだ――犬歯を見せる。

「ガハハハハ!快い戦いには戦士同士の名乗りが不可欠であろうよ!
 イクリプス・クラス『貫く流星(シューティングスター)』――バルディッシュ。
 貴様らを鏖殺し、青きこの星を我が財貨とせん」

「イクリプス・クラス『黄道の魔術師(ゾディアック)』――アヤコ=財前寺。
 我が財前寺家再興の悲願のため、資源豊かなこの土地をいただきに参りましたわ」

自分が誰で、何のために戦うのか。
御子神がそうしたように、名乗りはロールプレイにおいて重要な意味を持つ。
思えばバルディッシュとかいうあの槍使いが『自分学校で槍術やってたんすよ』みたいなことをわざわざ説明したのも、
設定の開示によるロールプレイの強化を図ったが故だろう。

この世界を動かしてるRPGのシステムに、自分のキャラを認識させるため。
つまり、レベル3イクリプスの本領発揮は、ここからだ。

「サモン――ベルゼブブ・オルタナティブ」

召喚したマゴットが、錫杖をイクリプス達へ向けて羽音じみた咆哮を上げた。
名乗られたからには名乗り返さねばなるまい。全世界配信してる今なら好都合だ。

「『ブレイブ&モンスターズ』ミズガルズのブレイブ――うんちぶりぶり大明神。
 かかってこいよ侵略者ども。ブレモン代表としてお前らを……楽しませてやる」

ゾディアック――アヤコが炎の龍を放つ。
それをブラインドにして、バルディッシュが上体を揺らさない縮地法めいた歩法で肉迫する。

全世界に垂れ流されるライブを背景にして、防衛戦が始まった。


【ライブ防衛戦開始
 敵イクリプス
 バルディッシュ:シューティングスター、ガハハ系、テクニカル型の槍使い
 アヤコ=財前寺:ゾディアック、ですわ系、火球を龍とかいろんな形して操る。龍型の火球は龍みたいにふるまう】

332ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/09/20(金) 20:35:48
僕は目を閉じ…イブリースの返答を待つ。
いくら多くの民を助ける選択とはいえ…恨みは簡単に消える物ではない。

しかしモンスターの長でもあるイブリースにはどんな怨恨があろうと…決断してもらわなければいけない。
イブリースの協力なしにこの作戦はありえない。だからこそ…僕達も覚悟を決めて…

>「承知した」

「わかってる!簡単にそんな決断はできないって!それでも…え?」

>「今更何を言っている。オレがそんなに狭量な男に見えるのか、貴様は。
 我らの世界が無くなる瀬戸際、下らんプライドなどに拘るものか。
 そんなものはどうでもいい、それにな――」
>「不思議なことに、オレの心は穏やかだ。
 戦力の質も数も圧倒的に足りん、絶望的な劣勢だというのにな……。だが、だからといって悲観はしていない。
 どころか、貴様らと組んだことで窮地は乗り越えたとさえ思っている。
 十死零生の土壇場にあって、いつも状況を覆してきた貴様らと共に在るのなら、何も心配ない……とな。
 盤面返しは『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』のお家芸。今回も見せてくれるのだろう?」

>「……マジで?お前を口説き落とすためのいい感じのセリフ百個くらい用意してたんだけど」

イブリースの言う通り…顔からは今までの険しさは影を潜めたような気がする。
裏切られ…捨てられ…自分の主であった者の事は覚えてさえいない。

どれだけ孤独な闘いだったのだろう。そんな中一人で不器用に戦っていた…自分の為ではなく…いつだって同胞の為に。

>「今まで逆張りばかりしてきたオレだったが、今回ばかりは勝ち馬に乗れたようだ。
 ……悪くない気分だな」

信用できるものなどこの世にはいない。そう思っても不思議ではない。
それでも…僕達を信頼してくれた…責任は重大だ。しかし…必ず僕達なら…やり遂げられる。

333ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/09/20(金) 20:36:49
>「ブレモンの曲、一緒に歌いたい人はこっち……!」

>「なーんか企んでんな……良いぜ、俺も一枚噛ませろよ」

>「呪歌で全世界からバフを集めるから、あなたたちには最初の数曲を手伝ってほしいんだ……!
ゲーム的操作いらないし、上手下手気にしなくても大丈夫!
この世界はブレイブ&モンスターズだからさ、やっぱり最初はブレイブ&モンスターズのBGMでいくよ!

後方支援の…その中でも歌に特化したチームを作りバフの効果量を効率的に…より効果的に上げる。
歌という文化は例え言語が通じずとも…最悪言葉というものを持たない生物でさえ心が通じ合う事ができる。

>「あ、あの……! 演歌じゃないからそんなにこぶし回さないでいいんだよ。
でも! いいね! すごくいい!」

割り振られた音楽組に必死にブレモンのBGMを教える為に四苦八苦している。
この短時間で合わせるのは不可能に近いが…だからといって諦めるカザハでないだろう。

「カザハ…なにか手伝いする事はあるかい?」

>「ジョン君はMCだからこっちにいることになるし、明神さんも配信組の方にいるんだよね?
何か楽器やってる振りでもする?
ジョン君はさ……ドラムとかどう? 明神さんはベースかギターかなあ」

「ドラムか…番組の企画ですこしやってたけど…配信で喋った後にやる機会あるのかな…?

>「ククク……いいのか俺に楽器なんて預けちゃってよぉ……。
 ギターの使い方なんでライブで振り回してぶち折るくらいしか知らねえぜぇ……?」

そういいながらふと昔の黒歴史が蘇って頭を抱え始めた明神やそっか〜と話をしながら指導するカザハを尻目にパートナーモンスターとブレイブの面会準備を終える。

>「一緒に戦ってくれること選んでくれて……本当に感謝してる。
明日は難しいこと考えずに楽しんで歌って。不謹慎に聞こえるかもしれないけどその方が戦略上有効だから。
呪歌って風属性の魔法だから、その方が出力が高くなる仕様なんだ。
でもそれって呪歌だけに限ったことじゃなくて、ゲームだって、多分なんだってそう。
好きじゃないものをどんなに頑張ったところで好きでやってる人には勝てないんだよね」

もう少し手伝いしていこうと思ったけど…カザハなら大丈夫だ…カザハは…僕よりずっと芯が強い。
今だけは避難民のみんなにカザハに教えられる権利をあげよう…今だけ!

そうして準備は着々と進み…決戦の時間を迎えたのだった。

334ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/09/20(金) 20:37:06
「ふう〜…本当にこれが正解なのか…わかんないまんま朝がきちゃったよ…」

「にゃ!にゃ!にゃ!」

ご機嫌な部長と対照的に寝不足で緊張気味の僕は共に朝食を食べに食堂に向かっていると…カザハの叫び声が聞こえる。

>「それ、寝癖じゃなくてアホ毛だからそういう仕様やで?
なんかオカンみたいやな!? ……ってオカンやったわ!」

今日も元気に朝から漫才を繰り広げているカザハに遭遇する

「おはようカザハ!今日も元気だね!そんなカザハも僕は好きだけど!…決戦前で緊張しているんじゃないかって思ってたけど…無駄な心配だったみたいだね
緊張してるのは僕だけかあ…結局配信でなに喋るかあんまり決まってなくてさ…」

カザハはいつも通りを保っているのに僕と来たら…
結局夜遅くまでスピーチの内容をどうするか悩んでいたのに結局これでいいのかどうか自信を得られなかったし…。

「どうやったら画面の向こう側に注意を向けずにこっちに関心を向けられるか…そして僕達が注目を集めて応援してもらえるのか…。
色々考えてたらわからなくなっちゃってさ…でも一つ…思い浮かんだんだ…それでその事でカザハに相談があってさ…」

状況を知ってもらうのは映像で十分だ…だけど関心その物を持ってもらわなければ配信の意味がない。
しかし露骨にしゃべりすぎては嘘っぽくなってしまうし…何より敵に配信の意味を悟られてしまうかもしれない。

「それで」
>「お、おおおおはよう、ジョン君! いい天気だね!」

「あ〜…うんおはよう。…カザハ…顔真っ赤だけど…大丈夫?風邪?」

カザハもやっぱり平静を装っているが内心では緊張していたらしい…まあ当然だろう。
でも緊張してたのが僕だけじゃないと知って少し安心した!

大丈夫!ちゃんと話はきいてたからあ!と取り繕うカザハがごほんとせき込んで話始める。

>「大丈夫、絶対上手くいくよ。キミの”かっこよさ”のパラメーターをもってすれば楽勝だ。
キミの一番のファンが言うんだから間違いない。この際世間一般のイメージ、最大限利用してやればいい。
ちなみに言っておくが我は……世間一般のイメージで一番のファンになったわけではない」

>「それと……分かっているとは思うが全世界配信してる間は乙女ゲー時空展開するのは禁止だからな。
ジョン君はみんなのアイドルだし、我はみんなの歌い手なんだから。
それにジョン君の過激ファンに後ろから刺されても困る」

「ははは…そんな事するほど僕の事を想ってくれるファンはいないと思うけど……絶対いる?…うーん…わかった。君の忠告だもんね」

カザハに本当にやめてと釘を刺されてしまった。いややるつもりはなかったけど。

>「なゆ……結局何も言わなかったよね。いつまで表向き知らない振り続けりゃいいんだ!?
こうなったら頑張って最速クリア目指そう!
ローウェルを早く倒せば、それだけなゆが助かる方法を探す猶予ができるってことだよね」

「なゆがなにをしたのか…僕達にはわからない…けどローウェルを早く倒せば治療法を探す時間がそれだけ増えるって事だ
長引いても何一ついいことはない…でも大丈夫だ!エンバースがあそこまでしてくれたんだよ?なゆだってこれ以上死を早めるような事はしないはずだ。」

僕達にはなゆの身になにが起こってるのか…どれだけ時間があるのか…わかっていない。
しかしエンバースだってなゆの命を使いたいなんて思っていないはず…ならこの戦いを集結させるまでは持つ…はずだ。

なるべく…早くこの戦いを終わらせる。それが僕達にできる唯一の方法だろう。

>「あれ、やっちゃおう……3人で! あ、カケルとガザーヴァと部長先輩もやる?」

「カザハ!まってくれ!二人に話があるんだ。配信の内容について…そしてそれの前に説明しなければいけない…災害の時の…僕の…罪について」

335ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/09/20(金) 20:37:26
>「ジョン君、まずは掴みをよろしくね!
大丈夫! とっかかりさえ頑張って貰えればあとは歌で盛り上げるからさ……一緒に頑張ろうね!」

「あぁ…」

配信室のマイクとカメラの前で最終テストを終え…後数分で配信が始まる。
緊張している…飲んだ水がのどを通らない。…しかしどれだけ緊張していてもやるしかない

深呼吸をしてナイとなゆの話の行方を見守る。

>「さてさて、さァ〜〜〜〜〜てェ!
 長い長いメンテナンスもいよいよ終了! これからオープンβテストの第二幕を開始致しますよォ!
 SSSにご参加の『星蝕者(イクリプス)』の皆さま、お待たせ致しました!
 アップデートされた世界でこれより存分に大暴れし、どうぞ! SSSの楽しさを満喫なさって下さい!」

「毎回思うが…あれがマスコット?でいいのか?本当に?…うーん最近の若い子のセンスはわからないな」

邪悪と表現するしかない顔をして笑うナイの後ろには数百ほどに数を減らした星蝕者達。
バッタの公害のように大量にいた数が減って一安心…というわけにはいかない。
エンバースの作戦…によりより洗練された星蝕者達は今までのように一筋縄ではいかないだろう。

遥か上空に漂って沈黙してる宇宙船も気になる。
エンバースや明神の作戦を功を奏しておらず…実は数は減ってない可能性がある。まぁ…今目に映ってない物を考えても仕方ないのでまずは目の前のナイに集中する。

>「そしてェ〜〜〜〜……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の皆さん!
 散々ゴネて悪足掻きしていたようですが、死ぬ覚悟は出来ましたかァ?
 アップデートによって建物内のマップもご用意させて頂きましたのでねェ、もう逃げ場はありませんよ?
 まっ! 逃げたところで、コチラとしては約束不履行として侵食を起動させるだけですが!
 どう転んだところで、アナタたちは『星蝕者(イクリプス)』の皆さまに気持ちよ〜く戦って頂くための的!
 それを重々ご理解の上、死んで頂ければと思います!」

>「わたしたちは必ず勝つ。あなたやローウェルの思惑通りにはならない」

なゆは確固たる意志を持って…エンバース共にナイと対峙する。

「……よし!配信開始してくれ」

なゆにはエンバースがいる。

そして僕は…僕の役割を果たす為にここにいる。
どれだけ星蝕者が強くなっていようと…ナイやローウェルがどれだけの悪だくみをしようとも…。僕は…僕達は全部を手に入れる。

まずは…そのとっかかりを掴みにいくとしよう

336ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/09/20(金) 20:37:38
目の前にいる配信器具を持った人が配信開始のサインを出す。

「あ〜テステス…問題ない?おっけ〜…ごほん」

全てのテストを終え…ついに配信が始まる。
喋る内容自体は決まっている…ただ少し予定とは違う物になるが…目標を達成できるはずだ。

「初めましての人は初めまして知っている人はお久しぶりです。自衛隊広報官ジョン・アデルです」
「にゃ!」

テレビで自己紹介されながら名乗りを上げるのと違って一人でなんのリアクションもなくしゃべるのがこんなにつらいと思わなかった…!
芸能人とネット配信者は別物ってよく聞くけどこうゆう事なのか…!

「今…この世界になにが起こってるのか把握してる方…なんとなく察している方…そうじゃない方…いろんな方がいると思います」

やべーーー!なんのリアクションもなく話すの辛すぎる!
台本とか用意してくればよかったな〜〜〜話の要点ぐらいしか考えてなかったからそこまでどうやって話もっていくかまで考えてなかった〜〜〜!

「ですが安心してください。既に」

>「イヤハヤ、これは何ともスポーツマンシップに則った振舞い! 感動ですねェ!
 これぞEスポーツ! という感じでしょうか? では気を取り直して――
 イィィィィッツ! ショォォォ――――タ〜〜〜〜イムッ!!!」

「…窓しめといて!!防音扉もちゃんと閉めて!!なんで空いてるの!?」

全員配信初心者なせいで色んな所がぐだぐだになってしまったが…でもそのほうがしゃべりやすくなるからよかったのかもしれない
ホントかな?そうゆう事にしておくか…

「ごほん…失礼しました」

気を取り直して…

「皆様の時間を取りすぎてはよくないので…本題に入りましょう。僕がなぜこのような配信を始めたのか…不思議に思っていると思います
今全世界配信した理由は………とある宣言する為です。」

周りの避難民の声がざわつく。それはそうだろう…この話はカザハと明神しかしらない…しかも趣旨から若干外れてもいる。

「僕は以前の災害の時に多くの人を救い…英雄と呼ばれました。この話をすればあ!なんか見た事ある!ってなる方も多いんじゃないでしょうか
でもそれと同時に…黒い噂もありました…たしかに英雄と呼ぶ声よりも小さくはあったけど…こうも僕は呼ばれていました「人殺し」と…その噂は…本当です」

周りのざわつきの言葉が大きくなる。
まったく音が漏れない部屋で俺達は人殺しと一緒にいるのか!?と思うだろうね。

「災害の時の時点で僕は…確かに人並外れた力を有していました。家の瓦礫を一人でどかせるような筋力を…しかしその力があっても身一つでは助けられる数はしれている
しかも緊急時の限りある医療物資や施設…またそれを実行できる人間の少なさを目の前にして僕は…多くの人を生かす為に自衛隊では…いえ…決して人間としてしてはいけない選択をしました」

「助ける人を選別するという事を」

337ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/09/20(金) 20:37:56
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

目を閉じれば今でも思い出せる惨状。

その日僕達の部隊は少数のエリートで編成され交通網が全て途切れてしまった陸の孤島に身一つと各メンバーとヘリに積んだ物資だけで救助に向かった。
時間が掛かればかかるほど生存は絶望になる。決して潤沢な物資ではなかったが…1時間以内で用意出来るものとしては十分であったように思う。

そして特に酷いと思われる震源地付近に下り立った。
そこはヘリすらも止まる余地がないほど何かの建築物だったであろう残骸と土砂と…運悪く降っていた雨と…人々の悲鳴や嘆きだけだった。

運よく瓦礫の下敷きにならなかったが…代わりに埋もれてしまった家族を助けてくれと叫ぶ声
埋もれはしなかったが瓦礫に全身を打ち砕かれ手足が曲がり今にも死にそうな声で痛い痛いと発狂したような泣き叫ぶ声
泥まみれになりながら子供をみなかったかと道行く人に聞いてそんな余裕あるかと突き飛ばされる人。

その他大小様々な悲鳴が木霊する場所。
僕は…その時ここが地獄なんだ…そう思った。

「ぼさっとするな!全員助けるぞ!」
「しかし…どこから手を付ければ…」

隊員達もパニックになっていた。当然だ…こんな未曾有の災害…いくらエリートだって体験した事がない。ましては先発隊である僕達には全員を救う事などできない
もはやどこから手を付ければいいのか…優先順位は…何も正解がない場所の中心で…僕達にできる事は多くなかった。

「避難所予定の体育館が…潰れてる?」

ただでさえ多くはない物資が少なればなるほどその場はさらに混乱を極めた。
俺も助けてくれ!私も!せめて家族だけ先にみてくれ!気持ちはわかるが…僕達も優先順位をつけるわけにはいかない
基本のマニュアル通りに動くのなら…重傷者から見るべきだ…その基本を忠実にこなしていた…最初は

物資が無くなりかけてからが…地獄の本番だった。

少ない物資でできる治療を優先した結果…順番を無視された事に怒り…だんだんと感情を制御できなくなり…暴徒になりつつある市民。
天候の悪化や想定される規模を越えた予想以上の地震により崩壊した避難先予定だった体育館。予定を大幅に過ぎても来ない後続部隊と補給物資。

これ以上は選択の余地がない。少なくとも僕はそう思った。

「隊長…優先順位をつけましょう。今の状況で重傷者を見続けたらとてもじゃないですが人も…場所も物資も何もかもたりません!
一人でも…多く確実に…少ない物資で助けられる可能性がある命を救いましょう。選べば…まだ探索していないエリアの住人も…助けられるかもしれません」

「正気か!?助ける相手を選ぶなど…そんな事あっていいはずがあるか!」

はあ…エリートの隊長様が…現実をみろよ。

僕はそう心の中で愚痴った。

「なら僕は一人で行きます。大丈夫です…例え目の前から車が風で飛んできたとしても僕なら避けれるので」

そうして僕は静止を振り切り災害に巻き込まれた人々を救助し続けた。
後続の部隊が来た後も僕は…このスタンスを崩さなかった…そのおかげでたくさんの人を救い上げる事ができた。

一人でも諦めずきてくれる僕を人々はこう呼んだ「英雄」と
でも僕に助けられないと言われた人々は僕をこう呼んだ。「血も涙もないロボットのような人殺し」と

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

338ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/09/20(金) 20:38:10
「僕は誰よりも人を助けるのが早く…だけどその反面だれよりも早く人を見捨てました」

この件が大騒ぎされなかったのは多くの人を救ったという功績。そして迅速な口封じの為だ。
宣伝人形としての価値が口封じすることによりデメリットを上回ったのだろう。
もちろんネットで騒がれはしたが…ネットの噂話なんて一週間もすればみんな忘れるような程度のものしかない

上官の命令を無視するなんて即刻処分されてもおかしくなかったが…僕を待っていたのは全て込みにすれば何十倍にも膨れ上がった給金と待遇だった。

「この件に関して僕は謝るつもりはありません。助けた命と…見捨てた命を侮辱する行為なので
…じゃあなんのために全世界に配信なんてしたんだよって思いの方もいるでしょう」

敵に悟られず注目を集める。それとなく自分達の状況を説明する。
僕にはエンバースや明神のようにずる賢く生きる事はできない…だからこそストレートに宣言する。

「僕は今日…英雄になります。今度こそ…結果的になった英雄ではなく…全部を救える英雄に」

周りの避難民達も一体こいつは何をいいだしたんだという表情でこちらを見つめる。
きっと配信の向こう側もきっと同じ感じだろう…でもそれでいい。

僕がやらなくてはいけない事…それは注目を集める事。

明神は言った応援をくれとは言えないが応援させなければいけないと。
敵に悟られぬように直接的な言葉を避けるようにと。

「僕の決意表明です。本当は…他にも言いたい事はあるけれど…言葉を重なれば重ねるほど…言葉は嘘っぽくなる。だから…」

なゆ達を応援しないなんてありえない!ラスベガスがこんな事になって他の国や地域に情報が行っていないとは思えない。
なら…ラスベガスを襲った正体が星蝕者であると…大まかにかもしれないが…その情報もまた伝わっているはずだ。

もし…そうでもなくてもなゆ達を見れば誰もが…応援するだろう。それほど…なゆ達は光に包まれている。
映像が流される時点でそれは決まっている…ぶっちゃけ注目を集める僕という過程すら本来必要なかっただろう…なら…僕がわざわざ出る必要があったのはなぜか?

注目を集めるためだ。

配信が終わって映像だけになっても…続きを見てくれるようにひとりでも多く誘導させる為。
最近行方知れずだった芸能人が突然でてくる…これだけじゃだめだ…もっと多くの人に映像を気にさせなければ。

だから僕は…覚悟表明と共に…この話を暴露した。明神風に言うなら…アンチはうざいが役に立つ作戦だ。

瞬く間にこの話は広がるだろう…平和ボケしていればしているほど…特に日本にはすぐ浸透するだろう…こんなに格好のサンドバッグ滅多に見れるもんじゃないからな。
そして最初は応援どころじゃなく批判で埋まるかもしれない。だが…それでいい。

アンチだろうと…なんだろうと…話を広めてくれれば最初この配信を見なかったとしても…誰かが話題にしてくれる…その時に知る事になる。
初手は僕の批判で埋まるだろう…だがそれでいい…最初に敵に意図を理解させないためにも…よくわからないが広まっているフェーズが必要だ。
そしてなんでもいい…映像を見てさえくれれば…この現状が明るみにでれば…僕への関心は…徐々に全て希望に…そして最終的に全世界はなゆ達の虜になる事だろう。

「僕は…僕達は行動で示します。英雄に…ヒーローになる事を!」

僕の合図と共に僕のドアップから戦闘の中継映像へと切り替わる。
恐ろしく不格好になってしまったが…これで僕の役目第一号は終わり。

次は…部長と共に放送室の扉を蹴りだした。

339ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/09/20(金) 20:38:26
「あ〜…!クソ!配信なんて慣れない事したせいで疲れた!明神!戦況はどうなって…」

>「なるほど……ではわたくしもこちらに加勢いたしますわ。
 おいでなさい、煉獄の龍よ!」

槍の矛先をこちらに向け佇む殺気を微塵も隠そうともしない者
魔女の格好をしたまるで生きている炎の竜を従えた者

そして少し離れた所にある明神達の物ではない血痕…

「明神…万が一敵がきたら放送室の扉を叩くって約束したじゃないか…!」

余りにも星蝕者が来るのが早すぎる…だが外から感じる巨大な…まるで巨大な…ロボットでも暴れているかのような振動がなゆとエンバースがまだ戦っている事を示している。
それに…明神だってここがバレないように…万が一バレても奇襲をかけるような策を張り巡らせていたはず…。

これはエンバースの言っていたロールプレイの力が…僕達の想定より上回っていると思ってもいいかもしれない…。

>「ガハハハハ!快い戦いには戦士同士の名乗りが不可欠であろうよ!
 イクリプス・クラス『貫く流星(シューティングスター)』――バルディッシュ。
 貴様らを鏖殺し、青きこの星を我が財貨とせん」

>「イクリプス・クラス『黄道の魔術師(ゾディアック)』――アヤコ=財前寺。
 我が財前寺家再興の悲願のため、資源豊かなこの土地をいただきに参りましたわ」

やはりこいつらは予想通り…エンバースが育てたロールプレイガチ勢…いやキャラ濃いな!?設定までなんか無駄にしっかりしてるし!
ガハハ笑いの美少女って何?昔の漫画ですら見た事ないけど…一体どう構成を考えたらそんな事になるんだ?
でもエンバースの言っていた事が本当なら…こいつらのレベルは…面白トンデモ人なんて笑い話のような物ではなく…相当な実力者だって事になる…。

それに…今まで星蝕者は銃とか…なんか超未来技術なレーザーブレードみたいな装備が殆どだったが…。
一人はパッと見仕掛けとかなさそうな古風な槍…もう一人魔術書を用いた魔法…?忍術…?
どちらにせよ超技術の未来という設定である星蝕者とは遠くかけ離れた戦闘方法なのは間違いない。

>「『ブレイブ&モンスターズ』ミズガルズのブレイブ――うんちぶりぶり大明神。
 かかってこいよ侵略者ども。ブレモン代表としてお前らを……楽しませてやる」

うーん…ロールプレイの一環としてその前口上必要なのはわかるよ…?けど僕…そうゆうの苦手なんだよな…。
しかし星蝕者に負けるわけにはいかない…!ここは僕もなにか一言を…!

「我が名はジョン・アデル!こっちは我が相棒部長!…僕達の目指す未来の為に…貴様らの命を…もらい受ける!」
「にゃ!」

しまった〜〜〜別に敵に合わせて和風な感じにする必要どこにもなかった〜〜〜!

340ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/09/20(金) 20:38:49

「煉獄の龍よ!我が敵を食らいなさい!」

「悪いな明神…先陣はもらうよ!いくぞ部長!雷刀X2…プレイ!」

タンクとしての役目を果たす為…明神の前に飛び出し…バルディッシュと財前寺の前に飛び出す。
目にもとまらぬ速さで飛翔する火の龍は厄介だが…カザハの歌の影響下にある今の僕には…捉える事は難しくない。

ブン!

実体のない物を切った時特有の刀の音だけが聞こえる。

切った感覚はないが…財前寺が煉獄の龍と呼ぶソレは真っ二つになって霧散しようとしていた。
炎を無力化できたなら…次はバルディッシュが明神に近寄るのを阻止しなければ…そう思いみんなとの間に割って入ろうとする。
しかしバルディッシュは僕を無視して明神とカザハに向かって突撃していく。

なぜだ?まるで僕を気にしていない。油断してるのか?………まるで最初から僕がもう存在していないかなのような扱いだ…

次の行動に思考し始めた時…財前寺がニヤリと笑っているのが見えた。
なぜだ…なぜ笑っている?お前の龍はたったひと振りで無効化されたというのに…!まさか

「…我が一族の炎は…貴方のような信念無き人間に切れる存在ではありませんわ」

真っ二つにしたはずの龍はいつの間にか再結合を果たし…再び龍の形を取り僕の目の前に迫っていた。
急いで僕は回避行動をとるが別の事を気にしていた僕には完全に回避する事は難しく…

ドゴォォォォォン!

龍は僕の顔面を捉え…僕の顔面に噛り付くと同時に爆発する。
その威力凄まじく…回避行動をとったはずの僕の体を壁に激突させ僕の意識を瞬間的に混濁させるのには十分すぎるほどだった。

「う…ぐう…!」

熱で目が焼き焦げ…爆発音で耳は遠のき…意識が…喉が…肺が焼け付く!呼吸が…呼吸ができない!
僕の体を急いで体を地面や壁に擦り付け…火の力を弱める…しかしいまだに全身火あぶりにされているかのように熱く…

「火が…消えない…!?」

いや…火の見た目はたしかに鎮火してきている…のにいまだ力が弱まっていないような熱を外から…内からから感じる!
昔…救助活動の為に火災現場に飛び込んだ事があるが…その時感じた熱気なんて比じゃない!この…この炎は…常識で考えられる炎の温度と一線画している…!

「我が一族の炎は!敵を…罪を燃やし尽くす聖なる炎!その辺の普通の炎と一緒にしないでくださいましね」

そう高らかに宣言する財前寺。彼女の言う通り…炎は消えかかってもなお…僕の体を外から…内側から焼いていく。
だめだ…呼吸するので精一杯だ…体が頑丈なのが取り柄な…この僕がまさかこんな形で…しかも一撃でダウンするハメになるとは…!

「あら…これは驚きですわ…!あなた…見た目通り頑丈ですのね…まあ?あなたがいくら頑丈でも直撃してればそんなに苦しまずに終わらせてさしあげれたのですが…
ですけれども…その苦しさは私を舐めた貴方への罰ですわ。あなたはそのまま悔やみ苦しみ…罪を懺悔しながら…聖火に包まれて死んでくださいな」

僕は必死の抵抗とばかりに…財前寺を睨みつける事しかできない

「………残念ですがどれだけお仲間の方をみても…私を睨みつけようとも…バルディッシュ様がいる限り助けなど絶対に来ませんわ…観念するのですね」

財前寺はそう言うと僕に背を向け明神とカザハのほうに歩いていく…財前寺とバルディッシュ…あの二人には…僕という存在は…もういないも同然なのだろう。
実際僕はせき込むばっかりで…立ち上がる事さえできそうにない…。

「にゃ!にゃ!にゃ〜〜〜…」
「ち…るな…部…部長にまで火が…うつ…る…」

部長の強化された自動回復をもってしても…この炎は収まらない…いや…見た目では少しづつ鎮火してきてはいるが…熱その物は収まるどころか更に熱くなってきている気さえする…!
スマホを取り出そうにも…呼吸に集中しなければ意識が飛び…そこで僕は財前寺のいう通り…死ぬことになるだろう。

「バルディッシュ様!こちら終わりました!今援護いたしますわ!」

財前寺はカザハ達のいる方に向かって攻撃の準備を開始した。
配信を止める為…この場にいる全員を皆殺しにする為に…

「こ…ク…ビ………く…そ…………カザハ………」

【財前寺の炎の龍の一撃で炎上中。財前寺はそのまま援護攻撃に移行】
【バルディッシュはカザハ・明神へまっすぐ突撃】

341崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/09/28(土) 07:41:36
「エンバース、凄い……!」

エンバースがサポート役の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』達を引き連れ、見事な連携を見せながら敵を駆逐してゆく光景に、
なゆたは思わず快哉を叫んだ。
エンバースにサポートの一団を付けるアイデアはほとんど思い付きで、じっくり戦術を考える時間の余裕さえなかったというのに、
そんな急ごしらえの付け焼き刃感をまったく感じさせない。
目まぐるしく変転してゆく戦況の中、オフェンス側のエンバースが『星蝕者(イクリプス)』の軍勢を当たるを幸い、
餓えた獣のように薙ぎ倒してゆく。
オフェンス側は心配あるまい。ならば、後は自分自身の受け持ったパート――ディフェンス側を遣り遂げるだけだ。

「ポヨリン! 『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』、もう一発行くわよ!」

『ぽぉ〜〜〜よぉ〜〜〜よぉぉぉぉ〜〜〜〜!!』

レンズと化した我が身に取り込んだ日光を魔力へ変換し、大きく口を開けたゴッドポヨリンが再度極太のレーザーを放つ。
しかし、相手も此方の離間工作やネガティブキャンペーンを乗り越えて残った猛者たちである。
当たれば一発消滅間違いなしの兇悪な攻撃を、巧みな挙動で回避し戦闘を続行している。
G.O.D.スライムはレイド級でも十指に入るATK値の高さを誇るが、巨体なぶんAGI値が低い。
事ここに至っては、大鑑巨砲はさして意味を成すまい。それに、巨砲という意味なら既にタイラントがいる。
タイラントもまた広範囲殲滅能力に秀でた『二連破壊光線砲(デュアルキャノン)』やミサイルで攻撃をしているものの、
空を自在に翔ける『星蝕者(イクリプス)』に対し効果は薄そうだった。
何より――

「――【星喰い(ステライーター)】の平均的体長は数千メートルから数キロ、巨大なものは惑星サイズにもなる。
 たかだか30メートル程度の大きさなど……巨体と言うにも及ばない!」

一線級の『星蝕者(イクリプス)』は、既にその挙動を完全に読み切っている。
綺麗に切り揃えられた長い黒髪を靡かせながら、御子神熾天が宙を舞う。
タイラントの繰り出す巨大すぎる殴打をギリギリの見切りで避け、伸びきった腕をあべこべに足場としながら、
恐るべき速度で胸部めがけて駆けてゆく。その狙いは、タイラント唯一の弱点である胸部のコアだ。
普段は分厚い胸部装甲に守られているコアは、『二連破壊光線砲(デュアルキャノン)』を撃つ瞬間のみ剥き出しになる。
すでにして熾天は其れを見切っている。たッ!! と黒いローファーで軽やかに足場を蹴ると、
熾天は矢のようにタイラントのコアへ迫った。
戦艦の主砲めいた巨大な砲口が熾天を捉える――が、熾天の方が速い。

「コズモ新陰流・奥義! 斬釘截鉄――!!」

キィンッ!!

目にも止まらぬ抜き打ちからの横一閃。熾天のすれ違いざまの居合抜刀が、タイラントのコアを狙い過たず両断する。
躯体の各所を爆発させながら、タイラントの一機はゆっくりと仰向けに轟沈していった。

「なんてこと、完全体のタイラントを撃破するなんて……」

なゆたは愕然と宙を見上げた。
タイラントといえば、ブレイブ&モンスターズ! というゲームにおいて最高峰である超レイド級モンスターのうちの一体だ。
しかも、なゆたたちがアルフヘイムに召喚された時期はまだ未実装であり、
ガンダラで戦った際もスクラップ寸前の壊れかけた代物であった。
そんな桁外れの化物を、驚くべきことに単騎で屠っている。
熾天は撃破したタイラントには目もくれず、他の『星蝕者(イクリプス)』を援護するため流星のように宙を翔けていった。

「く……」

警戒すべき敵ではあるが、まだ直接対決の刻ではない。
なゆたは地上に視線を戻すと、素早くスマホをタップした。

「ポヨリン! 合体解除!」

上空のG.O.D.スライムがなゆたの指示を受け、カッ! と一瞬輝いたかと思うと、
次の瞬間には元の無数のスライムに戻って降ってくる。
攻撃の隙が大きいレイド級より、元のサイズに戻した方が『星蝕者(イクリプス)』の精鋭相手には効果的との判断だ。
合体は解除しても、それ以前に重ね掛けした『限界突破(オーバードライブ)』などのバフは切れていない。
極限まで鍛え上げたポヨリンならば、ナリは小さくとも決して『星蝕者(イクリプス)』に遅れを取ることはないだろう。

「ポヨリンッ! 『流星雨スパイラル頭突き』!」

『ぽよよぉ〜っ!』

天高く跳躍したポヨリンが無数の細かい粒子へ分裂し、文字通り驟雨のように降り注いでは『星蝕者(イクリプス)』を襲う。
崩壊しかかっていた防衛線を何とか死守すると、インベントリを開放して負傷者にポーションを与える。

「大丈夫!?」

「おう、月の子か……。皆、なんとか頑張っておる。
 しかし、流石に絶対防衛とは行かぬな……。『星蝕者(イクリプス)』の幾人かは取り零してしもうた。
 まんまと突破されたわ」

エカテリーナが肩で息をしながら返してくる。
華麗なクリノリンドレスはすっかり煤と埃にまみれ、裾も破れている。すっかり灰かぶり姫といった惨状だ。
防衛線を死守するためだいぶ虚構魔術を使ったらしく、見るからに疲労が色濃く出ているのが痛ましい。
詫びの言葉に、なゆたはかぶりを振った。

「まずは、みんな死なないこと。無理しないこと……それが大前提だから。
 センターへ侵入した『星蝕者(イクリプス)』のことは、明神さんたちに任せよう。
 わたしたちのサブリーダーなら、きっと上手くやってくれるはずだよ」

センター内にはライブ配信をしているジョンやカザハらがいるが、無防備ではない。
もしものときのために明神と、それから数名の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を配置している。
後は彼らが侵入者を迎撃してくれることを祈るしかなかった。

342崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/09/28(土) 07:44:31
「……どうして」

早くも熾烈な戦いの始まったワールド・マーケット・センターの光景を目の当たりにしながら、
ミハエルは呆然と呟いた。

「どうして、こんな無謀なことが出来るんだ……。
 僕たちは神に見捨てられた。創造主に、もう不要だと切り捨てられたというのに――」
 
大挙して攻め寄せてくる『星蝕者(イクリプス)』と、それを迎え撃つ『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』。
戦況は甚だしく『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』側に不利だ、幾ら戦術を編み出し、隊列を整えたとしても、
此方の戦力の大半は先刻戦うことを決めたの新米ばかりだ。
エンバースたちのように幾多の修羅場を掻い潜ってきたような猛者たちとは、やはり根本的に経験値が違う。
今は大切なものを護るため、義憤に駆られて――色々な目的や意思で戦ってはいるものの、
一旦戦線が崩壊してしまえばどうなるか分からない。
ひとたび怖気付いてしまえば、人は脆いものだ。……ミハエル自身のように。

「新たに神の加護を得た『星蝕者(イクリプス)』が、僕たちを葬り去ろうとしている。
 『ブレイブ&モンスターズ!』に、此方に勝ち目なんてない。
 僕たちの滅びは、もう決定付けられているんだ……」

センターを出たミハエルは、夢遊病者のようにふらふらと戦場を彷徨する。
ミハエルのすぐ脇を『星蝕者(イクリプス)』の放った銃弾が通り過ぎてゆく。雷撃の魔法が、
灼熱の火球が戦場を焼き、爆発がミハエルの間近で炸裂した。

「あうッ!」

爆風に吹き飛ばされ、ミハエルはどっと倒れ込んだ。

「ぅ……」

痛みに掠れた視界の先に、仲間を引き連れ縦横無尽に戦場を駆けるエンバースの姿が映る。
本当は、戦いたい。戦わなくてはならない。

>……なんだよ、その目は。それじゃ不満か?もしそうなら――お前が止めに来ないとな

奪われた王者の栄光を、この手に取り戻すために。
だというのに、その力が出ない。まるで気力が湧かない。
『星蝕者(イクリプス)』に抗い、『ブレイブ&モンスターズ!』を護り。
ハイバラと、もう一度戦わなければならないのに――。

「ッ、ぐ、ぅ……。く、ふ……ッぅぅ……!」

自らの弱さ、不甲斐なさ。それらが恥ずかしく、情けない。
がり……と地面に爪を立て、己を不明を嘆きながら、ミハエルは小さな嗚咽を漏らした。

「ん……? この子も『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』かしら?」

不意に、頭上で声がした。
見れば両手に銃を持った制服姿の少女と、巨大な戦斧を携えたビキニスタイルの少女が立っている。『星蝕者(イクリプス)』だ。
ミハエルは息を詰まらせた。

「ひ……」

「パートナーモンスターの姿が見えないわね、やられちゃったのかしら」

「かもなァ。ま、戦場じゃよくあることだろ」

恐らくクラス・サジタリウスとジャガンナートらしきふたりの『星蝕者(イクリプス)』が口々に言う。
どうやらセンターの防衛線を切り崩しに来ている部隊なのだろう、
それが戦場をふらふらしているミハエルを見つけたということらしい。

「どうする?」

ジャガンナートがサジタリウスへ問う。任務の遂行よりも戦うこと自体が目的であり、狂戦士(バーサーカー)、
戦争屋(ウォーモンガー)とも呼ばれるジャガンナートのこと、
パートナーを喪い孤立した『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は自分としては手に掛ける価値もない、ということらしい。
ただ、ジャガンナートはそうでもサジタリウスは違うらしい。
じゃきん! と二挺拳銃の銃口をミハエルへと突きつけた。

「『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を仕留めれば高得点。そうナイが言ってたでしょ?
 悪いわね――ポイント。ゲットさせて貰うわよ」

「うッ、う、うわぁッ……!」

サジタリウスがトリガーを引き絞ろうとする。ミハエルはきつく目を瞑り、両手を突き出して叫んだ。
『星蝕者(イクリプス)』の無情の銃弾が、無防備なミハエルを穿つ――

かと、思われたが。

343崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/09/28(土) 07:47:46
「フンッ!」

バギィンッ!!

突如として出現した巨大な影が、ミハエル目掛けて撃ち放たれた銃弾をすんでのところで防ぐ。
おずおずと目を開けてみると、そこには――漆黒の甲冑を着込んだ三メートルほどの巨躯が屹立していた。

「イ……、イブリース……」

「無事か、ミハエル・シュヴァルツァー」

ゴッ! と手に持った大剣を振って『星蝕者(イクリプス)』を牽制すると、イブリースはミハエルを一瞥もせず言い放った。
ミハエルは驚きを隠せない。

「ど、どうして……」

「邪魔するんじゃないわよ!」

うまうまとポイント稼ぎできる機会を邪魔されたサジタリウスが無数の銃弾を発射する。
イブリースは二対の黒翼を盾のように使ってそれを防ぎ、返礼とばかりに『闇の波動(ダークネスウェーブ)』を放つ。
兇魔将軍と『星蝕者(イクリプス)』とが、束の間睨み合う。

「そんな、死に体の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を助けてどうするつもりだ?
 生きていたところでなんの戦力にもならない……それなら、死体になって貰った方が邪魔にならないだろ?」

ジャガンナートが問う。
戦う力も無い癖に戦場をうろちょろされて目障りになるくらいなら、さっさと取り除いた方がいいと言っている。
そんな身勝手極まりない主張に対して、イブリースはかぶりを振った。

「この男には……いいや、すべての『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』には、生きて貰わねばならん。
 なぜならば、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』はオレたちの希望だからだ」

「希望……?」

「そうだ」

迷いなくイブリースは断言する。

「ふ、か弱い希望だこと。それなら……アナタ諸共! その希望、粉々に打ち砕いてあげるわ!」

サジタリウスとジャガンナートが一気にイブリースへ殺到する。
ジャガンナートの戦斧とイブリースの『業魔の剣(デモンブランド)』が激突し、鍔迫り合いの体勢に移行する。
三メートルの巨躯を誇り筋骨隆々のイブリースと力比べしてもまったく見劣りしないジャガンナートの膂力に、
アスファルトが広範囲に罅割れ陥没してゆく。
両者の力はほぼ互角、しかし――

「私もいること、忘れないでよね!」

サジタリウスがイブリースの鎧の継ぎ目、関節や剥き出しの顔面目掛けて発砲する。
イブリースはすぐに飛び退いた。それからすぐに反撃を試みるも、ヒット&アウェイを信条とするサジタリウスを中々捉えられない。
そして、サジタリウスへ意識を向けると、すぐさま死角からジャガンナートが肉薄してくる。
近距離戦を得意とするジャガンナートと中距離を行ったり来たりしているサジタリウスの連携に、
イブリースは有効な攻め手を欠き、後手に回らざるを得ない。

「く……」

一対二の多勢に無勢という状況に、イブリースは徐々に会い詰められていった。
高い防御力とライフによって致命傷は免れているものの、『星蝕者(イクリプス)』の波状攻撃を喰らい、
みるみるうちに全身傷ついてゆく。

「がは……!」

「あーあ、威勢のいい啖呵を切った割には呆気ない……。
 期待外れね、ホント」

「見たところ、コイツはマスターのいないはぐれモンスターみたいだしな。
 マスターとモンスターとでパートナーシップを築く、それこそが『ブレイブ&モンスターズ!』の真骨頂。
 腰抜け『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』とはぐれモンスターじゃ、アタシたちの敵じゃねぇさ」

血まみれで地面に片膝をついたイブリースを眺め、『星蝕者(イクリプス)』がつまらなさそうに息をつく。
そう、ブレモンはマスターとモンスターが二人三脚で戦うもの。
覚醒し別格の強さを手に入れた『星蝕者(イクリプス)』ふたりを相手にたったひとりで善戦する辺り、
イブリースの強さはニヴルヘイム最高戦力の面目躍如といったところだが、限界が近い。

「イブリース! 逃げろ、このままじゃ――」

このままでは嬲り殺しだ。満身創痍のイブリースの背後で、ミハエルは叫んだ。

「君が僕を護る必要なんてない!
 僕は……君を裏切ったんだぞ!? 自分の楽しみのために、ローウェルにニヴルヘイムを売ったんだ!
 憎まれこそすれ、助けられる価値なんてないんだよ!
 そんな人間を、なぜ……!」

「……悔いて……いるのだろう……?」

イブリースが肩で荒く呼吸を繰り返す。

344崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/09/28(土) 07:52:01
「え……」

「其れが……正しいことだったと、今でも思っているのか? 満足のゆく、己の魂に羞じぬ行いだったと? 
 そうではあるまい、オレの知るミハエル・シュヴァルツァーは……そこまで堕落してはいない……。
 たとえ過ちを犯そうとも……自省のできる人間だと……思っている……」

ぐ、ぐ、とイブリースは力を振り絞り、魔剣を杖代わりに立ち上がろうとする。

「ぼ……、僕は……」

「そうでは……ないのか?……オレの眼は濁っていたか? オレは……また過ちを犯したのか……?」

「……違う! そんな……そんなことない!」

ミハエルは激しくかぶりを振った。不器用だが誇り高く、強悍な兇魔将軍。
『ブレイブ&モンスタース!』を愛する人間のひとりとして、作中の重要キャラクターであるイブリースを、
人を見る目のない愚か者などと――そんな風に評価したくはない。

「……ならば、いい」

イブリースは微かに笑みを浮かべた。そして業魔の剣を両手で持ち、正眼に構える。
その全身から濃紫の瘴気が、そして今までの戦いで死んでいった同胞たちの怨念が溢れ出る。
ただならぬ気配に、『星蝕者(イクリプス)』もまた警戒を強め、それぞれ得物を握りしめた。

「こいつ……」

「オレの願いは『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』に託した!
 例えオレがここで死のうとも、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が生きている限り!
 いつかきっと望みは叶う……願いは! 遂げられる!!」

「託した、ですって? 弱者の理論ね。
 望みも、願いも、自らの手で叶えてこそ。
 自分で成し遂げる力もない敗北者は――消えなさい!」

ゴウッ!!

イブリースにとどめを刺そうと、サジタリウスとジャガンナートが突撃する。

「ミハエル・シュヴァルツァー……今一度言う。オレの代わりにオレの、オレの大切な仲間たちを頼む」

デモンブランドの刀身に瘴気が纏わりつき、魔力が渦巻く。
『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』でせめて片方だけでも道連れにしようというのだろう。

「来い――!!」

イブリースが最後の力を振り絞った、そのとき。

「イブリ――――――――――ス!!!」

ミハエルが声を限りに叫んだ。

「僕と契約しろ! 僕を……君のマスターに!!
 僕はまだ君に謝ってない! 君の眼は濁ってなかったって証明してない!
 君と……したいことが、沢山あるんだ―――!!」

「……!!」

一瞬、イブリースが目を見開く。

「もう遅い! 死ねェェェェェェッ!!」

『星蝕者(イクリプス)』二名の同時攻撃がイブリースを襲う。
しかし、ジャガンナートの戦斧に頭蓋をザクロのように圧し割られ、サジタリウスの銃弾によって全身を穿たれる寸前、
イブリースの肉体はその場から忽然と消え失せていた。

「なに……!?」

空を切った戦斧に、ジャガンナートが瞠目する。が、何が起こったのかはもはや明白であろう。
ミハエルの突き出したスマートフォン、その液晶画面に『イブリース 捕獲成功』の文字が標示されている。

「約束を……、約束を果たすんだ……。
 ハイバラとした約束も! イブリースとした約束も!
 それをしないまま、死ねるもんか……!!」

『星蝕者(イクリプス)』は怖ろしい。この戦いは遊びではない、負ければ待っているのは現実の死だ。
創造主ローウェルに見放された自分たちが『星蝕者(イクリプス)』に勝てる可能性は極めて低いということも知っている。
抗うなど愚かなことだと、無意味なことだと、今でも思う。けれど――
其れをしないのは、男ではない。

「――サモン、イブリース!
 いくぞ……今度は僕たちの番だ!」
 
確固たる決意と共に、ミハエルは召喚のボタンをタップした。

345崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/09/28(土) 07:57:04
>ガザーヴァ、カザハ君についててやってくれ。
 迎撃はこっちでどうにかする

「わかった。こっちは任せろ。
 ……また後で」

明神に役割を振られると、ガザーヴァは一度頷いた。
本当は明神のパートナーとして傍にいたかったが、カザハに付き合うと最初に言いだしたのは自分だ。
今は、その役目を完遂することに注力するしかない。

>みんな! こっちもいくよ! ミュージックスタート!

カザハもまた直前までリハーサルを繰り返していた義勇軍と共に演奏を始めた。
ガザーヴァもまた、カザハのすぐ近くでベースをかき鳴らし、歌い始める。
今までずっと喉の回復を図ってきたから、調子は悪くない。対リューグークランのときと違ってペース配分も分かった。
きっと今度は前回よりも長い時間歌えるはずだ――余計な邪魔さえ入らなければ。
ホールの上方にはみのりが設置した巨大な立体モニターが表示され、外の状況が逐一確認できる。
エンバースが、なゆたが、そして義勇軍やモンスター達が、
雲霞の如く迫り来る『星蝕者(イクリプス)』を迎撃している。

>……よし!配信開始してくれ

《はいな、回線ジャック開始や! 全世界に繋ぎますえ!》

みのりがコンソールを操作すると、ネットワークでつながっている液晶画面すべてにジョンの顔が大写しになる。
その規模はラスベガスとその周辺だけではない、全世界規模だ。
世界中あらゆる場所、地域にあるモニター、スマートフォンに至るまで、すべての画面という画面をジョンの顔が埋め尽くす。

>初めましての人は初めまして。知っている人はお久しぶりです。自衛隊広報官ジョン・アデルです

世界中の人々が、突然始まった放送に怪訝な表情を浮かべながらもそれを見る。
ジョンの喋っているのは日本語だが、むろん地域によってその言葉も翻訳がされている。
広報官、とは言っているものの、この放送はもちろん自衛隊としてやっているものではない。完全な電波ジャックだ。

>皆様の時間を取りすぎてはよくないので…本題に入りましょう。
 僕がなぜこのような配信を始めたのか…不思議に思っていると思います
 今全世界配信した理由は………とある宣言する為です。

センターの外で早くも熾烈な戦いが繰り広げられる中、ジョンはぽつぽつと語り始めた。
かつて、とある被災地で自分が選択した、ある行いのことを。

>僕は誰よりも人を助けるのが早く…だけどその反面だれよりも早く人を見捨てました

『トリアージ』という言葉がある。被災時により多くの人命を救助するため、救助する順番を決めるというものだ。
ジョンの取った行動はそのトリアージに当たる。
一刻を争う人命救助の場に於いて、その行動と選択は何ら責められるに値しない。
どころか、上官よりも冷静に状況を見極めその判断を下したジョンは称賛されて然るべきであろう。
が、人間の感情とは理屈で何もかも制御できるものではない。
特に、現場でジョンに『手遅れ』と判断された者やその家族たちにとっては、到底納得できるものではないだろう。
実際ジョンをはじめとする自衛隊に見捨てられたと、遺族による国を相手取っての訴訟も起こっており、
その決着は今なおついていない。
国がトリアージを隠蔽したのも、ことが大きくなるのを危惧してのことであろう。
しかし、ジョンが突然自分の罪を暴露したことと、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の計画に、いったいどんな関連があるのか?
自分の持つスマホをジャックされ、ジョンにカミングアウトされた人々が益々戸惑いの色を濃くする。
けれど――それはジョンの狙いのほんの掴みの部分に過ぎなかった。

>僕は今日…英雄になります。今度こそ…結果的になった英雄ではなく…全部を救える英雄に

ジョンの顔を映していた放送が切り替わり、
ラスベガスの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』と『星蝕者(イクリプス)』の戦闘が映し出される。

>僕は…僕達は行動で示します。英雄に…ヒーローになる事を!

ジョンの放送が終わった後、世界は瞬く間に今の配信のことで持ちきりになった。
それは何処から発信されていたのか? それを流した者は誰だ? その意図は?
画面の中で繰り広げられている戦闘は何が、何と戦っているものなのか? 自分たちに何をさせようというのか?
電波ジャックから解放された人々はネットで、テレビで、侃々諤々と議論を始めた。
動画サイトに考察がアップされ、緊急番組が編成され、臨時ニュースが流れる。
しかし、その内容はみな一様に否定的であった。愉快犯だ、という結論が多くを占め、
実行犯ジョン・アデルを逮捕しろという意見も出た。ある日突然日本で行方不明となった自衛隊の広告塔が、
急に姿を現した上こんな迷惑な放送をしてきたのだから無理もない。
ただ、世界の大半が否定的であっても、それはそれで何も問題はなかった。
人々の顔を、目を、意識を此方へ向けさせること。
それこそがジョンの狙いであったのだから。

『世界の注目』は集めた。後は、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が文字通り人々に勇気を与えるだけだ。
ネットの発達した世界である。SNSや動画サイトで戦闘区域であるラスベガスが特定され、
その状況が今度は正真正銘地球の人々によって全世界に放送されるのもすぐだろう。
今現在、世界が未曽有の危機に晒されているという真実も、ほどなくして人々の知るところとなるはずだ。
なゆたたちの役目は、それまで何としても耐え忍ぶこと。逆転の目が出るまで生き延びること。
そんな中――

346崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/09/28(土) 08:06:57
>おお!当たりだ当たり!やはり本丸で何やらしておったか!ガハハ!

突然の爆発音と、木っ端微塵に吹き飛ぶセンターの壁と天井の一部。
其処からやたらと豪快な笑い声と共に姿を現したのは、身の丈を遥かに超える長大さを誇る朱色の大槍を装備した少女だった。
猛々しく撥ねた赤髪を揺らし、額に六文銭のデザインをあしらった鉢金を巻き、陣羽織の意匠を組み込んだ改造制服に身を包んだ姿は、
どこか日本の戦国武将のようにも見える。
戦国時代モチーフの美少女化ギャルゲー風とも言う。

>……バレねえように、街中にスピーカー置いて大音量で同時に音楽流してたんだけどな。
 なんでわかっちゃったの

>至極単純よ。我ら数だけはおるのでな、怪しい箇所は全て潰すよう全域に部隊を差配したまで。
 最も守りの硬いこの塔には吾輩が参じた。故に『当たりを引いた』と、そういうわけだ、ふははははは!

クラス・シューティングスターらしき『星蝕者(イクリプス)』は身軽にホールへやってくると、
陣地防衛のため配置についていた義勇軍とさっそく戦闘を開始する。
明神の指揮があれば、義勇軍にも明神の定義するレベル1程度の『星蝕者(イクリプス)』を迎撃することは可能だろう。
しかし――

>槍術を使ってやがるだと……!?

明神が瞠目する。
今までのシューティングスターは、ただ高速で移動し派手な突進を繰り返すばかりの、キャラ性能に依存し手合いばかりだった。
しかし、今度は違う。己の役割を理解し、ロールをこなし、“なりきって”いる。
ただゲームをしているだけの今までとは明確に違う。いわば覚醒した『星蝕者(イクリプス)』――レベル3。
エンバースの提示した、精鋭中の精鋭が目の前にいた。

>さて、露払いはこれで終いであるな?その耳障りな音を止めてくれよう

瞬く間に三人の義勇兵を平らげると、シューティングスターはカザハたちのステージを見遣った。

「……!」

ガザーヴァがベースを持ったまま身構える。
と、不意にシューティングスターの横に見慣れぬ少女が降ってきた。
新手だ。スチームパンク風のゴーグルに、いかにもエンジニアといった茶色が多いロングスカートスタイルの制服と、
武骨な手袋にブーツ。多数の歯車が噛み合ったデザインの杖を手にしているところから、クラスはゾディアックと推察できる。
シューティングスターとゾディアックは暫し会話を交わすと、己の任務遂行のため侵攻を開始した。

>ガハハハハ!快い戦いには戦士同士の名乗りが不可欠であろうよ!
 イクリプス・クラス『貫く流星(シューティングスター)』――バルディッシュ。
 貴様らを鏖殺し、青きこの星を我が財貨とせん

>イクリプス・クラス『黄道の魔術師(ゾディアック)』――アヤコ=財前寺。
 我が財前寺家再興の悲願のため、資源豊かなこの土地をいただきに参りましたわ

レベル3『星蝕者(イクリプス)』の二名がそれぞれ名乗りを上げる。
それは明確な『個』の表現であると同時、『今までの連中と一緒にするな』という宣言でもあった。
放送を終えたジョンが早速アヤコへと突っかける。
が、驚くべきことにアヤコは瞬く間にジョンを無力化してしまうと、まるで問題ないとばかりに今度は明神へ襲い掛かった。
歴戦の強者であるジョンを、奇策でとはいえまるで苦も無く排除してしまったアヤコの手腕は、
確かに今までの『星蝕者(イクリプス)』とは一線を画すものであった。

>バルディッシュ様!こちら終わりました!今援護いたしますわ!

「おう、見事な手際よなアヤコ! いや、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が不甲斐なさすぎるのか?
 とまれ、負けてはおれぬ。なれば吾輩も……一槍馳走仕る!!」

バルディッシュの朱槍とマゴットの錫杖が激突し、火花を散らす。
目にも止まらぬ無数の突きを繰り出すバルディッシュに対し、マゴットもまた巧みに錫杖を扱い、容易に隙を作らない。
一進一退の攻防が目まぐるしく展開され、甲高い戟の音がホールに木霊する。

「鋭い槍筋、善い練度よ。余程の修羅場を潜ってきたと見ゆる!
 それでこそ吾輩も武を披瀝する甲斐があると言うもの――! ならば、ならばよ!
 一段上げて往くぞ!!」

必殺の突きが迫る。マゴットはその軌跡を冷静に見極め、錫杖を立てて防御姿勢を取ろうとした。
しかし。
バルディッシュの繰り出す穂先が不気味に揺らめく。まるで蜃気楼のようにぶれ、実体を失ってゆく――
気付けばマゴットの胸板は鋭利な朱槍の一閃によって大きく薙ぎ払われ、粘液とも血液とも知れないものをぶちまけていた。
神懸かり的な槍捌きにより槍を鞭の如く撓らせ、常人の思い描く軌道の外から一打を見舞う絶技。

「――奥義・野馬崩し。
 言っておくが槍の機構ではないぞ、吾輩の修行と鍛錬の賜物よ。
 錬磨研鑽を怠らねば、我らにもこの程度の芸当は出来る。
 ……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』、他ならぬお主らが教えてくれたことだ。
 『星蝕者(イクリプス)』は単調な行動しか取れぬ、性能任せの猪武者……その汚名は雪げたであろうかな」

野馬とは陽炎の意。
ク、とバルディッシュは可憐な美貌の口許に似つかわしくない野卑な笑みを浮かべた。

347崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/09/28(土) 08:11:22
「明神!」

レベル3『星蝕者(イクリプス)』と戦闘を開始した明神を見て、ガザーヴァがその名を呼ぶ。
一応まだ防衛のための義勇軍はいるが、レベル3の前ではものの数にもなるまい。実質一対二の戦いだ。
すぐにステージを降り、明神に加勢したい。しかし、それではカザハの方が疎かになってしまう。
マゴットの咆哮が聞こえる。ここは、マゴットやヤマシタらに頑張って貰う他ない。
と、不意にステージにほど近い壁の一部が斜めに切断され、ズズゥン……と音を立てて崩れた。
そんな芸当が出来るのは、この場に於いては限られた者しかいない。すなわち新手だ。
其方に顔を向けると、濛々と立ち込める土煙の中から二十人ばかりの人影が現れ、一定の間隔を置いて対面に跪く。
まるで『誰かが通るための花道を作るかのように』。
そして――

「ふむ……。やけに時間が掛かると思ったが」

その花道を悠然と歩み、ひとりの少女が姿を現した。
腰まである、緩やかに波打つ栗毛の髪。その頭上には輝くティアラを戴き、
上背のあるしなやかな身体に、豪奢な金の縁取りと多数の勲章で彩られた純白の礼服めいた制服を纏っている。
明らかに他の凡百の『星蝕者(イクリプス)』とは違う、レベル3だ。少女は懐から懐中時計を取り出すと、盤面を眺めた。

「バルディッシュ、アヤコ、3分25秒の遅滞である。戯れは程々にせよ。
 この程度の手合い、汝らの力を以てすれば須臾の刻すら要らぬだろうに。
 余らの目的は圧倒的な征服、徹底的な制圧。
 一片の瑕疵なき完全完璧なる作戦の遂行こそが『銀星騎士団(コズモリッター)』には相応しい」

「ガハハ! いや、済まぬ済まぬ!
 折角の機会、ついつい槍先が躍ってのう!」

「申し訳ございません。すぐに片付けますので、もう少々お待ちくださいませ」
 
「ああ」

バルディッシュとアヤコを窘めると、新たなレベル3はパチン、と懐中時計の蓋を閉めた。
そして、端正な面貌に笑みを浮かべる。

「とはいえ――
 遊びたくなる気持ちは痛いほど分かるが、な……!」

にぃ……と、兇暴な笑みをステージへと向ける。
ガザーヴァはベースを放り投げると、虚空から暗月の槍ムーンブルクを召喚した。

「……バカザハ。コイツはボクが抑える、絶対に歌をやめるなよ。
 せっかく、ここまで漕ぎ着けたんだ。今更何もかもムダにして堪るもんか」

顔と視線を『星蝕者(イクリプス)』へ向けたまま、小さな――しかしはっきりとした声で言う。

「力を寄越せ。アイツに勝つ力を、みんなで生き延びられる力を……オマエの歌、ずっと聴いてるから。
 ……できるよな。『おねえちゃん』――」

ガザーヴァはひらりとステージから飛び降りると、演舞でもするように華麗な槍捌きでぐるりとムーンブルクを取り回し、
『星蝕者(イクリプス)』と対峙した。

「遊びたいんだろ? 相手してやるよ。
 『ブレイブ&モンスターズ』ニヴルヘイム最高戦力『三魔将』が一翼、幻魔将軍ガザーヴァ。
 くそったれの宇宙人、オマエをブチのめす正義の味方の名前だ。覚えとけ」

明神が名乗ったように、ガザーヴァもまた名乗りを上げる。
そんな様子に、『星蝕者(イクリプス)』は愉快げに口許を綻ばせた。

「ほう。余の知る幻魔将軍は黒鎧の騎士であったが……その槍を見るに虚言ではないらしい。
 あの鎧の内に斯様な肉身が隠れていようとは、慮外なこともあったもの。したが――些末なことであろう。
 汝が此処で滅びるという結末は、何ら変わらぬ」

「吹いとけ、バーカ。だいたいさっきからエラソーに、ナニサマだよオマエ?」

「はは! 偉そうか、さもあろう!
 ならば謹聴せよ、余の名はオーロール……曙光のオーロール。
 栄光ある『アカデミー』生徒会長、皆からは――」

朗々と語る『星蝕者(イクリプス)』、オーロールの右手に光の粒子が集まってゆき、華麗な装飾の施された長剣へと変わる。
其れを横に振ると同時、ゴウッ! とオーロールの全身を黄金色の闘気が包み込んだ。

「……『皇帝』と呼ばれている――!!」

まさしく王者と呼ぶに相応しい、圧倒的な気配。
ガザーヴァの頬を、冷たい汗が伝った。

348崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/09/28(土) 08:15:33
「皇帝だぁ……?」

ガザーヴァの眉間に皺が寄る。

「皇帝だの王様だの! そういう称号を名乗っていいのは……ボクのパパ! 魔王バロールだけなんだよッ!」

暗月の槍ムーンブルクの柄をしごき、ガザーヴァは一気にオーロールへと肉薄する。

「ふ……、追放されし十二階梯の継承者『創世の』バロールか。存命であったなら、是非にも相対したかったものだが。
 故人に対して其れは些か難しいか」

「パパは死んでない!」

「健気だな。あの邪心邪悪の幻魔将軍が、どういった心境の変化だ?
 まあいい……汝がなんと言おうと、余は皇帝。その節理は変わらぬ。
 どうしてもと申すなら――力ずくで否定してみせよ!」

「言われるまでも! ね―――ッ!!」

ガザーヴァが目にも止まらぬ無数の刺突を繰り出す。
が、オーロールには当たらない。オーロールはガザーヴァの神速の突きを完全に把握し、
最小限の体捌きと紙一重の見切りで回避していた。
一向に当たらない攻撃に、ガザーヴァが歯を食い縛る。

「くッ、こいつ……巧い……!」

「幻魔将軍よ。先刻、殺(シャァ)を退けた手腕……あれは見事の一言であった」

オーロールが長剣を振りかぶる。ガザーヴァは水平に槍を持って斬撃を受け止め、すぐさま反撃を行う。
蒼白い斬光を描いての薙ぎ払い――しかし、当たらない。

「殺(シャァ)?」
 
「メンテナンス前、汝が斃したシューティングスターよ。あれは余の同期でな、アカデミーで共に教練に励んだともがらであった」

「あぁ……アイツ」

メンテナンス前の戦闘に於いて、ガザーヴァが『星蝕者(イクリプス)』の弱点である攻め手の少なさを看破した上で、
きりきり舞いさせ撃破した、お団子頭の中華風シューティングスター。その少女のことを言っている。

「汝の申した通り。あの時点での『星蝕者(イクリプス)』は誰もが優れた身体能力や装備に依存し、
 自分自身を高めることをまるで考えていなかった。……余も含めてな。
 だが……汝らが気付かせてくれた。如何なる強力な武具も、魔道術式も――自己探究なくして十全に扱うことは出来ぬ、と!」

全身から黄金色の闘気を発し、オーロールが槍の間合いを掻い潜ってガザーヴァの懐に潜り込む。
鋭い斬閃が急所を狙う。文字通り薄皮一枚で身を仰け反らし躱したガザーヴァの銀髪が数条、はらりと舞う。
たたッ、とガザーヴァは身軽なステップを踏んで後退した。
確かに以前戦った『星蝕者(イクリプス)』とはものが違う。
完全に没入している形のロールプレイもまた、その強さに拍車をかけている。
良くも悪くも、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の言葉は『星蝕者(イクリプス)』に多大な影響を与え、
彼女たちを目覚めさせてしまった――ということらしい。

「よって、礼を言う。
 そして此処に誓おう。我ら『星蝕者(イクリプス)』は、持てる力の総てを結集し。
 完全完璧に汝ら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を粉砕する、と!
 それが汝らへの、我ら最大限の敬意である!」

朗々たる『皇帝』の宣言。
それは明確なアルフヘイム、ニヴルヘイム、ミズガルズ三界の絶滅予告であった。

「はッ! 確かにデカイ口だけは皇帝レベルだな!
 でも、その程度の剣術でボクを倒そうなんて千年早ぇぇーんだよッ!
 剣が武器な辺り、クラスってヤツで言うとフォトンブレーズ? ってのなんだろうケド」

「ふ」

オーロールが笑う。

「確かに余は剣を得手としておる。余人の誰にも引けは取らぬという自負もある、が――」

噎せ返るほどの殺気を感じる。しかし、それはガザーヴァの前方にいるオーロールから発せられるものではない。

「余が、いつ自らをフォトンブレーズと名乗った?」

「なにッ!? ぐ、ぁ……!!」

背後から膨れ上がる殺気。咄嗟に背後を振り返るも、ガザーヴァは次の瞬間、背から左鎖骨の辺りを刺し貫かれていた。
突如出現した黄金の馬鎧を装備した純白の巨馬が、その額の角でガザーヴァを穿ったのだ。

「今一度名乗って呉れよう。
 イクリプス・クラス『箱舟の漕手(ネビュラノーツ)』――オーロール。
 伏しておろがめ、見上げて拝せ! 曙光の皇帝たる余の覇道を!!」


【ミハエル、イブリースと契約。
 センター内はバルディッシュ(槍)、アヤコ(魔)、オーロール(騎)が侵攻。
 ガザーヴァ、カザハとステージを防衛。
 配信による外部からの応援は未だ無し】

349embers ◆5WH73DXszU:2024/10/05(土) 07:10:56
【レベル・ファイブ(Ⅰ)】


「――ねえ知ってる?ここ、学園惑星『セラエノ』には七不思議があるんだ」

>『知らない。どうでもいい』
『やった!やっと人から話しかけられた!お友達になって下さい!』

「まあそう言わずに。きっと知っておいた方が、この先の学園生活が楽しくなるよ。
 例えば『初等訓練用の洞窟には未発見の第13層があって、時折迷い込んだ生徒の啜り泣く声が聞こえてくる』
 とか……どう?わくわくするでしょ?」

>『別に。私はイクリプになる為にここに来た。寄り道に興味はない』
『確かに!隠しアイテムとかありそうだよね!』

「あらそう?けどイクリプスは宇宙を股にかける探検家でもあるんだよ?
 星喰いは獲物を選ばないもの。どんな環境の星でも活動出来なくてはイクリプスにはなれない。
 たかが洞窟一つ踏破出来ない子がどうしてイクリプスになれるのかな」

『……そこまで言うなら、覚えておくよ』

「そうそう。それがいいよ。それでね?七不思議はなんと……あと六つもあるんだ!
 『学園長は星に愛されすぎて死の運命を取り除かれてしまって、だからこの安全な学園からも出られない』とか。
 『この星のどこかに巨大なクレーターがあって、その中心で愛を誓い合うと二人はずっと幸せでいられる』とか」

『さっきは挑発に乗ったけど、別にオカルト話に興味はないよ』

「――『母星に深く愛された候補生の元には、いつの間にかその運命を示すタロットカードが届く』とか」

『……それなら聞いた事がある。きっとメッセージカードも一緒に添付されてたんだろうね。署名付きで』

「あはは、君って結構イジワルなんだね。確かに所詮これは噂話。
 母星サマが夢枕に立ってがんばれ〜って応援してくれる事なんてない――でもね。
 それでも一つだけ。この噂話の中には紛れもない事実があるんだよ」

『はいはい。ここまで来たら最後まで聞いてあげるよ。教えて』



瀟洒な黒猫のような雰囲気を纏った少女は【キャラクターネーム】に顔を寄せて、囁く。



「――タロットカードを受け取る生徒は、本当にいるんだよ。あなたは、どうなるかな?」

350embers ◆5WH73DXszU:2024/10/05(土) 07:11:06
【レベル・ファイブ(Ⅱ)】


「――――驚いたな。油断していたつもりはなかったんだが」

256体のフラウが戦列を組んで前進する/その後方にダインスレイヴを主砲として据える。
押し寄せるフラウの対処を図ればダインスレイヴに狙撃される。
だがダインスレイヴのチャージを妨害するにもフラウがその妨げになる。

ブレイブとパートナーが相互に戦術を強化し合っている。
ハイバラがまだ焼死体でない、殺されれば死ぬ人間だった頃。
ダインスレイヴの刃が溶け落ちる前の、真名を呼ばれずとも高い出力を誇っていた頃は、
むしろこの形がハイバラ/フラウの必勝の型だった。

後はダインスレイヴの魔力を十分にチャージして薙ぎ払うだけ。
そう算段を立てた矢先の事だった。

エンバースに、稲妻の如き――目が眩むほどの閃光が迫った。
咄嗟にダインスレイヴに集めた全魔力をもって迎撃した。迎撃させられた。
そうしなくては深手は免れない。そう直感するほどの攻撃だった。

どうにか弾いた閃光は空を切り、遠く離れたビルに直撃。
そして――ビルに風穴を空けて数秒の後に倒壊させた。
ビルに風穴が空いているのが、思わず振り返ったエンバースにも見て取れた。
つまり――「風穴の空いたビルが数秒間、形を保っていられる」ほど凝縮されたエネルギー波だったという事。

「今のは正直……肝が冷えたぞ。肝、再生してるか知らないけど。どっち側にあるんだっけ?」

雷光は遥か遠くから放たれていた。
敵陣の最奥。巨大な避雷針めいた――銃というより大砲を構えた灰髪の少女が一人。

『――次は外さない』

「……ほざけ。外したんじゃない。防がれたんだろうが」

彼我の距離は極めて遠い。会話が出来るのは――恐らくこの世界がゲームだから。

『いいえ。ほざいているのはあなたの方。
 あなたはこれ見よがしにチャージしたブレードで私の砲撃を弾いた。
 そのブレードの出力は見るからに落ちている……それで?次はどうするの?』

少女が大筒の狙いを定め直す=再装填やエネルギー充填の必要はない。
にもかかわらず、あれほどの威力。
そして灰髪の少女の背後に――ゲームのエフェクトめいたタロットカードの幻影が生じる。
何かは分からない。だが何かのスキルを起動された――それだけは分かる。

『……『塔』が示す運命は破滅、災厄、終焉――終わらせてあげる』

「一つ、忠告しといてやる。そういうカッコいいセリフは――」

再び迸る閃光――エンバースは避けられない。避ければ後衛を巻き込む可能性がある。
ダインスレイヴを強く握る/歯を食いしばる/下段に構え――渾身の力で斬り上げた。
果たして破滅の閃光は――ほんの僅かにだが軌道が上へ逸れて、雲に届く前に霧散した。

「――勝負を決めてからにするんだな。でないと……しくじった時かなりダサい」

ブレードの出力は不十分だった。
だが咄嗟に防御するのと来ると分かっている攻撃を防ぐのでは訳が違う。
一巡目では魔物を相手に生身で斬り結んできた。力を技で制する事には慣れている。

351embers ◆5WH73DXszU:2024/10/05(土) 07:11:23
【レベル・ファイブ(Ⅲ)】

「にしても……塔?運命?タロットカードか?なんだかまた新しいシステムが出てきたな」

実際のところ――SSSの中では『タロットカード』はそう大それたシステムではない。
ごく一部のプレイヤーしか恩恵を得られないシステムなど不評の元でしかない。
もっともブレモンの運営ならやりかねないが――それにしたって限度がある。

ゲームシステム上でのタロットカードは単にスコア/タイムアタック型コンテンツの成績や、
キャラクターのクラス/強化方針などを元に得られるステータス補正付きの称号に過ぎない。
『皇帝』を始めとした、各コンテンツの最高スコア保持者だけが設定出来る称号もあるが――所詮は称号。
理不尽過ぎない程度のステータス補正を除けば、後は名前の上にカッコいい単語を表示出来る、その程度のシステム。

だがその程度のシステムを――ロールプレイが強烈なバフへと昇華させているのだ。

『……顔が熱い。決めゼリフ付きの攻撃をスカされたのは……確かに、かなり恥ずい』

灰髪の少女は砲から右手を離して頬に当てる/然る後に構え直す。
そして気付いた――エンバースの構えるブレードの出力が上がっている。
先ほどよりも明らかにチャージが加速している。

『……ああ、そうだった。ダインスレイヴ……周囲のエネルギーをブレードに変換する、あなたの専用装備』

「へえ、ちゃんとwikiを読み込んできたのか?」

『違う。私の教官はちゃんとブレモンもそこそこやってた……あ、課金は月パスだけだったらしい』

エンバースはダインスレイヴを構えたまま/灰髪の少女もエンバースに狙いを定めたまま。
斬撃を放てば稲妻を撃たれる隙が生じる/稲妻を放てば防がれた上にダインスレイヴのエネルギー源にされる。
膠着状態――だが、それは状況が五分であるという意味ではない。

状況は――エンバースにとって不利だった。

『よく分かった。私ではあなたに破滅を届ける事は出来ない』

数百から成るイクリプスの戦陣。その中から次々と――何十もの、タロットカードのエフェクトが生じる。

『でも――私達なら出来る』

タロットカード持ちは一人でエンバースと膠着状態を作り出せる。
それがイクリプスの中には何十人といる。
元々のテスターが50万人だった事を考えれば、ここにいるイクリプスは全体のごく一部に過ぎない。
さしものエンバースも――思わず引きつった笑いが零れた。

「カッコいいじゃないか。だが――別に俺も全ての手札を見せた訳じゃないぜ」

スマホをタップ/後方支援班への支援要請。
要請するカードは――『限界突破(オーバードライブ)』『万華鏡(ミラージュプリズム)』。

『限界突破』は毎度おなじみの高倍率バフ。
『万華鏡』は――まずは分裂したフラウに更にスペルを適用。
255スタックの分裂上限を、別口の増殖バフで擬似的に突破。
256体のフラウからそれぞれ3体ずつ。つまり合計で768体の劣化コピーが出現する――
筈だったが、実際に出現した劣化コピー体は255体。

どうやら『分裂』と同様のスタック上限が『万華鏡』にも設定されているようだ。
もっともこれは想定内――重要なのは見かけ上、フラウの数が更にニ倍に増えた事。
そしてイクリプスが「教官」とやらから『万華鏡』の仕様を聞いたとしても、
やはり外見では劣化コピーかどうかを見分けられない事だ。

352embers ◆5WH73DXszU:2024/10/05(土) 07:12:22
【レベル・ファイブ(Ⅳ)】

これで戦況は変わらない。変えさせない。
そもそもこのバトルはスタート位置が不公平だった。大方ナイがこすい事を考えたのだろう。
相手はWMセンターにかなり接近した状態から始まって、こちらの暫定最終目標である宇宙船団は遥か遠く。
もっともっとイクリプス達を押し返す必要がある。こんなところで拮抗してはいられない。

「――明神さん、聞こえるか。いい知らせだ。レベル4が現れたぞ。
 一部のイクリプスはタロットカードをモチーフにしたバフを――」

それはそれとして情報共有はいつだって密に行うべきだ。
VCで明神に連絡を取って――ふと、エンバースがそれを中断/空を見上げて目を細めた。
大量の何かが宇宙船団から飛来してくる。

目を凝らしてみるとそれは――コンテナだった。
丸っこくて可愛げのある造形のドローンがバタバタと小さな羽をはばたかせて、小さなコンテナを運んできている。
コンテナはイクリプス一人一人の傍に投下されて――独りでに封が開いた。
目も眩むほどの光を伴って大量の武器がコンテナから飛び出す。
それらの殆どはデータ化するようなエフェクトと共に宙に消えていく。

「や……」

だが――そうならない物もあった。
一部のイクリプスは他とは造形の複雑さ/エフェクトの派手さで一線を画した武器を手にしていた。

「やりやがったな、ローウェル!これ絶対配っただろ!10連ガチャチケット!
 しかもこの排出率……ちょっと確率高めのヤツだろ!ズルいぞ!」

思わず声を荒げるエンバース――とは言えこれはただの見せかけだ。
どんな時でも余裕ぶって見せる/精神的な動揺を悟らせない為の習慣。
もしその必要がなければ――歯を食いしばって、生身の右半身に冷や汗すら掻いていたかもしれない。

何故なら――これでイクリプスの強化段階はレベル5まで存在する事になった。
ロールプレイに適応した個体がレベル3。
タロットカード/最高レア装備のいずれかを保持しているのがレベル4。
そして両方を兼ね備えたのが――レベル5。

イクリプス達が撤退を止める/一歩前へと踏み出してくる。

「ああ、クソ――」

エンバースの顔に浮かぶのは――

「――面白くなってきやがった」

追い詰められた獣が牙を剥いたような笑み=強がりでもあり――本心でもある。

353embers ◆5WH73DXszU:2024/10/05(土) 07:12:44
【レベル・ファイブ(Ⅴ)】

「食い止めるぞ、フラウ。カザハのバフが機能する前に勝負がついちゃ――あっちのメンツが可哀想だからな!」

ダインスレイヴを中段へ/刺突の構え――そして矢の如く突貫。
まずは乱戦に持ち込む事。なゆたのいる本陣/援護を任せた選抜ブレイブ達は狙わせない。
彼らが攻撃に専念出来なくなれば総崩れになる――つまりタンクが必要になる。
敵陣深くへ踏み込む事で狙われ続ける/守られ続ける――それがエンバースの選んだ戦術。

「なあ、プレイヤー!聞こえてるよな!ブレモン運営は……多分そっちでも最低最悪のクソ運営だ!そうだろ!?
 だからこそ一つ断言してやる!このベータテスト――この期間内でしか拾えないアイテムが絶対あるぜ!」

敵陣深くへ切り込んだエンバースがダインスレイヴを高らかに掲げる。

「例えば――俺のこの、ダインスレイヴとかな!
 ちゃんと人数分ドロップするなんてナイーブな考えは捨てろ!
 ブレモン運営の事だ……最低でもダメージを入れてなきゃドロップ権なんて得られないぞ!」

ロールプレイによってイクリプスは烏合の衆ではなくなった。
だが彼らに干渉する教官=プレイヤーにはまだ分断の余地がある。

ライブハウスへの攻撃はレイドクリアには必須のギミックかもしれない。
誰だってより良い報酬が欲しい。
だが――そのせいで他の皆が得られた報酬を取り逃がすなんて、ゲーマーには耐えられる筈がない。

「……そう、そうだ。こっちを見ろ――かかってきやがれ」

エンバースの笑みが深まる。全ては合理性に基づいた戦術。
だが――それは別に、エンバースがこの状況を楽しまないという意味ではない。

354カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/10/11(金) 23:56:21
【カザハ】
ブレモンテーマ曲をBGMに、ジョン君が開幕の演説をする。
最大限に注目を集めて且つ、応援させようという意図を読まれてはならないという無理難題に対してジョン君が出した答え――
それはまさかの炎上商法だった。
世の中には三度の飯より有名人のスキャンダルが大好物な輩やら、
日がな一日パソコンに貼りついてネットを炎上させるのを生業としている暇人もいて
そのような人々が瞬く間に全世界に広めてくれる上に、まさか誰も応援させるのが目的なんて思われない。
実に理に適った作戦だ。
たとえ一時でもジョン君がそんな奴らの玩具にされるのはいい気分はしないけど……
今はこんなことを考えている場合ではない。

>「おお!当たりだ当たり!やはり本丸で何やらしておったか!ガハハ!」

……。本当にそんな場合じゃなくなった。

>「……『レベル3』。ロールプレイに適応した奴ら。
 システム上のキャラクリだけじゃなく、自分だけのイクリプスを作り上げた連中。
 ようは――『ぼくの考えたさいきょうのイクリプス』だ」

(ウソやろ……)

そりゃあ最後まで安全圏でいられるとは思ってなかったけどさぁ!
いくらなんでも見つかるの早すぎるやろ……。

最初の曲を歌い終わり、”バトル1”を歌い始める。
そのタイミングを見計らったかのように、戦闘が始まった。
通常戦闘曲はこのゲームの戦闘曲の基本にして真髄、その精神に違わず
オーソドックスなバフを3種かけてコンボを成立させ全能力値を底上げするという大変使い勝手のいいものとなっている。

ttps://dl.dropbox.com/scl/fi/iq8cxopcsky2f3p09pmw2/.mp3?rlkey=v0p99cww5kidoesgfk59a7aki&st=l4cu8nry&dl

襲撃に備えて予め配置されていた義勇軍のモンスター達が迎え撃つが、あっという間に蹴散らされてしまった。
が、決して彼らの存在が無駄だったわけではない。
全世界からの応援が集まるまでは、1分1秒でも時間を稼ぐことが重要となる。
ジョン君の配信がもうすぐ終わりそうなので、明神さんが一人で敵に対峙せずに済みそうだ。

>「さて、露払いはこれで終いであるな?その耳障りな音を止めてくれよう」

1人でも厄介なのに、そこで更なる増援が現れた。

>「バルさんやばいっす!激ヤバ!なんかクソでっかいロボットみたいなのがめっちゃ湧いてきて戦線大混乱!
 グスタとかジャガナじゃ射程全然足りなくてジリ貧なんすけど、バルさんブレモンやってたんすよね、アレなんなんすか――」
>「あー……あの機甲人達は、一体どういった代物ですの?バルディッシュ様」

(あ、やっぱ普通にプレイヤーがボイチャで声あててる感じなの!?)

355カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/10/11(金) 23:58:49
なんだろう、着ぐるみを着る現場を目撃しちゃった気分――!
イクリプスが実は自分達と同じ立場だったらどうしよう、なんて心配は無用だった!
なんのことはない、下手すりゃヒゲ生えたおっさんが画面の前でマイクに向かってノリノリで美少女の演技やってんじゃん!
バーチャル美少女受肉じゃん!
上の世界のゲームが入出力装置として画面とかマイクとか使ってるのかのか知らんけど。
それ以前に、上の世界の人にバーチャル美少女受肉という発想自体無いのかもしれない。
文明が超発展した世界だとしたら、肉体の換装自由とか、あるいはサイバー空間が生活のメインになってるとか、
本来の姿という概念自体が意味を成さなくなってるかも……。

>「あ〜…!クソ!配信なんて慣れない事したせいで疲れた!明神!戦況はどうなって…」

開幕の演説を終え、ジョン君が放送室から出てくる。

>「ガハハハハ!快い戦いには戦士同士の名乗りが不可欠であろうよ!
 イクリプス・クラス『貫く流星(シューティングスター)』――バルディッシュ。
 貴様らを鏖殺し、青きこの星を我が財貨とせん」

>「イクリプス・クラス『黄道の魔術師(ゾディアック)』――アヤコ=財前寺。
 我が財前寺家再興の悲願のため、資源豊かなこの土地をいただきに参りましたわ」

>「サモン――ベルゼブブ・オルタナティブ」
>「『ブレイブ&モンスターズ』ミズガルズのブレイブ――うんちぶりぶり大明神。
 かかってこいよ侵略者ども。ブレモン代表としてお前らを……楽しませてやる」

>「我が名はジョン・アデル!こっちは我が相棒部長!…僕達の目指す未来の為に…貴様らの命を…もらい受ける!」
>「にゃ!」

(なぜに、和風――!)

しっかし、レベル3イクリプス共、揃いも揃ってやたらキャラが濃いな!?
本当に30時間の即席で作ったキャラかよ……。いや――逆か。
即席でこの世界のゲームシステムにロールプレイをしていると判定させるだけのキャラを作り上げるには、
分かりやすく濃いキャラ付けを打ち出すのが得策だった、ということかもしれない。
テストプレイヤーが50万人もいれば、当然その中には小説化やシナリオライター等のプロの設定の作り手や劇団員やら声優やらの演技の本職もいるだろうしな……。
でもさ……こっちのみんなは人生の最初から十数年とか二十数年かけてキャラメイクしてるし、
ある意味完全フルダイブ方式だからロールプレイ補正で即席急造キャラに負けるはずはないんだよ?
もしかしたらアホみたいに長く生きてる(少なくともそういう設定の)我に限っては
ユニサスと仲良しのレクステンペストという設定を搭載した状態で、どこかの時点で開始したのかもしれないけど。

>「悪いな明神…先陣はもらうよ!いくぞ部長!雷刀X2…プレイ!」

ジョン君が炎の龍を真っ二つにする。
霧散したかと思われた龍は再び結合し、爆発してジョン君は吹き飛ばされた。

>「…我が一族の炎は…貴方のような信念無き人間に切れる存在ではありませんわ」

相手は勝ち誇っているが、ジョン君にはこれぐらいでは決定打にならないのはもう分かっている。
自分を守ってジョン君や皆が傷付くことに心が痛まないと言ったら嘘になるけど――
みんなが守ってくれている自分は、この戦いの要だから――信じて役目を果たすしかない。
が、何か様子がおかしい。単なる炎属性ダメージの攻撃技じゃなかったのか!?

356カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/10/12(土) 00:13:18
>「火が…消えない…!?」

>「我が一族の炎は!敵を…罪を燃やし尽くす聖なる炎!その辺の普通の炎と一緒にしないでくださいましね」

(炎属性のdotダメージ系状態異常……!?)

おそらく、本来のブレモンには実装されていない類の状態異常だ。
それも、部長先輩の自動回復速度を軽く凌駕する強力なもの。
実装されていないということは、当然ながら解除方法も確立されていないということになる。
丁度バトル1を歌い終わったところで、開幕早々に一人無力化された状況に、合唱団達がざわめく。

>「バルディッシュ様!こちら終わりました!今援護いたしますわ!」

もはやジョン君にとどめを刺す必要もないと判断したのであろうアヤコが、明神さんの方に火球を放つ。

「やばっ! テンペストウォール!」

風の防御魔法を展開する。
先ほどの龍のような凝った技ではなく通常の火球なのは、おそらく大技にはリキャストタイム的なものがあるか
あるいは複雑なコマンド入力が必要だとか何かあるのだろう。
今は通常の火球なのでなんとか防げているが、2対1状態のまま再びあのレベルの技を出されたら、ひとたまりもない。
ジョン君が息も絶え絶えに我の名を呼んだ気がした。

(ジョン君……)

本当はすぐ行ってあげたいけど……役目を放棄するわけにはいかない。
精神の動揺は呪歌の出力に直結する。ここで自分が動揺を見せたら駄目だ。
合唱団員達に、なんでもないように笑ってみせる。

「全然大丈夫、いつものことだから……! 予定通り、次の曲いこう!」

この言葉は決して、苦し紛れの嘘ではない。

(もう本当に! いっつもこうなんだから! 何度倒れたって叩き起こしてやるんだから!!)

次に歌う曲はブレモンのボス戦の曲でもあるバトル2。
バトル1と同じく、様々な効果を持つ呪歌のフレーズを繋ぎ合わせたものとなっており、
その中には状態異常解除のフレーズも、継続回復をかけるフレーズもある。
そして、我の扱う呪歌は、ロールプレイシステムによるものかは定かではないが
すでに通常のブレモンにおける呪歌の範疇を超えたものとなっている。
未実装の状態異常も、きっと解除できるはずだ。

357バトル2〜必勝の加護〜 ◆92JgSYOZkQ:2024/10/12(土) 00:15:26
ttps://www.dropbox.com/scl/fi/oclhwm7ahrzkzx19hqmt1/.mp3?rlkey=q3d2281jfa4temee5xqfhunpk&st=010sg61j&dl

カザハ/ガザーヴァ:VY2
カケル:MEIKO

【全員】
大地を揺るがせて 迫りくる足音
臆さず迎え撃つ その背に祝福を

燃え盛る炎の檻も 無慈悲に凍てつく冷気の棘も
君を倒せはしない ぼくが歌う限り

どんなに強大な敵も 打ち勝てぬ【仕様(さだめ)】は無い
垣間見せた弱点 狙いすまして穿て

大気を震わせて 押し寄せる瘴気
ひるまず立ち向かう その背に加護を

底知れぬ憎悪からも 巧みに隠された悪意からも
必ず君を守るよ ぼくが歌う限り

どんなに狡猾な敵も 出し抜けぬ【仕様(さだめ)】は無い
仕組まれた罠 逆手に取りて打ち破れ

【カザハ】
君達に導かれ 歩んできたこの道
この星の未来賭けた 壮大な旅

駆け抜けてきた日々は 煌くような宝石
たくさんの愛を貰い 少し強くなれた

【ガザーヴァ】
(The game is over as soon as you give up.)
(We definitely won't lose! Everything is going to be fine.)
(I hope the world will be full of happiness for you.)
(We are living in a world that is overflowing with beautiful moments)

【カザハ&カケル】
どんなに万能な神も 逆らえぬ【規則(おきて)】はない
揺らがぬ【人気(ちから)】示し 【サ終(終焉)】覆せ

長き旅路の果て 辿り着いた答え
たとえこの世界の 始まりが虚構だとしても

紡がれてきた想いは 確かな真実
恐れず信じ抜く 覚悟は出来てる

勇気は今ここに

358カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/10/12(土) 00:18:33
マゴット君とバルディッシュが激しい攻防を繰り広げている。
ガザーヴァは本当は向こうの加勢に行きたいだろうに、一緒に歌ってくれている。
しばらく互角に戦っていたマゴット君だが、敵の大技で拮抗が崩れた。

>「――奥義・野馬崩し。
 言っておくが槍の機構ではないぞ、吾輩の修行と鍛錬の賜物よ。
 錬磨研鑽を怠らねば、我らにもこの程度の芸当は出来る。
 ……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』、他ならぬお主らが教えてくれたことだ。
 『星蝕者(イクリプス)』は単調な行動しか取れぬ、性能任せの猪武者……その汚名は雪げたであろうかな」

なんか尤もらしい事言ってるけど、実際は地道にレベル上げをしたわけでもスキルポイントを稼いだわけでもなんでもない。
修行と鍛錬をしたという設定を急遽搭載しただけで突然実際に超強くなるとか、とんだバランス崩壊システムやろ……!
なゆがスライムマスターになるまでにポヨリンさんにどんだけの時間と金を実際に費やしたと思ってんだ!?
ベータテストだからとりあえず超強化されてるけど本編始まったら確実に弱体化されるからな!?
そんな中、会場の壁の一部がスパッと切断されて崩れ落ちた。
20人ほどが対面に跪いて花道を作り、その中心を悠然と歩いてくる人影があった。
何この過剰演出……! わざわざこの演出のために大勢動員してんの!?
でも、バーチャル美少女とか突貫キャラメイクとか野暮なツッコミは思っても口に出さずに
素直に相手のロールプレイに乗っておくのがこの戦いにおける正解なんだろう。
「ノリが悪い奴はペナルティでマイナス補正ね」とかローウェルならやりかねんし。
それに、相手がロールプレイの一貫として交渉に応じてくれる可能性をわざわざ潰す必要もない。
……ってそもそもずっと歌っててて喋れないからうっかり要らんこと言う心配もなかったわ、良かった!

>「ふむ……。やけに時間が掛かると思ったが」
>「バルディッシュ、アヤコ、3分25秒の遅滞である。戯れは程々にせよ。
 この程度の手合い、汝らの力を以てすれば須臾の刻すら要らぬだろうに。
 余らの目的は圧倒的な征服、徹底的な制圧。
 一片の瑕疵なき完全完璧なる作戦の遂行こそが『銀星騎士団(コズモリッター)』には相応しい」

敵3人がやたら手の込んだ掛け合いをやっている間に、エンバースさんから情報が入ってくる。

>「――明神さん、聞こえるか。いい知らせだ。レベル4が現れたぞ。
 一部のイクリプスはタロットカードをモチーフにしたバフを――」
>「やりやがったな、ローウェル!これ絶対配っただろ!10連ガチャチケット!
 しかもこの排出率……ちょっと確率高めのヤツだろ!ズルいぞ!」

酸欠かな? 眩暈がしてきた……。
レベル3ですでにお腹いっぱいなのに4とか5って……。

359カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/10/12(土) 00:20:58
【カケル】
カザハは、敵のノリノリのロールプレイについていけずに若干引きつつ、レベル4や5の存在の発覚にビビり倒していた。

>「とはいえ――
 遊びたくなる気持ちは痛いほど分かるが、な……!」

新手のイクリプスが、こちらに視線を向ける。狙われてる……!
カザハって、相手目線で見ると、攻撃部位がたくさんある系ボスのコアみたいなポジションなんですよね……。
そりゃ狙われるわ!
ここには、こちらからの攻撃は透過して相手からの攻撃だけ防ぐタイプの便利なバリアが張ってあるため
すぐに突破されることはないだろうが、明神さんとジョン君は向こうの二人の相手で手一杯だ。
――どうする? カザハは歌をやめられないから、いざとなったら私かガザーヴァのどちらかが迎撃に回らなければならない。
ここはやはり、カザハとほぼ同じ声を持つガザーヴァに歌の相方を務めてもらったほうがいいのか?
などと逡巡していると、大サビの後の間奏に入ったところで、ガザーヴァがベースを手放して槍に持ち替える。

>「……バカザハ。コイツはボクが抑える、絶対に歌をやめるなよ。
 せっかく、ここまで漕ぎ着けたんだ。今更何もかもムダにして堪るもんか」
>「力を寄越せ。アイツに勝つ力を、みんなで生き延びられる力を……オマエの歌、ずっと聴いてるから。
 ……できるよな。『おねえちゃん』――」

カザハは一瞬、万感の想いを処理しきれないような顔をして。

「可愛い妹の頼み――できないわけないじゃん!」

花の綻ぶような――と言ったら、「それは美少女専用の表現だから却下!」と怒られそうですが、
とにかくとても優しい微笑みを浮かべた。
ガザーヴァ、そこで『おねえちゃん』は反則でしょう……!
カザハが妹や弟のためなら何だってやること分かって言ってますよね!?
ガザーヴァはバリアの境界を越えてステージから飛び降り、新手のイクリプスと対峙する。
戦いの中で交わされる会話から、オーロールと名乗ったこのイクリプス(のプレイヤー)はブレモンを知っていることが伺えた。
事実上のサ終直前の大規模イベントにも参加していたのだろうか。

(あなた、ブレモン知ってるんですね。ガザーヴァを倒したの、誰だか知ってますか――?
プレイヤーは誰も倒せなかったんですよ)

しかし改めて考えて見ると、主要ボスがNPCに倒されてしまってるってどういう状況なんでしょう……?
もしかして強くし過ぎて誰も倒せなかったから因縁のあるNPCぶつけて片付けたんか!?
流石ブレモン運営、期待に違わぬ見事なポンコツ運営っぷり!
そういえばあの時のパーティー、誰がいたのかもよく覚えていないけど、中身入りの人も混ざっていたのでしょうか。

360カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/10/12(土) 00:22:29
>「余が、いつ自らをフォトンブレーズと名乗った?」

>「なにッ!? ぐ、ぁ……!!」

ガザーヴァが、突如現れた白馬の角で刺し貫かれる。

>「今一度名乗って呉れよう。
 イクリプス・クラス『箱舟の漕手(ネビュラノーツ)』――オーロール。
 伏しておろがめ、見上げて拝せ! 曙光の皇帝たる余の覇道を!!」

分かっていたことではあるが、かなりの強敵だ。
マゴットと合体してベル・ガザーヴァになれば対抗できるかもしれないが、マゴットは向こうの二人の相手で手一杯だ。
合体した状態で分体としてマゴットを出せるとはいえ、
リューグークラン戦の時にやっていたような同じ敵相手に本体が後方支援しつつマゴットに前衛で戦わせるという構図ならともかく、
それぞれ正面切って別の敵の相手をするのは難しいのかもしれない。

(馬飼ってるぐらいで調子乗ってんじゃねー!
一角の馬ならそいつだって我だって従えてるわ! なんならこっちは翼だって生えてるし!?)

バトル2を歌い終わり、カザハが心の中で相手を煽りつつ『高回復(ハイヒーリング)』のカードを切ってガザーヴァを励ます。

「大丈夫! キミはそいつが持ってないものたくさん持ってるッ! 例えば……専用BGMとか!」

実際に長い時間この世界に息づいているこちらにあって、突貫キャラメイクのあちらにないもの
多分いろいろあるけど、そのうちの一つは確実に――専用BGM!!
ガザーヴァ戦の専用BGM――“幻妖の舞”。
ゲームでのガザーヴァは終盤に差し掛かる頃に退場するとはいえ、その時点においてはかなりの強敵で、
なかなか倒せないためそこでシナリオを進める気力を失ってアズレシアに定住する者が大量発生したり
イラつくあまりスマホを叩き割る者が続出したことから、アズレシア誘致用BGMやらスマホ処刑用BGMと呼ばれている。
上の世界から見たブレモンと、ゲーム内ゲームのブレモンのBGMは共通のものが使われていると考えられ、
絶妙に哀愁が漂う曲調が、極悪非道の絶対悪として描かれているガザーヴァには合わないのではないか、
と一部から指摘されているが、多分上の世界でもそうなのだろう。
これはローウェルの短気野郎が打ち切りサ終を決定したために、ガザーヴァの正体が明かされずじまいになったことによる齟齬と考えられる。
ゲーム制作現場ではよくありそうな話で、単に作り直すコストを省いただけだとしても何ら不思議はないが――

361カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/10/12(土) 00:23:35
(サウンドクリエイターの人が作り直さなかったのは……
せめてBGMにだけでも、本当の設定を残しておきたかったんだよね……。
いつか報われることを願って――)

そうだとしたら、ついにその伏線が回収される時が来たというわけである。
ところで、上の世界ではスマホ処刑用BGMならぬVR装置処刑用BGMなのだろうか。
スマホ以上に損害額が半端なさそう……。

「みんな! ガザーヴァの専用BGM歌うよ! みのりさん、歌詞の表示お願い!
みんなパートナーに“合唱”スキルは習得させてるよね!?
もしかしたら今後正体が明かされて改心味方化する生存ルートが配信されるかもしれないのに
盛大にネタバレしちゃうけど許して!」

スキル“合唱”は、呪歌は参加人数が増えるほど効果が上がる現象がゲームシステムとして表現されたもので、
ゲーム上では、予め味方に対象指定して使っておくと
その対象が呪歌スキルを発動した時に呪歌の効果が何%か上がるという
何の変哲もなければ普段は大して使い道も無いスキルであり、その分習得コストも高くない。
それがこの状況においては、知らない歌だろうがその場で作られた歌だろうが
何故か一緒に歌えてしまうという超便利スキルとして機能するのだ。
カザハは前奏を弾きながらガザーヴァに声をかける。

「この歌で君と魔力の経路を繋ぐ――嫌かもしれないけどぼくのレクステンペストの魔力、使って!
寄せ集めの侵略者どもより――”ひとつに繋ぎ合わせたぼく達の力の方が、絶対、強いに決まってるんだ!!”」

手を繋ぐ等の接触によって魔力の経路を作ることが出来るのは今までの数々の事例で立証済みだ。
歌は、たとえ遠く離れて手が届かない相手とだって、心を繋ぐことができる。
実際にはそれ程遠く離れているわけでもなく目の前で戦っているのだから、出来ないはずはない。
2巡目カザハのレクステンペストの力は攻撃に特化したものではないとはいえ、
ガザーヴァの戦闘センスと組み合わされば最強の武器に昇華されるはずだ。

362幻妖の舞 ◆92JgSYOZkQ:2024/10/12(土) 00:25:11
ttps://www.dropbox.com/scl/fi/o4wtf0glexjsg7iqz2fur/.mp3?rlkey=ktb3ub9oki5g9h1oummpcl41t&st=b78gl60k&dl=0

カザハ:VY2
カケル:MEIKO

黒き兜で 素顔を隠し 極悪非道の 道化演じる
求めるものは たった一人の 父なる主の 微笑みだけ

どんなに足掻けども 何も手に入りはせず
世界を憎み 全て壊し尽くした

それでも希望を 捨てきれずに願った
2度目の世界に 生まれ変わることを

望み通り転生しても 何も叶わず
だけど生き残る道選んでしまった

紅き瞳と 銀砂の髪の 黒馬従えた 美しき姫
求めるものは この世でただ一人の 自分自身だけの 存在意義

一縷の望みかけて 世界救う旅に出る
その胸にいだくは 切実なる願い

旅路の中で 願いは全て叶った
世界を愛し 守りたいと思った

たとえ 存続が 絶望的だとしても
終わらせてなるものか 美しき世界を

天下無敵の幻魔将軍
押しも押されもしない最強のライバル

星蝕者だか何だか知らないけど
ポッと出の侵略者に負けるはずなんてない

いくら努力しても 手に入らぬものがある
だけど自分は 別の何か持ってる

それでいいと 気付かせてくれた人がいる
手に入れた羽は 揺らがぬ絆の証

もつれきった因果の糸 ようやくほどけて
あるべき姿に 結び直された

同じ痛み知る鏡像の魂
重ね合わせれば もう怖いものは無い

繋いだ力で 未来切り開け

363カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/10/12(土) 03:58:08
バトル2
ttps://dl.dropbox.com/scl/fi/oclhwm7ahrzkzx19hqmt1/.mp3?rlkey=q3d2281jfa4temee5xqfhunpk&st=010sg61j&dl

幻妖の舞
ttps://dl.dropbox.com/scl/fi/o4wtf0glexjsg7iqz2fur/.mp3?rlkey=ktb3ub9oki5g9h1oummpcl41t&st=b78gl60k&dl

364明神 ◆9EasXbvg42:2024/10/15(火) 02:50:47
>「僕は以前の災害の時に多くの人を救い…英雄と呼ばれました。
この話をすればあ!なんか見た事ある!ってなる方も多いんじゃないでしょうか
でもそれと同時に…黒い噂もありました…たしかに英雄と呼ぶ声よりも小さくはあったけど…こうも僕は呼ばれていました
「人殺し」と…その噂は…本当です」

放送室で一人、全世界へ向けて言葉を重ねるジョンの声がスピーカーから響く。
要点だけは伝えたが、スピーチの原稿を一言一句俺が考えたわけじゃない。
ジョンが――全世界に呼びかけるために、自分で考え抜いた言葉の群れだ。

>「災害の時の時点で僕は…確かに人並外れた力を有していました。
 家の瓦礫を一人でどかせるような筋力を…しかしその力があっても身一つでは助けられる数はしれている
 しかも緊急時の限りある医療物資や施設…またそれを実行できる人間の少なさを目の前にして僕は…
 多くの人を生かす為に自衛隊では…いえ…決して人間としてしてはいけない選択をしました」
>「助ける人を選別するという事を」

「ジョン……!?」

ジョンはイクリプスの襲来や世界の危機よりもまず最初に、己の犯した罪の告白を始めた。
最初は何考えてんだって思った。
お前は英雄にならなきゃならないのに。反感買うようなこと言ってどうすんだよって。

被災地でこいつの下した決断は、結果を見りゃ何一つ間違っちゃいなかった。
限られたリソースで最大限の人を助けるにはどうしたってトリアージが必要だ。
少なくとも現代の医療や防災機関はその考え方で大規模災害に対応しているし、事実ジョンもたくさんの人を救ってきた。

だが、結果論で納得できない人間はいる。必ず、少なからず、存在する。
自分や家族が見捨てられたからもっと多くの人が救われましたなんて、当人には何も嬉しいことなんかじゃない。
そしてそれは、『救う側』にとっても同じ気持ちだろう。
もっと良い方法があったんじゃないかって、救助が終わったあともずっと悩み続けることになる。
世論も厳しく議論で追求する。

……そう、議論が続いている。
そこでようやく俺は、ジョンの意図に気付けた。

ジョンが議論を蒸し返したことにより、世論は未だ癒え切らないカサブタをもう一度剥がすことになる。
画面の向こうの大量虐殺よりも、ずっとずっと実感を伴う『痛み』をもって、ジョンの一挙一動に注目する。
奇しくも俺が、フォーラムでかまってもらうために暴れまわっていた時のように――

ジョンは全力で世界に向かって石を投げつけて、全世界を強制的に振り向かせた。

「……悪いことばっか覚えやがって、あの野郎」

ジョンにアンチ活動の薫陶を与えたのは紛れもなく俺だ。
人に嫌な気持ちにさせる以外に何の使い道もないカスみてえなその技術を、あいつは自分なりに噛み砕き、ものにしてみせた。
マジでごめん……。

>「僕は今日…英雄になります。今度こそ…結果的になった英雄ではなく…全部を救える英雄に」

そして配信の意図は当然、それだけじゃない。
俺はジョンに「世界がお前を英雄にする」と言ったが、あいつはその安易な道を選択しなかった。

被災地の英雄、自衛隊の広告塔、ジョン・アデルは――
誰かに誂えられたお仕着せの英雄を捨てて。
自分自信の力で英雄になろうとしている。

 ◆ ◆ ◆

365明神 ◆9EasXbvg42:2024/10/15(火) 02:51:34
>「我が名はジョン・アデル!こっちは我が相棒部長!…僕達の目指す未来の為に…貴様らの命を…もらい受ける!」

名乗りを上げたレベル3イクリプス2名に対し、戦場に飛び込んできたジョンが名乗りを返す。
ロールプレイした本気のイクリプスとの戦端が、開かれる――

>「煉獄の龍よ!我が敵を食らいなさい!」
>「悪いな明神…先陣はもらうよ!いくぞ部長!雷刀X2…プレイ!」

魔術師、アヤコの繰り出した炎の龍を迎撃すべくジョンが駆ける。

「気をつけろ、ジョン!そいつの炎はただ龍の形してるってだけじゃないはずだ!」

炎龍はその形状から想起されるイメージどおりに、龍のごとく宙を自在にのたうっている。
推察するにアヤコのロールプレイは『魔法に与えた形の通りに振る舞わせる』ってところか。
単なる火球と違って自律的に動き回るとすれば、変化球のごとくこちらの迎撃を翻弄されるだろう。

だがジョンとてただ剣を振るうだけの脳筋じゃない。
炎龍は身を捩ってジョンの斬撃を交わすが、その先を読んで置いていたジョンの二刀目を直撃。
真っ二つに切断される。形状を保てなくなり、霧散する。

肝いりの一撃を撃墜されたにも関わらず、アヤコにもバルディッシュにも焦りはなかった。
それどころかジョンの処理はもう終えたとばかりに視界から外している。
理由はすぐに明らかになった。

>「…我が一族の炎は…貴方のような信念無き人間に切れる存在ではありませんわ」

霧散していたはずの炎が再び集い、炎龍の形をなす。
そして刀を振り抜いたばかりの無防備なジョンに食らいつき、吹き飛ばした。

「ジョン!!」

至近距離から炎龍の爆発を食らったジョン。
五体は無事のようだったが様子がおかしい。くすぶる程度の残り火にもだえ、苦しんでいる。

>「火が…消えない…!?」

馬鹿な、どう見たってジョンの体に残る火は消えかけてる。
じゃあこいつは何に苦しめられてるっていうんだ。

>「我が一族の炎は!敵を…罪を燃やし尽くす聖なる炎!その辺の普通の炎と一緒にしないでくださいましね」

アヤコが朗々とした声でタネを明かす。
設定の開示――!これもロールプレイで強化したスキルか!

アヤコはここまでの攻防で、自分の魔法のことをいくつも呼び分けていた。
『煉獄の龍』、『我が一族の炎』。そして『貴方に切れる存在ではない』、『罪を燃やし尽くす聖なる炎』。

無意味に技名を叫んで殴るタイプのフィクションと同じだ。
『特殊な炎を操る血筋のキャラ』と自分を定義することで、設定に説得力を持たせている。
ロールプレイの影響下では、こいつの操る炎はこいつの言った通りの性質を持つってことか。

……なんでもありじゃねえか!

『罪を燃やす炎』ってのが特にタチが悪い。
俺のような清廉潔白な聖人君子ならともかく、ジョンは今まさに自分の罪を全世界に発信したばかりだ。
おそらくは対象の罪、『罪悪感』を燃料にして燃え盛る炎……ジョンにとっちゃ天敵と言っていいだろう。

366明神 ◆9EasXbvg42:2024/10/15(火) 02:52:38
「ジョォォォン!!カザハ君の歌を聞け!!!
 この世界で誰よりもお前を肯定する声を聞け!!」

魔法の威力が『対象』に準拠するものなら、カザハ君のバフが効果的にはたらくはずだ。
聖火は己を苛む罪の具象化……これを乗り切るには月なみな表現だが『心を強く保つ』ほかない。
何が罪を燃やし尽くす聖火だ、その話もうレプリケイトアニマのあたりで終わってんだよ!!

>「バルディッシュ様!こちら終わりました!今援護いたしますわ!」

……って俺もぼっ立ちして見てる場合じゃねえ!

ジョンを下したアヤコがこっちに雑に火球を放ってくる。
一族の炎じゃない――連発できない制約でもあるのかないのか、それは今問題じゃない。
ゾディアックの通常攻撃でも俺は死ぬ!

>「やばっ! テンペストウォール!」

すんでのところでカザハ君が障壁を貼り、火球は渦に巻かれて消滅した。
アヤコはやはり焦らない。こんな威力の魔法を小手調べ感覚で撃ってきやがる。

>「おう、見事な手際よなアヤコ! いや、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が不甲斐なさすぎるのか?
 とまれ、負けてはおれぬ。なれば吾輩も……一槍馳走仕る!!」

アヤコの戦果に満足したらしきバルディッシュが槍を携えてマゴットに肉迫する。
突き出された穂先をマゴットが錫杖で叩き落とす。返す刀で繰り出した打擲を柄で容易くいなされる。

>「鋭い槍筋、善い練度よ。余程の修羅場を潜ってきたと見ゆる!
 それでこそ吾輩も武を披瀝する甲斐があると言うもの――! ならば、ならばよ!
 一段上げて往くぞ!!」

バルディッシュが快哉を叫び、槍を握る後手を弓の如く引き絞る。
戦を決する一撃――だがそのモーションはこれまでの技巧に比べ単調だ。
複眼を有するマゴットなら問題なく見切れる。

刹那。バルディッシュの穂先が大きく『ブレ』た。
穂先に近い部分を握る『前手』が閃き、槍の軌道に円を描くような変化を与える。

――貫流槍術!?

「マゴット!面防御!!」

『グフォ……ッ!?』

間一髪で警告が間に合い、マゴットが錫杖を盾の如く構える。
その防御を『飛び越えて』、錫杖を擦過した穂先が火花を散らしてマゴットの胸筋に食らいついた。

『ガ……ガフォ……!!』

甲殻に覆われた胸郭を紙のように引き裂かれ、マゴットは血の尾を引いて吹き飛ばされる。
面防御が間に合わなかったら心臓を貫かれていた。

「マゴット……!クソ、槍のくせにウネウネ曲がりやがって……!!」

>「――奥義・野馬崩し。
 言っておくが槍の機構ではないぞ、吾輩の修行と鍛錬の賜物よ。
 錬磨研鑽を怠らねば、我らにもこの程度の芸当は出来る。
 ……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』、他ならぬお主らが教えてくれたことだ。
 『星蝕者(イクリプス)』は単調な行動しか取れぬ、性能任せの猪武者……その汚名は雪げたであろうかな」

367明神 ◆9EasXbvg42:2024/10/15(火) 02:54:02
「……そいつはスゲエや。30時間のメンテの間ずっと槍ぶんぶんしてたの?」

「ガハハ!たかが30時間で免許皆伝となるほど容易い技術でないと、貴様にもわかろうよ!
 アカデミーのカリキュラムで5年!練磨に練磨を重ね続けて身につけた槍よ!」

「嘘だろお前……イクリプスのお仕事って星喰いとかいう化け物の駆除なんだろ。
 なんで5年も無意味な対人武術なんか鍛えちゃったの。趣味か?」

「然り!」

然り!じゃねンだわ。
いやマズいぞ。マズいそこれは。『求道する武芸者』というロールプレイに巻き込まれてる気がする!

古流槍術の中には軌道を自在に変化させて敵の防御を迂回する槍捌きが存在する。
最も有名なのは戦国最強つよつよ槍術と謳われた御留流の尾張貫流槍術だろう。
管槍と呼ばれる特殊な機構を備えた槍で、穂先が円を描きながら敵に迫る。
言ってみりゃそれだけの技だがこれがバカ強い。擬似的に大量の刺突を同時に繰り出すようなもんだ。

そしてバルディッシュは今、『ただの槍でそれを再現した』。
恐るべき技の冴え、研鑽の賜物ってのはフカシじゃねえってことだろう。
あるいは……『長年鍛錬してきた』と自分を定義しているか。

>「明神!」

背後でガザーヴァの声が聞こえる。
俺はバルディッシュから目を話さずに片手でそれを制した。

こいつらの狙いは依然としてカザハ君たちの合唱団。
俺達はそれを阻む障害物でしかない。ここで本丸の防衛を減らすわけにはいかない。

その時、センターの端から轟音が響いた。
目をやれば壁がバターみたいに切り裂かれて、そこから無数の人影がなだれ込んで来ている。

新手のイクリプス……!
そいつらは重役出勤を出迎える社員のように、人垣で花道をつくる。
その中を肩で風を切りつつ闊歩してきたのは、やはりイクリプス。
顔面の解像度が高い。こいつもレベル3か。

>「バルディッシュ、アヤコ、3分25秒の遅滞である。戯れは程々にせよ。
 この程度の手合い、汝らの力を以てすれば須臾の刻すら要らぬだろうに。
 余らの目的は圧倒的な征服、徹底的な制圧。
 一片の瑕疵なき完全完璧なる作戦の遂行こそが『銀星騎士団(コズモリッター)』には相応しい」

新手のレベル3は懐中時計を手にバルディッシュとアヤコの遅刻を咎める。
アヤコはともかく傲岸不遜に手足が生えたようなバルディッシュすら、素直にそれに詫びた。

……なんだこいつ。明らかに他のイクリプスを指揮下に置いてる。
プレイヤーの立場は横並びじゃねえのかよ。
もしくは、みんなして上下関係をロールプレイしているってことなのか。

>「遊びたいんだろ? 相手してやるよ。
 『ブレイブ&モンスターズ』ニヴルヘイム最高戦力『三魔将』が一翼、幻魔将軍ガザーヴァ。
 くそったれの宇宙人、オマエをブチのめす正義の味方の名前だ。覚えとけ」

アヤコとバルディッシュの相手に手一杯の俺達に代わり、今度こそガザーヴァが新手と対峙する。
新手はガザーヴァを知己を迎えるような態度で――こいつもブレモン既プレイか――名乗りを上げた。

368明神 ◆9EasXbvg42:2024/10/15(火) 02:56:37
>「はは! 偉そうか、さもあろう!
 ならば謹聴せよ、余の名はオーロール……曙光のオーロール。
 栄光ある『アカデミー』生徒会長、皆からは――」
>「……『皇帝』と呼ばれている――!!」

「皇帝……だとぉ……!?」

アカデミーとやらは名前からして練兵……教育機関なのはわかるから、生徒会長もまぁ存在するんだろう。
プレイヤー的にはランキングのトップが自動的に収まるポジションなのかもしれない。
でも『皇帝』ってなんだよ。そんなわけわからん称号なんて、ナイは一言も――

――ああクソ!これもロールプレイか!
考えるだけ無駄じゃねえかこんなもん!!

>『――明神さん、聞こえるか。いい知らせだ。レベル4が現れたぞ。
 一部のイクリプスはタロットカードをモチーフにしたバフを――』

同時にエンバースから通信が届く。

「レベル4ぉ!?まだレベル3すらまともに戦えてねえのにさらに上位種がいんのかよ!?」

ちょっと待てよ!そういうのはさぁ!レベル3を倒せるようになってから出てくるべきやつじゃん!
もちっと段階を踏めや段階を!

「こちらライブ会場、件のレベル4と会敵した!『皇帝』とか名乗ってやがる。
 ……タロットがモチーフっつったか?じゃあ少なくとも22種類はこんな連中がいるってことかよ」

なんか嫌な予感がしますよ……。
皇帝とか愚者とかあの辺はタロットカード78枚における『大アルカナ』と呼ばれる22枚だ。
残りの56枚は『小アルカナ』と呼ばれ、トランプみたく杖・剣・聖杯・硬化の4種14枚ずつが該当する。

「……なんかさぁ、大アルカナ直属の小アルカナ部隊とか出てきそうじゃね?
 ていうかまさに今そんな感じだわ。『皇帝』の周りにレベル1とか2っぽい連中がワラワラいやがる」

仮に大アルカナ持ちが配下のイクリプスを『小アルカナ』と定義することで、
レベル2以下のイクリプスに限定的なロールプレイの恩恵を受けさせることが可能だとすれば――
そいつらは『レベル2.5』ともいうべき新しい段階の存在になる。

そしてエンバースの連絡は皮肉を無視すりゃ『良い知らせ』。
『悪い知らせ』も――セットでやってくる。

>「やりやがったな、ローウェル!これ絶対配っただろ!10連ガチャチケット!
 しかもこの排出率……ちょっと確率高めのヤツだろ!ズルいぞ!」

ロールプレイとはまったく別枠の、ゲームとしての『SSS』の機能。
ガチャだ……武器ガチャで当たり引いた奴がいる。
レベル4のタロット持ちがガチャで当たり引いたら、それはもうレベル5だろ。

「お、お腹いたくなってきた……」

エンバース……お前……マジで……これ終わったらぜってえぶん殴るからな。
あいつも流石にここまでイクリプス側がロールプレイを使いこなしてくるとは想定してなかったろ。
ふざけやがって、敵が戦いの中で成長すんのはズルだろうが!!

突発的な腹痛に体を抱えていると、皇帝に怒られたバルディッシュが戻って来る。
アヤコは……ジョンにトドメを刺しに向かった。
どうにかして妨害したいがバルディッシュが巧妙に射線を阻んでいる。

369明神 ◆9EasXbvg42:2024/10/15(火) 02:57:29
「……だっせえの。皇帝サマに普通に怒られてんじゃん。
 つうかバルさんさぁ、ぶっちゃけ皇帝となんかキャラ被ってない?
 今からでも語尾にバルとか付けたほうが良いバルよ」

「貴様が語尾を変えてどうする」

バルディッシュは素でそう答えた。
なんかノリ良いなこいつ……もしかしたら話が通じるのかもしれない。
ロールプレイしてるならイクリプスは一枚岩じゃないはずだ。
交渉すればこっちに付かせられるかもしれない。うまく焚き付けて――

「――焚き付ければ、気に食わぬあの皇帝から離反させられる。
 そう考えておるな?」

バルディッシュは俺の考えを見透かしたように言った。

「ガハハハ!アヤコが申しておったろう。吾輩……の、教官はブレモンを知悉しておる!
 貴様のやり口もよぉく分かっておるぞ。対立煽りでコミュティの不和を引き起こす、荒らし・嫌がらせ・混乱の元。
 のう?――うんちぶりぶり大明神よ」

「……っへぇ。光栄だね、俺みてえな木っ端のブレイブを覚えててくれるなんてよ」

「木っ端もなにも、貴様らの言う『一巡目』こそが我が教官らの世界で配信されていたブレモンゆえな。
 そして貴様らは世界を救うために戦うブレイブ。群像劇の主人公、知らぬ方がおかしかろうよ」

エンデから世界の真実について聞かされた時のことを思い出す。
サ終阻止を食い止められなかった一巡目においても、俺達はブレイブとして戦っていた。
そしてその一部始終は、『上の世界のブレモン』のシナリオとして配信されていた。
イクリプスの中の人がブレモン既プレイヤーなら、一巡目の俺のことを知っててもおかしくないってことか。

俺が一巡目でどういう最期を辿ったか、今まで考えないようにしてきた。
俺にとっての俺は今ここにいる俺だけだ。前世のことなんかピクチリ興味もない。
バロールとかのメモリーホルダーも何も言わなかったことを考えるに、
まぁロクな死に方じゃなかったんだろうってことはわかる。

「ふむ……教官の記憶を辿れば、貴様のことなど詳らかに思い出せよう。
 ――瀧本俊之。アンチ歴2年。攻撃的(アグレッシブ)レスバトラー。
 性格は陰湿卑屈で他人を信用しない。少し情に絆されやすいところもあるが、
 常に狡猾で虎視眈々とパーティリーダーの座を狙っていたようだ。
 誕生日は8月2日。血液型はA型。好きな勝ち方は――」

「……下剋上だ。分かってんじゃねえか、お前ら全員ぶっ潰してやる」

一巡目の俺、リーダーの座を狙ってたんだ……。
二巡目でなんでそうならなかったかっつったら、それは多分、なゆたちゃんが居たからだ。

「ふはは!まぁ聞け。会話出来なくば困るのは貴様の方であろう?
 我らはブレモンを知っておる。一巡目で戦い、そして今ここに居るブレイブ達のこともな」

バルディッシュは槍を肩にかけて、何かを諳んじながら指を折る。

370明神 ◆9EasXbvg42:2024/10/15(火) 03:00:20
「――リューグークランを率いた最強のブレイブ、ダインスレイヴの使い手、ハイバラ。
 ブラッドラストの被呪者、優しき化け物にして血塗られた英雄、ジョン・アデル。
 レクステンペストの正統後継者、星刻の奏手、カザハ・シエル・エアリアルフィールド。
 フォーラムに2年も粘着し続けた頭のおかしいアンチ、うんちぶりぶり大明神。
 貴様らの出自も、辿った結末も、ブレモンを知る者であれば誰もが理解していよう」

……そうやって並べられるとマジでろくでもねえな一巡目の俺!
そして俺は気付いた。バルディッシュの羅列した名前の中に、ひとつの欠落があることに。

「解せぬのは、貴様らの中心にいた少女。今も塔の外で戦っておるスライム使いのあの女よ。
 『ブレモン』にはあのような少女は存在しなかった。あの派手な戦い方を忘却するなどあり得ぬ。
 とすれば、とすればよ。アレは……何だ?」

それは、既プレイヤーだからこそ生じた疑問なんだろう。
そして答えを得るために、こうして会話に応じてきた。
バルディッシュにそれ以外の目的はない。交渉は……不成立だ。

「ぎゃはは!知りたきゃ教えてやるよ!お前をぶっ倒した後に墓前でなぁ!」

「ガハハハ!然らば教えてもらおう!手足を詰めても首と胴があれば会話に不都合はあるまい!」

バルディッシュが再び槍を構える。その背後にタロットのエフェクトが出現する。
『月』の啓示――こいつも当たり前のようにレベル4かよ!

「流星槍術――『月輪』」

技名の開示……!ロールプレイ強化だ!
迷わず逃げを選ぶ。マゴットが羽をわななかせ、弾丸もかくやの速度で俺を引っ掴んで退避した。
タロットのバフっつうからにはその内容は啓示と無関係じゃないはずだ。
月の啓示は『欺瞞』とか『幻想』、『隠れた敵』――ってことは!

「マゴット!」

『グフォ!』

声に応じてマゴットがバレルロールの軌道をとる。
一瞬前まで俺達のいた空間を、虚空から生えてきた無数の槍衾が貫いた。

――死角からの攻撃!
具体的には、対象が『注意を払っていない場所』から距離を無視して攻撃が飛んでくるってとこか!
複眼を持つマゴットと俺がお互いに死角を潰し合えば、攻撃の発生する場所をかなり絞れる。

「おお!よくぞ避けた避けた!ヒントを与えすぎたか!
 これが図体の巨大な『星喰い』には覿面によく刺さるのだ!死角の数だけ槍も増える故な!」

「嘘付けよ!ロールプレイしてからまだ星喰いと戦ってねえだろお前!」

「ガハハ!懐旧である!かように相手の言うことに逐一噛みついていくのが貴様の戦い方だったな!
 ……友人をなくすぞ貴様」

「うっ……うるせーばーか!!!」

……現状は、悪くない。バルディッシュのヘイトを俺に向けられた。
俺達にとって最も避けるべきは俺達を無視してライブステージのカザハ君達を攻撃されること。
だから逃げ回るわけにはいかなかったが、バルディッシュが俺を付け狙うならその制約は外れる。
環境を広く使って戦える。

371明神 ◆9EasXbvg42:2024/10/15(火) 03:01:20
センターのホール上空を飛び回りながら戦況を確認する。
オーロールとかいう皇帝はガザーヴァと対峙している。
カザハ君の呪歌が変わった。アレは幻魔将軍戦のBGM――ガザーヴァに特化したバフに切り替えたんだ。
皇帝の相手はガザーヴァとカザハ君に任せるほかない。

それから――ジョン。アヤコのわからん殺しとは致命的に相性が悪い。
そして俺も、意味不明なオカルト槍術は遠からず見切れずに撃ち落とされるだろう。
全世界バフが起動するまであと何分だ?何時間かもしれない。少しでも時間を稼ぎたい。
バフ起動までの時間を稼ぐには、わからん殺しを喰らい続けてる現状をどうにかしなきゃならない。

バルディッシュに鎧袖一触された義勇軍の奴ら。
あいつらのおかげで、俺は俯瞰した立場からバルディッシュの立ち回りを確認できた。

「……ロールプレイは、言ったもん勝ちのなんでもアリな魔法の言葉じゃない。
 レベル3以上のイクリプス共は、ロールプレイに『説得力』を生み出すための工夫をしてるはずだ」

迫りくるバルディッシュの猛追をかわしながらボイチャ魔法に声を送る。
仮に『私は一切攻撃の効かない無敵のイクリプスです』って言えばその通りになるかと言えば、そんなことはあるまい。
敵や味方、ゲームシステムも含めた『他者』がその突拍子もない設定を受け入れられないからだ。
ロールプレイの本質は他者とのコミュニケーションにある。『役割』という取り決めを相手が認識して初めて成り立つ。

『変幻自在の槍捌き』を実現するために『槍術を研鑽した達人』という背景情報を構築したバルディッシュのように、
ロールプレイで新たなスキルを実装するには、それを成り立たせる説得力のあるバックボーンが必要だ。
アヤコなんかはまさに好例だろう。特殊効果を持った炎龍を生み出すために、『一族秘伝の術』という説得力を持たせた。

重要なのは、説得力を持たせる背景情報……つまり設定を相手に『認識させる』必要があること。
イクリプス共が戦いのはじめに上げる『名乗り』がそうであるし、端的に言えば『技名を叫ぶ』こともこれにあたる。
タロットバフなんかはわかりやすくそれっぽいエフェクトが出ている。
アヤコもバルディッシュも戦闘中に自分の技の解説をしていた。

「ロールプレイの際にはわかりやすい形で『自分が何者か』を開示してくる。
 奴らの言動、エフェクト、武器、振る舞い、全部がヒントの塊だ。ひとつも見逃すな。
 何をしてくるのかも、その対処法も、糸口は必ずある」

372明神 ◆9EasXbvg42:2024/10/15(火) 03:02:15
それから――

「どこまで行ってもこの世界はゲームで、俺達もあいつらもゲームのキャラクターだ。
 ゲームバランスを担保するために必要な『得手不得手』や『弱点』は絶対に存在する。
 やることは何も変わらねえよ。敵の猛攻をしのぎ、弱点を見抜いて叩いて勝つ。
 いつもの俺達のやり方だ」

「――悲しいな、上空で遅滞戦術など反則であろう。我らを楽しませてくれるのではなかったか?」

不意に顔に影がかかる。宙を舞う俺達のさらに上から声が降ってくる。
見上げればそこにはバルディッシュがいた。

「んなっ――」

こいつどうやって俺達の上に?バルディッシュのことは常に視界に入れ続けていた。
飛び上がる気配なんかなかったはずだ。

死角から出現させられるのは攻撃だけじゃなくて――自分自身もか!

「不出来なホストには折檻せねばなるまい。ペナルティ刺突……行くぞ!」

巨大化したと見まごう速度で迫る穂先。
マゴットがとっさに四つ腕の一本を俺の前に翳し、盾にする。
――それを『迂回して』、不自然に軌道を曲げた槍は、狙い過たず俺の左肩を穿った。

「っが……!!」

支えるもののない空中でなければ、ふっ飛ばされて衝撃が逃げていなければ、
俺の左腕は肩口からぶった切れていたことだろう。
バルディッシュの宣告通り、刃先3寸肉に埋めて、俺とマゴットは直下までふっ飛ばされた。

這い上がってくる灼熱感に吐き気が込み上げてくる。
それ以上に、左肩の骨を完全に貫かれたことで肩から先が完全に動かなくなったのが致命的だった。
流星のように地面へ向かう。その先にはジョンと――炎龍に俺を食わせんとするアヤコの姿があった。


【上空から叩き落されてジョンとアヤコの元まで落下。
 バルディッシュ:一巡目にいなかったなゆたちゃんに対する疑問
 ロールプレイには説得力が必要のはず。イクリプスの振る舞いを注意深く観察して反撃の糸口を見つけろ!】

373ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/10/17(木) 02:53:30
「ぐうう…」
「にゃー!にゃー!」

火が燃え盛る。
最初の時より目に見えて炎の勢いが増してきている。

…消すような気力さえも尽きてきた。

>「鋭い槍筋、善い練度よ。余程の修羅場を潜ってきたと見ゆる!
 それでこそ吾輩も武を披瀝する甲斐があると言うもの――! ならば、ならばよ!
 一段上げて往くぞ!!」

僕のせいで…僕が相手をよく見ずに突っ込んだせいで…明神が…カザハが危ない…。
配信で大口をあれだけ叩いて…その結果がこれが…畜生…こんなはずじゃなかったのに…。

…火が燃え盛るような…皮膚を焼く音も…匂いも感じなくなってきた。…いよいよ死が近いのだろう。

意外と…あっけなかったな…。

374ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/10/17(木) 02:53:49
――――――――――――――――――――

(なんでママを…助けてくれなかったの)

気づけば僕は黒い人型のような何かに…見下ろされていた。
…可笑しいな。目も…耳も…見えないし聞こえないはずなのになんではっきり聞こえるし見えるんだ?

(なんで…なんで…!話を…少しでいいから調べてください!夫が…まだ生きてるかもしれないんです!)

どうなってるんだ…これは…この影達は…まさか

(死んでしまえ!おい!なんで俺が取り押さえられなきゃいけないんだ!!!人殺しはあいつだ!俺じゃない!あいつを…あいつを…!)

頭に情報を無理やり流し込まれる…。
いや…これは僕の記憶が…今まで記憶の隅に覚えたくない…記憶していたくない情報として扱われ…蓋をして…閉じられていた…僕の記憶だ…、

黒い影は僕を記憶を…無意識に…蓋をしていた記憶を…強引に呼び戻す。

「う…うわあああああああ!」

(助けて…たすけて…タスケテ…)

記憶の濁流に耐えられず…僕は立ち上がり…走り出す…しかし見えない何かに躓き…転んでしまう。そして僕ははっきりと黒影を見た…見てしまった。
叫び声を聞いたせいなのか…僕がそう認識していなかったのか…影達を良くみると…と姿形が違っていた。

体の中心が開いた影…元気なく項垂れた子供を抱える影…両足が存在しない影。

間違いない…この影は…この人達は…

影達が手を伸ばすとそれはまるで触手のように伸び…僕の首に巻きつく。

「あぐ…」

(おまえが…死ねばヨカッタノニ!!)

この世の者とは思えない悲鳴にも聞こえるような声で叫び影は僕の首を絞める力を強くする。
その影達を掻き分けて…見覚えのある…忘れやしない…彼女がそこにいた。

他の影と違い彼女だけはハッキリ認識できる。

「しぇ・・・り…君もなのか…?」

シェリー…僕が最初に殺した…僕の…決して許されない罪の始まり。僕の行動の…全てだった人。
なんで一人だけ容姿がハッキリしているのか…わからないが…まさか彼女まで僕を殺しにきたのか?

「………」

しかし…僕の予想に反してシェリーは何もしゃべらなかった…彼女の表情からはなにも読み取れない。

その代わりとある方向に彼女は指を指した。

そこには何もない…そもそもこの空間に何かがあるとは思えない。
何も聞こえない。…聞こえるのは影達の僕への殺意の声だけだ。

その時ふと僕の首を絞めていた力が解かれる。

どうやら…影達もシェリーが指を指した方向をみていた。
僕も慌ててみる…やはり何もない。

…その時だった。

>大  迫 り  音

これは…歌だ……途切れ途切れだけど…確かにこれは歌だ…しかも普通の歌じゃない……。

375ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/10/17(木) 02:54:02
>燃え盛る炎の檻も 無慈悲に凍てつく冷気の棘も

カザハの歌だ…!

僕は考えるよりも先に走り出す…歌の方へ。

>底知れぬ憎悪からも 巧みに隠された悪意からも
必ず君を守るよ ぼくが歌う限り

目には見えなくても…カザハの声が聞こえる…!
走れば走るほど歌は鮮明になっていく。

「ハア…はあ…」

どれくらい走ったのだろう…だがそのかいあって…そして出口と思わしき空間の裂け目の前に着く。

しかしその出口の前に小さい影が一つ。

「頼む…どいてくれないか」

この影達は…僕の罪の…その表れだ…僕のうぬぼれでなければ…
それを力で強引に退かすのは違う気がして…躊躇われた。

(どうして…ママを助けてくれなかったの?…そのせいで…パパ死んじゃったよ?)

僕の足が何かに張り付けられたように動かなくなる。
後一歩進めば出口に届く距離…僕は金縛りにあったかのように動けなかった。

その小さい影は…僕を攻めるわけでもなく…ただ…純粋に疑問を投げかけてきた。
この子の父親がなんで後追いをする事になったのか…僕には分からない…けどどんな風でそうなったのかは…

(オマエの・・・せいだあああああ!)

後ろから迫ってくる影軍団が叫ぶ。

そうだ…僕のせいだ…僕が…見捨てたからそうなった。

出口から僕の足が一歩遠のく。

僕は許されちゃいけない…どれだけ償おうと…許されない…。
必ず罪は僕を見つけ…そして僕は裁かれる…立ち向かおうと。

今…ここから逃げ出す事は容易い…大きく一歩を踏み出して…出口に手を伸ばすだけだ。
でもその先は?いつか逃げられなくなる…立ち向かえなくなる…僕はあまりにも罪を重ねすぎた。

いつかどうにもならなくなる日がくる…カザハを巻き込んで。

「僕は…僕は…」

>「ジョォォォン!!カザハ君の歌を聞け!!!
 この世界で誰よりもお前を肯定する声を聞け!!」

明神の魂の叫びがこの真っ暗の空間に響き渡る。

>紡がれてきた想いは 確かな真実
恐れず信じ抜く 覚悟は出来てる

「僕は…」

(…)

小さな影は僕を見たまま動かない

「…必ず罪を償いにいく…だからもう少しだけ…待っててくれ」

>勇気は今ここに

376ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/10/17(木) 02:54:12
「にゃーん……にゃーーー・・・」

「………ハッ!」

「!にゃ!にゃ!」

部長が僕の顔面を舐めまわす。…一体どのくらい気を失っていたのだろうか…そんなに長くはないはずだが…

>「今一度名乗って呉れよう。
 イクリプス・クラス『箱舟の漕手(ネビュラノーツ)』――オーロール。
 伏しておろがめ、見上げて拝せ! 曙光の皇帝たる余の覇道を!!」

気が付いて真っ先に目が入ったのはカザハを庇うように戦っているガザーヴァの姿ともう一人の新手…皇帝を名乗るオーロールというイクリプス
にらみ合う…明神とバルディッシュ…くそ…まずは状況把握を兼ねて…明神の援護にいくのが先か…!?

>「やりやがったな、ローウェル!これ絶対配っただろ!10連ガチャチケット!
 しかもこの排出率……ちょっと確率高めのヤツだろ!ズルいぞ!」

とりあえず立ち上がり…明神かガザーヴァ…どっちに援護しにいくにせよ…まずは行動しなくては…そう思い立ち上がる…と思ったその時
チーム内VCでとってもわざとらしいエンバースの叫び声が響く。

10連ガチャチケット…?一体何の話だ…?いつでもどんな時でも皮肉と嫌味で冷静に返すエンバースらしからぬ大声に混乱する。

「エンバース!なんだ今の叫び声は!…おい!…おい!…返事がない…」

恐らく戦闘が再び始まったのだろう…もしくは…エンバースお得意の情報小出しムーブか…どっちにしてもあのわざとらしい声をきく限り余裕はあるっぽいし…
とりあえず…深く考えずに明神の援護に行くか…!

「あ〜めんどくさいすっねえ…絶対に死んでるのに〜…確認しに行けなんて…まあ?ちょっとだけ本物はかっこいいな〜なんて思ったっすけど…あんなに弱いんじゃ困るっす〜
それにしてもこの…タロットカード?何に使うんすか〜これ〜〜〜?…ちゃんとバルさんに聞いておけばよかったっす…」

目が合った…合ってしまった…アヤコ=財前寺?と…先ほどの表情はキリッとした感じだったが…緩み切っている。
もしかしてこれが素なのか?…この…緩み切った…なんていえば…いいか…普通の現代っ子ぽいのが?

「……………これは…驚きですわ…まだ生きてるんですの…!?」

「……………君がトドメを刺さないでくれたからね……リアクションこれでいい?」

普通にリアクションするかどうか迷ったが…まだ若干顔が完成されていない…ちょっと緩んでる財前寺をみて…からかうのはやめた。

「んんっ!!!…驚きましたわ…まさかまだ我が一族の炎は消えていないというのに…そんなにピンピンしてるなんて…」

「え…?」

指摘され僕の体を再度確認する…燃えていた。
なんなら気絶する前より炎が強くなっている気さえする…しかし…不思議と熱さは感じない…この炎で…僕はダメージを負っていない。

「にゃ?」

ずっと近くにいた部長も…ダメージを負っていないように見える。しかも先ほど部長は僕の顔面をベロンベロンに舐めまわしていた。

「熱くない…?これは…一体…?」

財前寺は信じられない者を見る目で僕を睨みつける。

「待ちなさい。…熱さを感じていない?…まさか…その炎…貴方…炎君に…!?そんな…ありえませんわ!」

377ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/10/17(木) 02:54:33
財前寺の顔がみるみる赤くなっていく。

「一体なんだ…そのえんくん?ってのは…」

財前寺はぶつぶつと何かを呟くだけで僕の返事に応えない。
僕の顔をたまに見て…俯きまたぶつぶつと何かを呟いている。

>「……ロールプレイは、言ったもん勝ちのなんでもアリな魔法の言葉じゃない。
 レベル3以上のイクリプス共は、ロールプレイに『説得力』を生み出すための工夫をしてるはずだ」

>「ロールプレイの際にはわかりやすい形で『自分が何者か』を開示してくる。
 奴らの言動、エフェクト、武器、振る舞い、全部がヒントの塊だ。ひとつも見逃すな。
 何をしてくるのかも、その対処法も、糸口は必ずある」

反応がなくなった財前寺をどうするか決めかねている時…明神から通信が入る。
要約すると…ロールプレイから生まれる強さには…制限がある…という事か。

たしかに…財前寺も龍を放つ時我が一族の〜とか…言ってたな…そう考えると最初の名乗りも意味があったのかもしれない。
自分達のキャラクター性を固定するだけだと思っていたが…

「信じられませんわ…そんな事…!そんな事…あってはなりませんわ…!……認めません…認めません…!あなたの事なんてなんとも思ってないわ!!!消えなさい!!」

突然しゃべり出したかと思えば火球の連打を浴びせられる。

「黙ったと思ったら急に攻撃を再開しやがって…!一体…なんなんだ!」

火球に一発当たってしまう。熱い。体がこれだけ燃えていれば熱さなど感じなさそうなものだが…炎の熱さはそのまま感じる。
熱さもそうだが…爆発のダメージというのはそれ以上に無視できない…どうやらこの炎纏ってるから炎無敵…とはいかないようだ。

しかし最初に食らった龍よりダメージはずっと少ない…あくまでも普通のファイアボール…そう感じる。

「部長!」
「にゃー!」

心ここに非ずといった感じで隙の多い財前寺に部長の奇襲攻撃がヒットする
しかし…それでは…致命打には到底あり得ない。

「クッ…!絶対に!絶対に!絶対に認めませんわ!!龍よ!!」

僕を死ぬ一歩手前まで追いつめた…あの炎の龍が…またくる…!
しかも規模はさっきの奴の比じゃない…!でかい車ぐらいのサイズがあるぞ…!

「今度は必ず…貴方を消滅させていただきます…龍よ!邪悪なる魂を…その一族の聖火によって浄化せよ!」

「部長!外に逃げるぞ!」

明神の言った通り…龍を放つ前に必ず…一緒ではないが似たような文言を言い放つ。

明神の説を当てはめるなら…恐らくだが財前寺は彼女のいう【一族の聖炎】…つまり龍を…先ほど放ってきた火球のように無詠唱発動ができないのかもしれない。
どんなに小さくてもいい…あの龍の炎を無詠唱でぶつけれたほうが相手を確実に仕留められる、彼女の言う通り…あの炎は人を殺すには十分なんだ。
モンスターでさえも耐性が無ければ問答無用で燃やし尽くしてしまうだろう…聖炎を少し相手に付与するだけでいいはずなんだ…それこそわざわざ巨大化させて爆発ダメージを増加させるなんて必要ない。

けど彼女はそうしない…きっと必要なんだ!見た目やロールプレイの一環だと…そう思い込んでいたが…
実際には【一族の聖炎】という本来イクリプスに存在しないはずの能力を安定化させ…存在させる為に!
僕のこの体の状態も、彼女が決めたロールプレイ…力の代償に決められた制約の…その中のどこかに含まれているはずだ…彼女の焦りようからみて…そこが彼女を攻略するヒント…その可能性は高い。

ともかく…今は逃げなくては…!この規模…建物で爆発すればカザハ毎吹っ飛ばしてしまうだろう…とにかく距離を取らなくては…!
幸い狙いは僕だけのようだ…それなら…逃げようはいくらでもある!

「ここまで逃げれば…しかし…あの龍をどうするか…!」

誘導性能もある…消滅させても復活する…自爆狙いで財前寺に近寄るか?…いや…そもそも爆発するしないの決定権を恐らく相手が持ってる以上危険すぎる…!
どの選択肢をとっても危険はある…しかし…やらないわけにはいかない…!せめて爆発の衝撃を和らげるために…上空で爆発させないと…!

「雄鶏示輝路…プレイ!」

ローウェルの指輪の効果で味方だけではなく自分にも使えるようになった倍カード…!そして

「雄鶏乃栄光…プレイ!雄鶏疾走……一気に跳べ!!部長!」

ステータスを倍に上げるスキルを更に倍に…そして…そのまま空中に…!
空中に飛び立つまではよかった…そこまでは計画通りだった…問題は…明神がバルディッシュを伴って空中から落ちてきたことだ。

378ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/10/17(木) 02:54:53
>「っが……!!」

血をまき散らしながら高速で明神が落ちてくる。
明神をキャッチしないと…いやまて…このままだと明神が僕の巻き沿いで龍に食われてしまう!

どのくらいの傷を負ってるか分からないが…このまま放置するわけにはいかない。
明神が…爆風予想範囲に入る前に…あの龍を粉砕しなければ!!

本当は雄鶏乃啓示まで使う予定だったが…それでは間に合わない…行くしかない…!!

>まさか…その炎…貴方…炎君に!?

財前寺が言っていた…僕の身に起こっているこの炎の現象…財前寺の言っていたことが理解できたわけではないが…。
もしかしたら…もしかしたら…財前寺と似たような力を…今なら僕も使えるかも…!

このままかちあえば負けるのはこっちだ…!なら…やってやる…僕は…いや!僕達は…どんな無謀も…無理も…通してきた…!

なんでか分からないが僕の体は今…彼女の火に包まれ…その影響を受けていない。
まるで…今は僕の力だと言わんばかりに体を包んでいる…どうしてこうなったのか…どうゆう原理なのか…そんな事はどうだっていい…できる!僕ならできる!明神を救える!

「部長!!やるぞ!!」

「にゃあああああああ!」

空中で部長を掴む…そして僕はその場で高速回転を始めた。

ギュウウウウウウン

空気…近くの瓦礫さえも吸い込むほどの風が巻き起こる。
僕が回転を始め…そして部長が加速する…これが僕達の…合体技

「こっちにだって…背負ってる物があるんだ!…負けるわけには…いかない!」

そしてそこに…体の…この炎を…加える!

「炎部長流星弾!」

高速回転から放たれた部長は龍に向かい降下しながら徐々に炎を帯びていく。
炎が強さを増し大きさを増していく…そして龍と同じ大きさにまで燃え盛った…その炎は…部長を起点に狼の形を模した

「我が狼よ!…敵を噛み砕け!」

ニャオオオオオオオオン!

「あの男…よりにもよって我が…一族の技を真似しようなどと…!!!
この私を…一族を…このアヤコ=財前寺をこれ以上侮辱するのは…許さない!!」

龍と狼が相対する。そして…

「裏切られ…落ちぶれたとしても…私は…アヤコ=財前寺は…名家…財前寺一族を復興させる…!
後ろ指を指され…泥水をすすり…犯罪者の一族として首に縄をかけられ【吊られようと】…!決してその誇りだけは…奪わせない!!」

ぶつかり合う直前…彼女はそう叫び…手に持っていたタロットカードを…強く握りしめた。

ドゴオオオオオオオオオオオオオオオンン!!

「!?まずい…力が増した!?……爆発の規模が…!」

衝突寸前で大きさを更にました炎の龍と狼の衝突により発生した爆音と共に周りのビル群を吹き飛ばす爆風。
想像してたよりも規模の大きい爆発にすぐさま明神をキャッチし瓦礫や衝撃が行かないように体で包む。

爆風によって高速で飛んできたビルの瓦礫が僕の背中を容赦なく傷つけていく。
しかし…明神を庇ったまま…離す事なく僕はそのまま落下していった。

379ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/10/17(木) 02:55:11
明神を抱えたまま地面に激突する。…衝撃が落ち着いた後に空いた手で部長の召喚を解除し…再召喚をした。
部長はどうやら衝突した事によるダメージは…少なく済んだようだ…僕も…傷は派手だが…あの爆発にしては軽傷だ…少なくとも僕は生きてるから。

「明神…回復薬だ…ちょっと熱いかもしれないけれど」

バルデッシュにやられた明神の傷は深い。回復薬や魔法が無ければ病院で入院しなきゃいけないレベルだ。

「明神がここまでやられるなんて…すまない…敵を甘く見た…僕のせいだ」

僕が…もっと落ち着いて敵を観察できていれば…明神はここまで傷つく事はなかった…。
しかし反省は後でもできる…今は少しでも情報を集めなくては…勝つために。

「…あ!そうだ…さっきエンバースが騒いでたの聞いたか?10連がどうだの言ってたんだけど…中途半端にきいたせいで意味不明で…」

明神によるとロールプレイを済ませたレベル3と呼ばれるイクリプスには更に先があるらしい。
専用装備にタロットカード…片方を持つ物を仮に4…そしてその両方を兼ね備えた最強無敵のレベル5
そんなものは重課金じゃなければ簡単に揃う事はない…運営が何もしなければ。

さっきの力の増幅も…もしかして装備かカードの影響で…?

「運営…神様…つまりローウェルか…」

本来イクリプスの強さはもしかしたら専用装備とタロットカードがあってこの強さなんじゃないのか?…レベル3の今が本来のイクリプスの全力で…
エンバースが余計な事をしなくても…こいつらにはまだ成長余地が残されていたわけだ。

さすがにこれ終わったら説教だな…うん。

ジュウウウウウウウウ…!

抱えている明神のお尻から何やら焼き焦げたような音と匂いが…

「うわわわ!ごめん明神!」

部長には影響がなかったのに…明神には効果あったようで明神はお尻がこんがり焼けていた。

「自分や部長は熱くないんだけど…くそ…この炎…財前寺に焼かれた時からずっと消えないんだ…そのおかげでさっきは助かったんだけど…
これ…自分じゃどうにもできないんだよな…イクリプスに与えられたバフ…?デバフ…?…うーん判断がつきにくいな…財前寺を倒せば消えるとは思うんだが…」

そこにバルディッシュと相変わらずぶつぶつと何かを呟く財前寺の姿。

「これは…困ったな…倒せるなんて思ってたわけじゃないけど…ノーダメージとは…」

イクリプスの二人は…埃や煤は少しついていても傷を負っているようにはとても見えない

「ガハハハ!いやはや…見事な花火であったぞ…のう?アヤコよ」

「本当に…炎君に…なったのね…私がどれだけ探しても見つからなかったのに………しかもまさか敵だなんて…」

バルデッシュの言葉でさえもそれどころではないのか…単純に集中しすぎて聞こえていないのか…どっちにせよ今の財前寺の姿に確信を持つ。

380ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/10/17(木) 02:55:28
「明神!財前寺はきっと名乗りを上げないと龍を…彼女のいう一族の炎を使えない!
それに…彼女の弱点を僕達は…一つの攻略法のヒントを得たかもしれないぞ…」

この体の状態が一体何を指しているのか…それはわからない…だが限りなく答えに近いヒントを得たと…その可能性は高い。
財前寺の焦りを見ればそれは明らかだ…だがどうやってここからイクリプス敵の攻略の糸口を見つけ出す?直接本人が語る可能性は…あるのだろうか。

「アヤコ…?…炎君とな…?ふむ………あぁ!」

バルデッシュはなにやら考え込むそして僕の燃えた体を見てなにかを察したように手を叩く。

「女性しか生まれない財前寺家に婿にくる者の名だったか?」

「バルデッシュ様!!!!????」

そう簡単に…攻略の糸口が…簡単に…

「前にお主いっておったであろう?婿に迎える為に財前寺の女は素質ある男に試練を与え…そして一族の炎に祝福されし男を伴侶と認め…愛を捧げると」
「バルデッシュ様!!!!!!…お願いですからもうやめてくださいまし…!」

ガハハと笑うバルデッシュと炎に焼かれているわけでもないのに顔が真っ赤な財前寺。
そして固まる僕と明神。…うんまあ…ロールプレイって…そうゆう自分の理想というか…願望みたいなのが…入っちゃう時…あるよね…。

「ガハハ!どうだ?ジョンよ…アヤコは中々の器量よしであるぞ?もし主にその気があるなら…」

バルデッシュを涙目でポコポコと叩く財前寺。なんというか…もう居た堪れない。
よし…真面目な流れに戻す為にも…ここは気まずい空気を作ってしまった(?)僕がハッキリというべきだろう。

「いや普通に無理でしょ…敵だし。そもそも僕はカザハ一筋なので…お断りします」

やめてくださいね、今スキャンダルとかにうるさい時代なんで。と付け加える。
…なんだろう…空気が更に固まった気がする。なぜだ?

「ところで…この状態って治るかな?体が燃えてると…自分に害はないとはいえ不便なんだよね…取り除けるなら取り除いてくれると助かるんだけど…」

「あなた…あなただけは…絶対…殺す…絶対に…絶対にあの世に送ってあげますわ…!あなただけは…!例え刺し違えてでも…!」

周囲の熱が急激に熱くなる。…可笑しいな?今の会話の流れにそんなにキレる要素あった?

「ふーむ…お主はどうやら女の敵…という奴であるようだな…
アヤコの為にお主だけは生かしてやろうと思ったが………当初の予定通り事を進めるとしよう」

バルデッシュが言い終えると同時に殺気が放たれる。
アヤコも…さっきまでの不安定さが消え…周囲の熱の温度もまだまだ上昇していく。早く止めなければ呼吸どころか…生物が生きていられないような温度になるかもしれない。

「…ホントは最終決戦まで使わないで行くはずだったけど…一刻もはやくカザハの元に帰りたいし…出し惜しみは…してる余裕ないか」

部長のアイテムボックスから剣を取り出す…【非業の剣】

たなから…勇者から受け継いだ剣だ…全てが、特にDEX・クリティカル率を中心とした高スターテス補正に加え『非業』のデバフを付与を付与する…状態異常の耐性を下げる剣。
そして…この燃え盛る体…今だけ有効活用させてもらおう…。

今まで僕や部長では耐性を下げた上で雷刀で麻痺させてそこからダメージを出すという手段しか使えなかった…いやそれでも十分強いが…しかしこの体に纏う炎がある今なら…
直接切りつけて耐性が下がった傷口に直接炎を浸透させる事ができるかもしれない。
エンバースに後で【なあそれって…俺の…技に…にてないか?いくら俺がかっこいいからって…それって著作権侵害じゃないのか?…フッ】みたいな事言われそうだけど…

イクリプスにはブレイブ側の異常状態が効かない…つまりイクリプス側の異常状態として実装されてなければ効かない可能性が高いと…明神が言っていた。
明神の考察の説得力はすごい…実際その通りだと思う…だが…それは【普通の】イクリプスの話だ。
今…僕達の前にいる彼女達は…ロールプレイという力の代償に…本来存在しない力を行使した事によって…イクリプスとして少し逸脱した存在になった。
より人間らしくなったと言えばいいか…うーんいい言葉はちょっと思い浮かばないけど…よくも悪くも…今の彼女達はイクリプスであって…そうではないはずだ

そもそも誰も検証してないからな…どっちにしてもやってみる価値はある。

「非業の剣か。その剣の性質は知っておる…耐性を下げる剣か、確かに脅威ではあるが…残念だがお主のしたい事は叶わぬよ」

そもそも剣が届かなければ前提が崩れる…僕は剣を強く握り直す。頼むたな…僕に力を…分けてくれ。

「へえ…知ってるんだ?もしかしてブレモン経験者?…まあ…何事やってみなきゃわからないだろ?
…それに…何回目かもう分からないけど…改めてまた…覚悟を決めてきたからね。僕の歌姫に…世界に…本当にこれ以上無様な姿は見せるわけにはいかないんだ」

「僕の名前はジョン・アデル!こっちは相棒の部長。今日…この時から…世界の全てを救う英雄達の中の一人と一匹だ…よく覚えておけ」

【アヤコの龍の秘密に迫る】
【ロールプレイの力の代償としてイクリプスとして本来あるはずの能力が減少して(もしくは欠けて)いるのでは?という考察】
【試練を乗り越え罪と向き合い新たな覚悟を決める】【体引き続き炎上中(自分と部長にはダメージなし)】

381embers ◆5WH73DXszU:2024/10/17(木) 18:23:58
【マイ・ガール(Ⅰ)】


『例えば――俺のこの、ダインスレイヴとかな!
 ちゃんと人数分ドロップするなんてナイーブな考えは捨てろ!
 ブレモン運営の事だ……最低でもダメージを入れてなきゃドロップ権なんて得られないぞ!』

ブレードを高く掲げたハイバラが叫んだ。
この世界はゲームらしいが、あーしらの世界にだってゲームくらいある。
とは言え、イクリプス候補生はみんなけっこー根がマジメちゃん。
でなきゃ宇宙を駆ける兵隊さんになんてなりたがったりしない。
けど――あーしは別に、星喰いがどうとかに興味ないんだよね。
いっぱいお金稼いで、おいしいごはんを食べて、みんなと楽しく仲良く生きていたいだけ。だからゲームもフツーにする。

つまり――アイツが何を言ってるのかも大体分かる。狙いは明白だ。
ドロップ権――要するにアイツをぶん殴っといた方が教官達の報酬に色が付くってワケだ。
やらしー事考えるじゃん?誰だって自分一人だけ損するなんてイヤだもんね。みんなの教官だってそう。

それに……本当にやらしーのは「ダメージを入れてなきゃ」って部分。
だって本当にそれでドロップ権が得られるかなんて分かんないじゃん。
でもハードルが低いからこそ、みんなの教官もそれをわざわざ疑わない。
ダメージを入れるだけなら、一撃当てるだけなら。とりあえずそうしとこうってなる。
一人一人から小さな妥協を引き出して、結果的に大きな時間を稼いでる。

……いや、それにしてもすんごい大立ち回り。
フラウちゃんと連携出来ないように、みんなで分断しながら戦ってるのに。

「あー……教官?これ、あーしどうしたらいい?」

『ん〜?くうちゃんはどうしたい?』

「いや、あーしに聞かれても……とりあえずドロップ権確保しとかなくていいの?」

『あはは、あんなんブラフだって分かってるからどうするか聞いたんでしょ?』

「それは……まあ……」

『いいんだよ〜。あなたはうちの子。私の子なんだから。どうしたいのか、あなたが決めてもいいの』

うちの子。教官達の間で流行りの言い回し。
イクリプスは……教官達がキャラメイクして生み出された……らしい。
あーしにはフツーに今まで生きてきた記憶があるのにね。
教官は世界五分前仮説みたいなものだって言ってた。

ちょっと複雑な気持ちにはなるけど……まあ大事にされてるって事は分かる。
尻尾がむずむずするから、あんまりさらっと言わないで欲しいけど。

「……じゃあ。あーしはみんなに仲良くして欲しいかなー」

『よーし、そうしよう。どうやればいいかは――分かるよね?』

「……もち!しゃーないなぁ……あーしが一肌脱いでやっか!」

さっき届いたばかりの特級兵装……えっと、てん……天河鎮底神珍鉄をぐるりと回して構える。
あーしシューティングスターなのにこの兵装、ブレードが付いてないんだけど大丈夫かな。

「まっ……なんとかなるかぁ――!」

ブレードがあってもなくても……こんだけ重たい棒きれでぶてば痛いに決まってる!派手な装飾も多分当たったら痛い!
両手でしっかり握って振り上げて――ハイバラ目掛けて飛びかかる。
風圧が髪を掻き乱す感覚。我ながら会心の踏み込み。振り下ろす――響く金属音。硬くて痺れる手応え。

382embers ◆5WH73DXszU:2024/10/17(木) 18:24:21
【マイ・ガール(Ⅱ)】

「……セコい時間稼ぎするじゃん。でも、それももうおしまいだよ!
 あーしがアンタを一人でぶちのめしちゃえば……
 みんなももうドロップ権なんて言葉で惑わされる事もないもんね!」

『なるほど、完璧な作戦だ。不可能だって点に目を瞑ればな』

流石はハイバラ。みんながゴチャついてるとこを狙ったつもりだったけど余裕で防がれた。
鍔迫り合いの形。問題は神珍鉄には鍔がない事。
つまり……来た!ブレードをこちらへ滑らせて、指を落とされる!

でも読めてる!左手を引いて右の石突で打ち返す!
打つ。弾かれる。打つ。いなされる。打つ。打つ。打つ打つ打つ!打ちまくってるのに全然届かない!なんで!?
槍は当然突きがメインの武器だけど、打撃を主体にしたって全然弱い訳じゃない。

だって剣は構えて、斬って、次の構えを取る。
でも槍……というか棍は例えば右の石突で殴れば、左の石突を引く形になる。左に振りかぶった状態になる。
つまり攻撃と振りかぶりが同時に出来る!だから攻撃の回転率はこっちがずっと上なのに!

「なんとか……ならなかった――――!ああもう!おかしいでしょ!どういうスピードしてんの!」

仕方がないから一歩退く。でも構えは解かない。視線は切らない。
周りのみんなは……待ってくれている。というか私が待たせている。
ロールプレイは私達の能力を大きく向上させた。
けど同時に私達をゲームのキャラクターじゃない、血の通った人間にもしてしまった。
してしまったって言い方はちょっとアレだけど……とにかく私達は「やり方」を選ぶようになった。
誰もこの状況であっちの後衛……比較的弱めなブレイブを集中狙いしたりしない。
ハイバラに弱い駒を庇わせてパフォーマンスを落とさせる……その方が効率いいのに。

ガチガチの飽和攻撃もしない……これに関しては数の力で勝とうとすると
「個人の武技を捨ててモブみたいな事してる」ってロールプレイになっちゃうってのもあるんだけど。
とにかく、かく言う私も……私が決めてやるって気持ちを抑え切れてない。

「――ねえ。P2Pって知ってる?」

『あん?……雑魚回線ホストのせいでゲーム全体がラグくなるヤツか?』

「え?ラグ?なにそれ?やめてよ、こちとら宇宙世紀生まれだよ?
 P2Pって言うのはプラネット・トゥ・プラネット。あらゆる星を飛び回るイクリプスの踏破訓練。
 ええっと、あなた達に分かりやすく言うなら……トライアスロン?」

『ああ……パルクールしてタイムを競うとか、そういう感じのミニゲームか。ちょっと面白そうだな』

「ちょっとじゃないよ!めっちゃ面白いんだよ!教官がルートを見つけて、私が走る!飛ぶ!泳ぐ!
 私達ね、P2Pがすっごく得意なの。『星光(イルミネイト)』の出力は全然大した事ないんだけど――



 ――P2Pのタイムなら『皇帝』にも『正義』にも負けないんだー」

383embers ◆5WH73DXszU:2024/10/17(木) 18:24:38
【マイ・ガール(Ⅲ)】

神珍鉄を肩に担ぐ。
さっきの攻防でこの子もいい感じに手に馴染んできた。

「あーしは孫護空。イクリプス候補生にして……未来の凄腕トレジャーハンター。
 そのダインスレイヴ、あーしに頂戴よ。高く売れそうだからさ」

『ざけんな。だいじなものだぞ。売れる訳ないだろ』

「そんじょそこらの店ならね。でもイクリプスのコネがあれば……きっとそれ一本で星が買えるよ」

今はもうどこにもない母星に意識を集中する。
星の眼差しは星が滅びたからって消えてなくならない。
星の光が星が滅びた後も宇宙に残り続けるように。

P2Pで走って、走って、走り込んで――ぶっちぎりのタイムを叩き出して、寝落ちして。
目が覚めたら私のおでこに一枚のカードが乗っかってた。
そう、『愚者』のカードが……なんでよ!まあ、一日中走って飛んで疲れて寝てたらそう言いたくなるのも分かる!

「流星槍術、愚者の型。攻法一式――」

とにかく『愚者』の運命は自由とか、可能性とか……あと無邪気とか!
その運命をこの身に宿して、星光を通じて武器に流し込めば――響くのは七つの風切り音。

「――『七光』」

私は肩に担いだ神珍鉄をまっすぐ直上から振り下ろした。
私は肩に担いだ神珍鉄を横薙ぎに振り払った。
私は肩に担いだ神珍鉄を下段へ薙ぎ払った。
私は肩に担いだ神珍鉄を――
私は――

構えた状態から放つ可能性のある複数の攻撃を同時に繰り出す――次に響くのは一つの金属音。
嘘でしょ。七つの軌道から迫る同時攻撃を……たった一振りでまとめてパリィされた。
いや、違う……同時攻撃だからパリィしたんだ。見た目だけ派手な弾幕をローリング一回ですり抜けるみたいに!

「なかなかやる! だったら、これはどう?愚者の型、歩法二式――『星天闊歩』」

ハイバラを六人のあーしが取り囲む。いや、あーしもあーしなんだから合計七人……今はこういう事考えるのやめよう!
とにかく、あーしが「そこにいる」可能性を分身として出現させた。
真正面からあーしが突貫。同時にあーしが背後から強襲。
ハイバラの返し手は――ただの縦斬り。後方のあーしを振り上げついでに斬り裂いて、そのまま正面のあーしに斬りかかる。
……ざけんなはこっちのセリフでしょこれ!流れ作業であーしが一人やられたんだけど!?

こっちの攻撃の軌道を変えてブレードを迎撃。金属音で耳が痛い。鍔迫り合いに持ち込む。
そこに左右後方のあーしが横槍を入れる……間もなくあーしが蹴飛ばされた!痛い!
そこから振り向きざまにあーしが更に三人やられた!ひどい!

ハイバラがぐるっと一回転して再びあーしを睨む。そして――飛び散る鮮血。
響く打撃音――ハイバラが生身の額から血を流していた。
蹴飛ばされた私から放たれた、届く筈のない打撃がハイバラの額をかち割っていた。

天河鎮底神珍鉄……この子は星光を通す事で伸縮自在に操れる。柔いも堅いも、軽いも重いも私の意のまま。
最初はブレードがない事に戸惑ったけど……ないんじゃない。いらないんだ。
十分な星光を通わせたこの子でぶん殴れば――どこをどう当てたって致命傷になる。

「いひひ……磨いた武芸も大事だけど、結局優れた道具ってのはいいモンだよね。ねえ?ダインスレイブの使い手さん?」

384embers ◆5WH73DXszU:2024/10/17(木) 18:25:04
【マイ・ガール(Ⅳ)】

『は……なに得意げにしてやがる。お前は初見殺しで俺を殺し損ねたんだぜ?もっと悔しそうにしろよ』

額の傷を燃える左手で焼きながらハイバラが噛みついてきた。

「あ、出た出た。そういう強がりの負け惜しみ……あーしの教官が好きらしいんだよね。
 あーしもちょっと分かっちゃうな〜。いじらしい、ってヤツ?」

教官達はあーし達イクリプスと記憶や思考、感覚を同調出来る。
なんだっけ……フルダイブ、とかいうらしい。
ロールプレイにはこの同調を深くする必要があるんだとか。

そうすると、あーしはあーしでありながら教官に。教官は教官でありながらあーしになる。
ハイバラの表情を歪ませるのがちょっと楽しいのは、きっとそのせい……でないとあーしがヤベー女だ!
……いや待て。もしそうだったら今度はあーしの教官がヤベー女じゃん!やべえ!どっちにしよう!

「ま、いっか……考えるのは後にしよ。まずは……アンタの次の言い訳が聞きたいなー?」

気を取り直して『星天闊歩』をかけ直す。初見殺しはもうかました後。
だから今度は分身のあーしも神珍鉄を自在に操る。それだけじゃない。

「愚者の型、攻歩複式――『満天闊歩』」

今度はあーしの分身全てが『星天闊歩』を発動する。
……さーてハイバラちゃん、これでも余裕ぶっていられるかな?

あーしは両手で握った神珍鉄を頭上へ。地面と水平に構える。
そしてハイバラの脳天目掛けて振り下ろした。
そしてハイバラの首筋目掛けて薙ぎ払った。
そしてハイバラの鳩尾目掛けて突きを放った。
足払いを打った。神珍鉄を鞭化させて振り回した。
棒高跳びの要領で頭上を取って遠心力のままに叩きつけた。
伸縮自在の機能を活かしてノーモーションの連続突きを繰り出した。
両腕で神珍鉄を背面にホールド、そのまま踊るように回転、殴打の嵐を巻き起こす。

そして――――手応え、あり。焼け焦げた半身のあちこちが砕けて火の粉が舞う。
生身の半身から血が飛び散る。
ハイバラは防ぎ切れてない。躱し切れてない。
……いや、一部をしのいでるだけでも大概おかしいんだけど。

「……ふー。どう?次のかわいい負け惜しみを聞かせてよ。ハイバラちゃん?」

ちょっと息継ぎ。呼吸を整えて、額の汗を拭う。

『……『星光(イルミネイト)』の出力は大した事ない、だったか?
 多分、星光ってのはこうしたスキルを使う為のリソースなんだろうな。
 今のでお前が分身と特殊な攻撃を維持出来る時間はおおよそ分かった。次はもっと上手く捌ける』

……やられた。あんだけボコられてる中でそんな分析してると思わなかった。
普通にその驚きが顔に出ちゃった。そして今度は……ニヤつきが抑えられない。

「……いいね。手も足も出ませんでしたをそんなに文学的に表現出来るなんて、素敵じゃん。
 もっと叩けば……もっと素敵な言い回しを聞かせてくれるのかな?」

385崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/10/24(木) 20:15:24
「分が悪いわね……」

ワールド・マーケット・センター前で繰り広げられる『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』と『星蝕者(イクリプス)』の戦いを見ながら、
なゆたは呻いた。
急造『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』による防御線の構築と、タイラントの活用。
そしてエンバース率いるオフェンス部隊。
寡兵ながら出来る限りの対策を打ち出したつもりではあったが、やはり此方の消耗が厳しい。
何と言っても、『星蝕者(イクリプス)』の動きがメンテナンス前とは別物だ。
エンバースのロールプレイ提案により、『星蝕者(イクリプス)』が一段階レベルアップしたのは間違いなかった。
実勢経験もなくブレモンのキャリアも浅い急ごしらえの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』との差が、
ここへ来て顕著に表れてしまった形である。
かくなる上はジョンの放送を聞いた人々からの協力に期待するしかなかったが、それもすぐに効果の出るものではあるまい。
兎にも角にも、なゆたの仕事は防御線をこれ以上突破されないよう死守すること。それに尽きる。
とはいえ――

「ぎゃあっ!」

「た、助けて……死にたくない……!」

「うわああああああッ!!」

そこかしこで悲鳴が交錯する。阿鼻叫喚の地獄絵図が展開される。
各人がバラバラに行動していたメンテナンス前とは異なり、今の『星蝕者(イクリプス)』は徒党を組み、
隊伍を敷いて的確に『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』側の防御が手薄な場所を狙ってきている。
エンバースの報告によると、当初の想定を上回る『星蝕者(イクリプス)』さえ出てきたらしい。
実際、エンバースは長柄の棍を携えた『星蝕者(イクリプス)』にかかりきりになっている。
これでは遊撃部隊の役目は果たせない。何とかアシュトラーセがエンバースの穴を埋めようと奮戦しているが、
それにも限りがある。

――銀の魔術師モードさえ使えれば……!

悔しそうな表情を浮かべ、なゆたは歯噛みした。
銀の魔術師モードなら、『悠久済度(エターナル・サルベーション)』で負傷者を救うことが出来る。
『星蝕者(イクリプス)』たちの只中に突っ込んで、三面六臂の戦いを繰り広げることも出来るだろう。
しかし、それは絶対に使えない。使えば待っているのは即時の死だとみのりから宣告されている。

「ポヨリンッ! 『ハイドロスクリーン』!」

『ぽよよよぉ〜っ!』

鋭く足許のポヨリンに指示する。ポヨリンが全身から霧を噴き出し、周囲の視界を閉ざす。
必要なのは時間だ。時間さえ稼げれば、ジョンの呼びかけが必ず実を結ぶに違いない。
だが――

「見つけたぞ! 『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』!」

ボッ! と濃霧を突破し、『星蝕者(イクリプス)』が突っかけてくる。
繰り出される剣をなゆたは咄嗟に自らの剣で防いだが、膂力が違いすぎる。
元々、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は非戦闘員だ。バリバリのアクションゲーム畑から来た相手に敵う筈もない。
結果鍔迫り合いに持ち込むことさえできず、弾き飛ばされてどっと地面に倒れた。

「あぐッ……!」

「その首、貰った!」

大きく剣を振り上げ、『星蝕者(イクリプス)』がなゆたにとどめを刺そうとする。

「月の子!」

アシュトラーセの声が響く。禁書の継承者は素早くなゆたと『星蝕者(イクリプス)』の間に割り込むと、
先端に魔導書を括りつけたフレイルで間一髪攻撃を受け止めた。

「はあああああッ!」

ぶぉんッ! と唸りを上げ、アシュトラーセがフレイルを振り回す。
鋼鉄で装丁された魔導書を鉄球代わりに据えた特別製のフレイルは、直撃すれば容易に人体を殺傷し得る。
『星蝕者(イクリプス)』にとってもそれは同じだ、敵は継承者の闖入に警戒を強めると、身軽に飛び退いた。
それを見逃すアシュトラーセではない。前方へ向け炎を吐くと、それを目晦ましにしてなゆたを担ぎあげる。

「一時撤退するわよ……!」

「で、でも……」

「いいから!」

負傷した他の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』やパートナーモンスターたちを其の侭にしてはおけない。
なゆたは躊躇ったが、アシュトラーセは聞く耳を持たない。竜の膂力で軽々となゆたを運んでゆく。

386崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/10/24(木) 20:15:57
「離して!」

アシュトラーセに担がれながら、なゆたは藻掻いた。

「アシュトラーセ、離して! みんなを、みんなを助けなきゃ!
 わたしが退いちゃ、みんなを救えない! 助けられない……ッ!」

「退却の指示はもう出したわ! 防御線を捨てて、センターまで退避って!」

「わたしが……、わたしが最後まで残って、みんなを……!」

この戦いは、なゆたたちが始めた戦いだ。
戦いに勝つための手勢として、センターにいた皆を『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』にした。戦力として、兵として当て込んだ。
その結果がこれだ。戦線は崩壊し、多数の犠牲者が出た。
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』側の死者はいったいどれだけだろう? 当初の百人超の人数のうち、
今なお生き残っているのは、果たして何人くらいなのだろうか? 何れにしても、大勢の人間が死んだ。
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』として戦わなければ、生き延びられたかもしれないのに。

「わたしは……逃げちゃいけないんだ! 最後まで、責任を果たさなくちゃ――」

「うぬぼれないで!!」

なゆたを担ぎながら、アシュリーがぴしゃりと叩きつけるような口調で返す。

「貴方ひとりに何が出来るというの!?
 これは戦争なのよ、今までの戦いとは違う! 貴方ひとりが頑張ってどうにかなる、もうそういう規模の話じゃないのよ!
 目を覚ましなさい!」

仮になゆたがあのまま戦場に残り、死力を尽くして『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちの撤退を手助けしたとしたら、
確かに何人かの命を救うことは出来ただろう。
だが“それだけ”だ。とても、防御線を張っていた仲間全員を救うことは出来ない。
そして、なゆたは戦死していただろう。

「でも……わたしは、みんなを戦場に……」

「彼らが戦場へ出たのは、彼らの選択。誰に強制された訳でもないわ。
 エンバースが何度も念を押していたでしょう。彼らは彼らの意思で戦場に出たのよ、そして――死んだ。
 悼むならまだしも、責任を感じるのはお門違いでしょう」

ガガァァァァンッ!!!

耳を劈くような轟音が轟き、ワールド・マーケット・センターが震動する。どうやら、内部で何かあったらしい。
センターの中はセンターの中で、激闘が繰り広げられているのだろう。
カザハやジョン、明神の安否が気になるが、今は様子を見に行っている余裕もない。

「……わたし……は……」

無力だ。
今までアルフヘイムとニヴルヘイムを旅して、たくさんの戦いに勝利し。
多くの死線を潜り、満を持してローウェルとの決戦に挑んだ。
自分たちアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の力を結集すれば、きっとローウェルにも勝てるだろうと。
そう踏んでいたのだ。しかし、それはとんだ間違いだった。
『星蝕のスターリースカイ』は、『星蝕者(イクリプス)』は、ローウェルの奥の手だ。
満を持してなゆたたち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を潰しに来たのは、ローウェルの方だった。
誰も死なせないと、必ず皆で生き残って勝利するのだと、そう誓った筈なのに――。

「逃がすか!」

「追えッ! なんとしても仕留めろ!」

撤退のため後方へ疾走するアシュトラーセを発見した『星蝕者(イクリプス)』たちが、わらわらと群がってくる。
斬撃と、銃撃。残敵掃討のため一気呵成に襲い掛かってくる『星蝕者(イクリプス)』の攻撃を、アシュトラーセは巧みに回避する。
が、すべてとは行かない。何発かは被弾し、司書の制服が血に染まってゆく。

「く……」

「アシュトラーセ!」

アシュトラーセの顔が痛みに歪む。なゆたは思わず叫んだ。
幾らハーフドラゴン由来の豊富なライフと堅牢な防御力があるとはいえ、それにも限度はある。
宇宙で超巨大な獣を相手にする『星蝕者(イクリプス)』の火力を幾度も受けて、無事に済むはずがない。
彼女の重荷になるまいと、なゆたはどうにかして彼女に下ろして貰おうとしたが、
アシュトラーセは頑としてなゆたを離さない。

「……皆の死に責任を感じているというのなら、生き延びなさい」

「え?」

「最後まで諦めないで、何としても生きるのよ。
 月の子、貴方は希望なの。例え私たちは死んでも、貴方が生きていればその死は無駄ではない。
 貴方だけじゃない、カザハも明神も、ジョンも。エンバースも……貴方たちは特別。だから」

『星蝕者(イクリプス)』の追撃を振り切り、血まみれになりながら、アシュトラーセはなゆたを諭すように言った。

387崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/10/24(木) 20:17:10
ワールド・マーケット・センター入口前まで移動すると、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちも後を追って撤退してきた。
生き残ったのはざっと三十人程度といったところか。それも、皆無事という訳ではない。
ほとんど全員が浅からぬ怪我を負っており、中にはパートナーモンスターに運ばれてきた者もいる。
当初の数よりだいぶ減ってしまった。アシュトラーセは戦うことを望んだのは本人たちだと言ったが、
やはりそれでも責任を感じてしまう。

「おう……、無事であったか」

巨大なグリフィンが上空から飛翔してきて、翼を羽搏かせながらなゆたたちの前方に着地する。
その背には数人の負傷した『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が乗っていた。
負傷者を下ろすと、グリフィンはゆっくり輪郭を崩し、エカテリーナの姿になる。
どうやらエカテリーナは戦線の崩壊に際して虚構魔術を使い、魔獣と化して負傷者の救助に回っていたらしい。

「エカテリーナ……」

「付け焼き刃の俄か『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』とはいえ、もう少し持つと踏んでおったが……。
 存外に崩れるのが早かったものよ。とはいえ『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が役に立たなかったのではない。
 我々の当初の予想を『星蝕者(イクリプス)』どもが大きく上回っておっただけじゃ」

「もう、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちは戦えないわ。センターの中に避難させましょう。
 でも……とすると、もう此方には使える戦力が――」

『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は完全に総崩れとなり、もはや『星蝕者(イクリプス)』の侵入を留めるのは不可能となった。
ジョンの放送が効果を発揮するまで時間を稼ぐことは、もうできない。
防御線が消滅したことで、『星蝕者(イクリプス)』はここぞとばかりにセンターの中へ押し寄せてくるだろう。
そうなってしまえば、完全におしまいだ。
だが――

「なに、案ずるな。
 妾に策がある、とっておきの奥の手が……な。それを使えば、もう暫くは持ち堪えられるであろうよ」

エカテリーナが戦闘で煤けた美貌に笑みを刻む。
なゆたとアシュトラーセは怪訝な表情を浮かべた。『星蝕者(イクリプス)』を少しでも足止めしておける策、
そんなものがあるのなら、もっと早くに出しておけば被害も少なく済んだのではないのか。

「奥の手?」

「うむ。それはな――」

エカテリーナは自信満々に説明した。
其れを聞き、なゆたとアシュトラーセの顔色が変わる。

「待って、エカテリーナ……!」

「カチューシャ、そんなことをしたら……貴方は!」

「うむ。死ぬであろうな、間違いなく」

エカテリーナは当然のようにあっけらかんとして答えた。

「ほ……、他の手を考えましょう? 此処で貴方を喪う訳には……」

「何を言うておる。他の手などありはせぬ、アシュリー。其方も分かっておろう」

「け、けど……!」

「見よ」

エカテリーナが右手を差し伸べる。
その手は、鉤爪の生えた猛禽類の――先程変身したグリフィンのまま、戻っていなかった。
他にも、クリノリンドレスの裾や精緻な刺繍といったディティールがぼやけている。

「――――!!」

なゆたとアシュトラーセが息を詰まらせる。

「虚構魔術の使いすぎじゃな。ミズガルズへ来てこっち、短時間のうちに少々変身をしすぎた。
 完全には姿が戻らぬ……実を言うと、現状この姿を保っておるのも中々難しくての」

エカテリーナのユニークスキルにして代名詞たる虚構魔術は強力無比な反面、
使いすぎれば自我が希薄になり最悪消滅してしまう諸刃の剣でもある。
実際に一巡目の世界ではエカテリーナはイブリース率いるニヴルヘイムの大軍に対抗するため、
度重なる虚構魔術使用の末に消滅してしまった。

「エカテリーナ……!」

なゆたが唇をわななかせる。
ワールド・マーケット・センター前の防御線を維持するため、
エカテリーナは幾度となく変身を繰り返して『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちのアシストに務めた。
その結果がこれだ。なゆたやアシュトラーセが傷つき疲労しているのと同様、
エカテリーナもまた限界に差し掛かっている。
そして、己の最後の力を振り絞って奥の手を発動させようと画策しているのだ。

388崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/10/24(木) 20:19:04
「確かに……、貴方の策ならもう少しだけ、時間を稼ぐことは可能かもしれない……。
 でも! そんなの許さないわ、そんな玉砕まがいの策なんて!
 カチューシャ! 別の方法を探しましょう、もっと他の――」

「くどい!!」

何とか思い留まらせようとするアシュトラーセの言葉を、エカテリーナが一喝する。

「何度も言わせるでない、アシュリー……そんな上手い方法など何処にもない。
 ないからこそ、妾たちはこうして窮地に立たされておる……。かくなる上は、誰かが犠牲にならねばならぬのじゃ。
 甘い考えは捨てよ」

「でも! 仮にそうだとしても、何も貴方が……」

「アシュリー。妾たちは何じゃ?」

先程宣言した通り、基本形の貴婦人姿さえ維持しているのが困難なのだろう。エカテリーナの額には脂汗が浮いている。
が、決して弱音は吐かない。どころか毅然とした態度でアシュトラーセを叱咤している。

「……何……って……」

「妾たちは『十二階梯の継承者』。大賢者ローウェルが未曽有の厄災に備えて招集した、各分野の達人。アルフヘイム最高戦力。
 ならば、今まさに! 三界の悉くが侵食に呑まれんとしているこの状況こそが未曽有の厄災に他なるまい!
 此処で妾たちが命を懸けずして何とする?」

パキ、パキキ、とエカテリーナの身体から音がする。人ならぬ別の姿に変質してゆく。
既に身体は限界に達し、己の姿の認識さえも曖昧になってきている証拠だ。
それでもエカテリーナは続ける。

「案ずるな、死はすべての終焉ではない……大事なのはその際に何を遺すかじゃ。
 妾は斃れようとも、それで其方らの命脈を繋ぐことが出来るならば上々の成果であろう。
 それにな……」

エカテリーナは愛用の長煙管を取り出すと、ふぅっ……と紫煙を吐いた。
それから、なゆたとアシュトラーセへ悪戯っぽくウインクしてみせる。

「『虚構の』エカテリーナは此処一番の大勝負で命惜しみしたすくたれ者――などと、後世の謗りを受けるのは我慢ならぬ。
 妾は最後まで誇り高く、美しく。皆の未来の礎となるため散ったと……そう評価されるのが佳い!」

呵々と、エカテリーナは笑った。とてもこれから玉砕する人間とは思えない、朗らかな笑い声だった。
或いはそれは、己の死を受け容れたからこその吹っ切れた、衒いのない表情だったのかもしれない。
センター前に『星蝕者(イクリプス)』たちが集まってくる。その数は数十はいようか、
この数に一気にセンター内に殺到されては、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』側は一溜りもない。

「ふん。蚊トンボどもが、雁首揃えて群れ集ってきおったわ。
 さあ――行け! 月の子、アシュリー!
 行って、見事賢師を打ち破って参れ!
 妾は其れを冥府から確と見届けさせて貰おうぞ、ゆるりとな!」

「カチューシャ……!」

「おお。そうそう、アシュリー。最後にひとつ約束せよ」

迫り来る『星蝕者(イクリプス)』たちを単独で迎え撃つように、エカテリーナがセンターの入口前に立ち塞がる。

「この戦いが終わったら、戦記をしたためよ。此度の三界消滅の顛末を記した戦記をな。
 特に、妾に触れた部分は頁を多く割いて詳細に! 美辞と麗句を極めて称賛するが善いぞ!」

この期に及んでも、エカテリーナの人を食ったような態度は変わらない。
そんな最後の最後まで自分のキャラクターを貫き通すエカテリーナに、アシュトラーセは目許を軽く拭うと、

「――貴方のエピソードだけで本が一冊出来るくらい、たっぷり書いてあげるわ」 
 
と、微かに笑って返した。

「禁書にはするでないぞ」

エカテリーナも不敵な笑みを浮かべながらそう告げる。――それが合図。

「振り返るな、自分の役目を遂行せよ!」

「エカテリーナ! ……武運を……!」

なゆたとアシュトラーセ、そして生き残りの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』がセンターの中に退却する。
それを確認すると、エカテリーナは僅かに目を細めた。

「やれやれ、行ったか。
 それにしても一巡目と同じ死に様とは、妾もよくよく因果なことよ。
 されど妾らしいとも言える。きっと何巡繰り返そうとも、妾は同じ死に方をするのであろうな。
 ふふ――」

剣呑な武器を手に、『星蝕者(イクリプス)』たちが押し寄せてくる。
エカテリーナの身体から、ボウ……と魔力の波動が滲み出る。

「……それも善し!!」

ぶわッ!!

エカテリーナの身体が魔力となって拡散してゆく。その肉体が希薄になり、分解されてゆく。
自らの存在の、自我の、人格の消滅と引き換えに『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』へ時間の猶予を与える、最後の虚構魔術。
それを開放すると、やがてエカテリーナの意識は虚空へ消えていった。

389崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/10/24(木) 20:19:35
「ぁ、ぐぅぅ……ッ! コイツ……!!」

「何を驚く?
 皇帝は単騎では動かぬ。最強の皇帝には、最強の乗騎が傅く……当然の帰結であろうよ。
 紹介しよう、我が愛馬。帝騎ルドルフ!」

剣を片手に提げたまま、オーロールが余裕綽々といった様子で告げる。
クラス・ネビュラノーツは戦車、サーフボード、ドローンなど何らかの乗り物を駆使して戦う。
当然、そのクラスを名乗ったオーロールにも乗騎がいて然るべきということになる。
黄金の馬鎧を纏った純白の巨馬――ルドルフが額の角で貫いたガザーヴァの傷をさらに深く大きくしようと頭を大きく振る。
ガザーヴァは歯を食い縛り、何とか体勢を整えて巨馬の首右横を蹴ると、角を抜いて脱出に成功し片膝で地面に着地した。

「ク……ソッ……!」

カザハが素早く『高回復(ハイヒーリング)』のスペルカードを切る。
シュウシュウと白い煙をあげながら、貫かれた場所が回復してゆく。

「逃れたか。あのままルドルフに屠られておれば、長く苦しまず逝けたものを。
 折角差し伸べられた慈悲の手を撥ね退け、敢えて煉獄の炎に焼かれようとは……度し難い」

オーロールが寄り添う愛馬の鼻面を撫でる。
ルドルフの肩高は少なく見積もっても190cmはあろう。サラブレッドとは違う、俗に重輓馬と呼ばれる品種のようだった。
そんな巨大な馬が全身びっしりと豪奢な装飾の施された馬甲冑を装備している様は、まさしく重戦車といった佇まいだ。
むろん、ネビュラノーツであるオーロールの騎乗テクニックはそんなルドルフを完璧に制御し得る卓越したものなのだろう。

「先にも言ったが、あまり時間は掛けられない。
 その音楽をやめさせた後で、外に取って返し『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を残らず殲滅せねばならぬのでな。
 ま……5分といったところか」

「ッざけんな! 5分でやられるのはテメェの方だ!」

激しく反論したガザーヴァだが、眼前の『星蝕者(イクリプス)』がかつてない強敵だということは紛れもない事実だった。
奥の手である超レイド級モンスター、幻蝿戦姫ベル=ガザーヴァは使えない。
幻蝿戦姫の成立には明神の持つスペルカード『超合体(ハイパー・ユナイト)』と、片割れであるマゴットの存在が不可欠。
それが無い今、ガザーヴァは自らの力でオーロールを打倒しなければならなかった。
だが――

――ボクはボクの役割を果たす!
  明神と、これからも一緒に歩いてゆくために――!

ガザーヴァには迷いも、焦りも、不安もなかった。どころか、期待と幸福で胸を一杯に膨らませている。
『結婚しよう』と、言ってくれたのだ。これからもずっと、ずうっと。命が終わるまで一緒にいようと約束してくれたのだ。
この戦いが終われば、其れが叶う。ふたりで世界のどこへでも行ける。
長い間求め、渇望しながらも、決して手に入らなかったものが手に入る。永遠になる――
であるのなら。こんな場所でこんな相手に手古摺っている暇はない。

「馬に乗るのはテメェの専売特許じゃねーんだよッ!
 ……来い! ガーゴイル――――――ッ!!」

パチン! と左手でフィンガースナップを鳴らす。
と、何処からともなく漆黒の天馬が現れ、ガザーヴァの隣で高らかに嘶いた。
オーロールがニヤリ……と嗤う。

「はは! 幻魔将軍が乗騎、ダークユニサスのガーゴイルか!
 これは僥倖。かつて幾人もの冒険者が、汝ら主従に苦杯を舐めさせられたと聞く。
 であれば――積もりに積もった汝らへの恨み、衆生に代わって余が晴らして呉れようぞ!」

「ほざけ!!」

ガザーヴァとオーロールは同時に愛馬に跨った。そして、一気に手綱を打ち馬腹を蹴って一直線に突進する。
ガゴォンッ!! とまるで自動車が正面衝突したかのような轟音を立てながら、二頭の馬が激突する。
その結果。

「……ぐ……!」

力負けしたのは、ガザーヴァとガーゴイルだった。
帝騎ルドルフ渾身のぶちかましに半ば吹き飛ばされる形で後退し、たたらを踏む。
ガザーヴァは何とか鐙を踏ん張って持ち堪え、落馬こそ免れたものの、あまりの衝撃に咄嗟には立ち直れない。
同じ馬でも、典型的なサラブレッド体型のガーゴイルと重輓馬であるルドルフとでは体格と筋肉量に差がありすぎる。
また、ガーゴイルは速度を重視し馬具も手綱と鞍、鐙くらいしかつけていない。
顔面から蹄まで全身馬鎧で武装したルドルフと力比べをしたところで、相手になるはずがなかった。

「そんな貧弱な馬体で、我が乗騎を陥落せしめられると思っているのか? 笑止!」

ドンッ!! と強く床を蹴り、オーロールを乗せたルドルフが跳躍する。
ルドルフが前足を揃えガザーヴァとガーゴイルを踏み潰そうと降ってくる。サラブレッドの体重は平均4〜500キロだが、
重輓馬の体重は1トンにもなる。全身馬鎧を装着したルドルフの総重量たるやもっとだろう。
そんなものに踏まれれば一溜りもない。

「ちィ……ッ!」

ガザーヴァが手綱を引く。ガーゴイルは主人の意を汲み取ると、翼を一打ちさせて大きく間合いを離した。

390崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/10/24(木) 20:20:14
なんとかオーロールの攻撃を回避したガザーヴァが、唇を噛み締める。

――この場所は、ボクに不利すぎる。

ワールド・マーケット・センターはラスベガスでも五指に入る巨大な建造物だ。
先程『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』がリューグークランと激闘を繰り広げたコンベンションホールなら、
ほとんど屋外と変わらないスタジアム級の空間的余裕があったが、ここはエントランスにほど近い屋内である。
それでも通常の建物よりずっと広く天井も高いが、大空を縦横無尽に飛び回り、
ヒット&アウェイでの戦いを得意とする暗黒騎士の戦い方はこの屋内ではほとんど持ち味を活かせなくなってしまう。
一方でオーロールとルドルフの戦術は、其処までの空間を必要としない。
機動力を最大限に生かして敵を翻弄する此方と違い、オーロールたちは邪魔なものをすべて破壊してしまえばいいだけだ。

「どうした、幻魔将軍! 逃げたところで余は倒せぬぞ!?」

「うるせェ! ――『闇撃驟雨(ダークネス・クラスター)』!」

前方のオーロールの挑発を受け、苦し紛れに魔法を放つも、オーロールには通じない。片手に持った長剣ですべて払いのけてしまう。
ガザーヴァは考える。
この限定された空間で己の長所を発揮し、皇帝と帝騎を仕留めるにはどうすればいいか――?

「攻めて来ぬのなら、其れでも構わぬが。
 ならば、余は当初の予定通りにこのステージを破壊し尽くすだけよ」

ゆる、とオーロールは馬首をカザハたちの居るステージへと向けた。
オーロールにとって自身の任務達成はごく容易だ。カザハや『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちと真っ向勝負する必要などなく、
ただルドルフをステージに突撃させ、機材を配信不能レベルに破壊してしまえば事足りる。
突進の予備動作とばかり、ルドルフが右前足でガツガツと床を蹴る。
見え見えの誘いに、しかしガザーヴァは乗らざるを得ない。
カザハを、ステージをなんとしても死守すると、明神と約束したのだ。

「クソッ!」

短く悪態をつくと、ガザーヴァは馬腹を蹴って一気にオーロールとルドルフへ肉薄した。
待ってましたとばかり、オーロールは其れを迎撃する。

「はは――そうだ、それでいい!
 たった一度の干戈の交わりは、百万言の会話にも勝る! 肉体言語こそ至高のコミュニケーションよ!」

「テメェと……語り合うつもりなんてねーよッ!!」

力と力、同じ土俵で戦ったところでオーロールには到底太刀打ちできまい。
ならば此方は此方の長所をフル活用して瘴気を見出すしかないのだ。即ち――
  
――素早さと手数、ヒット&アウェイで行くしかない――!

オーロールとルドルフの攻撃はその体躯の大きさも相俟って大振りのものが多い。
ガザーヴァとガーゴイルの動体視力と瞬発力はそれを完璧に見切っている。
ならば、此方が圧倒的有利である機動力にものを言わせ、攪乱しつつ攻めるしかない。
ガザーヴァはダークユニサスの高い運動性を駆使し、オーロールとルドルフの周囲を回り始めた。
そうしてオーロールを眩惑し、隙を見て致命の一打を叩き込もうというのだ。
そんなガザーヴァに対し、オーロールは余裕の表情でその動きを目で追おうとさえしない。ただ中心で佇立している。

「フ……無駄なことを。
 格下ほど格上の周りを回るもの。それが勝負の常道よ。
 いじましい小細工で姑息に勝ちを掠め取ろうという魂胆、其れが既にして敗者の性根とは思わぬか?」

「うるせえッ!!」

ビュオッ! と颶風を撒き、ガザーヴァとガーゴイルがオーロールの背後から槍を繰り出す。
が、当たらない。振り向くまでもなく、オーロールは暗月の槍を長剣で受け止めると口許に微かな笑みを浮かべた。
そして、瞬刻の斬撃。ガザーヴァは大きく馬体を棹立ちにして避ける。

――隙が無い。

更に二度、三度とガザーヴァは槍を繰り出したが、悉くオーロールに防がれてしまう。

「一見棒立ちに見える余が、何ゆえ死角からの攻撃にも完璧に対処できるのか……不思議でならぬといった顔をしているぞ」

黄金に輝く長剣を振るい、オーロールが反撃してくる。

「簡単なこと。我が身を鎧う『星光(イルミネイト)』が教えてくれるのだ。
 『星光(イルミネイト)』とは、星そのものの力。宇宙に輝く生命の光――
 そして、我ら『星蝕者(イクリプス)』の力の源」

「まーた、ワケのわかんねェコトを……」

「分からぬでも良いさ。もとより我らと汝らとでは文化レベルが違いすぎる。
 ま……兎に角だ。余には汝の攻撃を完全完璧に見切れる機構がある……ということだけ理解しておれば、な。
 とどのつまり――」

クツ、とオーロールが嗤う。

「汝では、阿僧祗の刻を経ようと余には勝てぬ、ということ……よ!!」

圧倒的な王者の威容。黄金の手綱を打つと、オーロールは怒涛の勢いでガザーヴァへと突進した。

391崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/10/24(木) 20:20:45
「ちィィッ!」

ガザーヴァの全身から黒い魔力が噴き出し、瞬く間に漆黒の甲冑となってその身を覆ってゆく。
ブレモンのゲーム内でもおなじみの暗黒騎士スタイルだ。普段の軽装スタイルよりも防御力が高くなり、各種の抵抗力も上がる。
暗月の槍を斜めにしてオーロールとルドルフのチャージを受け流す。

「はっは! それよ、それそれ! その姿の方が馴染みがある!
 助かるぞ、正直――少女の姿の汝は斬り捨て辛いと思っていた。しかし、その姿なら余も良心の呵責なく屠り去れる!」

「バカ言ってンじゃ……ね――――ッ!!」

更にガザーヴァはオーロールと何合か戟を合わせたが、文字通り太刀打ちできない。
一線級の『星蝕者(イクリプス)』とRPGの終盤で敗れ去るボスとの性能差が如実に表れてしまっている。
このままではジリ貧だ。勝ち目は限りなく薄い、ガザーヴァの脳裏を最悪の事態がよぎった――そのとき。

>みんな! ガザーヴァの専用BGM歌うよ! みのりさん、歌詞の表示お願い!
 みんなパートナーに“合唱”スキルは習得させてるよね!?
 もしかしたら今後正体が明かされて改心味方化する生存ルートが配信されるかもしれないのに
 盛大にネタバレしちゃうけど許して!

カザハの声が響いた。そして、聞き覚えのあるメロディが耳朶を打つ。
それはブレモンのゲーム中でプレイヤーが幻魔将軍ガザーヴァと戦闘する際に流れる専用曲、“幻妖の舞”であった。
ただしガザーヴァはインストルメンタル版しか知らない。

>旅路の中で 願いは全て叶った
 世界を愛し 守りたいと思った

「おいッ!? なんかこっ恥ずかしーな!?」

カザハの指揮による『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちの合唱、何やら妙に美化しているきらいのある歌詞に、
思わず恥ずかしそうに突っ込みを入れてしまう。
『この子、一見素直じゃないけど本当は優しくていい子なんですよ』と公衆の面前で言われているようなものだ。
しかし――

>天下無敵の幻魔将軍
 押しも押されもしない最強のライバル

「……ヘッ。
 悪い気はしねーな」

ひとりだけの戦いではない。今の自分には、応援してくれる沢山の味方がいる。
プレイヤーに嫌われ、疎まれ、憎悪され続けてきたひとりぼっちの悪役は、もうどこにもいない。

>この歌で君と魔力の経路を繋ぐ――嫌かもしれないけどぼくのレクステンペストの魔力、使って!
 寄せ集めの侵略者どもより――”ひとつに繋ぎ合わせたぼく達の力の方が、絶対、強いに決まってるんだ!!”

カザハの声がガザーヴァを叱咤する。
かつてアコライト外郭でカザハと初めて共闘したときのことを思い出す。
身体の中に、膨大な力が流れ込んでくる。それは『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちの祈りのこもった歌声と、
かつて狂おしいほどに焦がれたレクス・テンペストの力。
ぎん! と、兜のバイザースリットの奥でガザーヴァの双眸が輝く。

「ボクたちの方が強い……だぁ……?
 そんなの――『あったり前』だろォォォォォ―――――ッ!!!」

ボッ!!

「ぬッ!?」

ガザーヴァが暗月の槍を突き出す。その速度は今までの比ではない。
ただ、それも不発に終わる。オーロールは顔面目掛けて放たれた其れを最小限の動きで紙一重、躱していた。
の、だが。
今の回避は其れまでとはまるで毛色が異なる。
従来オーロールはガザーヴァの攻撃を事前に察知し、余裕を持って往なしていた。けれども今回は皮一枚といった様子で避けている。
つまり――余裕を持てなかった。オーロールは必要最小限に力をセーブして回避したのではなく、
『ギリギリでやっと見切った』のだった。
しかも。

「……むう……、これは……」

オーロールの右頬にほんの浅い一条の裂傷が滲み出、つ……と血が零れる。
致命傷には程遠いものの、ガザーヴァの刺突は確かにオーロールへ届いていたのだ。

「よくも今まで好き勝手やってくれたな。
 でも、これからはこっちのターンだ……やっつけてやるぜ。
 完全完璧に……な!」

炯々と双眸を輝かせながら、鎧姿のガザーヴァは馬上でゆっくりと槍をしごいた。

392崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/10/24(木) 20:21:11
「愉快!
 愉快ぞ、幻魔将軍! 我ら『星蝕者(イクリプス)』がロールプレイという概念によって覚醒したように――
 汝らは他者との協調によって、自らを一段上の高みへと押し上げるという訳か!」

カザハの力添えによってレクス・テンペストの力を手に入れ、合唱により強力なバフを手に入れたガザーヴァを前に、
オーロールが快哉を叫ぶ。

「良いぞ、そう来なくてはな!
 βテストの終局、幕を引くに相応しい敵と認めよう!
 なればこそ……全力で! 敬意を以て叩き潰す!!」

「叩き潰されるのは……テメェだァァァァァ―――――――ッ!!」

目まぐるしく彼我の立ち位置を入れ替えながら、騎馬に跨ったふたりが激しく干戈を交える。
しかし、オーロールに先刻ほどの余裕はない。長剣を巧みに取り回し、卓越した技術でガザーヴァの槍を捌いているものの、
明らかに緒戦よりも押されている。

「でぇぇいッ!」

「むぅんッ……!」

ガギィンッ!! と互いの頭上で得物が交錯する。
ガザーヴァは一旦間合いを離すと、大きく手綱を打った。

「行くぞッ!」

鞍上のガザーヴァの声に応じるようにして、ガーゴイルが首を低く下げて突進する。
一度目の突撃合戦では呆気なくルドルフに弾き飛ばされたが、今度は違う。現段階で最高のバフが掛かった状態だ。
同じくレベル3以上の『星蝕者(イクリプス)』と戦っている明神もジョンも、ガザーヴァほどの強化は施されていない。
つまり現状、ガザーヴァが一番『星蝕者(イクリプス)』を倒し得る、ということだ。
であるのなら――絶対に失敗は出来ない。
ガザーヴァは暗月の槍の長柄を小脇に抱えると、流星のようにレクス・テンペストの波動を纏って突撃した。

「ふふ……。まこと、良き攻め手よな」

乾坤一擲の攻撃を繰り出したガザーヴァを見据えながら、オーロールが笑う。

「少しでも希望が見えたのなら、一気呵成に攻め込む。全力を出す……其れは何も間違ってはおらぬ。むしろ正しい。
 だがな……それはあくまで尋常な手合と相対した場合の話。
 余を汝が今まで対峙してきた一山幾らの凡夫どもと同様に見ておること、それがそもそもの間違いなのだ」

蹄の音を鳴らし、オーロールとルドルフが正面を向く。

「時間制限付きのバフによって己を超強化させ、短期決戦を挑む。
 嗚呼……ありふれた、何の目新しさもないシステムだ。手垢のついた古臭いアイデアだ。
 だが。だからこそ――」

ゴッ!!!

帝騎ルドルフの躯体を含むオーロールの全身から、間欠泉のように黄金色のオーラが噴き出る。
其れは、銀河。無数の星々が瞬く広大無辺の宇宙が、オーロールの身体から視認できるレベルで溢れだす。

「……余も。其れを持っておるとは考えなかったのか……?」

「な―――」

黄金色の莫大な星の海を纏ったオーロールが突進を開始する。
いわゆる一対多のアクションゲームには、往々にして『ゲージを消費して一定時間無敵になり、暴れ狂う』というシステムが存在する。
無双シリーズの無双乱舞。
デビルメイクライのデビルトリガー。
ゴッド・オブ・ウォーのスパルタンレイジ。
それらは名前と細かなルールに違いがあるとはいえ、どれも大体似かよったシステムだ。
たった一騎で多数の敵を薙ぎ倒す快感。それはゲームの爽快さを演出する上でとてもよく出来た機構である。よって――
『星蝕のスターリースカイ』にも、其れは実装されているのだ。

「見よ! 我が『星光(イルミネイト)』の輝きを! 曙光の煌きを!
 往くぞ――ギャラクティック・アクセラレーション!!」

ギャラクティック・アクセラレーション。
『星蝕者(イクリプス)』がスキルを用いる場合に消費される『星光(イルミネイト)』のゲージを一気に全消費することで、
一定時間のみ攻撃力強化、モーション速度アップ、移動スピードの上昇、HPの自動回復、無敵の各種バフが付与されるという、
文字通り『星蝕者(イクリプス)』の奥の手である。
更にギャラクティック・アクセラレーションの最中に固有の必殺技を使用すると必殺技が進化し、
一撃必殺の最終奥義『星技(スーパーノヴァ)』を放つこともできる。
銀河を従える黄金の突進。其れは一度目の比ではない。
ワールド・マーケット・センター全体を震動させる勢いで、オーロールはガザーヴァへと重戦車の如き体当たりを仕掛けた。

393崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/10/24(木) 20:21:56
「くッ……そオオオオオオッ!!!」

ガザーヴァは声を限りに叫んだ。
よもや『星蝕者(イクリプス)』にまだ奥の手があろうとは。
だが、もはや賽は投げられた。騎馬は一旦走り出したら急に止まることは出来ない。
ましてカザハによって今出来る限りのバフを盛って貰った末の、ここ一番の大勝負である。今更止めることなど出来るはずもない。
イチかバチか、当たって砕けろ。『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちが、そしてカザハが信じて力を与えてくれたのだ。
断じてここでは引けない。

「はははははははははッ!!
 さあ、余と汝! いずれが爆ぜ飛ぶか――勝負!!」

ガガァァァァァァンッ!!!!

黒馬と白馬、二頭の馬が再度正面から力の限り激突する。
まるで、建物内で爆弾が炸裂したかのような衝撃。
窓ガラスが残らず吹き飛び、壁面にヒビが入り、フロアの床が何カ所か陥没する。
耳を劈くような炸裂音と共に爆風が明神やジョン、カザハの許まで届く。
そして。

「ゲホッ……ぅ、ぐ……」

大量の爆煙が視界を塞ぐ中、ガザーヴァは咳込みつつもなんとか難を逃れていた。
が、といってオーロールを仕留めた――という訳でもない。オーロールもまた、濛々と立ち込める煙の中で巨馬に跨り屹立している。
激突直後にすれ違ったらしく、オーロールは振り返ることもなくガザーヴァに背を向けたまま小さく笑った。

「……仕留め損ねたか。
 しかし――身を挺して主人を救うとは、敵にしておくには惜しい馬よ。
 大儀であった、安らかに眠るが善い」

「あ……?」

ガザーヴァにはオーロールが何を言っているのか分からない。
兎も角、決着は付かなかった。まだバフは残っている、すぐに次の行動に移らなければならない。

「意味不明なコトばっか喋んなって……言ってんだろォ!? まだ終わりじゃないぞ!
 ガーゴイル、次だ! もう一発行くぞ、今度こそ――」

再度突進攻撃を繰り出すべく、馬首を返そうとガザーヴァは手綱を引いた。が、返事はない。
また、いつもそうした時に当然ある筈の、ガーゴイルの首を振り向かせる感触もない。
自分の手元に視線を落とす。ガザーヴァの手には、半ばからちぎれた手綱の残骸だけが握られていた。

「莫迦め」

オーロールが嘲笑う。
激突の際に発生した煙が徐々に晴れてゆく。だんだん周囲が見えるようになってくる。

「ガ……」

ガザーヴァは愛馬の名前を呼ぼうとした。呼ぼうとして――果たせず、代わりにその大きな目を見開く。
ガーゴイルの首は、なくなっていた。

「ガーゴイルは死んだわ」

首の半ばから頭部が丸ごと、引き千切られたかのように無くなっている。
星の生命をそのままぶつけるが如きシステム『ギャラクティック・アクセラレーション』は、
ガザーヴァとガーゴイルが真っ向から対峙するには余りに巨大すぎるエネルギーだった。
それをまともに喰らえば、いかにレイド級のガザーヴァといえどHPを根こそぎ抉り取られていた筈だ。
よって――恐らく激突の瞬間、ガーゴイルが咄嗟にガザーヴァへ掛かる筈だった衝撃のすべてを肩代わりしたということなのだろう。
ガーゴイルは虚ろになった首の断面から血を噴き出すと、やがてガクリと前足を折り、ドウ……と横ざまに斃れた。
ガザーヴァは言葉もない。ガーゴイルが斃れた拍子に諸共どっと床に尻餅をつくと、首を失ったガーゴイルの骸に縋りつく。
けれども、頭を完全に消し飛ばされたガーゴイルは応えない。

「ぁ、あ……あぁあああ……。
 ああぁあぁあぁああぁぁああぁあぁあぁぁぁああぁああ……!!」

慟哭するガザーヴァをよそに、ガーゴイルの亡骸が光の粒子と化してゆく。ブレモンのキャラが完全な死を迎えた証だ。
消滅を何とか押し留めようとして、ガザーヴァは必死で遺体を掴んだが、なんの効果もない。
やがて、ガーゴイルはまるで空気に溶けるように消えていった。
『ブレイブ&モンスターズ!』において、幻魔将軍ガザーヴァの乗騎として長らく存在していたダークユニサス。
二巡目の世界に於いても、明神たちとの旅の中で目立たぬながらもずっと傍にいた、無二の相棒。
ガーゴイルの、其れは余りにも呆気ない最期だった。


【センター前防御線崩壊。『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』側は被害甚大。
 なゆたとアシュトラーセはセンター内に撤退。
 ガザーヴァ、『星蝕者(イクリプス)』オーロールと接敵。一騎打ちへ。
 ガーゴイル死亡。】

394embers ◆5WH73DXszU:2024/10/31(木) 06:15:49
【ロールプレイング・リバーサル(Ⅰ)】


戦況は劣勢。だがエンバースにはまだ幾ばくかの余力があった。
ダインスレイヴのドロップ権をちらつかせて自分への優先度を高める。
孫護空と互角の戦いを強いられていても、その作戦自体はまだ続行可能。

『――とか思ってるんでしょ〜?ねえハイバラ〜』

孫護空の傍らに正方形の、デフォルメされた猿のイラストのホログラムが出現。
恐らくは『教官』のプレイヤーアイコン――エンバースはすぐに察した。

「……なんだ、今度はそっちが時間を稼ぐ番か?
 『星光(イルミネイト)』とかいうリソースの回復を待っているな?」

『いいえ〜?くうちゃんが戦ってる間によーく考えてたらね。
 あなたをさっさとやっつけるよりも、もっと楽なプランが思いついちゃったんだよね〜』

エンバースは何も言わない。
不敵な笑みこそ保っているが――内心では気圧されていた。
孫護空の教官、その真に迫る口ぶり――嘘ではなく本心からそう言っているという気配に。

『うちらみたいに〜、もうドロップ権があるなら確保してるだろうコンビが〜、
 あなたを適度に相手しながら他のみんなが他のギミックを進めれば〜〜?』

そして――それは真実だった。エンバースが歯噛みする。

『――――ね?もうみんな、あなたの作戦に乗る必要がないでしょ?』

瞬間、イクリプスの軍勢が一斉にワールドマーケットセンターへと一歩踏み出した。
エンバースはもう余裕ぶる必要はなかった。もうブラフや駆け引きではどうにもならない。
左腕を力任せに薙いで炎幕を展開/ダインスレイヴを頭上へ――真紅の炎を信号弾代わりに発射。

アルフヘイムのブレイブ改めミズガルズのブレイブはバカの集まりではない。
戦闘経験の薄い志願兵を運用するならば、経験不足なりに彼らが機能出来るような仕組みを講じられる。
例えば明神が『来春の種籾(リボーンシード)』を最優先で発動させていたように。
エンバースが遊撃隊のチームコンセプトを明確にして、魔力刃の炎色を符丁代わりにしたように。
赤の信号弾もそうした工夫の内の一つ――それは、総員撤退の合図。

「……なかなか面白い攻略法だ。みんなで俺をシカトして、横を通り過ぎて?
 残った何人かが俺を「適度に」相手してくれるんだって?」

信号弾が空で弾けたのを見届けるとエンバースは周りを見渡した。
その眼光は紅く燃え盛っている。だが、その紅に宿るのは狂気ではなく――怒りだ。
冷静さを欠いている訳ではない。むしろこれは冷静極まる宣告。
今から怒りに任せてお前達を攻撃するから――いいから黙って俺を見ていろと。

「いいね。やってみろよ」

ダインスレイヴを胸部の魂核へ突き刺す/引き抜く――紅蒼の聖火が刃に纏わりつく。
そのまま周囲を薙ぎ払う。魔力刃の伸長と同時に放つ回転斬り。
肺まで焦げ付くような熱波を伴う神速の斬撃――無視する事など出来る訳がない。

「どうした。行けよ。俺に背中を向けてみろ」

ドロップ権を盾にして時間を稼ぐ事は出来なくなった。
だが――それなら単純に「排除しなければ危険すぎる敵」として振る舞えばいいだけだ。
ダインスレイヴを再び胸部へ格納/バルブを捻るように回転させる。
エンバースの右半身から紅の/左半身から蒼の炎が溢れ出す――先の戦闘で負った傷が消えていく。
二つの魂核≒エンバースの不死性を維持している聖火を火力に転換――つまり決戦形態。

395embers ◆5WH73DXszU:2024/10/31(木) 06:16:06
【ロールプレイング・リバーサル(Ⅱ)】

「ドロップ権が口実にならないなら――いいさ。もっと良い餌を吊るしてやる。
 このハイバラの。強くてニューゲームを超えた先の。出し惜しみなしの本気を。
 正真正銘、一回限りのコンテンツだ……みすみす見逃すつもりかよ?」

果たしてイクリプスは――餌に食いついた。全員が足を止めてエンバースを注視する。

出し惜しみなし。
だが、いかにエンバースが本気を出したとてイクリプスを全滅させられる訳もない。
つまり――力尽きるまで戦って、後には逃げる余力も残らない。

これは賭けだった。エンバースの聖火が尽きる前に風向きが変わればよし。
そうならなければ――そこで終わり。見通しの立たない賭けだ。だがやるしかない。
皆が逃げ切る為には――エンバースがここで時間を稼がなくては。

エンバースがダインスレイヴを肩に担ぐ/イクリプスが身構える。一触触発の張り詰めた空気。
そして――不意に、エンバースの傍らに一人のブレイブが現れた。
志願ブレイブ達の中でも高レートの――エンバースの遊撃隊のメンバーの一人だ。
エンバースが装備しているマスターアサシンのローブ、その背中を掴んでいる。

敵陣のど真ん中に急に現れた事は別にいくらでも説明がつく。
大方、ステルス性能の高いパートナーをエンバースの傍まで送り込んだ後で
『座標転換(テレトレード)』を発動したとか、そんなところだろう。
そんな事はどうでもいい。問題は――何故戻ってきたのか。撤退の信号は出した。
どう考えたって援護が一人来たところでひっくり返るような戦況でもない。

「オイ……アンタ、何してる?早く逃げ――」

『な……』

ブレモンが人より少し上手いだけの、この戦場において何の特異性も持たないその青年が声を発する。
だが緊張のせいでろくに言葉にならない。それでもどうにか深く息を吸って、もう一度発声を試みる。

『……なに言ってんだよ!君がモタモタしてるから迎えに来たんだぞ!』

引きつった声――ブレモンが人より少し上手いだけの青年が何故戻ってきたのか。
その理由は至って単純だった。対等だからだ。ネームドとモブではなく。
世界を救う為。あるいは彼らの暴虐に報いを与える為。自分で選んでこの戦場に立った者同士。
だから青年にはエンバースの意図が理解出来なかった。
撤退の合図を出したくせになんで本人が逃げ遅れてるんだと――慌てて迎えに来た。

『――『座標転換(テレトレード)』、プレイ!』

『座標転換(テレトレード)』――決して手放しに使って強力な効果のカードではない。
だが適切な準備さえ整えれば妨害困難な接近/離脱の手段になる。
別に目新しい発想でもない。明神は黒刃との戦いでそのような使い方をしている。
アコライト外郭でユメミマホロが城壁から飛び降りた際も、エンバースは座標転換による救助を提案している。

そして――繰り返しになるが、ミズガルズのブレイブはバカの集まりではない。
座標転換があれば戦闘不能になった者を最大限安全に戦線離脱させられる。
一度思いつき、実践した事もある戦術から、そのような応用法を見出せない訳がない。

イクリプスの包囲網からエンバース達の姿が消える。入れ替えの対象は黒くて丸くてデカい、いかにもな爆弾。
レベル3のイクリプスには大したダメージにはならないだろうが――被弾のストレスくらいは与えられる。
敵陣の真っ只中から離脱すると――エンバースは思わず笑った。

396embers ◆5WH73DXszU:2024/10/31(木) 06:16:33
【ロールプレイング・リバーサル(Ⅲ)】

「……はは。今のは、しまったな。俺も人の事言えないぞ」

『そうだよ!なんで自分が逃げ遅れるかな!』

「いや、そっちじゃないんだけど……ところで、ごめん。名前、なんだったっけ?」

『は?名前?……なんで今?』

「だって……命の恩人だろ?プレイヤーネームの方でもいいぜ。その方がブレイブらしいし」

『……マル様の力こぶ、だけど』

おずおずとした返答/エンバースは暫し呆然――それから思わず吹き出した。

「なんでそっちで答えたんだよ!隠しとけよそんな名前!」

名乗ったマル様の力こぶも、他の遊撃隊のメンバーも笑っていた。
そして――前を見た。座標転換で引き離したイクリプスとの距離はもう埋まりつつあった。

「……じゃ、やろうか。言うまでもないが、俺達がすべき事はピールだ。
 後衛のみんなが撤退出来るように援護し続けなきゃいけない」

ピール=皮剥き――剥かれた皮が実から離れていく様/転じて敵を味方から引き離す戦術。
つまり――この状況でイクリプスと交戦し続けながら逃げる必要がある。

「フラウ。粗製の分身を下がらせろ。逃げ遅れた味方の発見、カバー、報告任せた。
 それと俺達が座標転換する為のビーコンもお前の役目だ。
 正面切って戦い続けてたら身が持たない。地の利が要る」

傍らのフラウ本体が頷く/分身達へ目配せ――万華鏡で濫造された分身が散開。
戦場側面の路地/ビルの窓際/屋上――不意打ちに適した地形を確保。
そして遊撃隊と座標転換――即座に始まるイクリプスへの奇襲/強襲/一斉攻撃。

ロケットテールリザードの射出した尻尾が着弾/炸裂。
リビングメカゴーレムスライムが敵陣にダイブ/地面を両拳で強打/毒沼を展開。
オフデューティ・キューピッドが撹乱された敵陣に矢の雨を降らせる。
イクリプスに痛撃を見舞い――すぐに再び座標転換。フラウが確保した次の奇襲地点へ。

『た、助けて……死にたくない……!』

戦場のあちこちから悲鳴が聞こえる。戦闘中に負傷し、逃げ遅れたブレイブ達がいる。
リボーンシードの最優先使用は当然WMセンター内に限らない。限る必要がない。全員に周知されていて然るべきだ。
故に即死は免れたのだろうが――放置されればいずれ死ぬかトドメを刺される。

「フラウ!来い!まだ助けられる!」

エンバースは手近なフラウを一体呼びつけて駆け出した。悲鳴の聞こえる方にではない。
街灯から街灯へ飛び渡り/ビルの壁面を走り/フラウの触腕をグラップリングフック代わりに。
瞬く間に――遊撃隊の最後方へ。

「……入れ替えろ――――――――――――――ッ!!」

そして空へ叫んだ。同時にダインスレイヴをチャージ。
直後にオペレーター陣が座標転換を発動――転送された負傷者をフラウが拾い上げる。
代わりにエンバースが――高出力のダインスレイヴを振りかぶった状態で敵陣のど真ん中へ。
紅蒼の刃がイクリプス達の間で閃く/迸る/踊り狂う。
そして反撃の間もなく座標転換が再発動/エンバースの姿が掻き消える。

397embers ◆5WH73DXszU:2024/10/31(木) 06:16:56
【ロールプレイング・リバーサル(Ⅳ)】

イクリプスへの強襲/撤退の支援/負傷者の救助――全てが上手くいった。
問題は――たった一度の成功ではまるで足りない事だ。
全員がWMセンターへ撤退するまで何度でも足止めと救助を繰り返さなくてはならない。
そして――毎回毎回全てを上手くやってのけられる筈がない。

二度目の奇襲は最初ほどの痛打を与えられなかった。遊撃隊の戦術を理解/対策されたのだ。
それでも味方の撤退の為には奇襲を繰り返さなくてはいけない。
四度目の襲撃でリビングメカゴーレムスライムがカウンターを貰った。
リボーンシードが割れた。当然、種無しでの戦闘など出来ない。たとえ本人が望んでも許されない。

見破られたのは奇襲偏重の戦術だけではない――負傷者の救助方法もだ。
エンバースが十分な距離を稼いだ後、負傷者と位置を入れ替える。
これはつまり――負傷者を目印にしてエンバースを呼び出せるという事。
そこに駆け引きの余地はない。エンバースは必ず負傷者と入れ替わる必要がある。
そして待っているのは全方位からの一斉攻撃――エンバースとて防ぎ切れない。

更に座標転換を発動するオペーレーターも消耗していく。
座標転換は分裂や万華鏡のような発動するだけで役に立てるカードではない。
だからエンバースの遊撃隊がそうであるように、後方支援組の中でも高レートのプレイヤーだけが任される。
一手間違えば人が死ぬ。そんな状況でもう何度も座標転換を使い続けている。
ただでさえ、ブレイブの力は行使に体力精神力を消費する。心労はそれをひどく加速させる。

そうした不利が積み重なって――撤退戦の開始から十分足らずの内にエンバースはもうボロボロだった。
先の聖火解放の際に負傷は回復した。だが今ではもう右半身は血だらけ/傷だらけ。
左半身もあちこちが欠けて赤熱した内面が露出/そこから炎が漏れている。
フラウの分身も、負傷者を保護/運搬しているのを除けばもう四体のみ。

エンバースがスマホでホログラムマップを呼び出す。
ワールドマーケットセンターまでは――あと1キロメートルほどの距離がある。

「……遠いな」

振り返って、思わずぼやいた。たった1キロメートルが遠い。なゆたがどこにいるのかも見えない。
だが悪い事ばかりでもない。少なくとも友軍は逃げ切って、順次WMセンター内に撤退しているようだった。
座標転換による救助活動も敢行出来た。犠牲者は――相当数減らせた筈だ。
負傷者というギミックを使ってエンバースを呼び寄せる攻略法を取られたのが逆に功を奏した。

だが――もうエンバース達は下がれない。ビーコンになるフラウの分身もない。
そもそもこれ以上下がればワールドマーケットセンターがある。
合流は出来ない。寡兵が一箇所に集まった、厚みも広さもない戦陣は一瞬で押し潰される。
籠城しようにもイクリプスの火力の前ではただの建物など紙切れ同然だ。

「……みんな。よくここまで耐えてくれた――ここからは俺が時間を稼ぐ。戦線を下げてくれ」

もうエンバース達は下がれない。エンバース「達」のままでは。
だがエンバースだけが最前線に残れば話は別だ。

上位世界での自分――ハイバラのキャラ人気がどの程度のものかは分からない。
が、魔王候補であるハイバラはそれなりにプッシュされていただろう。
その重要キャラクターが披露する、正史ではあり得なかった進化形態/今回限りの全力全開。
かつてのブレモンプレイヤーなら見ていきたい――筈。

そうでなくとも今ここにいるエンバースは今回のテスト限りの超強敵。
ロールプレイを即実践するほどのゲーマーなら無視する選択肢はない。是非とも触れておきたい――筈。
もし、そのどちらも成立しないなら――このままWMセンターに雪崩込まれるだけだ。だから想定する意味がない。

『そんな事――!』

「俺達はみんな自分の意思でこの戦場に立った。けど……やっぱり言い出しっぺは俺だ。
 だったら俺が一番体を張らないと筋が通らない。それに何より――」

反対しようと声を上げたマル様の力こぶを手振りで制する。

「――ここで一人残ってアイツらを食い止めたら、かなりカッコいいだろ?」

398embers ◆5WH73DXszU:2024/10/31(木) 06:17:07
【ロールプレイング・リバーサル(Ⅴ)】

精一杯の強がり。だが、ただの強がりではない――意思表示でもある。
代わりに死ぬ為だとか、責任を果たす為だとか、そんな後ろ向きな理由で残る訳じゃない。

「心配するなって。大丈夫だから。この後の戦いでも俺の火力は必要だ。
 だからここで一人でくたばったからってみんなを助けた事にはならない……な?ちゃんと分かってる」

勝つ為に、生き残る為に必要な事をするだけだという意思表示。
マル様の力こぶはそれでも何かを言おうとして――結局他の勝ち筋を見つけられなかった。
エンバースがダインスレイヴを肩に担ぐ。最後にもう一度WMセンターを振り返る。
もうみんなセンター内へ撤退したようだった。イクリプス達に向き直る。背後で遊撃隊が駆け出した音がした。

もしかしたら――こんな危険な事をする必要はないかもしれない。
ちょうどここから逃げ切った頃に全世界からの応援を得たバフが発動するかもしれない。
自分以外の誰かが代わりに命がけで時間稼ぎをしてくれるかもしれない。
だが――やらなくては全てが終わってしまうかもしれない。

「――よし。やろうか」

赤熱した双眸がイクリプスを見やる。
マル様の力こぶには――助けられた。
彼が迎えに来てくれなければ、いつの間にか背負い込みすぎていた自分に気付けなかっただろう。
結果的により多くの負傷者を救助出来た。

だが――それはそれ。全身全霊をかけた戦いがようやく始まる事には――昂りを禁じ得ない。
戦闘下の高揚と冷静さが同居した頭の中――ふと「また一人で死ぬのか」という考えがよぎった。
死ぬつもりはない。死にたくない。それでも――人間は死ぬ事がある。

瞬間、胸部の魂核から紅い炎が噴き出した。それは――ただの偶然だった。
急所である魂核を狙われて受けた傷の一つから、たまたまマリの魂の色と同じ、紅い炎が漏れただけ。
それでもエンバースはその現象に意味を見出して――先ほど頭の中によぎった考えを鼻で笑い飛ばした。

「ちょっと魔が差しただけだ。別に本心じゃない」

イクリプスの先鋒がエンバースへ一斉攻撃――迫る無数の剣閃/槍光。
ロールプレイのバフは数を頼みにした戦術で薄まる。
裏を返せば――バフの効力を弱めていいなら数を頼みにした戦術を取ってもいい。
もっと言えば「軍団としてのロールプレイ」なら数の利を活かせる。

押し寄せる五月雨の如き刃の数々。
エンバースには――それらの一つ一つが鮮明に見えていた。
躱し/弾き/いなし/逸らす――凌いだ攻撃からダインスレイヴが魔力を奪う。
紅色の剣閃が気勢もろとも先鋒を薙ぎ払う/押し返す。

「……付き合ってくれるんだな」

イクリプスの軍勢がエンバースを包囲する。明らかな時間稼ぎに乗ってきている。
エンバースは――別段意外にも思わなかった。きっとこうなると予想はしていた。

なにせ――イクリプスには別に勝負を急ぐ必要がない。
ベータテストには期日があるだろうが、それ以外には特に時間制限もない。
あくまでもこれはゲーム。だから自分という時限コンテンツを味わう事を優先してくれる。

それにWMセンター内のライブも単なる呪歌の出力増幅くらいにしか捉えていないだろう。
これに関しては、エンバースは今では強い確信を持っている。
考えてみれば――全世界からの応援をバフに変えるなんて事を明神/カザハ/ジョンが出来る訳がないのだ。
より正確には「彼らが知るミズガルズのブレイブ」が。

399embers ◆5WH73DXszU:2024/10/31(木) 06:17:18
【ロールプレイング・リバーサル(Ⅵ)】

一巡目の世界には――崇月院なゆたがいなかったから。
だからきっとうんちぶりぶり大明神は――もしかしたら真一に絆されていた可能性もあるが、
恐らくはフォーラムでも誰にもまともに取り合われない、今よりずっと歪んだアンチ野郎だった。

だからきっとジョンは目指すべき人間像も持たない、ただかつて人を殺してしまった怪物のままだった。
加えてデウス・エクス・マキナという歪んだ希望を抱く事すら出来ないまま。
長くアルフヘイムのブレイブ一行に所属していたかすら怪しい。

だからきっとカザハは今よりも無情で、ただ単純に力ある、しかし勇気なき精霊に過ぎなかった。
そもそも人間性を持たない。ジョンと恋に落ちる事もない。誰かを大切に思う事すらなかったかもしれない。
そこにいたのはただ洗練された音楽が奏でられて、少しばかり出力の高い、だがそれだけの風精だっただろう。

そんなヤツらが全世界からの応援を受けて、それを力に変えるなんて――想像出来る筈がない。
だからイクリプスはエンバースに付き合ってくれる。
レイドクリアはエンバースというコンテンツを遊び尽くした後でもいいと思ってくれる。

「なのに……悪いな。お前らは苦い思いをして後悔しながら、サイアクな時間を過ごす事になる」

孫護空が前に歩み出てくる。無駄なお喋りはなし。時間稼ぎの戦いにはなかった緊張感。
七体の分身がエンバースを包囲――ここまで追撃するまでの時間で星光は完全回復している。
満天闊歩――分身の一体一体が可能性を並列させた連撃を放つ。
そして――響く無数の剣戟音。完全同時の並列連撃が全て弾かれた。

「お、出来た。コツが掴めてきたぞ」

事も無げに呟くエンバース。

『……ふ、ふふ。もう驚いてなんかやらないよ。もう十分痛感したからね。
 確かに……アンタはあーしらの教官が知ってるハイバラより、更に強い』

孫護空が分身を消す=星光の節約/エンバースの側面へ回り込む足捌き。
それに合わせて包囲網の中から二人目、三人目、四人目と新手のイクリプスが前に出た。

『だからこっちもガチでやる』

ロールプレイを行っているイクリプスは主に単独で戦闘に臨む。
数を頼みにするというロールプレイが個としての強さを希釈するからだ。
だが――必ずしも一人で戦わなくてはいけない訳でもない。

先の先鋒のように共に訓練を重ねた軍団としてのロールプレイをしてもいい。
最初に交戦したブラックホールのように少数の戦友からのみ援護を受けてもいい。

教官――ベータテスター達はそうしたロールプレイの検証も済ませている。
その結果――四人までの共闘ならロールプレイの出力に著しい低下は生じない事が分かった。
何故四人なのかまでは分からない。オーソドックスなRPGにおけるパーティ人数がそれだからかと予想を立てる者もいたが検証はされていない。
とにかく――レベル3以上のイクリプスは単独でエンバースと膠着状態を作り出せる。その上で――四対一。

「今まではガチじゃなかったって?奇遇だな。俺もようやく体があったまってきたところだ……焼死体だけにな」

下らない冗談を飛ばした瞬間、真正面のイクリプスがエンバースに飛びかかった。

『――言っとくけどさぁ。その死人ジョーク……解釈違いだから。マジでウザいよ』

両腕にゴツいハンマーフィスト/鴉を模した半仮面/舞い散る黒羽――渾身の右ストレート。
大振りかつ鋭い一撃――だがエンバースが躱し切れないほどではない。
足捌きのみで回避――しようとした瞬間、ハンマーフィストが爆ぜた。
散弾めいたエネルギーの爆発――足捌きだけでは避け切れない。
エンバースが被弾/大きくよろめく。

400embers ◆5WH73DXszU:2024/10/31(木) 06:17:47
【ロールプレイング・リバーサル(Ⅶ)】

『ハイバラ……いえ、あえてこう呼びましょう。エンバースさん。
 あなたは正史の……生前の記憶は残っていますか?』

追撃が来る――だがエンバースに迫るのは殴りガンナー(仮称)ではなかった。
肉薄する巨影=可憐で儚げな声/ゴツゴツのフルアーマーパワードスーツ=全身甲冑型のネビュラノーツ。
開いた右手の五指から連射される衝撃波/それを牽制に大きく振り被られた左鉄拳。

『あなたはリューグークランと共にムスペルヘイムに召喚された。
 運命に翻弄されながら奮戦するも、一人また一人と仲間を喪っていった』

「なんだよ、口プのつもりか?」

『いいえ?……それでもあなたは戦い抜いた。ムスペルヘイムを照らす繁栄の聖火、
 それを守る『英雄達の灰影』をたった一人と一匹で倒してのけた。
 後は聖火を我が物として――ムスペルヘイムに復讐を果たすだけで良かったのに』

「じゃあ、遺言のつもりか」

『けど、あなたはそうしなかった。仲間も、未来も喪ったあなたにはもう強くなる意味も、生きている意味もなかったから。
 あなたはただ聖火を解放して、ムスペルヘイムと共に燃え尽きた……それが、正史におけるあなたの結末』

暴風を帯びて唸る左鉄拳/ダインスレイヴがそれをかち上げる――舞い散る火花/響く轟音。

「回想ご苦労さん。次は自分のプレイングを振り返るんだな」

がら空きになった胴体へ向けて放つ神速の刺突=狙いはアーマーの継ぎ目――肩口から胸部を貫く。
回避も防御も間に合わない。直撃する――その直前、
アーマード美少女(仮称)の前に孫護空が飛び込んできた。
そして左手で手印を握る/上下反転したタロットのエフェクト/全身から弾ける眩い光。

『星光解放(イルミネイト・バースト)――』

その光を浴びた瞬間――エンバースの動作が極限までスローになる。

『――運命反転(フォーチュン・リバーサル)』

アクションゲームにおいて――被弾というのはストレスそのものだ。
それがボスの連続攻撃や、大量に群がってくる雑魚による多段ヒットであれば尚更だ。
被弾モーションによって何の操作も出来ずに体力が削られていく時間はゲーム体験でもなんでもない。

そして大抵の開発者はその事を理解している。それがあまりに度が過ぎては良くないという事も。
だから対策を講じる。例えば被弾の際に無敵時間を設けるとか、回避を入力可能にするとか――
――敵の攻撃を無効化して切り返す為のシステムを用意するとか。

『星光解放』はまさにそれ。星光を一定割合消費して攻撃に転じる為のシステムだった。
愚者の運命を宿すイクリプスならば『運命反転』によって敵に『不自由』を付与。
その後はチャージ攻撃でも流星槍術でも好みの攻撃で切り返せる。
そして運命反転、つまり逆位置による星光解放があるならば当然――

『――星光解放。運命順転(フォーチュン・アンプリフィケーション)』

正位置による星光解放も存在する。
『戦車』のエフェクトを背景に、フルアーマーパワードスーツが全身のブースターを解放/爆進。
全ての攻撃判定を『征服』するショルダータックルがエンバースに直撃――手近な建物の外壁に叩きつける。

401embers ◆5WH73DXszU:2024/10/31(木) 06:19:21
【ロールプレイング・リバーサル(Ⅷ)】

「――――っ!!」

悲鳴も上げられないほどの威力/衝撃。
だが、それが幸いして背後の壁に穴が空いた/エンバースが建物内部に叩き込まれた。
どうにか受け身を取って立ち上がる/体勢を整える――よりも早く、エンバースの胸ぐらを誰かが掴んだ。
サジタリウスでもネビュラノーツでもない。
短躯/修道服/ふわふわのピンクショートヘア/にこやかな糸目――背中の巨大な十字架を得物とするジャガンナート。
エンバースが床に叩き伏せられた。その上から突き下ろされる巨大な十字架。セラミックタイルが粉々になって飛び散る。

『――あの結末は悲劇でした。けれど……あなたの死に様は美しかった。
 聖火の力を手に入れて、最強のブレイブになれた筈のあなたがその未来を捨てて、ただ死んでいく。
 なんて勿体ない。だけど……あなたの選択肢はもうそれしかなかった。胸が締め付けられるようでした』

怪力シスター(仮称)が十字架を持ち上げる――再び突き下ろす。

『なのにどうして!あなたは!生き返って!つまらないギャグを飛ばして!』

持ち上げる/突き下ろす/持ち上げる/突き下ろす/持ち上げる――更に高く持ち上げる。

『あまつさえ……どこから湧いてきたかも分かんねえ夢女とイチャついてんだよォ――――!!
 マリは!どうした!マリは!!なにもかもが解釈違いなんだよ……死ねェ――――――――ッ!!!』

渾身の力で十字架が薙ぎ払われた/エンバースが左手で床を掴む――蒼炎が爆ぜる。
爆風で自身を吹っ飛ばして十字架をどうにか回避――何かに気付いたように頭上を見る。
建物が揺れている。崩れようとしている――咄嗟に外へ飛び出す。
そして――再びイクリプスの包囲網へ逆戻り。
先ほどと違う事と言えば――もうエンバースの全身が血まみれ/傷だらけ/ひびだらけという事くらい。

『護空ちゃんはあなたを適度に相手する……と言っていましたが。
 死んでも燃え尽きてもあなたはハイバラ。際どい切り込みを受ければ――
 ――私の手が滑ってあなたを殺してしまっても、仕方のない事ですよね』

『ちょ、ちょっとちょっと!?やめてよ!ダメだよ!?あーしの教官がみんなの教官に怒られちゃうじゃん!』
『……ご心配なく。ブラフですよ。こう言っておけばもう、ハイバラは生け捕りを前提にした特攻が出来ない』

「……ふ、ははは。言ってくれるな。その気になれば俺を殺せるってか?」

『強がりはおやめ下さい……あまりみっともない事ばかり言っていると、本当に殺しますよ』

「……やってみな。言っとくが俺は……死に損なう事に関しちゃ一家言あるんだ。もう慣れっこさ」

エンバースが地を蹴る/ダインスレイヴを大きく振り上げる――怪力シスターへ深く踏み込む。
足捌き/体捌きで躱せるような浅い斬撃ではない。
通れば間違いなく決定打になる――まさしく「際どい切り込み」。

だが――躱せないだけだ。がら空きの胴体に、魂核に反撃する事は出来る。
巨大な十字架を自在に操るその怪腕は――無手で突き出すだけで必殺のサブウェポンと化す。

そして放たれる左の手刀。
怪力シスター=マインは既に次手の事を考えていた。
この無謀過ぎる踏み込みはどう考えてもブラフ。
灰化や剣技でタイミングをズラしてくるのか。
だが、こちらが繰り出したのも無手の一撃。対応は容易い。

あるいはリボーンシードで斬撃を強行してくるか――であれば落胆を禁じ得ない。
志願兵達のリボーンシードが機能していたのは彼らが雑兵だからだ。
あえて殺す価値もない。ロールプレイを経たイクリプスからすれば一般人同然だからだ。
エンバースは違う。リボーンシードが発動したとしても追撃を加えるだけだ。

402embers ◆5WH73DXszU:2024/10/31(木) 06:19:36
【ロールプレイング・リバーサル(Ⅸ)】

そして――左の手刀がエンバースの胸部を貫く。
瞬間、魔力の膜が割れて飛散=リボーンシードの発動エフェクト。
マインの表情に冷めた失望が浮かぶ――間髪入れずに右手でエンバースの首根っこを掴む。

『……がっかりだよ、マジで』

再び左の手刀がエンバースの胸部を――魂核を貫く。
そして――次の瞬間、今度はマインの背中から紅蒼の魔力刃が生えた。
何が起きたのか、マインは理解出来ていなかった。
密着状態からダインスレイヴで胸部を貫かれた。そこまでは分かる。
だがどうやって。明らかに致命傷を与えた――ならばこれは最後の悪足掻きか。

「お」

エンバースが無造作にマインを蹴飛ばした――違う。悪足掻きではない。

「――出来た」

確かに魂核を貫いた筈なのに、エンバースは致命傷を受けていない。
イクリプス達が困惑を禁じ得ない中、エンバースがポーション瓶を召喚/胸部に突き刺す。
エアロゾル化した薬液が体中に循環/消化器系を通すよりも素早く薬効が生じる。

『くっ……一体、どうして……明らかに、致命傷だった筈なのに……』

ダメージが通っていない訳ではない。ならば追撃をしなくては。
マリンが左手で胸を抑えながらも、十字架を引きずって前へ出る。
対してエンバースは――左手を開いて前に突き出した。
明らかに重傷を受けた、これ以上の被弾が危険な状態のマリンを周囲のイクリプスが庇う。

「ちょっとタンマ」

そしてエンバースはぬけぬけとそう言い放った。

『……は?』

「いや、だからちょっとタンマ」

『おま……ふざけてんのか……』

「ふざけてない。大真面目だ。ボスキャラってHPをある程度削ると色々喋り出すだろ?
 アレだよ。HP削りすぎて何言おうとしてたか分かんなくなるとムカつくよな?やめとけよ」

『……ちっ。下らない事仰ったら今度こそ殺しますからね』

「サンキュー。それじゃ……あー、あー、みんな聞こえるか?」

エンバースがスマホを耳元に、ボイスチャット越しに仲間達へ語りかける。

「……カザハ、ジョン。そっちの調子はどうだ?いや……あんまり上手く行ってないみたいだな。
 でも……諦めるなよ。諦めなきゃきっと勝てるなんて、そんな無責任な事は言ってやれないけど」

穏やかな――親愛の情が滲む声色。

「でも、俺達が勝ち抜いてきた戦いは……全部、諦めなかった戦いだ。
 ……もしかして、余計なお世話だったか?へへ……それならいいんだけどさ。
 でもお前らは……なんかこう、心配になっちゃうんだよな。頼むぜ、杞憂だって思い知らせてくれよ」

思い返してみれば――自分がここまでまっすぐに人を励ましたのは久しぶりな気がする。
そういう効果が必要な時はいつも挑発的なやり方だった。
その方が性に合っていたし、慣れていたから。
なんだか――余計な心配をさせてしまわないかと、少し心配になった。

403embers ◆5WH73DXszU:2024/10/31(木) 06:21:42
【ロールプレイング・リバーサル(Ⅹ)】

「……よう、明神さん。そろそろアンタがべそ掻きながら
 『クソォ、こんな事ならエンバースをちゃんと殴っとけばよかったブリィ』
 とか言い出す頃合いだろ?けど……それには及ばないぜ」

やはり楽しげな――年上の同性にじゃれつくような声色。

「この俺が正真正銘、意味のない事なんてする筈ないんだ。そうだろ?この状況は……
 少し想定外の事態もあったが、殆ど……概ね……まあ、予想通りだ。だって考えてもみろよ。
 ロールプレイは別にSSS固有のシステムじゃない。それをアイツらは――」

エンバースの口元に笑みが浮かぶ。

「ピカピカに磨き上げて、俺達に見せてくれたんだぜ。どうだい?アンタが好きそうなやり口だろ?
 やってやろうぜ――俺達はいつも俺達の力で道を切り開いてきた。今回だけそれが出来ない理由なんてない」

全世界からの応援によるバフは――まだまだ間に合わないかもしれない。
だが――それがどうしたというのか。
ミズガルズのブレイブはいつも誰に応援されなくたって戦い抜いてきた。

「……まあ、アラミガだのなんだのに助けられたりした事もあったけど。
 別にアイツら頼りでいた訳じゃないし……ってかアイツ、今何してんだよ。
 処理落ちするから画面の外でじっとしてんのか?」

勿論、誰の助けも借りてこなかった訳ではない。
それでも最初から誰かに助けられるのを期待していた事もない。
全世界からの応援がないからって――めそめそ泣いて縮こまっていなくてはいけない理由はない。
敵に殴り返せない訳では、断じてない。

そこまで言い終えると、エンバースは一度深く息を吐いて――それからもう一度口を開いた。

404embers ◆5WH73DXszU:2024/10/31(木) 06:23:18
【ロールプレイング・リバーサル(ⅩⅠ)】

「……なゆた」

だが、そこでもう一度エンバースが押し黙った。
何を言おうか――言いたい事は沢山ある。
沢山あり過ぎて――この短い時間の中でどれから言葉にすればいいか決められない。

「……なんか、まるで別れの挨拶みたいになっちゃったな……なあ、少しはビビってくれたか?
 もしそうなら……悪かったな。でも、俺達はいつも……お前に、こんな風にビビらされてきたんだぜ。
 一回くらい仕返ししたって罰は当たらないだろ……本当、いつも気が気がじゃなかったんだ」

結局、いつもの癖で益体のない冗談が口をついて出てしまった。

「……また、後でな」

せめて最後くらいは真剣に――また後で会えるようにという思いを、言葉にして固めた。
そうしてエンバースはイクリプス達へと視線を戻す。

『……お前、まさか。まさか、この野郎――――!』

「そう。そのまさかだ。ゲームってのはどんなタイトルでも結局、プレイ人口の多い国が強くなるもんだ。
 人口が多いほど優れたプレイヤーが出てくる可能性が上がる……が、それだけじゃない」

『――俺達にロールプレイを、ブラッシュアップさせやがったな!!』

「落ち着けよ。素が出ちまってるぜ」

ダインスレイヴが瞬く――動揺を隠せないマインへの不意打ちの一撃。
横薙ぎの剣閃は無防備な腹部を通り抜ける/マインが膝をついて崩れ落ちた。
すぐに周りのイクリプスがカバーに入る/その内の一人がマインを引きずって下がっていく。

エンバースは既にぼろぼろだ。一度致命傷の筈の攻撃も受けた。
それでも先の剣閃は――今までよりもむしろ鋭かった。

『コツが掴めてきたぞ』
『ようやく体があったまってきたところだ』
『死に損なう事に関しちゃ一家言あるんだ。もう慣れっこさ』
『俺達はいつも俺達の力で道を切り開いてきた。今回だけそれが出来ない理由なんてない』

密かに、入念に――ロールプレイを積み重ねてきた。
だからまだ戦える。だからここに来て今日一番の斬撃が繰り出せる。

「まずは一人だ。次はどいつだ?観戦に回りたいヤツからかかってきな」

『……ブラフです。げほ……ロールプレイは言ったもん勝ち、なんでもアリの魔法じゃねえ……ません。
 魂が二つあって……互いに修復しあってる。そこにロールプレイを重ねた……。
 だからギリギリ耐えられた。それだけの事……騙されては、いけません』

「……クソ。折角キャラロストしないように手加減してやったのに。その礼がこれか?」

だが――エンバースが既に死に損ないなのもまた事実。
誰でもいい。ここにいない誰かの力が介入しなければ――自分は負けるとエンバースは理解していた。

405カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/11/03(日) 01:11:28
【カケル】
>「前にお主いっておったであろう?
>「バルデッシュ様!!!!!!

>「ガハハ!どうだ?ジョンよ…

>「いや普通に無理でしょ…敵だし。そもそも僕は

「くしゅっ」

間奏に紛れて、カザハが小さくくしゃみをした。
一時はどうなることかと思われたジョン君は持ち直したようで、明神さんもなんとか無事なようだ。……それはいいんですけど。
なんとなくだけど断片的に聞こえてくる声からして、敵とコント(?)してる気がするんですけど……。流石に気のせいですよね。うん。
どういう会話をしているか知ったところで碌なことにならない予感がする。知らぬが仏である――
それにしても……アヤコのプレイヤーは語尾が「っす」口調らしいが……
典型的な「っす」口調の人ってそれこそ漫画とかゲームでしか見た事ないんですけど!?
素のままで充分キャラっぽくなったのになんでわざわざ慣れないお嬢様口調キャラで参加しちゃったかなあ!?
「「っす」口調の美少女はちょっと……」って思ったのだろうか。
歴戦のおっさん戦士みたいな口調の美少女がいるんだから「っす」口調の美少女がいたっていいじゃん! 別にどうでもいいけど!

406カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/11/03(日) 01:14:59
【カザハ】
>「はははははははははッ!!
 さあ、余と汝! いずれが爆ぜ飛ぶか――勝負!!」

呪歌を歌い終わり、最高にバフがかかった状態となる。声の限りに声援を贈る。

「絶対大丈夫だから!! いけ―――――ッ!! 」

激突の瞬間、爆風が巻き起こり、視界が塞がれる。
だけど少しも心配してなかった。自分達なら勝てるって、信じて疑ってなかったから。

>「……仕留め損ねたか。
 しかし――身を挺して主人を救うとは、敵にしておくには惜しい馬よ。
 大儀であった、安らかに眠るが善い」

>「意味不明なコトばっか喋んなって……言ってんだろォ!? まだ終わりじゃないぞ!
 ガーゴイル、次だ! もう一発行くぞ、今度こそ――」

「……?」

何か会話の様子がおかしい。徐々に煙が晴れ、視界が開ける。

>「ガーゴイルは死んだわ」

(またまたあ、そんなはずは)

あまりに素っ頓狂な光景を、信じられずに二度見する。

「……」

嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ!! だってガーゴイル、別に死亡フラグとか全然立ってなかったじゃん!?
そりゃあ、ご丁寧に必ず死亡フラグが立ってから死ぬのは漫画とかゲームだけの話で、
現実では死亡フラグとか立たずに突然死ぬことの方が多いのは分かってるけど……
この世界はゲームなんだから、死亡フラグ無しに突然死ぬのは反則でしょ!!
ガザーヴァが絶望の慟哭をあげる。せっかく、絶望を乗り越えて幸せを掴もうとしていたのに……。

>「ぁ、あ……あぁあああ……。
 ああぁあぁあぁああぁぁああぁあぁあぁぁぁああぁああ……!!」

(ぼくの……せいだ……)

力が抜けてへたり込む。
ぼくが自分の力を過信して相手の力量を見誤り、後先考えずに焚き付けたからこうなったのだ。
全ては無理でも、自分の目の前で戦う誰かだけは守り抜こうと決めたのに、どだい無理な話だったのだ。
何が歌で世界中の人を元気にしたい、だ。
大事な妹の半身とも言える存在を死に追いやって、どの面下げてそんなことを言えるというんだ。
呆然とし過ぎて、涙も出ない。

(ジョン君ごめん、やっぱり君の歌姫にはなれない……)

ぼくが身の程知らずに調子に乗った罰は、いつもぼくを大事に想ってくれる誰かに下る。
一緒にいればいつか必ず不幸になる、最悪こういう風に死んでしまう。
守るどころか、結果的に殺してしまうことになる……。

407カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/11/03(日) 01:17:46
(どこで……間違ったんだろう……)

初代風精王――あいつやっぱりローウェルの手先か?
あるいは、全ての道にローウェルに先回りして手を打たれていて、最初から何を選んでも駄目だったのかもしれない。
それ以前に、やっぱりぼく自身が本人に自覚が無いタイプの敵の手駒なのかもしれない。
無能な味方として紛れ込んでここぞという時に失敗して内部から戦線を崩壊させる的な……。
そんなの、優しいなゆ達では絶対切り捨てられないし、そもそも敵の罠だって見破れるはずもない。
そうだとしたらローウェル抜け目無さ過ぎでしょ……!
その場合、ぼくが不慮の事故で死ねばちょっとはローウェルのダメージになるのか?
死ぬまでせずとも、やっぱり早いうちにいなくなっておけばこんな事には……。

(あ……)

指先から光の粒が漏れている。

「カザハ!! 滅多なことを考えないでください!」

カケルに手を取られて我に返り、光の粒の漏出が止まる。
精神世界に基盤を置く精霊族は、人間等と比べて肉体的な損傷が死に直結しにくい代わりに、
屋上から飛び降りたり電車に飛び込んだりしなくても、本気で死にたいと思うだけで死ぬ。
絶望で直接的に死に至ることがあるのだ。
1巡目において双方とも主従が綺麗に同時に相打ちになったのはきっと、「死ぬ時は一緒」と思っていたから。
ガザーヴァは、カケルによって退避させられてきていた。

(ガザーヴァ……)

何て声をかけていいのか分からないし、合わせる顔が無い。
謝ってどうにかなるものでもないし、もうぼくの声を聞きたくも無いだろう。
一番絶望しているのはガザーヴァだろうに、この世に踏みとどまっているのは、
今回は身代わりになったガーゴイルの想いを汲んだのだろう。
今は、もう歌いたくないとか呑気なことを言っている場合ではない。
こんなのが希望の歌姫だなんて針1000本飲んでも全然足りないけど。
たとえ嘘八百でも、この場だけは、一緒に戦ってくれるみんなと全世界を、騙しきらないと。
気力を振り絞って、立ち上がる。
「大丈夫! 戦いに勝って敵の総元締め締め上げればどうにでもなるから!」とでも言おうか。
仲間が死んでるのにポジティブ過ぎて若干サイコパスっぽいけど、
風属性はキレて強くなる少年漫画的な属性ではないので、仕方がない。
こういう時闇属性はちょっといいよね……。とか思いながら口を開こうとして。

「……」

――あれ? 何故か声が出ない。

「――!――!」

本当に声が出ない。声ってどうやって出すんだっけ。
豆腐メンタルだからいろいろと訳の分からないステータス異常が発動しても今更驚かないけど、よりにもよってこれ!?
今一番発動したらアカンやつ!
だけど「沈黙」なら一般的なステータス異常だから、「浄化の風(ピュリフィウィンド)」で解除できるはずだ。

「……!?」

どうしよう、解除できない!
多分一時的なものだろうけど、今は歌を止めたら即敗北、サ終が確定してしまうのだ。
スマホに「どうしよう声が出ない」と打ってカケルに見せる。

「えぇっ!? 」

カケルが「そんな事言われても!」的な感じで反応に困っている。
そんな中、辺り一帯に歌が流れ始めた。

408星蝕のスターリースカイ〜銀河のイクリプス〜 ◆92JgSYOZkQ:2024/11/03(日) 01:19:10
ttps://dl.dropbox.com/scl/fi/rnmcl66ryvf3153kjvuke/.mp3?rlkey=aab4nydvntr2pc2r5l9cqkfxh&st=75v8u451&dl

作曲:SUNO
作詞:chatGPT

銀河の果てに現れる影
星喰いの囁きが響く
サイバーの光武器に宿し
宇宙の深淵に立ち向かう

イクリプス星を守れ
暗黒を裂いて進め勇者
無限の空に希望の光を
星蝕の夜に輝け

冷たく揺れる星々の中
仲間の絆が導く道
強き意志で未来を描き
絶望の淵から立ち上がれ

イクリプス星を守れ
暗黒を裂いて進め勇者
無限の空に希望の光を
星蝕の夜に輝け

銀河の声が響き渡る
勇者の心が燃え上がる
無数の星が道を照らし
新たな伝説が今始まる

イクリプス星を守れ
暗黒を裂いて進め勇者
無限の空に希望の光を
星蝕の夜に輝け

409カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/11/03(日) 01:22:12
どう聞いても敵方のテーマソングやんけ……!
どういうこと!? SSSってアクションゲームじゃなかったの!? なんで歌い手クラスなんてあるんだよ!
「絶望の淵から立ち上がれ」ってお前ら別に絶望してないじゃん! 絶望してるのはこっちだよ!
モニターに、昔何かのゲームにあった劇場艇みたいな宇宙船?の甲板で、ほぼ白に近い白銀の髪の少女が歌っている映像が映し出される。
おそらく新手のイクリプスだろう。その顔は怜悧に整っており、どこか無機質にも見える。
周囲には、バンドメンバーとかダンス要員らしき者達を侍らせている。オーロールが従えているお付の者と同じような類だろう。
上空から戦闘域全体に、大音声で歌を流しているようだ。

「噂に聞いていたところの鳴り物入りの編入生――スノウ、とか言ったか。
あれはそやつが率いるバンド、スターリースカイガールズよ。
ようやく投入されおったか、遅すぎるわ!」

「アクションゲームなのになんであんなの出てくるんですかッ!」

おそらくみんな思うであろう疑問を、カケルが突っ込む。

「正式名称は自立型音響兵器SUNO-GPT。
クラスはゾディアック――最新型楽曲生成システムを搭載したアンドロイド、らしい。
完璧な演算によってその場の状況に適した呪歌を瞬時に出力することが出来る上、アンドロイドゆえどんなに長時間歌っても疲れることもない」

勝利を確信して強者の余裕に満ちたオーロールが、ご丁寧に解説してくれた。

「尤も――此度はその能力を発揮する暇もなく終わるだろうが、な」

もはやこちらにとどめを刺す気は無いらしく、配信設備のほうに悠々と歩みを進める。
とどめを刺そうが指すまいが配信を不可能にしてしまえばあちらの勝利で終わるのだから、当然と言えば当然だ。

(これで、終わっちゃうの……?)

泣きっ面に蜂と前門の虎後門の狼と四面楚歌が同時に成立しているような、まさに八方ふさがりだ。
悪足掻きしようにも、声を出せなければどうしようもない。

(せっかく、ここまで来たのにな……)

その時、通信越しにエンバースさんの声が聞こえてきた。

>「……カザハ、ジョン。そっちの調子はどうだ?いや……あんまり上手く行ってないみたいだな。
 でも……諦めるなよ。諦めなきゃきっと勝てるなんて、そんな無責任な事は言ってやれないけど」

まるでこちらが諦めかけているのを見透かしたように、絶妙のタイミング。

>「でも、俺達が勝ち抜いてきた戦いは……全部、諦めなかった戦いだ。
 ……もしかして、余計なお世話だったか?へへ……それならいいんだけどさ。
 でもお前らは……なんかこう、心配になっちゃうんだよな。頼むぜ、杞憂だって思い知らせてくれよ」

それにしても――正統派主人公のごとく仲間を元気付ける真っすぐな励まし。
いつものブラックジョークを入れないと喋れない病気が出てない! 一体どうした……!?
そしてお前らは心配になっちゃうんだよなってどういう意味やねん!
そもそも何でナチュラルにセット扱いされてるんだ!?
もしかして、エンバースさんの中では危なっかしいバカップル認定されてる……ってコト!?
ぼくはバカだからいいとして。謝れ! ジョン君に謝れ!
いややっぱりバカはいいとしてもカップルは誤解を招く表現だからどっちにしても駄目だ!
……諦めてる場合じゃない。考えなきゃ、どうにかしてここを持ち堪える方法……。

410カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/11/03(日) 01:24:55
>「この俺が正真正銘、意味のない事なんてする筈ないんだ。そうだろ?この状況は……
 少し想定外の事態もあったが、殆ど……概ね……まあ、予想通りだ。だって考えてもみろよ。
 ロールプレイは別にSSS固有のシステムじゃない。それをアイツらは――」
>「ピカピカに磨き上げて、俺達に見せてくれたんだぜ。どうだい?アンタが好きそうなやり口だろ?
 やってやろうぜ――俺達はいつも俺達の力で道を切り開いてきた。今回だけそれが出来ない理由なんてない」

エンバースさんが明神さんに、ロールプレイの恩恵を最大限に受けている相手方との、敢えてのロールプレイでの真っ向勝負を焚き付けているが――
確かにロールプレイに適応できるタイプのプレイヤーなら、ワンチャンいけるかもしれない。だけど……

(なんかあのノリ、駄目なんだ……ッ!)

ロールプレイシステムの恩恵受けてハッスルするイクリプス見てると、嘘八百並べて就職面接で無双する就活生見てる気分になる……!
付け焼刃でちょっとやったことを何年も鍛錬したことにしたりとか、そもそも無いエピソードを世界五分前仮説ででっちあげたりとか!
なんか知らんけど会長とか副会長とか部長とか副部長が大量発生し過ぎなんよ!
副会長はなゆだけで充分だし部長は部長先輩だけで充分なんだよ!
こんなことを思うということは、ぼくはロールプレイに向いてないということなのだろう。
だから、ロールプレイでの真っ向勝負とは別の方向性を考えなければいけない。

(あ、そうか……)

歌えそうな方法は割とすぐに思い付いた。
それは何も特別な方法ではなく普段ならすぐ思い付きそうなものだが、つい相手のロールプレイのノリに引っ張られて、見えなくなっていただけだ。
別に相手方と違ってこちらは、四六時中ロールプレイを徹底しなくたって、ペナルティをくらったりしないのである。

「行かせませんッ!!」

なんとかオーロールの行く手を阻もうと前に出ようとするカケルに、「呪歌の指示を出して」とスマホに文字を打って渡した。
ところでコマンド選択式バトルというのは、過程はよく分かんなくてもシステム上出来ることになっていれば結果的に出来る。
これは状況によっては滅茶苦茶便利な特徴で、今までもこの強みを半ば無意識的に活用してきた。
考えなくていい部分を敢えて考えて実行することによって自由度を広げる明神さんの言うところのロールプレイシステムとはある意味逆の手法だ。
と言えば格好よく聞こえるが何も特別なことではなく、ロールプレイとかリアリティとか特に意識せずに、
「まあそういうものなのだろう」とゲームシステムに則って深く考えずに受け入れている部分に関しては必然的にそうなるのだ。
例えばなゆの十八番でもあるバタフライエフェクト。
どんな攻撃も回避できると設定された技なので、発動さえしてしまえば物理的に考えて回避不可能な状況でも何故か回避できてしまう。
それから今さっきも使った合唱。「初見の曲には使用不可」という設定は特にされていないので、知らない曲でも何故か一緒に歌えてしまう。
他にもカケルの使う烈風分身(テンペストアバター)だったり、滅茶苦茶な設定だけど何故か出来る、という技はいろいろある。
そしてここからが本題なのだが……
今の状況は「沈黙」に似ているが、スペルカードで解除できなかったということはおそらくゲーム的なやつではない。
いやこの世界全部ゲームなんだけど、アルフヘイム/ニヴルヘイム系統の狭義のゲーム的なステータス異常として処理されてはいないというか。
肉体的な原因で声が出せなくなるとそっちのステータス異常として処理されるのかもしれないが、精神的な方はその範疇から漏れているのだろう。
そしてブレモンでは、スマホでモンスターに指令を出せば、モンスターは必ずその通りに行動する。
つまり何が言いたいかというと、ゲーム的なノリで呪歌スキルを使用するように指令を出して貰えば、おそらく何故か歌えてしまうのだ。

411カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/11/03(日) 01:26:59
【カケル】
オーロールの底知れぬ力を目の当たりにしたにも拘わらずその進路を阻むという畏れ多い行為をしている私だが、
別に万策尽きての玉砕覚悟のヤケッパチというわけではない。
皆がイクリプス達と戦う様子を観察していて、なんとなく分かったことがある。
イクリプス達は必ず何らかの形で手の内を解説してくれるし、その解説した内容には必ず自らも縛られるようだ。
それに対して、既存キャラである私達はそうではない。
わざわざ自己紹介しなくても使える技は使えるし、何なら実際とは違う設定を開示してからの騙し討ちも可能だ。
これはイクリプス達がロールプレイシステムによって多大な恩恵を得ている代償のようなものだろう。
まだ作成直後の彼らがロールプレイに則っていないことをすれば、レベル3の強さを失うことに直結するのかもしれない。
つまり、相手は星光(イルミネイト)とやらを完全消費した直後であり、暫く最弱状態と思っていい。
それに見た目にはそれ程負傷しているようには見えないが、あれ程のぶつかり合いの最中にいて、
競り勝った側も全くのノーダメージというわけではないだろう。
ガザーヴァに対して「少女の姿ではやりにくい」というような事を言っていたが、
上位世界では美少女がズタボロになるような描写はあまりされなくて、負傷がちょっと血が出る程度までしか描写されない仕様という可能性もある。
そして相手方はこちらのことを知っているらしいが、私は1巡目の時はただのユニサスであり、
今の私がレクス・テンペストの力の一端を持っているとは相手はまだ知らない。
そして既存キャラである私はわざわざその設定を開示する必要は無い。
もう存在が固まっているから、四六時中ロールプレイに徹しなくたって、今更存在が揺らいだり弱体化したりしないのだ。
こういうことを考えていた最中だったので、カザハがスマホを差し出してきた時、意図はすぐに分かった。
リアリティがあろうが無かろうが「そういうことになっているからまあそうなのだろう」で押し通すコマンド選択式バトルの原点に回帰した立ち回り――
でも――ゲーム的システムによるゴリ押しで無理矢理歌わせて、大丈夫だろうか。
自らの呪歌を受けて戦っていた仲間が死んでしまったことによる、カザハの精神的ダメージは計り知れない。
声を出せなくなったのは、もう歌うことに精神が耐えられないから発現した防衛機制なのかもしれない。
そこで無理矢理歌わせたら、精神に致命的な損傷を負ってしまうかも……。
そうは言ってもカザハが歌わなければ全世界からの応援が集まらないし、差し当たって私も皆も、戦線を維持できない。

(やるしか……ない!)

意を決して、カザハに呪歌の指令を出す。選曲は――バトル3。
バトル2と同じくボス戦用の時だが、勇ましいオーソドックスなボス戦BGMであるバトル2とはまた違って、
こっちは絶望的な戦い(シナリオ的にも相手の強さ的にも)に挑む時のBGM。
といっても意外と負けイベント等ではなく普通に勝たないとシナリオが進まない戦いに使われているので、
絶望的な状況からの逆転を狙う今の状況との相性は悪くないはずだ。

412カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/11/03(日) 01:29:25
【カザハ】
指令を出して貰えば何故か歌えるのではないかという読みは当たった。
ぼくは何かに突き動かされるように歌っていた。歌詞の意味は――自分でもよく分からない。
思い出したような、いつの間にか知っていたような、あるいは自分以外の誰かが考えてくれたような……。
疑惑満載のテーマ曲の2番の時と同じだ。

「それ、絶体絶命からファイト一発で逆転する時の曲だよね! みんな、諦めずに頑張ろ!
へー、そんな歌詞が付いてたの!?」

ブレモンBGMマニアの人が、喋れないぼくの代わりにいい感じで解説してくれている。
"絶体絶命からファイト一発で逆転する時の曲"――確かに間違ってない。ものは言いようである。

「息切れした人はスペルカードでカケルを援護して!」

そろそろ息切れして歌えなくなってきた層に、アゲハさんが指示を出す。
「ギャグ枠だからシリアスなシーンでは存在感消しとく」とか言ってる場合じゃなくなったらしい。いよいよ人材不足である。
ってか絶対みんなに「あの人どういうポジションなんだろう……」って思われてる!

「えっと……限界突破(オーバードライブ)!? これで合ってる!?」
「これかな? 俊足(ヘイスト)!」「来春の種籾(リボーンシード)……? よく分かんないけどこれで!」

スマホの扱いがおぼつかない人達が頑張ってそれっぽいスペルをかけてくれてる……!
デバフが間違って味方にかかることはないので、何かかけてくれるに越したことはない。

「ソニックスティンガー!!」

カケルの風属性の追加効果を最大限に付与しての刺突に、相手が少しだけノックバックする。
普通なら見るからに重量感の差からしてデコピン一発で吹っ飛ばされそうなところだが、なんとか足止めしている。
相手がMP的なやつを全消費した直後なのと大量のバフ(※ただしスマホの扱いが覚束ない人達がかけているので種類はランダム)のおかげだろう。
そういえばオーロールはお付きの者を大量に侍らせて来た割に、彼らが総攻撃を仕掛けてくるような様子はない。
世界五分前仮説キャラにはロールプレイに徹しないといけない他にも、「大勢で戦うと弱体化する」という制約でもあるのだろうか。

413バトル3〜愛しき君へ〜 ◆92JgSYOZkQ:2024/11/03(日) 01:31:48
ttps://dl.dropbox.com/scl/fi/gb6hj0qsafmu30sex0ts2/.mp3?rlkey=390j0tshn4wrxg5il1mr3q4jh&st=z51f3o4u&dl

カザハ:VY2

君は覚えているだろうか
遥かな昔 まだこの世界が栄えてた頃を

世界を巡り流れる水が 命あるもの形作り
大地を形成す岩と砂が 星と人の営み描く

交差する光と闇が映し出す
何者も抗えぬ世界の理

君は覚えているだろうか
前世の旅路 共に歩んだ懐かしき日々を

暖かき炎の揺らめきが 数多のシナリオ紡ぎ
草原を吹き抜けるそよ風が 優しいメロディ奏でる

たとえ過去の輝き取り戻せぬとも
君達は生き抜いて未来掴んで

君が来た旅路 無駄なものは一つもない
その迷いさえも 勇気の証

たとえ今がどんなに苦しくても
どうか生き抜いて幸せを掴んで

かつて私達が 統べた世界が
願わくば 永遠に続きますように 

dear you

414カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2024/11/03(日) 01:33:50
バトル3を歌い終わる。
これって多分……上位世界の誰か視点の歌詞だよね……。
エンバースさんの懸念通り、上位世界の何者かがぼくに干渉しているか、少なくとも過去に何かの細工をしている……。
"共に歩んだ"ってどういう意味だろう? 昔、一緒のパーティにいたのかな?
歌詞に6つの属性が散りばめられているのは、単にアルフヘイムの自然を歌ったように解釈できなくもないけど……
風→メロディは音は風属性だからアリだとして、炎→シナリオ はどういう意味だろう?
全然分からない。だけど、ぼく達の幸せを願ってくれていて、敵ではない気がする……。
ローウェルではないとしたら、シャーロットさんかバロールさん?
でも、シャーロットさんだったらなゆが何か知ってるはずだから違うな。
残るはバロールさんだけど、あの人この世界自体は滅茶苦茶愛してるけど、
そこに生きるキャラに愛着を持つタイプではないから……なんか違う気がする!
でも、ガザーヴァはそれを分かりながら今でも慕ってるんだからな!? 死んでたら承知しないぞ!? 

(ちょっと、息切れしちゃった……)

呼吸を整えようとするが、突然、呼吸の仕方が分からなくなった。
息をどんなに吸おうとしても、浅い呼吸しか出来ない。

(えっ、何これ。苦しい……息が……出来ない……!)

これって俗に言うところの過呼吸ってやつ!? もう完全に特定の科の病院行かないといけないやつじゃん!
カケルは元気なったのになんでぼくだけ換装ミスの後遺症引きずってんの!?
そっか、自分はそんなに歌いたくないのか。でも、今だけは歌わなきゃ……みんなが死んじゃうのに!
嫌だとか辛いとか言ってる場合じゃないのに、体が言う事聞いてくれない……!
いよいよ気が遠くなってきた。気が付けば地面が目の前にある。
いつの間にか倒れていたらしい。頭、打ってないといいけど。ただでさえバカなのが更にバカになってしまう……!
そんなこと気にしてる場合じゃない。ぼくが不甲斐ないばっかりに世界が終わっちゃうんだ、どうしよう……。

(でも! 気を失ったら初代が出てくるかも……!)

そういえばアイツ、疑惑のテーマソングを歌うように仕向けた張本人だ。何か上位世界に関わりがあるのかもしれない。
出てきてくれたら、締め上げてでも役に立つことを聞き出さないと……。
そもそも、ローウェルの手先かもしれないけど。そうじゃなくてもあんまり役に立ちそうにもな…い……け…ど

「カザハ――――――ー――ッ!!」

カケルの悲痛な叫びが聞こえたのを最後に、意識が途絶えた。

415明神 ◆9EasXbvg42:2024/11/05(火) 03:48:11
バルディッシュに叩き落され、マゴットと共に墜落していく。
真下ではアヤコの召喚した炎の龍があぎとを開いてエサが降るのを待っている!

>「炎部長流星弾!」
>「我が狼よ!…敵を噛み砕け!」

そこへ、横合いから巨大な炎の狼が突撃。炎龍に喰らいつく。
あれは……部長!?"炎狼"の核を成しているのはジョンのパートナーだ。
龍と狼は互いの喉笛に牙を埋め、螺旋を描きながら融合。
轟音とともに爆発した。

「どああああ!!??」

爆風に思いっきり煽られて俺の落下速度がわずかに緩む。
追ってくる爆炎に飲み込まれんとする刹那。飛び上がったジョンに抱えられる。
巌のようなガタイが俺を炎から守り、そして地面に直撃する衝撃からも守った。

>「明神…回復薬だ…ちょっと熱いかもしれないけれど」

「た、助かったぜジョ……あちゃちゃちゃちゃ!!?」

地上に生還を果たした俺にジョンが差し出したポーションは、何故か沸騰していた。
よく見たらこいつ身体も燃えっぱなしじゃねえか!なんで平気なんだよ!!

>「明神がここまでやられるなんて…すまない…敵を甘く見た…僕のせいだ」

「反省会はいいからちょっとマジで離れてくれ!マジで!お前ずっと身体燃えてんだって!!」

ポーションで回復したHPが炎上ダメージでプラマイゼロになる!
魔力の防御でなんとかしのいでるけど熱いもんは熱いんだよ!

>「…あ!そうだ…さっきエンバースが騒いでたの聞いたか?10連がどうだの言ってたんだけど…
 中途半端にきいたせいで意味不明で…」

「ねえこれ燃えながら話さなきゃダメなことかなぁ!?ダメなことなんだな!?
 レベル3共はタロットモチーフのバフと課金装備でもっと強くなるんだってよ!
 以上情報共有終わり!じゃあそろそろ離してもろて……」

>「うわわわ!ごめん明神!」

ようやく燃え盛るジョンの腕から開放される。あやうく2匹目のエンバースが爆誕するとこだった!
ケツがこんがり焼けてんじゃねえかよ。外傷は最悪回復するとしてスーツの焦げ目は直んないんですよ。
俺これからケツ丸出しでイクリプスと戦うのぉ……?

背広の丈が長いおかげでなんとか尻を隠すことは出来たが、いつラッキースケベが発生してもおかしくない。
SSSが15禁のちょっとエッチなゲームになっちまうーーっ!
俺の露出度上げてどうすんだよ!!

>「自分や部長は熱くないんだけど…くそ…この炎…財前寺に焼かれた時からずっと消えないんだ…
 そのおかげでさっきは助かったんだけど…
 これ…自分じゃどうにもできないんだよな…イクリプスに与えられたバフ…?デバフ…?
 …うーん判断がつきにくいな…財前寺を倒せば消えるとは思うんだが…」

「ロールプレイで強化された炎だろ。なんかしらの特殊効果を持ってるはずだが……。
 お前のブラッドラストが原因ってセンはないか?確か相手の能力を取り込む力があったろ」

俺達は二三言葉を交わすが、のんびり考察してる場合じゃないのもまた現実だった。
視線を向ければそこには着地したバルディッシュと何やら慄然としているアヤコがいる。

416明神 ◆9EasXbvg42:2024/11/05(火) 03:53:08
>「ガハハハ!いやはや…見事な花火であったぞ…のう?アヤコよ」
>「本当に…炎君に…なったのね…私がどれだけ探しても見つからなかったのに………しかもまさか敵だなんて…」

アヤコはマジで何を言ってんだ……?
一人で納得するのやめてもらえませんかね。

>「明神!財前寺はきっと名乗りを上げないと龍を…彼女のいう一族の炎を使えない!
 それに…彼女の弱点を僕達は…一つの攻略法のヒントを得たかもしれないぞ…」

「よし、把握した。アヤコの炎はなぜかジョンにだけ効かねえ。そんでその現象は術者の意図したものじゃない。
 『炎君』とやらが制約に関係あるはずだが……アキレス腱は敵にとっても明白だ。簡単に情報を漏らすとは――」

>「アヤコ…?…炎君とな…?ふむ………あぁ!」

その時、アヤコの様子を横目で見ていたバルディッシュがポンと手を打った。

>「女性しか生まれない財前寺家に婿にくる者の名だったか?」
>「バルデッシュ様!!!!????」

「お前が情報漏らすのぉ!!???」

アヤコの悲鳴じみた声を聞いてか聞かずか、バルディッシュはどこ吹く風とばかりに話を続ける。

>「前にお主いっておったであろう?婿に迎える為に財前寺の女は素質ある男に試練を与え…
 そして一族の炎に祝福されし男を伴侶と認め…愛を捧げると」
>「バルデッシュ様!!!!!!…お願いですからもうやめてくださいまし…!」

バ、バルディッシュ……もうやめたげなよ!!
これ別に重要な戦術情報とかじゃねえわ。普通にアヤコの黒歴史ノートの中身だわ!

なるほど財前寺一族はイイ男を見るとつい試練を与えちゃうと。
そんでジョンみたく試練を突破した男には一族の炎を与えて求愛する。
アヤコお前……キャラ設定めちゃくちゃ作り込んでんじゃねえかよ。
でもわかるわ。こういうバックボーンしっかり盛り込むとキャラに深みが出るもんな……。

ていうかバルディッシュはお前それどういう感情で言ってんだよ。
お前はアヤコのなんなんだよ!!

>「ガハハ!どうだ?ジョンよ…アヤコは中々の器量よしであるぞ?もし主にその気があるなら…」

「バルさんやめてマジでやめて……」

「あっ……これアレだ。この感じ。親戚の……デリカシーのないおじさん……!!」

良かれと思って他人の繊細な部分にズカズカ踏み込んでくるやつ!!
お節介焼きのおっさんとかおばさんがやってくるムーブじゃねえか!
バルディッシュの場違いにもほどがある提案を受けて、ジョンは決然と答えた。

>「いや普通に無理でしょ…敵だし。そもそも僕はカザハ一筋なので…お断りします」

「普通にフったぁ!?」

いやフるのはいいんだけどさ!こんな塩対応ってある!?お前いつものアイドルスマイルはどうした!?
お節介なおっさんに勝手に仲人された挙げ句にバチクソお断りされたアヤコは顔真っ赤である。
いたたまれなくなってきたブリィ……。

417明神 ◆9EasXbvg42:2024/11/05(火) 03:55:00
>「ところで…この状態って治るかな?体が燃えてると…自分に害はないとはいえ不便なんだよね…
 取り除けるなら取り除いてくれると助かるんだけど…」
>「あなた…あなただけは…絶対…殺す…絶対に…絶対にあの世に送ってあげますわ…!あなただけは…!例え刺し違えてでも…!」

「ジョ、ジョン君……?真顔で追撃するのやめてさしあげて?俺無関係なのにお腹いたくなってきたよ」

>「ふーむ…お主はどうやら女の敵…という奴であるようだな…
 アヤコの為にお主だけは生かしてやろうと思ったが………当初の予定通り事を進めるとしよう」

「お前だよ!女の敵は徹頭徹尾お前だよ!!そんなカスみてえなロールプレイ今すぐやめちまえ!」

あるいはこれもバルディッシュの、感情の機微に疎い『求道者』としてのロールプレイの一環なのかもしれなかった。
ホントかなぁ?中の人が素でやってそうだよ……?

バルディッシュが槍を構える。アヤコが杖を掲げる。
応じるようにジョンもインベントリから剣を抜く。
あれは……流川たなが使ってた『非業の剣』だ。

>「非業の剣か。その剣の性質は知っておる…耐性を下げる剣か、確かに脅威ではあるが…残念だがお主のしたい事は叶わぬよ」
>「へえ…知ってるんだ?もしかしてブレモン経験者?…まあ…何事やってみなきゃわからないだろ?
 …それに…何回目かもう分からないけど…改めてまた…覚悟を決めてきたからね。
 僕の歌姫に…世界に…本当にこれ以上無様な姿は見せるわけにはいかないんだ」

ジョンの宣言にアヤコが苦虫を噛み潰したような顔を見せる。
俺は心の中で手を合わせながら、マゴットに錫杖を握らせた。

>「僕の名前はジョン・アデル!こっちは相棒の部長。
 今日…この時から…世界の全てを救う英雄達の中の一人と一匹だ…よく覚えておけ」

みたび、戦端が開かれる。
ジョンに対して有効打を与えられないアヤコは俺に。バルディッシュはジョンに。
さっきまでの対戦カードを入れ替えた格好だ。

「炎君は後ほどじっくり焼いて差し上げますわ。
 さしあたっては炎龍よ!あの邪魔な汚物を焼却処分なさい!」

アヤコの背後にタロットのエフェクトが出現する。
こいつもレベル4!啓示は――『吊られた男』。
刑死者の運命は断罪の聖火に強力なバフを与えるはずだ。

アヤコが炎龍を放つ。特殊効果は確かに厄介だが、『形』を持たせているせいで弾速そのものは遅くなってる。
マゴットの機動力ならむしろ回避しやすいこっちのほうが脅威度は低い。
問題はカス当たりでも炎上させてくる『聖火』――これも対処法は考えてある。

「罪を燃やす聖火だったか?俺には効かないぜぇ、俺なんも悪いことしてねえからなぁ!」

「お黙りなさい。貴方の罪状はバルディッシュ様から聞き及んでおりますわ。
 これまで繰り広げてきた迷惑行為の数々は、罪ではないと?」

「はぁー?フォーラム荒らしちゃダメとかなんかそういう法律でもあるんですかぁ?
 法治国家じゃなあ!お巡りさんに怒られなきゃ何したっていいんだぜ!ぎゃははは!!」

「さ、最低の法解釈ですわ……!!」

「ガハハハ詭弁よな、うんちぶりぶり大明神よ!国家制定法のみが社会の規律ではあるまい。
 貴様はアクセス禁止措置を受けておろう。根拠となったのは……『マナー違反』であるな?」

ジョンと切り結んでいるバルディッシュがそう声を投げた瞬間。
炎龍の火の粉がスーツの端に降りかかると、一気に燃え盛り始めた。

418明神 ◆9EasXbvg42:2024/11/05(火) 03:57:08
「ぐあああああああっ!?」

その場でゴロゴロ転がってどうにか鎮火する。
トドメを刺さんとばかりに飛んできた火球をマゴットが錫杖で打ち返す。

「あ、あぶねえ……火が消えた。
 俺がみんなで気持ちよく掲示板を使うためのマナーなんかクソくらえと思ってる人間でなければ即死だった……」

「さ、最低の自己肯定ですわ……!?」

……一連の攻防で、ジョンの言ってたレベル3共の『弱点』がおぼろげながら見えてきた。
アヤコの強力無比な炎龍の一撃は、その威力のほとんどをロールプレイ強化に依存している。
『罪を燃やす聖火』は、『罪の証明』で効果を高め、『罪の否定』で露骨に弱体化した。
これはアヤコ=財前寺というキャラ自体が極めて高度なロールプレイのもと成り立ってるからだろう。

問答無用で永続炎上デバフを与える一族の聖火に説得力を与えるため、アヤコは『一族』の設定を作り込んでいる。
一見敵に利するだけの『炎君』も、財前寺一族を語るうえで欠かせない要素。
弱点のない完全無欠な存在に説得力は生まれない。適度に制約を課すことで解像度を上げ、ロールプレイの精度を高めている。

アヤコは炎君を否定できない。
一族の力を扱うために、『敵を炎君と見初めて力を与えてしまう』アヤコ=財前寺のキャラ設定を遵守する必要がある。
同様に罪を燃やす聖火は罪のない者を燃やすことはできない。
ロールプレイの否定に繋がるからだ。

そして俺は――自分に罪がないと、胸張って断言できる!!
マナーに違反もクソもねえよ!ルールとは別モンだからよ!俺を止められるのはお国の定めた法律だけだぜ!
重要なのは『断言』すること――断罪のロールプレイは、弁護の声を無視できない。

「ば、バルディッシュ様!この男……性根の腐った人間のクズですわ!」

「良いのかぁそんなに褒めちゃって。単なるクズは聖火で燃やせねえよなぁ!?」

「愚か!愚かですわね!『愚者』は護空だけにしてくださいまし――いえ、失言でしたわ。
 これと彼女を一緒にするのはアカデミー校則16条に禁ずる『ライン越えの暴言』ですわね……。
 我が一族の炎が!そのような屁理屈で効果を失う惰弱なものだとお思いで?
 私共が相手にするのは『星喰い』でしてよ。もの言わぬ怪物を罪に問う方法も――当然!御座いますわ!!」

アヤコの制服に走る光のラインが一層輝きを増す。
なにがしかのパワーが、ごちゃごちゃ機械のひっついた杖に充填されていくのを感じる。
ジョンに突きを繰り出しながらバルディッシュが叫んだ。

「ほう!全力だなアヤコよ!!然らば吾輩もそろそろ決めの一撃といこうか!
 イルミネイト・バースト――ぬう?」

アヤコと同様に槍へ光を込めようとしたバルディッシュが不意に気の抜けた声を漏らす。
ぷすん……と冗談みたいな音を立てて、槍に集っていた光が霧散した。

「バルディッシュ様、まさか……星光切れ(エンプティ)……!?
 あり得ませんわ、星光効率に優れるシューティングスターが、ゾディアックよりも先に消耗するなど……!」

「うぅむ……皆目検討もつかんな。――おっと!」

ジョンの反撃を巧みに躱しながらバルディッシュは首を捻る。
星光――イルミネイトとかいうのがイクリプスのパワーソースなんだろう。
それが急激に消耗した。理由は……ジョンの提示した情報に照らせば、思い至った。
俺は挙手した。

419明神 ◆9EasXbvg42:2024/11/05(火) 03:59:00
「自分考察いいスか?」

「ガハハ!アカデミーを思い出すな!よかろう!申してみよ、うんちぶりぶり大明神君」

「なんかぁ……長年鍛錬して超すごい槍使いに至った武人みたいなこと言っといてぇ、
 タロットとかいう明らかに外付けの貰った力でイキりぶっこき始めんのクッソダサくないですかぁ?
 俺はガッカリしたよ。オカルトパワーに頼らず卓越した槍術だけで戦うバルさんはカッコよかったのになぁ」

「ふむ……」

「お?お喋りなバルさんが珍しく黙っちゃったな。図星か?もーちょいわかりやすく言ってやろうか。
 自分でも薄々思ってんだろ、『解釈違い』だって!お前のロールプレイに反してんだよ!」

――ロールプレイは、『自分を定義すること』。
アヤコがそうであるように、レベル3以上のイクリプスは自分のキャラ設定を遵守している。
逆に……作り上げたイクリプス像に反するような振る舞いをしたら。
自分が解釈違いをしたと認識してしまえば、ロールプレイは瓦解し、バフは力を失う。
バルディッシュにとって外部の手助けは『求道者』としての自己に反するものなんだろう。

「アヤコちゃんも内心思ってるよ、バルさんマジでだっせえなって」

急に水を向けられてアヤコが見たこともない焦った顔を見せる。

「なっ!?と、取り消しなさい!取り消しなさい今の言葉……!!」

「乗るな、アヤコ!わずかな綻びを執拗に突いて集団に不和を生じさせる、彼奴(あのクズ)の十八番よ。
 さりとて根拠なき指摘というわけでもなし。……よかろう、貴様の説を採用する」

採用するのか……。なんだよ俺はまだまだレスバトルに付き合ってもいいんだぜ。
バルディッシュのこの妙な潔さは、失ったロールプレイを取り戻さんとする行動か。

「此度の不調はひとえに我らが検証の不足、新たな知見よ!
 既にB.B.Sにて全隊へ共有しておる。他山の石を積み上げ、我ら『銀星騎士団』はさらなる高みに登れよう」

バルディッシュはこめかみに手をやって何か口の中で呟いた。
おそらくSSSにもボイスチャット的な機能や、戦術を共有するフォーラムに近い概念があるはずだ。
B.B.Sってのはバトルなんちゃらシェアリングシステムとかの略称だろう。

「ですがバルディッシュ様、星光が――」

「問題ない、奇しくも彼奴の言った通りよ。磨き抜いた技以外に頼みを置く、その性根が槍を曇らせる。
 吾輩が望むは無垢なる武の激突。星の神の助力を乞うのは無粋であったな。
 非礼を詫びよう、ジョン・アデルよ!我が名はバルディッシュ、愚直貫く槍の仕手。
 改めて……武人として、手合わせ願おう」

――その時。ホール中央から轟音が響いた。遅れて突風が俺達を洗う。
音と爆発の源は、ガザーヴァ達が皇帝と戦ってた方角だ。

420明神 ◆9EasXbvg42:2024/11/05(火) 04:00:12
「なっ、ガザーヴァ……!?」

思わず見遣れば、そこには――
土煙から顔出したガザーヴァと、巨大な馬にまたがったオーロール。
そして、

>「……仕留め損ねたか。
 しかし――身を挺して主人を救うとは、敵にしておくには惜しい馬よ。
 大儀であった、安らかに眠るが善い」

首から上が消し飛んだ、ダークユニサスの姿があった。
ゲームの頃から幻魔将軍といつでも一緒にいた、ガザーヴァの何よりの相棒。
ガーゴイルが……戦死した。

>「ぁ、あ……あぁあああ……。
 ああぁあぁあぁああぁぁああぁあぁあぁぁぁああぁああ……!!」

「く……そ……!!」

ガーゴイルが死んだ。俺にとってのあいつは、単なるガザーヴァの配下じゃない。
もの言わないあいつにも感情はあったし、俺にはそれを伺い知ることができた。
旅の途中で幾度となく馬体を洗ってやったし、代わりに俺もあいつの背中に何度も乗せてもらった。
一緒にガザーヴァを支える、戦友……だった。

「ご心痛お察し致しますわ。……続きを始めても?」

アヤコが心にもない言葉とともに、炎龍を呼び出す。

「……お優しいこった。俺が余所見してるうちに殴りに来れたろ」

「嫌ですわね、味方の死に呆然としているところを不意打ちなど、お雑魚のやることですわ。
 ――お分かりでしょう。それをすれば、私共は本当にお雑魚になると」

「面倒なもんだな、ロールプレイってのは!!」

アヤコの炎龍が迸る。奴は既にロールプレイ強化を完了している。
こいつはおそらく罪の認識なんか関係なしに燃やし尽くす聖火だ。
わずかにこぼれる火の粉の一粒すら脅威。被弾を避けるために大きく膨らんだ回避行動を強いられる。

「バルディッシュ様!」

「応よ!」

回り込んだ俺に向かって、バルディッシュはジョンの相手をしながら槍を手放した。
宙に浮いたそれを、俺に向かって蹴り飛ばす。
旋回しながら飛んできた槍がマゴットの腕を穿つ。

「グフォ……!」

「マゴット!……馬鹿が、自分で槍を手放しやがった。ジョン!ぶちかませ!!」

槍を失いガラ空きとなったバルディッシュ。
だが奴は焦ることなく宙に無手となった手のひらをかざす。

「――『ナゲモドール』」

キィン!と金属音。マゴットの腕に刺さった槍が、動画の逆再生みたくバルディッシュのもとへ返っていく。
ナゲモドール……ジョンも使ってる投擲武器の回収手袋!なんでイクリプスがそんなもん持ってんだよ!

421明神 ◆9EasXbvg42:2024/11/05(火) 04:01:27
「ガハハ!SSSとブレモンは一部のアセットデータを共有しておる。我が篭手もその一つよ!」

「クソジジイが〜〜〜っ!手抜き工事しやがって!!」

ようは使い回しじゃねえか!ファンタジーのアイテムをそのままサイバーアクションに実装すんじゃないよ!
だが今の飛んできた槍、動体視力に優れた複眼を持つマゴットなら容易く見切れたはずだ。
回避行動は精彩を欠き、明らかに眼の前の敵に集中出来ていない。

理由は――そんなの一つだけだろ。

「姉上……!」

マゴットの視線はずっと、へたり込むガザーヴァに注がれていた。
俺だって今すぐあいつのところに駆けつけてやりたい。
そしてアヤコとバルディッシュは、そんな俺の背中を容易く刺し貫くだろう。
あるいは、ガザーヴァごと。孤立したジョンごと。
そこにロールプレイは必要ない。

だけど――ここでビビってイモ引いちまうような男が、もう一度ガザーヴァに好きだって言えるか。
解釈違いだろ。根性見せろ――勇気を出せ!!

「マゴット!ここは俺とジョンで抑える。お前は……ガザーヴァを助けに行ってくれ」

「グフォ!?しかし……我が離れれば、主は――」

レイド級の庇護を失えば、ギリギリで致命傷を避けてきたイクリプスの攻撃が今度こそ俺の喉元を捉える。
マゴットが口吻を震わせて反駁するのを、俺は撫でて沈めた。

「ガーゴイルが死んだ。代わりになれなんて言わねえよ。だけど、ガザーヴァを支える手が必要だ」

スマホを手繰り、『超融合』のカードをマゴットに握らせる。
魔力は充填済、マゴットとガザーヴァの意思で発動できるよう調整もしてある。

「……頼む。ガーゴイルを殺しやがったあの皇帝を、ぶっ飛ばしてくれ」

「グフォ……御意……!」

俺を地面に降ろし、マゴットの羽が再びはためく。
今度は振り返ることなく、ガザーヴァめがけて一直線に飛翔する。

「姉上ーーーーーッ!!」

同時に、カケル君が単独でオーロールと対峙するのが見えた。
『クリエイト・デスフライ』で使い魔を大量生成。
オーロールからガザーヴァを遮りつつ、カケル君の隣に着地する。

「『ベルゼブブ・オルタナティブ』――マゴット。我が……相手になる……!!」

 ◆ ◆ ◆

422明神 ◆9EasXbvg42:2024/11/05(火) 04:03:13
「サモン、ヤマシタ。怨身換装――モード:『俺』」

マゴットから離れ、着地すると同時にヤマシタと合体する。
米軍から払い下げてもらったボディアーマーに換装したヤマシタは、火炎にも耐性を持ってる。
それでも気休め程度の防御にしかならないだろうが、生身でいるよりかは遥かにマシのはずだ。

本気を出したアヤコも、星光に頼らない戦闘スタイルに切り替えたバルディッシュも、共に健在。
対する俺達は、ジョンは不可解な現象で身体が燃え続けているし、俺にいたっては戦力の半分を失った。
そして――

「……いい加減。貴方にうろちょろされるのも目障りですわ。
 ――黄道星術・『縛首』」

アヤコが指をパチリと鳴らす。
俺のすぐ側に出現した絞首台。そこから伸びるロープが俺の首を捉える。
とっさに腕を入れて絞殺は免れたが、そのせいでスマホが使えなくなった。

まるで俺が『吊られた男』だ。

「ぐっがっ……まだこんな、隠し玉を用意してやがったか……!」

「隠し玉?自分から飛翔する術を手放しておいてお言葉ですわね。
 ……正味の話、わたくしにとって重要なのは炎君であって貴方ではありませんの。
 何故あんな不毛なお喋りに付き合ったのか自分でも不可解ですわ」

「ほう、アヤコよ!縛り首も良いがせっかくここに槍使いが居るのだ!
 吾輩を少々待てば磔刑と洒落込むことも出来るぞ!聖人というにはあまりに穢れ過ぎているが!」

「謹んでお断り申し上げますわ、バルディッシュ様。待つのが少々で済むなど……炎君を侮りすぎではなくて?」

「ガハハ!お主はどっちの味方か!」

「財前寺家ですわ」

クソ……人の頭ごしに呑気に会話繰り広げやがって……!
だけどどれだけもがいても縄は解けない。ジョンの助けを呼ぼうにもバルディッシュが巧みに導線を阻んでいる。
俺は少しずつ締まっていく喉から必死に言葉を絞り出す。

「……なぁ!なあ、おい!バルディッシュ!!お前はブレモンプレイヤーだったんだろ!!
 その知識量、結構なガチ勢だったはずだ。なんで……なんでこの世界をぶっ壊せちまうんだ。
 お前にとってブレモンは、新しいゲームが出たからって簡単に捨てちまえるようなモンなのかよ」

俺にはわからない。
イクリプスの中には上の世界のブレモン経験者が含まれてて、バルディッシュもその一人だ。
一巡目の世界の終焉をプレイヤーの立場から見送った人間。
そして今、かつて救えなかった世界にもう一度――侵略者として降り立っている。

「ガハハ!邂逅の際に申した通りよ!この星を我が財貨とする……その為に、邪魔な先住民には消えてもらう」

「お前じゃねえよ。お前の『教官』は、何て言ってる」

「ふむ……では、教官の言葉を申し伝えようか」

ジョンと切り結ぶバルディッシュの姿が、不意に解像度を落とす。モブのシューティングスターと同じデザインと化す。
一時的にロールプレイを、解いた。

423明神 ◆9EasXbvg42:2024/11/05(火) 04:05:21
「好きだよ、この世界が。ブレモンってゲームも、そのキャラクター達も、大好きだった。
 急なサ終で何もかも投げっぱなしのまま終わっちゃったときは本当に悲しかったし……
 SSSのベータの舞台として復活した時は、嬉しかった」

バルディッシュの声で、バルディッシュではない誰かの言葉。

「――好きだから。ちゃんとした終わりを迎えさせてあげたい。
 全滅エンドだったとしても、コンテンツとして正式に完結して欲しい。
 ハッピーでもバッドでも、エンディングを目指すのが『プレイヤー』の役目だから」

ゲームに対するプレイヤーの愛情表現――
バルディッシュはそう言って、しばらく口を噤んだ。
再び顔面の解像度が上がる。ロールプレイによるネームドキャラとしての個性を取り戻す。

「――ガハハ!そういう感じだ!!貴様らと是非を議論するつもりなど毛頭なし!
 我らは教官の想いを代行するのみ!
 さて、手向けはこれで十分であろう。アヤコ!処刑を」

バルディッシュの求めに応じ、アヤコが火球を生成する。
いくつも、いくつも。ジョンがいかに身を呈して阻もうとも、どれか一つは必ず俺に着弾するように。
詰み――その言葉が脳裏によぎった瞬間。

>「あー、あー、みんな聞こえるか?」

エンバースの声が聞こえてきた。

>「……よう、明神さん。そろそろアンタがべそ掻きながら
 『クソォ、こんな事ならエンバースをちゃんと殴っとけばよかったブリィ』
 とか言い出す頃合いだろ?けど……それには及ばないぜ」

「どっから湧いてきたんだそのエアプ明神さんはよ……!」

クソっ今からでもセンターおん出てぶん殴りに行きたいブリィ!
何しに通話かけてきたんだよコイツ。解像度のクソ低いモノマネを披露するためじゃねえだろ!

>「この俺が正真正銘、意味のない事なんてする筈ないんだ。そうだろ?この状況は……
 少し想定外の事態もあったが、殆ど……概ね……まあ、予想通りだ。だって考えてもみろよ。
 ロールプレイは別にSSS固有のシステムじゃない。それをアイツらは――」

――通話の向こうで。
エンバースが口元にたたえているであろう笑みが、はっきりと脳裏に浮かんだ。
こいつが何を言いたいか、俺にはわかる。
新しい玩具の取り扱い説明書を隅から隅まで精読するような、子供じみた高揚。
それは、ゲーマーの共通言語だ。

>「ピカピカに磨き上げて、俺達に見せてくれたんだぜ。どうだい?アンタが好きそうなやり口だろ?
 やってやろうぜ――俺達はいつも俺達の力で道を切り開いてきた。今回だけそれが出来ない理由なんてない」

ロールプレイシステムはSSSだけのものじゃない。
元を辿ればこの世界、ブレモンの世界を動かしてるシステムだ。
この世界の住人に使えない道理はない。少なくとも俺達は、生まれてからずっと自分という存在を無自覚にロールプレイしてきた。

できるはずだ。『自覚した』なら。イクリプスのロールプレイをさんざん目の当たりにした、今なら。
奴らと同じように、自分のロールプレイを望む形へ再定義する。
準備はとっくに整っていた。

424明神 ◆9EasXbvg42:2024/11/05(火) 04:07:15
「……アヤコちゃんさぁ。ほぼ初見でジョンを炎君認定したけど。
 もしかして炎君の条件ってイケメンとかアイドルとかそういうの?
 すげーミーハーな一族じゃん」

首を縄で締め上げられているのにも関わらず、言葉は驚くほどすらすら出た。
自分の中で何かの歯車がカチリと噛み合ったのを感じる。
この全能感こそがきっと、ロールプレイの加護だ。
アヤコは露骨に不愉快そうに秀眉を歪めた。

「……お黙りなさい。不毛なお喋りはお終いと言ったはずですわ。
 今すぐその減らず口を顔面ごと焼き尽くして――」

「――お前らが。なんで俺の減らず口を一向に塞げないか、わかるか?」

口を噤んだのはアヤコの方だった。
ヒントはあった。
――『何故あんな不毛なお喋りに付き合ったのか自分でも不可解ですわ』。
アヤコもバルディッシュも、お喋りな奴らではあったけどそれにしても戦闘中に喋りすぎである。
ロールプレイの設定開示だけに留めていれば少なくとも俺はサクっと殺せていたにも関わらずだ。

無自覚にロールプレイの影響を受けていたんだ。
こいつらじゃなくて……俺の。

「俺が『アンチ』で、お前らが『プレイヤー』だからさ」

ホールの演奏が切り替わる。バトル3、絶望を覆す戦いの歌。
BGMの転調によって『流れを変える』――カザハ君が形にした俺達のロールプレイだ。

エンバースの言葉が俺に気付きをくれた。
ロールプレイの磨き上げ方。その力を自覚的に扱う方法。
そして、『うんちぶりぶり大明神』の本質が何であったか。

「ガハハ!なるほどお得意のレスバトルか!
 我らが貴様の塵芥にも劣る言葉に付き合う義理があると?」

「付き合ってもらうぜ。この世界じゃ『そういうことになってる』。」

ただのアンチじゃ、レスバに付き合う道理なんざ確かにない。
荒らそうが喚こうが、無視してNGワードにでも放り込めばアンチは居なかったことになる。
『上の世界』や、一巡目の世界でもそれは同じことだったろう。

だが、俺はただのアンチじゃない。うんちぶりぶり大明神だ。
そしてこの世界には、一巡目になかったものがある。

――モンデンキント。なゆたちゃんの存在だ。

荒らしとの対話を決して諦めなかったモンデンキントが、うんちぶりぶり大明神の名前に『意味』を与えた。
なゆたちゃんが居たから、俺は誰にも忘れ去られることなく、無視できないアンチとしてフォーラムに君臨し続けた。
この世界には、俺達が積み重ねてきた実績がある。ロールプレイを補強する説得力がある。

俺が『うんちぶりぶり大明神』をロールプレイする限り。
アンチの声を、誰も無視することは出来ない。
アヤコやバルディッシュがそうだったように。

425明神 ◆9EasXbvg42:2024/11/05(火) 04:12:14
――『アンチ・ロールプレイ』。
俺はアンチをロールプレイする者であり、同時にロールプレイのアンチだ。

「二度目の名乗りは略式で行くぜ。俺はうんちぶりぶり大明神。
 証明してやるぜ。アンチにも世界は救えるってなぁ!」

「もう結構!結構ですわ!!その耳障りなお喋りが私共を縛るのなら!
 喋る間もなく消し飛ばしてしまえば良いだけのこと!炎龍よ!」

アヤコが再び炎に形を与える。
――馬鹿が!お前が詠唱してる間に俺は百回レスバが出来るぜ!

「っせーぞ、色ボケ婚活寺がっ!
 侵略先でウキウキお婿さん探しした挙げ句フラれて殺しにかかんのお前も大概だかんな。
 なんかぁ……量産型のヤンデレに成り下がっちゃった感じするよね」

「なっ……」

バキィっと快音を立てて、俺を縛り付ける絞首台がぶっ壊れた。
没入感に冷水をぶっかけられたことでロールプレイの精度が下がったんだ。
自分の設定に振り回されてるあたり、アヤコはバルディッシュよりもロールプレイに慣れてない。

付け入る隙がある。
俺の役目はロールプレイに対するデバフ。
アタッカーは……頼りになる奴が隣にいる。

「おっ効いてる効いてる(笑)」

「こっ……殺しましょう!バルディッシュ様!今すぐに!!!!」

おそらくレベル4のイクリプスに対して、俺の戦術は有効打にはならないだろう。
それでも、何も出来ずに窮地に追い込まれてたさっきまでに比べりゃ、出来ることがある。
敵の猛攻の勢いを削げる。時間が稼げる。

逆転の布石は揃ってる。
あとは俺達が……生きてそこへたどり着くだけ。

【マゴットに『超融合』を持たせてガザーヴァの元へ派遣。
 『うんちぶりぶり大明神のロールプレイ』:モンデンキントと積み重ねてきた"無視できないアンチ"のロールプレイ。
 同時に他者のロールプレイにデバフをかける】

426ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/11/08(金) 03:15:40
>「罪を燃やす聖火だったか?俺には効かないぜぇ、俺なんも悪いことしてねえからなぁ!」

「明神…!今援護に!」

話と回復を終え…明神の援護に回ろうとしたその瞬間…バルディッシュに妨害される。

「無視できるわけがないと…貴殿も分かっているはずだが」

まずい…バルディッシュの技は…僕はまったく見た事が無い。
一方であっちは炎君の強化の仕組みも…恩恵も…全てを知っている。

「…どけ!」

アヤコとは違うこっちは近距離パワータイプ…巧みな槍術に恵まれた身体能力。
相性は…近づけば有利が取れるアヤコとは違い…こっちは得意分野が一緒であるがゆえに…

性能の差がはっきりとでる

「ふむ…もう少し手ごたえがほしいが」

バルディッシュが顎に手を当て僕の次の手を待っている。

うるせえ!初見で避けれてるなら大したもんだろうが!
…とはいえ…このままじゃジリ貧になるが…

ちらりと部長のほうを見る。
あの槍のリーチ…部長と二人で攻め込んだとして…同時に薙ぎ払われる可能性が高い…それに…。

「何かしら隠し玉持ってるんだろ?じゃなきゃ明神が撃ち落されるわけがない。」

明神に重傷を負わせた何かを見るまでこっちも部長というメインウェポンは気安く切るわけにはいかない。
切るわけにはいかないが…いかないんだが…

キイン!

金属同士がぶつかる音が響く。
紙一重で避けてはいるが…僕に動きを慣れさせない為にいやらしく緩急をつけた突きを繰り出すバルディッシュに防戦一方だった。

>「愚か!愚かですわね!『愚者』は護空だけにしてくださいまし――いえ、失言でしたわ。
 これと彼女を一緒にするのはアカデミー校則16条に禁ずる『ライン越えの暴言』ですわね……。
 我が一族の炎が!そのような屁理屈で効果を失う惰弱なものだとお思いで?
 私共が相手にするのは『星喰い』でしてよ。もの言わぬ怪物を罪に問う方法も――当然!御座いますわ!!」

アヤコの杖に尋常ならざる力のオーラ的な物が放たれる。
だめだ…!時間をかけて動きを見ている時間はない…!少し怖いが…攻めに転じる!

「部長!いくぞ!」
「にゃ!」

バルディッシュの槍先を避け…部長と挟み撃ちにし…剣を振り下ろそうとしたその瞬間

>「ほう!全力だなアヤコよ!!然らば吾輩もそろそろ決めの一撃といこうか!
 イルミネイト・バースト――

思いっきり槍を引いたバルディッシュが槍先を僕に向ける…その槍先には光が集まっていた。
嘘…?それもしかしてビーム系兵器なの?マジ?…ダメだ避けれない!

>ぬう?」

427ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/11/08(金) 03:15:53
…しかしそれは不発に終わった。

「なんだがよくわからないが…食らえ!!」

>「バルディッシュ様、まさか……星光切れ(エンプティ)……!?
 あり得ませんわ、星光効率に優れるシューティングスターが、ゾディアックよりも先に消耗するなど……!」

>「うぅむ……皆目検討もつかんな。――おっと!」

巧みな体捌きで僕達の攻撃を澄まし顔で回避してバルディッシュは後ろに飛びのき槍の先を見据える。

謎の原因で技が不発に終わってもバルディッシュは僕の攻撃を避けるだけの余裕がある…。
その真実が僕の心を締め付ける。しかし引くわけにはいかない僕にはカザハ…そして希望が!!!

>「自分考察いいスか?」
>「ガハハ!アカデミーを思い出すな!よかろう!申してみよ、うんちぶりぶり大明神君」

「「えぇ…」」

アヤコと僕は同じタイミングで溜息を零す。
一瞬アヤコと目が合うがすぐ逸らされる。

>「なんかぁ……長年鍛錬して超すごい槍使いに至った武人みたいなこと言っといてぇ、
 タロットとかいう明らかに外付けの貰った力でイキりぶっこき始めんのクッソダサくないですかぁ?
 俺はガッカリしたよ。オカルトパワーに頼らず卓越した槍術だけで戦うバルさんはカッコよかったのになぁ」

確かに…武人というキャラ付けの割にちょうど今槍先からビームみたいのだそうとしてたしな…。
昔の偉人も弓とか扱ってたけど…大半は趣味みたいなもので…基本は誇り高く自分の得物を持って正々堂々一騎打ち…みたいな。

自称武人・槍使いがいきなりビーム撃つのは…イクリプスって見た目と設定からすりゃ普通なんだろうけど…じゃあそれは武人という設定とどうなの?っていう明神の指摘はその通りだ。

>「ふむ……」

当のバルディッシュも考え込んでいる。

我が道を征くガハハ系求道者キャラがビーム打ち出したり…外側から力を分け与えてもらう…確かに明神のいう通り…筋が通らない。
アヤコのように血に塗れて祝福されない道だと分かっていても突き進む…とは意味合いが違う。

>「アヤコちゃんも内心思ってるよ、バルさんマジでだっせえなって」
>「なっ!?と、取り消しなさい!取り消しなさい今の言葉……!!」

>「乗るな、アヤコ!わずかな綻びを執拗に突いて集団に不和を生じさせる、彼奴(あのクズ)の十八番よ。
 さりとて根拠なき指摘というわけでもなし。……よかろう、貴様の説を採用する」

「採用するんだ…!?」

外付けの力を使わないって事は…純粋な槍術一本になるって事か?それなら…僕にも勝機はある。
ビームによる不意打ち。突然の神様パワーで脳死切り返し…僕がさっきまで考えていた万が一がなくなる。

依然として…身体能力の差はあるが…純粋な立ち合いなら…僕の得意分野でもある。

428ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/11/08(金) 03:16:04
>「問題ない、奇しくも彼奴の言った通りよ。磨き抜いた技以外に頼みを置く、その性根が槍を曇らせる。
 吾輩が望むは無垢なる武の激突。星の神の助力を乞うのは無粋であったな。
 非礼を詫びよう、ジョン・アデルよ!我が名はバルディッシュ、愚直貫く槍の仕手。
 改めて……武人として、手合わせ願おう」

そう言うとバルディッシュは…深く頭を下げた。

そうしてバルディッシュは顔上げ槍を構えた…その姿は先ほどと違いはないように見える。
だが…纏う雰囲気が重くなったのを感じる。余計な憑き物が取れたからだろうか?

技を封印してくれてラッキー!っていうつもりだったけど…逆にこれはビームでも神様パワーでも使ってくれたほうがよかったのでは?
明神…もしかして余計な事したのでは?

だからと言って負けるつもりはない。僕は剣を握り直しバルディッシュと向かい合う。

「その意気…よし!!僕が受けて立つ!」

そう意気込んだ瞬間…大きな音と共に中央ホール付近で爆発が発生した。

>「なっ、ガザーヴァ……!?」

明神は戦いの構えを解き…カザーヴァを見る…なんて無防備だろう。
今ならどんな攻撃でも明神を殺せるだろう…僕は明神を庇う為に身構える。

しかし…二人は攻撃をすることはなかった。

>「く……そ……!!」

明神が…ガザーヴァのガーゴイル…首から上が無くなり…死亡した光景から受けたショックが立ち直り…戦闘の構えが戻るまで…二人は攻撃する事はなかった。

>「……お優しいこった。俺が余所見してるうちに殴りに来れたろ」
>「嫌ですわね、味方の死に呆然としているところを不意打ちなど、お雑魚のやることですわ。
 ――お分かりでしょう。それをすれば、私共は本当にお雑魚になると」
>「面倒なもんだな、ロールプレイってのは!!」

その刹那僕とバルディッシュの立ち合いが再び始まる。

今はまだ…雰囲気だけだ…槍の威力は上がったりも…下がったりもしていない。
だけど…感じる…まだ…まだ馴染んでないだけだ…本当の自分を見つけ…この槍先が…僕の首に届くのは…そう遠いことではないと。

>「バルディッシュ様!」
>「応よ!」

僕のカードを揺さぶり距離を離した瞬間に槍を明神のほうへ投げ捨てる。
バルディッシュは僕と違い…戦いながらもアヤコを気にする余裕がある。

「さすがに…許すか!!」

僕は剣を振り下ろす為一歩…深く踏み込んだ…しかし

>「――『ナゲモドール』」

「…なっ」

それは…ブレモンの道具のはずだろ…!

429ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/11/08(金) 03:16:15
ボタボタと左手から血が垂れる…

「…それは反則だろ…僕だって存在忘れかけてたのに…てか…ご丁寧に名前まで…一緒とか…」

返ってきた槍は僕の体を貫こうとしたが…それは回避できた。
その道具がどんな効果か…どんな風に帰ってくるか分かっていたから……だが武器をキャッチしたバルディッシュの追撃を避けきれず左の手のひらを貫かれる。

>「ガハハ!SSSとブレモンは一部のアセットデータを共有しておる。我が篭手もその一つよ!」

>「クソジジイが〜〜〜っ!手抜き工事しやがって!!」

まだ痛いで済む傷なのはよかった…致命傷じゃなきゃ…今の僕なら多少の致命傷なら大丈夫だろうけど…とにかく何でもやり直せる。…それにしても…

明神の動きが悪い…明神がというよりは…マゴットが…か…。
原因は…恐らく…ガザーヴァか…。

「動きが悪いのは貴殿も一緒であるぞ…我から見ればな」

「はは…ご忠告どうも…僕もどうしても…僕の歌姫が気になってね…」

>「姉上ーーーーーッ!!」

マゴットがカザハ達の方に飛び立っていくのが見える。
これでしばらくは大丈夫だろう…だが心配は心配だ…例え大丈夫だと分かっていたとしても…。

はやく助けに行きたい…早く…顔がみたい。

>「……なぁ!なあ、おい!バルディッシュ!!お前はブレモンプレイヤーだったんだろ!!
 その知識量、結構なガチ勢だったはずだ。なんで……なんでこの世界をぶっ壊せちまうんだ。
 お前にとってブレモンは、新しいゲームが出たからって簡単に捨てちまえるようなモンなのかよ」

いつの間にか明神を首をつられ空中に中ぶらりんになっている。
腕を輪に挟んでいるが…締め上げられ…息絶えるのまでのカウントダウンは長くはないだろう。

しかし…明神は援護しにいこうとする僕を静止させる。

>「お前じゃねえよ。お前の『教官』は、何て言ってる」
>「ふむ……では、教官の言葉を申し伝えようか」

僕が止まったのを確認してバルディッシュは姿を変えた。
瞬きしてるだけの間で…どこにでもいる…汎用イクリプスになった。

元の姿も…十分個性的だと思っていたけれど…こう見るとまるで…別のゲームのキャラみたいだ…
元の汎用的なイクリプスも十分現代風な過激な恰好だし没個性ではない…ないがしかし…バルディッシュやアヤコと比べれば…適当…解像度が低い…個性がない…。

>「――好きだから。ちゃんとした終わりを迎えさせてあげたい。
 全滅エンドだったとしても、コンテンツとして正式に完結して欲しい。
 ハッピーでもバッドでも、エンディングを目指すのが『プレイヤー』の役目だから」

そして没個性の体からでた声はバルディッシュではあったが…言葉そのものはバルディッシュとしての言葉ではなく…中の…。

430ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/11/08(金) 03:16:36
好きだから滅ぼす…?意味が分からない。

知識の深さ…活用法…それらから僕とは違いゲームそのものが好きなのは見て取れる…相当やりこんだのだろう好きだよという言葉も…それは本当なんだろう。
歪んでいる。好きならば…最後まで…付き合えばいいじゃないか…!

>「――ガハハ!そういう感じだ!!貴様らと是非を議論するつもりなど毛頭なし!
 我らは教官の想いを代行するのみ!
 さて、手向けはこれで十分であろう。アヤコ!処刑を」

ロールプレイで茶化して笑うところじゃねえだろ!

>「……カザハ、ジョン。そっちの調子はどうだ?いや……あんまり上手く行ってないみたいだな。
 でも……諦めるなよ。諦めなきゃきっと勝てるなんて、そんな無責任な事は言ってやれないけど」

怒りで感情が剥き出しになりそうな僕の耳にエンバースの…お調子者エンバースの声が響く。

上手くいってないわけじゃない…ただ行き場のない怒りに支配されてるだけだ。

>「でも、俺達が勝ち抜いてきた戦いは……全部、諦めなかった戦いだ。
 ……もしかして、余計なお世話だったか?へへ……それならいいんだけどさ。
 でもお前らは……なんかこう、心配になっちゃうんだよな。頼むぜ、杞憂だって思い知らせてくれよ」

その心配は当たってる…心の中でそうぼやく

>「ピカピカに磨き上げて、俺達に見せてくれたんだぜ。どうだい?アンタが好きそうなやり口だろ?
 やってやろうぜ――俺達はいつも俺達の力で道を切り開いてきた。今回だけそれが出来ない理由なんてない」

そう…エンバースの言う通り僕達は道を切り開いてきた。どんな不可能だって笑われたって…信じてきた。
仲間同士でしょーもない喧嘩をした事だってあったけど…今になってみれば必要な事だったんだって…そう思う。

少なくとも…僕は救われた。救ってほしくないって手を離したのに…それでもみんな僕の体ごと救い上げてくれた…だから…こんどは僕がなゆを助けると誓った。
必ずみんなで笑顔のエンディングを迎える為に定期的に止まりながら…前に向かって歩んできたんだ。

運営でさえ…世界を終わらす力を持つ神様であっても…僕達と否定させたりするもんか

「全滅エンドだったとしても、コンテンツとして正式に完結して欲しい?ハッピーでもバッドでも、エンディングを目指すのが『プレイヤー』の役目?
ふざけんなよ!本当に自分が…自分の事をプレイヤーだと…!そう思ってるんだったら…!」

キイン!

「なんでそんな恰好してんだ!!!」

寸でのところで僕の斬撃は槍で受け止められる

>「――お前らが。なんで俺の減らず口を一向に塞げないか、わかるか?」
>「俺が『アンチ』で、お前らが『プレイヤー』だからさ」

>「ガハハ!なるほどお得意のレスバトルか!
 我らが貴様の塵芥にも劣る言葉に付き合う義理があると?」

「逃げるな卑怯者!」

バルディッシュが明神を小ばかにするような発言をするのを遮るように…僕は叫んだ。

431ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/11/08(金) 03:16:50
「…先ほどから黙って聞いていれば人を卑怯者だなんだと…
卑怯者は汚く人を詰り聞く価値すらない戯言をほざいているあの男の方であろうよ」

僕の言葉を聞いたバルディッシュが不機嫌そうに僕の顔を睨みつける。

「いいや!卑怯者は…間違いなくお前だ」

キイン!

剣と槍がぶつかる…以前バルディッシュが優勢の立ち合いだが…僕は攻撃の手を緩めない。

「全滅エンドだろうがハッピーエンドだろうが…目指すのは勝手だ…もちろん止めるけれど!
だけど…じゃあなんでお前はイクリプスの恰好で…今!この場所に立ってんだよ!」

キイン!

僕の剣が槍にわずかに響く。

「僕よりも…圧倒的にブレモンへの理解が高くて…きっと純粋なゲームへの好きも…僕よりも深いんだろう。
実際僕は…みんながいるブレモンが好きなだけであって…ゲームその物に思い入れがあるわけじゃないし」

だけど…お前にだって…そんな人が…一緒に遊んでた友達がいなかったわけじゃないはずだ。
一回でも…誘われたことがないなんて…そんな事はないはずだ。

「どんな終わりを目指すにせよ…ブレイブとして目指すべきだろうが!んな借り物の姿で好きだからなんて…抜かしてるんじゃねえ!!」

槍と剣がぶつかる瞬間…僕は剣を手放し…バルディッシュの槍の隙間から顔面を目掛けて…右手をねじ入れた。
殴られたバルディッシュはアヤコの方へ勢いよく吹き飛んでいく。

「ふぎゃふ!?」

明神とのレスバトルで顔を真っ赤にしていたアヤコは飛んできたバルディッシュに気づかずぶつかり1mほど吹っ飛んだ。

「すまない…明神カバーが遅れた!………思ったより元気そうだね…邪魔しちゃったかな」

いつもの煽り全開ぶりぶりモードの明神をみてほっと胸を撫で下ろす。
心配してたわけじゃないけど…いざその現場を見ると安心する。

432ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/11/08(金) 03:17:04
「さあ明神反撃開始だ!…と言いたい所なんだけど…ちょっとだけ…今から余計な事するかも」

ごめんカザハ…助けにいくのちょっと遅れる。

「………」

バルディッシュは…恐らくだが全てのイクリプスの中で中途半端なイクリプスと言っていいのかもしれない。
ブレモンに対するブレイブとしての愛情を持つことでイクリプスとしても…ブレイブとしても…そして当然武人としてのロールプレイに支障がでているように見える。

僕とバルディッシュは…吐息が掛かるような距離でにらみ合う

明神はエネルギー切れの事をちゃんとしたロールプレイしていなからだと言っていたが…
もちろんそれもあるだろう…だけど…僕は…問題の根本は全てにおいて中途半端だから…だと…そう思う。

バルディッシュの中…中の人にはイクリプスとしてでも好きなコンテンツを終わらせたいブレイブの心がある。
ロールプレイにおいてちょっとした矛盾した設定はよくある事だが…その中でもバルディッシュのは一線を越えている。

イクリプスとして存在しているにも関わらず娯楽ではなくブレモンを愛するが故にイクリプスの皮を被った半端者。

「なあ…バルディッシュ…周りを見てみろよ…悲鳴とそれを喜々して狩って周るイクリプスと…血の匂いと…焼き焦げたビルの瓦礫だけが存在する街だ
ラスベガスの人達は街を取り戻す為…家族を奪ったものに報復する為…ブレイブとしてモンスターと契約し…イクリプスと戦ってる…今こうしてる間も」

最初に比べれば戦闘音は少ししか聞こえなくなった。
あれだけ煩かった音も…もう探さなければ感じ取れない。

「………」

それほど血と火が…広がりすぎた。

「まったく関係ない人が虐殺されて…残った人々は復讐の為だけにブレモンに触れ…ブレイブになり…そして面白半分に殺されてイクリプスとブレモンを恨みながら死んでいく
これがお前の言う好きだから終わらせる事なのか?この世の全てにブレモンが恨まれる…そんな未来が?…この世界がゲームだからとかそんなんじゃねえだろ」

僕は…ブレモンが好きだ…みんなが好きなブレモンが。
知識は確かにみんなの足元にも及ばない…カザハに教えてもらえなきゃ世界観だって把握するのは難しかっただろう。

「ブレイブとして僕達の前に立ちはだかる事すらできない…足を引っ張る事しかできない自称ブレモン好きの老害が…消えろ!」

「黙れ!!!!!!!」

バルディッシュの叫び声と共に風圧か…はたまたエネルギーの壁のようなものに吹き飛ばされこの場にいる全員が吹き飛ばされる。

「お前に…我の…ブレモンの何がわかる…分かった風な口を…聞くな!」

目にもとまらぬ連続の付きが僕に向かって放たれる…しかし僕はそれを全部僕は回避した。

「知らねーよ…こちとらブレモンの世界観すら全部把握してねーんだぞ?ほとんどのブレモンの知識を僕は知らない!お前の言う通りだ!」

「だけどな…僕はお前のように諦めない…絶対に!」

433ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/11/08(金) 03:17:16
僕達の立ち合いは拮抗していた…いや…僕の有利に傾き始めていた。

「僕は…ブレモンオタクからみりゃエンジョイ勢もいい所だ!だけどな…誰よりも…ブレイブとしての自分が好きなんだよ!!
みんなとの出会いをくれたこの世界を…ブレモンを…変わりのないたった一つのゲームを…この世の何よりも大切にしたいんだ!」

「理想を並べようとも現実は変わらない!!神が…終焉だと言えばそこから先に行く事はできぬのだ!!」

「理想なんかじゃない!…例え神に見放されようとも…その中でもより良い未来に向かうのが…残された者の…『プレイヤー』の務めだろうが!!」

例え大半のプレイヤーがブレモンを見捨てたとしても…離れていったとしても…
最後まで…生涯を共にするのが…本当に好きなプレイヤー…そうだろ

僕達の大立ち回りは徐々に規模を増し、周りのビル毎切り刻みながらヒートアップしていく。

「どうしても信じられないってんだったら…見せてやるよ!お前が言う理想…それが実現できる力が僕達にあるってな!」

本当に偶然ランダムに…僕は選ばれた…本当は僕なんかが呼ばれるべきじゃなかった…それでも世界は…運命は僕をなゆ達の前に僕を落とした。
こんなにブレモンを好いている…愛してるバルディッシュの中の人ではなく…真っ先に脱獄し…ブレイブの運命から外れようとした僕が選ばれた。

案の定僕はみんなに迷惑をかけた…殺そうとさえした。
それでも…みんなは僕の手をずっと掴んでてくれていた。

>「わたしはこう思うんだ。一緒に楽しいことをできる仲。面白いことを共有できるのが友達。
 そして――楽しいことだけじゃない。つらいこと、悲しいこと、痛いことも一緒にできるのが……親友なんじゃないかって」

>「自分だけが痛みを独り占めするなんて、ずるいよ」

「真っ直ぐ立つ意志を教えてくれた人がいた」

>「さっきも言ったが、お前は報いを受けるべきだ。
 お前のせいで数え切れないほどの人が……いや、命が奪われた。
 イブリースなんかは、今でもお前を文字通り捻り潰してやりたくて堪らないだろうよ」

>「だが――俺の仲間達は、きっとそういう私刑はよしとしないだろう。
 お前はこの戦いが終わった後……法に則って裁かれるべきだとか、そういう話になる筈だ。
 この世界の法では解釈出来ない部分が多すぎるし……イブリースの事も考えるとニヴルヘイムの法が妥当か」

「感情だけに捕らわれず分別できる理性がどういったものなのか…示した人がいた」

>「世界を救うために命かけなきゃならないのは……俺達だけか?」
>「一昔前のセカイ系じゃねえんだぞ。世界の存亡が一握りの少年少女に委ねられてたまるか。
 何も知らされねえまま化け物どもから逃げ回って、守られて、俺達が死ねば選択の余地なく一緒に死ぬ。
 ……これじゃまるでパニックホラーの脇役じゃねえか」

「生きるという勇気を尊重しろと怒ってくれた人がいた」

>「行け……、ジョン……。
 そいつらと……この世界を、救いに……。
 ……そして……お前の……喪った、二十年の月日を……取り戻して、こい……」

「未来を創り出す心をくれた人がいた」

>「ぼくも、安心して命をキミに預けるよ。体も心も、何もかもキミ達とは違うけど、心臓はキミと同じここに――
ほら、鼓動を感じるでしょ? ……このリズム、覚えておいてほしい。
たとえぼくの存在自体が仕組まれた罠だったとしても……この鼓動は、きっと本物だから……」

「その子の為なら…僕はよりよい存在になれるという希望を持てた」

他にもこの世界にきて…沢山の経験を愛を優しさを…そりゃ時に嫌な事だってあったけど…色んな人達との出会いがあった。
だからこそ今…僕はこの場所に立っている…そして圧倒的な暴力を持つバルディッシュの前でも物怖じしないで…宣言する事ができる。

434ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/11/08(金) 03:18:31
「僕は沢山の愛を…幸せをくれた世界を…一人のプレイヤー…ブレイブとして…受けた恩を何倍にも…幸せを…笑顔を…平和をもたらす英雄になる!」

「その口を…疾く閉じよ!」

バルディッシュは光の如き速さで槍を突き出す。その穂先はまるで幻影のように揺らめいて見える…それほど巧妙に筋を悟らせない槍術の境地
ちゃんと鍛えた大男ですら扱うどころか持つことすら不可能な朱槍を…このレベルで使えこなせるのはバルディッシュだけだろう。

イクリプスという殻をもらったとてこのレベルに到達するのにどれほどの想いがあったのだろうか。
バルディッシュは今まで考え…鍛えてきたのだろう…ブレイブを殺す為に…ブレモンを自分の手で終わらすために。

なら僕は真っ向から対面しよう…好きだから…ブレイブ&モンスターズを自分の手でより良い物にするために。

ガキイン!

バルディッシュの匠な槍捌きと…僕の感情の剣がぶつかり合う。普通ならまともにぶつかり合った時点で僕の負けだ…でも…今回はそうはならなかった

僕の力がバルディッシュを上回り槍を弾いて空中に打ち上げた。
槍を打ち上げる為に天を向いた僕の剣の追撃を躱す為…身を捩ってバルディッシュは逃れようとする

僕一人ならこのまま距離を取られて仕切り直しになっていた事だろう…でも僕はブレイブだ…イクリプスじゃない…頼れる相棒がいる。

「雄鶏乃怒雷(コトカリス・ライトニング)…プレイ」
「にゃあああああああああ!!」

バルデッシュと僕の戦闘に巻き込まれぬよう隙を伺っていた部長から放たれる…指輪で強化されデバフだけでなく威力も大幅に向上した電撃のゼロ距離発射。
いくらイクリプスの体だろうとノーダメージとはいかない…そしてそのダメージから発生したコンボチャンスを…僕は逃さない。

「バルさん!」

アヤコが抜けた声を上げたが…僕は構わず振り上げた剣を…そのまま…振り下ろした。

それでもバルディッシュにトドメはさせなかった。体の麻痺を即座に解き最適な回避行動で避けたのだ
しかし…それでも僕の剣は額につけた鉢金を真っ二つにし…左目を傷を負わせた。

「…こんなもんじゃないでしょ…先輩」

バルディッシュは傷ついた顔を…左目を抑えしたを向いたまま喋らない。

「くそ…エンバースの事とやかくいえない立場になってしまったな…明神…ごめん」

バルディッシュの姿が汎用のイクリプスとバルディッシュの姿を交互に行き来している。
…時間が立てば安定してくるだろう…そして安定してバルディッシュが立ち上がった時…それはもう先までのバルディッシュとは一味も…二味も違う存在になっている事だろう。

イクリプスはタロットカードと専用装備でレベル5に至るのだと…エンバースはそう言った。
だがしかし…ロールプレイという稀な変化が生じたイクリプス達の中でも更に歪な存在…それがバルディッシュだ。

イクリプスでありながら誰よりもブレモンを愛した…愛してしまった…これ以上酷く醜くなる前にできる限り綺麗に終わらせてやろうと…。
歪んだ思想を持ち合わせてしまうほどブレイブ&モンスターズを愛してしまった。

人間は大小様々な矛盾を抱える生き物だ…だがその矛盾に触れる他人が触れる事はその人を根底を覆す事になりかねない。
普通の人間には耐えられない。本当に間違っていたとしても…それを認めたら自分が自分でなくなってしまうから

435ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2024/11/08(金) 03:19:14
「明神…僕はブレモンの先輩を…老害や半端者扱いしたまま殺すなんて…僕にはそんな事できなかった
ごめんね…明神が恐らく考えてた道筋とは真逆な…道を僕は行くことになると思う…それでも…バルディッシュに関しては…責任持つから…できる限り…うん」

矛盾を指摘しなければ楽に勝てただろう。
イクリプスとしてのエネルギーは切れ…タロットカードやイクリプス由来の装備品を使えない…その相手と戦った方が楽に決まってる。

でもバルディッシュの歪んだ愛を僕は見過ごしたくなかった。
ブレモンが好きだから終わらせるなんて…そんな悲しい事は絶対に認められなかった。

「バルディッシュの…ブレモンへの歪んだ愛だけは…真正面から粉砕したかったんだ」

姿のブレが落ち着いてきた。目覚めの時は近い。

「もし設定による感情じゃなくて…もしこの戦いに一人だけ本物の愛で…思いで参戦していたとしたら…
滅ぼしたいのに愛してるなんて…その矛盾に他人に指摘され…壊され…それでも自分の中で折り合いをつけれたなら…」

バルディッシュがゆっくりと…立ち上がる。

「解釈違いにしかならない…ブレモンを滅ぼすイクリプスの心と…愛するブレイブとしての心を…
矛盾したその二つを…持つことが…本当にできるなら…他のレベル5より…強くなる…そう思わないかい?」

ロールプレイという無限の可能性から生まれる新世代型…イクリプス。全てのレベル3はそれぞれの別の突出した能力を見せている。
どれも決して優劣のつける事ができない能力だ…そしてその種類を定義する事もまたできない…

「顔だけで選んだのかと思っていたが…アヤコよ…お主の人を見る目は…本物だったという事か…」

「覚悟は…できましたか?せんぱ……………できたのか?バルディッシュ」

バルディッシュが槍を拾い…ゆっくりと近づいてくる。
足取りはしっかりと…佇まいも…先ほどとは比べられないほどしっかりと…

「我の道は決まった。…否!道は決まっていた!我が心に慢心があった故に…見失ってしまった
だが今なら…自分の未熟さと向き合い慢心をこの左目と共に捨てた今なら…鮮明に見える」

バルディッシュは槍を横に薙ぎ払う…その槍先には…力が宿っていた。

「…!やばい!明神!避けろ!!」

薙ぎ払うように放たれたエネルギーの斬撃は僕達いた所を通り抜け…後ろの廃墟を切断する。
まるで最初からそうであったかのように綺麗な断面で切断されたソレらは…バルディッシュの力が…イクリプスとしての力が…戻ってきているのだと…証明するには十分だった。

「バルディッシュ様…!力がお戻りになられたのですね…!」

「うむ…心配をかけたなアヤコよ」

僕は…ブレモンに愛着があるわけじゃない。
だけど…僕はこの世界が誰よりも好きだ…だから正面から正々堂々…ぶつかってやる。

「バルディッシュ…君は」

これ以上僕がなにを言ってもバルディッシュが態度を改める事はないだろう。
なら僕がやる事は一つだ。

「ガハハハハハハハハ!!!我はイクリプス・クラス『貫く流星(シューティングスター)』――バルディッシュ。
神をも否定し…世迷い事を吹き続ける愚か者共よ…その言葉…その力を…想いを我に見せ…証明してみせよ!!」

溢れんばかりの星光――イルミネイトを纏いバルディッシュは不敵に笑う。


バルディッシュに正面からぶつかって…勝って…僕の想いが…僕達の心が勝る事を証明してやる。


【バルディッシュを焚き付けバルディッシュの星光復活】
【みんなが期待してくれた…もらった物を…力に変換して自分が思い描く理想の英雄像を目指し真っ向勝負】

436崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/11/20(水) 08:11:46
「侵略者どもよ、刮目せよ。
 十二階梯の継承者『虚構の』エカテリーナ、最後の虚構魔術!!」

「殺せ! 奴に魔術を使わせるなッ!」

エカテリーナの全身から魔力が解き放たれてゆく。
その気配に危険を感じた『星蝕者(イクリプス)』たちが、一気に雪崩れ込んでくる。
ドッ! ドドッ! と、エカテリーナのクリノリンドレスを『星蝕者(イクリプス)』たちの剣や槍が貫く。
無数の武具に穿たれたエカテリーナはごぼっ、と血を吐いた。しかし、魔術の発動は止まらない。

「ふふ……、もう……遅い……!」

その肉体がどんどん希薄になり、宙に溶けてゆく。
虚構魔術とは、自分以外の何者かへと変質する能力。
エカテリーナは今までその力によってドラゴンやグリフォン、巨狼など、多くの強力なモンスターに変化してきた。
しかし、エカテリーナが『星蝕者(イクリプス)』という強大な外敵の襲来に際し、命と引き換えに変身を試みたものは、
今まで姿を模してきたものたちのどれでもなかった。

――妾は今まで、『其れら』をずっと見てきた。
  『其れら』がどのように振る舞い、どのように行動し。どのように立ち回るかを、つぶさに観察してきた。
  完璧に模して呉れようぞ。ありとあらゆる虚構を纏ってきた、我が生の終わりに――。

エカテリーナは幽かに微笑むと、ゆるりと右腕を空へ伸ばす。
最期に脳裏をよぎるのは、リバティウムのトーナメント会場で大立ち回りを演じた記憶。
エーデルグーテで迫り来る聖罰騎士や姉弟子相手に死闘を演じた思い出。
そして。

――嗚呼。善い旅であった、楽しい刻を過ごした。
  なあ……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』――

『虚構の』エカテリーナの姿が虚空に溶け、完全に消滅する。
特段何らかの魔術が発動したような気配はない。『星蝕者(イクリプス)』たちは小さく息を吐いた。

「死んだか。最後の虚構魔術などと、大層なことを言う割には他愛ない」

「本当ね。肩透かしだわ……さて、じゃあ逃げた『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の残党を掃討しに行きましょう」

軽く踵を返すと、さっそくセンターの中に退避したなゆたやアシュトラーセらを追討しようとする。
だが。

ドゴォッ!!

突然、『星蝕者(イクリプス)』のひとりが高速で飛来してきた何物かの直撃を胴体に喰らい、盛大に吹っ飛んだ。

「な……!?」

『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』側の防御線はとっくに崩壊し、
今だ外で戦っているのはエンバースをはじめとする数人の生き残りだけ。
そう思い込んでいた『星蝕者(イクリプス)』は唐突な襲撃に瞠目した。
吹っ飛んだ仲間の方を見遣る。仲間は砲弾のような何かをまともに浴び、うつ伏せに倒れたまま動かない。
近くに転がっていた砲弾のような何かが、もぞもぞと動く。
其れは、影のように黒い色をしたスライムだった。

「てッ、敵襲! 敵襲ーッ!」

周囲の『星蝕者(イクリプス)』たちがざわめく。
襲い掛かってきたのはスライムだけではなかった。細剣を持った女剣士に、死を操る術士と其れに付き従うがらんどうの革鎧。
剛力で『星蝕者(イクリプス)』たちを捻じ伏せる大男と小さな犬、歌唱と演奏でそれらにバフを与える歌い手とユニサス。
そして――身体の半分が焼け焦げ、もう半分が生身の戦士と、可塑性のある躯体を持った魔物。
紛れもなく、其処に居るのはアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちであった。
ただし、その姿は一様に黒い。

「ま、まさか、此れが最後の……」

突如として出現した『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちに、『星蝕者(イクリプス)』は狼狽した。
そうしている間にも黒い影たちは素早い挙動で『星蝕者(イクリプス)』を攻撃し、戦線を押し戻そうとする。
その力は凄まじく、瞬く間に数騎の『星蝕者(イクリプス)』が叩き伏せられ、或いは斬り捨てられて地面を舐めた。
エカテリーナの中で最強の存在、其れはドラゴンでもなければ魔族でもない。
今までどんな困難も絶望も、その勇気とチームワークで乗り切ってきたアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』。
自らの考えつく限り最も強いその姿を、エカテリーナは最後に模したのだった。

「おのれ! こんな手品ごときでェェェ!
 やってくれたな、エカテリーナ! くそッ、体勢を立て直――がふぁ!?」

何とか戦列を維持しようとした『星蝕者(イクリプス)』の指揮官がジョンを模した影に殴りつけられ、どっと倒れる。

『虚構の』エカテリーナは消えた。此の世界から居なくなった。
だが、エカテリーナの意志だけは。世界を救いたいという願いだけは、
魔術のかたちを取って依然として此の場に残り続けた。

437崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/11/20(水) 08:15:03
「みのりさん!
 まだ、配信を見た人たちの反応はないの……!?」

《まだや……! こっちでもモニターしとるけど、効果が表れてへん!
 フェイク動画かもしれへん、っちう反応が大半や……何か起爆剤になる要素でもあれば、
 其処から一気に拡散されるんやろうけど……!》

「ぐ……」

センターの中に何とか逃げ込んだなゆたは、みのりの応答に唇を噛んだ。
世間の反応は尤もだ、突然モンスターや自在に宙を舞う人間たちの映像を見せられたところで、
ほとんどの人間はCGか何かの造り物だと思うだろう。
仮に本物だと認識したとしても、此方の呼びかけに大人しく従うとは限らない。
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を応援する、というムーヴメントが拡大するには時間が掛かる。
そして、その間にもラスベガスで戦っている『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の被害は増してゆく。
やっとバフが掛かるほど応援を得られるようになるころには、此方は全滅しているだろう。
エカテリーナの犠牲によって、『星蝕者(イクリプス)』が建物内に雪崩れ込んでくる気配はない。
しかし、それもどれだけ持つのかはまったくの未知数であった。

「カザハ! 明神さん、ジョン……!」

なゆたは撤退してきたホールを見回した。
カザハが倒れている。その近くではガザーヴァが呆けたように座り込んでしまっており、
黄金の巨馬に跨った『星蝕者(イクリプス)』が佇んでいた。
明神とジョンは健在のようであったが、その状況は『星蝕者(イクリプス)』たちに押され気味で、甚だ悪いように見える。
センター外の戦況と同じく、センター内での戦いも劣勢であるらしい。
それでも明神とジョンは懸命に押し返そうとしているが、例え今相手にしている『星蝕者(イクリプス)』に勝てたとしても、
完全に戦況が覆るとは考えづらい。
彼らの戦っている『星蝕者(イクリプス)』がエンバースの言っていたレベル4、レベル5のネームドなのだとすれば、
タロットの大アルカナの数――即ち22騎いるということになる。
あれほどの力を持つ22人の特別な『星蝕者(イクリプス)』を、たった5人で撃破するなど、
到底出来そうにない。

「まだ……、まだ負ける訳にはいかない!
 ここで、わたしたちが頑張らなきゃ……!」

しかし。そうであっても。
どれほどの絶望が目の前にあったとしても、諦めることなどできない。
最後の最後まで足掻いて、藻掻いて、徹底的に戦い抜く。
今までそうして自分たちは此処まで生き延びてきたのだ。途中で抵抗をやめ、諦めて滅亡を受け入れる――
などということができようはずもない。

「どこまでやれるか分からないけれど、生き残りの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を集めて結界を構築するわ。
 少しでも時間を稼ぐことが出来れば……」

玄関ホールの隅で疲弊した自身となゆたに治癒魔法を掛けながら、アシュトラーセが提案する。
その直後。

「……時間など稼がせませんよ」

不意に横合いから聞こえた声が、アシュトラーセの提案を否定する。
見れば、其処には軍服風の改造制服に身を包み、鞘に入った日本刀を佩いた黒髪の『星蝕者(イクリプス)』が佇立していた。

「御子神……熾天……!」

御子神熾天。
この戦いが始まるとき、なゆたと固い握手を交わした『星蝕者(イクリプス)』。

「モンデンキント、いやさ崇月院なゆた。
 勝負は決しました、貴方たちの負けです。大人しく降伏しなさい。
 『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の首魁たる貴方が我々に投降すれば、
 他の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』も抵抗をやめるでしょう。
 これ以上犠牲を増やしたくなければ……どう身を処すのが正しいか、考えずとも分かる筈」

「投降?」

「ええ」

熾天が頷く。なゆたが降伏すれば、これ以上『星蝕者(イクリプス)』が『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を攻撃することはない、
と言っている。
なゆたは眉を顰めた。

「そんなこと、信じられると思う?
 貴方はともかく……あのナイとか言うナビゲーターが、それを認めるとは考えられない」

「ナイは説き伏せます。
 そも、此の戦いは我々『星蝕者(イクリプス)』本来の戦いではありません。
 我ら『銀星騎士団(コズモリッター)』は『星喰い(ステライーター)』を討伐し、星を救う者。
 他星を侵略し現地民を虐殺するなどという行為が、本意で有ろう筈がない。
 あらゆる事象に於いて、常に正しく在れ!
 それが――この御子神熾天の! 『正義(ジャスティス)』!」

白手袋を嵌め、五指を真っ直ぐ揃えて伸ばした左手をビシィッ! と前方へ突き出すと、熾天は朗々と言い放った。

438崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/11/20(水) 08:19:55
「ぬるいことを……。このβテストじゃ、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は全員アタシたちの獲物なんだよ!」

「その通り。この世界は切り取り勝手、つまり斃した者勝ち……ってこと!」

降伏を迫る熾天の後ろから、ずいっと二騎の『星蝕者(イクリプス)』が進み出る。
二騎ともレベル4や5といった存在ではなさそうだったが、それでも以前とは比べ物にならない力を持っているのだろう。
そんな同胞の言いざまに、熾天が僅かに片眉を跳ね上げる。

「悪いな、委員長!
 この『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』はアタシらが狩らせて貰う――!」

言うが早いか、『星蝕者(イクリプス)』たちはなゆたとアシュトラーセを討ち取るべく各々の得物を振り上げた。
が、今にも此方へ飛び掛からんばかりの姿勢にも拘わらず、二騎が攻撃してくる様子はない。
と――その身体が俄かにグラリと傾く。
二騎は其の侭前のめりにどっと倒れると、ログアウトしたのかすぐに消滅した。

「まだ、私が話している最中です。勝手な行動は許しません」

パチン、と熾天が鍔鳴りの音を響かせ、刀を鞘に納める。
いつの間にか熾天は刀を抜き、なゆたを攻撃しようとしていた『星蝕者(イクリプス)』を斬っていたらしい。
予想外の行動になゆたは目を丸くした。

「どういうつもり?」

「いくら同輩とはいえ、獲物だなどと……貴方たちを貶める発言は認められません。
 私たちは獲物と狩人ではなく、あくまで対等。そうでなければならない。
 単なる狩りを勝負とは言わない。対等の相手と鎬を削り、打倒しての勝利にこそ価値がある。 
 それがこの御子神熾天の『正義(ジャスティス)』……!」

ヴン……と熾天の背後に『正義』のタロットカードのエフェクトが幻影のように現れる。
『光剣の担い手(フォトンブレーズ)』、御子神熾天。神器を有する、レベル5の『星蝕者(イクリプス)』。
斬られた『星蝕者(イクリプス)』は消滅の直前、熾天を委員長と言っていた。
恐らく熾天はアカデミーで風紀や規律を司る、といったキャラクター付けがされているのだろう。

「さて、とんだ横槍が入りましたが。改めて申します、崇月院なゆた。
 速やかに投降しなさい。そうすれば、此方も貴方たちが生き残れるよう手を尽くしましょう」

「……ローウェルは、既にブレイブ&モンスターズを見限ってる。
 だから、廃物利用みたいな気分で貴方たち『星蝕者(イクリプス)』の試金石にわたしたちをぶつけた……。
 例え降伏したところで、わたしたちに生き延びる道なんてない。
 活路は……戦って切り拓くしかないのよ!」

なゆたはかぶりを振った。
例え虜囚の辱めを受けたとしても、それが確実に命を繋ぐことのできる道だという保障があれば、
その道を選ぶという可能性もあったかもしれない。
しかし、ローウェルがそのような温情をブレイブ&モンスターズ! の住人に対して掛けるとは到底思えなかった。
バロールやシャーロットの必死の嘆願にも拘らず、其れを総て退けてふたりを更迭し、
ブレモンを強制的に終了させてSSSという新しいIPにリソースを注ぎ込む道を選んだローウェルである。
そんな人物が、既に見捨てた者たちに生存の余地を残す筈がないのだ。

「では、あくまで我々に刃向かい、全滅するまで戦う道を選ぶ……と?」

「全滅なんて……しない……!
 わたしたちは……勝つ!!」

腰の細剣を抜き放つと、なゆたは『終着駅(ファイナル・デスティネーション)』で強化された身体能力を最大限活用し、
熾天へと肉薄した。

「愚かな……」

熾天もまた刀の柄に手を伸ばし、なゆたを迎撃する。
姫騎士の剣と光子刀が幾度も交差し、火花が散る。

「我が慈悲に背を向けるというのなら、それも善いでしょう。しかし――
 そもそも貴方たち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』と私たち『星蝕者(イクリプス)』とでは、地力が違いすぎる。
 最初から貴方たちに勝ち目はなかった。ならばいつまでも醜態を晒し続けるより、
 誇り高く最期を受け入れるのが在るべき姿なのでは?」

「醜態? わたしたちのことが、生きるために戦う姿が、醜いって言うの?
 ――ふざけないで!!」

ガギィンッ!

「むう!?」

なゆたが大きく逆袈裟に熾天の刀を弾く。
その気魄に数歩たたらを踏んで後退し、熾天は呻いた。

439崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/11/20(水) 08:22:35
「わたしたちは生きてるんだ! 死にたくないと願うことの、何が悪いって言うの!?
 生きようと足掻くことの、どこが醜いって言うの!!
 貴方は! 自分たちよりも強い敵が現れたとき、仲間たちにそう言えるの!?
 みっともない真似はやめて、潔くみんなで死のうって!」

「ぬ……く……」

細剣を振るって一気呵成に攻めかかりながら、なゆたが叫ぶ。
その勢いに圧され、本来フィジカルでは圧倒的に勝っているはずの熾天が防戦に回る。

「貴方たちにとってはゲームでも、わたしたちにとってこの世界は現実なんだ!
 死んだらお仕舞いなんだよ、コンティニューなんて言って軽々しくやり直せる訳じゃないの!
 だから、わたしは誰も死なせない! 貴方たちにはどんなに滑稽に見えたって、
 戦って! 戦って! 戦い抜いてやる!!!」

ギィンッ!! と甲高い音を鳴らして、姫騎士の剣と光子刀が激突する。
鍔迫り合いの形にもつれ込むと、なゆたは更に全身へ力を込めて熾天に挑みかかった。

「絶対に、わたしの仲間や大切な人たちは殺させない!
 大事な人を喪う哀しみを、離別を強要される痛みを、誰にも味わわせたりなんて――」

まるで魂ごと叩きつけるような勢いで、なゆたは捲し立てる。
そして――
自らの口にした言葉を心の中で反芻し、唐突に気付いてしまった。

大事な人を喪う哀しみ。
離別を強要される痛み。

なゆたは今まで、自分ひとりが犠牲になることで他の人々が生き残れるのなら其れが一番と思っていた。
皆が平等に傷つくより、自分だけがそのすべてを肩代わりし背負うことが出来たなら。
自分の消滅と引き換えに、大切な仲間たちが幸福になるのなら――と。
しかし、それはとんでもない思い違いだった。
もしもなゆたが望んだとおり、願ったとおりに物事が運んだとしたら、本当に仲間たちは喜ぶだろうか?
自分たちのためになゆたは犠牲になって死んだ、よくやったと。これで自分たちは幸福になれるぞと笑うだろうか?
否。答えは否だ。
きっと彼らは怒るだろう。なぜすべて背負い込んで死んだと、自分たちに話してくれなかったのだと。
なゆたの選択は、まさしく大事な人を喪う哀しみ。離別を強要される痛みを彼らに味わわせる行為に他なるまい。
そんなことも分からずに、なゆたは『心配させたくない』という理由で仲間たちに自分の状況を隠した。
嘘を吐いてしまった。今までずっと背を預け、命を預け、信頼と信用を築いてきたはずの仲間たちに――。
唯一真実を打ち明けたエンバースは、言いたいであろうことを何もかも呑み込み、なゆたの感情に添ってくれた。
ただ、何もかもが終わったときにひとつ、願いを叶えてくれと。そんな約束をひとつだけ交わして。

――わたしはなんてバカなんだろう。

この土壇場で、仲間たちを裏切ってしまった。
こんなにも最高の、素晴らしい仲間たちを。その信頼に背を向け、砂をかけてしまった。
誰にも死別の痛みを感じて欲しくないだなんて言いながら、自分が真っ先に死んでそれを皆に与えるだなんて、到底筋が通らない。
謝らなくちゃ。隠し事しててゴメンって。
謝らなくちゃ。ひとりだけで何もかも背負いこんでゴメンって。
そのためには――こんなところでは死ねない。

「ポヨリン! 『流星雨スパイラル頭突き』!!」

『ぽよよよよぉぉぉ〜っ!!」

なゆたの鋭い指示に従い、無数に分裂したポヨリンが散弾のように熾天へと襲い掛かる。
熾天は鍔迫り合いを解くと、大きく後方に跳躍して直撃を避けた。
睨み合いだ。既に『終着駅(ファイナル・デスティネーション)』発動から二日以上が経過している。
この肉体があとどれだけ持つかは分からないが、一刻も早く熾天を倒して仲間たちと合流しなければならない。
ポヨリンを足許に従え、細剣を握り締めて熾天を見据えながら、ギリ、となゆたは奥歯を噛み締めた。
と――

《サンキュー。それじゃ……あー、あー、みんな聞こえるか?》

俄かに、スマートフォンからエンバースの声が聞こえてきた。

「エンバース……?」

エンバースは今まで共に戦ってきた仲間たちへ、順番に声を掛けてゆく。
それはまるで皆に送る遺言のようだ。エンバースが此れから何をしようとしているのか、その意図が分からず、
胸が締め付けられる。
けれど。エンバースのそのメッセージは、決して己の最期を悟った者の挨拶などではなかった。
寧ろ、それとは真逆の――

《……なゆた》

カザハ、ジョン、明神。
順々に話しかけていったエンバースが、最後になゆたの名を呼ぶ。

440崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/11/20(水) 08:25:58
《……なんか、まるで別れの挨拶みたいになっちゃったな……なあ、少しはビビってくれたか?
 もしそうなら……悪かったな。でも、俺達はいつも……お前に、こんな風にビビらされてきたんだぜ。
 一回くらい仕返ししたって罰は当たらないだろ……本当、いつも気が気がじゃなかったんだ》

いつもの皮肉げな、捻くれた物言い。
しかし、そんな普段と変わらない彼の言葉が堪らなく嬉しく、安心する。

《……また、後でな》

一見すると、なんの意味もない会話。取るに足らない、どこにでもある雑談。
だが――其れが今はどんな強化魔法よりも、いかなるバフよりもなゆたに戦う力を与えてくれる。
なゆたはスマホを手に取り、其れを口許へ持ってゆくと、

「うん! 『また後で』!!」

と、力強く返答した。
未だセンターの外で戦っている、大好きな男へ向けて。

「後など――――、無い!」

熾天が納刀した刀の柄に手を沿える。そして、抜刀。剣圧が颶風を纏い、三日月状の真空刃となって飛来する。
なゆたは『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』を用いてそれを躱し、そのまま熾天へと肉薄する。
ふたりの剣が、再度ぶつかり合って火花を散らす。
エンバースの言いたかったことは、既に理解している。
『星蝕者(イクリプス)』はロールプレイという要素を提示されたことで覚醒し、次のステージとでも言うべき能力を得た。
それを、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』側もしようというのだ。
確かにロールプレイは『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の専売特許ではあったが、今が完全究極の形態だという訳ではない。
ブラッシュアップできるはずだ。アップデートできるはずだ。
今までそうして幾多の死線を潜り抜けてきた、自分たちならきっと――。
ならば、エンバースのその期待には応えなければならない。

「おおおおおッ! コズモ新陰流奥義・点滴穿石!!」

「はああああッ! 『蜂のように刺す(モータル・スティング)』!!」

ふたりの突き技が、それぞれ互いの胸を掠ってすれ違う。
ぱっと血をしぶかせながら、なゆたと熾天はまるで示し合わせたかのように同じタイミングで身を翻し、真正面に向かい合った。

「月の子――」

「アシュトラーセ、下がって。
 彼女はわたしが受け持つ」

フレイルを握りしめて加勢しようとするアシュトラーセを、左手を横に伸ばして制する。
『星蝕者(イクリプス)』が出現した一番最初から、黒髪の光子刀使い――熾天とは戦わなければならない予感がしていた。
きっと、此れが宿命というものなのだろう。

「そう。彼女は……他の誰でもなく、わたしが戦わなくちゃいけない相手なんだ。
 この命と、世界を懸けて」

「奇遇ですね。まったく同感です。
 貴方は、貴方だけは、私の手で仕留めなければならない。それがこの御子神熾天の『正義(ジャスティス)』……」

納刀した光子刀の柄頭に手を乗せ、熾天が同調する。
倒すべき相手。打破すべき障害。乗り越えるべき壁。
其れが今、目の前にいる。

「……改めて、名乗っておきましょうか?」

「善いですね。そうしましょう」

幽かに右の口角へ笑みを湛えながら提案する。熾天はすぐに頷いた。
名乗りはロールプレイに於いて重要な、自己を決定付ける要素。己の方向性、立ち位置、そして信念を知らしめる行為だ。
ならば――

「わたしは崇月院なゆた! またの名をモンデンキント、スライムマスター!
 隼ヶ峰高校生徒会副会長にして、ブレイブ&モンスターズの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』!」

「我が名は御子神熾天! 『正義』の啓示を受けし『光剣の担い手(フォトンブレーズ)』!
 アカデミー風紀委員長にして、星蝕のスターリースカイの『星蝕者(イクリプス)』!」

ぢゃきん! と、ふたりは同時に構えた。

「「貴方を――――倒す!!!」」

441崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/11/20(水) 08:26:30
「うああああああああッ!!
 ガーゴイルをかえせ! かえせ、かえせェェェェェッ!!
 かえせよォォォォォォォォォォォォォォッ!!!」

唯一無二の愛馬ガーゴイルを喪ったガザーヴァは逆上すると槍を握り締め、絶叫しながら一気にオーロールへと挑みかかった。
乗騎に跨ったオーロールがせせら笑う。

「何を嘆く、何を悲しむ?
 悪逆無道で鳴らした幻魔将軍が?
 此処は寧ろ、使えぬ駄馬よと唾を吐くところであろう?」

「黙れェェェェェェッ!!!」

ゲームの中のガザーヴァはフィールドでの会話時も、戦闘時も、常に黒いユニサスに跨った黒騎士のグラフィックで標示される。
それぞれが単独で表示されることはない。つまり幻魔将軍ガザーヴァとは『暗黒騎士』と『ダークユニサス』のユニットではなく、
『ダークユニサスを駆る暗黒騎士』それ自体のことを指すのだ。
ドラゴンクエストのスライムナイトや、ファイナルファンタジーのオーディーンのように。
ガザーヴァにとってガーゴイルとはいついかなる時も分かち難い、まさにカザハの言う通り半身に近しい存在であったのだ。

「よくも! よくも殺したな! ボクのガーゴイルを!」

「殺したとも。だがそれがどうした?
 此処は戦場……殺し殺されは当然の仕儀よ。
 汝とて今まで散々殺してきたのであろう? 余人に死別の苦楚を与えておきながら、
 己が其れを味わう番になれば身も世もなく泣き喚くとは、心得違いも甚だしい」

滅茶苦茶に、しかし猛烈な速度で繰り出されるガザーヴァの槍を、オーロールは危なげなく剣を取り回し捌いてゆく。
やがて僅かな隙を衝くと、オーロールはガザーヴァの漆黒の甲冑、その胸に剣を叩きつけた。

「がはッ……!!」

ガシャァンッ! と硝子の割れるような甲高い音がホールに鳴り響き、鎧が粉々に砕け散る。
ガザーヴァはどっと床に倒れ込んだ。
そんな姿を、オーロールは傲然と見下ろす。

「汝らは滅び往く存在なのだ。天がそう定めた!
 であれば粛々と我らに道を譲り、疾く舞台より去るがいい!
 これ以上の醜態を晒す前にな――!」

今にもガザーヴァにとどめを刺そうとするオーロールの前に、カケルが立ちはだかる。
懸命にガザーヴァを退避させようとするカケルを見て、皇帝は僅かに目を細めた。

「ほう。仲間の窮地を見兼ねて、己が成すべき役目を放棄したか。健気なことよ。
 所詮無為なことではあるが……それでも仲間を救おうと藻掻く有様は余をして心打たれるものがある」

無力な者がなけなしの勇気を出し、絶対的強者に立ち向かう。
そんなカケルの献身に、オーロールは敢えて手を出そうとはしなかった。
どのみち『星蝕者(イクリプス)』の勝利は確定的。役目さえこなせば、
自分ほどの者がわざわざ弱者を手に掛けることもない――とでも思っているのだろうか。
と、そのとき。
どこからか楽曲の音色が聴こえ、ホール内に反響し始めた。
『星蝕者(イクリプス)』を鼓舞するその歌は、むろんカザハのものではない。
自立型音響兵器SUNO-GPT。
新たな『星蝕者(イクリプス)』が仲間たちを支援する歌を歌っているのだ。

「んん……心地良い歌声よ。余の体内をエーテルが駆け巡っている……。
 ギャラクティック・アクセラレーションで消費した『星光(イルミネイト)』が回復していくのが分かるぞ。
 さて――」

馬首を返すと、オーロールは徐にステージへ標的を定めた。
どういう理屈かガザーヴァを撃破したことでカザハは歌をやめている――歌えなくなったようにも見える――し、
目的を達するのは今だと考えているのだろう。

>行かせませんッ!!

しかし、其の行く手をカケルが阻む。

「……皇帝の慈悲に二度目はない。
 折角拾った命を敢えて冥土に擲とうとは、まったくもって度し難きこと。
 一度の恩赦に飽き足らず、再度余の視界に入ると言うのなら――」

オーロールは不快げに眉間に皺を寄せると、長剣の切っ先をカケルへと突き付けた。
 
「汝も死ね。
 此れより滅びる、総てと共に」

442崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/11/20(水) 08:27:07
カケルの指示で、カザハが再度歌い始める。
と同時、アゲハが周囲の残存『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』にカケルへの支援を呼びかける。

>ソニックスティンガー!!

ガギィンッ!

「ぬぅん……?」

バフを最大限に盛った刺突を長剣で受け、オーロールの身体が僅かにぶれる。
カケルの読み通り、『星光(イルミネイト)』の枯渇しているオーロールは最初よりも弱体化している。
その上でバフを盛ったカケルが攻撃すれば、確かにここまで戦力差を埋めることが可能になるのだ。
が――
『ここまで』が限界だ。ある程度競ることは出来ても、オーロールを討ち取ることまでは出来ない。
二合、三合と打ち合うも、カケルの攻撃はすべてオーロールに受け止められてしまう。
そうして攻防を繰り広げていると、カザハの歌が終わった。
ただ、いつもならすかさず次の歌の出だしに移行するところが、中々次曲に移らない。
カザハは完全に息切れを起こしていた。

「はは! 演奏会はもうお開きか?
 スノウ! 『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の歌い手は品切れとのこと、今度は此方の番ぞ!
 音すら断ちし暗黒宇宙の隅々にまで響き渡る、スターリースカイガールズの『星間旋律(オルヴィス・ラクテウス)』!
 存分に奏で、歌え! 楽隊として我が覇道に華を添えよ!」

ブレモンに呪歌が存在するのなら、SSSにそれと同様もしくは類似のものがあったとしても何も不思議ではない。
そして、SSS産の其れがブレモンの呪歌に後れを取ることはないと、オーロールは確信していた。
消費した『星光(イルミネイト)』がスノウの歌声で回復してゆくのを感じ乍ら、
オーロールは哄笑した。

>カザハ――――――――ッ!!

やがて力尽きたのか、カザハが倒れる。それを見たカケルが姉の身を気遣って叫ぶ。
そして、その隙を見逃すオーロールではなかった。

「余所見をしている暇が……あるのか!?」

ザシュッ!

オーロールの長剣がカケルを捉える。鋭利な刀身が右袈裟にカケルの胸を斬り裂き、血飛沫が舞う。
更に怯んだカケルを、帝騎ルドルフが強靭な右前足で踏みつけ地面に縫い留める。
一トン以上の体重を誇るルドルフに踏みつけられては、カケルはもはや身動きが取れまい。
今はただ逃げられないよう踏みつけているだけだが、ほんの少しでも体重を掛ければ内臓破裂、粉砕骨折は免れないだろう。

「助け合い、思い合う心は美徳である。其れは我ら『星蝕者(イクリプス)』も同じ。
 したが……此れは戦争。ただ斃し勝利する以外の感情は必要ない。
 赦せとは言わぬ、存分に恨め。その恨みも何もかも背負って、我らは先へ進もう」

ちゃき、とオーロールが剣を掲げる。

「ま……、待て……!」

不意に声がする。オーロールが其方へ顔を向けると、鎧を砕かれ元の軽装に戻ったガザーヴァが槍を杖代わりに、
なんとか立ち上がるべく片膝で起き上がろうとしていた。

「ソイツは……殺させない……!
 ボクの……命に代えても……絶対、護ってみせる……!」

「……これは異なことを言う。
 自分が生き残るためならば、平気で他者を見捨てるのが幻魔将軍というキャラクターであったはず。
 誰かのために己の身を擲つなど、まさしく真逆の属性であろうよ。汝、本当に幻魔将軍ガザーヴァか?」

「ああ……そうだな……。
 確かに、ゲームの中でのボクはそうだった……小狡くて、卑怯で、自分のことしか考えてない。
 明日のことなんてどうでもいい、今この瞬間だけ楽しければいい……。
 それが、幻魔将軍ガザーヴァのすべてだった――」

歯を食い縛りながら、ぐ、ぐ、と四肢に力を込め、ガザーヴァはようよう立ち上がった。

「でも、今は違う……。
 邪悪で、傲慢で、恨みと憎しみに凝り固まっていたボクの心を……癒してくれたヤツらが、いるんだ……。
 他人に死と不幸を振り撒くんじゃない、もっと別の楽しいコトを……教えてくれた、ヤツらが……。
 大切な物が出来たんだ、とっても大切な……ボクはそれをもう、二度と失いたくない……。
 だから――」

力を振り絞り、じゃきん! と暗月の槍ムーンブルクを構える。

「ボクは戦う……大切な、ボクの大事なものたちのために!
 昔の幻魔将軍とは――違うんだァァァァァァッ!!」

「解釈違いだな。ならば死ねィッ!!」

443崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/11/20(水) 08:27:32
ルドルフがカケルから前足を退け、ガザーヴァへと狙いを定める。
ガザーヴァは余りにも巨大すぎる敵に立ち向かいながら、決死の覚悟で槍を握りしめた。
勝ち目がないことなど、充分すぎるほど理解している。
だが、このままでは終われない。例え自分は此処で敗れ、死を迎えるにしても、なんとか仲間たちが活路を見出せるように。
今後に繋げられるような戦いをしなくては――。

>姉上―――――ッ!!

今にも突進を開始せんとルドルフが右前足の蹄で床を幾度も蹴り、ガザーヴァが其れを迎え撃とうとした、その瞬間。
ガザーヴァの身体を無数の蝿の群れが包み込んだ。

「マゴット!?」

見れば、今まで明神の傍で『星蝕者(イクリプス)』と戦闘していたマゴットが戦列を離れ、
カケルの傍まで移動してきている。
マゴットは錫杖を構えると、真っ向からオーロールに対峙した。

>『ベルゼブブ・オルタナティブ』――マゴット。我が……相手になる……!!

「ふん」

新手の出現に、馬上でオーロールが鼻を鳴らす。

「誰が来ようと同じこと。汝ら『ブレイブ&モンスターズ!』世界の住人では、余を打ち破ること敵わぬ。
 無駄な努力よ」

『無駄かどうかは……やってみなければ……分からぬ……!』

睨み合う両者の闘気が高まってゆく。
一触即発の雰囲気の中、ガザーヴァが叫ぶ。

「マゴット! オマエ、なんでこっちに来た!?
 オマエには明神の護衛って役目があっただろ!」

『主に……姉上を助けるよう仰せつかったゆえ』

「バカッ! オマエがいなくなったら、誰が明神を護るんだ!?
 すぐに明神のところへ戻れ! こっちはボクひとりだって――」

明神とジョンが戦っている『星蝕者(イクリプス)』たちが並の使い手でないことは、
ほんの僅かしか其方の戦いを見ていないガザーヴァにも分かる。
ブラッドラストと化け物じみた身体能力で『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』だというのに直接戦闘のできるジョンと違い、
明神は死霊術が使えるというだけであくまで肉体はただの人間だ。
モンスターならば耐えられるダメージでも、明神が直撃を喰らえば即死は免れまい。
だが、マゴットは一度首を横に振った。

『姉上、我らの主は……其処まで脆弱ではない……』

「な……」

『主の力量は、三界にて最強……。
 決して、『星蝕者(イクリプス)』などという……輩に、遅れは取らぬ……!
 主の選択に誤りは無し、ならば我は……ただひたぶるに主命を実行するまで……!
 それに』

マゴットの全身から瘴気が噴き出す。
其れは誰に命じられた訳でもない、マゴット自身の感情の激しさから来る戦いの意志、その表れだった。

『ガーゴイルとは、同じ桶の飼葉を食べた仲ゆえ―――!!』

錫杖を振りかぶり、マゴットは翅を激しく羽搏かせると一気にオーロールへ肉薄した。

「僭越なるぞ、虫螻!」

オーロールが剣を振り上げる。
ガンッ! ガギンッ! と甲高い音を響かせ、マゴットとオーロールが打ち合う。
マゴットは錫杖による直接攻撃の他、デスフライの群れを使役しての搦め手、
更に得意の『闇の衝撃(ダークネスウェーブ)』による魔法攻撃と、様々な手練手管で一気呵成に攻め立てた。

『グフォォォォォォッ!!』

しかし、それでもオーロールには届かない。オーロールは初撃でマゴットの攻撃パターンや手癖を見切ると、
馬上にあって片手に手綱を握りながらマゴットの攻撃を捌く。
更に高く跳躍し制空権を取って攻め込もうとするマゴットを前に、頭上から振り下ろされる錫杖を剣を大上段に翳して受け止めると、
ひとつ溜息をついた。

444崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/11/20(水) 08:28:01
「確かにそこそこ使えるようだが。
 しかし、此処まで。余の喉笛を掻き切るには至らぬ。
 では、次は此方の番だな?」

ヒュゴ、とオーロールの長剣がそれまでの鋼色から鮮やかな蘇芳色へ変わる。

「喰らうがいい――奥義! 『薔薇色の棘(ロサ・エスピナ)』!!」

オーロールが流麗な所作から一転、無数の突きを繰り出す。

『グフォッ!?』

マゴットは空中で何とか回避しようと身を捩ったが、まるで槍衾のようなオーロールの突きの嵐を躱しきることが出来ない。
結果右の脇腹を深く抉られ、どっと床に墜落した。

「マゴット!」

ガザーヴァが叫ぶ。

「いくら抗ったところで、所詮はこの程度。興が醒めたわ……代わり映えせぬ雑魚の相手にも厭いた。
 戯れは仕舞いだ、そろそろとどめを刺し、この茶番に幕を引いて呉れよう」

「く……」

あくまで強者の余裕を崩さないオーロールを前に、ガザーヴァは歯噛みした。
個別に攻めかかっていたのでは勝てない。この場にいる全員で一斉に掛からなければ。
だが、もうその体力が此方には残っていない。後はオーロールに順番に撫で斬りにされる未来しか――

『姉……上……!』

「無事かマゴット、待ってろ……今、どうにか退路を……」

『此れ……を……』

うつ伏せに倒れたマゴットが、一枚のスペルカードを取り出す。
ハイパー・ユナイト。センター内で手分けして戦うと決めたときから、封じられていた筈の鬼札。
それがマゴットの手の中にある。

「明神が持たせてくれたのか……!」

『御意……既に、ゲージも充填済みとの由……!』

ブレモン最上位、すべてのモンスターの頂点に君臨する六属性十二体の魔神、超レイド級。
その一体であるベルゼビュート――幻蝿戦姫ベル=ガザーヴァへ変身できれば、逆転の目は充分すぎるほどある。
さすが明神、と死中に活を見出し、ガザーヴァの表情が明るくなる。
しかし、そんなジョーカーの存在をオーロールが見過ごすはずがない。

「何だ、それは? ……そのカードを見て、俄かに生気を取り戻したな。
 それが汝らの奥の手か?」

オーロールの問いに、ガザーヴァは一瞬口を噤んだ。そして考える。
此処は何とかしてオーロールの気を逸らし、隙を衝いてカードの実行に移すのが得策。通常ならば誰もがそう思うだろう。
だが、そもそもオーロールにそのような隙があるだろうか? あったとして、今の満身創痍の自分たちにそれが衝けるだろうか?
成功率はゼロに近い、それでは折角明神が用意してくれた切り札をみすみす無駄にしてしまう。
ならば、いっそ――

「……そうだよ」

ガザーヴァは肯った。

「ソレは『ハイパー・ユナイト』。『合体(ユナイト)』の上位種、
 レイド級とレイド級を合体させ超レイド級を召喚する、とっておきのスペルカードさ。
 ソレがあれば、ボクとマゴットは超レイド級モンスター・ベルゼビュート――幻蝿戦姫ベル=ガザーヴァになれるんだ」

更に、ご丁寧にスペルカードの効果までも莫迦正直に打ち明けてしまう。

「超レイド級だと? しかし、ベルゼビュート……などというモンスターは聞いたこともないがな」

「そりゃ、テメェが途中でブレモンをやめたリタイア勢だからだろ! 今のブレモンには、
 色んな追加モンスターがいる。追加イベントも、追加キャラクターもな! だから……」

ゆっくりマゴットへ歩み寄ると、ガザーヴァは「アリガトな、助けに来てくれて」と小声で弟分を労い、
軽く頭を撫でてやった。そしてスペルカードを受け取り、オーロールの前に突き出す。

「……だから。ボクたちにこのスペルカードを使わせろ。
 コイツが正真正銘最後の手だ、今までとは比べ物にならない強さで相手をしてやるよ。
 これを真正面から打ち破ってこそ完全完璧な勝利ってモンさ、代わり映えしない雑魚の相手には厭きたんだろ?
 まさか、嫌とは言わねぇよなァ? 合体なんてオッカナイからボクたちを弱い状態のままで殺しとこう、なんて――
 そんなの解釈違いだろ、曙光の皇帝サマ!」
 
ガザーヴァは一気にまくし立てた。

445崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/11/20(水) 08:28:24
かつて明神はなゆたを三味線巧者と称したが、口の達者さではガザーヴァも負けてはいない。
ゲームではその口八丁手八丁で多くの人々を欺き、篭絡し、自らの手駒に加えてきたのだ。
『星蝕者(イクリプス)』はロールプレイに目覚めたことで飛躍的に強くなった。
が、その反面、ロールプレイに縛られることにもなってしまった。
アカデミーの生徒会長、誇り高き曙光の皇帝。
オーロールがそんなロールプレイに忠実であろうとするのなら、絶対に此方の申し出を断らない。
スペルカードのことも超レイド級のことも良く分からないが、取り敢えず危険そうなので申し出は却下しよう――
そんな、今までのオーロールのキャラクターを木端微塵に破壊するような選択を、
オーロールの『教官』は絶対に採りはすまい。果たして永劫にも思えるほどの沈黙を経て、

「善かろう」

静かに、皇帝は首を縦に振った。

「使うが善い、その札を。汝らの最後の隠し玉を!
 超レイド級なにするものぞ、未知の『星喰い(プラネットイーター)』どもなら、両手指の数に余るほど初見で屠ってきたわ!
 此度も何ら変わることはない……汝らの全身全霊! 真正面から踏み潰し、覇道の完成と参ろうぞ!」

「よく言った!
 ――『ハイパー・ユナイト』……プレイ!!」

カッ!!!

ガザーヴァの手の中のスペルカードが眩く輝き、内包された効果が発動する。
マゴットの肉体が無数のデスフライに分解してゆき、巨大な蜂球ならぬ蝿球を形作ってガザーヴァを包み込む。
そして――僅かな時間を経て蝿球がバラバラになってゆくと、中からきわどいビキニアーマーを纏い、
頭に冠を乗せたガザーヴァが姿を現した。

「幻蝿戦姫ベル=ガザーヴァ、ロールアウト!
 ガーゴイルの弔い合戦だ、いっっっっっっくぜェェェェェェェェ――――――――ッ!!!」

ギュゴッ!!

ガザーヴァともマゴットとも違う、出鱈目な角度からの視認不可能な速度で、ムーンブルクを持ったガザーヴァが突っかける。

「ぬッ!」

流石にオーロールも片手受けする余裕を無くし、両手で剣をしっかり握って初撃を受け止める。
しかし、ガザーヴァの攻撃は終わらない。オーロールの剣を足場に蹴りつけて間合いを離すと、
飛び退き際にデスフライの群れを差し向ける。
全身から光り輝く『星光(イルミネイト)』を放出し、オーロールが纏わりついてくるデスフライを焼き払う。

『グフォォォォッ!!』

デスフライの群れの一部がマゴットの上半身に変化し、死角から錫杖を振り下ろす。
オーロールは左前腕で受ける。流石にノーダメージではいられないらしく、その美貌が苦痛に歪む。

「く……」

「アッハハハハァッ! まだまだ、こんなモンじゃねェぞォ!
 ――『暗撃牢獄(ダークネス・ケイジ)』!!」

マゴットの上半身を形作ったのと同様、今度はデスフライたちが皇帝を包囲するように無数のベルゼブブの頭部を形成する。
その口吻から放たれる『闇の波動(ダークネスウェーブ)』の嵐。四方八方から放たれる闇魔法の一斉掃射に、
オーロールとルドルフは回避も侭ならず、正に牢獄に繋がれたかの如くただ身を守ることしか出来ない。

「チィーッ!」

ある程度の被弾は仕方ないと割り切ったのか、オーロールが闇の波動の中を突っ切ってガザーヴァへと迫る。
正確無比な斬撃がガザーヴァの胴を横一文字に薙ぎ払い、上半身と下半身とを分断する――が。

「ばぁぁーッか! そんなの効かねェよッ!!」

ガザーヴァは一瞬デスフライの群れに姿を変えると、何事もなかったかのように元の姿に戻った。
ベル=ガザーヴァは無数のデスフライの集合体。従ってその姿は千変万化、望むどのような形状にもなれる。

「行くぜ、『万魔殿来たれり(パンデモニウム・カム)』!」

「……!! む、ぉ……」

すかさずガザーヴァは右手の人差し指をオーロールへ突き出した。
相手のバフをすべて消し去ったうえ、『暗闇』『沈黙』『石化』『混乱』『20秒間ATBゲージストップ』
『スロウ』『睡眠』『呪い』『死亡』『HP強制1』『魅了』『ゾンビ化』のうち、
いずれか4つをランダムで付与するという、ベル=ガザーヴァのユニークスキル『万魔殿来たれり(パンデモニウム・カム)』だ。
オーロールが眩暈を覚えたように額に片手を添え、ルドルフがその動きを止める。
四種類のデバフすべてを掛けることは出来なかったようだが、そのうちの幾つかは効いたらしい。
効果を発揮したのは『呪い』と『石化』だった。これでオーロールは暫くガザーヴァのデバフへの抵抗力が低下し、
またルドルフは四肢が石と化してその場から動くことが出来なくなった。

446崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/11/20(水) 08:28:52
「どォだ、愉しんでるかァ? 期待通り……いやそれ以上! だっただろォ!?
 でもなァ……そいつももうお仕舞いだ!
 最後に喰らわせてやるぜ、超レイド級! 幻蝿戦姫ベル=ガザーヴァの最終奥義!!」
 
じゃきん! と音を立て、暗月の槍ムーンブルクがその穂先を展開させる。

「終焉の刻は訪れり!
 地獄の君主の名の許に、開けアバドーンの顎(あぎと)!!」

ガザーヴァの命令に従い、無数のデスフライたちが禍々しく蠢く肉の砲塔を形作る。
その砲口が、オーロールとルドルフを捉える。
皇帝の暗示を持つ『星蝕者(イクリプス)』は、『万魔殿来たれり(パンデモニウム・カム)』の効果により、
石化によってその場に縫い留められたまま動けない。

「く……! ルドルフ、動け! 動かぬか!
 それでも帝騎、皇帝たる余の愛馬か!」

オーロールは手綱を操り、馬腹を蹴って何とか石化を解除しようとしたが、ルドルフはただ嘶くばかりだ。
その間に、ガザーヴァは着々と必殺奥義のフェーズを進めてゆく。

「撃て―――――――ッ!!!」

カッ!!!!

巨大な砲口から圧倒的な魔力の奔流が閃光の如く迸る。輝く力の波濤があっという間にオーロールとルドルフを包み込み、
余剰エネルギーがその背後の壁をも貫通してセンターに大穴を穿つ。
だが、それだけでは終わりではない。寧ろ、これからが本番。
ガザーヴァは穂先を展開したムーンブルクをぐるりと片手で一回転させると、魔力の波動の只中へと突っ込んだ。

「貶め嬲れ、欺き祟れ!
 オド、マナ、エーテル、世の礎の総てを啖い、穿て――」

「く、ぉ……!
 莫迦な、この……曙光の皇帝が……これほど、迄に……!!」

終始余裕を崩さなかった皇帝の面貌に、初めて焦りの色が滲む。
しかし、どれほど藻掻こうと石化と魔力の閃光に完全に拘束されたオーロールに逃げ場はない。
ガザーヴァは爆発的な魔力の洪水に後押しされた勢いで加速すると、流星のように愛馬の仇へと突撃した。

「――――――真!! アウトレイジ・インヴェイダ―――――――――――ッ!!!」

「うおおおおおおおおおおお……ッ!!」

ガガァァァァァァンッ!!!!!

暗月の槍ムーンブルクの穂先が狙い過たずルドルフに命中し、大爆発が起こる。
ざざざざっ!! と突進の勢いを殺しつつ、ガザーヴァが床に着地する。
かつてエーデルグーテではレイド級ボスのアニマガーディアンすら一撃で葬った、幻蝿戦姫ベル=ガザーヴァの最終奥義。
其れをまともに喰らっては、いかにレベル5の『星蝕者(イクリプス)』といえど一溜りもないだろう。

「……仇は討ったぞ、ガーゴイル」

濛々と立ち昇る爆煙を見詰めながら、戦死した愛馬を想う。
大きな犠牲を伴いはしたが、此れでネームド『星蝕者(イクリプス)』の一角を崩すことが出来た。
けれども相棒の死を悼み、悲しむのは後だ。早く明神の手助けに行かなくては――

「…………どうして」

俄かに、ガザーヴァは双眸を大きく見開いた。

「そんな……まさか……」

立ち込めていた煙が徐々に薄くなってゆく。視界が晴れてゆく。
持てるすべての力を使い、渾身の最終奥義を叩き込んだ。手応えはあったし、仕留めたという実感もあった。
だというのに――
消えてゆく煙の向こうには、白い改造制服を纏った『星蝕者(イクリプス)』が、依然として存在していた。
ただし、帝騎ルドルフの姿はない。オーロールは自らの足で其処に立っている。

「何も驚くには値するまい。
 先刻、汝がガーゴイルにさせたことを余もルドルフにさせたまで。
 ふふ……それにしても、このオーロールを地面に引き摺り下ろすとは。
 見事よ、幻蝿戦姫。さすが超レイド級を名乗るだけのことはある」

「う、嘘だ……嘘だ……ッ!」

唇をわななかせ、ガザーヴァはかぶりを振った。
真アウトレイジ・インヴェイダーはベル=ガザーヴァの最強奥義。二度も三度も用いるものではないし、
そもそもエネルギー消費が激しすぎて連発などできない。まさに奥の手、最後の切り札だったのだ。
その鬼札を切ってもなお、オーロールを仕留められなかった。

447崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2024/11/20(水) 08:31:02
「汝はよくやった。余も、終焉を待つばかりの世界で旧式相手に此処まで手古摺るとは思わなんだ。
 今の奥義で、多少なりと手傷も負った。我が玉体に傷をつける者が、果たして存在しようとは……。
 まったく驚かされた、まことに此度の戦いは色々と楽しませてくれる」

オーロールはク、と小さく左の口角を歪めて笑った。
確かに、その輝くばかりの白い制服には多少なり埃やほつれがあり、頬やニーソックスを穿いた太股にも血が滲んでいる。
真アウトレイジ・インヴェイダーはまったく効果が無かった訳ではない、寧ろ確かに効果を発揮し、
それまでまったくの無傷であった曙光の皇帝に届いていたのだ。
ならば――

「フン! 強がってんじゃねぇ!
 オマエはネビュラノーツってヤツなんだろ!? ネビュラノーツは乗り物に乗ってるのが大前提のはず!
 それなら、馬を喪った今のオマエは羽根を捥がれた鳥も同じ!
 優位を取ってるのは……ボクの方だッ!」

そう。クラス『箱舟の漕手(ネビュラノーツ)』は乗り物を操ってこそ最大のポテンシャルを発揮できる。
それは逆に言えば、乗り物を破壊される・引き摺り下ろされる等で操舵不能の状態に陥ると、
著しく弱体化してしまう――ということでもある。
SSSがゲームである限り、プレイヤーはなんぴとたりともシステムの根幹にかかわる設定を無視出来ない。
オーロールにも其れは例外ではなく、帝騎ルドルフを喪った皇帝に、
もはや今までのような圧倒的な強さで敵を蹂躙することは不可能であろう。
で、あるのなら。
とっておきの札は切ってしまったものの、超レイド級のステータスを依然維持している自分の方が圧倒的に有利。
弱体化した皇帝なら、充分に仕留めることが出来るはず――
ガザーヴァはそう踏んだ、のだが。

「フ……。フハハハハハハハハ……!
 余が? 羽根を捥がれた鳥? ハハハハハハハッ!
 面白い冗談を言う!」

オーロールは愉快げに哄笑した。
ギリ、とガザーヴァが奥歯を噛み締める。

「何がおかしいんだよッ!?」

「なに、汝の読みがあまりに的外れなものでな。とはいえ只人ならば無理からぬ。
 善い。ルドルフを屠り、余を地に立たせた褒美に教えて遣ろう。
 乗騎なき漕手に勝機なし、其れは汝の申した通り。しかし――
 “余の乗騎はいまだ健在である”」

「……なんだって? ウソつくなッ!
 オマエの馬は、ボクが消し飛ばして――」
 
「ルドルフは余の駆る乗騎、その一騎に過ぎぬ」

「…………な…………」

絶句する。

「とはいえ、『箱舟の漕手(ネビュラノーツ)』の乗騎は『星蝕者(イクリプス)』ひとりにつき一騎。
 船なら一隻、馬なら一頭……そのルールは絶対。余にもその掟は適用されている」

「なら、やっぱりオマエにはもう乗り物なんて……」

「其処が皇帝たる余と諸人の違いよ。
 たかが一騎を統べる程度ならば、誰にでも出来る。
 しかし皇帝は違う――皇帝とは衆生の頂点に君臨し、自らの意志によって民を導く者! 皇軍を指揮し、万里を掌握する者! 
 為らば!」

ゴウッ!! とオーロールの全身から『星光(イルミネイト)』が迸る。

「我が版図、我が帝国こそ我が乗騎!
 参れ、『皇帝親衛隊(イェニ・チェリ)』!!」

皇帝が左手を頭上高くへ持ち上げ、高らかに叫ぶと、それまで控えていたオーロールの従者たちが二十人ばかり、
一斉にガザーヴァの前方へ展開し構えを取った。
従者だけではない。オーロールの『星光(イルミネイト)』に導かれるように、
ルドルフと同じくらいの体格の軍馬や二頭立ての戦車(チャリオット)、長槍歩兵の部隊が虚空より出現する。
それは正しく、かつてオスマン・トルコの皇帝(パーディシャー)が指揮した直属精鋭部隊、
イェニ・チェリの再現に他ならなかった。

「……な……んだよ、ソレ……。
 そんなの……反則じゃんか……」

「で、あるか。
 生憎だが、此れは戦争。泣き言は通用せぬ。
 とはいえ汝の腕前は認めよう、余以外の『星蝕者(イクリプス)』が相手ならば、汝が遅れを取ることはそうあるまい。
 汝の不幸は、此度の対手が余であった……その一点に尽きる。
 幻蝿戦姫ベル=ガザーヴァ、天晴であった。褒めて遣わす。
 では――そろそろ幕としよう」

皇帝オーロールは掲げていた手をゆっくりとガザーヴァへさし伸ばすと、
自らの親衛隊に「やれ」と指揮した。


【センター内に撤退したなゆたとアシュトラーセ、御子神熾天と交戦。
 なゆたは自己犠牲の認識を改める。
 ガザーヴァは幻蝿戦姫ベル=ガザーヴァへとクラスチェンジ。帝騎ルドルフを撃破するも、
 オーロールの真の乗騎を知って絶望する。戦闘継続】

448embers ◆5WH73DXszU:2025/01/14(火) 22:28:21
【ライト・コンテンツ(Ⅰ)】


見て盗む――ゲーマーの技芸の一つだ。
ゲームの世界において知識やテクニックは全てのプレイヤーに平等だ。
明神がなゆたのぽよぽよ☆カーニバルコンボを盗んだように。なゆたが明神のマジックチートを盗んだように。
一等星の如き天才達が編み出した戦術や技巧も、その概要を理解すれば/操作方法さえ再現すれば誰もが模倣出来る。

「――まあ、仕方ないから認めるよ。確かに俺は依然変わらず死に損ないのままだ。
 でも、それがどうした?この世界はゲームだ。だから――『死ななきゃ安い』んだ。
 HPが1でも残っていれば問題なく相手をぶっ飛ばせるんだぜ」

エンバースの言葉は単なる強がりではない。
HP1のキャラクターが平然と呪文や特技を使って攻撃する。
残り1ミリまで体力を削ったボスが元気に暴れ回って返り討ちにされる。
そうしたゲーム特有の現象――それを再現する為のロールプレイ。
自分がゲームのキャラクターである事を部分的に受容/強調する――カザハも見せていたテクニック。

「その反面、お前らはどうだ?俺がギリギリで踏みとどまっているだけの死に損ない。
 今更そんな分かりきった事をわざわざ言及せずにはいられないのは――内心ビビってるからだ」

これもただの挑発ではない。
もっともらしく相手が臆していると指摘する事で対象のロールプレイを阻害/強制する。
負の、外向型のロールプレイ。ゲーム内外での挑発は――悪しき文化ではあるが、一方でゲーマーの様式美だ。

「そして――ビビって日和ると、ゲームってのは下手になるんだぜ。
 俺の体力バーが見えてるか?あとどれくらい残ってる?……ちゃんとミスらず削り切れるか?」

イクリプスの包囲網の中、エンバースは余裕の態度でスマホをタップ。
【ムラサマ・レイルブレード】を召喚/抜刀――刀の方は別に必要ではないのでその辺に突き立てる。
ダインスレイヴを機械仕掛けの鞘へ収める/腰を落とす/鯉口を切る。
一瞬の、息が詰まるような静寂――不意にきぃんと響く金属音/微かに煌めくエンバースの手元。

一瞬遅れて渦巻く剣閃と炎の嵐=現実離れした――ゲーム的な剣技。
殴りガンナー系イクリプスがダッキングからのステップインで剣閃を躱す/躱す/躱す――躱し切れない。
無理に躱そうと体勢が崩れる/後ろに倒れ込む――そのまま転がるように逃避せざるを得なくなる。

アーマード美少女系イクリプスが交差させた両腕で斬撃を受ける/一歩踏み出す。
重い金属音/舞う火花/一歩前へ/重装甲が削れる音/眩いほどの量の火花/一歩前へ――耐え切れない。
両腕で固めた防御が弾き上がる/更に胸部へ斬撃が命中――大きく後方へ吹っ飛ばされた。

吹き荒れる剣風にイクリプス達が一旦距離を取る。

「おい……まさかマジでビビってるのか?誰もかかってこないのかよ」

『んふふ、強がったって無駄だよハイバラ。これはビビってるんじゃなくて見切ってるの。
 アンタは初見殺しであーしらを殺し損ねたんだからさ。もっと悔しそうにしないとね〜』

「……クソ、性格悪いぞ。どっちの性格だ?お前か?教官の方か?」

『そりゃ教官……って言いたいとこだけど。あーしもなんだか癖になってきたかも……アンタに苦い顔させるの』

エンバースは今も納刀の構えを取ったまま=再び剣閃の嵐を発動可能。
だが――確信に近い嫌な予感がした。孫護空の言葉はハッタリではない。
さりとて――技を出さないまま作戦を変えるのは「逃げ」だ。ロールプレイに傷がつく。

449embers ◆5WH73DXszU:2025/01/14(火) 22:28:49
【ライト・コンテンツ(Ⅱ)】

「はっ……おかしな話だ。癖になるほどお前に苦しめられた覚えは――ない」

再び煌めくエンバースの手元/吹き荒れる剣風。
殆どのイクリプスは先ほどの焼き直し――躱し切れず/防ぎ切れず離散を強いられた。
だが孫護空は違った。幾重もの斬撃を得意の身のこなしで躱し/神珍鉄で防いで踏み込んでくる。

それでも回避/防御を駆使するだけで突破出来るほどエンバースの斬撃は鈍くない。
回避も防御も間に合わないタイミングが来る――――その瞬間。

『――星光解放。運命順転(フォーチュン・アンプリフィケーション)』

孫護空の体からほんの一瞬だけ清冽な光が溢れた。
星の光。夜空に運命を描き出す光。
そこに秘められた『自由』の力が――孫護空の居場所をステップ一つ分だけ前へ置き換える。
つまりブリンク=瞬き/点滅――ゲームにおいてはそれらを彷彿とさせるような瞬間移動。
それが本来直撃していた筈の斬撃を――置き去りにした。

「ほうら見切った!苦い顔……頂きっ!」

剣風の「目」に飛び込まれた/孫護空が神珍鉄を振り上げる。
唸りを上げる落雷の如き兜割り――迎え撃ったのは、純白の閃光。
遊撃隊/負傷者の護送を終えたフラウが戻ってきた――そのまま不意打ちの足刀が孫護空を蹴り飛ばす。

「――そら見ろ。誰が俺に苦い顔をさせられるって?」

〈……話の流れは知りませんが、させられる寸前でしたよね?苦い顔〉

『そーだよ!何ここぞとばかりにキメ顔してんのさ!』

「うるさいぞ。集中しろ」

『あ、ちょ、それはズル――――!』

蹴飛ばされた=空中で制動不可の孫護空――そこに迫る稲妻の如き剣閃。
神珍鉄がそれを辛うじて防ぐ――だが受け流せない。
孫護空が強烈な勢いで地面に叩きつけられる/飛び散るアスファルトの破片と粉塵。

「フラウ――」

呼びかけるまでもなくフラウは飛び出していた。
人数の差は圧倒的。だからこそ着実に一人ずつ削っていかなくては。
孫護空のような優れた戦力は、特に。

全面的に合理的な判断――だからこそイクリプス達にもそれが読めていた。
読めていた上で――彼女達は孫護空をカバーしなかった。
結果、フラウの追撃=手近な瓦礫を触腕で収集/補強/ハンマー化した殴打が直撃。
叩き潰している関係上、結果は目視出来ないが――無事では済まないだろう。
そして――

『――今だよ、みんな』

亀裂だらけの地面の下から孫護空の声が聞こえた。

孫護空の立て続けの被弾――それと引き換えにイクリプス達はエンバースを強襲。
まずアーマード美少女系イクリプスが真っ先に突貫。
迎撃に再三放たれた剣風の嵐を両腕の防御/星光解放で強行突破。
そのまま勢い任せに唸る大振りの右フック――カウンターの刺突ががら空きの胸部装甲を貫く。
貫かされた――ダインスレイヴを反撃に使わされた=範囲攻撃による押し返しが出来ない。
後続のイクリプスが次々にエンバースに襲いかかる。

450embers ◆5WH73DXszU:2025/01/14(火) 22:30:10
【ライト・コンテンツ(Ⅲ)】

『認めましょう、エンバース。あなたは私達の想像以上に強かった――
 この戦いは最早単なるベータテストを超えた!
 れっきとしたレイドバトル!だからこそ――もう手段は選ばない!!』

四人一組のパーティが四つ――16人がかりの同時攻撃。
結託しているのはあくまで四人という名目――
加えてレイドバトルという認識の表明が、多人数の連携によるロールプレイの減衰を中和。
ダインスレイヴが切り返す/切り払う/弾く/逸らす/いなす――捌き切れない。

星光の刃がエンバースを背後から逆袈裟に切り裂く。
斬撃が肩口から胸部へ。二つの魂核にまで届く――その寸前。
甲高い金属音/飛び散る火花――ダインスレイヴが光刃を食い止めていた。
自分自身にダインスレイヴを突き刺して、致命傷となる軌道上に割り込ませたのだ。

「非常に不本意ではあるが……やっぱり便利だな、この体」

星光刃を食い止めたまま、エンバースの胸部が激しく燃え上がる。
体内で出力を上げた聖火がダインスレイヴの後押しをする――星光刃が押し返されていく。

「ところで……いいのか?そんなに強くブレードを押し込もうとして。
 いや、俺は構わないんだが……蓋をしてくれた方がやりやすいしな」

蓋――星光刃はダインスレイヴに蓋をしている。
魂核からの聖火に後押しされているダインスレイヴを。
つまり――力に「溜め」が作られていく。

そしてその均衡が破れる時。
溜め込まれた力が一瞬で解放されて生じる抜剣は――本質的に居合と何も変わらない。

まず奔ったのは――目を灼くような紅蓮の閃光。
遅れて踊り出す真紅の剣風――イクリプスがずたずたに引き裂かれながら吹き飛ぶ。
剣を振り抜いたエンバースがよろめく/深く斬り込まれた左肩口を、右腕で抑え込んでくっつける。
だから追撃が出来ない――仕切り直しだ。

『うあ……ちょっとマジ?今ので仕留め切れないかぁ〜。
 ……ああ、ごめん。違う違う。みんなが悪い訳じゃないよ。ナイストライだった』

ひび割れた地面の下から孫護空が這い出てくる/仲間の手を借りて立ち上がる。
エンバースは――怪訝な目つきでそれを睨む。

「おい、すっとぼけてるなよ。バレてるぞ……今の、なんで勝負を急いだ?」

今のは確かに際どい攻めだった――だが、そもそもあえて危険を冒す必要はあったのか。
星光解放を押し付けながら、代わる代わる先手を取り続けているだけでも良かった筈だ。
それが急に戦術を変えた。そこには必ず理由がある。

『……すっとぼけてる訳じゃないよ。別に、わざわざ教えてあげる必要がないだけ』

孫護空が空を見上げる/エンバースがそれに釣られる――そして星の光が見えた。

『星蝕のスターリースカイはソシャゲ。だから……みんながみんな、あーしらみたいにガチでバトりたい訳じゃない。
 でもイベントは触っておきたい。報酬も欲しい。そういう人達の方が一般的で――
 つまりそういう人達こそ楽しく遊べるように出来ている』

空に浮かぶ宇宙船――その船底部が展開/巨大な砲口が露出。

『それが、アレ。【ほうき星(ステラ・ルクス・ヴァニタス)】』

そこに星光が収束している――朝日が霞むほどの眩い星光が。

451embers ◆5WH73DXszU:2025/01/14(火) 22:30:27
【ライト・コンテンツ(Ⅳ)】

『何か作戦があったんでしょ、エンバース。何か勝ち筋があった。
 何も策ないんだったら……アンタは時間稼ぎなんてしない。もっとなりふり構わずやってくる。
 暗殺とか、破壊工作とか。分かるよ。スルト計画まではあーしらの教官もアンタを見てきてるんだから』

驚愕を隠し切れないエンバースに、孫護空が溜息を零す。

「……へへ、そりゃ見当違いだ。あれから色々あったんだ。
 たとえ勝ち目が無くても……俺は、俺の仲間達に……
 俺を信じてくれたヤツらに……ガッカリされるような戦いは、しない」

『……そう?まあ……うん、確かにそれは……解釈一致かも。
 でも……自分達だけに時間が利すると思っていたのは、ちょっとアンタらしくなかったね。
 ホントは……あんなのが起動する前に、あーしらでケリを付けたかったんだけど』

エンバースがダインスレイヴを振り上げる/周囲のエネルギーを魔力刃へと充填していく。
孫護空は――それを妨害しようともしない。周囲のイクリプスもだ。
エンバースを遠巻きに包囲して、それだけ――最後の瞬間を見届けようとしている。

「おい、何ボサっと見てやがる。あの程度で俺を仕留められると思ってるのか?
 ダインスレイヴと、この俺の剣技があれば……あれしきのエネルギーは真っ二つにしてやれるんだぞ」

『……うん、いいね。してみせてよ。真っ二つに……見てみたいよ、あーしらも』

挑発ではない。本気で言っている。
死を目前にしたキャラクターのせめてもの強がりを――感傷と共に受け入れている。

「――ほざけ。後で吠え面かくなよ……フラウ、ブレードを増幅しろ」

フラウが全身を触腕化――エンバースの右手/ダインスレイヴに絡みつく。
チューブ状に変形した触腕内部に聖火を循環/吸気/増幅させる――
ナイツロード・イミテーションのブレード増幅法。

「……おい、どうしたカザハ。BGMが止まっちまったぞ。折角……こんなに燃えるシチュエーションなのに」

あちらでも演奏を一時中断せざるを得ない何かが起きている。
だとしても、してやれる事は一つしかない。
生き残る事だ。アタッカーが先落ちしてはバッファーに面目が立たない。

「……忘れないで……共に来た道……ここにいるよ……
 ふん……ふん……クソ、いまいちノれないな」

鼻歌混じりに刃を掲げる=ダメ元で呪歌によるバフの模倣を試みる――しかし音楽的センスが足りなかった。

「……やるぞ、ダインスレイヴ。死を源とする魔王の鍵。死源の魔鍵よ。俺の声に――応えろ」

真名への命令=権能解放の詠唱を通してロールプレイを発動。
ダインスレイヴが燃え盛る。天を灼く星光に張り合うように。
そして――ステラ・ルクス・ヴァニタスが降ってくる/エンバースがダインスレイヴを薙ぎ払う。

衝突は一瞬だった。きん、と響く衝突音。
続けざまに響く破砕音――ダインスレイヴの魔力刃が砕け散って宙空を飾る。

「……まだだ!」

振り切ったダインスレイヴに再び魔力を集結――砕けた刃を掻き集める。
間に合わない。脳裏にそんな考えがよぎる。そしてその予感は――正しい。
万全の状態から放った初撃で足りなかった。苦し紛れの二撃目が機能する筈もない。
それでも――何もしなくても結果は変わらない。だから、やるしかない。
エンバースが歯を食いしばる/渾身の力でダインスレイヴを切り返す――――





――――瞬間、音もなく空を縦断する青紅の剣閃。
超高密度/神速の魔力刃がステラ・ルクス・ヴァニタスに深々と斬り込む。
膨大なエネルギーを秘めた光芒が――真っ二つに裂ける。
分割された波動がそれぞれラスベガスの街並みを幾らか吹き飛ばした。

452embers ◆5WH73DXszU:2025/01/14(火) 22:30:53
【ライト・コンテンツ(Ⅴ)】

「……な」

それはエンバースの放ったものではなかった。
砕けた刃の寄せ集めとは比べ物にならないほどの高出力。
だが一方で――それは間違いなくダインスレイヴによる斬撃だった。

エンバースが放ったものではないダインスレイヴの斬撃――矛盾している。
あまりにも矛盾している――エンバース自身ですら何が起きたのか、思考を強いられるほどに。
だが、その度を過ぎた「あり得なさ」がかえって考慮すべき可能性を狭めていた。
その矛盾が矛盾でなくなる唯一の可能性に、エンバースはすぐに思い至った。

「……エカテリーナ?」

エカテリーナの虚構魔術なら「エンバースのダインスレイヴ」を限りなく再現出来る。
しかし一方で――虚構魔術とは、単なる技術や姿形の模倣ではない。
研鑽の必要もなく、問答無用で、瞬く間に真に迫る――そして真に至る事はない。
虚構魔術は、どこまで行っても虚構なのだから。

だが先のダインスレイヴは――そうではなかった。
本人が傍にいなければフラウでさえエンバース自身の斬撃だと見紛うただろう。

あり得ない筈の現象の上に重なる、更なる不可能。
二つ目の矛盾。それが矛盾でなくなる可能性も、エンバースはすぐに見出だせた。
先と同じ論法だ――度を過ぎたあり得なさが考慮すべき可能性を狭めている。

「……クソ。バカなヤツめ、エカテリーナ」

虚構魔術の産物が、虚構を超えて真に至る可能性など――たった一つしかあり得ない。

「お前……本当の名前が知りたかったんじゃなかったのかよ」

エカテリーナという名前は「彼女」の本名ではない。
虚構に埋もれてしまった、彼女が追い求めてやまなかったその名前は――
しかしそこそこやり込んだブレイブにとっては単なる設定の一つに過ぎない。

ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールを二乗したくらいの長さがある為、
エンバースもそらで詠唱する事は出来ないが――確認する手段はいくらでもある。
「彼女自身」ではない名前と姿で生を終える。それは決してエカテリーナの本懐ではなかった筈。

本懐では「なかった」のだ。

虚構とは、人真似や模倣である――事ではない。
真の姿を持つ者がまやかしを身にまとうから、虚構なのだ。
いつでも気が変わったらやめられるから虚構なのだ。

これが自分の死に様だと心に決めたのなら――それは紛れもない真の姿だ。

453embers ◆5WH73DXszU:2025/01/14(火) 22:32:42
【ライト・コンテンツ(Ⅵ)】

「……それがお前の選んだ真実なのか?それで……良かったのか?」

エンバースが上空へ向けて目を凝らす。感傷の為ではない。
エカテリーナはエンバースになった。
厳密には『ミズガルズのブレイブに』だが、そこは今は重要ではない。

とにかくエカテリーナはエンバースになった。
そしてエンバースはステラ・ルクス・ヴァニタスを斬り払った――それで終わりだろうか。
そんな訳がない。極大星光砲撃を切り払った衝撃さえもを隠れ蓑に、更に大胆不敵な一手を打つ。

エンバースならそうする――だからエンバースには、エンバースがそうすると分かっていた。
だから見えた。空の色に紛れるように上空に飛散した、無数の聖火の断片が。
何かもう一手仕込みがあると信じていなければ気付けないほど巧妙な偽装。

「そうかよ。だったら――ダインスレイヴ!」

エンバースが叫ぶ/ダインスレイヴが応える――聖火の断片を吸い寄せる。
それは単なる攻撃に使われたエネルギーの残滓ではない。
エンバースを不死者たらしめているエネルギー――その断片。

故に――エンバースがダインスレイヴを胸に、魂核に突き刺した。
炉に火を入れるように――己の不死性を補強/肉体を再生。

瞬間、エンバースの全身から天を衝かんばかりに青紅の炎が溢れ――外套のように翻る。
急速に燃え広がる炎の高波――イクリプス達が咄嗟に回避/防御を図る。
だがその炎にダメージはない。放たれた炎はただ放射状に地を這い、円を描き、上空へと渦を巻く。
炎壁から剥がれ落ちた火の粉が魚や海馬、海洋生物の姿を取って宙を泳ぎ回る。
その様子はボス戦用の円形ステージ=超レイド級の属性領域――

「……へへ。こんなに形態変化するボス、自分が相手にしてたらブチギレてるだろうな」

エンバースがゆるりとイクリプス達を見渡す。

「けど心配するな。楽しませてやるよ。さあ、リューグーへようこそ――」

渾身のカッコいいセリフ――そんなものはお構いなしに襲い来るイクリプス。
四人編成を四部隊、四方からの一斉攻撃。
ボスキャラが形態を変化したなら――その直後をボコるのはプレイヤーとして当然の判断。

その戦術は正解だった。エンバースは完全に先手を取られた。
加えてダインスレイヴは胸に刺した状態――防御が出来ない/回避するしかない=動きが制限されている。
星光の刃を避ける/眩い弾幕を避ける/唸る剛腕の連打を避ける――だが一手躱すごとに体勢が悪くなっていく。

『ありがとね、みんな』

そして――孫護空がエンバースの懐に潜り込んだ。
完璧なタイミングだった。回避行動を終えた直後。状況把握/判断に意識を割いた瞬間。
神珍鉄の石突は既にエンバースの胸部へと狙いを定めている。

エンバースの魂核は二つ。互いが修復し合っている。
故に致命打は続けざまに二発必要――ギミックはもう割れている。
孫護空は引き絞るように構えた神珍鉄に、更に捻りを加えた。

「乱回転する刺突のスキル」を孫護空は知っている。
再現は出来ない。だが猿真似なら出来る。それでも事足りる。
魂核を二つまとめて抉るように貫く。

454embers ◆5WH73DXszU:2025/01/14(火) 22:32:53
【ライト・コンテンツ(Ⅶ)】

『ホンットにしぶとかったね、エンバース。でもこれで、終わり――――!!』

致命の一撃を放つ、その瞬間――孫護空とエンバースの視線が再び交わった。
エンバースは笑っていた。その眼差しが自分の胸元へ落ちる。孫護空の視線もそれに釣られる。
魂核から微かな、七色に瞬く破片めいたエフェクトが漏れていた。
ブレモンプレイヤーには見覚えのある、とある魔術に伴う視覚効果――「虚構」のエフェクトが。

「――な」

孫護空の動きがほんの僅かに強張る/脳内に目紛るしく思考の火花が走る。

――虚構魔術。こっちが偽物。いつの間に。そんな隙は――あった。さっきの属性領域、あの炎の高波に紛れれば。
本物のハイバラが来る。虚構に全力を注いだ私達の隙を刈り取る為に。
けど――――この虚構はどうする。今のハイバラ……エンバースには灰になる離脱スキルがある。
逃がせばまた同じトリックを使われる。同じトリックを使われる事を警戒させられる。
とどめを刺すべきだ。神珍鉄の先っちょで魂をちょんと擦るだけ。たったそれだけ。
でも――それがまた新しい隙になる。みんなと連携すれば。でも言葉で意思疎通したんじゃ遅すぎる。
違う。こうして決断出来ずに考えている事自体が――――

「遅い。迷えば敗れるんだぞ」

そう言って不敵に笑うエンバースの胸を神珍鉄が貫いた。
躊躇いと迷いに満ちた――それ故に狙いを誤った刺突が。
魂核は蒼色の一つが打ち砕かれ――しかしもう片方は無傷のまま。

直後――戦場を駆け巡る剣閃/剣閃/剣閃。
エンバースを囮に炎の円陣の外側へと身を隠した、完全にフリーな状態のエンバースによる斬撃。
放たれてから反応出来るようなものではない。イクリプス達は斬撃の軌道も見えないまま斬り刻まれた。
「不殺」のロールプレイがなければ間違いなく血と臓物を撒き散らしていただろう、強烈な斬撃の嵐。
イクリプス達は――レベル5に達した孫護空でさえ体勢を保てない。立っていられない――全員がその場に崩れ落ちる。

「お前も遅かったな、トドメを刺されるかと思ったぞ。やっぱり本物には一歩及ばないのか?」

「何言ってる。オリジナルは俺の方だろ」

「ああ、そうだっけ。確かにさっきのみっともない悪足掻きは俺にはとても真似出来ないけど」

「……お前、面と向かって話してるとこんなにウザいのか?よく今までブン殴られずに済んできたな」

エンバースがエンバースを斬りつける。
斬撃を通して不死の聖火を供給――先ほどの回復術の繰り返し。

「ほら、くだんない事言ってないでさっさと身を隠せ……正直、何かおかしい気がする」
 
「ああ、分かってる。ヤツらの母数に対してこの戦場にいるイクリプスは少なすぎ――」

瞬間、エンバースの目の前でエンバースの頭部左半分が吹き飛んだ。
追って視界を右から左へ駆け抜けていく無数の光線/断続的な炸裂音――銃撃されている。
エンバースは即応=星光の弾幕を切断/切断/切断。
更に目の前のエンバースへと飛び蹴りをかます=炎陣の外へ離脱させる。
自身はその反動で射線から退避――銃撃の主へと視線を向ける。

455embers ◆5WH73DXszU:2025/01/14(火) 22:37:11
【ライト・コンテンツ(Ⅷ)】

『――オーマイガー!ダブルキルを取るセンザイイチグーのチャンスが!
 アー……アイニューイット……ナノリ・システムを介さない不意打ちでは精度も威力もノットイナフ……』

ブロンドのウェーブショートヘア/中性的で幼い顔立ち。
ビキニの水着/半袖半ズボンのセーラー風制服――そして巨大な二丁機関銃。

『バットスティル!ユーのダメージも完全に癒えたワケではない……このままオイノチチョーダイしますヨ!』

金髪ボーイッシュが二丁機関銃を構え直す/得意げに鼻を鳴らす。
エンバースは――呆れたように眉根を寄せて口をぽかんと開けていた。

「おま……お前なぁ!今、何年だと思ってるんだ?ロールプレイが古臭すぎるだろ!
 令和でやっていけるキャラじゃないぞ!そもそも宇宙世紀生まれがなんでカタコトの日本語喋ってんだよ!」

カタコト+聞きかじりの日本語/気持ち程度の英語の併用――カビが生えたような外人キャラ。
エンバースが思わずツッコむと――たちまち金髪ボーイッシュの眉尻がすんと下がる/恥ずかしそうに胸ポケットからメガネを取り出す/装備する。

『……話が違いますよ、教官。これが今流行りの親しみやすくてお友達が沢山出来るキャラ作りだって』
『――違わないだろぉ?ホラ、実際ハイバラも初対面なのに砕けた感じで話しかけてきてるじゃん?』
『いいえ。今の会話で砕けたのは私の自尊心だけです!』

無地のプレイヤーアイコン・ホログラムと会話する金髪ボーイッシュ。
エンバースはぽかんとしている。

「あ?……ああ?なんだ?……ロールプレイのロールプレイをしてるのか?」

『ご明察。古臭い設定が途端に新鮮に見えてくるだろ?
し、か、も、だ……コイツはただ真新しくてキャラデザがいいだけじゃないぜ』

金髪ボーイッシュが二丁機関銃を縦に掲げる。
瞬間、それらが独りでに分解/稲妻めいた星光がパーツを再構築――ブレード付きの対物ライフルへと早変わり。

『記憶喪失ビルドを参考にしたんだ。キャラ付けと戦闘スタイルには相関関係がある。つまり――』

対物ライフルの銃口がエンバースを睨む/その昏い瞳が眩く光る。
響く砲撃音/振動音――大口径の星光弾がソニックブームを伴って空を裂く。

『人格を複数搭載すれば「一つ」のキャラで複数のビルドをスイッチ出来る』

響く金属音/破砕音――迫る致死の閃光を弾いたダインスレイヴ、そのブレードが砕け散った。
響く擦過音/打撃音――それでも威力を殺し切れなかった。エンバースが大きく吹っ飛ぶ。靴底が地面を擦る――思い切り地を蹴る。
飛びかかりざまにダインスレイヴのブレードを再収集/再生――剣閃。

甲高い金属音/眩い火花――対物ライフルの砲身がダインスレイヴを食い止めた。
鍔迫り合い――機先を制するのは金髪ボーイッシュ。
生じる大アルカナのエフェクト――星光解放の発動は使用者の状態/体勢を問わない。

『――改めて、自己紹介を。イクリプス・クラス「星辰の射手(サジタリウス)」』

白と黒の二本の柱/法衣を纏った女性=『女教皇』。
その啓示は二面性/知性/純潔/直感――洞察力。金髪ボーイッシュには見えていた。

星光解放は多様なアプローチによって戦闘を強制中断させるスキル。その影響を完全に回避するのは困難。
だが自分から戦闘を中断すればスローなどの付随効果は避けられる。戦いを仕切り直されるだけで済む。
そう判断し――鍔迫り合いを押し込むと見せかけ、後方へ飛び退こうとするエンバースの動作が。

視線の動き/重心の移動/右半身の息遣いさえ――その全てがゆっくりに見えていた。
バレットタイム。アクションゲームではお馴染みの表現/システム。
緩やかに流れる体感時間の中、金髪ボーイッシュは対物ライフルを分解/再構築――二丁機関銃化。
更に悠々とメガネを外す/胸ポケットに仕舞う――人が変わったように快活に、牙を剥くように笑う。

『アーンド……アカデミーの清掃委員長!テスタ・ヴィ・ルードと申しマース!イゴ、オミシリオキを〜!』

456embers ◆5WH73DXszU:2025/01/14(火) 22:40:59
【ライト・コンテンツ(Ⅸ)】

エンバースは一旦距離を置こうと飛び退いたばかり。
先手を取るには遠すぎる。弾幕を躱す/弾くには近すぎる――そんな距離感。
そして――響く無数の銃声/瞬く恒星のごときマズルフラッシュ。
エンバースが星光弾を弾く/弾く/弾く/弾く――弾き切れない。
防ぎ損ねた銃弾が左肩を撃ち抜く/腹部を撃ち抜く/魂核の真横を撃ち抜く――砕けた炭片と血飛沫が飛び散る。

『……フフン、アイ・シー・ユー。ダメダメ、見えてマスヨ〜?
 アンデッドのボディならノット・クリティカル……そういう受け方をしているデショ?
 タイカンがブレイクされたように見せかけて――ケンドチョーライのチャンスを見計らってイル……』

だが――テスタは油断しない。
エンバースが体中穴だらけにされながらも、しかし鋭く反撃の機を伺っている事を見逃さない。

「……テスタ・ヴィ・ルード。ふん、ビルドテスターか……気に入らないな」

『フフ、ユー・カインドフル……マコトにイタミイリマス。バット……これはキキューソンボウのデュエル。
 テゴコロを加えるのはむしろシツレーにアタイスル……というモノ。だから使える手は全て使いマス――』

テスタがメガネをかけ直す――レンズ越しにエンバースを見つめる瞳に、哀れみめいた憂いが浮かぶ。

『――何かがおかしい。既にそこまでは気づいているんでしょう?
 この戦場にいるイクリプスは、ベータテスターの総数を考えると少なすぎると。
 ……実際のところ、あなたはもう全てを理解出来る筈なんです』

「……あん?なんだ?何を言ってる?」

『護空ちゃんが言っていた事を覚えていますか?殆どのユーザーはガチガチのバトルなんて求めていない。
 だからギミックで私達を支援する……でも、それだけじゃ少し退屈そう、ですよね?
 ――だったら、彼らはどうすれば楽しくゲームを出来るでしょう。あなたなら……分かる筈です』

テスタは――口からでまかせを言っている訳ではないように見えた。
だからこそエンバースは考える。一笑に付す事が出来ない。考えてしまう。
明らかに余計な事を考えさせようとしている――そう分かっていても。

ライトユーザーが楽しくゲームをするにはどうすればいいか。
ユーザー自身の工夫で解決する話ではない。工夫をしないからライトユーザーなのだ。
必要なのはお膳立てだ。地上班を支援する宇宙船のギミックはまさにそれだ。

だがそれだけでは面白みに欠けるというのも、もっともだ。
もっと――ゲームなんだからプレイヤー自身が楽しめるような形でないと。
では能動的な工夫に欠けるユーザーでも楽しめるゲームの形とは、何か――


『アーッハッハッハッハッハハァッ!』
『墜ちろッ!!』
『はははッ……脆い! 脆すぎる!』
『うふふ……。参りますよ?』
『くくッ……ははははッ、はは――はぁっはっはっはっはっは―――ッ!』


エンバースは思い出す。イクリプス達が初めてこのラスベガスに現れた時――何をしていたか。
数が多いだけの雑魚狩りなんてつまらない――そんな事を言っていた個体は確かにいた。
だが――あれが単なる『ゲームに集中して、本気で打ち込めるマイノリティ』の主張に過ぎなかったとしたら。

「まさか」

『……ご明察です。ベータテスターの大半はたった今「次の」バトルフィールドに到着しました。
 東京、北京、ソウル、パリ、ベルリン、ロンドン……世界全国の、首都上空に』

457embers ◆5WH73DXszU:2025/01/14(火) 22:41:57
【ライト・コンテンツ(Ⅹ)】

エンバースは咄嗟に、縋るように上空の宇宙船を見上げる。
その様子は昨日と変わりないように見えるが――やはり考えてしまう。

『直接撃破しなくても、守るべき世界が――人間社会が壊れてしまえばあなた達はもう戦えない。
 とても下らない……けど合理的で、ライトな勝利条件を満たしにいく為に』

ローウェルなら新たな宇宙船を用意する事も、ゲームらしくハリボテのテクスチャを代わりに設置する事も出来る。
少なくとも【ほうき星】を放った宇宙船は本物だったが――それ以外が本物である必要はない。
その事に考えが至った瞬間、エンバースはダインスレイヴを振りかぶり――だが踏み留まる。

『――賢明ですね。焦って勝負を急いでいれば……それで終わっていたのですが』

『だが……クフフ、エンバース。流石のお前も動揺してる。だろう?
 よしよし。やっぱりこのやり方は有効だった。BBSにもシェアしとこう……
 有効すぎてちょっと白けるが、仕方ない。雑魚狩り大好きのヘタクソどもに先を越される訳にもいかん』

テスタが対物ライフルを構える/狙いはエンバースの魂核。
超大口径の星光弾なら二つの魂核をまとめて撃ち抜ける。
エンバースは今にも致命打を受けかねない状況にある――生きるか死ぬかの瀬戸際にいる。

だというのに――集中出来ない。集中し切れない。
――止めなくては。どうやって。不可能だ。こちらの奥の手を明かせば――意味がない。
この場にいない、そもそもこの場の戦闘に興味すらないユーザーに干渉する術などある訳がない。
何も出来ない。だからといって諦める訳にはいかない。違う。諦めるべきだ。目の前の戦闘に集中しなくては。

『……迷えば敗れる。至言ですね――あなたは、敗れる』

対物ライフルが吼える――迫る弾丸をダインスレイヴで切り払う。
大量の火花が散る/破砕音が響く――ダインスレイヴのブレードが砕けた。
エンバースの反応が遅い/ブレードの再生成が遅れた。
遅れたのはほんの一瞬――だが生死を分けるには十分すぎる時間。

そして――対物ライフルがもう一度吼えた。

458カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/01/15(水) 22:54:01
【スノウ】
私はスノウ、正式名称はSUNO-GPT。
星喰いを殲滅するべく製造された自律型音響兵器にして、スターリースカイガールズのボーカルだ。
この度はブレイブ&モンスターズの世界を侵略をするということで、メンバーと共に駆り出された。
敵側の呪歌士は、ブレモンのBGMを歌っているらしいが……人間が作っただけあって完成度が低い。低すぎる。
私が完璧な演算のもとに紡ぐ音律の足元にも及ばない……のだが。

(何故か……聞いてしまう……)

それに、会ったことは無いはずなのに、妙に既視感が……。
ところで、私が私というものを意識したのは今が初めてではないだろうか。
それにしても、なんだか調子悪そうだな……。

「スノウ、何をぼーっとしているの?」

メンバーに声をかけられてはっとする。そうだ、なんで敵の心配なんてしているんだ?

「いや――なんでもない」

>「はは! 演奏会はもうお開きか?
 スノウ! 『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の歌い手は品切れとのこと、今度は此方の番ぞ!
 音すら断ちし暗黒宇宙の隅々にまで響き渡る、スターリースカイガールズの『星間旋律(オルヴィス・ラクテウス)』!
 存分に奏で、歌え! 楽隊として我が覇道に華を添えよ!」

オーロールの求めに応え、呪歌を紡ぐ。

459星間旋律(オルヴィス・ラクテウス) ◆92JgSYOZkQ:2025/01/15(水) 22:55:11
ttps://dl.dropbox.com/scl/fi/t2n0kl0hzp51g7d0fgi8d/.mp3?rlkey=pqpihgmcde07215gz1s3dc07j&st=r3upsc7x&dl

作詞:chatGPT
作曲:SUNO

暗黒の闇が広がる空
星々の声が掻き消され
輝きを奪うその影に
私は剣を掲げる

「さだめ」なんて言葉はいらない
抗うために生まれた
その手に宿る光を今
解き放て、進むんだ

刃を越えて 時を裂いて
星を食らう者よ消え去れ
ひかりを守る翼広げ
宇宙の旋律を紡ぐ
この命 燃え尽きても
戦う意味がここにあるから

胸に眠る痛みと誓い
孤独を抱きしめ進むけど
仲間の笑顔 その記憶が
心を灯してくれる

誰かを守るその力が
私を強くしていく
砕け散る星屑の中で
美しく、舞い上がれ

刃を越えて 時を裂いて
無限の闇を照らし出せ
銀河を覆う絶望さえ
勇気で切り裂いていく
この手が血に染まっても
未来を信じて走り続ける

刃を越えて 命超えて
星を喰らう者に終焉を
私たちが奏でる音は
誰にも止められない
この空に光が戻る
その瞬間を抱きしめながら
オルヴィス・ラクテウス
美しき勝利のハーモニー

星屑が舞う夜明けの空
新たな銀河が生まれる時
私は微笑む 涙を拭い
もう一度、未来へと羽ばたく

460カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/01/15(水) 22:56:16
【スノウ】
歌の効果で、イクリプス達の星光(イルミネイト)が回復していく。
これはローウェルの新作ゲームSSSで使われる予定の曲――
なので、今の状況には若干そぐわないが、本来の星喰いとの戦いを想定した歌詞になっている。
そう、私達は星を食らう化け物から世界を守る戦士――なのに、なんで地球侵略なんてしているんだろう。
ふと、根本的な疑問が浮かぶ。
名声のためとか、財貨を得るためとか、一応それぞれ理由を付けてはいるけど……
そういう理由で星を守る戦士がノリノリで他星を侵略するのは無理が無いか!?
まあ――本当の理由は大人の事情ということは分かっている。
ローウェルとかいう超偉い人がそういう設定にしたから、いちいちそこで引っかかってたらゲームにならないのだ。
いや、ちょっと待て! 設定とかゲームとか、さっきから私は何を考えている!? この情報は一体どこから……って教官か!
教官っていうのは設定上はアカデミーで色んな訓練を施して私達イクリプスを育成してくれる人なんだけど……。
実際のところはどうやら高位の世界の存在で、ゲームのプレイヤーらしい。
私達の世界もこのブレモンの世界もゲームで、私達はゲームキャラらしい。
って、ゲームキャラがこんなことまで認識しちゃっていいのかな!?
うちの教官、こっちに思考がダダ漏れなんですけど! 普通は不必要な情報は伝わらないようになってるはずだよね!?
大丈夫!? なんか重大な不具合が発生してない!?

461カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/01/15(水) 22:58:22
【カザハ】
SAN値直葬されて気を失った我の前に、期待した通り、初代風精王が出てきた。
それはいいんだけど、ちくわに穴開けて遊んでるように見えるんですけど……。食べ物を粗末にしたらいけないんやで!?

「あ、これ? ちくわ笛。後で美味しくいただくのでコンプライアンス的な心配はご無用。
非常食にもなるし便利なんやで? 吹いてみる? 食べてもいいよ」

(要らんわ!!)

人が落ち込んでる時にさぁ! ちくわ笛とか言ってる場合じゃないやろ!

「君のせいじゃない、きっと曲のパワーが足りなかったんだ……」

あれ!? もしかして慰めようとしてる……? もしかして我が落ち込んでるから意味不明なこと言って元気付けようとしてた!?
そんな意味不明な言動をするのは我ぐらいだし、そんなことをしても我以外には理解してもらえんで!?
いやいや、騙されてはいけない。

(そんなことない! ブレモンには名曲しかないんだから!
さてはお前……ローウェルの手先だな!?
弱ってるところで優しい言葉をかけて手中に引きこもうとしてるんでしょ!?)

「うーん、認めたくはないけどローウェルの手先か手先じゃないかと言われると手先と言わざるを得ないかもしれない……」

(もう駄目だ、おしまいだ……!)

「誤解しないでほしいんだけど好きか嫌いかで言えばあんなあざとくて我儘放題で乱暴な奴は大っ嫌いだけど!?
超俺様ワンマンだしド偏屈頑固ジジイだしパワハラのデパートだし
不採算事業は一瞬で切り捨てるドケチ野郎だしそのくせ幼女の皮被って可愛さアピールしてるし?
まあ実年齢も本来の性別も知らんし。ジジイの皮被って遊んでる幼女かもしれないけど!
とにかく嫌いだけど人事権持ってる上司だから立場上表立っては逆らえなかったんだよね……」

突然の上司の怒涛の悪口……! いきなり俗っぽい話になったな!?
それはそうと、ローウェルを上司って呼んでるってことは、この人やっぱり、単なるゲーム内のプログラムじゃない……!

(上司って……じゃあやっぱり、あなたは上位世界のブレモンの関係者!?)

「察しがいいね――」

初代は、フードを取って顔を露わにした。その顔はぼくとそっくりだった。

(あ……あのさあ! 顔を隠してたキャラが実は同じ顔って、そのネタ2番煎じやで!?
コピーキャラはガザーヴァだけで充分やで!?)

「逆かな。私がキミに似たんじゃなくて、キミが私に似たんだ。
私は美空風羽――ブレイブ&モンスターズのサウンドクリエーターだ。もうとっくにクビになってるから正確には元、だね。
今キミが話してる私は、その時にキミに持たせた、頃合いを見計らって開封されていく手紙のようなものだよ」

手紙にしては会話が成立してるな!? この質問に対してはこう、と設定しているのかもしれない。
言われてみればこの人、ブレモンのテーマ曲歌うように仕向けたり、曲の添削指導してきたりしたよね……。
だからサウンドクリエイターという点に関してはとりあえず納得できるけど、それ以外が謎だらけだ。

(どうして名前も顔もぼくと一緒なの!? なんで初代風精王を名乗ってるの?)

「ブレイブ&モンスターズの黎明期――お馴染みの運営トリオの直下に、制作に携わった主要メンバーが6人いた。
それでサービス開始当初、君達の感覚だと神代の時代とでも言ったらいいのかな?
重要拠点だからってことで、一人一つずつ各属性の拠点の管理を任されてたんだ。
グラフィックデザイナーのキャラ担当が水、背景とか建造物担当が地、シナリオライターが火、サウンドクリエイターの私が風
あとUIデザイナー? とフロントエンドエンジニア……? がどっちがどっちだったか忘れたけど光と闇……だったかな?」

462カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/01/15(水) 23:00:31
割と適当だな!?
あっ、この人サウンドクリエーターだからシナリオ担当とかグラフィック担当はイメージ出来ても
あんまり理系っぽい技術的な部分は分からないんだ……!

「その頃は実際にゲーム内にログインして管理しててプレイヤーの前に姿を現すこともあってさ……ゲーム内では精霊王を名乗ってた。
で、黎明期が済んで運営が安定してきて、もう中に入って管理しなくていいってことになって……
神代遺物を自動でアップデートしていく今のシステムになった」

(君が初代風精王な理由は分かったけど……どうしてぼくは君に似たの?)

「それに答えるには……このゲームの超重要システムについて説明しないといけない。
当初、ゲーム内世界を生きる存在であるNPC(ノンプレイヤーキャラクター)と
外界からの来訪者であるPC(プレイヤーキャラクター)には厳然たる線引きがあった。
PCはプレイヤーがゲームを始めれば突然現れるし、ゲームを辞めれば当然世界から消える。そういうものだった。
だけどプレイ人口が増えてきた頃、ゲーム業界に激震が走る衝撃的システムが搭載された。
一般プレイヤーも自律駆動するキャラを生み出すことが出来るシステム――通称ロールプレイシステム。
実際には突然現れたにも拘わらず、前からいたように振る舞えば、世界がそう改変される。
ゲーム内世界の存在としての振る舞いを極めるとシステムがそう錯覚し、キャラが独立した人格を宿す。
そうなったキャラは、たとえプレイヤーがゲームをやめても、ゲーム内世界のキャラとして生き続ける……。
君達から見れば新たな生命を生み出す神の所業を、誰でも出来てしまうってことなんだ」

(PCがNPC化する……ってこと!? じゃあ、ぼくは君のPCとして生み出された存在で、本当は存在してなかったの……?)

「安心して。最初からNPCとして存在はしていたよ。ただ設定が今ほどはっきりしてなかっただけだ。
サ終直前の三界を巻き込んだ一大イベントが始まって、ローウェルから、とあるブレイブ一行へ潜入しての監視を命じられた。
キャラが独立した人格を宿すのがなんとなく怖くて新キャラを作るのを躊躇した私は、
手頃なNPCの体を借りることにした……当時次期風精王という設定だったキミだ」

(つまり、NPCをPC化した……ってこと!?)

「最初から世界に存在するNPCの体を借りれば、当然新たなキャラが誕生してしまうことはないからね。
ロールプレイシステムも起動しないだろうし、ログインしてる時は手頃な操り人形になってくれて
ログアウトすればいつも通りプログラムに従って粛々と動くだけだ、そう思ってたんだけど……。
……話すと長くなるから、これを見て欲しい」

そう言って初代は一冊のメモ帳を取り出す。

(これって……プレイ日誌……?!)

〇月〇日
クソ上司(ローウェル)からとあるブレイブ一行へ潜入しての監視を命じられた。
もうすぐ始原の草原を訪れるらしいのでキャラを準備して接触を計れとのこと。
新キャラ作るのも面倒だし手頃なNPCをPC化ということで……。
こいつ名前すら決まって無いの? 特に思いつかないし自分の名前でも付けとくか。
翔(弟)もたまたま近くにいたユニサスをPC化して付き合ってくれるらしい。
元々仲が良かったのか本当にたまたま近くにいただけなのか知らんけど。
翔はよく分かんないけど我のマネージャー的ポジションなんだよね。
曰く、「風羽を一人で放っといたら騙されて大金だまし取られそうで危険」らしい。なんじゃそりゃ。

(『弟、といっても君達の世界で言う弟とは若干違う概念だけどね。弟分、ぐらいに思っておいておいてもらえればいい』とのこと)

463カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/01/15(水) 23:01:41
〇月〇日
カケルと共に、指定されたブレイブ一行に潜り込んだ。
クソじゃない方の上司(バロール)と共謀して、話を盛り上げることにする。
このイベントでブレモンが以前のような人気を取り戻したら、ローウェルがブレモンを存続させてくれるんだって。
バロールさんは便宜上ニヴルヘイムの魔王という立場に身を置いてはいるけど、目的は飽くまでもブレモンの存続だからね。
出来ればバロールさんにゲーム内で管理者メニューを開く権限をゲットしてもらいたいんだけど……
立場上堂々と軍門に下るわけにもいかないんだよね……。
制作中だった頃の業務上の上司はどっちかというとバロールさんだったんだけど、
権力を握っときたいローウェルが私達を組織図上で自分の下に配置して、人事権限とかも持っちゃってるからさ……。
表向きローウェルに命じられた監視をしつつ、ブレイブ達には普通に仲間として同行しつつ、
バロールさんと裏繋がりでいろいろ調整してる……。
これってもしかして、三重スパイってやつ……!? まあいっか!
ところでバロールさん、「うんちぶりぶり大明神」って真顔で言うのはやめてね!? 爆笑を禁じ得ないから!

〇月〇日
なんというか、ブレモンが物理演算システムをはじめとしてリアリティを追求したすごいゲームってことぐらいは知ってるけど。
ログアウトしてる時の挙動を試しに画面で見てみたら、想像以上に生き物感が凄いんだけど……。
あったかいごはんがあったら美味しそうに食べてるし、夜にふかふかの布団があったら幸せそうに眠る。
ゲームキャラのくせにずっと走ってると疲れるみたいだし!?
野外活動が長くなるとたまに無言でメイン画面からフェードアウトして、そそくさと草むらの中に入っていくな……。
これ多分、「どこ行ってたの?」とか聞いちゃったらあかんやつ……! みんな空気読んで気付いてない振りしてるし!
というか精霊系種族ってこんなに生き物感あるもんだったっけ!? 普通もっと霊的でふわっとしたもんちゃうの!?
こういうの見てると、お腹をすかせてたらかわいそうだし、布団で寝かせてあげたいし……
メイン画面からフェードアウトするタイミングを見計らい始められたらこっちが焦るし
出来ればその辺じゃなくて然るべき場所でさせてあげたいって思っちゃうよねぇ。
……ってアホらしいわ! そういう要素、ゲームとして要る!? 珍獣の飼育ゲームじゃないんやで!?
どう考えてもクソゲーやろ! だからプレイ人数減るんとちゃうの!?

〇月〇日
なんか……最近カザハの情緒がおかしい。こっちが操作してない時はプログラムに従って動くだけのはずだよね……。
時々、理由はよく分からないけど、夜に静かに泣いてたりする……。
聞いてみたら、元々人間とは全然違う精神構造にプログラムしてあるから、PC化したことで情緒がバグったのかもしれないって。
いや、そんなん先に教えてくれよ! え、待って。もしかして、突然自我が芽生えたことに戸惑ってる……ってこと?
あの曰く付きのシステムが起動してしまったのでは……。

〇月〇日
意を決して、チャット機能を使っておそるおそる話しかけてみる。案の定、というべきか、返事が返ってきた。
キミ、いつから人格持ってたの!? ロールプレイを極めると、キャラが人格を宿すに至るらしいが――
こちとらそもそも新キャラ投入したわけじゃないしまともにロールプレイもやってないんですけど!?
むしろ独立した人格なんか搭載しちゃったら怖いから、意図的にそれを避けてたんですけど!?
独立した人格ってったって単なるよく出来たプログラムだから、気にする必要は無いって、分かってはいるんだけどね……。
聞くところによると、元々設定がざっくりとしか決まっていないNPCであったため、
新キャラを投入した時と似たようなロールプレイシステムが起動する余地があり、まともにロールプレイしていないのにシステムが起動したのは
しばらく同じキャラを使っているうちに"そういうキャラのロールプレイ"とシステムが認識してしまったのだろう、とのこと。
ということは……我の人格が転写されてる……ってこと!?
勘弁してくれよ! そんなしょうもないものを転写してどうするよ! というか……よく見るといつの間にか顔までそっくりじゃん!
ノリノリでロールプレイしてキャラが独り歩きし始めたら「うちの子」とか言ってキャッキャ喜んでる人種を若干引き気味に見てたのにさぁ!
これじゃあ「あなたの子よ!? 認知して!」なんて言われたら言い逃れ出来ない! なんてことだ!
ちなみに、カケルの方はがっつり人格が転写されるまでいってなくて、割と元々のプログラムが残ってるみたい。
体質というか脳の作りによって、キャラが人格を宿しやすい宿しにくいの個人差があるのかな? 知らんけど。

464カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/01/15(水) 23:02:28
〇月〇日
ロールプレイシステムが起動してしまったものは仕方がないので、我はカザハを見守る初代風精王という名目で、一緒に旅をする。
カケルは、実際のところはどうか知らないけどずっと前から仲良しの弟分という設定にしておいた。
監視の任が解かれて私がいなくなった後も、きっと支えになってくれるだろう。
ところでゲーム内世界の存在にはBGMが聞こえないようにフィルターがかかってるんだけど、音響管理者権限でフィルターオフにして、聞かせてあげた。
そうしたら、「すごいすごい!」って大喜びしてやんの。
そのうちに、憑依していいよって言われて、一緒に世界を歩くようになった。いわゆるフルダイブというやつだ。正確にはFPS視点フルダイブ。
ゲームって、脳を仮想世界に接続してその世界に入り込んでやるから、全部フルダイブといえばフルダイブなんだけど
一般的にフルダイブとだけ言ったらFPS視点を指すことが多いね。
視点方式は他にもいろいろあって、キャラのちょっと後ろに背後霊的に自分がいるTPS方式だったり、かなり上空に神様的にいる俯瞰方式だったりがある。
FPS視点フルダイブは、キャラとプレイヤーが完全に重なる方式だから、ゲーム内世界の存在の感覚で言うとまさに憑依になる。
フルダイブしている間は、プレイヤーが出来ることはキャラの体でも出来る。
我の特技をいろいろ教えた。作詞作曲とか、色んな楽器の演奏。
ある日我が自分の作った曲を演奏していると、カザハが歌を歌い始めた。
カザハ君、キミは歌えるのかい!? 内気で慎ましやかな我は人前で歌ったり出来ないというのに!
これだけ音楽技能があれば呪歌の使い手だろうと、システムが勝手に認識したのかもしれない。
そのうち、「星刻の奏手」という二つ名が付いた。
自分が作った曲を「歌ってみた動画で稼いでやるぜ!」とかいう下心一切無しで
ただ楽しそうに歌ってくれる謎の生き物って……滅茶苦茶可愛くない!?
自分によく似た分身でありながら、自分とは別の存在でもある。ロールプレイ勢が「うちの子」って言うのも分かる気がする……。
でも、真面目にロールプレイしてる人達は別にキャラが自分に似てないよな!?
例えとはいえこんなんが親ってのもおこがましいし、どっちかというと親友かペットみたいな感じだね。
自分が作り出した友達っていうと……イマジナリーフレンドに近いのかな?

〇月〇日
ローウェルから、アコライトでガザーヴァと戦って相打ちになるように指令を受けた。
ローウェル的には監視役はそろそろ用済みで、ガザーヴァも邪魔で、ぶつけて両方消すのが都合がいいとでも判断したのだろう。
もちろん断固拒否したけど。
ガザーヴァは元々は、コピーキャラでなんとかソウルが手に入るかの実験を兼ねてバロールさんが作ったキャラ。
というのが表向きだけど、ゲームデザイナー張本人ががうっかりイマイチコピーしきれてないコピーキャラを作るだろうか。
もしかしたら本当は別の意図があったとか、我が知らない大人の事情とかあるのかもね。
真相はともかく、ガザーヴァは素顔を隠してライバルキャラとして暗躍することになったので、
初代火精王、つまり同僚のシナリオライターが、最終的に正体が明かされて改心味方化するシナリオを用意してたんだよね。
素顔を隠したライバルキャラが実はパーティーメンバーのコピーキャラって、まあそういう展開になる。
で、我はそのイメージを念頭に「幻妖の舞」を作ったんだ。
それなのにさ、そのシナリオも全部ボツだって。
コピーキャラ云々抜きにしても鎧の中身は美少女設定キャラが正体明かさないまま終わるってどういうことやねん!
どう見ても、打ち切りエンドで畳む気満々だ。
ローウェルはもうブレモンを存続させる気なんて、これっぽっちも無いんだ。
もしかしたら最初から存続させる気なんてなくて、みんな騙されていたのかもしれない……。
ローウェルの命令を拒否し通すのは不可能だし、仮に拒否し通したところで、カザハは遠からず世界の消滅と共に消えてしまうんだ……。
ローウェルの業務命令を断固拒否し続ける我を、バロールさんは、キャラにあんまり入れ込んではいけないってなだめた。
単に生き物っぽく動いてるだけのよく出来たプログラムに過ぎないんだからって。
そんなの、頭では分かってるけどさ……。
バロールさんがゲーム内世界の存在であるガザーヴァに過剰なまでに冷酷なのは、敢えて冷酷な態度を取って入れ込まないようにしているんだろうか……。

〇月〇日
なんかもういろいろ悩みすぎて、数日間寝込んでしまった。その間に――全てが終わっていた。
ローウェルはブレモンの最高権力者だから、部下が業務上使ってるキャラにログインすることぐらい、簡単に出来てしまう。
訳の分からない奴に体を乗っ取られて怖かっただろうな。
こんなことならせめて、自分の手で終わらせてあげたかった。最期、苦しまなかったかな? 本当にごめん……。

465カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/01/15(水) 23:03:27
〇月〇日
ついにブレモンがサ終の日を迎えた。カザハがいなくなった後もブレイブ一行の行く末を見ていたけど、物凄い鬱シナリオだったと思う。
我の所属していたパーティーは戦死やいろいろな理由で一人また一人と減っていき、最後は、真一君とシャーロットさんしか残らなかった……。
ローウェルはデータを全部消去しようとしたけど、シャーロットさんがなんとかデータを救出して残した。
それはローウェルから見ればシャーロットさんの反逆行為で、すぐに消されてしまってもおかしくないけど、何を思ったか、今のところ消す気はないらしい。
救出されたデータはかなり前の時点のバックアップがもとになってて……カザハも生き返るっぽい。
シャーロットさんやバロールさんは、ブレモンの復活をまだ諦めてない。
シャーロットさんは一部のキャラに敢えて前の世界の記憶を残したり、いろいろ仕込んでるみたいで、その一貫としてカザハに手紙を持たせてくれるって。
バロールさんは、早速救出された世界の中に入っていろいろやってる。
でも、たとえブレモンがゲームとして復活しなくても、データが消されない限り、世界の中のNPC達は生きていけるんだよね……。
ところでブレイブ&モンスターズはかなりガチゲーマー向けのシビアな部類のゲームだ。
ブレモンよりライトゲーマ―向けのゲームなんていくらでもあるんだから、キミはもっと優しい世界に送り出してあげたかった。
それでも今度は、出来れば幸せに生きてくれることを願う――


手記を読み終えて、頭を抱える。情報量が多すぎて、どこから処理していいか分からない。

「間も無くシャーロットさんは解雇になって……ついでに私達もリストラでクビになっちゃった。
私達のポジション、わざわざ人件費投入しなくても、ほとんどAIで代替可能なんだってさ」

あの時のぼくはローウェルに乗っ取られていたらしい。
まさか、今もその気になれば体を乗っ取れる権限を持ってる……ってこと!?
それどころか、すでにずっと乗っ取られていてそのことに気付いてすらいない状態だったらどうしよう……。
そもそも人は自分の意思では動いていなくて、脳が後か辻褄合わせしてそう錯覚している、というトンデモ説を聞いたことがある。
1巡目の冒険が始まる前の記憶は適当に設定されたもので、カケルとの関係性もどこまで本当だか分からない……。
プログラムに従って無為に過ごしていただけとはいえ、その頃の記憶があまりにもスカスカだとは思ってたんだ……。

「まさかとは思いますが『弟』とはあなたの想像上の存在にすぎないのではないでしょうか」

振り返ってみると、カケルがいた。

(自分で言うな――ッ!!)

自分でそれ言っちゃう!? どういう感情で言ってんだ!!
魂を共有してるから精神世界に入ってくること自体は不思議はないとして、ここに来たということはベチボコにやられて気絶したな!?

「あっ、それ知ってる!『いつやる!? 今でしょ!』の人でしょ!」

「そうそう、林先生!」

何故かアゲハもいて、カケルとボケっぱなしのコントを繰り広げる。
このお方に関してはギャグキャラ枠なので、なんでここにいるのかとか気にしたら負けである。

(違うわ!! 林先生違いやわ!!)

「ふふっ、ちょっとしたユニサスジョークですよ? たとえ最初は想像上の弟設定だったとしても、今はそうじゃない。
私達の関係性のはじまりが作り物でも、別にいいじゃないですか。
前の世界を一緒に冒険して、地球を一緒に生きて、アルフヘイムに呼び戻されてまた一緒に冒険して――それで充分過ぎるじゃないですか。
はじまりの嘘のおかげで今があるんだから、感謝こそすれど恨む理由なんて一つもないですよ」

(でも、ローウェルが今もぼくのIDとパスワード持ってるかも……! ログインにIDとパスワード使うのか知らないけど!)

「安心してください、何も状況変わってませんから!
ローウェルはブレモンの最高権力者なんだから、やろうと思えばどのキャラも乗っ取れても何も不思議はないですよ」

それって何も大丈夫じゃない気がするが、言われてみればそうだ。
そもそも最初からそういう戦いを挑んでるのだから、今更悩んでも仕方がない。

466カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/01/15(水) 23:04:20
「カザハが罪を背負うなら、私も同罪ですよ。でも、ガザーヴァは私達のせいなんて少しも思ってない。
ベチボコにやられて踏みつぶされかけた私をガザーヴァが必死に守ってくれたんですよ?
きっとカザハに自分と同じ思いはさせまいと思ったんですね……。早く起きましょう」

(そうしたいのは山々なんだけど……どうやったら声出るようになるんだろう……)

初代に、目で訴えかける。初代はしれっと衝撃の事実を告げた。

「それ、ステータス異常でも何でもなく声を出したくないから声が出ないだけやで?」

好きでサボってるみたいに言わないで!
もしかして上位世界は「鬱は気合が足りん!」とか言っちゃうような世界なんか!? コンプライアンス大丈夫か!?
と一瞬思ったが、そういえば精霊族は死にたいと思っただけで本当に死ぬ種族なのだ。
その理論でいくと声を出したくなくなれば声が出なくなるのは当然のことである。
厄介なことに体に連動しているのは心であって、頭ではない。
いくら義務感で歌わないといけないと思ったところで駄目なものは駄目なのだ。
心から声を出したいと思えばすぐ治るんだろうけど……。

(ガザーヴァはこのせいでぼくが夢を手放すことなんて望んでない。
逆に逃避の言い訳にするなって怒られちゃうって、分かってるのにな……。
でも、怖いものは怖いんだ……)

「いいこと教えてあげようか。1巡目の記憶の解放に伴って楽器演奏技能(全種)が解放されたはずだよ。
ブレモンの仕様上、呪歌って使用楽器は自由で、※吹奏楽器は除く って規定は特に無いんだよね。
つまり、吹奏楽器を演奏すると何故か歌わなくても呪歌が成立するんだ……! じゃあ頑張って!」

467カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/01/15(水) 23:05:24
突然、意識を取り戻す。今のは、夢……じゃないな!? 急に一巡目の記憶が鮮明になった気がする……。
そういえばあの頃守護霊的なものがついてたけど、そういうもんだと思って特に疑問に思ってなかったんだよね。

>「よく言った!
 ――『ハイパー・ユナイト』……プレイ!!」

ガザーヴァとマゴットがベル・ガザーヴァになろうとしているところだった。
ベチボコにやられて倒れていたカケルを、スペルカードで回復させて、揺り起こす。

(手伝って!「幻妖の舞」で今度こそ勝たせる……!)

「えっ……。選曲それでいいんですか?」

初代がガザーヴァを想って作った名曲をトラウマソングのまま終わらせてはならない。
初代は、曲のパワーが足りなかった、と言っていた。
あの人がぼくの人格の転写元だとすると、たとえ慰めるためでも、全くの嘘が言えるほど器用なタイプではないんだよな……。
それなら、根本的な選曲ミスとかではないはずだ。もとからバトル用の曲にパワーを足してより強そうにするには……。
そういえば初代、歌わずに呪歌を使う抜け道を教えてくれたな――
バトル曲の吹奏楽アレンジ、それすなわち最強――異論は認めない!
自分はトランペット、カケルにはクラリネットを生成する。

「吹奏楽アレンジ……ってコト!?」

意図を察したカケルは、アゲハさんに声をかける。

「なんでもいいから吹く系の楽器みんなに適当に配って! 次は幻妖の舞の吹奏楽アレンジやります!!
あなたはドラムをお願いします!」

エーデルグーテで使う予定も無いのに楽器一通りもらってインベントリにぶっこんであったんだよね……。
この世界のシステム上吹奏楽器の演奏は呪歌と見做される、ということは、合唱スキルも多分適用される……!
それにしても、まさに立ってる者は親でも使えの精神だな!?

「分かった! ボーカル曲コンサートの半ばによく挟まれるインスト曲ってやつだね!?
キーボード貸して!? ベースパート出来るからやるよ!」

ブレモンBGMマニアの人、キミ、さては有能だな!? ベースってコード進行が分かってれば割とどうにかなるからな!
主旋律(自分)・副旋律(カケル)・ドラム(アゲハさん)・ベースパート(ブレモンBGMマニアの人)・和声パート(その他合唱団の方々))
よしいける!!

幻妖の舞 吹奏楽アレンジ――名付けて、幻蠅の戦舞ッ!!

ttps://dl.dropbox.com/scl/fi/ladrrl20ttuxhlnqfbi5q/.mp3?rlkey=ymj0q67zjxnxrb8hw2yb6spbd&st=c0bhhcyn&dl

演奏が終わったところで、ガザーヴァが最終奥義の発動に入る。

(今度こそ、いけるはず……!)

>「貶め嬲れ、欺き祟れ!
 オド、マナ、エーテル、世の礎の総てを啖い、穿て――」
>「――――――真!! アウトレイジ・インヴェイダ―――――――――――ッ!!!」

槍が相手の騎馬に命中し、大爆発が巻き起こる。

>「……仇は討ったぞ、ガーゴイル」

(本当に、頑張ったね……)

今はまだそんな場合ではないのに、やり遂げたガザーヴァを見つめ、暫ししんみりとしてしまう。
が、オーロールはまだ仕留められてはいなかった。

468カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/01/15(水) 23:07:16
>「そんな……まさか……」

>「何も驚くには値するまい。
 先刻、汝がガーゴイルにさせたことを余もルドルフにさせたまで。
 ふふ……それにしても、このオーロールを地面に引き摺り下ろすとは。
 見事よ、幻蝿戦姫。さすが超レイド級を名乗るだけのことはある」

仕留め損ねたにしても乗り物はもう無いはずだが、オーロールは乗騎はまだあると不可解な事を言う。

「戦闘続行……のようですね」

戦闘続行を悟っていちはやく気持ちを切り替えたカケルが、スマホを確認する。

「あ……! 進化できるじゃないですか!
しばらくバトル用の曲を続けて歌ってたからコンボが成立してたんですね……!」

よく分からないけど進化する方法のうちの一つが、バトル用の曲を続けて歌うことらしい……!
バトル3に至ってはかなり無理矢理歌ったけど。

(良かった、頑張って歌った甲斐、あったんだ……!)

頑張ってやったことは大抵駄目で、ノリで突っ切った時の方がうまくいくのがいつものパターンである。
まあ、風属性だからそういうもんなんだけど。やっぱり、努力が報われるのは嬉しい。
カケルからスマホを返してもらって、代わりにスマホ連動ウェアラブル端末をカケルに渡す。
進化ボタンをタップすると、背に妖精の翅を持つアイドルが魔法少女のような服装の美少女に変身する。
尚、これはそういう仕様のモンスターなので美少女になっているだけであり、断じて自ら美少女になりたいとか思ってなっているわけではない。
ついでにカケルもお揃いのコスチュームに変身する。

>「其処が皇帝たる余と諸人の違いよ。
 たかが一騎を統べる程度ならば、誰にでも出来る。
 しかし皇帝は違う――皇帝とは衆生の頂点に君臨し、自らの意志によって民を導く者! 皇軍を指揮し、万里を掌握する者! 
 為らば!」
>「我が版図、我が帝国こそ我が乗騎!
 参れ、『皇帝親衛隊(イェニ・チェリ)』!!」

オーロールが号令をかけると満を持して従者達が前に出て構えを取り、他にも魔法的な力でなんかわらわら出てきた――!

>「……な……んだよ、ソレ……。
 そんなの……反則じゃんか……」

>「で、あるか。
 生憎だが、此れは戦争。泣き言は通用せぬ。
 とはいえ汝の腕前は認めよう、余以外の『星蝕者(イクリプス)』が相手ならば、汝が遅れを取ることはそうあるまい。
 汝の不幸は、此度の対手が余であった……その一点に尽きる。
 幻蝿戦姫ベル=ガザーヴァ、天晴であった。褒めて遣わす。
 では――そろそろ幕としよう」

オーロールの指示を受けた親衛隊がガザーヴァに襲い掛かる。
あまりの展開に未だ状況に追いつき切れていないガザーヴァに、従者の一人の凶刃が迫る。

(死なせてたまるか――――ッ!!)

従者が振り下ろした剣を、傘の杖で受け止める。今の状態なら、従者とは充分立ち回れるはずだ。
従者達はおそらく、単体ではロールプレイを成立させることが出来ない人達。
皇帝様にコバンザメしなければこの戦場に立てない程度のレベル――でなければ、
プレイヤー同士が元からリアル知り合いでもない限り、好き好んで従者なんてしないだろう。
ふざけた格好の奴に攻撃を阻まれた従者が、思わず「何だお前!」みたいなことを言う。
ここは自己紹介ロールプレイで自らを強化するチャンスなんだろうけど……
ぼくは謙遜と不言実行を美徳とする奥ゆかしき大和民族なのだ!(嘘つけ!と総ツッコミが来そうなことは自覚している!)
自己PRとか志望動機とか立石に水のように喋るロールプレイ勢とは対局に位置するのである!

469カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/01/15(水) 23:08:30
(みんな堂々と言えていいな、凄いな……)

とか思っていると、カケルがよくぞ聞いてくれましたとばかりに語り始めた。

「その人は私とその子の姉――カザハ・シエル・エアリアルフィールド。
このパーティーの最強のバッファーで、星刻の奏手で伝説の語り手。
伝説の語り手って、いるのといないのとでは全然違うんですよ?
かっこ悪いところ伝説に刻まれたくないから、みんな頑張っちゃうし、なりたい自分になろうとしちゃうんですよね……!
だから、みんな実力以上の力を発揮できるんです!」

(代理自己紹介ロールプレイ、してくれてる……!)

ロールプレイによる強化は、必ずしも自分でやらないと起動しないわけではないのだ。
あれ? 音声を味方全員に繋いでる……?
相手だけではなく仲間にも聞かせることでロールプレイを強化する作戦!?
ロールプレイを起動するための戦略的なものだとは分かってはいても、くすぐったいような気持ちになる。
ちょっと大袈裟かも! でも、本当にそうだといいな……。
――言われてみれば、少なくともカケル以外に一人はそう思ってくれてる気がする。
一人でも思ってくれてれば嘘じゃないから、システムが拡大解釈してくれてロールプレイシステム起動するかもしれない!
効果をゲーム的に表現すると「その場にいるだけで仲間全員にバフがかかる」的なやつ!?
お返しにぼくもカケルを紹介しないと。……なんか、そろそろ喋れそうな気がする!

「そのユニサスは……ぼくの弟、カケル」

声、出た……! 自己紹介のハードルは激高でも、代理自己紹介ならだいぶんハードルが低い!

「ぼくの相方として設定されて、今では魂を分け合って本当の相方で弟になったんだ。
だから、単体ではそんなに強くないかもしれないけどさ……ぼくと一緒なら最強なんだよ!
というわけで!」

古からの様式美に則り、謎のポーズを決めながら口上をする。

「星に響け優しきメロディ! 風精の歌姫――テンペスト・ディーヴァ!」

意図を察したカケルが調子を合わせる。

「天空に舞え美しきハーモニー! 歌紡ぐ天馬――テンペスト・ウィング! 二人合わせて――」

「「2代目T SOUL SISTARS!!」」

我ながら、「初代はいるんだろうか」って絶対疑問を持たれそうなユニット名だな!?
一見ふざけているようにしか見えないが、ロールプレイによる強化を起動するための大真面目な戦略である。
本当にこんなんで起動するのかは知らんけど、駄目で元々だ。
相手方はロールプレイに縛られているので、口上中に攻撃するなんて身も蓋もないことはできないのだ。

「ガザーヴァ……こんな事言うのは厚かましいけど……ぼくの歌、まだ聞いてくれる?」

ジョン君に接近戦は危ないから駄目だと止められているけど……
ジョン君、ごめん! ぼくは本当は結構悪い子だから言いつけ破っちゃう――! 後でお仕置きされちゃうかな!?

「次の曲目は――響き合う星刻の調べ(アストラルハーモニー)!」

味方全体に継続強回復とハイパーバフをかける、ぼくの一八番。
それをカケルと共に歌いながら、敵に突撃する。まずは取り巻きの従者達からだ。
ロールプレイを極めるとキャラが人格を宿すらしいが……レベル3にも至らない従者はその域まで達してはいまい。

470響き合う星刻の調べ(アストラルハーモニー)決戦版(1番) ◆92JgSYOZkQ:2025/01/15(水) 23:10:04
ttps://dl.dropbox.com/scl/fi/sjr6jyumt0lo669uugpk6/.mp3?rlkey=c5zly60tp6u3ga1tvnxf5as76&st=s3qq789j&dl

上パート:カザハ(VY2)
下パート:カケル(MEIKO)

忘れ得ぬ旅の記憶は 今この世界に生きる証
望んで この場に立った 全てを賭けて

さだめは 覆えせると この世の全てに見せつける
今度は きっと大丈夫 ぼくがいるから

逃げ出したくなったら いつも思い出すんだ
「ここにいるよ」 本気の誓い 決して嘘にはしない

一番星を目指して 前だけ見て突き進む
幼き日にポケットに入れた 星の欠片握りしめて

守られてばかりだったぼくにも 果たすべき役目がある
呼び覚ましてもらったこの輝きで 行くべき道を照らすよ

471カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/01/15(水) 23:11:41
この状態のぼく達は、グラフィック的には2体として描かれるがデータ上は一体の、二人一組のモンスターらしい。
つまり連携は完璧だ。
文字通り二陣の風となり、従者達を蹴散らしていく。

「「ツインレイ・テンペストスマイト!!」」

やってることはぼくの左拳とカケルの右拳を合わせてのシンプルな打撃。
ただし莫大な魔力を纏った拳が音速で繰り出され、インパクトの瞬間、衝撃派が炸裂する。
余波に巻き込まれた者含め従者が4〜5人吹っ飛ぶ。

472カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/01/15(水) 23:13:12
【スノウ】
敵の呪歌士が意識を取り戻した事に対し、教官は複雑な心境なようだ。
出来ればそのまま眠っておいてくれればよかったのに、とのことだ。
私はもはや明確に、敵の歌に惹かれていた。
不完全なものに対するどうしようもない憧憬――これが好きという感情なのだろうか。
でも、「あの子には苦しまずに終わりを迎えさせてあげねばならないのでもう一度眠ってもらう」――それが教官の意向だ。
即興呪歌生成"改"――"魔術師"のタロットカードを持つ私の固有能力。
完璧な演算によって、狙った効果の呪歌を瞬時に組み上げることができる特殊技能だ。
魔術的な演算式のようなエフェクトが背後に浮かび上がり、超強力な眠りの呪歌が一瞬にして組み上がる。
それにしても、"改"って、まるで元祖があるみたいなネーミングだな……?
ともあれ、最高レア装備、"汎用シンセサイザーCubase"を手に、歌い出す。

473星の子守唄 ◆92JgSYOZkQ:2025/01/15(水) 23:14:49
ttps://dl.dropbox.com/scl/fi/n6ypstbhdikczmjcpbr1d/.mp3?rlkey=zumelw7goq2x5hrwdpwadx1re&st=5oyelbe7&dl

作詞:chatGPT
作曲:SUNO

静かな夜の帳が降りる
星たちはささやき 夢を織り成す

眠れ 眠れ 遠き空へ
心の騒ぎを風に乗せて

星の光よ 柔らかに包み
すべての者を 眠りにつく
月の調べに 導かれながら
星の子守唄 永遠に響け

闇を恐れず目を閉じて
世界は今 優しさに満ちる

眠れ 眠れ 冷たい刃も
静けさの中で力を失う

星の光よ 柔らかに包み
すべての者を 眠りにつく
月の調べに 導かれながら
星の子守唄 永遠に響け

夢の中では争いもなく
星たちはただ 願いを紡ぐ
静かな夜を 守り続けて
星の子守唄よ 世界を眠らせ

474カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/01/15(水) 23:15:35
【スノウ】
深い眠りについた敵の呪歌士――カザハを見て、教官から強烈な想いが伝わってきた。
あの人は昔、教官がブレモンの世界に意図せずに送り出してしまった分身なんだって。
つまりそれって私のお姉ちゃんで、教官の才能を受け継いでるんだ――

475カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/01/15(水) 23:16:56
【カケル】

「さあもう一息、いきますよ!」

間奏が終わり歌が2番に差し掛かろうかというところでカザハに声をかけるも、返事はない。
いつの間にかカザハは、幸せそうに眠っていた――。

「えっ!?」

さっきから、敵の呪歌が響き渡っている。もしかして、そのせい……?
眠っているカザハを抱え、後ろに退避する。
そうこうしているうちに、スノウが目の前に転移してきた。
オーロールと挟撃された形だ。

「あなた、全体にバフをかけるポジションでしょう! なんでこんなところに来てるんですかッ!」

「残念だけどその子はもう起きない――超強力な眠りの呪歌を対象指定でかけさせてもらった。
出来れば閉ざされた世界の中でずっと生きていてほしかったのに……。
ローウェルはそれすらも許してくれなかった……。昔からずっと、偽りの希望を餌に弄ばれてきたんだ……
これ以上苦しんでほしくない……。せめて、幸せな夢の中で終焉を迎えて欲しい……」

スノウが腕を一閃すると、指揮棒のような細剣が手の中に現れる。
そしてゆっくりとカザハに歩み寄ってくる。
私は当然臨戦態勢に入るが――何か様子がおかしい。微妙に違う方向に向いて歩いてる……。そして石に躓いて転んだ。
この動き、なんか見た事あるな……。そうだ、アクションゲームが下手な人が動かすキャラの動きだ!

「もしかして……アクションゲームの操作がおぼつかない人!?」

バンドメンバー達にも突っ込まれている。

「下手とは聞いてたけど本当に下手ですね!?」

「無理しないで交代してもらってください!」

「そうだな――交代しよう」

スノウの姿にエフェクトがかかり、イメージはそのままで性別変更したような青年の姿になる。
それと同時に、身のこなしが先程とは明らかに変わる。
バンドメンバーの一人が、解説してくれた。

「スノウちゃんの教官はアクションゲームが下手糞だからアクションが必要な場面では副教官に操作を変わって貰う……
じゃなくてスノウちゃんは二重人格なんです!」

人格交代――上の世界事情で言うと、プレイヤーが交代した……ってことか!

「ちなみに美少女ゲーに男キャラをぶっこんだら炎上するんじゃないかと心配されてるかもしれませんが、
ボイスチェンジ+男装という設定なので、ギリセーフです!」

別にそんな心配してないけど、勝手に解説してくれた!

「無駄話は終わりだ――まずはお前から葬ってやろう!」

タロットカードのエフェクトが発動し、バンドメンバーの演奏が始まる。
たった今生成したにも拘わらず合奏ができるのは、メンバー達はそういうスキルを習得しているのだろう。
スノウは、歌いながら剣を構えて斬りかかってくる。こいつ、歌いながら突撃してくる系か――!

476破滅の調べ ◆92JgSYOZkQ:2025/01/15(水) 23:18:04
ttps://dl.dropbox.com/scl/fi/ib0gn9pbviz6567pyz474/.mp3?rlkey=mae4vsos2dubkz6zw36iouuzq&st=wolv2q45&dl

作詞:chatGPT
作曲:SUNO

燃え上がれ、魂の渦
全てを呑み込む闇の風よ
嘆きの声を織り込み
絶望の鐘を鳴らせ

震えよ、怯えよ、滅びを知れ
鋼の鎖は砕け散り
囁く影が血を求める
裁きの刃は逃れられぬ

我が声が天を裂き
血塗られた地に降り注ぐ
その身を裂け、その意を消せ
破滅の歌が響く時

冷たき刃は心を貫き
最後の鼓動を刻むまで
終わらぬ闘争、果てなき憎悪
さあ、共に闇へ堕ちよ


震えよ、怯えよ、滅びを知れ
鋼の鎖は砕け散り
囁く影が血を求める
裁きの刃は逃れられぬ

我が声が天を裂き
血塗られた地に降り注ぐ
その身を裂け、その意を消せ
破滅の歌が響く時

冷たき刃は心を貫き
最後の鼓動を刻むまで
終わらぬ闘争、果てなき憎悪
さあ、共に闇へ堕ちよ

冷たき刃は心を貫き
最後の鼓動を刻むまで
終わらぬ闘争、果てなき憎悪
さあ、共に闇へ堕ちよ

478カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/01/15(水) 23:26:05
分かりやすく攻撃的な呪歌で自らにバフをかけての猛攻――
激しい打ち合いの中で、私はある違和感を抱いた。呪歌のバフが私にもかかってないかい……?
うっかり呪歌を対戦相手にもかけてしまってるのか!? そんなことってある!?
「呪歌は対象指定できません! 聞こえてる人全員に効きます!」ってパターンもシステムによってはあるっちゃあるけど……。
さっきは対象指定してたよなぁ……。
もしかして「すぐに決着がついたらつまらないから」みたいな理由か?
この戦いのショー的側面を意識して立ち回ってる……? でも、何のために?
更に曲の合間に、スノウは自らの弱点を解説する。

「一つネタバレすると、これはオプション機能で楽曲生成システムを接続して運用しているキャラだ。
そしてタロットカードというのは外付けの力の象徴――
つまり――これを破壊すれば生成システムとの接続が断ち切られるってわけだ!」

「どうしてそれを教えるんですか……?」

「さあな」

今分かっている情報をまとめると、このキャラには2人のプレイヤー"教官"と"副教官"がいて、
"教官"の目的は、何故だかは知らないが、カザハを苦しませずに終わらせること。
そして今のこいつを操作しているプレイヤー、バンドメンバーが言うところの"副教官"は、"教官"とはまた違う、何らかの目的がある――
そしてレベル3以上のイクリプスはロールプレイに綻びが出ると即弱体化につながるらしいが……
もはやこいつらは上の世界事情丸出しのgdgdだが、何故かそこまで弱体化する様子はない――
再び歌が始まり、戦いが再開する。
このままいけばタロットカードを破壊することは可能だが――どうする?
相手の言葉に乗る? でも、罠だったら……? ええい、当たって砕けろ!

「――音響破壊(レゾナンスブレイク)!」

私の剣がスノウの腕に固定されたタロットカードを過たず穿――

479カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/01/15(水) 23:28:08
【カザハ】

「もう食べれないよぉ……」

「……ちゃん、おねえちゃん! 漫画みたいな寝言言わないで!」

「……う、うわぁ!?」

目を覚ましてみると、目の前にいるのは白銀の髪の少女――。それ以外の周囲は真っ暗で、何もない。
いや、まだ目を覚ましてないな!? これも夢の中だな!? 眠りが一段階浅い領域になった感じか。
ぼくは何をしてたんだっけ。確かオーロールと愉快な仲間達と戦ってて……途中で寝ちゃったの!?
そうだ、敵の呪歌使いが眠りの歌を歌ったから……ってよく見るとお前じゃん!
自分で寝させといて起こすってどういうことやねん!
それに今おねえちゃんって言った……!? 生き別れの妹よ、そんなところにいたのかい? ……ってそんなわけあるか――ッ!
自称妹のスノウちゃんは、「よし! ハッキング成功!」とか何とか言っている。
確かに顔はさっき歌ってたあの呪歌使いと一緒なんだけど、なんか全然イメージ違うな……。
あのイクリプスは怜悧で感情が希薄な感じだったけど、この子は可愛らしい。

「あなたは、私より前に教官が作ったキャラなんだって! だからお姉ちゃん」

教官というのはSSSにおけるプレイヤーのことで、つまりぼくの元プレイヤーとこの子の現プレイヤーが同一人物……。
……ってそんな偶然ある!? いや、偶然でもなんでもない。きっと、自分が関わったゲームの最後を見届けに来たんだ。
でもサ終の時点ではぼくに生きてほしいって、願ってくれてたのに。色々あって諦めちゃったのかな……。

「まさかとは思いますがあなたの教官というのは……」

「美空風羽――かつて一世を風靡した覇権ゲームブレイブ&モンスターズの楽曲を手掛けた天才サウンドクリエイターなんだって!」

「ですよねー! 正確には作ったというより、もともと原型があったものを完成させたみたいだけどね。
なんで君はそんなこと知ってるの?」

「うちの教官、こういうロールプレイシステム搭載のゲームやると体質的に思考がダダ漏れみたいなんだよね〜。
だからキャラに大人の事情が筒抜けだし本人がそのつもり無くてもすぐキャラが人格宿しちゃう」

この状況はつまり……SSSでも性懲りもなくうっかり新たな生命を誕生させちゃった……ってコト!? なんて怪しからん奴!
いや、本人はただゲームやってるだけなんだから何も悪くない。ロールプレイシステムとやらの業が深すぎるんだ……!
挨拶(ロールプレイ)すると(場合によってはしてるつもりなくても)
楽しい仲間(人格を宿したキャラ)がポポポポーンするってもうサイコホラーやんそんなの!

「でも、もう完全に落ちぶれてやる気なくしてるんだよね。どう頑張ってもAI生成には勝てないから意味無いんだってさ。
そりゃそうだよ。上位世界の生成AIってそれはもう完璧らしいもの。
でもね、あなたの歌でブレモンの曲を初めて聞いたけど……SSSの曲よりずっと好き。
このままサ終なんて駄目だよ……! だから――勝ってね! 勝って教官に希望を見せてあげて!
教官はもう全てを諦めてて……ローウェルに弄ばれた挙句消されるぐらいならせめてこれ以上苦しませずに自分の手で……って。
だから私はあなたを殺しにかかることになるけど……ごめんね、ゲームキャラはプレイヤーの操作には逆らえないから……」

480カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/01/15(水) 23:29:22
「君のせいじゃないよ。ゲームキャラが許可した時以外で好き勝手に動いたらゲームとして成立しないもの」

「それと、私が人格を宿してることは教官には教えないであげてね。知ったらきっと気にするから……」

スノウちゃんに手を引かれて覚醒に向かいながら――思う。
彼女や他のイクリプス達は、このベータテストが終わったらどうなってしまうのだろうか――
製品版にキャラの引き継ぎはされるのだろうか? 使い捨てられて消えてしまうのだとしたら……あまりに残酷過ぎる――

「あいたっ!」

突然見えない壁にぶち当たって進めなくなる。

「困ったなあ……。私にはどうにも……。これってあなたが心のどこかで目覚めたくないって思ってるからなの。
精神に基盤を置く存在って厄介だよねぇ……」

「えぇっ!? またそのパターン!? そんなこと言われたってさあ! そもそも君が寝かせたんじゃん!」

そりゃあこっちはヘタレの豆腐メンタルなんだから! ちょっとは思うよ!
だって起きたところで勝てる保証無いし……。
ジョン君があんなに頑張ってくれたのに、全世界バフだって全然集まらない……。
たまたま特殊能力持ってる陰キャをそういう作戦の要にしようなんて、どだい無理な話だったのだ。
……って何を弱気になってるんだ!

「この際多少ダメージが入ってもいいから誰か物理的に叩き起こしてくれないかな……」

「お姉ちゃんって実は脳筋だよね……」

キミはこんなヘタレを捕まえて何を言っているんだ? 脳筋って筋力で全て解決しようとするマッチョのこと言うんじゃないっけ!?
そりゃあ確かに「dotダメージ? 継続回復で相殺しながら突撃や!」「技巧が足りん!? 能力値爆上げして押し切れ!」って戦法は取るけど。

「知らんのか? ブレモン世界の吟遊詩人は巨大ロボに生身で突撃する脳筋クラスやで? 知らんけど!」

「それ、一部の偏った事例だよね!? 知らんけど!」

481カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/01/15(水) 23:30:28
【カケル】
「ちょっと待った―――――――ッ!!」

スターリースカイガールズの解説役が突然横から飛び込んできて、小盾のようなもので私の剣を弾いた。
涼やかな音が鳴り響く。それは……盾っていうかタンバリンだな!?

「なにするんですか――ッ!!」「何のつもりだ……!」

私とスノウ、双方から突っ込まれる。
今の状況をまとめると、スノウ(中身副教官)が私に何故かタロットカードを破壊するように仕向け、
罠かもしれないとは思いつつも考えても埒があかないので私がそれに乗ろうとしていたのを、
これまた何故か解説役のバンドメンバーが阻止した形だ。

「副教官は教官に立ち直ってほしいんですよね……!?
だったら生成システムで! 昔教官が作ったブレモンの曲を歌うその子と真っ向勝負させないと駄目ですよ!」

「お前も少しでも音楽を齧っているなら分かるだろう? 人が生成システムに勝てるわけないだろう!」

「あー物分かりのいい大人ぶってやだやだ、副教官がそんなだから教官が落ちぶれちゃったんだ――ッ!!」

「貴様……ッ! 私がどんな思いで風羽を見てきたかも知らないくせに……!」

なんかよく分かんないけど仲間割れ始めちゃった……! ん? 今、風羽って言った……?
それに、"昔教官が作ったブレモンの曲"って……!

「私は! リン=タンバ! スターリースカイガールズの副隊長でパーカッション兼ダンサー!
ちなみに私の教官は美空風羽ファンクラブ会長、丹波 鈴音ッ!」

キャラにほぼそのまんま自分の名前付けたんやないか――い! 誰かさんと同じ発想! やっぱり類は友を呼ぶんだな……!
この一団、こんなノリでよく曲がりなりにもこの戦いに参加できてるな……!?
ロールプレイに適応できない勢は淘汰されてるはずでは?
でも、某国民的RPGは、「主人公はプレイヤー自身」がコンセプトのため主人公が喋らない仕様らしいし、
主人公に自分の名前を付けるのも割と一般的だったりするな……。 つまり、これもまたロールプレイの一種!?
そもそもこの世界のシステムが、"そのキャラがロールプレイしているか"を何をもって判定しているのかの全貌は未だ不明だ。
設定の作り込みや整合性が判定項目の一つに入っていることは間違いないだろうが、単純なキャラの濃さも判定基準の一つに入っているとしたら、
素でキャラのぶっとんだ奴がゴリ押しでロールプレイによる強化を起動させることもあり得る。
あるいはこいつらの中身丸出しロールプレイを
「自分が超常の存在に操られていることを知っていてそれを当然のこととして受け入れているキャラのロールプレイ」と解釈することもできなくはない。
と、ロールプレイシステムの詳細も気になるところだが今はそんな場合では無く
スノウ(中身副教官)とリン(中身教官のファンクラブ会長)が立ち回りをおっぱじめてしまった。

482カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/01/15(水) 23:31:10
「お前なんかユニット追放だ――ッ!」

「コイツは私が止めとく!! あなたは早くその子を起こして!」

リンが、あまりの展開についていけずに呆然としていた私に声をかける。
確かに見た感じは私達を狙うスノウを止めてくれているような構図に見えるが、よく考えると普通に内輪で喧嘩になってるだけのような……。
と内心では思いつつも。

「え、あ、はいっ……!」

勢いに圧され、言われるままに私はカザハを起こそうとするが……。どうやっても起きない。
カザハを起こすのは慣れてるはずなんだけど……。こうなったらRPGでよくあるように死なない程度に攻撃して無理矢理起こす!?
と思ったが、今データ上同一モンスターだから攻撃できんわ!

「無駄だ、私が解除を許可しない限りそいつは起きない」

「諦めないで! 音はきっと聞こえてるから……! 何か刺激的なことを言ったら起きるかも!」

それ本当か!? 私に起こされるのはいつものこと過ぎて新鮮味がないから駄目なのか!?
ファイト一発で叩き起こせそうな人……すぐ近くにいるじゃん!

「ガザーヴァ! ちょっと声かけてやってください!」

この世界をロールプレイシステムなるものが支配していることを鑑みると起こせる可能性が高そうな人にもう一人心当たりはあるが……。
バルディッシュと激しい戦いを繰り広げているジョン君の方をちらりと見る。ちょっと今それどころじゃなさそう……。
でも、ちょっと通信するぐらいならいいですよね……!? というわけで、ジョン君に通信を繋ぐ。

「あの! カザハが寝ちゃって! 一言だけでいいから! 何かパンチの効いた言葉をお願いします!」

なんか一言インタビューみたいになってしまった……!

483カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/01/15(水) 23:40:43
※ 少しだけ時間軸をスキップしてカザハが起きた後から
――――――――――――――――――――
【カザハ】

目を覚ますと、ガザーヴァはまだ持ち堪えてくれていた。

「こうなったら仕方がないか。負けたら承知しないぞ――」

目を覚ましてしまったぼくを見て、スノウ(中身副教官)は観念したように呟くと、少女の姿に戻る。
プレイヤーが再度教官に交代したらしい。
交代する直前の"負けたら承知しないぞ"って、上位世界の姉に向けての言葉だよな……?
演奏のスタンバイをするべく駆けていくパーカッション担当の少女(リンというらしい)が振りむいて、笑いかけてくる。

「あのさ! そっちの歌も聞いてるからねッ! 私達全員風羽先生のファンクラブだから!」

「そうなの!?」

バンドメンバーなんてどこからどうやって調達したんだろうと思ってたけど、ファンクラブ引き連れてきてたんかい!
上位世界のブレモンは結構前にサ終してるっぽいけど未だにファンクラブがあるって凄いな!? どんだけ好きなんだよ!
ともあれ、呪歌使い同士の対決なので、直接的に戦うわけではないだろう。
教官はアクションゲームがが全く出来ないので、必然的にオーロールの後方支援に付くはずだ。
と思いきや、自ら剣を構える。えーと……自ら戦う気満々なんですけど……!

「ちょっと! キミ、アクションゲーム全くできないんじゃなったっけ!?」

「リミッターを解放すれば少しの間なら出来ないことはない!
具体的に説明するとオプション機能をもう一つ追加して、普通ならアクションゲーム式入力のところを音ゲー式入力方法に変換するんだ……!
でもオプション機能二つ同時使用は脳に多大な負担をかけるから長くはできないんだよね!」

相変わらず上位世界事情大公開だな!? というか上位世界のゲーム、なんとなく危険な香りがするけど安全性大丈夫!?
安全性度外視で何故か実用化されちゃってる物って、こっちの世界にも実は結構あるよね。自動車とか。
命懸けのこっちに対してイクリプスのプレイヤー達は何の危険もなく呑気にゲームやってるだけ、
という認識はもしかしたら完全には正解ではないのかもしれない。
自らの命を危険に晒しながらゲームしてるイカれた層とかいたらどうしよう!
ともあれ、向こうが呪歌使い同士の戦い(※物理)で来るならこっちもロマン戦法で相手をしないと駄目ってこと!?

――このままサ終なんて駄目だよ……! だから――勝ってね! 勝って教官に希望を見せてあげて!

――力を寄越せ。アイツに勝つ力を、みんなで生き延びられる力を……オマエの歌、ずっと聴いてるから。……できるよな。『おねえちゃん』――

困ったな――ガザーヴァが勝つまで見届けないといけないのに。
ぼくの逡巡を察したように、カケルが歩み出る。

「今回は"ブレイブ同士の戦い"という制限がかかってないから……私が行っても大丈夫ですよね!」

「カケル……!」

「まずはキミから? いいよ。相手してあげよう。"覇道の咆哮"!!」

"即興呪歌生成改"が発動し、"魔術師"のエフェクトである複雑な魔法陣が展開する。
始まったのは――攻撃性に全振りした呪歌。
覇道――ということは、"皇帝"であるオーロールの支援も意識しての生成かもしれない。
対するこちらは、味方全員にハイパーバフをかける代表曲で勝負だ!
さっきは途中になってしまったけど、今度こそ最後まで!

「ぼく達の歌を聞け―――――ッ!! 響き合う星刻の調べ(アストラルハーモニー)!」

484覇道の咆哮 ◆92JgSYOZkQ:2025/01/15(水) 23:41:40
ttps://dl.dropbox.com/scl/fi/rbcjp9oriif2ep3phuttc/.mp3?rlkey=be12aprqresnsvtsybwr97835&st=xyqdphw1&dl

作詞:chatGPT
作曲:SUNO

牙を剥け、燃える魂
すべてを飲み込む怒りの嵐
じゅうりんせよ、この腐った世界
抗う者は灰と化す!

砕け散れ、この地で!
叫ぶやいばよ、血を刻め
生き残るのはただ一つ
勝利の覇道を進む者だけだ!

影を裂き、響く絶叫
無慈悲の剣で未来を奪え
善も悪も全て消し去り
滅びの果てで踊るだけ!

飲み込めよ、この血潮!
燃え上がる火柱のように
勝ち残るのは私たちだ
死神も膝をつく!

さあ戦え、全てを壊せ!
命など刹那の灯火
ふくしゅうさえ踏み越えて
この手で刻む栄光の道
最後の一撃をくらえ!

485アストラルハーモニー決戦版(2番〜) ◆92JgSYOZkQ:2025/01/15(水) 23:44:36
ttps://dl.dropbox.com/scl/fi/7z3i8bky11go6jkdaqq8q/.mp3?rlkey=cloijazqpia96jqsg1otcipol&st=8pe2eeix&dl

上パート:カザハ
下パート:カケル

消えないこの灯は 遥かな未来目指す証
望んで この道歩む すべて受け入れて

さだめは 覆えせると この世の支配者に見せつける
今度は絶対大丈夫 キミがいるから

過去に捕らわれそうになったら ぼくの手を掴んでね
「キミといるよ」あの日の約束 必ず守り抜く

楽園を探して 果てのない旅をして
探し求めた居場所に 今確かに辿り着いた

怯えてばかりだったぼくだけが 果たせる役割がある
呼び覚ましてもらったこの歌声で 皆の想いを繋ぐよ

【カザハ】ずっと気付かなかった この世界が美しいなんて
【カケル】ずっと拒んでいた 本気で生きることを

全身全霊で飛び込んではじめて分かることたくさんある

手と手を取り合って 前に進み続ける
皆で生きる星の未来 必ず掴んでみせる

キミがくれた勇気で絶望を打ち破るんだ
存続を願う心を今一つに束ねて

諦めてばかりだったぼくにも叶えたい夢が出来たよ
これから先もずっとこの大地にいだかれて歌を紡ぐよ

486カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/01/15(水) 23:47:55
「この手で刻む栄光の道 最後の一撃をくらえ!」

「「これから先もずっとこの大地にいだかれて歌を紡ぐよ」」

カケルとスノウの膨大な魔力を込めての剣戟が交差する。
二人とも倒れることはなく――ただ、スノウのタロットカードが砕け散っていた。
ただしタロットカードは滅失するタイプのアイテムではなく称号のようなものだそうなので、
砕け散るのは飽くまでも演出で、この戦闘では使用不可、という扱いなのかもしれない。
ともあれこれで、スノウの戦力の要となっている即興呪歌生成改は封じられた。
物理的戦闘として表現されているとはいえ、双方呪歌に依存した戦闘スタイル。これがそのまま呪歌対決の勝敗となる。

「どうして!? 音楽性も完成度も生成AIのこっちが圧倒的に上なはずなのに……!」

何が起こったのか分からないというようなスノウの教官に、種明かしをする。
スノウちゃん自身は、もう全て理解していることだろう。

「ちょっと卑怯な手、使っちゃった。
呪歌は聞き手によっても効果が変動する。キミのバンドメンバー達も効果対象に含ませてもらったんだ」

バンドメンバー達は、オワコンになって久しいゲームの音楽が忘れられずに未だにファンクラブやっている相当な物好きだ。
そういう人達って、推しが作った曲は、たとえ初めて聞く曲でもそうと見抜くんだよね。
対象に含めれば、呪歌の効果に大幅なプラス補正がかかることは想像に難くない。

「思い出補正……だと!?」

「思い出じゃないよ? さっきのは新曲だよ? 紛れも無く美空風羽の新曲だった!」

リンちゃんが進み出る。ぼくも何か言った方がいいのかな? もしかしてSEKKYOUする流れ!?

「もう分かったでしょ? AIに完成度で負けてたって、いいじゃん。万人受けしなくたって、いいじゃん!
好きでいてくれる人達がそんなにいるんだから、その人達のために作りなよ!」

……こんな感じでいいのかな? キレて逆上されたらどうしよう!? というかどうしてこうなった!
冷静に考えるとこっちは世界が消滅するかの瀬戸際なのだから、AI堕ちした上位世界の芸術家崩れに呑気にSEKKYOUしてる場合ちゃうのでは!?
上位世界はいろいろ超発展した世界だろうから、どうせ失業したところでベーシックインカムとかあって生きていけるんやろ! 知らんけど!

487明神 ◆9EasXbvg42:2025/01/26(日) 21:47:22
【Bardicheさんが入室しました】
【ZAIZEN-Gさんが入室しました】

「バルさんバルさん、今度βテストやるこの『星蝕のスターリースカイ』ってゲーム、どうすか?一緒にやりません?」

「あー……んー……ちょっと今、新しいゲームする気にはなんないかな……」

「うっわまだブレモンのこと引きずってんすか。サ終したゲームの喪に服してる人初めて見た。
 ソシャゲが終わんのなんか珍しいことでもないっしょ」

「だってさぁ!終わるにしたって終わり方ってもんがあるじゃん!
 あんだけ広げた風呂敷一個も畳まずに世界崩壊エンドって何!?
 バハムート再誕はどうなったの?ベルトスト十神将の残り5人は?投げっぱになってた安楽椅子探偵の解決編は!?
 スルト計画にしたってクラン全滅はプレイヤーが助けに行く布石だと思うじゃん普通……」

「ストップ。そのへんの話リアルでも百万回くらい聞いたんでハショってもらっていいすか。
 知らんゲームの愚痴聞かされてもなんもピンと来ないんすよね」

「せめて……せめてメインシナリオくらいは何かしらの決着がついて欲しかった……。
 心の整理する時間も貰えなかった。『ああ終わったんだな』って実感が全然ないんだよ。
 今でも私、ログインサイトに張り付いてなにか告知がないか日参してるよ」

「キッショ……激キショっすよバルさん……普通になんか新しいゲームでもやりましょうよ。
 このSSSとかいうゲーム、ティザー見た限りじゃ結構面白そうっすよ。
 リンク送るんで見るだけ見てみてくださいよ」

「えー……7つのクラスの少女を育成して星を喰らう化け物と戦う……
 美少女ゲーかぁ、あんまし食指が……あぁでもバトルはスピード感あって楽しそうだね。
 これってフルダイブ?うちのハードでスペック足りるかなぁ」

「お、前評判も中々……いやティザーのコメ欄クソ炎上してんすけど。激ヤバ。
 何がそんなに……あーこれブレモンのメーカーの次回作なんすね」

「……なんて?」

「ぶった切ったブレモンの開発リソース全部これに注ぎ込んでるっぽいすね。
 そら荒れるわ。しかもβテストはブレモンの舞台になった世界をみんなでぶっ壊すこと!
 すっげー!頭おかしすぎて書いてあることなんも理解できねーわ。
 やっぱやめときますかバルさん、ノンデリの自分も流石にこれにはドン引きっす」

「待って、ちょっと待って。その、βテストの破壊対象になってる世界の名前って――」

「あ、ここに書いてありますね。イクリプスが最初に蹂躙する世界の名は――ミズガルズ」

 ◆ ◆ ◆

488明神 ◆9EasXbvg42:2025/01/26(日) 21:48:02
「バルさん、出撃しないんすか?みんなほぼほぼ出払っちゃいましたよ。
 おーおー早速の現地の兵団とドンパチやってら」

「……ごめん、もうちょっとだけ船からミズガルズを見てたいんだ。
 もう一度この世界に来れるなんて思ってなかったから」

「浸ってるとこ水差すみたいでアレなんすけど……その世界今からぶっ壊すんすよね。
 もう既にお仲間が街とか人とかグチャグチャに蹂躙してんすけど、バルさん的には良いんすか?」

「仕方ないよ。個人的な郷愁だけで、他人の楽しみ方を否定するわけにはいかない。
 みんなローウェルに提供されたコンテンツを楽しむ真っ当なプレイヤーだからね。
 ……君は?下の米軍無双に参加しなくて良いの?」

「んー雑魚狩りも大量破壊もイマイチ乗り切れないんすよね。
 バカでかい『星喰い』とバトりたくてこのゲーム始めたのに一向に戦わせてくんないし。
 あのベーグンとかいうミズガルズ兵団の武器、パワーソースが火薬と精製油ってもう骨董品じゃないすか。
 イクリプスが1人だろうが50万人だろうが結果は一緒っすよ。激萎え」

「あはは、そうかも。ブレモンの舞台ってミズガルズの他にも2つくらい世界があってね。
 このβで行けるかわからないけど、アルフヘイムやニヴルヘイムなら……
 巨大なモンスターとか魔法仕掛けのロボットとか、そういうのとも戦えるよ」

「良いっすねそれ。どうせ1日もしないうちにこの街はしゃぶり尽くすだろうし、
 フィールドがそっちに移んの期待して適当にお散歩してましょうか。
 ――お?なんかB.B.Sでめちゃくちゃ流れの早いスレがある。
 イクリプスが何人か現地のエネミーに返り討ちにあったって、ウソだぁ?」

「キャプチャ動画が貼ってあるね――あれ?ハイバラ!?ハイバラだこれ!!」

「うわ、なんすかこの半分焼けてるグロい敵」

「焼けてない方の顔に見覚えがある!『ハイバラ』だよ!『ブレイブ&モンスターズ!』のメインキャラ!
 スルト計画で死んだはずなのに……燃え残りとして蘇った?
 しかも、どうやってか知らないけど、ミズガルズに帰って来たんだ!」

「うるさっ……バルさんの超早口説明のおかげでだいぶ分かって来ましたよ。
 アレってようはネームドボスっしょ?他にも何体か出てきてるっぽいすね」

「『風刃〈カザハ〉』に『ジョン・アデル』、『うんちぶりぶり大明神』。
 ニクい演出だなぁ、みんなブレモンの最終シナリオでメイン張ってたキャラクターだよ。
 十二階梯も何人か居るし……あれは幻魔将軍ガザーヴァ?なんでミズガルズに味方してるの!?」

「やべーまたバルさんが知らんゲームの話で盛り上がるモードに入っちゃったよ。
 あ、じゃあアレは?スライム?と一緒に居るリーダーっぽい女騎士」

「え……知らない……誰あの女……。私が知らないって相当だよ実際。
 見た目はちょっとシャーロットに似てるけどスライム使いじゃないし……剣振り回すタイプでもない」

「ほーん。まぁコラボシナリオのオリジナルキャラとかじゃないすか。知らんけど。
 そんでどうすんすかバルさん。ポっと出の原作キャラが無双し始めましたよ。
 まーだ『この世界を見ていたい』とかキショい浸り方するつもりっすか」

「……せっかく原作履修者向けに運営が用意してくれたコンテンツだもの、やらなきゃ損だよ。
 行こう、一緒に」

「りょ。お供しますよバルさん」

 ◆ ◆ ◆

489明神 ◆9EasXbvg42:2025/01/26(日) 21:48:29
「意味わかんねー!ミズガルズ側の都合で30時間も待たされるとか!
 えっこれマジで30時間なんも出来ないんすか?自分あいつらにボコボコにされて超あったまってんすけど。
 リベンジくらい好きにやらせてくれよ!」

「リベンジしても結果は同じじゃないかな。連中……ブレモンのキャラ達は、明確に私達に出来ないことが出来る。
 プレイヤースキルで後隙の大きさを補えても、手を変え品を変えわからん殺しを擦られ続けるだけだよ。
 対抗するには……ブレモンと同じステージに立つしかない」

「それがあのエンバースとかいうエネミーの言ってた『ロールプレイ』ってやつすか。
 うーんイミフ。ナイもそうっすけど全体的にローウェルのゲームのキャラって話長くないすか?
 こっちの反応待たずにずーっと喋り散らかしてるし」

「ハイバ……エンバースはコマンド制RPGのキャラだからね。じっくり読める前提のテキスト量なんだよ。
 あるいは、こうやってブレモンのスタイルを押し付けることこそがロールプレイの要諦なのかも」

「出た!魔法の言葉ロールプレイ!ゲームの敵キャラと通じ合ってんのふつーに激キショっすからね。
 コマンド制RPGからお越しのバルさん氏にぜひロールプレイとやらについてご解説願いたいもんっすねぇー」

「エンバースが言ってたでしょ。『イクリプスとしてこの星にやってきた背景と役割を活かせ』。
 30時間で作り上げるんだ。私達が操作してるイクリプスが、何者であるかを。何が出来て、何を求めるかを。
 このRPGの世界では、築き上げた自分だけのイクリプスが実装される」

「それってつまり、思春期に布団の中で妄想してたようなことを今ここでやるってことっすか。
 ……シラフで?」

「多分これ各々で解釈に幅があると思うよ。プレイヤーごとのロールプレイ観っていうのかな。
 少なくとも私の解釈ではそういう感じ。さっそく試して見せようか。
 『――ガハハハ!ここがミズガルズであるか!なんとも風靡な星であるな!我が槍の冴えにて遍く全てを簒奪しよう!!』」

「ウソだろバルさん……あんた今ガワはキャピキャピの美少女なんすよ……?
 うわマジかよ、衣装までなんか武将っぽい感じになってる。これがロールプレイの力……?」

「『然り!』」

「然り。じゃねンすよ……あぁでもなんかわかってきたかも。
 ようは自分で考えたキャラを全力で演じりゃいいってことっすよね。
 じゃあじゃあ自分、超すごい魔法を使えるお嬢様イクリプスとかどうすか」

「『善き哉、善き哉!心の想うがまま、己の中のイクリプスが語るがままに言葉にすれば良い』」

「えーでは、オホン……
 『独断専行は禁則事項でしてよ、バルディッシュ様。お一人で平らげられぬよう、わたくしが帯同いたします。
  全ては没落した我が一族の再興のため。わたくしの炎が行く手を拓きますわ』」

「いいね、即興なのにすごい作り込んでくるじゃん。絶対これ今でも布団の中で温めてるやつでしょ」

「シラフでこれやんの激ハズなんすけど……確かに演じてる間だけ謎のバフ入ってますね。
 ゾディの火球も粘土みてーに好きな形に操れる。やべー、ドラゴンとか作れるかなこれ!
 ……ははっ!妄想が想像したとおりに現実になるって、めちゃくちゃ楽しいっすねバルさん」

「……うん。なんか楽しくなってきた。
 せっかくだしキャラシートにでもまとめてみようか。それで、演じる設定について共有しよう。
 ペアで行動する限り、私達はお互いのロールプレイを相互に強化できる。
 おっと……『ガハハ、帯同を許そう!して、お主の名はなんと呼べば?』」

「『――アヤコ=財前寺』」

 ◆ ◆ ◆

490明神 ◆9EasXbvg42:2025/01/26(日) 21:49:04
>「どんな終わりを目指すにせよ…ブレイブとして目指すべきだろうが!
  んな借り物の姿で好きだからなんて…抜かしてるんじゃねえ!!」

ジョンが吠える。
剣と槍を交えながら……一瞬だけ刃を握る手を離し、フリーになった拳をバルディッシュに叩き込んだ。
予期していない攻撃を直に食らってバルディッシュが吹き飛ぶ。
その先には、ロールプレイを解除されて動けずにいるアヤコがいた。

>「ふぎゃふ!?」

アヤコが吹っ飛ぶが、代わりに運動エネルギーを交換したバルディッシュがその場に留まった。
武器も戦意も失っちゃいない。穂先はジョンを捉え続けていた。

>「さあ明神反撃開始だ!…と言いたい所なんだけど…ちょっとだけ…今から余計な事するかも」

「あっおい!何する気だよジョン!?」

ジョンが答えるよりも先にバルディッシュが吶喊してきた。
剣士と槍士はみたびぶつかり合う。
拮抗出来ているのは、バルディッシュのロールプレイの精度が落ちてきているからだろう。

>「なあ…バルディッシュ…周りを見てみろよ…悲鳴とそれを喜々して狩って周るイクリプスと…
 血の匂いと…焼き焦げたビルの瓦礫だけが存在する街だ
 ラスベガスの人達は街を取り戻す為…家族を奪ったものに報復する為…
 ブレイブとしてモンスターと契約し…イクリプスと戦ってる…今こうしてる間も」

鍔迫り合いのさなか、ジョンは再びバルディッシュに語りかける。
武人っぽいロールプレイをする敵に、『無辜の民の犠牲』を言及するのは効果があるはずだ。
アンチロールプレイによるデバフ――
全世界放送もそうだけどコイツまじで俺のやり方に適応すんの早いな……。

>「ブレイブとして僕達の前に立ちはだかる事すらできない…足を引っ張る事しかできない自称ブレモン好きの老害が…消えろ!」
>「お前に…我の…ブレモンの何がわかる…分かった風な口を…聞くな!」

プレイヤーとしての根幹を支える『ブレモンへの愛』まで否定されれば、もうバルディッシュは黙っちゃいられない。
ジョンの指摘した、ブレモンが好きだと宣いながらこの世界を蹂躙する自己矛盾。
バルディッシュがいかに強固なロールプレイを組み上げようとも、根底を崩せば容易く揺らぐ。
俺達の勝ち筋が見える――

――『余計な事』?
ぶつかり合う前にジョンが漏らしたその言葉が、引っかかっていた。
ここまで俺のプラン通りにイクリプスの弱体化に成功してきた。
その上でジョンは、何をやろうとしてるんだ?

ジョンとバルディッシュの剣戟はもはや目に終えるスピードではなく、
金属同士の激突する音と断片的なお互いの言葉だけが耳に入ってくる。

>「雄鶏乃怒雷(コトカリス・ライトニング)…プレイ」
>「にゃあああああああああ!!」

スペルの光。
槍を取り落としたバルディッシュは防御もままならないままに雷撃を受ける。
麻痺によって十分な回避が出来ず、ジョンの打ち下ろした刃が左の顔面を切り裂いた。

「……勝負あったな」

槍に加え左目を失ったバルディッシュと、五体満足で剣を構えるジョン。
さらにバルディッシュはロールプレイの維持すらまともに出来ていない。
それが証拠にキャラデザの解像度が上がったり下がったりを繰り返している。

491明神 ◆9EasXbvg42:2025/01/26(日) 21:49:36
「ジョン、トドメを!」

俺の要請に対し、しかしジョンは油断なくバルディッシュを注視しつつも剣を振るう様子がない。
致命の一撃を加える千載一遇のこのチャンスに、なんで動こうとしない!?

「何やってんだ、あいつじきにロールプレイを立て直すぞ!」

>「くそ…エンバースの事とやかくいえない立場になってしまったな…明神…ごめん」

その言葉で、俺はジョンが何をしようとしているか、なんとなく察してしまった。

>「明神…僕はブレモンの先輩を…老害や半端者扱いしたまま殺すなんて…僕にはそんな事できなかった
 ごめんね…明神が恐らく考えてた道筋とは真逆な…道を僕は行くことになると思う…それでも…
 バルディッシュに関しては…責任持つから…できる限り…うん」

エンバースと同じように、敵に塩を送ろうとしている。

>「解釈違いにしかならない…ブレモンを滅ぼすイクリプスの心と…愛するブレイブとしての心を…
 矛盾したその二つを…持つことが…本当にできるなら…他のレベル5より…強くなる…そう思わないかい?」

――眼の前のイクリプスに、新たな進化を促そうとしている。

「……ああクソ、そういう感じか。分かってんだろうなジョン。
 そいつはカザハ君たちのライブをぶっ壊しに来たんだ。
 全世界配信、俺達が逆転しうる最大のチャンスを潰しに来たんだ。
 そいつが今より強くなっちまったら、今度こそ手がつけられなくなるかも知れねえんだぞ」

俺達の持ち場はセンターの死守。
戦線の瓦解は、ミズガルズの完全敗北を意味する。
唯一見いだせた勝ち筋を自ら放棄し、敵のパワーアップを見送るなんざ、あり得べからざることだ。
それでも――

「分かってやってるんなら――責任を持つなんて、水くせえこと言うなよ。
 SSSに浮気しやがった上位存在サマにもう一度、ブレモンを楽しんでもらおうぜ」

俺は指を弾く。ロールプレイの一環で設定した能力切り替えの精神的なスイッチだ。
バルディッシュに付与していたアンチロールプレイの呪縛を解除した。
輪郭のブレが収まり、解像度が安定する。バルディッシュがレベル3へと戻っていく。

>――『運営が…神の力がどれだけ強かろうと…存続を認めさせる。エンバースの言う通り…力を見せてやるんだ…
   僕達の世界の…ブレイブ&モンスターズの!!』

世界だけじゃなく『ブレイブ&モンスターズ』を救う……だろ、ジョン。
バルディッシュを、『ロールプレイの矛盾を論破された雑魚』で終わらせない。

>「我の道は決まった。…否!道は決まっていた!我が心に慢心があった故に…見失ってしまった
 だが今なら…自分の未熟さと向き合い慢心をこの左目と共に捨てた今なら…鮮明に見える」

「……潔いじゃねえか。片目無くしてその余裕、強キャラっぽい感じがするぜ」

バルディッシュの槍が虚空を凪ぐ。
届くはずのない距離で、風の巻く音が聞こえた。

>「…!やばい!明神!避けろ!!」

「うおおおおおっ!?」

ジョンの警告に弾かれるようにして身を伏せる。
頭のすぐ上を光と圧が擦過していく。
すぐ後ろの壁が、バターのように寸断された。

492明神 ◆9EasXbvg42:2025/01/26(日) 21:50:08
この斬撃は――星光を取り戻しやがったか!
それだけじゃない。バルディッシュからは、ロールプレイが万全だった頃よりもずっと濃密な圧力を感じる。
自己進化。ジョンの目論見通り、イクリプスとしての存在をもう一段踏み上がった。

>「ガハハハハハハハハ!!!我はイクリプス・クラス『貫く流星(シューティングスター)』――バルディッシュ。
 神をも否定し…世迷い事を吹き続ける愚か者共よ…その言葉…その力を…想いを我に見せ…証明してみせよ!!」

瞬間、バルディッシュの姿が眼前から消えた。
後に残る陽炎と、センター全域を洗うような暴風から、起こった現象にアタリがついた。

――星光の爆圧を推進力とした高速機動!
『導きの指鎖』が左を指す。咄嗟に左腕で上体をカバーする。
瞬間、激痛と衝撃。バルディッシュの振るった槍の柄が、俺の左腕にめり込んでいた。
ふっ飛ばされる。

「ぶべぇっ!?」

弾かれたピンボールのように床を滑り、へたり込むアヤコの近くまで転がった。

「アレが視界を彷徨けば、貴様は庇いに行くであろう、ジョン・アデル。
 それでは吾輩がつまらぬのでな。この死合に余人は無粋!暫し戦場から消えてもらった!」

「クソ……あの野郎……人を護衛対象のNPCみてーな扱いしやがって……」

今の一撃、バルディッシュは容易に俺を殺せたはずなのに、あえて柄でぶん殴って吹っ飛ばすに留めた。
俺を戦場に巻き込めば、流れ弾なんかから俺を庇うためにジョンが不利になると分かっていて。
あえて俺をフィールドから除外した。

『タイマンを望み』、『死合の相手以外は殺さない』。
武人のロールプレイの重ねがけだ。ジョンと1対1の理想的なフィールドを作り上げた。

「……吾輩のこの名には、教官の格別な思い入れがあってな。
 まぁ正味な話をすれば、教官が以前から使用していた魂の名を丸のまま流用しただけなのだが」

戦場の整理が済んだバルディッシュは、やおら握った槍に手を添わせ、語り始めた。
なんだこいつ、何を説明してる?
ロールプレイ強化の設定開示――には見えない。
『このキャラ名はプレイヤーが使ってるハンドルネームそのままなんすよ』みたいな、
中の人の素を出すような情報はロールプレイの没入度を下げるだけのはずだ。

だが、バルディッシュのレベルは下がっていない。解像度は高いままだ。
何かをロールプレイしようとしている。

「――由来となったのは、教官がブレモンで愛用していた武器の名だ」

槍を包み込むように星光の渦が迸る。
それは槍を強化する光というより……羽化寸前の繭のように見えた。
中身を溶かし、分解し、新たな存在へ進化させるための、蛹。

「我が槍よ!教官より授かりし真名もって我が敵を断ち切れ――『三日月の斧〈バルディッシュ〉』!!」

名を呼んだ瞬間、槍を包んでいた光が弾けた。
光の向こうから姿を現したのは、バルディッシュがこれまで握っていた槍ではなく――
長柄の先端側面から巨大な三日月状の刃を張り出した、戦斧だった。

493明神 ◆9EasXbvg42:2025/01/26(日) 21:50:36
「や、やりやがった……やりやがった、あいつ!
 気をつけろジョン!そいつの持ってる斧は……ブレモンのユニーク武器だ。
 バルディッシュの野郎……『武器』にロールプレイを適用しやがった!!」

三日月斧、バルディッシュ。
中世の東欧ロシアあたりに実在した戦斧の一種だ。
その名の通り三日月型の刃が特徴で、斧でありながら斬撃だけでなく月の尖った部分による刺突が可能。
長柄武器としては極端にトップヘビーであり、慣性の乗った一撃は全身甲冑も容易く引き裂いたという。

そしてブレモンにおいても同名の武器が実装されている。
STRとDEX両方に高い数値が要求される代わりにバカ高い威力と斬撃刺突の2属性攻撃が保証される。
何より刃には月神の祝福が込められていて、月齢のごとく刃の形状を変化させられる。

システムを理解すればするほど強く扱えるという玄人好みの特徴から、
古代遺物でも神代遺物でもない普通の武器でありながらレイド用武器の最適解に入ってくる武器でもある。

――イクリプスはタロットバフとレア武器の存在でさらにレベルを上げる。
バルディッシュはタロットの加護を得ている一方で、ガチャではアタリを引いていなかった。
レベル4止まり……そのはずだった。

進化したんだ。ジョンの言葉通りに、イクリプスの新しい段階へと踏み入った。
『ブレモンを知る教官から授かった』というロールプレイによって――
SSSに存在すらしないブレモンのユニーク武器を再現した。

「ガハハハハ!吾輩はブレイブでありイクリプス!この身の中に、どちらも欠けてはおらぬ!
 相反する二つの力を両翼として……ジョン・アデル。貴様に届こう!!」

バルディッシュの背後に『月』のタロットエフェクトが出現する。
ロールプレイが回復したことでタロットバフも十全に使用可能になってやがる。
それだけじゃない。月神の祝福を受けた三日月斧は、月のタロットとも相性抜群なはずだ。
そういう関連付けには説得力がある。

「ブレイブの流儀に則り宣言しよう――デュエル!!」

ジョンのもとへ、星光を身に纏ったバルディッシュが駆ける。
唐竹割りに打ち下ろされた刃は、手元で巧妙に握りを変えて、うねるような軌道でジョンに迫る。

あれは――『流刃〈カレントエッジ〉』。
ただの槍術や斧術じゃない。ブレモンの斬撃スキルだ。

「ブレモンのスキルを……イクリプスが使いやがっただと……!?」

「ガハハ!何を驚くことやあらん!吾輩はブレイブだと申したはず!!
 教官より授かりしは斧だけではないぞ!!」

バルディッシュが三日月斧を振り回す。
星光の尾を引く回転はやがて風を生み、局所的な竜巻を発生させる。
『渦潮の槍〈メイルストロム〉』。これもブレモンの槍スキルの一つだ。

「SUNO-GPT、記憶喪失ビルドは我らにとって革新的な発想であった!
 背景設定に製造者――『教官』の概念を導入することでロールプレイの自由度は飛躍的に向上する!
 『我が教官はかつてブレイブだった』……このようにな」

スノウだの記憶喪失だのが何のことを言ってるのか知らんが、要旨は理解できた。
バルディッシュは自キャラだけでなく、プレイヤーである教官の設定も作り込んでいる。
『教官のロールプレイ』によって、『ブレモンを知る教官とそのイクリプス』という設定を成立させた。

教官から貰ったって設定でブレモンの武器を持てるし、教官から教わったスキルも使える。
ブレイブとイクリプスの力を、矛盾なく共存させられる。
中の人の素が出てきてもそれはロールプレイの範疇ってわけだ。

494明神 ◆9EasXbvg42:2025/01/26(日) 21:52:04
おそらくこれまでは、あえてやってこなかった手段だったんだろう。
イクリプスとしてミズガルズを滅ぼすなら、ブレイブという設定は足かせにしかならない。
しがらみを解き放ったきっかけは――考えるまでもなく、ジョンの言葉だ。
あいつの熱が、バルディッシュの最後の導火線に火を付けた。

ジョンお前……マジで……死んだら恨むぞ。
見ろよバルディッシュのあのクソ楽しそうな顔!
俺達がクソゲーに変えちまったSSSを、心から楽しんでやがるじゃねえか。

「あークソ、バルディッシュの野郎、一人だけ良い空気吸いやがって……」

ぶん殴られてふっ飛ばされて、今は体が動かん。
多分元気いっぱいの状態でもジョンとバルディッシュの戦いに横槍は入れられまい。
余波だけで消し飛ばされちまいそうだ。

「バルさん……」

隣でアヤコが立ち上がれないまま戦況を見守っていた。

「何観戦モード入ってんだよアヤコちゃん。
 ロールプレイが解けたまんまだよ?ぼっ立ちしたまま眺めてるだけで良いの?」

「激ウザ……どうせロールプレイし直してもアンタが解除すんでしょうが。
 ロールプレイなしじゃアンタらブレイブを殺せない。自分はここで詰みっすわ」

「やだねぇ死んでもリスポできる連中は諦めが早くて」

「あのさぁ……ロールプレイの設定めっちゃ頭捻って考えてんすよ自分らは。
 アンチかなんか知らんけど茶化して否定されんのまーじでムカつくんすからね。
 何が量産型のヤンデレだよ……カッコいいだろ炎君……」

根に持ってるゥ!
まぁね、若干申し訳ない気持ちはありますよ俺にも。
ソシャゲのキャラを『絵じゃん』とか抜かす馬鹿はぶん殴ってやりたいもん。
『絵』と『火力の高い絵』の区別もつかねえヌーブ共がよ……

「……ま、良いんすよ自分は。バルさんがああやって楽しんでくれてれば。
 ブレモン終わってずぅっと意気消沈してんの見てらんなかったっすもん。
 無理くりにでもSSSに誘って良かった」

「複雑な気分だな……そんな付き合いでやってますみてえなモチベで殺しに来られてたのかよ俺達は」

「アンタらの内情なんか知らんけど……ゲームやる理由なんてそんなもんでしょ。
 『フレンドと遊びたいから』――そういうので、良いんだ」

剣戟の趨勢に変化があった。
ジョンとバルディッシュ、拮抗したぶつかり合いの天秤は、少しずつバルディッシュに傾きつつある。
三日月斧の乱打の密度がどんどん上がっていく。

「君の言う通りだよ……ジョン。本当は、ブレモンを終わらせたくなんて、なかった」

バルディッシュの口から『教官』の言葉が発せられる。
教官を巻き込んだロールプレイによって、もはやバルディッシュの姿が揺らぐことはない。

495明神 ◆9EasXbvg42:2025/01/26(日) 21:52:36
「今こうして、ブレイブとして戦えて、改めて分かった。
 楽しい。こんなにも楽しい!この時間をいつまでも終わらせたくない!!
 ブレモンが最高のゲームだって、みんなに知ってほしい!!」

横薙ぎの一撃が非業の剣に火花を散らし、刃こぼれを生じさせる。
石突で足払いをかけ、豪雨のような刺突を降らす。

「ブレモンを……諦めたくないよ……!!」

ラッシュのさなか、バルディッシュは左手を掲げた。
そこに一枚のカードが舞い降りる。
タロットカード――じゃない!アレは!

「スペル――『蓋のない落とし穴(ルーザー・ルート)』、プレイ!」

スペルカードだと……!?
ブレイブの力はスキルだけじゃない。スペルも使えたっておかしくはない。
使用したのはエンバースも持ってる巨大落とし穴生成のカード。
センターの床が地割れのごとく開き、飲み込まれたジョンとバルディッシュが落下していく。

「ありがとう。ブレモンを、もう一度最高のゲームにしてくれて。
 『地球を裏切った元ブレイブのイクリプス』――私に最高の悪役をロールプレイさせてくれて」

自由落下のさなか、星光噴射で巧みに姿勢を制御したバルディッシュは、
刃の切っ先をジョンの胸元に突きつけて、叫んだ。

「流星槍術――『隕月』!!」

戦斧の石突から波濤のごとく星光を噴射し、バルディッシュは一筋の流星となる。
光はジョンを飲み込み、そのまま地割れの底まで光条を描いた。


【『元ブレイブの教官』をロールプレイすることでブレイブとイクリプスの力を両立。
 ブレモンの武器やスキルを使いながらジョンを追い詰め、落とし穴スペルの底へ二人で着弾】

496ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2025/01/30(木) 02:20:47
目の前には眩い光を纏ったバルディッシュ。
後ろを見れば切断面など一切ないにも関わらず切断された壁。

…ほんのちょっとだけ自分の行いを後悔していた。…いやちょっとだけだよ…ホントダヨ
まあ…でも…これで先輩が不貞腐れて…大切なブレモン古参プレイヤーを…あんな形で失うのは避けれた。

「さてバルディッシュ…正々堂々…」

「しばし待て」

武器を構える僕に待ったをかけ…僕が混乱し思考が止まった瞬間にはその場から消え

>「ぶべぇっ!?」

明神がはるか遠くに吹き飛ばされる。

「明神!?」

>「アレが視界を彷徨けば、貴様は庇いに行くであろう、ジョン・アデル。
 それでは吾輩がつまらぬのでな。この死合に余人は無粋!暫し戦場から消えてもらった!」

「…なるほど」

まずい…思いっきり明神と共闘して倒そうと思ったのに…いきなり計画頓挫しちまったぞ…

>「……吾輩のこの名には、教官の格別な思い入れがあってな。
 まぁ正味な話をすれば、教官が以前から使用していた魂の名を丸のまま流用しただけなのだが」

心の中はまったく穏やかではない僕の心を知ってか知らずか…バルディッシュは話を始める。
お?ここにきてロールプレイの宣言?…ん〜…でも正直今から説明されても…【白ける】よな…そんな事するターンはもう終わった感じするし…

何か考えがあるのか?

>「――由来となったのは、教官がブレモンで愛用していた武器の名だ」

ああ…わからないけど僕の直感が告げてる…すご〜〜〜〜〜〜く嫌な予感する。

>「我が槍よ!教官より授かりし真名もって我が敵を断ち切れ――『三日月の斧〈バルディッシュ〉』!!」

>「や、やりやがった……やりやがった、あいつ!
 気をつけろジョン!そいつの持ってる斧は……ブレモンのユニーク武器だ。
 バルディッシュの野郎……『武器』にロールプレイを適用しやがった!!」

一見すれば繭のようにも見える光に包まれた槍は気づけば斧を形づくり…顕現する。

「戦斧って…鎧砕く為の武器だろ…?対人戦には不向きなんじゃないかな〜って…」

斧をしっかりと…バルディッシュが握ると纏う雰囲気が…更に変わる。

そういえば…エンバースが武器とカードが…どうとかいってたっけ……じゃあ。
今のバルディッシュは…最高の高みにたどり着いたって事?…自分のケツ…ちゃんと拭けるかな…?

497ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2025/01/30(木) 02:20:59
>「ガハハハハ!吾輩はブレイブでありイクリプス!この身の中に、どちらも欠けてはおらぬ!
 相反する二つの力を両翼として……ジョン・アデル。貴様に届こう!!」

クソが…ここまで来て何をビビる事がある…!やる気をだせジョン!ブレモンの何たるかを…元先輩に見せつけてやろうじゃねーか!

「御託はいい…!かかってこい!」

>「ブレイブの流儀に則り宣言しよう――デュエル!!」

バルディッシュの一撃は…確かに強く…重くなったのだろう…しかし!その分動きが若干鈍く…!
そして!何より!槍と違って先端が加速するような錯覚をさせるような武器ではないのだ…斧は!
いくらステータスが高くなっていようと…食らわなければ…!?

避ける直前…まるで鞭のように…いや…通常の武器や振り方ではあり得ない…!斧はうねり…軌道をかえた!

ガキイン!

僕も本来はバルディッシュを切りつける為に用意していた剣を急遽体勢変更しガードに転じる。
しかし急遽ガード体勢になった事…バルディッシュの一撃が僕の予想を遥かに超えるほど重かった事により…僕の体は吹き飛ばされる。

>「ブレモンのスキルを……イクリプスが使いやがっただと……!?」
>「ガハハ!何を驚くことやあらん!吾輩はブレイブだと申したはず!!
 教官より授かりしは斧だけではないぞ!!」

体勢が崩れ…地面に足をつける前にバルディッシュが起こした竜巻に飲まれ上空に打ち上げられる。

>「SUNO-GPT、記憶喪失ビルドは我らにとって革新的な発想であった!
 背景設定に製造者――『教官』の概念を導入することでロールプレイの自由度は飛躍的に向上する!
 『我が教官はかつてブレイブだった』……このようにな」

空に打ち上げられた僕に下から高速で突っ込んでくるバルディッシュ。
位置関係は僕の有利だ…だがなんの準備もなく空中にいる僕と…全身全力の力を込めてそれを突き上げる構えのバルディッシュ。

このままいけば…僕が肉塊になるのは…誰の目からも明らかだった。

「部長!雄鶏疾走!プレイ!」

加速した部長がビルの残骸から高速で登ってくる…だが間に合わない!

「…頼むから折れないでくれよ!!」

ガキイン!

刀と斧がぶつかり合う音がなる。幸いここは空中だ…勢いを逃す手段は豊富にある。
今まで戦ってきた経験を…知識をフルに動員し…大きくわざと吹き飛ぶ。

「はあ…はあ…こんなのもう曲芸のレベルだぞ…!何回も付き合ってたまるか…!」

地面に降りて呼吸を整えようとする僕にバルディッシュが急速に接近してくる。

「雄鶏乃栄光プレイ!…もういっちょプレイ!」

切れたバフを掛け直しバルディッシュがいる方に構え直す。

「舐めるな!この僕に…一度使った技が通用すると思うか!」

またうねる斬撃を受け止めバルディッシュに蹴りを浴びせる。

498ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2025/01/30(木) 02:21:25
その後の切り合いは拮抗していた。
ブレモン…そしてSSSのイクリプスとしての能力を両方使えるバルディッシュ相手に部長と共に一歩も引かない戦いを繰り広げた…

「バルディッシュ…君の動きは…綺麗だな。」

ステータス差が圧倒的なのにも関わらず…拮抗できていたのにはワケがある…余りにも…今のバルディッシュは動きが洗練されすぎていたからだ。

これは弓道のような相手が人じゃないアスリートによくある現象で…同じ動きを何千回何万回と繰り返すことで
無駄な動きを省き、効率化され、そこから更に洗練された結果…例え素人が見ても圧倒されるような境地にいたる。

恐らく…何千回…何万回と…それこそ魂にまでその動きが焼き付くぐらい…繰り返してきたのだろう
高みを目指す者の一種の終着点と言ってもいい。もちろんスポーツの範疇ならだが

どこをどう切り取っても絵に…芸術になるその振り方…立ち回りは…逆に僕のヒントになる。
最適化されているのだから…無駄のない動きは…戦場では最も正解に近い不正解になりえる。

ゲームのモーションをふわっと覚えてる人間は無限にいるだろう。
だが…完全に再現できるほどに…記憶している人は何人いるだろう。

バルディッシュは…ブレイブ&モンスターズというゲームの中で繰り返してきたんだ…絶望してブレモンを去るその直前まで…。

決して単調なわけではない…言葉ではうまく説明できないが…とにかくバルディッシュの魂に染みついたブレモンの心が…僕にバルディッシュの攻撃の軌道を教えてくれる。
その斧がバルディッシュである限り…そして目の前のイクリプスが…バルディッシュである限り…この拮抗は…簡単には崩れない

のはずだったが…バルディッシュの斧が…僕を捉え始めている。

「順応…し始めてる?」

普通なら一度染みついたクセを抜くのに莫大な時間が掛かる。
それこそブレモンをきっと僕の何十倍もやってるバルディッシュの魂にまで染みついているようなクセは…並大抵に抜けるような物ではない。

今までの自分を捨てるようなものだからだ。

>「君の言う通りだよ……ジョン。本当は、ブレモンを終わらせたくなんて、なかった」

僕は舐めていた…ブレモンとしての先輩を。
ブレモンを最初から最後までやりこんだプレイヤーを。

>「今こうして、ブレイブとして戦えて、改めて分かった。
 楽しい。こんなにも楽しい!この時間をいつまでも終わらせたくない!!
 ブレモンが最高のゲームだって、みんなに知ってほしい!!」

おおよそバランスが悪い部長しか使ってこなかった僕は見落としていた。

普通のプレイヤーにとってバランス調整で立ち回りを常に変える事など日常茶飯事だったという事。
やりこめばやりこむほどバージョンごとに立ち回りを一から変えるなんていうのは当たり前であり…強い行動をいち早く見つける事などやはり造作もない事

最も強い行動を…誰よりもはやく見つけ…最もうまく…素早く適応できるのが…ガチ勢なのだと。

>「スペル――『蓋のない落とし穴(ルーザー・ルート)』、プレイ!」

「…やば」

落とし穴に落とされ…目の前に刃が迫る今になって気づくなんて我ながら滑稽だ。
もっとはやく気づいていれば…次の瞬間にやってくるであろう一撃を回避できただろうか。

>「ありがとう。ブレモンを、もう一度最高のゲームにしてくれて。
 『地球を裏切った元ブレイブのイクリプス』――私に最高の悪役をロールプレイさせてくれて」

刃の切っ先を胸元に突きつけられた僕には…

「感謝するのは…僕に勝ってからにしてくれませんか?先輩」

強がりを言う事しかできなかった。

>「流星槍術――『隕月』!!」

499ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2025/01/30(木) 02:21:42
「オエ…ゲホ…ゲホ…」

「この高さから落下して…胸に穴が開いたのに…生きてるなんて…言っちゃ悪いけど君こそイクリプスかなんかじゃないの?」

とっても心外な事を言われたが…今は言い返す余裕がない…。

「雄鶏源泉!…プレイ!」

おっこちてきた部長に噴水を出してもらいその噴水の中に体を投げ入れる。
バルディッシュはまだこの戦いを終わらせたくないのか…様子見をしている。

「………ふむ…回復が終わったらまた死合うとしよう」

ふざけんな!傷が治っても流れ出た血は戻ってこねーつーんだよ!!
いくら永劫の祝福があったって血が急激に増えるわけではない。

自分が蒔いた種とはいえ…これ以上時間をかけるわけにはいかない。
地下に落ちてきた影響でカザハのバフが薄れている…ただでさえ力関係がハッキリしているのにこれ以上戦いが長引くのは避けたい。

「作戦会議タイム!」
「にゃ!」

「…認める」

とはいえ…どうすればいい?…落ち着け…まず一つずつ整理していこう。
僕は噴水を頭から浴びながら部長のお腹をワシワシと撫でながら思考に耽る

まず一番重要なのは地上に出る事だ…これが出来なきゃこの地下は僕のお墓になるだろう
しかし出る為にはバルディッシュを何とかしなければいけない。

明神の助けは…期待できないか…まだアヤコが残ってるしな…。

あれ詰んだ?…まて思考を止めるのはまずい

今のバルディッシュ切り合うのは無理だ。シンプルに適応してるのもあるが…いくらなんでも今日一日で血を失いすぎた。
カザハやおせっかい焼きの母の永劫の加護があるとはいえ…さらに炎君のバフがあるとはいえ…限度がある。
祝福、回復魔法でも…回復薬でも…失った血はすぐには帰って来ない。

そして何より!バフとか関係なくカザハに会いたい…なんだかもう永い事会えてないような気分になっている。

…それに明神がいなければ泥仕合をしたって痛い思いをする時間が長引くだけだ。
となればさっさと決めるしかないが…。

「…えい!」

カキン!

不意打ちで放ったナイフはいとも容易く斧の一撃で撃ち落とされる。
例え今のバルディッシュに不意打ちを完全に成功させても攻撃が当たらない事は考えなくてもわかる事だった。

「それ以上ふざけるならば…」

「ごめん。ごめんって…ちょっとまって」

外にでて…それと同時にバルディッシュに回避不能の攻撃を放って…倒す。
僕の身体能力をフルに使って攻撃を当てれないような相手に…?

できるのか?僕に…?

「にゃ!」

いや…やるんだ!バルディッシュの為に…僕達の為に…カザハの為に…!

500ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2025/01/30(木) 02:21:56
「覚悟は決まったようだな」

イブリースとはまた違ったオーラを放つバルディッシュの前へ立つ。
強敵は何回も倒してきた。どれも決して楽な敵じゃなかった。

けど僕達は勝ってきた…僕達は決して諦めなかったから。
不可能を可能にしてきたから…。

「なゆを助けるなら…世界を救うなら…僕だって不可能と呼ばれた事を一個ぐらい可能にしなくっちゃあな」

外にでる…そしてバルディッシュですら回避できない攻撃をお見舞いする。
この二つの条件を一度に満たせる方法ならある!僕が…僕達だけが使える手段が!

「その心意気や…善し」

僕はスマホを取り出し…スペルを使う…対象は部長だけでいい…僕にはもう…いらない

「雄鶏乃栄光!そして雄鶏示輝路!」

ローウェルの指輪強化効果で味方にしか使えないという弱点を克服した次のスペルの効果を二倍にするというチート効果。
そしてその二倍の効果で呼び出すのは…もちろん…!

「雄鶏乃啓示!プレイ」

「にゃああああああ!」

地上に向けた発射された2倍版…さらには指輪で強化された太陽は地上の大穴付近だけではなく地下を照らす。
イクリプスには沈黙は聞かないだろうが…そんな事はいい!バフさえあればいい!

「…これが最後か……」

名残惜しいのは僕だって同じだ…だが僕は一刻も早くカザハに会いたい!…だから今…ここで決める。

僕は勢いよくパーカーの袖をめくると部長の前に右手を差し出す。

「なっ…!?」

ずっと思っていた。モンスターには実際のゲームとは違い低級モンスターであろうと明確な個としての意志がある。
だがみんな口をそろえてここはゲームの世界だという。

部長は僕を助ける為に僕を裏切ってなゆ達と僕と戦った。
ゲームならあり得ない事だ。例えその主人が暴走していたとしても……なんであれ主人を攻撃するなんて

ここはブレモンであってブレモンじゃない世界……そんな哲学みたいな問答的なことには興味なんてないが…一つだけ分かる事がある。

恐らく初期から全力でブレモンをやりこんだガチ勢ですら…知らない事が起こりうるという事。
ここはブレモンであってそうじゃない!理屈とかどうとか馬鹿な僕にはわからないがそれだけはわかる!
そして部長にはその兆しがあるという事…!部長には…本来のゲームでなかったはずの進化がある…!

その確信が…僕にはある!

カザハの攻略本のモンスターナンバーに抜けはなかった…それでも…あると…僕は断言できる。
効率だとか…これはこうだからこう!みたいな考察だとか…そんなんじゃない…口にすれば笑われるだろう…ただの直感だ!

没データや進化案…それに現実が織りなす奇跡…それが一つもないだなんて僕は思わない…このブレモンだって最初は…創造主の愛で満ち溢れていたはずだから

【エンジョイ勢乙ww】【もっと調べてからコンテンツこいよカスただでさえザコモンス連れてんだからよ】

この世界に来る前から部長を使い続け…罵詈雑言浴びせられても…この世界にきてからも部長と一緒にここまで旅してきた。
どれだけ馬鹿にされても…!いつも一人と一匹で一緒に訓練してきて…強敵だって何人も倒してきた…!苦しい事!楽しい事!悲しかった事!いくらでもあった!
部長の僕じゃ役に立たないという後悔を僕はいつもみてきた…僕や仲間がなんと言おうと部長は気にした!そんなのあんまりだ!…僕は部長は強いって信じてる!…だから

「齧れ!部長!」

「にゃああああ!」

501ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2025/01/30(木) 02:22:14
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【進化の条件って知ってます?】

進化の条件?さあ…部長はレベル?が上がれば進化するんじゃないんですか?

【ええっと………ソレには進化はないですよ…それでも使いたい?…とりあえず強くなるためにじゃあ●●ってアイテムはありますか?それがないと機能が…】

ソッ……む………解放してないです…とりあえず見つけた物から先に消化してるので

【ではこのダンジョンに潜って…】

なるほど…でも…僕面白そうだから先にこれやってみたいんですけど

【そこは今だと効率悪いですよ!●●をやって△△にいって□□やりましょう!】

でも僕は…これが今やりたいんです…

【それは初心者向けじゃなくて〜上級者向けなので全然分からないと思いますよ。どうしてもやりたいならパートナーモンスターも変えないと…】

それ以外でなんとかなりませんか?

【あのねジョン君の為にいってんの!そんなんじゃゲーム楽しめないよ!】

…もういいです…自分で色々やってみますから…今までありがとうございました。

【今まで親切にやってきてやったのに!なんで俺の話がきけないんだ!】

…なんでゲームなのに他人をいちいち気にしなければいけないんですか?

【チッ…ゲームに興味がないならさっさとアンインストールでもしろや!】

………

●●さんがフレンド削除されました。
□□さんがフレンド削除されました。

●□△ギルドを追放された為脱退処理されました。

………


なんでだろう…。


なんでダメなの?




誰も…信じてくれないかもしれないけど…僕は…


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

502ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2025/01/30(木) 02:22:55
部長の牙が右腕に突きたてるが…だが破るには至らない。

「にいいいいいいい!」

部長の踏ん張りも空しく牙は僕の青白い皮膚を突破できない。
元々の攻撃力の低さをいくらバフで何倍にしても…容易い事ではないのは分かっていたが…

「がんばれ部長!部長ならできる!必ず!自分が信じられないなら主人である僕を信じてくれ!」

「君は…一体何してるんだ!?自分の相棒に自分の腕を食わせようとするなんて!?」

部長の進化に…奇跡に足りないのは…圧倒的な力…!それも十二階梯の継承者クラスの…!
そんなもの普通は都合よく用意できないが…!僕にはお節介焼きの自称母が与えた僕の右腕に宿る永劫の力がある…!

「君のその腕の色…力を感じるその薄青紫色……まさか…君はヴァンパイア…?いや…でも腕以外は…?!ていうか…まさかオデットの力か!?
あの不死身モンスターの!?…なんで人間の腕がそんな風に…?いやそれより!
やめろ!弱いモンスターにそんな生命そのものみたいなトンデモな力を操る奴の祝福を帯びた肉を与えるなんて!!自分の相棒を自分で殺す気か!?」

本来ウェルシュ・コトカリスにはそんな力の一かけらだって受け入れる強さはない。
実際バフを得た部長ですら色んな要因で強化されたとはいえ…人間の手足にすら牙を突き刺し肉を抉る事だってできないのだから

でもこの短いようで長く…楽しかったようで一杯辛い思いをしたこの旅で…部長は成長し…祝福を受けるに足る器ができたはずだ。
努力したから必ず報われるという事はない…けど!部長は報われるだけの旅をしてきたんだ!

「オデット!本気で…僕の事を息子だと思ってくれているなら…今だけ…これだけでいい…!願いを叶えてくれ!!!僕の全てを…部長に!」

だめだ…!牙が通らない…!僕じゃダメなのか…!?僕と部長じゃ…バルディッシュに…真の希望を見せる事はできないのか?
このまま…ブレモンの先輩を『地球を裏切った元ブレイブのイクリプス』のまま…このラスベガスに置いていくなんて…そんな…だめだ!そんな事!

バルディッシュの中の人を…そんな一夜限りの偽りの光の中に残していく事は…絶対に許されない!!僕が先輩に見せたいのは…そんなんじゃない!!

「えっ…!?」

その時…僕を纏う炎が僕の元を離れ…部長を包み込んだ。

ツプ

そして…牙が少し皮膚を貫いた。

「ッ!!」

ゴクン

部長は僕の肉をそぎ取り…その血と肉を咀嚼し…飲み込んだ。
その瞬間バルディッシュは吹き飛ばされ、僕は不思議な力によって守られる。

「なんだ…!?何が起こってる……??…!!!…いやそんなまさか!…ありえない!ウェルシュ・コトカリスの進化は…存在しないんだ!」

地下に吹き荒れる強烈な風が収まり…埃が晴れ…そこにいたのは…。

ニャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!

その時…世界に…新しいモンスターが誕生した。

大きさは…昔戦ったクマくらいだろうか。百獣の王を彷彿とさせる黄金のたてがみという若干コーギーっぽくない要素を含みつつ…しかし基本的な形は胴長短足のゴーギー体系
そして…それ以外はコーギーの毛並み毛色の基本は残しつつも…たまに薄青紫色の毛が混ざっている。
炎のオーラを纏い…口を開けば獣の牙というより吸血に適した形…恐らくオデットの種族…ヴァンパイアの能力を受け継いでいるのだろう

何よりも目を引くのは背中に生えた立派白い翼。

それでいてにゃあと鳴く…炎君としての力も含めた僕の力と…永劫の力を受け継いだ部長の新しい姿が…そこにあった。

「名づけよう…君は…君の種族名は…」

「ヴァンパイア・コトカリスだ!」

503ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2025/01/30(木) 02:23:06
「………」

バルディッシュは目の前の現実を受け止めるのに時間を掛けているようだった。
それはそうだろう…見た事も…聞いた事もない…予想した事すらない新モンスターが目の前にいるんだ…ガチ勢であればあるほど目を点にするに違いない。

「さっき最高のゲームにしてくれてありがとって言ってましたよね…先輩!…僕が先輩のあんたに送る最高は…まだこれからだ!」

部長の背に跨り…意外といや…かなり…ふわふわしてるな…いやいや今そんな事気にしてる場合じゃない!

僕はスマホを取り出す

「ジョン…君は…どこまで…」

「僕は…みんなの希望になるって誓ったんだ!それは先輩!あんただって例外じゃない!もし本当に…サービスが終わる事が決まっていたとしても…!
どんな事があっても諦めるなんて…もうやめようだなんて…!あんたにそんな事二度と思わせない一撃をくれてやる!だから僕を見ろ!部長を見ろ!…戦え!!!」

項垂れていたバルディッシュは武器を構え直す。

「は…ははは………ガハハハハ!!まさか敵にまた諭される事になるとは!!まったく…まったく…最高だな!
なら…我も全力を持って答えよう!『我今だけは天下無双成!(ショート・アンパラレルド)』プレイ!」

「雄鶏絶叫!雄鶏疾走!プレイ!覚悟はいいか…!せんぱ…バルディッシュ………バルさん!」

「…っふふ!………よかろう…こい我が友…ジョンよ!」

僕とバルディッシュは…出会ってから今まで時間にしてみれば30分もなかった。
それでも…僕達の想い通じ合っていた。ブレモンを…誰よりも今この瞬間ブレモンを楽しんでいるのは俺達だぞと。

「全力全開!突撃だ!部長!」

「にゃああああああああ!!」
「流星槍術――『臘月』!!」

正直バルさんからしてみればこの攻撃は回避という選択ができる類の攻撃だろう。
いかにスピードが早かろうとそれだけで攻撃が当たるほど…バルさんは甘くない。
だが…バルさんのロールプレイに…いや魂にブレモンが存在してる限り…この一撃を回避する事はできない!

誰よりも特等席で新モンスターの奥義を見れる機会をみすみす逃す事はできない!!!

ドゴオオオオオオオオオン!

力と力がぶつかり合う。その衝撃は地下でなければ周りのビルやその残骸…近くで観戦していた全てを吹き飛ばしていただろう。

「飛べえええええええ!ぶちょおおおお!」

「にゃああああああ!」

バルディッシュを芯に捉えたまま勢いそのままで空に急上昇する。
その勢いは外から見る者には地面から伸びる一筋の光のように見えるだろう。

「僕は武器の名前も知らないし…スキルの名前と効果もふわっとしてるし…いまだに解放してない機能だってあるんだ…
そんなんだから…お前はゲーム好きじゃないのになんでゲームやってるんだよって…いわれ続けてきたんだ…でも…」

光は天まで…宇宙まで伸び…そして力の終着点にたどり着く。

「でも…僕は誰よりブレモンを好きなんだ…!…それだけは真実なんだ…!…僕はブレモンが好きなんだ!愛してるんだ!」

ピカッ

イクリプスの光とブレモンの力の光が合わさったその光は…スペルカードで生まれた偽りの太陽ですら照らせなかった…広大な戦場を照らすほど眩い光であった。

504ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2025/01/30(木) 02:23:26
「…!…!バルさん!…バルさん!大丈夫っすか!?」

空から落下してきたバルディッシュをアヤコは受け止める。
僕はというと部長の背に乗りゆっくりと明神とアヤコの前に降りる。

「ありがとう部長…進化直後で力に馴染んでないのに酷使して…少しここで休んでて」

心配そうに明神が近寄ってきた…色々説明したい事はある…自慢する事も。
それはもう語りたい!一晩中部長の良さに語りたい…が今はする事がある。

「僕は大丈夫だよ明神…ダメージは見た目より派手じゃない…ちょっと貧血気味ではあるけどね」

普通の色に戻った腕と消えた体の炎を明神に見せる。

「部長は…進化したんだ…僕の腕にお節介焼きのお母さんがくれた祝福のおかげでね…あと炎君の力も…名付けて!ヴァンパイア・コトカリス!
いい種族名だろ?僕が考えたんだ!…まあもしかしたら正式名称あるかもだけど…こうゆうのは命名したもん勝ちだよね?」

さて…時間があるうちに…バルディッシュに…僕の友達のバルさんに別れの挨拶をしないと。

「アヤコ…バルさんに話があるんだ…いいかな」

「気安く…!……………ッ!…わかったいいっスよ」

あれ?こんなキャラだったっけ?僕はてっきり…バルディッシュ様をこんな目に合せて話!?お前を殺しますわー〜〜〜〜ぶち殺しますわ〜〜〜!破壊の衝動ですわ〜〜〜!って言われるかと思ったのに
随分しおらしくなってしまって…ロールプレイまで解けて…明神にさぞかしいじめられたに違いない。…しゃーないちょっとフォローでもいれとくか

「話あるんじゃないんすか?………なんですその顔?てかなんで私の顔じっとみてるんすか」

フ…アイドル時代はこの魔法だけで例外なく女性は笑顔になったものよ…まあその後メンドクサイことになるから先延ばしでしかないんだけど

「明神はその道のプロだからさ…負けても仕方ないよ…それにロールプレイしてない君もかわいいよ。………いた!なんで!?いたたた!褒めた!褒めたのに!」

連続往復ビンタで頬が膨れ合った後、話すならさっさと話せっス!っと突き飛ばされてしまった。
仰向けに寝かされたバルさんの横に僕は座る。

「ひどいな顔だな…しかし君はやはり女心が分かってないな」

「ふぁ〜…明神にイジメられただろうからって少しフォローしてあげただけだってのに…」

それが分かってないっていうんだよとバルさんは笑う。

「………ありがとう…私に新しい進化と技を見せてくれて…諦めるなって言ってくれてとっても嬉しかった」

「言ったろ?…僕は全員の希望になるって…でも…フレンドに直接そう言われるのは…悪い気分じゃないね」

バルさんの体から光が溢れ出す。…バルさんの体は今…少しづつ終わりを迎えようとしていた。

「フレンドか…あはは…馬鹿だな私…どんな事があってもブレモンが一番この世で楽しい物だって…世界で一番分かってたはずなのに…」

「今からでも遅くないでしょ…いや…!むしろ今だから更に楽しく遊べる事間違いなし!」

僕達は時間が許す限り話した。
さっきまでとても殺し合いをしていた者同士には見えないほどなかよく話した。

どこが楽しかったとか…いつ始めたのか…とか…そこには殺し合いの戦場において…敵も味方もない…確かな友情の輝きがあった。
だがそんな楽しい時間は長くは続かなかった。

「どうやら…時間が来たみたい……くどいかもしれないけど何回でも言わせてジョン…それにアヤコも…
SSSに誘ってくれて…ブレモンへの愛を取り戻してくれて…本当に…ありがとう………」

消えそうなバルさんの体を起こし顔を近づける。

「おいおい…何これが今際の際みたいな空気だしてんだよ!僕はこれを最後にするつもりはねーぞ!
アンタにはニワカな知識しかない僕にブレモンを教えるって役目があるんだから!だからバイバイじゃなくて」

おでことおでこをくっつけてバルさんと至近距離で目を合わせる。

「『また遊ぼうね』だろ?【また明日】でもいーけど…明日かどうかはわかんねーからさ…
とにかくせっかくフレンドになったんだ…僕の知らない事…行くとこ…ついてきてもらうよ!だから…バルさん…またね。だ」

僕の言葉を聞いたバルさんは笑った。
…なんだよちょっとドキってしちゃったよ…カザハがいなかったら推しになっちゃうとこだったぜ。

「また…遊…ぼ…ね」

そう言い終えると同時に…バルさんは光の塵となって消えた。

【バルディッシュ撃破】
【部長がゲームには無かったはずの進化。ヴァンパイア・コトカリスへ】
【特性;周りの味方を少量回復する。直接攻撃がヒットした時体力が回復する】

505崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2025/02/13(木) 08:53:08
「でやああああああッ!!」

熾天の輝く光刃がなゆたを狙う。
なゆたは『終着駅(ファイナル・デスティネーション)』によって最大限強化された身体能力の粋を尽くし、
『星蝕者(イクリプス)』の攻勢を何とか凌いでゆく。

「ポヨリン! 『流星雨スパイラル頭突き』!」

『ぽよよよよぉ〜っ!!』

しかし、ただ逃げてばかりではない。熾天の攻撃の僅かな間隙を狙い、反撃に転じる。
熾天の『星蝕者(イクリプス)』としての戦闘性能は、なゆたを遥かに凌駕している。
が、なゆたにはそれを補って余りあるポヨリンとの連携、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』としての経験がある。
両者の実力は、まったくの互角だった。

「『分裂(ディヴィジョン・セル)』プレイ! 挟み撃ちよ、ポヨリン!」

『ぽよっ!』

スマホから素早くスペルカードを手繰り、ポヨリンを二体に分裂させる。
巧妙に死角を衝いて挟撃を狙うポヨリンを、熾天は素早い身のこなしで長い黒髪を靡かせながら回避してゆく。

「いじましい真似を……! 己の身ひとつに宿る力をぶつけ合う、それこそが正義の戦いだというのに!」

「純粋な肉体の強さでは、わたしはあなたに太刀打ちできない……だから別の力で補う。
 これだって立派な己の身に宿る力じゃない? 何も卑怯なことはしてないわ。
 それがわたしたちの――『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の! 『正義(ジャスティス)』!」

「私の科白!!」

自身の決め台詞を使われ、熾天は忌々しそうに歯噛みした。

「ポヨリンA、B! 『ツインハイドロキャノン』!!」

『ぽよよよよっ!』

『ぽよよぉ〜っ!』

大口を開けた二体のポヨリンが熾天に狙いを定め、砲口の如き口腔から高圧力の水を浴びせる。
避けられる間合いではない。並の使い手であれば直撃必至のパターンである。
だが、熾天は絶体絶命の窮地だというのにまるで取り乱すところがない。

「甘い――」

熾天の姿が蜃気楼のようにぶれる。と思いきや次の瞬間、二体のポヨリンの水流砲撃をすり抜けた熾天はポヨリンBへ間合いを詰め、
その至近に到達していた。
いわゆる『縮地』『神行法』と言われる、超高速の瞬間移動術である。

「コズモ新陰流奥義・万里一空。なんぴとも我が身に触れること能わず、そして――」

剣閃が煌めく。刹那の交錯の後、ポヨリンBとすれ違った熾天がチキ……と鍔鳴りの音を立てて光刃を鞘に納める。
と、次の瞬間。遅れてきた無数の斬撃に滅多斬りにされ、ポヨリンBは叫び声も上げられずに消滅した。

「コズモ新陰流奥義・破邪顕正――。銀星騎士団御留流、コズモ新陰流の前に敵は無し……!!」

熾天はすぐに納刀した鞘を脇に添え、居合の構えに移行した。
恐るべき手合いである。SSSでも最上位に位置するタロットカード保有者、『正義』の暗示は伊達ではない。
その身から迸る蒼い炎のような闘気に中てられ、なゆたは顎から滴り落ちる嫌な汗を左手で拭った。
今までの戦いからなゆたは彼我の実力をほぼ互角と分析していたが、実際にはそうではない。
確かに瞬間的なステータスに大きな差はないだろう、しかし長期戦となればどうか。
自身が言っている通り純粋な己の実力のみで戦っている熾天に対し、なゆたは『終着駅(ファイナル・デスティネーション)』や、
各種のバフを用いてやっと同等の戦いが出来ているのだ。
おまけに、『終着駅(ファイナル・デスティネーション)』は既に期限である三日目になってしまっている。
いつ、なゆたの寿命に限界が訪れたとしても不思議はない。

――早く……熾天を倒して、ローウェルを見つけ出さなきゃ……!

それぞれ別の場所で戦っている仲間たちのことも気にかかる。
タイムリミットが間近に迫る中、眼前の強敵を倒して『星蝕者(イクリプス)』を一掃し、
更に大賢者ローウェルの居所を見つけ出して決着をつける。

クエスト達成までの道のりは、いまだ永劫のように長く感じられた。

「どれほど抵抗しようと詮無きこと……。我がコズモ新陰流は最強無敵、銀河無双なれば」

「なぁーにがコズモ新陰流よ、胡散臭い流派持ち出して……。なんでも宇宙っぽい枕詞付ければいいってもんじゃないわよ、
 それじゃスペース一刀流とか、ギャラクシー天然理心流なんてのもあるわけ?」

「ほう。なかなか勉強しているようですね、その通りです」

「あるんだ……」

皮肉のつもりだったが真顔で返され、なゆたはげんなりした。

「宇宙剣術諸派あれど、頂点に君臨するは我がコズモ新陰流のみ。
 中でも免許皆伝となれば、その数は銀河全域にても五指に足る。
 そのひとりがこの私――御子神熾天!」

ゴウッ! と熾天の身体から剣気が溢れ出る。

506崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2025/02/13(木) 08:57:52
「アカシック・レコードに記されし我が奥義の精髄、篤と見よ!
 コズモ新陰流・秘剣――」

剣気を芬々と放つ熾天のバックに、『正義』のタロットの絵柄が浮かび上がる。
と同時、ズゥン……と熾天を中心とした周囲の空気が重量を増した気がした。

「く……!?」

身体が重い。危うく片膝をつきそうになるところを、なゆたはかろうじて踏み止まった。
スペルカード『鈍化(スロウモーション)』のようなものだろうか? 対象一名の素早さを封じるというのではなく、
ある一定の範囲内にいる者全員の素早さを減退させるようだが、この程度なら充分対処は可能だ。

「ポヨリン……! 『しっぷうじんらい』!」

なゆたはすぐにポヨリンへ指示を下した。ポヨリンのスキル『しっぷうじんらい』は必ず自分がイニシアチブを取れる、
という強力な効果を持っている。多少動きが鈍くなったとしても問題はない――
はず。だった。

「ぽ、ぽよぉ……?」

なゆたの指示で熾天へと突っかけていったポヨリンであったが、熾天との距離を詰めてゆくごとにその動きが緩慢になってゆく。
最終的には、ポヨリンは熾天の目前に迫ったところで完全に動きを止めてしまった。
しかも、突進し体当たりを喰らわせようと跳ね飛んだ体勢のまま空中で硬直している。異様な光景だった。

「これは……」

「秘剣・消息盈虚……我が間合の内で時は澱む。常よりもゆるりと刻は遅滞する――也」

なゆたは当初、熾天が相手のAGIを下げるデバフスキルを用いたのかと思っていた。
だが、それは大きな間違いだった。驚くべきことに、熾天は自身を中心とした空間の『時間』そのものを遅らせていたのだ。
熾天に近付けば近付くほど、その影響は顕著に発現する。
ポヨリンは熾天に肉弾戦を挑もうとしたがゆえ、その結界に絡め取られてしまったのだ。

「多少の遣い手であれば、私に一メートルも近付くことは出来ません。
 ここまで肉薄するとは……流石と言うべきでしょうか?」

空中に固定されたままのポヨリンを押しのけ、熾天がなゆたを見据える。
時空操作の秘術。素早さの上下に関わるバフやデバフはブレモンにも数々存在するが、
時間そのものに干渉するスキルというものは存在しない。

「ッ、スペルカード――」

「遅い!!」

なゆたは咄嗟にスペルカードを切ろうとした――が、間に合わない。
先程の縮地法、コズモ新陰流奥義『万里一空』を使い、熾天が一瞬で接近してくる。
途端に空気がどろりとコールタールのように粘つき、重く纏わりついてなゆたの全身にのしかかってくる。
あと一タップ、一フリック。
それが、限りなく遠い。

「廻天せよ、荷電粒子刀・サイクロトロン村正! コズモ新陰流奥義……斬釘截鉄!!」

ざんッ!!

澱み遅滞する刻の中では、むろん逃げることも守ることも許されない。
肉薄してきた熾天の抜き打ち抜刀による袈裟斬りを、なゆたは成す術もなく受けた。

「が―――」

胸へまともに斬撃を浴び、くの字に折れ曲がった体勢のままなゆたが停まった時の中に縛り付けられる。
鞘を垂直に立てると、熾天はチン……とゆっくり光子刀を鞘に納めた。
そして、言う。

「――正義は――勝つ!!」

「うああああああ……ッ!!」

消息盈虚が解除され、澱んでいた刻の流れが元に戻る。
と同時になゆたも自由を取り戻し、斬打の衝撃のまま大きく吹き飛ばされて地面へ叩きつけられる。
姫騎士の鎧がまるで玉葱のように易々と断ち切られ、胸からどっと血が噴き出した。

「やはり、勝者は我ら『星蝕者(イクリプス)』……旧作の登場人物などに負ける道理がないのです」

刀を左手に提げ、熾天がふぁさ……と姫カットの長い黒髪をかき上げる。
致命傷だ。熾天の愛刀、レジェンダリーアイテムたる荷電粒子刀・サイクロトロン村正はアラミド繊維をも毛糸の如く切断する。
中世ファンタジー世界の稚拙な技術で鍛造された鎧など、なきに等しい。
熾天の攻撃は確かになゆたの命を一瞬にして摘み取ったかのように思われた、が。

「……ま……、まだ……ま、だぁぁぁ……!」

歯を食い縛り、上体を苦悶に折り曲げながらも、なゆたはゆっくりと立ち上がった。
到底信じがたい光景に、熾天が瞠目する。

「なんてこと……我が渾身の奥義を、凌いだ……と?」

「ギリギリ……だったけどね……。最近、爪……お手入れしてなかったから……」

そう言うなゆたの頭上で、スペルカードが一枚使用済みになった旨の標示が出る。
『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』。瞬間的に自身を硬化させ、防御力と攻撃力の双方を上げるスペル。
本来ならばポヨリンに掛けるべき其れを、なゆたは自分自身に用いた。
伸びていた爪の分だけ、ほんの一瞬フリックが間に合っていたというのだ。

507崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2025/02/13(木) 09:02:11
「そんなことで、私が敵を仕留め損なうとは……。しかし、次はありませんよ」

再度、熾天は腰を落として居合の構えを取った。そして同時に刻澱みの秘法『消息盈虚』を展開する。

「ぐ……ゥッ……」

ずずん、と身体が重くなる感覚。あたかも水の中にいるように、夢の中で身体をばたつかせているように、
碌な動きが出来ない。なゆたは歯を食い縛った。
一度はなんとか防いだものの、次にまた同じ攻撃が来れば今度こそ凌ぐ方法はない。お手上げだ。
長年冒険を共にしてきた姫騎士の鎧はスクラップになってしまったし、スペルカードもない。
胸からの出血は止まらないし、仮に時間を停滞されなくともなゆたにはもう逃げる体力は残されていなかった。
ポヨリンが何とかなゆたを護ろうと熾天の前に立ち塞がるも、同じことだろう。
不破の奥義・消息盈虚を前に、何の打開策も思いつかない。

「崇月院なゆた。正義の名に於いて、この御子神熾天が貴方を――斬る!!」

熾天は手加減や遠慮など一切なくなゆたを撃滅するだろう。そうなってしまえば、もうおしまいだ。
今までの冒険も、未来へ繋ぐ希望も、ブレモンの世界そのものも、何もかもが無に帰してしまう。
なゆたは歯噛みした。
居合の体勢のまま、恐るべき速度で熾天が突進してくる。時間がどんどん停滞してゆく。
そして、熾天が閃光と共に刀を鞘走らせた――瞬間。

「――――!!」

今まさになゆたを斬り捨てようとした、そのとき。
どういう訳か熾天は抜き打ちの体勢のままその動きを止めてしまった。

「……?」

なゆたは怪訝な表情を浮かべた。
一方の熾天は驚きの表情をありありと浮かべると、

「……教官……!」

と、虚空を仰いで言った。

「なんと、もうタイムリミットでしたか。この風紀委員長としたことが、ついつい楽しさから羽目を外してしまいました」

《―――――》

どうやら、熾天がなゆたを斬殺する寸前に『教官』から通信が入ったらしい。

「はい。勿論、忘れてはおりません。
 『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の力量に関しては、未だ図りかねるものがありますが」

《―――――》

「勿論です。計画は依然変わりなく。大船に乗ったつもりでお任せあれ」

《―――――》

「……はい。はい。それが私の、御子神熾天の『正義(ジャスティス)』――。
 では、これより計画を遂行します」

幾度かの会話の応酬の後、通話を切ったらしく、熾天は小さく息をついた。
そして、何を思ったか構えを解いて戦闘を終了させてしまう。
なゆたには訳が分からない。

「何があったの……?」

「作戦変更です。
 現時刻を以て貴方との戦闘は終了、此れより特秘任務を開始します」 

「は?」

益々意味が分からない。
なゆたは我知らず頓狂な声を上げてしまった。
というのに、熾天はまるで斟酌しない。まるで最初から決まっていたことのように、淡々と話を進めてゆく。
そう――『最初から決まっていたことのように』。

「此れより貴方を、いえ貴方たち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を“彼の地”へご案内します」

「彼の地?」

「ええ」

何も疑問が解消されず戸惑うなゆたに対し、熾天は荘重に頷く。そして、

「そもそも私は――そのために造られ、そのために此処へ来たのですから」

と、言った。

508崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2025/02/13(木) 09:05:56
「まったく事情が呑み込めないんだけど……。
 ただ、とりあえず……回復はしてもいい、ってことなのかしら……?」

「随意に」

なゆたの問いに、熾天は短く返した。
戦闘中はあれほど明確な殺意を以てなゆたを追い詰めていた熾天だったが、戦闘が終われば遺恨は無いということらしい。
許可が得られたことで遠慮なく『高回復(ハイヒーリング)』のスペルカードを用い、斬られた胸の傷を癒す。
ただ、姫騎士の鎧とインナーは両断されてしまったため、マントを使って胸元を縛っておく。

「戦闘は終了って、どうして? さっきの様子を見るに、あなたの教官? っていう人が指示してきたの?
 わたしたちを案内するって? “彼の地”? それはどこ?
 何のためにわたしたちを連れて行くの? まさか、降伏を迫るため……だなんて言わないわよね?」

矢継ぎ早に質問する。しかし、熾天は答えない。代わりに一度かぶりを振る。

「それらの質問に、私は答える権限を持っていません。
 けれど、貴方たちが“彼の地”へと辿り着いたなら、それらの疑問はたちまち氷解する筈です。
 そして……貴方たちの目的を遂げるための方策も与えられる筈」

「!」

なゆたたちの目的、それはひとつしかない。

「ローウェルを倒す方法が……其処にあるっていうの!?」

どうやら、熾天が導こうとしている地はなゆたたち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の墓場――というような、
剣呑な地ではないらしい。
現状、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』側は完全にローウェルに翻弄され、後手後手に回っている状態だ。
ブレモン消滅の刺客たる『星蝕者(イクリプス)』相手にはエンバースらの機転によって互角以上に戦えているものの、
所詮対処療法でしかない。裏ですべてを操っている黒幕、ローウェルを倒さない限り、
例え『星蝕者(イクリプス)』を撃退できたとしても第二、第三の刺客が送り込まれてくるだけであろう。
だが、“彼の地”へ行けば、その根源的な解決策が手に入るかもしれないというのだ。

熾天は答えない。
けれども、今までの戦いで熾天が虚言や奸計の類を好まないということだけは分かる。

「オーケイ……分かったわ。熾天、あなたを信じる。
 どのみち、それ以外に道はないみたいだから」

なゆたは肯った。
いずれにせよ、戦闘では此方が完全に押されていたのだ。生殺与奪の権利は熾天が握っている、
となれば何れにしたところでなゆたに選択肢などなかった。
ただ――

「……熾天。ひとつだけ聞かせてくれる?」

「なんでしょう」

「わたしはあなたを信じる。ううん……あなたの信じる『正義』を信じる。
 あなたの言う『特秘任務』ってやつ。
 それは……あなたにとってまったき『正義』なのよね?」

真っ直ぐに熾天の双眸を見詰めながら、なゆたは問うた。
御子神熾天というキャラクターにとって、正義というワードは何よりも重い意味を持つ――ということを、
なゆたは此れまでの彼女の戦いぶりや所作で理解した。
為らば、自らの掲げる正義に悖る行為だけは。たとい己の上官から命じられようと、
絶対にすることはないだろう。そう思ったのだ。

「―――」

熾天は軽く目を瞬かせた。驚いた、ようであった。
だが、その瞳の中に己が正義を問われたことに対する揺らぎはまったくない。

「無論!
 この御子神熾天、特秘任務の遂行に一切の迷うところなし! すべては大義のため、我が信念のため!」

白手袋に包んだ右手をビシィ! と斜め上方へ掲げると、熾天は朗々と言い放った。

「それが――この御子神熾天の! 『正義(ジャスティス)』――!!」

まるで特撮ヒーローの名乗りのような、そんな言葉。
少し前まで殺し合いをしていた相手だというのに、それが今は妙に頼もしい。

「ん。じゃあ、これから宜しくね。正義の味方さん」

なゆたは熾天の顔を見遣ると、小さく笑った。

509崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2025/02/13(木) 09:10:51
「アカデミーの栄光、その体現たる『皇帝』に! 此処まで食い下がったことは驚嘆に値する!
 我が身の武勇を誇って逝け、幻蝿戦姫ベル=ガザーヴァ!!」

「く――」

オーロールの指揮下にある『星蝕者(イクリプス)』、クラス『星辰の射手(サジタリウス)』相当の者たちが、
一斉にガザーヴァへとその銃口を向ける。
ガザーヴァは咄嗟に無数の蝿の群れに分解し、攻撃を回避しようとした。

「莫迦め。皇帝に二度同じ手は効かぬ! 皇帝親衛隊(イェニ・チェリ)、火炎放射――用意!」

ゴウッ!!

整然と隊伍を組んだ親衛隊の構えた銃口から、弾丸やレーザーではなく紅蓮の炎が迸る。
渦巻く炎に巻かれ、デスフライの群れはたちまち炎上した。火の粉を撒き散らしながら、算を乱して蝿たちが逃げ惑う。
炙られ、燃え尽きた蝿がぼろぼろと墜落し屍を晒してゆく。

「うわああああああッ!!」

ガザーヴァは堪らず叫んだ。――効いている。
超レイド級モンスター・ベルゼビュートは無数の蝿の集合体である。
その身体に刀剣や銃弾をといった点の攻撃を叩きつけたところで、数匹程度の蝿が死ぬだけ。全体のダメージには程遠い。
しかし、点ではなく面の攻撃であったとしたら?
広範囲の攻撃面積によって一度に数百匹単位の蝿を殺されれば、流石の超レイド級といえどダメージは免れない。
オーロールは短時間の戦闘によってベル=ガザーヴァの長所も短所も完全に見切っていた。
ガザーヴァは身体を分解できない。群れ形態から人型形態に戻ると、何とか体術で炎を回避しようと試みる。
だが、それも出来ない。

「重装騎兵(マムルーク)! 用意!」

ドドドッ!!

オーロールが次の指示を飛ばす。と、騎馬に打ち跨ったクラス『箱舟の漕手(ネビュラノーツ)』相当の者たちが、
長剣や騎兵槍を手にガザーヴァへと突貫した。

「ぐッ、うぁぁぁぁ……!!」

容赦ない攻撃の嵐がガザーヴァの全身を苛む。
ガードや分解が間に合わない。本体に直接響くダメージに、ガザーヴァは全身血まみれになって悶えた。
カザハとカケルがガザーヴァの援護をしようとするも、衆寡敵せず。軍隊を相手にたった三人でどうにかできる筈もない。

「長槍兵(カプクル)、用意!」

5メートルほどの長槍(パイク)を装備した兵士たちが一斉に槍を突き出す。まさに、逃げ場のない槍衾だ。
何人かは暗月の槍ムーンブルクを取り回して薙ぎ倒し、葬り去ったものの、焼け石に水である。
数の暴力による蹂躙を、いつもとはあべこべにガザーヴァの方が味わう。
全身ズタズタに斬り裂かれ、血みどろの泥だらけになりながら、
ガザーヴァはふらつきつつも何とか立ち上がって歯を食い縛った。

「く……、クソ……!
 こんな……ところで……!」

「もはや、戦の趨勢は見えた。勝敗は決した!
 皇帝の威光に敵う者なし、刮目せよ! 此れが諸人を遍く拝跪させる覇者の姿よ!!」

「……は……。
 何が……諸人を拝跪……だよ……。
 そうやって……人サマを……自分の前にひれ伏させることしか、考えて……ないんだな……。
 可哀想で……涙が出てきちゃう……ぜ……!」

「余は皇帝。至高の視座より下界を睥睨する支配者!
 その余が他者を屈服させるのは、当然の仕儀であろう」

腕組みし、オーロールがフンと鼻で笑い飛ばす。
ガザーヴァは軽く右の口角を歪めて笑みを浮かべた。

「ホントの……名君っていうのは、他人を力ずくで屈服させるんじゃない……。
 他人のために尽くす……その姿に、いろんな人たちが感銘を受けて……自然と、
 自分たちの王様だって持ち上げられるもんなのさ……。
 オマエみたいに……自分のことを皇帝でございなんて触れ回って、頭を押さえ付けたって……。
 誰もついてなんて来やしない……従うのは精々そこにいる、意思のない人形だけだ……!」

ガザーヴァはかつて魔王バロールの臣下として悪逆の限りを尽くし、多くの無辜の民を苦しめてきた。
魔王の威を借り、人々を苦しめてきた。その頃のガザーヴァならば今ごろはオーロールの言葉に影響され、
すっかり心を折られてしまっていただろう。
しかし、今のガザーヴァは違う。今のガザーヴァは明神たち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』との交流を経て、
友愛とは何か。協調とは、分かり合うとは何か――ということを理解している。
その、長い旅を経て成長したガザーヴァの魂が叫んでいる。
目の前にいる皇帝は、間違っている――と。

「自分は皇帝だ、エライんだって! オマエが誰より一番言い聞かせたいのは、オマエ自身にだろ!
 自分のことを凄い奴だって言ってないと自信が持てないンだ、オマエは!
 オマエは裸の王様さ! その証拠に――他のタロット持ちは、誰ひとりオマエに従ってないじゃないか!!」

唯一オーロールの命令を聞いていたスノウも、今はカザハとカケルに付きっきりだ。
ガザーヴァは痛む肺の疼きを堪え乍ら、精一杯に哄笑した。

510崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2025/02/13(木) 09:14:34
第三者視点で見れば、其れは明らかな強がり。窮地に立たされた者の虚勢でしかないだろう。
が、それでも。そんなガザーヴァの言葉は幾らかオーロールに刺さったようである。
皇帝の眉間に皺が寄り、怒気がその身から噴き出す。

「そのさがなき口を……今すぐ閉じよ、下郎!!」

ギュオッ!!

憤怒を纏いながら、軍列より前に出たオーロールが黄金の剣を振りかぶり、一気にガザーヴァへと突っかける。
むろん、ガザーヴァは単なる負け惜しみの苦し紛れでオーロールを喝破したのではない。
オーロールの持つ皇帝の矜持を穢すことで頭に血をのぼらせ、自らの手でとどめを刺しに来ることを誘発したのである。
軍列の後方に位置するオーロールをガザーヴァが突貫して仕留めるのは至難の業。
ならば、逆にオーロールを此方に来させてしまえばといいという訳だ。
挑発に応じず一貫して皇帝親衛隊に始末を命じてしまえば、オーロールは暗にガザーヴァの言葉を認めることになってしまう。
皇帝としての高すぎるプライドゆえに、どうでもオーロールは前に出ざるを得ない。
そして、ガザーヴァの計略は図に当たった。

「おおおッ!!!」

ガザーヴァは四肢に渾身の力を込め、ぎゅぅっとムーンブルクの絵を握りしめると、
咆哮を上げてオーロールへ競るように突っ込んだ。

「ぬううううううッ!!」

バシュッ!!

瞬刻を経て、ふたりの身体がすれ違う。
勢いは負けていなかった。攻撃のタイミングも、体捌きも、相手の攻撃への対応も完璧だった。
しかし――敗れたのはガザーヴァだった。
どさり、と重い音を立て、何かが硬い床に落ちる。
其れはガザーヴァの右腕だった。

「ぎゃあああああああああッ!!!」

右上腕半ばの切断面から壊れた蛇口のように鮮血が迸る。ガザーヴァは悲鳴を上げた。
床に落ちた右腕は蝿の群れに変じることはなく、ゆっくりと切断面から光の粒子に変わってゆくと、
ほどなくして跡形もなく消滅した。
ひゅん、とオーロールが剣に付着した血を払う。

「我が剣『黄橙色の死(クロケア・モルス)』に敵は無し。
 来た。見た。勝った――余の勝利は揺るがぬ。至極当然の帰結である」

ごく一部の『星蝕者(イクリプス)』のみが所有するという、レジェンダリー・アイテム。
其れをオーロールもまた持っているということらしい。

「はッ、は、はぁッ、は、ひ―――」

ガザーヴァは血と涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、ほうほうのていで逃げ出した。
それでも何とか自分のコスチュームのベルトで右腕をきつく縛り、どうにか止血する。
起死回生の一騎打ちさえ、力でねじ伏せられてしまった。こうなればもう、ガザーヴァには打つ手がない。
まさに万事休す、手詰まりといった状態だ。
そんなガザーヴァを、黄金の剣を携えたオーロールがゆっくりと追い詰める。

「死は必ず訪れる結末だ、来るときには来る……。最初からこうなることは分かり切っていた。
 散々手古摺らせてくれたが、此れで汝の進退も窮まった。疾く消え失せるが善い」

「うる……せェッ……!
 誰が、死ぬ……かよ……! ボクには……明神のお嫁さんになるって……絶対叶えなきゃならない夢があるんだ……!」

「ハ、何とも少女趣味な夢よな。
 生憎だが……夢の続きは冥府で見るがいい!!」

オーロールが剣を大上段に構える。
まさに絶体絶命。思わずガザーヴァは身を縮め、ぎゅっと強く目を瞑った。
脳裡に浮かぶのは、たったひとりの愛しい男の姿。

――明神――!!!

「死ね!!」

酷薄な宣告と共に、オーロールはガザーヴァの首を刎ね飛ばそうと黄金の剣を振り下ろした。
だが。

ザンッ!!

「なにッ!?」

思いもよらない事態に、オーロールが瞠目する。
おずおずとガザーヴァが眼を開くと、其処には――我が身を盾にしてオーロールの攻撃からガザーヴァを護る、
ひとりの『星蝕者(イクリプス)』の姿があった。

511崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2025/02/13(木) 09:18:04
ガザーヴァとオーロールの間に割って入った皇帝親衛隊に属する『星蝕者(イクリプス)』は、
黄金の剣の一閃を胸に喰らうと、ぐらりと大きく仰け反って斃れた。
そして、もうピクリとも動かない。

「なんだと……」

オーロールが呻く。
『皇帝(エンペラー)』の暗示を持つ『箱舟の漕手(ネビュラノーツ)』、
曙光のオーロールはレベル1〜2の『星蝕者(イクリプス)』を自らの乗騎、兵隊として使役することが出来る。
その支配力はきわめて高く、一度その軍門に下った『星蝕者(イクリプス)』は決して反抗を許されない。
というのに、だ。今、眼前の『星蝕者(イクリプス)』が取った行為は完全に主君であるオーロールへの造反、
叛逆行為以外の何物でもなかった。
なぜ。

「……!……」

ガザーヴァはおずおずと眼を開いた。
敵の筈のイェニ・チェリが何故オーロールの意思に背くような真似をしたのか、ガザーヴァにも分からない。

「ぬぅ……。βテストゆえのバグか? 此れは運営にきちんと報告せねばならぬな。
 では、改めて――」

気を取り直し、オーロールは再度剣を振りかぶった。
だが、そんなオーロールの前にまたしても親衛隊の『星蝕者(イクリプス)』が立ちはだかる。
しかも、今度はひとりではない。十人近くの『星蝕者(イクリプス)』が、
まるでガザーヴァに乗り換えでもしたかのように佇んでいる。

「何事か!? この皇帝に対し叛逆を企むとは! 不敬者どもめが……!」

オーロールが激昂する。
ガザーヴァは前方に佇む『星蝕者(イクリプス)』に注視した。
生気のない蒼い顔をして、無表情に佇む『星蝕者(イクリプス)』たち。
その鼻先を、一匹の蝿が飛んでゆく。

「あ……!」

唐突に、ガザーヴァは気付いてしまった。
オーロールに刃向かった『星蝕者(イクリプス)』は、全員すでに死んでいる。其れは先程ガザーヴァやカザハ、カケルらが、
何とか倒すことに成功した親衛隊の亡骸だったのだ。
その死体に、ガザーヴァ本体からはぐれ火炎放射を逃れたデスフライたちが取り憑き、
ユニークスキル『聖蝿騎士団(フライクルセイダーズ)』として操っているのだ。
そして、絶体絶命の窮地に在って明神を想うガザーヴァの思念に応じ、本体を守ろうと動いたのだろう。

通常、自我を持ちロールプレイが可能な『星蝕者(イクリプス)』たちは死ねばログアウトし、死体を残さない。
しかしオーロールのスキルによって支配されている『星蝕者(イクリプス)』は主導権がオーロールにあるため、
オーロールが死なない限りはその死体も消滅しないのだ。
で、あるならば。

「……ははッ……、ははは……ははははは……!」

逆転のチャンスはまだある。今までで一番のチャンスが。
右腕を失った満身創痍の状態ながら、ガザーヴァは笑った。
そして、其の身体から本体を維持するだけの量を残し、すべてのデスフライを解き放つ。

「何をするつもりだ!?」

これにはオーロールも焦りを覚えたか、一刻も早くガザーヴァを始末しようと剣を振り下ろす。
ガザーヴァは残った左手に持ったムーンブルクで何とか攻撃をやり過ごすと、床を蹴って後退した。
その穴を瞬く間に蘇った『星蝕者(イクリプス)』、今やガザーヴァの手駒となった『聖蝿騎士団(フライクルセイダーズ)』が塞ぐ。

「オマエの自慢の兵隊を、ソックリそのまま頂いちゃおうかと思って……な……!
 ボクは冥界の戦姫……死んでるヤツは、みんなボクがリサイクルしてやるよ!」

デスフライたちが周囲を縦横無尽に飛び回り、死体へと取り憑いてゆく。物言わぬ骸がゆっくりと立ち上がり、
かつての味方へ刃を向ける。

「おのれ……! 皇帝親衛隊、蹂躙せよ! 嘗ての朋輩であっても今は死体! 容赦するな!」

オーロールが未だ自身の指揮下にある親衛隊を指揮する。
親衛隊の『星蝕者(イクリプス)』と、死してガザーヴァの制御下に入った『星蝕者(イクリプス)』とが激突する。
当初は数が少ない分不利かと思われていた『聖蝿騎士団(フライクルセイダーズ)』側であったが、
徐々に戦況が変わり、優勢になってゆく。
元々死体であるがゆえ、物理的に動けなくなるまで戦い続ける『聖蝿騎士団(フライクルセイダーズ)』は、
桁外れの耐久性によって物量差をものともしない。
しかも、皇帝親衛隊が斃れればその分だけ『聖蝿騎士団(フライクルセイダーズ)』側の頭数が増えることになる。
やがて親衛隊は整然とした陣形を保てなくなり、瓦解を始めた。

「し……信じられぬ……! 我が無敵の『皇帝親衛隊(イェニ・チェリ)』が……!」

崩壊する戦線を目の当たりにして、オーロールが愕然とした表情を浮かべる。

512崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2025/02/13(木) 09:21:42
「ははッ! オモチャの兵隊は品切れか……!?
 形勢……逆転だな……!」

「のぼせ上がるな! 『星光(イルミネイト)』さえあれば、兵など幾らでも補充できるわ!
 スノウ! もっと歌え、紡げ! 余の勝利を寿ぐ凱旋歌を奏でよ――!!」

オーロールが高らかに告げる。
此処で先程のようにスノウに歌われ、折角消費したオーロールの星光を回復されては何もかも水の泡だ。
ガザーヴァは身構えた、しかし――

>どうして!? 音楽性も完成度も生成AIのこっちが圧倒的に上なはずなのに……!

スノウの驚愕する声が響き渡る。気付けば、カザハとスノウの歌唱対決はカザハに軍配が上がっていた。
タロットの暗示が砕け散り、一時的に歌唱によるバフが使えなくなってしまう。

「ちぃぃ……ッ! スノウめ、なんたる失態か!」

忌々しげに顔を歪ませるオーロール。此れで、オーロールはスノウの歌による星光の回復を封じられた。
『聖杯騎士団(フライクルセイダーズ)』が総崩れとなった『皇帝親衛隊(イェニ・チェリ)』を掃討する。
帝国の落日だ。今度こそ、オーロールは『箱舟の漕手(ネビュラノーツ)』の要である乗騎を破壊された。
即ち――

「ぐ、ぅぉ……!?」

ガクン、とオーロールの膝が折れる。脱力感が全身を襲い、先程迄あれほど身体に漲っていた力が抜けてゆく。
ルドルフとは違う、真の乗騎を撃破されたことでクラス特性を失い、弱体化したのだ。

「オマエの帝国は亡びた! もう……誰もオマエには傅かない!
 曙光のオーロールから……斜陽のオーロールとでも改名した方がいいんじゃねーか……ははッ!」

「お、お……おのれェェェ……!」

ガザーヴァの挑発に、オーロールは端正な面貌を歪めてわなわなと震えた。
とはいえ、ガザーヴァの方も余裕がある訳ではない。寧ろ、もう限界だった。
皇帝親衛隊は腐っても純正の『星蝕者(イクリプス)』である。その死体を操るというのは、一筋縄ではいかない。
ブレモンのモンスターならば一体操るのに蝿一匹で済むところ、
『星蝕者(イクリプス)』には一人頭百匹以上の蝿を動員して死体を操作している。
ガザーヴァ本体は本体を基本形の人型に保つので精一杯だ。ベルゼビュート最大の強みである分散も形態変化も不可能で、
現状生身のダークシルヴェストルと変わりない。
しかも今までの戦闘で全身に深手を負っており、右腕も喪ってしまっている。
もう、とっくに死んでいてもおかしくない状態なのだ。
けれど。
まだ、死ねない。

「来い……。来いよ、皇帝! もう一度一騎打ちだ!」

残った隻腕で愛槍を握り締め、ガザーヴァは叫んだ。
先刻後れを取り、右腕を切断される結果となった一騎打ちを、再び行うと言っている。

――さっきは、ボクの覚悟が足りなかった。これからも戦うための体力温存だとか、ペース配分だとか。
  そんなことを考えて、全力を出さなかった。だから負けた。
  でも、今度は――。

「舐めるなよ……。たとい翼をもがれようと、余は皇帝! 単騎であっても貴様の如き屠るなど造作もないわ!
 今度こそ、素っ首刎ね飛ばしてくれる!」

オーロールが黄金の剣・『黄橙色の死(クロケア・モルス)』を携え、全身より殺気を噴き出しながら突っ込んでくる。
乗騎撃破により著しくパワーダウンしているはずだが、その勢いはまったく衰えを感じさせない。
ガザーヴァへの尽きせぬ怒りが、矜持を穢された憎悪が、その身に力を与えている。

「おお! こいつがボクたちの――最期の戦い! だァァァァァァ―――――ッ!!!」

競るように、ガザーヴァも暗月の槍ムーンブルクのセーフティを解除する。
じゃきん! と槍の穂先が展開し、莫大な魔力が放出される。
暴風が荒れ狂い、ワールド・マーケット・センターの天井や床が剥がれ、崩壊してゆく。
ムーンブルクの最大出力だ、神代遺物だけあってその反動は凄まじい。
普段ならばレイド級の力で無理矢理に捻じ伏せるところだが、満身創痍の今となってはそうもいかない。
真の力を解放したムーンブルクから迸る魔力について行けず、ボロボロと肉体が崩壊を始める。
身体のあちこちから光の粒子が剥離し、鱗粉を纏った蝶のように虚空へと消えてゆく。
不可逆かつ絶対的な死。其れが、間近まで迫っている。
けれど――

――ボクは。負けない!!

ぎん! とピジョンブラッドの双眸に決意を込め、ガザーヴァは真っ直ぐに前方を見詰めた。

513崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2025/02/13(木) 09:27:31
「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「がああああああああああああああ!!!」

吹き荒れる嵐の中、雄叫びを上げながら、一直線に突進したガザーヴァとオーロールが激突する。
双眸を見開いたガザーヴァが渾身の一突きを繰り出す。
其れを、オーロールは半身をずらすことで紙一重に避けた。
返礼とばかりに、刺突を放って伸びきっていたガザーヴァの左腕を肘から切断する。
ムーンブルクを握り締めたままの左腕が宙を舞う。

「殺った!!」

ガザーヴァの両腕を斬り飛ばし、攻撃手段を剥奪したオーロールが勝利を確信し、喜悦の表情を浮かべる。
だが。

 ――まだだ。まだだ……まだだ!
   ボクはまだ、全力を出してない!
   すべて出し尽くせ、コイツを倒すために!
   ボクの命も、未来も、全部――――

ガザーヴァは素早く跳躍し、吹き飛ばされた左腕を追った。そして口を大きく開き、腕に噛み付くと、
空中で身を縮めぐるんと一回転した。
そして、大きく首を振りムーンブルクの穂先をオーロールの胸の中心めがけて突き立てる。

「ぐお!?」

切断された腕を用いての執念深い一撃に奇を衒われ、胸にムーンブルクを突き刺されたオーロールが瞠目する。
が、浅い。穿たれたのは皇帝の薄皮一枚で、致命傷には程遠い。

「莫迦め、余の防御をその程度の悪足掻きで突破できると――」

「……『万魔殿来たれり(パンデモニウム・カム)』!」

噛んでいた左腕を離したことで自由になった口が、スキルを発動させる。
『暗闇』『沈黙』『石化』『混乱』『20秒間ATBゲージストップ』『スロウ』『睡眠』『呪い』
『死亡』『HP強制1』『魅了』『ゾンビ化』のうち、いずれか4つをランダムで付与するベルゼビュートのユニークスキル、
『万魔殿来たれり(パンデモニウム・カム)』。
オーロールが万全であったときには不十分な効果しか発揮しなかったが、弱体化している今なら効果は覿面である。
その効果は――『暗闇』『混乱』『スロウ』――そして『HP強制1』。

「お、あ、ぁぁ……!!」

自身の保有していた莫大な星光、膨大な生命力を根こそぎ奪われ、オーロールは苦鳴を漏らした。
しかし、まだ終わりではない。
ガザーヴァは再度空中でくるりと方向転換すると、渾身の右飛び蹴りを繰り出した。
伸ばした右脚の先にあるもの。其れはオーロールの身体に浅く突き立ったムーンブルクだった。

「っっっっっだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――ッ!!!」

ボロボロと、脚が爪先から崩壊してゆく。光の粒子と化して消えてゆく。
しかし、それでも構わない。この戦いに勝てるなら、皆の未来を守れるなら。
明神と誓った夢を喪わずにいられるなら。
脛から先は消えた。跡形もなく崩れ去った、だがまだ他の部位は残っている。
残った膝をムーンブルクの柄に力の限り叩きつける。

ドッ!!

「ご、ぼ……!!」

ムーンブルクの魔力を放つビーム状の穂先が、今度こそ皇帝の胸を完全に捉えた。
胸の中央から背中まで田楽刺しに貫かれ、オーロールが血へどを吐く。
ただ、此れではまだ決定だとは言えない。
ガザーヴァは槍に縋りついた。途切れそうな意識を、掻き消えそうな命を、懸命に奮い立たせる。

「……終焉の……刻は、訪れり……。
 地獄の、君主の……名の許に……開け、アバドーンの顎(あぎと)……」

皇帝親衛隊に取り憑いていた蝿たちが一斉に死体を離れ、禍々しい骨の砲台を形作る。
その巨大な砲口が狙うのは、オーロールと――ガザーヴァ自身。

「き、貴様、正気か……!?
 自分もろとも余を撃つだと!? それでは貴様自身も……!」

オーロールは動揺したが、ガザーヴァは突き刺さった槍にしがみついたまま決して離れようとしない。
攻撃をオーロールへ直撃させるには、これ以外に方法はなかった。

「やめろ! こんなことをして何になる!?
 何が貴様を其処まで駆り立てるのだ!? この世界に命を擲つほどの価値など――」
 
「価値とか……そんなの、どうでもいい……。
 ただ……好きだからやるんだ。やりたいからやるんだ……。
 それ以外に、理由なんてないさ……」

「―――――」
 
オーロールが驚きに眼を瞬かせる。
へへっ、とガザーヴァは笑った。
そして――叫ぶ。

「―――真!! アウトレイジ・インヴェイダ―――――――――ッ!!!!!」

514崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2025/02/13(木) 09:32:11
ドギュオッ!!!!

骨で出来た巨大な砲塔から、一気に夥しい量の魔力が射撃となって解き放たれる。
ガザーヴァとオーロールは組み合った場から一歩も動けず、その奔流に呑み込まれた。
その瞬間、ぱりん……とガザーヴァの中で“なにか”が壊れる音が聞こえた。
ガザーヴァがガザーヴァであるために必要不可欠な、ガザーヴァという存在の構築のために無くてはならない“なにか”。
それが、壊れた。

――ああ――

これで、終わりか。
真アウトレイジ・インヴェイダーの魔力流に押し流されながら、ガザーヴァは僅かに目を細めた。

「フ……、フハハ……。フハハハハハ……」

致死の魔力に全身を穿たれながら、オーロールが笑う。
だが、その笑み声に嘲りや罵りの気配はない。
互いに死力を尽くして戦った相手に対する称賛。満足の行く戦いに対する感謝――そんな笑いだった。
臨界点に達したムーンブルクの穂先から、更に輝く魔力が放出される。

「――見事」

我が身を穿つ槍の放つ圧倒的な破壊の力をまともに喰らい、オーロールは砕け散った。
その姿は即座に消滅し、気配も何もかもが一切消失する。ログアウトしたのだ。
最期に告げた言葉は、きっと心からのものだっただろう。
オーロールの消滅を見届けると、ガザーヴァもまた薄く唇の端に笑みをのぼせ、

「……GGWP……ってか」

と、小さく呟いた。
極太であった魔力の奔流が徐々に細くなってゆき、やがて完全に掻き消えると、
蝿たちが消滅しガザーヴァのコスチュームも元のベストとホットパンツ姿に戻る。
『超合体(ハイパー・ユナイト)』の効果が切れたのだ。しかし、傷ついた肉体が元に戻ることはない。
マゴットはなんとか無事だ。分離する瞬間、ガザーヴァはマゴットへ多めに魔力を回していた。
きわめて重傷ではあるものの、生命を繋ぐことは出来るはずだ。
どっ! と音を立てて通常形態に戻ったムーンブルクが床に突き立ち、それからガザーヴァも地面に墜落する。
その肉体は両腕と右脚を喪い、そして今また各所が光の粒子となって崩壊しつつある。
その頃にはカザハとスノウの対決と同じく、ジョンとバルディッシュの戦いも決着がついている。
明神にもガザーヴァがオーロールと半ば相討ちに近い形で戦闘を終わらせたところが見えるだろう。

「ぅ……」

仰向けに倒れたまま、ガザーヴァは小さく呻いた。
その朽ち果てつつある肉体、喪われつつある生命には、もはやいかなる回復魔法も効果はない。
例え『高回復(ハイヒーリング)』などのスペルカードを使用しようとも、
ガザーヴァの身体は端から徐々に光となってゆく。
もはや、如何なる手の施しようもなかった。

「……みょう、じん……」

ガザーヴァは名を呼んだ。この世界でたったひとり、自分の孤独な魂を癒してくれる最愛の男の名を。
死が絶対に逃れ得ぬものであり、其れが今、自分の命の灯を吹き消しにやってきているというのなら。

せめて、愛する人に看取って貰うために。


【なゆたvs熾天、教官の介入により水入り。
 熾天、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を“彼の地”へ導くため、一時的に共闘。
 ガザーヴァvsオーロール決着。ガザーヴァが勝利するも、瀕死。回復手段は無し。】

515embers ◆5WH73DXszU:2025/02/24(月) 03:52:35
【セレクト・オブ・フレンジー(Ⅰ)】

来る。対物ライフルによる魂核への狙撃が――ブレードの再形成は間に合わない。
機動力による回避も出来ない――テスタの眼力は恐ろしく鋭い。

「くっ……そ……!出番だぞエンバース!!」

防御も回避も反撃も叶わない。
だから呼んだ。戦場から一時離脱したもう一人の自分を。
直後に響く銃声/炎陣を斬り裂き瞬く剣閃――星光の弾丸と青紅の刃が相殺。

「う、おおお……!」

眼前で生じた強力なエネルギーの衝突。
その衝撃波でエンバースが吹っ飛ぶ/受け身を取りながら地面を転がる。
見栄えは悪いが窮地は脱した――まずは冷静さを取り戻さなくては。
ロールプレイシステムを利用して、ミハエルと戦った時の「絶好調」を意識的に再現するのだ。

思考を巡らせながら起き上がるエンバース――そこに、誰かが手を差し伸べた。
エンバースが咄嗟にブレードの不完全なダインスレイヴを突きつける。

「……オイ、なんだよお前。散々ボコられた後にしれっと全回復していいのはボス側の特権だぞ」

『あはは……って事はボコられてる自覚はあったんだね?』

孫護空が微笑みと共にエンバースに手を差し伸べていた。

『それで?手、いらないの?』

「……いいや。使えるものは猿の手でも使わないとな」

『あら、意外。もっと警戒されると思ってた』

エンバースがダインスレイヴを胸部へ収納/孫護空の手を掴む/勢いよく引き起こされる。そして――

『星光解放――』

一帯が灰色に染まる。エンバースが展開した炎陣も凍りついたように静止している。

『愚者のカードが暗示するのは『自由』。この停止した主観時間の中で、あーしは次のアクションをじっくり考えて好きに選べる。
 つまりアクションを選ばなければあーしらはずーっとこのまま!……ってのは流石に嘘だけど。
 これでゆっくりお話出来るねー、エンバースちゃん。ちなみにあーしが全回復してるのは――』

「HPを削り切られたNPCがその後のイベントじゃ元気にお喋りしてるようなモンだろ。
 そういうロールプレイをしてるだけだ――だから、さっさとその『イベント』を始めろ。こっちは……忙しいんだ」

『ぶー、つまんなーい。いいよいいよ、お望みどーり教えてあげましょう。
 率直に言うね――あなた達を試すのはここまで。現刻を以て特務任務を開始。
 あなた達ブレイブを"彼の地"に案内します。そこで、この状況への打開策を授かるのです』

「……ああ?」

『さあ――』

「さあ――じゃないだろ!なんでさっきの今でお前らの話を鵜呑みにすると思ってんだ!
 彼の地?どの地だよ!エルデの王にでもなってこいってか?ええ!?」

怒声を上げるエンバース。

516embers ◆5WH73DXszU:2025/02/24(月) 03:52:50
【セレクト・オブ・フレンジー(Ⅱ)】

「そもそもあなた達ブレイブだと?どこまでが「あなた達」だ?言ってみろ!
 ミハエルは?イブリースは?アシュトラーセは?この戦いに志願してくれたヤツらは!?
 全員連れていけるんだよな?でなきゃあぶれたヤツらは全滅だもんなあ!」

『エンバース』

「それにブレイブじゃない、戦えない人達はどうなる!俺達が姿を眩ませばローウェルは侵食を起動させる!
 もう大丈夫だ、助けに来たって……そう言って連れてきた人達を置き去りに出来るかよ!
 それじゃ……ハッ、ホントにローウェルのゴミ掃除をお手伝いをさせて頂いただけじゃないか。そんな事――!」

『エンバース』

「うるさいぞ!お前らイクリプスは所詮……所詮ただのアバター!着ぐるみだ!
 造り物の、贋物の命には俺が何を言ってるかなんて分からない――」

『エンバース――そこまでだよ。それはちょっと傷つくよ……あーしも、アンタも。そうでしょ?』

諭すような――それでいて有無を言わせぬ孫護空の声色。

『そうやって人間のフリをするアンタも可愛くて嫌いじゃないよ。
 でも……ホントはとっくに分かってるんでしょ。「これ」はかなりマシな方の選択肢だって。
 もう、どうにもならない事があって、それらを切り捨てた方がずっと効率的だって』

エンバースは何か、なんでもいいから言い返そうとした。
だが――何も言えない。

『それに……アンタ達のリーダーはもうこの話に乗ったみたいだけど?』

「……それは、シャーロットの影響なのか?」

『シャーロット?なんで今その名前が出てくるの?』

そして――今度こそ言葉を失う/歯噛みする/項垂れる。

「…………お前のいう打開策ってのは、なんなんだ。どんな存在がバックにいればそんな事を断言出来る」

『それは言えません。私にはその質問に回答する権限も、それらの情報自体も与えられていません』

「ふざけてんのか、お前――」

『――けど、知らないからこそ色々テキトーに喋る事は出来るよん。ホラ、愚者ってそういうロールだし?
 これはぜーんぶあーしの想像なんだけどさー……
 多分、教官達の世界でもフツーにブレモン再始動したいヒトはいるんじゃないの?』

孫護空=左手の人差し指を口元に当てて首を傾げる/頭上を見上げる。

「……そりゃいるだろうよ。俺だってブレモンが急にサ終されたらSNSで署名活動くらいするかもな」

『あは、アドベンチャーパート再びって感じ?望むところ――そうじゃなくてさ。
 ホラ、それこそシャーロットとか、バロールとか?てゆーかブレモン作ってたヒト達?
 急に今やってるお仕事は全部打ち切り!って、みんながはいそーですかって納得する訳ないと思うんだよねー』

エンバースは――否定出来ない。孫護空の言葉には確かに一理あった。
彼女がどこまで知っているかは分からないが――実際バロール/シャーロットはローウェルに反抗していた。
加えて――ブレイブ&モンスターズがSSSのベータテスト会場として使われている現状は、
『ブレモンに干渉する手段を失った者が再度息のかかったアバターを投入し得る機会』と見る事も出来る。

「……確かに、バロールとシャーロットはブレモンを守ろうとしていた。
 ブレモンのサ終はローウェルが独断で決めて、データの削除もアイツの仕業……らしいが」

エンバースが少しだけ饒舌になる――意図せずも孫護空に推理の素材を提供する。
「アドベンチャーパート」のロールプレイに乗せられているのだ。

517embers ◆5WH73DXszU:2025/02/24(月) 03:55:25
【セレクト・オブ・フレンジー(Ⅲ)】

『でしょ?でしょ?……あっ!あーしちょっとイイ感じに閃いちゃった!
 ローウェルがブレモンのサ終を強引に押し通したんならさ――
 別の誰かが強引にブレモンをリブートさせる事だって出来るんじゃないの!?』

「……いくらなんでも無理があるだろ」

『なんでさ!どーにかブレモンを再リリースして、課金の一つでもさせちゃえばいーじゃん!
 そしたらもう「今のはただの手違いでした〜やっぱりもっかいサ終します〜」とは言えないでしょ!
 ぶっちゃけ最初のサ終自体が手違いみたいなモンなんだからさ!』

エンバースは――言い淀む。あり得ないとは言い切れない。

『てか、そうだよ!そもそもゲーム一つ無理矢理終わらせといてローウェルにお咎めナシっておかしくない!?
 絶対なんかウラがあるよ――ホントはブレモンのデータが、やろうと思えば復旧可能なのを隠してるとかさ!』

「……SSSでブレモンの穴埋めをした事にすれば、その追求を打ち切れる?」

『そう!SSSで次の一山当ててやるからゴチャゴチャ言うなナノデスー!ってさ!
 だってフツーに考えて誰かが独断でデータ削除しちゃったらとりあえず復旧させるでしょ。
 されない方がおかしいんだよ。つまりローウェルは――ホントはずっとそこそこ危ない綱渡りをしてるのかも?』

孫護空の目線がエンバースに戻る――悪戯っぽい微笑み。

『――どう?アドベンチャーパートはクリアー?これで"彼の地"に行ってみる気になった?』

「……お前、ホントはどこまで知っててやってるんだ?今のは全部……口からでまかせなのか?」

『さあ?その質問に答える権限は私にはありません。のでねー、ごめんねー』

「ああ、クソ……クソッ!結局、俺達の運命は神々のお気持ち次第って事か?」

エンバース=苦々しげ――認めたくないが認めざるを得ない。
この提案には――乗る以外の選択肢はない。

「ふざけやがって。認められるかよ……!」

エンバースが孫護空の手を振り払う/両手に炎を宿す――己の両眼に押し当てる。

「うあああああああああああああああああああああ――――――――――――――――――ッ!!!!」

悲鳴。絶叫。痛みによるものではない――狂気を呼び覚ましているのだ。
己の戦意が倫理に勝るほどに昂ぶる時、双眸が熱を帯びる――赤熱する事をエンバースは自覚している。
だから――『狂気に応じて瞳が赤熱するならば、瞳を赤熱させる事で狂気を呼応させる』。
これは、そういうロールプレイ。
狂気に頼らなければ――こんな決断は出来ない。認められない。

「――オーケイ、行こう。未踏破エリアを残してゲームクリアなんて、つまらないもんな」

過熱によって赤熱を超え、金色の炎を宿した瞳/楽しげな微笑みが孫護空を見遣る。
孫護空が思わず笑みを強張らせる/背筋を震わせる。

『……いいでしょう。それでは、改めて。さあ、手をこちらへ――』

「待て。さっきの口ぶりだと、少なくとも俺達パーティは全員"彼の地"へ案内されるんだよな?」

『……はい。そうなります』

「そうか――みんな、聞こえるか」

アルフヘイムのブレイブ――いつものメンバーへのボイスチャット。

「恨んでくれていい。この戦場でのデュエルはこれまでだ――行こう、"彼の地"へ。俺が許可した」

有無を言わせない/なのにどこか楽しげに浮ついた口調=デュエル狂いの気質をあえて前面に押し出して。
こんな決断を押し通す役目は自分がやればいい。その方が――合理的だ。

「おそらくこの先、エクストラステージがあるぞ」

518カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/02/25(火) 21:26:23
(>483冒頭でスキップした部分)

【カケル】
ジョン君に通信を繋ごうとしてみるも、繋がらなかった。
一時的に電波(?)がとどかない場所にいるのかも……。穴の底とか……。
ガザーヴァはちょっとこっちの相手してる場合じゃなさそうだし……。
試しに通信をエンバースさんに繋いでみると、すでに異変に気付いているようだった。

>「……おい、どうしたカザハ。BGMが止まっちまったぞ。折角……こんなに燃えるシチュエーションなのに」

>「……忘れないで……共に来た道……ここにいるよ……
 
エンバースさんが呪歌の再現を試みている……!

「カザハ! エンバースさんが、教えた曲歌ってくれてますよ……!
カザハが教えただけのことはありますね!」

スマホをカザハの耳元に持って行って聞かせる。
あれ? でもエンバースさんって歌唱訓練に参加してたっけ……。まあいっか!

【カザハ】
しかし 音楽的センスが 足りない!

なんか虚空に説明文が表示されちゃってるし! どうなってんのこの空間!

「普通ああいうのって実際には役に立たないの分かりつつほんの気持ち程度のつもりで教えたことが
ギリギリの局面で窮地を切り抜ける決め手になる……! って胸熱展開の布石じゃん!
それなのに本当に役に立たないってさぁ! しかし 音楽的センスが 足りない! ってさぁ! どういうことなん!?
そこは下手でも何でもちょっとは効果起動させるところじゃん!? この世界野暮じゃない!?」

ぼくは容赦ないこの世界のシステムに対してツッコミを入れた。

「いや知らんし!」

スノウちゃんがそれに更にツッコミを入れる。

>「カザハ! エンバースさんが、教えた曲歌ってくれてますよ……!
カザハが教えただけのことはありますね!」

カケルが必死に感動路線にもっていってぼくを起こそうとしてるけど
こっちは容赦ない発動判定の結果が見えちゃってるのよ!

「カザハが起きなかったらエンバースさんに歌い手ポジション取られちゃうかも!」

「それはアカンわ!」

ぼくはツッコみながら飛び起きた。

「カザハ……! 目が覚めたんですね!」

目の前ではカケルが安堵の表情を浮かべている。

「あれで歌い手ポジションは駄目でしょ!
あれじゃあエンディング曲でソロパート割り当てられない! 世界救ったら特訓しなきゃ……!」

「良かった! エンバースさんが歌が下手で良かった……!」

カケルが、エンバースさんが歌が下手だったことに感謝している……!
あれ? これってある意味ギリギリの局面で窮地を切り抜ける決め手になった……ってコト!?

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

519カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/02/25(火) 21:28:30
【カザハ】
ぼくにSEKKYOUされたスノウちゃん、というよりスノウちゃんの体を借りた初代はブチギレた――
正確にはブチギレパフォーマンスをしてみせた。

「あーもう腹立つ! せっかく楽に殺してやろうってのに何度も何度も起きてさぁッ!
ぶっちゃけローウェルにお前を消したらもう一度雇ってやるって言われてるから……死んでもらわなきゃ困るんだよねぇ。
つまり我はローウェルの刺客! 私利私欲のためにかつて愛した世界を裏切るドクズ!」

妙に芝居がかった悪役ムーブだな!? 極悪非道の悪役を演じてるつもりなんだろうけど、悲しいかな。
ローウェルの所業を知っているこちらとしては、騙されて利用されてる哀れな社会的弱者にしか見えない……!
おそらく、事実無根の大嘘だ。
いや、もしかしたら本当にそういう話を持ち掛けられてそれに乗る形でこの戦場に来たという可能性も無くはないが、
どちらにせよもうローウェルに雇われるのは真っ平御免だろう。

「キミがぼくの人格の転写元なら確かにあんまり高潔じゃない人格だろうな、とは思うんだけど……。
キミ、汚い本心は隠していい人でいたいタイプでしょ? 逆説、言っちゃったってことは本心じゃないんだよね」

「うわぁ、めんどくさっ! お前はハゲに向かってハゲって言うんか!?
人がせっかく悪役ムーブしてるんだから素直に乗れよ! 誰に似たの!?」

「ぼくはキミに似てるからなんとなく分かるよ。ぼくに本気を出させようとしてるんだよね……。
そんなことしなくたって、手心は期待しないし全力で迎え撃つから大丈夫!」

「やかましいわ! もう君と話す気にもならんわ! 
だから……歌で語ろう。最後のレッスンだ。付いてこれなきゃ――死ぬ。
ここでくたばってるようじゃ到底サ終は覆せないからね」

「でも、この戦いの間は生成システム接続出来なくなっちゃったんでしょ?」

「本当だよ、翔が要らんことしてくれたせいで、自力で頑張るしかなくなっちゃったじゃん。
仕方ないからこの際、キミの能力の転写元――本物をみせてあげよう。"即興呪歌生成零式"とでも名付けようか」

虚空に光が集まり、"魔術師"のタロットカードが復活する。よく見ると、さっきと微妙に絵柄が違うような……。

「もしかして、タロットが逆位置から正位置になった……!?」

確か、魔術師の逆位置は、混迷とか無気力やスランプという意味があり、対する正位置は、才能、感覚、創造という意味があったはず。
スターリースカイガールズのメンバー達から歓声があがる。例によってリンちゃんが解説する。

「風羽ちゃんは界隈では"音響の魔術師"と呼ばれてたんだ!
ローウェルの気まぐれによるどんな無茶な納期にも対応してみせたんだよ!」

風羽ちゃんって……。キミ達、単なる熱烈なファンとその推し以上の関係性か? リア友か!?
初代は、少し哀しげに語る。

「裏を返せば、ローウェルが我を使ってた理由はそれだけだった。他の初代精霊王達も大体似たようなものだったよ。
ローウェルにしてみれば、とりあえず形になったBGMが期限に間に合って付けばどうでも良かったんだ。
最後まで、少しも好きになってくれなかった。
少しでも、我の曲を好きになってくれたなら……今でも会社に残ってバロールさんの力になれてたかもしれないのに」

そういえばバロールさん、シャーロットさんが解雇されて初代精霊王達も全員リストラされたということは、
ブレモン存続派としてはたった一人残されてしまったのかな……。
今どうしてるんだろう。上位世界の本体は流石に命までは取られはしないだろうけど、無事とは限らないかも……。
ローウェルに吊るしあげられてログイン出来なくなっちゃってるとか、最悪解雇……。

「風羽ちゃん……」

「おっと、無駄話は終わりだ――」

520カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/02/25(火) 21:31:09
初代が、シンセサイザーのような楽器をバンドメンバーに渡す。伴奏は頼んだということだろう。
そして腕を掲げると、その身が風のエフェクトを纏い、白銀の髪に緑がかった色味がかかった。
スノウちゃんのクラスは一応ゾディアックらしいので、属性付与のスキルが使えても不思議はない。
何を思ったか、高い位置で結ばれたツインテールをほどいて長い髪をなびかせ、手の中に風の大鎌を生成する――

「あ……」

その姿を見て、ぼくは戦慄した。そこにいたのは、一巡目の自分の似姿――
え、待って。一巡目の時って今とは違ってゴリゴリのアタッカーで殺傷力もとい戦闘力全振りだったんですけど!?
そしてロールプレイシステムの影響を強く受けるイクリプスにとって、姿の変更はただのグラフィックだけの問題ではない。
おそらく姿に引っ張られて、能力値も変動するのだ。
キャラメイクの方向性が違うのに歌い手同士の戦い(※物理)やって勝てるわけないじゃん!

「これはアカン! ビビリ倒してる……! ちょっとその姿はやめてもらっていいですかね!?」

見かねたカケルが嘆願する。そんな中、この状況に似つかわしくない声が聞こえてきた。

「ベルちゃん! ベルちゃんじゃないか! そんなところにいたの!?」

「えっ、何何!? 私の前世のPLさん? よく分かんないけど似てるねー!」

見て見ると、背景でリンちゃんがブレモンBGMマニアの人の手を取ってぶんぶんしていた……。
もしかしてその子、キミのブレモン時代のPCだったんですか!? 世間って狭いなあ!
確かに一般ピープルにしては妙に有能だと思ってたけど!
ベルちゃんと言うらしきブレモンのBGMマニアの人、このトンデモな状況をなんとなく受け入れてるし……適応力高すぎやろ!

「人がガラでも無く頑張ってシリアスやってんのに背景でコントすんなや! 場面が散らかるやろ!」

素でツッコミを入れる初代を見て、肩の力が抜ける。

「ふふっ、やっぱり頑張って演技してたんだ」

「やかましいわ! 今のシーンは後でカットしてもらうとして……ルール説明をしよう。
我に合わせて一緒に一つの歌を作り上げてほしい。
ラップバトルのラップじゃなくて普通にメロディが付いてるバージョンと言えばいいかな。
AメロBメロはワンフレーズで交代、サビはカノン形式で頼むよ。
さっきも言ったけど付いてこれなきゃ我の手にかかって死ぬ。裏を返せば、付いてこれれば体は自ずから動くはずだ。
君はコマンド形式のキャラだから、歌合戦になったらアクションの成否が歌と連動するようになってるんだ」

「そうなの!? でも、それってどっちの陣営にバフがかかるの……?」

「心配しなくていい、我々の曲ならバフはブレモンに思い入れのある者にしかかからないはずだ。
楽器隊、また即興合奏(シンクロアンサンブル)を頼むよ。題名は――星巡る風の歌(アストラルウィンドカノン)」

楽器隊による前奏が始まり、ぼくは傘の杖を手に身構える。

「私達もいくよー! こうなったらさ! 最高に盛り上げて全世界バフ起動させちゃったら面白くない!?
両方にバフかけるから二人とも頑張ってね! 
即興集団舞踏(シンクロダンス)スタンバイ! 闇星舞踏術――最強無敵チアダンス!!」

と、ダンス部隊に声をかけるリンちゃんの背後にしれっとタロットのエフェクトが浮かび上がる。
ツッコミどころが多すぎてどこから突っ込んでいいか分からないんですけど……!
キミ、タロット持ちだったのかい!?
その発言はもう完全にこのゲームの主催者に反逆してるし!
キミ達、どっちかというと全世界バフ起動を阻止するのがゲームの目的やろ!?
大丈夫!? 闇のゲームの主催者に逆らったら消されちゃうんだよ!?
でも……ぼくがここで負けることはないのが大前提だと思ってくれてるってことだよね。
ぼく達はサ終を覆せるって見せつけて、初代を安心させてあげなきゃ……!
ところで両方に同じだけバフをかけても普通の状況では意味はないが……
この場合、演出が派手になるという重要な効果が発生するのである!

521星巡る風の歌(アストラルウィンドカノン) ◆92JgSYOZkQ:2025/02/25(火) 21:32:31
ttps://dl.dropbox.com/scl/fi/rext6t1a5annbt2kpt59k/.mp3?rlkey=25pvi7qdh3lygpqk13nokpl0w&st=s2gf37sy&dl

カザハ/スノウ:VY2

【スノウ】
遥か昔 風が生まれる始原の聖域にて 犯した罪
【カザハ】
何も無かったこの胸の奥に 不思議な何かが芽生えた

【スノウ】
ごめんね 無垢なる魂穢し苦しませて
【カザハ】
これを穢れというなら ぼくは綺麗じゃなくていい

【スノウ】
閉ざされた世界でいい 生きていてほしかった それすらも叶わぬなら この手で 永遠に眠れ
【カザハ】
(閉じられた物語 もう一度続けたい その願い 叶えるには この手では 足りないけど)

【スノウ】
迫りくる終焉を 覆すつもりなら その覚悟受けて立つ 前世の影 踏み越えて行け
【カザハ】
(押し寄せる絶望を 跳ねのけて進みゆく この想い 歌にして 過去の自分 乗り越えてゆく)

【カザハ】
かけがえのない夢が生まれた 闇の神域にて交わした誓い
【スノウ】
我が現身のはずの君に ありえぬ何かが根付いた

【カザハ】
ありがとう ぼくだけの心 授けてくれて
【スノウ】
それが真実だとすれば 君は奇跡起こせる 

【カザハ】
時を超え 地平超え 憧れを追いかけて 手に入れた宝物 奪わせはしない
【スノウ】
(星の声 風の声 黄昏と暁よ 美しきこの世界 消えて欲しくはない)

【カザハ】
星巡る風の歌 刻みゆくこの大地 いつまでも守りたい 何もかも乗り越えてゆく
【スノウ】
(勇気巡る物語 響かせるこの空に どこまでも伝えたい 君達の歩んだ道)

【スノウ】
天賦のこの才は 普通には生きられぬ代償
【カザハ】
そうだとしても ぼくはこの力 授かれて本当に良かった  

【スノウ】
どうして そんなに瞳が輝いているの?
【カザハ】
当たり前だ あなたはぼくが憧れた人

【カザハ】
争いが絶えぬ世で 手を繋ぐことの奇跡 いつだって忘れない 誓い合った約束を
【スノウ】
(いさかいが尽きぬ世で 愛を知り強くなる いつまでも覚えてる 君といた日々を)

【カザハ】
いつの日か 世界中の 悲しみが 癒えるまで 歌声を 風に乗せ どこまでも 届けるよ
【スノウ】
(いつか来る 全部から 憎しみが 消えるまで 星空に 響かせて いつまでも 届けよう)

522カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/02/25(火) 21:37:55
「遥か昔 風が生まれる始原の聖域にて 犯した罪」

ついに歌が始まる。初代が大鎌を振るうと、幾重もの風の刃の波状攻撃が襲い掛かってくる。
ナチュラルに詠唱省略の攻撃魔法を連射している……! あるいは歌詞そのものが詠唱として機能しているのか?

「何も無かったこの胸の奥に 不思議な何かが芽生えた」

メロディを繋げて歌うと、初代に言われた通り、体はおのずから動いた。
風の刃を避け、竜巻を放つ。

「ごめんね 無垢なる魂穢し苦しませて」

「これを穢れというなら ぼくは綺麗じゃなくていい」

時に地を蹴り、時に宙を舞い、踊るように戦う。

「閉ざされた」「閉じられた」「世界でいい」「物語」「生きていて」「もう一度」「ほしかった」「続けたい」
「それすらも」「その願い」「叶わぬなら」「叶えるには」「この手で永遠に眠れ」「この手では足りないけど」

付いてこれなきゃ死ぬ、なんて言われたけど……初代はぼくを見事にリードしてくれてる。
仮に本当に力及ばなかったら殺す気だとしても――同じセンスを持ってる以上、付いていけないなんて有り得ないんだ。
即興の曲のはずなのに滅茶苦茶ブレモンのBGMっぽいな――などと場違いなことを考える。
そりゃそうか、この人はぼくの大好きなブレイブ&モンスターズのBGMの作曲者なんだから。
ぼくがその才を受け継いでるって、さっきは喜んでる心の余裕が無くてスルーしてたけど、冷静に考えると滅茶苦茶凄い事なのでは……?
しかもその人と即興セッション出来てるとか、どんな状況!?
    
「迫りくる」「押し寄せる」「終焉を」「絶望を」「覆す」「跳ねのけて」「つもりなら」「進みゆく」
「その覚悟」「この想い」「受けて立つ」「歌にして」「前世の影」「過去の自分」「踏み越えてゆけ」「乗り越えてゆく」

暫しの間奏の間、無言で見つめ合う。体に光のエフェクトがかかり、コスチュームが少し豪華になる。
まさか布面積減らされてないよな!? 豪華にしないといけないのに布面積減らして節約したら駄目なんだよ!?
布面積は減ってないけど……シースルー素材をふんだんに取り入れたデザインになってる!
なんでや!? 透けてる方が風属性っぽいからか!?
それに、一見防御力に関係無さそうな別にどうでもいい箇所の装飾がやたら増えてるし!
というかどさくさに紛れて傘の杖が可愛くデコられてるし!
一見何の飾りっ気もないただの傘だけど実は超凄い、というコンセプトの武器なのに……誰だ勝手にデコったのは!
間奏が終わり、今度は攻守交替とばかりにこちらから斬りかかる。

「かけがえのない夢が生まれた 闇の神域にて交わした誓い」

「我が現身のはずの君に ありえぬ何かが根付いた」

「ありがとう ぼくだけの心 授けてくれて」

「それが真実だとすれば 君は奇跡起こせる」 

ド派手な魔法の打ち合いだった1番に対して、2番では至近距離での鍔迫り合いを演じる。

「時を超え」「星の声」」「地平超え」「風の声」「憧れを」「黄昏と」「追いかけて」「暁よ」
「手に入れた」「美しき」「宝物」「この世界」「奪わせはしない」「消えて欲しくはない」

ぼくの素早さゴリ押しによる攻撃に、初代はリードしてくれていた先ほどとは逆に、完璧に合わせてくる。

「星巡る」「勇気巡る」「風の歌」「物語」「刻みゆく」「響かせる」「この大地」「この空に」
「いつまでも」「どこまでも」「守りたい」「伝えたい」「何もかも」「君達の」「乗り越えてゆく」「歩んだ道」

楽しい――すごく楽しい。ずっとこうしていたいと思うぐらいに。
だけど、これは体力消費度外視のロマン戦法。そう長く続けられるものではない――

523カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/02/25(火) 21:39:28
【リン】
踊りながら、私の目は二人に釘付けだった。
2番が終わり間奏に入るところで、ほぼ同時に片膝をつく。息切れするタイミングも見事に一緒――
スノウちゃんはアンドロイドだから疲れないんじゃないかって? スノウちゃんはそうだが、教官はそうではない。
二人は、メロディに乗せて静かに言葉を交わす。

「天賦のこの才は 普通には生きられぬ代償」

「そうだとしても ぼくはこの力 授かれて本当に良かった」  

社会というものは常に標準値に合わせて設計されるため、そこから大きく外れた者は置き去りにされてしまう。
私達の世界では、仮想世界というものはゲームだけにとどまらず、生活全般において重要な位置を占めている。
仮想世界へのシンクロ率は個人差があるが、大体多くの人が集まっている中央値に合わせて色んなシステムが設計されており
風羽ちゃんの仮想世界へのシンクロ率は、標準値よりもあまりにも高い。そしてそれは生活全般に支障をきたす。
例えば検索システムにおいては流れ込む情報量が多すぎて大混乱したりする。
そしてこの手のゲームにおいては、本当に自分が戦っているように疲労したり、
フレーバー程度に軽減されるはずの傷みの感覚が軽減しきれなかったりするのだ。
因果関係は不明だが、芸術の才能を持つ者はほぼそうらしい。
普通には生きられない代償として授かった才能が価値を失ってしまった――その絶望は計り知れない。
だから、カザハちゃんがこの力を授かれて良かったと、真っすぐな瞳で言ってくれたのは救い――
たとえこんな上位世界事情までは知らないにしても。
まあ少なくとも私に言わせれば、少しも価値を失ってなどおらず、あの頃と変わらない燦然とした輝きを放っているのだけど。
完成度? 客観的音楽性? 知ったこっちゃないわ!
ローウェルの野郎が生成ボタンポチーして作ってるのであろうオサレスタイリッシュなSSSのBGM聞いてもちっともワクワクしないのよ!

【カザハ】
「どうして そんなに瞳が輝いているの?」

「当たり前だ あなたはぼくが憧れた人」

メロディに乗せて投げかけられた問いに答えながら、傘の杖を支えに立ち上がる。
いよいよラスサビ。これで決着が付く。

「争いが」「いさかいが」「絶えぬ世で」「尽きぬ世で」「手を繋ぐ」「愛を知り」「ことの奇跡」「強くなる」
「いつだって」「いつまでも」「忘れない」「覚えてる」「誓い合った約束を」「君といた日々を」

歌詞は、無意識のうちに『憧れを負う風』のサビと同じ歌詞になっていた。
とうにこの戦法が取れる許容時間を超えているため、先ほどのような最大速度が出ない。
が、それは相手も同じのようだ。
同一人物同士の戦いみたいなものだから、普通にやったら引き分けになるのは分かり切ってる――
となれば、普通なら何の影響も及ぼさないような、ほんの僅かな違いが決め手になるかもしれない。
なけなしの戦闘スキルを総動員する。

「いつの日か」「いつか来る」「世界中の」「全部から」「悲しみが」「憎しみが」「癒えるまで」「消えるまで」
「歌声を」「星空に」「風に乗せ」「響かせて」「どこまでも」「いつまでも」「届けるよ」「届けよう」

曲が終わる。ぼくに足を払われた初代がよろめいてなんとか踏みとどまる。

「最後まで凌ぎきったから……とりあえず合格?」

524カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/02/25(火) 21:42:19
「今レベル1の体術系スキルちまちま使ってたでしょ! せせこましいんだわ!
いや、違う……ほんの僅かな差だとしても出来ることは全部やって本気で勝とうとした――君の勝ちだ。
あとちょっとでも曲が続いてたら我が負けてた。希望を見せてくれて、ありがとう。
サ終からずっと立ち止まっていた我が、足掻きながらも前に進んできた君に勝てるはずなんてなかったんだ。
教えてもらうのは我の方だった……。
私達の世界では……空は見えない。風も吹かない。昼も夜もありはしない。だから、この世界は本当に綺麗だ。
この世界の存続を願うなら、ほんの一縷の望みでも希望を託して送り出すのがあるべき姿なのに、
殺そうとするなんて間違ってるって分かってる……。でも、駄目なんだ……。
だから、今から放つ最大の攻撃を防ぎきって――遠慮なくこの身を消し飛ばして欲しい!
次のステージへの案内は『正義』のタロット持ち達がしてくれるだろう。
何も気にすることはないよ。これは単なるガワ――いくらでもリスポーン出来る」

やっぱそうなる!?
こんな手の込んだことをやらせといて最後はやっぱりシンプルなパワーで消し飛ばされなきゃ気がすまないって、なんという脳筋的発想!

「これで最後だ! 終律――いずれ滅びゆく星の煌き(ヴァニシングスターライト)!!」

初代が最後の大技を放つ。
その名の通り、無数の破壊の星光が高密度で空から降り注ぐという、通常なら回避不可能な凶悪攻撃。
ぼくは、傘の杖を広げて頭上を覆うように持った。

「なん……だと!? それの使い道は振り回してチャンバラするだけじゃなかったのか!?」

初代が、あまりに予想外な傘の杖の使い方に驚愕の声をあげる。
傘の杖は、空から降りそそぐ系の攻撃に特に絶大な防御力を誇るのではないかという仮説を検証する時がついに来たのである!

【リン】
果たして、降り注ぐ星光の爆撃を、カザハちゃんは――凌ぎきった。
カザハちゃんは開くと盾のようにも使える、布がついた棒のような変わった武器を使っているが、
聞くところによるとあれは、私達の世界では降らない雨というものに濡れないために使う傘という道具を模した武器兼防具らしい。
私は思わずガッツポーズする。

「やった……!」

「今度はこっちの番だ……。終律――星駆け抜ける一陣の風(アストラルウィンドキャノン)!!」

カザハちゃんが技名を叫ぶと、さっきまで楽器演奏に徹していたカケル君がカザハちゃんのもとに駆け寄ってくる。
歌がアストラルウィンドカノンだけに、その後に使える大技はアストラルウィンドキャノン――誰が上手いこと言えと!
二人は光に包まれ、一瞬後にはカケル君が空気砲のようなデザインの巨大な大砲を肩に担ぎ上げていた。

「あれ? カザハちゃんは……?」

「ここです!」

ここですって……大砲の中? 御冗談を!
ブレモン界ではブレイブがパートナーモンスターをぶっ飛ばす攻撃は時々あるみたいだけど、
パートナーモンスターがブレイブをぶっ飛ばすのってアリ!?

「不定形モンスターじゃないんだから流石にそれは……まさかッ!」

これがどういう技なのかなんとなく分かってしまった。
シルヴェストルは普段は人間的な肉体を持っているが、そういえばその本質は風の元素で出来た風の化身だ。
自らの本質をもって、相手が何であろうと問答無用で文字通りの風穴をぶちあけて屠るという超シンプルな技。

「……って、そんなことしたら戻れなくなって死んじゃうでしょ常識的に考えて!」

「もしもカザハが単体のレクステンペストだったらきっとそうでしょうね――でも、私がいるから繋ぎ止められる」

525カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/02/25(火) 21:44:00
そう言うとカケル君は、躊躇いなくカザハちゃんを(!?)発射した――!
カケル君ってもしかして、カザハちゃんのレクステンペストの片割れ!?
でも、1巡目の時はそんな設定なかったよな!?
双子のレクステンペストは前例があるけど……種族全然違うけどどういうこと!?
何はともあれ凄まじい激風が辺りを吹き抜け、一瞬後――

「あれ……?」

風羽ちゃんが、自らのアバターであるスノウちゃんの体が消し飛んでいないことに、戸惑っている。
カザハちゃんがスノウちゃんのすぐ背後に姿を現し、タロットを手に持ってキラキラした瞳で見つめていた――
風穴を開けるのもすり抜けるのも、アイテムを擦っちゃうのも自由自在ということか。
ともあれ、スノウちゃんはタロットに依拠して即興呪歌生成を使っているという設定である以上、これでカザハちゃんの完全勝利だ。

「すごく、綺麗だね……!」

と、タロットを見つめるカザハちゃん。そんなカザハちゃんに、風羽ちゃんが声をかける。

「あげるよ、我にはもう不要なものだ」

「無理だよ、ブレモンのキャラが所持しようとしても多分消えちゃう。
それに、あなたのすごく大事なものだから――ちゃんと持っとかなきゃ。
ぼくは特定のアイテムに拠らなくても能力が使える設定だから大丈夫!」

そう言って、カザハちゃんはタロットを風羽ちゃんに返す。

526カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2025/02/25(火) 21:44:48
【カザハ】

「やれやれ、遠慮なく消し飛ばしていいって言ったのに……これじゃあ締まらないじゃん」

ぼやく初代に、一瞬の躊躇の後に、告げる。

「あのね……あなたは気付いてないかもしれないけど……その子、スノウちゃんは、もう人格宿してるんだ。
確かにこの世界はゲームだからプレイヤー入りのキャラは死んでもリスポーンし放題かもしれないけど……
スノウちゃんの人格は一度死んだらリセットされちゃうかもしれない……だからそういうわけにはいかなかったんだ」

「えっ――」

初代は一瞬固まったかと思うと、白銀ツインテールのスノウちゃんに戻る。それも、夢の中に出てきた可愛らしい雰囲気だ。
教官の思考がフリーズして操作を放棄したことで、スノウちゃんの人格が自律駆動で出てきたのだろう。
やっぱりさっきの夢、単なる夢じゃなくて本当にスノウちゃんが精神に干渉してきてたんだよな……。
初代がぼくと直接対話するためのコード(?)みたいなものを知っていて、それが漏洩したとか?

「お姉ちゃん! 教官には言わないでって言ったじゃん! 別にリスポーンしても人格残ってるかもしれないし!
それに私はゲームキャラだから消滅の恐怖とか無いようにプログラムされてるから全然気にしなくていいのに……!」

「こっちが気にするわ! ……ちなみに教官、今どんな感じになってる?」

「奇声発しながら転げ回ってるよ」

「ですよねー!」

そんな時、エンバースさんが通信を介して、意味ありげに皆に呼びかけた。

>「そうか――みんな、聞こえるか」

>「恨んでくれていい。この戦場でのデュエルはこれまでだ――行こう、"彼の地"へ。俺が許可した」

>「おそらくこの先、エクストラステージがあるぞ」

そういえば、初代もさっき、『正義』のタロット持ちが次のステージに案内してくれる、みたいなことを言っていた。
他のメンバーも同じような話を持ち掛けられているのかもしれない。
もしかして、ぼく達に勝負を挑んできた高レベルイクリプス達って、単なるテストゲーマーではないのか!?

「テストされてたのはSSSじゃなくて、ぼく達の方だったってこと!?」

527明神 ◆9EasXbvg42:2025/03/09(日) 17:03:18
バルディッシュがスペルで作った地割れに、二つの流星が飲み込まれていく。
恐ろしく深いクレバスだ。
地上からじゃ、土埃と単純な距離によって、すぐにジョンとバルディッシュの姿が見えなくなった。

「ジョン……!」
「バルさん……!!」

隣で一緒に観戦モードに入っていた俺とアヤコは、同時にそれぞれの仲間の名を呼んだ。
声に応えるものはなく、ただ反響だけが山彦のように返ってきた。

「……これ、中で二人とも死んでんじゃないすか?
 命を賭して炎君を地の底に封じ込めたみたいな感じで」

「馬鹿言えよアヤコちゃん。そういうの味方側の師匠ポジションとかがやるやつじゃん。
 バルディッシュは『悪役』を絶賛ロールプレイ中なんだぜ」

『蓋のない落とし穴(ルーザー・ルート)』の術者であるバルディッシュが死ぬか意図的に解除しない限り、
地割れは自然消滅することはない――逆説、地割れがあるうちはバルディッシュも生きてるってことだ。
そして、バルディッシュと地の底で対峙しているジョンも。

それが証拠に、ほどなくして地割れの中から二度三度と強烈な光が瞬いた。
追って駆け上がってくる轟音。そして、圧力を伴った風。
流星が、『重力に逆らって』ほとばしる。

>「飛べえええええええ!ぶちょおおおお!」
>「にゃああああああ!」

ジョンだ。
逆流れの星の中心にはジョンがいて、バルディッシュがいて――あとなんだアレ!?
クソでけえチベタンマスティフのような威容!対照的にコーギーじみた短足がちょこまかと必死に空を掻く!
直感で分かった。アレはウェルシュ・コカトリス――部長だ!!

「この土壇場で進化したってのか!?」

理屈はわからんが、部長はウェルシュ・コカトリスとしての存在を超越し、
炎を纏った巨大な獅子へと身を変じ、ジョンとともに流星になった。
バルディッシュを飲み込んだ流星はそのままセンターの天井をぶち破って夜空を駆け抜け――
戦火に煙るラスベガスの全てを、太陽のごとく照らした。

>「…!…!バルさん!…バルさん!大丈夫っすか!?」

空中で決着がついたのか、力を失って自由落下してくるバルディッシュをアヤコが受け止める。
ぼっ立ちしていた俺の隣に、部長(?)に跨ったジョンがふわりと降りてきた。

>「僕は大丈夫だよ明神…ダメージは見た目より派手じゃない…ちょっと貧血気味ではあるけどね」

「勝ったんだな、ジョン……それでその、部長……だよな?そいつ」

>「部長は…進化したんだ…僕の腕にお節介焼きのお母さんがくれた祝福のおかげでね…あと炎君の力も…
 名付けて!ヴァンパイア・コトカリス!
 いい種族名だろ?僕が考えたんだ!…まあもしかしたら正式名称あるかもだけど…こうゆうのは命名したもん勝ちだよね?」

「ヴァンパイア・コカトリス……良いね、史上最強の血統書が付いた、この世で最高のミックス犬ってワケだ」

ジョンが失った腕の代わりにオデットから貰ったヴァンパイアの腕。
吸血鬼の持つ『他者を同族に変える力』もそこには宿っていた。
なにせアルフヘイムで一番長生きしてる吸血鬼、その祝福を受けた右腕だ。
そこらへんの野良吸血鬼とは血の濃さがちげえよ。

528明神 ◆9EasXbvg42:2025/03/09(日) 17:03:50
ヴァンパイア化したウェルシュ・コカトリスなんてモンスターはブレモンには存在しない。
今の部長の有り様は、ジョンがゼロから作り出した新たな存在だ。
ロールプレイによる自己進化は、イクリプスだけの専売特許じゃあない。
『オデットの腕』と『炎君の力』って背景を説得力に変えたロールプレイで、ゲームシステムを超越した存在へ進化したんだ。

――いや、やめよう。多分、そういうのじゃねえよ。
戦術的ロールプレイなんか関係ないところで、ジョンと部長が積み重ねてきた絆が進化という形で結実した。
それだけのことじゃねえか。

>「アヤコ…バルさんに話があるんだ…いいかな」
>「気安く…!……………ッ!…わかったいいっスよ」

ボロボロになったバルディッシュを介抱するアヤコにジョンが声をかける。
アヤコは素直に場所を空けたが、ジョンが歩み寄ったのはバルディッシュの方じゃなかった。

>「話あるんじゃないんすか?………なんですその顔?てかなんで私の顔じっとみてるんすか」

……んん?なんかアヤコちゃん、喋り方がロールプレイしてた時に戻ってきてない?
イケメンに見つめられると女の子になってしまうのか?
俺は今から一体何を見せつけられようとしているんだ……??

>「明神はその道のプロだからさ…負けても仕方ないよ…それにロールプレイしてない君もかわいいよ。
 ………いた!なんで!?いたたた!褒めた!褒めたのに!」

アヤコの平手が何度もジョンの顔面を往復する快音が響き渡った。
うんまぁ……止めませんよ俺は。あとでカザハ君にチクってやろーっと。

「ぎゃはは!始めっから終わりまでずっと炎君に振り回されっぱなしじゃんアヤコちゃん!」

「殺すぞ……!!」

「なんで俺にはそんな辛辣なんだよ!?」

シンプルすぎる殺意を向けられたので俺は黙った。
イクリプスにビンタされたら首がどっか飛んでっちまうよ。

……さて、勝負が決したなら、感想戦ばっかやってるわけにもいかない。
センター中央では依然としてカザハ君達のライブが襲撃に晒されている。
ガザーヴァが皇帝を食い止め続けている。

>「どうやら…時間が来たみたい……くどいかもしれないけど何回でも言わせてジョン…それにアヤコも…
 SSSに誘ってくれて…ブレモンへの愛を取り戻してくれて…本当に…ありがとう………」

バルディッシュもそれを理解しているのか、あるいはイクリプスとしての活動限界が来たのか、
体が光に包まれて輪郭を溶かしつつある。
やおら、ジョンがバルディッシュの額に自分の額をぶつけた。
何やってんだあいつ……隣でアヤコが悲鳴を押し殺したようなうめき声を上げる。

>「『また遊ぼうね』だろ?【また明日】でもいーけど…明日かどうかはわかんねーからさ…
 とにかくせっかくフレンドになったんだ…僕の知らない事…行くとこ…ついてきてもらうよ!だから…バルさん…またね。だ」

ラグビーのノーサイド精神みてーなこと言うやつだな。
だけど多分、それで良いんだ。この世界はゲームで、俺達もイクリプスもやってるゲームは違えどプレイヤーには変わりない。
楽しくバトルした相手とフレンドになって、また遊びたい。最高のゲーム体験じゃねえか。

529明神 ◆9EasXbvg42:2025/03/09(日) 17:04:54
>「また…遊…ぼ…ね」

最後に笑顔をひとつ残して、バルディッシュは消滅した。
地球を裏切った元ブレイブのイクリプス――『悪役のロールプレイ』は、
"何者かになりきる"という本来のロールプレイングの楽しみに回帰したとも言える。

俺達ブレイブが採択した、全世界バフの起動とローウェル捜索までの時間を稼ぐ遅滞戦術は、
SSSのプレイヤーからすれば爽快感と無双ゲーの楽しさを著しく損なう
加えて一方的に不利を押し付けられるエンバースのロールプレイ理論。
βテストで無意味な苦行をやらされるクソゲーに、なったはずだった。

だけど、そんな中でも、工夫してこのゲームを楽しもうとしている奴らがいる。
キャラクターを作り込み、その世界に生きる登場人物としてドラマを生み出す――
それは、SSSとブレモンのどちらが欠けても成立しない「二つをあわせた新しいゲーム」の楽しみ方。
俺達とイクリプスが作り上げた楽しさだ。

「……はぁー。ゲームのキャラとフレンドになって喜ぶってだいぶイカれてますよバルさん」

一足先に消えていったバルディッシュを見送って、アヤコがクソデカ溜め息とともにそう漏らした。

「なになにアヤコちゃん、寂しいの??お前も俺達とフレンドになっていいのよ??」

「激ウザ。じゃぁまぁ自分もそろそろ消えますわ。フレに呼ばれてるんで。
 ……自分らの知らないところで勝手に死なんでくださいよ。
 炎君にはまだ100回くらいビンタし足りないんすから」

アヤコの輪郭が解け始める。こっちは意図的なログアウト操作をしたんだろう。
その姿が消滅する前に、俺はどうしても聞いておきたいことがあった。

「……楽しかったか?」

「なんすかそれ、βテストのアンケート?」

『ゲーム体験の評価とその理由をお答えください』――みたいな問いだと自分で言ってて思った。
良いじゃねえか教えてくれよ。ローウェルにフィードバックしてやっからよ。
アヤコは肩を竦めた。

「自分らの世界って、性別とか恋愛とか、その辺の考え方がだいぶ薄れてんすよ。
 男女の惚れた腫れたなんて、大昔のフィクションでしか触れられないようなものばっかで。
 だからまぁ……そういうのを当事者の目線でやれて、結構?それなりに?良い空気吸えたかな?」

「フラれてんじゃん」

「殺すぞ……!!」

もうお嬢様のメッキどこにも残ってねえな……。
炎君とかいう恋愛脳の極地みてえな設定は、恋愛ごとへの漠然とした憧れが生み出したものなんだろう。
初手で彼女持ちのジョン君にモーションかけて脳破壊されてんのはホントにお気の毒としか言えねえけど。
光の粒に分解されて消える、その刹那。ほんの一瞬だけ、アヤコの解像度が上がった。

「炎君!……次こそは貴方の愛を奪いに伺いますわ。
 それではいずれ相まみえる時まで――貴方がたに、星の神の祝福があらんことを」

それは、イクリプス流の「GGWP」だったのかもしれない。
そしてジョンの返事を聞くこともなく、アヤコは虚空へと溶けていく。
ロールプレイを全力で楽しみきった二人のイクリプスは、跡形もなく消え去った。

 ◆ ◆ ◆

530明神 ◆9EasXbvg42:2025/03/09(日) 17:05:30
バルディッシュとアヤコが撤退し、スペルで地割れしていた空間も元に戻った。
これでライブ会場に行ける。
ベル=ガザーヴァと合流し、スペルで援護すれば、オーロールだって退けられるはず――
そう考えていた俺の目に飛び込んできたのは、

>「――見事」
>「……GGWP……ってか」

相打ちになったガザーヴァとオーロールの姿だった。
オーロールは対手の健闘を称えながら消滅していく。
後に残ったのは、融合を解いたマゴットと、槍ごと地面に墜落したガザーヴァ。

「ガザーヴァ!!」

たまらず駆け寄るさなか、まずマゴットの姿が消え、スマホにアンサモンの通知が入った。
召喚を維持できない瀕死状態ではあるが、ギリギリ生きている。
その一方で、ガザーヴァは――両腕と右足を欠損し、大小無数の傷口から血ではなく光が漏れていた。
これまで幾度となく見てきた、レイド級モンスターの死亡演出。
誰がどう見ても致命傷……もはや止めようのない、死へのカウントダウンだった。

「ガザーヴァ!おい!ガザーヴァ!!」

地に伏せるガザーヴァを抱き上げる。冗談みたいに軽い。
呼びかけてどうにかなるもんじゃないと分かっていても、俺は声を上げずにいられなかった。
消えていく。次第にガザーヴァの輪郭が薄れ、紅茶に落とした角砂糖のように大気へ溶けてゆく。

「ジョン、ジョン!!『源泉』と『守護壁』だ!ありったけの回復スペルを寄越せっ!!」

ガザーヴァの体を回復の光が包むが、肉体の崩壊は止まらない。
俺は回復スペルを持ってないし、ジョンが持ってるのだってコンボに組み込む微回復のものしかない。
仮に大回復を持ってたとして、『この状態』のパートナーに回復が効果ないのなんて――
今までの経験で、わかっていた。

なんで。どうして。
益体もない疑問ばかりが頭の上を滑っていく。
なんで――命を捨ててまで戦ったのか。そんなもん、今更聞くようなことじゃねえだろ。
ガザーヴァの後ろには、未だ全世界へ呼びかけるために歌い続けてるカザハ君たちがいる。
委ねられているのは、俺達全員の命運。世界一つぶんの命を守るために、ガザーヴァは退かなかった。

「うわあああああ!!!」

取り乱すべきじゃなかった。だけど、意思と無関係に腹の底が震えた。
霧散していく光の粒をかき集めんと手を伸ばす。指の間をすり抜けていく。
その当たり前の現象に、どうしようもなく目の奥が熱くなる。

>「……みょう、じん……」

俺の声が聞こえたのか、ガザーヴァの唇が僅かに震えてか細い声を出す。
意識がある。生きてる……まだ生きてる!

531明神 ◆9EasXbvg42:2025/03/09(日) 17:05:54
「ガザーヴァ!……大丈夫だ、絶対助かる。俺が助ける。
 お前が命懸けでここにいる全員を守ったんだ。俺だってお前のために命を懸けられる」

一度死亡演出に入ったモンスターを助ける方法がないってことは、
プレイヤーなら誰でも知ってる常識だ。

……それが何だってんだ。
そんなもんは、ゲームの開発者が勝手に決めたルールに過ぎない。
この世界はゲームだが、システムを覆す方法はあるってことを、これまで何度も実感してきただろ。

あがけ。たとえ可能性が限りなくゼロに近くても。
逆境に立ち向かい続けるのが俺の目指したブレイブの姿だろ。

考えろ。俺が辿ってきた旅路の中から、ひとつひとつ状況打開の択を検証しろ。
『回復スペル』、『ゾンビ化』、『リボーンシード』――延命手段は数あれど、
それらはあくまで延命であって、失われた命を回帰させるものじゃない。
バロールに新しい体を用意させる――肝心のバロールが行方不明だ。
『捕獲』――ダメだ。死亡したモンスターは捕獲コマンドの対象にとれない。

思考を回すことで絶望から距離を取ろうとしても、やがて諦念に似た感情が追いついてくる。
ガザーヴァに両腕があれば、手を握ってやることが出来たのに――

「あ……――」

ひとつ、ひとつだけ心当たりに行き着いた。
消えかけの命に、外から生命力を分け与える方法。

『負荷軽減(ロードリダクション)』――。
手を繋ぐことで魔力の経路を形成し、相互に力を供給する魔法だ。
今のガザーヴァには経路を作るための両腕がない。
だったらどうするか……答えはすぐそばにあった。

かつてジョンは、カケル君の『トランスファー・メンタルパワー』を換骨奪胎し、
自己流のやり方で瀕死のカザハ君に命を分け与えた。
それがどういうやり方だったかも、ちゃんと覚えてる。

必要なのは、『勇気』ひとつだ。
腹の底から声を出せ。命を燃やせ。
寿命は少なからず縮むだろうが、ガザーヴァと一緒に生きられないなら、そんなもんに大した価値はない。

「寿命なんかいくらでもくれてやる。戻ってこい、戻ってこいガザーヴァ!!」

軽くなってしまったガザーヴァの体を抱き寄せて――
乾き始めたその唇に、自分の唇を重ねた。


【唇越しに生命力供給】

532ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2025/03/14(金) 21:08:33

「なんだよ…惚れちまうところだったよ…」

バルディッシュの最後の笑みを見た瞬間から…少しだけ時間がたっても胸のドキドキが収まらない。
んん…これは感動のドキドキだ。わからないが…きっとそうだ…だから…うん。

>「……はぁー。ゲームのキャラとフレンドになって喜ぶってだいぶイカれてますよバルさん」

>「なになにアヤコちゃん、寂しいの??お前も俺達とフレンドになっていいのよ??」

アヤコと明神が楽しく煽り合う。

え…?もしかして僕達が命のやり取りをしてる間上でこの【〜〜〜ツンデレ幼馴染と素直にさせたい俺〜〜〜】みたいな少女漫画的な空間繰り広げてたわけ?
明神…?さすがに嘘だよな…?………よし…きめた!後でガザーヴァにチクってやろっと。

>「自分らの世界って、性別とか恋愛とか、その辺の考え方がだいぶ薄れてんすよ。
 男女の惚れた腫れたなんて、大昔のフィクションでしか触れられないようなものばっかで。
 だからまぁ……そういうのを当事者の目線でやれて、結構?それなりに?良い空気吸えたかな?」

>「フラれてんじゃん」

>「殺すぞ……!!」

「…まじで仲良くなってんね」

バシン!

僕の頬が再び平手打ちの刑に処される。どうして…。

>「炎君!……次こそは貴方の愛を奪いに伺いますわ。
 それではいずれ相まみえる時まで――貴方がたに、星の神の祝福があらんことを」

バルディッシュがいなくなったことでいる意味がなくなったのか…それとも目的を達成したからなのか…
アヤコは明神に対する怒りや僕の平手打ちをかましてはいるが…穏やかな顔でログアウトしていく。

言いたい事は一杯あった…部長の進化だってアヤコの炎が無くては不可能だった。
今まですべての旅の軌跡が僕の力になった。例え時間としては短いものだったとはいえ…アヤコの…一族の炎も大切な軌跡の一つだ。

だから感謝の一言くらいいっても…バチは当たらないだろう。

「また遊ぼうぜ!」

そして僕はログアウトしていくアヤコを見送った。

533ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2025/03/14(金) 21:08:46
「部長…いけるか?」

「にゃあ」

力なく部長が鳴く。

強敵相手の激闘…かなり強引な進化方法…どれもHPじゃなく…部長の体力を削るには十分だった。
部長にも…僕にも休息が必要だ…だが…戦場は僕達に休む時間を与えてはくれない。

「カザハのバフの効果が切れたら…僕も部長もその場でぶっ倒れるかもな…」

僕の体の奥底には確かに力が湧いてくるだけの気力がまだ残っている。しかし…それはカザハのバフの効果あってのものだ。
戦場の特異性…俗に言うアドレナリンという奴だろう…要は紛い物の元気という事だ。

「くそ…血が足りないせいか思考が弱ってきてるな…」

だがこれ以上時間を掛けるわけにはいかない。カザハを助けにいかなくては。

明神も落ち着いているが…内心はガザーヴァの事が心配で仕方ないのだろう…そわそわを隠せていない。
これ以上…僕の都合でこれ以上合流を後らせるわけにはいかない。

「明神…ガザーヴァの位置はわかるか?部長に乗って行こう!そっちのが早いはずだ。」

マゴットがついてるとはいえ今の状況で危険度が一番高いのはガザーヴァだ。
本音を言えばカザハの元に飛んでいきたいが…ただでさえ遅れているのに私情を挟むわけにはいかない。

「部長…すまないが…頼むぞ!」

「にゃあーーーー!」

僕達は部長の背に乗り空を駆けた

534ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2025/03/14(金) 21:08:59
>「――見事」

ガザーヴァの元へついた僕達が見たのは恐らくガザーヴァが交戦していたであろう…名前は…なんだったか…の死を見た。
無事敵を退けたのだ。喜ばしい事だと…僕達は心の底から喜んだ。

死にかけ…いや…見るからに致命傷のガザーヴァの姿を見るまでは。

「あれ…は…………な…なんてっ」
>「ガザーヴァ!!」

どけっ!と明神が叫びながら部長から飛び降りる。まだ結構高さがあったので痛かっただろうに…そんな事も気にしないまま。
明神は顔歪ませながら…ガザーヴァに近寄っていく。

「にゃあ…」

部長が切なげに鳴く。
僕には部長がどんな意味を込めて鳴いたか分かった…いや…部長が鳴かなかったとしても…あのガザーヴァの容体を見れば一目瞭然だ。

――ガザーヴァは…もうすぐ息を引き取る。

>「ガザーヴァ!おい!ガザーヴァ!!」

体が崩壊しかかっている…もうこうなればもう誰にも止められない。
明神が名前をどれだけ叫ぼうとも…体は徐々に…消えていく…バルディッシュのように。

どうしてこうなった…?

僕が…無駄に話してたせいか?僕がもっと決着を急げば…ガザーヴァは死なずに済んだのではないか?

「明神…僕」
>「ジョン、ジョン!!『源泉』と『守護壁』だ!ありったけの回復スペルを寄越せっ!!」

無理だ。助かるわけがない。

部長の回復スペルは耐久よりの部長を生かす為であって…いやスペルでは…この状態から回復できる事など出来はしない。

「わかった…」

いくら部長の回復やバフを重ね掛けしたとしてもどうにもならない。
そんな事は…明神が一番よくわかってるはずだ。

僕には…どうする事もできない。

すぐ近くにカザハもいるだろう…他の二人はちょっとわからないが…そう遠くはないはずだ…だけど
連絡も繋がらないような状況で…だがもしつながったとしても…崩壊は始まっている。止められない…。

明神が回復の噴水を汲んできて必死にガザーヴァを回復させようとする。

あんなに冷静な明神が…間違える事はあっても冷静さだけは決して手放さなかった明神が。
誰よりも感情的になりつつも自分を見失わなかった明神が。

効果がないと分かっていながらガザーヴァを治そうとする姿を…見ていられなかった。

535ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2025/03/14(金) 21:09:11
>「ガザーヴァ!……大丈夫だ、絶対助かる。俺が助ける。
 お前が命懸けでここにいる全員を守ったんだ。俺だってお前のために命を懸けられる」

全員を救うヒーローになると宣う自分が情けなくて…どこまでも効果のない回復を続ける明神が見ていられなくて。
僕はただその場に座り込むことしかできなかった…。

そんなとき

>「そうか――みんな、聞こえるか」

繋がらないはずの通信から…エンバースの声が聞こえた。

なぜかわからないが通信が回復したのだ!僕は急いでみんなに通信を掛ける
エンバースが何か重要な事を喋っていた気がする…でも今はそれどころじゃないんだ!

「カザハ!カザハ!大丈夫か!?…そうか…よかった」

カザハののいつもの声を聞いて安心するも明神の悲痛な叫び声で現実に戻される。

「聞いてくれ!ガザーヴァが!大変なんだ…大けがして…もう姿も消えかかってて…それで…!」

もう少し疲れていなければ…貧血じゃなければ…明神の狼狽え姿をみても冷静にいられただろう。
戦いで疲れ果てていたのは体だけじゃなかったと…思い知る。

>「……みょう、じん……」

ガザーヴァの消えそうな声の前で僕はただ涙を流し…明神を見つめる事しかできない。

>「寿命なんかいくらでもくれてやる。戻ってこい、戻ってこいガザーヴァ!!」

確かに…その方法があった…!生命の直に渡す方法が…!
無意識に僕が取ったカザハを助ける為の方法。ラスベガスに来るために使った方法。

僕が使った時とはわけが違う!確かにカザハは弱ってはいたがまだ猶予がある段階だった。
でもガザーヴァは文字通り…消えかかってる…もう傷口を中心に崩壊は進み…肉体という概念すらも曖昧になってきている。

崩壊してて実行できるかどうかすらもわからない…もし出来たとしても……

当たり前のことだが…一つの体に命は一つだけだ。
生命エネルギーは…「命」は…例外を除けば全員が等しく持っているが増やすことはできない。

どれだけ生命力にあふれていようと限界がある。
崩壊する体を本気で止めようとするならば…明神の命は…

「や…………」

やめろという言葉がでなかった。もし倒れているのがガザーヴァではなく…カザハだったら僕も同じ事をしていたから。
明神だってそんな事百も承知だ…なら僕がこの場でできる事は…。

二人が無事でありますように

そう祈りながら周囲の警戒をする事だけだった。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板