【TRPG】ブレイブ&モンスターズ!第十章
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――「ブレイブ&モンスターズ!」とは?
遡ること二年前、某大手ゲーム会社からリリースされたスマートフォン向けソーシャルゲーム。
リリース直後から国内外で絶大な支持を集め、その人気は社会現象にまで発展した。
ゲーム内容は、位置情報によって現れる様々なモンスターを捕まえ、育成し、広大な世界を冒険する本格RPGの体を成しながら、
対人戦の要素も取り入れており、その駆け引きの奥深さなどは、まるで戦略ゲームのようだとも言われている。
プレイヤーは「スペルカード」や「ユニットカード」から構成される、20枚のデッキを互いに用意。
それらを自在に駆使して、パートナーモンスターをサポートしながら、熱いアクティブタイムバトルを制するのだ!
世界中に存在する、数多のライバル達と出会い、闘い、進化する――
それこそが、ブレイブ&モンスターズ! 通称「ブレモン」なのである!!
そして、あの日――それは虚構(ゲーム)から、真実(リアル)へと姿を変えた。
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ジャンル:スマホゲーム×異世界ファンタジー
コンセプト:スマホゲームの世界に転移して大冒険!
期間(目安):特になし
GM:なし
決定リール:マナーを守った上で可
○日ルール:一週間
版権・越境:なし
敵役参加:あり
避難所の有無:なし
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人類が宇宙に進出して育星霜――
外宇宙からの脅威【星喰い(ステライーター)】を殲滅するため、
銀星連邦議会は外敵掃討部隊『銀星騎士団(コズモリッター)』の設立を宣言。
騎士団を構成する人類の守護者『星蝕者(イクリプス)』の育成に着手した。
学園惑星『セラエノ』。
無数の銀星連邦加盟星から見出された『星蝕者(イクリプス)』候補生は特務士官育成機関『アカデミー』で集団生活を営み、
その適性を伸ばされ才能を開花させてゆく。
光剣の担い手“フォトンブレーズ”
星辰の射手“サジタリウス”
貫く流星“シューティングスター”
箱舟の漕手“ネビュラノーツ”
暗黒銀河の刺客“ダークマター”
黄道の魔術師“ゾディアック”
恒星破壊者“ジャガンナート”
特務教官として七つのクラスを持つ『星蝕者(イクリプス)』たちを育成し、来たるべき破滅に抗え!
“星蝕のスターリースカイ”
少女たちと星を繋ぐ戦いが今、幕を開ける――
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「“あれ”……
あの宇宙船が、イブリースの言っていた“あれ”……。
ミハエルの言っていた、わたしたちの質問に答えられる者……なの……?」
空を見上げながら、なゆたは誰に言うともなく呆然とした表情で呟いた。
そう、なゆたたちアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』のはるか上空に浮かんでいる被造物の群れは、
まさしく宇宙船としか形容しようがない。
それも、なゆたたちの良く知っているようなスペースシャトルやボイジャーのような現実のそれとは違う。
スタートレックや銀河英雄伝説などといったスペースオペラ作品に出てきそうな、
現代文明を遥かに超越した叡智の産物とおぼしき技術の具現化した存在であった。
むろん、そんなものはアニメや映画の中の話でしか知らない。――が、何らかの特殊映像や蜃気楼の類ではない。
それらは間違いなくこの地球に、なゆたたちの視界に実体を伴って厳然と存在していた。
イブリースは『ニヴルヘイムとミズガルズの戦争ではなかった』と言っていた。
で、あるのなら。
等しく死亡しているニヴルヘイムの魔物たちと、地球の人々。
両者を鏖殺したのは――。
「エンデ……!?」
なゆたは咄嗟に傍らのエンデへ顔を向けた。
『ブレイブ&モンスターズ!』のシステム、『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』のエンデなら、
何か知っていることがあるのでは――そう思ったのだ。
しかし。
「……知らない。
三つの世界のこと、『ブレイブ&モンスターズ!』にまつわることなら、すべての事柄がぼくのデータベースに入ってる。
でも、あんな宇宙船のことは知らない。“あれ”は――」
日頃の眠たげな態度を引っ込め、ほんの少しだけ表情を強張らせながら、エンデが口を開く。
「異なる世界のものだ」
「アルフヘイムと、ニヴルヘイムと、ミズガルズ。
その三世界の他に、まだ世界があるっていうこと……?」
「いいや。『ブレイブ&モンスターズ!』の世界は、あくまでその三つだけだ。未実装で終わったムスペルヘイムを除けば。
けれど、あの宇宙船はそういうことじゃない。根本的に違うんだ」
エンデがかぶりを振る。ブレモンの中ならばまさしく全知全能と言っても差し支えない権能を持つエンデだが、
こればかりは完全にお手上げといった様子だった。
と、不意に『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちの周辺で轟音が鳴り響いた。
耳を劈くようなキャタピラの音と共に、整然と隊伍を組んだ戦車の群れが現れる。米陸軍の戦車大隊だ。
ネリス空軍基地に駐屯していた戦闘機部隊の全滅を知り、近隣の基地から派兵されてきたのだろう。
ざっと五十台はいる。他にも戦闘ジープや装甲車、銃火器で武装した歩兵を満載したトラックも見える。
世界に冠たる米軍の威信にかけて、この招かれざる外宇宙の客人(まろうど)を撃砕しようと、そんな断固たる意志が窺える。
さらに三十機ばかりの戦闘機がまるで航空ショーのように綺麗な編隊を組み、宇宙船めがけて飛んでゆく。
まさしく映画のような光景。今までミズガルズやニヴルヘイムでゲームの中のような光景を幾度も目にしてきたが、
これは別格だ。
先頭に陣取る超巨大な円盤型の宇宙船に接敵した戦闘機が、一撃必殺とばかりにミサイルを発射する。
翼下のウェポンベイからサイドワインダーが撃ち放たれ、一直線に宇宙船めがけて飛んでゆく。
命中。大きな爆発が起こる――が、宇宙船はどこも損害を受けていない。まったくの無傷、ノーダメージだ。
なおも後続の戦闘機がミサイルをありったけ発射するも、それらをすべて浴びて尚、宇宙船はまるで動じない。
文字通り、お前たちとは文明レベルが違うのだと。そう言いたげに威容を保ち続けている。
人類vs地球外生命体の作品あるあるだが、そんな悠長なことを言ってはいられない。
と、それまでされるがままで沈黙を保っていた宇宙船側に動きがあった。
円盤型宇宙船の下部から、無数の小さな何かがバラ撒かれ始めたのだ。
遠間からは、最初それが何なのか小さすぎてよく分からなかった。
しかし――宇宙船から出てきた夥しい数の其れが空を飛び、米軍の戦闘機へと蜂の群れさながらに吶喊したことで、
やっと正体が分かった。
「あ……」
その尋常ならざる驚異の光景に、なゆたはただただ目を丸くして驚愕する他ない。
サーフボードめいた板に乗っていたり、バイクのような乗り物に跨っていたり。
或いは背から翼を生やし、ジェットパックを装備し、全身に蒼白いオーラを纏って自在に空を翔ける者たち。
其れは、『人』であった。
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其れらは、一様に少女であった。
だいたい下は小学校低学年くらい、上は高校生くらいの年頃であろうか。男や成人女性はひとりもいない。
人類であるということ以外、人種も肌の色もまちまちであったが、皆セーラー服をSFチックにアレンジした制服を着ている、
というところが統一している。恐らくデフォルトの制服を個人個人の好みで改造しているのだろう。
軍服めいて肌の露出が少ない者もいれば、水着のように肌も露わな改造をしている者もいる。
そんな少女たちが、米軍を相手に圧倒的な戦闘を繰り広げている。
「――ふッ」
スタンダードなセーラー服に黒タイツ、ローファーといった地球でも見かける出で立ちに、
毛先を切り揃えた腰までの黒髪を靡かせた日本人とおぼしき少女が、蛍光管のように淡い碧色に輝く直剣を持って跳躍する。
まるで池の飛び石を跳ぶように、源義経の八艘飛びのように、味方の乗り物や仲間の背を踏み台にして、
地上から離れること数百メートルの上空を文字通り宙を跳んで戦闘機へ肉薄する。
そして、一閃。光の刃が戦闘機の片翼をバターのように斬断すると、制御不能になった戦闘機は錐揉みしながら墜落していった。
「アーッハッハッハッハッハハァッ!」
ジェットパックを背負い、ビキニの水着の上に申し訳程度に制服を纏った白人の少女がウェーブのかかった髪を靡かせ、
哄笑をあげながら両手に持ったバカげた大きさの銃を所かまわず乱射する。複数の銃口と有り得ない長さの弾帯、
常識で考えれば到底実際に使えるとは思えない冗談のようなデザインの銃器だが、そんな銃から放たれた弾丸で、
まるで蚊トンボのように戦闘機が墜ちてゆく。弾丸もいくら使っても一向に尽きる気配がない、
アニメやゲームでよくある、弾数無限のコスモガンというものに違いなかった。
「墜ちろッ!!」
全身を蒼く輝くオーラに包んだ、黒髪をお団子に結い各所に中国風の意匠の入った制服を着た少女が、
しなやかな肢体を宙に舞わせては手に持った穂先にビーム刃を展開した長槍を一閃する。
途端に周囲にオーラで形成された小振りの鎗が十数本出現し、唸りを上げて戦闘機へと飛んで行った。
ミハエルの持つ神殺しの鎗グングニールの『白い閃光(ホワイトグリント)』に似ていてるが、
その威力は勝るとも劣らないように見える。
「……ああ……」
なゆたは絶望の呻きを漏らした。
人類の戦闘力、破壊力の粋が、まるで通じない。
戦闘機は間合いを離してミサイルを発射し、バルカンを乱射するものの、少女たちにはまるで当たらない。
また、当たったところで倒せるかどうかも疑わしい。外見は自分たちと何ら変わらない――いや華奢でさえあるが、
彼女たちは正真、なゆたたちの知っている世界の住人ではなかった。
不意に、ドドォォンッ!! と爆音が響く。地上で戦車隊が主砲を撃ったのだ。
地上へ降りた少女たちを迎え撃つため、展開した歩兵部隊が戦闘を開始する。
しかし、そんな米軍の攻撃を、少女たちは嗤いながら蹂躙してゆく。
「はははッ……脆い! 脆すぎる!」
分厚い鉄板で鎧われた装甲車を、巨大な機械の神馬二頭立てのチャリオットが踏み潰す。
象の足跡ほどもある蹄が鉄板をひしゃげさせ、アスファルトに鉄車輪の轍を刻みながら進んでゆく。
チャリオットの御者台に屹立するのは、飾緒つきの豪奢な礼服めいた詰襟制服に身を包んだ小柄な少女だ。
機神馬は少女の号令通りに動き、戦車を、装甲車を、そして歩兵たちを容赦なく蹴散らし、轢殺し、粉砕する。
その轍の跡には、潰れてもはや原型すら留めぬ無数の骸があるばかり――。
「―――――」
圧倒的攻撃力で殺戮を繰り広げる少女たちを相手に、歩兵たちが持っているアサルトライフルを半狂乱になって撃ちまくる。
しかし、当たらない。どころか、その攻撃の結果を見届ける前に、歩兵たちは首を胴から泣き別れにして絶命していた。
あたかも影のように、鎌鼬のように。死角から突如として出現した、口許を覆面で隠し忍びのデザインを取り入れた制服を着る、
ポニーテールの少女によって暗殺されたのである。バックスタブ、或いは忍殺。
首を喪った兵士たちが切断面から噴水のように血を噴き出して斃れる。其処にはもう、少女の姿はなかった。
「うふふ……。参りますよ?」
阿鼻叫喚の戦場の中で、場違いなほど幼い声が響く。声の主は小学校低学年くらいにしか見えない、幼い少女だった。
スタンダードスタイルのセーラー服の上にだぶだぶの白衣を纏い、大きなウィッチハットにゴーグルを装備している。
歩兵たちが戸惑う。が、この幼女もまた紛れもない侵略者。宇宙船から降臨した敵だった。
幼女が右手を伸ばすと、途端に其処から巨大な火球が生まれる。火球はたちまち爆裂し、辺りは一面火の海と化した。
焼け爛れ悲鳴を上げ、のたうち回る兵士たちを一瞥し、養女はにまあ……と嗤った。
「くくッ……ははははッ、はは――はぁっはっはっはっはっは―――ッ!」
ズズゥン……と大地が震動する。見れば半袖ミニスカ、白いニーハイソックスで褐色の肌を包んだ少女が、
狂的な喜悦の笑みを浮かべてゆっくりと戦車大隊へ向かって単身歩いてゆくところだった。……ただし、無手ではない。
翼を光の剣で切断され、墜落した戦闘機の残骸。その機首を片手で掴み、肩に担いで軽々と持ち運んでいる。
少女がぶぉん! と戦闘機を振り回す。鈍器として扱われた戦闘機と戦車とが激突し、派手な爆炎があがる。
莫迦力と言うのも莫迦らしい、そんな膂力だ。戦車を持ち上げて投げ飛ばし、砲塔を素手で捻じ曲げ、拳で装甲を貫く。
そんな、人知を超越した少女の形をした何かが、宇宙船から続々と降りてくる。
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事ここに至り、上空に浮かぶ宇宙船の群れが――其処から出てきたこの少女たちがニヴルヘイムの魔物たちと、
地球の人間たちを一挙に相手取って屠り去ったのは明白だった。
確かに最初は、ニヴルヘイムの軍勢はミズガルズを手中に収めるべく米軍と戦闘するつもりでいたのだろう。
米軍も正体不明のモンスターたち出現の報を聞き、これを殲滅するために出動したに違いない。
実際に両陣営間で多少の戦闘はあったかもしれないが、それは微々たるものに過ぎない。
すぐにこの第三勢力が両者の間に乱入し、双方を一網打尽にしてしまったのだ。
それにしても、この少女たちは――
「うんうん、そのお気持ちはよォ〜くワカりますよォ〜! 皆さん、こう考えていらっしゃる!
『いきなり何の脈絡もなく現れた、あの連中はドチラサマ? 誰か教えてェ〜ん!』とね――」
アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちが固唾を呑んで戦闘に釘付けになっていると、
そんな声が突然間近で聞こえた。
見ればいつの間に来ていたのか、黒地に金の差し色の入った燕尾服を着込みシルクハットをかぶった長身痩躯の男が、
さも当然と言った様子でなゆたたちパーティーの中に紛れ込んで立っている。
男はボロボロの頭陀袋で頭部をすっぽり覆い隠しており、その頭陀袋にはクレヨンで子どもが雑にラクガキしたような、
いびつな大きさの黒丸だけの双眸と大きなギザ歯の口が描かれていた。
そのヘタクソなラクガキの顔が、何故か普通の生き物のそれのように自然に喜怒哀楽を作っている。
男は手に持ったステッキをくるくると器用に回転させ、しきりに得心がいったように頷いてみせた。
「そうでしょうとも、そうでしょうとも! 当然の思考です無理もありません! 皆さんは正常です! フー!
まァ世の中正気と狂気は紙一重、同じアレなら踊らにゃソンソンなんて言ったりもしますが。ええ」
良かったですねェ、とぽんぽんっと気安くカザハの頭を撫でる。
なゆたが呆気に取られ、仲間たちも驚いている中、男はやっと自分を取り巻く空気に気付いたのか、
「おおーっとォこれは失礼! ワタクシとしたことがとォんだウッカリを。
自己紹介がまだでしたねェ、皆さまお初にお目に掛かります。ワタクシの名前はナイ!
いえいえ『名前が無い』のではなく『名前がナイ』なのですお間違えなきよう。
本日は皆さまのナビゲーションを担当するよう仰せつかり、斯様に推参仕った次第にてございますです。ハイ」
ナイと名乗った男はシルクハットを取ると、滑稽なほど芝居がかった所作で大袈裟に会釈してみせた。
むろん、こんなNPCもモンスターもブレモンには存在しない。
「ナイ……ね。分かった。
わたしは――」
なゆたもまた、ナイが名乗ったことで自らの名を名乗ろうとする。
しかし、ナイは白手袋を嵌めた左手を前に突き出すとそれを遮った。
「ストップ! それには及びません! 自己紹介はキャンセルで、時間の無駄ですからね。
そう配慮して頂かずとも、ワタクシは皆さまのことをよォ〜く存じておりますので!」
「……わたしたちのことを……?」
「ええ。知っておりますとも、よォォ〜くねェ。
――人気がなさすぎて間もなくサービス終了してしまうオワコンにいつまでもしがみついて、
傷を舐め合ってる負け犬オブ・ザ・イヤー御一行様……と。
いえ、キングオブ落伍者の方がいいですかね? それともワールド敗北者ユニバースチャンピオン? どれがいいです?」
なゆたの顔を腰を折って覗き込み、いい加減に描かれたギザギザの歯を剥き出して、
にゃひッ、とナイは気持ちの悪い笑み声を漏らした。
「まァでも仕方のないことと言えましょう! いつまでも大昔の『楽しかったころの記憶』に縛られて、
辞めどきを見失う……古参あるあるというヤツですかねェ〜! しかし形あるものいつかは壊れ、
始まったコンテンツもいつかは終わる。栄枯盛衰は世の理、どれだけ面白いコンテンツもいつかは飽きられる、これ運命!
アナタ方の『ブレイブ&モンスターズ!』にも、そのときが来た……単にそれだけの話なのです!」
パーティーの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちがその慇懃無礼な物言いに怒気を湛えても、ナイはどこ吹く風である。
例え憤怒に任せて攻撃を試みたとしても、まるで立体映像のようにすり抜けてしまうだろう。
この場に『在り』ながら『無い』。それがナイの特性らしい。
「しかァしご安心をォ! そんな往生際の悪い皆さまにご納得して頂くために、ワタクシが遣わされたのです!
皆さまの為に、プロデューサーメッセージもご用意しておりますですよ。あのお方からの……ね。
此れを見れば見苦しく生にしがみつく皆さまもだァ〜い納得! して死んで頂けますこと、これ請け合い!
いやァ〜なんとラッキーなのでしょォ〜!」
くるくると踊るように振舞うナイの所作は何もかもが大袈裟で、まるでミュージカルのようだ。
「……あのお方……大賢者ローウェルのことかしら。あなたもローウェルに創られた存在ってことね……。
いいわ、あなたがローウェルから全部説明するよう言いつけられて来たのなら――
洗いざらい、何もかも喋って」
そんなナイの人を小莫迦にしたような振る舞いに眉を顰めながら、なゆたは口を開いた。
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「じゃあ、教えて。
……あなたたちは。あの宇宙船は、そして中から出てきた女の子たちは……。
いったい、何者なの……?」
「にゃひッ。いいですとも、お教え致しましょう! しかし――あぁ、それにしてもつらい!
あのお方はなにゆえ、斯くも! 斯くも酷薄なる職務をこのワタクシに与えたもうたのか!」
ナイがオーバーアクションで右手を額に添え、嘆く真似をしてみせる。
「死刑囚でさえ、自身の死刑宣告を聞きたくは無いと申します。例え自分は九分九厘死刑と察しがついていようとも!
ワタクシがその問いに答える、それはまさしくアナタ方にとっての死刑宣告も同じ。
すなわち皆さま方が助かる可能性はゼロ! と宣言することと同義! ンンン〜ッなんたる残酷! なんたる殺生!
皆さまの悲嘆を想像するだけで、ワタクシの心臓は引き裂かれてしまいそうですよォニャヒッヒッハハハハァ!」
途中までは芝居じみて嘆くふりをしていたが、顔は笑っている。
最終的に堪えられなくなったのか、ナイは耳まで裂けたギザ歯の口を大きく開き、ゲラゲラと声を上げて嗤った。
「というか。皆さま、既にうすうす勘付いておられるのでは?
ワタクシの。かの船団の。そして少女たちの正体を――。
それでもお聞きになりたいと? そんなにご自分が死刑になる確証が欲しいと……」
「くどい。さっさと答えて」
なゆたは唸るように言った。――珍しく苛立っている。
ナイの人を舐め切り、おちょくった態度に対して不快を隠そうともしない。
「何を言われようと、わたしたちは負けないから」
ぎゅ、と拳を強く握り込む。
ナイはこれでもかと大きく背を反らせ、頭陀袋に楽しげな笑み顔を作った。
「にゃはッ! にゃヒひはハははハッ!
そうですか! そうですかァ〜これはこれは大変失礼をば! 此れから絞首台に上られる、
皆さまの決意に水を差してワタクシとんだ野暮天野郎でございました! ンン〜心よりお詫び申し上げます!
では――」
ビタリ! とナイはポーズを決めると、ステッキの先端で米軍と戦う少女たちを指した。
そして朗々と語る。
「彼女たちは『星蝕者(イクリプス)』。
新作ソーシャルゲーム『星蝕のスターリースカイ』のキーパーソンにして、育成対象の少女たちなのです」
「……星蝕の……スターリースカイ……?」
「イエェェェェェス!! つい先日リリースが発表されたばかりの、究極にして至高のゲーム!
皆さま方『ブレイブ&モンスターズ!』に代わる、次の世代の……プロデューサー・ローウェルの最新作!
それがあの宇宙船団の、少女たちの正体です! お気軽に『SSS(スリーエス)』とお呼びください!
ちなみにワタクシ、SSSのUIとシステム解説を担当させて頂いております、ナビゲーションキャラでございまして」
ぎひひッ、とナイがラクガキの顔を笑ませる。
『星蝕のスターリースカイ』――
シャーロットとバロールの反対を押し切り『ブレイブ&モンスターズ!』を見限った大賢者ローウェルが製作した、完全新作RPG。
SFファンタジーという、ブレモンの中世ファンタジーとはまったく経路の違うジャンルでリリースされたゲーム。
ブレモンに代わる後継作。
「な……んて、こと……」
瞠目して呟く。シャーロットの記録の中で、ローウェルが『次』に着手していたことは理解していたが、
まさかここまで形になるほど進行していたとは。
だが、そんな最新作のキャラクターたちが、どうして地球へ乗り込んできたというのだろう?
同じ人物のプロデュースしたゲームだ、理論上は可能かもしれなかったが、その意図が分からない。
そんな疑問を口に出さずとも察したのか、ナイが饒舌に喋り続ける。
「あのお方は皆さま方をとても評価しておられます。
どんな逆境にも挫けず生を掴み取ろうとする、ゴキブリ並みのしぶとさ……もとい、諦めない心を! ニャヒッ!
ということで――このまま放っておいても侵食で消滅するアナタたちに、今までの働きに対するご褒美としてェ!
最期の花道を用意してくださったのです! つまり……」
ひゅばッ! と素早い動きで明神に近付くと、右腕を伸ばして気安く肩を組む。
「最新ゲームのプレイヤーたちの『的』になって死ぬ栄誉を……ネ!」
明神から離れると、ナイはくるくる踊るように回ってエンバースの前に出た。
そうして、未だ一方的な蹂躙で米軍を嬲っている少女たちを再度ステッキで指す。
「彼女ら『星蝕者(イクリプス)』はSSSのクローズドβテストに当選したプレイヤーの皆さまが育成した、
テストキャラクターなのです!
応募総数、約2億8千万件! その中で選ばれた50万人のプレイヤーに、この世界をたっぷり破壊して頂き――
SSSの爽快感! 面白さ! 楽しさをご理解頂こうというワケでして!」
それからちょっぴり改善点も教えて頂けるとウレシいですねェ! と、茶目っ気たっぷりにウインクする。
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「な――」
ナイの物言いに、なゆたは絶句した。
クローズドβテストの的。そんなものはご褒美でも何でもない。
ローウェルは単に、ブレモンのことを廃品利用くらいにしか考えていないのだろう。
どうせ消える世界なら、新規ユーザーに新作の手触りを理解してもらうための試験場として使い捨てようという考えなのだ。
SSSテストプレイヤーのステータスを若干盛り気味にして、爽快感をたっぷり味わって貰えれば、
それが口コミとなって正式リリースの集客率増加にも繋がる。
抜け目がない、そしてブレモンの住人たちを何とも――まさにただのデータとしか捉えていない、非道な手法だった。
「最新ゲームの発展の役に立てるのです、喜ばしいことでしょう? まさにゲーマー冥利に尽きるというもの!
存分に胸を張ればお宜しい! 次代の覇権ゲーの礎となって死ぬことが出来るのですから!」
どこからか十字架型の墓石を取り出し、ズドン! と『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちの前に置く。
ついでとばかり手品のようにロザリオと聖書も引っ張り出すと、牧師の真似ごとをしてアーメン、と十字を切る。
「ワタクシが皆さまの最期を看取って差し上げます!
皆さまがどのように斬られ! 撃たれ! 刺され! 潰され焼かれ溶かされ凍らされ……etcetc!
ともかく! いかなる終焉を迎えたのか、その死に様を詳細にモニターし、あのお方へ確実に!
御報告致しますのでご心配なく! あのお方は決して、アナタ方の死を無駄には致しませんとも!
皆さまを構成するそのデータの1バイトに至るまで、SSSのために有効活用して下さることでしょう!
いやァ、ワクワクするじゃあありませんか! ワクワクするでしょう? ワクワクしません? ワクワクしろ!!
ニャルルラハハハハハハハッハハッハハ――――――ッ!!!」
「……いい加減にしたらどう。耳障りよ、ナイ」
ナイがひっくり返らんばかりに背を反らして嗤う。すると、新たな声が聞こえた。
視線を向けると、前方十メートル程先に数人の少女たちが立っている。その中の、中央に立つ日本人風の少女が喋ったらしい。
『星蝕のスターリースカイ』の育成対象であるメインキャラクターたちだ。
その属性は七つのクラスに分かれ、それぞれ個性的なスキルやアビリティを持つ。
少女たちの姿を一瞥し、ナイが爆笑を含み笑いに変えて応じる。
「これはこれは『星蝕者(イクリプス)』の皆さま。
米軍を相手に無双するのはおやめになられたので?」
「ハ! くだらねぇ。ただ数が多いだけのザコじゃねぇか! そういうのはいいんだよ、そういうのは!」
SF的な意匠のあるアサルトライフルを携えたボーイッシュなショートカットの少女が肩を竦める。
「そうですわね。大量撃破の爽快感は最初こそ良いものですが、すぐに飽きてしまうもの。やはり楽しいのは――」
くるくるにカールした金髪の少女が、軽く右手を口許に添えてのお嬢様ポーズで言う。
「……強い者との戦闘。デバッグテストとしても、そちらの方が有益」
目許以外を覆面ですっぽりと隠した少女が、軽く両手で印を結ぶ。
ナイはすぐに一歩しりぞいた。
「ニャッハハ! ごもっとも、ごもっとも!
クローズドβテストの開催期間は長くありません。『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の皆さま、
名残は尽きないところですが――歓談のお時間はそろそろお開きと致しましょう!
お話しできてよかった、楽しかったですよ! ワタクシ、皆さまとの語らいのひとときを決して忘れません!
エート……なに話したんでしたっけ? まぁいいですよね! ニャッハッハハッ!
ではでは! ごきげんよう―――」
最後まで『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』をコケにした態度で右手をひらひらっと振ると、ナイは瞬く間に消滅した。
跡にはなゆたたちアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』と、『星蝕者(イクリプス)』と呼ばれる少女が七人。
綺麗に前髪を切り揃えた姫カットの少女が可憐な唇を微かに開く。
だが、その少女はナイとは違い『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』と長々話すつもりはさらさらないらしい。
軽く仲間の少女たちに目配せすると、
「……行くよ」
とだけ告げた。
途端、我が意を得たりと他の少女――『星蝕者(イクリプス)』たちが『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』めがけて襲い掛かった。
魔導師めいた姿のセーラー服に身を包んだ幼女が右手を掲げると、無数の光の矢が迸ってカザハとカケルを狙う。
エンバースとフラウを無数の銃口が狙う。ショートカットの少女はニヤリと笑うと、両手に持った銃のトリガーを引いた。
炎を噴き出すロケットエンジンのノズルに長柄が付いたような槍を携えた北欧系の少女が、一直線に明神へと吶喊する。
褐色肌に白い長髪の少女が、物怖じするどころか好戦的な笑みを口辺に浮かべながらジョンへと肉薄する。
そして――明るく輝く刃を提げた姫カットの少女が、低く身を屈めて一気になゆたへと距離を詰めてゆく――。
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「ポヨリン! 『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』――」
人間離れした速度で接近してくる少女を迎え撃とうと、なゆたはスマホを取り出しスペルカードを切ろうとした。
が、その暇がない。少女の振るう光刃をなんとか回避したものの、胸鎧を掠める。
「く……!」
歯噛みする。まだ、リューグークランとの戦闘で負ったダメージが回復していない。当然、疲労もそのままだ。
そして何より――前回のデュエルで使用したスペルカードがリキャストしていない。
まったく万全でない手負いの状態で、米軍を手もなく捻り潰した別ゲームのキャラクターを相手にするというのは無茶が過ぎる。
第一、なゆたたち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は『星蝕のスターリースカイ』なるゲームのことを何も知らない。
よって相手がどんな手を使ってくるのか、まったく分からない。
ただ、米軍との戦闘を見ていたことで目の前の相手がライトセーバーじみた光刃を操る前衛職だということを知るのみだ。
「はッ!」
ぶぉん、と虫の羽音のような不快な音を立て、少女の光刃がなゆたを両断しようと迫る。
一撃でも貰えば、間違いなく致命となるだろう。対処法の分からないなゆたはただただ逃げ回るしかない。
成す術がないのは他の仲間たちも同様だろう。カザハとカケルの魔法は幼女の張った障壁によって悉く防がれ、
あべこべに幼女の爆裂魔法は容赦なく炸裂してふたりの灰を焼き、膚を焦がす。膨大な熱波の前では呼吸さえおぼつかず、
熱せられた空気を吸い込んでは深呼吸を必要とする呪歌は歌えまい。
エンバースの攻撃はほとんど届かない。エンバースの射程距離外から、銃使いの少女は巧みに射撃を連発してくる。
一見して盲滅法の無駄撃ちのようにも見えるが、その実エンバースとフラウの行動を予測し先回りして逃げ場を失くしている。
銃器だけではなく、時折自動追尾式の爆弾なども併用し、エンバースから完全に攻撃の機会を奪っている。
明神の死霊術をものともせず、槍使いの少女がその心臓を貫こうと吶喊してくる。矢継ぎ早の攻撃は、
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』にスマホを手繰る暇さえ与えない。完全なワンサイド・ゲームだ。
ガザーヴァも、まだ目覚めない。ガーゴイルの背にぐったりと突っ伏したままでいる。
圧倒的な戦力差。
その上、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』と『星蝕者(イクリプス)』の間には、決定的な違いがあった。
『星蝕者にはATBの概念がない』――
「アッハハハハッ……ATB? そんな時代遅れの古臭いゲームシステムなんて、まだ採用してるゲームがあったんだ?」
「『星蝕のスターリースカイ』のジャンルはTPS視点アクションRPG……根本的なシステムが違う」
「悠長にゲージが溜まるのを待ってるような、ノロマのやるゲームじゃないんだよ……SSSはなぁッ!」
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の行動には、すべてATBゲージが関係している。ゲージが溜まらない限り攻撃も、
防御も、スペルカードを切ることも出来ないのだ。
一方で『星蝕者(イクリプス)』たちはそんなものは関係ないとばかり、次から次へと行動を重ねてくる。
プロデューサーが同じというだけでまったくの別ゲームなのだから当たり前の話だが、
それで抗えという辺り無茶振りもいいところだろう。いや、
元々ローウェルは『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を生かしておくつもりがない。ここで皆殺しにする気なのだ、
そのための死刑執行人として『星蝕者(エクリプス)』を差し向けている。
「オォォォォォラァァァァァッ!!!」
ガゴォン! という音を立て、ジョンに褐色少女の右拳が炸裂する。戦闘機を片手で持ち上げる、その威力は甚大だ。
ブラッドラストを使い『永劫の』オデットの力さえ我が物としたジョンであっても大ダメージは免れない。
そのくせ、ジョンが全力で少女を殴りつけようとも、少女はほとんどダメージを受けないのだ。
「み……、みのりさん……!」
なゆたは堪らず助けを呼んだ。ブレモンの管理者メニューを手中にしたみのりなら、何らかの手が打てるかもと思ったのだ。
が。
《あ、あかん! 強烈な干渉を受けとる! 外部からのアクセスを拒否できひん!
なんやのこれ!? こんなんセキュリティハッカーのやることやろ!
まともな精神の持ち主のやることやあらへんわ! 上位者や言うても、きちんとルールは守たらええのに!》
スマホからみのりの悲鳴が聞こえる。ニヴルヘイムではみのりとウィズリィが必死にファイアウォールを構築し、
外部からのクラッキングを阻止しようとしているのだろうが、ゲーム開発に関しては手練のローウェルと、
つい先日管理者になったばかりの新米であるみのりとでは役者が違いすぎる。
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の必死の攻撃は、せいぜい『星蝕者(イクリプス)』に毛筋ほどの傷をつけることしか出来ない。
しかし、それは『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が弱いということではない。
単純に『星蝕者(イクリプス)』が強すぎるのだ。それはまるで、チートでも使っているかのように。
ローウェルはクローズドβテスト開催にあたって、応募に当選したプレイヤーを随分優遇したのだろう。
よって、今戦っている『星蝕者(イクリプス)』のステータスは最初からカンスト気味になっている。
正式リリースの暁にはもちろん調整され弱体化されるのだろうが、ここは事前登録者の呼び水とするためのテストの場だ。
後で直すと言ってしまえば、何でもできる。
「みんな! 撤退! 撤退よ……センターの中に入って!」
ポヨリンを抱き上げ、なゆたがありったけの声を張り上げて叫ぶ。
今の万全でない状態で戦ったところで、億にひとつの勝算もない。どころか万全であったとしても勝てるかどうか疑わしい。
一旦ワールド・マーケット・センターの中に退避して、体勢を立て直そうというのだ。
だが――
まったく異なるコンセプト、異なるシステム、異なる価値観のゲームに、対処する方法などあるのだろうか?
【『星蝕のスターリースカイ』クローズドβテストのテストプレイヤーたちが出現。ブレモンキャラの殲滅を開始。
チート能力につき『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は勝ち目なし。
全員退避し作戦会議をすることに。】
-
【ニューエスト・コンテンツ(Ⅰ)】
『お前の言いたいことは分かったけどよ。望み薄じゃねえの?
ずっとジジイにおんぶされながらニヴルヘイムを渡ってきて、地球で別れたわけだろ。
こっち来てからの行方は知らないとか言ってたしよ』
「そうは言ってもどうせ手がかりなんてないんだ。取っ掛かりも今んとこコイツくらい、だろ?」
『フ……。僕は何ひとつ嘘は言っていないよ。そんな必要ないからね。
ローウェルの行方は本当に知らない。信じるかどうかは君たち次第だけど』
「いい。俺はローウェルの居場所を聞いた覚えはないぜ。
どうすれば辿り着けるか聞いたんだ。何か糸口があるだろ」
『僕がやったことに関しても、弁解するつもりなんてないさ。
僕がニヴルヘイムの軍勢を地球へ連れてきた結果、たくさんの人が死んだ。魔物も。
それが僕の罪で、償わなければならないというのなら受け入れようとも。ただ――
そんな時間はないと思うけど』
「くどいぞ。俺がそんな事にはさせない……そう言った筈だ」
『君たちの質問に答えられる者がいるとしたら、それは……このワールド・マーケット・センターの外にいる。
此処に来るときには見えなかったかい? まぁ、僕との闘いで頭がいっぱいだったというのなら無理もないか。
でも、今なら君たちにも見えるはずさ……行って確かめてくるといい。
僕は……もう二度と見たくない』
「……おい、俺に負けて気分が落ち込むのは分かるが。あんまり情けない事言うなよな」
慰め半分、当惑三割、不満二割といった口ぶり。
実際のところ、あのミハエルをこうも不安げにさせる存在――想像も出来ない。
『……みんな、行こう』
「……先に行っててくれ。すぐに追いつく」
エンバースがミハエルに向き直る/不敵な笑みを見せる――左手を口元に添えて密談の仕草。
「みんなは、なんだかいい感じに納得してくれたけどさ。
俺は別に回りくどい駆け引きをした覚えはないぜ。
あんな楽しいデュエル、一回きりで終わりだなんて認められるかよ、なあ?」
両手でミハエルの肩を掴む=力付けるように強く。
「俺が……いや、俺達だったな。俺達がなんとかしてやる――とは言ったもののだな。
実際問題、お前が尻込みするほどの相手だ。俺も無事でいられるかは正直分からん」
エンバースが身を翻す/仲間達の後を追う――背を向けたままミハエルへ右手を一振り。
「つまり――敗北の余韻を楽しむのもほどほどにしといてくれよって事さ」
そうしてエンバースはワールドマーケットセンターの出入り口へ向かい――
「……あん?なんだ、わざわざ待っててくれた……」
『……ア……、アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……』
「……って訳でもなさそうだな。おい、何があった?」
エントランスホールで膝を突く、傷だらけ/半死半生のイブリースを目の当たりにした。
しかしエンバースの反応は薄かった。合理的に考えれば然程驚くべき事でもないからだ。
-
【ニューエスト・コンテンツ(Ⅱ)】
あのミハエルが思い出すだけで身震いさせられるほどの存在。
そんなものが外にいたのなら、イブリースがこうなっているのは――単なる当然の結果だ。
リューグークランのデッドコピーを前にしてもデュエルに熱中出来たエンバースが、今更そんな事で動揺する理由はない。
『イブリース!?』
「おい、あまり迂闊に動くなって。そいつをそんな風にしたヤツがまだ近くにいないとも限らないんだぞ」
死に体のイブリースを通り過ぎる/センターの出入り口へ向けて警戒態勢。
『……“あれ”は……。
“あれ”は、一体なんだ……?』
『最初は、我が同胞たちとミズガルズの者たちが戦闘をしているものと思っていた……。
ミハエル・シュヴァルツァーの連れてきた、ミズガルズを侵略しようとするニヴルヘイムの同胞たちと、
それを阻止せんとするミズガルズの者たち……。その両者が相争うのを止めようとしたのだ……。
だが……そうでは、なかった……』
「おい、しっかりしろ。ぶっ倒れるなら見たもの全部喋ってからにしろ」
『……ニヴルヘイムと……ミズガルズの戦争では、なかった……。
我が……同胞たちを、蹂躙し……ミズガルズの者たちを……殺戮、する……。
“あれ”は……いったい、なんな……の、だ……』
「魔物達も、地球の人間も殺して回る……?なんだそりゃ……どこのどいつだ」
戦慄と動揺が周囲を包んでいくのを感じる――エンバースはどこ吹く風だ。
今更、そんな空気を払拭する為に気を使う必要などないからだ。
まだ見ぬ敵に怯えている暇はない。畢竟、自分達は前に進むしかない――もうみんな分かっている。
『レッツ・ブレイブ……!』
「よし、行くか。レッツ・ブレイブだ」
ワールドマーケットセンターを出る――眼前に広がるのは破壊された街並み/敗戦の痕跡。
前衛を務めるエンバースが先行――あちこちに横たわる魔物と人間の死体へ近寄る=死因の確認。
『……なんて、こと……』
「警戒しろ。何体かの魔物は急所を一撃でやられてる。ふん、なかなか……鮮やかな手並みだぞ」
『“あれ”……
あの宇宙船が、イブリースの言っていた“あれ”……。
ミハエルの言っていた、わたしたちの質問に答えられる者……なの……?』
見上げるなゆたの視線の先――近未来的造形の、恐らくは宇宙船団。
『エンデ……!?』
「あー……アレはなんだ?アレもブレイブ&モンスターズ第二章の隠し玉か?」
-
【ニューエスト・コンテンツ(Ⅲ)】
『……知らない。
三つの世界のこと、『ブレイブ&モンスターズ!』にまつわることなら、すべての事柄がぼくのデータベースに入ってる。
でも、あんな宇宙船のことは知らない。“あれ”は――』
『異なる世界のものだ』
『アルフヘイムと、ニヴルヘイムと、ミズガルズ。
その三世界の他に、まだ世界があるっていうこと……?』
『いいや。『ブレイブ&モンスターズ!』の世界は、あくまでその三つだけだ。未実装で終わったムスペルヘイムを除けば。
けれど、あの宇宙船はそういうことじゃない。根本的に違うんだ』
「……待て。お喋りはほどほどにして集中しろ。何かを……投下してるぞ」
『あ……』
投下された何かは――人だった。
翼/ジェットパック/全身に纏うオーラで飛行する、制服姿の少女集団。
それらが空を飛び交う――戦闘機を斬り裂く/撃ち落とす。
そうして地へ降り立っては今度は戦車とその随伴歩兵を蹂躙していく。
「クソ、どうなってる……連中は――」
『うんうん、そのお気持ちはよォ〜くワカりますよォ〜! 皆さん、こう考えていらっしゃる!
『いきなり何の脈絡もなく現れた、あの連中はドチラサマ? 誰か教えてェ〜ん!』とね――』
「ああ?」
不意に背後から聞こえた声――振り返りざま、即座にダインスレイヴを薙ぐ。
そこにいたのは燕尾服/シルクハット/落書きめいた顔の描かれた頭陀袋/洒落たステッキ――長身痩躯の男。
「……なんだ、お前。今確かに斬ったよな?」
『そうでしょうとも、そうでしょうとも! 当然の思考です無理もありません! 皆さんは正常です! フー!
まァ世の中正気と狂気は紙一重、同じアレなら踊らにゃソンソンなんて言ったりもしますが。ええ』
シルクハット野郎がカザハの頭を気安く撫でる/もう一度斬りつける――やはり手応えがない。すり抜けている。
『おおーっとォこれは失礼! ワタクシとしたことがとォんだウッカリを。
自己紹介がまだでしたねェ、皆さまお初にお目に掛かります。ワタクシの名前はナイ!
いえいえ『名前が無い』のではなく『名前がナイ』なのですお間違えなきよう。
本日は皆さまのナビゲーションを担当するよう仰せつかり、斯様に推参仕った次第にてございますです。ハイ』
「ナビゲーション……ああ、大体分かった。NPCなんて殴れない事の方が多いもんな」
『ナイ……ね。分かった。
わたしは――』
『ストップ! それには及びません! 自己紹介はキャンセルで、時間の無駄ですからね。
そう配慮して頂かずとも、ワタクシは皆さまのことをよォ〜く存じておりますので!』
「だろうな。どうせお前もローウェルの差し金だろ」
『ええ。知っておりますとも、よォォ〜くねェ。
――人気がなさすぎて間もなくサービス終了してしまうオワコンにいつまでもしがみついて、
傷を舐め合ってる負け犬オブ・ザ・イヤー御一行様……と。
いえ、キングオブ落伍者の方がいいですかね? それともワールド敗北者ユニバースチャンピオン? どれがいいです?』
「……いいよそういうのは。時間の無駄だからな。さっさとNPCとしての役目を果たしてくれるか」
-
【ニューエスト・コンテンツ(Ⅳ)】
『じゃあ、教えて。
……あなたたちは。あの宇宙船は、そして中から出てきた女の子たちは……。
いったい、何者なの……?』
『にゃひッ。いいですとも、お教え致しましょう! しかし――あぁ、それにしてもつらい!
あのお方はなにゆえ、斯くも! 斯くも酷薄なる職務をこのワタクシに与えたもうたのか!』
「いるよなお前みたいなモブ。ボタン連打で与太話を飛ばしてたらもっかい話しかけちまうタイプだ」
『死刑囚でさえ、自身の死刑宣告を聞きたくは無いと申します。例え自分は九分九厘死刑と察しがついていようとも!
ワタクシがその問いに答える、それはまさしくアナタ方にとっての死刑宣告も同じ。
すなわち皆さま方が助かる可能性はゼロ! と宣言することと同義! ンンン〜ッなんたる残酷! なんたる殺生!
皆さまの悲嘆を想像するだけで、ワタクシの心臓は引き裂かれてしまいそうですよォニャヒッヒッハハハハァ!』
「……これ、最後まで邪魔せず聞いたらアチーブメント貰えたりしないか?いや、俺がさっき殴っちまったな……」
『というか。皆さま、既にうすうす勘付いておられるのでは?
ワタクシの。かの船団の。そして少女たちの正体を――。
それでもお聞きになりたいと? そんなにご自分が死刑になる確証が欲しいと……』
『くどい。さっさと答えて』
『何を言われようと、わたしたちは負けないから』
「そういう感じだ。ほら、さっさとイベントを進めろよ」
『にゃはッ! にゃヒひはハははハッ!
そうですか! そうですかァ〜これはこれは大変失礼をば! 此れから絞首台に上られる、
皆さまの決意に水を差してワタクシとんだ野暮天野郎でございました! ンン〜心よりお詫び申し上げます!
では――』
ナイのステッキが米軍を鏖殺してのけた少女達を指す。
『彼女たちは『星蝕者(イクリプス)』。
新作ソーシャルゲーム『星蝕のスターリースカイ』のキーパーソンにして、育成対象の少女たちなのです』
『……星蝕の……スターリースカイ……?』
『イエェェェェェス!! つい先日リリースが発表されたばかりの、究極にして至高のゲーム!
皆さま方『ブレイブ&モンスターズ!』に代わる、次の世代の……プロデューサー・ローウェルの最新作!
それがあの宇宙船団の、少女たちの正体です! お気軽に『SSS(スリーエス)』とお呼びください!
ちなみにワタクシ、SSSのUIとシステム解説を担当させて頂いております、ナビゲーションキャラでございまして』
「こう言っちゃ悪いんだが……そういう長くお世話になるタイプのキャラならもっと可愛く作るべきだったろ。
こっちのメロみたいにさ。SSS、ひとまずナビゲーターのクオリティじゃブレモンに完敗だな」
『あのお方は皆さま方をとても評価しておられます。
どんな逆境にも挫けず生を掴み取ろうとする、ゴキブリ並みのしぶとさ……もとい、諦めない心を! ニャヒッ!
ということで――このまま放っておいても侵食で消滅するアナタたちに、今までの働きに対するご褒美としてェ!
最期の花道を用意してくださったのです! つまり……』
『最新ゲームのプレイヤーたちの『的』になって死ぬ栄誉を……ネ!』
「ほざけ。大方、本当ならウィズリィを送り込んだ辺りでケリを付けてるつもりだったんだろ。
なのにしくじって、それっきりじゃダサすぎる。ちゃんと自分のプランで片付けた事にしないとな?」
目の前にやってきたナイに一歩詰め寄る/挑発的に鼻で笑う。
-
【ニューエスト・コンテンツ(Ⅴ)】
『彼女ら『星蝕者(イクリプス)』はSSSのクローズドβテストに当選したプレイヤーの皆さまが育成した、
テストキャラクターなのです!
応募総数、約2億8千万件! その中で選ばれた50万人のプレイヤーに、この世界をたっぷり破壊して頂き――
SSSの爽快感! 面白さ! 楽しさをご理解頂こうというワケでして!』
「けど、まあ……ちょっと面白そうだな、SSS。暫くプレイして話を進めて、未知の惑星に辿り着いて。
その星の名前がミズガルズだったら……ちょっとテンション上がりそうだってのは分かるよ」
『最新ゲームの発展の役に立てるのです、喜ばしいことでしょう? まさにゲーマー冥利に尽きるというもの!
存分に胸を張ればお宜しい! 次代の覇権ゲーの礎となって死ぬことが出来るのですから!』
「発展に役立つ?なら次のベータテストには俺も呼んでくれよ。今回は失敗に終わるだろうからさ」
『ワタクシが皆さまの最期を看取って差し上げます!
皆さまがどのように斬られ! 撃たれ! 刺され! 潰され焼かれ溶かされ凍らされ……etcetc!
ともかく! いかなる終焉を迎えたのか、その死に様を詳細にモニターし、あのお方へ確実に!
御報告致しますのでご心配なく! あのお方は決して、アナタ方の死を無駄には致しませんとも!
皆さまを構成するそのデータの1バイトに至るまで、SSSのために有効活用して下さることでしょう!
いやァ、ワクワクするじゃあありませんか! ワクワクするでしょう? ワクワクしません? ワクワクしろ!!
ニャルルラハハハハハハハッハハッハハ――――――ッ!!!』
『……いい加減にしたらどう。耳障りよ、ナイ』
不意に視界の外から聞こえた新たな声――星蝕者達が米軍との戦いを切り上げ、集合していた。
『これはこれは『星蝕者(イクリプス)』の皆さま。
米軍を相手に無双するのはおやめになられたので?』
『ハ! くだらねぇ。ただ数が多いだけのザコじゃねぇか! そういうのはいいんだよ、そういうのは!』
『そうですわね。大量撃破の爽快感は最初こそ良いものですが、すぐに飽きてしまうもの。やはり楽しいのは――』
『……強い者との戦闘。デバッグテストとしても、そちらの方が有益』
「ああ、やっとクソ長いムービーシーンが終わるのか。おい、ちゃんとアンケに書いとけよ。
可愛くもないナビゲーターの話が長くてもあんまり嬉しくないって」
『ニャッハハ! ごもっとも、ごもっとも!
クローズドβテストの開催期間は長くありません。『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の皆さま、
名残は尽きないところですが――歓談のお時間はそろそろお開きと致しましょう!
お話しできてよかった、楽しかったですよ! ワタクシ、皆さまとの語らいのひとときを決して忘れません!
エート……なに話したんでしたっけ? まぁいいですよね! ニャッハッハハッ!
ではでは! ごきげんよう―――』
「ああ、またな。次会う時はあの船の中を案内してくれよ」
やれやれと言わんばかりの深い溜息――真紅の眼光が星蝕者を睨み上げる。
「さて、と――」
『……行くよ』
戦闘開始――瞬間、エンバースがダインスレイヴを薙ぐ。
変幻自在の刃を伸長/手首の返しで切り払う=最速で敵全員を斬り裂く軌道。
だが――それが星蝕者達に届く事はなかった。
ガンナーの少女が既にこちらへ銃を向けている――その銃口が火を噴く。
速い。弾丸そのものは勿論、照準から射撃までの動作そのものも。
響く激しい金属音――咄嗟に斬撃の軌道を変えて弾丸を防ぐ他なかった。
-
【ニューエスト・コンテンツ(Ⅵ)】
「……ふん」
エンバースが地を蹴る/大きく立ち位置を変える――自分を狙う射線から味方を遠ざける。
同時に再び剣閃――だが、やはり剣を振り始めた瞬間には銃口が己を睨んでいる。
銃火が閃く/弾丸が迫る=狙いは胸部の魂核――体捌きでは避け切れない。
ダインスレイヴで弾丸を弾く/弾く/弾く――弾幕が厚すぎる。
捌き切れない――常に動き続けて射線から逃れるしかない。
「なかなかのハンドスピードだ。ここ24時間で4回ほど死にかけてる俺を捉え切れないとはな!」
苦し紛れの遠吠え――とは言え実際問題、ショートウェーブヘア/水着制服少女の動作は機敏だ。
車載用にしか見えないサイズの、しかも大量の銃身を束ねた機関銃の二丁持ち。
それほどの重武装を軽々と取り回し、更にジェットパックを駆使してエンバース/フラウを常に視界内に捉え、追い続けている。
『アッハハハハッ……ATB? そんな時代遅れの古臭いゲームシステムなんて、まだ採用してるゲームがあったんだ?』
『『星蝕のスターリースカイ』のジャンルはTPS視点アクションRPG……根本的なシステムが違う』
『悠長にゲージが溜まるのを待ってるような、ノロマのやるゲームじゃないんだよ……SSSはなぁッ!』
「……ふん。俺達過激派ブレイブの間じゃ、そういうゲームは大味だとか底が浅いって言うんだぜ」
機関銃は二丁=必然、二つの射線に挟まれる瞬間が来る。
逆説、その合理的戦術がいつか来る事をエンバースは予測出来る。
そして予測さえ出来ていれば――後はリスクを冒すだけだ。
迫る二射線の片方へ飛び込む/地を蹴る/走り高跳びの要領で飛び越える。
遺灰の左足が撃ち抜かれて吹き飛ぶ――問題ない。
左足の断面から爆ぜる火炎/その爆風で空を蹴る/一息に距離を詰めて斬りかかる――筈だった。
だが――飛びかかるエンバースの軌道上に、赤く明滅するドローンの群体があった。
明らかに危険物=爆発物=機雷原――飛び込めば大ダメージは免れない。
してやられた。エンバースが敵の勝ちパターンを予測出来るなら――敵がその逆を出来ない理由はない。
「フラ――――――――ウッ!!」
今更空中で制動は不可能。エンバースが叫ぶ――フラウの触腕が主の右腕を掴む/引き寄せる。
追尾式の機雷同士が、一瞬前までエンバースのいた位置で接触――炸裂/炸裂/炸裂/炸裂。
強烈な爆風がエンバース/フラウをまとめて吹き飛ばす――どうにか受け身を取る。
「……はっ、はは……どうした。急に誰もいない場所を爆破したりして。
もしかして……時代遅れのノロマにちょっとビビっちゃったのか?」
直撃は避けた/それでもダメージは重い――それでも萎縮するつもりはない。
それにまるきり収穫がなかった訳でもない。
フラウに引き寄せられながら、どうにか放ったダインスレイヴの斬撃。
それが少女の制服/左上腕を微かに斬り裂いていた――つまり少なくともダメージは与えられる。
「よし、よし。大分分かってきたぞ……そろそろ、お前の事を楽しませてやれそうだ」
直撃を貰えばその場でゲームオーバー/モーションの性能は敵の方が圧倒的/与えられるダメージは極めて微弱。
つまりこれはただの、そこそこやり甲斐のある――だが別に空前絶後というほどでもない縛りプレイ。
エンバースの赤熱する双眸がその輝きを強めていく――
『みんな! 撤退! 撤退よ……センターの中に入って!』
「……また後でな」
ゆらりと左手を振って後退/その指先で虚空を掴む/カーテンを勢いよく引くような動作――炎幕が空を踊る。
それが掻き消えた頃には『アルフヘイムの異邦の魔物遣い(ブレイブ)』一行は完全に姿を眩ませていた。
-
【ニューエスト・コンテンツ(Ⅶ)】
「――さて。それじゃ次の目的地は連中の乗ってきた宇宙船って事になるのか?
この世界の外側から来た船だ。ローウェルがどこにいようと追い回せるだろうよ」
センターへの撤退後、皆の呼吸が整った頃合いでエンバースはそう切り出した。
「……ああ、いや。まずはアイツらをやっつけないといけないんだっけ?
悪いな。大して手こずりもしなさそうだったし、つい忘れちまった」
芝居がかった喋り方/皆を見渡す。
「……ちょっとわざとらしすぎたか?けど、心配するな。攻略法はある。だろ?」
自信ありげな/相変わらず少しぎこちない笑み。
「ひとまず……連中はTPSアクションRPGの出身らしい。アウトライダーズをプレイした事は?
レムナントはどうだ?リスク・オブ・レインは?EDFシリーズも良かったな。
4以降のバイオやスプラなんかも一応そうか?ちょっとシューター要素が強すぎるけど……」
TPSアクションRPG――ゲーマーなら一度や二度は触った事があるだろう。エンバースもそうだ。
「ま、とにかくだな。連中もRPGのキャラクターなら、そのステータスや能力の大部分は装備品由来の筈だ。
つまり……まずは装備を奪うか、破壊するんだ。部位破壊で戦闘が有利になるイブリース戦とそう変わらないな?」
エンバースは心底楽しげだ――最初は皆を鼓舞する目的もあっただろうが。
今はもう、新しいコンテンツ/新しいゲームを前にしたゲーマーそのものだ。
「状態異常も有効かもな。アクション要素があるって事は、ヤバい攻撃はそもそも避けるのが前提になる訳だ。
つまりレジスト関連のステータスはブレモンほど詳細に設定されていない……かもしれないぞ」
「スイッチ」を切れ――明神はさっきそんな事を言っていたが、生憎それは聞けない相談だった。
便宜上スイッチと呼んだそれはゲームのスキルなどではなく、ただの価値観だからだ。
世界も、未来も、そんなの関係ない。倫理観も感受性もノイズでしかない。
この世界はゲームなのだから――楽しめばいい。楽しんでいい。
何よりもまず目の前の戦いに熱中する事を。それを最高のデュエルにする事を――という価値観/優先順位。
その価値観が結果的に深い集中と、熱狂的な感情の昂りによるパフォーマンスの上振れを両立させているだけで。
言ってしまえばそれは課金とそう変わらない。
きっと最初は多くのプレイヤーが抵抗を覚える。お金を払ってガチャを回すなんてと。
だが一度課金してしまえば――次からはガチャ更新の度にそれが選択肢に入ってくる。
そして二度と課金をする前の精神状態に戻る事は出来ないのだ。
-
【ニューエスト・コンテンツ(Ⅷ)】
「それにATBゲージがいらないとしても、なんの制限もないゲームなんて面白くないだろ。
スキルにはクールタイムや固有のリソースがあってもおかしくないよな。検証してみる価値はあると思う」
そう言うとエンバースはもう一度皆を見渡した。
「……けど、これはあくまで俺向きのやり方だ。みんなはどうだ?何か見つけたか?」
問いかけ=穏やかな声。
「あまり深刻に捉えなくていい。なにせヤツらはキャラクター。
そして俺達はプレイヤーだ。属性有利はこっちのもんだ」
ついでに右半分の生身の顔でウィンクしてみせる。
「スイッチ」はもう切れない――とは言え、別にそれでエンバースの感受性が完全に失われた訳でもない。
仲間を守る。思いやる。そうした今まで持っていた価値観が消えてなくなる訳でもない。
ただ少し――タガが外れやすくなっただけだ。
「……それと、なゆた。お前は……いや、まずは無事で良かった。
だが……無茶はするなよ。次も銀の魔術師モードが発動するとは限らないんだ。
クールタイムや固有のリソースがあるかもしれないのはお前も同じだ」
神妙な――不安/怒り/諦め/懇願――様々な感情が綯い交ぜになった表情。
「正直言ってだな……俺は今や世界最強のブレイブなんだぞ。
待っててくれれば大体の事はなんとかしてやるから」
実際、ミハエルと次に戦ってまた勝てるかは分からない。
それでもエンバースは己が世界最強だと言い切った。
大言壮語一つでなゆたが少しでも自制を考えてくれるなら、安いコストだ。
-
【カケル】
>「カザハ…君の言いたいことはなんとなくわかるよ…だから代わりに僕が言うね」
>「エンバース!訂正してもらおう…"俺"じゃなくて"俺達”に!」
「心の中、読まれちゃった……!」
自分はそんなに分かりやすく何かを言いたそうな顔をしていたのかという気恥ずかしさやら
ジョン君に想いを汲んでもらえた嬉しさやらでカザハがほんのり頬を染めている横で、なゆたちゃんがすかさずツッコミを入れる。
>「そこなんだ……」
あっ、これは多分“このバカップルどもめ!”って思われてますね……!
何はともあれ、ミハエルは、ローウェルの行方について本当に何も情報を持っていないらしい。
>「君たちの質問に答えられる者がいるとしたら、それは……このワールド・マーケット・センターの外にいる。
此処に来るときには見えなかったかい? まぁ、僕との闘いで頭がいっぱいだったというのなら無理もないか。
でも、今なら君たちにも見えるはずさ……行って確かめてくるといい。
僕は……もう二度と見たくない」
「なんだよ。急にしおらしくなりきって……! 怖いじゃん!?」
戦闘開始前までの威勢はどこへやら、ミハエルは外にいる何かに怯え切っている様子。
エントランスホールまで戻ると、重傷のイブリースと気を失って倒れているエカテリーナとアシュトラーセがいた。
>「最初は、我が同胞たちとミズガルズの者たちが戦闘をしているものと思っていた……。
ミハエル・シュヴァルツァーの連れてきた、ミズガルズを侵略しようとするニヴルヘイムの同胞たちと、
それを阻止せんとするミズガルズの者たち……。その両者が相争うのを止めようとしたのだ……。
だが……そうでは、なかった……」
>「……ニヴルヘイムと……ミズガルズの戦争では、なかった……。
我が……同胞たちを、蹂躙し……ミズガルズの者たちを……殺戮、する……。
“あれ”は……いったい、なんな……の、だ……」
その言葉を最後に、イブリースまでも昏倒する。
「嫌あああああああああああああああ!! “あれ”って何!?」
ビビり倒したカザハが皆に制止をかける。
「ねえ、今すぐは危ないよ! みんな戦える状態じゃないよ!
ガザーヴァは昏倒してるし、スペルカードも使い切ってるでしょ?
イブリースがこんなになる程の相手、今戦ったって勝ち目無いよ!
だから……まず相手の正体確かめてみて、危なくなったらいったん逃げようね!?
あのさ……ぼくも異邦の魔物使い《ブレイブ》だったんだ。”勇気”、あったんだよ……!」
>「レッツ・ブレイブ……!」
「レッツ・ブレイブ!」
-
外に出ると、現実には存在しえないような宇宙船の群れが上空に浮かんでいた。
>「“あれ”……
あの宇宙船が、イブリースの言っていた“あれ”……。
ミハエルの言っていた、わたしたちの質問に答えられる者……なの……?」
>「……知らない。
三つの世界のこと、『ブレイブ&モンスターズ!』にまつわることなら、すべての事柄がぼくのデータベースに入ってる。
でも、あんな宇宙船のことは知らない。“あれ”は――」
>「異なる世界のものだ」
こちらが戸惑っている間にも事態は進み、制服美少女達が破壊の限りを尽くす、ぶっとんだ絵面が展開される。
いやいやいや、制服美少女って……そんなアホな!
よくありがちな美少女大量に出しときゃウケるだろう的なソシャゲじゃないんですから!
ん? ソシャゲ……?
まさか、そう……なのでしょうか。
>「うんうん、そのお気持ちはよォ〜くワカりますよォ〜! 皆さん、こう考えていらっしゃる!
『いきなり何の脈絡もなく現れた、あの連中はドチラサマ? 誰か教えてェ〜ん!』とね――」
>「そうでしょうとも、そうでしょうとも! 当然の思考です無理もありません! 皆さんは正常です! フー!
まァ世の中正気と狂気は紙一重、同じアレなら踊らにゃソンソンなんて言ったりもしますが。ええ」
「――誰!?」
「気軽に撫でないでくださいっ!」
カザハが突然頭を撫でられ、飛び退いて身構える。
エンバースさんが斬りつけるも、攻撃が通らずすり抜けているようだ。
>「おおーっとォこれは失礼! ワタクシとしたことがとォんだウッカリを。
自己紹介がまだでしたねェ、皆さまお初にお目に掛かります。ワタクシの名前はナイ!
いえいえ『名前が無い』のではなく『名前がナイ』なのですお間違えなきよう。
本日は皆さまのナビゲーションを担当するよう仰せつかり、斯様に推参仕った次第にてございますです。ハイ」
ナイと名乗ったこの人物は、こちらのことを知っていると言う。
>「まァでも仕方のないことと言えましょう! いつまでも大昔の『楽しかったころの記憶』に縛られて、
辞めどきを見失う……古参あるあるというヤツですかねェ〜! しかし形あるものいつかは壊れ、
始まったコンテンツもいつかは終わる。栄枯盛衰は世の理、どれだけ面白いコンテンツもいつかは飽きられる、これ運命!
アナタ方の『ブレイブ&モンスターズ!』にも、そのときが来た……単にそれだけの話なのです!」
>「……あのお方……大賢者ローウェルのことかしら。あなたもローウェルに創られた存在ってことね……。
いいわ、あなたがローウェルから全部説明するよう言いつけられて来たのなら――
洗いざらい、何もかも喋って」
ナイはしばらく勿体ぶった後に、ようやく核心を語るのであった。
-
>「彼女たちは『星蝕者(イクリプス)』。
新作ソーシャルゲーム『星蝕のスターリースカイ』のキーパーソンにして、育成対象の少女たちなのです」
>「……星蝕の……スターリースカイ……?」
>「イエェェェェェス!! つい先日リリースが発表されたばかりの、究極にして至高のゲーム!
皆さま方『ブレイブ&モンスターズ!』に代わる、次の世代の……プロデューサー・ローウェルの最新作!
それがあの宇宙船団の、少女たちの正体です! お気軽に『SSS(スリーエス)』とお呼びください!
ちなみにワタクシ、SSSのUIとシステム解説を担当させて頂いております、ナビゲーションキャラでございまして」
>「こう言っちゃ悪いんだが……そういう長くお世話になるタイプのキャラならもっと可愛く作るべきだったろ。
こっちのメロみたいにさ。SSS、ひとまずナビゲーターのクオリティじゃブレモンに完敗だな」
「それに……主人公側の勢力の名前がイクリプスって、何か変じゃない……?」
カザハは新作ゲームの用語に何か違和感を感じているようだ。
>「あのお方は皆さま方をとても評価しておられます。
どんな逆境にも挫けず生を掴み取ろうとする、ゴキブリ並みのしぶとさ……もとい、諦めない心を! ニャヒッ!
ということで――このまま放っておいても侵食で消滅するアナタたちに、今までの働きに対するご褒美としてェ!
最期の花道を用意してくださったのです! つまり……」
>「最新ゲームのプレイヤーたちの『的』になって死ぬ栄誉を……ネ!」
「そんな! 何も知らないプレイヤー達を殺戮に参加させるなんて……!」
「……きっと、上の世界の人にとってはゲームに出てくる敵キャラを倒してるだけなんですよ」
高度なAIに心はあるのか?という哲学的命題は、おそらく上の世界では無いという結論で決着が付いているのだろう。
前になゆたちゃんは、この世界はゲームとはいっても一人一人の人間の行動までは逐一制御されているわけではない、というようなことを言っていた。
ブレイブ&モンスターズというゲームは、NPCが自由意思を持っているかのように動くのがウリの一つだったのかもしれない。
が、上の世界から見れば、高度なプログラムで心を持っているかのように動いているだけと解釈されているのだ。
>「彼女ら『星蝕者(イクリプス)』はSSSのクローズドβテストに当選したプレイヤーの皆さまが育成した、
テストキャラクターなのです!
応募総数、約2億8千万件! その中で選ばれた50万人のプレイヤーに、この世界をたっぷり破壊して頂き――
SSSの爽快感! 面白さ! 楽しさをご理解頂こうというワケでして!」
(ご、ごじゅうまんにん!? そんなの……浸食で消える前に世界が破壊しつくされちゃうよ……!)
-
>「……いい加減にしたらどう。耳障りよ、ナイ」
放っておいたら延々としゃべり続けそうだったナイだが、
イクリプスの一人と思われる少女に制止され、戦闘が始まった。
>「……行くよ』
「「竜巻大旋風零式(ウインドストームオリジン)!!」」
多勢に無勢で一人一人相手にしてたらきりがない、ということで
開幕早々、二人がかりでレクステンペストの固有スキルの攻撃魔法を放つ。
並みのモンスターから結構強いモンスターまで一掃できる大規模攻撃魔法だが、魔術師系クラスらしき幼女の障壁に阻まれた。
「まずあの幼女を堕とすッ! 真空刃零式(エアリアルスラッシュオリジン)!」
「はいっ!」
幼女集中狙いで波状攻撃を仕掛けるも、ことごとく防がれる。
あの防御スキルの発動速度はいくら何でも早すぎやしません!?
お返しとばかりに幼女が爆裂魔法を放ち、爆風が巻き起こる。
体が軽いカザハが吹っ飛んでいきかけて、襟首を引っ掴んで確保して翼で出来るだけ覆い隠す。
身を焦がす膨大な熱波の中、呼吸すらもおぼつかない。
幼女が追撃をかけてくる。こんなものをまともにくらい続けたら……
(また焼肉になっちゃう……ってこと!?)
「伏せて!」
カザハがなんとか傘の杖を開き、私もその後ろに隠れて直撃だけは辛うじて免れる。
暴風の中で傘を開いたら普通は余計飛んでいきそうなものだが、そうならないのは流石すごい傘である。
しかし、防戦一方でこのままではやられるのは時間の問題だ。
呪歌はこんな状況ではとても無理だし、そもそも呪歌が歌えるほどの体力も残っていない。
「あぁああああああああ!
こんなことなら! さっき駄々こねてみんなを止めときゃ良かっだああああああ!!」
カザハは涙と鼻水を垂れ流しながら絶叫していた。
さっき一瞬ヘタレキャラが崩壊して心配になったけどやっぱ気のせいだったようです!
「あなたたち! いくらなんでもATBゲージ溜まるの早すぎるでしょう!」
>「アッハハハハッ……ATB? そんな時代遅れの古臭いゲームシステムなんて、まだ採用してるゲームがあったんだ?」
>「『星蝕のスターリースカイ』のジャンルはTPS視点アクションRPG……根本的なシステムが違う」
>「悠長にゲージが溜まるのを待ってるような、ノロマのやるゲームじゃないんだよ……SSSはなぁッ!」
-
ATBゲージが視覚的に確認できるのはパートナーモンスターだけだが、
実際にはこちらの世界の存在は全員がATBゲージ方式で、
別にそんな感じがしないのはATBゲージがこの世界の尺度から見れば超速く溜まっているから、ということなのだろうか。
ATBゲージ方式のゲームの戦闘シーンって、
そういうものだと思って見るからゲージが溜まるまで突っ立ってても何も違和感が無いだけで、
冷静に見るとかなりシュールな光景ですよね……。
そもそもゲージ方式ではない向こうから見た私達は今まさにそんな状態に見えているのかもしれない。
「えっ、フルダイブじゃないの!? プレイヤーはお茶の間で画面の前に座ってるの!?」
「着眼点そこ!?」
とはいえ、ゲームがどの視点方式をとっているかというのは、戦闘システムと同じぐらい重要な情報かもしれない。
完全俯瞰視点かTPSかFPSかフルダイブかによって、相手が得られる情報量が全く違ってくるのだ。
フルダイブじゃないのは多分、3Dの映像技術が確立されている現代でもドット絵のゲームがあるのと同じ理屈だろう。
>「みんな! 撤退! 撤退よ……センターの中に入って!」
あまりに勝ち目のない状況に、なゆたちゃんが撤退の号令をかける。
でも、これって撤退すらままならない状況なんじゃ……。
私達が的として設定されているということは、倒したらいいことがあるということですよね!?
撤退しようとしたところで50万人に追撃されて袋叩きになりそう……!
>「……また後でな」
エンバースさんが炎幕を展開する。
私は移動速度に長けた馬形態に戻り、カザハが私の上に飛び乗った。
「撤退するなら今のうち――オールフライト!」
カザハが全員に飛行魔法をかけ、遅れそうになった人がいたら回収して全速力でセンター内を目指す。
こうして私達は、命からがらセンター内に転がり込んだ。今のところ、イクリプス達が追ってくる様子は無い。
うまいこと巻けたのか、それとも建造物の中には入れない仕様になっているのか?
「と、とりあえず助かった……」
>「――さて。それじゃ次の目的地は連中の乗ってきた宇宙船って事になるのか?
この世界の外側から来た船だ。ローウェルがどこにいようと追い回せるだろうよ」
>「……ああ、いや。まずはアイツらをやっつけないといけないんだっけ?
悪いな。大して手こずりもしなさそうだったし、つい忘れちまった」
エンバースさんが、芝居がかった口調で話を切り出す。
きっと皆を元気付けようとしているのだろう。
-
>「……ちょっとわざとらしすぎたか?けど、心配するな。攻略法はある。だろ?」
>「ひとまず……連中はTPSアクションRPGの出身らしい。アウトライダーズをプレイした事は?
レムナントはどうだ?リスク・オブ・レインは?EDFシリーズも良かったな。
4以降のバイオやスプラなんかも一応そうか?ちょっとシューター要素が強すぎるけど……」
「TPSってカメラが自キャラの少し後ろにあるような視点のことだよね。
ダークク〇ニクルとか聖〇伝説4なら……あっ」
“西暦の千の位が2なら割と最近”は古代生物の感覚やで!? という私の心の声が通じたのか、カザハは口をつぐむ。
ちなみに前者はある程度近付いて〇ボタンを連打すると自動で照準合わせて攻撃してくれる親切設計だったけど
聖〇4はそんな親切設計じゃなくて暫く虚空に向かって剣ぶん回した後に「こんなクソゲーやってられるか」ってすぐ投げてましたね……。
クソゲーという点では世間の一般的見解と一致しているようですが。
幸いエンバースさんは深く突っ込まずに話を進めてくれた。
>「ま、とにかくだな。連中もRPGのキャラクターなら、そのステータスや能力の大部分は装備品由来の筈だ。
つまり……まずは装備を奪うか、破壊するんだ。部位破壊で戦闘が有利になるイブリース戦とそう変わらないな?」
「あいつらの装備品といったらライトセーバーみたいなやつとか?
それからセーラー服……っぽい戦闘服?も単なるグラフィックじゃなくて特殊武装の可能性もあるよね……」
>「状態異常も有効かもな。アクション要素があるって事は、ヤバい攻撃はそもそも避けるのが前提になる訳だ。
つまりレジスト関連のステータスはブレモンほど詳細に設定されていない……かもしれないぞ」
>「それにATBゲージがいらないとしても、なんの制限もないゲームなんて面白くないだろ。
スキルにはクールタイムや固有のリソースがあってもおかしくないよな。検証してみる価値はあると思う」
「なるほど……」
色々な案が出てくるエンバースさんに、カザハが感心している。
流石最強のデュエリストだけあって、ゲームに対する造詣が深いですね……。
というか、気のせいかもしれないけどちょっと楽しそうじゃありません!?
>「……けど、これはあくまで俺向きのやり方だ。みんなはどうだ?何か見つけたか?」
>「あまり深刻に捉えなくていい。なにせヤツらはキャラクター。
そして俺達はプレイヤーだ。属性有利はこっちのもんだ」
「そうだよね……! お茶の間で画面の前に座ってポテチ食べながら美少女の背中見て呑気に喜んでるような奴らに負けるものか!」
「エンバースさん、いいこと言いますね……」
こちらは向こう側から見ればゲームに出てくるNPCでしかなくて、
それが一つの真実であることには違いは無いが、こちら側から見ればまた別の真実があるのだ。
ターン制ならともかくアクションRPGでポテチ食べてる暇は流石にないと思いますけど!
エンバースさんが右目を瞑ってみせたのは、きっとウィンクしたんですかね?
あれ、エンバースさんってこんなお茶目なキャラでしたっけ!?
-
>「……それと、なゆた。お前は……いや、まずは無事で良かった。
だが……無茶はするなよ。次も銀の魔術師モードが発動するとは限らないんだ。
クールタイムや固有のリソースがあるかもしれないのはお前も同じだ」
>「正直言ってだな……俺は今や世界最強のブレイブなんだぞ。
待っててくれれば大体の事はなんとかしてやるから」
「銀の魔術師モードを発動した時は必ず生命の危機に瀕している」としても
「生命の危機に瀕すると必ず銀の魔術師モードが発動する」とは限らない――
これはカザハも常々気にしていることで、きっと他の皆も似たようなことは思っているだろう。
だけど、エンバースさんはなんともいえない神妙な表情をしていて、それ以上の何かを憂いているような……
例えば、彼の言う”固有のリソース”がとんでもない何かだとしたら……いえ、縁起の悪い憶測はやめましょう。
「世界最強……超かっけぇじゃん! 頼りにしてるから!
我、ゲームやっても全然下手糞でみんなみたいなゲーマーじゃないから……見当違いのこと言うかもだけど……」
カザハが不吉な予感を振り払うかのようにエンバースさんを盛り立てて見せてから、話題を作戦会議に戻す。
「さっきエンバースさんが炎幕張ってる間にうまいこと逃げ切れたでしょ?
上の世界のフルダイブじゃないゲームがこっちの世界のゲームと同じようなものだとすればだけど……
情報源が画面しか無い以上視覚情報の攪乱の影響をもろに受ける……のかも?」
もしもフルダイブでプレイヤーが実際にこの世界に入ってきているなら
視覚を攪乱しても魔力感知やら超音波探知やら果ては気配やらの感知方法がたくさんありそうだが
相手が画面を通してこっちを見ているならそういう抜け道は使えなさそうではある。
尤も、SSSに視覚以外の感知能力がゲームシステムとして搭載されてしまっていたらその限りではないのだが。
その可能性はひとまず置いておいて、視覚情報の攪乱という路線で更に踏み込むカザハ。
「SSSってどれぐらい親切設計のゲームなんだろう。
当然親切設計じゃない方がこっちには都合がいいわけだけど……
ある程度近付いたら自動で照準合わせてくれたり、
そこまでいかなくても敵キャラにターゲットマークみたいなの表示されてるのかな?
もしそうじゃない上級者仕様のゲームだとしたら……向こう側に絵柄を合わせてやれば、結構混乱するだろうね。
幻影(イリュージョン)のカード、まだ残ってるんだ」
クローズドβテストの参加者は50万人もいるので、当然お互いに自軍を一人一人認識しているはずはない。
セーラー服っぽい服を着た美少女だったら自軍、ぐらいにざっくり認識しているのだろう。
あれ? 絵柄を合わせる、とか真面目な顔をして言っているけど、要するにそれって、バーチャル美少女受肉……ってこと!?
「でもなぁ、虚空に向かって剣ぶん回してる奴が見当たらなかったんだよな……。
やっぱ自動で照準合うのかなあ……」
-
小声でブツブツ言っているカザハに、2億8千万件の中から選び抜かれた50万人やで!? アンタとは違うんやで!?
と心の中で突っ込んでおく。
ところで、カザハはTPSだから画面で見る形式、という前提で話をしていますが、
よく考えるとTPSって飽くまでも視点の形式だからフルダイブの可能性も絶対無いとは言い切れないんですよね。
背後霊みたいな感じでキャラクターの背後で操ってる形式、という可能性も無くはない。
どちらにしても言えるのは、世界に干渉する主体(キャラクター)と世界を認識する主体(プレイヤー)が別個に存在していて、
プレイヤーの視点はキャラクターの少し背後にあるということ。ならば……
「視界を遮るなら、相手キャラのすぐ背後に幕を張ってやれば
こちらは影響を受けずに相手だけの視界を遮断できる……かもしれませんね」
幕を張る方法は多分いろいろあるだろう。
さっきのエンバースさんの炎幕もそうだし、私達も砂を浮遊させて視界を遮るぐらいの層を作ることは可能だ。
「それにしてもローウェル、シナリオライターもクビにしちゃって一人で作ってんのかな。
イクリプスって、日蝕とか月蝕の『蝕』って意味だよね。
どっちかというと、正義の味方側というより敵側みたいなネーミングじゃない?
それからあのナビゲーションキャラ、かわいくないのもそうだし、多分クトゥルフ神話のニャル様と元ネタを同じくするキャラだよね……。
それって思いっきり邪神じゃん!」
SSSのナビゲーションキャラ――ナイは名前とか特徴的な笑い方から鑑みるに、
地球における創作神話クトゥルフ神話のニャル様こと、ナイアルラトホテップとかニャルラトホテプとか呼ばれる邪神を元ネタにしたキャラ――
じゃなくて、それと共通の元ネタを持つキャラなのだろう。
元ネタと創作物に落とし込まれたキャラが必ずしも全く同じ属性とは限らないとはいえ、
ニャル様が邪神ならその元ネタも悪い奴である可能性は高い。
主人公の所属する組織とか雇い主が実は黒幕でした!というのも王道ではあるけど
それにしても最初からいかにも悪い奴っぽい名前付けるのは変ですよね……。
「あっ、ごめん、今こんな話してる場合じゃないよね……!
今はアイツらをやっつけることだけ考えなきゃ」
ひとしきりローウェルのセンスをディスったカザハは、はっと気づいて話を元に戻した。
「アイツら、自分達の方が絶対有利なシステムだと思ってドヤ顔してたけどそんなことないよね。
こっちはゲームシステム上はゲージ制コマンドバトルらしいから
習得したスキルで出来ると設定されていることなら無茶でも何でも出来てしまうけど……
向こうはプレイヤーが操作しきれない動きはどうしたって出来ないわけじゃん」
一見楽観的過ぎて能天気にも見えるが、皆を不安にさせないようにわざとそうしているのだろう。
何せ正攻法では刃が立たないのが分かり切っている上に、体力を使い果たして呪歌も満足に使えない状態なのだ。
「きっといろいろあるよ、TPSアクションというジャンルを逆手に取る方法……!」
-
>「フ……。僕は何ひとつ嘘は言っていないよ。そんな必要ないからね。
ローウェルの行方は本当に知らない。信じるかどうかは君たち次第だけど」
エンバースの問いに、ミハエルは冷笑で返した。
思わず勇気パンチをその顔面に叩き込んでやりたくなったが、深呼吸でどうにか衝動を抑え込む。
アンガーマネジメントは社会人の必須スキルだ。
>「僕がやったことに関しても、弁解するつもりなんてないさ。
僕がニヴルヘイムの軍勢を地球へ連れてきた結果、たくさんの人が死んだ。魔物も。
それが僕の罪で、償わなければならないというのなら受け入れようとも。ただ――
そんな時間はないと思うけど」
「なんだ、何言ってんだ、お前……?」
まるでラスベガスの惨状は結果論ですみたいな言い草がどうにも腑に落ちない。
罪を逃れるために詭弁を振り回してる、とかなら腹は立つけどまだ理解はできる。
だけど今の言葉は――本当に、本気で、他人事だと捉えているようだった。
何かが妙だ。
俺達とミハエルとの間に、重大な認識の齟齬があるような、座りの悪さを感じる。
>「君たちの質問に答えられる者がいるとしたら、それは……このワールド・マーケット・センターの外にいる。
此処に来るときには見えなかったかい? まぁ、僕との闘いで頭がいっぱいだったというのなら無理もないか。
でも、今なら君たちにも見えるはずさ……行って確かめてくるといい。
僕は……もう二度と見たくない」
それだけ言って、ミハエルは自分の腕を抱いた。
怯えてる……?あの傲岸不遜のチャンピオンが、一体何にビビってるってんだ。
>「……みんな、行こう」
ミハエルの処遇は一旦保留にし、『質問に答えられる者』とやらのいる外を見に行くことにした。
エントランスホールまで戻ると、這々の体を引きずるイブリースの姿があった。
>「……ア……、アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』……」
「イブリース……?お前、その傷……」
イブリースは襤褸切れ同然の満身創痍だった。
鎧は砕け、体中に穴が空き、翼もぐちゃぐちゃ。対戦車バズーカの集中砲火でも受けたみたいな惨状だ。
市内に展開してる米軍とやりあった結果なのか――
「嘘だろおい……カテ公、アシュトラーセ……!」
イブリースの後ろには、同じくらいボロボロになった賢者2人の姿があった。
いずれも生きてはいるようだが、命があるのが不思議なくらい重傷を負ってる。
変身能力でドラゴンにだってなれるカテ公と、半竜の頑丈な肉体を持ってるアシュトラーセ。
十二階梯でも指折りの耐久力を持つ二人が、ここまでスタボロになるなんてことがあるか?
>「……“あれ”は……。 “あれ”は、一体なんだ……?」
イブリースは死に体の浅い呼吸を繰り返しながら、言葉を絞り出した。
>「……ニヴルヘイムと……ミズガルズの戦争では、なかった……。
我が……同胞たちを、蹂躙し……ミズガルズの者たちを……殺戮、する……。
“あれ”は……いったい、なんな……の、だ……」
ミハエルの言った、「もう二度と見たくない」という言葉が脳裏をよぎる。
三魔将と十二階梯を瀕死に追い込み、世界チャンプすら恐れをなすような何かが、『外』に居る。
俺たちは今から、そいつと邂逅するんだ。
-
◆ ◆ ◆
>「……なんて、こと……」
センターの外、ラスベガス市街地は阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
崩壊した街、破壊された兵器、そこかしこに転がる人々の死体。
それらは俺たちが最初にここへ来た時と変わらない。
変化があったとすれば、重油のような黒雲の立ち込めるラスベガスの空。
「なんだよアレ、宇宙船……宇宙船……!?」
空を埋め尽くすのはまさしく宇宙船だった。
それもNASAみたいな宇宙開発機関が打ち上げてる、いわゆるスペースシャトルじゃない。
SFに出てくるような、異質でバリエーションに飛んだ外観の『船』――
剣と魔法のファンタジーに侵略してきた、異なる世界観の何かだった。
>「“あれ”……あの宇宙船が、イブリースの言っていた“あれ”……。
ミハエルの言っていた、わたしたちの質問に答えられる者……なの……?」
>「……知らない。
三つの世界のこと、『ブレイブ&モンスターズ!』にまつわることなら、すべての事柄がぼくのデータベースに入ってる。
でも、あんな宇宙船のことは知らない。“あれ”は――」
>「異なる世界のものだ」
なゆたちゃんはエンデに問うが、エンデは歯切れ悪く答えるばかりだった。
これまでシステムの代弁者として、聞かれたことには必ず回答を寄越してきたエンデが――
『知らない』と、そう言った。
俺たちが目の前の光景を受け入れられずに硬直する中、事態はどんどん転がっていく。
ラスベガスに到着した米軍の増援が宇宙船団と激突。
大量のミサイルが船団に着弾するが、目立った損害は与えられない。
反撃として繰り出されたのは、
「人……?」
宇宙船が発射したのは、超科学のミサイルとかじゃなく、『人』だった。
空中にばらまかれた無数の人影は、ラスベガス上空で戦闘機と激突したあたりでディティールが明らかになる。
それらは少女だった。
服装も、乗り物も、手に握る武器らしきものもバラバラで統一性がない。
唯一共通項があるとすれば、いずれも10代と思しき少女達であることと――
――そいつらが一様に、近代兵器もロクに歯が立たない圧倒的な戦闘力を有していること。
少女が剣を振るう。上空で戦闘機が真っ二つになる。
少女が二丁の巨大なマシンガンから弾をばらまく。無数の爆発、命の失われる花が咲く。
少女が槍を掲げる。数えるのも馬鹿らしくなる光の槍の群れが、鋼鉄の兵器を食い荒らしていく。
古代の戦車が現代の戦車を踏み潰す。歩兵の群れを一人の少女が見えない速度で殺し回る。
巨大な火球を放り投げて地上部隊を焼き尽くす。物理法則を無視した怪力が装甲車を腑分けしていく。
「なんなんだよ……なんなんだよこれは!俺たちは何を見せられてんだ!!」
>「うんうん、そのお気持ちはよォ〜くワカりますよォ〜! 皆さん、こう考えていらっしゃる!
『いきなり何の脈絡もなく現れた、あの連中はドチラサマ? 誰か教えてェ〜ん!』とね――」
不意に、隣で俺たちのものじゃない声が聞こえた。
思わずスマホに手をかけながら飛び退く。そこに居たのは、やはり新手の人影だった。
-
こっちは人……と断定できない。
燕尾服とシルクハットは紳士然としたものだが、こいつには『顔』がなかった。
ズタ袋を頭から被り、顔があるべき場所には目鼻を模した落書きがあるだけ。
落書きは生きてるみたいに『表情』をぐるぐる変える。
地獄絵図に発狂したラスベガスの市民には、思えない。
>「おおーっとォこれは失礼! ワタクシとしたことがとォんだウッカリを。
自己紹介がまだでしたねェ、皆さまお初にお目に掛かります。ワタクシの名前はナイ!
いえいえ『名前が無い』のではなく『名前がナイ』なのですお間違えなきよう。
本日は皆さまのナビゲーションを担当するよう仰せつかり、斯様に推参仕った次第にてございますです。ハイ」
『ナイ』と名乗ったその何かは、大仰なモーションで頭を下げた。
なゆたちゃんは自己紹介に応じようとするが、ナイは慇懃無礼な仕草でそれを制した。
>「ええ。知っておりますとも、よォォ〜くねェ。
――人気がなさすぎて間もなくサービス終了してしまうオワコンにいつまでもしがみついて、
傷を舐め合ってる負け犬オブ・ザ・イヤー御一行様……と。
いえ、キングオブ落伍者の方がいいですかね? それともワールド敗北者ユニバースチャンピオン? どれがいいです?」
「……なるほど?そういう感じか。お前の自己紹介もこれで要らなくなったぜ。
ブレモンをオワコン呼ばわりする馬鹿はこの世でローウェルただ一人だ」
ナイはローウェルから遣わされた、奴の言葉を借りればナビってわけだ。
もう大体わかったからさっさと本題に入って欲しい。
>「じゃあ、教えて。
……あなたたちは。あの宇宙船は、そして中から出てきた女の子たちは……。
いったい、何者なの……?」
>「にゃひッ。いいですとも、お教え致しましょう! しかし――あぁ、それにしてもつらい!
あのお方はなにゆえ、斯くも! 斯くも酷薄なる職務をこのワタクシに与えたもうたのか!」
そこからナイのくっちゃべる戯言の半分くらいは耳に入らなかった。
何故かといえば、本当に戯言だったからだ。
前置きが……前置きが長い!!
「嘘だろこいつ……『お教えしましょう』つってからどんだけ前置きすんだよ。
牛歩戦術でもローウェルに頼まれたのか?もっと会話の上手い奴をナビに寄越せって言っとけ」
>「……これ、最後まで邪魔せず聞いたらアチーブメント貰えたりしないか?いや、俺がさっき殴っちまったな……」
「取得率低そうなアチーブだな……テキスト送りオートにして風呂入ってた奴しか取れねえよ」
たっぷり一分近く喋りちらしてから、ようやくナイは本題を切り出した。
>「彼女たちは『星蝕者(イクリプス)』。
新作ソーシャルゲーム『星蝕のスターリースカイ』のキーパーソンにして、育成対象の少女たちなのです」
もたらされた衝撃の事実――のはずだが、俺は奴の期待通りに驚く気にはなれなかった。
こんだけ時間かけてムービー見せられりゃアホでも察する。
明らかに世界観を逸脱したような宇宙船に、一騎当千の戦闘力を有した『少女達』。
この世界がゲームだっていう大前提を振り返れば、どうやったって結論は見えてくる。
こいつらは……別のゲームのキャラクター達だ。
-
>「イエェェェェェス!! つい先日リリースが発表されたばかりの、究極にして至高のゲーム!
皆さま方『ブレイブ&モンスターズ!』に代わる、次の世代の……プロデューサー・ローウェルの最新作!
それがあの宇宙船団の、少女たちの正体です! お気軽に『SSS(スリーエス)』とお呼びください!
ちなみにワタクシ、SSSのUIとシステム解説を担当させて頂いております、ナビゲーションキャラでございまして」
「星蝕のスターリースカイ……シャーロットがなんか言ってやがったな。
ローウェルは新しいゲームの開発にご執心だって。これかぁ……」
>「こう言っちゃ悪いんだが……そういう長くお世話になるタイプのキャラならもっと可愛く作るべきだったろ。
こっちのメロみたいにさ。SSS、ひとまずナビゲーターのクオリティじゃブレモンに完敗だな」
「それな。毎日ログイン画面でこいつのツラ見んの?ログボのスタンプもこいつに押してもらうの?
今からでもその頭巾脱いで美少女だったことにしたほうが良いって!
プレイアブルが軒並み少女ってことは、SSSの主要ターゲットは男性プレイヤーだろ」
ナビキャラっつったら作品の顔みてえなモンだよぉ……?
こんな3分で作りましたみてえな雑キャラデザじゃぜってえ売れねえって!
ただでさえ「うるさい」、「うっとおしい」、「話が長い」の三重苦なんだからさぁ!
>「それに……主人公側の勢力の名前がイクリプスって、何か変じゃない……?」
「あ?そうなの?なんて意味だっけ、イクリプス……」
ナイのデザインに仮借ない酷評を加える俺とエンバースとは違い、カザハ君は別のところに引っかかりがあったみたいだ。
詳しく聞くよりも先に、ナイはまたぞろ御託を並べ始めた。
>「あのお方は皆さま方をとても評価しておられます。
どんな逆境にも挫けず生を掴み取ろうとする、ゴキブリ並みのしぶとさ……もとい、諦めない心を! ニャヒッ!
ということで――このまま放っておいても侵食で消滅するアナタたちに、今までの働きに対するご褒美としてェ!
最期の花道を用意してくださったのです! つまり……」
ナイの姿が消えた。と思ったら、2メートルはあったはずの距離を詰め、俺の隣に出現する。
肩を掴まれた。
>「最新ゲームのプレイヤーたちの『的』になって死ぬ栄誉を……ネ!」
「ああもう!クソだるい絡み方すんなや!!」
急に機敏な動きしやがったせいで話が頭に入ってこなかったが、
プレイヤー達の的になる?そいつはつまり――
>「彼女ら『星蝕者(イクリプス)』はSSSのクローズドβテストに当選したプレイヤーの皆さまが育成した、
テストキャラクターなのです!
応募総数、約2億8千万件! その中で選ばれた50万人のプレイヤーに、この世界をたっぷり破壊して頂き――
SSSの爽快感! 面白さ! 楽しさをご理解頂こうというワケでして!」
「なんだよそりゃ……!俺たちを、この世界の命を!
新作ゲームの試し切りに消費しようってのかよ……!」
-
――>『次回作を作る時に、いちいちマップと敵キャラを全部作り直すなんて面倒だからだ。
お前は……お前はただ殺されるべき時を待つ家畜のように、仲間達を出荷したんだ』
かつてエンバースがイブリースに告げた言葉が頭に蘇る。
こいつの予言がドンピシャでハマった形だ。
ローウェルはブレモンのリソースを、体験版のフィールドとして活用しやがった。
>「けど、まあ……ちょっと面白そうだな、SSS。暫くプレイして話を進めて、未知の惑星に辿り着いて。
その星の名前がミズガルズだったら……ちょっとテンション上がりそうだってのは分かるよ」
「だったら舞台はラスベガスじゃなくてニューヨークでやるべきだろうがよ!
西海岸に自由の女神はいねえよ!」
>「ワタクシが皆さまの最期を看取って差し上げます!
皆さまがどのように斬られ! 撃たれ! 刺され! 潰され焼かれ溶かされ凍らされ……etcetc!
ともかく! いかなる終焉を迎えたのか、その死に様を詳細にモニターし、あのお方へ確実に!
御報告致しますのでご心配なく! あのお方は決して、アナタ方の死を無駄には致しませんとも!
皆さまを構成するそのデータの1バイトに至るまで、SSSのために有効活用して下さることでしょう!
いやァ、ワクワクするじゃあありませんか! ワクワクするでしょう? ワクワクしません? ワクワクしろ!!
ニャルルラハハハハハハハッハハッハハ――――――ッ!!!」
>「……いい加減にしたらどう。耳障りよ、ナイ」
ゲラゲラ笑うナイにいい加減堪忍袋がパンクしそうになったその時、
『イクリプス』とか呼ばれた少女達がいつの間にか寄ってきて、爆笑を制した。
>「これはこれは『星蝕者(イクリプス)』の皆さま。
米軍を相手に無双するのはおやめになられたので?」
>「ハ! くだらねぇ。ただ数が多いだけのザコじゃねぇか! そういうのはいいんだよ、そういうのは!」
ナイのクソみてえに長いお喋りの間に、市街地の戦闘は終結を迎えてきた。
結果は言うまでもなく、イクリプスの圧勝――後に転がるのは、兵器の残骸と兵士の死体ばかりだ。
こいつの話を聞いてる間に助けられる命があったんじゃないか。
今更ながらそんな考えが浮かぶ。
>「そうですわね。大量撃破の爽快感は最初こそ良いものですが、すぐに飽きてしまうもの。やはり楽しいのは――」
>「……強い者との戦闘。デバッグテストとしても、そちらの方が有益」
イクリプス共が俺たちを見遣る。
次のターゲットは俺たち。まっすぐ向けられた殺意の群れに、胃袋が竦み上がるのを感じた。
>「ニャッハハ! ごもっとも、ごもっとも!
クローズドβテストの開催期間は長くありません。『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の皆さま、
名残は尽きないところですが――歓談のお時間はそろそろお開きと致しましょう!
お話しできてよかった、楽しかったですよ! ワタクシ、皆さまとの語らいのひとときを決して忘れません!
エート……なに話したんでしたっけ? まぁいいですよね! ニャッハッハハッ!
ではでは! ごきげんよう―――」
言いたいことだけぶち撒けてナイが消える。
そうしてこの場には、俺たちとイクリプスだけになった。
ムービーシーンは終わりだ。ここからは、イクリプスの言葉を借りるなら……『強い者との戦闘』。
SSSで言うところの、ネームドボス戦。撃破対象となるのは、俺たちだ。
-
「……まぁそう焦んなよ。こう見えて俺たちボロボロでさぁ。
はじめから体力バーの削れたボス戦なんてお前らもつまんねえだろ?
お互いぐっすり寝てから日を改めて戦おうぜ――」
ダメ元でそう交渉してみるが、俺の言葉が届いているのかいないのか、
>「……行くよ」
イクリプスはガン無視で突貫してきた。
「ふざけやがって!瀕死のボスにボコられて吠え面かくなよッ!!」
俺の元に迫りくるのは槍を構えたイクリプス。
身にまとう衣装のデザインは北欧系、元ネタはヴァルキュリアってところか。
「戦乙女はマホたん一人で間に合ってんだよ!!」
攻撃に使えるカードはほぼ使い切り、ベル=ガザーヴァは未だダウン中。
ブレイブとしてのリソースは殆ど手元に残っちゃいない。
「ヤマシタ!怨身換装――モード『重戦士』!!」
近接戦闘特化のモードでヤマシタを喚び出し、バルゴスの大剣をイクリプスに叩き込む。
合わせて『闇の波動』を横合いから回り込むように発射。
対するイクリプスは槍さばきだけで大剣の軌道を捻じ曲げる。
そこへ殺到する波動は――
「おいおいおい、今の当たってただろうが……!!」
直撃。にも関わらず、まるでダメージが入った様子がない。
まるでふわふわのスポンジボールが当たったみたいに意に介さない。
いや、実際ダメージにはなっているんだろう。
素の防御力とHPが高すぎて、ミリほども削れてないだけ。
反撃の槍は的確に心臓を狙ってきた。
あまりにも正確な軌道はかえって読みやすい。横っ飛びで回避して、こちらからも反撃を――
「ちょっ、ちょっと待て!連続行動はズルだろ!?」
イクリプスはさらに突いてきた。二段、三段と連携する。
やがて回避にも限界が訪れる。
「ダボハゼがぁ!寄ってきてくれるならこっちのモンだぜ!
――『焼き上げた城塞(テンパード・ランパード)』、プレイ!!」
飛びながらスペルを起動。物理無効のトーチカが降ってきて、イクリプスだけを中に閉じ込めた。
トーチカの中から壁をぶん殴る音が聞こえる。耐久は多少減ったが、すぐに破られるダメージじゃない。
あの槍は物理だけの武器ではあるまい。
とはいえ、属性ダメージだけでトーチカを破るには相応の時間がかかるはずだ。
これでようやく、こいつを打破する戦略が練れる――
-
「……あ、あのぉ?何回殴るんですか……?」
打撃音が響く。トーチカが揺れる。
何度も、何度も何度も、俺の想定していないペースで耐久が削れていく。
ATBゲージを貯めてから殴っているとはとても思えない攻撃頻度だ。
「こいつの再行動、早すぎんだろ!ATBはどうしたATBは!」
>「アッハハハハッ……ATB? そんな時代遅れの古臭いゲームシステムなんて、まだ採用してるゲームがあったんだ?」
>「『星蝕のスターリースカイ』のジャンルはTPS視点アクションRPG……根本的なシステムが違う」
>「悠長にゲージが溜まるのを待ってるような、ノロマのやるゲームじゃないんだよ……SSSはなぁッ!」
「ノロマとかそういう話かなぁ……!?」
アクションとコマンド制RPGじゃジャンルが全然違うだろうがよ!
別物のゲームを並べてどっちが凄いかショボいかみたいな話すんの良くないと思うな僕は!
とはいえ、別ゲーからの侵略者共が別ゲーのシステム携えて襲いかかってくる現状は、
『コマンド制にはコマンド制の良さがあるよ!』の一言でどうにかなるものじゃなかった。
クソ、面白そうじゃねえかSSS!据え置き機とコントローラーでプレイしたいぜ!
>「みんな! 撤退! 撤退よ……センターの中に入って!」
「りょ、了解……!つってもこいつら普通に入ってこないか……!?」
>「……また後でな」
>「撤退するなら今のうち――オールフライト!」
ハイバラが炎の壁で俺たちとイクリプスとを隔絶する。
その隙にカザハ君がフライトを炊き、向上した機動力で一目散にセンターの中へと駆け込んだ。
-
◆ ◆ ◆
「追ってこない……?どういうこった、マップのロードが終わってないのか?」
ハイバラの炎の壁が解かれれば、俺たちがセンター内に逃げ込んだことは自明の理だろう。
追ってこない理由はないはずだが、一向にドアが破られる様子はなかった。
何一つ確証はないが、敢えて理由をつけるなら、SSSはオープンワールドじゃないってことなんだろう。
今回のβテストは『ラスベガス市街マップ』を舞台にしていて、建物内はまだSSSのマップとして扱われてないんだ。
今頃ローウェルが突貫でSSS用にセンター内のマップデータを構築してるのかも知れんが、
とにかく多少はこれで時間が稼げた。
>「――さて。それじゃ次の目的地は連中の乗ってきた宇宙船って事になるのか?
この世界の外側から来た船だ。ローウェルがどこにいようと追い回せるだろうよ」
「……ツッコミ待ちなんだよな?めんどくせえからセルフでやれよ」
>「……ああ、いや。まずはアイツらをやっつけないといけないんだっけ?
悪いな。大して手こずりもしなさそうだったし、つい忘れちまった」
「適当言いやがって。あのストライクウィッチーズみてえな奴にボコボコにされてんの見たからな俺」
>「……ちょっとわざとらしすぎたか?けど、心配するな。攻略法はある。だろ?」
思わずツッコミ入れちまったが……この期に及んで『攻略法はある』と自信もって言えるこいつの振る舞いは、
絶望的なこの状況にあってこの上なく心強かった。
そう、攻略法は……ある。何も弱点のない完全無敵なプレイアブルキャラなんかゲームとして面白くないからだ。
>「ひとまず……連中はTPSアクションRPGの出身らしい。アウトライダーズをプレイした事は?
レムナントはどうだ?リスク・オブ・レインは?EDFシリーズも良かったな。
4以降のバイオやスプラなんかも一応そうか?ちょっとシューター要素が強すぎるけど……」
>「TPSってカメラが自キャラの少し後ろにあるような視点のことだよね。
ダークク〇ニクルとか聖〇伝説4なら……あっ」
「三人称視点のアクションRPGって枠組みなら、モンハンとかダクソとかもそうだよな。
まぁあの辺は高速アクションバトルによる爽快感!って感じじゃなさそうだけど」
SFっぽい感じで言うとファンタシースターシリーズとかが近いのかね。
やったことないからいまいちピンとこねえわ。
それにしてもTPSか……サードパーソン・シューティングってわりにイクリプスの中にガンナーは少なかった。
Sはシューティングじゃなくてスラッシャーの方か?
……いかん、オタクの悪い癖で話がどんどん脱線しそうだ。
>「ま、とにかくだな。連中もRPGのキャラクターなら、そのステータスや能力の大部分は装備品由来の筈だ。
つまり……まずは装備を奪うか、破壊するんだ。部位破壊で戦闘が有利になるイブリース戦とそう変わらないな?」
>「状態異常も有効かもな。アクション要素があるって事は、ヤバい攻撃はそもそも避けるのが前提になる訳だ。
つまりレジスト関連のステータスはブレモンほど詳細に設定されていない……かもしれないぞ」
>「それにATBゲージがいらないとしても、なんの制限もないゲームなんて面白くないだろ。
スキルにはクールタイムや固有のリソースがあってもおかしくないよな。検証してみる価値はあると思う」
「……ああ、なるほど。回避に関わる部分で言うと、その理屈は連中の攻撃にも適用されるかもな。
照準を自分で合わせなきゃならない。当たるタイミングを自分で見出して当てなきゃいけない。
アクションゲーである以上、そこが面白さのキモになるだろうからな」
対する俺たちはコマンド制RPGだから、命中の成否は『命中率』と『回避率』で定義される。
攻撃を必中させるバフもある。避ければ良いだけの攻撃が、『絶対に避けられない』状況を作れる。
-
>「あまり深刻に捉えなくていい。なにせヤツらはキャラクター。
そして俺達はプレイヤーだ。属性有利はこっちのもんだ」
「軽く言ってくれるぜ。CPU相手のレイド戦で散々煮え湯を飲まされてきたってのによ」
状況は依然として最悪だ。
システムがまるきり違うゲームのキャラ相手に、俺たちがどれだけ食い下がれるかはわからない。
「でもまぁ……お前の言う通りだぜ、『エンバース』。これは形を変えただけのPVEだ。
ゲームである以上、必ず解法はある。何もかもが八方塞がりってわけじゃないはずだ」
そして俺たちには、世界最強のプレイヤーが付いてる。
絶望には、まだ早い。
>「さっきエンバースさんが炎幕張ってる間にうまいこと逃げ切れたでしょ?
上の世界のフルダイブじゃないゲームがこっちの世界のゲームと同じようなものだとすればだけど……
情報源が画面しか無い以上視覚情報の攪乱の影響をもろに受ける……のかも?」
カザハ君はエンバースとは別の視点で、SSSの特徴を分析する。
>「SSSってどれぐらい親切設計のゲームなんだろう。当然親切設計じゃない方がこっちには都合がいいわけだけど……
ある程度近付いたら自動で照準合わせてくれたり、
そこまでいかなくても敵キャラにターゲットマークみたいなの表示されてるのかな?
もしそうじゃない上級者仕様のゲームだとしたら……向こう側に絵柄を合わせてやれば、結構混乱するだろうね。
幻影(イリュージョン)のカード、まだ残ってるんだ」
「おお、めっちゃ良いこというじゃねえかカザハ君!
アクションゲーなら同士討ちの可能性もターン制よりずっと大きくなる。
フレンドリーファイアが無効だとしても、仲間かどうかの判定にリソースを消費させられるぜ」
カザハ君の提案は、瞬間的な判断を要求されるアクションゲーならではの攻略法だ。
同士討ちが発生しないとしても、高火力のスキルを味方に空振りしたんじゃ意味がない。
大技はそれだけクールタイムも大きいはずだ。必ず敵に当てられる状況になるまで使用を控えるはず――
>「視界を遮るなら、相手キャラのすぐ背後に幕を張ってやれば
こちらは影響を受けずに相手だけの視界を遮断できる……かもしれませんね」
「そこなんだけど、イクリプスに『中の人』が存在してるかどうかは検証する必要があるな。
ナイは連中を『育成されたキャラクター』って言ってたけど、これはキャラがオートで動いてるって意味なのか?
でも、SSSのプレイ感を体験させるためなら連中の中身がプレイヤーでなきゃいけないよな」
ようはこの企画が、『体験版』なのか『ティザームービー』なのか。
相手が単なるBotなのかプレイヤーなのかで、取りうる戦略は大きく変わる。
>「それにしてもローウェル、シナリオライターもクビにしちゃって一人で作ってんのかな。
イクリプスって、日蝕とか月蝕の『蝕』って意味だよね。
どっちかというと、正義の味方側というより敵側みたいなネーミングじゃない?」
「さっき言ってた『変』ってのはこのことか……」
確かに言われてみりゃ『蝕む』って言葉のイメージはプレイアブルの組織名にはそぐわない。
まぁなんかダークヒーロー的なひねり方してるのかも知れんが。
『正義の味方』ではなく『悪の敵』みたいなニュアンスはオタク好きそうだもんな。
ぼくもだいすきです。
-
>「それからあのナビゲーションキャラ、かわいくないのもそうだし、
多分クトゥルフ神話のニャル様と元ネタを同じくするキャラだよね……。それって思いっきり邪神じゃん!」
「うん……『ニャルラハハハ』とか笑ってやがってもんな。
鳴き声で自己紹介するアニメのポケモンじゃねえんだぞっていう」
味方側に邪神いるのおかしくない?ってのはまぁ、うん、わからんでもないわ。
ナイだかアルだかラトホテプだか知らねえが、キャラデザから設定まで雑の塊かよ。
ブレモン自体が北欧神話をベースにしたチャンポン世界観だから、
同じプロデューサーの次回作が100年前の大人気ホラー小説を元ネタにしてたとしても、
まぁそういう開発なんでしょうという割り切り方はできる。
『上の世界』にもラヴクラフト先生がいんのかな。
「外宇宙からの侵略者どもの頭目だから邪神、ってことなんだろう。
……待てよ。だとしたら連中は、自分たちが『侵略者』っていう自覚があるのか?」
>「あっ、ごめん、今こんな話してる場合じゃないよね……!
今はアイツらをやっつけることだけ考えなきゃ」
>「アイツら、自分達の方が絶対有利なシステムだと思ってドヤ顔してたけどそんなことないよね。
こっちはゲームシステム上はゲージ制コマンドバトルらしいから
習得したスキルで出来ると設定されていることなら無茶でも何でも出来てしまうけど……
向こうはプレイヤーが操作しきれない動きはどうしたって出来ないわけじゃん」
「おいおいどうしたカザハ君、今日のお前めちゃくちゃ冴えてるじゃん!」
>「きっといろいろあるよ、TPSアクションというジャンルを逆手に取る方法……!」
ゲーマーじゃないと言ってたが、こいつ結構ゲームやってんな……?
いわゆる高難度のアクションゲーとは違い、操作量の少ないコマンド制RPGは誰もがプレイしやすい。
カザハ君の指摘するブレモンならではの優位性は、そこに着目したものだ。
「俺たちにはゲージ溜まってからじっくりコマンドリスト開いて行動を選択する猶予がある。
アクションゲーにはそれがない。アクションしながら選択できるスキルには限りがあるはずだ。
ショートカットキーを活用したとしても扱えるスキルはせいぜい4つから8つくらいが関の山だろ。
各スキルのリキャストをリアルタイムで管理し切るにはもっと減らす必要があるかもな」
つまり――使えるスキルの数と戦略の幅という優位性がブレモンにはある。
何もかもがSSSの下位互換とは言えないはずだ。
「……イクリプスは、無敵じゃない。
キャラを全面に押し出したゲームである以上、『得意分野』と『弱点』は必ず存在する。
プレイアブルのクラスを7種も用意してるってことは、キャラ同士で弱点を相互に補完するプレイが前提のはずだ。
ブレモンと同じ運営なら、オンラインマルチのノウハウを活かしたいだろうしな」
βテストでステータスを盛っていようが、ゲーム性の根幹をなす部分は変えていないはずだ。
「もうひとつ、エンバースの言ってたクールタイムにまつわる話だ。
イクリプス共のクールタイムが『スキルごと』に設定されているものだとしたら、
火力を出し続けるには各スキルが腐らないよう常に使い続ける必要があるはずだ」
クールタイム制のアクションゲーには、理想的な火力を出すための最適解が存在する。
使用可能な状態のスキルをいつまでも使わないのはそれだけ火力のロスに繋がる。
だからプレイヤーは、クールタイムが空けた瞬間から順番にスキルを再発動する『スキル回し』のプランを構築する。
つまり真っ当にプレイしていれば、全部のスキルが使用可能な瞬間なんてものはそもそも存在しないのだ。
「俺たちにとってクールタイムにあたるものはATBゲージだが、こいつはオーバーチャージで溜め込める。
ゲージを消費しない行動……エンバースがスマホ直すまで擦りまくってた『ブレイブ殺し』の戦術。
オーバーチャージしまくって一気にぷっぱすれば、一回限りでイクリプスを上回る瞬間火力を出せる」
-
そこまで言って、俺は天井を仰いだ。
このエリアはまだブレモンの影響力が勝ってるが、外はもうSSSのフィールドだ。
異なる2つのゲームが同じ世界の中にある。ソシャゲ的に言えば、コラボイベントにあたるものだろう。
そして俺たちはコラボを迎える立場じゃない。これは『SSSのコラボイベント』――
ブレモンは、SSSの世界に入り込んできたコラボ先のゲームだ。
――>『此処に来るときには見えなかったかい?
まぁ、僕との闘いで頭がいっぱいだったというのなら無理もないか。
でも、今なら君たちにも見えるはずさ……行って確かめてくるといい』
ミハエルはそう言った。見えないわけがねえだろ。
俺たちはヴィゾフニールで空からこの街に来たんだぞ、空中の宇宙船に気付かないわけあるか。
空からはラスベガスを埋め尽くす膨大なニヴルヘイムの軍勢を見た。
道中には魔物に食い殺された兵士や民間人の死体だって見た。
街のどこにも、イクリプスとかいう場違いな世界観の存在は欠片も居やしなかった。
つまりナイやイクリプス、あの宇宙船団は、ついさっき現れて――
ローウェルお得意の世界改変で『はじめからラスベガスに居たことになった』んだ。
ミハエルの率いた軍勢がもたらした被害も人死にも、イクリプスの手によるものに書き換えられた。
思えば、ミハエルはエンバースに負けたあの瞬間から急に弱気な発言をするようになった。
あの傲慢なチャンピオンが、イクリプス相手に挑みもしないのも不自然ではある。
ミハエルが可哀想になってきた。
ラスベガスを火の海に変えた悪逆非道の敵役だったはずのあいつは、
未知の侵略者から尻尾巻いて逃げてセンターに引き籠もる腰抜けだったことにされちまったわけだ。
ミハエルがローウェルの――プロデューサーのお気に入りだったことは疑いようもあるまい。
そして……見限られた。きっかけはやはりエンバースに負けたことだろう。
プロデューサーに飽きられ、寵愛を失ったキャラクターの、これが末路の姿だった。
「……さっきカザハ君の言ってたことだけどさ、イクリプス共はどういう感情で地球に侵略してんだろうな。
見た感じあいつらも人間だろ。街破壊して人間虐殺する露悪なゲームが3億人だかに売れるとは思えねえんだが」
『上の世界』の社会構造や一般常識は俺たちに知る術もないが、
シャーロットいわく大人気だったっていう『本来のブレモン』のシナリオが人間視点での冒険譚である以上、
地球の人間と価値観や倫理観はそう変わらないと考えられる。
SF兵器で米軍とバトル!っていうコンセプトならまだ理解できんこともないが、
ラスベガスの民間人も大量に犠牲になってる。
まだイクリプス共はプレイヤーの入ってないNPCって線の方が納得はいく。
-
「ナイが本当に邪神で、プレイヤーからはミズガルズがゴブリンの巣かなんかに見えてるのかもな。
ほんで終盤に自由の女神でも見て『なんてことだここは地球だったのか』……みてえなオチ。
ぜってえ荒れるよ俺ならアンチスレ100は立てられる自信あるね」
駄目だまた話が脱線した。考察の余地にはしゃいでる場合じゃねえってのに。
「いずれにせよ、このイクリプスとの戦いは癇癪起こしたローウェルのちゃぶ台返しじゃない。
プロデューサーによる真っ当なプロモーション活動の一環だ。
顧客が存在する以上、後出しジャンケンで世界のルールをコロコロ書き換えられることはない。
ゲームとしての面白さを確保するための弱点は、容易に潰せないはずだ」
そして考えるべきは、イクリプスの攻略法以外にもある。
『俺向きのやり方』――アンチの視点から見たSSSはどうだ?
「SSSは……言っちゃなんだが美少女ゲーの類だよな。
イケメン盛りだくさんのブレモンとは客層がだいぶ違ってる。
SSSがどんだけ覇権をとろうが、課金の出どころが違う以上ブレモンと共存できるはずだ。
どちらが生きるかくたばるか、ゲームクリアとゲームオーバー以外にも、第三の結末は必ず存在する」
新ゲームの体験版で、敵を根絶やしにして完全勝利なんてことあるか?
ユーザーの購買意欲を訴求するならこういう落とし所が望ましいはずだ。
『我々の戦いはまだ始まったばかり。あなたの協力が必要です!』。
「掴み取るんだ。――『俺たちの戦いはこれからだ』エンドを!」
【戦術案:①回避バフと命中バフを活用②スキルの選択幅の多さで勝つ
③ATBのオーバーチャージで瞬間火力を確保
検証事項:イクリプスはBotなのかプレイヤーがいるのか】
-
>「フ……。僕は何ひとつ嘘は言っていないよ。そんな必要ないからね。
ローウェルの行方は本当に知らない。信じるかどうかは君たち次第だけど」
ミハエルは…ある程度予想していた答えを出す。
劣勢になったとしてもなんの干渉もなかったが故に…明らかに捨て駒だったリューグークランにミハエル…
勝てば儲けもん…いや最初から負ける事も分かっていたかもしれない。
>「君たちの質問に答えられる者がいるとしたら、それは……このワールド・マーケット・センターの外にいる。
此処に来るときには見えなかったかい? まぁ、僕との闘いで頭がいっぱいだったというのなら無理もないか。
でも、今なら君たちにも見えるはずさ……行って確かめてくるといい。
僕は……もう二度と見たくない」
ミハエルは謎の存在を示唆し…
>「……みんな、行こう」
これ以上の問答は意味がないと判断したなゆの一声で僕達は外にでようとする
そして出口に向かおうとした僕達の前に…イブリースが現れる。全身傷だらけの死に体で。
>「イブリース……?お前、その傷……」
僕達が…作戦を、死力を尽くしてイブリースを追い詰める事が精一杯だった。
そんな相手をこの短時間で追い詰めるほどの…存在がいるのか…?外に。
>「……ニヴルヘイムと……ミズガルズの戦争では、なかった……。
我が……同胞たちを、蹂躙し……ミズガルズの者たちを……殺戮、する……。
“あれ”は……いったい、なんな……の、だ……」
そう言うとイブリースは大量の血を吐き地に伏せる。
外には…イブリースを止めるような奴はいないと思っていたが…第三者の加入があったとみていいだろう。
ローウェルが用意したとしか考えられない…わざと僕達を一か所に集めて殲滅戦を仕掛けれるほどの…強力な存在を用意して…、
ミハエルとリューグークランを捨て駒にできるほどの存在が…外に…いる。
この消耗した状態で出会いたくないが…恐らく逃げれないだろう。
>「レッツ・ブレイブ……!」
「レッツ…ブレイブ…!」
なゆが…僕が…みんなが…覚悟を決めて出口に向かい…そして――
-
外にでた瞬間飛び込んできたのは死体の山…鉄くずになったと思われる兵器たち…余りにも無残な光景。
そして…血の匂いより…色濃い…感じた事のない匂い。
近場にある死体を調べると傷口が見こた事もないような焼けこげた…?溶けてる…?なんていえばいいのかわからない致命傷になったと思われる傷があった。
そう思えば現代兵器で…大口径の重機による傷が致命傷だと思われる死体もある…が兵士達が持っている武器とは比較にならないほど巨大な兵器でやられている。
「人体が溶けてる…?なんだこの感じ…まるでSF映画のビーム兵器でやられたような…いや…まさか…そんな…」
内心そんな馬鹿なと一笑しようとした瞬間…明神が叫ぶ。
>「なんだよアレ、宇宙船……宇宙船……!?」
>「“あれ”……
あの宇宙船が、イブリースの言っていた“あれ”……。
ミハエルの言っていた、わたしたちの質問に答えられる者……なの……?」
僕以外の仲間達が全員空をみてそう言った。そんな馬鹿な。そう思った…しかし現実は…想像よりはるか上を行っていた。
「創作より現実のほうが奇怪とはよく言うが…まさか…こんな…」
宇宙船。なにを馬鹿なと思うかもしれないが…そうみんなが口をそろえて言ってしまうのも頷ける。
静かに…真上を飛んでる事を音で判断できないのがおかしいほどの円盤型だけじゃない…球体…ブロック状…あらゆる不可解な飛行物体が…僕達の頭上にいるのだ。
>「……知らない。
三つの世界のこと、『ブレイブ&モンスターズ!』にまつわることなら、すべての事柄がぼくのデータベースに入ってる。
でも、あんな宇宙船のことは知らない。“あれ”は――」
そりゃそうだろ。と心の中で思った。
現代背景に突然あんな宇宙船…サムライがショットガンを撃つかの如く違和感…要するに“時代が違う”のだ
「いやいや!ゲームの設定遵守しろよ!…こんなのもはや別ゲーじゃないか…!……え?……ゲームが違う…?」
どう考えても現代ベースの僕達より明らかに発達している文明…。
>「アルフヘイムと、ニヴルヘイムと、ミズガルズ。
その三世界の他に、まだ世界があるっていうこと……?」
>「いいや。『ブレイブ&モンスターズ!』の世界は、あくまでその三つだけだ。未実装で終わったムスペルヘイムを除けば。
けれど、あの宇宙船はそういうことじゃない。根本的に違うんだ」
エンデが分からない…つまりこのゲームの…ブレイブ&モンスターズ!というカテゴリーの存在ではない。
根本的に違う存在だとしたら……この宇宙船達は。
ローウェルの隠し玉…それは未実装データを引っ張ってくるとか…チート権限をフル活用するだとか…そんなあまっちょろいもんじゃなかったんだ。
-
各宇宙船の入り口?射出口?が開き…大量にそこからなにかが放たれる。
何が…米軍の飛行機ですら遅いと言わんばかりに高速で動き…一瞬光輝いたと思ったらその瞬間米軍の飛行機が一瞬で全滅する。
光だけでみれば…花火など比較にならないほどに…眩しくて…煌びやかだった。それが人の死を持って映し出される絶景だと脳が理解を拒むほど…美しかった。
>「あ……」
なゆが間抜けな声を出す。でも…仕方なかった。こんな光景を唐突に見せられて現実を瞬間的に受け入れられる人間なんていない。
>「人……?」
>「クソ、どうなってる……連中は――」
近くに寄ってくる今ならわかる…あれは…人間だった。
いや…人間かどうかは分からない…とにかく…未成年以下と思われる…女性の姿をしている…人型だった。
サーフボードのような物に乗り…手には違った兵装を持ち…恐らく…笑って人を殺している…、
>「なんなんだよ……なんなんだよこれは!俺たちは何を見せられてんだ!!」
止めようのない暴力が…目の前で淡々と行われている。
僕達には…止めようがない。ただ指をくわえて残酷なこの光を…見させられている。
>「うんうん、そのお気持ちはよォ〜くワカりますよォ〜! 皆さん、こう考えていらっしゃる!
『いきなり何の脈絡もなく現れた、あの連中はドチラサマ? 誰か教えてェ〜ん!』とね――」
>「そうでしょうとも、そうでしょうとも! 当然の思考です無理もありません! 皆さんは正常です! フー!
まァ世の中正気と狂気は紙一重、同じアレなら踊らにゃソンソンなんて言ったりもしますが。ええ」
突然…後ろから現れた何かが…そう笑いながらカザハの頭に手で触れようとする。
「!!!なにしてんだお前!」
カザハに触れようとした手目掛けて蹴りを放つ。
いくら消耗していようが…この蹴りを躱せるのはイブリースですら難しい…この僕の全力の蹴りをお見舞いしたはずだったのだが
避けられた…いや…今のは避けたというより…すり抜けた?
動きが見えなかっただけなのか…?くそ…どっちにしろ当たらなかったって悔しい事実だけが残る。
>「……なんだ、お前。今確かに斬ったよな?」
エンバースも間髪入れずにダインスレイブで攻撃したが…手ごたえはなかったようだ。
「だ…大丈夫か!?カザハ!?」
どうやら本当に軽く叩いただけだったらしい…本当によかった。
「お前…一体なんなんだ」
>「おおーっとォこれは失礼! ワタクシとしたことがとォんだウッカリを。
自己紹介がまだでしたねェ、皆さまお初にお目に掛かります。ワタクシの名前はナイ!
いえいえ『名前が無い』のではなく『名前がナイ』なのですお間違えなきよう。
本日は皆さまのナビゲーションを担当するよう仰せつかり、斯様に推参仕った次第にてございますです。ハイ」
実体がないのか…?それにしても…身のこなしも完璧だったが…。
「あの空中痴女船団のナビゲーションにしては自分ホラーな見た目だな…」
今…まさに人を襲っている美少女型の人型達は…全員ジャンルは違うが美少女といって差し支えない。
そのナビゲーターが…ヘタクソな顔の描かれた頭陀袋をかぶってるって…どんな世界設定なんだ?
-
>「しかァしご安心をォ! そんな往生際の悪い皆さまにご納得して頂くために、ワタクシが遣わされたのです!
皆さまの為に、プロデューサーメッセージもご用意しておりますですよ。あのお方からの……ね。
此れを見れば見苦しく生にしがみつく皆さまもだァ〜い納得! して死んで頂けますこと、これ請け合い!
いやァ〜なんとラッキーなのでしょォ〜!」
こっちのリアクションを全て無視し…聞いてるだけで不愉快なのに内容まで不愉快を垂れ流す不愉快頭陀袋。
>「……あのお方……大賢者ローウェルのことかしら。あなたもローウェルに創られた存在ってことね……。
いいわ、あなたがローウェルから全部説明するよう言いつけられて来たのなら――
洗いざらい、何もかも喋って」
少しイラついた口調でなゆが問い詰める。正直我慢の限界だった…僕だけじゃなく…ひたすら僕達を無視し続けて喋るこの頭陀袋に全員が。
>「死刑囚でさえ、自身の死刑宣告を聞きたくは無いと申します。例え自分は九分九厘死刑と察しがついていようとも!
ワタクシがその問いに答える、それはまさしくアナタ方にとっての死刑宣告も同じ。
すなわち皆さま方が助かる可能性はゼロ! と宣言することと同義! ンンン〜ッなんたる残酷! なんたる殺生!
皆さまの悲嘆を想像するだけで、ワタクシの心臓は引き裂かれてしまいそうですよォニャヒッヒッハハハハァ!」
>「……これ、最後まで邪魔せず聞いたらアチーブメント貰えたりしないか?いや、俺がさっき殴っちまったな……」
「僕も蹴っちゃたけど…なあ…こいつの話聞く必要あるか?」
>「というか。皆さま、既にうすうす勘付いておられるのでは?
ワタクシの。かの船団の。そして少女たちの正体を――。
それでもお聞きになりたいと? そんなにご自分が死刑になる確証が欲しいと……」
>「くどい。さっさと答えて」
この長話の間も虐殺は続いてるわけで…無駄に消耗したくないから話を聞いているにすぎない。
そして…奴のいう通り答えは僕達の中で恐らくでている…。みんな認めたくないだけで。
>「彼女たちは『星蝕者(イクリプス)』。
新作ソーシャルゲーム『星蝕のスターリースカイ』のキーパーソンにして、育成対象の少女たちなのです」
>「……星蝕の……スターリースカイ……?」
「イクリプス…」
今虐殺を行っている少女たちの総称…それは分かった。
だがなぜそれが虐殺に繋がるのか…いや聞かなくてもここまでくればなんとなくわかるよ…
わかるけど本当に…それはゲームの開発者がする事なのか?愛着はないのか?ローウェルは…自分が生み出した子供…ゲームを…なんとも思ってないのか…?
>「あのお方は皆さま方をとても評価しておられます。
どんな逆境にも挫けず生を掴み取ろうとする、ゴキブリ並みのしぶとさ……もとい、諦めない心を! ニャヒッ!
ということで――このまま放っておいても侵食で消滅するアナタたちに、今までの働きに対するご褒美としてェ!
最期の花道を用意してくださったのです! つまり……」
>「最新ゲームのプレイヤーたちの『的』になって死ぬ栄誉を……ネ!」
ブレモンだって…苦労して作り出した世界だろうに…それを…簡単に…壊せる物なのか…?僕には…理解できなかった。
-
>「彼女ら『星蝕者(イクリプス)』はSSSのクローズドβテストに当選したプレイヤーの皆さまが育成した、
テストキャラクターなのです!
応募総数、約2億8千万件! その中で選ばれた50万人のプレイヤーに、この世界をたっぷり破壊して頂き――
SSSの爽快感! 面白さ! 楽しさをご理解頂こうというワケでして!」
「…ゲームは作った人間からしてみれば子供のような物のはず…ローウェルが本当にそうしろと言ったのか?」
>「ワタクシが皆さまの最期を看取って差し上げます!
皆さまがどのように斬られ! 撃たれ! 刺され! 潰され焼かれ溶かされ凍らされ……etcetc!
ともかく! いかなる終焉を迎えたのか、その死に様を詳細にモニターし、あのお方へ確実に!
御報告致しますのでご心配なく! あのお方は決して、アナタ方の死を無駄には致しませんとも!
皆さまを構成するそのデータの1バイトに至るまで、SSSのために有効活用して下さることでしょう!
いやァ、ワクワクするじゃあありませんか! ワクワクするでしょう? ワクワクしません? ワクワクしろ!!
ニャルルラハハハハハハハッハハッハハ――――――ッ!!!」
「…聞く気も言う気もないって事か…」
この頭陀袋ピエロにこれ以上なにを問いただしても意味はないだろう。
文字通りこいつはローウェルの意志を伝える為の…見た目はホラーだがやってる事はただの伝書鳩となんら変わらない。
もし力ずくで捕獲に成功したところで…なにもわかりはしないのだろう。
>「……いい加減にしたらどう。耳障りよ、ナイ」
どうやらあっちのメンバーにもウザがられてるようだ。
あれがかわいいキャラ扱いだったらどうしようかと思ったけど…感性は僕達と一緒だってわかってよかったよ
…米軍の戦闘機より高速移動できる化け物少女軍団が目の前にいるって事実そのものは全然よくないけど。
>「これはこれは『星蝕者(イクリプス)』の皆さま。
米軍を相手に無双するのはおやめになられたので?」
>「ハ! くだらねぇ。ただ数が多いだけのザコじゃねぇか! そういうのはいいんだよ、そういうのは!」
やはり人が目の前で死んでも…自分で殺してもなんとも思う事はないらしい。
ゲームの1NPCが死んだくらいに思ってるのか…別に本物だろうと構わないのか…
大体は前者だろう。CBTの運営側が用意した的でしかないわけだ…もちろん僕達も。
>「ニャッハハ! ごもっとも、ごもっとも!
クローズドβテストの開催期間は長くありません。『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の皆さま、
名残は尽きないところですが――歓談のお時間はそろそろお開きと致しましょう!
お話しできてよかった、楽しかったですよ! ワタクシ、皆さまとの語らいのひとときを決して忘れません!
エート……なに話したんでしたっけ? まぁいいですよね! ニャッハッハハッ!
ではでは! ごきげんよう―――」
先の戦闘で消耗してる僕達にここでもう一度戦闘に入るという選択肢は本来ない。
しかし…超技術を目の前に作戦会議もなしに全員で逃走という事も…できるわけがない。
全員でバラバラに逃げれば一人くらいは逃げれるだろうけど…二度と全員で顔を合わすことなどできないだろう。
>「……まぁそう焦んなよ。こう見えて俺たちボロボロでさぁ。
はじめから体力バーの削れたボス戦なんてお前らもつまんねえだろ?
お互いぐっすり寝てから日を改めて戦おうぜ――」
となれば
>「さて、と――」
>「……行くよ」
部長はもう戦えない…カードを使いすぎてしまった…僕も正直だるいけど…やるしかない。
-
身を構え…痴女少女軍団をみた瞬間とある少女と目が合う。
なぜそうしたのか…なぜあれだけの数がいる少女軍団の中でなぜピンポイントで彼女と目があったのかはわからないけど…本能だった。
褐色肌に白い長髪の少女だった。間違いなく美少女である。
返り血がいい塩梅で体につき…不思議な出で立ちを更に…美しくしている。
ゲームのキャラなら間違いなく人気がでるだろうな…そんな事さえ思う。
「ハハッ…」
僕達は近くないけど遠くもない距離で…見つめ合っていた…惹かれ合って…お互いに…。
胸が高鳴る。中身はともかく…見た目はかわいい美少女と目が合ったから…?…いや違う
10秒にも満たない見つめ合いの末に…お互いに心が通じ合うのを感じる。
あぁ…これは間違いない…これが…運命の出会いというものなのだろう。
あの子と僕は今…間違いなく同じ事を…考えていて…これから10秒もしない内にそれは…確実に実行に移されるだろう。
「部長…僕から離れすぎず…近すぎずをキープしてくれ」
僕と褐色少女の口角が不気味に釣りあがる。
あぁ…みんながこっちみてなくてよかった…こんなのみんなには見させられないよ。
>「「竜巻大旋風零式(ウインドストームオリジン)!!」」
>「まずあの幼女を堕とすッ! 真空刃零式(エアリアルスラッシュオリジン)!」
カザハが大規模魔法攻撃を放ち場は一気に乱戦に突入する。
しかし僕は不動だった。力を貯めてこの次の展開に備えていた。
来ると分かっていれば限界まで集中できる。
なぜ遠距離じゃなくて近接攻撃で来るのが分かってるかって?…そりゃわかるさ。
あの見つめ合った時…ほんの10秒ほどだったけど…理解できた…。
あぁ…あいつと戦うのが一番面白そうだって。
「さあ!こい!」
そう叫んだ瞬間カザハの竜巻を切り裂きながら少女が現れる。
僕は…命を賭けて…命を削り合うのが好きだ…だからこそ…この少女から感じる熱を浴びて…気分が高揚する。
>「オォォォォォラァァァァァッ!!!」
「ウオオオオオオラアアアア!」
そして拳と拳がぶつかり合った時…僕達はゼロ距離でお互いの目を見る。
なびく長い髪…そして整った美しい顔…そして瞳に宿る…狂気。
あぁ…やっぱりこいつは…
僕と同類の…戦闘狂だ。
-
ドゴオオオオオオオオン!
「ハハ…ハハハハ!」
たった一度のぶつかり合い。たった一回…拳と拳を突き合わせただけ…それなのに…
力量差がいやというほど伝わってくる。
「こりゃ…こんなのがいっぱいいるなんて…イブリースが叶わないわけだ…僕の右腕はちょっと特別なんだけど」
武装使っていない…純粋なパワー比べでさえ勝てる気がしないほどの…力の差。
永劫の加護を使ってさえ痛みを感じるほどなら…他の部位でまともに受けたらその部位とおさらばすることになるだろう。
こんなのが後何人いるんだ…?考えるだけでゾッとする
>「アッハハハハッ……ATB? そんな時代遅れの古臭いゲームシステムなんて、まだ採用してるゲームがあったんだ?」
他の水着少女がそう叫ぶ。
僕達はコンボを成立させるためにそれなりの時間を必要とする…しかも回数制限すらある。が相手にはない。
そして彼女達が使う一つ一つのスキルや武装…それが僕達のコンボよりも遥かに強い技…
なるほど…これが世界チャンピオンやリューグークランをも捨て駒にできる本命の実力って事か…
「まいったな…僕なんて連続攻撃すら受けてないのに…」
目の前の少女は不敵に笑い…指を動かし僕を挑発する。
完全に遊ばれている…武装を使わないだけではなく…純粋な身体能力すら本気でない可能性がある
「ハハ…ちょっと…楽しくなってきちゃったな」
殴って…殴り返して…僕達だけ子供の喧嘩のように…馬鹿の一つ覚えのように。
永劫の恩恵(右腕)で受け止めて…右腕が悲鳴をあげるまでその殴り合いは続いた。
「はあ…はあ…困ったな…どうも…文字通り手も足もでないや
てゆーか…君の体…金属でできてるみたいに固いな…どうなってんだ…?女の子は柔らかいもんだろ?」
本調子じゃないのはもちろんある…だがそれだけじゃない戦力差。
やっとの事相手を殴り飛ばしてみても……まるで地面を殴ってるみたいに固いしダメージは明らかに入ってない。
圧倒的だ…生物としての格が違うと言ってしまっていい。
「頼むよ…僕はブレイブでいたいんだよ…だから…」
誰に向かって言ってるのか…僕はボソボソと…フラフラと言葉を零す。
体がいたい…全身の骨という骨が今にも限界を迎えそうなのを感じる…
ああ…まただ…また…僕の体が…快楽で打ち震えている。
絶望的な状況だ…絶望の状況下だからこそ…楽しくてたまらない。
小細工なしの殴り合いだ…この世界にきて…やっと出会えた…同類との…。
イブリースでさえ…信念というものが邪魔をした。それすらない…闘争が目の前にある。
狂気だ…信念なんて純粋なものはなく…ただひたすら強い奴と戦いたいいう後先考えぬ狂気だけを色濃く残した…美しいながらも残酷な美少女が目の間にいる。
なんでこんな楽しいことを…我慢しなきゃいけない?
「もっと遊ぼう」
ブレイブらしくないから…もうやめようと思ったけど…ちょっとだけ解放してもいいよな…ほんのちょっとだけ…少しだけだから…先っぽだけ…。
せっかく…楽しくなってきたんだ…もう少し…少しだけこの子で遊んでいたいんだ…。
僕の体から少し赤い波動が出始めたその時…なゆの叫ぶ声を聞き…ハっと我に返る。
>「みんな! 撤退! 撤退よ……センターの中に入って!」
なゆの判断は妥当…いや遅すぎるくらいだった。
ゴゴオオオオ・・・・
エンバースの炎の壁が僕と少女を分断する。
正直気休めだ。この少女達に掛かればこんな壁あってないようなものだろう。
「……今は見逃してくれないか」
言葉などなくても邪魔をされ…怒りが見て取れる褐色少女にそう告げる。
「君に決定権なんてないんだろうけど…見逃してくれれば必ず…もっと君を楽しませてあげると思うんだ…だから君から提案してみてくれないかな」
命乞いにしか聞こえない…いやまあ実際命乞いではあるんだけど…
「代わりに…必ず君を満足させてあげるから」
>「撤退するなら今のうち――オールフライト!」
「またね」
どっからどうみても見っともない負け惜しみ満載の命乞いを決めたのち…カザハの魔法で僕は回収された。
-
「はあああああああ・・・・・一体なにやってるんだ僕は!!」
もうやらないって決めたのに!その場に流されて僕はまた!あんな禍々しい力に頼ろうとするなんて!
焼け焦げた死体の匂いとか…あの場の雰囲気とか…そんなのに流されて…しかもあんな負け惜しみ全開の捨て台詞まで吐いて…お前中二病か!?何歳だよ!!
なゆのが撤退の合図を出さなかったらきっと手遅れになってた…。
もうやらないって…みんなに誓ったのに…結果的にはしなかったけど…。
「はあ〜〜〜…よし!反省終わり!切り替えよう」
いつまでも悔やんでばかりもいられない。とりあえずは恥ずかしい思いをしただけで済んだのだから…まともな反省会は後だ。
あの狂気に引き込まれない…それだけ覚えて気を付ければいい。
とりあえず…無事逃げ込めたのはいいが…いつ奴らが踏み込んでくるかわからないこの状況で情報整理は…とは思ったが…
情報がないと逃げる算段すらできないのが今の僕達である。
>「ひとまず……連中はTPSアクションRPGの出身らしい。アウトライダーズをプレイした事は?
レムナントはどうだ?リスク・オブ・レインは?EDFシリーズも良かったな。
4以降のバイオやスプラなんかも一応そうか?ちょっとシューター要素が強すぎるけど……」
「ええと…なんか銃が手前にあるのがFPSで…キャラが映ってるのがTPSでいいんだっけ?」
僕はゲームにあまり詳しくない。やったことがないわけではないが…情報として語れるほどではない。
>「ま、とにかくだな。連中もRPGのキャラクターなら、そのステータスや能力の大部分は装備品由来の筈だ。
つまり……まずは装備を奪うか、破壊するんだ。部位破壊で戦闘が有利になるイブリース戦とそう変わらないな?」
>「それにATBゲージがいらないとしても、なんの制限もないゲームなんて面白くないだろ。
スキルにはクールタイムや固有のリソースがあってもおかしくないよな。検証してみる価値はあると思う」
「でも…どこまでが装備なんだ…?あの中身はともかく見た目上は美少女のあの水着をひっぺがすのか?
しかたないとはいえ…どう考えても犯罪じゃないのか…?それは」
エンバースがいう装備には当然あの水着も含まれているだろう。
いくら必要とは言え…あれを…壊したりするのは…なんかこう…ダメなんじゃないか…色んな意味で。
>「……イクリプスは、無敵じゃない。
キャラを全面に押し出したゲームである以上、『得意分野』と『弱点』は必ず存在する。
プレイアブルのクラスを7種も用意してるってことは、キャラ同士で弱点を相互に補完するプレイが前提のはずだ。
ブレモンと同じ運営なら、オンラインマルチのノウハウを活かしたいだろうしな」
>「でもなぁ、虚空に向かって剣ぶん回してる奴が見当たらなかったんだよな……。
やっぱ自動で照準合うのかなあ……」
「カザハのいう自動照準が…そのキャラの特性…個性スキルである可能性はあると思う
さすがに自動で狙いを定める機能がデフォルトだったら僕達に勝ち目なんてないし…そもそもそれゲームとして楽しくないだろ」
余りにも情報が少なすぎる。
だれだけ話し合おうとも恐らく正解だろう…止まりにしかならない…それに…今の僕達は消耗もしている・・・。
正直言って日を改めたいというのが本音ではあるが…実力が上の相手から逃げるのは不可能に近い…倒す算段を付けるのがよっぽど現実的だろう。
-
>「アイツら、自分達の方が絶対有利なシステムだと思ってドヤ顔してたけどそんなことないよね。
こっちはゲームシステム上はゲージ制コマンドバトルらしいから
習得したスキルで出来ると設定されていることなら無茶でも何でも出来てしまうけど……
向こうはプレイヤーが操作しきれない動きはどうしたって出来ないわけじゃん」
とりあえず僕の所感をみんなに共有する事にした。
「そう…それなんだが…さっき…少女と殴り合った感じ…彼女は自分は相手より強い事は分かっているが…具体的にどう強いのか分かってない…そんな感じがした
なんていえばいいか…なんていうか…体の出力に頼りっきりというか…
例えばこのスキルはとっても強いです。強いけどそれは出の速さだったり…後隙の少なさだったり…当たり判定のデカさだったり…次の展開の良さだったり…
いろんな強みがあるわけだろ?その強みを理解せずとりあえず出してる感があるんだよな…それでも十分僕達より強いわけだが」
彼女達は本当の意味で戦闘を経験していない。そんな気がする
有利な条件で弱い相手を一方的に虐殺するだけでは…自分の体の限界を知る事はできない。
「中身が人間だろうとNPCだろうと…ザコ狩りしかしてないなら…明神のいう弱点を突かれた時に自分にどんな事が起きるのか…それすら理解してない奴もいると思う。
例えば異常状態…凍るとかオーバーヒートするとか…あの見た目なら感電するとか?…どこまで実装されてるかわかんないけど…
さらに言うならコンボシステムや回避のシステムをちゃんと扱えるのか…どこまでの性能なのかしってるどうかさえも怪しいな…
だって彼女達にはマジメに回避する必要性がある攻撃も真面目にコンボを叩き付けなけりゃ死なない敵も…いなかっただろうから」
チュートリアルで説明は当然受けただろう…しかし人が真に物事を理解するのは…使ってそれが活用できた時だと思う。
なぜなら僕はチュートリアルをちゃんと読むがいざ実戦の時には完璧に忘れていたからね!え?みんなそうじゃないの?みんなそうだよね?
ゲームに詳しくない僕がみんなに提供できる唯一の情報。
あの戦闘狂に付き合わず兵器を使ってくれるような奴と戦っていれば…もっと違った情報を提供できたかもしれないが…過ぎた事をいっても仕方ない。
「うーん…あくまで10発前後殴り合っただけの直感だから…そしてあくまでも僕の出会った少女はそんな気配がしてたってだけ覚えておいてくれ」
イブリース達がどれだけ善戦したかにもよるけど…あの数だ…イブリースでさえ逃げるのが精一杯だっただろう。
少なくとも現実でもゲームでも…PSが成長するのは苦難に出会った時…強敵に出会った時だ…それはあいつらだって変わらないはず。
自分の有能さに…全能感に酔いしれている今だけが唯一のチャンスと言っても過言じゃない。
「本当は全員で逃げ出そうぜって言いたい所なんだけど…勝負すらまともにできるかどうかわからない相手に全員五体満足で逃げるなんて…不可能だからね」
一通り全員で案を出し終え議論した後…しばしの沈黙が続く。
その沈黙を破ったのは…明神だった
>「……さっきカザハ君の言ってたことだけどさ、イクリプス共はどういう感情で地球に侵略してんだろうな。
見た感じあいつらも人間だろ。街破壊して人間虐殺する露悪なゲームが3億人だかに売れるとは思えねえんだが」
>「ナイが本当に邪神で、プレイヤーからはミズガルズがゴブリンの巣かなんかに見えてるのかもな。
ほんで終盤に自由の女神でも見て『なんてことだここは地球だったのか』……みてえなオチ。
ぜってえ荒れるよ俺ならアンチスレ100は立てられる自信あるね」
「いや…それはないんじゃないか?…少なくとも異形の化け物には見えてないと思うね
あの頭陀袋がなんて言ったか忘れたのか?米軍を相手に無双するのはおやめになられたので?って言ってたし」
頭陀袋は間違いなく米軍と…そう言い放った。
なにかのフィルターで聞こえなくなってる可能性も否定はできないけど…可能性は低いだろう。
「そもそも…人間はゲームという媒体を通せばほとんどの場合同じ人型を殺す事は売上やゲーム人気に殆ど絡まないと思うんだ……大抵の場合はね
どれだけ現実味を帯びてようと…胸糞悪い設定でもそれは技術や製作者の上手さであって現実じゃない…そして相手はNPCか中身に人間がいようと関係ない
対人ありのゲームならなおさらさ…相手を半殺しにして屈伸…煽り…された経験あるんじゃないか?なんならした経験も…結局それの延長線上に過ぎないんじゃないかな」
当然だが現実じゃ絶対できない事のほうが楽しいのは当たり前の話である。
「現実とゲームがごっちゃになって精神がゲームにとらわれた本物のやべー奴もいるだろうし……そんな奴をテスターに選ぶ畜生じゃないと願いたいね」
ゲームの中で思いっきり犯罪してみたいだとか…だれしもが思う事であるし…美少女になりたい願望だってゲームなら簡単に叶えられる。
無双してモテ男になりたい。イケメンハーレムの中でおもしれー女になりたい…願望はいくらでも尽きない
まあそれがゲームやマンガ…アニメなどの面白さが日々上がっていく理由でもあるのだが…
「あっ…ごめん…別に空気を悪くするつもりはなかったんだけど」
別に口論したかったわけじゃないのに…なんか自然とそんな感じになって…空気を悪くしてしまった。
はあ…本当に僕は何歳になればちゃんと空気が読めるようになるのか…。
「えーと…本音を言うなら回復するまで全力で今すぐ逃げたいけど…それができないのなら
エンバースの水着を脱がす作戦と…明神の少女達の弱い所を突く作戦…同時進行でいくべきだと思う
ATBゲージを貯めて集中砲火は…出たとこ勝負でかますのは…余りにもリスクが高すぎるから…最後の手段にしてほしいな…そもそも僕はもうカード残ってないし」
要は試せるもん全部試そうぜっていう話なのだが…僕にはこれ以上にいい案は少なくとも僕には出せない。
エンバースと明神以上の案を脳筋の僕にだせというのは少し無理がある。なんとも悲しく歯がゆい事だが…受け入れなければいけない事実でもある。
その分前線で成果を出す…それしかない。
「強いていうなら装備を剝がすのを優先気味にして……一部の兵装…僕達が使えたりしないかな?
ブレモンのデータの一部使われたりしてれば兵装のちょっとした機能だけ使えたり…さすがに望みすぎか」
一部のデータが次のゲームに入ってるというのもまた…珍しくない話のはずだ。
ブレモン側の技術が使われているならその部分だけ仮使用できたり…さすがに希望的観測すぎる…か
結局の所…出たとこ勝負するしかない今の僕達にとって…今のうちに考えられるすべての可能性を求めるしかない。
戦闘が始まれば考える暇など僕達には一切与えられないだろうから…こうやって顔突き合わせて相談する時間なんてもってのほかだ。
僕達はなにがあろうと負けるわけにはいかない。
けれど・・・不思議と絶望感なんてものはなかった…みんなとならどんな困難だって乗り越えられる。そう理解しているから
「ま…僕達ならなんとかなるさ…困難は今に始まった事じゃない。だろ?慢心するのはよくないけど…気を張りすぎてもいい事はないよ」
>「SSSは……言っちゃなんだが美少女ゲーの類だよな。
イケメン盛りだくさんのブレモンとは客層がだいぶ違ってる。
SSSがどんだけ覇権をとろうが、課金の出どころが違う以上ブレモンと共存できるはずだ。
どちらが生きるかくたばるか、ゲームクリアとゲームオーバー以外にも、第三の結末は必ず存在する」
>「掴み取るんだ。――『俺たちの戦いはこれからだ』エンドを!」
「いやそれじゃ終わっちゃうんじゃないかな…」
【戦闘狂同士の一目ぼれに遭遇する】
【水着少女達は自分の力を100%ちゃんと理解して扱えないんじゃないかという疑問】
【兵装を剥がしてさらにそれを自分達で使えないか?という希望を持つ】
-
『星蝕者(イクリプス)』らの襲撃を受けたエンバースたちアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は、
息も絶え絶えにワールド・マーケット・センターの中へ退避した。
とはいえ、センターは要塞でもなければシェルターでもないただの建物にすぎない。
エントランスの入口はガラスの自動ドアだし、『星蝕者(イクリプス)』もその気になれば容易く侵入し、追撃できるだろう。
しかし、予想に反して『星蝕者(イクリプス)』たちがセンターの中に入ってくることはなかった。
>追ってこない……?どういうこった、マップのロードが終わってないのか?
明神が訝しむ。
裏付けも何もないが、しかし明神の考察はきっと的を射ている。
非オープンワールドの、定められたステージ内で戦闘をするタイプのTPSでは、通常ステージの中にわざわざ入れる建物は作らない。
構造物はあくまでも射線を切るための障害物や高低差を表すギミックといった程度の存在でしかないのだ。
だから、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は建物内にいる間は安全であると言える。
『ブレイブ&モンスターズ!』と『星蝕のスターリースカイ』の明確な差異がひとつ健在化した形だ。
>ひとまず……連中はTPSアクションRPGの出身らしい。アウトライダーズをプレイした事は?
レムナントはどうだ?リスク・オブ・レインは?EDFシリーズも良かったな。
4以降のバイオやスプラなんかも一応そうか?ちょっとシューター要素が強すぎるけど……
さっそくエンバースが口火を切る。
絶望的なほどの戦力差をまざまざと見せつけられたばかりだというのに、エンバースの半分生身になった面貌には、
まったく悲壮感がない。どころか楽しげでさえある。
それこそ、新作ゲームを与えられたゲーマーそのものといった様子だ。
世界が破滅の危機に瀕しているというのに不謹慎――以前ならそう思ったかもしれないが、
今その世界を救うために必要なことは、まさしくその“ゲーマーとしての視座”であった。
>ま、とにかくだな。連中もRPGのキャラクターなら、そのステータスや能力の大部分は装備品由来の筈だ。
つまり……まずは装備を奪うか、破壊するんだ。部位破壊で戦闘が有利になるイブリース戦とそう変わらないな
>状態異常も有効かもな。アクション要素があるって事は、ヤバい攻撃はそもそも避けるのが前提になる訳だ。
つまりレジスト関連のステータスはブレモンほど詳細に設定されていない……かもしれないぞ
>それにATBゲージがいらないとしても、なんの制限もないゲームなんて面白くないだろ。
スキルにはクールタイムや固有のリソースがあってもおかしくないよな。検証してみる価値はあると思う
ゲームにおいて最大のカタルシスを得られる瞬間とは、『苦戦の末に強敵を斃した時』と決まっている。
その快感はジャンルを問わない。横スクロールACTで熾烈なステージギミックを踏破したとき。
STGで地獄めいた弾幕を掻い潜ったとき。ソウルライクARPGでボスキャラを撃破したとき。
道のりが険しければ険しいほど、苦労すれば苦労するほど、試練を乗り越え勝利したときのアドレナリンの分泌量は増す。
カカシを相手にいくら最強を気取ったところで、すぐに飽きてしまうのだ。
先程、『星蝕者(イクリプス)』は米軍をただ数が多いだけの雑魚はもういい、と言っていた。
強い者との戦いの方が楽しい、と。
ならば、『星蝕者(イクリプス)』も無敵ではない。
敗北するかもしれないというスリルと、プレッシャーを撥ね退け勝利したときの達成感が、ゲームの楽しさを生むからだ。
完全無敵モードではそれこそデバッグテストにもなるまい。
システム上の、ステータス上の、ルール上の制約を凌駕した先にゲームの醍醐味はある。
ならば、それを衝く。
>……それと、なゆた。お前は……いや、まずは無事で良かった。
だが……無茶はするなよ。次も銀の魔術師モードが発動するとは限らないんだ。
クールタイムや固有のリソースがあるかもしれないのはお前も同じだ
「あ……、うん……」
ゲーマーならではの視点で提案の先陣を切ったエンバースが、不意になゆたの方を向く。
エントランスの椅子に腰掛けたなゆたは、そんなエンバースの言葉に小さく頷いた。
自らの手に視線を落とし、軽く開いたり閉じたりしてみる。特に異常は感じられない。
体調は悪くないし、気分も平常通りだ。もちろんリューグークランとの闘いで消耗してはいるが、
それはここにいる皆も一緒だろう。
ただ、エンバースが心配する気持ちもわかる。なゆたは未だに銀の魔術師モードへの確実な覚醒の仕方を理解していない。
『死にそうになれば覚醒する』なんて、あやふやな条件にすべてを賭ける訳にはいかない――そう考えるのは当たり前だ。
……だ、けれども。
>正直言ってだな……俺は今や世界最強のブレイブなんだぞ。
待っててくれれば大体の事はなんとかしてやるから
見事チャンピオンを下したエンバースが、いつものように気取った調子で告げる。
まさしく余裕綽々といった様子だが、マイディア――乙夜マリとの闘いを経たなゆたには、その気持ちが痛いほど分かった。
大切だから、心配だから、自分に任せろと言ってしまうエンバースの優しさが。
それはきっと、なゆたが仲間たちに抱いている想いと変わらない。
「ありがとう、エンバース。
そうだね、不確定な銀の魔術師モードにいつまでも頼ってられない。頼るならここにいるみんなを頼るよ。
ただ……待ってることだけはしない。わたしはわたしの力で、わたしの道を切り拓く。
わたしはカメのお城の中で、オーバーオールのヒーローが助けに来てくれるのを待ってるだけのヒロインじゃないから!」
まぁあのお姫さまも最近めっちゃ戦ってるけどね! なんて言うと、なゆたはおかしそうに笑った。
-
>さっきエンバースさんが炎幕張ってる間にうまいこと逃げ切れたでしょ?
上の世界のフルダイブじゃないゲームがこっちの世界のゲームと同じようなものだとすればだけど……
情報源が画面しか無い以上視覚情報の攪乱の影響をもろに受ける……のかも?
自分はゲーマーじゃないけど、と前置きして、カザハもまた自分の考えを口にする。
>SSSってどれぐらい親切設計のゲームなんだろう。
当然親切設計じゃない方がこっちには都合がいいわけだけど……
ある程度近付いたら自動で照準合わせてくれたり、
そこまでいかなくても敵キャラにターゲットマークみたいなの表示されてるのかな?
もしそうじゃない上級者仕様のゲームだとしたら……向こう側に絵柄を合わせてやれば、結構混乱するだろうね。
幻影(イリュージョン)のカード、まだ残ってるんだ
>アイツら、自分達の方が絶対有利なシステムだと思ってドヤ顔してたけどそんなことないよね。
こっちはゲームシステム上はゲージ制コマンドバトルらしいから
習得したスキルで出来ると設定されていることなら無茶でも何でも出来てしまうけど……
向こうはプレイヤーが操作しきれない動きはどうしたって出来ないわけじゃん
UI周りの利便性はゲームにおいて死活問題だ。
カメラの視点やゲージの位置、ボタン配置――その他にも重要なものはいくつもある。
SSSはTPSだとナイが暴露した以上、カメラはある程度限定される。無双シリーズやモンハン、DMCなどといった感じの、
キャラクターの背中を見ながらプレイする方式なのだろう。
そもそもフルダイブにせよリモコン方式にせよ、ゲームをすることに視覚が必要不可欠な以上、
目晦ましは有効な手段になるかもしれない。
また、アクションRPGと銘打っているだけに、カザハの言うようにプレイヤーのスキル以上のことは出来まい。
>おいおいどうしたカザハ君、今日のお前めちゃくちゃ冴えてるじゃん!
いつになく鋭い着眼点のカザハに対し、明神が快哉を叫ぶ。
>俺たちにはゲージ溜まってからじっくりコマンドリスト開いて行動を選択する猶予がある。
アクションゲーにはそれがない。アクションしながら選択できるスキルには限りがあるはずだ。
ショートカットキーを活用したとしても扱えるスキルはせいぜい4つから8つくらいが関の山だろ。
各スキルのリキャストをリアルタイムで管理し切るにはもっと減らす必要があるかもな
>……イクリプスは、無敵じゃない。
キャラを全面に押し出したゲームである以上、『得意分野』と『弱点』は必ず存在する。
プレイアブルのクラスを7種も用意してるってことは、キャラ同士で弱点を相互に補完するプレイが前提のはずだ。
ブレモンと同じ運営なら、オンラインマルチのノウハウを活かしたいだろうしな
>俺たちにとってクールタイムにあたるものはATBゲージだが、こいつはオーバーチャージで溜め込める。
ゲージを消費しない行動……エンバースがスマホ直すまで擦りまくってた『ブレイブ殺し』の戦術。
オーバーチャージしまくって一気にぷっぱすれば、一回限りでイクリプスを上回る瞬間火力を出せる
>いずれにせよ、このイクリプスとの戦いは癇癪起こしたローウェルのちゃぶ台返しじゃない。
プロデューサーによる真っ当なプロモーション活動の一環だ。
顧客が存在する以上、後出しジャンケンで世界のルールをコロコロ書き換えられることはない。
ゲームとしての面白さを確保するための弱点は、容易に潰せないはずだ
明神が目をつけたのは、ブレイブ&モンスターズ! と星蝕のスターリースカイのジャンルの違いだった。
アクションRPGであるSSSは常にキャラクターを動かし続ける必要がある。
群がる敵の攻撃を回避し、狙いを定め、撃破しつつ自らのバフ、回復などを同時にこなすという、マルチタスクを強いられる。
限られた時間の中で使えるスキルには限度があり、あまり戦略的・戦術的なスキルは使えない。
自然と、プレイヤーの動きはパターン化されていくことになる。ソウルライクゲームのように、
敵の行動を頭に叩き込んで攻略してゆくようなジャンルのものなら、それが尚更顕著になる。
明神はそこを衝こうというのだ。
明神の言う通り、SSSには七つのクラスが存在する。そこにはプレイヤーを飽きさせない為という目的もあるだろうが、
マルチのパーティプレイ前提という目論見も垣間見ることが出来る。
個性豊かなクラスでチームを組み、互いの短所を補い合って強敵を斃す。マルチプレイの最も楽しい要素のひとつだ。
それはつまり、個々のクラスには明確な弱点がある――ということの確たる証拠であろう。
>そう…それなんだが…さっき…少女と殴り合った感じ…彼女は自分は相手より強い事は分かっているが…
具体的にどう強いのか分かってない…そんな感じがした
なんていえばいいか…なんていうか…体の出力に頼りっきりというか…
ゲームの知識が殆どないジョンは、あくまで直に闘った際に覚えた所感を口にする。
>中身が人間だろうとNPCだろうと…ザコ狩りしかしてないなら…
明神のいう弱点を突かれた時に自分にどんな事が起きるのか…それすら理解してない奴もいると思う。
例えば異常状態…凍るとかオーバーヒートするとか…あの見た目なら感電するとか?
…どこまで実装されてるかわかんないけど…
『星蝕のスターリースカイ』はまだリリース前の、クローズドβテストの状態だ。
今回のミズガルズ――地球への侵攻を試金石としてこれからデバッグや調整などを適宜行い、
最終的な正式リリースに漕ぎ着けるというプランなのだろう。
当然、抽選によって択ばれたテストプレイヤーたち、即ち現在センターの外にいる『星蝕者(イクリプス)』たちは、
誰もが今回初めてSSSというゲームに触れたのだろう。事前のプレスリリースと当選時の説明で、
勿論ある程度の理解はしているだろうが、それでも直接触れるのは初めてに違いない。
歴戦のネトゲ廃人だろうと、重課金者だろうと、プロのゲーマーだろうと、『最初』はある。
初めて触った瞬間にルールを完全に理解し、法則を把握し、性能を充分に引き出せる者など存在しない。
誰しも最初は下手なのだ。そうして訓練と研鑽、経験を積み重ね、上達していく。それがゲームというものの面白さだろう。
『星蝕者(イクリプス)』がまだシステムに習熟しておらず、立ち回りを学習していない今のうちに叩く。
-
「ふふっ」
侃々諤々、対SSSの攻略法を議論する仲間たちをエントランスの椅子に腰掛けて眺めながら、なゆたはそっと目を細めた。
「楽しそうだね、マスター」
なゆたの隣に佇んでいるエンデがぽつりと零す。
エンバースや明神の遣り取りに視線を向けたまま、うん、と返す。
「なんか……いいなぁ、って。
どんなにつらいことがあったって、悲しいことがあったって、こうしてみんなで集まって。
知恵を出し合って、一見絶対無理って難易度をしたゲームの攻略法を考えていく……。
元々フォーラムでもやってたことで、当たり前の作業だったんだけど、
こうしてみんなと出会って……たくさんの旅をしてきて。
改めて、楽しいって思ったんだ。
ゲームって、やっぱり最高に面白い! って」
かつて、考古学的な大発見を自ら解き明かそうという大望を抱いた人間がいた。
途方もない、到底不可能な、夢物語と言うしかない荒唐無稽な望みだった。
その人物はほうぼうを巡って信頼に足る仲間を集め、夢の実現に乗り出した。
道程は苦難を極めた。常人ならば一生に一度直面するかしないかの危難にも、幾度となく直面した。
だがその人物は決して諦めることなく、ありとあらゆる艱難辛苦を乗り越え、ついに念願の大発見へと辿り着いた。
しかし。
その人物が最も喜びを感じたのは、長年の夢である大発見を目の当たりにした時ではなく――
苦楽を共にしてきた仲間たちと、その発見を前に握手を交わした時だったという。
結果がすべてだと、そういう意見だってあるだろう。
過程がどうであろうと、結果を残せなければ無意味だと。確かに特定の分野においてそれは真実だ。
けれどゲームの世界では、それは必ずしも絶対的な真理ではない。
マリオカートで最下位だって。桃太郎電鉄で、モノポリーで、いただきストリートでビリだって。
それを以てそのゲームたちをクソゲーだと、面白くないと言うプレイヤーがいるだろうか?
仮に結果を残せなくても、くやしい思いをしたとしても。
その過程は楽しかったはずだ、盛り上がったはずだ。そこには笑顔が、歓声が、喜びが――必ずあるのだ。
ここにいる仲間たちは、皆それを知っている。ゲームの内容で楽しむことは勿論、こうして仲間同士知恵を出し合い、
力を合わせることこそが尊く、嬉しいのだと。
むろん、負けるつもりなんてない。あの『星蝕者(エクリプス)』たちには、何が何でも勝つ。
この逆境さえも楽しんで勝利する。目の前の頼もしい仲間たちなら、必ず成し遂げてくれるだろう。
『……もう、わたしの役目は終わりなのかもしれませんね――』
「え?」
前触れもなく聞こえた声に、なゆたは驚いてキョロキョロと周囲を見回した。
「マスター、どうかした?」
「エンデ、今何か言った?」
「いいや、何も」
いつものやや眠そうな表情で、エンデが答える。
「……うーん? 空耳かな……」
なゆたは首を傾げたが、結局気にしないことにした。
だが、なゆたは気付かなかった。
その“声”は外から聞こえたのではなく――
なゆたの心の中から聞こえた、ということに。
《私からも一言、いいかしら》
突然空中にディスプレイが展開され、ニヴルヘイムにいるウィズリィの顔が大写しになる。
《ミズガルズに『星蝕者(イクリプス)』が干渉することを阻止できなくて、ごめんなさい。
大賢者様……いいえ、大賢者の方が管理者としての力量も、権限も強かったから……。
ただし、私とミノリもやられっぱなしではないわ》
ウィッチハットをかぶった少女は、ふんと軽く笑みを浮かべてみせた。
《『星蝕者(イクリプス)』のアクセス履歴と干渉の痕跡を辿って、大賢者の居場所を特定できるかもしれないの》
まったく別のゲームのシステムと大量のテストプレイヤーたちを無理矢理召喚する、そんな大規模な干渉を、
完全に痕跡を残さずに遂行するというのはどんな腕の立つプログラマーであったとしても難しい。
ウィズリィとみのりは管理者権限をフル活用し、ローウェルの足跡を逆探知してその所在を解き明かそうしているらしい。
-
「ローウェルの居場所を……!? 本当!? ウィズ!」
絶望に次ぐ絶望の中での思いがけない朗報に、なゆたは思わず歓声を上げた。
今まで決して居場所を明らかにせず暗躍していたローウェルの現在地を特定し、其処に乗り込めるとしたら、
この長い戦いに終止符を打つことが出来るかもしれない。
それでなくとも、今までアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』はローウェルの行動に対し、
後手後手に回ることを余儀なくされてきた。いつでもローウェルに先手を取られ、或いは出し抜かれ、
辛酸を舐めさせられ苦渋を飲まされ続けてきたのだ。
そんなローウェルに一矢報い、此方が攻勢に出られるというのなら、そんなに望ましいことはあるまい。
《ええ。今、ミノリが取り掛かっているわ……か細い糸を手繰るような試みだけれど、絶対に辿り着いてみせる。
でないと、貴方たちのバックアップをすると言って此処に残った意味がないもの。
だから――》
ウィズリィが『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の顔を見回す。
《貴方たちには、大賢者の居場所を突き止めるまでの時間稼ぎをしてほしいの》
必要なのは、みのりとウィズリィがローウェルを追い詰めるための時間だった。
「わかった! 任せておいて!」
仲間たちの意見を聞くまでもなく、なゆたは即答した。
椅子から立ち上がり、足許にポヨリンを従えて空中に展開されたディスプレイに歩み寄る。
「みんなの対『星蝕者(イクリプス)』戦術を聞きながら、わたしも考えてたんだ。
今回の戦いは、持久戦。それがたぶん一番いいんじゃないかって」
くるりとスカートの縁を揺らし、ディスプレイから仲間たちへと振り返る。
「どうしてそう思ったのか、根拠はふたつ。
まず、あのナイとかいうキャラはSSSの襲来を『抽選に当選したプレイヤー限定のクローズドβテスト』って言ってた。
それはつまり『増援はない』ってことだと思う。
まぁ……それでも50万とか、バカげた数ではあるんだけど」
たはは……と困り顔で笑いつつ、人差し指で右頬を掻く。
「あと、βテストっていうのも大事だよね。そういうのって、大抵期間限定でしょ?
だから、きっと『星蝕者(イクリプス)』の侵攻には時間制限があるんじゃないのかな」
シャーロットでないなゆたに上位者の時間の概念がどうなっているのかは知る由もなかったが、
地球基準で考えればクローズドのテストプレイ期間というのは四日から長くても一週間程度が一般的だ。
「わたしたちだけで50万の『星蝕者(イクリプス)』を全員撃退するのは、とても無理だよ。
でもね……このワールド・マーケット・センターを砦にしながらの籠城戦なら、できなくもない……かもしれない」
先程明神の指摘した『星蝕者(イクリプス)』はセンターの中に入ってこられない、というシステムの穴を衝いた作戦だ。
ローウェルが大規模なマップの改変でも行わない限り、センターは外部からのどんな攻撃も通さない、
アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』にとってこの上なく堅固な要塞として機能する。
いかなローウェルとて、そこまで大掛かりな修正をするとなればそこそこ時間を要するだろう。
クローズドβテストの期間が終了するまで、そしてみのりとウィズリィがローウェルの居場所を特定するまで、
このセンターを中心に持久戦を行う。それがなゆたの提案だった。
ラスベガスを巨大なひとつのステージと考えた場合、隠れる場所も戦う場所も大量にある。
一大観光地のため大きなホテルもレストランも数多く存在するから、休憩場所や食糧には事欠かない。
奇しくも、破壊されたリゾート地は圧倒的な兵数の不利を覆すゲリラ戦を展開するにはもってこいのフィールドと言えた。
「もちろん、戦うのはわたしたちだけじゃない。
――ここにいる人たち。全員に頑張って貰わなくちゃ」
なゆたはスマホをタップすると、インベントリからアイテムをひとつ取り出した。
それは、膨大な魔力を秘めたひとつの指環。
アルフヘイムへ召喚されたばかりのときに手に入れた、大賢者に縁のある魔具。
『ローウェルの指環』。
それを右手の薬指に嵌め、自身のスペルカードをすべてリキャストする。
回復したスペルカードのうち『高回復(ハイヒーリング)』をプレイ。対象は――未だ昏倒している『禁書の』アシュトラーセ。
「ぅ……」
瀕死の重傷から一転、体力を全快させたアシュトラーセは右手で頭を押さえながらゆっくり起き上がった。
そんなアシュトラーセに大まかな事情を説明し、回復魔法を依頼する。
スペルカード『高回復(ハイヒーリング)』は対象一名のライフを回復させることしか出来ないが、
アシュトラーセら高位の魔導師ならば全体回復魔法で他の負傷者を癒すことも出来る。
状況説明を受けたアシュトラーセが全体回復魔法を唱えると、
対リューグークラン戦で受けた『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の傷と疲労がみるみるうちに癒えてゆく。
アシュトラーセと同じく『星蝕者(イクリプス)』の襲撃を受けたイブリースとエカテリーナ、
そして限界以上の力を使い果たして死んだように眠っていたガザーヴァも回復し、戦列に復帰する。
-
「……なぁーんか、ボクが寝てるうちにまぁーたメンドクセーことになってンなぁ……」
明神の隣でふわふわと宙に浮きながら胡坐をかき、現在の状況を聞いたガザーヴァがぼやく。
「あのリューグーナントカをやっつけりゃ、残るは大ボスのクソジジーだけじゃなかったのかよ?
ったく、次から次へと……やっつける方の身にもなれってんだよ! なー、明神!」
息つく暇もなく出現する敵に対して心が折れるのではなく、あくまで面倒くさいと言い放つあたり、
幻魔将軍の面目躍如といったところだろうか。
「もし、リューグークランの人たちが味方になってくれてたら心強かったんだけどね」
あはは、とガザーヴァの文句に眉を下げ、なゆたが小さく笑う。
日本最強チームであり、偉大な先達であったリューグークランがもしもここに健在で、
一緒にSSSに対抗してくれたとしたら、そんなに頼もしいことはなかっただろう。
だが、彼らはもう消えてしまった。自分たちに未来を託して。
第一クランの皆は望まざる復活によってローウェルに蘇らせられた人々だ。これ以上苦しみを味わわせず、
安らかな眠りについて貰いたいと思う。
クランの皆はなゆたたちアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』に、
最後まで諦めず戦う覚悟の大切さを教えてくれた。勇気を与えてくれた、それだけでも充分というものだろう。
「まだ、外には生き残りの人たちやニヴルヘイムの魔物がいるかもしれない。
それを見つけてセンターの中に保護して、同時に戦力も拡充していこう」
「オレが『星蝕者(イクリプス)』どもの襲撃を受けたとき、あちこちにまだ同胞たちの気配があった。
これ以上奴らの隙にはさせん。同胞の命を少しでも多く救えるなら、それに勝ることはない」
「そうじゃな。フィールドを探索し、生存者の発見に努める。
然る後にこのワールド・マーケット・センターに収容し、負傷者には回復を。
戦える者は戦力として対『星蝕者(イクリプス)』に出撃して貰う……というのが良策かの」
なゆたの提案に、アシュトラーセやガザーヴァと同じように回復したイブリースとエカテリーナが頷く。
「治療は任せて頂戴。本職ではないけれど、精一杯務めさせて貰うわ」
目下、此方の手勢の中で高位の回復魔法を扱えるのはアシュトラーセとエカテリーナだけだ。
しかしエカテリーナの虚構魔術はこういったゲリラ戦で真価を発揮する。回復役よりは外に出て、
魔術を用い『星蝕者(イクリプス)』を眩惑しての生存者の救出という役回りが一番だろう。
そのぶん独りで後方支援を務めるアシュトラーセの負担は大きいが、やむを得ない。
「しっかし、相手は50万。対してこっちはモンスター合わせても20人以下。
そのうえ相手はクソジジーの肝煎りで常時バフが掛かってる状態なんだろ?
バランスもクソもあったモンじゃねーなー! やっぱブレモンはクソゲー!」
「大丈夫! できるよ! だってもうわたしたちよりずっと前に、半年以上もの長い間、
地上を埋め尽くす量の敵を相手に籠城して持ち堪えた『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』がいるんだもん!」
そう。
なゆたたちはかつて、夥しい数のドゥーム・リザードやヒュドラ、イナゴの群れに少数だけで立ち向かい、
最終的に見事勝利を勝ち取った『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を知っている。
「へっ。あったりめーだろ。
イクリップだかスクラップだか知んねーケド、ケチョンケチョンにしてやんよ!
ポッと出の女キャラどもに、誰がブレモンさいかわキャラかってコトを教えてやる!」
ふふん、とガザーヴァは不敵な笑みを浮かべてみせた。
クソゲーだの何だのと文句を言ってみるのも、ガザーヴァなりの愛情表現のひとつらしい。
そんなブレモンの中で虚勢でも何でもなく、心の底から自分とそのマスターのコンビが地上最強だと信じて疑わない。
そして、それは他の仲間たちも同じだろう。
反面、そんな仲間たちに対し懸念がない訳ではない。
それは『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』である限り絶対に逃れられない、
宿痾とも言うべきシステム上の弱点の存在であった。
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』のスペルカードは、一度使用してしまうと原則24時間経過しなければリキャストしない。
ウィズリィの『多算勝(コマンド・リピート)』など、即座にカードをリキャストさせるスペルもあるが、
大抵の場合単体であったり何らかの制限が存在しており、もちろん多用も出来ない。
後のことを考えず総力を結集して戦えば、きっと『星蝕者(イクリプス)』を打破することも不可能ではないだろう。
なゆたたちは長い長い旅の果て、そこまでの力を手に入れた。
だが『星蝕者(イクリプス)』ひとりを倒すのに手持ちのスペルカードを使い切ってしまっては意味がない。
今回のSSSの侵攻に関しては、一度勝てばすべての決着がついた今までの戦いと違い、
いつになるとも分からないウィズリィとみのりの解析完了を待って戦い続けなければならないのだ。
とすれば、消耗を可能な限り抑えながらの戦いが大前提となる。
だいたい今現在だって明神たちはリューグーとの戦いでスペルカードの大部分を使い果たしているのだ。
SSSが建物に手出しできないのをいいことにじっと建物の中に閉じ籠り、
24時間経過するのを待てば――という作戦もないこともなかったが、
それでは外にいるかもしれない生存者を見捨てることになる。
継戦能力の低さ、それは『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の致命的なウィークポイントであった。
当然持久戦、籠城戦という作戦との相性も悪い。
だが――
-
「……まだ、戦意を喪ってないのかい。
あれだけのものを目にしても」
不意に声が聞こえる。其方を見ると、リューグークランと闘ったトーナメントの会場にいたはずのミハエルが立っている。
「ミハエル……」
「破滅は避けられない。君たちが儚い力をいくら振り翳したところで、絶対的な戦力と性能の差を縮めることは出来ない。
誰にだって理解できる、単純な話だというのに……それでも抗おうとするだなんて、
まったく理解できないよ」
ふ……、とミハエルは力なく笑ってみせた。
その表情に、デュエルをしていたときの狂気さえ孕んだ覇気は感じられない。
しかし、ミハエルは何もアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の士気を下げにわざわざ姿を現したのではなかった。
ミハエルがなゆたやエンバース、ジョンたちの顔を一頻り見回す。
そうして『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちの瞳から希望の光が消えていないことを確かめると、
ブレモン絶対王者は自分の衣服のポケットをまさぐった。
「だが――絶望的な戦力差を見せつけられ、死を間近に宣告されて。
それでもなお運命を受け入れることはできないと、最期の最期まで戦ってみせようというのなら……。
これを持って行くといい。きっと君たちの役に立つだろう」
ポケットから出した右手をエンバースたちへと突きつける。
開いたその手のひらの上には、すっかり見慣れたデザインの指環が乗っていた。
つい今しがた、なゆたがアシュトラーセたちを回復させるために用いた、
スペルカードのリキャストと超強化の効果を秘めたレアアイテム――『ローウェルの指環』。
それが、しかも四つ。
「ローウェルの指環……! 確かに、あなたが持っていたとしても不思議ではないけど……」
ミハエルは少し前までローウェルと同盟関係にあった。ローウェルからこのチートアイテムを与えられていたとしても、
何もおかしくはない。ただ、数が多すぎる。こういったレアアイテムは、通常ひとり一個が限度のはずだ。
訝しんでいると、すぐにミハエルは一度かぶりを振った。
「これは……僕のものじゃない。
本来、リューグークランに与えられたものだ」
リューグークラン。
どうやらローウェルは対ハイバラを想定し、復活させたリューグークランのメンバーに必勝を期してひとり一個ずつ、
指環を渡していたらしい。
けれどもそんなローウェルの目論見に反し、リューグークランの皆は誰ひとり指環を使用しなかった。
ミハエルはそんなクランの使わなかった指環を預かっていたらしい。
「彼らは言っていたよ。もし君たちアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が自分たちに勝つようなら、
此処よりもっと先へ進むつもりなら……これを渡してほしいと。
ほんの一時的にでも、うわべだけでも……仲間になった者たちの遺言だ。持って行きなよ。
……彼らも、きっと喜ぶだろう」
ローウェルの指環があれば、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』のシステム上の弱点を完全に克服することは無理でも、
多少は負担を減らすことが出来るようになるだろう。
「そっか、リューグークランのみんなが……」
マイディアかあいうえ夫か、何れが考えたにしろ、リューグークランはそこまで先を見通していた。
デュエルの中でハイバラを復活させ、その仲間たちの成長を促し、更には最後の戦いへむけて背中を押す。
おまけに自分たちを倒した後続の者たちへレアアイテムのご褒美まで用意していたとは――。
「はは……、やっぱり全然敵わないなァ」
仲間たちがそれぞれ指環を手にするところを見ながら、なゆたは小さく笑った。
偉大な先達がそこまで自分たちの為にお膳立てしてくれたのだ、
応えなければ『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の名折れというものだろう。
「これでみんな、ますます負けられなくなっちゃったね。何が何でも生き残って、希望を未来へつないで……。
ローウェルの喉元に迫ってみせなくちゃ、ゲーマーとしての沽券に拘わるよ!
気合入れていこーっ!」
仲間たちを鼓舞しようと、なゆたは大きく右腕を天井に突き上げた。
が、勢い余ったのかバランスを崩し、かくんと膝が折れるとそのままへなへなと床に尻餅をついてしまった。
「あ……、あれ?」
ポヨリンが心配そうに寄り添ってくる。なゆたはすぐに立ち上がろうとしたが、気持ちに反して脚に力が入らない。
結局、仲間に助け起こされて何とか立ち上がった。
「オイオイ、なーにやってんだよモンキン! これから大一番ってときにさぁー!」
ガザーヴァが呆れたように半眼で吐息する。
「ご、ごめんね……一番気合入れなきゃいけないのはわたしだったみたい、エヘヘ……」
今一度全身に力を込め直すと、なゆたは眉を下げて恥ずかしそうに笑った。
-
アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちの目の前、虚空に大きく展開されたディスプレイに、
ラスベガス主要部を俯瞰したマップが表示されている。マップのあちこちには青色と赤色の光点が無数に散らばっており、
明滅を繰り返していた。
ウィズリィが管理者権限の一部を利用して作成したものだ。
マップの中央部、自分たちの現在位置であるワールド・マーケット・センターとおぼしき場所には、
一ヶ所に集まった白色の光点も存在している。これは恐らく自分たちの識別信号ということだろう。
《周辺地域をスキャンして、大まかな生物反応をマップ上に洗い出してみたわ。
こちらの青い点は私たちの世界……『ブレイブ&モンスターズ!』由来の生物を示している。
赤い光はそれ以外。つまり『星蝕のスターリースカイ』由来のユニット、つまり敵……ということになるわね》
マップ上に存在する赤い光点は夥しい数ではあるものの、蟻の這い出る隙間もない――というほどではない。
米軍やニヴルヘイム軍との大規模な戦闘が一旦終了し、目につくあらかたの敵を撃破してしまったことで、
『星蝕者(イクリプス)』たちも小休止を決め込んでいるのかもしれない。
今は上空に停泊している宇宙船群の中に大多数が引っ込んでしまっているのだろう、ひょっとするとレベルアップしたり、
スキルポイントを割り振ったりして自身を強化している最中という可能性もある。
マップの中を活発に動き回る赤い光点に対して、青い光点は当然と言うべきか殆どが動かずにいる。
建物の残骸や地下などに隠れ、息を殺しているのだろう。
目下、そういった生存者を救出するのが自分たちの最優先事項と言える。
「この青い点を全部回るってのは、ちょっと骨が折れるな……」
ガザーヴァが右手の小指を唇に添え、難しい表情で首を傾げる。
一口にラスベガス主要部と言ってもその範囲は広範で、青い点はその各地にまばらに存在している。
無数に蠢いている赤い点を回避しつつすべてを回収というのは、確かに容易なことではない。
「ならば複数の部隊を編成し、手分けして救援に当たればいい。
寡兵ならば個々に役割を設け、無駄のない効果的な運用をするのが戦術の基本というものだ」
腕組みしながらイブリースが短く提案する。
今、この場で一番青い光点を救出に行きたいのは間違いなくイブリースだろうが、強靭な忍耐力で何とか耐えている。
「いや、万一『星蝕者(イクリプス)』と戦闘になった場合、人数を分けてしまっては確固撃破される恐れがあろう。
ここは固まって行動すべきではないか? 人命救助しようとして我らがやられてしまっては、それこそ本末転倒じゃ」
イブリースの分散案に対して、エカテリーナがと集中案を挙げる。
いずれの案にも一長一短があり、どちらが優れているとも言い難い。
《どういった形態で作戦行動に移るかは、そちらで考えて貰うとして……。
目下のところ、マップ上で重要とされる箇所は四ヶ所ね。ブック、表示して頂戴》
ウィズリィの指示によって、マップ内のブロック数ヶ所が色分けされピックアップされる。
《まずはフレモント・ストリート・エクスペリエンス。
ここはリゾートホテルが立ち並んでいる区画で、この通り青色の光点が最も多くなっているわ。
対して赤の光点はそこまで多くない……》
ホテルが多いということは、宿泊客などの生存者が建物内に避難していると考えるべきだろう。
またレストラン、ブティックなども多数あり衣食住にまつわる施設が多い点から、このブロックを押さえるのは急務と言えた。
持久戦には補給物資の確保が何より大切である。
《次に、マンダレイ・ベイ。
このラスベガスでも有数のカジノホテルのようね。ここにも青の光点は多い……人命救助を考えるなら、
此処も捨ててはおけないわ》
ラスベガスのメインコンテンツと言えば、なんといってもカジノだ。
従って世界的にも有名なこのカジノホテルに生存者が多く集まっているというのは当然の流れであろう。
また。そういった施設は急な傷病者の為に救護所や中には簡易的な病院も併設している場合があり、継戦能力向上に欠かせない。
《第三に、ザ・ストリップ。ラスベガスのメイン・ストリートね。現在みんなのいる、
ワールド・マーケット・センターの真正面、目抜き通りがそれよ。此処は……ラスベガスで最も破壊の痕跡が大きい、
恐らくは最大の激戦区となった場所だと思う。生存者は絶望的だけど、敵の攻略への糸口が見つかる……かも》
行きでは一目散にワールド・マーケット・センターを目指していたため、あまり周囲の景色に気を配る余裕がなかったが、
センターのすぐ近くで米軍とニヴルヘイム軍、そして『星蝕者(イクリプス)』の大規模戦闘が勃発したというのだ。
その爪痕は甚大で、建物のほとんどは破壊され、舗装道路は砕け、いまだに無数の屍が転がっている。
《最後に、ストラトスフィア。
ラスベガスで最も高い展望台を擁するホテルね。……見ての通り、このホテルはSSSの飛空艦隊の真下に位置している。
当然、赤の光点も一番多いわ。ただ――もし此方から攻め込むとしたら、此処が基点となるでしょう》
「なるほど」
マップを眺め、ウィズリィの説明を聞きながらなゆたは頷いた。それから、仲間たちの意見を募る。
みのりとウィズリィがローウェルの居場所を特定するまで、どうやって『星蝕者(イクリプス)』の攻勢を凌ぐか。
分散と集中いずれの作戦で、どこから調査に乗り出すか。決めるべきことは多い。
ローウェルは多くの人々を間接的に殺戮した。プロデューサーの職権を濫用し、世界を滅茶苦茶にした。
そんなときに不謹慎だと、そう言う者もいるかもしれない。
だが、ここはゲームの世界。なゆたたちが現実だと思っていたものさえ、より上位の存在がプレイするゲームに過ぎなかった。
で、あるのなら。
ゲームは楽しむもの、それがゲームという概念の発明された古来より不変の真理であるのなら――
この場で一番楽しんだ者、それが勝者だ。
【なゆた、みのりとウィズリィがローウェルの居場所を特定するまでの間、持久戦を提案。
ミハエル、パーティー全員にローウェルの指環を支給。
ウィズリィ、ラスベガス四ブロックのどこから先に探索するか意見を募る】
-
【ニューゲーム・ニュールール(Ⅰ)】
ワールドマーケットセンターのエントランスホール。
イクリプス達による追撃の気配は――未だない。
『ありがとう、エンバース。
そうだね、不確定な銀の魔術師モードにいつまでも頼ってられない。頼るならここにいるみんなを頼るよ。
ただ……待ってることだけはしない。わたしはわたしの力で、わたしの道を切り拓く。
わたしはカメのお城の中で、オーバーオールのヒーローが助けに来てくれるのを待ってるだけのヒロインじゃないから!』
『まぁあのお姫さまも最近めっちゃ戦ってるけどね!』
「はっ……フライパンで敵の頭をブン殴るなんて、いかにもお前らしいよな。かなりハマり役だぜ」
『さっきエンバースさんが炎幕張ってる間にうまいこと逃げ切れたでしょ?
上の世界のフルダイブじゃないゲームがこっちの世界のゲームと同じようなものだとすればだけど……
情報源が画面しか無い以上視覚情報の攪乱の影響をもろに受ける……のかも?』
「ああ……忍法クソカメラの術か。確かにアクションゲームには付き物だ」
『おいおいどうしたカザハ君、今日のお前めちゃくちゃ冴えてるじゃん!』
「……いつものカザハ君がどれくらい冴えていないかについては、追求しないでおこうかな」
『俺たちにはゲージ溜まってからじっくりコマンドリスト開いて行動を選択する猶予がある。
アクションゲーにはそれがない。アクションしながら選択できるスキルには限りがあるはずだ。
ショートカットキーを活用したとしても扱えるスキルはせいぜい4つから8つくらいが関の山だろ。
各スキルのリキャストをリアルタイムで管理し切るにはもっと減らす必要があるかもな』
『イクリプスは、無敵じゃない。
キャラを全面に押し出したゲームである以上、『得意分野』と『弱点』は必ず存在する。
プレイアブルのクラスを7種も用意してるってことは、キャラ同士で弱点を相互に補完するプレイが前提のはずだ。
ブレモンと同じ運営なら、オンラインマルチのノウハウを活かしたいだろうしな
「『何もかもが得意で弱点がない人権キャラ』と『なんの取り柄もない産廃キャラ』を忘れてるぜ。
正直言って、前者はいる可能性が高いと思っていた方がいい。
考えてもみろ。SSSのプロデューサーはローウェルだぞ。ゲームバランスなんて取るつもりないだろアイツ」
『いずれにせよ、このイクリプスとの戦いは癇癪起こしたローウェルのちゃぶ台返しじゃない。
プロデューサーによる真っ当なプロモーション活動の一環だ。
顧客が存在する以上、後出しジャンケンで世界のルールをコロコロ書き換えられることはない。
ゲームとしての面白さを確保するための弱点は、容易に潰せないはずだ』
「……顧客にバレないようにズルをするって線もあり得るけどな。なんたって敵はローウェルだ」
『そう…それなんだが…さっき…少女と殴り合った感じ…彼女は自分は相手より強い事は分かっているが…
具体的にどう強いのか分かってない…そんな感じがした
なんていえばいいか…なんていうか…体の出力に頼りっきりというか…』
「システム上のレベルやステータスはさておき……経験値不足って事か?
ヤツらが当て勘や駆け引きのノウハウに乏しいとすれば……大分やりやすくなるけど」
《私からも一言、いいかしら》
ふと中空に浮かび上がるホログラム・ディスプレイ。
-
【ニューゲーム・ニュールール(Ⅱ)】
「ウィズリィ。システムへの干渉はどうなった?退けられたのか?」
《ミズガルズに『星蝕者(イクリプス)』が干渉することを阻止できなくて、ごめんなさい。
大賢者様……いいえ、大賢者の方が管理者としての力量も、権限も強かったから……。
ただし、私とミノリもやられっぱなしではないわ》
「……いいね。聞かせてくれ」
《『星蝕者(イクリプス)』のアクセス履歴と干渉の痕跡を辿って、大賢者の居場所を特定できるかもしれないの》
『ローウェルの居場所を……!? 本当!? ウィズ!』
《ええ。今、ミノリが取り掛かっているわ……か細い糸を手繰るような試みだけれど、絶対に辿り着いてみせる。
でないと、貴方たちのバックアップをすると言って此処に残った意味がないもの。
だから――》
《貴方たちには、大賢者の居場所を突き止めるまでの時間稼ぎをしてほしいの》
『わかった! 任せておいて!』
なゆたは即答/エントランスの椅子から跳ね上がる――ディスプレイを背に一行を見渡す。
『みんなの対『星蝕者(イクリプス)』戦術を聞きながら、わたしも考えてたんだ。
今回の戦いは、持久戦。それがたぶん一番いいんじゃないかって』
「まあ……そうだな。俺もそろそろ、24時間で何回死に損なえるかゲームは飽きてきた」
『どうしてそう思ったのか、根拠はふたつ。
まず、あのナイとかいうキャラはSSSの襲来を『抽選に当選したプレイヤー限定のクローズドβテスト』って言ってた。
それはつまり『増援はない』ってことだと思う。
まぁ……それでも50万とか、バカげた数ではあるんだけど』
「……どうでもいいっちゃどうでもいいんだが、アイツらって全く同じ存在があの船の中に50万人いるのか?
アイデンティティとか平気なのかよ。俺は結構気にしちゃうけどタイプなんだけどな、そういうの」
『あと、βテストっていうのも大事だよね。そういうのって、大抵期間限定でしょ?
だから、きっと『星蝕者(イクリプス)』の侵攻には時間制限があるんじゃないのかな』
「時間制限……なんか、そう言われると今すぐここを飛び出してヤツらと時間いっぱい戦闘しなきゃいけない気持ちになるな」
『わたしたちだけで50万の『星蝕者(イクリプス)』を全員撃退するのは、とても無理だよ。
でもね……このワールド・マーケット・センターを砦にしながらの籠城戦なら、できなくもない……かもしれない』
「俺に異論はない……が、やるなら一回一回の戦闘を効果的にしよう。
こちらの思惑がバレる前に色々と検証しておきたい事がある」
『もちろん、戦うのはわたしたちだけじゃない。
――ここにいる人たち。全員に頑張って貰わなくちゃ』
なゆたがスマホをタップ/ローウェルの指環を装備――カードをリキャスト。
すぐに【高回復(ハイヒーリング)】をプレイ――対象は重傷のまま手を施しかねていたアシュトラーセ。
『ぅ……』
「待て待て落ち着け。無理に喋るな。あれだけの大怪我だ。
傷は癒えても内臓からの出血が喉や気管に残っているだろ。
ゆっくり息を吸って、そうだ、全部吐け……よし。ほらよ、水だ」
最低限、人心地つかせる=結局その方がパフォーマンスが上がるから――そうして全員の治療/情報共有が完了。
-
【ニューゲーム・ニュールール(Ⅲ)】
『……なぁーんか、ボクが寝てるうちにまぁーたメンドクセーことになってンなぁ……』
『あのリューグーナントカをやっつけりゃ、残るは大ボスのクソジジーだけじゃなかったのかよ?
ったく、次から次へと……やっつける方の身にもなれってんだよ! なー、明神!』
「リューグークランだ。超カッコいい名前だろうが。どうして忘れられるかね」
『もし、リューグークランの人たちが味方になってくれてたら心強かったんだけどね』
「……そうか?アイツら絶対、リベンジマッチしに勝手にそこら辺ほっつき歩いてるぜ」
ややぶっきらぼうな語り口――たとえ感受性を押し殺せるとしても、あえて悲しみを直視したいかは話が別だ。
『まだ、外には生き残りの人たちやニヴルヘイムの魔物がいるかもしれない。
それを見つけてセンターの中に保護して、同時に戦力も拡充していこう』
『オレが『星蝕者(イクリプス)』どもの襲撃を受けたとき、あちこちにまだ同胞たちの気配があった。
これ以上奴らの隙にはさせん。同胞の命を少しでも多く救えるなら、それに勝ることはない』
『そうじゃな。フィールドを探索し、生存者の発見に努める。
然る後にこのワールド・マーケット・センターに収容し、負傷者には回復を。
戦える者は戦力として対『星蝕者(イクリプス)』に出撃して貰う……というのが良策かの』
「戦力……魅力的な響きではあるが、ヤツらは俺達がちょこっとだけ苦戦するレベルの相手だぜ。
かなり上手く運用しない限りは、無駄な死傷者を増やすだけになるぞ。
勿論……かなり上手い運用法についても心当たりはあるが」
『しっかし、相手は50万。対してこっちはモンスター合わせても20人以下。
そのうえ相手はクソジジーの肝煎りで常時バフが掛かってる状態なんだろ?
バランスもクソもあったモンじゃねーなー! やっぱブレモンはクソゲー!』
『大丈夫! できるよ! だってもうわたしたちよりずっと前に、半年以上もの長い間、
地上を埋め尽くす量の敵を相手に籠城して持ち堪えた『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』がいるんだもん!』
「……なるほどな。あの時とは些か状況が異なるが――
確かにあの戦場ではブレイブに及びもつかない魔物が戦力として機能していたな」
エンバース=何やら考え込む仕草――参考にする部分が些か的外れではあるが。
『……まだ、戦意を喪ってないのかい。
あれだけのものを目にしても』
ふと視界の外から声が聞こえた/ミハエル・シュバルツァーの声――エンバースがそちらへ振り返る。
「……まあ、どうせやるしかないからな。それに――」
『破滅は避けられない。君たちが儚い力をいくら振り翳したところで、絶対的な戦力と性能の差を縮めることは出来ない。
誰にだって理解できる、単純な話だというのに……それでも抗おうとするだなんて、
まったく理解できないよ』
「そうやって俺がハナから諦めてたら、お前とのデュエルもあんなに楽しくはならなかったんだぜ」
エンバースの不敵な笑み/ミハエルが力なく笑う。
-
【ニューゲーム・ニュールール(Ⅳ)】
『だが――絶望的な戦力差を見せつけられ、死を間近に宣告されて。
それでもなお運命を受け入れることはできないと、最期の最期まで戦ってみせようというのなら……。
これを持って行くといい。きっと君たちの役に立つだろう』
『ローウェルの指環……! 確かに、あなたが持っていたとしても不思議ではないけど……』
「指環が……四つ?いや、数は関係ない……ただ、何かがおかしいぞ……妙な違和感があるというか……」
『これは……僕のものじゃない。
本来、リューグークランに与えられたものだ』
「いや、俺が気にしてるのはそこじゃない。だが……」
『彼らは言っていたよ。もし君たちアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が自分たちに勝つようなら、
此処よりもっと先へ進むつもりなら……これを渡してほしいと。
ほんの一時的にでも、うわべだけでも……仲間になった者たちの遺言だ。持って行きなよ。
……彼らも、きっと喜ぶだろう』
「まあ、アイツららしいな……カッコつけの、バカ野郎どもだ」
『これでみんな、ますます負けられなくなっちゃったね。何が何でも生き残って、希望を未来へつないで……。
ローウェルの喉元に迫ってみせなくちゃ、ゲーマーとしての沽券に拘わるよ!
気合入れていこーっ!』
なゆたの号令/拳を高く突き上げる――そのままよろめいて、尻餅をついた。
エンバースの、半分だけ再生した心臓がどくんと跳ねる。
『あ……、あれ?』
「……立てないのか?」
呆然としたエンバースの口から声が零れ落ちる。
安否を問うでもない/気遣いでもない――ただ目の前の出来事を否定して欲しい。
その一心だけが宿った声が。
だが結局――返答はなかった。
「――なら仕方ないな。確かにハマり役とは言ったが……ほら、お手を拝借しても?お姫様?」
だからエンバースは――茶化すように笑った。
目の前の出来事がまるで大した事じゃないみたいに。
実際、魔王城からの強行軍を鑑みれば消耗していない方がおかしいくらいなのだ。
むしろ今の内にその兆候が見て取れたのは僥倖でさえある――力になってやるべきだと認識出来たのだから。
チャンピオンを倒した事が、かつての仲間達にもう大丈夫だと伝えられた事が、
エンバースの精神を良い意味で前向き/楽観的に――そして強固にしていた。
『ご、ごめんね……一番気合入れなきゃいけないのはわたしだったみたい、エヘヘ……』
「いいや逆だ。お前は少し気を抜け。管理者メニューを開いた時から一番無茶してるんだ。ほら、歩けるか?」
なゆたの手を引く/肩を掴む/向きを反転――背中を押して先ほどまで座っていた椅子に強制送還。
有無を言わせず椅子に座り込ませる――その隣に腰を下ろす。
-
【ニューゲーム・ニュールール(Ⅴ)】
「ここにいろ。座って、楽にするんだ……よし。それじゃ、ええと……何の話をしてたんだっけ。
あー……そうだ。まず生存者を保護するとして、それらをどう探すんだ?居場所の目星は付けられるのか?」
《周辺地域をスキャンして、大まかな生物反応をマップ上に洗い出してみたわ。
こちらの青い点は私たちの世界……『ブレイブ&モンスターズ!』由来の生物を示している。
赤い光はそれ以外。つまり『星蝕のスターリースカイ』由来のユニット、つまり敵……ということになるわね》
『この青い点を全部回るってのは、ちょっと骨が折れるな……』
「ここがアルフヘイムならともかく、土地勘もないしな」
《どういった形態で作戦行動に移るかは、そちらで考えて貰うとして……。
目下のところ、マップ上で重要とされる箇所は四ヶ所ね。ブック、表示して頂戴》
作戦行動の候補地は四つ。
フレモント・ストリート・エクスペリエンス=歩行者天国/生存者多数/敵は手薄。
マンダレイ・ベイ=黄金色に輝くカジノホテル/生存者多数――屋内に入れさえすれば戦闘は回避可能。
ザ・ストリップ=ラスベガスのメインストリート/先の戦闘の激戦区――戦闘データの収集が見込める。
ストラトスフィア=成層圏の名を冠するカジノホテル/直上にSSS艦隊――反攻の橋頭堡はここ以外にあり得ない。
なゆたが皆に意見を募る――エンバースは相変わらず悩む素振りさえ見せなかった。
「そもそも、お前らこのミズガルズでも『門』は使えるのか?使えるなら話は早いんだが」
身も蓋もない質問――とは言え、仮に門が使えなくとも考えはある。
「門が駄目でも、とりあえず落ち着いてメトロや……あまり気は進まないが下水道のマップを用意しよう。
管理者メニューを使えばそう難しくないよな?その後は……方法はなんでもいいんだが、検証しておきたい事がある。
ヤツらはメトロや下水道には侵入可能なのか、地形や建物を破壊出来るのか、その辺をハッキリさせとかないと」
どんなゲームの攻略でも最初にするべき事は決まっている――仕様の確認/追求だ。
「それが分かったら……手分けして、さっき挙がった四箇所を全部確認したい。
ヤツらのベータテスト同様、俺達の戦いも時限イベントみたいなもんだ。
時間をかければ負傷者の生存率は下がるし……SSS撤退後は拾えないアイテムとかも落ちてるかもしれない」
どうにもズレたバランス感覚――これはもう簡単には元に戻らない。
「それに、俺達が生存者を救助していると分かればヤツらもそれを逆手に取ろうとするだろう。
つまり二回目以降の救出作戦は襲撃される可能性が高まるだろうって事だ。俺ならそうする。
そういう意味でも、まとまって行動するのは効率的とは言えないんじゃないか?……と、俺は思う」
傾向と対策はゲームの基本――逆説、手の内が知れる前に成果を出すべき=エンバースの主張。
-
>「SSSは……言っちゃなんだが美少女ゲーの類だよな。
イケメン盛りだくさんのブレモンとは客層がだいぶ違ってる。
SSSがどんだけ覇権をとろうが、課金の出どころが違う以上ブレモンと共存できるはずだ。
どちらが生きるかくたばるか、ゲームクリアとゲームオーバー以外にも、第三の結末は必ず存在する」
>「掴み取るんだ。――『俺たちの戦いはこれからだ』エンドを!」
>「いやそれじゃ終わっちゃうんじゃないかな…」
「第一部完! の定番文句だから大丈夫だ問題ない! 言われてみればそうだよね。
そもそも後継作というなら普通何かしらの要素は被せてきそうなもんだけど世界観もジャンルも全く別物じゃん!
後継というより新規開拓だわあれは。あっちはあっちで栄えてくれればいいんじゃないの」
皆が一通り意見を言い終えたところで、空中にウィズリィちゃんが映し出された。
>《私からも一言、いいかしら》
>《ミズガルズに『星蝕者(イクリプス)』が干渉することを阻止できなくて、ごめんなさい。
大賢者様……いいえ、大賢者の方が管理者としての力量も、権限も強かったから……。
ただし、私とミノリもやられっぱなしではないわ》
>《『星蝕者(イクリプス)』のアクセス履歴と干渉の痕跡を辿って、大賢者の居場所を特定できるかもしれないの》
>「ローウェルの居場所を……!? 本当!? ウィズ!」
>《ええ。今、ミノリが取り掛かっているわ……か細い糸を手繰るような試みだけれど、絶対に辿り着いてみせる。
でないと、貴方たちのバックアップをすると言って此処に残った意味がないもの。
だから――》
>《貴方たちには、大賢者の居場所を突き止めるまでの時間稼ぎをしてほしいの》
>「わかった! 任せておいて!」
正直50万人を相手にまともに戦って勝利を収めるのは現実的ではないと内心思っていたが、
時間稼ぎをすればいいというのなら、希望が見えてきた。
>「みんなの対『星蝕者(イクリプス)』戦術を聞きながら、わたしも考えてたんだ。
今回の戦いは、持久戦。それがたぶん一番いいんじゃないかって」
>「どうしてそう思ったのか、根拠はふたつ。
まず、あのナイとかいうキャラはSSSの襲来を『抽選に当選したプレイヤー限定のクローズドβテスト』って言ってた。
それはつまり『増援はない』ってことだと思う。
まぁ……それでも50万とか、バカげた数ではあるんだけど」
>「あと、βテストっていうのも大事だよね。そういうのって、大抵期間限定でしょ?
だから、きっと『星蝕者(イクリプス)』の侵攻には時間制限があるんじゃないのかな」
>「わたしたちだけで50万の『星蝕者(イクリプス)』を全員撃退するのは、とても無理だよ。
でもね……このワールド・マーケット・センターを砦にしながらの籠城戦なら、できなくもない……かもしれない」
「これ言ったら身も蓋も無いんだけど……
相手が本当に建物の中に入ってこれないんならずっと引き籠ってたら時間稼ぎだけなら出来るんじゃ……」
-
言っても無駄とは分かっていながらも、一応言ってみる。うん、分かってるよ!
この期に及んで廃ゲーマー達が「それじゃあ面白くない」とか「生存者を出来るだけ多く救出してハイスコア目指そう」みたいなことを言い出すんやろ!?
無駄と分かっていながらどうして言うかというと、こういうことを言いそうなヘタレ担当が他にいないので様式美というやつだ。
「――ですよねー!」
まあ実際いくら戦いに勝ってもローウェルに面白くないと思われたら未来は無いし、出来ることなら生存者は救出したい。
もっと足元を見て考えても、こちらが本気で引き籠り作戦に出たなら、
ローウェルだってそれに対抗して急ごしらえで建物の中のマップを増設するだろう。
>「もちろん、戦うのはわたしたちだけじゃない。
――ここにいる人たち。全員に頑張って貰わなくちゃ」
なゆがスペルカードを使うと、アシュトラーセが一瞬で瀕死の重傷から復活した。
「えっ!?」
そういえば、『高回復(ハイヒーリング)』ってそんな凄いスペルカードだったのか……!
そういえばそうだったんだけど今まで使っているのを見たのが主に戦闘中だったせいで
「あまりにも敵の攻撃が苛烈すぎて焼石に水」という状況が多すぎて感覚が狂っている……!
更にアシュトラーセが、皆に回復魔法をかける。
ちょっと回復待ちで場がわちゃわちゃしている隙に、ジョン君を近くに呼び寄せる。
「ジョン君……」
先ほど撤退するときに、逃げ遅れそうになっていたジョン君をカケルに乗せて回収した。
単純に逃げ遅れただけならいいのだが、多分そうではない。
おそらく拳を交わしていたと思われる、褐色肌の美少女の方を名残り惜しそうに見ていた。
ジョン君は強い者との戦闘に惹かれてしまう存在で、あの美少女がそうだったのだろう。
これはまずい。
別に相手が美少女だからまずいとかそういうわけではなく仮にガチムチマッチョでも同じことで。
あれ、自分は誰に対して言い訳しているんだろう。
とにかく、さっきは無事に回収できたから事なきを得たけど、今その性質を発揮したら最悪の事態になる可能性がある。
「もしもあの美少女と遭遇しても後先考えずに突撃したら駄目だよ!?」
今回は我慢してもらってどうにかなったとしても、根本的な問題として
ジョン君は強い者と戦わないと死んじゃうタイプの人間で、
でも好き好んで強い敵とガチで戦ってたらいつか死ぬかもしれないわけで……
えっ、これ無理ゲーじゃね!? その時、天啓のごとく閃いた!
(我が超強くなって時々死なない程度に相手してあげればジョン君色んな意味で死なないし死なずに済む……ってこと!?)
「不可能、というツッコミは置いとくとしても
それ以前に戦闘自体が目的じゃなくて何かの目的のための手段って時点で
戦闘民族的には満足できないと思うんですよね……」
カケルが冷静にツッコんだ!
-
「あ、今思考が変な方向に行ってるので気にしないで下さい」
そして解説した!
そうしている間にガザーヴァ達が復活した。
>「……なぁーんか、ボクが寝てるうちにまぁーたメンドクセーことになってンなぁ……」
「起きて早々呑気過ぎやろ!?」
なかなか目を覚まさないものだからなんかのフラグだったらどうしようかとちょっとだけ思ってしまったよ!?
べ、べつに心配なんかしてないんだからッ!
>「へっ。あったりめーだろ。
イクリップだかスクラップだか知んねーケド、ケチョンケチョンにしてやんよ!
ポッと出の女キャラどもに、誰がブレモンさいかわキャラかってコトを教えてやる!」
ああ妹よ、一応顔のモデリングは共通のものが使われている以上
そういう巻き込まれ事故が発生しかねない発言は厳に慎んでほしいんだけど……。
ビジュアルが微妙な自称さいかわキャラはマーケティングによってはおもしろ愛されキャラとして成立するけど
実際にかわいいキャラが自分でそんなことを言ったら敵が量産されるだけやろ!?
でも顔が共通である以上これを口に出したら自分がさいかわキャラだと
間接的に自分で言ってやがるって思われかねないわけでツッコむことすらできないじゃん!?
いや実際はガザーヴァが言ってるのは小悪魔な性格も含めた総合評価だろうから違うんだよ!?
と心の中で言い訳を繰り広げているうちに、いつの間にかミハエルが来ていた。
>「……まだ、戦意を喪ってないのかい。
あれだけのものを目にしても」
「手伝ってくれるの……!?」
やっと戦意を取り戻したのかと思ったら、違った。
>「破滅は避けられない。君たちが儚い力をいくら振り翳したところで、絶対的な戦力と性能の差を縮めることは出来ない。
誰にだって理解できる、単純な話だというのに……それでも抗おうとするだなんて、
まったく理解できないよ」
マジで大丈夫!? キャラ変わっちゃってない……?
エンバースさんとの戦いの最中に頭でも打ったんだろうか。
>「だが――絶望的な戦力差を見せつけられ、死を間近に宣告されて。
それでもなお運命を受け入れることはできないと、最期の最期まで戦ってみせようというのなら……。
これを持って行くといい。きっと君たちの役に立つだろう」
>「ローウェルの指環……! 確かに、あなたが持っていたとしても不思議ではないけど……」
>「これは……僕のものじゃない。
本来、リューグークランに与えられたものだ」
>「彼らは言っていたよ。もし君たちアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が自分たちに勝つようなら、
此処よりもっと先へ進むつもりなら……これを渡してほしいと。
ほんの一時的にでも、うわべだけでも……仲間になった者たちの遺言だ。持って行きなよ。
……彼らも、きっと喜ぶだろう」
実際に誰がいい出したかは分からないけど、あいうえ夫さんだったらめっちゃ言いそう……。
指輪を受け取り、左手の薬指にはめようとすると、カケルに止められた。
-
「あっ、そこは誤解を招くから駄目」
「なんで? まあいいや」
特にこだわりは無いのであまり深く考えずに右手の薬指にはめる。
>「これでみんな、ますます負けられなくなっちゃったね。何が何でも生き残って、希望を未来へつないで……。
ローウェルの喉元に迫ってみせなくちゃ、ゲーマーとしての沽券に拘わるよ!
気合入れていこーっ!」
なゆは、突然力が抜けたように床に尻もちをついた。
>「あ……、あれ?」
「なゆ!?」
>「……立てないのか?」
>「――なら仕方ないな。確かにハマり役とは言ったが……ほら、お手を拝借しても?お姫様?」
(これっていかにも、“フラグ”っぽくない……!?)
いやいやいや、それはこの世界がゲームだってことを意識し過ぎでしょ!
それ言ったら自分なんかしょっちゅうヘタレてるじゃん!?
頭をふるふると横に振って、一瞬浮かんでしまった不吉な考えを振り払う。
>「ご、ごめんね……一番気合入れなきゃいけないのはわたしだったみたい、エヘヘ……」
>「いいや逆だ。お前は少し気を抜け。管理者メニューを開いた時から一番無茶してるんだ。ほら、歩けるか?」
なゆは、エンバースさんによって強制的に座らされた。
>《周辺地域をスキャンして、大まかな生物反応をマップ上に洗い出してみたわ。
こちらの青い点は私たちの世界……『ブレイブ&モンスターズ!』由来の生物を示している。
赤い光はそれ以外。つまり『星蝕のスターリースカイ』由来のユニット、つまり敵……ということになるわね》
手分けして救援にあたる案を出すイブリースに対し、エカテリーナがまとまって行動する方がいいのではないかと言う。
>《どういった形態で作戦行動に移るかは、そちらで考えて貰うとして……。
目下のところ、マップ上で重要とされる箇所は四ヶ所ね。ブック、表示して頂戴》
マップ内に、4つの重要箇所が提示される。
>「そもそも、お前らこのミズガルズでも『門』は使えるのか?使えるなら話は早いんだが」
>「門が駄目でも、とりあえず落ち着いてメトロや……あまり気は進まないが下水道のマップを用意しよう。
管理者メニューを使えばそう難しくないよな?その後は……方法はなんでもいいんだが、検証しておきたい事がある。
ヤツらはメトロや下水道には侵入可能なのか、地形や建物を破壊出来るのか、その辺をハッキリさせとかないと」
メトロや下水道……! いかにもRPGっぽい発想に、思わずちょっと興奮してしまう。
でもゲームでは王道でも実際に自分が下水道に潜入するのは確かに気が進まないかも……!
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>「それが分かったら……手分けして、さっき挙がった四箇所を全部確認したい。
ヤツらのベータテスト同様、俺達の戦いも時限イベントみたいなもんだ。
時間をかければ負傷者の生存率は下がるし……SSS撤退後は拾えないアイテムとかも落ちてるかもしれない」
>「それに、俺達が生存者を救助していると分かればヤツらもそれを逆手に取ろうとするだろう。
つまり二回目以降の救出作戦は襲撃される可能性が高まるだろうって事だ。俺ならそうする。
そういう意味でも、まとまって行動するのは効率的とは言えないんじゃないか?……と、俺は思う」
4か所全てを手分けして一斉に探索する、というのがエンバースさんの意見のようだ。
確かに、全員で1か所ずつ回っていては悠長すぎるかもしれない。
「間をとって、3か所手分けして探索した後に残りの一か所を全員で行くのは?」
分散行動と団体行動の折衷案を出してみる。
「フレモント・ストリート・エクスペリエンスとマンダレイ・ベイは
建物の中中心で行動すればいいから戦闘になる可能性は少ない……と思う。
生存者の救出を目的にするなら目立つ大人数で行くよりも小回りの利く少数でいったほうがいいかも……。
ザ・ストリップはそれよりは戦闘になる確率が高そうだから前2か所よりはちょっと大目の人数を割り振ってさ……。
こちらから攻め込むとしたらストラトスフィアは最後に全員で行った方がいいんじゃないかな?
他の場所で運よく戦力になる生存者とか攻略情報が見つかったら生かせるし……
反撃の拠点なら、やっぱり全員で行きたいじゃん!?」
そこまで言って、付け加えるように言う。
「飽くまでも籠城戦だから、積極的にこちらから攻め込むのが得策かは検討しなきゃだけど……」
まあ、多分聞く耳持たないんだろうけど!? 様式美なので仕方がない。
-
>「そもそも…人間はゲームという媒体を通せばほとんどの場合同じ人型を殺す事は売上やゲーム人気に殆ど絡まないと思うんだ……
大抵の場合はね。どれだけ現実味を帯びてようと…胸糞悪い設定でもそれは技術や製作者の上手さであって現実じゃない…
そして相手はNPCか中身に人間がいようと関係ない。対人ありのゲームならなおさらさ…相手を半殺しにして屈伸…煽り…
された経験あるんじゃないか?なんならした経験も…結局それの延長線上に過ぎないんじゃないかな」
「プレイヤーと敵が"対等"って前提ならその理屈も分かるんだよ。俺もプレイヤー相手になら屈伸しまくるしな。
ただ、このクローズドβにおける前半戦の相手は装備に大きな格差のある米軍や、ラスベガスの無抵抗の市民。
やってることはただの"弱いものいじめ"だ。何が楽しいんだそれ……」
気持ち悪いのは、SSSの連中の"目的"が一向に見えてこないこと。
弱い敵をひたすらボテクリ回すだけの底の浅いゲームなのか?
無双ゲーにしたって『自軍を勝利に導く』とか『拠点を守る』とかシナリオを通じた大義みたいなものがあるはずだろ。
野放図に虐殺するだけのゲームなんざ30分もやりゃ飽きが来る。……ってのが、ゲーマーとしての見解だ。
うーん……結局『上の世界』の価値観や倫理観は地球とは根本的にズレてて、
アリの巣に水を注ぎ入れるような暗い楽しみがメジャーな感じなのか?
まぁしかし、ここでイクリプス共の内面を考察しててもなんの結論も出るまい。
結局米軍無双はあくまで前菜で、ボス敵であるブレイブとの戦いに比重を置いてると考えりゃ矛盾もないしな。
「……うん、やめとこう。半端に敵を想像すりゃ足元掬われんのはこっちだ。
先のことを考えるにはもうちょっと情報が要る。目先の火の粉を払うことから手をつけるべきだ」
>「現実とゲームがごっちゃになって精神がゲームにとらわれた本物のやべー奴もいるだろうし……
そんな奴をテスターに選ぶ畜生じゃないと願いたいね」
「……そういう、ゲーマーの類型に当て嵌まらねえ頭のおかしい例外がいるかもしれねえしな」
なにせ敵は50万人。その全員が真っ当にゲームを楽しむプレイヤーとは限るまい。
ジョンが触れたような基地の外に居る奴や、マジで虐殺を楽しめる奴もいるだろう。
こればっかりはサイコロを何度も振るしかない。
>「えーと…本音を言うなら回復するまで全力で今すぐ逃げたいけど…それができないのなら
エンバースの水着を脱がす作戦と…明神の少女達の弱い所を突く作戦…同時進行でいくべきだと思う
ATBゲージを貯めて集中砲火は…出たとこ勝負でかますのは…余りにもリスクが高すぎるから…
最後の手段にしてほしいな…そもそも僕はもうカード残ってないし」
「オーケー。リソースが絶対的に足りてねえのは俺も同じだ。
水着を脱がすか……いいなそれ。あっ、違うよ?他意はないよ?ないけどね?
美少女ゲーなら武装の大破とかで服が脱げてもおかしくない。いや、あるべきだ!!
"イクリプスの水着は脱げる"……そういう機能は、かなり高確率で実装されてると考えられる」
むかーし艦これとかDMM系列で流行ってた擬人化系のブラウザゲームでは、
流血とか欠損を伴わないダメージ描写として『脱衣』がよく使われていた。
ようは特殊な衣服が肉体的なダメージを肩代わりして破損するって設定だったわけだな。
まぁ実際はなんていうかこう、お色気的なサービスの面もあったんだろうが……。
>「強いていうなら装備をはがすのを優先気味にして……一部の兵装…僕達が使えたりしないかな?
ブレモンのデータの一部使われたりしてれば兵装のちょっとした機能だけ使えたり…さすがに望みすぎか」
「……いや、俺はお前の賭けに乗るぜ、ジョン。武装の鹵獲は積極的に試すべきだ。
そういうハクスラ的なシステムはゲームを面白くするうえであってもおかしくない。
ハクスラでなくても、例えば死んだ味方がドロップした武器を引き継いで使うみたいなシステムがあるかもだ。
武装の破壊がイクリプスにどういう影響をもたらすか、検証の項目に加えよう」
>《私からも一言、いいかしら》
喧々諤々やってるところに、不意に虚空にウィンドゥが出現した。
表示されたのはウィズリィちゃんだ。
-
>《『星蝕者(イクリプス)』のアクセス履歴と干渉の痕跡を辿って、大賢者の居場所を特定できるかもしれないの》
「……マジか!」
確かシャーロットによれば、ローウェルはアバターを介してしかこの世界に干渉できないみたいな話があった。
つまり、どんだけデータを好き勝手弄ろうが、別ゲーを強引にコンバートして融合させようが、
その全ては必ずミズガルズのどこかで行われているということ。
管理者権限があればアクセスログの追跡ができるってわけだ。
言うほど簡単な作業ではあるまい。必要なのは人手と、権限と、そして――
>《貴方たちには、大賢者の居場所を突き止めるまでの時間稼ぎをしてほしいの》
――『時間』。
50万人のイクリプス、まともにぶつかりゃ秒で溶かされる究極の武力を相手に、
十分な時間を稼ぎ切る。それが俺達に課せられたミッションだった。
>「みんなの対『星蝕者(イクリプス)』戦術を聞きながら、わたしも考えてたんだ。
今回の戦いは、持久戦。それがたぶん一番いいんじゃないかって」
ウィズリィちゃんの提案を受けて、なゆたちゃんが俺達を振り返る。
>「どうしてそう思ったのか、根拠はふたつ。
まず、あのナイとかいうキャラはSSSの襲来を『抽選に当選したプレイヤー限定のクローズドβテスト』って言ってた。
それはつまり『増援はない』ってことだと思う。 まぁ……それでも50万とか、バカげた数ではあるんだけど」
>「……どうでもいいっちゃどうでもいいんだが、アイツらって全く同じ存在があの船の中に50万人いるのか?
アイデンティティとか平気なのかよ。俺は結構気にしちゃうけどタイプなんだけどな、そういうの」
「SSSがキャラクリするタイプのゲームなら、案外船の中でオシャレ装備の品評会でもやってるかもな」
しかしまぁ連中が船の中でどう生活してんのかは気になる……。
50万人だぜ。大航海時代の奴隷船みたく、起きて半畳寝て一畳でぎっちり詰め込まれてんのか?
>「あと、βテストっていうのも大事だよね。そういうのって、大抵期間限定でしょ?
だから、きっと『星蝕者(イクリプス)』の侵攻には時間制限があるんじゃないのかな」
「ナイの野郎も言ってたな、『βテストの時間は限られています』って。
……βテストが終わった後のこの世界がどうなるのか、わかんねえのが怖いところだが」
普通はテスト結果のフィードバックのためにサーバーを閉じて作業を行うわけだが、
シャーロットの言を信じるならサーバーの電源をオンオフするレベルの根本的な権限はローウェルにはないはずだ。
流石にSSSの正式サービスをこのバックアップサーバーでやるってこともないだろう。
データを丸ごとコピーして本番機に移し替える腹づもりなのかもしれない。
>「わたしたちだけで50万の『星蝕者(イクリプス)』を全員撃退するのは、とても無理だよ。
でもね……このワールド・マーケット・センターを砦にしながらの籠城戦なら、できなくもない……かもしれない」
「プレイヤーが手出しできない場所に籠城する……ひひっ、ワールドツアーじゃん。
リオレウスに死ぬほどイライラさせられた記憶が蘇ってきたわ」
最近の作品ではだいぶ改善されたが、昔のモンハンじゃ空飛んだモンスターがいつまでも降りてこずに、
攻撃の届かないマップ外周を延々と回り続ける遅延行動が頻発していた。
ついたあだ名が『ワールドツアー』。言うまでもなくクソ行動だが、時間稼ぎにはピッタリだ。
>「俺に異論はない……が、やるなら一回一回の戦闘を効果的にしよう。
こちらの思惑がバレる前に色々と検証しておきたい事がある」
「持久戦には賛成だな。50万人相手に殲滅戦なんざやれるとも思えん。
っつーかさ、イクリプス……仮に倒せてもそのうちあの船からリスポーンしてくるんじゃねえの」
-
流石にアクションゲーで死んだらキャラロストですお疲れ様でしたってことにはなるまい。
なにがしかのデスペナはあるだろうが、拠点で復活するシステムはあると考えるべきだ。
>「これ言ったら身も蓋も無いんだけど……
相手が本当に建物の中に入ってこれないんならずっと引き籠ってたら時間稼ぎだけなら出来るんじゃ……」
「実際、建物っつう絶対安全な領域に居続けるなら時間は稼げるだろうぜ。
ただ、ローウェルに安易な安地潰しはさせたくない。ある程度ゲームを成り立たせる必要がある」
俺達が建物に引き籠もって一向に出てこなければ、ユーザーからの不満を受けてローウェルはパッチを当てるだろう。
例えば建物内のマップデータの実装。あるいは、『建物そのものを完全にデリートする』とかな。
逆に言えば、ゲームとして成立しているうちはそういう極端なパッチを当てることはないと考えられる。
なんの制約もなくひたすらにプレイヤーに有利なパッチを当て続ければ、βテストの意味をなさなくなるからだ。
>「もちろん、戦うのはわたしたちだけじゃない。
――ここにいる人たち。全員に頑張って貰わなくちゃ」
なゆたちゃんがローウェルの指環を使い、アシュトラーセを回復する。
回復したアシュトラーセがさらに回復魔法を使って、全員の傷が癒えた。
黒刃の頭突きに砕かれた右手をグッパする。問題なく動く。
>「……なぁーんか、ボクが寝てるうちにまぁーたメンドクセーことになってンなぁ……」
>「起きて早々呑気過ぎやろ!?」
「ガザーヴァ……!復活したみてーだな、良かった……」
カザハ君との慣れないセッションで力尽きたガザーヴァも、ボヤきながら目を覚ます。
枯れた喉も癒えたようだった。
>「あのリューグーナントカをやっつけりゃ、残るは大ボスのクソジジーだけじゃなかったのかよ?
ったく、次から次へと……やっつける方の身にもなれってんだよ! なー、明神!」
「わかるわ……。わんこそばみてえにホイホイ戦力を逐次投入しやがって。
メインディッシュまでにお腹いっぱいになっちまったらどうすんだよ」
死闘を繰り広げてリューグークランに勝利しても、状況は一向に好転しない。
それでも、絶望じゃなく強気に由来したガザーヴァのボヤきは、俺にもう一度立ち上がる力をくれた。
>「もし、リューグークランの人たちが味方になってくれてたら心強かったんだけどね」
>「……そうか?アイツら絶対、リベンジマッチしに勝手にそこら辺ほっつき歩いてるぜ」
「ひひっ、黒刃の野郎がイクリプス相手にどこまでトロール突っ張れるかみてやりたかったな」
もういなくなってしまった連中のことを、少しだけ思う。
エンバースがそうであるように――奴らならきっと、新規実装の強敵相手にテンション上げてただろう。
>「まだ、外には生き残りの人たちやニヴルヘイムの魔物がいるかもしれない。
それを見つけてセンターの中に保護して、同時に戦力も拡充していこう」
>「戦力……魅力的な響きではあるが、ヤツらは俺達がちょこっとだけ苦戦するレベルの相手だぜ。
かなり上手く運用しない限りは、無駄な死傷者を増やすだけになるぞ。
勿論……かなり上手い運用法についても心当たりはあるが」
「どっかで足切りは必要だろうな。参戦させるならレイド級……最低でも準レイドは欲しい。
ワンパンで即死せず、退避して回復して再出撃――ゾンビ戦法ができるモンスターが望ましい。
その辺の選定と具体的な指揮はイブリース、お前に任せるぞ」
同胞の生存を第一に考えるイブリースなら、戦力外を戦線に投入して無駄死にさせる愚はおかすまい。
最悪、ニヴルヘイムについては後方支援に徹させても構わない。
持久戦、籠城戦の良いところは、砦自体が戦力として機能するが故に、寡兵だろうが多兵だろうがやることが変わらない点だ。
-
>「しっかし、相手は50万。対してこっちはモンスター合わせても20人以下。
そのうえ相手はクソジジーの肝煎りで常時バフが掛かってる状態なんだろ?
バランスもクソもあったモンじゃねーなー! やっぱブレモンはクソゲー!」
>「大丈夫! できるよ! だってもうわたしたちよりずっと前に、半年以上もの長い間、
地上を埋め尽くす量の敵を相手に籠城して持ち堪えた『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』がいるんだもん!」
「……持ち堪えただけじゃない。ユメミマホロは、籠城戦に『勝った』。
俺達がマホたんを勝たせたんだ。アコライトで出来たことを、もう一度ラスベガスで再現すれば良い」
>「……まだ、戦意を喪ってないのかい。あれだけのものを目にしても」
士気を高める俺達の横合いから、不意に声が飛んできた。
振り返れば、いつのまにかミハエルが会場から出てきていた。
>「破滅は避けられない。君たちが儚い力をいくら振り翳したところで、絶対的な戦力と性能の差を縮めることは出来ない。
誰にだって理解できる、単純な話だというのに……それでも抗おうとするだなんて、まったく理解できないよ」
「お前バトル前に自分で言ったこと忘れたのかよ。『真のデュエリストなら云々』ってやつ。
考えるんだよ、どんなに絶望的な状況だろうが……相手にどうやって勝つか、最後まで」
――>『真のデュエリストなら! 例え身の回りで何が起こっていようと!
自身の足許にまで火が迫っていようと! いいや凶弾に斃れ、或いは化け物に生きたまま身体を貪り食われようと!
意識が途切れる最後の瞬間まで自分のデッキの構築! パートナーモンスターの育成!
自らのスキルツリーのビルドを考えているものだろう!!』
ミハエルのあの言葉は、発言の経緯はともかくブレイブのスタンスとしては間違っちゃいないと思ってる。
思考はブレイブの武器だ。武器は最後まで手放すな。諦めるのは、死んだ後でもできるんだから。
>「だが――絶望的な戦力差を見せつけられ、死を間近に宣告されて。
それでもなお運命を受け入れることはできないと、最期の最期まで戦ってみせようというのなら……。
これを持って行くといい。きっと君たちの役に立つだろう」
「急にNPCみたいなこと言うじゃん……」
ミハエルが差し出したのは、4つの指環だった。ローウェルの指環。
……ローウェルの指環!?なんでこんなもん4つも持ってんだよこいつ!
>「これは……僕のものじゃない。 本来、リューグークランに与えられたものだ」
曰く、リューグークランの連中はローウェルから一つずつ指環を受け取り、
それをそのままミハエルに投げつけて放棄したらしい。
>「彼らは言っていたよ。もし君たちアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が自分たちに勝つようなら、
此処よりもっと先へ進むつもりなら……これを渡してほしいと。
ほんの一時的にでも、うわべだけでも……仲間になった者たちの遺言だ。持って行きなよ。
……彼らも、きっと喜ぶだろう」
ミハエルとリューグークランの関係は、俺が思うようなドライな感じではなかったらしい。
指環を差し出すミハエルの感情は伺い知れない。
ハイバラを通じたなにがしかのシンパシーめいたものがあったのかもしれない。
「……エンバース、そこのチャンピオンのケツ叩いてやれよ。
イクリプス相手にビビってんじゃねえよって。戦力って意味なら、こいつ以上に頼りになる奴ぁ居ねえだろ」
ミハエルのウルレアパートナーならイクリプスに手も足も出ずにワンパンされるってことはあるまい。
指環でリキャストを戻せば、半端な魔物より遥かに強力な戦力になるはずだ。
いつまでフニャフニャしてんだよこのチャンピオンは!ローウェルに見限られてショボくれてんのか!?
-
>「これでみんな、ますます負けられなくなっちゃったね。何が何でも生き残って、希望を未来へつないで……。
ローウェルの喉元に迫ってみせなくちゃ、ゲーマーとしての沽券に拘わるよ!気合入れていこーっ!」
>「あ……、あれ?」
なゆたちゃんが右腕を振って気炎を上げる。
しかしすぐにふらつき、膝を折ってしまった。
「あっ、おい!大丈夫かよ――」
言ってから、自分の無慮を俺は呪った。
大丈夫なわけがあるかよ。ニヴルヘイムからこっち、連戦続きじゃねえか。
そうでなくともこいつは管理者メニューの解放のために身体に負担をかけまくってる。
瀕死を発動条件としたシャーロットモードを何度も発動してるってことは――
何度も死にかけてるってことじゃねえか。
>「ご、ごめんね……一番気合入れなきゃいけないのはわたしだったみたい、エヘヘ……」
>「いいや逆だ。お前は少し気を抜け。管理者メニューを開いた時から一番無茶してるんだ。ほら、歩けるか?」
なゆたちゃんの介抱をエンバースに任せて、自分の額を拳で打つ。
……いつの間にか俺は、なゆたちゃんとシャーロットを同一視していたのかもしれない。
ピンチになりゃ勝手にシャーロットが降りてきていい感じに回復させてくれると――
そんな風に割り切ってたのかもしれない。
違うだろ。ここに居るのはなゆたちゃんだ。俺の仲間だ。
この期に及んで会社クビになったプログラマのことなんざ当てにすんなよ。
この世界のことは、俺達が自分で考えていかなきゃいけないことだろ。
>「ここにいろ。座って、楽にするんだ……よし。それじゃ、ええと……何の話をしてたんだっけ。
あー……そうだ。まず生存者を保護するとして、それらをどう探すんだ?居場所の目星は付けられるのか?」
>《周辺地域をスキャンして、大まかな生物反応をマップ上に洗い出してみたわ。
こちらの青い点は私たちの世界……『ブレイブ&モンスターズ!』由来の生物を示している。
赤い光はそれ以外。つまり『星蝕のスターリースカイ』由来のユニット、つまり敵……ということになるわね》
「うへぁ、すげえ量……でも50万って感じではねえな。大半はお船ん中でβテストの感想でも語り合ってるのかね」
俺達が戦場から撤退した以上、イクリプスの多くもまた一時撤収していると見ていいだろう。
今市内を飛び回ってる赤い点は、殺し足りない連中が残党狩りでもしてるって感じか。
青い点、ブレモン由来の生体反応も点在してる。こっちは固まって動かない。
俺達と同じように、建物内が安全だと気付いた籠城組ってところだろう。
>「この青い点を全部回るってのは、ちょっと骨が折れるな……」
>「ならば複数の部隊を編成し、手分けして救援に当たればいい。
寡兵ならば個々に役割を設け、無駄のない効果的な運用をするのが戦術の基本というものだ」
>「いや、万一『星蝕者(イクリプス)』と戦闘になった場合、人数を分けてしまっては確固撃破される恐れがあろう。
ここは固まって行動すべきではないか? 人命救助しようとして我らがやられてしまっては、それこそ本末転倒じゃ」
イブリースとカテ公がそれぞれ分散と集中の二案を投じる。
具体的な方針は後で決めるとして、大まかな目標地点の情報も欲しいところだ。
>《どういった形態で作戦行動に移るかは、そちらで考えて貰うとして……。
目下のところ、マップ上で重要とされる箇所は四ヶ所ね。ブック、表示して頂戴》
求めに応じて、ウィズリィちゃんは4個所の目標地点をそれぞれ示した。
フレモント・ストリート、マンダレイ・ベイ、ザ・ストリップ、ストラトスフィア。
それぞれに戦術的な意義と……危険度の違いがある。
-
>「門が駄目でも、とりあえず落ち着いてメトロや……あまり気は進まないが下水道のマップを用意しよう。
管理者メニューを使えばそう難しくないよな?その後は……方法はなんでもいいんだが、検証しておきたい事がある。
ヤツらはメトロや下水道には侵入可能なのか、地形や建物を破壊出来るのか、その辺をハッキリさせとかないと」
「確かラスベガスって下水道の暗渠を不法占拠したスラムみたいなのがあったよな。
人が住めるサイズのトンネルが街のそこかしこに伸びてるなら、比較的安全にどの目標地点にもアクセスできるはずだ。
最悪……攻撃魔法で即席のトンネルをこさえりゃ良い。ブレモン側の住人なら構造物の破壊は可能だろうしな」
>「それが分かったら……手分けして、さっき挙がった四箇所を全部確認したい。
ヤツらのベータテスト同様、俺達の戦いも時限イベントみたいなもんだ。
時間をかければ負傷者の生存率は下がるし……SSS撤退後は拾えないアイテムとかも落ちてるかもしれない」
「4つのうちどれか一つを選ぶってのは俺も賛成できんな。ぶっちゃけ全部重要だろこれ。
生存者の救出は最優先の大前提として……得られる情報も時間経過で腐ると考えるべきだ」
>「それに、俺達が生存者を救助していると分かればヤツらもそれを逆手に取ろうとするだろう。
つまり二回目以降の救出作戦は襲撃される可能性が高まるだろうって事だ。俺ならそうする。
そういう意味でも、まとまって行動するのは効率的とは言えないんじゃないか?……と、俺は思う」
エンバースは分散案を支持した。
やるなら全部の地点で同時多発的に行動を開始すべき……これは連中のタゲを散らす意味でも重要だろう。
>「間をとって、3か所手分けして探索した後に残りの一か所を全員で行くのは?」
カザハ君は折衷案を提じた。
>「フレモント・ストリート・エクスペリエンスとマンダレイ・ベイは
建物の中中心で行動すればいいから戦闘になる可能性は少ない……と思う。
生存者の救出を目的にするなら目立つ大人数で行くよりも小回りの利く少数でいったほうがいいかも……。
ザ・ストリップはそれよりは戦闘になる確率が高そうだから前2か所よりはちょっと大目の人数を割り振ってさ……。
こちらから攻め込むとしたらストラトスフィアは最後に全員で行った方がいいんじゃないかな?
他の場所で運よく戦力になる生存者とか攻略情報が見つかったら生かせるし……
反撃の拠点なら、やっぱり全員で行きたいじゃん!?」
「んー確かに。4つの中じゃストラトスフィアが一番後回しにできる。
つうか敵のお膝元だし、積極的に攻勢をかける理由は今んとこないな。
生存者救出のために行くとしても、地下を使った安全な退路が確保できたのを確認後だ」
あそこはクソでかいホテルタワーだから、他よりも籠城はしやすいと考えられる。
生存者には申し訳ないが、待っててもらうしかあるまい。
「俺はカザハ君の案を推すぜ。ストラトスフィア以外の3地点に同時に部隊を投入する。
目的は生存者の救出と情報収集。そして地下の安全性の確認。
地下が安全なら、ストラトスフィアから順次生存者を搬出していく――。
カザハ君は例のボイチャ魔法を全員に頼む。
手分けするにせよしないにせよ、ドンパチやってる中じゃ声も届かねえだろうしな」
反攻作戦を開始すれば、ラスベガスは再びビームと弾丸の飛び交う地獄と化すだろう。
船で暇こいてる連中も出てくるはずだ。
「……実際んトコ、βテスター50万人が一度にラスベガスに投入されるってことはないと思う。
フィールドの面積に対して人が多すぎる。空を自由に飛び回るならなおさら広い空間が必要だ。
仮にイクリプスが僚機とのニアミス回避のために10メートル四方の空間を確保するとして、
マップもう一回出せるか?……ラスベガスの都市部面積は約30万平方メートル。
どんぶり勘定になるが、大体3000人くらいが同時にフィールドに存在できる上限だろ。
どうですかこの出血スーパーお値引き!多少は希望が見えてきたんじゃないですか?」
-
少なくとも、50万人をいっぺんに相手することはまずあり得ないと考えられる。
イクリプスの中身がプレイヤーだとして、βテストの期間中ずっとログインしてるはずもない。
飯を食う、風呂に入る、寝る。クソだってするし仕事や学校……に相当するタスクのあるプレイヤーもいるだろう。
テスターが50万人いるってのはフカシじゃねえだろうが、同時接続数はもっと少ないと見て良いはずだ。
「情報収集については……ローウェルの指環には発信機の機能があったよな。
連中はおそらくボス標的のマーカーとしてこれを追って来る。
うまく誘い込めばイクリプスに無駄足踏ませたり、一体を孤立させるチャンスがあるはずだ。
装備の破壊とドロップ、そして……鹵獲が可能かどうかを検証しよう」
ジョンの言ってた『剥ぎ取った装備の利用』が可能であるなら、
イクリプスを一体でも倒せば持久戦の継続に大きく寄与する。
俺達が使っても良いし、救出した戦力に持たせたって良い。
「『倒したイクリプスがどうなるか』も知りたい。死ぬのか。死体は残るのか。リスポーンの有無や地点は。
デスペナで装備ドロップっつうのが一番ありがたいが……。
なんらかのスコアやボーナスが敵側である俺達に加算される可能性も低くはない」
リスポーンできるにせよ、ゲームとして最低限の緊張感を持たせるならデスペナは必須だろう。
仮に重いデスペナが課せられるなら、助命を引き換えにした交渉の余地が出てくるかもしれない。
「それから、イクリプスの戦術目標を確認したい。
ゲームである以上、勝利条件と敗北条件があるはずだ。
目標としているものが分かれば、それを阻止する形で持久戦もやりやすくなる」
単に敵対勢力を殲滅するのが目的か。敵拠点を一定時間制圧したり、巨大爆弾でも仕掛けようとしてるのか。
逆に連中にとって制圧されたら敗北の拠点もあるかもしれない。ストラトスフィアとかな。
「最後に……手分けするなら、激戦区のザ・ストリップには俺が行く。
『俺のやり方』には、敵の多い場所の方が望ましい」
俺のやり方――アンチのやり方。
ブレモン運営との長きにわたる闘争で培われた、他人のモチベを下げる術。
プレイしてきたゲームをクソゲーだと主張する、ロジックの技術。
「βテスターは、テスターであると同時に潜在的な顧客と言って良い。
テストしたゲームの出来の良し悪しで正式版をプレイするか決めるわけだからな。
『クソゲーだからやめる』ってのもβテストとしては重要なフィードバックだ」
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50万人もいれば、当然運営に対して好意的なプレイヤーばかりとは限らない。
ただでさえローウェルはブレモンの唐突なサ終でユーザーからの信頼を失ったばかりだ。
気合入ったローウェル信者を除けば、テストに参加しつつも猜疑的なプレイヤーは一定数存在するはずだ。
「持久戦は……イクリプス側から見れば著しく爽快感を損なう。
かといってゲーム自体は成立してるから、極端なテコ入れでゲームを根本から覆すことも出来ない。
積み重なった不平・不満はいずれ、『SSSはクソゲー』という評価に着地する。
嫌気がさしてプレイするのをやめるテスターも出てくる。
……戦って倒す以外にも、イクリプスの数を減らす方法があるってことだ」
ゲームをクソゲーだと感じる瞬間。百戦錬磨のアンチの俺なら、そいつを余すことなく汲み取れる。
敵に何をやられたらクソかを判断し、最大限プレイヤーをイラつかせる立ち回りが出来る。
籠城戦で例に挙げたワールドツアーの他にも、アクションゲーをクソゲーに変えるムーブはいくつかある。
「敵は50万人も居るんだ。全員の意思を統一出来てるわけがねえ。
このゲームに不満を抱えてる奴は必ず居る。そいつを見つけ出して教えてやるのさ。
『SSSってクソゲーだよな』ってな。そしてその情報をテスター間で共有させる」
ゲーム運営にとってアンチの最も厄介な点は、その『伝染力』だ。
論理を伴ったアンチの言葉は共感を生む。潜在的な不満を顕在化させ、新たなアンチを生む。
原点回帰だ。見せてやるぜ。フォーラムに2年粘着し続けた、うんちぶりぶり大明神の面目躍如を!
「――俺が奴らをSSSのアンチにしてやる」
【提案:指環の発信機機能を使ってイクリプスを誘い込む。手分けするならザ・ストリップで持久戦しつつアンチ活動
検証項目:イクリプスの装備の破壊と鹵獲の可能性、デスペナとリスポーン、勝利・敗北条件】
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>「システム上のレベルやステータスはさておき……経験値不足って事か?
ヤツらが当て勘や駆け引きのノウハウに乏しいとすれば……大分やりやすくなるけど」
「とりあえずボタン押してるだけっていうか…うーんどううまく言えばいいのか…」
僕達は知恵を出し合う。
今までも圧倒的な不利を何度も…話し合い団結する事で乗り越えてきた。
相手にはない僕達の圧倒的なアドバンテージ…絆
うわなんか思っててちょっと恥ずかしくなってきた!
>《私からも一言、いいかしら》
作戦がある程度固まりつつある中…今まで沈黙を続けてきたディスプレイの向こうにいるウィズリィが話を始める。
>《ミズガルズに『星蝕者(イクリプス)』が干渉することを阻止できなくて、ごめんなさい。
大賢者様……いいえ、大賢者の方が管理者としての力量も、権限も強かったから……。
ただし、私とミノリもやられっぱなしではないわ》
まさか相手がブレモンの範疇を超えてくるなんてだれが想像できただろうか?
今回の件はまさに相手のほうが一枚上手だっただけだ…だれが悪い事なんてない。
>《『星蝕者(イクリプス)』のアクセス履歴と干渉の痕跡を辿って、大賢者の居場所を特定できるかもしれないの》
「それは…!」
>「ローウェルの居場所を……!? 本当!? ウィズ!」
>《貴方たちには、大賢者の居場所を突き止めるまでの時間稼ぎをしてほしいの》
>「わかった! 任せておいて!」
「そう言うのは簡単だがなゆ…」
いつ相手がこの場所に踏み込んできてもおかしくないこの状況で時間稼ぎなんて…
それに50万?さっきみたいなのが?…うーん現実的ではないのでは…。
>「みんなの対『星蝕者(イクリプス)』戦術を聞きながら、わたしも考えてたんだ。
今回の戦いは、持久戦。それがたぶん一番いいんじゃないかって」
むしろそれしかできないと言ったほうがいい気がするが…言葉はとりあえず飲み込んでおいた。
>「どうしてそう思ったのか、根拠はふたつ。
まず、あのナイとかいうキャラはSSSの襲来を『抽選に当選したプレイヤー限定のクローズドβテスト』って言ってた。
それはつまり『増援はない』ってことだと思う。
まぁ……それでも50万とか、バカげた数ではあるんだけど」
>「わたしたちだけで50万の『星蝕者(イクリプス)』を全員撃退するのは、とても無理だよ。
でもね……このワールド・マーケット・センターを砦にしながらの籠城戦なら、できなくもない……かもしれない」
>「俺に異論はない……が、やるなら一回一回の戦闘を効果的にしよう。
こちらの思惑がバレる前に色々と検証しておきたい事がある」
>「持久戦には賛成だな。50万人相手に殲滅戦なんざやれるとも思えん。
っつーかさ、イクリプス……仮に倒せてもそのうちあの船からリスポーンしてくるんじゃねえの」
「持久戦って簡単に言うけど…僕達だけじゃ無理だ!せめてなにかしらのバックアップが無ければそれこそ遊撃戦を仕掛けても各個撃破されて終わるぞ」
>「もちろん、戦うのはわたしたちだけじゃない。
――ここにいる人たち。全員に頑張って貰わなくちゃ」
なゆはそう言うとローウェルの指環を嵌めアシュトラーセに向かって高回復を唱えた。
>「ぅ……」
生きるか死ぬかの瀬戸際をさ迷っていた者でさえ瞬間的に回復する。
超上位のヒーリングカードならあり得ない事じゃないんだろうが…少なくとも一度のヒールでは治しきれない傷だった。
ローウェルの指環…人数分あったりしないかな…せめてリキャスト24時間だけでも解決すれば…いやない物ねだりしても仕方ないか…。
アシュトラーセは起き上がり事情を把握すると…この場にいる戦える者…イブリースとエカテリーナ…そしてガザーヴァを回復させるのだった。
-
>「……なぁーんか、ボクが寝てるうちにまぁーたメンドクセーことになってンなぁ……」
戦えるものが次々と起き上がり、事情を聴き…準備を整える。
相手が50万に対して総動員してもなお…不安な数ではある…いくら全員が実力者といえども…だ。
「早いとこと水着をはぎ取って自分達で使えるか試してみるか…明神も賛成してくれたしうまく一人だけ誘い出せれば…いやでもそんなうまい事運ぶわけないよな…」
旗からきいたら犯罪者にしか聞こえない…いや実際女の子の水着を剥いで自分できようと言っているので間違ってはない…
そんな危険が危ない独り言を呟いていたら後ろからカザハに声を掛けられた。
>「ジョン君……」
どうした…?とは聞き返さなかった。
カザハが何を聞きたいのか…何を言いたいのか言い出す前から…検討はついていた。
>「もしもあの美少女と遭遇しても後先考えずに突撃したら駄目だよ!?」
思えばカザハとの付き合いも結構長くなってきた。もちろん心のつながりも。
だからだろう…僕が逃げ遅れたのではなく…強制的に連れ戻されるまで自分の意志で最後の最後まで戦っていたことがわかったのだろう。もちろん…その理由も。
「…………あぁ」
なんともやる気のない…生返事だけが僕の口からでた。
決してカザハの事が大事じゃないとか…そんなわけじゃない。
ただ…初めてなんだ。初めてゲームやおもちゃを買ってもらった子供のように…それしか考えられなくなるような…あの気持ちが。
僕に制御できるだろうか…もし誘われたらフラフラとついていってしまうんじゃないか…自分で自分を信用するなんて…今の僕には…。
「あっ…」
カザハと目が合う。うまく言えないけど…純粋な目で見つめられるだけで…。
「…意外と問題ないかも」
カザハはなにそれ!っと僕の体をぽかぽかと叩く。
僕もなんでそういったか分からないのだから仕方なかった
>「しっかし、相手は50万。対してこっちはモンスター合わせても20人以下。
そのうえ相手はクソジジーの肝煎りで常時バフが掛かってる状態なんだろ?
バランスもクソもあったモンじゃねーなー! やっぱブレモンはクソゲー!」
「…相手はブレモンどころかよそ様なわけだが…ま…でもいくら不利とはいえだ」
>「大丈夫! できるよ! だってもうわたしたちよりずっと前に、半年以上もの長い間、
地上を埋め尽くす量の敵を相手に籠城して持ち堪えた『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』がいるんだもん!」
「そうだね」
歌と踊り…そして希望で本来死の運命しかない人々を導いた前例を僕達を知っている。
こんな事でいちいち絶望してたら…ブレイブとして恥じだよ…それは。
とはいえ…僕達…ブレイブは継続戦闘に向いていないのは問題だ。
相手がザコならシンプルに肉体が強い僕やエンバース…それにイブリースがカードを一切使わず応戦すればいいが…、
一人一人が圧倒的なステータスを誇り、その上50万という圧倒的戦力を誇っている水着少女達…。
外で生き残ってる戦闘できそうな人手を探せるとは言えども…その為に一々カードを使っていては本末転倒だ。
-
>「……まだ、戦意を喪ってないのかい。
あれだけのものを目にしても」
>「手伝ってくれるの……!?」
「カザハ」
僕は手でカザハを引っ張る。
ミハエルの心はとうに折れている。もし言葉だけでも手伝うと言っても…こんなのについてこられても足手まといだ。
>「破滅は避けられない。君たちが儚い力をいくら振り翳したところで、絶対的な戦力と性能の差を縮めることは出来ない。
誰にだって理解できる、単純な話だというのに……それでも抗おうとするだなんて、
まったく理解できないよ」
「やる気を下げたいだけならさっさと黙ってくれないか?ゾンビに言葉をかけてあげれるほど僕達に余裕ないんだ」
これ以上この場の雰囲気を下げる発言を繰り返すなら…しかたない気絶でもさせるか…そんな事を考える。
>「だが――絶望的な戦力差を見せつけられ、死を間近に宣告されて。
それでもなお運命を受け入れることはできないと、最期の最期まで戦ってみせようというのなら……。
これを持って行くといい。きっと君たちの役に立つだろう」
しかしミハイルはふっ…と卑屈な笑みをみせ…自分のポケットからあるアイテムを取り出し…僕達に見せた。
>「ローウェルの指環……! 確かに、あなたが持っていたとしても不思議ではないけど……」
僕達の懸念だった継続戦闘力のなさ…それを解決するアイテム…
これがあれば希望が…かなり濃くなる…そんな夢のようなチートアイテムが…4つも…
>「これは……僕のものじゃない。
本来、リューグークランに与えられたものだ」
>「彼らは言っていたよ。もし君たちアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が自分たちに勝つようなら、
此処よりもっと先へ進むつもりなら……これを渡してほしいと。
ほんの一時的にでも、うわべだけでも……仲間になった者たちの遺言だ。持って行きなよ。
……彼らも、きっと喜ぶだろう」
>「まあ、アイツららしいな……カッコつけの、バカ野郎どもだ」
指輪を一つ受け取り…指にはめようとする。
リューグークラン…自分達が死んだ後の事すら考えて用意してくれていた。
自分達で使えば自分達の命だけでも助かっただろうにそれをせず…僕達に残してくれたのだ。
「エンバー」
僕はエンバースにこれをつけてもいいのか?もらっていいのか?…そう声を掛けようと思ったけど…エンバースから発せられる圧に押されて言葉を途中で飲み込んだ。
指輪から…表情こそみえなかったがエンバースから覚悟を感じる。それを確認するなんて行為は…余りにも無粋だと…気づいた。
「それでも…この指輪を付けるのは…今の僕には…中々難しいな…」
僕はぼそりとそう呟くと指輪を見つめる事しかできなかった。
-
>「これでみんな、ますます負けられなくなっちゃったね。何が何でも生き残って、希望を未来へつないで……。
ローウェルの喉元に迫ってみせなくちゃ、ゲーマーとしての沽券に拘わるよ!
気合入れていこーっ!」
>「あ……、あれ?」
「なゆ!?」
>「……立てないのか?」
>「オイオイ、なーにやってんだよモンキン! これから大一番ってときにさぁー!」
なゆが極度の疲労からか体勢を崩す。
無理もない…今日に入ってから今までどれだけの死線を乗り越えて来たかを考えれば。
なゆは決してか弱い女の子ではない…だが超人でも…僕のようなジャンキーでもない。
こんな少女を旗印にしなければいけない自分の無力を…僕は噛みしめる事できない。
>「ご、ごめんね……一番気合入れなきゃいけないのはわたしだったみたい、エヘヘ……」
休めと言えない状況が…行ってあげられない自分が…悔しい。
言えないならせめて…これからの戦いで…なゆの負担を軽くしよう…僕にできる事はそれしかなかった。
>《周辺地域をスキャンして、大まかな生物反応をマップ上に洗い出してみたわ。
こちらの青い点は私たちの世界……『ブレイブ&モンスターズ!』由来の生物を示している。
赤い光はそれ以外。つまり『星蝕のスターリースカイ』由来のユニット、つまり敵……ということになるわね》
「……このラスベガスに…もうこれだけしかいないのか?」
外の惨状はなにも水着少女達だけが作ったわけじゃない。
イブリースの配下と…米軍が大なり小なり戦闘していたはずだ。
元々いた民間人の数…戦争行為を行ってた数…合わせればこのマップが青色で埋め尽くされてなければいけない。
それなのポツリポツリと青点があるだけ。 一つの青点が何十人も重なっていようとも元の人数と比較するまでもない。
分かっていたことではあるけど…。
>「この青い点を全部回るってのは、ちょっと骨が折れるな……」
>「ならば複数の部隊を編成し、手分けして救援に当たればいい。
寡兵ならば個々に役割を設け、無駄のない効果的な運用をするのが戦術の基本というものだ」
>「いや、万一『星蝕者(イクリプス)』と戦闘になった場合、人数を分けてしまっては確固撃破される恐れがあろう。
ここは固まって行動すべきではないか? 人命救助しようとして我らがやられてしまっては、それこそ本末転倒じゃ」
どんな案でいくにせよ…安全に生存者を移動させる手段がほしい所ではある。
僕達だけなら気づかれたら逃げる・隠れる・戦う…まあいろんな手段を取れるとは思うが生存者を引き連れていたらとれる手段は殆どない。
しかし大人数になればなるほど隠れる事もまた難しい。
>「門が駄目でも、とりあえず落ち着いてメトロや……あまり気は進まないが下水道のマップを用意しよう。
管理者メニューを使えばそう難しくないよな?その後は……方法はなんでもいいんだが、検証しておきたい事がある。
ヤツらはメトロや下水道には侵入可能なのか、地形や建物を破壊出来るのか、その辺をハッキリさせとかないと」
「メトロ…下水道…たしかにありだな」
直接この避難所まで地下鉄や下水道までを掘ってもいい。
普通の人間なら不可能だが…僕達だけなら今すぐにでも実行できるだろう。
-
>「それに、俺達が生存者を救助していると分かればヤツらもそれを逆手に取ろうとするだろう。
つまり二回目以降の救出作戦は襲撃される可能性が高まるだろうって事だ。俺ならそうする。
そういう意味でも、まとまって行動するのは効率的とは言えないんじゃないか?……と、俺は思う」
「そうだな…多くても1チーム3人までが…いいと思う
先頭を行き、非常事態になっても先導を続ける奴が一人。殿を務めるのが一人。両方こなす中間管理が一人…それ以上はいても邪魔になるだけだと思う」
>「間をとって、3か所手分けして探索した後に残りの一か所を全員で行くのは?」
>「フレモント・ストリート・エクスペリエンスとマンダレイ・ベイは
建物の中中心で行動すればいいから戦闘になる可能性は少ない……と思う。
生存者の救出を目的にするなら目立つ大人数で行くよりも小回りの利く少数でいったほうがいいかも……。
ザ・ストリップはそれよりは戦闘になる確率が高そうだから前2か所よりはちょっと大目の人数を割り振ってさ……。
こちらから攻め込むとしたらストラトスフィアは最後に全員で行った方がいいんじゃないかな?
他の場所で運よく戦力になる生存者とか攻略情報が見つかったら生かせるし……
反撃の拠点なら、やっぱり全員で行きたいじゃん!?」
カザハのいう事は…理には適っている。
どれだけの戦力が揃うかはわからないが…
>「俺はカザハ君の案を推すぜ。ストラトスフィア以外の3地点に同時に部隊を投入する。
目的は生存者の救出と情報収集。そして地下の安全性の確認。
地下が安全なら、ストラトスフィアから順次生存者を搬出していく――。
カザハ君は例のボイチャ魔法を全員に頼む。
手分けするにせよしないにせよ、ドンパチやってる中じゃ声も届かねえだろうしな」
「場所がどこであれ…やっぱり生存者最優先にして…を目視…魔法…スキル…その全部で確認するまで戦闘は最小にしてほうがいいと思う
反撃と生存者救助はやはりわけるべきでは?…別にこのマップの精度を疑ってるわけじゃないんだけど…ただ…万に一つでも…
もしかしたら生存者がいるかもしれないと頭に過ぎったら…僕達は全力を出せない。これじゃせっかくの力を腐らせる事にもなる
敵につまらない揺さぶりを掛けられない為にも…そんな状況になるわけにはいかない」
生命力が低下している人間や魔物…つまり命が消えかけているような存在は…もしかしたらレーダーに映らないかもしれない。
どれだけウィズリィが自信を持っていると言ってもほんの1%でも…脳裏を過ぎる心配事は戦闘に影響を及ぼす。
なゆ達は…嘘だと分かっていてももしかしたらって思ってしまうほど…お人よしだから
「心配しすぎ?…そうは思わないな。普通の魔物や人間は…ちょっと距離を取った程度じゃ…僕達の全力戦闘の余波だけでも死ぬぞ」
状況を整理がひと段落したところで明神がさらに思いついたようにしゃべり出す。
>「……実際んトコ、βテスター50万人が一度にラスベガスに投入されるってことはないと思う。
フィールドの面積に対して人が多すぎる。空を自由に飛び回るならなおさら広い空間が必要だ。
仮にイクリプスが僚機とのニアミス回避のために10メートル四方の空間を確保するとして、
マップもう一回出せるか?……ラスベガスの都市部面積は約30万平方メートル。
どんぶり勘定になるが、大体3000人くらいが同時にフィールドに存在できる上限だろ。
どうですかこの出血スーパーお値引き!多少は希望が見えてきたんじゃないですか?」
「確かに…メタな事いうなら…いくら僕達はお目当てネームドボスとはいえ…50万も一気に襲い掛かるのはお祭りゲーとしてはいいかもしれないけど…
普通のゲームだったらわけわからないままボスが討伐される…まさにクソゲーだもんな…」
>「情報収集については……ローウェルの指環には発信機の機能があったよな。
連中はおそらくボス標的のマーカーとしてこれを追って来る。
うまく誘い込めばイクリプスに無駄足踏ませたり、一体を孤立させるチャンスがあるはずだ。
装備の破壊とドロップ、そして……鹵獲が可能かどうかを検証しよう」
本当は戦闘その物を回避したいところではあるけど…全部回避するのは難しい。
なら逆に情報を相手に与えて抜け駆けしてきた奴を捕まえる事ができれば…いろんな検証ができる。
水着少女達との決戦前にその情報が手に入る入らないはかなりの差がでる。
「でもやはり生存者を率いてる間はしずらいし…捕獲班を別途に用意するのはどうだろう?それだと人数別れすぎか…?
そもそもそんな都合よく一人だけでくるようなアホがいるとは…」
ドヤッ!!!と明神のドヤ顔が僕の言葉を吹き飛ばす。…ちょっとうざい
-
>「持久戦は……イクリプス側から見れば著しく爽快感を損なう。
かといってゲーム自体は成立してるから、極端なテコ入れでゲームを根本から覆すことも出来ない。
積み重なった不平・不満はいずれ、『SSSはクソゲー』という評価に着地する。
嫌気がさしてプレイするのをやめるテスターも出てくる。
……戦って倒す以外にも、イクリプスの数を減らす方法があるってことだ」
みんなが必死に頭を使い唸っている中…明神はあくどい顔をしていた。
どこかでみたなあんな顔…テレビで…なんだっけ…時代劇の…。
>「敵は50万人も居るんだ。全員の意思を統一出来てるわけがねえ。
このゲームに不満を抱えてる奴は必ず居る。そいつを見つけ出して教えてやるのさ。
『SSSってクソゲーだよな』ってな。そしてその情報をテスター間で共有させる」
クックックと我慢できない邪悪な笑みが明神から零れ落ちる。
>「――俺が奴らをSSSのアンチにしてやる」
「どこかでみたことあると思ったら…この邪悪さ……悪代官だ…」
明神の長年の経験からくる笑みと思考は邪悪そのものだ。
後輩ゲームを潰しますと宣言しているのだから当たり前なのだが…理にはかなっていた。
たしかに僕が戦った褐色肌の女も戦闘を楽しんでいた。そして邪魔をされていた事に怒っていた。
テストに参加したのに楽しめないなら遊ぶ事をやめるのは…プレイヤーとしては当然の選択ではある。
「明神の言った通り徹底して焦らし続ければ…リスクを冒してわざわざ誘導しなくても向こうから飛び込んでくる確率はぐっとあがる…
ゲームをやめさせて敵の数を減らすことも…相手が一人なら水着を引ん剝く事も…
…そこまでうまくいかないまでも捕まえてごうも…んんっ!………あ〜……
尋問して口割らせれば敵のある程度の弱点やスキルの情報を吐かせることだってできる…!」
事前に口裏を合わされないように別々の場所で同じ時間に同じ情報を聞き出す事ができれば情報の正確さも格段によくなる
とはいえ…生存者救出が最優先なのは変わりがないので…できたら嬉しい目標に止めるのがいいんだろうけど。
「すごいよ明神…一気に希望も…やる事も明確化してきた…!」
だが希望ってのは大事だ…これから戦うメンバーが増えれば増えるほど目に見えてる希望ほどいい物はない。
僕達の士気が高いだけじゃだめだ…一致団結する為にはこれから一緒に戦うメンバー全員の士気も重要だ。
「方向性がある程度決まってきたけど…まずは…だ。何するにしてもとりあえず生存者の事を第一に考えたいよな…
出来る限り水着少女達と戦えるような人材以外で…生存者を迅速に安全地帯まで運ぶことができる人材を優先的に集めたいところではあるけど……
イブリース…君の仲間で心当たりとかないのか?」
いくらイブリースに移動適正がありなおかつ移動するスキルがあったとしても身一つではとてもじゃないが足りない。
アシュトラーセやみんなも移動させるの魔法やスキルの類は持っているだろうが…そも戦闘面で強い人材を生存者誘導だけに使う事自体は非効率だし…
捕獲作戦を実行する時にできる限りその場で仲間になったメンバーより技をお互いに知り尽くしている相手と組みたいというのもある。
そんなに都合よくいかないだろうけど…
「…うーん…ない頭で僕が考えるよりこの手の作戦はできる人に任せよう!
僕はゲリラ戦…ローウェルの指環に頼らず比較的静かにゲリラ戦を仕掛けられるし…それにアイドル業で忘れられがちだけど
自衛隊…殺す数より救う数が多い軍隊出身だから応急処置やその場の判断はある程度慣れているつもりだ
まぁ………魔法があるような環境だとちょっと微妙かもだけど…うまく使ってほしい!必ず期待に応えよう!」
できる事ができる仲間に任せる。
前の僕ならそんな無責任な事をするなんてあり得ないと自分である程度勝手に考え行動していただろう。
でも今ならわかる。困難を前に自分一人でできる事などたかが知れている。
人間には成長する時間も、才能も限られている。
だからお互いを頼り合うのだ…自分にないものを妬むより…自分もそうなろうと無理な努力を続けるのではなく補い合う。
絆
まだちょっと口に出すのは…僕には無理だけど…そこは少し許してほしいかな
【全力で戦う為に生存者救助最優先案を提案】
-
《それじゃ、こういうのはどうかしら。
ジョンさんの言う通り、チームはスリーマンセルが三つ。
ナユタとエンバースさん。カザハとジョンさん。それからミョウジンと――》
ウィズリィが提案する。
ただ、アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は五人パーティーだ。二人ずつで組むとなるとどうしても端数が出る。
ミハエルはエントランスのエンバースたちよりやや離れたところにいるが、相談に加わろうとはしない。
希望的観測だけではミハエルを動かすことは難しい。彼も戦力として当て込むなら、
SSSを向こうに回しても充分に戦える――という証拠を提示してやらなければならないだろう。
「別に『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』でペアになんなきゃダメってワケでもねーだろ。
トーゼン、ボクは明神についてく。明神だろ、ボクだろ、んでマゴット!
それでスリーマンセル成立だ。ヤマシタとガーゴイルはいつでも呼び出せるから除外で」
《んん……、何かバランスが悪い気がするわね……。
それに、マゴットもミョウジンのパートナーモンスターでしょう?》
「細かいこと言うなよな魔女子。別にそれでいーじゃん、戦力的にはボクたちチーム明神だけで充分!」
意地でも明神派の身内だけで固めようとするガザーヴァであったが、そんな中、
「では、妾もザ・ストリップへ同道させて貰おうかの」
『虚構の』エカテリーナが名乗りを上げた。
「ザ・ストリップはこの地で最大の激戦区。今現在うろついておる敵も多い。
此方としても頭数は少しでも多い方がよかろう、どうじゃ? 明神」
「え〜?」
「そんな顔を致すでない。
人命優先で逃げながらの持久戦を展開すればよいモンデンキントやカザハらと違い、
其方らは戦いながらアンチを増やす持久戦を展開せねばならぬ。
ならば、必ずや妾の虚構魔術が役立つであろう。多数の敵を翻弄し手玉に取る、それが虚構魔術の真骨頂ゆえ」
ヤダヤダ、とあからさまに嫌な顔をするガザーヴァであったが、明神に説得されると渋々といった具合で納得し、
エカテリーナの同行を認めた。
《うん、それならバランスもいいんじゃないかしら。どう?ナユ――》
ディスプレイの中のウィズリィはなゆたに視線を向けた。最終的な判断はリーダーであるなゆたに委ねられるが、
肝心のなゆたはといえば、
「…………」
眠っていた。
目を閉じ、隣に座るエンバースの身体にやや凭れ掛かるようにして、静かな寝息を立てている。
エンバースによって半ば無理矢理椅子に座らされた途端、すとんとまるで電源が落ちるように眠ってしまったのだった。
「……寝かしておいてやろうかの」
エカテリーナが小声で呟く。
実際に、今まで短時間で幾度も死ぬような戦いを繰り返してきたのだ。
作戦開始までせめて少しでも休ませておいた方がいい、と継承者たちは頷いた。
イブリースも文句はないらしく腕組みして沈黙している。
最終的にチームはなゆた(ポヨリン)、エンバース(フラウ)、『黄昏の』エンデのチーム。
カザハ、カケル、ジョン(部長)のチーム。
そして明神(ヤマシタ、マゴット)、ガザーヴァ(ガーゴイル)、『虚構の』エカテリーナの三チームに決まった。
「私と兇魔将軍はこのワールド・マーケット・センターにいるわ。
このラスベガスで一番大きな収容施設がここになるから、生存者はどんどんこっちに運んできて頂戴。
怪我人がいれば治療するし、休ませる場所だってあるでしょう。
道中、医薬品や治療道具、食糧……なんでもいいから、役立ちそうなものがあればそれも送ってくれると嬉しいわ」
「オレも打って出たいところだが、已むを得ん。
ニヴルヘイムの同胞たちを発見したら、これを見せてやれ。
大人しく貴様らに従うはずだ。その者たちも此処へ連れてきてもらおう。
保証は出来んが、作戦に有用な力を持っている者も確保できるやもしれん」
イブリースは鎧の懐から三分の一に分割された鎖付きのメダリオンを取り出すと、ジョンに差し出した。
それを見てガザーヴァが声を上げる。
「三魔将の割符! あったなぁー、そんなの! オマエまだ持ってたんだ?
パパから貰ったものなんか全部捨てたと思ってた!」
三魔将の割符。
ニヴルヘイム最高戦力たる三人の魔神が持つ、支配者の証。
「……まあ……な」
イブリースはほんの僅かに目を細めた。
仲間意識の強いイブリースのこと、袂を別ったかつての上司に対しても、何らかの情は残っているのかもしれなかった。
-
《みんなのスマートフォンからも、マップを閲覧できるようにしておいたわ。
それから、この回線も常時開放しておくから。生存者がいたら報告して頂戴。
こちらから『門』を開いて、ワールド・マーケット・センターに収容できるようにするわ》
ウィズリィが全員に指示する。
これで、パーティーを三つに分割した後でも各自がマーカーの標示されたマップを適宜確認することが出来る。
ニヴルヘイム謹製の『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』は術者が一度行った場所にしか門を開けない。
だが、世界を俯瞰して見ている管理者であるウィズリィならその問題は解決だ。
《探索の際は、こまめにセンターに戻ってきて適宜補給と回復を受けて頂戴。
それから、連絡は密にね。どんな小さなことでも、何か異常があればすぐに報告して。
こちらからも常にモニターはしているけれど、相手は未知の敵よ。
何が起こるかまったく予想できないから》
虚空に表示されたディスプレイ、そこに複数のウインドウが開きマップを指し示す。
《スキャンしたところによると、このラスベガスにはメトロ――魔法機関車みたいなものかしら? が地下に走っており、
地下街もあるわ。その下には更に下水道も存在している。
地上を通らずとも、それらを使用すればラスベガス全体を行き来することは可能そうね。
ただし――》
ウィズリィが一瞬口籠もる。
ラスベガスは世界有数の一大観光地である。当然、観光客を楽しませ利便性を追求することに特化している。
砂漠の暑い日差しの下を行かなくとも、冷房の効いた地下を進んでいけるということだ。
だが、地下鉄自体は存在していても運行は当然止まっているし、移動するなら徒歩で行く必要があるだろう。
《このワールド・マーケット・センターやマンダレイ・ベイなどのホテルは外から攻撃されても破壊されないと思うし、
『星蝕者(イクリプス)』に侵入されることもないと思う。
彼女らにはマップ上の敵を倒すことはできても、障害物として配置された建物を壊すことは出来ない。
だから、戦闘の際は地形も効果的に使うことが出来るわね。ビルなどで射線を切れば、相手の攻撃は届かないということ。
でも、先程の戦闘を見るに……マップ上のオブジェクトに干渉することは出来そうだったわね。気を付けて頂戴》
ジョンと交戦した『星蝕者(イクリプス)』は、墜落した戦闘機の残骸を鈍器代わりに振り回していた。
建物などと違い、動かせるものは『星蝕者(イクリプス)』でも動かせるということか。
《それと……メトロや下水道は通常のマップとして認識されているとの結果が出たわ。
つまり、『星蝕者(イクリプス)』にとっても侵入は可能、ということね。残念だけど》
マップが切り替わる。まるでアリの巣のように何層にも入り組んで構築されている、
それはメトロと地下街、下水道の複合配置図だった。やはりと言うべきか、メトロと地下街にも赤い光点がまばらに見える。
ただし、鹵獲を試みるにはちょうどいい数と言えなくもない。
下水道に光点は皆無と言っていい。いくら異界のゲームプレイヤーと言っても、わざわざ汚い場所には行きたくないのだろう。
「基本は下水道を通っていくことになりそうね。スラムがあるのだったかしら?
……エーデルグーテで私たちが『永劫』の賢姉に対抗していたときと同じようなものかしら。
あのときも、私たちは聖罰騎士の手を逃れて信徒たちを隠し村へ保護するのに、地下に広がる万象樹の根を使っていたから」
アシュトラーセが右手を顎先に添え、マップを見ながら呟く。
「んじゃ、モンキン焼死体チームとバカザハジョンぴチームが下水道を進む間、
ボクらは真正面から打って出ればいーってコトだな。
コソコソすんのはボクの流儀じゃないから、ちょーどイイや!
いっちょド派手にブチかましてやんよ!」
ガザーヴァが暗月の槍を高く掲げる。
根拠のない強がりではない、ガザーヴァにはガザーヴァなりの勝算があるらしかった。
ただ、明神の作戦を成功させるにはひとりでも多くの『星蝕者(イクリプス)』の目を引く必要がある。
「作戦は決まりじゃな。
ならば、善は急げじゃ。さっそく出立を――」
エカテリーナが軽く周囲を見遣る。
なゆたは、まだ眠っていた。
「ぅ……ん、んん……。
……はっ!? わ、わたし、寝てた? ゴメン! こんな大事な話してるときに……!」
仲間たちの誰かが揺り起こすと、なゆたはすぐに目覚めた。
「……マスター」
『ぽよぉ……』
傍らのエンデが心配そうな表情を浮かべる。ポヨリンもなゆたの膝の上で不安そうに主人の顔を見上げている。
他のメンバーよりも疲労が蓄積しているのは、誰の目にも明らかだった。
-
「モンデンキント……貴方」
アシュトラーセも眉をひそめている。
とても十全な状態とは言えない。本来ならば、救助活動よりも自身の回復を待つ側であろう。
しかしなゆたはエンバースに肩を借りてゆっくり立ち上がると、ガッツポーズをしてみせた。
「大丈夫、大丈夫! 今ちょっと寝られたから、元気いっぱい! 体力マックスだから!
ね、カザハ、わたし寝てる間に寝言とか言ってなかった? ヨダレ垂れてない?」
口許をゴシゴシと右腕の袖で拭い、誤魔化すように笑ってみせる。
「その状態で外へ出るのは危険だ。
……オレがお前の代わりに行く。お前はここで継承者と一緒に、生存者の保護に当たってくれればいい」
見兼ねてイブリースが交代を提案する。
なゆたとシャーロットを同一視するほど愚かではないが、といって別人とも思えずにいるイブリースにとって、
やはりなゆたは見捨てておけない特別な存在ということらしい。
《そうね……。その方がいいかもしれないわ。みんなはどう?》
ディスプレイのウィズリィも特に反対しない。
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』達が各々の意見を出すと、なゆたは小さく微笑んだ。
今にも泡沫のように儚く溶け消えてしまいそうな、淡い笑み顔だった。
「ありがとう、みんな。
わたし……行くよ。何があっても、ここは行く。後ろで待ってるなんて出来ない」
「マスター、でも」
「最後まで歩きたいんだ。みんなと、一緒に」
《ナユタ――》
「……連れて行って。エンバース」
エンデとウィズリィの心配をよそに、なゆたはエンバースの袖を軽く掴むと、短く懇願した。
決然とした、不退転の意志の籠もった声。
「やれやれ……これは梃子でも考えを曲げぬ覚悟じゃな。
妾たちの知っておる『救済』の賢姉は、このような強情な御方ではなかった筈じゃが……」
「そうね。いえ、むしろ引っ込み思案でほとんど自らの意見も出さなかったような」
エカテリーナとアシュトラーセが十二階梯の継承者として、姉弟子であったシャーロットとなゆたとを比較する。
ゲームの中でも『救済の』シャーロットは自身に関係するイベント以外ではあまり発言しない、
物静かで影の薄いキャラクターだった。そんな性格に反して性能的には光属性の人権キャラのため、
戦闘においては引っ張りだこであったのが皮肉なところだが。
そんなふたりの会話に、なゆたはアハハ、と笑うと、
「そうかもね。でも、それって当たり前のこと。
だって、わたしはシャーロットじゃない。あくまで普通の女子高生!
モンデンキントこと崇月院なゆた、だから――」
そう、なゆたは『救済の』シャーロットではない。単にシャーロットの記録とスキルを移植されただけの、
なんの変哲もない人間だ。
そんな人間が幾度も瀕死となり、本来上位者が用いるべき技能『銀の魔術師』を用い、
限界以上の体力と精神力を消費して激戦を潜り抜けている。
で、あるのなら。
「さあ――行こう!
わたしたちの助けを待ってる人たちを保護して、『星蝕者(イクリプス)』も倒す!
そして最後にはローウェルをやっつけて、ブレモンがまだまだ伸びしろのあるコンテンツだってことを教えてあげなくちゃ!」
ばっ! となゆたは右手を大きく横に振ると、大見得を切ってみせた。
その拍子に、さらり……と光の粒子がまた、ほんの少しだけその身体から零れ落ちる。
まるで、砂時計の中の砂が落ちていくかのように。
-
眼前に、凄惨な破壊の光景が広がっている。
崩れ落ちたビルに、墜落した戦闘機。
砲塔が融解し履帯の外れた戦車が、あたかも巨大な獣の骸のような残骸を晒して横たわっている。
捲れ、ひび割れたアスファルトのせいで歩きづらいことこの上なく、至る所にクレバスのように大きな裂け目が出来ている。
噎せ返るような火薬と死のにおいもきつい。ニヴルヘイムの魔物が吐いたブレスか、米軍のミサイルか。
それとも『星蝕者(イクリプス)』たちの用いる未知の兵器の発したものか、いまだに空気は熱せられており、
時折熱い風が一行の髪や衣服を撫でてゆく。
いわゆるアポカリプス系映画のような光景。しかし、目の前のこれは映画のセットでもなければCGでもない。
紛れもない本物――そもそも上位者のゲームであるところのこの世界において、
本物というものが存在するならば、の話だが。
「あーあ、ハデにやってくれちゃって、まぁ」
槍を水平にして両肩に担ぎながら、大通りを闊歩するガザーヴァがぼやく。
煌びやかだったはずのネオンは砕け、オブジェは倒壊し、ビルの壁面に設けられていたディスプレイはもう何も映していない。
かつての一大観光都市であった面影はもはや欠片もなく、ただただ死と破壊だけが蔓延する世界。
「なぁ、明神。
この街、スッゲーキレイなとこだったんだろ?
瓦礫を見ただけでも分かるよ。きっとスッゲェキラキラ光ってて、ピカピカに輝いてる街だったんだろうな」
瓦礫や横倒しになった車、爆発し黒焦げになった戦車などの近くには米兵や人間の一般人の亡骸の他、
サイクロプスやワイバーン、ゴブリンなどニヴルヘイム由来のモンスターの死体も無数に転がっている。
視界に生存者の姿はなく、またマップにも青色の光点は表示されていない。
無慈悲かつ徹底的な虐殺の後。『星蝕者(イクリプス)』の仕業に違いない其れに、ガザーヴァは眉を顰めた。
「……壊される前に来たかったな」
ぽつり、と呟く。
一巡目の世界で自分の終焉の地となった、アコライト外郭。
そこから先の世界を見る、それを何よりの楽しみとしていたガザーヴァだ。
世界の境界を飛び越えてアルフヘイムでもニヴルヘイムでもない世界に行くというのは、
きっとさぞかし心躍る気持ちであったことだろう。
だというのに、視界に入るのは一面の破壊の跡ばかり。落胆するのも無理からぬことだろう。
「管理者としての力を用いれば、破壊される前の状態に戻すことも出来るのではないか?
それこそ『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』の技術を応用するなどしてじゃな。
師父ローウェルをお止めし、侵食を取り除くことが出来さえすれば、そういった研究も出来るようになるであろうよ」
エカテリーナが仮説を口にする。
消えゆくデータを丸ごとバックアップしコピーできるくらいなら、
街ひとつのデータを破壊される前に復元することも可能なのでは、と言っている。
「そーだよな。ん! じゃあ、サッサとスクラップどもをやっちゃって!
クソジジーもバーン! って吹っ飛ばして! このキレーな街、元に戻そーぜ!
この街はミズガルズいちのカジノの街だったんだろ?
んじゃ、一切合切終わった暁にはカジノでギャンブル三昧だー!」
「これこれ、カジノで遊ぶと申しても、元手がなければ遊べまい。
ミズガルズでルピは使えるのか? クリスタルは? でなければ妾たち、素寒貧ぞ」
「んーなの、どーとでもなるって!
それこそ石油王に頼んで、管理者メニューでサイフの中身いじってもらえばさ!」
なー! と明神の方を振り返って笑う。
管理者メニューで所持金を設定できるのなら、そもそもカジノで稼ぐ必要などないのでは? と思ってはいけない。
ガザーヴァにとっては明神と一緒にカジノで遊ぶ、それが一番重要なのだから。
がんばるぞー! と槍を高々掲げ、元気いっぱいに鬨の声を上げる。
まるで、これから数十万の『星蝕者(イクリプス)』を相手に絶望的な持久戦を展開する身とは思えない。
「ま……何か目標を持つということは善いことじゃな。
目的のため、何としてでも生き残らねばという気になる。
何にせよ――先ずは連中を何とかせぬことには始まらぬが、な……!」
小気味よさそうに笑うと、エカテリーナは軽く肩を竦めた。
そして、長煙管を手に空を仰ぎ見る。
視線の先には、既に十騎ばかりの『星蝕者(イクリプス)』が出現していた。
「……やっと出てきたのね。
建物の中に閉じ籠って、ブルブル震えてるだけの相手じゃ埒もないと思っていたんだけれど――
死ぬ覚悟が出来た、ってことかしら?」
穂先がビーム刃になった長大な槍を持ち、中華風の意匠を加えたセーラー服を着たお団子髪の少女が、
すう……と音もなく地上へ降り立つ。
『星蝕者(イクリプス)』側には他にも日本刀持ちや巨大なドローンのようなプロペラ付きの機械に乗った少女などもいる。
姿はずいぶん異なるが、皆SSSの七つのクラスいずれかに相当するキャラクターたちなのだろう。
どうやらキャラメイクはオープンワールドRPGばりに自由らしい。
「ヘッ。そりゃこっちの科白だってーの。
ザコを殺して最強気取りのテメーらに、ホントの最強ってのがどういうモンか教えてやるよ!
お代は――テメェらの命でなァッ!」
狂暴な笑みを顔にへばりつかせ、ガザーヴァは上空の少女たちを挑発した。
-
「ははッ! 久しぶりの運動だァ! 明神――ボクは『遊ぶ』ぜえッ!
命令はその後にしろよな!」
戦術も作戦もあったものではない。
ドンッ! と土煙を立て、ガザーヴァが槍をしごいて『星蝕者(エクリプス)』へと襲い掛かる。
槍使い以外の『星蝕者(エクリプス)』が散開する。が、戦闘は仕掛けてこない。
SSS側にとっても、これは初めての『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』との戦いである。
先ずは相手がどれ程の実力を持っているのか、どのような戦い方をするのかを見極めたいということなのだろう。
「オォラァァッ!!」
ガザーヴァが空中から大振りに暗月の槍を振り下ろす。
槍使いの少女――クラス・シューティングスターは半身をずらすと、苦もなくそれを避けてみせた。
しかし、ガザーヴァの攻撃は終わらない。卓越した身体能力をフルに発揮し、矢継ぎ早に刺突や斬撃を繰り出してゆく。
それに負けじとシューティングスターも迎撃に打って出る。互いの槍が幾度もぶつかり合い、
激しく競り合うように火花を散らす。
高く跳躍し、柔らかな肢体を縦横に躍動させてのそれは、まさしく達人同士の戦いだ。
人知を超えた戦闘能力の持ち主同士の戦闘は、それ自体がまるで示し合わせた演舞のように華麗で、目を瞠るほど美しい。
「ボクの動きについて来られるなんて、ちょっとはやるじゃねーの。褒めてやんよ」
「……フン」
愉しげに笑うガザーヴァに対して、シューティングスターはあくまで無表情を貫いている。
が、といって何も感じていないという訳ではないらしい。鍔迫り合いから一旦間合いを離すと、
槍使いは今までに倍する速度で手数を増やしてきた。
ボッ!!
「おっ?」
ガザーヴァが一瞬驚いた表情を見せる。
ビーム刃での薙ぎ払い二連に、六本の小型槍を展開しての多重攻撃。波動を纏いながらの強烈な突撃。
目にも止まらぬコンビネーションだ。そのどれもが必殺の威力を秘めている。
出力を上げたシューティングスターのビーム刃から発せられる熱気が、明神のところにも伝わってくることだろう。
今までの一進一退の攻防から一転、ガザーヴァは瞬く間に防戦一方の状況に追い込まれてしまった。
「おっととっとっとっ! アブネーアブネー!」
ガザーヴァの米神を汗が伝う。
巧みに暗月の槍を取り回し、柔軟な肉体を駆使して防御と回避を成功させているものの、
攻撃までにはまったく手が回らない――といった状態だ。
「ふ……、手も足も出ないでしょう!? 旧作のボス敵程度が、身の程を知りなさい!」
ドッ! ドドッ! と大気をどよもしてシューティングスターがラッシュを続ける。
ガザーヴァはそんな相手の一挙手一投足にピジョンブラッドの双眸を向け、ただただ回避に専念しているように見えた。
状況は圧倒的に不利だ。いかなガザーヴァでもいつかは集中力が途切れ、体力が尽きて致命的な一撃を貰ってしまう。
「そろそろ頃合いかしら……! ――さあ、死になさい!」
「うわぁ! もうダメだー!」
今まさにガザーヴァへとどめ刺そうと、シューティングスターが全身にオーラを纏っての突進を繰り出してくる。
穂先を前方に構え、蒼白いオーラの尾を引いて飛翔するその姿はまさしく流星、シューティングスターだ。
ガザーヴァは哀れっぽく悲鳴を上げた。そしてガザーヴァは成す術もなく『星蝕者(エクリプス)』の槍に貫かれ――
……たりは、しなかった。
「――なワケねーだろ、バーカ」
突進してくる死の流星を真正面から迎え撃つと、ガザーヴァは大きく上体を捻って身構える。
そして少女の突き出す槍を紙一重で躱すと、絶妙のタイミングでその喉元にカウンターの右ハイキックを叩き込んだ。
「ごっ!?」
まったく予期せぬ反撃に対処するいとまもあらばこそ、
シューティングスターは自らの突進のスピードもそのままに、喉元へ炸裂したガザーヴァの右脚を支点に勢いよく一回転すると、
ダダァァァンッ!! と地響きを立てて地面へうつ伏せ叩きつけられた。
信じられない光景だった。様子見を気取っていた『星蝕者(イクリプス)』たちは皆、呆気に取られている。
中でも一番信じられないのはシューティングスター自身だろう。盛大に吐血し、がりり……と地面に爪を立てる。
「ガハッ! ……い、いったい何が……」
「オイオイ、頭コカトリスかよ。三歩動いたら聞いたコト全部忘れんのか?
ボクは『遊ぶ』って言ったんだぜ?」
相変わらず天秤棒のように槍を両肩で担ぎながら、ガザーヴァが呆れたようにシューティングスターを一瞥する。
「遊ぶ……ですって……?」
「せっかくのオモチャ、すぐぶっ壊しちゃったら面白くねーじゃん。
でももういいや、分析も終わったし……オマエの攻撃は全部見切っちゃったからさ」
もう引っ込んでいいぞ、とばかり、シッシッと右手を振る。
-
「……見切った? 見切った、と言ったの?
この私の攻撃を? 最強の『星蝕者(イクリプス)』の攻撃を……?」
「おーよ」
「ふざ……けるなァァァッ!」
シューティングスターは奇襲の痛手もまったく感じていないような素早い動きで起き上がると、
端正な面貌を憤怒に歪めてガザーヴァへと飛びかかった。
先程の戦いで見せた怒涛のラッシュに輪をかけた激しい攻撃は、あたかも流星雨のよう。
が、当たらない。
破壊の嵐めいたシューティングスターの攻撃が、まるで功を成さない。
先程まではガザーヴァが防御行動を取る程度には当てられていたのだが、今はそれすらない。
しかも、ガザーヴァは必死なふうでもない。鼻歌交じりにシューティングスターの猛攻を往なしている。
「なっ」
言ったろ? とガザーヴァがにんまり笑う。
どうやら、見切ったというのはガザーヴァ流のブラフでも何でもない、紛れもない事実らしい。
「お、おのれェェェェッ!」
「何回やったって無駄だって……の!」
侮辱され、激怒したシューティングスターが槍を突き出す。しかしガザーヴァはそれを予想通りとでもいうように先回りすると、
穂先ではなく槍の石突で横殴りにシューティングスターの左頬を痛撃した。
まるで未来視、予知能力でも持っているかのような反撃の手際に、シューティングスターは再度攻撃をまともに受けると、
横回転しながら吹っ飛んだ。
どしゃり、と音を立て、SSSの槍使いは地面に横倒しになるとそのまま動かなくなった。
そして、その姿が武器の槍もろとも霧のように掻き消える。
「ンー。鹵獲作戦は無理かぁー。ま、そりゃそーだよな」
つまらなそうに呟く。戦いは序盤こそ『星蝕者(イクリプス)』優勢かに思われたが、
終わってみればガザーヴァの完全なワンサイドゲームだった。
どうして、こんなことになったのか。
「ふん、旧作のキャラだからといって舐めて掛かるからこうなる。
次は私だ、格の違いというものを見せてやろう」
「いーぜ、いーぜぇ。
明神、コイツの動きをよぉーく見てろよ。そしたら、コイツらの弱点がすぐ分かるハズだから」
様子見していた『星蝕者(イクリプス)』のひとりが前に進み出る。ガザーヴァは連戦だが、まったく疲労の色はない。
むしろウォームアップが終わった程度だ。
そして――シューティングスター戦と同じように最初は防御と回避に徹し、少しすると攻勢に転じて、
最終的にはやはり『星蝕者(イクリプス)』に一撃の有効打も許すことなく完封してしまった。
ドシャア! と音を立て、次鋒が沈む。『星蝕者(イクリプス)』たちは声もない。
「分かったか? 明神?」
槍を地面に立て、ガザーヴァが明神の方を見る。
「コイツら、攻めのパターンが少なすぎンだよ。バリエーションに広がりがなくておんなじ技ばっか使ってくるから、
それさえ見切っちまえば当たるワケねー、ってコト!」
大抵のアクションゲームにおいて、初撃――攻撃の起点のモーションはキャラクターごとに固定で決まっている。
そこから弱攻撃に行くか、強攻撃に派生するか、必殺技を繰り出すかでコンボを組み立てていくわけだが、
SSSは爽快感を重視したゲーム性のためゲーム初心者でもボタンを連打しているだけでコンボができるようになっている。
システム上、格闘ゲームのようにありとあらゆる状況から技を選択して、という形には成り得ないのだ。
結果、どうしても攻撃が単調になる。ガザーヴァはそれを看破し、完璧に凌いでみせた――ということらしい。
「ミズガルズの人間たちやウチのザコ相手ならそれでも良かっただろうケド、ボクには通じないぜ。
ひとりひとりなんてまだるっこしい、全員でかかってこいよな!
ボクはレイド級なんだよ、レイド級ってのは元々、一対多で戦うようにできてンだ。
そら……人間相手に無双してたオマエらに、今度は――ボクが無双してやンよ!」
暗月の槍を構え、さも愉快げに不敵な笑みを浮かべると、
ガザーヴァは『星蝕者(イクリプス)』を前に啖呵を切ってみせた。
-
「先程は不覚を取ったが……。此度はそうは行かぬぞ。
妾の虚構魔術、その精髄を見せてくれよう!」
エカテリーナがおもむろに長煙管を吸い、紫煙を吐く。
魔力を含んだ紫煙は瞬く間に周囲へ拡散すると、まるで霧のように皆の視界を覆った。
明神の得意とするスペルカード『迷霧(ラビリンスミスト)』に似ているが、ただ視認性を悪くするだけでは終わらない。
エカテリーナの煙は中にいる者の目を惑わせ、自分以外はすべて敵であるかのように誤認させてしまう。
結果、『星蝕者(イクリプス)』たちは同士討ちを始めてしまうことになる。
難点といえば『星蝕者(イクリプス)』だけでなくアルフヘイム側にも効果が及んでしまうという点だが、
煙の有効範囲にいるのがガザーヴァだけなら問題はない。元々自分以外は全員敵である。
「……どうやら、連中に此方の魔術へ抵抗(レジスト)する術はないようじゃな」
ふぅっ、と紫煙を吐き、エカテリーナが状況を観察する。
煙の範囲内に入っている『星蝕者(イクリプス)』たちは例外なく虚構魔術の影響を受け、
少なからず同士討ちを始めてしまっている。
その混乱に乗じてガザーヴァが怯んだ者たちを狩って回る。効果は抜群のようだった。
同様、明神の持つ妨害に特化したスペルカードも命中すれば十全な効果を発揮する。
SSSは3DアクションRPGである。従って純粋なRPGであるブレモンと違い、
デバフ効果を齎す地形やトラップは基本的に『回避する』という方式で防ぐしかないのである。
ひょっとしたらそういったアイテムも存在するのかもしれないが、
見たところこの場にそういった物を持ち込んでいるプレイヤーはいないようだった。
事前にネットで攻略法を見ていたり、攻略本をあらかじめ読んで対策を練っていない限り、
特殊効果を打ち消すアイテムというものは、基本的には一度負けて再戦する際に二の轍を踏まぬよう持ち込むものであろう。
スペルカードや魔法によって行動を阻害された『星蝕者(イクリプス)』の攻撃ならば、
一般人の明神であっても回避や防御は容易だろう。手駒にはヤマシタもマゴットもいる。
「最初はヤベー連中が来たと思ったケド……なーんだ、大したコトねーなァ! あっははははははッ!!」
自分のターンとばかりに縦横無尽に跳ね回り、気持ちよさそうに槍を振り回して敵を駆逐しながら、ガザーヴァが笑う。
ガザーヴァが『星蝕者(イクリプス)』を倒すたび、まるで雲霞のように後続のプレイヤーが参戦し、襲い掛かってくる。
だが、その誰もガザーヴァを倒すことは出来ない。どころか皆、
ガザーヴァの槍や暗黒魔法によって蚊トンボか何かのように墜とされてゆく。
確かに、『星蝕者(イクリプス)』は恐るべき手合いである。
その力は通常の人間やモンスターを遥かに凌ぎ、命を容易く蒸発させる超兵器を持っている。
が、その反面リリース前のβ版ということでプレイヤーに技術の蓄積がなく、
スキルや武器の解析も進んでいない。
何より、『星蝕者(イクリプス)』たち自身がおのれの力を使いこなせていない――。
反面、ブレイブ&モンスターズ! はフォーラムやWiki、各種動画によって徹底的な分析や研究が行われ、
モンスターやスキル、アイテムの性能をほとんど完全に発揮することが出来るのだ。
「く、くそッ、どういうことだ……!? 先程とは動きがまるで別物だ!
チートでも使ってるのか!?」
『星蝕者(イクリプス)』のひとりが混乱の中で呻く。
緒戦で敗北したイブリースやエカテリーナらのことを言っているのだろうが、
単に彼らは初めて対峙した『星蝕者(イクリプス)』の手の内が分からず、わからん殺しで遅れを取ってしまっただけなのだ。
何も、兇魔将軍や十二階梯の継承者の実力が『星蝕者(イクリプス)』より劣っているという訳では決してない。
だから。
充分な準備と冷静な判断力、今までの長い旅で培ってきた経験を用いれば、
決して『星蝕者(イクリプス)』は倒せない相手ではないのだ。
尤も、それは一対一や少数と戦った場合である。何せ、SSS側には50万人とさえ言われる圧倒的な頭数がいる。
少数の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』だけでは、とても太刀打ちできるものではない。
だからこそ。
「明神、頼むぞ。此処に居る者ども、皆アンチにするのじゃろう?」
新たな虚構魔術で更に戦場を混乱状態に陥れながら、エカテリーナが明神を見る。
そして長煙管を軽く振ると、明神に魔法を付与する。
『扇動(アジテーション)』――魔力で拡声し広範囲に声を届ける魔法だ。
「この者たちが一斉にSSSを見限り、撤退する様はさぞかし壮観であろうな。
師父の呆気に取られた顔が目に浮かぶわ……そら、見事為遂げてみせい!」
同士討ちを恐れてか、『星蝕者(イクリプス)』たちは煙の中での攻撃を手控えしている。
皆が皆戦闘に集中している状態なら明神の声も届かないかもしれないが、
今ならばきっと有効に作用することだろう。
そして、首尾よく明神のプランが成功すれば、SSS側の戦力を大幅に削減することが出来る。
百騎以上いる『星蝕者(イクリプス)』の視線が、明神へと集まった。
-
カザハとジョンは青い光点のもっとも多いフレモント・ストリート・エクスペリエンスの人命救助を担当することになった。
《地下道を通って、ストリート内の青い光点……アルフヘイムとニヴルヘイム由来の人々を、
このワールド・マーケット・センターへ避難誘導して頂戴。
転移門はこちらで開くから、貴方たちは要救護者がいる場所まで行って、私に報告してくれればいいわ》
スマホの液晶画面でウィズリィがふたりに指示する。
大量の避難民を、地下道をいちいち歩いて誘導し搬送するというのは想像を絶するほど骨が折れる仕事だが、
ウィズリィが転移門を任意の場所に出現させられるというのなら話は早い。
薄暗く臭い下水道を歩き、マップ上の青い光点が密集している場所へ赴く。
地下駐車場を経由して大きなリゾートホテルのひとつに入り、エントランスに到着すると、
ホテルの宿泊客らしい人々が身を寄せ合って外の爆発音や震動に怯えているのが見えた。
「あ……、あんたたちは……?」
明らかに普通とは異なる人間が魔物を率いて現れたことに対して、人々が怯えた反応を見せる。
しかし、ジョンやカザハが説明すれば、もっと安全な場所があるということで皆おとなしく指示に従うだろう。
《転移門を開くわね》
ウィズリィが管理者権限でエントランスに転移門を開く。
門を潜れば、ホテルからマーケット・センターまで一瞬で移動することが出来る。
マーケット・センターのブレモン世界大会会場などは避難所にはもってこいだろう。
ぞろぞろと人々が列をなして転移門を潜ってゆく。
一軒目のホテルの救助が完了すれば、次の場所だ。転移門を消し、
ジョンとカザハはまた下水道を通って別のホテルや建物に行くという行動を繰り返すことになる。
そうして、マップに標示された青い光点の半分ほどを救助し、また下水道を移動していると、
「おやおやおやぁ〜?
ドブネズミみてゃぁーに下水道を伝って悪さしとるヤツがいると思ったら――」
不意に、非常灯の微かな光に照らされた下水道の中で、声が聞こえた。
「アンタらかにゃ。アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たち」
「よーっ! こんなトコでまで会うだなんてキグーだなぁー! ははッ!」
見れば、狼耳にふさふさした尻尾の女と、ごつい籠手に脛甲を装備した短躯のホビットが前方に立っている。
十二階梯の継承者『詩学の』マリスエリスと、『万物の』ロスタラガム。
「ナルホドにゃァ……『星蝕者(イクリプス)』の寄り付かない下水道を使って人命救助とは、
なかなか考えたもんだにゃ。
ただにゃぁ……そんな小細工、アタシたちには通用しにゃーて。
アタシもロスやんも、地下を通るのは得意だで」
ロスタラガムが能天気にカザハたちへ右手を大きく振り、マリスエリスがゆっくり狼咆琴(ブラックロア)に触れる。
マリスエリスは吟遊詩人の他に斥候(スカウト)、暗殺者(アサシン)のスキルを持っているし、
ホビットであるロスタラガムは元々大地の精霊ノームの眷属で地下にはめっぽう強い。
「そーゆーコトだ!
でもさ、よかったー! 師匠のめーれーでこの世界に来たんだけど、何が何だかわかんなくてさ!
イスリクプ? ってやつらも、おれたちのいうことぜんぜん聞いてくれないし……。
おもしろくないなーっていってたんだよ! なー、エリ!」
「ちょっ、ロスやん! そういうコトはペラペラ喋ったらいかんでしょぉ!? 連中は敵だがね!」
「えー? そうなのか?」
シーッ! と右手の人差し指を口許に立てるマリスエリスに対して、ロスタラガムはキョトンとしている。
INTの著しく低いロスタラガムにとっては、敵だとか味方だとかの概念はよく理解できないことらしい。
このふたりもローウェルによって何かに使えるかもしれない駒として地球へ連れてこられたのだろうが、
案の定と言うべきか別ゲーム由来の『星蝕者(イクリプス)』とは折り合いが悪く、苦労しているらしい。
「とっ……とにかく、おみゃーさんらを見つけてまった以上、見過ごすことはできにゃぁンだわ。
大人しく観念してちょぉ?」
気を取り直したマリスエリスがパチン! とフィンガースナップを鳴らすと、
その途端虚空に『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』が出現する。
むろん、遭難者救助のためのものではない。門の奥から、凄まじいまでの殺気が溢れてくる。
そうして――門を通り、やがて二十名ばかりの『星蝕者(イクリプス)』がジョンたちの前に現れた。
「こんなところに隠れていたとは……地上をいくら虱潰しにしても、下らない雑魚しか出てこない筈ですね」
スチームパンク風の意匠のセーラー服にとんがり帽子、表紙に多数の歯車のついた分厚い書物を手にした少女――
恐らくは魔術師のクラス・ゾディアックが口を開く。
「でも、もう終わりですよ。ここには二匹だけですか? まぁ、物足りないですがいいでしょう。
皆さん、スコアは早い者勝ちで……いいですね」
ちら、と背後の『星蝕者(イクリプス)』たちへ目配せする。
よかろう、だとかいいと思いまーす、などと他プレイヤーが発言する。『星蝕者(イクリプス)』にとって、
ジョンとカザハはスコア稼ぎをするためのターゲットにしか見えていないらしい。
それはあたかも、ブレモンのプレイヤーがモンスターの討伐数を競うときのように。
-
「あ、あの……」
今にも攻撃を開始しようと『星蝕者(イクリプス)』が身構える中、マリスエリスが恐る恐るといった様子で声を掛ける。
「何ですか」
「え、ええと、その……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を見つけて、『星蝕者(イクリプス)』の皆さんに報告したのは、
アタシたちだで……どうか、ナイ様にはよしなに……」
「褒美にありつきたいと? 浅ましい……やはり時代遅れの旧作のキャラは思考が低俗ですね。
いいでしょう。忘れていなかったら伝えますよ」
「……あ、ありがとうございます……にゃ」
眉を下げて愛想笑いをすると、マリスエリスはロスタラガムを伴って後方へ退いた。
「さて。では、始めましょうか。誰が殺しても恨みっこなし――ですよ!」
ドンッ!!
『星蝕者(イクリプス)』たちが一気にジョンとカザハへ襲い掛かってくる。
その攻撃は相変わらず強烈だ。盲滅法に乱射される銃や、ライトセーバーじみた光刃をまともに喰らえば、
ブラッドラストで強化したジョンであっても大ダメージは免れない。カザハやカケルはもっとだろう。
ただし、冷静にその攻撃を見極めれば、決して避け切れないものではない。
また、狭い下水道での戦闘になったというのも『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』にとっては結果的に有利に働いた。
『星蝕のスターリースカイ』は自在にフィールド内を駆け回り、空を飛んでド派手なエフェクトの攻撃で雑魚を薙ぎ倒す、
爽快感重視のゲーム性であった。
従って、下水道のような狭いマップではどうしても動きが阻害され、性能を存分に発揮することが出来ない。
例えば多少のダメージを覚悟のうえで接近すれば捕えるのは不可能ではないし、殴り倒すことも可能だろう。
とはいえ、拘束までは出来ない。例え首根をひっ掴み、無力化に成功しても、
『星蝕者(イクリプス)』はすぐに掻き消えてしまう。
理由は簡単――プレイヤーがもはやこれまでと判断し、自らログアウトしたのだ。
当然、武器も拾って使うようなことは出来ない。確かにその場にはあるのだが、ジョンやカザハが触れることは出来ず、
やがて消滅してしまう。
「ええい、こんなβテストのエネミーにどれだけ手古摺っているんです!?」
ゾディアックが魔法の光弾を乱射しながら叫ぶ。
ジョンとカザハがどれだけ倒しても、『星蝕者(イクリプス)』はまったくその数を減らさない。
マリスエリスの出現させた『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』から、無尽蔵と言っていいほど続々と出現してくる。
このままではジリ貧だ。
『星蝕者(イクリプス)』のビーム刃の槍がジョンの左腕を穿ち、腹筋を光の剣が薙ぐ。
カザハの頬をレーザーライフルの閃光が掠め、カケルの胴に魔術の衝撃が炸裂する。
まるでハーメルンの笛吹きのように、新たな『星蝕者(イクリプス)』が列をなして続々と門から出現する。
一対一では『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』に分がある。が、敵には『数』という最大の武器がある。
『大軍に兵法なし』と言うように、単純な物量差はいかなる戦術や身体的優位をも凌駕するのである。
圧倒的多数を前に、ジョンとカザハに勝ち目はないように見えた。
せめて、もう少しだけでも味方が居れば――。
「……なぁ、エリ」
「何にゃ」
「いーのか? 加勢しなくて」
「アタシたちはあくまで『星蝕者(イクリプス)』の補佐にゃ。それ以上のことは越権行為だがね。
それに、アタシらが加勢しなくたって『星蝕者(イクリプス)』が勝つに決まっとるにゃ」
「いや、じゃなくてぇー……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』にさ」
「はぁ? なんでアタシらが『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』に加勢なんて――」
突然の相棒の言葉に、戦闘範囲外で戦いを眺めていたマリスエリスが思わず声を荒らげる。
が、ロスタラガムは斟酌しない。
「だってさ、アイツらはおれたちとおんなじセカイの奴らなんだろ? でもイスリスプはちがう。
んならおれたちも『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』に手ぇー貸してやったほうがいいんじゃないのか?
エリだって、イクリスプは気に入らないーってゆってたじゃんか」
「……ロスやん」
マリスエリスはロスタラガムの前に屈み込むと、視線の高さを合わせた。
「もう、ブレモンは終わりなのにゃ。アタシらの世界は消滅する。それは神さまが……いんにゃ、
神さまより偉い師父が決めたことなんだわ。
『創世』の師兄も、『救済』の賢師も、師父には敵やぁーせん。みんな、みんな消えてまうがや。
でもアタシとロスやんはそうじゃにゃあ。アタシらは生き残る……そして新しい世界に居場所を見つけてみせる。
そのためには、今はあの『星蝕者(イクリプス)』やら、ナイやらの言うことを聞いとくしかにゃぁも」
「んー……」
世界は侵食に冒され、十二階梯の継承者は崩壊した。
そんな中、マリスエリスはロスタラガムと是が非でも生き残る道を選んだ。そのためにローウェルの走狗となり、
見返りにSSSに拾い上げて貰おうとしたのだ。
例え、他の何を捨ててでも。
そんなマリスエリスを、ロスタラガムは不得要領といった表情で見詰めていた。
-
マンダレイ・ベイ・リゾートは天空を貫く塔ストラトスフィアを除き、ラスベガスで最も目立つ建物である。
東南アジアの黄金郷をイメージした、金色に輝く巨大なホテルは遥か遠くからでもよく見え、存在感を放っている。
世界的にも有名なリゾートホテルであるから、毎年何十万人という利用客が訪れるのだが、
今回もその例に漏れず多くの人間が利用し、その末にSSSの襲撃を受けていた。
ホテル本館に加えて多くの新館、プール、水族館にサーカス、アリーナ会場、ライブハウス等、
複合リゾート施設であるだけにその施設は多岐に渡っており、マーケットや病院なども併設されている。
ここを押さえることが出来れば、人命救助はもっと楽になるはずだ。
そんな巨大へホテルへ、なゆたとエンバースは地下街を通って潜入していた。
「来るよ、エンバース!」
地上に比べ、地下街を闊歩している『星蝕者(イクリプス)』の数はずっと少ないものの、
皆無という訳ではない。此方の姿を見ると、サーフボードのような物に乗った『星蝕者(イクリプス)』と、
黒衣に身を包み短刀を二振り逆手に持った暗殺者めいた『星蝕者(イクリプス)』が此方へ突っ込んでくる。
なゆたは身構えた。
「こんなに綺麗な街をメチャクチャにして……絶対に許さない!
ポヨリン! スパイラル頭突き!!」
『ぽよよよっ!』
なゆたの号令一下、ポヨリンが弾丸のように『星蝕者(イクリプス)』へ肉薄する。
が、当たらない。『星蝕者(イクリプス)』の中でも特に速度と機動力に特化したクラスのキャラクターらしく、
屋外と違って行動に制限のある地下街でもまるで問題ないとばかりに俊敏に動き回っている。
「死ね……ッ!」
暗殺者めいた『星蝕者(イクリプス)』、クラス・ブラックホールがエンバースとフラウに飛びかかってくる。
素早い上に隙が少なく手数の多い攻撃は確かに脅威だが、しかしエンバースとフラウのタッグならば凌ぎ切ることが可能だろう。
攻撃の幅が少なく、起点がいつも同じモーションだというのも、数合打ち合えば理解できるはずである。
ブラックホールはコンビネーションの最後に自らの持っている両手のダガーをブーメランのように投擲する。
そして、ダガーが弧を描いて戻ってくるまで動けない。その隙を狙って攻撃することは難しくあるまい。
また、『火酒(フロウジェン・ロック)』を用いた攻撃やデバフ魔法などにも抵抗力がなく、
避ける以外に対処法はないらしい。
エンバースがブラックホールを倒すと、『MISSION FAILED』の表示と共にその身が装備品もろとも消滅する。
恐らく宇宙船の中にあるであろうベースキャンプ的な施設まで強制送還されたのだろう。
ワールド・マーケット・センター前で戦闘した相手と比べ、今の『星蝕者(イクリプス)』は明らかに動きに甘さがあった。
が、それは別に不思議なことではない。
50万人もプレイヤーが存在するのなら、上手な者と下手な者の差が顕著になるのは当然のことだ。
どうやら、最初に遭遇した『星蝕者(イクリプス)』たちはプレイヤーの中でも相当な上澄みであったらしい。
しかし――
「く、ぅ……!」
エンバースがブラックホールを倒した後も、なゆたはもうひとりの『星蝕者(イクリプス)』を相手に苦戦していた。
サーフボードに乗った『星蝕者(イクリプス)』――クラス・ネビュラノーツが素早いということもあるが、
それ以上になゆたの行動が精彩を欠いている。
「ッ、『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』プレイ……!」
ネビュラノーツがポヨリンに体当たりを仕掛ける。
なゆたはなんとかスペルカードを発動し、ポヨリンを鋼の塊に変えて凌いだが、
いつもならばもっと余裕を持って対処できていたはずだ。
エンバースが加勢すると、ネビュラノーツはすぐにエンバースとフラウへ標的を変えた。
弱い相手と戦うよりも、強い者を倒した方がスコアが稼げる――とでも思っているのだろうか。
ネビュラノーツの強みはまるでサーフィンでもするように空中を縦横無尽に翔ける機動性と、そこから放たれる衝撃波である。
まるでひとりだけシューティングゲームでもやっているかのように、
ネビュラノーツのサーフボードの先端から衝撃弾が放たれ、マシンガンのように掃射してくる。
だが、高い機動力と俊敏性を獲得した代償として、サーフボードを駆る本体そのものはそこまで高性能ではないようだった。
一旦捕まえてしまえば、ネビュラノーツをサーフボードから引き摺り下ろすことは容易い。
得物を喪失した『星蝕者(イクリプス)』は、そこで終わりだ。すぐに『MISSION FAILED』という文字列が表れ、
フィールドから消滅した。
「あ、ありがと、エンバース……。助かっちゃった」
戦闘終了後、なゆたがエンバースに礼を述べる。
「チョコマカ動き回る敵って、そんなに闘ったことなかったから……。
わたし、アクションゲーム苦手なんだよね。っていうかそもそもゲームを本格的に始めたのなんて、
ブレモンが初めてだったし……」
あははと元気があるように振る舞い笑っているものの、その表情には疲労の色が濃い。
ポヨリンが心配そうに寄り添うのをひと撫ですると、なゆたはスマホをポケットに仕舞った。
「……大丈夫だよ、なんともない。
これから、沢山やらなくちゃならないことがあるんだから……頑張らなくちゃ。
エンバース、行こう。大勢の人たちが困ってる。救助の手を求めてるはずだから――」
なゆたは地下街の前方を右手で指すと、長い髪とマントを揺らして歩き始めた。
さらり……と、またほんの僅かに金色の粒子を零して。
-
マンダレイ・ベイに到着し、エントランスホールに入ると、
やはりそこには『星蝕者(イクリプス)』の攻撃から逃れてきた人々が大勢避難していた。
「皆さん、落ち着いてください! これから皆さんを安全なところに誘導します!」
避難している人々に大声で説明し、次いでウィズリィに頼んで転移門を開けて貰う。
「二列に並んで、落ち着いてゆっくり進んでくださーい!」
ぞろぞろと人々が転移門を潜ってゆく中、懸命に誘導を試みる。
だが、素直に指示に従う者ばかりではない。中には我先にと他の人間を押しのけて門を潜ろうとする者もおり、
そういう人間はなゆたでは手に負えずエンバースに協力してもらう他なかった。
また、怪我をしている者や足腰の弱い老人もいる。
なゆたはそういった者を見かけるたびに駆け寄り、インベントリの中からあらかじめ用意していた救急キットを使って、
負傷者に簡単な応急手当をしたり、しきりに声を掛けて励ましたりした。
「大丈夫、絶対にみんな助けてみせるから……。
だから元気出して。全部、救って……ハッピーエンドに……」
そう言って怪我人を慰めながら、包帯を巻く。
ぽた、ぽた、と額から顎を伝い、汗が点々と床に落ちる。
なゆたの顔は蒼白だった。これではどちらが要救護者なのか分かったものではない。
といって、避難誘導を疎かにすることもできない。普段はなゆたに寄り添うばかりで基本的に何もしないエンデまでが、
主人の体調を見兼ねて誘導のため徒列整理に当たっている。
そんな中。
「お、お願いです……息子を、息子を探してください……!」
五十代くらいの女性が、不意になゆたとエンバースにそんなことを言ってきた。
話を聞くと、持病のあるその女性のため薬を手に入れようと、
息子がマンダレイ・ベイに併設されている病院区画へ薬を手に入れるために単身行ってしまったのだという。
ホテルも病院も建物内で『星蝕者(イクリプス)』は侵入できないが、
両者を繋ぐ通路はその限りではない。
もしその息子が病院への移動中、『星蝕者(イクリプス)』に見つかっていたとしたら――。
「……わかりました。おばさんはここで待っててください。
わたし、すぐに見つけて……きます……!」
なゆたは即答した。
しかし、体力が精神に付いて来ない。病院へ続く連絡通路に足先を向けるも、すぐにふらりと大きくよろめくと、
エンバースの胸に身体を預けるように崩れ落ちた。
「ぅ……」
熱がひどい。よくも、こんなコンディションで人命救助などと言ったもの――といった状況だ。
救護が必要なのはなゆたの方である。
だというのに、なゆたはエンバースの腕を掴むと、なんとか立ち上がって自力で歩こうとする。
「ゴメン……ちょっと、眩暈がしただけ……。
何も、心配いらないから……早く、おばさんの息子さんを……探しに行こう……」
はぁはぁと浅く短い呼吸を繰り返しながら、なゆたは立ち上がろうと無駄な努力を繰り返す。
探し人も重要だが、その前になゆたの治療をしなければならないだろう。
「早く……、早く……行かな、きゃ―――」
なんとか気力だけで意識を繋ぎ止めていたものの、それさえもやがて尽きたらしく、
なゆたはエンバースの腕の中でかくり、と項垂れると、意識を失った。
「……ここは僕たちが受け持つ。だから、エンバースはマスターを病院へ。
病院には医師もいるだろう。ミズガルズの医療が今のマスターにどれほど役立つかは分からないけれど」
エンデがエンバースに提案する。
といっても、エンデとポヨリンだけでは大勢の人々を御するには限界がある。
今はひとりの頭数でも欲しい。フラウもここへ置いてゆくことになるだろう――つまり。
エンバースは、ひとりでなゆたを病院に連れて行かなければならない。
しかもその道中には『星蝕者(イクリプス)』が徘徊している可能性が高く、見つかれば戦闘は避けられない。
けれど。それでも。
崇月院なゆたの命運は、エンバースに委ねられた。
【三隊に部隊編成してそれぞれ作戦開始。
明神・ガザーヴァ・エカテリーナ組:ザ・ストリップ
カザハ・ジョン組:フレモント・ストリート・エクスペリエンス
なゆた・エンバース組:マンダレイ・ベイ
明神の時間稼ぎのため、ガザーヴァとエカテリーナが『星蝕者(イクリプス)』と対峙。
ジョンとカザハ、マリスエリス&ロスタラガムと遭遇。大量の『星蝕者(イクリプス)』と交戦。
継承者二名には思うところがある模様。
なゆた昏倒。】
-
【ポジティブ・キャンペーン(Ⅰ)】
《それじゃ、こういうのはどうかしら。
ジョンさんの言う通り、チームはスリーマンセルが三つ。
ナユタとエンバースさん。カザハとジョンさん。それからミョウジンと――》
『別に『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』でペアになんなきゃダメってワケでもねーだろ。
トーゼン、ボクは明神についてく。明神だろ、ボクだろ、んでマゴット!
それでスリーマンセル成立だ。ヤマシタとガーゴイルはいつでも呼び出せるから除外で』
「そうとも。別にブレイブだけで固まる必要はない。ならイブリースをそこに混ぜても当然、問題ないよな」
《んん……、何かバランスが悪い気がするわね……。
それに、マゴットもミョウジンのパートナーモンスターでしょう?》
『細かいこと言うなよな魔女子。別にそれでいーじゃん、戦力的にはボクたちチーム明神だけで充分!』
「とは言え、イブリースの戦闘スタイルは正直ヤツらと相性が良くなさそうだ。となると――」
エンバース=ガザーヴァの主張は何処吹く風――説得するよりさっさと結論を出してから丸め込んだ方が手っ取り早い。
『では、妾もザ・ストリップへ同道させて貰おうかの』
『ザ・ストリップはこの地で最大の激戦区。今現在うろついておる敵も多い。
此方としても頭数は少しでも多い方がよかろう、どうじゃ? 明神』
「適任だな。それで決まりだ」
『え〜?』
『そんな顔を致すでない。
人命優先で逃げながらの持久戦を展開すればよいモンデンキントやカザハらと違い、
其方らは戦いながらアンチを増やす持久戦を展開せねばならぬ。
ならば、必ずや妾の虚構魔術が役立つであろう。多数の敵を翻弄し手玉に取る、それが虚構魔術の真骨頂ゆえ』
「往生際が悪いぞガザーヴァ。いいか、こういう時は発想を逆転するんだ。
ここは一度仕方なく折れてやった事にしておけ。実際はお前がひたすら駄々をこねてただけだが。
とにかく一つ貸しにしておく。するとその貸しが後々――」
エンバースの双眸が一際紅く煌めく。
「虚構魔術を用いた明神さんの複製体逆ハーレムになって返ってくるんだ。
確かに、所詮複製は複製だ。だがそれはそれとして――
沢山の明神さんに囲まれるのはきっと楽しいぞ。分かったらここは大人しく退け」
もっとも実際の虚構魔術はエカテリーナ自身が虚構を纏うというもの。
仮に群体の形成が可能であったとしても、その逆ハーレムは甚く虚しいものになる。
が――しかしその虚しさこそが虚構魔術の妙味なのかもしれないなと、エンバースは勝手に納得してそこで話を打ち切った。
《うん、それならバランスもいいんじゃないかしら。どう?ナユ――》
「……どうした?まだ何か気になる点でも――」
視線を隣のなゆたへ――彼女は目を閉じて、小さく寝息を立てていた。
『……寝かしておいてやろうかの』
「正直あまりいい兆候ではないけど……そっとしておくって事には同意見だ」
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【ポジティブ・キャンペーン(Ⅱ)】
ブレイブは勇気というステータスでその性能を向上させる。
アルフヘイムのブレイブ一行はそのシステムを何度も体現してきた。
ただの日本生まれの一般人達が幾多の戦場を乗り越えて、今や世界を救うか否かの分水嶺にいる。
とりわけ崇月院なゆたの勇気はずば抜けている。
何の確証もない「目覚め」とやらの為に死地へと飛び込んでいった。
管理者メニューの起動では通常でさえ命取りになる筈の取り立てを二人分受け持つ事もした。
その崇月院なゆたが「疲れ果てて、つい居眠りをしている」。
これはゲーム的に解釈すれば極めて単純な事実を示していた。
「勇気によってもたらされていた補正値を、積み重なった消耗がとうとう上回った」のだ。
問題は――その事実を認識する事は出来ても、変えようがないという事だが。
『私と兇魔将軍はこのワールド・マーケット・センターにいるわ。
このラスベガスで一番大きな収容施設がここになるから、生存者はどんどんこっちに運んできて頂戴。
怪我人がいれば治療するし、休ませる場所だってあるでしょう。
道中、医薬品や治療道具、食糧……なんでもいいから、役立ちそうなものがあればそれも送ってくれると嬉しいわ』
「……その事なんだが、一つ考えがある。長くなりそうだから、色々一段落した後にでも話すよ。
でも、そうだな……ひとまずここ以外の避難所になりそうな場所を探しておいて欲しい。
ほら……どんなものでも予備があった方が安全だろ?」
エンバース=何やら思わせぶり。
《みんなのスマートフォンからも、マップを閲覧できるようにしておいたわ。
それから、この回線も常時開放しておくから。生存者がいたら報告して頂戴。
こちらから『門』を開いて、ワールド・マーケット・センターに収容できるようにするわ》
「待った、どうせなら俺達のスマホをこの世界のインフラに接続出来ないか?
ローウェルの妨害を受ける度に通信が不安定になるんじゃ危なっかしい。予防策を取っておこう」
《スキャンしたところによると、このラスベガスにはメトロ――魔法機関車みたいなものかしら? が地下に走っており、
地下街もあるわ。その下には更に下水道も存在している。
地上を通らずとも、それらを使用すればラスベガス全体を行き来することは可能そうね。
ただし――》
イクリプスは建造物――およそ街/マップとして認識出来そうなものは破壊出来ない。
ただし自動車や街灯といった「地形に属さないもの」は例外になる。
メトロや下水道はイクリプスの侵入可能区域――エンバースは腕組みをして思索に耽る。
『基本は下水道を通っていくことになりそうね。スラムがあるのだったかしら?
……エーデルグーテで私たちが『永劫』の賢姉に対抗していたときと同じようなものかしら。
あのときも、私たちは聖罰騎士の手を逃れて信徒たちを隠し村へ保護するのに、地下に広がる万象樹の根を使っていたから』
「問題は、下水道は万象樹の根ほど聖なる感じじゃないって事だ。言い出しっぺの俺が言うのもなんだけど」
「作戦は決まりじゃな。
ならば、善は急げじゃ。さっそく出立を――」
エカテリーナの視線の先=未だ眠ったままのなゆた。
ふと、このまま寝かせておいた方がいいのでは――そんな考えが頭をよぎる。
なゆたの疲労は既に限界だ。今の状態で十分なパフォーマンスが発揮出来るとは思えない。
しかし一方で、起こした方がいい理由にも心当たりがない訳ではなかった。
差し当たって――無断で置き去りにするのは不実であるとか、そうした理由が。
エンバースはなゆたが枕代わりにしている肩を小さく揺すった。
-
【ポジティブ・キャンペーン(Ⅲ)】
『ぅ……ん、んん……。
……はっ!? わ、わたし、寝てた? ゴメン! こんな大事な話してるときに……!』
「おはよう。世界最強のブレイブ様の右腕の寝心地はどうだったか、後で聞かせてくれ」
『モンデンキント……貴方』
『大丈夫、大丈夫! 今ちょっと寝られたから、元気いっぱい! 体力マックスだから!
ね、カザハ、わたし寝てる間に寝言とか言ってなかった? ヨダレ垂れてない?』
「やめとけ。空元気なのは見れば分かる」
『その状態で外へ出るのは危険だ。
……オレがお前の代わりに行く。お前はここで継承者と一緒に、生存者の保護に当たってくれればいい』
《そうね……。その方がいいかもしれないわ。みんなはどう?》
エンバースは何も言わない。どうする事が合理的なのかは一目瞭然で、わざわざ自分が言うまでもないからだ。
やめておいた方がいいに決まっている――それでも、なゆたは決意を示すかのように微笑んだ。
『ありがとう、みんな。
わたし……行くよ。何があっても、ここは行く。後ろで待ってるなんて出来ない』
『マスター、でも』
エンバースは何も言わない。結論は既に出ている。お互いに――後はそれを示し合うだけだ。
『最後まで歩きたいんだ。みんなと、一緒に』
『……連れて行って。エンバース』
なゆたがエンバースの袖を掴む/己を見上げる瞳と目が合う。
「……ポヨリンさんがイブリースにやられて、お前がパーティを抜けると言い出した時。
あの時俺達はみんなでお前を引き止めたよな。俺もそうした」
エンバースの口元が僅かに笑みを描いた――安心しろよ、と促すように。
「だから今更――やっぱり今回は一緒に行けないなんて言い出すのはフェアじゃないよな」
己の袖を掴むなゆたの右手を掴み返す/強く引き寄せる――まるでダンスの一幕。
「今度は俺が応える番だ。好きなだけ俺を頼りにしろ。どこへだって連れて行ってやる」
『やれやれ……これは梃子でも考えを曲げぬ覚悟じゃな。
妾たちの知っておる『救済』の賢姉は、このような強情な御方ではなかった筈じゃが……』
『そうね。いえ、むしろ引っ込み思案でほとんど自らの意見も出さなかったような』
――そりゃそうだ。だってシャーロットってGMのアバターだろ。自己主張激しいの普通に嫌だろ。なあバロール。
なんて考えがエンバースの脳裏をよぎる――が、言葉にはしないでおいた。どうせ上手く伝わりもしないだろう。
『そうかもね。でも、それって当たり前のこと。
だって、わたしはシャーロットじゃない。あくまで普通の女子高生!
モンデンキントこと崇月院なゆた、だから――』
『さあ――行こう!
わたしたちの助けを待ってる人たちを保護して、『星蝕者(イクリプス)』も倒す!
そして最後にはローウェルをやっつけて、ブレモンがまだまだ伸びしろのあるコンテンツだってことを教えてあげなくちゃ!』
「……早くも、さっきまでのしおらしさが恋しくなってきたな。
おい、威勢がいいのは結構だが装備をちゃんとチェックしろよ。下水道だぞ、下水道。
毒耐性のアクセで諸々レジスト出来ると思うか?クソ、半分生身に戻る前なら良かったんだが――」
-
【ポジティブ・キャンペーン(Ⅳ)】
エンバース/なゆたの目的地=マンダレイ・ベイ・リゾート。
暫しマップとにらめっこをした結果、目的地へは地下街を通るのが最適と結論が出た。
下水道を想定した装備の選出は徒労に終わったが、その事をエンバースが残念に思う事はなかった。
そうして暫く無人の地下街を進んでいくと――いた。イクリプスが二人が行く手を阻んでいる。
「……ベータテストの最中にわざわざこんな地下街をほっつき歩いているって事は、お前ら浅パチャ勢だな。
とりあえずマップのあちこち歩き回ってみようとか思って来たんだろ?
いいと思うぜ、そういう楽しみ方もあるよな。邪魔するつもりはないぜ。ここは見逃してやるから――」
『来るよ、エンバース!』
「――最後まで言わせてくれよ。さっさと失せろって」
『死ね……ッ!』
「悪いな。生憎もう死んでる」
迫る剣閃/剣閃/剣閃――同じ数だけ響く金属音=防御音。
「もっともお前が俺を殺せないのは、別にそんな理由じゃないらしい」
不敵に笑ってみせる――ものの、やはりイクリプスは速い。
3DアクションRPGというシステムに保証されたスピード感はエンバースにとっても脅威だ。
受ける分にはどうにかなっているが――問題は攻めだ。
実力の拮抗を時に「先に動いた方がやられる」と表現するように、先手を取るという事は存外難しいものなのだ。
特にこの相手――イクリプス・ブラックホールは見るからにスカウト型=スピード特化。
一方で――ブラックホールはそんな事はお構いなしに飛びかかってきた。
影をも置き去りにするかのような鋭いステップイン/右から弧を描き迫る剣閃。
それらを弾く/受け流す/躱す――今度はさっきよりも際どい。
エンバースは困惑を禁じ得なかったからだ。
自分が遅れを取りつつあるから――ではない。
ブラックホールの二度目の攻撃が――初手の連撃と殆ど代わり映えしなかったからだ。
あえて隙を見せてカウンターを誘われているのかとも思った。
それでかえって防御が際どくなっていたが――どうもそうではなさそうだ。
再三、ブラックホールがエンバースへ迫る――剣閃を躱す/躱す/躱す。
やはり斬撃は単調=今度は一転、ダインスレイヴで受ける必要さえない。
そして連撃の最後=両手のダガーを投擲する――その直前。
両手を振りかぶる瞬間に合わせてエンバースは反撃に出た。
ダインスレイヴの横薙ぎ――半信半疑/小手調べ程度の一撃だった。
まさかこんな安直なカウンターが通る筈がない。
そう思いながら放った刃が――いとも容易くブラックホールの首を刎ねた。
「……なるほどな。イブリースは相性が悪かったか」
イブリースは足を止めて敵と正面から合する戦闘スタイル――つまり単純なステータスの差を押し付けられやすい。
同胞を守るべく進んで敵の的にならねばならない状況であれば尚更だ。
もっとも――今倒したブラックホールは恐らくイクリプスの中でも下振れの部類なのだろうが。
「なゆた、そっちは――」
『く、ぅ……!』
なゆたを振り返る/見るからに防戦一方/攻めに転じる兆しも見えない――見かねたエンバースが加勢に入る。
-
【ポジティブ・キャンペーン(Ⅴ)】
「よう。お前のツレはもう落ちたぜ。どうやらお前ら、やられるとログアウトされるんだな。
折角のベータテストをログイン戦争で終えたくないけりゃ――」
イクリプス・ネビュラノーツは聞く耳持たず仕掛けてきた。
サイバーチックなサーフボードを乗りこなす遊撃手タイプ。
サーフボードの先端から放たれる衝撃波の弾幕――別に大した攻撃ではない。
威力はさておきその性質はダークネス・クラスターと大差ない。
つまり――
「オーケイ。少し遊んでやるよ」
エンバースが弾幕に真正面から飛び込む。
弾幕の濃淡を見極め/その最も薄いルートを選び抜き/潜り抜ける――弾幕渡り。
無傷のまま/最短距離でネビュラノーツへと詰め寄り――右手のフィンガースナップを一つ。
指先から火花が散る/それがたちまち激しく燃え盛る――閃光と化す。
目眩まし=効果は覿面――サーフボードの制御を失ったネビュラノーツが地下街のあちこちに激突する。
「なるほど。そうなるのか――なら、これはどうだ?」
エンバースが胸部の炎に左手を突っ込む/引き抜く/蒼炎が尾を引いて溢れ出す。
炎が海月のように/魚のように宙を泳ぐ=低速/空間制圧型の弾幕――というだけではない。
空間を回遊する超高熱の炎は周囲の気温を跳ね上げるのだ。
「冷たいお飲み物はお持ちかな?出発前にちゃんと持ち物をチェックしてきたか?
……なるほど、なるほど。ちゃんと辛そうだな。こういうのも効くのか」
まじまじと敵の様子を観察するエンバース。
その視線に耐えかねたか、ネビュラノーツが再びサーフボードを急浮上。
炎魚の弾幕を撃ち落とす/同時に側面へと急速に回り込み――だが不意にサーフボードが急停止した。
動揺するネビュラノーツがどう足掻いてもサーフボードはその意に従わない。
何故=炎魚を目眩ましにして周囲に張り巡らせたフラウの触腕に絡め取られているから。
「さて、それじゃ最後に……」
無造作にネビュラノーツへ歩み寄る/サーフボードから蹴落とす。
そうして主を失ったサーフボードへ乗ろうとして――足を踏み外してつんのめる。
ややバツが悪そうにネビュラノーツを睨むと――彼女は既にフィールドから退去されつつあった。
〈装備の鹵獲は出来なさそうですね〉
「いや、まだ分からん。分かったのは完全に無力化されたイクリプスは装備ごと消えるって事だけだ。それより――」
『あ、ありがと、エンバース……。助かっちゃった』
「気にするなって。連れて行ってやるって言ったろ」
『チョコマカ動き回る敵って、そんなに闘ったことなかったから……。
わたし、アクションゲーム苦手なんだよね。っていうかそもそもゲームを本格的に始めたのなんて、
ブレモンが初めてだったし……』
「……これが終わったら、箸休めに何か別ゲーでもするか?ちょっと気が早いけど……
みんなで出来るヤツでさ。それこそマイクラとか……お前はどうだ?何か気になるゲームとかさ――」
他愛のない/ぎこちない雑談――休憩時間の捻出を試みる。
『……大丈夫だよ、なんともない。
これから、沢山やらなくちゃならないことがあるんだから……頑張らなくちゃ。
エンバース、行こう。大勢の人たちが困ってる。救助の手を求めてるはずだから――』
「……ああ、それもそうだな」
空元気なのは分かっている――そして空元気だと隠せていない事を、なゆたも分かっているだろう。
それでもこうして意志を貫くのが、なゆたのアイデンティティだとエンバースはよく知っている。
そこに口を挟む事は出来なかった。
-
【ポジティブ・キャンペーン(Ⅵ)】
『皆さん、落ち着いてください! これから皆さんを安全なところに誘導します!』
マンダレイ・ベイ・リゾートには事前の情報通り大勢の避難民がいた。
エンバースはあえて抜き身のダインスレイヴを持ち込んでいた。
突然の来訪者が良くも悪くも「異常」である事を手っ取り早く証明する為だ。
群衆の制圧には――慣れていた。一周目ではそうした事が必要な時も多々あった。
それはそれとして、マスターアサシンローブのフードは目深に。
体の左半分が焼死体の姿は余計な混乱を招くに違いない。
「聞いての通りだ。今から『門』を開く。見た目は少し悪いが――
詮索はなしだ。誰も質疑応答に時間をかけたくないだろ?」
『二列に並んで、落ち着いてゆっくり進んでくださーい!』
群衆がなゆたの呼びかけに応えて動き出す――多目に見積もって、半分くらいは。
残りは――押し合いへし合いだ。一刻も早くこの場を離れたいと我先に門を目指す。
「……フラウ」
呼びかけを受けたフラウの触腕が踊る/群衆の間を駆け抜ける。
蜘蛛糸のごとく細分化した触腕/だがそれは紛れもなく竜の腕――ただの一般人が抗える筈もない。
「急ぐ気持ちも分かるけど……心配しなくていい。大丈夫だ。門は勝手に閉じないし、俺達は逃げない」
避難誘導はフラウに任せ周囲を見回す――なゆたは歩行も覚束ない傷病者などを援助していた。
が――遠目にも分かるくらいに顔面蒼白だ。
『大丈夫、絶対にみんな助けてみせるから……。
だから元気出して。全部、救って……ハッピーエンドに……』
見かねたエンバースがなゆたの右腕を掴む/応急処置に割り込んで手早く済ませる。
怪我人を最大限穏やかに見送ってから、なゆたの両肩を掴んで目を合わせる。
「……おい、ここは俺達に任せて少し休め。自分でも分かっているだろうが……ひどい顔色だぞ。
考えてもみろ。ずっとここで息を潜めて生き永らえて、やっと助けが来たかと思ったら、
ソイツはへろへろで今にもぶっ倒れそう。お前ならどう思う」
意地を張るのはいい。それがなゆたをなゆた足らしめているならもう仕方ない。
だが――だとしてもこんな風に擦り切れていくのは見過ごせない。
「お前は十分よくやってる。けど、無茶をするなら……今じゃないだろ。
ここぞという時に備えるんだ。一回休んだくらいで置いていったりしないから――」
『お、お願いです……息子を、息子を探してください……!』
不意に、視界の外から聞こえた懇願の声/縋り付く右手――エンバースは一度深呼吸をして、そちらを振り返る。
そこにいたのは初老の女性/事情=息子が医薬品を求め病院区画へ独断専行――嫌な予感がした。
『……わかりました。おばさんはここで待っててください。
わたし、すぐに見つけて……きます……!』
「おい……!」
なゆたが即答/すぐに歩き出す/すぐによろめき倒れかける――エンバースがそれを支える。
-
【ポジティブ・キャンペーン(Ⅶ)】
『ぅ……』
「クソ、言わんこっちゃない……」
『ゴメン……ちょっと、眩暈がしただけ……。
何も、心配いらないから……早く、おばさんの息子さんを……探しに行こう……』
「……どうしたんだ、お前」
エンバースは困惑を隠し切れない――なゆたは自分が一番よく分かってる筈だ。
最早虚勢を張って誤魔化し切れる状態ではない――むしろ虚勢を張る事すら出来ていないと。
『早く……、早く……行かな、きゃ―――』
振り絞るようにそう言って――なゆたは意識を失った。
エンバースは――かえって安堵していた。
こうならなければ、どう止めていいかまるで分からなかった。
『……ここは僕たちが受け持つ。だから、エンバースはマスターを病院へ。
病院には医師もいるだろう。ミズガルズの医療が今のマスターにどれほど役立つかは分からないけれど』
「……少なくとも、回復魔法よりは希望が持てるかもな」
エンバースがダインスレイヴを己の胸部へ格納/なゆたを抱き上げる――病院区画へ歩き出す。
〈その状態で行くつもりですか?一度門の向こうに彼女を返して、病院で改めて――〉
「フラウ。これは見るからに時限イベントだ。それに――」
〈何か気の利いた事を言おうとしてるんでしょう。どうぞ〉
「茶化すなよ……明神さんはヤツらをSSSのアンチにしてやるって息巻いてたけど。
アレで気がついたんだ。それって別に――逆でもいいよなって」
〈逆、ですか?〉
「そう。シンプルにブレモンが面白そうだって思わせてやればいいんだ」
〈……どうやって?彼らは敵ですよ?〉
「こうやるんだ」
なゆたを抱えたままスマホをタップ/タップ/タップ。
フラウが増殖/増殖/増殖――融合=ナイツロード・イミテーションを特殊召喚。
ダインスレイヴをフラウへ格納/魔力刃が触手のファイバーを通して全身へ循環――血管めいた真紅の模様が浮き上がる。
-
【ポジティブ・キャンペーン(Ⅷ)】
エンバースはそのままマンダレイ・ベイの外へ。
周囲には――先ほどの交戦がきっかけで集ったであろうイクリプスのパーティ。
互いが双方を認識する/エンバースが胸部に収めたダインスレイヴを右手で掴む――弁を開くように捻る。
「邪魔だ。通してくれ」
イクリプスが一斉に襲い来る/エンバースの全身から蒼炎が溢れる/周囲に大きく渦を巻く。
描き出される紅と蒼の炎魚の群れ――高速/低速/周期性/誘導性/爆発型/炎上型/閃光型=彩り鮮やかな弾幕。
燃え盛る火柱がイクリプスの進路を制限/爆発性の炎魚は機雷の役割を果たす。
それらを嫌って炎魚の駆逐を試みれば――閃光型の「当たり」を引く事になる。
ただでさえ煌々と瞬く炎の魚群は眩く、イクリプスの――ひいてはそのプレイヤー達の視界にさえ負荷をかける。
〈それで?これでどうやってブレモンを好きにさせるんです?〉
そして、その火柱/爆炎/閃光で埋め尽くされた視界=クソカメラの中をフラウが暗躍/暗殺。
「いいんだよ、これで。堂々とこいつらを圧倒しろ――ああ、だけど一つだけ忘れるな」
エンバースがふと空を見上げる/戦場を見下ろす「視点」があるだろう方へ。
「最高にカッコよくカメラに映るんだ――思わず、このブレイブ&モンスターズをインストールしたくなるくらいにな」
イクリプスの襲撃の中を、エンバースはまっすぐ病院区画へと歩いていく。
駆け抜けたり、急ぎ足になる事さえしない。
「……ウィズリィ、みのりさん。俺の付近の生体反応を精査する事は出来るか?
別にコイツらを全員やっちまってから、のんびり探してもいいんだけどさ」
どうせ、なゆたを運ぶだけでなく人探しも並行しなくてはならないのだ。
であればとことん優雅に、悠々と、徹底的に見栄え良くやり抜くまでだ。
-
【カザハ】
>《それじゃ、こういうのはどうかしら。
ジョンさんの言う通り、チームはスリーマンセルが三つ。
ナユタとエンバースさん。カザハとジョンさん。それからミョウジンと――》
頭脳派のウィズリィちゃんが、戦略的に有効と思われる組み合わせを考案する。
飽くまで戦略的に有効と思われる組み合わせであり、他意は無い。ここ重要。
>「別に『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』でペアになんなきゃダメってワケでもねーだろ。
トーゼン、ボクは明神についてく。明神だろ、ボクだろ、んでマゴット!
それでスリーマンセル成立だ。ヤマシタとガーゴイルはいつでも呼び出せるから除外で」
>《んん……、何かバランスが悪い気がするわね……。
それに、マゴットもミョウジンのパートナーモンスターでしょう?》
うーん、まあ、マゴット君も辛うじて人型だけど……!
>「ザ・ストリップはこの地で最大の激戦区。今現在うろついておる敵も多い。
此方としても頭数は少しでも多い方がよかろう、どうじゃ? 明神」
>「え〜?」
継承者が同行してくれるというありがたい申し出を、あろうことか駄々をこねて拒否するガザーヴァ。
「あのさあ! 我儘ばっかり言わないの! 修学旅行の班分けじゃないんやで!?」
仲良しグループだけで組みたいとか、こんな時にまで何を言っているんだこの子わ!
いや、修学旅行の班分けでも「内輪で組みたいからお前くんな」みたいな排他的なこと言ったらアカンと思う!
あれ? なんでだろう、涙出てきた……。
「泣いちゃった!」
「やかましいわ!」
しかしエカテリーナさんはへこたれずに食い下がる。流石継承者、メンタルの強さも半端ない。
>「往生際が悪いぞガザーヴァ。いいか、こういう時は発想を逆転するんだ。
ここは一度仕方なく折れてやった事にしておけ。実際はお前がひたすら駄々をこねてただけだが。
とにかく一つ貸しにしておく。するとその貸しが後々――」
>「虚構魔術を用いた明神さんの複製体逆ハーレムになって返ってくるんだ。
確かに、所詮複製は複製だ。だがそれはそれとして――
沢山の明神さんに囲まれるのはきっと楽しいぞ。分かったらここは大人しく退け」
(楽しいのか!? それ……!)
エンバースさんの丸め込み(?)が功を奏したのかはよく分からないが、
とにかく、スリーマンセルが3つという名目の実際は頭数バラバラなチーム分けが出来上がった!
え、待って。カケルは我のパートナーモンスターなのになんで人数に数えられてるんだろう……。
ガザーヴァは正式なパートナーモンスターじゃないから人数に数えるのは分かるとしても。
マゴット君は一応二足歩行だけど人数の算定外っぽいよ?
どうやら人数に数えるかの判定基準はある程度以上人間に近い姿をしているかということらしい。
でも、激戦区の人数が多めで、人命救助がメインで目立たない方がいいうちのチームが人数少な目になっているので結果オーライだ。
-
【カケル】
>《うん、それならバランスもいいんじゃないかしら。どう?ナユ――》
なゆたちゃん、人数バラバラじゃないかーい!って突っ込んでくれませんかね……!?
……って寝てる!?
>「……寝かしておいてやろうかの」
「えーと、うちのチームは継承者さんは付いて来てくれないんですかね……?」
>「私と兇魔将軍はこのワールド・マーケット・センターにいるわ。
このラスベガスで一番大きな収容施設がここになるから、生存者はどんどんこっちに運んできて頂戴。
怪我人がいれば治療するし、休ませる場所だってあるでしょう。
道中、医薬品や治療道具、食糧……なんでもいいから、役立ちそうなものがあればそれも送ってくれると嬉しいわ」
「……ここを守る人員も必要ですよね。いえ、大丈夫です」
うちのチーム、これで大丈夫なのか――!?
最も戦闘になる確率が低いチームなので戦力的な意味ではなく、
私が心配しているのは「ちょっと部長さん、あれどう思います!?」な状況にならないかということだ。
世界が滅びるかの瀬戸際で呑気に乙女ゲー時空に突入しようものならローウェル大激怒でサ終待ったなしやわ!
>「オレも打って出たいところだが、已むを得ん。
ニヴルヘイムの同胞たちを発見したら、これを見せてやれ。
大人しく貴様らに従うはずだ。その者たちも此処へ連れてきてもらおう。
保証は出来んが、作戦に有用な力を持っている者も確保できるやもしれん」
>「三魔将の割符! あったなぁー、そんなの! オマエまだ持ってたんだ?
パパから貰ったものなんか全部捨てたと思ってた!」
効果としては水戸黄門の印籠みたいなやつらしい!
>《みんなのスマートフォンからも、マップを閲覧できるようにしておいたわ。
それから、この回線も常時開放しておくから。生存者がいたら報告して頂戴。
こちらから『門』を開いて、ワールド・マーケット・センターに収容できるようにするわ》
「行った先からこっちに帰る用の門はいつでも開ける……ってこと!? すごいじゃん!」
行きの行程を省略できないということは、メンバーが誰もいないところへ開くことは不可能なのだろう。
そうだとしても、物凄い効率アップだ。
-
>《探索の際は、こまめにセンターに戻ってきて適宜補給と回復を受けて頂戴。
それから、連絡は密にね。どんな小さなことでも、何か異常があればすぐに報告して。
こちらからも常にモニターはしているけれど、相手は未知の敵よ。
何が起こるかまったく予想できないから》
報告連絡を密にってどこかで聞いたことがあるようなフレーズ……!
ウィズリィちゃんよ、アルフヘイムの魔女っ娘なのに何故に地球の会社員みたいなことを言っているんですかね……!?
>《スキャンしたところによると、このラスベガスにはメトロ――魔法機関車みたいなものかしら? が地下に走っており、
地下街もあるわ。その下には更に下水道も存在している。
地上を通らずとも、それらを使用すればラスベガス全体を行き来することは可能そうね。
ただし――》
>《このワールド・マーケット・センターやマンダレイ・ベイなどのホテルは外から攻撃されても破壊されないと思うし、
『星蝕者(イクリプス)』に侵入されることもないと思う。
彼女らにはマップ上の敵を倒すことはできても、障害物として配置された建物を壊すことは出来ない。
だから、戦闘の際は地形も効果的に使うことが出来るわね。ビルなどで射線を切れば、相手の攻撃は届かないということ。
でも、先程の戦闘を見るに……マップ上のオブジェクトに干渉することは出来そうだったわね。気を付けて頂戴》
>《それと……メトロや下水道は通常のマップとして認識されているとの結果が出たわ。
つまり、『星蝕者(イクリプス)』にとっても侵入は可能、ということね。残念だけど》
>「基本は下水道を通っていくことになりそうね。スラムがあるのだったかしら?
……エーデルグーテで私たちが『永劫』の賢姉に対抗していたときと同じようなものかしら。
あのときも、私たちは聖罰騎士の手を逃れて信徒たちを隠し村へ保護するのに、地下に広がる万象樹の根を使っていたから」
「そうだね。我々の行先は一番生存者がたくさんいそうだ……。
ジョン君、敵の情報収集は他のチームに任せてさ、敵がいない下水道で行こう。
一人でも多く助けようね……!」
>「んじゃ、モンキン焼死体チームとバカザハジョンぴチームが下水道を進む間、
ボクらは真正面から打って出ればいーってコトだな。
コソコソすんのはボクの流儀じゃないから、ちょーどイイや!
いっちょド派手にブチかましてやんよ!」
>「作戦は決まりじゃな。
ならば、善は急げじゃ。さっそく出立を――」
-
【カザハ】
まあ、エンバースさんとなゆは敵からのドロップ品獲得等を目的に敢えて地下街に行く可能性もあるけど……。
――って、まだ寝てる!?
>「ぅ……ん、んん……。
……はっ!? わ、わたし、寝てた? ゴメン! こんな大事な話してるときに……!」
>「大丈夫、大丈夫! 今ちょっと寝られたから、元気いっぱい! 体力マックスだから!
ね、カザハ、わたし寝てる間に寝言とか言ってなかった? ヨダレ垂れてない?」
皆が心配そうになゆを見ている。
だけどみんなで深刻な顔をしたら、余計無理して元気に振る舞おうとするのでは……。
「も、もう! なゆったらー! 無言で熟考してるように見えて寝てることに気付かなかったよ〜」
なゆの調子に合わせて軽いノリで気付いてなかった振りをしようとするも、無理があった。
>「やめとけ。空元気なのは見れば分かる」
>「その状態で外へ出るのは危険だ。
……オレがお前の代わりに行く。お前はここで継承者と一緒に、生存者の保護に当たってくれればいい」
>《そうね……。その方がいいかもしれないわ。みんなはどう?》
「な、なにもずっと引っ込んどけってわけじゃないから!
出撃メンバーがずっと同じである必要もないんだしさ。
もう少し休んで適当なところで交代すればいいじゃん。ね!?」
>「ありがとう、みんな。
わたし……行くよ。何があっても、ここは行く。後ろで待ってるなんて出来ない」
>「最後まで歩きたいんだ。みんなと、一緒に」
>「……連れて行って。エンバース」
>「……ポヨリンさんがイブリースにやられて、お前がパーティを抜けると言い出した時。
あの時俺達はみんなでお前を引き止めたよな。俺もそうした」
>「だから今更――やっぱり今回は一緒に行けないなんて言い出すのはフェアじゃないよな」
>「今度は俺が応える番だ。好きなだけ俺を頼りにしろ。どこへだって連れて行ってやる」
「ああ〜! やっぱこうなるのか……!」
尚、なゆは正統派美少女ヒロインなので公然ラブコメが例外的に許されるため、
この場合公然ラブコメ罪は成立せず、合法なのである。
>「やれやれ……これは梃子でも考えを曲げぬ覚悟じゃな。
妾たちの知っておる『救済』の賢姉は、このような強情な御方ではなかった筈じゃが……」
>「そうね。いえ、むしろ引っ込み思案でほとんど自らの意見も出さなかったような」
>「そうかもね。でも、それって当たり前のこと。
だって、わたしはシャーロットじゃない。あくまで普通の女子高生!
モンデンキントこと崇月院なゆた、だから――」
-
大見得を切っているが、神の力を与えられたのが普通の女子高生だから余計危なっかしいんやで!?
漫画とかのストーリーで、肉体のスペックを遥かに超えた力を与えられたせいで朽ち果てる例は枚挙に暇がない。
考えてみればシャーロットさんはなんで力の委託先を一般の人間にしてしまったんだ!?
そもそもゲーム内のシャーロットさんも上位魔族だったわけで。
素の肉体スペックが高いレイド級の人型モンスターとかにしとけばこんなことにはなっていないかもしれないのに!
……いや、でも待てよ? ブレイブじゃなければ「勇気」のパラメーターもないわけで……。
我やエンバースさんは例外中の例外で、ブレイブなら基本的に種族は人間に設定せざるを得ない。
それにゲームにおける一般的な傾向として、素の肉体スペックが高いキャラはそういう一発逆転的な補正値は低く抑えられがちなんだよな……。
>「さあ――行こう!
わたしたちの助けを待ってる人たちを保護して、『星蝕者(イクリプス)』も倒す!
そして最後にはローウェルをやっつけて、ブレモンがまだまだ伸びしろのあるコンテンツだってことを教えてあげなくちゃ!」
「――!?」
一瞬、なゆの体から光の粒子がこぼれおちたように見えた。
精霊族は時々元素が漏出することがあるが、それと同じような類……?
でも人間にそんなことがあるのか!? これってかなり危険な兆候では!?
(でも……この雰囲気で絶対行っちゃ駄目なんて言えないよ……!)
いや、雰囲気がどうとか言っている場合ではないほど危機的な状況だったらどうしよう……。
エンバースさんの様子をちらりと見るも、特に何かに気付いたような様子は無い。
>「……早くも、さっきまでのしおらしさが恋しくなってきたな。
おい、威勢がいいのは結構だが装備をちゃんとチェックしろよ。下水道だぞ、下水道。
毒耐性のアクセで諸々レジスト出来ると思うか?クソ、半分生身に戻る前なら良かったんだが――」
一瞬だったし、見間違いかな……? 照明の加減でそう見えただけかも……。
(気のせい……だよね……)
と、自分を無理矢理納得させた。
「ウィンドボイス・ネットワーク」
気を取り直し、明神さんの提言のとおりボイチャ魔法で全員参加可能のグループ通話回線を構築する。
そしてなゆに駆け寄って手を取って懇願する。
「生存者を救出して絶対無事で合流するんだからね! 約束だよ……!」
-
【カケル】
こうして、それぞれのグループに分かれて出発した。
>《地下道を通って、ストリート内の青い光点……アルフヘイムとニヴルヘイム由来の人々を、
このワールド・マーケット・センターへ避難誘導して頂戴。
転移門はこちらで開くから、貴方たちは要救護者がいる場所まで行って、私に報告してくれればいいわ》
(なゆ……大丈夫かな……)
なゆたちゃんのことを心配して浮かない顔をしているカザハの足元に、いつの間にか部長さんが来ていた。
「羽根……生えてる。きっと、ジョン君のことを助けたくて進化したんだろうな……。
見て、カケルと似てる」
「本当だ、羽根のデザインが似てますね」
「うん。羽根以外も、いろいろ……。ずっと前からジョン君のことを見てることとか……」
「そういえばシェリーちゃんの飼い犬って言ってましたね……。
……って、それは名前が同じだけっていうか
ジョン君がパートナーモンスターに親友の犬と同じ名前を付けただけですよ!?」
「あっ、そうだった……!」
と、あっさり納得するカザハだったが、自分で突っ込んでおきながら思った。
もしかして、上の世界目線だと因果関係が逆!? エンデ君の言うところによると確か……。
『あのゲームは『君たちよりも先にあった』。
リバティウムのマスターの箱庭も、キングヒルの五穀豊穣の箱庭も、君たち以前に存在していたんだ。
君たちは、あれらの施設を最大限活用できるようにプログラムされたキャラクター。
君たちが箱庭を作ったんじゃなく、箱庭に合わせて君たちが作られたのさ。
つまり――
君たちの知るゲームの『ブレイブ&モンスターズ!』は、君たちがミズガルズからこの現実のアルフヘイムに召喚された際、
違和感なくスムーズに冒険が出来るようにと予め用意されたチュートリアルだったんだよ』
それと同じ理論でいくと、先に部長さんが存在して、
部長さんを最大限活用できるように作られたキャラクターがジョン君ということは
こっちの部長さんに合わせてシェリーちゃんの犬の名前が部長に設定された……ってこと?
もしくは名前が「部長」で固定ではないにしても、二つの存在の名前が連動するプログラムが予め組まれていた……?
その場合、連動するのは本当に名前だけなのか?
何故だろう、因果関係が逆転しただけなのに、何故か全くの無関係ではない気がしなくもなくもなくない気がしてきた……。
地球の生物←→アルフヘイムの生物 の換装の例も聞いたことが無くも無いような気がするし……(棒)
例えばの話、もしも順当に(?)私が地球人生の途中で死んでいたら……どうなっていたんだろう。
カザハはひょんなことからブレモンをやり始め、パートナーモンスターをカケルと名付けて、一般的なルートでブレイブとして召喚されていたのかも……。
うっかり生き残ってしまったから無理矢理辻褄を合わせるためにこういう特殊ルートになったとか……。
-
「うっ、頭が……!」
なんだか訳が分からなくなってきた。
これ以上考えたらSAN値直葬されてしまう気がするからやめよう……!
私がSAN値直葬されそうになっているのを他所に、カザハは雑念を垂れ流していた……。
「あの羽根、モフりたい……」
ところで、私達が選んだルートは下水道。
ジョン君が警戒しながら前を進み、カザハはその後ろを付いて行く。
といっても、戦闘は皆無と言っていい。
ということは、道中で要らん会話をする余裕が生まれてしまうわけで……。
嫌な予感がする……!
「下水道ってなんかすごくファンタジーRPGのダンジョンっぽいね……!
ここ、地球のはずなのに変な感じ……!」
努めて場を和ませようとしているのか何も考えてないのかは謎だが、カザハは呑気なことを言っている。
「ジョン君……まだちゃんとお礼言えてなかったからさ。
リューグークラン戦のとき、ありがとね。
キミだって本当は人に生命力を分け与える程の余裕は無かったはずなのに……。
……思い返してみれば最初からずっと守って貰ってたよね。それこそ明神さんとデュエルした時から。
頑張って守ってくれるの、すごく嬉しいんだ。そんなの駄目なのに。
本当は間違っても我のために怪我してほしくないし無理させたくないのに……!
どうしよう、心が二つある……!」
呑気なことを言っていたかと思えばシームレスに私が危惧していていた路線に突入しちゃった……!
攻撃(?)を仕掛けてくるとしたらジョン君からかと思いきや、自ら地雷を踏み抜きに行っとる――!
大変だ! 早くこの雰囲気をぶち壊さねばローウェル大激怒でサ終してしまう!
どうする!? 背景で奇声を発しながら謎の踊りでも踊ってみるか……!?
と私が思考を迷走させている間にも行程は進み……
「何これ、くっさ!!」
私の心配を他所にカザハが自ら雰囲気をぶち壊し、私はずっこけそうになった。
といっても自分の台詞に耐えられなくなって自分でツッコんだ……わけではなく、リアルに匂いがキツめの区画に突入したらしい!
うん、そういえばここ下水道でした!
明神さんがいたらラスベガスの下水道事情についてひとしきり講釈してくれただろうに、いないのが悔やまれる(?)
「――プラズマクラスター! みんな半径2メートル以内を歩いて」
「逆ソーシャルディスタンス発令しちゃった……!」
術者から半径2メートル以内の空気が綺麗になる技らしい。
確かにカザハの近くを歩いていると臭くない……!
ああ、レクステンペストの無駄遣い――!! というか技名がまんま空気清浄機だし!
ちょっと待って、それ、リューグークラン戦で病原体撒き散らされた時に使えば良かったんじゃ……!?
と一瞬思ったが、あまりに強力な汚染には対抗できないか、もしくはあの戦いで得た経験値で習得したのだろう。
やがて下水道を抜けて、地下駐車場経由でリゾートホテル内に到着する。
そこではホテルの宿泊客らしき人々が身を寄せ合っていた。
-
>「あ……、あんたたちは……?」
当然、普通の人間ではない私達に怯えた目が向けられる。
「落ち着いて聞いて。こんな姿だけど、敵じゃない。
広い意味ではあなたたちと同じ世界の存在で、サ終阻止……って言っても分かんないか!
えーと、要するにあの制服のやつらに対抗する勢力……!
我々が来たからにはもう大丈夫だからね! あいつらの好きなようにはさせない!」
カザハ達が事情を説明している傍ら、私は消耗が酷い者に回復スキルで応急処置を施していく。
「ワールドマーケットセンターを拠点にしてるんだけど、
そこにいけば仲間の高位の回復術士と強い護衛がいるから、ここより安全だと思う」
そんな事を言われてもどうやって行けばいいのか、道中でやられてしまうと口々にぼやく人々に対し――
>《転移門を開くわね》
カザハは、ウィズリィちゃんが出してくれた転移門を指さした。
「心配ご無用、その門をくぐるだけだよ」
人々は突如現れたど〇でもドアに驚愕しつつも、転移門をくぐっていく。
全員が転移門をくぐったのを確認し、次の場所へ急ぐ。
何度か移動と避難誘導を繰り返し、救助活動はこのまま順調に進むと思われていた。
下水道を進んでいると、カザハが驚愕の声をあげた。
「どういうこと!? こんなところに生存者……!?」
不意にマップ上に青い点が二つ現れたらしい。
青い点、ということはこちら側の世界の存在であることは確かだ。
「行こう! 襲撃を受けて下水道に逃げ込んだのかも……!」
そして生存者二名と相まみえる。が、それは下水道に逃げ込んだ避難民などではなかった。
>「おやおやおやぁ〜?
ドブネズミみてゃぁーに下水道を伝って悪さしとるヤツがいると思ったら――」
>「アンタらかにゃ。アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たち」
>「よーっ! こんなトコでまで会うだなんてキグーだなぁー! ははッ!」
(うわぁ……全力で逃げるべきだった……!)
カザハは激しく後悔していた。
ところで吟遊詩人と戦闘民族の組み合わせってどこかで見たような……(棒)
ついでににゃーと鳴く犬科生物もどっかで見たことあるような……(棒)
「まだローウェルの手下やってんの!? ローウェルが何やろうとしてるか、流石にもう知ってるよね!?」
確かにこの二人はローウェルの手下だったけど……
今のローウェルはもはや明らかに三世界全てを消し去ろうとしているのだ。
流石に袂を分かってるかローウェルの方からもはや無用と放り出されてるかどちらかだと思っていたが……。
カザハは平静を装いつつもビビりまくっていた。
-
(どどどどどどうしよう!? 勝てるかな!?)
(トラウマを植え付けられちゃってる……!)
一応肩書は吟遊詩人だが、少なくとも私から見たマリスエリスは、冷酷無慈悲な暗殺者だ。
実質自殺幇助だったかもしれないとはいえテュフォンとブリーズに手を下した張本人で、
カザハ自身も心身に大ダメージを負って殺されかけたのだ。
>「ナルホドにゃァ……『星蝕者(イクリプス)』の寄り付かない下水道を使って人命救助とは、
なかなか考えたもんだにゃ。
ただにゃぁ……そんな小細工、アタシたちには通用しにゃーて。
アタシもロスやんも、地下を通るのは得意だで」
狼咆琴(ブラックロア)に触れるマリスエリスに対し、カザハ達も身構える。
マリスエリスが手ごわいのは言うまでも無いが、ロスタラガムももしかしたらマリスエリス以上の強敵だ。
何せあのエンバースさんをギリギリまで追いつめたのだ。
あの時は最終的に二人ともストームコーザーで吹っ飛んで事なきを得たが、今回はそんな都合のいい助けは期待できない。
一触即発と思われたが……
>「そーゆーコトだ!
でもさ、よかったー! 師匠のめーれーでこの世界に来たんだけど、何が何だかわかんなくてさ!
イスリクプ? ってやつらも、おれたちのいうことぜんぜん聞いてくれないし……。
おもしろくないなーっていってたんだよ! なー、エリ!」
分かりやすく敵対的な態度を取るマリスエリスに対し、
ロスタラガムの方はうまくいってない時に久々に知り合いに敢えてよかった、的な雰囲気なんですけど……。
>「ちょっ、ロスやん! そういうコトはペラペラ喋ったらいかんでしょぉ!? 連中は敵だがね!」
>「えー? そうなのか?」
どうやらアホすぎてこちらが敵ということも認識できてないらしい……!
そして、この二人は直接自分達で戦う気は無いようだ。
>「とっ……とにかく、おみゃーさんらを見つけてまった以上、見過ごすことはできにゃぁンだわ。
大人しく観念してちょぉ?」
虚空に現れた門から、イクリプス達がぞろぞろと現れた。
>「こんなところに隠れていたとは……地上をいくら虱潰しにしても、下らない雑魚しか出てこない筈ですね」
>「でも、もう終わりですよ。ここには二匹だけですか? まぁ、物足りないですがいいでしょう。
皆さん、スコアは早い者勝ちで……いいですね」
「うちのチーム、基本戦闘しない想定だったから手薄なんですよ……!」
-
【カザハ】
フリーザ様みたいな口調のイクリプスが場を仕切っている。
それにマリスエリスが遠慮がちに声をかける。
>「あ、あの……」
>「え、ええと、その……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を見つけて、『星蝕者(イクリプス)』の皆さんに報告したのは、
アタシたちだで……どうか、ナイ様にはよしなに……」
>「褒美にありつきたいと? 浅ましい……やはり時代遅れの旧作のキャラは思考が低俗ですね。
いいでしょう。忘れていなかったら伝えますよ」
>「……あ、ありがとうございます……にゃ」
(めっちゃ下手に出てる……!?)
強気なドSキャラはどうした……!? キャラ崩壊でローウェルに怒られても知らんぞ!?
逆に言えばキャラを曲げてイクリプス達の機嫌を取ってまでも欲しい見返りがあるということだ。
「ウィズリーちゃーん! 門開いてー! 門!」
「早速逃げ帰ろうとしとるこの人……!」
と言ってはみたものの、あまりにゲームとして成り立たないことをやってしまうと、ローウェルに修正パッチをあてられてしまう。
「ターゲットが逃げ帰るんですけど」とか報告がいって、門使用不可にされてしまったら困る。
「今の冗談! 冗談だから! 開かなくていいよ!」
「本気でしたよね!? 今一瞬本気でしたよね!?
真面目にやらないと愛想つかされて鳥取砂丘にリリースされてまうで!?」
それは困る……! 鳥取砂丘に外来生物を放逐したら逮捕されてしまう!
真面目な話、みんなが一緒にいた今までとは違って、我とジョン君と、カケルと部長先輩だけでこの場を乗り切らねばならない。
最後列で守られながらバフをかけるポジションに甘んじていることは出来ないということだ。
一応、ウィンドボイスの回線をオンにして他のチームに状況を伝えておく。
「マリスエリスとロスタラガムに見つかっちゃった! イクリプス20人ぐらいと戦いになりそう……!」
回線を通して他のチームの状況もなんとなく伝わってくる。
明神さん達は、当初の予定通りイクリプス達と交戦している模様。
なゆ達のチームは……なゆがいよいよフラフラみたいなんだけど……。
思えば、素のステータスは決して高くは無いはずの普通の人間の身でありながら、
いつも最前線でぶつかっていってなんだかんだでどうにかなってしまうから、
こちらもいつの間にか、彼女ならどうにかしてくれると心のどこかで思うようになってしまったのは否めない。
が、それは気合と根性とか主人公補正とかいう漠然とした都合のいいものではなく、
この世界の厳然たるシステム――常人よりもあまりに大きい「勇気」の補正値の賜物だったのだ。
(早く片付けて手伝いにいかなきゃ……! こんなところで手こずってられない……!)
「ジョン君、大丈夫だからね……!
多分みんな忘れてるけど! 我、ゲームで言ったら多分レイド級か少なくとも準レイド級だから……! 知らんけど!」
-
ヘタレキャラのせいで忘れられがちだが、最後列におさまっているのは別にかよわいからではなく
バッファーというロール上それが戦略的に有効だからである。
ぶっ壊れ規格外のジョン君とかエンバースさんには劣るにしても、本当は普通の人間よりはずっと丈夫なのだ。
そしてゲームとして成立しないとローウェルが困る、いうことは……
「敵があまりにすぐにやられたらゲームとして成立しない。
それなら、敵であるこちらは少数で大勢を迎え撃てるゲームバランスに設定されているはず……!」
50万人の的として設定されているのが、たったの数人なのだ。
2人(+パートナーモンスター二体)で20人を迎え撃てないはずがない……!
>「さて。では、始めましょうか。誰が殺しても恨みっこなし――ですよ!」
フリーザ様みたいな口調のゾディアックが開戦の号令をかけ、戦闘が始まった。
銃撃が弾幕のように飛び交い、ライトセーバーの光刃が舞う。
「ああああああああああああああ! やっぱりいいいい!
少数を大勢でボコるのはああああ! 良くないと思ううううううう!」
Z字状に走り回りつつ銃撃を避ける。
普通ならジョン君の後ろにいて守ってもらいつつ援護するのが有効なんだけど……。
(これ、ジョン君でもまともに受けたら駄目なやつ……!)
だったら、上げるべきは防御力ではなく回避力……!
ジョン君に素早さ上昇のスキルをかける。
「テンペスト・ヘイスト! 我のことは気にしないで基本避けてね!」
大丈夫!
ちょっと信じられないかもしれないけど自分、初期のロールは突撃バカの回避タンクだったんやで!?
「ぎゃあ!?」
(あんまり大丈夫じゃない……!)
繰り出された光刃を、とっさに傘の杖ではらう。
ビームソードはらっても壊れない傘ってよく考えると凄いよね……。
単純に破壊値が設定されてない武器、ということなんだろうけど。
格闘技術ド素人の我が適当にはらってどうにかなったということは、「拒絶」の術式が効いてる――妨害技の類は有効ということか。
この間、カケルのほうもなんとか敵の攻撃を掻い潜っていた。
(やっぱ強い! けど――)
強いの意味が、明らかに前回とは違う。
さきほど外で戦った時は絶望的な強さの相手だったが……今は頑張れば戦える程度の強さかも……!
(狭いフィールドのおかげで、動きが制限されてる……!?)
相手はアクションゲームなのでフィールドの広さ(狭さ)の影響をもろに受けるが、
対するこちらはゲージ制コマンドバトル、フィールドの広さはフレーバー程度なのである。
「カケル! 視覚の攪乱を試してみよう!」
-
「はい! ――烈風分身(テンペストアバター)」
超速く動くことによって残像を作り分身しているように見せる、とかいう
無茶苦茶な設定のスキルが使えてしまうのも、コマンドバトルならではである。
飽くまでもそういう設定であって実際にそうしているかは別問題だとか(!?)
カケルを狙った攻撃が、逸れた方向に繰り出される割合が目に見えて増える。
相手の攻撃の精度が大幅に下がった……!
やっぱり、視覚の攪乱は効くんだ。ならば次は……
「アトモス・リフレクション!」
ジョン君が対峙しているイクリプスの背後に真空の層を作って光を屈折させ、
相手が見ている画面もしくはそれに相当するものの攪乱を狙う。
やはり、相手の命中率が大幅に下がる。
相手キャラ自体ではなくカメラの視界を攪乱させる利点は、こちらは攪乱の影響を一切受けないことだ。
あれぐらい相手の精度が下がれば、ジョン君なら押し切れる……!
視界が攪乱されたユニットが増えてきて相手方がだいぶん混乱してきた頃。
「エアリアルスラッシュ・オリジン!」
カケルの相手をしていたイクリプスの背後から、至近距離で真空の刃を叩き込むことに成功する。
くらったイクリプスは倒れ、ついに戦闘不能となる。
「やった……! ちょっと端っこで寝といてね……」
後で話を聞き出せないかとロープで簀巻きにでもしようと思ったが、すぐに姿が掻き消えてしまった。
「あれ!? これじゃあ装備はぎ取れないじゃん……!」
ジョン君の方も何人か倒しているようだが、相手は一向に減る様子が無い。
それもそのはず、門から無尽蔵に補充されてくるのだ……!
>「ええい、こんなβテストのエネミーにどれだけ手古摺っているんです!?」
「その服……いいじゃん。歯車の付いた本、欲しいな……!」
フリーザ様口調のゾディアック相手に精一杯強がってみせる。
敵が最初に入ってきた20人だけなら一瞬いけそうな気がしたのだが……
無尽蔵に補充されてしまっては、このままでは勝ち目はない。
長く戦っているとこちらは消耗してくるが、向こうは常に新鮮な戦力が補充されてくるのだ。
飛んできたレーザーライフルを間一髪で避け……きれない。
集中力が途切れ、避けきれなくなってきているのだ。このままでは直撃を食らうのは時間の問題だ。
「切れてなーい!」
「切れてますよ!? ぐはあっ!!」
我のヤケクソのボケに突っ込んでいる間にも、カケルが魔術の衝撃弾に吹っ飛ばされた。
しょうもないボケをかますんじゃなかった……!
「カケル……!」
ライトセーバーの光刃が腕を掠る。
「切れてな「いや切れてるから!」
-
ジョン君達の方も満身創痍になっている。
なゆに絶対無事に合流するようにって言ったのに、自分達が出来なかったらシャレにならないよ……!
これは……いよいよ最終手段でウィズリィちゃんに門を開けてもらって逃げ帰る……もとい戦略的撤退するか!?
それすら出来るかももはや微妙だが……!
いったん撤退しようと言おうとした時だった。完全に背景と化している二人の会話が聞こえてきた。
>「……なぁ、エリ」
>「何にゃ」
>「いーのか? 加勢しなくて」
>「アタシたちはあくまで『星蝕者(イクリプス)』の補佐にゃ。それ以上のことは越権行為だがね。
それに、アタシらが加勢しなくたって『星蝕者(イクリプス)』が勝つに決まっとるにゃ」
>「いや、じゃなくてぇー……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』にさ」
>「はぁ? なんでアタシらが『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』に加勢なんて――」
>「だってさ、アイツらはおれたちとおんなじセカイの奴らなんだろ? でもイスリスプはちがう。
んならおれたちも『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』に手ぇー貸してやったほうがいいんじゃないのか?
エリだって、イクリスプは気に入らないーってゆってたじゃんか」
(――!?)
意外すぎる発言に、驚愕する。が、ロスタラガムなら有り得るのかもしれない。
ロスタラガムはINTが低すぎて敵や味方といった立場を認識できないキャラらしいが、
それは裏を返せば、立場によるしがらみや過去の因縁とは一切無縁の、今この時の素直な気持ちに従った判断が出来るということだ。
“もしも、この二人がこちらに寝返ってくれれば――”そんな、在り得ない可能性が脳裏によぎる。
いや、マリスエリスは深い考えがあってローウェルの側についているのだ。今更寝返れるわけがない。
ロスタラガムに、マリスエリスは諭すように語り掛ける。
-
【カケル】
>「もう、ブレモンは終わりなのにゃ。アタシらの世界は消滅する。それは神さまが……いんにゃ、
神さまより偉い師父が決めたことなんだわ。
『創世』の師兄も、『救済』の賢師も、師父には敵やぁーせん。みんな、みんな消えてまうがや。
でもアタシとロスやんはそうじゃにゃあ。アタシらは生き残る……そして新しい世界に居場所を見つけてみせる。
そのためには、今はあの『星蝕者(イクリプス)』やら、ナイやらの言うことを聞いとくしかにゃぁも」
マリスエリスだって、ブレモンが終わるのは本意ではないんだ……。
考えてみれば、彼女だってこの世界の存在なのだから、当然のことだ。
きっと、ローウェルに逆らったところで勝ち目がないと悟って仕方なく……。
ロスタラガムを諭すマリスあエリスを悲しそうな顔で見ていたカザハだったが……唐突にマリスエリスに詰め寄った。
「終わりだとかみんな消えるとか……そんな……そんな悲しい事言わないでよ!
吟遊詩人のキミなら分かるよね!? ブレモンの音楽が素晴らしいってこと!
だったら、そんな音楽が彩る世界もきっと素晴らしいんだ……!
大体キミはまだ本領発揮してすらないじゃん! 吟遊詩人のくせに最後まで本職で戦わずに終わるつもり!?
それとも何!? 看板に偽りあり!? 肩書だけのフレーバーだったの!?」
(あっ、長文を流暢に喋ってる……!)
カザハは自分の好きな分野のことだけは流暢に喋るTHE☆ヲタクであった。
なんかちょっといいことを言っている風だが、実際にはBGMだけ良いクソゲーというのは結構ある。
要するに、BGMが神のゲームはとことん判定が甘くなって神ゲー認定してしまうというゲーム音楽ヲタク特有のトンデモ理論である。
だけど、マリスエリスの吟遊詩人の肩書が、肩書だけのフレーバーでないのなら……
きっと、音楽ヲタク同士でちょっと通じる部分はあるのかもしれない。
「我、自分が吟遊詩人にクラスチェンジしてることにすら気が付かずに終わるところだったんだ……。
でも君は違うじゃん。始原の草原で君の歌聞いたよ?
あの時暗殺者技能で戦ったキミに全然敵わなかったけど……
それでもきっと、その相方と一緒なら猶更、君は吟遊詩人技能で戦った方が強い。
敵を直接なぎ倒すだけが強さじゃないんだ」
肩書が吟遊詩人なのに、今のところ実際の戦闘においては専らアサシン兼レンジャーなのは、
特に深い意味は無いのか、はたまた何か理由があるのか――
「あっ……」
カザハは何か重要な事実に気付いて我に返った。
「ごめん……。ブレモンの音楽、聞いたことないよね……。
聞かせてあげたいところなんだけど……今は我も前線で戦わなきゃ……」
そう、ゲーム内の登場人物は、あろうことか普通は自分が出演しているゲームの音楽を聞けないのだ。
私達は、ゲーム内ゲームのブレモンのおかげでその一端を知ることが出来ているだけなのだ。
その時、ウィンドボイスの回線を通して、エンバースさんの声が聞こえてきた。
-
>「茶化すなよ……明神さんはヤツらをSSSのアンチにしてやるって息巻いてたけど。
アレで気がついたんだ。それって別に――逆でもいいよなって」
>「そう。シンプルにブレモンが面白そうだって思わせてやればいいんだ」
「あ、そうか……。呪歌、意外とアリかも……」
「どういうこと!? まさか……アイツらにも聞かせるってこと!?
でも……楽器ひいてる余裕はありませんよ!?」
「大丈夫、ブレモンのBGMならこれで流せる……!」
カザハがスマホを操作すると、もともとダウンロードしてあったのか、ネットに繋がったのかは分からないが、ブレモンのBGMが流れ始めた。
それはブレモンの通常戦闘曲。
攻撃・防御・素早さをセットで上げてコンボを成立させる、いつもの呪歌の曲だ。
(その手があったか……!)
これなら手がふさがらないので、歌いながらでもある程度敵の攻撃を払ったりできる。
「二人とも聞いて! これがブレイブ&モンスターズの通常戦闘曲「バトル1〜勇気の魔法〜」ヴォーカライズバージョンだ!
見てて! 吟遊詩人とパワーファイターは最高の組み合わせなんだ!」
それは、ブレモンプレイヤーとしてはド素人のカザハが、ブレモンの素晴らしさを表現する唯一の方法。
マリスエリスやロスタラガムは、この曲自体、聞くのは初めてになるだろう。
イクリプス達のプレイヤーは、以前ブレモンをやっていた人は知っているかもしれないが
ヴォーカライズバージョンを聞くのは当然初めてだ。
ところで、アクションゲームとコマンド式RPGでは、適したBGMというのが違う気がする……!
BGMが印象的な曲だと、思わず聞く方に集中してしまい、作業用BGMが作業妨害用BGMと化す現象が起こる。
コマンド式RPGは、極端な話コントローラーを置いてBGMを聞くことも許されるので、そうなっても問題がない。
それに対して、アクションゲームは気が散っては困るので、あまりに存在感のあるBGMは望ましくない。
ただでさえ主張の激しいブレモンのBGMをヴォーカライズバージョンにして流そうものなら、
アクションゲームのプレイヤーは気が散って集中できなくなるのだ。多分。
(えーと、つまり……
・普通にジョン君達の強化
・マリスエリスとロスタラガムにローウェルに立ち向かう闘志を呼び覚ましてもらえたらいいな
・イクリプス達がブレモンのBGMいいなってつい聞いてしまって気を散らしてくれればいいな
の一石三鳥を狙ってる……ってこと!?
待てよ? もしウィンドボイスの回線越しでも有効ならワンチャン他のチームにもかかる!?)
>「ジョン君! かっこいいところ、あの二人に見せてあげてください!」
歌が始まった。なんかいつもより滅茶苦茶効果高くね……!?
これが、ローウェルの指輪効果か……!
-
ttps://dl.dropbox.com/scl/fi/5vlxho1be7tkscwk3gatn/.mp3?rlkey=ax4u1gr4fu9hec4irxx8766i4&st=hk576boi&dl
【闘いの唱歌(バトルソング)】
磨き抜かれた剣の 刃に映るのは
揺らがぬ決意を秘めた 美しき瞳
【護りの祝詞(ガードフォース)】
無敵の盾に刻まれた 数え切れない傷
それはいつも君が僕を守ってくれた証
【疾風の賛歌(アクセラレータ)】
まだ見ぬ未来を夢見て進みゆく
恐怖をも凌駕する憧れはいつか
どんなに高い壁も超えてゆく翼となる
-
>《それじゃ、こういうのはどうかしら。
ジョンさんの言う通り、チームはスリーマンセルが三つ。
ナユタとエンバースさん。カザハとジョンさん。それからミョウジンと――》
それぞれの提案を元に、ウィズリィちゃんが分隊のメンバーを割り振っていく。
さぁみんなのトラウマ、組分けの時間です!ぼくと組むのは誰かなぁ〜?
>「別に『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』でペアになんなきゃダメってワケでもねーだろ。
トーゼン、ボクは明神についてく。明神だろ、ボクだろ、んでマゴット!
それでスリーマンセル成立だ。ヤマシタとガーゴイルはいつでも呼び出せるから除外で」
>《んん……、何かバランスが悪い気がするわね……。
それに、マゴットもミョウジンのパートナーモンスターでしょう?》
>「細かいこと言うなよな魔女子。別にそれでいーじゃん、戦力的にはボクたちチーム明神だけで充分!」
「そうだよ」
俺は便乗した。
「激戦区っつっても俺の目的はイクリプスの打倒じゃない。極論ソロでも十分だ。
救出班の方が確実に追手を始末する必要があんだからそっちに戦力回そうぜ」
ガザーヴァは……ついてきて欲しいかな……。
ソロプレイには慣れてるけど一人で行くのはそれはそれで寂しいしさぁ!
>「では、妾もザ・ストリップへ同道させて貰おうかの」
エカテリーナが同行を提案する。
>「ザ・ストリップはこの地で最大の激戦区。今現在うろついておる敵も多い。
此方としても頭数は少しでも多い方がよかろう、どうじゃ? 明神」
「あっマジで?そりゃ来てくれるってんなら超ありがたいけども」
>「え〜?」
ガザーヴァは露骨に口を曲げた。
>「あのさあ! 我儘ばっかり言わないの! 修学旅行の班分けじゃないんやで!?」
「やめっやめろ!思ってても言わなかったのに!!」
カザハ君の諫言に過去の記憶が蘇る。
ふざけやがって……どこの班も俺を押し付け合おうとしやがる……。
別にソロで修学旅行したっていいじゃねえかよ!俺は寺で座禅組むより鹿と戯れたかった!
-
>「往生際が悪いぞガザーヴァ。いいか、こういう時は発想を逆転するんだ。
ここは一度仕方なく折れてやった事にしておけ。実際はお前がひたすら駄々をこねてただけだが。
とにかく一つ貸しにしておく。するとその貸しが後々――」
>「虚構魔術を用いた明神さんの複製体逆ハーレムになって返ってくるんだ。
確かに、所詮複製は複製だ。だがそれはそれとして――
沢山の明神さんに囲まれるのはきっと楽しいぞ。分かったらここは大人しく退け」
「気軽に地獄を召喚しようとするな。やだよ俺みてえな奴が何人も居るとか……
俺は俺と仲良くできる自信がねえ。世界一しょうもねえ蠱毒が発生すんぞ」
大量の、いや超大量のうんちぶりぶり大明神がガザーヴァを取り囲む姿を想像してSAN値が下がった。
いやでも中身はカテ公なんだっけ?前世で何したらそんな刑罰食らうんだよ。
>「そんな顔を致すでない。
人命優先で逃げながらの持久戦を展開すればよいモンデンキントやカザハらと違い、
其方らは戦いながらアンチを増やす持久戦を展開せねばならぬ。
ならば、必ずや妾の虚構魔術が役立つであろう。多数の敵を翻弄し手玉に取る、それが虚構魔術の真骨頂ゆえ」
「まぁ貸し云々については別途ご両人で交渉してもらうとして……カテ公が来てくれるんなら是非もねえ。
虚構魔術、俺なら悪用の仕方を100個は思い付く。援護は任せた」
俺が真にカテ公の同行を必要としてることが伝わったのか、ガザーヴァはこれ以上ゴネなかった。
もしくはエンバースの提案が効いたのかもしれなかった。ホントにぃ?
>《うん、それならバランスもいいんじゃないかしら。どう?ナユ――》
大方の方針が固まって、ウィズリィちゃんはなゆたちゃんに水を向ける。
その視線の先では――
電池が切れたみたいに眠り続けるなゆたちゃんの姿があった。
>「……寝かしておいてやろうかの」
カテ公の言葉に、俺はもう何も言えない。
こいつが、なゆたちゃんが、どれだけ止めようが最後には飛び出していっちまうことを知ってる。
ただ、今だけは、ほんの少しでもいいから、休んでいて欲しかった。
>《みんなのスマートフォンからも、マップを閲覧できるようにしておいたわ。
それから、この回線も常時開放しておくから。生存者がいたら報告して頂戴。
こちらから『門』を開いて、ワールド・マーケット・センターに収容できるようにするわ》
後方支援の役割分担も決まり、最後に留意点を確認する。
ラスベガスには地下街も人の入れるサイズの下水道もあるが、そこはイクリプスも出入りが可能らしい。
いざというときに地下に引っ込むプランはこれで使えなくなった。
生存者の救出は……インチキテレポがあるから支障はない。
-
>「んじゃ、モンキン焼死体チームとバカザハジョンぴチームが下水道を進む間、
ボクらは真正面から打って出ればいーってコトだな。
コソコソすんのはボクの流儀じゃないから、ちょーどイイや!
いっちょド派手にブチかましてやんよ!」
「強気じゃん。ひひっ、無理すんなとは言わねえよ。
イクリプスの連中に散々ボコられていい加減ムカムカしてたんだ。
あのスカした美少女共の横っ面をぶん殴ってやろうぜ」
出撃に向けて気炎を高める中、なゆたちゃんは未だ眠ったままだった。
肩を貸してるエンバースが軽く揺すって起こす。
>「ぅ……ん、んん……。
……はっ!? わ、わたし、寝てた? ゴメン! こんな大事な話してるときに……!」
「問題ねえよ、95割はいつもの他愛もねえ雑談だ。重要な部分はエンバースに聞きゃ良い。
それよりちゃんと寝れたのかよ?休めるときに休むのは義務だぜ義務」
>「大丈夫、大丈夫! 今ちょっと寝られたから、元気いっぱい! 体力マックスだから!
ね、カザハ、わたし寝てる間に寝言とか言ってなかった? ヨダレ垂れてない?」
なゆたちゃんは回復をアピールするが、それが空元気なのは誰の目にも明らかだった。
見かねたイブリースが助け舟を出す。それでも、あるいは案の定。決意を覆すことは出来なかった。
>「ありがとう、みんな。
わたし……行くよ。何があっても、ここは行く。後ろで待ってるなんて出来ない」
「お前がそう言うんならもう止めねえよ。でもな……ちゃんと弱みは見せろよ。
やべえときはやべえって言え。キツいときはキツいって言え。
お前はシャーロットじゃねえんだ。お前は――」
>「だって、わたしはシャーロットじゃない。あくまで普通の女子高生!
モンデンキントこと崇月院なゆた、だから――」
「世界救ったときに、『崇月院なゆた』がそこに居ないなら、この戦いに意味はねえんだ」
◆ ◆ ◆
-
崩壊したラスベガスの街を、俺達は行く。
そこかしこに転がる瓦礫。爆発した車両。砕け散ったアスファルト。
そして……焼け焦げた、あるいは原型をとどめていない、死体の山。
ひとつひとつが目に入るたび、胃袋からせり上がるものがある。
そいつを飲み込んで前を向くうちに、絶望を怒りが上塗りしていくのを感じた。
ふざけやがって。ぶっ殺してやる。やがて、死体を見ても吐き気を催さなくなった。
最悪の、慣れだった。
>「なぁ、明神。
この街、スッゲーキレイなとこだったんだろ?
瓦礫を見ただけでも分かるよ。きっとスッゲェキラキラ光ってて、ピカピカに輝いてる街だったんだろうな」
「バルディア自治領って行ったことあるか?
ほら、霊銀結社のお膝元の。光の魔法で昼も夜もなくギラギラしてるとこ。
あそこと同じことを、魔法以外の力でやってたのがこの街なんだ。
俺も写真でしか見たことなかったけど、夜景とかめっちゃ綺麗だったらしいぜ」
>「……壊される前に来たかったな」
「……そうだな」
眠らない街のきらびやかなネオンを思う。
そして、すべてが過去形で語るほかないことに、腹の底が寒くなった。
>「管理者としての力を用いれば、破壊される前の状態に戻すことも出来るのではないか?
それこそ『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』の技術を応用するなどしてじゃな。
師父ローウェルをお止めし、侵食を取り除くことが出来さえすれば、そういった研究も出来るようになるであろうよ」
ふと、エカテリーナがそんなことを零した。
「サーバーのロールバックか……そいつができるなら、オブジェクトデータ以外も巻き戻せねえかな。
あー……つまり、建物とかだけじゃなくて、人や魔族も。
ラスベガスで死んだ人たちや……あるいは、滅ぼされたキングヒルや、ローウェルに消された軍隊も」
アルメリアは首都が滅び、正規軍も『侵食』で消滅しちまった。
もう国としての体裁を保つことは出来まい。早晩他の国に取り込まれるだろう。
大陸の覇権国家が突如として消滅すれば、空いたポストを巡って戦争だって起こり得る。
レプリケイトアニマで大地の栓をぶっこ抜かなくても、アルフヘイムは滅びに向かっている。
もしもロールバックが可能なら、地球だけじゃなくアルフヘイムもニヴルヘイムだって救える。
そう考えたら、少しは希望が見えてきたのかもしれない。
>「そーだよな。ん! じゃあ、サッサとスクラップどもをやっちゃって!
クソジジーもバーン! って吹っ飛ばして! このキレーな街、元に戻そーぜ!
この街はミズガルズいちのカジノの街だったんだろ?
んじゃ、一切合切終わった暁にはカジノでギャンブル三昧だー!」
「いいねえ。俺さ、海外旅行って言葉わかんねーからイマイチ怖くて行けなかったんだよ。
でもブレイブには翻訳機能がある。英語赤点の俺でもその辺の看板の文字が読める。
世界中どこでも行き放題だぜ。ラスベガスに飽きたら次はヨーロッパとか行こうぜ!」
クラフトビールの本場のドイツだろ、海鮮とかピザとかパスタとか美味そうなスペインにイタリアだろ。
あとアレだ、トンカツっていうかカツレツの源流を辿るとフランスのコルトレットに行き着くはずだ。
トンカツフリークとしては見逃すわけにいくまい。
-
>「ま……何か目標を持つということは善いことじゃな。
目的のため、何としてでも生き残らねばという気になる。
何にせよ――先ずは連中を何とかせぬことには始まらぬが、な……!」
ひときしりガザーヴァとはしゃぎ合っていると、カテ公が鋭く警告する。
意識を前に遣れば、そこには10人ばかしのイクリプスがたむろっていた。
「出やがったな、クソったれの侵略者どもがよ。
お船に帰らねえで何やってんだ?本隊がしゃぶり終わった食いカスでも漁ってんのか。
シケモク拾いに精が出ますねえ、スカベンジャーに改名したらどうすか」
>「……やっと出てきたのね。
建物の中に閉じ籠って、ブルブル震えてるだけの相手じゃ埒もないと思っていたんだけれど――
死ぬ覚悟が出来た、ってことかしら?」
>「ヘッ。そりゃこっちの科白だってーの。
ザコを殺して最強気取りのテメーらに、ホントの最強ってのがどういうモンか教えてやるよ!
お代は――テメェらの命でなァッ!」
ガザーヴァが吠える後ろで俺も中指を立てた。
両手で。奇跡のカーニバル開幕だ。
>「ははッ! 久しぶりの運動だァ! 明神――ボクは『遊ぶ』ぜえッ!
命令はその後にしろよな!」
犬歯を剥き出しにして幻魔将軍がイクリプスに躍りかかる。
ライブでヘトヘトになってから半日も経ってないってのに恐るべき体力だ。
俺達がリューグーとガチバトルする中、ずっと歌っててフラストレーションが溜まってたのかもしれない。
いつも以上にテンションが上ってプレイできるのも頷ける。
俺はと言えば、ガザーヴァと対峙する槍使い以外の連中の動向に気を配りつつ、
眼の前で繰り広げられる剣戟の一部始終を目に収めていた。
ガザーヴァが敢えて単独で飛び出した理由。
暴れたいってのももちろんあるんだろうが、敵の手前隠したもうひとつの目的がある。
俺に、敵の出方を見せること――冷静に、俯瞰して見れば、イクリプスの立ち回りを分析できる。
奇しくも槍を得物とする者同士、ガザーヴァとイクリプスの戦いは熾烈を極めた。
目にも止まらぬ刺突の応酬。
ガザーヴァは踊るように身を躱し、返す刀で痛打を叩き込む。
対するイクリプスも、ビットみてえな小型の自律武装を展開し、波状攻撃を以て臨む。
加速度的に手数を増すイクリプスの攻勢に、追い詰められ始めたガザーヴァ――
その様子を目の当たりにしても、俺はちっとも怖くなんかなかった。
偽りの窮地を"エサ"にして、隙だらけの大振りを誘い込む。
ゲームでさんざん煮え湯を飲まされたガザーヴァの十八番。
幻魔将軍の悪辣なライフハックだ。
>「――なワケねーだろ、バーカ」
カウンターの蹴りに喉元を穿たれ、血の尾を引きながらイクリプスが縦回転する。
蹴られたイクリプスはおろか、周囲のギャラリーすら何が起こったか理解できないようだった。
-
>「……見切った? 見切った、と言ったの?
この私の攻撃を? 最強の『星蝕者(イクリプス)』の攻撃を……?」
>「おーよ」
>「ふざ……けるなァァァッ!」
激昂したイクリプスが再度突貫するも、今度は一撃すらガザーヴァを捉えられない。
そして再びのカウンター。真芯を穿たれたイクリプスは、起き上がることも叶わずそのまま消滅した。
>「ンー。鹵獲作戦は無理かぁー。ま、そりゃそーだよな」
ガザーヴァは消えたイクリプスを最早顧みることすらなく、無感情にそう吐き捨てた。
怖え〜〜っ。
それ以上に強え……なんつう頼もしさだ……。
これが三魔将。ニヴルヘイム最強戦力の一角、その面目躍如だ。
>「ふん、旧作のキャラだからといって舐めて掛かるからこうなる。
次は私だ、格の違いというものを見せてやろう」
>「いーぜ、いーぜぇ。
明神、コイツの動きをよぉーく見てろよ。そしたら、コイツらの弱点がすぐ分かるハズだから」
槍使いの敗北を見届けた残りのイクリプスから新手が進み出る。
この期に及んで戦力の逐次投入をやらかしてんのは、未だにこいつらが俺達を舐め腐ってる証左だろう。
そして"その程度"の相手に負けるガザーヴァではなかった。
>「分かったか? 明神?」
>「コイツら、攻めのパターンが少なすぎンだよ。バリエーションに広がりがなくておんなじ技ばっか使ってくるから、
それさえ見切っちまえば当たるワケねー、ってコト!」
「ははぁ……なるほど。こんだけしっかり見せてもらえりゃ大体把握できたわ。
攻撃ボタン1個か2個くらいしかないのね」
言われてみりゃ納得の仕様ではある。
格ゲーじゃあるめえし、PVEのゲームで武器の振り方による駆け引きなんざ操作が無駄にややこしくなるだけだ。
強攻撃と弱攻撃、あとはボタン長押しで溜め攻撃くらいか?三種もありゃ十分コンボパーツは成立する。
そもそもの話として――SSSはまだ対人戦をシステムに組み込んでないんだろう。
シンプルな攻撃速度とステータスの差に惑わされがちだったが、付け入る隙はいくらでもあったんだ。
『こちらザ・ストリップ。イクリプスの攻撃モーションはおそらくクラスごとに固定だ。
初撃の始動を見逃さなければカウンターを取れる。
注意すべきは、始動がワンパっつう弱点はイクリプス側にもいずれ周知されるだろうってことだ。
遠からず、モーションキャンセルによる隙潰しを編み出してくる』
カザハ君とウィズリィちゃんが繋いだ回線に声を投げる。
無双できるはずのイクリプスが『原住民』に何も出来ず敗北した――
このニュースはすぐに連中の母艦で共有されるはずだ。
あるいは今まさに、死んだ槍使いのプレイヤーがフォーラムあたりに書き込んでるかもしれない。
コンボの始動を潰されると分かってしまえば対策は不可能じゃない。
例えばダッシュとかジャンプとか、別のアクションを織り交ぜることによるモーションキャンセル。
あるいはキャンセルを前提にしたフェイントなんかにも気をつけるべきだろう。
-
>「先程は不覚を取ったが……。此度はそうは行かぬぞ。
妾の虚構魔術、その精髄を見せてくれよう!」
エカテリーナが魔力を込めた紫煙を燻らせ、一帯を幻惑に包む。
イクリプス達は視界を奪われ、惑い、果てには同士討ちさえも始める。
『エンバースの推測通りだ。連中は回避できないタイプのデバフを初見で防げない。
それから……奴らは死ぬと消滅する。ドロップアイテムは今のところなし。
次は生け捕りと装備の剥ぎ取りを試そう。オーバー』
>「明神、頼むぞ。此処に居る者ども、皆アンチにするのじゃろう?」
さて、いい加減俺もぼっ立ちで観戦かますのを終わりにしよう。
魔力を調節してボイチャの回線をガザーヴァとエカテリーナだけに設定する。
『カテ公、今から共有する俺のイメージに沿って虚構魔術で幻影を構築してくれ。
ガザーヴァはマゴットと一緒に指示したタイミングで攻撃を頼む。
俺達で……SSSをクソゲーにしてやろうぜ』
ボイチャ魔法は通常声を伝えるだけのものだが、魔術を齧った俺ならもう少し踏み込んだ仕様に改造できる。
言葉にする前の漠然としたイメージ。映像めいたそれを、高速かつ齟齬なく相手に伝えられる。
エカテリーナの虚構魔術で創るのは――巨大な狼。
リバティウムでライフエイクと戦った時にカテ公が身に纏った、近接戦特化の虚構の拡大版だ。
「オオオオオオォォォ――ッ!」
巨狼が咆哮し、イクリプスの集団めがけて突貫する。
カテ公の虚構は単なる幻影じゃない。その爪にも、牙にも、実体がある。殺傷力がある。
アスファルトを切り刻みながら疾駆し、イクリプスの一人に剛腕を振り下ろした。
当然、敵もただ漫然と立ち尽くしているわけじゃない。
迎撃に光弾を放つ。米軍の戦車を装甲ごと焼き尽くす威力を秘めた光の束が巨狼に殺到する。
直撃――だが、虚構で造られた巨狼は止まらない。毛皮の各所を焦がしながらも一切速度を減じることなく爪を振り抜く。
イクリプスは鎧を抉り取られ、吹き飛んで建物の壁に激突。そのまま消滅した。
「ぎゃはは!ワンパンじゃねえか!もしかしてですけどぉ……強靭がカスであられる!?」
仲間のデスを横目に見ていた残党達が一斉に武器を振るい、巨狼に突き立てる。
30ミリの鉄板をぶった斬れる日本刀も、戦闘機を小枝みたいに振り回す握力も、巨狼の動きを止められない。
虚構魔術の真骨頂、その一つは『虚実』を織り交ぜられることにある。
爪も、牙も、殺傷力を有する部位は本物だ。そしてそれ以外の肉体を構築する全てを幻影で造った。
そして同時に、『攻撃した手応え』を幻影で再現することで、実体がないことを悟らせない。
攻撃してくるのに攻撃が通じない理不尽の塊みてえな巨大ボスの完成だ。
ゲームをクソゲーに変える明神メソッドその1――『ずっと敵のターン』。
とりわけ高難度のアクションゲームは、アクションでありながら"ターン制"のバトルと表現される。
敵の猛攻を凌ぎ、隙を見つけて反撃し、怯ませ、追撃を叩き込む――
これはすなわち、敵のターンをいかにして生き残り、自分のターンに攻撃を入れられるかっつうターン制の様式そのものだ。
では、敵が一生隙のない出し得モーションを擦り続ければどうなるか。
反撃しても怯まず、攻撃を継続してくればどうなるか。
――ただひたすらに敵が暴れまわるのを眺めるだけの、敵だけ楽しそうなクソゲーが爆誕する。
-
「おやおや?どうした?反撃が来ねえな?試合放棄かな???」
巨狼が再び吠え、そのあぎとにイクリプスを捉える。
対するイクリプスは――迎撃の無駄を悟ったのだろう――回避を選択した。
ジェットパックと思しき背中のスラスターを蒸かし、横っ飛びに牙を躱わす。
『――ぶちかませ、ガザーヴァ』
巨狼の側面に回り込んだイクリプスへ、ガザーヴァが槍の一撃を叩き込む。
『巨狼の中から』だ。実体のない部分に、姿を消す虚構を纏わせたガザーヴァを潜ませておいた。
牙の届かない位置に退避していたはずのイクリプスは、完全に想定外の位置から不可視の攻撃を食らう。
鎧ごと胴体を貫かれ、そのまま消滅した。
――クソゲーメソッドその2。『当たり判定詐欺』。
敵の攻撃を紙一重で躱したはずなのに、亜空間じみた広い攻撃判定に引っ掛かってダメージを受ける。
実際は透明化した別の攻撃を食らったわけだが、イクリプスが真相を把握することは不可能だろう。
奴らはβテストに手を挙げる程度にはゲームをやり込んでるタイプのプレイヤーだ。
アクションゲーに親しんでいればいるほど、不自然なダメージを『理不尽な当たり判定によるもの』と納得してしまう。
そして「今の避けただろうが!!!」とコントローラーを投げるのだ。
俺もめっちゃ経験あるからよく分かる。
「――――!!」
不意に爆発。巨狼の牙が弾け飛ぶ。
見れば、巨大なマシンガンを抱えたイクリプスが後方から巨狼の牙を狙撃していた。
……そろそろこの理不尽なクソゲーに対応してくる奴が出始めたか。
実体がある牙や爪を狙えばダメージを与えられると気付いた奴がいるらしい。
『エカテリーナ、プランB』
すぐさま指示を投げると、狼がその巨体を光の粒に溶かして消滅した。
そして戦場から100メートルほど離れた地点に再出現する。
巨狼にはローウェルの指環を仕込んである。ターゲットマーカーにも表示されたんだろう。
イクリプス達は即座に巨狼に飛びかかり、見極めた弱点部位へ攻撃を加える。
巨狼が消滅。
そしてまた、離れた地点に出現した。
――クソゲーメソッドその3。『露骨な遅延行動』。
攻撃を受けたら即座に姿を消し、場所を変えて再出現する。
消えている間は当然攻撃できない時間だ。仕切り直しを頻繁に挟まれれば当然ストレスはマッハに達する。
終わらない敵のターン、不自然な当たり判定、無意味に長引く戦闘時間――
高難易度と理不尽を履き違えた数々のクソゲームーブを積み重ねられて、イクリプス共の脳みそは沸騰寸前のはずだ。
トドメの仕込みを打つときが来た。
「『幽体化(エクトプラズム)』――プレイ」
安置になってる建物内に退避し、幽体離脱で身体を抜け出す。
幽体は攻撃はおろかスマホを持つこともスペルを手繰ることも出来ないが、今からやることに支障はねえ。
巨狼に翻弄され続けているイクリプス達のもとへ駆け出した。
-
「イクリプスの皆さん!こんにちは!!うんちぶりぶり大明神です!!!
『星触のスターリースカイ』のβテストはお楽しみいただけていますでしょうか!」
カテ公の『扇動』の効果で拡大された俺の声は、戦場を飛び回るイクリプスの全ての耳に届く。
「ああ?クソ判定の狼がウザい?そうでしょうともそうでしょうとも!
おたくのナイ君と相談したんですよ、『簡単にクリアされたら悔しいじゃないですか』ってね!
あの狼ちゃんはテコ入れの結果ってわけ。
正式リリースの暁にはこういう"歯ごたえのある"敵をバンバン実装していく予定だから、みんな楽しみにしててね!」
瞬間、俺の首が飛んだ。
イクリプスの一人が瞬間移動めいた速度で接近し、刀を横薙ぎに振るっていた。
だが今の俺は物理的に相互の干渉ができない幽体だ。落ちてきた首は元の胴体に収まった。
「駄目でーす。さっきも言ったろ、俺はナイと内通してんだって!ナイだけに(笑)。
あのクソボケナビと同じ存在なの!ちゃんと最後まで話聞かないと実績解除されないよ??」
クソゲーメソッドその4!『ウザいNPC』!!!!
クエスト依頼者とかにありがちな厚顔無恥で上から目線の要求してくる奴!
護衛対象とかで弱いくせに謎の義侠心を発揮して先走って敵の渦中に飛び込む奴!
ひたすら話が長くてくどくてうっとおしい奴!
クソムカつくのに殺せないNPCの存在もまた、ゲームをクソゲーに変える要素だ!!
ナイ!おめーのことだぞ!!!!
――ブレモンとSSSで客層が大きく異なる以上、イクリプスの殆どはブレモンを『同じ運営の旧作』としか捉えてない。
ブレモンの知識が多少でもあるなら、ガザーヴァの持ってる神代遺物相手に無警戒に飛び込むはずもない。
俺が本当にナイと同質の存在なのか、それとも『幽体離脱』で魂だけになってるのか、判別する術がない。
「さて、自己紹介も済んだことだしそろそろ本題に入りますか。
俺はナイ君と違って本題に入るっつったらちゃんと本題に入るからね。
その辺あの子にも見習ってほしいものですね。今日は皆さんに、重大な発表があります」
息を吸う。たっぷり"溜め"を作る。
こういう無意味な『間』も、人をイラつかせるテクニックだ。
「僕の考えたSSSの18禁同人誌のタイトルを発表します。
――『生殖のスターリースカイ』(笑)」
クソゲーメソッド、最後のひとつは……『没入感の否定』。
ゲーム、特にRPGってジャンルのキモは"ロールプレイ"、キャラクターを『演じる』ことにある。
プレイヤーはその世界に生きるキャラクターとなって、世界を救ったり仲間を助けたり強大な敵と戦ったりする。
感情移入したキャラクターの成長や成功を追体験することがRPGの楽しさの本質と言って良いだろう。
良質なゲーム体験には、作品世界への没入が不可欠だ。
そしてそれは、アクションRPGと銘打つ以上SSSにおいても変わりない。
安易なメタネタや公式の悪ノリで冷水をぶっかけられれば、現実に引き戻されて……萎える。
そういうクソゲーの数々を、俺はいくつも見てきて、その度にGEOに駆け込んできた。
さあ、SSSをクソゲーに変える手札はこれで品切れだ。
イクリプスが萎え落ちするか、クソゲーを続ける気概のある奴が現れるか。
分の悪い賭けが始まった。
【虚構魔術をフル活用して高難度と理不尽を履き違えたクソボスを構築
プレイヤーの没入感に冷水を浴びせかける】
-
>《それじゃ、こういうのはどうかしら。
ジョンさんの言う通り、チームはスリーマンセルが三つ。
ナユタとエンバースさん。カザハとジョンさん。それからミョウジンと――》
>「別に『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』でペアになんなきゃダメってワケでもねーだろ。
トーゼン、ボクは明神についてく。明神だろ、ボクだろ、んでマゴット!
それでスリーマンセル成立だ。ヤマシタとガーゴイルはいつでも呼び出せるから除外で」
>《んん……、何かバランスが悪い気がするわね……。
それに、マゴットもミョウジンのパートナーモンスターでしょう?》
「僕はカザハと二人っきりで構わない…とういか僕の戦い方に大所帯になられても…邪魔になると思う…お互いに」
カザハの能力的には大人数のほうがいいのだろうけど…カザハはスキルの性質上とっても目立つ。
大人数にバフをかければそれだけ効率はあがるが…それに比例して敵のヘイトを買う事にもなる…。
明確な人数不利な今…カザハが歌わない事に越したことはないが…。
>「ザ・ストリップはこの地で最大の激戦区。今現在うろついておる敵も多い。
此方としても頭数は少しでも多い方がよかろう、どうじゃ? 明神」
>「え〜?」
あぁ…この二人の会話を聞いてるだけで絶望的な今の状況を忘れられそうだ。
暗すぎるのはダメだ…気が滅入る。明るく…落ち着いてこれからの物事に対処しなければ僕達に明日はない。
>「そんな顔を致すでない。
人命優先で逃げながらの持久戦を展開すればよいモンデンキントやカザハらと違い、
其方らは戦いながらアンチを増やす持久戦を展開せねばならぬ。
ならば、必ずや妾の虚構魔術が役立つであろう。多数の敵を翻弄し手玉に取る、それが虚構魔術の真骨頂ゆえ」
まあ…もうちょっとだけ…危機感を持った方がいいかとも思わないわけではないけど…。
「まあまあ…遠足じゃないんだから…わがままいわずに…なゆもなにかいって………」
なゆは眠っていた…。
>「正直あまりいい兆候ではないけど……そっとしておくって事には同意見だ」
これは…本当に疲れているから寝てるのか…?
そんな…よくない不安だけが僕の中で溜まっていく。
仕事柄…気絶するように寝たり本当に気絶した人間を見てきたが…このなゆの状態は…
「…早く終わらしてみんなで…遊びにでもいこう」
不安を口に出すよりも…一刻もはやくなゆを解放してあげよう…そう誓うのだった。
-
>「私と兇魔将軍はこのワールド・マーケット・センターにいるわ。
このラスベガスで一番大きな収容施設がここになるから、生存者はどんどんこっちに運んできて頂戴。
怪我人がいれば治療するし、休ませる場所だってあるでしょう。
道中、医薬品や治療道具、食糧……なんでもいいから、役立ちそうなものがあればそれも送ってくれると嬉しいわ」
>「オレも打って出たいところだが、已むを得ん。
ニヴルヘイムの同胞たちを発見したら、これを見せてやれ。
大人しく貴様らに従うはずだ。その者たちも此処へ連れてきてもらおう。
保証は出来んが、作戦に有用な力を持っている者も確保できるやもしれん」
「わかった…ありがとう」
僕はイブリースからメダリオンを受け取る。
>「三魔将の割符! あったなぁー、そんなの! オマエまだ持ってたんだ?
パパから貰ったものなんか全部捨てたと思ってた!」
>「……まあ……な」
イブリースは顔を逸らし少し恥ずかしそうにしている。
彼にとってこのメダリオンは大事な物なのだろう…それを躊躇もなく僕に渡す…。
僕の一人よがりかもしれないけど…少しだけ…絆を感じた。
>《みんなのスマートフォンからも、マップを閲覧できるようにしておいたわ。
それから、この回線も常時開放しておくから。生存者がいたら報告して頂戴。
こちらから『門』を開いて、ワールド・マーケット・センターに収容できるようにするわ》
>《探索の際は、こまめにセンターに戻ってきて適宜補給と回復を受けて頂戴。
それから、連絡は密にね。どんな小さなことでも、何か異常があればすぐに報告して。
こちらからも常にモニターはしているけれど、相手は未知の敵よ。
何が起こるかまったく予想できないから》
「しかし門…便利だね」
多人数が使用できる移動手段が弱いわけないが…余りにも便利すぎて…
だが今現在僕達が持ちうる手段や技術の中で明確な有利を取れている部分である。
>「行った先からこっちに帰る用の門はいつでも開ける……ってこと!? すごいじゃん!」
不利な状況で相手に勝つためには自分たちの有利を押し付ける必要がある。
>《このワールド・マーケット・センターやマンダレイ・ベイなどのホテルは外から攻撃されても破壊されないと思うし、
『星蝕者(イクリプス)』に侵入されることもないと思う。
彼女らにはマップ上の敵を倒すことはできても、障害物として配置された建物を壊すことは出来ない。
だから、戦闘の際は地形も効果的に使うことが出来るわね。ビルなどで射線を切れば、相手の攻撃は届かないということ。
でも、先程の戦闘を見るに……マップ上のオブジェクトに干渉することは出来そうだったわね。気を付けて頂戴》
「オブジェクトを動かして…自分達じゃ直接破壊できないものを破壊できる可能性があるって事か?…あ〜…こうゆうの考えるのは苦手なんだが」
そういえば戦闘機を振り回してる奴もいたっけ…はあ〜…まあ…今から僕の頭で考えてもまともな案はでないだろう。
>《それと……メトロや下水道は通常のマップとして認識されているとの結果が出たわ。
つまり、『星蝕者(イクリプス)』にとっても侵入は可能、ということね。残念だけど》
「どっちにしても気を抜くつもりなんてなかったから関係ないさ…」
>「基本は下水道を通っていくことになりそうね。スラムがあるのだったかしら?
……エーデルグーテで私たちが『永劫』の賢姉に対抗していたときと同じようなものかしら。
あのときも、私たちは聖罰騎士の手を逃れて信徒たちを隠し村へ保護するのに、地下に広がる万象樹の根を使っていたから」
スラムか…この緊急事態だ…もし騒ぎになったら少し黙ってもらう必要があるかもな…なるべく平和にね
>「そうだね。我々の行先は一番生存者がたくさんいそうだ……。
ジョン君、敵の情報収集は他のチームに任せてさ、敵がいない下水道で行こう。
一人でも多く助けようね……!」
「あぁ…そうだな!」
-
>「作戦は決まりじゃな。
ならば、善は急げじゃ。さっそく出立を――」
「………なゆ」
>「ぅ……ん、んん……。
……はっ!? わ、わたし、寝てた? ゴメン! こんな大事な話してるときに……!」
>「大丈夫、大丈夫! 今ちょっと寝られたから、元気いっぱい! 体力マックスだから!
ね、カザハ、わたし寝てる間に寝言とか言ってなかった? ヨダレ垂れてない?」
>「やめとけ。空元気なのは見れば分かる」
なゆはもう限界だ…このままいけば戦闘中に突然気絶する事すらありえる。
>「その状態で外へ出るのは危険だ。
……オレがお前の代わりに行く。お前はここで継承者と一緒に、生存者の保護に当たってくれればいい」
本当なら無理やりにでも…止めるべきだ…絶対に戦場にでるな…と。しかし…
>《そうね……。その方がいいかもしれないわ。みんなはどう?》
しかし…
>「ありがとう、みんな。
わたし……行くよ。何があっても、ここは行く。後ろで待ってるなんて出来ない」
>「マスター、でも」
>「最後まで歩きたいんだ。みんなと、一緒に」
>《ナユタ――》
>「……連れて行って。エンバース」
>「今度は俺が応える番だ。好きなだけ俺を頼りにしろ。どこへだって連れて行ってやる」
なゆは…だれがどうみても…限界だ…これ以上戦う事なんて…できてもするべきじゃない…それでも…
この戦いに決着をつける為に…この物語を平和に終わらすために…なゆは絶対に必要だ。
>「さあ――行こう!
わたしたちの助けを待ってる人たちを保護して、『星蝕者(イクリプス)』も倒す!
そして最後にはローウェルをやっつけて、ブレモンがまだまだ伸びしろのあるコンテンツだってことを教えてあげなくちゃ!」
僕がやらなきゃいけない事は無駄に反対して騒ぐ事ではなく…一刻も早くこの馬鹿げた戦いを終わらして…なゆに平和を…世界に救いもたらす事…。
「あぁ…必ず認めさせよう」
-
…とかっこつけ勇んできたものの…僕とカザハはお世辞にもきれいでもいい匂いでもない場所を歩いている…いわゆる下水道って奴だ。
フレモント・ストリート・エクスペリエンスを目指して進軍中である。
カザハはなゆ達と別れてから何か考え事をしてるようだ。なゆの体調を気遣っているのだろう。
>「羽根……生えてる。きっと、ジョン君のことを助けたくて進化したんだろうな……。
見て、カケルと似てる」
カザハの不安を感じ取ったのか…部長がカケルの背中によじ登る。
「今はこれ自体で空を飛べるわけじゃないけど…空中で方向転換をこれでする事はできるんだ
パッシブも強くなったし…これから部長はもっと強くなるぞ!」
「にゃー!」
>「あの羽根、モフりたい……」
うーん存分にモフらせてあげたいけど…今は前を警戒しなきゃいけないからまた後でねと伝える。
しかしこの匂い…部長が普段よりも険しそうな顔しているのも納得の臭さである。
>「下水道ってなんかすごくファンタジーRPGのダンジョンっぽいね……!
ここ、地球のはずなのに変な感じ……!」
「たしかに…道を逸れれば宝箱があるかもしれないな…いや冗談だよ」
リューグークランとの一件があったからだろうか…会話がぎくしゃくする。
恥ずかしいのと何を言っていいのか…しかもあんな事があった直後に二人っきりになるなんて…クソ…どうしたらいいんだ…?何を話したらいいんだ…?
クソ…ヤングなボーイでチェリーでもあるまいになにを狼狽えているんだ僕は…!
ひじょーーーーに気まずい沈黙が流れる。その沈黙を破ったのはカザハだった。
>「ジョン君……まだちゃんとお礼言えてなかったからさ。
リューグークラン戦のとき、ありがとね。
キミだって本当は人に生命力を分け与える程の余裕は無かったはずなのに……。
……思い返してみれば最初からずっと守って貰ってたよね。それこそ明神さんとデュエルした時から。
頑張って守ってくれるの、すごく嬉しいんだ。そんなの駄目なのに。
本当は間違っても我のために怪我してほしくないし無理させたくないのに……!
どうしよう、心が二つある……!」
「何言ってるんだよ…僕を守ってきてくれたのは…君じゃないか」
この世界にきてずっと必死に目の前を走ってきた。
流されそうになるほどの情報量にひたすら流されて…見たくない真実さえも強制的に見させられた。
裏切りを本気で画策した事もあった…
心が折れて自分の人生を諦めようとしたことさえあった。
それでも僕が今ここにいるのは…
「僕は…したい事をする…そうゆう風に僕がしたいって思えるようになったのは…君のおかげなんだ…だから素直に僕を頼ってくれ…カザハ」
ところで…
「ところで…さ…その生命力を分けたくだりなんだけどさ…あの時は無我夢中でっていうかその…あの…くち」
「ニャッー!!!」
部長が生存者の匂いをキャッチしたらしい。話を切り上げ歩くスピードを速める。
>「あ……、あんたたちは……?」
よかった…生存者はどうやら無事のようだ…数も概ねレーダーで予測した数と一致する。
「安心してください。私たちは救助隊です…すぐに後続の救護部隊の所にお連れしますのでこの場所にいる者達をここに今すぐ集合させていただけ…」
>「落ち着いて聞いて。こんな姿だけど、敵じゃない。
広い意味ではあなたたちと同じ世界の存在で、サ終阻止……って言っても分かんないか!
えーと、要するにあの制服のやつらに対抗する勢力……!
我々が来たからにはもう大丈夫だからね! あいつらの好きなようにはさせない!」
>「ワールドマーケットセンターを拠点にしてるんだけど、
そこにいけば仲間の高位の回復術士と強い護衛がいるから、ここより安全だと思う」
一般人に突然魔法とかいっても通じないし…混乱させるだけだが……がまあ仕方なし…門の説明もしなきゃいけないからそのほうが手っ取り早いか…。
>《転移門を開くわね》
「皆さん…詳しい説明はこの先で行う者がおります」
-
やはり門で移動する事に抵抗のある人達が少しの間渋っていたがなんとか移動させる事に成功し…また下水道で移動を再開する。
>「どういうこと!? こんなところに生存者……!?」
マップを見ていたカザハから下水道に生存者がいるのを発見して。
普通の人間がこんな所をうろついているとは考えにくい気がするが…。
>「行こう! 襲撃を受けて下水道に逃げ込んだのかも……!」
どっちにしろ僕達に選択肢はない…なるべく早く向かう事にした。
>「おやおやおやぁ〜?
ドブネズミみてゃぁーに下水道を伝って悪さしとるヤツがいると思ったら――」
>「アンタらかにゃ。アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たち」
>「よーっ! こんなトコでまで会うだなんてキグーだなぁー! ははッ!」
星蝕者ではなかっただけマシといえばいいのか…やはり避難民などではなかったな。
>「ナルホドにゃァ……『星蝕者(イクリプス)』の寄り付かない下水道を使って人命救助とは、
なかなか考えたもんだにゃ。
ただにゃぁ……そんな小細工、アタシたちには通用しにゃーて。
アタシもロスやんも、地下を通るのは得意だで」
>「そーゆーコトだ!
でもさ、よかったー! 師匠のめーれーでこの世界に来たんだけど、何が何だかわかんなくてさ!
イスリクプ? ってやつらも、おれたちのいうことぜんぜん聞いてくれないし……。
おもしろくないなーっていってたんだよ! なー、エリ!」
「なるほどなるほど…じゃあ…お前等は『敵』なんだな?」
クソ猫と問答してる時間は僕達にはない。
しかしも星蝕者と繋がってると分かった時点でかける慈悲もない。
「クソ猫…お前にはカザハの件でも貸しがあったよな………口だけ聞けるようにすればいいか」
>「とっ……とにかく、おみゃーさんらを見つけてまった以上、見過ごすことはできにゃぁンだわ。
大人しく観念してちょぉ?」
「僕がお前を許すと思うのかッ!」
カザハに地面に頭を凝りつけて謝罪するまで痛めつけてやるっと思ったその瞬間…間に割って入る形で乱入者が現れる。
>「こんなところに隠れていたとは……地上をいくら虱潰しにしても、下らない雑魚しか出てこない筈ですね」
>「うちのチーム、基本戦闘しない想定だったから手薄なんですよ……!」
「あぁ…もうこっちもあっちも失言だらけじゃねーか!!!!」
-
>「あ、あの……」
>「え、ええと、その……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を見つけて、『星蝕者(イクリプス)』の皆さんに報告したのは、
アタシたちだで……どうか、ナイ様にはよしなに……」
>「褒美にありつきたいと? 浅ましい……やはり時代遅れの旧作のキャラは思考が低俗ですね。
いいでしょう。忘れていなかったら伝えますよ」
>「……あ、ありがとうございます……にゃ」
「おい…僕が…言うのもなんだが…お前それでいいのか?」
どうやらクソ猫の組織内力関係はこれではっきりした。それだけでも収穫ではある…あるのだが…。
問題は…もうエンカウントしてしまって逃げる事は不可能だって事だな。
>「ウィズリーちゃーん! 門開いてー! 門!」
>「早速逃げ帰ろうとしとるこの人……!」
「何言ってるんだカザハ!だめだ!避難所を危険に晒す事は絶対にできない!」
>「今の冗談! 冗談だから! 開かなくていいよ!」
「早く応戦する為の魔法の準備をしろ!はやく!!」
油断している今しか僕達のチャンスはない。
>「マリスエリスとロスタラガムに見つかっちゃった! イクリプス20人ぐらいと戦いになりそう……!」
>「ジョン君、大丈夫だからね……!
多分みんな忘れてるけど! 我、ゲームで言ったら多分レイド級か少なくとも準レイド級だから……! 知らんけど!」
「いいから準備しろって!!」
クソ猫との会話を終えたのか星蝕者が一斉にこっちに振り向く。
>「さて。では、始めましょうか。誰が殺しても恨みっこなし――ですよ!」
>「ああああああああああああああ! やっぱりいいいい!
少数を大勢でボコるのはああああ! 良くないと思ううううううう!」
まだ接近してくるタイプはまだいい…だが…出鱈目に乱射してくる銃タイプが厄介すぎる!!
>「テンペスト・ヘイスト! 我のことは気にしないで基本避けてね!」
そう…僕にも余裕などない…!急所に…一撃でももらえば余裕であの世行きだ!
「フン!」
横の壁を蹴り瓦礫…埃で視界を奪うついでにたまたま破った先の空間に飛び込む。
「カザハ!」
>「アトモス・リフレクション!」
煙によるリアルな妨害も…幻覚のような魔法的妨害も…問題なく適用される…!それなら勝機は…ある…!
狭い地形に必要以上の大所帯…それに埃による大量の煙に幻覚…ここまでくれば当然ヘタに撃つわけにはいかないはずだ。
僕は狼狽えていながらも…それでもなお僕を倒さんと前進してくる星蝕者に向かって走る。
「狙うのはお前だ!」
銃を持っている敵の高等部に目掛けて拳で一撃。よろめいたところに更に更に両手で一撃を食らわせる。
そしてそれで止まらず床に倒れた相手の頭に目掛けてサッカーボールのように蹴り上げる。
近接タイプが僕に気づいて振り向く。
「部長!」
部長が光刃を持った星蝕者の一人の肩に噛みつくそして星蝕者はそれを腕で払いのけようとする。
しかしはがれない…いくら強靭な力を持っていてしても肩を引きちぎるような覚悟で剥がそうとしなければ部長は決して外れない。
判断ミスだったな…武器でさっさと振り払えばワンチャンあったろうに…ま…部長に齧られて正常な判断できる相手はすくない…
そうゆう風に…人間が一番冷静でいられなくするためにどこをどう噛まれれば一番いやなのか…部長を僕が訓練したから。
「おらあ!!」
部長に注意が向いていた星蝕者の顔面に鋭い蹴りを放つ。
幻覚を浴びそれでもイノシシのように突出した二人をなんとか倒す。
-
星蝕者を倒した…それも無傷で……いや…無傷…とは言えなかったか
「クッ…」
星蝕者を殴りつけた手や足から血が流れる。
「くそが…どんだけかてえんだよ…」
星蝕者の会話を聞く限りカザハの方も何人かやったようだ…大金星の勝利ではあるが…
「たかが数体って事か…」
星蝕者はまだ大量にいる…今は幻覚や目くらましでまだ満足には動けないが…。
その内暴れ出す奴もでてくるだろう…味方を巻き込んでもだ。
カザハと距離を取らされ…シンプルに人数不利…
それにクソ猫と…脳筋のお仲間までいるような状態だ…どうすればいい…
「そうだ…こいつらの装備を剥げば…!」
そう思い僕は倒れた星蝕者に触れる。もうピクリとも動かなくなった星蝕者をみて一瞬【あれ…僕もしかして…殺った?】と思ったが
星蝕者の体はフアアという効果音と共に光になって消えてしまった…装備ごと。
「…クソッタレ」
考えろ…どうすればいい…カザハと僕…二人をこの場から五体満足で脱出する方法を…
とりあえず合流しなければいけない…それから…合流して…それから…
どうにもならない。
圧倒的に人数不足だ…逃げるにも…立ち向かうにも人数が足りない。
不意打ちで何人か倒す。しかしカザハと僕の間にはまだ大量の星蝕者がいる。
ババババババッ
幻覚の効果が弱まり僕に目掛けてなんとなく連射し始める奴まで現れた。
壁を壊したり横道を増やす事で逃れ逃れやってきたが…僕がその銃の標準に捉えられるのも時間の問題だろう。
部長のスキルを使って正面突破…?囲まれた状態じゃだめだ…それこそ一斉攻撃を浴びて終わってしまう!
>「終わりだとかみんな消えるとか……そんな……そんな悲しい事言わないでよ!
吟遊詩人のキミなら分かるよね!? ブレモンの音楽が素晴らしいってこと!
だったら、そんな音楽が彩る世界もきっと素晴らしいんだ……!
大体キミはまだ本領発揮してすらないじゃん! 吟遊詩人のくせに最後まで本職で戦わずに終わるつもり!?
それとも何!? 看板に偽りあり!? 肩書だけのフレーバーだったの!?」
迷っていた僕にカザハの叫びが聞こえる。
>「二人とも聞いて! これがブレイブ&モンスターズの通常戦闘曲「バトル1〜勇気の魔法〜」ヴォーカライズバージョンだ!
見てて! 吟遊詩人とパワーファイターは最高の組み合わせなんだ!」
-
声が聞こえる…音楽が聞こえる。
その圧倒的な歌唱力に星蝕者すらも動きを止め…聞きほれる。
僕はその隙にカザハの元に走る。
>「ジョン君! かっこいいところ、あの二人に見せてあげてください!」
「あの二人!?」
それってクソ猫と脳筋って事!?
二人の顔を見る。二人は完全にカザハの観客と化していた。
一体なにがなんだかわからない…わからないが…
「やればいいんだろ…殺れば…!」
いつもの事だが魂に響く歌声は…いつ聞いても気分が昂ぶる…例え場所がこんなきったねー下水道だろうが…。
しかも今回は更に…湧き上がる力を感じる…感情の昂ぶりを感じる。
「この…気持ちはなんだ…?…いうならば…そう!…RPGで即再行動を付与されたかのような高揚感!」
自分でも何を言ってるのかよく分からないが…理屈ではない…興奮・高揚…とにかく言葉には言い表せないレベルでの気分の…高まりを感じる。
「いくぞ部長…今ならこんなザコども相手にすらならん…そんな気がする
「雷刀(光)(サンダーブレードユピテル)」プレイ!」
部長に雷刀を装備させ自分はローウェル印のナイフを出す。
残念だが僕には…かっこいい刀より…無骨で…性能重視のこのナイフがしっくりくる。
正々堂々と…星蝕者の集団に向かって部長と共に歩いていく。
「力が…全身に行き渡る!」
【闘いの唱歌(バトルソング)】
「掛かって来い…不意打ちオンリーで焦れてきた頃だろ……はやく来い!
弱い僕と部長が…弱いからこそ…辿り着いた境地を見せてやる。」
僕に同時に二人光刃で切りかかってくる。僕は冷静に目の前の星蝕者に対処する。
攻撃を最低限の動きで避けナイフを首元を掻っ切る。
さっきの戦闘で敵が完全な行動不能状態になると消滅するという情報を手に入れた事が大きかった。相手が死なないと分かれば…僕も全力が出せる。
スポーツとしての技術ではなく…正真正銘殺人の為の技を。そしてそれは部長も同じである。
もう一人も僕に向かって武器を振り下ろそうとする。しかしそれは叶わない…部長に阻まれて。
「にゃ」
指輪の効果で歌の効果が跳ね上がり…そしてまた指輪の効果で雷刀の鋭さもまた飛躍的に上昇している。
重装備してる部位ならともかく…全裸のように露出してる肌を切り裂くなのに…その刃の鋭さは十分すぎた。
一斉に星蝕者達が引く。
一人のブレイブとそのパートナー…それに星蝕者全体が受け身に回る異常事態に場が混乱する。
近接武器だけなら恐れる必要なし!そう誰かが叫ぶ。
その言葉に僕はニヤリと笑いナイフを構える
「本気を見せてみろ!」
【護りの祝詞(ガードフォース)】
銃の乱射攻撃がくる…それを僕は…ナイフで…弾いた。
バババババババッ
キンキンキンキンキンッ!
「僕は…もう二度と…僕の歌姫の前で無様な姿見せないと…誓ったのだ。」
半分ほどの弾丸弾き返した…跳ね返した弾丸は発射した者や近くの者に跳ね返り相手を行動不能に追い込む。
実弾系ならば…バフの恩恵もあればできないことはないというのが分かった。
音楽だけではなく…自分が成長しているというその感覚も上乗せされば今の僕の調子はピークに到達していた。
ちなみにもう半分は僕の体に着弾した。
…痛い…急所にきた分は全部跳ね返したが…さすがに弾幕全てを返すには…身体能力というより動体視力が足りていなかった。
全身から結構な血が噴き出してくる…やはり…冷静に考えてリスクとリターンがあまり合ってなかった。その点は反省点である
しかしここでカッコ悪い姿を見せるわけにはいかない…!
「…それだけか?」
しかし歌姫にかっこいい所を見せてと言われたのだ…この程度で…大騒ぎしてなるものか…!
「残念だが次はない…!「雄鶏乃怒雷(コトカリス・ライトニング)」プレイ!」
指輪の効果で範囲も威力も増大された雷は…この狭い下水道では避けようがない…。
この雷そのものは致命打足りえない…がしかし…だ
【疾風の賛歌(アクセラレータ)】
「そして雷に一瞬硬直した奴…焦って回避を入力した奴…どれも僕と部長は…逃がさない」
容赦なく隙を狩り続け…ついに星蝕者グループ第一群の最後の生き残りにナイフを向ける。
「これが人間とモンスターの協力プレイ…そして歌姫の力も借りた…ブレイブの新境地…三位一体の力…!
現実…ってのがなにかはもう僕にはわからないが…戻ったらみんな伝えてくれ…そして宣伝してくれ
ブレイブ&モンスターズは仲間と共に無限のビルドを作れる神ゲーだ…ってね」
そうして最後の一人の首を刎ねる。
-
「どうだカザハ…僕は…僕達は…かっこよかったかい?」
ただ一つ問題があった…今…僕は表面だけ見れば僕は星蝕者達を相手に正面から圧倒した。
しかし実際の所普通の人間(と思われていた人物から)の一撃必殺の不意打ちでしかない。
僕に倒された星蝕者達はカザハの歌にバフ効果があるなんて思いもしなかっただろう…複数の初見殺しが内包されたスーパー初見殺しである。
しかし…これからすぐにくる第二群である後ろからゾロゾロ現在進行形で増えている星蝕者援軍連中には…手の内がバレてる可能性が高い。
「さて…力も…かっこよさも…ブレモンの可能性も…いま見せた通りだ
本当はまだとっておきもあるにはあるんだけど…小回りが色々と効かなくてね…」
カザハが僕にかっこよく戦えと言った理由はなんとなく察している。
クソ猫…もといマリスエリスとロスタラガムを…仲間に引き入れようとしているのだと…。
このまま僕とカザハだけでは…敵ごと引き連れて撤退し生存者の命を危険に晒すか…もしくは…ここで死ぬしかない。
がしかし…この二人が仲間になるなら…話は別だ。
星蝕者第二群はこの惨状をみて…明らかにカザハを警戒している…数でカザハに詰め寄られたら僕だけでは守り切れない。
そもそも…今回は下水道・不意打ちだったからよかったものを…広い場所で冷静に空飛べばいいじゃん。そう気づかれた時点でこの戦法は破綻する。
今ここで…この二人を仲間に出来なかったら僕達は詰む。
最低でもここからの脱出を手伝ってもらわなければ…。
「………僕は…正直に言えばこの世界に愛着などない」
だってそうだろう?所詮ゲーム。所詮暇つぶし。だ。
確かに他のゲームよりは熱くなったりはしたけれど…だからといってそれ以上はなかった…今までは。
「でも僕は…仲間が愛したこの世界を…次のゲームが始まるからなんて理由で…いやどんな理由だろうと滅ぼされたくないんだ
僕はこの世界が好きな僕の仲間みんなが好きだ…カザハを愛してる!…だからこそ…ローウェルを…正さなきゃいけないんだ」
僕は汚水で塗れた床に正座し…そのまま頭を下げる。
「頼む…マリスエリス…ロスタラガム…お前らにもなにかそうしなきゃいけない理由があるんだろう…だけど…
特別な条件とか…僕には提示できないけど…けど!僕にできる事なら何でもする…!」
気丈に振舞っているがなゆは…もうそんなに長い時間残されていないのかもしれない。
なゆの負担をなるべく減らす為にも…長時間撤退戦をするのは…どうしても避けたい。
「落ち着いたら僕の事を星蝕者達に差し出せばいい。
お前たちが不甲斐ないから油断させて捕まえて来たとかなんとか言えば…面目だって立つだろう…だから…頼む。」
その為なら僕の命を賭けたっていい…なゆはそんな事するなって怒るだろうけど…僕には僕の命以上にみんなが好きだから…。
別に無駄に捨てるつもりは一切ない。僕一人なら…手足を縛られてもどうにもでもできる自信ある…
どんな条件を出されるのか…そもそも承諾されるのか…わからない。それでも…今の僕にとって仲間達の命以上に…大切な者なんてない。
【プレイヤー・モンスター・歌姫の三位一体のパワーで星蝕者第一群撃破】
【しかし完全な手づまりの為…渾身土下座で二人に仲間になるように懇願する】
-
マンダレイ・ベイ外の大通りを、気を失ったなゆたを横抱きにしたエンバースが闊歩する。
すぐにその姿は『星蝕者(イクリプス)』らの知るところとなり、無数の少女たちが群れなして襲い掛かってきた。
多勢に無勢だ。しかもなゆたを抱えたエンバースは両手がほぼ塞がり、戦闘できる体勢ではない。
が、しかし。
>邪魔だ。通してくれ
遺灰の男がダインスレイヴの柄を捻った瞬間、まるでガスバーナーのコックを捻ったかのように、
その全身から蒼い炎が迸った。
揺らめく無数の炎塊が、あたかも大きな鰭を持つ優雅な熱帯魚のような姿を取り、エンバースの周囲を揺蕩う。
一見して目見張るほど鮮やかで美しい光景だが、むろん其れは単なるエフェクトではない。
大きさも色味も、宙を泳ぐ速度も何もかも違う炎の魚たちは、いわばエンバースの身を鎧う浮遊機雷。
そのはためく美麗な鰭に触れようものなら、爆発と閃光が相手を焼き尽くす。
まるで、見る者すべてを攻撃する『闘魚(ベタ)』のように。
「うお!?」
「なんだ……これは!?」
「くそッ! こんな小細工で!」
派手に爆発、炎上する魚たちに進路を阻まれ、『星蝕者(イクリプス)』たちが歯噛みする。
そして、怯んだ侵略者たちの隙を衝き、閃光と爆炎に乗じてフラウがひとり、またひとりと敵を屠ってゆく。
>それで?これでどうやってブレモンを好きにさせるんです?
フラウがマスターに問う。
エンバースは先刻『シンプルにブレモンが面白そうだって思わせてやればいいんだ』と言った。
其れは明神の提案した、SSS下げを行うことでβテストのプレイヤーを萎えさせるという作戦とは真逆のもの。
>最高にカッコよくカメラに映るんだ――思わず、このブレイブ&モンスターズをインストールしたくなるくらいにな
エンバースの提案した作戦。
それは、ブレモン上げを行うことでSSSのプレイヤーにブレモンへの興味を喚起させる――というものだった。
炎の魚たちを周囲に侍らせたまま、エンバースは悠然と病院区画への道を進む。
その歩みを止められる者は誰もいない。
>……ウィズリィ、みのりさん。俺の付近の生体反応を精査する事は出来るか?
別にコイツらを全員やっちまってから、のんびり探してもいいんだけどさ
《やっとんでぇ〜。そこから六百メートル先の建物に推定人間の生体反応。更に二キロ先に病院や。
マップ上にガイドビーコンを表示するから、其方に向かっておくれやす〜。
それから……さっきのエンバースさんの作戦やけど。面白そうどすなぁ、うちも一枚噛ませてもらいますえ?
最高に格好ええフラウさんを演出するさかい、おきばりやす〜!》
みのりがエンバースの声に応じる。
と、スマホのマップに明滅する矢印が表示された。それが探している人物かはまだ不明だが、
いずれにせよ生存者であるのなら救助する必要があるだろう。
「こんな雑魚ひとり相手にいつまで手を焼いてる!?」
「ええい、撃て! 撃ちまくれェ!」
接近戦は不利と見た『星蝕者(イクリプス)』が、エンバースの射程距離外からの攻撃を試みる。
両手に巨大な宇宙銃を装備したガンナーのクラス『サジタリウス』が、炎魚へ向けて弾幕を撃ちまくる。
しかし、それによって発生した硝煙も爆発もまたフラウの行動を助ける結果にしかなるまい。
超レイド級・ホワイトナイツロードを模した姿に変わったフラウが、当たるを幸い『星蝕者(イクリプス)』を薙ぎ倒してゆく。
そして。
フラウが流麗な挙動で『星蝕者(イクリプス)』をひとり駆逐するたび、カットインが入る。
みのりの機転だ。その刃から、翼から、虹色の美しいエフェクトが溢れ、圧倒的な映像美がフラウの戦いを彩ってゆく。
壮大でテンポの速い戦闘BGMが、スタイリッシュな戦闘に昂揚を付け加える。
『星蝕者(イクリプス)』たちはただ、究極の竜の模造品を相手に蚊トンボよろしく撃墜されるばかりだ。
星蝕のスターリースカイは、プレイヤーが多数の敵を相手に無双し爽快感を得るというのが最大の売りである。
それが、いつの間にか自分たちの方がモブ敵のごとくフラウの引き立て役となり、敗北を押し付けられている。
もっと爽快な娯楽を、圧倒的な強者感と全能感を味わうために、βテストにエントリーしたというのに。
結果――
戦闘が一段落する頃には、『星蝕者(イクリプス)』の姿は当初の半分以下になっていた。
すべてフラウが平らげたという訳ではない。大半は勝ち目がないと思って逃走、撤退したのだ。
そして、その中にはエンバースとフラウの美しくも他の追随を許さない戦闘に感銘を受けた者も、少なからずいた。
「なんだよ、このゲーム! こっちよりブレモンのが楽しそうじゃねぇか!」
「ブレモンってオワコンじゃなかったのかよ……!?」
「まだ登録できるんだっけ? それなら――」
撤退する、或いはその場でログアウトしたのか掻き消えるようにいなくなる『星蝕者(イクリプス)』らがそう口走るのを、
エンバースは確かに耳にするだろう。
-
戦闘後エンバースは目当ての人物を途中で保護することに成功し、病院区画へと到着した。
幸い探し人は道中『星蝕者(イクリプス)』に襲われることもなく無事でおり、エンバースに倣って病院までついてきた。
病院の周囲にも幾人かの『星蝕者(イクリプス)』がいたが、今までのようにフラウが蹴散らすのは難しくないだろう。
病院からワールド・マーケット・センターへのポータルも繋ぎ、避難者たちは自由に行き来することが出来るようになった。
が。
なゆたはまだ目を覚まさない。
病院のベッドで横になったまま、大量の汗をかき、時折苦しげにうなされている。
「……原因不明の症状です」
病院へ到着してしばらく経った後、なゆたを診た医師は病室の中でそうエンバースに告げた。
院内には付近から避難してきた負傷者や米軍の生き残りなど多数の患者がいたのだが、
エンバースが周辺の『星蝕者(イクリプス)』を排除したことで、優先的になゆたを診察して貰えることになった。
世界中からやってくる観光客、特に大富豪の生命を保障するため、
ラスベガスの病院は施設、規模とも世界有数レベルのものが揃っている。もちろん、医師の腕も超一流だ。
だというのに――その施設と医師をもってしても、なゆたがこれほど消耗している理由が分からないという。
今は栄養剤の点滴を受けているが、そんなものは何の慰めにもならないだろう。
「疾病、負傷、毒素の有無。臓器の不全、脳波や精神の疾患に至るまで調べましたが、何ら異常は認められません」
なゆたの横たわるベッドの傍で医師が言う。が、実際になゆたは苦しんでいる。これが異常でなくて何だというのか。
「お力になれず、申し訳ありません。
……何かあれば、すぐに報せて下さい」
他にも手当てを必要としている人間は大勢いる。人数に限りあのる医師が、
いつまでもなゆたにだけかかずらっている訳にはいかない。
看護師に呼ばれると、医師はなゆたとエンバースのいる病室から出て行った。
ドア越しに遠く喧騒の聞こえる、静かな病室の中で、なゆたは昏々と眠り続ける。
『ぽよよぉ……』
ポヨリンがせめて主人の苦しみの幾許かでも取り除きたいとなゆたに寄り添い、
その額に浮いた汗を時折舐め取るが、なゆたの容態が快方に向かうことはない。
「ぅ……」
どれほど時間が経っただろうか、昏睡していたなゆたの瞼がぴくり、と動く。
ゆっくりと、緩慢に、殊更の時間をかけて、なゆたは目を覚ました。
「……ここは……」
エンバースが何事か声を掛けると、なゆたはやっと気付いてエンバースへ焦点の朧な視線を向けた。
そして、そっと微笑む。
「エン……バース……。
わたし……また迷惑……かけちゃったみたいだね……」
ぴいぴいと泣きながら主人に頬擦りするポヨリンをあやしながら、なゆたが謝罪する。
そして、すぐにシーツを捲って起き上がろうとする。
「でも、もう大丈夫……。
さっきの、マンダレイ・ベイにいたおばさんの息子さんは? 保護できた……? よかった。
じゃあ、もうひと頑張りしよう……。まだまだ、周りのホテルにもわたしたちの助けを求めてるひと……が――」
何とか立ち上がろうと試みるものの、またがくり、と脱力。ベッドから危うく転がり落ちそうになる。
そして、其処でエンバースは目撃するだろう。
なゆたの右手が、ほとんど向こうが透けて見えてしまう程に薄く――消えかかっているところを。
「あ――――」
ベッドで上体を起こし、軽くおのれの手を翳しまじまじと眺めながら、なゆたはどこか呑気な声を漏らした。
すっかり希薄になってしまった手からは、金色の砂のようなものが絶えずさらさらと零れては、
床に落ちることなく途中で空気へ溶け消えている。
「タイムリミットが……来ちゃったみたい」
なゆたは再度エンバースを見遣ると、困ったように眉を下げて笑ってみせた。
今まで、なゆたは『ブレイブ&モンスターズ!』の世界を救うため、死力を尽くして闘ってきた。
度重なる死線を潜ってきたのはカザハや明神、ジョンも同じだが、
特にシャーロットの記録を復元してからのなゆたは銀の魔術師モードへの覚醒のため、
幾度も生死の境を彷徨い、限界以上の力を使ってきた。
文字通り、命をすり減らして戦ってきたのだ。
加えて、なゆたは明神たちと違ってまっとうな『この世界にあるべき生命』ではない。
メイン・プログラマーであったシャーロットが自分の不在にローウェルへ対抗するため生み出した、
いわば急ごしらえのイレギュラーなNPCであったのだ。
そんなキャラクターが、自らの許容量を遥かに超える性能を無理矢理引き出して何度も行動したのだ。
その皺寄せが、今になって一気に来たということなのだろう。
-
「こんなときが……いつか来るんじゃないかってことは、予感してた……。
銀の魔術師なんて、あんなチートスキル……何度も無制限に使えるものじゃないなんて、当たり前のこと。
使えば使うほど大きな代償が待ってる、そんなの……ゲームのプレイヤーならみんな知ってる、でしょ……?」
あはは、となゆたはまた笑った。
手から零れている金色の粒子は、なゆたの命そのもの。
なゆたの生命が、“崇月院なゆた”というキャラクターのデータそのものが、崩壊しかけていることの証。
そんなことが地球の医師に理解できるはずもない。なゆたの異変は最初から医学以外のところにあったのだから。
「……みんなには言わないで」
対の腕でエンバースの外套の裾を掴み、決意の籠もった眼差しでその異貌を見上げる。
もうすぐ。もうすぐすべての元凶である大賢者ローウェルの喉元に迫れるまで漕ぎ着けたというのに、
こんなところで仲間たちの歩みを鈍らせる訳にはいかない。
《なゆちゃ―――》
病院での異変に気付いたみのりが虚空にウインドウを開き、仲間たちと共有している回線を通じて介入しようとしてくる。
なゆたはすぐにスマホをタップすると、オープンにしていた回線をクローズに切り替えた。
同時にエンバースにもそうするよう視線で促す。
これで病室内のことは当事者の他、みのりとウィズリィ以外には伝わらなくなった。
《……なゆちゃん》
「そんな顔しないでよ、みのりさん……。
これは、わたしが選んだ道。どちらにしても避けられなかった結果、なんだ……」
仮に、銀の魔術師モードを使うことで不可逆な消滅が訪れると事前に理解していたところで、結果は変わらなかっただろう。
自分の命を代償とすることで仲間たちを、世界を救うことが出来るのなら安いもの。
現状は単に、リスクの詳細を知っていたか知らなかったか。それだけの違いに過ぎない。
《ナユタ……! 貴方、どうしてそんなに冷静なの!?
身体が消滅しかかっているのよ!? ミノリ、早急に対処を! ミノリ……!
……ミノリ?》
ディスプレイの中でウィズリィが慌てたように捲し立てる。
だが、みのりは動かない。いつものはんなりとした表情を消し、ただ沈黙している。
みのりの沈黙が示すもの、それはたったひとつ――
《ミノリ、貴方、まさか》
ウィズリィは唇をわななかせた。
みのりの片眼は魔王バロールと同じ、この世のすべてを見通す『創世の魔眼』なのだ。
そのみのりが、なゆたを見て異変に気付かない訳がない。
そう――みのりはずっと以前から気付いていた。
気付いたうえで、事実を語らず秘していたのだ。
愕然とするウィズリィをよそに、なゆたは小さく息を吐き出すと、エンバースの外套を掴んでいた手を離した。
そして、代わりにその半分だけ復元した頬に触れようとする。
「エンバース、また……あなたを厄介ごとに巻き込んじゃったね。
ずっと、わたし……あなたに頼りっぱなしだ。
マイディアさんの遺志を受け継いで、強くなろうと思ってたのに……なかなかうまくいかないや……」
ゆる、とエンバースの生身の頬を緩く撫で、なゆたは儚げに笑った。
「どこへだって連れて行ってやるって、言ったよね……。
……連れて行って、わたしを。最後の戦いへ、その果ての勝利へ」
さらりと零れた命の粒子が、エンバースの膚を掠めて溶けてゆく。
「この身体が消えるとしたら……その最後の瞬間まで、わたしはあなたと一緒にいたいよ」
今から戦線離脱し、出来る限り心身に負担を掛けずこの病院で静かに過ごしていれば、
幾許かでも消滅までの時間を遅らせることは可能かもしれない。
しかし、命惜しみして最後の決戦に参加せず終われば、なゆたはきっと一生後悔して過ごすことになるだろう。
生きるとは、痕を残すこと。何事かを成し遂げること。
そう思えばこそ、なゆたは戦い続けることを選ぶのだ。
「みのりさん、あとどれくらいでローウェルの居場所を掴める……?」
《今、管理者権限をフルに活用してやっとるけど……だいぶ範囲を狭められとるよ。
早くてあと二日ってとこやろかねえ》
「じゃあ、お願い。あと四日――ううん、あと三日でいい。わたしの身体がまともに動くようにして」
なゆたの選んだのは、短期決戦。
あと二日でローウェルの本拠地を特定し、残りの一日で其処を制圧。
ローウェルを撃破する、という電撃戦であった。
-
《そんな無茶な――》
当然のようにウィズリィが反対しようとする。言うまでもなく、これは分の悪すぎる賭けだ。
仮に期間限定で身体を復調させられたとしても、みのりが二日以内にローウェルの居場所を突き止められなければ終わりである。
けれども、なゆたは敢えてそんな提案に自らの運命を賭けた。
同行する期間こそ短かったものの、ずっとパーティーのバックアップとして貢献してくれたみのりを、
今更疑うべくもない。
《……ええよ。
今から調整を行うさかい、ちょぉっと待っとってなぁ》
「ありがと、みのりさん……」
《ちょっと……! ミノリ! そんなに簡単に請け負ってしまっていいの!?
ナユタが消えてしまうかもしれないのに! そんな寿命を縮めるようなことを……!》
《三日間、やね。期間内なゆちゃんの身体が最大限パフォーマンスを発揮できるよう、パッシブスキルを付与するなぁ。
なゆちゃん、最後となったら出し惜しみ無しで行くやろ? ステータス軒並み底上げしとこか。
生命力と魔力の最大値も増やしとくさかい》
「ワオ、さっすがみのりさん……! わかってるぅ……ふふっ」
ディスプレイ越しにみのりがコンソールコマンドでなゆたの強化を実施するのが見える。
痒いところに手の届くみのりの手腕に、なゆたが快哉を叫ぶ。
だが――
《信じられない……!
ナユタ、貴方、このままだと死ぬのよ!? なのに、どうしてそんなに平然としていられるの!?
ミノリも! ナユタの死を後押しするようなことを、何故当たり前みたいに受け入れているの!
エンバースさん、ふたりを止めて!》
ウィズリィだけは、そんななゆたとみのりの遣り取りが信じられないといった様子で声を荒らげた。
ディスプレイ越しにウィズリィがエンバースを見る。何となれば、腕ずく力ずくで止めろとその瞳が物語っている。
けれども、今更止められるものではない。なゆたはとっくに覚悟を決めているし、
みのりもそんななゆたの性格を知悉しているがゆえ、仮に万言を弄したところで止められないと――そう理解している。
だからこそ。
めまぐるしく動くみのりの手に、ぽた、ぽたり、と雫が落ちる。
みのりは頬を伝い零れる涙を拭うことさえせず、スキルを組み上げ続けた。
《……コマンド実行。スキル『ファイナル・デスティネーション』起動》
ぎゅんっ!!
みのりが虚空に表示されたホログラムキーボードの実行ボタンを押すと同時、なゆたの身体に活力が注ぎ込まれる。
蒼白だった顔に赤みが差し、汗が引く。その姿はいつもの元気ななゆたと寸分違わない。
「きたきたきたぁ!」
なゆたは勢いよくベッドから降りると、手を握ったり開いたり軽くジャンプしてみたりして身体の具合を確かめる。
「あはっ、すっごい! さっきまでの具合の悪さがウソみたいに身体が軽い!
ありがとう、みのりさん! これで、わたし最後まで戦えるよ!」
《……そんなん、お安い御用やよ》
確かに、なゆたは復調した。危機的状態から脱却を果たした。
ただし――これは一時的なもの。仮初のもの。
この効果が切れたとき、なゆたには逃れ得ぬ絶対的な死が待っている。
「……『終着駅(ファイナル・デスティネーション)』……か。
これが、わたしの長い旅の……最期の、終焉の場所――」
握っていた手を下ろし、小さく呟く。
例え、この旅の果てに自分を待っているものが死でも、消滅であっても。
この命と引き換えに世界の崩壊を防ぎ、皆の幸福を守れるのだとしたら、悔いはない。
崇月院なゆたというキャラクターを完結させるための、最後の旅。
それを、これから始めよう。
なゆたは大きく振り返ると、エンバースと向き合った。そして長い髪を揺らし、病室から出て行こうとする。
「……ごめんね。エンバース」
すれ違いざま、ぽつりと囁く。
その謝罪は自分の我侭に付き合わせてしまう罪悪感からか、
それともマイディアと同じくエンバースに死別の悲しみを味わわせてしまう後悔からか――。
いずれにせよ、既に賽は投げられてしまった。なゆたはポヨリンを伴い、
扉を勢いよく開くと、新たな生存者を探しに向かった。
-
「おいおい、なんだこのクソゲー!」
「せっかくキャラデザが可愛いから、インストールしようと思ってたのに……」
徹底的にプレイヤー心理を衝く明神の作戦に、最前線にいた何人かの『星蝕者(イクリプス)』の姿が消える。
恐らく、明神の演出したクソゲーぶりに愛想を尽かしてログアウトしたのだろう。
「へっへーんっ! βテストのアンケートに書いとけ、バーカ!
『深みのない制服女より銀髪褐色槍持ち美少女の方が至高』ってなぁー!」
ログアウトし戦場から消える『星蝕者(イクリプス)』らに、ガザーヴァがアッカンベーする。
「ふふ……やったのう。急拵えの作戦にしては、効果は上々といったところかの」
すぱ、と長煙管から煙をくゆらせながら、狼の姿から元に戻ったエカテリーナも上機嫌で零す。
確かに、作戦はうまくいった。
ただし今この戦場から離脱したのはせいぜい数十人程度で、すべての戦力を削ぐには至らない。
明神の垂らした『毒』が真の効果を発揮するのは、これからだろう。
嫌がらせとしか思えないこの仕様(?)を目の当たりにした『星蝕者(イクリプス)』たちが、
上位者のフォーラムやSNSといった媒体でこの経験を宣伝し、それが伝播してゆくまで――。
それに。
『グフォ……』
前方を注視しながら、マゴットが警戒するように得物の錫杖を構え直す。
『星蝕者(イクリプス)』はザ・ストリップから全員撤収した訳ではない。
依然として、目の前には十数人の『星蝕者(イクリプス)』が残っている。
その様子はミーハー気分でログアウトするかどうか迷っているようにも、窓落ちしたようにも見えない。
また、あれほどの明神の 嫌がらせに対して萎えた様子も、また文句を言うような様子もない。どころか――
『明らかにやる気を増している』。
そう。
ログアウトしたのは、美麗な少女のキャラグラに惹かれたり、無双的なゲームシステムに興味を覚えた、
もしくは話題性からβテストに応募した、いわゆるライト層。
しかし、ことゲームの世界には存在するのだ。ゲームの仕様がクソであればあるほど、
ユーザーフレンドリーとは無縁の無茶苦茶な内容であればあるほど燃える、達成し甲斐がある……と認識する輩。
所謂『クソゲーハンター』という種族が。
そういった輩に、明神のクソゲー演出は効果を及ぼさない。どころかそのモチベーションを逆に上げるまである。
今現在この場に残った『星蝕者(イクリプス)』はそういった手合いなのだろう。
あれほどクソゲーぶりを謳ったというのに、逆に薄笑いを浮かべ高い士気を維持しているように見えた。
「――来るぞ!」
束の間の勝利に浮かれていたガザーヴァも、残存戦力がライトユーザーでないと認識し、槍を握り直す。
どんっ! と大気をどよもす震動と共に、『星蝕者(イクリプス)』の第二陣が突進してくる。
「く……! コイツら……!」
ガィンッ!! と暗月の槍で攻撃を防ぎながら、ガザーヴァが呻く。
エカテリーナとマゴットもそれぞれ接敵するものの、先程の第一陣のように軽く往なすことが出来ない。
『星蝕者(イクリプス)』の致命的な弱点である攻撃モーションのワンパターンさ、手数の少なさを、
早くもテクニックで補う者が出てきたのだ。
それは奇しくも先程明神が仲間たちに注意を促した内容が現実化した形だった。
「ハッ! 先の連中に戦わせて、自分たちはボクたちのやり方を様子見してたってコトか! ずっりーな!
でもなァ……ボクたちも、手の内全部見せたワケじゃねぇんだよ!
明神! 『超合体(ハイパー・ユナイト)』だ!!」
明神がスペルカード『超合体(ハイパー・ユナイト)』を使用するとマゴットの身体が無数のデスフライに変化し、
巨大な蝿球となってガザーヴァの身体を覆ってゆく。
「ははははははッ! そぉーらッ! 幻蝿戦姫ベル=ガザーヴァ、ロールアウト!
いっっっっっくぜェェ――――――――ッ!!」
王冠をかぶり、各所に髑髏のあしらわれた露出度の高いコスチュームに身を包んだガザーヴァが、
哄笑を上げながら戦場を縦横無尽に飛び回る。
その攻撃は圧倒的だ。ガザーヴァが暗月の槍を一閃するたび、致命傷を負った『星蝕者(イクリプス)』が消滅する。
また、超レイド級召喚時はフィールドが有利属性に変わる。ザ・ストリップの目抜き通り周辺は見るもおぞましい地獄に変貌し、
結果としてそのフィールド内にいる『星蝕者(イクリプス)』は全員動作の鈍化、dotダメージ、
回復アイテムの効果減少などのデバフを受けることになった。
無数のデスフライの集合体であるベル=ガザーヴァには、『星蝕者(イクリプス)』の光子刃も宇宙銃の銃弾も、
何もかもが通用しない。エカテリーナの虚構魔術で生み出した巨狼と同様だ。
「ふん、妾も負けてはおれぬな! 幻魔将軍にばかり手柄は立てさせまいぞ!」
エカテリーナも負けじと再度巨狼へ変じると、『星蝕者(イクリプス)』の中へ躍り込んでゆく。
今や戦況は超レイド級モンスターと十二階梯の継承者、ニヴルヘイムとアルフヘイムそれぞれの最高戦力によって覆され、
完全に『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の――明神の独壇場となった。
-
人知を超越した超レイド級の強さに、『星蝕者(イクリプス)』たちも流石に無策での突進を避け、様子を窺う。
今までの激しい戦闘から一転して、束の間『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』と『星蝕者(イクリプス)』とが睨み合う。
今のところ、状況は『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の圧倒的優勢。
しかし、といってまだまだ『星蝕者(イクリプス)』もいなくなる気配はない。
数十時間、場合によっては数百時間に及ぶ苦行に等しいプレイにも耐えるクソゲーハンターだ。
この程度の理不尽は投げ出す理由にならない、ということだろうか。
とすれば、ここから先は根比べだ。『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の気力が勝るか、
『星蝕者(イクリプス)』の執念が勝るか。どちらかが全滅するまでの、壮絶な消耗戦を展開するしかない――
と、思ったが。
「やめとけ、やめとけ。
お前さんらじゃ、束になったってこの兄さん方にゃ勝てねェ。無駄に悔しい思いをするだけさ」
睨み合う両陣営を宥めるように、不意に声が聞こえた。
声の方へ視線を向けると、戦場にそぐわないのんびりした歩みで、ひとりの人物が此方へやってくるのが見える。
その姿に、明神は見覚えがあるだろう。
漆黒のキャソックの上に羽織ったインバネス、目深にかぶったテンガロンハット。
無精髭の生えた口許に不敵な笑みを湛えた、三十代後半程度の年齢の男。
背には大きな十字の刺繍――十二階梯の継承者第二階梯にして、アルフヘイム最強の傭兵。
その名も、
「アラミガのおっさん!?」
「な……、『真理』の賢兄……!」
『真理の』アラミガ。
かつて螺旋廻天レプリケイトアニマでバロールに雇われた助っ人として参戦し、
無類の強さを誇るマル様親衛隊隊長・さっぴょんを苦もなく撃破してしまったアラミガが、この場にいる。
想定外の人物の登場にガザーヴァが叫び、エカテリーナが驚きの表情を浮かべる。
「よっ」
アラミガは紙巻き煙草を銜えながら、軽く右手を持ち上げた。
飄々とした態度の闖入者に、『星蝕者(イクリプス)』が気色ばむ。
「なんだ? お前は! 邪魔するな!」
「ブレモン側の追加戦力か……?」
「俺ァしがねェ雇われの傭兵さ。万が一の援軍にって言われて来たンだが、必要なかったかねェ?」
「なんだと、どういう意味だ!」
「もう、勝敗は決まってるって言ったのさ。この場はお前さんらの負けだよ、『星蝕者(イクリプス)』の嬢ちゃんたち」
ふぅ、とアラミガが紫煙を吐く。
その言葉に、『星蝕者(イクリプス)』たちは益々いきり立った。
が、アラミガは止まらない。テンガロンハットの奥から冷めた眼差しで、『星蝕者(イクリプス)』たちを見遣る。
「分からねェのか? この兄さんたちは今まで長い長い旅をしてきた。幾度も死線を潜り抜け、
数えきれねェ修羅場を体験して、尚生き残りここにいる……文字通りの猛者たちだ。
昨日今日戦い始めたお前さんらとじゃ、踏んだ場数が違うンだよ」
明神たちは赭色の荒野でパーティーを組んで以来、多くの場所を巡りたくさんの敵と相対してきた。
バルログ、タイラント、バフォメット、ライフエイク、ミドガルズオルム、アジ・ダハーカ、アニマガーディアン。
マル様親衛隊、『聖灰の』マルグリット、ロイ・フリント、『永劫の』オデット、兇魔将軍イブリース。
リューグークラン、ミハエル・シュヴァルツァー、etcetc――
その誰もが恐るべき敵であった。一瞬たりとも気の抜けない強者ばかりであった。
楽勝などというものはただの一度もなく、常に薄氷を踏むようなぎりぎりの勝ちばかりであったのだ。
だが、そんな強敵たちとの戦いを、アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は生き残ってきた。
単純な興味で、好奇心で、不完全なβテストに立候補した『星蝕者(イクリプス)』たちとは、
そもそも経験値が違うのだ。
「ふざ……けるなぁぁぁぁッ!!」
しかし、厳然たる事実を突きつけられようとも、『星蝕者(イクリプス)』たちは納得がいかないらしい。
数人の『星蝕者(イクリプス)』が怒号と共にアラミガへと襲い掛かる。
鋼鉄を容易く切断する刃が、ドラゴンの鱗さえ貫き通すビーム槍の穂先が、光子の銃弾が、一斉にアラミガを狙う。
というのに。
「やれやれ、これだけ懇切丁寧に説明してやっても分からねェか」
アラミガはまったく狼狽えない。
どころか銜えていた紙巻き煙草をつまんで軽く指で弾き飛ばすと、インバネスコートの中に腕を突っ込んだ。
そして――瞬刻の一閃。
「ぅ……」
「ぐ、ぁ……」
小さく呻くと、『星蝕者(イクリプス)』たちはバタバタとその場に倒れ伏した。
アラミガの手には、細長い錐のような道具が握られている。
『ノッキング』。一部の魚類や節足動物などに見られる、獲物に針を打ち込んで神経組織を刺激し、
一時的に麻痺させる技術である。
驚いたことに、アラミガは何の変哲もない錐だけで絶大な戦闘能力を誇る『星蝕者(イクリプス)』を無力化させてしまったのだ。
-
「デケェ武器持ってりゃ強ェェと思ってるうちは、ヒヨッコのままだぜ」
ポケットからマッチと紙巻きを取り出すと、アラミガは口に銜えて火を点けた。
ミーハーなライト層ではない、そこそこ技術も造詣もあるプレイヤーをあっという間に無力化させてしまったアラミガの手腕に、
『星蝕者(イクリプス)』たちが及び腰になる。
「く、くそ……」
「……帰ンな。これ以上恥をかく前にな」
アラミガの説得に、『星蝕者(イクリプス)』たちは無力化した仲間を連れて退却した。
完膚なきまでの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の勝利だ。
これで、母艦に帰還した者たちが先程蹴散らした第一陣同様にフォーラムなどでSSSのクソゲーぶりを広めてくれれば、
まさしくこちらの思惑通りだ。
「おい、おっさん!」
勝利の余韻もそこそこ、合体を解いて元の姿に戻ったガザーヴァがアラミガへ駆け寄る。
「パパに雇われてきたんだろ? レプリケイトアニマのときみたいにさ!
じゃあ、パパは生きてるんだな! パパは? パパは今どこにいるんだよ!?」
ガザーヴァが開口一番問うたのは、アルフヘイムの王都キングヒルで大賢者ローウェルやニヴルヘイムの奇襲を受け、
生死不明となった『創世の』バロールの安否と所在だった。
どれだけ裏切られても、愛情を向けられなかったとしても、ガザーヴァにとってバロールは生みの親だ。
生きているに越したことはない、そんなことは決まっている。
が、アラミガはゆっくりとかぶりを振った。
「知らねぇ」
「ウソつけ! ホントは知ってるんだろ? 勿体ぶってないで教えろよ!
ルピを支払えばいいのか? 明神、払って!」
依頼を受けたのに依頼主の生死が分からないとはおかしな話だ。ガザーヴァは信じられないと更に食って掛かった。
そんなガザーヴァと入れ替わるように、今度はエカテリーナが前に出る。
十二階梯の継承者同士の邂逅だ。
「賢兄」
「よお、虚構の。相変わらず派手なドレスだぜ。
……お前さんからも言ってくれねェか、俺は嘘なんかついてねェってよ」
「ふむ。では、覗かせて貰うがよいかの」
「どうぞ、どうぞ」
妹弟子の特性についてはとっくに理解しているとばかり、アラミガが肩を竦める。
ならばとばかり、あらゆる虚構や虚言を見破るエカテリーナの双眸がアラミガを見据える。
しかし、エカテリーナの瞳をもってしても偽りは見受けられない。
本人の申告通り、アラミガは本当にバロールの行方については何も知らないらしい。
「さて、俺の潔白が証明されたところで――死霊術師の兄さん。ここにいるのはこれだけかい? 他のお仲間は?
仕事の内容については事前に大体把握したンだが、細かいことは現地でってお達しでね」
バロールについてこれ以上言えることはない。それよりも現状把握に努めようとしてか、アラミガが話柄を変える。
明神が説明すると、アラミガはフィンガーレスグローブを嵌めた右手で軽く顎を撫でた。
「なるほどな。じゃァ、一旦おたくらのヤサに戻るとするか。
今の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の人数も確認しておきたいし……な。
連れてってくれるかい?」
『星蝕者(イクリプス)』の撤退を以て、現段階でのザ・ストリップの戦闘は終了した。
これほどまでにこっぴどくやられたなら、『星蝕者(イクリプス)』側も今後迂闊には攻めてこないだろう。
それに、今の戦闘で疲労も蓄積している。休めるうちに休むというのは、継戦能力の維持には必要不可欠だ。
「ん。じゃー、一旦帰ろーぜ! 魔女子、『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』よろしくー!
パパの居所が分かんなかったのは残念だけど……アラミガのおっさんが加わるんなら、こっちは益々パワーアップだな!
『星蝕者(イクリプス)』も大したことねーってワカったし、ローウェルのジジーをやっつけるのももーすぐだ!
クリア後のプラン、今から考えとけよな! 明神!」
気を取り直し、ガザーヴァが明神の右腕にしがみつく。
緒戦は大成功だ。幸先のいいスタートは他の仲間たちの士気をも大いに上げることだろう。
だが――
「…………」
エカテリーナだけはただひとり、眉間に一条の皺を刻んで兄弟子の背を見詰めていた。
-
>終わりだとかみんな消えるとか……そんな……そんな悲しい事言わないでよ!
吟遊詩人のキミなら分かるよね!? ブレモンの音楽が素晴らしいってこと!
だったら、そんな音楽が彩る世界もきっと素晴らしいんだ……!
大体キミはまだ本領発揮してすらないじゃん! 吟遊詩人のくせに最後まで本職で戦わずに終わるつもり!?
それとも何!? 看板に偽りあり!? 肩書だけのフレーバーだったの!?
何を思ったか、物凄い剣幕で詰め寄ってくるカザハの勢いに、奇を衒われたマリスエリスは一瞬驚いたように目を瞬かせた。
>我、自分が吟遊詩人にクラスチェンジしてることにすら気が付かずに終わるところだったんだ……。
でも君は違うじゃん。始原の草原で君の歌聞いたよ?
あの時暗殺者技能で戦ったキミに全然敵わなかったけど……
それでもきっと、その相方と一緒なら猶更、君は吟遊詩人技能で戦った方が強い。
敵を直接なぎ倒すだけが強さじゃないんだ
「……ハッ」
しばらく呆気に取られていたマリスエリスだが、すぐに嘲るような表情を浮かべると、
詰め寄ってきたカザハの胸を右手で突き飛ばした。
「だから何なんにゃ? アタシが歌おうと歌うまいと、おみゃーさんらの末路はもう決まっとるがや。
それとも、アタシのエンチャントで強化した『星蝕者(イクリプス)』に、いっそ一思いに殺されたいってことかにゃ?
生憎、おみゃーさんの言うことなんぞ聞く義理はアタシにはにゃーがね」
突然歌のことを話題にして来た意味不明さにせせら笑う。
しかし、カザハは止まらない。
スマホを弄ると、何を思ったのかゲームの戦闘音楽を流し始める。
>二人とも聞いて! これがブレイブ&モンスターズの通常戦闘曲「バトル1〜勇気の魔法〜」ヴォーカライズバージョンだ!
見てて! 吟遊詩人とパワーファイターは最高の組み合わせなんだ!
音楽を聴いても、マリスエリスは腕組みしたまま不機嫌そうな表情を浮かべている。
が、その隣のロスタラガムはというと、音楽に合わせて軽く身体を揺らしゆっくりリズムを取り始めていた。
「フン、安っぽいメロディだにゃ」
「そーか? おれ、この曲けっこースキだぞ!」
>ジョン君! かっこいいところ、あの二人に見せてあげてください!
カザハからジョンへ檄が飛ぶ。
その指示にジョンは最初こそ納得がいかなさそうだったものの、結局は従って戦い始めた。
鬼神の如きジョンの戦いぶりに、『星蝕者(イクリプス)』は瞬く間に斃れログアウトし消滅してゆく。
が、消えてゆくユニットよりも増援の方が多い。前方にあるポータルから、
続々と新たな『星蝕者(イクリプス)』が出現してくる。
>………僕は…正直に言えばこの世界に愛着などない
>でも僕は…仲間が愛したこの世界を…次のゲームが始まるからなんて理由で…いやどんな理由だろうと滅ぼされたくないんだ
僕はこの世界が好きな僕の仲間みんなが好きだ…カザハを愛してる!…だからこそ…ローウェルを…正さなきゃいけないんだ
カザハに触発されたのか、何を思ったかジョンは突然その場に正座すると、継承者二人に対して深々と頭を下げた。
これには流石のふたりも予想外と呆気に取られ、目を見開く。
>頼む…マリスエリス…ロスタラガム…お前らにもなにかそうしなきゃいけない理由があるんだろう…だけど…
特別な条件とか…僕には提示できないけど…けど!僕にできる事なら何でもする…!
「はぁ〜〜〜〜???」
マリスエリスが大仰に声を上げる。
「何言っとるがね? さっきからふたりして……。まさか、アタシとロスやんにおみゃーさんらへ加勢しろ、とでも?
ハン、冗談も休み休み言うにゃぁ! 第一おみゃぁさん、さっき自分で言うとったがや?
『お前等は『敵』なんだな?』ちゅうて――『お前を許すと思うのか』とも。もーぉ忘れたんきゃぁ?
それとも脳筋ゴリラだから、自分の言ったことも覚えとらんのにゃ?」
頭を下げるジョンへ、当たり前のように痛罵を投げかける。
「その通り、アタシらはおみゃーさんらの敵だにゃ。
アタシらの仕事は、おみゃぁら二人が血ヘド吐いてハラワタぶちまけて死ぬのを見届けること。
それ以外ににゃーで!」
下水道の汚水の上で土下座するジョンの行動は、マリスエリスには何も響かないらしい。
ただ、嫌悪を隠そうともせず斟酌ない罵声を浴びせている。
しかし、ジョンは懇願の姿勢を崩さない。
>落ち着いたら僕の事を星蝕者達に差し出せばいい。
お前たちが不甲斐ないから油断させて捕まえて来たとかなんとか言えば…面目だって立つだろう…だから…頼む。
「黙りゃあ!!」
ポロン、とマリスエリスが『狼咆琴(ブラックロア)』を爪弾く。
途端、旋律が衝撃となってジョンを襲う。ドンッ! ドドッ! と、息が詰まるような苦痛がジョンを襲う。
「さんざんアタシらを敵だの許さんだの抜かしておきながら、ピンチになったら『助けてくれ』ぇ〜?
たぁけたこと抜かすんでにゃぁ! おみゃぁらの言うことに、ちぃーとでも信じられるモンがあるとでも思うとるがや!?」
大きく右足を持ち上げると、マリスエリスはガツ! とジョンの後頭部を踏みつけ、泥水にその顔を押し付けさせた。
-
「そんなに味方してほしけりゃぁ、今すぐ死んでちょぉ!
自分でその腹ァかっ捌いて、素ッ首刎ねて死んでくれせんかね!
おみゃーさんがくたばったら、残ったもうひとりに味方してやらんこともにゃーがね! ははッ!
ほれ! どうしたぎゃぁ? 『はい』は!?」
ガツ! ガッ! とマリスエリスは幾度もジョンの頭を踏みつける。
それがこの場にいる『星蝕者(イクリプス)』や、恐らく何処かから様子を見ているナイへのポーズであることは明らかだ。
自分たちが生き残るためには、どんな些細な疑念さえも抱かせる訳には行かない。
というのに。
「エリ」
マリスエリスがジョンを足蹴にする光景を見ていたロスタラガムが不意に一歩踏み出すと、
何を思ったかマリスエリスの右手首をむんずと掴んだ。
「何にゃ? ロスやん! 今、このバカゴリラに詰め腹切らせて――」
「……やめろ」
「―――――!!」
いつも陽気で笑顔を絶やさず、能天気な態度を崩さないロスタラガムの顔から笑みが消えている。
いつになく真剣な様子での制止に、マリスエリスの足が止まる。
ロスタラガムはマリスエリスをぐいっと押し退けてジョンの頭から足を下ろさせると、ジョンの傍に屈み込んだ。
「おい、オマエ。
おれたちに味方してほしーんだって?」
いーぞ」
味方になってほしいというカザハとジョンの要請を、ロスタラガムは快諾した。
「ち、ちょっ、ロスや―――」
驚愕するマリスエリスをよそに、ロスタラガムはジョンの髪を掴むとその顔を上げさせる。
そして、ニカリと屈託ない笑みを浮かべる。
「そのかわり。この戦いがぜーんぶおわったら、おれと戦ってくれよな!
今までのオマエの戦い、見てたぞ。すっげーカッコよかった! オマエ、強ぇぇーなぁー!
こんなよくわかんないやつらより、オマエと戦ったほーがゼンゼン楽しそーだ!」
ロスタラガムにとっては、正義も悪も世界の崩壊も何も関係がない。
ただ、自分が楽しいかどうか。戦って面白いかどうか。それだけが全てなのだ。
そして、カザハの「格好いいところを見せて」という願いと、ジョンの渾身の戦いは、
見事に実を結んでロスタラガムの興味を引いたのだった。
「ヤクソクだぞ! じゃあ……
おれもあっばれるぞぉ――――ッ!!」
ガィンッ!! とミスリル製の凶悪な打撃手甲を打ち鳴らすと、
ロスタラガムは物凄い勢いで『星蝕者(イクリプス)』の大軍へと突進していった。
「なっ!?」
「こいつ、裏切るつもりか!?」
想定していなかった事態に、『星蝕者(イクリプス)』たちが動揺する。
それはほんの僅かな隙に過ぎなかったものの、それを見過ごすロスタラガムではない。
瞬く間に最前線へ躍り込むと、当たるを幸い拳足を『星蝕者(イクリプス)』たちへ炸裂させてゆく。
「うははははははははははッ!!!」
喜悦の笑い声を高らかにあげながら、ロスタラガムが戦う。
小柄な体躯を生かしての高い機動力と回避力、そして高密度の筋骨が生み出す攻撃力と破壊力。
まるで小型の竜巻のような継承者の攻撃を前に、『星蝕者(イクリプス)』たちがみるみる数を減らしてゆく。
「あぁ……」
いかにも嬉しそうに哄笑を上げるロスタラガムとは対照的に、マリスエリスは絶望的な声を漏らした。
ブレモン崩壊後も生きていくため、折角プライドを捨ててまでローウェルや『星蝕者(イクリプス)』に媚を売ったというのに、
何もかもご破算になってしまった。
視線の先で、ロスタラガムが暴れている。
その様子はまるで、散々お預けを喰らっていた犬がやっと餌にありついたようにも見える。実際、
この世界の真実を知り是が非でもふたりで生き残ると誓って以来、マリスエリスはずっとロスタラガムに忍従を強いてきた。
ローウェルやゴットリープといった目上の者に対しては勿論、『星蝕者(イクリプス)』たちに対しても、
した手に出るように、逆らわないようにとずっと言い聞かせてきたのだ。
ロスタラガムはそれに不満を漏らすことはあっても、面と向かって逆らうようなことはしなかった。
きっと、それは本来自由奔放が信条のロスタラガムにとっては大きなストレスであったことだろう。
解き放たれ、思う侭に五体を躍動させるロスタラガムの、なんと生き生きとしていることか――。
-
ロスタラガムの攻勢に、『星蝕者(イクリプス)』たちが慌てふためく。
何とか作戦を立て、ロスタラガムの苦手な遠距離戦に持ち込もうとするものの、何せ下水道である。
地の利はロスタラガムにあり、うまく隊伍を整えることが出来ない。
そして、その間にもロスタラガムは低い背丈を利用として瞬時に『星蝕者(イクリプス)』の懐に潜り込み、
一撃必倒の拳打を見舞ってくる。
『十二階梯の継承者』。アルフヘイム最強戦力の称号に相応しい強さに、戦いは混乱と熾烈をきわめてゆく。
「ぎゃああ! やられた!」
「畜生! こんなクソザコに、折角何時間もかけてキャラメイクした俺のブラックホールが……!」
ロスタラガムの姿を捉えられず、代わりに深刻なダメージを与えられる『星蝕者(イクリプス)』たちが、
腹いせに悪罵を投げかける。
そして――誰かがついに口にしてしまった。
「この……“まんもの”の癖に!!」
ロスタラガムにとっての、禁忌のワードを。
「……ぁ……?」
それまで一瞬たりとも動きを止めず、下水道を跳ね回って戦っていたロスタラガムが、俄かに動きを止める。
千載一遇のチャンスとばかり、『星蝕者(イクリプス)』たちが一斉にロスタラガムを攻撃する。鋭利な刀剣が、
ビーム刃の槍が、対モンスター用徹甲弾が、炎と氷の魔法が、その小柄な身体に狙い過たず炸裂する。
「やった!」
快哉。――しかし。
「今……、なんていった……? “まんもの”……?
“まんもの”っていったのか……?」
『星蝕者(イクリプス)』の攻撃は、ひとつとしてロスタラガムに有効打を与えてはいない。
どころか、モリモリと隆起し膨張する筋肉がすべての攻撃を防ぎ、撥ね退けている。
「おれは……! “まんもの”じゃねええええええええええええええええええええええ―――――――――ッ!!!!」
声がよく反響する下水道の中での、ロスタラガムの咆哮。
ビリビリと空気が震えるような吼え声が耳を劈き、一瞬聴覚が使用不能になる。
と、次の瞬間。
ロスタラガムの近くにいた『星蝕者(イクリプス)』数人の頭が、瞬時に爆ぜた。
今までに倍する速度で動いたロスタラガムの攻撃により吹き飛ばされたのだ。それはローウェルがβテスト用にと、
『星蝕者(イクリプス)』に与えたバフをも容易く粉砕するほどの威力を誇る致死的な打撃だった。
「ぐァおおオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!」
“まんもの”。其れはロスタラガムには決して言ってはならない、禁断の言葉。
『星蝕者(イクリプス)』の中に、以前ブレモンをプレイした経験があった者がいたのだろう。それが災いした。
狂暴化(バーサーク)し、一層手の付けられなくなったロスタラガム相手に、『星蝕者(イクリプス)』が逃げ惑う。
「そ……、そんな……。こんなことが……。
バランス調整がなってなさすぎるでしょう……? いくらβテストだからって、こんな……!」
初期から交戦していたクラス・ゾディアックが、この惨憺たる有様に恐れ戦く。
「け……、継承者!
貴方、何をぼうっとしているの!? 早く、早くあれを止めなさい!」
暴れ狂うロスタラガムを特に何をするでもなく眺めているマリスエリスの姿に気付くと、
ゾディアックは一刻も早くロスタラガムを止めるようにと命令した。
しかし、マリスエリスは反応しない。
「マリスエリス! 何をしているの!? 生き残りたいのでしょう!?
私に、ナイへ口利きして貰いたいんでしょう!? だったら早くあいつを止めなさい!」
「……楽しそうだにゃぁ」
「はっ?」
「あんな楽しそうなロスやんの顔、久しぶりに見たにゃぁ。
アタシは、今まで何をしとったんにゃ……。ロスやんを失いたくなくて、生き延びることだけ考えて……。
一番大切なことを忘れとったのかもしれんがや」
「貴方、何を……。いいから、あいつを何とかしなさいよ! あの“まんもの”を! さもないと―――――」
ザンッ!!
ゾディアックが何事かを言い終わる前に、その頭が胴体を離れて地面に落ちる。
がくりと両膝をつくと、ゾディアックの死体はすぐに消滅した。
携えた『狼咆琴(ブラックロア)』の音を鋭い刃へ変え、瞬時にゾディアックを葬り去ったマリスエリスが小さく息を吐く。
「黙りゃーせ。ロスやんの悪口を言うヤツは、誰であろうとアタシの敵だにゃ」
こうなってしまっては、もうどうしようもない。マリスエリスの計画は水泡に帰した。
が、そんな状況に反して、マリスエリスの表情はどこか愉しげであった。
-
地面に倒れ伏した『星蝕者(イクリプス)』たちが、ゆっくりと消えてゆく。
何人倒しただろうか、気付いたときにはポータルは消滅し、下水道の『星蝕者(イクリプス)』はすっかり殲滅されていた。
「あ〜あ……やっちまったにゃぁ」
はぁ、とマリスエリスが大きく息を吐く。
十二階梯の継承者が参戦した後の戦いは、まさしく圧倒的と言うしかなかった。
狭い下水道の中をバーサークしたロスタラガムがゴムボールのように縦横無尽に跳ね回り、
マリスエリスの奏でる破壊の音色が容赦なく反響して逃げ場なく『星蝕者(イクリプス)』を狩ってゆく。
その様子は一方的で、結果としてジョンとカザハは確定的な勝利を収めた。
なお、狂戦士と化したロスタラガムは思う存分暴れ回るとそのままガス欠を起こし、
床に仰向けに倒れるとそのまま大いびきをかいて眠ってしまった。
『星蝕者(イクリプス)』の最後のひとりが消滅するのを見届けると、マリスエリスはゆっくりジョンとカザハの方を向く。
「勘違いしないでちょぉ、アタシたちは降りかかる火の粉を払っただけだぎゃぁ。
おみゃーさんらの手助けをした訳でも、まして味方になった訳でもにゃぁで。
依然として、アタシらとおみゃーさんらは敵同士。それを肝に銘じといてちょぉ」
ぎん、と眼差しに殺意を漲らせる。
そして、未だ気持ちよさそうに眠っているロスタラガムを抱き起こし、肩を貸す。
「次に会ったときには、必ず殺いてやるでにゃぁ。
楽しみにしとるとええぎゃ――」
前方にポータルが開き、継承者ふたりはその中へと入ってゆく。
門はすぐに閉じ、下水道にはジョンとカザハたちだけが残された。
今なお自分たちは敵同士だと、マリスエリスは言った。
しかし、ふたりはもうローウェルの許には帰れまい。マリスエリスたちの取った行動は、
明らかにローウェルの意図に反する行為。まさしく叛逆行為であった。
何となれば、既に滅ぶことが決定している世界の住人の分際で大事な新作ゲームのプレイヤーを傷つけたとして、
追手を差し向けられる可能性さえある。
今更ジョン達を始末したところで、恐らくその罪が贖われることはないだろう。
つまり。
マリスエリスとロスタラガムは、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』と敵対する理由さえ失ってしまった。
《カザハ、ジョンさん、そろそろワールド・マーケット・センターに戻って頂戴》
ジョンのチームが近隣の建物に隠れている人々やモンスターをあらかた避難させると、
ウィズリィから連絡が入った。
ジョンのチーム以外のメンバーはもう全員、マーケット・センターに戻ってきているという。
しかも明神のチームは途中で『真理の』アラミガが加わる予想外の収穫もあったという。
「ジョン! カザハ! おかえり!」
ウィズリィの作った門を潜ると、センターのエントランスでなゆたがふたりを出迎えた。
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』仲間たちと、留守を預かっていたイブリースにアシュトラーセ。
そして相変わらず離れたところにいるミハエルと、明神に連れられて来たアラミガがいる。
「まさか『真理』の賢兄がいらっしゃるなんて――」
アシュトラーセもエカテリーナと同じく、風来坊で普段消息の知れないアラミガがふらりと姿を現したことに驚いている。
「今までどちらに? 継承者の招集にも応じず……」
「そいつは教えられねェ。いい男ってのは秘密が多いもんさ」
「では、どうして今になって此処に――」
「仕事だよ、仕事。金もらっちまったからなあ」
アラミガは相変わらずの調子だ。金だけがこの世界で唯一信じられるすべて、それがアラミガの『真理』なのである。
「みんな、無事でよかった。生き残った人たちもたくさん保護できたし、まずは作戦成功! って感じ?」
一番先にマンダレイ・ベイから戻ってきたなゆたが、仲間たちの無事を確認して嬉しそうに笑う。
なゆたの容態はすっかり良くなっているように見えた。まるで、出発前のフラフラの状態が嘘だったように。
「ちょっと、過労でグロッキー状態だったみたい。
でも、病院へ行って栄養剤注射して貰ったら、これこの通り! すっかり元気になっちゃった!
もう大丈夫、これで最後まで戦えるっ!!」
皆の前で、むんっ! とガッツポーズをしてみせる。
「じゃ、それぞれのチームは報告よろしく!
ええっと、最初はわたしとエンバースのチームから。こっちはまったく問題なし!
わたしもこの通り元気になったし……でしょ? エンバース」
エントランスのソファの近くに立ってそう言うと、エンバースを見る。
むろん、みのりに頼んで制限時間付きの健康状態を与えられた――ということは絶対に内緒にして、
とその表情が言っている。
【なゆた、リミットがあと三日になる。
アラミガ出現。明神らと合流。
下水道の戦いによってマリスエリス、ロスタラガムが一時的に味方に。】
-
【ロール・プレイング(Ⅰ)】
「……ウィズリィ、みのりさん。俺の付近の生体反応を精査する事は出来るか?
別にコイツらを全員やっちまってから、のんびり探してもいいんだけどさ」
《やっとんでぇ〜。そこから六百メートル先の建物に推定人間の生体反応。更に二キロ先に病院や。
マップ上にガイドビーコンを表示するから、其方に向かっておくれやす〜。
それから……さっきのエンバースさんの作戦やけど。面白そうどすなぁ、うちも一枚噛ませてもらいますえ?
最高に格好ええフラウさんを演出するさかい、おきばりやす〜!》
「ありがとう、みのりさん……聞こえたな、フラウ。さっさと片付けよう」
エンバース=事もなげに宣言/ついでにイクリプスを一瞥――獰猛に笑う。
瞬間、再び魂核から蒼炎が溢れる/宙へと泳ぎ出す――超高難易度ステージが再構築。
一人のイクリプスは回避に専念=フラウへの注意を怠った――背後からの唐竹割りが直撃。
一人は弾幕の範囲外へと一時離脱=自ら孤立した形――フラウがそれに追い迫る/光刃を突き刺す。
一人は弾幕の撃墜を試みた=敵への集中/視界の欠如――同時多発的に弾けた爆炎越しの斬撃が直撃。
イクリプスが一人また一人と倒れていく/その度に上空が眩しく瞬く=フラウのフィニッシャーカットイン。
〈……あの。これ、落ち着かないんですけど〉
「確かに。この手の演出はオンオフ、戦闘中に一度だけとか選べた方がありがたいよな」
〈そうじゃなくて。どうせ豪奢に飾るなら……私が必殺技を使っている時にしてくれないと〉
「おっと……そうきたか。なら、見せてくれよ」
〈言われなくとも〉
フラウが炎魚を足蹴に/その爆炎を足場に跳躍/上空へと駆け上がる。
爆炎を浴びつつ跳躍してきた事で光剣のチャージは既に十分――蒼刃を高々と掲げる。
フラウの体表で蒼炎が瞬く=上空から地表へと照射されるレーダー波のように。
ナイツロード・イミテーション形態のフラウは自身の複製の集合体=故に数十もの眼を持つ。
数に物を言わせた観察眼/高高度から放たれるのは――空対地精密斬撃。
ただ光刃を掲げただけのフラウの姿が――竜が顎門に並々と炎を讃えたかのような威容を放つ。
〈偽王剣――〉
そして――イクリプス達は、逃げ出した。
ある者はなりふり構わず背を向けて/ある者は物陰に隠れたままログアウトして。
〈…………は?〉
フラウが呆然とした声を零す/掲げた光刃を力なく降ろす――地上に降り立つ。
「やられたな。切断とはマナーのなってない連中だ」
不満げに牙を剥くフラウ/同情の半笑いを浮かべるエンバース――紅く燃える瞳で空を見上げる。
さっきまでイクリプス達がいた場所のやや上後方――「そこ」にあるだろうカメラを見た。
「じゃあな、みんな。ブレイブ&モンスターズによろしく。また来いよ。今度はブレモンの方からログインしてな。
最初のリセマラではハイバラを引くまで粘るんだぞ。エンバース(ハイバラ)と魔王ハイバラのピックアップも見逃すなよ」
別れの挨拶/宣伝文句を呼びかけ/深く一息――なゆたを肩に担ぐ形へ持ち替え早足で歩き出す。
「急ぐぞ、フラウ。この跳ねっ返りを早いとこ医者に診せないと」
医者に診せてどうにか出来るのか――そんな疑念を置き去りにしようと、殊更にエンバースは歩みを早めた。
-
【ロール・プレイング(Ⅱ)】
『……原因不明の症状です』
そうして辿り着いた病院で、医師はなゆたにたった一言で診断を下した。
「……何を言ってるんだ、アンタ」
『疾病、負傷、毒素の有無。臓器の不全、脳波や精神の疾患に至るまで調べましたが、何ら異常は認められません』
「コイツの……顔色を見ろ。どう見たって異常だ。何か……何もない訳あるかよ」
こんな事を言っても何にもならない/それでも言わずにはいられなかった。
『お力になれず、申し訳ありません。
……何かあれば、すぐに報せて下さい』
「……ああ。絡んで悪かった」
医師が去った病室/なゆたは眠り続けている――エンバースは椅子に腰を落として項垂れている。
考える。何か出来る事はあるか――何もない。汗を拭いてやるくらいは出来るかもしれないが、ポヨリンの仕事を奪うのも酷だ。
いつまでこの状態が続く――分からない。時間を無駄には出来ない――だが、どうすればいい――分からない。
『ぅ……』
「なゆた……?」
不意になゆたが呻き声を零した。エンバースが慌てて顔を上げる。
窓の外では日差しの加減が変わっている――結構な時間が経っていたらしい。
『……ここは……』
「病院だ。お前は……倒れたんだ」
『エン……バース……。
わたし……また迷惑……かけちゃったみたいだね……』
「迷惑だなんて思ってない。でもかなり心配した。なあ、なゆた……少し話を――」
『でも、もう大丈夫……。
さっきの、マンダレイ・ベイにいたおばさんの息子さんは? 保護できた……? よかった。
じゃあ、もうひと頑張りしよう……。まだまだ、周りのホテルにもわたしたちの助けを求めてるひと……が――』
「おい!よせ!自分がどういう状態か、まだ――」
エンバースが思わず声を荒げて――それから今度は言葉を失った。
なゆたがベッドから立ち上がろうとして、よろめき、体を支えようとベッドに右手を突いた――その右手が、透けていた。
自分達に敗れ、消滅させられたリューグークランの皆と同じように。
『タイムリミットが……来ちゃったみたい』
エンバースは――合理的な男だ。だからこんな状況でも――ただ混乱する事が出来ない。考える事をやめられない。
どうして――理由は明白。銀の魔術師モードだ。代償なしにあれほどの力が発揮出来る訳がない。
問題は――病状だ。状態はどれくらい悪い。使用を控えれば――良くなるのか。
「……それは、治るのか?」
思考の末、エンバースはたった一言そう紡ぐ=縋るような声。
-
【ロール・プレイング(Ⅲ)】
『こんなときが……いつか来るんじゃないかってことは、予感してた……。
銀の魔術師なんて、あんなチートスキル……何度も無制限に使えるものじゃないなんて、当たり前のこと。
使えば使うほど大きな代償が待ってる、そんなの……ゲームのプレイヤーならみんな知ってる、でしょ……?』
「お前、自分が何を言っているのか分かってるのか」
『……みんなには言わないで』
「……手遅れなのか?」
返事はない――エンバースが深く深く嘆息を吐いて項垂れる。
《なゆちゃ―――》
なゆたが通信をローカルモードへ切り替え――これでもうこの会話は誰にも漏れない。
エンバースは項垂れたまま/なゆたに呼びかけられてそれに倣う。
《……なゆちゃん》
『そんな顔しないでよ、みのりさん……。
これは、わたしが選んだ道。どちらにしても避けられなかった結果、なんだ……』
《ナユタ……! 貴方、どうしてそんなに冷静なの!?
身体が消滅しかかっているのよ!? ミノリ、早急に対処を! ミノリ……!
……ミノリ?》
《ミノリ、貴方、まさか》
通信の音量を下げる――今はただ静かにして欲しかった。
項垂れたままのエンバースの頬になゆたが触れる――顔を上げる/目が合う。
『エンバース、また……あなたを厄介ごとに巻き込んじゃったね。
ずっと、わたし……あなたに頼りっぱなしだ。
マイディアさんの遺志を受け継いで、強くなろうと思ってたのに……なかなかうまくいかないや……』
「そうだな……今回ばかりは、俺も参ってる」
『どこへだって連れて行ってやるって、言ったよね……。
……連れて行って、わたしを。最後の戦いへ、その果ての勝利へ』
『この身体が消えるとしたら……その最後の瞬間まで、わたしはあなたと一緒にいたいよ』
エンバースは答えない/即答出来るような事ではない。
『みのりさん、あとどれくらいでローウェルの居場所を掴める……?』
だが――最後には頷いてくれる。なゆたはそう思ったのだろう。
気の早いヤツだ――なんて場違いな皮肉が脳裏をよぎったが、口に出す気にはなれなかった。
《今、管理者権限をフルに活用してやっとるけど……だいぶ範囲を狭められとるよ。
早くてあと二日ってとこやろかねえ》
『じゃあ、お願い。あと四日――ううん、あと三日でいい。わたしの身体がまともに動くようにして』
《そんな無茶な――》
《……ええよ。
今から調整を行うさかい、ちょぉっと待っとってなぁ》
「ありがと、みのりさん……」
《ちょっと……! ミノリ! そんなに簡単に請け負ってしまっていいの!?
ナユタが消えてしまうかもしれないのに! そんな寿命を縮めるようなことを……!》
エンバースは今も項垂れたままで、何も言わない。
-
【ロール・プレイング(Ⅳ)】
《信じられない……!
ナユタ、貴方、このままだと死ぬのよ!? なのに、どうしてそんなに平然としていられるの!?
ミノリも! ナユタの死を後押しするようなことを、何故当たり前みたいに受け入れているの!
エンバースさん、ふたりを止めて!》
ウィズリィが声を荒げる――エンバースは項垂れたままだ。
《……コマンド実行。スキル『ファイナル・デスティネーション』起動》
『きたきたきたぁ!」
『あはっ、すっごい! さっきまでの具合の悪さがウソみたいに身体が軽い!
ありがとう、みのりさん! これで、わたし最後まで戦えるよ!』
《……そんなん、お安い御用やよ》
『……『終着駅(ファイナル・デスティネーション)』……か。
これが、わたしの長い旅の……最期の、終焉の場所――』
『……ごめんね。エンバース』
「……しんみりしてるところ悪いんだが、俺はまだ何も了承した覚えはないぞ」
ようやくエンバースは声を発した/立ち上がる/なゆたに歩み寄る。
「条件がある」
振り絞るような声だった。
「この事を誰にも言わない。お前を戦いの終わりまで連れて行く。それがお前の望みなら……叶えてやる。
だが……この世界はゲームだ。それほどの高難易度クエストには、相応しい報酬が必要だ。だろ?」
エンバースがなゆたの頬に触れる/その瞳を――かつて己の魂を再点火したそれを覗き込む。
「……全てにケリが付いた時、俺の望みを一つ叶える。そう約束してくれ」
-
【ロール・プレイング(Ⅴ)】
主要な建造物から民間人を救助した後、エンバース/なゆたはワールドマーケットセンターへと戻った。
これまでにしてきた事と言えば戦闘と避難民の救助くらいで、
早急に共有すべき情報は特にないが――それはそれとして仲間の無事を確認するのはいい事だ。
『ジョン! カザハ! おかえり!』
「こうなる」前のなゆたの状態を考えれば尚更だった。
『まさか『真理』の賢兄がいらっしゃるなんて――』
「あん?アラミガ?なんでお前が……」
『今までどちらに? 継承者の招集にも応じず……』
『そいつは教えられねェ。いい男ってのは秘密が多いもんさ』
『では、どうして今になって此処に――』
『仕事だよ、仕事。金もらっちまったからなあ』
「なんというか……その、クッソ胡散臭いな。
見ろよ、あまりのツッコミどころの多さに明神さんが頭抱えてるぞ。
誰が金払ったんだよとか……そもそもどうやって「こっち」に来たんだよとかな」
『みんな、無事でよかった。生き残った人たちもたくさん保護できたし、まずは作戦成功! って感じ?』
『ちょっと、過労でグロッキー状態だったみたい。
でも、病院へ行って栄養剤注射して貰ったら、これこの通り! すっかり元気になっちゃった!
もう大丈夫、これで最後まで戦えるっ!!』
「避難所のベッドでぐっすり眠って、よだれを垂らしてきたのを忘れてるぞ。
……ま、いいさ。暫く俺達と一緒に行動してくれ。お前が戦力になってくれるなら助かるよ、アラミガ」
『じゃ、それぞれのチームは報告よろしく!
ええっと、最初はわたしとエンバースのチームから。こっちはまったく問題なし!
わたしもこの通り元気になったし……でしょ? エンバース』
「……ああ。だが次またぶっ倒れるような事があってみろ。
ローウェルを倒すまでずっとお姫様だっこで運んでいくからな。
たまにスイッチを押しっぱにする為の置物にしたり、敵に投げつけるのもいいな」
敵に投げつけるのはもうやったっけ――などと嘯きつつ、エンバースは皆を見渡す。
「……さておき、報告か。うーん……正直みんな似たりよったりなんじゃないか?
要救助者は概ね無事。イクリプスは攻撃モーションの柔軟性に難アリ。
強いて言えば攻撃に予備動作のないガンナータイプは今後も脅威になり得るってところか」
そう言うとエンバースは――エンデに歩み寄った。
「だが、俺にはもう一つ……いや、二つ気付いた事がある……少し歩かないか?
どうせこの後、ストラトスフィアの偵察に行く予定だったよな。
俺の話は……そう大した内容じゃない。行きながら話そう。いいだろ?」
やや強引な勧誘――要求が通らなければ、エンバースはとても残念そうに肩を落とすだろう。
異論がなければ――エンデに門を開かせて、そこから暫しの散歩が始まる。
「みのりさん、防諜のレベルを「落としてくれ」。これからする話は……別に聞かれても構わない。
むしろこっちから聞かせてやってもいいくらいだ……それと、ミハエルをこの通信網に含めてくれないか」
断られはしないだろう。今のみのりにはエンバースへの負い目がある筈だ。
たとえどう足掻いても結果が変わらず、本人に望まれた事だとしても――なゆたの死期を早める行いをした負い目が。
-
【ロール・プレイング(Ⅵ)】
「――俺達は今のところ、とても上手くやっている。
イブリース・シンを倒した。管理者メニューを開いた。チャンピオンにも勝った。
そして今のところ……SSSの連中にも優位に立っていると言えるだろう」
ストラトスフィアはザ・ストリップからアクセス可能。
かつ門の使い手は(恐らくPTメンバーも含む)一度アクセスした事のある場所へ門を開ける。
ならばストラトスフィアへの移動にそう大した時間はかからないだろう。
「しかしだな、一方で俺達は一つ認めざるを得ない」
そうして辿り着いたストラトスフィアタワーの前、イクリプスの大艦隊を/プレイヤーのカメラを見上げて――
「――俺達は未だに、ローウェルの手のひらの上で踊る孫悟空に過ぎないって事を」
エンバースはそう言った。それから急速に自分達を包囲しつつあるイクリプスを見渡す。
「落ち着けよ。この場所、この状況じゃお互い勝ち切れない。やめておこうぜ。
今回は話をしにきたんだ。ブレモンは高い戦略性と自由度の高いデッキ・パートナービルド。
それに超カッコいい焼死体がいるだけじゃなく……アドベンチャーパートも結構イケるんだぜ」
仲間達を振り返る/エンバースの双眸は蒼く燃えている――今はまだ。
「で、どこまで話したっけ……ああ、そうだ。この状況はローウェルの想定通り。手のひらの上。
疑心暗鬼に陥ってる訳じゃない。アドベンチャーパートらしく、れっきとした「証拠品」もある。
インベントリを開いて、よく見てみろ。お前達も……ほら、見えるか?」
インベントリを開く/ホログラム機能でそれを開示。
「どうだ?分かるか?折角だから他にも幾つか問題を出すか。
みのりさん、期間限定のクイズイベントのUIを使えないかな。
全問正解出来たらローウェルが何か景品をくれるかもしれないぜ……それに、俺からも」
エンバースがインベントリをスワイプ/アイテムのツールチップがホログラムへ。
「第一問の答えは――そう、ローウェルの指環だ。そんなアイテム知らない?情報収集はゲーマーの基本だろ。悔い改めな。
まあとにかく、このアイテムは俺達が……世界の滅亡なんて知ったこっちゃない、
悪のブレイブから譲り受けたものなんだが――それって何かおかしくないか?」
右手の五指の上で指環を転がす/コイントスの容量で弾く――黒焦げた左中指で受け止める。
「だってもし俺達が負けていたら、アイツらは誰を相手にする為にこの指環を使うんだ?」
ミハエルは――無敗のチャンピオンのままだったなら、更なる強敵を求めていた可能性もある。
だがリューグークランはそうもいくまい。
「……まあ、その時はアイツらがなんやかんや理由をつけてSSSの標的にされていたとしよう。
でもアイツら負けたらその場で消滅しちまったけどさ。
だったらついでに勝てばリキャスト解消って設定も付けとけばよくないか?」
それなら万が一の場合もこうして奪われる事もなかった訳で――などと言いつつ左手を掲げる/指環を眺める。
「つまり逆説的にこの指環は……ローウェルからのプレゼントだったって事になる」
エンバースが笑う=得意げ/満足げ――そして懐かしげに。
-
【ロール・プレイング(Ⅶ)】
「ま、ローウェルは俺に目をかけてくれていた。それに獲物は死にものぐるいの方がいい。
だから指環を入手する余地を残してくれたのかもな。だが……ここまでがヤツの予定通りならその次は?
なあ、みんな。ローウェルは次にどんな予定を立てていると思う?」
スマホをタップ/ホログラムマップを展開。
「……もしローウェルが俺達の勝利を想定していたのなら。
俺達のその後の行動を予想するのは容易かっただろう。
そう。みんなを助けないとってな――だからその後は、きっとこうなる」
エンバースが両手を高く掲げる=極めてオーソドックスな「がおー」のポーズ。
「お前達はゴミ掃除をした事がないのです?大量のゴミを片付けたければ――
まずは一箇所にまとめてから処理した方が効率的なのですー!
……どうだ?ワールドマーケットセンターのマップデータの進捗は?順調か?」
照れの気配ゼロのローウェル・ロールプレイ/かますだけかまして平然と話を続ける。
「みんな、ちゃんと俺からのクエストは覚えていてくれたか?
予備の避難所になるような場所を見つけておいて欲しいってヤツ」
示唆=ブレイブ一行がファストトラベルポイントを解禁/門で輸送を繰り返せば『推定次の予定』は当分実施出来ない。
「……まあ、心配するな。大丈夫だ。そんな事はしない。つまらないからな。
そして俺達はブレモンをつまらないゲームにしたくない。でも……やろうと思えば出来る。
ならお互いつまらない事にならない為に――俺達はどうすればいいと思う?」
随分と長い前置きになったが――これこそがエンバースの目的だった。
目的とはつまり、双方にとってデメリットのある戦術を提示する事で戦いにルールを設ける事――ではない。
「二日後の早朝だ。つまり……今からおよそ『30時間ほど』後になるか?俺達はここにもう一度やってくる。
勿論、お前らをボコボコにして、あの大艦隊に攻め込んで、乗っ取って、
たとえどこにいても……この世界の外側にいようとローウェルを探し出してぶちのめす為だ」
みのり/ウィズリィはローウェルの居場所の特定は早くて二日後と言った。
この「二日後」の中に「一日と十数時間」というニュアンスは含まれないだろう。
額面通り、最低でも48時間を要するものとする――だからそれより早く状況を解決する/ローウェルを見つけ出す。
「交渉はしない。拒んだり、艦隊を引き上げるなら俺達はベータテストが終わるまで逃げ続ける。
……断る理由はない。断る余地もない。そうだろ?やろうぜ、ローウェル。
お前も、ベータテスターどもも、まとめて楽しませてやる。ステージを整えておけよ」
なゆたが消えてしまう前に全てにケリを付ける――それが、エンバースの目的。
「ブレイブ&モンスターズの力を見せてやるよ」
そう言い切ると、エンバースはゆっくりと深呼吸をして――再び口を開く。
「……で、どうだ?証拠品と、次の予定と、俺達の予定。全て正解出来たヤツはいるか?」
律儀にもエンバースはそう聞いた/そして全問正答者は――いる。間違いなくいる。
単純に50万人ものテスターがいれば一人くらい勘の鋭いゲーマー気質野郎がいてもおかしくない。
当てずっぽうでも当たるかもしれない。ローウェルがクイズ用のUIに干渉する事も出来ただろう。
「そうか。いたか。ならいいだろう。約束通り――いい事を教えてやるよ」
それに何より――このクイズはローウェルなら絶対に正答出来るのだ。
エンバースの予想が正しいか間違っているか、それすら関係なしに。
かつてハイバラをブレイブ&モンスターズの魔王に――そう考えるほど彼を目にかけたローウェルならば。
「――そもそもなんでお前ら、俺達に勝てないと思う?」
イクリプスを見渡すエンバースの双眸は――紅く燃え始めていた。
-
【ロール・プレイング(Ⅷ)】
「いや……こう聞いた方がいいか。なんで俺達はお前らに勝てると思う?
お前らの攻撃モーションはバリエーションが乏しい。それは分かるよな」
当然だ。エンバースの「スイッチ」はある種の心の防御反応だ。
最も大切だった仲間達の死を踏み躙られた――それでも戦い続ける為に精神が設けた理由付け。
「でも俺達は?なんで通常攻撃は単発じゃない?なんでゲームシステムに縛られない?
どうしてベータテスト用装備のステータスを突破してダメージを与えられる?」
つまり強いストレスはスイッチの「たが」を緩める要因となる。
そして――なゆたが4日後には死んでしまうという事実は明らかに強いストレスだ。
「違う。逆なんだ。俺達はゲームシステムに保証されているのさ。
お前らが『TPSアクション』としてのスピード感に祝福されているように」
もっともこの状態のエンバースは「戦闘への合理的判断が道徳や倫理観を強く上回る」だけ。
だからこの愚行にも――エンバースなりの合理性がある。
勿論エンバースはそれをわざわざ他人に説明しないから――そんなものはないも同然だが。
「この世界はロールプレイングゲームだろ。ロールプレイが足りてないんだよ、お前ら」
この理論は単なる「ゲームシステムの再解釈/拡大解釈」に過ぎない。
これまでもブレイブ一行が――特に明神が自覚的に使ってきたテクニックだ。
アンデッドは未練を核とする存在/故に未練に纏わるアイテムはアンデッドを変質可能。
スペルカードはスマホ経由の魔法/ならば魔法を学べば外部からその詳細を書き換えられる。
ブレイブには勇気のステータスがある/だから任意の行動を勇気によって補正する事が出来る。
イクリプスはTPSアクションゲームの出身だ/ブレイブとは一線を画すスピード感はその為だ。
だったら――この世界はロールプレイングゲームだ/当然ロールプレイは現実に作用する力を持つ。
この理論だけが成立しない理由はどこにもない。
-
【ロール・プレイング(Ⅸ)】
「『最新ゲームのキャラクター』じゃ役不足なのさ。ある筈だろ、お前達にも。
イクリプスになって、この星に来た背景が――役割が。それを活かせ」
エンバースがこの理論を見出したのは――自身の変容がきっかけだった。
ダインスレイヴを鍵に「魔王」と化した/ミハエルを倒し「世界一のブレイブ」になった。
そうした事で――自分とフラウは魔法とも剣術とも付かない「ギミック」めいた力を扱えるようになった。
それにこれならミハエル・シュバルツァーの変容にも説明がつく。
彼の過剰すぎる落胆は「チャンピオン」のロールを初めて失ったが故の反動なのだ。
とにかく、これで異邦の魔物使いの優位性は――大きく失われた事になる。
マスクデータだった仕様の判明はイクリプス達にそれなりの混乱をもたらしている。
そんな中、エンバースは仲間達を振り返る。
「……その、なんだ。色々と悪いな。でもどうしてもこうする必要があったんだ。
いつかその時が来たら全て説明する。今は……一発くらいなら殴ってくれていい。
ほら、こっちの……生身に戻ってない方でよければだけど」
双眸の赤熱も冷めて/かなり気まずそうに。
「けど……ほら、明神さんの一世一代のレイドイベントがただの初狩りで片付くなんてカッコ悪いだろ?
カザハも……えーと、歌……そう、俺達の冒険を歌にするんだったよな?だったら波乱万丈な方がやりやすいよな?
ジョンは……少なくとも次のバトルは、めちゃくちゃ歯応えがあるぞ……いや、マジでごめんって」
苦し紛れの言い訳――それからエンバースはなゆたを見つめた。
気まずそうな/苦し紛れの笑みは瞬く間に掻き消えて――歩み寄る/前触れもなく抱き締める。
「俺はお前を、最後に花か月みたいに消えちまう、ただのヒロインにするつもりはない――」
誰にも聞き耳の立てられない/立てる気にもさせない距離でそう告げて、なゆたを離す。
そしてもう一度目を合わせる――これは対決だ。エンディングの奪い合いなのだ。
だから――宣戦布告をしなくてはならない。
「――ゲームスタートだ」
「……ところでもう一つ、これは提案なんだけど。
アイツらが「ロールプレイ?そんなシステム本当にあるのかよ!」
なんて騒いでいる内にここから逃げた方がいいと思うんだよな。みんなもそう思わないか……なんて」
その後すぐに気まずさがぶり返したエンバースはやや所在なさげにそう言った。
-
我の突然の要請に一瞬戸惑ったジョン君だったが、すぐに乗ってきてくれた。
>「やればいいんだろ…殺れば…!」
「うん! 遠慮なく殺っちゃって……!」
何故ならこのイクリプス達は、こちら視点で言うとこの世界で生きている生命ではなく単なるガワ。
上の世界視点で言うと、NPCではなくPCだ。
当然ながら、ゲームの自キャラが死んだところでゲーム内でペナルティを受けるだけで、プレイヤーは傷一つつかないのである。
バトル1〜勇気の魔法〜(フルバージョン)
ttps://dl.dropbox.com/scl/fi/mk9khpbgwy28eg97spmxu/FULL.mp3?rlkey=z49nr9btek1z0pjkmjyk6obvc&st=h6jmaqe8&dl
上パート:カザハ(VY1)
下パート:カケル(MEIKO)
【カザハ】
磨き抜かれた剣の 刃に映るのは
揺らがぬ決意を秘めた 美しき瞳
無敵の盾に刻まれた 数え切れない傷
それはいつも君が僕を守ってくれた証
まだ見ぬ未来を夢見て進みゆく
恐怖をも凌駕する憧れはいつか
どんなに高い壁も超えてゆく翼となる
【カザハ&カケル】
魂込めた術の 言霊で打ち破る
真綿のように君を縛る 忌まわしき呪い
旧き書物に刻まれた 数え切れない歌
それはいつも人が愛を 紡いできた証
遥かな理想を目指して進みゆく
絶望も凌駕する願いはいつか
どんなに遠い道も翔けてゆく翼となる
ぼくが自分を見捨てた時でも
君はこの手を掴んで離さなかった
この胸に確かに刻まれた 計り知れぬ絆
それは永遠に解けることない勇気の魔法
ぼくらの世界を必ず守り抜く
《運営(神)》をも恐れはしない決意は今
どんなに強い《権限(ちから)》も覆す奇跡起こす
輝く未来を必ず掴み取る
ぼくらの愛するこの《ゲーム(せかい)》は
今も昔もこれからも数多の《伝説(シナリオ)》紡ぎ続ける
-
>「この…気持ちはなんだ…?…いうならば…そう!…RPGで即再行動を付与されたかのような高揚感!」
>「いくぞ部長…今ならこんなザコども相手にすらならん…そんな気がする
>「雷刀(光)(サンダーブレードユピテル)」プレイ!」
かっこよく戦うように言ったというのに、ジョン君の選んだ武器は、一見すると画面映えしない地味なナイフ。
ジョン君の使う武器はいつも、例えばRPGの主人公が使うような見栄えのいい伝説の剣とは似ても似つかぬものばかりで……
(見栄えより実用性重視って今の時代むしろかっこいいんじゃね!?)
>「力が…全身に行き渡る!」
>「掛かって来い…不意打ちオンリーで焦れてきた頃だろ……はやく来い!
弱い僕と部長が…弱いからこそ…辿り着いた境地を見せてやる。」
ジョン君は部長先輩と巧みに連携し、イクリプス達を次々と倒していく。
ヤバイ、これは――
(滅茶苦茶、かっこいいんだけど……!)
……って、そうじゃなくて!
これは飽くまでもあの二人を味方に引き入れるための作戦であって、自分が見とれてる場合じゃないっつーの!
継承者達の様子を一瞬見て確認する。
マリスエリスの方は相変わらずの仏頂面だが、ロスタラガムは目を輝かせているように見える。
>「僕は…もう二度と…僕の歌姫の前で無様な姿見せないと…誓ったのだ。」
(僕の、歌姫……!)
このワードを聞くのは初めてではないが、何度聞いてもパワーワードだ……。
魂が共鳴するような、呼吸が、鼓動がシンクロするような感覚。
最前線で敵を迎え撃つジョン君を、見ているだけしか出来ないと思ったこともあった。
だけど、今は確かに……
(ねえカケル、ぼくは……ぼくたちは、ジョン君達と一緒に戦えてるよね……)
(当たり前じゃないですか――!)
>「…それだけか?」
>「残念だが次はない…!「雄鶏乃怒雷(コトカリス・ライトニング)」プレイ!」
雷撃が戦闘域を襲う。
>「そして雷に一瞬硬直した奴…焦って回避を入力した奴…どれも僕と部長は…逃がさない」
>「これが人間とモンスターの協力プレイ…そして歌姫の力も借りた…ブレイブの新境地…三位一体の力…!
現実…ってのがなにかはもう僕にはわからないが…戻ったらみんな伝えてくれ…そして宣伝してくれ
ブレイブ&モンスターズは仲間と共に無限のビルドを作れる神ゲーだ…ってね」
>「どうだカザハ…僕は…僕達は…かっこよかったかい?」
「うん……! すごくかっこよかった!
もしも、ぼくが伝説に語る勇者を一人だけ選ぶとしたら……キミに決めた――」
-
リーダーはなゆだし、我はうんちぶりぶり大明神と現場お任せ幻魔将軍の伝説を語る者でもあるから、
こんなのみんなに聞かれたら怒られてしまいそうだけど!
実際には一人だけ選ぶ必要なんてなくて飽くまでももしもの話だから、別に問題は無い。
束の間敵が途切れたところで、ジョン君が継承者達の説得を始める。
>「さて…力も…かっこよさも…ブレモンの可能性も…いま見せた通りだ
本当はまだとっておきもあるにはあるんだけど…小回りが色々と効かなくてね…」
>「………僕は…正直に言えばこの世界に愛着などない」
>「でも僕は…仲間が愛したこの世界を…次のゲームが始まるからなんて理由で…いやどんな理由だろうと滅ぼされたくないんだ
僕はこの世界が好きな僕の仲間みんなが好きだ…カザハを愛してる!…だからこそ…ローウェルを…正さなきゃいけないんだ」
>「頼む…マリスエリス…ロスタラガム…お前らにもなにかそうしなきゃいけない理由があるんだろう…だけど…
特別な条件とか…僕には提示できないけど…けど!僕にできる事なら何でもする…!」
ジョン君はなんと、その場に正座すると、全力の土下座をした。
(これは説得というより……全力ド直球の懇願……!)
>「はぁ〜〜〜〜???」
>「何言っとるがね? さっきからふたりして……。まさか、アタシとロスやんにおみゃーさんらへ加勢しろ、とでも?
ハン、冗談も休み休み言うにゃぁ! 第一おみゃぁさん、さっき自分で言うとったがや?
『お前等は『敵』なんだな?』ちゅうて――『お前を許すと思うのか』とも。もーぉ忘れたんきゃぁ?
それとも脳筋ゴリラだから、自分の言ったことも覚えとらんのにゃ?」
マリスエリスは全く動じる様子はないが、当然といえば当然かもしれない。
彼女はこの期に及んでまだローウェルの走狗をやっているのだ。
その道で生き残って見せるという、並大抵のことでは動じない余程の覚悟があるに違いない。
これで揺らぐなら、とっくにローウェルと袂を分かっているだろう。
>「落ち着いたら僕の事を星蝕者達に差し出せばいい。
お前たちが不甲斐ないから油断させて捕まえて来たとかなんとか言えば…面目だって立つだろう…だから…頼む。」
「そ、そんな……!」
>「黙りゃあ!!」
必死に懇願するジョン君をマリスエリスは、ブラックロアで攻撃する。
「ちょっと……!」
>「さんざんアタシらを敵だの許さんだの抜かしておきながら、ピンチになったら『助けてくれ』ぇ〜?
たぁけたこと抜かすんでにゃぁ! おみゃぁらの言うことに、ちぃーとでも信じられるモンがあるとでも思うとるがや!?」
マリスエリスが、ジョン君の頭を踏みつける。
「……っ!」
-
怒りがこみ上げるが、ここで自分が激昂してはジョン君がここまでやってくれている意味がなくなってしまう。
マリスエリス達の役目は、ブレイブを自ら始末するのではなく飽くまでもイクリプス達の手引きをすることらしい。
それならいくらなんでも、完全に低姿勢に出ている相手にここまでする必要ある!?
いや、無い。そうだ――不自然に芝居がかっている。
マリスエリスは自分の見てきた限りだと、悪く言えば打算的で冷徹――良く言えば理性的で冷静。
一見単なる強者の煽りに見える言動も、多分戦略的なものだった。
「なんかイラついたから」とかいう理由で感情に振り回されて動くタイプではないはずだ。
ならばこれは、ローウェルに万に一つの疑念も抱かせないための演出――
>「そんなに味方してほしけりゃぁ、今すぐ死んでちょぉ!
自分でその腹ァかっ捌いて、素ッ首刎ねて死んでくれせんかね!
おみゃーさんがくたばったら、残ったもうひとりに味方してやらんこともにゃーがね! ははッ!
ほれ! どうしたぎゃぁ? 『はい』は!?」
(どうしよう……)
マリスエリスの意図に思い至ったところで、打開策は浮かばない。
というか、感情が先行して動くことがないタイプなら、余計どうしようもない。
(みんながいれば、きっとなんとかなるのに……!)
そもそも敵を味方に引き込む説得は、明神さんの得意分野だ。
なゆの持ち前の輝きをもってすれば、ローウェルの元で生き残る道を選んだマリスエリスの固い決意すらも覆せるかもしれない。
世界一のブレモンプレイヤーのエンバースさんなら、こっち側に付いてみんなで生き残る道に少しは説得力を持たせられるのに……。
(あぁあああああああああああああああああ!!
長文で説得しようとすると訳わかんないこと言っちゃうし! 陰キャだし! ド素人だし!)
救いを求めるようにカケルの方を見る。
カケルは「それでもあなた、ブレイブだったんですよね」みたいな目で見返してきた……!
なんやこいつ! 腹立つわ! 都合のいい時だけ「自分ペット枠ですから」みたいな顔しやがって!
――でも、確かに、コミュ障陰キャド素人でもブレイブだった……!
それもただのブレイブじゃなくて、エンバースさんに勝るとも劣らない凄いブレイブを倒しちゃってる……!
明神さんならこんな時、どうやって説得する!?
協力してくれて目的が達成された暁には相手の望むものを差し出せる――
確か基本的な手法はそんな感じのはず……!
この二人、見る限りマリスエリスが主導権を握っているようだけど……
もしも少しでもブレモンのBGMに興味を持ってくれたならやりようはあったかもしれないが、お気に召さなかったみたいだし……。
それすらもローウェルの機嫌を損なわないためのポーズかもしれないが、何にせよ本心が見えないので、材料が少なすぎて交渉のしようがない。
ロスタラガムと共に生き残ろうとしていることだけは確かだが、
本当にそれ以外の全て――この世界の全てに大して執着がないのだとしたら、積みだ。
ならばやはり、ロスタラガムの方から陥落させるのに賭けるしかない!
マリスエリスとは違って、こちらは分かりやすい。
彼はおそらく、いわゆる戦闘狂キャラ枠――強い者と戦うのが好きなのだろう。
エンバースさんが、自らとの再戦を提示してミハエルから情報を引き出そうとしていたのが思い起こされた。
あの時ミハエルは戦意を失ってしまっていて思うような反応にならなかったが、ロスタラガムはそうではない。
-
「ロスタラガムさん……! 歌、聞いてくれてありがと!
結構好きって言ってくれたよね。ぼくも大好きなんだ。
あれが、ブレイブ&モンスターズの――この世界のBGMなんだよ」
ジョン君の頭を足蹴にするマリスエリスに飛び掛かりたい衝動を抑えてロスタラガムに向き合い、少し屈んで視線を合わせる。
「さっきのを見てたら分かったかと思うけど……ジョン君、すっごく強いんだ……!
何せあのオデットさんとか、三魔将のイブリースさんに勝ったんだから!」
実際は別に一対一ではなく全員で力を合わせての総力戦だったんだけど、嘘は言っていないからセーフ……!
ジョン君を勝手に餌にするようで気が引けるけど、背に腹は代えられない。
「だから……今度、万全の状態で戦ってみたいと思わない?
もちろんジョン君にはぼくも一緒で。ジョン君にだけぼくがいるのは不公平だから……あなたは……」
それ、2対2と見せかけて実は4対2じゃね!? というツッコミは無しの方向で……!
ロスタラガムが聞いていたのかいないのかも分からないが、
こちらが言い終わらないうちに、彼は唐突に一歩踏み出すとマリスエリスの手を掴んだ。
>「エリ」
>「何にゃ? ロスやん! 今、このバカゴリラに詰め腹切らせて――」
>「……やめろ」
>「おい、オマエ。
おれたちに味方してほしーんだって?」
いーぞ」
>「そのかわり。この戦いがぜーんぶおわったら、おれと戦ってくれよな!
今までのオマエの戦い、見てたぞ。すっげーカッコよかった! オマエ、強ぇぇーなぁー!
こんなよくわかんないやつらより、オマエと戦ったほーがゼンゼン楽しそーだ!」
(あっ、もしかして自分何もしなくても大丈夫だったやつ……!?)
こちらが何も言わずとも戦闘狂なら強い相手は見抜けるだろうし、そんな相手と戦いたいと思うのは自然な流れで、
いくらINTが低いとはいえ、この世界がなくなってしまったらジョン君と再戦できないことぐらいは自分で分かったかもしれない。
まあそんなことはどっちでもよくて、とにかく良かった……!
>「ヤクソクだぞ! じゃあ……
おれもあっばれるぞぉ――――ッ!!」
「ジョン君! あの……。癒しの旋風(ヒールウィンド)……!」
ようやく解放されたジョン君を見て、安堵と感謝と申し訳なさと愛しさと少しの腹立たしさがごちゃまぜになって
何か言おうとするもののなんと言っていいか分からず、ひとまずスペルカードで味方全員の負傷を回復させる。
「カケル! もうひと頑張りするよ……!」
カケルと共に、再び歌い始める。
-
>「うははははははははははッ!!!」
ロスタラガムが、哄笑を響かせながらイクリプス達を次々と蹴散らしていく。
(なんか、めっちゃ楽しそうなんですけど……)
そしてこの状況に苛立ったイクリプスが、うっかり禁断の言葉を口走ってしまった。
>「この……“まんもの”の癖に!!」
(言っちゃった、NGワード……ッ!)
>「おれは……! “まんもの”じゃねええええええええええええええええええええええ―――――――――ッ!!!!」
狂暴化してますます手が付けられなくなったロスタラガムに、イクリプス達はもはや逃げ惑うのみ。
最初からしぶとく生き残っていた敬語口調のイクリプスが、慌てふためきながらマリスエリスに要請する。
>「け……、継承者!
貴方、何をぼうっとしているの!? 早く、早くあれを止めなさい!」
>「マリスエリス! 何をしているの!? 生き残りたいのでしょう!?
私に、ナイへ口利きして貰いたいんでしょう!? だったら早くあいつを止めなさい!」
>「あんな楽しそうなロスやんの顔、久しぶりに見たにゃぁ。
アタシは、今まで何をしとったんにゃ……。ロスやんを失いたくなくて、生き延びることだけ考えて……。
一番大切なことを忘れとったのかもしれんがや」
>「黙りゃーせ。ロスやんの悪口を言うヤツは、誰であろうとアタシの敵だにゃ」
今まで呆然と事態の成り行きを見ていたマリスエリスが、ついにイクリプスに刃向かった……!
そして、どれぐらい戦っていただろうか――イクリプス達の最後の一人が倒れた。
この状況に怖気づいたのだろう、増援もいつの間にか止まっている。
>「あ〜あ……やっちまったにゃぁ」
マリスエリスはイクリプス達が殲滅された辺りを見渡し、複雑そうに息を吐く。
>「勘違いしないでちょぉ、アタシたちは降りかかる火の粉を払っただけだぎゃぁ。
おみゃーさんらの手助けをした訳でも、まして味方になった訳でもにゃぁで。
依然として、アタシらとおみゃーさんらは敵同士。それを肝に銘じといてちょぉ」
久しぶりにロスタラガムの楽しそうな顔を見れて嬉しいというのは、おそらく本心だろう。
だけど色々なものを犠牲にして進んできた生き残りの道が一瞬でポシャってしまったのだ。
その文脈でいくと、我とジョン君はロスタラガムを唆した悪い奴らだ。
といったところでこうなってしまった以上は否が応でもこの世界を存続させるルートしか生き残る道は残されていないのだけど……
そう簡単に気持ちが切り替えられないのは当然だ。
>「次に会ったときには、必ず殺いてやるでにゃぁ。
楽しみにしとるとええぎゃ――」
驚いたことに、二人の前方にポータルが開く。
ポータルが開くってことは、まだ見捨てられてないってこと……?
あれだけ分かりやすい反逆行為をして、お咎めなしは在り得ない。だとしたら……
(粛清されちゃう……ってこと!?)
-
「それ、どこに繋がってるの? まさか、ローウェルのところに帰るの!? 待って……!」
二人の姿はポータルの向こうに消えてしまった。
何かと因縁のある二人だが……まあロスタラガムは先に加勢してくれたし、ブレモンのBGM好きな奴に悪い奴はおらんやろ。(単純)
マリスエリスははっきり言って滅茶苦茶嫌な奴だけど……それでも最終的には加勢してくれたのだ。
このままローウェルに殺されてしまってはあまりに寝覚めが悪い。
そもそも、今まで見てきたマリスエリスは、常にローウェルの忠実な走狗という立場に縛られたもの。
彼女の本当の姿は、まだ何も知らないのだ。それに……継承者の呪歌だって、聞いてみたい。
(結局、歌ってくれなかったな……)
「アタシのエンチャントで強化した『星蝕者(イクリプス)』に、いっそ一思いに殺されたいってことかにゃ?」って言ってたから使えるんだろうけど……。
――いや待って!? ”エンチャント”とは言ってるけど”呪歌”とは言ってないじゃん!?
「歌は上手いけど呪歌適性はない吟遊詩人」というキャラ付け、ブレモン運営なら普通にやりかねない……!
もし本当にそうだとしたら……
増してそれを上の世界の人達(イクリプス)にネタにされてからかわれたりしてたら……
自分、知らなかったとはいえ出来ないことをやれと迫りまくってきた上に
「自分は出来るんやで?(ドヤッ」と見せつけてきためっちゃ嫌な奴やん!!
「うわぁああああああああああああああああ!!」
奇声を発しながら床を転げ回る……のは汚いので流石にやめておいて、代わりに壁に頭を打ち付ける。
「やめてください!! ただでさえ低いINTが更に下がってしまいます!!」
カケルが襟首を引っ掴んで壁から引きはがし、何故かジョン君の方にパスされた。
(一見乱暴な扱いに見えるが、とても軽いのでこれで特に問題はないのだ)
「えっ、あ、わ……!」
ジョン君の胴体で受け止められる。
尚これは抱き付いているわけではなく、ぶん投げられて受け止められただけなので不可抗力である。
(あ……ジョン君また傷だらけになっちゃってる……!)
そうだ、当たってるかも分からない憶測で気を揉むよりも先に、目の前のことを気にしなければいけない。
そのまま、癒しのそよ風(ヒールブリーズ)を発動する。
受け止められた体勢のままなのは、至近距離にいた方が効きやすそうだからで、他意はない。
「こんなに汚れちゃって……。自分だけ差し出せばいいなんて言ったら駄目……!
本当に差し出されちゃったら助けに行かなきゃじゃん!
相手はSF超文明なんだから全部筋肉でなんとかなるとは限らないんだからね!?
そんな怪しからん体格して捕らわれの姫ポジションとか……ギャップ萌え過ぎるじゃん!」
回復の魔力を集めるように、ジョン君の頬に出来た傷に手を当てる。
スペルカードの効果で傷がゆっくりと消えていく。
-
「でも……ありがと。すごくかっこよかった。
戦ってるところはもちろんだけど、全力土下座も全部! マリスエリスにあんな扱いされても耐えてさ……!
キミのために歌ってると……すごく不思議な感覚になる。
よく分かんないけどすごく胸が高鳴って素敵な気持ちで……そんな風になるの、キミのときだけなんだ。
それで原因を考察してみたんだけど……
きっとぼくは……キミのパートナーになるために生まれてきた……じゃなくて! いや、違わないけど違くて!
ぼくは……キミの力を最大限に引き出せるように設定されたキャラなんだ……!」
この世界というゲームの仕様の考察をしているだけなのに、うっかり誤解を招きかねない表現をしてしまった……!
誤解を招きかねないといえば……さっきジョン君、どさくさに紛れて日本人があんまり言わない台詞を言わなかったっけ!?
「僕はこの世界が好きな僕の仲間みんなが好きだ…」あれ? この次なんだったっけ!?
これはきっと思い出したら大変なことになってしまうから記憶にブロックがかかってるやつだ……!
「それと、出発前にむやみに突撃したら駄目って言ったけど……あれ、ぼくが一緒にいないとき限定だから……!
高レベルの呪歌使いは支援のエキスパートなんだ――さっき歌ったの以外にも、本当にいろいろある。
言ったでしょ? 君がぼくを守ってくれるなら、ぼくも君を守るって。
キミがどんな強敵に突撃したって、ぼくが必ず守る」
ブレモンのBGMに歌を乗せると呪歌がいろいろ出来る。
テーマ曲の一件があったから、ブレモンのBGMを使うのは若干気が引けていたのだけど……
さっきの歌の特に後半、我ながらどう考えてもローウェルの仕込みじゃないよな……!?
【カケル】
私は回復を待つ間、暇なので背景でアゲハさんと漫才をしていた。
もう完全に成仏するタイミングを失ってコント要員におさまってるなこの人……!
「私は一体何を見せられているんでしょう。
ヒールブリーズってあんな至近距離に立ってる必要ないんですけど……」
「アンタが戦犯やろ! わざとこうなるように煽って面白がってるやろ」
「カザハが持病の発作を起こしたから私よりカザハの扱いが上手な人にパスしただけやで?」
部長さん(※モフモフ)を抱き上げて話しかける。
「ちょっと部長さん、あれどう思います!?」
「そのお方多分ニャーとかニャンとかミャウしか言わんで?」
「分かってます。様式美です。
でも……ニャーとニャンとミャウが言えるとしたら
うん/ううん でYES/NOの受け答えが出来る可能性が微粒子レベルで存在する……!?
「出かける?」「うん」「どこいく?」「海」「何食べる?」「ウニ」なんて会話出来ちゃいます!?」
「何やねん! そのウラッと言えるキャラは津々浦々が言える的な理論……!」
頃合いを見計らって、私は二人に声をかけた。
-
「大体回復したみたいですね……そろそろ行きましょう」
「そうだね……行こう、ジョン君。助けを待ってる人がまだ残ってる……!」
こうして私達は、救助活動に戻るのであった。
幸いこの後は、敵との交戦もなく、救助は順調に進んだ。
問題があるとすれば相変わらず道中が時々絶妙な沈黙に支配される程度である。
我に返ったカザハは例によって精神的に爆死していた。
(なんか……場の勢いで変な事いろいろ言ってしまった気がする……!
何やねん! キミのパートナーになるために生まれてきたって……!
ドン引きやわ! ピ〇チュウでもそんなこと言わんわ! そもそもあいつ「ピ」と「カ」と「チ」と「ュ」と「ウ」しか発声できんわ!)
尚、変なことを言って引かれるなら、最初からとっくに引かれているので、今更問題はない。
そしてそんな沈黙をどうにかすべく、カザハは
「それにしてもゴリラは酷いよな……! こんな顔がいいゴリラがいてたまるかっつーの!」
と思い出しムカつきをしてみたり。
「いや、待てよ!? マホたんの渾名はヴァルハラゴリラだったよな……。
マホたん(※アイドル)→ゴリラ ジョン君(※アイドル)→ゴリラ
ということはつまり……アイドルはゴリラ……ってこと!?」
と衝撃の新事実(?)に思い至ってみたりしていた。
下水道を通って人やモンスターがいるところに赴いては、門を開いてもらって避難させるのを繰り返し、どれぐらいの時間が経っただろうか。
ぱっと見る限り辺りに青い点は見当たらなくなった。
「とりあえずこんなもんかな……?」
丁度そんな時、ウィズリィちゃんから連絡が入る。
>《カザハ、ジョンさん、そろそろワールド・マーケット・センターに戻って頂戴》
「うん、丁度帰ろうと思ってたとこ……!
ところでなゆチーム、無事? ボイチャがずっと切断されてるんだけど……」
他のメンバーはなゆたちゃん含め全員戻ってきているという。
明神さんチームの方は、いい感じに敵を圧倒できたことがなんとなく伝わってきていたのだが。
激しい交戦で他のチームに気を回す余裕がなくなっている間に、いつの間にかなゆたちゃんのチームの音声は入らなくなっていた。
が、帰ってきているのなら、一安心だ。
-
【カザハ】
門をくぐって帰ると、なゆが一番に出迎えた。
>「ジョン! カザハ! おかえり!」
「た……ただいま……! 途中で通信が途切れてたけど大丈夫だった……!?」
(妙に、元気……!)
元気になったのは良かったけど、大丈夫!? 元気過ぎて逆に怖いんだけど!
ヤバいヤクでドーピングとかしてない!?
そして、真理のアラミガがしれっといる。
>「まさか『真理』の賢兄がいらっしゃるなんて――」
>「仕事だよ、仕事。金もらっちまったからなあ」
バロールさん、やっぱりどこかで生きてたんだ! まあ、そうだろうとは思ってたけど……!
「されちゃったんだ……またのご用命! バロールさんどんだけ大金積んだんだ……!
えっ……雇い主違うの?」
>「なんというか……その、クッソ胡散臭いな。
見ろよ、あまりのツッコミどころの多さに明神さんが頭抱えてるぞ。
誰が金払ったんだよとか……そもそもどうやって「こっち」に来たんだよとかな」
バロールさんじゃないとしたら、誰に雇われたのだろうという疑問が当然浮かぶが、教えてくれないらしい。
口止めでもされているのだろうか。
>「みんな、無事でよかった。生き残った人たちもたくさん保護できたし、まずは作戦成功! って感じ?」
>「ちょっと、過労でグロッキー状態だったみたい。
でも、病院へ行って栄養剤注射して貰ったら、これこの通り! すっかり元気になっちゃった!
もう大丈夫、これで最後まで戦えるっ!!」
栄養剤で治るなら苦労せんやろ……! でも、空元気という感じでもないしなぁ。
それに、仮にヤバいドーピングをしたとしたら逆に、皆に怪しまれるのを警戒して、
ここまで急に元気になった風には見せないんじゃないだろうか。
本当に何でもなかったのかな……?
>「じゃ、それぞれのチームは報告よろしく!
ええっと、最初はわたしとエンバースのチームから。こっちはまったく問題なし!
わたしもこの通り元気になったし……でしょ? エンバース」
なんか、微妙になゆがエンバースさんに圧をかけてるように見えるのは気のせい!?
唯一、なゆチームの経緯を知るのであろうエンバースさんの顔をじーっと見る。
半分が生身になった今なら、もし何かあったなら動揺が顔に出るかもしれない……!
>「……ああ。だが次またぶっ倒れるような事があってみろ。
ローウェルを倒すまでずっとお姫様だっこで運んでいくからな。
たまにスイッチを押しっぱにする為の置物にしたり、敵に投げつけるのもいいな」
(いつも通りだ……!)
でも、そもそも人間の時からポーカーフェイスが上手いキャラなのかもしれないので、まだ安心はできない。
-
「マリスエリスとロスタラガムがイクリプスを手引きしててさ……
たくさんイクリプスを召喚されて大変だったけど、最終的には加勢してくれたんだよ。
ロスタラガム、きっとアイツらの下で押さえつけられてるのが耐えられなかったんだよね。
でも……戦闘が終わったら門をくぐってどっかいっちゃった。
どこに行ったのかは分からないけど……少なくとももうローウェルの下にはいられないと思う」
>「……さておき、報告か。うーん……正直みんな似たりよったりなんじゃないか?
要救助者は概ね無事。イクリプスは攻撃モーションの柔軟性に難アリ。
強いて言えば攻撃に予備動作のないガンナータイプは今後も脅威になり得るってところか」
>「だが、俺にはもう一つ……いや、二つ気付いた事がある……少し歩かないか?
どうせこの後、ストラトスフィアの偵察に行く予定だったよな。
俺の話は……そう大した内容じゃない。行きながら話そう。いいだろ?」
あまりに唐突な提案に、戸惑う。
「そんな急にどうしたの!? むやみに出歩くのは危ないよ!?」
あっ……そんなに残念そうな目で見ないで!?
なんか、絶対行くという強い意思を感じるんですけど……!
>「みのりさん、防諜のレベルを「落としてくれ」。これからする話は……別に聞かれても構わない。
むしろこっちから聞かせてやってもいいくらいだ……それと、ミハエルをこの通信網に含めてくれないか」
みのりさんは、すんなりとエンバースさんの言うとおりにしている。
いつもの彼女なら、意図を聞き出そうとするぐらいはしそうなものだが……。
>「――俺達は今のところ、とても上手くやっている。
イブリース・シンを倒した。管理者メニューを開いた。チャンピオンにも勝った。
そして今のところ……SSSの連中にも優位に立っていると言えるだろう」
>「しかしだな、一方で俺達は一つ認めざるを得ない」
門を駆使し、ストラトスフィアタワーには割とすぐに辿り着いた。
>「――俺達は未だに、ローウェルの手のひらの上で踊る孫悟空に過ぎないって事を」
「恰好付けてる場合じゃないし! 敵集まって来てるじゃん!」
イクリプスが周囲を包囲しつつあるが、エンバースさんは動じない。
>「落ち着けよ。この場所、この状況じゃお互い勝ち切れない。やめておこうぜ。
今回は話をしにきたんだ。ブレモンは高い戦略性と自由度の高いデッキ・パートナービルド。
それに超カッコいい焼死体がいるだけじゃなく……アドベンチャーパートも結構イケるんだぜ」
>「で、どこまで話したっけ……ああ、そうだ。この状況はローウェルの想定通り。手のひらの上。
疑心暗鬼に陥ってる訳じゃない。アドベンチャーパートらしく、れっきとした「証拠品」もある。
インベントリを開いて、よく見てみろ。お前達も……ほら、見えるか?」
>「どうだ?分かるか?折角だから他にも幾つか問題を出すか。
みのりさん、期間限定のクイズイベントのUIを使えないかな。
全問正解出来たらローウェルが何か景品をくれるかもしれないぜ……それに、俺からも」
エンバースさんは、ローウェルの指輪を例に出し、全てがローウェルの掌の上で転がっていることを説いた。
それを基に、こちらが設定した決戦の場に、相手が応じざるを得ないように仕向ける。
-
>「二日後の早朝だ。つまり……今からおよそ『30時間ほど』後になるか?俺達はここにもう一度やってくる。
勿論、お前らをボコボコにして、あの大艦隊に攻め込んで、乗っ取って、
たとえどこにいても……この世界の外側にいようとローウェルを探し出してぶちのめす為だ」
>「交渉はしない。拒んだり、艦隊を引き上げるなら俺達はベータテストが終わるまで逃げ続ける。
……断る理由はない。断る余地もない。そうだろ?やろうぜ、ローウェル。
お前も、ベータテスターどもも、まとめて楽しませてやる。ステージを整えておけよ」
>「ブレイブ&モンスターズの力を見せてやるよ」
急に敵陣に散歩に行こうと言い出した時はどうなることかと思ったが、こういうことだったのか。
確かに、こちらのペースで物事を進められるほうが、何かと有利だ。
それならそうと事前に説明ぐらいしてくれたっていいのに!
それにしても……妙に急いでる気がするんですけど……!
>「……で、どうだ?証拠品と、次の予定と、俺達の予定。全て正解出来たヤツはいるか?」
いや、まだ続けるんかーい!! 目的は達成できたんだからもういいじゃん、帰ろう!?
>「そうか。いたか。ならいいだろう。約束通り――いい事を教えてやるよ」
>「――そもそもなんでお前ら、俺達に勝てないと思う?」
>「いや……こう聞いた方がいいか。なんで俺達はお前らに勝てると思う?
お前らの攻撃モーションはバリエーションが乏しい。それは分かるよな」
>「でも俺達は?なんで通常攻撃は単発じゃない?なんでゲームシステムに縛られない?
どうしてベータテスト用装備のステータスを突破してダメージを与えられる?」
>「違う。逆なんだ。俺達はゲームシステムに保証されているのさ。
お前らが『TPSアクション』としてのスピード感に祝福されているように」
>「この世界はロールプレイングゲームだろ。ロールプレイが足りてないんだよ、お前ら」
「――そうなの!?」
一見するとトンデモな理論に、思わずツッコむ。
だってMMORPGの類で「ロールプレイすると実際の数値判定も有利になる」なんてゲーム、聞いたことないよ!?
それどころか「うちの会社のクソ上司がさぁ〜」とかいう夢も希望も無い会話が飛び交うチャットウィンドウで
ノリノリで世界観に入り込んでロールプレイしてたら多分変人扱いされるじゃん……!
>「『最新ゲームのキャラクター』じゃ役不足なのさ。ある筈だろ、お前達にも。
イクリプスになって、この星に来た背景が――役割が。それを活かせ」
(そんな当然のごとく言われても……!)
そんなことを考えずにそういう前提のゲームとして受け入れてるプレイヤーが大多数やろ!
コンピューターゲームのゲーマーにいきなりロールプレイしろって言っても無理ゲーでは!?
創作の素養がある人とか卓上TRPGやらマーダーミステリーの経験者なら出来るかもしれないけど……!
ほら、みんな混乱してるじゃん!
――ってそうじゃなくて!
もしもこのトンデモ理論が本当だとしたら、あいつらが碌にロールプレイ出来ないほうがこちらとしては助かるわけで。
-
>「……その、なんだ。色々と悪いな。でもどうしてもこうする必要があったんだ。
いつかその時が来たら全て説明する。今は……一発くらいなら殴ってくれていい。
ほら、こっちの……生身に戻ってない方でよければだけど」
>「けど……ほら、明神さんの一世一代のレイドイベントがただの初狩りで片付くなんてカッコ悪いだろ?
カザハも……えーと、歌……そう、俺達の冒険を歌にするんだったよな?だったら波乱万丈な方がやりやすいよな?
ジョンは……少なくとも次のバトルは、めちゃくちゃ歯応えがあるぞ……いや、マジでごめんって」
「情報量多けりゃいいってもんでもないんやで!? すでに色んな要素が盛られ過ぎて飽和状態なんだわ!!」
あっ、情報といえば……これもしかして、それっぽい嘘情報を与えて敵陣を混乱に陥れるのが目的!?
本当だったら、普通に考えるとわざわざ敵に教えてあげるメリット、こっちにないよな!?
でもそういえば、驚き役(?)やってたころは、なんとなくだけど敵にあんまり狙われなかった気がする……!
驚き役とか解説役といったポジションは、なんとなく敵の攻撃を受けないのが創作物のお約束である。
もしかして、その場の状況に合わせた歌詞の呪歌が大きな威力を発揮する仕様って、ロールプレイ理論の一種なのか?
ただ一つ言えることは、エンバースさんは何かを隠しているということだ。
こちらの混乱を他所に、エンバースさんはなゆの方を向くと、唐突になゆを抱きしめた。
(――何故に今!?)
なゆの耳元で何か囁いたようにも見えたが、何を言ったのかは分からない。
そして離すと、なゆの目を見つめ、まるで宣戦布告のように宣言する。
>「――ゲームスタートだ」
>「……ところでもう一つ、これは提案なんだけど。
アイツらが「ロールプレイ?そんなシステム本当にあるのかよ!」
なんて騒いでいる内にここから逃げた方がいいと思うんだよな。みんなもそう思わないか……なんて」
「もっと早い段階で帰るべきだったと思うよ!?」
とりあえず門を開いて貰い、全員でその場から離れた。
-
【カケル】
全員が帰ってきたのを確かめると、カザハはニヤニヤしながらエンバースさんに告げた。
「いくら公然ラブコメ罪が適用されないからって敵の集団の面前で見せつけちゃってさぁ!
途中で通信が途絶えてたのってそういうこと……!? あーあ、心配して損した!
怪しからんリア充共はしばらく二人っきりでいちゃついてなさい! 明神さん、ジョン君、あっちに行こう!」
明神さんとジョン君を伴い、なゆたちゃん達に会話が聞こえないところまで移動するカザハ。
そして、二人に向き直り、深刻な顔で口を開く。
「おかしいと思わない? あそこまで急に元気になるなんて……」
もちろん、なゆたちゃんのことだ。
「明神さん、気付いた? 各チームに分かれて行動してたとき、途中でなゆチームの通信が途絶えてたの……。
それって、その間に何かがあったってことだよね……」
「エンバースさんの意図は全部は分からないけど、
早めに決戦の場を設定したのはきっと、すごく急いでるんだよね……。
それに、何かを隠してる……」
ここまでなら、なゆたちゃんは本当にちょっと疲れていただけで
通信が途絶えてたのもうっかりで、
エンバースさんが唐突に独断で行動を起こすのもいつものこと――
そういう楽観的な想定も出来なくはない。
が、カザハは決定的なものを目撃してしまっているのだ。
暫く逡巡し、ついに告げる。
「見ちゃったんだ……なゆの体から光の粒子が零れ落ちるの……」
カザハの双眸に大粒の涙が溜まる。
「明神さん、最初からシャーロットを信用してなかったけど……それは正しかったんだよ。
シャーロット、世界を救うためならなゆはどうなったっていいって思ってる……。
それどころか……シャーロットの想定するエンディングはもしかしたら……」
零れ落ちそうになった涙を、乱暴に腕で拭うカザハ。
その先は言葉にすることは無かったが、二人にもなんとなく言いたいことは分かっただろう。
物語は大団円のハッピーエンドよりも、犠牲があった方が強烈なインパクトを残して人気が出る、という説がある。
“一人の少女の死と引き換えに、世界は救われる”――
――それがシャーロットの描くエンディングなのでは?
「ローウェルだけじゃなく、シャーロットも出し抜かなきゃ、ベストエンディングにたどり着けないのかもしれない。
シャーロットはブレモンのメインプログラマーだ。
こっちが何やったって、同じルートにいってしまうようにプログラムが組まれてるのかも……。
でも、エンバースさん、ベストエンディングを全然諦めて無いよ……! 一人で戦わせちゃいけない……!」
-
「厄介なのはシャーロットはなゆを通して世界に干渉してて、なゆ自身もどこまでが自分自身でどこからがシャーロットの影響か分からない。
ナビゲーター役の言う事を素直に聞いて真面目にプレイしてたんじゃ
ベストエンディングに辿り着けないゲーム、時々あるじゃん……?
今までずっとなゆの決断に従ってうまくいってきたけど、今後なゆの言葉に反しなければならない分岐点がどこかにあるのかも……」
「もしかしたら……シャーロットは、エンバースさんみたいなポジションのキャラが全力で抵抗するのは想定内かもしれない……。
だからこっちは……何も気付いてない蚊帳の外の振りをし続けよう。
そうすればシャーロットの警戒対象にならないでいられるかもしれない」
もちろん、これは飽くまでもカザハの推測。
普通にやっているのではベストエンディングに辿り着けない類のゲームかもしれないというのは飽くまでも可能性の話で、
普通にローウェルぶっ飛ばせば管理者権限やらでなゆを元通りにしてもらえるのかもしれない。
それならそれで全然いい。
このゲームがドS仕様だった場合に備えておくに越したことはないというだけの話だ。
「……どうかな?
何も知らない振りをしつつベストエンディングへの分岐を探す――共犯になってくれる……?
多分、自分だけじゃフラグ、見落としちゃう……」
カザハは、二人を順番に真っすぐに見つめながら問いかけた。
-
>「おいおい、なんだこのクソゲー!」
>「せっかくキャラデザが可愛いから、インストールしようと思ってたのに……」
俺がザ・ストリップに生み出したクソゲーを直撃して、少なくない数のイクリプスが萎え落ちしていく。
ただ迷惑プレイヤーが暴れたのとはワケが違う。
奴らにとって俺はPVEにおけるエネミー、『運営の手先』だ。
そしてイクリプス達は、サービスが正式リリースされた暁には『お客様』になる連中だ。
コンテンツの供給側がこんな顧客を舐め腐ったスタンスでいることを知れば、貴重な時間を投じて付き合う義理もない。
>「へっへーんっ! βテストのアンケートに書いとけ、バーカ!
『深みのない制服女より銀髪褐色槍持ち美少女の方が至高』ってなぁー!」
>「ふふ……やったのう。急拵えの作戦にしては、効果は上々といったところかの」
「悲しいぜ俺はよ……ちょっとばかしゲームがつまんないからってみんなさっさと見切りつけちゃってよぉー!」
俺のような気合の入ったゲーマーなんかはむしろ『不便さも含めてゲームを楽しむ』とかイキったセリフを吐きたがるもんだが、
普通に考えりゃ誰だって娯楽のゲームでストレスなんか溜めたくねンだわ。
昔のモンハンとかよくあんな面倒くせえシステムで売れたな……。
さて、次々とイクリプスがログアウトの光に飲まれていく中、この場に残った連中もいる。
俺のクソボス祭りに付き合うでもなく、遠巻きに戦闘を見守っていた奴らだ。
その双眸にクソゲーへの怒りや失望はなく、それどころか爛々と輝きを増してすらいる。
「ひひっ……ようやく気概のある奴が現れたか」
大多数がクソゲーのふるいにかけられて、それでも残った『大玉』たち。
やってるゲームがクソと化しても見限らず、カスみてえなコンテンツの中に楽しみを見出さんとする者たち。
クソゲーハンター……俺の同類だ。
残存イクリプス共が突貫してくる。
消えてった連中のような捉えやすいモーションがない。
しゃがみ、ダッシュ、ジャンプによるキャンセルを駆使し、コンボの初動を最低限の動きで成り立たせている。
敗因を分析し、ハンドスキルで対処できる奴が出てき始めた。
>「ハッ! 先の連中に戦わせて、自分たちはボクたちのやり方を様子見してたってコトか! ずっりーな!
でもなァ……ボクたちも、手の内全部見せたワケじゃねぇんだよ!
明神! 『超合体(ハイパー・ユナイト)』だ!!」
「っしゃあ!いくぜ必殺のぉーーーっ!『超合体(ハイパー・ユナイト)』!!」
こちらも負けじとスペルを焚く。
ベル=ガザーヴァがパッシブで戦場を地獄に変え、突撃してくるイクリプスを片っ端から撃ち落としていく。
>「ふん、妾も負けてはおれぬな! 幻魔将軍にばかり手柄は立てさせまいぞ!」
エカテリーナもまた、本来の強味を生かした脳筋戦術でイクリプスを迎え撃つ。
戦いは総力戦へと様相を変えた。
……やべえな。泥仕合への移行が思ったより早い。
俺の想定じゃもうちょいイクリプスを減らせるはずだったが、未だ気合の入った連中が残り続けてる。
本隊が引き上げてなおザ・ストリップをうろつくような奴らだ。
まだまだ暴れ足りねえってことなんだろう。
>「やめとけ、やめとけ。
お前さんらじゃ、束になったってこの兄さん方にゃ勝てねェ。無駄に悔しい思いをするだけさ」
そろそろ撤退の文字が脳裏を過ぎり始めたその時。
横合いから聞いたことのある声が聞こえた。
-
>「アラミガのおっさん!?」
>「な……、『真理』の賢兄……!」
そこに居たのは十二階梯の継承者がひとり、第二階梯『真理の』アラミガ。
給料だけを己の行動原理とする、大陸最強の傭兵にして暗殺者だ。
>「よっ」
「よっ、じゃねンだわ。なんでお前こんなとこ……いや違う、『どうやって』ここに来たんだ」
ブレモン世界から地球へ渡航できたのは、ローウェルの力を借りたニヴルヘイムの軍勢を除けば、
管理者権限で門をこじ開けた俺達ブレイブ組だけのはず。
あの時こいつはダークマターの決戦の場にいなかった。
なゆたちゃんが命がけで切り開いた道は、一回こっきりの限られたチャンスだったはずだ。
>「俺ァしがねェ雇われの傭兵さ。万が一の援軍にって言われて来たンだが、必要なかったかねェ?」
>「なんだと、どういう意味だ!」
>「もう、勝敗は決まってるって言ったのさ。この場はお前さんらの負けだよ、『星蝕者(イクリプス)』の嬢ちゃんたち」
アラミガは俺の問いに答えることなく、イクリプス共と対峙する。
……イクリプスを、知ってるのか?ナイのアナウンスを聞いてる?こいついつから聞き耳立ててたんだよ。
>「分からねェのか? この兄さんたちは今まで長い長い旅をしてきた。幾度も死線を潜り抜け、
数えきれねェ修羅場を体験して、尚生き残りここにいる……文字通りの猛者たちだ。
昨日今日戦い始めたお前さんらとじゃ、踏んだ場数が違うンだよ」
理解が追いつかない俺を置き去りに、アラミガとイクリプスの戦端が開かれる。
そしてすぐに終わった。
瞬きすらままならない速度で駆け抜けたアラミガの後には、倒れ込むイクリプス達が残るばかり。
手に持った錐みてえなやつで延髄をぶっ刺されたんだってことを確認できた時には――
>「……帰ンな。これ以上恥をかく前にな」
動けなくなったイクリプスを仲間が抱えて退却していった。
おお……これは凄いぞ。凄いクソゲーだ……。
イクリプスからすれば、決戦の真っ最中に突如現れた知らんキャラが知らんエピソードを下敷きに説教しながら無双かまし始めた。
プレイヤーは完全に置いてきぼりだ。クソゲーハンターすら付き合いきれなくなってる。
俺が唖然としていると、超合体を解いたガザーヴァが駆け寄ってきた。
-
>「パパに雇われてきたんだろ? レプリケイトアニマのときみたいにさ!
じゃあ、パパは生きてるんだな! パパは? パパは今どこにいるんだよ!?」
>「知らねぇ」
>「ウソつけ! ホントは知ってるんだろ? 勿体ぶってないで教えろよ!
ルピを支払えばいいのか? 明神、払って!」
「そうだよ」
俺は便乗した。
「ミズガルズにお前を送り込むのも、イクリプスについて情報共有すんのも、
管理者権限を持ってるバロール以外に出来るはずがねえ。
いいんだぜこっちは、財布の中身全部プレゼントしてやってもよ」
どうせミズガルズじゃルピ使えねえしな……。
インベントリから送金の手続きを始めようとするが、アラミガはそれにも首を振った。
>「よお、虚構の。相変わらず派手なドレスだぜ。
……お前さんからも言ってくれねェか、俺は嘘なんかついてねェってよ」
知らねえことはいくら金積まれようが答えられない、ってことらしい。
カテ公がアラミガの言の真偽を確かめて、本当にバロールの行方を知らないことが明らかになった。
「あ?じゃあ結局お前をここに送り込んだのは誰なんだよ」
>「さて、俺の潔白が証明されたところで――死霊術師の兄さん。ここにいるのはこれだけかい? 他のお仲間は?
仕事の内容については事前に大体把握したンだが、細かいことは現地でってお達しでね」
「聞けや。あーもう……ラスベガスの地理はどこまで把握してる?
重要な戦術拠点がいくつかあって、俺達は分担してコトにあたってる。
他の連中は別の拠点で迎撃と救命。落ち合う場所も決めてある」
>「なるほどな。じゃァ、一旦おたくらのヤサに戻るとするか。
今の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の人数も確認しておきたいし……な。
連れてってくれるかい?」
ひとつ、懸念があった。アラミガをこのまま信用して良いかどうかについてだ。
こいつはバロールの居所も安否も知らない。それはカテ公が保証済みだ。
それならどうやって世界を渡り、イクリプスの正体を掴んだのか。
『誰の命令で』、そうしたのか。
ゲートをこじ開けるその場にも人知れず同席してて、
ヴィゾフニールにこっそり密航してて、ミハエルとの戦いでも気配を殺してた――
アラミガは夜警局の凄腕暗殺者、ステルスの達人だ。そんくらいは余裕で可能だろう。
だけどもし、そうでなかったら。
アラミガが完全に後追いでこの世界にやってきたとしたら。
それを可能とするのは、現状で管理者権限を持ちうるのはバロールを除けばただ一人……ローウェルだ。
アラミガをこのまま拠点に連れていって本当に大丈夫なのか?
とはいえ、ここでアラミガの同行を拒否することに意味はない。
それこそ姿を隠してこっそり俺が仲間と合流するのを待つことくらい造作もないだろう。
「…………オーケー」
だったら、最低限アラミガの動向を見える範囲で確認しておくべきだ。
そう結論づけて、俺はアラミガを連れて拠点へ戻った。
◆ ◆ ◆
-
マーケットセンターに戻ると、既になゆたちゃんとエンバースは戻って来ていた。
エンバースはアラミガを見て開口一番、俺の言葉を代弁する。
>「なんというか……その、クッソ胡散臭いな。
見ろよ、あまりのツッコミどころの多さに明神さんが頭抱えてるぞ。
誰が金払ったんだよとか……そもそもどうやって「こっち」に来たんだよとかな」
「この期に及んで『実は雇い主はローウェルでした』とかナシにしてくれよマジで……」
カテ公の嘘発見器でローウェルの手先かどうかを確認できれば良かったが、
十二階梯で付き合いも長いこいつがその辺の対策を講じてないはずもない。
イエス/ノーの真偽判定くらいいくらでも誤魔化しようはある。
ローウェルが代理人を立てりゃそれだけで『ローウェルに雇われたか』の質問はノーになるわけだしな。
「……それで、エンバース。こっちは大丈夫なのかよ」
ボソっと耳打ちするのはなゆたちゃんの容態について。
合流した時は面食らうくらい元気になった姿を見せてくれたが、出発前の状態から短時間で回復できたとは思えない。
ずっと安静にしてたならともかく、イクリプスと一戦交えてきたらしい。
どう考えたってこれは――
言いたかないが、消える前の線香花火が一瞬だけ火を大きくする、あの現象じゃねえか。
>「ちょっと、過労でグロッキー状態だったみたい。
でも、病院へ行って栄養剤注射して貰ったら、これこの通り! すっかり元気になっちゃった!
もう大丈夫、これで最後まで戦えるっ!!」
「デスマーチの最中にシュークリームとユンケル同時接種した時みたくなってんじゃん。
それホントに栄養剤なの?ほらここ、アメリカだしさぁ……」
特にベガスはね、治安がね、そのね。
その辺に疲労がポンと抜けるお薬が転がっててもおかしくない。
緊急事態だからアレコレ言うつもりはねえけど、ちゃんと世界救ったあとに社会復帰できるんだろうなぁ……?
そうこうしているうちにジョンとカザハ君も戻ってきた。
>「じゃ、それぞれのチームは報告よろしく!
ええっと、最初はわたしとエンバースのチームから。こっちはまったく問題なし!
わたしもこの通り元気になったし……でしょ? エンバース」
>「……ああ。だが次またぶっ倒れるような事があってみろ。
ローウェルを倒すまでずっとお姫様だっこで運んでいくからな。
たまにスイッチを押しっぱにする為の置物にしたり、敵に投げつけるのもいいな」
エンバースの歯切れの悪い答えも……俺の懸念を後押しするには十分だった。
>「……さておき、報告か。うーん……正直みんな似たりよったりなんじゃないか?
要救助者は概ね無事。イクリプスは攻撃モーションの柔軟性に難アリ。
強いて言えば攻撃に予備動作のないガンナータイプは今後も脅威になり得るってところか」
「ストリップも概ね右に同じ。モーションについてはキャンセル駆使して隙潰しできる連中が出てきてる。
今後は初戦みてえなわからん殺しで一方的に戦えるってことはねえだろうぜ。
あとは……『アリの巣コロリ』を撒いてきた。持ち帰った巣の中で広がる毒餌をな。
最低でもベータテスターの一割……うまくすりゃ三割くらいは削れる」
今頃俺の生み出したクソボスはお船の中で情報共有され、クソゲーに見切りをつける奴も出てくるだろう。
大元のブレモンがそうだったように、もっと魅力的な別のゲームに客をとられるはずだ。
-
>「マリスエリスとロスタラガムがイクリプスを手引きしててさ……
たくさんイクリプスを召喚されて大変だったけど、最終的には加勢してくれたんだよ。
ロスタラガム、きっとアイツらの下で押さえつけられてるのが耐えられなかったんだよね。
でも……戦闘が終わったら門をくぐってどっかいっちゃった。
どこに行ったのかは分からないけど……少なくとももうローウェルの下にはいられないと思う」
「マジかよ……やるじゃん」
エリにゃんとロスやんが出てくるのは予想外だった。あいつらまだローウェルの下にいたんだ。
だけどジョンとカザハ君の内応策が成功……一定の効果を上げて、少なくとも奴らはイクリプスの味方ではなくなった。
これはかなり大きな戦果と言えるはずだ。
「どうやって連中を口説き落としたんだよ!……あ?ジョンがまたボロボロになったの?
お前マジ本当……血まみれの上に汚水まみれじゃねえかよ。
持ってきた物資の中に着替えくらいあんだろ、キレイにしようぜ」
>「だが、俺にはもう一つ……いや、二つ気付いた事がある……少し歩かないか?
どうせこの後、ストラトスフィアの偵察に行く予定だったよな。
俺の話は……そう大した内容じゃない。行きながら話そう。いいだろ?」
戦果について報告し合っていると、エンバースが不意にそう提案した。
こいつにしては妙に強引な話の切り替え方に、異を唱える暇もない。
そうして俺達は、『門』をくぐってストラスフィア――最終決戦の地へと足を運んだ。
>「――俺達は今のところ、とても上手くやっている。
イブリース・シンを倒した。管理者メニューを開いた。チャンピオンにも勝った。
そして今のところ……SSSの連中にも優位に立っていると言えるだろう」
「お前がなんの意味もなくお散歩して窮地に陥るなんざあり得ない……
って前提は置いておいて警告するぞ。周り見てみろよ」
>「しかしだな、一方で俺達は一つ認めざるを得ない」
>「――俺達は未だに、ローウェルの手のひらの上で踊る孫悟空に過ぎないって事を」
ストラスフィアはイクリプスの本拠地。
そんな敵陣ど真ん中に無手で現れた俺達を、連中が見逃すはずもない。
瞬く間に十重二十重の御用提灯が視界を埋め尽くした。
>「落ち着けよ。この場所、この状況じゃお互い勝ち切れない。やめておこうぜ。
今回は話をしにきたんだ。ブレモンは高い戦略性と自由度の高いデッキ・パートナービルド。
それに超カッコいい焼死体がいるだけじゃなく……アドベンチャーパートも結構イケるんだぜ」
イクリプスは攻撃してこなかった。
奴らにとってエンバースの独壇場は、イベントのムービーシーンに見えてるんだろう。
エンバース曰くところの『アドベンチャーパート』は、ローウェルのふるまいの不合理についての分析だ。
ローウェルの指環は事実上ミハエル戦の戦利品だったわけだが、
そもそも俺達に利するようなアイテムを入手できる余地として用意していたのは何故だ?
それが本当に『戦利品』なのだとしたら。
ローウェルが俺達の勝利をシナリオに組み込んでいるとしたら。
次に奴が打ってくる手は――
>「お前達はゴミ掃除をした事がないのです?大量のゴミを片付けたければ――
まずは一箇所にまとめてから処理した方が効率的なのですー!
……どうだ?ワールドマーケットセンターのマップデータの進捗は?順調か?」
「なんでちょっと似てんだよ……コソ練しただろ」
-
無駄に再現度の高いモノマネを披露した焼死体は全方位からの『キッショ』の視線をものともせず話を進める。
ようは生存者とブレイブが固まってるタイミングで丸ごと始末したほうが都合が良いってことだろう。
安全地帯が安全なのは、そこがSSSのマップとして実装されていないからだ。
拠点となっている一箇所だけをマップ化するのは難しいことではあるまい。
とはいえ、手の内がはっきりすれば対策もやりようがある。
シンプルな話拠点を分散させれば良い。それだけでマップ構築の進捗を振り出しに戻せる。
その前提があれば、俺達はこの戦いの主導権を維持できる。
>「二日後の早朝だ。つまり……今からおよそ『30時間ほど』後になるか?俺達はここにもう一度やってくる。
勿論、お前らをボコボコにして、あの大艦隊に攻め込んで、乗っ取って、
たとえどこにいても……この世界の外側にいようとローウェルを探し出してぶちのめす為だ」
>「交渉はしない。拒んだり、艦隊を引き上げるなら俺達はベータテストが終わるまで逃げ続ける。
……断る理由はない。断る余地もない。そうだろ?やろうぜ、ローウェル。
お前も、ベータテスターどもも、まとめて楽しませてやる。ステージを整えておけよ」
主導権。そいつを使ってエンバースは、強制的に30時間の猶予を作り出した。
不毛ないたちごっこをしない代わりに、最終決戦の日時と場所を指定する。
これはイクリプス側にとっても利のある話のはずだ。無意味に30時間駆けずり回らなくてすむからな。
……なるほどな、これがやりたかったわけか。
なゆたちゃんを横目で見る。表向きは元気そうだが、俺達はもうこいつがぶっ倒れて死にそうだったのを知ってる。
最低でも30時間、なゆたちゃんを休ませられる……そういうことだろ?
>「――そもそもなんでお前ら、俺達に勝てないと思う?」
と納得したのもつかの間、エンバースは急に話題を変えた。
まだ続くんですかアドベンチャーパート!いい加減イクリプス共もお風呂入りたがってますよ!!
>「この世界はロールプレイングゲームだろ。ロールプレイが足りてないんだよ、お前ら」
――エンバースの指摘。
単調なモーションに縛られているイクリプスに対し、俺達の行動は明らかに自由度が高い。
行動の度にATBゲージを貯めなきゃならないが、ゲージをどう使うかに縛りはない。
一回の『攻撃』の中で、連撃もすればフェイントや攻撃後の回避行動まで盛り込むことが出来る。
かつてカザハ君も言ってたことだが、コマンド式RPGにおいて詳細な描写は省略される。
『攻撃した結果』の成否判定やダメージだけで、『どう攻撃したか』が描写されることはない。
俺達は省略された描写の範疇をフル活用して自由度の高い戦闘を成り立たせてきた。
ロールプレイング……『戦う役割』をロールプレイしてきた。
ゲームシステムに、適応してきた。
それはある意味で、『ゲームのキャラ』でしかない俺達だからこそできたことでもある。
翻ってイクリプスはどうだ?SSSはTPSアクション『RPG』だが、奴らはロールプレイしていたか?
――違う。こいつらには常に、『新作ゲームのテスター』という一歩引いた意識があった。
当たり前っちゃ当たり前だが、始まったばかりのこのゲームにロールプレイするほど没入できていないんだ。
>「『最新ゲームのキャラクター』じゃ役不足なのさ。ある筈だろ、お前達にも。
イクリプスになって、この星に来た背景が――役割が。それを活かせ」
「そういうことか。確かに米軍相手に無双するばっかで、イクリプス自体の目的がイマイチ見えてこなかった。
あれはイクリプスがSSSの『本来のシナリオ』に則ってなかったからなんだな。
本当はあるはずなんだ。アクションRPGとしての、地球に侵略しに来た舞台設定みたいなものが」
『自分達はどんな存在で、なんのために戦うか』。ベータテストにしたってそのくらいの設定はあるはずだ。
でなけりゃイクリプスって名前も、それこそSSSってタイトルすら意味のないものになる。
エンバースは、SSSの実験台でしかなかったこの世界を『RPGの舞台』に再定義した。
-
「……ってちょっと待てよ!?お前これ教えちゃダメなやつだろ!!
明らか敵に塩送ってんじゃねえかよ!!」
>「……その、なんだ。色々と悪いな。でもどうしてもこうする必要があったんだ。
いつかその時が来たら全て説明する。今は……一発くらいなら殴ってくれていい。
ほら、こっちの……生身に戻ってない方でよければだけど」
>「けど……ほら、明神さんの一世一代のレイドイベントがただの初狩りで片付くなんてカッコ悪いだろ?
カザハも……えーと、歌……そう、俺達の冒険を歌にするんだったよな?だったら波乱万丈な方がやりやすいよな?
ジョンは……少なくとも次のバトルは、めちゃくちゃ歯応えがあるぞ……いや、マジでごめんって」
「エンバースこの野郎……お前マジお前……
まだハイバラの件で一発ぶん殴んの残してんだからな。黒刃の分も合わせて3発ぶち込んでやる」
勇気パンチぶちかまそうとして、踏み出した足を止めた。
エンバースが不意になゆたちゃんを抱きしめたからだ。なんで……?
>「――ゲームスタートだ」
「クッソあいつ一人だけ良い空気吸いやがって……」
唐突に繰り広げられる知らんキャラ二人のハグシーンにイクリプスが呆気にとられる中、
俺達は門をくぐって拠点に撤退した。
◆ ◆ ◆
-
>「いくら公然ラブコメ罪が適用されないからって敵の集団の面前で見せつけちゃってさぁ!
途中で通信が途絶えてたのってそういうこと……!? あーあ、心配して損した!
怪しからんリア充共はしばらく二人っきりでいちゃついてなさい! 明神さん、ジョン君、あっちに行こう!」
「そーだそーだ、ラブコメ菌が伝染るわ!えーんがちょ!」
カザハ君の提案に乗っかって距離を取る。
……それが単に若い二人をハブにするためでないことくらい、長い付き合いで分かってた。
>「おかしいと思わない? あそこまで急に元気になるなんて……」
>「明神さん、気付いた? 各チームに分かれて行動してたとき、途中でなゆチームの通信が途絶えてたの……。
それって、その間に何かがあったってことだよね……」
「……うん。ああして無事に戻ってきてっから大した問題じゃないと思ってたけど……
『問題があったことを隠してる』って可能性は否めねえな。
それで、お前が隠れて相談なんてガラに合わねえことするってことは――」
>「見ちゃったんだ……なゆの体から光の粒子が零れ落ちるの……」
「……ああ、クソ。そういう感じか」
光の粒子――リューグークランが消える時に残したものと同じものだとすれば、
なゆたちゃんもまた、この世界から消滅する秒読み段階に入ってる。
誰の目にも死にかけてたなゆたちゃんが急に元気になったのは、
文字通り命を前借りして燃え尽きようとしてるってことじゃねえのか。
>「明神さん、最初からシャーロットを信用してなかったけど……それは正しかったんだよ。
シャーロット、世界を救うためならなゆはどうなったっていいって思ってる……。
それどころか……シャーロットの想定するエンディングはもしかしたら……」
「わかった……そっから先は言わなくて良い」
ダークマターで無茶を通そうとするなゆたちゃんに対し、言葉を選んでる余裕のなかった俺は、
『お前の意思はシャーロットに汚染されてるんじゃねえか』と言った。
その危惧が現実になろうとしている。
あの時なゆたちゃんは、第二の母親の墓前で『みんなを守れた』と報告したいって言ってた。
それは、生きてなきゃできねえことだろ。真ちゃんの母親も、自己犠牲で死ぬことなんか望んじゃいないはずだ。
その誓いと遺志を覆してまでなゆたちゃんを破滅へ突き動かすものは、シャーロット以外に考えられなかった。
シャーロットがなゆたちゃんを『銀の魔術師』の受け皿程度にしか捉えていないなら。
ブレモンのシナリオを彩る悲劇の死を演出する駒でしかないのなら。
「ふざけやがって……『全員助ける』の中に本人が入ってねえじゃねえかよ」
>「ローウェルだけじゃなく、シャーロットも出し抜かなきゃ、ベストエンディングにたどり着けないのかもしれない。
シャーロットはブレモンのメインプログラマーだ。
こっちが何やったって、同じルートにいってしまうようにプログラムが組まれてるのかも……。
でも、エンバースさん、ベストエンディングを全然諦めて無いよ……! 一人で戦わせちゃいけない……!」
シャーロットの影響力がどこまで残ってるかわかりゃしねえが、
どうであろうとなゆたちゃんの犠牲ルートは叩き潰す。
本人が自分の意思で自己犠牲を選んでるのなら、横っ面を引っ叩いてでも命を惜しませる。
-
>「もしかしたら……シャーロットは、エンバースさんみたいなポジションのキャラが全力で抵抗するのは想定内かもしれない……。
だからこっちは……何も気付いてない蚊帳の外の振りをし続けよう。
そうすればシャーロットの警戒対象にならないでいられるかもしれない」
>「……どうかな?
何も知らない振りをしつつベストエンディングへの分岐を探す――共犯になってくれる……?
多分、自分だけじゃフラグ、見落としちゃう……」
「……ここでお前の意思を聞けて良かったよ、カザハ君。
俺はお前のプランに乗っかるぜ。俺達の方針は今までと何も変わらない。
『全員助ける』……なゆたちゃんも含めて、全員だ」
通信が途絶えた『空白の時間』になゆたちゃんの身にまつわる何かが起こったとして、
おそらくエンバースはその場に居合わせたはずだ。
「エンバースはなゆたちゃんがゴリゴリ命削ってることを知ってる。だからこそ30時間のタイムリミットを設けた。
逆に言えば、あいつの指定した30時間の間はなゆたちゃんも消えることはないってことなんだろう。
この30時間をどう使うかがカギだ。ただその前に……」
カザハ君とジョンとの秘密会議を終えて、なゆたちゃん達と合流する。
「俺もガチガチにバトってきて疲れたよ。一旦休もう……ちゃんと休もう」
救命チームは生存者の拠点からいくばくかの物資を持ち帰ってきていた。
それは商店街の食料品だったり、ホテルの衣類やタオルだったり、死んでしまった観光客の旅行バッグだったり。
「お、電動シェーバーがあるじゃねえの。この手の文明の利器はマジで久しぶりだな。
俺ぁカミソリで髭剃るのばっか上手くなっちまったよ。ジョン、お前も使うだろ?
アラミガは……そのきったねえ無精髭をどうにかして清潔感のある暗殺者にしてやろうか」
物資の中から袋ラーメンを取り出して、携帯コンロで鍋の湯を沸かす。
黒刃の野郎が食ってんの見てからもう腹が減って減って仕方なかったんだ。
「あーいい匂いだ。添加物と化調マシマシの最高に文明なメシだな。
箸は……ないからフォークだな。どうよ、食おうぜ」
煮上がったラーメンを人数分取り分けて、啜る。盛大にむせた。
味が……味が濃い……!ジャンクフードってこんなドギツイ味してたのか……。
異世界でまともなメシしか食ってこなかったから味覚が追いつかねえ。
「……こんな時に言うのもなんだけど」
ペットボトルの水を一気に呷って、俺は続けた。
「こうして地球に戻ってきたわけだけどさ。……なゆたちゃん、出席日数とか大丈夫なの?」
俺はまったく他人事ではなかった。
が、まぁ多分とっくに無断欠勤でクビにはなってるだろう。
うちの会社曲りなりにもIT企業だからセキュリティの関係で入退館を記録されてんだけど、
退館記録ないまま失踪した場合どうなるんだろうか。警察案件かな。
「エンバースも……お前、学校は行ってたんだよな?
まぁ留年してもあんまし人生には関係ねえよ。社会に出りゃ誤差だよ誤差。
やべえのは俺とジョンだな。履歴書には異世界行ってましたなんて書けねえしよ。
いっそ面接で自己PRすっか、『イオナズン使えます』ってさ。わはは」
この大昔のネットジョーク、今の子には通じるんだろうか……。
カザハ君は通じるよな!俺にはわかるぜ!!
-
とくに意味なんかない、いつもの雑談。旅の合間に何度もしてきた、ありふれた他愛もない会話だ。
ただ、なゆたちゃんには思い出して欲しかった。
今は世界を救うために戦ってるけど、俺達は地球に暮らしてた一般人だ。
全部終わったら、地球での日常が待ってる。物語の英雄とは違うんだってことを。
「……今後のことを話そう」
考えるべきことは山程あった。連れてきた生存者をどうやってラスベガスの外に脱出させるか。
そもそもSSSのフィールドの外はまだ安全な状態なのか。
脱出できないとしたら、最終決戦の間どこに匿っておくべきか。
「エンバースのもたらしたロールプレイ理論で、イクリプス一人ひとりの戦力は大幅に向上するはずだ。
一方で、その『数』自体はかなり減るものと考えられる」
俺のクソゲー戦術に加え、手下だったはずのエリにゃんとロスやんの下剋上、
旧ゲーに過ぎないブレモンが思ったより面白そうだっつう風評……。
これらは総じて、『SSSなんかやってらんねえ』って結論に行き着くはずだ。
加えて、ロールプレイとかいう唐突な新要素の開陳。
トドメは貴重なβテストの期間中、30時間もの間コンテンツが供給されないという一方的なアナウンス。
単なるテスターとして参加した大多数のイクリプスは、付き合いきれなくてこのゲームを辞めてもおかしくない。
30時間のメンテって始まったばっかのソシャゲとしちゃ致命的だしな……。
「クソゲーでもプレイし続ける強固な意思と、ロールプレイに適応する柔軟性、あるいは没入力。
この2つを兼ね備えた気概のあるプレイヤーが、俺達の前に立ちはだかるはずだ」
未知の惑星を入植地にしたいとか、新たな資源の獲得を目指すとか、故郷を焼かれた復讐だとか、
何かしらの目的をもって、地球に攻め入ってくる軍勢――
ちゃんと『イクリプスを演じられる』奴らが、クソゲーに篩い落とされずに残る。
「重要なのは、今んとこ地球は一方的に蹂躙されてる『被害者』でしかないってことだ。
ただ無双ゲーをプレイするだけならそれでも良いんだろうが、こっからはワケが違う。
地球を攻め滅ぼすだけの大義や悲願……ナイに騙くらかされてる可能性も含めて、
ロールプレイとしての『戦う理由』を各々が用意してくるはずだ。
そいつらは最早一山いくらのイクリプスじゃなく――『ネームドキャラ』になる」
いつの間にか伸び切っていた麺を、フォークで巻き取って一掃する。
「そんで、そういう相手なら……会話が通じる余地がある。
『戦う理由』次第では、地球側の戦力として取り込めるかもしれねえ。
連中にとって今はただのマップに過ぎなくても、ここからは物語の舞台としての『地球』を意識することになる。
エンバースの話じゃ、ブレモンに好意的な反応を示した奴らも少なからずいたみたいだしな」
言われるがままに力を振るって暴れまわるんじゃなく、世界に息づく一つの命として成長し、目標を達成する。
それがロールプレイングゲームの面白さのはずだ。
「ブレモンのサ終が止められないなら、SSSのコンテンツとしてこの世界を共存させる。
単なる戦闘マップじゃなく、『滅ぼすべき場所』あるいは『守るべき場所』として。
それが俺の目指すエンディングだ」
【イクリプスがロールプレイのために地球に攻め入る背景を設定するなら、
その背景次第では交渉して味方につけることもできるのでは?
SSSのコンテンツとしてブレモン世界の共存を狙う】
-
>「はぁ〜〜〜〜???」
マリスエリスの当然のリアクション。
今まで散々罵声を浴びせておいて…自分でも余りにも調子が良すぎると思う。
それでも…なゆの為に僕は…なんと言われようと何をされようとも…この二人を仲間にしなければいけない。
>「そんなに味方してほしけりゃぁ、今すぐ死んでちょぉ!
自分でその腹ァかっ捌いて、素ッ首刎ねて死んでくれせんかね!
おみゃーさんがくたばったら、残ったもうひとりに味方してやらんこともにゃーがね! ははッ!
ほれ! どうしたぎゃぁ? 『はい』は!?」
分かってる。こいつらだって好きでこんな事してるわけじゃないって。
無防備なカザハに襲い掛からず…星蝕者が倒されていくのを静観する必要がないのにそうした。
仲間にできる可能性はある…でも今じゃない…けど…今仲間にならないと僕達の作戦は大幅に遅延する事になる。
お互い切羽詰まってしまっているのだ…。
>「さっきのを見てたら分かったかと思うけど……ジョン君、すっごく強いんだ……!
何せあのオデットさんとか、三魔将のイブリースさんに勝ったんだから!」
>「だから……今度、万全の状態で戦ってみたいと思わない?
もちろんジョン君にはぼくも一緒で。ジョン君にだけぼくがいるのは不公平だから……あなたは……」
カザハが必死に説得する。しかし…材料も…タイミングも非常に悪い。
でも僕達にこれ以上の事はできない。どうしたら…なゆの為にも絶対引くわけには…!
>「エリ」
ロスタラガムがマリスエリスの手首を掴み静止させる。
なにが起こったのかわからず僕とカザハはただ困惑する事しかできない。
>「何にゃ? ロスやん! 今、このバカゴリラに詰め腹切らせて――」
>「……やめろ」
>「―――――!!」
失礼な言い方になるが…なにも考えていなさそうなロスタラガムの表情から笑みが消える。
いつもニコニコな感じのロスタラガムの顔から笑顔が無くなったせいなのか…強者特有の空気感からか…場が凍る。
>「おい、オマエ。
おれたちに味方してほしーんだって?」
いーぞ」
「…は?」
>「ち、ちょっ、ロスや―――」
無茶なお願いを聞いてくれるのか?なぜ?
>「そのかわり。この戦いがぜーんぶおわったら、おれと戦ってくれよな!
今までのオマエの戦い、見てたぞ。すっげーカッコよかった! オマエ、強ぇぇーなぁー!
こんなよくわかんないやつらより、オマエと戦ったほーがゼンゼン楽しそーだ!」
「あ…ありがとう?」
ただ僕は困惑する事しかできなかった。
-
>「ヤクソクだぞ! じゃあ……
おれもあっばれるぞぉ――――ッ!!」
それからは圧倒的だった。
>「なっ!?」
>「こいつ、裏切るつもりか!?」
>「うははははははははははッ!!!」
前見た時から体格の割に力持ちだなという感想は持っていたが…
星蝕者を圧倒できるスピード…パワー…。
僕も大概常軌を逸している自信はあったが…それを遥かに上回るパワー…そして…
本人は意識していないのかもしれないが…勝利の最短ルートを確実に実行できる才能も間違いなく持ち合わせている。
>「あぁ……」
となりから絶望の声が聞こえるが…気にせず僕は汚水で塗れた頭を振り回し…立ち上がり援護に向かおうとする。
>「ジョン君! あの……。癒しの旋風(ヒールウィンド)……!」
「ありがとう…よし…僕も援護を…!」
>「畜生! こんなクソザコに、折角何時間もかけてキャラメイクした俺のブラックホールが……!」
>「この……“まんもの”の癖に!!」
絶望するマリスエリスも…援護すると意気揚々と突撃寸前だったカザハも…たった今まで楽しそうに暴れていたロスタラガムさえも…急に動かなくなった。
「…?どうしたんだ……まさかダメージを…!?はやく援護に…」
>「今……、なんていった……? “まんもの”……?
“まんもの”っていったのか……?」
ゾワッ
脳が緊急警告を発信する…発信源はロスタラガムで…これは…怒り…それに殺意も混じっている…。この世界に来た時から…大小様々な殺意に触れたが…これは…。
>「ぐァおおオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!」
野獣のような叫びと共に星蝕者達が一斉に引き裂かれる…文字通り。
>「マリスエリス! 何をしているの!? 生き残りたいのでしょう!?
私に、ナイへ口利きして貰いたいんでしょう!? だったら早くあいつを止めなさい!」
星蝕者達が次々と引き裂かれていく中。その中でも立場が上と思われる個体がマリスエリスにそう告げる…しかし
>「……楽しそうだにゃぁ」
>「あんな楽しそうなロスやんの顔、久しぶりに見たにゃぁ。
アタシは、今まで何をしとったんにゃ……。ロスやんを失いたくなくて、生き延びることだけ考えて……。
一番大切なことを忘れとったのかもしれんがや」
先ほどまで殺気立っていたマリスエリスの顔が…一瞬恋人のような…慈愛に溢れた女神のような…母親のような慈愛の顔になる。
「君は…」
>「黙りゃーせ。ロスやんの悪口を言うヤツは、誰であろうとアタシの敵だにゃ」
マリスエリスはそう言い放つとその一瞬で死体を一つ増やした。
-
>「あ〜あ……やっちまったにゃぁ」
二人の圧倒的な力で星蝕者達は壊滅し、援軍用ポータルもいつの間にか消滅していた。
完全勝利だ…僕が頑張ったのは最初だけだが。
>「勘違いしないでちょぉ、アタシたちは降りかかる火の粉を払っただけだぎゃぁ。
おみゃーさんらの手助けをした訳でも、まして味方になった訳でもにゃぁで。
依然として、アタシらとおみゃーさんらは敵同士。それを肝に銘じといてちょぉ」
「なあ…一緒にいこう…もう僕達が敵対する理由はないはずだ…だから…」
>「次に会ったときには、必ず殺いてやるでにゃぁ。
楽しみにしとるとええぎゃ――」
>「それ、どこに繋がってるの? まさか、ローウェルのところに帰るの!? 待って……!」
カザハの言葉にも耳を貸さず。暴れ疲れたのか寝てしまったロスタラガムを抱き起し…ポータルを開く。
そして僕に一つ悪態を付いて…そのポータルに入って行ってしまった。
「…ありがとう…この貸しは必ずこっちから返しにいくよ」
あの二人は安全じゃないが…決して弱くない。
すぐにピンチに陥る事はないだろう…だからまずは自分の事を…なゆの事を落ち着けなくては。
>「うわぁああああああああああああああああ!!」
>「やめてください!! ただでさえ低いINTが更に下がってしまいます!!」
なにやら中二病を発してる可能性があるカザハが騒いでいる。
事情を聞こうと近寄ろうと思ったがカケルにパスされる。
「おっと」
>「えっ、あ、わ……!」
「大丈夫かい…カザハ?あ〜…と今ちょっと汚れているからあんまりくっつかないで欲しいんだが」
>「こんなに汚れちゃって……。自分だけ差し出せばいいなんて言ったら駄目……!
本当に差し出されちゃったら助けに行かなきゃじゃん!
相手はSF超文明なんだから全部筋肉でなんとかなるとは限らないんだからね!?
そんな怪しからん体格して捕らわれの姫ポジションとか……ギャップ萌え過ぎるじゃん!」
>「でも……ありがと。すごくかっこよかった。
戦ってるところはもちろんだけど、全力土下座も全部! マリスエリスにあんな扱いされても耐えてさ……!
キミのために歌ってると……すごく不思議な感覚になる。
よく分かんないけどすごく胸が高鳴って素敵な気持ちで……そんな風になるの、キミのときだけなんだ。
それで原因を考察してみたんだけど……
きっとぼくは……キミのパートナーになるために生まれてきた……じゃなくて! いや、違わないけど違くて!
ぼくは……キミの力を最大限に引き出せるように設定されたキャラなんだ……!」
「ありがとう…でも結局カザハや…あの二人の力を借りただけで…僕はなんにも…」
>「それと、出発前にむやみに突撃したら駄目って言ったけど……あれ、ぼくが一緒にいないとき限定だから……!
高レベルの呪歌使いは支援のエキスパートなんだ――さっき歌ったの以外にも、本当にいろいろある。
言ったでしょ? 君がぼくを守ってくれるなら、ぼくも君を守るって。
キミがどんな強敵に突撃したって、ぼくが必ず守る」
カザハなりに僕を励ましてくれている。
僕がいつも欲している言葉をくれる…僕はいつもそれに甘える。
「言葉は嬉しいけど…僕が君を守る…護りたいんだ。」
いいやぼくがまもる!とムキになるカザハと下水のムードもない場所でしょーもない言い争いが木霊する。
前の僕ならなぜ自己防衛能力が自分以下の存在に護られなければならないのかとか…言い出しててもおかしくなかったけど…。
「ハハ…じゃお互いがお互いを守る…ってのはどうだろう…いやまってくれそれって無敵かも」
あまりにも小学生みたいな結論すぎて二人で笑いあう。この時間が…カザハがどうしても愛しい。
場所が下水で体汚れてじゃなかったら抱きしめていたかもしれないな。
>「大体回復したみたいですね……そろそろ行きましょう」
そうだ。僕達にはまだする事がある。
>「そうだね……行こう、ジョン君。助けを待ってる人がまだ残ってる……!」
「ああ!いこう!」
-
それから僕達は特に妨害も受ける事なく…避難誘導を完了した。
いくらロスタラガムが敵を殲滅したとはいえ…追加の増援が来る事はなかった。
たぶん別の場所でも殲滅戦になったと思われる。
あの二人に協力してもらわなければ僕達にはできなかった。
「僕にもっと力があれば…あの二人も仲間にできてかもしれないけど…」
考える事そのものが無駄と分かっていても考えずにはいられない。
>「とりあえずこんなもんかな……?」
僕にを気を使ったのかカザハが生存者の再確認に入る。レーダーを確認しても青い点はもう存在していなかった。
「うん…色々あったけど作戦成功だ…増援がこないところも見るに他の場所の戦果も十分なはずだ…これならそろそろ連絡が」
>《カザハ、ジョンさん、そろそろワールド・マーケット・センターに戻って頂戴》
「予定通りだね…わかった。今から帰投する。」
そして門を潜り…エントランスで出迎えたのは…なゆだった。
>「ジョン! カザハ! おかえり!」
>「た……ただいま……! 途中で通信が途切れてたけど大丈夫だった……!?」
なゆは作戦前の雰囲気と打って変わって大変元気そうだ。
良かった!僕の勘違いで医者に診てもらって元気になったのかもしれない!…とはならない。
さっきまで死にかけてるといっても差し支えないほど弱った人間が瞬間的に元気になるなんてことはありえない。
僕だって外傷をポーションでよく治すが…血が足りないからすぐに元気いっぱい!ジョンパンマン!…という事にはならない。
>「まさか『真理』の賢兄がいらっしゃるなんて――」
>「あん?アラミガ?なんでお前が……」
>「デスマーチの最中にシュークリームとユンケル同時接種した時みたくなってんじゃん。
それホントに栄養剤なの?ほらここ、アメリカだしさぁ……」
その証拠にエンバースが冷静だ。なゆを心配するでもなく…かといって余裕も感じない。。
エンバースは『冷静』だ…それが当然のように…あの二人に既になにかあったのは…明らかだ。
エンバースが…冷静である限り…僕は…僕達は見ているのが一番だろう…。
言いたい事は無限にある。でも…それを問い詰めるのは…きっと二人とも望んでいないだろう…。
僕達がどう思っていようとも…
>「仕事だよ、仕事。金もらっちまったからなあ」
「ところで……なあカザハ…アレ…だれ?」
カザハに教えてもらってパッと情報を仕入れる。
『真理の』アラミガ…お金で動いてるという割には大層な称号である。
見た目は…確かに真理とか…神のご意思とか…そんな感じ…いやそうでもねーな…テーマが結構ブレてねーか?。
-
>「みんな、無事でよかった。生き残った人たちもたくさん保護できたし、まずは作戦成功! って感じ?」
「………色々あったが…まあそれは後でまとめて報告しよう…それより…その…体のほうは」
>「ちょっと、過労でグロッキー状態だったみたい。
でも、病院へ行って栄養剤注射して貰ったら、これこの通り! すっかり元気になっちゃった!
もう大丈夫、これで最後まで戦えるっ!!」
「そうか…それ…は……よかった」
チラリとエンバースをみる…しかし。
>「避難所のベッドでぐっすり眠って、よだれを垂らしてきたのを忘れてるぞ。
……ま、いいさ。暫く俺達と一緒に行動してくれ。お前が戦力になってくれるなら助かるよ、アラミガ」
エンバースは至って…冷静だ…ならば…僕が取るべき行動は…。
「そうか!本当によかった………」
>「じゃ、それぞれのチームは報告よろしく!
ええっと、最初はわたしとエンバースのチームから。こっちはまったく問題なし!
わたしもこの通り元気になったし……でしょ? エンバース」
>「……ああ。だが次またぶっ倒れるような事があってみろ。
ローウェルを倒すまでずっとお姫様だっこで運んでいくからな。
たまにスイッチを押しっぱにする為の置物にしたり、敵に投げつけるのもいいな」
エンバースも…なゆも…僕に…僕達に言うつもりはないようだ…。
なにがあったのか…どんな事になっているか…僕達に告げないほど僕達は信用されていないのか?
体調を隠すのはいくらなんでも無理がある…なゆだって僕達がどんな形であれど察していると分かっているだろう。
それでも黙ってる理由なんて…僕にはわからない…!
>「……さておき、報告か。うーん……正直みんな似たりよったりなんじゃないか?
要救助者は概ね無事。イクリプスは攻撃モーションの柔軟性に難アリ。
強いて言えば攻撃に予備動作のないガンナータイプは今後も脅威になり得るってところか」
「あぁ…えっと…」
どんなにエンバースに任せるのが一番と分かっていても動揺から口が震える。
>「マリスエリスとロスタラガムがイクリプスを手引きしててさ……
たくさんイクリプスを召喚されて大変だったけど、最終的には加勢してくれたんだよ。
ロスタラガム、きっとアイツらの下で押さえつけられてるのが耐えられなかったんだよね。
でも……戦闘が終わったら門をくぐってどっかいっちゃった。
どこに行ったのかは分からないけど……少なくとももうローウェルの下にはいられないと思う」
僕の代わりにカザハが作戦状況を説明してくれた。
一体僕はなにをしているんだろう…そう思い頬を叩き気合を入れ直す。
>「だが、俺にはもう一つ……いや、二つ気付いた事がある……少し歩かないか?
どうせこの後、ストラトスフィアの偵察に行く予定だったよな。
俺の話は……そう大した内容じゃない。行きながら話そう。いいだろ?」
「エンバース…?何を?」
気合を入れ直した僕はそれの圧倒的上をいく不思議なエンバースの提案に乗るしかなかった。
いや…実際には…エンバースの雰囲気か…覚悟が…僕達を頷かせた。
-
>「みのりさん、防諜のレベルを「落としてくれ」。これからする話は……別に聞かれても構わない。
むしろこっちから聞かせてやってもいいくらいだ……それと、ミハエルをこの通信網に含めてくれないか」
星蝕者にわざわざ聞こえるように話す事とは?
なゆの話ではない事はわかる…だがわざわざ敵方に聞こえるように喋る必要が…?
>「――俺達は今のところ、とても上手くやっている。
イブリース・シンを倒した。管理者メニューを開いた。チャンピオンにも勝った。
そして今のところ……SSSの連中にも優位に立っていると言えるだろう」
そういいながら門を出た先はストラトスフィアタワー…の目の前…
敵の総本山と思われる場所の真ん前だ…。
>「しかしだな、一方で俺達は一つ認めざるを得ない」
>「――俺達は未だに、ローウェルの手のひらの上で踊る孫悟空に過ぎないって事を」
>「恰好付けてる場合じゃないし! 敵集まって来てるじゃん!」
これもエンバースの作戦通りなのだろう…だって話を聞いてほしいんだから…。
エンバースが突拍子もない事をお願いしたり実行したりは…今に始まったことじゃない…けど…
「今回のコレは…少し行き過ぎてるんじゃあないのか?」
今にも場は戦争がはじまりそうな雰囲気に包まれる。
>「落ち着けよ。この場所、この状況じゃお互い勝ち切れない。やめておこうぜ。
今回は話をしにきたんだ。ブレモンは高い戦略性と自由度の高いデッキ・パートナービルド。
それに超カッコいい焼死体がいるだけじゃなく……アドベンチャーパートも結構イケるんだぜ」
エンバースが指を天高くあげる…そのカッコイイポーズをとる間にもおびただしいほどの数の敵に囲まれる。
>「どうだ?分かるか?折角だから他にも幾つか問題を出すか。
みのりさん、期間限定のクイズイベントのUIを使えないかな。
全問正解出来たらローウェルが何か景品をくれるかもしれないぜ……それに、俺からも」
ここに全プレイヤーを集めてやる事が…クイズ大会…?正気の沙汰とは思えない…けどエンバースの事だ考えはあるはず…
「考え…あるんだよな?」
>「第一問の答えは――そう、ローウェルの指環だ。そんなアイテム知らない?情報収集はゲーマーの基本だろ。悔い改めな。
まあとにかく、このアイテムは俺達が……世界の滅亡なんて知ったこっちゃない、
悪のブレイブから譲り受けたものなんだが――それって何かおかしくないか?」
ぐっ…やめてくれエンバース…その言葉は僕に聞く…やめてくれ
>「だってもし俺達が負けていたら、アイツらは誰を相手にする為にこの指環を使うんだ?」
>「つまり逆説的にこの指環は……ローウェルからのプレゼントだったって事になる」
た…たしかに軽く考えた事はあった…
RPGなら強敵を倒して強つよ装備ゲットはよくある話だ…だけど…僕達を殺したいなら…邪魔ならばどんな事があっても使えないようにするべきだ
本来どんな予定でなにで使う予定があったにせよ…専用装備にするとか…そもそも他人の手に渡ったら消滅とか…命の再生ができるならできるはずだ。
僕達は敵だ…ならその強化する可能性があるような事する必要がないし…だけどそれじゃエンバースの言う通り筋が通らない。
じゃあ今僕達の手元にある…この指輪は…?
>「……もしローウェルが俺達の勝利を想定していたのなら。
俺達のその後の行動を予想するのは容易かっただろう。
そう。みんなを助けないとってな――だからその後は、きっとこうなる」
>「お前達はゴミ掃除をした事がないのです?大量のゴミを片付けたければ――
まずは一箇所にまとめてから処理した方が効率的なのですー!
……どうだ?ワールドマーケットセンターのマップデータの進捗は?順調か?」
程よく温まった空気感は謎のモノマネ…モノマネだよね?…で一瞬で氷点下になった。
>「なんでちょっと似てんだよ……コソ練しただろ」
「うーん…なんかちょっと色んな意味で頭いたくなってきたな…」
-
>「みんな、ちゃんと俺からのクエストは覚えていてくれたか?
予備の避難所になるような場所を見つけておいて欲しいってヤツ」
「あぁ…下水にはあんまりなかったけど…あ!」
確かに拠点が複数あるってだけで僕達に有利にはなるけど…
リスクが減ると同時に僕達の勝利までの時間も大幅に伸びる事になる。
だが…だが時間が延びれば…そんな戦い方を選択すれば僕達は自動的に負ける事になる…おそらくなゆの死によって。
なゆは治ったといっていたが…いや…本当に治ったのか?…でもそれじゃわざわざエンバースが敵にまで宣言する理由がない…
「エンバ」
遮るな!といつものかっこいい指とポーズで僕を静止する。
>「……まあ、心配するな。大丈夫だ。そんな事はしない。つまらないからな。
そして俺達はブレモンをつまらないゲームにしたくない。でも……やろうと思えば出来る。
ならお互いつまらない事にならない為に――俺達はどうすればいいと思う?」
>「二日後の早朝だ。つまり……今からおよそ『30時間ほど』後になるか?俺達はここにもう一度やってくる。
勿論、お前らをボコボコにして、あの大艦隊に攻め込んで、乗っ取って、
たとえどこにいても……この世界の外側にいようとローウェルを探し出してぶちのめす為だ」
――――――なるほど
>「交渉はしない。拒んだり、艦隊を引き上げるなら俺達はベータテストが終わるまで逃げ続ける。
……断る理由はない。断る余地もない。そうだろ?やろうぜ、ローウェル。
お前も、ベータテスターどもも、まとめて楽しませてやる。ステージを整えておけよ」
>「ブレイブ&モンスターズの力を見せてやるよ」
エンバースはやはり勝負を早め…確実に勝てば少なくとも星蝕者との戦いが終わる方法を提案した。
ローウェルにたどり着く為に…その最短方法を選択したんだ。
誰の為でもない……なゆの為に。
ゲリラ戦をすればするほど僕達の有利になる…明神やエンバースは正々堂々な戦いも好きだが
不意打ちや盤面操作で自分の思い通りにすることも…得意であるし好きだろう…確実に勝てる上に得意分野ですらあるその戦法をわざわざ放棄してまで…。
しかもこの方法を取れば30時間とはいえ休息の時間が取れる…その時間にローウェルを探す以上のなんの意味があるかは…僕には分からないが。
エンバースの事だ…たった一つの為に時間を浪費するとは考えにくい…。
-
>「――そもそもなんでお前ら、俺達に勝てないと思う?」
これで帰ると思いきや…まだエンバースが話を続ける。
>「いや……こう聞いた方がいいか。なんで俺達はお前らに勝てると思う?
お前らの攻撃モーションはバリエーションが乏しい。それは分かるよな」
>「でも俺達は?なんで通常攻撃は単発じゃない?なんでゲームシステムに縛られない?
どうしてベータテスト用装備のステータスを突破してダメージを与えられる?」
>「違う。逆なんだ。俺達はゲームシステムに保証されているのさ。
お前らが『TPSアクション』としてのスピード感に祝福されているように」
>「この世界はロールプレイングゲームだろ。ロールプレイが足りてないんだよ、お前ら」
>「――そうなの!?」
突然とんでもない事を言いだした。
>「そういうことか。確かに米軍相手に無双するばっかで、イクリプス自体の目的がイマイチ見えてこなかった。
あれはイクリプスがSSSの『本来のシナリオ』に則ってなかったからなんだな。
本当はあるはずなんだ。アクションRPGとしての、地球に侵略しに来た舞台設定みたいなものが」
「ちょ…ちょっとまってくれ!!」
なんとなくそりゃ言いたい事が分からないわけじゃない。
「なんで米軍を殺して回ってた?真の目的は?快楽?金銭?名誉?
ゲームとしての背景はもちろん本人達がどう思うのかだって大事な事だと思う。うんわかるよ?大事だと思うんだすっごく…でもさ…」
明神も僕と同じ考えに至ったらしい。
>「……ってちょっと待てよ!?お前これ教えちゃダメなやつだろ!!
明らか敵に塩送ってんじゃねえかよ!!」
「教えちゃだめだろ!!!」
>「『最新ゲームのキャラクター』じゃ役不足なのさ。ある筈だろ、お前達にも。
イクリプスになって、この星に来た背景が――役割が。それを活かせ」
確かにロールプレイ…かはわかんないけど…想いの力が実際助けになった事は何回もあった。
もちろん最近部長が覚醒したのだって…やっぱりそこに絆や…やっぱり想いの力ってのはあったと思う。
奴らにはチーム意識はあっても仲間意識は薄かった。
だれが一番を取り合うかのゲーム…それ以上でもそれ以下でもない…利用しあうだけのドライな関係。
でももし結束や…心の力…ロールプレイ…エンバースの言うとおり…なんらかの答えを得て次のステップに進む奴もでてきたとしたら…
意外と余裕ムードだったイクリプス戦は壮絶ハードモードになる…。
エンバースは一体なにを思って敵の進化を促してるんだ?
間違いなくなゆの為に何かをする気である事だけはわかる…わかるが…ここまでする事に対する答えがまったく見えてこない。
>「……その、なんだ。色々と悪いな。でもどうしてもこうする必要があったんだ。
いつかその時が来たら全て説明する。今は……一発くらいなら殴ってくれていい。
ほら、こっちの……生身に戻ってない方でよければだけど」
>「情報量多けりゃいいってもんでもないんやで!? すでに色んな要素が盛られ過ぎて飽和状態なんだわ!!」
「謝るくらいなら…僕達に言ってない情報を…もっと共有してほしんだけどな…?」
無意識になゆのほうをチラりとみる。
>「けど……ほら、明神さんの一世一代のレイドイベントがただの初狩りで片付くなんてカッコ悪いだろ?
カザハも……えーと、歌……そう、俺達の冒険を歌にするんだったよな?だったら波乱万丈な方がやりやすいよな?
ジョンは……少なくとも次のバトルは、めちゃくちゃ歯応えがあるぞ……いや、マジでごめんって」
「…いつも通り君には考えがあるんだろう。だけど毎回事後報告になるのだけ…なんとかならないか?ならない?…そう」
僕はハアと溜息をつく。
エンバースは口では謝っているが態度やその他は普段通りに振舞う。
いつも通りカッコイイポーズとセリフと…今回はなゆというメインヒロインを抱きながら敵に向かって宣言する。
>「――ゲームスタートだ」
>「クッソあいつ一人だけ良い空気吸いやがって……」
「ところで…これ…さっさと逃げた方がよくない?」
-
なんやかんや全員で無事帰ってきてエンバースを問い詰めようとした瞬間カザハに声を掛けられる。
>「いくら公然ラブコメ罪が適用されないからって敵の集団の面前で見せつけちゃってさぁ!
途中で通信が途絶えてたのってそういうこと……!? あーあ、心配して損した!
怪しからんリア充共はしばらく二人っきりでいちゃついてなさい! 明神さん、ジョン君、あっちに行こう!」
「ん?…あ…あぁ…」
カザハはわざと大きな声で二人を茶化し距離を取る。
十分に距離が離れ二人が聞いていないことをわざわざ確認し、カザハが話始める。
>「おかしいと思わない? あそこまで急に元気になるなんて……」
>「エンバースさんの意図は全部は分からないけど、
早めに決戦の場を設定したのはきっと、すごく急いでるんだよね……。
それに、何かを隠してる……」
「おかしいと思わない方がどうかしてるだろうな…人間の体はあんなに急速回復できるようになってない
肉体的にも…精神的にも…それこそ非合法の薬か魔法でもやらなきゃな…」
恐らくなゆはその場凌ぎの…エンバースが設定した決戦の時刻から考えるに3日〜1週間ほど…体を持たせるなにかを使った。
魔法か薬か…その方法は定かではないが…どちらにせよ後の事は後で考える類の物である事だけは間違いない。
>「明神さん、最初からシャーロットを信用してなかったけど……それは正しかったんだよ。
シャーロット、世界を救うためならなゆはどうなったっていいって思ってる……。
それどころか……シャーロットの想定するエンディングはもしかしたら……」
>「わかった……そっから先は言わなくて良い」
シャーロットの影響も確かにあるのかもしれないが…なゆの自己犠牲は今に始まった事じゃない。
なゆは僕みたいな奴ですら全力で助けるようなお人よしだ。常に・どこでも・誰にでも…なゆは救いの手を伸ばそうとする。世界でさえも。だからこそ…その守るべき物の中に…
>「ふざけやがって……『全員助ける』の中に本人が入ってねえじゃねえかよ」
>「厄介なのはシャーロットはなゆを通して世界に干渉してて、なゆ自身もどこまでが自分自身でどこからがシャーロットの影響か分からない。
ナビゲーター役の言う事を素直に聞いて真面目にプレイしてたんじゃ
ベストエンディングに辿り着けないゲーム、時々あるじゃん……?
今までずっとなゆの決断に従ってうまくいってきたけど、今後なゆの言葉に反しなければならない分岐点がどこかにあるのかも……」
>「……どうかな?
何も知らない振りをしつつベストエンディングへの分岐を探す――共犯になってくれる……?
多分、自分だけじゃフラグ、見落としちゃう……」
>「……ここでお前の意思を聞けて良かったよ、カザハ君。
俺はお前のプランに乗っかるぜ。俺達の方針は今までと何も変わらない。
『全員助ける』……なゆたちゃんも含めて、全員だ」
「水を差すようで悪いんだが…なゆを救うっていうのは絶対でそこに異議はないんだが…
ゲームでの立ち回りを知らないからよくわかんないけど…シャーロットてのは悪い奴なのか?ブレモンを守るために他人の犠牲じゃなくて…自己犠牲を選んだんだろ?」
なゆはシャーロットの生まれ変わりだとか…シャーロットの依り代になってるかもしれないとか…シャーロットの想定するEDの中になゆはいないとか…。
争いが嫌いで…いなくなる前は自分を犠牲にして世界を巻き戻したんだよな?
誰かを犠牲にする前提の事をするような人間なら…どうせ記憶無くなるんだし誰かを変わり身にしたって良かったはずだ。なゆは自分の分身だから犠牲になってもいいなんて…そんな事思うだろうか?
「僕は…シャーロットの事はわからないが…イブリースの事は…よく知ってるつもりだ
彼のような…信念に生きる者が時を超えてもなお忘れぬ忠誠を誓うような人が…なゆが犠牲になる前提の仕掛けを…作るとは思えない…思いたくもない」
僕は決してシャーロットの事を信用しているわけでも…他人がどうこう言う彼女を盲目的に信用する気はない…が
イブリースの主人であるという点に関しては…僕は信じるに足るのではないかと考えていた。
「たしかにイブリースもシャーロットの…せいと言えばせいで過ちを繰り返した。でもそれは…中途半端に記憶が残った弊害と…それを利用しようと考えたクズがいたせいだ」
なゆが死にかけてるこの状況も…シャーロットの意図したものではなく…なゆがシャーロットに性格が引っ張られすぎて…同じ道を…自己犠牲の道をたどってるように感じて仕方ない。
親が望んでないところまで子供が似る…それに似た状況のように僕には思える。…子供なんて育てた事なんてもちろんないから…あくまでも僕の偏見的な意見ではあるけれど。
「シャーロットを疑うなとは言わない…言えない…けど…これじゃまるで敵だと誰かに思わされている気がして…」
味方が少なく敵ばっかりのこの状況で疑うなというのは流石に無理がある…けど…僕は…僕は心で…人に向き合いたい…もう…後悔しないために
なゆを失わない為に。
-
「ごめーん…僕の下水で汚れてた服の洗濯が思いのほか時間掛かっちゃってさ〜〜」
僕達3人は秘密の会議を終え、みんなの所に戻ってきた。
>「お、電動シェーバーがあるじゃねえの。この手の文明の利器はマジで久しぶりだな。
俺ぁカミソリで髭剃るのばっか上手くなっちまったよ。ジョン、お前も使うだろ?
アラミガは……そのきったねえ無精髭をどうにかして清潔感のある暗殺者にしてやろうか」
なゆが普段通り装うというなら…僕達もカザハの案に乗って冷静を保とう。
エンバースが何を考えてるかはわからないが…なゆを見捨てるような事だけはしないってわかってる
>「エンバースも……お前、学校は行ってたんだよな?
まぁ留年してもあんまし人生には関係ねえよ。社会に出りゃ誤差だよ誤差。
やべえのは俺とジョンだな。履歴書には異世界行ってましたなんて書けねえしよ。
いっそ面接で自己PRすっか、『イオナズン使えます』ってさ。わはは」
だから…僕達は僕達のできる事をしよう。
「僕は…意外と稼いでたし…生きるだけなら十分くらいの金はあるからなぁ…ニートも悪くないかも………どうしても働くならジムのコーチでもしようかな」
混乱した世界で…いつものような日常…しょーもない事で大騒ぎして笑って。
一歩外に出れば焼け野原になったラスベガスがあるとしても…みんなそれを忘れるくらい大はしゃぎした。
これを…最後になんて絶対させない…もう一度全て終わった後…みんなで好きな物でも食べながらこの時のことを面白可笑しく語り合かそう。
もちろん全員で!
>「……今後のことを話そう」
>「エンバースのもたらしたロールプレイ理論で、イクリプス一人ひとりの戦力は大幅に向上するはずだ。
一方で、その『数』自体はかなり減るものと考えられる」
正直に言えば…前のままのイクリプスだったら僕達全員が揃ってれば可能性はあった。
数は多いが…遠距離の奴にだけ気を付けてれば近接の奴らはステータスが高いが攻撃を当ててこないザコだったから…。
「逆に数増えるんじゃないか?エンバースの演説は正直に面白かった。敵がある程度聞き惚れるのも納得できるくらいには…
そして殆どのゲーマーは…話題性に飛びつくんじゃないかと思う。30時間という猶予がむしろプラスに働く気さえする…。
もしクソゲーと思ってアンイスントールしても…新要素が発見されたら…普通トンボ返りしてくるんじゃないか?少なくとも今いる奴らはやめないと思うんだが…」
確かに明神が相手した奴らは怒ってアンインストールして帰って来ないかもしれないけど…
少なくともいまだにイクリプスとして存在してる奴が新要素発見したから「ハイヤメマース!」とはならない気がする。とりあえず新要素に触れてみようと思うはずだ。
カップラーメンがわざと出来上がる前に3分かかるように面白さの期待値が30時間の猶予時間が宣伝やらユーザー間の情報共有で増加してもおかしくない。
「あ〜と…すまない…話を続けてくれ」
-
>「重要なのは、今んとこ地球は一方的に蹂躙されてる『被害者』でしかないってことだ。
ただ無双ゲーをプレイするだけならそれでも良いんだろうが、こっからはワケが違う。
地球を攻め滅ぼすだけの大義や悲願……ナイに騙くらかされてる可能性も含めて、
ロールプレイとしての『戦う理由』を各々が用意してくるはずだ。
そいつらは最早一山いくらのイクリプスじゃなく――『ネームドキャラ』になる」
>「そんで、そういう相手なら……会話が通じる余地がある。
『戦う理由』次第では、地球側の戦力として取り込めるかもしれねえ。
連中にとって今はただのマップに過ぎなくても、ここからは物語の舞台としての『地球』を意識することになる。
エンバースの話じゃ、ブレモンに好意的な反応を示した奴らも少なからずいたみたいだしな」
「確かに…最初に遭遇した奴ら意識してたかどうかは分からないけど…他の奴らより一際【自我】が強かった気がする…後シンプルな強さも…」
エンバースの流した情報によってそんな奴らが増えれば…
敵の質は飛躍的に向上するだろう…それは絶対に避けられない。
確実に大変な戦いになる…でもそれ以上にチャンスが来るのかもしれない
エンバースの考えてる事が全部分かったわけじゃないけど…方向性は見えてきてるのかもしれない
>「ブレモンのサ終が止められないなら、SSSのコンテンツとしてこの世界を共存させる。
単なる戦闘マップじゃなく、『滅ぼすべき場所』あるいは『守るべき場所』として。
それが俺の目指すエンディングだ」
「SSSのコンテンツとして?そんなみみっちいこと言うなよ明神!」
明神が妥協案みたいな事言い出すからつい声が大きくなってしまった。けど言わなければならない
「どのゲームにも無限の色んな良さがある…お互いいい所あるんだからゲームとしての優劣をつける必要性がない!どっちもいい!
こっちが折れてコンテンツの一つで吸収されるのは…そんな物は共存じゃない!」
現実でも強い国に弱い国が吸収されるなんて事はありふれた話ではある。
堅実にいくなら…本当はそのほうが可能性は高いんだろう…だけど僕達が目指すハッピーエンドに妥協なんて必要ない。
「この戦争で…イクリプスにも…そのイクリプスにも成れなかった奴も…
全然関係ないプレイヤーの卵も…ゲーマーですらない一般人にさえ伝わるような…!
敵も味方も関係ない観戦者も!全部巻き込んで派手に戦うんだ!僕達にボコられてつまんね〜〜〜〜って言ってやめてった奴らでさえもう一回やりたいって思えるような
2日後の戦いに参加した人間全員がこの場にいてよかったって思えるような…伝説を残すんだ。後世に語り継がれるような激闘を繰り広げて…運営でさえどうにもできないようなでかい波を作るんだそして!」
前の僕なら間違いなくもっと妥協したほうが確実だよとか言ってかもな…でも…今の僕は違う。
「お互いがお互いを認め合う。SSSにブレモンのコンテンツがあってもいいしブレモンにSSSのイベントがあったっていい!
吸収されるなんてアホらしい!両方生きればいいんだよ!そして面白さを認め合って初めて共存の道になる!
運営が…神の力がどれだけ強かろうと…存続を認めさせる。エンバースの言う通り…力を見せてやるんだ…僕達の世界の…ブレイブ&モンスターズの!!」
僕達は全部を手に入れて日常に戻る。それ以外の結末を求めてない。
なゆも…リューグークランのみんなも…そしてこのラスベガスで壊れて死んでしまった全ても…必ず取り戻す。
「どうせやるならどびっきり派手に…そうだな…全世界に向けて配信でもしてみるとか」
もう誰かが敷いたレールの上を走るのはまっぴらごめんだ
その道を誰が作ってどんな望みがあろうと…シャーロットだろうとローウェルだろうとそれ以外の第三者だったとしても…
「ま、どんな事があろうとカザハがいて場が盛り上がらないなんてありえないけど!」
そこに…その先の終着点に平和があっとしても…もしなゆがいないっていうなら…僕達は僕達の道行く。
それがどんだけ可能性が低くても…どれだけ妨害されようとも…誰かがそのシナリオ望んでいたとしても…決して止まるわけにはいかない。
必ず辿り着く。
【シャーロットは信じてないけどイブリースの主としての信頼度くらいはあってもいいんじゃないかと悩みを明神とカザハ二人に打ち明ける】
【明神に勝ってもブレモンとして残らなければ意味ないんじゃね?と反論】
-
>……しんみりしてるところ悪いんだが、俺はまだ何も了承した覚えはないぞ
みのりのパッシブスキル『終着駅(ファイナル・デスティネーション)』によって束の間の延命を図ったなゆたに対し、
エンバースがやっと口を開く。
確かに、エンバースの許可を得ずに勝手に延命措置を受けてしまった。
今起こった一連の出来事を仲間たちへ秘密にするということも、まだ承諾して貰っていない。
エンバースが『駄目だ。皆に報告する』と言ってしまえば、それでもう終わりである。
けれど。
>条件がある
エンバースはそうしなかった。その代わり、咽喉の奥から搾り出すような声で提案する。
>この事を誰にも言わない。お前を戦いの終わりまで連れて行く。それがお前の望みなら……叶えてやる。
だが……この世界はゲームだ。それほどの高難易度クエストには、相応しい報酬が必要だ。だろ?
「そう、だね。もちろん」
なゆたが頷く。立ち上がり、なゆたへと歩み寄ってきたエンバースの手が頬に触れる。
質感の異なる双眸が、なゆたの瞳を覗き込む。
ゲームのクエストには報酬がつきものだ。その難度が高ければ高いほど、貰える報酬も希少になる。
目も眩むような大金に、世界にひとつしか存在しないレアアイテム。クリア後のご褒美ムービー。
そういったものを求めて、プレイヤーたちは困難なクエストに挑むのだ。
>……全てにケリが付いた時、俺の望みを一つ叶える。そう約束してくれ
エンバースが望んだのは、まさにそういった類のものだった。
「―――……わかった」
普段のシニカルさを引っ込めた、いつになく真剣なエンバースの提案に、そっと頷く。
何せエンバース――ハイバラは日本ブレモンシーンの絶対王者だ。
非公式とはいえミハエル・シュヴァルツァーをも下した今は、世界最強のグランドチャンピオンと言ってもいい。
当然、やり込み度だって違う。なゆたの持っているようなレアアイテムの類はとうに入手しているだろう。
ルピだってクリスタルだって唸るほど持っている筈だ、そんなエンバースに対して、
自分が叶えられることなんて果たして存在するものか、と思う。
だが、彼の望みが何であれ自分に出来ることなら叶えるのが、
他の仲間たちを裏切り、口裏を合わせて自分の我侭を聞いてくれる彼への最期の誠意だと思うのだ。
どうせ、自分はこの戦いが終われば、三日後には跡形もなく消滅してしまうのだから――。
《あ。そうそう、なゆちゃん》
見詰め合う二人の静謐を乱すように、みのりが口を開く。
「なあに? みのりさん」
《その『終着駅(ファイナル・デスティネーション)』な。
期日まで確実になゆちゃんのパフォーマンスを最大限発揮できるよう調整したつもりやけど……。
それはあくまで、あんたが“普通に”身体を動かした場合の話や》
「つまり?」
《『銀の魔術師』モードは禁止、ちうことや。あれは身体に、命に負担をかけすぎる諸刃の剣や。
もし今後発動させてもうたら、うちにもどないなるか分からしまへん。
最悪、パッシブが解除されて発動した瞬間消滅……ちうことも有り得んで。
それを重々、肝に銘じておくれやす》
みのりが釘を刺してくる。
元々、なゆたが今のように余命幾許もなくなってしまったのは、銀の魔術師モードの濫用によるものだ。
ちょうど三日で命を使い果たすように設定された今の状態でそんなものを発動させてしまえば、
重篤かつ致命的なエラーが出るのは火を見るより明らかであろう。
なゆたはそっと片手を持ち上げると、自らの頬に触れるエンバースの手に自らの手を重ねた。
そして、小さく微笑む。
「……うん。忘れない」
それはみのりにというよりは、目の前の共犯者――エンバースへの誓いのように響いた。
-
>なんというか……その、クッソ胡散臭いな。
見ろよ、あまりのツッコミどころの多さに明神さんが頭抱えてるぞ。
誰が金払ったんだよとか……そもそもどうやって「こっち」に来たんだよとかな
>されちゃったんだ……またのご用命! バロールさんどんだけ大金積んだんだ……!
えっ……雇い主違うの?
>この期に及んで『実は雇い主はローウェルでした』とかナシにしてくれよマジで……
「おいおい、御挨拶じゃねェか。レプリケイトアニマじゃ一緒に戦った仲だろう?
悪いが依頼主に関しちゃ守秘義務ってヤツだ、この商売は口が軽いとやっていけねェ。
まぁ、信じてくれと言うつもりはねェよ。オレはどのみち貰った銭のぶん仕事するだけさ」
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちからこれでもかと疑惑の目を向けられても、アラミガはどこ吹く風だ。
ワールド・マーケット・センターのホールの壁に背を預け、腕組みしたまま皆の様子を眺めている。
エカテリーナもアラミガに対して特に叛意があるとは見なしていない。第一、アラミガが敵に雇われた刺客であるのなら、
回りくどい遣り方をしなくてもとっくに実力行使に出ているだろう。
>……ま、いいさ。暫く俺達と一緒に行動してくれ。お前が戦力になってくれるなら助かるよ、アラミガ
「ああ、そいつは契約のうちだ、遠慮なく頼ってくれ。契約外労働に関しちゃ別料金だがね」
この期に及んでなお守銭奴キャラを貫き通すアラミガである。
そしてそれぞれのチームの報告が始まると、なゆたに促されエンバースが口火を切った。
>……ああ。だが次またぶっ倒れるような事があってみろ。
ローウェルを倒すまでずっとお姫様だっこで運んでいくからな。
たまにスイッチを押しっぱにする為の置物にしたり、敵に投げつけるのもいいな
「誰が置物よっ! わたしだっていつまでもあなたに護られてるばっかりじゃないんだから。
エンバースこそ、わたしにお姫様抱っこで運ばれないように気を付けなさーいっ!
……その場合ってお姫様抱っこじゃないよね? 焼死体抱っこ?」
ガーッ! と反論する。少しでも元気なことを仲間たちにアピールしておかなければ、
お人好し揃いの仲間たちのこと、またなゆたの身体のことを心配してしまうだろう――と思う。
が、普段つき慣れないウソをつく、そんな白々しさと必死さが逆に仲間たちの疑念を生んでいるということに、
なゆたはまるで気が付かなかった。
>……さておき、報告か。うーん……正直みんな似たりよったりなんじゃないか?
要救助者は概ね無事。イクリプスは攻撃モーションの柔軟性に難アリ。
強いて言えば攻撃に予備動作のないガンナータイプは今後も脅威になり得るってところか
考え考え報告をしつつ、エンバースはエンデへと歩み寄る。
なゆたの傍のソファに腰掛けていたエンデは、大きな双眸を瞬かせた。
>ストリップも概ね右に同じ。モーションについてはキャンセル駆使して隙潰しできる連中が出てきてる。
今後は初戦みてえなわからん殺しで一方的に戦えるってことはねえだろうぜ。
あとは……『アリの巣コロリ』を撒いてきた。持ち帰った巣の中で広がる毒餌をな。
最低でもベータテスターの一割……うまくすりゃ三割くらいは削れる
>マリスエリスとロスタラガムがイクリプスを手引きしててさ……
たくさんイクリプスを召喚されて大変だったけど、最終的には加勢してくれたんだよ。
ロスタラガム、きっとアイツらの下で押さえつけられてるのが耐えられなかったんだよね。
でも……戦闘が終わったら門をくぐってどっかいっちゃった。
どこに行ったのかは分からないけど……少なくとももうローウェルの下にはいられないと思う
長く敵対していたマリスエリスとロスタラガムがローウェルに対して反旗を翻したというのは、大きな戦果であろう。
が、ローウェルに刃向かったからといって、それがイコール此方の味方になった、というのは早合点が過ぎる。
ロスタラガムは兎も角、マリスエリスはあっさりと継承者をやめられるほど単純な思考をしていない。
それから――ラスベガスの各所を回って生存者を回収できたのはよかったが、今回探索した分が全てではない。
今後も第二陣、第三陣と要救護者の回収に向かう必要がある。
そして、時間を経るごとに『星蝕者(イクリプス)』は手強くなってゆくだろう。
なゆたの限られた時間もある。その間にみのりがローウェルの居所を突き止めなければ、ゲームオーバーだ。
現段階は今回のような救助活動と探索、交戦を繰り返し、みのりからの朗報を待つのが得策か――
しかし。
>だが、俺にはもう一つ……いや、二つ気付いた事がある……少し歩かないか?
どうせこの後、ストラトスフィアの偵察に行く予定だったよな。
俺の話は……そう大した内容じゃない。行きながら話そう。いいだろ?
エンバースには、別の策があるらしかった。
>そんな急にどうしたの!? むやみに出歩くのは危ないよ!?
>エンバース…?何を?
カザハとジョンが口々に問うも、エンバースはまったく斟酌しない。
エンデに対し、ワールド・マーケット・センターの外へ『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を開くことを要請する。
裁断を求めるようにエンデがなゆたを見る。
なゆたにも、エンバースが何を考えているのか分からない。だが長い旅の付き合いにおいて、
こういった状況でエンバースが引き下がることはないということは理解している。
小さく頷くと、エンデは皆の前方にポータルを開いた。
-
>みのりさん、防諜のレベルを「落としてくれ」。これからする話は……別に聞かれても構わない。
むしろこっちから聞かせてやってもいいくらいだ……それと、ミハエルをこの通信網に含めてくれないか
《……了解や》
目抜き通りを歩きながら、エンバースがみのりへ指示する。
エンバースの思惑通り、みのりはその指示に抗うことはしなかった。すぐに回線がオープンになる。
そんな衆人環視の中、エンバースは朗々と語り始めた。
>――俺達は今のところ、とても上手くやっている。
イブリース・シンを倒した。管理者メニューを開いた。チャンピオンにも勝った。
そして今のところ……SSSの連中にも優位に立っていると言えるだろう
>しかしだな、一方で俺達は一つ認めざるを得ない
やがて、あたかもバベルの塔の如く天を穿って聳え立つストラトスフィア・タワーが前方に見えてくる。
その上空に停泊する、数十隻もの『星蝕者(イクリプス)』の艦隊も。
そして、回線をオープンにしたまま大通りを直進して敵の本拠地まで歩いてきた――ということは、
当然のように『星蝕者(イクリプス)』側にもその会話内容や姿は捉えられている、ということである。
まさしく雲霞の如く姿を現した百騎単位の『星蝕者(イクリプス)』たちに、
なゆたたち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は瞬く間に取り囲まれた。まさに槍衾だ。
絶体絶命の危機。だというのに、エンバースはまるで取り乱す気配がない。変わらず泰然と言葉を紡ぐ。
>――俺達は未だに、ローウェルの手のひらの上で踊る孫悟空に過ぎないって事を
>恰好付けてる場合じゃないし! 敵集まって来てるじゃん!
>お前がなんの意味もなくお散歩して窮地に陥るなんざあり得ない……
って前提は置いておいて警告するぞ。周り見てみろよ
>今回のコレは…少し行き過ぎてるんじゃあないのか?
「く……さすがにこの数は……」
さすがに仲間たちが危機を感じて警告を口にする。なゆたにも勿論分からない。同行したエカテリーナとアシュトラーセも、
起こるべくして起こった事態に緊張の色を隠せない。ガザーヴァなどは明神の隣で暗月の槍を構え、
明神のゴーサインがあればすぐにでも飛び出せる体勢で、ガルル……と前方を威嚇している。
一触即発の空気。――だが、エンバースが望んだのは戦闘ではなかった。
>落ち着けよ。この場所、この状況じゃお互い勝ち切れない。やめておこうぜ。
今回は話をしにきたんだ。ブレモンは高い戦略性と自由度の高いデッキ・パートナービルド。
それに超カッコいい焼死体がいるだけじゃなく……アドベンチャーパートも結構イケるんだぜ
エンバースが仲間たちを振り返る。ここは任せろ、と言うように。
>で、どこまで話したっけ……ああ、そうだ。この状況はローウェルの想定通り。手のひらの上。
疑心暗鬼に陥ってる訳じゃない。アドベンチャーパートらしく、れっきとした「証拠品」もある。
インベントリを開いて、よく見てみろ。お前達も……ほら、見えるか?
まるで予めそうすることが決まっていたかのように、エンバースは淀みない調子で説明を続けてゆく。
立て板に水の解説に仲間である『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』や継承者たちのみならず、
見敵必殺といった様子で今にも襲い掛かってきそうだった『星蝕者(イクリプス)』までもが従い、
携えた武器を揮うことを一旦忘れてホログラムを眺めエンバースの言葉に耳を傾ける。
その場にいる誰もがエンバースの一挙手一投足に注目する、その果て。
>二日後の早朝だ。つまり……今からおよそ『30時間ほど』後になるか?俺達はここにもう一度やってくる。
勿論、お前らをボコボコにして、あの大艦隊に攻め込んで、乗っ取って、
たとえどこにいても……この世界の外側にいようとローウェルを探し出してぶちのめす為だ
>交渉はしない。拒んだり、艦隊を引き上げるなら俺達はベータテストが終わるまで逃げ続ける。
……断る理由はない。断る余地もない。そうだろ?やろうぜ、ローウェル。
お前も、ベータテスターどもも、まとめて楽しませてやる。ステージを整えておけよ
エンバースが提案したのは、二日後の『ブレイブ&モンスターズ!』と『星蝕のスターリースカイ』の総決戦。
>ブレイブ&モンスターズの力を見せてやるよ
エンバースはそう締め括った。
30時間の猶予を遣るから、装備を整え必勝の気構えで来い、と――。
更にエンバースは『星蝕者(イクリプス)』に、自分たち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』との違いさえ教授した。
ロールプレイの有無。それは一見すると稚拙な要素のようにも感じられたが、実のところ幾許かの真理を言い当てている。
ロールプレイとは、つまるところ没入感だ。自らの分身たるキャラクターにどれだけ感情移入できるか、
入れ込めるか――全身全霊を懸けられるか。
エンバースも、なゆたも、他の仲間たちも、『ブレイブ&モンスターズ!』というゲームのキャラクターだ。
皆が皆『自分』というキャラクターを演じている。キャラクターそのものとして生きている。
しかし、『星蝕者(イクリプス)』はそうではない。
『星蝕者(イクリプス)』にとって、キャラクターは操作できる人形にすぎない。自分自身ではなく、
死んだところで幾らでも代替の利く存在でしかない。
死ねば後がない者と、死んでもやり直せるからいいと考えている者。
その覚悟の差が、双方の強さの差だ――エンバースはそう言っている。
-
エンバースの突拍子もない提案に、『星蝕者(イクリプス)』たちがざわざわとどよめく。
ロールプレイ――そんな言ってしまえば自己満足に過ぎない、あやふやな要素で果たして強くなれるのか? と――。
しかし、それが単なるエンバースの口から出任せでないということは、
今までの戦いで他ならぬ『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちが実証している。
より深く世界に没入し、より広くゲームを理解し、単なるゲームのプレイヤーとしてではなく、
この世界に生きる一個の生命となりきることで、得られる強さがある――だとしたら。
>……その、なんだ。色々と悪いな。でもどうしてもこうする必要があったんだ。
いつかその時が来たら全て説明する。今は……一発くらいなら殴ってくれていい。
ほら、こっちの……生身に戻ってない方でよければだけど
自分の言いたいことをすっかり言うと、エンバースはばつが悪そうに仲間たちへ振り返った。
>情報量多けりゃいいってもんでもないんやで!? すでに色んな要素が盛られ過ぎて飽和状態なんだわ!!
>エンバースこの野郎……お前マジお前……
まだハイバラの件で一発ぶん殴んの残してんだからな。黒刃の分も合わせて3発ぶち込んでやる
>謝るくらいなら…僕達に言ってない情報を…もっと共有してほしんだけどな…?
予想だにしないエンバースの振る舞いに呆気に取られたのは、何も『星蝕者(イクリプス)』ばかりではない。
当然のように、仲間たちからも非難の声が上がる。
なゆたにとってもそれは同様だ。エンバースとは他の仲間たちよりも秘密を共有する仲だが、
それでもこんな行動に出るというのはまったくの想定外で、真意が分からない。
むろん、他の仲間たちが彼に対してそうであるように、エンバースのことは信頼している。
その敵に塩を送る行為にしか聞こえない発言にも、何らかの意図があるということは理解できる。
それでも、何故。
「……エンバース」
問い質すことも出来ず、ただ立ち尽くして困惑していると、不意にエンバースが此方を向いた。
視線が重なる。エンバースは徐になゆたへと歩み寄ってくると、何を思ったか――不意に強くその身体を抱きしめてきた。
「――――――!!!」
これも、まったくの想定外。エンバースにぎゅぅっと強く抱きしめられたまま、なゆたは顔を真っ赤にして固まってしまった。
>俺はお前を、最後に花か月みたいに消えちまう、ただのヒロインにするつもりはない――
エンバースがはっきりと告げる。
それは恋い慕う者へ贈る睦言でもなければ、甘やかな愛の囁きでもない。
――決意表明、だ。
真っ直ぐな視線と共に宣言されたそれを間近に聞き、なゆたはそう思った。
なゆたの間近で鎌を研ぐ、運命という死神へ向けた宣戦布告。
さだめを受け入れ、自らにタイムリミットを設けたなゆたへの、抗戦の意志。
まるでそれは、運営の用意したエンディングなど見るつもりはない――自分の欲するエンディングは自分で探す、
とでも言っているかのようだ。
単なる一介のプレイヤーが予め用意された結末を拒絶するだなんて、そんなこと普通なら許されるはずがない。
プレイヤーは運営側の用意したシナリオをなぞり、誂えられたエンディングを確認することしか出来ない。それが常識なのだ。
だが、今までも幾多の不可能を可能に変え、運命を覆してきたエンバース、ハイバラなら――或いは。
あと三日で消え去るなゆたの運命も、変えてしまうかもしれない。
なんの確証も裏付けもない、ともすれば妄言のようにも聞こえるエンバースの言葉には、
なぜだかそんな期待を抱いてしまうような力が宿っていた。
「……ほんと。
根っからゲーマーなんだから」
エンバースが抱擁を解く。それでも、視線は外さない。
見詰め合いながら、なゆたはそう言って淡く笑った。
>――ゲームスタートだ
エンバースが静かに、しかし確固たる決意を以て告げる。
それはこの世界において神に等しい権限を持つ大賢者ローウェルよりも或いは強い、
『運命』という敵に克つための、戦いの合図だった。
-
ストラトスフィア前で『星蝕者(イクリプス)』やローウェルに宣戦布告した『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は、
ワールド・マーケット・センターへ戻ってきた。
>いくら公然ラブコメ罪が適用されないからって敵の集団の面前で見せつけちゃってさぁ!
途中で通信が途絶えてたのってそういうこと……!? あーあ、心配して損した!
怪しからんリア充共はしばらく二人っきりでいちゃついてなさい! 明神さん、ジョン君、あっちに行こう!
>そーだそーだ、ラブコメ菌が伝染るわ!えーんがちょ!
>ん?…あ…あぁ…
「ち、ちょっ!? なによーっそれぇーっ!
いちゃついてなんかないでしょ!? カザハ! 変なこと言わないで――」
なゆたが抗議する暇もあらばこそ、カザハはジョンと明神を伴ってそそくさと距離を取ってしまった。
「まったく……!」
さっさと遠ざかってしまった三人を眺め、腕組みしてぷりぷりと頬を膨らませる。
が、それも長くはもたない。は、と小さく息を吐くと、なゆたは横目にエンバースを見た。
「……大丈夫だよ、エンバース。
わたしは、あなたの心の棘にはならない。
これ以上あなたの心に、消えない傷を残すようなことはしないから……」
心から愛していた幼馴染のマイディア、マリを冒険の果てに喪い、エンバース――ハイバラは心に死してなお消えぬ傷を負った。
エンバースには、自分のせいで再度そんな傷を拵えてほしくはない。エンバースだけではない、他の仲間たちもそうだ。
この世になんの哀惜も愁傷も残さず、ひっそり消えてゆくことができれば、それが最上であろう。
そう考えると、『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』によって“誰の記憶からも消滅する”という最期を遂げた
シャーロットは上手くやったものだ。
その想いは結果的に無駄になってしまったが、今のなゆたにはシャーロットの気持ちがよく分かる。
ただ、そう思う一方で。
自分が、崇月院なゆたがこの地球、ミズガルズに生まれ。
魔王バロールによってミズガルズへ飛ばされ、世界を股に掛ける冒険をして。
懸命に生きたということ、それを誰かに覚えていて欲しいと望む自分もいる。
とりわけ、自分が恋心を抱いた相手には――と。
忘却と、記憶。
アンヴィバレンツな願いを持て余し、なゆたは懊悩した。
>俺もガチガチにバトってきて疲れたよ。一旦休もう……ちゃんと休もう
ほどなく戻ってきた明神たちと合流する。そう言えば、ずっと戦い通しだった。
皆、限界以上に体力を使っている。三十時間の猶予が与えられたというのなら、最終決戦へ向けてしっかり休んでおくべきだろう。
>お、電動シェーバーがあるじゃねえの。この手の文明の利器はマジで久しぶりだな。
俺ぁカミソリで髭剃るのばっか上手くなっちまったよ。ジョン、お前も使うだろ?
アラミガは……そのきったねえ無精髭をどうにかして清潔感のある暗殺者にしてやろうか
エントランスホールの中で集まり、明神がインスタントラーメンを作るのを眺める。
やがてラーメンが出来上がると、人数分取り分けられたそれを渡される。
アルフヘイムでは決して嗅ぐことのなかった、化学調味料のケミカルな匂い。
>……こんな時に言うのもなんだけど
>こうして地球に戻ってきたわけだけどさ。……なゆたちゃん、出席日数とか大丈夫なの?
「え?」
突然水を向けられ、近くのソファに座っていたなゆたはぱちぱちと目を瞬かせた。
アルフヘイムへ召喚されてからこっち、生き残ることだけを考えて、
学校だとか出席日数だとかのことは完全に頭から抜け落ちてしまっていた。
確かに地球への帰還を果たしこそしたが、といって何もかもが終わった訳ではない。
ローウェルとの決着をつけ、この馬鹿げたサービス終了にまつわる一連の問題を片付けないことには、復学など夢のまた夢だ。
いや――仮に一切合切の事象が片付いたとしても、自分はもう元の生活には戻れない。
既に、導火線に火がついている。あと三日後に、自分は消滅するのだから。
「ど、どうだろ……やっぱりこれだけ無断欠席してたら、内申書に響く……かも……。
ともだちも心配してるかな……。連絡取れるなら取りたいけど、いきなり電話なんてかけちゃったら、
きっとビックリするよね……」
あはは、とぎこちない笑顔を浮かべる。
「生徒会、わたしがいないと全然回らないし……生徒会長、わたしの原稿ないとスピーチできないの。
書記や会計のみんなも……わたしなしで、ちゃんとお仕事出来てるのかな……」
思いつくまま、とりとめもなく呟く。
「クラスメイトのまーちゃんに、加奈……百合ち……。
まーちゃんが、ブレモンみんなで一緒にやろう! って言ってきたの。
でも、言い出しっぺのまーちゃんが一番最初に飽きちゃって……なんでやねん! ってみんなで突っ込んだよ。ふふっ。
そのうち他のみんなも次々やめちゃって、結局最後までやってたのはわたしだけだった……」
一旦蘇った思い出は、留まるところを知らない。
ポヨリンを膝に乗せ、なゆたは語り続けた。
懐かしい思い出、掛け替えのない記憶。
しかし、もう二度とその先を紡いでゆくことはできない。
-
>……今後のことを話そう
ラーメンを食べながら、明神がゆっくりと切り出す。
>エンバースのもたらしたロールプレイ理論で、イクリプス一人ひとりの戦力は大幅に向上するはずだ。
一方で、その『数』自体はかなり減るものと考えられる
>クソゲーでもプレイし続ける強固な意思と、ロールプレイに適応する柔軟性、あるいは没入力。
この2つを兼ね備えた気概のあるプレイヤーが、俺達の前に立ちはだかるはずだ
今回の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』側の工作の結果として、SSS側は根こそぎ篩に掛けられることになる。
その結果、『星蝕者(イクリプス)』の絶対数は激減するだろうが、その分個体の強さは激増する。
真のゲーマー、ブレモンで言うランカーのみが残るという訳だ。
そして、なゆたたちは三十時間後にはそんな精鋭たちと激突しなければならない。
>重要なのは、今んとこ地球は一方的に蹂躙されてる『被害者』でしかないってことだ。
ただ無双ゲーをプレイするだけならそれでも良いんだろうが、こっからはワケが違う。
地球を攻め滅ぼすだけの大義や悲願……ナイに騙くらかされてる可能性も含めて、
ロールプレイとしての『戦う理由』を各々が用意してくるはずだ。
そいつらは最早一山いくらのイクリプスじゃなく――『ネームドキャラ』になる
>そんで、そういう相手なら……会話が通じる余地がある。
『戦う理由』次第では、地球側の戦力として取り込めるかもしれねえ。
連中にとって今はただのマップに過ぎなくても、ここからは物語の舞台としての『地球』を意識することになる。
エンバースの話じゃ、ブレモンに好意的な反応を示した奴らも少なからずいたみたいだしな
単に物見遊山や新作ゲームだからという理由でテスターとして参加した者たちと違い、
そこまでロールプレイできる、SSSに没入しているプレイヤーならば、
単に『ブレモン側は殺すべき』『ブレモンのキャラは的』といった脳死的な思考パターンはしていないはず。
そこに交渉の余地がある――明神はそう言っている。
>ブレモンのサ終が止められないなら、SSSのコンテンツとしてこの世界を共存させる。
単なる戦闘マップじゃなく、『滅ぼすべき場所』あるいは『守るべき場所』として。
それが俺の目指すエンディングだ
SSSとの共存。それが明神の出した、ブレモンの未来だった。
しかし。
>SSSのコンテンツとして?そんなみみっちいこと言うなよ明神!
それに、ジョンがはっきりと異を唱えた。
>どのゲームにも無限の色んな良さがある…お互いいい所あるんだからゲームとしての優劣をつける必要性がない!どっちもいい!
こっちが折れてコンテンツの一つで吸収されるのは…そんな物は共存じゃない!
「そーだよ。ジョンぴの言う通り!」
明神の隣でラーメンを食べていたガザーヴァも、ジョンに同調する。
「新しいゲームの一部として間借りさせて貰って生きるだなんて、そんなのまっぴらゴメンだね。
第一、それじゃSSSの連中に負けを認めるみてーじゃんか!
仮に今はそれでよくっても、ずっと先はどうなる? いつか連中がブレモンに飽きたらどーすんだ?
やっぱいらないから無くしちゃおうって思ったら?
アイツらのご機嫌を窺いながら生きるなんて、死んでるのと一緒じゃんか!」
>この戦争で…イクリプスにも…そのイクリプスにも成れなかった奴も…
全然関係ないプレイヤーの卵も…ゲーマーですらない一般人にさえ伝わるような…!
敵も味方も関係ない観戦者も!全部巻き込んで派手に戦うんだ!
僕達にボコられてつまんね〜〜〜〜って言ってやめてった奴らでさえもう一回やりたいって思えるような
2日後の戦いに参加した人間全員がこの場にいてよかったって思えるような…伝説を残すんだ。
後世に語り継がれるような激闘を繰り広げて…運営でさえどうにもできないようなでかい波を作るんだそして!
>お互いがお互いを認め合う。SSSにブレモンのコンテンツがあってもいいしブレモンにSSSのイベントがあったっていい!
吸収されるなんてアホらしい!両方生きればいいんだよ!そして面白さを認め合って初めて共存の道になる!
運営が…神の力がどれだけ強かろうと…存続を認めさせる。
エンバースの言う通り…力を見せてやるんだ…僕達の世界の…ブレイブ&モンスターズの!!
「……ジョン」
今まで、体格に比して引っ込み思案であまり自分の主張をしてこなかったジョンの怒涛の攻勢に、思わず瞠目してしまう。
が、それはまさしく真理だった。片方がもう片方の一部になって生きる、それは共存ではなく寄生だ。
自らの力で生き延びることを放棄している――互いに力を拮抗させ、共に成長してこそ『共存』であろう。
「ヒュー! 最ッ高じゃんか! ホラ、なにポカンとしてンだよ明神!
うんちぶりぶり大明神はブレモン最強の死霊術師だろ!? この劣勢を! 絶体絶命の窮地を!
テーブルごとひっくり返して、カミサマ気取りのマヌケにあっと言わせてやるチャンスじゃんか!
今、言わないでどうすんだよ――『あの』決めゼリフをさ!!」
ぐっと明神の手を握り、ガザーヴァが鼓舞する。
ゆっくりソファから立ち上がると、なゆたは荘重に頷いた。そして仲間たちの顔を見回す。
「そうだね。ジョンの言う通り。
わたしたちの力を認めさせよう。『ブレイブ&モンスタース!』の面白さを。
そして勝ち取るんだ、未来を。絶対に、ローウェルの思い通りになんかさせない――」
仲間たちの決意に満ちた表情を確認すると、なゆたはそっと前方に手を伸ばした。
自分の手に皆の手を重ねてほしいと、その目が言っている。
その場にいる『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』全員が手を重ねると、なゆたはそっと微笑んだ。
「……いい戦いをしましょう」
自分たちの愛するゲームの底力を、万人に知らしめるために。
-
バチッ!
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちが最後の戦いへ向けて決意を新たにした瞬間、
あたかもそれを合図とするかのようにエントランスホールの照明が音を立てて明滅した。
エントランスホールだけではない、ビル全体の電気系統が異常を起こしたかのように各所がスパークし、
火花を散らし、明滅する。
「これは……!?」
《く……! またや! 外部からの強烈な干渉を検知! みんな気を―――》
センター中の照明がダウンし、赤い非常灯のみに切り替わる。
みのりが仲間たちへ警告をしようとするのを掻き消すように、空中に無数のウインドウが展開されてゆく。
管理者権限を持つみのりたちだけではない、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の持つスマホの画面をも乗っ取る、
強力なハッキング。そんなことが出来る存在はごく一部しかいない。そして――
【ハローハロー! ハァァァァァァァァァロォォォォォォォウ!!!!!】
無数のウインドウを埋め尽くす、画面いっぱいに映し出される頭陀袋。
「ナイ!!」
【親愛なる『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の皆さま、御機嫌よう!
遅れてしまって申し訳ありませんねェ。心よりのお詫びを!】
ナイはほんの少しだけカメラから離れると、手に持ったステッキをくるくると器用に回転させ、気取った様子で会釈した。
そして、またカメラにぐんっと近付く。
【ハ〜イ〜バ〜ラ〜。やってくれましたねェ……。まったく、まったくまったくまったく……。
あの御方はとても御立腹です。あれほどアナタの力量を評価し、一時はバロールに次ぐ新たな魔王に!
とまで優遇したというのに。身に余る栄誉を与えられておきながら、いったい何が不満なのです?】
子どもがマジックで画用紙に描いたような大きな口を不快げに歪ませ、
トラバサミじみたギザ歯を剥き出しにして、不快を露わにする。
【ァー……まァ宜しい。それはさておき、あの御方の。SSS運営の意向をお伝え致しましょう。
本来であれば、到底受け入れがたい提案です。そも、交渉とは――互いに対等な者同士が譲り合うもの。
ですが我々は対等ではない……此方が絶対的に上。其方は絶対的に下、なのですからねェ。
βテストが終わるまで逃げ続ける? ニャハハ――そんなことが本当に出来るとでも?
仮にアナタ方『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は出来たとしても……その他の方々は?
ほら。外を見てご覧なさい?】
画面越しに顎でセンターの外を示す。
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』がエントランスから外の大通りに目を向けると、
其処には無数の“無”が――球状の闇の塊のようなものが無数に出現し、センターを取り囲んでいるのが見えた。
「……なんてこと……」
なゆたは目を瞠った。球状の闇、それがいったい何なのかは、考えずとも分かる。
にたぁ……とナイはラクガキの眼を笑ませた。
【ニャハハハハッ! ビックリしましたか? ビックリしましたよねェ!
我々がその気になれば、ワールド・マーケット・センターの中に『侵食』を発生させることもできる。
キングヒルに集結していたアルフヘイムの軍勢を、あの御方が“どう”消滅させたかご存じでしょう?
アナタ方が必死でラスベガスを駆けずり回り、一ヶ所に集めてきた生ゴミ。
ぜぇぇぇぇんぶ綺麗に吸い取って差し上げましょうか?】
ヒュボッ! とね――そう、掃除機の中にゴミが吸い込まれるような真似をしてみせる。
確かに、自分たち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』はどこへでも身を隠すことが出来る。
しかし今まで各地で救助してきた一般の人々はそうではない。怪我人も、足腰の弱い老人もいる。だいいち、数が多すぎる。
恥と外聞をかなぐり捨て、炎上覚悟でローウェルがセンター内に侵食を発生させれば、その時点で詰みだ。
「くそったれ……」
ガザーヴァが毒づく。
ナイはそんな様子に満足げに口角を吊り上げて嗤うと、
「ニャハ……イイ表情ですねェ。
しかァし! ご安心を、そのようなことは致しませんとも……決してね。
何故なら、ワタクシも運営も、あの御方も……プレイヤーの方々を愉しませるのが第一義。
最高のプレイバリューと、極上のエンタテインメント! ラグジュアリーな非日常のひとときを、
すべてのプレイヤーに! それが我々のモットーなのですから。それ以上に優先する事項など存在しないのです。
従って――このバカバカしい提案にも乗って差し上げますとも】
くくッ、とナイは含み笑いを漏らす。
そして大きくステッキを空へ振りかぶると、虚空に展開したウィンドウが様々な情報を標示する。
【今、この最中にもラスベガスのワールドマップは着々と出来上がりつつあります。
30時間、でしたか? 結構! ならば我々もその時間を有効に使わせて頂きましょう。
次回β版バージョン2.0更新の暁には、『星蝕者(イクリプス)』の誰もが建物内の探索を愉しめるようになる!
その他にも、色々と追加要素を用意する予定です。お楽しみに!】
にやぁ……と悪辣そのものといった笑みを浮かべる。
【此方はアナタ方の要求を呑んだ。譲歩して差し上げたのです、それをゆめゆめお忘れなきよう。
では、また30時間後に――】
バチンッ!!
最後まで人を食ったような態度のまま、ナイは通信を切った。
ウインドウが消え、電気が復旧する。
-
ナイが――SSS運営がエンバースの提案を呑んだことで、正式に30時間の猶予が与えられた。
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』のメンバーは自由行動だ。30時間後の決戦に備えて寝るもよし、
センターのシャワールームを使ったり、ホールではブレモンのデュエルも出来る。
およそ思いつくことは何でも実現可能と言っていいだろう。
「エンバース」
そんな中、イブリースがエンバースの許へやってくる。
「大賢者から時間を捥ぎ取ってくるとは……大した男だ。なるほど、大賢者が次期魔王に推した理由も分かる」
イブリースは軽く肩を竦めた。揶揄や皮肉でなく、素直に称賛している。
力こそすべて、欲しいものは力ずくで手に入れる――そんな魔族であるがゆえに、
自身に勝る力を持つ大賢者に抗おうなどとは最初から考えない。
そんな価値観であるから、ゲームを創った神という相手にも臆さず立ち向かい、
挙句に時間を勝ち取ってきたエンバースのことは評価に値すると考えている。
だからこそ。
「呼び止めたのは他でもない、ミハエル・シュヴァルツァーのことだ」
イブリースは『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が外で人々の救出活動をしている間、どうやらミハエルと話をしていたらしい。
「あれの姿を見ただろう。
貴様と戦う前と、戦った後の姿の差を」
丸太のように太い腕を組み、イブリースがエンバースを見下ろしながら唸る。
「あれは一敗地に塗れ、自信を喪失してしまった。これでは、奴はずっと生ける屍のままだ。
痛ましい姿だ……正直、見ていられん。そう思い、なんとか奮起を促してみたのだが」
無念そうに声を低くする。ニヴルヘイムで長く一緒にやってきた仲だけに、消沈するミハエルを放っておけなかったのだろう。
そうして説得しに行ったが、どうやらその努力は報われなかったらしい。
「オレでは力不足だった。
だが、貴様なら……。そうだ、奴を蘇らせられるのは、奴を破った貴様以外にはいない」
ホールでの熾烈なデュエルを通して、エンバースとミハエルは確かに通じ合った。共感した。
それは他の誰とでもない、この世界の中で鎬を削って戦った者だけが共有できる感覚であっただろう。
デュエルの最中に同じ感情を分かち合い、深く分かり合ったエンバースならば、
必ずやミハエルを絶望の縁から引っ張り上げ、復活させることが出来るに違いないと――そう期待している。
「オレはミハエル・シュヴァルツァーがもう一度、金獅子として戦うところが見たい。エンバース、貴様もそうだろう。
それでなくとも『星蝕者(イクリプス)』どもと戦うのならば人手は多い方がいい筈だ。
奴ともう一度話してくれ。この通りだ」
そう言うと、イブリースはエンバースに対して軽く頭を下げた。
背丈の差から、それでもイブリースの目線がエンバースより下になることはなかったが。
ニヴルヘイム最高戦力、三魔将のリーダー。現ニヴルヘイムの最高指揮官が、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』に頭を下げた。
このことには、単に見た目以上に大きな意味がある。
イブリースは姿勢を戻すと、再度エンバースを見た。
「もし、貴様が首尾よくミハエル・シュヴァルツァーを蘇らせることが出来たなら――」
フ、とほんの僅かに口許を綻ばせる。
「いいものを見せてやろう。オレの“とっておき”だ。
きっと驚く。貴様ら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』にとっても、悪い話ではないと思うがな」
頼む、と一言言い添えると、イブリースはすれ違うように歩き去っていった。
-
「二列に並んでくださーい! ごはんはちゃんと人数分ありますからー!」
自由時間として与えられた時間の中、なゆたはというと食堂で炊き出しを手伝っていた。
避難民の有志がセンターの厨房を使い、料理を作ると提案した瞬間、なゆたはその仲間に立候補した。
幸いセンターの中にはミネラルウォーターや保存用ビスケット、缶詰入りのパン、
常温で食べられるパウチ料理などの備蓄が大量にあったが、やはりこういう状況下では冷たいものより温かいものが食べたい。
ガスは使えないものの電気と水道はまだ使える、それにポータルを使えば近隣のホテルから食材を調達することも可能だ。
なゆたは目を輝かせた。こういうボランティアは大の得意である。
手伝うのは炊き出しだけではない。避難生活に怯えている子どもたちの為にフレモント・ストリート・エクスペリエンスへ行き、
ぬいぐるみやおもちゃを取ってきて分け与えたり、ブレモンを知っている子どもとはデュエルに興じたり。
出来る限りのことをして、被災した人々に寄り添っている。
「はー忙し! 忙し!
エンバース、ちゃんと休憩してる? 決戦に備えて、万全の体調に整えておいてね!」
携帯食のカロリーバーが入った大きな段ボールを抱えたなゆたがエンバースの姿を発見し、声を掛ける。
「わたしは……アハハ、力が有り余っちゃってて!
ほら、みのりさんがわたしのために調整をしてくれたでしょ。だから……。
最初はこの力が続く限り、手当たり次第に『星蝕者(イクリプス)』と戦って、時間を稼いで……。
そのままローウェルのところへ殴り込みをかけようって思ってたんだけど。
エンバースがお休みをくれたから。それなら人の役に立ちたいって思って」
敵を倒すためにと用意した力の使い処がなくなった代わりに、センターに避難してきた人々の手助けをしている。
このような状況で人手は絶対的に足りないし、避難所では常に誰かが助けを求めている。このままでは30時間後まで働きかねない。
だが、エンバースが休憩を促すなら、大人しく言うことを聞くだろう。
「ん……じゃあ、ちょっとだけ休憩しようかな」
ただし、それもほんの短い間のことだが。
人の輪からやや離れたベンチにそっと腰を下ろし、エンバースに隣を勧める。
「さっき、明神さんが学校の話をしたでしょ。ビックリしちゃった……今まで戦うのに必死過ぎて、
そんなこと考えたこともなかったから」
遠くでは、ポヨリンが子どもたちに揉みくちゃにされている。人懐っこく愛嬌のあるポヨリンは、
あっという間に子どもたちの人気者になってしまった。
それを眺めながら、小さく吐息する。
「そう……考えたこともなかった。ううん、違うね。考えないようにしてたんだ……。
今も考えたくない。考えちゃいけないって思ってる。
戦うことだけ、目の前の目的だけを見ていなくちゃ。集中しなきゃ……って」
きゃっきゃっと、子どもたちが笑いながらポヨリンと走り回っている。
「だって。考えたら、気持ちが弱くなってしまうから。帰りたいって、みんなに会いたいって……心が折れてしまうから。
だから今も……何かやってないと、思い出しちゃいそうで。
身体を動かしてれば、目の前のことだけに意識を向けていられるから……。
でないと……怖くて……。不安で、心細くて、挫けてしまいそうに……なる、から――」
なゆたは上体を前にのめらせると、両腕で自らの身体を抱いた。
銀の魔術師モードの濫用によって消滅しかけていた肉体は、みのりのパッシブスキルによって束の間回復した。
けれども、精神に刻まれた傷と蓄積した疲労は、管理者権限をもってしても癒すことはできない。
「ごめんね、今更こんな……弱いとこ見せて……。
エンバースみたいにタフにならなくちゃ。どんなピンチの時も、余裕を見せて……笑っていられる。
そんな崇月院なゆたを、最後まで……みんなに見せなくちゃいけないのに」
常に人を食ったような態度と言動で、相手を圧倒し続けてきたチャンピオン・ハイバラ。
そんな彼を見習おうとするものの、中々上手くいかない。
だが、それでも。遣り遂げなくてはならないのだ、ゴールは――最期はもう間近に迫っている。
こんな土壇場で、仲間たちに無様な姿を見せる訳にはいかない。
「ね……エンバース。
もうちょっと、あと少しの間だけだから……わたしのウソに付き合ってね。
約束は守るよ……何もかも終わったら、あなたのお願いを聞くから。
そのくらいの時間は……絶対。作ってみせるから」
そう。ローウェルとの戦いに勝ち、ブレモン世界の存続を見届けて。
エンバースの願いを聞き、消滅する――それがなゆたの願い。
異世界をめぐる長い長い旅。自分を主役とした物語の終焉、その筋書だった。
-
『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちが各自自由行動という運びになると、
他の者たちも決戦の時間まで時間を潰すことになった。
「おい、お前ら。ちょっとツラ貸せ」
アラミガがエカテリーナとアシュトラーセ、そしてエンデに声を掛ける。
怪訝な表情を浮かべる妹弟子たちを他所に、アラミガは軽く顎をしゃくった。
「久しぶりに会ったンだ、積もる話もある。水入らずで旧交を温めようじゃねェか」
兄弟子に言われれば、基本的に否やはない。継承者たちはエントランスホールを出て行った。
そして、ガザーヴァもいつの間にか明神の傍を離れ、姿を消してしまっている。
とはいえ、以前のように家出してしまったという訳ではない。その証拠に自由時間が始まって五時間ほども経過すると、
「みょうじーんっ!」
と、何事もなかったかのように姿を現し、いつものように明神の腕にしがみついてきた。
ただ、いつもと少し様子が違う。
「なぁなぁ、ちょっとこっち来いよ。見せたいものがあるんだ!」
ガザーヴァがしきりに明神の腕を引っ張る。いざなわれるまま移動すると、其処はセンター内にある中規模のホールだった。
照明の落ちた、真っ暗な空間。その中央に立つようにと指示すると、ガザーヴァはまた明神から離れた。
そうして待つことしばし――
不意に、視界いっぱいにラスベガスの輝く夜景が映し出された。夜闇を退けて煌めく、膨大な光の洪水。
特別製のプロジェクターでホール全体に映像を表示している。その光景はまるで、
本当に破壊される前のラスベガスの大通りに立っているかのようだ。
「へっへー! なんか面白いもんないかなってぶらついてるうちに見つけたんだ!
使い方をマスターするのはちょっぴり骨が折れたケド!」
戻ってきたガザーヴァが得意げに語る。
ガザーヴァが手に持ったリモコンを操作すると、夜のラスベガスの街並みから景色が他のものへと変わる。
グランドキャニオンや、ニューヨーク――アメリカばかりではない、東京は浅草の雷門や、愛知県の名古屋城も映し出される。
地球の美しい景観。たくさんの名所たち。それを眺めながら、ガザーヴァはピジョンブラッドの双眸を細めて笑った。
くるくると踊るように明神の前に出、そうして両手を大きく広げる。
「ミズガルズってすげーな! こんなにいっぱい、キレーで面白そーな所があるなんて!
アルフヘイムもニヴルヘイムも、たくさんキレーな場所はあるケド……ミズガルズはとびっきりだ!
どこから行こうか、とてもじゃないけど決めらんないよ! 明神、オマエは何が見たい!?
まー最終的には全部行くんだけど!」
プロジェクターの生み出す光に照らされながら、ガザーヴァは楽しそうにはしゃぐ。
そして一頻りはしゃいだ後、ガザーヴァは両手を下ろして一息つくと、改めて明神と向かい合った。
「……アリガトな。ボクを連れ出してくれて……アコライトから先の景色を、いっぱい見せてくれて。
実は、最初は信じてなかった。調子のいいことばっか言って、どうせこいつもボクを愛してくれないんだって……。
パパと一緒だって。そう思ってた。でも……違った。
オマエは……約束を守ってくれた。ボクのこと、いっぱいいっぱい愛してくれた……」
いつもの落ち着きのなさ、凶暴さもどこへやら、ガザーヴァは静かに言葉を紡ぐ。
きゅ、と右手で自身の胸元を掴む。ほんの少しの沈黙を挟み、ガザーヴァは意を決すると、
「……ボクも。ボクも、愛してる。
いっぱいいっぱい愛してる……好き。大好き、なの。
明神のことが、好き……」
と、言った。
「明神がボクにしてくれたことに対して、ボクがお返しできることなんてタカが知れてて……。
この命くらいしかあげられないけど。
せめて……これからの戦いで何が起こっても、明神のことは守ってみせるから。
守り抜いてみせるから――だから」
今までも、ガザーヴァは再三にわたって明神に責任を取れと言い、ずっと一緒にいるようにと強弁してきた。
明神もそれを承諾してきた。だから、これは今更の確認に過ぎないのかもしれない。
ただ、それでも。省略することはできなかった、それはきっとガザーヴァなりの、
最終決戦へ向けての決意の表れだったのだろう。
ふたりきりのホール。其処にトリックスターで捻くれ者の幻魔将軍はいない。ただ――
「……だから。
ずっと、あなたの傍に……いさせてください」
ひとりの恋する少女がいるだけだった。
【SSSの一部ではなく独立したコンテンツとしての生存案を主張。
30時間の自由時間。】
-
【コンカレント・コネクションズ(Ⅰ)】
『いくら公然ラブコメ罪が適用されないからって敵の集団の面前で見せつけちゃってさぁ!
途中で通信が途絶えてたのってそういうこと……!? あーあ、心配して損した!
怪しからんリア充共はしばらく二人っきりでいちゃついてなさい! 明神さん、ジョン君、あっちに行こう!』
「おい、しれっと自分をラブコメ要員から外してんなよ。大概だからな、そっちも」
『そーだそーだ、ラブコメ菌が伝染るわ!えーんがちょ!』
「もう一度言うぞ。大概だからなそっちも」
『ち、ちょっ!? なによーっそれぇーっ!
いちゃついてなんかないでしょ!? カザハ! 変なこと言わないで――』
「……アレでか?俺はかなり勇気補正を働かせたつもりだったんだが……そうか、足りないか」
いつも通りの軽薄な口調/その中に本心を埋める――そこまで含めていつも通り。
とは言え、終始冗談めかしてみたものの――明神達はもう「何かがおかしい」と気づいているに違いない。
長い付き合いだ。それくらい分かる――まさかあと三日ほどでなゆたが死ぬなどとは想像も出来ないだろうが。
そうだ。事が上手く運ばなければ、なゆたはあと三日で死ぬ。
勿論そんな事にはさせない/それでも意識してしまうと――やはり、苦しい。
『……大丈夫だよ、エンバース。
わたしは、あなたの心の棘にはならない。
これ以上あなたの心に、消えない傷を残すようなことはしないから……』
ふと、なゆたが己に声をかける――よほど苦悶の思いが表情に出ていたのだろうか。
彼女がどういうつもりでそう言っているのかは――長い付き合いでも、分からない。
なゆたが死んで、心に傷一つ残らない――そんな事は決してあり得ないのに。
「……ああ、俺もそのつもりだ。お前を過去の傷跡にはしない」
だが――予想は出来る。決してあり得ない事を起こす。その為の手段は限られている。
なゆたを死なせない。起きてしまった事、やってしまった事全てをどうにかしてやる。
その為の手段が限られているように。
-
【コンカレント・コネクションズ(Ⅱ)】
『俺もガチガチにバトってきて疲れたよ。一旦休もう……ちゃんと休もう』
やがて密会から戻ってきた明神がそう提案した。
エンバースが生身の右手を握って開く/それを何度か繰り返す――疲れは感じない。
『お、電動シェーバーがあるじゃねえの。この手の文明の利器はマジで久しぶりだな。
俺ぁカミソリで髭剃るのばっか上手くなっちまったよ。ジョン、お前も使うだろ?
アラミガは……そのきったねえ無精髭をどうにかして清潔感のある暗殺者にしてやろうか』
「いいねそれ。アラミガ(ドレスアップスタイル)限定ガチャ……これは金の匂いがするぞ」
残念ながら明神はヒゲを剃り終えると次はインスタントラーメンに目をつけた。
エンバースは焼死体になる前は健康な男子高校生だった。
しかも今は半分とは言え生身の肉体を取り戻している。
インスタントラーメン――心が惹かれない訳がない。
「フラウ。俺の今の体で飯が食えると思うか?」
〈生身の方で頬張れば咀嚼するくらいは出来るんじゃないですか。
飲み込んだ後は食道のどこかで黒焦げになってしまうでしょうけど〉
『あーいい匂いだ。添加物と化調マシマシの最高に文明なメシだな。
箸は……ないからフォークだな。どうよ、食おうぜ』
「…………俺はやめとくよ。体の中に焦げ付いても嫌だしさ」
エンバース=右手を掲げて固辞――焦げ付いたラーメン臭を撒き散らすのは気が引けた。
『……こんな時に言うのもなんだけど』
『こうして地球に戻ってきたわけだけどさ。……なゆたちゃん、出席日数とか大丈夫なの?』
『え?』
腕を組み目を閉じて、食事風景から意識を遠ざけていたエンバースが目を開く。
『ど、どうだろ……やっぱりこれだけ無断欠席してたら、内申書に響く……かも……。
ともだちも心配してるかな……。連絡取れるなら取りたいけど、いきなり電話なんてかけちゃったら、
きっとビックリするよね……』
だが何も言えない――易々と踏み込める領域ではない。
特に――死を覚悟している人間に対しては。
『エンバースも……お前、学校は行ってたんだよな?
まぁ留年してもあんまし人生には関係ねえよ。社会に出りゃ誤差だよ誤差。
やべえのは俺とジョンだな。履歴書には異世界行ってましたなんて書けねえしよ。
いっそ面接で自己PRすっか、『イオナズン使えます』ってさ。わはは』
『僕は…意外と稼いでたし…生きるだけなら十分くらいの金はあるからなぁ…ニートも悪くないかも………どうしても働くならジムのコーチでもしようかな』
エンバースはそのまま暫し無言だったが――ふと口を開いた。
「……昔、ニュースか何かで見た事があるんだ。
行方不明になった人間の家族や友達が、駅前でビラ配りしてるのを。
その時は正直、他人事だったけど……アレ、いなくなった人が見つかるまでずっと続けるのかな」
いつになく重苦しい声――ハイバラは、焼死体になる前はゲームが並外れて得意なだけの男子高校生だった。
ゲームの事は全然分からんが高校くらい出とけと言ってくれる父親がいたし、
やはりゲームの事なんて全然分からないのに配信を見に来てコメントまで残していく母親がいた。
「……ま、ラスベガスがこの有り様じゃ世界中どこも大混乱だろうし、そもそも電話が通じるとは思えないけど」
スマホの連絡先を眺めながら――言い訳がましい口振り。
-
【コンカレント・コネクションズ(Ⅲ)】
『……今後のことを話そう』
「そうしよう。湿っぽい話は世界を救ってからでも遅くないさ」
『エンバースのもたらしたロールプレイ理論で、イクリプス一人ひとりの戦力は大幅に向上するはずだ。
一方で、その『数』自体はかなり減るものと考えられる』
『クソゲーでもプレイし続ける強固な意思と、ロールプレイに適応する柔軟性、あるいは没入力。
この2つを兼ね備えた気概のあるプレイヤーが、俺達の前に立ちはだかるはずだ』
『逆に数増えるんじゃないか?エンバースの演説は正直に面白かった。敵がある程度聞き惚れるのも納得できるくらいには…
そして殆どのゲーマーは…話題性に飛びつくんじゃないかと思う。30時間という猶予がむしろプラスに働く気さえする…。
もしクソゲーと思ってアンイスントールしても…新要素が発見されたら…普通トンボ返りしてくるんじゃないか?少なくとも今いる奴らはやめないと思うんだが…』
「……まあ、いずれにしてもこちらが寡兵である事は変わらない。数を覆す策は必要になるだろうな」
エンバース=腕組み/首を傾げる/目を固く閉じている――何やら思案しているが口数は少ない。
『重要なのは、今んとこ地球は一方的に蹂躙されてる『被害者』でしかないってことだ。
ただ無双ゲーをプレイするだけならそれでも良いんだろうが、こっからはワケが違う。
地球を攻め滅ぼすだけの大義や悲願……ナイに騙くらかされてる可能性も含めて、
ロールプレイとしての『戦う理由』を各々が用意してくるはずだ。
そいつらは最早一山いくらのイクリプスじゃなく――『ネームドキャラ』になる』
明神曰く――相手が人間性を持っているなら会話が機能する筈。
エンバースもそこに異論はない。
『ブレモンのサ終が止められないなら、SSSのコンテンツとしてこの世界を共存させる。
単なる戦闘マップじゃなく、『滅ぼすべき場所』あるいは『守るべき場所』として。
それが俺の目指すエンディングだ』
だがその後に続いた言葉は――なんというか日和っている時の明神といった具合だった。
具体的には始原の草原でイブリースにボコられた後と似たような感じだ。
「おいおい明神さん、今更そんな――」
『SSSのコンテンツとして?そんなみみっちいこと言うなよ明神!』
「――ああ、クソ。いいぜ、ここは譲ってやるよ」
『どのゲームにも無限の色んな良さがある…お互いいい所あるんだからゲームとしての優劣をつける必要性がない!どっちもいい!
こっちが折れてコンテンツの一つで吸収されるのは…そんな物は共存じゃない!』
『お互いがお互いを認め合う。SSSにブレモンのコンテンツがあってもいいしブレモンにSSSのイベントがあったっていい!
吸収されるなんてアホらしい!両方生きればいいんだよ!そして面白さを認め合って初めて共存の道になる!
運営が…神の力がどれだけ強かろうと…存続を認めさせる。エンバースの言う通り…力を見せてやるんだ…僕達の世界の…ブレイブ&モンスターズの!!』
「まあ……同じ運営開発のゲームだしな。スターシステムとかも出来なくはないよな」
『どうせやるならどびっきり派手に…そうだな…全世界に向けて配信でもしてみるとか』
『ま、どんな事があろうとカザハがいて場が盛り上がらないなんてありえないけど!』
「……おい、なんで最後急に惚気けた?」
-
【コンカレント・コネクションズ(Ⅳ)】
『そうだね。ジョンの言う通り。
わたしたちの力を認めさせよう。『ブレイブ&モンスタース!』の面白さを。
そして勝ち取るんだ、未来を。絶対に、ローウェルの思い通りになんかさせない――』
なゆたが一歩前へ/右手を手の甲を上にして差し出す。
エンバースは――少しだけ躊躇した。自分は明神達を騙しているから。
それどころか――この場にいる全員を騙し討ちしようとしているから。
別に命を討ち取ろうという訳ではないが。
共に命をかけて戦いに臨む中で――自分には明らかに皆とは別の思惑がある。
エンバースはその事に負い目を感じて――そのストレスが双眸を微かに赤く染める。
倫理や道徳と言ったものの気配が頭の中から薄れていく。
エンバースがなゆたの右手に手を重ねた――結局のところ思い悩む事に意味はない。
どうせ皆に不義理だと感じようが感じまいが――するべき事は変わらないのだ。
そして――そこまで考えたところでエンバースは一つの閃きを得た。
皆への不義理を解消し――しかもゲームがより一層楽しくなるだろう閃きだ。
『……いい戦いをしましょう』
「…………あれ?もしかして俺も何か言った方がいいか?ええと、それじゃあ、そうだな――」
ふと、エンバースは自分がそれなりの時間黙り込んでいた事に気づいた。
ごめんごめん、と誤魔化すように笑う/いい感じのセリフを述べるタイミングを逃した今何を言うべきかに思いを馳せる。
そしてエンバースは――まるで対戦相手に見せるような不敵な笑みを浮かべて、
「――ゲームスタートだ」
もう一度、そう言った。
そして――その直後、エントランスホールの照明が火花を立てて明滅/停止した。
『これは……!?』
「……なんだ。俺じゃないぞ。今のはちょっと気に入ったセリフを意味深に擦ってみただけだ」
《く……! またや! 外部からの強烈な干渉を検知! みんな気を―――》
「ああ、なるほど。お出ましって訳だ」
【ハローハロー! ハァァァァァァァァァロォォォォォォォウ!!!!!】
「よう。わざわざ来てくれたんだな」
【親愛なる『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の皆さま、御機嫌よう!
遅れてしまって申し訳ありませんねェ。心よりのお詫びを!】
「気にするなよ。俺とお前の仲じゃないか」
いつも以上に軽薄な語り口=どうせ会話の成り立つ相手ではないのだ。
お互い思うがままに口走っていた方がまだ楽しめる。
-
【コンカレント・コネクションズ(Ⅴ)】
【ハ〜イ〜バ〜ラ〜。やってくれましたねェ……。まったく、まったくまったくまったく……。
あの御方はとても御立腹です。あれほどアナタの力量を評価し、一時はバロールに次ぐ新たな魔王に!
とまで優遇したというのに。身に余る栄誉を与えられておきながら、いったい何が不満なのです?】
「……だから今こうして、戻ってきてやったんだろ?」
【ァー……まァ宜しい。それはさておき、あの御方の。SSS運営の意向をお伝え致しましょう。
本来であれば、到底受け入れがたい提案です。そも、交渉とは――互いに対等な者同士が譲り合うもの。
ですが我々は対等ではない……此方が絶対的に上。其方は絶対的に下、なのですからねェ。
βテストが終わるまで逃げ続ける? ニャハハ――そんなことが本当に出来るとでも?
仮にアナタ方『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は出来たとしても……その他の方々は?
ほら。外を見てご覧なさい?】
『……なんてこと……』
「アレは……なんだっけ?お前のペットか?フラウにちょっと似てるな」
〈今すぐ訂正しないと顔の左半分を失う事になりますよ、ハイバラ〉
【ニャハハハハッ! ビックリしましたか? ビックリしましたよねェ!
我々がその気になれば、ワールド・マーケット・センターの中に『侵食』を発生させることもできる。
キングヒルに集結していたアルフヘイムの軍勢を、あの御方が“どう”消滅させたかご存じでしょう?
アナタ方が必死でラスベガスを駆けずり回り、一ヶ所に集めてきた生ゴミ。
ぜぇぇぇぇんぶ綺麗に吸い取って差し上げましょうか?】
『くそったれ……』
「ビビるなよ、ガザーヴァ。こういう時はな、こう言うんだ――やってみろ。やれるものならな」
『ニャハ……イイ表情ですねェ。
しかァし! ご安心を、そのようなことは致しませんとも……決してね。
何故なら、ワタクシも運営も、あの御方も……プレイヤーの方々を愉しませるのが第一義。
最高のプレイバリューと、極上のエンタテインメント! ラグジュアリーな非日常のひとときを、
すべてのプレイヤーに! それが我々のモットーなのですから。それ以上に優先する事項など存在しないのです。
従って――このバカバカしい提案にも乗って差し上げますとも】
「――ああ、そうだろうとも。誰だって楽しくゲームがしたい。
分かり切った事を説明するのに随分と長い時間をかけたな」
【今、この最中にもラスベガスのワールドマップは着々と出来上がりつつあります。
30時間、でしたか? 結構! ならば我々もその時間を有効に使わせて頂きましょう。
次回β版バージョン2.0更新の暁には、『星蝕者(イクリプス)』の誰もが建物内の探索を愉しめるようになる!
その他にも、色々と追加要素を用意する予定です。お楽しみに!】
「それで?生放送をご覧になってくれたユーザー向けのシリアルコードは?」
【此方はアナタ方の要求を呑んだ。譲歩して差し上げたのです、それをゆめゆめお忘れなきよう。
では、また30時間後に――】
「分かってる分かってる。精々楽しませてやるよ――こう言って欲しいんだろ?」
ホールの照明が復旧する――エンバースは皆を振り返る。
「……休憩する筈だったのに、なんだかまた話し疲れちゃったな。今度こそ、暫くちゃんとのんびりしようぜ。
明日の作戦とか、考える事はまだあるけど……各々考えといて後で持ち寄るって感じでさ」
自由時間の提案はすぐに承認された/なゆたはセンター内を手伝って回るとの事だった。
エンバースにとっては頭の痛い行動だったが――今回ばかりは好都合だった。
-
【コンカレント・コネクションズ(Ⅵ)】
「明神さん。ジョンとカザハも」
自由行動に移ろうとする三人をエンバースが指先で呼び寄せる。
「さっきは「こちらが寡兵」なんて言葉でお茶を濁したが――正直言って次の戦いはかなり厳しいものになる」
エンバースは開口一番そう言った。三人の反応を待つ素振りも見せない。
「なにせ仮に数が減ったとしても、そもそもの母数が50万だぜ?
思ってたのとなんか違うクソゲー乙ってその半分が消えて、更に幸運にも30時間後の上位世界は月曜日。
残ったヤツらの半分もすぐにはログイン出来ません――そうなったとしても約12万のプレイヤーが残る」
これでも相当に希望的観測寄りの数字だけどな――と肩を竦めて、エンバースは更に続ける。
「えーと、後は――30時間後に大人気ソウルライクゲームの超大型DLCがリリースされるとか。
そんな感じでプレイヤーが1/10になってもまだ10000人以上。
更にその半分が地球とブレモンの境遇に同情して戦闘を放棄しても5000人が残る」
とても楽観視していい状況ではない。
「何故さっきすぐにこの事に言及しなかったのかと言えば、間違いなく特大のカウンターが返ってくるからだ。
本を正せばお前が招いた状況だろうが――ってな。
だから一旦皆が解散した後で、一人ずつ相談に当たる事でカウンターの火力を下げるつもりだったんだが――事情が変わった」
事情が変わった=新たな閃きを得た。
「とにかく――策が必要だ。けど、ジョンとカザハと明神さんじゃあな……。
三人寄れば文殊の知恵ってことわざがあるけど、水に水を足しても水だもんな」
突然の挑発――やはりエンバースは三人の反応を鑑みない。
「でも心配するな、大丈夫だ。俺達には頼れるブレーンがいる。ああ、いや、俺の事じゃないぜ」
明らかに明神の目を直視しながらエンバースは続ける。
「みのりさんと、ウィズリィ。二人ならきっと良い知恵を授けてくれる。力を貸してくれる」
言葉通りの意味ではない。単に対イクリプスの戦術を考えるだけならこの三人で事足りる。
エンバースは明らかにこう言っているのだ――みのりとウィズリィを味方につけろと。
無論二人に聞いたところで、なゆたの状態について全てを語る事はないだろう。
みのりとウィズリィは素朴で善良な感性の持ち主だ。
だからこそ、なゆたは死ぬ。それを本人の意志を蔑ろにして誰かに告げるなんて事は出来ない。
もっともエンバースには知る由もないが――実際には明神達は既になゆたの末路について確信を得ている。
それも「体が崩壊する兆しを偶然にも見つけてしまいました」なんて身も蓋もない理由で。
みのり達もその事に言及されれば口を噤み続けられるのかは怪しいところだが――少なくともエンバースは約束を守っている。
さておき――みのりとウィズリィは至ってノーマルな感性の持ち主だ。
だから、こうしてきっかけさえ作ってしまえば二人はきっと肩入れせずにはいられない。
何度も生死の境目を共に潜り抜けてきた仲間に何も聞かせてもらえないまま、ただ死別の時を待つだけの明神達に。
そもそも――明らかに隠し事をされたまま、それでもなゆたを救おうとしている仲間に肩入れしたくならない理由はそうそうない筈だ。
「ゲームスタートだ――今のは、ちょっと気に入ったセリフをもっかい擦りたくなった訳じゃない」
これが――エンバースの閃き。皆への不義理を解消し、しかもゲームがより一層楽しくなる閃き。
なゆたとの約束は守る。このゲームのエンディングは自分が貰う。
だがそれはそれとして管理者メニューとバロールの魔眼を味方につけた明神達は――きっといい対戦相手になる。
「……じゃあな。対イクリプス、ちゃんと考えておいてくれよ」
エンバースが皆に背を向ける――歩き去る後ろ姿はどこか上機嫌=肩の荷が一つ降りた。
それに――これでまたゲームは楽しくなる。
-
【コンカレント・コネクションズ(Ⅶ)】
本日二度目のアドベンチャーパートを済ませたエンバースはなゆたを探して歩いていた。
特段用事がある訳ではないが――傍にいて損する事もない。
『エンバース』
「……イブリース?どうした、珍しいな。お前から声をかけてくるなんて。
まあ……言うほどイブリースの交友スタイルについて詳しい訳じゃないけど。
ニヴルヘイムじゃ部下には気さくに接してよく飯を奢ったりしてるなら、今のは訂正するよ」
『大賢者から時間をもぎ取ってくるとは……大した男だ。なるほど、大賢者が次期魔王に推した理由も分かる』
「なんだよ、そんな事を言いに来たのか?別に大した事じゃない。出来る手札があった。実行した。それだけだ」
『呼び止めたのは他でもない、ミハエル・シュヴァルツァーのことだ』
「……ああ。クソ。アイツまだへこたれてるのかよ」
エンバースが大仰な仕草で頭を抱える――だが実際問題ミハエルの有り様は見ていられない。
『あれの姿を見ただろう。
貴様と戦う前と、戦った後の姿の差を』
『あれは一敗地に塗れ、自信を喪失してしまった。これでは、奴はずっと生ける屍のままだ。
痛ましい姿だ……正直、見ていられん。そう思い、なんとか奮起を促してみたのだが』
「お前が?言葉で人を励ましに?それは……なんで呼ばなかったんだ。絶対面白い絵面だったのに」
『オレでは力不足だった。
だが、貴様なら……。そうだ、奴を蘇らせられるのは、奴を破った貴様以外にはいない』
「……俺も、これでも結構言葉を尽くした後なんだぜ」
『オレはミハエル・シュヴァルツァーがもう一度、金獅子として戦うところが見たい。エンバース、貴様もそうだろう。
それでなくとも『星蝕者(イクリプス)』どもと戦うのならば人手は多い方がいい筈だ。
奴ともう一度話してくれ。この通りだ』
「そもそもだな。お前みたいな脳筋野郎には分からないかもしれないが、
俺達ゲーマーはボコられた相手に優しくされると気分が悪くなる生き物――」
『もし、貴様が首尾よくミハエル・シュヴァルツァーを蘇らせることが出来たなら――』
「……あん?」
『いいものを見せてやろう。オレの“とっておき”だ。
きっと驚く。貴様ら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』にとっても、悪い話ではないと思うがな』
「……ほーう?なるほど、それがお前からのクエストって訳か?
随分とゲーマーの動かし方が上手いじゃないか。そうかそうか。
考えてみりゃお前、ミハエルとはそれなりに長い付き合いの筈だもんな」
具体的には――最低でもエンバースがなゆた達と出会ってから今に至るまでと同じか、それ以上の付き合いだ。
「……いいぜ。お前には「借り」があるしな。お前自身は気づいてもいないだろうが。
それに、殺し文句なら丁度いいのがある。とっておきのヤツが――アイツ、今どこにいるんだ?」
そう言うとエンバースはミハエルを探し歩いて――ほどなくして彼を見つけた。
センターの片隅で膝を抱えて座り込んだその姿に――あの金獅子の面影は欠片も残っていない。
-
【コンカレント・コネクションズ(Ⅷ)】
「よう」
エンバースはその正面に立った。
「世界を救う。俺とまたデュエルをする。それだけじゃお前が立ち直るには足りないか?」
ミハエルと目が合う/エンバースが不敵に笑う。
「はあ……俺との再戦はそんなに魅力的じゃないか?なら仕方ない。本当は誰にも言うつもりはなかったんだが――」
これを聞いてもまだ、しょぼくれていられるかと言わんばかりの挑発的な笑み。
「『やってしまった事。起きてしまった事。俺が全部なんとかしてやる』……あの時、俺はそう言ったよな。
これは別に、お前から情報を聞き出す為の方便じゃない。だが――確かに俄かには信じがたいのは認めよう。
お前がいまいち俺との再戦を待ち望めないのもそのせいなのかもしれないな。だが――俺には出来る」
エンバースが屈み込む/ミハエルと目線を合わせる――二人きりの、密談の距離。
「何故なら――俺はこの世界の神になるからだ。魔王は、世界を統べるものだろ?」
この世界の神になる。なんと荒唐無稽で馬鹿げた言葉の羅列。
「この世界の新たな魔王になる。それはつまり――バロールと同等の立場になるって事だ。
俺にはその素質があった――いや、違うな。今でもその素質がある。
なにせ今の俺は――かつてのハイバラよりも強い」
だがエンバースの目は本気だった。
「このプランはお前にとってもかなり好都合だ。なにせ俺がこの世界の神になっちまえば――
もう一ブレモンプレイヤーとして競技シーンに参加する事は出来ないだろう。
つまり――お前はチャンピオンに戻れるって訳だ。」
再び挑発的な笑み。
「繰り上がりのチャンピオンにな」
揶揄するような声色。
「……なんだよ、その目は。それじゃ不満か?もしそうなら――お前が止めに来ないとな」
エンバースが立ち上がる/大袈裟にふんぞり返る。
「俺はSSSを撃破する。ローウェルもブチのめす――そしてこの世界の神になる。
その時、今度はお前が俺に挑戦しに来るんだ。
繰り上がりなんかじゃない、チャンピオンの座を取り戻しにな」
エンバースが身を翻す=唯一残っていた手札を切った――これ以上ここに留まる理由はない。
「……ああ、そうだ。今の話、誰にも言うなよ。お前がいつまでもしょぼくれてるから仕方なく教えてやったんだからな」
-
【コンカレント・コネクションズ(Ⅸ)】
『二列に並んでくださーい! ごはんはちゃんと人数分ありますからー!』
「……お前なあ」
『はー忙し! 忙し!
エンバース、ちゃんと休憩してる? 決戦に備えて、万全の体調に整えておいてね!』
「ちょっと待て。今マジックペンを借りてくる。お前のおでこに「昨日私はハードワークの末倒れました」と書いとかないと」
『わたしは……アハハ、力が有り余っちゃってて!
ほら、みのりさんがわたしのために調整をしてくれたでしょ。だから……。
最初はこの力が続く限り、手当たり次第に『星蝕者(イクリプス)』と戦って、時間を稼いで……。
そのままローウェルのところへ殴り込みをかけようって思ってたんだけど。
エンバースがお休みをくれたから。それなら人の役に立ちたいって思って』
「それでもG.O.Dスライムコンボの使い手か?ATBゲージが余ってるなら、ここぞという時の為にチャージしておけよ」
とは言えエンバースもいい加減分かってきた。どうせ口で言ってもなゆたは聞かないのだと。
「ほら」
エンバースが手を差し伸べる――なゆたはこの手を拒まない。
その事を自覚して、自分がそれを前提とした行動を取っていると思うと
なんとも恥ずかしいような――むず痒い思いを禁じ得ないが、意識しない事にした。
『ん……じゃあ、ちょっとだけ休憩しようかな』
少し歩くと、なゆたが自分の手を引く/視線は通路脇のベンチ――そこに二人で並んで座る。
『さっき、明神さんが学校の話をしたでしょ。ビックリしちゃった……今まで戦うのに必死過ぎて、
そんなこと考えたこともなかったから』
『そう……考えたこともなかった。ううん、違うね。考えないようにしてたんだ……。
今も考えたくない。考えちゃいけないって思ってる。
戦うことだけ、目の前の目的だけを見ていなくちゃ。集中しなきゃ……って』
「……ああ。よく分かる」
心からの共感の声――かつてエンバースもそうだったから。
『だって。考えたら、気持ちが弱くなってしまうから。帰りたいって、みんなに会いたいって……心が折れてしまうから。
だから今も……何かやってないと、思い出しちゃいそうで。
身体を動かしてれば、目の前のことだけに意識を向けていられるから……。
でないと……怖くて……。不安で、心細くて、挫けてしまいそうに……なる、から――』
なゆたが両腕で自身の体を抱く/隠し切れない身震いを見せる。
『ごめんね、今更こんな……弱いとこ見せて……。
エンバースみたいにタフにならなくちゃ。どんなピンチの時も、余裕を見せて……笑っていられる。
そんな崇月院なゆたを、最後まで……みんなに見せなくちゃいけないのに』
「なゆた」
『ね……エンバース。
もうちょっと、あと少しの間だけだから……わたしのウソに付き合ってね。
約束は守るよ……何もかも終わったら、あなたのお願いを聞くから。
そのくらいの時間は……絶対。作ってみせるから』
エンバースがなゆたの肩を両手で掴む/目と目を合わせる。
-
【コンカレント・コネクションズ(Ⅹ)】
「聞け、なゆた。俺みたいになりたいなんて言わなくていい」
真に迫る表情/声色。
「俺がタフに見えるなら、それは俺が一度死んでるからだ。もう……壊れているからだ。
何もかも失って、もう戻る場所もない。俺には今だけだ。だから――とことんやれるんだ」
双眸の奥で紅が――狂気の色が疼く。
「お前は、違うだろう。管理者メニューを底までひっくり返せば、延命の方法が見つかるかもしれない。
ローウェルをブチのめした経験値でレベルアップすれば寿命が伸びるかもしれない。
バロールはがまだ生きてるかもしれないし、シャーロットだってローウェルが失脚すれば戻って来るかもしれない」
エンバースは合理的な男だ。取り分け、瞳に紅の眼光を宿している時は特に。
「お前はまだ生きてる。お前が生きたいって思ってくれるなら。
お前の気持ちが弱って、心が折れても……俺はその方がずっといいよ」
なゆたは――既に死の運命を受け入れている。少なくとも言葉の上では。
だが、もしもなゆたの弱さがその決意を鈍らせると言うのなら――生きたいと思わせられるのなら。
エンバースがその弱みを突かない理由などない。
エンバースの言動は本心からの言葉であり、同時に紅い瞳が示す通り――狂気を基盤にした合理性の賜物でもあった。
「……戦いが終わったら、二人でチームを組んで大会に出ようって話、したよな。
他には何かないのか?俺は……本当は、お前と色んな場所に行きたい。色んな事がしたいよ。
お前がどんなものが好きで、どんな場所で、どんな顔をするのか……本当は、もっと知りたい」
エンバースの右手がなゆたの頬に触れる/その目を見つめて――しかし項垂れる。
死にゆく者を見つめ続けるのは――辛い事だからだ。
「お前はどうだ……?俺の事を……どれくらい知ってる?」
消え入るような声。
「……悪い。こんな事言われても、困っちゃうよな」
-
【コンカレント・コネクションズ(ⅩⅠ)】
程なくしてエンバースはなゆたを手放した/距離を離す。
そして大きく深呼吸――気持ちを落ち着ける為/もう落ち着いたとなゆたに示す為。
「……実は、もう一つ大事な話がある。SSSとの決戦が始まる前にどうしても――しておきたい事があるんだ」
気を取り直したエンバースはやはりまっすぐな眼差しでなゆたを見つめる。
「――作戦会議だ」
そうして――いけしゃあしゃあと、そんな事を言ってのけた。
「明神さん達にはもう話したんだが、連中の母数は50万。
幸運に幸運が重なってその99%が脱落しても5000ものイクリプスが残る。
しかも実際にはそんな事にはならないだろう。50%も脱落してくれるか怪しいもんだ」
実際のところ――なゆたと二人きりのこの時間は名残惜しい。
「――さあ、みんな集まったな。宿題はちゃんと済ませておいたか?
適切な対策なしじゃ数の暴力だけで俺達は負ける。
どんなプランが出てくるか楽しみだ……勿論、俺にも腹案がある」
だが一方で――ゲームが進行していく感覚/それに伴う高揚をエンバースは抑えられなかった。
「後でズルをしたと言われない為に、伏線だって張っておいた。
ブレイブ&モンスターズの力を見せてやる――ってな」
実際のところ50万もの敵を相手取るには生半可な小細工ではどうにもならない。
結局、圧倒的な物量に対抗出来るのは――同じくらい圧倒的な物量なのだ。
「つまり――管理者メニューの力でここの避難民をブレイブとして、ここに召喚し直せないかな。
どうせマップデータが実装されたらラスベガス内に安全地帯はなくなるんだ。
ブレイブの力があるに越した事はない。身を守るにしても逃げるにしても――立ち向かうにしてもな」
ブレイブ&モンスターズは世界中で大人気のゲームだ。少なくともこの世界では今でもそうだ。
ラスベガスの人口は約60万――中にはそれなりにやり込んでいるプレイヤーもいるだろう。
数さえ揃えば後方からのバフ/回復/火力支援などを望めるようになるかもしれない。
「どうかな、ウィズリィ。みのりさん。そういうの……出来たらすげー面白いと思うんだけど」
-
【カザハ】
>「……ここでお前の意思を聞けて良かったよ、カザハ君。
俺はお前のプランに乗っかるぜ。俺達の方針は今までと何も変わらない。
『全員助ける』……なゆたちゃんも含めて、全員だ」
「明神さん……ありがとう」
>「水を差すようで悪いんだが…なゆを救うっていうのは絶対でそこに異議はないんだが…
ゲームでの立ち回りを知らないからよくわかんないけど…シャーロットてのは悪い奴なのか?ブレモンを守るために他人の犠牲じゃなくて…自己犠牲を選んだんだろ?」
「悪い奴ってわけじゃないんだけど……むしろすごくいい人なんだと思うけど……。
「ブレモンを存続させる」部分はこちらの都合と一致していても、
どうやって存続させるか細かいところまで一致してるとは限らないというか……。
いいとか悪いとかの問題じゃなくて、そもそも次元が違う存在なんだよ……。
面白い話をつくるために自キャラを嬉々として死亡ルートに突っ込んでいく漫画家が悪い奴で
いつもハッピーエンドで締めてくれる漫画家が必ずいい人かっていうと、そんなことないでしょ?
上の世界視点だと単なる趣味嗜好の違いというか……」
>「僕は…シャーロットの事はわからないが…イブリースの事は…よく知ってるつもりだ
彼のような…信念に生きる者が時を超えてもなお忘れぬ忠誠を誓うような人が…なゆが犠牲になる前提の仕掛けを…作るとは思えない…思いたくもない」
>「たしかにイブリースもシャーロットの…せいと言えばせいで過ちを繰り返した。でもそれは…中途半端に記憶が残った弊害と…それを利用しようと考えたクズがいたせいだ」
「確かに、イブリースの同胞を大切にする信念が主人の影響を受けたものだとすれば……
シャーロットは自分の作品の登場人物達の幸せを願うタイプだった、とも考えられるんだよね。
でも、現になゆはああなってしまっている……」
>「シャーロットを疑うなとは言わない…言えない…けど…これじゃまるで敵だと誰かに思わされている気がして…」
「そう……なんだよね。
なゆの言葉を疑わなくていいところで疑って自滅したらそれこそローウェル大爆笑だよ……。
そうか……逆かも。むしろ我、シャーロットを信じすぎてるのかも。
もう少し疑ってみたほうがいいのかも」
こんな壮大なゲームのメインプログラマーだから物凄い人に違いないというイメージが先行して、
世界存続のためなら自キャラの犠牲も厭わない冷静で抜け目のない天才プログラマーという人物像が勝手に出来上がっていたが。
この上の世界から見たところの架空世界は、決して一大国家プロジェクトなどではなく、一介のゲームに過ぎない。
上の世界にはこれぐらいの規模のゲームが普通にあるのかもしれない。
最近は出世を望まない人が多いし、お人よしが大変な役職を押し付けられてしまったなんてこともあるのかもしれない。
実は冷静な天才などではなく、ハッピーエンド好きのドジっ娘という可能性も0ではないのである。
上の世界のシャーロットはこの状況を見て(部外者が見れるのか分からないけど)頭を抱えている可能性も否定できない……!
この状況が天才プログラマーの陰謀にしてもドジっ娘のうっかりにしても、
状況は変わらないしやる事もほぼ同じだが、一つ違うところがある。
-
「なゆのあの状況がシャーロットの意図したものじゃなくて事故みたいなものだとすれば……。
シャーロットがローウェルにバレないようにこちらの手助けになる何かをどこかに仕込んでくれている、という可能性もあるってことか……。
ジョン君、ありがとう。視野狭窄になっちゃってたよ。
あらゆる可能性を想定していかなきゃね。全員助けるために……!」
どちらにせよ、通信が途切れていた時に起こったことについて
本人に直接的に問い詰めるのは少なくとも今は得策ではなさそうだ。
問い詰めれば問い詰めるほど頑なに否定するだけで意味が無い気がする……!
そして、なんとなくシャーロットは故人だから死人に口無しという前提で話をしていたが、正確には死んではいない。
「でも……そういえばシャーロットって上の世界では普通に生きてるんだよね。
ローウェルぶっとばしたら引きずり出してきてもらったりできないかな。
仮にプロデューサーのローウェルでも手が施しようがないとしてもさ、実際にプログラムした人ならどうにでも出来る気がする」
とはいうものの出来る保証もないので最終手段として念頭においておくとして、
そこに至るまでにあらゆる手を尽くすべきだろう。
「あの、二人とも、頼りにしてるね。
明神さんとなゆはデュエルでいい勝負した者同士にしか分からない何かがあるから……
そのアドバンテージは、エンバースさんすら持ってないものだよ。
それに、ジョン君を助けようとしてるときのなゆ、すごく必死だった」
>「エンバースはなゆたちゃんがゴリゴリ命削ってることを知ってる。だからこそ30時間のタイムリミットを設けた。
逆に言えば、あいつの指定した30時間の間はなゆたちゃんも消えることはないってことなんだろう。
この30時間をどう使うかがカギだ。ただその前に……」
>「俺もガチガチにバトってきて疲れたよ。一旦休もう……ちゃんと休もう」
「そうだね。ジョン君、いい加減綺麗にしなきゃ……! 服洗ったら一瞬でかわかしてあげるからね」
別にこのままだと一定距離以上近付いてくれないからというわけではなく、他意はない。
こうして、ジョン君の洗濯に付き合った後(※人力乾燥機係)皆と合流する。
>「ごめーん…僕の下水で汚れてた服の洗濯が思いのほか時間掛かっちゃってさ〜〜」
明神さんは、物資を確認していた。
>「お、電動シェーバーがあるじゃねえの。この手の文明の利器はマジで久しぶりだな。
俺ぁカミソリで髭剃るのばっか上手くなっちまったよ。ジョン、お前も使うだろ?
アラミガは……そのきったねえ無精髭をどうにかして清潔感のある暗殺者にしてやろうか」
明神さんは、物資の中からラーメンを取り出して調理を始める。
出来上がると、人数分取り分けてくれた。
>「あーいい匂いだ。添加物と化調マシマシの最高に文明なメシだな。
箸は……ないからフォークだな。どうよ、食おうぜ」
>「…………俺はやめとくよ。体の中に焦げ付いても嫌だしさ」
「案外謎システムでうまくいくかもしれないし試しに……やめとくの?
じゃあ勿体ないから……誰か食べる? いらない? 貰うね」
-
「食いしん坊かッ!」
「呪歌はお腹がすくんだよ。……あれ? なんか、塩辛くない?」
あまりの味の濃さに、明神さんがむせている。
「あ、ジョン君! スープたくさん飲んじゃ駄目! 血圧に上昇負荷がかかっちゃう!
長生きしてくれなきゃ困るんだから……!」
……あれ!? 微妙に生暖かい視線を感じるような……。もしかして公然ラブコメ罪の疑いをかけられてる!?
それは誤解だ! 断じて誤解だ!
「そ、そそそそそんなんじゃないから! 違わないけど違うから! ジョン君だけじゃなくて!
ぼくは! みんなに! 元気で長生きしてほしいんだ……!」
長生きしてほしいって、割と直接的な表現! 動揺するあまり、ついギリギリを攻めてしまった……!
>「……こんな時に言うのもなんだけど」
>「こうして地球に戻ってきたわけだけどさ。……なゆたちゃん、出席日数とか大丈夫なの?」
全員無事に勝利して平和な日常に戻ることを大前提の決定事項とした話題。
地球に戻ってきたと言ってもまだ何も終わってないし普通に考えると出席日数とか気にしている場合ではないのだが、
なゆにこの先も生きてほしくて、明神さんは敢えて戦いが終わった後の話をしているのだ。
>「ど、どうだろ……やっぱりこれだけ無断欠席してたら、内申書に響く……かも……。
ともだちも心配してるかな……。連絡取れるなら取りたいけど、いきなり電話なんてかけちゃったら、
きっとビックリするよね……」
>「生徒会、わたしがいないと全然回らないし……生徒会長、わたしの原稿ないとスピーチできないの。
書記や会計のみんなも……わたしなしで、ちゃんとお仕事出来てるのかな……」
「なゆがいないと回らないの? 大変じゃん! 早く戻ってあげないと!」
>「クラスメイトのまーちゃんに、加奈……百合ち……。
まーちゃんが、ブレモンみんなで一緒にやろう! って言ってきたの。
でも、言い出しっぺのまーちゃんが一番最初に飽きちゃって……なんでやねん! ってみんなで突っ込んだよ。ふふっ。
そのうち他のみんなも次々やめちゃって、結局最後までやってたのはわたしだけだった……」
「そうなんだ……! じゃあ帰ったら自慢しなきゃね! すごいコンテンツクリアしたんだよって!」
>「エンバースも……お前、学校は行ってたんだよな?
まぁ留年してもあんまし人生には関係ねえよ。社会に出りゃ誤差だよ誤差。
やべえのは俺とジョンだな。履歴書には異世界行ってましたなんて書けねえしよ。」
「それ言ったら我なんか無職以前に地球の戸籍が有効かどうかすら怪しいんですけど!?」
そういえば果たして人型モンスターが地球にいたら人権みたいなの与えられるのか?
与えられるとしたら、どの程度以上人間に近い種族を人族認定するかが、結構難しい問題になるんじゃないだろうか。
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>「いっそ面接で自己PRすっか、『イオナズン使えます』ってさ。わはは」
「あはははは! あったあった、面接イオナズン!」
爆笑してるのは我だけだ。なんで!?
>「僕は…意外と稼いでたし…生きるだけなら十分くらいの金はあるからなぁ…ニートも悪くないかも………どうしても働くならジムのコーチでもしようかな」
「意外と稼いでたしって……みんなが言ってみたい台詞をさらっと言ってやがる……!
言えないッ! 親の年金を頼りに生活してたなんて……」
「さらっと社会問題ぶっこまないでください!」
「あ、台所の引き出しの三番目が二重底になっててにへそくりの通帳が……」
「今そういうリアルな伝達しないでください!」
「それはそうとジョン君、その顔でジムのコーチなんかやったら人気過ぎて混乱をきたしちゃうよ!?
ところで明神さん、アルフヘイムの方に拠点を置くんじゃなかったっけ?
まあいいや、どうせみんな仲良く無職ニートだしユーチューバーやろう!
ヘイストかけて超絶技巧で「演奏してみた動画」とかやり放題だし!
……でも今はティッ〇トックの方が受けるの?」
「どうせアンタ、一生ニ〇ニコ動画のノリが抜けないんやろ!」
「そうだった……!
今をときめく女子高生のなゆに監修してもらわなきゃ顰蹙を買ってしまう……!」
と、しょうもない話で盛り上がっていると、今まで無言だったエンバースさんが口を開いた。
>「……昔、ニュースか何かで見た事があるんだ。
行方不明になった人間の家族や友達が、駅前でビラ配りしてるのを。
その時は正直、他人事だったけど……アレ、いなくなった人が見つかるまでずっと続けるのかな」
「あ……」
そうだった、エンバースさんはたとえ全員無事に生き残って帰ることが出来ても、
今のままでは家族や知り合いに姿を見せるわけにはいかないのだ。
>「……ま、ラスベガスがこの有り様じゃ世界中どこも大混乱だろうし、そもそも電話が通じるとは思えないけど」
「……きっとどうにかなるよ! ローウェル締めあげて元の姿に戻してもらおう!?」
場がしんみりしかけたところで、真面目な作戦会議に戻る。
>「……今後のことを話そう」
>「エンバースのもたらしたロールプレイ理論で、イクリプス一人ひとりの戦力は大幅に向上するはずだ。
一方で、その『数』自体はかなり減るものと考えられる」
>「クソゲーでもプレイし続ける強固な意思と、ロールプレイに適応する柔軟性、あるいは没入力。
この2つを兼ね備えた気概のあるプレイヤーが、俺達の前に立ちはだかるはずだ」
-
>「逆に数増えるんじゃないか?エンバースの演説は正直に面白かった。敵がある程度聞き惚れるのも納得できるくらいには…
そして殆どのゲーマーは…話題性に飛びつくんじゃないかと思う。30時間という猶予がむしろプラスに働く気さえする…。
もしクソゲーと思ってアンイスントールしても…新要素が発見されたら…普通トンボ返りしてくるんじゃないか?少なくとも今いる奴らはやめないと思うんだが…」
「それは……蓋をあけてみないと分からないところかな。
ロールプレイが好きな層とMMORPGやってる層って微妙に違う気がする。
上の世界では面白そうなゲームが掃いて捨てるほど次々リリースされてるのかもしれないし、
そうだとしたら待たせた時点でさっさと次に行って終わりだろうから……」
>「……まあ、いずれにしてもこちらが寡兵である事は変わらない。数を覆す策は必要になるだろうな」
>「重要なのは、今んとこ地球は一方的に蹂躙されてる『被害者』でしかないってことだ。
ただ無双ゲーをプレイするだけならそれでも良いんだろうが、こっからはワケが違う。
地球を攻め滅ぼすだけの大義や悲願……ナイに騙くらかされてる可能性も含めて、
ロールプレイとしての『戦う理由』を各々が用意してくるはずだ。
そいつらは最早一山いくらのイクリプスじゃなく――『ネームドキャラ』になる」
>「そんで、そういう相手なら……会話が通じる余地がある。
『戦う理由』次第では、地球側の戦力として取り込めるかもしれねえ。
連中にとって今はただのマップに過ぎなくても、ここからは物語の舞台としての『地球』を意識することになる。
エンバースの話じゃ、ブレモンに好意的な反応を示した奴らも少なからずいたみたいだしな」
>「確かに…最初に遭遇した奴ら意識してたかどうかは分からないけど…他の奴らより一際【自我】が強かった気がする…後シンプルな強さも…」
「白衣の幼女とかほぼ水着の奴とかいたっけ……。確かに無駄にキャラが濃かったわ……」
>「ブレモンのサ終が止められないなら、SSSのコンテンツとしてこの世界を共存させる。
単なる戦闘マップじゃなく、『滅ぼすべき場所』あるいは『守るべき場所』として。
それが俺の目指すエンディングだ」
>「SSSのコンテンツとして?そんなみみっちいこと言うなよ明神!」
ジョン君が突然大きな声で反論したので、驚いてなだめる。
「ジョン君、そんな言い方は……」
明神さんが非常識なことを言ったかというと、決してそんなことはない。
むしろ、現実的に現状を分析した結果の地に足の付いた発言だ。
ここがSSSのベータテストの会場になっているということは、
ブレモンとしてはすでに実質サ終してしまっているとすら言えるのだ。
決してブレモンへの思い入れが少ないとかではなく、ブレモンへの愛が深いからこそ出た発言じゃないかと思う。
荒らし行為自体は褒められたものじゃないけど、明神さんは挫折してもずっとブレモンに関わり続けていたんだ。
「明神さん、君よりもずっと前からブレモンが大好きなんだよ。
たとえ完璧な形が無理でもどんな形であれ存続してほしいからこそだよ……」
-
が、ジョン君の勢いは止まらない。
>「どのゲームにも無限の色んな良さがある…お互いいい所あるんだからゲームとしての優劣をつける必要性がない!どっちもいい!
こっちが折れてコンテンツの一つで吸収されるのは…そんな物は共存じゃない!」
>「この戦争で…イクリプスにも…そのイクリプスにも成れなかった奴も…
全然関係ないプレイヤーの卵も…ゲーマーですらない一般人にさえ伝わるような…!
敵も味方も関係ない観戦者も!全部巻き込んで派手に戦うんだ!僕達にボコられてつまんね〜〜〜〜って言ってやめてった奴らでさえもう一回やりたいって思えるような
2日後の戦いに参加した人間全員がこの場にいてよかったって思えるような…伝説を残すんだ。後世に語り継がれるような激闘を繰り広げて…運営でさえどうにもできないようなでかい波を作るんだそして!」
>「お互いがお互いを認め合う。SSSにブレモンのコンテンツがあってもいいしブレモンにSSSのイベントがあったっていい!
吸収されるなんてアホらしい!両方生きればいいんだよ!そして面白さを認め合って初めて共存の道になる!
運営が…神の力がどれだけ強かろうと…存続を認めさせる。エンバースの言う通り…力を見せてやるんだ…僕達の世界の…ブレイブ&モンスターズの!!」
ジョン君の勢いに圧倒されて暫し無言で聞く。ジョン君ってこんな熱血キャラだったっけ!?
ああほら、そんなこと言うからガザーヴァ乗ってきちゃったじゃん! 碌な予感がしない!
>「どうせやるならどびっきり派手に…そうだな…全世界に向けて配信でもしてみるとか」
「えっ、ちょっとそれは……緊張しちゃうよ……!」
パーティーの吟遊詩人ポジションがマホたんみたいなアイドルなら全世界に配信してもいいんだろうが
我はたまたまレクステンペストの能力って呪歌に応用したらいいんじゃね!? ということに気付いてしまっただけの一介の陰キャヲタなのである。
>「ま、どんな事があろうとカザハがいて場が盛り上がらないなんてありえないけど!」
「ちょ、ちょっと! そんなナチュラルにそんなこと言っても何も出ないんだから……!」
そんなこと言われたらそんなこと言われたら……照れちゃうじゃん!?
他の人が言うならまあギリギリセーフだけど、ただしジョン君、キミは駄目だ!
頬が染まっているのを見られないように、後ろを向く。が、カケルが要らん解説を加える。
「はい、陥落しましたー!」
「やかましいわ!」
>「ヒュー! 最ッ高じゃんか! ホラ、なにポカンとしてンだよ明神!
うんちぶりぶり大明神はブレモン最強の死霊術師だろ!? この劣勢を! 絶体絶命の窮地を!
テーブルごとひっくり返して、カミサマ気取りのマヌケにあっと言わせてやるチャンスじゃんか!
今、言わないでどうすんだよ――『あの』決めゼリフをさ!!」
>「そうだね。ジョンの言う通り。
わたしたちの力を認めさせよう。『ブレイブ&モンスタース!』の面白さを。
そして勝ち取るんだ、未来を。絶対に、ローウェルの思い通りになんかさせない――」
-
心を一つにして戦おう、とでもいう風に、なゆが手を差し出す。
一瞬、ほんの少しの違和感を感じた。
なゆは明神さんの妥協案を否定し、ベストエンディングを掴み取る決意表明をした――ように見せかけて
実のところもっと良くない妥協をしている――もうとっくにベストエンディングを諦めているような気がしてならない。
なゆが自分の命を顧みないのはそういう性質のキャラということで、もう受け入れるしかないのかもしれない。
だけど、なゆ自身が自分を守ろうとしなくてもなゆにはエンバースさんが付いていて
エンバースさんは、決してなゆを諦めたりしないはずだ。
そう思いながら、手を重ねる。
>「……いい戦いをしましょう」
「レッツブレイブは言わないの? ……あ、明後日にとっとくのか!」
>「…………あれ?もしかして俺も何か言った方がいいか?ええと、それじゃあ、そうだな――」
>「――ゲームスタートだ」
エンバースさん、さっきから急に無言になったりおかしくない!?
頼りにしてるんだからね!? と思った瞬間。突然照明が音を立てて明滅する。
【カケル】
>「これは……!?」
>《く……! またや! 外部からの強烈な干渉を検知! みんな気を―――》
>【ハローハロー! ハァァァァァァァァァロォォォォォォォウ!!!!!】
>「ナイ!!」
まーたこいつか! こいつ、話長いんですよね……。
>【ァー……まァ宜しい。それはさておき、あの御方の。SSS運営の意向をお伝え致しましょう。
本来であれば、到底受け入れがたい提案です。そも、交渉とは――互いに対等な者同士が譲り合うもの。
ですが我々は対等ではない……此方が絶対的に上。其方は絶対的に下、なのですからねェ。
βテストが終わるまで逃げ続ける? ニャハハ――そんなことが本当に出来るとでも?
仮にアナタ方『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は出来たとしても……その他の方々は?
ほら。外を見てご覧なさい?】
いいからさっさと結論言えよ、と思いながら外を見てみると……
>【ニャハハハハッ! ビックリしましたか? ビックリしましたよねェ!
我々がその気になれば、ワールド・マーケット・センターの中に『侵食』を発生させることもできる。
キングヒルに集結していたアルフヘイムの軍勢を、あの御方が“どう”消滅させたかご存じでしょう?
アナタ方が必死でラスベガスを駆けずり回り、一ヶ所に集めてきた生ゴミ。
ぜぇぇぇぇんぶ綺麗に吸い取って差し上げましょうか?】
「嫌ああああああああああ!! ご無体なああああああああああああああああああ!!」
カザハが涙と鼻水を垂れ流しながら絶叫している……。
「やかましいわ!! そんな敵が喜ぶ反応してあげるサービス精神要らんから!」
相手が自らの評判等の諸事情を度外視してその気になってしまえば、
一瞬でこちらを全員消滅させてしまう力を持っていることを改めて認識する。
-
>「ニャハ……イイ表情ですねェ。
しかァし! ご安心を、そのようなことは致しませんとも……決してね。
何故なら、ワタクシも運営も、あの御方も……プレイヤーの方々を愉しませるのが第一義。
最高のプレイバリューと、極上のエンタテインメント! ラグジュアリーな非日常のひとときを、
すべてのプレイヤーに! それが我々のモットーなのですから。それ以上に優先する事項など存在しないのです。
従って――このバカバカしい提案にも乗って差し上げますとも】
>【今、この最中にもラスベガスのワールドマップは着々と出来上がりつつあります。
30時間、でしたか? 結構! ならば我々もその時間を有効に使わせて頂きましょう。
次回β版バージョン2.0更新の暁には、『星蝕者(イクリプス)』の誰もが建物内の探索を愉しめるようになる!
その他にも、色々と追加要素を用意する予定です。お楽しみに!】
>【此方はアナタ方の要求を呑んだ。譲歩して差し上げたのです、それをゆめゆめお忘れなきよう。
では、また30時間後に――】
>「分かってる分かってる。精々楽しませてやるよ――こう言って欲しいんだろ?」
随分脅してくれたが、要するに30時間後の決戦に乗ってくれたらしい。
>「……休憩する筈だったのに、なんだかまた話し疲れちゃったな。今度こそ、暫くちゃんとのんびりしようぜ。
明日の作戦とか、考える事はまだあるけど……各々考えといて後で持ち寄るって感じでさ」
30時間後までは自由行動の流れになる。
「自由行動にして大丈夫!? こういう状況って一人になった人が行方不明になっちゃうやつじゃん……!」
「山奥の洋館を舞台にしたミステリーじゃあるまいし……!」
侵食を見せつけられた後というのもあって、カザハがビビって騒ぐ。
が、途中で何回か安否確認兼ねて集まるということでなだめられた。
解散するなりなゆたちゃんがどこかに行ってしまい、そのタイミングを見計らったかのようにエンバースさんに声を掛けられる。
-
【カザハ】
>「明神さん。ジョンとカザハも」
明らかになゆの目を盗んで呼び止められた感じに、違和感をいだく。
>「さっきは「こちらが寡兵」なんて言葉でお茶を濁したが――正直言って次の戦いはかなり厳しいものになる」
>「なにせ仮に数が減ったとしても、そもそもの母数が50万だぜ?
思ってたのとなんか違うクソゲー乙ってその半分が消えて、更に幸運にも30時間後の上位世界は月曜日。
残ったヤツらの半分もすぐにはログイン出来ません――そうなったとしても約12万のプレイヤーが残る」
>「えーと、後は――30時間後に大人気ソウルライクゲームの超大型DLCがリリースされるとか。
そんな感じでプレイヤーが1/10になってもまだ10000人以上。
更にその半分が地球とブレモンの境遇に同情して戦闘を放棄しても5000人が残る」
>「何故さっきすぐにこの事に言及しなかったのかと言えば、間違いなく特大のカウンターが返ってくるからだ。
本を正せばお前が招いた状況だろうが――ってな。
だから一旦皆が解散した後で、一人ずつ相談に当たる事でカウンターの火力を下げるつもりだったんだが――事情が変わった」
「事情が変わったって……具体的には何がどう変わったの……?」
エンバースさんはそれには答えず、話を続ける。
>「とにかく――策が必要だ。けど、ジョンとカザハと明神さんじゃあな……。
三人寄れば文殊の知恵ってことわざがあるけど、水に水を足しても水だもんな」
「わざわざ煽りに来たんかーい!」
>「でも心配するな、大丈夫だ。俺達には頼れるブレーンがいる。ああ、いや、俺の事じゃないぜ」
>「みのりさんと、ウィズリィ。二人ならきっと良い知恵を授けてくれる。力を貸してくれる」
明神さんの方をガン見しながら、エンバースさんは今更なことを言う。
「それはそうだけど……その2人はずっと力を貸してくれてるじゃん。
改めて頼まなくたって、今も考えてくれてるでしょ」
頭の中に大量の疑問符が飛び交う。
>「ゲームスタートだ――今のは、ちょっと気に入ったセリフをもっかい擦りたくなった訳じゃない」
「嘘でしょ。絶対ちょっと気に入ってるでしょ……!」
>「……じゃあな。対イクリプス、ちゃんと考えておいてくれよ」
「ちょっと! 意味分かんないんだけど!」
エンバースさんは勝手に上機嫌になって去って行ってしまった。
「何あれ! なゆの石頭のせいでただでさえややこしい状況を更にややこしくしないでよ……!」
と、ひとしきり腹を立てた後、エンバースさんの真意を考える。
-
「……。多分、言葉通りの意味とは別の意図があるんだよね……。
わざわざなゆがいないタイミングを見計らったってことは……」
言葉通りの意味なら、わざわざなゆを排除する必要は無い。
「なゆを救うために二人の知恵を借りろってことなんだ……!
でも、どうしてこんな遠回しに伝えないといけないんだろう?
エンバースさん、一人で戦わざるを得ない状況に追い込まれてるのかも……」
昔話等には時々、知ってしまった重要事項を喋ったら一貫の終わりという状況が出てくる。
なゆが得体の知れない魔法の類で延命しているとすれば……
エンバースさんは真実を知りながら言えない状況に追い込まれてしまっている可能性もなくはない。
そんな状況の中、必死に制約の網目をすり抜ける形でヒントをくれた結果がこれだったのかもしれない。
「せっかくエンバースさんがヒントをくれたんだ。とにかく、二人にコンタクトを取ってみよう!
核心部分の交渉は明神さんに任せてもいいかな? エンバースさん、明神さんの方をずっと見てた。
お願いって言ってるみたいにさ……。きっとすごく信頼してるんだね」
こうして、みのりさんとウィズリィちゃんに通信を繋いでみる。
まずは表向きの議題からだ。
「今のままだとすごく多勢に無勢だからどうにかしないとと思って……。
ところで、こっちの世界に来るゲートって開いたままなの?
アルフヘイム側のブレイブってたくさん召喚されてたよね。こっちに来てもらう事は出来ないかな?」
アルフヘイム側のブレイブってランダム召喚で山のように召喚されてたという話だった。
母数が多ければ、割合的には大部分が野垂れ死んでいたとしても、数十人レベルでは人数が残ってるんじゃないだろうか。
「ところで明後日の戦いって、全世界に配信出来たりする……?
逆に音声の受信は? ブレモンの曲演奏出来る人なら結構いるだろうからさ。
呪歌って参加人数が多い程出力が上がるんだよね」
いや待てよ? こちらの世界内で配信とか受信は出来なくはなさそうだけど……。
「ジョン君の言うように一大ムーブメントを起こすのを狙うとすれば、上位世界の方でも配信してもらう必要があるのか……」
上位世界に干渉するにはこっちの世界に潜り込んでいる上位世界の人に頼むしか手段がないわけだけど、
シャーロットは解雇されてるしバロールさんは消息不明だし……。
この世界に潜っている上位世界の人って本当に他にいないのだろうか。
……多分だけど、いる気がする……!
「こっちの世界のブレモン運営の上層部って上の世界のブレモンの会社の社員か何かが潜り込んでるんじゃない!?
希望してその部署にいるんだとしたら、きっとブレモン好きな人達だから協力してくれるよね……!」
果たして希望して配属されているのか単なる左遷部屋なのかは分からないし、
ゲーム内ゲームのブレモンを管理する部署というのが上の世界のブレモン運営会社においてどれぐらいの地位にあるのか、
ローウェルに進言できるほどの発言力があるのかは不明だが……。
駄目元であたってみる価値はあるかも!?
-
「実はもう一つ相談したいことがあって……」
表向きの議題(対イクリプス戦略)が一段落したところで、真の本題に移るべく明神さんに目くばせする。
みのりさん達との密談が終わっていったん解散した後。
なんとなくキーボードを弄びながら漠然と思索にふける。
(なゆに、どうにかして生き残りたいって思ってもらえないかな……)
漠然とイメージはあったなゆのテーマ曲が、形を成す。
自分は決してシャーロットのことを手放しに信じているわけではないというのに、
むしろなゆを死に追いやろうとしているのではないかという酷い疑いすらかけているというのに……。
歌の中のシャーロットは、自らの作品の登場人物達の幸せを願う、優しい創造主だった。
やはり心の奥底では、彼女がいい人だと――
身も蓋も無い言い方をすれば自分達にとって都合のいい人物だと信じたいのだ。
「そっか。そうだと、いいな……」
少しでも皆が……なゆ含めて全員生き残れるように、できることは何だろう。
とりあえず、自分の戦力を上げるためにも進化条件を解明したいんだけど……。
「歌って超テンションあげたら進化するんじゃないですかね?」
「それはそうなんだけどそれだけじゃない気がして……」
進化した時の状況を、その少し前から思い出してみる。
そして、進化した2回の状況の共通点に気付いてしまった。
「もしかして、俗に言うところのアレ(※ただし部位は問わない)……ってコト!?
うわぁあああああああああああああああああああああ!!
衆人環視されてたら進化無理じゃん!! 我、逮捕されちゃうじゃん!!」
奇声を発しながら転げ回る。
「やかましいわ!! そんなわけないでしょう!」
ひとしきり転げ回った後、カケルに突っ込まれて我に返る。
そりゃそうだ! サンプル2回しかないしいくらなんでもそんなふざけた進化条件なわけないわ!
ブレイブ&モンスターズは乙女ゲーじゃないし仮に一万歩譲って乙女ゲーだったとしても我は美少女じゃないんやで!?
こんなことを考えるなんて、脳がラブコメウイルスに感染してしまったのか!? バ〇オハザードか!?
いや、自分はラブコメに対する完璧な免疫を持っていたはず……! そんなことがあるわけがない!
そうだ、きっと疲れて頭がおかしくなっているんだ。少しだけ寝よう。
というわけで、2〜3時間だけ寝ることにする。浅く眠ったせいか、変な夢を見た。
「やあ、新曲が出来たようだね」
様々な音響機器が置かれた部屋で、パーカーのフードを目深に被ってDJのような恰好をした少女(?)が語り掛けてきた。
「――誰!?」
「忘れたの? 初代だけど……」
-
「お前か――ッ! 世界観考証とかいろいろおかしいやろ!
どしたん急に! 前はそれっぽい格好してそれっぽくハープ弾いてたやん!」
といっても、そういえばブレモン運営に今更世界観考証もクソもないわ!
「ちょっと雰囲気変えてみました」
「なんだろう、ツッコんだら負けな気がする……!
ところでキミは始原の風車の中枢プログラム? 双子のレクステンペストの進化条件って知ってる?」
「ところでこの曲なんだけど……」
「駄目だ、こいつ人の話聞かない!」
モニターに何段にも連なった楽譜が映し出される。我の脳内の曲を読み取ってる……ってこと!?
「えっ、何それすごい」
「ここのコードはこうした方が……」
「添削指導……ってコト!?」
初代風精王が始原の風車の中枢プログラムだとすると、この世界では音も風属性の管轄なので
楽曲生成プログラムが組み込まれててもおかしくない、ということにしておいた。
「なんか、寝た気がしない……」
起きてみると、なゆはやっぱりボランティア活動で忙しそうにしていた。
もしかして、不眠不休……!? いや、ボランティアは素晴らしいことなんだけど!
今は自分が生き残ること考えてくれよ!
とも思うが、体を動かしていないとやってられない心情なのかもしれない。
そこで、いったん安否確認兼ねて皆が集まった際に、声をかける。
「この後時間ある人は……ちょっとだけ歌の練習に付き合ってくれないかな?」
「地獄の歌唱訓練……ってコト!?」
「やかましいわ! そんなこと言ったら生徒が逃げちゃうじゃん!?
なゆ、ボランティアもいいけど息抜きに歌っていきなよ! ちなみにジョン君は強制参加ね」
「なんでや! なんかジョン君の扱い酷くないですか!?」
「アイドルは歌えた方がいいと思っただけで断じて他意は無い……!
大丈夫! 我、音楽の教員免許持ってるから」
「どうせ更新してなくて期限切れてるやろ」
「やかましいわ!」
通常の魔法は基礎から積み上げていかないと駄目みたいだけど、
呪歌は性質上、魔力を扱える者なら特定の曲を付け焼刃で習得、なんてことが出来てしまう。
もちろん効果はそれなりにはなるんだけど、少なくとも「ただし魔法は尻から出る」なんていうリスクはない。(※ネタが古い)
特に馴染のある曲だと習得が早い。というわけで、課題曲はバトル1。
道中で時々歌っていたし、ブレモンガチ勢なら耳にタコが出来るほど聞いている曲である。
-
「1フレーズずつ歌うから同じように歌ってね! ほらそこ、口パクしないで真面目にやる!」
「やめたげて!? 多分声が小さいだけだから!」
「音程がはずれる? 大丈夫、レクステンペストの力で補正するから!」
「歌えたじゃん! え? 補正のおかげ? さっき補正してないよ?」
「何その自転車離さないって言いつつ離す親みたいなありがちな作戦!」
「みんないいね……! 音響効果かけちゃおっかな!」
こんな感じでカケルと漫才(?)をしつつ教え、皆がほぼ歌えるようになったところで、種明かしをする。
「付き合ってくれてありがとう。
これね、1フレーズでも効果を発揮するし、自分にも効くから。
役に立つか分かんないけど、ちょっとした御守りだと思ってくれたら嬉しいな。
ほら、ロールプレイ理論が本当ならそういう気持ちの問題、重要かもしれないし!
他にも教えて欲しい曲がある人は後で言ってくれれば教えるよ。
あ、なゆはもうちょっとだけ残っといて」
なゆに居残りを言い渡して、いったん解散する。
「ごめんね、引き留めちゃって。聞いて欲しい歌があるんだ――」
-
転生してない新キャラに管理者権限を渡したけどスライムマスターになってた件
(略称:転生してないスライムマスター)
ttps://dl.dropbox.com/scl/fi/ugx75x1etszd1w270ezmm/.mp3?rlkey=by8vekhm9iqbdfjy878glsouz&st=ughdrfcr&dl
なゆたパート:カザハ(VY2)
シャーロットパート:カケル(MEIKO)
(シャーロット)
1と0が紡ぐ私達の世界の記録 前世持たぬあなたに全て預けます
(なゆた)
何気なく見つけたゲームの 最初の敵キャラ 水色で丸くてかわいいマスコット
円らな瞳で 見つめられ 心奪われた 今日から君は私のパートナー
毎日毎日会いに行くよ レベルを上げて強くなれ
時間もお金も君に捧げた 君は応えてくれた
並み居る強豪倒し続け いつの間にかランクは上位
気付けば二つ名付いていた その名もスライムマスター
ぽよぽよ飛び跳ねる 高く高く跳ぶ
もう誰にも最弱なんて言わせない
もっともっと強くなる 君と強くなる
二人で突き進む 世界最強への道
何気なく起動したゲームの 世界にワープ 周りの全てが変わってしまっても
冷んやりすべすべの 抱き心地で 更に好きになる 変わらず君は頼れるパートナー
来る日も来る日も共に歩む スキルを覚えて強くなる
自ら戦場に立ち指揮取る 君に応えるために
並み居る強敵退け続け いつの日か掴むは未来
わたしは 世界救う旅を 率いるパーティリーダー
ドキドキ胸高鳴る これはきっとラブ
もう以前の私には 戻れない
もっともっと強くなる 君と強くなる
みんなで突き進む 星を救う旅
すべてを失い 絶望の淵に立たされても
諦めず進んで 本当に良かった
君とまた会えた それだけで十分過ぎた
生きていてくれて 本当にありがとう
(シャーロット)
ようやく 目覚めた 管理者(かみ)の 権限(ちから) わたしが託した希望を
あなたなら ただしい道に 使ってくれると信じてます
(なゆた)
世界を書き換える力と星の外の記録を得ても
今まで通り君と歩くよ わたしはスライムマスター
(なゆた&シャーロット)
きっときっと 辿り着く 最高のエンディング
それ以外のルートなんて 認めない
もっともっと強くなる 君と強くなる
みんなで駆け抜ける 星を救う旅
やっとやっと見つけ出した 最後のフラグ
成立させないなんて 在り得ない
ずっとずっと忘れない わたし覚えてる
みんなで紡いだ伝説 結ぶ言葉は レッツブレイブ
-
「今までになゆから聞いた話を繋ぎ合わせてみたんだ。君は世界最強になるまで止まるタマじゃないでしょ?
それから……瀕死にならないと発動しない力なんて……そんなのやっぱり使ったら駄目だよ!?
なゆは最強のスライムマスターだから、銀の魔術師モード使わなくても戦える……!」
歌の中では、シャーロットは自らの世界の登場物達の幸せを願う優しい創造主で、
なゆは決してベストエンディングを諦めない一昔前の王道少年漫画の主人公。
もしかしたら、自分の勝手な理想を押し付けているだけなのかもしれないけど……それでも聞いて欲しかった。
でも結局のところ、人が妥協案に甘んじるのは、全てを叶えようとするあまり一番大切な願いも叶わなくなるのを恐れてのことだ。
自分を助けようとするあまり、世界が救えなくなってしまったら本末転倒だから――
きっとそう思っているのだろう。
だから、世界も救えて、自分も助かる道が見つかったなら、その時はきっと……
なゆがボランティア活動に戻るのを見送ると、いつの間にか辺りに人だかりが出来ているのに気づく。
「何!? もしかして……ギャラリーってこと?
じゃあ……せっかくだから何か歌おうかな!
みんな、マホたん知ってる? それじゃあぐーっと☆グッドスマイルとか、どうかな!?」
どうせ歌うなら、聞いた人が元気になってくれるように魔力を込めて……
せっかくだから広範囲に聞こえるように範囲拡大もしようかな!
なゆも明神さんもこの曲好きだったものね。
-
ttps://dl.dropbox.com/scl/fi/im3ypovvqddkqf575arwk/.mp3?rlkey=owevt36rl85ozagkat6h1dubb&st=a1m9ddtf&dl
上パート:カザハ(VY2)
下パート:カケル(MEIKO)
夢の国からやってきたのは 王国の危機救うため
笑顔のパワー集めるの この街に決めた
だけど案外難しいのです 本当の笑顔に出会うのは
だから助けてあげるのよ 勘違いしないでね
そんなぎこちない笑顔じゃノンノンですよ 駄目駄目よ
なんとかしてあげるから 最高の笑顔見せてよね
ぐーっと☆グッドスマイル 今日は笑えなくても きっと明日はもっといい日になるから
のーっと☆プロブレム 取り戻すよ 君のスマイル
この世界にとどまってるのは 未来の希望つなぐため
共にスマイル集めるの キミ達に決めた
だけど案外恥ずかしいのです 本当の気持ち伝えるのは
だからツンツンしちゃうのよ どうか許してね
そんな悲しげな笑顔はノンノンですよ いやいやよ
どうにかしてあげるからとびきりの 笑顔見せてよね
ぐーっと☆グッドスマイル 今日は泣きたくても きっと明日はずっといい日になるから
のーっと☆プロブレム 守り抜くよ みんなのスマイル
いつからだろう 手段が目的に キミの笑顔が見たいから 私は戦える
そんな優しげな笑顔はノンノンですよ 反則よ
仕方がないからとびきりの 笑顔見せたげる
ぐーっと☆グッドスマイル 今日は笑えなくても きっと明日はもっといい日になるから
のーっと☆プロブレム 取り戻すよ みんなのスマイル
ぐーっと☆グッドスマイル 今日は泣きたくても きっと明日はずっといい日になるから
のーっと☆プロブレム 守り抜くよ キミのスマイル
一緒に☆スマイル
-
しばらく歌ってるうちに炊き出しの時間になったので、お開きにする。
「炊き出しはじまったからさ、みんな早くいかないと冷めちゃう。
え、ぐーっとグッドスマイルもう一回? 分かった、最後にもう一回ね!」
歌い終わってギャラリー達を解散させると、いつの間にか、ジョン君が来ていた。
「あ! ジョン君、聞いてた? 可愛らしいアイドルソングなんてガラじゃないけど……。
実はみんなが元気になってくれるように少し魔力込めてたんだ。元気、出たかな?」
「ところでお願いがあるんだけど……ジョン君って前衛系の体術的なスキルたくさんもってるんでしょ?
さっき呪歌教えたのと交換ってことで何か教えて欲しいな。本当にちょっとしたやつでいいからさ」
歌はこちらが強引に教えただけなので、ジョン君としてはお返しする義理もないのだが……。
仮に断られても、半ば強引に頼み込む。
「キミが必ず守ってくれるからそんなの必要ないって分かってるよ。
でも、何か一つでいいから、キミから貰ったものを持っていたいんだ……」
どれくらい時間が経っただろうか。なんとか形になり、合格が出る。
力が抜けて地面に座り込む。
「……無茶聞いてくれてありがとう。ジョン君、教えるの上手だね。
やっぱりコーチ向いてるかも……! 顔が良すぎる問題は何も解決してないけど!」
立ち上がろうとするが、体に力が入らない。
「……。お腹がすいて動けなくなっちゃった……。ジョン君が作ってくれたごはん食べたいな……」
と、言ってしまってからはっと気づく。
こんな時に何を呑気なことを言ってるんだ自分は! なゆ達が炊き出しで作ったやつの余りがあるやん!
ガスも使えないし急にこんなこと言ったらジョン君困っちゃうよ……!
スキル伝授のお願いは一応戦力アップに繋がる真面目な要請だったからともかく、これは流石に駄目だ!
我は状況を考えずに好き放題言ったりするキャラじゃないんです!
忖度にまみれた奥ゆかしき大和民族なんです! 某クッソ腹立つ超絶美少女現場将軍とは違うんです!
あいつときたらいつもいつも我儘放題言って実に裏山……怪しからんことこの上ない!
というわけで某全然似てないコピーキャラを心の中でディスりつつ、慌てて言い訳を繰り広げる。
「ち、ちちちちち違う! いや、違わないけど違う! 今のは心の声がうっかり出てしまっただけで……!
エーデルグーテでバイトしてた時の腕前が見事だったからつい……!
今そんな場合じゃないの分かってるから! 本当に大丈夫だから!
キミ相手だといろいろキャラ崩壊して困るんだから! キミ相手じゃなかったら、心の声うっかり出てない……!」
-
と謎の逆ギレをしながらはたと気付く。こんなに焦る必要はないのでは!?
ジョン君はNOと言えない日本人ではないから、駄目なら一蹴されるだけの話だ!
「……と諸般の事情を総合勘案して検討すると今は優先順位の高い事項ではないというのは理解しているのだが……
一切の忖度無しに食べたいか食べたくないかといえば食べたい……」
それから少し時間が経ち、また集合時間がやってきた。
この集合では作戦会議をする予定になっている。エンバースさんが口火を切った。
>「――さあ、みんな集まったな。宿題はちゃんと済ませておいたか?
適切な対策なしじゃ数の暴力だけで俺達は負ける。
どんなプランが出てくるか楽しみだ……勿論、俺にも腹案がある」
こちらチームは、みのりさん達を交えた密談の際にまとめた案を提示することになると思われるが
エンバースさんが自らの案を披露した。
>「後でズルをしたと言われない為に、伏線だって張っておいた。
ブレイブ&モンスターズの力を見せてやる――ってな」
>「つまり――管理者メニューの力でここの避難民をブレイブとして、ここに召喚し直せないかな。
どうせマップデータが実装されたらラスベガス内に安全地帯はなくなるんだ。
ブレイブの力があるに越した事はない。身を守るにしても逃げるにしても――立ち向かうにしてもな」
「そっちか……!」
召喚といったらメインの意味は魔法的手段で別の場所から拉致してくることだが、
往々にしてその際に特殊能力が付与され、ブレモンの場合もその例に漏れない。
今回は場所の移動は必要無いが、通常付随効果とされる特殊能力の付与の方のみを目的に行ってはいけないという理由はどこにもないのだ。
>「どうかな、ウィズリィ。みのりさん。そういうの……出来たらすげー面白いと思うんだけど」
ロイ君の例を見るに、禄にやってなくてもブレモンをインストールしているだけで召喚対象となることができ、
召喚されることでブレイブとしての基本特典は享受できるようだった。
「ブレモンやってる人はもちろんだしブレモンやってない人もとりあえずインストールして貰えれば……。
スマホ持ってる避難民総ブレイブも理論上可能ってこと!?」
-
>「SSSのコンテンツとして?そんなみみっちいこと言うなよ明神!」
「うぉっ!?何だよ急に……」
今後の方針を話し合う中、俺が口にしたエンディング案を聞いたジョンが唐突にでかい声を上げた。
>「どのゲームにも無限の色んな良さがある…お互いいい所あるんだからゲームとしての優劣をつける必要性がない!どっちもいい!
こっちが折れてコンテンツの一つで吸収されるのは…そんな物は共存じゃない!」
意外なことに、ジョンの言葉に同調したのはガザーヴァだった。
>「新しいゲームの一部として間借りさせて貰って生きるだなんて、そんなのまっぴらゴメンだね。
第一、それじゃSSSの連中に負けを認めるみてーじゃんか!
仮に今はそれでよくっても、ずっと先はどうなる? いつか連中がブレモンに飽きたらどーすんだ?
やっぱいらないから無くしちゃおうって思ったら?
アイツらのご機嫌を窺いながら生きるなんて、死んでるのと一緒じゃんか!」
「こっ、この……この俺がみみっちいだと……?日和ってるだと……!?」
>「明神さん、君よりもずっと前からブレモンが大好きなんだよ。
たとえ完璧な形が無理でもどんな形であれ存続してほしいからこそだよ……」
カザハ君から援護射撃が飛ぶが、俺はもうタジタジになっていた。
「おっ、俺だってなあ!ブレモンのサービスが継続するならそれが一番良いと思ってるよ!
エンデが言ってたろ、ブレモンのマスターデータはローウェルに消されて、この世界はバックアップだって。
上の世界の、オンラインサービスとしての『ブレモン』は事実上……もう終わってる。終わってんだよ」
バックアップを使ってサーバーを復旧すればサービスを継続できんこともないだろうが、
そうして復活した世界にはプレイヤーにとって何よりも重要な『築き上げたゲーム内資産』がない。
シャーロットがサルベージできなかったデータ……何日もかけたパートナーの育成情報や、必死こいて集めたアイテム。
イベントフラグは全て未達成に戻り、課金で買った石だって手元に残ってるかどうか分からない。
何よりローウェルは既にサービスの終了を告知している。
一旦辞めるっつったゲームが朝令暮改で再開したところで、少なくとも既存のユーザーが戻ってくる道理はない。
またすぐサ終するとも知れねえんだから。
「ブレモン世界がSSSのコンテンツとしてユーザーの支持を得れば、ローウェルもおいそれとデータ削除は出来なくなる。
バロールが資金繰りしてたサーバーの保守費用の問題も、利益を生み出すコンテンツになれば解決だ。
この世界を守る……いや、『存続させる』ためには、これが一番現実的なプランじゃねえかよ!」
思わず怒鳴るようなテンションで並べた言葉は、しかしジョンの勢いを削ぐことはなかった。
>「この戦争で…イクリプスにも…そのイクリプスにも成れなかった奴も…
全然関係ないプレイヤーの卵も…ゲーマーですらない一般人にさえ伝わるような…!
敵も味方も関係ない観戦者も!全部巻き込んで派手に戦うんだ!
僕達にボコられてつまんね〜〜〜〜って言ってやめてった奴らでさえもう一回やりたいって思えるような
2日後の戦いに参加した人間全員がこの場にいてよかったって思えるような…伝説を残すんだ。
後世に語り継がれるような激闘を繰り広げて…運営でさえどうにもできないようなでかい波を作るんだそして!」
>「お互いがお互いを認め合う。SSSにブレモンのコンテンツがあってもいいしブレモンにSSSのイベントがあったっていい!
吸収されるなんてアホらしい!両方生きればいいんだよ!そして面白さを認め合って初めて共存の道になる!
運営が…神の力がどれだけ強かろうと…存続を認めさせる。エンバースの言う通り…力を見せてやるんだ…僕達の世界の…
ブレイブ&モンスターズの!!」
「ぐ、ぐぬぬ……!」
俺は二の句が継げなかった。
いつもなら百世不磨のレスバトラーとして、反論の百や二百はポンと思いつくところが、
どうしてかジョンの言葉を否定する気になれなかった。
-
ジョンの言ってることは、理想論……だと思う。
イクリプスに限らず、『上の世界』のバロールやシャーロット以外の人間にとって、
ブレイブ&モンスターズは終わったコンテンツでしかない。
揶揄としてのオワコンじゃない。本当の意味で『事実上の終了が見えたコンテンツ』だ。
存続もクソも、データが消えてるモンはどう逆立ちしたって元には戻らない。
今のブレモンは最早ソシャゲですらなくて、シャーロットのPCに残ったただのバックアップだ。
PCの電源が落ちれば世界は終わる。バロールが過労で倒れて電気代が払えなくなれば終わる。
だけど――
「……伝説を残す、か」
オウム返しのように、言葉がひとつ口を突いて出た。
小川の底の泥を延々と篩にかけて、ようやく一粒の砂金を見つけた気分だった。
>「ヒュー! 最ッ高じゃんか! ホラ、なにポカンとしてンだよ明神!
うんちぶりぶり大明神はブレモン最強の死霊術師だろ!? この劣勢を! 絶体絶命の窮地を!
テーブルごとひっくり返して、カミサマ気取りのマヌケにあっと言わせてやるチャンスじゃんか!
今、言わないでどうすんだよ――『あの』決めゼリフをさ!!」
「……リアリストな乾いた意見はお前のセリフだと思ってたんだけどな、ジョン。
お前は『この世界』だけじゃなくて――『ブレモン』を救おうとしてる」
これまでジョンは、降りかかる危機に対してどう立ち回るかを考えることはあっても、
ブレモンがゲームとしてどうあるべきかって話題には積極的に絡んでこなかった。
シンプルに、ゲーマーじゃねえからだろう。ゲームの行く末なんざ案じるのは廃人か株主だけだ。
堰を切ったように吐き出される言葉には、言いようのない熱があった。
赫々と光る熱が、不明に落ちた俺の思考を照らした。
「互いを認め合って、伝説を残して、その先はどうなる。
育てたパートナーも集めたアイテムも白紙に戻ったブレモンをサービス再開すんのか?
陳腐化したUIを一新した『新生ブレイブ&モンスターズ』をリリースするのも良いかもしれねえな。
……ローウェルが首を縦に振るのなら、の話だが」
-
結局のところ、ブレモンの復活も新生もすべては総合プロデューサーの胸先三寸だ。
そしてローウェルが決済のハンコを押す可能性は限りなくゼロに近い。
まがりなりにも継続中のサービスのデータを独断で削除し始めるわ、
僅かに残ったデータを新作ゲームのベータで破壊の対象にするわ、
奴のブレモンに対する負の執着は常軌を逸している。
「たった一人のプロデューサーが癇癪起こしただけで容易くぶっ壊れちまうこの世界を。
それでも『ブレモン』として存続させるには、途方もない"うねり"が要る。
ローウェルが手のひら返すような、それこそ社会現象クラスの一大ムーブメントが。
そんなもんを端末の中のデータに過ぎない俺達が引き起こせると、本気で思ってんのか?」
言うまでもなく分の悪い賭けだ。
塩試合を選んだからこそ拮抗できてる今の戦略的な優位を自ら投げ捨てることに他ならない。
だけど、ジョンの言う『派手な戦い』は、俺にとってきっと――
「――面白そうじゃねえか。作ってやろうぜ、伝説をよ」
そうしてようやく、俺は『ブレモン』を楽しめる。
>「そうだね。ジョンの言う通り。
わたしたちの力を認めさせよう。『ブレイブ&モンスタース!』の面白さを。
そして勝ち取るんだ、未来を。絶対に、ローウェルの思い通りになんかさせない――」
なゆたちゃんがジョンの言葉を引き取って告げる。
俺達の方針はこれで決まった。イクリプスとの戦いを、単なる世界の存亡に終わらせない。
『ブレモン』を、続けるための戦いだ。
ついて回る全ての因縁や懸案事項は、一つの言葉にまとめられる。
ようは、
>「……いい戦いをしましょう」
それだけだ。
◆ ◆ ◆
-
話がまとまった途端、マーケットセンターの照明系統が唐突に明滅した。
「なっ何だぁ……!?」
外はイクリプスのうようよ蔓延る戦場だ、電線をぶった切られたって不思議はない。
果たせるかな、照明のトラブルは物理的な要因ではないようだった。
>《く……! またや! 外部からの強烈な干渉を検知! みんな気を―――》
石油王の警告が飛ぶや否や、虚空が大量のウインドウで埋まった。
反射的にスマホをたぐるが反応はない。ブレイブの戦闘力を封じられた事実に冷や汗が吹き出す。
>【ハローハロー! ハァァァァァァァァァロォォォォォォォウ!!!!!】
癪に触る声と共に表示されたのは、SSSのナビゲーションキャラ……ナイだった。
>【親愛なる『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の皆さま、御機嫌よう!
遅れてしまって申し訳ありませんねェ。心よりのお詫びを!】
「よし、風呂入ってくるわ。あとで要点だけ教えてね」
また出やがったよクソッタレの三流ナビがよぉ……。
どうせ今回も一方的にベラベラ無駄話するんでしょぉ?
>【ァー……まァ宜しい。それはさておき、あの御方の。SSS運営の意向をお伝え致しましょう。
本来であれば、到底受け入れがたい提案です。そも、交渉とは――互いに対等な者同士が譲り合うもの。
ですが我々は対等ではない……此方が絶対的に上。其方は絶対的に下、なのですからねェ。
βテストが終わるまで逃げ続ける? ニャハハ――そんなことが本当に出来るとでも?
仮にアナタ方『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は出来たとしても……その他の方々は?
ほら。外を見てご覧なさい?】
促されて外を見れば、真っ黒な……『闇』としか形容しようのない何かがあった。
解説されなくても直感で理解できる。あれが……『侵食』。
ローウェルによるデータ削除の痕跡だ。
>【ニャハハハハッ! ビックリしましたか? ビックリしましたよねェ!
我々がその気になれば、ワールド・マーケット・センターの中に『侵食』を発生させることもできる。
キングヒルに集結していたアルフヘイムの軍勢を、あの御方が“どう”消滅させたかご存じでしょう?
アナタ方が必死でラスベガスを駆けずり回り、一ヶ所に集めてきた生ゴミ。
ぜぇぇぇぇんぶ綺麗に吸い取って差し上げましょうか?】
>「嫌ああああああああああ!! ご無体なああああああああああああああああああ!!」
カザハ君が隣で素っ頓狂なリアクションをとってくれたお陰か、
ナマの侵食を初めて目にしても、ビビり散らかさずに済んだ。
それどころか腹の中に寒々しい何かが堆積していく。
-
「しょうもな……。ナイ君さぁお前ホントにSSSのナビなの?競合企業のネガキャン要員だったりしない?
この世界をユーザー手づからたっぷり破壊していただくのがベータの主旨じゃなかったんですかぁ?」
『ネームドボス』も『地球側の戦術目標』も全部運営が勝手に片付けちゃいました!
……なんて結末をプレイヤーの誰も望んじゃいないってことは、あたおか運営のローウェルでも理解してるはずだ。
侵食はブラフ。脅しでちらつかせているに過ぎない。
あるいは、煮え湯を食わしたエンバースに一矢報いようとしているのかもしれなかった。
>【今、この最中にもラスベガスのワールドマップは着々と出来上がりつつあります。
30時間、でしたか? 結構! ならば我々もその時間を有効に使わせて頂きましょう。
次回β版バージョン2.0更新の暁には、『星蝕者(イクリプス)』の誰もが建物内の探索を愉しめるようになる!
その他にも、色々と追加要素を用意する予定です。お楽しみに!】
>「それで?生放送をご覧になってくれたユーザー向けのシリアルコードは?」
「めんどくせえからプレボに直で石放り込んどいてくれよ。
コードなんかどうせ後でググりゃ一発で出るんだしさぁ」
>【此方はアナタ方の要求を呑んだ。譲歩して差し上げたのです、それをゆめゆめお忘れなきよう。
では、また30時間後に――】
相変わらずこちらの話には一切取り合うことなく、ナイを表示したウインドウの群れが消えた。
照明が復旧し、センターに光が戻ってくる。
「……ナイ君ちょーイラついてたな」
いつもの長台詞を要約すると『30時間後のアポOKです』ってとこか。随分枝葉を盛ったなぁ……。
トリックスターな雰囲気で出てきたは良いが、言葉の端々には主にエンバースへの怒りがあった。
多分イクリプス側からも30時間のメンテだのロールプレイとかいう隠し要素だのに不満が紛糾してるんだろう。
その矢面に立たされるのはメッセンジャーになってるナイだ。
ただでさえ頭のおかしい上司の思いつきに振り回されてるというのに……。
>「……休憩する筈だったのに、なんだかまた話し疲れちゃったな。今度こそ、暫くちゃんとのんびりしようぜ。
明日の作戦とか、考える事はまだあるけど……各々考えといて後で持ち寄るって感じでさ」
「オーケ。じゃあ今度こそ俺風呂入ってくるね」
ナイの登場でどっちらけになった空気を取り戻すようにエンバースが提案する。
俺はそれに乗っかり、いい加減ホコリ塗れになった身体を綺麗にすべく踵を返した。
-
>「明神さん。ジョンとカザハも」
と、後ろから声をかけられる。
解散を提案したはずのエンバースに呼び止められた。
>「さっきは「こちらが寡兵」なんて言葉でお茶を濁したが――正直言って次の戦いはかなり厳しいものになる」
「そーね、そうだね。どっかのアホが敵に塩送りやがったしな。
どうすんだよマジでよ、SSSが面白いゲームになっちまったじゃねえか」
>「何故さっきすぐにこの事に言及しなかったのかと言えば、間違いなく特大のカウンターが返ってくるからだ。
本を正せばお前が招いた状況だろうが――ってな。
だから一旦皆が解散した後で、一人ずつ相談に当たる事でカウンターの火力を下げるつもりだったんだが――事情が変わった」
「なんだその無意味なダメージコントロールはよ……」
姑息なこと考えやがって、責任もって集中砲火浴びろや。
とはいえエンバースも、いつまでも戯言を垂れ続けるつもりはないようだった。
事情が変わった……?
>「とにかく――策が必要だ。けど、ジョンとカザハと明神さんじゃあな……。
三人寄れば文殊の知恵ってことわざがあるけど、水に水を足しても水だもんな」
>「わざわざ煽りに来たんかーい!」
「うっせ。そんで透き通るような清らかな水の俺達に、エンバース君はどんな不純物をぶち込んでくれんだ?
そのいい感じに焼干しになってる身体は良いお出汁が取れそうだなオイ」
>「みのりさんと、ウィズリィ。二人ならきっと良い知恵を授けてくれる。力を貸してくれる」
>「それはそうだけど……その2人はずっと力を貸してくれてるじゃん。
改めて頼まなくたって、今も考えてくれてるでしょ」
「なんだなんだいつにも増して要領を得ねえぞ!結局何が言いたいんだってばよ」
石油王とウィズリィちゃん?なんでその二人が出てくる。
気取った言い回しは今に始まったことじゃないが、この妙に核心を迂回するような物言いはなんだ?
>「ゲームスタートだ――今のは、ちょっと気に入ったセリフをもっかい擦りたくなった訳じゃない」
「雑な擦り方をするな。言うほどゲームスタートな状況でもねえしさぁ……」
……ホントにそうか?エンバースのこのセリフは、無意味ないつもの妄言なのか?
そうでないとしたら。――本当に、こいつにとって今が『ゲームスタート』なのだとしたら。
何か、言葉に出来ない戦いが始まろうとしているのだとしたら。
>「……じゃあな。対イクリプス、ちゃんと考えておいてくれよ」
エンバースが去っていく。
その背中を見送ってから、俺はカザハ君とジョンと顔を突き合わせた。
-
>「……。多分、言葉通りの意味とは別の意図があるんだよね……。
わざわざなゆがいないタイミングを見計らったってことは……」
>「なゆを救うために二人の知恵を借りろってことなんだ……!
でも、どうしてこんな遠回しに伝えないといけないんだろう?
エンバースさん、一人で戦わざるを得ない状況に追い込まれてるのかも……」
「……ははぁ、そういう感じか。
なゆたちゃんは明らか何かがあったことを隠してる。
隠さなきゃならない理由があった……エンバースも同じ状況だってことか」
石油王とウィズリィちゃんに詳細を聞けってことなの?
いや直接言ってくれよ。シャーロットの呪いかなんかで言葉に出来なくなってんのか。
なゆたちゃんと通信が途絶えたあの時、石油王達は状況をモニタリングしてたはずだ。
ってことは、4人は同じ情報を共有している。俺達の知らない、なゆたちゃんの異変を。
>「せっかくエンバースさんがヒントをくれたんだ。とにかく、二人にコンタクトを取ってみよう!
核心部分の交渉は明神さんに任せてもいいかな? エンバースさん、明神さんの方をずっと見てた。
お願いって言ってるみたいにさ……。きっとすごく信頼してるんだね」
「交渉もクソもねえよ。身内同士で腹芸なんかやめようぜって言うだけだ」
カザハ君がボイチャを石油王達につなぐ。
>「今のままだとすごく多勢に無勢だからどうにかしないとと思って……。
ところで、こっちの世界に来るゲートって開いたままなの?
アルフヘイム側のブレイブってたくさん召喚されてたよね。こっちに来てもらう事は出来ないかな?」
「いいなそれ。だったらマル様親衛隊の狂犬どもを喚んでこようぜ。オマケでマル公本体もだ。
連中はニヴルヘイム側のブレイブだけど、今更どっちの陣営かなんか関係ねえしさ」
>「ところで明後日の戦いって、全世界に配信出来たりする……?
逆に音声の受信は? ブレモンの曲演奏出来る人なら結構いるだろうからさ。
呪歌って参加人数が多い程出力が上がるんだよね」
>「こっちの世界のブレモン運営の上層部って上の世界のブレモンの会社の社員か何かが潜り込んでるんじゃない!?
希望してその部署にいるんだとしたら、きっとブレモン好きな人達だから協力してくれるよね……!」
「ゲーム内でアバター使って活動するインゲームGMって概念はあるっちゃあるけど……
仮にバロール以外の『上の世界』の人間とコンタクトできるなら、もう直接ローウェルぶん殴ってくれって頼めねえかなぁ。
あいつぜってえ社内でもヘイト溜めてるだろ。独断でビジネス一個ぶっ潰してるしさぁ」
とかなんとか、とりとめもないプランを浮かばせては沈めていく。
-
>「実はもう一つ相談したいことがあって……」
やがてカザハ君が核心に触れた。
目配せを受けて、頷きで返した。
「なゆたちゃんがあと2、3日で死ぬってマジ?」
俺は盛大にカマをかけた。
……頼むよ。
「はぁ?なにそれ?」って言ってくれ。
唐突にぶっ込んだ問いに対する石油王とウィズリィちゃんの表情は――
それが真実であることを言外に裏付ける、言葉よりも雄弁な証拠となった。
「……マジかよ。マジの話なのかよ」
どこかで『そんなはずはない』と思ってた。思いたかった。
カマをかけたのだって、一笑に付されれば不安を一つ解消できる、言質が欲しかったからだ。
だけど祈るような思いとは裏腹に、厳然たる事実だけが俺達の頭上に降り掛かってきた。
手のひらに鋭い痛みがある。握り締めすぎて爪が皮膚を破っていた。
「ふざけやがって。またかよ。また俺達は蚊帳の外かよ……!」
カザハ君の見た光の粒――あれが本当に消滅の兆候だとして。
そんな重大なことをなんで俺達に言わねえんだ。一人で抱えたまま逝こうとしてんだ!
「……石油王。俺達はもうあいつの現状をだいたい知ってる。そんでそれに一個も納得してない。
正確なタイムリミットを教えろ。2、3日ってのは30時間の猶予から逆算したどんぶり勘定だ。
それから、あいつの身体に何が起きてて、なんで今はあんな元気なのかも。
お前ら二人が何もせず見送ろうとしてるとは思えん。思いつく限りの対処法は試したんだろ。
試行錯誤の結果を全部共有してくれ」
バロールの管理権限を継承した石油王ですらなゆたちゃんの消滅を止められないとすれば、
単なる呪いとかじゃなくて、もっと根本的な部分に問題があるのかもしれない。
例えば……俺達がデータであるって前提を顧みるなら、『バグ』とか『データの破損』とか。
「……絶対死なせねえ。何が何でも留年させてやる」
まーちゃんとかいうお友達を先輩って呼ばせてやるんだ。
あいつのそんな姿をこの目で見て、俺はようやく溜飲を下せる。
◆ ◆ ◆
-
それからの時間、俺は炊き出しに参加するでもなくセンター内を彷徨いていた。
休むと言ったからには働くつもりはない。
それに……避難所ではなゆたちゃんがボランティアに駆けずり回ってる。
その姿が、ポヨリンを喪った直後にグランダイトの本陣でメシ作ってたあいつの空元気と被って、
どうにも居心地が悪かった。
ワールドマーケットセンターは大抵のコンベンションビルと同じように、でかいホールと小さいホールの集合体だ。
俺達がリューグーと戦ったでかいホールもあれば、炊き出し会場や難民の寝泊まり場になってる中小規模のホールもある。
このうち建物の端にある小さなホールは、番犬の居る家みたいに誰も近寄ろうとしなかった。
ここは暫定の死体安置所だ。
ラスベガスから可能な限り回収して収容した、市民と米軍兵士の遺体を収めてある。
死体安置所は離れた場所にもうひとつあって、そっちはイブリースが回収した魔族の安置所だ。
ドアを開くと、死体の他にも何人か生きてる避難民が居た。
赤黒く染まったシーツに包まれた遺体に寄り添っているのは、たぶん犠牲者の遺族だろう。
米軍の生き残りと思しき兵士は壁際で蹲っている。その手にはいくつものドッグタグがあった。
俺は俯いたままの兵士に歩み寄った。
接近に気付いた兵士は強張りきった顔を上げるが、俺が『人間』だと気付いて表情を緩めた。
「死んじまった連中の装備を借りたい」
俺が用件を伝えると、兵士は肩を竦めた。
「復讐かい?やめたほうが良いよ。連中には銃弾どころかミサイルだって当たりゃしなかった。
ライフルも止められるプレート入りのアーマーがただの刃物に紙切れみたいに引き裂かれた。
おれの貸した装備で……誰かが死にに行くのを手伝うのは、いい気分じゃない」
兵士は――ミハエルがそうしたように、自分の身体を震える腕で抱いた。
言葉には、常識を遥かに逸した化け物と直面して、直に殺意を向けられた、実感がこもっていた。
-
「うまく説明できねえけど、俺達は連中に対抗できる力を持ってる。
超能力みたいなもんだ」
簡単な魔法で手のひらに闇の炎を灯して見せた。
兵士は目を見開いてそれを眺めて、それから苦み走ったような複雑な顔をした。
「ハハ……たまげた、マンガみたいだ。
でもさ、対抗できる力があるならなんでこんなに人が死んでるんだ?」
「負けたからだよ。次は装備を整えてもっかいぶちかましに行く」
「あんたや、あのヒーローみたいな格好した殺人鬼どものマンガパワーに、
うちのアーマーが役に立つとは思えないけど……」
兵士が顎をしゃくって示した先には、山積みにされた米軍の装備があった。
ライフル、ピストル、バックパック、それから……胴体の大部分を覆えるボディアーマー。
詳しくは知らんがプレートを仕込んでて防弾性能のあるやつだ。
仲間の死体から外したものだろう。
血がべったりと付いているものもあれば、原型を留めないほどひしゃげたものもある。
無傷のものは……おそらく首から上を灼き飛ばされた兵士の装備だ。
こいつはヤマシタの装備更新に使う。
セラミックとケブラー繊維で構成された現代の鎧は、革鎧より遥かに強力な防具だ。
「良いよ、持ってきなよ。ここのみんなを守るために戦ってくれるんだろ。
……おれたちより上手く、やってくれよ」
兵士はそこまで言って、無数のドッグタグを提げた両手で顔を覆った。
天を仰ぐ。自分の言葉に、自分で衝撃を受けたような、そんな顔をしていた。
「……さっき、誰かが近づいてくるって分かった時、おれは銃を抜けたはずなんだ。
でも抜かなかった。皆のところに行けるって思っちまった。
ここにはまだ、生き残った人達がたくさんいるのに」
おれは軍人なのに――兵士はそう呟いて横に目を遣る。
視線の先には遺体に縋る遺族たちがいて、さらに壁を隔てた向こうには、避難所がある。
「……おれが守りたかったなぁ」
かける言葉なんかあるはずもない。
俺は小声で礼だけ言って、静かにそこを離れた。
◆ ◆ ◆
-
>「みょうじーんっ!」
それからもしばらく益体もなくぶらぶらしていると、
横合いから突然ガザーヴァが現れて飛びついてきた。
「うわっ!?どこ行ってたんだよガザ公!5時間くらい探しちゃったじゃん!」
>「なぁなぁ、ちょっとこっち来いよ。見せたいものがあるんだ!」
前例があるだけにちょっと不安になっちまったじゃねえかよ。
そんな俺の心配をよそに、ガザーヴァは腕をぐいぐい引っ張ってどこかへといざなう。
付いていくとそこは、避難所とは別のホールだった。
「……暗くない?」
照明がすべて落ちているにもかかわらず、ガザーヴァは見えているかのようにスイスイ進む。
まぁ俺も似たようなことは出来るわ……暗視の魔法は闇属性だからな。
指定された場所に立つと、急に視界が開けた。
まるで壁が突然消滅したみたいに、眼の前をラスベガスの夜景の光が埋め尽くす。
本当に壁が消えたわけじゃないと分かったのは、その映像が――無事だった頃のものだからだ。
「うおぉ……」
言葉にならない声が出る。息を飲む。
満天の星空の中を飛んでいるような、不思議で壮大な美しさの光景だった。
>「へっへー! なんか面白いもんないかなってぶらついてるうちに見つけたんだ!
使い方をマスターするのはちょっぴり骨が折れたケド!」
ガザーヴァが楽しげに語ると、周囲を取り巻く映像が切り替わっていく。
世界各地の有名な観光地。名古屋城!名古屋城もあるじゃん!
>「ミズガルズってすげーな! こんなにいっぱい、キレーで面白そーな所があるなんて!
アルフヘイムもニヴルヘイムも、たくさんキレーな場所はあるケド……ミズガルズはとびっきりだ!
どこから行こうか、とてもじゃないけど決めらんないよ! 明神、オマエは何が見たい!?
まー最終的には全部行くんだけど!」
「そうだよ……そうなんだよ!俺、よく考えたら地球のことも全然知らねえ。
なんなら日本の中すらそんなに分かってねえんだ。未解除の実績が死ぬほど残ってる」
皆でラーメン食った時、ふとカザハ君が『ところで明神さん、アルフヘイムの方に拠点を置くんじゃなかったっけ?』と零した。
俺はそれを聞いて愕然とした。そうじゃん。俺アルフヘイムに永住するつもりだったじゃんって。
何普通に再就職キメようとしてんだよ。
地球に舞い戻って半端に里心がついたのかもしれない。
ガラにもねえホームシックにかかったのかもしれない。
でも多分、一番の理由は――まだ見ていないものを、見たかった。見せてやりたかった。
ガザーヴァに、俺の故郷を……地球をたくさん知って欲しかった。
-
>「……アリガトな。ボクを連れ出してくれて……アコライトから先の景色を、いっぱい見せてくれて。
実は、最初は信じてなかった。調子のいいことばっか言って、どうせこいつもボクを愛してくれないんだって……。
パパと一緒だって。そう思ってた。でも……違った。
オマエは……約束を守ってくれた。ボクのこと、いっぱいいっぱい愛してくれた……」
「な、なんだよ……今更改まって」
半分くらいは当たってた。
アコライトでこいつを連れ出したのは、ブレモンの『幻魔将軍ガザーヴァ』を失いたくなかったから。
バロールがそうだったように、現実のガザーヴァじゃない別の何かの影をこいつの中に見てた。
だけど今は違うって、胸張って言える。
セキニンなんて言葉を使わなくても、俺がこいつと一緒に居る理由は、いくらでもある。
>「……ボクも。ボクも、愛してる。
いっぱいいっぱい愛してる……好き。大好き、なの。
明神のことが、好き……」
ガザーヴァが俺の顔を真っ直ぐ見てくる。
その銀河を閉じ込めたような瞳に見据えられると、心拍数がどんどん上がるのが否応なしに理解できた。
>「明神がボクにしてくれたことに対して、ボクがお返しできることなんてタカが知れてて……。
この命くらいしかあげられないけど。
せめて……これからの戦いで何が起こっても、明神のことは守ってみせるから。
守り抜いてみせるから――だから」
>「……だから。
ずっと、あなたの傍に……いさせてください」
俺は恋愛エアプだから、こういうときどんな風に答えれば良いのかわからない。
経験豊富なジョンなら、百の言葉を並べて想いに応えられるのかもしれないけど。
だけど俺が本当にあいつのことを見習いたいのは、量じゃなくて、飾らず自分の想いを言葉にする意思そのものだ。
俺も言葉にしたいと思った。
ガザーヴァに伝えたいと思った。
「……俺も愛してる。だから交換しよう。
お前がそうであるように、俺もお前のしてくれることに全力で応える。
お前がピンチの時は誰よりも早く助けに行く。お前が笑ってくれるなら、俺も腹が捩れるくらい笑う。
お前が傍にいてくれるなら――」
ああ、物語の中で死亡フラグを立てる連中のことが、今ならよく分かる。
未来の約束は、前へ進む希望だ。逆境の中で立ち上がる原動力だ。
「……この戦いが終わったら、結婚しよう」
俺が破滅を覆す最初の一人になってやる。
◆ ◆ ◆
-
ぼちぼち時間を潰して避難所に戻ると、カザハ君が人を集めて何かやっていた。
>「この後時間ある人は……ちょっとだけ歌の練習に付き合ってくれないかな?」
「お、いいじゃんいいじゃん。合唱なんて10年ぶりくらいだなあ」
実際の大規模災害の時にも、避難所で合唱やるケースは結構あるらしい。
理屈は知らんが、ずっと塞ぎ込んでるより腹から声出したほうがメンタルには良さそうだ。
>「1フレーズずつ歌うから同じように歌ってね! ほらそこ、口パクしないで真面目にやる!」
「ぶ、文化祭のやつ……!」
なんか思ってたのと違うな!?
ガチのやつじゃん!ちょっと男子ちゃんと歌ってよ!とか言われるやつじゃん!
それからしばらくカザハ君のスパルタ練習に付き合って、休憩して、メシを食う。
避難民たちにも少しずつ笑顔が戻りつつあるのは、『外』の惨状をいっときでも忘れられたからかもしれない。
なゆたちゃんとどっか行ってたカザハ君が戻ってくるなり『ぐーっと☆グッドスマイル』を歌い始めたので、
俺もJOYSOUNDで95点の実力をお披露目した。楽しかったです。
ほどなくして、再集合の時間がやってくる。
口火を切ったのはエンバースだ。
>「――さあ、みんな集まったな。宿題はちゃんと済ませておいたか?
適切な対策なしじゃ数の暴力だけで俺達は負ける。
どんなプランが出てくるか楽しみだ……勿論、俺にも腹案がある」
>「後でズルをしたと言われない為に、伏線だって張っておいた。
ブレイブ&モンスターズの力を見せてやる――ってな」
「適当申し上げやがって。今んとこお前のカッコいいセリフが状況を好転させた試しがねンだけど」
>「つまり――管理者メニューの力でここの避難民をブレイブとして、ここに召喚し直せないかな。
どうせマップデータが実装されたらラスベガス内に安全地帯はなくなるんだ。
ブレイブの力があるに越した事はない。身を守るにしても逃げるにしても――立ち向かうにしてもな」
>「ブレモンやってる人はもちろんだしブレモンやってない人もとりあえずインストールして貰えれば……。
スマホ持ってる避難民総ブレイブも理論上可能ってこと!?」
「ああ、なるほど……バロールの権限があるなら、単純なブレイブの頭数を増やすこと自体は難しくないのか」
こっちにはバロールの力を継承した石油王が居る。10連召喚だって不可能ではあるまい。
カザハ君が言ったように、ブレモンをインストールさせればその瞬間からブレイブだ。
なんならスマホも市街地のキャリアショップからパクってくれば調達できる。
基地局が破壊されて圏外になったとしても、センターのWi-Fiやら米軍の中継車やら通信手段の確保はできるはずだ。
「避難民総ブレイブか……それならもうちょい戦力を高める方法があるぜ。
研究され尽くしたリセマラの手法を駆使すれば、5分くらいで全員をグランダイト討伐レベルまで引き上げられる」
-
ブレモンにおけるリセマラは、チュートリアル終了後にもらえる10連チケットのガチャを繰り返すのが定番だが、
より効率の良い方法の研究も進められている。
例えばメインシナリオの最初のボス、グランダイトの討伐報酬で10連チケット、そこまでのクエスト報酬で累計10連分の石。
第1章をクリアしさえすれば計30連のガチャを回せる寸法だ。
無論、グランダイトは強敵だ。生半可な、リセマラ前提の雑な育成でおいそれと勝てる相手じゃない。
一方で、ブレモンはリリースから二年以上が経過してる、ソシャゲとしてはそこそこ長命なゲームだ。
こうしたゲームには新規プレイヤーに早く最新コンテンツに追いついてもらうための救済措置がある。
例えば育成素材やドロップ率の緩和。レベリングを効率よく行うブーストアイテム。
それから――途中のシナリオをサクっと攻略できる、強力なパートナーや武器の配布。
それらをフルに活用し、シナリオをスキップしまくれば、インストールから5分未満でグランダイトを倒し、30連分のガチャを回せる。
これが現環境最新にして最高効率のリセマラ手法だ。
そして、さらに時間をかけられるなら、配布されたリソースだけで最新コンテンツの入口には立てる。
「無印版のアニメ化記念でシマエナガンとドロダンゴーレム、みならいナイトの三種が配布されてる。
どれも進化させればレイド戦に投入できる優秀なモンスターだ。
救済措置で配られてる大量の育成素材を全部ぶっこめば、全員に最低限の自衛力を持たせられる。」
実際にイクリプスと対峙するのは俺達や再召喚した既存のプレイヤーになるだろうが、
そうでない普通の避難民にとっても自衛の為の力があるに越したことはない。
3種の配布パートナーはどれも遠距離攻撃が可能だから、いざってときの火力支援にも期待できる。
何より、センターの防衛に主戦力を割かなくて済む。
「ブレイブ再召喚が可能なら、新規ちゃんのパワーレベリングは俺が指揮する。
最終決戦までに準レイド級でこのセンターを埋め尽くしてやるぜ」
と、ここまでがエンバースのプランに対する付け足しの提案。
こっからは俺のプランだ。
「同じく管理権限が使えるなら、フレンドの『助っ人機能』を活用できないか。
世界中のプレイヤーから、パートナーを借りるんだ」
大抵のソシャゲには、ソーシャル要素としてフレンド機能が備わっている。
対戦やレイド戦での共闘といった他プレイヤーと関わるマルチコンテンツの他に、もうひとつ。
フレンドからパートナーを『助っ人』として借りてコンテンツに挑む機能がある。
「俺のフレンド欄は……アンチ活動のせいで敵対リストみてえになってるからあんまり助力は期待できねえ。
けど例えば月子先生やハイバラ君なんかは、有力なプレイヤーとも交流があるだろ。
ブレイブの頭数を増やせるなら、そいつらにも助っ人を喚んでもらおう」
【避難民総ブレイブが可能なら育成RTAでさらなる戦力向上が可能
フレンド機能を使って他のプレイヤーから助っ人を借りる】
-
>「……リアリストな乾いた意見はお前のセリフだと思ってたんだけどな、ジョン。
お前は『この世界』だけじゃなくて――『ブレモン』を救おうとしてる」
「ん〜…確かに…前の僕だったら…そうだな…核爆弾でも用意して集まった敵をまとめて消し飛ばそうとか…そもそも民間人の救助すらしてなかったかも」
僕もなんでこんな熱くみんなの前で大声で異を唱えたのか…でも明神の言葉を聞いた瞬間我慢できなかった。
今までの人生理不尽な事はいくらでもあった…でもシェリーを殺してから…全部受け入れてきた。
今に思えば…生きながらに死んでいるとは…今までの僕の事だったのかも。
>「たった一人のプロデューサーが癇癪起こしただけで容易くぶっ壊れちまうこの世界を。
それでも『ブレモン』として存続させるには、途方もない"うねり"が要る。
ローウェルが手のひら返すような、それこそ社会現象クラスの一大ムーブメントが。
そんなもんを端末の中のデータに過ぎない俺達が引き起こせると、本気で思ってんのか?」
「え…?じゃあ逆に聞くけど…」
明神の顔を見れば本気で言ってるわけではないのがわかる…なぜなら明神の顔は…やる気に満ち溢れているから。
「どこに不可能な要素があるの?」
>「――面白そうじゃねえか。作ってやろうぜ、伝説をよ」
「そうでなきゃ」
まぁ…明神が本気で共存説を唱えていたとは思わないけど…明神も…不幸な事続きで心が参ってたのかもしれない。
だがそのために仲間がいる…弱った時こそ近くにいてくれる仲間が。…ちょっと心の中でも恥ずかしいな…これは
バチッ!
照明が消える音…そしてそれ以上に感じる不快感に僕はナイフを取り出し戦闘態勢を取る。
「敵襲?…いや…これは…」
星蝕者…?いや…あれだけの大騒ぎの後に…すぐ約束した時間を破るとは思えない…
そもそも電気を消すなんて今から不意打ちしますよなんて回りくどい事をせずに直接ミサイルでも打ち込んだほうがよっぽど効果的だろう。
それにこの不快な…これは…
>「よう。わざわざ来てくれたんだな」
僕がおかしくなったスマホの画面を見つめているとエンバースがそう言い放った。
>【ハローハロー! ハァァァァァァァァァロォォォォォォォウ!!!!!】
>【親愛なる『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の皆さま、御機嫌よう!
遅れてしまって申し訳ありませんねェ。心よりのお詫びを!】
>「ナイ!!」
「あいもかわらず…気色悪いなぁ…」
不愉快な笑いと奇妙なダンスを…人の不快感を煽るような存在。
そしてわざわざ照明を壊し恐怖をあおる…
本当になんでこいつが…セクシー衣装が基本の星蝕者のますこっと?なんだ…?普通女神様みたいな見た目なんじゃないのか…?
-
>【ハ〜イ〜バ〜ラ〜。やってくれましたねェ……。まったく、まったくまったくまったく……。
あの御方はとても御立腹です。あれほどアナタの力量を評価し、一時はバロールに次ぐ新たな魔王に!
とまで優遇したというのに。身に余る栄誉を与えられておきながら、いったい何が不満なのです?】
宣戦布告…と思いきやまさか嫌味を言いにきたのか?
>「気にするなよ。俺とお前の仲じゃないか」
恐らくガチギレであろうナイの事などどこ吹く風のエンバース
どれだけ挑発してもエンバースのこのスタンスを崩せないと…ナイは悟ったのかメインの要件を話し始める。
>【ァー……まァ宜しい。それはさておき、あの御方の。SSS運営の意向をお伝え致しましょう。
本来であれば、到底受け入れがたい提案です。そも、交渉とは――互いに対等な者同士が譲り合うもの。
ですが我々は対等ではない……此方が絶対的に上。其方は絶対的に下、なのですからねェ。
βテストが終わるまで逃げ続ける? ニャハハ――そんなことが本当に出来るとでも?
仮にアナタ方『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は出来たとしても……その他の方々は?
ほら。外を見てご覧なさい?】
>「……なんてこと……」
外を覗いた僕達が見たのは…何かが…星蝕者ではない何かが…蠢いている姿だった。
闇としかいいようのない…球体上の何かが…あえて言葉にするなら闇そのものみたいなナニカがラスベガスを這い回っている。
>【ニャハハハハッ! ビックリしましたか? ビックリしましたよねェ!
我々がその気になれば、ワールド・マーケット・センターの中に『侵食』を発生させることもできる。
キングヒルに集結していたアルフヘイムの軍勢を、あの御方が“どう”消滅させたかご存じでしょう?
アナタ方が必死でラスベガスを駆けずり回り、一ヶ所に集めてきた生ゴミ。
ぜぇぇぇぇんぶ綺麗に吸い取って差し上げましょうか?】
あんなの…止めようがない。破壊する生物とかのほうがよっぽど優しい者に見える。
触れた者を片っ端から消滅させて回る浸食…破壊する以外の存在意義がない…破壊の権化そのものになんてどうすればいいのか。
自然災害のように…ただその場に佇んでいるだけだ。
>「しょうもな……。ナイ君さぁお前ホントにSSSのナビなの?競合企業のネガキャン要員だったりしない?
この世界をユーザー手づからたっぷり破壊していただくのがベータの主旨じゃなかったんですかぁ?」
「!…たしかに…あんな球体を消してはい終わり。…そんなんじゃ星蝕者も黙ってないんじゃないのか?」
>「ニャハ……イイ表情ですねェ。
しかァし! ご安心を、そのようなことは致しませんとも……決してね。
何故なら、ワタクシも運営も、あの御方も……プレイヤーの方々を愉しませるのが第一義。
最高のプレイバリューと、極上のエンタテインメント! ラグジュアリーな非日常のひとときを、
すべてのプレイヤーに! それが我々のモットーなのですから。それ以上に優先する事項など存在しないのです。
従って――このバカバカしい提案にも乗って差し上げますとも】
一瞬だけ【こいつ等すぐ正論で返してきてつまんな】みたいな顔をナイがしたきがしたが…
>【今、この最中にもラスベガスのワールドマップは着々と出来上がりつつあります。
30時間、でしたか? 結構! ならば我々もその時間を有効に使わせて頂きましょう。
次回β版バージョン2.0更新の暁には、『星蝕者(イクリプス)』の誰もが建物内の探索を愉しめるようになる!
その他にも、色々と追加要素を用意する予定です。お楽しみに!】
そうナイは告げると気味の悪い笑みと悪意の籠った笑いを残して去って行った。
「…もとに戻ってる」
画面や電気がいなくなった瞬間正常に戻る。
わざわざ力の差を宣伝するために来たのか…?それともお前等が勝ったらあの球体で無理やり滅ぼしてやると宣言しにきたのか?
それとも…ただ条件を飲んだというだけでは負けた気分になるからいやがらせしに来たとか…
「頭がおかしい奴の事を真面目に考えても…無駄…か」
>「……休憩する筈だったのに、なんだかまた話し疲れちゃったな。今度こそ、暫くちゃんとのんびりしようぜ。
明日の作戦とか、考える事はまだあるけど……各々考えといて後で持ち寄るって感じでさ」
「考えるっていうか…うーん…まあ…そうだな…今すぐに話合うのはちょっと…難しいかも。」
>「自由行動にして大丈夫!? こういう状況って一人になった人が行方不明になっちゃうやつじゃん……!」
「カザハも…御覧の通り混乱してるみたいだし」
僕達は整理も兼ねて一旦自由行動する事にした。
-
「さて…自由時間と言われても…特にする事ってないんだよな」
考える事は僕の仕事ではないと…分かっていてもつい考えてしまう。
頭では次の戦闘のイメージトレーニングでもしてるほうが性に合ってると分かってはいても・・・。
>「明神さん。ジョンとカザハも」
とりあえず割り当てられた部屋にでも戻ろうとしていた途中でエンバースに声を掛けられる
「…なにかあったのかい?」
>「さっきは「こちらが寡兵」なんて言葉でお茶を濁したが――正直言って次の戦いはかなり厳しいものになる」
エンバースは僕達の返事を待たず話を続ける。
敵が強くなる事…敵の数を戦いの時刻を月曜日に合わせたり明神のおかげで減らせたといっても数千は残るだろうという事…その上で一人一人が超強化されること。
>「何故さっきすぐにこの事に言及しなかったのかと言えば、間違いなく特大のカウンターが返ってくるからだ。
本を正せばお前が招いた状況だろうが――ってな。
だから一旦皆が解散した後で、一人ずつ相談に当たる事でカウンターの火力を下げるつもりだったんだが――事情が変わった」
「まあ別に今更こんな事では怒らないけれど…ん?」
>「事情が変わったって……具体的には何がどう変わったの……?」
僕の疑問をカザハが代わりにする。
>「とにかく――策が必要だ。けど、ジョンとカザハと明神さんじゃあな……。
三人寄れば文殊の知恵ってことわざがあるけど、水に水を足しても水だもんな」
>「わざわざ煽りに来たんかーい!」
「エンバース…【作戦を考えるのは俺の――役目だからな】って…素直に言えないのかい?」
今のちょっと似てたかも。
僕の渾身のモノマネをスルーしてエンバースは話を続ける。
>「でも心配するな、大丈夫だ。俺達には頼れるブレーンがいる。ああ、いや、俺の事じゃないぜ」
>「みのりさんと、ウィズリィ。二人ならきっと良い知恵を授けてくれる。力を貸してくれる」
「今回はエンバースが始めたのにエンバースが尻ぬぐいしないってマジ?」
やばい明神みたいな口調になってしまった。一緒に生活してると口調が移ると聞いた事があるが…本当の事だったらしい。
>「ゲームスタートだ――今のは、ちょっと気に入ったセリフをもっかい擦りたくなった訳じゃない」
>「雑な擦り方をするな。言うほどゲームスタートな状況でもねえしさぁ……」
そう言うとエンバースが立ち去っていく。
僕達にとっての…ゲームスタートは30時間後のはずだ。それでもわざとゲームスタートと言い放った。
いつにもまして遠回りな言い回しだ。いつもなら【お前たちが分かりやすいように言うと…】みたいな感じで分かりやすくヒントをくれるが今回は謎を押し付けたまま消えてしまった。
いつものかっこつけ…とは何かが違う気がした。エンバースは鬼気迫っている感じだった。その理由だけなら僕達にも分かる…なゆの事だろう。
>「みのりさんと、ウィズリィ。二人ならきっと良い知恵を授けてくれる。力を貸してくれる」
聞く相手がいるなら…悩むよりに先に行動するべきだ…そう思った僕達はすぐに行動に移す事になった。
-
>「……。多分、言葉通りの意味とは別の意図があるんだよね……。
わざわざなゆがいないタイミングを見計らったってことは……」
>「なゆを救うために二人の知恵を借りろってことなんだ……!
でも、どうしてこんな遠回しに伝えないといけないんだろう?
エンバースさん、一人で戦わざるを得ない状況に追い込まれてるのかも……」
>「……ははぁ、そういう感じか。
なゆたちゃんは明らか何かがあったことを隠してる。
隠さなきゃならない理由があった……エンバースも同じ状況だってことか」
「エンバースの事だから…なゆには内緒にしてって言われてカッコよく承諾した手前自分だけはルールを破れない…
でも他人から真実を知る分にはルール違反にならない・・・みたいないつものトンチな気がするけど…」
しかし敵から何らかの干渉を受けている可能性も否定はできない。
>「せっかくエンバースさんがヒントをくれたんだ。とにかく、二人にコンタクトを取ってみよう!
核心部分の交渉は明神さんに任せてもいいかな? エンバースさん、明神さんの方をずっと見てた。
お願いって言ってるみたいにさ……。きっとすごく信頼してるんだね」
>「交渉もクソもねえよ。身内同士で腹芸なんかやめようぜって言うだけだ」
確かに僕達には慎重にやってるような時間はない。
多少のリスクをとっても無理やりにでも聞き出す為…カザハが連絡を始めた。
>「今のままだとすごく多勢に無勢だからどうにかしないとと思って……。
ところで、こっちの世界に来るゲートって開いたままなの?
アルフヘイム側のブレイブってたくさん召喚されてたよね。こっちに来てもらう事は出来ないかな?」
「勝手に召喚しといて世界がヤバイから手伝え…なんて言われていきなり手伝ってくれる奴が…何人いるのか…?」
なゆ達が特別お人よしなだけで普通はそうじゃない…そう考えるとかなり望み薄ではある。
>「ところで明後日の戦いって、全世界に配信出来たりする……?
逆に音声の受信は? ブレモンの曲演奏出来る人なら結構いるだろうからさ。
呪歌って参加人数が多い程出力が上がるんだよね」
>「ゲーム内でアバター使って活動するインゲームGMって概念はあるっちゃあるけど……
仮にバロール以外の『上の世界』の人間とコンタクトできるなら、もう直接ローウェルぶん殴ってくれって頼めねえかなぁ。
あいつぜってえ社内でもヘイト溜めてるだろ。独断でビジネス一個ぶっ潰してるしさぁ」
「あ〜…上の人間は無理でも有名人みたいな人を呼んで盛り上げてもらう事ってできないかな?話さえできるなら知り合いが結構いるんだけど…」
新しい案を出しては潰され。また一つ出ては色んな理由でなくなる。
予備プランなんて何個あってもいい。とりあえず僕達は数を出した。
「うーん…さすがに30時間じゃ用意できる物事にも限界があるなあ…」
-
>「実はもう一つ相談したいことがあって……」
プランの出し合いがひと段落したタイミングでカザハが本命を切り出す。
みのりさんはカザハの珍しいシリアスなトーンになにか予感を感じたのか身構える。
恐らく何を聞きたいか察したのだろう…もう隠し立てはできない…ストレートに聞くしかない
>「なゆたちゃんがあと2、3日で死ぬってマジ?」
明神がカザハとの間に割って入りカマを掛ける。
確かにストレートに聞いても答えてはくれないだろう…しかしなゆの事を表情一つ変えずに嘘をつくことはできないと…明神は知っていたのかもしれない。
そして明神の読み通り…いや…本当は当たって欲しくなかったのだろう。
明神の目には…涙が浮かんでいた。
>「……マジかよ。マジの話なのかよ」
画面の向こうに見える二人の反応をみて僕達は確信した。
>「……石油王。俺達はもうあいつの現状をだいたい知ってる。そんでそれに一個も納得してない。
正確なタイムリミットを教えろ。2、3日ってのは30時間の猶予から逆算したどんぶり勘定だ。
それから、あいつの身体に何が起きてて、なんで今はあんな元気なのかも。
お前ら二人が何もせず見送ろうとしてるとは思えん。思いつく限りの対処法は試したんだろ。
試行錯誤の結果を全部共有してくれ」
二人の口からきかされたことは僕達の想像を遥かに超えていた。
予想はしていた…カザハの目撃情報がなくたってかなりヤバイ状況であることに疑いの余地はなかった…。
しかし改めて口にされると…その衝撃は更に増幅された。
>「……絶対死なせねえ。何が何でも留年させてやる」
みのりさんとウィズリィは…決して黙ってなゆを見殺しにしたのではないと…送れられてくる情報が物語っている。
この二人が全力で解を探しても見つけられないような物が…僕達3人で…見つけられるだろうか。
「二人ともありがとう…話してくれて…その気になればいくら僕達が追及しても…しらばっくれられたろうに…正直に話してくれて…」
でもエンバースは僕達に真実を知れと伝えてくれた。
エンバースだって決してあきらめたわけではないだろう…僕達に真実を教えて協力しろと遠回しに言ってくれている。
どれだけ不可能と言われても…僕達は諦めない…必ず…ハッピーエンドを目指してみせる…そう決めたんだから。
「安心してくれ…僕が…僕達が・・・必ずなゆを救って見せる。不可能?知ったことじゃないね!今までどんな不可能だって可能にしてきた!…だから
だから…信じて…手伝ってほしい。みんなが諦めなければ…きっと救えるから!」
僕には具体的な案は出せない。けど…だからこそ僕は誰よりも信じる事を諦めない。
「何か気づいた事があったらすぐ連絡してくれ………通信終了」
-
僕は広く…人のいない所を借り…修練に励んでいた。
「はあ…はあ…はあ…」
知恵を出せない僕にできる唯一の事は力だ…暴力…。
だからこそ暇があれば体と部長を鍛えてきた…だが。
「にゃー…」
その限界も見え始めていた。
僕の体は人間離れした力を獲得した…しかし新生星蝕者に勝てるか…と聞かれれば答えはNOだ。
「クソっ…もう一度だ…雄鶏乃栄光!」
「にゃああああ!」
魔物用のバフを自分に…人間に掛ける実験。
最初期から発想そのものはあった…だがしかし…うまく行った事はなかった。
「ぐ…ぐああ!」
思いっきり剣を振ろうとした瞬間体が引き裂かれるような痛みが全身を襲う。
ローウェルの指環の効果で元の数値より遥かに高い効果量を誇るようになったバフだが…。
モンスターは負荷や変化に耐えられるようにできているが…純粋な人間な僕には…この力に耐えるスペックがない。
人間は…いきなり体の出力が数倍に跳ね上がるようにできていない。
カザハの歌や太陽は……上限ごと上がる感じなので問題ないのだが…このバフだけは出力だけが上がるようで人間の僕には扱い切れない物となっていた。
「くそ…この力を使いこなせれば星蝕者だって余裕で捌けるはずなのに…」
このままでは星蝕者戦で僕は足手まといになってしまう…。なゆを助けると誓っておいてなんという体たらくか…!
なゆを救う前にそんな事で躓くわけにはいかないんだ…!
「よし!もう一度だ」
「にゃ…にゃ〜…」
――――もう無理しないでね。
「…!!」
泣きそうなカザハの顔が脳裏を過ぎる。…僕は…僕は一体なにがしたいのだろう。
一人で無茶しないって…約束したはずなのに…焦りだけで一人で勝手に突っ走って…。
「…そういえば…カザハ…どこにいるんだろう…顔見ついでに少し休もうか」
「にゃ!」
-
探すとカザハはすぐに見つかった
>「この後時間ある人は……ちょっとだけ歌の練習に付き合ってくれないかな?」
>「地獄の歌唱訓練……ってコト!?」
>「お、いいじゃんいいじゃん。合唱なんて10年ぶりくらいだなあ」
「何してるんだ…?合唱?………中学生の頃はみんなから嫌われてたから練習に一度も誘われた事なかったな…。」
ふと昔のトラウマが蘇る。いや全然大丈夫だし?なんたって今はカザハ達がいるもんね。うん。
>「やかましいわ! そんなこと言ったら生徒が逃げちゃうじゃん!?
なゆ、ボランティアもいいけど息抜きに歌っていきなよ! ちなみにジョン君は強制参加ね」
「いや…別に断るつもりなんてないけれども…」
正直会いにきたのはいいんだが…話題がなかったので合唱でもなんでも話題があるのは助かる。
しかし歌が…アイドル時代は歌った事がないわけじゃないけど…大体は事前収録の口パクだったからなあ…
>「1フレーズずつ歌うから同じように歌ってね! ほらそこ、口パクしないで真面目にやる!」
>「ぶ、文化祭のやつ……!」
カザハ大先生によるスパルタ指導のおかげで参加したメンバー全員がちゃんとキレイに歌えた。
やっぱり歌はいいな…と改めてそう思えた。
塞ぎこんでた避難民達に笑顔が少しづつ戻っていく。
言語が違くても…言葉や意味が伝わらなくても…通じ合える。
>「付き合ってくれてありがとう。
これね、1フレーズでも効果を発揮するし、自分にも効くから。
役に立つか分かんないけど、ちょっとした御守りだと思ってくれたら嬉しいな。
ほら、ロールプレイ理論が本当ならそういう気持ちの問題、重要かもしれないし!
他にも教えて欲しい曲がある人は後で言ってくれれば教えるよ。
あ、なゆはもうちょっとだけ残っといて」
ジョン君はちょっとまっててと言われたので…少し離れてごはんでも食べながらまっていると歌が聞こえてきた。
ぐーっと☆グッドスマイル 今日は笑えなくても きっと明日はもっといい日になるから
のーっと☆プロブレム 取り戻すよ 君のスマイル
「なんか…すごく…アイドル路線だな」
だが…すごく笑顔になる…いい曲だ…いつものカザハとは少し違う路線だが…これもまたいい。
僕がご飯を食べ終わる頃にはカザハとなゆの周りはギャラリーで埋め尽くされていた。
>「炊き出しはじまったからさ、みんな早くいかないと冷めちゃう。
え、ぐーっとグッドスマイルもう一回? 分かった、最後にもう一回ね!」
カザハは今やみんなのアイドルだ。アンコールを終え…みんなから名残惜しそうにされている
自分で言わなきゃブレイブとすらわからない僕とは…違う特別な存在。
少し…胸の奥が痛くなった。
-
「君は…どこでも人気者だね」
なんでカザハを見るとなんか…苦しいのだろう…こんな気分になったことないから…これが何なのか…今の僕にはわからない。
>「あ! ジョン君、聞いてた? 可愛らしいアイドルソングなんてガラじゃないけど……。
実はみんなが元気になってくれるように少し魔力込めてたんだ。元気、出たかな?」
「ああ…十分すぎるくらいにね!」
カザハになんて言おうか…言葉がでてこない。
生まれてからこの方…決して人付き合いがなかったわけじゃない。
アイドルになった後はそれはもうモテたしとりあえず何人も付き合ってきた。
その時に無限に相手が欲しそうな言葉を投げかけた物だ。だから…それをもう一度すればいいだけなのに…。
カザハを見ていると…心臓が高鳴って言葉に詰まる。
これは恋ではないのか?一体なぜなのか…僕には分からない…ただわかるのは…とにかく今の僕は声がでないって事だけだった。
喋りたい気持ちもあるし喋りたい事も一杯あるのに…!
「ぁ…あのカザ」
>「ところでお願いがあるんだけど……ジョン君って前衛系の体術的なスキルたくさんもってるんでしょ?
さっき呪歌教えたのと交換ってことで何か教えて欲しいな。本当にちょっとしたやつでいいからさ」
カザハに妙な事を聞かれて心の中で少し驚く。
たしかに…敵に接近された時に仕える護身術の類はいくらでも教えられる。
体格で劣っている女性用の護身術もテレビの番組内で披露して教えてことも当然ある。
しかし…カザハのような軽さを体現したような存在には近接戦闘はあまりお勧めしないというか…
やめておこう。そう告げようとした瞬間にカザハの真っすぐな目と僕の目があう
>「キミが必ず守ってくれるからそんなの必要ないって分かってるよ。
でも、何か一つでいいから、キミから貰ったものを持っていたいんだ……」
ずるいよ…真剣な目で見られたら…僕は…絶対に断れない。
「………わかった…短時間で覚えたいなら…手加減はナシだ。いいね?もし辛くなったら…」
分かってる。君はそんな事言わないって…でも…心配なんだ君が。
中途半端な力や技は人間を行かなくていい死地に赴かせる。
安全な所で…歌っていて欲しい…僕だけに。
>「……無茶聞いてくれてありがとう。ジョン君、教えるの上手だね。
やっぱりコーチ向いてるかも……! 顔が良すぎる問題は何も解決してないけど!」
「カザハ…君は筋がいい。今僕が教えた護身術を完璧にマスターして応用までしてみせた…
だからこそ言わせてくれ…自分からこの護身術を使うような事はしないと…」
鬼気迫った状態ならともかくこれを戦闘に応用して自分から相手に攻撃を仕掛けるような使い方はしてほしくない。
できるできないじゃない。この技達を使うという事は近接戦闘をするという事だ。外せば…当然自分の身が危機に陥る。
僕の教え子の女の子が…それで事件に巻き込まれた事がある。自分の力を過信しすぎたが故に侵す必要のない危険に飛び込んでいってしまったのだ。
カザハには…そうなってほしくない。
-
「…小言はこの辺にしておこうか」
>「……。お腹がすいて動けなくなっちゃった……。ジョン君が作ってくれたごはん食べたいな……」
カザハのお腹がぐうう〜と大きな音を立てる。これだけの運動をしたのだ…当然腹だって減るだろう。
「そうだな…一時の情報収集とはいえ…料理人に技を教わったのに…結局振るう事がなかったからな…久々になにか作ろうか」
>「ち、ちちちちち違う! いや、違わないけど違う! 今のは心の声がうっかり出てしまっただけで……!
エーデルグーテでバイトしてた時の腕前が見事だったからつい……!
今そんな場合じゃないの分かってるから! 本当に大丈夫だから!
キミ相手だといろいろキャラ崩壊して困るんだから! キミ相手じゃなかったら、心の声うっかり出てない……!」
なんの言い訳なんだかよくわからない言い訳をかわいい顔でするカザハについクスっと笑みが漏れる。
「なにも照れる必要なんてないさ…よし!久々に作るとしよう!…材料なにが余ってるかな…準備できたら呼ぶよ」
やった〜!と喜びながらピョンピョンと離れていくカザハの背中を見て僕の心臓の鼓動がまた急激に激しくなる。
一体僕の体はどうしてしまったのだろう?もう自分の体じゃないみたいに鼓動が速くなってきて…
「カザハ!待ってくれ!」
無意識にそう叫んでいた。どうしよう…特に理由なんてないのに…思わずそう叫んでいた。
言葉がでない…自分がおかしいと…胸の…心臓の鼓動を自覚し始めたら…制御できない。
「………すまない…なんでもない…ただ…名前を呼びたかったんだ」
当然喋る事なんてないので口からでる言葉はこれだけである。
へんなの!とカザハが立ち去るのをみて僕の心臓は更に締め上げられ下のように悲鳴を上げる。
自分の体なのに自分の体ではない…もう制御できないほど胸が苦しくなる。
僕は病気なのだろうか?僕の知ってる中じゃ恋の病のような症状だけど…。
だが恋は…そんじょそこらの人より経験してきた。
誰もが羨む美女も、無限の金を持つ社長も、なんの特徴もない女の子まで。
一通りの恋愛は経験をしてきた…だけどこんな事になった事はない。
それじゃあ…僕のこの心臓病のように苦しませるこの症状は…一体なんなんだ…?
そうこうしてる内にカザハの背中が見えなくなった瞬間…僕は悟った。
「これは…そうか…これが…そうか…」
-
>「――さあ、みんな集まったな。宿題はちゃんと済ませておいたか?
適切な対策なしじゃ数の暴力だけで俺達は負ける。
どんなプランが出てくるか楽しみだ……勿論、俺にも腹案がある
そんなこんなで時間は経ち。時は作戦会議の時間で…あるが。
エンバースの中でこんな事言われても僕の中では作戦なんて一つもない…まあいつも通りではあるが。
>「後でズルをしたと言われない為に、伏線だって張っておいた。
ブレイブ&モンスターズの力を見せてやる――ってな」
>「つまり――管理者メニューの力でここの避難民をブレイブとして、ここに召喚し直せないかな。
どうせマップデータが実装されたらラスベガス内に安全地帯はなくなるんだ。
ブレイブの力があるに越した事はない。身を守るにしても逃げるにしても――立ち向かうにしてもな」
>「ああ、なるほど……バロールの権限があるなら、単純なブレイブの頭数を増やすこと自体は難しくないのか」
エンバースの案は理に適ってはいる。物量には物量を。
当然今の僕達だけでは戦ってもいくら実力差があったとしても圧倒的な人数不利は覆せない。
どんなチームゲーでも一人欠けたら取り戻すのは至難の業…と言われるくらいだし…その不利を少しでも覆せるのは悪い案ではない。が、しかしだ
>「避難民総ブレイブか……それならもうちょい戦力を高める方法があるぜ。
研究され尽くしたリセマラの手法を駆使すれば、5分くらいで全員をグランダイト討伐レベルまで引き上げられる」
>「ブレイブ再召喚が可能なら、新規ちゃんのパワーレベリングは俺が指揮する。
最終決戦までに準レイド級でこのセンターを埋め尽くしてやるぜ」
例えば質…どれだけ数をそろえてもボーリングのピンのように簡単に崩されては戦いにならない。
見せかけの軍隊でも作戦次第ではあるが活用方法はある…がそんな大群を用意して脅かしたところで星蝕者は喜々として潰して回るだろう。
>「ブレモンやってる人はもちろんだしブレモンやってない人もとりあえずインストールして貰えれば……。
スマホ持ってる避難民総ブレイブも理論上可能ってこと!?」
質の問題を乗り越えたら…こんどは心の問題が生じる。
…避難民の殆どの人は米軍と星蝕者の戦いを見ていたはずだ。
特別な力を授けたから戦えというのは…あまりにも酷だ。目の前で死んでいく姿を一度でも見てるであろう人達に戦場に出ろというのは…余りにも人の心がない。
「代わりの案を出さずにこんな事言いたくは僕もないんだけど…避難民を戦わせるのだけはやめないか?
せめて…数は激減するだろうけど希望制にする…とか…敵と戦わせないから大丈夫とか…戦うのはモンスターだからとか…そんな話してるんじゃない…
悲惨な光景を見た・感じた後に…中途半端な力に低い士気は…自殺のように飛び出して死に行く人や…最悪味方殺しを始める可能性だってある事を…覚えといてほしいんだ」
しかもその人間を無理やり戦いに駆り出したとして肉壁以外で役に立つことなどない。
兵士でも…一般人でも…戦場で心が折れてしまえば…待つのは死の運命だけ。
戦争という特殊な環境なら…当然味方殺しだってありえる。
避難民以外か…と考え込んでいた明神が新たな案を出す
>「同じく管理権限が使えるなら、フレンドの『助っ人機能』を活用できないか。
世界中のプレイヤーから、パートナーを借りるんだ」
「それはいいな!………いや待てよ…フレ…ン…ド?」
ふとスマホを取り出し、フレンド欄を開く。
0人
趣味がゲームですと…恥ずかしくてリアルでは一切口に出さなかった。アイドル業が忙しくて特定の時間遊ぶという事もできなかったし…
ひたすら一人で色んな手探りでやるゲームが楽しかったからであってフレンドがいないからって僕が一人ぼっちだなんて事は。
「テレビ的な有名人だったら…ある程度知ってるけど…フレンド…フレンドかあ…うん………ごめん力になれそうにないや…」
よく考えたらゲームだけじゃなくて…そもそも現実ですら友達って呼ばれる存在がいた記憶がない…。
「………せめて…ロイがいてくれれば…な」
別にフレンドや友達がいない事は悲しくない。カザハ達のほかに別に欲しいと思ってないから。
でも…ロイの事を想った瞬間…僕は泣いていた。ポロポロと大粒の涙が落ちていくのを感じる
「す…すまない…」
僕のせいで空気が悪くなってはいけない
「と…とにかく…もし必要なら新人の兵士としての育成は任せてくれ。ブレイブの力がなくても逃げれる方法と自分第一の心構えと…緊急時の怪我の対処法…避難の仕方…色々教えられるはずだ」
僕を顔隠しながらそう言った
-
作戦会議も終わり…ひと段落して…夜も更け始めた頃。
「君も忙しいのに…来てくれてありがとう…それと…さっきは…カッコ悪い所みせてしまったね」
僕は予め人払いを済ませた個室にカザハを呼び出した。
今この部屋にはカケルさえもいなく…まあどっかでなんらかの方法で覗いてるかもしれないけど…この部屋には二人しかいない。
ガチャ
カザハが部屋の奥に入ったのを確認して僕は部屋の鍵を閉める。
「どうぞ…座って?」
そういうと僕はカザハをベッドに座らせる。
部屋の中は外の惨状に目さえ瞑ればいい部屋だった。
普通の人なら見る事すら豪華絢爛な部屋…悪趣味に金ぴかに光る照明になんだがよくわからない人物のボブルヘッド人形。
「何か飲む?お酒は…飲めるの?…ワイン…はやめて…無難にぶどうジュースとかにしとこうか」
いや…豪華ではあるかもしれないけど…別にいい部屋ってわけでもねーな…金を持て余すとみんなこうな感じの部屋が好きになるのか?
「呼び出した理由?…二人っきりで少しお喋りしたいなって…いつも誰かしらいるだろ?
カケルとかさ…別にそれも嫌いじゃないけれど…どうしても…二人っきりで話したい事があったんだ」
ジュースを一口…口に運びカザハの横に腰掛ける。
「カザハ…君には本当に感謝してるんだ。…君はなんにもしてないっていうかもしれないけど…
僕にとって君の存在は道を踏み外さない為の…道しるべになってるんだ」
人間してのジョンは…間違いなくなゆ達みんなと…そしてなによりカザハに支えられていた。
みんなに支えられて…僕は今ここに存在している。それだけは絶対に間違いない。
でも僕がカザハをここに呼び出したのはその事の感謝を伝える為ではない。
「それで…えっと………あ〜やっぱり僕にはエンバースみたいな気の利いた言い回しは無理だな…よし」
僕も一世一代の大勝負の時くらい…とってもキザに行こうと思ったが…慣れてない事を無理やりやってカザハに不審がられている。
まどろっこしいのは僕には無理だ。ただでさえ心臓が爆発しそうなくらい跳ねているのに。
「今まで…なあなあで伝えてきてしまったけど…改めて…ちゃんと伝えよう」
カザハの手を取り…目の前に跪く
「僕だけの歌姫になってくれませんか」
カザハの目を真っすぐ見る。
「本当は…なゆを救ってからにする予定だったんだけど…もう我慢できそうにないんだ」
返事を聞かずカザハの手の甲にキスをする。
「これは自分でも意外だったんだけど…僕って結構独占欲が強いみたいでさ…さっきカザハがアイドルのように扱われて囲まれている時…とっても胸が苦しくなったんだ
そしてその後訓練した後…歩き出す君の背中をみて…あぁ…なんで僕の為に歌ってくれないんだろう…って…一人で勝手に思ってしまった…」
おかしな話だよね…別にカザハはだれの物でもないのに…と消えそうな小声でそう呟き…少し気まずくなり引きつり笑いをしてしまう。
「その時気づいたんだ…これが僕が今まで経験したなによりも違う…【愛】なんだって…」
今まで経験した恋愛は…全て違う…別物なんだって気づいたんだ。
離れて欲しくない。近くにいてほしい。愛して欲しい…僕の為に歌ってほしい…。
生まれて初めて…僕が感じた…感情だった。
-
「もちろん君が…みんなの前で歌うのをやめろとは言わない…ただ…僕の為に…歌ってほしい…同じくらい…僕の方が多めがいいな…」
溢れ出る僕の気持ちが…僕を突き動かす。
殺人の…戦いの衝動に突き動かされている時以上の・・・感情が僕を走らせる。
「僕は…僕の人生を全てを捧げる」
もちろんシェリーとロイのへの贖罪は残っているので…少し付き合ってもらう事にはなるけど…それ以外なら全てを捧げてもいい。
なにを要求しても…カザハからなら…僕は全てを受け入れる。
「僕の歌姫に…なってくれますか?」
その答えを聞いた瞬間僕はカザハをベッドに押し倒す。
「カザハ…分かってるんだろ…君がかわいい反応をすればするほど…僕がやっとのことで留めている理性がなくなってくって…!」
魔法込みならともかく純粋な力比べでは僕には勝てない。
しかもお互いの息が掛かるような0距離でカザハになすすべ等ない
かぷ
僕はカザハの首元に噛り付く(もちろん甘噛みで!)
…今僕はどんな顔しているんだろう?カザハは?静かな部屋に驚いているカザハの吐息しか響かない。
「ぷはあ………今はこれだけで我慢してあげるね」
僕は自分の唇を指でなぞりながら…感触を確かめると共に…。
「この続きは…世界となゆを救ったらね」
共に…
「じゃ…僕は部屋に帰るね…お休み…カザハ」
バタン
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
扉を閉めた瞬間声にならない声が静かに僕の口から飛び出す。
確かに止まらないと決めた。だけど…だからって…やりすぎじゃないだろうか!?
感情にあまりにも素直に振り回されすぎじゃないか?…こんなの黒歴史確定じゃんか!
あぁ…くそ…今までマジメに恋愛してこなかった自分が恨めしい。
「でも…自分を押し殺すよりよかった…のかも」
深く考えていてもしょうがない…僕は決めたのだ…。
自分の…決して誰の物でもない…自分だけの…エゴを自覚した以上…何があろうとそのエゴを貫き通すと。
世界の平和も…なゆの命も…カザハの隣も決して…誰にも…絶対に譲らないと。
今まで誰かが求めるなら道を空けてきた人生だったが…どんな奴がこようと今回こそは譲れない。
「ゲームスタートだ…なんてね」
私利私欲のこの気持ちを…誰にも否定させない…自分自身にも。
【避難民ブレイブ化反対】
【フレンド…0人】
【兵士としての生存術叩き込む教官役に志願】
-
崇月院なゆたの死が迫っている。
エンバースからのそれとない情報提供もあり、ある程度の確信をもって、
カザハたちはみのり、ウィズリィと密談を始めた。
>今のままだとすごく多勢に無勢だからどうにかしないとと思って……。
ところで、こっちの世界に来るゲートって開いたままなの?
アルフヘイム側のブレイブってたくさん召喚されてたよね。こっちに来てもらう事は出来ないかな?
>いいなそれ。だったらマル様親衛隊の狂犬どもを喚んでこようぜ。オマケでマル公本体もだ。
連中はニヴルヘイム側のブレイブだけど、今更どっちの陣営かなんか関係ねえしさ
>勝手に召喚しといて世界がヤバイから手伝え…なんて言われていきなり手伝ってくれる奴が…何人いるのか…?
この旅で知り合ったマル様親衛隊に、ユメミマホロ。
修行に行くと言ってリバティウムで別行動を取ることになった赤城真一、そしてメタルしめじこと佐藤メルト。
他にも――現在生存しているかもしれない『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を、
この場に召喚して戦力に当て込めないかという提案である。
そのアイデアに明神は一も二もなく賛成したが、対照的にジョンは懐疑的な眼差しを向ける。
そして、宙に表示されたディスプレイ越しのみのりも、また難色を示した。
《結論から言えば、出来へんことはのうおす。
……せやけど、“それ”を……うちらがやってもうてもええんやろか?
“それ”は……タブーじゃあらしまへんの?》
「どういう意味かしら」
アシュトラーセが疑問を口にする。
《……うちらは元々、お師さんの都合で無理矢理召喚された、単なる一般人や。
それまでの平和で快適な世界から、そこいらじゅう殺意に満ちたモンスターの闊歩する、
中世レベルの文明しかない崩壊しかかった世界に放り出されて『戦え』と言われたんや。
今までニワトリ一羽も捌いたことさえない人間が『敵を殺せ、自力で生き残れ』と――。
その理不尽に、うちらがどれほど憤ったか……忘れた訳やあらへんやろ》
何も『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は自分たちのように幾多の死線を潜り抜けてきた猛者ばかりではない。
この世界に順応できずリタイヤしたマル様親衛隊のスタミナABURA丸や、
旅よりも防衛を選択したしめじのように、戦いに向かない人間も大勢いる。
《ただ『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』だから言うて、無理矢理召喚して、
あないに怖ろしい『星蝕者(イクリプス)』との戦いに駆り出す、ちうのは――
お師さんがうちらにしたことと同じやあらへんの?》
「な、ならばこういうのはどうじゃ? きちんと説明して、戦いたいと希望する者だけ招集すれば……」
《ええアイデアやねぇ。でも、それは『時間に余裕があるとき』の話や。
今はとてもそんな悠長なことは言うとれまへん。
第一、うちらだって現状を把握するまでに相当な時間を有したんやよ?
今まで前線にも出とらん『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』に、実は全部ゲームの世界で、侵食はデータ削除で、
SSSっちう別ゲームが攻めてきて……なんて説明して、すぐ納得して貰えると思うとるん?》
「ぅ……」
《猫の手も借りたい、っちう状況なのは百も承知や。
せやけど、その上で。うちは最後の一線だけは踏み越えとうないと思う。
負けて死んだら元も子もあらへん、勝つためにはどんな手でも使う……それはそれでひとつの考えや。間違いやない。
それでも……や》
みのりの淡々とした説明に、さしものエカテリーナも黙った。
そもそも現存する『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が果たしてどれほどいるのかも不明だし、
確証のない希望に縋るべきではない。残存『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の召喚計画は頓挫した。
だが、みのりはただ否定的な意見だけを述べて皆の意気を阻喪するだけの無能な軍師ではない。
>ところで明後日の戦いって、全世界に配信出来たりする……?
逆に音声の受信は? ブレモンの曲演奏出来る人なら結構いるだろうからさ。
呪歌って参加人数が多い程出力が上がるんだよね
《はいな。『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の召喚は反対やけど、配信は可能や。
それなら、各地に散らばった『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』も視聴できるやろし、
音声も受信できるようにしますわ。戦場で直接生死を懸けた斬った張ったをせんでも、
力になることは出来る――》
全世界規模の配信で、世界中のブレモンプレイヤーや視聴者に呼びかけることが出来れば、
きっとそれは大きなうねりとなって戦いの趨勢に少なからぬ影響を与えることだろう。
ただ、そこまでのムーヴメントを自分たちで起こすことが出来れば……の話だが。
>こっちの世界のブレモン運営の上層部って上の世界のブレモンの会社の社員か何かが潜り込んでるんじゃない!?
希望してその部署にいるんだとしたら、きっとブレモン好きな人達だから協力してくれるよね……!
>ゲーム内でアバター使って活動するインゲームGMって概念はあるっちゃあるけど……
仮にバロール以外の『上の世界』の人間とコンタクトできるなら、もう直接ローウェルぶん殴ってくれって頼めねえかなぁ。
あいつぜってえ社内でもヘイト溜めてるだろ。独断でビジネス一個ぶっ潰してるしさぁ
《それは、うちにも分からしまへんわ。
お師さんやローウェルと違って、うちは上の世界のオフィス……があるならの話やけど……で仕事しとる訳やあらへんしなぁ》
「おや賢兄、どちらへ?」
「ションベン」
皆が侃々諤々と議論する中、それまで無言で柱に凭れ掛かって話を聞いていたアラミガは、
アシュトラーセにひらりと右手を振ってその場から立ち去った。
-
>実はもう一つ相談したいことがあって……
表向きの作戦会議が一旦落ち着くと、カザハは意を決して口を開いた。
それにタイミングを合わせ、明神がずばりと真相に迫る。
>なゆたちゃんがあと2、3日で死ぬってマジ?
「――――――――……!!!」
明神の問いはなんの裏付けもない、ただのカマかけだった。
が、まったき善性の存在であるみのりとウィズリィには、そんな稚拙で単純な作戦でさえ充分だったらしい。
ディスプレイ越しにふたりが固まる。機材のエラーではない、画面を通して見ても、
みのりとウィズリィの顔が強張ったのは明白だった。
それは本来であれば一笑に付すべきであろう明神の戯言が、真実だということの確かな証明であった。
>……マジかよ。マジの話なのかよ
「……」
>ふざけやがって。またかよ。また俺達は蚊帳の外かよ……!
血を吐くような声音で明神が言う。
みのりは唇を噛み締めた。
根も葉もない話だ、デタラメだと、否定することが出来れば楽だったろう。
だが、できなかった。
なぜならば、なゆたの望みの全てを受け入れたみのりさえ、
単に『受け入れた』というだけで、『納得している』訳ではなかったからである。
>……石油王。俺達はもうあいつの現状をだいたい知ってる。そんでそれに一個も納得してない。
正確なタイムリミットを教えろ。2、3日ってのは30時間の猶予から逆算したどんぶり勘定だ。
それから、あいつの身体に何が起きてて、なんで今はあんな元気なのかも。
お前ら二人が何もせず見送ろうとしてるとは思えん。思いつく限りの対処法は試したんだろ。
試行錯誤の結果を全部共有してくれ
《……そうよ。
ナユタは死ぬわ。あと三日後……いいえ、もう二日と半分といったところかしら。
彼女の身体はもうボロボロなの。生きているのが不思議なくらい……。
神にも等しい上位者の権能――『銀の魔術師』の力を使い続けるには、徒人の身体はあまりに脆弱すぎた。
でも、使わざるを得なかった。先へ進むために》
口を噤んだみのりに代わり、ウィズリィが言葉を紡ぐ。
なゆたが銀の魔術師モードを使用したのは聖都エーデルグーテでの『永劫の』オデット戦、
暗黒魔城ダークマターで管理者メニューを開いた際、そしてリューグークランの対マイディア戦の、計三回。
たった三回。それだけでなゆたの身体は消滅の危機を迎えるほどに綻び、崩れかけてしまった。
《彼女のたっての希望よ。平穏に安静に余生を永らえるより、あと三日。世界を救って消えたい……と。
私たちの権限では、消えてゆくデータを復元することはできないわ。侵食が不可逆な消滅であるのと同じように。
だから、せめて……私とミノリは彼女に出来る限りのバフを与えた。
彼女が最期の戦いを、自らの望むまま行えるように》
《…………他に、どないしたら良かったっちうんや!?
うちらはなゆちゃんが一本気なこと、ようく知っとる!
戦いを他人に任せて安静にするなんて、そんな道を絶対選んだりせぇへんことも!
なら……なゆちゃんの願いを聞き届けてやるより他にないやろ……!》
双眸に涙を滲ませ、みのりが叫ぶ。
管理者権限を行使できるようになり、大きな力を得たみのりであったが、全知全能という訳ではない。
出来ることが従来に比べて圧倒的に多くなったというだけで、何もかもが出来るようになった訳ではないのだ。
真に何でも出来るのなら、今頃とっくになゆたを全快させ、死者を復活させ、
ローウェルをこの世界から叩き出しているだろう――しかし、勿論そんなことは不可能だ。
だから、せめて自分たちに出来ることをした。それだけなのだ。
>……絶対死なせねえ。何が何でも留年させてやる
明神が呻く。
>二人ともありがとう…話してくれて…その気になればいくら僕達が追及しても…
しらばっくれられたろうに…正直に話してくれて…
ジョンがみのりとウィズリィに礼を述べる。
>安心してくれ…僕が…僕達が…必ずなゆを救って見せる。不可能?知ったことじゃないね!
今までどんな不可能だって可能にしてきた!…だから
だから…信じて…手伝ってほしい。みんなが諦めなければ…きっと救えるから!
>何か気づいた事があったらすぐ連絡してくれ………通信終了
密談は終わった。
しかし、対SSSの作戦は兎も角、なゆたを救うという話題においてジョンらは何ら有効な解決策を見出せなかった。
-
>よう
エンバースが真正面に立つと、膝を抱えて体育座りになっていたミハエルはのろりと億劫そうに顔を上げた。
>世界を救う。俺とまたデュエルをする。それだけじゃお前が立ち直るには足りないか?
「……」
濁った瞳でエンバースを見遣りながら、ミハエルは口を噤む。
>はあ……俺との再戦はそんなに魅力的じゃないか?なら仕方ない。本当は誰にも言うつもりはなかったんだが――
>『やってしまった事。起きてしまった事。俺が全部なんとかしてやる』……あの時、俺はそう言ったよな。
これは別に、お前から情報を聞き出す為の方便じゃない。だが――確かに俄かには信じがたいのは認めよう。
お前がいまいち俺との再戦を待ち望めないのもそのせいなのかもしれないな。だが――俺には出来る
自信たっぷりな様子で、エンバースは徐に屈み込むとミハエルと視線を合わせた。
>何故なら――俺はこの世界の神になるからだ。魔王は、世界を統べるものだろ?
「……」
>この世界の新たな魔王になる。それはつまり――バロールと同等の立場になるって事だ。
俺にはその素質があった――いや、違うな。今でもその素質がある。
なにせ今の俺は――かつてのハイバラよりも強い
>このプランはお前にとってもかなり好都合だ。なにせ俺がこの世界の神になっちまえば――
もう一ブレモンプレイヤーとして競技シーンに参加する事は出来ないだろう。
つまり――お前はチャンピオンに戻れるって訳だ
>繰り上がりのチャンピオンにな
あからさまな挑発だ。誇り高かったかつてのミハエルなら、到底我慢できない侮辱的な発言であろう。
しかし、ミハエルはまだ何も言わない。ただ無気力だった視線に、呆れの色が混ざっただけだ。
>……なんだよ、その目は。それじゃ不満か?もしそうなら――お前が止めに来ないとな
>俺はSSSを撃破する。ローウェルもブチのめす――そしてこの世界の神になる。
その時、今度はお前が俺に挑戦しに来るんだ。
繰り上がりなんかじゃない、チャンピオンの座を取り戻しにな
言いたいことだけを言って、エンバースはさっと踵を返す。
>……ああ、そうだ。今の話、誰にも言うなよ。お前がいつまでもしょぼくれてるから仕方なく教えてやったんだからな
だが、そう言い捨ててその場を後にしようとしたところで。
「……本当に、そんなことが出来ると思っているのかい」
不意に、エンバースの背中へミハエルが静かに声を漏らした。
「今の君は、かつての君よりも強い……それは認めるよ。君は実際、今までのどの君よりも強い。
望めば魔王にもなれるだろう。この世界の神にだって、きっとなれるのだろうね――けれど、そこまでだ。
大賢者をぶちのめす? この世界の創造主、開発者を? どうやって?」
相変わらず膝を抱えたまま、ミハエルはエンバースへ疑問をぶつける。
「君たちの話は聞いていたよ。君がわざと僕に聞こえるように流した、SSSとの交渉も。
君たちはさも簡単なことのようにローウェルを倒すと言うけれど、具体的な作戦はあるのかい?
確実にローウェルへ有効だとされる攻撃方法があるのか? どうすれば倒せるとか、何をすれば殺せるとか、
手段は確立されているのかい?」
ローウェルに『ブレイブ&モンスターズ!』の価値を認めさせ、サービス終了を取りやめさせるという和解案も出ているが、
今のところはローウェルを排除し、自活の道を探るという論調が優勢である。
だとすれば、此方がローウェルを撃破する手段を有していることが大前提となろう。
しかし、今のエンバースらはローウェルの属する上位者とやらが何なのか、どうすれば倒せるのかのヒントすら持っていない。
「それに、君たちがローウェルと対峙したとして、ローウェルが何をしてくるかの対策は?
ローウェルはプロデューサーだ。当然まともなデュエルなんてしてくるはずがない。
ローウェルにとって三つの世界は、ボタン一つで容易に削除できてしまう薄っぺらなデータに過ぎないんだ。
君がこの世界の神になったところで、ローウェルに対しては何のアドバンテージにもならないんだよ。
だというのに、お題目のようにローウェルをぶちのめす、未来を勝ち取るなどと……。
気軽に言ってくれるじゃないか……!」
気付けばミハエルは声を荒らげ、エンバースの背に叫んでいた。
理路整然と思考し、ロジックの上に勝機を見出すミハエルにとって、上位者は未知の相手に過ぎる。
それでなくとも相手はキングヒルに集結していたアルフヘイム軍数十万を一瞬で消滅させ、
ラスベガスに壊滅的な被害を齎し、気分で侵食を発生させられるような手合いなのだ。
ただただ何の根拠もなく、勇気と情熱だけで物事を突破しようとするアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちに、
憤りを感じるのも無理からぬことだ。
「……けれど。
理論上突破不可能な困難を、理論以上の方法で乗り越えてきたのが君たちだったな……。
『人間は神の失敗作に過ぎないのか、それとも神こそ人間の失敗作にすぎぬのか』
君たちがもし、今回も奇跡を起こすことが出来るのなら――」
ニーチェの言葉を引用し、小さく吐息する。
ミハエル・シュヴァルツァーは数理の徒である。
法則と規則に基づく数式に奇跡は起こらない。よってミハエルは奇跡を信じない。
だが。
アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が奇跡を起こしうる存在だということは、
数式以上に確かな事実だと思うのだ。
-
>聞け、なゆた。俺みたいになりたいなんて言わなくていい
不意に、エンバースがなゆたの両肩を掴む。
なゆたは驚いて、ほんの僅かに息を詰まらせた。
>俺がタフに見えるなら、それは俺が一度死んでるからだ。もう……壊れているからだ。
何もかも失って、もう戻る場所もない。俺には今だけだ。だから――とことんやれるんだ
>お前は、違うだろう。管理者メニューを底までひっくり返せば、延命の方法が見つかるかもしれない。
ローウェルをブチのめした経験値でレベルアップすれば寿命が伸びるかもしれない。
バロールはがまだ生きてるかもしれないし、シャーロットだってローウェルが失脚すれば戻って来るかもしれない
エンバースの眼窩で、双眸がまるで石炭のように赤熱している。
半身が生身に戻ろうとも、其処だけは変わらない。エンバースが未だ死者であることの証だ。
その瞳を、なゆたは真っ直ぐに見詰め返す。
>お前はまだ生きてる。お前が生きたいって思ってくれるなら。
お前の気持ちが弱って、心が折れても……俺はその方がずっといいよ
>……戦いが終わったら、二人でチームを組んで大会に出ようって話、したよな。
他には何かないのか?俺は……本当は、お前と色んな場所に行きたい。色んな事がしたいよ。
お前がどんなものが好きで、どんな場所で、どんな顔をするのか……本当は、もっと知りたい
「……優しいね、エンバース」
エンバースが肩に乗せていた右手を持ち上げてなゆたの頬に触れる。
告白めいた言葉を告げた後、うなだれるエンバースの態度に、なゆたは軽く眉を下げて微笑んだ。
その表情は或いは、今にも泣きそうなものにも見えたかもしれない。
>お前はどうだ……?俺の事を……どれくらい知ってる?
>……悪い。こんな事言われても、困っちゃうよな
普段のシニカルで、自信満々なチャンピオンといった佇まいからは想像もできない、小さな声。
その声を聞くと、なゆたは頬に触れるエンバースの右手にそっと自らの手を重ねた。
すり、とエンバースの手のひらに軽く頬を懐かせる。
「……マイディアさんが言ってたよ。
ハイバラは……思わせぶりなことを言って、こっちをその気にさせて。
そのくせ、肝心な時にこっちを見てくれない……って。
相当待たされた、って」
生きたいと思ってほしい。色んな場所に行きたい。なゆたのことをもっと知りたい――
エンバースが告げたそれらの言葉は、勿論彼の本心ではあるのだろう。混じりっ気のない気持ちに違いない。
しかし。
「さすがマイディアさんだね。彼女の言う通りだった。
エンバースは、ずるいよ。
わたしが犠牲になることを決めた後で、そんなこと言って」
誰も傷つかず、命を喪いもしないグッドエンド。そんな結末を安易に望めるほど、大賢者ローウェルは甘い相手ではない。
シャーロットから引き継いだ記録を保持しているなゆたは、それを誰よりも理解している。
たかだか自分ひとりだけの力で、勝利を掴み取れると思うほど自惚れてはいない。
が、もしも誰かが犠牲になることで勝率を幾許かでも上げられるというのなら、それには自分の命を使うべきと思う。
衝動的な感情ではない。なゆたの17年の人生観に基づく結論である。
誰かの死の許に自分の生が成り立つこと、なゆたはそれを良しとしなかった。
「もし、わたしが死ななかったとして。
その代わりに他の仲間たちやよく知る人たちが犠牲になるようなことがあったら……。
わたし、きっと一生後悔すると思う。
あのときもっと何かできたんじゃないか、もっと頑張っていれば……って……。
前に、わたしの育てのお母さんの話したよね? あのときの気持ちは、もう二度と味わいたくないんだ。
それなら、わたしは悔いの残らないようなやり方を選ぶよ。
わたしでも役に立てたって、やり切ったって、笑顔で終われるように」
かつてジョンに馬車の中で語り、それから明神らパーティーの仲間たちにも話した、育ての母親のエピソード。
治療不能の難病に苦しむ母親に対して、なゆたは何も役に立つことが出来なかった。
成す術もなく衰弱し死んでゆく母親を目の当たりにして、なゆたは手をこまねいていることしか出来なかった。
その無力感が、悔しさが、未だに胸の奥にトラウマとして深く突き刺さっている。
誰かが被害を蒙るなら自分が。それはなゆたの絶対的な思考の支柱であった。
ただ――今現在、唯一それを揺るがす存在がいるとするなら――。
「ね……教えて。
あなたがそんなに優しいのは、わたしが消えかかっているから?
三日後には跡形もなく消滅して、この世界からいなくなってしまうから?
それとも……」
――好きだから?
なゆたはほんの僅かに身体を傾がせ、エンバースに凭れ掛かった。
-
エンバースとの時間を終えると、なゆたは再度ボランティアに加わった。
やらなければならないことは無数にあり、どれだけ時間があっても足りるということはない。
避難キャンプ化したワールド・マーケット・センターの中は周りを見回せば、どこもかしこも助けを必要としていた。
しかも、自分たちがこのセンター内に収容できたラスベガスの人間は全被災者の数パーセントにすぎない。
センターの外では、まだまだ救いの手を待ちわびている人々がいるのだ。
それから、人間以外――ニヴルヘイムからやってきたモンスターたちのことも気にかかる。
モンスターだって生きている。そして、これからも生きたいと思っている。そもそも彼らは滅びゆく世界から、
生き残るためにこの地球へ遣って来たのだから。
生きてゆくためには、何よりも捕食をしなければならない。そんなとき、無力な人間たちは格好の餌であろう。
ミハエルが敗れ、SSSの襲撃を受けたことでニヴルヘイムの指揮系統はとっくに崩壊している。
既に一部のモンスターは野生化し、地球の人々を襲い始めているらしかった。
イブリースが外へ出てそういったモンスターの指揮の再統合をしているが、一度散らばってしまった軍勢を纏め直すのは難しい。
せっかく破壊と殺戮を免れて生き延びた生命だ、討伐などしたくはない。
が、彼らが人間を襲うなら、最悪それも念頭に入れなければならないだろう。
「イブリース、わたしも行くよ」
「……モンデンキント。しかし……」
今日何度目かの同胞の捜索に赴こうとするイブリースを呼び止めると、兇魔将軍は僅かに躊躇うそぶりを見せた。
イブリースもまた、遠巻きながら明神らとみのりの密談を聞いて事情を把握している。
無理をさせて消滅を早めでもしたら、と危惧しているのだろう。
しかし、なゆたはまったく斟酌しない。
「大丈夫! 平気だよ。それに、わたしも三魔将もどきみたいなものだから!
説得も捗るかもしれないよ。何ならガザーヴァも呼んできて、三魔将揃い踏みで行こうか?」
足許にポヨリンを従え、とん、と右の拳で自分の胸を叩く。
確かに、ニヴルヘイム最高戦力の三魔将が全員揃った方がモンスターを従わせるには都合がいいだろう。
と、
>この後時間ある人は……ちょっとだけ歌の練習に付き合ってくれないかな?
何を思ったか、カザハが仲間たちへ歌唱訓練の呼びかけをしているのが聞こえた。
せめて緊張を解きほぐし、暗い雰囲気を払拭しようとの配慮だろうか?
>なゆ、ボランティアもいいけど息抜きに歌っていきなよ!
「……いや、わたしは……」
そんなことをしている暇はない。
消滅までの時間は限られている。最期の瞬間に自分はやり切ったと、出来る限りの手を尽くしたと納得できるように、
救いの手は少しでも多く差し伸べておきたい。そう考えれば、呑気に歌っている暇などないのだ。今は一分一秒でも惜しい。
というのに、今日に限っては妙に押しの強いカザハによって、半ば無理矢理歌の練習に付き合わされることになってしまった。
「イブリース、ごめんね」
「いいや、気にするな。――あの方も、よく花園で小動物たちに歌を歌っておられた。
今のお前は少し気を張り詰めすぎている。最終決戦に備え、一息つくのも重要なことだ」
なゆたの謝罪にそう言って微かに口許を笑ませると、イブリースは巨翼を羽搏かせてセンターから飛び立っていった。
>1フレーズずつ歌うから同じように歌ってね! ほらそこ、口パクしないで真面目にやる!
音楽の教員免許を持っているとかいうカザハの指導の下、歌の練習をはじめる。
元々なゆたは歌は苦手ではない。というか得意な方だ。
女子高生をやっていたときはよく放課後に友人たちとカラオケに行っていたし、
何なら実家の寺のお堂には檀家向けと銘打った父のカラオケセットもあった。ユメミマホロの動画やmp3をヘビロテして、
振り付けや歌詞を完コピしたことだってある。
はじめのうちは渋々といった様子で歌っていたのだが、やはり大きな声で歌うとストレス発散になる。
レッスンが終わるころには、ノリノリで歌っていた。
>あ、なゆはもうちょっとだけ残っといて
そうして楽しい気晴らしのひとときが終わると、なゆただけが呼び止められた。
「?」
>ごめんね、引き留めちゃって。聞いて欲しい歌があるんだ――
手近な椅子に腰掛け、カザハの反応を待つ。
カザハとカケルはなゆたの前で徐に、今まで聞いたことのない歌を歌い始めた。
「……カザハ」
>今までになゆから聞いた話を繋ぎ合わせてみたんだ。君は世界最強になるまで止まるタマじゃないでしょ?
それから……瀕死にならないと発動しない力なんて……そんなのやっぱり使ったら駄目だよ!?
なゆは最強のスライムマスターだから、銀の魔術師モード使わなくても戦える……!
歌い終わったカザハの目はいつになく真剣だった。
その声から、本気でなゆたを心配しているのがありありと伝わってくる。だからこそ、なゆたも理解した。
カザハは必死だ。心の底からなゆたを心配している、気遣っている、大切にしたいと思っている――
消滅に気付いている。
-
どうして、エンバースとなゆただけが共有している秘密をカザハが知っているのか、それは分からない。
だが、いつもおちゃらけて意味不明なことしかしないカザハがここまで必死に説得を試みてくる態度は、
カザハが此方の消滅を知っているという証左に他ならない。
束の間、なゆたは眉間に皺を寄せてカザハの顔を見詰めた。
ただ、それもごくごく短い間のことである。軽く息をつくと、なゆたは小さく笑った。
「わかったよ。カザハにそこまで言われちゃ仕方ない。
銀の魔術師モードは、もう封印。二度と使わないよ、約束する」
ことりと首を軽く傾げ、それでいい? と問う。
カザハに言われるまでもなく、もう既にみのりから銀の魔術師モードの封印を言い渡されている。
此方としても、使用直後即時消滅という事態は避けたい。今その約束をカザハと交わしたとしても、何の問題もない。
「素敵な歌だったよ、ありがとう……元気出た。
世界最強――ふふっ、そうだね。
わたしはモンデンキント。最強のスライムマスター、月子先生だから。
見ててよカザハ、わたしは自分自身の力で――絶対ローウェルをやっつけてみせるから!」
むん、と右腕に力瘤を作ってみせる。
それからなゆたは束の間立ち上がると、近くにある自販機でそれぞれ紙コップに入ったコーラとオレンジジュースを買った。
「ね、折角呼び止めてくれて、こんなかっこいい歌まで聴かせてくれたんだし。もう少しお話ししようよ。
わたしたち、考えてみればこんなにふたりきりでゆっくり話すことって、あんまりなかったよね。
こんなにも長い間、旅をしてきたのに」
カザハにコーラの入った紙コップを渡し、元いた椅子に座り直すと、
隣の座席をぽんぽんと叩きカザハに腰掛けるよう促す。
言われたとおりカザハが座るのを見届けると、なゆたは両脚をうーんと伸ばし、軽く天井を仰いだ。
「ああ、本当に……長い旅だったねえ。
覚えてる? エーデルグーテでオデットに会う前、みんなで街を散策したときにさ――」
取り留めもなく、なゆたは今までの旅で起こったことを思い出しては唇に乗せてゆく。
楽しかったことも、苦しかったことも、今となってはすべて良い思い出とでも言うように。
「……昔、お父さんが説法で言ってたんだ。
人間は……ううん、すべての命は、みんな……何か役目を持って生まれるって。
でも、大半の命はそれが何なのか見つけられずに一生を終えるんだって。
自分に課せられた役目を見つけられるのは、とても幸せなことなんだって……。
その点、カザハは凄いよね。ちゃんと、自分に課せられた役目を見つけることができて」
カップを両手で持ち、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「わたしは……誰かの役に立ちたい。困っている人を助けたい。
それがわたしという命の果たすべき役目なんだって、ずっと信じてきた。
灯なき人の灯りに、杖なき人の杖に、牙なき人の牙に。そんな人間になりたい。
……この旅じゃ、逆にみんなに助けられてばかりだったけどね」
育ての母と死別して以来、なゆたはずっと自らの無力を呪って生きてきた。
それは歪んだサバイバーズ・ギルトであったのかもしれない。
『ブレイブ&モンスターズ!』にまつわる冒険の日々は、そんななゆたが自身の無力を返上するための、禊の旅路であった。
「でもね……こんなわたしでも、やっと。この旅を終えて、世界を救うことで……
役に立てたって、誰かを救えたって。胸を張って言うことが出来そうなんだ」
なゆたの自己犠牲の精神が大なり小なり、大本であるシャーロットのパーソナリティに影響されているのは事実だろう。
しかし、なゆたはシャーロットの影でもなければ傀儡でもない。なゆたは一個の人格としてこの道を選択している。
崇月院なゆたという命が何のために生まれて、何のために生きるのか。それを証明するために。
持って生まれた役目を完遂するために。
「――『♪きっときっと 辿り着く 最高のエンディング』――か。
カザハの作ってくれた歌の通り、わたしは……わたしたちは絶対に、最高のエンディングへ辿り着く。
だから……最期まで見ててね、語り部さん。
わたしのこと――…」
例え、完遂後に死が待っていようとも。
-
>……俺も愛してる。だから交換しよう。
お前がそうであるように、俺もお前のしてくれることに全力で応える。
お前がピンチの時は誰よりも早く助けに行く。お前が笑ってくれるなら、俺も腹が捩れるくらい笑う。
お前が傍にいてくれるなら――
「……」
明神の告白を、ガザーヴァは胸元をきゅ……と右手で握りながら聞いた。
『愛してる』と言ったら、『愛してる』と返ってくる。
この世にこれほど幸せなことが、果たして他に存在するのだろうか?
あまりにも大きすぎる幸福に、頭がクラクラする。泣きそうになってしまう。
僅かでも気を抜けば膝が砕け、その場にへたり込んでしまいそうになる。
けれども、立っていなければならない。聞いていなければならない。気丈にしていなければ。
きっと明神はこれから、自分が一生に一度しか聞けないことを言うのだろうから――。
嗚呼、なのに、
>……この戦いが終わったら、結婚しよう
そんな、聞き間違えようのないプロポーズの言葉を告げられたなら、もう無理だった。
ピジョンブラッドの大きな双眸に、みるみる大粒の涙が滲む。それはやがて頬を伝い、輝く雫となって落ちた。
明神と向き合ったガザーヴァは唇をわななかせ、何か言おうとしたものの、うまく行かずに一旦口を噤んだ。
そして小さく吐息し、少しの間を置いて自身の気持ちをどうにか落ち着かせると、
「……はい……!」
零れる涙もそのまま、とっておきの笑顔でにっこり微笑むと、確かに頷いた。
偽りの星空の下、偽りでない愛情が実を結ぶ。
感極まったガザーヴァは明神へ勢い良く抱き着くと、そのまま仰向けに押し倒してしまった。
「へへ……」
明神を押し倒しても、ガザーヴァはまったく悪びれない。
どころか明神の上に馬乗りになって小悪魔めいた表情を浮かべると、ぺろりと小さな舌で唇を舐めてみせた。
そして上体を伏せ、明神の頬や唇の端に幾度も淡い口付けを落とす。
言葉では伝えきれない自分の心の中にある想いを、愛情を、少しでも伝えようというように。
無から有を創造する魔王バロールの『創世魔法』によって生み出されたものは数多い。
螺旋廻天レプリケイトアニマ。タイラント。天空魔宮ガルガンチュア。たくさんの魔法に、たくさんの武具。
魔王軍を構成するモンスターたち、そして――幻魔将軍ガザーヴァ。
数多の魔王の被造物の中で、唯一ガザーヴァだけが愛を求めた。
初めは、バロールから与えられた偽りのぬくもりを取り戻すために。
二巡目の世界に蘇ってからは、誰かのコピーではない自分自身の存在する証を残すために。
そして今は――ただ、目の前の男と共に生きるために。
「ボク、いいお嫁さんになるよ。
料理とか、掃除とか、全然したコトないケド……頑張って勉強する。
明神の好物のトンカツ、いっぱい作って食べさせてあげるから!
もちろん、この旅が終わったら明神のご家族にもちゃんとご挨拶する!
でも、ミズガルズにはダークシルヴェストルなんていないんだよな。
いきなりボクみたいなのが押しかけたら、ビックリさせちゃうかな……?
それにボク、嫌われ者の幻魔将軍だし……。」
キスの雨を降らせる合間、ふとそんなことを言う。
確かに突然褐色肌で耳の尖った少女が『フィアンセです』と言って現れたら、地球の人間はさぞかし驚くに違いない。
アルフヘイムの魔物が大挙して地球にやってきている現状で、今更の問題かもしれないが。
ついでに明神とガザーヴァは外見年齢も結構離れている。
「明神のパパとママがボクの義理のパパとママになる……ってことは、
ボクのパパも明神の義理のパパになる……ってことだよな? あー……大丈夫?
それに、マゴットも義理の弟だし……。え、待てよ? するとひょっとしてバカザハも……?
う、うぇぇ……それはヤだなぁ……」
バロールの娘であるガザーヴァと結婚するということは、バロールは自動的に明神の義父になるということだ。
おまけにカザハは義姉となる。――ガザーヴァは頑なにカザハを姉とは認めないが。
カザハの名前を出すと、露骨に嫌そうな表情を浮かべる。
しかしそれもほんの僅かな間のこと、ガザーヴァはふたたびキラキラ輝く瞳で明神を見詰めると、
花の綻ぶように笑った。
殺戮の快楽や暴力の悦楽に酔う悪役の笑みではない、ひとりの男を一途に愛する少女の無垢な笑顔が、其処にある。
「ボク、頑張るから。明神の前に立ち塞がる敵は、全部叩きのめしてやるから!
だから……ずっと、ずうっと、一緒にいてね。
ボクの、ボクだけの、大好きなマスター……」
ふたりの顔と顔とが近付く。夢見るような甘い声音で、ガザーヴァが囁く。
「……あいしてる」
今一度万感の想いを込めて、溢れるままに愛情を紡ぐと、少女はそっと明神の唇に自らのそれを重ねた。
-
>――さあ、みんな集まったな。宿題はちゃんと済ませておいたか?
適切な対策なしじゃ数の暴力だけで俺達は負ける。
どんなプランが出てくるか楽しみだ……勿論、俺にも腹案がある
日が傾き、炊き出しで作った夕食をとると、アルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちは作戦会議を始めた。
>後でズルをしたと言われない為に、伏線だって張っておいた。
ブレイブ&モンスターズの力を見せてやる――ってな
>つまり――管理者メニューの力でここの避難民をブレイブとして、ここに召喚し直せないかな。
どうせマップデータが実装されたらラスベガス内に安全地帯はなくなるんだ。
ブレイブの力があるに越した事はない。身を守るにしても逃げるにしても――立ち向かうにしてもな
《エンバースさん、それは――》
ディスプレイ越しにウィズリィが眉を顰める。
以前の密談の際に出た『点在しているであろう生き残りの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を召喚し戦力とする』という案。
それと同じ轍を踏んでいる――否、非戦闘員を『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』にするという辺り、前回よりもたちが悪い。
>ああ、なるほど……バロールの権限があるなら、単純なブレイブの頭数を増やすこと自体は難しくないのか
>避難民総ブレイブか……それならもうちょい戦力を高める方法があるぜ。
研究され尽くしたリセマラの手法を駆使すれば、5分くらいで全員をグランダイト討伐レベルまで引き上げられる
>ブレモンやってる人はもちろんだしブレモンやってない人もとりあえずインストールして貰えれば……。
スマホ持ってる避難民総ブレイブも理論上可能ってこと!?
>代わりの案を出さずにこんな事言いたくは僕もないんだけど…避難民を戦わせるのだけはやめないか?
せめて…数は激減するだろうけど希望制にする…とか…敵と戦わせないから大丈夫とか…
戦うのはモンスターだからとか…そんな話してるんじゃない…
悲惨な光景を見た・感じた後に…中途半端な力に低い士気は…自殺のように飛び出して死に行く人や…
最悪味方殺しを始める可能性だってある事を…覚えといてほしいんだ
以前と同じように、ジョンが反対する。
密談のときとまったく同じ流れになっている――そして。
「そうね。わたしもジョンと同意見」
なゆたも当然、反対した。
「理由はみんな、もうとっくに理解してるでしょ。……分かっているのに、見ないふりしてる。
だから、わたしが言うわ。
――――――――『それは』。『よくない』。
わたしたちの戦う意味。やるべきこと。それを見誤らないで」
有無を言わせぬ圧力をかけて否定する。
避難民は健康で屈強な男性ばかりではない。寧ろ、そんな者はごく少数だ。
病人、怪我人、年配者、女子供の方が圧倒的に多い。
確かにスマートフォンは人口に膾炙し、今や必要不可欠なツールとして市民権を得たが、
といって世の中スマートフォンをガジェットとして使いこなしている人間ばかりではない。
その中にはフリック入力なんて知らない人間もいるだろう。電話としてしか使っていない人間もいるだろう。
ゲームなんて触ったこともない、興味もないという人間だって多いのだ。
そんな人々に半ば無理矢理ゲームのルールを教え、ストーリーをスキップして急拵えで準レイド級まで育成し、
あまつさえ本当に死ぬかもしれない戦場に送り出す――などという行為が、果たして正義と言えるのか。
少なくとも、本来の『ブレイブ&モンスターズ!』の在り方とはかけ離れている。
『ブレイブ&モンスターズ!』の楽しさを、価値を、ローウェルや上位者たちに認めさせ存続を図ろうという者が、
やっていい戦いではない。
>同じく管理権限が使えるなら、フレンドの『助っ人機能』を活用できないか。
世界中のプレイヤーから、パートナーを借りるんだ
>俺のフレンド欄は……アンチ活動のせいで敵対リストみてえになってるからあんまり助力は期待できねえ。
けど例えば月子先生やハイバラ君なんかは、有力なプレイヤーとも交流があるだろ。
ブレイブの頭数を増やせるなら、そいつらにも助っ人を喚んでもらおう
次の案は明神からだ。ブレモンのフレンド機能を使って、一時的にパートナーモンスターを借り受けられないかという。
《それは可能や。昨日言うとった世界規模配信、そのついでに働きかければよろしおす》
「え、そんな話してたの? わたしがボランティアしてる間に? 言ってくれればよかったのに……。
う〜ん、現状の説明なんかはしなくちゃだけど、避難してる人たちを戦わせるよりは全然マシね」
お願い、とみのりに頼む。みのりは頷いた。
実際なゆたはフォーラムでフレンドを募ってパーティーを組み、
超レイドボス討伐イベントに参加したりもしている。フレンドは上限いっぱいまで登録されており、
中にはランカーもちらほら混ざっている。そういった猛者たちに協力を仰ぐことが出来たなら、
それは心強い戦力となるだろう。
>テレビ的な有名人だったら…ある程度知ってるけど…フレンド…フレンドかあ…うん………ごめん力になれそうにないや…
>………せめて…ロイがいてくれれば…な
>と…とにかく…もし必要なら新人の兵士としての育成は任せてくれ。
ブレイブの力がなくても逃げれる方法と自分第一の心構えと…緊急時の怪我の対処法…避難の仕方…色々教えられるはずだ
ジョンが項垂れる。
どうやらフレンドが一人もいないらしい。『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』として召喚されるまで、
ロクにゲームをやり込みもしていなかったのだから当然だろう。
しかし、なゆたはまるで天啓を閃いたようにぽんと手を打つと、
「ううん、ジョンにはもっと別の役目があるよ」
と、言った。
-
「全世界配信。そのMCをジョン、あなたがするんだ」
カザハから全世界へ向けて配信を行うという提案の説明を受けたなゆたは、そう言ってジョンを見詰めた。
「テレビ的な有名人を知ってる……っていうなら、その人たちに呼びかけようよ。
有名人っていうのはみんなインフルエンサーなんだ、その人たちが何かを呟くだけで、
世界中にものすごい勢いで伝わっていく……。みんな知ってるでしょ?
ジョンは、そのきっかけを作ってくれればいいんだよ」
良きにつけ悪しきにつけ、今のネットが普及した時代では情報が短時間で爆発的な広がりを見せる。
SNSの片隅でやったことがバズって何億再生にもなることも、ほんの小さな呟きが大炎上し、
政治家や大企業の社長が辞任に追い込まれることだってある。
ブレモンだってそうだ。ジョンが多くの有名人に語り掛け、協力を得ることで、
その声はきっと短時間で遍く世界中へ届くに違いない。
フレンドがいない……と嘆いてはいるものの、ジョンは日本では超メジャー級の有名人であり、
老若男女知らない者はいないほどの国民的アイドルだ。
好感度も高く、不祥事で顰蹙を買ったこともない。かつて彼がやっていた広告塔、
それをもう一度――今度は『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の代表として実行する。
「んで、フォロワーを増やした上でバカザハが呪歌のバフを掛けるって段取りか。
フン……まっ、面白くねーケド、またデュエットしてやンよ。
配信とはいえ何億人もの人たちの前で歌うんだろ? あがり症でお調子者のバカザハだけじゃ心配だかんな!」
明神の隣でガザーヴァが頭の後ろで両手を組みながら名乗りを上げる。
カザハばかり目立つのは癪だから、という方が本音なのだがそこは黙っていた。
「そのバフ……とやらは、我らにも有効なのか?
今まで、この地に召喚されたモンスターたちを可能な限り保護してきた。
我が同胞たちにも呪歌の効力が及ぶのなら、心強いのだがな」
イブリースが問う。
ラスベガスへ移動してからずっと、イブリースは仲間であるモンスターたちを捕獲、あるいは保護し、
『星蝕者(イクリプス)』に襲われたり、あべこべに地球の人々を襲ったりしないよう努めてきた。
そうして揃えたモンスターたちは現在別の建物にいるが、それも戦力として数えられればと言っている。
「戦闘が始まったら、全世界にこの光景を配信する。
ジョンが視聴者へ向けて説得をして、カザハとガザーヴァが呪歌を演奏。
視聴者にも協力と参加を呼び掛けて……後は、みのりさんとウィズがローウェルの居場所を見つけ出してくれれば――」
「しかし、そうなるとジョン殿とカザハ殿、幻魔将軍は戦力としては当て込めぬということになるな。
どうする? 其方ら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』三名と妾、アシュリー、兇魔将軍とその手の魔物。
連中の頭数が相当減少することを前提としても、此方の圧倒的不利は否めぬぞ」
なゆたの言葉に横槍を入れるように、長煙管を吸いながらエカテリーナが口を挟む。
イブリースが救助した魔物たちは、多く見積もっても二〜三千程度だという。
万単位で押し寄せてくるであろう『星蝕者(イクリプス)』を相手に、寡兵なのはどうしようもない。
ジョンの説得が功を奏し、カザハたちの呪歌が効果を最大限発揮したとしても、
互角に持ち込めるかどうか、といったところだ。
おまけに、言うまでもなく説得には時間が掛かる。視聴者の皆が皆、一を聞いて十を理解する聡明な者ばかりではないだろう。
それまでの時間をもたせるには、どうすればいいか――
しかし。
「それについては大丈夫」
なゆたは胸を反らすと、ぴしりと右の手のひらを突き出して断言した。
そして、にんまりと悪戯っぽく笑う。
「わたしに腹案があります。
……ね? みのりさん、ウィズリィ! 進捗はどう? 間に合いそう?」
軽く宙のディスプレイを振り仰ぐ。
画面の中で、ウィズリィが軽く肩を竦める。
《ええ、何とか決戦までには用意できそうよ。
それにしても……貴方たち、人使いが荒すぎるんじゃないかしら?
大賢者の居場所を探りつつ、全世界配信の段取りを整えて、
おまけにナユタの奥の手まで……。まったく、一息つく暇もないわ。
この戦いが終わったら、たっぷりと持て成して貰――》
そこまで言って、はっとして口を噤む。
なゆたには『この戦いが終わったら』の先はない。平和になった世界で、ウィズリィを労うことは出来ない。
《と……とにかく。
こちらのことは心配しないで頂戴。全部、遺漏なく用意してみせるわ》
「ん、期待してる。
それじゃあ、作戦はそれで。ジョン、時間までリハーサルしておいてね。
明神さんはジョンのスピーチの内容を考えてあげて。
フォーラムでみんなをやり込めるくらい多弁だった明神さんだもの、お茶の子さいさいよね?
カザハとガザーヴァも……最高のライブ、楽しみにしてるよ」
ふふっ、となゆたは楽しそうに微笑んだ。
「え? 腹案ってなんだ、って?
ふふ……それは、決戦の時までのお楽しみ!」
右手の人差し指を唇の前に立て、ナイショ! なんて言ってみる。
そうして、時が過ぎる。
三十時間の猶予はあっという間に過ぎ去り、約束の刻限を迎える――
【残存『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』召喚案を却下。避難民総ブレイブ案も却下。
全世界配信案を支持。腹案は戦闘開始時まで秘密】
-
【ディスカース(Ⅰ)】
『……マイディアさんが言ってたよ。
ハイバラは……思わせぶりなことを言って、こっちをその気にさせて。
そのくせ、肝心な時にこっちを見てくれない……って。
相当待たされた、って』
「……アイツ。好き放題言いやがって。だが……その通りだ」
『さすがマイディアさんだね。彼女の言う通りだった。
エンバースは、ずるいよ。
わたしが犠牲になることを決めた後で、そんなこと言って』
「ずるい。ずるいか……それも、その通りだ。もう、ろくに思い出せないけど。
あの時俺は多分……「それ」を伝えたら、どうしても生きなきゃいけない理由が一つ減るって思ってたんだ。
待たせるだけ待たせて……結局、なんにもならなかった」
『もし、わたしが死ななかったとして。
その代わりに他の仲間たちやよく知る人たちが犠牲になるようなことがあったら……。
わたし、きっと一生後悔すると思う。
あのときもっと何かできたんじゃないか、もっと頑張っていれば……って……。
前に、わたしの育てのお母さんの話したよね? あのときの気持ちは、もう二度と味わいたくないんだ。
それなら、わたしは悔いの残らないようなやり方を選ぶよ。
わたしでも役に立てたって、やり切ったって、笑顔で終われるように』
エンバースは――何も言えない。
言われてみれば、確かに自分はかつてと同じ過ちを繰り返そうとしている。
結末が変わらなかったとしても――せめて、マリにもっと良い時間を過ごさせてやれたかもしれないのに。
臆病さから生まれた願掛けのせいでそれが出来なかった。
そして今では――己の気持ちを伝えるという事そのものに忌避感が芽生えた。
それでも――これはエンバースが命がけの戦いの中で積み重ねてきた切実な思いなのだ。
それが客観的に見ればただの思い込みに過ぎないものだとしても――それでも一つの人生観なのだ。
『ね……教えて。
あなたがそんなに優しいのは、わたしが消えかかっているから?
三日後には跡形もなく消滅して、この世界からいなくなってしまうから?
それとも……』
「……お前が消えちまうなんて話が出てくる前から、俺は優しかっただろ?
その、なんだ……それで勘弁してくれ。情けないのは百も承知だ。
けどな。これは、俺にとっては……呪いなんだ」
だからその歪みは――簡単に正せるものではない。
-
【ディスカース(Ⅱ)】
『代わりの案を出さずにこんな事言いたくは僕もないんだけど…避難民を戦わせるのだけはやめないか?
せめて…数は激減するだろうけど希望制にする…とか…敵と戦わせないから大丈夫とか…
戦うのはモンスターだからとか…そんな話してるんじゃない…』
「あー……なんだ。ボタンを連打しすぎてテキストを読み飛ばしちまったか?
さっき言った事、もう一回ちゃんと言った方がいいか?」
『そうね。わたしもジョンと同意見』
『理由はみんな、もうとっくに理解してるでしょ。……分かっているのに、見ないふりしてる。
だから、わたしが言うわ。
――――――――『それは』。『よくない』。
わたしたちの戦う意味。やるべきこと。それを見誤らないで』
「なるほどな。ではご期待に応えて――俺はちゃんと、こう言ったよな。
ブレイブの力があるに越した事はない。『身を守るにしても』『逃げるにしても』――だ。
まさか、みんな俺の事を誰彼構わず戦場に駆り出す冷血漢だと思ってたのか?それは……ちょっと傷つくな」
エンバース=大袈裟なくらい傷心の様子。
「……まあ、いいさ。まずはみんなの話を聞かせてもらおうかな」
『ううん、ジョンにはもっと別の役目があるよ』
『全世界配信。そのMCをジョン、あなたがするんだ』
『んで、フォロワーを増やした上でバカザハが呪歌のバフを掛けるって段取りか。
フン……まっ、面白くねーケド、またデュエットしてやンよ。
配信とはいえ何億人もの人たちの前で歌うんだろ? あがり症でお調子者のバカザハだけじゃ心配だかんな!』
「……全人類に力を借りて総力戦をしよう。そう言ってるのか?本気か?」
『戦闘が始まったら、全世界にこの光景を配信する。
ジョンが視聴者へ向けて説得をして、カザハとガザーヴァが呪歌を演奏。
視聴者にも協力と参加を呼び掛けて……後は、みのりさんとウィズがローウェルの居場所を見つけ出してくれれば――』
『しかし、そうなるとジョン殿とカザハ殿、幻魔将軍は戦力としては当て込めぬということになるな。
どうする? 其方ら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』三名と妾、アシュリー、兇魔将軍とその手の魔物。
連中の頭数が相当減少することを前提としても、此方の圧倒的不利は否めぬぞ』
「それどころじゃない。もっと大きな問題があるだろ?総力戦になるって事は――
――ああ、いや。お前達はこの世界の歴史なんて知らないもんな」
『それについては大丈夫』
『わたしに腹案があります。
……ね? みのりさん、ウィズリィ! 進捗はどう? 間に合いそう?』
『え? 腹案ってなんだ、って?
ふふ……それは、決戦の時までのお楽しみ!』
「……ああ、なるほどな。やっと分かった気がする。ずっと、こんな気分だったんだな」
エンバース=頭を抱える/何かが腑に落ちたといった様子――なゆたに歩み寄る。
「……初めて会った時を思い出すな。お前とはいつも意見が合わない。
だから今更かしこまる理由もない。ハッキリ言わせてもらうぜ――」
両手を腰に当ててその顔を覗き込む=真剣な面持ち。
「どうもーモンデンチャンネルです。今日は世界の命運をかけて戦ってみたいと思います。
皆さんはただ見ているだけ。でもバフをブーストする為なのでちゃんと応援はして下さいね。
ついでにスパチャとフォローもお願いします」
いつも通りの冗談めかしたセリフ――しかし声色は冷たく/抑揚に乏しく。
「――――これはフェアじゃないだろ」
そして断固たる口調。
-
【ディスカース(Ⅲ)】
「ええと、なんだったっけな……そうだ。はだしのゲンだ。小学校の図書館で読んだ事ないか?
なくても空襲とか無差別爆撃って言葉は知ってるよな?なんでそんな事すると思う?
あの時代から――多分現代までずっと、この世界の戦争は国中で兵士を集めて、武器を作って、飯を掻き集めてするようになったから……らしい」
いわゆる国家総力戦――もっともこれはフィクションから聞きかじった程度の知識。
ジョンの前でこんな事を語るのは釈迦に説法だ。
いまいち決まりが悪い気分を振り切ってエンバースは続ける。
「要するに――全世界配信を通してバフをブーストするって事は、全世界が攻撃対象に選ばれる可能性を作るって事だ。
全世界配信そのものを隠す事はかなり難しいし、配信とバフの強度の連動性も……ずっとは隠し通せないだろう」
全世界への攻撃――それが出来ない理由は、されない理由はない。
実際ローウェルは既に一度、ウィズリィ/みのりの援護をハッキング紛いの干渉で跳ね除けている。
今までも散々思い知ってきた事だが――ローウェルは手段を選ばない。
「一番良くないのは……俺達がバフ目当ての配信を始めた時点で、全世界への攻撃に合理性が生まれる事だ。
配信される側に拒否権はない。どうせ世界が滅びればみんな死ぬんだから拒否権なんていらない。
――と言っちまえばそこまでだけどさ。そういう問題じゃないよな?」
それにローウェルとイクリプスが国際法を守ってくれる事も期待出来ない。
つまり銃後への攻撃には「効率的だが人道に反する」やり方がまかり通るという事。
例えば原子力発電所を不完全に破壊/侵食するとか、そうしたやり方が。
「それに――数の問題が結局解決してない。明神さんの煽りがクリティカルしたとしても……
あのブレモン運営の新作だ。プレイヤーが減るにしたって限度がある。
仮に超高出力のバフとお前の腹案がバチバチにハマったとしても、一人頭何人倒す計算なんだ?」
戦国無双じゃないんだぞ――冗談っぽく肩を竦めるエンバース。
「仮にニヴルヘイムの連中や――ヤツらと同じ要領でアルフヘイムの連合軍を引っ張ってきたとしても、かなり分が悪い戦いだ。
元々「個」のスペックではイクリプスが圧倒的に上だ……その上どっかの誰かが、余計な事もしちまったし」
エンバース=やや気まずそうな素振り/しかし言葉は止めない。
「……それに単純な戦力差も問題だが、それだけじゃない。
ゲーム攻略において数は正義だ。ヤツらはあらゆる攻略法を想定してくるだろう。
とりわけ『安全地帯を失った民間人を攻撃してメンタルを揺さぶる』なんて陳腐な手はすぐに誰かが思いつく」
ゲームには役割分担がある。全てのプレイヤーが楽しい楽しいアタッカーを務める事は出来ない。
敵にボコボコにされるのが役割のタンクがいて、攻撃を避けられないアホを助ける為のヒーラーがいる。
そして――そうした役割が性に合っていて、好んで務めるプレイヤーもいる。イクリプス達だってそうだろう。
「俺がイクリプスならまずライブ会場を見つけ出して叩く。ここでやってくれるなら手間が省けるな。
全世界配信に流血一つ死体一つでも映せばブレイブへの精神攻撃とバフの妨害が両立する。
やれば出来る。それに効率的だ。ゲームの攻略ってのは、そういうものだろ」
エンバースはそこまで語ると項垂れる/右手を額に当てる。
「――最後の戦いが始まれば、俺達は全人類を置き去りにして戦場に向かう。
逃げる事も、身を守る事も、戦う事も出来ないヤツらを。
それを……そのままにしていくのは『いいこと』か?」
黒煙混じりの深い吐息。
-
【ディスカース(Ⅳ)】
「ソイツらに、せめて自分で選択肢を決める権利を与えるのは――
たとえ今際の際でも。全身が焼け焦げて、捻くれて、元の面影なんて全部なくなって。
それでも最後の最後まで味方でいてくれるパートナーがいて欲しいか聞くのは――『よくない』事か?」
エンバースが更に一歩、なゆたに歩み寄る/その目を見つめる。
「ここにいる人達は誰もが自分じゃ何も出来ない女子供か?
俺達の配信を見ながらぽかんと口を開けて、ハッピーエンドが降ってくるのを待っているだけの生き物なのか?」
どこか哀しげな――或いは、憐れむような眼差しで。
「……話が長くなって悪いな。正直、ここまではただの前置きなんだ。俺が本当に触れたいのは――
どうしてお前が『俺が言及した数々の可能性の、一つにも思い至れなかったのか』。
……それだけだ。つまり、俺が言いたいのは――」
エンバース=なゆたから一瞬目を逸らす/目を瞑る/開く――ひどく言い難そうに再び口を開く。
「俺達がとことん上手くやってのければ、一番いい結果が出る。誰も死なない。
……いや、違うな。本当は……『お前が一人で代償を支払えば――全部上手くいく。他のみんなは無事でいられる』。
そう信じているんだろ?だがな、そんな考えは……まやかしなんだよ。何の根拠もない、希望的観測だ」
振り絞るような声。
「それが、お前の呪いなんだな。呪いなんて言い方は嫌かもしれないけど。でも、そう呼ばせてくれ」
エンバースはこれから――なゆたの大切なものを打ち砕こうとしている。
「お前とは……初めて会った時から意見が合わなかったな。合わせた事はあったけど。
でも多分お前も……何度も俺に合わせてくれていたんだろうな。正直、今日が初めてだ。
お前と、俺が似てると思うなんて――大事なんだよな。その呪いが。俺も、そうなんだ」
エンバースの「呪い」は、かつての自分の弱さと愚かさの結果だ。
だが――その事を自覚していてもなお、エンバースにはその呪いがどこか愛おしかった。
最愛だった人の為に身に帯びた呪い――それはある意味では、かけがえのない思い出でもあるから。
「やっと分かった。呪われているヤツを見ているのは……こんな気分なんだな」
エンバースがなゆたの肩を掴む。
「呪いを解け、なゆた。こんなものはただのバイアスだ。願掛けに過ぎないんだ」
振り絞るような声。
「こんなものは……全然、大したものじゃないんだ。俺達の未来を変えてくれたりなんかしない」
エンバースはこれから――自分の大切なものを打ち砕こうとしている。そして――
-
【ディスカース(Ⅴ)】
「俺は……お前が、好きだ。ずっと、ずっと大事に思ってた」
死の間際にしか伝えられなかった言葉を/ずっと死の呼び水のように思ってきた言葉を――紡いだ。
その呪いは――エンバースが命がけの戦いの中で積み重ねてきた切実な思いだった。
それが客観的に見ればただの思い込みに過ぎないものだとしても――それでも一つの人生観だった。
そう簡単に正せる歪みではなかった。
例えば自分と同じように呪いを抱えた人間がいて。
その呪いを取り除きたいと、取り除けると示してやりたいと、強く願いでもしなければ。
「ほ……ほら見ろ。何も変わらない。そりゃそうだ。もう、ずっと前からそうだったんだからな。
お前が好きだった。だから本当は……ずっと嫌だった。お前が苦しむのも、傷つくのも」
情けなく震える声/ひどく切実で――見え見えの強がりを辛うじて保った表情。
「……呪いを解くんだ、なゆた。それから……考え直してくれ。
俺は、俺達が置いていく人達にも選択肢があるべきだと思う。
俺達にはほら、選択肢なんてなかっただろ。これについては……俺の言い方が悪かったな」
半分だけ再生した心臓が暴れている。
息が詰まる――呼吸の仕方をずっと忘れていたからではない。
「全世界配信をするなら……その妨害対策も考えないといけない。
配信そのものを隠蔽出来るならそれが一番だけど……
でなきゃローウェルを手一杯にさせとく必要がある――どちらも難題だけどな」
もう燃えていない方の目の奥がひどく熱い。
「……俺じゃ、お前が願を掛けるには物足りないか?そんな訳――ないよな」
-
>253
なゆがいない隙の密談だが、継承者達も普通に参加している。
みのりさんは、アルフヘイムにいるブレイブをこちらに連れてくることに、難色を示した。
>《ただ『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』だから言うて、無理矢理召喚して、
あないに怖ろしい『星蝕者(イクリプス)』との戦いに駆り出す、ちうのは――
お師さんがうちらにしたことと同じやあらへんの?》
「た、確かに……命の保証、無いもんね……」
自分とカケルは元居た世界に呼び戻された形なので正直別に怒っていないが、
急にアルフヘイムに召喚された大多数の人間にとってはバロールの所業は普通に拉致、
場合によっては結果的に殺人である。
>《はいな。『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の召喚は反対やけど、配信は可能や。
それなら、各地に散らばった『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』も視聴できるやろし、
音声も受信できるようにしますわ。戦場で直接生死を懸けた斬った張ったをせんでも、
力になることは出来る――》
「本当!? ありがとう!」
上の世界から潜り込んでいる人がいるかは、分からないらしい。
>《それは、うちにも分からしまへんわ。
お師さんやローウェルと違って、うちは上の世界のオフィス……があるならの話やけど……で仕事しとる訳やあらへんしなぁ》
「うーん、残念……」
アラミガさんが、まるで上の世界の話題を避けるようなタイミングで、席を外したような……。
雇い主明かしてくれないし、なんか怪しくない!? と思いつつもなゆの議題に移る。
告げられた事実は、想像以上に衝撃的なものだった。
>《彼女のたっての希望よ。平穏に安静に余生を永らえるより、あと三日。世界を救って消えたい……と。
私たちの権限では、消えてゆくデータを復元することはできないわ。侵食が不可逆な消滅であるのと同じように。
だから、せめて……私とミノリは彼女に出来る限りのバフを与えた。
彼女が最期の戦いを、自らの望むまま行えるように》
>《…………他に、どないしたら良かったっちうんや!?
うちらはなゆちゃんが一本気なこと、ようく知っとる!
戦いを他人に任せて安静にするなんて、そんな道を絶対選んだりせぇへんことも!
なら……なゆちゃんの願いを聞き届けてやるより他にないやろ……!》
「みのりさん……」
エンバースさんは、二人ならいい知恵を授けてくれるかもしれないと言っていたが、
二人が精一杯出来ることをやった結果がこれのようだった。
魔眼を持つみのりさんですら手の施しようがないものを、一体どうすればいいというのか。
>「安心してくれ…僕が…僕達が・・・必ずなゆを救って見せる。不可能?知ったことじゃないね!今までどんな不可能だって可能にしてきた!…だから
だから…信じて…手伝ってほしい。みんなが諦めなければ…きっと救えるから!」
「ジョン君……。……そうだよね! 諦めちゃ駄目だ!
一口に管理者権限といっても、役職によって与えられてる権限の範囲が違うんでしょ?
多分プロデューサーは全部の権限を持ってるんだろうけど……。
なゆはメインプログラマーのシャーロットの記録を保有している……。
ということは例えばだけど……本当は本人は今からでも助かる方法を知っているけど、
それが世界を救うという主目的には反してしまうから隠している……なんてこともなゆならあり得るよね。
なゆの気が変わりさえすれば助かる可能性も0ではないんだよ。まあ、気を変えさせるのが至難の業なんだけど……」
-
>258
歌を聞いたなゆは、銀の魔術師モード封印を約束してくれた。
>「わかったよ。カザハにそこまで言われちゃ仕方ない。
銀の魔術師モードは、もう封印。二度と使わないよ、約束する」
この期に及んで銀の魔術師モードを使われたら論外なので、ひとまず安堵する。
しかしこれは大前提。問題はここからなのだが……。
>「素敵な歌だったよ、ありがとう……元気出た。
世界最強――ふふっ、そうだね。
わたしはモンデンキント。最強のスライムマスター、月子先生だから。
見ててよカザハ、わたしは自分自身の力で――絶対ローウェルをやっつけてみせるから!」
「うん! その時には最高にかっこいいBGM付けてあげる!」
なゆが自販機で飲み物を買ってきて、コーラを手渡される。
「あ! ありがと」
>「ね、折角呼び止めてくれて、こんなかっこいい歌まで聴かせてくれたんだし。もう少しお話ししようよ。
わたしたち、考えてみればこんなにふたりきりでゆっくり話すことって、あんまりなかったよね。
こんなにも長い間、旅をしてきたのに」
「いつもみんながいて賑やかだったからねぇ」
>「ああ、本当に……長い旅だったねえ。
覚えてる? エーデルグーテでオデットに会う前、みんなで街を散策したときにさ――」
「お魚くわえたエンデ君を追いかけたんだっけ……! え?お魚じゃない?」
暫し取り留めのない話をした後に、なゆがこんなことを言う。
>「……昔、お父さんが説法で言ってたんだ。
人間は……ううん、すべての命は、みんな……何か役目を持って生まれるって。
でも、大半の命はそれが何なのか見つけられずに一生を終えるんだって。
自分に課せられた役目を見つけられるのは、とても幸せなことなんだって……。」
「なんか、そんな話聞いたことあるよ。
人間の短い人生で到達するのはとても難しくて大抵一回では無理だから、
何回も生まれ変わりながら少しずつ近付いていくとか……」
>「その点、カザハは凄いよね。ちゃんと、自分に課せられた役目を見つけることができて」
「あはは、ありがとう。でも我、本当はみんなよりすごく年上だから……。
といってもそのうちの殆どはプログラムに従って無為に過ごしてただけだけど……。
でもさ、みんなの方が我よりすごく大人なんだ。
やっぱり精神年齢って生きてきた年数じゃなくて残りの年数で決まってるんだね。
この調子じゃあ風精王として認められるのはいつになることやら……」
むしろなゆは前世もなくて、これが正真正銘の一回目の人生で、
その上まだ十数年しか生きてないのに、なんでこの領域に到達してるんだ!?
――若くして役目を果たして人生を終える定めだから?
そんなの嫌だよ。立派に役目を果たさなくていいから、駄目人間になって全然いいから生きててほしいよ……。
-
>「わたしは……誰かの役に立ちたい。困っている人を助けたい。
それがわたしという命の果たすべき役目なんだって、ずっと信じてきた。
灯なき人の灯りに、杖なき人の杖に、牙なき人の牙に。そんな人間になりたい。
……この旅じゃ、逆にみんなに助けられてばかりだったけどね」
「そんなことないよ! なゆがいなきゃ、みんな露頭に迷ってたよ……!」
もし仮になゆが離脱することがあっても明神さんが立派にリーダーを代行してくれたかもしれないけど、
結果としてその必要性は無く、なゆは立派にリーダーを務めあげた。
>「でもね……こんなわたしでも、やっと。この旅を終えて、世界を救うことで……
役に立てたって、誰かを救えたって。胸を張って言うことが出来そうなんだ」
育ての母親が病気で亡くなったって、言ってたな……。
そんなのなゆのせいじゃなくて、誰のせいでもないのに。
いや――本当に”誰のせいでもない”のか?
確か、普通の病気じゃなくて正体不明の奇病だった、みたいなこと言ってた。
それが、この世界で自然発生したものではなく、上位世界の干渉を受けたものだとしたら?
といっても、シャーロットではないだろう。
そうであってほしくはない、という希望的観測だけではなく。
仮に彼女が、なゆが世界を救うには自己犠牲の精神が必要と考えていたとしても――
なゆは彼女自身が送り出した存在なのだから、そんな回りくどいことをしなくても
最初から必要と思われる素質を備えさせて送り出すことは、やろうと思えば可能だったはず。
なゆは母親の死に直面して結果的に気高き信念を持つに至ったが、
なゆ自身は、(端から見るとツッコミどころ満載としても)自分のことを普通の女子高生だと言っている。
普通の女子高生ならそんなショッキングなことがあれば、心が折れてしまっても何ら不思議はないわけで。
そう考えると、容疑者は見えてくる。単純に、ローウェルがなゆの心を折るために――
「……」
この仮説は、胸にしまっておこう。
根拠無しの憶測に過ぎないし、言えばなゆが、母親は自分に関わったばかりに――と更に自分を責めてしまうだけだ。
「なゆはきっとやってみせるんだろうな。
でも、世界救えなくたって、誰の役にも立たなくたって、生きてていいんだよ……」
なゆは自分のように影を背負っていない、光の下を歩いてきた存在……そう思ってきたけど。
もしかして、なまじ器用なぶん、呪縛を背負ったまま頑張り続けることが出来てしまっただけなのか?
信念と強迫観念の違いとは、本人が解放されたいと思っているかいないかだけなのかもしれない。
英雄とか聖女とかいう人種って、案外そうやって生まれるのかもしれない……。
でも仮になゆの自己犠牲の精神が過去の壮絶な経験から来る呪縛だったとしても。
本人はそれを解きたいとは思っていなくて、それこそが自分に与えられた役目だと誇りを持っているのだ。
本人の意思を尊重するなら、信じる道を全うさせてあげるべきなのか?
-
(そんなの、分かんないよ……)
そもそも、本人が解きたいと思っていない呪いを他人が解くことなんて、可能なのだろうか。
今の状況は、魔眼を持つみのりさんも、知恵の魔女であるウィズリィちゃんもそれが不可能と判断した結果なのだ。
>「――『♪きっときっと 辿り着く 最高のエンディング』――か。
カザハの作ってくれた歌の通り、わたしは……わたしたちは絶対に、最高のエンディングへ辿り着く。
だから……最期まで見ててね、語り部さん。
わたしのこと――…」
気に入ってくれたのは良かったけど、解釈違い(※確信犯)甚だしい歌詞をあっさり受け入れ過ぎてて、なんか違和感を感じる……。
いっそ、勝手なこと言うなって、怒ってくれれば何かの糸口になったかもしれないのに。
その漢字変換、最後じゃなくて最”期”だよね!?
(あ……!)
“最高のエンディング”は存在するエンディングの中で最も良いエンディングを意味する。
つまりそもそも微妙なエンディングしか存在しなかったら、
その中で一番マシなエンディングがベストエンディングという理論が成立するのである!
解釈によっては、解釈違いを回避できてしまう……!
(しまった――! “最高”とかいう相対的な言葉じゃなくて
”全員生存ルート”とかのもっと直接的な言葉にしておくべきだったか!?)
ボランティアに戻ろうとするなゆの後ろ姿に、一方的に叫ぶ。
「なゆ! 死んだら駄目だよ! まだ全然役目果たせて無いよ!
この戦いで役目が終わりなんて思ったら大間違いなんだから!
君はこの先も、たくさんの人を救うんだから……! 手始めに副会長不在で露頭に迷ってる生徒会の面々とかさ!」
本当は、もう充分頑張ったよ、これ以上頑張らなくていいよって、言ってあげたい。
でもそれでは、石頭通り越して鉄鉱石頭のなゆは、心を閉ざしてしまう。
だから敢えて、もっと頑張れと言った。
でもなゆはシャーロットの情報があるぶん、他の皆より持っている情報量が多い。
そのなゆがこうも覚悟を決めているということは……
本当にそもそも微妙なエンディングしか存在しなくて、なゆの犠牲のもとに世界が救われるのが一番マシなエンディングなのか――?
もしくは、なゆの死自体が何かのトリガーになっている……?
そんなことを一瞬思ってしまい、頭を横に振ってその思考を振り払う。
(諦めちゃ……駄目!!)
そもそも自分はこういう時、先陣切って突撃して玉砕する役回りなのだ……!
むしろ銀の魔術師モードを使わないとの約束を取り付けることが出来ただけでも、上出来なのでは!?
-
>248
>「………わかった…短時間で覚えたいなら…手加減はナシだ。いいね?もし辛くなったら…」
ジョン君は急な申し出に、承諾してくれた。
「ありがとう! 弱音吐かずに頑張る……! ……でも絶叫はするかもしれないけど許してね。
……あ、この服、体術の訓練するには不向きかも。ちょっとだけ待ってて」
そこで初期装備の王道シルヴェストルセットに装備を変更し、
ついでに最終決戦に備えて綺麗にしておきたいので、いつもの服を洗濯機に放り込む。
そしてスマホ連動ウェアラブル端末を外してカケルに渡しておく。
図らずも初期と同じ格好になった。
「そのグラフィック、懐かしいですね……あの時は少年型だったから厳密には微妙に違いますけど」
「その微妙な作画の違いが判別できる人はかなりの上級者やで?」
そんなこんなで指導が始まり、何か一つだけでも充分過ぎたのだけど、いくつか教えてくれた。
「えっと、こう……かな?」
明神さんに超スパルタ指導している様子を垣間見たことがあるので、
顔面から体液垂れ流しながら絶叫することになるのを覚悟していたのだが……
実際にはそんなことはなく、上手に教えてくれた。ということは……
(あれ、クーデターを企てた罰という名目だったけど……実際がっつり罰ゲームだったんじゃん……!)
普通の人間とレアモンスターの素の肉体スペックの差もあるとはいえ、絶対それだけではないよな!?
明神さんに目撃されたら、「普通に上手に教えられたんかい!」と突っ込まれそうだ。
ひととおり終わったところで、カケルにスマホを渡し、我のデータを見てもらう。
(カケルにスマホを渡すと表面上立場が逆転する謎仕様により、こういうことが出来てしまう)
ワクワクしながらスマホを覗きこむ。
「わあ……! 習得してる……!」
練習した技達が、いくつかのスキルとして表現されていた。
もちろんこの短時間なので、どれも初歩の初歩ではあるけど。
習得したことがはっきりデータとして表現されるのって、なんか楽しい……。
(この世界がゲームである以上、多分みんなデータとしては存在してると考えられる。
ただ普通は見る手段が無いだけで)
ジョン君が心配そうに告げる。
>「カザハ…君は筋がいい。今僕が教えた護身術を完璧にマスターして応用までしてみせた…
だからこそ言わせてくれ…自分からこの護身術を使うような事はしないと…」
「うん、心配しないで。我は最後列で後方支援するのが戦略上有効だって、分かってる。
それに……仮にしようと思っても出来ないかも。殆ど発動条件が”パッシブ”になってるみたい。」
使うとしたら、あいうえ夫さんと戦った時みたいに、どうしても自ら立ち回らないといけなくなった時だけだ。
しかしあれ、つくづく能力値バフのゴリ押しだけでよく押し切れたな……!
-
>249
我のリクエストに応じ、ジョン君が料理を作ってくれることになった。
>「なにも照れる必要なんてないさ…よし!久々に作るとしよう!…材料なにが余ってるかな…準備できたら呼ぶよ」
「いいの……!? やった……! 汗かいちゃったからシャワー浴びとくね」
汗をかいてもすぐに風化するから関係ないと言えば無いのだが、気分の問題である。
とりあえず洗濯していた服を回収しに向かう。
嬉しさでつい足取りが軽くなり、カケルがすかさず突っ込む。
「動けないんじゃなかったんかい!」
>「カザハ!待ってくれ!」
ただごとではなさそうなジョン君の声に、驚いて振り向く。
「どうしたの……!?」
>「………すまない…なんでもない…ただ…名前を呼びたかったんだ」
「……?」
特に変わった様子は無かったはずだ。
そういえば若干、口数が少なかったような気はするけど……
こんな状況なのだから、緊張して口数が少なくなるのも当然だ。
それでも作ってくれるのだから、こちらも全力で向き合わなければ……!
少し経って、料理の準備が出来たということで食卓に付く。
「ありがとう! カケルの分まで作ってくれたの!?」
作ってくれた料理を見て思う。
こやつ、ノリが日本人じゃないくせに言葉遊び大好きな日本人の心を理解している……だと!
(いざ、実食――!)
「トカゲじゃ、ない……ッ!」
よく都合よく材料揃ってたな――!?
作って貰ったからには一切の雑念を排除して味わい、全力の食レポをもって感謝を示さねば……!
「美味しいものの上に美味しいものが乗ることにより発生する奇跡のケミストリーッ!
我は! それを今! 体感しているッ!
……えーと、つまり分かりやすく言うと……すっごく美味しいよ……! 何か特別なもの入れた!?」
食レポを諦め、夢中で食べていると、妙に視線を感じる……。
ジョン君がこちらを、嬉しそうに見ている。
「そ、そんなに見られたら恥ずかしいよ……! なんでそんな嬉しそうにしてるの!?」
あれ? なんか、涙出てきた……。辛すぎた!?と心配される。
-
「違うんだ……。こんな時なのに……作ってくれたのが、嬉しくて。
その上、キミが嬉しそうにしてるのが嬉しくて。
本当にありがとう。お礼に、明日たくさん歌うよ。最後まで頑張れるよ……!」
「カザハ、『今それどころじゃない』っていつも忖度してましたから……」
「そうそう、忖度(※2017年流行語大賞)は日本の政治家の必須科目……って我、政治家ちゃうわ!」
カケルが要らん解説をしてくれたのでとりあえずノリツッコミしておく。
そして、ふとジョン君の皿に目をやり、要らんことに気付いてしまった。
(もしかして我、ジョン君よりたくさん食べてる……!?)
別に恥ずかしいことではないのだけど、これだけ体格差があってそれは、やっぱりちょっと恥ずかしい……!
アルフヘイムではそんなに食べなくても平気だったんだよ!? ほんまやで!?
このままでは食いしん坊キャラを確立してしまう気がして、言い訳をする。
「地球にいると、向こうにいる時よりお腹空いちゃう。
きっとアルフヘイムより空気中の風の元素が少ないんだね。
でもそれって、キミと一緒に美味しいものたくさん食べれるってことだよね……!
だから……キミが地球で生きるなら、地球にいるの全然平気だよ!」
(あ、結局食いしん坊キャラっぽくなってしまった……!)
でも、精霊族が属性元素の不足分を食事で補填できる便利仕様で良かった……。
「空気中から取り込むオンリーです」だったら始原の草原に引き籠っとくしかないじゃん!?
当然、あらゆるモンスターがその手の便利仕様というわけではない。
そういえば、精霊族が人間的な肉体を持った種族として描かれてる作品って、むしろレアだよな!?
下手すると幽霊みたいな感じで実体すら無かったり自らの意思すらないこともあるし。
なんとなく、エンバースさんからラーメンを平然と貰って食ったのを思い出してしまった。
「……。本当はエンバースさんだって、なゆと一緒に美味しいもの食べたいよね……」
いけないいけない、しんみりしてしまった。
「でも、よく分かんないけど半分戻ったってことは、もう半分も戻れるかもしれないよね……!」
皿に残っているのを、平らげる。
「ごちそうさま! 元気出た! 呪歌の出力、上がっちゃった……!
あのさ、まだできること、きっとあるよね……!」
といってももう自分ではどうにもならないので完全なる他力本願なんだけど。
というわけで、皿を片付けると、エンバースさんを探しに行く。
エンバースさんが一人でいるところを見繕って、呼び止める。
「みのりさんとウィズリィちゃんに相談してみたけど……全然駄目だよ!
そりゃそうだよ、あの二人でも手の施しようがなくて最善を尽くした結果が今の状況だもの……!
……あ、対イクリプス戦の話ね!」
「ここからはひとりごとだから返事は要らないんだけど。
デザイナーとプログラマーでは持ってる権限が違うだろうからさ、
もしかしたらみのりさんは知らなくてなゆだけが知ってる何かがあるのかも。
そうだとしたら、本人の協力を得ないとどうにもならないんだよね。
ぼくなりに頑張ってみたけど……全然歯が立たなかったよ。
これは憶測だけど、もしかしたら、なゆのあの頑なさは、ローウェルの呪い、なのかも……。
あんなの多分誰にもどうにもできないけど、もし仮に万が一どうにかできるとしたら、君だけだよ」
思い付いただけの根拠のない憶測を敢えて伝えた。当たっているか的外れかは別に問題ではない。
根っからのゲーマー気質のエンバースさんは、どんな状況でも明確な敵が想定されていた方が燃えるのだろうから。
-
>260
>263
>「理由はみんな、もうとっくに理解してるでしょ。……分かっているのに、見ないふりしてる。
だから、わたしが言うわ。
――――――――『それは』。『よくない』。
わたしたちの戦う意味。やるべきこと。それを見誤らないで」
なゆは避難民総ブレイブ作戦をちょっと、いやかなり怖いぐらいの圧をもって却下した。
声を荒げることなく、言葉に有無を言わさぬ圧を込める感じ……!
シャーロットは怒るとめちゃ怖い、というようなことをガザーヴァあたりがちらっと言っていたような気がするが、こんな感じだったのだろうか……。
そういえばシャーロットの固有技が、業魔の一声、だったっけ……!
何にせよ、この気迫に逆らえる者はちょっといるとは思えない……。
>「なるほどな。ではご期待に応えて――俺はちゃんと、こう言ったよな。
ブレイブの力があるに越した事はない。『身を守るにしても』『逃げるにしても』――だ。
まさか、みんな俺の事を誰彼構わず戦場に駆り出す冷血漢だと思ってたのか?それは……ちょっと傷つくな」
(いた――――――!!)
>「……まあ、いいさ。まずはみんなの話を聞かせてもらおうかな」
ちょっとハラハラしたが、エンバースさんはいったん引き下がった。
気を取り直して、明神さんがフレンド借り受け作戦を提示する。
>《それは可能や。昨日言うとった世界規模配信、そのついでに働きかければよろしおす》
「戦いの様子をね、全世界に配信してもらうんだ。
音声の受信も出来るから、ブレモンのBGM演奏できる人に協力してもらえるし」
>「え、そんな話してたの? わたしがボランティアしてる間に? 言ってくれればよかったのに……。
う〜ん、現状の説明なんかはしなくちゃだけど、避難してる人たちを戦わせるよりは全然マシね」
結論としては、全世界配信と、フレンド機能を使ったモンスター借り受けが採用となった。
人間急に戦わせるのは駄目なのにモンスター急に戦わせるのはええんか?
と一瞬思ってしまったが、そういう発想が出てくるのは自分がモンスターだからなのだろう。
このパーティーはブレイブ本体が戦い過ぎてすっかり感覚が狂っていたが
そもそもブレモンは前提としてモンスターを捕まえて戦わせるゲームでありブレイブ自身は戦闘能力は無いのが通常なわけだ。
その前提を踏まえると、フレンドリーファイア無効無しのガチの戦場に通常の人間を放り込もうなんぞ、狂気の沙汰だ。
それに対してモンスターは最初から戦いの場に出るのを想定した仕様に設定されてるし、そりゃあ人間とモンスターでは訳が違って当然である。
そういえば、前にバロールさんが「ゲーム内でモンスター殺してまくってるお前らはどうなんだ」でカマかけてきたことがあったな!?
結局、ゲームのブレモンは上の世界から見たところのゲーム内ゲームで、現実に直結するものではなかったけど。
脅かしやがって……!
>「テレビ的な有名人だったら…ある程度知ってるけど…フレンド…フレンドかあ…うん………ごめん力になれそうにないや…」
>「………せめて…ロイがいてくれれば…な」
(助けてあげられなくてごめんね……)
-
ロイ君から気絶したジョン君を託された時のことを思い出す。
どう慰めていいか分からず、ジョン君の手を握る。
気を取り直してなゆが話を進める。
>「ううん、ジョンにはもっと別の役目があるよ」
>「全世界配信。そのMCをジョン、あなたがするんだ」
>「テレビ的な有名人を知ってる……っていうなら、その人たちに呼びかけようよ。
有名人っていうのはみんなインフルエンサーなんだ、その人たちが何かを呟くだけで、
世界中にものすごい勢いで伝わっていく……。みんな知ってるでしょ?
ジョンは、そのきっかけを作ってくれればいいんだよ」
そしてガザーヴァが、予想外の申し出をした。
>「んで、フォロワーを増やした上でバカザハが呪歌のバフを掛けるって段取りか。
フン……まっ、面白くねーケド、またデュエットしてやンよ。
配信とはいえ何億人もの人たちの前で歌うんだろ? あがり症でお調子者のバカザハだけじゃ心配だかんな!」
「……いいの!?」
思わず満面の笑みが零れる。
一緒に歌っている間に明神さんがあんなことになってしまったし、つい無理させ過ぎて倒れちゃったから
もう歌うのはこりごりと思われていると思ってた。
>「……全人類に力を借りて総力戦をしよう。そう言ってるのか?本気か?」
エンバースさんが反論するも、場の雰囲気でなんとなくスルーされた。
>「そのバフ……とやらは、我らにも有効なのか?
今まで、この地に召喚されたモンスターたちを可能な限り保護してきた。
我が同胞たちにも呪歌の効力が及ぶのなら、心強いのだがな」
「もちろん、効くよ!
本来各種スキルってモンスターにかけるのを想定してるものだしね……!」
>「ん、期待してる。
それじゃあ、作戦はそれで。ジョン、時間までリハーサルしておいてね。
明神さんはジョンのスピーチの内容を考えてあげて。
フォーラムでみんなをやり込めるくらい多弁だった明神さんだもの、お茶の子さいさいよね?
カザハとガザーヴァも……最高のライブ、楽しみにしてるよ」
「任せといて!」
>「しかし、そうなるとジョン殿とカザハ殿、幻魔将軍は戦力としては当て込めぬということになるな。
どうする? 其方ら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』三名と妾、アシュリー、兇魔将軍とその手の魔物。
連中の頭数が相当減少することを前提としても、此方の圧倒的不利は否めぬぞ」
>「それどころじゃない。もっと大きな問題があるだろ?総力戦になるって事は――
――ああ、いや。お前達はこの世界の歴史なんて知らないもんな」
>『それについては大丈夫』
>『わたしに腹案があります。
……ね? みのりさん、ウィズリィ! 進捗はどう? 間に合いそう?』
>『え? 腹案ってなんだ、って?
ふふ……それは、決戦の時までのお楽しみ!』
-
もはやエンバースさんをスルーして、話をまとめるなゆ。
>「……ああ、なるほどな。やっと分かった気がする。ずっと、こんな気分だったんだな」
>「……初めて会った時を思い出すな。お前とはいつも意見が合わない。
だから今更かしこまる理由もない。ハッキリ言わせてもらうぜ――」
エンバースさんは自分の意見が却下されたのが余程気に食わないらしく、まだ食い下がっている……!
いや、明らかに話がまとまった雰囲気やん! 混ぜっ返すのもうやめよう!?
「なゆが諸般の事情を総合勘案してまとめたんだからいつまでもゴネないの!
今までだってなゆのまとめでうまくいってきたでしょ?」
エンバースさんはお構いなしに、反論を始めた……!
なゆがまとめた作戦の問題点を、最悪のパターンを想定して指摘していく。
口調はいつも通りだが、その様子はいつになく必死で……。
(……!?)
自分がなゆの決断に疑う余地もなく従おうとしていたことに、違和感を抱く。
確かに今までなゆのまとめでうまくいってきたが、
最後までなゆのまとめに従っていてはなゆが死んでしまう状況が今なのだ。
>「……話が長くなって悪いな。正直、ここまではただの前置きなんだ。俺が本当に触れたいのは――
どうしてお前が『俺が言及した数々の可能性の、一つにも思い至れなかったのか』。
……それだけだ。つまり、俺が言いたいのは――」
>「俺達がとことん上手くやってのければ、一番いい結果が出る。誰も死なない。
……いや、違うな。本当は……『お前が一人で代償を支払えば――全部上手くいく。他のみんなは無事でいられる』。
そう信じているんだろ?だがな、そんな考えは……まやかしなんだよ。何の根拠もない、希望的観測だ」
エンバースさんがなゆを説得しようとしている本題は、対イクリプス戦略自体ではなかった。
それも含まれるのかもしれないが、もっと根本的なことだ。
なゆが自ら犠牲になろうとしていることに、まさに今踏み込もうとしているのだ。
(ここが、分岐……ってこと!?)
全然気付かなかった……!
『今までずっとなゆの決断に従ってうまくいってきたけど、今後なゆの言葉に反しなければならない分岐点がどこかにあるのかも……』
って言ってたのはどこの誰だっけ!?
……いや普通分からんでしょ! ヴィゾフニール入手ルート並みの激ムズ分岐やん!
こんなの攻略サイト見ない限り! 絶対! 見つけられない!
なゆのまとめた方針を疑ってみるという発想自体が、抜け落ちていた。
圧に圧されたのもあるが、決して無理矢理ではなく
「まあそうなのだろう」と内容的にも普通に納得してしまっていた――気がしていた。
なゆは、歴史上の偉大な英雄や革命家が持っている何か――カリスマとも言うべき資質を持っているのかもしれない。
鶴の一声で「この人が言うのだからそうなのだろう」と皆がそちらを向く影響力というか。
そして世の中にはその手の影響力が効果を発揮しない者も一定割合存在して、そのうちの一人ががエンバースさんだったのだろう。
でも、思い返してみれば、違和感はあったのかもしれない。
なゆはリーダーでありながらリーダー権限を振りかざすことなく、いつも対等に対話して皆をまとめてきた。
今回みたいに上に立つ者の圧で皆を従わせようとしたことは、今まで無かった気がする。
その違和感を、エンバースさんは見逃さなかったのかもしれない。
-
>「お前とは……初めて会った時から意見が合わなかったな。合わせた事はあったけど。
でも多分お前も……何度も俺に合わせてくれていたんだろうな。正直、今日が初めてだ。
お前と、俺が似てると思うなんて――大事なんだよな。その呪いが。俺も、そうなんだ」
そういえばエンバースさん、最初はなゆに思いっきり嫌われながら根性で付いて来てたっけ……!
道理で、あれだけの圧をかけられても余裕で反論できるわけである。
>「俺は……お前が、好きだ。ずっと、ずっと大事に思ってた」
(ついに、言った……!)
息をのんで成り行きを見守る。
>「……呪いを解くんだ、なゆた。それから……考え直してくれ。
俺は、俺達が置いていく人達にも選択肢があるべきだと思う。
俺達にはほら、選択肢なんてなかっただろ。これについては……俺の言い方が悪かったな」
>「全世界配信をするなら……その妨害対策も考えないといけない。
配信そのものを隠蔽出来るならそれが一番だけど……
でなきゃローウェルを手一杯にさせとく必要がある――どちらも難題だけどな」
>「……俺じゃ、お前が願を掛けるには物足りないか?そんな訳――ないよな」
エンバースさんとなゆのやりとりを暫し見守った後、作戦会議が再開される。
「じゃあさ、もう避難民総ブレイブも全世界配信も、全部やっちゃおうよ」
「戦いをSSSのベータテストとしてやってる間は無差別攻撃はされない気がするんだよね。
SSSに地球の全世界のマップは流石に実装されてないんじゃないかな?
配信に気付いてから作れるほどすぐ出来るもんでもないはず……。
それでももし無差別攻撃されたらその時はもう…… 一億総ブレイブしかないんじゃない?」
たしかニチアサ魔法少女ものにそんな展開あったな!? あれ、どういう原理だったっけ!?
今度こそ作戦がまとまったところで、ガザーヴァに声をかける。
「ガザーヴァ、我と一緒に歌うからには特訓ね! 寝る準備出来たら我の部屋にくること!
昼間、みんなで歌の練習してた時、しれっと逃げたでしょ!
あの時はもう歌わないだろうし別にいいやと思ったけど……。一緒に歌うって、自分から言ったんだからね!?」
当然のごとくガザーヴァは、そんなの必要ないと拒否するが。
「ダ――メッ!
急にベース持って立ってるからお姫様時代に呪歌も習ったのかと思ったけど……全然じゃん!
よくそれでどうにかなったもんだよ!
あの後なかなか目を覚まさなかったから心配したんだからね!? また倒れさせるわけにはいかないの!」
(……あれ? もしかして我、怪しからん美少女を、自室に誘っちゃった……!?
きゃぁああああああ!!)
自分の行動に、自分で驚く。
ガザーヴァとは前世の宿敵で刺し違えた間柄だし、そもそも我は、狂暴なタイプは基本的に苦手だ。
なので、今まで「嫌われてるし積極的には拘わらんとこう……」的なスタンスで自分から絡みに行くことは無かった。
「ところでガザーヴァ……なんかいいことあった? ……まあいっか」
いつもより少しだけ雰囲気が柔らかい気がするし、こころなしか嬉しそうに見える……。
気のせいかな?
普段しないことをしたせいで、カケルにあらぬ疑いをかけられた!
「もしかして、指導者の立場を悪用した地獄のパワハラ指導で積年の恨みを晴らそうとしてる……!?
やめてくださいよ!? 今の時代コンプライアンス大事なんですから、そんなことしたら画面に映れなくなりますよ……!」
「失礼な……! 大事な妹にそんなことするわけないじゃん!」
-
【カケル】
作戦会議終了後、皆で協力して作戦の準備を整える。
そして夜になり、カザハに風呂に一緒に連れて行かれた。
もしかして、洗ってくれようとしてます……?
「明日に備えて綺麗にしなきゃ……!」
「あの……洗ってくれなくていいですからね」
「なんで? 馬形態のときは気持ちよさそうに洗われてたじゃん」
「擬人化形態だと手が使えるので自分で洗えますから」
気分的な問題を論理的に説明するのは大変難しいので、実務的な理由を答えておく。
「納得した! じゃあ羽根の付け根とかは手が届かないから洗ってあげる」
結局洗われるオチだった……!
えーと、このシーンを世間はどう理解すればいいんだ……?
「もしかして、美少女(※外見)同士のキャッキャウフフってコト……!?」(錯乱)
「我、女性型ちゃうで」
「精霊族の性別って外見だけの問題だし、非常に残念な体形の女性型でいいんじゃないですかね」
「ち、ちちちちちがう!
……いや、もしかして無性型と非常に残念な体形の女性型は本人の自称が違うだけの同一の存在なのか……!?
しかしアストラル界に基盤を置く精霊族にとっては本人の認識こそが本質なわけで……」
図らずも、本人にもよく分からない深遠な哲学的命題を提示してしまったらしい。
カザハは「激しくどうでもいいわ」ということで結局すぐに考えるのをやめた。
部屋に戻り、ガザーヴァが来るのを待つ。
正直私としては来るかどうか半信半疑だったが、ガザーヴァは来た。
おおかた、明神さんあたりに半強制的に派遣されてきたのだろう。
そして私が危惧した通り、地獄のパワハラ指導が繰り広げられた……!
カザハだけはワックワクのパジャマパーティー気分で盛り上がっとるんやろな……。
自覚の無いパワハラほど性質の悪いものはない。
パワハラの具体的な内容としては、
・一人だけ楽しそう。無駄にテンション高い。やかましい。
・暴言吐かれても全く効いてない、どころかむしろ脳内ツンデレ翻訳が発動して喜んでるように見える。怖い。
・出来るようになるまで何度でも根気強く教える地獄のループ
・出来たら褒め殺しの刑
という恐ろしいものである。
カザハは人に嫌がらせして喜ぶような人間(精霊)じゃなかったはず……! どうしてこうなった!
そんな調子でしばらく指導し、合格を出す。
-
「やっぱり思った通り、上達が早いや。流石、ぼくの妹……!」
そして部屋にある小さい冷蔵庫へ向かう。
「ぼくは君とは逆で、本当は結構悪い子だから、こんな悪い事しちゃう」
冷蔵庫から、ケーキを二皿取り出した……!
こんな夜更けにケーキを食べるとは、確かに許されざる所業……!
ご丁寧に、すでに皿に乗っている……!
一緒に食べるのを楽しみにいそいそと準備したのが目に浮かぶようだ。
フォークとお茶を添えてガザーヴァの目の前に置く。もう一皿は自分用のようだ。
一口口に運んでから、ガザーヴァに犯行を促す。
「うまっ! キミも食べなよ」
そして、ガザーヴァが食べているのをニコニコしながら見ている……。
(自分がされて困ったことを積極的に人にしていくスタイル……!)
そして、ぽつりぽつりと話始める。
「来てくれて、嬉しかったよ。たとえ自主的に来たんじゃないにしてもさ。
……いくらバカでも、分かってるよ。嫌われてることぐらい。
自分ではない誰かになるのを求められるのは、辛いから」
「でも、散々ツンケンした態度取ってるくせに、ぼくのことを絶対見捨てなかったよね……。
ただ放っておくだけで君の前からいなくなる機会なんて、いくらでもあったのに。
それにここぞというときに背中を押してくれてさぁ。そんなんさあ! 好きになっちゃうじゃん!?」
勢いで言ってしまい、気まずくなったのか、カザハはわざとらしく時計を見ると、帰るように促す。
「あ、もうこんな時間……。そろそろ寝なきゃね。明日はよろしくね」
ガザーヴァを見送ってそろそろ寝ようかと思っていると、カザハのスマホに通知が来た。
「あ、ジョン君が呼んでるみたい」
当然のごとく一緒に行こうとすると、止められた。
「一人で来てって」
「えっ、それって……」
カザハは何の警戒も無しに行ってしまった。えっ、それって……!
以前ガザーヴァに部屋に連れ込まれた時とは別の意味で心配なんですけど!?
-
>251-252
【カザハ】
「わぁ、豪華な部屋……!」
>「君も忙しいのに…来てくれてありがとう…それと…さっきは…カッコ悪い所みせてしまったね」
ふるふると頭を横に振る。
「泣きたい時は、泣いていいんだよ。
泣きたい時に無理して笑ってると、自分の気持ちが分かんなくなるから……」
>「どうぞ…座って?」
「ふふっ、何あの謎の人形……!」
豪華な部屋だけど、よく見るといろいろシュールかも!
>「何か飲む?お酒は…飲めるの?…ワイン…はやめて…無難にぶどうジュースとかにしとこうか」
「うん、明日があるからさ、ジュースにしとこ。突然どうしたの?」
>「呼び出した理由?…二人っきりで少しお喋りしたいなって…いつも誰かしらいるだろ?
カケルとかさ…別にそれも嫌いじゃないけれど…どうしても…二人っきりで話したい事があったんだ」
「あはは、カケルはもうそういうものだから気を使わなくていいのに。
ジョン君の足元にいつも部長先輩がいるのと一緒……あれ? 今は引っ込めてるんだ。珍しいね」
いつもはジョン君の足元にいる部長先輩の姿が見えない。きっとスマホの中に収納しているのだろう。
>「カザハ…君には本当に感謝してるんだ。…君はなんにもしてないっていうかもしれないけど…
僕にとって君の存在は道を踏み外さない為の…道しるべになってるんだ」
「ええっ!? 嬉しいけど……ちょっと畏れ多いかも……!」
誰かの道しるべどころか、ついこの前まで自分自身が迷走しまくっていたのである。
照れくさくなって、うつむく。
>「それで…えっと………あ〜やっぱり僕にはエンバースみたいな気の利いた言い回しは無理だな…よし」
>「今まで…なあなあで伝えてきてしまったけど…改めて…ちゃんと伝えよう」
ジョン君が目の前に跪く。もう! またナチュラルにそんなことを……!
そんなことされたら……ドキドキしちゃうじゃん!?
>「僕だけの歌姫になってくれませんか」
「”だけ”って……。そ……そんなの駄目だよ!
ぼく、このパーティみんなのバッファーで伝説の語り手だよっ……!」
思わずはい、と言ってしまいそうな自分に戸惑いながら、なんとか踏みとどまる。
>「本当は…なゆを救ってからにする予定だったんだけど…もう我慢できそうにないんだ」
>「これは自分でも意外だったんだけど…僕って結構独占欲が強いみたいでさ…さっきカザハがアイドルのように扱われて囲まれている時…とっても胸が苦しくなったんだ
そしてその後訓練した後…歩き出す君の背中をみて…あぁ…なんで僕の為に歌ってくれないんだろう…って…一人で勝手に思ってしまった…」
(――!? ぼくがみんなに囲まれてて拗ねちゃった……ってこと!?)
その手の人間特有の独占欲なんて、争いの元になるから嫌いなはずなのに。
何故か悪い気はしなかった。それどころか……
(なんだろう、滅茶苦茶、かわいいかも……! 抱きしめてなでなでしたい……!)
悪い気はしないことを伝えたいけど、なんて言おう。
かわいいって言ったら気を悪くするかな、などと思っている自分がいた……。
-
「そ、そんなこと言われたって……!
歌を世界中のみんなに聞かせて……一大ムーブメントを巻き起こしてサ終を引っ繰り返して、
エンディングは1億再生ぐらい行く歌を歌わないといけないんだから……!
それに、歌で世界中の人を元気付ける、夢だってある……! キミの隣なら出来そうなんだ……!」
>「その時気づいたんだ…これが僕が今まで経験したなによりも違う…【愛】なんだって…」
「愛……」
普段はあまり口にすることのないその言葉を、かみしめる。
(こんなの慣れてなさすぎて、どうしていいか分からないよ……!)
大きすぎる感情が押し寄せて涙が滲むが、この感情が何なのか、すぐにはよく分からない。
触られ慣れていない部分を触わられてくすぐったいような……。
すごく美味しい食材を初めて食べる時、一口目は美味しいのか何なのかよく分からないのと似たような感じかも……。
>「もちろん君が…みんなの前で歌うのをやめろとは言わない…ただ…僕の為に…歌ってほしい…同じくらい…僕の方が多めがいいな…」
じわじわと、胸の一番奥が暖かくなってくる。
ドキドキしているのに、すごく安心しているような、普通は両立し得ない不思議な感覚。
春の温かい大地に寝転がっているように、とても心地いい。
「もちろん、ぼくだって、ぼくの一番のファンに一番たくさん聞いてほしい!
もういいっていうぐらい、聞いて貰うから、覚悟してね……!」
>「僕は…僕の人生を全てを捧げる」
「ぼくは風精王として認められるまでにアホみたいに長い時間がかかっちゃうだろうから、
キミに同じ言葉を返してあげることが出来ない……。
でもそれって、君から見れば、確実に一生ぼくが隣にいるってこと……!
この気持ちが、君の言う【愛】と同じものなのかも、分からないけど……
この先どれだけ長く生きたとしても、ぼくをこんな気持ちにさせてくれるのはきっとキミだけ。
キミが人生をくれるなら……キミがいてくれる間めいっぱい、キミが笑顔になること、一緒にいろいろたくさんしたい!
だから、元気で長生きしてくれなきゃ困るよ。すぐいなくなったら駄目だからね!?」
>「僕の歌姫に…なってくれますか?」
手の甲に口づけされる。
こんな風にジョン君に攻めてこられたら……ぼくは陥落するしかないのだ。
自然に満面の笑みがこぼれる。
「ニヴルヘイムに出発する前、そうやって元気付けてくれたよね。
その時から、とっくにキミの歌姫だよ……!」
勢いで言ってしまったものの、やっぱり歌姫って自分で言うのはちょっと気が引ける……!
「……あはは。
キミに言われるのはちょっと慣れてきたけど、自分で言うのはやっぱり恥ずかしいや……
!?!?!?!?!!!!!!!」
突然視界が回転し、気付けばベッドに仰向けになって天井を向いている。
どうやらジョン君に押し倒されたらしく、身動きできないけど痛くはない絶妙な加減で押さえつけられている。
(えーっと……なんだろうこの状況。体術訓練の抜き打ちテスト!?)
現実逃避した思考を繰り広げつつ、戸惑いながら問いかける。
「ジョン君……? 急にどうしたの……?」
-
>「カザハ…分かってるんだろ…君がかわいい反応をすればするほど…僕がやっとのことで留めている理性がなくなってくって…!」
(か、かわいいって……! いや今それどころじゃなくて! 豹変していらっしゃる――!)
かわいいに照れて呑気に頬を染めている場合ではない。
さっき一瞬子犬のように可愛らしく見えたジョン君が狼に豹変してる……!
(これ、乙女ゲーのやつだ……!)
それってつまり……そういうこと!? ジョン君はぼくと、そういうことをしたいと……!?
いやいやいや、ぼくはオオサンショウウオ(天然記念物)とかツチノコ(未確認生物)とかサカバンバスピス(絶滅動物)と同じカテゴリーだよ!?
確かに体術訓練は頼んだけど、夜の体術訓練(意味深)は、頼んでない……!
一緒にいろいろやりたいとは言ったけど、流石にこれは対象外……!
「落ち着いて! ぼく、古のヲタクで古代の天然記念物だよ!?
それにシルヴェストルにそういう文化無いし!
ジョン君は百戦錬磨でこんなのどうってことないのかもしれないけど!
こっちは数百年そういうのとは無縁で生きてきたんだから……! どうしていいか全然分かんないし!
それに見ての通りこんな体形だからきっと全然面白くない……じゃなくて!
この実体は歌で想いを伝えるために与えられてるんだよ。そういうことするためじゃない……!
もう色んな意味で駄目! いくらジョン君でもそれは駄目――――ッ!」
……って何を言わせんだ!? 顔が、近い……! 唇を狙われている……!?
戦略的なやつじゃないそれを許したら部長先輩のかわいい後輩でいられなくなってしまう!
反射的に顔を横にそむける。
「ひゃっ……」
不意打ちで首筋に甘噛みされ、思わず変な声が出る。
(そっちか――!)
横を向いたことで結果的に首が無防備になってしまった……。
もう観念するしかないのか!? 画面が暗転して次のシーンで雀がチュンチュン鳴いてしまうのか……!?
ちなみに画面が暗転している間に何が起こっているのかは永遠の謎である。
>「ぷはあ………今はこれだけで我慢してあげるね」
>「この続きは…世界となゆを救ったらね」
予想に反してジョン君はあっさりぼくを解放し、ドアの方に向かう。
>「じゃ…僕は部屋に帰るね…お休み…カザハ」
「え、あ、ちょっと……!」
急展開に付いて行けず、その場に取り残される。
「続きって……」
暫し仰向けの姿勢で呆然としてから、ようやく思考が戻って上体を起こし、頭を抱える。
(油断、してたんだ……ッ!)
改めて考えてみれば、この謎な雰囲気の部屋に同伴者無し指定で呼ばれてベッドに座らされて……って、いかにもじゃん!
話がしたいだけなら、こんな豪華なベッドがある必要性、無いじゃん!
もっと早い段階で気付けよ自分!と今更思うが、仕方ないじゃん!
今まで数百年無かった類の展開は永遠に自分の身には起こらないと思うじゃん!?
無性型ってこういうイベントが起こらないように設定されてる属性じゃなかったんか!?
まさかジョン君はそういう条件が無効のニュータイプなんか!?
「予約、されちゃった……っ!」
-
……そもそも未確認生物相手にどうするつもりなんだ!?
現況確認(意味深)してから臨機応変に対応(意味深)するつもりなのか……!?
「――未確認生物が、確認(意味深)されちゃうってコト!?」
……って何を具体的に考えてるんだ! それ以前の問題やろ! なんか、腹立ってきた……!
即時予約成立のホ〇トペッパーじゃないんやで!? こっちは承諾するなんて一言も言ってない……!
愛とか大層なことを言って結局それ!?
絶対モテモテだしどうせ今まで列を成して押し寄せる有象無象を契っては投げ契っては投げしてきたんだろうけど!
調子に乗るんじゃねー! 世間ではイケメンアイドルかもしれないけどぼくに言わせりゃ芸人枠の珍獣ハンターなんやからな!?
ぼくとジョン君の関係性を、その辺にいくらでも転がっている名前の付いた関係性にカテゴライズされたくない……!
――って、腹を立てる方向性がおかしくない!? 分かってるよ有象無象とは全然違うことぐらい……!
でもそんなことしたらブレイブ&モンスターズ(R18)になっちゃうし!
未確認生物がうら若きイケメンを篭絡したなんてことになったら逮捕されちゃうし!
我が近年のポリコレ的な配慮で投入されてる枠だとしたらイケメンにホイホイっと陥落したら炎上案件な気がするし……!
部長先輩部長に部長室に呼び出されてしまうし……!
というわけで諸般の事情を総合勘案して検討すると駄目だと思うんだ……!
「なんか熱い……のど乾いちゃった……」
とりあえずコップに残っているジュースを飲み干してから、部屋を出る。
「あ……遅かったですね…… ――――!? えっえっ、ちょっとまさか……」
顔を真っ赤にして瞳を潤ませているのであろう我を見て、カケルが驚愕する。
「な、なんでもない……!」
「ジョン君とどんな関係になっても、変わらず背中に乗せますからね……!」
「やかましいわ!! 未遂やわ!!」
カケルが要らんことを言ったので枕を投げつけておいた。
そもそもお前、別にそういうユニコーン的な設定無いやろ!! っていうかそういう関係にならんから!
力で敵わない相手に押さえつけられてあんなことをされるなんて、
シルヴェストル的にも陰キャヲタ的にも、恐怖でしかないに決まってる。
――あれ?
そういえば、驚愕のあまり諸般の事情を持ち出して拒否はしたけど……自分自身は嫌ではなかった……?
それどころか、あっさりジョン君が出て行って、ちょっとだけ、拍子抜けしてしまったかも……。
(な、なんだって――――――――!! 駄目だけど、駄目じゃないってコト!?)
-
自分自身に愕然とする余り奇声を発することすら出来ずにベッドの上を転げ回る。
そうだ、ぼく自身よりもぼくのことをよく分かってくれるジョン君が、ぼくが本気で嫌なことをするはずが無いんだ……!
もしかして、ジョン君がああいうことしようとするのは、ぼくが歌で想いを伝えようとするのと一緒なのかな?
ちょっと強引だったのは、本気過ぎて余裕が無かった……ってこと!?
ジョン君が想いを伝えようとしているのだとしたら、ちゃんと受け取りたい……けど!
そんなの! 手段の態様が! あまりにも! 刺激的過ぎて! 卒倒するかもしれない……ので!
予約承諾するかは、今のところ保留で……!
「ぎゃあああああああ! 鼻血出てきた……!」
今までそっち方面には一切無縁の超清純なキャラで通してきたのに……。
こんなの著しいキャラ崩壊じゃないか、どうしてくれるんだ!
「どんだけ興奮してるんですかッ!」
カケルに暖かいお茶を飲まされて、ようやく少し落ち着く。
(そういえばジョン君、隣の部屋だったな……)
キーボードを手に取り、音色をミュージックボックス(オルゴールみたいな音)にセットする。
わざと隣に聞こえるように、壁にもたれかかって、『憧れを追う風』を歌う。
敢えて魔力は込めずに、代わりに万感の想いを込めて。
ttps://dl.dropbox.com/scl/fi/56h2lgmyzb03uiv42iigi/2.mp3?rlkey=l5eh2lb97ufywn0p51lnb6xj7&st=t8b4siol&dl
「ふふっ」
歌い終わって、思わず笑みが零れる。
これを歌うのは当初すごく恥ずかしかったけど、今はそんなに恥ずかしくない……。
いつもドストレートに想いを伝えてくるジョン君に影響されてしまったみたいだ。
キーボードを置くと、決戦開始の時間に間に合うように目覚ましをセットし、ベッドに潜り込んで眠りにつく。
夢見るのは、誰一人欠けない、幸せな未来――
-
>「代わりの案を出さずにこんな事言いたくは僕もないんだけど…避難民を戦わせるのだけはやめないか?
せめて…数は激減するだろうけど希望制にする…とか…敵と戦わせないから大丈夫とか…
戦うのはモンスターだからとか…そんな話してるんじゃない…
悲惨な光景を見た・感じた後に…中途半端な力に低い士気は…自殺のように飛び出して死に行く人や…最悪味方殺しを始める可能性 だってある事を…覚えといてほしいんだ」
「お前の言ってることは分かるぜ。俺も避難民を無理くり戦わせようとは思わん。
けどな……こんなこと言いたかねえけど、『無謀な突撃』も『味方殺し』も、ブレイブの力があるから起こるわけじゃない。
ここはアメリカだぜ。銃社会の、セルフディフェンスの国だ。そういうことする奴はブレイブだろうがなかろうがやるんだよ」
ラスベガスのあるネバダ州は全米でも特に銃規制の緩い。
拳銃もライフルも所有はおろか携行すら許容されてる。治安の悪い都市部なら保有者も多いだろう。
今は誰も彼もイクリプスに怯えて大人しくしてるが、避難生活が続けば銃を使った避難民同士の衝突も起きうる。
極限のストレスによる感情の爆発。物資の配当を巡った争い。暴力の種はそこかしこに転がってる。
「『銃』も『ブレイブの力』も自衛力って意味じゃ変わらん。
ナイの言ってることを信じるなら、次はこのセンター内にもイクリプスが入り込んでくる。
戦う戦わないは別として、ここが戦場になる以上ここに居る全員が身を守る手段を手にする機会を与えられるべきだと思う。
それに市街地にはまだ救助できてない避難民が山程居るんだ、瓦礫を動かせるパートナーは誰にとっても必要だろ」
>「そうね。わたしもジョンと同意見」
俺とジョンがわやくちゃ言い合ってる横で、なゆたちゃんの声がぴしゃりと響いた。
>「理由はみんな、もうとっくに理解してるでしょ。……分かっているのに、見ないふりしてる。
だから、わたしが言うわ。
――――――――『それは』。『よくない』。
わたしたちの戦う意味。やるべきこと。それを見誤らないで」
>「なるほどな。ではご期待に応えて――俺はちゃんと、こう言ったよな。
ブレイブの力があるに越した事はない。『身を守るにしても』『逃げるにしても』――だ。
まさか、みんな俺の事を誰彼構わず戦場に駆り出す冷血漢だと思ってたのか?それは……ちょっと傷つくな」
「……わからねえな、なゆたちゃん。お前今度は、避難民みんな蚊帳の外にするつもりかよ」
俺とエンバースが反駁するも、なゆたちゃんはそれ以上取り合わず話が進む。
>「全世界配信。そのMCをジョン、あなたがするんだ」
>「テレビ的な有名人を知ってる……っていうなら、その人たちに呼びかけようよ。
有名人っていうのはみんなインフルエンサーなんだ、その人たちが何かを呟くだけで、
世界中にものすごい勢いで伝わっていく……。みんな知ってるでしょ?
ジョンは、そのきっかけを作ってくれればいいんだよ」
-
「ちょっと待てよ、全世界配信って『上』の世界じゃなくて地球でやんのか?
それこそなんの意味が――」
>「戦いの様子をね、全世界に配信してもらうんだ。
音声の受信も出来るから、ブレモンのBGM演奏できる人に協力してもらえるし」
>「んで、フォロワーを増やした上でバカザハが呪歌のバフを掛けるって段取りか。
フン……まっ、面白くねーケド、またデュエットしてやンよ。
配信とはいえ何億人もの人たちの前で歌うんだろ? あがり症でお調子者のバカザハだけじゃ心配だかんな!」
「……なるほど。全世界をバフ要員にするってわけか」
ジョンの言う『伝説を残す』を具体化するなら上位存在共の世界に働きかけなきゃ駄目だと思ってたが……
単純に戦いの規模をクソでかくするって意味ならこの世界の内側でも出来ることはある。
カザハ君の呪歌スキルは聞き手の数にも影響を受ける。地球の総人口ウン十億の半分でも聞いてりゃ途轍もないバフになるはずだ。
だけど分かってんのか?全世界の応援を受けるってことは――
>「……全人類に力を借りて総力戦をしよう。そう言ってるのか?本気か?」
エンバースも同じ考えに至ったようだった。
なゆたちゃんは止まらない。おおまかな方針をもとに具体的なステップを速やかに決めていく。
俺達が何度もアテにしてきたリーダーシップだった。
だけど今はどうにも腹の据わりが悪い。何か、取り返しのつかない場所まで転げ落ちていくような感覚。
モンデンキントの悪いトコが出ている。
これと決めたことを絶対に譲らない、超ド級の石頭――。
>「しかし、そうなるとジョン殿とカザハ殿、幻魔将軍は戦力としては当て込めぬということになるな。
どうする? 其方ら『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』三名と妾、アシュリー、兇魔将軍とその手の魔物。
連中の頭数が相当減少することを前提としても、此方の圧倒的不利は否めぬぞ」
>「わたしに腹案があります。 ……ね? みのりさん、ウィズリィ! 進捗はどう? 間に合いそう?」
>「え? 腹案ってなんだ、って?ふふ……それは、決戦の時までのお楽しみ!」
俺達を置き去りに何もかもが決まっていく。
どこか楽しげに語るなゆたちゃんの姿に、俺は食いつかずにはいられなかった。
-
「……お楽しみってなんだよ。俺達みんなが生きるか死ぬかの話だろ。
なんでお前は毎回重要な情報を共有しねえんだ。
なぁなゆたちゃん。ちゃんと話を聞――」
>「……ああ、なるほどな。やっと分かった気がする。ずっと、こんな気分だったんだな」
たまらず俺が制止するよりも先に、エンバースの声が背中を追い越していった。
振り返ると焼死体が半分生身の頭を抱えて苦虫を噛み潰していた。
>「……初めて会った時を思い出すな。お前とはいつも意見が合わない。
だから今更かしこまる理由もない。ハッキリ言わせてもらうぜ――」
>「どうもーモンデンチャンネルです。今日は世界の命運をかけて戦ってみたいと思います。
皆さんはただ見ているだけ。でもバフをブーストする為なのでちゃんと応援はして下さいね。
ついでにスパチャとフォローもお願いします」
>「――――これはフェアじゃないだろ」
エンバースの悪いトコが出ている……!
一回煽り挟まなきゃお話出来ねーのかおめーはよ!
全世界をバフ要員にすれば全世界が攻撃対象になる――そうエンバースは指摘した。
これについては俺も同感だ。クソつよバフがあるならバフ要員から片付ける。当然の仕儀だろう。
仮にイクリプスがマップのあるラスベガスから出られないとしても、ローウェルにはいくらでも攻撃手段がある。
例えば『侵食』はSSSのアセットとは別系統だ。地球上のどこにでも発生させられると考えていい。
応援してる人間を片っ端から消してけば、それだけで十分すぎるほど気勢を削げる。
>「それに――数の問題が結局解決してない。明神さんの煽りがクリティカルしたとしても……
あのブレモン運営の新作だ。プレイヤーが減るにしたって限度がある。
仮に超高出力のバフとお前の腹案がバチバチにハマったとしても、一人頭何人倒す計算なんだ?」
>「……それに単純な戦力差も問題だが、それだけじゃない。
ゲーム攻略において数は正義だ。ヤツらはあらゆる攻略法を想定してくるだろう。
とりわけ『安全地帯を失った民間人を攻撃してメンタルを揺さぶる』なんて陳腐な手はすぐに誰かが思いつく」
なにより一番の問題は……人手がまるで足りていないこと。
バージョン2で建物内のマップが解禁されれば避難民を放ってはおけない。
戦闘要員とは別に防衛に割く戦力が要る。まだ救助しきれてない市民の回収要員もだ。
こればっかりは単独の戦闘力の問題じゃない。シンプルに頭数がなきゃ出来ないことだ。
>「――最後の戦いが始まれば、俺達は全人類を置き去りにして戦場に向かう。
逃げる事も、身を守る事も、戦う事も出来ないヤツらを。
それを……そのままにしていくのは『いいこと』か?」
>「ソイツらに、せめて自分で選択肢を決める権利を与えるのは――
たとえ今際の際でも。全身が焼け焦げて、捻くれて、元の面影なんて全部なくなって。
それでも最後の最後まで味方でいてくれるパートナーがいて欲しいか聞くのは――『よくない』事か?」
焼け焦げて、捻くれて、元の面影なんてない――エンバースが零す。
それは、何もかもを喪って、それでもなおパートナーという救いだけを頼りに俺達のもとに辿り着いた男の言葉だった。
-
ある日突然非日常の、殺戮の世界に放り出されたのは俺達もラスベガスの市民も違いはない。
一歩先に乾いた死体の転がる魔境でも、頼りになるパートナーを召喚出来たから俺達は今日まで生き延びてこれた。
俺達と同じように、避難民にだって救いを手にする権利はあるはずだ。
>「俺達がとことん上手くやってのければ、一番いい結果が出る。誰も死なない。
……いや、違うな。本当は……『お前が一人で代償を支払えば――全部上手くいく。他のみんなは無事でいられる』。
そう信じているんだろ?だがな、そんな考えは……まやかしなんだよ。何の根拠もない、希望的観測だ」
>「それが、お前の呪いなんだな。呪いなんて言い方は嫌かもしれないけど。でも、そう呼ばせてくれ」
『呪い』――なゆたちゃんの苛烈なまでの自己犠牲。
それが母と慕った女性との死別に根差していることを、俺達はもう知ってる。
災害とか事故とかで一人生き残った人が、「他の人は死んだのに」と罪悪感に苛まれることがある。
生き延びてしまった意味を探し、拾った命の使い所を――死に場所を求める。
それは正しく呪縛だった。
そしてタチの悪いことに、なゆたちゃんには命を使い潰して目的を果たす力がある。
『銀の魔術師モード』……生命と引き換えに盤上をひっくり返す禁じ手を、誰かを救う為に躊躇いなく使うだろう。
>「呪いを解け、なゆた。こんなものはただのバイアスだ。願掛けに過ぎないんだ」
>「俺は……お前が、好きだ。ずっと、ずっと大事に思ってた」
エンバースが告げる。おそらく俺が初めて聞く、明確な言葉にしての告白だった。
そこにどういう心の動きがあったのかは俺に推し量る術はない。
思春期の照れ隠しなんかじゃなく、大きくて深い何かを乗り越えた……ように思えた。
>「……呪いを解くんだ、なゆた。それから……考え直してくれ。
俺は、俺達が置いていく人達にも選択肢があるべきだと思う。
俺達にはほら、選択肢なんてなかっただろ。これについては……俺の言い方が悪かったな」
>「全世界配信をするなら……その妨害対策も考えないといけない。
配信そのものを隠蔽出来るならそれが一番だけど……
でなきゃローウェルを手一杯にさせとく必要がある――どちらも難題だけどな」
「……エンバースが言いたいこと大体言ってくれやがったからな。
便乗して説教なんかガラでもねえから俺の考えてることだけ共有しとくわ」
いつの間にか立ち上がってた決まりの悪さを誤魔化すために、その辺にあった木箱に腰を下ろす。
「世界を救うために命かけなきゃならないのは……俺達だけか?」
ずっと心に引っかかってた。
地球に舞い戻るずっと前から。ブレイブになったその瞬間から。
「一昔前のセカイ系じゃねえんだぞ。世界の存亡が一握りの少年少女に委ねられてたまるか。
何も知らされねえまま化け物どもから逃げ回って、守られて、俺達が死ねば選択の余地なく一緒に死ぬ。
……これじゃまるでパニックホラーの脇役じゃねえか」
-
ホール内を見回す。ラスベガスのあちこちで救助してきた避難民達は、誰一人として無傷じゃない。
大なり小なり怪我してる奴もいれば、床に伏して苦痛に喘いでる奴もいる。
今この瞬間にも死を迎えそうな奴だっているだろう。
「ここに居る避難民は巻き込まれただけの無関係な人間じゃない。
地球の住人として、現在進行系でイクリプスの侵略を受けてる当事者だ」
ラスベガスだけじゃない、地球の80億だかの全住民がこの戦いの当事者だ。
俺達が負ければ今度こそローウェルの暴走に歯止めをかける者は居なくなる。
そうなれば地球はもちろん、アルフヘイムとニヴルヘイムも同じように消滅するだろう。
翻せば、三世界の住民全てがローウェルとの戦いとの当事者とも言える。
「戦いを無理強いはしない。みんなが助かるように手を尽くす。異論はねえよ、当たり前のことだ。
そのうえで、『当事者』として、理不尽から逃げるか抗うか、自分の意志で選び取る機会はあるべきだ。
ある日突然アルフヘイムに放り出された俺達が、それでも世界を救うことを選んだように。
ある日突然侵略されたここの連中にも、命を賭けて戦うかどうかを選択して欲しい」
戦えないなら降りたってかまわない。
選択する機会さえあれば、俺達は『勝手に貧乏クジ引いた孤独な当事者』じゃなくなる。
みんなで世界を救うんだって言える。
少なくとも、バロールは『みんなで世界を救う』ために動いていた。
グランダイトやオデットと同盟を結んだのも、世界全体でローウェルに対抗するためだと俺は捉えてる。
俺はもう一度立ち上がって、なゆたちゃんの前に出た。
「なゆたちゃん。俺達はずっとお前の意思決定を頼りにしてきた。
最後にお前がバシっと決めて、いい感じに物事が転がってくって、信頼を押し付けてきた。
……ここは譲れない。俺が自分でケツ拭くための、意思決定だ」
>「じゃあさ、もう避難民総ブレイブも全世界配信も、全部やっちゃおうよ」
対立の姿勢を示した俺達の間に、カザハ君の声が挟まった。
-
>「戦いをSSSのベータテストとしてやってる間は無差別攻撃はされない気がするんだよね。
SSSに地球の全世界のマップは流石に実装されてないんじゃないかな?
配信に気付いてから作れるほどすぐ出来るもんでもないはず……。
それでももし無差別攻撃されたらその時はもう…… 一億総ブレイブしかないんじゃない?」
「実際、銃後の連中にとってやべえのはイクリプスじゃねえんだよな。
イクリプス共がPOPすんのはラスベガスに限定されるとこの際決めつけちまおう。
問題はローウェルの侵食と……それから俺達に対するネガキャン戦術ってとこか」
全世界配信によるバフの効果を下げるなら、物理的な攻撃手段に頼る必要はない。
それこそエンバースが言及したように、死体ひとつ映像に介入させればそれで済む。
「以上を踏まえてジョン、俺が今からお前にスピーチの原案を授ける。
長々喋る必要はないぜ、『イクリプスとかいう連中に侵略されて戦ってる』。これだけで良い。
全世界のあらゆる層に届けるなら情報量は限りなく小さくしなきゃ伝わらん。映像ならなおさらな。
ざっくりイクリプスが邪悪な敵で、それと戦ってるジョンやその仲間は味方だってことが分かりゃ良い。
なんなら何も言う必要はねえかもな。連中が街を蹂躙してるの見りゃおおよその構図は検討がつく」
みんながみんな長文説明を最後まで聞いてくれるとは限らない。
というかまぁ普通に映像のインパクトが強すぎて説明は殆ど聞き流されると考えても良いだろう。
ガチで全世界に配信すんなら、発展途上国とか紛争地帯とか配信見てる場合じゃねえ相手も想定しなきゃならない。
長ったらしいスピーチはむしろ逆効果になる。
この世界が実はソシャゲで運営が新しい企画の生贄にしました――なんてのは、
石油王が言ったようにクソほどややこしくて口頭じゃまず理解されない。
スピーチとは別の方法で伝えることを考えるべきだ。
さて、映像において効果を発揮するのがスーパー有名人ジョン・アデル氏のご尊顔だ。
知ってる奴はジョンが味方だと疑わねえだろうし、シンプルに爽やかなイケメンで初見さんの好感度も高い。
説明しなくても誰が見ても『善側』の人物だと感じられるのは、映画俳優が死ぬほど欲しがるカリスマの一種だ。
「間違っても口にしちゃならないのは、『応援してくれ』って言葉だ。
ローウェルからの『応援するな』ってカウンターで容易く叩き潰される。
それこそ生首ひとつ配信に映して『応援したらお前もこうなる』って言われりゃ全員だんまりだ」
劇場でミラクルライト振って応援すんのが成り立つのは、それが画面の向こうの出来事に過ぎないからだ。
プリキュアがどんだけ痛めつけられようが街がどんだけ壊れようが、結局は他人事だから無責任に応援できる。
「リスナーの自発的な応援を引き出す。ちょっとやそっとの妨害じゃ動じないような、強固な応援を。
妨害が無意味だとローウェルに理解させれば、それがそのまま全世界の連中を守ることにもつながる。
言葉なんか使わなくたって、お前なら出来るはずだ、ジョン。
少なくとも俺は……アコライトで、レプリケイトアニマで、タマン湿性地で、エーデルグーテで。
お前がズタボロになりながら戦う姿を見て、ずっと『がんばれ』って思い続けてきた」
それから――俺は振り返る。
なゆたちゃんと、それからイブリースに目を遣る。
「ブレイブの頭数が増やせるなら、イブリース。お前が保護したモンスター達を連れてこい。
そいつらに、即席ブレイブと臨時のパートナーになってもらう。
スペルやアイテムの恩恵が受けられるだけでも単独でいるより確実に生き残りやすくなる。
なにより……いざってときはアンサモンすれば、この世で一番安全なスマホのに中に隠れられる。
命が保証されるんだ。ブレイブが死なない限り。ブレイブを守り続ける限りな」
保護したモンスターと、即席のブレイブが相互に命を保証しあう。
イブリースにとってそれは屈辱に等しい提案かもしれない。
それでも……こいつのごっつい腕と殴り合いになったとしても、できることは全部やる。
全員に命賭けさせて、全員助ける。
【ジョンにスピーチのポイント伝授。保護したモンスターと即席ブレイブのパートナーを提案】
-
「ふう〜〜」
いろんな事があった激動の作戦会議の日の夜…僕は自分の部屋の窓際で考えていた。
>「ここに居る避難民は巻き込まれただけの無関係な人間じゃない。
地球の住人として、現在進行系でイクリプスの侵略を受けてる当事者だ」
もちろん作戦会議その物についても思うところはあるが…一番僕の心を揺さぶったのは明神のこの一言だった。
僕は…できれば避難民に何もさせたくなかった。
力が無ければイクリプスだって避難民を狙わない…狙おうとしても力が無ければ理由もない。
でも中途半端に力を持てば逃げきれないのに見つかりやすくなる。
絶望した人間がより強い力で暴走する…。まあ他にもいろんな死のルートはあるけど…
「そもそもイクリプスが狙う理由を作らない事が…一番避難民の生存率を高める方法・・・だと思ってた」
今でも一番『この戦闘においての』生存数が多いのは力を持たせず静かに…遠く離れステルスが得意な護衛を付ける事だと思ってるが…だけど
>「ここに居る避難民は巻き込まれただけの無関係な人間じゃない。
地球の住人として、現在進行系でイクリプスの侵略を受けてる当事者だ」
前に…兵士を囮にすれば最高率なのに…っと言ってみんなから殴りかかられそうになった事があった。
全部を拾うっていうみんなの考えに…感動して僕もそうでありたいと色々考えて…僕は僕なりに考えて発言したつもりだった…
>「戦いを無理強いはしない。みんなが助かるように手を尽くす。異論はねえよ、当たり前のことだ。
そのうえで、『当事者』として、理不尽から逃げるか抗うか、自分の意志で選び取る機会はあるべきだ。
ある日突然アルフヘイムに放り出された俺達が、それでも世界を救うことを選んだように。
ある日突然侵略されたここの連中にも、命を賭けて戦うかどうかを選択して欲しい」
>「ここにいる人達は誰もが自分じゃ何も出来ない女子供か?
俺達の配信を見ながらぽかんと口を開けて、ハッピーエンドが降ってくるのを待っているだけの生き物なのか?」
いつの間にか自分の持つ力に酔いしれていたのかもしれない。
全員を生かす事を…絶対数が…生存数だけしか考えてなかった。
物語とは違い…当然生きていれば…その後の人生がある。この世界が一体どんなものであろうと…どんな運命を辿ろうとも…滅び…命尽きるその時まで人生は進んでいく。
僕達だけじゃない…いち市民にだって今までがあって…これからがある…そんな単純な事さえわかってなかったんだ。
避難民をできる限り遠ざける…力も持たせない…全員命を助ける…
一見確かにみんなの理念を体現してるように聞こえるだろう…でも僕は分かってなかったんだ。生きるって事の意味を。
人の気持ちに寄り添う事…思いやる事のできる心
それがなゆ達が精神的にも…強い理由であり源となる光の力
数ある僕には未だ持つことの叶わぬ物の一つ。
「…まだ…遠いな…」
作戦会議は僕の心にいい意味でも悪い意味でも衝撃を与えた。
-
>「テレビ的な有名人を知ってる……っていうなら、その人たちに呼びかけようよ。
有名人っていうのはみんなインフルエンサーなんだ、その人たちが何かを呟くだけで、
世界中にものすごい勢いで伝わっていく……。みんな知ってるでしょ?
ジョンは、そのきっかけを作ってくれればいいんだよ」
「それは…ラスベガスだけじゃない…全世界を巻き込むって事?」
>「全世界配信。そのMCをジョン、あなたがするんだ」
僕はできる限り…一般人を参加させたくなかった…避難民だけじゃなく全員だ…いくら数が必要とはいえ…民間人を巻き込むのは…。
しかし敵の圧倒的な物量をなんとかする為には…誰かの手は借りなくてはいけないのもまた現実であった。
そこで明神やエンバースはブレイブやイブリースの同胞達ならイクリプスにも引けを取らない戦力になるだろうと提案した
もちろんそれをどう統率していくかの課題は残ってはいるが…。
しかし全世界同時配信でそこからバフを得る。確かになゆのいう事を実行すれば…大量のバフを得る事ができるだろう。
その力があれば短期決戦で勝ち切る事もできるのかもしれない…けど
>「なゆが諸般の事情を総合勘案してまとめたんだからいつまでもゴネないの!
今までだってなゆのまとめでうまくいってきたでしょ?」
そうだ…全員を救うという点で言えば確かに理には適っている。
長期戦になればなるほどイクリプスによる被害は広がっていく…多少のリスクは受けて然るべき。
>「え? 腹案ってなんだ、って?
ふふ……それは、決戦の時までのお楽しみ!」
全員助かる道なら仕方ない。僕は心の奥で残る僅かなもやもやを感じながらも…思考停止して…会議が終わろうとしたその時
「あぁ…わか」
>「……ああ、なるほどな。やっと分かった気がする。ずっと、こんな気分だったんだな」
低い…怒りのようだけど…悲しみに近いその声。
>「どうもーモンデンチャンネルです。今日は世界の命運をかけて戦ってみたいと思います。
皆さんはただ見ているだけ。でもバフをブーストする為なのでちゃんと応援はして下さいね。
ついでにスパチャとフォローもお願いします」
>「――――これはフェアじゃないだろ」
エンバースのおふざけモノマネですらふざけているはずなのに明確な…言葉にし難い感情を感じる。
なゆ以外の言葉の存在を許さない圧倒的なソレに…僕には…見守る事しかできなかった。
-
>「ええと、なんだったっけな……そうだ。はだしのゲンだ。小学校の図書館で読んだ事ないか?
なくても空襲とか無差別爆撃って言葉は知ってるよな?なんでそんな事すると思う?
あの時代から――多分現代までずっと、この世界の戦争は国中で兵士を集めて、武器を作って、飯を掻き集めてするようになったから……らしい」
>「要するに――全世界配信を通してバフをブーストするって事は、全世界が攻撃対象に選ばれる可能性を作るって事だ。
全世界配信そのものを隠す事はかなり難しいし、配信とバフの強度の連動性も……ずっとは隠し通せないだろう」
そうか…だから僕は避難民だけじゃなく…一般人を使う事が嫌だったんだ。
味方殺しだとか…色々遠回しな考え方だったけど…そうか…もっと単純な事だったんだ。
そこまで考えていたわけじゃないけど…自分のもやもやとした感情の一つは解消された。
>「一番良くないのは……俺達がバフ目当ての配信を始めた時点で、全世界への攻撃に合理性が生まれる事だ。
配信される側に拒否権はない。どうせ世界が滅びればみんな死ぬんだから拒否権なんていらない。
――と言っちまえばそこまでだけどさ。そういう問題じゃないよな?」
そのリスクは…確かにある…だけど短期決戦になれば被害がそれだけ狭くなるし…リスクにリターンが合ってる作戦ではある…と思う。
>「俺がイクリプスならまずライブ会場を見つけ出して叩く。ここでやってくれるなら手間が省けるな。
全世界配信に流血一つ死体一つでも映せばブレイブへの精神攻撃とバフの妨害が両立する。
やれば出来る。それに効率的だ。ゲームの攻略ってのは、そういうものだろ」
そのリスクはなゆだって分かってるはずだ…その上で提案している。
もしくは…そうさせないようにする僕達には話していないような…別の作戦がある…?
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>「え? 腹案ってなんだ、って?
ふふ……それは、決戦の時までのお楽しみ!」
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確かにある…なゆには僕達に話してない別の作戦が!
…でもそれはきっと…。
>「俺達がとことん上手くやってのければ、一番いい結果が出る。誰も死なない。
……いや、違うな。本当は……『お前が一人で代償を支払えば――全部上手くいく。他のみんなは無事でいられる』。
そう信じているんだろ?だがな、そんな考えは……まやかしなんだよ。何の根拠もない、希望的観測だ」
なゆには自分さえ犠牲になれば目標を達成できる力がある。
それが後何回使えるのか、後どのくらい時間が残されてるのか…具体的なパワーまでは…僕にはわからないけど
きっとなゆの事だ…出そうと思えばそれこそ世界を救う事も出来るほどの力があるのかもしれない。
けど…それはエンバースには…僕達には許容できるデメリットではない。
>「それが、お前の呪いなんだな。呪いなんて言い方は嫌かもしれないけど。でも、そう呼ばせてくれ」
>「呪いを解け、なゆた。こんなものはただのバイアスだ。願掛けに過ぎないんだ」
僕は…僕達はしっていた…なゆが黙って一人で…背負い込み自己犠牲をする人間だと。ハッピーエンドに自分を入れていないと。
エンバースはなゆの…犠牲精神からくるソレを呪いだと言い放った。
それがなゆの私はもうどうせ死ぬから…という考えから来てるのか…前身の性格が…影響してるかはわからない。
しかしなゆを失いたくない僕達にとって…ソレはたしかにエンバースの呪いという表現がしっくりくるような物だった。
-
>「俺は……お前が、好きだ。ずっと、ずっと大事に思ってた」
>「……呪いを解くんだ、なゆた。それから……考え直してくれ。
俺は、俺達が置いていく人達にも選択肢があるべきだと思う。
俺達にはほら、選択肢なんてなかっただろ。これについては……俺の言い方が悪かったな」
エンバースは…今すぐにでもこと切れそうな声でなゆに告白をする。
今まで明言を避けてた言葉を…エンバースが自分の意志で…自分から…。
ずっとエンバースは直接言葉にするのを避けてた…(もしかしたら僕達の見えないところではしてたのかもしれないけど!)
それはシンプルに自分の状態を気にしていたから…だと僕は思う。
自分の先が分からないのに…そのよくわからない未来に自分の愛する人を連れていく事は…できない。
そう思っていたのかもしれない…だけどエンバースは自分の意志で口にした。愛していると
少し不穏な空気が流れていたけれど…エンバースのその一言でそれは全て吹き飛んだ。
僕から二人の顔は見えなかったけど…やっと…僕達のPTが帰ってきた気がした。
ラスベガスに来てから…どこかズレた僕達が…また一つになった…そんな気がした。
>「……エンバースが言いたいこと大体言ってくれやがったからな。
便乗して説教なんかガラでもねえから俺の考えてることだけ共有しとくわ」
意義を申し立てるようなポーズを決めていた明神が恥ずかしそうに木箱に座り直す。
>「なゆたちゃん。俺達はずっとお前の意思決定を頼りにしてきた。
最後にお前がバシっと決めて、いい感じに物事が転がってくって、信頼を押し付けてきた。
……ここは譲れない。俺が自分でケツ拭くための、意思決定だ」
>「じゃあさ、もう避難民総ブレイブも全世界配信も、全部やっちゃおうよ」
>「戦いをSSSのベータテストとしてやってる間は無差別攻撃はされない気がするんだよね。
SSSに地球の全世界のマップは流石に実装されてないんじゃないかな?
配信に気付いてから作れるほどすぐ出来るもんでもないはず……。
それでももし無差別攻撃されたらその時はもう…… 一億総ブレイブしかないんじゃない?」
>「実際、銃後の連中にとってやべえのはイクリプスじゃねえんだよな。
イクリプス共がPOPすんのはラスベガスに限定されるとこの際決めつけちまおう。
問題はローウェルの侵食と……それから俺達に対するネガキャン戦術ってとこか」
「死体になりたくなかったら黙ってみてろって…力と…それこそ死体でもを見せながらそう一言言えばそれで事足りるからな…」
浸食の具体的な効果はともかく…ローウェルが恐怖を飛ばせばそれだけで流れはいとも容易く止まるだろう。
殺気やオーラなんてものは漫画やアニメによくある表現だが…現実ならそんなものより力を示したほうが早いし手っ取り早い。
>「以上を踏まえてジョン、俺が今からお前にスピーチの原案を授ける。
長々喋る必要はないぜ、『イクリプスとかいう連中に侵略されて戦ってる』。これだけで良い。
全世界のあらゆる層に届けるなら情報量は限りなく小さくしなきゃ伝わらん。映像ならなおさらな。
ざっくりイクリプスが邪悪な敵で、それと戦ってるジョンやその仲間は味方だってことが分かりゃ良い。
なんなら何も言う必要はねえかもな。連中が街を蹂躙してるの見りゃおおよその構図は検討がつく」
「一応…避難民の何人かからイクリプスの殺戮の様子やラスベガス炎上の様子を捉えた映像があると言っていた…が」
しかし全世界でそれをいきなり流したとして…僕の有名人パワーが使えたとして…やはり混乱は避けられない。
となればやはり僕達の戦ってる姿をそのまま垂れ流したほうが効果的だろうな…。
-
>「間違っても口にしちゃならないのは、『応援してくれ』って言葉だ。
ローウェルからの『応援するな』ってカウンターで容易く叩き潰される。
それこそ生首ひとつ配信に映して『応援したらお前もこうなる』って言われりゃ全員だんまりだ」
>「リスナーの自発的な応援を引き出す。ちょっとやそっとの妨害じゃ動じないような、強固な応援を。
妨害が無意味だとローウェルに理解させれば、それがそのまま全世界の連中を守ることにもつながる。
言葉なんか使わなくたって、お前なら出来るはずだ、ジョン。
少なくとも俺は……アコライトで、レプリケイトアニマで、タマン湿性地で、エーデルグーテで。
お前がズタボロになりながら戦う姿を見て、ずっと『がんばれ』って思い続けてきた」
「自発的に応援させる…か」
明神は褒めてくれたが…きっと僕の戦い方は大衆向きじゃない。
全身血まみれなりながら相手との我慢比べ。その先頭を笑って楽しんですらいて
ゲームの世界ではありふれているが…現実世界で血みどろの大男が笑みを浮かべて勝利を宣言する…。
英雄になるべきこのPTの異物…それが僕なんだ。
「やっぱ…」
いくらみんながいても…カザハがいたって無理だよ。その言葉がのどにまで出かかってる。
みんなと違って僕は広告塔にはなれてもみんなが応援して信じるようなヒーローには…僕はなれない。
所詮僕はみんなの光にくっついてきただけに過ぎない。
などと…前の僕なら何かと理由をつけて…自分可愛さに…自分に言い訳をし続ける為に…断っていたかもしれない。
でも今は違う。前に進むと決めた。…これはまだナイショだけど…絶対に誰にも譲れない野望もできた。
僕にはもう無理だとか…そんな事思ってやるもんか…できる…やって見せる…みんなが信じてくれるなら…一番嫌いな自分を僕は好きになる。
「任せてくれ…自分のブランド力がどれくらいか…試してみよう」
日本自衛隊の顔としてモテはやされたこの知名度を…ついに使う時がきた。
正直どうでもいい他人からの知名度なんてない方がマシだと思っていたが…人生なんでもやってれば特になる…という事か
せっかくの休日に街に出れば話しかけられ追い掛け回され…イメージの為にも無下にも出来ず…好きな所に行くのにも一苦労だったが…その恩をいま返してもらおう
-
会議が少し落ち着いてきて…明神が切り出す。
>「ブレイブの頭数が増やせるなら、イブリース。お前が保護したモンスター達を連れてこい。
そいつらに、即席ブレイブと臨時のパートナーになってもらう。
スペルやアイテムの恩恵が受けられるだけでも単独でいるより確実に生き残りやすくなる。
なにより……いざってときはアンサモンすれば、この世で一番安全なスマホのに中に隠れられる。
命が保証されるんだ。ブレイブが死なない限り。ブレイブを守り続ける限りな」
「そうだな…イブリース…君が僕達だけじゃなく…ブレイブという存在そのものをよく思ってないのはよくわかってる…けど手を取り合うべきだ。
だが…残念な事に避難民にはイクリプスと君の同胞の違いは分からないだろう。実際侵略しに来たわけだしな。
…だから人間側の説得は僕達がする…そっち側の説得は君がしろ。それでも問題は起きるだろうが…その時の仲裁は僕がする」
正直なところ…イブリースやその同胞達には拒否権はないだろう。作戦が変わった時は…その限りではないだろうが…
そもそもを言えばイブリース達は完全なる被害者というわけではない…元々はラスベガスを侵略しにきたのだ。
偶々より強大で…より狂暴な侵略者が現れたから被害者面をしてはいるが…まったく無辜の民を殺してない…という事はないだろう
イブリースにとっては同胞の生存率は上がるし断る理由はないし……恐らく明神は断らせる気もない。
もちろんお互い思うところはあるだろうし…生きる為に円満に仲良く協力…とはならないだろう…ある程度の抵抗は予想される…そこで僕の力は役に立つだろう。
どっちが暴れ出しても…身一つで両方余計な怪我をさせず迅速に鎮圧できる自信がある。
「明神がブレイブの技術をイブリースがその補佐…僕は…まあ必要なら戦闘の余波で死なないぐらいの自衛力と…応急治療処置のやり方でも叩き込もうか
全員が回復ポーションや魔法を使えるわけじゃないし…あって困る物でもないからな」
この辺の人員は後で詳しく決めなければいけないだろうがとりあえず暫定で名前を上げておく。
怒っているのか…それとも諦めたのか…それとも内心喜んでいるのか。
僕は人の感情を読むのが得意じゃない…だからなんて思っているか決してわからないが…それでも声を掛けた方がいいと判断して話しかける。
「イブリース…何を思っているか…考えてるのか僕には…僕達には決してわからない…君なりの葛藤があるんだろう。
飲み込めとはいわない。…けど…悪いようにはしない…信じて欲しい」
それが口下手な僕に言える精一杯の言葉だった。
理解してないのに理解していると…僕には言う事はできなかった。
「落ち着け…さすがに物に当たられたら君を鎮圧しなけりゃならなくなる…。……冗談だよ」
イブリースの前に立ちけん制する。さすがに手が出るような愚か者ではないだろうが…話題が話題だけに一応仲裁に入る。
「………まさかとは思うけど…冗談にさせてくれるよね?」
人でもモンスターでも…在り様を簡単に変える事はできない。
しかしイブリースや同胞達にとってどれほど苦痛であって…死んだ方がマシと思えようとも…変わらないといけない時はくる。
僕がどれだけみんなのような光を持ちたいと思っても光にはなれないように。
この世の中から戦争や犯罪が無くならないように…そう簡単に持って生まれた性は変えられない。
「お互い…在り様を変える時が来たんだ。今手を取り合わなければ…君はよくても君が同胞と呼ぶ者達は…殆どが死ぬことになる。
君も…恐らくなゆと似た呪いに掛かってる。君の過去は…誰にも分からない…けど過去にとらわれていたら…未来は訪れない。
過去は変えれないが…未来は変えられるはずだ…もちろんあまりにも虫が良すぎる話なのは分かってる…頼む…協力してくれ」
僕も人に物事を言える立場ではない。ないが…それでも…
お互いゆっくり歩み寄ればいつか…分かり合える日が来ると…なゆ達を見れば…みんなわかってくれるはずだ。
-
作戦会議は紛糾した。
一般人を戦力に駆り出したくないなゆたと、世界の危機である以上世界中の人々に戦うか、
戦わないかの選択肢が与えられて然るべきと主張するエンバースに明神。
何れにも言い分があり、その結論に至った理由がある。
一般人は武力を持たないがゆえに一般人、と言う。戦う戦わざるに関わらず、武器を持てばその人間は一般人ではなくなる。
ゲームのシステム的に、殺傷能力を持つ『戦力』と認識されてしまう――。
例えそれが自衛を目的とした力であったとしても、積極的に敵を倒したりはしないと主張したとしても、
そんなことは『星蝕者(イクリプス)』側には関係のないことだろう。武器を持っているから斃す、それだけだ。
戦うのは『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』と『星蝕者(イクリプス)』だけ。他の者には手を出すな――
そうナイに交渉を持ちかけることも出来るかもしれない。何せこれはオープンβテストなのだ。
何のデータ収集にもならない一般人虐殺などしたところで、ローウェルにとっては価値など皆無であろう。
実際、三十時間の猶予という此方の提案を、ナイはSSS側のメンテナンスやフィードバックの時間もあるしと受け容れた。
しかし、次にまた此方の提案を呑んでくれるとは限らない。
作戦は一向に纏まらなかったが、それでもなゆたは半ば強引に作戦会議を〆ようとした。
自分が犠牲になれば、何もかも上手くいく。
これまでもなゆたは自らの肉体と精神とを擦り減らして戦ってきた。そして、限界を迎えた。
これから始まる最後の戦いで、なゆたの心と身体は丁度ゼロになる。消滅し、跡形もなくなる。
けれども、それでいい。後悔する気持ちなんてこれっぽっちもない。
自分ひとりが消えることで皆が生きてゆけるのなら、それは悪くない条件だ。いや、むしろお得感さえある。
平和になった後の世界がどうなっていくのか見届けられないのは少し残念ではあったけれど、それは致し方のないことだろう。
そう、自分が。自分だけが消えれば――
しかし。
>俺達がとことん上手くやってのければ、一番いい結果が出る。誰も死なない。
……いや、違うな。本当は……『お前が一人で代償を支払えば――全部上手くいく。他のみんなは無事でいられる』。
そう信じているんだろ?だがな、そんな考えは……まやかしなんだよ。何の根拠もない、希望的観測だ
エンバースが、そんななゆたの思考を真っ向から否定した。
>それが、お前の呪いなんだな。呪いなんて言い方は嫌かもしれないけど。でも、そう呼ばせてくれ
>お前とは……初めて会った時から意見が合わなかったな。合わせた事はあったけど。
でも多分お前も……何度も俺に合わせてくれていたんだろうな。正直、今日が初めてだ。
お前と、俺が似てると思うなんて――大事なんだよな。その呪いが。俺も、そうなんだ
魂の奥から振り絞るような声で、エンバースが続ける。
なゆたはただ、凝然とその言葉を聞いた。
かつてリバティウムで出会ったとき、エンバースは此方の話など一切聞かず、
とにかく亡き仲間たちの遺品をなゆたに託そうとしてきた。
その後パーティーの仲間入りを果たした後も、やはりなゆたの言うことに耳を貸さず、
とにかく護るの一点張りでなゆたのガードに徹していた。
掛け替えのない、リューグークランの仲間たちとの思い出。それをすべて喪った悲しみ。もう喪いたくないという決意。
それを呪いだと、エンバースは言っている。
なゆたも同じ呪いを持っていると。
>呪いを解け、なゆた。こんなものはただのバイアスだ。願掛けに過ぎないんだ
エンバースがなゆたの両肩を強く掴む。罅割れたものと生身のもの、ふたつの眼差しがなゆたを間近で正面から見詰める。
射貫くような視線。エンバースの只ならぬ気魄に何も言い返せず、なゆたはただ身体を強張らせた。
>こんなものは……全然、大したものじゃないんだ。俺達の未来を変えてくれたりなんかしない
エンバースが繰り返す。
なゆたにはそれが、なゆたを説得するというよりも――エンバースが自分自身に言い聞かせているように聞こえた。
>俺は……お前が、好きだ。ずっと、ずっと大事に思ってた
「……!!……」
なゆたは目を見開いた。
エンバースにとっての愛の言葉、それは死の宣告に等しい。
かつてマイディアに対して、エンバースはその消滅の間際にしか想いを伝えることが出来なかった。
その無念が、後悔が、ずっとエンバースを苦しめてきたのだろう。
それこそ、決して解けない呪縛として。
>ほ……ほら見ろ。何も変わらない。そりゃそうだ。もう、ずっと前からそうだったんだからな。
お前が好きだった。だから本当は……ずっと嫌だった。お前が苦しむのも、傷つくのも
声が震えている。
いつだって自信満々で、皮肉屋で、余裕たっぷりを演じてきたエンバースの、
それが紛れもない裸の心であるのだろう。
「エン、バ……」
>……呪いを解くんだ、なゆた。それから……考え直してくれ。
俺は、俺達が置いていく人達にも選択肢があるべきだと思う。
俺達にはほら、選択肢なんてなかっただろ。これについては……俺の言い方が悪かったな
>……俺じゃ、お前が願を掛けるには物足りないか?そんな訳――ないよな
半分だけ再生した表情が、ひどく優しい。
なゆたは暫く固まっていたが、ややあってすとんと肩の力を抜くと、小さく息をついた。
-
「……そうかもしれないね。
わたしは、わたしが――ここにいるわたしたちだけが戦えば、何とかなると思ってた。
でも、これは世界の未来を決める戦いなんだ。わたしたちだけで何とかしていい問題じゃ……なかったね。
わたしたちはみんな、自分っていう物語の主人公――そんなこと言っときながら、
他の人たちを強引に脇役にするところだった」
うん、となゆたは一度頷くと、仲間たちの顔を見回した。
「わたしの意見は撤回するよ。エンバースや明神さんのプランで行こう。
ただ、あくまで強制はしない。戦う力は与える、でも戦うかどうかは本人が決めること。
スピーチを考えるのが明神さんなら、その辺りは心配ないと思うけど」
大元の作戦自体は変わらない。全世界配信を実施し、世界中の人々に危機を伝える。
協力が得られれば、カザハのライブでバフを掛ける。世界規模のバフが掛かれば、
数や性能に於いて圧倒的不利の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』もきっと『星蝕者(イクリプス)』に対抗できるはず。
そうして時間を稼ぎ、みのりとウィズリィがローウェルの居場所を突き止めたのち、
その本拠地へ乗り込んで一気にカタをつける。
以前との違いは、戦いに際して一般の人々に戦う力を与えるか否か、という部分だけだ。
それに関しては管理者権限を持つみのりが調整できる。何ならソシャゲによくある初心者サポートということで、
強めのモンスターや莫大な経験値をサービスすることもできるだろう。
何れにしても時間はない。計画が決まったのなら、早急に準備をする必要がある。
「決戦まであと何時間もない。出来ることを一つずつ片付けていこう。
わたしは避難民のみんなに呼びかけてくる。戦いたいっていう人がいるなら、協力して貰おう。
……明神さんの言ってた最短の育成プラン、わたしもできるから」
かつてはフォーラムでブレモン初心者に手取り足取りアドバイスし、月子先生とまで呼ばれたなゆたである。
育成ならばお手の物だ。エンバースから離れると、早速踵を返して避難民たちの居る区画へと歩いていった。
>ブレイブの頭数が増やせるなら、イブリース。お前が保護したモンスター達を連れてこい。
そいつらに、即席ブレイブと臨時のパートナーになってもらう。
スペルやアイテムの恩恵が受けられるだけでも単独でいるより確実に生き残りやすくなる。
なにより……いざってときはアンサモンすれば、この世で一番安全なスマホのに中に隠れられる。
命が保証されるんだ。ブレイブが死なない限り。ブレイブを守り続ける限りな
「承知した」
明神の提案に、腕組みして話を聞いていたイブリースは特に反対するでもなく頷いた。
イブリースとしても、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』とパートナーシップを結んだモンスターの力は充分知悉している。
その上単体でいるより生存率も上がるというのなら、願ったりといったところだろう。
>お互い…在り様を変える時が来たんだ。今手を取り合わなければ…君はよくても君が同胞と呼ぶ者達は…殆どが死ぬことになる。
君も…恐らくなゆと似た呪いに掛かってる。君の過去は…誰にも分からない…けど過去にとらわれていたら…未来は訪れない。
過去は変えれないが…未来は変えられるはずだ…もちろんあまりにも虫が良すぎる話なのは分かってる…頼む…協力してくれ
ジョンだけが心配している。
イブリースはフン、と一笑に付した。
「今更何を言っている。オレがそんなに狭量な男に見えるのか、貴様は。
我らの世界が無くなる瀬戸際、下らんプライドなどに拘るものか。
そんなものはどうでもいい、それにな――」
武人肌のイブリースではあるが、勝利のためならありとあらゆる手を使う判断力も兼ね備えている。
暗黒魔城でもただ一心に仲間たちのことを想い、誇りも矜持も何もかも擲ってローウェルの走狗と化したイブリースなのだ。
「不思議なことに、オレの心は穏やかだ。
戦力の質も数も圧倒的に足りん、絶望的な劣勢だというのにな……。だが、だからといって悲観はしていない。
どころか、貴様らと組んだことで窮地は乗り越えたとさえ思っている。
十死零生の土壇場にあって、いつも状況を覆してきた貴様らと共に在るのなら、何も心配ない……とな。
盤面返しは『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』のお家芸。今回も見せてくれるのだろう?」
ク、とイブリースは右の口角を僅かに歪めて笑った。
「今まで逆張りばかりしてきたオレだったが、今回ばかりは勝ち馬に乗れたようだ。
……悪くない気分だな」
ガシャリ、と甲冑を鳴らし、イブリースもまた同胞たちへ呼びかけるためにその場を後にした。
-
「……エンバース」
避難民の育成が一段落すると、なゆたはエンバースに声を掛けた。
「あの……ちょっといい……かな」
逡巡するように言ってから、エンバースと一緒にセンター内のひと気のない休憩スペースへ行く。
「……さっきは、みんなの前であんなこと言うから……ビックリしちゃった。
ビックリしすぎて、ろくに返事もできなかったから……今のうちにしておこうと思って」
公衆の面前で『好きだ』と告白されたことは、なゆたにとって大きすぎる衝撃だった。
エンバースにとって、己の呪縛を打ち払うためには仲間たちの前で言う必要があった――ということを理解していたとしても。
「好きって言ってくれて、嬉しかった。
恋するって、こんなに幸せなことなんだ。わたし、全然知らなかった。
……これが、呪いを解くための手段じゃなくて……混じりっけなしの好意であったなら、もっと嬉しかったのかな」
ほんの少しだけ寂しそうに、なゆたは眉を下げた。
「呪い。そう……あなたの言う通りなのかもしれない。
わたしは人の役に立ちたかった。お母さんのために何もしてあげられなかった、
その気持ちを二度と味わいたくなくて。無力感に苛まれたくなくて。
なんにも出来ない、役立たずのわたしだってことを否定したくて……」
は、と一度息を吐く。
考えが纏まらない、けれど何も言わずに最終決戦を迎えるのはどうしても避けたかった。
これが、ゆっくり話のできる最後の機会かもしれないから。
俯いたまま、なゆたは再度口を開いた。
「お母さんを喪ったときのような気持ちには、二度となりたくない。
そんな想いが棘となって、心の深いところにずっと突き刺さってる。
誰かの役に立たなきゃ、身代わりにならなきゃ……って。ただそれだけを願ってきた。
それはわたし以外の人から見れば、呪い……なんだろうね」
なゆたの願い。それはいつしかなゆたの心を幾重にも雁字搦めに縛り付け、自由を奪ってきた。
願いと呪いは同じだ。呪いを解くには、其れを叶えなければならない。
けれども其れが成されなかったなら、なゆたは永劫願いに呪われたまま――。
「あなたとわたしが似てるなんて、わたしも……今まで一度だって考えたことなかった。
でも、言われてみれば思い当たる節はいくつもあったね。
そう……あなたも、わたしも、譲れない大切なものがある。
自分の生き方。意志。その大元の、根っこの部分にある……変えられないものが」
そう言いながら、なゆたはそっと片手をエンバースの未だ乾き罅割れている方の頬へ伸ばした。
軽く触れ、ゆっくりと撫でる。
「口で言って、易々とどうにか出来るものじゃないってことは分かってる。
でも……それでも、お互いに変えていかなくちゃいけないね。今がそのときなんだと思う。
あなたの呪いが解けたとき……あなたのこの顔も、きっと元通りになるはず。
わたしも……出来る限り努力してみるよ」
エンバースの元通りになった顔、ネットの記事じゃない生で見てみたいしね、とおどけてみせる。
「わたしに残された時間は少ないけれど。
もし、ローウェルを倒した後でまだ猶予があるようなら……探すのを手伝ってくれる?
消滅せずに生きていける方法を――…」
既にスキル『終着駅(ファイナル・デスティネーション)』は発動している。
砂時計の砂が上から下へ零れ落ちるように、なゆたの生命は着々とカウントダウンを刻んでいる。
それは自分自身が定めた不可逆の運命、しかし。
今まで幾多の困難を乗り越え、奇跡を起こしてきた自分たち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』ならば、或いは――。
「……わたしを、護ってね。
大好きな、わたしのエンバース……」
いつもエンバースに対して言っている、定番の『願い(オーダー)』。
万感の想いと共にそれを告げると、なゆたはもう一度、花の綻ぶように笑った。
-
「さてさて、さァ〜〜〜〜〜てェ!
長い長いメンテナンスもいよいよ終了! これからオープンβテストの第二幕を開始致しますよォ!
SSSにご参加の『星蝕者(イクリプス)』の皆さま、お待たせ致しました!
アップデートされた世界でこれより存分に大暴れし、どうぞ! SSSの楽しさを満喫なさって下さい!」
ワールド・マーケット・センター前に姿を現したナイが、スタンド付きのマイクを振り回して大声でアナウンスしている。
その背後には、数百騎の『星蝕者(イクリプス)』。第一陣より数は激減したものの、まだまだ多い。
しかもその内訳は明神らのネガキャンを乗り越え、篩に掛けられてなお残った精鋭たちだ。
好奇心や話題性だけでテスターに応募したにわか勢とは根本的に違う。
おまけに、この軍勢は今後も増える可能性がある。この場にいる『星蝕者(イクリプス)』が総力だとは考えづらい。
ラスベガス上空に留まっている無数の宇宙船がその証拠だ。
「そしてェ〜〜〜〜……『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の皆さん!
散々ゴネて悪足掻きしていたようですが、死ぬ覚悟は出来ましたかァ?
アップデートによって建物内のマップもご用意させて頂きましたのでねェ、もう逃げ場はありませんよ?
まっ! 逃げたところで、コチラとしては約束不履行として侵食を起動させるだけですが!
どう転んだところで、アナタたちは『星蝕者(イクリプス)』の皆さまに気持ちよ〜く戦って頂くための的!
それを重々ご理解の上、死んで頂ければと思います!」
ニャハッ、とナイがギザ歯を覗かせ、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を挑発する。
SSS側と正面から対峙する形で腕を組み、仁王立ちしたなゆたが、不快な煽りに眉を顰める。
なゆたの後方には、避難民の中で要請に応じ戦うことを選んだ新米の『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』らが控えている。
その数は百二十名ほど。数千人は居るであろう避難民の中で抗戦を選んだ者がそれしかいないのは、
一見して少なすぎる――とも思えるが、実際はそうではない。
リゾートの最中に襲撃を受け、傷つき、疲労し、或いは家族を喪った。
『星蝕者(イクリプス)』の圧倒的な戦力によって戦車や戦闘機が成す術もなく一蹴される光景を目の当たりにした、
それでもなお戦うことを選べる人間がそうそう居るはずがないのだ。
瞬きの間に殺されるかもしれない。一矢も報いられずに死ぬかもしれない。
だが、何もせず隠れているよりはいい。
そんな人間が百二十人も集まってくれただけでも御の字と言うべきであろう。
何せなゆたは当初、自分たち『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』五人だけで戦いを始めようとしていたのだから。
「……残念だけど、期待には沿えない」
静かに、しかし確固たる信念をもってなゆたは言い返した。
「わたしたちは必ず勝つ。あなたやローウェルの思惑通りにはならない」
傍にいるエンバースへと目配せする。
マーケット・センターの中ではカザハ、カケル、ガザーヴァによるライブの準備と、
ジョンと明神による全世界配信の準備が整っているはずだ。
メンテナンス明け、すなわち戦闘開始と共に配信を行ってジョンが世界中に呼びかけ、
応援を募り、カザハがその力を束ねて最大級の呪歌とし、最前線で戦う『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』へ届ける。
そうすれば『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』と『星蝕者(イクリプス)』の戦力差はごく僅少なものになるはず。
「ハ」
そんななゆたの、そして『ブレイブ&モンスターズ!』側の思惑を嘲るように、ナイは嗤った。
「ま……せいぜい頑張ってくださいな。
最初から負けムード全開で来られても面白くないですからねェ。
アナタの反抗的な顔が絶望に歪んでいく過程、それこそがエンターテインメント!
期待してますよ、最高にみっともない死に様をね……」
ナイがなゆたに顔を近付け、息がかかるほどに接近して囁く。
なゆたはもう、ナイには見向きしなかった。
「というコトでェェ〜……皆さんお待ちかねです、そろそろ始めましょうか?
イッツ! ショ〜〜〜〜〜〜〜タァァァァ〜〜〜〜―――」
「待ちなさい」
なゆたから離れたナイがマイクスタンドを大きく掲げ、戦闘開始を宣言しかけると、背後から制止の声がかかった。
軍服風のミニスカワンピースに黒タイツ、ケープマントの改造制服に身を包み、
腰までの長い黒髪の毛先を丁寧に切り揃えた、光子刀を携えるクラス『フォトンブレーズ』の一騎。
SSSとブレモンのファースト・コンタクトにもなった戦闘のときにも見かけた少女だ。
軍人めいた襷を掛け、腕章をしていることから、『星蝕者(イクリプス)』テストプレイヤーの中心人物なのだろう。
「……何か?」
司会を中断させられ、不服げにナイが顔を向ける。
フォトンブレーズはそんなナイの反応もどこ吹く風、ツカツカとなゆたに歩み寄ると、
「SSS、御子神 熾天。……よろしく」
と自らの名を名乗って、白手袋に包んだ右手を差し出してきた。
残虐な殺戮者というイメージが色濃かった『星蝕者(イクリプス)』の意外な振る舞いに、
なゆたは一瞬面食らってしまった。
しかし、冷静に考えれば当然のことだろう。『星蝕者(イクリプス)』はゲームのプレイヤーだ。
それも正式発表前のゲームのテストプレイヤー、その抽選にわざわざ応募するほどの猛者である。
彼女らは何も殺戮をするためにこの場にいるのではない。そういった無差別殺人犯のような振る舞いがしたいのなら、
最初からそういうジャンルのゲームを選んでいるだろう。
これから世に出る『星蝕のスターリースカイ』というゲームをいち早く体験したくて、楽しみたくてこの場にいるのだ。
で、あるのなら。
『ブレイブ&モンスターズ!』と『星蝕のスターリースカイ』、共にゲームが好きな者同士であるのなら――
「崇月院なゆた。……こちらこそ」
「――いいゲームをしましょう」
フォトンブレーズ――熾天に応じ、なゆたも名乗った後で右手を差し出す。
ふたりはしっかりと握手を交わした。
-
「イヤハヤ、これは何ともスポーツマンシップに則った振舞い! 感動ですねェ!
これぞEスポーツ! という感じでしょうか? では気を取り直して――
イィィィィッツ! ショォォォ――――タ〜〜〜〜イムッ!!!」
いつの間にかマイクスタンドを大きなフラッグに変えたナイが、改めて高らかに戦闘開始の宣言をする。
熾天の後方に控えていた『星蝕者(イクリプス)』たちがドンッ!! と一斉に突撃し、
なゆたの側で身構えていた『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちがパートナーモンスターを召喚する。
「いくわよ、ポヨリン!」
『ぽっよよよよぉ〜っ!!』
なゆたも素早くスマホをタップし、レイド級モンスター召喚のコンボを組み立ててゆく。
事前にATBゲージは溜めておいた、既に準備は万端である。
「ウルティメイト召喚……光纏い、降臨せよ! 天上に唯一なるスライムの神――G.O.D.スライム!!」
『ぽぉぉぉぉぉ〜〜よぉぉぉぉぉ〜〜よぉぉぉぉぉぉぉんんんんんんんん〜〜〜〜〜』
召喚された400匹以上のスライムがポヨリンを中心に合体し、純白の翼を3対生やし王冠を被った巨大なスライムが出現する。
「ゴッドポヨリンの攻撃! 万理万物悉くを打ち砕け、天の戦鎚!
――『黙示録の鎚(アポカリプス・ハンマー)』!!!
地上を滑るように突進してくる『星蝕者(イクリプス)』へ、まずは先制の一撃を見舞う。
空中で超巨大な右拳に変身したゴッドポヨリンが、力の限り大地を殴りつける。
飛翔する能力を持ち合わせていない『星蝕者(イクリプス)』は大地を揺るがす震動に浮足立った。
その隙を、新米『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』とパートナーたちが狙い撃つ。
『黙示録の鎚(アポカリプス・ハンマー)』は絶大な威力を誇る広範囲物理攻撃だが、
大地を殴るという特性上飛んでいる相手には当たらない。
飛行能力を持つ乗り物を有するクラス・ネビュラノーツや、浮遊魔法を持つクラス・ゾディアックには効き目が薄い。
他にも身軽さが売りの射手、クラス・サジタリウスや暗殺者であるクラス・ブラックホールは高く跳躍し、
難を逃れている。勿論、フォトンブレーズの熾天も危なげなく回避しているようだった。
だが、それについてはなゆたも織り込み済みである。
「さらに、ゴッドポヨリンの攻撃! 一切万象を灰燼と帰せ、天の雷霆!
――『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』!!!」
ゴッドポヨリンの光背が、次いで全身が眩しく輝く。
そして次の瞬間、大きく開いたゴッドポヨリンの口から膨大な閃光が放たれ、空を薙ぎ払った。
太陽光を吸収して魔力に変換し、発射するユニークスキル『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』。
今まで数多くの敵を退けてきた文字通りの必殺技が、『黙示録の鎚(アポカリプス・ハンマー)』を回避して油断した
『星蝕者(イクリプス)』に降り注ぎ、そのライフを根こそぎ削り取る。
「エンバース! ここはわたしが受け持つから――思いっきり暴れてきて!」
鋭く、手短に指示する。
カザハ、明神、ジョンによって、すぐに全世界へ向けた放送が発信されるだろう。
外にいる『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』たちの最初の役目は、『星蝕者(イクリプス)』が建物内に入らないよう、
この場を死守することだ。
といって、守勢に回るだけではいけない。オフェンスとディフェンスを上手く使い分ける必要がある。
そこでなゆたは見出した新米『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』のうち、
素質のありそうな十名を選抜し、オフェンス側としてエンバースに付けることにした。
エンバースを隊長とした小隊だ。この部隊で『星蝕者(イクリプス)』の真っ只中に吶喊し、攪乱と切り崩しをしてもらう。
尤も、そのオフェンス側の十名も当たるを幸い攻撃していいという訳ではない。
部隊に編成された新米『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の役目は、エンバースの露払い。
エンバースが最大の攻撃力を発揮できるよう、そのサポートを行うための補助に徹するというのが最大の任務だった。
捻くれ者のエンバースのことだから、一人の方が身軽でいいだとか、
部隊を守りながら戦うのでは本末転倒だとか言うかもしれなかったが、
そもそも彼らにも権利を与えるべきだと言ったのはエンバースなので、そこは我慢して貰う。
むろん、みすみす死地に赴く愚連隊として組織した訳ではない。危なくなれば即撤退するようにと言い含め、
ポーションの類もインベントリに詰め込めるだけ詰め込ませた。
「みんな、持ち堪えるわよ!」
エンバースとその部隊を見送ると、なゆたは後ろを振り返った。
残った守備部隊を鼓舞し、ゴッドポヨリンの攻撃やエンバースたちの攻撃を潜り抜けてきた敵への対処を行う。
防衛側の新米『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』は、意気軒高ではあるものの矢張り実戦経験のなさ、
プレイヤーとしての積み重ねのなさという点は否めない。
従ってワールド・マーケット・センター周辺に防衛線を張り、ATBゲージが溜まれば都度最大攻撃を撃ち込む、
という行動を厳守させている。
穴を埋めるのはなゆたとエカテリーナ、アシュトラーセの継承者と、イブリース。
その四人が遊撃隊として、都度手薄になったり危険な状況に置かれた守備部隊の加勢に入るといった具合だ。
「だあああああああッ!!」
不慣れな『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』の防衛の隙間を狙い、黒衣に身を包んだブラックホールが迫る。
なゆたは腰の剣を抜き放つと、雄叫びを上げながらその間に割って入った。
ぎゃりんっ! となゆたの剣とブラックホールの短剣とが噛み合い、火花を散らす。
必殺の刃を受け止められたブラックホールは素早く体勢を立て直すと標的をなゆたに変え、
俊敏な身ごなしでなゆたの首を掻き切ろうと攻撃を仕掛けてきた。
-
アクションゲームであるSSSのキャラクターである『星蝕者(イクリプス)』の身体能力は、
RPGジャンルのブレモンの登場人物を軽く上回る。
中でも体術に特化したブラックホールの動きは常人の域を遥かに超えていた――のだが。
――見える……!
驚いたことに、なゆたはそんな『星蝕者(イクリプス)』の攻撃を完全に見切り、軽やかな体捌きで致命の攻撃を避けていた。
スキル『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』の効果もあるが、
みのりによって施された『終着駅(ファイナル・デスティネーション)』のバフが生きている。
極限にまで強化され研ぎ澄まされた五感が、生身をして『星蝕者(イクリプス)』に匹敵する能力を引き出しているのだ。
「ッ……! ハアアアアアッ!!」
ドッ! ドドッ!
熾烈な技の応酬の合間、一瞬の隙を衝いたなゆたの細剣の切っ先が、狙い過たずブラックホールの肉体を二度穿つ。
『煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)』、ステッラ・ポラーレより伝授されたユニークスキル、
『蜂のように刺す(モータル・スティング)』。
三撃絶殺の必殺剣はいかなる相手をも三発で葬り去る。なゆたの其れはオリジナルと違い、
ただ相手を戦闘不能にするだけだが、それでも今は充分だろう。
ブラックホールにはむろん『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』のスキルについての知識などないだろうが、
ベテランゲーマーとしての危機感知能力が此の侭では危険ということを察知したらしい。
大きく後方に跳躍すると、脱兎のごとく離脱を始めた。
さらに左手首に装着した小型端末を操作して鷹型の支援メカを呼び出し、その足に掴まって空高く舞い上がる。
だが、逃がすつもりはない。今はひとりでも多くの敵を減らしておかなければならないのだ。
「行かせる……かぁぁぁぁ―――――ッ!!」
だんッ! と強く地面を蹴り、それから一気に空中を駆け上がる。
踏み出す足許に虹色の波紋めいた力場を発生させながら、なゆたは地上同様の走りで空中のブラックホールに迫る。
かつてなゆたが対オデット戦で一度だけ見せたスキル、『天国の階(ヘヴンリー・ステップ)』だ。
全速力で宙を駆け、ブラックホールに猛追を仕掛けると、なゆたは大きく上体を捻り細剣を引き絞った。
ブラックホールもそれを迎え打とうと懐から電磁手裏剣を取り出す。――が、遅い。
「――『蜂のように刺す(モータル・スティング)』!!」
ドッ!!
身体ごと叩きつけるようななゆたの刺突がブラックホールを貫く。三度目の攻撃をその身に受け、
ブラックホールは掴まっていた鷹型メカから手を離すと、成す術もなく落下していった。
と同時、『天国の階(ヘヴンリー・ステップ)』の効果を失ったなゆたも真っ逆さまに落ちてゆく。
墜落死待ったなしの高高度だったが、しかしなゆたが墜死することはなかった。
下方で待ち構えていたゴッドポヨリンが、巨大なクッションとなってなゆたの身体を受け止めたのだ。
「ありがと、ポヨリン!」
『ぽぉぉぉ〜よぉぉぉぉぉ〜』
身軽にゴッドポヨリンから降りると、地面を踏みしめたなゆたは自らの手に目を向け、開閉を繰り返してみた。
まだ、身体は動く。何の問題もなく機能している。……今のところは。
「ふふ。絶好調……! みのりさんのバフが覿面に効いてる証拠ね……!」
だが、それがいつまで持つのかは、正直なところ分からない。
「最後まで持ってよ、わたしの身体!
灰も残らないくらい完全燃焼して、この世界の不幸を……全部まっさらにするために!」
ぐっ! と拳を握り込み、己の役目を今一度心に刻み込み直すと、なゆたは次の防衛地点へと駆け出して行った。
手薄になりがちな防衛地点は一ヶ所だけではない。百人からの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が防備に当たっているとはいえ。
相手は一騎当千の『星蝕者(イクリプス)』だ。一瞬たりとも気は抜けない。
「ぐはっ……!」
クラス・サジタリウスの超距離射撃をまともに浴び、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』のひとりが血を吐いて斃れる。
その穴を狙い、複数の『星蝕者(イクリプス)』たちが一気に殺到する。
が。
「カチューシャ!」
「おお! アシュリー!」
そんな防御の薄くなった場所を、アシュトラーセとエカテリーナがカバーする。
ハーフドラゴン特有の防御力の高さで鉄壁の守りを発揮し、紅蓮のブレスを吐いては敵を寄せ付けないアシュトラーセに、
変幻自在の虚構魔術で目まぐるしく姿を変え、群がる『星蝕者(イクリプス)』を蹴散らすエカテリーナ。
両者とも、まさしくアルフヘイム最高戦力『十二階梯の継承者』の名に恥じぬ獅子奮迅ぶりだ。
「此処は通さん……『冥獄憤激轟(ヘルガイザー)』!!!」
イブリースが魔力を満々と湛えて濃紫に輝く『業魔の剣(デモンブランド)』を逆手に持ち、一気に地面へ突き立てる。
その途端、間欠泉の如く地面から瘴気の奔流が噴き出し、近くにいた『星蝕者(イクリプス)』たちを巻き込んで爆発した。
-
センター防衛部隊は何とか『星蝕者(イクリプス)』を押し留めようと奮戦したが、単純に数が違いすぎる。
それに、幾多の妨害工作やネガキャンにも屈さず短時間で研鑽や研究を重ねてきた『星蝕者(イクリプス)』と、
つい先程レベルアップを終えてニヴルヘイムの魔物とパートナー契約を結んだばかりの新米『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』とでは、
技量が違いすぎる。
『星蝕者(イクリプス)』は既にガザーヴァが指摘した自身の攻撃がワンパターンであるという弱点を克服し、
アイテムやスキルを駆使してモーションの隙を無くし攻勢を仕掛けてくる。
「ひ……ひィィッ!!」
パートナーモンスターとしていたデーモンが斃され、無防備になった『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』が悲鳴を上げる。
バーニア付きの巨大な斧を構えた『星蝕者(イクリプス)』――スキル・ジャガンナートが、
既に戦闘能力を失った『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を真っ二つにしようと迫る。
なゆたとエカテリーナ、アシュトラーセ、イブリースらがどれだけ単騎の強さを誇っていても、
たった四人ではとても防衛線すべての綻びをフォローすることは出来ない。
であるから。
「みのりさん! 準備は!?」
《たった今出来たとこやわ! お待ちどうさん……そらっ、起動!》
なゆたがスマホで暗黒魔城のみのりへ呼びかける。
みのりが空中に浮かび出たコンソールをクリックすると、俄かにコンベンション・センター周りの大地が鳴動を始めた。
そして、防衛線の前方に十基ほどの『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』めいた転移門が出現する。
が、ただの門ではない。――巨大である。通常サイズの『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』ならば、
せいぜい三メートル程度の大きさなのだが、これはその十倍、三十メートルはあろうか。
見上げるばかりの大きさを誇る十基の転移門、そのひとつの縁が、内側からガシリ……と掴まれる。
規格外の、超巨大な『手』。ロボットアニメに登場するような鉄色の五指を持つ何かが、転移門から姿を現そうとしている。
そして、ヌウ……とゆっくり門の中から顔を覗かせたのは――見上げるばかりの体躯を誇る、屈強な鋼鉄のゴーレム。
明神はかつてガンダラの第十九試掘洞で其れを見たことがあるだろう。
太古の昔、ドワーフと魔術師たちがその持てる技術の粋を尽くして製造したと言われる、伝説の巨兵。
超レイド級モンスターの一角、『タイラント』。
それが十機。
「な……、これは……」
エカテリーナが呆気に取られる。
《さぁて……お気ばりやす! タイラント、陣地防衛!》
ゴッ!!
みのりがコマンドを実行すると、出現したタイラントの双眸がギン! と輝く。
巨大な腕で、タイラントは周囲の『星蝕者(イクリプス)』を羽虫でも追い払うかのように薙ぎ払った。
「よし……ッ!」
タイラントを見上げながら、なゆたがぐっと拳を握り込む。
本職のプログラマーではないみのりには、世界の根幹を改変するような難解なソースコードを構築することはできない。
しかし、敵や味方のユニットを配置変更する程度の変更なら、管理者コンソールによって可能なのではないか、
となゆたは睨んだのだ。
そしてみのりに運用できる最強のモンスターを味方として召喚、配置してくれるよう事前に頼んでいた。
同様の段取りで、世界中の他の箇所でももし『星蝕者(イクリプス)』が出現したなら、
タイラントが召喚され都市や人々の防衛を受け持つようにプログラムされている。
《ガンダラのポンコツと一緒にしたらあきまへんえ、保証書付きの完品や!》
みのりがキーボードをタイプしながら言い放つ。
かつてガンダラでアルフヘイムの『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』を全滅寸前まで追い込んだタイラントですら、
半壊し殆どガラクタと化していた未完成品であった。
だが、今度は違う。超レイド級としての性能を遺憾なく発揮できる、完成版のタイラントだ。
隊列を組んだ鉄巨人の群れが、迫り来る脅威を駆逐する。
それはまさに、かつて赤城真一が目の当たりにした幻視とよく似たものであったろう。
ひとつ幻視と異なる点は、目の前で動いているタイラントは地球を破壊する侵略者ではなく、人類の守護者ということだ。
「好機だ! 我らも押し返すぞ!」
イブリースの号令一下、『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』とパートナー契約を結んでいないモンスターたちが雄叫びを上げる。
タイラントの分厚い胸部装甲が展開し、長大な二本の砲塔が出現したかと思うと、
其処から轟音と共に極太のレーザーが発射される。タイラントのユニークスキル『二連破壊光線砲(デュアルキャノン)』だ。
巨大なゴーレムの一団が『異邦の魔物遣い(ブレイブ)』側についたことで『星蝕者(イクリプス)』の足並みは大いに乱れたが、
それでも瓦解するほどではない。中には早くもタイラントをよくある超大型エネミーと認識し、攻略に着手している者もいた。
御子神熾天もそのひとりだ。五名ばかりの『星蝕者(イクリプス)』を率い、身軽に空を翔けてタイラントの攻撃を回避しながら、
ダメージの通りそうな場所へ攻撃を繰り出している。
「……」
なゆたはその姿を目で追った。と、まるでその視線に気付いたかのように熾天も顔を巡らせ、なゆたの方を見た。
地上とその遥か上空、500メートル以上離れた距離で、ふたりの眼差しが重なる。
熾天は微かに口許を綻ばせた。笑った、ようであった。
遠からぬ将来、彼女とも刃を交えることになるだろう。しかし、それは今ではない。
熾天から視線を離すと、なゆたは踵を返して窮地に陥っている仲間を救うべく駆けていった。
【主張を撤回。力を与え、三界の全員で戦うことを了承。
ジョンと明神の配信、カザハのライブを成功させるため防衛任務に志願。
30時間のインターバル後、戦闘開始。拠点防衛の切り札にタイラントを十機投入。】
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【レイドバトル(Ⅰ)】
正真正銘、心からの言葉だった。
エンバースにはずっと理解出来なかった。
なゆたが何故見え透いた虚勢を張ってまで自分を追い込もうとするのか。
自分が死ぬ――その運命をどうして平然と受け入れてしまえるのか。
その理由が、その元凶が、やっと見えた。
必死だった。今を逃せばもうなゆたを心変わりさせる事は出来ないだろう。
最終決戦は死闘になる。心の中でボタンを掛け違えたまま全う出来る筈がない。
だがそれ以上に――なゆたに根差す良くないものを取り除いてやりたかった。
今より健やかで、安らかな状態になって欲しかった。そして――
『……そうかもしれないね。
わたしは、わたしが――ここにいるわたしたちだけが戦えば、何とかなると思ってた。
でも、これは世界の未来を決める戦いなんだ。わたしたちだけで何とかしていい問題じゃ……なかったね。
わたしたちはみんな、自分っていう物語の主人公――そんなこと言っときながら、
他の人たちを強引に脇役にするところだった』
なゆたの答えに――エンバースは深い深い安堵の吐息を漏らした。
「……分かってくれるか」
『わたしの意見は撤回するよ。エンバースや明神さんのプランで行こう。
ただ、あくまで強制はしない。戦う