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【TRPG】ブレイブ&モンスターズ!第四章

308ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/09/03(火) 12:27:26
フィールド全体を飲み込むその攻撃は止まることなくフィールド内で荒れ狂っている。
そこでとある事に気づいた。

「エンバース?エンバースは!?」

ルールが適応されている他4人と違って、エンバースはその適応内ではない。
という事はこの神の攻撃を、エンバースは軽減されずにもろに食らっている可能性がある。

エンバースを必死に探す、よくみると濁流に飲まれその中でぐったりしているエンバースが見えた。

「エンバース!聞こえるかエンバースしっかりしろ!」

ぐったりとしているエンバースから返事はなく、ただ流されるだけのエンバース。

まずい!このままだと焼死体が溺死体に!・・・ってそんな事考えてる場合かー!。

じょんは こんらんしている!

テンパリすぎてもはや正常に思考できていないジョンを横目にエンバースは淡々と流されていく。
そして勢いよくフィールドの外に向って吐き出された。

「ちょ・・・!」

勢いよく射出されたエンバースをキャッチし、すぐにバロールの元に走る。

「バロール!エンバースを見てくれ!早く!」

どうやら命に別状はないらしい、今回の対決のなゆ陣営のMVPはよくも悪くもエンバースだ。
彼がいなかったら彼女は立ち直ることすらできず、明神に倒されていただろう。
途中ちょっと危ないところもあったが・・・それでもエンバースの功績は大きい。

魔法の効果もあってか、エンバースはすぐ意識を取り戻した。

「見えるかいエンバース・・・いやナイト様・・・いやこの場合は王子様かな?
 君の姫様は君のおかげで立ち直って、まっすぐ前を向いて歩き出したんだ」

ちょっとくらい茶化しても許されるだろう。

エンバースはフィールドにいるなゆを見つめたまま振り向かない。
どんな顔してるのか、どんな思いで見つめているのか、それはわからない。

「君が、どこを見て、何を想ってあんなになゆを過保護にしてたのかは、僕には分らない、でもね」

明神を圧倒し、決意に満ち溢れたなゆを指差す。

「そろそろ対等な仲間として、扱ってもいいんじゃないかな?」

出すぎた真似だっただろうか、お前に俺がなにが分る、と。
たしかに僕にはわからない、彼との付き合いも出会って数時間であるし。
エンバースがどんな経由で人間を止め、アンデットになったのかもわからない、けど。

「今のままじゃなゆが・・・君が想ってる誰かが・・・かわいそうだよ」

軍人になった時、色々な人を見てきた。
幸い僕自体は戦争に出向くような事にはならなかったが、色んな演習をする内に色んな人と出会い、話してきた。
中には戦争で、妻と子供を失った人もいた、彼は・・・今のエンバースによく似ていた。

彼は歪んだ心で正義を執行し続けた、でも結局歪んだ正義はどうがんばっても歪になる。
幻想に縋り付く方も、縋りつかれる方も、最終的に二人一緒に壊れてしまう、二人にはそんな風にはなってほしくなかった。

309ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/09/03(火) 12:27:48

>「ふふふぅ〜、ただいまさん〜」

と、軽い感じで帰ってきたのはみのりだった。
さきほどまであれほど白熱した戦いを繰り広げられていたにも関わらずそれを感じさせない。
しかし顔は満足感に溢れていた。

「おかえり、スッキリしたかい?」

みのりはにこっと笑うと、椅子に座る。

「それはよかった」

紅茶を飲みながら、みのりは僕にこう言う。

>「ジョンさんどうやった?
  2週間も牢屋に繋がれていた間、うちらはこういう戦いをしてきたんよ
  ジョンさんは兵隊さんやし?体は丈夫やろうけど、この世界での人間の上限ってのはどういうもんか、わかってくれはったかねえ」

この世界の人間の、モンスターの基準の凄さは凄まじい。
元の世界の野生の動物達や世界のプロの人間達も十分すごいが、こんなに常識はずれじゃない。
普通の人間ならこんな世界みたら、世界を救うとか以前に保身の為に逃げる事を選択するだろう。

「あぁ・・・強すぎてわくわくするね」

でも僕は違う、強くなりたい、今の自分の力がどこまで通用するか試してみたい。
・・・自分がこんなにも戦闘狂思考だとは思ってもみなかったけれど。

>「タンクやってたうちからの私見なんやけど」

みのりは言う、タンクはみんなの盾である、と、倒されてはいけないのだ、と。
だが部長はサポートタイプでありタンクではない、僕も大それた力やなゆのようなスキルがあるわけでもなく。
なぜ唐突にタンクの話を切り出されたのか、わからず聞き返そうとする。

>「ほやから、無茶せんと戦える方法考えたってえな」

「まってくれ、それはどうゆう・・・」

>「お疲れさまー!やっぱ強いなぁ!おめでとさん〜!」

僕の問には答えず、戦闘が終わったフィールドに向って、走り出したみのりに疑問を抱きつつ後を追うのだった。

310ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/09/03(火) 12:28:09
>「俺の負けだ。認めるよなゆたちゃん、お前が俺たちのリーダーだ。俺達を引っ張ってほしい」

まるで憑き物が取れたように清清しい顔で敗北宣言する明神がいた。
スマホを覗くとリザルトが表示されていた。

>「クーデターは失敗した。悪いな石油王、戦犯に巻き込んじまってよ。
 主犯は俺、うんちぶりぶり大明神だ。煮ても焼いても美味くはねえけど、処断はパーティリーダーに任せる」

>「ふふふ、巻き込んだやなんて安ぅみられたもんやねぇ
  うちはうちの判断で明神さんに乗っかっただけやで?
  お陰で見たいものは全部見れて満足やわぁ」

これをクーデターといってしまっていいものか、そう考えるがクーデターはクーデター。
なゆならひどい事にはならないだろう。

>「カザハ君。お前がこの先も、語り手として俺達と旅をするのなら……うんちぶりぶりじゃ締まりが悪いよな。
  みんなも覚えといてくれ。――瀧本俊之(としゆき)。カザハ君が歴史に刻む、俺の名前だ」

>「本名なんて呼ばれ慣れてねえから、今後も明神って呼んでくれりゃ良い」

「こちらこそ、よろしく、明神・・・ところで立ち上がるの手伝おうか?」

明神と熱い握手を交わし、ボロボロの明神が立ち上がるのを手伝う。

>「寄り道かました俺が言うのもなんだけど、俺達の戦いはマジでまだ始まったばかりだ。
  明日にはここを発って、アコライト行って、先輩ブレイブの救援クエストをこなさなくっちゃならねえ。
  こっから先は対戦じゃない。命をやり取りする実戦だ。誰一人死なせることなく……世界を救ってやろう」

ここからは命のやり取り・・・奪い合い・・・やり直しの聞かない戦いが始まる。
生まれて初めてできた、友達を失いたくないという気持ちと、早く自分の力を試したいという思いが混じる。

「どうしようもなく不安だけど・・・でも俺は軍人だ、必ずみんなを守ってみせる、な!部長」

「ニャー!」

なぜかドヤ顔決める部長。

本当は不安だ、でも俺がビビッていても世界も、みんなも救われない。
俺がみんなを守ればだれも失わない、そう気合を入れ直す。

>「それじゃ、みんな疲れたやろし、みんなで乾杯しよや〜!
  バロールはん、お願いするわ〜」

「よーし!じゃみんな体を綺麗にしてみんなで飯食べよう!」

後ろでメイドさん達がこちらを見ている気がするが気にしない!僕は絶対に目を合わせないぞ!

311ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/09/03(火) 12:28:30
久々に監獄のバランスが整っているがまったく味気のない、食事とは違う。
贅の限りを尽くした料理の数々に目を輝かせる。

「うまい!めっちゃうまい!うますぎるんですけど!」

一人で淡々と食べててもよかったが、友達と交流を深める為に周りを見渡す。
エンバースとみのりはなにやら二人で話している様子、そうなるとターゲットは・・・。

「やあ明神、となりいいかい?」

一人でゆっくりと飯を食べている明神の横に座る。

「いやー本当に凄かったね、なゆも、明神も、元の世界で一般人だったって話が信じられないほどだよ
 たぶん僕にはマネできないなあ、コツがあったら教えてほしいくらいだよ」

なゆと明神の二人は元々闘争の世界とは殆ど無縁の人生を送ってきたらしい、ゲームの世界を闘争に含めなければ、だが。
しかし先ほどの戦闘におけるモンスターに送る指示は二人とも迅速かつ正確だった。

「それはそうと、一応今回のって一応クーデターだろ?まぁ、クーデターって形にしなきゃいけなかったっていうのはわかるけど・・・」

明神がなにかを察した表情する。
聡明な明神な事だ、この後僕がなにを言うかわかっているのだろう。

みんなもちょっと聞いてくれ!とみんなを呼ぶ。

「クーデターはクーデターだ、なゆがいくら罰は必要ないといっても・・・はいそれじゃなしで!解散!でいい筈がない
 もしかしたら罰がなかったって事で後からわだかまりを残すかもしれない・・・だから・・・」

そんなことには絶対ならないと、僕もわかっているのだが。
そして、たぶん今僕は明神からしてみれば、悪魔な感じの笑みをしているかもしれない、でも間違いじゃない・・・なぜなら。

「罰として明神はご飯食べた後、僕の日課の『訓練』に付き合う・・・みのりの罰は・・・なゆに任せる!OK?」

PTリダに許可を求める。
その横で明神が青ざめた表情で口をぱくぱくさせていた。

「なんで俺だけ訓練なのかって?そりゃ僕が女の子用の護身術を知らないってのもあるけど・・・
 単純にその前の筋トレもハードだからやらせるわけにはいけないでしょ、体の負担もきついし
 後、明神・・・君はモンスターやカードに頼りすぎだ、君自身最低限自衛できなくては」

実戦になればモンスターを撃破するのではなく、本体を狙ったほうが効率的だ。
人間はモンスターより脆く、遅いのだから。

「筋肉痛?疲労?怪我?大丈夫!ここのメイドさんはそこらへんのサポートも完璧らしいよ!訓練中もずっとついててくれるって!よかったね!
 みんなも、もしよかったら鍛えてあげるけどやるかい?相当ハードになるけど・・・あ、明神は絶対だよ」

みょうじんは ぜつぼうしている!

「安心してくれ、この今日一日で暴漢から逃げれるくらいには護身術を教えてあげよう
 本当は最低限の体を作ってからがいいんだが、一日しかない以上そうはいってられないだろう?」

みょうじんは しんでしまった!

312ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/09/03(火) 12:29:22
明神とあーだこーだ喋っていると、みのりが全員を呼ぶ。

>「さ、大団円で次はアコライトゆうところなんやけどな……
  うちは王都に残ろうと思うてんねん」

「えっ!?」

みんなが似たようなリアクションを返す、当然だ、やっとこれからみんなでいこう。
という流れだったはずだ、確実に、それが突然の残る宣言。
驚くなというほうが無理な話だ。

>「だってこの魔王様、色々とガバガバの穴だらけで見てられへんのやもん
  兵站管理や情報伝達とか、この人に任せてたら前線に出るうちらは命がいくつあってもたりひんわ
  ほやからうちが王都でそこらへんお手伝いさせてもらおうと思うてなぁ」

たしかにそうだが・・・みのりが無理に手伝う必要があるのか?
僕個人としては女性はなるべくだが、最前線に出てきてほしくないというのはある。

「本気なんだね?みのり」

みのりは頷くと明神になにやら耳打ちする、その声は聞き取れなかった。
その後僕の肩を叩く。

>「タンクはジョンさんにお願いするわー
  戦い見させてもろうたけど、有望株や
  うちの太鼓判付きや、安心してええよ!」

さっきの話をようやく理解した、この事を言っていたのだ、と。
タンクの心得を教えてくれたのも、私の後を宜しく頼む、という意味だったのだ、と。

「部長はどっちかっていうとサポート寄りだけど・・・でもみのりに頼まれたからにはやるしかないな
 まかせてくれ!みんなを全ての敵から守ると誓おう!」

できるかどうかではない、頼りにされたからにはやるしかない。
他でもないみのりの願いを無碍にはできない。

「寂しくなるけど・・・永遠の別れってわけじゃないし、さよなら、とは言わないからね」

そう別に永遠に逢えないわけではないのだ、この事件を終わらせればまたみんなで集まればいいのだ。

「よし!みんなしんみりした雰囲気はなしだ!今日は派手にやろう!」


こうして騒がしく、僕が初めて牢屋と城以外の世界を見れた長い日は、終わりを迎えたのだった。

313崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/09/10(火) 18:54:37
『混沌大海嘯(ケイオス・タイド)』――
それは人知を超えた外宇宙の力によってフィールド上のすべてを押し流す、神の波濤。
強烈な毒と腐食酸で対象の防御力を低下させると同時にDotを加え、さらに超強力な全体ダメージを叩き込む、レイド級の一撃。
地水火風光闇の六属性のどれにも当て嵌まらない『混沌』属性は、属性有利ゲーとも揶揄されるブレモンで唯一の例外である。
相手がどの属性だったとしても関係ない。圧倒的な質量で呑み込み、喰らい、消化する。
それはまさに神の御業であろう。
正真正銘、これが最後の攻撃だ。力も、技も、策も、心も、すべて使い切った。
これを凌がれれば、もう後はない。

荒れ狂うゴッドポヨリン・オルタナティヴの大嵐が、徐々に収まってゆく。
攻撃が終わり、フィールドが静寂に包まれたとき――そこにリビングレザー・ヘビーアーマーの姿はなかった。
代わりに剣を床に突き立てたボロボロのヤマシタが立っている。が、そのヤマシタもすぐに消えた。
なゆたの視界にいるのは、四肢を投げ出して倒れた明神ひとり。
そして――明神のライフ表示は、0を示していた。

「勝負あり!」

見届け人のバロールが大きく右手を掲げ、朗々と宣言する。
デュエルは終わった。チームモンデンキントvsチームうんちぶりぶり大明神の戦いは、チームモンデンキントに軍配が上がった。
なゆたの、カザハの、ジョンの――そしてエンバースの勝利だ。

「…………っっっぷはあ〜〜〜〜っ!!」

バロールの決着の号令と同時に、なゆたは天を仰いで大きく息を吐いた。
緊張の糸が切れ、そのまま膝から崩れ落ちそうになる。
本当に紙一重と言っていい、ギリギリの勝負だった。どちらが勝ってもおかしくない、極限のデュエルだった。
でも、負けられなかった。負けてもいい、命のかかったものではない戦いだったけれど、負けたくなかった。
そして――勝った。

>お疲れさまー!やっぱ強いなぁ!おめでとさん〜!

膝が笑っている。もう限界だ、座り込みたい……と思う。
しかし、それを駆け寄ってきたみのりがぎゅっと抱き着いて支えた。
みのりは心底から嬉しそうな表情を浮かべている。なゆたの前に立ちふさがり、そして負けたにもかかわらず、だ。
みのりの笑顔には一点の曇りもない。欲しいものはすべて手に入れた――そんな満足感がありありと浮かんでいる。

「……みのりさん……」

>ふふふふ、なゆちゃん、いい子ちゃん過ぎるところがあるとは思ってたけどなぁ
 いい子ちゃんのまま、汚いうちを越えていきおったわ

みのりは物理的にも精神的にも強大な壁として、今回のデュエルでなゆたの前に立ちはだかった。
なゆたがそれを乗り越えたことで、みのりの危惧していた諸々は解消されたということなのだろう。

「ありがと、みのりさん。みのりさんのお陰で勝てたよ。
 わたし……絶対、みのりさんの期待を裏切らない。どんなことがあったって、今回みたいに乗り越えてみせるから」

ぎゅぅ、となゆたもみのりを抱き締め返す。
その姿は、ただゲームで知り合っただけの知人という関係を超えた――本当の親友のように見えたことだろう。

>俺の負けだ。認めるよなゆたちゃん、お前が俺たちのリーダーだ。俺達を引っ張ってほしい

ジョンの支えで立ち上がった明神が言う。
元々、リーダーがやりたくて受けたデュエルではない。パーティーが壊れてしまうのが嫌で、守りたい一心で受けた勝負だ。
けれど、勝った者には責任が生じる。このパーティーを維持していくという義務が。
であるのなら、やはりなゆたがリーダーを務めなければならないのだろう。
真一が抜けたために緊急で務める、代理のリーダーではなく。
これからの戦いを生き抜くための、本当のリーダーを。

なゆたは真っすぐに明神を見つめ、小さく、しかしはっきりと頷いた。

314崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/09/10(火) 18:58:05
>クーデターは失敗した。悪いな石油王、戦犯に巻き込んじまってよ。
 主犯は俺、うんちぶりぶり大明神だ。煮ても焼いても美味くはねえけど、処断はパーティリーダーに任せる

「……わかった」

正式なパーティーリーダーとなり、最初にやらなければならない仕事。
それはパーティー崩壊の危機を招いた元凶の処断だ。
リーダーには果断な処置も求められる。足並みを乱す者に対しては、厳然たる対応で臨まなければ示しがつかない。
ただ、もうなゆたの気持ちは決まっていた。明神にどんな判断を下すべきか――
この戦いの最中、ずっと考えていたのだ。

>カザハ君。お前がこの先も、語り手として俺達と旅をするのなら……うんちぶりぶりじゃ締まりが悪いよな。
 みんなも覚えといてくれ。――瀧本俊之(としゆき)。カザハ君が歴史に刻む、俺の名前だ
>本名なんて呼ばれ慣れてねえから、今後も明神って呼んでくれりゃ良い

明神が居並ぶメンバーたちに告げたのは、自分の本名。
今までずっと、彼は自分の名前を打ち明けずに来た。それはきっと個人情報の漏洩だとか、そういう危惧の他にもうひとつ。
いつでもパーティーを抜けてもいい。他人になってもいい――そんな逃げ道を彼が用意していたからだろう。
しかし、彼は自分の本名を明らかにした。それは、彼が自ら逃げ道を手放したことの証左に他ならない。
ずっと一緒にいると。このパーティーで世界を救ってやろうと。
そう宣言しているに等しかった。

>寄り道かました俺が言うのもなんだけど、俺達の戦いはマジでまだ始まったばかりだ。
 明日にはここを発って、アコライト行って、先輩ブレイブの救援クエストをこなさなくっちゃならねえ。
 こっから先は対戦じゃない。命をやり取りする実戦だ。誰一人死なせることなく……世界を救ってやろう

確かに寄り道ではあっただろう。これからアコライト外郭に行こうという時に、精魂尽き果てるデュエルをしてしまった。
だが、それを無駄とは思わない。それどころか、やらなければならない大切な戦いだったと思う。
仮に明神が正体を隠し、またなゆたもモンデンキントと認識されないままアコライトや他の戦場に行ったとする。
そこでもし今回のようなことが勃発したら、足並みの乱れたパーティーは本当に全滅してしまいかねない。
なゆたと明神だけではない。他のメンバーたちにしたってそうだ。
なゆたとエンバースも仲違いしたままだろうし、明神だってカザハに疑念の眼差しを向けたままだっただろう。
みのりは疑心暗鬼に囚われ続けていたに違いなく、ジョンは戦う覚悟を持てなかったはずだ。

だから――

この戦いは。今ここにいる全員が心をひとつにし、同じ方向を見るためには避けては通れない戦いだったのだ。
クソコテとしての正体がバレたとき、明神はこう言ってなゆたを煽った。

>気付いてっか?リバティウムを出てからこっち、俺たちがみんな別々の方を向いてるの

それは事実だ。キングヒルに到着するまで、パーティーの足並みはバラバラだった。
だが、もうその心配はないだろう。今のパーティーなら、どんな困難があっても必ず乗り越えられるに違いない。

それから明神はゴホンと一度空咳を打った。
何かを言いたそうな、でもちょっとだけ躊躇っているような、そんな様子。
ばつが悪いというのは、きっとこういう顔のことを言うのだろう。
けれども、何も言わないままではいられない。明神は半ば無理矢理笑顔を作ると、

>――なゆたちゃん、クエストに行こうぜ!

と、言った。

ああ。
これだ。こんな光景を、自分はずっと望んでいた。
ブレモンは楽しくなければいけない。面白かったね、と。やってよかった、と。
みんながそう思えるゲームでなければいけないのだ。
もう、この場所はゲームじゃない――現実の世界で、待ち受ける戦いは遊びではないけれど。
それは。それだけは、忘れてはならないのだ。
なゆたの目に涙が浮かぶ。ただ、それは悲しみや絶望の涙ではない。
なゆたはぐいっと右腕で涙を拭うと、明神へありったけの笑顔を向け、

「……うんっ!」

そう、はっきり頷いてみせた。

315崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/09/10(火) 19:01:29
>それじゃ、みんな疲れたやろし、みんなで乾杯しよや〜!
 バロールはん、お願いするわ〜!

戦いが決着を見、パーティーの蟠りが解消されると、みのりが嬉しそうに提案する。

「もちろん! 任せておきたまえ!
 いやぁ〜、それにしても物凄い戦いだったね! みんなお疲れさま!
 パーティーの懸念は払拭されたようだし、私も間近で『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の戦いが見られたし。
 まさにいいことずくめ! ってやつだね! はっはっはっ!」

そう言うと、バロールは激しいデュエルで半壊したフィールドに右手を差し伸べる。
虹色の光彩が輝き、バロールの全身から夥しい魔力が迸る。
フィールドが薄ぼんやりと輝きだすと、戦いによって砕けた石畳や大きく穿たれたクレーターが修復されていく。
ほんの五分ほどで、フィールドは戦闘前の美しい王宮の姿を取り戻した。
世界さえも改変できる『創世』の力。その一端であろうか――継承者第一位の名に相応しい、桁外れの魔力だ。

「これでよしっと。みんな、疲れただろう? これから歓迎の準備をするから、それまでは休んでいるといい。
 部屋に案内するよ……お風呂に入るもよし、着替えてひと眠りするもよし。自分の家だと思って寛いでほしい!」

バロールの案内で、王宮内にある貴賓室に通される。
貴賓室はすべて個室になっていて、日本ならそのまま一戸建てがすっぽり入ってしまうような広さだった。
もちろん、贅の限りを尽くした豪奢な調度によって彩られている。
ヴェルサイユ宮殿もかくやといった様子は、まさにアルフヘイムの覇権国家の王宮といったところだろう。
実家が寺で広い敷地を持つなゆたでさえ落ち着かない部屋である。
バロールの言った通り、望めば広々とした大理石の浴場でのんびり湯に浸かることもできるし、ベッドで睡眠も取れる。
実際なゆたはその通りにした。元に戻ったポヨリンと一緒に風呂に入り、汚れを落として、渡された寝間着に着替えてぐっすり寝た。
風呂上がりの心地よさもあったが、それ以上にデュエルで心身ともに疲労していたらしい。枕に頭をつけると即落ちだった。

>うまい!めっちゃうまい!うますぎるんですけど!

王宮の客間で、ジョンがここぞとばかりに料理をむさぼっている。
目を覚ますと、ほどなくしてメイドが宴の用意が整いました、と知らせてきた。
どうやら、何時間か眠ってしまっていたらしい。外はもう夜になっていた。
ポヨリンを伴い、白いスタンドカラーブラウスとフレアミニスカートで客間へ行くと、すっかり歓迎の準備ができている。
貴賓室と同じく覇権国家の力を見せつけるかのような、山海の珍味。手間を惜しまない料理の数々。
ガンダラ、リバティウムと美食とは縁遠い旅をしてきただけに、その豪華さに目を瞠らずにはいられない。

「いやぁ、本当は我が国の諸侯も招いてもっと盛大な宴にもできたんだけどねぇ!
 なにせ戦時中だ。そこまでの余裕も時間もなくてさ……慎ましい宴だけれど、どうか許してほしい!
 その代わり、ここにあるものは遠慮なく食べたり飲んだりしてくれて構わないよ!
 明日には激戦地のアコライト外郭へ発ってもらわなければならないんだ。せめて今日は英気を養ってくれたまえ!」

ちゃっかり同席し、エールを満たしたジョッキを掲げたバロールが言う。
これでもまだ時勢に配慮して慎ましくしたと言っている。まったく底が知れない。

>ところでなぁ、エンバースさんはうちらの中で唯一ブレイブやあらへんやんなぁ
 さっきの戦いも結局はブレイブ対策ができている燃え残りとしての戦い方やん?

>やあ明神、となりいいかい?

みのりとエンバース、明神とジョンがそれぞれ話をしている。その姿は、すっかり打ち解け合っているようになゆたには見えた。

「……ふふ」

ポヨリンに豪華な食事を与えながら、なゆたは仲間たちの様子を微笑みながら眺めていた。
と、不意にジョンが全員に注目を促す。

>クーデターはクーデターだ、なゆがいくら罰は必要ないといっても・・・はいそれじゃなしで!解散!でいい筈がない
 もしかしたら罰がなかったって事で後からわだかまりを残すかもしれない・・・だから・・・

>罰として明神はご飯食べた後、僕の日課の『訓練』に付き合う・・・みのりの罰は・・・なゆに任せる!OK?

「え」

なんだかよく分からない提案が来た。
明神に罰を受けさせるのと、彼がジョンの特訓に付き合うのがいまいちイコールで結びつかない。
が、ジョンはジョンで明神を受け入れるための禊を考えていたのだろう。
それを否定するつもりはない。なゆたは小さく首肯した。

「まぁ……それは構わないけど。明神さんに任せるよ」

ふたりの話は二人が取り決めるべきものである。リーダーだからといって、罪滅ぼしにジョンの特訓に付き合え! とは言えない。
それに、明神の処遇についてはもうとっくに決めているのだ。

316崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/09/10(火) 19:05:09
「じゃあ……いい機会だから、わたしからも言っておこうかな」

椅子から立ち上がり、ちゅうもくー。と言いながらぽんぽんと手を叩く。

「えー。僭越ながら、これから正式にパーティーリーダーを務めさせて頂くことになりました。
 モンデンキントこと崇月院なゆたです。
 正式にリーダーをすることになったからには、しっかり! 役目を果たしてみせますから!
 皆さん、これからよろしくお願いします!」

迷いのない口調で宣言する。それからなゆたはみのりを見た。

「で……ジョンはみのりさんの罰、って言ったけれど。
 みのりさんは『対戦相手』ではあっても『敵』ではなかったので、罰を与える必要はないと思う。
 そして、明神さん。ジョンの特訓はさておき、わたしからも。明神さんを再度パーティーに加入させるにあたって条件があるの」
 
みのりから視線を外し、明神を見据える。
そして右手の人差し指で明神を示すと、

「条件はひとつだけ。わたしがパーティーリーダーを務めるにあたって――
 明神さんをサブリーダーに指名します。もちろんパーティーメンバーはみんな平等で、誰が偉いとか一番とかはないけど……。
 わたしがいなくて、何かを決定する必要があるときは。みんな明神さんの指示に従ってくれればって思う。
 ってことで! これはリーダー特権のご指名なので、明神さんに拒否権はありまっせぇーんっ!
 みんなも異論ないよね? もしあったとしても、デュエルで言い聞かせるだけですけどー!
 ハイ! 賛成の人は挙手ーっ!」

ばっ! と右手を挙げ、賛同者を募る。
明神なら選択を誤ることはないし、自分も安心して補佐を任せられる。
なゆたがリーダーとして舵取りし、明神はサブリーダーとして補助に回る。
これが、新しい『異邦の魔物使い(ブレイブ)』パーティーの編成というわけだ。
すべての懸念は払拭された。あとは、明日の朝にアコライト外郭へ赴くだけ――

そう思われた、が。

>さ、大団円で次はアコライトゆうところなんやけどな……
 うちは王都に残ろうと思うてんねん

「……は、ぇ?」

みのりの唐突に過ぎる提案に、なゆたは呆気にとられて目を丸くした。

>だってこの魔王様、色々とガバガバの穴だらけで見てられへんのやもん
 兵站管理や情報伝達とか、この人に任せてたら前線に出るうちらは命がいくつあってもたりひんわ
 ほやからうちが王都でそこらへんお手伝いさせてもらおうと思うてなぁ

「え!? 私!? ぐはぁ! やめるんだ、その攻撃は私に効く!」

突然水を向けられたバロールは仰け反った。

「そんな、みのりさん……」

なゆたは絶句して、自分の胸元をぎゅっと掴んだ。
確かにバロールのやり方は杜撰である。現在のところ、王都の動きはニヴルヘイムに対する対処療法だけに留まっている。
バロールのスペックによって現在はそれでなんとか敵勢力に抗しおおせているが、今後も大丈夫とは限らない。
それに、ひとりの情報処理能力に依存しきった体制は、当該者にもしものことがあった場合たちまち崩壊する。
万一を織り込んだうえで、侵食に対処し『異邦の魔物使い(ブレイブ)』をバックアップする体制を作らなければならないのだ。
だいいち、バロールを完全に信用してもいいのか――という点においても、一抹の不安が残る。
バロールが世界を案じているのは真実だろうし、援助してくれるという言葉にも偽りはないだろう。
ただ、こちらに話していない何かを色々と隠し持っていることも紛れもない事実であろうと思う。――カザハのことのように。
『まっすぐすぎる』なゆたでは、そんなバロールに対抗できない。
しかし、みのりなら。バロールのすぐそばで丁々発止の情報戦を繰り広げながら、その力を巧く利用することができるだろう。

>タンクはジョンさんにお願いするわー
 戦い見させてもろうたけど、有望株や
 うちの太鼓判付きや、安心してええよ!

みのりの決意は固いようだ。早くも自分の後任を見出し、役目を譲っている。
なゆたも、ジョンならみのりの抜ける穴をきちんと埋めてくれるだろうと――適材だと思う。
けれど――
せっかく、なんの蟠りもなくなったのに。本当の仲間になれたと思ったのに。
そんな気持ちに、胸がふたがれる。

317崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/09/10(火) 19:08:09
しかしながら、これはみのりが決めたことだ。
この決意は何もクリスタルが底をついたとか、これからの戦いにおじけづいたとか、そういうことではなくて。
なゆたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が、より確実に勝ち抜くための、生き残るための最善策なのだ。
だとするなら――

「……わかった。じゃあ、みのりさん……これからバックアップをお願いね。
 別に、みのりさんがパーティーを脱退するわけじゃないし! ただ、後方支援に回るだけだもんね!
 これからも頼りにしてるよ、みのりさん!」

なゆたはにっこり笑ってウインクすると、ぐっと右手の親指を突き出してサムズアップしてみせた。

「えー。私の意思っていうものは考慮してくれないのかい? ひどいなぁ!
 でも、確かに五穀豊穣君が私の手伝いをしてくれるなら心強いかな。なにせ、今は全部私ひとりでやってるものだから!
 睡眠時間もないし、愛しのメイドたちと愛を語らう暇もなかったんだよね!」

ははは! とナチュラルにセクハラ発言をする。
控えているメイドたちは全員ぷいっと顔をそむけた。

「五穀豊穣君の申し出はありがたい、では遠慮なくその厚意に甘えるとしよう。
 けれど、覚えることは無数にあるよ。そこは……覚悟を決めて取り組んでほしい。一度手伝うと決めたのなら、ね。
 その選択はあるいは――モンデンキント君たちと一緒に戦いに赴くより、ずっとずっと過酷な選択かもしれないけれど」

すい、と虹色の瞳を細め、バロールは微笑みながら告げた。
普段はゆるふわダメダメ元魔王だが、こういうときに告げる言葉は確かにローウェルの筆頭弟子としての知性と威厳を湛えている。
しかし、みのりはそんなん今更や、と朗らかに――しかし不退転の決意を滲ませて笑った。
これで今後の動向は決まった。
なゆたをリーダー、明神をサブリーダーとした『異邦の魔物使い(ブレイブ)』パーティーは、翌朝アコライト外郭へ向かう。
アコライト外郭では、なゆたたち以前にこの世界に召喚された『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が戦っているという。
それと合流し、力を合わせてアコライト外郭をニヴルヘイムの脅威から解放する。
アコライト外郭はアルメリア王国防衛の要衝である。ここが万一陥とされれば、アルメリアはキングヒルの防衛手段を喪う。
まさに、ここが正念場というところである。
今日の戦いで消費したスペルカードは、外郭に到着するころにはリキャストされているだろう。
敵の数は多く、包囲され孤立したアコライト外郭の内部の様子は誰にも分からない。情報が来なくなって、もう何日も経つ。
敵の指揮官の正体も不明だが、きっとイブリース配下のモンスターなのだろう。一瞬たりとも油断はできない。
今日のような、フレンド同士の死なない戦いではない――
敗北がすぐさま死につながる、互いの生存を賭けた戦い。
それが、始まるのだ。

とはいえ――

>よし!みんなしんみりした雰囲気はなしだ!今日は派手にやろう!

ジョンがそう言ってジョッキを掲げる。
今は、明日のことは考えるまい。ただ、熾烈な戦いを繰り広げた今日を祝い、健闘を称え合うのがいい。

「そうしよう、そうしよう! みんな、かんぱーいっ!」

ジョンに触発されるように、なゆたもまたジョッキを大きく掲げて乾杯の音頭を取る。――もちろん、中身はジュースだ。
ファンタジー世界であっても未成年はお酒を飲んじゃダメ。生徒会副会長の面目躍如である。

侵食による消滅を防ぐための、激しい戦いの前夜祭。

パーティーの宴は、長く続いた。

318崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/09/10(火) 19:14:13
深夜。なゆたはエンバースの部屋の前まで来ると、そのドアをコンコンとノックした。

「エンバース……まだ起きてる……?」

エンバースが返事をすると、なゆたは緊張した面持ちをしてきゅっと胸元で右拳を握る。

「あの……、入っても、いい?」

たどたどと、どこかばつが悪そうに言う。
部屋の中に入ると、なゆたは扉を背にして所在なさそうに佇む。

「え、えと……。さっきはみんなもいて、ちょっと……その……話しづらかったものだから……。
 ごめんね、休んでるところお邪魔しちゃって。明日もあるし、すぐ帰るから……」

軽く俯き、もにょもにょと歯切れ悪く言う。
が、少しして意を決したように顔を上げると、口を開く。

「――あの! き……、今日は、ありがとう。わたしなんかに味方してくれて……。
 あなたは絶対、わたしの味方なんてしてくれないって思ってたから。当然だよね……わたしはずっとあなたに酷いこと言って。
 パーティーを抜けたっていい、なんて暴言吐いて。嫌われても当然だったから」

は、と息をつく。決意を固めて一度話し始めると、あとはもう止まらない。

「……わたしが間違ってた。さっきまでのわたしは……あなたのことを、真ちゃんの代わりだと思ってた。
 本当は真ちゃんがいるべき場所を、真ちゃんがいなくちゃいけない場所を、あなたが奪ったって。
 勝手にそう思い込んでた……全然、そんなことないのにね」

真一と入れ替わりにエンバースがパーティーに参入したのは事実だ。
両者とも炎を扱い、戦闘において自分の身体を酷使することを厭わない――というところも似通っている。
しかし。

「だから。わたし、勘違いしちゃってた。真ちゃんだったらこんなことないのにって。真ちゃんならこうだったはずって。
 あなたはあなたで。あなたの考えがあって。あなたの目的があるのに……そんなこと、全然考えようともしなかったんだ。
 だから――」

そこまで言うと、なゆたはエンバースへ向けて勢いよく頭を下げた。

「ゴメンなさい! わたしが悪かったです――!」

今日の午前中、キングヒルに到着するまでは、まさかこんなことになるとは想像さえしていなかった。
けれど今は違う。明神とのデュエルでエンバースの力は思い知ったし、どんな気持ちを抱いているのかも何となく察した。
彼の過去に、なゆたの想像を絶する過酷な体験があったらしいということも――。
彼の戦い方は自棄に等しい危なっかしさで、ときどき暴走めいたことさえしていたけれど。
それも理由があるのだろう。であれば、おいおい理解していければと思う。
何より、なゆたは信じたかった。エンバースに強く抱きしめられたときの、あの温かさを。
ひとりでもバルゴスに対処できたであろうはずなのに、敢えてなゆたに花を持たせた、その心を。

「……あなたが協力してくれなかったら、きっとわたしは明神さんに勝てなかった。
 あなたが活路を開いてくれたから、わたしは明神さんを倒すことができた。地球由来の因縁に終止符を打てた。
 ありがとう、エンバース。……嬉しかった、とっても」

なゆたは顔を上げると、そう言って小さく微笑んだ。

「あなたはわたしの身体だけじゃない、心も守ってくれた。わたしのプレイヤーとしての誇りを。
 ね。また、わたしを守ってくれる……?
 わたし、あなたに守ってもらいたい。あなたが守ってくれるなら――わたし。きっと、もっと頑張れる気がするから」

あれほど、エンバースに守られることを嫌っていたはずなのに。
けれど、今はそうは思わない。彼に守られることを、とても心強く感じる。
彼はきっと、そんなこと言われるまでもなく守ってやる、と言うかもしれないけれど。
そうではない。なゆたがエンバースに守られることを望む、そのことに意味がある。

「あー……ゴメンね! なんか、わたしばっかりまくしたてちゃって!
 頼み事するにも、やり方ってものがあるよね……こういうの、慣れてないもんで……あは、あはは……」

なゆたは左手で後ろ髪に触れると、気恥ずかしそうに笑った。そして――

「もっとかわいくお願いした方が、好みだった?」

そんなことを言って、ぺろりと小さく舌を出した。

「言いたいことはそれだけ! じゃ……わたし行くね!
 明日は激戦地へ行かなくちゃなんだから! 気合い入れていきましょ!
 エンバース、おやすみ!」

照れ臭さを誤魔化すように笑うと、なゆたはフレアスカートの裾を翻して部屋を出て行った。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちが思いをぶつけあった、長い一日は終わった。

そして――アコライト外郭へと赴く、戦いの刻が訪れる。


【正式にパーティーリーダー襲名、明神をサブリーダーに指名。みのりの戦線離脱を受諾。
 エンバースと和解を試み、一路アコライト外郭へ】

319カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/09/13(金) 21:44:56
脱落した皆が2人の決着を見守っている中、ジョン君がある事に気付く。一人足りない。

>「エンバース?エンバースは!?」

「あれ!? エンバースさんまだこっちに来てないの!? ということは……」

なんとなく私達と同じくすでに砂嵐で吹き飛ばされて退場済だと思っていたが……
案の定、程なくして焼死体兼溺死体のような状態になって混沌の濁流に乗って流されてきた。
ジョン君の慌てようは半端なかったが、幸い命に別状はない(?)ようだ。
バロールさんがなゆたちゃんの勝利を高らかに宣言する。

>「勝負あり!」

>「お疲れさまー!やっぱ強いなぁ!おめでとさん〜!」
>「ふふふふ、なゆちゃん、いい子ちゃん過ぎるところがあるとは思ってたけどなぁ
いい子ちゃんのまま、汚いうちを越えていきおったわ」

みのりさんがなゆたちゃんを抱きしめ、惜しみないねぎらいの言葉をかける。
最初は底知れない何かを隠し持っている感じがしていたが、本当の彼女は少しばかり財力と権謀術数に長けた、等身大の少女だった。
京都人ならまあそんなこともあるだろう。
そして、戦いに敗れたクーデターの主犯が敗北宣言をする。

>「俺の負けだ。認めるよなゆたちゃん、お前が俺たちのリーダーだ。俺達を引っ張ってほしい」
>「クーデターは失敗した。悪いな石油王、戦犯に巻き込んじまってよ。
 主犯は俺、うんちぶりぶり大明神だ。煮ても焼いても美味くはねえけど、処断はパーティリーダーに任せる」
>「カザハ君。お前がこの先も、語り手として俺達と旅をするのなら……うんちぶりぶりじゃ締まりが悪いよな。
 みんなも覚えといてくれ。――瀧本俊之(としゆき)。カザハ君が歴史に刻む、俺の名前だ」

「いい名前じゃん。よろしくね、瀧本さん。……カケル、背中貸してあげて。タッキー&ツバサ――なんちゃって」

そのネタ、明神さんは分かるだろうけどなゆたちゃんは分かるのか!?

>「本名なんて呼ばれ慣れてねえから、今後も明神って呼んでくれりゃ良い」

こうして明神さんはタッキーと呼ばれるようになりそうな危機(?)を華麗に回避した。

>「こちらこそ、よろしく、明神・・・ところで立ち上がるの手伝おうか?」

ジョン君が明神さんが立ち上がるのを手伝い、私の背に寄りかからせると、みのりさんが話しかけてきた。

>「最初何処から飛んできたかと思うてたけど、カザハちゃんもカケル君も大層な話になってたんやねえ」
>「空から着地地点にしてみたり、馬刺しにしたらおいしそうとか家畜を見る目で見てて堪忍やえ〜
これからは人としてみんなとよろしくやで〜」

初めてみのりさんに名前を呼ばれた――頭をなでる手は温かい。
一瞬馬刺しとかいう物騒な単語が聞こえてきた気がするんだけど――気のせいだよね!? 気のせいということにしておこう。

320カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/09/13(金) 21:46:01
「大丈夫、全然気にしてないって。みのりさんは乗ったことがあるんだけどみんなもよければカケルに乗ってみない? 楽しいよ!」

カザハはお近付きの印にということか、勝手に体験乗馬会ならぬ体験乗ユニサス会の勧誘をはじめた。
実際に乗せるのは私だけどね!? 別にいいけど。

>「寄り道かました俺が言うのもなんだけど、俺達の戦いはマジでまだ始まったばかりだ。
 明日にはここを発って、アコライト行って、先輩ブレイブの救援クエストをこなさなくっちゃならねえ。
 こっから先は対戦じゃない。命をやり取りする実戦だ。誰一人死なせることなく……世界を救ってやろう」
>「――なゆたちゃん、クエストに行こうぜ!」

>「……うんっ!」

カザハはそんな二人のやりとりを、満足気に、少しだけ眩しそうに見ているのであった。

「河原で殴り合って仲良くなる的な展開、実際にあるんだ……」
《あるんですねぇ……》

>「それじゃ、みんな疲れたやろし、みんなで乾杯しよや〜!
 バロールはん、お願いするわ〜!」
>「もちろん! 任せておきたまえ!
 いやぁ〜、それにしても物凄い戦いだったね! みんなお疲れさま!
 パーティーの懸念は払拭されたようだし、私も間近で『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の戦いが見られたし。
 まさにいいことずくめ! ってやつだね! はっはっはっ!」

バロールさんは戦闘でぶっ壊されたフィールドを一瞬で直すと、宴の準備をするという。

>「これでよしっと。みんな、疲れただろう? これから歓迎の準備をするから、それまでは休んでいるといい。
 部屋に案内するよ……お風呂に入るもよし、着替えてひと眠りするもよし。自分の家だと思って寛いでほしい!」

>「よーし!じゃみんな体を綺麗にしてみんなで飯食べよう!」

なゆたちゃんはバロールさんに勧められた通り、大浴場に行くらしい。

「なゆ、一緒に……ぐぎゃあ!」

《カザハ、アウト―――ッ!》

大浴場に行こう、というカザハの言葉の続きを察知した私はさりげなく足払いを仕掛け、カザハはびたーんと効果音が付きそうな勢いですっ転んだ。
そしてうっかり足が引っ掛かっちゃった的な何食わぬ顔をして誤魔化す。

(そうだった……! 明神さんと一緒に行かなきゃ!)

《いや、裸の付き合いは比喩的表現であって一緒に入る必要性はないと思いますよ!?》

明神さんと文字通りの裸の付き合いをしたかはともかく、私は大浴場でカザハに洗われ、ふわふわになった。
しばらく部屋で休んでいると、メイドさんが宴の準備が出来たことを知らせに来る。
行ってみると、豪華絢爛な料理の数々が並んでいた。

321カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/09/13(金) 21:47:26
>「いやぁ、本当は我が国の諸侯も招いてもっと盛大な宴にもできたんだけどねぇ!
 なにせ戦時中だ。そこまでの余裕も時間もなくてさ……慎ましい宴だけれど、どうか許してほしい!
 その代わり、ここにあるものは遠慮なく食べたり飲んだりしてくれて構わないよ!
 明日には激戦地のアコライト外郭へ発ってもらわなければならないんだ。せめて今日は英気を養ってくれたまえ!」

「慎ましい!? これで!?」

みのりさんがエンバースさんに話しかけ、ジョン君が明神さんに話しかけているので、哀れ、なゆたちゃんはワイングラス片手のカザハに絡まれた。

「突然のことで一時はどうなることかと思ったけど結果オーライってやつ?
それにしてもエンバースさんが味方してくれたのは意外だったね〜。てっきり向こうに付いちゃうかと思ったよ。
これはもしかしてもしかすると第一印象はサイアク!かーらーのー……って何でやねん!」

酔っぱらったらしいカザハが自分でボケて自分でツッコんでいる。
今回の戦いで私達がやったことといえば、ほぼエンバースさんの強化と救出だったわけで、彼が味方してくれなかったら勝てなかっただろう。
だからといって二人の仲がそっちの方向に進展するかは別問題だ。
なゆたちゃんには彼氏もとい仲が良さげな幼馴染がいるし、
エンバースさんは少し離れて見れば闇の狩人みたいで格好よく見えても至近距離で見たら焼死体そのものである。
君も同じのを飲むかい?と気を利かせてくれたバロールさんが平たいお皿にワインを注いでくれた。
……ってこれぶどうジュースじゃーん! ジュースで酔っぱらってんじゃねーよ!

「でもね……やっぱり最後までフィールドに立って戦い抜いたのは君だよ。もう超かっこよかった!」

今度はなゆたちゃんの両手を握って上下にぶんぶんしている。

>みんなもちょっと聞いてくれ!

幸いにも程なくしてジョン君の声が響き、なゆたちゃんはカザハの意味不明の絡みから解放された。

>「クーデターはクーデターだ、なゆがいくら罰は必要ないといっても・・・はいそれじゃなしで!解散!でいい筈がない
 もしかしたら罰がなかったって事で後からわだかまりを残すかもしれない・・・だから・・・」
>「罰として明神はご飯食べた後、僕の日課の『訓練』に付き合う・・・みのりの罰は・・・なゆに任せる!OK?」
>「なんで俺だけ訓練なのかって?そりゃ僕が女の子用の護身術を知らないってのもあるけど・・・
 単純にその前の筋トレもハードだからやらせるわけにはいけないでしょ、体の負担もきついし
 後、明神・・・君はモンスターやカードに頼りすぎだ、君自身最低限自衛できなくては」

言われてみれば、カザハやエンバースさんはモンスターで、なゆたちゃんはモンスターのスキルを習得し、
ジョン君は自衛隊マッチョで、みのりさんは農業で鍛えられているしイシュタルを装備することもできる。
魔物使いとしてではなく本人の戦闘力自体は明神さんだけ一般ピープル感が半端ない。
おそらく罰というのは建前で、明神さんが自衛できるように、というのが主な目的なのだろう。
元々モンスターを使ってバトルする前提のゲームの世界に転移したわけで、
本人の戦闘力という概念が出て来ること自体が想定外だったかもしれないが、パーティーメンバーが人外や超人だらけになってしまったのが運の尽きである。

322カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/09/13(金) 21:49:03
>「じゃあ……いい機会だから、わたしからも言っておこうかな」
>「えー。僭越ながら、これから正式にパーティーリーダーを務めさせて頂くことになりました。
 モンデンキントこと崇月院なゆたです。
 正式にリーダーをすることになったからには、しっかり! 役目を果たしてみせますから!
 皆さん、これからよろしくお願いします!」

「リーダー就任おめでとー!」

なゆたちゃんのリーダー就任を拍手で祝うカザハ。

>「で……ジョンはみのりさんの罰、って言ったけれど。
 みのりさんは『対戦相手』ではあっても『敵』ではなかったので、罰を与える必要はないと思う。
 そして、明神さん。ジョンの特訓はさておき、わたしからも。明神さんを再度パーティーに加入させるにあたって条件があるの」
>「条件はひとつだけ。わたしがパーティーリーダーを務めるにあたって――
 明神さんをサブリーダーに指名します。もちろんパーティーメンバーはみんな平等で、誰が偉いとか一番とかはないけど……。
 わたしがいなくて、何かを決定する必要があるときは。みんな明神さんの指示に従ってくれればって思う。
 ってことで! これはリーダー特権のご指名なので、明神さんに拒否権はありまっせぇーんっ!
 みんなも異論ないよね? もしあったとしても、デュエルで言い聞かせるだけですけどー!
 ハイ! 賛成の人は挙手ーっ!」

「はーい! 明神さんサブリーダー就任おめでとう!」

カザハはピッカピカの一年生のように手を真っ直ぐに挙げ、賛同の意を示す。

「ついでにボクは書記でいい? そしてみのりさんを会計、ジョン君を広報、エンバースさんを庶務に推薦します!」

《生徒会じゃねーよ!》

そんな中、みのりさんが突然爆弾発言を繰り出した。

>「さ、大団円で次はアコライトゆうところなんやけどな……
うちは王都に残ろうと思うてんねん」

>「えっ!?」
>「……は、ぇ?」
「えぇええええええええええええ!?」

皆が似たような感じで驚愕する。

>「だってこの魔王様、色々とガバガバの穴だらけで見てられへんのやもん
兵站管理や情報伝達とか、この人に任せてたら前線に出るうちらは命がいくつあってもたりひんわ
ほやからうちが王都でそこらへんお手伝いさせてもらおうと思うてなぁ」

確かにみのりさんの考えは一理ある。
でもせっかく打ち解けてこれから皆で冒険繰り出そう、という時に――とも思わざるを得ない。
カザハは、決断を委ねるようになゆたちゃんの方を見た。
なゆたちゃんも残念そうにしていたが、最終的にはみのりさんの選択を尊重することを選んだようだ。

323カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/09/13(金) 21:50:27
>「……わかった。じゃあ、みのりさん……これからバックアップをお願いね。
 別に、みのりさんがパーティーを脱退するわけじゃないし! ただ、後方支援に回るだけだもんね!
 これからも頼りにしてるよ、みのりさん!」

>「えー。私の意思っていうものは考慮してくれないのかい? ひどいなぁ!
 でも、確かに五穀豊穣君が私の手伝いをしてくれるなら心強いかな。なにせ、今は全部私ひとりでやってるものだから!
 睡眠時間もないし、愛しのメイドたちと愛を語らう暇もなかったんだよね!」

「あーはいはい! みのりさん、バロールさんを尻に敷く勢いでよろしく!」

>「寂しくなるけど・・・永遠の別れってわけじゃないし、さよなら、とは言わないからね」
>「よし!みんなしんみりした雰囲気はなしだ!今日は派手にやろう!」

>「そうしよう、そうしよう! みんな、かんぱーいっ!」

「なゆのリーダー就任と明神さんのサブリーダー就任とみのりさんのバロールさん補佐就任を祝ってかんぱーいっ!」

こうしてどんちゃん騒ぎは夜遅くまで続き、ようやく宴が終わった深夜――

「た、大変だーっ!」

眠れなくて暇だからと城内をうろついて見物していたはずのカザハが叫びながら部屋に駆け込んできた。

《一体何事ですか!》

「なゆがエンバースさんの部屋に入っていくのを目撃した!」

《深夜に美少女が襲撃(意味深)――それは大変だ……っていやいやいや。
だってエンバースさん焼死体だし……多分今日のお礼を言いに行ったとかでしょう……》

カザハは聞く耳持たずに紙とペンを取り出して謎の人物相関図を書き始めた。

「明神さんもなゆのこと大好きっぽいしジョン君も女の子を守りたい系だから美少女のなゆを放っておかないはず!
三人の男子が一人の美少女を奪い合う……これなんて乙女ゲー!?」

《人の話聞いてます!? 人じゃなくて馬だけど!》

「待てよ? でも明神さんにとってのなゆは強敵と書いてともと読む的なアレで本命はエンバースさんか!?
エンバースさんもそっちルートも満更でもなさそうだし……。まさか明神さんとなゆでエンバースさんを取り合う展開もある!?」

相関図に様々な線が書き加えられ、解読不能になっていく。

《ねーよ! ってかお前は一体どういう伝説を語るつもりだ!》

なんでもいいから人型に変身できるようになるまで進化しよう――私は密かに心に誓った。
コイツだけに伝説を語らせたら大変なことになる。

「乙女ゲー展開を本命、エンバースさんを巡る三角関係を対抗として……はっ」

何かに気付いたらしいカザハ。
おおかた、自分が美少年だったことを思い出して、大穴としてあぶれた明神さんが自分に来る展開に思い至ったとかそんなところだろう。
と思いきや、カザハは何故か私に注意喚起するのであった。

324カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/09/13(金) 21:52:03
「カケル――気を付けて」

《何に気を付けろと!? 事実無根の勘違いの上に更にマニアックな趣向を勝手に付与しないであげて!?》

妄想で遊ぶのにようやく飽きたのか、カザハはぐちゃぐちゃになった相関図を丸めてゴミ箱に放り投げると、ベッドにダイブした。

「あーあ、疲れたからもう寝よ!」

《さっさと寝ろ! むしろ永眠しる!》

暫し静寂の時が流れた後――もし起きていたら、程度の気持ちでなんとなく聞いてみる。

《ねぇ、明神さんと戦ってる時に”昔一度世界を救えなかった”って言ったよね?
姉さんは……改変前の記憶があるの?》

「そんなの無いよ。でも……小さい頃からずっと……昔大事なものを守れなかった気がしてた。
自分は主人公にはなれないって分かってて。それでいて何かの使命がある気がして。
それが何なのかずっと分からなかった。だからバロールさんの話を聞いてああ、そうだったんだって」

《鳥取砂漠でサンドワームが暴れてたのって……マジだったんだ……》

思い返してみればカザハは昔から不思議な言動が多かった。
奇しくもそれは後に一般化した概念である厨二病(重症)の症例と一致してしまったので、なんとなく流してきたけど。
間違いない、具体的なエピソードは忘れてしまっていても、確かに記憶の断片が魂に刻まれてる――

「もうお休み。勝手に荷物運びに立候補してごめんね」

《いいんですよ――なんてったって馬ですから》

こうして今度こそ私達は眠りについた。
そして、私は夢を見た――この世界ととてもよく似た世界を冒険する夢。
私の背に乗っているのは、カザハではない誰かだった。
少年だった気がするが、もしかしたら少女だったかもしれないし青年だったかもしれないし、要はよく分からない。
何人か仲間がいて、カザハもその中に確かにいた気がするが、何故だかどんな姿をしていたかは思い出せない。
それは失敗に終わった前の周回の記憶なのか、バロールさんやカザハの話を聞いたことによる単なる私の想像なのか――それすらも分からない。
ただ一つ確かなのは、皆楽しそうに笑っていたこと――私は確信した。
きっと、カザハにとって前回の過程は楽しいものだったんだ。だからこそ救えなかった結末がより強く魂に刻まれた――

願わくば――今回の旅は、必ずやハッピーエンドでありますように。

325embers ◆5WH73DXszU:2019/09/16(月) 21:26:26
【シーン・エンド(Ⅰ)】

焼死体の意識の有り様は、肉体の生理機能に依存しない。
意識を司る器官は固茹での脳髄ではなく、呪われた魂だ。
祝福という名の呪いが、焼死体を不死者たらしめている。

それはつまり不死とは――熱力学上における必然であるという事だ。
言い換えれば――死を上回る熱量がある間は、人は死なない。
これは決して荒唐無稽な机上の理論ではない。

試しに熱量を“寿命”と定義してみれば分かる。
死を上回る寿命がある内は、人は死なない――当然の事だ。
同様に死を上回る祝福が――未練/執念/憎悪/悲嘆がある間は、人は死なない。

そして――焼死体は意識を取り戻し、目を見開いた。

『――気が付いたかい?ああ、よかったよかった』

まず目に映ったのは、バロールの顔。

『君に根差す不死性は、些か特殊なものだったからね。正しく処置出来るか――』

「どけ……」

甘く微笑むその面を押しのけ、焼死体は戦場を振り返る。
荒れ果てた中庭には――勝者がたった一人、立っていた。
そして――焼死体は黒煙混じりの、安堵の溜息を零した。

『見えるかいエンバース・・・いやナイト様・・・いやこの場合は王子様かな?
 君の姫様は君のおかげで立ち直って、まっすぐ前を向いて歩き出したんだ』

「知った風な口を利くなよ――俺のお陰?なら、それはあいつのお陰だ」

『君が、どこを見て、何を想ってあんなになゆを過保護にしてたのかは、僕には分らない、でもね』
『そろそろ対等な仲間として、扱ってもいいんじゃないかな?』

「対等?冗談だろ――俺とあいつが、対等なものかよ」

『今のままじゃなゆが・・・君が想ってる誰かが・・・かわいそうだよ』

「――俺がそんな事を、言われなきゃ分からないくらい、馬鹿に見えるか?」

焼死体はそう言ったきり、一切の呼びかけに対する反応を放棄した。

326embers ◆5WH73DXszU:2019/09/16(月) 21:27:55
【シーン・エンド(Ⅱ)】


祝宴が始まって――焼死体は大人しく/静かに/非武装状態で、席に着いていた。
無論大人しくとは、即座に問題を起こす気はないが準備はある、という意味だ。

『ふふふふ〜ん
 どうやった?うちらのリーダーなゆちゃんの強さ、見てくれはった?
 凄かったやろ〜?』

「ああ。リバース・コンボは序盤中盤終盤と隙がない。優れたビルドだった」

『ところでなぁ、エンバースさんはうちらの中で唯一ブレイブやあらへんやんなぁ
 さっきの戦いも結局はブレイブ対策ができている燃え残りとしての戦い方やん?』

「確かに――だが、十分な戦闘力は示したつもりだ」

『うちはエンバースさんのブレイブとしての戦い方も見てみたいんやわ
 というかこれから先、そちらの力も必要になるやろうやよってな』

「心配いらないさ。俺は敵のスマホを奪って、そのスペルだけで戦う事も――」

『IDとパスワードは覚えてる?
 忘れてるなら思い出したらつかいぃな
 うちのサブスマホ、みんなこっちに移してすっからかんやし、エンバースさんが使った方がええやろ』

「――ありがとう、みのりさん。ありがたく受け取っておくよ」

焼死体はスマホを受け取る/左手でみのりの手を取る――そこに重ねるように、スマホを返す。

「ただし受け取るのは、その心遣いだけだ――これは、あんたが持っておくべきだ。
 パートナーを囮に逃げ延びるのは見事な作戦だったが、一つ問題点がある。
 そのままパートナーを死なせてしまっては、次がなくなる」

この世界では、死なせてしまったモンスターは生き返らない。
決闘ではない戦争において、持ち駒を失う事は余りにも多大な損失だ。
一度の勝利と引き換えに、それ以降の全て戦いでパーティ全体が弱体化する事になる。

「万象法典に集めたカード、飾っておくのもいいけど――こっちで使ってみたらどうかな。
 バッファー系のモンスターなら、育成が不十分でも運用は可能だろう。
 ……ビルドの相談なら、いつでもしてくれて構わない」

スマホを手放す/みのりの手を放す――ふと視界の端で動く影。
崇月院なゆたが立ち上がり/手慣れた所作で注目を呼びかける。

327embers ◆5WH73DXszU:2019/09/16(月) 21:30:31
【シーン・エンド(Ⅲ)】

『えー。僭越ながら、これから正式にパーティーリーダーを務めさせて頂くことになりました。
 モンデンキントこと崇月院なゆたです。
 正式にリーダーをすることになったからには、しっかり! 役目を果たしてみせますから!
 皆さん、これからよろしくお願いします!』

「異論はない。よろしく頼む」

『で……ジョンはみのりさんの罰、って言ったけれど。
 みのりさんは『対戦相手』ではあっても『敵』ではなかったので、罰を与える必要はないと思う』

「異論はない」
 
『そして、明神さん。ジョンの特訓はさておき、わたしからも。明神さんを再度パーティーに加入させるにあたって条件があるの
 条件はひとつだけ。わたしがパーティーリーダーを務めるにあたって――
 明神さんをサブリーダーに指名します。もちろんパーティーメンバーはみんな平等で、誰が偉いとか一番とかはないけど……。
 わたしがいなくて、何かを決定する必要があるときは。みんな明神さんの指示に従ってくれればって思う。
 ってことで! これはリーダー特権のご指名なので、明神さんに拒否権はありまっせぇーんっ!
 みんなも異論ないよね? もしあったとしても、デュエルで言い聞かせるだけですけどー!
 ハイ! 賛成の人は挙手ーっ!』

「――異論はない」

腕組みをしたまま、焼死体はそう言った。
かくして、パーティ新生の儀は終わり――

『さ、大団円で次はアコライトゆうところなんやけどな……
 うちは王都に残ろうと思うてんねん』
『……は、ぇ?』

「なん……だと……?」

終わり――ではなかった。

『だってこの魔王様、色々とガバガバの穴だらけで見てられへんのやもん
 兵站管理や情報伝達とか、この人に任せてたら前線に出るうちらは命がいくつあってもたりひんわ
 ほやからうちが王都でそこらへんお手伝いさせてもらおうと思うてなぁ』

『え!? 私!? ぐはぁ! やめるんだ、その攻撃は私に効く!』

――その点に関しては異論はない……とは言え、タンクがいなくなるのは問題だ。

『タンクはジョンさんにお願いするわー
 戦い見させてもろうたけど、有望株や
 うちの太鼓判付きや、安心してええよ!』

――確かに、コカトリスセットなら変則的なタンクロールが可能だ――だが、可能なだけだ。
新たなプレイスタイルには当然、順応する為の時間と経験が必要になる。
アコライトの状況も分からない今、そんなリスクは――

「みのりさん、待ってくれ。幾らなんでも話が――」

『……わかった。じゃあ、みのりさん……これからバックアップをお願いね。
 別に、みのりさんがパーティーを脱退するわけじゃないし! ただ、後方支援に回るだけだもんね!
 これからも頼りにしてるよ、みのりさん!』

「……パーティリーダーがそう言うなら、俺に異論はない」

『よし!みんなしんみりした雰囲気はなしだ!今日は派手にやろう!』
『そうしよう、そうしよう! みんな、かんぱーいっ!』

焼死体は暫しの逡巡の後、手元のグラスを左手で、ほんの僅かに掲げた。

「――ところで、バロール。睡眠不足のお前に朗報だ。
 このリストに記したアイテムを、明日の早朝までに用意してくれ。
 俺の戦法には下準備が必要だからな――お前の協力があれば、手札が増える」

328embers ◆5WH73DXszU:2019/09/16(月) 21:32:49
【シーン・エンド(Ⅳ)】


『エンバース……まだ起きてる……?』

「――モンデンキント?こんな夜更けに、何の用だ」

深夜――焼死体の寝室を尋ねる、少女。
呼びかけに対する返事と共に、夜闇の静謐に響く解錠音。
ドアが開く――目深に被ったフードより漏れる蒼炎が、客人を見下ろす。

『あの……、入っても、いい?』

「……好きにしろ」

『え、えと……。さっきはみんなもいて、ちょっと……その……話しづらかったものだから……。
 ごめんね、休んでるところお邪魔しちゃって。明日もあるし、すぐ帰るから……』

「気にする必要はない。用があったから来たんだろう」

焼死体がフードを脱ぐ/少女を振り返る。

『――あの! き……、今日は、ありがとう。わたしなんかに味方してくれて……。
 あなたは絶対、わたしの味方なんてしてくれないって思ってたから。当然だよね……わたしはずっとあなたに酷いこと言って。
 パーティーを抜けたっていい、なんて暴言吐いて。嫌われても当然だったから』

「なんだ、そんな事か。それこそ、気にする必要なんて――」

『……わたしが間違ってた。さっきまでのわたしは……あなたのことを、真ちゃんの代わりだと思ってた。
 本当は真ちゃんがいるべき場所を、真ちゃんがいなくちゃいけない場所を、あなたが奪ったって。
 勝手にそう思い込んでた……全然、そんなことないのにね』

不意に、焼死体は口を噤む/乾いた心臓が心因性の鼓動を口遊む。

『だから。わたし、勘違いしちゃってた。真ちゃんだったらこんなことないのにって。真ちゃんならこうだったはずって。
 あなたはあなたで。あなたの考えがあって。あなたの目的があるのに……そんなこと、全然考えようともしなかったんだ。
 だから――』

まるで――自分自身の過ちを、言い当てられたような気分だった。

『ゴメンなさい! わたしが悪かったです――!』

少女が頭を下げる――焼死体は咄嗟に、少女の肩を掴んだ。

「よせ。顔を上げてくれ。俺は……」

『……あなたが協力してくれなかったら、きっとわたしは明神さんに勝てなかった。
 あなたが活路を開いてくれたから、わたしは明神さんを倒すことができた。地球由来の因縁に終止符を打てた。
 ありがとう、エンバース。……嬉しかった、とっても』

「……耳が痛いな」

望み通りに、少女は顔を上げた――そして焼死体に微笑みかける。
罪悪感の刃が、胸に深々と突き刺さる――焼死体は、頭を振った。

329embers ◆5WH73DXszU:2019/09/16(月) 21:38:09
【シーン・エンド(Ⅴ)】

『あなたはわたしの身体だけじゃない、心も守ってくれた。わたしのプレイヤーとしての誇りを。
 ね。また、わたしを守ってくれる……?
 わたし、あなたに守ってもらいたい。あなたが守ってくれるなら――わたし。きっと、もっと頑張れる気がするから』

最早、告解は贖罪には成り得ない。
――実は、俺はお前を違う女と見間違えていたんだ。
そんな事を告白をして、何になる――少女の微笑みを、曇らせるだけだ。

「――ああ、言われるまでもない。お前が望む事は全て、俺が叶えてやる」

故に焼死体は――少女の願いに誓いを返した。
それは――贖罪と、報恩の為の、誓いだった。

『あー……ゴメンね! なんか、わたしばっかりまくしたてちゃって!
 頼み事するにも、やり方ってものがあるよね……こういうの、慣れてないもんで……あは、あはは……』

「……気にする必要はない。お前のお喋りにも、もう慣れた――」

『もっとかわいくお願いした方が、好みだった?』

「――――だが、そうだな。次からはそうしてくれると、助かる」

最大限に平静を保った返答は――しかし、その実、心からの懇願だった。
またも少女に最愛の面影を見て、焼死体は酷い自己嫌悪に灼かれていた。

『言いたいことはそれだけ! じゃ……わたし行くね!
 明日は激戦地へ行かなくちゃなんだから! 気合い入れていきましょ!
 エンバース、おやすみ!』

「なんだ、ここで一晩過ごしていくものと思っていたが……冗談だ。おやすみ、リーダー」

330embers ◆5WH73DXszU:2019/09/16(月) 21:39:51
【シーン・エンド(Ⅵ)】


恐らく少女は気付かなかっただろう――先ほどの焼死体には一つ、不自然な振る舞いがあった。
寝室へと招き入れた少女へ振り返る時、焼死体は被っていたフードを脱いだ。
だが――そもそも何故、寝室でフードを被っていたのか。

結論から言えば、焼死体は少女が訪ねてくる直前まで、寝室にいなかった。
王宮内を徘徊していたのだ――眼窩から漏れる炎を、フードで隠しながら。

焼死体は立ち上がると、懐から何かを取り出した。
淡い蒼光を帯びた、双角錐状の結晶体――成形クリスタル。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』への支援物資集積所からの、盗品だ。

バロールに火急の物資収集を依頼したのは、これが目的だった。
つまり、調達人の動線から、物資集積所の位置を特定する為だ。

自らの眼光に照らされたテーブルの上に、自身のスマホを置く。
ひび割れた液晶の上から、成形クリスタルを落とす。
画面に波紋が走る――クリスタルが沈む。

そして――液晶画面に、光が灯った。

「なるほどな――」

焼死体は、全てに得心が行った、といった風情で独り言ちた。




「――電池切れだったか」

331明神 ◆9EasXbvg42:2019/09/23(月) 23:42:54
温度のない静かな月明かりが、磨き上げられた石畳をおぼろげに照らす。
俺はその上を、酸欠の金魚みたいな顔で走っていた。
一歩ごとにぜぇとかひぃとか情けない声が漏れる。喉はとっくにカラカラだ。

「脇腹が痛ぇよぉ……そろそろ切り上げてもいいんじゃないっすかジョンさん!ジョンアデルさーん!?」

王宮の外周を走破する地獄のランニングに俺を引っ張り出しやがった張本人の姿は視界内にない。
奴は俺の数倍近いペースでさっさと走って行ってしまった。しかも息一つ乱さずにだ。
たぶんもうじき後ろから追いついてきて、周回遅れの俺を抜き去るだろう。
すでに二回くらい追い抜かれてる。

「クソ……自衛官ってみんなあんなペースで走ってんのかよ。どういう心臓してんだマジで」

これがフィジカルエリートってやつか……なんかもう生物的に別の存在じゃねえのアレ。
いや俺が普段から運動不足ってのもあるよ?たしかにね。俺もうアラサー手前だもんね……。
長距離走なんてやんの高校出て以来だしな。

明日のアコライト外郭出立へ向け、ジョンが提示した『訓練』を俺は履修していた。
それ自体に文句はない。降伏に条件が伴うのは勝者の権利であり、敗者の義務だ。
でも身体動かすのやだぁ……明神お部屋でゲームしたいです……。
しかし最近ゲームも長続きしなくなってきたんだな。疲れちゃう。老いか?老いなのか?

酸素の巡らない脳味噌で、走馬灯めいた記憶を思い起こす。
この訓練の発端となった、祝宴の席を――

 ◆ ◆ ◆

332明神 ◆9EasXbvg42:2019/09/23(月) 23:43:24
クーデターもといフレンド対戦を終えた俺達は、バロールの取り計らいで宴に招待された。
引っ込みざまにバロールは机の上でも片付けるような気安さで、破壊され尽くした大広間を修復する。
なんの気無しに見せたその所業は、アルフヘイム最強の魔術師の、面目躍如だった。

>「これでよしっと。みんな、疲れただろう? これから歓迎の準備をするから、それまでは休んでいるといい。
 部屋に案内するよ……お風呂に入るもよし、着替えてひと眠りするもよし。自分の家だと思って寛いでほしい!」

準備をするから待っててとか言われたので、ひとっ風呂浴びながらお沙汰を待つことにする。

>「なゆ、一緒に……ぐぎゃあ!」

「お前何ナチュラルに女湯行こうとしてんだ!こっちで裸の付き合いの約束だろ」

お馬さんに足払い食らったカザハ君の首根っこを掴んで男湯に引っ張り込む。
こいつマジか。普通になゆたちゃんとお風呂入ろうとしやがりましたよ。
とんだエロ妖精さんだぜ。こいつはちょっとおしおきが必要なんじゃないですか?

「ジョン、エンバース、風呂行こうぜ。俺いっぺん足の伸ばせるお風呂に入りたかったんだよ」

アルフヘイム来てからずっとシャワーばっかだったもんな。
なゆたハウスにはバスタブもあったけど、大人の男が浸かるにはちっとサイズが小さかった。
多分浴槽の内側に張り出したスライム彫刻のせいだと思うんですけど。
実用性皆無な部分はやっぱゲームのフレーバー建築だよなぁ。

「自衛隊のお風呂ってどんなもんなの?やっぱ『野外入浴車1号』とかそんな名前付いてんのかね」

とかなんとか益体もないことくっちゃべりながら誘うが、エンバースからは反応がなかった。
寝てんのこいつ?まぁ炎属性だし水引っ被るのはよろしくないのかもしれん。
お湯に浸して変なダシとか出たらイヤだしな……。

「うおーっ、すげえ。全部大理石張りかよ。やっぱアルメリアって儲かってたんだなぁ」

アルメリア王国の主要産業はガンダラで採れる良質な成形クリスタルだ。
そしてその潤沢な魔力資源、つまりは軍事力を背景に、アルメリアは大陸の覇権国家となった。
鉱山が枯渇したいま、世界の消滅とは別の意味でこの国は存亡の危機に立たされている。
この豪華なお風呂もいつまで入れるかわからない。今のうちに存分に満喫しておこう。

「あ、お馬さん……カケル君も入んの?いーよいーよ洗うの手伝うよ。こいつも仲間だからな。
 馬油で出来た石鹸でお馬さん洗うのってなんか倫理的にアレな気がするけども」

カザハ君と一緒に泡立てた石鹸でカケル君の毛並みを濯ぎ、ブラシをかける。
高校の頃、職場体験で行った地元の農場を思い出した。
こいつどこまで意思疎通できるんだろうか。カザハ君とはツーカーの仲みたいだけど。

「バロールはともかくメイドさんたちには絶対内緒な。
 浴場で馬洗ったとか知られたら背骨の形変わるまで背負投げされそうだ」

カケル君を洗ったあとはジョンと三人で背中を流し合ったりしながら、俺達は旅の埃を落とした。
部屋着に着替えてしばらくうとうとしているうちに、食事の時間だ。

>うまい!めっちゃうまい!うますぎるんですけど!

大卓にずらりと並んだ珍品美食の数々に、ジョンが舌鼓を打ちながらバクバク貪っている。
俺の前に供された大ぶりの海老は、背殻が綺麗に開かれて真っ白な身に鮮やかなソースがかかっていた。
……うめぇ。内陸のキングヒルでこんな海鮮が食えるなんて思ってもみなかった。
輸送やら保存やらめちゃくちゃ金かかるだろうに。

333明神 ◆9EasXbvg42:2019/09/23(月) 23:43:59
>「いやぁ、本当は我が国の諸侯も招いてもっと盛大な宴にもできたんだけどねぇ!
 なにせ戦時中だ。そこまでの余裕も時間もなくてさ……慎ましい宴だけれど、どうか許してほしい!
 その代わり、ここにあるものは遠慮なく食べたり飲んだりしてくれて構わないよ!
 明日には激戦地のアコライト外郭へ発ってもらわなければならないんだ。せめて今日は英気を養ってくれたまえ!」

出、た、よ!王宮式のご謙遜が!しまいにゃぶぶ漬け出してくるんじゃあねえだろうな。
バロールはんはそんな暗黙の批判などどこ吹く風で、宴会の音頭を取る。

>「慎ましい!? これで!?」

カザハ君は素直に贅を尽くした歓迎に驚愕していた。
こいつはホント良い反応するよなぁ。そりゃバロールはんも可愛がるわ。

>「やあ明神、となりいいかい?」

無心で海老の殻を剥いていると、いつの間にかジョンが俺の隣に座っていた。
俺は承諾の返事の代わりに、エールで満たされたグラスをジョンのものとぶつける。
乾杯して一杯飲み干せば、戦いの余韻は全部胃袋の中だ。

>「いやー本当に凄かったね、なゆも、明神も、元の世界で一般人だったって話が信じられないほどだよ
 たぶん僕にはマネできないなあ、コツがあったら教えてほしいくらいだよ」

「よく言うぜ。お前の部長砲弾の方がよほどビビりましたよ俺は。
 自衛隊じゃワンちゃん投げる訓練でもしてんのか?」

俺の戦い方は、言ってみればゲームの延長線の上でしかない。
マジックチートにしたって現実にある複垢って違反行為が下敷きだ。
モンスターを物理的に武器として扱うのも、生身でモンスターの攻撃を受けるのも、完全に想定外だった。

>「それはそうと、一応今回のって一応クーデターだろ?
 まぁ、クーデターって形にしなきゃいけなかったっていうのはわかるけど・・・」

昼間の一件を引き合いに出して、ジョンは笑った。
俺は背筋が毛羽立つのを感じた。ジョンの笑みは、俺が邪悪なことを考える時と同じものだったからだ。

「やめろよ!何思いついたんだその顔!」

>「クーデターはクーデターだ、なゆがいくら罰は必要ないといっても・・・はいそれじゃなしで!解散!でいい筈がない
 もしかしたら罰がなかったって事で後からわだかまりを残すかもしれない・・・だから・・・」
>「罰として明神はご飯食べた後、僕の日課の『訓練』に付き合う・・・みのりの罰は・・・なゆに任せる!OK?」

「なん……だと……?」

は?え?んん??訓練?訓練っておっしゃいましたか今?
自衛官が言うところの『訓練』。その意味が、その概要が、絶望感を伴って脳味噌を直撃する。

「はあああああっ!?お前っ、俺パンピーだよ!?自衛隊式の訓練なんかやったら秒で吐くよ!?
 バロールはんがせっかく用意してくれたこの美味しいご飯をリバースしますよ!?」

大学の頃、就活の一環で愛知地本の広報官から教育隊の概略説明を受けたことがある。
提示された一日のスケジュールは、とても運動不足の文系学生に耐えられるものじゃなかった。
そして俺はその時よりも遥かに、身体が鈍っている!

334明神 ◆9EasXbvg42:2019/09/23(月) 23:44:41
>「なんで俺だけ訓練なのかって?そりゃ僕が女の子用の護身術を知らないってのもあるけど・・・
 単純にその前の筋トレもハードだからやらせるわけにはいけないでしょ、体の負担もきついし
 後、明神・・・君はモンスターやカードに頼りすぎだ、君自身最低限自衛できなくては」

「うっ……そりゃ、そうだけどよ。俺の身体の負担についても考慮していただきたいんですけお」

ジョンの指摘は尤もだった。俺はおそらくPTの中で一番の貧弱一般人だ。
本体の戦闘能力の欠如。それは、クリスタルが尽きた際に完全な無防備となることを意味する。
それでなくても例えばスマホを奪われたり、どっかに置き忘れでもすりゃその時点で死亡確定だ。

プレイヤーへのダイレクトアタックが普通に飛び交う現状、自衛手段はあるに越したことはない。
なゆたちゃんが、お姉ちゃんのスキルを会得して回避能力を手に入れたように。
ジョンが、鍛え上げた肉体を駆使して人魔一体となって戦うように。

思えばミハエル・シュバルツァーも、堕天使だけじゃなく本人が強かった。
縫合者もといライフエイクを一撃で仕留めたのは、他ならぬあいつ自身の力だ。
長短二振りの槍をたぐるミハエルの体捌きは、引きこもりゲーマーのそれではなかった。

このアルフヘイムなら、地球人でも戦う力を鍛えられる。
鍛えられるのなら……鍛えるべきだ。使えるカードを増やす努力を、怠っちゃいけない。

>「筋肉痛?疲労?怪我?大丈夫!ここのメイドさんはそこらへんのサポートも完璧らしいよ!
 訓練中もずっとついててくれるって!よかったね!
 みんなも、もしよかったら鍛えてあげるけどやるかい?相当ハードになるけど・・・あ、明神は絶対だよ」

「絶対かぁー……絶対だったかぁー……」

俺があと10年若かったら、魔法やスキルが使えることにさぞ心踊ったんだろうけど。
まさかこの歳になって、肉体言語を学ぶ必要に迫られるとは……。

>「安心してくれ、この今日一日で暴漢から逃げれるくらいには護身術を教えてあげよう
 本当は最低限の体を作ってからがいいんだが、一日しかない以上そうはいってられないだろう?」

助けを求めるようにパーティーリーダーを見る。
言ってやってくださいよリーダー!おじさんに肉体言語は酷だってよぉ!
なゆたちゃんは俺とジョンの顔を交互に見て、それから小さく頷いた。

>「まぁ……それは構わないけど。明神さんに任せるよ」

リーダーァァァァァァァ!!!!

「……わかった。何かしらクーデターのケツは拭かなきゃならねえと思ってたところだ。
 やるよ、訓練。自衛隊式でビシバシ鍛えてくれ。……今日だけな」

まぁ?まぁ?一日くらいなら血反吐吐きながらでもなんとか乗り切れるだろう。
これで貸し借りがチャラになるなら安いもんや!いやあ明神はん商売上手ですわ!

たぶんアルコールが入って気が大きくなってたってのもあると思う。
俺はこのどんぶり勘定な取引を、あとで死ぬほど後悔することになる。
っていうか死んだ。すいーつすいーつ。

これ以上会話を重ねると墓穴を掘りそうなので、俺はススっとジョンの元から離れた。
なゆたちゃんとお喋りしていたカザハ君の首根っこを再び掴む。

335明神 ◆9EasXbvg42:2019/09/23(月) 23:45:22
「カザハ君、カザハ君よぉ。飲んでるか?カケル君はお酒いける口なの。
 お馬さんはビールが結構好きらしいぜ。もともと麦食ってるからかな」

俺はずっとこいつに聞きたかったことがある。
疑問が形になったのは、クーデター閉会式の時だ。

>「いい名前じゃん。よろしくね、瀧本さん。……カケル、背中貸してあげて。タッキー&ツバサ――なんちゃって」

「お前さ、ホントはいくつなの」

カザハ君がポロっとこぼしたセリフは、はっきり言ってオヤジギャグの類だ。
俺の本名とカケル君の翼をかけた、特に深い考えもない一言だったんだろうが――
ネタが、古い!マジで古い!二十年近く前のアイドルやぞそれ!
俺が小学生の時に流行った連中じゃねえか!タッキーなんか社長になっとるぞ!

「俺お前のことカザハさんって呼んだほうがいいのかな……」

そんなこんな、無軌道な話題で酒宴は続く。
べろんべろんになりつつある俺に、反逆者の慎ましさはもはやない。ないったらない。

>「じゃあ……いい機会だから、わたしからも言っておこうかな」

と、そこへ我らがリーダーがやおら立ち上がり、手を叩いて注目を集めた。
俺はカザハ君の首の戒めを解き、謹聴の姿勢を取る。

>「えー。僭越ながら、これから正式にパーティーリーダーを務めさせて頂くことになりました。
 モンデンキントこと崇月院なゆたです。
 正式にリーダーをすることになったからには、しっかり! 役目を果たしてみせますから!
 皆さん、これからよろしくお願いします!」

「よろしくリーダー。……神輿を担いだのは俺だ、最後までちゃんと支えるよ」

俺は、またしてもリーダーの責務をなゆたちゃんに課してしまった。
これまでみたいななあなあのなし崩しじゃなく、主張のぶつけ合いの果てに、彼女を推挙した。
17歳の女の子にとって、それがどれだけ重圧となるか、理解した上で。

だけど、これは決して消去法なんかじゃない。
他にやれるやつが居ないからなゆたちゃんにリーダーのお鉢が回ったわけじゃ、断じてない。

リーダーは俺にもできる。それは、俺がなゆたちゃんも認める凄いヤツだからだ。
そして……そんな凄い俺が認めるもっと凄いヤツが、なゆたちゃんだ。
能力、覚悟、資質――色んなことを勘案した上で、俺はなゆたちゃんに付いていくことを選んだ。
こいつに引っ張って欲しいと、こいつの背中を押したいと、偽りなく感じる。

だから……つまらん罪悪感はもう捨てる。
この選択を後悔しないよう。後悔、させないよう。全力を尽くそう。
それが、俺のなゆたちゃんに対する向き合い方だ。

>「で……ジョンはみのりさんの罰、って言ったけれど。
 みのりさんは『対戦相手』ではあっても『敵』ではなかったので、罰を与える必要はないと思う。
 そして、明神さん。ジョンの特訓はさておき、わたしからも。明神さんを再度パーティーに加入させるにあたって条件があるの」

なゆたちゃんは俺を指し示す。
クーデターの敗戦処理、先延ばしにしてきた因果応報の時間がやってきた。

こればかりは神妙に受け入れるしかない。
そもそも裏切り者の身分でこうして卓を囲んでられるのもわりと奇妙な話だ。
みんなが酔っ払ってる間、杯が乾かぬよう酒を注いで回る役目を任じられてもおかしくなかった。

336明神 ◆9EasXbvg42:2019/09/23(月) 23:46:04
>「条件はひとつだけ。わたしがパーティーリーダーを務めるにあたって――
 明神さんをサブリーダーに指名します。もちろんパーティーメンバーはみんな平等で、誰が偉いとか一番とかはないけど……。
 わたしがいなくて、何かを決定する必要があるときは。みんな明神さんの指示に従ってくれればって思う」

そうして敗軍の将に、裁定が下った。

「……マジで?」

煮るなり焼くなり好きにしろとは言ったけれども。
反逆者に次席のポストが与えられるとは想定すらしてなかった。

「いいのかよ。遺恨残らない?自分で言うのもなんだけど結構酷いことしたよ俺」

色々酷いことも言ったし、人事不省のなゆたちゃんに一方的に襲いかかりもした。
そもそも性根がクソコテ気質のうんちぶりぶり野郎だし、その性格を改めるつもりもない。
バトル自体はさわやかに終わったけれど、俺の根っこは依然邪悪なままだ。

>「ってことで! これはリーダー特権のご指名なので、明神さんに拒否権はありまっせぇーんっ!
 みんなも異論ないよね? もしあったとしても、デュエルで言い聞かせるだけですけどー!
 ハイ! 賛成の人は挙手ーっ!」

「うぐぅ……なんつうかその、なゆたちゃん。したたかになったな……」

もともとこんな感じだったような気もするけど。
こうして強権を遺憾なく振るえるようになったのは、この場の誰もが彼女の強さを認めたからだ。
だったら、俺に拒否する理由はない。

>「――異論はない」

クーデターで一番煽ったエンバースも普通に賛同した。
こいつホントに起きてるぅ?さっきから自動回答Botみたくなってんぞ。

まぁ、とはいえ――なゆたちゃんが指名したのなら、俺は自信を持てる。
俺を信じるなゆたちゃんを、俺は信頼している。
他のメンバーの誰よりも高く、俺は手を挙げた。

「うけたまわり。今この時よりサブリーダーを拝命しました笑顔きらきら大明神です。
 精一杯頑張る、とは言わねえよ。俺はサブリーダーだって楽勝な凄い奴だ。
 ……必ず世界を救ってやろう。このメンバーで。当代きっての、凄い奴らで」

なんだか言っててこっ恥ずかしくなってきたので、エールのグラスを思い切り呷った。
こいつらとなら世界だって救えると、今なら胸張って言える。
俺達が地球でやってたみたいに、デイリークエストくらいの気安さでやってやろう。

>「ついでにボクは書記でいい? そしてみのりさんを会計、ジョン君を広報、エンバースさんを庶務に推薦します!」

……こういう緊張感皆無な奴もいることだしな。
そりゃお前は書記だし、ジョンは広報だろうけど!焼死体に庶務はちょっと荷が勝ちすぎるんじゃないのぉ?
こいつブレイブ殺すか皮肉垂れるくらいしかしないじゃん。

>「さ、大団円で次はアコライトゆうところなんやけどな……
  うちは王都に残ろうと思うてんねん」

宴もたけなわとなった頃、エンバースと何事か話していた石油王が告げた一言に、俺達は騒然となった。
石油王は一行を離れ、王都に残るつもりだ。
リバティウムでのしめじちゃんとの別れが脳裏をかすめて、俺は泡を食った。

337明神 ◆9EasXbvg42:2019/09/23(月) 23:46:31
「ちょ、ちょっと待てよ!一体どういう風の吹き回しだ!?」

言うまでもなく石油王は俺達の防御の要、メインタンクだ。
こいつがいなけりゃ消し炭になってたことなんか一度や二度じゃない。
そしてタンクである以上に、俯瞰視点から戦況を見渡すこいつの冷静さには何度も救われてきた。

その石油王の離脱表明は、少なくない衝撃をもって俺達を襲う。
なんで。クリスタルを使い切って戦えなくなったってわけじゃないだろう。
バロールから物資提供の確約は取り付けてるし、石油王には万象法典のカードプールもある。

それなら。命がけの戦いを続けられなくなった?
いくつもの疑念が頭を擦過していくが、石油王の真意はそのどれでもなかった。

>「だってこの魔王様、色々とガバガバの穴だらけで見てられへんのやもん
 兵站管理や情報伝達とか、この人に任せてたら前線に出るうちらは命がいくつあってもたりひんわ
 ほやからうちが王都でそこらへんお手伝いさせてもらおうと思うてなぁ」

バロールが胸を押さえてのけぞるがそんなことはどうでも良い。
つまり石油王は、色々不安なバロールの第二のバックアップとして俺達を支えるつもりなのだ。

必要性は理解できる。
俺達の命綱を、バロール一人……ひいてはアルメリア一国に依存するのはリスクが大きい。
ついでに言えばバロール自体裏切りの前科がある以上、手放しに信頼することはできない。
お目付け役として石油王が王都に残ってくれれば、俺達はずっと安心して旅を続けることができる。

理屈では分かってた。多分これ以上の最適解はない。
情勢不安なアルメリアの抑えには、誰かが残るべきで……適任は、石油王だった。

だけど……だけど。俺はおいそれと受け入れられなかった。
支援とか情報とか、そんな実利的なものだけじゃなかったろ。お前がこのPTに占める大きさは。
YESもNOも言えないまま固まる俺に、石油王はそっと近寄って耳打ちした。

>「もううちのようなブレーキがおらへんでもこのPTは崩れへん、やろ?」

「石油王……」

こいつは理解しているのだ。自分が俺達にとってどんな存在だったか。
どんな役割を担っていて……どんな問題が解消されたか。
なゆたちゃんが舵なら、石油王は俺達のブレーキ役だった。
俺が頼んだから。こいつはずっと、PTが暴走しないよう抑えに回ってくれていた。

そして俺達は足並みを揃え、十分に制御が効くようになった。
もう大丈夫だと、自信を持って石油王が送り出せるようなPTに、俺達はなったのだ。

>「……わかった。じゃあ、みのりさん……これからバックアップをお願いね。
 別に、みのりさんがパーティーを脱退するわけじゃないし! ただ、後方支援に回るだけだもんね!
 これからも頼りにしてるよ、みのりさん!」

なゆたちゃんも思うところはあったようだが、それを飲み込んで石油王の離脱を承諾した。
もう止められない。いや、リーダーの承認があろうがなかろうが、止めることは出来なかった。
石油王の選択なら、尊重したいと……他ならぬ俺自身が、そう思ったからだ。

338明神 ◆9EasXbvg42:2019/09/23(月) 23:47:08
>「えー。私の意思っていうものは考慮してくれないのかい? ひどいなぁ!
 でも、確かに五穀豊穣君が私の手伝いをしてくれるなら心強いかな。なにせ、今は全部私ひとりでやってるものだから!
 睡眠時間もないし、愛しのメイドたちと愛を語らう暇もなかったんだよね!」

……ホントに大丈夫かなぁ?
このセクハラ魔王、テンション上げてんじゃねえよ。
メイドさんめっちゃ冷ややかな対応しとるがや。

>「寂しくなるけど・・・永遠の別れってわけじゃないし、さよなら、とは言わないからね」
>「よし!みんなしんみりした雰囲気はなしだ!今日は派手にやろう!」

ジョンが陽キャ仕切りで暗い空気を払底する。
俺も同感だった。送り出される側が辛気臭いツラしてちゃ、石油王も枕高くして寝れねえよな。

>「そうしよう、そうしよう! みんな、かんぱーいっ!」

なゆたちゃんの音頭で、宴は再び祝賀ムードに戻る。
俺は結局泥酔して、そのまま寝落ちした。

……したかったけど。
ジョンに叩き起こされて、バロールに解毒魔法をかけられて、シラフのまま訓練に突入した。
回想終わり。

 ◆ ◆ ◆

339明神 ◆9EasXbvg42:2019/09/23(月) 23:47:39
一日くらいなら、どうにかなると思ってた。
24時間ずっと訓練ってわけでもないし、いい感じのところで切り上げて英気を養うもんだとばかり。
だがジョンの『訓練』は俺の想像を超えるどころか、常軌を逸していた。

「はぁ……はぁ……ひぃ……」

ようやく課されたランニングのノルマが終わり、俺は石畳の上に五体を投げ出した。
本当に、本当にキツかった……。
ジョンの講義は護身術の座学に始まり、実戦組手でぶん投げられること数多。
何度ゲロ吐いたか数えてもないが、体中にできた青痣だけは治癒魔法ですぐに治った。

そして仕上げとばかりに王宮ランニング。
俺より5周近く多く走ったジョンは涼しい顔でタオルを手渡して、どっかに行ってしまった。
多分風呂だろうな。俺はしばらくここから動けそうにない。

だけど、やりきった……!!
本来の『訓練』より緩いメニューだったみたいだが、それでもジョン軍曹の地獄の教練を乗り切った。
身体をここまで酷使すんのは本当に久しぶりだ。心臓が筋肉痛になりそう。
誰だよ心地よい疲労感とか抜かした奴は!マジでしんどいからな、マジで!

「おや、戻ってきたのがジョン君一人だったから妙だなと思ったけれど……。
 君はお風呂に行かなくていいのかい?うんちぶりぶり大明神君。
 心配せずとも大浴場は24時間オープンだよ。私のように昼夜なく働く者もいるからね」

虫の息の俺の頭上に影が落ちる。
見れば、バスローブ姿のバロールが髪を拭きながら俺を見下ろしていた。
湯上がりらしく、露出した首筋からほこほこと湯気を上げている。
ちゃんと飯食ってんのかってくらい白い肌も、今は上気してほんのりピンクだ。

「今は、笑顔きらきら、大明神、だ……。名前変えたんだよ、登録しとけ」

「はは、ごめんごめん。私がうんちぶりぶりと言うとカザハ君が毎回笑うのが面白くてね。
 その様子だと、ジョン君の訓練は無事に修了したようだ。"禊"は、済んだのかな?」

「さぁな。それを決めるのは俺じゃねえよ。
 あいつらが俺の裏切りを赦せたら、そのとき初めて禊が終わったって言える」

バロールはふむ……とかううん……とか謎の悩ましい声を上げた。
なんなのこいつ。こんなところで死に体のブレイブに構ってるヒマあるんですかね。
睡眠時間ないとか言ってたくせによぉ。

「まぁ、私の狭見で恐縮だけど、彼女らとの今後の関係に問題はないと思うよ。
 君の真意がどうであれ、反逆行為には変わりないけれど……終わった話を蒸し返すほど狭量ではなさそうだ」

「だと良いけどな。で、本題はなんだよ?ただお喋りしにきたってわけじゃねえだろ」

「ひどいなぁ。私だってたまには世界の存亡と無関係の雑談を楽しみたいものさ。
 師匠に侵食対策の総代を任せられて以来、気の休まる時はなかったからね。
 生きて王都に辿り着いたブレイブと対面しても、皆私を拉致犯の親玉としてしか扱わなかった」

当然だけどね、とバロールは零す。
当然だろうが、と言ってやりたかったが、今日はもう色々ありすぎてそんな気も失せた。
そしてバロールも、今更そんなかわいそぶるつもりはないんだろう。

340明神 ◆9EasXbvg42:2019/09/23(月) 23:48:24
こいつが自分のしたことに自分で責任をとるのなら、俺はもう何も言わない。
こいつが呼び付けて、死んでいったブレイブ達の恨み節は、俺が代弁するべきじゃない。

「私の立場でこんなことを言うのは些か不義理かもしれないけど……。
 君たちには、死なないで欲しい。世界を救うだけではなく、生きて帰って来て欲しい。
 ――何より。君たちが戻らなければ、私は五穀豊穣君に絞め殺されてしまうからね」

「へっ、お前に言われなくたって死ぬつもりはねえよ。あいつらを死なせるつもりもない。
 生きて帰らなきゃ、お前がブレイブ達の墓参りすんの見れねえだろうが」

「ははっ!そういえば約束をしていたね。うん、それが良い。
 全部終わったら、私もまた旅に出られる。君と諸国を巡れる日を、楽しみにしているよ。
 ……そして見届けてくれ。私の、贖罪を」

何に満足したのかぴくちりわかんねえけど、バロールは微笑みだけ残して去っていった。
え?マジ?あいつホントに雑談だけして帰りやがったよ!?

「……あ、あれ?」

ふと、身体を締め付けるような酸欠の苦しみが、綺麗に失せているのに気付いた。
走り終わってからまだ5分も経ってない。
起き上がると、立ってるのもつらかった疲労感もまたさっぱりなくなっていた。

回復魔法?バロールがやったのか?いつの間にかけたんだアイツ!
呪文はおろか予備動作すら見えやしなかった。
これが十三階梯筆頭。これが、アルフヘイム最強……。

まぁでも疲れ取れたならもうけもんやな。お風呂入ってこよーっと!
上機嫌で大浴場に向かう道すがら、石油王の姿を見つけた。
宴が解散になったあとこいつはずっとバロールの所で議論していた。
バロールが風呂上がりってことは、一旦休憩に入ったってところだろう。

「石油王」

俺は夜風に当たる石油王に声をかけて、その隣の手すりに身体を預けた。
話しておきたいことは一杯あった。これからどうするのかとか。
……あるいは、これまでの旅の思い出話とか。

だけど、うまく言葉にならなかった。
どうやっても、こいつに翻意を促すような、引き止めの台詞が出てきそうで。
それが無意味なことくらい、俺にもわかった。

341明神 ◆9EasXbvg42:2019/09/23(月) 23:48:55
「……ジョンのことは任せとけ。俺も昔とった杵柄で、多少はタンクの心得がある。
 アコライト行ってからでも、お前の伝えた知識を俺が補完することは出来るはずだ」

タキモトとしてプレイしていた頃の俺は、本職こそアタッカーだったが、
サブロールとしてタンクも人並み程度には齧ってる。
戦線を維持する責任の重いタンクは基本的に人手不足の引く手数多で、足りないPTでは兼任も珍しくなかった。
あの頃から多少環境も推移したが、ロールとしての立ち回りは変わってないはずだ。

「あの野郎には訓練で貸しがあるからな。スパルタ式でビシバシ教え込んでやるよ」

だから心配するな。俺達はうまくやれる。
お前は安心して、バロールのところで支援に専念してくれ。
そんなようなことを、歯切れの悪い言葉で、俺は石油王に伝えた。

これで終わりでいいのか?
こうして顔を突き合わせて話すのは、最後になるかもしれない。
バロールにはああ言ったが、俺達が生きて再び王都の地を踏める保証はない。
もっと、なにか、かけたい言葉があったんじゃないのか。

石油王とは、荒野で出会ってからずっと一緒に旅をしてきた。
暴走しがちな高校生組の手綱を二人で握り、大人組として後見してきた。

俺がなにかを相談する相手は必ず石油王だったし、その度にこいつは十全の答えをくれた。
一方的で身勝手な信頼を、それでも受け止めて手助けしてきてくれた。
クーデターでは何も言わずとも俺の真意を理解し、命を張ってまでなゆたちゃんに言葉を届けてくれた。

魔を喰い魔に喰われるこのアルフヘイムで、明日の命も知れない過酷な旅路で。
石油王は常に、俺の良き理解者であり、掛け替えのない……相棒だった。

俺が今、言わんとしていることなんか、こいつはとっくに分かってるだろう。
それでも、じっと言葉を待ってくれている。

これから俺が言うのは、PTメンバーとしてじゃなく、共に死線をくぐった仲間としてでもない。
合理性も必要性も全部ぶん投げた、瀧本俊彦としての、気持ちだ。

「寂しくなるな」

そして……本来なら、信じて送り出してくれる奴に対してかけるべきじゃない言葉。

「お前とこの先旅を続けられないことが、寂しい」

だから、これを最後の弱音にする。
もう一度、次は世界を救った後に――ここで会おう。


【エピローグ】


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