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【TRPG】ブレイブ&モンスターズ!第四章

1 ◆POYO/UwNZg:2019/03/18(月) 20:11:11
――「ブレイブ&モンスターズ!」とは?


遡ること二年前、某大手ゲーム会社からリリースされたスマートフォン向けソーシャルゲーム。
リリース直後から国内外で絶大な支持を集め、その人気は社会現象にまで発展した。

ゲーム内容は、位置情報によって現れる様々なモンスターを捕まえ、育成し、広大な世界を冒険する本格RPGの体を成しながら、
対人戦の要素も取り入れており、その駆け引きの奥深さなどは、まるで戦略ゲームのようだとも言われている。
プレイヤーは「スペルカード」や「ユニットカード」から構成される、20枚のデッキを互いに用意。
それらを自在に駆使して、パートナーモンスターをサポートしながら、熱いアクティブタイムバトルを制するのだ!

世界中に存在する、数多のライバル達と出会い、闘い、進化する――
それこそが、ブレイブ&モンスターズ! 通称「ブレモン」なのである!!


そして、あの日――それは虚構(ゲーム)から、真実(リアル)へと姿を変えた。


========================

ジャンル:スマホゲーム×異世界ファンタジー
コンセプト:スマホゲームの世界に転移して大冒険!
期間(目安):特になし
GM:なし
決定リール:マナーを守った上で可
○日ルール:一週間
版権・越境:なし
敵役参加:あり
避難所の有無:なし

========================

2 ◆POYO/UwNZg:2019/03/18(月) 20:12:03
【キャラクターテンプレ】

名前:
年齢:
性別:
身長:
体重:
スリーサイズ:
種族:
職業:
性格:
特技:
容姿の特徴・風貌:
簡単なキャラ解説:


【パートナーモンスター】

ニックネーム:
モンスター名:
特技・能力:
容姿の特徴・風貌:
簡単なキャラ解説:


【使用デッキ】

合計20枚のカードによって構成される。
「スペルカード」は、使用すると魔法効果を発動。
「ユニットカード」は、使用すると武器や障害物などのオブジェクトを召喚する。

カードは一度使用すると秘められた魔力を失い、再び使うためには丸一日の魔力充填期間を必要とする。
同名カードは、デッキに3枚まで入れることができる。

3崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/03/18(月) 20:13:31
「みのりさん! 無事でよかった……! 怪我はない?」

ユニサスに乗ったみのりが上空から降りてくるのを見ると、なゆたは嬉しそうに右手を大きく振った。
戦闘の最中は前方に集中していたため、みのりの行動に注意を払うことができなかった。
だが、みのりは持ち前の機転で見事に窮地を凌いでみせたらしい。

「明神さんもありがとう。いい仕事だったよ! やっぱり、わたしたちは最高のチームね!」

まんまとミハエルを出し抜き、ミドガルズオルム鎮静の糸口を作った功労者の明神に対しても、そう言葉を投げかける。
ぱちんとウインクし、悪戯っぽい笑みを浮かべながらぐっと右手の親指を立て、サムズアップしてみせた。

>君達がミドガルズオルムを消えさせてくれたんだよね、本当助かったよ!
 カザハ、こっちはカケル。良かった〜、会えて。
 メロちゃんに君達に合流するように言われて……丸投げでどっか行っちゃうんだから。
 ホント無責任だよね!あとトーナメント見てた! マジで恰好よかったよ!

「へっ? ……あ、ありがとう……。カザハ君と、カケル……ちゃん?」

みのりを伴って舞い降りてきたシルヴェストルとユニサス。その妖精の少年のまくし立てる言葉に、なゆたは僅かに気圧された。
シルヴェストルもユニサスも、共に風属性のモンスターだ。しかしそのペアというのは少し珍しい。
みのりがユニサスに乗っている辺り、敵ではないのだろうと思う――が、どうも言っていることがおかしい。
メロに合流しろと言われた、とカザハは言った。
自分たちが異世界から来た『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と知った上で、パーティーに加わろうとしているのだろうか?
カザハとカケルもまた『異邦の魔物使い(ブレイブ)』であるということを、なゆたはまだ知らない。
ただ、今はこの妖精たちもウィズリィと同じくアルフヘイムの住人でありながら仲間に加わろうとしているのか――?
そう推察するばかりだ。

そして。

「あーっ! ウィズ! ウィズ忘れてた……!」

戦闘こそ終わったものの、万事が一件落着というわけではない。
明神率いる潜入チームに割り振って以来、姿の見えなくなっていたウィズリィのことを遅まきながらに思い出す。
明神やメルトに問いただしてみるものの、ウィズリィはトーナメントの途中から忽然と姿を消してしまっていた。

「どっ、どうしよう……! もし建物の倒壊だとかに巻き込まれてたら……。
 みんな! 疲れてるところ悪いけど、ウィズの捜索を――」

慌ててその場にいる全員に指示を飛ばそうとする。
と、そんなとき、やや離れた場所にいたエンバースがなゆたに歩み寄ってきた。
焼け焦げた屍だというのに、その眼窩にあるひび割れた瞳は驚くほど澄んでいる。
なゆたもエンバースを見上げ、ふたりは暫時見つめ合う。
自分を見下ろす眼差しに、僅か――とは言えない憐憫が湛えられているのを、なゆたは悟った。

>俺は何度でも言うよ。君達は、物語に関わるべきじゃない……君だって分かってるはずだ。

……むかっ。

>今回死なずに済んだのは、たまたまだ。運が良かっただけ……次はどうなるか分からない

……いらっ。

>大丈夫だ。君達は、俺が守ってみせる

……かちん。

エンバースの言いざまを聞いて、なゆたの眉間にみるみる皺が寄る。
崇月院なゆたは血の気が多い。熱くなればなるほど冷静になる幼馴染と違い、なゆたは熱くなればなりっ放しである。
そして、極度の負けず嫌いでもある。万事において自分が誰かの後塵を拝することに抵抗を示すタイプであった。
ブレイブ&モンスターズにおいて『スライムマスター』『月子先生』と綽名されるほど研究と育成を重ねたのも。
モンデンキントとしてフォーラムで明神と夜っぴてレスバトルを繰り広げたり、PKしていたメルトをタコ殴りしたのも。
すべては『負けたくない』という極度の意地っ張り気質が齎したもの――。
日頃は自己を律して節度を保とうとしているが、ふとしたはずみでその負けず嫌い精神が鎌首を擡げてくる。
そして。
エンバースの物言いに対して、その負けず嫌いが敏感に反応した。端的に言えば――

エンバースは『なゆたの地雷を踏んだ』。

「ちょっと、なんか好き勝手上から目線で言ってくれちゃってますけど。わたしたちはあなたに守られるほど弱くありませんけど?
 だいたい『物語に深入りするな』とか言ってるけど。じゃあ、物語に深入りしない方法って何?
 この、360度どこを見たって異世界なこの空間で。深入りしないことなんて物理的に不可能じゃないの?
 それとも何かしら? 家の中に閉じこもって、どこかの知らない誰かが手を差し伸べてくれるのを待ってろとでも言うつもり?
 ナンセンス! そっちの方がよっぽど非現実的だし、バカらしいし――何より、わたしらしくない!!」

激怒すると口数が多くなるのはなゆたの癖である。マシンガンのようにエンバースへと感情をぶつける。

4崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/03/18(月) 20:14:47
「わたしたちはこのメンバーで何度も絶望的な状況を覆してきた。死と隣り合わせの戦いに勝ち残ってきた!
 たまたま? 運がよかった? 次はどうなるかわからない? ええ、ええ、そうでしょうね。
 でも、それなら『次だって勝ち残ってみせる』! それだけよ――そして、わたしたちならそれができる!
 真ちゃんが、明神さんが、みのりさんが、しめちゃんが、ウィズが……そしてわたしが! 力を合わせればね!
 わたしたちがどういう経緯でここまで来たのか、どんな戦いを繰り広げてきたのか!
 なんにも知らないあなたが、訳知り顔で偉そうに『守ってみせる』なんて言わないで!」

負けん気の強いなゆたにとって最も許せないのは『自分が下に見られる』ことだ。
まして、信頼する仲間たちを。ポッと出の焼死体に『守ってやる』などと言われて、いい気分でいられるわけがない。

「わたしたちの強さが分からないって言うんなら、デュエルしましょうか?
 わたしでも、真ちゃんでもいい。他の誰でも。あなたなんてどうせ、初心者のしめちゃんにだって太刀打ちできないわ!」

「なゆ、その辺にしとけ」

なおも矢継ぎ早にエンバースへ言葉を叩きつけるなゆたに対し、さすがに見かねたのか真一が口を挟む。
なゆたは不満げに真一を見た。

「だって! 真ちゃん……!」

「守ってやるなんて言うってことは、その自信があるんだろ。お手並み拝見といこうぜ。
 どのみち俺達には戦力が足りない。こいつがまがりなりにも『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だってんなら、願ったりだ。
 仲間になってもらえばいいさ」

真一はエンバースの態度に対して特に蟠りのようなものはないらしい。
が、なゆたはそれでは収まらない。ぶんぶんとかぶりを振る。

「必要ないよ。さっきだって、逃げてって言ったのに戻ってきちゃったし。パーティーに勝手に動く人がいるのは崩壊の元!
 それに、戦力だって真ちゃんとわたしがアタッカーで、みのりさんがタンク。明神さんとしめちゃんとウィズがサポーター。
 今のままで充分バランスが取れてるし――」

「いや。アタッカーが足りなくなる」

「え?」

「……俺が抜けるからな」

「……はぇ?」

真一の言葉を聞いて、なゆたは一瞬間の抜けた声を出してしまった。

「ぬ、……抜ける? 誰が?」

「その話はまた改めてする。まずは家に戻ろうぜ、みんな疲れてる。特にしめ子は一度死んだんだからな、休養が必要だろ。
 ウィズリィのことなら心配ないさ、まがりなりにも魔女だぜ? ブックもいる。うまく避難してるさ」

そう言うと、真一はくるりと踵を返して歩いていってしまう。

「ち、ちょっ……真ちゃん!」

>俺は認めねえぞ。こんなよく分からん、自分の名前も思い出せねえような死体の世話になるなんざ。
 旅についてくるのは勝手だけどよ、足引っ張ったらその時はウジ虫の餌にしてやるぜ。げひゃひゃ

明神も、焼死体の一方的な『守ってやろう』発言には不服らしい。
だが、勝手についてくる分には自由だと言い足すあたり、人の好さが滲み出ている。

「わたしも反対! 自分の身くらい自分で守るわ、あなたなんかの力を借りなくたってね!
 真ちゃんはあんまり人が増えちゃうとよくないからって、パーティー離脱を切り出したに決まってる。
 それなら余計な人を増やさなきゃいい! わたしたちのパーティーは今まで通り! それでなんにも問題なんてないから!」

エンバースから離れると、なゆたは一足先に家に戻ろうと歩いている真一の後を追う――が。

「べぇぇぇぇ〜〜〜〜っだ!!!」

ふとエンバースを振り返り、思い切りアカンベーをすると、また真一の背を追って駆けていった。

5崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/03/18(月) 20:16:52
「……で……真ちゃん。前に言ったこと、説明してもらいましょうか」

ミハエルたちとの戦いから、丸一日が経過した。
奇跡的にミドガルズオルムの被害に遭わず、難を逃れていたなゆたハウス(仮称)の食堂。
まずなゆたはエンバースとカザハを問いただし、ふたりから事情を聞いて一定の理解を見せた。
どういうわけか未実装のエリアに放逐され、失意の死を迎えたのちになぜか蘇った元『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
なんだかギャグマンガのようないきさつでアルフヘイムへやってきた、カザハとカケル。
色々信じられない話ではあったものの、一番の問題はふたりではない。
雁首揃えた一行の中、おたまを持ちエプロンをつけたなゆたが仏頂面で真一に説明を求める。
ともすれば弾劾裁判めいたものに発展しそうな雰囲気の中、真一は悪びれもせずに口を開いた。

「悪いな、みんな……あの金獅子と戦ってるときから、ずっと考えてたんだ。俺はこれで一旦抜けさせてもらう」

突拍子もない提案だった。
真一が抜ければ、アタッカーがなゆただけになってしまう。それはパーティーにとっては大きな痛手だ。
ガンダラでも、決め手になったのは真一とグラドのコンビだった。彼らがいなければこのパーティーはとっくに全滅していただろう。
それが欠ければ、今後の冒険そのものにも支障が出る。

「ど……、どうして……?」

「フェアじゃないからな」

「……フェア? それってどういう――」

「だってさ。金獅子のヤツは、誰の力も借りずに自分ひとりで世界チャンピオンにまで昇りつめたんだろ?
 なのに、俺たちは寄ってたかってあいつを攻撃した。そりゃ、勝てて当たり前だろ。フェアじゃない」
 
真一はさも当然のように言った。
なゆたは絶句した。

「そ、そりゃそうだけど、あのときはそんなこと言ってる場合じゃなかったでしょ!?
 どうやっても金獅子を倒さなきゃ、リバティウムが壊滅してたんだから! わたしたちだって死んじゃってただろうし……」

「あの戦いがずるいとか、そういうことじゃねえよ。あの戦いはあの戦いで仕方なかった。
 でもな……それは本当の意味での勝ちじゃない。少なくとも俺の中では。
 だからさ。次にあいつと会う時は、俺ひとりで。タイマンであいつを倒したいって……そう思うんだ」

ケンカはあくまで一対一。どういう理由があるにせよ、多対一は矜持が許さない――というのが真一の言い分らしい。

「あいつはひとりで最強になった。なら、俺もそうでなくちゃいけない。
 みんなとのパーティープレイは楽しいけど、そうして強くなるのもやっぱり、フェアじゃないと思う。
 だから……悪い。みんな、ワガママ言わせてくれ。俺はひとりであいつをブッ倒せるくらい強くならなきゃダメなんだ」

唖然とするなゆたを尻目に、真一はエンバースを見た。そして、決然とした口調で告げる。

「エンバース……だっけ? あんたが現れたとき、いい機会だって思ったんだ。
 みんなを守るって言ったよな? なら是非そうしてくれ。俺の代わりに、こいつらを守ってやってくれ。
 男の約束だ……たがえるなよ。もし万一のことがあったら、金獅子の前にあんたをブチのめしに行くからな」

「し……、真ちゃ……」

「なゆ」

真一がなゆたに視線を向ける。その眼差しは優しい。
なゆたはそんな彼の眼差しを、そして強い意志を知っている。こうなってしまっては、もう何を言っても説得できない。
幼馴染ゆえの理解力で、なゆたは自分の胸に右手を添えると、はーっと一度深呼吸した。

「……みんなは、どう思う……?」

ゆっくりと長テーブルについたメンバーを見回し、なゆたは訊ねた。
が、訊ねたからといってどうなる訳でもない。真一は既に結論を出しているし、その理由も説明された。
その上で、彼の行動を拒絶できる者などいるはずがない。

「………………」

真ちゃんが行くなら自分も行くと。連れていってと。そう言うのは簡単だった。
けれど、それはできない。ひとりで往く、と彼が言ったからには、自分はそれを笑って見送るしかないのだ。
それが自分の役目であり、真一が自分に対して望むものなのだと、なゆたは知っている。
なゆたは束の間固く目を瞑り、強く唇を噛みしめた。
そして暫時して目を開くと、

「……真ちゃん」

右拳を真一に突き出す。
真一もそれに応え、右拳を差し出す。こつ、こつ、と互いに拳を触れ合わせ、最後にハイタッチする。

「わたしを片手で軽く捻れるくらい強くならないと、承知しないんだから……!」

「おう。今までの負け分、一気に取り戻すからな。俺に負けても泣くんじゃねえぞ?」

生まれたときから一緒にいるふたりの、一時の別離。
強い決意を前に、ふたりは微かに笑い合った。

6崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/03/18(月) 20:19:14
『皆さま、準備は宜しいですカ?
 当魔法機関車は間もなくリバティウムを離れまス。お忘れ物などございませんよウ――』

真一のパーティー離脱宣言から、さらに一週間後。
魔法機関車の乗り口で、ブリキの兵隊のようななりをしたモンスター、車掌兼運転士を務めるボノが言う。
リバティウムを離れる時間だ。
せめて復興のめどが立つまでは滞在したかったが、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』には重要な目的がある。
一箇所に長らく留まってはいられない――ということらしい。
また、時間の許す限りリバティウム内を捜索したものの、結局ウィズリィを見つけることはできずに今日を迎えた。

「寂しくなるが、復興に関しては任せていたまえ。必ず、このリバティウムをかつてを上回る美しい都に蘇らせてみせよう。
 あたかも、この私のようなね……! フフフ……」

見送りに来ていたポラーレが、そう言っていつものようにキラキラと周囲に光を振り撒く。
ポラーレは戦いが終わった後も何だかんだと一行の前に現れ、世話を焼いてくれた。
『弟に頼まれているから』とは言うものの、ポラーレ本人も相当の世話好きだというのは用意に見て取れた。

「ありがとう、ポラーレさん。いっぱいお世話になっちゃった。
 マスターといい、あなたたち姉弟はわたしたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の一番の恩人だね」

「短い間だったが、私の方こそ楽しかったよ。
 けれど、気を引き締めていくように……これからの戦いは、このリバティウムでのそれよりも過酷になるだろう。
 決して命を無駄にしないように。みんなで力を合わせて困難を乗り越えるんだ」

「……はいっ!」

「それとナユタ、私と離れた後も訓練は欠かさず行うよう。
 たゆまぬ努力こそが美しさを形作る。決して忘れるのではないよ」

「了解です!」

懇ろにポラーレと握手を交わし、なゆたは笑った。
この一週間、なゆたは暇さえあればポラーレにせがんで特訓の相手をしてもらっていた。
まだまだ粗は目立つが、このまま特訓を欠かさずに続けていれば。いずれ窮地を脱する切り札になってくれるに違いない。

「さて……。じゃあ、俺も行くよ」

真一がザックを担ぎ、グラドを促す。グラドがぐるる、と低く唸る。

「真ちゃん……」

「そんな顔すんなよ、なゆ。これからは新しいパーティーでやっていくんだ。仲良くやれよ」

「……そんなこと言ったって」

一度は納得したつもりだったが、いざ別離となるとやはり躊躇いがある。割り切れない思いが首をもたげる。
真一は笑った。

「戦力については心配ないだろ? ちょうど、お誂え向きに新しい仲間が出向いてきたんだ。
 そこのカザハだって結構やると思うぜ? ミドガルズオルムを足止めしたのだって、カザハの功績があったんだろうしな」

「そっか……」

なゆたはカザハとその傍らのカケルを見た。
メロが彼らになゆたたちと合流しろと言ったということは、つまり信頼できる相手ということだろう。
少なくとも、なゆたにとってはエンバースよりは信用できる。

「そうだね、今は信じること! 先へ進むこと! じゃあ……改めてよろしく、カザハ君! カケルちゃん!
 わたしのことはなゆ、って呼んで? パーティー入り、歓迎するよ!」

なゆたはにっこり笑って、カザハへ右手を差し出した。それから、ぎゅっと握手する。
もちろん、エンバースに対して握手はなかった。

7崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/03/18(月) 20:23:06
「次の目的地はどこなの? ボノ。砂漠エリアのスカラベニア? それとも寒冷エリアのフロウジェンかしら?」

快適に進む魔法機関車。その客車の中で椅子に腰掛け、なゆたが問う。
ボノは小さく頷くと、

『大変長らくお待たせいたしましタ。次の目的地は王都キングヒル、王都キングヒルでございまス』

と言った。

「!! ……いよいよ、か……」

当面の旅の目的地。アルフヘイム最大の王国、アルメリア王国の首都。
なゆたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』をこの世界へと召喚したとおぼしき『王』の住まう都。
ガンダラ、リバティウムと思わぬ道草を喰わされたが、元々は一直線にこのキングヒルに行くつもりだったのだ。
そこで王と面会し、自分たちがこの世界に喚ばれた目的を訊く。そして、現実世界に戻る手段も――。
キングヒルへ到着したなら、今まで霧の中を歩くようだったこの旅の目的も明確になることだろう。

「じゃあ……キングヒルに着く前に、もう一度今までのことをおさらいしてみよう。
 まず、わたしたちは『ブレイブ&モンスターズ!』っていうゲームのプレイヤーで。
 ある日突然、ワケもわからずこのアルフヘイムに召喚された……それはいいよね」

そもそもプレイヤーなのか、それともトラックが悪いのかよく分からないカザハはさておいて、そう前置きする。

「わたしたちは現実世界でプレイしたゲームの内容そのままの世界に放り出された。
 パートナーの性能も、出てくる敵キャラたちも、町に住む人たちも――みんなゲームの通り。攻略法も。
 けど、時系列だけは狂ってる。死んでるはずの大賢者ローウェルが生きてたり、ガンダラの様子が違ったり。
 ゲームのストーリーモードより前の話なのかな? と思ったら、リバティウムにわたしの家があったり」

仲間たち(除くエンバース)の顔を見回し、説明を続ける。

「マルグリットによると、アルフヘイムは今『侵食』という危機的状況にある。
 ローウェルはそれを食い止めるために動いてて、わたしたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の出現も予言されてた。
 となれば、王さまやローウェルはわたしたちにその侵食を食い止めてほしいって思っていると考えるのが妥当かしら」

姫騎士防具一式を着込んだ姿で、脚を組む。ニーハイブーツとミニスカートの間から絶対領域がちらりと覗く。

「けど、アルフヘイムと対を成すニヴルヘイムの連中も介入してきてる。
 イブリースが言うには、ニヴルヘイム側にもわたしたちと対応するような『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がいる。
 その中のひとりが、金獅子ミハエル・シュヴァルツァー……彼とはまた戦うことになるでしょうね。
 イブリースは生きるためにアルフヘイムを破壊すると言ってた。
 ひょっとしたら、ニヴルヘイム側でも『侵食』が起こっているのかも。
 それを食い止めるために、アルフヘイムに侵攻している……とか……」

そんなことを言うも、推察の域を出ない話だ。確証を得るには材料が足りなすぎる。
右手を自らの顎先に添え、うーん、と唸る。

「みのりさんの言う通り、わたしたちはアルフヘイム側のガチャで無作為に召喚されたキャラクター扱いなのかもしれない。
 それならしっくり来るよね、王さまやローウェルが一方的にクエストを押し付けてくるのも。
 ゲームキャラに説明はいらない。ただ、粛々とクエストをこなせ! って言えばいいだけだもの
 明神さんが前に言ってたこと。そう……彼らにとっては、わたしたちこそがキャラクター。『モンスターズ&ブレイブ』なんだ」

だとすれば、益々この世界を救わなければならない。きっと、そうしなければ元の世界にも戻れない。
それに何より、どんな困難が目の前に立ち塞がったとしてもクエストはクリアする。それがゲーマーの性というものである。

「イブリースの言ってた『今度こそ』発言とか、まだ色々わかんないことはあるけど。
 とにかく当たって砕けろ! みんなで力を合わせて、現実世界へ帰ろう! おーっ!!」

がばっ! と立ち上がると、なゆたは大きく右腕を天井に突き出した。
……が、仲間たちの反応は薄い。なゆたは小首を傾げた。

「どしたの? みんな……」

『ご歓談中のところ誠に申し訳ありませんガ、間もなく王都キングヒルに到着致しまス。
 皆さま、降車の準備をお願い致しまス』

なゆたの覚えた小さな違和感は、ボノの言葉によって掻き消された。
前方にキングヒルの荘厳華麗な門が見えてくる。そして、その先にある白亜の王宮の姿も――。

8崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/03/18(月) 20:27:56
「次も僕に行かせてもらうよ、イブリース……。
 彼らは僕に恥をかかせた。この怒りは、彼らを八つ裂きにすることでしか晴らせない!」

廃墟と化した城塞。その一室で、ミハエル・シュヴァルツァーは憎しみの籠った眼差しをイブリースへと向けた。
明神やエンバース達『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に一杯食わされ、退却を余儀なくされたことがだいぶ堪えたらしい。

「そうさ、僕は彼らを侮っていた。取るに足らない虫ケラと見下していた。そこに隙があったのは認めよう。
 だが――次はない。次は全力で潰す! 『堕天使(ゲファレナー・エンゲル)』と『あれ』の力を使えば造作もない!
 そう……彼らは反撃さえ許されず、一方的に死ぬんだ! アハハハッ、アッハハハハハハ……!」

超絶レアの『堕天使(フォーリン・エンジェル)』以外にも、ミハエルには手駒があるらしい。
確かに、リバティウムでの戦いでは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちはミハエルの慢心に付け入った。
もし、ミハエルが微塵の油断もなく全力を出したとしたら、今度は勝てないかもしれない。

しかし。

「駄目だ」

椅子に腰掛け、上体をやや前に傾けたイブリースが却下する。

「なんだって? どうし……」

「確かに、アルフヘイムの喚んだ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に対抗する手段としてオレたちは貴様らを喚んだ。
 だが、それよりももっと重要な役目がある。それを忘れるな……ミハエル・シュヴァルツァー。貴様の役目は――」

「わかってるさ。自分の最優先すべき役目くらいはね。
 でも、その前に……」

「駄目だ」

取り付く島もない。
沈黙したミハエルは僅かに恨みがましい視線を向けたが、すぐに仕方なさそうに肩を竦めた。

「フン……いいだろう。僕は君たちに招聘された身だ、ここは従ってあげよう。
 けれど……彼らは僕の獲物だ。僕が叩きのめし、絶望を味わわせてやらなくちゃ気が済まない……!
 僕以外の誰かに彼らの始末なんて命じてみろ。許さないからな!」

「わかった、わかった。約束しよう。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』どもの始末は貴様に任せるさ。
 ――というか、ミハエル・シュヴァルツァー……貴様はしきりに負けたことを悔しがっているが。
 オレは少なくとも、連中に完敗したとは思っていない。それどころか、連中に大きな痛手を与えた。
 戦果としては上々と思っているくらいなのだがな」

そう言うと、イブリースは広間の一角にちらと視線を向けた。
つられるようにミハエルもそちらを見、小さく溜息をつく。
 
「こんな手段は美しくないよ。僕の美学に反する」

「かもな。だが、なりふり構ってはいられん。目的のため利用できるものは何でも利用するさ……。
 幸い、オレは魔族だ。この悪党! と罵られることには馴れている」
 
「ゲームの中の君も大概のバカだったけれど、君も相当のバカだね。イブリース」

「忠実だろう?」

呆れたようなミハエルの物言いに、イブリースは左の口角を吊り上げて嗤った。
ミハエルは興味なさそうに小さく鼻を鳴らすと、踵を返して部屋を出ていった。
イブリースはゆっくり立ち上がると、もう一度部屋の一角に視線を向ける。

「光が善で闇が悪だなどと、誰が決めた? 夜の帳に微睡む安らぎを、誰もが知悉しているはずなのに。
 しかし、しかしだ。それでもなお貴様らがオレたちを、闇を厭うというのなら――オレは抗う。叛逆する! 
 貴様ら光を撃ち払おう。光が招いた者どもを一匹残らず駆逐しよう。……貴様らがオレたちに定めた、悪の手法によって」

確固たる意志の下、イブリースは朗々とそう告げる。





漆黒の悪魔の視線の先には、寝台に横たわる“知恵の魔女”ウィズリィの姿があった。


【真一離脱。カザハ&カケルはパーティーメンバーとして認めるものの、エンバースには反発。
 水の都リバティウムを離れ、王都キングヒルへ。ウィズリィを拉致した魔族たちの暗躍。】

9カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/03/19(火) 23:23:17
>「まあ、落ち着いたところで、一応紹介しておくわー
なんやもう馴染んでる感じになってるけど、シルヴェストル(風の妖精族)とそのパートナーユニサスなんやけど、うちらと同じブレイブやって云うてはるんやわ
ミドガルズオルムを抑えるのに高機動でずいぶん助けてもらったけど……人やないし、あっちのエンバースもやけど、どういう事なんやろねえ?
まあ、後でゆっくりお互い自己紹介しよか」

さっきみのりさんからそこはかとなく殺気を感じたんだけど――気のせいだよね!?
先程まで鎌を携えていたのは世界チャンピオンに警戒して、ということにしておこう。
とはいえ、向こう目線でいけば実はこっちは敵の刺客でいったん信用させといて後ろからグサッも有り得ない話ではない。
いくらブレイブの証である魔法の板を持っているとはいえこの世界の異種族は全てモンスターの枠らしく、
そもそもこれじゃあモンスター&モンスターなのだ。
それだけでニヴルヘイム側と解釈されてしまう危険性すらある。
その点においては焼死体さんも同じようなものなのだろう。

>「あっ?他にもって、お前もブレイブなの?何だよ今日はマジでブレイブの大安売りだな。
 モンスターになってんのも意味わかんねーし、俺の知らない間に新パッチでも当たったのかよ」

「当たったのは当たったんだけど新パッチじゃなくてトラックに当たったというか……」

>「……俺は、一回死んだんだよ。そしてこうなった」
>「俺は何度でも言うよ。君達は、物語に関わるべきじゃない……君だって分かってるはずだ。
 今回死なずに済んだのは、たまたまだ。運が良かっただけ……次はどうなるか分からない」

焼死体さんがそう語る瞳には哀しみが宿っていた。
彼の言う一回死んだは私達とは意味合いが違って、
一度こっちの世界でブレイブとして活動してこっちの世界で死んだ、ということらしい。
きっと前の時に壮絶な戦いの果てに哀しい結末を迎え、皆にはそうなってほしくないと思っているのだろう。

>「……元ブレイブ、ってのはそういうことか。
 するってえとお前はアレか、俺たちより前にこの世界で活動してたブレイブなのか?
 ほんでどっかでおっ死んで、燃え残りとして蘇ったと。
 アンデッドなら、しめじちゃんと同じやり方で蘇生できるんじゃ――そうだ、しめじちゃん!」

>「だけど……奴らの方から、君達を狙ってくるなら仕方がない。
 大丈夫だ。君達は、俺が守ってみせる……捨てゲーはしない主義なんだ」

無気力系かと思いきや意外と熱血なことを言うなあ、等と思っていると、トーナメントに出ていた少女がいきなりキレた。

>「ちょっと、なんか好き勝手上から目線で言ってくれちゃってますけど。わたしたちはあなたに守られるほど弱くありませんけど?
(中略)
なんにも知らないあなたが、訳知り顔で偉そうに『守ってみせる』なんて言わないで!」

超マシンガントークにも拘わらず長い!
よくそれだけの長台詞を噛まずに言えるな、と妙なところに感心してしまう。
少女の言い分も分かるが焼死体さんは特に喧嘩腰だったり馬鹿にする風でもなく、そこまでキレる程のことだろうか。
あまり物事を深く考えない姉さんだったら”訳ありげな焼死体が何か意味深なことを言ってるなあ”ぐらいにしか思わない案件である。

10カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/03/19(火) 23:24:29
>「わたしたちの強さが分からないって言うんなら、デュエルしましょうか?
 わたしでも、真ちゃんでもいい。他の誰でも。あなたなんてどうせ、初心者のしめちゃんにだって太刀打ちできないわ!」

「え、ちょっと……」

これには姉さんも焦り始めるが、突如現れた怪しい奴という点では焼死体さんと同じ立場なので、どうすることも出来ずにわたわたするのみ。

>「なゆ、その辺にしとけ」

トーナメントに出ていた少年が制止に入ってことなきを得た。
この少年は今までアタッカーを務めていたらしいが、パーティーを抜けると唐突に言い出す。

>「その話はまた改めてする。まずは家に戻ろうぜ、みんな疲れてる。特にしめ子は一度死んだんだからな、休養が必要だろ。
 ウィズリィのことなら心配ないさ、まがりなりにも魔女だぜ? ブックもいる。うまく避難してるさ」

真ちゃんと呼ばれた少年となゆと呼ばれた少女はひとしきり言い争いをした後、
近くに拠点らしきものがあるらしく、少年はそこに向かって歩いていく。

>「へっ、一回死んでる奴が吹かすじゃねえか。喋って動くだけの焼死体に何が出来るんだ?
 紙防御の肉壁にでもなろうってのかよ」
>「俺は認めねえぞ。こんなよく分からん、自分の名前も思い出せねえような死体の世話になるなんざ。
 旅についてくるのは勝手だけどよ、足引っ張ったらその時はウジ虫の餌にしてやるぜ。げひゃひゃ」

サラリーマン風の青年が一見辛辣な言葉を浴びせかけるが、こちらは”旅についてくるのは勝手”と、さりげなくついてくるのを認めている。
いわゆるツンデレ気質というやつかもしれない。

>「べぇぇぇぇ〜〜〜〜っだ!!!」

>『グフォフォフォフォフォ……!』

「え、今ウジ虫が笑った……!?」

少女が少年の後を追い、みのりさんやサラリーマン風の青年がその後に続く。

「えーと……行こう!
あの子は仲間になってもらえばいいって言ってくれたし
あのお兄さんもなんだかんだついてきていいって言ってるしきっと大丈夫だよ!」

姉さんが焼死体さんを促し、躊躇っているようなら背中を押してか腕を引っ張ってでも後を付いていく。
姉さんと私はもともと彼らに合流するように言われていたから付いていかない選択肢が無いし、
一度壮絶な終わりを迎えて哀し気な目をしている人を一人捨て置いてはいけない、姉さんはそんなタイプだ。

11カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/03/19(火) 23:26:23
こうしてなゆたハウスというらしい拠点に半ば押し掛けた姉さん(+私)と焼死体さん改めエンバースさんは、
問い質されて今までの経緯を話すと思ったよりはすんなりと一定の理解を得た。
それは相次いでの謎の新キャラ登場よりも更に衝撃的な案件へと話題の中心が早々に移ったことが多分に影響しているのかもしれないが。

>「悪いな、みんな……あの金獅子と戦ってるときから、ずっと考えてたんだ。俺はこれで一旦抜けさせてもらう」

その理由は、タイマンでチャンピオンを倒せるようになるまで一人で修行したいというものだった。
熱血主人公気質にも程がある。

>「エンバース……だっけ? あんたが現れたとき、いい機会だって思ったんだ。
 みんなを守るって言ったよな? なら是非そうしてくれ。俺の代わりに、こいつらを守ってやってくれ。
 男の約束だ……たがえるなよ。もし万一のことがあったら、金獅子の前にあんたをブチのめしに行くからな」

会ったばかりの見ず知らずの人にいきなりそんな重要なことを頼んじゃう!? と思うが、
熱血主人公気質の者同士の間だけで通じ合う何かがあったのかもしれない。

>「……みんなは、どう思う……?」

なゆたちゃんはその場にいる全員に尋ね、全員の意思確認という形を取る。
しかし例えここにいる全員に反対されようと、真一君の意思は変わらないであろう。

「一人で行くならくれぐれも気を付けてね――それとトーナメント見てた。かっこよかったよ!」

>「……真ちゃん」
>「わたしを片手で軽く捻れるくらい強くならないと、承知しないんだから……!」
>「おう。今までの負け分、一気に取り戻すからな。俺に負けても泣くんじゃねえぞ?」

そんな幼馴染同士のやりとりを、姉さんは少しだけ眩し気に見ているのであった。
こうして私達は一応のパーティー入りを認められ、それから一週間ほどリバティウムに滞在することになった。
騒動の中でウィズリィという現地の案内役のようなポジションの仲間が行方不明になったらしく、
私達も機動力を生かして捜索に協力したが、結局見つからなかった。
彼女と一緒に旅をしてきたのであろう仲間達は心配はしているが滅茶苦茶取り乱す風はなく、なゆたちゃんは空いた時間に特訓などをしている。
元々こっちの世界の現地民だし魔女だしまあ大丈夫だろう、ということだろう。
昼はウィズリィさんを探したり街の復興に協力したりして過ごし、
夜は姉さんと一緒に攻略本を読み込み、あの時イブリースと戦いになってたら積んでたなあ、と遅ればせながら戦慄したりした。
それにしてもこの攻略本、そこそこやりこんだプレイヤーなら当然知っている程度のことしか書かれてないが、
もしこちらの現地民にうっかり見られようものなら『予言の書じゃぁあああああ!』と大騒ぎになりかねないので注意しなければいけない。
どうやらこの世界は、ゲームの舞台になっている時代よりも過去の時代らしい。
そして、出発の前夜――

12カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/03/19(火) 23:28:49
「兄弟で冒険ってちょっと鋼○錬金術師みたいでいいよね!」

《謝れ! ハ○レンに謝れ! 兄弟以外に何一つ共通点ないし!》

「あはは、言えてる! ボク達、本当の本当に世界を救う冒険に旅立つんだ……!
ねぇ、あの時、死ぬかもしれないけど久しぶりに生きてるって思ったよ!」

《……正直私も同じことを思いました》

私達姉弟の地球での境遇は、決して不幸ではなかった。
ただ、漠然とした疎外感をずっと感じていた。なんというか、自分達の世界はココジャナイ感。
中学二年生前後には割と大勢の者が思うことだろうが、私達の場合、歳を重ねるごとに大きくなる一方だった。
虐待やら超貧乏やら壮絶な境遇に見舞われた者から見ればそんな悩みは贅沢の極み。
そんなことを考えてる暇があるだけ幸せな証拠と言われればその通りなのは分かっているのだが。
リア充という高等人種になれるはずはなく、ヤンキーやギャルのカテゴリーにも参入できるはずもなく(むしろこの辺りは天敵)、
かといって優等生カテゴリーに所属できるほどの頭もなく――いつの間にやら消去法的にオタクカテゴリーに落ち着くことになった。
こうして学生時代はスクールカーストのド底辺を這いずり回るように過ごし、
そして姉さんは売り手市場だかなんだかでなんとか就職出来て窓際会社員、私は見事に自宅警備員。
それでも親より先に死ぬのはまずい、程度の意識はあったが、両親が失踪してからは”適当に余生過ごして死ぬか”のような無気力な生活を送っていた。

「……もしかしたら、ボク達の世界はこっちなのかもしれないね」

――もしかしたら、本当にそうなのかもしれない。私の中では、姉さんはずっと昔から勇者だった。
幼い頃、いじめっ子を追い払ってくれたあの時からずっと。
具体的には「うちは代々伝わる勇者の家系で……」という脳内設定を垂れ流し
「ここに選ばれし者にしか見えない紋章がある!」と左手の甲を見せつけるといじめっ子共は恐れをなして散り散りに逃げて行った。
今だったら『はい邪気眼邪気眼』で流されるだけだが、まだそのような概念が一般化する前の話だ。ある意味パイオニアである。
それから地球社会に揉まれるうちにそんな姉さんの勇者の素質は埋もれていったが、
時は流れ私が就職に失敗し自宅警備員が確定しお茶の間になんともいえない雰囲気が流れる中。
姉さんが「自分が面倒みるから大丈夫」と言ってくれた。
「いつクビになるかもしれない窓際族が何言ってんの!」という母さんを尻目に、姉さんは私にとってはやっぱり勇者だったことを改めて思い出した。

《この世界で、私が姉さんを本物の勇者に……》

姉さんを勇者にする――その言葉を言い終わる前に、姉さんが突拍子もない決意表明をした。

「――決めた! 世界を救って……君を美少女にしてあげる!」

《はい!?》

「ユニサスって超絶進化すると美少女に擬人化できる能力を得るんだって!
でも普通にやってるとそこまで進化できないらしくて……世界救ったら余裕っしょ!」

13カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/03/19(火) 23:31:07
攻略本の該当箇所を指さしながら力説する姉さん。イケメンという選択肢は無いのか……? 無い仕様なんだろうな。
いやいや、でも冷静に考えると美少女、悪くない、というかむしろいいかも……?
美少女になれば人型になれるということだし、元のオッサンニートよりは翼の生えた美少女の方がいいに決まってる――のか!? じゃなくて! 

《私が、パートナーモンスターとして姉さんを勇者にする! だから姉弟はしばらく休業。
これからは私たちはブレイブ&モンスターだ! 分かりましたね姉さん……いや、カザハ!》

「言ったね――尻に敷きまくるから覚悟しときなよ、カケル!」

こうして、共に世界を救って私がカザハを勇者にし、カザハは私を美少女にする(?)という密かな約束が結ばれたのだった。

「そういえばエンバースさん、最初にこっちの世界に飛ばされたのは二年前って言ってたよね……」

《二年前って……丁度父さんと母さんが失踪した時期……いやいやいや、無い無い無い》

家族揃って異世界転移ってどんな一家やねん。
――とにもかくにも夜は明け、いよいよ出発の時が訪れた。

>『皆さま、準備は宜しいですカ?
 当魔法機関車は間もなくリバティウムを離れまス。お忘れ物などございませんよウ――』

それは幼馴染同士の暫しの別れの時でもあった。
名残惜しげに別れを惜しむなゆたちゃんに、真一君が新しいメンバーで仲良くやるようにと諭す。

>「戦力については心配ないだろ? ちょうど、お誂え向きに新しい仲間が出向いてきたんだ。
 そこのカザハだって結構やると思うぜ? ミドガルズオルムを足止めしたのだって、カザハの功績があったんだろうしな」

>「そっか……」
>「そうだね、今は信じること! 先へ進むこと! じゃあ……改めてよろしく、カザハ君! カケルちゃん!
 わたしのことはなゆ、って呼んで? パーティー入り、歓迎するよ!」

「こちらこそ、よろしくね。なゆ!」

笑顔で握手に応じるカザハ。
カザハはなゆたちゃん達が見ていない時を見計らって、エンバースさんに声を掛ける。
なゆたちゃんの彼に対する態度が自分達に対する態度と明らかに違うのを気にしているようだった。

「あのさ……同期同士仲良くやろうね! きっとみんなすぐ打ち解けてくれるよ!
ちょーっと見た目にインパクトがあるから戸惑ってるだけで!」

そうこうしているうちに列車は順調に進み、目的地が近づいてくる。

14カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/03/19(火) 23:32:49
>「次の目的地はどこなの? ボノ。砂漠エリアのスカラベニア? それとも寒冷エリアのフロウジェンかしら?」
>『大変長らくお待たせいたしましタ。次の目的地は王都キングヒル、王都キングヒルでございまス』
>「!! ……いよいよ、か……」

目的地を前に、なゆたちゃんが今までの経緯をおさらいする。

>「みのりさんの言う通り、わたしたちはアルフヘイム側のガチャで無作為に召喚されたキャラクター扱いなのかもしれない。
 それならしっくり来るよね、王さまやローウェルが一方的にクエストを押し付けてくるのも。
 ゲームキャラに説明はいらない。ただ、粛々とクエストをこなせ! って言えばいいだけだもの
 明神さんが前に言ってたこと。そう……彼らにとっては、わたしたちこそがキャラクター。『モンスターズ&ブレイブ』なんだ」

カザハはうんうん、と頷きながら聞いている。
そう、カザハはこの世界でクエストをこなして世界を救って、勇者になるのだ。
が、彼女の次の言葉で、カザハはなゆたちゃんと自分達との決定的な違いを知ることとなる。

>「イブリースの言ってた『今度こそ』発言とか、まだ色々わかんないことはあるけど。
 とにかく当たって砕けろ! みんなで力を合わせて、現実世界へ帰ろう! おーっ!!」

正直なところ、私達のこの状況が異世界転生なのか、異世界転移なのか――それは分からない。
トラックにひかれて死んでこの世界に転生したのか、それとも衝突の瞬間に忽然と消えてこちらの世界に転移したのか、地球の状況を観測できない以上、知る術はない。
一つ確かなことがあるとすれば、私達は別に帰りたいとは思っていない、ということだ。
なゆたちゃんは与えられたクエストをクリアーすれば現実世界に帰れると漠然と思っているようだが本当にそうなのだろうか。
そうだとして、それ以外にも永住権を貰う、という選択も出来るのだろうか――

「お、おーっ!」

今はそんなややこしいことを言い出すべきではない空気を察したのであろうカザハが一瞬おくれて右腕を振り上げる。
奇妙なことに、他の皆も反応に一瞬の間があり、なゆたちゃんがそれに疑問を呈した。

>「どしたの? みんな……」

――明神さんも「世界救って定住してやろう」と私達と似たようなことを考えており、
みのりさんに至ってはアルフヘイムに敵意すら抱いていることを知るのはまだ少し先の話。

>『ご歓談中のところ誠に申し訳ありませんガ、間もなく王都キングヒルに到着致しまス。
 皆さま、降車の準備をお願い致しまス』

列車は豪華な門をくぐり、ついに王都キングヒルに到着した。
駅から出て大通りを真っ直ぐ行った先には、白亜の王宮が見えている。
ファンタジー世界の壮麗なる王都に、カザハは大はしゃぎだ。

「うわぁ、すっごーい! 今からあそこに行くんだよね!?」

15カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/03/19(火) 23:34:03
当然、目的地の王宮に直行するものと思われたが、カザハは何か考えるような素振りを見せ始めた。

「でも大丈夫かな? 案内役を仰せつかっていたウィズリィちゃんは行方不明。
パーティーは当初想定してたメンバーが抜けて代わりに想定されてなかったメンバーが増えてる……。
ボクはメロちゃんに合流するように言われてたから多分ギリギリ大丈夫だとしても……」

そう、王側の人達にとって、エンバースさんはおそらく全くの想定外人員なのだ。
しかもぶっちゃけ見た目が焼死体のモンスターである。
王宮に入ろうとした瞬間に衛兵に取り囲まれて討伐されかねない。

「エンバースさん、王宮に行くんだからボロ布同然のローブはまずいよ! いかにも燃えちゃった感が凄いじゃん!」

遠回しに言っているが、要するに服装でどうにか焼死体感を胡麻化してもぐりこもうという作戦らしい。
なるほど、一応五体は満足なので、全身を覆う綺麗目のローブでも着て顔は目深にフードを被ればなんとかなるかもしれない。

「お金が無い? 大丈夫、リバティウムの復興手伝ってたらちょっとお礼をもらえたんだ!
そんなに高いのは買えないけどね!」

果たして見た目焼死体からの雰囲気イケメン化作戦は功を奏すのか!?
それ以前にそもそもエンバースさん本人は乗ってくるのだろうか!?

16embers ◆5WH73DXszU:2019/03/25(月) 06:59:29
【ニューゲーム・プラス(Ⅰ)】


なゆたの眉間に走る皺/鋭く尖る眼光。
焼死体は瞬時に、自分が彼女の機嫌を損ねた――それも、著しく――事を理解した。

『ちょっと、なんか好き勝手上から目線で言ってくれちゃってますけど。わたしたちはあなたに守られるほど弱くありませんけど?』

「……誤解しないでくれ。これは相対的な話だ。君達が幾ら強くても――」

『だいたい『物語に深入りするな』とか言ってるけど。じゃあ、物語に深入りしない方法って何?』

「それは――」

『この、360度どこを見たって異世界なこの空間で。深入りしないことなんて物理的に不可能じゃないの?』

「ああ、だが少なくとも積極的に――」

『それとも何かしら? 家の中に閉じこもって、どこかの知らない誰かが手を差し伸べてくれるのを待ってろとでも言うつもり?』

「……なあ、頼む。話を――」

『ナンセンス! そっちの方がよっぽど非現実的だし、バカらしいし――何より、わたしらしくない!!』

尚も続く、なゆたの怒声――絶句/天を仰ぐ焼死体。
諦めの境地/完全に甘受の姿勢。
それが怒れる十代女子への最適な攻略法。
焼死体はその事を覚えている――かつては己の日常の一部だった事を。

『わたしたちの強さが分からないって言うんなら、デュエルしましょうか?』

「……なんだと?」

しかし不意に、焼死体が再びなゆたを見下ろす。
重く冷たい鋼の如き声音/ひび割れる眼球/赤熱する眼光――それらと共に、一歩前へ。
一連の現象から導き出される明白な事実――今度はなゆたが『焼死体の地雷を踏んだ』。

『わたしでも、真ちゃんでもいい。他の誰でも。』

「待ってくれ、それは困る」

『あなたなんてどうせ、初心者のしめちゃんにだって太刀打ちできないわ!』

「――来るなら、全員で来てくれないか。その方が後腐れないだろ」

強気/大人げない/無益な言動――焼死体に残る人間性の発露。
絶大な自信/円滑な人間関係よりも優先される挟持。
つまり――根っからのゲーマー気質。

17embers ◆5WH73DXszU:2019/03/25(月) 07:01:01
【ニューゲーム・プラス(Ⅱ)】

『なゆ、その辺にしとけ』

『だって! 真ちゃん……!』

『守ってやるなんて言うってことは、その自信があるんだろ。お手並み拝見といこうぜ。
 どのみち俺達には戦力が足りない。こいつがまがりなりにも『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だってんなら、願ったりだ。
 仲間になってもらえばいいさ』

だが『異邦の魔物使い(ブレイブ)』同士の決闘は――“保留”に終わった。

「……思わぬ援護射撃だけど、助かるよ。出来れば手荒な真似はしたくない」

バッドエンドの経験値分、焼死体は先に冷静さを取り戻す。
それでもごく自然に紡がれる挑発的言動――無論、本人にその自覚は無し。

『必要ないよ。さっきだって、逃げてって言ったのに戻ってきちゃったし。パーティーに勝手に動く人がいるのは崩壊の元!
 それに、戦力だって真ちゃんとわたしがアタッカーで、みのりさんがタンク。明神さんとしめちゃんとウィズがサポーター。
 今のままで充分バランスが取れてるし――』

――出たよ。後発組はいつもこう言うんだ。『Wikiにはこう動くって書いてある』ってな。
呆れ混じりの笑みを浮かべる焼死体/とは言えこれ以上話が拗れるのは避けたい。
故に再び無言/謹聴の姿勢――怒れる少女に対する最適解へ移行。

『俺は認めねえぞ。こんなよく分からん、自分の名前も思い出せねえような死体の世話になるなんざ』

不意打ちのウザ絡み/振り返る焼死体。

『旅についてくるのは勝手だけどよ、足引っ張ったらその時はウジ虫の餌にしてやるぜ。げひゃひゃ』

憎まれ口を叩く明神――小悪党丸出しの笑み/不気味なウジ虫の笑い声。
焼死体の動揺を誘うには、些か迫力不足。

「生憎、見ての通り全身黒焦げでね。食える部分なんて……待て、ウジ虫だって?」

肩の上で揺れるウジ虫を思わず二度見/明神へと一歩詰め寄る。

「ソイツ……負界の腐肉喰らいか!?すごいな!一体幾ら使ったんだ?
 餌は何をやってる?まさかバカ正直に腐肉だけを与えたりしてないよな?
 ブレモン開発の事だ。腐肉以外にも絶対、実は餌に出来るアイテムがあるぞ」

異様な食いつき/見違えるような饒舌――炸裂するゲーマー気質。

18embers ◆5WH73DXszU:2019/03/25(月) 07:03:48
【ニューゲーム・プラス(Ⅲ)】

『わたしも反対! 自分の身くらい自分で守るわ、あなたなんかの力を借りなくたってね!
 真ちゃんはあんまり人が増えちゃうとよくないからって、パーティー離脱を切り出したに決まってる。
 それなら余計な人を増やさなきゃいい! わたしたちのパーティーは今まで通り! それでなんにも問題なんてないから!』

「……悪いけど、お言葉に甘えて勝手に付き纏わせてもらうよ。
 追い払いたければ、好きにすればいい……出来るものならな」

振り返らないままの返答/興味の対象は未だ幼き蝿王。
離れていく二つの足音――だがその内の一つが、不意に鳴り止む。
背後から感じる今なお冷めぬ怒りの熱気――焼死体は嘆息と共に振り返る。

「なんだ、ホントにここでやるつもり……」

『べぇぇぇぇ〜〜〜〜っだ!!!』

右手人差し指を下瞼に添え/舌を出す――幼稚さすら感じる仕草。
対する焼死体の反応は、絶句――呆れているのではない。
固茹での脳髄を満たし/支配するのは――戦慄。
或いは――とうに失われた日常のリフレイン。

「……どうかしてる。よりにもよって、アイツを思い出すなんて」

嘆息/呻き声/右手で頭を抱える。

「あんなヤツ……これっぽっちも似てやしないのに」

過去の残滓を払い除けるように、頭を振った。
もう二度と取り戻せない――最も大切だった存在。
愛しき白昼夢――だが脳裏に留め続けるには、生じる苦痛が大きすぎる。

『えーと……行こう!
 あの子は仲間になってもらえばいいって言ってくれたし
 あのお兄さんもなんだかんだついてきていいって言ってるしきっと大丈夫だよ!』

「……ああ、すまない。大丈夫だ。自分で歩ける……。
 ちょっと、これからどうしたものか考えてただけだ」

よろめきながらも、なゆた達の後を追う。
例え彼女に嫌われようと/彼女がいけ好かなくとも、する事は変わらない。
もう何も失いたくない/偶然すれ違っただけの命でも――今度こそ、守り抜く。

19embers ◆5WH73DXszU:2019/03/25(月) 07:08:07
【ニューゲーム・プラス(Ⅳ)】


蹂躙された街を通り抜け、辿り着いた先は――見上げるほどの豪邸。

「……マイハウス。実在したのか、こっちの世界に」

スライム尽くしの内装を見回しながら、呆然と呟く。

「俺のギルドハウスは……もう撤去されてるだろうな。
 少なくとも一年、放置してたんじゃ……サーバー容量の無駄遣いだもんな」

箱庭エリアを管理しているサーバーの容量には当然、上限がある。
主人に忘れられた幽霊屋敷を、いつまでも残しておく理由はない。

「……ああ、すまない。ええと……俺が何者か、だったっけ。
 だけど、既に言った通りだ。元ブレイブで、名前は思い出せない。
 君達より前にこの世界に来て……一度死んだ。そして目覚めたら、こうなってた」

やや早口/無感情な声――無益な懐古を掻き消すように。

「光輝く国ムスペルヘイム……まだ内部データすら不完全な、未実装エリアだった。
 だけど攻略自体は出来たんだぜ。ただエンディングまで生き残ったのは俺だけで、
 そのエンディングも……バッドエンドか、デッドエンドの二択だったってだけで」

不必要な捕捉――そういう結末もあると印象付ける為/自己防衛の喚起。

「……なゆた、だったよな。確か俺の事を『燃え残り(エンバース)』と呼んだろう。
 それがこの……モンスターの名称か。呼び方はそれでいい。まぁ……そんなところだな」

話を切り上げる――詳細を述べて面白い物語でもない。

『……で……真ちゃん。前に言ったこと、説明してもらいましょうか』

そして始まる、本命の話題。

『悪いな、みんな……あの金獅子と戦ってるときから、ずっと考えてたんだ。俺はこれで一旦抜けさせてもらう』

『ど……、どうして……?』

『フェアじゃないからな』

『……フェア? それってどういう――』

『だってさ。金獅子のヤツは、誰の力も借りずに――』

『そ、そりゃそうだけど、あのときはそんなこと――』

『あの戦いがずるいとか、そういうことじゃねえよ――』

『あいつはひとりで最強になった。なら、俺もそうでなくちゃいけない。
 みんなとのパーティープレイは楽しいけど、そうして強くなるのもやっぱり、フェアじゃないと思う。
 だから……悪い。みんな、ワガママ言わせてくれ。俺はひとりであいつをブッ倒せるくらい強くならなきゃダメなんだ』

焼死体の反応――理解不能/理解する気にもならない。
手札/手駒の相違はゲームの常――そこを否定すれば、あらゆる勝負が成立しない。

20embers ◆5WH73DXszU:2019/03/25(月) 07:10:03
【ニューゲーム・プラス(Ⅴ)】

『エンバース……だっけ? あんたが現れたとき、いい機会だって思ったんだ』

「……まぁ、君には君の考えがあるんだろう。あれこれ口出しするつもりはないさ」

己には理解し得ぬ信念――だが、焼死体は知っている。
信念なんて代物は往々にして、他者には理解し難いモノ。
要はただの戦術/プレイスタイルの相違――他人が口出しする事でもない。

『みんなを守るって言ったよな? なら是非そうしてくれ。俺の代わりに、こいつらを守ってやってくれ。
 男の約束だ……たがえるなよ。もし万一のことがあったら、金獅子の前にあんたをブチのめしに行くからな』

「勿論そのつもりだ。君に頼まれなくともな――だから、そんな約束を聞き入れるつもりもない」

剣呑な態度/真一に一歩詰め寄る――その胸へと突きつけられる、焦げた指先。
余計な口出しはしない/だが過度の尊重もするつもりはない。
自己流のプレイスタイルを貫くのは自由だ。

「不安があるなら、さっさと強くなるんだな」

だが自由には責任/リスクが伴う――それを肩代わりしてやる理由は、ない。
リスクを背負えないなら、何の為の信念だ――無言のまま語る焼死体の眼差し。

『し……、真ちゃ……』
『なゆ』

幼馴染へと視線を戻す真一。
焼死体も身を翻し二人から離れる/壁に背を預けて腕を組んだ。

『……みんなは、どう思う……?』

――これ以上は、彼らが自分達で、話をつけるべきだ。

『……真ちゃん』

見つめ合う真一/なゆた――拳を触れ合わせ、ハイタッチ。

『わたしを片手で軽く捻れるくらい強くならないと、承知しないんだから……!』
『おう。今までの負け分、一気に取り戻すからな。俺に負けても泣くんじゃねえぞ?』

自分が失い/二度と取り戻せぬ日常――美しい、幸福の光景。
それを見つめる焼死体/静かに、より一層、深まる決意――守らなくては。
義務感にも似た感情――失ったからこそ、誰よりもその価値を知るが故に。

21embers ◆5WH73DXszU:2019/03/25(月) 07:13:04
【ニューゲーム・プラス(Ⅵ)】


そして出立の日/別れを惜しむ当代『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
焼死体はその輪に加わらない/やや離れた位置で一人、魔法列車を見上げる。

「……クソ長いロード画面なんて、見飽きてたはずなのにな」

どうしようもなく湧き立つ郷愁/目を閉じ/拒む――思い出すほど、辛いだけ。

『あのさ……同期同士仲良くやろうね! きっとみんなすぐ打ち解けてくれるよ!
 ちょーっと見た目にインパクトがあるから戸惑ってるだけで!』

「……気を遣わせて悪いな。だが心配はいらない。要は聞き専とのPTプレイだ。
 するべき時に、するべき事をすれば……何の問題もなく攻略は進められるよ」

列車へと乗り込む/致命的にズレた返答。
焼死体の自意識――自分は既に終わった者/これはもう一度死ぬまでの、ほんの寄り道。

『じゃあ……キングヒルに着く前に、もう一度今までのことをおさらいしてみよう。
 まず、わたしたちは『ブレイブ&モンスターズ!』っていうゲームのプレイヤーで。
 ある日突然、ワケもわからずこのアルフヘイムに召喚された……それはいいよね』

王都キングヒルへ向かう魔法列車の中、なゆたがそう切り出す。
恐らくは新入り二匹への心遣い――つまりカザハ/カケルへの。
焼死体――壁に凭れ、揺れる列車内で微動だにせず。

『わたしたちは現実世界でプレイしたゲームの内容そのままの世界に放り出された。
 パートナーの性能も、出てくる敵キャラたちも、町に住む人たちも――みんなゲームの通り。攻略法も。
 けど、時系列だけは狂ってる。死んでるはずの大賢者ローウェルが生きてたり、ガンダラの様子が違ったり。
 ゲームのストーリーモードより前の話なのかな? と思ったら、リバティウムにわたしの家があったり』

「……なぁ、ネタバレには十分配慮してくれよ。ストーリーモードは攻略済みだけどさ。
 俺がやってた頃はまだ未完結のサブクエが色々あったんだ。
 空飛ぶ安楽椅子探偵とか……もうプレイ出来ないとしても、ネタバレは聞きたくない」

『マルグリットによると、アルフヘイムは今『侵食』という危機的状況にある。
 ローウェルはそれを食い止めるために動いてて、わたしたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の出現も予言されてた。
 となれば、王さまやローウェルはわたしたちにその侵食を食い止めてほしいって思っていると考えるのが妥当かしら』

「付け加えるなら、どういう働きを期待されているのかも凡その予想はつく。
 こと武力に関しては、アルフヘイムには十二階梯がいる。
 ローウェルが事態を主導しているなら、ヤツらを駆り出せない理由はない」

十二階梯の全召集――アルフヘイムは現時点で超レイド相当の戦力を確保可能。

「なら、俺達に求められているのは……まぁ、“魔法の板”の可能性が高いよな。
 “テイム”か“インベントリ”か……システムを超えた使用法は幾らでもある」

注意喚起――『王』の望むモノが冒険の途中で変わる可能性は、ゼロではない。
つまり『異邦の魔物使いによる助力』から、『魔法の板の奪取/支配』へと。

『けど、アルフヘイムと対を成すニヴルヘイムの連中も介入してきてる。
 イブリースが言うには、ニヴルヘイム側にもわたしたちと対応するような『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がいる。
 その中のひとりが、金獅子ミハエル・シュヴァルツァー……彼とはまた戦うことになるでしょうね。
 イブリースは生きるためにアルフヘイムを破壊すると言ってた。
 ひょっとしたら、ニヴルヘイム側でも『侵食』が起こっているのかも。
 それを食い止めるために、アルフヘイムに侵攻している……とか……』

――ヤツらの事情なんか、考えたって仕方ないだろう。殺意を向けてくるなら、対応策は一つだ。
一度死んでいるが故の冷徹さ/言葉にはしない――今以上に顰蹙を買うのは明白。

『みのりさんの言う通り、わたしたちはアルフヘイム側のガチャで無作為に召喚されたキャラクター扱いなのかもしれない。
 それならしっくり来るよね、王さまやローウェルが一方的にクエストを押し付けてくるのも。
 ゲームキャラに説明はいらない。ただ、粛々とクエストをこなせ! って言えばいいだけだもの
 明神さんが前に言ってたこと。そう……彼らにとっては、わたしたちこそがキャラクター。『モンスターズ&ブレイブ』なんだ」

「……つまりは、舐められてるって事だろ」

焼死体の悪態/明確な嫌悪感――デッドエンドへ追い込まれた者の恨み節。

22embers ◆5WH73DXszU:2019/03/25(月) 07:17:33
【ニューゲーム・プラス(Ⅶ)】

『イブリースの言ってた『今度こそ』発言とか、まだ色々わかんないことはあるけど。
 とにかく当たって砕けろ! みんなで力を合わせて、現実世界へ帰ろう! おーっ!!』

意気揚々と右拳を掲げるなゆた――仲間達の反応は、芳しくない。

『どしたの? みんな……』

漂う微妙な空気――焼死体は皆を一瞥/妙な様子だとは感じつつも、その原因は分からない。
元は人生を謳歌していた学生――永住を望むという発想自体が出てこない。

『ご歓談中のところ誠に申し訳ありませんガ、間もなく王都キングヒルに到着致しまス。
 皆さま、降車の準備をお願い致しまス』

不意に、車内に響くアナウンス/車窓から見える白亜の王宮。

『うわぁ、すっごーい! 今からあそこに行くんだよね!?』

――ああ、お使い爺さんの根城に晴れてご招待って訳だ。今から気が滅入る。
脳裏に浮かぶ、エンドユーザー流のブラックジョーク――言葉にはしない。
新規ユーザーの楽しみを奪うなど――ゲーマーとして恥ずべき行為。

『でも大丈夫かな? 案内役を仰せつかっていたウィズリィちゃんは行方不明。
 パーティーは当初想定してたメンバーが抜けて代わりに想定されてなかったメンバーが増えてる……。
 ボクはメロちゃんに合流するように言われてたから多分ギリギリ大丈夫だとしても……』

「そんな事より、カザハ。確かゲーム本編は未プレイだって言ってたな。
 だったら、王宮に直接向かうのは……少し勿体無いと思わないか?」

『エンバースさん、王宮に行くんだからボロ布同然のローブはまずいよ! いかにも燃えちゃった感が凄いじゃん!』

「……話が早いな。確かに、新エリアに突入するなら装備更新はしておきたい」

『お金が無い? 大丈夫、リバティウムの復興手伝ってたらちょっとお礼をもらえたんだ!
 そんなに高いのは買えないけどね!』

「心配はいらない。ルピなんてものは、あるところには、たんまりあるんだ」

ブレモン起動直後に異世界転移したカザハ/カケル――当然インベントリの中身は空/装備品も皆無。

「そう、装備更新が必要なのはむしろ君達の方だ、カザハ、カケル。
 新たな仲間を裸で戦場に立たせるのが、当代ブレイブの流儀か?」

そして既に仲間と受け入れられた二匹の為なら、なゆた達も出資は惜しまない筈。

「……まずは武器と防具だな。馬上で戦うなら防具は軽くて丈夫なクロスか、レザー系統。武器は槍ってとこか。
 確か……王都のショップなら『闇狩人のコート』が手に入るよな。防具はそれでいいだろう。
 武器は……『血浸しの朱槍(ヴァンパイア・クロウ)』か。多少重いが、重さは強さだ。
 四足獣型なら鞍袋が装備出来るんだから、サブウェポンやアイテムも揃えたいな。
 色々使ってみないと、何がしっくり来るかも分からないもんな」

そうしてカザハに押し付けた装備品/アイテムの殆どが、焼死体の身に纏われていったのは、言うまでもない。
黒一色のコート/目深に被ったフード/僅かに漏れる燐火の眼光/背負った槍/盾/手斧/エトセトラ。

「――よし、十分だ」

つまり“エンバース・エンバーミング大作戦”は――対象の不審者から武装犯へのクラスアップという結果に終わった。

23明神 ◆9EasXbvg42:2019/04/01(月) 04:28:25
俺だって、何も始めっからクソコテだったってわけじゃあない。

まぁ当然っちゃあ当然なんだけど、初めから貶める目的でゲームをプレイする人間なんざそうそう居ねえよな。
好きの反対は無関心って言葉はぶっちゃけ嫌いだけれども。わりと正鵠を射た表現だとは思う。
俺がここまでブレモンに粘着すんのも、実際のところそんだけブレモンに熱中してた裏返しなんだ。

フォーラムで暴れまわっては厚顔無恥な要求を声高に喚き立てる、害悪以下の鼻つまみ者。
正なる者に唾を吐き、逆張りと屁理屈で誰彼構わず嫌気を振りまくクソの塊。
そんな存在に身を貶す前は、俺もまた"真っ当"なプレイヤーだった。

度重なるクローズドβを経てついにロールアウトした新作ソーシャルゲーム『ブレイブ&モンスターズ』。
俺はその先行登録組として、仕事する間も惜しんで攻略に挑んでいた。
レイドコンテンツは実装初日にクリアしてたし、意識高いフレンドと意識高い固定PTなんかも組んでた。
月の給料の半分近くは課金に費やしてる、まぁどこに出しても恥ずかしいガチ勢の一人だった。

楽しかった。輝いていた。
リアル生活はとっくの昔に荒廃しきってたけど、その分ゲーム内での俺は充実してた。
毎月のように実装される新規レイド、注いだ金の額だけ強くなれる新規カード。
会社では窓際族の俺も、ブレモンの世界でなら、皆から頼りにされるPTの花形アタッカーだった。

だけど……どこかでぷつりと糸が切れた。
きっかけは多分、実装されたばかりのPVPコンテンツ――対人戦だ。
レイド級と課金スペルを携えて、意気揚々と対戦に挑んだ俺は、そこで現実に打ちのめされた。

レベルを上げてパターン把握すれば誰でも勝てるPVEと違って、PVPは駆け引きの世界だ。
リアルマネーやリアル時間を費やした数よりも、センスと発想力がものを言う。
モンデンキントとかいう当時はまだポっと出のプレイヤーにぐうの音も出ないほど完敗して、
ガチ勢としてのプライドやら何やら残らずへし折られて、俺はブレモンで初めて挫折を経験した。

情けない話だけど……俺はそれに耐えられなかった。
ゲーム内で積み上げてきた自分の価値が、全て崩れ去ってしまったように思えて。
気づけば俺は累計50万近く課金してきた自分のアカウントを、削除していた。

これですっぱりブレモンから足を洗ってさえいれば、多分俺の人生はもうちょいまともに推移してただろう。
しかし宙ぶらりんになったゲームに対する熱量は、行き場を別のところに求めた。
公式の運営するゲームに関する話題を取り扱う掲示板、いわゆるフォーラムだ。

幸か不幸かガチ勢だった俺は、ブレモンの仕様にも、不満点にも精通していた。
俺の言葉は多くの潜在的なアンチの共感を生み、運営批判の旗頭として持ち上げられた。
日がな一日クソゲー批判に精を出す、稀代のクソコテうんちぶりぶり大明神は、こうして爆誕したのであった。

つまりは――単なる逆恨みなのだ。
そして今。なんの因果か、俺はあれほど陰湿な恨みを抱えていたブレモンの世界を、楽しんじまってる。
このゲームを、もう一度好きになり始めてる。

これがアンチを成敗する運営の目論見だってんなら……クソったれ、効果は抜群だぜ。
もうシャッポを脱ぐしかねぇ。クソコテを貫けねえ俺の負けだ。
負けちまったからには、奴らの思い通りに動いてやるしかない。

世界を救ってくれっつうんなら、救ってやる。他のブレイブを助けろっつうなら助けてやる。
何度でもな。

24明神 ◆9EasXbvg42:2019/04/01(月) 04:30:45
   ◆ ◆ ◆ 

ミドガルズオルムの出現によって大規模な破壊に見舞われたリバティウム。
しかしその程度で人類はへこたれないとばかりに、急ピッチでの復旧作業は滞りなく進んでいた。
ボロボロになった大通りの石畳も、馬車が通れる程度には修復されている。

被災地復興においてネックとなるのは、やはり物流だ。
修復のための資材も、それを行う人員も、さらには彼らの食料や仮住まいも。
馬車や船などによる輸送が完全でなければまともに機能しない。

逆に言えば、物流さえ復旧してしまえば作業スピードは格段に上がる。
もともと物流のほとんどを水路で行ってただけあって、リバティウムの物流網は運良く壊滅を回避できた。
馬車道さえ元通りになれば、後は俺たちが手伝わなくても遠からず復興は終息するだろう。

そんなわけで、俺は埠頭でのんびり釣り糸を垂れていた。
なゆたちゃんなんかはお姉ちゃんと修行パートかましてるらしいが、俺はそーゆーの興味ない。
じきにこの街を旅立つ日が来るだろう。それまでは、しばしの休息だ。
ぶっちゃけやることないからずうっと釣りしてるわ俺……

「釣れますか?」

適当に竿をたぐる俺の背後で声がした。
しめじちゃんだ。朝から市街のどっかに出掛けてたっぽい彼女は、俺のすぐ後ろで水面を眺めている。

「ボーズだな。そもそも魚がいねえんだよここ」

リバティウムは海運拠点であると同時に、海産物を特産する漁港の街だ。
町中で売られてる魚介類は、鮮度から見るにこのあたりの海で採れたものに違いないだろう。
でも俺のいる埠頭には魚の姿一匹見当たりゃしない。

「漁師のおっちゃんに聞いた話じゃ、このあたりは釣りも網漁もやってねえらしい。
 なんでも、海の魚やら貝やらのべつ幕なしに飲み込むでっけえ魔物がいて、
 漁師たちはそいつを仕留めて腹かっさばいて中の魚を取り出すんだってよ」

無駄にファンタジー感のある漁法だ……。
システム的に言えばドロップアイテムだな。
多分俺たちが同様にその魔物を倒せば、インベントリに魚が格納されることだろう。
漁業権がないから、魔物に手を出そうものなら漁師共に袋叩きに遭うだろうが。

「えっ……魚が居ないの分かっててどうして釣りを……?」

「乱数調整だよ。こうしてアタリのない釣りを続けることで、ガチャ運を蓄積してるんだ。
 俺は確率収束論を信じてる。ハズレが続けば、後半にアタリを引く確率はきっと上がる」

そういうのあるだろ?不運が続けばきっとその分幸運が巡ってくるみたいなの。
まぁ科学的な根拠なんて一切ねえけどよ。ここは剣と魔法のファンタジー世界だぜ。
きっと神様が見てるよ。「あっこいつハズレ続きだしそろそろアタリ引かせてやっかな」ってさ。
しめじちゃんは俺の披露した学説を一通り遮らずに聞いて、

「暇人過ぎる……」

とばっさり切り落とした。ワイトキングもそう思います。
しめじちゃんは呆れたように息を吐いて、俺の隣に座った。
その視線は未だに、俺の垂れる釣り糸の先で止まっている。

俺の方を見ようとしない、その理由に、心当たりがあった。
そして、わざわざ俺の元を訪ねた理由も、もうわかってる。

25明神 ◆9EasXbvg42:2019/04/01(月) 04:32:12
「しめじちゃん。リバティウムに残るってのは、もう覆す気はないのか」

「……はい」

――リバティウムを壊滅の危機から救った翌日。
カザハと名乗った妖精さんと、エンバースとかいう焼死体。
二人のブレイブと元ブレイブを迎えた俺たちは、なゆたハウスで今後の方針を会議した。

その中で、真ちゃんがパーティ脱退を表明。
来たるべくミハエルとの再戦に向けて、自分を鍛え直したいとか言いやがる。
正直お前マジかって思った。お前が突撃しなきゃ誰が突っ走るのよ。
いやそれ以前になゆたちゃん置いてどっか行くんじゃねえよって言いたかった。

ただ……奴の気持ちも少なからず、俺には分かった。
ミハエルの強さは、俺たちとは別格で……別種のものだ。
今回は油断と満身に漬け込んでどうにか出し抜けたが、次は間違いなくうまくいかない。
もう一度、あいつを真っ向から下すには、あいつと同種の力が必要だ。

こいつは考えなしの突撃バカだが、ちゃんと考えればしっかりした結論の出せる奴だ。
戦いの場での機転や勘ばたらきには目を見張るものがあるし、本質を見抜く目を持ってる。
その真ちゃんが、熟考して出した結論なら、俺はもう異論を挟めない。

それに……きっと、真ちゃんを一番行かせたくない奴は、俺じゃない。
なゆたちゃんは、幼馴染二人の間に交わされた言葉の果てに、真ちゃんの脱退を認めた。
その選択が後悔を生まないよう、エンバース君には頑張ってもらわねえとな。

閑話休題。
パーティを離れる決意をしたのは、真ちゃんだけじゃなかったらしい。
リバティウムの復興を見守ること数日後、しめじちゃんは皆に言った。

――旅をここで中断し、しばらくリバティウムに残ると。
俺はそれを聞いて、少し時間をくれと答えた。
畳み掛けるように訪れる変化を心の中に整理する、暇が欲しかった。
そして望み通りに俺は暇になり……しめじちゃんはもう一度、俺の元を訪れた。

「……結論を出すのは、ちっと早くねぇかなぁ。俺もアルフヘイムへの永住には賛成だけどよ。
 住む場所を決めるタイミングは今じゃなくたって良いじゃねえか。
 アズレシアとか、バルディア自治領とか、リバティウム以外にも良いとこ色々あるだろ?」

だから――もう少しだけ。俺たちと一緒に旅をしないか。
俺はそう言いたかった。けれども、彼女の翻意を無責任に煽ることはできなかった。
しめじちゃんは一度死んでる。瀕死とか九死に一生とかじゃなくて、本当に一度死んだのだ。
二度と同じ思いはしたくないし、しめじちゃんに死ぬ思いをさせるのも、嫌だった。

リバティウムから王都キングヒルの間に目立った中継都市はない。
だから、この街を発てば、直通で王の元に参上することになるだろう。
王に会ってしまえば、今度こそ後戻りはできない。世界を救うまで、逃げることはできない。
途中下車できる最後のタイミングが、このリバティウムだった。

26明神 ◆9EasXbvg42:2019/04/01(月) 04:33:35
「『王』が信用できない以上、クリア後に生活する基盤は確保しておかなきゃいけません。
 この街が良いんです。裏社会を支配していたライフエイクが消えて、復興需要に湧くこの街が」

俺たちには、帰る場所がない。
いや現実世界にはあるかもしんないけど、そこに戻るつもりもねえしな。
せっかく世界を救っても、その後野垂れ死にしちまうんじゃ意味がない。

そして生活基盤を王に用意させるのは、その後の生殺与奪をアルメリアに握られることと同義だ。
アルメリアの王様に頼らない、俺たち独自の『帰る場所』を、用意しておく必要があった。

しめじちゃんはクリアの先を見据えてる。
ライフエイクが消え、裏社会に大きなエアポケットの生まれたこの街は、
遠からず空の玉座を巡った大規模な利権闘争に巻き込まれるだろう。
同時にそれは、ゲーム知識を活かしてうまく立ち回って、自分の拠り所を作り上げるチャンスでもある。

「明神さん達が、世界を救った後に……戻ってくる場所を、私が作っておきます。
 だから、未来のことは後回しにして、気兼ねなく世界を救ってきてください」

「……覚えててくれたのか、俺が交易所で話したこと」

トーナメントが始まるまでの待機期間、俺たちはリバティウムの街をぶらつきながら情報収集していた。
その時、俺はウィズリィちゃんに言ったのだ。
世界を救った後のこと。この世界に、俺たちの寄る辺がないこと。
そして彼女なりに、帰る場所を手に入れる方法を、考えた。

「一人でやるのは、しんどい仕事かも知れないぜ」

「慣れっこですよ。明神さんもそうでしょう?『邪悪は馴れ合わない』。
 それに……私には、ゾウショクも居ますから」

「頼りねえパートナーだ」

「それ、ブーメランです」

お互いのモンスターを揶揄して、俺たちは笑った。
しばらく別れを惜しむように他愛のない話をして、しめじちゃんは立ち上がった。

「出発は今日でしたよね。しばらく、お別れです」

「そうだな……しばらく」

もう一度この街に来れるのは、いつになるだろう。
"しばらく"なんて曖昧な言葉は、それが一ヶ月後なのか……十年後なのか、誰にも分からないからだ。
ここから先の旅路は、そういう覚悟をしなきゃならなくて、しめじちゃんはそれを済ませていた。

27明神 ◆9EasXbvg42:2019/04/01(月) 04:34:59
「これを持っていって下さい。使えるかどうか分からないけれど、餞別です」

しめじちゃんが差し出した小瓶には、どす黒い紫の液体で満たされている。
見たことないアイテムだ。いやマジで何よこれ?俺が見たことないって相当やぞ。
『狂化狂集剤(スタンピート・ドラッグ)』なるアイテムを、俺は恐る恐るインベントリに仕舞った。

「お礼っちゃあなんだけどよ。……ガチャ、引いてけよ。約束してたろ」

リバティウムに着いた当初、俺はしめじちゃんと一つの契約を交わした。
彼女が一度だけ、その力を俺のために使う。その代わりに、俺は彼女に10連のガチャを引かせる。
きっと契約履行のタイミングは、今しかない。

「そのために俺は今日まで乱数調整してたんだぜ。アタリが出ると良いな」

「別アカウントの乱数も影響するものなんですか……?」

しめじちゃんは胡散臭そうにこっちを見て、俺の送信したガチャチケットを受け取った。
10連ガチャは最低1つ、上位レアリティが保証されてる。
きっと彼女のこれからの戦いに、役立つものが入っているに違いない。
そうだろ神様。ツイてないことづくめの俺たちの運を、そろそろ収束させてくれよ。

しめじちゃんがスマホをタップして、ガチャを開封する。
他人の画面を覗き見るのはノーマナーだ。良いスペルとか出ると良いなぁ。

「どうだった?」

結局気になったので俺は聞いた。
しめじちゃんはしばらく画面を眺めたあと、不意に顔を上げて、微笑んだ。

「……秘密です」

それは、俺が初めて見た、彼女の笑顔だったのかもしれない。
そんな顔でそう言われちゃあお手上げだ。
また今度、結果を聞きに来よう。この街に帰ってくる理由がもう一つ増えた。

世界を救うその日まで。"ただいま"を言えるその日まで。

――行ってきます。

   ◆ ◆ ◆

28明神 ◆9EasXbvg42:2019/04/01(月) 04:36:04
明神ですが列車内の空気が最悪です。
いや言うほどそうでもねえけども。素敵なギスギスが車内に満ちていた。
原因は期待の新顔、(故)エンバース君と我らがリーダーなゆたちゃんだ。

唐突に出てきて唐突に『護る』などと宣ったエンバースに、なゆたちゃんは激おこだった。
まぁわかるよ。俺たちここまで死線だって何度も越えてきたもんな。
つまりは自負だ。俺たちは、ニブルヘイムのクソ共になんか負けないプライドっつうんすか?
エンバースの言葉は善意からのものだったのかもしれんが、俺たちのプライドをぶん殴るのに等しかった。

ただ、なゆたちゃんが率先してカッカしてくれたおかげで、却って俺は冷静になれた。
どうにも信用ならねえ胡散臭い死体野郎だが、俺達に害なすつもりはないらしい。
もちっと言い方とか考えろやって感じだけど、まぁその辺を司る脳味噌も焼けてんじゃない?(適当)

それに、俺自身の感情面で言えば、こいつのことは嫌いじゃない。
マゴット……『負界の腐肉喰らい』の価値の分かる奴は良い奴だ。
おかげで腐肉以外のエサを探す余地もできたしな。

>『大変長らくお待たせいたしましタ。次の目的地は王都キングヒル、王都キングヒルでございまス』
>「!! ……いよいよ、か……」

出発した魔法機関車の中で、ボノが停車先をアナウンスした。
王都キングヒル。アルメリア王国の首都にして、俺たちを召喚した『王』のおわす場所。

これまでいろんな紆余曲折があった。
荒野でハエを狩ったり、鉱山で古代兵器と戦ったり、港街で邪悪なおっさんの恋を応援したり。
その紆余曲折した道程の終着点が、この鉄道の先にある。

>「じゃあ……キングヒルに着く前に、もう一度今までのことをおさらいしてみよう。

車室を丸々貸し切って、俺たちは王都突入前のブリーフィングを行った。
カザハ君(と、IQ高そうなお馬さんのカケル君)は何も知らねえみたいだしな。
エンバース君ちゃんと聞いてる?お前の為の会議でもあるのよこれ?
こいつ寝てんじゃねえだろうな。目ん玉焼け焦げてるからわかんねえわ。

>『わたしたちは現実世界でプレイしたゲームの内容そのままの世界に放り出された。
>「……なぁ、ネタバレには十分配慮してくれよ。ストーリーモードは攻略済みだけどさ。

「ああ、うん……安楽椅子探偵な。結末知らなくて良かったと思いますよ俺は」

エンバースがやりのこしたサブクエへの未練を語るのを、俺は微妙な顔で聞いた。
あれなぁ。途中まではすげえ面白かったんだけどなぁ。なんでああしちゃったかなぁ。
俺は確信したね。ブレモン開発の性根は腐りきってる。奴らに人の心などない。

>『マルグリットによると、アルフヘイムは今『侵食』という危機的状況にある。
>「付け加えるなら、どういう働きを期待されているのかも凡その予想はつく。

「……確かに。俺たちは単なる使い捨ての傭兵ってわけじゃねえってことか」

エンバースの指摘は尤もだった。
単純な戦力増強の為なら、わざわざ召喚ガチャを引くまでもない。
十二階梯はそれぞれ単独でもレイド級とやり合える実力があるし、全員揃えば超レイド級だってどうにかできるだろう。

そして俺たちは、超レイド級と真っ向からぶつかりあって勝てるとは言い難い。
タイラントにしたって、ミドやんにしたって、戦力以外の要因の方が大きかった。

29明神 ◆9EasXbvg42:2019/04/01(月) 04:36:36
「ま、戦力が欲しけりゃ俺やしめじちゃんが呼ばれるわきゃねえわな。
 何か、別の要因でピックアップ召喚されたのか、完全にランダム選定なのか。
 そうでないなら……」

>「なら、俺達に求められているのは……まぁ、“魔法の板”の可能性が高いよな。

アルフヘイムが本当に欲しかったのは、ブレイブの持つスマホ。
ブレイブはあくまでスマホのおまけ、異世界の希少物資を王都まで運んでくる便利屋に過ぎない。
連中の意図を、そう推察することもできる。

「そうなると、安易に王の元に馳せ参じるのもやべえかもしれねえな。
 王が俺たちの価値をスマホ以下と値踏みしたら、取り上げられて俺たちは牢屋へGO!ってこともあり得る。
 スマホの指紋認証はちゃんと設定しとけよ。パスワードもな」

>「けど、アルフヘイムと対を成すニヴルヘイムの連中も介入してきてる。

「するってえと……この先アルフヘイムが勝ったら、ニブルヘイムは滅ぶのか?
 だとすりゃ俺たちゃ勇者様にゃなれねえな。奴らにとっては俺たちこそが魔王だ」

そんでミハエル君がニブルヘイムの勇者(ブレイブ)と。やっべえ超腑に落ちる。
ふざけんじゃねーべや。くだんねえ生存競争に異世界のパンピーを巻き込みやがって。

>「みのりさんの言う通り、わたしたちはアルフヘイム側のガチャで無作為に召喚されたキャラクター扱いなのかもしれない。

今の段階じゃ何も分かりゃしねえけれど、なゆたちゃんの分析は多分当たってる。
俺たちはずっと、クエストという形で、スマホの向こうの何者かに操られて戦ってきた。
これじゃ世界を救う勇者だの英雄だのじゃなくて、単なるパシリじゃねーか。
そのうち焼きそばパン買ってこいとかいうクエストが出てくるぞ。

>「イブリースの言ってた『今度こそ』発言とか、まだ色々わかんないことはあるけど。
 とにかく当たって砕けろ! みんなで力を合わせて、現実世界へ帰ろう! おーっ!!」

「お、おう……」

気合溌剌意気軒昂とばかりになゆたちゃんは立ち上がる。
俺はその場で小さく右腕を上げた。

>「どしたの? みんな……」

なゆたちゃんの戸惑いは、俺たちと彼女との温度差にある。
少なくとも俺は、現実世界に戻ることを目的にしていない。世界救うのもほとんど成り行きだ。
王様の出方次第じゃ、闇系の仕事があるのでこれでとばかりにアディオスすることも考えてる。

イマイチなゆたちゃんみたいにノリ切れないのは、ひとえにアルフヘイムに対する不信感が募ってるからだ。
先の見えない雑なクエスト指示に、未だ連絡の一つも寄越さず呼びつけやがるアルメリアの王様。
エンバースの示唆したような、ブレイブとスマホの価値の差も疑心暗鬼に拍車をかける。

ぶっちゃけて言えば、このまま王様無視して他の街に行くべきなんじゃねえかとすら思う。
王に謁見すれば、俺たちの顔と名前を覚えられれば、もう逃げ場はない。
下手打てば国賊として指名手配だ。

ただまぁ、どうであれ王に合わなきゃ話が先に進まないってのも確かだ。
少なくともクエストを進めない限り現実世界に帰る手がかりはこれで途絶える。
なゆたちゃんや真ちゃんは、ここで立ち止まることを良しとはしないだろう。

30明神 ◆9EasXbvg42:2019/04/01(月) 04:37:32
このまま王都の権謀術数に巻き込まれて幽閉されたり……殺されたりするかもしれない。
だけど俺は、こいつらを死なせたくはない。
仲間だからとかそういう青臭い理屈じゃなくて、単純に――見知った顔を見殺しにはできねぇからな。

「まぁ、現実世界に帰るってのはともかく、力を合せるのには賛成だ。降りかかる火の粉は払わねえとな。
 どの道ニブルヘイムのクソ共は遠からずもっかい侵略してくるだろう。
 生き残るために、アルフヘイムを利用する。俺はそういうスタンスで王に会うぜ」

>『ご歓談中のところ誠に申し訳ありませんガ、間もなく王都キングヒルに到着致しまス。
  皆さま、降車の準備をお願い致しまス』

「お、噂をすればなんとやらだ。行こうぜ、俺ぁ腹減っちまったよ。キングヒルって何が美味いの?」

微妙な空気を車内に残して、俺たちは王都の凱旋門に降り立った。

――王都キングヒル。
アルフヘイムに覇を唱える大国、アルメリア王国の首都だ。
ゲーム中盤に訪れるこの街で、プレイヤー達はニブルヘイムと、世界を脅かす闇の存在を知る。

王都編のラストで十二階梯の一人、『創世の』バロールがニブルヘイムに渡り、魔王として君臨する、
いろんな意味でシナリオの転換点となる場所である。
主要キャラが何人かここで死ぬので、シナリオクリア後もこの街に近づかないプレイヤーは多い。
施設は一通り揃ってるから、滞在するには便利な街なんだけどな。

閑話休題。
門をくぐれば、王宮までの目抜き通りとその脇を飾る建物の数々が目に飛び込んできた。
都市防衛という概念を真っ向から投げ捨てた碁盤状の街路図は、どこか日本の『京』を彷彿とさせる。

これ門から王宮まででけぇ道路が一直線なんだよ。攻められたら即アウト。大部隊で突撃し放題。
よっぽど防衛戦力に自身がおありでおますやろなぁ。

>「うわぁ、すっごーい! 今からあそこに行くんだよね!?」

「こらこら、おのぼりさん丸出しの行動はやめなさい。
 俺?俺は都会人よ。名古屋に住んでっから!名古屋に!」

王都の景観にテンアゲ気味なカザハ君をシティーボーイの俺は諌めた。
そういやこいつ何歳なの?シルヴェストルって年齢わかんねえわ。
この落ち着きのなさを見るにしめじちゃん以上なゆたちゃん以下ってところか……。

>「でも大丈夫かな? 案内役を仰せつかっていたウィズリィちゃんは行方不明。
 パーティーは当初想定してたメンバーが抜けて代わりに想定されてなかったメンバーが増えてる……。
 ボクはメロちゃんに合流するように言われてたから多分ギリギリ大丈夫だとしても……」

「そこの死体はなぁ……そもそもブレイブですらねえんだろ今は。
 門前払い受けない?そのビジュアル都会の女子供にはちょっと刺激が強すぎるッピよ」

せめてウィズリィちゃんが居てくれればうまいこと取りなしてくれたんだろうが。
あの子どこ行ってしもたん?フラっと現れてフラっと消えるよな……。
俺の揶揄するような視線をスイっと躱して、エンバースはカザハ君に水を向けた。

31明神 ◆9EasXbvg42:2019/04/01(月) 04:38:14
>「そんな事より、カザハ。確かゲーム本編は未プレイだって言ってたな。
 だったら、王宮に直接向かうのは……少し勿体無いと思わないか?」

「おっ、お前もマップ埋めてから次に進むクチか?わかるぜそーゆーの。
 路地とか全部見とかないとアイテムの取りこぼしが気になって落ち着かねえんだ」

ダンジョンとかでさ、二又の分かれ道があったら両方見とくよな。
そういうところに限ってつよつよ武器が宝箱の中にあったりするし。

>「エンバースさん、王宮に行くんだからボロ布同然のローブはまずいよ! いかにも燃えちゃった感が凄いじゃん!」
>「……話が早いな。確かに、新エリアに突入するなら装備更新はしておきたい」

「カザハ君はそーゆーこと言ってんじゃねえと思うけどな……」

どうもこの妖精さん、わりと身だしなみとか気にするタイプっぽい。
まぁそりゃそーだわ。なんぼ暑くたってパンツ一丁で街を歩く奴はいないように。
見る人を不快にしない程度に見た目を整えておくってのはとても重要なマナーだ。

エンバースは目下、パンツ一枚でその辺うろついてる変質者に等しい。
死体だって今日日ちゃんとおめかしするっつーの。俺おくりびと見たからそういうのわかっちゃう。

>「そう、装備更新が必要なのはむしろ君達の方だ、カザハ、カケル。
  新たな仲間を裸で戦場に立たせるのが、当代ブレイブの流儀か?」

「いやおめーだよ!おべべが必要なのはおめーなの!
 いーよいーよお前の死に装束もカザハ君のおべべもまとめて選ぼうぜ!
 エンバースをエンバーミングしてやろうぜ!!!!!!!」

上手いこと言いたかったので俺は勢いで言い切った。
そんなわけで王宮を目の前にして、俺たちはウィンドウショッピングと洒落込む。

女子のお洋服選びにはぴくちり興味ねーけど装備の選定なら話は別だ。
俺の培ってきたRPGの経験が奮い立つぜ!

「攻撃と守備の数値だけ見て装備決めんのはトーシロだぜカザハ君!
 このゲームの装備はシナジーが全てだ。風属性、妖精族にボーナスのかかる装備を探そうぜ。
 『精霊樹の木槍』、こいつは攻撃力こそ低いが妖精族が持つと魔法に威力20%補正がつく。
 20%だぜ!?やばくない?これがあるとないとでヴァジロゴブリンの確定数が変わるんだぜ!」

俺はめっちゃ早口で喋った。
確定数ってのはざっくり言えば敵を倒すまでにかかる攻撃回数のことだ。
スペルのリキャストがクソ重いこのゲームにおいて、二発かかる敵を一発で倒せることの価値は計り知れない。

一方でエンバースもカザハ君に武器と防具を持ってくるが、どうもお気に召さなかったらしく、
それらはベルトコンベアの如く流れ作業でエンバースの元へ戻った。
スタボロの焼死体が、いかにも闇系の仕事してそうなやべえ奴の姿に変わっていく。

32明神 ◆9EasXbvg42:2019/04/01(月) 04:39:09
>「――よし、十分だ」

「十分だ、じゃねーーーよ!どこ見てその判断に落ち着いた!?王に会うんだよ、これから!
 おめー暴君にカチコミかけたメロスだってもうちょい常識的なカッコしてたよ!?」

まぁメロス君はほとんど裸だったけれども!
こいつは逆ベクトルでやっべぇ。門前払いどころかその場で射殺モノだわ。
でも……かっこよくない?常識的な部分は置いといて、見た目はすごいグっとくる。

「駄目だ、俺たちのセンスじゃどうやってもカッコ良くなっちまう!
 なゆたちゃん、そろそろ機嫌直してくれよ!石油王もカモン!
 女子力アゲアゲでこいつをゆるふわモテカワ愛されコーデにデコってくれ!」

そんなこんな、ワイワイキャイキャイ言いながら、カザハ君とエンバースのメイクアップは進んでいく。
ふと、俺はパーティの輪から少し離れて、石油王に声をかけた。

「石油王。――『王』のこと、どう思う?」

王同士思うところがあるのかも知れん、っつうのは冗談だとしても、
石油王がアルフヘイムに対して好意的な印象を持ってないのは、ミハエル戦後のやり取りでなんとなく察してた。
少なくとも、無条件に信じて良い相手だとは思えない。
奴らは俺たちにまともな情報もあたえず、ただただクエストで振り回すばかりだ。

「焼死体の野郎も言ってたが、王の目的が俺たちブレイブ自体じゃなくスマホだった場合。
 このまま何の備えもなしに王宮に入って、王様に謁見賜るのは正直危険だ。
 俺たちは奴らにとって、美味しいネギ背負った不味いカモかもしんねーからな」

本当はバックアップとして誰かをここに残しておきたい。
だが、メロを通して俺たちの人数構成が割れてる以上、全員で謁見しなけりゃ余計な疑惑を生む。

「ことと次第によっちゃ、その場で戦闘になるかもしれん。
 それは専守防衛に限らねえ。つまり……俺たちの方から、王宮を制圧することになるかもしれねえってことだ。
 あくまで可能性の話だが、一応あんたにゃ覚悟を決めといてもらいたい。
 俺もなゆたちゃんも、ポーカーフェイスとは言い難いからよ」

俺たちがこれから向かう、アルメリア王宮。
もしかしたらそこは、魔王城より醜悪な、伏魔殿かもしれないのだ。


【エンバースのコーデに失敗。女子力が足りない!】

33五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/04/07(日) 20:25:45
キングヒルスへ向かう車中、なゆたがこれまでの状況をまとめ、現実世界に帰るための気勢を上げる
その気勢にみのりは微笑みをもって応えるのだが、周囲の反応は見ていて十分すぎるほどにぎこちないものだった

というのも、それはそうだろうと思える
カザハとカケルは元人間だったらしいが、モンスター化に狼狽える様子もなくこの世界に馴染み切っている
エンバースに至ってはデッドエンドかバッドエンドしかないような韜晦したところであるが、実際既に死んだ残り火なのだから仕方があるまい
明神に至っては帰還どころかこの世界に永住しようとしている事をみのりは知っている
しめじが一度死んだことを理由にリバティウムに残ったのもその為であろう
そしてかく云うみのりも現実世界に戻る気はなく、永住するつもり「だった」

いまPTは目的が統一されていない、ただ一緒にいるだけの存在だ
そう思いながらリバティウムで別れた真一の事を思い浮かべた

リバティウムでの戦いから一夜明け、カザハ&カケルとエンバースのPT入りの承認
そして真一の離脱
離脱の理由が金獅子と1対1で戦える強さを付ける為、というまことに男の子らしいお話で
みのりからすれば話にならず、両手両足を叩き折ってでも列車に積み込んで同行させるべきだと思っていた

何処までも誰もが、まだこの世界を、状況を、ゲームだという認識が抜けていないと呆れてしまう

【生存をかけた戦い】とイブリースに宣言されている以上、正々堂々も強いも弱いもない
生きるか死ぬかだけなのに、単独行動をとろうなんて理解できない
のだが、それもまたみのりとPTの間に存在する溝なのだろうと口をつぐむしかなかった

何よりも唯一止められるであろうなゆたが真一を笑顔で送り出してしまっているのだから


こうしてPT編成を新たに車中の人になったわけだが、やはり気になるのは新加入の参院である
特にエンバース
焼死体という以前に記憶がないというのが扱いに困るもので
無自覚な刺客である事すらありうるのだから


他の視線のない時を見計らいエンバースに声をかけるカザハ
それに対してズレた返答をしているエンバースの返答を聞き取ってからみのりは姿を現した

「それまで築かれてきた輪に入るのって、入る方も受け入れる方もどう扱ってええかわからへんからギクシャクしてしまうんよね〜
それはしゃあないし、お互いの扱い方わかるように少々無理しても話ししていくのがええんよ
お互いエスパーやあらへんのやから、言わなわからひんし
どんどん口に出して知ってもらって知っていって仲良くなろね〜」

エンバースとカザハの手を取って三人で輪を作って笑って見せた
これは本心ではあるが、カザハが人の目がない時を見計らってエンバースに接触したにもかかわらず首を突っ込めたのは、当然エンバースを監視していたからだ
本来ならば藁人形を持たせて盗聴していたいところなのだが、リバティウムでクリスタルを大量消費してしまったので節約中なのだ

その後、王の目的に話が及んだ時にエンバースから
>「……つまりは、舐められてるって事だろ」
という言葉が出たところで、思わず【気が合う】と思ってしまいながら苦笑したのは秘密だ

34五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/04/07(日) 20:29:58
そうこうしている間に列車はキングヒルに到着
荘厳なる門と白亜の宮殿
ゲーム画面では見慣れたグラフィックだが、それを実際の風景として見ると改めて圧倒されるというものだ

>「こらこら、おのぼりさん丸出しの行動はやめなさい。
>俺?俺は都会人よ。名古屋に住んでっから!名古屋に!」

この光景に大喜びなカザハやカケルに明神から思わぬ言葉が零れ出た
本名も明かしていない明神から現実世界の言葉が出るとはそれだけ気を許しているという事なのだろうか
その言葉に思いがけずみのりも反応して言葉がつく

「名古屋やったんね、意外と近いんやわねえ。うちは京都。言うても本宅は御所裏にあるけど、大概畑のある市外を転々としてるから京都という感じせえへんのやけどね」
そして、更に言葉が続き
「みんなはどこらに住んでいるんやろうね、戻ったらオフ会でもしたいわ〜」

これは本来出るはずのない言葉だった
なぜならば、みのりはリバティウムまでは現実世界に帰るつもりはなく、この世界に永住するつもりだったのだから
だが、今現在、状況は変わり現実的にそれが難しいと心のどこかで認めてしまっていた
それをこの言葉により自覚することになったのだった

そんな流れの中で、これから王の謁見というのに焼死体では拙い。
という事でエンバースのエンバーミング作戦が発動
しかし出来上がったのは焼死体から武装強盗にランクアップしたエンバースであり、とても礼装とは呼べないものだ
明神からダメ出しが入り、なゆたとみのりに援軍が要請されるのだが

「うちはあかへんよ〜野良着しか知らへんからねえ。私服も呉服屋さんが見繕ってくれるの着ているだけやしねえ」
そうである
みのりの現実世界の生活は殆どが農業で埋め尽くされている
収入は豊富であるが、使う時間がない
故に服も出入りの呉服屋がコーディネートしたものをそのまま来ているようなもので、本人のファッションセンスはとても人様にアドバイスを出来るようなものではないのだから

という事でそっと躱して一歩離れたところで見ていると、いつの間にか明神が隣に立っていた
傍から見れば買い物を楽しむPTメンバーを見守る大人チームなのだろうが、そういう状況を作り出したという事なのだろう
と、明神のしたたかさを再認識するのであった
なぜならば、隣に立った明神から出た台詞が

>「石油王。――『王』のこと、どう思う?」

だったからだ
ある種核心を突く一言に小気味良い気持ちになり冷ややかな笑みを浮かべる

「ほぉやねえ。王様は王様でこの世界の事を思うてやっているんやと思うえ?
ほやけどねえ、うちにとって、アルフヘイムに味方する理由は【ゲームの設定】以外何もあらへんのよね
アルフヘイムもニヴルヘイムも表裏ではあってもうちらの基準で善悪を決めてええもんやない
そういった意味では問答無用で召喚して何の説明もなしに振り回して、なし崩しに世界を救えな流れにしようとしているのなら、業腹やねえ」

ここに至りてみのりは正直な気持ちを明神に話した
そして王宮制圧の可能性を切り出そうとしたところで、明神に先手を打たれ、さらに苦笑をしてしまった

35五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/04/07(日) 20:36:00
スマホがん目的であるのは間違いないだろうが、だからとと言って、スマホ単体が目的だとは思えなかった
この世界の人間が魔法の板であるスマホが使える所も疑問であるし、今までの道中十二使徒を使い殆ど監視されていたようなもの
ならばスマホを奪う機会はいくらでもあっただろうし、王宮で捕縛するより手っ取り早く目的は達成できたであろうから

「ふふふ、王宮制圧とは剣呑な話しやねえ
明神さんがうちと同じこと考えていたとは思いもよらへんかったわ」

そういいながら二台目のスマホを差し出し、画面に映し出された6枚まで揃っているパズズを見せる
これだけで明神には伝わっただろう
みのりが今まで2台目のスマホを隠していたこと
そこに控えていたのは超レイド級のパズズであり、必要であればそれを謁見の間で発動させるつもりもあったことを

だが同時にクリスタル残量7に気づけばリバティウムで超レイド級であるミドガルズオルムを相手になぜ3ターン持たせられたかも理解したであろう
そしてもはやパズズを呼び出せなくなっている、という事も

「もう少し余裕を持たせてたかってんけど、そうも言うとれへんくなったし
ここらで腹割らせてもらいますわ
王宮制圧や王様を捕獲<キャプチャー>してしまえば手っ取り早いんやろうけどね
王都のど真ん中王宮謁見の場ではどないな仕掛けがあるかもわからへんし
それこそサモン自体封じられているかもしれへん
ほやからあまり血気に走らんと、退路の確保(良好関係の維持)を確実にしておくことを勧めしたいわ〜
ま、どうしても、となればしゃぁあらへんけどね?」

みのりの心は大きく変わっていた
仕事に追われる現実世界より、ブレモンの世界で自由を満喫して暮らしていたい
と思っていたのだが、それはあくまで圧倒的な武力と財力があってこその話
その両方を失った今、どうしても生きていくには後ろ盾が必要になる

アルフヘイムに不信感を持ち、ニヴルヘイムに敵対視されている以上、みのりにこの世界に居場所はないのだ

明神に話した通り、みのりにとってどちらの陣営に加担する理由がない
もし現実世界帰還を条件にするというのであれば、勝手に召喚しておいて随分な言い草となるわけなのだから
みのりはゲーマーであるが、この世界をゲームとしては捉えていない
だからこそ、身の安全を保障される力を失った今、戦闘に対する恐怖心が身を覆ってしまっているのだ

それ故にエンバースの言葉に共感していたし、盾になるというのであれば盾になってもらおうと疑いつつPTに受け入れた
逆にこの状況にあっても全くひるむ事のないなゆたに恐れと敬意……そう、畏怖の感情を持ちそのため少し距離を置いたような状態になってしまっていたのだった

36五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/04/07(日) 20:41:00
「はーいみんな聞いたってぇな、買い物が終わったところで、ちょうどキングヒルにいる事やしね
王様に会いに行く前に、うちのハウスにも寄って欲しいんやわぁ」

明神との会話の終わるとともに買い物チームも終わったようなので声をかける
なゆたのハウスがリバティウムにあったように、みのりの家はここキングヒル、それも王宮の裏手にあるのであった

「ああ、ここやえ〜なゆちゃんの家があったから多分とは思うてたけどぉ
ちゃんとあるもんやねえ、良かったわ〜」

その声と共に案内されたのは小広い庭園……いや、公園のような広場であった
芝生にテラコッタの床タイルが敷かれ、小川が流れている
中央には豪奢な東屋が立っており、その横に……黒い石板モノリスが鎮座していた


「知っての通りキングヒルズでの家は景観規制があって色々と面倒やろ?
うちはそういのに手ぇかけられへんから初期設定の庭園のまま、モノリス買うて倉庫にしているんやわぁ
て言うても、基本解放しているし、ゲーム内で来たことある人もおるカモやねえ」

モノリスには手形がついており、それはみのりの手と完全一致していた
手を当てられるとモノリスは微かに鳴動し東屋内の空間に亀裂を生み出した

亀裂の先に見えるのは庭園とは全く違う風景
みのりの「家」の内装であった
それはなゆたの家とは全く違い、生活感がない風景

足元は枯山水のように砂利が敷き詰められ、ポツンとある野点セット
後はただただ広い空間に棚が林立し、その棚には無数の額縁がかけられていた
・三角魔海の幽霊船団
・結晶具現体トライライオット
・聖域に突き立てられしカースソード
・シャドーストーカー影鮫
・ミミック種箱入り娘
・馬鈴種メイ・クイーン
・エアプラント入道草
・スライムキングダム
・etcetc……
かけられているのはカード
ガチャ産ではあるが、どれもレアリティで言えば並みの重課金者であっても1枚所有できているかどうかのレアカードだった
負界の腐肉喰らいをポンと渡してしまうのも納得なカードの羅列であった

何処からとも聞こえる穏やかな琴の音の音源を探れば野点セットの下にうずくまり奏でる琴と竜の合成獣モンスター龍哮琴がいたが、こちらも育てればレイド級になる恐るべきモンスターであった

「モノリスを使うと家専用サーバーが用意されてそこを使えるんやけど、ここではこうなるんやねえ
ジュークボックス代わりに放しておいた龍哮琴もいはるし、ほんに不思議やわー」

ブレモン時の箱庭はコミュニケーションツールである
そこでは様々な設定が可能で、入出許可からストレージ使用許可まで家主は設定できる
みのりはゲーム時では入室制限をせずにプレイヤーならば誰もがモノリスからこちらの空間に入れるようにしてあった
故にゲーム上ではある種博物館的な扱いを受けた観光スポットとなっている

勿論ストレージ使用許可は解放していないので、カードをとられることはなかったのだが

37五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/04/07(日) 20:42:14
「わざわざ来てもらったんは、ここで欲しいカードがあったら持っていって〜っていう話で
モンスターはどれも育ててへんから使い物にならへんけど、あっちの列はスペルカードになってるからねえ
スペルカードは使えるものがあれば使ってもらってええよ」

そういいながら、みのりは入室者をまとめて家の共有者登録
それにより、各人のスマホには鍵が一つストレージに登録されたであろう

モノリスを購入し、専用サーバーに「家」を持つことにより受けられるサービス
キングヒルにいる限り、何処にいようと「家」に戻れるというものだ
ゲーム場ではマップ移動するだけなのでさほど意味があるサービスではないのだが、事ここに至っては貴重な「退路」として機能するかもしれない、という判断だからである

その旨を皆に告げ、王宮での謁見に臨むのであった

38ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/04/07(日) 22:19:48
名前:ジョン・アデル
年齢:23
性別:男
身長:184
体重:90
スリーサイズ:筋肉質
種族:人間
職業:自衛官
性格:通常時;陽気 戦闘中;冷静
特技:小さな頃から学んだ様々な武術
容姿の特徴・風貌:金髪のショート・青い目・白人/デニムパンツに紺のパーカー
簡単なキャラ解説:
日本生まれ・日本育ち・両親がアメリカ人、100%外人なのだが英語等は一切喋れない。
「強靭な肉体には健全な心が宿る」という両親の教えを守り、体を鍛え続けてきた。
しかし彼にはどこか満たされない気持ちがあった。

ジョンは人の役に立てるように自衛官になり訓練の日々を過した。
大きな地震が発生した時、ジョンは誰よりも先頭に立ち、誰よりも動き、数多くの命を救った英雄と称された。
だが違和感が消える事はなかった。

とある日いつものように出勤したジョンは、いつも物静かな同僚が奇声を上げる所を目撃する。
どうしたのか?と尋ねると同僚は彼にスマホの画面を見せた、そこにはブレイブ&モンスターズ!と書かれていた。
それから彼は両親の教えを忘れるくらい不健全にブレイブ&モンスターズの世界にのめりこんでいった。

いつもの様にゲームを起動しようとした瞬間、光に包まれ、ジョンはアルメリア王宮に飛ばされていた。
ジョンはストーリーを読み飛ばしていた為、アルメリア王宮だという事に気が付かなかった。
とりあえずここはどこなのかを尋ねようと近くにいたメイドらしきコスプレをした人に話しかけた。
彼は不審者として牢獄に捕らえられた。


【パートナーモンスター】

ニックネーム:部長
モンスター名:ウェルシュ・コトカリス
特技・能力:耐久力が高い・自分を含めた周りの味方を自動微量持続回復
容姿の特徴・風貌:
標準サイズのコーギー
普段は胴体には金属製の鎧を着用し、命令すると全身鎧に変形する事ができる。
胸元にネームプレートが付いており「部長」と書かれている。

簡単なキャラ解説:
エイプリルフールのネタで登場したネタモンスター。
見た目はコーギー、泣き声はニャー、モンスター名はコトカリスといういかにもネタなキャラ。
コトカリスセット!とスペルカードと共に一日限定で売り出されたが、エイプリルフールにぶっとんだネタ設定のせいで当時のプレイヤーは冗談だと決め付け無視した者が大半だった。
そのため最高レアではないが希少度が高い。
見た目以上に最大HPがあり、小柄故にそこそこの俊敏性もあり、存在しているだけで周囲の味方の援護ができる。
のだが、体当たりと噛み付き以外の攻撃方法がスペルカードしか存在しない為、瞬間火力も高くない上に持続火力が皆無であり。
補助スペルカードの使用に関しても召喚している事が前提の等使い難い一面も。
泣き声が渋い。


【使用デッキ】

・スペルカード
「雄鶏乃怒雷(コトカリス・ライトニング)」×3 ……口から電撃を吐き出す、威力は低いが相手の最後に付与された強化効果を一つ削除する。
「雄鶏絶叫(コトカリス・ハウリング)」×2 ……気合の叫びで自分の素早さを下げる変わりに攻撃と防御を上昇させる、この効果は強化解除されるか任意で解除されるまで続く。
「雄鶏疾走(コトカリス・ランニング」×2 ……防御力が低下する代わりに自分を10秒間超加速状態にする。
「雄鶏乃啓示(コトカリス・ヴィクトリア)」×1 ……60秒間持続する太陽を口から射出し、その光を浴びた味方の攻撃・防御力を倍にし敵には沈黙効果を与える(レイド級には無効)。
「雄鶏守護壁(コトカリス・バリア)」×3 ……自分のHPを小回復しバリアを付与する、バリアはどんな攻撃でも耐えるが一度のみ。
「雄鶏源泉(コトカリス・フンスイ)」×2 ……30秒の間、中にいる味方のHPを徐々に回復し、防御が上昇するエリアを作成する。
「雄鶏乃栄光(コトカリス・グローリー)」×2 ……15分の間味方、もしくは自分一人の攻撃力と防御力を1・5倍にする。
「雄鶏示輝路(コトカリス・ゴールデンロード)」×1 ……味方の次に発動するスペルカードの効果を倍にする。この効果は戦闘中にしか付与できず、戦闘終了と共に回数が消費されていなくても効果が終了する。

・ユニットカード
「雷刀(光)(サンダーブレードユピテル)」×2 ……雷属性の刀を召喚する。
「漆黒衣(忍)(シャドウアーマー・ザ・ニンジャ)」×2 ……闇属性の軽鎧を召喚する。

39ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/04/07(日) 22:21:49
「強靭な肉体には健全な心が宿る」という親の教えに従ってきた。
疑った事などないし、いまでもそう思っている。
見せ掛けの筋肉にならないよう、思いつく武術を全て学んだ。

空手・ボグシング・剣道・・・その他色々、それぞれで優秀な成績を残した。
だけど満たされなかった、なにかが足りなかった、プロに誘われたがその道はやめた。

その後人の役に立つ為に自衛官になり、訓練に明け暮れた。
大きな地震が発生した時に現場に行き、持ち前の力で多くの命を助け、感謝され、英雄扱いされた。
その後も、やりたくも無い自衛官健全PRの為のアイドル活動もした、数多くの女性と意味も無くデートしたりもした、色んなスポーツに手を出したりもした。
だがなにをしてもジョンが満たされる事がなかった。

「キョエエエエエ!イマノデ負けるのかよ!!!」

「どうしたんだい?静かな君が大きい声を出して」

とある日の休憩中、同僚が絶叫していた。
話を聞けば新作のゲームの対人戦をしていたらしい。

「たかだが1ゲームに熱中しすぎだよ・・・ほらコーヒー」

「お前もやってみろって!ジョン!まじで面白いんだって!」

体を鍛えること以外の趣味を持たないジョンは、同僚との話の種になれば、と軽い気持ちでブレイブ&モンスターズ!をダウンロードした。
そして彼のゲーマー(ブレイブ&モンスターズ限定)人生が始まった。

今まで経験したことのないブレイブ&モンスターズ!の対人戦にハマり、4月1日に実装された後の相棒を特に疑う事なく3万円で買い、同僚と休憩中にヒートアップした。
満たさせることのない気持ちはいつしか影を潜めていった。

友人に素早く追いつく為ストーリーを読み飛ばし、素材だけを回収する効率的なプレイを徹底した。
課金額は大した額ではなかったしゲーム自体も始めてだったが、持ち前の対人戦闘における経験や知識でそれなりの成績だった。

休日のとある日の朝、ジョンはいつもの様に日課の筋トレこなし、ブレイブ&モンスターズ!を起動するとジョンは眩い光に包まれ気を失った。
気づくとそこはお城のような・・・西洋によくありがちなお屋敷のような・・・場所であった。
不幸なのはジョンがストーリーを読み飛ばしてしまっていた為、アルメリア王宮と気づかず、夢だと勘違いしてしまった事であった。

「そこのお嬢さん!お仕事中にすみません、ここが一体どこなのか教えて頂けるとありがたいんですが」

「え・・・えーと・・・?」

「失礼、まずは自分から名乗るのが先でしたね。私はジョン・アデルという者です、決して怪しいものではありません」

王宮に現れた見慣れない名前の人物、不審者じゃないといわれても説得力は皆無であった。
がしかし余りにも正々堂々とした態度で接するジョンに動揺しメイドらしき女性も戸惑いながらも挨拶してしまう。

「いいお名前ですね、かわいいお嬢さん。とっても素敵だ」

不信感を取り除くように相手を褒めちぎりながらハグをする、いやジョンは別に意識して褒めちぎっているわけではない、ハグも挨拶の一種だと思っている。
つまりこれが素なのだ、アイドルをしていた時代はこれでファンから喜ばれていたし、実生活でも大体男女問わずこの挨拶の仕方で生きてきた。
しかしこの行為はこの女性には逆効果というか逆に効果的過ぎたというか・・・だったようで。

「あの・・・あの・・・スミマセン!失礼しましたああああああ!」

顔赤らめながら女性が逃げていってしまった。

「えっ!?ちょっとまってお嬢さんできれば案内を!」

「なんだお前どこから入った!」

そして女性の声を聞きつけた兵士にみつかり案内(牢獄に)されるのであった。

40ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/04/07(日) 22:23:22
「最初はどっきりか夢かどっちかだと思っていたのだが・・・」

不審者と間違われ牢獄に捕まってから数日立つだろうか。
最初はほどなくしてドッキリの看板をもった人間達が現れると思っていたのだが、くる気配がまったくないし、目も覚めない。

定期的に巡回に来る兵士。
手入れの届いていない牢屋。
質素な食事。

「もしかして・・・僕は・・・誘拐されたのか?」

まさかがここがゲームの世界だとは思わず、現実的にできる回答を導き出す。

「うーむ困った・・・」

脱走自体はしようと思えばできるだろう、とジョンは踏んでいた。
兵士は定期的に巡回しているといっても2~3時間周期で、夜間には巡回すらしない。
そもそも手入れをだいぶ前から怠っているのか檻がボロボロだ。

しかし不審者と間違われ捕まるまでこの建物の中をそれなりに探索したが、かなり大きい屋敷のようだ。
それこそまるでお城のような・・・。
外にでれても現在位置がわからない以上、路頭に迷う可能性がある。

「それでもここよりはマシだろうけどね」

後はタイミングだ、なにか起こってくれればかなり脱走しやすくなるのだが・・・。
しかし上でなにが起ころうと地下の牢獄には情報が伝わってこないだろう。

「やっぱり見切り発車しかないのかなあ〜」

と考え事をしていると兵士と思われる装備を身にまとった女性が食事が運んできてくれた。
なにかを閃いたジョンは飲み水として用意された水で顔を洗い。

「そこのかわいいお嬢さん・・・もし時間が許すのであれば・・・僕とお話しませんか?」

昔無理やりやらされた自衛官PRのアイドルとして勝手に鍛えられた対女性技術で情報を聞き出す事にした。

41ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/04/07(日) 22:24:55
「楽しい話をありがとう、お嬢さん」

頬にキスをし軽いハグを交わし別れを告げると女性はまた来ますね、といいながらフラフラと立ち去っていった。

「こっちも余裕がないとはいえ罪悪感すごいな・・・」

もしまた会う事があったら今回の事をちゃんと謝ろう。

だが十分な情報は得られた。
この辺は王都キングヒルというアルメリア王国の首都である事。
今僕が監禁されているこの場所はアルメリア王宮という本物の王宮である事。
近々特別なお客様達が来ると言う事

「・・・そしてここが少なくとも地球ではない別の世界だと言うこと」

話を全部信じれば、の話だ、だが少なくとも彼女は嘘をついているようにはみえなかった。
しかし余りにも現実離れしている、余りにも馬鹿げている、嘘はついていないのはわかる、でも簡単に信じられる事じゃあない。

混乱して頭を抱えていた時、胸ポケットから振動がした。

「これは・・・スマホ?」

ポケットからでてきたのは自分が使っていたスマートフォンがでてきた。
画面を付けると画面の中央にブレイブ&モンスターズ!のアプリだけが存在していた。
通話もできない、メールもできない、でもブレイブ&モンスターズ!だけが。

「なんだこれ・・・壊れちゃったのか?」

とりあえず唯一のアプリを起動しようとする、そうするといつものログイン画面ではなく。
【部長】と書かれたモンスターを召喚するかどうかの確認画面だった。

「僕の相棒じゃないか!ああ・・・現実にいてくれたら心強いのに・・・」

不安からくる心細さからなんとなくサモン(召喚)のボタンを押すとするとスマホの画面が光り・・・。

「眩しい!・・・なんなんだよまったく!・・・・え?」

「ニャー」

目の前に現れたのはニャーと鳴く重そうな金属鎧を着たコーギー。
その胸には部長と書かれたネームプレート。
間違いない、これは・・・こいつは・・・僕の・・・。

「ぶちょおおおおお!」

目の前に仮想世界の相棒がいる、触れるしめっちゃモフモフする!。
だがパートナーモンスターの存在がこの世界が自分のいた世界ではなくブレイブ&モンスターズの世界だという事を裏づけしてしまった。
しかしそんな不安は、喜びやこれから待ち受ける冒険に比べればちっぽけな事であった。

「いや待てよ・・・?」

もしかして特別なお客様、というのはもしかしたら自分と同じ現代世界からの来訪者かもしれない、あくまで可能性だが。
ここが自分の知っている世界とは別だというならば、十分に可能性はある、特別な力なしでもこのスマホだけで十分な価値があるだろう。
仲間ができるかもしれないという期待にジョンは心躍らせる、まあできなくても相棒といっしょなら問題なく生きていける。
たぶん。

「よーし!そうと決まれば脱走の準備だ!・・・特別なお客様とやら来るまで寝てるだけだけどね」

「ニャー・・・」

ジョンの冒険が今始ま・・・らない

42崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/04/09(火) 23:08:58
王都キングヒル。
その名の通り、アルメリア王国の最奥に存在する小高い丘を中心とした都市である。
伝承(という名のフレーバーテキスト)によると、初代アルメリア王がこの丘に刺さっていた選定の剣を抜き、国を作ったのだという。
今はその丘にいくつもの尖塔を備えた荘厳な王宮が建造され、自らの版図を睥睨している。

「ふぉぉ〜……ゲームではしょっちゅう見てたけど、実際はこんなになってるんだ……」

おのぼりさん度ではなゆたもカザハたちと変わらない。右手で額に庇を作り、王都の目抜き通りを遠望する。
猥雑なガンダラやとにかくカラフルだったリバティウムとは違い、キングヒルには荘厳、重厚という言葉がよく似合う。
敷き詰められた石畳も、民家の壁も、ことごとく白い。まさに白亜の王都といった感じだ。
ブレモンはブラウザ非対応のソシャゲのため、グラフィックには限度がある。
だが、今なゆたの目の前に広がる光景はどんな据え置き機のCGムービーよりも美しく、かつ異界的な情緒に満ちていた。

>こらこら、おのぼりさん丸出しの行動はやめなさい。
 俺?俺は都会人よ。名古屋に住んでっから!名古屋に!
>みんなはどこらに住んでいるんやろうね、戻ったらオフ会でもしたいわ〜

明神がカザハ相手に都会人ぶり、みのりがいつもの様子ではんなりしている。
そんな一行の目の前を、銀色の甲冑に身を包んだ一団が通り過ぎてゆく。

「わたしと真ちゃんは神奈川! 湘南! うん、みんなでオフ会、絶対やりましょう! 
 そして、みんなでお茶しながら。あの時は大変だったね〜って笑い合えたら――。
 だから。わたしたちは絶対に元の世界に戻らなくちゃいけないんだ」

みのりの言葉を受け、なゆたは一度頷いた。そして改めて現実世界への帰還を決意する。
もちろん、仲間たちの胸中には気が付いていない。いまだに自分たちは一枚岩だと信じている。

>エンバースさん、王宮に行くんだからボロ布同然のローブはまずいよ! いかにも燃えちゃった感が凄いじゃん!
>……話が早いな。確かに、新エリアに突入するなら装備更新はしておきたい

カザハとエンバースがそんなことを言っている。同時期参入のよしみか、カザハはエンバースに配慮しているようだった。
確かにいかにもニヴルヘイム側でございと言いたげなエンバースの姿は色々と都合が悪い。
パーティーの共有財産は潤沢である。装備を買い与える自体はやぶさかでない。
そうこうしているうちに、王に謁見する前に王都の商店街でショッピングをすることになった。

「あ、『炎魔の剛剣(イフリート・ツヴァイハンダー)』。いいなぁ……これ、真ちゃんなら似合うだろうなぁ」

最初は皆から離れ、自分の必要なものを見繕っていたなゆただったが、気付けば真一に似合いそうな装備を物色している。
今ごろ、真一はどこで何をしているだろうか……と思ってしまう。
笑顔で送り出し、それぞれの為すべきことをしようと決意したつもりだったが、やはり簡単に忘れられるものではないのだ。

>駄目だ、俺たちのセンスじゃどうやってもカッコ良くなっちまう!
 なゆたちゃん、そろそろ機嫌直してくれよ!石油王もカモン!
 女子力アゲアゲでこいつをゆるふわモテカワ愛されコーデにデコってくれ!

傍らから明神の悲鳴が聞こえてくる。なゆたはそちらを振り返った。
見れば、襤褸布を纏った死体であったはずのエンバースが闇の狩人のような格好に変貌している。
死体らしさはほぼなくなったが、別ベクトルに振りきっている。なゆたは苦笑した。

「……別にいいんじゃないです? もし不審者扱いされるとしたって、牢獄に入れられるのはその人だけだし」

ついつい、そんなつっけんどんな態度を取ってしまう。

――あんなヤツ。真ちゃんの代わりになんてなるもんか。

初めて会ったときの居丈高な態度といい、頼まれもしないのにパーティーについてくる厚かましさといい、何もかも気に入らない。
けれど、真一が後を託した相手である。無碍にもできず、何より他の仲間が彼を受け入れてしまっている。
仲良くしなければいけない。それは理解している。このままの関係がよくないということも。
だというのに、感情が彼を拒絶している。仲間と認めたくない、と言っている。
それが子供じみた、ただのワガママだということも。自分でわかっているはずなのに――。
決して交じり合わない絵の具のようにぐるぐると渦を巻く気持ちを持て余しながら、なゆたは息をついた。

>うちはあかへんよ〜野良着しか知らへんからねえ。私服も呉服屋さんが見繕ってくれるの着ているだけやしねえ

明神の要望を受けたみのりが早々に戦力外宣言をする。
残るはなゆただけだ。なゆたはたまたま手に取っていたアクセサリの紅いリボンに目を落とし、つかつかとエンバースに近付いた。
そして、リボンを彼の首にチョーカー代わりに結んでみる。
黒一色の狩人装束の首元に、鮮やかすぎる真紅のリボン。それはとてもアンバランスに映えることだろう。
しかし、そんなエンバースを見てなゆたはククッ、と悪戯っぽく目を細めて笑うと、

「かわいい」

と言った。

43崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/04/09(火) 23:09:50
>はーいみんな聞いたってぇな、買い物が終わったところで、ちょうどキングヒルにいる事やしね
 王様に会いに行く前に、うちのハウスにも寄って欲しいんやわぁ

「おお〜! そういえばみのりさんのハウス、前に行ったことある! そっか、キングヒルでしたもんね〜あれ!」

なゆたはテンションを上げてまくし立てた。
ブレモンにおいて地主がどれだけのステイタスであるかは、今さら語るまでもない。
そして、地主には等級がある。無論栄えている、人気のある場所に土地屋敷を持っている者が上級とされる。
キングヒルは覇権国家の首都。しかも王宮の裏手となれば、その価値たるや天文学的でさえあろう。
なゆたが沖縄のリゾート地に家を持っているとしたら、みのりは都心の一等地に土地屋敷を持っているようなものだ。

「まさに石油王の面目躍如って感じだね……」

みのりの案内でハウスに到着し、モノリスを起動させて中に入る。
ハウスと言う割に生活感のない内部は、まさに博物館の様相を呈していた。
額縁に飾られたレアモンスターやスペルカードは、まさにみのりが費やしてきた金額の成果と言うべきであろう。
なゆたも歳の割には課金している方だが、しょせん学生。みのりのそれとは比べるべくもない。
まるで綺羅星のようなレアカードの展覧会に、はぁ〜……とため息をつく。

「スラキン(スライムキングダムの略)、鍛えたな〜。取り回しの悪さで持ち駒にはしなかったけど。
 こっちで召喚したら、スラキンの中に住めるってことだよね? う〜ん……わたしの長年の夢が……!」

自分も持っているスライム系のレアカードの存在に唸る。
それを手に入れるのに、なゆたは当時費やせる限りの財力とコネと時間を使ったが、みのりは当然のようにそれを持っている。
ソシャゲとはマネーイズパワー。その原則をまざまざと見せつけられる思いだった。

>わざわざ来てもらったんは、ここで欲しいカードがあったら持っていって〜っていう話で
 モンスターはどれも育ててへんから使い物にならへんけど、あっちの列はスペルカードになってるからねえ
 スペルカードは使えるものがあれば使ってもらってええよ

「……いいんですか?」

みのりの提案に、ぱちぱちと目を瞬かせる。
みのりが太っ腹なのは知っていたが、ここにあるカードたちはどれもリアルマネーでウン万円もする高レアばかりだ。
それを仲間とはいえポンと他人に預けるというのは、気前がいいとかそういうレベルですらない。
もちろん、それがみのりの打算による行動――パーティーの戦力を底上げすることによる自己保身――とは欠片も気付かない。
ただただ、みのりの厚情に感激するばかりである。
錚々たる高レアスペルカードの羅列に目を通し、なゆたは熟考した。
そして、一度かぶりを振る。

「ありがとう、みのりさん。気持ちはとっても嬉しいけれど、でもわたしはいいや。
 わたしはわたしの持ち札だけで戦う。それが、ブレモンのプレイヤーとしてのわたしの矜持。
 わたしは今までもわたしの選んだカードを信じて戦ってきた。勝ってきた――。
 今までもそうするだけだよ。依然変わりなく」

そう言って、にっこり笑う。

「けど、それじゃみのりさんのせっかくの親切を台無しにしちゃうから。
 だから、デッキには組み込まないけれど――みのりさんの厚意ってことで、一枚だけカードを借りるね。
 みんなで王都へ来た記念に。そして……冒険が全部終わったら、きっと返すから」

額縁のひとつに歩み寄ると、なゆたはカードを一枚だけ手に取る。
そしてみのりの前に掲げてみせ、また嬉しそうに白い歯を覗かせて笑った。


数多のレアカードの中から、なゆたが選んだのは――――

44崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/04/09(火) 23:10:13
「いやぁ〜、ずいぶん遅かったね〜! もう待ちくたびれちゃったよ〜!」

王都の宿屋で一泊し、準備を整えて王宮へ向かうと、旅の最初期に出会った懐かしい顔が王宮の入り口で一行を出迎えた。
スノウフェアリーのメロ。赭色(そほいろ)の荒野で別れて以来、姿を消していた案内役だ。
突然いなくなって案内役も何もないものだが、なゆたや明神、みのりらと別れてからはカザハの所に行ったりしていたらしい。

「あ、キミたちも無事に合流できたんだね。よかったよかった!
 じゃっ! 王さまもお待ちかねだし、さっそく謁見の間まで行こう!」

メロは透き通った虫の翅を羽ばたかせると、すいすいと先に立って王宮の中に入ってゆく。

「……行こう」

こく、と唾を飲み込むと、なゆたは仲間たちを促して王宮へと足を踏み入れた。
白亜の王宮は広大で、中に屹立する柱も何もかも白く輝くようだった。
王の住処というよりは神殿のようでさえある。そんな王宮の中を、物おじもせずに歩いてゆく。
やがて辿り着いたのは、身の丈の優に4倍はあろうかという巨大な両開きの扉。
それがゆっくりと軋みながら開いてゆくと、真紅の長絨毯が敷かれた謁見の間の奥に輝く玉座が見えた。

「王さまー! 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』をお連れしましたー!」

メロの場にそぐわない陽気な声が、まるでイコンのような天井画の描かれた広い空間に響き渡る。
長絨毯の両脇には焦げ茶色のローブを着た侍従官たちが居並んでおり、どん詰まりに豪奢な玉座がある。
そして、まるで光背のような意匠の背凭れの玉座に、大柄な体躯の人物が座っている。――が、人ではない。モンスターだ。
生成りのトーガ状の衣服のあちこちに宝石を身に着け、頭に王を示す王冠をかぶっている。
ただし、その顔貌は人ではなく獅子である。筋肉質の身体に獅子の頭部を持つモンスター『百獣の王(ロイヤルレオ)』。
『鬣(たてがみ)の王』――それがアルメリア王国の王の名であった。
フレーバーでは幾多の戦争を勝ち抜いてきた強壮な英雄という触れ込みだが、今の鬣の王にはその覇気は感じられない。
むしろひどく疲弊しているようにさえ見える。
そんな王の玉座の右隣には、魔術師らしき風貌の男性が佇んでニコニコ笑っている。いわゆる宮廷魔術師というやつだろうか。

「お疲れさま、メロ。あとでおいしい蜜をあげよう、下がっておいで」

「ホントですか!? やったー! じゃ、ごゆっくりー!」

年の頃は三十代前半くらいだろうか、魔術師風の男性が物柔らかな声をかけると、メロは諸手を挙げて喜んだ。
そして、自分の役目は終わったとばかりに謁見の間を出ていってしまう。
なゆたが王を見ると、目が合った気がした。

――こういう場合って、こうするんだっけ?

ファンタジー小説などを読んだときの知識で、絨毯の上で跪いてみる。
姫騎士装備一式を身に纏った状態でそんな姿勢になると、いかにもファンタジーといった絵面になった。

「ようこそ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たち。遠路はるばるご苦労さま、大変だったろう?
 食べ物は大丈夫だったかな? 水には馴染んだ? 何せ君たちの住んでいた世界とこちらでは勝手が違いすぎるからねえ!」

魔術師が一行に声をかける。光の加減でほの青くも見える、腰までの長いミルク色のゆるふわな癖っ毛が揺れる。
白いローブの胸元や袖口などにこれでもかとつけているタリスマンや宝石がきらきらと輝く。

「こちらがアルメリア王国の王、すなわちアルフヘイムの王。『鬣の王』にあらせられる。
 私は宮廷魔術師。王と私とで、君たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を召喚したんだ。この世界に」

どうやら、一行の目の前にいるこの二名が首謀者ということらしい。

「ある日突然異世界に喚び出されて、命の危険にさらされて。さぞかし私たちを恨んでいるだろう。
 理不尽なことだとね……けれど、それにはやむを得ない事情があったんだ。それを、これから説明しようと思う。
 どうか非礼を許してほしい。王に代わり、私が王国を代表して謝罪しよう。すまなかった」

そう告げると、宮廷魔術師は右手を胸元に添え、恭しく頭を下げた。

「――そして、だ。その上でもう一度お願いする。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちよ、この世界を救う手助けをしてほしい。
 目下この世界に迫っている危機に対し、私たちはあまりにも無力だ。
 けれども、君たちの力があればそれを変えられる。滅びの運命を覆し得る希望になる――。
 この世界にとって、君たちは最後の希望なんだ」

姿勢を戻すと、宮廷魔術師は再び朗々と言葉を紡ぐ。

45崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/04/09(火) 23:10:33
「では、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』――」

「待て」

宮廷魔術師が何か言おうとしたところ、王が口を開いた。掠れた、聞き取りづらい声だった。
宮廷魔術師が王を見る。

「……いかがされました、王?」

「ウィズリィは。ウィズリィはどうしたのだ……私の敬愛する森の魔女は……?」

王が一行へと問いを向ける。なゆたは口ごもった。

「ウ、ウィズは――」

そういえば、ウィズリィは王の命令で一行に合流したと言っていた。
宮廷魔術師の言葉を聞く限り、きっと王の期待を一身に背負っていたのだろう。
そんなウィズリィのことを、戦いの最中ではぐれました、生死も安否もわかりません、とはさすがに言いづらい。
どう説明すべきか、咄嗟にうまい言葉が思いつかない。なゆたは思わず顔を伏せてしまった。
しかし。

「王よ、ご心配召されますな。ウィズリィには只今、私の指示により別行動をさせております。
 世界各地に召喚された、他の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちのために――。
 必ずや朗報をもって帰還することでしょう、御心安んじられませ」

「……そうか。ウィズリィは無事なのだな。ならばよい……あの娘が無事ならば、私は……」

魔術師がすかさず進言する。返答に窮する一行に助け舟を出した形だ。
鬣の王は満足したように頷いた。それを見届けると、魔術師は一行へ向けて茶目っ気たっぷりにウインクした。
安心して気が緩んだのか、王が深い息を吐く。
すかさず魔術師が侍従官たちに命じる。

「王はお疲れであられる。御寝所までお連れして差し上げなさい」

侍従官たちが王に付き従う。それを右手で軽く遮ると、王は一行を見た。

「大儀である、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。異議も異論もあろうが、先ずは我が宮廷魔術師の言葉に耳を傾けよ。
 そなたらの要望はできる限り便宜を図る。決して悪いようにはせぬ……ゆえ、どうかアルフヘイムを救ってくれ。
 我らアルフヘイムに生きる者を、侵食の餌食にしてはならぬ……そなたたちだけが頼りなのだ……」

獅子頭の王はそう言うと、侍従官たちに付き添われて謁見の間を出ていった。
王が退室するのを見届けると、魔術師はうん、と頷き、ポンと一度手を打った。

「じゃっ! 王さまに後を託されたことだし、説明タイムと行こうか!
 場所を変えよう、こんな堅苦しい場所じゃ舌の滑りも悪くなるというものだしね。
 庭園へ行こうか? ちょうどお茶の時間だ――おいしいお茶を飲みながら、和気藹々といきたいね!」

「え? あ、ちょっ――」

なゆたは呆気にとられた。言うが早いか、魔術師はこっちこっち、と両開きの巨大な扉の外へ出ていってしまう。
世界の危機の割にはどうにもふわふわした印象の魔術師だが、今は話を聞く以外にない。

「う、うーん……。行こっか?」

躊躇いながらも、なゆたは手招きする魔術師の方へと歩いていった。

46崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/04/09(火) 23:11:11
庭園は王宮の中庭にあり、庭師たちによって数多くの花々が丹精されていた。
その一角、様々な種類の薔薇だけを集めた薔薇園に、魔術師は一行を導く。

「私は薔薇が好きでね。綺麗だろう? いい香りだし、何より見た目が派手だ。中には私が魔術で作り上げた品種もあるんだよ」

魔術師は嬉しそうに笑った。丸いガーデンテーブルを中心に、チェアを全員に勧める。
一行が腰を下ろすと、透き通った水晶の身体を持つ女性型の魔物『水晶の乙女(クリスタルメイデン)』のメイドがやってくる。
メイドは人数分のティーカップにお茶を注ぐと、ぺこりと一礼して去って行った。

――薔薇、か。

確かに、周りでは見事な薔薇が数多くその花弁を咲き綻ばせ、自らの美しさを競い合っている。
ポヨリンが薔薇園の中でひらひらと舞う蝶を追いかけ、ぽよんぽよんと跳ね回っている。
毒見とでも言うのか、魔術師は同じティーポットから注がれたお茶を真っ先に飲んだ。
そして、喉を湿らせると話す準備が整ったとばかりに口を開く。

「……さて。私たちは今まで、あまりにも君たちを放置しすぎた。それに対して不審に思っている部分は大きいだろう。
 我々は君たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の力を必要としている。
 良好なパートナーシップを築く上で、猜疑心はできるだけ取り除いておく必要がある。
 だから……ここからは解説編と行こう。諸君の聞きたいことに、私が答える。
 その上で、諸君の協力を仰ぎたい。何度も言うが、君たちは我々の最後の希望なんだ。
 君たちの力なくして、この世界は救えない。この世界はこのまま行けばあと5年、いや3年で跡形もなくなる。
 そして――それは、君たちの元いた世界にとっても他人事じゃないんだ」

「他人事じゃない? それってどういう――」

なゆたが目を瞬かせる。

「それについては後で話そう。……君たちを召喚以来放置していた理由だが、まずひとつはウィズリィを遣わしていたため。
 かの森の魔女が君たちを導き、可能な限りのバックアップをする手筈だったんだ。
 彼女はこちらの都合も、内情も全て知っていたからね。それを『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に伝えてくれと頼んだんだが。
 まさか失踪してしまうとは……我々も彼女とは連絡が取れていない。無事だといいのだけれど」

魔術師は沈痛そうな面持ちで呟いた。ウィズリィの失踪はキングヒルサイドでも既に周知のことであったらしい。
王ほどではないにせよ、正真、ウィズリィの安否を気遣っているのだろう。

「もうひとつの理由は、召喚した『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の数に対して、こちらの数が足りなすぎてね。
 もう知っていると思うけど、我々は目下のところもう一つの世界……ニヴルヘイムの勢力と戦っている。
 我々は世界に散らばった『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を回収すると同時――
 ニヴルヘイムの尖兵にも対処しなければならなかった。割ける人数と打てる手段には限りがあったんだ」

手ずからティーポットのお茶をカップに注ぎ、一口含む。
それから、メイドが持ってきたスコーンにマーマレードのようなものをこれでもかとつけて食べる。
君たちもおあがんなさい、なんてにこやかに言う様子は、まさにお茶の時間といった風情だ。

「ただ、それでも君たちは恵まれている……と言わせてもらうよ。メロとウィズリィを遣わせ、魔法機関車も出した。
 召喚した『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の中には、なんのケアもしてあげられなかった者も数多くいたから。
 彼らは……可哀想なことをした」

もう一度、魔術師はすまなそうな表情を浮かべた。
きっと、王国のサポートを何も受けられなかった不遇な『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちは、もう――。

「私たちも、生き残るためには手段を選んでいられなかったんだ。どんな方法であっても、手立てがあるなら試す。
 そうせざるを得なかった……とばっちりだと、業腹だと思うだろうが、どうか許してほしい。
 そして、私たちに手を貸してほしい。そのためには、我々も可能な限り君たちの望みを叶えたいと思う。
 ああ、だから、それを踏まえて――君たちの質問にすべて答えるよ。私の知りうる情報ならね」

魔術師は軽く両手を広げて告げた。本当に、胸襟を開いて話そうとしているらしい。
マルグリットにひけを取らない整った顔立ちと、物柔らかな態度。優しい言葉は、いかにも善人のような印象を与える。

しかし。

「そうそう、自己紹介がまだだったね? いや、すっかり忘れていたよ! ごめんごめん!
 私はご存じの通りの、アルメリア王国の宮廷魔術師。と言っても普段は何もしてない、ただの無駄飯喰らいだけどね!
 ま、それはいい。先だっては、私の弟弟子と妹弟子が世話になったね。私は――」

弟弟子と妹弟子。
それは、おそらく十二階梯の継承者のことを指しているのだろう。ガンダラで出会った『聖灰の』マルグリット。
リバティウムで共に戦った『虚構の』エカテリーナ。
そして、そのふたりのことを弟妹だと言える者は少ない。
魔術師の虹色の双眸が一行を見る。それは底知れない魔力を秘めた、いわゆる魔眼というものだった。
十二階梯の継承者の中で、いやこのブレイブ&モンスターズの世界で、魔眼の持ち主はひとりしかいない。
瞳に宿す莫大な魔力によって、すべてを創り出す。世界すらも改変させることのできる魔法使い――


「私の名はバロール。十三階梯筆頭継承者……『創世の』バロールだよ」


本来ならばアルフヘイムの王宮にいるはずのない存在。ゲームの中のキングヒルでは会うはずのない人物。
宮廷魔術師、バロールはそう一行に告げると、もう一度優雅な所作でお茶を飲んだ。


【王との謁見。『創世の』バロール登場。質問&回答タイム突入】

47カザハ ◆92JgSYOZkQ:2019/04/10(水) 23:38:52
>「こらこら、おのぼりさん丸出しの行動はやめなさい。
 俺?俺は都会人よ。名古屋に住んでっから!名古屋に!」

>「名古屋やったんね、意外と近いんやわねえ。うちは京都。言うても本宅は御所裏にあるけど、大概畑のある市外を転々としてるから京都という感じせえへんのやけどね」
>「みんなはどこらに住んでいるんやろうね、戻ったらオフ会でもしたいわ〜」

>「ボクの住んでたところなんか日本一の砂場があったんだよ! 京都と名古屋ってそんなに近いっけ……?」

突如始まる地元―ク。京都と名古屋が近いと言っちゃうあたり、やはり新幹線沿線の住人は一味違う――!

>「わたしと真ちゃんは神奈川! 湘南! うん、みんなでオフ会、絶対やりましょう! 
 そして、みんなでお茶しながら。あの時は大変だったね〜って笑い合えたら――。
 だから。わたしたちは絶対に元の世界に戻らなくちゃいけないんだ」

多分転生なので帰れないんですけど……と言い出せる空気でもなく、オフ会の話題は愛想笑いで流すカザハ。
ここはどうやら神奈川やら京都やら名古屋の都会っ子の集まりらしいが、私たちは何を隠そう鳥取である。
東日本の人間はかなりの確率で島根とどっちがどっちだったか認識しておらず、
秘境グンマーと並び立つ、ド田舎をネット上でネタにされる県ツートップ。
いい歳した大人が巨大な砂場で遊んだり、やれスタ○バックス上陸やらセ○ンイレブンオープンで大はしゃぎ。
いつまでも純粋な心を持ち続けることが出来るある意味幸せな県なのだ。
砂場といえば、大学時代に所属していた(二学年上のカザハに引っ張り込まれた)勇者部(ブレイブと読む)の新入生歓迎行事は、
“サンドワーム討伐!”と銘打って砂漠もとい砂丘に遠足に行くのが恒例になっていた。(もちろん実際に出現したことはない)
探検部とボランティアサークルとゲームサークルとコスプレサークルやらを足した上に思い付きでその他諸々をぶち込んだようなカオスなサークル。
カザハが“マジでいつかここでサンドワームが暴れてた気がする……”と割と本気っぽい顔で言い出した時はどうしようかと思った。
いつもカザハ達に振り回されてツッコミ役と驚き役やってたけど、今思えば、
ずっとココジャナイ感に支配された地球人生の中で、大学時代だけは楽しかったなぁ。

>「そんな事より、カザハ。確かゲーム本編は未プレイだって言ってたな。
 だったら、王宮に直接向かうのは……少し勿体無いと思わないか?」

>「おっ、お前もマップ埋めてから次に進むクチか?わかるぜそーゆーの。
 路地とか全部見とかないとアイテムの取りこぼしが気になって落ち着かねえんだ」

「言われてみれば確かにそうかも……。
オンラインゲームは管轄外だけどオフゲは結構やってるんだよね。
スーファミからプレステになったときの感動は凄かったなあ」

そんな事言ってもなゆたちゃん達は絶対分かんないし明神さんも結構若くも見えるから分かるか分からないかギリギリだよ!?
エンバースさんは完全年齢不詳だけど! とにかく歳がバレるからやめて!?
(ちなみに最初の事情聴取の時、地球での年齢性別職業等の不必要な情報は省略して、必要最小限のこちらの世界に来た経緯だけ説明してある)
――と思ったが、割とどうでもいいような気もしてきた。というのも実際何歳と言えばいいのだろうか、自分でも分からない。
転移だとしたら地球での年齢になるのだろうが、転生だとしたら発生直後の0歳、ということになるし、
もう一つの大穴の可能性として、昔話の竹から生まれたお姫様みたいに訳あって一時的に地球に飛ばされていて、
その上元々こっちにいた時の事を忘れているのだとしたら、実はとんでもなく長い時を生きているのかもしれない。
いずれにせよこちらに永住することになったら、精霊シルヴェストルと幻獣ユニサス――人間よりずっと長い時を生きることになる。
そうなってしまえば、地球で生きた時間が十○年だろうが○十年だろうが誤差の範疇になるのだろう。
それはそうと、カザハがエンバースさんに装備更新を切り出すと、何故かこちらの装備更新を提案された。

48カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/04/10(水) 23:40:31
>「そう、装備更新が必要なのはむしろ君達の方だ、カザハ、カケル。
 新たな仲間を裸で戦場に立たせるのが、当代ブレイブの流儀か?」

「裸!? もしかしてこれって便宜上画面上には服着てるように表示されてる的なやつ!?
大変、逮捕されちゃう!」

裸スーツが実際には着てても裸に見えるからNGならば、逆に裸でも裸に見えなければOKじゃないだろうか。
三人寄れば文殊の知恵というが、ボケ役が集まれば集まるほど指数乗数的に場のエントロピーは増大し収拾がつかなくなるのだ。
ツッコミ役を切実に求む! 地球では私がカザハのツッコミ役をしていたが、馬なので喋れない。
テレパシーみたいなのでカザハとは会話できるにはできるが、声に出してこそ漫才は成立すると思うのだ。

>「いやおめーだよ!おべべが必要なのはおめーなの!
 いーよいーよお前の死に装束もカザハ君のおべべもまとめて選ぼうぜ!
 エンバースをエンバーミングしてやろうぜ!!!!!!!」

――良かった! ツッコミ属性がここにいた!
こうして明神さんが上手い事まとめてくれ、装備更新のショッピングが始まる。

>「……まずは武器と防具だな。馬上で戦うなら防具は軽くて丈夫なクロスか、レザー系統。武器は槍ってとこか。
 確か……王都のショップなら『闇狩人のコート』が手に入るよな。防具はそれでいいだろう。
 武器は……『血浸しの朱槍(ヴァンパイア・クロウ)』か。多少重いが、重さは強さだ。
 四足獣型なら鞍袋が装備出来るんだから、サブウェポンやアイテムも揃えたいな。
 色々使ってみないと、何がしっくり来るかも分からないもんな」

「怖っ、コートは真っ黒だしその槍なんてなんか血がついてるんだけど!」

>「攻撃と守備の数値だけ見て装備決めんのはトーシロだぜカザハ君!
 このゲームの装備はシナジーが全てだ。風属性、妖精族にボーナスのかかる装備を探そうぜ。
 『精霊樹の木槍』、こいつは攻撃力こそ低いが妖精族が持つと魔法に威力20%補正がつく。
 20%だぜ!?やばくない?これがあるとないとでヴァジロゴブリンの確定数が変わるんだぜ!」

「いいね! それ買いだね! まず”精霊樹の木槍”ってネーミングセンスがいい!」

結局カザハは明神さんお勧めの『精霊樹の木槍』と、シルヴェストルの防具として無難なところで『風のローブ』を買ってもらった。
見た目のイメージ的には元と殆ど変わらない。
一方のエンバースさんはというと……ある意味絶大なイメチェンを果たし、早速明神さんに全力でツッコまれていた。

>「――よし、十分だ」

>「十分だ、じゃねーーーよ!どこ見てその判断に落ち着いた!?王に会うんだよ、これから!
 おめー暴君にカチコミかけたメロスだってもうちょい常識的なカッコしてたよ!?」
>「駄目だ、俺たちのセンスじゃどうやってもカッコ良くなっちまう!
 なゆたちゃん、そろそろ機嫌直してくれよ!石油王もカモン!
 女子力アゲアゲでこいつをゆるふわモテカワ愛されコーデにデコってくれ!」

49カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/04/10(水) 23:42:00
>「……別にいいんじゃないです? もし不審者扱いされるとしたって、牢獄に入れられるのはその人だけだし」

「いや、不審者連れてったら全員ひっくるめて不審者扱いされるかもしれないし……」

>「うちはあかへんよ〜野良着しか知らへんからねえ。私服も呉服屋さんが見繕ってくれるの着ているだけやしねえ」

早々にリタイアするみのりさん。最後の希望がなゆたちゃんに託された。
なゆたちゃんは何を思ったのか、深紅のリボンをエンバースさんの首に結ぶ。
そしてカザハは、おそらくリボンの効果について他のゲームと勘違いしている感想を述べるのであった。

「うわあ、良かったね! 状態異常無効だね! 触手もじゃもじゃの大先生に出会っても大丈夫だね!」

と、こんな感じで装備更新が無事に(?)終わったところで、みのりさんが皆に声をかける。

>「はーいみんな聞いたってぇな、買い物が終わったところで、ちょうどキングヒルにいる事やしね
王様に会いに行く前に、うちのハウスにも寄って欲しいんやわぁ」

リバティウムにはなゆたハウスがあったが、ここにはみのりハウスがあるらしい。
しかも王宮の裏手という超好立地。
まず公園のような広場に案内され、みのりさんがモノリスに手を当てると家の内部が姿を現す。

>「知っての通りキングヒルズでの家は景観規制があって色々と面倒やろ?
うちはそういのに手ぇかけられへんから初期設定の庭園のまま、モノリス買うて倉庫にしているんやわぁ
て言うても、基本解放しているし、ゲーム内で来たことある人もおるカモやねえ」

棚には無数の額縁がかけられ、琴と竜の合成獣モンスターが雅な音楽を奏でている。

「何これ、博物館……!? いいな〜」

>「モノリスを使うと家専用サーバーが用意されてそこを使えるんやけど、ここではこうなるんやねえ
ジュークボックス代わりに放しておいた龍哮琴もいはるし、ほんに不思議やわー」

そして、みのりさんが一行をここに呼んだのは、ただ自らのコレクションを見せるためではなかった。

>「わざわざ来てもらったんは、ここで欲しいカードがあったら持っていって〜っていう話で
モンスターはどれも育ててへんから使い物にならへんけど、あっちの列はスペルカードになってるからねえ
スペルカードは使えるものがあれば使ってもらってええよ」

>「……いいんですか?」

「本当にいいの!?」

50カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/04/10(水) 23:43:09
なゆたちゃんと同様、カザハも目を輝かせながら選び始める。
尤も、こちらはド素人なので選ぶ基準はゲーム内での希少価値というよりも専ら感覚である。
随分気前がいいことは確かだが、そこまで不自然なことではない。
純粋な厚意かもしれないが、パーティー全体の戦力の増強は、自らの身の安全にも繋がる。
そして、これで分かったことは少なくともみのりさんは皆を裏切るつもりはないということだ。
最初に会った時に感じた底知れなさは、やはり気のせいだったのだろうか――

「じゃあこれ借りるね!」

カザハが選んだのは『幻影(イリュージョン)』。
巨大なものから小さな物体まで、人にまとわせるのも大規模な情景を作り出すのも、静止画も動画も自由自在。
ありとあらゆる幻影が作り出せるスペルカードだそうだ。
差し当たっては、結局何故か闇の狩人のような格好に落ち着いてしまったエンバースさんが
門前払いされそうになった時に備えての選定だろうが、それ以外にも汎用性は高いだろう。
一方のなゆたちゃんは、しばらく熟考した後にかぶりを振る。

>「ありがとう、みのりさん。気持ちはとっても嬉しいけれど、でもわたしはいいや。
 わたしはわたしの持ち札だけで戦う。それが、ブレモンのプレイヤーとしてのわたしの矜持。
 わたしは今までもわたしの選んだカードを信じて戦ってきた。勝ってきた――。
 今までもそうするだけだよ。依然変わりなく」

真一君ほどではないにしても、こちらも相当熱血気質のようだ。
もちろんド素人のカザハはプレイヤーとしての矜持も何もないし、もらえるもんはもらっとけ派である。
しかし、なゆたちゃんはみのりさんの厚意を無駄にすることはなかった。

>「けど、それじゃみのりさんのせっかくの親切を台無しにしちゃうから。
 だから、デッキには組み込まないけれど――みのりさんの厚意ってことで、一枚だけカードを借りるね。
 みんなで王都へ来た記念に。そして……冒険が全部終わったら、きっと返すから」

彼女は選んだカードをみのりさんに見せてから嬉しげにしまったのであった。
一体何のカードを選んだのだろう。
こうしてスペルカードを選び終えた一行は、王都の宿屋で一泊した後、満を持して王宮へと向かう。
警戒しつつ王宮に足を踏み入れようとした一行を出迎えたのは――

>「いやぁ〜、ずいぶん遅かったね〜! もう待ちくたびれちゃったよ〜!」
>「あ、キミたちも無事に合流できたんだね。よかったよかった!
 じゃっ! 王さまもお待ちかねだし、さっそく謁見の間まで行こう!」

「あーっ、お前! ってか今までどこ行ってた!?」

チョイ役とばかり思っていたスノウフェアリーのメロ。実は王直属だったらしい。
闇の狩人っぽい人が混ざり込んでいることに対して特にツッコミは無いので、黙っておくことにした。

51カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/04/10(水) 23:43:53
>「……行こう」

>「王さまー! 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』をお連れしましたー!」

王様は、人ではなく『百獣の王(ロイヤルレオ)』というモンスターだ。
いかにもファンタジーって感じでいいねぇ。でも、百獣の王という割には憔悴しきっているようにも見える。

>「お疲れさま、メロ。あとでおいしい蜜をあげよう、下がっておいで」
>「ホントですか!? やったー! じゃ、ごゆっくりー!」

なゆたに倣い、絨毯の上に跪くと、魔術師風の男が声をかけてきた。
年のころは30台前半だろうか。
少なくとも明神さんよりは年上だと思うが、ゆるふわロングヘア―が良く似合う美形の優男なのでおっさん感は全くない。

>「ようこそ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たち。遠路はるばるご苦労さま、大変だったろう?
 食べ物は大丈夫だったかな? 水には馴染んだ? 何せ君たちの住んでいた世界とこちらでは勝手が違いすぎるからねえ!」
>「こちらがアルメリア王国の王、すなわちアルフヘイムの王。『鬣の王』にあらせられる。
 私は宮廷魔術師。王と私とで、君たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を召喚したんだ。この世界に」
>「ある日突然異世界に喚び出されて、命の危険にさらされて。さぞかし私たちを恨んでいるだろう。
 理不尽なことだとね……けれど、それにはやむを得ない事情があったんだ。それを、これから説明しようと思う。
 どうか非礼を許してほしい。王に代わり、私が王国を代表して謝罪しよう。すまなかった」

まあ普通はいきなり命の危険と隣り合わせの世界に召喚して何やねん!というのが常識的な反応だろう。
カザハや私としてこっちの世界に来たことを別に恨んでもいないし喜んですらいるのだが。
その後王はウィズリィがいなくなったことに焦りはじめ、魔術師が上手く胡麻化したりのやり取りの後、仰々しく退場していくのであった。

>「大儀である、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。異議も異論もあろうが、先ずは我が宮廷魔術師の言葉に耳を傾けよ。
 そなたらの要望はできる限り便宜を図る。決して悪いようにはせぬ……ゆえ、どうかアルフヘイムを救ってくれ。
 我らアルフヘイムに生きる者を、侵食の餌食にしてはならぬ……そなたたちだけが頼りなのだ……」

そして王様が退場した途端に、軽いノリになる魔術師。

>「じゃっ! 王さまに後を託されたことだし、説明タイムと行こうか!
 場所を変えよう、こんな堅苦しい場所じゃ舌の滑りも悪くなるというものだしね。
 庭園へ行こうか? ちょうどお茶の時間だ――おいしいお茶を飲みながら、和気藹々といきたいね!」

あれよあれよという間に庭園に案内された。

>「私は薔薇が好きでね。綺麗だろう? いい香りだし、何より見た目が派手だ。中には私が魔術で作り上げた品種もあるんだよ」

その中には、地球では未だ実現できていない鮮やかな青い薔薇もあった。
異世界から人を召喚できるほどの魔術師だ。きっと彼の魔術は不可能すらも可能にできるのだろう。
ポヨリンが楽し気に跳ね回り、私もスマホから出してもらって時々ポヨリンと戯れつつ一行の様子を見る。

52カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/04/10(水) 23:46:28
>「……さて。私たちは今まで、あまりにも君たちを放置しすぎた。それに対して不審に思っている部分は大きいだろう。
 (中略)
 我々は世界に散らばった『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を回収すると同時――
 ニヴルヘイムの尖兵にも対処しなければならなかった。割ける人数と打てる手段には限りがあったんだ」

ゆるふわ魔術師に釣られるように、お茶を飲んでもしゃもしゃお菓子を食べ始めるカザハ。
世界に散らばった『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を回収とさらっと言ったけど、普通は召喚者の目の前に召喚するもんじゃないんかーい!
召喚は出来るけど世界のどこに出るかの指定は出来ないとは難儀な話である。

>「ただ、それでも君たちは恵まれている……と言わせてもらうよ。メロとウィズリィを遣わせ、魔法機関車も出した。
 召喚した『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の中には、なんのケアもしてあげられなかった者も数多くいたから。
 彼らは……可哀想なことをした」

カザハは手に持っていたスコーンを取り落とし、ガタッと立ち上がる。

「そんな……召喚するだけして野垂れ死んだってこと!? あんまりだよ……!」

魔術師はそれに気圧されるでもなく、話を続ける。

>「私たちも、生き残るためには手段を選んでいられなかったんだ。どんな方法であっても、手立てがあるなら試す。
 そうせざるを得なかった……とばっちりだと、業腹だと思うだろうが、どうか許してほしい。
 そして、私たちに手を貸してほしい。そのためには、我々も可能な限り君たちの望みを叶えたいと思う。
 ああ、だから、それを踏まえて――君たちの質問にすべて答えるよ。私の知りうる情報ならね」

「それじゃあ……」

カザハが早速質問を始めようとしたときだった。

>「そうそう、自己紹介がまだだったね? いや、すっかり忘れていたよ! ごめんごめん!
 私はご存じの通りの、アルメリア王国の宮廷魔術師。と言っても普段は何もしてない、ただの無駄飯喰らいだけどね!
 ま、それはいい。先だっては、私の弟弟子と妹弟子が世話になったね。私は――」

魔術師は、不思議な虹色の瞳でカザハ達を見つめた。

>「私の名はバロール。十三階梯筆頭継承者……『創世の』バロールだよ」

その名を聞いた一行に緊張が走る。
“『創世の』バロール”って確か……ゲームのブレモンのストーリーモードのラスボスじゃん!
しばしの沈黙が場を支配した後――

53カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/04/10(水) 23:48:24
「よろしくね、バロールさん。知ってるかもしれないけどボクはカザハ、こっちはカケルだよ」

カザハは何事もなかったかもように質問を始めた。ド素人故の怖い物知らずのなせる業かもしれない。

「じゃあまず……世界を救ったら元の世界に返してもらえるの?」

なゆたちゃんはすっかりそのつもりでクエストクリア―に乗り気になっている。
その前提が崩れたら全てが破綻してしまうだろう。
彼女のような地球に居場所がある者はなんとしてでも帰らなければならないのだ。

「それから……元の世界に返してもらう以外の選択肢はある?
たとえばちょっといい条件で永住させてもらったり……ボクの場合多分転移じゃなくて転生なんだよね!」

しめじちゃんはリバティウムに残る選択をしたらしいが、それはなゆたちゃん理論でいくと、元の世界に帰るのを諦めたということになる。
でもしめじちゃん自身は元の世界に帰ることを望んでいないのではないだろうか――
入れ違いで殆ど接点は無かったが、どことなく薄幸そうな少女だった気がする。
地球で最も平和とされる日本ですら、虐待やDVで日常的に命の危険に晒されている者はいるのだ。
そのような者なら、こちらの世界に定住を望んでも何ら不思議はない。
しかしなゆたちゃんは、未だに皆が元の世界に帰りたがっているのが当然だと思っている。
そしてカザハは、”別に帰りたくない”ではなく”多分帰れない”という体裁を取り、その思い込みを壊すまいとした。
実際死んでる可能性が高いので全く嘘ではなくその通りなのだが、それに加えて、
なゆたちゃんのある種考え無しとも言える推進力が無くなったら、このパーティーは瓦解してしまう、そんな気がするのだ。

54embers ◆5WH73DXszU:2019/04/17(水) 06:36:58
【ブレイズアップ・ジェントリー(Ⅰ)】

『十分だ、じゃねーーーよ!どこ見てその判断に落ち着いた!?王に会うんだよ、これから!
 おめー暴君にカチコミかけたメロスだってもうちょい常識的なカッコしてたよ!?』

「ああそうだ。これから王に会う。だから装備を整える……何もおかしくないだろ?」

焼死体の言葉は――あまりに抜き身すぎた。

ふざけている訳ではない/極めて真剣――攻略重視の思考、それ故の結論。
つまり――王の腹中に害意/謀略があるなら、ここで揃えた装備は役に立つ。
一方で王が真に友好的/寛容なら、これらの武装は大きな問題にはならない。

無論、王宮内における報連相が不十分である場合に生じる衛兵との一悶着は、些少な問題に分類される。

『駄目だ、俺たちのセンスじゃどうやってもカッコ良くなっちまう!
 なゆたちゃん、そろそろ機嫌直してくれよ!石油王もカモン!
 女子力アゲアゲでこいつをゆるふわモテカワ愛されコーデにデコってくれ!』

対する明神の反応――女性陣への援護要請/賢明な判断。

『……別にいいんじゃないです? もし不審者扱いされるとしたって、牢獄に入れられるのはその人だけだし』

『いや、不審者連れてったら全員ひっくるめて不審者扱いされるかもしれないし……』

冷ややか/胡乱な視線――焼死体はまるで聞く耳持たない。
暫し思索の仕草を見せた後、再びアイテムの物色を開始。

「明神さん、やっぱりこれも必要だ。支払いを……」

更なる“初期投資”を引き出すべく振り返る焼死体。
まっすぐと己へ歩み寄るなゆたが目に留まった。

「……なんだよ。言っとくけど、装備の粗探しをするつもりなら、時間の無駄だぞ。
 『闇狩人のコート』も『血浸しの朱槍』も、アンデッド系が装備した時に限り――」

焼死体の先制攻撃/しかし、なゆたはまるで気にしていない。
歩調を緩める事なく間合いを詰め切ると――その指先が、焼死体の首元に触れる。

「お、おい?一体なんのつもり……」

自分の首がリボンで飾り付けられているのは分かる。
分からないのはその意図――何故、そんな事をされているのか。
首に巻き付けてまで装備する必要があるほど、有用な効果を持つリボン。
そんな装備は記憶にない――何か、自分が知らない間に追加実装された代物なのか。

そんな焼死体の戸惑いを置き去りに、なゆたは一歩下がって、紅く彩られた黒衣の男を見上げる。

『かわいい』

そして、そう言った。
予想外の返答/悪戯な笑み――焼死体は二の句が継げない。

55embers ◆5WH73DXszU:2019/04/17(水) 06:39:59
【ブレイズアップ・ジェントリー(Ⅱ)】

「……は、はは。かわいいだって?それだけか?拍子抜けさせないでくれよ。
 装備の見栄えにこだわるなんて……精々、アコライト外郭までだろ」

振り絞るような悪態/鈍らのような切れ味――火を見るより明らかな動揺。
誤魔化すように、リボンを解こうと、焼死体は結び目に指をかける。
だが、それすら最後まで成し遂げられない。

「……下手に外して、また口うるさく噛みつかれても堪らないな」

なゆたに背を向け――見え透いた言い訳/右手を下ろす。

『うわあ、良かったね! 状態異常無効だね! 触手もじゃもじゃの大先生に出会っても大丈夫だね!』

「……まさか。そんな装備、実装される訳がない……とは、ブレモンだと言い切れないけど。
 回復に必要な各種リソースを全て攻撃に回せるようになるのは、幾らなんでも強すぎるよ」

努めてゲーマー的な返答/冷静さを取り戻す為の試み。

『はーいみんな聞いたってぇな、買い物が終わったところで、ちょうどキングヒルにいる事やしね
 王様に会いに行く前に、うちのハウスにも寄って欲しいんやわぁ』

「ハウス?あんたも地主なのか?しかもキングヒルの……すごいな。
 差し支えなければ、プレイヤーネームを教えてくれないか。
 もしかしたら、俺の知り合いだったり……」

自然体の言動――しかし最後まで紡がれる事なく途絶える。

「……いや、なんでもない」

そのままふらりと、見方によっては逃げるように、焼死体はショップを出ていった。
当然――首元を飾ったままのリボンの支払いはされていない。

56embers ◆5WH73DXszU:2019/04/17(水) 06:43:48
【ブレイズアップ・ジェントリー(Ⅲ)】


『ああ、ここやえ〜なゆちゃんの家があったから多分とは思うてたけどぉ
 ちゃんとあるもんやねえ、良かったわ〜』

王宮裏手の貴族街ブレイズフロスト。
そこが、五穀みのりの所有するハウスの所在だった。
その土地は冒険者の中でも指折りの実力者にのみ与えられる。
家を持てば当然、所有者はそこに財を集める――故に、キングヒル王宮の守りは堅い。

「……よりにもよって、ブレイズフロストか。あんた、まさか石油王なのか?」

当然である――貴族とは原初、国防の要たる戦士の階級なのだ。
という設定の下、ここは他の土地よりも更に一際高い。
実装当初は、拝金主義だと大いに荒れた。

『知っての通りキングヒルズでの家は景観規制があって色々と面倒やろ?
 うちはそういのに手ぇかけられへんから初期設定の庭園のまま、モノリス買うて倉庫にしているんやわぁ
 て言うても、基本解放しているし、ゲーム内で来たことある人もおるカモやねえ』

焼死体は庭園を見回して、しかし無言――すぐに目を伏せる。
みのりの言う通り、場所自体には、何処となく見覚えがある。
だがそこにあった筈の人との関わりが、まるで思い出せない。
もっとも――焼死体は思い出したいとも、思っていなかった。

――今更何を思い出したって、虚しいだけだ。これでいい。

庭園中央のモノリス――その表面にある手形へと、みのりが手を重ねる。
生じる空間の裂け目――中には侘び寂びを超え、ただ虚ろな砂利の海。
だが足を踏み入れれば待っているのは、数え切れない程のカードの羅列。

『モノリスを使うと家専用サーバーが用意されてそこを使えるんやけど、ここではこうなるんやねえ
 ジュークボックス代わりに放しておいた龍哮琴もいはるし、ほんに不思議やわー』

焼死体が息を呑む――呼吸を忘れ/周囲を見回す。

「ああ……ここは、覚えてるぞ。そうだ、ここには……何度もお世話になった。
 新カードの効果が見たかったら、wikiよりここを訪ねた方が早かったもんな」

『わざわざ来てもらったんは、ここで欲しいカードがあったら持っていって〜っていう話で
 モンスターはどれも育ててへんから使い物にならへんけど、あっちの列はスペルカードになってるからねえ
 スペルカードは使えるものがあれば使ってもらってええよ』

「相変わらず、すごいな……この辺は、俺がこっちに来てから実装されたのか」

目移り/右往左往する足取り/定まらぬ手付き――まさしく彷徨う死体。
ふと、その黒焦げの右手が、額縁の一つに手を伸ばした。
左手も、また別の額を手に取り――並び替えていく。

「これと、これはセットで使えるな。こいつも、あのカードと組み合わせれば……。
 はは……こんなカードも実装されてるのか。こっちも、相変わらずの神ゲーだな」

【決死(ライフ・フレア)】/【哲学的不死者(ワンダリングデッド)】/【来春の種籾(リボーンシード)】
【眠れる殺戮兵器(ヒット・ミー・イフ・ユー・キャン)】/【見え透いた負け筋(ルーザー・ルール)】
【超安全増強剤(ブランニュー・ラベル)】/【星巡逆転(アンチ・クロックワイズ)】
【妖精宿の大樹(フェアリーズ・パーチ)】/【枝折りの報い(ブランチ⇔ボーン)】
【民族大移動(エクソダス)】/【魂香る禁忌の炉(レベルアッパー)】

際限なくカードを弄る焼死体の奇行は、捨て置けばいつまでも、続くように見えた。

『じゃあこれ借りるね!』

それを止めたのは、広大な宝物庫の中でもよく響く、カザハの声。
我に返った焼死体が背後を振り返って、気まずそうな表情を浮かべた。

「……っと、すまない。少し……夢中になってた。
 スマホも使えないくせに……何やってるんだか。
 邪魔、だったよな……場所を譲るよ、明神さん」

謝罪/自嘲/手にしたカードを棚に戻す――名残を惜しむように、ゆっくりと。
深く溜息を零す焼死体――壁に背を預け/俯き/それきり、動かなかった。

57embers ◆5WH73DXszU:2019/04/17(水) 06:48:32
【ブレイズアップ・ジェントリー(Ⅳ)】


『いやぁ〜、ずいぶん遅かったね〜! もう待ちくたびれちゃったよ〜!』

翌日、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』一行は王宮を訪ねた。
訪問の連絡は入れていない筈が、何故だか出迎え役がいた。

「……護衛は付けられないが、目は付けられる……ってか。
 それともNPCよろしく、ずっとここで突っ立ってたのか?」

『あ、キミたちも無事に合流できたんだね。よかったよかった!
 じゃっ! 王さまもお待ちかねだし、さっそく謁見の間まで行こう!』

皮肉げに呟く焼死体――妖精は構わず、エスコートを開始。
聞こえていなかったのか/聞こえた上で、この態度なのか。

『……行こう』

真っ先に一歩目を踏み出したのは――やはり、なゆただった。
焼死体は競うように前に出ると、姫騎士のすぐ後ろを歩く。
絢爛豪華な内装を見回しているのは、感嘆故ではない。
目的はゲーム由来の知識と現実のすり合わせ。

――見える範囲では、衛兵はゲーム本編と同じ『アーマード・ソルジャー』系統。
つまり――ただの雑魚だ。育成途中で低レベルのモンスターでも、まず負けない。
昨日買った指鎖にも、反応はない――こっちを舐めてるにしても、不用心過ぎる。
まさか本当に……ブレイブは言われるがままに力を貸すものだと、思ってるのか?

『王さまー! 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』をお連れしましたー!』

生じた違和感の解を得るには、謁見の間までの距離はあまりに短すぎた。
焼死体は思考を中断/空間の最奥に見える玉座――その主、『鬣の王』を睨む。
だが刃のような視線の矛先は、すぐに逸れた。臆した訳ではない――“異物”を見つけたのだ。

『お疲れさま、メロ。あとでおいしい蜜をあげよう、下がっておいで』

「なぁ、明神さん……あいつは、誰だ?」

小声の問い――宮廷魔術師然の優男/焼死体には見覚えのないキャラクター。
そして周囲の反応を見るに、恐らくは、なゆた達も同様だった。
とは言え――この状況では作戦会議は始められない。
せめて焼死体は姿勢を崩さず/視線を逸らさない。

『ようこそ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たち。遠路はるばるご苦労さま、大変だったろう?
 食べ物は大丈夫だったかな? 水には馴染んだ? 何せ君たちの住んでいた世界とこちらでは勝手が違いすぎるからねえ!』

「見ての通りだ。肌荒れが酷いし、目が光ってやまないんだ。水と飯と、どちらが不味かったんだろうな?」

『こちらがアルメリア王国の王、すなわちアルフヘイムの王。『鬣の王』にあらせられる。
 私は宮廷魔術師。王と私とで、君たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を召喚したんだ。この世界に』

「……潔いじゃないか。諸悪の根源が自己紹介をしてくれるのは、ありがたいよ」

『ある日突然異世界に喚び出されて、命の危険にさらされて。さぞかし私たちを恨んでいるだろう。
 理不尽なことだとね……けれど、それにはやむを得ない事情があったんだ。それを、これから説明しようと思う。
 どうか非礼を許してほしい。王に代わり、私が王国を代表して謝罪しよう。すまなかった』

謝罪など、必要なかった。
必要なのは、贖罪だ/或いは、断罪である。
焼死体には、この世界の物語に従う義理も人情もない。

『――そして、だ。その上でもう一度お願いする。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちよ、この世界を救う手助けをしてほしい。
 目下この世界に迫っている危機に対し、私たちはあまりにも無力だ。
 けれども、君たちの力があればそれを変えられる。滅びの運命を覆し得る希望になる――。
 この世界にとって、君たちは最後の希望なんだ』

だが――なゆた達は既にニブルヘイムから敵対視されている。
この上、独断で/衝動的に、敵を増やすのは愚策。
ひとまずこの場は、口を閉ざした。

58embers ◆5WH73DXszU:2019/04/17(水) 06:55:31
【ブレイズアップ・ジェントリー(Ⅴ)】

『では、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』――』
『待て』

己で招いた賓客を前に、黙したままでいた王が、口を開いた。
――自分の首の上にあるそれの代わりに、他人のを下げさせるのは無礼に当たると、やっと気づいたか。

『……いかがされました、王?』

『ウィズリィは。ウィズリィはどうしたのだ……私の敬愛する森の魔女は……?』

焼死体の予想は、裏切られる形で外れた――誰だって身内が可愛いのは当然だ。
だが残念な事に、彼の王はアルメリアによる日本人拉致事件の首謀者。
焼死体は当然、こう思う――それがお前達の優先順位か、と。

『ウ、ウィズは――』

焼死体が左足を半歩引き、僅かに背を曲げ、頭を下げる。
敬意や、遺憾の意を示す為の所作ではない――口元を隠す為だ。

「……正直に答えてやるのも、一つの手じゃないか?
 向こうがどういう態度を取るのか、知っておいて損はない」

小声の提案――返ってきたのは、無言の却下。

『王よ、ご心配召されますな。ウィズリィには只今、私の指示により別行動をさせております。
 世界各地に召喚された、他の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちのために――。
 必ずや朗報をもって帰還することでしょう、御心安んじられませ』

魔術師がすかさず進言/これ見よがしな目配せ。
まるで返答に窮する一行が助け舟を出された『ような』形だ。
実際には、案内役の職務放棄に関する報告を封殺、更に恩を着せる――巧妙な手口だ。

『……そうか。ウィズリィは無事なのだな。ならばよい……あの娘が無事ならば、私は……』

『王はお疲れであられる。御寝所までお連れして差し上げなさい』

王を玉座から起こすべく、侍従達が集う。
その様に目を細めつつ、焼死体は口を開く。

「……なぁ、ここは俺達の知るブレモンより過去の時点じゃなかったのか?
 『百獣の王(ロイヤルレオ)』は、あんなしょぼくれたヤツじゃなかっただろ」

疑問の提起/求めているのは回答ではない――不明点の共有は攻略の基本。

『大儀である、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。異議も異論もあろうが、先ずは我が宮廷魔術師の言葉に耳を傾けよ。
 そなたらの要望はできる限り便宜を図る。決して悪いようにはせぬ……ゆえ、どうかアルフヘイムを救ってくれ。
 我らアルフヘイムに生きる者を、侵食の餌食にしてはならぬ……そなたたちだけが頼りなのだ……』

「……それで、もう俺達に聞いておく事はないのか?今日の朝食は聞かなくて平気か?」

王が謁見の間を去り、焼死体は宮廷魔術師にお伺いを立てる。

『じゃっ! 王さまに後を託されたことだし、説明タイムと行こうか!
 場所を変えよう、こんな堅苦しい場所じゃ舌の滑りも悪くなるというものだしね。
 庭園へ行こうか? ちょうどお茶の時間だ――おいしいお茶を飲みながら、和気藹々といきたいね!』

『え? あ、ちょっ――』

胡散臭い笑みを絶やさぬその男は、皮肉を軽く受け流して、一行を手招きした。

『う、うーん……。行こっか?』

王宮の中庭、庭園――その花園の奥に、宮廷魔術師の聖域はあった。
薔薇の示す無数の彩りは、かえって焼死体の警戒心を焚きつける。
自然を超越した美しさは、ここが既に魔術師の影響下にある証でもある。

59embers ◆5WH73DXszU:2019/04/17(水) 06:59:33
【ブレイズアップ・ジェントリー(Ⅵ)】

『私は薔薇が好きでね。綺麗だろう? いい香りだし、何より見た目が派手だ。中には私が魔術で作り上げた品種もあるんだよ』

『水晶の乙女(クリスタルメイデン)』のメイド達が、茶会の準備をしている。
ティーポットは一つだけ/魔術師は率先してカップに口を付けた。
だが焼死体は、カップに指一本触れない/席にも着かない。

『……さて。私たちは今まで、あまりにも君たちを放置しすぎた。それに対して不審に思っている部分は大きいだろう――』

『他人事じゃない? それってどういう――』

『それについては後で話そう。……君たちを召喚以来放置していた理由だが、まずひとつはウィズリィを遣わしていたため――』」

『もうひとつの理由は、召喚した『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の数に対して、こちらの数が足りなすぎてね――』

魔術師は心底、同胞を案じ/友好関係を望んでいるように見える。
だが焼死体は知っている――全ての悪意ある嘘を暴く事は、現実的に不可能。
故に必要なのは、全てを信じない事/つまり何が嘘でも困らない距離感を見極める事。

『――君たちもおあがんなさい』

魔術師の提案/いち早くティーカップに手を伸ばしたのは――焼死体。
空を仰ぎ/中身を一息に飲み干す――水分が勢いよく蒸発する音。
エンバースの体は薪も同然/全身の亀裂から蒸気が漏れ出る。

「……美味いな。まともな茶なんて、久しぶりだ」

自身の状態を鑑みずに零す感想は、至って真面目な目的を帯びたものだ。
魔術師は自分がこのような姿に成り果てた経緯を知らない筈。
つまり――負い目を着せ返す事が出来るかもしれない。

『ただ、それでも君たちは恵まれている……と言わせてもらうよ。メロとウィズリィを遣わせ、魔法機関車も出した。
 召喚した『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の中には、なんのケアもしてあげられなかった者も数多くいたから。
 彼らは……可哀想なことをした』

『そんな……召喚するだけして野垂れ死んだってこと!? あんまりだよ……!』

「どうだろうな……一人くらい、アンデッドとして復讐に来るかもな」

薄情/無責任な言動――だが焼死体は諧謔を零すのみ。
少なくとも“自分達”を召喚した連中は――アルメリアではない。
己の不快感を晴らす為だけに、断罪者を気取るつもりはなかった。

『私たちも、生き残るためには手段を選んでいられなかったんだ。どんな方法であっても、手立てがあるなら試す。
 そうせざるを得なかった……とばっちりだと、業腹だと思うだろうが、どうか許してほしい。
 そして、私たちに手を貸してほしい。そのためには、我々も可能な限り君たちの望みを叶えたいと思う。
 ああ、だから、それを踏まえて――君たちの質問にすべて答えるよ。私の知りうる情報ならね』

「……それなら、丁度いい。一つどうしても腑に落ちない事が……」

『そうそう、自己紹介がまだだったね? いや、すっかり忘れていたよ! ごめんごめん!
 私はご存じの通りの、アルメリア王国の宮廷魔術師。と言っても普段は何もしてない、ただの無駄飯喰らいだけどね!
 ま、それはいい。先だっては、私の弟弟子と妹弟子が世話になったね。私は――』

「ああ、そうだったな……確かにそっちも気になるよ。
 だけどいい加減、話の主導権をこちらに譲って……」

『私の名はバロール。十三階梯筆頭継承者……『創世の』バロールだよ』

瞬間、焼死体は絶句――[宮廷魔術師/バロール]を見つめる。
虹色の虹彩/魔眼は、確かに魔王バロールの双眸と相違ない。

60embers ◆5WH73DXszU:2019/04/17(水) 07:04:35
【ブレイズアップ・ジェントリー(Ⅶ)】

――なん……だと……?こいつ、このタイミングで……どういうつもりだ。

未来の魔王を前にして、焼死体はどう接するべきか決めかねていた。
『創世のバロール』がここにいる。なら魔王はどうなっているのか。

パターンA:現時点では不在――この場合、バロールを殺す事で魔王の誕生自体を阻止出来る可能性がある。
デメリットは、魔王の存在と世界の危機がイコールでなかった場合、物語がややこしくなるだけである事だ。
大きな疑問点としては、このパターンが正解だとすると、イブリースが何者の指示で動いているのかが不透明だ。

パターンB:魔王バロールは別に存在する――ゲーム内におけるIDが別である事を鑑みれば、可能性はゼロではない。
この場合は、創世のバロールは現時点では信用出来る。恐らく、ローウェルが死ぬまでは。
逆説、最悪の場合、魔王バロールが二人に増える可能性が発生する――故にこの推論の論理的強度は、かなり低い。

パターンC:既に『創世』であり『魔王』である――これが最も、整合性/論理的強度の高い推論だ。
しかし――だとすると、今度は自身がバロールである事を明かした事の意図が読めない。

『よろしくね、バロールさん。知ってるかもしれないけどボクはカザハ、こっちはカケルだよ』
『じゃあまず……世界を救ったら元の世界に返してもらえるの?』

結局、思考の袋小路に解はなかった。
ここで行き止まり――デッド・エンドだ。

『それから……元の世界に返してもらう以外の選択肢はある?
 たとえばちょっといい条件で永住させてもらったり……ボクの場合多分転移じゃなくて転生なんだよね!』

「……ローウェルの事なんだが」

カザハへの回答が終わると、焼死体は前置きもなしに切り出した。
質問は一人一回という訳ではないが、早めに明らかにしておきたい事があった。

「今は、何処にいるんだ?さっきは手が足りないなんて言っていたが……
 どうも話を聞く限りじゃ、王国と大賢者の間に意思疎通が見出だせない」

これが、“本来”焼死体の明らかにしておきたかった疑問。

「だがローウェル曰く『次にすべき事はあんたに託してある』だそうだ。
 こりゃ一体どういう事だ。なんでこんなややこしい事になってるんだ?」

そしてこれが“バロールの性質を判別する為”の質問――鎌かけだ。
焼死体の嘘に便乗してきた場合に限り、バロールは確実に“黒”と判定出来る。
無論、この虚言には穴が多い。容易に見抜かれる可能性は、高いと言わざるを得ない。
例えばローウェルとバロールが同勢力及び敵対勢力であった場合には、無条件で看破される。

その場合も、焼死体は悪びれる事なく開き直るだろう。
「悪く思うな。最終的に友好関係を築く為に、必要なワンステップだ」と。

61明神 ◆9EasXbvg42:2019/04/24(水) 02:21:51
>「ほぉやねえ。王様は王様でこの世界の事を思うてやっているんやと思うえ?

エンバースのお色直しを眺めながら、石油王の見解を聞く。

「……だな。今更ニブルヘイムに鞍替えする気もねーけどよ。
 このままなぁなぁでアルフヘイムに使い潰されるのだきゃあ御免だ。
 連中に味方するなら、味方するだけの理由が欲しい。具体的には……報酬とかな」

アルフヘイム……より正確にはアルメリアの腹の裡は未だに読めない。
そのあたりの説明はちゃんと王宮でしてもらえるんだろうな?
俺たちは勇者じゃない。少なくとも現段階では、巻き込まれただけのパンピーに過ぎない。

逆に言えば、奴らを手助けするに足る理由があるならアルフヘイムの尖兵になっても文句はねえよ。
それは金銭的な報酬でも、社会的な身分でも、それこそ精神的な大義だって良い。
パシリにされんのも、世界を救うのも、慣れてるからな。

連中がきっちり筋を通して頼んで来るならそれで良し。
俺たちを単なる召喚獣としか見てなくて、然るべき義理を蔑ろにするなら、その時は――

>「ふふふ、王宮制圧とは剣呑な話しやねえ
 明神さんがうちと同じこと考えていたとは思いもよらへんかったわ」

石油王は答えつつ、俺にスマホを見せる。
これまで使ってたのとは別機種だ。石油王はスマホを二台、この世界に持ち込んでいた。
特にびっくりしなかったのは、まぁこいつならそのくらいやるだろうって妙な納得があったからだ。
俺だって仕事用と私用でスマホ2つ持ってるしな。会社のデスクに置いたままだから手元にはないけど。

「――って、ちょっと待て。え、なにそれ???」

石油王のスマホ――サブアカウントだろうその画面には、見慣れないモンスターが鎮座していた。
お前、お前これ、パズズじゃん!ウソだろおい、アレ揃えてる奴この世に存在したの!?
その悪意に満ちた報酬システムから崩壊した固定PTが続出した、ブレモン7黒歴史の一つ!
通称友情の破壊者、六柱の魔神じゃねえか!

見たところ腕と足が一本ずつ足りねえようだが、これでも十分レイド級を超越した戦力だ。
世界ランキングでもまともに揃えてるプレイヤーはいないとされる、正真正銘の雲の上。
マジかよこいつ。底知れねえとは思ってたが、まだこんな隠し玉があったってのか。

そらミドやん抑え込めるわけだ……でも、石油王の本題は単なるパズズ自慢じゃあないらしい。
スマホのクリスタルがもう幾許も残っちゃいない。
強力なモンスターはサモンのコストも桁違いだ。
こんなミソっかすのクリスタルじゃ、戦闘はおろか召喚すら不可能だろう。

>「もう少し余裕を持たせてたかってんけど、そうも言うとれへんくなったし
 ここらで腹割らせてもらいますわ(中略)
 ほやからあまり血気に走らんと、退路の確保(良好関係の維持)を確実にしておくことを勧めしたいわ〜
 ま、どうしても、となればしゃぁあらへんけどね?」

つまり……『アテにはするな』と、そう石油王は言いたいのだ。
俺はどこかで、石油王なら大抵のムチャ振りも飄々とこなしてくれると思っていた。
いや実際これまで何度も助けられたし、パズズが居なくてもこいつは十分に仕事をこなすだろう。
恐れ一つなく、飄々とした物腰で。

いつからか俺は、信頼なんていう綺麗事で誤魔化して、石油王の力を当て込んでいた。
無責任な丸投げでもなんとかしてくれると、甘えていた。
その裏で、こいつがどれだけ身銭を切っていたかも考えずに。

「ぐぅの音も出ねえ。優先すべきは意地じゃなくて俺たち全員の安全だな。
 王様の捕獲ってのはちっと面白いが……王宮のど真ん中でHP削るわけにもいかねぇ」

62明神 ◆9EasXbvg42:2019/04/24(水) 02:22:32
石油王がこの段階で限界を明らかにしてくれたのは僥倖だった。
ミドやんの時みたいな後ろ盾がもう見込めない以上、より慎重な立ち回りが必要になる。
適当に王宮突っ込んで適当に暴れまわる脳筋プレイはご法度になったわけだ。

そして同時に、これまで頑なに実力の底を見せなかった石油王が、
致命的なウィークポイントとも言えるサブ垢の存在を明かしたのがどことなく面映い。
これを信頼の証と受け取っちまうのは些か頭がお花畑かもしれないけれど。
こいつはもう、得体の知れない実力者なんかじゃなくて――気心の知れた俺の仲間だ。

>「……別にいいんじゃないです? もし不審者扱いされるとしたって、牢獄に入れられるのはその人だけだし」

エンバースのデコレーションは佳境に突入しようとしていた。
水を向けられたなゆたちゃんはぷいっと視線を反らしてしまう。
へいへいいつまでプンプン丸だよ女子高生!お前らデコんの得意だろ?

最近はケータイにラインストーン貼り付けたりしないらしいし、代わりに死体に色々くっつけようぜ。
ほらよく見たらエンバース君なかなか愛嬌ある顔立ちして……ねぇな!
なんぼよく喋るからって焼死体はやっぱ焼死体だよ!ふつーに正気度下がる案件だわ!

カザハ君のとりなしが奏功してか、なゆたちゃんはエンバースに歩み寄る。
その手には、赤いリボンが握られていて……それを焼死体の首に巻きつける。
真っ黒づくめのエンバース、その首元に紅一点。
これじゃ焼死体じゃなくて縊死体やな!とか不謹慎極まりない発想が脳味噌を擦過していく。

>「かわいい」

リボンでプレゼント仕様に飾られたエンバースを眺めたなゆたちゃんは、一言そう零した。
小悪魔のような微笑みは、俺でもちょっとドキっとしちゃうくらい、蠱惑的だ。
どこで覚えたのそんな仕草。女の子って知らない間に成長するよなぁ……。

>「……は、はは。かわいいだって?それだけか?拍子抜けさせないでくれよ。
 装備の見栄えにこだわるなんて……精々、アコライト外郭までだろ」

蠱惑の直撃を食らったエンバースは流石にHP(はぁとポイント)を削られたらしい。
微妙にどもりながら精一杯の皮肉を返す。
そのままリボンを外そうと首に手をかけて――

>「……下手に外して、また口うるさく噛みつかれても堪らないな」

――やめた。またなんか言い訳しつつやめた。

「ぐおおおお……」

何なのだこれは!俺は一体何を見せられているんだ!!
凄まじい青春の波動が押し寄せてくる!なにエモいことやってんだこの焼死体!
いとおかし。マジあはれ。俺は多分今日ここで死ぬ。

>『うわあ、良かったね! 状態異常無効だね! 触手もじゃもじゃの大先生に出会っても大丈夫だね!』

そんな中で空気を読まないコメントぶちまけるカザハ君は俺の心の清涼剤です。
おめーはほんとブレねぇな!実家みたいな安心感あるわ。

「先生の吐息は全体攻撃だからなぁ。バーサクした俺がこいつを殴り殺してしまうかもしれない」

ギリギリのところで一命をとりとめた俺はエンバースに肩パンくれてやった。
バーサク中だから仕方ないね。エスナはやくしてやくめでしょ。

63明神 ◆9EasXbvg42:2019/04/24(水) 02:23:25
>「はーいみんな聞いたってぇな、買い物が終わったところで、ちょうどキングヒルにいる事やしね
 王様に会いに行く前に、うちのハウスにも寄って欲しいんやわぁ」

一連の茶番にキリがついたところで、石油王がさらなる寄り道を提案した。
この辺に石油王御殿があるとかなんとか。え?マジで?
王宮裏に広がる小さな公園といった広場。そこに鎮座するモノリスが、石油王をオーナーとして認識した。

「おいおい。おいおいおいおい!ここ王宮裏だぜ?多分アルメリアで一番地価高いよ?
 なんぼ石油王でもこんな超絶一等地に家なんか――あるやんけ!」

俺は夢でも見てるのか?
ここって運営がユーザーにマウントとるためだけに存在する見せ物件じゃなかったのかよ。
ウン百億ルピ積んだって手の届きようがない、ガチの天上人の住まいだ。

>「まさに石油王の面目躍如って感じだね……」

リバティウムに家持ってるなゆたちゃんすら舌を巻く、圧倒的財力の権化。
石油王こいつリアルでも御所裏に住んでるとか言ってたよな。
いけずと権謀術数渦巻く京都シティー、そのカースト最上位が御所裏在住だ。
田舎のちょっと金の余ってる豪農とか、そういうレベルを遥かに超越してやがる。
ビル・ゲイツとだっていい勝負できるんじゃねえの……?

>「知っての通りキングヒルズでの家は景観規制があって色々と面倒やろ?
 うちはそういのに手ぇかけられへんから初期設定の庭園のまま、モノリス買うて倉庫にしているんやわぁ
 て言うても、基本解放しているし、ゲーム内で来たことある人もおるカモやねえ」

「来たことあるぅ……ふつーに運営が所有する博物館かなんかだと思ってたわ。
 これお前の家かよ。運営さん足向けて寝られねーだろこれ。筆頭株主より金注いでんじゃねえの」

>「ああ……ここは、覚えてるぞ。そうだ、ここには……何度もお世話になった。
 新カードの効果が見たかったら、wikiよりここを訪ねた方が早かったもんな」

「あ?マジ?じゃあ生前のお前とニアミスしてるかもな。スマホ越しだけどよ」

俺がまだ若かりしガチ勢だった頃、レアカードの効果とか確認しに通いつめてた記憶がある。
何が恐ろしいって、焼死体の言う通り有志の攻略Wiki見るよりここにカードが追加される方が大抵早えんだよ。
誰よりも多く、誰よりも早くガチャを回して、実装直後のレアカードを確保する。
これを一プレイヤーがやってるなんて誰が気づくってんだ。

「……まさかまた来ることになるとはなぁ。万象法典(アーカイブ・オール)」

当時のガチ勢達の間でそう呼ばれていたこの空間は、まさにレアカードのアーカイブだ。
『剛柔能制(マイルドボイルド)』、『脳髄直結(ブレイントレイン)』、『存在転換(ギフトドメイン)』、
『顕在する痛み(ペイントペイン)』に、『覚醒メノ領域(ヨコシマキメ)』。
古今東西、あらゆるイベントやレイドで実装されたカードがここに集ってる。

メインシナリオの舞台がキングヒルだったこともあって、多くのプレイヤーがここで様々な出会いを経験した。
まるでアレよ、ショーケースの中のトランペット物欲しそうに眺めてるガキみてーな。

>「モノリスを使うと家専用サーバーが用意されてそこを使えるんやけど、ここではこうなるんやねえ
  ジュークボックス代わりに放しておいた龍哮琴もいはるし、ほんに不思議やわー」

「なゆたハウスにも大概驚かされたけど、石油御殿はまた別ベクトルでやべーって感想しか出てこねーや。
 つーかここ、寝泊まりできんの?枯山水の上で雑魚寝とか風流が過ぎるぜ」

あとトイレな。猫ちゃんじゃあるめえし、枯山水掘って用を足すわけにもいくまい。
おおよそ生活感というか生活拠点としての設備が見当たらないのは、
石油王がここを家じゃなくて単なる倉庫兼ガレージとしてしか使ってなかったからだろう。

時間のあるやりこみ勢は、大抵箱庭機能を使うときは内装にもこだわるからな。
どこぞのスライム女みてーに。
ほんで、石油王が俺たちをここに呼んだのは、単なるお宅拝見隣の晩ごはんってわけでもねーらしい。

64明神 ◆9EasXbvg42:2019/04/24(水) 02:23:59
>「わざわざ来てもらったんは、ここで欲しいカードがあったら持っていって〜っていう話で
 モンスターはどれも育ててへんから使い物にならへんけど、あっちの列はスペルカードになってるからねえ
 スペルカードは使えるものがあれば使ってもらってええよ」

「……ほんまに?」

あかん、あまりの驚愕に口調が感染ってしもうた。
気前が良いとかそんなレベルじゃねーぞ。ここにあるカードはどれも一枚で俺の月収以上の価値がある。
一部の極レアに至っちゃ、一年飲まず食わずで貯金したって手が届かねぇだろう。
『視外戦術(ゴーストタクティクス)』とか、期間限定排出で二度と手に入らないモンもあるしな。

「戦力の拡充は確かに必要だけどよ。こいつはヒャクパー老婆心で言っとくぞ。
 "良い"のかよ?ここで配ったカードの矛先が、お前に向く可能性だってあるんだぜ。
 他ならぬ俺自身、この先ずっとお前らの味方で居続けるとは限らねえんだ」

俺は他の連中に聞こえないよう声を落として石油王に問いかける。
現状、俺たちはパーティ内での方針が微妙に揃ってない。
新顔も増えたし、今までみてーな仲良しこよしがいつまでも続くわけじゃないだろう。
どこかで俺が敵対した時、結果的に石油王は敵に塩を送ったことになる。

>「……いいんですか?」

なゆたちゃんも遠慮がちだ。レアカードの価値はこいつが一番良く知るところだろう。
だからこそ、10万ドルぽんとくれるような石油王の大盤振る舞いにためらいが出る。
返しきれない借りが出来ちまうしな。
まぁこいつはもともと綿密にデザインしたコンボデッキ使いだから、新カードの入る余地もないかも知れんが。

>「じゃあこれ借りるね!」

デッキに組み込まないカードを一枚受け取ったなゆたちゃんと対照的なのがカザハ君だ。
こいつはズブのトーシロっぽいし、そもそもカードの価値にそこまで明るくないんだろう。
腹芸とは無縁の世界に居るのは危なっかしくもあり、どこか羨ましくもある。
俺だってあれこれ気ぃ回したくねーもん。カザハ君はそのままの君でいてくだしあ。

>「これと、これはセットで使えるな。こいつも、あのカードと組み合わせれば……。
 はは……こんなカードも実装されてるのか。こっちも、相変わらずの神ゲーだな」

そんでエンバースは、カードの飾られた列をふらふら行ったり来たりしながら何かうわ言呟いてる。
こっちに飛ばされてからどれくらいの空白期間があるのか知らないが、
ソシャゲの世界は日進月歩だ。一月休止してただけでも浦島太郎状態だろう。

>「……っと、すまない。少し……夢中になってた。スマホも使えないくせに……何やってるんだか。
 邪魔、だったよな……場所を譲るよ、明神さん」

俺の視線に気付いたのか、エンバースはばつが悪そうに道を空けた。
……随分しおらしくなってるじゃねえの。パリパリに乾いた焼死体の癖によぉ。
こいつにはこいつなりの望郷の念やらブレモンへの未練やらあるんだろうが、んなこた知ったことじゃない。
俺はエンバースの隣にズイっと移動して、半分炭化した肩を強引に組んだ。

「水くせえこと言うなよ。お前は炎属性だろーが。
 こうしてカードの組み合わせやらレシピやら顔突っつき合わせて議論すんのもブレモンの醍醐味だぜ。
 攻略Wikiのコピーデッキなんかクソくらえだ。そうだろ?」

Wikiで公開されてるデッキレシピなんざ対策研究され尽くしてるだろーしな。
やっぱデッキは自分で考えて組んでこそ。実戦を経て微修正を繰り返す時間がたまらなく愛おしい。
俺たちゲーマーは、そういう習性の生き物だ。

「ちっと付き合えよ焼死体。俺は、お前の意見が聞きたい」

そうして喧々諤々の議論の結果、俺が石油王から借り受けるカードは決まった。
『焼き上げた城塞(テンパード・ランパード)』、『寄る辺なき城壁(ファイナルバスティオン)』。
この二枚は、それぞれ物理と魔法に対し無類の防御力を誇る盾を出現させるユニットカードだ。
ミハエルのイージスみたいな問答無用の迎撃能力はないし、出現させた場所から動かせないが、
硬さだけはイージスに比肩する上位レアの防御カードである。

そして……『虚構粉砕(フェイクブレイク)』。
ご存知虚構のエカテリーナの御業を借り受ける、という設定のこのスペルは、
極めてシンプルな『指定のバフ解除』という能力を持つ。バフォメットの無敵剥がしたアレな。
如何に強力な最上位バフでも、一切の阻害を無視して粉砕される。

単なるディスペルなんざ他のゲームならちょいレアくらいの価値だろうが、ことブレモンにあっては話が異なる。
クソ重いリキャストっていう代償を払って張ったバフが解除されるってのは、ガチ勢ほど脅威が理解出来るだろう。
ミハエルとやりあったときにこいつがあればどんなに楽だったか。いや、あいつはこれも織り込み済みで対策してくるか。

「俺はこの三枚を借りるぜ石油王。世界救ったら利子付けて返すからよ」

まぁ世界救うかどうかはこれから決めるんですけどね、初見さん。

 ◆ ◆ ◆

65明神 ◆9EasXbvg42:2019/04/24(水) 02:25:00
その後、やっぱり寝泊まりできそうになかった石油御殿を出た俺たちは王都で適当に宿をとった。
翌日朝イチで王宮に向かうと、そこに居たのは……誰だっけコイツ。

>「いやぁ〜、ずいぶん遅かったね〜! もう待ちくたびれちゃったよ〜!」

あーはいはい居た居たいましたねこのあからさまな案内役っぽい羽虫。
なんか知らん間に消えたしハエの群れにでも食われたと思ってたわ(皮肉)。
クソ無責任極まるメロの態度に他の連中もぷんぷん丸だが、この際それは置いとこう。
アルメリアがろくすっぽ仕事しねえのは今に始まったことじゃねえしな。

妖精のケツを追いかけながら、王宮を進んでいく。
念の為脇を固める警備の連中を確認して見たが、どいつもこいつもコモン兵士ばっかだ。
確かキングヒルにゃ精鋭の近衛騎士団が常駐してたはずだが、そいつらの姿はない。
主力が出払ってるなら色々都合が良い。コモン兵士なら束で来ようが蹴散らせる。

とはいえ油断は出来ねぇ。石油王から貰った御殿の鍵はいつでも起動できるようにしとかねえとな。
流石に王宮の連中も、厳重に閉ざされたモノリスの下までは辿り着けまい。

>「王さまー! 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』をお連れしましたー!」

クソでかい扉を開けた先には、謁見の間が広がっていた。
一糸乱れず整列してる侍従共に、近くでヘラヘラ笑ってる宮廷魔術師らしき男。
その囲いの中央、玉座に腰掛ける巨躯の男こそが――アルメリアの『王』。
筋骨隆々の首から上は、人間のそれじゃない。ライオンの頭部を持った、獣人の王だ。

――あれ?なんか王様えらくしょぼくれてね?
アルメリア王の姿はブレモン本編で何度となく見てるけど、グラフィックはもっと威風堂々としてたはずだ。
まさに百獣の王を冠するにふさわしい、充溢した覇気と武力をみなぎらせた"獣"。
だが目の前のこの男は、なんというか……老いて痩せ細った猫ちゃんを思わせる憔悴ぶりだ。

>『お疲れさま、メロ。あとでおいしい蜜をあげよう、下がっておいで』
>「ホントですか!? やったー! じゃ、ごゆっくりー!」

魔術師がメロを労い、クソコモン妖精はそのままログアウトしていった。
受付嬢だって茶の一杯くらい淹れてくれるってのによぉ。
まぁ今の会社はどこも人件費削減で受付嬢とか置いてないみたいね。
というか受付嬢って呼び方自体ポリコレ棒で殴られそう。看護婦と看護師みたいに。

>「なぁ、明神さん……あいつは、誰だ?」

「え……わかんね。誰あのイケメン」

隣でエンバースが問うのは、メロをよしよししていた魔術師の男について。
見たことねぇキャラだ。王様もメロも、なんなら侍従連中だって本編で見たツラだってのに。
あの優男だけはどんだけ記憶をかっぽじっても該当する情報が出てこない。
王の隣を許されてるってことは、かなり高い身分の人間ではあるんだろうけど。
アルメリアの幹部にあんなんいたっけか……。

>「ようこそ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たち。遠路はるばるご苦労さま、大変だったろう?
 食べ物は大丈夫だったかな? 水には馴染んだ? 何せ君たちの住んでいた世界とこちらでは勝手が違いすぎるからねえ!」

王の御前でヒソヒソやってたら、件の優男が場を仕切り始めた。

「おかげさまで二回くらい腹壊したよ。コカトリスの焼き鳥なんざ二度と喰いたくねえもんだな」

>「こちらがアルメリア王国の王、すなわちアルフヘイムの王。『鬣の王』にあらせられる。
 私は宮廷魔術師。王と私とで、君たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を召喚したんだ。この世界に」

ははぁ。なるほどなるほど。……こいつらが、俺たちをこの世界に呼びつけくさった張本人様か。
すまなかったじゃねーよ。ゴメンで済んだら俺は三回もアカウント凍結食らってねえぞ。

66明神 ◆9EasXbvg42:2019/04/24(水) 02:26:34
>「――そして、だ。その上でもう一度お願いする。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちよ、この世界を救う手助けをしてほしい。

謝罪が済んで筋は通したとばかりに宮廷魔術師が話を進めようとする。
気に食わねえがここは黙って謹聴しておく。俺は相手の言い分に耳を傾けられる男だ。
傾けたうえで論点ずらしつつマウント取るのが俺のレスバトル必勝形よ。
ほらなゆたちゃんもなんか跪いて……雰囲気でやってるだけだなおめー!

>「では、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』――」
>「待て」「ウィズリィは。ウィズリィはどうしたのだ……私の敬愛する森の魔女は……?」

続けんとした魔術師を、王の言葉が遮る。
おっさんやっと喋ったと思ったらいの一番に出てくる言葉がそれかよ。躾のなってねえ猫ちゃんだ。
いや俺たちもウィズリィちゃんの消息は気になるけどよ。
そういうの身内だけでやってもらえませんかね。
魔術師がなだめすかして、ようやく納得した王様は疲れ切ったように目を閉じる。

>「……なぁ、ここは俺達の知るブレモンより過去の時点じゃなかったのか?
 『百獣の王(ロイヤルレオ)』は、あんなしょぼくれたヤツじゃなかっただろ」

「だよなぁ。あながち同一人物とは限らねえのかもな。
 ほら、獣人ってみんな似たようなツラしてんじゃん。その辺の老ライオンと入れ替わってても気付かねえよ」

なんかちょっと喋っただけで酷く疲れたらしい王様は侍従に運ばれてログアウトしていった。
あとに残ったのはわずかばかりの侍従と俺達と、宮廷魔術師。

……しかし、アレだな。王様俺たちとほとんど会話しなかったな。
それどころか、こっちにゃ一瞥くれただけで後はずっと虚空かこの魔術師を見ていた。
人を異世界から呼びつけといてどーいう態度だよ。マジで耄碌してんじゃねえだろうな。

>「じゃっ! 王さまに後を託されたことだし、説明タイムと行こうか!

こっちの業腹などどこ吹く風で、宮廷魔術師は俺たちを庭園へといざなう。
どうにもこの男を相手にしてると毒気を抜かれるというか、怒りがどっかに霧散しちまう。
いや確かに腹は立つしぶん殴ってやりてえ気分なんだが、それが胸の裡でうまく形になってくれない。

魔術師の軽妙な話術と仕切りがそうさせてるのか……あるいは感情を抑制する魔法でも使ってるのか。
やべえやべえと理性は警鐘を鳴らすが、促されるままに足は自然と庭園へと向いた。

>「私は薔薇が好きでね。綺麗だろう? いい香りだし、何より見た目が派手だ。
 中には私が魔術で作り上げた品種もあるんだよ」

「わりーけどそういうのわかんねえわ。俺たちの故郷にゃこういう言葉がある。
 『花より団子、薔薇よりトンカツ、歩く姿はカリフラワー』。次は食える薔薇でも作ってくれ」

魔術師のクソどうでも良い自慢は適当に聞き流して適当にコメントした。
薔薇を愛でる仕草がいちいちキマってんのが本当に腹立つ。
魔物のメイドさんがサーブしてくれた紅茶を、魔術師が真っ先に飲んで毒の不在を示す。
次いでエンバースも紅茶を飲んで、蒸気が身体のあちこちから噴出した。

>「……さて。私たちは今まで、あまりにも君たちを放置しすぎた。それに対して不審に思っている部分は大きいだろう。

長い長い前置きの果てに、魔術師はようやく本題を話し始めた。
けっ、何がパートナーシップだよ。どの道俺たちに選択権なんてねえじゃねえか。
アルフヘイムが消滅したら、俺たちもそれに巻き込まれておっ死ぬだけなんだから。

そうなる前にニブルヘイムに渡るってのはアリかもな。
それこそあのバロールみたく、王様の素っ首手土産にしてよ。

>「……君たちを召喚以来放置していた理由だが、まずひとつはウィズリィを遣わしていたため。
>「もうひとつの理由は、召喚した『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の数に対して、こちらの数が足りなすぎてね。

「人手不足だ?その割にゃマル公は試掘洞でのんびりレベリングしてたし、カテ公はリバティウムで暇してたぜ。
 他の十二……十三階梯が何やってるのか知らんが、連中を総動員しても追いつかねえような状態なのか?」

67明神 ◆9EasXbvg42:2019/04/24(水) 02:27:43
問いに意味なんかない。ただ魔術師の言葉に何かしら反論を挟みたかった。
そういうつもりでいないと、俺の中の敵対心というか戦意というかそういう原動力がどんどん鎮まっていきそうだ。

>「ただ、それでも君たちは恵まれている……と言わせてもらうよ。メロとウィズリィを遣わせ、魔法機関車も出した。
 召喚した『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の中には、なんのケアもしてあげられなかった者も数多くいたから。
 彼らは……可哀想なことをした」

――ただ。魔術師のこの物言いには、霧散しようのない熱を腹の底に感じた。
カップを握る手に無意識に力が籠もる。こいつを浴びせかけてやりたいが、流石に俺もそこまで迂闊じゃない。
アルメリアとの協働関係を、潰すわけにはいかない。

>「そうそう、自己紹介がまだだったね? いや、すっかり忘れていたよ! ごめんごめん!
 私はご存じの通りの、アルメリア王国の宮廷魔術師。と言っても普段は何もしてない、ただの無駄飯喰らいだけどね!
 ま、それはいい。先だっては、私の弟弟子と妹弟子が世話になったね。私は――」

「あ?弟弟子と妹弟子?お前は一体――」

魔術師がこちらを見据える。
相貌の色は、虹。極彩色の瞳孔は、その眼が只人のものでないことを意味している。
――魔眼。魔を宿し、この世の法則を覆す、人越者の眼。
俺が知る限り、魔眼を持つのはこの世界にただ一人だけだ。

>「私の名はバロール。十三階梯筆頭継承者……『創世の』バロールだよ」

「なんだと」

俺は思わず素で聞き返した。それくらい、衝撃的な事実だった。
バロール。かつて十三人居たローウェルの直弟子、その筆頭。第一階梯の継承者。
『創世の』バロールは、ブレイブ&モンスターズにおけるメインシナリオの、最後の宿敵。

――ラスボスだ。

師・ローウェルの死を契機として闇に墜ちたバロールは、アルメリアの王を殺してニブルヘイムに渡った。
そこで三魔将を従える魔王に君臨し、部下と共にアルフヘイムへ自分自身を再召喚。
キングヒルを火の海に変えて……エカテリーナや『詩学の』マリスエリスを始めとするメインキャラが何人も死んだ。
シナリオが一気に薄暗いシリアスなものになる、転機とも言える存在だ。

プレイヤーは、闇墜ちする前のバロールの姿を知らない。
本編に登場した時には、既に魔王の異形にその身を変えていたからだ。
人間体のグラフィックなんて存在しないし、最新パッチでも未だ過日のバロールは語られていない。

つまり……俺たちは、今目の前で茶をしばいているバロールが、どういう存在なのか何も分かりゃしないのだ。
確かに闇落ちするきっかけはローウェルの死だったが、本当は師匠が死ぬずっと前から狂っていたのかもしれない。
一方で、ローウェルの死さえ食い止められるなら、バロールはアルフヘイム最強の守護者のままで居てくれるかもしれない。

状況を類推する根拠はあまりに足らず、俺はしばらく硬直していた。
どうする?いますぐコイツを仕留めるか?油断してる今ならクリティカル取れるんじゃないか。
だが下手打ちゃ返り討ちだし、仮に首尾よく仕留められたとして、アルフヘイムの強力な駒を一つ失うことに変わりはない。

気になるのはイブリースの存在だ。
バロールが育てたんじゃなけりゃ、奴らの糸を操ってるのは一体誰なんだ。
ミハエルはイブリースの操り手じゃなかった。ニブルヘイムも一枚岩じゃねえってのか?

68明神 ◆9EasXbvg42:2019/04/24(水) 02:28:46
>「よろしくね、バロールさん。知ってるかもしれないけどボクはカザハ、こっちはカケルだよ」

「おまっ――」

まんじりともせず沈黙が支配する空気をぶち破ってカザハ君が自己紹介に応じた。
俺は思わず止めようとして……思い直した。や、これで良い。
むしろ空気を一切読まないカザハ君のムーブに助けられた。

俺たちがバロールについて、何を知ってて何を知らないのか……情報の手札を悟られたくない。
だからここは、あえて何も知らない体で応じるのがベスト。カザハ君が満点回答だ。

バロールがもしも『ブレイブがバロールの正体を知ってる』ってことに感づいてりゃ、
何かしら訝しがるなり、カマかけるなりしてくるだろう。案外普通に認めるかもしれない。
いわば情報戦における威力偵察は、既に始まってて……立ち止まるのは隙を見せることになるだけだ。

カザハ君に続いてエンバースも質問を投げかける。
奴らが稼いでくれた時間で、俺は考える。
こっちの情報はなるだけ与えず、かつ不審にならない範囲でバロールの真意を掴むには、どうすべきか。

「……なるほどな、てめーが十三階梯筆頭のバロールか。ツラを見るのは初めてだ。
 まぁツラの話なんかどーだって良い。虚しくなるだけだしな。とりあえず言っときたいこと言って良いか」

俺は浮きかけた腰をどっかり椅子に降ろして、なるべく見下す感じでバロールを睥睨する。

「頭湧いてんのかテメーらは」

バロールに目立った反応はない。怒りの矛先を向けられるのも覚悟済みってわけだ。

「生き残る為に手段を選んでられなかった?知ったこっちゃねえんだよそんなもん。
 てめーらが異世界から拉致して見殺しにした人間にゃ、帰りを待つ家族だって居たんだ。
 そいつらは今でも待ってる。ある日突然消えちまって、死体も見つからない家族をずっと。
 人手が足りてない?だったら初めから呼ぶんじゃねえよ。人命を無意味に浪費してるだけじゃねえか」

懐からスマホを出す。ロックは解除せず、机の上に置く。

「それともてめーらが本当に欲しいのはこいつか?
 魔法の板さえ回収できりゃ、付属品のブレイブなんざその辺で野垂れ死んでも構わねえのか?
 喚ばれた連中にはズブの素人も居る。初手で荒野に放り出されたら、早晩サンドワームの餌食だ。
 俺たちだって、運良く他のブレイブと合流出来なけりゃハエに消し飛ばされてた」

そして、ウィズリィちゃんが居なけりゃ仲良く荒野で干からびてたことだろう。
そうやって知らないフィールドで人知れず死んでいったブレイブは少なくないはずだ。
アルフヘイムが回した十連ガチャのハズレ枠達。俺も含むそいつらの末路がそれだ。

「何が可哀想なことをした、だ。勝手に納得してるようだから改めて言うぜ、『創世の』バロール。
 死んでいったブレイブ達はな、てめーらが殺したんだ。掛け値なく、てめーらのせいで死んだ。
 何の罪もない、ただゲームをプレイしてただけの、善良な連中を殺したんだっ!」

俺の批判は、多分バロールに何も響きはしないだろう。
こいつも自分の世界を救うのに必死だ。言葉通り、手段を選べはしなかった。

俺だって、アルフヘイムと現実世界どっちが大事って聞かれたら迷わず後者を選ぶよ。
俺自身の安否はともかく、親父もおふくろも向こうにいる。死なせたくない。
いいように弄ばれた怒りとは別のところで、妙な納得があった。

――だから、せめてこの怒りを俺は最大限利用する。
ブレイブとして持って当然の憤りをぶつけることで、御しやすい直情型の人間だと認識させる。
「納得いかねーけどしょうがないから今だけ力を貸してやる」ってスタンスは、向こうにとっちゃ望むところだろうからな。

69明神 ◆9EasXbvg42:2019/04/24(水) 02:30:05
俺は正直今でもアルフヘイムに反旗を翻したって良いと思ってる。
だから今は面従腹背だ。激しい怒りで、もっと暗くて根深い敵意を覆い隠す。
怒りそのものは本物だから嘘じゃねーしな。

肩で荒い息をして、俺は腹に溜まった熱を吐き出した。
半分、いや八割くらい本音ぶちまけたからなんか結構スッキリしちゃった。

「言いたいことはこんだけだ。世界救い終わったら、死んでった連中を弔いに行けよバロール。
 そんときゃ、俺も付き合ってやるからよ」

暗に現実世界に帰還しないことを示しつつ、俺は話を続ける。

「聞きたいことは3つ。まず、俺たちはどういう基準で喚ばれた?
 強い戦力が欲しいのなら、俺みてーな中級者未満を召喚する理由がねぇ。
 持ってるモンスターの強さで言えば俺は多分最下層、この王宮の兵士にもボコられるぜ」

完全に無作為で選出したってんならまだ納得が行く。
ニブルヘイムはどういうわけか強いプレイヤーをピンポイントでピックアップする術があるらしいが、
アルフヘイムはひたすら十連ガチャを回し続けてるとすれば、なゆたちゃんや石油王はようやく引けたSSRってとこか。

「2つ目。王宮にたどり着いたブレイブは俺たちだけか?他に所在を把握してるブレイブはいねえのか。
 ガンダラでも、リバティウムでも、ブレイブを知ってる人間を何人か見た。
 運良く生き延びた野良ブレイブってのは、実際のところ結構な数居るんじゃねえのか」

そいつらが既に一度王宮にたどり着いて俺たちと同じようにバロールの手駒になった連中って可能性も多分にあるが。
初手でクソゲーフィールド引かなけりゃ、パートナーと手持ちのスペル次第で生き延びることは十分可能だ。
王都からのクエストをぶん投げて、適当な街で永住決め込んでる奴もいるだろう。
今からでも人員割いてそいつらを保護できりゃ、動員可能な戦力の実数は今よりもっと大きくなる。

「最後に――」

俺はずっと我慢していた。腹の底に溜まったものを我慢していた。
王都に来てからこっち、それを吐き出す機会がなくて、そろそろ何かがはち切れそうだ。
ぶつけるのは、初めてウィズリィちゃんに会った時と同じ問い。

「――この王宮、トイレある?」

流石に枯山水掘ってするわけにもいかなかったしな。


【腹の探り合い。質問事項1:ブレイブ召喚の選定基準は?2:他にブレイブいないの?】

70五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/04/30(火) 16:23:40
万象法典(アーカイブ・オール)
自分のハウスがそう呼ばれている事は知っていた
しかしその実態はイベントリから溢れ出たカードを並べておいただけの産物
故に生活感もなくアセット配置も枯山水と野点セットしか置いていない
この立地も、ハウス実装された時も仕事に追われ、何処に居を構えるかなどという選択肢がなかったのだ
土地確保の争奪戦は烈を極めるのだが、事ここに至っては地代が高すぎて誰も手を付けられなかったという話

事も無げにさらりと来歴を語るみのりだが、関心はそこにはなかった
今だ正体も目的も掴み切れないエンバースの言いかけた言葉
キングヒルに土地を持つ人間が知り合いにいる、という事を示唆しているのだから

「ほういえばエンバースさんやカザハさんには教えてへんかったねえ
うちのプレイヤーネームは五穀豊穣。
どこかですれ違っていたかも知れへんけど、こうやって顔を合わせたのも何かの縁やわ〜」

改めて自己紹介をし、内部へと案内をする

内部でカード譲渡と共有者登録を済ませた後、メンバーの反応を見ていた
四者四様の反応

なゆたは丁重に辞退し、記念として一枚のカードを受け取った
これは想定内
スペルカード、ユニットカードは単体で意味を成すものではない
デッキ構築と戦術の流れの中に組み込むことで力を発揮するのだ
なゆたのように緻密なコンボを組み立てるものにとって、不用意にカードを組み入れてもそれは異物でしかないのだから
それでも気持ちを無碍にしない為に一枚借りるというのはいかにもなゆたの人柄を現していると納得し、にっこりと微笑み頷いた

カザハの選んだのは『幻影(イリュージョン)』
エンバースの姿が問題視された時のため、そして他の用途でも使いやすいだろうとの事
なゆたとは対照的にデッキ構築ではなく用途としての選出
選ぶカードによってそれぞれの個性や戦術が見えてくるものだ

71五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/04/30(火) 16:24:34
そしてエンバース
トランペットを眺める黒人少年のような眼差し
記憶が飛んでおり正体不明ではあるが、やはり他の三人と同じゲーマーなのだと思わせる
しかし選ぶカードはなく、明神に席を譲る
いや、選ぶのではなく選べないとの談にみのりの思考が巡る

しかしその思考を遮ったのが明神の言葉だった
老婆心からの警告はみのりの心に深く刺さる

そうなのだ
明神の言葉、それはみのりも考えていた
この世界に来て最初に合流しベルゼブブを撃退した時からその可能性は常に考えていた
故に二台目のスマホを、パズズをひた隠し、いつ誰と戦っても生き延びられるように立ち振る舞ってきた

だが、今はそうではない
買い物中に明神にパズズを見せその内情を教えた
それで大方の事は察してもらえただろうが、それでも明神は思い違いをしていた

みのりの性格は生来のものでもあるが、それは充実し充足した生活環境によって培われたもの
経済的に恵まれたみのりには、飄々としておっとりしていられるだけの環境が整えられていた
それはブレモンの世界に来ても同じ
パズズが、カンストレベルのクリスタルが、唸るほどのルピがみのりを支えていたのだ

しかしパズズと二台目スマホのクリスタルが喪失状態になった今
ある意味みのりは生まれて初めて丸腰で立っている状態になっていると言える
あまりにも不慣れな丸腰状態に思考は混乱し、明神に言われるまで「それ」について頭から抜けて落ちていた
常に可能性を考え続けていた仲間との戦闘を

「あははは、そうなったらそうなったでしゃぁないわねえ」

お茶を濁すように笑い、肩を竦めながらの言葉には力がなかった
その時の為の対策をみのりは考えつくことができないでいたのだから

72五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/04/30(火) 16:25:05

明けて翌日、一同は王宮へと入った
久しぶりに合流したメロに引きつられ玉座の間へ

姫騎士鎧姿で王の前に跪くなゆたとは対照的に、体のラインのでないゆったりとしたペンギン袖のローブで直立の姿勢を崩さず王に対面するみのり
その姿勢は王との立場に上下を認めていない意思表示
臣下でも客人でもなく、無理やり連れてこられた被害者としての憤りの表れなのだから

体のラインを見せない大きなローブの内側には形を崩したイシュタルが巻き付いている
これは王との謁見ではなく、戦闘すらも視野に入れサモンを封じられている事を想定しての用意であった
戦闘はできない、故にあらゆる準備をみのりに講じさせていたのだ

獅子頭人身『百獣の王(ロイヤルレオ)』を前に、その威厳を感じる事は出来なかった
焦燥、疲弊、というイメージが色濃く映し出されていた

それ故に、魔術師の語る
やむを得ない事情
滅びを覆しうる力
という言葉にも説得力と重みを感じた

が、それはあくまでアルフレイムの事情であり、みのりの事情ではない
ウィズリィの所在に話が及んだ時に、魔術師が助け舟を出したかのように言葉を遮りウインクをして見せたが、それは大きな間違いだ
そもそも自分たちは訳も分からぬまま召喚された実であり、保護しエスコートするのがウィズリィの役割
決して逆ではない
その優先順位の付け方と、この貸しを作ったかのような行動に嫌悪感すら抱いた

たとえ頭を下げたとて、高台からならばそれは見下ろしているのに変わらないのだから
だがそれと同時に選択の余地がないという事も把握していた

理不尽な事をしていると自覚しながらも、なおも実行している
ならばもはや結論ありきの交渉しか用意されていないのだろうから

エンバースの小言の提案に沈黙をもって答えたのは、口に出してしまえば戦闘に至りかねない事まで言ってしまいそうだったから
この時点で既にみのりの気持ちはそれほどまでに煮えたぎっていた
それでも沈黙を守れたのは、リバティウムで切る札のパズズを使ってしまっていたという幸運のおかげだとしか言いようがない

73五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/04/30(火) 16:25:52
王が退席し、魔術師に促され中庭に
そこは見事なバラの庭園

お茶菓子が用意され、魔術師が毒見と言わんばかりに口にするが、誰がそれに手を付けようというのか?
いや、いた
カザハが何の躊躇いもなく茶菓子とお茶を頬張るのを見て思わず力が抜けそうになる
が、それに続きエンバースもお茶を飲み干し亀裂から蒸気を噴出させる
こちらは憤りの感情が見て取れる

そんな二人の様子を見ながら一瞬穏やかな空気になりかけたのだが、それは本当に一瞬
次に紡がれる魔術師の事何より空気は凍り付く

召喚された者たちは他にもいて、フォローが行き届いていなかった者たちには「可哀想な事をした」で切って捨てたのだ

その言葉にスコーンを落とすカザハ
この反応は意外だった
どこか現実味のない印象を持っていた
それはモンスター化した影響だろうか?と自分を納得させていたが、人としての倫理観はまだあったのだな、と。

そう、人としての倫理観
魔術師の言葉を聞いた瞬間、みのりは全身が総毛だつ思いがした
しかしその感情を表に出すより優先したのはなゆたの反応
正義感の強く時にそれ故に暴走しがち、それがなゆたに対する印象である
真一という存在が離れ、バランスを欠いているのはエンバースへの対応を見れば一目瞭然
そんな状態のなゆたが今の発言を聞き流せるとは思えない

とはいえ、今ここで感情のまま対立を表面化させるのは拙い
なぜならば、何もわかっていないから、勝算がないから
丸腰状態に陥り、より慎重になったからこそ踏みとどまれ、なゆたに注意を向ける事が出来たのだった

咄嗟になゆたの肩に手を置き、抑え込み「まだ、あかんよ〜?」と囁くと薔薇の方へと歩き出す
抑え込まれたなゆたは感じるだろう
いくら農業で培われた筋力があるとはいえ、その抑える力が強い、と
それもそのはず、大きな袖口からイシュタルの手がみのりの手に這うように出て抑えていたのだから

「まぁまあ、人出が足りない中でサポートよこしてくれてうちらラッキーやったわぁ
こうやって綺麗なバラも見られて嬉しいし
うちは向こうの世界では土いじりやってましてなぁ、こういう花を育てるのもやってましてん
お礼も兼ねてお手伝いさせてもらいたくなるんや」

そういいながらスマホを取り出し、土壌改良(ファームリノベネーション)をプレイ
フィールドを土属性に変え、土属性の魔法効果を倍増させるカードである
効果を現せば薔薇はさらに咲き誇るであろう

一見すればお礼と称してのブレイブのスペルカード披露
ではあるが、真の目的はこの場でスペルカードが使えるかの確認
事前に土壌改良(ファームリノベネーション)をかけておくことで品種改良(エボリューションブリード)荊の城(スリーピングビューティー)のコンボを一気に成立させることにある
そう、既にみのりは臨戦態勢に入りつつあるのだ

74五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/04/30(火) 16:26:13
スペルカードの効果を確認する前に、魔術師から衝撃の事実が発せられた
自分の名を
創世のバロールである、と
ブレモンプレイヤーならば誰もが知るラスボス

しかしバロールはストーリーモード最初から君臨しているタイプのラスボスではなく、ストーリーの進行とともにラスボスになるタイプである
こうなるとゲームとこちらの世界の時間軸の狂いが大きく予測を阻む
現状バロールは弟子なのか、魔王なのか
この期に及んでも姿を現さぬローエルは何処なのか?
鬣(たてがみ)の王のあの弱体ぶりは疲弊によるものと思っていたが、バロールによる仕業の可能性すら出てきた

思考の混乱による一瞬の空白
それに切り込むのはいつも思考を超越するもの
それがカザハである

許された質問に、戦後の扱い
モンスター化しているカザハにとっては重大な問題であろう
が、それ以上にこの世界と現実世界との関係性にまで踏み込む質問となるであろう

続いてエンバースのローウェルについての質問
しかし質問の仕方が危うくも感じた
反応によってはローウェルの現在を見出すことができるかもしれないが、ローウェルの立ち位置によっては意味をなさない質問だからだ

フォローを入れるべきか迷っていたところで明神が爆発した
これまでの状況を鑑みれば誰もが抱くであろう怒り
しかしそれを爆発させるのはなゆただと思っておりだからこそ抑えに回っていたのだが、まさかここで明神が爆発するとは
想定外の勢いに驚くみのり

しかし、その怒りはバロールには響かないであろう
最初になりふり構っていられない。と宣言している以上、あらゆる犠牲を許容するのであろうから
明神ならばそれをわかっていそうなものだが、それでも抑えられなかったのか

と、みのりもまた明神のブラフにはまりながら、それならばと明神の怒りに乗る事に

「まあまあ、バロールはんも王様も苦渋の決断やったやろうし
後がない以上、うちらに選択肢なんてあらひんのやからそこらへんは言うても困らせるだけやえ?」

選択肢なんてない……それは友好的に信頼関係を結ぶためというバロールの言葉は結論ありきでしかないという言外の抗議
そういった意図を含めながら冷ややかな笑みを浮かべ、言葉を続ける

「この世界が危機に陥っていて、救えるのがうちらブレイブや云うのはわかったわ
ほれで具体的にうちらに何をさせたいのン?
お宅さんらはうちらに対してできうる限りのことしてくれる云うけど、何ができますのン?」

テーブルに置かれた明神のスマホに手を置き、バロールを見つめる

「うちらブレイブの生命線はこの魔法の板なんやね
これについてどのくらい知ってますん?
発動させるためにクリスタルが大量に必要、そう、それこそ万単位で必要やし?
それに物は物
壊れてしまう事もあるけど、うちらは使う事は出来ても修理とかは手間やし、そちらの方の援助も受けられるんですかいねえ?」

アルフレイムがどれだけの技術を持っているか
数多くのブレイブを召喚している以上、自分たち以外の人間も多くいたのだろうし、半ばで死んだ者もいるだろう
たとえ死んでも死体は、遺品は残る
世界の命運をかけた召喚をしておいてそれを放置するとは考えにくく、手が回らないから、などという理由を信じるつもりはないのだ
遺品としての魔法の板を回収し研究をしているのかどうか

前日カードを見ながらため息をついたエンバースを思い浮かべながら、質問をする

75五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/04/30(火) 16:26:44
そして最後に核心たる質問を

「それで、うちらがアルフヘイムを救わなあかへん理由ってありますのン?」

ゲームならばストーリーという強制力により「お願い」が絶対の理由になる
だが現実ではそうではないのだから

更に言葉をつづけ詰めていく

恐らくこれは「君たちの世界も他人事ではない」という話に関わってくるのだろう
浸食とは何か?
リヴァティウムで出合った魔将軍は金獅子を召喚した、と言っている
ニヴルヘイム側もブレイブを召喚している
それは単なる代理戦争や戦力増強という話ではないだろう

数年でアルフヘイムが攻め滅ぼされるのではなく、跡形もなくなるというのは表裏世界であるニヴルヘイムにも言える事なのでは?
しかしにもかかわらずアルフヘイムとニヴルヘイムはいまだに戦いを続けている
これほどの危機を前にして、だ

浸食・現実世界を含めた世界の危機・具体的な回避法を続けて尋ねた
これからどう行動するにしても、理由と事情をしっかり知っていなければ動くに動けないのだか


【怒りを抑えて戦闘回避に努めるも戦闘準備は進めておく】
【具体的にやるべき事・受けられる支援について質問】
【協力しなければいけない理由・浸食・現実世界とのかかわり・ニヴルヘイムの状況などについて質問】

76ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/04/30(火) 20:45:29
「さて・・・そろそろいくか」

話が本当なら今日のこの時間に来るはず。
話が違うにせよなんにせよ、もう牢屋に帰ってくるつもりなんてないけど。

「雷刀(光)!」

眩い光と共に目の前に刀が召喚される。
部長が召喚できてるのだ、なにも驚く事じゃない、じゃないのだが。

「本当に召喚できた・・・!」

未知体験に喜ぶ大男とそれを見て喜ぶ犬(?)が一匹。
場所が牢獄じゃなければもっと爽やかな場面だったに違いない。

「っと・・・喜んでる場合じゃないね!部長!」

部長が軽々と人でも振り回すにはつらいような大きさな雷刀を口に咥え持ち上げる。
そして鉄格子に向い数回振り回す、すると鉄格子はいとも容易く切断された。

「ナイス部長!」

いくら錆びているとはいえ予想以上に簡単に切断できてしまった。
この世界の住人がどれだけ強いかまだ不明だがこの監獄をみても部長の力が特別な事がわかる。

(大抵の人間はこんな牢屋でも拘束できるって事だもんな・・・)

自分がいた牢屋を出て周りを見渡す、どこも似たような廊下が続いていた。

「しまったな〜・・・外に出るまでの道もきいておくんだった!」

まあなるようになるだろう。
部長の召喚を解除し、周りを警戒しながら歩き出しながら想う。



ブレイブ&モンスターズを始めてから小さくなっていったが、最近また膨れ上がる心のなにかがこの世界で見つかるかもしれないと。
この世界が今だ消えぬこの気持ちを、違和感を、心を満たしてくれると。
違和感がなんなのか知ることでもできれば、と。

「自分探しの旅って奴だな!・・・ちょっと違うか!」

77ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/04/30(火) 20:46:10
「思ったよりすんなり外にでれたな・・・」

そんな広い牢屋でなくて安心したのも束の間。
警備の兵士達に頭を悩ませる、だがジョンは気づいた。

(警備の数が少ない・・・?)

王は今現在、城にいるはずだ、なのに思った以上に人がいない。
この世界の兵士がどのくらいの強さはわからない、精鋭の可能性もあるけれど、侵入者を見つけられなかったら強さなんて意味がない。

「(もしくはそれだけこの国が相当追い詰められているという事か・・・)」

異世界から人間を呼ぶくらいだ、相当厳しい状況なのだろう。
それに今の場合に限り好都合なのは間違いない。

欺くのは簡単だった、そもそも警備の人数が足りなくて監視の目が行き届いていないからだ。
いとも簡単に謁見の間らしき所まできてしまった、兵士がまだいなかった為、すんなり入れた。
自分には好都合なので、とりあえず心の中だけで感謝だけして、壁に掛けられた絵画を足がかりに天井のシャンデリアの上に移動する。

「(なんだライオンか・・・!?)」

人の形をした・・・獣が王座に座っている。
百十の王以外のなにものでもない、しかし近くにいる怪しげな人物は特に驚く様子が無い。

「(つまりあれが王様?)」

たしかに王の風格がある、気品に溢れている、・・・少し疲れた様子で覇気を感じないが。
なにを話しているのか小声で喋っててわからない。

>「王さまー! 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』をお連れしましたー!」

重い空気をぶち壊すように謁見の間の中に妖精が入ってくる、ライオンの次はフェアリーか!。
いよいよファンタジー空間が展開され始めた時、妖精の後を付いてくるようにゾロゾロと人が入ってくる。
このファンタジーな空間に現代風の服装の服を着た連中・・・と思いきやなんか人間じゃないの何人かいる。

>「ようこそ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たち。遠路はるばるご苦労さま、大変だったろう?
 食べ物は大丈夫だったかな? 水には馴染んだ? 何せ君たちの住んでいた世界とこちらでは勝手が違いすぎるからねえ!」

ジャックポット!大当たりだ。
いやでも人間じゃないの何人かいるけど、異世界人ってのは僕の知ってる地球以外からもきてるのか・・?。

78ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/04/30(火) 20:47:11
>「こちらがアルメリア王国の王、すなわちアルフヘイムの王。『鬣の王』にあらせられる。
 私は宮廷魔術師。王と私とで、君たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を召喚したんだ。この世界に」

>「ある日突然異世界に喚び出されて、命の危険にさらされて。さぞかし私たちを恨んでいるだろう。
 理不尽なことだとね……けれど、それにはやむを得ない事情があったんだ。それを、これから説明しようと思う。
 どうか非礼を許してほしい。王に代わり、私が王国を代表して謝罪しよう。すまなかった」

「――そして、だ。その上でもう一度お願いする。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちよ、この世界を救う手助けをしてほしい。
 目下この世界に迫っている危機に対し、私たちはあまりにも無力だ。
 けれども、君たちの力があればそれを変えられる。滅びの運命を覆し得る希望になる――。
 この世界にとって、君たちは最後の希望なんだ」

一気に謎が解明されていく。
自分達異世界人は"ブレイブ"と呼ばれていて、この国のお偉いさんがこの世界を救うという大義名分で異世界人を召喚して戦わせようとしている事。
とんだ迷惑な話だ、理不尽を押し付けておいて助けてほしいとは。

>「ウィズリィは。ウィズリィはどうしたのだ……私の敬愛する森の魔女は……?」

>「王よ、ご心配召されますな。ウィズリィには只今、私の指示により別行動をさせております。
 世界各地に召喚された、他の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちのために――。
 必ずや朗報をもって帰還することでしょう、御心安んじられませ」

>「……そうか。ウィズリィは無事なのだな。ならばよい……あの娘が無事ならば、私は……」

どうやら王は一人の魔女にご執心らしい、それも病気的に。

「(ウィズリィ、ね。覚えておいて損はないだろう)」

>「大儀である、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。異議も異論もあろうが、先ずは我が宮廷魔術師の言葉に耳を傾けよ。
 そなたらの要望はできる限り便宜を図る。決して悪いようにはせぬ……ゆえ、どうかアルフヘイムを救ってくれ。
 我らアルフヘイムに生きる者を、侵食の餌食にしてはならぬ……そなたたちだけが頼りなのだ……」

元の世界に返してあげる約束よりも前にまず自分達の要求をするライオン(王)。
確かに現代人の中にもこの世界に移住を望む者はいるだろう、世界を救いたい"勇者"になりたいと思う者も。

だが実際には人間を無差別に召喚している上に全員を管理できていない、その証拠に城に現れた僕が彼らの庇護を受けれていない。
いやまだこの人達や僕は運がいい。
こっちにきたのが子供だったら?いきなり危険地帯だったら?迎える準備ができていなのに人を呼び寄せておいて助けてくれ?。

そもそも無差別に呼び出すという事はこの世界に新たな厄をもたらすかもしれない。
悪意を持った人間がその悪意で、この国に迫る危機はさらに強大になる可能性は全然あるのだ、いや、むしろそっちのほうが高いだろう。
僕達には確かに特殊な力があり、王様達はこの力を欲しがって異世界人を召喚したのだから。

「切羽詰ってるにしてもあまりにも無計画すぎる・・・いやなにか裏があるのか?
 そんな考えすら無視しなきゃいけないほど追い詰められてるのか?」

つい小声で呟いてしまう
しかしまるで裏があるかのようにずさんな計画。
この世界にきて外を知らない僕にはわからないのかもしれないけれど、なにか裏があるとしか思えないし、なにもなかったら王あるまじき計画性のなさ。
どっちにしても信用できる物ではない事だけはたしかだ。

>「じゃっ! 王さまに後を託されたことだし、説明タイムと行こうか!
 場所を変えよう、こんな堅苦しい場所じゃ舌の滑りも悪くなるというものだしね。
 庭園へ行こうか? ちょうどお茶の時間だ――おいしいお茶を飲みながら、和気藹々といきたいね!」

>「え? あ、ちょっ――」

マジメ(?)な雰囲気を解除し怪しい魔法使い風の人物が場所を変えようと提案している。
自分も移動しなくては。

79ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/04/30(火) 20:47:44
中庭に案内されたブレイブ一行と怪しい男は腰を落ち着けると話を始める。
周りに気を配りながら物陰に隠れ話を聞く。

>「……さて。私たちは今まで、あまりにも君たちを放置しすぎた。それに対して不審に思っている部分は大きいだろう。
 我々は君たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の力を必要としている。
 良好なパートナーシップを築く上で、猜疑心はできるだけ取り除いておく必要がある。
 だから……ここからは解説編と行こう。諸君の聞きたいことに、私が答える。
 その上で、諸君の協力を仰ぎたい。何度も言うが、君たちは我々の最後の希望なんだ。
 君たちの力なくして、この世界は救えない。この世界はこのまま行けばあと5年、いや3年で跡形もなくなる。
 そして――それは、君たちの元いた世界にとっても他人事じゃないんだ」

他人事じゃない・・・?。

>「他人事じゃない? それってどういう――」

>「それについては後で話そう。……君たちを召喚以来放置していた理由だが、まずひとつはウィズリィを遣わしていたため。
 かの森の魔女が君たちを導き、可能な限りのバックアップをする手筈だったんだ。
 彼女はこちらの都合も、内情も全て知っていたからね。それを『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に伝えてくれと頼んだんだが。
 まさか失踪してしまうとは……我々も彼女とは連絡が取れていない。無事だといいのだけれど」

どうやら王様ご執心の魔女は現在行方不明らしい。
怪しい人物の表情はよくわからない。

>「もうひとつの理由は、召喚した『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の数に対して、こちらの数が足りなすぎてね。
 もう知っていると思うけど、我々は目下のところもう一つの世界……ニヴルヘイムの勢力と戦っている。
 我々は世界に散らばった『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を回収すると同時――
 ニヴルヘイムの尖兵にも対処しなければならなかった。割ける人数と打てる手段には限りがあったんだ」

>「ただ、それでも君たちは恵まれている……と言わせてもらうよ。メロとウィズリィを遣わせ、魔法機関車も出した。
 召喚した『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の中には、なんのケアもしてあげられなかった者も数多くいたから。
 彼らは……可哀想なことをした」

>「私たちも、生き残るためには手段を選んでいられなかったんだ。どんな方法であっても、手立てがあるなら試す。
 そうせざるを得なかった……とばっちりだと、業腹だと思うだろうが、どうか許してほしい。
 そして、私たちに手を貸してほしい。そのためには、我々も可能な限り君たちの望みを叶えたいと思う。
 ああ、だから、それを踏まえて――君たちの質問にすべて答えるよ。私の知りうる情報ならね」

たしかに仕方なかったんだろう、切羽つまっていたのかもしれない。
だが、「君達は恵まれている」とは?理由があったにせよ他の世界の人間達を無差別に呼んだ張本人達が言っていい言葉ではない。
無責任すぎる、あまりにも。

>「私の名はバロール。十三階梯筆頭継承者……『創世の』バロールだよ」

ジョンはストーリーこそ読み飛ばしていたがゲームのラスボスの名前まで知らないわけではない。

バロール?バロールだって?
衝撃の真実を突きつけられて動揺するのだった。

80ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/04/30(火) 20:48:16
場が一瞬硬直し、全員が混乱してる中空気を壊すように異世界人・・・ブレイブの一人が話し始める。

>『よろしくね、バロールさん。知ってるかもしれないけどボクはカザハ、こっちはカケルだよ』

>『じゃあまず……世界を救ったら元の世界に返してもらえるの?』

妖精の彼?彼女?は至極当然な質問をする。
全員が全員、この世界に移住したいわけではないのだ。

>「それから……元の世界に返してもらう以外の選択肢はある?
たとえばちょっといい条件で永住させてもらったり……ボクの場合多分転移じゃなくて転生なんだよね!」

全員がしたいわけではないだろうが・・・この妖精の子は永住したいのか、この世界に。
確かにこんな力を持っていたらそんな考えも出るのは当然の事かもしれない。
異世界にきて俺TUEE能力、最近のラノベ?マンガ?をみた人間なら憧れているだろうね。

ていうかこの妖精、僕がしってる世界の元人間なのか?死んだ人間でさえ呼び寄せられるのか?。

>「……ローウェルの事なんだが」

こんどはゾンビが話を切り出す。
妖精にゾンビにどうみたって僕と同じ世界出身者には感じられない、妖精の名前はアニメにでてくるような日本人みたいな名前だけれども。
妖精はともかくゾンビって、なんかがんばってゾンビじゃありませんよー感だしてるみたいだけど。
どうみたってただの死体だ。

>「だがローウェル曰く『次にすべき事はあんたに託してある』だそうだ。
 こりゃ一体どういう事だ。なんでこんなややこしい事になってるんだ?」

ローウェル・・・ローウェル・・・たしか魔王的なアレだったはずだが、よく覚えてない。

「(こんな事になるならストーリー読み飛ばすんじゃなかった・・・!)」

今になってストーリーを読み飛ばした事による事を後悔している。
おそらくこの場全員が分っている事前提で話を進めるだろう。
そうなれば外野で聞いていて質問できない僕には、理解できない会話が続くのは明白。

どうする素直に姿を現すか・・・?

だめだ今更リスクが高すぎる!。
出て行った瞬間こんどこそ不審者で投獄どころかその場で殺され兼ねない。

一体僕はどうしたら・・・

81ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/04/30(火) 20:48:42
ジョンが今後を決める脳内会議を必死にしてる時。
ブレイブの一人が大きな声を上げる。

>「頭湧いてんのかテメーらは」

>「生き残る為に手段を選んでられなかった?知ったこっちゃねえんだよそんなもん。
 てめーらが異世界から拉致して見殺しにした人間にゃ、帰りを待つ家族だって居たんだ。
 そいつらは今でも待ってる。ある日突然消えちまって、死体も見つからない家族をずっと。
 人手が足りてない?だったら初めから呼ぶんじゃねえよ。人命を無意味に浪費してるだけじゃねえか」

よかった、どうやら全員が全員がこの国に従うつもりではないらしい。

>「それともてめーらが本当に欲しいのはこいつか?
 魔法の板さえ回収できりゃ、付属品のブレイブなんざその辺で野垂れ死んでも構わねえのか?
 喚ばれた連中にはズブの素人も居る。初手で荒野に放り出されたら、早晩サンドワームの餌食だ。
 俺たちだって、運良く他のブレイブと合流出来なけりゃハエに消し飛ばされてた」

スマホだ!間違いない!やはりこの人間達は僕と同じ世界から来ている!。
・・・てことはやっぱり妖精とゾンビも?。

>「何が可哀想なことをした、だ。勝手に納得してるようだから改めて言うぜ、『創世の』バロール。
 死んでいったブレイブ達はな、てめーらが殺したんだ。掛け値なく、てめーらのせいで死んだ。
 何の罪もない、ただゲームをプレイしてただけの、善良な連中を殺したんだっ!」

敵意をむき出しにし声を荒げる。
当然の怒りだ、だれにもこの怒りを止めてもいい者など存在しない、たとえこの国の王でも。

>「聞きたいことは3つ。まず、俺たちはどういう基準で喚ばれた?
 強い戦力が欲しいのなら、俺みてーな中級者未満を召喚する理由がねぇ。
 持ってるモンスターの強さで言えば俺は多分最下層、この王宮の兵士にもボコられるぜ」

たしかにこの質問は気になる。
もってるモンスターの強さでいえば部長は高ランクではない。
僕の持っているモンスターは部長だけだ、という事はランキング上位を召喚してるわけではないだろう。

>「2つ目。王宮にたどり着いたブレイブは俺たちだけか?他に所在を把握してるブレイブはいねえのか。
 ガンダラでも、リバティウムでも、ブレイブを知ってる人間を何人か見た。
 運良く生き延びた野良ブレイブってのは、実際のところ結構な数居るんじゃねえのか」

ガンダラ・・・りばていうむ?どこそれ。
ここにもストーリー読んでない弊害が・・・!
いやまてよプレイヤーがいける場所にあった気がする。

しかし対人プレイに関する事しか興味なかったジョンには結局わからないのであった。

82ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/04/30(火) 20:49:09
>「まあまあ、バロールはんも王様も苦渋の決断やったやろうし
後がない以上、うちらに選択肢なんてあらひんのやからそこらへんは言うても困らせるだけやえ?」

最後に質問を始めたのは、よく言えば落ち着いた・・・悪く言えば威圧するように喋る女の子。
顔は笑っているのに目が笑っていないというのはまさにこの事だろう。
明らかにジョンより年下なのにも関わらず、まっすぐと自分の必要な事を話す。

>「この世界が危機に陥っていて、救えるのがうちらブレイブや云うのはわかったわ
 ほれで具体的にうちらに何をさせたいのン?
 お宅さんらはうちらに対してできうる限りのことしてくれる云うけど、何ができますのン?」

テーブルにスマホを置きつつバロールからは目を離さない。
普通の人間だったら怒ったり困惑したり、そもそも喋れなかったりするものだが彼女の態度は常に一定だ。
顔は笑っているが、目も雰囲気も、笑っていない。

「(もし、もし僕はあのご一行にこれからの縁で加わる事になっても、彼女を怒らせないようにしよう・・・)」

女性は男性より感情的になり易いが、一度落ち着いた女性は本当に凄まじい、なにが凄まじいかは内緒だ。
ちなみにジョンの実体験からくる情報である。

>「うちらブレイブの生命線はこの魔法の板なんやね
これについてどのくらい知ってますん?
発動させるためにクリスタルが大量に必要、そう、それこそ万単位で必要やし?
それに物は物
壊れてしまう事もあるけど、うちらは使う事は出来ても修理とかは手間やし、そちらの方の援助も受けられるんですかいねえ?」

「(え)」

クリスタルが大量に必要?万単位で必要?そんなに使うの?マジ?
牢獄にいるとき隙あらば召喚や解除、スペルカードの確認や、ユニットカードのテストは繰り返していた。

「(それなりに課金はしていたけれど、どれだけ減ったなんて確認すらしてないんだけど!)」

最初の頃いくら使うのかわからず適当にかなりの額は入れていた。
部長を買った後は結局使わず、そのまま貯めていたはずだ、減らされる量にもよるがそんなにすぐ枯渇することは・・・ないはず。
たぶん。

ジョンが何回目かの頭を捻らせているとき、この日一番の爆弾が投下される。

「それで、うちらがアルフヘイムを救わなあかへん理由ってありますのン?」

これだ、僕達異世界人が命を賭してまで戦う理由があるのか。
ゲームなら主人公達が正義感で世界を救ってしまうが、僕達は勇者でも、英雄でもない。
たしかに特殊能力はある、あるがこれは自分の命を保障してくれる万能な力ではないのだから。

83ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/04/30(火) 20:49:28
中庭にきてからどのくらい・・・。
何分くらいたっただろうか、自分的には一時間くらい経っている気がする。

「っ!」

ふと後ろを見るとさっき紅茶を入れてたメイドが後ろにいた。
話に聞くのに集中しすぎて背後の気配に気づかなかった。

「(騒がれる前に黙らせなければ!)」

素早く、静かに、傷つけず、水晶の乙女に掴みかかり押さえ込もうとするしかし。

「えっ・・・?」

傷つけないように力を抜いた一瞬、ほんの一瞬で体が縦に回転し、そのまま投げ飛ばされてしまう。
投げ飛ばされながら思う、そりゃそうだ、非戦闘員のメイドとはいえ仮にも魔物と人間なのだ、と。

「ぐはっ!」

お茶会のど真ん中に投げつけられる、幸い濡れなかったが、お茶会がこれじゃ台無しだな・・・そんなこと考えている場合じゃない!
だめだ集中しなければ、本当にこの場で首を刎ねられかねない、なにを・・・なにをすれば・・・。

素早く立ち上がり、距離を取り、一礼し、冷静に話し始める。

「突然のお茶会失礼しました、私は決して怪しい者ではありません」

ポケットからスマホを取り出し両手を上げ無害アピールをする。
我ながらあまりにも不恰好だとは思うがこれ以上できることはない。

「失礼ながら今まで貴方達の話を全部を聞かせていただきました、自分の立場を知る為とはいえ盗み聞きしていたことをどうかお許しください。」

いつも通り堂々と、ここでビビったら負けだ。
ここで動揺して言葉に詰まったりしたら大変な事になる。

「このスマホを見ればご理解頂けると思うのですが、僕も貴方達と同じ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』です」

「一週間か・・・二週間か前にこの城に飛ばされてしまったのです、不審者と間違われていた私は今まで投獄されていました」

当然まだ疑いの目を向けられている、当然の反応だった。
焦るな、まだ、まだ諦めるな。

「今から証拠をお見せします・・・召喚を」

アプリから部長を選択し召喚する。
これは博打だ、"スマホを持っていても本人じゃない限り召喚できない"というルールがあった場合の。
しかも部が悪い賭けだ、さっきの会話で魔法の板、つまりスマホを欲しがってるんじゃないかという質問があった。
もし"スマホさえあればだれでも召喚できる"だった場合待っているのは。

死。

この人数相手に逃げ切ることはほぼ不可能だろう。
無理やり逃走しようにも反撃してだれかを傷つけたりでもしたら、誤解は本物になり、この世界に、国に、ブレイブに追われる事になる。
つまり詰んでいるのだ。

「ウェルシュ・コトカリスです、ブレモン初のエイプリルフールで実装されたモンスターの
 スマホを見ていただければ限定スペルカードもあります・・・逆に言うと僕はそれしかもっていませんが」

「ニャー」

「こんな事言われても無理なことは十分承知の上ですが・・・僕を信じてください」

頭を下げ、頭を挙げ目を瞑る、後は祈る事しかできなかった。

84崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/05/01(水) 12:13:51
「バ……、バロール……!?」

宮廷魔術師の名乗りに、なゆたもまた双眸を見開いた。
『創世の』バロール。大賢者ローウェルの直弟子、十二階梯の継承者のロストナンバーであり、第一の使徒。
そして魔界に君臨し、プレイヤーたちと血で血を洗う死闘を繰り広げる――魔王バロール。
その名を冠する者が、目の前に座って優雅な所作でお茶を飲んでいる。
むろん、魔王の名を騙っているだけの真っ赤な偽者という可能性も……いや、ない。
虹色の瞳孔、世界を改変する魔眼を所有する存在は、アルフヘイムとニヴルヘイムを合わせても一人しかいない。
それは、単に名を騙っただけでは誤魔化しようのない彼の顕著な特徴なのだ。

『創世の』バロールに関して、プレイヤーが持ちうる情報は多くない。
かつて、大賢者ローウェルの一番弟子であった。
ローウェルからすべての智慧を伝授され、世界をも改変する技術を得た。
ローウェルの死を契機として闇に堕ち、鬣の王を殺害してニヴルヘイムに渡った。
瞬く間に魔界を掌握し、兇魔将軍イブリースを筆頭とする魔族たちを従えて、アルフヘイムへ侵攻した。
プレイヤーたちに手勢を次々と撃破され、居城である天空要塞ガルガンチュアまで攻め入られると、最終決戦ののち敗北。
最期に『これはすべての序章に過ぎない』と言い残して死亡――
この程度だ。

バロールがかつて何をしていたのか、どういった外見の、どういった性格だったのか。
何を考えて闇に堕ち、魔王に変貌してしまったのか……。
そのすべては説明されておらず、謎に包まれている。
魔王が斃れたことで、世界は束の間の平和を取り戻す――というのが、現在までのストーリーモードの流れだ。
バロール討伐までを第一章とするなら、今後のアップデートで続編の第二章が配信されるのではないかと噂されている。
しかし。
プレイヤーである『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の知らないバロールが、今ここにいる。
むろん、Wikiを編纂するほどゲームに精通しているなゆたにとってもこの展開は予想外だ。
けれども、そんな予想外の展開よりもなゆたの心を支配したのは、烈しい怒りだった。

『君たちは恵まれている』――

『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がこの世界に召喚されたのは、完全にアルフヘイムの都合だ。
ならば、せめて自分たちの都合で召喚したのなら、出来得る限りの厚遇をすべきではないのか。
だというのに、そんなことを恩着せがましく言われて、いったい誰がありがたいと思うだろう?

バァンッ!

気付いたときには、なゆたはテーブルの盤面を手のひらで思い切り叩き、立ち上がろうとした。

「あな―――」

あなたには、人の心が分からないの!?
そう言おうとした、その刹那。
その出鼻は隣にいたみのりによって挫かれた。

「みのりさん……!」

なゆたは咄嗟にみのりを見た。が、みのりによって肩をがっしりと押さえ込まれている。
一見ただ肩に手を置かれただけだが、凄まじい力だ。赤城家で剣道を嗜み、それなりに鍛えている自分がまるで抵抗できない。

>まだ、あかんよ〜?

みのりの囁きに、なゆたは幾許か冷静さを取り戻した。仕方なさそうに居住まいを正し、バロールの様子を見る。
その視線に不満がありありと浮き出ているのが、他のメンバーにも見て取れるだろう。

85崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/05/01(水) 12:20:53
>よろしくね、バロールさん。知ってるかもしれないけどボクはカザハ、こっちはカケルだよ

「ああ、よく知っているとも……おかえりカザハ、カケル。ううん、違うな……今は初めましてと言うべきかな。
 まぁいいさ、どっちでも! とにかく会えて嬉しいよ、また……じゃない、どうか力を貸してほしい」

カザハのまったく空気を読まない挨拶に対して、バロールが微笑む。
なんでも質問に答えるというバロールの言葉に対して、カザハは早速疑問をぶつけてきた。

>じゃあまず……世界を救ったら元の世界に返してもらえるの?

「もちろん。異世界から来た『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は、ことが終われば必ず元の世界に送り返そう。
 その術は私の頭の中にある。それは約束しよう、心配はいらないよ。
 もっとも、君たちふたりにその必要はないと思うけれどね」

バロールは荘重に頷いた。
異世界の人間をアルフヘイムに召喚する方法があるように、アルフヘイムの人間を異世界に送る方法もあるという。
これで、帰還を望む者たちは少なくともこの世界への永住を余儀なくされる、という心配はなくなった。

>それから……元の世界に返してもらう以外の選択肢はある?
 たとえばちょっといい条件で永住させてもらったり……ボクの場合多分転移じゃなくて転生なんだよね!

「永住。それもいい。アルフヘイムが平和を取り戻した暁には、我々にできる限りの希望を叶えよう。
 キングヒルに居を構えるもよし、リバティウムやハイネスバーグ、バルディア自治領……風光明媚な場所はいくらでもある。
 ついでに言うと、君は転生じゃなくて混線、と言えばいいかなぁ? まっ、それもおいおい説明しようとも!」

カザハとカケルについて、バロールは何か知っているらしかった。
しかし、それは今言うべきことではない、とばかりに次の質問へ意識を向けてしまう。

>……ローウェルの事なんだが
 今は、何処にいるんだ?さっきは手が足りないなんて言っていたが……
 どうも話を聞く限りじゃ、王国と大賢者の間に意思疎通が見出だせない

カザハに次いで、エンバースが口を開く。
バロールは一口紅茶を飲んで喉を湿らせると、ゆっくり語り始めた。

「師ローウェルについては、私たちもその消息を追っている最中だ。ご指摘の通り、我々と師の間では意思疎通ができていない。
 君たちも知っていると思うけど、我が師はひどい放浪癖の持ち主だからね。
 どれだけ厳重に監視していても、ふらりと姿を消してしまう。まったく困ったご老人さ!」

やれやれ、とバロールは大袈裟な身振りで肩を竦めた。
ゲームのブレイブ&モンスターズの時間軸ではローウェルは既に死んでいるため、プレイヤーが生前の本人に会うことはない。
が、その人となりは継承者たちの話などから知ることができる。
大賢者ローウェルは漂泊の賢者。アルフヘイムの各地を転々とし、有事に備えて見込みのある者を弟子とし、教えを授けた。
それが十二(十三)階梯の継承者である。

>だがローウェル曰く『次にすべき事はあんたに託してある』だそうだ。
 こりゃ一体どういう事だ。なんでこんなややこしい事になってるんだ?

エンバースは次の質問を投げかける。次は引っかけだ。
巧妙なエンバースの言葉に対し、しかしバロールは怪訝な表情を浮かべた。

「え? そうなの? どこでそんな話を聞いたんだい? ご老人に会った……んじゃないよね?
 おかしいなあ。私がここにいることを彼が知っていても変ではないけど、そんなことを言うとは思えないんだけど……?」

緩く腕組みし、右手で顎に触れて考え込む。本当に分からない、という様子だ。
その問いがエンバースの張った罠であるということさえ気付いていないように見える。

86崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/05/01(水) 12:23:44
「ま……いずれにしても、我が師がそう言っていたというのなら願ったりだ。私は私のすべきことをしよう。
 徘徊老人のことは、今はいいさ。どこにいるのかなんて、考えたところで仕方ないからね。
 聖灰たちには指示を出しているみたいだし、師は師で侵食に対していろいろ考えているんだと思うが――」
 
お茶を飲みながら、バロールは小さく息をついた。
みのりがスペルカードを使って庭園の土に豊穣の加護を与えると、薔薇の色艶や芳香が一層増す。
スペルカードは通じる。正真、この薔薇園はただの無害な薔薇園ということだ。
もしみのりがコンボを使うつもりなら、それも効果を発揮することだろう。
カザハが能天気に自己紹介し、エンバースが罠を張る。
なゆたは怒りを押し殺して黙り込み、みのりが周到に戦いの準備を進める中――
まず爆発したのは、明神だった。

>頭湧いてんのかテメーらは
>生き残る為に手段を選んでられなかった?知ったこっちゃねえんだよそんなもん。
 てめーらが異世界から拉致して見殺しにした人間にゃ、帰りを待つ家族だって居たんだ。
 そいつらは今でも待ってる。ある日突然消えちまって、死体も見つからない家族をずっと。
 人手が足りてない?だったら初めから呼ぶんじゃねえよ。人命を無意味に浪費してるだけじゃねえか

「…………」

バロールは虹色の虹彩で、じっと明神を見詰めている。

>それともてめーらが本当に欲しいのはこいつか?
 魔法の板さえ回収できりゃ、付属品のブレイブなんざその辺で野垂れ死んでも構わねえのか?
 喚ばれた連中にはズブの素人も居る。初手で荒野に放り出されたら、早晩サンドワームの餌食だ。
 俺たちだって、運良く他のブレイブと合流出来なけりゃハエに消し飛ばされてた

ゴトリ、とテーブルに置かれるスマートフォン。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の証にして生命線。

>何が可哀想なことをした、だ。勝手に納得してるようだから改めて言うぜ、『創世の』バロール。
 死んでいったブレイブ達はな、てめーらが殺したんだ。掛け値なく、てめーらのせいで死んだ。
 何の罪もない、ただゲームをプレイしてただけの、善良な連中を殺したんだっ!

明神は忌憚ない怒りをぶつける。
そして、それはなゆたが感じた憤りとまったく同じものだった。
自分が爆発しなくとも、言いたいことはすべて明神が言ってくれた――。
そのことに、なゆたは胸がすく思いだった。
が、仲間が自分の気持ちを代弁してくれることと、それが相手に伝わるかどうかは別問題である。
バロールは眉ひとつ動かさず、

「そうだよ。私が殺した」

と、それがさも当然であるかのように答えた。

「私のしたことに対して、緊急避難であるとか。これもまた正義だとか。そんなことを言うつもりは毛頭ないよ。
 私は罪を犯しているし、そもそもこのやり方が正しいのかもわからない。望みの結果が得られるかどうかも。
 だから、君たちの怒りは尤もだと思う。ふざけるな、と思う気持ちもね」

テーブルの上に組んだ両手を置き、バロールは語る。

「それを踏まえて……だからこそ君たちにも私を信用してほしいとか、そういうことは求めない。
 良いパートナーシップと言ったのは、友情だとか。信頼だとか。そういうものはこの際必要でない――ということさ。
 あくまで、使い使われる関係。ビジネスライクな関係でいいということ……。私はこの世界を救いたい。
 君たちが協力してくれるなら、私はそれに見合った対価を払う。たったそれだけのシンプルな関係さ。
 なんて言うと、また君たちの神経を逆なでしてしまうかもしれないけれど」

バロールはテーブルの上の明神のスマホに手を伸ばすと、それを明神の方へと押しやる。
それは、スマホ自体が目的ではないという意思表示だった。

87崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/05/01(水) 12:28:37
「スマートフォンは確かに我々の目的のひとつではある。その凄まじい力は知っているからね。
 でも、惜しむらくは我々アルフヘイムの住人にそれは使えないんだ。同様、ニヴルヘイムの住人にもね。
 それは君たち、異邦からこちらにやってきた者にしか使用できない。そういうものなんだ。
 だからこれは君たちが持っているのがいい。――それから、これは蛇足かもしれないけれど――」

虹色の双眸が、魔力を湛えた魔眼が明神を射抜く。

「善良かもしれなかった者たちを、無辜の存在を自分の願いのために殺したのは、君たちもじゃないのかい?」

それまでのおちゃらけた態度が鳴りを潜める。バロールは低い声でそう告げた。

「思い出してごらん。君たちにも心当たりがあるはずさ……クエスト達成のため、経験値獲得のため。
 トロフィーを揃えるため……君たちはこの世界のモンスターたちを数多く狩った。殺した。捕獲(キャプチャー)した。
 ブレイブ&モンスターズの世界のモンスターはけだものばかりじゃない。人間と変わらない文化を持つ者も多い……。
 その彼らを殺した君たちと、私の目的のために『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を召喚した私。
 そこに何の違いがあるのかな……?」

魔術師はまったく悪びれなかった。
しかし、バロールのこの物言いで重要なのは、勝手なのはお互いさまでしょう――なんて部分ではない。
“クエスト達成”“経験値獲得”“ブレイブ&モンスターズ”
バロールの言葉の端々に、ごく当然のように出てくる単語。そう――

『バロールはゲームのことを知っている』。

かつてリバティウムでイブリースが『ゲームの中のオレが世話になっている』と発言したように。
バロールもまた、ブレイブ&モンスターズをゲームとして認識しているらしかった。

「……な〜んちゃってね! 冗談冗談!」

しかし、バロールはすぐにそんな剣呑な気配を引っ込め、また陽気な調子で前言を翻した。

「心配しなくたっていいよ、君たちのやっていたのは正真正銘ただのゲーム! モンスターたちも単なるデータでしかない!
 何も罪悪感を覚えることなんてないからね! ただ――ここは違う。この場所は現実だ、君たちもすでに知る通り。
 ゲームオーバーはない。あるのは破滅だけだ、バックアップも当然ない。
 けれど『コンティニューはある』。いや、『あった』と言うべきかな」

組んでいた手指を解くと、バロールは軽く両手を広げた。

「とにかく……私の望みはただひとつ。『この世界を救いたい』それだけなんだ。
 そのためなら私は何だってする。非道なこともしよう。非人道的なことだってやる。これからもね、だって――
 それがこの私。『魔王』と呼ばれた、『創世の』バロールなのだから」

そう。
エンバースの予想したバロールの正体、その正解はパターンC。
『創世』であり『魔王』。『ブレイブ&モンスターズ』を識る、本来データにないアルメリア王国の宮廷魔術師。
それが、一行の目の前にいる男だった。

>言いたいことはこんだけだ。世界救い終わったら、死んでった連中を弔いに行けよバロール。
 そんときゃ、俺も付き合ってやるからよ

「ああ、いいとも。一人旅は苦手なんだ、というか一人ぼっちが好きじゃなくてね、賑やかなのがいい。
 君が付き合ってくれるなら願ってもない――すべてが終わった暁には、世界に詫びに行こう」

バロールはにっこり笑った。

>聞きたいことは3つ。まず、俺たちはどういう基準で喚ばれた?
 強い戦力が欲しいのなら、俺みてーな中級者未満を召喚する理由がねぇ。
 持ってるモンスターの強さで言えば俺は多分最下層、この王宮の兵士にもボコられるぜ

「残念ながら、我々には指定した人間を召喚する技術がない。
 ある程度の地域に範囲を絞って、そこでブレイブ&モンスターズをやっているプレイヤーを無作為に抽出した。
 ニヴルヘイムにはピックアップ召喚の技術があるらしいが……詳しいことは不明だ」

無作為の10連召喚と、ピックアップ召喚。
アルフヘイムとニヴルヘイムの召喚には、そんな違いがあるらしい。
だが、二つの世界を合わせても五指に入る魔術の使い手であるバロールをもってしても、ピックアップ召喚はできないのだという。

88崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/05/01(水) 12:29:50
>2つ目。王宮にたどり着いたブレイブは俺たちだけか?他に所在を把握してるブレイブはいねえのか。
 ガンダラでも、リバティウムでも、ブレイブを知ってる人間を何人か見た。
 運良く生き延びた野良ブレイブってのは、実際のところ結構な数居るんじゃねえのか

「いい質問だね。君たち以外に我々が所在を把握している『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は何人かいる。
 次に君たちに頼みたいのは、まさにそれだ。
 君たちには、各所にいる『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と合流してほしい。力を束ねて、侵食に対抗するために」

例え『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が強大な力を持っていたとしても、今のままでは各個撃破されるだけだ。
アルフヘイムの各地にバラバラに点在している『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちを一箇所に集める必要がある。
そうすることで、初めてアルフヘイムは脅威に対抗できるようになるだろう。

「ここキングヒルから一番近いのは、アコライト城郭。
 君たちにも馴染みの場所なんじゃないのかな? ゲームでは必ず行く場所だそうだからね」

「……アコライト城郭……」

なゆたは小さく呟いた。
ストーリーモードでは序盤に位置する城塞都市だ。そこでプレイヤーは初めて十二階梯の継承者に遭遇する。
その化物じみた恐るべき強さと、城郭を攻める正体不明の敵――後にバロールの手勢と判明する――が印象的な場所である。
もし、バロールの依頼を受けるなら、次の行き先はそのアコライト城郭となるだろう。

>最後に――
>――この王宮、トイレある?

「ああ、これは気付かず失礼! お連れして差し上げなさい」

バロールが『水晶の乙女(クリスタルメイデン)』の一人に命じると、乙女は明神をトイレへと案内した。

>この世界が危機に陥っていて、救えるのがうちらブレイブや云うのはわかったわ
 ほれで具体的にうちらに何をさせたいのン?
 お宅さんらはうちらに対してできうる限りのことしてくれる云うけど、何ができますのン?

明神が離席すると、今度はみのりが口を開く。
バロールが目を細める。微笑んだようだった。

「先程も言った通り、まずはアコライト城郭へ向かってもらう。
 そこにいる『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は強力なプレイヤーで、もう長いことアコライトを防衛している。
 だが、城郭の周囲はニヴルヘイムの勢力に包囲され、孤立無援の状態だ。
 いくら強くとも限界は訪れる。いつまでもはもたない。その前に、君たちに救出してほしいんだ」

>うちらブレイブの生命線はこの魔法の板なんやね
 これについてどのくらい知ってますん?
 発動させるためにクリスタルが大量に必要、そう、それこそ万単位で必要やし?
 それに物は物
 壊れてしまう事もあるけど、うちらは使う事は出来ても修理とかは手間やし、そちらの方の援助も受けられるんですかいねえ?

「君たちと同程度の知識は持っている、と思ってくれて差し支えないよ。
 だから、話題が前後するがクリスタルもある程度支給できる。……普段の行動に差し支えない程度には、ね。
 君たちに対して何ができる? と問われれば、君たちのこれからするであろう旅と目的達成に対してバックアップができる。
 装備、ルピ、それからある程度のクリスタルとスペルカード……それらはこちらが用意しよう。
 魔法機関車も使ってくれていい。他にも、何か欲しいものがあるなら言ってもらえればできる限りは。
 ただ、スマートフォンの修理はできない。それに対しては……気を付けて、と言うしかない」

バロールはかぶりを振った。
遺品の回収をしているかどうかは不明だが、少なくとも修理などができる技術は持っていないらしい。
元より、スマートフォンを修理できるほど構造を理解していれば生み出すこともできる。
そうすれば、わざわざ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を異界から召喚する必要もない。
仮に死んだ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の遺品があったとしても、他の人間には使えないのだろう。

89崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/05/01(水) 12:31:09
>それで、うちらがアルフヘイムを救わなあかへん理由ってありますのン?

今まで、多くの会話をした。多くの質疑応答があった。
しかし。
みのりの投げかけたこの問いこそが、すべての本質であろう。

「それを説明するには、かつてこの世界に起こったこと。そして――君たちの世界に起こったことを説明しなければいけない」

バロールは頷いた。そしてもう一度紅茶を飲み、少しだけ深呼吸をすると、意を決したように口を開く。

「この世界と君たちの住む世界とは、お隣同士の世界なんだ。
 天文学的な距離はさておき――次元が隣接している、と言うべきか。
 この世界に来てから、夜に空を見上げたことはないかい?
 天気のいい夜には見えるはずさ……君たちの本来いるべき星がね。そう、私たちの世界は兄弟なんだ」

そう言って、バロールは空を見上げた。が、今は昼間なので星も月も、そして地球も見えない。

「あるとき、王宮占星院の導師がこの世界に小さな綻びを見つけた。
 ほんの小さな、直径1メートル程度の『穴』だ。……それがすべての始まりだった。
 王宮占星院は現地調査のため調査隊を組織し、穴を調べに行ったが、誰も帰ってこなかった。
 そう、誰も。誰ひとりだ……そして、穴の正体を掴みあぐねているうちに、それはどんどん大きくなっていった」

「……穴」

それはいったい何なのだろう。なゆたは眉間に皺を寄せた。
たんなる物理的な穴ということではないのだろう。魔術的なものだろうか? まるで想像がつかない。
バロールは続ける。

「穴はすべてを呑み込みながら、日に日に拡大していった。
 人を。家畜を。モンスターを。建造物を、村を、街を、国を、山を、湖を――何もかもを喰らいつくし、世界を侵すもの。
 それを王宮占星院は『侵食』と名付けた」

侵食はまったく正体不明の存在だった。
アルメリアの、否、アルフヘイムの知の最高峰である王宮占星院の導師たちをもってしても、その正体を掴めなかった。
そして、それを食い止める方法も。

「侵食によって失われるのは、目に見えるものだけじゃなかった。
 世界そのものの力とも言えるクリスタル、それもまた枯渇していった。
 お蔭でクリスタルを巡り、各国では諍いが絶えなくなった。戦争を起こす国もあったりでね。
 アルフヘイムはどんどん荒廃していった。いや、アルフヘイムだけじゃなく、ニヴルヘイムでも侵食は起こっていた。
 そんな折だ。私たち『十三階梯の継承者』が集められたのは――」

「……えっ? ち、ちょっと待って!
 それって、もしかして……」

思わず、なゆたは声を荒らげた。
バロールの語る話は、なゆたの知る物語とあまりによく似ている。
すなわち、『ブレイブ&モンスターズ!のストーリーモード』と。
なゆたの言いたいことをバロールも察したらしく、うん、と小さく答える。

「大賢者ローウェルの死をきっかけとして、私はニヴルヘイムへ渡った。
 鬣の王の首を手土産にね。それから魔王に変じて闇の世界を掌握し、ニヴルヘイムのために戦った。その結果――
 君たちに敗れ去った。正確には、君たちの操るモンスターたちに……かな。
 そう、君たちの知る『ブレイブ&モンスターズ』。そのシナリオは、その昔現実に起こったことなのさ」

なゆたたちがゲームとしてプレイしていた物語が、実は実際に起こった出来事をなぞるものだった。
そのことに、なゆたは衝撃を受けた。
だが、それならば。この場にいる『創世の』バロールはいったい何者なのだろう?
バロールは討伐され、世界には平和が戻ったはずだ。それに、この世界ではローウェルが存命なのも気になる。
ストーリーモードのシナリオが今いる世界の過去譚なのだとしたら、バロールと同じくローウェルも死んでいないとおかしい。

90崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/05/01(水) 12:35:03
そもそも、バロールの言葉が真実かどうかを裏付ける証拠など何もない。
しかし、本人は至って真面目に言葉を紡いでいる。
ライフエイクばりのとんでもない詐欺師なのか、それとも本気で突拍子ないホラ話を語る誇大妄想狂なのか――。

「君たちの知る物語は、そこでおしまいだろう?
 魔王の脅威を退け、アルフヘイムには平和が訪れました。めでたしめでたし……ってね。
 でも、『この世界』では物語はそれでは終わらなかった。それは滅亡のプレリュードでしかなかった」

ローウェルの死を契機にバロールが魔王となり、アルフヘイムへ侵攻を開始した、というのがストーリーモードの骨子だ。
そこに、侵食に関することは一切記述がなかった。従って魔王は単に世界征服が望みだと思われていた。
だが実際のところ、そこにはふたつの世界の熾烈な生存競争があったのだ。
 
「私が討伐されたことで闇の勢力は崩壊し、ニヴルヘイムという世界も消滅した。
 だが、侵食はその後も広がり続けた。アルフヘイムは消滅の危機に瀕し、誰ひとりそれを止められなかった。
 それでも、アルフヘイムの者たちは生き残らねばならなかった……生き残ることを願った。
 その結果――」

すう、と魔王が目を細める。
なゆたは寒気を覚え、我知らず自分の身体を自分で抱きしめていた。
自分が生き残るべき場所。周囲を見回してみて、一番先に目につくのは――

「そう。アルフヘイムの者たちは、君たちの世界へと侵攻を開始したんだ」

異世界の人間を召喚する方法があるのなら、自分たちが異世界へ行く方法も当然あるだろう。
自分たちの住まう世界の消滅に対して、アルフヘイムの者たちが取った手段は極めて簡単。
ニヴルヘイムを滅ぼしたように地球の人間も攻め滅ぼし、自分たちの居場所を確保する――。

「そんなバカな! そんなのデタラメよ!」

耐え切れず、ついになゆたは立ち上がってそう叫んだ。

「アルフヘイムの人間が、地球に攻め込んだ!? そんなことあるわけない!
 もしそれが事実だとしたら、どうしてわたしたちにはその記憶がないの!?
 わたしたちの住む世界が侵略されるなんて、どんなに小さな出来事だったとしてもニュースにならないわけないじゃない!」

「それにも理由がある。アルフヘイムの者が君たちの世界、地球に攻め入ったことで、地球は火の海に包まれた。
 地球の人々も当然、抵抗したからね。それは地球すべてを舞台とした戦争だった。
 だが……このままではアルフヘイムの者も、地球の者も滅ぶ。このルートは間違っている……。
 そう考えた者がいたんだ。そして、その人物が用いたのさ。『究極の魔法』をね」

「究極の……魔法……?」

「ああ。究極の魔法――名を『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』という」

バロールは軽く右手を空に掲げた。
しかし、バロールの語った突拍子もない物語と同様、機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)にも聞き覚えはないだろう。

「究極の魔法、機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)とは、時間遡行の魔法だった。
 この魔法によって、世界は元に戻った――侵食が発生したころまで時間が巻き戻った。
 死した者たちは蘇り、消滅した世界も元に戻った。だけど、なにも事態は好転していない。巻き戻っただけだ」

「それって、つまり……」

「当然、何も対策をしなければ同じことが繰り返される。再び世界は侵食に呑まれ、アルフヘイムの者たちは地球に攻め込む。
 君たちにも他人事じゃない、と言ったのは、つまりそういうことなんだ」

91崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/05/01(水) 12:37:29
「機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)は不完全な魔法だった。
 極端な話『とにかくある程度まで時間を元に戻せさえすれば、小さいことは知ったことじゃない』な代物だったんだ。
 時間は元に戻ったものの、その副産物として様々な歪みが――君たち風に言うとバグが生まれてしまった。
 私やイブリースがそうだ。本来『一巡目』の記憶は失われるはずが、それを持ったまま蘇生した」

機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)が完全に発動すれば、すべてが巻き戻る。
当然、その間に起こったことや見聞きしたもの、記憶も一切が消滅する――はずだった。
しかし、不完全な魔法であったがゆえの歪みで、一部の存在は前世の記憶が残ってしまった。
イブリースの言った『今度はこちらが勝つ』と言うのも、きっとこのことなのだろう。
また、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の中でブレモンの正式サービス開始時期にズレがあるのもこのバグが原因に違いない。
他にも、機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)の生み出したバグはあるかもしれなかった。

「私には『一巡目』の記憶がある。だから、もう同じ轍は踏まない。
 だが、私の力だけでは限界がある。よって君たちの力を借りたいんだ。
 君たちには、絶望を希望に変える力がある。未来を切り開く力がある――この世界の住人にはない力が。
 私のことをどう思ってくれてもいい。胡散臭い、ペテン師、偽善者、悪党……どう罵ってくれても。
 信用だってしてくれなくていい、私は魔王だ。罵倒の言葉なら言われ慣れているからね!
 信じてくれなんていくら言葉で言ったって、なんの意味もない。
 だから――私のこれからの行動を見て評価してくれればと思うよ」

もしも、これからバロールが『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を欺いたり、罠に嵌めようというそぶりを見せるなら。
今までの言葉を反故にするような仕草を見せたなら――そのときは逆らってくれていい。牙を剥いてもいい。
そう言っている。
言葉よりも、行動で。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちの信頼を勝ち得るようにしよう、と。

「この世界が崩壊すれば、地球も危機に瀕する。だから、君たちもただ地球に帰れさえすれば一件落着……とはならない。
 救ってもらわなければならないんだ、この世界を。
 侵食を食い止め、それに対処する方法を探さなければならない。でなければ――
 いつか、地球にも侵食は発生するだろう。そうなったらもう、本当におしまいだ」

そこまで言うと、バロールは小さく息をついた。
これで、あらかた言うことは言ったということらしい。

「私の伝えたいことはこのくらいかな。他に質問はあるかい?
 なければ客室に案内させよう。疲れただろ? 今日はゆっくり休んでほしい。
 明日になったら、アコライト城郭へ向かうためのミーティングだ。忙しくなるからね」

バロールは踵を返して、庭園から立ち去ろうとした。
しかし。

「……バロールさん!」

その背中に、なゆたが声をかける。
一拍の間を置いて、バロールは振り返った。

「何かな?」

「……ひとつだけ。最後にひとつだけ、質問を……いいえ、お願いをしてもいいですか?」

「お願い? もちろん。何なりと」

微笑を湛え、バロールが虹色の魔眼でなゆたを見つめる。
なゆたはほんの少しだけ深く息を吸い込むと、まっすぐにバロールの魔眼を見つめ返し、

「じゃあ、誓ってください。あなたは本当に、この世界と地球と。ふたつの世界の平和と幸福を願ってるって」

そう告げた。

92崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/05/01(水) 12:39:05
「誓いだって?」

さすがに予想外だったのか、バロールは虹色の双眸を瞬かせた。

そんなものに一体なんの意味があるのか。涼しい顔で綺麗ごとを並べ立てる悪人など世間には腐るほどいる。
しかし、なゆたにとっては大事なことだった。
なゆたは真っ直ぐにバロールを見つめ続けている。

「いいとも、誓おう。……何に対して誓えばいいかな? 神? でも、私は魔術師だから神には仕え――」

「ううん、神に対してじゃない。もっと別のものに誓ってください」

「わかった。それは?」

「……あなたの良心に」

冗談で言っているわけではない。なゆたは大真面目だった。
どんな悪党も、いかなる詐欺師も。
自分の心だけは、欺くことはできないのだから。
バロールは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちの前で右手を胸に添えると、目を閉じた。
そして、よく通る涼やかな声で言葉を紡ぐ。

「私、『創世の』バロールは、いついかなるときも……全ての世界の安寧と平和を願っている。――我が良心に誓って」

かつて、いや今なお魔王の力と記憶を有する、喪われた『十三階梯の継承者』が、そうはっきりと宣誓する。
その光景に、なゆたは満足そうに頷いた。
束の間の討論会は終わった。あとは、水晶の乙女に導かれて各々用意された客室に行くだけ――
のはず、だった。

ドシャアッ!

>ぐはっ!

突然、空から大男が降ってきた。

「ひょっ!?」

思わず変な声が漏れた。よくよく今日は予想外のことばかり起こる日である。
素早く飛び退いたので事なきを得たが、ガーデンテーブルとティーセットはメチャクチャになってしまった。
バロールも戸惑いの表情を浮かべている。ということはバロールの演出でもないのだろう。
そうこうしている間に男は立ち上がり、やや距離を離すと落ち着いた様子で喋り始めた。

>突然のお茶会失礼しました、私は決して怪しい者ではありません
>失礼ながら今まで貴方達の話を全部を聞かせていただきました、自分の立場を知る為とはいえ盗み聞きしていたことをどうかお許しください
>このスマホを見ればご理解頂けると思うのですが、僕も貴方達と同じ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』です

「……???」

なゆたは首を傾げた。
確かに、スマホを持っているということは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』なのだろう。服装もいかにもファンタジーらしくない。
しかし、それなら自分たちと同じようにバロールに把握されていて然るべきではないのか?

>一週間か・・・二週間か前にこの城に飛ばされてしまったのです、不審者と間違われていた私は今まで投獄されていました
>今から証拠をお見せします・・・召喚を

自分が疑われているということを察したのか、男はすぐにスマホをタップして召喚を始めた。
現れたのは、ウェルシュ・コトカリス。コーギーに犬用鎧を着せた、見た目通りのネタキャラである。
エイプリルフールにジョーク企画として実装されたが、見事に滑ったというある意味伝説のモンスターだ。

93崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/05/01(水) 12:42:01
>ニャー

薔薇園を包む重苦しい沈黙。それを打ち破るかのように、部長が鳴いた。
なゆたはぷるぷると肩を震わせた。そして、次の瞬間――

「ふおおおおおおおおおお!!! か〜わ〜い〜い〜〜〜〜〜っ!!!」

ばっ! と素早く部長の傍に駆け寄り、跪いてその頭を嫌というほど撫でた。
なゆたは自他共に認めるスライムマニアであるが、別にスライムにしか興味がないというわけではない。
年頃の女の子が全般そうであるように、基本かわいいものには目がないのである。
コーギーの愛くるしい顔立ちや短い脚、ぷりぷりのお尻などはなゆたの大好物だ。
『本尊を傷つけられたりしたら困る』と父親がペット禁止令を出したため、実家の寺では犬猫は飼えない。
なゆたが一見無害なぷるぷるのスライムに傾倒したのは、ペット禁止令を出された反動なのかもしれなかった。

『ぽよっ! ぽよぽよっ、ぽよよ〜っ!』

ポヨリンも部長の周りを嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている。
カワイイモノ繋がりで仲間ができた! と認識したのかもしれない。

>こんな事言われても無理なことは十分承知の上ですが・・・僕を信じてください

男は慇懃に頭を下げた。そして、判決を待つ被告のように直立不動になった。
突然空から降ってきた挙句、自分を信じろとのたまう正体不明の大男。
先程バロールと『信用、信頼は無用』云々という話をしていたのとは正反対の流れだ。
……しかし。

「オッケー! 信じましょう!」

部長の頭を撫でながら、なゆたはイイ笑顔で空いた方の手を突き出し、ぐっ! と親指を立ててサムズアップした。
彼を信じるに足る要素は全くない。全くないが――ただひとつ。唯一。

『連れているモンスターがかわいい』

それだけで、なゆたにとっては充分なのだった。かわいいは正義である。

「うっそぉ……二週間前? そんな昔に? よりによってこの王宮に? なんで気付かなかったんだ私……」

バロールが額に手を添えてショックを受けている。
相変わらずとぼけた物言いだが、これがこの人物の紛れもない素であるらしい。
ゲームの中で遭遇したときは既に人外になっており、ザ・悪魔! のような外貌をしていた上、さして会話もなかった。
従ってバロール本人のパーソナリティは不明のままだったのだが、意外なものである。

「わたしはなゆた。崇月院なゆた……なゆって呼んでくれればいいよ。あなたは?
 ……どうかな、みんな。この人にも仲間になってもらうっていうのは?
 さっきの話にもあったけど、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を集めなきゃ。仲間はひとりでも多い方がいいもの」

仲間たちを振り返り、そう提案する。
元々なゆたは社交的な性格だ。友達も仲間も多ければ多いほどいい、と思っている。
元いた世界でも生徒会の副会長を務め、名前だけのお飾りの生徒会長に代わって生徒会を纏め上げていたのだ。
基本的に性善説の信者で、話せば分かるのお気楽気質だということもある。
男の誠実そうな態度も好もしい。この人は信用してもいい、と直感が告げている。
そして――



そんなニューカマーへの好感度と反比例して、なゆたのエンバースキライ度は上がっていくのだった。


【質問タイム終了。ジョンのことは仲間として迎え入れたい方向。】

94カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/05/03(金) 00:17:04
>「ああ、よく知っているとも……おかえりカザハ、カケル。ううん、違うな……今は初めましてと言うべきかな。
 まぁいいさ、どっちでも! とにかく会えて嬉しいよ、また……じゃない、どうか力を貸してほしい」

“おかえり”――その言葉に一瞬思考停止する。
カザハの“知ってるかもしれないけど”という前置きは、飽くまでもここに呼び出したブレイブの一人として、ということ。
しかし、それどころではなくまるで旧知の仲のように知っているような物言い。
それ以後も、言葉の端々にそれが感じられる。
“君たちふたりにその必要はない”“ 君は転生じゃなくて混線”

――もしかしたら、ボク達の世界はこっちなのかもしれないね

リバティウムを発つ夜の、カザハの言葉が思い出されたが
なんとなくそうなのかもしれないと思ってみるのと、実際に信憑性の高い情報が出て来るのは全く違う。
カザハも突然のことですぐには切り込めなかったのだろう、
その間に、今はまだ言うべき時ではないという雰囲気で話題は次に移ってしまった。
それはそうと、世界を救えば帰還を望む者は帰還させてもらえ、永住を望む者は永住させてもらえるらしい。
全員が帰る気満々だと思っているなゆたちゃんだが、どっちにしろ世界を救えばいいのなら
その部分を巡って対立する必要はないわけで、とりあえず不安要素が一つ減った。

続いてバロールは、ローウェルがどこにいるのかといったエンバースの質問にはどこにいるのか分からないと答え、
ローウェルからの言付けについても、本当に分からないという様子を見せた。
(ほぼ同時にパーティー加入したエンバースさんがローウェルからそんな伝言を受け取ったとは思えないのでおそらくこの質問自体引っ掛け)

>「ま……いずれにしても、我が師がそう言っていたというのなら願ったりだ。私は私のすべきことをしよう。
 徘徊老人のことは、今はいいさ。どこにいるのかなんて、考えたところで仕方ないからね。
 聖灰たちには指示を出しているみたいだし、師は師で侵食に対していろいろ考えているんだと思うが――」

「ふーん、ローウェルさん、どうして居場所を明かさないんだろうね。
敵対勢力に狙われたらいけないからとか……?」

続いて、ビジネスライクなタイプかと思っていた明神さんが感情を爆発させる。
爆発するとしたら直球熱血のなゆたちゃんか変化球熱血のエンバースさんあたりだと思っていたので、これは意外だった。
尤も、わざと激しい態度を取る事で相手の反応を見ている、という可能性もある。
そして、本心にせよ作戦にせよ、それはバロールから重要な情報を引き出すこととなった。
この人は、ゲームとしてのブレイブ&モンスターズの存在を知っているのだ。
皆が地球でやっていたブレモンはただのゲームだが、ここは現実の異世界だということを語るバロール。
しかしなゆたハウスやみのりハウスがあったことを考えると、全くの無関係ではないのだろう。
謎は深まるばかりだ。

95カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/05/03(金) 00:18:22
>「とにかく……私の望みはただひとつ。『この世界を救いたい』それだけなんだ。
 そのためなら私は何だってする。非道なこともしよう。非人道的なことだってやる。これからもね、だって――
 それがこの私。『魔王』と呼ばれた、『創世の』バロールなのだから」

「魔王!? はいいとして……“呼ばれた”ってどういうこと!?」

バロールがあっさりと自分は魔王だと認めたのも驚きだが、ここはゲームのブレモンより過去の時間軸のはず。
しかし、魔王と”呼ばれた”と過去形で言った。

>「言いたいことはこんだけだ。世界救い終わったら、死んでった連中を弔いに行けよバロール。
 そんときゃ、俺も付き合ってやるからよ」

世界を救って帰還するなら、弔いに行くときには彼はこの世界にはもういないはず。
もしかして、明神さんも永住する気でいる――?
その後明神さんはブレイブの選定基準や他のブレイブについて質問し、話はアコライトを防衛しているブレイブ救出の依頼へとつながっていく。

>「ここキングヒルから一番近いのは、アコライト城郭。
 君たちにも馴染みの場所なんじゃないのかな? ゲームでは必ず行く場所だそうだからね」
>「……アコライト城郭……」

次の依頼と、出来る限りこれからの旅をバックアップをするというところまで話が進んだところで、
みのりさんがそもそもの本質に切り込む質問を投げかけた。

>「それで、うちらがアルフヘイムを救わなあかへん理由ってありますのン?」

>「それを説明するには、かつてこの世界に起こったこと。そして――君たちの世界に起こったことを説明しなければいけない」

バロールは、こちらの世界と地球の関係性と、それらの世界にかつて起こったことを語り始めた。

>「大賢者ローウェルの死をきっかけとして、私はニヴルヘイムへ渡った。
 鬣の王の首を手土産にね。それから魔王に変じて闇の世界を掌握し、ニヴルヘイムのために戦った。その結果――
 君たちに敗れ去った。正確には、君たちの操るモンスターたちに……かな。
 そう、君たちの知る『ブレイブ&モンスターズ』。そのシナリオは、その昔現実に起こったことなのさ」

「昔……? じゃあここはゲームの本編よりも未来ってこと?
でもローウェルさん生きてるし過去っぽいんだけど……!?」

皆混乱しているようだが、バロールはとりあえず説明を続ける。
結局のところアルフヘイムとニヴルヘイムの争いは浸食により領土が減っていったことによる陣取り合戦で、
ニヴルヘイムを倒したところで浸食は止まらず、一時しのぎにしかならなかったとのこと。
そして追い詰められたアルフヘイムが打って出た手段は――

96カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/05/03(金) 00:19:33
>「そう。アルフヘイムの者たちは、君たちの世界へと侵攻を開始したんだ」

>「そんなバカな! そんなのデタラメよ!」

そんなはずはないと食ってかかるなゆたちゃんに対しての答えは、驚くべき内容だった。

>「究極の魔法、機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)とは、時間遡行の魔法だった。
 この魔法によって、世界は元に戻った――侵食が発生したころまで時間が巻き戻った。
 死した者たちは蘇り、消滅した世界も元に戻った。だけど、なにも事態は好転していない。巻き戻っただけだ」

この世界はゲームのブレモンの未来であり過去でもある―― 一度巻き戻された過去ということらしい。

>「この世界が崩壊すれば、地球も危機に瀕する。だから、君たちもただ地球に帰れさえすれば一件落着……とはならない。
 救ってもらわなければならないんだ、この世界を。
 侵食を食い止め、それに対処する方法を探さなければならない。でなければ――
 いつか、地球にも侵食は発生するだろう。そうなったらもう、本当におしまいだ」

「つまり……ニヴルヘイムを倒しても何の解決にもならない……
どうにかして浸食を止めないと全部の世界が崩壊するってわけだね。
……あれ? イブリースさんも前の記憶があるなら争ってないで協力すれば……出来るならとっくにやってるか」

カザハは両陣営の有力者に以前の記憶が持つ者がいるにも拘わらず性懲りも無くまた陣取り合戦している状況に疑問を持つも、
他の人は以前の記憶は無いわけだしまあ色々あるのだろうと一人で納得したりしていた。

>「私の伝えたいことはこのくらいかな。他に質問はあるかい?
 なければ客室に案内させよう。疲れただろ? 今日はゆっくり休んでほしい。
 明日になったら、アコライト城郭へ向かうためのミーティングだ。忙しくなるからね」

そう言って去っていこうとするバロールをなゆたちゃんが呼び止め、一つの誓いを立てさせた。

>「私、『創世の』バロールは、いついかなるときも……全ての世界の安寧と平和を願っている。――我が良心に誓って」

「バロールさん……なんかボク達のこと昔から知ってるみたいだし……信じてみるよ!
その件についてはまたの機会に教えてね!」

そんなちょっとシリアスな雰囲気で会合が終わろうとした、その時だった。

97カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/05/03(金) 00:20:21
>「ぐはっ!」

突然男性が降ってきて、テーブルセットは滅茶苦茶。男性は妙に堂々と自己紹介を始めた。

>「突然のお茶会失礼しました、私は決して怪しい者ではありません」
>「失礼ながら今まで貴方達の話を全部を聞かせていただきました、自分の立場を知る為とはいえ盗み聞きしていたことをどうかお許しください。」
>「このスマホを見ればご理解頂けると思うのですが、僕も貴方達と同じ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』です」
>「一週間か・・・二週間か前にこの城に飛ばされてしまったのです、不審者と間違われていた私は今まで投獄されていました」

「他のブレイブ案外近くにいた―――ッ!
しかもたまたまドンピシャで城に召喚されたばっかりに不審者扱いで投獄って酷くない!?
普通召喚されて荒野に放り出される方がおかしいよね!?」

>「今から証拠をお見せします・・・召喚を」

すると、『部長』というネームプレートを付けた鎧を着たコーギーが現れた。
どうでもいいけどあの部長の意味は部活の部長だろうか、会社の役職名の部長だろうか。

>「ウェルシュ・コトカリスです、ブレモン初のエイプリルフールで実装されたモンスターの
 スマホを見ていただければ限定スペルカードもあります・・・逆に言うと僕はそれしかもっていませんが」

>「ニャー」

聞き間違いでなければ今確かにニャ―と鳴いた気がする――犬なのに。

>「ふおおおおおおおおおお!!! か〜わ〜い〜い〜〜〜〜〜っ!!!」

なゆたちゃんは部長に駆け寄って撫でまくり――

「あっははははははは! コトカリスで犬でニャーで部長って!」

一方のカザハはというと、このネタモンスターが妙にツボにはまったらしく、笑い転げていた。

>「こんな事言われても無理なことは十分承知の上ですが・・・僕を信じてください」
>「オッケー! 信じましょう!」

信じてくださいと訴える男性を、なゆたちゃんはあっさり信じた。
多分いや絶対モンスターがかわいいからだ。

98カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/05/03(金) 00:21:36
>「うっそぉ……二週間前? そんな昔に? よりによってこの王宮に? なんで気付かなかったんだ私……」

バロールさんはブレイブが召喚されたにも拘わらず気付かずにいつのまにやら投獄されていたことに狼狽えていた。
まあお城って広いし組織内部で伝達が行き渡ってないことなんてザラにあるしそういうこともあるよ。多分。

>「わたしはなゆた。崇月院なゆた……なゆって呼んでくれればいいよ。あなたは?
 ……どうかな、みんな。この人にも仲間になってもらうっていうのは?
 さっきの話にもあったけど、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を集めなきゃ。仲間はひとりでも多い方がいいもの」

「賛成! この人きっと悪い人じゃないよ。だってこんなネタモンスター連れた悪役なんて絵にならないじゃん!
ボクはカザハ、見ての通り人間じゃないけどよろしくね」

文字通り突然降って湧いた男性のパーティー入りを提案するなゆたちゃんに、カザハもまたモンスターが面白いというよく分からない理由で賛成する。
新顔のインパクト抜群の登場とネタモンスター召喚により、いつの間にやらシリアスな雰囲気はどこかに吹っ飛んでしまっていた。

「あ、あと人間じゃないといえばもう一人ここに闇の狩人みたいな人がいるけど怖がらなくていいよ、いい人だから!」

もはやパーティー入り前提の気分になってそうなカザハは、次は君の番、とばかりにエンバースさんに自己紹介を促す。
(もちろんこの時の私たちは、この新顔の好感度の反動を食らったがために、なゆたちゃんのエンバースさん嫌い度数が急上昇していたことなど、知る由もない)

99embers ◆5WH73DXszU:2019/05/08(水) 22:19:56
【炎の向こう(Ⅰ)】


「■■■■。このマルグリットとかいうイケメン、何度挑んでも勝てないぞ。どうなってる」

気が付けば――焼死体は記憶の中にいた。
蛍光灯の真白い光に眩む視界/その奥から聞こえる声。
懐かしい声だ。かつて愛した――今も愛している者の声。

「……確かにそいつは面倒なやつとして有名だが、それは初見殺しが煩わしいって意味だ。
 注意すべきはセイレーンの子守唄だけだろ。『ナイトヴェイル』が何度も負ける訳がない」

「いや、あらゆる手を尽くしているんだが、どうしても一手足りない。知恵を貸してくれ」

「冗談はよせって。ナイトヴェイルなら、マルグリットくらいオート戦闘でも勝てる……
 ……ちょっと待て。そいつの頭にくっついてる、ヒラヒラした布切れは一体なんだ?」

体が勝手に動く――己の意思で動かす事は叶わない。
これは記憶なのだ。起こらなかった事は起こせない。
悪戯な笑みを浮かべる過去に触れる事は、出来ない。
どれほど愛おしいと、取り戻したいと願っていても。

「これか?これはリボンと言うんだ。かわいいだろう?」

「悪かった。その布切れの正式名称が聞きたい訳じゃない。
 何の為にそんなものを装備させてるのか、その意図を尋ねてるんだ。
 異教避けの鉄頭巾はどうした?城郭の道中で拾える、あの露骨なお助け装備だ」

「ああ、あれなら捨てたよ。今後に有効な装備だとは分かっていたが、あまりにも見た目がよくない。
 私のオウルにも、こんな装備を無理矢理着せられるなんてあんまりだと、泣きつかれてしまってね」

「呪いの子守唄で何度も殺されるのはあんまりだって、喰らいつかれるのも、そう遠くないと思うぜ」

「だからそうなる前に、知恵を貸してくれと言っているのさ」

ぱちぱちと響く音/近づく炎の息遣い。
炎が芽吹き/燃え広がり/全てを塗り潰していく。
ここは記憶の中――起きた事しか、起こってくれない。

100embers ◆5WH73DXszU:2019/05/08(水) 22:21:08
【炎の向こう(Ⅱ)】

「……子守唄と言っても、ゲーム的にはただの魔法攻撃だ。
 ナイトヴェイルの『消灯(ムーンレス)』なら回避出来ないか?」

「もう試した。回避は可能だったが、5ターンでセイレーンを倒すには火力が足りない」

「スペルの併用は……試してない訳ないか。やっぱり、そのリボンを装備してたんじゃ……
 ……いや、待てよ。異教避けを装備しないのは、見た目が気に入らないからなんだよな?」

「ああ、そうとも」

「それなら話は早い。俺が見た目も性能も悪くない装備を譲ってやるよ。それで解決だ」

「いいや……それじゃ駄目だ」

「なんだと?返答はともかく理由(ワケ)を……いや、いい。
 聞かなくても分かる。俺のセンスが信用出来ないんだな?」

「それもある……が、一番の理由はそうじゃない」

「じゃあ、どうして」

「決まってる――贈り物をするなら、モンスターじゃなくて私に宛ててくれないと」

「……なるほど、大した誘導尋問だ」

「もっとかわいく誘った方が、好みだったかな?」

「……いや、そういう訳じゃない」

「なら、よかった」

浮かぶ最愛の微笑みは、もう炎に紛れて、殆ど見えなかった。



そして視界の全てが焼却されて――気付けば焼死体は現実へと連れ戻されていた。
目の前には小悪魔の笑み――認めたくはない/だが僅かに見える最愛の面影。
幻覚を見ていたなど知られる訳にはいかない/だが動揺を隠し切れない。

「……は、はは。かわいいだって?それだけか?拍子抜けさせないでくれよ――」

狼狽えながらも、焼死体は可能な限り平静を保ち、皮肉を紡いだ。

101embers ◆5WH73DXszU:2019/05/08(水) 22:29:36
【アシェン・ファーネス(Ⅰ)】


『え? そうなの? どこでそんな話を聞いたんだい? ご老人に会った……んじゃないよね?
 おかしいなあ。私がここにいることを彼が知っていても変ではないけど、そんなことを言うとは思えないんだけど……?』

焼死体の問いに対するバロールのリアクションは、例えるならばこうだ。
一見すると、枕詞に馬鹿を付けてもいいくらい、正直な返答。
つまり――焼死体の目論見は外れたと言える。

『ま……いずれにしても、我が師がそう言っていたというのなら願ったりだ。私は私のすべきことをしよう。
  徘徊老人のことは、今はいいさ。どこにいるのかなんて、考えたところで仕方ないからね。
  聖灰たちには指示を出しているみたいだし、師は師で侵食に対していろいろ考えているんだと思うが――』

元々、バロールの悪意/嘘が露見する事に一点張りした分の悪い賭け。
不発に終わった事は問題ではない/一度限りしか打てない手ではない。

――それよりも気がかりなのはローウェルだ。
王宮もバロールも大賢者の動向を捕捉出来ていない。意思疎通も連携も取っていない。
なのに王宮が召喚した『異邦の魔物使い(ブレイブ)』には、ローウェルからのクエストが送られてきた。
呑気な事を言ってる場合か、第一階梯。考えようによっては――お前達、大賢者に一手先を行かれてるんじゃないのか。

『頭湧いてんのかテメーらは――』
『そうだよ。私が殺した――』

倫理的な話に興味はない/そんな感性は一周目で失った。

『とにかく……私の望みはただひとつ。『この世界を救いたい』それだけなんだ。
 そのためなら私は何だってする。非道なこともしよう。非人道的なことだってやる。これからもね、だって――
 それがこの私。『魔王』と呼ばれた、『創世の』バロールなのだから』

「……なんだと?」

神経を火花が辿るスピードよりも、なお疾く、黒焦げた右手がコートへ潜る。
溶け落ちた直剣の柄を力強く掴む/だが抜きはしない――まだ。
魔王を自称しようと、宮廷魔術師である事は変わらない。
先手を取ってしまえば王国を敵に回す事になる。
だからこその告白――不快が、灰と募る。

『それで、うちらがアルフヘイムを救わなあかへん理由ってありますのン?』
『それを説明するには、かつてこの世界に起こったこと。そして――』

焼死体は構えを保持/バロールから視線を逸らさない。
真偽不明の話に興味はない/一周目では最後まで利用され続けた。
絶対に信用出来るのは、嘘だけだ――悪意なら、ただ斬り捨てるだけでいい。

『そう。アルフヘイムの者たちは、君たちの世界へと侵攻を開始したんだ』
『そんなバカな! そんなのデタラメよ!』

「……馬鹿馬鹿しい。素直にこう言ったらどうなんだ。
 俺達に対する貴重なアドバンテージを捨てるつもりはないってな」

右手をコートの内から引き抜く/それは敵意の喪失を意味しない。
逆だ/我慢の限界――殺しはしないが、鼻血くらいは拝んでやる。
凶暴な足取り/胸ぐらに狙いを定めた左手――赤火を散らす双眸。
怒り/アンデッドの様相を剥き出しに、バロールへと詰め寄り――

102embers ◆5WH73DXszU:2019/05/08(水) 22:31:15
【アシェン・ファーネス(Ⅱ)】

『究極の魔法、機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)とは、時間遡行の魔法だった。
 この魔法によって、世界は元に戻った――侵食が発生したころまで時間が巻き戻った。
 死した者たちは蘇り、消滅した世界も元に戻った。だけど、なにも事態は好転していない。巻き戻っただけだ』

「……待て、今なんて言った?時間を……巻き戻した?」

思わず、足を止めた/興味などなかったはずの言葉を聞き返す。

『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)は不完全な魔法だった――』

焼死体はずっとこう思っていた――自分は一度死に、遥か時の果てに蘇った。
だがバロールの言葉が真実ならば、それは思い違いだった事になる。
ここは一周目の未来ではなく、過去。だとすれば――







そして不意に――少なくとも焼死体にとっては――音が響いた。
暴力的な破壊に伴う重低音/陶器が割れて四散する高音。
気付けば、焼死体は溶け落ちた直剣を抜いていた。
抜いた瞬間を自覚していない/無我の反応。
つまり――今の今まで、呆けていた。

103embers ◆5WH73DXszU:2019/05/08(水) 22:33:44
【アシェン・ファーネス(Ⅲ)】

――何をやってるんだ、俺は。よりにもよってあんな戯言に惑わされるなんて。

『突然のお茶会失礼しました、私は決して怪しい者ではありません』

「……いいや、悪いがどう見たってお前は不審者だ」

己の風体を完全に棚に上げた焼死体の一言。
対峙する落下系タフガイ――上着のポケットに右手を突っ込む。

『失礼ながら今まで貴方達の話を全部を聞かせていただきました、自分の立場を知る為とはいえ盗み聞きしていたことをどうかお許しください』

見ようによっては不意を突いた“抜き打ち”の所作――だが焼死体は踏み留まった。
呆けていた反動で過剰に焦りはしたが、よくよく見てみれば服装が明らかに現代的。

『このスマホを見ればご理解頂けると思うのですが、僕も貴方達と同じ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』です』
『一週間か・・・二週間か前にこの城に飛ばされてしまったのです、不審者と間違われていた私は今まで投獄されていました』

「……おい、バロール。まさかそんな事がこの国のあちこちで起きてたり、しないよな」

『今から証拠をお見せします・・・召喚を』

瞬く魔力の光/描き出される小動物の輪郭。

『ウェルシュ・コトカリスです、ブレモン初のエイプリルフールで実装されたモンスターの
 スマホを見ていただければ限定スペルカードもあります・・・逆に言うと僕はそれしかもっていませんが』

「……悪いが、スマホを足元に置いてくれ。ヒヒイロ・マイマイみたいに、ゆっくりとだ。
 念の為、あんたの言ってる事が本当か、確認を取ってから改めて……」

『ニャー』
「ふおおおおおおおおおお!!! か〜わ〜い〜い〜〜〜〜〜っ!!!」

「……おい、何をしてる」

『こんな事言われても無理なことは十分承知の上ですが・・・僕を信じてください」』
『オッケー! 信じましょう!』

「おい、何を言ってる!別にそいつを信じるなとは言わない!
 だがそれにしたって、もっと踏むべき段取りがもあるだろ!」

『わたしはなゆた。崇月院なゆた……なゆって呼んでくれればいいよ。あなたは?
 ……どうかな、みんな。この人にも仲間になってもらうっていうのは?
 さっきの話にもあったけど、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を集めなきゃ。仲間はひとりでも多い方がいいもの』

『賛成! この人きっと悪い人じゃないよ。だってこんなネタモンスター連れた悪役なんて絵にならないじゃん!
 ボクはカザハ、見ての通り人間じゃないけどよろしくね』

「なんだ……こいつら一体何を言ってるんだ……?駄目だ、俺にはパリピの言動は理解出来ない……」

104embers ◆5WH73DXszU:2019/05/08(水) 22:39:33
【アシェン・ファーネス(Ⅳ)】

『あ、あと人間じゃないといえばもう一人ここに闇の狩人みたいな人がいるけど怖がらなくていいよ、いい人だから!』

明朗/親しげ――焼死体へと水を向けるカザハ。

「……やめろ」

しかし、焼死体の反応は――今までになく冷淡。
赤火の眼光の奥で、暗く/青い/疑心の炎が一筋、揺れた。

――カザハとバロールの間には、何か無言のコンセンサスがある。
精霊なんて、言ってしまえばマジカル使役動物だ。
そんな奴を……信用する訳にはいかない。

「俺は……いい人なんかじゃない」

もし裏切られたら――また辛い思いをする事になる。
バッドエンド由来のマインドセットは、灰のように脆い。
そこに燻る信頼の残り火も同じだ。容易く掻き消える。
背中を刺す刃の冷たさを思い出せば――いとも容易く。

「……エンバースだ。本当の名前は忘れた。見ての通り、アンデッドだ。
 この世界に連れて来られて、一度死んでる。あんたも気をつけるんだ。
 俺はどうせ……こんな体だ。出来る限り守るつもりではいるけど……」

[落ち物タフガイ/ジョン・アデル]に向き直り、自己紹介。
カザハの無邪気な笑顔を直視しかねての、逃避行動。
信じたい/裏切られたくない――相反する精神作用。
灰のように脆く/冷えた心では――向き合えない。

「……PTリーダーがこんな調子じゃあな」

批判/呆れ/皮肉――世界を疑い、厭い続ける内に、その身へ焦げ付いた悪癖。
その何気ない一言が、再び大いなる不興を招く可能性など――考えもしなかった。

105明神 ◆9EasXbvg42:2019/05/12(日) 23:17:20
俺のぶち撒けた怒りに、バロールは暫く押し黙っていた。
正論で相手叩きのめすのってすげー気持ち良いな……クセになりそう。
しかしこれじゃダメだ。レスバトルの妙味は圧倒的劣勢を屁理屈で覆すことにこそある。
誇り高きクソコテ、逆張りおじさんことうんちぶりぶり大明神の名が廃っちまうぜ。

お?どうしたバロール君??反論が聞こえないなぁ???
俺はこのまま正論マンとしてレスバトルに勝利を収めても良いんだが??

>「そうだよ。私が殺した」

少しばかりの沈黙を経て、バロールはそう呟いた。
眉一つ動かさない、ばつの悪さすら感じさせない、平静とした返答。

>「私のしたことに対して、緊急避難であるとか。これもまた正義だとか。そんなことを言うつもりは毛頭ないよ。

クソが……開き直ってんじゃねえぞこの野郎。
そこはお小水垂れながら涙目で敗走するところだろうが。
お前は今この場でぶっ殺されたって文句は言えねえんだぜ。
それが可能かどうかはこの際置いとくけどよ。

>「スマートフォンは確かに我々の目的のひとつではある。その凄まじい力は知っているからね。
 でも、惜しむらくは我々アルフヘイムの住人にそれは使えないんだ。同様、ニヴルヘイムの住人にもね。
 それは君たち、異邦からこちらにやってきた者にしか使用できない。そういうものなんだ。
 だからこれは君たちが持っているのがいい。

スマホ単品での鹵獲は目的じゃない……と。バロールは言明した。
それが真実なのか、それとも油断を誘う虚偽なのか、俺に判断する術はない。
こんな時にカテ公が居てくれりゃ――いや、あいつはそもそもバロールの側か。

重要なのは、この世界に「スマホを扱う技術がない」って部分。
これを明示された以上、今後俺たちのスマホが紛失しようが破損しようが、まともな支援は見込めないってことだ。
そして多分、スマホに関しては嘘ではあるまい。スマホとブレイブはセット運用の希少なものなんだろう。
イブリース君がわざわざミハエルとタブレットを両方回収して行ったくらいだからな。

>――それから、これは蛇足かもしれないけれど――」

バロールの双眸が、極彩色の虹彩が、俺を見据える。

>「善良かもしれなかった者たちを、無辜の存在を自分の願いのために殺したのは、君たちもじゃないのかい?」

「なんだとぉ……」

モンスターを、敵対MOBを、『狩り』と銘打って殺し回ったのは俺たちとて同じ。
バロールはそう言った。俺は到底、承服できなかった。
確かにソシャゲの性質上、プレイヤーは何度もクエストを周回プレイする。
俺たちの生み出した亡骸の数は、拉致されたブレイブの数の比じゃないだろう。

でも、ゲームだろ!?俺たちが殺したのは、システム上のエネミーデータに過ぎないはずだ。
生きてる人間を誘拐してきて見殺しにしてきたお前らアルフヘイムとは違うだろ!?

……だけど、絶対にそうじゃないとは言い切れなかった。
アルフヘイムにはなゆたハウスがある。石油御殿がある。プレイヤーの建築物が確かに存在する。
つまり、俺たちがこの世界に来る前から、ゲーム内での行動がアルフヘイムに影響を与えていたのだ。

プレイヤーが作った家がこの世界にあるのなら……プレイヤーが殺した犠牲もまた、存在していてもおかしくない。
ブレモンにおける敵キャラはモンスターだけじゃない。
アルメリアと敵対する国の兵士や将校、野盗に雇われの冒険者――"人間"も居る。
もしも俺たちがゲーム内で倒したキャラクターの一つ一つが、この世界に息づく命なのだとしたら。
云百、いや云千にものぼる命を、俺たちはこの手で奪ってきたことになる。

106明神 ◆9EasXbvg42:2019/05/12(日) 23:17:57
>「……な〜んちゃってね! 冗談冗談!」

バロールはすぐに剣呑な気配を収め、前言を撤回した。
だが、それが本当に単なる気休めでしかないことを、俺は痛烈に実感した。

そして、聞き捨てならない情報はもう一つ。
こいつは知っている。俺たちが、『ブレイブ&モンスターズ』のプレイヤーであることを。
この世界をそっくりそのまま再現したゲームが存在してることを、知っている。
イブリースと同じように……!

>「とにかく……私の望みはただひとつ。『この世界を救いたい』それだけなんだ。
 そのためなら私は何だってする。非道なこともしよう。非人道的なことだってやる。これからもね、だって――
 それがこの私。『魔王』と呼ばれた、『創世の』バロールなのだから」

だとすれば、こいつは一体なんなんだ?
シナリオの結末について、バロールは理解している。
つまり……バロールがアルフヘイムを裏切って、魔王として君臨していることを。
自分の末路を知っていて、それでもなおアルメリアで王宮魔術師なんてやってる理由はなんだ?

>「ああ、いいとも。一人旅は苦手なんだ、というか一人ぼっちが好きじゃなくてね、賑やかなのがいい。
 君が付き合ってくれるなら願ってもない――すべてが終わった暁には、世界に詫びに行こう」

情報の洪水を処理しきれないまま、話は前へと進んでいく。
俺の提示した質問に対し、バロールは丁寧に答えていった。

>「残念ながら、我々には指定した人間を召喚する技術がない。

アルフヘイムの召喚は、やはり無作為抽出。強いプレイヤーを選んだわけじゃないらしい。
ある程度の地域、ってのが気になるな。今んとこ俺たちは全員日本人だ。

俺は名古屋、石油王は京都、なゆたちゃんと真ちゃんは湘南。カザハ君は……たぶん鳥取。
鳥取だよな?日本一の砂場あるって言ってたもんな?島根か鳥取のどっちかだろ、うん。
いずれにせよ、大都市圏ってくくりもなけりゃ、地理的にもまとまりがない。

もうすっかり忘れ去ってた設定だけど、ブレモンには位置情報を利用した拡張現実の要素もある。
狩場の豊富さやレア敵のPOPポイントなんかで、都市部とド田舎じゃそもそもプレイしやすさが違うのだ。
当然、ゲーム内資産やプレイヤーとしての強さにも格差がある。
もちろん運営によるバランス調整はあるにせよ、基本的に都会のプレイヤーの方が強いことは確か。
召喚する地域を絞れるのなら、東京及び関東圏を選択しない理由がないわけだ。

絞った地域ってのはおそらく国単位……。
そしてバロールは、少なくとも国の区別がつく程度には、俺たちの世界のことを知っている。
世界チャンピオンはドイツ出身だけど、プレイヤーの層の厚さではやっぱ日本が強いからな。

同時に、召喚範囲を国でくくったのは、バロールなりの気遣いもあるのかもしれない。
言語は翻訳できるにせよ、風習やら価値観の違いやら、国が隔てるものは多い。
この世界で他のブレイブと合流した時に、同じ国の人間の方が連携はとりやすいだろう。
まぁそれがバロールを信用する理由になるかっつうと、ぴくちりなりゃしねーけどよ。

>「いい質問だね。君たち以外に我々が所在を把握している『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は何人かいる。
 次に君たちに頼みたいのは、まさにそれだ。
 君たちには、各所にいる『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と合流してほしい。力を束ねて、侵食に対抗するために」

「結局おつかいクエストかよ!やっぱおめーはローウェルの弟子だぜ、バロール!」

すげえシームレスに次のクエストフラグが立って俺は憤慨より先に脱帽の念に襲われた。
あーあーそゆことね。同じ国の人間を喚んだ理由ってこれかよ。
バロール自身やよくわからん外人が会いに行くより、同じ日本人の方が野良ブレイブの警戒も解きやすい。
実際そういう目論見があったかどうかはわかんねえけど、結果的に功を奏しちまってんのが癪に触るぜ。

107明神 ◆9EasXbvg42:2019/05/12(日) 23:18:42
>「ここキングヒルから一番近いのは、アコライト城郭。
 君たちにも馴染みの場所なんじゃないのかな? ゲームでは必ず行く場所だそうだからね」

「そーだな。終盤でおめーとおめーの愉快な仲間たちが更地にしちまったけどな」

アコライト城郭。
王都から少し離れた位置にある、アルメリア王国の外郭都市――軍事拠点だ。
アルメリアを諸外国からの侵略や領地内の蛮族から守る鎮守の要であり、
本編における対ニブルヘイム戦線の最前線にもなっている。

プレイヤー(≒冒険者)はギルドからの依頼でこのアコライト城郭へと赴き、
そこで十二階梯の継承者、『聖灰の』マルグリットと運命の邂逅を果たすことになる。
クソみたいなデバフのハメ殺しかましてくるイケメンに、奴の駆る聖灰式のサモン――
後にフォーラムを騒がす不死者バグも相まって、非常に印象深い場所だ。

アコライトかぁ。俺あすこにあんま良い思い出ないんだよな。
大人気キャラのマルグリットと初遭遇する場所だけあって、プレイヤーからの人気も高い。
だもんだから、聖地巡礼とか何とかでキャイキャイ騒ぐパリピ共の集会所みたいになってんだよ。

昔一度ひやかしついでにMPKしに行ったら、マル様親衛隊なる連中にベチボコにされた記憶がある。
あいつらマジ容赦ねえの。俺の死体スクショしてフォーラムに貼り出しやがって。
お陰様でしばらく俺が顔出す度にクソコラされたキャラの死体写真が連投されてまことに居辛かった。
何が親衛隊だよ。画面の向こうのお前らと違って俺あいつと楽しくお喋りしたからな!
八割がた何言ってっかわかんなかったけれども!

ほんでそろそろ僕のお腹が限界なんですけれど、おトイレどこですか?

>「ああ、これは気付かず失礼! お連れして差し上げなさい」

バロールは思い出したようにメイドさんを呼んだ。
物言わぬ魔物のメイドさんは付いてこいと言わんばかりに顎をしゃくる。
なんか冷たくない?俺、来賓なんですけお!まぁお前らの上司に喧嘩売っちゃったけどさぁ!

メイドさんに案内されて俺は便所へ行く。
おお……さすがアルメリアの王宮、便所もすげえ瀟洒な作りだ。
なんか金箔で切り貼りされた壁紙に、草原みたいにふわふわのカーペット。
俺ほんとにここでうんちして良いのかな……?

「冷たっ……だからなんで便座が大理石なんだよ!」

魔法機関車の時もそうだったけどさぁ!みんなこんな冷たい便座で用足してんの?
マジで?バロールも?マルグリットも?ウッソだぁ。もしかしてイケメンは排泄しないのか?
連れションもせずにどうやってコミュニケーションとってんだあいつら。

……そういやスルーしてたけど、当たり前のようにこの便所水洗なのな。
バロールの庭園にもちゃんと水が引かれてたし、水道インフラはしっかり通ってるのか。
もしかしたらこういうのも、喚ばれたブレイブが導入した技術なのかもな。
俺たちの知らないところで現代知識無双とかそういうのがあったのかもしれん。

閑話休題、無事にトイレへダンクシュートを決めた俺が庭園に戻ると、
石油王の質問にバロールが答えている最中だった。

>「それで、うちらがアルフヘイムを救わなあかへん理由ってありますのン?」

……それな。マジでそれな。
問答無用で拉致られたことはこの際置いておこう。いや捨て置けねえけど、それは本題じゃない。

バロールは俺たちに、『他人事じゃない』と言った。
十二階梯にバロールを加えた、戦力的には十二分のアルフヘイムが、それでもなおブレイブに頼る理由。
俺たちが、この世界を救わなきゃならない、のっぴきならない事情があるはずだ。

108明神 ◆9EasXbvg42:2019/05/12(日) 23:19:14
>「それを説明するには、かつてこの世界に起こったこと。そして――君たちの世界に起こったことを説明しなければいけない」

そこからバロールの語った内容は、もう完全に俺の理解を越えていた。
本当に、マジで理解を超越してたので、奴の語るところを把握出来てたか自信がない。
それでも、述懐をかいつまむとこうだ。

この世界は、一巡している。
いや、この世界だけじゃない。アルフヘイムも、ニブルヘイムも、俺たちの世界も、一度滅びを迎えている。

"魔王"バロールを倒し果せても、世界は救われなかった。
世界を虚無に飲み込む侵食は停止することなく、やがてアルフヘイムさえも消滅することになる。
追い詰められた人々は、逃げ場を別の世界に求めた。
アルフヘイムでも、ニブルヘイムでもない、第三の世界――俺たちの世界に。

アルフヘイムはニブルヘイムを滅ぼしたあと、今度は地球を相手に戦争をおっぱじめたのだ。
防衛ではなく……移住するための、侵略戦争を。

>「アルフヘイムの人間が、地球に攻め込んだ!? そんなことあるわけない!
 もしそれが事実だとしたら、どうしてわたしたちにはその記憶がないの!?

事実を受け入れられないなゆたちゃんがかぶりを振って叫ぶ。
俺だっておんなじ気持ちだった。頭を抱えたくなった。ていうか抱えた。
こいつは一体いつの話をしてるんだ。そんなもんニュースでだって聞いたことねえぞ。

>「究極の魔法、機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)とは、時間遡行の魔法だった。
 この魔法によって、世界は元に戻った――侵食が発生したころまで時間が巻き戻った。
 死した者たちは蘇り、消滅した世界も元に戻った。だけど、なにも事態は好転していない。巻き戻っただけだ」

機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)。
それは、戯曲におけるご都合主義、唐突に現れて事態を全部解決していくスーパーマンを指す言葉だ。
もうどうしようもない窮地に、なんか奇跡が起こっていい感じに物語を終わらせる、創作上の禁忌。
冗句にしたって笑いどころがわかんねえ。

世界が滅びを迎えて、それこそ奇跡が起こった。時間遡行なんていう、超弩級のどんでん返し。
そして、滅んだ3つの世界は、時間を巻き戻して再構成された。
バッドエンドを迎えたシナリオをリセットして、全ては振り出しに戻った……はずだった。

>「機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)は不完全な魔法だった。
 極端な話『とにかくある程度まで時間を元に戻せさえすれば、小さいことは知ったことじゃない』な代物だったんだ。
 時間は元に戻ったものの、その副産物として様々な歪みが――君たち風に言うとバグが生まれてしまった。
 私やイブリースがそうだ。本来『一巡目』の記憶は失われるはずが、それを持ったまま蘇生した」

だが、時間遡行は仕様通りに動作しなかった。
ソースコード……呪文だか魔法陣だかに、予期しないバグが混入してたんだろう。
俺もソフト開発の会社に勤めてたからよく分かる。弊社のプログラマ達の阿鼻叫喚が聞こえるようだ。

あるいは。その不完全な記憶消去すら、魔法の仕様内だったのかもしれない。
デウスエクスマキナが誤作動し、本来巻き戻るはずの記憶を維持して蘇った連中がいた。
記憶を持って、問題の根本的な解決にあたろうとする者たちがいた。
それがバロールであり、イブリースであり、おそらくは――

「――真ちゃんやしめじちゃんの見たっつう、白昼夢。アレもそういうことなのか」

タイラントと対峙した時、真ちゃんは直感的にあれを敵だと認識した。
しめじちゃんもまた一度死んだ折に、リバティウムの過去と結末を幻視していた。

いつだったか、旅の途中で真ちゃんから聞いたことがある。
あいつの見た白昼夢の内容。俺たちの世界に出現したタイラントと、それに蹂躙される街並み。
自衛隊の戦闘機や攻撃機が何機も飛び交って、核が落ちて――それきりの、絶望的な夢。

109明神 ◆9EasXbvg42:2019/05/12(日) 23:19:56
仮に地球にブレモンのモンスター共が雪崩込んで来たとして、現代兵器で太刀打ち出来るだろうか。
ベルゼブブもバルログも、ミサイルが直撃すればそりゃ死ぬだろう。案外重機関銃くらいでも狩れるかもしれない。
でもタイラントやミドガルズオルムは無理だ。対空防御が完璧過ぎる。分厚い装甲は戦車砲でも貫徹不可能だろう。
それこそ、核兵器でも使わない限り、奴らは止まらない。世界は容易く滅ぶ――滅んだ。

>「私には『一巡目』の記憶がある。だから、もう同じ轍は踏まない。
 だが、私の力だけでは限界がある。よって君たちの力を借りたいんだ。

バロールの語る言葉は、荒唐無稽ではあるけれど、真に迫ったものがあった。
これが嘘だと、妄言だと、断じて切り捨ててしまうのは簡単だ。
だが避け得ない事実として、こいつにもイブリースにも、過去と未来の知識がある。
何より、同じ記憶が真ちゃんにもあるのだ。信じる理由は、それだけあれば十分だった。

>「この世界が崩壊すれば、地球も危機に瀕する。だから、君たちもただ地球に帰れさえすれば一件落着……とはならない。
 救ってもらわなければならないんだ、この世界を。
 侵食を食い止め、それに対処する方法を探さなければならない。でなければ――
 いつか、地球にも侵食は発生するだろう。そうなったらもう、本当におしまいだ」

「敵は……ニブルヘイムだけじゃないってことか。
 ゲームみたいに、シナリオに沿って敵を倒せば万事解決とは、いかなさそうだ」

>「つまり……ニヴルヘイムを倒しても何の解決にもならない……
 どうにかして浸食を止めないと全部の世界が崩壊するってわけだね。
 ……あれ? イブリースさんも前の記憶があるなら争ってないで協力すれば……出来るならとっくにやってるか」

「まぁ殺し合いしてた仲だし、色々遺恨もあるだろうしなぁ。
 敵同士だった奴らがそれまでのしがらみ全部捨てて、世界がやべーから手を取り合おうってなるかっつうと、
 やっぱ無理無理かたつむりなんじゃねえの?イブリース君とか頭超固そうだしよ」

物理的な意味じゃなくてね。いや物理的にも角めっちゃ生えてるし固そうだけども。
実際のところ、カザハ君の唱える呉越同舟論は、多分一番効果的だと俺も思う。
でもイブリースからすりゃたまったもんじゃねえよな。
一巡目に世界滅ぼしてきた連中が、今度は手を取り合って世界を救おうとか言われても納得いかねえだろ。
ただでさえアルフヘイムは地球にまで侵略ぶちかました戦犯野郎共なんだから。

「イブリースは『今度こそ勝つ』とか言ってやがった。少なくとも現段階では、協調路線のメはねえだろう。
 案外、アルフヘイムが先に滅べば侵食止まってニブルヘイムと地球は助かるかもしんねーしな」

バロールを揶揄するように、俺は憎まれ口を叩いた。
この期に及んで腹芸なんざ無意味だ。どうせ俺の考えなんざこいつは見透かしてるだろうしよ。

>「私の伝えたいことはこのくらいかな。他に質問はあるかい?
 なければ客室に案内させよう。疲れただろ? 今日はゆっくり休んでほしい。
 明日になったら、アコライト城郭へ向かうためのミーティングだ。忙しくなるからね」

俺の皮肉をさらりと受け流して、バロールは席を立つ。
腹立つほど典雅に場を辞そうとするその背中に、なゆたちゃんが声をかけた。

>「じゃあ、誓ってください。あなたは本当に、この世界と地球と。ふたつの世界の平和と幸福を願ってるって」
>「……あなたの良心に」

おいおいおい。バロール君面食らっちゃってるよ。ちょっとおもしれーな。
誓い。きっと、言葉だけの宣誓なんざ、何の保証にもなりやしない。こいつ裏切りの前科あるしな。
それこそ、お得意のおべんちゃらで煙に巻いて、腹の裡でエグい算段することだって出来るだろう。
なゆたちゃんの要請は、合理的に考えれば、まったくの無意味なんだろう。

だが。バロールは、十三階梯筆頭は、アルフヘイム最強の男は――かつての魔王は。
一笑に付されてもおかしくないなゆたちゃんの言葉に、襟元を正した。
右手を胸に当てて……宣誓する。

110明神 ◆9EasXbvg42:2019/05/12(日) 23:20:36
>「私、『創世の』バロールは、いついかなるときも……全ての世界の安寧と平和を願っている。――我が良心に誓って」

嘘偽りが容易くても。何の保証にもならなくても。
バロールのこの言葉だけは、真摯な真実であると、俺は信じたい。
なゆたちゃんの想いが、裏切られるようなことは……赦すまい。そう思った。

>「バロールさん……なんかボク達のこと昔から知ってるみたいだし……信じてみるよ!
  その件についてはまたの機会に教えてね!」

カザハ君はちょっと人のことあっさり信用しすぎだと思うけれども……。

「あ、バロール。なんかいい感じに話終わりそうなとこ悪いけど、俺も最後にいっこだけ質問いいか」

今度こそこの場を去ろうとしたバロールをさらに呼び止める。
何度も振り返らせてゴメンね!ざまぁ見やがれそのまま腰いわせろ!

「時間遡行のスーパー魔法、機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)のことだけどよ。
 唱えたのは誰だ?お前じゃないんだよな、お前はその時もうおっ死んでたんだから」

世界3つ分の時間を巻き戻すとか、イージス級の最上位スペルでも無理無理の無理だろう。
そしてそれはバロールにも行使できない。できるんならローウェルが死んだ時に使ってるはずだしな。

「んな超絶魔法を使える奴がお前の他に居るんなら、そいつに声かけんのが先じゃねえの?
 もし仮に侵食止めるのに失敗しても、もっかい時間巻き戻せればやり方変えてリトライできるしよ。
 いや、そもそも侵食発生より前に戻し直すことも出来るのか……?」

一方で、俺はなんだか嫌な予感がしていた。
バロールはコンティニューの存在を、『あった』と過去形で語った。
時間遡行魔法について語る中で、その術者について言及がなかったのは――

>「ぐはっ!」

まとまりかけた俺の思考は、知らない嗚咽じみた声とティーセットの破壊音に寸断された。
すわ何事かと振り向けば、なんかでけえ男がテーブルのあった場所で尻もちついている。
いやマジで何事だよ!そしてなんでメイドさんはティーセットぶっ壊してドヤ顔してんだよ!

「誰だよこのおっさん。バロール君?」

おもっきし不審者侵入してんじゃん。とバロールに目を向ければ、柄にもなく目を白黒させている。
つーことはこの闖入者はバロールにとっても想定外ってことか。
なおのことやべーじゃねえか!王宮の警備ガバガバすぎひん?

>「突然のお茶会失礼しました、私は決して怪しい者ではありません」
>「このスマホを見ればご理解頂けると思うのですが、僕も貴方達と同じ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』です」

男はすっくと立ち上がると、スマホと共に諸手を上げて無抵抗をアピールする。
新手のブレイブだと?よく見りゃ確かにパーカーとジーンズ、この世界の人間じゃない。
もっとよく見りゃ、おっさんって歳でもねえな。俺と同年代くらいだ。
そしてさらによく見りゃ……金髪に、青い目。外人やん。外人やん!!!

「バロールお前、地域絞って召喚したとか言ってたじゃねーかよ!」

どっからどう見ても外人じゃんこいつ!絞った地域ってお前、地球全土とかじゃねえだろうな!
でもこの外人めっちゃ日本語うめーな……ミハエルみたいな翻訳されてる感もない。
本当に、日本語を喋ってるって感じだ。

だけど……バロールがマジに把握してない、日本以外から召喚されたブレイブだとすれば。
それこそミハエルみたく、ニブルヘイム側が召喚したブレイブってことにならねえか?
つまりは――敵だ。

111明神 ◆9EasXbvg42:2019/05/12(日) 23:21:31
>「今から証拠をお見せします・・・召喚を」

「ちょっ、ちょっと待てや!召喚すんな!スマホ置いてしゃがめ!」

俺の制止も虚しく外人はスマホを手繰る。
こいつはやべぇ――俺もまたスマホを抜こうとしたが、ポケットにない!
そうだった。スマホ置いてたテーブルはガラクタに成り下がり、スマホは遠くに転がってる。

ちら、とエンバースを見る。突然の闖入に呆けてた焼死体も、今は臨戦態勢だ。
頼りねえ肉盾だが、とにかく今はこいつの影に隠れるしかねえ。
果たせるかな、外人ブレイブのスマホから、モンスターが出現する――

>『ウェルシュ・コトカリスです、ブレモン初のエイプリルフールで実装されたモンスターの
 スマホを見ていただければ限定スペルカードもあります・・・逆に言うと僕はそれしかもっていませんが』

現れたのは、鎧を纏った小型犬。本当にただそれだけの、小型犬。
あ……ヤバくないやつだ。俺は瞬間的に理解した。
ウェルシュ・コトカリス。エイプリルフール企画で実装されたネタモンスターだ。
特徴は――イロモノ。犬の癖にニャーニャー鳴く、ブレモンで一番可愛いゴミ(褒め言葉)。

「あー、あー、なるほど……こいつも10連ガチャのハズレ枠かぁ……」

うわぁ。持ってる奴初めて見たわ。
持ってるだけじゃなくてパートナーとして連れてる奴も初めて見た。
なにせこのウェルシュ・コカトリス、課金モンスターの癖に本当に強みがない。
専用スペルがないとまともに攻撃できない関係上、デッキ構築にも大きな制限がかかる。
現環境の、スペルコンボで殴り合う戦術と驚くほど噛み合わないのだ。

見た目だけは本当に可愛らしいので、一日限定配信という希少性も相まって購入した奴は居る。
居るには居るが、どいつもこいつもそのあまりの弱さにハウスの置物にするのが大多数だ。

>「ふおおおおおおおおおお!!! か〜わ〜い〜い〜〜〜〜〜っ!!!」

魅了デバフ(仕様外)にアテられたなゆたちゃんがまず陥落した。

>「あっははははははは! コトカリスで犬でニャーで部長って!」

ネタ成分が直撃したカザハ君も陥落した。

>「……おい、何をしてる」

エンバースは……ドン引きしていた。だよねー!ワイトもそう思うざます!
まあ俺たち陰キャはね、モンスターのことステータスでしか見てない的な部分あるしね。
可愛いだけが取り柄のクソザコモンスターなんかお呼びじゃねーよ、ぺっ!

"部長"と書かれた名札をつけた小型犬が、なゆたちゃんに撫でられながらこちらを見る。
俺と視線が合ったのか、しばらくこちらを見つめて、小首を傾げた。

>「ニャー」

うっ……可愛い……。
いやいや、そんなあざといムーブにほだされる明神さんじゃありませんよ。
可愛さで言うたら俺のマゴットも大したもんですよ。
ほらこのつぶらな瞳!目は退化してっから瞳もクソもねーけどさ。

何がニャーだよ。マゴットだってそんくらいできるし!ししし!!!
なっ、ニャーって鳴いてみ?ニャーって。

「グニャフォォォォォ……!」

可愛くねぇ……。でも頑張ったね!ご褒美にヘブンナッツをあげよう!
最近こいつ腐肉よりナッツのほうが食いつき良いのよね。やっぱエンバースの説は正しかったわ。

112明神 ◆9EasXbvg42:2019/05/12(日) 23:22:49
>「こんな事言われても無理なことは十分承知の上ですが・・・僕を信じてください」

外人ブレイブはそう言って頭を下げる。……頭下げた?外人が?
なんやねんこいつ、何から何まで日本人ムーブが板に付きすぎやろ。

>「オッケー! 信じましょう!」

なゆたちゃんは親指を立てて即答した。

「ええ……?信じるのぉ?この流れでぇ?」

ハイパーチョロい女に成り下がったなゆたちゃんに、流石の俺もドン引きだ。

「嘘だろお前、信じられる要素ゼロじゃん!今のところ犬の散歩に来た謎外人じゃんこいつ!
 不審者と間違われたとか言ってたけど、どう見ても非の打ち所がない不審者だろ!」

>「うっそぉ……二週間前? そんな昔に? よりによってこの王宮に? なんで気付かなかったんだ私……」

「バロールお前マジ本当……なんぼなんでも報連相がガバガバすぎんだろ。
 もしかしてお前嫌われてない?メイドさんとかに。顎で使ってっからさぁ」

俺も会社の女の子に嫌……いやこの話はやめよう。やめよう!!!!!!!!
バロールがお茶に雑巾の絞り汁入れられようが俺の知ったことではない。

>「わたしはなゆた。崇月院なゆた……なゆって呼んでくれればいいよ。あなたは?
 ……どうかな、みんな。この人にも仲間になってもらうっていうのは?
 さっきの話にもあったけど、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を集めなきゃ。仲間はひとりでも多い方がいいもの」

「お前……お前エンバース仲間に入れる時あんだけ渋ってたの何だったの……。
 そういうのよくないと思うんですよ俺は。そりゃ見た目からしてあいつはやべー焼死体だけどさぁ。
 ほら人は見た目じゃないって言うだろ?もっと中身見てこ中身」

>「賛成! この人きっと悪い人じゃないよ。だってこんなネタモンスター連れた悪役なんて絵にならないじゃん!
 ボクはカザハ、見ての通り人間じゃないけどよろしくね」

「お前は見た目で判断しすぎだよ!!」

ぜーはー言いながら俺はどうにかこの状況に歯止めをかけんとする。
むべなるかな、陽キャ組のパワーはいかんともしがたく、話がどんどん進んでいく。

>「なんだ……こいつら一体何を言ってるんだ……?駄目だ、俺にはパリピの言動は理解出来ない……」

「やべえぞ焼死体。パーティの陽キャ濃度がどんどん上がろうとしている。
 このままじゃこいつらそのうち川辺でバーベキューとかやり出すぞ。
 俺たちチーム陰キャにとってこいつは死活問題じゃねえか?俺たち陰キャにとっては!」

俺はどうにかパリピの光に対抗すべく、闇の眷属同士で結束を図らんとする。
エンバースが陰キャかどうか知らんがこいつなにかと陰気くせえし多分陰キャだろ。

>「あ、あと人間じゃないといえばもう一人ここに闇の狩人みたいな人がいるけど怖がらなくていいよ、いい人だから!」

「やめろ!陰キャを日向に引きずり出そうとするんじゃない!日光に当たって溶けたらどーする!
 俺たち闇の者はなぁ、部屋の隅っこで口開けて雨と埃だけ食ってかろうじて生きてんのがお似合いなんだよ!」

>「俺は……いい人なんかじゃない」

エンバースがなんかまた陰鬱モードに入ってる。
良いよ良いよ!この調子でガンガン闇の力強めてこ。世界を闇で染め上げてやろうぜ!

113明神 ◆9EasXbvg42:2019/05/12(日) 23:23:57
>「……エンバースだ。本当の名前は忘れた。見ての通り、アンデッドだ。
 この世界に連れて来られて、一度死んでる。あんたも気をつけるんだ。
 俺はどうせ……こんな体だ。出来る限り守るつもりではいるけど……」

陰ムーブしつつも、エンバースは観念したように名乗った。
だが奴もさる者、ただ折れるだけで終わるような傑物ではない。
最後にボソっと口に出した言葉を、俺は聞き逃さなかった。

>「……PTリーダーがこんな調子じゃあな」

それは紛れもなく、なゆたちゃんに向けた皮肉であり、抗議だった。

「お、お、お、おめーはよぉ!考えがよぉ!陰険なんだよ!!
 なんでそんなひどいこと言うの!?また激おこの荒波が到来するだろーが!」

こいつしっかり根に持ってやがんな!やっぱおめーは生まれついての陰キャだよ!
せっかくお前、なゆたちゃんが歩み寄ってリボンとかくれたのによぉ!
なんでまた火に油を注いじゃうんだよ!おめーなんか闇属性じゃねえ!この火属性がっ!!

「んー、んんんーーー……」

俺は唸りつつ外人の方を見る。目が合った。爽やかな笑みを向けられた。
クソがっ!真っ白い歯見せつけやがって!眩しいんじゃい!!
こんな正統派ナイスガイのいるパーティに居られるか!俺は自室に引き籠もらせてもらう!
自室とかねーからとりあえず石油御殿に部屋借りるね!ぼく龍哮琴と一緒に寝ゆー!

「……わかった。とりあえず暫定的に受け入れよう。戦力が欲しいってのは確かだ。
 俺は明神。真面目に仕事してる最中にこの世界に放り込まれた、哀れなブレイブさ。
 英語でブライトゴッドって呼んでも良いぜ、返事をするかは約束しかねるがな」

見るからに得体の知れない外人だが、まあ得体が知れないのはエンバースも同じだ。
ウェルシュ・コカトリス相手なら仮に戦闘になっても難なく打ち倒せる。
推定無罪ってことで、パーティに受け入れても問題ないと判断した。
なんとなく近づいたら握手を求められそうなので俺はサっと一歩下がった。

「ついでに、今後の方針も決めちまおう。俺は、バロールの依頼を受けるべきだと思う。
 このまま王宮でお茶しばいてても事態はなんも好転しない。動ける時に動くべきだ。
 俺たちが現状、ニブルヘイムに勝ってるのは……人手の多さだけだからな」

こいつはまだ憶測の域を出ないが、ニブルヘイムもまた、人手不足に喘いでいるはずだ。
ピックアップ召喚という仕様上、アルフヘイムみたいにブレイブの人数は揃えられない。
俺たちに敗北したミハエルを、ニブルヘイムから門つなげてまで回収しに来たのが良い証拠だ。

世界を隔てる『境界』を乗り越えるには、膨大なコスト……クリスタルが必要だ。
クリスタルが枯渇しつつあるこの世界では、ニブルヘイムにとってもかなり痛い出費となったはず。
それでもなお、他のニブルヘイム側のブレイブではなく、イブリース本人が出張って来た。
イブリースのレベルなら、越境で消費されるクリスタルは凄まじい数になるだろうに。

つまりニブルヘイムには、ミハエルの他にブレイブが居ない。
あるいは、回収に割けるほど人材に余裕がないと推測できる。

「それに、俺は興味がある。アコライトでずっと孤軍奮闘してきた、先輩ブレイブって奴によ。
 もしかしたら、バロールなんぞよりよっぽど為になる話が聞けるかもしれねえぞ」


【バロールに質問:デウスエクスマキナの術者はどこ行ったの?
 謎外人への対応:暫定的にパーティ受け入れ。自己紹介
 パーティに提案:アコライト城郭のブレイブ救出クエストに参加】

114五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/05/17(金) 00:01:48
>「この世界が崩壊すれば、地球も危機に瀕する。だから、君たちもただ地球に帰れさえすれば一件落着……とはならない。
> 救ってもらわなければならないんだ、この世界を。

「この世界が滅びるから生存をかけて地球に侵略する、いや、侵略し【た】ゆう事なんやねえ
なる程確かに他人事やあらへんわ
ほやったら召喚された協力者やのうて地球の代表として、この場であんたさんを倒してしまえば話早いんやあらへんの?
王様は随分耄碌しているようやし、あんたの首持って二ヴフレイムに行けば歴史は分岐されるやろうしなぁ」

バロールの話を大人しく聞いていたが、【侵略しない為に】という言にみのりが動いた
口から流れ出す言葉と共に裾から、袖から、大量の藁が溢れ出し庭園に広がっていく
その藁はみのりのパートナーモンスター、スケアクロウのイシュタルであり、眠りの荊を内包した工性防壁

スペルカードの使用の可否を確認するために事前に発動させた土壌改良(ファームリノベネーション)
からの荊の城(スリーピングビューティー)と品種改良(エボリューションブリード)のコンボである

地球では一般人であっても、この世界に召喚された時点で強力な力を奮う事の出来るブレイブである
アルフレイムが地球に侵攻するというのであれば、助けるのではなくここでとどめを刺してもそれを止められるのだから


だが、これはただの脅しでしかない

みのりは交渉において、脅しという手段を使ったことがなかった
脅しは相手がそれに屈しなければ交渉決裂、目的が達成できないという諸刃の剣なのだから
みのりは目的は必ず達成する
その為に必要なのは、脅しではなく警告
相手が従わなければ必ず実行し、その結果相手はみのりの要求に従わざる得なくなる

そういった人生を送ってきたみのりが、ブレイブの力を得た状態であっても脅しという手段を使ってしまった
それはバロールの返答があまりにも衝撃的であったことと、すぐに引っ込めはしたがその折に出した剣呑な雰囲気に気圧されたからだ
いや、正確に言えばその落差に
言っていることは問題ではない
リバティウムで10連ガチャで呼ばれたようなもの、と感じた時からその可能性は考えていたし、覚悟はできていた
それよりもバロールの垣間見せた剣呑とそれだけのものを即座に包み隠した笑顔を畏れたのだ

故に、脅しているみのりには後がない
バロールを倒す、と口に出しているが十三階梯筆頭であり魔王り宮廷魔術師を倒すことができるのか?
パズズを失い、初対面で相手の戦力分析もできていない状態で

バロールの反応いかんによっては戦わざる得なくなる
しかしみのりはたとえ勝てたとしても勝つわけには行けない立ち位置だ

そもそも一番最初にバロールは予防線を張っている
戦後元の世界に戻すことを約束し、こう続けた「その術は私の頭の中にある」と
すなわち地球に戻り為にもバロールを倒すわけにも倒させるわけにもいかなくなっているのだ
また、バロールと事を構えれば様々なサポートが受けられなくなる
流石にパズズが使えるレベルの支給は見込めないとしても、クリスタルやルピ、そして王の庇護という立場も消えるのだ

「うちの聞きたい事がわかってへんみたいやねえ
うちらは訳もわからんまま手駒としていいように使われたくない、言うてるんよ
信頼よりビジネス関係を構築したいのであれば、お使いやのうて戦略的勝利条件くらいは教えてぇな
浸食をどうしたら止められるのか、ブレイブにしかでけへん事を」

厳しい感情を乗せた言葉だが、微かに上ずってしまっている
手の震えは袖で隠せても、言葉までは隠しきれなかった

115五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/05/17(金) 00:07:53
そう、みのりは怯えている
戦う事に、命のかかる戦いに発展することに
故に即座に攻撃する事も、相手の反応を待つこともできなかった
バロールが答えやすいように言葉を砕き回答を誘導し引き出そうとしている

そんな思惑はバロールにも伝わったのだろうか
もしかするとみのりの内心を読み取っているのか、平然と変わらぬ会話を続ける

> 侵食を食い止め、それに対処する方法を探さなければならない。でなければ――
> いつか、地球にも侵食は発生するだろう。そうなったらもう、本当におしまいだ」

「……はぁ〜〜〜〜〜〜〜……大した御仁やわ」

大きなため息とともに周囲に広がっていたわらが逆流し、みのりの袖や裾に吸い込まれていった
突発的に「脅し」という手段に出てしまった以上、目的は情報の引き出しから拳の降ろしどころに変わっていたのだから
バロールがどういった回答をしても、こう反応せざる得なかった

> ……あれ? イブリースさんも前の記憶があるなら争ってないで協力すれば……出来るならとっくにやってるか」
> やっぱ無理無理かたつむりなんじゃねえの?イブリース君とか頭超固そうだしよ」

カザハと明神がアルフヘイムとニヴルヘイムの共闘路線について、その可能性のなさについて口にするが、みのりはそうは思っていない

「ほんな事もないんやないの?」と口を挟む

リバティウムでイブリースは「今度こそ勝つ」と言ったイブリース
それは敗北の記憶があるから
何の為に「今度は」勝つのか?
魔王バロールに捧げるために他ならないのだろうから

「バロールさんなぁ、『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』は不完全な言うたけど、それおかしない?」

時間を逆流させ全てを元通りにする
それに果たして意味があろうか?

記憶も何もかも遡行するのであれば、時間遡行をしたという事実を観測できない
そして巻き戻った地点から、同じように時間は進み同じように事態は起き、結局は同じ結末を繰り返すのみ

そんな無意味な事をしてなんになるというのか?
『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』は【巻き戻し】ではなく、【やり直し】魔法ではなかろうか?
故に一巡目を繰り返さないように記憶を保有した状態で戻るのは必然
不完全というのであれば、むしろ記憶を保有した状態の者が少なすぎると言ってよいはずだ

「バロールはんは自分が魔王でもある記憶があるんやろ?
ほやったらイブリースさんがどれだけ魔王バロールに心酔していたかも知っているはずやん?
イブリースさんは記憶の混濁があるようやし、さっさとあんたが魔王になって首輪付けてこればええんちゃうの?
一巡目の記憶があって、同じ轍を踏まない。そう云うんやったらさっそく行動を見せてほしいわぁ」

恐らくはカザハの言うように、できるならとっくにやっている、いや、やったのかもしれない
その上でこの状態なのだろうと予想はついていても、こうでも言わなければ降ろした拳の収まりが悪かったからだった

なゆたの「良心に誓って」と願える純真さに思わず毒気を抜かれてしまった事もあり、それ以上の言葉が出る事はなかった

しかし、そこで終わりではない
明神の言葉にハッと我に返る

そう、バロールは魔王としてプレイヤーに倒されている
機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)を唱えられないし、その時点で死んでいる
が、バロールは浸食から地球侵攻までの記憶がある
語り部がいる可能性もあるが、それにしては自分の体験のように語っている

これがどういうことか……思考が収束する前にそれは一人の闖入者にとって中断させられた

116五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/05/17(金) 00:13:41
投げ飛ばされたように転がり込んできたのはジョン・アデル
筋骨隆々な金髪白人男性
登場方法は突飛だがその立ち振る舞い言動は実に紳士的……場所がここでなければ、だが

1.2週間ほど前に「城」に飛ばされてきたブレイブだという
召喚したコトカリスでなゆたとカザハの心を鷲掴みにしていた

「灯台下暗しどころやあらへんけど、明神さんドンピシャやねえ」

他のブレイブの存在の確認をと言っていた明神の言葉が直後にこういった形で現れるとは
それに引き換え

「はぁ〜〜。それで?
魔王で宮廷魔術師で十三階梯筆頭やのに、聖灰さんや虚構さんとは違って師である大賢者ローエルから声のかからぬバロールはんに聞きたいんやけど
あんたらが召喚したブレイブの名簿とかあらへんの?
ニブルヘイムもブレイブ召喚できる以上、これから出会うブレイブが敵か味方かもわからず一々判別するの大変そうなんやけどなぁ?」

冷たい視線をバロールに送るのであった



>「……PTリーダーがこんな調子じゃあな」
「ほんま、気持ちはわかるけど諦めるしかあらへんわ〜
それよりも、スマホの件残念やったねえ」

苦笑いを浮かべながらエンバースの肩に手を置き慰める
それほど長い付き合いではないが、なゆたがああなっては止める術はないしそれは信頼に足る判断だと感じているからだ

そして差し出す藁人形

「まあいろいろ悩む事や戸惑う事もあるやろうけど、うちら一蓮托生やしこれもっといてぇな
トランシーバーみたいな機能があってな、これ首捻ると他の藁人形と通信できるんよ
後はダメージ一回肩代わりしてくれるよって、お守り代わりよ〜」

エンバースのマントの内側に半ば無理矢理押し込むようにして、去って行った
そしてみのりがやってきたのは部長と戯れるジョン、カザハ、なゆたの元へ

「ジョンさん1週間も牢屋に捕まってたやなんて災難やったねえ
なゆちゃんやカザハちゃんは人を見る目があるし、二人が信用できる云うんなら大丈夫やね
うちは五穀みのりよ〜
こちらお近づきのしるしにどうぞ〜」

そういってエンバースにしたと同じ説明をして藁人形を差し出して
それと共にカザハにも

「カザハちゃんは機動力高いし、これから単独行動する事もあるかもやしねえ
通信手段もっといてほしいから、カザハちゃんにもどうぞ〜」

バロールからクリスタル支援の確約を取り付けたことにより、藁人形を常時出していられるとの判断により行動に出たのだ

117五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/05/17(金) 00:15:47
こうしてエンバース、カザハ、ジョンの三人に藁人形を渡し微笑むのであった
勿論その微笑みの裏には、新顔三人への監視藁人形を押し付ける、という算段があるのだが
しかしそれより、みのりの微笑みに精彩がなくなっていることに気づくだろうか?

>「ついでに、今後の方針も決めちまおう。俺は、バロールの依頼を受けるべきだと思う。
> このまま王宮でお茶しばいてても事態はなんも好転しない。動ける時に動くべきだ。
> 俺たちが現状、ニブルヘイムに勝ってるのは……人手の多さだけだからな」

「ほ、ほうやねぇ。浸食の事結局何もわかってへんのやし
手探りで攻略していくしかないし、やれる事からやっていくしかあらへん……よ、ね」

明神の話しに答えるが、言葉が最後まで続かず崩れ落ちる

「あはは、堪忍なぁ〜立派な王宮で緊張して貧血になっちゃったみたいやわ〜
少し座らせてもらうわ〜」

助け起こされれば弱弱しこういうであろう
だが勿論それは嘘である

バロールとの対峙、これからの戦いの展望、浸食への対処
これらが、殺す覚悟はできていても、死ぬ覚悟も死なせる覚悟もできていないみのりの気力を削り対に立っていられないほどに消耗させた結果であった


【バロールの説明に満足していないものの了承】
【ジョン・エンバース・カザハにお守りとして藁人形を配布】
【精神的に消耗して立ち眩み】

118ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/05/17(金) 20:53:50
目を閉じ答えを待つ。
僕はここで死ぬのだろうか、まあ助からないだろうな。
こんな状況で信じるなんてあまりにも・・・

>「ふおおおおおおおおおお!!! か〜わ〜い〜い〜〜〜〜〜っ!!!」

え?。
目を開けると少女が部長に抱きついて吸っている。
吸っているのだ、文字通り。

>『ぽよっ! ぽよぽよっ、ぽよよ〜っ!』

なんかいっしょに某王道RPGでよくみかけそうなスライムが嬉しそうに部長の近くで跳ねている。

「え〜と・・・あの・・・僕どうしたら・・・?」

想像してた反応とは別の不意打ちに、がんばって使っていた敬語が外れてしまう。

>「オッケー! 信じましょう!」

「えっ」

なぜ?自分が言うのもなんだが、今の僕はどうみても不審者か不審者、つまり不審者なのだ。

「ごめん、自分で言うのもなんなんだけど本当にいいの?そりゃ僕は信じて貰えるのは非常に嬉しいんだけど・・・」

>『連れているモンスターがかわいい』

「それだけ・・・?」

緊張から開放されたのも束の間。
とても正気とは思えない彼女の言動にただただ困惑するしかできなかった。

>「うっそぉ……二週間前? そんな昔に? よりによってこの王宮に? なんで気付かなかったんだ私……」

「あはは・・・まさか不審者がブレイブだなんてだれも思わないでしょうからね・・・」

異世界において現代での常識は少し捨てたほうがいいかもしれない。
うんそうしよう!そもそも、考えるべき案件は別にある。

「ええっと・・・バロールさん。さっき言ってたデウスなんちゃらって事なんですけど・・・」

これが今考えるべき一番大事な事。
一度滅んだとか、記憶があるだとか、盗み聞くのではなくちゃんと詳細を聞きたい、地球にも被害が及ぶならなおさらだ。
しかしそれは部長を心行くまで堪能していた少女によって中断される。

>「わたしはなゆた。崇月院なゆた……なゆって呼んでくれればいいよ。あなたは?
 ……どうかな、みんな。この人にも仲間になってもらうっていうのは?
 さっきの話にもあったけど、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を集めなきゃ。仲間はひとりでも多い方がいいもの」

中断されてしまったがこちらも大事な話だ。
気にはなるものの、先ずは自分を信じてくれたこの子の為に、デウスなんちゃらより優先するべきだろう。

「分ったよ、なゆ。えーと・・敬語はもう外していいかな?実は結構疲れるんだ・・・慣れてはいるんだけど」

今まで序列が大事な世界にいた為それなりに気は使える・・・と思う。
けどなにか自分を偽ってる気がして好きではないのだ。

119ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/05/17(金) 20:54:34
>「賛成! この人きっと悪い人じゃないよ。だってこんなネタモンスター連れた悪役なんて絵にならないじゃん!
ボクはカザハ、見ての通り人間じゃないけどよろしくね」

妖精の彼?彼女?は僕の仲間入りに賛成してくれている。
やっぱり人間じゃないのか、先ほどの話を聞く限り僕と同じ世界から来てるらしいが・・・。
この世界に来る前の話は詮索しないほうがいいだろう。

「あぁ!よろしくカザハ!僕はジョン・アデル。ゲームの中の名前だけど実際の僕の名前なんだ!
 ジョンでもアデルでもあだ名でも好きな風に呼んでくれて構わない。これからよろしく!」

握手を交わす。
いつもなら抱擁するところだが、それで不審者として捕まった上におそらく2週間ほど牢屋にいたのだ。
衛生面的な・・・もちろん体を拭いたりはしてたけど・・・いろんな意味で今人に密着するのはよくない。

>「あ、あと人間じゃないといえばもう一人ここに闇の狩人みたいな人がいるけど怖がらなくていいよ、いい人だから!」

紹介された先にはゾンビ・・・もとい元人間であっただろう人物。
やっぱりどうみても焼け焦げたゾンビにしかみえないけど。

「僕はジョンアデ」

>「……やめろ」

「え」

>「俺は……いい人なんかじゃない」

この人は僕ではなくカザハに向けて言い放ったらしい、目線が僕ではなかった。
でもこのタイミングで言われたらひやっとしちゃうよ・・・。
ゾンビがこちらに目線を戻すと。

>「……エンバースだ。本当の名前は忘れた。見ての通り、アンデッドだ。
 この世界に連れて来られて、一度死んでる。あんたも気をつけるんだ。
 俺はどうせ……こんな体だ。出来る限り守るつもりではいるけど……」

「え・・・と・・・よろしく!エンバース。僕の名前はジョン・・・ってもう言わなくても分ってるか。
 こうみても僕は自衛官でね!そんじょそこらの奴には負けないよ!・・・あ〜でもさすがにモンスターは例外かな」

遠くでドヤ顔を決めてるメイドを見ながら苦笑い、さっきのは不意打ちだったが、全力で戦ってもたぶん勝てないだろう。
エンバースは挨拶しながらも、カザハに向けて冷たい視線を送り直す。
好きとか嫌いではなく、なんかこう・・・そもそもとして係わり合いになりたくない・・・という冷たい目だ。

いい人・・・?なのかな・・・?

120ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/05/17(金) 20:55:28
エンバースは自己紹介を終えると大きなため息をつく。

「・・・なにかやらかしちゃったかな?できる限りなおすから言ってくれれば――」

違うといわんばかりに首を横に振り

>「……PTリーダーがこんな調子じゃあな」

目線の先にはなゆの姿、なゆに向け露骨な批判的な態度を取るエンバース。
どうやら世界を救う勇者PTも人間関係には苦労しているらしい。

「僕が言うのもなんだけどエンバー」

>「お、お、お、おめーはよぉ!考えがよぉ!陰険なんだよ!!
 なんでそんなひどいこと言うの!?また激おこの荒波が到来するだろーが!」

横から大きな声で叫ぶ男が一人。
どうやら普段からなゆとエンバースはやらかしているらしい。
なにがあったのかは知らないが、取りあえず様子見したほうがいいのかも。

>「んー、んんんーーー……」

マンガで見るような腕を組み必死に考えている。
もしかしたらここにきて反対意見がでるのでは・・・?
とりあえず目が合ったので微笑んでおく。

>「……わかった。とりあえず暫定的に受け入れよう。戦力が欲しいってのは確かだ。
 俺は明神。真面目に仕事してる最中にこの世界に放り込まれた、哀れなブレイブさ。
 英語でブライトゴッドって呼んでも良いぜ、返事をするかは約束しかねるがな」

「ありがとう!もちろんそれでいい。これからの行動で信頼を得て見せるさ!これからよろしくブライトゴッド!」

とは思ったものの不安も当然あるわけで。
そんな気持ちをしってかしらずか、気づいたらもう一人の少女がいた。

>「ジョンさん1週間も牢屋に捕まってたやなんて災難やったねえ
なゆちゃんやカザハちゃんは人を見る目があるし、二人が信用できる云うんなら大丈夫やね
うちは五穀みのりよ〜
こちらお近づきのしるしにどうぞ〜」

「あぁ・・・これはどうもありがとうございます」

圧倒的な女性特有の強者オーラに反射的に敬語になってしまう。
明らかにこの少女のほうが年下なのだが・・・本能的に逆らえないというか・・・なんというか・・・。
カザハに話しかける為に挨拶もそこそこに離れていく彼女の背中を見ながら。

「彼女には逆らわないようにしよう・・・」

そう決めるのであった。

121ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/05/17(金) 20:57:41
>「ついでに、今後の方針も決めちまおう。俺は、バロールの依頼を受けるべきだと思う。
 このまま王宮でお茶しばいてても事態はなんも好転しない。動ける時に動くべきだ。
 俺たちが現状、ニブルヘイムに勝ってるのは……人手の多さだけだからな」

「取りあえず僕は良くわからないから・・・みんなに合わせるよ」

この世界を知らなくては、ストーリーを読んでいないからこそ、先入観にとらわれず世界を見よう。
そして救おう・・・この世界ではなく地球を。

>「ほ、ほうやねぇ。浸食の事結局何もわかってへんのやし
手探りで攻略していくしかないし、やれる事からやっていくしかあらへん……よ、ね」

そういいながらみのりさんがよろよろと崩れ落ちてしまう。

「大丈夫!?」

思わず抱きかかえてしまう形になってしまった。
ごめんたぶん臭いするよね、本当にごめん一週間以上牢屋暮らしを強制されてたからね、悪気はないの許して。

>「あはは、堪忍なぁ〜立派な王宮で緊張して貧血になっちゃったみたいやわ〜
少し座らせてもらうわ〜」

ふらついたみのりを椅子に座らせる。
椅子に座ると少し落ち着いたらしい。

「女性は自分の体を一番大事にしないとだめだよ・・・本当はこれ以上女性を戦場に立たせること自体、止めさせたいけど・・・
 それが無理な事だってのは、まだ新米の僕でもわかってる・・・でも」

どんな敵がいるかわからない以上、数、もとい使える能力が多いに越したことはないからだ、だからこそもっと負担を軽減させてあげたい。
じっとみのりの目をまっすぐ見る。

「僕の事は信用できないだろうけど・・・これからの行動で信用できる男だと、証明してみせるよ、だから。
 もし僕を信用してもいいと思う時が来たら、その時は・・・僕を頼ってほしい。」

何度もいうがこれが素なのだ。
素で女性は戦場に出るべきではない、守られる存在である、それができないならせめてそれを軽減してあげようという。
その考えを口に出しているに過ぎないのだ。

「あれなんか変な雰囲気・・・?」

なぜかこの場にいる全員からなんともいえない視線を感じる。
ハッ・・・!まさか。

「僕やっぱり臭う感じ!?ごめん!牢屋に長くいて着替える事もできなくて?!」

恥ずかしい、なんて恥ずかしいのだろう。
急いで全員から距離を取り。

「えと話終わってからでもいいので・・・着替えか洗濯か・・・後お風呂も・・・お願いできませんか?」

なんとも情けないお願いをするのだった。

122崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/05/23(木) 13:09:24
>ほやったら召喚された協力者やのうて地球の代表として、この場であんたさんを倒してしまえば話早いんやあらへんの?
 王様は随分耄碌しているようやし、あんたの首持って二ヴフレイムに行けば歴史は分岐されるやろうしなぁ

みのりが周到に準備していたスペルカードを発動させ、臨戦体勢に移行する。

「ちょっ!? み、みみみのりさんっ!?」

さすがにこの状況はなゆたにとっても予想外だった。
バロールが信用できるかわからない――というのはなゆたも同感だが、まさかみのりがここまで警戒心を抱いているとは。
いや、警戒心などという生易しいものではない。それはもう敵対心、殺意とさえ言ってもよかった。
しかし。

「勘違いしないでもらいたいな。地球に侵攻することを決定したのは私じゃない、アルフヘイムの総意だ。
 彼らが地球に攻め込む決定をしたころ、私も鬣の王もとっくに死んでいたのだからね。
 それとも、私の首を手土産にニヴルヘイムへと渡って――君が魔王になるかい? 『五穀豊穣』君……。
 かつて、私が鬣の王の首を持ってそうしたように。私の代わりに」

一触即発などという状況はとっくに過ぎている。
すでに明確な敵対行動を取られているというのに、バロールは相変わらず泰然とした表情を崩さない。
よほど肝が据わっているのか、それとも――

みのりの行動が虚仮脅しに過ぎないと看破しているのか。

>浸食をどうしたら止められるのか、ブレイブにしかでけへん事を

「生憎だけれど、現段階では何も確かなことは分かっていない。侵食の正体も。メカニズムも、どうすれば止められるのかも。
 私たちの立っている場所、ここがスタートラインだ。だから、一刻も早く我々は侵食に対する知識を得なければならない。
 もちろん、考えられることは無数にある。こうすればいいんじゃないかな? これは有効では? という作戦もね。
 ただ――今の状況では、それはどれも机上の空論、妄想、画餅に過ぎない。
 だからこそ、君たちに働いてほしいんだ。
 我々アルフヘイムの者たちでは、制約が厳しすぎてできないこと。動けないことが、君たちにはできる。
 君たちは私たちに課されている制約に囚われることなく、自由に行動することができるんだ。
 君たちを世界を救う希望と言ったのは、つまりそういうことなのさ」

>……はぁ〜〜〜〜〜〜〜……大した御仁やわ

「分かってもらえたかな? いやぁ、血の気の多いお嬢さんだなぁ! はっはっはっ!」

実力行使による激突は避けられたと、バロールが笑う。
しかし、みのりは舌鋒鋭くバロールの言葉に指摘を重ねる。

>バロールさんなぁ、『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』は不完全な言うたけど、それおかしない?

「うん……確かに。そこは私の説明が悪かったね、素直に誤りを認めよう。
 正しくは『時間をやり直す魔法』……か。過去へと立ち戻り、本来の望むべき未来へと軌道修正する魔法――。
 それならば、私やイブリースが記憶を持ち越して蘇ったのもバグではないのかもしれない。
 とはいえ、『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』にそれ以外のバグが多いのは変わらないけれどね」
 
>バロールはんは自分が魔王でもある記憶があるんやろ?
 ほやったらイブリースさんがどれだけ魔王バロールに心酔していたかも知っているはずやん?
 イブリースさんは記憶の混濁があるようやし、さっさとあんたが魔王になって首輪付けてこればええんちゃうの?
 一巡目の記憶があって、同じ轍を踏まない。そう云うんやったらさっそく行動を見せてほしいわぁ

「いい質問だね。……でも、私が魔王になるというのはそれこそ悪手だ。
 それでは一巡目と同じ末路を辿ることにしかならない。違うかい?
 それに、イブリースが私に従っていたのは忠義心からなんかじゃない。私ならニヴルヘイムを救えると踏んだからだ。 
 だが結果的に私は敗北し、ニヴルヘイムは滅びた。彼はその結末を知っている。
 希望に添えなかった私に従う理由は、今の彼にはないよ」

手指を組んでテーブルの上に乗せ、バロールは小さく息をついた。

123崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/05/23(木) 13:14:07
>バロールさん……なんかボク達のこと昔から知ってるみたいだし……信じてみるよ!
 その件についてはまたの機会に教えてね!

「ありがとう、カザハ。ああ、もちろん――君の素性についてはおいおい話すとしよう。
 もっとも、私が訳知り顔であれこれ説明するまでもなく……君自身が旅の中で思い出すかもしれないけれど」

うん、とバロールは一度頷く。
これでみんな納得してくれたか、と安堵するも、まだまだみのりは敵愾心を剥き出しにして、

>はぁ〜〜。それで?
魔王で宮廷魔術師で十三階梯筆頭やのに、聖灰さんや虚構さんとは違って師である大賢者ローウェルから声のかからぬバロールはんに聞きたいんやけど
 あんたらが召喚したブレイブの名簿とかあらへんの?
 ニブルヘイムもブレイブ召喚できる以上、これから出会うブレイブが敵か味方かもわからず一々判別するの大変そうなんやけどなぁ?

そんなことを言ってきた。
容赦なく言葉の棘を突き刺され、元魔王は胸を押さえてテーブルに突っ伏した。

「ぐはぁ!? き、傷つくなぁ……! そりゃ、私と師匠はお世辞にも仲がいいとは言えなかったけどさぁ……。
 と……ともかく、名簿という考えはなかったな。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』にまつわる一切は私ひとりでやるつもりだった。
 データは全部私の頭の中にある。他人に任せるつもりがない以上、名簿なんて作ったって意味がないからね。 
 ……とはいえ、今後はそれじゃ不具合の出ることもあるだろう。明日の出発までに作って、君たちに渡すことにするよ」

スペルカードを使っての脅しよりよっぽど効いている。
そんなバロールに、さらに明神が疑問を投げかける。

>時間遡行のスーパー魔法、機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)のことだけどよ。
 唱えたのは誰だ?お前じゃないんだよな、お前はその時もうおっ死んでたんだから
>んな超絶魔法を使える奴がお前の他に居るんなら、そいつに声かけんのが先じゃねえの?
 もし仮に侵食止めるのに失敗しても、もっかい時間巻き戻せればやり方変えてリトライできるしよ。
 いや、そもそも侵食発生より前に戻し直すことも出来るのか……?

「そこに気が付くとは、やはり天才か……。
 そう、私じゃないよ。私は間違いなくそのとき死んでいたのだから。
 時間遡行の魔法、『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』を唱えたのは――」

そこまで言って、一旦口を噤む。神妙な面持ちで、バロールは目を閉じた。
庭園に重苦しい沈黙が垂れ込める。

「唱えたのは……」

「……『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』を唱えたのは……」


「………………わからない!!」


不明、である。
大賢者ローウェルの一番弟子、世界をも創造できるほどの魔力を有する元魔王は自信満々に言い切った。

「そこが、『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』の一番の欠陥なんだ。
 『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』を唱えた者は消滅する。人々の記憶からも。この世界の歴史からも。
 ただ唱えれば死ぬ、といったレベルじゃない――『存在がなかったことになる』んだ。
 だから……誰が『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』を唱えたのか。それはもう永久にわからない。
 私には、状況から『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』が発動したのだと――そう推察することしかできなかった」

誰かが自身の存在の消滅と引き換えに、禁断の魔法を唱えて滅びゆく世界を救った。
そのお蔭で世界はもう一度だけ生存のチャンスを与えられたが――コンティニューを実現した魔法は使い手と共に消失した。

「ひょっとしたら、この世界には他にも『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』の使い手がいるかもしれない。
 その人物を探せば、もう一度コンティニューが使えるかもしれない……。
 けれど、それは後ろ向きな努力だ。100パーセント純粋な厚意から、やめておいたほうがいい……と忠告するよ。
 『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』の使い手を探す時間があるなら、それは侵食の対策に使うべきだと思う。
 その魔法は人の犠牲を強いる。バグも多く、それらはどう働くか予測不可能だ。
 そして何より――人は、繰り返される死と絶望に慣れることなどないのだから」

コンティニューできるから心おきなく失敗して死んでいいよ! などと言われて、喜ぶ人間がいるだろうか?
たとえコンティニューできたとしても、命は今そこにあるひとつだけだ。複数あるわけではない。
一度壊れてしまったものを、自然ならざる方法で元に戻して無理矢理再利用する――。
その行為に歪みが生じないわけがない。コンティニューを繰り返せば繰り返すほど、歪みは大きくなっていくだろう。
前回と同じ状況でコンティニューできる、という確証だってどこにもない。
いずれにしても、『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』は一度きりの奇跡だったのだ。

124崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/05/23(木) 13:18:49
>バロールお前マジ本当……なんぼなんでも報連相がガバガバすぎんだろ。
 もしかしてお前嫌われてない?メイドさんとかに。顎で使ってっからさぁ

「がはぁ!? そ、そそそそんなことないよ!? 私といったら超☆優しい男だとも! 顎で使ってなんていないし!
 それこそ女性は薔薇を愛でるように丁重に扱っているよ! 特にベッドでは……そうだろう? モニカ! ジュリア! ダイアナ!」

明神に突っ込まれ、バロールはまたしてもテーブルに突っ伏した。
それから周囲にいる水晶の乙女のメイドたちに縋るような眼差しを送る。
が、メイドたちはバロールと視線を合わせないようにしてそそくさと距離を取った。

「モニカ! ジュリア! ダイアナぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

元魔王の悲痛な叫びが庭園にこだまする。
……そして。

>分ったよ、なゆ。えーと・・敬語はもう外していいかな?実は結構疲れるんだ・・・慣れてはいるんだけど

「いいよいいよ、敬語なんて! よろしく、ジョンさん!
 はぁぁ〜……ウェルシュ・コトカリス、わたし持ってないんだよなぁ……。エイプリルフールにログインできなくてさ〜。
 まさか、こんな所で会えるなんて! かわいい……癒されるぅ……」

突如として降って湧いてきた新たな『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に場は騒然となったが、結局は迎え入れる方向で話が纏まる。
なゆたの意見もカザハと同じだ。こんなかわいいモンスターをパートナーにしている人間が悪者のはずがない。
基本的に性善説を採用しているなゆたらしい脇の甘さだが、こればかりは持って生まれた性格である。治しようがない。
だが。

>……PTリーダーがこんな調子じゃあな

ともすれば聞き逃してしまいそうなエンバースの呟きを、しかしなゆたは確かに聞いた。
それが自分に対する非難であることは明白だ。
なゆたは部長を離すと、すっくと立ちあがった。そして、つかつかとエンバースに歩み寄る。
互いの距離が、息がかかるくらいの近さまで縮まる。

「なによ。文句でもあるの?」

上背の差でエンバースを見上げるような形になりながら、なゆたは真っ直ぐにエンバースのひび割れた目を見詰めた。

「明神さんもカザハも、この人を仲間に入れてもいいって言ってる。みのりさんだって。
 わたしもそうしたい。……なら、何を疑う必要があるの?
 踏むべき段取り? そんなの知らない。最終的に信用するなら、余計な手順なんて踏まえる必要ないでしょう。
 それとも何? 履歴書でも提出してもらう? 面接する? 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』になりたい志望動機は何ですか? って!
 はっ! それこそナンセンス! まして、目下一番怪しいあなたが――『おまいう』ってヤツよね!」

怒ると俄然口数が多くなる。明神の危惧通り、なゆたはマシンガンのようにまくし立てた。

「この決定が気に入らないのなら、どうぞ? いつだってパーティーを抜けてもらって構いませんけど?
 わたしたちを守るだなんて言って、勝手について来てるだけの焼死体さん!
 ああ、ジョンさんはめんどくさい段取り抜きで仲間にするけど、あなたはちゃんとあなたの希望に沿ってあげるからご心配なく?
 段取りを踏んで品定めしてあげる。それこそ微に入り細を穿って――ね!」

あなたのことは疑ってます! 全然信用してません! むしろ出てけ! というスタイルを隠そうともしない。
やはり、エンバースのこととなるとムキになってしまうなゆただった。

――なんで、こんなヤツがここにいるんだろう。

なゆたは考える。
真一やウィズリィ、メルトたちが一緒にいたときは、こんな不和など一度もなかった。
それぞれ異なる思惑はあったかもしれないが、全員が一丸となって困難に立ち向かっていたのだ。
だからこそ、ガンダラのタイラントやリバティウムのミドガルズオルムにも勝利できた。
けれど――今のパーティーの足並みはバラバラだ。パーティーの半分が入れ替わったのだから無理もないとはいえ――
そして、今一番パーティーの足並みを乱しているのは、誰あろう自分だった。

――真ちゃん……。

エンバースから視線を外し、俯くと、なゆたはギリ、と奥歯を噛みしめた。
こういうとき、女リーダーは説得力を発揮できない。真一の言葉ではない、行動で示すリーダーシップが自分には欠けている。
彼が戻ってくるまで、真一の代わりにしっかりと先導役を務めようと思ったけれど。

――わたしじゃ……難しいよ。

そんな弱気なことを、つい考えてしまう。
ともあれ、ここで挫けてはいられない。なゆたは気力を奮い起こすと、ふたたび顔を上げてエンバースを睨みつけ、


「大っっっっっっ嫌い!!!!」


と、言った。

125崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/05/23(木) 13:22:44
>ついでに、今後の方針も決めちまおう。俺は、バロールの依頼を受けるべきだと思う。
 このまま王宮でお茶しばいてても事態はなんも好転しない。動ける時に動くべきだ。
 俺たちが現状、ニブルヘイムに勝ってるのは……人手の多さだけだからな

明神が提案する。
他のメンバーも、バロールの依頼したアコライト外郭クエストに乗り出すことに肯定的な意見を述べる。
もちろん、なゆたもそれに異論はない。むしろ、すでに気持ちはアコライトへ向かっている。
現在、アコライト外郭はニヴルヘイムの勢力に包囲され、補給さえ侭ならない状況なのだという。
事態は一刻を争う。早く救出に向かわなければ、せっかく召喚された『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が死んでしまう。
侵食を食い止め、打ち破るためには、それは絶対に避けなくてはならない。
エンバースのことは取り敢えず脇に置いておき、なゆたは仲間たちの前でぽん、と手を打った。

「よし! じゃあ、決まりね!
 わたしたちはアコライト外郭へ向かい、そこにいる『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を救出する!
 ついでにニヴルヘイムの連中を撃退できればよりベター! って感じね!」

「ああ、よかった! 感謝するよみんな。
 もし、ヤダ! 力なんて貸してやるもんか! とか言われたらどうしようってハラハラしてたんだ!」
 ……あ、そうそう。さっき君たちに私の召喚した『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の名簿をあげると言ったけれど」

バロールが虹色の瞳でエンバースを見る。

「名簿はあくまで参考程度……としてもらえるかな。申し訳ない。
 ひょっとしたら、世界には私の把握していない『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がいるかもしれない。
 なぜかって言うと、ジョン君は確かに私の召喚した『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だけれど――
 エンバース君。君は私の記憶にはないからだ」

この世界に召喚された『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は、召喚主の魔力を帯びる。
それが識別信号となり、バロールは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』をアルフヘイム側かニヴルヘイム側か判別できる。
真一も、メルトも、明神も、みのりも、ジョンも、そしてなゆたも――確かにバロールが召喚した『異邦の魔物使い(ブレイブ)』である。
しかし、唯一。エンバースだけはその識別信号を確認することができなかった。

「君がいったい誰に召喚されて、どこにいて、何故そうなったのか――私の魔眼をもってしても見通せない。
 エンバース君……君はいったい何者なんだ?」

「じゃあ……」

なゆたはハッとしてエンバースを見た。
アルフヘイムで『異邦の魔物使い(ブレイブ)』召喚ができるのはバロールだけ。
そのバロールが自分ではないと言っているのなら、その導き出す結論はひとつしかない。

『エンバースはニヴルヘイムに召喚された『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の可能性がある』――。

そういうことなら、何もかも腑に落ちる。いや、そもそも『異邦の魔物使い(ブレイブ)』でさえないかもしれない。
何しろ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の証であるスマホはないし、第一人間でさえない。
一旦疑い出すとキリがない。元々のエンバース嫌い度も相俟って、なゆたの中でエンバースへの不信感が増大していく。

「ま、それはいいさ。君たちがエンバース君を仲間と信じるのなら、私もそうしよう。
 名簿は参考程度にしてほしいと言ったのはそういうことさ。私も万能じゃない、取りこぼしがあるかもしれない。
 もし、そういうはぐれ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を見つけたら、彼らも確保してもらいたい」

うん、とバロールは頷いた。そして後から言葉を付け足す。

「おっと、でも当座は心配しなくてもいいよ。少なくとも、アコライト外郭の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はこちら側だ。
 でなければ、ニヴルヘイムの連中だって攻め落とそうとは考えないしね。だから、心おきなく救出に向かってほしい!」

それは間違いない、と元魔王は請け合った。
今のところは、明神たちはアコライト外郭救出に全力を出していいということらしい。
みのりが精神的な疲労から椅子にくずおれ、それをジョンが受けとめるといった椿事はあったが、今後の方針は決まった。
アコライト外郭の位置なら、ゲームと変わりないので認識は容易だ。キングヒルから徒歩で10日ほどの距離である。
魔法機関車などの乗り物を使えば、もっと早く到着できるだろう。
とりあえず今日は各々用意された部屋へ戻り、休養することが最優先となる。ジョンもお風呂に入れる。
汚れた衣服はアルフヘイムらしい服装に着替えることも、汚れた自前の衣服をメイドに洗濯させることもできる。
みのりとバロール、エンバースとなゆたの一触即発の事態はあったものの、なんとか話はまとまった――
かに、見えた。

しかし、真の波乱は本当はこのすぐ後に控えていたのだった。

126崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/05/23(木) 13:26:15
「では、おさらいをしよう。君たちにはこれから、世界各地の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と合流してもらう。
 その第一弾がアコライト外郭だ。そこで外郭を守る『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を救出し、キングヒルへ連れ帰る。
 王国は君たちへの支援を惜しまない。成形クリスタルも、食料も、ルピも、可能な限り提供しよう。
 最終的には侵食を食い止め、消滅させる方法を突き止め、それを実行してもらう。
 それが成された暁には、君たちへの褒賞は思いのままだ。アルフヘイムに住むもよし、地球に帰るもよし。
 アルフヘイム、ニヴルヘイム、そして地球――三界を代表してと言うと烏滸がましいけれど、確かに約束しよう」

バロールがそう念を押す。少なくとも、世界を救うという魔王の目的に偽りはないのだろう。

「クリスタルは明日、君たちが出発するまでには用意しておくよ。他にも装備など、欲しいものがあれば言ってほしい。
 レアリティの高すぎるアイテムや期間限定の品は難しいが、恒常ドロップのアイテムなら融通できるはずだ」

「了解! じゃあ、今日はゆっくり休んで、明日さっそくアコライト外郭へ向かいましょ!
 みんなで力を合わせれば、今度のクエストだって絶対乗り越えられる!
 がんばろうっ! おー!!」

なゆたは仲間たちの前で殊更大きな声を出して鼓舞すると、大きく右拳を空に突き出した。
足並みのバラバラなパーティーを少しでも団結させようという気持ちでのことだったが、上滑り感が強い。
或いはそれは、仲間たちに――というよりは自分へ向けての叱咤だったのかもしれない。

「ありがとう。……じゃあ、これを渡しておこう」

バロールはローブの袖をまさぐると、メモ帳くらいの大きさの羊皮紙を一枚差し出してきた。
それには何か文字列のようなものが一行だけ書いてある。
それを一瞥し、なゆたは目を見開いた。

「こっ……、これは……!」
 
「そう。これは――私のメアドだ」

ファンタジー世界とは最も縁遠いものがいきなり出て来た。
各々のスマホに登録しておけば、キングヒルを出てもバロールと交信できるというわけだ。

「まっ、メアドと言っても見た目をそれっぽくしただけでね。魔術のひとつさ、地球のそれとは根本的に異なる。
 ともかく……今後は私の後方支援も必要になるんじゃないかと思うし、持っていて損はないと思うよ!
 ということで、みんなメアド交換しよう!」

世界を救う算段をしているというのに、甚だしくノリが軽い。
こういうところが信用して貰えないところなのだが、本人は気付いていないようである。

「間違いなくファンタジー世界にいるはずなのに、いまいちそう感じられないのはなんでかしら……。
 それはともかく、はい。登録しましたよ、あとでメールしますね」

「いやあ、よかったよかった! 安心したよ! 本当によろしくお願いするね。モンデンキント君!」

なゆたが早速スマホにメアドを登録すると、バロールは嬉しそうになゆたのプレイヤーネームを口にした。
バロールは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の名をプレイヤーネームでしか知らないので、当然のことである。

「任せといて下さい! ランカーの意地にかけて、必ず!
 世界を救うなんて全然ピンとこないし、できるかどうかもわからないけれど――
 滅びると分かってるものを放ってなんておけない。わたしたちが何かすることで、バッドエンドが覆るなら。
 精一杯がんばります!」

なゆたもまた、特にモンデンキントの名を隠していたわけではない。普通に返事をした。
明神の目の前で。自分はモンデンキントです、と言ったのだ。

「五穀豊穣君も、色々思うところはあるだろうし……釈然としないものもあると思うけれど。
 どうか、今は力を貸してほしい。全てが終わったとき、まだ私を信用に値しないと思うなら、そのときはそのときだ。
 私の首でも命でも、好きなものを差し上げるよ。それでどうかな?

 エンバース君、彼女たちが君を信じるなら、私も君を信じる。
 どうか、世界を救うのに力を貸してほしい。侵食なんてわけの分からないものに、わけも分からず殺される者が出ないように。 
 理不尽な破滅から、すべての世界を守れるように――」

バロールは順繰りに『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちを見遣る。

「ジョン君、不幸な手違いで君を牢獄に押し込んでしまってすまない。
 勝手なことをと思うだろうが、どうか君の力も私に預けてもらいたい。破壊は二度と起こしてはならないんだ。
 君の故郷に住む、君の大切な人たちのためにも。
 
 カザハ、君については……うん。なんて言えばいいのかなあ……? 私にとっても今の君の姿は予想外というか……。
 まぁいいか! 今の状態だと、そっちの姿の方がきっと都合がいいかもだ。何しろ昔の姿はアレだったからねえ!
 ともかく力を貸しておくれ。“以前みたいに”ね――」

127崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/05/23(木) 13:28:33
なゆた、みのり、エンバース、ジョン、カザハ。
ひとりずつに声をかけ、最後にバロールは明神へと視線を向けた。

「君も。改めてよろしくお願いするよ。私は君たちがここに来るまでの一部始終を、この魔眼で見ていた。
 むろん、君たちひとりひとりの力が頭抜けているというのは疑いようがない。
 でもね……私はその中でも、君の力こそがこれからの戦いの鍵になると思っている。
 『ブレイブ&モンスターズ!』のルールにとらわれない、その自由な発想は私たちには――
 いや、他の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』にもできない、君固有のものだろう。
 君の欲しいものは用意する。あくまで報酬目当ての付き合いで構わない……だから、頑張ってほしい。
 期待しているよ。『うんちぶりぶり大明神』君」

バロールは微笑みながら明神に言った。
ゆるふわ系イケメンがイケボで『うんちぶりぶり』とか言うのはとんでもない違和感だったが、大事なのはそこではない。

『うんちぶりぶり大明神』――。

そんな人を舐めた、バカげた名前をプレイヤーネームにしている人間なんてこの世にひとりしかいない。
ブレイブ&モンスターズ! フォーラムの害虫。Wikiの癌。
その名を聞けば誰もが不快に顔を顰める、ブレモン業界でも有名なアンチ。
モンデンキントことなゆたとも、論戦を繰り広げたのは一度や二度ではない。
宵の口から明け方まで、一対一で延々と口論を繰り広げていたこともある。
ブレモンをこよなく愛するなゆたからすれば、それこそ不倶戴天の相手。撃滅すべき対象――
それが、うんちぶりぶり大明神だった。

しかし。

それが。

まさか、異世界へ放り出されてから今までずっと行動を共にし、死闘を潜り抜けてきた仲間の中にいたなんて。







「………………………………え………………………………」







「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!????」


なゆたは絶叫した。それはタイラントを見たときよりも、ミドガルズオルムの破壊の威力を体感したときよりも。
地球から異世界アルフヘイムへと召喚されたときよりも、大きな衝撃だった。


【崇月院なゆた、ショックで固まる。】

128カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/05/25(土) 01:17:44
>「やめろ!陰キャを日向に引きずり出そうとするんじゃない!日光に当たって溶けたらどーする!
 俺たち闇の者はなぁ、部屋の隅っこで口開けて雨と埃だけ食ってかろうじて生きてんのがお似合いなんだよ!」

>「俺は……いい人なんかじゃない」

「エンバースさん……?」

明神さんの懸念通り、日向に引きずり出されそうになったエンバースさんは急に拗ねてしまい、戸惑うカザハ。
バロールさんが私達の事を知っている様子を見せたことで、疑念を持ったのかもしれない。
あるいは”分かりにくいいい人はいい人と言われるとヘソを曲げる法則”というやつか。
偶然出会った見ず知らずの人達を心配して守るとか言い出して邪険な扱いを受けても懲りずに付いてきているなんて絶対いい人だと思う。
もしかしたら生前(?)は努力!友情!勝利!がモットーの王道主人公タイプだったんじゃなかろうか。

>「……エンバースだ。本当の名前は忘れた。見ての通り、アンデッドだ。
 この世界に連れて来られて、一度死んでる。あんたも気をつけるんだ。
 俺はどうせ……こんな体だ。出来る限り守るつもりではいるけど……」
>「……PTリーダーがこんな調子じゃあな」

自己紹介ついでに最後に余計な一言を言ったような気がする。
いやでもなゆたちゃんは部長に夢中だし聞き逃してくれる可能性も……。

>「お、お、お、おめーはよぉ!考えがよぉ!陰険なんだよ!!
 なんでそんなひどいこと言うの!?また激おこの荒波が到来するだろーが!」

>「なによ。文句でもあるの?」

果たして――私の淡い期待は外れ、明神さんの予言通り激おこの大津波が到来した。
こうなったら嵐が過ぎ去るのを待つしかないのはカザハも学習済みのようで、気まずそうな顔で事態の行く末を見守っている。

>「大っっっっっっ嫌い!!!!」

分かりやす過ぎる嫌い表明と共に、とりあえず荒波は過ぎ去った。
それにしてもどうしてそこまで嫌いなのだろうか。
第一印象の悪さもさることながら、多分見た目も無関係ではないよなあ。人は見た目が9割という言葉をどこかで聞いた事があるし。
頃合いを見計らってみのりさんが最近仲間になった新顔達に藁人形を配って回る。

>「カザハちゃんは機動力高いし、これから単独行動する事もあるかもやしねえ
通信手段もっといてほしいから、カザハちゃんにもどうぞ〜」

「うわあ、ありがとう! なんだか幸運のお守りみたいだね!」

カザハはみのりさんは仲間として認められたと解釈して純粋に喜んでいる。
尚、藁人形といったら普通は幸運のお守りというよりは物騒なイメージがあるが、ボケているのか本気なのかは不明である。

>「ついでに、今後の方針も決めちまおう。俺は、バロールの依頼を受けるべきだと思う。
 このまま王宮でお茶しばいてても事態はなんも好転しない。動ける時に動くべきだ。
 俺たちが現状、ニブルヘイムに勝ってるのは……人手の多さだけだからな」

>「ほ、ほうやねぇ。浸食の事結局何もわかってへんのやし
手探りで攻略していくしかないし、やれる事からやっていくしかあらへん……よ、ね」

「みのりさん!?」

129カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/05/25(土) 01:21:52
>「大丈夫!?」

倒れそうになるみのりさんを、ジョン君が抱きかかえた。
先程はバロールさんに対して臨戦態勢を見せ脅しにかかるという強気な行動に出たみのりさんだが、怯える針鼠のような心理状態なのかもしれない。
そしてジョン君は男女平等が叫ばれて久しい昨今滅多に聞かないような台詞を言い始めた。

>「女性は自分の体を一番大事にしないとだめだよ・・・本当はこれ以上女性を戦場に立たせること自体、止めさせたいけど・・・
 それが無理な事だってのは、まだ新米の僕でもわかってる・・・でも」
>「僕の事は信用できないだろうけど・・・これからの行動で信用できる男だと、証明してみせるよ、だから。
 もし僕を信用してもいいと思う時が来たら、その時は・・・僕を頼ってほしい。」

カザハは若干引き気味にその様子を見ている。あれは“こいつ、いきなりナンパか!?”と思っている目だ。
本人も周囲が微妙な雰囲気になっていることに気付いたようで。

>「あれなんか変な雰囲気・・・?」
>「僕やっぱり臭う感じ!?ごめん!牢屋に長くいて着替える事もできなくて?!」
>「えと話終わってからでもいいので・・・着替えか洗濯か・・・後お風呂も・・・お願いできませんか?」

確かに一週間投獄されていたならそれがいいだろう。――微妙な雰囲気になっている理由は多分違うけど。

>「よし! じゃあ、決まりね!
 わたしたちはアコライト外郭へ向かい、そこにいる『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を救出する!
 ついでにニヴルヘイムの連中を撃退できればよりベター! って感じね!」

何はともあれ今後の行動方針は決まった。
バロールさんが、エンバースさんは自分が召喚したブレイブではないと
また火種になりかねないことを言いハラハラしたが、とりあえずこの場では炎上することは無かった。

(アコライト外郭に閉じ込められたまだ見ぬ仲間達の救出かぁ。いよいよ冒険!って感じだね)

《私達は何者なんだろう……。バロールさん、旅の中で思い出すかもしれないって言ってたけど……》

(自分探しの旅――王道のやつじゃん!)

《それにしてもカザハ……こっちに来てからいきなり陽キャになりましたよね》

(違うな。地球での陰キャは世を忍ぶ仮の姿……本来陽キャだったのさ――)

等と呑気な会話をしつつ、私達の気持ちはすでにアコライト外郭に向かっていたのだが、まさかその前に大波乱があるとは思いもしなかった。

130カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/05/25(土) 01:23:18
>「では、おさらいをしよう。君たちにはこれから、世界各地の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と合流してもらう。
 その第一弾がアコライト外郭だ。そこで外郭を守る『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を救出し、キングヒルへ連れ帰る。
 王国は君たちへの支援を惜しまない。成形クリスタルも、食料も、ルピも、可能な限り提供しよう。
 最終的には侵食を食い止め、消滅させる方法を突き止め、それを実行してもらう。
 それが成された暁には、君たちへの褒賞は思いのままだ。アルフヘイムに住むもよし、地球に帰るもよし。
 アルフヘイム、ニヴルヘイム、そして地球――三界を代表してと言うと烏滸がましいけれど、確かに約束しよう」
>「クリスタルは明日、君たちが出発するまでには用意しておくよ。他にも装備など、欲しいものがあれば言ってほしい。
 レアリティの高すぎるアイテムや期間限定の品は難しいが、恒常ドロップのアイテムなら融通できるはずだ」

>「了解! じゃあ、今日はゆっくり休んで、明日さっそくアコライト外郭へ向かいましょ!
 みんなで力を合わせれば、今度のクエストだって絶対乗り越えられる!
 がんばろうっ! おー!!」

「おーっ!!」

今度は到着前とは違い、間髪入れずになゆたちゃんに続いて拳を振り上げるカザハ。
すっかりチーム陽キャの一員となっていた。

>「ありがとう。……じゃあ、これを渡しておこう」
>「こっ……、これは……!」
>「そう。これは――私のメアドだ」

「甘いな――今の地球での主流はラ○ンなのだよ……!」

等としょうもないことを言いながらもカザハは言われた通りにメアド(らしきもの)を登録する。
スマホがあっても当然地球と通信はできないが、スマホを使ってこの世界内でのメール(のような魔術での通信)は出来るようだ。

>「間違いなくファンタジー世界にいるはずなのに、いまいちそう感じられないのはなんでかしら……。
 それはともかく、はい。登録しましたよ、あとでメールしますね」
>「いやあ、よかったよかった! 安心したよ! 本当によろしくお願いするね。モンデンキント君!」

「そっか、バロールさんはプレイヤー名で皆を認識してるんだね」

バロールさんが皆の地球での名前を知るはずはないので当然といえば当然かもしれない。
バロールさんは、一人一人の名を、プレイヤー名と本名が違う者はプレイヤー名の方で呼びかけながら、声をかけていく。
まさかそれが大波乱のきっかけになろうとは思いもしなかったのだが。

>カザハ、君については……うん。なんて言えばいいのかなあ……? 私にとっても今の君の姿は予想外というか……。
 まぁいいか! 今の状態だと、そっちの姿の方がきっと都合がいいかもだ。何しろ昔の姿はアレだったからねえ!
 ともかく力を貸しておくれ。“以前みたいに”ね――」

「えぇ!? 気になるじゃん! もしかして人型じゃない系の化け物だったとか!?」

バロールさんはさらりと気になることを言ったかと思うと、真打ちとばかりに最後に明神に声をかける。

131カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/05/25(土) 01:25:22
>「君も。改めてよろしくお願いするよ。私は君たちがここに来るまでの一部始終を、この魔眼で見ていた。
 むろん、君たちひとりひとりの力が頭抜けているというのは疑いようがない。
 でもね……私はその中でも、君の力こそがこれからの戦いの鍵になると思っている。
 『ブレイブ&モンスターズ!』のルールにとらわれない、その自由な発想は私たちには――
 いや、他の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』にもできない、君固有のものだろう。
 君の欲しいものは用意する。あくまで報酬目当ての付き合いで構わない……だから、頑張ってほしい。
 期待しているよ。『うんちぶりぶり大明神』君」

「うんちぶりぶりって……うんちぶりぶりって……!」

ゆるふわ系イケメンからイケボで『うんちぶりぶり大明神』という言葉が飛び出したことが
またしてもカザハの笑いのツボにドハマリしてしまい、笑い過ぎて呼吸困難に陥っている。
それにしても「うんちぶりぶり」と「大明神」を合体させるとは物凄いネーミングセンスだ。
大明神がすごい神様みたいな意味だから、便秘に悩む人々から熱い信仰を集めてしまいそうだ。
思わず漫画的デザインの黄金色のウ○コ像の周囲で平伏している集団の光景を思い浮かべてしまう。
しかし、呼吸困難から脱出したカザハはなゆたちゃんの様子がおかしいことに気付いた。

>「………………………………え………………………………」
>「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!????」

「そんなに絶叫してどうしたの……!? ――あっ」

カザハは記憶の片隅に何か引っかかるものがあったようで、慌てて攻略本を取り出しページをめくる。

「あった……! ”うんちぶりぶり大明神――重箱の隅を突くようなクソリプや批判スレッドを毎日大量に立てる古式ゆかしきフォーラム戦士。
相手をするだけ時間の無駄なので見かけても関わらないようにしましょう――”!?」

出版物のコラムにも載ってしまうなんてどんだけ有名人なんだ!? ある意味彼もまた10連ガチャの当たり枠なのかもしれない。
気が付けば、なゆたちゃんが明神さんに対して、エンバースさんに対してとは比にならないほどの一触即発なオーラを放っている。
カザハも薄々状況を把握し始めたようだ。

「もしかして……がっつり関わっちゃってた系!? ……でも今は世界の存亡がかかってるし!
それによく分かんないけどボクが合流する前にいろいろ一緒に危機とか乗り越えてきたんでしょ!?」

あわあわしながらも何とか両者の激突を止めようとするカザハ。
しかし、もはや激突は避けられない予感がしていた。
ついでに、どさくさに紛れてどちらかの陣営として戦いに巻き込まれる予感も。

132embers ◆5WH73DXszU:2019/05/29(水) 06:21:52
【タクティカル・スキマティック(Ⅰ) ――TPS“DPS”――】


『水くせえこと言うなよ。お前は炎属性だろーが。
 こうしてカードの組み合わせやらレシピやら顔突っつき合わせて議論すんのもブレモンの醍醐味だぜ。
 攻略Wikiのコピーデッキなんかクソくらえだ。そうだろ?』

「まぁ……デッキを組んでる時間が楽しいのは否定しないよ。
 テンプレデッキでボコられてオリジナルに走る過程も、俺は大事だと思うけど……。
 それで……こんな話を振ってきたのは、つまり“そういう事”だと受け取っていいんだな?」

ひび割れた眼球の奥から溢れる、透き通るような青い炎。

『ちっと付き合えよ焼死体。俺は、お前の意見が聞きたい』

「……言ったな?明神さん。自分で言うのもなんだが……
 俺はデッキ構築にかけては、一家言持ってるつもりなんだ」

焼死体の口元に――極めて攻撃的な/獣が牙を剥くが如き――笑みが浮かんだ。

「まずこれは私見だが……“時間対火力”としてのDPSだけに拘るのは、ブレモンでは悪手だ。
 それと同じくらい重要な“DPS”が二つ、存在するからな……これは単純なシステムの話だ」

明神による拘束から逃れ/壁のカードを額縁ごと拝借――その場に腰を下ろした。
焼死体/明神の間に、彼我を隔てる線が二本、カード入りの額によって描かれる。

「理由を説明するよ。第一に、ブレモンのカードは基本的にコストが等価だ。
 ATBゲージ一本でカード一枚。この原則が破られる事はない……多分。
 ……ゲージ二本で発動するカードとか、出てきてないよな?」

――ブレモン開発ならやりかねないってのが、どうにもおっかない所だな。

「そして第二に……デッキの枚数は必ず二十枚。これも、恐らく変わる事のない原則だ。
 これだけ言えば、もう分かるだろ。それとも……釈迦に説法だったかな、明神さん?」

描いた二本のラインの内、手前の一本を、焦げた指先がなぞる。


【月光の直剣(ダインスレイヴ・マーニ) ……一振りの直剣を召喚する。
 ――阿呆、こいつは影打ちじゃ。お前なんぞでは、魔剣の錆びには役者不足よ――】

【いずれ血に濡れる幼き旗手(マレディクション) ……味方にバフを付与する少女型ユニットを召喚する。
 ――彼女は祝福を振り撒く。そう、振り撒くだけだ。なんと哀れな――】

【鳥籠(ステイ・ウィズ・ミー) ……ユニット一体を閉じ込める鳥籠を召喚する。対象は大幅なダメージカットを得る。
 ――幸せの青い鳥はすぐ傍にいた。そこから得られる教訓は、大事なモノは、ちゃんと閉じ込めておけって事だ――】

【入れ知恵のとんがり帽(ブレイン・オーバーライター) ……とんがり帽子を召喚する。装備者は高いINT補正と複数の魔法系スキルを得る。
 ――それで?今や老練の魔術師と同等の知恵を得たあの獣を、一体誰が御するんだ?――


「“Damage Per Spell”……それがブレモンにおいて、デッキのポテンシャルを決める。
 二十枚のカードで発揮出来るダメージの最大値は、当然高い方がいい。
 さっき言ってた『シナジーが全て』にも通じる所があるな」

――装備召喚/バフ付与系のカードの効果は大抵の場合、このように意訳出来る。
“これらは除外を受ける/効果が切れるまで、攻撃の度に追加ダメージを生む”。
そしてそこから生じる総ダメージ量は大半の攻性/即発型スペルのそれを上回る。
要するに速効型/晩成型デッキでは、後者の方が明確に潜在能力が高いって事だ。

133embers ◆5WH73DXszU:2019/05/29(水) 06:24:27
【タクティカル・スキマティック(Ⅱ) ――TPS“DPS”――】

「その点で言うと、ぽよぽよ……なんちゃらコンボの生みの親……確か、モンデンキントだったか。
 あれは大したもんだ。あのコンボは成立さえすれば、恒久的な超DPSを発揮する。
 妨害対策の不確実性と、ネーミングセンスには改善の余地があるけど」

閑話休題/残るもう一本のラインをなぞる。


【ヒヒイロ・マイマイ/特技・能力:最低クラスのAGI。最高クラスのVIT、DEF。自傷型の範囲魔法を得意とする。
 ――駄目だ、防殻に篭られた!逃げろ!今に辺り一面火の海になるぞ!――】

【ゴブリンの尋問官/特技・能力:高い水準の能力値。一際突出したAGIとINT。多様なスキル。
 ――尋問官の任は奴らにとって最高の名誉だ。それは能力の証明であり……尽きぬ玩具の保証でもある――】

【リビング・スピリッツ:/特技・能力:スライム属が有する大凡の特性。範囲型のデバフと緊急回避スキル。
 ――深い森の奥で、火酒の匂いがした。そして気が付いたら、みんな倒れてたんだ――】


「話を戻そう。デッキのDPSを重要視すると、逆説的にそれ以外による小手調べも重要になる。
 相手のデッキやATBを消耗させる為に、自分がそれらを浪費していちゃ話にならないもんな。
 つまり“Disabling Per Skill”。これがゲーム中の自由度、不自由度を決める指標になる」

――コンボを重視するデッキを運用する場合は、こちらのDPSを特に強く意識する必要がある。
とは言え、これらはあくまで基本理念――骨子の部分を理解しているなら応用は自由だ。
火力の代わりに回復力や防御力を追求して、相対的に敵の火力を上回るとか。
除外ではなく、永続的に相手の火力を低減する方法を取ってもいい。
もっとも明神さんには、この辺の説明は不要だろうな。

「まっ……最初にも言ったがこれはあくまで私見だ」

額縁を壁に戻すべく起立――明神を見下ろし/挑発的な笑み。

「実際には俺の考えに反する、だけど強いデッキは幾らでもある。
 明神さんがどんなカードをq選ぼうと、俺はその趣味嗜好を尊重するよ」

無論、これはただの社交辞令/大嘘――ゲーマーは左様にお行儀の良い生き物ではない。
ゲームへの理解度で己が相手を上回ると見れば、例え身内であれ――黙ってほくそ笑むのが作法である。





そうして幾度かの失笑/論争のサイクルを経て、明神の借り受けるカードは決定された。

134embers ◆5WH73DXszU:2019/05/29(水) 06:25:54
【トランキライズ・プロトコル(Ⅰ)】


『なによ。文句でもあるの?』

「なんだ。文句がないとでも思ってたのか?」

半ば無意識に零した皮肉は、更なる不興の代金としては十分すぎた。
己を睨み上げ/突き刺す嫌悪の眼光――だが、焼死体は怯まない。
陰口を叩いたつもりはない/間違った事を言ったつもりもない。

『明神さんもカザハも、この人を仲間に入れてもいいって言ってる。みのりさんだって。
 わたしもそうしたい。……なら、何を疑う必要があるの?』

「そうだな。例えばティータイムに相応しくないエキセントリックな登場方法を選んだ理由は――」

『踏むべき段取り? そんなの知らない。最終的に信用するなら、余計な手順なんて踏まえる必要ないでしょう。
 それとも何? 履歴書でも提出してもらう? 面接する? 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』になりたい志望動機は何ですか? って!』

「勘弁してくれよエンジョイ勢。PTを組む時に相手の装備とレベルくらい――」

『はっ! それこそナンセンス! まして、目下一番怪しいあなたが――『おまいう』ってヤツよね!』

「……なるほど、またこのパターンか。いいさ、存分にバトルフェイズを楽しんでくれ」

『この決定が気に入らないのなら、どうぞ? いつだってパーティーを抜けてもらって構いませんけど?
 わたしたちを守るだなんて言って、勝手について来てるだけの焼死体さん!
 ああ、ジョンさんはめんどくさい段取り抜きで仲間にするけど、あなたはちゃんとあなたの希望に沿ってあげるからご心配なく?
 段取りを踏んで品定めしてあげる。それこそ微に入り細を穿って――ね!』

「……甘いな。明神さんもカザハも、みのりさんも、俺が同行する事に……今となっては、異論はないはずだ。
 なら、お前一人が異を唱え続ける必要はあるのか?おっと……これが所謂『おまいう』ってヤツよね、か?」

得意げな口調/これ見よがしになゆたを見下し――勝ち誇る。

「ターン・エンドだ。それで?この話……まだ続けるのか?俺は別に構わないが」

興が乗ったような声の弾み/挑発的な言動――追い打ちにも余念がない。
一度ゲーマーとしての格付けを持ち出された相手である以上、なゆたに対して遠慮はない。

「どうした?急にだんまりになっちまって。折角、新メンバーを迎え入れたんだ。
 もう少しPTリーダーとしての威厳ってものを見せつけといた方が、いいんじゃないか――」

そして最大級に調子付いたその結果――焼死体は再び、特大の地雷を踏んだ。

『大っっっっっっ嫌い!!!!』

カウンターで突き刺さったのは――理屈抜き/感情剥き出しのシャウト。
再びATB高速回転型ビルド宛らの口撃が返ってくると想定していた焼死体は――ただ、唖然。

「………なんだよ、口さがないのはお互い様だろ」

それ以上の追撃を加える気にもなれず――そう呟くのが精一杯だった。

135embers ◆5WH73DXszU:2019/05/29(水) 06:27:34
【トランキライズ・プロトコル(Ⅱ)】

『んー、んんんーーー……』
『……わかった。とりあえず暫定的に受け入れよう。戦力が欲しいってのは確かだ――』

『ほんま、気持ちはわかるけど諦めるしかあらへんわ〜
 それよりも、スマホの件残念やったねえ』

拗れた空気を刷新するかのような明神の言葉/焼死体を宥める、みのりの声と右手。

「……問題ないさ。パートナーがいないのは……確かに不安要素だ。
 だけど……この体はそれなりに便利だ。スマホがなくても俺は戦えるよ。
 デッキも手札もないって事は……逆に言えば、俺はブレイブのルールに縛られない」

焼死体の返答――自身の所有する手札に対する理解/所感。
それを示す事がゲーマー流の報連相/PTメンバーの信用を獲得する方法。
焼死体はそう考える/それを求められているとも――気を遣われたとは思いもしない。

『まあいろいろ悩む事や戸惑う事もあるやろうけど、うちら一蓮托生やしこれもっといてぇな
 トランシーバーみたいな機能があってな、これ首捻ると他の藁人形と通信できるんよ
 後はダメージ一回肩代わりしてくれるよって、お守り代わりよ〜』

「有り難く頂戴するよ……ただし五分の一の確率で、使用者の首が900度回転する、なんて事は起きないよな?」

焼死体の危惧――これが京都伝統の厄除け呪法“ブブヅケ”のエンハンスド・ヴァージョンである事。
戦力面における不備/度重なるPTリーダーとの衝突――厄払いを受ける理由は十二分。
だからと言って――自分からなゆたに膝を屈するつもりには、なれないが。

『ついでに、今後の方針も決めちまおう。俺は、バロールの依頼を受けるべきだと思う――』

『ほ、ほうやねぇ。浸食の事結局何もわかってへんのやし
 手探りで攻略していくしかないし、やれる事からやっていくしかあらへん……よ、ね』

「みのりさん?」

眩み/よろめき/崩れ落ちるみのり――瞬時に、バロールを睨む焼死体。
右手の溶けた直剣を突きつけ/左手は柄頭に重ねて/刃は地面と水平に。
人体工学に基づいたチャージ・スタンス――踏み込みに、躊躇はない。
後手に回る訳にはいかない――誤解だったのなら、その時はその時だ。

『あはは、堪忍なぁ〜立派な王宮で緊張して貧血になっちゃったみたいやわ〜
 少し座らせてもらうわ〜』

そして直後に聞こえた苦笑/精彩を欠いた嘘――凶行は未遂に終わる。

「……そっちの椅子、まだ足が折れてないだろ。寄越せよバロール」

懐疑の眼光を向けた事/殺人未遂への謝罪は当然、なかった。

136embers ◆5WH73DXszU:2019/05/29(水) 06:29:41
【トランキライズ・プロトコル(Ⅲ)】

『女性は自分の体を一番大事にしないとだめだよ・・・本当はこれ以上女性を戦場に立たせること自体、止めさせたいけど――』

「それが実現可能かどうかはともかく……いい事言うじゃないか。なあ、バロール?」

『僕の事は信用できないだろうけど・・・これからの行動で信用できる男だと、証明してみせるよ、だから――』

「……おい、待て。なんか雲行きが怪しくなってきたぞ。
 お前、パーソナルスペースって概念がないのか?」

『あれなんか変な雰囲気・・・?』

「そりゃそうだろ。TPOの概念もまとめて、元の世界に置いてきちまったのか?
 ジャパニーズ・奥ゆかしさはどうだ?空気を読むって言葉の意味は分かるか?」

『僕やっぱり臭う感じ!?ごめん!牢屋に長くいて着替える事もできなくて?!』

「確かに臭うよ。だけど俺の言ってる空気ってのは、それを媒体に伝播する微粒子の事じゃない。
 振動の方の話をしてるんだ。つまりお前の言動について……なあ。それ、素でやってるのか?」

『えと話終わってからでもいいので・・・着替えか洗濯か・・・後お風呂も・・・お願いできませんか?』

「……よし、話を再開しよう。ええと、何の話をしてたんだっけな……ああそうだ、アコライト外郭だ。
 明神さんとみのりさんは救援に賛成……カザハは、聞くまでもないか。俺は正直気が乗らないが……」

『よし! じゃあ、決まりね!
 わたしたちはアコライト外郭へ向かい、そこにいる『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を救出する!
 ついでにニヴルヘイムの連中を撃退できればよりベター! って感じね!』

いっそ小気味いいほどのシカト/述べ損ねた所感が黒煙混じりの溜息に換わる。

『ああ、よかった! 感謝するよみんな。
 もし、ヤダ! 力なんて貸してやるもんか! とか言われたらどうしようってハラハラしてたんだ!」
 ……あ、そうそう。さっき君たちに私の召喚した『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の名簿をあげると言ったけれど』

焼死体へと向けられる虹色の視線/それを無言で睨み返す赤火の眼光。

『名簿はあくまで参考程度……としてもらえるかな。申し訳ない。
 ひょっとしたら、世界には私の把握していない『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がいるかもしれない。
 なぜかって言うと、ジョン君は確かに私の召喚した『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だけれど――
 エンバース君。君は私の記憶にはないからだ』

「驚いたな。お前、まだ自分の記憶が頼りになるものだと思ってたのか?」

『君がいったい誰に召喚されて、どこにいて、何故そうなったのか――私の魔眼をもってしても見通せない。
 エンバース君……君はいったい何者なんだ?』

「……一つ言えるのは、お前は俺の答えなんか期待してなくて、既に考え得るパターンの推察を終えてるって事だ」

『ま、それはいいさ。君たちがエンバース君を仲間と信じるのなら、私もそうしよう――』

「別に、信じてもらう必要はないけどな。俺は、俺がすべき事をするだけだ」

『おっと、でも当座は心配しなくてもいいよ。少なくとも、アコライト外郭の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はこちら側だ。
 でなければ、ニヴルヘイムの連中だって攻め落とそうとは考えないしね。だから、心おきなく救出に向かってほしい!』

「言われるまでもないさ……誰にも、俺と同じ轍は踏ませない」

瞳が宿す炎/敵愾心には変化のないまま、ようやく焼死体はバロールの意見に同意を返した。

137embers ◆5WH73DXszU:2019/05/29(水) 06:31:49
【トランキライズ・プロトコル(Ⅳ)】

『では、おさらいをしよう。君たちにはこれから、世界各地の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と合流してもらう。
 その第一弾がアコライト外郭だ。そこで外郭を守る『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を救出し、キングヒルへ連れ帰る。
 王国は君たちへの支援を惜しまない。成形クリスタルも、食料も、ルピも、可能な限り提供しよう。
 最終的には侵食を食い止め、消滅させる方法を突き止め、それを実行してもらう。
 それが成された暁には、君たちへの褒賞は思いのままだ。アルフヘイムに住むもよし、地球に帰るもよし。
 アルフヘイム、ニヴルヘイム、そして地球――三界を代表してと言うと烏滸がましいけれど、確かに約束しよう』

焼死体は無言/バロールの口約束など信用する気はない――だが悪意は、合理性は嘘を吐かない。
『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』は、嘘にしては余りに修飾過多/必然性がない。
故に焼死体は自制出来ない――ならば、と考える事を/この二周目に、一縷の望みを見出す事を。

『クリスタルは明日、君たちが出発するまでには用意しておくよ。他にも装備など、欲しいものがあれば言ってほしい。
 レアリティの高すぎるアイテムや期間限定の品は難しいが、恒常ドロップのアイテムなら融通できるはずだ』

――俺はきっと、もう元の姿には戻れない。あっちの世界に帰る事も、恐らく叶わないだろう。
だけど……それでも、一つだけ、まだ出来る事が残されてるのかも、しれない。
もし、あの旅を……全部なかった事に出来るなら、俺は……。





『えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!????』

妄執にも似た空想/希望の燃え殻――それを吹き消すような、なゆたの絶叫。
現実へ回帰する焼死体の精神――数瞬前までの己の状態を自覚/平静を装う/記憶を手繰る。
過去に拐われていた意識が僅かに拾い上げていた、言葉の断片――それらを掻き集め/組み立てる。

『いやあ、よかったよかった! 安心したよ! 本当によろしくお願いするね。モンデンキント君!』
『任せといて下さい! ランカーの意地にかけて、必ず!』

――あいつが、モンデンキント?あのどう見てもエンジョイ勢丸出しの、かんしゃく玉が?

『君の欲しいものは用意する。あくまで報酬目当ての付き合いで構わない……だから、頑張ってほしい。
 期待しているよ。『うんちぶりぶり大明神』君』

――いや、それよりも……うんちぶりぶり大明神だと?明神さんが?
……プレイヤーネームの一部を咄嗟に偽名にしたとすれば、確かに信憑性はある。
だけど……俄かには信じられない。あの、史上最低のイカサマ野郎が、明神さんだなんて。

「明神さん。今の話、本当なのか?……いや」

問いかける焼死体/だが答えを待たずして首を振る。

「……大丈夫だ。例えそうだとしても……俺は、あんたを守るよ。心配はいらないさ」

紡がれた言葉は奇しくも、初対面のなゆたから不興を買った時と、同じ構文として成り立っていた。
もう二度と、理不尽な死を認めたくない/もう二度と――誰にも裏切られたくない。
その恐怖症は己の心を守る為にある/故に――対象の人格全てを否定する。

138明神 ◆9EasXbvg42:2019/06/02(日) 23:07:10
エンバースが火を点けた導火線は、もの凄い勢いで燃え上がる。
なゆたちゃんと言う名の爆弾に、消火の甲斐なく炎を運んだ。

>「なによ。文句でもあるの」
>「なんだ。文句がないとでも思ってたのか?」

ほらぁ、言わんこっちゃない。始まるぞ激おこムカ着火インフェルノが。
俺もう知ーらね。身内同士のレスバトルとか見てらんねーよマジでさぁ。
なんでこうギスギスしちゃうかね。戦闘民族の気持ちは分からんばい。

……何言ってんだ俺。
こういうギスギス、荒らし・諍い。混乱の元は、俺の最も好むところだったはずだ。
野良パで穏やかに解散できたことなんてないくらい、他人を攻撃するのに躊躇はなかったはずだ。

他ならぬ俺自身が、パーティに争いを持ち込む張本人だったんだから。
空気を読んで、和やかに立ち回る大人なプレイなんざ、クソくらえのはずだ。

だのに俺は今、ギスギスの火種を必死こいて揉み消さんとしていた。
普段なら大喜びで燃料注ぐ怒りの炎に、目を覆って距離を取ろうとしていた。
自分でも意外な心変わりだった。どういう風の吹き回しなのか、まるで判断がつかない。

俺は……こいつらが争う姿を、見たくないと思ってる。
そりゃもちろん、この場は掲示板でのやりとりみたいな、顔の見えない一時限りの関係じゃない。
だけど俺はこんなパーティ、出ようと思えばいつでも出ていける。
バロールもパーティ単位で動けとは言ってなかったんだからな。
この関係は、いつでも――どんな理由でも解消できる、曖昧で不確かなもののはずだ。

>「大っっっっっっ嫌い!!!!」
>「………なんだよ、口さがないのはお互い様だろ」

蟠りを残したまま喧嘩別れのように論戦を終えた二人。
どちらに加勢するでもなく、議論を引っ掻き回すでもなく、俺は黙ってそれを見ていた。
『パーティの空中崩壊』という、俺にしてみりゃ午後ティーくらいの日常茶飯事が、
それでも引き起こされなかったことに……心底安堵した。

「……まぁアレよ、どっちが悪いとか仲直りしなさいとかそういう帰りの会みたいなことはこの際言わねえよ。
 こんなとこでギスってる場合じゃねえってのは、お互い分かってるみたいだしな」

マジで何を言ってるんだ俺は。
所体のなくなった視線を、助けを求めるように、石油王へ向けた。

>「ほ、ほうやねぇ。浸食の事結局何もわかってへんのやし
 手探りで攻略していくしかないし、やれる事からやっていくしかあらへん……よ、ね」

俺の提案に同意を返す石油王だったが、その口調には妙に覇気がない。
どころか、何度かフラフラしたかと思うとその場に崩れ落ちてしまった。

「お、おい!石油王!?」

咄嗟に支えようと一歩踏み出す、それより先に彼女を受け止める手があった。
ジョン・アデルとか名乗ってた謎の外人ブレイブだ。

>「大丈夫!?」
>「あはは、堪忍なぁ〜立派な王宮で緊張して貧血になっちゃったみたいやわ〜
  少し座らせてもらうわ〜」

ジョンに抱きかかえられる形で五体投地を免れた石油王は、力なくそう答える。
緊張して貧血?まことに?お前がそんなタマかよ。
鉱山スイスイ登る健脚や、カジノで見せたあの胆力はどこ行った。

139明神 ◆9EasXbvg42:2019/06/02(日) 23:07:42
……もしかして、ずっと無理してたのか?
表面張力が決壊するみたいに、見ないふりしてた疲労や憔悴に身体が耐えられなくなった?
ぶっちゃけ無理もないと思う。俺だって今すぐぶっ倒れてもおかしくねえんだ。
バロールの語った真相は、俺たちを待ってる未来は、そのぐらい過酷だ。

>「……そっちの椅子、まだ足が折れてないだろ。寄越せよバロール」
>「女性は自分の体を一番大事にしないとだめだよ・・・本当はこれ以上女性を戦場に立たせること自体、止めさせたいけど・・・
 それが無理な事だってのは、まだ新米の僕でもわかってる・・・でも」

エンバースがバロールに用意させた椅子に、石油王を優しく座らせて、ジョンがそう零した。
こいつは地球じゃ自衛官やってたらしいし、俺たち以上にパンピーに戦わせることに思うところがあるんだろう。
なんか想像以上に善人だ。なゆたちゃんが手放しに信頼するのもなんとなく分かる。

>「僕の事は信用できないだろうけど・・・これからの行動で信用できる男だと、証明してみせるよ、だから。
 もし僕を信用してもいいと思う時が来たら、その時は・・・僕を頼ってほしい」

でもぉ、そのセリフはちょっと色々段階すっ飛ばしすぎだと明神思いますぅー。
金髪野郎から放たれるエモさの波動がまたしても俺を直撃した。ぐえぁ。

「くっっっっっっっっっ………………さ!!!」

耐えられなくなって俺は心情を吐露した。

「こいつはクセぇーーーっ!タラシ野郎のニオイがプンプンするぜぇっ!!
 よくもまぁそんな歯の浮くようなセリフがノータイムで出てくるなお前!?
 その殺し文句でこれまで一体何人の女を射止めて来た?ちゃんと数えてんだろうなぁーっ!」

メイドさんにセクハラかました疑惑のバロールと良い勝負だよ!
クソがっ!何なんだよこのイケメン様はよぉー!なんなのサークルブレイカーなの?ギップル召喚したいの?
突如現れたパリピな外来種に俺たち陰の在来種は駆逐されそうだぜ!

>「僕やっぱり臭う感じ!?ごめん!牢屋に長くいて着替える事もできなくて?!」

「そういう臭いじゃねーよ!セリフがこの上なくくせーって言ってんだよ!
 でも風呂入られたらイケメン力に歯止め効かなくなりそうだからそのままの君でいて?」

>「確かに臭うよ。だけど俺の言ってる空気ってのは、それを媒体に伝播する微粒子の事じゃない。
 振動の方の話をしてるんだ。つまりお前の言動について……なあ。それ、素でやってるのか?」

「まぁお前もお前で結構エモいセリフ吐くけどな。へへっ、『おまいう』って奴だぜ」

ドン引きかますエンバース、まさかこいつも自覚なしか?そういや真ちゃんも大概だったな。
冗談じゃねえ、なんでこーどいつもこいつも臆面なくカッコいいセリフが言えちゃうんだよ。
え、なに?もしかして俺がおかしいの?空気読めてないの俺の方?
クソ……この際地獄で彼女とイチャついてるライフエイクの野郎でも良い、誰か俺に力を貸してくれ……!!

「……無理すんなよ、マジで。お前に倒れられたら、ブレーキが今度こそぶっ壊れちまう」

縋り付くように椅子に腰掛ける石油王に、俺はぼそりと呟いた。
バロールは、デウス・エクス・マキナの術者がその代償に存在ごと消えたと言った。
それが為に、コンティニューは一度きり、やり直しはもう効かないと言った。

"バグ"の介在なしにデウス・エクス・マキナの発動は観測できず、
唱えた者はバグによる記憶の継承をもってしてもその存在を忘れられる。
これは、コンティニュー不可とは別にもう一つ、重要な問題を示唆している。

……デウス・エクス・マキナによる巻き戻しが、『一度目』とは限らない、ということであり。
バロールがブレイブを召喚して解決に当たるのも、『今回が初めて』とは限らないということだ。

140明神 ◆9EasXbvg42:2019/06/02(日) 23:08:24
もしかしたら、一巡前のバロールも同様に、ブレイブを集めて侵食に対抗したのかもしれない。
俺たちブレイブも、同じようにアルフヘイムに喚ばれて、ニブルヘイムと戦ったのかもしれない。

そして、失敗して、別の誰かがデウス・エクス・マキナを唱えて――巻き戻ったとして。
再度の記憶継承がうまいことバロールに起きなければ、何もかもが一巡前と同じ道を辿ることになる。

俺たちは既に、覚えていない過去で何度も失敗を重ねていた。
そしてその度に、アルフヘイムはデウスエクスマキナを行使できる貴重な人材を失っていた。
そう考えることもできるわけだ。
十三階梯もホントは14とか15とか居たかも知れねえ。

正直言ってこんな思考に意味なんかない。考えれば考えるほどドツボに嵌るだけだ。
コンティニューに期待できないことに変わりはないし、俺たち自身死ねばそれまで。
この事実に変わりはない。俺たちがやるべきことも、きっと変わらない。

ただ――バロールは、デウスエクスマキナの術者を一人も知らなかった。
万象を見通し、万物を創出する、神域の魔眼を持っていながら。
デウス・エクス・マキナという魔法の存在と、その代償まで知っていながら。

奴の言葉に嘘がないのなら、恐らく過去何人か居た使い手はみんな代償で消えている。
つまり今のアルフヘイムは、過去の如何なる周回よりも、戦力的に劣った存在。
考えうる最下限の手札で、俺たちはコトの解決に当たらなきゃならねえってことだ。

参ったねこりゃ。
どう動けば良いのか確証のない、丸投げ同然の超高難度クエスト。
失敗してもやり直しは効かず、検証を重ねる時間もそんなに残っちゃいない。
どこに出しても満場一致でバツつけられる、史上類を見ないクソゲーだ。

ゲーマーとして、こんなに腕の鳴るコンテンツはねぇよ。
悪いな石油王、お前にはまだまだ付き合ってもらうぜ。
誠に遺憾ではあるけれど……俺は今、すげえ楽しくなってきてる。
こんなクソ楽しいクエスト、誰一人逃してやるもんかよ。

>「よし! じゃあ、決まりね!
>「ああ、よかった! 感謝するよみんな。
 もし、ヤダ! 力なんて貸してやるもんか! とか言われたらどうしようってハラハラしてたんだ!
 ……あ、そうそう。さっき君たちに私の召喚した『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の名簿をあげると言ったけれど」

なゆたちゃんの快諾に、バロールはホっとしたように言葉を漏らした。

>「名簿はあくまで参考程度……としてもらえるかな。申し訳ない。
 ひょっとしたら、世界には私の把握していない『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がいるかもしれない。
 なぜかって言うと、ジョン君は確かに私の召喚した『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だけれど――
 エンバース君。君は私の記憶にはないからだ」

「あ?そりゃどーゆう……」

問いつつも、俺はバロールの言わんとしていることがなんとなく分かった。
こいつが召喚したんでなけりゃ、エンバースは一体どこ由来のナマモノなのか。
ミハエルと邂逅した今なら、小学生だってイコールの先を答えられるだろう。

エンバースは、ニブルヘイム側のブレイブ。
あるいは――そもそもブレイブですらないかもしれない。

「少なくとも、こんなツラだがこいつはブレイブだ。それは俺が保証する」

怪訝な目でエンバースを見遣るなゆたちゃんに、俺はそう告げた。
石油御殿でデッキ談義に花咲かせたときの、こいつの楽しそうな語調を、俺は忘れない。
エンバースのブレモンに対する知見は、確かにやり込んだプレイヤーのそれだ。
釈迦に説法だとこいつは言ったが、正直俺より詳しいっつうか極まってる。

141明神 ◆9EasXbvg42:2019/06/02(日) 23:09:21
「そんで仮にこいつがニブルヘイム側のスパイだとしたら、流石にキャラ作り間違え過ぎだろ。
 全然溶け込めてねーもん。裏工作が目的なら、こんなPTリーダーの反感買うような言動かますかよ」

エンバースを擁護してやる義理なんざぴくちりもない。
ただ……こいつみたいな一家言あるプレイヤーと議論すんのはぶっちゃけすげえ楽しかった。
このままPTを放逐すれば、もう二度とその機会はない。そう思った。

>「ま、それはいいさ。君たちがエンバース君を仲間と信じるのなら、私もそうしよう。
>「別に、信じてもらう必要はないけどな。俺は、俺がすべき事をするだけだ」

「な?こういうこと言うだろ?こいつに良い子ちゃんの装いなんか無理無理の無理だってばよ。
 そこまで含めて逆張りおじさんの心擽るスパイテクニックだってんなら、もうシャッポを脱ぐしかねえけどよ」

>「名簿は参考程度にしてほしいと言ったのはそういうことさ。私も万能じゃない、取りこぼしがあるかもしれない。
 もし、そういうはぐれ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を見つけたら、彼らも確保してもらいたい」

「万能じゃないたぁ謙遜するじゃねえか"創生の"。魔眼が泣いてるぜ、眼だけにな」

俺の戯言を華麗にスルーした元魔王は、今度こそいい感じに話をまとめ始める。

>「クリスタルは明日、君たちが出発するまでには用意しておくよ。他にも装備など、欲しいものがあれば言ってほしい。
 レアリティの高すぎるアイテムや期間限定の品は難しいが、恒常ドロップのアイテムなら融通できるはずだ」

「食料だな。試掘洞で喰った歯ブラシみてーな肉はもう御免だ。
 保存が効いて、油っ気がたっぷりで、過酷な旅を頑張ろうって思えるようなメシを所望する。
 あ、話変わるけどトンカツって知ってる?豚さんのお肉にパン粉付けてラードで揚げた料理なんだけど……」

>「了解! じゃあ、今日はゆっくり休んで、明日さっそくアコライト外郭へ向かいましょ!
 みんなで力を合わせれば、今度のクエストだって絶対乗り越えられる!がんばろうっ! おー!!」
>「おーっ!!」

「お、おぅ……」

このノリだきゃあどうにかなんねえかなぁ……。
これ毎回やるけどさぁ、手ぇ挙げんの俺とカザハ君くらいじゃん。
こーゆう陽キャな感じ嫌いじゃないけど好きじゃないよ。好きじゃないよ!!!
あーでもジョンとかいう大型パリピ新人入っちゃったから多数決で不利になりそう。

つうか逆にカザハ君の順応力はなんなの?人当たり良すぎじゃないこいつ。
なんならカザハ君がスパイだって言われたほうがエンバースの百倍説得力あるわ。
でもこいつがスパイだったら俺もう何も信じられなくて心折れそう……。

>「ありがとう。……じゃあ、これを渡しておこう」

バロールの袖から出てきた羊皮紙には、なんか見覚えのある書式で一行の文字列。

>「そう。これは――私のメアドだ」

「メアド……だと……?」

ライン全盛の時代にあってはめっきり交換する機会のなくなったメールアドレス。
羊皮紙の文字列は、まさにメアドそのものだった。

>「まっ、メアドと言っても見た目をそれっぽくしただけでね。魔術のひとつさ、地球のそれとは根本的に異なる。
 ともかく……今後は私の後方支援も必要になるんじゃないかと思うし、持っていて損はないと思うよ!
 ということで、みんなメアド交換しよう!」

ふええ……仕事以外で連絡先交換すんのなんて五年くらいぶりだよぉ……。
いやそれよりも、そんなことよりも、もっと重大な衝撃が俺を襲った。

142明神 ◆9EasXbvg42:2019/06/02(日) 23:10:01
「……マジかよ。すげえなバロール」

皮肉の一つも垂れようと思っていたのに、口をついて出たのは素直な称賛だった。
メアド。さらっと言ってるけどこいつはとんでもねえことだ。
当然っちゃ当然だけど、アルフヘイムにスマホやそれに類似する通信機器はない。
遠距離通信は念話オーブとか音信巻貝とかその手のマジックアイテムを使うアナログ世代だ。

つまり――バロールは、電子メールなんて概念すらない中、おそらく召喚したブレイブからの伝聞のみで。
"魔法の板"と連携できる独自の通信魔術を一から創り上げたってことになる。
これがどれほどの偉業なのか、多少でもプログラムに触れた俺にはよく分かる。

『創生の』バロール。十三階梯筆頭にして、王宮お抱えの魔術師。
――アルフヘイムで一番魔術が上手い男。
その面目躍如が、このたった十数文字のメールアドレスに込められていた。
こいつがニブルヘイムに渡ったのは旧史における最大の痛手だよなぁ。

>「間違いなくファンタジー世界にいるはずなのに、いまいちそう感じられないのはなんでかしら……。
 それはともかく、はい。登録しましたよ、あとでメールしますね」

その時俺は、バロールの魔術の巧みさに、純粋に舌を巻いていた。
なんとなく緊張感のないなゆたちゃんとバロールのやりとりも、特に気にはならなかった。
だが……バロールの口からもたらされる衝撃は、これだけに終わらなかった。

>「いやあ、よかったよかった! 安心したよ! 本当によろしくお願いするね。モンデンキント君!」

――――は?

こいつ今、なんつった?なんでその名前がこのタイミングで出てくる?
いや。そんなことは問題じゃない。バロールは今、『誰に向かって』その名を呼んだ?

>「任せといて下さい! ランカーの意地にかけて、必ず!

モンデンキントと呼ばれて、なゆたちゃんは一切憚ることなく返事をした。
まるでそう呼ばれるのが当然であるかのように。ずっと前から、そう呼ばれてきたように。
なゆたちゃん?モンデンキント?え?は?え?うん?んんんんんんん????

バロールは俺たちパーティに順番に、一言ずつ声をかけていく。
奴が呼ぶのは本名ではなく、ブレモンのプレイヤーネームだ。
そりゃまぁ、バロールに俺たちの本名を知る機会なんかなかったしな。

>「君も。改めてよろしくお願いするよ。私は君たちがここに来るまでの一部始終を、この魔眼で見ていた。
 むろん、君たちひとりひとりの力が頭抜けているというのは疑いようがない。
 でもね……私はその中でも、君の力こそがこれからの戦いの鍵になると思っている」

だから。今にして思えば俺はどうにかして、こいつの口を塞ぐべきだった。
決定的な言葉が、致命的な名前が、バロールの口から出る前に、どうにかすべきだった。
いきなり横っ面をぶん殴ったって良いし、なんなら咳払い一つでこいつは色々察するだろう。

「『ブレイブ&モンスターズ!』のルールにとらわれない、その自由な発想は私たちには――
 いや、他の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』にもできない、君固有のものだろう」

それができなかったのは……多分、俺も冷静じゃなかったからだろう。
モンデンキントの名を呼び水にして情報の洪水が頭を埋め尽くして、何も考えられなかった。
上滑りする思考を止められないまま、バロールが俺の名を呼ぶ。

「君の欲しいものは用意する。あくまで報酬目当ての付き合いで構わない……だから、頑張ってほしい。
 期待しているよ。『うんちぶりぶり大明神』君」

――この世界に放り出されてから今の今までひた隠しにしてきた、
俺のプレイヤーネームを。うんちぶりぶり大明神の、忌まわしき名前を。
同時に頭の処理がようやく追いついて、なゆたちゃんの正体がイコールで繋がる。

143明神 ◆9EasXbvg42:2019/06/02(日) 23:11:23
>「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!????」

「はあああああああああああああああああああああああああああああ!!!??!?!?!??」

ほとんど同時に、俺たちは叫び合った。
お互いの正体に対する衝撃を吐き出して、それはぶつかって跳ね返ってきた。

誰に押されたわけでもないのに、俺はふらふらと後ずさりする。
物理的なそれを錯覚するほどの衝撃だった。

モンデンキント。人呼んでスライムマスター、月子先生。

ブレモン界にエポックメイキングをもたらしたレイド級召喚コンボの開発者であり、
品行方正な立ち振る舞いと新規への慈愛溢れる教育姿勢、なによりその強さから、
一プレイヤーでありながら多数のファンを獲得する界隈の有名人だ。

同時にクソコテであるこの俺の、親の仇より憎き敵。
正道で脚光を浴びる、日陰者にとっては鼻持ちならない目の上のたんこぶ。
夜通しのレスバトルで翌日仕事に支障が出たことなんざ両手じゃきかない。
俺という名の雑菌を眩しい光で消毒しやがる、紫外線のような野郎だ。

そして――ガチ勢だった俺が挫折を経験し、ブレモンを辞めたきっかけを作ったプレイヤー。
ただバトルで負けただけの、完全な逆恨みではあるけれど……俺はこいつに根深い恨みを抱いていた。
いつか、陰湿な手口で失脚させてやろうと、ずっと思ってた。

そいつが、今俺の目の前に居る。

いやいや、は?ウソやん?モンデンキント?なゆたちゃんが?
んな馬鹿な。あのいけ好かねえクソッタレの正論厨、月子先生とか呼ばれて悦に入ってるモンデン野郎が?
理路整然とした論調と、柔らかな物腰とは裏腹な頑固さから、俺は絶対あいつ結構な歳だと思ってた。

クソコテ相手に朝までレスバかますいい年こいたおっさんだって、それだけが反抗心の拠り所だったのに。
そんなのってないだろ。みんなから愛される有名プレイヤーが現役女子高生とか、流石に盛りすぎだろ。

でも。言われてみれば納得してしまう。考えるほどに腑に落ちる。
なゆたちゃんは……モンデンキントの戦術に、精通しすぎてる。
GODスライム召喚コンボを、あの完成度で再現できた奴を、俺はこれまで二人しか見たことない。

……なゆたちゃんと、モンデンキントだ。
二人が同一人物だとするなら、全てに辻褄が合ってしまう。
あのコンボを使いこなすには、豊富な知識と緻密な計算だけでなく、なにより愛が必要だ。
クソザコスライムを、それでも最強に仕上げんとする、時間も金も全て費やす前代未聞の濃度の愛が。

モンキンチルドレンとか呼ばれるファン連中みたいな、ミーハーな愛じゃ到底届かない。
いっそ狂人めいた偏愛だけが到達できる、至高の領域――。

「そっっっっっっかぁー。うううーん。なるほどね、そっかそっか。ははあ。なるほどなぁ」

俺は片手で顔を覆う。どんなツラしてるのか自分でも分からない。
しかしなるほど、合点が言った。なゆたちゃんの頑固さも、負けず嫌いなところも、確かにモンデンキントのそれだ。
俺には分かる。多分今年は親より多く言葉を交わしてきた相手だから。
真ちゃんが居ない以上、モンデンキントがどういう人間か、きっと俺はこの場の誰よりも知っている。

覆った指を少しだけ開けて、俺はなゆたちゃんを見た。
叩きつけられた衝撃をようやく噛み砕いて、何が起こったかを理解した、そういう顔だ。

「………………そうか」

そろそろ潮時だな。
後方大人面も、仲良しパーティごっこも、これでおしまいだ。

144明神 ◆9EasXbvg42:2019/06/02(日) 23:12:57
>「あった……! ”うんちぶりぶり大明神――重箱の隅を突くようなクソリプや批判スレッドを毎日大量に立てる
 古式ゆかしきフォーラム戦士。相手をするだけ時間の無駄なので見かけても関わらないようにしましょう――”!?」

カザハ君がなんか分厚い本をパラパラ捲ってページを引き当てる。
あれ市販の攻略本だろ?なんでクソコテの情報なんか載ってんだよ!
まさか編集部にもモンデン野郎のシンパがいやがるのか?こいつどんだけ人望あんのよ。
そんなんよりもっと掲載すべき情報あるだろ!シナジーとかDPSのこととかさぁ!

>「もしかして……がっつり関わっちゃってた系!? ……でも今は世界の存亡がかかってるし!
 それによく分かんないけどボクが合流する前にいろいろ一緒に危機とか乗り越えてきたんでしょ!?」

カザハ君はオロオロオタオタ、一触即発を回避せんと説得にかかる。
まあ正論ですわ。でも正論なんだよ、そんなのは。世界の存亡?んなもん後でいくらでも救ってやるよ。
今は世界がどーのこーのなんぞより、眼の前の宿敵をどう処断するかってほうが大事だ。

「くくく。ははは!そうだなぁ!楽しかったぜぇ?お前らとのこれまでの旅はよぉ……?」

顔を覆ってた手をどけて、俺は口端を釣り上げた。
レスバにおける必勝法が一つ、常に笑え。余裕を相手に見せつけろ。
肉食獣が牙を剥くように、ニチャっとした笑顔で敵の神経を逆撫でするんだ。

「試掘洞の穴ぐらで古代兵器と戦った時も。港町で邪悪なおっさんの恋を応援した時も。
 ガンダラで飲んだ酒や、リバティウムで喰ったメシの味は、きっと一生忘れない。
 色々ひっかき回されもしたが、大体良い思い出だ。ああ、楽しかった。
 ――楽しくなかったら、誰がお前らとお仲間ごっこなんざするかよ。うひゃひゃひゃ!」

俺は自己本位な人間だ。誰よりも自分自身を大切にし、他人はどうだって良いと思ってる。
だから、こいつらと旅をしてきたのは、全部俺の為だ。俺が楽しかったから、そうしてきた。
こいつらを憎からず思ってるのは確かだけど、それとこれとは話が別だ。

>「明神さん。今の話、本当なのか?……いや」
>「……大丈夫だ。例えそうだとしても……俺は、あんたを守るよ。心配はいらないさ」

「守るだぁ?てめーはなんにも分かっちゃいねえなエンバース。モンデンキントがおこな理由がよ。
 これから俺はモンデンキントと一線交えるがよぉ、お前は俺とあいつのどっちを守るんだ?ええ?
 守りたいモン同士がバトるとき、そのどっちを優先するか……決めてあんだろうなおい?」

なゆ……モンデンキントのエンバースの対する拒絶、不興、敵対心は俺にも理解ができる。
エンバースの言い草は、上から目線の『守る』は、相手の尊厳を勘定に入れてない。
つまりこいつは、俺と同じくらい、自己本位なのだ。守りたいから守ってる、それだけの存在。

守ることさえできれば、守られる側のことなんざどうだって良いと思ってる。
だから、嫌われても良いから守るなんてことが言えちまうんだ。

「のべつまくなく守ろうなんてのはな、エンバース。ゾンビとあんまし変わんねえぞ。
 本能が求めるのが食人か庇護か、違いはそれだけだ。まぁしょうがないか!焼死体だもんね!
 ホントはお前、生前の欲求に従って動くだけのガチゾンビなんじゃないのぉ?」

エンバースの反応は分からない。こいつ表情筋死んでるしな。物理的な意味で。
ひとしきりエンバースを煽り終えた俺は、モンデンキントに顎をしゃくる。

「……場所を変えようぜ。ここは暴れるには狭すぎる。ゴッドポヨリンさんも使いづれえだろ。
 下にいい感じの広場があったな。そっちで闘ろう」

場所替えを提案したのは、石油王のスペルの影響がまだ残ってるのを懸念したからだ。
そう。話の行き筋がどうあれ、俺は石油王と敵対することも考えてる。
というかまぁ、ジョン君含めて全員とバトることになったってしょうがねえよな。
ほんでこのまま庭園で戦ったところで、モンデンキントは遠慮なくゴッポヨ出すだろうし。

145明神 ◆9EasXbvg42:2019/06/02(日) 23:15:08
「悪いなバロール。アコライト行く前に、どうしても付けとかなきゃならねえ話があるんだ。
 いやマジでごめんね?全部済んだらちゃんと世界救いに行くから許してね。
 ……ちゃんと、明日からの日程には食い込まねえようにするからさ」

庭園の階下にある広場。そこは多分、城仕えの兵士や文官が集会に使う場所なんだろう。
石畳を張り巡らせた体育館くらいのスペースに、彫像と植木がまばらに立っている。
俺は地面の感触を確かめるように革靴で小突いて、スマホを取り出した。

「さて、挨拶が遅れちまったな。俺がうんちぶりぶり大明神だ。説明は……要らねえよな。
 俺の名前呼ぶときは明神とか勝手に略すんじゃねえぞ?そういうのすっごい失礼だと思うの。
 ちゃんとフルネームでうんちぶりぶり大明神って呼んでね。じゃないと返事しねえかんな」

もうずっと開いてなかったフレンド欄を見る。
そこにはこの世界に放り出されたあの日、送信されてきたフレンド申請が残ってる。
ベルゼブブ戦に乱入するときに、名前も見ずに承認したフレンドリストの一番上。
『モンデンキント』と――確かにそう、記されていた。俺あいつとフレンドになっちゃったよ。

「まさかこんな形でツラ拝む羽目になるとはな。だけど一応、お前に言おうと思ってたことがあるんだ。
 ――会いたかったぜ、モンデンキント。寝ても覚めても、てめーのことばっか考えてた。
 いけ好かねえてめーをレスバトルで叩きのめす日を、俺はずっと待ってた」

そしてその日は、多分もう二度と訪れない。
レスバは相手の顔が見えないからこそ、呵責なく叩きのめして一方的に勝ち誇ることができた。
でももうダメだ。俺はあいつを知っちまった。モンデンキントの中の人と、仲良くなっちまった。
だから……今からするのはレスバトルじゃない。ただの、バトルだ。

「しかしまぁがっかりだなぁ?みんな大好き月子センセーが、こんな小便くせえガキだなんてよ。
 あいつの垢乗っ取った熱心なモンキンチルドレンってオチの方がまーだ説得力あったぜ。
 どうよ?ホントはお父さんのスマホ借りてるだけの女子高生だったりしない?」

だとしたらこんなでかいお子さんいるパパがあの煽り耐性皆無なモンデン野郎ってことになるから、
それはそれでなんというか闇が深すぎるんだけれども。
まぁこんなのは戯言だ。なゆたちゃんがモンデンキントだってことに、もう疑いの余地はない。
だからこそ、俺はそこを軸に煽る。

「どーもお前とモンデンキントが結びつかねえんだよな。
 だってモンデンキントは人望人徳の塊みたいな聖人君子の血液サラサラ大明神だったけど……
 お前リーダーシップだめだめじゃん。たかだか6人ぽっちのパーティも纏め切れてねえもんなぁ?
 俺の知ってるブレモンの大先生は、この5倍の30人パーティだってきっちり纏めてたぜ」

くけけ、と俺は引き笑いした。
すごい気持ち悪い声が出てたと思う。

「気付いてっか?リバティウムを出てからこっち、俺たちがみんな別々の方を向いてるの。
 真ちゃんが居た頃はみーんな足並み揃ってたのに、なんでだろうね?
 焼死体とのギスギス、諍い、煽り合い……いつまで経っても話が進まねえ。
 これは問わざるを得ませんなぁ?なゆたちゃんのリーダーの資質って奴をよぉ」

嘘だ。

ゲームの世界に放り出されるなんていう、常軌を逸したこの状況で、なゆたちゃんはうまくやってる。
真ちゃんがパーティを抜けて、重要な推進力を失ったパーティがそれでも空中分解せずに要られたのは、
他ならぬなゆたちゃんが欠けた穴を埋めんと必死に努力してくれたからだ。
荒野からの長い付き合いで、俺はそれを見てきた。真ちゃんを除けば誰よりも、近い場所で。

本当は……年端もいかない女子高生じゃなく、大人の俺がやらなきゃいけなかったこと。
なあなあの空気に甘えて、一回り近く年下の少女に、ずっと押し付けてきたこと。

俺は、こいつらの蟠りを、もう見たくはない。

146明神 ◆9EasXbvg42:2019/06/02(日) 23:16:53
「そういうわけでモンデンキント、こいつはクーデターだ。
 不甲斐ないリーダーをぶっ倒して、これからは俺がパーティを仕切る。
 出しな、てめーのポヨリンさんを。その可愛い可愛いひんやりボディを叩き潰してやるよ」

長い口上を終えて、俺はサモンをタップした。
スマホが光に包まれ、隣につやつやした革鎧が降り立つ。
兜の中のどどめ色の靄から弓を取り出して、矢を番えた。

「……なあモンデンキント。『タキモト』ってプレイヤーを、覚えてるか?」

ブレモンのバトルモードから"デュエル"を選択。対象にモンデンキントを設定。
俺となゆたちゃんのスマホを中心に、半透明のドームが形成される。

これはいわゆるフレンド対戦モードで、モンスターはどれだけ攻撃を受けてもHP1を保証される。
つまり死亡のリスクを負うことなく、HP1を敗北条件とした対戦が可能なモードだ。

「……いや、何でもねえ。忘れてくれ」

無意味な感傷だ。覚えてたところでどうこうするってわけでもない。
俺はうんちぶりぶり大明神。史上最悪の蛆虫、ブレモンの暗部よ。

「石油王!カザハ君!ジョン!一口乗るなら今だぜ!俺に加勢すりゃ、新生パーティに相応の地位を約束する!
 ついでにモンデンキントを打倒したプレイヤーの名もほしいままだっ!」

一応、一応だが勝算はある。
エンバースの言ってたDPS論は、俺にとっても新鮮な気付きがあった。
つまり、限られたデッキ枚数で以下に高火力を生み出すかだ。

どのゲームにも言えることだが、バランスの関係上火力と時間はトレードオフの関係にある。
同じレベル帯なら、単発の攻撃よりDot(ダメージオンタイム)、毒みたいな継続ダメージのほうが総量としては大きい。

つまり、すぐに与えられる通常ダメージか、何分もかけて与える高ダメージか。
そこに選択の余地があるわけだ。

極論を言ってしまえば、ステ振りで火力を伸ばさなくても、状態異常を駆使すればダメージは稼げる。
ガチガチに防御を固めて毒でも撒けば、戦闘時間を引き伸ばすことで毒ダメが相手の火力を上回る。

昔のポケモンでどくどく+かげぶんしんが猛威を奮ったのはこれが理由だ。
友達なくしたい奴におすすめの戦術です。俺はこれで小学校からの友達を二人なくしました。

閑話休題、火力に劣る奴が格上と闘う場合は、戦闘時間を引き伸ばしてDotを積み重ねるのがセオリー。
膨大なHPと大火力を併せ持つゴッドポヨリンさん相手にも、その原則が当てはまるだろう。

俺が石油御殿で選んだ2つの防御ユニットは、その思想を具体化するためのものだ。
なんだかエンバースのアドバイスそのまんまになっちまったが、勝てりゃなんでも良いよ。

一方で、モンデンキントのメインウェポンであるGODスライムは、完成までに時間がかかるのが難点だ。
その面でもDotによる遅滞戦術とは相性が良いはずだが、奴がその程度のことを織り込み済みでないはずがない。
弱点が明確で対策もされ尽くしてる召喚コンボを、それでも改良重ねて現役で使ってるくらいだ。

だから……基本戦術に沿いつつ、その場その場で最適解を選び切る。
ついでに盤外から挑発を重ねて、モンデンキントの判断ミスを誘う。

俺が奴に届くには、これしかない。

147明神 ◆9EasXbvg42:2019/06/02(日) 23:17:44
ATBが二本溜まった。俺はスペルを切る。

「『濃霧(ラビリンスミスト)』――プレイ!」

乳白色の濃霧が戦場を滞留し、その場にいる全ての者の視界を塞ぐ。
俺の視界もゼロになるが正味問題はない。こいつは目隠しが目的じゃないからだ。

「――『黎明の剣(トワイライトエッジ)』、プレイ!」

黎明の剣――攻撃力付与のバフが、濃霧を対象に発動する。
濃霧を構成する極小の水滴、その一つ一つが光をまとい、攻撃力を得た。

霧に触れれば、俺のパーティ以外はダメージを受ける。
一発一発は極めて微小なダメージだが、霧粒はそれこそ無数にある。
最低値の1ダメージでも、一万粒の霧に触れれば一万ダメージだ。
そしてこいつは……戦場にずっと滞留し、ダメージを生み出し続ける。

「エンバース。俺と組めよ、一緒にモンデン野郎をぶっ倒してやろうぜ。
 お前を拒絶し、罵倒し、抜けても構わないとまで言った、あの女を!
 明確に拒否られたんだ。お前にとっちゃこれ以上、あいつを守る理由なんざないはずだよなぁ……?」


正直、俺のデッキじゃどう工夫したってゴッドポヨリンさんにゃ太刀打ちできないだろう。
だが俺には、Dot戦術の他にもう一つ、隠し玉がある
うまく行けばゴッポヨだって真正面から組み合える、俺のとっておき。

見せてやるぜ。
ぽよぽよ☆カーニバルコンボを打倒する為に一年かけて練り上げた、この俺の……
ぶりぶり★フェスティバルコンボをな!!!!!


【うんちぶりぶり大明神の名がバレるも、開き直って煽りかます。
 なゆたちゃんからPTリーダーの座を奪うべくクーデター。仲間たちにも加勢を要請
 触れると極小ダメージの霧を生み出し、継続ダメージを狙う】

148五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/06/07(金) 23:25:33
「あら、あらあら、ま〜」
膝から力が抜け崩れ落ちそうになったところでジョンに抱きかかえられ、声が出てしまう
いきなり間近に迫ったジョンの顔としっかりと体を包まれる感覚に思わず顔を背けると、その方向にはバロールに向け臨戦態勢に入ったエンバースの姿があった

>「僕の事は信用できないだろうけど・・・これからの行動で信用できる男だと、証明してみせるよ、だから。
> もし僕を信用してもいいと思う時が来たら、その時は・・・僕を頼ってほしい。」

中々真顔では言えないようなセリフを更っとはかれ、貧血で血の気の引いたみのりの頬にわずかに血色が戻る
明神の胸焼けが呼んだようなセリフや、カザハの驚く顔も納得ができてしまう

「あははは、外人さんはびっくりするような事を真顔で云いはるからうち照れてしまうわ〜
ありがとさんな〜もちろん信用しているし、必要な時は遠慮のう頼らせてもらうさかい、よろしゅうにね」

エンバースの用意した椅子に座らせてもらいながら笑顔で答えた
その上で
「うちは農家の娘やし、匂いは平気やけど一週間もお風呂に入れてへんのは辛かったねえ」
そう答えていると、明神が耳元でぼそりと呟いた

>「……無理すんなよ、マジで。お前に倒れられたら、ブレーキが今度こそぶっ壊れちまう」

その言葉に応える事はなく、困ったような笑みを浮かべるの実
貧血で辛そうな表情に見えていたかもしれないが、その内情はそれ以外の事が笑みを曇らせていたのだった

クリスタルを消耗し切り札のパズズが使えなくなり、みのりの精神的優位性が消失している
その状態でパーティーのブレーキ足りえるのか
パーティーのブレーキどころか、これから先の戦いができるかも不安でたまらないのだ

しかし、ここで逃げ出すという選択肢も封じられてしまっている
現実世界に帰るには戦い世界を防がなければならない
それらを放棄してアルフレイムで生きるにも、それだけの力がない
逃げ出したいが逃げられない、この板挟みがみのりの心を締め付け消耗させていたのだ

結局のところは戦い世界を救わざる得ないのだが、そうするにはあまりにも心もとない
戦力的にもだが、PTの統一がとれていない
この場でPTに加わったジョンは仕方がないとしても、なゆたとエンバースの対立状況は何とかしなければと考えをめぐらせていた

そう考えているところで、バロールがそれぞれをプレイヤーネームで呼びながら声をかけていく
召喚者名簿と共に明かされる事実
エンバースはバロールが召喚したわけではない、という事を

心のどこかで「やはり」と思った
ジョンもカザハも同様に信用していないが、エンバースはそれに輪をかけて注意を向けていた
記憶がなく、無自覚な刺客である可能性も考慮しており、だからこそ呪的ブフヅケとまではいかないものの、藁人形を渡して首輪をつけたのだ

が、それは騙されている状態だからこそ有効なものであり、エンバースがバロールに召喚されていない事実をこの場で公にしてしまったのは悪手だと内心舌打ちをした
しかし、ここで明神の助け舟が入り、それを見てみのりは小さく息を吐き
「ほうやねえ。さっきうちが倒れかけた時、バロールさんに飛び掛かりそうな勢いやったし
うちが攻撃受けたと思ったんやろ?
咄嗟にあの行動がとれるのは中々あらへんやろうしねえ」
明神に同意する言葉だが、その言葉が向けられるのはなゆたに向けてだ

149五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/06/07(金) 23:26:23
リバティウムからなゆたがリーダーを引き継いだような感じになっているが、その内心は幾何のものか
みのり自身精神的余裕が失われていたため気付かなかった、いや、見て見ぬふりをしていたが思い返せば一目瞭然
真一が抜けたことによるなゆたの精神的喪失感は大きく、その穴に納まったエンバースに拒否感を感じ今のような態度になってしまっているのだろう

今まで目が届かなかったことに徐々に目が届くようになってきているのを感じていた
この世界に召喚された時から募っていた不信感、不安
それがリバティウム以降で抱えきれないほどになり、バロールを前に爆発させた

溜まりに溜まった不満を爆発させ、力が抜けて落ち着いたからだろうか?
世に言う賢者タイムというのかもしれないが、徐々にみのりは落ち着きを取り戻しつつあったのだ

なゆたに牽制を一つ入れたところで、バロールから【うんちぶりぶり大明神君】という言葉が出て思わず振り返ると同時に響く二つの叫び

>「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!????」
>「はあああああああああああああああああああああああああああああ!!!??!?!?!??」


うんちぶりぶり大明神と言ったバロールを見てその視線が明神に向かっている
二度ほどそれを繰り返し、思わず吹き出した
「うんちぶりぶり大明神?……明神?
あー、あー、なるほどねぇ
最初なんや云い淀んでたけどほれでなんや、うん、まあ気持ちはわかるわ〜
それにしても、うんちぶりぶり大明神って……」

ころころと笑い声をあげるみのりにはうんちぶりぶり大明神は面白い名前以上の意味とイメージしかない

>「あった……! ”うんちぶりぶり大明神――重箱の隅を突くようなクソリプや批判スレッドを毎日大量に立てる古式ゆかしきフォーラム戦士。
>相手をするだけ時間の無駄なので見かけても関わらないようにしましょう――”!?」

「ん〜なんやの〜?明神さんて有名なお人やったん?
へぇ、フォーラムでスレッド?時間があって羨ましい事やわぁ」

攻略本をめくるカザハの横から覗き見る
仕事の時間が不規則で、ブレモン自体のプレイ時間確保すら苦労していたみのりである
実際のプレイではなく、フォーラムでのやり取りができること自体羨ましい世界であるがゆえに、そこでの確執や因縁に実感がわかないでいた

しかし、実感がわかないのはみのりだけであり、カザハは不穏な空気とこれから起こるであろうことを予感し、慌てている
エンバースもうんちぶりぶり大明神について知っているしそれなりの因縁もあるようだ
その上でエンバースは【明神を守る】と言い放つ

しかしその当の明神は、潜伏していた悪役が正体を見破られた時のように、芝居がかったようなしぐさで言葉を紡ぐ
言葉の端々に嘲笑するような笑いがこぼれるが、それがまるで自嘲しているかのようにみのりには聞こえた

そして場所を変えることを提案
それはもはや言葉は介在する余地はなく、戦いは不可避なものであることを示していた
天を仰ぐみのりの眉間にしわが寄り、諦めたように大きく息を吐く

「まぁ、ええ機会なんかもやねえ。
バロールはん、明神さんの言うとおり、これはブレイブの内輪の話しよって手出し無用でお願いするわ〜」

150五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/06/07(金) 23:28:35
明神の正体となゆた、すなわちモンデキントとの確執
さらになゆたの喪失感とエンバースの存在
どれもこのまま取り繕うには大きすぎるものだ
無理に取り繕えば自分のように、何かの拍子に爆発する
それが致命的な場面になるよりは、ここで決着をつけておいた方がいいとの判断だった

「まあ、うちらブレイブやし、やり合わな収まりがつかんこともあるやろうしねえ
エンバースさん、カザハちゃん、それにジョンさんも、これからに必要な大切な事やからいきましょか〜」

他のメンバーに声をかけ、明神となゆたに続き階下に降りて行った


庭園階下の広場、そこが戦いの舞台となる

うんちぶりぶり大明神からモンデキントへ投げつけられる言葉をみのりは笑みを浮かべながら聞いていた
フォーラムでの確執
モンデキントへの執着
フォーラムを利用する暇すらなかったみのりから見れば、それらのやり取り確執はある意味羨ましくもほほえましいと感じだからだ
所詮は口げんかに過ぎない事でそれほどまでに誰かに執着できる事、できる時間が羨ましかった
だがそんなほほえましさは明神の事言葉で消える

>これは問わざるを得ませんなぁ?なゆたちゃんのリーダーの資質って奴をよぉ」

なゆたがPTでどういった存在であり、役割を担い、そしてそれをこなしていたか
それがわかっていないはずはないであろうに、にもかかわらず出た言葉に不信感が生まれる
不信感は疑問に変わり、そして明神の

>「そういうわけでモンデンキント、こいつはクーデターだ。
> 不甲斐ないリーダーをぶっ倒して、これからは俺がパーティを仕切る。

の言葉に疑問はため息に変わった
PTリーダーがどういったものか
その資質とはどういったものか
判っているうえで出た言葉とすれば……

明神の操作により、明神となゆたを中心に半透明のドームが形成された
フレンド対戦モードであり、HP1必ず残る仕様である
そう、【死ぬ危険】は、無い

>「石油王!カザハ君!ジョン!一口乗るなら今だぜ!俺に加勢すりゃ、新生パーティに相応の地位を約束する!
> ついでにモンデンキントを打倒したプレイヤーの名もほしいままだっ!」

「ブレーキって、そういう……」

苦笑を浮かべながら小さく呟き、言葉を続ける

「え〜これって【うんちぶりぶり大明神】と【モンデキント】のお話やから手は出さへんつもりやってんけど〜
まあ、明神さんのたっての願いやしぃ、しゃーないわなぁ」

すっかり呼吸も整ったみのりも半透明のドームに入り、なゆたの隣に並んだ

151五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/06/07(金) 23:30:52
戦いが始まり、明神が濃霧を発生させる
視界が防がれたところでみのりの裾から無数の荊がはい出す
たとえ目視できなくとも近寄れば絡めとるために

しかし、明神の戦術は驚くべきものだった
『黎明の剣(トワイライトエッジ)』の対象を濃霧にすることにより、フィールド全体をダメージゾーンに変えるというもの
霧によるダメージは小さく痛みも無視できる程度のものであるが、霧の中にいる限りはそのダメージを受け続け、文字通り塵も積もれば山となる

この戦術はみのりの戦術を同時にいくつも破綻させるものであった
HP1になった時点で負けとなるこのモードは、オーバーキルダメージを敢えて受け来春の種籾(リボーンシード)でHP1残して最大攻撃力を得る事を封じている
さらに、囮の藁人形(スケープゴートルーレット)の攻撃を一度身代わりになってダメージを受ける、という機能を最小の攻撃で果たさせてしまうのだから
事実みのりの持っていた藁人形ははじけ飛んでいるし、カザハ、エンバース、ジョンの三人も明神パーティーに入らなかったら藁人形ははじけ飛んでいただろう

「霧を対象にするやなんてゲームではでけへんし、それをやろうという発想にもびっくりやわ
周囲を包むきり自体でダメージ受けるやなんて防ぐのも難しいけど、うち相手には悪手やねえ
我伝引吸(オールイン)……プレイ!」

1ターンではあるが、パーティーメンバーのダメージを全て肩代わりする事ができる
これにより霧によって受ける極小ではあるが膨大なそして人数分となれば相応に大きな累積ダメージがイシュタルに流れ込むことになる
なゆた達は1ターンはダメージを受けずに霧の中を行動できるだろう
ダメージを一身に受けた後になゆたから離れながら高回復(ハイヒーリング)をかけ、濃霧越しにちらりと見える明神を流し見て

「ごちそうさん」

と妖艶に唇を舐めて見せた
みのりは累積ダメージを攻撃力に変えるバインドデッキ
この時点で強大な攻撃力を抱えたことになる

「なゆちゃんなぁ、この一ターンはうちからのサービスやよ〜
うちはなゆちゃんの事はかってるし、うち【ら】ではでけんことをやってくれると思うてる
でもなぁ、うちもなゆちゃんのリーダーの資質、見てみたいんやわ〜」

みのりの手のスマホの画面には雨乞いの儀式(ライテイライライ)がセットされていた
雨を降らせ霧を叩き落し、更にフィールドを水属性にすればなゆたは大きく有利になるだろう
が、果たしてそれで良いのか

この闘い、ただ勝てばいいというものではない
確執やしがらみ、因縁を解消し、認めさせる勝ち方が必要なのだから

だから、みのりの指は画面に大きく表示されたスペルカードではなく、画面した角に小さく表示された【PTから抜ける】をタップした

そして濃霧の中にみのりの姿は溶け込んでいき、それと同時に明神のスマホにはみのりのパーティー入りが表示されるだろう

【ジョンに抱き寄せられて赤面】
【なゆたとエンバースの関係修復に思い巡らせる】
【明神となゆたの決闘に蟠りシガラミ解消の策として乗っかる】
【明神の霧によるDOT攻撃1ターン分引き受けなゆたPT離脱】
【霧の中に潜み、お手並み拝見】

152ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/06/09(日) 17:58:51
>「よし! じゃあ、決まりね!
 わたしたちはアコライト外郭へ向かい、そこにいる『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を救出する!
 ついでにニヴルヘイムの連中を撃退できればよりベター! って感じね!」

>「ああ、よかった! 感謝するよみんな。
 もし、ヤダ! 力なんて貸してやるもんか! とか言われたらどうしようってハラハラしてたんだ!」
……あ、そうそう。さっき君たちに私の召喚した『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の名簿をあげると言ったけれど」

>「名簿はあくまで参考程度……としてもらえるかな。申し訳ない。
 ひょっとしたら、世界には私の把握していない『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がいるかもしれない。
 なぜかって言うと、ジョン君は確かに私の召喚した『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だけれど――
 エンバース君。君は私の記憶にはないからだ」

ブレイブ名簿、そんな物が存在するのか。
僕の名前が載っているということは召喚した時点でバロールの頭の中にその名前や・素姓が分るということか。

「失礼だがバロール、君が単純に記憶違いをしているって事もあるんじゃないか?
 それはあくまでもバロールの中に流れ込んできた情報を君自信が書いた情報だろ?」

>『ま、それはいいさ。君たちがエンバース君を仲間と信じるのなら、私もそうしよう――』

エンバースをあまり信用してない、というのは僕も同じだ。
だが少なくとも今は、今の、この世界の情報が限りなく少ない僕には、信じる以外の選択肢はないけれど・・・。

>「別に、信じてもらう必要はないけどな。俺は、俺がすべき事をするだけだ」

「エンバース・・・君は余計な一言が多すぎる・・・」

この場に非常に重たい空気が流れる。
だんまりで時間を潰すのは良くないな。

「よし!話纏ったみたいだね!じゃ案内してくれるかな?できればお風呂に後替えの服も・・・」

リーダーのなゆが宣言したことで次のPTの行く先は決まった、エンバースの件は今この場でこれ以上話しても決着は付かないだろう。
信用するしない以前に、証拠がない以上決め付けるのは良くない。
と待っていると後ろからメイド達がやってくる。

「よしじゃあお風呂にレッツゴー!・・・?」

メイド達は魔法で大きな水の球体を作り出す。
そこに向けて指を指してまるでこの中に突っ込めといわんばかり。

「え、冗談でしょう・・・?」

いつのまにか後ろに回っていたメイドに捕まれ、投げられる。
あ・・・これ・・・なんかさっきもあったような・・・。

「アバババババババ」

まるで洗濯機のように中が回転する水の球体に押し込まれるのであった。

153ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/06/09(日) 17:59:32

「わ・・・わー・・・服まできれー・・・」

時間にしてみれば一分ほどだっただろうか、まるで洗濯機の中ような最悪の居心地だった。
もう入りたくない。

>「クリスタルは明日、君たちが出発するまでには用意しておくよ。他にも装備など、欲しいものがあれば言ってほしい。
 レアリティの高すぎるアイテムや期間限定の品は難しいが、恒常ドロップのアイテムなら融通できるはずだ」

「えっと・・・防具と・・・あーでも重いと動き辛いから鎖帷子みたいは奴がいいな・・・と剣だな、後なにしようかな・・・」

まだ洗濯機の後遺症が残っているのか、頭がうまく回らない、まあそこらへんは適当に見繕ってもらえばいいか。

>「了解! じゃあ、今日はゆっくり休んで、明日さっそくアコライト外郭へ向かいましょ!
 みんなで力を合わせれば、今度のクエストだって絶対乗り越えられる!
 がんばろうっ! おー!!」

>「おーっ!!」

明日から戦いに行くというのに、殺し合いをするというのに、なぜなゆとカザハはこんなに元気なんだろうか。
なるべく暗くしないようにという配慮なのか、それともゲーム感覚が抜けないのか・・・。

>「ジョン君、不幸な手違いで君を牢獄に押し込んでしまってすまない。
 勝手なことをと思うだろうが、どうか君の力も私に預けてもらいたい。破壊は二度と起こしてはならないんだ。
 君の故郷に住む、君の大切な人たちのためにも。

バロールはメアドを僕に渡しながら謝罪をする。

「・・・謝るのは僕にじゃないでしょう。この場にこれなかったブレイブ達に謝罪するべきだ
 僕は・・・まだ生きて、保護されているのだから・・・
 なにも分らずつれてこられて死んだり、それ以上に困ってるブレイブを助けてその人達に謝るんだ・・・バロール」

僕は謝罪なんかが欲しいわけじゃない。

バロールは全員に挨拶や謝罪を終えると最後に明神に向ってこう言い放った。

>「君も。改めてよろしくお願いするよ。私は君たちがここに来るまでの一部始終を、この魔眼で見ていた。
 むろん、君たちひとりひとりの力が頭抜けているというのは疑いようがない。
 でもね……私はその中でも、君の力こそがこれからの戦いの鍵になると思っている。
 『ブレイブ&モンスターズ!』のルールにとらわれない、その自由な発想は私たちには――
 いや、他の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』にもできない、君固有のものだろう。
 君の欲しいものは用意する。あくまで報酬目当ての付き合いで構わない……だから、頑張ってほしい。
 期待しているよ。『うんちぶりぶり大明神』君」

「すごいプレイヤーネームだなブライトゴッド・・・」

ジョンは驚いていた、しかしそれはただすごい名前だな。という意味で、だ。

>「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!????」
>「はあああああああああああああああああああああああああああああ!!!??!?!?!??」

この日で一番の騒動が今、始まろうとしていた。

154ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/06/09(日) 17:59:52

「うわあ!びっくりした!どうしたんだ二人とも!?」

わけがわからない、突然絶叫したと思ったら二人ともお互いにらみ合って動かなくなってしまった。
たしかにうんちぶりぶりって・・・すごい名前だとは思うけど絶叫することか・・・?。

>「そっっっっっっかぁー。うううーん。なるほどね、そっかそっか。ははあ。なるほどなぁ」

>「あった……! ”うんちぶりぶり大明神――重箱の隅を突くようなクソリプや批判スレッドを毎日大量に立てる古式ゆかしきフォーラム戦士。
相手をするだけ時間の無駄なので見かけても関わらないようにしましょう――”!?」

「フォーラム戦士・・・?」

たしかに聞いた事あるような・・・もちろん悪い意味で・・・。

>「もしかして……がっつり関わっちゃってた系!? ……でも今は世界の存亡がかかってるし!
それによく分かんないけどボクが合流する前にいろいろ一緒に危機とか乗り越えてきたんでしょ!?」

>「くくく。ははは!そうだなぁ!楽しかったぜぇ?お前らとのこれまでの旅はよぉ……?」

>「明神さん。今の話、本当なのか?……いや」
>「……大丈夫だ。例えそうだとしても……俺は、あんたを守るよ。心配はいらないさ」

>「のべつまくなく守ろうなんてのはな、エンバース。ゾンビとあんまし変わんねえぞ。
 本能が求めるのが食人か庇護か、違いはそれだけだ。まぁしょうがないか!焼死体だもんね!
 ホントはお前、生前の欲求に従って動くだけのガチゾンビなんじゃないのぉ?」

「なあ、今はそんな事してる場合じゃないって君が一番よくわかってるはずだろ?
 たしかに過去にブライトゴッドは嵐に近い行為をしていたかもしれない。
 けど今それを必要に攻めたり、気にする必要はないと思う。だから――」

>「……場所を変えようぜ。ここは暴れるには狭すぎる。ゴッドポヨリンさんも使いづれえだろ。
 下にいい感じの広場があったな。そっちで闘ろう」

>「まさかこんな形でツラ拝む羽目になるとはな。だけど一応、お前に言おうと思ってたことがあるんだ。
 ――会いたかったぜ、モンデンキント。寝ても覚めても、てめーのことばっか考えてた。
 いけ好かねえてめーをレスバトルで叩きのめす日を、俺はずっと待ってた」

>「石油王!カザハ君!ジョン!一口乗るなら今だぜ!俺に加勢すりゃ、新生パーティに相応の地位を約束する!
 ついでにモンデンキントを打倒したプレイヤーの名もほしいままだっ!」

「なぜ・・・自分から嫌われ者になるんだブライトゴッド・・・」

155ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/06/09(日) 18:00:11
>「『濃霧(ラビリンスミスト)』――プレイ!」
>「――『黎明の剣(トワイライトエッジ)』、プレイ!」

>「霧を対象にするやなんてゲームではでけへんし、それをやろうという発想にもびっくりやわ
周囲を包むきり自体でダメージ受けるやなんて防ぐのも難しいけど、うち相手には悪手やねえ
我伝引吸(オールイン)……プレイ!」

なるほど、ゲームではできないコンボも実在するわけか、霧に攻撃付与、なるほど。
ゲームの常識で考えるのはダメということか。

>「エンバース。俺と組めよ、一緒にモンデン野郎をぶっ倒してやろうぜ。
 お前を拒絶し、罵倒し、抜けても構わないとまで言った、あの女を!
 明確に拒否られたんだ。お前にとっちゃこれ以上、あいつを守る理由なんざないはずだよなぁ……?」

「だめだブライトゴッド!君はなぜ自分から嫌われにいくんだ!?ちゃんと話合って解決すればいいだけじゃないか
 エンバース!君もなゆが本気で言ってないって理解しているんだろう!?
 だれも争う必要なんてないんだ!誰も・・・」

わかってる、なにを言ったって無駄な事くらい。
性格が違う人間が集まる以上、意見が食い違ったり人間関係のいざこざはもうどうしようもないし、むしろ健全といえる。
だが・・・。

「こんなやり方でしか解決できない問題なのか・・・?違うだろう・・・?ブライトゴッド・・・」

霧で明神の表情はわからない。
だが、どんなに考えて悩んで発言をしても最終的に必要なのは力なのだ。
力がない人間はなにも成せない、力がない人間には誰も耳を傾けない、傾けようとはしない。

「君達と出合って数時間の関係だが、君も、このPTはみんないい人だと、よく分ったんだ。
 本音を言えばさっきまで唯一エンバースを怪しんでいた、けど君の事をあれだけ言われたのに心配している彼を見て自分が恥ずかしくなったよ」

こんな事で関係が崩れてしまっていい人達ではない。
お前になにがなにが分るんだといわれてしまうかもしれないが、僕がそうしたいからするんだ

部長を召喚し戦闘態勢にはいる、これ以上弱音はなしだ。
力で来る相手には力で抵抗するしかないのだから。

この世界の始めての戦闘がPvEではなくPvPとは予想もしなかったけれど。

「雄鶏乃栄光!対象ポヨリン、発動!」

「ニャー」

スペルカードを発動させる。
この子が本当にモンデキント・・・もといランカーなら僕より彼女にバフを掛けるのが一番効率がいいだろう。
他のメンバーの実力がまだ未知数というのもあるが・・・。

「そんなに君はなゆが、他のみんなが信じられないのか?
 自分の過去を知られたらみんな無条件で離れてしまうと思っているのか?
 ちゃんと話合うんだ、この乱闘騒ぎがどう終わろうとね」

もういまさら戦闘状態を解除してはいすみませんでしたではすまない。
明神もそれは分っているだろう。

156ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/06/09(日) 18:00:31

「ブライドゴッドの覚悟はよくわかった、だからもう言葉で引きとめようなんて無粋な真似はしない
 だから・・・僕は僕のしたいようにする・・・それでいいんだろ?」

君のやりたい事はなんとなくだがわかる。
けれどこんな・・・自分を傷つけて解決するようなやり方は・・・だめだ。

「あ・・・やっぱり・・・最後に一つ言わせてくれないか?」

そういいながら10秒ほど固まる、実はもう言いたい事等ないが・・・この10秒待ってもらわなきゃ困る。
・・・よし!

「なあ明神・・・雄鶏乃怒雷!」

不意打ちの一撃。

部長が唯一使える遠距離の雷撃を明神に向けて放つ。
霧の一部の攻撃付与を打ち消しながら雷は確実に明神のいるであろう方向に向ってとんでいく。
威力が低くても電撃、人間に当たれば一撃で戦闘不能にできるはずだが・・・。

「怒らないでよ、こんなの挨拶だよ挨拶」

さすがにこれで倒れるほど明神はマヌケではないだろう。

「なゆ・・・僕じゃ力不足かもしれないけど力を貸すよ、あの分からず屋を一発ぶん殴ってやろう!」

だれがブライトゴッド側についても関係ない。徹底的に戦おう。
手を抜くのは相手に失礼だからね。

「僕と部長の実力見せてあげよう!」




【なゆ側について明神と戦う構え】
【ポヨリンにバフ、開幕不意打ち雷撃】

157カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/06/10(月) 23:22:29
>「くくく。ははは!そうだなぁ!楽しかったぜぇ?お前らとのこれまでの旅はよぉ……?」
>「試掘洞の穴ぐらで古代兵器と戦った時も。港町で邪悪なおっさんの恋を応援した時も。
 ガンダラで飲んだ酒や、リバティウムで喰ったメシの味は、きっと一生忘れない。
 色々ひっかき回されもしたが、大体良い思い出だ。ああ、楽しかった。
 ――楽しくなかったら、誰がお前らとお仲間ごっこなんざするかよ。うひゃひゃひゃ!」

「ちょっと明神さん、いきなりどうしちゃったの……!?
見てないから分かんないけど所詮ネット上のレスバトルでしょ!?」

正体がバレた明神さんは開き直ったのか、理想的すぎるフォルムの悪役笑いを披露しながらなゆたちゃん達を煽り始める。
カザハは今までのツッコミ役ポジションからの豹変っぷりに戸惑うばかり。

>「守るだぁ?てめーはなんにも分かっちゃいねえなエンバース。モンデンキントがおこな理由がよ。
 これから俺はモンデンキントと一線交えるがよぉ、お前は俺とあいつのどっちを守るんだ?ええ?
 守りたいモン同士がバトるとき、そのどっちを優先するか……決めてあんだろうなおい?」

>「なあ、今はそんな事してる場合じゃないって君が一番よくわかってるはずだろ?
 たしかに過去にブライトゴッドは嵐に近い行為をしていたかもしれない。
 けど今それを必要に攻めたり、気にする必要はないと思う。だから――」

「一戦交えるって……レスバトルじゃなくてガチなバトル!? えぇええええええええええ!?
みのりさんも見てないで止めてよ!」

カザハとジョン君の新参二人が必死でなだめにかかるが、効果無し。
ネット上でのレスバトルなんて第三者から見れば些細なことだが、張本人達にとってはそういうわけにはいかないのだろう。
そこでなゆたちゃんや明神さんと同じ古参組のみのりさんに助けを求めるカザハ。
しかし、みのりさんの反応は予想外のものだった。

>「まぁ、ええ機会なんかもやねえ。
バロールはん、明神さんの言うとおり、これはブレイブの内輪の話しよって手出し無用でお願いするわ〜」

>「……場所を変えようぜ。ここは暴れるには狭すぎる。ゴッドポヨリンさんも使いづれえだろ。
 下にいい感じの広場があったな。そっちで闘ろう」

>「まあ、うちらブレイブやし、やり合わな収まりがつかんこともあるやろうしねえ
エンバースさん、カザハちゃん、それにジョンさんも、これからに必要な大切な事やからいきましょか〜」

「ちょ、ちょっと……!」

場の空気に流されるままに、戸惑いながらも否応なく地下の広場に付いていく。
その道中で、カザハの脳内で何かが繋がったようだ。

「ゴッドポヨリンさん……? ということはぽよぽよカーニバルコンボの!?」

フォーラム戦士の方を正統派有名プレイヤーより先に思い出すのも変な話だが
モンデンキントにはうんちぶりぶり大明神ほどの響き的なインパクトがないので、思い出すのがワンテンポ遅れたらしい。

158カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/06/10(月) 23:27:32
>「さて、挨拶が遅れちまったな。俺がうんちぶりぶり大明神だ。説明は……要らねえよな。
 俺の名前呼ぶときは明神とか勝手に略すんじゃねえぞ?そういうのすっごい失礼だと思うの。
 ちゃんとフルネームでうんちぶりぶり大明神って呼んでね。じゃないと返事しねえかんな」

地下の決闘場(?)に辿り着くと、明神さんはいかにも中ボスですと言わんばかりの勿体ぶった自己紹介をする。
そしてフォーラム戦士の本領を発揮し、なゆたちゃんをこれでもかと煽る。
それにつれて、最初は困惑していたカザハの表情が怒りへと変わっていく。
同時に立ち位置も、所在無さげなどっちつかずな位置から、自然となゆたちゃんを庇うような位置へと。

>「気付いてっか?リバティウムを出てからこっち、俺たちがみんな別々の方を向いてるの。
 真ちゃんが居た頃はみーんな足並み揃ってたのに、なんでだろうね?
 焼死体とのギスギス、諍い、煽り合い……いつまで経っても話が進まねえ。
 これは問わざるを得ませんなぁ?なゆたちゃんのリーダーの資質って奴をよぉ」

「何なの言いたい放題言っちゃって! なゆのせいじゃないよ!
リーダー役とこっちの世界のナビゲーター役が同時にいきなりいなくなったタイミングで
自分含めよく分かんない奴が続々登場したからでしょ!」

そう、以前のパーティーは同時にほぼ同じ場所にこちらの世界に飛ばされてきたらしいという同じ境遇にあった上に
ウィズリィというこちら側の世界のナビゲーター役もいた。
ただ一点、エンバースさんを嫌いまくって喧嘩している点だけは事実だが。
様々な条件を一切無視して自分に都合のいい部分だけを取り出して強調する――煽りの常套手段である。
つまるところカザハは煽り耐性0であった。

>「石油王!カザハ君!ジョン!一口乗るなら今だぜ!俺に加勢すりゃ、新生パーティに相応の地位を約束する!
 ついでにモンデンキントを打倒したプレイヤーの名もほしいままだっ!」

「誰が乗るかッ! このうんちぶりぶり大明神め!
その小学生男子が喜びそうなネーミングセンスは嫌いじゃないけどネタ枠だから許されるのであってリーダーは駄目!
“うんちぶりぶり大明神とその仲間達によって世界は救われました!”なんて伝説に刻まれたらどうしてくれるの!?」

そういう問題か!? とも思うが
――こうしてうんちぶりぶり大明神とその仲間達によって世界は救われたのであった! 完!
……うん、想像してみると確かに嫌だ。増してや幼い頃から勇者が夢だったカザハにとっては死活問題だろう。
うんちぶりぶり大明神に焼死体に暫定トラック転生姉弟に犬の散歩中の天然ナンパ外国人。
自分達含めパーティーの約3分の2がネタ枠と化している気がするのはこの際置いておく。

>「ブレーキって、そういう……」
>「え〜これって【うんちぶりぶり大明神】と【モンデキント】のお話やから手は出さへんつもりやってんけど〜
まあ、明神さんのたっての願いやしぃ、しゃーないわなぁ」

当然というべきか、みのりさんやジョン君もなゆたちゃん側について明神さんの暴走を止めるつもりのようだ。
それにしてもこの上なく緊迫した状況だが、うんちぶりぶりやらブライトゴッドという単語が連呼されると”笑ってはいけないPvP”のような気分になってしまう。

159カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/06/10(月) 23:29:06
>「『濃霧(ラビリンスミスト)』――プレイ!」
>「――『黎明の剣(トワイライトエッジ)』、プレイ!」

明神さんの霧のスペルによって、否応なく戦闘は始まった。
同時に、カザハは藁人形がはじけ飛んだことに騒いでいる。

「ああーっ、折角もらった幸運の人形がッ!」

>「霧を対象にするやなんてゲームではでけへんし、それをやろうという発想にもびっくりやわ
周囲を包むきり自体でダメージ受けるやなんて防ぐのも難しいけど、うち相手には悪手やねえ
我伝引吸(オールイン)……プレイ!」

明神さんは霧の一粒一粒にダメージ付与の効果を与え、みのりさんがこのターンのダメージを肩代わりしてくれたようだ。

>「雄鶏乃栄光!対象ポヨリン、発動!」
>「なゆ・・・僕じゃ力不足かもしれないけど力を貸すよ、あの分からず屋を一発ぶん殴ってやろう!」
>「なあ明神・・・雄鶏乃怒雷!」

ジョン君はポヨリンに強化をかけ、続いて電撃の攻撃を放つ。
ヤマシタに――ではなく明神さんに。

「まさかのダイレクトアタックう!?」

こういうゲームのPvPってモンスター同士を戦わせるもんじゃなかったっけ!?
いや、ガチの敵との戦いの時はルール無用なのはわかるけど
今回はHPが1になった時点で終わる”モンスターは”死にはしないフレンド対戦モードにしてるわけだし!
あれ、それ言い出したらこの毒の霧もプレイヤーもダメージ食らう仕様なのか?
しかし、更なる驚きによりすぐにそれどころではなくなった。
みのりさんがなゆたちゃん側から離れていく。

「みのりさん、どこ行くの!?」

>「なゆちゃんなぁ、この一ターンはうちからのサービスやよ〜
うちはなゆちゃんの事はかってるし、うち【ら】ではでけんことをやってくれると思うてる
でもなぁ、うちもなゆちゃんのリーダーの資質、見てみたいんやわ〜」

流石は権謀術数渦巻く京都シティの住人、油断も隙もあったもんじゃない。
スマホを二度見してみのりさんがパーティーから抜けたことを確認したらしいカザハは素っ頓狂な声をあげた。

「え、えぇえええええええええええええええ!?」

覚悟を決めたらしいカザハは、私の背にまたがる。
みのりさんが向こうに行ってしまったからにはお行儀よくモンスター同士を戦わせておくのでは済まないと悟ったのだろう。

160カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/06/10(月) 23:30:06
「ジョン君……なゆがゴッドポヨリンさんを出すまでなんとか時間を稼ごう!『癒しのそよ風(ヒールブリーズ)』!」

少しずつHPを削られる毒の領域に対してHP継続回復のスペルで対抗、何の捻りも無いが正攻法ではある。
部長のデフォルト能力らしい持続回復との相乗効果も期待できるだろう。
更に、どこまでゲーム仕様に忠実でどこからゲーム仕様以上の事が起こるのかはまだよく分からないが、
うまくいけば風によって少しずつ霧が吹き散らされるかもしれない。

「『俊足(ヘイスト)』!」

続いて素早さ上昇のスペルを、ポヨリンではなく敢えてのなゆたちゃんへ。
ぽよぽよカーニバルコンボの成立までには恐ろしく手順が多いという噂。少しでも早くなればと思ったのだろう。
尤もプレイヤーへのスペル使用事態がゲーム上では有り得ないので、どこまで有効かは未知数だ。
エンバースさんの姿は霧でよく見えないが、なゆたちゃんとは喧嘩ばかりだったし、
明神さんには勧誘されてたしで向こう側についてしまった可能性が高いだろう。
数の上では3対3――みのりさんが向こうに行ってしまったのは痛手だが、やるっきゃない。

161崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/06/12(水) 15:45:26
うんちぶりぶり大明神とモンデンキントの因縁は、深い。
モンデンキントがブレイブ&モンスターズ!の世界で頭角を現し、ランカーとして一定の知名度を有するようになったとき。
すでに、うんちぶりぶり大明神はフォーラムに存在していた。
ただの愉快犯的な、一過性の荒らしではない。
ブレモンを憎悪し、徹底的に中傷する。悪口雑言によって罵りクソゲーと言って憚らない、クソコテと蔑まれる筋金入りのアンチ。
その怨念は凄まじいの一言で、どれだけ運営に垢BANされフォーラムのスレッドを消されようとも、まるで引き下がらない。
幾度でも、何度でも復活し、その都度目を覆いたくなるようなアンチスレを立てる。
ブレモンを楽しい、面白いと言うファンもうんちぶりぶり大明神にとっては撃滅対象だ。
楽しく語らうスレッドに乱入し水を差す。ちょっとした揉め事にも口を挟み、火種を何倍にも大きくする。
こいつは付け入る隙がある、と狙った相手を執拗に攻撃し、心が折れるまでレスバトルを繰り広げる――。
フォーラムで彼によって徹底的に叩きのめされ、ブレモンをやめてしまったプレイヤーも少なくない。
モンデンキントがスライムマスターと呼ばれ、いわゆる良コテの評価を得る反面、うんちぶりぶり大明神の評価は常に最低だった。
正義感が強く、何よりブレモンを心から愛するモンデンキントが、そんなうんちぶりぶり大明神とぶつからない訳がない。
ふたりは幾度も激突した。熾烈なレスバトルを繰り広げ、夜っぴて議論を展開した回数は両手の指に余る。
そんな、因縁の相手。大好きなブレモンに寄生する、不倶戴天の敵。

うんちぶりぶり大明神――

「え!? ど、どうしたのかな!? みんな! 
 なに? なにこの空気? ひょっとして私、なんかまずいこと言っちゃった?」

さすがにこの展開は創世の魔眼をもってしても見通せなかったらしく、バロールがオロオロと狼狽する。

>あった……! ”うんちぶりぶり大明神――重箱の隅を突くようなクソリプや批判スレッドを毎日大量に立てる古式ゆかしきフォーラム戦士。
 相手をするだけ時間の無駄なので見かけても関わらないようにしましょう――”!?

カザハが分厚い攻略本をめくって、そんな情報を引用してくる。
だが、それはとっくに知っている情報だ。なゆたはここにいる誰よりもうんちぶりぶり大明神について知悉している。

>ん〜なんやの〜?明神さんて有名なお人やったん?
 へぇ、フォーラムでスレッド?時間があって羨ましい事やわぁ

みのりの反応は、いつもと変わらないおっとりしたもの。
無理もない、みのりはそもそもフォーラムに参加したことがない。他人事以外の何物でもないだろう。

>明神さん。今の話、本当なのか?……いや
>……大丈夫だ。例えそうだとしても……俺は、あんたを守るよ。心配はいらないさ

エンバースは相手が他に類を見ない稀代のクソコテと知っても、守るというスタンスを崩さない。
それはそうだろう。『守る』という行為に対して、相手のパーソナリティを考慮する必要などないのだから。

>フォーラム戦士・・・?

ジョンはぽかんとしている。恐らくジョンもみのり同様フォーラムには縁がなかったのだろう。
もちろん、フォーラム戦士なんて存在について熟知しているはずもない。

仲間たちが四者四様の反応を見せる中、なゆたは双眸を大きく見開いたまま呆然と立ち尽くしていた。
信頼していた仲間が、共に死線を潜り抜けてきた仲間が。
よりによってブレモンを貶し、和気藹々とゲームを楽しむ人々に冷水を浴びせかけ、聞くに堪えない悪口雑言で罵り尽くす――
あの。最低最悪のクソコテだったなんて。
そんなことはない。そんなの、何かの間違いだ――そう否定する暇さえ、なゆたには与えられなかった。
なぜなら、なゆたの意識が現実逃避にシフトする前に――

>くくく。ははは!そうだなぁ!楽しかったぜぇ?お前らとのこれまでの旅はよぉ……?

誰でもない、明神自身が。自分がうんちぶりぶり大明神だと種明かしを始めたからである。

>守るだぁ?てめーはなんにも分かっちゃいねえなエンバース。モンデンキントがおこな理由がよ。
 これから俺はモンデンキントと一線交えるがよぉ、お前は俺とあいつのどっちを守るんだ?ええ?
 守りたいモン同士がバトるとき、そのどっちを優先するか……決めてあんだろうなおい?
>のべつまくなく守ろうなんてのはな、エンバース。ゾンビとあんまし変わんねえぞ。
 本能が求めるのが食人か庇護か、違いはそれだけだ。まぁしょうがないか!焼死体だもんね!
 ホントはお前、生前の欲求に従って動くだけのガチゾンビなんじゃないのぉ?

一戦交える。明神は確かにそう言った。
だが、なゆたはその言葉をうまく呑み込めない。耳に入ってくる言葉のすべてが、上滑りして意識の外を掠めてゆく。

>……場所を変えようぜ。ここは暴れるには狭すぎる。ゴッドポヨリンさんも使いづれえだろ。
 下にいい感じの広場があったな。そっちで闘ろう

明神はそう提案すると、踵を返した。
言われるまま、なゆたもふらふらとおぼつかない足取りで広場へと降りてゆく。
しかし、戦うことを承知した訳でもすべてを理解した訳でもない。相変わらず、なゆたの目は焦点が定まっていない。
ただ、そっちへ行こうと言われたからそうしているだけ。

その姿は、むしろ明神にゾンビと罵られたエンバースよりもゾンビのように見えただろう。

162崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/06/12(水) 15:45:55
>悪いなバロール。アコライト行く前に、どうしても付けとかなきゃならねえ話があるんだ。
 いやマジでごめんね?全部済んだらちゃんと世界救いに行くから許してね。
 ……ちゃんと、明日からの日程には食い込まねえようにするからさ

「ち、ちょっとちょっと! 何の話!? 何でいきなりバトル!? 仲良くー! みんな仲良くー! ラブ&ピースでしょ!?」

訳が分からない、といった様子でバロールが喚いている。
アルフヘイム侵略の元主犯、魔王がみんな仲良くとか言っているのは違和感以外の何物でもなかったが、今は些細な問題だ。
慌てるバロールを尻目に、明神はなゆたと対峙した。

>さて、挨拶が遅れちまったな。俺がうんちぶりぶり大明神だ。説明は……要らねえよな。
 俺の名前呼ぶときは明神とか勝手に略すんじゃねえぞ?そういうのすっごい失礼だと思うの。
 ちゃんとフルネームでうんちぶりぶり大明神って呼んでね。じゃないと返事しねえかんな

――ああ。

>まさかこんな形でツラ拝む羽目になるとはな。だけど一応、お前に言おうと思ってたことがあるんだ。
 ――会いたかったぜ、モンデンキント。寝ても覚めても、てめーのことばっか考えてた。
 いけ好かねえてめーをレスバトルで叩きのめす日を、俺はずっと待ってた

――そう、なんだ。そうだったんだ。

>しかしまぁがっかりだなぁ?みんな大好き月子センセーが、こんな小便くせえガキだなんてよ。
 あいつの垢乗っ取った熱心なモンキンチルドレンってオチの方がまーだ説得力あったぜ。
 どうよ?ホントはお父さんのスマホ借りてるだけの女子高生だったりしない?

――こんなのって、ないよ。こんなの、絶対おかしいよ……。

明神の煽りを、なゆたはただ茫然と聞いた。
信じられない。信じたくない。
けれど、これは真実だ。事実だ。まぎれもない現実なのだ。
なゆたの脳はそれを遅まきながら理解した。なぜなら―――
明神の口から出るその煽りは、なゆたのよく知るうんちぶりぶり大明神のフォーラムでの煽りの手法とまるで一緒だったから。
フォーラムに書き込みする不特定多数の人間の、大勢のプレイヤーの。
誰よりもうんちぶりぶり大明神と話したモンデンキントだからこそ理解できる、この感覚。
なゆたの魂が、この男は間違いなくうんちぶりぶり大明神なのだと――そう告げている。

思えば、そう察することのできる要素は今までいくつもあった。
赭色の荒野で初めて出会ったとき、無断でベルゼブブを捕獲しようとしたこと。
戦闘での、徹底的に相手の裏をかく戦術スタイル。
ライフエイクを煽り尽くしたときの、あの苛烈な言葉選び。
それらはすべて、今考えるとうんちぶりぶり大明神の手法そのものだった。
明神という名前といい、彼がうんちぶりぶり大明神であると看破する機会はいくつもあったのだ。
だが、なゆたはそれを考えなかった。時折違和感を覚えることはあっても、その可能性を脳から締め出していた。
なぜなら――

そんな不審な行動のすべてを払拭するほど、彼は信頼に足る仲間だったからだ。
なゆたは覚えている。鮮明に記憶に焼き付けている。
情報を得るため、彼がガンダラでおこなった献身を。
せっかく手に入れたレイド級モンスター、バルログを、パーティーを救うために捨て石としたこと。
ライフエイクを救いたい。そんななゆたの身勝手な願いを、二つ返事で了承してくれたこと……。


>――すげえ面白そうじゃん。やってやろうぜ


リバティウムで明神が言った言葉が、今でも耳の奥に残っている。
そうだ。彼は楽しんでいた。この苦境こそ、絶体絶命の窮地こそ、ブレモンプレイヤーの真骨頂だと。
彼の言葉が。佇まいが。そして表情が、何より雄弁に物語っていたのだ。
そんな頼もしい、男気に溢れる、間違いなく自分たちと同じ心からブレモンを愛するプレイヤーである彼が。
あの“うんちぶりぶり大明神”と同一人物だったなんて――。


そんなこと。考えつくことができる存在なんて、いやしない。

163崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/06/12(水) 15:46:13
だが。けれど。でも。しかし。
現実は容赦なく進んでゆく。事態は坂を転がるように悪化してゆく。

>どーもお前とモンデンキントが結びつかねえんだよな。
 だってモンデンキントは人望人徳の塊みたいな聖人君子の血液サラサラ大明神だったけど……
 お前リーダーシップだめだめじゃん。たかだか6人ぽっちのパーティも纏め切れてねえもんなぁ?
 俺の知ってるブレモンの大先生は、この5倍の30人パーティだってきっちり纏めてたぜ
>気付いてっか?リバティウムを出てからこっち、俺たちがみんな別々の方を向いてるの。
 真ちゃんが居た頃はみーんな足並み揃ってたのに、なんでだろうね?
 焼死体とのギスギス、諍い、煽り合い……いつまで経っても話が進まねえ。
 これは問わざるを得ませんなぁ?なゆたちゃんのリーダーの資質って奴をよぉ

クソコテ・うんちぶりぶり大明神が他のアンチや荒らしと一線を画す要素は、これだった。
単に難癖をつけるだけ、無理矢理に突っ込みどころをほじくり出して追及するだけの荒らしなら、誰も構ったりしない。
他のくだらないアンチ連中のように、とっくに飽きられ無視され埋没していたことだろう。
煽りには違いない。悪意にまみれた言葉なのは疑いようがない。
だが、常にその意見には一定の真実があった。目を逸らしようのない、ぐうの音も出ない正論が含まれていた。
彼は彼で、一定のフォロワーを獲得していた時期もある。――荒れたフォーラムに便乗する愉快犯が大半だったけれど。

――リーダーの、資質……?

なゆたはぐちゃぐちゃに混乱した頭の中で、それでも考える。
元々、なゆた自身は真一のサポートとしてパーティーに参加したつもりだった。現実世界でそうだったように。
いつだって、なゆたは真一がやりたいことをやるためのお膳立てを整える役だった。
彼がリーダーシップを発揮し、パーティーを牽引していくなら、自分はその補佐に徹する。
それが自分の立ち位置だと信じて疑わなかった。

しかし、その関係は真一のパーティー離脱によって脆くも崩れ去った。
となれば、残ったパーティーはどうなるか?
実質的にリーダーに一番近かった人間がリーダーを引き継ぐのが自然な流れであろう。
だが、なゆた自身は自分を現在のパーティーのリーダーだと思ったことなど一度もない。
むろん、パーティーの方向性や今後の行動指針を決定したことはある。が、それもあくまでその場限りのこと。
他に最終的な決定を下す存在がいないなら、自分がしよう――と思ってのことに過ぎなかった。
それがリーダーの仕事ということだ、と言われてしまえば反論できないが、少なくともなゆたはそう思っている。
だから――

――わたしは、リーダーなんかじゃない……。

明神に資質を問われても、そうとしか思えなかった。
モンデンキントは聖人君子だったと、明神は言う。
確かにそうかもしれない。いや、そうなのだろう。実際なゆたはフォーラムで聞き分けのいい、優しい月子先生を演じていた。
演じるのは簡単だ。なゆたは生臭坊主の父親が法話で檀家の人々の心を掌握するところを幼い頃から見てきた。
新興宗教の教祖でもやればさぞかし大成するに違いない父譲りの話術は、支持者を獲得するにはこの上なく便利なスキルだった。
大規模な戦争イベントで音頭を取り、ギルドマスターとして30人以上のメンバーを率いたこともある。
けれど、それらはすべて仮面だ。ネット世界という壁越しにかぶっていたペルソナだ。
本当のなゆたはエンバースが思う通りの、血の気の多いかんしゃく玉でしかない。
そんな人間が、ネット世界という壁越しでない生の人間を統率するなど不可能であろう。
なゆた自身にリーダーの自覚が微塵もないとくれば、なおのことだ。

>そういうわけでモンデンキント、こいつはクーデターだ。
 不甲斐ないリーダーをぶっ倒して、これからは俺がパーティを仕切る。
 出しな、てめーのポヨリンさんを。その可愛い可愛いひんやりボディを叩き潰してやるよ

明神がスマホをタップし、ヤマシタを召喚する。
明神はやる気だ。戦う気なのだ。自分を敵と判断し、ふがいないリーダーとして追い落とすつもりなのだ。
……本気、なのだ。

>……なあモンデンキント。『タキモト』ってプレイヤーを、覚えてるか?

「………………」

>……いや、何でもねえ。忘れてくれ

明神が問いを打ち消す。なゆたは答えられなかった。
タキモト。その名に覚えはない。フレンドにもいなかった気がする。
モンデンキントとして、なゆたは今まで数多くのデュエルを経験してきた。500戦はくだらないだろう。
その中の誰かだろうか、と思うも、それは完全に記憶の中に埋没してしまっている。

>石油王!カザハ君!ジョン!一口乗るなら今だぜ!俺に加勢すりゃ、新生パーティに相応の地位を約束する!
 ついでにモンデンキントを打倒したプレイヤーの名もほしいままだっ!

明神が叫ぶ。それは、今までひとつだったパーティーの分裂を促す言葉。
彼の言う、クーデターが始まったのだ。

164崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/06/12(水) 15:46:30
>誰が乗るかッ! このうんちぶりぶり大明神め!

カザハは、即答。パーティーの立ち位置転覆を目論む明神の誘いを却下した。
出会ってまださして時間も経っていないというのに、カザハはなゆたの味方をしてくれた。
きっと根っからの善人なのだろう。ブレモンアンチのクソコテと相容れるわけがない。

>え〜これって【うんちぶりぶり大明神】と【モンデキント】のお話やから手は出さへんつもりやってんけど〜
 まあ、明神さんのたっての願いやしぃ、しゃーないわなぁ

みのりはそう言うと、なゆたの傍に立った。
どうやら、みのりもなゆたの味方らしい。
……と、思ったが。

>なゆちゃんなぁ、この一ターンはうちからのサービスやよ〜
 うちはなゆちゃんの事はかってるし、うち【ら】ではでけんことをやってくれると思うてる
 でもなぁ、うちもなゆちゃんのリーダーの資質、見てみたいんやわ〜

みのりは明神の発生させたスペルカードの効果を1ターンだけ肩代わりすると、パーティーを離脱してしまった。
一見すると単なるみのりの気まぐれだが、これは恐るべきことだ。
みのりは明神の発生させた『濃霧(ラビリンスミスト)』と『黎明の剣(トワイライトエッジ)』の合わせ技を吸収し、一気に蓄積ダメージを獲得した。
みのりが明神側に回ったことで、その蓄積ダメージが――特大の爆弾が相手側に渡ってしまったことになる。
最初からみのりはそうするつもりだったのだろう。まさに巧妙、老獪な戦略と言わざるを得ない。
イシュタルの『収穫祭の鎌(サクリファイスハーベスト)』には、今まで幾度も窮地を救われた。
その死神の鎌が、今。こちらに向けられている――。

>雄鶏乃栄光!対象ポヨリン、発動!
>ニャー
>なあ明神・・・雄鶏乃怒雷!

部長が気の抜けた鳴き声をあげる。
ジョンはなゆたの召喚したポヨリンにバフを掛けると、何を思ったかいきなり明神に魔法をぶちかました。
それで明神が一撃OKされることはないだろうが、宣戦布告としては充分だろう。

>なゆ・・・僕じゃ力不足かもしれないけど力を貸すよ、あの分からず屋を一発ぶん殴ってやろう!

「………………」

ジョンはそう言って、なゆた側についた。
ついさっき仲間になったばかりで、何もかも分からない彼だったが――彼もカザハと同じで、紛れもない善人なのだろう。
クーデターなどという剣呑な行為を、自衛官である彼が見過ごせるはずがなかったということだろうか。
カザハとジョンが味方をしてくれたのは僥倖だった。とてもありがたいことだ。
けれど、そんなカザハとジョンの厚意に対して、なゆたは感謝の言葉はおろか何のリアクションも取ることができなかった。
まだ、心が追いつかない。気持ちが整理できない。

>試掘洞の穴ぐらで古代兵器と戦った時も。港町で邪悪なおっさんの恋を応援した時も。
 ガンダラで飲んだ酒や、リバティウムで喰ったメシの味は、きっと一生忘れない。
 色々ひっかき回されもしたが、大体良い思い出だ。ああ、楽しかった。
 ――楽しくなかったら、誰がお前らとお仲間ごっこなんざするかよ。うひゃひゃひゃ!

明神の先ほど言った言葉が、頭の中で繰り返される。
ああ、そうだ。楽しかった。本当に楽しかったのだ。死ぬかと思ったし、つらかったし、実際怪我もしたけれど、楽しかった。
最高の思い出だ。きっと自分はこの思い出を一生忘れない。何年後も、何十年後も、生きている限り――
この体験はすばらしいメモリーとなって、なゆたの心の中に輝き続けるだろう。
でも。だから。……だからこそ。
なゆたには、今の状況が信じられない。実感を伴ってこない。
まるで、夢を見ているようにフワフワした感覚だけがある。
もしも、これが本当に夢だったなら。魔法が見せる幻覚であったなら。
目を覚ますと、真一がいて。みのりが、しめじが、ウィズリィがいて。



明神が笑顔で『なゆたちゃん、クエストに行こうぜ!』と言ってくれたなら――――――。

165崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/06/12(水) 15:46:45
「……わかった。わかったよ、わーかーりーまーしーたー!
 それじゃ、これを『異邦の魔物使い(ブレイブ)』同士の公式戦としよう。
 見届け人は僭越ながらこの私、『創世の』バロールが引き受ける。一応、ここの宮廷魔術師だからね!
 王にはあとで説明しておく! だから――後に遺恨を残さないよう、存分にやりたまえ!
 ――ちょうど、私もこの目でじかに『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちの戦いぶりを見ておきたいと思っていたんだ」

やっと落ち着きを取り戻したバロールがそう言って、フィールドの隅に立つ。
これはもう、単なる内輪揉めではない。この戦いで勝った者が、正式に今後のパーティーを牽引する。
カザハ的に言うと『○○とその仲間たち』になるという訳だ。

ただ、まだなゆたは動かない。……動けない。

立ち込める濃霧の中、当事者であるなゆたを置き去りにしたまま、戦いが始まった。

>ジョン君……なゆがゴッドポヨリンさんを出すまでなんとか時間を稼ごう!『癒しのそよ風(ヒールブリーズ)』!

カケルの背にひらりと飛び乗ったカザハが、回復魔法をかける。
『黎明の剣(トワイライトエッジ)』によって攻撃力を持った『濃霧(ラビリンスミスト)』によって、なゆたチームは毎ターンダメージを受ける。
だが、継続回復スペルを使えばその効果は一時的にではあるが相殺される。
なゆたも同じように継続回復効果のあるスペルカード『再生(リジェネレーション)』を持っている。
きっと、まともな思考ができていたなら迷いなくそのカードを切っていただろう。

>『俊足(ヘイスト)』!

さらに、カザハはポヨリンではなくなゆた自身にバフを掛けた。これによってATBが通常の約1.25倍のスピードになる。
なゆたのATBが爆速で溜まっていく。が、なゆたは動かない。動けない。
ブレモンはATBをオーバーチャージできる。
戦略のひとつとして行動遅延を選択し、自分のターンを飛ばすことで、任意のタイミングで複数回行動が可能になる。
一対一のPvPではあまり意味はないが、レイド級と戦うPvEやチーム戦では役に立つ戦術だ。
とはいえ、今のなゆたは戦術でそれをしている訳ではない。まだ、呆然自失状態から回復していないのだ。

>僕と部長の実力見せてあげよう!

ジョンが高らかに言い放つ。ウェルシュ・コトカリスはまぎれもないネタ枠だったが、といって全く使えない訳ではない。
ソロではお話にならないが、パーティープレイでサポート役として運用すれば高い有用性を発揮するモンスターだ。
なゆたを置き去りにして、カザハとジョンが戦ってくれている。力を貸す、と言ってくれている。
……なのに。
まるで戦意が湧いてこない。戦おうという気が起きない。
あれほど好きで、楽しみで、一度として拒否したことのないブレモンのバトルが――今はとても色褪せて見える。
今まで信じていた事象、拠り所としていた想い、好きだと思っていた物事が、音を立てて崩れてゆく。
何もかもが壊れてゆく――。


ぽろり。
ぽろ、ぽろ、ぽろ。


なゆたの大きな瞳、その目尻にみるみるうちに大粒の涙が浮かぶ。
涙はすぐに溢れ、頬から顎を伝って落ちた。
一度零れてしまうと、もう止まらない。堰を切ったように涙が流れてゆく。
今まで蓋をして、見ないふりをしてきたこと。不安、焦燥、絶望――それらがどっと胸に込み上げる。

カザハとカケルが空を翔ける。ジョンの命令で部長が雷撃を放つ。
明神の意志の下、ヤマシタが矢を構える。みのりがイシュタルでダメージを肩代わりする。
四人の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の声が聞こえる――
そんな中、なゆたはただ立ち尽くしたまま。

『ぽ……ぽよ……』

ジョンにバフを掛けられたポヨリンが、なゆたの足許で不安そうにマスターの顔を見上げる。
このままでは『雄鶏乃栄光(コトカリス・グローリー)』も『俊足(ヘイスト)』も無駄に終わってしまうだろう。
だが、なゆたにはどんな行動も取ることができない。そう――


絶望する以外には、なにも。

166崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/06/12(水) 15:47:00
もしもこのまま明神が勝ち、彼曰くクーデターが成功したら、いったいどうなるか。
明神がパーティーのリーダーにおさまり、なゆたはその補佐に――とはならないだろう。
歴史を紐解いてみても、クーデターを起こされ追い落とされた側がそのまま存命するということはない。
悪しき前支配体制の元凶として、見せしめに処刑されるのが常である。
もちろん、明神がなゆたを見せしめに殺すなどということはないだろう。
けれど、もうなゆたはこのパーティーにはいられない。――といって、真一のところにも行けない。
真一はひとりで修業がしたいと言った。ひとりで金獅子に匹敵する力を手に入れなければ意味がない、と。
その決意を妨げることなどできない。まして、どの面を下げて真一に『パーティーを追い出された』などと言えるのか。

敗北したなゆたにできることと言ったら、リバティウムのなゆたハウスへ戻り、ひっそりと過ごすことくらいだ。
それは奇しくも、かつてなゆたが絶対に承服できないものとしてエンバースに言ったとおりの行為だった。
しかし。

――もう、それでもいいよ。

それさえ受け入れてしまうほど、なゆたの心は疲弊しきっていた。

――もともと、リーダーなんて器じゃない。真ちゃんが抜けて、たまたま代わりをやってただけ。
――明神さんがリーダーをやりたいっていうなら、やってもらえばいい。わたしである必要なんてないんだ。
――わたしの負けでいい。モンデンキントの負けで。こんな戦いをする意味なんて、どこにもないよ……。

なゆたの心を、どうしようもなく暗い感情が覆い尽くしてゆく。
赭色の荒野でも、ガンダラでも、リバティウムでも決して挫けなかった心が、大きく揺らいでいる。
ほんの少し前まで、あんなに楽しかったのに。みんなで世界を守ろう! って誓ったばかりだったのに。
どうして。どうして。
どうして、こんなことになっちゃったんだろう。バラバラになっちゃったんだろう。
……どうして……。

両手で顔を覆い、なゆたは泣いた。
どれだけパーティー内で勝気を装っても、モンデンキントとして人格者を演じても、なゆたはどこにでもいる女子高生に過ぎない。
ネット上なら、どんな悪口を言われても気にしない。言われた直後はショックを受けても、すぐに忘れてしまう。
ネットの壁という分厚い緩衝材のおかげで、見たくない情報は容易にシャットアウトできる。
けれど、ここにその緩衝材はない。すべては現実。目の前で実際に起こっていること。
地球から異世界アルフヘイムへと召喚されたときは、真一の存在がなゆたの心を支えた。
真一がパーティーを離脱してからは、仲間たちとの絆だけが気力を奮い立たせるよすがだった。
しかし。

パーティーが崩壊した今、明神から向けられた『血の通った憎悪』に、なゆたは耐えられなかった。

カザハの声が聞こえる。ジョンの声も。
でも、何を言っているのかまでは分からない。なゆたを呼んでいるのか、叱咤しているのか。
何もかもが正常に頭に入ってこない。ただただぐちゃぐちゃした塊が意識に押し寄せてくるだけで、理解できない。
どうすればこの状況を打開できるのだろう? 全員が元の関係に戻れるのだろう?

>気付いてっか?リバティウムを出てからこっち、俺たちがみんな別々の方を向いてるの。

明神の言葉がよみがえる。ああ、そうだ。そんなこと、ずっと分かっていた。
エンバースを拒絶し、除外しようとした時からずっと。でも、どうすればよかったのかなんて分からない。
正解なんて分かるはずもない。なゆたは最善を選んだつもりだったが、それは言うまでもなく悪手だった。

かなしい。
つらい。
さびしい。

溢れかえった負の感情を持て余し、なゆたはただただ嗚咽を漏らす。
そして。

「……………………たす…………け、て……………………」

ほんの僅か。
ほとんど空気が漏れるだけのような、幽かな声で――なゆたはそう言った。
誰か、特定の個人に対して言った言葉ではない。それはなゆた自身無意識のうちに漏らした弱音である。
傷つき弱った心が縋るものを求めて零した、まぎれもない本音――



それは。確かにエンバースの耳にも届いただろう。

167Interlude ◆5WH73DXszU:2019/06/16(日) 07:50:34
【タクティカル・スキマティック(Ⅰ) ――チープ・トリック――】


所謂ハイエンド・コンテンツが“実装時点ではクリア不可能”な形式で実装される事は珍しくない。
何故ならば――それは、不可逆的な資源の消費によって生成された、一つの集大成だからだ。
ここで言う資源とは労働力/人件費の事ではない――それらの消費は不可逆ではない。
不可逆な資源とは――キャラクター/ロケーション/ストーリー等の事を指す。
慣れ親しまれた登場人物/積み重ねた伏線/描き上げた壮大な世界観。
それらを生贄に――ハイエンド・コンテンツは召喚される。

「……つまり飢えたゲーマー如きが、小腹を満たす為に食い散らかしていいような代物じゃないのです。
 同時実装されたガチャ限スペルとユニットを揃えて、レベルマにして、漸くスタートライン。
 それが出来ない連中は、レベルキャップが解放されるまでは参加権すらないのです」

「なるほど……それが、俺をこんな小汚い監獄に誘拐した理由か」

「軽口を叩かない事です。この会話のログは全て保存されているのです。
 我々運営はあなたとそのチームが、例のコンテンツをクリアした事を疑問視してるのです。
 例え重課金規模のガチャを回していたとしても、あなた達のクリアタイムは我々の想定外なのです」

「それで?タネ明かしをしてくれって?アクションログくらいサーバーに残ってるだろ」

「ログを精査し、そこからあなた達の利用したバグ、グリッチを逆算する。
 勿論、それもこのインタビューと並行して進めているのです。ですが時間が惜しいのです。
 最新コンテンツを封鎖してのバグフィクスなど、運営の恥。さっさと自白すれば、アカウント停止処分だけは――」

「ちょっと待て……バグ利用だと?」

「例のコンテンツは完璧だったのです。攻略に必要な総ダメージ量と、総ダメージ軽減量。
 既存のカード、ユニットをどう組み合わせようと、それらの釣り合いは決して取れない。
 そのように設計されていたのです。さあ、吐くのです。あなた達が利用したバグの――」

「いいか、一度しか言わないぜ――そのような事実は、ない。
 ただ俺の方が、あんた達よりも知恵が回った。それだけだ」

「ログの精査が終われば、あなたの自白には何の価値もなくなるのですよ?」

「……分かったよ。そこまで言うなら、いい機会だ……少し、自慢話に付き合ってもらおうか。
 俺達の編み出した攻略法は、本当は誰にも明かすつもりはなかったんだが――
 あんたは多分、これを口外にはしない……いや、出来ないだろうしな」

168Interlude ◆5WH73DXszU:2019/06/16(日) 07:52:12
【タクティカル・スキマティック(Ⅱ) ――チープ・トリック――】

――確かにやつは強かった。アンデッド特有の高耐久に加え、あの自己再生能力。
ターン毎のダメージ量が一定の水準に達していないと、HPを削る事すら叶わない。
かと言って火力偏重ビルドでは、一定ターンおきに繰り出される大技で全滅する。
バフ、デバフ付与スキルも完備……つまりシナジー・コンボビルドの対策も完璧。

「だけど、それが良くなかった。つまり――コンセプトが明白過ぎたんだよ。
 あんた達は、俺達が何者かを忘れてたんだ……俺達は、ゲーマーなんだよ。
 四六時中、まだ見ぬ対戦相手にメタ張る事を考えてるんだぜ。分かるかな」

――要するに、俺達はただルールを暴いて、その裏を掻いただけだ。

「ログチェックはまだ終わらないのか?正直な話……俺は、その瞬間が待ち切れないんだ」

■■■■は明らかに高揚していた――ガチ勢のゲーマー、その心中には常に矛盾が渦巻いている。
彼らは知恵を振り絞り、新たな戦術を編み出す/だが決してそれらをひけらかす事はない。
既存戦術を一掃する新基軸的ドクトリンは、しかし一度明かせばただの常識と化す。
故に、隠す――それはある意味で、古流に伝わる殺人術にも似ていた。

「傑作だったぜ。双界万事を識り尽くす叡智の象徴が――」

けれども今、眼前にいるゲームマスターには、その心配は無用だった。
これから語る戦術を、彼女は決して口外しない――その確信があった。

「――何十本と酒瓶をぶつけられた挙げ句、倒れていく様は」

なにせ啓蒙/蔓延させるには――それはあまりにも、陳腐だった。

169embers ◆5WH73DXszU:2019/06/16(日) 07:52:44
【カウンター・ブレイブ・タクティクス(Ⅰ)】


『守るだぁ?てめーはなんにも分かっちゃいねえなエンバース。モンデンキントがおこな理由がよ。
 これから俺はモンデンキントと一線交えるがよぉ、お前は俺とあいつのどっちを守るんだ?ええ?
 守りたいモン同士がバトるとき、そのどっちを優先するか……決めてあんだろうなおい?』

「一戦、交えるだって……?な、なんでだ!なんでそうなる!
 例えあんたがうんちぶりぶり大明神だったとしても、明神さんは明神さんだ!
 ……あんたにとっては、そうじゃないのか?今まで、一緒に旅をしてきたんだろ!?」

『のべつまくなく守ろうなんてのはな、エンバース。ゾンビとあんまし変わんねえぞ。
 本能が求めるのが食人か庇護か、違いはそれだけだ。まぁしょうがないか!焼死体だもんね!
 ホントはお前、生前の欲求に従って動くだけのガチゾンビなんじゃないのぉ?』

「……ああ、なるほど。人間とチンパンジーの遺伝子は、その99%が一致するって話だな?
 明神さん、大事なのは残りの1%なんだ。その1%に、あんたはこんな事を選ぶのかよ!」

『……場所を変えようぜ。ここは暴れるには狭すぎる。ゴッドポヨリンさんも使いづれえだろ。
 下にいい感じの広場があったな。そっちで闘ろう』

「っ、待て明神さん!話はまだ終わっちゃいない……」

『まあ、うちらブレイブやし、やり合わな収まりがつかんこともあるやろうしねえ
 エンバースさん、カザハちゃん、それにジョンさんも、これからに必要な大切な事やからいきましょか〜』

「みのりさんまで!これは……ゲームじゃないんだぞ!」

抗議の声を上げる焼死体/聞く耳持たない明神――折れざるを得ないのは必然、前者。
意地を張っていても置き去りを食らうだけ/不本意ながらも後を追う。

170embers ◆5WH73DXszU:2019/06/16(日) 07:53:58
【カウンター・ブレイブ・タクティクス(Ⅱ)】

『さて、挨拶が遅れちまったな。俺がうんちぶりぶり大明神だ。説明は……要らねえよな――』

「明神さん、考え直せ。こんな事、何の意味もない……!」

『まさかこんな形でツラ拝む羽目になるとはな。だけど一応、お前に言おうと思ってたことがあるんだ――』
『しかしまぁがっかりだなぁ?みんな大好き月子センセーが、こんな小便くせえガキだなんてよ――』」

「明神さん……本気で言ってるのか?」

『どーもお前とモンデンキントが結びつかねえんだよな――』」
『気付いてっか?リバティウムを出てからこっち、俺たちがみんな別々の方を向いてるの――』」

「……明神さん、やめろ。こいつに意見があるのは分かった。
 だけど……こんなやり方で伝える必要はなかった筈だろ!」

焼死体の制止――明神には届かない。

『そういうわけでモンデンキント、こいつはクーデターだ。
 不甲斐ないリーダーをぶっ倒して、これからは俺がパーティを仕切る。
 出しな、てめーのポヨリンさんを。その可愛い可愛いひんやりボディを叩き潰してやるよ』

「……分かった。分かったよ、うんちぶりぶり大明神。あんたは、それでいいんだな」

運命は、帰還不能点を通過した――焼死体の双眸に灯る、蒼い炎/兵士の如き眼光。

「呼び方の話じゃない……これが、あんたのルート選択なんだな。
 一度始めちまったら……もう、リトライは出来ないんだぞ」

『石油王!カザハ君!ジョン!一口乗るなら今だぜ!俺に加勢すりゃ、新生パーティに相応の地位を約束する!
 ついでにモンデンキントを打倒したプレイヤーの名もほしいままだっ!』

「……やめておいた方がいい。俺も腹を決めたよ。あちら側に付くなら――俺は、その全てを制圧する」

そして――決闘が、始まる。

171embers ◆5WH73DXszU:2019/06/16(日) 07:55:45
【カウンター・ブレイブ・タクティクス(Ⅲ)】

『――『黎明の剣(トワイライトエッジ)』、プレイ!』

立ち込める濃霧/付与される攻性魔力――成立するのは一帯を覆うダメージフィールド。
スペルに対する除外手段を持たない焼死体は――しかし平静を崩さない。

『なゆちゃんなぁ、この一ターンはうちからのサービスやよ〜
 うちはなゆちゃんの事はかってるし、うち【ら】ではでけんことをやってくれると思うてる
 でもなぁ、うちもなゆちゃんのリーダーの資質、見てみたいんやわ〜』

「……残念だよ、みのりさん。あんたは……もう少し、優しい人だと思ってた」

ATBを持たない焼死体が時間を無為に過ごす理由は一つだけだ。
時間経過による勝率の低下を、一切考慮していない。
つまり己の力量に対する圧倒的な自負/不遜。

『エンバース。俺と組めよ、一緒にモンデン野郎をぶっ倒してやろうぜ。
 お前を拒絶し、罵倒し、抜けても構わないとまで言った、あの女を!
 明確に拒否られたんだ。お前にとっちゃこれ以上、あいつを守る理由なんざないはずだよなぁ……?』

「俺にのされた後で、その顔面を誰かに踏みつけられないか、気にしてるのか?
 だったら心配いらないさ。そうなったら全員平等に、戦闘不能にするまでだ」

濃霧の中で背後を/乳白色の隔たり――その奥にいる、なゆたを見つめる、蒼炎の眼光。

「それと、丁度いい機会だ。俺の事が気に食わないなら、いつ仕掛けてきても構わないぜ。
 先手は譲ってやるよ――リバティウムでも言ったよな。全員相手でも俺は構わないって」

その勝負は――なゆたが受けた時点で、焼死体にとっては実質的に“勝ち”だった。
勝利し、実力を示す事が出来れば最良/敗北してもPT内の不和は解消される。
その上で、多勢に無勢であれば――自分の面目も一応、保たれる。
だが――焼死体の企て/妥協案は、早々に躓く事になった。
霧の向こう側から――なゆたの返答が、ない。

「……おい、どうした?もしかして、あんまりキレると冷静になるタイプだったり――」



『……………………たす…………け、て……………………』



それは――声と呼ぶにはあまりにも微かな音だった。
濃霧/無数の水粒は音を喰らい、代わりに静寂を産み落とす。
圧殺された悲鳴/ノイズは――しかしそれでも、焼死体に火を灯すには、十分過ぎた。

172embers ◆5WH73DXszU:2019/06/16(日) 07:56:54
【カウンター・ブレイブ・タクティクス(Ⅳ)】

焼死体が体ごと、なゆたへと振り返る/声を頼りに歩み寄る。
そして辿り着く――向き合う形/彼我の口論における定位置。
だが憎まれ口が紡がれる事はない/何一つ、言葉は伴わない。
何よりもまず、その失意/涙に濡れた美貌を――抱き寄せた。

「……心配するな。大丈夫だ――俺がいる」

黒焦げた左手が、幼子をあやすように、なゆたの頭を撫でる。

「言ったろ……俺が、守ってやるって。お前がどんなに嫌がろうと……そんなの、知った事かよ」

――そうだ。俺は誓ったんだ。誰にも、お前を傷つけさせはしないって。
今度こそ、失敗なんかしない。絶対に、絶対に、守り抜いてみせるから。

「ここで、じっとしてろ。すぐに終わらせてやるさ。ああ、そうとも。すぐに……」


――だから、もう泣くなよ……“マリ”。そんな泣き面、お前らしくないぜ。


「……すぐにみんな、焼き払ってやる」

憎悪を帯びた呟きは――濃霧が覆い隠した。
脳裏に焦げ付いた過去/ひび割れた眼球に映る現在。
それらの区別が――今の焼死体には、付いていなかった。

173embers ◆5WH73DXszU:2019/06/16(日) 07:58:50
【カウンター・ブレイブ・タクティクス(Ⅴ)】

「行ってくる……寂しがるなよ?」

なゆたを解放/漆黒の狩装束を翻し――懐から抜き放つ、溶け落ちた直剣。
一歩踏み出し――ふと、足元の[スライム/ポヨリン]を俯瞰する。

「オウル、お前がご主人様の盾になれ――剣は、俺が務める」

言葉と同時/左手は衣嚢を探る/引きずり出すのは――小さな革袋。
それを掲げ/握り潰す――瞬間、溢れ返る液体/酒気。


【小さな革袋(ちいさなかわぶくろ) ……インベントリを二枠拡張する。拡張されたインベントリに、これと同類のアイテムは入らない。
 ――いいから、まずはこれを買っておけ。優れた武器で魔物を殺して、その次は?死体を担いで歩き回る気か?――】

【火酒(フロウジェン・ロック) ……飲用時:対象に『酩酊』を付与/投擲時:対象に『酒気帯び』を付与。
 ――春が訪れると、フロウジェンの山脈からは火酒が溢れる――】


左腕を伝う液体は、焼死体の内に燻る火気により、炎上。
そのまま地面へと流れ落ち/広がる――対戦領域を徐々に塗り潰す、蒼い炎。

「……警告しておこう」

システムに流動性を有するあらゆる対戦ゲームは、『メタゲーム』によって表現される。
つまり流行の/安定した/勝率が高いとされる――デッキ/装備/ユニット編成。
だが完全無欠の編成は存在しない/誰もがその存在を忌避するからだ。

「シナジーだの、コンボだの、そんな物を悠長に積み上げてる暇はないぜ」

故に『アンチメタ』が誕生する/またその対策が生み出される。
要するに『メタ』とは無限に続くジャンケン/鼬ごっこ。
大半のプレイヤーは、その最先端を見抜けない。
だが――[焼死体/■■■■]は、違った。

「見えるか?この炎が――お前達のATBが溜まるよりも、ずっと早く燃え広がるぞ」

それは『アルフヘイム』において極めて合理的な『対【異邦の魔物使い(ブレイブ)】戦術』だった。
『アルフヘイム』/『ブレイブ&モンスターズ』の間には――明確に仕様の異なる点が複数存在する。
例えばスペル効果の再解釈/パートナーの蘇生の可否/より精密な、部位破壊に伴うステータス低下。
そして――プレイヤーの装備/所持品/行動が、ブレモンのシステムによって制限を受ける事はない。

このアルフヘイム特有の仕様は、TIPS“DPS”と照合すると――このように再翻訳する事が出来る。
“アイテムの多重/高速使用は、デッキ外からの火力を理論上、無制限に向上させる事が可能”と。
そこから算出される最適解/最先端――底上げされた火力による、コンボ成立に先んじる短期決戦。

「俺はお前達に、結構な時間的猶予を与えてやったよな。その間に何本ゲージを溜められた?」

立ち昇る熱気は濃霧を僅かに退ける/微かに見える人影――焼死体の歩みが明確な指向性を帯びた。
いつの間にか焼死体の双眸――そこに宿る炎/眼光は、白霧に映す色合いを蒼から変化させていた。

「……これから身を護る為に、何本消費させられると思う?」

篝火が産み落とす影の如き漆黒――その色の名が殺意である事は、この場にいる誰もが、知り得ない。

174うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/06/23(日) 02:32:33
もはや言うまでもないことだけれど、クソコテ「うんちぶりぶり大明神」は界隈指折りの嫌われ者だ。

東に楽しい雑談あれば、行って話の腰を折り。
西にまともな議論があれば、極論ぶちまけ本題潰す。
北にいざこざ諍いあれば、対立煽って人格批判。
南にアンチが暴れていれば、おだてはやしてハシゴを外す。

雨にも負けず風にも負けず、毎日のように俺は"聖戦"と称したネガキャンを繰り返していた。
ときには俺に賛同する、あるいは面白がって神輿に乗るアンチも居たが……そいつらさえも、俺は叩き潰した。
邪悪は馴れ合わない。ブレモンの癌は、業界の暗部は、俺一人居れば良い。

生まれたのは、真っ当はプレイヤーはおろかアンチからすら排斥される、正真正銘の爪弾き者。
路傍の汚物が如く、誰もが目にも入れたくない、存在そのものがNGワード。
うんちぶりぶり大明神は、そうして誰からも顧みられることなく、一山いくらの荒らしとして忘れ去られるはずだった。

ただ、実際のところ俺は誰に忘れられることもなく、ブレモンの闇で在り続けた。
攻略本に名前が載ってるくらいだしな。
好きの反対は無関心とかよく言うけれど、世間は俺に対し無関心を貫けなかった。
俺が無視されなかったのは、稀代のクソコテとして有名になっちまったのは――モンデンキントが居たからだ。

殆どのプレイヤーがうんちぶりぶり大明神の存在を黙殺する中、ただ一人モンデンキントだけは違った。
俺と会話を試み、議論を吹っかけ、一晩かけてでも俺に改心を促した。
何度も何度も。どれだけ煙に巻いてレスバをノーゲームに持ち込もうとしても、奴は諦めなかった。
俺がアンチとして活動する場には必ずと言っていいほど現れて、不毛な説得を試みた。

光と影のように、コインの表裏のように、俺の眼の前には常にモンデンキントが居た。

そうしていつしか俺たちの論戦はフォーラムの風物詩として捉えられるようになり――
うんちぶりぶり大明神は、モンデンキント伝説に配された都合の良い悪役みたいになっちまった。

英雄譚は、英雄と敵対する悪役の存在によってはじめて物語として成立する。
まるでアンパンマンに対するバイキンマンだ。そしてその評価は、あながち間違いでもない。

俺がここまで拗らせちまったのは、お前のせいでもあるんだぜモンデンキント。
お前がランカーとして正道を駆け上がるのを、ずっと闇の中から見ていた。
俺が心の底から渇望して、それでも届かなかった場所。
降りるってんなら俺が貰っちまうぜ。

PVPでもレスバでも、地球に居た頃は結局一度も勝てやしなかったけれど――
三度目の正直だ。今度こそ、俺はお前に勝つ。

 ◆ ◆ ◆

175うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/06/23(日) 02:33:35
俺とモンデンキントの敵対が明確になった瞬間、最初に動いたのはやはり石油王だった。
デュエルフィールドの中に足を踏み入れて、モンデンキントの隣に立つ。

>「え〜これって【うんちぶりぶり大明神】と【モンデキント】のお話やから手は出さへんつもりやってんけど〜
 まあ、明神さんのたっての願いやしぃ、しゃーないわなぁ」

石油王はあっちについたか……。まぁ想定の範囲内だ。
王都に来る前からあいつは真ちゃんやなゆたちゃんとよろしくやってたし、そもそもこの戦いで俺に正義はない。
奴と敵対することで僅かな勝率がさらに目減りするが、それでも俺は配られたカードで頑張るっきゃねぇ。

>「霧を対象にするやなんてゲームではでけへんし、それをやろうという発想にもびっくりやわ
 周囲を包むきり自体でダメージ受けるやなんて防ぐのも難しいけど、うち相手には悪手やねえ
 我伝引吸(オールイン)……プレイ!」

ダメージ吸収のスペルが起動。
俺が濃霧に付与した『ダメージだけ』をカカシが吸い取り、バフの輝きが弱まっていく。

>「ごちそうさん」

石油王はこっちをチラ見して唇を舐めた。仕草が堂に入っていやがる。こいつマジで何歳よ?
そしてこれで、俺のばら撒いた継続ダメージは少なくとも1ターンの間意味を為さなくなった。
これだよ。俺のDot戦術と一番相性が悪いのは、ダメージ吸収能力を持ったバインドデッキだ。
次善の策はもちろんあるけど、この段階で手札を一つ潰されたのはかなり胃が痛い。

>「なゆちゃんなぁ、この一ターンはうちからのサービスやよ〜
 うちはなゆちゃんの事はかってるし、うち【ら】ではでけんことをやってくれると思うてる
 でもなぁ、うちもなゆちゃんのリーダーの資質、見てみたいんやわ〜」

だが石油王はなゆたちゃんにそれだけ伝えると、彼女の傍からふっと姿を消した。
同時にスマホに通知。『五穀豊穣』が俺のパーティに加入していた。

「……は?え?お前どういう――」

どういうつもりだ、と問おうとして俺はやめた。
石油王は『なゆたちゃんの資質を見たい』と言った。語調の差はあれ、俺と同じ言葉を口にした。
なんのこっちゃない。俺のやろうとしてること、俺のやりたいことを、こいつは100%理解してくれてるのだ。
見透かされたとは思わない。数多の言葉を弄さなくなって、想いは伝わるってだけのこと。

「……助かる」

ガンダラからずっと陰日向に俺を支えてくれた相棒に、俺は一言だけ述べた。
俺たちの間には、それで十分だった。

カザハ君はぷりぷりと怒りを顕わにしながらモンデンキントの隣に立つ。

>「誰が乗るかッ! このうんちぶりぶり大明神め!
 その小学生男子が喜びそうなネーミングセンスは嫌いじゃないけどネタ枠だから許されるのであってリーダーは駄目!
 “うんちぶりぶり大明神とその仲間達によって世界は救われました!”なんて伝説に刻まれたらどうしてくれるの!?」

「ネタ枠はおめーも大概だろうがよぉー!つーか何お前、世界救うってのに名前が判断基準なの?
 魔王に唯一有効な最強武器が『うんこソード』とかだったらどうすんだよお前、使わずに死ぬつもりかよ」

まぁ史実でもうんこエンチャントした刀めっちゃ強かったらしいけどね。切られたら破傷風になっちゃうし。
良いんだぜ俺は、『笑顔きらきら大明神』に改名してもよぉ。それでお前が俺の味方になるならな。
相変わらず微妙に緊張感のねぇ野郎だ。ついでにもひとつ煽っとくか。

「大体さぁ、世界救ったとしてお前の名前が刻まれるかどーかわかんねえぞ?
 なんか見た目がカワイイからスルーされてっけど、お前もエンバースと同じモンスターじゃん。化物じゃん。
 バロールも意味深なこと言ってたしよぉ、ホントはお前こそ魔王の手下とかなんじゃないの?
 お前が結局何者なのか、この場のだーれも知らない鳥取出身の謎ナマモノだってこと、忘れてんじゃねえぞ」

176うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/06/23(日) 02:34:28
まぁ見た目的に味方ポジションっぽいのは認めるよ。シルヴェストル可愛いもんな。
だけど、モンスターである以上無条件でアルフヘイムの味方と断ずることはできない。
使役する者次第で善にも悪にも容易く転ぶのがブレモンのモンスターだ。

「お前が俺たちの仲間ヅラしてんの、結局のところ全部ただのノリじゃん。マジでその場のノリじゃん?
 怖えなあ何考えてっかわかんねー奴と一緒に居んの。それがモンスターだってんならなおのことこえーわ」

立ち込める濃霧に覆われて、そのうちカザハ君の姿は捉えられなくなった。
顔が見えないのは俺にとって好都合だった。掲示板越しのレスバトルと何も変わらないからな。

>「だめだブライトゴッド!君はなぜ自分から嫌われにいくんだ!?ちゃんと話合って解決すればいいだけじゃないか
 エンバース!君もなゆが本気で言ってないって理解しているんだろう!?だれも争う必要なんてないんだ!誰も・・・」

霧の向こうからジョンの悲痛な叫びが聞こえる。
立ち位置的に見ても奴はモンデンキントの側についたと見て良いだろう。

>「雄鶏乃栄光!対象ポヨリン、発動!」

ジョンがバフスペルを起動した。これであいつとの敵対も明確になる。
カザハ君とこいつはおそらくなゆたちゃんに味方するだろうってのは予測できてた。
というかまぁ俺サイドにつく理由がないってだけなんだけれど。

だから、ジョンが何言おうがレスバで鍛えた都合の悪い事実に耳を塞ぐスキルで受け流す構えは出来てた。
出来てたのに……演説馴れでもしてるのか、いやによく通る奴の声は、俺の耳朶を強かに打った。

>「そんなに君はなゆが、他のみんなが信じられないのか?
 自分の過去を知られたらみんな無条件で離れてしまうと思っているのか?
 ちゃんと話合うんだ、この乱闘騒ぎがどう終わろうとね」

「…………っせーぞイケメンッ!てめーに何が分かる!!俺の何が分かるってんだよ!!」

ジョンの言うことは正しい。正論だ。そして俺は正論が、反吐が出るほど嫌いだ。
ふざけんじゃねえぞ。この想いが、溜め込んできた感情が、正論なんかで押し流されてたまるか。

>「ブライドゴッドの覚悟はよくわかった、だからもう言葉で引きとめようなんて無粋な真似はしない
 だから・・・僕は僕のしたいようにする・・・それでいいんだろ?」

「分かってんじゃねえか。とっくにバトルは始まってるぜ、さっさとカードを切れよ」

ジョンの戦闘力は……正直未知数もいいとこだ。
ウェルシュ・コカトリスは確かに雑魚だが、雑魚故にデータがない。誰も使ってないからだ。

>「あ・・・やっぱり・・・最後に一つ言わせてくれないか?」

「あ?言葉は無粋とかさっき言ったばっかじゃねぇか」

そのままジョンは固まった。え、何?CPU使用率が急に100%になったの?
全時代のOSみたいな謎フリーズは続く。たっぷり10秒、その間に俺も勘付いてしまった。
この不気味な沈黙は――こいつまさか!ゲージ溜めてやがるな!?

>「なあ明神・・・雄鶏乃怒雷!」

「うおおおおおっ!?ヤマシタ!」

案の定ジョンは不意打ちでスペルを放ってきやがった。
コカトリスの口から紫電が迸り、濃霧を貫いてこちらに飛来する。
間一髪でジョンの企みに気付いた俺はヤマシタを傍に引き戻し、盾で俺を庇わせた。

177うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/06/23(日) 02:35:45
油で揚げたみたいな快音が響き渡る。
電撃の直撃をくらったヤマシタはしばらく痙攣するも、HPバーの損失は軽微。
スペル自体の威力はそこまで高くない。だが濃霧に付与してたバフが一部欠けてる。
ディスペル効果を持った電撃か……出の速さと言い、無視できる脅威とは言えねえな。

>「怒らないでよ、こんなの挨拶だよ挨拶」

「てめっ……大した演技力じゃねえか!ツラも良いし自衛官より役者でもやった方が良いんじゃ――」

頭にカっと血が上って、海馬に酸素が巡ったのか、一つ記憶がポンと浮かんできた。
いつだったかテレビで見かけた顔。街角で横切ったポスターの写真。

「思い出した、お前ジョン・アデルだろ。そのツラ、テレビで見たことあるぜ。
 地震かなんかの救助活動でお前、国から表彰されてたよなぁ。
 それだけじゃねえ。駅にゃてめーのツラ大写しの広報ポスターが貼ってあったな」

外国人の両親を持ちながら、日本人として在野で活躍する現役自衛官。
その甘いマスクと、災害現場での人命救助の実績がワイドショーでも連日取り上げられて、
ちょっと前までこいつはお茶の間のヒーローだった。
通勤に使う駅にもこいつが爽やかスマイルで敬礼してる広報ポスターが張り出されてるくらいだ。

『イケメン自衛官、被災地に笑顔を届ける!』

クソが。浮ついてんじゃねーぞ。ムカつくぜ。アイドルかよてめーは。
それでもこいつの存在は被災地の希望だったし、慰問活動に救われた人間は数知れねえだろう。
正真正銘のヒーロー。テレビの前で酒飲みながら大変だねーとか言ってる俺の百万倍価値のある人間だ。

出会ってすぐにジョン・アデルだと気付かなかったのは、なんか小汚かったってのもあるけれど、
俺自身アイドルまがいのヒーローとかいう人種が眩しすぎて直視できなかったからだ。
目に入れるのも痛くて、記憶を全部頭の奥底にしまいこんでた。
そのジョン・アデルと、なんの因果か俺は対峙している。

「てめーにゃ俺の気持ちなんて一生かかったってわかんねえよ。俺とお前は違う。違いすぎる。
 真っ当に努力が出来て!報われて!光の中で生きてきたような奴に、俺の何が分かる!?」

こいつにだって、俺の知らない挫折や絶望はあったろう。だが奴はそれを肯定し、前へ進んできた。
でなきゃ人助けなんて出来やしねえし、表舞台で脚光を浴びることもねえはずだ。
足を止めちまった俺とは違う。日陰を這いずり回ってきた俺とは、違う。

「俺はうんちぶりぶり大明神。てめーらみたいな表舞台の主役共を憎む者。
 何も持たない、持つための努力を放棄してきた連中の、俺は代弁者だ」

レスバトル必勝法がひとつ、『主語は常に大きく』。
不特定多数の代弁者を気取ることで、主張に権威の説得力を追加する。
対立の構図を『俺vs相手』から『持たざる者vs持つ者』に誤魔化す詭弁のテクニックだ。

こんなもんはお為ごかしでしかない。
ジョンが一般論染みた正論をかなぐり捨てて本音をぶつけてくれば、容易く崩れる砂上の城。
だが、俺はこいつの腹の中身が見たい。

これでエンバース以外の全員の立ち位置が明らかになった。
妖精さんとイケメンがモンデンサイド……ここまでは想定の範囲内だ。
カザハ君は攻略本首っ引きのド素人。ジョンも企画モノ買うようなニュービー。

ブレモンはモンスターやスペルに対する知識と理解が強さに直結するゲームだ。
こいつらが敵対したところで俺と石油王のタッグなら余裕でぶっ潰せるだろう。

178うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/06/23(日) 02:38:05
ただ、それでも油断は出来ない。
コンボも知らないような格ゲー初心者が、レバー適当にガチャガチャしてラッキーパンチを引き当てるように。
『何をしてくるか分からない』という怖さが初心者にはある。
戦術が明らかな分、ミハエル君のほうがよほどカタに嵌めやすかったくらいだ。

そして、こういう初心者未満の集まりですら、卓越した指揮力で古強者の集団に変えちまうのが――
モンデンキントというプレイヤーの真骨頂にして最も恐れられている部分だ。

モンデンキントは強力なプレイヤーであると同時に、極めて優秀なメンターでもあった。
モンキンチルドレンとかいう連中に代表されるように、奴の薫陶を受けて育った実力者は多い。
伊達に月子先生なんて呼ばれちゃいないってわけだ。

他ならぬ俺たちブレイブは、そうやってこれまでの困難に打ち勝ってきた。
絶体絶命のピンチを乗り越えるとき、俺たちの中心にいつも居たのはなゆたちゃんだ。
俺は荒野で出会った時からずっと。なゆたちゃんが俺たちのリーダーだった。

真ちゃんは確かにパーティの推進力で、俺たちはみんなあいつを追いかけて旅をしてきた。
だがあいつの役割は、いわば船の帆だ。風を受けて船を前に進める動力源だ。
そして、ただ直進するだけの船は移動手段とは足り得ない。

船を目的地へ向かわせるには、舳先の方向を制御する『舵』が必要不可欠。
帆と舵が揃って初めて、船は人やモノを運ぶ乗り物として完成する。
なゆたちゃんという舵があったからこそ、俺たちはこの世界で迷わずに済んだ。

ガンダラでも。リバティウムでも。王都でも。
常にパーティの行動指針を決定してきたのはなゆたちゃんだ。
その役目を、文句一つ言わずに引き受けてやり遂げてくれたのは、なゆたちゃんだ。

彼女を欠けば、今度こそ俺たちパーティは瓦解する。
石油王も、カザハ君やジョンだって、そこに疑いはないだろう。
今にして思えばこれが、なゆたちゃんのモンデンキントとしての最初の面目躍如だった。

――その、件のモンデンキントは。

>ぽろり。
>ぽろ、ぽろ、ぽろ。

泣いていた。
庭園での身バレからここまで、何も言わず付いてきたモンデンキント――なゆたちゃんが。
大きな両目にいっぱいの涙をこぼし、しまいには顔を覆って慟哭を上げた。

……泣くなよ。俺が悪いことしてるみたいじゃん。
言うまでもなくなゆたちゃんを泣かせているのは俺で、この場で最も邪悪なのも俺だった。

心臓が軋む。俺はこれまで、親を泣かせたことはあっても他人を泣かせたことはなかった。
それが、これまで一緒に死線をくぐってきた大切な仲間で……努力を常に傍で見てきた少女の涙なら、なおのこと。
ズキズキと心を蝕んでいく痛みがある。

いや、どうなんだろう。
こうして顔が見える相手だからこそ顕在化しているのであって、本当はもっと多くの人を俺は泣かせてきたのかもしれない。
俺のせいで空中分解し、人間関係が崩壊したパーティは両手が数えきれないほどある。
フォーラムでベチボコに煽り尽くして、二度とゲーム内で見かけなくなったプレイヤーも居る。

俺はこれまで、いくつの涙をブレモンの上に積み重ねてきた?
知ったこっちゃねえやと見ないフリしてきた誰かの涙は、ちゃんと拭われてきたのか?

なゆたちゃんは泣いた。俺が彼女の信頼を最悪の形で裏切ったからだ。
自分がどれだけ残酷なことをしたのか、否応なしに事実が頭をぶん殴る。

179うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/06/23(日) 02:40:29
冷静なツラしてっけど、結局俺もだいぶ情緒が不安定になってるんだな。
憎むべきモンデンキントと、仲間としてのなゆたちゃん。
どちらが俺にとって真実なのか……結論は、まだ出ない。

だが……いびつな歯車は動き出しちまった。止めることはできない。
どんなかたちであれ着地する。もう、元の関係には――戻れない。

「立てよモンデンキント、俺は矛を収めるつもりはねえ。てめーの絶望なんざ知ったことか。
 ウジったまんまのお前なんか秒で潰せるがよぉ……全力のてめーを倒さなきゃ、意味がねえんだ」

俺は『なゆたちゃんの資質を問う』と言った。その言葉に嘘はない。
ガタガタになっちまった急造のパーティだけど、俺はもう一度奇跡が見たい。
モンデンキントの名を界隈に轟かせる……有無を言わせぬリーダーシップを。

その上で、この俺が貴様を倒す。
うんちぶりぶり大明神の物語は、それでようやく完結する。

俺の知るモンデンキントは、決して絶望に身を屈したままじゃ終わらなかった。
何度口汚く罵っても、次の瞬間には手痛い反撃を食らわせてきた。

いずれ、彼女は心に折り合いを付けて、涙を拭いて立ち上がるだろう。
あるいは、誰かに涙を拭ってもらい、支えてもらいながらでも、俺の前に立ちはだかる。
そしてその涙を拭うのは……俺以外でなければならない。
そうでなくてはならない。

エンバース。

お前は釈然としないかも知れねえけど、なゆたちゃんは良い娘だぜ。
ちっと頑固なところもあるが、善人で、誠実だ。
モンデンキントが人に愛される最大の理由は、奴が誰よりも公正明大だったから。

「正義は必ず勝つ」って言葉は真理だ。
これは勧善懲悪がどーのこーのじゃなくて、多数決の残酷さを表している。
多くの者が共感し、広く支持されるものを正義と呼ぶのなら、正義とはすなわち多数派のことを指すのだろう。

そして多数派は、強い。無敵に近い。
数の利って奴は覆し難いし、一見民主的な多数決すら、少数派を黙殺する格好の手段に過ぎない。
正義はそれだけで、悪を問答無用に叩き潰せる『数の力』を持っている。

だが、モンデンキントは安易な数の力に頼らなかった。
あいつが旗を振れば、それこそ数千人規模の軍団で俺を叩き潰せただろう。
どこに隠れようが見つけ出して、リアルの身元を割り出したりアカウント削除にまで追い込むことだって出来たはずだ。
「みんなこいつは無視しましょう」の一言だけで、うんちぶりぶり大明神はフォーラムに存在できなくなったはずだ。

それだけの力を持っていてなお、モンデンキントは俺を『説得』しようとした。
あくまでタイマンで、議論を重ねて、俺を殺すのではなく改心させようとしていた。
主張を吟味し、常に正しさを追求していた。

エンバースとのいざこざにしたってそうだ
それこそ多数決でもとれば、きっと満場一致でエンバースはパーティを放逐されただろう。
わざわざ言葉で殴り合わなくたって、なゆたちゃんは気に入らない奴を排除することができた。
俺たちを従わせるだけの実績を、これまで彼女は積み上げてきた。


だから、エンバースを問答無用で叩き出さなかったなゆたちゃんを、俺は信頼する。

お前はモンデンキントだよ。俺が恨み、そして憧れ続けた――光だ。

180うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/06/23(日) 02:41:30
>「……………………たす…………け、て……………………」

なゆたちゃんが、顔を覆う手の隙間から、なにか言った。
俺の位置からはほとんど聞き取れやしなかったが、反応する動きがあった。

>「……心配するな。大丈夫だ――俺がいる」

エンバースだ。
奴はうずくまるなゆたちゃんを慈しむように抱き寄せる。

>「……すぐにみんな、焼き払ってやる」

そして立ち上がり、振り返った焼死体の双眸には――赫々と燃える意思の炎があった。
敵意。戦意。……憎悪だ。

だけどエンバースから向けられた身に刺さるような視線が、今は快かった。
なゆたちゃんの周りには焼死体が居る。カザハ君が居る。ジョンが居る。
膝を折る彼女を守るように、囲うように、寄り添っている。
石油王だって、その振る舞いにはなゆたちゃんへの気遣いがあった。

……なんだよ。ちゃんとリーダーやれてんじゃん。
ガッタガタのパーティだって関係ない。中心に居るのは、変わらずなゆたちゃんだ。

>「オウル、お前がご主人様の盾になれ――剣は、俺が務める」

オウル?誰だよ。そいつはポヨリンさんだろ。
疑問が言葉になる前に、エンバースは動いた。ポケットから取り出したるは、革袋。
インベントリを拡張する『小さな革袋』だ。握りつぶし、中から色のついた液体が零れ落ちる。

石畳に広がる水たまりは……エンバースの炎に引火して、燃え上がった。
――青い炎、アルコールランプと同じ炎色反応。あいつ革袋に酒なんか隠し持ってやがったのか。

>「……警告しておこう」

揺らぐ炎の向こうに、黒衣の不死者が立つ。

>「シナジーだの、コンボだの、そんな物を悠長に積み上げてる暇はないぜ」
>「見えるか?この炎が――お前達のATBが溜まるよりも、ずっと早く燃え広がるぞ」

「おいおいおいおい、見境なしかよ……!」

酒の水たまりはどんどん広がり、炎がフィールドを舐め尽くしていく。
ヤマシタのHPバーがガンガン減ってくのに気付いて俺は戦線を少し下げた。

>「俺はお前達に、結構な時間的猶予を与えてやったよな。その間に何本ゲージを溜められた?」
>「……これから身を護る為に、何本消費させられると思う?」

こいつはまずい。バフ付きの濃霧よりずっとダメージレートの高いDot攻撃だ。
何がやべえってこの放火はATBによるスペルやスキじゃなく、単なるアイテム使用でもたらされたものだってこと。
つまり奴は理論上、ATBゲージを無視して攻撃を実行できることになる。

ゲージ無消費行動による、こちらのATBゲージを削る戦術。
それがどれほど厄介で、致命的なものであるか、プレイヤーなら誰でもすぐ理解できるだろう。

ATBゲージは、ブレモンにおける最も基礎的かつ重要なリソースだ。
ゲージがたまらなけりゃカードは切れないし、パートナーに指示も飛ばせない。
オーバーチャージを除けば、『1ターン1アクション』の原則があらゆるプレイヤーに課せられた共通の縛りだ。

したがって、継続的な攻撃に対抗する為に1ターンごとにゲージを浪費させられれば、プレイヤーは何もできない。
エンバースの戦術は、俺たちから行動選択の余地を確実に奪っていた。

181うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/06/23(日) 02:42:08
まじか。エンバースってこんなに強かったのかよ。
リバティウムで会った時からやたらと強気に守る守る言ってたのは、一切フカシなんかじゃあなかった。
単なる焼け焦げた肉壁なんかじゃない。こいつは確かに、知識と仕様に精通した実力者だ。

そしてもっとまずいのは、俺も石油王も炎属性に対しては相性が悪いってところだ。
言うまでもなくカカシは燃えやすい。アンデッドも、『燃え残り』を除いて大体は炎に弱い。
リビングレザーアーマーに至っては革をワックスで煮込んで固めてる。すこぶる良く燃えるだろう。

俺がエンバースをクーデターに引き入れようとしたのは、この致命的な相性の悪さを危惧したからだ。
仮に戦力にならないにしても、『何もさせない』ことで熱源をフィールドから排除しようと思ってた。
とんだ見込み違いだ。こいつがこんなに強いって知ってたら、もっと丁寧に勧誘してたぜ。

……だが。

「派手な虚仮威しだなエンバース!自分が野良のモンスターに過ぎないって忘れてんじゃねえだろうな!
 お前は誰のパーティメンバーでもない!その炎が炙るのは俺たちだけじゃないんだぜぇ!」

エンバースの戦術は確かにATBを削るが、その影響を受けるのはモンデンチームも同様だ。
フレンドリーファイア無効はパーティメンバーにしか作用しない。
炎のダメージは、等しくなゆたちゃんたちにも及ぶ。

「ハッタリだ!てめえの炎はそれ以上燃え広がらない!なゆたちゃんまで燃やしちまうからな!
 虎の子の戦術も、単なるフィールド効果としてその儚き生を終えるんだよぉっ!」

とは言え、この時点で炎は相当燃え広がっている。
逐一消して安全な領域を確保するにしても、そのための行動にはATBゲージを消費する。
ゲージ削りの戦術は未だ健在には違いない。

「石油王、あの炎どうにかできるか?」

属性不利は承知のうえで、俺は石油王に問題の対処を投げた。
敵はエンバースだけじゃない。炎と濃霧に覆われた向こう側には、カザハ君もジョンも居る。
そして――モンデンキント。本丸はまだまだ遠い。

「ATBゲージへのダイレクトアタック……こいつは確かに厄介だ。
 だがよぉ焼死体!悪巧みはお前だけの専売特許じゃあない。
 世の中にはゲージを増やす方法なんてのもあるんだぜ」

防御を石油王に丸投げしてどうにか捻出した1本のATBゲージ。
そいつを消費して、俺はスペルを切った。

「『万華鏡(ミラージュプリズム)』――プレイ!」

半分のステータスで分身を3つ生成するスペル。
対象は――俺のスマホだ。

スマホが光に包まれて、同じものが3つ出現した。
そのうち一つを左手に握り、ブレモンアプリを起動。ログイン先は、本体と同じアカウント。
本体と分身、2つのスマホで同じアカウントに接続した。

同一アカウントを複数デバイスで同時に運用するテクニック『複窓』。
ミハエル戦でも言及した、れっきとした規約違反行為だ。

ATBゲージの累積計算はゲームアプリ側で行われる。
その一方で、スペルの効果やダメージ計算などはサーバー側で判定される。
この差を利用して、複数のアプリで並行してゲージを溜め、1ターンで複数回行動できるようにしたのが、
『複窓』と呼ばれるハードウェアチートの原理だ。

182うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/06/23(日) 02:43:05
対戦相手からして見れば、ゲージ1本しか溜まってないのにいくつもスペル撃たれる理不尽の極み。
当たり前だが運営はとっくに対策して、現在は1アカウントにつき1つのデバイスしか同時に接続できないようになっている。
だから、スマホを複数台用意してももう複窓は使えない――というのが本来の仕様だ。

抜け道がないわけじゃない。
例えば……内部システムのシリアルナンバーまで完璧に再現したスマホの複製品なら、
アプリのデバイス認証を突破してログインできる――事実上不可能な理論も、魔法なら現実に変えられる。
『万華鏡』で複製したスマホは、性能以外は全て同様の、完璧な複製品だ。

ソフトウェアでもハードウェアでもない、『マジックチート』。
ぶりぶり★フェスティバルコンボの基幹をなす、この世界に来て編み出したテクニックだ。

「ブレイブ殺しの戦術はそれで品切れかぁ?
 甘い!甘い!あめーなぁ!考えがよぉ!おじいちゃんのくれた特別な飴くらい甘い!
 俺たちをそんじょそこらのブレイブと一緒にすんじゃねえ。くぐってきた死線の数が違うぜ!
 ――ヤマシタ、『五月雨撃ち』」

リビングレザーアーマーが鎧の中から長弓を引っ張り出し、無数の矢を同時につがえる。
上空へ向けて放たれた大量の矢は、放物線を描いて雨のように敵陣へ降り注いでいく。
弓兵の範囲攻撃スキルだ。

「まだまだ俺のターン!『濃縮荷重(テトラグラビトン)』、プレイ!」

モンデンチームの居るエリアに漆黒の魔法陣が展開し、領域内の重力を二倍に引き上げる。
これは純粋に身体を重くして行動力を奪うと同時に、先んじて発動した五月雨撃ちの威力も引き上げる。
重力加速度が倍になった矢は、より深く対象へ突き刺さるだろう。

加えて、エンバースの炎が生み出す上昇気流で舞い上がったダメージ付き濃霧も、重力に惹かれて降ってくる。
逃げ場のない波状攻撃の雨あられで、確実に戦力は削がれるはずだ。

複垢の恩恵で、俺は1ターンに都合2回の行動を許される。
半分が素人で構成された急造チームに、俺と石油王のタッグから勝ちをもぎ取れるとすれば。
鍵となるのは――モンデンキント。おそらくお前だ。

「イカサマだとか抜かすなよ!ズルまで含めてこいつが俺の全身全霊だ!
 ケツの毛も残らねえくらい、俺の持ちうる全てを出し切って、お前らを倒す!」

やつが復帰する前にチームモンデンを壊滅させられるか否か。
運命の分岐点は、そこにある。



【カザハ君とジョンに煽りぶちかます。
 万華鏡でスマホをコピーし、アプリの多重起動で1ターン2回行動
 範囲攻撃+重力倍加のコンボで波状攻撃】

183五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/06/26(水) 21:08:00
庭園の階下
まばらに植木と彫像が立ち、足元は石畳が敷かれているひらけた場所
そこは今、濃霧が立ち込めブレイブたちの決闘の場となっていた

なゆたと明神、モンデキントとうんちブリブリ大明神の地球での因縁が発端になったこの決闘はパーティーを二分する戦いとなっている
奇しくもその組み分けは、リバティウム後に仲間になった三人がなゆたにつき、明神にはみのりがついていた

とはいっても、みのりは積極的に戦うつもりはなかった
どちらかと言えば傍観者として見極める立ち位置にいる

なゆたと明神にどういった因縁があるかはみのりには埒外の事
だがそれをそのままにしていつか爆発させるよりも、今この場
感情を発露させ吐き出させるだけ吐き出させてしまった方が良いという判断
それとともに、なゆたのリーダーとしての資質を発揮させるためでもあった

ここまでの旅でなゆたのリーダーとしての功績は疑うべくもない
だがリバティウム以降に再編されたといっても良いパーティーにあって、流れと成り行きで担ぎ上げられてきた感も否めない
そういった確かなものがない状態でリーダーとして進んでいってもいつか歪みが生じるものだ
故に、ここで一度はっきりさせようと思ったからだ

更に言えば組み分けもみのりにとって都合よく綺麗に別れたと、明神の煽りを聞きながらほくそ笑んでいた

みのりはリバティウム以降仲間になった三人を信用していない
疑っているのではなく、信用に足る要素がないからだ
故に「囮の藁人形(スケープゴートルーレット)」の藁人形を渡して動向を探ろうとしていたのだが、手間が省けたというものだ

こういった時にどういう行動をとるのか
どういった戦いができるのか
明神の煽りに対し、どんな反応をするのか
明神の煽りは「成り行き上なあなあにしてきた部分」を的確についてきてくれるのだから

みのりが時間をかけ探っていこうとしたことを、この戦いで一気に見極める事ができる

ジョンがぽよりんに対してバフをかけ、明神に語り掛けながら不意打ちを敢行
お行儀のよい正統派の騎士様という印象とは裏腹に、そういった不意打ちもできるのかと感心の息を吐く

煽りに耐性ゼロで右往左往して騒いでいたカザハも戦う覚悟を決めたようだ

明神の言葉通りカザハとカケルもモンスターであり正体不明な存在である
にもかかわらず、あまりにも自然に、違和感を感じさせる間もなく溶け込んでいる
それは認識改変ミームでもあるのではないかと思えるほどなのだから

カケルにまたがりHP回復継続スペルを行使
1ターン過ぎれば継続ダメージを与える霧の中で戦うための対処と言える
体を包むそよ風がこの濃霧の中でどれだけ拡散できるのか?
これだけの濃度だとまだ混ぜ返すだけの可能性もある
ゲームシステムにない攻防であり、注視するところである

霧そのものがダメージ領域と化かしているのであり、そのダメージ量は表面積に比例する
小柄なシルヴェストルはそこまでダメージはないだろうが、ユニサスのような表面積の大きなモンスターはどうだろうか?
そういった意味ではなゆたのぽよりんも分裂合体巨大化などこの霧の中では大きな代償を払う事になるだろう

184五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/06/26(水) 21:08:37
濃霧の中、かすかに見えるなゆたに目を向けると、そこには明神の憎悪に晒され崩れ嗚咽する姿があった
その口からこぼれるのは……
その言葉に、みのりは総毛だつ

……まず一つ……

なゆたからこぼれた言葉はエンバースに届いた
戦い始まる前、慌て考えなおすような説得をしていたエンバースを動かすに足る力をもって

厭世的で諦めたような立ち振る舞い
それでいて守るという事に執着し、それを常に実行しようとする姿勢
しかしバロールの召喚リストになく、壊れたスマホを持つ燃え残りのモンスターエンバース

言葉はともかく行動は信頼に足るのではありが、正体不明な部分が多すぎて掴みようがない
だからこそ、この戦いでの動きを、なゆたから届いた言葉への反応をよく見ていた

なゆたを軽く抱きしめた後、向き直るエンバース
その踏み出す一歩をみのりは小気味良い笑みで迎えた

しかしここは戦いの場
満足な笑みをもって抱き合える場所ではない
むしろこれからは始まりなのだ

エンバースの革袋から零れ落ちた酒は炎を纏い広がる
それはいち早くみのりに届き、更にフィールド全体を覆おうとしていた
スマホが壊れており、ブレイブとしての戦いができない
モンスターとしての燃え残りエンバースの戦力かと思いきや、なかなかにどうして

>「石油王、あの炎どうにかできるか?」
霧の向こうから明神の声が届く
「もう少し炙られててもええんやけど、どうにかしまひょ」
声は明神の耳元から届くだろう

明神の肩口に一体、リビングレザーアーマーに二体の藁人形が張り付いていた
濃霧の中静観しながら二枚目の「囮の藁人形(スケープゴートルーレット)」を切っていたのだ
「全部出し切らな収まり付かへんやろしな、無理通さなアカンこともあるやろうし、お守りやよ」
という言葉と共に

霧の中明神の後ろに移動したみのりは火だるまになっていた
明神が霧を展開させると同時に裾から広げた「荊の城(スリーピングビューティー)」は石畳の下を這い広がっていたのだ
石畳の下は薄く砂の層がありさらにその下は砕石を敷き整え、その下は土になっている
まばらに植えられた植木から砕石や砂の層はそう厚くないと踏み、広げていたのだ

フィールド内すべてを網羅する荊である、石畳をズラすだけでも相手の機動を制限できる
積極参戦の意志がなくフィールドメイクを主眼に動いていたが、広がる炎は地中の荊を嘗め尽くし、元であるみのりにいち早く届いたという訳だ

エンバースによりひとつ策を潰されてしまったわけだが、服の下は変形したイシュタルがみのりを包み込んでおり、みのり自身に炎は届いていない
イシュタルの総HPからすれば炎によるダメージは深刻なものではなく、むしろ累積ダメージを溜める餌と言えた

がそこで発見があった
みのり自身に炎が届いていないので熱さやダメージがないのは当然としても、服が燃えていない
これもフレンド対戦モードフィールドの恩恵だろうか?
なんにしてもこれで憂う事なく戦えるというものだ

霧の向こうのなゆたを見ながらスマホをタップする

185五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/06/26(水) 21:11:01
みのりはリーダーとは先頭を走り皆を【引っ張っていく】者ではないと考える
それは引率であり、明神でも自分でもできるだろう
だが、リーダーはそうではない
先頭に立ち方向を指し示す
そして皆が同じ方向を向き背中を【押されていく】者だと考えているのだ

故に、孤高にて最強である必要はなく、不屈であればよいのだ
むしろ仲間に頼る事ができるのはリーダーとしての大きな資質といえる

だからこそ、なゆたの口から零れ落ち、エンバースを動かしたその言葉にみのりは総毛だった

しかし、それだけでは足りない
頼り守られているだけならばそれは庇護される姫でしかない
守られていても良いが、先頭に立ち指し示すことが必要なのだから

だから
「さあ、サービスの1ターンは終わりやえ?
お姫様のように守られるなゆちゃんもかわええけど、このデュエルでこのまま観客決め込められる子やないやろ?
見せてもらうえ、なゆちゃんの不屈をなぁ
それでうちらを受け止めたってえな」

なゆたの足元からみのりの声が届くだろう
明神に三体、みのりが持つ親機が一体、そして最後の「囮の藁人形(スケープゴートルーレット)」の一帯がなゆたの脚にしがみつき声を届けていたのだ

不屈とは折れない事ではなく、折れてもまた立ち上がれる事を言うのだから

現在フィールドに蔓延するのだ濃霧と炎
どちらもダメージを与えるものであり、炎は火酒のアルコールによって燃え広がっている
雨を降らしたところで霧を叩き落せても炎が消えるかは難しいトコロ

だから、「肥沃なる氾濫(ポロロッカ)」を発動させた
効果はフィールド上を洪水が押し流し、与えたダメージ分回復する

それを具現化させるようにみのりの周囲から水が溢れ出し、50センチほどの嵩を持ってフィールドを押し流れる
霧を損なうことなく、明神やヤマシタを炙る炎を消火し、石畳ごと炎を飲み込み押し流していく
そう、「荊の城(スリーピングビューティー)」によって耕された石畳、砕石、砂利を浮かせ内包し、土石流となって広がっていくのだった

エンバース、ジョン、カザハ、カケル、そしてなゆたに地からは二倍重力、上からは加速した乱れうちの矢とダメージ効果のある霧
そして足元は土石流が迫るのであった

【ジョン、カザハ&カケル、エンバースの反応を注視】
【地下に展開した荊は炎に舐められ火だるまに】
【明神となゆた双方に藁人形を派遣】
【肥沃なる氾濫(ポロロッカ)で石畳ごと炎を押し流す】
【フィールドに土石流発生】

186ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/06/27(木) 20:09:20

>「ジョン君……なゆがゴッドポヨリンさんを出すまでなんとか時間を稼ごう!『癒しのそよ風(ヒールブリーズ)』!」

「ゴッドポヨリン・・・わかった!前線は俺がでる!カザハはカバー・・・し・・・て・・・?」

カザハから協力を求められそれに応じる為、行動に移そうとしたその瞬間気づいた。
さっきまで元気に喋っていたなゆが一言も喋ってないということに。

>「『俊足(ヘイスト)』!」

「・・・カザハストップだ!ストップしてくれ!」

スペルを準備するカザハを止め、二人でなゆを見る。
そこにはさっきまで元気だったはずのなゆが。
崩れ落ちて泣いてるなゆがいた。

僕は勘違いしていた。
彼女は仲間と数多の危機を乗り越えてきたと聞いていた。
今まで経験した修羅場に比べればこんなのもへっちゃらなのだろうと。
だが違ったのだ、彼女は普通の・・・普通の女の子だったのだ。

もしかしたら僕が思うような修羅場には運よく遭遇しなかったのかもしれない。
今まで仲間と仲良し小好しでここまでこれてしまったのかもしれない。

これがなゆがこの世界にきて初めての裏切り・・・修羅場なのかもしれないと

「なゆ・・・」

言葉がでてこない、いや言葉がないのだ・・・僕には。
僕がなにを言ってもなゆには・・・届かない。

「カザハ・・・もうやめよう・・・俺達の負けだ」

いくら僕達が補助しようともこの戦いはなゆVS明神なのだ。
そのなゆが戦闘不能状態の今、僕達にできる事は・・・ない。

その時背後になにかを感じた、振り返るとそこに居たのはエンバース。
彼はよろよろと泣き崩れたなゆに近づくと、ゆっくりと、そして優しく抱き寄せた。

普段ならなにか茶化していたかもしれない。
でもさすがに今回はそんな事しようなんて気にはなれなかった、もちろんそんな場面じゃないと言うのもある、あるが。

――エンバースに違和感を感じたからだ。

187ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/06/27(木) 20:09:49

>「……心配するな。大丈夫だ――俺がいる」

なぜだろう。

>「言ったろ……俺が、守ってやるって。お前がどんなに嫌がろうと……そんなの、知った事かよ」

今のエンバースに。

>「ここで、じっとしてろ。すぐに終わらせてやるさ。ああ、そうとも。すぐに……」

違和感を感じるのは――

>「……すぐにみんな、焼き払ってやる」

「なあエンバース、そりゃちょっと物騒すぎないか・・・?」

>「行ってくる……寂しがるなよ?」

僕やカザハの言葉は聞こえていないといわんばかりに無視。
そしてなゆを開放し、明神がいる方向へとゆっくりと、確実に進んでいく。
違和感は疑惑に疑惑は確信に変わっていく。

>【小さな革袋】【火酒】

エンバースがアイテムを取り出し使用する。
すると地面に蒼い炎が広がった。

「エンバース!聞こえてるのか!?エンバース!おい・・・!?熱い!?」

どこか変なエンバースを止める為に手を伸ばしたその瞬間、まるで焼かれているかのような痛みを感じ手を引っ込める。

「・・・?だって君は・・・エンバースは味方のはず・・・?」

本来今この状況(エリア)はただのお遊びのPvPモード。
ゲーム的に言えばHPが0にならない状態で、現実的にいうなら死なないモード。
そしてフレンドリーファイアは本来OFFの筈、その証拠にみのりは霧の影響を余り受けてないように見える。

もしかしたらダメージは減少しているだけでFFはあるのかもしれない、けど。
エンバースを止める為に伸ばした僕の右手に来た熱は、火傷にはなってこそいないが軽減されているという感じではなかった。

だがなぜだ?エンバースはまだ僕達のPTにいるはずだ、みのりのように抜けるそぶりすらしていなかった。
さっきのなゆに対する発言を見れば隠れてPTを抜けたという事もないだろう。
じゃなぜモード適応がされてない?なぜ一人だけこの展開されたフィールドで例外が許されている?

>「……問題ないさ。パートナーがいないのは……確かに不安要素だ。
 だけど……この体はそれなりに便利だ。スマホがなくても俺は戦えるよ。
 デッキも手札もないって事は……逆に言えば、俺はブレイブのルールに縛られない」

エンバースがみのりとしていたこの会話、僕は軽く流していたこの会話こそが。

>「派手な虚仮威しだなエンバース!自分が野良のモンスターに過ぎないって忘れてんじゃねえだろうな!
 お前は誰のパーティメンバーでもない!その炎が炙るのは俺たちだけじゃないんだぜぇ!」

もし本当なのだとしたら・・・彼はこのお遊び空間でただ一人、正常なルールが適応されていないとしたら・・・。
本当にたまたまなにかしらのエリアルールで加護が適応されたからこの火は僕達に実害を及ぼさないだけ、だったとしたら・・・。

188ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/06/27(木) 20:10:12
>「ハッタリだ!てめえの炎はそれ以上燃え広がらない!なゆたちゃんまで燃やしちまうからな!
 虎の子の戦術も、単なるフィールド効果としてその儚き生を終えるんだよぉっ!」

よく見ればなゆの周りだけ燃えていない。
これだけ的確に燃えていない所を見ると、エンバースが狙って発動させている事がわかる。
だがこれ以上火を強くすれば当然なゆの所にも火が回ることになる。

「ブライトゴット!わかっているなら一旦戦闘やめよう!普段ならいいんだろうけど
 今のエンバースはまともとは思えない!・・・くっ」

炎は容赦なくなゆがいる場所以外を燃やしている。
僕やカザハの事は計算に入っていないらしい。

>「『万華鏡(ミラージュプリズム)』――プレイ!」

こっちがエンバースの炎で大騒ぎの間に明神達は着実に攻撃の準備をしている。

「カザハ!エンバースを援護する余裕はない、俺達だけで防御を固めるぞ!」

今だに僕やカザハに対し無視に近い反応を続けるエンバースをみて援護は無理だと判断。
現状"中立"の彼を援護するなんてそんな余裕はない。

>「ブレイブ殺しの戦術はそれで品切れかぁ?
 甘い!甘い!あめーなぁ!考えがよぉ!おじいちゃんのくれた特別な飴くらい甘い!
 俺たちをそんじょそこらのブレイブと一緒にすんじゃねえ。くぐってきた死線の数が違うぜ!
 ――ヤマシタ、『五月雨撃ち』」

>「まだまだ俺のターン!『濃縮荷重(テトラグラビトン)』、プレイ!」

・・・たとえどんな障害があっても中途半端にやめるつもりは・・・ないんだね。

「ブライトゴッド、君はなゆと本気で向き合おうとしてるんだね」

>「イカサマだとか抜かすなよ!ズルまで含めてこいつが俺の全身全霊だ!
 ケツの毛も残らねえくらい、俺の持ちうる全てを出し切って、お前らを倒す!」

奥の手、それも完全レッドゾーンの連携技、明神がどれだけ本気なのかよくわかる。
たしかにここで中途半端に止めるのは愚なのかもしれないな・・・。

「ちょっと・・・うらやましいな」

なゆと、いやモンデキントと本気で向き合う為。
そしてこれからをなんとかするために全力でぶつかり合う為。
逃げずに立ち向かおうとする明神をみて心のどこかに剣を刺されたような気分になった。

たぶん僕が明神の立場ならもっと綺麗にやれていたと思う。
でもそれは半ば相手を騙す、火に油を注がないよう慎重に立ち回るって事で。
相手の為ではなく自分の為に誤魔化しているに過ぎない。

・・・僕が人にこんなに熱心に、本気で向き合った事などあっただろうか?。
本気でだれかの為に行動した事なんて・・・今までの人生で一度もなかったような気がする。
そもそも人に本気で関心を寄せた事が――

>「さあ、サービスの1ターンは終わりやえ?
お姫様のように守られるなゆちゃんもかわええけど、このデュエルでこのまま観客決め込められる子やないやろ?
見せてもらうえ、なゆちゃんの不屈をなぁ
それでうちらを受け止めたってえな」

「今は無駄な事を考えてる場合じゃあなかったね」

189ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/06/27(木) 20:10:50

みのりの足元から水が溢れ出す。
それはまるで小さい津波のように足元の砕石、砂利を巻き込みながら押し寄せてきていた。

「上から矢と霧、下から土砂と来たか、それと重力ね・・・僕は普段つけてた装備に比べれば軽いからどうってことないけれど」

絶望的な状況である。
ゲームならこの状況になった時点で負け確定だっただろう。

「カザハ・・・空中のアレ、任せてもいいかい?・・・それとできる限り僕の真上と近くにはいないようにね、巻き込まれると危ないから」

上から跳んでくる矢と部長の相性は最悪を通り越してなにもできる事がない。
現状でいえば完全にカザハ頼りだ。

「さてみんなに部長の凄さ、ちょっとだけ見せちゃおうかな?レアモンスター故の意外性って奴をね・・・雄鶏絶叫!発動」

「ニャアアアアアアアアアアアア!」

部長が叫ぶ、大音量で叫ぶ。
このスキルは任意で効果量を変えられる、強く叫べば叫ぶほど素早さを犠牲にして攻撃力と防御力を上げることができる。
知ってるプレイヤーなら叫んでる最中に攻撃を仕掛けてくるだろう。
だが実戦でウェルシュ・コトカリスと対戦した奴が一体何人いるというのか。
知識としては当然あるだろう、だがこの実践の中で咄嗟に思い出し行動できる物は・・・少ない。

「いいぞもっと!もっと気合を入れろ!部長!・・・雄鶏乃栄光!」

「ニャアアアアアアア!ニャ!」

さらにそこに追加のバフを掛ける。
自分の攻撃力と防御を限界まで高めた部長の顔つきは普段と一味・・・特に違わなかった。

「よし準備は整ったな・・・よしいくぞ部長!・・・そおおおおおおれ!」

部長を空高くぶん投げる、空高く舞った部長は矢にぶつかるがバフで防御が上っているため部長のダメージはほとんどなかった。

「ブライトゴッド!君が用意してくれたこの重力!遠慮なく使わせてもらう!
 部長!鎧変形!、そして・・・雄鶏疾走!全力で地面にぶつかれ!」

ここでさらにバフを発動防御がほぼ0になる変わりに10秒の間だけ神速の早さを手に入れる。
重量が増し、加速状態になり、さらにそこに2倍になった重力の影響をもろに受けた部長は肉眼では見えない速度で落下し始めた。

「ニャアアアアアアアアアア!」

そして非常に大きな音と共に地面に衝突する。
部長がぶつかった地面にはかっこよく言えばクレーターが・・・かっこ悪くいえば非常に大きな穴が開いた。

190ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/06/27(木) 20:11:14

大きな穴に水が、土砂が流れていく。

「これでこっちに向ってくる水は全部防げるし、みのりのお陰で火も大体消えたわけだ
 部長の力も見せれたし、よかったよかった」

実際はなにも自体は好転していない。
上空からは矢が現在進行形で迫ってきており、霧のせいで部長も僕も結構なダメージを受けてしまった。
そしてATBを使い果たし反撃すら満足にできない。

「部長砲弾を食らいたくなかったら降参をオススメするけど・・・」

虚勢を張る、敵にもう策がないと悟られてはいけない。
部長も僕も霧のダメージで満身創痍、回復しようにも次のゲージが溜まるのを待たなければならない。

対人戦慣れしている明神なら驚きはすれどこの虚勢でひるまない、当然降参もしない。

「うーんそうかい・・・結構痛いと思うけどこのエリアならまあ・・・死にはしないと思うから思いっきりやるよ」

嘘だ、霧に苛まれ、ちゃんとした回復もせずにもう一度重い重力と霧の中、部長を空高く投げ飛ばしたりすれば部長はそれだけで戦闘不能になってしまう。
それに霧の影響で僕も体が相当やばいことになっている。
当然なゆを見捨ててこの砲弾を明神やみのりに直撃させるという手段もあった、あったが。


信用を得る為とはいえもっとうまいやり方あったなあ・・・。


どんなに後悔してもやってしまった事、どうしようもないと割り切る。
ゲージを待って回復したいが、味方の援護なしでは回復スペルカードを発動した瞬間に強襲されて終わりだ。
カザハは空の矢の対処中、エンバースは僕達の事は無視、残るは・・・。


なゆ・・・はやく・・・きてくれ・・・!



【地面に大きな穴を開け水をそこに逃がす事に成功】
【しかし霧の中激しく動いたせいで部長・ジョン共に満身創痍】

191崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/06/30(日) 06:19:47
581 名前:名無しのブレイブ[sage] 投稿日:20××/6/29(木) 21:11:14
ホントいい加減にしろうんち野郎
お前のおかげでどんだけの人間が迷惑してると思ってんだタヒね
二度とこのスレッドっていうか板にツラみせんなウスラボケ

582 名前:名無しのブレイブ[sage] 投稿日:20××/6/29(木)21:16:29
削除依頼出してくる
もうこいつの書き込み見るのも不快

583 名前:名無しのブレイブ[sage] 投稿日:20××/6/29(木) 21:23:09
あくしろよ

584 名前:名無しのブレイブ[sage] 投稿日:20××/6/29(木) 21:29:55
月子先生も荒らしに構わないで
構うから図に乗るんだから、構わなきゃじきにいなくなるんですから
この次のレスからは徹底的に無視ってことでよろすく

585 名前:名無しのブレイブ[sage] 投稿日:20××/6/29(木) 21:38:01
さんせいー

586 名前:名無しのブレイブ[sage] 投稿日:20××/6/29(木) 21:40:47
うんちぶりぶり大明神なんてクソコテは最初からいなかった、ってことでおk?

587 名前:名無しのブレイブ[sage] 投稿日:20××/6/29(木) 21:41:03


588 名前:モンデンキント◆L0..JUD/KE[sage] 投稿日:20××/6/29(木) 21:47:36
いえ、皆さんお気持ちは分かりますが、ちょっとだけ待って頂けませんか?

589 名前:名無しのブレイブ[sage] 投稿日:20××/6/29(木) 21:50:31
いやいや、だから先生が構うからうんち野郎が調子こくんじゃん?
先生が無視してくんないとこいつずっとここに居座り続けるじゃん?
みんなこいつの名前も書き込みも見たくないんだしさぁ

590 名前:名無しのブレイブ[sage] 投稿日:20××/6/29(木) 21:52:09
また先生の悪い癖が…

591 名前:名無しのブレイブ[sage] 投稿日:20××/6/29(木) 21:53:48
先生マジ仏
でもその汚物に仏の慈悲はいらない
ほっとけ(仏だけに)

592 名前:名無しのブレイブ[sage] 投稿日:20××/6/29(木) 21:59:30
『燃え盛る嵐(バーニングストーム)』プレイ!>>591にダイレクトアタック!

593 名前:モンデンキント◆L0..JUD/KE[sage] 投稿日:20××/6/29(木) 22:07:19
皆さんの仰ることはごもっともなのですが、すみません。
私はもう少し、彼と話してみたいのです。私の完全な我侭だというのは、重々承知しているのですが……。
彼を力ずくで排斥するというのは、もう少しだけ待って頂きたいです。
どうか、お願いします。

594 名前:名無しのブレイブ[sage] 投稿日:20××/6/29(木) 22:10:11
うんち野郎と話すことなんて何もないでしょ!
こんなのと話してたら月子先生まで品位が疑われるから!

595 名前:名無しのブレイブ[sage] 投稿日:20××/6/29(木) 22:10:47
先生も大概一度言い出すと聞かないから・・・

596 名前:名無しのブレイブ[sage] 投稿日:20××/6/29(木) 22:12:49
先生のスレなんだから、先生の気の済むようにするのがいいと思う
見てるこっちはいい気はしないけど……だから今回が最後ってことで

597 名前:名無しのブレイブ[sage] 投稿日:20××/6/29(木) 22:14:01
名無しが排除しようとする→先生が止める→うんちぶりぶりが調子こく
この流れがもう何度繰り返されたことか

598 名前:名無しのブレイブ[sage] 投稿日:20××/6/29(木) 22:15:57
しゃーない

599 名前:モンデンキント◆L0..JUD/KE[sage] 投稿日:20××/6/29(木) 22:21:21
ありがとうございます、皆さん。
もちろん、彼だけでなく皆さんとも楽しくお話しができればと思っています。
そういえば、そろそろ新しいイベントの時期ですね。
昨年の今頃は夏イベが告知されて、水着エカテリーナが実装されましたが。
今年は誰が水着になるのでしょう?楽しみです。

600 名前:名無しのブレイブ[sage] 投稿日:20××/6/29(木) 22:29:57
水着マル様ハァハァ




――――――――――――――――――――
――――――――――
―――――

192崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/06/30(日) 06:20:26
アルフヘイムへ来て以来最大級の絶望に打ちひしがれ、なゆたはただ泣くことしかできなかった。
ほんの少し前までは、それでも何とか皆でアコライト外郭へ行こう!世界を救おう!と言っていたのに。
気が付けばパーティーは二つに分かれ、なゆたそっちのけで戦闘が始まってしまった。
しかも、異世界に放り出されて以来苦楽を共にしてきたふたりが敵に回ってしまうなんて――。
頼るべき寄る辺を失い、なゆたの心は折れた。
戦闘に参加するどころではない。なゆたの心に、サレンダーという言葉が浮かんでは消える。
戦闘放棄。降伏。自身の負けを認める行為。
なゆたがそれを口にすれば、戦闘は終わるだろう。そもそも、これは明神となゆたの因縁から始まったこと。
明神に対してなんの遺恨も因縁もないジョンやカザハが戦う理由などないのだ。

>ネタ枠はおめーも大概だろうがよぉー!つーか何お前、世界救うってのに名前が判断基準なの?
 魔王に唯一有効な最強武器が『うんこソード』とかだったらどうすんだよお前、使わずに死ぬつもりかよ

「うんこソード!? いや、それは無理! 私の負けだ!」

ドン引きする元魔王である。この世界をかつて恐怖のどん底に叩き落とした魔王本人の弁だけに説得力が半端ない。
しかし、魔王が白旗を振ったところでこの戦いは終わらないのだ。

>お前が俺たちの仲間ヅラしてんの、結局のところ全部ただのノリじゃん。マジでその場のノリじゃん?
 怖えなあ何考えてっかわかんねー奴と一緒に居んの。それがモンスターだってんならなおのことこえーわ

そうだ。明神の言葉は正鵠を射ている。
カザハは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とミハエル、ミドガルズオルムの戦いのさなかに突然現れた。
そしてなし崩しに共闘し、気付けば仲間になっていた。
なゆたは『協力してくれたんだから悪い人ではないだろう』と安易に考えていたが、それは言うまでもなく短慮である。
ライフエイクを挙げるまでもなく、真の悪人とは最初は親切な善人を装って近付いてくるものだ。
バロールは自分がカザハを召喚した、と言っていたから、カザハがアルフヘイム側なのは間違いない。
けれど、『アルフヘイム側である』ことと『なゆたたちの味方である』ということは、必ずしもイコールにはならない。
明神やみのりがいい例だ。
バロールに召喚されはしたものの、先ほどまでのふたりのバロールやアルフヘイムに対する態度は敵意そのものだった。
アルフヘイム側として召喚されたにも拘らず、ニヴルヘイム側につく――そんな『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だっているだろう。
今まで長くアルフヘイムで修羅場をくぐってきた明神とみのりがカザハを信用しきれないのは当然と言えた。
むしろ、なんの警戒もなく直感でいい人と決めつけてしまったなゆたの方が迂闊で、不用心なのだ。

>だめだブライトゴッド!君はなぜ自分から嫌われにいくんだ!?ちゃんと話合って解決すればいいだけじゃないか
 エンバース!君もなゆが本気で言ってないって理解しているんだろう!?だれも争う必要なんてないんだ!誰も・・

ジョンが明神の説得を試みる。
ジョンはその外見や雰囲気にたがわぬ、正義の心を持っている人物のようだった。
そして、明神とほぼ同時のタイミングでなゆたもまた、そんな彼の正体に気が付いた。
ジョン・アデル――被災地で明日をも知れぬ不安な日々を送る人々に、希望を届ける自衛官。
整った顔立ち、優しい物腰は老若男女を問わずファンが多く、写真集なんかも出ていた気がする。
ワイドショーでもよく取り沙汰されていたし、なゆた自身も街角のポスターで敬礼する彼の姿を見かけたことがある。
しかし、そんな有名人がまさか『異邦の魔物使い(ブレイブ)』として召喚され、自分の目の前にいるなんて――。

>そんなに君はなゆが、他のみんなが信じられないのか?
 自分の過去を知られたらみんな無条件で離れてしまうと思っているのか?
 ちゃんと話合うんだ、この乱闘騒ぎがどう終わろうとね

よく通る声でジョンは明神の説得を続ける。――だが、それは功を奏さなかった。
明神はとっくに覚悟を決めている。なゆたのライフを0にし、ブレモンプレイヤーとしてのすべてを打ち砕くまで止まらないだろう。
ジョンも、ほんの少しの会話を通して明神の覚悟を理解したようだった。
その直後の奇襲は不発に終わったが、これでジョンの心も決まったらしい。
言って分からないのなら、腕ずくで黙らせる。
世界最高峰レベルの兵士(トルーパー)である自衛官らしい判断だった。

>立てよモンデンキント、俺は矛を収めるつもりはねえ。てめーの絶望なんざ知ったことか。
 ウジったまんまのお前なんか秒で潰せるがよぉ……全力のてめーを倒さなきゃ、意味がねえんだ

ジョンとの遣り取りを一段落させた明神が言葉を投げかけてくる。なゆたは一度びく、と身体を震わせた。
辛辣な言葉だ。心を切り刻む鋭利なナイフのような言葉だ。
ここにいるのは、もうなゆたのよく知る頼りがいのある仲間、苦楽を共にし死線を潜り抜けてきた明神ではない。
モンデンキントに対して底知れぬ憎悪を抱く、ブレモン最悪最強の荒らし――うんちぶりぶり大明神なのだ。
もう、以前のようには戻れない。つらくとも手を取り合い、皆で支えあってきたあのころには。
真一としめじ、ウィズリィが去り、明神に憎まれ。
パーティーは瓦解した。四分五裂し、粉々になってしまった。



なゆたの冒険は、終わったのだ。

193崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/06/30(日) 06:20:46
……と、そのとき。
ジャリ――と靴裏が石畳を擦る音。鼻腔に漂う、焼け焦げたにおい。
顔を覆っていた両手を束の間どけて、なゆたは顔を上げた。
いつの間にか、すぐ目の前にエンバースが立っている。
パーティーが分裂し、その立ち位置がほぼ決定した今、エンバースだけは両陣営にも属す動きを見せない。
しかし、なゆたには分かっていた。エンバースはきっと、明神の側に行くだろう。実際、彼は明神に誘われていた。
明神の言うとおりだ。自分はエンバースを拒絶した。否定した。いなくてもいいと言った。
そんななゆたをエンバースが守る理由などないだろう。
そう、思ったが。
気付けば、なゆたはエンバースに強く抱きしめられていた。

「……ぁ……」

彼の胸に軽く両手を添える体勢になりながら、なゆたは驚きに目を見開いた。その拍子に、また涙がこぼれる。

>……心配するな。大丈夫だ――俺がいる
>言ったろ……俺が、守ってやるって。お前がどんなに嫌がろうと……そんなの、知った事かよ

エンバースの手が、なゆたの髪を優しく撫でる。
今まで憎まれ口ばかり叩いていたエンバースの身に何が起こったのか、まったく分からない。
彼が自分に優しくする理由など、何もないというのに――。
なゆた自身も、突然抱き寄せられたことに対して拒絶をすべきだった。すぐに彼を突き飛ばせばよかった。
実際、平素のなゆたならそうしただろう。生来の強気な性情で彼の横っ面を平手打ちしてやったに違いない。
けれど、折れた心はそれをしなかった。

>……すぐにみんな、焼き払ってやる

なゆたを解放したエンバースが踵を返し、明神やみのりと対峙する。

>オウル、お前がご主人様の盾になれ――剣は、俺が務める

『ぽよっ?ぽよぽよっ、ぽよよ〜っ!』

ポヨリンがシンプルな顔の眉間に皺を一本作ってぽよんぽよんと飛び跳ねる。違う名前で呼ばれたことに抗議しているらしい。
しかし、エンバースはまるで気にしない。小さな革袋を取り出すと、それを握り潰した。
そこから流れ落ちる液体が、瞬く間に発火しフィールドを蒼炎に染め上げてゆく。

――な――

頬を撫でる熱気。それを感じながら、なゆたは息を呑んだ。

――何が起こってるの……?

空を舞うカザハとカケル。部長を前に身構えているジョン。そして、フィールドの中央に佇立するエンバース。
エンバースに抱きしめられていた時間は、きっと二分にも満たなかっただろう。
が、異性に強く抱き寄せられるという出来事は、ショックで空白になっていたなゆたの意識を現実へ引き戻すには充分だった。
なゆたの頭の中で、猛烈な勢いで今までの出来事が整理されてゆく。
明神の正体。避けられない戦い。ふたつに分裂したパーティーと、仲間たち。
これからどうすべきなのか、その岐路に今、自分は立たされているということ――。
しかし、茫然自失の状況から我に返っても、なゆたはその答えを出すことに躊躇していた。
自分の不采配のせいでパーティーがバラバラになってしまったというのは事実だ。皆の見る方向を一ヵ所に揃えられなかった。
そんな自分が、この先もこのパーティーのメンバーとしてやっていけるだろうか?
うんちぶりぶり大明神は言うまでもない荒らしだったが、言うことにはいつも一定の理があった。
もし、明神が自分や真一に代わってパーティーを牽引し、それで全てが上手くいくのなら、自分が先に立つ必要はないのだ。
そう――なゆたがこのパーティーに残り続ける理由など――
しかし。

その『声』は、足許から聞こえた。

>さあ、サービスの1ターンは終わりやえ?
 お姫様のように守られるなゆちゃんもかわええけど、このデュエルでこのまま観客決め込められる子やないやろ?
 見せてもらうえ、なゆちゃんの不屈をなぁ
 それでうちらを受け止めたってえな

「わ……!!」

見れば、いつの間にかみのりの『囮の藁人形(スケープゴートルーレット)』が脚にしがみつき、こちらを見上げていた。
リバティウムのトーナメントの時と一緒だ。あの時は、いつの間にかなゆたは人形に首筋に回られていた。
驚くべき抜け目のなさだ。みのりは頼りになる仲間だが、敵に回るとこれほど恐ろしい相手もいない、となゆたは思う。
だが、そんなみのりの人形が発した言葉は、決して敵意でも、落胆でも、失望でもなく――

叱咤、だった。

194崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/06/30(日) 06:21:02
明神側に回ったとき、みのりは『なゆたのリーダーの資質が見たい』と言った。
そしてまた、『囮の藁人形(スケープゴートルーレット)』を通して『なゆたの不屈が見たい』と言った。
それで自分たちを受け止めろ、と。
みのりは決して、なゆたを見限って明神側についたのではなかった。
ただ、力を見せろと言っている。この滅びゆく三つの世界で戦い、勝ち残ってゆけるだけの力を。
信じるに足る力を。ATKとかデッキとか、そんな数値の強さじゃない。
心の強さを見せてみろ、と――。

今までなゆたたちはやむを得ず、なし崩しに、ワケも分からず流されるまま進んできた。
しかし、この王都キングヒルで自分たちが召喚された理由を聞き、世界の状況を聞いてしまった今、そうはいかない。
これからは自分の意志で戦い、勝ち抜き、目的を果たしていかなければならないのだ。
もう一度、パーティーを結成し直す必要がある。死なないことを前提として結束したパーティーではなく――
この世界を救うという、確固とした決意を全員が共有するパーティーを。
そして、みのりはそのパーティーのリーダーにはなゆたがいい、と言ってくれている。
だからこそ、資質を見せろと――自分がリーダーと仰ぐに足る人物かどうか見せてみろと言っているのだ。

そして、明神も。
明神はモンデンキントを叩きのめすチャンスを狙っていた、と言っていた。いけすかないと。
しかしその反面、先ほど確かにこうも言ったのだ。

>ハッタリだ!てめえの炎はそれ以上燃え広がらない!なゆたちゃんまで燃やしちまうからな!
 虎の子の戦術も、単なるフィールド効果としてその儚き生を終えるんだよぉっ!

なゆたちゃん、と。
今までずっとそう呼んでいたから、咄嗟にモンデンキントではなくなゆたと呼んでしまったのだろうか?
いいや、違う。本当に心から憎んでいる相手ならば、ここで言い間違えることはあるまい。
憎しみ以外の気持ちがあるから。怒り以外に伝えたいことがあるから。
明神は無意識になゆたの名を呼んだのではないのか――?

エンバースの放った炎が、みのりの『肥沃なる氾濫(ポロロッカ)』によって消し止められてゆく。
代わりに発生したのは土石流だ。轟音を響かせながら、洪水が迫ってくる。

>ブライトゴッド!君が用意してくれたこの重力!遠慮なく使わせてもらう!
 部長!鎧変形!、そして・・・雄鶏疾走!全力で地面にぶつかれ!

しかし、その土石流をジョンと部長が機転を利かせて防いだ。
フィールドの中央に開いた大穴に、土石流が飲み込まれてゆく。大穴が土石流でふさがれ、フィールドは再度戦闘可能になった。

「……ジョンさん……」

なゆたはジョンを見た。
ジョンはすでにボロボロだ。毎ターンダメージを誘発する霧にさらされ、予想以上にダメージを負っている。
高レベルのレジストを持つ姫騎士装備を纏ったなゆたやモンスターであるエンバース、カザハと違い、ジョンは生身の人間だ。
いくら自衛隊の訓練で鍛えた身体を持っていると言っても、このフィールド内での活動には限界がある。
だというのに、立っている。なゆたに力を貸そうとしてくれている。
なゆたとカザハはあっさり彼を信頼したが、他のメンバーはそうは行かない。特に明神などは正反対の属性だ。
この戦いは、ジョンのパーティー加入試験とも言えるのかもしれない。
戦いとはもっとも原始的な行為。一通り見ていれば、その人物の人となりや思考、行動パターン、癖が見えてくる。
その人物が信用に足る、誠実な人物であるのか否かも――。
そして。それはカザハやエンバースにとっても同様だ。
リバティウムのミドガルズオルム戦で助太刀してくれたとはいえ、それは最終盤。彼らの全力を見たとは言い難い。
ならば。そんな三人を率い、勝つ。それこそがリーダーの資質を問うみのりへの何よりの答えとなるだろう。

きっと、明神にとっても……。

「――――――――――」

ギリ、となゆたは歯を食い縛った。
カザハは、なゆたがゴッドポヨリンを召喚するまで時間を稼ごうと提案した。
ジョンは、そんなカザハの気持ちを汲んでなゆたが覚醒するまでの活路を開いてくれた。
エンバースは、なゆたを守ると言った。そして実際にその通りにしている。守ってくれている。
みのりは、なゆたのリーダーとしての資質を見極めるため、それを一番分かりやすく見られる位置に立った。
明神は、今まで培ってきたもののすべてを。何もかもを出し尽くして、なゆたを倒そうと迫る。
この場にいる全員が、なゆたに対して何らかの想いを抱いてくれて。出来うる限りの力を発揮している。

だとしたら。

それならば。

その想いに応えないのは、崇月院なゆたではない。

195崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/06/30(日) 06:21:29
「『高回復(ハイヒーリング)』……プレイ!」

スマホをタップし、スペルカードを切る。対象はジョンだ。
これでジョンはダメージが相当量回復するだろう。部長は後回しになってしまうが、魔物は人間とは比較にならないライフを持つ。
とりわけサポート面で強力なスキルを持つウェルシュ・コトカリスならば、もうしばらくは持ってくれるだろう。
そして――

「カザハ、ジョン、エンバース! わたしの言葉を聞いて……お願い!
 五月雨撃ちは敢えて喰らう――全員! 防御態勢!」

なゆたは素早くマントの後ろについているフードをかぶると、全身をこわばらせた。

ドドドドドドドドッ!!!!

ヤマシタの放った矢の雨がなゆたチームサイドに降り注ぐ。
『濃縮荷重(テトラグラビトン)』に引かれて速度を増した矢は、通常よりもダメージが高い。
が、即死するレベルではない。ダメージこそ与えられるものの、致命傷には程遠い。
明神もこれで勝負を決めるつもりはないだろう。つまり、これは示威的行為に過ぎない。
とすれば、避ける必要はない。今は、矢を叩き落とすことでATBを1ターンを無駄にするよりは、攻撃に費やした方がよい。

「……ぐ……!!」

降り注ぐ矢が全身にくまなくダメージを与えてくる。なゆたはきつくきつく歯を食いしばって激痛に耐えた。
実際であれば肉を貫き骨を穿つであろう矢は、しかしPvPのフィールドにあっては衝撃のみを齎す。
実際に肉が裂けたりはしないものの、電気ショックのような痛みが身体を貫く。
それでもなんとか倒れずに凌ぎ切ると、なゆたは大きく息を吐き、そして明神とみのりを見つめた。

「……ふたりの気持ちは、わかりました。特に明神さん……あなたが“彼”だったなんて。
 奇跡みたいなものですよね……バロールさんはこの世界にたくさんの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を召喚した。
 なのに……大勢の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の中で、あなたとわたしがパーティーを組んじゃうなんて」

バロールは何らかの意図があってこのチームを編成したわけではない。
真一となゆたが近くにいたのはもともと住まいが近所だったからかもしれないが、他のメンバーは全くのランダムだ。
それでも、ふたりは出会ってしまった。この広い世界で。

「わたしのこと、さぞかし嫌いだったでしょう。いつも、あなたの書き込みに意見して。反発して。
 正義を振りかざして……。実際わたしも、あなたのことが好きじゃなかったと思う。
 どうしてブレモンが嫌いなのに、ここにいるんだろうって。楽しい空気に水を差すんだろうって。
 何が、この人をこんなにもブレモンを憎むようにしてしまったんだろう? って――ずっと思ってた」

静かな抑揚で、なゆたは言葉を紡ぐ。

「レスバトルをするあなたの知識は本物だった。ルールも、そのルールをつく抜け穴も、何もかも知ってた。
 わたしが知らなかったことだっていっぱいあった。あなたとのレスバトルの最中に気付かされたことも。
 だから――わたしにとって、あのレスバトルは無駄なものじゃなかった。
 罵られるのはいやだったし、腹も立ったけれど……それ以上に得るものがあったんだ」

知識というものは、嫌々頭に入れようとしても入らないもの。好きだからこそ、知りたいと願うからこそ頭に入るものだ。
明神の知識は、貶すことを前提として培われたものではない。なゆたはそう思った。
好きの反対は無関心。嫌いであるなら、最初から覚える気も起きない。
けれど、明神はそうではなかった。結果的に悪事に用いていたとはいえ、知識そのものに善悪はない。
どうしようもなくねじ曲がってしまっているとはいえ、知識を吸収し応用するその姿勢だけは尊敬に値すると。そう思っていたのだ。
そして――

「……わたしもね。ずっと戦いたいと思ってたんだ。あなたよりずっと。ずっとずっとずっと!!
 わたしよりたくさんの知識を持ち! わたしより多くの発想力に恵まれて! そして、そのすべてを悪事に利用するあなたと!
 それが、今まで旅してきた……あの強くて頼れる明神さんならなおさら!
 あなたを懲らしめるため? ううん――違う。
 『わたしより』!『強いあなたに』!!『勝つために』!!!」

迷いなき眼差しで明神を見つめながら、なゆたは叫んだ。
なゆたとこの男が戦うのは、これが初めてではない。
かつて、飛ぶ鳥を落とす勢いでランキング戦を勝ち上がっていったなゆたが倒した多くの相手の中に、この男もいた。
なゆたはそれを知らない。この男が堕ちるきっかけとなった戦いは、なゆたの中ではワンオブゼムとして埋没した。
だが、それはあくまで『タキモト』というプレイヤーの話。『うんちぶりぶり大明神』とは違う。
なゆたにとってうんちぶりぶり大明神とは、そして明神とは――

「誰が持たざる者ですって? バカなこと言わないでください。あなたは持ってる、たくさん持ってる!
 そんなあなたが、何もかもをかなぐり捨ててわたしを倒すって言うのなら――
 わたしもそれに応える! ここからは……『何でもあり(バーリトゥード)』よ、明神さん!」

何としても倒さねばならない、倒したい、乗り越えたい壁。なのだ。

196崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/06/30(日) 06:21:48
今まで、多くの強大な敵を倒してきた。
ベルゼブブ。
バルログ。
タイラント。
煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)。
バフォメット。
ミドガルズオルム。
ミハエル・シュヴァルツァー。

楽をして勝てた敵はひとりもいない。一瞬たりとも手を抜けない、極限の攻防を制して勝利を収めてきた。
だが今回の相手は、そんな彼らより数段も強く、そして――絶対に負けられない相手だった。
明神とみのり、その強さをなゆたは知悉している。何よりも深く理解している。
だからこそ倒さなければならない。乗り越えなければならない。
これからも、彼らと一緒に旅をするために。
ひび割れ、壊れかけた絆を、もう一度結び直すために。

ばっ、となゆたは突然胸当ての内側をまさぐると、右手を突き出した。
そこには、ふたつのアイテムが握られている。それらは明神もみのりも見覚えがあるだろう。すなわち――

『ローウェルの指環』と『人魚の泪』。

一度使用したスペルカードを瞬時にリキャストし、また想像を絶する強化を施す超チートアイテム、ローウェルの指環。
メロウの王女マリーディアとその恋人ライフエイクの愛の結晶であり、ミドガルズオルム召喚のキーアイテム、人魚の泪。
ゲーム内であればバランスブレイカー間違いなしの超絶レアアイテムが、なゆたの手の中にある。
そのふたつを使用すれば、きっとふたりを瞬殺することができるに違いない。
ローウェルの指環のリキャスト機能を使い、スペルカードを湯水のように使って圧倒もできる。
ミドガルズオルムのスキル『絶対無敵の大波濤(インヴィンシブル・タイダルウェイブ)』はすべてを押し流す。
戦略も何もない、ゴリゴリのゴリ押しプレイでふたりを撃破できる――。

だが。

なゆたはそのふたつを、フィールドの隅で判定員を気取っていたバロールへと投げた。

「……モンデンキント君?」

チートアイテムを受け取ったバロールが怪訝な表情を浮かべる。

「それ、持っててください。この戦いには不要のものだから」

「使わなくていいのかい?」

「そんなの使って勝ったって、それはなんの強さの証明にもならない。
 こんなチートアイテムを持ってるなら勝って当然だって。負ける方がおかしいって。
 ――自分たちは負けてないって。そう思わせるだけだから。
 わたしはそんなアイテムに頼らない。わたしの、ううん……わたしたちの力だけで、明神さんとみのりさんに勝つ!
 だから――」

なゆたはカザハとジョン、そしてエンバースを順に見た。そして大きく口を開く。

「三人とも、わたしに力を貸して!
 四人でやっつけよう――みのりさんを。明神さんを!
 みんな気を付けて、あのふたりは……下手なレイド級モンスターなんかより、よっぽど強い!!」

スマホを握りしめ、なゆたは叫んだ。
長い戦いによって、明神とみのりは互いの特性を理解している。闇属性と土属性は相性も悪くない。
確かに、数の上ではなゆたチームの方が相手を倍する量で上回ってはいる。
だが、息の合ったコンビネーションの前では単純な兵力の多寡など何のアドバンテージにもならない。
ましてなゆたチームの三人はこれが初めてのパーティープレイだ。チームワークでは明神たちの足元にも及ばない。
そんな圧倒的不利を覆し、明神とみのりを撃破する方法があるとしたら――

――わたしたち四人の力を。ひとつに束ねるしか……ない!!

197崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/06/30(日) 06:22:27
「カザハ! エンバースに『自由の翼(フライト)』! ジョンさんは彼に『雄鶏乃啓示(コトカリス・ヴィクトリア)』用意!
 エンバース、あなたは――イシュタルに特攻! まずは各個撃破、みのりさんから行動不能にする!」

大きく右手を横に振り、なゆたはメンバーに指示を下す。
パーティープレイでは敵を一気に倒そうとしてはいけない。ひとりひとり潰していくのが定石である。
なゆたはまずみのりとイシュタルのペアに標的を定めた。
現時点で怖いのは、明神よりもむしろそのサポートに回っているみのりだ。

「エンバースがみのりさんに接近したら、ジョンさん! 『雄鶏乃啓示(コトカリス・ヴィクトリア)』!
 カザハはエンバースの武器に『烈風の加護(エアリアルエンチャント)』!
 自分で攻撃は控えて、とにかくエンバースにバフをかけて!
 炎属性のエンバースのATK値は、属性同士の相乗効果で約2.5倍にアップする! 部長のスペルがあれば、さらに倍!
 藁のイシュタルは、さぞかしよく燃えるでしょう――!」

『雄鶏乃啓示(コトカリス・ヴィクトリア)』の生み出す太陽は光を浴びた味方のATKとDEFを倍にし、敵を沈黙させる。
うまくいけば沈黙効果でイシュタル最大の脅威である『収穫祭の鎌(サクリファイスハーベスト)』を封じられる。
イシュタルに対して各人が散発的な攻撃を繰り返すのは悪手だ。それはただ蓄積ダメージを与えるだけであろう。
アタッカーをひとりに定め、その強力な火力をもって一気にイシュタルのライフを削りきる。それが最適解である。
そして、もしそれが不発に終わったとしても、次の手がある。
イシュタル潰しにはエンバースが最適というのは、属性理論から言っても間違いない。
『収穫祭の鎌(サクリファイスハーベスト)』は一度限りの大技だ。これさえ対処してしまえば、イシュタルは怖くない。

「エンバース……! わたしたちを守ってくれるんでしょ!? あなたが言い出したことよ!
 みのりさんとイシュタルは守りに特化した、わたしたちの中でも一番の壁役!
 その壁を破って! じゃなきゃ……わたしたちは勝てない! 
 無茶なこと言ってるって分かってる、でもやって! あなたを……信じるから――!」

まっすぐにエンバースを見つめながら、なゆたは叫んだ。
エンバースとの蟠りがなくなったわけではない。何もかも水に流せるかと言うと、それは甚だ心もとない。
けれど、今はそんなことを言っている場合ではない。どんな小さい諍いも、持ち出せば即チームの崩壊に繋がる。
崩壊したチームでは、明神とみのりを倒すことはできない。
今は、何もかもを忘れて。ただ勝利のために全員の心をひとつにしなければいけないのだ。

実家の寺で、父が檀家の人々を相手に法話で口にしていた言葉を思い出す。

『まず自分が信じてあげなくては、人に信じてもらうことなどできない』――

言いたいことは山ほどある。気に入らないことも。受け入れられないことも。
だが、それはおいおい決着を付けていけばいいことだ。敢えて今持ち上げるべきではない。
だったら――彼の願いを叶えよう。彼のことを信じよう。
そうすれば『守りたい』という強烈な想いのもと、彼はきっと強大な力となってくれるだろう。

「総攻撃よ! エンバースを主軸にみのりさんを墜とす!
 カザハもジョンさんも力を貸して! この霧の中じゃ、長期戦はわたしたちの不利……!
 速攻で勝負をかける! 行くわよ――」

カザハも、ジョンも、エンバースも、出会って間もない人々だ。
何を考えているか分からない。何が目的でここにいるのかも、何ができるのかも。
信頼に足るのか、信用を置いていいのかも。何もかも分からない。
けれど、この戦いを通じて、きっと多くのことが理解できるようになるはずだ。

明神の正体が地球で因縁のあったうんちぶりぶり大明神であったと判明した時は驚いたし、その造反に打ちひしがれもした。
もうダメだと諦めかけた。世界を救うなんてとてもできっこないと。自分は無力だと。
でも、もうそうは思わない。実際にできるかできないかは別して、やれない――やりたくないという考えはない。

あるのは、ただ心のうちに燃え盛る闘志のみ。
持ちうるすべてを結集して自分を倒そうと向かってくる明神と、なゆたの資質を見極めようとしているみのり。
そのふたりを、モンデンキントとして倒す。
それが、それだけが、唯一この壊れかけたパーティーを蘇らせる手段となろう。


「――――――デュエル!!」


なゆたは大きく、凛とした声音で言い放った。


【崇月院なゆた再起動。エンバースを主軸にみのりに対し集中攻撃を示唆】

198カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/06/30(日) 12:40:50
>「ネタ枠はおめーも大概だろうがよぉー!つーか何お前、世界救うってのに名前が判断基準なの?
 魔王に唯一有効な最強武器が『うんこソード』とかだったらどうすんだよお前、使わずに死ぬつもりかよ」

「どうしよう、困ったなあ……!」

>「うんこソード!? いや、それは無理! 私の負けだ!」

最強武器が“うんこソード”だったらどうしようと真剣に悩み始めるカザハと、あっさりと白旗を振るバロールさん。
バロールさんと私達は旧知の仲らしいが、この二人、多分気が合うんだろうなあ。

>「大体さぁ、世界救ったとしてお前の名前が刻まれるかどーかわかんねえぞ?
 なんか見た目がカワイイからスルーされてっけど、お前もエンバースと同じモンスターじゃん。化物じゃん。
 バロールも意味深なこと言ってたしよぉ、ホントはお前こそ魔王の手下とかなんじゃないの?
 お前が結局何者なのか、この場のだーれも知らない鳥取出身の謎ナマモノだってこと、忘れてんじゃねえぞ」

流石は歴戦のフォーラム戦士、皆が空気を読んでなんとなくスルーしているところを容赦なくついてくる。
私達はバロールさんにとっては旧知の仲のようだから、アルフヘイム側なのは間違いない。
よってバロールさんが本人の言う通り本当に世界を救おうとしていれば何の問題も無いのだが、
問題は万が一バロールさんが皆を騙して利用する黒幕だった場合だ。
その場合、バロールさんが本性を現し私達が自分達の正体を思い出すなんて展開になった場合、皆の敵に回ることになるかもしれないのだ。

>「お前が俺たちの仲間ヅラしてんの、結局のところ全部ただのノリじゃん。マジでその場のノリじゃん?
 怖えなあ何考えてっかわかんねー奴と一緒に居んの。それがモンスターだってんならなおのことこえーわ」

「確かにノリなのは認めるよ。でもノリがそんなに悪い!?
目の前で街が破壊されようとしてたら止めなきゃって思うじゃん!
世界がヤバイって聞いたらどうしかしなきゃって思うじゃん!」

カザハの言う通り、ノリは別に必ずしも悪いものではない。
ノリとはすなわち、理屈とか立場によるしがらみとか一切取っ払ったその瞬間の素直な気持ち。
それだけに、今日は味方だったのに状況次第であっさりと明日には敵に回ってしまう可能性もある怖さがある――
明神さんはそのことを言っているのだろう。
明神さんは続いてジョン君をひとしきり煽り、いよいよ本格的に戦闘が始まる。
――かと思われたが。

>「・・・カザハストップだ!ストップしてくれ!」

なゆたちゃんは、泣いていた。
いつもエンバースさんとやりあっているように勝気に言い返すとばかり思っていたのに。
ここにいるのは最強のスライム使いモンデンキント先生ではなく、一介の女子高生に過ぎない崇月院なゆただった。
こんな時に、ずっと苦楽を共にしてきた仲間なら気の利いた言葉がかけられるのかもしれないが、合流したばかりのカザハには成す術もない。
先程出会ったばかりのジョン君は猶更だ。

199カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/06/30(日) 12:41:51
>「カザハ・・・もうやめよう・・・俺達の負けだ」

「明神さん……お願いやめて! 少なくとも今は待って……!
君が倒したいのは一介の女子高生じゃなくて最強のモンデンキント先生でしょ!?」

明神さんに今はやめておくように説得するカザハだが、一度こうなってしまった以上当然応じるはずもなく。

>「立てよモンデンキント、俺は矛を収めるつもりはねえ。てめーの絶望なんざ知ったことか。
 ウジったまんまのお前なんか秒で潰せるがよぉ……全力のてめーを倒さなきゃ、意味がねえんだ」

>「……………………たす…………け、て……………………」

どうしていいか分からず立ち尽くすカザハだったが、その時意外な人物がなんとも大胆な行動に出た。
エンバースさんがなゆちゃんを抱き寄せる。

>「……心配するな。大丈夫だ――俺がいる」
>「言ったろ……俺が、守ってやるって。お前がどんなに嫌がろうと……そんなの、知った事かよ」
>「ここで、じっとしてろ。すぐに終わらせてやるさ。ああ、そうとも。すぐに……」

普通ならいきなりラブコメか!とツッコミの一つでも入れたいところだが、エンバースさんにどこか違和感を感じる。
まるでここではないどこか、今ではないいつかの光景を見ているような――

>「……すぐにみんな、焼き払ってやる」

「エンバースさん……? まさかその“みんな”の中にボク達は入ってないよね……?」

>「オウル、お前がご主人様の盾になれ――剣は、俺が務める」

「その子はポヨリンさんだよ!? 一体どうしちゃったの!?」

そしてエンバースさんは――突然放火した。

>「……警告しておこう」
>「シナジーだの、コンボだの、そんな物を悠長に積み上げてる暇はないぜ」
>「見えるか?この炎が――お前達のATBが溜まるよりも、ずっと早く燃え広がるぞ」
>「俺はお前達に、結構な時間的猶予を与えてやったよな。その間に何本ゲージを溜められた?」
>「……これから身を護る為に、何本消費させられると思う?」

「エンバースさーん! 熱いんですけど!」

見境なく燃え広がる炎に抗議の声をあげるカザハ。

>「ハッタリだ!てめえの炎はそれ以上燃え広がらない!なゆたちゃんまで燃やしちまうからな!
 虎の子の戦術も、単なるフィールド効果としてその儚き生を終えるんだよぉっ!」

>「ブライトゴット!わかっているなら一旦戦闘やめよう!普段ならいいんだろうけど
 今のエンバースはまともとは思えない!・・・くっ」

ジョン君の言う通りだ。それでも明神さんの勢いは止まらない。

200カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/06/30(日) 12:42:56
>「『万華鏡(ミラージュプリズム)』――プレイ!」

明神さんは分身のスペルを使うが、ヤマシタさんが増えた様子はない。
じゃあ一体何を増やした……? 何だかよく分からないが、滅茶苦茶嫌な予感がする。
その間にもいよいよエンバースさんが放火した炎がこちら側に迫ってくる。

>「カザハ!エンバースを援護する余裕はない、俺達だけで防御を固めるぞ!」

「うん、なんとかやめてもらわなきゃ! カケル、”ブラスト”だ!」

カザハの指示に応じ、翼を一振りすると、こちらチームから向こうチームに向かって突風が吹き抜ける。
風魔法を主とするユニサスのスキルの一つだ。
炎がこちら側へ延焼するのを防ぐと同時に向こう側へ燃え広がらせ、危機感を覚えさせる作戦だろう。
しかし、明神さんの勢いはとどまるところを知らなかった。

>「ブレイブ殺しの戦術はそれで品切れかぁ?
 甘い!甘い!あめーなぁ!考えがよぉ!おじいちゃんのくれた特別な飴くらい甘い!
 俺たちをそんじょそこらのブレイブと一緒にすんじゃねえ。くぐってきた死線の数が違うぜ!
 ――ヤマシタ、『五月雨撃ち』」
>「まだまだ俺のターン!『濃縮荷重(テトラグラビトン)』、プレイ!」
>「イカサマだとか抜かすなよ!ズルまで含めてこいつが俺の全身全霊だ!
 ケツの毛も残らねえくらい、俺の持ちうる全てを出し切って、お前らを倒す!」

そして、なゆたちゃんを叱咤激励するみのりさんの声が聞こえる。
向こう側チームに行きはしたが、単純になゆたちゃんに反感を持って向こう側に行ったのではないということか。
むしろ、敢えて向こう側につくことで彼女の実力を見極めようとしている……?

>「さあ、サービスの1ターンは終わりやえ?
お姫様のように守られるなゆちゃんもかわええけど、このデュエルでこのまま観客決め込められる子やないやろ?
見せてもらうえ、なゆちゃんの不屈をなぁ
それでうちらを受け止めたってえな」

上空からは無数の矢、地面からはみのりさんが「肥沃なる氾濫(ポロロッカ)」によって起こした土石流が迫る。

>「カザハ・・・空中のアレ、任せてもいいかい?・・・それとできる限り僕の真上と近くにはいないようにね、巻き込まれると危ないから」

「分かった!」

ジョンと部長が捨て身で地面に大穴を開け、土石流を防ぐ。
こちらはゲージが溜まり次第『風の防壁(ミサイルプロテクション)』を展開する算段だ。
正直間に合うかどうかヒヤヒヤしたが、矢が一度空高く打ち上げられたのが幸いし、なんとか間に合った。
カザハが腕を掲げ、スペルを発動しようとしたまさにその時。

>「カザハ、ジョン、エンバース! わたしの言葉を聞いて……お願い!
 五月雨撃ちは敢えて喰らう――全員! 防御態勢!」

「……マジで!?」

201カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/06/30(日) 12:45:07
ついさっきまで打ちひしがれて泣いていた女子高生とは思えない凛とした声が響く。
彼女とはフレンドになっているので、こちらが矢を防ぐのに最適なスペルを持っているのは知っている上での指令。
それでも尚この行動回数は矢を防ぐよりも重要な何かに使うべき、ということだろう。
そう思わせる有無を言わせぬ何かがあった。これが、モンデンキント先生……!
私は地面に降りて翼を畳み、いったんカザハを体の下へ避難させる。
出来ればなゆたちゃん達もそうさせたかったが、そんな暇はなかった。
なゆたちゃん達はカザハやエンバースさんとは違って生身の人間だが、耐えられるのだろうか――
矢の雨がやんだとき、なゆたちゃんは耐え抜いて立っていた。
そして明神さん達に朗々と宣戦布告する。

>「誰が持たざる者ですって? バカなこと言わないでください。あなたは持ってる、たくさん持ってる!
 そんなあなたが、何もかもをかなぐり捨ててわたしを倒すって言うのなら――
 わたしもそれに応える! ここからは……『何でもあり(バーリトゥード)』よ、明神さん!」

>「それ、持っててください。この戦いには不要のものだから」

そしてなんか凄いらしいアイテムをバロールさんに預ける。
チートアイテムは無しで正々堂々と戦って勝つつもりなのだろう。

>「三人とも、わたしに力を貸して!
 四人でやっつけよう――みのりさんを。明神さんを!
 みんな気を付けて、あのふたりは……下手なレイド級モンスターなんかより、よっぽど強い!!」

「承知いたしました! なゆ……いえ、モンデンキント先生、ご指示を!」

カザハは拳にした右手を左胸にあてるどこかで見た事があるような”心臓を捧げます”的な意味のポーズを取り、
おどけながらも確かに先生に付いていきます!という意思を示す。
“お前精霊だから心臓ないやろ!”とツッコミが入りそうである。

>「カザハ! エンバースに『自由の翼(フライト)』! ジョンさんは彼に『雄鶏乃啓示(コトカリス・ヴィクトリア)』用意!
 エンバース、あなたは――イシュタルに特攻! まずは各個撃破、みのりさんから行動不能にする!」

奇しくも、先生からの指示は『自由の翼(フライト)』。
どうでもいいけど『紅蓮の弓矢(フレイムアロー)』なんてスペルカードもあったりするのだろうか。

「エンバースさん、受け取れぇええええ! 『自由の翼(フライト)』!」

味方にかけた場合、対象に飛行能力を与えるスペル。
これでエンバースさんは2倍重力などものともしない機動力を得ることになる。

>「エンバースがみのりさんに接近したら、ジョンさん! 『雄鶏乃啓示(コトカリス・ヴィクトリア)』!
 カザハはエンバースの武器に『烈風の加護(エアリアルエンチャント)』!
 自分で攻撃は控えて、とにかくエンバースにバフをかけて!
 炎属性のエンバースのATK値は、属性同士の相乗効果で約2.5倍にアップする! 部長のスペルがあれば、さらに倍!
 藁のイシュタルは、さぞかしよく燃えるでしょう――!」

矢継ぎ早の指示を飛ばす先生。
元々こうなのか、最初にかけたヘイストが地味にそれに輪をかけているのか。

202カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/06/30(日) 12:47:28
>「エンバース……! わたしたちを守ってくれるんでしょ!? あなたが言い出したことよ!
 みのりさんとイシュタルは守りに特化した、わたしたちの中でも一番の壁役!
 その壁を破って! じゃなきゃ……わたしたちは勝てない! 
 無茶なこと言ってるって分かってる、でもやって! あなたを……信じるから――!」
>「総攻撃よ! エンバースを主軸にみのりさんを墜とす!
 カザハもジョンさんも力を貸して! この霧の中じゃ、長期戦はわたしたちの不利……!
 速攻で勝負をかける! 行くわよ――」

エンバースさんを全員で強化し、鉄壁のイシュタルを堕とす――これがモンデンキント先生の作戦だった。
飛行能力を得たエンバースさんはすぐに敵陣営に到達した。
矢を打ち落とすのに行動回数を使わなかったおかげか、その頃には気が付けばゲージがもう一本溜まっていた。

「――『烈風の加護(エアリアルエンチャント)』!」

指示通りに、エンバースさんの持つ物騒なデザインの槍に強化のスペルをかける。
ちなみに明神さんの選んでくれた”精霊樹の木槍”の効果で、地味に威力20%増しだ。

>「――――――デュエル!!」

エンバースさんと、みのりさん操るイシュタルが激突する。ここからが本当の勝負だ。

「エンバースさん、思い出に浸るのもいいけどそろそろ帰ってきてね!
大丈夫だよ、君は一人じゃない。君がなゆちゃんを守るなら、ボク達が君を守るから!」

思えばカザハは第一印象でなゆたちゃんに嫌われてしまったエンバースさんをずっと気にかけていたが、
それは単に同時加入仲間だからというだけではないのかもしれない。
カザハの心根は私のためにいじめっ子に立ち向かってくれた幼い頃から何も変わっていない。
ただ邪気眼系厨二病の概念が一般的になってしまってからは力及ばずいじめられっ子共々ボロ雑巾のようになったり
最近だと部内のパワハラを”秘密厳守”の窓口に告発したところ何故か訴えを黙殺された上に
リストラ候補の窓際部所に飛ばされたりする結果に終わったりしたため、”守る”と口に出しては言わないだけだ。
だから、自信満々に”守る”と言えてしまうエンバースさんが羨ましかったのかもしれない。
そのカザハが”守る”と口に出してしまったのは、この場を支配する熱に浮かされてしまったからだろうか。
無論、これは単なる気休めではない。
カザハは、自分や味方が致命的なダメージを受けそうになった時には瞬間移動で回避させる事が出来るスペルを持っている。
その時に備えて、ゲージを常に1本温存しておくのがいいだろう。

「いっけぇえええええええ!! エンバースさん!!」

203embers ◆5WH73DXszU:2019/07/04(木) 06:20:51
【ソウルファイア・リット(Ⅰ)】

『派手な虚仮威しだなエンバース!自分が野良のモンスターに過ぎないって忘れてんじゃねえだろうな!
 お前は誰のパーティメンバーでもない!その炎が炙るのは俺たちだけじゃないんだぜぇ!』

「それがどうした。俺が一人立っていれば、どうせ全て事足りるんだ。
 傷つきたくなければ……引っ込んでいればいればいい。
 その方が……俺としても、やりやすい」

その言葉は、単なる記憶の再現でしかなかった。
いつか/どこかで紡いだ決意――その燃え残り/リフレイン。

『ハッタリだ!てめえの炎はそれ以上燃え広がらない!なゆたちゃんまで燃やしちまうからな!
 虎の子の戦術も、単なるフィールド効果としてその儚き生を終えるんだよぉっ!』

「……虎の子?お前にはこの炎が、荒れ狂う虎に見えるのか?
 だとしたら……次にお前は、何を見る事になるんだろうな。
 竜か?鬼か?だが安心しろ……地獄だけは、確実に見える」

抱き寄せ、守ると誓った者の名に、焼死体は無反応だった。
狂ってしまえば、愛する者を守れない/狂わなければ、愛する者の幻を見失う。
戦闘に要する知性/心地よい記憶の混濁――二律背反の両立を、壊れた精神は無意識的な認知障害に求めた。

『ATBゲージへのダイレクトアタック……こいつは確かに厄介だ。
 だがよぉ焼死体!悪巧みはお前だけの専売特許じゃあない。
 世の中にはゲージを増やす方法なんてのもあるんだぜ』

「それは凄いな。画期的だ。その調子で、残機を増やす方法も見つかるといいな」

悠然と/漫然と――幽鬼の如く進む、焼死体の足取り。

『ブレイブ殺しの戦術はそれで品切れかぁ?
 甘い!甘い!あめーなぁ!考えがよぉ!おじいちゃんのくれた特別な飴くらい甘い!
 俺たちをそんじょそこらのブレイブと一緒にすんじゃねえ。くぐってきた死線の数が違うぜ!
 ――ヤマシタ、『五月雨撃ち』』

歩調は語る――抵抗したければ、好きにしろ。

『まだまだ俺のターン!『濃縮荷重(テトラグラビトン)』、プレイ!』

どうせ全て、無駄に終わる――と。

『イカサマだとか抜かすなよ!ズルまで含めてこいつが俺の全身全霊だ!
 ケツの毛も残らねえくらい、俺の持ちうる全てを出し切って、お前らを倒す!』

降り注ぐ矢雨/フィールドの凡そ半分を支配する重力領域――いずれも問題ない。
動脈/臓器へと深く届く破壊――それらはアンデッドにとって、致命的ではない。
倍化した重力も――燃え落ち/情念により動く焼死体を完全に縛る事は出来ない。

――なんで俺は、自分がモンスターである事を前提に戦術を組み立てているんだ?

戦術構築の為に残された知性が、己の思考に巣食う矛盾を検知。
しかし燃え盛る妄執の炎が、すぐにその疑問を焼き払う。
余計な事を考えるな/守るべき者を、守れ――と。

204embers ◆5WH73DXszU:2019/07/04(木) 06:22:14
【ソウルファイア・リット(Ⅱ)】

「全身全霊、ね。お前にとっては可哀想な話になるが――」

焼死体が溶け落ちた直剣を左手へ/背中から血染めの槍を取る。
漆黒の眼光が貫くのは――怨敵を守護する、生ける革鎧。
超重力領域の境目が、彼我の間合いの境界/死線。

「お前の全身全霊なんて、俺の1ターンにも満たないんだよ」

一足一刀の間合い/地の利は対手にあり。
だが焼死体のひび割れた眼球には――見えていた。
一撃/1ターンの下に革鎧を下す勝利の幻想/飛散する血/霧散する命。

そしてその幻想を現実とすべく、焼死体は一歩踏み出して――

『カザハ、ジョン、エンバース! わたしの言葉を聞いて……お願い!』

しかし不意に、その動作を完全に停止した。
描き上げた殺戮の方程式も/双眸に宿した殺意も、忘れていた。
ただ背後から響いたその声が――過去に支配された脳を、揺さぶっていた。

――お願い?お願いだって?マリが、俺に、こんな状況で?

『五月雨撃ちは敢えて喰らう――全員! 防御態勢!』

結果として殆ど無防備な状態で、焼死体は矢雨に晒される事となった。
闇狩人のコートを貫き、赤錆びた鏃が全身を穿つ/膝から崩れる。
それでも怯まない/怯む事も出来ないほど、動揺していた。

『……ふたりの気持ちは、わかりました。特に明神さん……あなたが“彼”だったなんて――』

――なんだ。何の話をしてるんだ?明神さん?

『わたしのこと、さぞかし嫌いだったでしょう。いつも、あなたの書き込みに意見して。反発して――』

――ああ、そうか。そう言えばこの決闘は、明神さんが始めたんだったな。

『レスバトルをするあなたの知識は本物だった。ルールも、そのルールをつく抜け穴も、何もかも知ってた――』

――だが、おかしい。何故マリが明神さんの事を知っている?

『……わたしもね。ずっと戦いたいと思ってたんだ。あなたよりずっと。ずっとずっとずっと――』」

――いや、そもそもマリと明神さんが一緒にいる事自体が変だ。一体どうなってる――

『誰が持たざる者ですって? バカなこと言わないでください。あなたは持ってる、たくさん持ってる――』

――やめろ。考えるな。思い出すな。忘れるな。この幻覚は――全くの偶然の産物なんだぞ。
一度見失えば、もう二度と見つけられないかもしれないんだ――余計な事を考えるな。
そうだ。マリはし――――もういな――――駄目だ。そんな事を思い出すな。
マリはそこにいる。今も変わらず、俺の助けを求めてる――忘れるな。

『……モンデンキント君?』

――違う。そいつはマリだ。マリでないといけないんだ。

『カザハ! エンバースに『自由の翼(フライト)』! ジョンさんは彼に『雄鶏乃啓示(コトカリス・ヴィクトリア)』用意!』
『エンバースさん、受け取れぇええええ! 『自由の翼(フライト)』!』

――もういい。みんな黙らせた方が、ずっとはやい。

205embers ◆5WH73DXszU:2019/07/04(木) 06:23:10
【ソウルファイア・リット(Ⅲ)】

そして焼死体は立ち上がった――誰の言葉を/誰の想いを汲む為でもなく。
ただずっと昔、守ると誓った者を守る為――その執念で、誰も彼もを、殺す為に。
漆黒の狩装束/白光の翼/血霧匂い立つ朱槍を右手に/死神の如き様相で、死線を超える――

『エンバース……! わたしたちを守ってくれるんでしょ!? あなたが言い出したことよ!』

焼死体の知覚/思考/行動は、生理機能を起源としていない。
それらは滅びた肉体ではなく、未練を帯びた魂に由来する。

『みのりさんとイシュタルは守りに特化した、わたしたちの中でも一番の壁役!
 その壁を破って! じゃなきゃ……わたしたちは勝てない!
 無茶なこと言ってるって分かってる、でもやって!』

故に、焼死体は何もかもを見ないふりが出来た/何もかもを聞こえないふりが出来た。
故に、焼死体は愛する者の幻を見る事が出来た/叶わなかった祈りを聞く事が出来た。


『あなたを……信じるから――!』


だが、一体何故か――その最後の一言を、焼死体は聞き流せなかった。
聞こえないふりをするには――言葉に宿った熱量が、大きすぎた為か。
或いは、その声が――以前にも一度、己に火を灯した声だったからか。



そして焼死体は振り返り/瞬き一つ分の時間、静止して――それだけだった。

206Interlude ◆5WH73DXszU:2019/07/04(木) 06:25:19
【イン・ザ・ブリンク(Ⅰ)】

気づけば眼前に[最愛/マリ]がいた。
呼吸を忘れ、暫し呆然としていた焼死体は、だが思い出した。
今は明神との決闘の最中――だと言うのに致命的な隙を晒してしまった。
咄嗟に明神へと振り返ろうとして――しかし体が動かせない/手も足も/指先/視線の一つさえ。

「心配する必要はない。アンデッド類のモンスターはその知覚、思考、行動を脳機能に縛られない。
 それはつまり、思考能力において人間のそれを大きく上回る可能性を秘めている。
 ……かつて君が、攻略の為に突き止めた事だ。忘れたのかい?」

「マリ……俺は……これは……どうなってる。お前は……幻覚なのか?」

「無意味な問いかけだ。それを私が答えて、君は安心出来るのかな?
 君と私は旧知の仲だ。私の語り口くらい、君は知り尽くしている。
 それに……君は賢しらだ。だから結局、私の事を信じられないよ」

「ああ、ああ……お前のその無駄話を、何度恋しいと思ったか……。
 だけど……分かったよ、お前は幻覚だ。聞くまでもない事だった」

「へえ、それはどうして?」

「お前みたいなお喋りが、俺が足掻くのを、黙って眺めていられた訳がないからな」

「……君がそう思うのなら、ここではひとまず、そういう事にしておこうか」

「いいや、話は終わりだ……例え幻覚でも、お前と話すのは、楽しいよ。
 だけど……今は駄目だ。俺は、目を覚まさなきゃいけない。今すぐに」

「……へえ、どうして?かわいい私と楽しくお喋りしたくない?」

「分かってるだろう。俺は今、明神さんとのデュエルの最中なんだ」

「そんなの、後でいいじゃないか。時の止まった世界で、私と存分に語らおう。
 二人の思い出を一つ一つ、映画みたいに一緒に眺めて、また仕舞い直して。
 辛かった事全部、吐き出して……戦いに戻るのは、それからでいい」

「やめろ。これは幻覚だ。時間は止まってなんかいない」

「似たようなものだよ。君は脳ではなく魂によって思考する。
 君の思考速度は、シナプス間を走る電気信号を遥かにを凌駕する。
 時間を限りなく分割し続けられるのなら……それは時間停止と同義だ」

「ああ、そうだな。飛んでいる矢は止まっているんだ。
 もういい……言葉遊びはもう十分だ。消えてくれ。
 俺は……戦わないと、守らないといけないんだ」



「――本当は、私達の遺品を預けたら、すぐに死のうとしてたくせに?」

207Interlude ◆5WH73DXszU:2019/07/04(木) 06:26:24
【イン・ザ・ブリンク(Ⅱ)】

「……っ!あの時とはもう、事情が違う!」

「ああ、そうさ。君の言う通りだ。あの時とはもう、事情が違う。
 もうとっくの昔に……死のうなんて考えは、忘れてたんだろ?」

「……俺は」

「君にはもう……火が灯されてるんだ。それに気付いてる筈だ。
 “この二周目は、私達の一周目より、過去の時点にある”と」

「それは……」

「バロールの戯言が全て真実だと、仮定した場合の話に過ぎない?
 彼にあんな手の込んだ嘘を吐く理由はない……分かってる癖に」

「……俺に、どうしろって言うんだ」

「いつまでも、いじけてるなよ。カッコ悪いぜ。
 “なるほど、ハッピーエンドは二周目以降に解禁って訳だ”。
 くらい言ってみせてくれよ。でないと安心して成仏出来ないじゃないか」

――なんだよ、幻覚が成仏って。それに、俺自身すら忘れてた事まで持ち出して。
ここではひとまず、そういう事にしておこう、じゃなかったのかよ。
そんな減らず口を、俺は叩こうとした。けど声が出なかった。
泣きたいくらいに胸の奥が震えていて、声が出なかった。
だけど……確かにお前の言う事にも、一理あるよ。
ああ、確かに……確かにお前の言う通りだ。



「……見てろよ」



――カッコ悪いのは、よくないよな。

208embers ◆5WH73DXszU:2019/07/04(木) 06:33:09
【ソウルファイア・リット(Ⅳ)】


「信じる?いいや、その必要はない――ただ、見てろ」

焼死体は、なゆたと目線も合わせずにそう答えて、視線を前へ戻した。

『エンバースさん、思い出に浸るのもいいけどそろそろ帰ってきてね!
 大丈夫だよ、君は一人じゃない。君がなゆちゃんを守るなら、ボク達が君を守るから!』

「余計なお世話だ。俺は、君達を守る。だから君達は……自分の姉弟(きょうだい)を、守るべきだ」

死神の如き様相の闇狩人が、朱槍を振りかざす/蒼炎の眼光が獲物と定めたのは、革鎧だった。
自由の翼による機動力に頼れば無視は容易い/だがその判断は、背中を刺されるリスクを残す。

「どいてくれ」

故に――焼死体は懇切丁寧に“お願い”をした。
つまり血染めの穂先が、地面を擦るほど低く槍を薙ぎ、
しかし革鎧を捉える直前に人外の膂力を以て、柄を振り上げた。
逆巻く紅色の閃きは――革鎧に踏み留まる事を許さず、主の傍へと押し返す。
引き起こされた現象は、防御不能の刃速故ではない/単純なステータス差によるものだ。

「ナイスアシストだ、明神さん。あんたのお陰でやりやすかった」

即ち――重量差だ。アンデッド属の多くは筋骨格によって肉体を制御していない。
腐った/枯れた/焼け落ちた肉体/ただの骨/霊体――装備者なき革鎧。
命伴わぬ軽さは、アンデッド属に多く見られる特徴だった。

「さて……次は、あんただ。みのりさん……だけどその前に、一つ確認させてくれ」

言いながら、焼死体は左手の得物を己の胸に突き立てた。
行為の目的は自傷ではなく――溶け落ちた直剣の収納/左手の解放。
血浸しの朱槍を両手で掴み/超重力領域を脱して――みのりへと歩み寄る。

「――恨みっこなし、で良いんだよな?」

返答は待たない――焼死体が地を蹴る/土埃を巻き上げ/迸る影と化す。
心臓に狙いを定めた刺突は、宛ら疾風――案山子に避けられる道理はない。
バフを重ねた/だが無芸の一撃は、イシュタルの防御を貫けない――貫く気もない。
ただ藁の鎧に刃を突き刺し――その体ごと朱槍を高く掲げた/同時に跳躍/自由の翼を以て飛翔。

「この対戦フィールドがなければ、このまま何処か遠くへ投げ飛ばしてもいいんだけどな。
 残念ながらそれは出来ない……だから、すまない。少し苦しい思いをしてもらわないと」

そして、みのりを空中で解放/再上昇/反転/急降下――再び槍の穂先を、藁の鎧に突き立てた。
降下速度は緩めない/落下先も既に選定済み――【濃縮荷重(テトラグラビトン)】の領域内へ。
響く轟音/飛散する石片/土/泥――その中心に焼死体は立ち、五穀みのりは、磔とされていた。

「……立てるか、みのりさん。もし、まだ立って戦えるなら……今すぐ降参してくれ。
 でないと俺はあんたに……今度はもっと、苦しい思いをさせなきゃならなくなる」

返答は待たない――焼死体の右足が、ゆっくりと、みのりの首元を踏みつけた。
足元は一度クレーターを穿たれ、土石流で埋め立てられたエリア。
土壌は多量の水分を含み/地盤は緩く/混ぜ返されている。
強く踏み躙れば――足は沈み込み/水が湧くほどに。
それは文字通りの、ブレイブ殺しの戦術だった。

209五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/07/08(月) 21:16:09
みのりの放った「肥沃なる氾濫(ポロロッカ)」は広がる炎を押し流し、全域に広がりダメージを与え更にその分イシュタルのダメージは回復する
そして残ったのは押し流された泥の足場で機動力は大幅に落ちる
というものであったが、それを阻止したのはジョン出会った

コーギー種の犬の体から力強く発せられる咆哮は猫のそれそのもの
しかしこの咆哮に様々な効果がある事はみのりはうろ覚えにしか知らず、はっきりと判別できない
ただステータス変化効果があるというだけで
ここがマイナーレアモンスターのアドバンテージたるところだろう

宙に放り投げられた部長は瞬間ごとにステータスを変え、更に鎧に変形し重量とスピードを増して地面に激突した
超重力場の効果も相まって、ぐずぐずに耕された石畳を吹き飛ばし大きなクレーターを穿つことになる

水は高き所から低きへ向かう
大穴に土石流は流れ込み、みのりの攻防一体の一手は防がれたのだ

>「部長砲弾を食らいたくなかったら降参をオススメするけど・・・」

何処までも紳士的に降伏勧告を行うが、当然それに明神が従うはずもなし
それよりもこの霧の中で何の対策もせずにあれだけ派手に動けば人の身では随分と応えたであろう

「外人さん思ったよりやりようるわねえ、ほやけど……」
感心しながら小さく呟くを漏らす

この世界での戦いにおいて、ブレイブは強力なモンスターを使役し様々な戦術を駆使できる
が、人そのものは脆弱なままであり、それはいくら鍛えた自衛隊員であるジョンとて程度の差こそあれ変わりはない
故にみのりはイシュタルの変形機能を使い鎧として纏っているのだが、ジョンはこの戦いで何を感じどうしていくのだろうか?
ゲームプレイヤーとしてではなく戦闘のプロの行く末を楽しみに思いながらも、今回ジョンはもう動けないだろうと見ていた

たとえ回復を入れたとしても、この霧がある限り常にダメージを負う
むしろここでとどめを刺すより、回復を吸うスポンジとして負担になってもらった方が良いと判断し放置

それよりも、だ
ここからが本当の戦いの始まりなのだから

>「カザハ、ジョン、エンバース! わたしの言葉を聞いて……お願い!
> 五月雨撃ちは敢えて喰らう――全員! 防御態勢!」

『囮の藁人形(スケープゴートルーレット)』をなゆたの元にはなったのは何も自分の声を届けるためだけではない
藁人形同士はトランシーバーのように通話できるが、それは発信側の相応の操作を行った前提である
が、みのりの持つ親機は操作を必要とせずに藁人形周辺の音声を拾う事ができる盗聴機能がある
濃い霧に包まれ戦いの最中で位置が離れていても、みのりにはなゆたの声を明瞭に聞き取る事ができるのだ

そして今、藁人形から流れてくるなゆたの声は、泣き言でも悲壮でもヤケクソでもない、明確な意思がこもった言葉
リーダーとして先頭に立って戦う
それは物理的に先頭に位置する必要はなく、戦闘という流れの舵取りをするという事なのだから

今、なゆたは3人の先頭に立ち自分たち二人の最前線に立ったのだ

210五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/07/08(月) 21:18:42
「おめでとさん、漸く明神さんがぶつけるに足るなゆちゃんが帰ってきたねえ」
明神の肩にへばりつく藁人形から流れるみのりの声は、どこか弾んでいるように聞こえるだろう
そして同じく藁人形から筒抜けになっているなゆたの戦略作戦を伝える

「それにしても流石はモンデキント先生やわぁ
これだけ畳みかけられたらイシュタルも持たへんやろうけど、それもタンクの仕事の内やしね
気にせんと自由に動いたてぇな
それで、五穀豊穣が落ちた後は、うちから明神さんに上げられるのは3秒やね
必要になったら合図したてえな。あらゆるものを排する3秒をサービスさせてもらうよってな」

フォーラムに出入りはしておらずとも、みのりとなゆたは以前野良パーティーをくみそこでフレンド登録もしている間柄
その時のゴッドポヨリンコンボと共に指揮能力も良く知っていたのだから、その再現を喜んでいた

敵対し自分を落とすと定められた上で、明神に言葉をかけたのだ

コンビネーションプレイの基本はタンクとアタッカーである
戦いでは防御行動と攻撃行動を両立させる必要がある
防御行動は防御テクニックで受けるかHPで受けるかにもよるが、なんにしても相応のコストを支払い攻撃行動に移れる
しかし、役割を分担する事によってアタッカーは行動のリソースを全て攻撃行動に回すことができる

そういった意味では今回の一斉攻撃を受けるみのりは数的不利を帳消しにする、という時点で仕事を果たしたことになる
ゆえに、これから起こる事に気づかい無用、更にその先の話も言づけておき、みのりは霧の中を進む

明神のスマホのPT欄には[五穀豊穣]に加え[天威無法]という見慣れぬ名前が加わったことに気づくだろう
それはみのりが一人レイドするために用意したもう一つのスマホのアカウント名
王都にて明神だけに見せた二台目のスマホであった


的確になゆたの指示を実行していくカザハとジョン
良きにしろ悪しきにしろ、状況の変化には戸惑いが生まれるものだ
それはタイムラグとなって表れるものだが、二人の動きに淀みがない
それだけなゆたを信頼し即応できる意識を持っているという事

自衛隊員だったジョンはまだわかるが、カザハとカケルの動きもまた素早くそして的確なものだと評する
明神の煽りに過剰反応のするようにアクションが大きく、言ってみれば無駄の多い動きとみていた
しかし指示を受けた後の切り替えの早さと何気エンバースに寄り添いバフをかける姿をは、ただバフをかけたという以上のものを感じてしまう

211五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/07/08(月) 21:23:12
二人のバフを受けてエンバースが動き出す
ダメージを与える霧の中を
重力の加速を得て降り注ぐ矢を受けながら

エンバース、燃え残りと称されるアンデッド
故に機能的な障害に至らぬであろうが、それでもHPというものは存在する
それは着実に削られているにもかかわらず、それらを一切合切考慮せぬ歩みにみのりはため息をつく

まずはヤマシタを薙ぎ払い、明神の元へと弾き飛ばす
だがダメージはないだろう、代わりに藁人形が一つはじけ飛ぶ

>「さて……次は、あんただ。みのりさん……だけどその前に、一つ確認させてくれ」

その足でみのりと対峙するエンバースの言葉を聞きながら、みのりの全身は藁で包まれていく
今まで服の内部にインナースーツのようにまとわりついていたが、それは王城での謁見に対しての備え
こうして戦うのであれば隠している理由もなく、間もなくみのりを覆う全身わら鎧となっていた

>「――恨みっこなし、で良いんだよな?」

「うふ、もちろ……ん」
返事に被せるようにエンバースが地を蹴り泥を巻き上げる
荊に耕され、炎に焼かれ、そして濁流に流された足場は石畳に整備されたころの面影はなく、むき出しの泥場になっていた

機を制し突き立てられた朱槍はわら鎧の鎧に突き立つが、みのりには届いていない
だがバフを重ねられた一撃は中身に届かずともイシュタルには大きなダメージを与えた
強力な攻撃ではあるが、それはバインドデッキを前にしては諸刃の剣
これだけのダメージを「溜め込んだ」のであればエンバースを一撃で屠る鎌を出現させることができるのだから

「恨みっこなしはお互いさまやえ」

用意してあった「収穫祭の鎌(サクリファイスハーベスト)をタップしようとした瞬間、みのりの視界が大きく動く
突き刺した朱槍をみのりごと掲げエンバースは飛翔したのだ
高く飛び上がり、それは霧の領域を超えその上空に輝く太陽のもとに晒された

雄鶏乃啓示(コトカリス・ヴィクトリア)によって生み出された太陽の光は味方の攻撃力と防御力を倍加し、敵には沈黙の効果を与える

濃霧の中ならばそのデバフの効果も怪しいものであったが、こう照らされてしまっては仕方がない
「収穫祭の鎌(サクリファイスハーベスト)」をタップしてもその沈黙効果により鎌は出現しない
それにより漸くみのりはこのスペルの効果を把握していた

反撃のタイミングを致命的な状態で阻止されたのだ
「コトカリスデッキの効果なんてなゆちゃんよぉしっとったなぁ、まあ、流石と言わなしゃあないわ」
半ば諦めと半ば称賛の声を漏らしながら、エンバースに再度刺され落下していく

落ちた先は先ほどジョンが開けた巨大クレーター
中には泥がが溜まりクッションとなりイシュタルはともかく中身のみのりにはダメージはないが、それ以上に効果はある
そう、下が泥であり、みのりはイシュタルに包まれている
すなわちプレイヤーごとこの泥の中に串刺しとなっている事だ

>「……立てるか、みのりさん。もし、まだ立って戦えるなら……今すぐ降参してくれ。
> でないと俺はあんたに……今度はもっと、苦しい思いをさせなきゃならなくなる」

下が石畳ならば単に串刺しになっただけで、プレイヤーに被害はない
が、こと泥だとプレイヤーは沈み行動不能、ともすれば窒息となる

212五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/07/08(月) 21:26:48
みのりは早くからこの世界での戦いにおける問題は、モンスターの強力さに比べあまりにもプレイヤーが脆弱であると思っていた
強力なモンスターと戦うより、それを操るブレイブを倒せばいい、というのは当然の理屈
故にイシュタルを変形させ鎧として纏う事でその欠点を補うという結論に達したのだが
そこに付け込んだのが、このエンバースの戦術であった
もしみのりがイシュタルを藁の鎧として纏っておらず、案山子として前面に出していたらこの戦術意義をなくすほどに要点となっているのだから

「うちは農家の娘やし、泥にまみれるのは慣れているけどな
エンバースさん優しいなぁ、そんな優しくされると……うちも胸開いてみたくなってまうわ〜」

降伏勧告をしながら返事を待たず首元を踏みつけるエンバース
みのりは胸と首元を抑えられ沈んでいく
だがそれは濃霧の中かすかな陽光すらエンバースが遮るという事でもある

すなわち……ここからみのりのコンボが始まるのだ
イシュタルは胸部の藁を変形解除した
藁の鎧がなくなったことで朱槍はみのりの胸元に刺さるのだが、傷はつかない
そのダメージはみのりの持つ藁人形が肩代わりするのだから

「囮の藁人形(スケープゴートルーレット)」は5体の藁人形を出現させる
藁人形はダメージを肩代わりし破壊されるが、うち一体は破壊された際に5体の藁人形の受けた累積ダメージを反射する

みのりの持つ親機が反射機能を備えた藁人形であり、ここで破壊されたことによりヤマシタに加えた打撃と今回みのりの胸につきたてられた槍のダメージがエンバースに衝撃波となって襲うのだ

倒せるようなダメージではない
だがエンバースの体勢を崩すには十分

衝撃を受けたエンバースは直ぐに引き寄せられることになるだろう
半ば泥に沈みかかったイシュタルから赤い糸が放たれエンバースに絡みつく
「愛染赤糸(イクタマヨリヒメ)」
対象とパートナーモンスターを赤い糸で繋ぎ、一定期間離れられないようにするスペルカードでエンバースを捉えたのだ
そしてみのりの声がエンバースの頭上から聞こえるだろう

「金蝉脱殻の術〜ってやつやよ〜
直接抱きしめてあげたい所やけど、恨みっこなしってゆう事で
今はイシュタルで我慢したってえや」

イシュタルを纏って戦う
それは自分の身を守るためではあったが、リバティウムでイブリースを前にして悟ったのだ
鎧では身を守り切れない
みのりにとって最優先すべきは自分の命
故に鎧を捨てて自分だけ脱出する必要も出てくるだろうと

それがこの金蝉脱殻の術であった

213五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/07/08(月) 21:28:55
泥水のまみれ湿気っているとはいえ、所詮は藁の身
既に十分なダメージを受けており、さらに燃え残りであるエンバースと抱き合っていればすぐに燃え尽きてしまうだろう
故に

「あとこれサービスな
エンバースさんの守りたいいう気持ちはよう見せてもらったわ
今度はなゆちゃんは守られるだけでなく、一緒に戦うに足る女やゆうところを見たってえな
そんなに怯える必要はあらへんくらい強いんやでぇ?」

発動させたのは「地脈同化(レイライアクセス)」

これによりイシュタルは回復効果を得る代わりに地脈に繋がれ移動不可の効果を受る
そのイシュタルに「愛染赤糸(イクタマヨリヒメ)で絡めとられたエンバースはイシュタルが燃え尽きる十数秒は動くことはできないだろう
たとえなゆたなりカザハが救出するとしても、たかが十数秒を短縮させるためにスペルカードやATBを消耗させられるのなら悪くない取引だ
その分明神はさらに行動時間が広がるのだから

その間にみのりはクレーターから出てフィールド隅、バロールの隣へと位置した

十数秒後、エンバースが自由になるころにはイシュタルは燃え尽きており、パートナーモンスターを失った五穀豊穣は自動的にこの戦いからリタイアとなるのだから

早々にリタイアとなったみのりだが、その表情は明るかった

敵の攻撃を一手に引き受けるというタンクの役割を果たした
これにより一ターン完全なる自由を得た明神は大きく戦術を動かせただろう
力を集結しほぼ完封に近い形でイシュタルを落とした3人の力
それぞれに込められた思いを見る事が出来たのだから
そして、どん底の状態から立ち上がり三人を指揮したなゆたのリーダーとしての資質を見る事が出来た

この戦いで見たかったものを二つ残して全て見る事ができ、満足に包まれていたのだった

【コンボを受けてイシュタル撃破される】
【イシュタルを捨ててみのり脱出】
【悪あがきにエンバースとイシュタルを抱き合わせでクレーターにつなぎ止める】
【イシュタル撃破と同時に五穀豊穣リタイア】

214うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/07/16(火) 01:42:47
『タキモト』がその名を捨て、『うんちぶりぶり大明神』に身を窶して数ヶ月。
八方各所を荒らし回り、最悪の糞虫野郎の名をほしいままにしていた俺の目の前に、奴が現れた。
PVPの上位ランカーとして名を馳せ、同時にPVEにおいてもエンドコンテンツ攻略組の中心に居る有名プレイヤー。
――モンデンキントだ。

既に殆どの利用者から総シカトを食らっていたフォーラムで、俺に論戦を仕掛けてきたモンデンキント。
思わぬ再会に、すげえ気持ち悪い言い方になるけど、俺は運命を感じた。
神様なんざぴくちり信じちゃいないが、こればかりは神が上手いこと因果を弄くり回したもんだと思った。
運命が、俺にリベンジの機会をくれた――今度こそ奴を打ち負かすチャンスだと、そう感じた。

自慢じゃねえけど俺はレスバトルには絶対の自信がある。
半端な論客なら屁理屈の畳み掛けで黙らせられるし、そうでない奴も執拗に食い下がればそのうち嫌気が差して消える。

レスバトルの最大の必勝法は、どれだけ論破されようとも、決して負けを認めないこと。
破綻した論理をゴリ押ししているだけであっても、最後に勝利宣言すれば俺の勝ちだ。
睡眠時間も業務時間も全部犠牲にすれば、その勝利条件を満たすことは難しくなかった。

だけど俺は結局、フォーラムでもあいつに勝てなかった。
夕方から始まったレスバが夜を徹し、翌日の昼になっても、モンデンキントは俺の前から消えなかった。
しまいにゃ俺の方が体力に限界が来て、職場のトイレで寝落ちしてる間にスレッドが落ちる始末。
性懲りもなく別にアンチスレを立てれば、奴の取り巻きに呼ばれてやっぱりモンデンキントが登場する。

論破は出来なかった。
奴は常に正しかったし、その正しさを過不足なく伝える言葉の力がある。
なによりその言動には、ブレモンやそのプレイヤーに対する愛があった。
そしてその高潔な愛は、ときに敵対する俺にすら向けられた。

クソコテなんて続けてりゃ、当然あらゆる方面から嫌われる。敵意を向けられる。
モンキンチルドレンを代表とするシンパ連中に袋叩きにされたことだって一度や二度じゃない。
だがそいつらも、モンデンキントが議論の場に現れれば余計な茶々を入れずに行儀の良い聴衆となった。
皮肉な話ではあるが、奴が居たことで、かえって俺の主張は外野の声に塗りつぶされることなく、きちんと吟味されたのだ。

いつからか、俺はブレモン界隈を荒らすことよりも、モンデンキントを論破することに傾注していた。
雑談スレを荒らす時間が減って、代わりにモンデンキントと話す時間ばかりが増えた。
そういう意味じゃ俺はもはや、ブレモンアンチじゃなくてモンデンアンチだったのかも知れん。

……いや、いまさらこんな言い訳なんざ無意味だな。

俺はお前と戦いたい。お前に勝ちたい。
戦って、勝って、他の誰でもない、お前に認められたい。

ただバトルで勝つだけじゃ満足できねえ。
俺の全身全霊を、本当の俺の実存を、お前に認めさせる。

タキモトとかいう名もなきガチ勢の一人なんかじゃなく。
瀧本俊之とかいう窓際族のしょぼくれたリーマンなんかじゃなく。
どうしようもない爪弾き者、何者にもなれなかったブレモンの闇、『うんちぶりぶり大明神』が――

モンデンキントを倒すんだ。


 ◆ ◆ ◆

215うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/07/16(火) 01:43:25
>「もう少し炙られててもええんやけど、どうにかしまひょ」

俺の無茶振りに石油王は文句なしの満点回答を寄越した。
耳元で奴の言葉が聞こえたのは、藁人形が肩の上に乗ってるからだろう。
見れば、ヤマシタの背にも二体くっついてる。
いつの間に仕込んだのか知らねえが、驚きはなかった。それくらいのことはやってのける奴だ。

>「全部出し切らな収まり付かへんやろしな、無理通さなアカンこともあるやろうし、お守りやよ」

「……エクセレント。防御は頼んだぜ、相棒」

対峙するチームモンデンから目を離さずに答える。
俺と石油王のタッグの最大の強みは、お互いが何を出来るか大体把握してることだ。
もちろん俺も奴も隠し玉は持ってるだろうが、連携においてこれほど心強いことはない。
石油王がどうにかすると言ったなら、これはどうにかなる。そういう前提で戦略を組める。
どんな言葉よりも雄弁な、『共に死線をくぐった経験』が、俺の判断を後押ししてくれる。

背後で何かが燃え上がる音がした。視線だけで後ろを見る。
石油王は俺の後ろで炎に包まれていた。

「……っておい!?石油王!?」

突如炎上した石油王に心臓がどきんと跳ねるが、炎の向こうの顔は涼しげだ。
代わりにイシュタルのHPバーがじりじり減っていく。
よく見りゃ、奴は服の下にカカシを纏っていて、そっちが炎に巻かれていた。

抜け目のない女だ。
範囲攻撃合戦において最も危険なのはモンスターではなくそれを駆るブレイブ。
巻き込まれれば死にはしなくとも痛みを負うし、自分自信の体力が尽きれば行動不能になる。

石油王はその仕様をいち早く見抜き、人魔一体となることでリスクを抑えた。
全ては……戦い続けるため。タンクとして、一秒でも長くこの場にとどまる為。
俺がコンボを組み立てる、時間を稼ぐためだ。

立ち位置的に俺より先に奴に火が回るのは不自然。
これがエンバースの意図したものでないなら、石油王がなにかやったと考えるのが道理だ。
つまり、これも考慮から外して良し。炎がカカシに吸われ、炎上領域の拡大が緩やかになる。
石油王の稼いだ時間は、全てATBのオーバーチャージに費やせる。

>見せてもらうえ、なゆちゃんの不屈をなぁ それでうちらを受け止めたってえな」

炎に包まれながら石油王はスペルをタップ。
出現した洪水が炎を飲み込み、石畳やその下の土砂を巻き込んだ土石流と化す。
上からはDot霧と五月雨撃ち、下からは炎を乗せた濁流。
天地挟み撃ちの範囲攻撃が、チームモンデンに殺到する。

216うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/07/16(火) 01:44:22
>「上から矢と霧、下から土砂と来たか、それと重力ね・・・僕は普段つけてた装備に比べれば軽いからどうってことないけれど」

対して、真っ先に動いたのはジョンだった。
奴は迫りくる波状攻撃にも、悠然とした態度で前に出る。
言葉通り、自衛隊じゃもっと重い装備で土石流掻き分けて進むこともあるだろう。
被災地での救援活動なら足場の悪さはこんなもんじゃきかねえだろうしな。

「強がるなよヒーロー!教育隊の訓練とはワケが違うぜぇ!?
 重装備と不整地にゃ馴れてるお前でも、矢の雨ン中行軍した経験はねえだろ!」

だが、降りしきるのは雨粒じゃなく殺傷力を持った矢だ。
加えて奴の今の装備は高性能なボディアーマーではなく、パーカーとジーンズ。
ワンちゃん一匹盾にしたって凌ぎ切れる物量じゃあない。

>「さてみんなに部長の凄さ、ちょっとだけ見せちゃおうかな?レアモンスター故の意外性って奴をね・・・雄鶏絶叫!発動」

果たしてジョンは、コカトリスに庇わせるでもなく――あろうことかカードを切った。
防御はカザハ君に丸投げするつもりなのか、この波状攻撃を素受けして耐えきれる自信があるのか。
いずれにせよ、奴は防御行動をとらない。
コカトリスが雄叫びを上げ、自身の能力を高めていく。

『雄鶏絶叫(コトカリス・ハウリング)』。
確か、素早さと攻撃防御のトレードオフを叫ぶ時間によってコントロールするスペルだ。
叫べば叫ぶほどハイレートで攻防力が上がるが、その分機動力は損なわれる。

「ヌーブがっ!この状況で単独バフなんざ使って何になるっ!?
 鈍亀になった犬っころで範囲攻撃を凌ぎ切れるわけがねぇっ!」

馬鹿め。機動力を優先していれば、まだ逃げ切れる可能性が残っていたものを。
やっぱりジョンは初心者だ。定石すら満足に辿れない。

>「いいぞもっと!もっと気合を入れろ!部長!・・・雄鶏乃栄光!」

「追加のバフだぁ?甘えんだよ、考えがよぉ!ワンちゃんだけ生き残ったって意味はねえんだぜ!」

ジョンは再びスペルを切る。これも単独対象の攻防バフ。
何だ、何を考えてる?クソ雑魚コカトリスをどれだけ強化しようがパーティは守れない。
なんぼジョンが初心者だからって、犬コロ単品でどうにかできるとは思っちゃいないはずだ。

ぞくりと首筋に寒気がした。これが初心者特有のレバガチャならまだ良い。
だが、俺は知らない。ウェルシュ・コカトリスの運用方法を。
スペックは頭に入ってても、使ってる奴が居なさすぎて、研究も対策もまるで進んじゃいないのだ。

>「よし準備は整ったな・・・よしいくぞ部長!・・・そおおおおおおれ!」

そしてジョンは、バフてんこ盛りになったコカトリスを両手で掴み――
――投げた。

「投げたぁぁぁぁぁ!!??」

直上に高く高く放り投げられたコカトリス。
降ってくる矢の第一波が直撃しまくるが、盛りに盛った防御バフでダメージは軽微。

>「ブライトゴッド!君が用意してくれたこの重力!遠慮なく使わせてもらう!
 部長!鎧変形!、そして・・・雄鶏疾走!全力で地面にぶつかれ!」

さらに叩き込まれたバフがコカトリスを流星へと変える。
総身を鎧で固め、スペルによる加速と二倍の重力で加速したコカトリスが、地面へと着弾。
地盤を揺るがすような轟音と共に石畳にクレーターを穿った。
迫りくる土石流が、大穴へと飲み込まれて行く!

217うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/07/16(火) 01:45:24
>「これでこっちに向ってくる水は全部防げるし、みのりのお陰で火も大体消えたわけだ
  部長の力も見せれたし、よかったよかった」

「よかったよかった……じゃ、ねえーーーよッ!
 モンスターを投げる奴があるかーーっ!!」

どこの世界にモンスターぶん投げてフィールドぶっ壊すブレイブが居るよ?いたわ!ここにいたわ!
確かにお前の言った通り意外性はあったよ。ああ、予想だにしなかった。
でもこれ、レア度とかぴくちり関係ねーかんな!?ヒャクパー筋肉依存じゃねえか!

非の打ち所のないゴリゴリのゴリ押しだ。
こんな脳筋戦法誰が予想できるよ?モンスターで闘うってそういう意味じゃねーから!

真ちゃんも真っ青の肉弾アタックに俺はドン引きしていた。
言うまでもなくモンスターはブレイブにとって剣であり、何より盾だ。

多くの攻撃に対しブレイブは無力で、モンスターに庇わせなきゃ一撃で消し飛びかねない。
リバティウムで俺がやった遠距離からの立ち回りならともかく、範囲攻撃が迫る中モンスターを自ら手放すその胆力。

いやなんつーか言葉選ばずに言うけど、頭おかしいよこいつ……何なの……こわい……。
脳みその恐怖を感じるリミッターが外れてるとしか言いようがねえ。

一方で、悪寒はやはり正解だったと思う。
ジョン・アデル。こいつはコカトリスのステータスの低さを、スペルと自分自身の行動で補った。
ゲーム上じゃ間違っても再現できない、『ブレイブ流の戦い方』。
仕様を現実で上書きする、俺たち独自の戦法を、こいつもまた体得している。

>「部長砲弾を食らいたくなかったら降参をオススメするけど・・・」

「ば、ばっかおめぇ、またアレやる気かよ!?しまいにゃ王様に怒られんぞマジで!
 ここ王宮ってこと思い出そうね!なぁバロール!こういうの良くないよね!?」

泡を食ってバロールに水を向けるが、イケメンはなにか諦めたような面持ちで視線を逸らした。
つかえねー王宮魔術師様だなオイ!お前の職場穴ぼこだらけになりますよ!?

「へっ、何が部長砲弾だ。確かにびっくりしたけど二度目はやらせねえよ。
 ワンちゃん投げてる間てめーは生身で、無防備だ。その隙を俺が逃すと思うなよ」

じきに五月雨撃ちの第二波が来る。
威力を稼ぐために高く高く打ち上げた分、ダメージも攻撃範囲も第一波の比じゃない。
カザハ君が先行して迎撃に向かってはいるが、生半可な防御スペルじゃ空を覆う矢の全ては防げない。
部長砲弾を投げるより先に撃ち漏らしが直撃して、それで奴はゲームセットだ。

>「うーんそうかい・・・結構痛いと思うけどこのエリアならまあ・・・死にはしないと思うから思いっきりやるよ」

「試してみるか?てめえの次弾装填と五月雨撃ちの着弾、どっちが早いか――」

>「『高回復(ハイヒーリング)』……プレイ!」

その時、視界の外から声が飛んだ。
声はスペル効果を伴っていて、ジョンの負った傷が回復していく。
それが誰によるものだったのか、俺には見ずとも分かった。


ずっと、待ってた。


モンデンキント――なゆたちゃん。
戦闘開始からずっと膝を折り、顔を覆っていた彼女の手に、スマホがある。
今度こそ、俺は全身の毛穴が開くのを感じた。
ぶるりと身体が震えるのは、畏れか、あるいは……武者震いか。

218うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/07/16(火) 01:46:05
>「カザハ、ジョン、エンバース! わたしの言葉を聞いて……お願い!
 五月雨撃ちは敢えて喰らう――全員! 防御態勢!」

「「……マジで!?」」

なゆたちゃんの号令に、俺とカザハ君の声がハモる。敵味方共にそれだけの衝撃があった。
五月雨撃ちに対して防御スペルを使わず、スキルで相殺するでもなく、素受けする――
合理性はある。温存したATBで手痛い反撃を食らわす、肉を切らせて骨を断つ発想も理解は出来る。

だが、対戦フィールド内であっても矢は矢だ。苦痛からは逃れ得ない。
高性能な鎧やモンスターの肉体であっても、痛みは本能的に忌避すべき損害だ。
なゆたちゃんはそれを受け入れる選択をして……そして、カザハ君もジョンもエンバースさえ、付和雷同に頷いた。

>「……ぐ……!!」

高空で威力を蓄積した五月雨撃ちが着弾する。
土砂降りのように耳を打つ轟音に、少女の苦悶の声が混じる。
石畳を蜂の巣に変える矢の豪雨、その全てが地面に叩きつけられるまで、時間にして数秒。
当事者にとっては悠久にも等しい拷問を、なゆたちゃん達は一切のATBを消費することなく――耐えきった。
全ての矢を無防備に被弾して、それでも彼女はもう、膝を屈することはなかった。

「……冗談じゃねえ。クレイジー過ぎる。前々から思ってたけど、やっぱブっとんでるぜ、お前」

強い、強い意思の籠もった眼差しが俺を射抜く。
この眼だ。ガンダラで始めて無茶振りされた時にも感じた、畏怖に近い感情。
痛みを受け入れ、それでも目的を完遂せんとする、眩いばかりの意思の光。

だけど……これがモンデンキントだ。これがなゆたちゃんだ。

俺がこの世界で、もう一度の対峙を狂おしいほどに望んだ好敵手は、ここに居る!

モンデンキントは今、再び!俺の眼の前に立ちはだかった!!

>「……ふたりの気持ちは、わかりました。特に明神さん……あなたが“彼”だったなんて。
 奇跡みたいなものですよね……バロールさんはこの世界にたくさんの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を召喚した。
 なのに……大勢の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の中で、あなたとわたしがパーティーを組んじゃうなんて」

「そうだな。この世に神が居るのなら、こればっかりはシャッポを脱ぐしかねぇ。
 元の世界に戻れなくたって良い。でも、最後にお前とだけは、決着をつけたかった」

>「わたしのこと、さぞかし嫌いだったでしょう。いつも、あなたの書き込みに意見して。反発して。
 正義を振りかざして……。実際わたしも、あなたのことが好きじゃなかったと思う。
 どうしてブレモンが嫌いなのに、ここにいるんだろうって。楽しい空気に水を差すんだろうって。
 何が、この人をこんなにもブレモンを憎むようにしてしまったんだろう? って――ずっと思ってた」

「……理由なんか、多分ねえよ。お前とレスバトルしてるうちに、そんなもん忘れちまった」

本当は、モンデンキントにこっぴどくやられたからだと言いたかった。
逆恨みに過ぎなくても、うんちぶりぶり大明神のルーツはそこに間違いない。
だけどきっと、それは単なるきっかけでしかなくて……今の俺には、どうだって良い。

219うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/07/16(火) 01:47:01
>「レスバトルをするあなたの知識は本物だった。ルールも、そのルールをつく抜け穴も、何もかも知ってた。
 わたしが知らなかったことだっていっぱいあった。あなたとのレスバトルの最中に気付かされたことも。
 だから――わたしにとって、あのレスバトルは無駄なものじゃなかった。
 罵られるのはいやだったし、腹も立ったけれど……それ以上に得るものがあったんだ」

俺も同じ気持ちだった、とは言えない。それはモンデンキントに対する侮辱だ。
有象無象の荒らしに過ぎなかった俺は、モンデンキントとの戦いで明神の名に意味を得た。
そしてそれだけじゃない。俺が奴からもらったものは、断じてそれだけじゃない。

モンデンキントを論破する為に、パッチノートを何度も精読して仕様を頭に叩き込んだ。
プレイヤーのトレンドがどんな戦術で、それをどうすれば打破できるか研究もした。

そうして分かったのは、俺がまだ、このクソゲーを嫌いになりきれてないという事実。
モンデンキントとの論戦の中で、何度も気付かされては、否定してきた気持ちだ。

>「……わたしもね。ずっと戦いたいと思ってたんだ。あなたよりずっと。ずっとずっとずっと!!
 わたしよりたくさんの知識を持ち! わたしより多くの発想力に恵まれて! そして、そのすべてを悪事に利用するあなたと!
 それが、今まで旅してきた……あの強くて頼れる明神さんならなおさら!
 あなたを懲らしめるため? ううん――違う。『わたしより』!『強いあなたに』!!『勝つために』!!!」

「……そうか」

そうだ。
ただモンデンキントに一泡吹かせるだけなら、何も相手の土俵に上がる必要なんかなかった。
取り巻きのチルドレン共を闇討ちでもすりゃこいつは心痛めるだろう。
フォーラムに限らなくなって、こいつをアク禁したアンチサイトでも運営して批判活動を続けりゃ良かった。

それをしなかったのは、フォーラムでの活動に執着したのは――俺が、お前と戦いたかったからだ。
形は違えども、ブレモンというフィールドで、お前に真っ向から勝利したかったからだ。
ブレモンを――捨てたくなかったからだ!

誰よりもブレモンを愛するモンデンキントに、俺はその愛で、負けたくない。
強いモンスターを持ってなくても。誰からも愛される人望がなくても。自分を鍛え上げる努力が出来なくても。


――ずっと俺を受け止め続けてきてくれたお前から、俺は逃げたくない。


>「誰が持たざる者ですって? バカなこと言わないでください。あなたは持ってる、たくさん持ってる!
 そんなあなたが、何もかもをかなぐり捨ててわたしを倒すって言うのなら――
 わたしもそれに応える! ここからは……『何でもあり(バーリトゥード)』よ、明神さん!」

「………………っ!」

言葉が詰まった。我ながらあまりにチョロい。チョロすぎる。
この一言で、認められたって思っちまうなんてよ。
腹の奥底から湧き上がる快さをどうにか押し留めて、俺もまたなゆたちゃんに視線を合わせた。

「ははは!確かにな!お前がそう言ってくれるんなら、きっと俺はたくさん持ってるんだろうぜ!
 ――だが足りねぇなぁ!全然これっぽっちも足りてねぇ!こんなもんじゃ満足できるかっ!」

貪欲さが俺の原動力だ。
眼の前にこんな美味そうな獲物がちらついてるってのに、眠ってなんかいられるかよ。
幾度となく書き込みボタンを押してきたその指を、眼の前のなゆたちゃんに向ける。

「俺に足りないもの全部!お前が持ってるもの全部!今ここで、お前に勝って手に入れる!!」

ようやく。モンデンキントとの最後の決戦が始まる。
うんちぶりぶり大明神の二年間は、今日この時のためにあった。
心の底からそう思った。

220うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/07/16(火) 01:48:32
>「おめでとさん、漸く明神さんがぶつけるに足るなゆちゃんが帰ってきたねえ」

「ああ!気ぃ引き締めてかかれよ石油王。ミドやんなんざ足元に及ばねえ超強敵だぜ」

藁人形から聞こえる石油王の声もどことなく喜色ばむ。
俺とはまた別の思惑で動いていたこいつも、望みの行き着くところは俺と同じ。
全力のモンデンキントを呼び覚ます。俺たちの宿願は、これでついに叶った。

石油王は藁人形越しに傍聴したチームモンデンの作戦内容を手短に伝えて来る。
もちろんこいつもズルだ。でも謝らねえ。俺たちの全身全霊を懸けると、そう言った。
だから、なゆたちゃんがローウェルの指輪や人魚の泪を使うのも、異議を唱えるつもりはなかった。
それがあいつの全身全霊なら、俺も受け止めようと、覚悟していた。

>「それ、持っててください。この戦いには不要のものだから」

だがなゆたちゃんは、2つのチートアイテムを俺たちに見せた上で、第三者のバロールに預けた。
チートに頼らない意思表示をこの場でする理由はただひとつ。

>「そんなの使って勝ったって、それはなんの強さの証明にもならない。
 こんなチートアイテムを持ってるなら勝って当然だって。負ける方がおかしいって。
 ――自分たちは負けてないって。そう思わせるだけだから。

なゆたちゃんは、正々堂々真っ向から、言い訳のしようもないくらい俺たちを叩き潰すつもりでいる。
――いてくれる。
これだ。この高潔さと、それを裏付ける絶大な自信。紛れもなくモンデンキントのものだ。

「上等だこの野郎!チートアイテム持っとかなかったこと、後悔させてやるぜ!!」

>「それにしても流石はモンデキント先生やわぁ
 これだけ畳みかけられたらイシュタルも持たへんやろうけど、それもタンクの仕事の内やしね 気にせんと自由に動いたてぇな」

石油王からリークされた相手PTの作戦は、イシュタルへの集中攻撃による早期撃破。
なゆたちゃんは石油王の技量をよく理解してる。半端な攻撃で反撃火力を献上するのは愚策と判断したんだろう。
事実上の死刑宣告を受けて、それでも石油王は動揺しない。タンクの役割を誰よりも理解しているからだ。
石油王が集中攻撃されるということは、その間俺が完全フリーになることを意味している。

>それで、五穀豊穣が落ちた後は、うちから明神さんに上げられるのは3秒やね
 必要になったら合図したてえな。あらゆるものを排する3秒をサービスさせてもらうよってな」

「んん?落ちた後に一仕事ってどういう――」

スマホが振動。対戦画面に見慣れぬ名前のパーティ加入の通知があった。
『天威無法』。五穀豊穣のすぐ下に表示された名前の意味は、すぐに理解できた。
エンバースのお色直しのときに石油王が俺に見せた二台目のスマホ。
サブアカウント――そういうことか。

どこまでも抜け目ない石油王の立ち回りに若干ぶるっちょだが、心強いことにゃ変わりねえ。
三秒。それだけありゃスペルも手繰れるし、アイテムだって使える。
石油王の本垢が落ちた後のボーナスタイムを、どう使うか。

それがこの戦いの鍵を握る。

>「――――――デュエル!!」

作戦の要諦を伝え終わったチームモンデンが進攻を開始する。
カカシの反撃スペル、通称イシュタル砲を封じつつ、バフ盛ったエンバースで属性有利の畳み掛け。
現状の手札なら間違いなく最適解だ。俺だってそうする。アタッカー絞ってバフ積んだほうがDPS出るからな。

だが単体攻撃故に、石油王の庇護下に居る俺に攻撃は届かない。
マジックチートでATBゲージを二本持つ俺をフリーにしたその判断、凶と出るぜ……!

221うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/07/16(火) 01:49:02
>「エンバースさん、受け取れぇええええ! 『自由の翼(フライト)』!」

カザハ君がエンバースに飛翔スペルを行使し、エンバースは重力倍加の拘束から脱する。
もともとカサカサに乾いた焼死体にDEX低下の効力は低かったが、これで奴の機動力は格段に上がった。
空飛ぶ焼死体とか風邪引いたときの悪夢みたいな光景だ。やだよただでさえ夜中トイレ近いのに。

>「信じる?いいや、その必要はない――ただ、見てろ」

バフを受けたエンバースは、槍を構えてスイーっと移動する。
その穂先が捉えるのは――

>「どいてくれ」

俺の革鎧、ヤマシタだった。

「ちょっ!お前!何なゆたちゃんの指示ガン無視してんだ!カカシ狙えって言われただろーが!!」

とはいえエンバースの立ち回りにも合理性はある。
能動的な攻撃手段に乏しいイシュタルよりも目下フリーなヤマシタを先に片付けるべきっつーのは分かる。
分かるけどさぁ……そういうのよくないと思うよ俺!

逆袈裟に振るわれた槍が、朱色の軌跡を描いてヤマシタに直撃する。
だが甘え。ヤマシタには藁人形が2つついてる。即死級でも二撃は耐えられる。
属性不利があるからまず勝てはしないだろうが、動きを止めてイシュタル砲をぶっぱしてやるぜ――

>「ナイスアシストだ、明神さん。あんたのお陰でやりやすかった」

「……あ?」

交差するエンバースの槍とヤマシタの剣。
十分抑え込めるはずの一撃によって、ヤマシタは大きくふっとばされた。
こいつは……重量差か?あの野郎、テトラグラビトンの倍加荷重を逆手に取りやがった。

カザハ君のスペルは確かにエンバースを荷重から解き放ったが、あくまで『飛翔能力付与』であって『軽量化』じゃない。
エンバースは飛翔の機動力の恩恵を受けつつ、インパクトの瞬間だけ地に足着けて飛翔を停止し、荷重を受けていた。
どういう戦闘センスだよ。モンスターじゃなく自分にかけられたスペルをここまで巧みに操縦する理解と機転。
やっぱこいつ、ただの元ブレイブじゃねえな。俺達より遥かに、『ブレイブの戦い方』を知ってる。

>「さて……次は、あんただ。みのりさん……だけどその前に、一つ確認させてくれ」
>「――恨みっこなし、で良いんだよな?」

ヤマシタを放り飛ばしたエンバースは、今度こそ石油王と対峙した。
その手に握る朱色の槍、命を貫く穂先が、カカシと石油王に向けられる。

>「うふ、もちろ……ん」
>「恨みっこなしはお互いさまやえ」

突貫する焼死体。迎え撃つ石油王。
刺突。突き立った槍は抜けず、そこはカカシの間合いだ。

出るぞ……二種のDotをたらふく溜め込み、トドメに槍の刺突まで食らった反撃ダメージ。
ベルゼブブだって一撃で瀕死に至らしめた石油王の奥義、イシュタル砲が――

「飛んだ……!?」

石油王がスペルをタップするより早く、突き刺したカカシごとエンバースは飛翔する。
濃霧を突き抜け天井付近まで到達し、そこにはジョンのスペルが待ち受けていた。

222うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/07/16(火) 01:51:01
――『雄鶏乃啓示(コトカリス・ヴィクトリア)』。
極小の太陽を出現させ、光を浴びた味方に強化効果、敵に沈黙効果を与えるスペル。
まずい……!イシュタル砲はスペル。沈黙によって阻害される!

ここで俺もなゆたちゃんの作戦の本質に気づく。
可能性を完全に見逃してた。エンバースの強化が目的ではなかった。
全ては、イシュタル砲を封じカカシを確実に落とすための布石……!

>「この対戦フィールドがなければ、このまま何処か遠くへ投げ飛ばしてもいいんだけどな。
 残念ながらそれは出来ない……だから、すまない。少し苦しい思いをしてもらわないと」

「石油王――!」

スペルを封じられた石油王は為す術なく、エンバースによってクレーター直下へ叩き落とされる。
土石流を飲み込み泥土と化した地面に磔にされ、ゆっくりと沈むのを待つばかり。
その上にエンバースが立ち、倍加した体重で石油王を押さえつける。

>「……立てるか、みのりさん。もし、まだ立って戦えるなら……今すぐ降参してくれ。
 でないと俺はあんたに……今度はもっと、苦しい思いをさせなきゃならなくなる」

あいつマジかよ。本気で石油王を殺すつもりかよ。
本来なら地面に叩きつけられたダメージは、対戦フィールドの恩恵によって致命傷とならない。
だが窒息はどうだ?攻撃によらない被害まで、フィールドは軽減してくれるのか?
藁人形が致命傷を肩代わりしてくれるにせよ、泥沼に沈んだままならまた窒息するだけじゃないのか?
検証なんて出来るはずもなく、ただただ危機感と焦燥だけが募っていく。

どうする、俺のスペルで救出するか?
ここでATBを消費すればコンボは成立しない。こちらの手札が揃わないままエンバースに蹂躙される。
現段階の俺の仕事は、余計な行動をせずじっとATBゲージを溜め続けること。

だが……石油王が命の危機に陥っているのなら、コンボがどうとか言ってる場合じゃない。
戦術も何も全部投げ捨ててエンバースを排除し、石油王を助けなきゃならない。

>「うちは農家の娘やし、泥にまみれるのは慣れているけどな
 エンバースさん優しいなぁ、そんな優しくされると……うちも胸開いてみたくなってまうわ〜」

だが、石油王の声に動揺はなかった。
エンバースの身体が雄鶏乃啓示の光を遮り、影を落とす。
それはつまり、石油王のスペルが行使可能となったことを意味していた。

石油王の持つ藁人形の親玉が弾け、イシュタルサブキャノンが発動。衝撃波がエンバースの体幹を崩す。
生じた隙を見逃さず、イシュタルから『愛染赤糸(イクタマヨリヒメ)』――拘束スペルの糸が伸びる。
エンバースをイシュタルの元へ釘付けにし、そして石油王は沈みゆくカカシからベイルアウトした。

>「金蝉脱殻の術〜ってやつやよ〜
 直接抱きしめてあげたい所やけど、恨みっこなしってゆう事で 
 今はイシュタルで我慢したってえや」

げに恐るべきは石油王のしたたかさ。
モンスターを身にまとう戦術の「自分もまとめて狙われる」という最大の弱点を逆手に取り、
自分すら囮にしてエンバースを術中に落とし込んだ。
緊急脱出の手段を備えていたとはいえ、見てるこっちが心臓に悪い。

「ヒヤヒヤさせてくれるぜ、相棒」

223うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/07/16(火) 01:52:56
これが石油王という女であり、タンクという役割だ。
あらゆる手段を講じてタゲを取り、動きを封じ、味方の行動機会を稼ぐ。
その第一義を実現するために、自分の存在さえも布石にする。

そして石油王は……明確に、自分の命をベットした。
これがパーティ内の単なる内ゲバなら、石油王が命を懸けることなんかなかっただろう。
なゆたちゃんが、俺が。こいつから本気を引き出した。

五穀豊穣の犠打で稼ぎ出した賭けの配当は俺のATBゲージ。
俺はこいつで、石油王の本気に応える。

「もらったATBで悪いがもいっちょ封印させてもらうぜ。
 こいつは……危険すぎる」

スマホを手繰り、ユニット『焼き上げた城塞(テンパード・ランパード)』をプレイ。
石油御殿で借りた三枚のカードの一つであり、物理無効バフのかかったトーチカを作り出すユニットだ。

そしてその圧倒的な防御性能は、外からだけでなく『内側』からの攻撃に対しても発揮される。
イシュタルとエンバースがもつれ合うクレーターに覆いかぶさるようにドーム状のトーチカが出現。
二体のモンスターを完全にその下に隠す。

これで奴は穴でも掘らない限り出てこれないだろう。
エンバースの行動には、石油王に対する実体を伴った殺意があった。
例えそれが無力化の最適解だとしても……ガチで殺しに来るような奴を野放しにしておけない。

そもそもこいつ戦闘が始まってからなんか言動おかしかったしな。
ちっと頭を冷やしてもらおう。全部終わったら出してやるよ。

「これでお前らのメインアタッカーは封じた!こっから先は俺たちが追い詰めるターンだぜ!」

そして……石油王の稼ぎ出した時間で、2つのスマホにはコンボを成立させるに十分なATBゲージが溜まってる。
エンバースのバフにATBを費やしたことで、チームモンデンが再行動可能になるまでまだ猶予が残ってる。
ここからがぶりぶり★フェスティバルコンボの本領発揮だ。

「『武具創成(クラフトワークス)』、プレイ!」

複数の装備品を作り出すユニットカード。
無数の革鎧が出現し、空中を所体なさげに浮遊する。

「『工業油脂(クラフターズワックス)』、プレイ!」

粘着し、硬化する油脂が出現。無数の革鎧をつなぎ合わせ、一つの形をつくってゆく。
巨大な人型。体長5メートル程度の、革で出来た巨人。
その中心に、ちょうど人ひとりが入れそうな空隙がある。
ヤマシタが跳躍し、中心に収まった。

「モンスターの合体による、レイド級の創造……ぽよぽよ☆カーニバルコンボは確かにエポックメイキングだった。
 だが忘れるなよモンデンキント!お前の戦術フォロワーは、お前のシンパ共だけじゃねえ!
 俺たちミッドコアもまた、お前のコンボを研究し、その力を我がものにしようとしてきたんだ!
 刮目して見とけよ!こいつが俺の真骨頂……ぶりぶり★フェスティバルコンボだ!!」

――ぶりぶり★フェスティバルコンボは、まぁぶっちゃけちゃうとGODスライム召喚コンボのパクリだ。
リビングレザーアーマーの本体は革鎧ではなく、それに憑依した怨念。
なら、巨大な革鎧を作ってそこに怨念を憑依させれば、巨大なリビングレザーアーマーが出来るはず。

思い付いて試してみたけど、上手くはいかなかった。
どれだけ綿密に革鎧をつなぎ合わせても、まともに手足を動かせず倒壊してしまう。
怨念のパワーが足りなくて、巨大な四肢の隅々まで力を行き渡らせることができないのだ。

224うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/07/16(火) 01:54:19
ゴッドポヨリンさんが巨体を自在に操れるのは何故か。
これは仮説でしかないが、おそらくコアになってるポヨリンさんの強さが関係してるんだろう。
極限まで鍛え込んだポヨリンさんが中心に収まるからこそ、その意思を不足なく巨体に伝えられる。
ポヨリンさんの統率力で、身体を構築する400体のスライムを一糸乱れず従わせられるのだ。

クソ雑魚モンスター・ヤマシタの怨念じゃ、巨大革鎧を制御できない。
だったら、より強い怨念を宿せば良い。

「インベントリ起動」

スマホから湧き出た光の粒が輪郭をつくり、実体を生み出す。
俺の背丈ほどもある、大剣。よく手入れされ、使い込まれた傭兵の仕事道具。
――リバティウムの事件における唯一の死者、バフォメットに殺された男、バルゴス。
奴の遺した忘れ形見だ。

「さあ起きろ!お前の恨みは、未練は!簡単に晴れるもんじゃねえだろう!
 契約はまだ続いてる!追加の報酬も用意した!もう一度俺に手を貸せ――バルゴス!!」

ヤマシタを搭載した巨大革鎧が、関節をギチギチ言わせながら宙を舞う大剣を手にする。
剣からどす黒い靄が生まれ、それは腕を伝って革鎧の中心に宿った。

――スラムでもらったバルゴスの形見は、やっぱり祟られていた。
バフォメットに殺される時相当悔しい思いをしたんだろう。怨念がべったりこびり付いていた。
ブレモンにおけるアンデッド系の上位種、さまよえる古兵の魂『マーセナルスピリッツ』。
バルゴスの怨念は、モンスターへの変化を遂げる最中だった。

俺はリバティウムを出るまでの間、復興作業も手伝わないでずっとこいつと対話を続けていた。
ブレモンには、死者の怨念と対話するアンデット特攻アイテムなんてのもあるからな。
つっても文明人で無神論者の俺に死者の未練を解き放つような技術はない。
何よりこいつの怨念は、死地に放り込んだ俺にも向けられたものだったのだ。

だから、交渉した。報酬を上乗せして、怨念のままこいつを再雇用した。
サモンで無理くり従わせることもできたが……人の尊厳は、死んでも尊重されるべきだろう。
死人にいくら金積んだって意味はない。酒もメシも価値はない。

バルゴスが提示した報酬は、奴の故郷であるリバティウム路地裏の安寧。
そして、嫌われ者のこいつが、世界を救った英雄として名を残すこと。

前者はしめじちゃんが、後者は俺が履行する。
俺たちの利害は一致した。

「いくぜ怨身合体――超機動重装怨霊!『リビングレザー・ヘビーアーマー』!!!」

ズン……と轟音と共に降り立った革鎧の重装騎士。
準レイド級にカテゴライズされるアンデット系最上位種、『アーマードリッチ』の革鎧版だ。
5メートルの巨体に巨大な剣を握り、指先に至るまで怨念の力が満ちている。

コアとなったバルゴスはもともと重装甲の大剣使いだ。スケールはともかく、身体の動かし方は生前と変わりあるまい。
そして奴はライフエイクが雇った手練の傭兵だ。ヤマシタよりも遥かに攻撃的なスキルを習得している。

「さあバルゴス!奴らを蹂躙しろ!暴力を振るうとスカっとするぞ!……バルゴス?」

バルゴスは振り向きざまに大剣を振るった。
風を巻いて迫る鉄塊は正確に俺の首筋へと直撃し――フレンドリーファイア無効によって弾かれた。

「……キレんなよ。俺はお前の雇用主だぜ、ビジネスライクに行こうや」

225うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/07/16(火) 01:55:25
バルゴスとは、完全に和解できたとは言い難い。
とりあえず契約で縛って俺への祟りはやめさせたが、それで恨みつらみが消えたわけじゃないのだ。
付き合いの長いヤマシタと違って、好き勝手動くバルゴスをマニュアル操縦しなきゃならない。

マジックチートによるダブルATBがコンボに必須なのはこれが理由だ。
片方のATBでスペルやスキルを使いつつ、もう片方でバルゴスに命令を送る。
雑魚モンスターから準レイド級を錬成するだけあって、常時ATB二本消費のコストは極めて重い。
ズルでもしなきゃまともに運用できやしないけど、モンデンキントに比肩しうる手札はこれだけだ。

「手札は整った。こっからは早指しでいくぜモンデンキント。付いてこいよ、俺のスピードに!」

スマホを手繰り、巨大革鎧と化したバルゴスが踏み出す。
大剣を担いだ突進は、見かけによらない革鎧の軽量さで、想像よりもずっと早い。

「出し惜しみなしだ。俺は俺の全てでお前に挑む。
 腹の中身、全部見せるから――ちゃんと受け止めてくれよ、なゆたちゃん」

ゴッドポヨリンさんが完成する前に勝負を決められればベストだが、そう甘くはいくまい。
なぜならなゆたちゃんは、この戦いが始まってからずっと、ATBを温存している。
消費したのはジョンに対する回復スペルの一回きり。それ以外は全部オーバーチャージだ。

相手のATB残量を類推するのは対人戦において非常に重要なテクニックと言える。
どれだけの行動回数が残されてて、次に行動可能になるのはいつか。
アクティブタイムバトルという性質上、相手の先の先、後の先をとるのに必須の情報だ。

当然、俺もバトルにおいては誰がどの程度ATBを残しているか秒数を基準に覚えてる。
だが……実際のところ、なゆたちゃんのATB蓄積を完全に読み切ることはできなかった。

――カザハ君の使った『俊足(ヘイスト)』。
対象の機動力とATB蓄積量を25%向上させるスペルだ。
これによりなゆたちゃんのATB残量は通常よりも多くなっているはずだ。
25%アップを考慮して再計算……も出来なくはないが、不確定要素がもうひとつ。

カザハ君は、『精霊樹の木槍』を装備している。
魔法の効果を20%高める装備品だ。これは攻撃スペルだけでなく、支援スペルにも適用される。
じゃあ25%の2割増しでだいたい30%のATB加速か?うーんでも"だいたい"を前提に動くのは怖い。

それにカザハ君が木槍を握らずにスペル撃った可能性もあるんだよな。
装備効果は当然装備しなきゃ発揮されない。
本格的なぶつかり合いのないあの時点では、重たい槍をユニサスに載せたままでもおかしくない。
濃霧の影響で、カザハ君がスペル使った瞬間は視認出来てないのだ。

クソ……まさかこんなところでわけのわからんデバフ(?)を受けるとは……
カザハ君恐るべし。あいつ絶対ここまで読み切ってたわけじゃねえだろうけど。

俺はカザハ君が闘う動機の薄さを指摘したが、ノリで動く奴が恐ろしいのはこういう時だ。
深く考えないってのはまぁ美徳とは言えないけど、『判断が早い』と言い換えることもできる。
とにかくこいつは決断が素早い。俺たちが陥りがちな思考による硬直がない。
その場その場のノリと勢いで必要な判断を下せるのは、一種の強みと言えるだろう。

そして往々にして、その決断は俺の理解の斜め上を行く。
――真っ先に排除すべきはこいつだ。

試掘洞での戦いを見る限り、ぽよぽよ☆カーニバルコンボの成立に必要な手数は7ターン。
ゲージ7本もオーバーチャージしてるとは考えにくい。
それよりも、カザハ君に追加でヘイスト使われるほうが厄介だ。
先にこいつを片付ける。

「お前の言う通り、ノリも勢いも悪くねえよカザハ君。
 だがノリだけで世界は救えねえんだ。つらいことも苦しいことも、ノリじゃ片付けられねえ」

226うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/07/16(火) 01:56:12
ノリだけで集まった集団は、瓦解するのも早い。
笑って済ませられない危機に直面したとき、『冷めて』しまうからだ。
みんなでワイワイ攻略しよう!ってパーティがまともにレイドクリアできたのなんか見たことねえしな。
フットワークが軽い奴は逃げ足も早い。これ豆な。

「確たる信念のねえ奴に!その場限りの結束に!世界が救えてたまるかっ!!
 ――『工業油脂(クラフターズワックス)』、プレイ!」

シルヴェストルとユニサスの最も厄介な点はその自在に宙を舞う機動力。
空から落ちてきた大量の油脂がカザハ君と馬に降りかかり、次第に硬化し、翼の動きを阻害していく。

「俺はモンデンキントをぶっ倒す。あいつに勝って、俺の矜持を取り戻す!!
 俺って実はすげー奴だったんだって!他ならぬ俺自信に、認めさせる!!」

それでようやく、俺はこの世界を、ブレモンを、好きだって言える。
救いたいって思える。

「この一戦で終わりになんかしたくない。
 何度だって、世界救ってでも俺は戦いたい。――なゆたちゃんと、ブレモンがしたい」

機動力を奪ったカザハ君の横合いから、バルゴスの大剣が薙いだ。
これでカザハ君を落とせば、残るはなゆたちゃんとジョン。
残りのATB全ツッパすればゴッドポヨリンさんがお出ましになる前に勝負を決められる。

ただし、不安要素はもうふたつ。
想定外の動きをしやがるのはカザハ君だけじゃなく、ジョンにも言えること。
そしてゴッドポヨリンさんを封じたからといって、モンデンキントが無力に成り下がるわけじゃないってことだ。

世界最強のプレイヤー、ミハエル・シュヴァルツァーの堕天使を。
あの女は、コンボパーツすっからかんの状態から打ち破ったのだから。


【穴の中のエンバースを物理無効バフ付きの城塞ユニットで蓋して封印。
 ぶりぶり★フェスティバルコンボ始動。準レイド級リビングレザー・ヘビーアーマーを召喚。
 カザハ君をワックスべったりで拘束し、大剣で薙ぎ払う】

227ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/07/17(水) 02:48:09
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「母さん、今日稽古を休みたいのですが・・・」

物心ついた時から稽古とは名ばかりの、大人でも苦しい様な訓練のような日課を毎日のようにしていた。
学校から帰ってきたら稽古ばかりしていた、体を鍛える為に。
端からみたら虐待のような思えるメニューだったが、小さい頃から体格に恵まれていた僕は苦痛には感じなかった。
ただ一点の理由を除いて。

「なぜですか?」

父より母のほうが僕を稽古させる事に熱心だった。

【強靭な肉体には健全な心が宿る】

という教えを僕に熱心に僕に説いていた。

「友達と・・・その遊ぶ約束してしまって・・・ええと・・・それで」

「はっきりと言いなさい」

この頃の僕は内気で、あんまり正々堂々と物事を言えるようなタイプではなかった。
幼稚園の頃は性格と外人の見た目という理由でずっと輪になじめずに過した。
たまたま見た目がよかったらからか、外人が珍しかったのか、小学校では友達か何人かできた。

僕は始めてできた友達に遊びに誘われ舞い上がって即okしてしまったのだ。
今考えればこれが初めて両親にお願いした事かもしれない。
僕は僕なりに精一杯がんばって友達と遊びたいんだ、ということを母に伝えた。
稽古が決まっているのにそこに用事を重ねるとはどうゆうことだ、と怒られる覚悟はしていた、だが。

「ジョン」

そう僕の名前を呼ぶと母は頭を撫でててくれた。
怒られると思って身構えていたのに予想より違う反応に動揺してしまう。

「遊びにいってきなさい、でも次はちゃんと稽古ではない日にするのですよ」

絶対怒られると思っていたのに、母は僕の頭を撫でながら笑顔で行って来ていいと言う。

「たしかに稽古は大切です、人間一度、楽に流れればずっと流されてしまう、でも
 友達を作るのだってとっても大切です、多くの友人がいればそれだけ人間の心も豊かになる」

小さい頃の僕にはよくわからなかった、そんな僕の頭を撫でながら母はニコっと笑う。

「ジョン、人間は一人ではダメになってしまいます、友達をいっぱい作りなさい、そしてそこからあなたが心から親友と言える相手ができたら・・・」

大切にしなさい

そう言った母の顔は少し儚げな笑顔がとても美しく、僕の記憶、心に残った。

228ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/07/17(水) 02:48:30

中学に上る頃には友達も増え、そのおかげか性格もドンドン陽気になった。
もはや内気な性格だったジョンを信じる者がいないくらいに。

しかしジョンには未だにわからない事があった。

「親友の作り方?そんなの人に、自分の父親に聞くことじゃねーだろうが!」

ガハハと笑うのは僕の父親、まさにUSAといった感じの体つきに豪気な振る舞い。
僕はそんな父に親友の作り方を聞いていたのだった。

「あれだな・・・あえて言うならその時になったらわかることさ」

じゃ僕にはまだ親友がいないの?そう聞くと父は頷いた。
わしゃわしゃと僕の頭を両手で掻き回しながら父は言う。

「親友ってのはな、頭で考えてる内はちげーんだわ、なんていうーかうまくいえねーけどよ・・・
 その時になりゃ心で理解できると思うぜ」

「心で理解できる?」

「お子様の内はわからねーだろうな!大人になる頃には分るんじゃねーか?まあ焦るなよジョン」

父は笑うのをやめ、屈んで僕の目をじっとみる。
真剣な眼差し、まるで僕の中にあるなにかを見ているような・・・。

「人に為に行動できるような人間になれ、だが自分を粗末に扱うな、自分を好きになれ、そうすれば心の底から信用できる奴が現れる・・・んで」




「もし大切な人ができたなら守ってあげるんだぞ、そうすればきっとお前の助けにもなってくれる」

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229ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/07/17(水) 02:48:48

>「『高回復(ハイヒーリング)』……プレイ!」

その時体が光に包まれ、その光と、言葉で目がさめる、さっきまでだるくて痛かった体が一瞬にして楽になる。
どうやら数秒ほど気を失っていたらしい、頬を手で叩き気合を入れなおす。

「ハッ!・・・ありがとうなゆ!体が相当楽になったよ!」

かなり昔の事を思い出していた。
よりにもよってこんな時に昔の事を思い出してしまうなんて。

>「カザハ、ジョン、エンバース! わたしの言葉を聞いて……お願い!
 五月雨撃ちは敢えて喰らう――全員! 防御態勢!」

ジョンはなぜこんな時にこんな事を思い出すんだろう?ということが頭が離れなかったが。
そうしてる間にも、覚醒したなゆがPT全員に指示を出す。
決意に満ちた目をするようになったなゆをみて、余計な考えはどこかに吹き飛んでしまった。

「わかった、なゆに従おう!部長!」

体を丸め部長を盾にするように部長を抱える。
矢は部長の鎧部分に命中していく、どうしても部長との体格との差で僕もダメージを受ける。

「いて!いててて!でも大丈夫、この程度なら問題ない!」

>「……ふたりの気持ちは、わかりました。特に明神さん……あなたが“彼”だったなんて。
 奇跡みたいなものですよね……バロールさんはこの世界にたくさんの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を召喚した。
 なのに……大勢の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の中で、あなたとわたしがパーティーを組んじゃうなんて」

なゆが明神に思いをぶつけていく。
しかし目覚めたなゆの目には迷いはなく。

>「三人とも、わたしに力を貸して!
 四人でやっつけよう――みのりさんを。明神さんを!
 みんな気を付けて、あのふたりは……下手なレイド級モンスターなんかより、よっぽど強い!!」

「もちろん!」

>「カザハ! エンバースに『自由の翼(フライト)』! ジョンさんは彼に『雄鶏乃啓示(コトカリス・ヴィクトリア)』用意!
 エンバース、あなたは――イシュタルに特攻! まずは各個撃破、みのりさんから行動不能にする!」

なゆは的確に指示を出していく。
さっきまでのお姫様状態は一体どこへやら。

>「総攻撃よ! エンバースを主軸にみのりさんを墜とす!
 カザハもジョンさんも力を貸して! この霧の中じゃ、長期戦はわたしたちの不利……!
 速攻で勝負をかける! 行くわよ――」

「ああ・・・いこう!」

>「――――――デュエル!!」

230ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/07/17(水) 02:49:06
>「エンバースさん、受け取れぇええええ! 『自由の翼(フライト)』!」
 「エンバース   受取れ!       『雄鶏乃啓示(コトカリス・ヴィクトリア)』!」

カザハにあわせるように部長の口から太陽が射出される。
この光を浴びれば味方ならステータスが単純に2倍、敵は沈黙。
コトカリスが前提という条件がなければブレモンでも最強クラスのカード。

「だがエンバース!注意しろ!このカードは太陽から照らされる光を浴びなければ効果が発動しない!
 霧の中じゃ効果が途切れる可能性がある!注意してくれ」

>「余計なお世話だ。俺は、君達を守る。だから君達は……自分の姉弟(きょうだい)を、守るべきだ」

エンバースはこちらに一瞬で振り向きそう告げる。
さっきまでのエンバースの違和感は消え彼もまた・・・前を向いた・・・ような気がした。

「エンバース!燃やした事はチャラにしてあげるからきっちり決めてくるんだ!
 間違っても二人を怪我させるような真似はするなよ!」

エンバースは明神のモンスターを軽がると跳ね除けみのりに到達する。
霧の中、尚且つヴィクトリアのバフがかかっているのか怪しい状況で生身でモンスターを跳ね除ける強さに驚く。

「つ・・・強い」

エンバースは相棒さえいないが単体ではモンスター含めこの場にいるだれよりも最強クラスなのかもしれない。
本来モンスターを操る側が最大の弱点であるが、エンバースにその心配は必要ない。

>「この対戦フィールドがなければ、このまま何処か遠くへ投げ飛ばしてもいいんだけどな。
  残念ながらそれは出来ない……だから、すまない。少し苦しい思いをしてもらわないと」

本当に大丈夫なんだろうか、決意の目をみてもなお。
唯一このフィールドでは殺せないという制約を持っていないエンバースに不安が募る。

>「――恨みっこなし、で良いんだよな?」

藁に刃を突き刺しそのままエンバースが急上昇する。

「飛んだ・・・!」

霧の範囲よりさらに上に跳躍することでみのりを太陽の元に引きずりだし、無効化。
そして自分は強化される、そしてそのまま僕やみのりのスペルでぬかるんだ地面に急降下する。

完璧だった。
やってのけたエンバースも無論凄まじい、がこれを一瞬で計画し命令したなゆの構築力。
マイナー中のマイナーであるコトカリスでさえも、コンボの一部にしてしまうその実力。
実を言えば疑っていた、この子がランカーであるという事を。
だがこうも見せ付けられては信じるしかないだろう。

231ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/07/17(水) 02:49:27
みのりは完全に脱落した、この場にいる全員が確信したであろう。
いくらモンスターを鎧のように纏っていたとしても、泥のようになった地面に押し付けられているのだ。
窒息するのも時間の問題だったからである。

>「うちは農家の娘やし、泥にまみれるのは慣れているけどな
エンバースさん優しいなぁ、そんな優しくされると……うちも胸開いてみたくなってまうわ〜」

何度も言うが確信していた、まだ余裕がありそうな声でみのりがそう発言するまでは・・・

「エンバース!まだなにか仕掛けてくるぞ!」

しかし警告は既に遅く、エンバースは赤い糸に絡め取られ地面に沈んでいく。

足が遅くなった部長を抱え、エンバースの元に走る。
霧なんてしったことか!

「エンバース・・・まってろ今引き上げてやる!」

エンバースに向って手を伸ばした瞬間、エンバースがなにかに包まれる。

>「もらったATBで悪いがもいっちょ封印させてもらうぜ。
  こいつは……危険すぎる」

【焼き上げた城塞】・・・!物理無効のトーチカを人に被せて封印するなんて・・・!

本来は自分や仲間を守るためのスキルを人に被せるという荒業、本当のゲームではありえない使い方。

「これを考えて即座に実行できるなんてブライトゴッド・・・君も本当にすごいな!」

足元にある大きめの石片を拾い思いっきり叩いてみる。
やはり単純に硬いだけではなく、やはりなにかの力によって無効化されているという感じがする。

>「これでお前らのメインアタッカーは封じた!こっから先は俺たちが追い詰めるターンだぜ!」

>「モンスターの合体による、レイド級の創造……ぽよぽよ☆カーニバルコンボは確かにエポックメイキングだった。
  だが忘れるなよモンデンキント!お前の戦術フォロワーは、お前のシンパ共だけじゃねえ!
  俺たちミッドコアもまた、お前のコンボを研究し、その力を我がものにしようとしてきたんだ!
  刮目して見とけよ!こいつが俺の真骨頂……ぶりぶり★フェスティバルコンボだ!!」

エンバースを封じられ、相手のコンボは確実に僕達に牙を剥こうしている。
みのりを倒して希望が見えたと思ったのも束の間、一転して絶望的な状況に逆戻り。

「なゆ・・・君のコンボは彼のコンボより先に出せるかい?」

どちらにもしても無理かもしれない。
元々参戦するのが遅かった上に僕を助ける為にATBを消費してしまっている。
僕達が時間を稼がなければ。

だが・・・どうやって?僕の手の内は見せてしまった、しかも回復されたとは言え。
部長は部長砲弾2回目なんてしたら終わった直後に戦闘不能になってしまうだろう、僕も正直もう一回あれをやるのはかなり無茶がある。
カザハはどうかわからないが、レイド級コンボに一人で時間稼ぎをするだけのパワーがあるようには見えない。

232ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/07/17(水) 02:49:51
目の前でなにかが蠢いている。
それは徐々に形をなし巨大な・・・魔物へと姿を変える。

「これが・・・ブライトゴッドの・・・奥の手」

コンボのネーミングセンスはほめられた物じゃないが、やばさだけは本物だ。

>「さあバルゴス!奴らを蹂躙しろ!暴力を振るうとスカっとするぞ!……バルゴス?」

バルゴスと名づけられたそれは、なぜか僕達ではなく明神を攻撃する。
明神はうろたえない、そうするのが分っていたといわんばかりに。

>「出し惜しみなしだ。俺は俺の全てでお前に挑む。
  腹の中身、全部見せるから――ちゃんと受け止めてくれよ、なゆたちゃん」

今あれを動かされたらこっちにはアレをどうこうできる手段が現状ない。
どうにかなゆだけでも逃がさなければ、なゆを守りきれば勝機がある、いや、なゆにしかない。

「カザハ!なゆを連れて飛んで逃げれるか?あの巨体だ、リーチは長いだろうが空に逃げれば追いかけてこれないはずだ」

なゆの為に時間稼ぐなら逃げるしかない!

「カザハ!僕の事はいい!早くしろ!君だけが頼りなんだぞ!」

>「お前の言う通り、ノリも勢いも悪くねえよカザハ君。
  だがノリだけで世界は救えねえんだ。つらいことも苦しいことも、ノリじゃ片付けられねえ」

当然明神が見逃すはずがなく。

>「確たる信念のねえ奴に!その場限りの結束に!世界が救えてたまるかっ!!
  ――『工業油脂(クラフターズワックス)』、プレイ!」

べっとりとなにかがカザハにまとわり付くと徐々に固まり
カザハをあっという間に拘束してしまった。

>「俺はモンデンキントをぶっ倒す。あいつに勝って、俺の矜持を取り戻す!!
  俺って実はすげー奴だったんだって!他ならぬ俺自信に、認めさせる!!」

カザハに向ってバルゴスと名づけられた巨大ななにかが剣を振りかざそうとする。

>「この一戦で終わりになんかしたくない。
  何度だって、世界救ってでも俺は戦いたい。――なゆたちゃんと、ブレモンがしたい」

ああ・・・本当に君は・・・
人に本気で向き合える、そんな心を持っているんだね。

233ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/07/17(水) 02:50:08
どれだけ多くの友達を作ろうとも。
両親にいくら聞こうとも。
彼女を作ろうと。
理解できなかった。

”人に為に行動できるような人間になれ”という意味が、親友という分類が・・・。

ただの人助けではなく、その人と本気で向き合う事が人に優しくするのだと。
頭では理解していたが、実践できる事はなかった、それをしなければいけない理由も分らなかった。

多くの友人を助けた、好きだからと告白された女の子と付き合った。
ボランティア活動もした、災害が発生したときはだれよりも率先して行動した。
今回だってなゆを助けようと奮闘したのも。

これらはただ僕が理解できているんだと、自分に言い聞かせるために。
”自分の為”にしてきた事だったのだと。

不器用だけどまっすぐになゆと、モンデキントとぶつかり合おうとする明神を見て、気づかされたのだ。

「ありがとう、ブライトゴッド」

カザハとバルゴスの間に走って割り込む。
もちろんこの世界に来て防具も、武器も、なにも所持していない。
だけど僕には苦しい訓練の末に手に入れた武器が・・・肉体がある。

「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

バルゴスの大剣を受け止める。
本来なら間違いなく真っ二つだが、この空間なら、プレイヤーを文字通り”切断”することはできないだろうと読んでいた。
だが当然だが体全体に激痛が走り、少し気を抜いたら気を失ってしまいそうな衝撃に襲われる。

でも不思議と負ける気はしなかった。

「おんどりゃあああああああ!!」

バルゴスのなぎ払いの一撃ををなんとか上にずらす事に成功した。
拘束されたカザハの上空を掠めるように大剣の一撃は空を切る。

「はあ・・・ゲホッ・・・ゲホゲホ」

ふらふらと立ち上がる、この霧にあまりにも長く触れ、激しく動き続け、バルゴスの攻撃を一度凌ぎきった。
回復を受けてもなお、生身の人間であるジョンには無理な負担、それでもまだ立っていなければ。

「なゆ・・・君は君のすべき事をするんだ」

心配そうに見つめるなゆを制止する。

234ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/07/17(水) 02:50:27
「ブライトゴッド・・・君が羨ましいよ・・・本気で人を想える君が・・・」

明神の仲間への思いを聞いた今、どんなに体が悲鳴を上げてもやらなきゃいけない事がある。

「僕はね・・・本当は君が思ってるほどいい奴じゃないんだ、自分の事しか考えていないクソ野郎なんだよ」

スマホを見る。ゲージが一つ溜まっていた。

「今、一つ決めた事があるんだ、本当に今決めた事なんだけれど・・・僕は」

部長を抱える、ごめんね部長、無理をさせてしまう事になってしまうけれど、僕に力を貸して欲しい。
最後のゲージを使って命令を下す。

【明神に向って思いっきりぶつかれ】と。

「ブライトゴッド!君を・・・いや!なゆも!エンバースも!みのりも!カザハも!とにかく全員を!僕は親友にする!」

生まれてだれかを親友にしたいと思った、今までの人生で一度も思わなかったけれど
本気で人に向き合おうとする君に・・・みんなに・・・心動かされてしまったんだ!

「はあああああああああああ!!」

そしてまた思いっきり部長を上空にぶん投げる。
さっきの部長砲弾の時より高く、遠く投げた。

「いったろ?もう一度やるって・・・ブライトゴッド、今度は部長が君を、今度は地面でなくではなく君に向って降って来るぞ」

雄鶏疾走がないから落ちてくるにも時間が掛かるし、威力は先ほどよりは出ないだろう。
だが脅威である事には変わらない。

撃ち落すため、ガードするため。
なにをするにしても隙が生まれる、そしてその隙は決して見逃されないだろう。

「エンバアアアアアス!まさかそこでずっと眠ってるつもりじゃないだろうな!」

叫ぶ、力の限り。
この先の展開の鍵を握るのはエンバースだ、彼があそこからでなくてはこの勝負、お話にならない。
残った全員で力を合わせなくては。



叫び終わったと同時にとうとう体が限界を迎えた、僕の役目は終わったのだ。

「それじゃ・・・なゆ・・・僕はちょっと・・・疲れちゃったから・・・休む・・・ね」

そこでジョンの意識は途絶えた。

235崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/07/24(水) 17:27:59
「な……!?」

エンバースの取った行動を見て、なゆたは瞠目した。
確かに、みのりをなんとかしろと言った。その鉄壁の防御を打ち崩し、埒を開けてくれと。
ただ、その手段については何も言わなかった。――思いつかなかったのだ。
ジョンやカザハに送った、何々をこれこれしろという“指示”ではない。なゆたがエンバースにしたのは、ただの“お願い”だった。
だというのに、エンバースは見事それに応えたのだ。それも、なゆたが想像だにしなかった方法で。

エンバースの機転によって、みのりはその鎧として纏ったイシュタルごと地面に縫い留められた。
みのりはもう行動不能だろう。タンクさえなくなれば、残るは明神だけだ。
……と、思ったが。

>うちは農家の娘やし、泥にまみれるのは慣れているけどな
 エンバースさん優しいなぁ、そんな優しくされると……うちも胸開いてみたくなってまうわ〜

それさえ、みのりにとっては予想の範囲内であったらしい。
みのりが藁の鎧の一部を解除した瞬間、エンバースの槍のダメージが藁人形によってエンバース自身に帰ってくる。

>金蝉脱殻の術〜ってやつやよ〜
 直接抱きしめてあげたい所やけど、恨みっこなしってゆう事で
 今はイシュタルで我慢したってえや

地面に縫い留められた状態から脱したみのりが言う。
イシュタルと藁人形でダメージを肩代わりし、身を守る――というのは今までもやってきたことだし、理解はできる。
しかし、まさかその先のことまで考えていたとは。
タンクという役目を完璧にこなし、なおかつ自らの保身も抜かりなく考えておく。
アルフヘイムに召喚された直後より、みのりは確実に進化している。そう思わせるに足る戦術に、なゆたは舌を巻いた。
そのうえ、『愛染赤糸(イクタマヨリヒメ)』によってエンバースを道連れにするなど、見事と言うしかない。
改めて、みのりが敵に回ることの恐ろしさを痛感する。

>あとこれサービスな
 エンバースさんの守りたいいう気持ちはよう見せてもらったわ
 今度はなゆちゃんは守られるだけでなく、一緒に戦うに足る女やゆうところを見たってえな
 そんなに怯える必要はあらへんくらい強いんやでぇ?

みのりはさらに『地脈同化(レイライアクセス)』を発動。それによってエンバースは一層イシュタルともども地面に封じられた。
エンバースの炎がイシュタルを焼き尽くし、イシュタルがリタイヤするまで、エンバースはその場から動けない。

>もらったATBで悪いがもいっちょ封印させてもらうぜ。
 こいつは……危険すぎる

ダメ押しとばかりに、明神がスペルカードを発動。
物理攻撃に対して圧倒的防御力を誇る『焼き上げた城塞(テンパード・ランパード)』のトーチカがエンバースを封印した。

>これでお前らのメインアタッカーは封じた!こっから先は俺たちが追い詰めるターンだぜ!

明神が叫ぶ。確かに、これでなゆたのチームは貴重なアタッカーをひとり失ったことになる。
だが、或いはそれでよかったのかもしれない。先ほど、エンバースはともすればみのりを殺すかもしれない行動に出ていた。
明神の言う通り、今のエンバースは危険に過ぎる。まずは頭を冷やしてもらう必要があるだろう。そして何より――
この戦いは明神チームとモンデンキントチームの戦いであると同時、明神となゆたの一騎打ちでもあるのだから。
エンバースにばかり頼っていてはいられない。決着は、自分たちふたりがつけなければならないのだ。

「やあやあ、五穀豊穣君! お疲れさま、実にカッコよかったねぇ!
 まさか、スケアクロウをあそこまで巧みに使いこなす『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がいたなんて!
 あとはここでゆっくり観戦するといいよ。あ、お茶はどうかな? ビスケットもあるよ!」

みのりがやってくると、バロールは明るい表情で彼女を迎えた。メイドたちがすかさずテーブルと椅子を用意し、着席を促す。
どうやら、ここが戦闘不能(リタイヤ)した『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の観覧席になりそうである。

236崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/07/24(水) 17:28:14
「さすがね、みのりさん……。やっぱりみのりさんってスゴイ。
 みのりさんの力は見せて貰った……あとは、わたしがみのりさんの期待に応えるだけ!」

新たな手の内を晒してまで、みのりはなゆたの再起に期待してくれた。
それに応えないわけにはいかない。スマホに目を落とすと、すでに相当量のATBがオーバーチャージされている。
しかし、まだ足りない。この戦いを制するにはまだ何かが――最後の一押しが足りない。
それをこのデュエルの間に開眼し、実践し、それによって勝利を収めなければ、戦いに至った意味がない。
明神がすべてをかなぐり捨てて挑んできた、その想いに報いるには――。

>『武具創成(クラフトワークス)』、プレイ!

そう考えている間に、明神が自らの奥の手を開陳した。
文字通り、周囲に無数の防具や武具を生み出すユニットカードだ。
空中に驚くほどの数の革鎧が出現するものの、果たしてそんなものを何に使うのか。
しかし、その疑問はすぐに解消されることになった。

>『工業油脂(クラフターズワックス)』、プレイ!

さらに明神のスペルカード発動。空中を漂っていた革鎧たちがひとつに纏まり、何か別のものへと変質してゆく。
完成したそれは、身長5メートルほどもある巨大な全身革鎧の巨人――。
その胸部に空いた空洞へ、ヤマシタが潜り込む。

>モンスターの合体による、レイド級の創造……ぽよぽよ☆カーニバルコンボは確かにエポックメイキングだった。
 だが忘れるなよモンデンキント!お前の戦術フォロワーは、お前のシンパ共だけじゃねえ!
 俺たちミッドコアもまた、お前のコンボを研究し、その力を我がものにしようとしてきたんだ!
 刮目して見とけよ!こいつが俺の真骨頂……ぶりぶり★フェスティバルコンボだ!!

「ぶりぶり★フェスティバルコンボ……!」

明神の発したその名称を、我知らず呟く。
モンスター同士の合体によって、そのデュエル限定でレイド級モンスターを召喚する――。
それは確かに、ブレモンでは自分が最初に提唱したものだ。
ひょっとしたら海外では既にあったかもしれないが、少なくとも日本で最初にそれをやったのは自分だろう。
それが多くの追従者を呼んだというのも知っている。多くの似通ったコンボの誕生したのも。
しかし――これは初めて見るコンボだった。

>さあ起きろ!お前の恨みは、未練は!簡単に晴れるもんじゃねえだろう!
 契約はまだ続いてる!追加の報酬も用意した!もう一度俺に手を貸せ――バルゴス!!

インベントリから明神が取り出したのは、巨大な剣。
しかしただの剣ではない。肉眼で視認できるほど、その刀身には怨念が宿っている。
ヤマシタが合体した巨大な革鎧の巨人が、剣の柄をがっしと握る。その途端、怨念が革鎧全体へ伝播してゆく。
ヤマシタの怨念が大剣の怨念によってブーストされ、革鎧の塊を完全に制御下に置く。
そんなコンボは前代未聞だ。そもそもコストがかかりすぎるし、歩留まりが悪いというものだ。
しかし、ゲームの中では甚だ現実的でないそのコンボを、明神はこの幻想世界で見事に結実させてみせた。
モンデンキントを倒す、その一念で。

>いくぜ怨身合体――超機動重装怨霊!『リビングレザー・ヘビーアーマー』!!!

明神の叫び声が、フィールドに響く。ズズゥン……と巨兵が戦いの場に降り立つ。
上位アンデッド『リッチ』の怨念が武具に憑依することで完成する準レイド級モンスター、アーマードリッチ。
その革鎧版とでも言うべき、恐るべきモンスターが降臨したのだ。
ただし、その制御は必ずしも万全ではないらしい。明神の命令に対し、巨兵は叛逆のそぶりを見せた。
フレンドリーファイア無効の縛りでその攻撃は空振りに終わったが、いずれにしてもまだ使いこなしてはいないということか。
とはいえ、いずれにしても驚天動地の事態には違いない。

237崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/07/24(水) 17:28:30
>なゆ・・・君のコンボは彼のコンボより先に出せるかい?

「ゴメン、間に合わないよ……。手持ちのスペルカードとユニットカードを出し切っての、レイド召喚コンボ……。
 おまけに、マジックチートでスマホをふたつ同時に操って準レイド級のモンスターを制御するなんて――」

ジョンの問いかけに、一度かぶりを振る。
確かにレイド召喚コンボは自分が考え出したものだ。
しかし、明神はその先をやってみせた。しかも、この幻想世界でしかできない奇想天外な手法を用いて。
以前からそうだった。明神はいつだって決められたルール以外の要素に着目し、戦いに勝利してきた。
ブレモンのルールに縛られたモンデンキントには、想像さえできないような戦術を用いて――。

決められたルール以外の要素。
奇想天外な手法。
マジックチート。

――うん?

なゆたの頭の中で、パチリと火花が散る。
しかし、その正体がなんなのかまでは分からない。

>手札は整った。こっからは早指しでいくぜモンデンキント。付いてこいよ、俺のスピードに!

ズン、と地響きを立て、巨兵が行動を開始する。
アーマードリッチは全身金属鎧のため、動きが鈍重という欠陥がある。が、この巨兵は革鎧のせいか存外に動きが素早い。
反面、その攻撃力は甚大である。さしものポヨリンも現段階で直撃すれば一撃で沈むだろう。

>出し惜しみなしだ。俺は俺の全てでお前に挑む。
 腹の中身、全部見せるから――ちゃんと受け止めてくれよ、なゆたちゃん

「上等!
 明神さんがその気なら、わたしも真っ向勝負! 全身全霊で受け止めるから、120%全力で来てよね!」

に、と不敵な笑みを見せ、明神の言葉に応える。
しかし、明神が狙ったのはなゆたではなく、空を飛ぶカザハだった。

>確たる信念のねえ奴に!その場限りの結束に!世界が救えてたまるかっ!!
 ――『工業油脂(クラフターズワックス)』、プレイ!

べたべたした重い油脂が天から降り注ぎ、ユニサスの翼に纏わりつく。
ユニサスとシルヴェストルの最大の長所は、その機動力だ。油脂によって身動きを封じられてしまっては致命的である。

>俺はモンデンキントをぶっ倒す。あいつに勝って、俺の矜持を取り戻す!!
 俺って実はすげー奴だったんだって!他ならぬ俺自信に、認めさせる!!

>この一戦で終わりになんかしたくない。
 何度だって、世界救ってでも俺は戦いたい。――なゆたちゃんと、ブレモンがしたい

「……明神……さん……」

叩きつけられる激情。明神の本当の心。
否応なしに鼓膜を震わせるその言葉に、鼻の奥がツンとする。
大きな目に涙が溜まる。しかし、それは先ほど流したような絶望の涙ではない。
心を満たすのは、歓喜。その想いに言い知れない幸福を覚える。

――ブレモンをやっていてよかった――

そんな気持ちに、胸が詰まる。
だが、それと勝負の行方とは別だ。明神の熱い想いにあてられて、勝ちまで手放してしまうつもりはない。
巨兵の大剣が、カザハを墜落させようと薙ぎ払われる。
カザハが墜とされれば、こちらはさらに不利になる。なゆたはまだ、この巨兵を打ち破るための方策を考えついていない。
しかし、巨兵の剣は狙い過たずカザハを狙っている。カザハにそれを避ける手段はない。
絶体絶命の窮地、しかし。それを救ったのは――


パーティーでは一番の新参である、ジョンだった。

238崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/07/24(水) 17:28:43
>うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!

薙ぎ払われる大剣。このままでは、カザハはその一撃を食らって沈む。
誰もがそう思った。――が、そうはならなかった。
ジョンが、その身を挺して大剣を受け止めたのだ。
それまで、真一など『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が戦闘の矢面に立つ光景を何度か目の当たりにしてきた。
だが、それは魔法のブーストがあったからだ。肉体の強化が図れていたからこそ、生身の人間がモンスターと戦うことができた。
だというのに。
ジョンはあろうことか、魔法による強化を一切受けずに準レイド級モンスターの一撃を受け止めたのだ。

>おんどりゃあああああああ!!

「ジョン……!!」

ジョンは渾身の力で大剣の軌跡をずらし、カザハへの攻撃を逸らしてみせた。
いくら元自衛官で、日頃から訓練で身体を鍛えているとはいえ、無茶にも程があるというものだ。
呆気に取られて見ていると、ジョンはふらふらになりながらもなゆたへ顔を向けた。そして言う。

>なゆ・・・君は君のすべき事をするんだ

「……うん」

本当は、すぐにでも駆け寄ってジョンの傷の手当てをしなければならないのだろうけれど。
それは許されなかった。そうすれば、せっかくジョンが作ってくれた活路を無駄にすることになってしまう。
ジョンの矜持を冒涜することはできない。
満身創痍の状態で、ジョンは明神に向き直る。部長を抱え上げ、身構える。

>ブライトゴッド・・・君が羨ましいよ・・・本気で人を想える君が・・・
>今、一つ決めた事があるんだ、本当に今決めた事なんだけれど・・・僕は
>ブライトゴッド!君を・・・いや!なゆも!エンバースも!みのりも!カザハも!とにかく全員を!僕は親友にする!

「―――……」

ジョンの魂の叫びに、なゆたはもう一度心を揺さぶられた。
なゆたはジョンのことをほとんど知らない。テレビやポスターで見たことがあるくらいだ。
だから、その半生についてももちろん知らない。さぞかしヒーローとして満ち足りた人生を送ってきたのだろう、としか。
しかし、それがただの勘違いで。
彼には彼の苦しみや悩みがあって。それを解きほぐしたいと、彼が心から望んでいるのなら――
それにもまた、応えなければならない。いや、応えるべきなのだ。

>はあああああああああああ!!

ジョンが最後の力を振り絞って部長を天高く投擲する。
先ほど、床に大穴を開けた部長の一撃。それが再現される――しかも、明神本体へ向けて。
明神は防御するか、避けるかに1ターンを消費しなければいけない。
その間に、こちらは逆転の一手を打つ。そうすることを、ジョンが望んでいる。
勝て、と。

>それじゃ・・・なゆ・・・僕はちょっと・・・疲れちゃったから・・・休む・・・ね

部長を投擲し、トーチカに封じられたままのエンバースに檄を飛ばすと、ジョンはふらりと大きく身を傾がせて倒れた。
すぐにバロールが戦闘不能となったジョンの身体を魔法で観覧席へと転移させる。
メイドたちがジョンに手厚い看護を施す。PvP空間ではダメージは受けても受傷はしない。すぐに目を覚ますことだろう。

「まったく、無茶をするね……。地球の人々はみんなこんな感じなのかい?
 それはともかく……これで彼に対する不信は解消されたかな、五穀豊穣君?」

バロールがみのりを見て小さく微笑む。
これで、両チームはお互いにリタイヤが一人ずつとなった。

239崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/07/24(水) 17:28:56
「ゴメンね、ジョン。いっぱい心配かけちゃって……でも、本当にありがとう。助かったわ。
 わたしも、あなたと親友になれたらって思う……。その気持ちに応えたいって思う。
 だから……その手始めに、アナタから託されたバトンを無駄にはしない! このデュエル、必ず勝つ!」
 
決意に満ちたまなざしで、なゆたは前方の敵――リビングレザー・ヘビーアーマーを見た。
ふたつのスマホでスペルやスキルを使いつつ、同時にモンスターを制御する“ぶりぶり★フェスティバルコンボ”。
身体強化なしで大剣の一撃を防ぎ切った、ジョンの行動。

――あ!!

今まで、ふたりの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が見せた全力の行動。
それを目の当たりにしたことで、なゆたはひとつの戦術を思いついた。
たった今、それこそ天啓のように閃いた策だ。もちろん試したことなんてないし、誰も知らないだろう。
うまくいくか、そもそも発動するかさえ分からない。が、もし発動すれば起死回生の逆転策となるに違いない。
明神の戦術を考えた場合、あとはそれに賭けるしかない。その綱渡りにすべてを委ねるしか。

――よし!わたしのすべてを……この策に!

決断してしまうと、あとは早い。なゆたは迷いなくスマホをタップした。

「『分裂(ディヴィジョン・セル)』――プレイ!」

対象を分裂させるスペルカード、『分裂(ディヴィジョン・セル)』。普段はポヨリンを分裂させるために使うスペルだ。
しかし、なゆたがスペルを発動させても――

『ポヨリンは分裂しなかった』。

ポヨリンはいつもの調子でただ一匹きりのまま、なゆたの足許でぽよんぽよんと跳ねている。
けれどそんな不具合など一顧だにせず、なゆたは今まで溜まりに溜まったATBを怒涛の勢いで消費してゆく。

「早指しで行くって言ったわね、明神さん!
 望むところよ……エンバースが、カザハが、ジョンが繋いでくれた希望……絶対に無駄にはしない!
 『命たゆたう原初の海(オリジン・ビリーフ)』……プレイ!」

なゆたはユニットカードでフィールドを水属性に変えると、さらにスペルカード『分裂(ディヴィジョン・セル)』を三度発動。
今度はポヨリンはいつも通り分裂し、32体にも増えた。
明神の読み通り、G.O.D.スライム召喚までに必要なターンは7ターン。
すなわち『現界突破(オーバードライブ)』。
『命たゆたう原初の海(オリジン・ビリーフ)』。
『分裂(ディヴィジョン・セル)』3回。
『民族大移動(エクソダス)』。
そして『融合(フュージョン)』という手順を踏まなければならない。 
ただ、それはソロのPvPの話で、パーティープレイの場合はその限りではない。
他のメンバーが掛けてくれたバフでも代替は可能なのだ。現在、ポヨリンにはジョンのバフがかかっている。
今は『現界突破(オーバードライブ)』を省略し、6ターンでG.O.D.スライムを召喚できるという訳だ。

「『民族大移動(エクソダス)』プレイ!そして――『融合(フュージョン)』!
 ウルティメイト召喚……光纏い、降臨せよ! 天上に唯一なるスライムの神――
 G.O.D.スライム!!」

『ぽぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜よぉぉぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜!!!』

召喚された400匹ものスライムたちがまばゆい光に包まれ、なゆたの言葉によって一体に融合する。
頭上に王冠と光輪を頂き、光背と三対の翼を有した、身長18メートル重量40トンの黄金に輝くスライム。
スライム系統樹に君臨する二体のスライムのうちの一体。
G.O.D.スライム――またの名をゴッドポヨリン。
ミハエル・シュヴァルツァーと戦った時のような紛い物ではない、正真正銘のレイド級だ。

「一気に行くわよ、ゴッドポヨリン!」

「ぽぉぉぉぉぉ〜〜〜〜よぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜よぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜んんんんん〜〜〜〜」

なゆたの命令によって、ゴッドポヨリンは三対の翼を一打ちさせると一気に上空へと飛翔した。
ぼっ!と音を立て、明神の造り出した刃の濃霧の遥か上空へと移動する。
時刻は昼間だ。濃霧の外には、まだ太陽が輝いている。
ゴッドポヨリンは太陽を背にして浮かんだまま、何を思ったかつぶらな目を閉じた。

240崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/07/24(水) 17:29:11
別に、ポヨリンはマスターであるなゆたを見捨てて日向ぼっこを決め込んだわけではない。
その背に負った真円、神の一柱であることを示す光背が、その輝きを徐々に強めてゆく。――太陽の光を吸収しているのだ。
さらに、光背が吸収した光がゴッドポヨリンの身体に流れ込み、一点に収束してゆく。
ゴッドポヨリンの透明の身体は、超巨大なレンズのようなものだ。その中で膨大な光が集まり、高出力の魔力に還元される。
蓄えた光が臨界点を超えた瞬間、ゴッドポヨリンはあんぐりと大きく口を開いた。10メートル以上の巨大な“砲口”だ。
そして――

「ゴッドポヨリンの攻撃! 一切万象を灰燼と帰せ――天の雷霆!」

ゴッドポヨリンが濃霧に遮られたバトルフィールド全体を睥睨する。

「『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』!!!」

カッ!!!!!

ゴッドポヨリンの大きく開かれた口から、収束し臨界点に達した光が放たれる。
直径10メートルの光の柱。すべてのものを薙ぎ払い、塵と化す神の雷。
閃光が濃霧を蒸発させながらフィールドに着弾すると、ゴッドポヨリンはわずかに身じろぎして座標を修正する。
その標的は、もちろん明神の操るリビングレザー・ヘビーアーマーだ。
もうひとつのスキル『黙示録の鎚(アポカリプス・ハンマー)』は敵単体にゲンコツで極大ダメージを与え、
その後地震によってフィールド全体の敵にダメージを与える物理攻撃である。
一方で『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』は敵全体を標的とした極太レーザーの魔法攻撃だ。
フレンドリーファイア無効設定によって、なゆたはもちろんカザハや封印されているエンバースもダメージを受けない。
レイド級モンスターの必殺スキルだ。たとえ準レイド級の高位アンデッドであろうと、甚大なダメージは免れ得まい。

「明神さん――勝負!」

床を高熱によって融解させながら、リビングレザー・ヘビーアーマーへと閃光が迫る。
今までゴッドポヨリン召喚に成功して、勝てなかった戦いはない。レイド級モンスターを場に召喚した時点で決着はついている。
明神がぽよぽよ☆カーニバルコンボを換骨奪胎し、独自のコンボを作り上げたのは正直、驚嘆に値する。
しかし、ぽよぽよ☆カーニバルコンボは必殺の戦術。
長い時間と二百回以上の実戦を経てようやく辿り着いた、なゆたのブレモン愛の結晶である。
オリジナルがコピーに敗北するなどということは、絶対にあってはならない。

「わたしは負けない! 絶対に……この戦いに勝ってみせる!
 明神さん、わたしだってあなたに負けないくらい……ううん! あなたの何倍も、ブレモンが好きだから!
 この戦いが終わった後も! 世界を救っても! 何年経ったって、変わらずブレモンをやり続けるために!
 あなたともっともっとデュエルするために! あなたに失望されないデュエリストであり続けるために!
 ……あなたに……、勝つ!!」

なゆたの突き出した右手をガイドとして、ゴッドポヨリンが狙いを定める。巨兵へと正確に照準が合う。

ゴウッ!!!!!

轟音がその場にいる全員の耳を劈き、ゴッドポヨリンの口から放たれるレーザーが太さを増す。
圧倒的なパワーですべてを破壊し、打ち砕く『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』。
この神の威光を浴びて生き残った者はいない。なゆたは大きく叫んだ。

「いっっっっっっっけぇぇぇぇぇぇぇ――――――――――――――――ッ!!!!!」

高出力の閃光が、リビングレザー・ヘビーアーマーへと殺到する。
だが、なゆたは知らなかった。
みのりのマイルーム『万象法典(アーカイブ・オール)』から、明神が持ち出した三枚のカード。
『焼き上げた城塞(テンパード・ランパード)』。
『寄る辺なき城壁(ファイナルバスティオン)』。
そして『虚構粉砕(フェイクブレイク)』のことを――。


【ゴッドポヨリン召喚、魔法攻撃スキル『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』発動。レーザーで巨大ヤマシタに攻撃。
 明神の三枚の奥の手カードについては未確認につき分からず】

241カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/07/27(土) 01:01:38
エンバースさんはイシュタルを堕としみのりさんを戦線離脱させることに成功したが、ただで堕ちるみのりさんではない。
それと引換えに、エンバースさんも拘束されてしまった。

>「いくぜ怨身合体――超機動重装怨霊!『リビングレザー・ヘビーアーマー』!!!」

そしてついにぶりぶり★フェスティバルコンボが発動し、巨大な革鎧の重装騎士が降臨する。
それを見たジョン君がなゆたちゃんを乗せて逃げるように言う。

>「カザハ!なゆを連れて飛んで逃げれるか?あの巨体だ、リーチは長いだろうが空に逃げれば追いかけてこれないはずだ」

「君も乗って……! ボクは殆ど重さが無いから二人ならなんとか乗せれるはず……!」

>「カザハ!僕の事はいい!早くしろ!君だけが頼りなんだぞ!」

確かにエンバースさんが拘束された今、次に狙ってくるのは最強コンボを発動させようとしているなゆたちゃんだろう。
しかし重装騎士がまずターゲットに定めたのは――予想外なことに私達だった。

>「お前の言う通り、ノリも勢いも悪くねえよカザハ君。
 だがノリだけで世界は救えねえんだ。つらいことも苦しいことも、ノリじゃ片付けられねえ」

確かにゲームにおいては、敵方に機動力に長けた支援系キャラがいたらまずそいつから潰すのは定石だ。
しかし、実際に自分がリアルな戦いに放り込まれてそれと同じ判断が出来る者が果たしてどれぐらいいるだろうか。
直接攻撃してくるアタッカーや全体を指揮する司令塔に目が行ってしまう者が殆どだろう。
流石はうんちぶりぶり大明神――筋金入りのゲーマーである。

>「確たる信念のねえ奴に!その場限りの結束に!世界が救えてたまるかっ!!
  ――『工業油脂(クラフターズワックス)』、プレイ!」

「うわあ! 何コレ!?」

私達に大量の油脂が降りかかり、翼の動きが阻害される。

>「この一戦で終わりになんかしたくない。
 何度だって、世界救ってでも俺は戦いたい。――なゆたちゃんと、ブレモンがしたい」

動きがままならなくなり落ちていく私達に、大剣が横合いから薙ぎ払われる。
万事休す、お邪魔虫は退散しろってことか――と思われたその時だった。
突然疾風のように走って割り込んできた者がいた。

>「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

なんと、生身の人間であるジョン君がバルゴスの大剣を受け止めてその軌道を逸らした。

>「おんどりゃあああああああ!!」

「ちょっと……! なんて無茶を……!」

どう考えても、モンスターである私達がそのまま攻撃を受けた方がダメージは少なかった。
つまりこれは、最後までなゆたちゃんの力になれということ。

242カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/07/27(土) 01:03:13
>「ブライトゴッド・・・君が羨ましいよ・・・本気で人を想える君が・・・」
>「僕はね・・・本当は君が思ってるほどいい奴じゃないんだ、自分の事しか考えていないクソ野郎なんだよ」
>「今、一つ決めた事があるんだ、本当に今決めた事なんだけれど・・・僕は」
>「ブライトゴッド!君を・・・いや!なゆも!エンバースも!みのりも!カザハも!とにかく全員を!僕は親友にする!」
>「エンバアアアアアス!まさかそこでずっと眠ってるつもりじゃないだろうな!」

ジョン君は最後の力を振り絞って部長をぶん投げて明神さんに突撃させると、ついに力尽きた。

>「それじゃ・・・なゆ・・・僕はちょっと・・・疲れちゃったから・・・休む・・・ね」

>「ゴメンね、ジョン。いっぱい心配かけちゃって……でも、本当にありがとう。助かったわ。
 わたしも、あなたと親友になれたらって思う……。その気持ちに応えたいって思う。
 だから……その手始めに、アナタから託されたバトンを無駄にはしない! このデュエル、必ず勝つ!」

なゆたちゃんは超速でゴッドポヨリンさん召喚のためのコンボを組み始めた。
歴戦のブレモンゲーマー達が繰り広げるコンボ合戦にド素人の私達が首を突っ込めるはずもない。

「『ピュリフィウィンド(浄化の風)』――カケル、エンバースさんを救出に行こう!」

まずはスペルで油まみれの状態異常を解除し、エンバースさん救出を提案する。
しかし、無条件に賛同は出来なかった。

《安全を考えるとあのまま閉じ込めておいた方がいいのでは……。様子がおかしかったですよ?》

「ジョン君の言葉聞いたでしょ? あのまま眠らせとくわけにはいかない!
それに浄化の風の効果は”味方全体の状態異常を治す”――ボクはエンバースさんを味方だと信じるよ!」

確かにこの世界はゲームの仕様を超えたところと、妙にゲーム的仕様に忠実なところが混在している。
効果が”味方全体の状態異常を治す”と設定されていて、あれがある種の混乱という状態異常だったとしたら
たとえトーチカに閉じ込められていたとしても効果を発揮するのだろう。
エンバースさんが”味方”の定義に当てはまるのであれば。

>「『民族大移動(エクソダス)』プレイ!そして――『融合(フュージョン)』!
 ウルティメイト召喚……光纏い、降臨せよ! 天上に唯一なるスライムの神――
 G.O.D.スライム!!」

そうしている間にもぽよぽよフェスティバルコンボが完成し、G.O.D.スライムが降臨。
もう勝負がつくのは時間の問題だろう、そう思った私は、結局カザハに従う形でエンバースさんの救出に向かう。

「エンバースさん、皆の言葉、聞こえてた? ボク達と一緒に行こう!
守るだけの対象じゃなく共に助け合う仲間として! ――ハッピーエンドは、二週目で解禁だ!
――『瞬間移動(ブリンク)!』」

243カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/07/27(土) 01:04:39
カザハが、エンバースさんが閉じ込められているトーチカに向かって手を伸ばすようにスペルを唱えると、腕を掴まれ引っ張り上げられる形でエンバースさんが現れた。
カザハはいったんエンバースさんを自らの後ろ、つまり私の上に乗せる形で座らせる。
といっても『自由の翼(フライト)』がかかっているのでいつでも離脱することは可能だろう。

>「わたしは負けない! 絶対に……この戦いに勝ってみせる!
 明神さん、わたしだってあなたに負けないくらい……ううん! あなたの何倍も、ブレモンが好きだから!
 この戦いが終わった後も! 世界を救っても! 何年経ったって、変わらずブレモンをやり続けるために!
 あなたともっともっとデュエルするために! あなたに失望されないデュエリストであり続けるために!
 ……あなたに……、勝つ!!」
>「いっっっっっっっけぇぇぇぇぇぇぇ――――――――――――――――ッ!!!!!」

そうこうしているうちにゴッドポヨリンさんから必殺のビームが放たれる。勝負あった――そう思われたが。

「油断しないで、勝負はここからだ……先に放たれた必殺技は防がれると相場が決まっている!」

カザハが大真面目な顔をして語る。
漫画の読み過ぎちゃうんか、と思ったが、まさかそれが真実になろうとはこの時の私は知る由も無かった。

「化け物上等……ボクは人間のままじゃジョン君みたいに強くなれなかったから」

カザハはこの世界に来てモンスターになった時、ダイエットと美容整形と若返りが一気に出来て一石三鳥!とか言って喜んでいたが、
本当に喜んでいた理由は無力な人間ではなくなったことだったのかもしれない。

「ノリ”だけ”では世界は救えない――でもノリで動く奴が一人ぐらいいたっていいよね!」

私達にゲージを何本も溜めて緻密に戦略を組み上げて――という役回りは不可能だ。
それは、分かりやすく言えばノリで、格好よく言えば刻一刻と変化する戦況に合わせて機動力を武器に全力で支援に回るという宣言だった。

「――瞬足《ヘイスト》!」

その手始めに、残ったもう一つのヘイストをエンバースさんへ。
こうして空飛ぶ焼死体は空飛ぶ瞬足の焼死体に進化したのであった。

244embers ◆5WH73DXszU:2019/07/31(水) 23:39:13
【デュエル・スタンバイ(Ⅰ)】


本当は、地面に叩き付けた時点で勝負は決している筈だった。
藁の鎧を纏っていようと、地面に全身を打ち付けた衝撃は装備者へ伝わる。
脳挫傷/内臓破裂――どちらも、“HP1”と判定されるには十分なダメージの筈だった。

だが、五穀みのりは生きていた――恐らくは、鎧の方が上手くやったのだ。
歴戦のタンクが、瞬時の判断で受け身を成した――あり得ない話ではない。

もっとも――想定外の事態は、想定内だった。
耐えられたならば、地面に抑え込み、泥に沈め、スマホを奪えばいい。
万全の深謀――焼死体の唯一の失策は、五穀みのりの胆力を読み違えた事だ。

『うちは農家の娘やし、泥にまみれるのは慣れているけどな
 エンバースさん優しいなぁ、そんな優しくされると……うちも胸開いてみたくなってまうわ〜』

焼死体を穿つ不可視の衝撃――【囮の藁人形(スケープゴートルーレット)】によるダメージ反射。
逆袈裟に放った重い斬撃/拘束を旨とした串刺しが、焼け落ちた肉体を容易く揺らす。
その直後には、みのりは焼死体の足元を脱し、スマホを操作していた。

『金蝉脱殻の術〜ってやつやよ〜
 直接抱きしめてあげたい所やけど、恨みっこなしってゆう事で
 今はイシュタルで我慢したってえや』

「いいや、遠慮しておこう。こいつは、あんたに返すよ」

絡み付く案山子の顔面を鷲掴みにして、立ち上がる。
蒼炎の眼光はみのりを追う――残存HPが不明/回復可能な案山子よりも、
無力化の手段が明確なプレイヤーを倒す方が、より効率的/合理的だと判断したからだ。

『あとこれサービスな
 エンバースさんの守りたいいう気持ちはよう見せてもらったわ
 今度はなゆちゃんは守られるだけでなく、一緒に戦うに足る女やゆうところを見たってえな
 そんなに怯える必要はあらへんくらい強いんやでぇ?』

追撃を阻む駄目押しのスペル――焼死体は、動じなかった。

「――甘いな」

ただ一言呟き、逆手に握った朱槍を振り被る――的は人体/距離は10メートルにも満たない。
超重力は人外の膂力ならば問題にならない/対して的の移動は緩慢。
焼死体の分析/見解――目を閉じていても、外さない。

『もらったATBで悪いがもいっちょ封印させてもらうぜ。
 こいつは……危険すぎる』

そして放たれた紅蓮の死閃を――赤土色の城壁が食い止めた。
甲高い金属音を奏でて、朱槍は無残に地面を転がる。
焼死体の口腔から、嘆息/黒煙が漏れた。

「俺一人に、何枚スペルを使えば気が済むんだ?」

ゲームの中で強烈なマンマークを受けた事は何度もある。
優秀なアタッカーの封殺は合理的な戦術/そして自分は優秀なアタッカーだ。
だがそんな事は何の慰めにもならない――紅く覆われた視界が齎すのは、退屈だけだ。

245embers ◆5WH73DXszU:2019/07/31(水) 23:41:20
【デュエル・スタンバイ(Ⅱ)】

「やれやれだ。お前のご主人様は大した勝負師だよ」

返事はない/求めてもいない――焼死体が狩装束の衣嚢を探る。
取り出したのは小さな革袋――口紐を緩めると溢れるのは、濃厚な酒気。
地面へと打ち捨てた案山子に頭から、火酒を浴びせる――たちまち、燃え上がる。

京都人の強かさはもう十分に思い知った/故にその退場は早ければ早いほどいい。
この期に及んで――まだ謀を隠している可能性はゼロとは言い切れない。
焼死体が危惧したのは、カードの使用による遠隔火力支援だ。

「……パートナーを置き去りにするのは、少し頂けないけどな」

やがて、案山子を包む炎が不自然に掻き消えた。
致命傷を受けたと判定された案山子は、燐光の粒子と化して消えた。
システムによる強制的なアンサモン――これで、焼死体は完全な孤独に包まれた。

投擲した槍に歩み寄る――拾い上げ/振り上げ/斬り付ける。
赤土色の牢獄には、僅かな傷が刻まれるのみ。
風属性のエンチャント分のダメージだ。

「敵戦力の五割を撃滅――と言えば、戦果としては十分だが……」

焼死体は槍を放り捨て、空いた右手を衣嚢へ沈める――脱出の方法は、なくはない。

『出し惜しみなしだ。俺は俺の全てでお前に挑む。
 腹の中身、全部見せるから――ちゃんと受け止めてくれよ、なゆたちゃん』

『上等!明神さんがその気なら、わたしも真っ向勝負! 全身全霊で受け止めるから、120%全力で来てよね!』

だが焼死体の右手は、何も掴む事なく狩装束を後にした。

「……なんだ。俺が知らない間に話は付いたのか」

壁の外から聞こえてくるのは、どう解釈しても、ただの“ゲーマー同士の日常会話”でしかなかった。
ならば最早、焼死体が――二人を守る必要はない。或いは、初めから必要なかったのかも知れないが。
焼死体は牢獄の真ん中に腰を下ろすと、背中を地面に預ける――両手を頭の後ろで重ね、足を組んだ。

「だとしたら……みのりさんには、後で謝らないとな」

耳を澄まして、対戦の空気に浸る――死合ではない対戦は、酷く、郷愁を感じる程に久しぶりだった。

『カザハ!なゆを連れて飛んで逃げれるか?あの巨体だ――』

「……そうだ。先に大物を出された以上、機動戦に勝機を見出すのは合理的だ。だが――」

『――『工業油脂(クラフターズワックス)』、プレイ!」』

「だよな。合理的だという事はつまり、読みやすいって事だ――とは言え流石だ、明神さん」

『おんどりゃあああああああ!!』
『ちょっと……! なんて無茶を……!』

「……恐らく、自分のパートナーを捨て駒にしたか?対戦のルール内なら、合理的だな」

遅滞作戦は順調に進んでいる――モンデンキントのゲージは、じきに十分量貯まるだろう。
GODコンボは成立し――しかし焼死体は知っている/明神はまだ切り札を残している。
モンデンキントは、負けるかもしれない――だが、それはただのリザルトだ。

対戦を行えば、誰かが必ず背負う事になる、単なる結果に過ぎない。
ゲーマーにとっては、ただの雨風と変わらない、自然の産物だ。
太陽が沈み/月が欠ける――その一方を厭う理由などない。


『エンバアアアアアス!まさかそこでずっと眠ってるつもりじゃないだろうな!』


「いいや、そのつもりだ――そのつもり、だった筈なんだけどな」

だが――気付けば焼死体は、立ち上がっていた。

246embers ◆5WH73DXszU:2019/07/31(水) 23:42:49
【デュエル・スタンバイ(Ⅲ)】

「……だけど、確かにここで寝てるだけってのは、退屈だ」

誰にともなく呟く弁明――火酒の革袋を再度取り出す/その口端を両手で掴み、引き裂く。
火酒が溢れ/焼死体の火気に触れて、引火――赤い城壁の内側を、蒼い炎が満たしていく。

「【焼き上げた城塞(テンパード・ランパード)】は……対物理攻撃に特化した防壁だ。
 属性攻撃を持たないモンスターにとっては厄介なカードだが……甘いぜ、明神さん」

アルコールの燃焼と気化に伴う空気の膨張は物理現象だが、物理攻撃ではない。
圧力の上昇による内部からの破壊は――風属性と判定されるのが、妥当だろう。

プランを実行するに当たって、懸念すべき要素は三つあった。
一つは十分な内圧が得られるまでに、内部の酸素が尽きてしまう可能性。
しかし焼死体がその身に宿すのは、邪法の炎――少なくとも熱源が絶える事はない。

不意に、焼死体の指先に亀裂が走る――これが懸念すべき要素の二つ目だ。
城壁よりも先に、焼死体の体が、上昇する内圧によって破壊される可能性。

「予想はしていた……だが思っていたよりも、早いな」

焼死体が呟く――眼前の壁は未だに、僅かな軋みを奏でる事すら、しない。
焼け落ちた肉体の空洞に、己の体の何処かが、ひび割れる音が響き続ける。

「……なるほど。あの濃霧で、思ったよりダメージを受けていたのか。
 生理機能に支配されない体には、こんなデメリットもあるのか……。
 いい勉強になった……仕様は、理解した……次に、活かせる……な」

だが、今更プランの変更は出来ない/溢れた火酒は、革袋には戻せない。
脚に亀裂が走る/膝を突く/咄嗟に体を右手で支える――自重によって、右腕が割れる。
そして――焦げた右手が狩装束の懐を探る/こうなる可能性は危惧していた/故に当然、対策も講じてあった。

『エンバースさん、皆の言葉、聞こえてた? ボク達と一緒に行こう!
 守るだけの対象じゃなく共に助け合う仲間として! ――ハッピーエンドは、二週目で解禁だ!』

「……ふん、知った風な口を利くなよ。それに悪いが、こっちは今それどころじゃない……」

次の瞬間、焼死体は強烈な風圧に晒されていた。
何故かはすぐ理解した/【瞬間移動(ブリンク)】の宣言は聞こえていた。
カザハは、焼死体の腕を引いて弟の背へと乗せた――否、正確には“乗せようとした”。
しかし焼死体の重量は装備を含め約30kg超――妖精のSTR値/片腕の状態で牽引出来る重量ではない。

「ぐああっ!」

結果として焼死体は――脱出して早々、地面に投げ出された。

「ああ、クソ。俺の手足は……まだちゃんとくっついてるな」

懐に潜った右手を引き抜く/取り出したのは数本のポーション瓶。
瓶の口を噛み砕く/ガラス片を吐き捨てる――割れた断面を胸部に突き刺す。
経口摂取よりも、こうした方が遥かに素早く/隙がない――最低限の回復は、これで済んだ。

そして――その間にも戦況は変化する/破られない必勝法などない/暴かれない虚構など、ない。
神という虚構が砕かれた時、後に残るのは、ちっぽけなスライムと――巨大な怪物。
或いは死人を縫い合わせたようにも見える巨人を、焼死体は見上げ――

「……それで?」

一言、そう言った。

247embers ◆5WH73DXszU:2019/07/31(水) 23:45:57
【デュエル・スタンバイ(Ⅳ)】

「次の指示はどうした――リーダーは、お前なんだろう?」

振り返らぬまま紡がれる言葉――だが、それが誰に向けたものなのかは、明白だった。

「時間を稼げばいいのか?それとも――」

血浸しの朱槍は城壁の中に置き去り――焼死体は後ろ腰に差した手斧を掴み、抜いた。

「――万策尽きたって言うなら、代わりにあいつを倒してやってもいいぜ」

蒼炎の眼光が、明神を見据える――戦況は焼死体の戦術に最適と言えた。
カザハの支援により得た機動力は、準レイド級との戦闘においては決め手になり得ない。
根本的な火力が不足しているからだ――だが『ブレイブ殺し』を行うには、これ以上ない援護だった。

焼死体は、斧を大きく振り被る/半身の姿勢/左手は前方へ――左足を前へと踏み出した。
肩が唸る/肘が廻る/腕が撓る/力の連動が加速度を生む――右足を踏み切る/斧を、放つ。

「……やるじゃないか。中々のバッティングセンスだ」

鈍色の閃きは――巨兵の核たるヤマシタへと迫り、しかし大剣によって切り払われた。
ブレイブ殺しを狙っていた一撃を、結果的に防がれたのではない。
必勝である筈の戦術を、焼死体は取らなかった。

何故か――その理由は複雑なようで、酷く単純だった。

焼死体は一度ゲーマーとしての情熱を棄てた/棄てなければ生き延びられなかった。
それでも最後はデッド・エンドで終わった/裏切られ続けた魂は、凍え切っていた。

そこに、一人の少女が火を灯した――小生意気で、全然好みじゃない、女だった。
だが、気が付けば――焼死体はかつて棄てたゲーマーの情熱を、取り戻していた。
それが少女のおかげであると未だに自覚出来ないほど、焼死体は間抜けではない。

「明神さん、悪いな」

故に――焼死体は巨兵を前に立ちはだかる。
時間稼ぎでも、大物喰いでも、やれと言われた事をやる。
手段だって選ぶ――ゲーマーらしい戦いを/少女に相応しい勝利を。

「誰か一人だけを選ぶなら――俺は、あいつを守るよ」

最後に残った得物を抜いた――溶け落ちた直剣/かつての愛剣を。
それを大きく振り被る/半身の姿勢/左手は前方へ――左足を前へと踏み出した。
肩が唸る/肘が廻る/腕が撓る/力の連動が加速度を生む――右足を踏み切り/直剣を、投げない。

「うおおおっ!!!」

一連の動作はフェイク/地を蹴り/瞬時に巨兵の足元へ――その親指に、直剣を突き立てた。
飛翔の推力を斬圧と換え、強引に切り裂く/上手く行けば巨体の支えが一つ欠ける。
勢いのままに上へ飛翔――膝関節を同様の手順で斬り付ける/更に再上昇。
巨兵の心臓部/或いは脳を目前に、直剣を振り上げ――

「まぁ……俺が全部やっちまっても、つまらないからな――」

だが焼死体の進攻は、ここで止まる。
それはダイスを振るまでもない決定事項だった。
追い詰められた合理性は、その合理性故に読まれやすい。

「――今日のところは、これくらいにしといてやるよ」

巨兵の左手が焼死体を打ち払うか/或いは右手の大剣が叩き斬るか。
ダイスの出目が左右する事象の振れ幅は――精々、その程度が限度だった。

248うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/08/07(水) 00:08:00
八方荒らし回ってた天罰でも下ったのか知らんが、俺は会社の便所からこの世界に放り出された。
荒野をさまよって、命の危機に何度も遭って……そして、こいつらと出会った。
こんな仲良しこよしの即席パーティ、すぐに裏切っておん出てやろうと思ってた。
なんなら最初の遭遇時点で奇襲かましてクリスタルやらカードやら奪ったって良かったしな。

俺は馴れ合いが嫌いだ。
孤独が好きってわけでもないが、人間関係の煩わしさは嫌っていうほどわかってた。
ソロ適正の高いヤマシタが居れば、俺は一人でもやってける。自信は……今でもある。
世界救うのなんかやる気のある連中に任せて、在野の野良ブレイブよろしく適当に生きてく選択肢もあったはずだ。

ベルゼバブ戦で物欲にかられて加勢しなければ。
ガンダラでマスターとの交渉を断固拒否していれば。
――試掘洞で、真ちゃんやこいつらを見捨てて逃げていれば。

きっと俺は、今よりもずっと自由気ままにこの世界を謳歌していただろう。
あるいは一人、どこかで野垂れ死んだとしても、事故に遭ったようなもんだと諦めがついた。

だけどそうはならなかった。そうすることは、出来なかった。
情が移ったってのはある。子供死なせちゃ寝覚めが悪いっつうのも、まあ認めよう。
だが、俺があいつらと旅をしてきた理由は、きっとそれだけじゃなかった。

誰かと一緒に見知らぬ土地を歩いて、食ったことのないもの食って、見たことない景色を見るのも。
かつてない苦境や強敵に、皆の力を合わせて打開策を導き出し、乗り越えていくのも。
おおよそこれまでの人生で体験したことのないくらい、楽しかった。
同じ目的のもと、助け合って困難に立ち向かっていくのは、心が踊った。

結局のところ、冷めたツラして斜に構えてるクソコテの俺も、一歩引いた位置で大人ぶってた俺も、
フレンドとの共闘に一喜一憂する……ごくごく一般的なゲーマーに過ぎなかったのだ。

なぁーにが邪悪は馴れ合わないだよ。俺、こいつらのこと好き過ぎだろ。
でもしょうがねえよ。楽しかったんだもん。もっとこいつらと旅がしたいって、思っちまったんだよ。
出会った頃からは随分顔ぶれも変わっちまったが、そんなの関係ねえ。

俺は俺の目的を、余すことなく全部果たす。
ニブルヘイムだの侵食だの、邪魔する要素は叩き潰す。
この先もブレモンのプレイヤーで、こいつらのフレンドで在り続けるために……世界だって救ってやる。

 ◆ ◆ ◆

249うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/08/07(水) 00:08:35
動きを封じたカザハ君とユニサスに、直撃コースの大剣。
取った――この場の誰もが、当のカザハ君すら確信しただろう必殺の一撃。
ぶった切られた大気が生み出す風切り音の向こうから、一つの声が聞こえた。

>「ありがとう、ブライトゴッド」

声と共に大剣の前に飛び出した影の主は……ジョン!
視界の外から走り込んできた金髪が、カザハ君をかばうように踊り出る。

「マジかっ!?」

>「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

そのまま大剣が直撃し――

>「おんどりゃあああああああ!!」

鋼鉄と生身の激突が、横薙ぎの軌道をわずかに上へと逸らした!
カザハ君の頭上数センチを鈍色の軌跡が擦過していく。
致命の一撃から仲間を救ったジョンは、当然の帰結としてその身に大ダメージを受けて崩れ落ちた。

「ウソだろお前っ!どういう心臓してんだ!」

こいつには何度も驚かされた
パートナーをぶん投げる規格外の戦術も、イカれた発想ではあったが、まだ納得できる。
だがこいつは、今!断頭台の刃に等しい大剣を、自分の身体で受けやがった!

そりゃ確かに対戦フィールド内なら死にはしない。最低限の生命維持は保証される。
だがそれはあくまで命に対する保証だ。身を引き裂かれる苦痛まで取り払ってくれるわけじゃない。
まして生身で……何の防護もないまま斬撃を受ければ、それだけでショック死しかねない激痛が走るはずだ。

意味がわからん。なんでそこまでする?
今日び自衛官だろうが軍人だろうが、必要以上に自分の身体を痛めつけるような真似はしない。
能動的な殉職なんか認められてるわけもないし、作戦行動中も自分の命は何より優先されるべきものだ。

まして今日初めて会ったばかりのカザハ君のために、人間より頑丈なモンスターのために!
自分の身をなげうつ理由がどこにあるってんだ!?

>「ブライトゴッド・・・君が羨ましいよ・・・本気で人を想える君が・・・」

苦しみに喘ぎながら、ジョンは立ち上がる。
まっすぐ俺を見据えるその双眸に、己の行動への迷いは……ない。

>「僕はね・・・本当は君が思ってるほどいい奴じゃないんだ、自分の事しか考えていないクソ野郎なんだよ」

「ウソ言えよ、お前は模範的な自衛官で、被災地でもいっぱい活躍してるヒーローで……」

誰からも愛される完璧超人。ジョン・アデルは、そういう人種のはずだ。
俺とは違う、日の当たる場所で脚光を浴びる雲の上の存在のはずだ。

だが、俺の知ってるジョン・アデルは、広報メディアを通した姿でしかない。
それが渉外用に圧縮成型された、文字通りの『偶像』ではないと、否定できるか?
本当のこいつなんか知らない。こいつが何を思ってカザハ君をかばったのか、推し量ることは……できない。

>「今、一つ決めた事があるんだ、本当に今決めた事なんだけれど・・・僕は」

ただ、これからジョンの口から出る言葉は、美麗字句や虚飾のない真実であると、直感した。
ポスター越しの爽やかスマイルじゃない、ズタボロで汚れきったそのツラが、何よりの根拠だ。

250うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/08/07(水) 00:09:12
息を呑む。あるいは……呑まれた。
ジョンの真に迫った表情が、警戒に割いていた俺の集中力を奪い取った。
こいつの声を聞き逃しちゃならないと、そう思わされた。

>「ブライトゴッド!君を・・・いや!なゆも!エンバースも!みのりも!カザハも!とにかく全員を!僕は親友にする!」

いつの間にか、その腕の中にウェルシュ・コカトリスが居る。
俺は気づいてしまった。こいつが部長を盾にせず、生身でバルゴスの大剣を受けた理由。
そしてこれから、何をしようとしているのか。

>「はあああああああああああ!!」

ボロッボロのボロ雑巾の、HP全損一歩手前の、満身創痍の――その身体で。
ジョンは、部長をもう一度空高くぶん投げた。
ついさっきの光景が否が応でもフラッシュバックする。
この石畳にクソでかいクレーターをぶち開けた捨て身の必殺攻撃……部長砲弾!!

>「いったろ?もう一度やるって・・・ブライトゴッド、今度は部長が君を、今度は地面でなくではなく君に向って降って来るぞ」

「く、くそっ……やりやがったなこの野郎!だったら俺ももう一度言わせてもらうぜ。
 ――モンスターをぶん投げる奴があるかぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

非難の声を上げようが、彗星の如く降ってくる部長砲弾の勢いは止まらない。
バルゴスに防御させようにも、俺との距離が離れすぎてる。
後退させればそれだけゲージをなゆたちゃんに献上する。
一発のダイレクトアタックが、俺の行動の余地を極限にまで狭めていた。

選択肢はみっつ。
スペルを使って防御するか、石油王の隠し玉を今使うか。
あるいは……それこそジョンよろしく、素受けして手札を温存するか。

上等だ!やってやらぁ!どうせ死にゃしねえんだ、俺だって痛みに耐えるくらいできるもん!!!
初心者のお前にできて俺に出来ねえことなんてねえんだよぉ!!
さあ来やがれクソッタレワン公!受け止めてヨシヨシペロペロしてやるぜ!!!

…………………………。

「うおおおおおおおお!!!!『座標転換(テレトレード)』、プレイ!!!!」

砲弾が直撃する寸前、俺はスペルを切った。
部長砲弾と俺の位置が入れ替わり、俺のすぐ背後に部長が着弾する。
さっきほどじゃないにしても、石畳を大きく抉った砲弾はごろごろ転がってどっかに行った。
破壊の爪痕を横目に見て、背中に冷や汗の滝が出来た。

いや、無理。無理無理無理無理無理だろこんなもん!!
内臓破裂じゃすまねえよ!下手すりゃ俺ひき肉になっちまうよ!?
ジョンお前、よくバルゴスの大剣生身で受けたな!?やっぱイカれてるよお前!!

貴重なATBゲージとスペル1枚を使わされて俺は戦慄する。
同時に、ジョンの立ち回りに敬意すら覚えはじめていた。

これを勇気、と呼ぶにはあまりに蛮勇が過ぎると思うけど。
結果的にジョンは、自身のATBとパートナーを温存したままカザハ君を守りきり、
こちらに手札を浪費させる反撃までやってみせた。
基礎戦術すらまともに齧ってない初心者がだ。

いや、認識を改めなきゃなるまい。
こいつはもう、得体のしれない初心者ブレイブなんかじゃない。
『生身の耐久力』という仕様のどこにも書いてない能力値を独自に検証し、それを活かす戦術を組み立てた。
紛れもなくブレイブとして開花している。

251うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/08/07(水) 00:10:17
「この俺と親友になりたいとか抜かしやがったな。
 そいつがお前の信念なら、俺はお前を信じよう。だが簡単に俺と仲良くやれると思うなよ」

ジョンのすべてを今ここで知れたとは思わない。
そして俺は、他人と軽々しく友達になるつもりもない。
フレンドリストの中身は全部闇討ちリストだしな。
少なくとも今この時点じゃ、お前は俺の敵だ。

だけど、間違いなくひとつ、こいつの腹の中身を知れた。
こいつが何を求めているのか、何のために戦うのか……その信念を、垣間見ることができた。

ジョン・アデルは、正体不明の謎外人でも、偶像に塗り固められたヒーローでもない。
――人を想おうと足掻く、ただひとりの青年だ。

昨日の敵は今日の友って言葉がある。
翻せば、明日の友は今日の敵ってことだ。
最後の力を使い果たし、眠るように気絶したジョンに、俺は独り言を漏らした。

「認めるぜジョン・アデル。お前は俺の……好敵手だ」

初心者にいっぱい食わされたまま終わりにできるかよ。
俺はお前とも、また戦いたい。

これで両サイド1名の脱落者。
加えてエンバースは目下城塞の下に封印中で、数の上じゃ2対1にまで持ち込んだ。
流れは俺の方に来ている……そう思いたいが、懸念要素はまだまだある。

まず、エンバースが完全に脱落したわけじゃないこと。
ジョンは落ちる寸前にエンバースに呼びかけていた。奴の復帰を諦めちゃいないのだ。
モンデンサイドが何かしらの脱出策を用意している可能性は否定できない。

城塞が簡単に破られるとは思わないが、物理無効の障壁も魔法でなら破壊できる。
そして魔法型ビルドかつ機動力に優れたカザハ君はまだ健在だ。
こいつを初手で落とせなかったのが本当に痛い。ジョンの野郎マジで恨むからな。

そしてジョンが稼いだ時間はATBゲージに形を変えてなゆたちゃんのリソースにもなる。
これでオーバーチャージは何本になった?バトル開始から7ターンはまだ経過していないはずだ。
何よりジョンの治療に1本分ゲージを消費してる。どんぶり勘定だが、コンボ成立にはまだ足りてないと見た。
ここから超短期決戦を畳み掛ければ、ゴッポヨ降臨前に勝負を決められる。

>「ゴメンね、ジョン。いっぱい心配かけちゃって……でも、本当にありがとう。助かったわ。
 わたしも、あなたと親友になれたらって思う……。その気持ちに応えたいって思う。
 だから……その手始めに、アナタから託されたバトンを無駄にはしない! このデュエル、必ず勝つ!」

「お得意のハッタリだな。俺はどっかのチャンピオンみたく騙されねえぜ。
 まだゴッドポヨリンさんの出てくる時間じゃねえ!
 デュエルに勝つのは俺だっ!この俺の準レイド級で、お前を倒すぜモンデンキント!!」

だが、この悪寒はなんだ?
なゆたちゃんの表情に、ハッタリを看破された焦りはない。
それすら覆い隠すポーカーフェイスだってんならもうシャッポを脱ぐしかないが、ゲージ不足は確かなはずだ。

>「『分裂(ディヴィジョン・セル)』――プレイ!」

なゆたちゃんがスペルを手繰る。『分裂』?このタイミングでか?
コンボの起点となるのは『限界突破』か『原初の海』のはず。
そして、分裂スペルを行使されたはずのポヨリンさんが……増えない。
それが当然であるかのようになゆたちゃんは動じず、次々とスペルを切っていく。

252うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/08/07(水) 00:11:02
>「早指しで行くって言ったわね、明神さん!
 望むところよ……エンバースが、カザハが、ジョンが繋いでくれた希望……絶対に無駄にはしない!
 『命たゆたう原初の海(オリジン・ビリーフ)』……プレイ!」

くそ……思考が追いつかない。考えがまとまるより先に戦闘が展開していく。
誰だ早指しで行くとか言った奴は!絶対許されざるよ!俺だわ!ごめん俺!いいよ!
あああこんなわけわからんこと考えてる場合じゃねえええ!!!

そしてなゆたちゃんが『分裂』を新たに三回発動する段になって、俺は気づいてしまった。
『限界突破』、コンボの根幹をなすバフが使われていない。
強化されたポヨリンさんが核にならなければ、ゴッドポヨリンは起動しないはずだ。

――まさか。
戦闘の初期段階、まだなゆたちゃんが戦意喪失してるとき、ジョンがポヨリンさんにかけた『雄鶏乃栄光』。
あれの効果は15分、まだ残ってる。コンボパーツの代替品にしやがったのか!?

思えば試掘洞での戦いで、なゆたちゃんは『原初の海』を使わなかった。
すでに石油王の炊いた『雨乞いの儀式(ライテイライライ)』でフィールドが水属性になってたからだ。
同じようにコンボパーツはPTメンバーのスペルで代替できる。

当たり前だよなあああああああ!!!???

なんで俺、これに気づけなかった!?なんでかっつったらそりゃお前、ソロ専だったからだよ!!!!
まぁ昔はレイドもやってたけど!あの頃からだいぶ環境変わってるもんなぁ!
馬鹿な……友達居ないデバフ……実装されていたのか……。
やっぱ俺ジョン君と親友になろっかな……。

「まずい……!バルゴス!ポヨリンさんを潰せっ!コンボを食い止めろ!!」

あるいは。
それもまた、モンデンキントが持ってて、俺に足りない物の一つなのかもしれない。
孤高を気取って、馴れ合いを唾棄して、独り善がりな生き方をしてきた俺が培えなかったもの。
この戦いで手に入れるべき、誰かと手を重ね合う……絆の力。

左手のスマホでバルゴスに指令を送るが、ここで表出するマニュアル操縦の欠点。
行動を選択し、対象を選択し、攻撃命令を出す……その操作に費やす時間で、なゆたちゃんはコンボを完成させていた。

>「『民族大移動(エクソダス)』プレイ!そして――『融合(フュージョン)』!
  ウルティメイト召喚……光纏い、降臨せよ! 天上に唯一なるスライムの神――
  G.O.D.スライム!!」

そして、光が瞬いた。
バルゴスの振るった剣が弾かれる。400体のスライムが融合し、ひとつの形を成す。

――無数のスライムを統合し、統率し、生み出された一個の巨人。
6階建てのビルと背くらべできる巨体は、眩いばかりの黄金色で満たされている。
スライム系最上位種、神の名を冠すレイド級モンスター――G.O.Dスライム。

ゴッドポヨリンさんが、俺とバルゴスの目の前にその姿を現した。

>『ぽぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜よぉぉぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜!!!』

実際に目の当たりにするのは試掘洞に続いて二回目。
その神威の矛先を向けられるのは――ゲームから通算しても、これが初めてだった。

当時から頭角を現していたモンデンキントを、一気に上位ランカーへ君臨させたスライムマスター最高戦力。
レイド級すら従えるランカー達が、軒並み挑んでは散っていった規格外の大番狂わせ。
常識の外側から襲来した再現不能なトップメタであり、ブレモン界の生きた伝説だ。

253うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/08/07(水) 00:11:59
人は言う。ブレモンは、これがあるから面白い。
悔しいけど、俺も同感だった。知識と発想、何より愛の組み合わせで、プレイヤーはどこまでも強くなれる。
最弱のスライムを愛でる奇人・モンデンキントはそれを体現し、最強の名伯楽となったのだ。

対峙する者にとっては絶望の象徴とも言うべきゴッポヨを目の前にして、俺は震えた。
たぶんこれは、武者震いだ。全力全開のモンデンキントと、戦える。どういうわけか喜びしか感じなかった。

「……だからやめらんねえんだ、ブレモンってやつはよ」

眼を灼かんばかりの光を、俺は瞬きすることなく視界に収めた。
ここから先は、一瞬だって眼を離したくない。

なゆたちゃんに勝つって、俺は言ったんだ。
その熱意は、その戦意は、レイド級なんぞにブルって萎んじまうようなもんだったのか?
いいや、違う!ゴッドポヨリンも含めてモンデンキントだ。
だったら……全部倒してお前に勝つ!

>「一気に行くわよ、ゴッドポヨリン!」

「来やがるぞ、備えろバルゴス!」

まず脳裏を過るのは、試掘洞でレイド級をワンパンで仕留めたハイパーゲンコツ『黙示録の鎚』。
思わずバルゴスに防御態勢を取らせようとして、すんでのところで俺は踏みとどまった。
ゴッポヨは堕天使顔負けの六枚羽で飛翔し、バトルフィールドの上空に陣取る。
濃霧の上は日光降り注ぐ野外――その巨体を照らす陽光が、透き通った身体に吸い込まれていく。

「やっぱそっちか……!」

>「ゴッドポヨリンの攻撃! 一切万象を灰燼と帰せ――天の雷霆!」

この動きは知ってる。何度も何度もランクマッチの動画で見た。
光が、ゴッポヨさんのあんぐり開いた大口へと収束していく。

>「『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』!!!」

瞬間、ゴッポヨの口から極太のレーザーが放たれた。
大樹めいた太さの光条は濃霧を貫き、蒸発させながら石畳に着弾。
さながら稲妻が降り注ぐように薙ぎ払う。

――審判者の光帯。
レイド級としてのG.O.Dスライムが有する、極大の魔法系全体攻撃だ。
日光をパワーソースとすることでほぼ無尽蔵に範囲絨毯爆撃が可能なうえ、一撃一撃がレイド級にすら致命打を与える超攻撃力。
準レイド級のリビングレザー・ヘビーアーマーなんか純粋なステ差で消し飛ぶだろう。

見ての通り単発じゃなくて継続ダメージだから、藁人形による保険も効かない。
ついでに言えばアンデッドにとって弱点となる光属性。まともに受ければ助かる道理はない。

254うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/08/07(水) 00:13:23
>「わたしは負けない! 絶対に……この戦いに勝ってみせる!
 明神さん、わたしだってあなたに負けないくらい……ううん! あなたの何倍も、ブレモンが好きだから!
 この戦いが終わった後も! 世界を救っても! 何年経ったって、変わらずブレモンをやり続けるために!
 あなたともっともっとデュエルするために! あなたに失望されないデュエリストであり続けるために!」

俺は目を眇めた。
眩しいのは、きっとスキルの光だけじゃない。
あの光が、眩しいと思えるほどに、今俺はなゆたちゃんの近くに居る。対面に立っている!
今、この場に居られることが、何よりも快い。

「へっ!嬉しい提案だがよぉ……俺も負けるつもりはねえ!勝負でも、ブレモンへの愛でもだ!
 ずいぶん時間がかかっちまったが、俺はようやく気づいちまった。
 ブレモンはクソゲーだ。だけど俺はこのクソゲーが、この世のどんなゲームよりも、好きなんだ」

ブレモンが好きだ。アルフヘイムが好きだ。そこにニブルヘイムを加えたって良い。
ガバガバなバグフィックスも、雑で無節操なシナリオも、拝金主義丸出しのガチャ確率も。

クソな部分も全部ひっくるめてこの世界が好きだ。好きだから……この世界を救いたい。
一度はバッドエンドに終わっちまった未実装の物語を、俺たちの手で大団円にしてやりたい。

「気付かせてくれやがったのはお前だ、モンデンキント。
 お前が居たから、俺はブレモンを捨てずに済んだ。世界を救うチャンスを、こうして手に出来た」

モンデンキントが、うんちぶりぶり大明神の跳梁跋扈を助長していると、非難する者が居る。
お前が荒らしに構うから、うんち野郎が調子に乗るんじゃないかと。
正論だ。俺が言うのもなんだけど月子先生ちょっと煽り耐性なさすぎだと思うの。

だけど、だけどよ。お前が俺に構わなけりゃ、俺はとっくにブレモン辞めてたし、こうしてブレイブになることもなかったんだぜ。
俺たちの誰が欠けても世界を救えないのなら、モンデンキントは直接的にも間接的にも三世界全住民の大恩人ってわけだ。
最高じゃねえか。先見性のないアホどもに言ってやる。クソコテが世界救ったぜってな。

「お前は何も間違っちゃいねえ。フォーラムでのレスバトルも、不毛で無意味な時間の浪費じゃなかった。
 世界を救えるブレイブがここに一人生まれたんだって、証明するために。
 お前を倒すために磨いた技術は、無駄じゃなかったって、証明するために――」

俺たちは、ほとんど同時に叫んだ。


>「……あなたに……、勝つ!!」

「お前に――勝つ!!!」


>「いっっっっっっっけぇぇぇぇぇぇぇ――――――――――――――――ッ!!!!!」

なゆたちゃんの声と共に、迸る光条が激しさを増す。
あの右手で弾着観測と指令を下してるのか――縦横無尽にフィールドを灼いていた光が一直線にこちらへ殺到する。
数秒もしないうちにバルゴスは消し飛ぶだろう。

「……だが!そいつは予測済みだ!!」

ゴッポヨのもう一つのメインウェポン、アポカリプスハンマーは使わないと読んでいた。
あのゲンコツは全体攻撃も兼ねるが、それはあくまで追加効果。
威力の大半を占めるのは拳の直撃――つまり単体攻撃だ。

255うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/08/07(水) 00:14:42
なゆたちゃんは俺の手札に『座標転換』があることを知っている。
下手に単体攻撃をかませばテレトレードで回避からのカウンターを喰らうと警戒していたはずだ。
加えてバルゴスの攻撃手段はその成り立ちから大剣による近接斬撃しかない。
アウトレンジから必中の全体攻撃……より確実な勝利を狙うならそうする。なゆたちゃんならそうする。

そして俺には、どんな魔法攻撃だろうが確実に防ぎ切る手札がある。
石油御殿で借り受けた3枚のカードの一つ、『寄る辺なき城壁(ファイナルバスティオン)』。
物理無効のトーチカと対をなす、魔法無効の鉄壁だ。

なゆたちゃんの魔法使用を読んでいた俺は、ATBを捻出し予めカードを手繰っておく猶予があった。
バルゴスと光の束が交差するその刹那、ユニットを発動する。

「『寄る辺なき城壁(ファイナルバスティオン)』――プレイ!」

バルゴスの眼前に鉄壁が出現し、レーザーが吸い込まれていく。
魔法無効バフに加え、全体攻撃のターゲットを強制的に城壁単体へ切り替える効果。
このユニットが場に出た瞬間から、あらゆる魔法攻撃は壁に吸い込まれて消滅する。
壁っぽいビジュアルとは裏腹に、避雷針みたいな効果のユニットだ。

「どうだ見さらせ!こいつが古今東西あらゆるソシャゲで最強を冠する――金の力だ!!
 しっかりじっくり味わえよ……札束でぶん殴られる感覚を!!」

まぁ俺の金じゃなくて石油王の金なんですけどね。
俺は一人じゃない。石油王がついてる(金銭的な意味で)!!!
そして、

「飛べっ、バルゴス!!」

鉄壁に足をかけて、バルゴスは跳躍した。
革鎧の軽量さと、上級アンデッドのパワー。2つの要素がかけ合わさり、ジャンプの勢いは止まらない。
自由落下の楔を振り切り、またたく間に空中遊泳するゴッポヨの頭上へと到達した。

ポヨリンさんはスキル使用後のクールタイムがまだ明けてない。
今なら一方的に殴れるだろうが、それでもゴッポヨを倒すには火力不足だ。
レイド級と準レイド級には、それだけのステータス格差がある。
六枚羽で自在に空中機動できるポヨリンさんには、回避して反撃の機を待てる余裕がある。

だから――まずはその格差をぶち壊す。
ダブルATBで温存してきたゲージも、これで最後だ。

「『虚構粉砕(フェイクブレイク)』――プレイ!」

瞬間、真紅のドレスに身を包んだ女の姿が空間に投影された。
ちょっと意味わかんないくらい幅広のクリノリンスカートに、トレードマークの長煙管。
十三階梯の継承者が一人、『虚構のエカテリーナ』。
もちろん本人じゃない。NPC由来のレアスペルを使ったときに出るエフェクトだ。

幻影のエカテリーナはゴッドポヨリンさんの眼前に転移すると、煙管から煙を吹き出した。
煙がゴッドポヨリンさんを包み――そして、弾けた。
黄金の巨人は、融合前の無数のスライムの姿へと戻り、花火のごとく地面へ降り注いでいく。

エカテリーナの最上位ディスペル能力をスペル化したこのカードは、
それがどんなに上位のバフであろうと、解除不可バフだろうと、問答無用で解除する。

『分裂』はモンスターの数を増やし、『融合』は合体させて強力な個体を生み出す、
いずれもカテゴリ的にはバフの一種だ。
ゴッドポヨリンの肉体を構成するスペル効果を解除して、無数のスライムに戻した。

レイド級モンスター・G.O.Dスライムを――場から除外した。

256うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/08/07(水) 00:15:27
四散するスライム達の中心に、核となったポヨリンさんがいる。
鍛え込まれたポヨリンさんは単独でも準レイド級に匹敵するステを持つが――空中ならリーチの差が活きる。
バルゴスが大剣を振り上げる、その先を自由落下するポヨリンさんと、モンスター越しに目が合う。

「よぉ。1ターンぶりだな、ポヨリンさん」

――お前と戦うのは、実は二度目なんだぜ。
コンボ開発前のモンデンキントはまだ一介のプレイヤーだったが、その頃からお前はなゆたちゃんの傍にいた。
お前とお前の御主人様に、過去の俺はベチボコに叩きのめされたんだ。

最弱の種族でありながら、絶え間なく注がれる愛に応え続け、最強の座を手に入れたお前に……俺は敬意を払う。
ずっと「さん」付けで呼んでるのだって、俺の知る限り、お前が世界で最高のパートナーモンスターだからだ。

ゴッポヨは確かに革命的だ。並のレイド級じゃワンパンで沈むブレモン界の麒麟児だ。
でも俺は、この核になったポヨリンさんこそが、超えるべき壁だと思う。
だからぶりぶりコンボは……純粋にお前と対峙するための戦術なんだ。

お前は強い。この世のどんなスライムよりも。
お前は愛されてる。この世のどんなモンスターよりも。

お前に比べりゃちっぽけな、強さと、愛と、その他諸々全部かき集めて――

今、お前を超える。

「バルゴスの攻撃!遍く全てを掻き毟れ、至道の珠剣――『アルティメットスラッシュ』!!」

左手のスマホを手繰り、バルゴスがスキルを発動。
唐竹割りの軌道で打ち下ろした、闇のオーラを纏った斬撃が、身動きできないポヨリンさんを捉えた。

ガィン!と金属質な打撃音。ウソだろ……硬すぎだろポヨリンさん。どんだけDEF上げてんだあの女。
切断こそかなわないものの、大剣の質量が強烈な慣性となって、ポヨリンさんを下方向へと弾き飛ばす。
流星と化したポヨリンさんは、水蒸気の尾を引きながら地面へと叩きつけられた。
部長砲弾なみに石畳がえぐれた。ウソだろ……(二回目)。

追うようにして自由落下したバルゴスが着地する。
革鎧のパーツを軋ませて衝撃を吸収するが、耐えきれなくなったのか革紐がいくつか弾け飛んだ

ポヨリンさんのHPはまだ1になってない。
無防備なところに準レイド級のスキルがクリーンヒットしてまだ耐えてる防御力には脱帽ものだが、
流石にもう戦闘は続行不可能だろう。

「回復の隙を与えるな!決めろバルゴス!!」

ATBゲージの蓄積がいやに遅く感じるのは、やっぱり心が逸ってるからだろうか。
次のターンで勝負が決まる。この俺が、うんちぶりぶり大明神が、モンデンキントに勝てる。
ここまで本当に長かった。俺の二年間は、無駄じゃなかったって、ようやく言える。

……だが、未だに背筋にのってりと張り付く妙な予感が拭えなかった。
いや、これは確信に近い。これで終わりじゃないと、ガチ勢としての俺が、瀧本俊之がささやく。

なゆたちゃんはジョンが退場してすぐにゴッドポヨリンさんの召喚を始めた。
俺のタゲはジョンがかばったカザハ君に向いていて、あと1ターンは余裕を持って動けたのに。
それこそカザハ君を回避タンクとして使って、よりATBを稼ぐこともできたのに。
ATBの余剰を用意しておけば、俺の反撃を防ぐ体勢まで構築できたはずだ。

最初に使った『分裂』も気になる。あれは本当に不発だったのか。
なゆたちゃんほどのプレイヤーが、コンボの順番間違えるなんてことがあるはずもない。

そしてゴッドポヨリンさんご登場のインパクトで完全に頭から吹っ飛んでたが……
カザハ君どこ行った?どこで、何をしていた?

257うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/08/07(水) 00:16:39
>「ぐああっ!」

答えのひとつは、俺の横合いから聞こえてきた。
そこにいたのは、ユニサスから見事に落馬した焼死体だった。

「エンバース、お前正気に――って!どっから湧いて出てきやがった!?」

聞いてはみたけど、そんなもん犯人は一人しかいない。

>「ノリ”だけ”では世界は救えない――でもノリで動く奴が一人ぐらいいたっていいよね!」

「またお前かぁぁぁあああっっっ!!!」

――カザハ君である。この妖精さん、またしても悪さしやがった。
お前ホントはシルヴェストルじゃなくてもっと邪悪な妖精なんじゃないの!?スプリガンとかさぁ!

これだ。持ち前の機動力と即断即決で縦横無尽に戦場をかき回すトリックスター。
予測不能にして神出鬼没、これがカザハ君のブレイブとしての恐ろしさだ。

……だけど、なんか懐かしいなこういうの。
真ちゃんとPT組んでた頃も、こうしてノリと勢いで突っ走るあいつを俺たちみんなで追いかけてた。

大変だったし、危ない思いもしたけれど、多分あいつがいなけりゃこんなに早く王都には着けなかった。
タイラントとかも一ヶ月くらいしっかり作戦練ってから安全に安全に倒しに行ってたかもしれねえ。
死にたくねーからな。

だからまぁ結局、どうしても俺はこいつを嫌いになれない。
俺自身この手の行動力に手足が生えたような奴は嫌いじゃないし、
なゆたちゃんが本領発揮するのはこういう突撃系の手綱握ってるときだと思うからだ。

船の行き先を決めるのは舵だが、前に進むにはやっぱり推進力が必要だ。
すげえうにょうにょした形のエンジンだけど……。

「ノリで動くなとは言わねーけどよぉ!説明をしろ説明を!エンバース腰打っちゃってんじゃねーか!
 みんながみんなお前みてーに当意即妙以心伝心ってわけじゃねーんだぞ!」

こえーよこいつの見てる世界。どういうスピードで動いてんの?
都会人だってまだ分単位のスケジュールで生活してんぞ。お前、秒じゃん!

まーたしかにね、ノリで動く奴が一人くらいいても良いよ。
俺たちわりとそうやってここまで来た感あるしね?
でも一人で十分だわ!こんなん二人も三人も居たら収集つかへんぞマジで!

……だからこそ、俺はこいつをなぁなぁで認めるわけにはいかない。
全部吐き出させて、全部受け止める。仲間には、それが必要だ。

「予言しても良いぜ。ノリで動く奴は、危なくなったら逃げるし旗色が悪くなりゃ裏切る。
 きつくてもやばくても頑張ろうっていう意思がねーからだ。気分がノらねえからな。
 でも俺は、お前がそういう奴だとはどうにも思えねえんだ」

リバティウムでミドやんが暴れたとき、こいつはまっすぐに現場に駆けつけて被害の拡大を食い止めた。
あれもノリか?なんとなくヒマだったからお散歩に来たのか?違うだろ。
ノリだけで命かけて、一撃喰らえば消し飛ぶ超レイド級の前に飛び出すなんざできっこねえ。

「バロールと何があったのかなんざ俺には関係ねえ。お前の前世にも興味はねえ。
 俺が見たいのはお前の腹の中身だ。お前が何の為に俺たちに力を貸すのか。世界を救うのか。
 それが知りたい」

258うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/08/07(水) 00:17:21
ジョンは、俺たちと親友になりたいと言った。
俺はあいつを友だちとして認めたわけじゃないけれど、それがあいつの信念だってわかった。
ズタボロになってまで、俺とぶつかり合ってくれた理由を知った。

「俺は腹の裡をぶち撒けたつもりだ。お前のも見せろよ、男同士なんだからよ、裸の付き合いしようぜ、男同士」

大事なことなので二回言いました。

>「……それで?」

と、落馬の衝撃からようやく復帰したエンバースが戦況を見回してそうこぼす。
胸にポーションの瓶が何本か突き刺さってる。飲む薬なのに注射しちゃったのかよ。
どういう構造してんだお前の身体。

>「次の指示はどうした――リーダーは、お前なんだろう?」
>「時間を稼げばいいのか?それとも――」

リーダー。エンバースはなゆたちゃんに向かって、確かにそう言った。
へっ、なんだかんだ言って認めてんじゃねーか。
その言葉をもっと早く言ってやれば百点満点だったぜ。
ちょっと遅いから80点くらいな。

>「――万策尽きたって言うなら、代わりにあいつを倒してやってもいいぜ」

エンバースは腰から手斧を抜き放ち、青白く光る双眸で俺を射抜いた。
……前言撤回、百点満点だ。いい顔してんぜお前。

俺はスマホを構える。ポヨリンのトドメ用ATBがもう溜まる。
奴が攻撃を仕掛ける前に、準レイド級の攻撃力で叩き潰せる。

焼死体が斧を振りかぶる。
この距離から何を――投げ斧か!やべえ、この位置じゃカバーが間に合わねえ!

>「……やるじゃないか。中々のバッティングセンスだ」

だがエンバースは斧を俺ではなく、バルゴスの方へと投擲した。
大剣が閃き、手斧を叩き落とす。
ダイレクトアタックに躊躇いのないこいつが、わざわざそうした理由は……考えるまでもなかった。
焼死体がなゆたちゃんとバルゴスの間で、両者を隔てるように立ちはだかったからだ。

>「明神さん、悪いな」
>「誰か一人だけを選ぶなら――俺は、あいつを守るよ」

――この戦いが始まる直前に、俺がエンバースに問いかけたこと。
守りたいもの同士が戦うとき、どちらを選ぶのか。

「へへ……」

ずっと待ち望んでたモンデンキントとの決闘の、最後の最後に邪魔が入ったってのに、
自然と笑いが出た。多分俺はいま、すげえ嬉しいんだと思う。
その理由を口に出すのは、ちょっと照れくさいけれど。

「やぁっと答えやがった」

だけどこれでようやくわかった。確かなものがひとつできた。
エンバースは、のべつ幕なしになんでも守るソンビ野郎なんかじゃない。
自分自身の意思でなゆたちゃんを守ろうとしている、彼女の頼れる仲間だ。

「だったら気合い入れて守護れよナイト様!
 あいつが今戦ってる相手はなぁ!この場の誰よりも強いぜ!そう、お前よりもだ!!!」

259うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/08/07(水) 00:18:27
ポヨリンさんにトドメの一撃を入れるのが早いか。
なゆたちゃんがポヨリンさんの治療を終えて戦線に復帰してくるのが早いか。
全てはこの攻防に懸かってる。

>「うおおおっ!!!」

裂帛の叫びと共に焼死体が迫る。
その動きはさっきと同じ、投擲のモーション。獲物は新たに抜き放った直剣だ。
ションベン球で三振取れると思うなよ!もっかいホームランしてやるぜ!

――投擲はフェイント。
剣を振りかぶったまま、エンバースは強く地面を蹴る。
弾丸みたいな加速でバルゴスの足元に迫る。

「速っ――ああクソ、またカザハ君かっ!」

あいつエンバースにヘイストかけてやがった!
こっちが反応するより早くバルゴスの足に取り付いた焼死体が、剣を爪先に突き立てる。
そのまま急上昇――慣性に捻りを加えた鋭い一撃が、革鎧の親指をえぐり取った。

ヘビーアーマーを支える足がぐらりと揺れる。
親指は足のバランスを左右する重要な部位、そこをピンポイントで――
なんなんだこいつ、巨人と生身で戦った経験でもあるってのか!?

エンバースは止まらない。
カザハ君のスペルで飛翔し、膝の辺りを斬りつけて……これもえぐり取った。
片足の支えを完全に失って、ゆっくりとバルゴスが倒れて行く。

「マジかよ。準レイド級だぞ!?」

こんな、せいぜいSレア程度の『燃え残り』に、ここまで一方的にやられるもんなのか。
材質的に斬りやすい革鎧だからって、簡単に切り裂けるようなステータスじゃないはずだ。
こいつほんとに何者なんだよ。俺の中の常識がどんどん覆っていく。

だが……ここまでだ。
飛翔を続けるエンバースは、ヤマシタの収まる心臓部に到達し――

>「まぁ……俺が全部やっちまっても、つまらないからな――」

バルゴスの左手が焼死体の身体を掴んだ。
これだけ一直線に飛んでくれば余裕で捕まえられる。
腕ごと締め付ければ、もう剣は振るえない。奇跡の快進撃も打ち止めだ。

「……遺言がありゃ聞いとくぜ。いつもみたくかっこいい決め台詞言ってみな」

完全に拘束されて、あとはただ死を待つばかりのエンバースは、やっぱりニヒルにこう言った。

>「――今日のところは、これくらいにしといてやるよ」

「新喜劇じゃねーかっ!」

この状況で面白いこと言ってんじゃねーーーーよ!!!
べちーん!と握った焼死体を地面に叩きつけた。
やべ、ちょっとやりすぎたかな?まあ元々死んでるし大丈夫だろ多分……。

260うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/08/07(水) 00:19:24
バルゴスが傾いていく。
足の関節を破壊され、もはや歩くことはおろか立ち上がることすらできない。
リビングアーマー本来の再生能力で修復は可能だが、ATBを消費する。
焼死体が最後に削っていきやがったせいで、ポヨリンさんを詰ませるには一手足りない。

さらにまだカザハ君が残ってる。
奴の存在自体が、戦況をひっくり返しかねない。

ポヨリンさんを回復させられた場合、準レイド級でも競り勝てるかは未知数だ。
それでなくてもポヨリンさん自身がトドメを回避すれば、それだけで勝率は一気に下がる。

二転三転する状況、追い詰められてるのは俺も同じだってのに、口の端はずっと上がっていた。
いつもいつもロード中の暗転に映るしかめっ面とにらめっこしてたあの頃とは違う。

「楽しいなぁ、なゆたちゃん。ずっとクソゲー呼ばわりしてきたのに、面白いじゃねえか、くそったれ。
 こんなに楽しい世界が、侵食されて消えちまうってんなら、救ってやらなきゃならねえな」

俺は何よりも自分が大事だ。俺の意思は他の何にも優先する。
これからも楽しくよろしくやっていくために、俺は世界を救おう。

「――楽しくなかったら、誰がこんな世界救うかよ。うひゃひゃひゃ!!」

ブレイブだからとか、地球も滅ぶからとか、そんなの関係ない。
この世界が好きだから。失いたくないから。
笑って世界を救いに行こう。

片足のままのバルゴスを突撃させる。ほとんど体当たりに近い。一歩進めばもう走れない。
攻撃用のATBはまだ溜まってなくて、敵チームはまだ二人居る。
なんと!こんな状況からでも入れる保険があるんですよ。その名も――

「――相棒!」

石油王保険って言うんですけどね。
とっておきの切り札発動。俺はあえて当人の名を呼ばずに合図だけを叫んだ。
チームモンデンが石油王という伏兵に思い至るのを、一秒でも遅らせるためだ。

石油王は、合図があればサブ垢使って3秒の間万難を排除すると言った。
この状況での万難とはすなわち、カザハ君そのものであり、ポヨリンさんの回復あるいは回避だ。

どれか一つでも拘束できれば、俺の最後の一撃が決められる。
二つ排除できればモアベター。サブ垢の詳細を知らない以上、正確な戦略は立てられない。

だけど俺は知っていた。
あの女はやると言ったら必ずやる。やり通すだけの実力と、確かなプライドがある。
俺たちはこれまで何度も、そうやって助けられてきたんだ。

バルゴスが崩れつつある片足で着地し、そのまま倒れていく。
ポヨリンさんの眼前で、大剣を床に突き立て、どうにか五体投地だけは避ける。
最後の一歩はあっけなく終わりを迎え、バルゴスはもう動けない。

「言ったよな。――腹の中身、全部見せるって」

リビングレザー・ヘビーアーマーの中央、埋め込まれたヤマシタの腹甲が開く。
そこから顔を出したのは、怨身合体の時に忍び込ませておいた俺の蛆虫――マゴットだ。
マゴットの鼻とも口ともつかない先端の穴に、ピンポン球くらいの黒いエネルギーの塊が生まれた。

261うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/08/07(水) 00:19:48
「こいつで最後だ、気張れよマゴット!……『闇の波動(ダークネスウェーブ)』ッ!!!」

『グニャフォォォォォォォォォ!!!!!』

マゴットの口から漆黒の光条が放たれる。
レイド級モンスター、ベルゼブブの上位スキル『闇の波動』……その発展途上版。
リバティウムで使ったものよりも規模がでかいのは、あれから腐肉より良いもん食わせて育てたからだろう。
感謝するぜエンバース。お前の入れ知恵がなけりゃ、この戦略は成立しなかった。

これで全部だ。
アイテム、カード、モンスター……人脈。この世界でひとつひとつ手に入れてきた全て。
その中で、戦術に組み込めるものは全部投入した。

ウン千人居るお前のフォロワーにはちょいと足りねえかもしれねえが……。
俺の両肩にも、結構いろんな奴とのつながりが乗ってるんだぜ、モンデンキント。
想いに形があるのなら、俺はそいつを研ぎ上げて、お前の喉元に届かせる。

届くだろうか。
届かなきゃウソだろ。
たとえお前との俺との間に、どれだけの隔たりがあったとしても、今だけは。

「……届けぇぇぇぇえええっっ!!!!」

――届け。


【ゴッポヨレーザーを魔法無効防壁でしのぎ、虚構粉砕で融合・分裂を解除。ゴッポヨ撃破。
 核のポヨリンに痛打を与えるも完全撃破ならず、トドメを焼死体と妖精さんに妨害される。
 焼死体を地面に叩きつけ、片足破壊のままポヨリンに肉迫。
 天威無法による三秒の時間稼ぎを要請し、ヤマシタの腹に仕込んだマゴットがポヨリンへ闇の波動を発射】

262五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/08/12(月) 20:28:36
イシュタルを囮にエンバースを絡めとり、仕事を終えたとクレーターから出る間際
背後に魔法発動の気配を感じ振り返ると、槍を投擲する寸前のエンバースの姿があった
愛染赤糸(イクタマヨリヒメ)でイシュタルを絡み付けられ、更にそのイシュタルは地脈同化(レイライアクセス)によって地面に縫い付けられている
その状態であって追撃をしてこようとは、流石のみのりも想定外

ただその姿を確認する以外できなかったのだが、『焼き上げた城塞(テンパード・ランパード)』によって救われた
「明神さんありがとさん
それにしても、まあ、これはエンバースさんを褒めなしゃあないねえ」

小さく舌を出しながら顎に伝った冷や汗をぬぐった
タンクとしての仕事は敵の攻撃を受け明神の時間と手数を稼ぐことだ
にもかかわらず明神によって救われたのは本末転倒な話だが、あの状態からでも追撃をしてくるエンバースの力量を認めざる得ないというものだ

ともあれ無事にクレーターから脱出しバロールの隣に位置するみのり
それに対してバロールは笑顔で迎え入れ、お茶にお菓子、テーブルと椅子を用意させた
リタイアした者の観戦席という事なのであろう

一言礼を言いつつもみのりは席にもつかず、そのままスマホをいじっていた
なぜならば、形式上はどうであれ、みのり的にはまだ戦いは続いているのだから

「まあ、イシュタルはここでお役御免という事で……」

スマホにイシュタルのアンサモンが表示されたのを確認
もう少しかかると思っていたが、エンバースが何らかの手段を講じたのであろう
が、『焼き上げた城塞(テンパード・ランパード)』で封じられている以上エンバースに脱出する術はないはずだ

イシュタルが戻ったことを受け、メインスマホからすべてのクリスタルをサブスマホに移しながら思いを巡らせていた
エンバース……元ブレイブという事だが、その姿が焼け残りエンバースというアンデッドモンスター
スマホも壊れ正体不明の存在であるが、その言動からしてブレイブであることは間違いない

あまりにもブレイブについて知りすぎており、ブレイブを倒すための戦略が練られているのだ
それもブレイブとしての力は使えず、モンスターとしての状態で、だ
もし彼が万全の状態であれば……?と考えずにはいられなかった

263五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/08/12(月) 20:29:43
そうしている間に戦局が一気に動く
明神がコンボを発動し、レザーアーマーの集合体してリビングレザーヘビーアーマーを創成

「いやいやいやいや、理屈の上ではそうやけど、あかんやんアレ」

思わず口をつくみのりにバロールが「そうでもないですよ」と応える

なゆたのゴッドポヨリンコンボに着想を得たのはわかる
確かにレザーアーマー創成にくっ付けるまではできるだろう
しかし、それだけの数の中枢となるのがヤマシタというのはあまりにも無理というものだ
ゴッドポヨリンも最低ランクモンスターのスライムが中核になっているが、ポヨリンとヤマシタとでは言っては悪いが練度が違いすぎる

勿論その事は明神も承知の上であり、バロールが見抜いたように大剣をイベントリ―から取り出した
それは怨念の宿る刀剣、古兵の魂『マーセナルスピリッツ』になりかけている状態なのだ
この呪いの大剣を手にすることでヤマシタの怨念がブーストされ、巨大なレザーアーマーを統括するに足る力を持つのだ

というバロールの解説の直後、リビングレザーヘビーアーマーは明神へと攻撃をふるった

「大層な解説やったけど、これどういうことなん?
創世の魔眼を持つ魔術師様に追加の解説お願いしたいところやわぁ」

ジト目でバロールに返すみのりに、
「いや、ほ、ほら!君たちの世界では幽霊の存在は稀有でしょう?
そこで育った彼がこちらに来て霊と対話し協力を取り付けるだけでも十分凄い事なのさ
それにすぐに御するようになるようだよ」

と多少焦りながら解説を追加する言葉にみのりは小さく頷いていた
ゲームとは違う戦い方は自分も意識していたつもりであった
だが明神はさらにゲームではないこの世界の在り方について考え理解していたのだろう
モンスターとしてのアンデッドではなく、この世界にある霊という存在を認め向き合ってきたのだから


そうしているうちに戦端は開かれる
まず狙ったのはカザハ
相手アタッカーは封じているのならば、次に落とすべきは機動力を持つカザハとカケル

工業油脂によって機動力を奪い、振るわれる強力な一撃
カザハはブレイブとしては素人だが、何をしでかすかわからない怖さがある
そう、何をするかではなく、何をしでかすか、だ
その怖さは時が立つほどに増大していく類のものであり、早々に退場させるのは正しい判断だろう

しかしカザハとカケルに向けられた刃は、ジョンによって防がれた
そう、文字通りジョンによって、だ
生身の体でリビングヘビーレザーアーマーの横薙ぎを受け止め、軌道を変えたのだ
更に最後の力を振り絞り部長を投げつけて地に付した

それを見てみのりは息をのんだ
ジョンはブレモン初心者
コンボや戦闘の組み立てもできず、いくら職業的に屈強であったとしてもこの戦いにおいては何もできない
むしろ回復魔法を吸い取るスポンジとして放置しておいたほどだ

にもかかわらず、結果的にはカザハを救い、更に明神に対して攻撃まで敢行している
その姿はあまりにも衝撃的だった

264五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/08/12(月) 20:30:14
みのりは勇気や覚悟というものを持ち合わせていない
恐らくこの場の誰よりも臆病だ
みのりがあらゆる場所で泰然自若としていられるのは決して勇気や胆力、自信があるからではない
あらゆることを想定し、事前に手段を張り巡らせ、自分は安全だという[自覚]があったからだ

だからそれが崩れた時、みのりは大きく崩れる
リバティウムでしめじが死んだとき、ミドガルズオルムを抑えるためにパズズを使ってしまいクリスタルを消費した時、そしてイブリースを前にした時

故に、何もない身一つで大剣に立ち向かったジョンに大きな衝撃を受けたのだった
それがみのりにとっては勇気とは呼べず蛮勇でしかないものであったとしても、だ

>「まったく、無茶をするね……。地球の人々はみんなこんな感じなのかい?
>それはともかく……これで彼に対する不信は解消されたかな、五穀豊穣君?」

「そんなわけあらへんよ〜
あんなことする人とはうちは絶対わかり合えへんけど……ええ友達にはなれそうやわねぇ
どこぞの顔と口だけ良い宮廷魔術師様と違って、中身まで男前みたいやしぃ?」

戦況を共に見守りながらにこやかに話しかけるバロールと、ことごとく撃ち落とすみのりの会話が続いていた
しかし、口ではそうはいっていてもみのりはバロールについて認識を改めていた

「彼に対する不信は解消されたかな」と問いかける
それはすなわち、みのりがジョンを信用していない事を見抜かれていたという事なのだから
更に言えば、あえてそれを口に出すことにより、みのりがバロールについても一切信用していない事もわかっているのだろう

宮廷に入ってから出された茶や茶菓子、メールアドレスなど一切手を付けていない
何が仕込まれているかもわからないようなものに手を出すような真似はできないのだから

それをわかった上でこうして接していられる強かさを持つバロールに悪い気はしないでもいた


ジョンが回収され治療を受けている間にも戦闘はめまぐるしく動く
なゆたが動き、一気にゴッドポヨリンコンボを決める
様々な要素を絡めての見事な早打ち

出来ればコンボ完成前に妨害を入れたいところだが、一方でカザハがエンバースの救援に向かっている
ここで数の不利というものが出た
ジョンの捨て身の防御が効いてきているのだ
先ほど真っ先にカザハを落としに行った明神の選択の重要性が良くわかるというものだ

だが、おそらくだが……カザハの事がなくともこの展開は変わらなかっただろう
明神はなゆたを、全力のなゆたと勝負をしたいのだから
ゴッドポヨリンを超えるのは必須の通過儀礼なのだろうから

「ほれにしても、これは無茶しすぎやわ」

必須の通過儀礼だとは言え、ゴッドポヨリンを前にしてはそうつぶやかずにはいられない

GODスライムとなったポヨリンは大きく羽ばたき陽光を吸い込んでいく
そして放たれる「『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』

明神となゆたの攻防が繰り広げられる中、もう一つの戦いが繰り広げられていた
それはみのりの中で「もし自分が明神であったら」「イシュタルを持って戦っていたら」という想定戦
その脳内でも高速で攻防が繰り広げられていたのだが、事ここに至って……みのりは白旗を上げていた

この状況下でこの攻撃を防ぐ術をみのりは思いつかなかった

265五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/08/12(月) 20:30:53
しかし明神はその術を持っていた
『寄る辺なき城壁(ファイナルバスティオン)』にて魔法を吸収無効化
更には
『虚構粉砕(フェイクブレイク)』であらゆるバフを解除

バインドデッキは敵の強力な攻撃を受けてこそ力を発揮する
故に敵の攻撃やバフを無効化するようなカードを使うという意識がなく、そのまま博物館に飾っていたのだが

「ふふふ、ここでこんなふうに使ってくれるとは、冥利やわ〜」

アイテムやカードは使ってこそ生きると思っている
後生大事に飾っておくコレクションではなく、実用するものだ、と
そういった思考とは裏腹に、博物館経営するような状態になっていたのだが、こうやってここ一番で使われたことに大きな喜びを感じていた

ゴッドポヨリン状態を解除され、一匹のスライムの状態でまともにリビングレザーヘビーアーマーの攻撃を受けた叩きつけられたポヨリン
あと一押しで勝てるというところでそれは立ちはだかる

まるで空挺部隊かのようにカザハから投下されたエンバースである
クレーターを作り地に埋まるポヨリンを見て、エンバースは……なゆたに指示を請うた
そして明神に向けた言葉

>「誰か一人だけを選ぶなら――俺は、あいつを守るよ」

その言葉にみのりの方がほころぶが、おそらく言われた明神も同じ顔をしていただろう

そう言い放つと、レザーアーマーの巨人に向かって駆ける
普通に見ればエンバースに勝ち目はない
単純なステータスの比較であれば順レイド級の力を得たリビングレザーヘビーアーマーと燃え残りエンバースとでは比較にならないからだ

だが、様々なバフを受け、超速で攻撃したのは巨人の足の親指!
そう、部位欠損による重心破壊
HPの足し算引き算では測れないその戦闘法は恐るべき効果を生み出していた

脚から膝へと破壊は進み、その自重故に体を支えきれず崩れるリビングレザーヘビーアーマー
崩れた先に切っ先を突きつけるエンバースであったが、快進撃はそこまで
巨大な手がエンバースを捉え、一言躱したのちに地面に叩きつけた
エンバースはこれでリタイアか、そうでなくとも起き上がれた時にもはやなすべき事は残っていないだろう
なぜならば、もう決着の時は目の前に来ているのだから

266五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/08/12(月) 20:41:47
片足破壊されたリビングレザーヘビーアーマー
叩きつけられクレーターを作るポヨリン
そしていまだ健在だが戦術的に未知数すぎて読めないカザハ
最後の一手、何がどう転がるかわからない状況がだ、それぞれの顔は何処までも楽しそうな貌だ

「明神さんも腹の内全部曝け出して、羨ましいわぁ」
自分にはできないこの戦いに言葉がこぼれる

この戦い、明神攻撃にはそれぞれに対する問いかけが乗せられていた
そしてそれと同時に明神の気持ちも乗せられていたのだから

明神だけでなく、無謀ともいえる献身を果たしたジョンも、明神の気持ちをぶつけられそれを受け止めるなゆたも、エンバースも、カザハも
清々しい気持ちで見守る中、その時は来た
「これお願いするえ?」回復したジョンに緑のスマホを渡し、一歩前に出た

>「――相棒!」

「なゆちゃん!うちは認める!あんたがリーダーの資質を持つことを!!」

明神の言葉に食い気味にみのりの声が響く
普段のおっとりとした口調とは違い、はっきりとまるで空気を震わせるような大きな声で
みのりの顔は上気し、満たされた表情であった
そう、この時みのりは初めて覚悟を決めたのだ

「ジョンさん、エンバースさん、カザハちゃん、そして明神さん、あんたらも最高な仲間や!」

しかし、そこまで言い切ると表情は一変し険しいものに
それはリバティウムでしめじが殺された時と同じ表情であった
そして周囲が禍々しい雰囲気に呑み込まれていく

「ほやけどな、まだ足りひん!
この先に待つんは命を懸けた戦いや
そういう戦いに足を突っ込むのなら、不屈の更に先の力がいるもんや
精魂尽き果てた限界の先を超える力を!
うちが命を懸けられるだけの力を!
それを引き出せるのならっ、うちの全部を曝け出してもええ!
五穀豊穣改め天威無法、参戦するえ!
いでませい!パズズ!!!!」

高く掲げられるのは普段使っている緑のスマホではなく、赤いスマホ
ここに至りで明神以外のものに初めて見せるものだ

そのスマホより出現したのは不完全と言えども超レイド級の邪神パズズ
出現と同時にフィールドを土と風の混合フィールドにし、周囲は暴力的な砂嵐に包まれる
砂嵐により視界が遮られ、みのりはその中に消えていく

「うちの全部、受けてみぃや!
まずはカザハちゃん、風の精霊やゆうても邪神の砂嵐は乗れるもんとちゃうで!」

渦巻く砂嵐は空中にある者にはより強力に作用するだろう
左右前後天地全てから吹き荒れる風が動きを封じ、その風に乗る砂が全方向からたたきつけるのだから
圧倒的な破壊空間はまさに歯車的砂嵐の小宇宙となってカザハとカケルを襲うのだ
ただ一か所、背後上空を除いて
ただしそこに逃げ込めば後戻りできずはるか上空へと弾き飛ばされ戻る事はかなわなくなるだろう

267五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/08/12(月) 20:42:21
その砂嵐の中、みのりは駆けていた
サブスマホに残ったクリスタルは7ではあるが、メインスマホに残ったクリスタルを全てをサブスマホに移した
これによりパズズを召喚、4秒の現界を実現したのだ
バトル開始早々に脱落したので1秒分のクリスタルが確保できたという事だ

とはいえたかが4秒、何もできずに耐えるだけならば耐えられる時間であろう
しかし、パズズを知る者ならばそうはいかない
4秒で消えるという事を知らない以上、パズズに対する対策を考え始める
それによって答えが導き出される頃にはパズズは消えてしまうのだが
実は何もできずに耐えるだけの方が被害が少ないという罠なのだ

みのりは確信していた
なゆた程のプレやーならば、ブレモンの戦いに則った戦闘思考がぬぐえないはずだ

倒したと思っていた自分が新アカウントで再参戦したことに理解が追い付くか
パズズを所有している事実自体に驚き
更にその危険性を即座に理解し対策を練る

クリスタル残量からパズズで戦う事はできない、が出現させる事だけもなゆたの思考のリソースを奪う事ができる
それがみのりの明神に贈る3秒間のサービスだった

砂嵐の中から突如としてなゆたの目の前にみのりが現れた
風を受け加速した状態で

単純な身体能力で言えばみのりとなゆたは大差はない
しかし、反射速度や体捌き、運動能力では大きく差がある
普通に飛び掛かっても躱されてしまうだろうが、この状況下、そして思考リソースを奪った状態での不意打ちだからこそそれは成功した

なゆたに飛びつき抱きしめ動きを封じる
「ズルやって云ってもええんやよ?
それが生き死にかけた戦いでどれだけ役立つかは知らんけど
これからの戦いってこういう事なんやで?」

自分でもありえないと思っていた
明神へのサービスならばパズズを出すだけでよかった
にもかかわらず、今や身一つで命ともいうべき残存クリスタルを全て投げ打ってなゆたに飛び掛かっている

なゆたと明神を中心とし、カザハとカケル、エンバース、そしてジョン
それぞれの本気の戦いはみのりの心に大きな影響を与えていたのだった

クリスタルも、切り札も、保身も、全て投げ打つほどに

しかし、リバティウムでクリスタルの大半を失った時とは違い、後悔も不安もない
むしろ満足感に満たされている
判り合えないと断言したジョンと同じ、身を挺してでも戦いたいと思い実行してしまう程に

なゆたに絡みつきながら砂嵐の向こうに見えるバルゴスから這い出て漆黒の閃光を放つマゴットとポヨリンを見ていた

最初は自身の生存率を上げるためにPTの蟠りを解消させる荒療治のつもりだった
その中でそれぞれの腹の内を探ろうとも思っていた

だが、今はそれらの目的も全て頭から消し飛び、ただ一プレイヤーとして
「届きぃやあああ!!!」
明神の叫びに重ね、みのりもまた叫んでいた


【バロールとチクチクやり合いながら観戦】
【明神に応え天威無法乱入パズズ召喚、フィールドは砂嵐に包まれる】
【混乱に乗じてなゆたにタックルして絡みつく】

268ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/08/13(火) 20:36:47
-------------------------------------------------------------------------------------------

やり直しができる失敗はできる限り経験しておけ。

そう唐突に試合帰りの僕に言い放ったのは僕の父。

「僕にわざと負けろって事?」

「そうはいってねえ、やり直しができるってわかってるならちょっと無茶をしろって事だよ」

この頃高校生だった僕はスポーツ・格闘技等、あらゆる体を動かす物事に置いて負けしらずであった。
格闘技のプロにだって負けなかったし、公式記録じゃないが100m走の世界記録だって抜いている。
"バケモノ"と呼ばれた当時の僕には、負けて得るものがあるなんて、いくら父の言葉でも信じられなかった。

「世界は広い、お前より強い奴なんて一杯いるんだぞ」

自分が天狗になりつつあるという自覚はあった。
だがそれは圧倒的な実力を伴ったある意味当然の自信である、天狗になるなというほうが無理なのだ。

殴ればパンチングマシーンを破壊できるし、蹴れば鍵の掛かっているドアを蹴り破る事だってできる。
指の力だけで崖を上る事だってできる、拷問のような訓練で培ってきた力が、肉体が、あらゆる事を可能にしてくれている。
だから。

「僕は体を鍛え続けるだけさ」

別にプライドが高いわけじゃない。
ただ負けるビジョンが見えないのだ、だれかに負かされる自分が見えないのだ。
傲慢と思われてもいい、自信過剰だと罵ってくれてかまわない。

だがみんなこの肉体を見れば黙る。
周りにいる友達という名のなにか達も。
画面の向こうにいる文句だけを垂れ流す連中も。

本当は体を鍛え続ければ周りが離れていく事はわかっていた。
でも止められなかった、受け入れてほしかった、素の僕でいいといってほしかった。


傲慢な僕を
天狗な僕を
孤独な僕を


認めてほしかった。

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269ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/08/13(火) 20:37:06

「・・・ハッ!・・・あれ・・・ここは・・・?」

周りを見渡すと、展開されたフィールドの外だった。
足元を見ると、不安のそうな部長が居た。

「よしよし・・・すまない無茶をさせてしまったね」

部長をなでながらフィールドの内部に視線を戻す。
そこには巨大化したスライム・・・もとい、ゴッドポヨリンさんがいた。

「あれがなゆの・・・ポヨリンなの・・・かッ!?」

その時轟音が鳴り響く。
そしてGポヨリンさんからレーザーが射出される。

>「わたしは負けない! 絶対に……この戦いに勝ってみせる!
 明神さん、わたしだってあなたに負けないくらい……ううん! あなたの何倍も、ブレモンが好きだから!
 この戦いが終わった後も! 世界を救っても! 何年経ったって、変わらずブレモンをやり続けるために!
 あなたともっともっとデュエルするために! あなたに失望されないデュエリストであり続けるために!
 ……あなたに……、勝つ!!」

>「いっっっっっっっけぇぇぇぇぇぇぇ――――――――――――――――ッ!!!!!」

フィールドの外じゃなかったら直視できないほどの眩い輝きが明神、もといバルゴスに向って放たれる。
部長とジョンの一人と一匹の技とは文字通り次元が違う光景だった。

ボロボロに負けて、今自分以上の圧倒的な力の世界を目の当たりにして。
自分の父親がいってたことを、全部ではないが少し理解できた気がした。

僕は特別じゃないんだ、この世界では僕はバケモノじゃない。
この世界なら・・・この人達となら・・・本当の友達に・・・。

「うう・・・グス」

涙がでてくる、泣いたのなんて幼稚園のとき以来だろうか。
近くに年下の、それも女の子の、みのりがいるにも関わらず涙が止まらない。

「二人ともがんばれええええええ」

流れた涙を拭きながら、なゆでも明神でもなく・・・二人を応援していたのだった。

270ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/08/13(火) 20:37:34

すっきりした僕は観戦状態に入っていた。
用意されてた飲み物を飲み干し、フィールドに視線を戻す。

>「バルゴスの攻撃!遍く全てを掻き毟れ、至道の珠剣――『アルティメットスラッシュ』!!」

なゆと明神の戦いはもう最終局面に突入していた。
しかし状況は明神リード、このままではなゆの負けで終わるだろう、しかし。

「まだあの二人が残っている!」

>「ぐああっ!」

空中から落ちてきたのはエンバース。
なんだが彼らしい・・・のギャグのような再登場である。

>「ノリ”だけ”では世界は救えない――でもノリで動く奴が一人ぐらいいたっていいよね!」

あー・・・うん、彼?彼女?ならやりかねないな、うん。

>「またお前かぁぁぁあああっっっ!!!」

うん、まあそんな反応にだれでもなるよね。

なんだがギャグのような、この最終局面の状況に相応しくないようなやり取りである。

一応身内の戦いとはいえ今後の人間関係を決定付けるようなこの場に。
カザハのどっちつかずのこの反応は、カザハにとっても、明神にとっても、そしてそのほかのPTメンバーの為にもよくない事である。

これから世界を救うという使命の為に旅するということは。

手ごわいモンスターを殺す、この世界の人間を殺すという事であったり。
僕達のだれかが志半ばで死ぬかもしれないという事であったり。
もしかしたら僕達と同じ世界からきた人間を殺す事になることもあるかもしれない。

ノリという曖昧な言葉では片付けられない事なのだ。
僕も明神からしてみれば曖昧といえば曖昧なのだが、カザハのは、自前の緩い感じと人間ではない外見が相まって軽さに拍車をかけている。

>「予言しても良いぜ。ノリで動く奴は、危なくなったら逃げるし旗色が悪くなりゃ裏切る。
 きつくてもやばくても頑張ろうっていう意思がねーからだ。気分がノらねえからな。
 でも俺は、お前がそういう奴だとはどうにも思えねえんだ」

そうカザハがそうゆう人間?妖精?じゃないというのは分っているのだ。
だからこそ本人の口から覚悟が伴った言葉を聞きたいのだ。

「大丈夫だカザハ!君は君が思った事を言えばいい!」

フィールドの中に聞こえるかどうかはわからないが、僕は叫ぶ。
迷って偽りの言葉を吐くのではなく、不恰好だが本物の言葉のほうが心に響くから。
正直心配はしてない、明神なら、カザハなら大丈夫という根拠のない自信があるから。

>「俺は腹の裡をぶち撒けたつもりだ。お前のも見せろよ、男同士なんだからよ、裸の付き合いしようぜ、男同士」

ほら僕の目に間違いはなかった。

271ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/08/13(火) 20:38:20

>「――万策尽きたって言うなら、代わりにあいつを倒してやってもいいぜ」

会話の流れを切るようにエンバースが明神との戦闘を開始する。
驚異的な身体能力を駆使しバルゴスを、明神を追い詰めていく。

「相変わらず凄いな・・・さすがに僕でもあれは無理だ」

後日手合わせを願えないだろうか。
自惚れと思われるかもしれないかもしれないが、部長に頼らなくたってそれなりの強さがあるつもりだ。
しかしあそこまで人間離れした動きはできない、いやどうだろうか。

この世界にきて本格的に体を動かした事がないからわからないだけで、実は元の世界の自分より強化されてる可能性もなくはないかもしれない。
その意味でもやっぱり後日エンバースに稽古、もとい手合わせを願えないだろうか。

びっくりするくらいの戦闘狂ぶりに自分の事ながら少し驚いたが。
自分の力の限界を知りたいという気持ちは抑えられそうにない。

>「マジかよ。準レイド級だぞ!?」

そうこう考えてる内にエンバースがバルゴスをダウンさせる事に成功させる。
そしてそのまま心臓を一突き・・・とはならなかった。

「最後の最後で油断したなエンバース・・・」

バルゴスの手に捕まったエンバース。
素早さで翻弄していたが捕まってしまえば素早さというステータスはなんの意味も為さない。

>「――今日のところは、これくらいにしといてやるよ」

>「新喜劇じゃねーかっ!」

なんとも彼らしい・・・一言を残し地面に叩きつけられた。
だが彼が残した傷は決して浅くない、そしてまだカザハが・・・なゆがいる。

>「楽しいなぁ、なゆたちゃん。ずっとクソゲー呼ばわりしてきたのに、面白いじゃねえか、くそったれ。
 こんなに楽しい世界が、侵食されて消えちまうってんなら、救ってやらなきゃならねえな」

突然明神もそんな事わかっているわけで。

>「言ったよな。――腹の中身、全部見せるって」

明神の目はまだ死んでいなかった。

272ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/08/13(火) 20:38:43
>「明神さんも腹の内全部曝け出して、羨ましいわぁ」

となりでいっしょに観戦していたみのりから零れた言葉。

「あぁ・・・本当に羨ましいよ」

そんな事を話しているとみのりは立ち上がる。
完全に傍観者を決め込んでいた僕とは違い、覚悟を決めた様子で立ち上がった彼女は。
僕にスマホを預け「これお願いするえ?」と一言。

「え、ちょっと・・・みのり?」

理解できずにただスマホを受取る事しかできない僕を気にせず。
フィールドに向って歩いていくみのり。

「お、おいどうするんだ?」

戦闘不能になった事で中に戻る事、参加権利は剥奪されているはずだ。
中に戻ろうと思っても戻れないはず、なのになぜ?。

>「なゆちゃん!うちは認める!あんたがリーダーの資質を持つことを!!」

>「ジョンさん、エンバースさん、カザハちゃん、そして明神さん、あんたらも最高な仲間や!」

みのりはもう一つのスマホを取り出す。

まさか・・・

>「ほやけどな、まだ足りひん!
この先に待つんは命を懸けた戦いや
そういう戦いに足を突っ込むのなら、不屈の更に先の力がいるもんや
精魂尽き果てた限界の先を超える力を!
うちが命を懸けられるだけの力を!
それを引き出せるのならっ、うちの全部を曝け出してもええ!
五穀豊穣改め天威無法、参戦するえ!
いでませい!パズズ!!!!」

「そ、そんなのありなの!?」

まさかの復活である。

みのりが召喚を宣言すると中央に砂嵐が発生し、中から超レイド級の邪神パズズが現れる。
そして砂嵐、パズズに導かれるようにバトルフィールドに、砂嵐に、みのりの体は吸い込まれ消えてしまった。

やっぱりみのりは最初から怖いと思ってたけど、やっぱりだったなあ。
あの手の女性は本気になると凄まじいと、経験が、本能が悟っていた。

「おいバロール!明神のグレー技時から思ってたけど、これって反則じゃないのか!?
 殺し合いの場ならそりゃありなんだろうけど!」

スマホはブレイブが持つ特権だから二つもってるならそれも実力といわんばかりの強引な技。
バロールは軽口を叩きながら首を横に振るだけだった。

反則かどうかはひとまず置いておいて。

パズズの圧倒的なパワー。
バルゴスの腹部から出現したワームのような生物から発射されようとしている尋常じゃないエネルギー。

有利を取っていたと思ったら一瞬で形勢逆転してしまった。

273ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/08/13(火) 20:39:14

今僕はとても現実とは思えない光景を見ている。
人は自分の想像を超えた場面に遭遇すると開いた口がふさがらないというが、生まれた初めてそれを経験しているかもしれない。

「これがブレイブ・・・この世界が、救いを求める為に異世界から呼んだ力・・・」

僕には・・・部長にはできない圧倒的な力の世界。
たしかに僕には元の世界ではバケモノと呼ばれていた力が、肉体がある、だがそれはあくまでも人間基準の力だ。
こんなお伽話のような世界で生き残れるほどの力ではない。

「凄い・・・凄すぎる」

アニメのキャラクター達が絶望するとしたらこんな状況なのだろうか。
自分の力は凄いと、信じて止まなかった自信が打ち砕かれ、自惚れていた自分に絶望するのだろうか。

「この世界じゃ僕はちっぽけな一人の人間に過ぎないんだね」

傲慢な僕は
天狗な僕は

この世界ではただのちっぽけな人間。

今までの人生、体を使う事に関しては常に上から見下して生きてきた。
それが今、僕は一番下から世界を見ている。
なんて・・・なんて・・・。

「なんて素晴らしい世界なんだ!」

元の世界ではこれ以上強くなる必要ないと思っていた、そんな自分の中の常識が根本から覆され、さらなる強さを求められている。
僕以上に強い人、モンスターが沢山いるこの世界なら僕はまだまだ強くなれる、その確信がある。

「ニャー」

「もちろん強くなるのは部長といっしょにだよ」

部長の頭をなでる。
戦闘狂の性か、今からでもフィールドの中に再参加したい気持ちでいっぱいだったが。
さすがに明神となゆの戦いに水を差せないので、心に押し留めて置く。

「なあ・・・バロール、これが終わって落ち着いてからでいいんだが・・・
 メイドさんと一度本気で手合わせを、出発する前にこの世界の強さを実感したいんだ・・・だめかな?」

バロールにメイドさん事、水晶の乙女と戦えるように手配してもらうよう頼み込む。
僕は油断していたとはいえ彼女に投げられている、それでいて彼女達は魔法も使える。
そんな相手ならいい練習になると考えた。

バロールは頭を悩ませる、当然無理にとはいわないけれど、と付け足しておく。

「さて・・・そろそろ中も決着が付くころかな」

僕とバロールが会話してる間にも中の戦闘の熱は増していく。
最高潮になるにつれこの戦闘の最後が近づいている事を示していた。

「みんながんばれえええええええええええええええ!!」

もうこの戦いでどっちが勝利しようとも、もう関係がぎくしゃくすることはないだろう。
僕には応援する事しかできないが、応援するかには全力でしよう!。

【自分の弱さを自覚】
【バロールにメイド貸し出し要請】

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275崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/08/18(日) 12:02:52
ゴッドポヨリンの放った裁きの閃光がバルゴスへと迫る。
ぽよぽよ☆カーニバルコンボを開発して以降、ゴッドポヨリン召喚に成功したなゆたが負けたことはない。
つまり、この流れはなゆたにとって必勝のパターン。
光属性の『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』が、バルゴスを跡形もなく消し飛ばす――

はず、だった。

>……だが!そいつは予測済みだ!!

明神が叫ぶ。
なゆたがこの局面でG.O.D.スライムの二大スキルのうち『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』を使うこと。
それは、既に想定の範囲内であった――と。

>『寄る辺なき城壁(ファイナルバスティオン)』――プレイ!

明神がカードを切る。それは彼がみのりの『万象法典(アーカイブ・オール)』で拝借した三枚のカードのうちの一枚。
すべての魔法攻撃を無効化し、なおかつ一ヵ所に収束させる『寄る辺なき城壁(ファイナルバスティオン)』。
ユニットカードの発動と同時にバルゴスの前方に出現した城壁が、必殺の閃光を問答無用で吸い寄せてゆく。

「……な……!?」

なゆたは瞠目した。
『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』は不破の攻撃。出せば必ず相手を倒す、文字通りの『必殺技』だ。
それが、明神の使用したユニットによってなすすべもなく無力化されてゆく。
今まで幾度となくデュエルし、ゴッドポヨリンによって勝利を収めてきたなゆただったが、こんな状況に陥ったことはない。
だが、現実は厳然とその場にある。やがて吸収した光を出し尽くしたゴッドポヨリンは口を閉ざした。
『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』が破られた。文句のつけようがない完封だ。
しかし、明神のターンはそれだけでは終わらなかった。

>飛べっ、バルゴス!!

バルゴスがその巨体をものともしない身軽さで跳躍し、上空に陣取っているゴッドポヨリンに肉薄する。
必殺スキルを放った直後のゴッドポヨリンは身動きが取れない。ここは、甘んじて一撃受けるしかない。
とはいえ、レイド級モンスターであるゴッドポヨリンのHPはきわめて多い。一撃喰らった程度では沈むまい。
今はバルゴスから攻撃を貰い、クールタイムが明けてから改めて反撃すればいい――なゆたはそう戦術を組み立てた。

が。

>『虚構粉砕(フェイクブレイク)』――プレイ!

明神は攻撃をしなかった。代わりに切るのは、やはり『万象法典(アーカイブ・オール)』で手に入れたカードの最後の一枚。
すべての虚構を打ち砕く『虚構粉砕(フェイクブレイク)』。
ゴッドポヨリンの前に、ドレスを着た妙齢の女性がまるで陽炎のように、蜃気楼のように出現する。
なゆたはその姿をよく知っている。ゲームの中でも、そして少し前にこの世界でも見た顔だ。
十三階梯の継承者のひとり、『虚構の』エカテリーナ。
エカテリーナが妖艶な仕草で、ふぅ……と煙を吹き出す。
煙を浴びたゴッドポヨリンは一度身じろぎすると――そのとたんに、まるで風船が割れるかのように呆気なく弾けた。
どんなに強力な、堅固なバフであろうと強制的に解除するスペルカード『虚構粉砕(フェイクブレイク)』。
それはゴッドポヨリンも例外ではない。無数のスライムの集合体であるG.O.D.スライムは、元の有象無象に戻った。

「そ……んな……」

なゆたはまたしても驚愕した。それは『審判者の光帯(ジャッジメント・クエーサー)』が破られる以上の衝撃だった。
血の滲むような練磨と研鑽の果てに生み出した『ぽよぽよ☆カーニバルコンボ』は無敵無敗。
コンボデッキはWikiに公開され、既にありとあらゆる対策が取られていたが、そんなことは関係ない。
例えどんな小細工を用いられたところで、すべて跳ねのけよう――。
そんな絶対的自負があるからこそ、なゆたは明神との決戦で迷いなくこの戦法を取った。
だというのに、まさか――ここまで完璧にこのコンボを封じられるとは。
それは或いは、なゆたがブレモンを始めて以来最大の衝撃だったかもしれない。

276崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/08/18(日) 12:03:10
まるで雨のように、バラバラとスライムたちが上空から降ってくる。
しかし、まだバルゴスの攻撃は終わらない。――いや、むしろここからが本番だった。
バフを根こそぎ強制解除されたポヨリンは、まだクールタイムが明けていない。
バルゴスが無防備に落ちてゆくポヨリンに狙いを定める。大上段に振りかぶられた大剣が、ポヨリンに炸裂する。

>バルゴスの攻撃!遍く全てを掻き毟れ、至道の珠剣――『アルティメットスラッシュ』!!

「ポヨリン!!」

バギィンッ!!!

バルゴス必殺のスキル、漆黒の波動を纏った剣がポヨリンに叩きつけられる。なゆたは歯を食いしばった。
金属質の炸裂音が鳴り響き、ポヨリンは弾丸のように猛烈な速度で地面へと激突した。
ポヨリンの着弾した床がクレーター状に抉れる。

『……ぽ、ぽ……ょ……』

普通のモンスターならば、この一撃で決まっていただろう。そのくらい完璧な、非の打ち所のない一撃だった。
けれど、ポヨリンはまだ倒れていない。クレーターの爆心地から、ずる……と傷だらけの状態で這い出してくる。
ありとあらゆる手を尽くし、極限を突破して鍛え込んだ素のステータスの高さが、ここで皮一枚の生命を繋ぎ止めた。

「ポヨリン……!」

なゆたは安堵する。が、依然として絶体絶命なのには変わりない。
大技を発動した直後で、なゆた自身のATBもまだ溜まっていないのだ。もう一度バルゴスに攻撃されれば、今度こそ決まってしまう。

>回復の隙を与えるな!決めろバルゴス!!

明神もそれはとっくに織り込み済みとばかり、バルゴスに追撃を命じる。
先ほど発動させた『奥の手』は、まだ使えない。
ポヨリンはまだ動けない――勝負が、決してしまう。

そう、思ったけれど。

>ああ、クソ。俺の手足は……まだちゃんとくっついてるな

声は、横合いから聞こえた。
見れば、『焼き上げた城塞(テンパード・ランパード)』に囚われていたはずのエンバースが復帰している。
いったい、どういう手段を用いたのか――それは咄嗟には分からなかったが、ここでエンバースが復帰するとは思わなかった。
エンバースはなゆたの前に立ち、ゴリアテと対峙したダビデの如くバルゴスの巨体を見上げると、

>……それで?

と、言った。

>次の指示はどうした――リーダーは、お前なんだろう?

「……ぁ……ぅ」

突然のことに思考が追い付かない。エンバースの背中を見ながら、なゆたは目を白黒させた。
さらに、エンバースはなゆたを叱咤するように言葉を紡ぐ。

>時間を稼げばいいのか?それとも――
>――万策尽きたって言うなら、代わりにあいつを倒してやってもいいぜ

「……さ……。
 3ターン、3ターンだけ時間を稼いで! お願い、エンバース!
 それで勝つ! わたしの最後の攻撃は――それで、全部組み立てられるから――!」

なゆたの指示を受けたエンバースの罅割れた瞳で、蒼焔が瞬いた。

277崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/08/18(日) 12:03:28
>明神さん、悪いな

エンバースが口を開く。

>誰か一人だけを選ぶなら――俺は、あいつを守るよ

「…………!!!」

どくん、と大きく心臓が鼓動を打つ。なゆたは我知らず、胸元でぎゅ……と強く右拳を握り込んだ。
リバティウムで出会って以来、エンバースとはずっと仲たがいしてきた。
お互いの主張は平行線で、まったく交じり合おうとしなかった。相互理解など到底無理だと思っていた。
パーティーの中で、彼と一番相容れないのは自分だろうと――。
だというのに。
エンバースはなゆたを選んだ。それがどんな心境によるものかなゆたには察することもできなかったが、大事なのは理由ではない。

――そんなこと、真ちゃんにだって言われたことない。

ドキドキと、自分でも恥ずかしくなってしまうくらいに心臓が鳴り響いているのが分かる。
きっと、顔も真っ赤になってしまっていただろう――しかし、そんなこと気にしている余裕なんてない。
なゆたはエンバースを見つめた。
それからのエンバースの戦いは、まさに鬼神の如きと言うべきか。
圧倒的すぎる体格差をものともせずに、エンバースはバルゴスと互角以上の戦いを展開してゆく。

>うおおおっ!!!

体格差のある相手に対し、五体の末端を狙うのは基本中の基本である。
ゲームでも、巨大なレイドボスに対しては最初に部位破壊を試みるのがセオリーだ。
とはいえ、それは理屈である。頭では理解していても、なかなか実践できるものではない。
というのに、エンバースはこともなげにそれをやってのけた。恐るべき実力とセンス、と言わざるを得ない。
これも、死体となるまで闘い続けた戦闘経験のなせる業――ということだろうか?

しかし、いくらエンバースが善戦しても、やはり圧倒的な差がある。
バルゴスの心臓部、コアであるヤマシタにあと一歩と迫ったエンバースは、バルゴスに捕えられた。
そして、そのまま地面に猛烈な勢いで叩きつけられる。
エンバースはこれで本当にリタイヤだろう。だが、時間稼ぎは充分にできた。そして――
なゆたには、そんなエンバースの行動が敢えてなゆたに花を持たせたように見えた。
手許のスマホのATBゲージを見る。現在溜まっているのは二本と三分の一程度。
たったひとりでそれだけの時間を稼ぎ切ったエンバースは、文句なしの殊勲賞と言ったところだろう。

――もう少し……! もう少しで、ゲージが溜まる……!

>楽しいなぁ、なゆたちゃん。ずっとクソゲー呼ばわりしてきたのに、面白いじゃねえか、くそったれ。
 こんなに楽しい世界が、侵食されて消えちまうってんなら、救ってやらなきゃならねえな

「そうだね……。本当に楽しい。こんな楽しいこと、滅んじゃうから終わりですなんて言われて納得なんてできない!
 わたしたちが頑張ることで、サービス終了が撤回されるなら――どんなことだってやってやる!」

明神が笑う。なゆたもそれに笑みを返す。
彼には憎しみしかないのだと。怒りと恨みしかないのだと、かつてなゆたはパソコン越しに思っていた。
しかし、違った。その憎しみも、荒らしに傾倒する怒りも。すべてすべて、ブレモンへの愛ゆえのこと。
それが今はよくわかる。やっぱり――明神は最高のプレイヤーだと。

バルゴスがずずぅん……と地響きを立てて片膝をつく。
エンバースの部位破壊攻撃によって、バルゴスの機動力はほぼゼロになった。
もう、バルゴスは身軽に跳躍したり立ち回ったりすることはできない。その場から大剣の届く範囲でしか攻撃できない。
だというのに、明神は笑っている。追い詰められているのはお互い様だというのに――。
そして。

>――相棒!

明神が叫んだ。その直後、リタイヤしたはずのみのりもまた叫ぶ。

>なゆちゃん!うちは認める!あんたがリーダーの資質を持つことを!!

「……みのりさん……」

いつものおっとりはんなりした声音とは違う、凛とした声。
その声が告げる。なゆたをリーダーとして認める、と。

なゆたは、一度大きく震えた。

278崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/08/18(日) 12:21:54
>ジョンさん、エンバースさん、カザハちゃん、そして明神さん、あんたらも最高な仲間や!

みのりはなゆたの資質を見極めるため、敢えて明神とコンビを組んだ。
そのみのりが、認めると言っている。なゆたの選択は、戦いは、みのりを納得させるに足るものだったと言っている。
じんわりと、安堵の気持ちが全身に行き渡ってゆく。なゆたは無意識に深く息を吐いた。
だが、みのりの言葉はそれだけでは終わらなかった。

>ほやけどな、まだ足りひん!
 この先に待つんは命を懸けた戦いや
 そういう戦いに足を突っ込むのなら、不屈の更に先の力がいるもんや
 精魂尽き果てた限界の先を超える力を!
 うちが命を懸けられるだけの力を!
 それを引き出せるのならっ、うちの全部を曝け出してもええ!
 五穀豊穣改め天威無法、参戦するえ!
 いでませい!パズズ!!!!

みのりが高らかに叫ぶと同時、フィールド内に砂嵐が出現する。『命たゆたう原初の海(オリジン・ビリーフ)』が上書きされる。
フィールドが土と風の混合属性に変化すると、激しさを増した砂嵐の中から巨大な影が姿を現した。
暴風と砂塵の邪神パズズ――ブレモン正式稼働1周年記念イベント【六芒星の魔神の饗宴】で実装された、超レイドの一体。
Wiki編纂者のなゆたさえ手に入れた者がいるという話を聞いたことのない、幻のモンスター。

「……なんて、こと……」

なゆたは今回幾度目かの瞠目をした。
まさか、みのりがこんな奥の手を隠し持っていたとは。
リタイヤしたはずのみのりがフィールドに復帰する。

>おいバロール!明神のグレー技時から思ってたけど、これって反則じゃないのか!?
 殺し合いの場ならそりゃありなんだろうけど!

みのりの突拍子もない行動に、ジョンが声を荒らげる。
だが、この戦いの見届け人であるバロールは一度かぶりを振っただけだった。

「反則? 何がだい?
 彼女たちが言っていたじゃないか、この戦いは何でもありだと。
 何でもありと言った以上は、どんなことをしてでも戦う。勝つ。そうでなければいけない。
 むしろ、私は嬉しいよ……ここまで来てゲーム気分では困る。五穀豊穣君も言う通り、ここからは命を懸けた戦いだ。
 いかなる犠牲を払っても勝つ、勝利への執着。それを持ってもらわなければ、到底この世界を救うことなんてできないのさ。
 でも……その心配はないみたいだね?」

ふふ、とバロールは目を細めて笑った。

>なあ・・・バロール、これが終わって落ち着いてからでいいんだが・・・
 メイドさんと一度本気で手合わせを、出発する前にこの世界の強さを実感したいんだ・・・だめかな?

「ええー? 彼女たちは単なるメイドでしかないよ。要人警護の護身術程度なら使えるけれど、とても実戦向きじゃない」

ジョンの提案に、元魔王は難色を示した。

「どうしてもって言うのなら、王宮の近衛騎士の方がいいんじゃないかなぁ。
 でも、その必要はないと思うよ? なぜなら、君たちは明日にはアコライト外郭へ赴かなければならない。
 手合わせなんかじゃない、正真正銘の実戦だ。そして……君が十全に実力を出せるのも、手合わせなんかじゃない実戦の中。
 絶体絶命の火事場でこそ、君の個性は輝くと私は視ているんだけれど、ね」

そう言うと、バロールは茶目っ気たっぷりにウインクをしてみせた。

>うちの全部、受けてみぃや!
 まずはカザハちゃん、風の精霊やゆうても邪神の砂嵐は乗れるもんとちゃうで!

一方みのりが――パズズが最初に狙ったのは、明神となゆた以外で唯一場に残っているカザハとカケルだった。
荒れ狂う砂嵐がカザハを襲う。重量のないカザハとカケルはこの暴風には抗えまい。
まさに超レイド級と言うに相応しい攻撃だ。

「……ぐっ!」

なゆたは歯を食いしばった。
みのりがパズズなどという超ド級の隠し玉を持っていたというのは、まったくの想定外だった。
だが、よく考えてみればみのりは『万象法典(アーカイブ・オール)』のオーナーであり、石油王の称号を持つ。
金に飽かせて超レイドを手に入れていたとしても、まったく不思議ではない。
なゆたの脳内で、超レイド級モンスターへの対処法が猛烈な勢いで組み立てられてゆく。
そして、それこそがみのりの用意した『3秒』の罠だった。

279崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/08/18(日) 12:22:33
パズズは恐ろしいモンスターだ。いくらポヨリンが限界まで強くしている規格外のスライムだとしても、一瞬で消し飛ぶ。
その窮地を凌ぎ切り、逆転に漕ぎつけるにはどうすればいいか?
しかし、その答えを出す前に――やがて砂嵐は徐々にその勢いを弱めて消えてしまった。
パズズの巨大な姿も、すぐに跡形もなくなってしまう。

――消えた……!?

それが、みのりの策。ハッタリだと気付いた時には、なゆたは渾身の力を込めて抱き着いてきたみのりによって拘束されていた。

>ズルやって云ってもええんやよ?
 それが生き死にかけた戦いでどれだけ役立つかは知らんけど
 これからの戦いってこういう事なんやで?

農作業で鍛えているからだろうか、みのりの力は存外強い。
そのみのりが全身全霊で組み付いてきているのだ。なゆたの膂力では容易には脱出できない。

「……みのりさん……」

しかし、なゆたはみのりの存外な力強さよりも、みのりがこんな行動に出たこと自体に驚いていた。
今までの戦い方から、なゆたはみのりが最初に自分の身の安全を確保してから初めて事に及ぶタイプと思っていた。
逆に言えば、自分の身に危険が迫るような手段は絶対に避ける、ということだ。
だというのに、この状況はどうだ。
みのりは自分の身の安全も何もかも振り捨て、ただ明神を勝たせるためだけに吶喊し、身体を張ってなゆたを押し止めている。
パーティーを一歩引いたところから俯瞰して眺めていたような、言ってしまえば部外者感を出していたみのりが。

>なゆちゃん!うちは認める!あんたがリーダーの資質を持つことを!!
>ジョンさん、エンバースさん、カザハちゃん、そして明神さん、あんたらも最高な仲間や!

あんなにも熱い言葉で、みんな仲間だと。そう言ってくれている。
……それなら。

>言ったよな。――腹の中身、全部見せるって

明神の言葉に同調するように、リビングレザー・ヘビーアーマーの腹部装甲が展開する。
そこに納められていたのは、いつも明神がかいがいしく世話をしていた『負界の腐肉喰らい』マゴット。
いつもは明神の肩に乗っているのに、デュエルが始まってからは姿を消していたのだが――そんなところに潜んでいたのだ。
そして、これこそが。明神の最後の一手なのだろう。
マゴットの吻部に黒い波動が収束してゆく。『闇の波動(ダークネスウェーブ)』の前兆だ。
まだ、ポヨリンはクレーターから出終わっていない。『闇の波動(ダークネスウェーブ)』を浴びれば、間違いなく沈む。

>……届けぇぇぇぇえええっっ!!!!
>届きぃやあああ!!!

明神とみのり、ふたりの声が重なる。
こんなにも真剣に、すべての知恵と力を結集し、束ね、出し尽くして、勝利をもぎ取ろうとしている。

――嗚呼。

それなら、それならば。
自分もそれに応えたい。モンデンキントの、崇月院なゆたのすべてで、ふたりに報いたい。
なゆたは自分に抱き着いているみのりを見た。

「不屈の更に先の力。精魂尽き果てた限界の、先を超える力……。
 そうだよね。わたしたちに必要なのは、そんな力。
 例えどんな理不尽が立ちはだかったとしても、どれだけ傷ついたとしても、乗り越える力。
 それを持たなきゃいけないんだ」

ぎゅ……となゆたはスマホを持つ指に力を込める。

「みのりさんは、身体を張ってそれを教えてくれたんだね。ありがとう。
 今のみのりさんの姿は、これからのわたしたちの戦いに待ち受ける障害そのもの。
 だったら――そうであるのなら、わたしは。それを『越える』よ」

静かに告げる。それからなゆたはみのりの左耳に唇を近付けると、

「―――――――――」

ぽそ、と小さな声で何かを囁いた。

280崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/08/18(日) 12:22:58
だんッ!!

砕けた床を渾身の力で踏みしめると、なゆたは全力で走り出した。
行先は、ポヨリン。満身創痍のポヨリンは『闇の波動(ダークネスウェーブ)』を回避できない。
ならば、パートナーを守るのはマスターの役目だ。
だが、なゆたはモンスターではない。ただの人間である。
例え身を挺してポヨリンを守ったとしても、『闇の波動(ダークネスウェーブ)』を喰らえば只では済まない。
マスターが倒れれば、ポヨリンが生き残ったとしても意味がない。そこで決着だ。

>グニャフォォォォォォォォォ!!!!!

マゴットの吻部に集まっていた漆黒の波動がチャージを終え、ポヨリンめがけて放たれる。
すべての決着をつける、明神の最後の手段。
なゆたは飛びつくようにポヨリンを胸に抱くと、迫り来る『闇の波動(ダークネスウェーブ)』を睨みつけ――

間一髪、ふわりと避けた。

『闇の波動(ダークネスウェーブ)』が目標を失い、なゆたのはるか後方で消滅する。
幼虫の放った不完全なものであっても、『闇の波動(ダークネスウェーブ)』は『闇の波動(ダークネスウェーブ)』だ。
レイド級の大悪魔ベルゼブブのメインウェポンとしての破壊力、とりわけ速度は常人の動体視力を遥かに上回る。
ライフルから発射された弾を目視で躱せと言っているようなものだ。そんなことは到底不可能である。
だというのに、なゆたはそれを避けた。まぐれや偶然ではない。『見て避けた』。
それはあたかも、“ひらひらと宙を舞う蝶のような動き”で――。

明神には理解できただろう。もちろん、なゆたは自前の運動神経で『闇の波動(ダークネスウェーブ)』を避けたのではない。
それはなゆたが波動を回避した瞬間、その全身に鱗粉のようなエフェクトがかかったことでも一目瞭然だろう。
レイド級モンスター『煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)』の持つ、ふたつの専用スキルのうちのひとつ――

『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』。

「明神さん……! あなたがこのアルフヘイムで、色んなものを手に入れてきたように。
 わたしも、たくさんのものを貰ってきたんだよ……!」

肩で息をしながら、なゆたは明神を見据えて言った。
ミドガルズオルム戦が終わり、リバティウムの復興が始まったとき、なゆたはステッラ・ポラーレから連日に及ぶ特訓を受けた。
けれど、それは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』としてポラーレと特訓をしていたわけではない。
そう――なゆたはポラーレの持つふたつのスキルを習得すべく、彼女を教師として特訓を繰り返していたのだ。
当然なゆたはモンスターではない。現実世界なら、こんな魔法のような技術を習得するのは到底不可能だろう。
しかし、ここは幻想世界アルフヘイム。真一がドラゴンに乗って空を舞い、エンバースが死してなお戦うというのなら。
自分がこの世界由来のスキルを習得することだって不可能ではないはず――なゆたはそう考えたのだった。

「ポラーレさんは、快くわたしにスキルを伝授してくれたよ。
 たった一週間だったけど……コツは掴んだ。まだまだ雑だと思うけど、それは今後の課題かな……」

傷ついたポヨリンを胸に抱き、不敵に笑う。
さすがに、一週間程度の修業でレイド級モンスターのスキルを完全に習得することはできない。
ただ、不完全なスキルであっても何とかポヨリンを守ることはできた。それができれば何も言うことはない。
みのりの拘束から逃れたのも、言うまでもなく『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』の能力だ。
みのりはなゆたを逃すまいと全力で抱き着いてきた。
ゲーム内の判定では、それは『組み付き(グラップル)』という攻撃として判定される。
こと攻撃ならば、いかなるものでも回避するのが『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』の特性である。
もし、みのりがなゆたに抱き着かず、言葉だけでなゆたを場に縛り付けていたなら、このスキルは発動できなかった。
みのりの耳元でこのスキルを発動させ、なゆたはポヨリン救出に走ったというわけだ。

「……楽しい。楽しいよ、明神さん。こんなに楽しい戦い、わたしがブレモンを始めて以来かもしれない。
 でも……終わらせよう。
 これからも、一緒に楽しい戦いを続けるために。みんなで旅をするために。
 新しい一歩を踏み出すために……この戦いに決着をつけるときだよ」

なゆたはポヨリンを床にそっと下ろすと、静かに明神と向き合った。

281崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/08/18(日) 12:23:13
「……ね……明神さん。
 あなたはすごいよ。お世辞なんかじゃなくて、本当にすごいと思う。
 わたしが考えもしない戦術で、戦法で。数の有利を覆して、わたしのゴッドポヨリンを倒して――。
 やっぱり、あなたは何も持ってないなんてことない。
 あなたはたくさんのものを持ってるし……色んな人から、色んなものを貰ってきた。
 この戦いで、それがよく分かったよ」

明神の目をまっすぐに見つめながら、言葉を紡ぐ。
ジョンが倒れ、エンバースが戦闘不能になり、カザハが吹き飛ばされ、みのりがすべての手を出し尽くしたフィールドで。
ただふたり雌雄を決するべく、明神に語りかける。

「だから。だからこそ、わたしはあなたを倒したい。あなたに勝ちたい!
 フェスティバルはもうお開き? でも――カーニバルはまだ終わらない! まだまだ踊るよ、わたし!」
 
高らかに言い放つと、なゆたは胸当ての中から何かを取り出した。
それは、ふたつめのスマートフォン。
元々持っていたスマートフォンに加え、胸当ての中に隠していたスマートフォンが一台。
ただ、それはミハエル・シュヴァルツァーが万一の予備として持っていたものでも、みのりのようサブ垢のものでもない。
そう――

これはスペルカード『分裂(ディヴィジョン・セル)』で分裂させたスマホだった。

「明神さんが『万華鏡(ミラージュプリズム)』でスマホを増やした戦術。
 真似させてもらったよ……。使える戦術は真似る、それがブレモンの基本でしょ?」

明神がリビングレザー・ヘビーアーマー召喚のために使った『マジックチート』。それを模倣したのだ。
なゆたは『分裂(ディヴィジョン・セル)』でスマホを二台に増やした後、ゴッドポヨリン召喚のためさらに分裂を三枚使った。
つまり、合計四枚の『分裂(ディヴィジョン・セル)』を使っている。
同じカードは三枚までしかデッキに組み込めない――そのルールを無視して、である。
それはこのマジックチートを使用していたからだった。
有用な戦術は、例え敵のものであったとしても利用する。それは、相手に対する最大のリスペクトであろう。
そして――

「エンバースが稼いでくれた時間と、今までの時間。それでわたしのATBは3本『ずつ』溜まってる。
 いくよ――明神さん! この場にもう一度『神』を喚ぶ!!」

二台のスマホで同時にオーバーチャージしたATBゲージは、合計6本。
なゆたの正真正銘、最後の攻撃を仕掛ける下地は整った。

「『命たゆたう原初の海(オリジン・ビリーフ)』プレイ!
 『限界突破(オーバードライブ)』プレイ!
 『毒散布(ヴェノムダスター)』プレイ!
 『麻痺毒(バイオトキシック)』プレイ!
 『形態変化・液状化(メタモルフォシス・リクイファクション)』プレイ!」

なゆたは爆速で次々とカードを切ってゆく。G.O.D.スライム召喚と同じムーブだ。……しかし、切るカードがまるで違う。
『毒散布(ヴェノムダスター)』も『麻痺毒(バイオトキシック)』も。
『形態変化・液状化(メタモルフォシス・リクイファクション)』も、G.0.D.スライム召喚には必要のないスペルである。
だというのに、なゆたの表情には迷いがない。ポヨリンの全身が複数の毒を帯び、濁った灰色に変化してゆく。
液状化のスペルカードによって楕円の身体が崩れ、不定形の液状に変わる。

なゆたの最後の策。最後のコンボ。

それは、G.O.D.スライム再召喚のコンボなどではなかった。

282崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/08/18(日) 12:23:30
スライムが最弱の魔物という不名誉な称号を獲得したのは、いつからだっただろう。
グミキャンディーのような楕円形の、コミカルな姿になったのはどの時期からだっただろう。
トンネル&トロールズやダンジョンズ&ドラゴンズなどの、古いTRPG。
ファイティング・ファンタジーシリーズといった往年のゲームブック。
それらのゲームに出てくるスライムは、そんな取るに足らない雑魚敵などではなかった。
ゲル状の不定形のため、刀剣類は効かない。打撃武器も言わずもがな。
精神のない生物ゆえ、幻術なども通用しない。猛毒、麻痺毒、強酸などを持ち、獲物をどこまでも執拗に追跡する。
一度身体に張り付いてしまうと、張り付いた肉体の部位ごとスライムを焼き払わなければ倒せない。
殺気も、気配も、物音もない。ダンジョンの暗がりに潜み、その攻撃はすべて不意打ち判定によって行われる。
迷宮の壁いっぱいに広がり、触れるものをなんでも溶かしてしまう凶悪な種族もいる――。

そう。

スライムは『強い』のだ。

ぽよぽよ☆カーニバルコンボはWikiにも記載されている、有名なコンボデッキである。
公開された直後から、それは様々なプレイヤーによって議論され、また手を加えられてきた。
そんな中『毒散布(ヴェノムダスター)』と『麻痺毒(バイオトキシック)』は、不要なものとして真っ先に削られた。
ふたつのスペルカードはG.O.D.スライムの召喚材料ではない。レイド級のビルドには必要のないものだ。
それらを入れるなら、まだ回復を持ったり『限界突破(オーバードライブ)』を増やしたりする方が効率がいい。
モンキンチルドレンと呼ばれるモンデンキントのフォロワーたちも、そんな理由でこれらのスペルを削除してきた。
そう――誰も気付かなかった。誰も思い至らなかった。

『毒散布(ヴェノムダスター)』と『麻痺毒(バイオトキシック)』もまた、モンスター召喚のための素材だということに。

「『融合(フュージョン)』プレイ!
 リバース・ウルティメイト召喚……銀の鍵をもて、ン・カイを去りて無窮の門より出でよ!」
 
砕けたフィールドにはまだ、G.O.D.スライム召喚時に使った『民族大移動(エクソダス)』のスライムたちが残っている。
そのスライムたちが、液状化したポヨリンと融合する。その全てがみるみるうちに形をなくし、粘液の塊に変わってゆく。
そして――

「不浄の源、外神――アブホース!!!」

フィールドに、ふたたび『神』が降臨した。

『オオオオオオオォォォォォォォォ――――――――――――ム…………』

地の底から響くかのような哭き声が聞こえる。
口に出すことさえ憚られる、おぞましくも名状しがたい伝承の中にその名が記される『外なる神』の一柱。
宇宙の果てより星の海を越えて飛来した、意思を持つ粘液の海。
G.O.D.スライムと共にスライム系統樹の頂点に君臨する、二体のモンスターのうちのもう一体。

外神・アブホース。

「地球にいたころのわたしなら、きっと明神さんに負けてた。
 みんながわたしに力をくれたから、手を貸してくれたから、わたしはあの頃よりも強くなれた……。
 そして。その中にあなたもいるんだよ、明神さん」

今や、アブホースの躯体はフィールド全域に広がっている。
『命たゆたう原初の海(オリジン・ビリーフ)』がアブホースの肉体そのものとなり、酸と毒がバルゴスにDotを与えてゆく。
奇しくも、明神の提唱したDot最強理論が裏打ちされた形だ。

「明神さん……、これ……これが、わたしの最後の技……。
 これを最後に、わたし……倒れると思う……。
 そのとき、あなたとバルゴスがまだフィールドに残っていたなら――」

はぁー……、となゆたは息を吐いた。
なゆたもポヨリンも、もう限界だ。精神力を、体力を使いすぎた。
正真正銘、これが最後の攻撃であろう。長かった勝負を決する、終焉の一撃。

「あなたの、勝ちよ!!」

最後の力をふり絞り、なゆたは高々と右手を掲げると、それを前方へ――明神とバルゴスの方へ突き出した。
そして、叫ぶ。

「ゴッドポヨリン・オルタナティヴの攻撃! 圧壊せよ、原初の混沌!」

『オオオオオオオオオ―――――――――――――――――ム…………』

フィールドと完全に融合していたアブホースが、なゆたの号令に応じてゆっくりと身を起こす。
ざあ……と明神とバルゴスの元までさざなみが立ち、それは徐々に大きくなってゆく。
粘性の強い液体がうねり、のたうち、蠢動する。それはまさに、荒れ狂う海さながらだ。

そして。

「――――『混沌大海嘯(ケイオス・タイド)』!!!!」
 
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――――――…………!!!!』

アブホース、ゴッドポヨリン・オルタナティヴがその巨大なあぎとを開き、バルゴスめがけて押し寄せる。
その姿はまさに津波だ。フィールド全体を覆うその攻撃を回避することはできない。
ゴウッ!! と耳を劈く轟音を立てながら、スライムの神の津波がバルゴスを呑み込んだ。


【もう一体のスライム最上級種、レイド級モンスター“外神”アブホース召喚。
 『混沌大海嘯(ケイオス・タイド)』によるファイナルアタック】

283カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/08/20(火) 02:55:56
>「ノリで動くなとは言わねーけどよぉ!説明をしろ説明を!エンバース腰打っちゃってんじゃねーか!
 みんながみんなお前みてーに当意即妙以心伝心ってわけじゃねーんだぞ!」
>「予言しても良いぜ。ノリで動く奴は、危なくなったら逃げるし旗色が悪くなりゃ裏切る。
 きつくてもやばくても頑張ろうっていう意思がねーからだ。気分がノらねえからな。
 でも俺は、お前がそういう奴だとはどうにも思えねえんだ」

「き、君の相手はモンデンキント先生でしょ!? なんでウチなんかにこだわってんのよ!」

予想外に関心を向けられ、明らかに焦りはじめるカザハ。
その姿がノイズが走ったように揺らぎ、人間だった時の姿が断続的に垣間見える。
シルヴェストルは自己認識に準じた姿を取っているので、動揺するとこういう揺らぎも発生するのだろう。

《姉さん、人間界にいた時のキャラが出てますよ!?》

幸いというべきか、戦場は未だ霧が覆っているので向こうからはよく見えないだろう。
それはそうと、カザハの言う通り、飽くまでも明神さんの目的はモンデンキント先生との対決のはず。
オマケのはずのカザハになんでここまでこだわっているのだろう。
いや、本当にそうならなゆたちゃんに1対1の勝負を申し込めばよかったはずだ。
にも拘わらず、わざわざ絵に描いたような悪役っぽい言動で、よく事情を知らない私達新入りをなゆたちゃん側に付くように仕向けた……ようにも思える。
エンバースさんを勧誘していたのも「こっちに来い(訳:向こうに行け)」という高度な振りだったのだろうか。
更に、リタイアして場外で観戦中のジョン君が追い打ち(?)をかける。

>「大丈夫だカザハ!君は君が思った事を言えばいい!」

「場外から包囲してくんな! この天然タラシ野郎がーっ!
君だって最初止めようとしてたよね!? 瞬時に適応して熱いムーブかましてんじゃねーっ!
か、体を張って守ってもらったからってときめいちゃったりしないんだから!」

>「バロールと何があったのかなんざ俺には関係ねえ。お前の前世にも興味はねえ。
 俺が見たいのはお前の腹の中身だ。お前が何の為に俺たちに力を貸すのか。世界を救うのか。
 それが知りたい」

全方向から包囲されて返答に窮したカザハは私に助けを求める。

(えっ、何!? この状況で世界を救いに行くのってそんなに変!?
放っといて世界滅びたら結局自分も死ぬじゃん!? だったら危なくても世界救いに行くしかないじゃん!?)

《普通は出来れば都合よく他の誰かが救ってくれたらいいなーって思うもんかと……》

(……そりゃそうだ!)

いや、そこで物凄い名案を聞いたみたいな反応しないで!?
カザハは普段の掴みどころのないキャラはすっかりどこかに吹っ飛んで逆ギレっぽく動揺しまくっている。
怒ったり気が動転するのは本心が引き出される一歩手前、とどこかで聞いたことがあるので、
これも歴戦のレスバトラー明神さんからすれば予想内の反応かもしれない。

284カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/08/20(火) 02:58:16
「折角なんとなく場に馴染んでる賑やかし役路線でいこうとしてたのに何故にそこを鋭くツッコむ!?
つーか君達こそなんで揃いも揃って少年ジャ○プみたいな台詞がポンポン出て来るの!? 本当に地球人類!?」

>「俺は腹の裡をぶち撒けたつもりだ。お前のも見せろよ、男同士なんだからよ、

「ああもう、いきなりそんな事言われたってこのパリピキャラは異世界転生デビューだから! 地球では陰キャだったの!
だって地球で努力!友情!勝利!みたいなこと言ったら
何熱くなっってんの(笑)とかマジメか!とか厨二病wwwとか言われるだけじゃん!?
だったら余計なこと言わずに気配消しとくのが一番じゃん! ん? 男同士……?」

カザハは一瞬何か考える素振りを見せ、そして衝撃の事実に気付いた。

「そういえばボクは美少年だったしここは地球じゃなかった――ッ!」

《今頃気付いた――ッ!?》

今更何を言っているのかという感じだが、本当の意味でここは地球ではない――
もはや地球で生きていた時の流儀に則る必要は無いことに気付いたということだ。
私達は地球に馴染んでいないと思っていたが案外ある意味地球に適応し過ぎていた。
余計なことを言わずに気配を消している陰キャとなんとなく場の流れに乗ってまあいいかとスルーされている陽キャ。
一見正反対に見えて根本的には同じである。
意気揚々と異世界転生デビューしたつもりが今の今まで根底の部分ではウン十年に渡る地球生活の呪縛に捕らわれ続けていたのだ。

>「裸の付き合いしようぜ、男同士」

「何故に二回言う!? しかも絶妙に生々しい表現で! ……あっ、そういうことか!
しめじちゃんとは純粋な友情みたいだったしなゆとは純粋なライバルみたいだし
エンバースさんにツッコミ入れる時は妙に楽しそうだしつまりそういうことだよな……」

《ねーよ! 120%ねーよ!》

謎の勘違いが最後の一押しになったのかは分からないが、カザハは観念したように微笑んだ。
いつの間にか姿の揺らぎもおさまり、元通りの少年型で安定している。

「君はボクの前世に興味はないっていったけど、多分切っても切り離せない。
ボクは小さい頃勇者になりたかったんだ――きっと昔一度世界を救えなかったから……。
一度かどうかも分からない、もしかしたら何度も何度も失敗してるのかもしれない。
だからこそ、世界を救う勇者に憧れたんだ」

バロールさんが全てを語っている保証は無いが、少なくとも全くの嘘ではない気がする。
だとすれば、私達が昔世界を救い損ねたのは事実なのだろう。

「カケル――ごめんね、ボクは勇者なんかじゃない」

《何を……!?》

「リバティウムの闘技場でなゆを見た時――何故かは分からないけど思ったんだ。やっと、勇者に出会えたって。
今思えばあの時ミドガルズオルムの前に出て行けたのも、彼女達なら必ず助けに来てくれると思えたから――
だからね、ボクが危険を冒してまで世界を救いに行く理由はもう無いんだ。
君達なら必ず救ってくれる、そんな気がするから。君達に出会えた、それでもう充分……」

285カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/08/20(火) 02:59:35
《駄目だ! 私が君を勇者にして君が私を美少女にする約束はどうなったーッ!》

「……のはずなんだけど。次の願いが出来てしまったんだ。今度は勇者達が世界を救うのをこの目で見届けたくなった」

――これが、ずっと共にいた私ですら知らなかったカザハの本心。
それを会ったばかりの明神さんが引き出してみせた。

「歴史になんて残らなくたっていい。お荷物にはなりません」

――そりゃ重さが無いからね

「荷物運びなら喜んでします」

――実際に運ぶのは私だけどね!?

「自分では世界は救えなくたって、世界を救う手助けぐらいなら出来るかもしれない。
少しは役に立つから―― 一番近くで見届けさせてください!」

>「明神さん、悪いな」
>「誰か一人だけを選ぶなら――俺は、あいつを守るよ」

一方、ポーションを体に突き刺すという斬新な方法で回復を果たしたエンバースさんが快進撃を始める。

「そしてみんなが地球に帰った後も……もし帰らなくても先にみんながいなくなった後も……
世界を救った勇者達の物語が忘れ去られてしまわないようにずっとずっと語り続ける――幸いボク達は人間じゃないからさ!
……カケル、エンバースさんの援護を! ”カマイタチ”!」

的確に部位破壊を狙うエンバースさんから少しでも気を逸らすべく、私たちは上空から援護に入る。
カマイタチは鎌状の風の刃を放つ攻撃スキルだ。
しかし明神さんがエンバースさんをいつまでも野放しにしているわけは無く、拘束されてしまった。

>「まぁ……俺が全部やっちまっても、つまらないからな――」
>「……遺言がありゃ聞いとくぜ。いつもみたくかっこいい決め台詞言ってみな」
>「――今日のところは、これくらいにしといてやるよ」
>「新喜劇じゃねーかっ!」

真剣勝負のはずなのにコントのようなやり取りと共に、エンバースさんは今度こそ脱落。
カザハはどこか楽しそうだ。やっぱりこの二人はこうじゃないと、と思っているのだろう。
そしてこちらはまだ私達が残っているのに対して向こうはすでに明神さんだけ。
数の上ではまだこちら側が有利だ。――と思っていたのだが。明神さんは唐突に叫んだ。

>「――相棒!」

相棒って何!?と考える暇もなくみのりさんの声が響いた。

>「なゆちゃん!うちは認める!あんたがリーダーの資質を持つことを!!」
>「ジョンさん、エンバースさん、カザハちゃん、そして明神さん、あんたらも最高な仲間や!」

「みのりさん……!」

カザハは、みのりさんがなゆたちゃんをリーダーとして認めたことに歓喜した。
しかし彼女の言葉にはまだ続きがあった。

286カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/08/20(火) 03:00:53
>「ほやけどな、まだ足りひん!
この先に待つんは命を懸けた戦いや
そういう戦いに足を突っ込むのなら、不屈の更に先の力がいるもんや
精魂尽き果てた限界の先を超える力を!
うちが命を懸けられるだけの力を!
それを引き出せるのならっ、うちの全部を曝け出してもええ!
五穀豊穣改め天威無法、参戦するえ!
いでませい!パズズ!!!!」

「天威無法!? あれ? パズズって……リバティウムで使ってた……」

>「うちの全部、受けてみぃや!
まずはカザハちゃん、風の精霊やゆうても邪神の砂嵐は乗れるもんとちゃうで!」

フィールド全体に強力な砂嵐が巻き起こる。

「カケル――2秒だけ耐えて! 《烈風の加護(エアリアルエンチャント)》!」

私は場外に出ないように必死に抗い、カザハは私にしがみつきつつ、スペルを発動。
この砂嵐の中でフィールド内に留まるのは不可能。それならせめてポヨリンさんに置き土産を託そうという判断だ。
2秒も経つか経たないかの間に、私たちは傷だらけになって吹っ飛ばされ場外の壁に叩きつけられた。
ポヨリンさんを見てみると風をまとっている。《烈風の加護(エアリアルエンチャント)》は何とかかかったようだ。
しかし、バルゴスの腹部から現れたマゴットがポヨリンさんに今まさに必殺技を放とうとしていた。
その上、なゆたちゃんはみのりさんに取り押さえられていて身動きが出来ない。

>「こいつで最後だ、気張れよマゴット!……『闇の波動(ダークネスウェーブ)』ッ!!!」
>『グニャフォォォォォォォォォ!!!!!』

「しまったぁあああ!! 《癒しの旋風(ヒールウィンド)》にしとくべきだったぁああ!」

頭をかかえて叫ぶカザハ。
ポヨリンさんはすでに満身創痍。いくら強化したところでこの一撃を耐えられなければ意味がない。
とっさのことで適切なスペルを選んでいる暇すら無かったのだろう。
しかし次の瞬間、私たちは驚くべき光景を目にした。
拘束されていたはずのなゆたちゃんがポヨリンさんを抱き、闇の波動(ダークネスウェーブ)を避けたのだ。
その姿はさながら、戦場に舞う華麗な蝶。

「今スキルみたいなの使ったよね……!?」

人間であるはずのなゆたちゃんがスキルらしきものを使って攻撃を避けた。
一見信じがたく思えるが、シナリオ上でボスキャラとして立ちはだかる人間も
レイドモンスターという扱いになっているのを考えると、そういう事も出来るのかもしれない。

>「ポラーレさんは、快くわたしにスキルを伝授してくれたよ。
 たった一週間だったけど……コツは掴んだ。まだまだ雑だと思うけど、それは今後の課題かな……」

人間の身でありながらモンスター用のスキルをたったの1週間で習得するとは只者ではない。
※ただしスキルは尻から出る にならないか心配になってしまう程である。

287カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/08/20(火) 03:02:13
>「……楽しい。楽しいよ、明神さん。こんなに楽しい戦い、わたしがブレモンを始めて以来かもしれない。
 でも……終わらせよう。
 これからも、一緒に楽しい戦いを続けるために。みんなで旅をするために。
 新しい一歩を踏み出すために……この戦いに決着をつけるときだよ」

今やフィールド内に立っているのは明神さんとなゆたちゃんだけ。
それぞれの仲間達はすでに全員脱落し、正真正銘のうんちぶりぶり大明神VSモンデンキントの対決となった。
なゆたちゃんが作り出したのは、G.O.D.スライムとは異なるもう一柱のスライムの頂点。

>「不浄の源、外神――アブホース!!!」
>「地球にいたころのわたしなら、きっと明神さんに負けてた。
 みんながわたしに力をくれたから、手を貸してくれたから、わたしはあの頃よりも強くなれた……。
 そして。その中にあなたもいるんだよ、明神さん」


「明神さん、大事なことに気付かせてくれてありがとう。
明神さんが真面目に向き合ってくれなかったらずっと気付かないままだったよ。
でも……ごめんね、今はなゆを応援させてね!」

全域がアブホースに埋め尽くされた戦場を食い入るように見つめながら、カザハが言う。

>「明神さん……、これ……これが、わたしの最後の技……。
 これを最後に、わたし……倒れると思う……。
 そのとき、あなたとバルゴスがまだフィールドに残っていたなら――」
>「あなたの、勝ちよ!!」
>「――――『混沌大海嘯(ケイオス・タイド)』!!!!」
>『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――――――…………!!!!』

スライムの大津波がバルゴスに押し寄せ、ついに決着の時が訪れる。
この世界の仕様上、叫んで応援しても攻撃が強くなったりはしない。
何の意味も無いと分かっていながら、それでもカザハは叫んだ。

「いっけぇええええええええええええええええ!!」

288embers ◆5WH73DXszU:2019/08/23(金) 06:14:51
【ブレイキング・ドーン(Ⅰ)】


――本当に、これで良かったのか。

脳機能による制限を受けない思考は巡る――焼死体が地面へ落下する速度よりも、ずっと速く。

――俺一人で全部片付ける方法は、あった筈だ。

ゲーマーとしての戦い方に選択肢を限定したとしても、より安全な戦術はあった。
例えばもっと時間をかけて、バルゴスのもう片方の脚を破壊してもよかった。
脚の次は、崩れた姿勢では反撃不可能な角度で腕を破壊すればいい。

――なら、何故そうしなかった。

それを実行しなかった理由は――油断でも謙遜でもない。
焼死体の迅速な撃破が困難になれば、明神の取れる戦術は限定される。
恐らくは、勝利条件を満たす為に強行的攻勢に出る――つまり、ポヨリンに狙いが絞られる。

――これは、ゲームだ。キングが堕ちれば、対戦は終わりだ。

そして、もしもそうなった場合、焼死体にはバルゴスを確実に止める手段がなかった。
最も危惧するべき展開は、大剣や瓦礫による投擲を行われる事だった。
より容易く倒せる相手を、狙い撃つ――焼死体の常套戦術。
その発想を模倣される危険性は無視出来なかった。

――だから、そうだ。これで良かったんだ。

「俺は……正しい選択をしたんだ」

そして――焼死体は、地面に強かに叩き付けられた。
全身に亀裂の走る音――右腕で体を起こそうとして、出来なかった。
体が動かない――不死者とて、四肢が打ち砕けては、ただの屍と変わらない。
焼死体に残された、唯一可能な行動は――ただ首を回して、戦況を見守る事だけだった。

『楽しいなぁ、なゆたちゃん。ずっとクソゲー呼ばわりしてきたのに、面白いじゃねえか、くそったれ』

――まだ、何か隠してるな。でなきゃ、そんなに余裕ぶっていられる訳がない。

『――相棒!』
『なゆちゃん!うちは認める!あんたがリーダーの資質を持つことを!!』

――みのりさん?馬鹿な、スケアクロウなら既に……いや、何らかの策があったと見るべきか。

『ジョンさん、エンバースさん、カザハちゃん、そして明神さん、あんたらも最高な仲間や!』

――仲間、か。そんなもの、もういらないと思ってたけど。なかなか、どうして――

『いでませい!パズズ!!!!』

「――なん……だと?」

『うちの全部、受けてみぃや!
 まずはカザハちゃん、風の精霊やゆうても邪神の砂嵐は乗れるもんとちゃうで!』

――パズズ、パズズだと?カードの殆どを消費した、このタイミングで……不味いぞ。
取り得る対策は限られてくる――最も、勝算が高い戦術は……伏兵だ。
みのりさんがした事を、こっちもそのままやり返せば――

289embers ◆5WH73DXszU:2019/08/23(金) 06:17:15
【ブレイキング・ドーン(Ⅱ)】

「出来るのか……今の、俺に……違う、迷うな……やるしかないん……だ?」

『ズルやって云ってもええんやよ?
 それが生き死にかけた戦いでどれだけ役立つかは知らんけど――』

――パズズを、アンサモンした?……違う、端からブラフだったんだ。
幻を生み出すスペルなんて幾らでもある……何故、その可能性を考えられなかった。
……思わされたんだ。あれほどのコレクターなら、パズズを蒐集していても、不思議じゃないと。

『言ったよな。――腹の中身、全部見せるって』

――クソ、戦況は……どうなってる。ここからじゃ、もう、よく見えない。

焼死体が右手に力を込める――魔物の自然治癒力は、既に最低限の身体機能を復元していた。
懐を漁る/薬瓶を取り出す/栓を抜く――ひび割れた己の胸部に突き立てる。
響く液体の蒸発音/エアロゾル化した水薬が体内に満ちる。

『……届けぇぇぇぇえええっっ!!!!』
『届きぃやあああ!!!』

そして――焼死体は、体を起こした。
よろめきながらも見上げる先には――なゆたがいた。
【闇の波動(ダークネスウェーブ)】の射線上に晒された、なゆたが。
焼死体に出来る事は何もない――ひび割れた手足では、なゆたに駆け寄る事は出来ない。

「――――マリ」

双眸に揺れる蒼炎の奥に、思い出したくもない/忘れられない過去が蘇る。
この後に何が起きるのか、焼死体は全て覚えている/そして覚えていない。
誰よりも愛した者が死んだ/だから――それに関わった全ての者を殺した。

だが――焼死体の幻視した未来は、訪れなかった。
崇月院なゆたが、蝶のように舞う/漆黒の波動を、ひらりと躱す。
その光景は――焼死体に、脳裏に焼き付く過去を忘れさせるほど衝撃的で、美麗だった。

『今度はなゆちゃんは守られるだけでなく、一緒に戦うに足る女やゆうところを見たってえな』

ふと――曖昧な意識の中で聞いた言葉の一つを、思い出す。

「……怯える必要はない、か」

『……楽しい。楽しいよ、明神さん。こんなに楽しい戦い、わたしがブレモンを始めて以来かもしれない――』

――いいや。俺には、そんな事は出来ない。
みんな最高の仲間だって、そう言ったよな――みのりさん。
だけど――だけど、俺の仲間だって、そうだったんだぜ。最高の、仲間だったんだ。

『……ね……明神さん。
 あなたはすごいよ。お世辞なんかじゃなくて、本当にすごいと思う――』

――それでも駄目だったんだ。どんなに強いプレイヤーだっていつかは負ける。
平等なルールの下で戦うゲームですら、そうなんだ。本物の戦いなら、尚更だ。

『だから。だからこそ、わたしはあなたを倒したい。あなたに勝ちたい!』

――だけど、ただ怯えていたって、仕方ないんだよな。
人は、どんな理由でも死ぬ――道を歩いていたって、何をしていたって。
それでも生きているなら、死ねなかったなら――どこかに向かって、歩かなきゃいけないんだ。

『フェスティバルはもうお開き? でも――カーニバルはまだ終わらない! まだまだ踊るよ、わたし!』



「――ああ、そうだ。仕方ないんだ。守ってばかりじゃ、あいつのあんな顔、見られないもんな」



最終局面――既に戦線から脱落した、主なき魔物の事など、誰も気にも留めない。
そんな中、眩しげに顔を伏せる焼死体は――無意識の内に笑みを、浮かべていた。

290embers ◆5WH73DXszU:2019/08/23(金) 06:19:07
【ブレイキング・ドーン(Ⅲ)】

『リバース・ウルティメイト召喚……銀の鍵をもて、ン・カイを去りて無窮の門より出でよ!』

「……もう一つの神、か。従来のG.O.Dコンボの弱点は、これで完全に消え去った訳だ」

【ぽよぽよ☆カーニバルコンボ】は必殺の戦術だった――そして、故に誰もがその死を追い求めた。
[■■■■/焼死体]もまた、神の死を想う、戦士の一人であり/その解法を見出した一人でもあった。

『自由の翼(フライト)』にて宙空へ逃れ、焼死体は思考する。
理論的には、【ぽよぽよ☆カーニバルコンボ】にも弱点は存在する。
例えば【民族大移動(エクソダス)】を広域殲滅型のスペルで無力化する。
DPS度外視の速攻で【限界突破(オーバードライブ)】を単独使用させ、除外する。
ATBを温存し【命たゆたう原初の海(オリジン・ビリーフ)】を即座に他属性で塗り潰す、等だ。

――もっとも、どれも言うは易く行うは難しの典型、と言った域を出なかったけどな。
【民族大移動(エクソダス)】は、カードを切る順番を後回しにするだけでいい。
実際、あいつは今回のデュエルでも、そのようにカードを切っている。

――【限界突破(オーバードライブ)】を単独使用させる?
【虚構粉砕(フェイクブレイク)】未満の除外スペルは、どれも即時発動型じゃない。
ステータスを底上げされた、あのスライムと、除外スペル分のゲージ喪失を背負いながら戦えるかよ。

――【命たゆたう原初の海(オリジン・ビリーフ)】の封殺にしたって、そうだ。
モンデンキントの戦闘勘なら、封殺用のゲージ二本の温存を見逃さない。
【限界突破(オーバードライブ)】からの電撃戦で、終わりだ。

――そうだ。【ぽよぽよ☆カーニバルコンボ】は構築途上でも、不完全な形に終わっても、強い。
万が一上手く妨害出来ても、バフを帯びた超ポヨリンさんとタイマンを張るか。
神未満の怪物――ヒュージスライムと対峙する必要があった。

――その不完全な時点の強さが、リバース・コンボによって更に強化された。
新たに追加された二種のコンボ・パーツは、除外を恐れずに切る事が出来る。
つまりコンボを阻止する為には――猛毒ポヨリンとの戦いを余儀なくされる。

「大したビルドだ――俺もスマホさえ壊れてなけりゃ、一戦交えたいくらい……」

『明神さん……、これ……これが、わたしの最後の技……。
 これを最後に、わたし……倒れると思う……。
 そのとき、あなたとバルゴスがまだフィールドに残っていたなら――』

「……おい、待て。フィールドに、残っていたら?お前、一体何をするつもり――」

『ゴッドポヨリン・オルタナティヴの攻撃! 圧壊せよ、原初の混沌!』
『オオオオオオオオオ―――――――――――――――――ム…………』

アブホースが、その不定形の肉体を、隆起させる。
宙空に浮遊する焼死体と、目線が合うほどに高く。

「あー……やあ、ポヨリンさん。暫く見ない内に随分とでかくなったじゃないか。
 一つ相談があるんだけど、最後の一撃、あと数秒だけ待ってもらう事って――」

『――――『混沌大海嘯(ケイオス・タイド)』!!!!』
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――――――…………!!!!』

「あ、クソ!あいつ、よくも――ぐあああああああっ!?」



毒と酸の津波に飲み込まれた焼死体は――そのまま対戦フィールド外へと押し流され、気を失った。

291うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/08/26(月) 00:59:19
バロールの空気読まないカミングアウトでなゆたちゃんがモンデンキントだとわかった時、
そりゃまあ驚いたし奇声も上げちまったけれど、それでも瞬時に納得はできた。
というか今だから言うけど、前々からうっすら気づいてたんじゃねえかと我ながらに思う。

多分ブレモン界隈でモンデン野郎と一番多く会話してきたのは俺だ。
二年くらい帰ってない実家の親よりも、外回りばっかでろくにデスクに居ない直属の上司よりも。
あいつの回りでピーチクさえずってるチルドレンズよりも、中立面したフォーラムの連中よりも。
真ちゃんは……どうかわかんねえけど。あいつそんなお喋りさんじゃないしなぁ。

だからまぁなんとなくだけれど、普段の言動からなゆたちゃんの正体には見当がついてた。
口調こそスレの投稿とは違うけど、自信と責任に満ちた物言いは確かに、モンデンキントだったからだ。
流石に中身が女子高生ってのは想定の範囲外過ぎて、全然しっくりこなかったけどよ。

俺はモンデンキントが嫌いだ。憎い、と言ってしまうことさえできる。
ネットの向こうであいつが吠え面かくのをずっと心待ちにしてたぐらいだ。
エンバースの加入に端を発するパーティの内部崩壊は、俺にとって奴を失脚させるまたとない好機だった。

だけど――これも今だから言うけど、こんな終わり方は、納得出来なかった。
俺はモンデンキントが嫌いだが、同時に他のどんなプレイヤーよりもあいつに敬意を感じてる。
憎悪と崇敬は、俺のなかに矛盾することなく同居している。

モンデンキントを倒すのは、他の誰でもない、俺であって欲しい。
俺が、俺自身の培った力で、邪智暴虐で、奴を跪かせる。そうでなくてはならない。
こんな訳分からん横槍で、勝手に自滅されてたまるかよ。
お前にはまだまだ俺の前に立ちはだかってもらう。どんな手を使っても。クーデターをぶちかましてでも。


……これまで色々自分の中で言い訳してきたけど、これで終わりだ。
全ての積み重ねは完了し、出せるものは出し尽くした。


これでいい。

例えどんな結果になったとしても――残った悔いは、もう何もない。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

292うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/08/26(月) 01:00:06
>「君はボクの前世に興味はないっていったけど、多分切っても切り離せない。
 ボクは小さい頃勇者になりたかったんだ――きっと昔一度世界を救えなかったから……。
 一度かどうかも分からない、もしかしたら何度も何度も失敗してるのかもしれない。
 だからこそ、世界を救う勇者に憧れたんだ」

俺の問いに、カザハ君はひとしきり奇声を上げて、そして静かになった。
静かに……どこか諦めたような面持ちで、俺に微笑む。

こいつもまた、デウスエクスマキナの例外。ループ前の記憶保持者――
バロールに比べりゃかなり断片的ではあるが、『前回』を知っているのだ。
だから、俺たちのようにあれこれ理屈をつけなくても、真っ先に世界を救おうと動けた。

あるいは。『世界』ってのは地球だのアルフヘイムだのとは無関係のものなのかも知れない。
こいつが享年何歳なのか知らんが、子供にとっては目に映る範囲が世界の全てだ。
友達か、親兄弟か、そういうミクロな世界を救おうとして、救えなかった。そういう解釈も出来る。

いずれにせよこいつの謎のモチベの高さがなんとなく納得出来てきた。
何考えてんのか分かんねえってのは撤回しよう。こいつの目的は、俺が思うよりずっと等身大だ。

抱え込んできた勇者への憧憬と、失敗してきた自分への失望。
その二つを支えにして、カザハ君は今、三たび立ち上がろうとしている。

>「今度は勇者達が世界を救うのをこの目で見届けたくなった」

折れた翼でもがいて、足掻いて……新しい光を見つけた。

>「自分では世界は救えなくたって、世界を救う手助けぐらいなら出来るかもしれない。
  少しは役に立つから―― 一番近くで見届けさせてください!」

これを安易な第二希望と、切って捨てることは俺にはできない。
挫折と絶望を前にして、それを飛び続ける為の支えに変えたカザハ君。
憧れを憎悪に塗り替えちまった俺には、どうしようもなく眩しい。

>「そしてみんなが地球に帰った後も……もし帰らなくても先にみんながいなくなった後も……
 世界を救った勇者達の物語が忘れ去られてしまわないようにずっとずっと語り続ける――幸いボク達は人間じゃないからさ!

「へっ、歴史に名を刻まれる方じゃなくて刻む方になるってか。
 最高じゃねえか。省略せずに語り継いでくれよ……うんちぶりぶり大明神の名前をよ!」

善悪の違いはあれど、俺とカザハ君が辿った心の変遷は、多分同じだ。
同じように挫折を経験して、同じように……前へ進むやり方を変えた。

だから理解できる。こいつが吐露した本心を、俺は信じられる。
ジョンと同様に――信頼に足る仲間だと、ようやく言うことができる。

さあ、問答は終わった。
肉体言語なんざ野蛮人の嗜みだと思ってたけど……今だけは、拳で語り合おうぜ。
なぁ、相棒。

>「なゆちゃん!うちは認める!あんたがリーダーの資質を持つことを!!」

背後から石油王の声が轟いた。
……そう、轟いた。いつものあの、間延びした穏やかな口調は影も形もない。
一言ごとに鼓膜を震わせるような、張りのある、声色。

>「ジョンさん、エンバースさん、カザハちゃん、そして明神さん、あんたらも最高な仲間や!」

思えば、石油王がこうして俺たちを『仲間』と呼ぶのは、初めてだったかも知れない。
言ってしまえばただの青臭い言葉。共闘関係にある者を、どう呼称するかの違いでしかない。

それでも、捉えどころのない浮雲のような存在だったこいつが、俺たちを仲間と認めた。
なゆたちゃんが、エンバースが、カザハが、ジョンが、そして俺が……認めさせた。
値千金の言葉だ。

293うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/08/26(月) 01:00:37
>「ほやけどな、まだ足りひん!この先に待つんは命を懸けた戦いや
 そういう戦いに足を突っ込むのなら、不屈の更に先の力がいるもんや
 精魂尽き果てた限界の先を超える力を!うちが命を懸けられるだけの力を!
 それを引き出せるのならっ、うちの全部を曝け出してもええ!」

叫びにも似た宣言は続く。
腹の底から迫り上がってくる身を震わせるような快さは、多分俺が石油王と同じ気持ちだからだろう。
これが最後の正念場。俺たちが、この先の過酷な旅に、残酷な現実に、立ち向かえるかを今から決めるのだ。

>「五穀豊穣改め天威無法、参戦するえ! いでませい!パズズ!!!!」

――そして、魔神が顕現した。
石油王の虎の子、とっておきの奥の手。リバティウムでミドやん相手に渡り合った懐刀。
未完成の、それでも現行パッチにおける最強の邪神、パズズ。
プレイヤーが手にできる、唯一無二の超レイド級だ。

同時に、石油王の膨大なゲーム内資産を枯渇させ得る……諸刃の剣。
自傷も厭わず握って見せるのは、奴なりの覚悟に違いない。

>「うちの全部、受けてみぃや!
 まずはカザハちゃん、風の精霊やゆうても邪神の砂嵐は乗れるもんとちゃうで!」

パズズが出現した瞬間、フィールド内を激しい砂嵐が埋め尽くした。
一部のレイド級以上が持つパッシブスキル、フィールド属性の強制転換!
土と風の混合属性が生み出す旋風は土砂を巻き上げ、あらゆる物を地面から剥がしていく!!

結構呑気してたカザハ君も視界を塗り替える嵐の回転圧力にはビビった!
二つの属性の間に生じる圧倒的破壊空間は、歯車的砂嵐の小宇宙ッ!(意味不明)
その猛威、まさしく神の砂嵐!!

>「カケル――2秒だけ耐えて! 《烈風の加護(エアリアルエンチャント)》!」

あっという間に飲み込まれたカザハ君はあがきとばかりにスペルを手繰る。
だが健闘むなしく砂嵐の前には軽すぎるユニサスとシルヴェストルは、戦闘領域外まで吹っ飛んでいった。
フィールドアウト。HP全損とは別途の敗北条件を満たし、サブのスマホで開いてた参戦者リストからカザハ君の名が消える。

げに恐るべきはあの状況で生き残ることを即選択肢から除外し、ポヨリンさんへの支援に努めたカザハ君の即断力。
スペル効果が続く限りは、たとえ自分が倒れようとも仕事はできる……パーティ戦の鉄則だ。
カザハ君はそれを半ば直感で理解し、極小の猶予で実行して見せた。

本来ならば、カザハ君は何も出来ずに場外負けするはずだった。
石油王はそういう戦略を組んでいたし、パズズの召喚は思考を残らず奪い取るだけのインパクトがあった。
それは、カザハ君よりずっと対戦馴れしてるはずのなゆたちゃんの顔を見れば明らかだ。

>「……なんて、こと……」

そして石油王の真の狙いも、そこにあった。
なゆたちゃんが硬直を強いられる3秒――4秒。石油王が確約した万難を排す時間。
誰よりも早く動き出したのはやはり石油王であり、彼女はあろうことかダッシュしていた。

……え、マジで?
理解が追いつくより先に、消えゆくパズズの残り香めいた風を受けて石油王は飛ぶ。
跳躍の先には、動けないできるなゆたちゃんが居た。

勢いそのままに二人の女は激突し、なゆたちゃんは石油王の両腕に抱きすくめられる。
――生身を使った、拘束攻撃だ。

294うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/08/26(月) 01:01:29
>「ズルやって云ってもええんやよ?
 それが生き死にかけた戦いでどれだけ役立つかは知らんけど
 これからの戦いってこういう事なんやで?」
>「……みのりさん……」

パズズは、戦闘行動を取れずとも召喚するだけで意味があった。
パッシブによってポヨリンさんに有利なフィールド効果は消え、カザハ君は退場。
なゆたちゃんの思考も奪い、俺が完全にフリーでトドメを決められる条件は成立した。

この吶喊。必要があるかないかで言えば、なかったはずだ。
全ての手持ちが消え、無防備な生身を晒してまで、石油王自身が飛びかかる合理性はない。
どんな時もまず自分の安全確保を徹底してきた石油王のこの行動は、不可解ですらある。

……効率厨だった昔の俺なら、そう切って捨ててただろう。
だけど今の俺には分かる。不合理を覆してなお叩き込みたい想いって奴が。
もはや疑いの余地もなく、こいつもまた、俺たちの最高の仲間。
この戦いで、真の意味での『仲間』に……なったのだ。

だったら、応えねえとな。
こいつと一緒に、なゆたちゃんに、届けねえとな。

>「届きぃやあああ!!!」
「……届けぇぇぇぇえええっっ!!!!」

二人分の号声が、マゴットの背中を押す。

>「みんながんばれえええええええええええええええ!!」

外野からジョンの声が聞こえる。
こいつもまた、この戦いで『仲間になった』一人だ。
どっちに対する応援なんだか分かりゃしねえけど、俺は勝手に受け取るぜ。

さあ、これで都合三人分の応援だ。
気張れよ、マゴット!

蛆虫の口吻から放たれた闇の波動は、一条の黒い光となって空間を貫く。
リバティウムじゃバフォメットの足元掬う程度の威力だった。
だが成長を重ね、倍以上の大きさの波動を撃てるようになった今なら、瀕死のポヨリンさんを削り切れるはずだ!

狙い過たず迫る波動。
ポヨリンさんを消し飛ばすまで秒も要らない、その刹那。
二つを隔てるように、飛び出す影があった。

「なゆたちゃんっ!?」

如何なる手品か、石油王の拘束を抜け出したなゆたちゃんが、ポヨリンの元に辿り着いて拾い上げる。
身を挺して庇う――?無駄だ、生身の人間の防御力で闇の波動を凌ぎ切れるわけがない!
ポヨリンさんごとHP消し飛ぶのがオチだ。勝負はもう……決まってる。

だが、闇の波動を見据えるなゆたちゃんの眼に、動揺や――まして諦めなんて、なかった。
なゆたちゃんの身を焦がすベルゼブブ一子相伝の必殺技が、その威力を解き放つ。
そして、波動が着弾……しなかった。

295うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/08/26(月) 01:02:10
「んな馬鹿な……!」

なゆたちゃんはポヨリンさんを抱えたまま、波動を『避けた』。
それこそ音を置き去りにする速度で、銃弾の如く飛来する闇の波動を。
どう考えたって人間が可能な動きじゃない。いつの間に人間辞めたんだこの女子高生!

――いや、俺は知ってる。
なゆたちゃんが回避の際に踏んだステップと、その身に纏う蝶の鱗粉めいたパーティクル。
『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』――マスターのお姉ちゃん、レイド級としてのあいつが持つ固有スキルだ。

ん?え?なんで!?マジで人間辞めちゃったのなゆたちゃん!?
『虚構粉砕』や『影縫い』など、NPCの固有技能をスペル化したカードはある。
レイド級のスキルだろうがプレイヤーが使えないって道理は、確かにない。
だが、なゆたちゃんがスペルを手繰った様子はなかったし、なんならスマホを構えてすらいない。

つまり――

「――生身で!スキルを再現しただとぉっ!?」

>「明神さん……! あなたがこのアルフヘイムで、色んなものを手に入れてきたように。
 わたしも、たくさんのものを貰ってきたんだよ……!」

体力の消耗はあったのか、なゆたちゃんは荒く呼吸する。
ありえない、話ではなかった。地球ならいざしらず、アルフヘイムは剣と魔法の世界だ。
例えば生前のバルゴスは間違いなくただの人間だったが、足音を消す『忍び足』をはじめスキルを習得していた。
街の雑貨屋には生活や狩猟用途にコモンスペルが売られている。

スキルや魔法はモンスターの専売特許じゃない。
人間にもそれを習得し、扱うことは可能なのだ。

>「ポラーレさんは、快くわたしにスキルを伝授してくれたよ。
 たった一週間だったけど……コツは掴んだ。まだまだ雑だと思うけど、それは今後の課題かな……」

「ウソだろお前……何さらっとコツ掴んでんだ。お姉ちゃんもびっくりだろそれ」

これは完全に、思いつきもしなかった。
自分の肉体の貧弱さは嫌ってほど知ってるし、パートナーが居れば白兵戦は避けられると思ってたからだ。
というか今更自分の身体をどうこうしようなんて考えなかったわ!

理論上可能だからと言って、それが容易であることにはならない。
確かに真ちゃんはレッドラと一緒に肉弾戦演じてたし、直近にはジョンという実例も居る。
ダイレクトアタック対策に自分自身の戦闘能力を高めておくってのはそりゃ重要だろう。

思い付いてサっとやれちまうその行動力と学習能力は何なの?学生ってすげえな……。
石油王の拘束から抜け出したのもこれかぁ……。

だが、これもまたブレイブとしての戦い方だ。
俺が仕様の穴を突いてマジックチートを完成させたように、なゆたちゃんも彼女なりに世界を紐解いた。
そして努力を重ね、それを形にしてみせた。

>「……楽しい。楽しいよ、明神さん。こんなに楽しい戦い、わたしがブレモンを始めて以来かもしれない」

「奇遇だな。俺もたった今、もっと楽しくなってきやがった。ブレモンの楽しみ方には、まだ先がある。
 俺の知らないことが、思いつきもしないやり方が、まだまだたくさん眠ってる!
 まるで底の見えない玩具箱だ、アルフヘイムって奴はよ」

>「でも……終わらせよう。これからも、一緒に楽しい戦いを続けるために。みんなで旅をするために。
 新しい一歩を踏み出すために……この戦いに決着をつけるときだよ」

「……そうだな。ずいぶん遠回りをしちまったけれど、俺たちの戦いに幕を引こう」

296うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/08/26(月) 01:03:17
このバトルだけでも、色んなことがあった。
酷いことも言っちまったし、クーデターなんざ銃殺刑ものだ。
だから、そろそろ終わりにしよう。バトルは手段であって目的じゃない。
決着をつけるために、俺たちは戦ってきたんだ。

>「……ね……明神さん。あなたはすごいよ。お世辞なんかじゃなくて、本当にすごいと思う。
 わたしが考えもしない戦術で、戦法で。数の有利を覆して、わたしのゴッドポヨリンを倒して――。
 やっぱり、あなたは何も持ってないなんてことない。
 あなたはたくさんのものを持ってるし……色んな人から、色んなものを貰ってきた。
 この戦いで、それがよく分かったよ」

「ありがとよ。お前がそう言ってくれるおかげで、俺は自分を認められる。
 今更謙遜はしねえよ。今、お前の目の前に立ってる男は……すげえ奴だ。
 俺と、俺に手を貸してくれた奴らは……俺の仲間たちは。世界だって救える、すげえ奴らだ」

その中にはもちろんお前も入ってるぜ、モンデンキント。いや、なゆたちゃん。
ずっと抱え込んできた恨みも、つらみも、憧れも、全部吐き出した。
モンデンキントとなゆたちゃんが、ようやく俺の中で完全に一致した。

>「だから。だからこそ、わたしはあなたを倒したい。あなたに勝ちたい!
 フェスティバルはもうお開き? でも――カーニバルはまだ終わらない! まだまだ踊るよ、わたし!」

「負けねえよ。昔の因縁なんざもう関係ねえ。バトルには勝ちたいのが……プレイヤーだからな。
 さぁ、カーニバルの続きをしよう。俺たちで、最高のフィナーレを踊ってやろうぜ!」

俺となゆたちゃんは同時に、己の武器たるスマホを構えた。
これが最後の打ち合いになると、直感ではなく実感があった。

バルゴスの修復は済んでる。残りのATBゲージは2本×ダブルで計4本。
リビングレザー・ヘビーアーマーの操縦に2本使うから、撃てるスペルは2発切りだ。

なゆたちゃんのATB残量は測れないが、ぽよぽよコンボで一度使い切ったと見て良いだろう。
そのあとエンバースが稼いだターンを考慮しても、最大で3本までしか溜まってないはずだ。

ぶりぶりコンボの最大の利点は、消費するスペルが極めて少ないこと。
代わりにATBゲージを大量消費するわけだが、バトル終盤ではこの差が活きてくる。
手札のほとんどを使ったなゆたちゃんに対し、俺のデッキにはまだ余裕があるのだ。

取り得る戦術の幅――段違いのこいつを活用して、トドメを決める。
さあ考えろ。俺の残弾で、どうすりゃあいつに王手をかけられるか――

眼前、なゆたちゃんもまたスマホを手繰る。
……俺は眼を疑った。なゆたちゃんの手にあるスマホが、『2台』に見えたからだ。

え。
ちょっと待て。錯覚じゃない。あいつスマホ2台持ってやがるぞ!
ミハエルや石油王みたくサブ機を隠してたのか?いや、参戦者リストに石油王以外のサブ垢は存在しない。
そして二台目のスマホは、一台目のものと瓜二つだった。

――まさか。

>「明神さんが『万華鏡(ミラージュプリズム)』でスマホを増やした戦術。
 真似させてもらったよ……。使える戦術は真似る、それがブレモンの基本でしょ?」

「こ、この女!他人の戦術パクりやがった…………!!!!」

297うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/08/26(月) 01:04:46
『分裂』によるスマホの複製。
それはまさに、俺が使ったマジックチートの基本骨子だ。

信じらんねえ!こいつ!月子先生ともあろうお方が、クソコテの技パクってんじゃねえよ!
まぁそもそもポヨポヨコンボパクったのは俺だけども!俺だけども!!!
でもそれはこの際棚に上げよう!俺は誰よりも自分に甘い男!!!

>「エンバースが稼いでくれた時間と、今までの時間。それでわたしのATBは3本『ずつ』溜まってる。
 いくよ――明神さん! この場にもう一度『神』を喚ぶ!!」

「ハッタリだっ!ゴッポヨ降臨のコンボパーツはとっくに品切れ、神なんざ降りてくるわけがねえ!
 行けバルゴス!死に体のポヨリンさんを神の身許に送り返して差し上げろ!!」

バルゴスに指示を出しつつ、片手でスペルを手繰る。
速攻で決めるなら、Dotには頼れない。俺の持てる最大の瞬間火力を――

>「『命たゆたう原初の海(オリジン・ビリーフ)』プレイ!
 『限界突破(オーバードライブ)』プレイ!
 『毒散布(ヴェノムダスター)』プレイ!
 『麻痺毒(バイオトキシック)』プレイ!
 『形態変化・液状化(メタモルフォシス・リクイファクション)』プレイ!」

「なっ……デバフを自分自身にだと!?」

『毒散布』も、『麻痺毒』も、対象を指定してバッドステータスを与えるデバフスペルだ。
やはりハッタリ、時間を稼ぐつもりか――だが、二つのスペルはバルゴスをタゲってなかった。
対象は、ポヨリンさん自身。

知らない。こんなスペル回し、Wikiはおろか対戦動画にも出てきやしなかった。
自慢じゃないが俺はモンデンキントの出てくる動画には全部目を通してる。
あいつのフィニッシュムーブはポヨポヨコンボ、それは揺るがないはずだ。

――だがそもそも、この2つをモンデンキントがデッキに入れてる理由はなんだ?

デバフで対応力を増やすって理屈はまぁ分かる。実際ミハエル戦でも活躍したもんな。
でも、あいつは典型的なコンボアタッカーだ。貴重なデッキ枠に単独スペルを入れる合理性はない。

それだったらパーツを増やして、ゴッドポヨリンさんを2回分召喚できる編成にしたって良い。
今回俺がやったように、コンボの成立を阻害するメタ戦術だってあるのだ。
モンデンキントがそれを理解していないはずがない。

ゴッポヨには、召喚した時点で勝負を決められるだけの戦闘力がある。
コンボデッキなら、コンボの成立と運用に主眼を置いてレシピを組むべきだ――

そう。なゆたちゃんのデッキはコンボデッキ。
回復なんかの例外はあっても、基本はコンボパーツで構成されている。
であれば、二つのデバフスペルは……

>「『融合(フュージョン)』プレイ!
 リバース・ウルティメイト召喚……銀の鍵をもて、ン・カイを去りて無窮の門より出でよ!」

――別ルートでの、コンボパーツ。

大気が震える。何かが『来る』。
液状化したポヨリンさんのもとに、散らばった無数のスライム達が集まっていく。
ゴッドポヨリンとはまるで違う様相の、異形――その名を、なゆたちゃんが呼んだ。

298うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/08/26(月) 01:06:29
>「不浄の源、外神――アブホース!!!」
>『オオオオオオオォォォォォォォォ――――――――――――ム…………』

それは、『海』だった。形を得た、酸と毒の海。
ラブクラフト先生が草葉の陰から助走つけてぶん殴りそうなくらい冒涜的な神威。
GODスライムと対を成す、スライム系最上位種にして、レイド級モンスター。

――外なる神、『アブホース』。

「2つ目の、レイド級召喚コンボ、だと……」

ゲームですら見たことがない、完全初見のレイドコンボだ。
こんなものが、こんなものを、隠し持ってやがったのか……!?

いや、そうじゃない。
モンデンキントは有力なプレイヤーだが、最強じゃあない。ランキングの頂点を獲ってるわけじゃない。
上位ランカーにはこいつを真っ向から下せるプレイヤーだっている。
さしものゴッドポヨリンさんも、相性次第では普通に負けることだってあるのだ。

>「地球にいたころのわたしなら、きっと明神さんに負けてた。
 みんながわたしに力をくれたから、手を貸してくれたから、わたしはあの頃よりも強くなれた……。
 そして。その中にあなたもいるんだよ、明神さん」

ポヨポヨコンボはその人気から研究され尽くして、すでに対処法だって見つかってる。
洗練を重ねているにせよ、日進月歩のソシャゲの世界じゃいつメタが変遷してもおかしくない。

だから、こいつは新しい試行錯誤を始めたのだ。
エポックメイキングをこの国にもたらしてなお、飽き足らず!さらなる力を磨き上げた!
『ポヨポヨコンボ・リバース』は、モンデンキントが積み重ねてきた進化の証明にほかならない!!

「ふひっ」

変な声が出た。
何よりも先に心に満ちたのは、純粋な称賛。
すげえな、モンデンキント。ここまで上り詰めて、まだ成長の途上だってのかよ。

>「明神さん、大事なことに気付かせてくれてありがとう。
 明神さんが真面目に向き合ってくれなかったらずっと気付かないままだったよ。
 でも……ごめんね、今はなゆを応援させてね!」

フィールドの外からカザハ君が言葉を投げる。
見てるかカザハ君。これがなゆたちゃんだ。お前が間近で見たいって言ってた、勇者の姿だ。

「この戦いを覚えておけよカザハ君。最強のブレイブ、その勇姿をな。
 こいつを語り継ぐのはきっと、お前でなきゃならねえ」

>「明神さん……、これ……これが、わたしの最後の技……。
 これを最後に、わたし……倒れると思う……。
 そのとき、あなたとバルゴスがまだフィールドに残っていたなら――」

>「……おい、待て。フィールドに、残っていたら?お前、一体何をするつもり――」

ふわふわ浮かんだ焼死体がなんか喚いている。
ああそっか、こいつアンサモンもクソもねえからずっとフィールド内に残ってたのか……。

「わはははは!ざまぁねえな焼死体!お前にはFF無効なんてねえかんな!
 俺と一緒に仲良くあの毒津波に……呑まれ……呑まれ……」

299うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/08/26(月) 01:08:03
ギチギチと音がしそうなくらいぎごちなく首を回す。
引き潮のように粘液が引いていくのと同時、鎌首をもたげるアブホースの肉体。
津波――そう形容するほかない、暴力的な巨大質量。

>「あなたの、勝ちよ!!」

「うおおおおお!バルゴス!バルゴス戻ってこい!!俺を!護れええええええ!!!!」

スマホを手繰り、攻撃指示を中断してバルゴスを退かせる。
だが遅い。軽量な革鎧のはずが、その疾走は遅々として進まない。
HPが急速に減ってる。毒と酸によるDotダメージだ。

バルゴスの身体の大部分を占める革鎧は、当然生き物の革、タンパク質で出来ている。
硫酸で皮膚が爛れるように、強い酸はタンパク質を変性させ、ボロボロにしてしまう。
ほとんど自壊しながら走るバルゴス。彼我の距離は、永久のように長い。

>「ゴッドポヨリン・オルタナティヴの攻撃! 圧壊せよ、原初の混沌!」

「お、俺が悪かった!話し合おう!一旦アブホース君お座りさせて!な!な!?
 ごめん!ごめんて!ごめんって言っとるがや!!」

>「――――『混沌大海嘯(ケイオス・タイド)』!!!!」
>『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――――――…………!!!!』

大口開けたアブホースが、食らいつくように倒れ込んで来る。
健気にも俺を助けんと走っていたバルゴスが、まず飲み込まれた。

じゅっ……とあまりにも情けない音を立てて、準レイド級の外装が消し飛ぶ。
積み重なったDotにトドメを刺されて、一瞬でHPが全損したのだ。

スペルを手繰る。どうすりゃ良い?
「奈落開孔(アビスクルセイド)」――あの巨大質量だ、吸い込み切る前に俺を飲み込むだろう。
「座標転換(テレトレード)」――このフィールドのどこに逃げ場がある?
「工業油脂(クラフターズワックス)」――この状況で脂撒いて何になるってんだ。

あれ?もしかして俺、詰んでいるのでは?
そしてあの津波が直撃した場合、俺が喰らう緩和ダメージはどんなもんになるんだろう……。

「あ、謝ってんだから許せよ!謝ってんだから許せよ!!」

押し寄せる津波の轟音の中、非難の声が届くはずもなく。
迫ってくるアブホースと、至近距離で目が合った。

ああ……眩しい。
自然と目を眇めてしまうのは、眩しいからに違いない。

モンデンキント待望の新作コンボだ。
きっとなゆたちゃんはこいつに、華々しい舞台でデビューを飾ってほしかったことだろう。
だけど彼女は、こんな野良試合でそれを使った。……使ってくれた。

言い訳のしようもないくらい、完膚なきまでに、自身の強さを証明するために。
俺たちの覚悟に、応えるために。

「――くそ。やっぱ強えな、モンデンキント」

最後にスペルを手繰って、そこで俺の意識は途絶えた。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

300うんちぶりぶり大明神 ◆9EasXbvg42:2019/08/26(月) 01:08:40
目はすぐに覚めた。五体投地で石畳の上に転がっていた。
そして覚悟していたようなダイレクトアタックによる苦痛は、なかった。
多分麻痺毒で痛覚が馬鹿になってたからだと思うんですけど。名推理。

焼死体は押し流されて場外に運ばれていったが、俺はまだフィールドに残ってた。
最後のスペル、『濃縮荷重(テトラグラビトン)』で重量を増し、水圧に耐えたのだ。
バルゴスからベイルアウトしたヤマシタが俺を抱え、剣を地面に突き刺して水流を凌いだ。

悪あがきだった。
なゆたちゃんが言葉通りに限界を迎えたのなら、あとはどっちが先に倒れるかの勝負だ。
俺のHPが尽きるのが先か、なゆたちゃんの精神力が尽きるのが先か。
問答無用で敗北の場外負けだけはしたくなかった。

ボロボロになったヤマシタの輪郭がラグり、燐光となって消えていく。
HPが1まで削られきったことによる強制アンサモン。
これで俺の敗北条件は満たされた。

あとはなゆたちゃんが倒れているかどうかだ。
俺はとっくにHP尽きてるけど、両者が倒れているのなら、あとは判定勝負になる。
コンマ1秒でも俺の方が長く生き残っていれば、俺の勝ち。これもなゆたちゃんの言葉どおりだ。

だけど――まぁ、結果はもう見なくたってわかってた。
ここでぶっ倒れるようなヤワな女が相手なら、俺だってここまで本気にならなかったよ。
採光窓から差し込む光に照らされて、なゆたちゃんはフィールドに立ち続けていた。

お前は強い。俺よりも……誰よりも。
全部出しきった結果、力及ばず負けたのなら、もう議論を差し挟む余地はない。
俺が問うた、なゆたちゃんのリーダーシップは……十分、見せてもらった。

「俺の負けだ。認めるよなゆたちゃん、お前が俺たちのリーダーだ。俺達を引っ張ってほしい」

対戦終了の合図と共にスマホにリザルトが表示される。
敗北。その二文字が、今だけは輝いて見えた。
役目を終えた対戦フィールドが解除され、半透明のドームが晴れていく。

「クーデターは失敗した。悪いな石油王、戦犯に巻き込んじまってよ。
 主犯は俺、うんちぶりぶり大明神だ。煮ても焼いても美味くはねえけど、処断はパーティリーダーに任せる」

301明神 ◆9EasXbvg42:2019/08/26(月) 01:09:38
そこまで言って、俺はかぶりを振った。
首が動く。対戦モードが終わって麻痺が解除されたんだな。
すげえ虚脱感に見舞われてるから、まだ飛んだり跳ねたりはできそうにないけれど。

「カザハ君。お前がこの先も、語り手として俺達と旅をするのなら……うんちぶりぶりじゃ締まりが悪いよな。
 みんなも覚えといてくれ。――瀧本俊之(としゆき)。カザハ君が歴史に刻む、俺の名前だ」
 
明神の名は、俺がこのパーティに対して引いてた最後の線だ。
本名を明かしちまったからにはもう後戻りはできない。こいつらと、最後まで仲良しチームをやるしかない。
自分で逃げ道を塞いじまったってのに、俺はどうにも心晴れやかだった。

「本名なんて呼ばれ慣れてねえから、今後も明神って呼んでくれりゃ良い」

ようやく四肢がまともに動くようになった。
起き上がって、身体の調子を確かめてから、ひとつ咳払いをした。

「寄り道かました俺が言うのもなんだけど、俺達の戦いはマジでまだ始まったばかりだ。
 明日にはここを発って、アコライト行って、先輩ブレイブの救援クエストをこなさなくっちゃならねえ。
 こっから先は対戦じゃない。命をやり取りする実戦だ。誰一人死なせることなく……世界を救ってやろう」

だから、その、なんだ。
どうにも歯切れが悪くって、俺はもう一度咳払いをする。
長い社畜生活で死にかけの表情筋に活を入れて、ぎごちなく笑顔を作った。

「――なゆたちゃん、クエストに行こうぜ!」


【敗北】

302五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/08/31(土) 23:59:37
みのりはあっけにとられその背中を見ていた
光の粒を纏ったような煌めく背中を

しがみついていたのはなゆたの胴体
しかし当然ただくっついているだけではなく、スマホを操作させないように常にスマホを持つなゆたの手に手を伸ばしていた
故にこれはスペルによる脱出ではない
いいや、ここに至ってそんな事にあてるATBが残っているとも思えない
にもかかわらずどうやって?

その答えは、ポヨリンを抱き、マゴットの闇の波動が眼前に迫ったその瞬間に理解できた
「流麗やわぁ……」
思わず零れたその言葉を残しみのりはそこから姿を消した
バロールにより観客席へと転移させられたのだった

「ふふふぅ〜、ただいまさん〜」
滂沱するジョンに笑顔で声をかけ、用意された椅子に腰かけ、紅茶を手にする
「バロールさんも、サービスありがとなぁ」
本来パズズがクリスタルを消耗しつくしてアンサモンされた時点でみのりは強制送還されていなければいけなかった
しかし実際にはなゆたが抜け出し、そして『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』によりなゆたがポヨリンを救うところまで見届けさせて貰えた
これはバロールからのサービスという事なのだろうから

紅茶を手にしたのはみのりの戦いが暗躍を含め終了し、そしてバロールに気を許した事を意味していた
全てをやりつくした今、あとは二人の戦いを見守るだけだ


この後繰り広げられる明神となゆたの死力を尽くし、精魂尽き果てた限界の先で繰り広げられる戦い
なゆたの繰り出す新コンボ
どれも目を見張るものであったが、しかしそれはあくまでブレモンの戦略、ビルドの内の話し

みのりにとって考えるべきところはその外側にあった
明神の死者との対話、なゆたの使った煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)の専用スキル『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』だ

どちらも地球の現実世界の人間ができる事ではない
にもかかわらずやってみせた
それは世界の在り方を考える事を越え、このブレモンの世界の一部として存在を同一にしているという事なのだから

その事については大いに考えるべきところではあるが、今は二人の決着を静かに見守るのであった

カザハとカケルは吹きとばされ、エンバースは毒と酸の津波呑み込まれた
明神も混沌の大海嘯に飲み込まれながらも踏みとどまった明神もついには倒れた
最後に破壊されつくされ一周回って綺麗な更地となった試合会場に立っていたのはなゆた一人になったのだ

303五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/09/01(日) 00:00:20
決着と共に空になったティーカップを置き、となりのジョンに声をかける

「ジョンさんどうやった?
2週間も牢屋に繋がれていた間、うちらはこういう戦いをしてきたんよ
ジョンさんは兵隊さんやし?体は丈夫やろうけど、この世界での人間の上限ってのはどういうもんか、わかってくれはったかねえ」

勿論みのりが言うまでもなく、それはジョンが身をもって痛感している事だろう
だからこそ、みのりはその先を見据えて
「タンクやってたうちからの私見なんやけど」
と言葉を続ける

タンクは誰よりも早く接敵し、誰よりも多く攻撃を受け、なおかつ誰よりも長く立っていなければならない
アタッカーが全リソースを攻撃に割り振るという事は防御が脆いという事なのだから
タンクが倒れる事は無防備な味方を攻撃に晒させるも同義
勿論倒されることもタンクの仕事の一つではあるが、無茶しての玉砕はそれと同一ではないという事を
自分を含め皆、味方の犠牲を必要な事と割り切る事は出来ないだろうし、もし犠牲になれば心理的負担が大きく却ってマイナスになる
それでは本末転倒なのだ
という趣旨の言葉を終え

「ほやから、無茶せんと戦える方法考えたってえな」

と締めくくるのであった
言葉を終えたところで、「それじゃ」とジョンと共に試合会場へと駆け出すのであった
戦い終えた皆と喜びを分かち合うために

「お疲れさまー!やっぱ強いなぁ!おめでとさん〜!」

精魂尽き果て立っているのもやっとな様相のなゆたを強く抱きしめる
先ほどの妨害のためのだき付とは違い、感謝と慈しみをもっての抱擁だった
ひとしきり抱きしめた後、パンパンとなゆたの両肩を叩き、まじまじと見つめる

「ふふふふ、なゆちゃん、いい子ちゃん過ぎるところがあるとは思ってたけどなぁ
いい子ちゃんのまま、汚いうちを越えていきおったわ」

なゆたは純粋で前向き
様々な事に思いを巡らすことができるが、あくまで人の良さを抜けきれない
それは強さでもあり、同時に弱さにもなる
悪意や汚さに染まっていないが故にそこを突かれると脆いと思っていた、が
伏兵不意打ち騙し討ち
明神の精神的な攻撃も含め、全てを跳ねのけて見せたのだから

>「クーデターは失敗した。悪いな石油王、戦犯に巻き込んじまってよ。
> 主犯は俺、うんちぶりぶり大明神だ。煮ても焼いても美味くはねえけど、処断はパーティリーダーに任せる」

なゆたを祝福していると、起き上がった明神が敗軍の将の弁を述べる
完敗したが、その表情を晴れ晴れとしているようだ

「ふふふ、巻き込んだやなんて安ぅみられたもんやねぇ
うちはうちの判断で明神さんに乗っかっただけやで?
お陰で見たいものは全部見れて満足やわぁ」

みのりが見たかったもの
PTメンバーの戦力、思惑、覚悟
これらは戦いの中で明神が問いかけ引き出したものだ
お陰で二つを除いて手間をかけずに見る事が出来た

304五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/09/01(日) 00:01:17
見たかったものの残り二つのうちの一つは今みのりの目の前ですっきりした笑顔を浮かべている
そして最後の一つは……これから見られるであろう
PT全員の大団円で迎える笑顔なのだから

>「カザハ君。お前がこの先も、語り手として俺達と旅をするのなら……うんちぶりぶりじゃ締まりが悪いよな。
明神が向く方向にはカザハとカケルが降り立っていた

「最初何処から飛んできたかと思うてたけど、カザハちゃんもカケル君も大層な話になってたんやねえ」

ここで始めてみのりはカケルの名前を呼んだのだ
今までみのりはカザハはシルヴェストルとなった元人間と認識していたが、カケルについてはパートナーモンスターのユニサスとしか認識していなかったのだ
それもそのはず、カケルの言葉はカズハにしか聞こえないので、元人間だとは気づいていなかったが、バロールに教えられてようなく気付いたのだった
そして見届けたい、語り継ぎたいという言葉は二人の意志としてみのりに刻み込まれた

「空から着地地点にしてみたり、馬刺しにしたらおいしそうとか家畜を見る目で見てて堪忍やえ〜
これからは人としてみんなとよろしくやで〜」

みのりにとってパートナーモンスターはあくまでモンスターでしかない
手段の為の道具であり、優先順位は人、プレイヤー>モンスターの順位は覆らない
故に必要とあれば躊躇なく犠牲にするのだが、ここに至りカケルはその範疇から離れた
すなわちカケルもまたカザハと同じように仲間として認めたのであった

カケルの馬の顔を撫でた後、気絶状態から回復したエンバースが意識回復したのに気づき皆に知らせる
全員が揃ったところで、大きく息を吸い、満面の笑顔で



「それじゃ、みんな疲れたやろし、みんなで乾杯しよや〜!
バロールはん、お願いするわ〜」



ここにきてようやく王都で歓談が始まるのであった

呑み、笑い、語らい称え食べる
そんな中でみのりはエンバースの隣にいた

「ふふふふ〜ん
どうやった?うちらのリーダーなゆちゃんの強さ、見てくれはった?
凄かったやろ〜?」

まるで自分の娘を自慢するかのようににんまりと笑みを浮かべながらエンバースに尋ねる
そしてエンバースを頭からつま先、右から左と見回し首をかしげる

「ところでなぁ、エンバースさんはうちらの中で唯一ブレイブやあらへんやんなぁ
さっきの戦いも結局はブレイブ対策ができている燃え残りとしての戦い方やん?」

ブレイブ、それは元人間という意味だけでなく、スマホを操りパートナーモンスターとしての戦い
それがエンバースにはできない
なぜならばスマホを持っていないから
だから……

「うちはエンバースさんのブレイブとしての戦い方も見てみたいんやわ
というかこれから先、そちらの力も必要になるやろうやよってな」

そう言ってみのりは赤いスマホをエンバースに差し出した
それはパズズの入っていたみのりのサブスマホだった

305五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/09/01(日) 00:02:59
みのりはスマホを二台持っているのは一人レイドをするため
またこちらの世界に来てからはATBの制限に縛られずに「手数」を増やす為である

タンクの仕事はATBをためてコンボを組み立てるものではない
なぜならば、仲間がATBを溜める時間を稼ぐのがタンクの仕事なのだから
故に単発でのスペルやバインドによる反射を主体とし、ATB自体それほど必要としないのだ
勿論隠し玉として、一台のスマホ、本来のATBゲージの溜まりではありえないカードの運用ができるという側面もあったのだが、既に二台目のスマホの存在が明らかになっている以上その意味は薄れるのだ

故にみのり自身が二台スマホを持っているより、エンバースがブレイブとしての力を取り戻すことがPTの総力のプラスとなるとの判断だ

「IDとパスワードは覚えてる?
忘れてるなら思い出したらつかいぃな
うちのサブスマホ、みんなこっちに移してすっからかんやし、エンバースさんが使った方がええやろ」

緑のスマホを振りながらそう言ってエンバースにスマホを押し付けると、全員に向き直り、大きく息を吸う

「さ、大団円で次はアコライトゆうところなんやけどな……
うちは王都に残ろうと思うてんねん」

それはこれからの戦いについて見据えた上での判断であった
PT内戦で多くのものを得たが、そもそもの世界の浸食、『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』、ニヴルヘイムの動向、ローウェルの思惑
判っていない情報が多すぎ、それを収集し分析、伝達する必要をかんじていたからだ

「だってこの魔王様、色々とガバガバの穴だらけで見てられへんのやもん
兵站管理や情報伝達とか、この人に任せてたら前線に出るうちらは命がいくつあってもたりひんわ
ほやからうちが王都でそこらへんお手伝いさせてもらおうと思うてなぁ」

そう肩を竦めて見せた
そして明神にそっと

「もううちのようなブレーキがおらへんでもこのPTは崩れへん、やろ?」

と囁いた後、ジョンの方を叩き

「タンクはジョンさんにお願いするわー
戦い見させてもろうたけど、有望株や
うちの太鼓判付きや、安心してええよ!」

と満面の笑みを浮かべるのであった

王都に残る決断
それは口に出して説明した通りなのだが、それだけではなかった

この戦いで自分に足りないものを見せてもらったと感じていた
それはモンスターとなったカザハ、カケル、エンバース、そして死者との対話を成した明神、モンスターとスキルを習得したなゆた
この世界との向き合い方、この世界との同調の仕方という面において自分はまだこの世界の外側に立っていると感じたのだから

自分も内側に踏み込むために、より詳しくこの世界の事を知らなければならない
そしてアルフレイムの中枢である王都、その頭脳ともいうべきバロールの元でそれは最も効率よく得られるとの判断からだった

これから王都より様々な分析とそれを元にした支援、伝達、そしてバロールの弟子として魔術を学んでいくことになるのだがそれはまた別のお話
今は皆と健闘をたたえ合い、喜び、楽しむのであった

306ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/09/03(火) 12:26:41
>「ええー? 彼女たちは単なるメイドでしかないよ。要人警護の護身術程度なら使えるけれど、とても実戦向きじゃない」

と、バロールにあっさり首を横に振られてしまった。

「そこをなんとか!ちょっとした練習相手だけだから!」

>「どうしてもって言うのなら、王宮の近衛騎士の方がいいんじゃないかなぁ。
  でも、その必要はないと思うよ? なぜなら、君たちは明日にはアコライト外郭へ赴かなければならない。
  手合わせなんかじゃない、正真正銘の実戦だ。そして……君が十全に実力を出せるのも、手合わせなんかじゃない実戦の中。
  絶体絶命の火事場でこそ、君の個性は輝くと私は視ているんだけれど、ね」

魔法が使える相手じゃないと意味がない。
前に牢屋に連れて行かれた時に少し試してみたが僕が望む結果が得られる相手だとは思えない。
あまりしつこくしてもしょうがないので、素直に今日はこの世界の知識をすこしでも得る事に専念することにした。

「さて中の様子はっ・・と」

フィールドの中に視線を戻すと、バルゴスの攻撃が今まさになゆを襲わんとしていた。
GODポヨリンさんを剥がされ、みのりに拘束され、僕じゃなくても終わった、だれしもがそう思うだろう。

だが僕は彼女がランカーで、強者である事を再確認させられてしまう。

明神の手によってコンボを中断され、みのりの手によって回避不能の状況に追い込まれた。
他の二人は戦闘不能、だれがどうみても詰みの状態から彼女は、なゆは。

>『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』。

>「明神さん……! あなたがこのアルフヘイムで、色んなものを手に入れてきたように。
  わたしも、たくさんのものを貰ってきたんだよ……!」

絶望的な状況を、攻撃を華麗に避けてみせた。
身体能力での回避ではない、蝶の名に恥じない・・・その舞いで。

>「ポラーレさんは、快くわたしにスキルを伝授してくれたよ。
  たった一週間だったけど……コツは掴んだ。まだまだ雑だと思うけど、それは今後の課題かな……」

スキルを伝授?人間でもゲームのようにスキルを使えるのか?
だとしたらこの世界の人間はトンデモ人間ばっかりなのか?
それとも一週間で不完全とはいえ習得したなゆが凄まじいのか?
やはりこの世界には強い人間が、モンスターたくさんいるという事、なゆはそれを目の前で証明してみせてくれた。

「本当にすごい・・・」

一方、僕は語彙力を完全に失っていた。

307ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/09/03(火) 12:27:01

そして、なゆはスライムを下ろすと不敵の笑みを浮かべる。
明神がやった掟破りのスマホ2台持ちを実行し、スライムを強化していく。
GODポヨリンさんではない禍々しい色のスライムでありながらスライムじゃない、そんな存在ができていく。

スライムは一番最初にだれでももってるモンスター、だから弱い。

wikiにはそう書いてあったし、それをだれも疑う事はない。
だがそれに異を唱えるものがいた、最初からいるから弱いは違うと。
そのプレイヤーは多くの人に笑われたらしい。

【なんでスライムなんか】【スライムを貴重な素材を使って強化している】【レベル高いスライムなんて無駄なのに】

後ろ指を差されながらもそれでもまっすぐに突き進んだ、そのプレイヤーは後にランカーと呼ばれるほどに強くなった。

>「『融合(フュージョン)』プレイ!
  リバース・ウルティメイト召喚……銀の鍵をもて、ン・カイを去りて無窮の門より出でよ!」

そして今、僕はそのランカーの実力を、底力を、執念を目の当たりにしている。

>「不浄の源、外神――アブホース!!!」

そしてなゆの掛け声と共に、スライムの『神』が降臨した。

>『オオオオオオオォォォォォォォォ――――――――――――ム…………』

>「明神さん……、これ……これが、わたしの最後の技……。
  これを最後に、わたし……倒れると思う……。
  そのとき、あなたとバルゴスがまだフィールドに残っていたなら――」

>「あなたの、勝ちよ!!」

アブホースという名の『神』はなゆの言葉に反応して身を震わせる。
それは、これから全てが終わるという事を示していた。

>「――――『混沌大海嘯(ケイオス・タイド)』!!!!」
 
>『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――――――…………!!!!』

フィールド全体がまるで津波のように押し寄せる神によって蹂躙される。
怒り狂う神の圧倒的な質量はあらゆる物を破壊し、その体に含まれる毒で犯し、全てを滅ぼすだろう。

「神の名に恥じない・・・あれがスライムの最終系・・・?」

フィールドの外にいる僕でさえ、恐怖を感じるそれは、目の前で対峙した者にどれだけの恐怖を与えるのだろうか。
神の前ではあのバルゴスでさえも小さな存在に見えてしまう。

「これがランカーの実力・・・」

もし自分がフィールド内に残っていたら、もし自分にあの殺意が向けられていたら、そう思うとゾッとする、するが。

同時に向けられてみたいと思う自分も確かに存在していた。

308ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/09/03(火) 12:27:26
フィールド全体を飲み込むその攻撃は止まることなくフィールド内で荒れ狂っている。
そこでとある事に気づいた。

「エンバース?エンバースは!?」

ルールが適応されている他4人と違って、エンバースはその適応内ではない。
という事はこの神の攻撃を、エンバースは軽減されずにもろに食らっている可能性がある。

エンバースを必死に探す、よくみると濁流に飲まれその中でぐったりしているエンバースが見えた。

「エンバース!聞こえるかエンバースしっかりしろ!」

ぐったりとしているエンバースから返事はなく、ただ流されるだけのエンバース。

まずい!このままだと焼死体が溺死体に!・・・ってそんな事考えてる場合かー!。

じょんは こんらんしている!

テンパリすぎてもはや正常に思考できていないジョンを横目にエンバースは淡々と流されていく。
そして勢いよくフィールドの外に向って吐き出された。

「ちょ・・・!」

勢いよく射出されたエンバースをキャッチし、すぐにバロールの元に走る。

「バロール!エンバースを見てくれ!早く!」

どうやら命に別状はないらしい、今回の対決のなゆ陣営のMVPはよくも悪くもエンバースだ。
彼がいなかったら彼女は立ち直ることすらできず、明神に倒されていただろう。
途中ちょっと危ないところもあったが・・・それでもエンバースの功績は大きい。

魔法の効果もあってか、エンバースはすぐ意識を取り戻した。

「見えるかいエンバース・・・いやナイト様・・・いやこの場合は王子様かな?
 君の姫様は君のおかげで立ち直って、まっすぐ前を向いて歩き出したんだ」

ちょっとくらい茶化しても許されるだろう。

エンバースはフィールドにいるなゆを見つめたまま振り向かない。
どんな顔してるのか、どんな思いで見つめているのか、それはわからない。

「君が、どこを見て、何を想ってあんなになゆを過保護にしてたのかは、僕には分らない、でもね」

明神を圧倒し、決意に満ち溢れたなゆを指差す。

「そろそろ対等な仲間として、扱ってもいいんじゃないかな?」

出すぎた真似だっただろうか、お前に俺がなにが分る、と。
たしかに僕にはわからない、彼との付き合いも出会って数時間であるし。
エンバースがどんな経由で人間を止め、アンデットになったのかもわからない、けど。

「今のままじゃなゆが・・・君が想ってる誰かが・・・かわいそうだよ」

軍人になった時、色々な人を見てきた。
幸い僕自体は戦争に出向くような事にはならなかったが、色んな演習をする内に色んな人と出会い、話してきた。
中には戦争で、妻と子供を失った人もいた、彼は・・・今のエンバースによく似ていた。

彼は歪んだ心で正義を執行し続けた、でも結局歪んだ正義はどうがんばっても歪になる。
幻想に縋り付く方も、縋りつかれる方も、最終的に二人一緒に壊れてしまう、二人にはそんな風にはなってほしくなかった。

309ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/09/03(火) 12:27:48

>「ふふふぅ〜、ただいまさん〜」

と、軽い感じで帰ってきたのはみのりだった。
さきほどまであれほど白熱した戦いを繰り広げられていたにも関わらずそれを感じさせない。
しかし顔は満足感に溢れていた。

「おかえり、スッキリしたかい?」

みのりはにこっと笑うと、椅子に座る。

「それはよかった」

紅茶を飲みながら、みのりは僕にこう言う。

>「ジョンさんどうやった?
  2週間も牢屋に繋がれていた間、うちらはこういう戦いをしてきたんよ
  ジョンさんは兵隊さんやし?体は丈夫やろうけど、この世界での人間の上限ってのはどういうもんか、わかってくれはったかねえ」

この世界の人間の、モンスターの基準の凄さは凄まじい。
元の世界の野生の動物達や世界のプロの人間達も十分すごいが、こんなに常識はずれじゃない。
普通の人間ならこんな世界みたら、世界を救うとか以前に保身の為に逃げる事を選択するだろう。

「あぁ・・・強すぎてわくわくするね」

でも僕は違う、強くなりたい、今の自分の力がどこまで通用するか試してみたい。
・・・自分がこんなにも戦闘狂思考だとは思ってもみなかったけれど。

>「タンクやってたうちからの私見なんやけど」

みのりは言う、タンクはみんなの盾である、と、倒されてはいけないのだ、と。
だが部長はサポートタイプでありタンクではない、僕も大それた力やなゆのようなスキルがあるわけでもなく。
なぜ唐突にタンクの話を切り出されたのか、わからず聞き返そうとする。

>「ほやから、無茶せんと戦える方法考えたってえな」

「まってくれ、それはどうゆう・・・」

>「お疲れさまー!やっぱ強いなぁ!おめでとさん〜!」

僕の問には答えず、戦闘が終わったフィールドに向って、走り出したみのりに疑問を抱きつつ後を追うのだった。

310ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/09/03(火) 12:28:09
>「俺の負けだ。認めるよなゆたちゃん、お前が俺たちのリーダーだ。俺達を引っ張ってほしい」

まるで憑き物が取れたように清清しい顔で敗北宣言する明神がいた。
スマホを覗くとリザルトが表示されていた。

>「クーデターは失敗した。悪いな石油王、戦犯に巻き込んじまってよ。
 主犯は俺、うんちぶりぶり大明神だ。煮ても焼いても美味くはねえけど、処断はパーティリーダーに任せる」

>「ふふふ、巻き込んだやなんて安ぅみられたもんやねぇ
  うちはうちの判断で明神さんに乗っかっただけやで?
  お陰で見たいものは全部見れて満足やわぁ」

これをクーデターといってしまっていいものか、そう考えるがクーデターはクーデター。
なゆならひどい事にはならないだろう。

>「カザハ君。お前がこの先も、語り手として俺達と旅をするのなら……うんちぶりぶりじゃ締まりが悪いよな。
  みんなも覚えといてくれ。――瀧本俊之(としゆき)。カザハ君が歴史に刻む、俺の名前だ」

>「本名なんて呼ばれ慣れてねえから、今後も明神って呼んでくれりゃ良い」

「こちらこそ、よろしく、明神・・・ところで立ち上がるの手伝おうか?」

明神と熱い握手を交わし、ボロボロの明神が立ち上がるのを手伝う。

>「寄り道かました俺が言うのもなんだけど、俺達の戦いはマジでまだ始まったばかりだ。
  明日にはここを発って、アコライト行って、先輩ブレイブの救援クエストをこなさなくっちゃならねえ。
  こっから先は対戦じゃない。命をやり取りする実戦だ。誰一人死なせることなく……世界を救ってやろう」

ここからは命のやり取り・・・奪い合い・・・やり直しの聞かない戦いが始まる。
生まれて初めてできた、友達を失いたくないという気持ちと、早く自分の力を試したいという思いが混じる。

「どうしようもなく不安だけど・・・でも俺は軍人だ、必ずみんなを守ってみせる、な!部長」

「ニャー!」

なぜかドヤ顔決める部長。

本当は不安だ、でも俺がビビッていても世界も、みんなも救われない。
俺がみんなを守ればだれも失わない、そう気合を入れ直す。

>「それじゃ、みんな疲れたやろし、みんなで乾杯しよや〜!
  バロールはん、お願いするわ〜」

「よーし!じゃみんな体を綺麗にしてみんなで飯食べよう!」

後ろでメイドさん達がこちらを見ている気がするが気にしない!僕は絶対に目を合わせないぞ!

311ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/09/03(火) 12:28:30
久々に監獄のバランスが整っているがまったく味気のない、食事とは違う。
贅の限りを尽くした料理の数々に目を輝かせる。

「うまい!めっちゃうまい!うますぎるんですけど!」

一人で淡々と食べててもよかったが、友達と交流を深める為に周りを見渡す。
エンバースとみのりはなにやら二人で話している様子、そうなるとターゲットは・・・。

「やあ明神、となりいいかい?」

一人でゆっくりと飯を食べている明神の横に座る。

「いやー本当に凄かったね、なゆも、明神も、元の世界で一般人だったって話が信じられないほどだよ
 たぶん僕にはマネできないなあ、コツがあったら教えてほしいくらいだよ」

なゆと明神の二人は元々闘争の世界とは殆ど無縁の人生を送ってきたらしい、ゲームの世界を闘争に含めなければ、だが。
しかし先ほどの戦闘におけるモンスターに送る指示は二人とも迅速かつ正確だった。

「それはそうと、一応今回のって一応クーデターだろ?まぁ、クーデターって形にしなきゃいけなかったっていうのはわかるけど・・・」

明神がなにかを察した表情する。
聡明な明神な事だ、この後僕がなにを言うかわかっているのだろう。

みんなもちょっと聞いてくれ!とみんなを呼ぶ。

「クーデターはクーデターだ、なゆがいくら罰は必要ないといっても・・・はいそれじゃなしで!解散!でいい筈がない
 もしかしたら罰がなかったって事で後からわだかまりを残すかもしれない・・・だから・・・」

そんなことには絶対ならないと、僕もわかっているのだが。
そして、たぶん今僕は明神からしてみれば、悪魔な感じの笑みをしているかもしれない、でも間違いじゃない・・・なぜなら。

「罰として明神はご飯食べた後、僕の日課の『訓練』に付き合う・・・みのりの罰は・・・なゆに任せる!OK?」

PTリダに許可を求める。
その横で明神が青ざめた表情で口をぱくぱくさせていた。

「なんで俺だけ訓練なのかって?そりゃ僕が女の子用の護身術を知らないってのもあるけど・・・
 単純にその前の筋トレもハードだからやらせるわけにはいけないでしょ、体の負担もきついし
 後、明神・・・君はモンスターやカードに頼りすぎだ、君自身最低限自衛できなくては」

実戦になればモンスターを撃破するのではなく、本体を狙ったほうが効率的だ。
人間はモンスターより脆く、遅いのだから。

「筋肉痛?疲労?怪我?大丈夫!ここのメイドさんはそこらへんのサポートも完璧らしいよ!訓練中もずっとついててくれるって!よかったね!
 みんなも、もしよかったら鍛えてあげるけどやるかい?相当ハードになるけど・・・あ、明神は絶対だよ」

みょうじんは ぜつぼうしている!

「安心してくれ、この今日一日で暴漢から逃げれるくらいには護身術を教えてあげよう
 本当は最低限の体を作ってからがいいんだが、一日しかない以上そうはいってられないだろう?」

みょうじんは しんでしまった!

312ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2019/09/03(火) 12:29:22
明神とあーだこーだ喋っていると、みのりが全員を呼ぶ。

>「さ、大団円で次はアコライトゆうところなんやけどな……
  うちは王都に残ろうと思うてんねん」

「えっ!?」

みんなが似たようなリアクションを返す、当然だ、やっとこれからみんなでいこう。
という流れだったはずだ、確実に、それが突然の残る宣言。
驚くなというほうが無理な話だ。

>「だってこの魔王様、色々とガバガバの穴だらけで見てられへんのやもん
  兵站管理や情報伝達とか、この人に任せてたら前線に出るうちらは命がいくつあってもたりひんわ
  ほやからうちが王都でそこらへんお手伝いさせてもらおうと思うてなぁ」

たしかにそうだが・・・みのりが無理に手伝う必要があるのか?
僕個人としては女性はなるべくだが、最前線に出てきてほしくないというのはある。

「本気なんだね?みのり」

みのりは頷くと明神になにやら耳打ちする、その声は聞き取れなかった。
その後僕の肩を叩く。

>「タンクはジョンさんにお願いするわー
  戦い見させてもろうたけど、有望株や
  うちの太鼓判付きや、安心してええよ!」

さっきの話をようやく理解した、この事を言っていたのだ、と。
タンクの心得を教えてくれたのも、私の後を宜しく頼む、という意味だったのだ、と。

「部長はどっちかっていうとサポート寄りだけど・・・でもみのりに頼まれたからにはやるしかないな
 まかせてくれ!みんなを全ての敵から守ると誓おう!」

できるかどうかではない、頼りにされたからにはやるしかない。
他でもないみのりの願いを無碍にはできない。

「寂しくなるけど・・・永遠の別れってわけじゃないし、さよなら、とは言わないからね」

そう別に永遠に逢えないわけではないのだ、この事件を終わらせればまたみんなで集まればいいのだ。

「よし!みんなしんみりした雰囲気はなしだ!今日は派手にやろう!」


こうして騒がしく、僕が初めて牢屋と城以外の世界を見れた長い日は、終わりを迎えたのだった。

313崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/09/10(火) 18:54:37
『混沌大海嘯(ケイオス・タイド)』――
それは人知を超えた外宇宙の力によってフィールド上のすべてを押し流す、神の波濤。
強烈な毒と腐食酸で対象の防御力を低下させると同時にDotを加え、さらに超強力な全体ダメージを叩き込む、レイド級の一撃。
地水火風光闇の六属性のどれにも当て嵌まらない『混沌』属性は、属性有利ゲーとも揶揄されるブレモンで唯一の例外である。
相手がどの属性だったとしても関係ない。圧倒的な質量で呑み込み、喰らい、消化する。
それはまさに神の御業であろう。
正真正銘、これが最後の攻撃だ。力も、技も、策も、心も、すべて使い切った。
これを凌がれれば、もう後はない。

荒れ狂うゴッドポヨリン・オルタナティヴの大嵐が、徐々に収まってゆく。
攻撃が終わり、フィールドが静寂に包まれたとき――そこにリビングレザー・ヘビーアーマーの姿はなかった。
代わりに剣を床に突き立てたボロボロのヤマシタが立っている。が、そのヤマシタもすぐに消えた。
なゆたの視界にいるのは、四肢を投げ出して倒れた明神ひとり。
そして――明神のライフ表示は、0を示していた。

「勝負あり!」

見届け人のバロールが大きく右手を掲げ、朗々と宣言する。
デュエルは終わった。チームモンデンキントvsチームうんちぶりぶり大明神の戦いは、チームモンデンキントに軍配が上がった。
なゆたの、カザハの、ジョンの――そしてエンバースの勝利だ。

「…………っっっぷはあ〜〜〜〜っ!!」

バロールの決着の号令と同時に、なゆたは天を仰いで大きく息を吐いた。
緊張の糸が切れ、そのまま膝から崩れ落ちそうになる。
本当に紙一重と言っていい、ギリギリの勝負だった。どちらが勝ってもおかしくない、極限のデュエルだった。
でも、負けられなかった。負けてもいい、命のかかったものではない戦いだったけれど、負けたくなかった。
そして――勝った。

>お疲れさまー!やっぱ強いなぁ!おめでとさん〜!

膝が笑っている。もう限界だ、座り込みたい……と思う。
しかし、それを駆け寄ってきたみのりがぎゅっと抱き着いて支えた。
みのりは心底から嬉しそうな表情を浮かべている。なゆたの前に立ちふさがり、そして負けたにもかかわらず、だ。
みのりの笑顔には一点の曇りもない。欲しいものはすべて手に入れた――そんな満足感がありありと浮かんでいる。

「……みのりさん……」

>ふふふふ、なゆちゃん、いい子ちゃん過ぎるところがあるとは思ってたけどなぁ
 いい子ちゃんのまま、汚いうちを越えていきおったわ

みのりは物理的にも精神的にも強大な壁として、今回のデュエルでなゆたの前に立ちはだかった。
なゆたがそれを乗り越えたことで、みのりの危惧していた諸々は解消されたということなのだろう。

「ありがと、みのりさん。みのりさんのお陰で勝てたよ。
 わたし……絶対、みのりさんの期待を裏切らない。どんなことがあったって、今回みたいに乗り越えてみせるから」

ぎゅぅ、となゆたもみのりを抱き締め返す。
その姿は、ただゲームで知り合っただけの知人という関係を超えた――本当の親友のように見えたことだろう。

>俺の負けだ。認めるよなゆたちゃん、お前が俺たちのリーダーだ。俺達を引っ張ってほしい

ジョンの支えで立ち上がった明神が言う。
元々、リーダーがやりたくて受けたデュエルではない。パーティーが壊れてしまうのが嫌で、守りたい一心で受けた勝負だ。
けれど、勝った者には責任が生じる。このパーティーを維持していくという義務が。
であるのなら、やはりなゆたがリーダーを務めなければならないのだろう。
真一が抜けたために緊急で務める、代理のリーダーではなく。
これからの戦いを生き抜くための、本当のリーダーを。

なゆたは真っすぐに明神を見つめ、小さく、しかしはっきりと頷いた。

314崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/09/10(火) 18:58:05
>クーデターは失敗した。悪いな石油王、戦犯に巻き込んじまってよ。
 主犯は俺、うんちぶりぶり大明神だ。煮ても焼いても美味くはねえけど、処断はパーティリーダーに任せる

「……わかった」

正式なパーティーリーダーとなり、最初にやらなければならない仕事。
それはパーティー崩壊の危機を招いた元凶の処断だ。
リーダーには果断な処置も求められる。足並みを乱す者に対しては、厳然たる対応で臨まなければ示しがつかない。
ただ、もうなゆたの気持ちは決まっていた。明神にどんな判断を下すべきか――
この戦いの最中、ずっと考えていたのだ。

>カザハ君。お前がこの先も、語り手として俺達と旅をするのなら……うんちぶりぶりじゃ締まりが悪いよな。
 みんなも覚えといてくれ。――瀧本俊之(としゆき)。カザハ君が歴史に刻む、俺の名前だ
>本名なんて呼ばれ慣れてねえから、今後も明神って呼んでくれりゃ良い

明神が居並ぶメンバーたちに告げたのは、自分の本名。
今までずっと、彼は自分の名前を打ち明けずに来た。それはきっと個人情報の漏洩だとか、そういう危惧の他にもうひとつ。
いつでもパーティーを抜けてもいい。他人になってもいい――そんな逃げ道を彼が用意していたからだろう。
しかし、彼は自分の本名を明らかにした。それは、彼が自ら逃げ道を手放したことの証左に他ならない。
ずっと一緒にいると。このパーティーで世界を救ってやろうと。
そう宣言しているに等しかった。

>寄り道かました俺が言うのもなんだけど、俺達の戦いはマジでまだ始まったばかりだ。
 明日にはここを発って、アコライト行って、先輩ブレイブの救援クエストをこなさなくっちゃならねえ。
 こっから先は対戦じゃない。命をやり取りする実戦だ。誰一人死なせることなく……世界を救ってやろう

確かに寄り道ではあっただろう。これからアコライト外郭に行こうという時に、精魂尽き果てるデュエルをしてしまった。
だが、それを無駄とは思わない。それどころか、やらなければならない大切な戦いだったと思う。
仮に明神が正体を隠し、またなゆたもモンデンキントと認識されないままアコライトや他の戦場に行ったとする。
そこでもし今回のようなことが勃発したら、足並みの乱れたパーティーは本当に全滅してしまいかねない。
なゆたと明神だけではない。他のメンバーたちにしたってそうだ。
なゆたとエンバースも仲違いしたままだろうし、明神だってカザハに疑念の眼差しを向けたままだっただろう。
みのりは疑心暗鬼に囚われ続けていたに違いなく、ジョンは戦う覚悟を持てなかったはずだ。

だから――

この戦いは。今ここにいる全員が心をひとつにし、同じ方向を見るためには避けては通れない戦いだったのだ。
クソコテとしての正体がバレたとき、明神はこう言ってなゆたを煽った。

>気付いてっか?リバティウムを出てからこっち、俺たちがみんな別々の方を向いてるの

それは事実だ。キングヒルに到着するまで、パーティーの足並みはバラバラだった。
だが、もうその心配はないだろう。今のパーティーなら、どんな困難があっても必ず乗り越えられるに違いない。

それから明神はゴホンと一度空咳を打った。
何かを言いたそうな、でもちょっとだけ躊躇っているような、そんな様子。
ばつが悪いというのは、きっとこういう顔のことを言うのだろう。
けれども、何も言わないままではいられない。明神は半ば無理矢理笑顔を作ると、

>――なゆたちゃん、クエストに行こうぜ!

と、言った。

ああ。
これだ。こんな光景を、自分はずっと望んでいた。
ブレモンは楽しくなければいけない。面白かったね、と。やってよかった、と。
みんながそう思えるゲームでなければいけないのだ。
もう、この場所はゲームじゃない――現実の世界で、待ち受ける戦いは遊びではないけれど。
それは。それだけは、忘れてはならないのだ。
なゆたの目に涙が浮かぶ。ただ、それは悲しみや絶望の涙ではない。
なゆたはぐいっと右腕で涙を拭うと、明神へありったけの笑顔を向け、

「……うんっ!」

そう、はっきり頷いてみせた。

315崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/09/10(火) 19:01:29
>それじゃ、みんな疲れたやろし、みんなで乾杯しよや〜!
 バロールはん、お願いするわ〜!

戦いが決着を見、パーティーの蟠りが解消されると、みのりが嬉しそうに提案する。

「もちろん! 任せておきたまえ!
 いやぁ〜、それにしても物凄い戦いだったね! みんなお疲れさま!
 パーティーの懸念は払拭されたようだし、私も間近で『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の戦いが見られたし。
 まさにいいことずくめ! ってやつだね! はっはっはっ!」

そう言うと、バロールは激しいデュエルで半壊したフィールドに右手を差し伸べる。
虹色の光彩が輝き、バロールの全身から夥しい魔力が迸る。
フィールドが薄ぼんやりと輝きだすと、戦いによって砕けた石畳や大きく穿たれたクレーターが修復されていく。
ほんの五分ほどで、フィールドは戦闘前の美しい王宮の姿を取り戻した。
世界さえも改変できる『創世』の力。その一端であろうか――継承者第一位の名に相応しい、桁外れの魔力だ。

「これでよしっと。みんな、疲れただろう? これから歓迎の準備をするから、それまでは休んでいるといい。
 部屋に案内するよ……お風呂に入るもよし、着替えてひと眠りするもよし。自分の家だと思って寛いでほしい!」

バロールの案内で、王宮内にある貴賓室に通される。
貴賓室はすべて個室になっていて、日本ならそのまま一戸建てがすっぽり入ってしまうような広さだった。
もちろん、贅の限りを尽くした豪奢な調度によって彩られている。
ヴェルサイユ宮殿もかくやといった様子は、まさにアルフヘイムの覇権国家の王宮といったところだろう。
実家が寺で広い敷地を持つなゆたでさえ落ち着かない部屋である。
バロールの言った通り、望めば広々とした大理石の浴場でのんびり湯に浸かることもできるし、ベッドで睡眠も取れる。
実際なゆたはその通りにした。元に戻ったポヨリンと一緒に風呂に入り、汚れを落として、渡された寝間着に着替えてぐっすり寝た。
風呂上がりの心地よさもあったが、それ以上にデュエルで心身ともに疲労していたらしい。枕に頭をつけると即落ちだった。

>うまい!めっちゃうまい!うますぎるんですけど!

王宮の客間で、ジョンがここぞとばかりに料理をむさぼっている。
目を覚ますと、ほどなくしてメイドが宴の用意が整いました、と知らせてきた。
どうやら、何時間か眠ってしまっていたらしい。外はもう夜になっていた。
ポヨリンを伴い、白いスタンドカラーブラウスとフレアミニスカートで客間へ行くと、すっかり歓迎の準備ができている。
貴賓室と同じく覇権国家の力を見せつけるかのような、山海の珍味。手間を惜しまない料理の数々。
ガンダラ、リバティウムと美食とは縁遠い旅をしてきただけに、その豪華さに目を瞠らずにはいられない。

「いやぁ、本当は我が国の諸侯も招いてもっと盛大な宴にもできたんだけどねぇ!
 なにせ戦時中だ。そこまでの余裕も時間もなくてさ……慎ましい宴だけれど、どうか許してほしい!
 その代わり、ここにあるものは遠慮なく食べたり飲んだりしてくれて構わないよ!
 明日には激戦地のアコライト外郭へ発ってもらわなければならないんだ。せめて今日は英気を養ってくれたまえ!」

ちゃっかり同席し、エールを満たしたジョッキを掲げたバロールが言う。
これでもまだ時勢に配慮して慎ましくしたと言っている。まったく底が知れない。

>ところでなぁ、エンバースさんはうちらの中で唯一ブレイブやあらへんやんなぁ
 さっきの戦いも結局はブレイブ対策ができている燃え残りとしての戦い方やん?

>やあ明神、となりいいかい?

みのりとエンバース、明神とジョンがそれぞれ話をしている。その姿は、すっかり打ち解け合っているようになゆたには見えた。

「……ふふ」

ポヨリンに豪華な食事を与えながら、なゆたは仲間たちの様子を微笑みながら眺めていた。
と、不意にジョンが全員に注目を促す。

>クーデターはクーデターだ、なゆがいくら罰は必要ないといっても・・・はいそれじゃなしで!解散!でいい筈がない
 もしかしたら罰がなかったって事で後からわだかまりを残すかもしれない・・・だから・・・

>罰として明神はご飯食べた後、僕の日課の『訓練』に付き合う・・・みのりの罰は・・・なゆに任せる!OK?

「え」

なんだかよく分からない提案が来た。
明神に罰を受けさせるのと、彼がジョンの特訓に付き合うのがいまいちイコールで結びつかない。
が、ジョンはジョンで明神を受け入れるための禊を考えていたのだろう。
それを否定するつもりはない。なゆたは小さく首肯した。

「まぁ……それは構わないけど。明神さんに任せるよ」

ふたりの話は二人が取り決めるべきものである。リーダーだからといって、罪滅ぼしにジョンの特訓に付き合え! とは言えない。
それに、明神の処遇についてはもうとっくに決めているのだ。

316崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/09/10(火) 19:05:09
「じゃあ……いい機会だから、わたしからも言っておこうかな」

椅子から立ち上がり、ちゅうもくー。と言いながらぽんぽんと手を叩く。

「えー。僭越ながら、これから正式にパーティーリーダーを務めさせて頂くことになりました。
 モンデンキントこと崇月院なゆたです。
 正式にリーダーをすることになったからには、しっかり! 役目を果たしてみせますから!
 皆さん、これからよろしくお願いします!」

迷いのない口調で宣言する。それからなゆたはみのりを見た。

「で……ジョンはみのりさんの罰、って言ったけれど。
 みのりさんは『対戦相手』ではあっても『敵』ではなかったので、罰を与える必要はないと思う。
 そして、明神さん。ジョンの特訓はさておき、わたしからも。明神さんを再度パーティーに加入させるにあたって条件があるの」
 
みのりから視線を外し、明神を見据える。
そして右手の人差し指で明神を示すと、

「条件はひとつだけ。わたしがパーティーリーダーを務めるにあたって――
 明神さんをサブリーダーに指名します。もちろんパーティーメンバーはみんな平等で、誰が偉いとか一番とかはないけど……。
 わたしがいなくて、何かを決定する必要があるときは。みんな明神さんの指示に従ってくれればって思う。
 ってことで! これはリーダー特権のご指名なので、明神さんに拒否権はありまっせぇーんっ!
 みんなも異論ないよね? もしあったとしても、デュエルで言い聞かせるだけですけどー!
 ハイ! 賛成の人は挙手ーっ!」

ばっ! と右手を挙げ、賛同者を募る。
明神なら選択を誤ることはないし、自分も安心して補佐を任せられる。
なゆたがリーダーとして舵取りし、明神はサブリーダーとして補助に回る。
これが、新しい『異邦の魔物使い(ブレイブ)』パーティーの編成というわけだ。
すべての懸念は払拭された。あとは、明日の朝にアコライト外郭へ赴くだけ――

そう思われた、が。

>さ、大団円で次はアコライトゆうところなんやけどな……
 うちは王都に残ろうと思うてんねん

「……は、ぇ?」

みのりの唐突に過ぎる提案に、なゆたは呆気にとられて目を丸くした。

>だってこの魔王様、色々とガバガバの穴だらけで見てられへんのやもん
 兵站管理や情報伝達とか、この人に任せてたら前線に出るうちらは命がいくつあってもたりひんわ
 ほやからうちが王都でそこらへんお手伝いさせてもらおうと思うてなぁ

「え!? 私!? ぐはぁ! やめるんだ、その攻撃は私に効く!」

突然水を向けられたバロールは仰け反った。

「そんな、みのりさん……」

なゆたは絶句して、自分の胸元をぎゅっと掴んだ。
確かにバロールのやり方は杜撰である。現在のところ、王都の動きはニヴルヘイムに対する対処療法だけに留まっている。
バロールのスペックによって現在はそれでなんとか敵勢力に抗しおおせているが、今後も大丈夫とは限らない。
それに、ひとりの情報処理能力に依存しきった体制は、当該者にもしものことがあった場合たちまち崩壊する。
万一を織り込んだうえで、侵食に対処し『異邦の魔物使い(ブレイブ)』をバックアップする体制を作らなければならないのだ。
だいいち、バロールを完全に信用してもいいのか――という点においても、一抹の不安が残る。
バロールが世界を案じているのは真実だろうし、援助してくれるという言葉にも偽りはないだろう。
ただ、こちらに話していない何かを色々と隠し持っていることも紛れもない事実であろうと思う。――カザハのことのように。
『まっすぐすぎる』なゆたでは、そんなバロールに対抗できない。
しかし、みのりなら。バロールのすぐそばで丁々発止の情報戦を繰り広げながら、その力を巧く利用することができるだろう。

>タンクはジョンさんにお願いするわー
 戦い見させてもろうたけど、有望株や
 うちの太鼓判付きや、安心してええよ!

みのりの決意は固いようだ。早くも自分の後任を見出し、役目を譲っている。
なゆたも、ジョンならみのりの抜ける穴をきちんと埋めてくれるだろうと――適材だと思う。
けれど――
せっかく、なんの蟠りもなくなったのに。本当の仲間になれたと思ったのに。
そんな気持ちに、胸がふたがれる。

317崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/09/10(火) 19:08:09
しかしながら、これはみのりが決めたことだ。
この決意は何もクリスタルが底をついたとか、これからの戦いにおじけづいたとか、そういうことではなくて。
なゆたたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が、より確実に勝ち抜くための、生き残るための最善策なのだ。
だとするなら――

「……わかった。じゃあ、みのりさん……これからバックアップをお願いね。
 別に、みのりさんがパーティーを脱退するわけじゃないし! ただ、後方支援に回るだけだもんね!
 これからも頼りにしてるよ、みのりさん!」

なゆたはにっこり笑ってウインクすると、ぐっと右手の親指を突き出してサムズアップしてみせた。

「えー。私の意思っていうものは考慮してくれないのかい? ひどいなぁ!
 でも、確かに五穀豊穣君が私の手伝いをしてくれるなら心強いかな。なにせ、今は全部私ひとりでやってるものだから!
 睡眠時間もないし、愛しのメイドたちと愛を語らう暇もなかったんだよね!」

ははは! とナチュラルにセクハラ発言をする。
控えているメイドたちは全員ぷいっと顔をそむけた。

「五穀豊穣君の申し出はありがたい、では遠慮なくその厚意に甘えるとしよう。
 けれど、覚えることは無数にあるよ。そこは……覚悟を決めて取り組んでほしい。一度手伝うと決めたのなら、ね。
 その選択はあるいは――モンデンキント君たちと一緒に戦いに赴くより、ずっとずっと過酷な選択かもしれないけれど」

すい、と虹色の瞳を細め、バロールは微笑みながら告げた。
普段はゆるふわダメダメ元魔王だが、こういうときに告げる言葉は確かにローウェルの筆頭弟子としての知性と威厳を湛えている。
しかし、みのりはそんなん今更や、と朗らかに――しかし不退転の決意を滲ませて笑った。
これで今後の動向は決まった。
なゆたをリーダー、明神をサブリーダーとした『異邦の魔物使い(ブレイブ)』パーティーは、翌朝アコライト外郭へ向かう。
アコライト外郭では、なゆたたち以前にこの世界に召喚された『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が戦っているという。
それと合流し、力を合わせてアコライト外郭をニヴルヘイムの脅威から解放する。
アコライト外郭はアルメリア王国防衛の要衝である。ここが万一陥とされれば、アルメリアはキングヒルの防衛手段を喪う。
まさに、ここが正念場というところである。
今日の戦いで消費したスペルカードは、外郭に到着するころにはリキャストされているだろう。
敵の数は多く、包囲され孤立したアコライト外郭の内部の様子は誰にも分からない。情報が来なくなって、もう何日も経つ。
敵の指揮官の正体も不明だが、きっとイブリース配下のモンスターなのだろう。一瞬たりとも油断はできない。
今日のような、フレンド同士の死なない戦いではない――
敗北がすぐさま死につながる、互いの生存を賭けた戦い。
それが、始まるのだ。

とはいえ――

>よし!みんなしんみりした雰囲気はなしだ!今日は派手にやろう!

ジョンがそう言ってジョッキを掲げる。
今は、明日のことは考えるまい。ただ、熾烈な戦いを繰り広げた今日を祝い、健闘を称え合うのがいい。

「そうしよう、そうしよう! みんな、かんぱーいっ!」

ジョンに触発されるように、なゆたもまたジョッキを大きく掲げて乾杯の音頭を取る。――もちろん、中身はジュースだ。
ファンタジー世界であっても未成年はお酒を飲んじゃダメ。生徒会副会長の面目躍如である。

侵食による消滅を防ぐための、激しい戦いの前夜祭。

パーティーの宴は、長く続いた。

318崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2019/09/10(火) 19:14:13
深夜。なゆたはエンバースの部屋の前まで来ると、そのドアをコンコンとノックした。

「エンバース……まだ起きてる……?」

エンバースが返事をすると、なゆたは緊張した面持ちをしてきゅっと胸元で右拳を握る。

「あの……、入っても、いい?」

たどたどと、どこかばつが悪そうに言う。
部屋の中に入ると、なゆたは扉を背にして所在なさそうに佇む。

「え、えと……。さっきはみんなもいて、ちょっと……その……話しづらかったものだから……。
 ごめんね、休んでるところお邪魔しちゃって。明日もあるし、すぐ帰るから……」

軽く俯き、もにょもにょと歯切れ悪く言う。
が、少しして意を決したように顔を上げると、口を開く。

「――あの! き……、今日は、ありがとう。わたしなんかに味方してくれて……。
 あなたは絶対、わたしの味方なんてしてくれないって思ってたから。当然だよね……わたしはずっとあなたに酷いこと言って。
 パーティーを抜けたっていい、なんて暴言吐いて。嫌われても当然だったから」

は、と息をつく。決意を固めて一度話し始めると、あとはもう止まらない。

「……わたしが間違ってた。さっきまでのわたしは……あなたのことを、真ちゃんの代わりだと思ってた。
 本当は真ちゃんがいるべき場所を、真ちゃんがいなくちゃいけない場所を、あなたが奪ったって。
 勝手にそう思い込んでた……全然、そんなことないのにね」

真一と入れ替わりにエンバースがパーティーに参入したのは事実だ。
両者とも炎を扱い、戦闘において自分の身体を酷使することを厭わない――というところも似通っている。
しかし。

「だから。わたし、勘違いしちゃってた。真ちゃんだったらこんなことないのにって。真ちゃんならこうだったはずって。
 あなたはあなたで。あなたの考えがあって。あなたの目的があるのに……そんなこと、全然考えようともしなかったんだ。
 だから――」

そこまで言うと、なゆたはエンバースへ向けて勢いよく頭を下げた。

「ゴメンなさい! わたしが悪かったです――!」

今日の午前中、キングヒルに到着するまでは、まさかこんなことになるとは想像さえしていなかった。
けれど今は違う。明神とのデュエルでエンバースの力は思い知ったし、どんな気持ちを抱いているのかも何となく察した。
彼の過去に、なゆたの想像を絶する過酷な体験があったらしいということも――。
彼の戦い方は自棄に等しい危なっかしさで、ときどき暴走めいたことさえしていたけれど。
それも理由があるのだろう。であれば、おいおい理解していければと思う。
何より、なゆたは信じたかった。エンバースに強く抱きしめられたときの、あの温かさを。
ひとりでもバルゴスに対処できたであろうはずなのに、敢えてなゆたに花を持たせた、その心を。

「……あなたが協力してくれなかったら、きっとわたしは明神さんに勝てなかった。
 あなたが活路を開いてくれたから、わたしは明神さんを倒すことができた。地球由来の因縁に終止符を打てた。
 ありがとう、エンバース。……嬉しかった、とっても」

なゆたは顔を上げると、そう言って小さく微笑んだ。

「あなたはわたしの身体だけじゃない、心も守ってくれた。わたしのプレイヤーとしての誇りを。
 ね。また、わたしを守ってくれる……?
 わたし、あなたに守ってもらいたい。あなたが守ってくれるなら――わたし。きっと、もっと頑張れる気がするから」

あれほど、エンバースに守られることを嫌っていたはずなのに。
けれど、今はそうは思わない。彼に守られることを、とても心強く感じる。
彼はきっと、そんなこと言われるまでもなく守ってやる、と言うかもしれないけれど。
そうではない。なゆたがエンバースに守られることを望む、そのことに意味がある。

「あー……ゴメンね! なんか、わたしばっかりまくしたてちゃって!
 頼み事するにも、やり方ってものがあるよね……こういうの、慣れてないもんで……あは、あはは……」

なゆたは左手で後ろ髪に触れると、気恥ずかしそうに笑った。そして――

「もっとかわいくお願いした方が、好みだった?」

そんなことを言って、ぺろりと小さく舌を出した。

「言いたいことはそれだけ! じゃ……わたし行くね!
 明日は激戦地へ行かなくちゃなんだから! 気合い入れていきましょ!
 エンバース、おやすみ!」

照れ臭さを誤魔化すように笑うと、なゆたはフレアスカートの裾を翻して部屋を出て行った。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちが思いをぶつけあった、長い一日は終わった。

そして――アコライト外郭へと赴く、戦いの刻が訪れる。


【正式にパーティーリーダー襲名、明神をサブリーダーに指名。みのりの戦線離脱を受諾。
 エンバースと和解を試み、一路アコライト外郭へ】

319カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/09/13(金) 21:44:56
脱落した皆が2人の決着を見守っている中、ジョン君がある事に気付く。一人足りない。

>「エンバース?エンバースは!?」

「あれ!? エンバースさんまだこっちに来てないの!? ということは……」

なんとなく私達と同じくすでに砂嵐で吹き飛ばされて退場済だと思っていたが……
案の定、程なくして焼死体兼溺死体のような状態になって混沌の濁流に乗って流されてきた。
ジョン君の慌てようは半端なかったが、幸い命に別状はない(?)ようだ。
バロールさんがなゆたちゃんの勝利を高らかに宣言する。

>「勝負あり!」

>「お疲れさまー!やっぱ強いなぁ!おめでとさん〜!」
>「ふふふふ、なゆちゃん、いい子ちゃん過ぎるところがあるとは思ってたけどなぁ
いい子ちゃんのまま、汚いうちを越えていきおったわ」

みのりさんがなゆたちゃんを抱きしめ、惜しみないねぎらいの言葉をかける。
最初は底知れない何かを隠し持っている感じがしていたが、本当の彼女は少しばかり財力と権謀術数に長けた、等身大の少女だった。
京都人ならまあそんなこともあるだろう。
そして、戦いに敗れたクーデターの主犯が敗北宣言をする。

>「俺の負けだ。認めるよなゆたちゃん、お前が俺たちのリーダーだ。俺達を引っ張ってほしい」
>「クーデターは失敗した。悪いな石油王、戦犯に巻き込んじまってよ。
 主犯は俺、うんちぶりぶり大明神だ。煮ても焼いても美味くはねえけど、処断はパーティリーダーに任せる」
>「カザハ君。お前がこの先も、語り手として俺達と旅をするのなら……うんちぶりぶりじゃ締まりが悪いよな。
 みんなも覚えといてくれ。――瀧本俊之(としゆき)。カザハ君が歴史に刻む、俺の名前だ」

「いい名前じゃん。よろしくね、瀧本さん。……カケル、背中貸してあげて。タッキー&ツバサ――なんちゃって」

そのネタ、明神さんは分かるだろうけどなゆたちゃんは分かるのか!?

>「本名なんて呼ばれ慣れてねえから、今後も明神って呼んでくれりゃ良い」

こうして明神さんはタッキーと呼ばれるようになりそうな危機(?)を華麗に回避した。

>「こちらこそ、よろしく、明神・・・ところで立ち上がるの手伝おうか?」

ジョン君が明神さんが立ち上がるのを手伝い、私の背に寄りかからせると、みのりさんが話しかけてきた。

>「最初何処から飛んできたかと思うてたけど、カザハちゃんもカケル君も大層な話になってたんやねえ」
>「空から着地地点にしてみたり、馬刺しにしたらおいしそうとか家畜を見る目で見てて堪忍やえ〜
これからは人としてみんなとよろしくやで〜」

初めてみのりさんに名前を呼ばれた――頭をなでる手は温かい。
一瞬馬刺しとかいう物騒な単語が聞こえてきた気がするんだけど――気のせいだよね!? 気のせいということにしておこう。

320カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/09/13(金) 21:46:01
「大丈夫、全然気にしてないって。みのりさんは乗ったことがあるんだけどみんなもよければカケルに乗ってみない? 楽しいよ!」

カザハはお近付きの印にということか、勝手に体験乗馬会ならぬ体験乗ユニサス会の勧誘をはじめた。
実際に乗せるのは私だけどね!? 別にいいけど。

>「寄り道かました俺が言うのもなんだけど、俺達の戦いはマジでまだ始まったばかりだ。
 明日にはここを発って、アコライト行って、先輩ブレイブの救援クエストをこなさなくっちゃならねえ。
 こっから先は対戦じゃない。命をやり取りする実戦だ。誰一人死なせることなく……世界を救ってやろう」
>「――なゆたちゃん、クエストに行こうぜ!」

>「……うんっ!」

カザハはそんな二人のやりとりを、満足気に、少しだけ眩しそうに見ているのであった。

「河原で殴り合って仲良くなる的な展開、実際にあるんだ……」
《あるんですねぇ……》

>「それじゃ、みんな疲れたやろし、みんなで乾杯しよや〜!
 バロールはん、お願いするわ〜!」
>「もちろん! 任せておきたまえ!
 いやぁ〜、それにしても物凄い戦いだったね! みんなお疲れさま!
 パーティーの懸念は払拭されたようだし、私も間近で『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の戦いが見られたし。
 まさにいいことずくめ! ってやつだね! はっはっはっ!」

バロールさんは戦闘でぶっ壊されたフィールドを一瞬で直すと、宴の準備をするという。

>「これでよしっと。みんな、疲れただろう? これから歓迎の準備をするから、それまでは休んでいるといい。
 部屋に案内するよ……お風呂に入るもよし、着替えてひと眠りするもよし。自分の家だと思って寛いでほしい!」

>「よーし!じゃみんな体を綺麗にしてみんなで飯食べよう!」

なゆたちゃんはバロールさんに勧められた通り、大浴場に行くらしい。

「なゆ、一緒に……ぐぎゃあ!」

《カザハ、アウト―――ッ!》

大浴場に行こう、というカザハの言葉の続きを察知した私はさりげなく足払いを仕掛け、カザハはびたーんと効果音が付きそうな勢いですっ転んだ。
そしてうっかり足が引っ掛かっちゃった的な何食わぬ顔をして誤魔化す。

(そうだった……! 明神さんと一緒に行かなきゃ!)

《いや、裸の付き合いは比喩的表現であって一緒に入る必要性はないと思いますよ!?》

明神さんと文字通りの裸の付き合いをしたかはともかく、私は大浴場でカザハに洗われ、ふわふわになった。
しばらく部屋で休んでいると、メイドさんが宴の準備が出来たことを知らせに来る。
行ってみると、豪華絢爛な料理の数々が並んでいた。

321カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/09/13(金) 21:47:26
>「いやぁ、本当は我が国の諸侯も招いてもっと盛大な宴にもできたんだけどねぇ!
 なにせ戦時中だ。そこまでの余裕も時間もなくてさ……慎ましい宴だけれど、どうか許してほしい!
 その代わり、ここにあるものは遠慮なく食べたり飲んだりしてくれて構わないよ!
 明日には激戦地のアコライト外郭へ発ってもらわなければならないんだ。せめて今日は英気を養ってくれたまえ!」

「慎ましい!? これで!?」

みのりさんがエンバースさんに話しかけ、ジョン君が明神さんに話しかけているので、哀れ、なゆたちゃんはワイングラス片手のカザハに絡まれた。

「突然のことで一時はどうなることかと思ったけど結果オーライってやつ?
それにしてもエンバースさんが味方してくれたのは意外だったね〜。てっきり向こうに付いちゃうかと思ったよ。
これはもしかしてもしかすると第一印象はサイアク!かーらーのー……って何でやねん!」

酔っぱらったらしいカザハが自分でボケて自分でツッコんでいる。
今回の戦いで私達がやったことといえば、ほぼエンバースさんの強化と救出だったわけで、彼が味方してくれなかったら勝てなかっただろう。
だからといって二人の仲がそっちの方向に進展するかは別問題だ。
なゆたちゃんには彼氏もとい仲が良さげな幼馴染がいるし、
エンバースさんは少し離れて見れば闇の狩人みたいで格好よく見えても至近距離で見たら焼死体そのものである。
君も同じのを飲むかい?と気を利かせてくれたバロールさんが平たいお皿にワインを注いでくれた。
……ってこれぶどうジュースじゃーん! ジュースで酔っぱらってんじゃねーよ!

「でもね……やっぱり最後までフィールドに立って戦い抜いたのは君だよ。もう超かっこよかった!」

今度はなゆたちゃんの両手を握って上下にぶんぶんしている。

>みんなもちょっと聞いてくれ!

幸いにも程なくしてジョン君の声が響き、なゆたちゃんはカザハの意味不明の絡みから解放された。

>「クーデターはクーデターだ、なゆがいくら罰は必要ないといっても・・・はいそれじゃなしで!解散!でいい筈がない
 もしかしたら罰がなかったって事で後からわだかまりを残すかもしれない・・・だから・・・」
>「罰として明神はご飯食べた後、僕の日課の『訓練』に付き合う・・・みのりの罰は・・・なゆに任せる!OK?」
>「なんで俺だけ訓練なのかって?そりゃ僕が女の子用の護身術を知らないってのもあるけど・・・
 単純にその前の筋トレもハードだからやらせるわけにはいけないでしょ、体の負担もきついし
 後、明神・・・君はモンスターやカードに頼りすぎだ、君自身最低限自衛できなくては」

言われてみれば、カザハやエンバースさんはモンスターで、なゆたちゃんはモンスターのスキルを習得し、
ジョン君は自衛隊マッチョで、みのりさんは農業で鍛えられているしイシュタルを装備することもできる。
魔物使いとしてではなく本人の戦闘力自体は明神さんだけ一般ピープル感が半端ない。
おそらく罰というのは建前で、明神さんが自衛できるように、というのが主な目的なのだろう。
元々モンスターを使ってバトルする前提のゲームの世界に転移したわけで、
本人の戦闘力という概念が出て来ること自体が想定外だったかもしれないが、パーティーメンバーが人外や超人だらけになってしまったのが運の尽きである。

322カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/09/13(金) 21:49:03
>「じゃあ……いい機会だから、わたしからも言っておこうかな」
>「えー。僭越ながら、これから正式にパーティーリーダーを務めさせて頂くことになりました。
 モンデンキントこと崇月院なゆたです。
 正式にリーダーをすることになったからには、しっかり! 役目を果たしてみせますから!
 皆さん、これからよろしくお願いします!」

「リーダー就任おめでとー!」

なゆたちゃんのリーダー就任を拍手で祝うカザハ。

>「で……ジョンはみのりさんの罰、って言ったけれど。
 みのりさんは『対戦相手』ではあっても『敵』ではなかったので、罰を与える必要はないと思う。
 そして、明神さん。ジョンの特訓はさておき、わたしからも。明神さんを再度パーティーに加入させるにあたって条件があるの」
>「条件はひとつだけ。わたしがパーティーリーダーを務めるにあたって――
 明神さんをサブリーダーに指名します。もちろんパーティーメンバーはみんな平等で、誰が偉いとか一番とかはないけど……。
 わたしがいなくて、何かを決定する必要があるときは。みんな明神さんの指示に従ってくれればって思う。
 ってことで! これはリーダー特権のご指名なので、明神さんに拒否権はありまっせぇーんっ!
 みんなも異論ないよね? もしあったとしても、デュエルで言い聞かせるだけですけどー!
 ハイ! 賛成の人は挙手ーっ!」

「はーい! 明神さんサブリーダー就任おめでとう!」

カザハはピッカピカの一年生のように手を真っ直ぐに挙げ、賛同の意を示す。

「ついでにボクは書記でいい? そしてみのりさんを会計、ジョン君を広報、エンバースさんを庶務に推薦します!」

《生徒会じゃねーよ!》

そんな中、みのりさんが突然爆弾発言を繰り出した。

>「さ、大団円で次はアコライトゆうところなんやけどな……
うちは王都に残ろうと思うてんねん」

>「えっ!?」
>「……は、ぇ?」
「えぇええええええええええええ!?」

皆が似たような感じで驚愕する。

>「だってこの魔王様、色々とガバガバの穴だらけで見てられへんのやもん
兵站管理や情報伝達とか、この人に任せてたら前線に出るうちらは命がいくつあってもたりひんわ
ほやからうちが王都でそこらへんお手伝いさせてもらおうと思うてなぁ」

確かにみのりさんの考えは一理ある。
でもせっかく打ち解けてこれから皆で冒険繰り出そう、という時に――とも思わざるを得ない。
カザハは、決断を委ねるようになゆたちゃんの方を見た。
なゆたちゃんも残念そうにしていたが、最終的にはみのりさんの選択を尊重することを選んだようだ。

323カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/09/13(金) 21:50:27
>「……わかった。じゃあ、みのりさん……これからバックアップをお願いね。
 別に、みのりさんがパーティーを脱退するわけじゃないし! ただ、後方支援に回るだけだもんね!
 これからも頼りにしてるよ、みのりさん!」

>「えー。私の意思っていうものは考慮してくれないのかい? ひどいなぁ!
 でも、確かに五穀豊穣君が私の手伝いをしてくれるなら心強いかな。なにせ、今は全部私ひとりでやってるものだから!
 睡眠時間もないし、愛しのメイドたちと愛を語らう暇もなかったんだよね!」

「あーはいはい! みのりさん、バロールさんを尻に敷く勢いでよろしく!」

>「寂しくなるけど・・・永遠の別れってわけじゃないし、さよなら、とは言わないからね」
>「よし!みんなしんみりした雰囲気はなしだ!今日は派手にやろう!」

>「そうしよう、そうしよう! みんな、かんぱーいっ!」

「なゆのリーダー就任と明神さんのサブリーダー就任とみのりさんのバロールさん補佐就任を祝ってかんぱーいっ!」

こうしてどんちゃん騒ぎは夜遅くまで続き、ようやく宴が終わった深夜――

「た、大変だーっ!」

眠れなくて暇だからと城内をうろついて見物していたはずのカザハが叫びながら部屋に駆け込んできた。

《一体何事ですか!》

「なゆがエンバースさんの部屋に入っていくのを目撃した!」

《深夜に美少女が襲撃(意味深)――それは大変だ……っていやいやいや。
だってエンバースさん焼死体だし……多分今日のお礼を言いに行ったとかでしょう……》

カザハは聞く耳持たずに紙とペンを取り出して謎の人物相関図を書き始めた。

「明神さんもなゆのこと大好きっぽいしジョン君も女の子を守りたい系だから美少女のなゆを放っておかないはず!
三人の男子が一人の美少女を奪い合う……これなんて乙女ゲー!?」

《人の話聞いてます!? 人じゃなくて馬だけど!》

「待てよ? でも明神さんにとってのなゆは強敵と書いてともと読む的なアレで本命はエンバースさんか!?
エンバースさんもそっちルートも満更でもなさそうだし……。まさか明神さんとなゆでエンバースさんを取り合う展開もある!?」

相関図に様々な線が書き加えられ、解読不能になっていく。

《ねーよ! ってかお前は一体どういう伝説を語るつもりだ!》

なんでもいいから人型に変身できるようになるまで進化しよう――私は密かに心に誓った。
コイツだけに伝説を語らせたら大変なことになる。

「乙女ゲー展開を本命、エンバースさんを巡る三角関係を対抗として……はっ」

何かに気付いたらしいカザハ。
おおかた、自分が美少年だったことを思い出して、大穴としてあぶれた明神さんが自分に来る展開に思い至ったとかそんなところだろう。
と思いきや、カザハは何故か私に注意喚起するのであった。

324カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/09/13(金) 21:52:03
「カケル――気を付けて」

《何に気を付けろと!? 事実無根の勘違いの上に更にマニアックな趣向を勝手に付与しないであげて!?》

妄想で遊ぶのにようやく飽きたのか、カザハはぐちゃぐちゃになった相関図を丸めてゴミ箱に放り投げると、ベッドにダイブした。

「あーあ、疲れたからもう寝よ!」

《さっさと寝ろ! むしろ永眠しる!》

暫し静寂の時が流れた後――もし起きていたら、程度の気持ちでなんとなく聞いてみる。

《ねぇ、明神さんと戦ってる時に”昔一度世界を救えなかった”って言ったよね?
姉さんは……改変前の記憶があるの?》

「そんなの無いよ。でも……小さい頃からずっと……昔大事なものを守れなかった気がしてた。
自分は主人公にはなれないって分かってて。それでいて何かの使命がある気がして。
それが何なのかずっと分からなかった。だからバロールさんの話を聞いてああ、そうだったんだって」

《鳥取砂漠でサンドワームが暴れてたのって……マジだったんだ……》

思い返してみればカザハは昔から不思議な言動が多かった。
奇しくもそれは後に一般化した概念である厨二病(重症)の症例と一致してしまったので、なんとなく流してきたけど。
間違いない、具体的なエピソードは忘れてしまっていても、確かに記憶の断片が魂に刻まれてる――

「もうお休み。勝手に荷物運びに立候補してごめんね」

《いいんですよ――なんてったって馬ですから》

こうして今度こそ私達は眠りについた。
そして、私は夢を見た――この世界ととてもよく似た世界を冒険する夢。
私の背に乗っているのは、カザハではない誰かだった。
少年だった気がするが、もしかしたら少女だったかもしれないし青年だったかもしれないし、要はよく分からない。
何人か仲間がいて、カザハもその中に確かにいた気がするが、何故だかどんな姿をしていたかは思い出せない。
それは失敗に終わった前の周回の記憶なのか、バロールさんやカザハの話を聞いたことによる単なる私の想像なのか――それすらも分からない。
ただ一つ確かなのは、皆楽しそうに笑っていたこと――私は確信した。
きっと、カザハにとって前回の過程は楽しいものだったんだ。だからこそ救えなかった結末がより強く魂に刻まれた――

願わくば――今回の旅は、必ずやハッピーエンドでありますように。

325embers ◆5WH73DXszU:2019/09/16(月) 21:26:26
【シーン・エンド(Ⅰ)】

焼死体の意識の有り様は、肉体の生理機能に依存しない。
意識を司る器官は固茹での脳髄ではなく、呪われた魂だ。
祝福という名の呪いが、焼死体を不死者たらしめている。

それはつまり不死とは――熱力学上における必然であるという事だ。
言い換えれば――死を上回る熱量がある間は、人は死なない。
これは決して荒唐無稽な机上の理論ではない。

試しに熱量を“寿命”と定義してみれば分かる。
死を上回る寿命がある内は、人は死なない――当然の事だ。
同様に死を上回る祝福が――未練/執念/憎悪/悲嘆がある間は、人は死なない。

そして――焼死体は意識を取り戻し、目を見開いた。

『――気が付いたかい?ああ、よかったよかった』

まず目に映ったのは、バロールの顔。

『君に根差す不死性は、些か特殊なものだったからね。正しく処置出来るか――』

「どけ……」

甘く微笑むその面を押しのけ、焼死体は戦場を振り返る。
荒れ果てた中庭には――勝者がたった一人、立っていた。
そして――焼死体は黒煙混じりの、安堵の溜息を零した。

『見えるかいエンバース・・・いやナイト様・・・いやこの場合は王子様かな?
 君の姫様は君のおかげで立ち直って、まっすぐ前を向いて歩き出したんだ』

「知った風な口を利くなよ――俺のお陰?なら、それはあいつのお陰だ」

『君が、どこを見て、何を想ってあんなになゆを過保護にしてたのかは、僕には分らない、でもね』
『そろそろ対等な仲間として、扱ってもいいんじゃないかな?』

「対等?冗談だろ――俺とあいつが、対等なものかよ」

『今のままじゃなゆが・・・君が想ってる誰かが・・・かわいそうだよ』

「――俺がそんな事を、言われなきゃ分からないくらい、馬鹿に見えるか?」

焼死体はそう言ったきり、一切の呼びかけに対する反応を放棄した。

326embers ◆5WH73DXszU:2019/09/16(月) 21:27:55
【シーン・エンド(Ⅱ)】


祝宴が始まって――焼死体は大人しく/静かに/非武装状態で、席に着いていた。
無論大人しくとは、即座に問題を起こす気はないが準備はある、という意味だ。

『ふふふふ〜ん
 どうやった?うちらのリーダーなゆちゃんの強さ、見てくれはった?
 凄かったやろ〜?』

「ああ。リバース・コンボは序盤中盤終盤と隙がない。優れたビルドだった」

『ところでなぁ、エンバースさんはうちらの中で唯一ブレイブやあらへんやんなぁ
 さっきの戦いも結局はブレイブ対策ができている燃え残りとしての戦い方やん?』

「確かに――だが、十分な戦闘力は示したつもりだ」

『うちはエンバースさんのブレイブとしての戦い方も見てみたいんやわ
 というかこれから先、そちらの力も必要になるやろうやよってな』

「心配いらないさ。俺は敵のスマホを奪って、そのスペルだけで戦う事も――」

『IDとパスワードは覚えてる?
 忘れてるなら思い出したらつかいぃな
 うちのサブスマホ、みんなこっちに移してすっからかんやし、エンバースさんが使った方がええやろ』

「――ありがとう、みのりさん。ありがたく受け取っておくよ」

焼死体はスマホを受け取る/左手でみのりの手を取る――そこに重ねるように、スマホを返す。

「ただし受け取るのは、その心遣いだけだ――これは、あんたが持っておくべきだ。
 パートナーを囮に逃げ延びるのは見事な作戦だったが、一つ問題点がある。
 そのままパートナーを死なせてしまっては、次がなくなる」

この世界では、死なせてしまったモンスターは生き返らない。
決闘ではない戦争において、持ち駒を失う事は余りにも多大な損失だ。
一度の勝利と引き換えに、それ以降の全て戦いでパーティ全体が弱体化する事になる。

「万象法典に集めたカード、飾っておくのもいいけど――こっちで使ってみたらどうかな。
 バッファー系のモンスターなら、育成が不十分でも運用は可能だろう。
 ……ビルドの相談なら、いつでもしてくれて構わない」

スマホを手放す/みのりの手を放す――ふと視界の端で動く影。
崇月院なゆたが立ち上がり/手慣れた所作で注目を呼びかける。

327embers ◆5WH73DXszU:2019/09/16(月) 21:30:31
【シーン・エンド(Ⅲ)】

『えー。僭越ながら、これから正式にパーティーリーダーを務めさせて頂くことになりました。
 モンデンキントこと崇月院なゆたです。
 正式にリーダーをすることになったからには、しっかり! 役目を果たしてみせますから!
 皆さん、これからよろしくお願いします!』

「異論はない。よろしく頼む」

『で……ジョンはみのりさんの罰、って言ったけれど。
 みのりさんは『対戦相手』ではあっても『敵』ではなかったので、罰を与える必要はないと思う』

「異論はない」
 
『そして、明神さん。ジョンの特訓はさておき、わたしからも。明神さんを再度パーティーに加入させるにあたって条件があるの
 条件はひとつだけ。わたしがパーティーリーダーを務めるにあたって――
 明神さんをサブリーダーに指名します。もちろんパーティーメンバーはみんな平等で、誰が偉いとか一番とかはないけど……。
 わたしがいなくて、何かを決定する必要があるときは。みんな明神さんの指示に従ってくれればって思う。
 ってことで! これはリーダー特権のご指名なので、明神さんに拒否権はありまっせぇーんっ!
 みんなも異論ないよね? もしあったとしても、デュエルで言い聞かせるだけですけどー!
 ハイ! 賛成の人は挙手ーっ!』

「――異論はない」

腕組みをしたまま、焼死体はそう言った。
かくして、パーティ新生の儀は終わり――

『さ、大団円で次はアコライトゆうところなんやけどな……
 うちは王都に残ろうと思うてんねん』
『……は、ぇ?』

「なん……だと……?」

終わり――ではなかった。

『だってこの魔王様、色々とガバガバの穴だらけで見てられへんのやもん
 兵站管理や情報伝達とか、この人に任せてたら前線に出るうちらは命がいくつあってもたりひんわ
 ほやからうちが王都でそこらへんお手伝いさせてもらおうと思うてなぁ』

『え!? 私!? ぐはぁ! やめるんだ、その攻撃は私に効く!』

――その点に関しては異論はない……とは言え、タンクがいなくなるのは問題だ。

『タンクはジョンさんにお願いするわー
 戦い見させてもろうたけど、有望株や
 うちの太鼓判付きや、安心してええよ!』

――確かに、コカトリスセットなら変則的なタンクロールが可能だ――だが、可能なだけだ。
新たなプレイスタイルには当然、順応する為の時間と経験が必要になる。
アコライトの状況も分からない今、そんなリスクは――

「みのりさん、待ってくれ。幾らなんでも話が――」

『……わかった。じゃあ、みのりさん……これからバックアップをお願いね。
 別に、みのりさんがパーティーを脱退するわけじゃないし! ただ、後方支援に回るだけだもんね!
 これからも頼りにしてるよ、みのりさん!』

「……パーティリーダーがそう言うなら、俺に異論はない」

『よし!みんなしんみりした雰囲気はなしだ!今日は派手にやろう!』
『そうしよう、そうしよう! みんな、かんぱーいっ!』

焼死体は暫しの逡巡の後、手元のグラスを左手で、ほんの僅かに掲げた。

「――ところで、バロール。睡眠不足のお前に朗報だ。
 このリストに記したアイテムを、明日の早朝までに用意してくれ。
 俺の戦法には下準備が必要だからな――お前の協力があれば、手札が増える」

328embers ◆5WH73DXszU:2019/09/16(月) 21:32:49
【シーン・エンド(Ⅳ)】


『エンバース……まだ起きてる……?』

「――モンデンキント?こんな夜更けに、何の用だ」

深夜――焼死体の寝室を尋ねる、少女。
呼びかけに対する返事と共に、夜闇の静謐に響く解錠音。
ドアが開く――目深に被ったフードより漏れる蒼炎が、客人を見下ろす。

『あの……、入っても、いい?』

「……好きにしろ」

『え、えと……。さっきはみんなもいて、ちょっと……その……話しづらかったものだから……。
 ごめんね、休んでるところお邪魔しちゃって。明日もあるし、すぐ帰るから……』

「気にする必要はない。用があったから来たんだろう」

焼死体がフードを脱ぐ/少女を振り返る。

『――あの! き……、今日は、ありがとう。わたしなんかに味方してくれて……。
 あなたは絶対、わたしの味方なんてしてくれないって思ってたから。当然だよね……わたしはずっとあなたに酷いこと言って。
 パーティーを抜けたっていい、なんて暴言吐いて。嫌われても当然だったから』

「なんだ、そんな事か。それこそ、気にする必要なんて――」

『……わたしが間違ってた。さっきまでのわたしは……あなたのことを、真ちゃんの代わりだと思ってた。
 本当は真ちゃんがいるべき場所を、真ちゃんがいなくちゃいけない場所を、あなたが奪ったって。
 勝手にそう思い込んでた……全然、そんなことないのにね』

不意に、焼死体は口を噤む/乾いた心臓が心因性の鼓動を口遊む。

『だから。わたし、勘違いしちゃってた。真ちゃんだったらこんなことないのにって。真ちゃんならこうだったはずって。
 あなたはあなたで。あなたの考えがあって。あなたの目的があるのに……そんなこと、全然考えようともしなかったんだ。
 だから――』

まるで――自分自身の過ちを、言い当てられたような気分だった。

『ゴメンなさい! わたしが悪かったです――!』

少女が頭を下げる――焼死体は咄嗟に、少女の肩を掴んだ。

「よせ。顔を上げてくれ。俺は……」

『……あなたが協力してくれなかったら、きっとわたしは明神さんに勝てなかった。
 あなたが活路を開いてくれたから、わたしは明神さんを倒すことができた。地球由来の因縁に終止符を打てた。
 ありがとう、エンバース。……嬉しかった、とっても』

「……耳が痛いな」

望み通りに、少女は顔を上げた――そして焼死体に微笑みかける。
罪悪感の刃が、胸に深々と突き刺さる――焼死体は、頭を振った。

329embers ◆5WH73DXszU:2019/09/16(月) 21:38:09
【シーン・エンド(Ⅴ)】

『あなたはわたしの身体だけじゃない、心も守ってくれた。わたしのプレイヤーとしての誇りを。
 ね。また、わたしを守ってくれる……?
 わたし、あなたに守ってもらいたい。あなたが守ってくれるなら――わたし。きっと、もっと頑張れる気がするから』

最早、告解は贖罪には成り得ない。
――実は、俺はお前を違う女と見間違えていたんだ。
そんな事を告白をして、何になる――少女の微笑みを、曇らせるだけだ。

「――ああ、言われるまでもない。お前が望む事は全て、俺が叶えてやる」

故に焼死体は――少女の願いに誓いを返した。
それは――贖罪と、報恩の為の、誓いだった。

『あー……ゴメンね! なんか、わたしばっかりまくしたてちゃって!
 頼み事するにも、やり方ってものがあるよね……こういうの、慣れてないもんで……あは、あはは……』

「……気にする必要はない。お前のお喋りにも、もう慣れた――」

『もっとかわいくお願いした方が、好みだった?』

「――――だが、そうだな。次からはそうしてくれると、助かる」

最大限に平静を保った返答は――しかし、その実、心からの懇願だった。
またも少女に最愛の面影を見て、焼死体は酷い自己嫌悪に灼かれていた。

『言いたいことはそれだけ! じゃ……わたし行くね!
 明日は激戦地へ行かなくちゃなんだから! 気合い入れていきましょ!
 エンバース、おやすみ!』

「なんだ、ここで一晩過ごしていくものと思っていたが……冗談だ。おやすみ、リーダー」

330embers ◆5WH73DXszU:2019/09/16(月) 21:39:51
【シーン・エンド(Ⅵ)】


恐らく少女は気付かなかっただろう――先ほどの焼死体には一つ、不自然な振る舞いがあった。
寝室へと招き入れた少女へ振り返る時、焼死体は被っていたフードを脱いだ。
だが――そもそも何故、寝室でフードを被っていたのか。

結論から言えば、焼死体は少女が訪ねてくる直前まで、寝室にいなかった。
王宮内を徘徊していたのだ――眼窩から漏れる炎を、フードで隠しながら。

焼死体は立ち上がると、懐から何かを取り出した。
淡い蒼光を帯びた、双角錐状の結晶体――成形クリスタル。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』への支援物資集積所からの、盗品だ。

バロールに火急の物資収集を依頼したのは、これが目的だった。
つまり、調達人の動線から、物資集積所の位置を特定する為だ。

自らの眼光に照らされたテーブルの上に、自身のスマホを置く。
ひび割れた液晶の上から、成形クリスタルを落とす。
画面に波紋が走る――クリスタルが沈む。

そして――液晶画面に、光が灯った。

「なるほどな――」

焼死体は、全てに得心が行った、といった風情で独り言ちた。




「――電池切れだったか」

331明神 ◆9EasXbvg42:2019/09/23(月) 23:42:54
温度のない静かな月明かりが、磨き上げられた石畳をおぼろげに照らす。
俺はその上を、酸欠の金魚みたいな顔で走っていた。
一歩ごとにぜぇとかひぃとか情けない声が漏れる。喉はとっくにカラカラだ。

「脇腹が痛ぇよぉ……そろそろ切り上げてもいいんじゃないっすかジョンさん!ジョンアデルさーん!?」

王宮の外周を走破する地獄のランニングに俺を引っ張り出しやがった張本人の姿は視界内にない。
奴は俺の数倍近いペースでさっさと走って行ってしまった。しかも息一つ乱さずにだ。
たぶんもうじき後ろから追いついてきて、周回遅れの俺を抜き去るだろう。
すでに二回くらい追い抜かれてる。

「クソ……自衛官ってみんなあんなペースで走ってんのかよ。どういう心臓してんだマジで」

これがフィジカルエリートってやつか……なんかもう生物的に別の存在じゃねえのアレ。
いや俺が普段から運動不足ってのもあるよ?たしかにね。俺もうアラサー手前だもんね……。
長距離走なんてやんの高校出て以来だしな。

明日のアコライト外郭出立へ向け、ジョンが提示した『訓練』を俺は履修していた。
それ自体に文句はない。降伏に条件が伴うのは勝者の権利であり、敗者の義務だ。
でも身体動かすのやだぁ……明神お部屋でゲームしたいです……。
しかし最近ゲームも長続きしなくなってきたんだな。疲れちゃう。老いか?老いなのか?

酸素の巡らない脳味噌で、走馬灯めいた記憶を思い起こす。
この訓練の発端となった、祝宴の席を――

 ◆ ◆ ◆

332明神 ◆9EasXbvg42:2019/09/23(月) 23:43:24
クーデターもといフレンド対戦を終えた俺達は、バロールの取り計らいで宴に招待された。
引っ込みざまにバロールは机の上でも片付けるような気安さで、破壊され尽くした大広間を修復する。
なんの気無しに見せたその所業は、アルフヘイム最強の魔術師の、面目躍如だった。

>「これでよしっと。みんな、疲れただろう? これから歓迎の準備をするから、それまでは休んでいるといい。
 部屋に案内するよ……お風呂に入るもよし、着替えてひと眠りするもよし。自分の家だと思って寛いでほしい!」

準備をするから待っててとか言われたので、ひとっ風呂浴びながらお沙汰を待つことにする。

>「なゆ、一緒に……ぐぎゃあ!」

「お前何ナチュラルに女湯行こうとしてんだ!こっちで裸の付き合いの約束だろ」

お馬さんに足払い食らったカザハ君の首根っこを掴んで男湯に引っ張り込む。
こいつマジか。普通になゆたちゃんとお風呂入ろうとしやがりましたよ。
とんだエロ妖精さんだぜ。こいつはちょっとおしおきが必要なんじゃないですか?

「ジョン、エンバース、風呂行こうぜ。俺いっぺん足の伸ばせるお風呂に入りたかったんだよ」

アルフヘイム来てからずっとシャワーばっかだったもんな。
なゆたハウスにはバスタブもあったけど、大人の男が浸かるにはちっとサイズが小さかった。
多分浴槽の内側に張り出したスライム彫刻のせいだと思うんですけど。
実用性皆無な部分はやっぱゲームのフレーバー建築だよなぁ。

「自衛隊のお風呂ってどんなもんなの?やっぱ『野外入浴車1号』とかそんな名前付いてんのかね」

とかなんとか益体もないことくっちゃべりながら誘うが、エンバースからは反応がなかった。
寝てんのこいつ?まぁ炎属性だし水引っ被るのはよろしくないのかもしれん。
お湯に浸して変なダシとか出たらイヤだしな……。

「うおーっ、すげえ。全部大理石張りかよ。やっぱアルメリアって儲かってたんだなぁ」

アルメリア王国の主要産業はガンダラで採れる良質な成形クリスタルだ。
そしてその潤沢な魔力資源、つまりは軍事力を背景に、アルメリアは大陸の覇権国家となった。
鉱山が枯渇したいま、世界の消滅とは別の意味でこの国は存亡の危機に立たされている。
この豪華なお風呂もいつまで入れるかわからない。今のうちに存分に満喫しておこう。

「あ、お馬さん……カケル君も入んの?いーよいーよ洗うの手伝うよ。こいつも仲間だからな。
 馬油で出来た石鹸でお馬さん洗うのってなんか倫理的にアレな気がするけども」

カザハ君と一緒に泡立てた石鹸でカケル君の毛並みを濯ぎ、ブラシをかける。
高校の頃、職場体験で行った地元の農場を思い出した。
こいつどこまで意思疎通できるんだろうか。カザハ君とはツーカーの仲みたいだけど。

「バロールはともかくメイドさんたちには絶対内緒な。
 浴場で馬洗ったとか知られたら背骨の形変わるまで背負投げされそうだ」

カケル君を洗ったあとはジョンと三人で背中を流し合ったりしながら、俺達は旅の埃を落とした。
部屋着に着替えてしばらくうとうとしているうちに、食事の時間だ。

>うまい!めっちゃうまい!うますぎるんですけど!

大卓にずらりと並んだ珍品美食の数々に、ジョンが舌鼓を打ちながらバクバク貪っている。
俺の前に供された大ぶりの海老は、背殻が綺麗に開かれて真っ白な身に鮮やかなソースがかかっていた。
……うめぇ。内陸のキングヒルでこんな海鮮が食えるなんて思ってもみなかった。
輸送やら保存やらめちゃくちゃ金かかるだろうに。

333明神 ◆9EasXbvg42:2019/09/23(月) 23:43:59
>「いやぁ、本当は我が国の諸侯も招いてもっと盛大な宴にもできたんだけどねぇ!
 なにせ戦時中だ。そこまでの余裕も時間もなくてさ……慎ましい宴だけれど、どうか許してほしい!
 その代わり、ここにあるものは遠慮なく食べたり飲んだりしてくれて構わないよ!
 明日には激戦地のアコライト外郭へ発ってもらわなければならないんだ。せめて今日は英気を養ってくれたまえ!」

出、た、よ!王宮式のご謙遜が!しまいにゃぶぶ漬け出してくるんじゃあねえだろうな。
バロールはんはそんな暗黙の批判などどこ吹く風で、宴会の音頭を取る。

>「慎ましい!? これで!?」

カザハ君は素直に贅を尽くした歓迎に驚愕していた。
こいつはホント良い反応するよなぁ。そりゃバロールはんも可愛がるわ。

>「やあ明神、となりいいかい?」

無心で海老の殻を剥いていると、いつの間にかジョンが俺の隣に座っていた。
俺は承諾の返事の代わりに、エールで満たされたグラスをジョンのものとぶつける。
乾杯して一杯飲み干せば、戦いの余韻は全部胃袋の中だ。

>「いやー本当に凄かったね、なゆも、明神も、元の世界で一般人だったって話が信じられないほどだよ
 たぶん僕にはマネできないなあ、コツがあったら教えてほしいくらいだよ」

「よく言うぜ。お前の部長砲弾の方がよほどビビりましたよ俺は。
 自衛隊じゃワンちゃん投げる訓練でもしてんのか?」

俺の戦い方は、言ってみればゲームの延長線の上でしかない。
マジックチートにしたって現実にある複垢って違反行為が下敷きだ。
モンスターを物理的に武器として扱うのも、生身でモンスターの攻撃を受けるのも、完全に想定外だった。

>「それはそうと、一応今回のって一応クーデターだろ?
 まぁ、クーデターって形にしなきゃいけなかったっていうのはわかるけど・・・」

昼間の一件を引き合いに出して、ジョンは笑った。
俺は背筋が毛羽立つのを感じた。ジョンの笑みは、俺が邪悪なことを考える時と同じものだったからだ。

「やめろよ!何思いついたんだその顔!」

>「クーデターはクーデターだ、なゆがいくら罰は必要ないといっても・・・はいそれじゃなしで!解散!でいい筈がない
 もしかしたら罰がなかったって事で後からわだかまりを残すかもしれない・・・だから・・・」
>「罰として明神はご飯食べた後、僕の日課の『訓練』に付き合う・・・みのりの罰は・・・なゆに任せる!OK?」

「なん……だと……?」

は?え?んん??訓練?訓練っておっしゃいましたか今?
自衛官が言うところの『訓練』。その意味が、その概要が、絶望感を伴って脳味噌を直撃する。

「はあああああっ!?お前っ、俺パンピーだよ!?自衛隊式の訓練なんかやったら秒で吐くよ!?
 バロールはんがせっかく用意してくれたこの美味しいご飯をリバースしますよ!?」

大学の頃、就活の一環で愛知地本の広報官から教育隊の概略説明を受けたことがある。
提示された一日のスケジュールは、とても運動不足の文系学生に耐えられるものじゃなかった。
そして俺はその時よりも遥かに、身体が鈍っている!

334明神 ◆9EasXbvg42:2019/09/23(月) 23:44:41
>「なんで俺だけ訓練なのかって?そりゃ僕が女の子用の護身術を知らないってのもあるけど・・・
 単純にその前の筋トレもハードだからやらせるわけにはいけないでしょ、体の負担もきついし
 後、明神・・・君はモンスターやカードに頼りすぎだ、君自身最低限自衛できなくては」

「うっ……そりゃ、そうだけどよ。俺の身体の負担についても考慮していただきたいんですけお」

ジョンの指摘は尤もだった。俺はおそらくPTの中で一番の貧弱一般人だ。
本体の戦闘能力の欠如。それは、クリスタルが尽きた際に完全な無防備となることを意味する。
それでなくても例えばスマホを奪われたり、どっかに置き忘れでもすりゃその時点で死亡確定だ。

プレイヤーへのダイレクトアタックが普通に飛び交う現状、自衛手段はあるに越したことはない。
なゆたちゃんが、お姉ちゃんのスキルを会得して回避能力を手に入れたように。
ジョンが、鍛え上げた肉体を駆使して人魔一体となって戦うように。

思えばミハエル・シュバルツァーも、堕天使だけじゃなく本人が強かった。
縫合者もといライフエイクを一撃で仕留めたのは、他ならぬあいつ自身の力だ。
長短二振りの槍をたぐるミハエルの体捌きは、引きこもりゲーマーのそれではなかった。

このアルフヘイムなら、地球人でも戦う力を鍛えられる。
鍛えられるのなら……鍛えるべきだ。使えるカードを増やす努力を、怠っちゃいけない。

>「筋肉痛?疲労?怪我?大丈夫!ここのメイドさんはそこらへんのサポートも完璧らしいよ!
 訓練中もずっとついててくれるって!よかったね!
 みんなも、もしよかったら鍛えてあげるけどやるかい?相当ハードになるけど・・・あ、明神は絶対だよ」

「絶対かぁー……絶対だったかぁー……」

俺があと10年若かったら、魔法やスキルが使えることにさぞ心踊ったんだろうけど。
まさかこの歳になって、肉体言語を学ぶ必要に迫られるとは……。

>「安心してくれ、この今日一日で暴漢から逃げれるくらいには護身術を教えてあげよう
 本当は最低限の体を作ってからがいいんだが、一日しかない以上そうはいってられないだろう?」

助けを求めるようにパーティーリーダーを見る。
言ってやってくださいよリーダー!おじさんに肉体言語は酷だってよぉ!
なゆたちゃんは俺とジョンの顔を交互に見て、それから小さく頷いた。

>「まぁ……それは構わないけど。明神さんに任せるよ」

リーダーァァァァァァァ!!!!

「……わかった。何かしらクーデターのケツは拭かなきゃならねえと思ってたところだ。
 やるよ、訓練。自衛隊式でビシバシ鍛えてくれ。……今日だけな」

まぁ?まぁ?一日くらいなら血反吐吐きながらでもなんとか乗り切れるだろう。
これで貸し借りがチャラになるなら安いもんや!いやあ明神はん商売上手ですわ!

たぶんアルコールが入って気が大きくなってたってのもあると思う。
俺はこのどんぶり勘定な取引を、あとで死ぬほど後悔することになる。
っていうか死んだ。すいーつすいーつ。

これ以上会話を重ねると墓穴を掘りそうなので、俺はススっとジョンの元から離れた。
なゆたちゃんとお喋りしていたカザハ君の首根っこを再び掴む。

335明神 ◆9EasXbvg42:2019/09/23(月) 23:45:22
「カザハ君、カザハ君よぉ。飲んでるか?カケル君はお酒いける口なの。
 お馬さんはビールが結構好きらしいぜ。もともと麦食ってるからかな」

俺はずっとこいつに聞きたかったことがある。
疑問が形になったのは、クーデター閉会式の時だ。

>「いい名前じゃん。よろしくね、瀧本さん。……カケル、背中貸してあげて。タッキー&ツバサ――なんちゃって」

「お前さ、ホントはいくつなの」

カザハ君がポロっとこぼしたセリフは、はっきり言ってオヤジギャグの類だ。
俺の本名とカケル君の翼をかけた、特に深い考えもない一言だったんだろうが――
ネタが、古い!マジで古い!二十年近く前のアイドルやぞそれ!
俺が小学生の時に流行った連中じゃねえか!タッキーなんか社長になっとるぞ!

「俺お前のことカザハさんって呼んだほうがいいのかな……」

そんなこんな、無軌道な話題で酒宴は続く。
べろんべろんになりつつある俺に、反逆者の慎ましさはもはやない。ないったらない。

>「じゃあ……いい機会だから、わたしからも言っておこうかな」

と、そこへ我らがリーダーがやおら立ち上がり、手を叩いて注目を集めた。
俺はカザハ君の首の戒めを解き、謹聴の姿勢を取る。

>「えー。僭越ながら、これから正式にパーティーリーダーを務めさせて頂くことになりました。
 モンデンキントこと崇月院なゆたです。
 正式にリーダーをすることになったからには、しっかり! 役目を果たしてみせますから!
 皆さん、これからよろしくお願いします!」

「よろしくリーダー。……神輿を担いだのは俺だ、最後までちゃんと支えるよ」

俺は、またしてもリーダーの責務をなゆたちゃんに課してしまった。
これまでみたいななあなあのなし崩しじゃなく、主張のぶつけ合いの果てに、彼女を推挙した。
17歳の女の子にとって、それがどれだけ重圧となるか、理解した上で。

だけど、これは決して消去法なんかじゃない。
他にやれるやつが居ないからなゆたちゃんにリーダーのお鉢が回ったわけじゃ、断じてない。

リーダーは俺にもできる。それは、俺がなゆたちゃんも認める凄いヤツだからだ。
そして……そんな凄い俺が認めるもっと凄いヤツが、なゆたちゃんだ。
能力、覚悟、資質――色んなことを勘案した上で、俺はなゆたちゃんに付いていくことを選んだ。
こいつに引っ張って欲しいと、こいつの背中を押したいと、偽りなく感じる。

だから……つまらん罪悪感はもう捨てる。
この選択を後悔しないよう。後悔、させないよう。全力を尽くそう。
それが、俺のなゆたちゃんに対する向き合い方だ。

>「で……ジョンはみのりさんの罰、って言ったけれど。
 みのりさんは『対戦相手』ではあっても『敵』ではなかったので、罰を与える必要はないと思う。
 そして、明神さん。ジョンの特訓はさておき、わたしからも。明神さんを再度パーティーに加入させるにあたって条件があるの」

なゆたちゃんは俺を指し示す。
クーデターの敗戦処理、先延ばしにしてきた因果応報の時間がやってきた。

こればかりは神妙に受け入れるしかない。
そもそも裏切り者の身分でこうして卓を囲んでられるのもわりと奇妙な話だ。
みんなが酔っ払ってる間、杯が乾かぬよう酒を注いで回る役目を任じられてもおかしくなかった。

336明神 ◆9EasXbvg42:2019/09/23(月) 23:46:04
>「条件はひとつだけ。わたしがパーティーリーダーを務めるにあたって――
 明神さんをサブリーダーに指名します。もちろんパーティーメンバーはみんな平等で、誰が偉いとか一番とかはないけど……。
 わたしがいなくて、何かを決定する必要があるときは。みんな明神さんの指示に従ってくれればって思う」

そうして敗軍の将に、裁定が下った。

「……マジで?」

煮るなり焼くなり好きにしろとは言ったけれども。
反逆者に次席のポストが与えられるとは想定すらしてなかった。

「いいのかよ。遺恨残らない?自分で言うのもなんだけど結構酷いことしたよ俺」

色々酷いことも言ったし、人事不省のなゆたちゃんに一方的に襲いかかりもした。
そもそも性根がクソコテ気質のうんちぶりぶり野郎だし、その性格を改めるつもりもない。
バトル自体はさわやかに終わったけれど、俺の根っこは依然邪悪なままだ。

>「ってことで! これはリーダー特権のご指名なので、明神さんに拒否権はありまっせぇーんっ!
 みんなも異論ないよね? もしあったとしても、デュエルで言い聞かせるだけですけどー!
 ハイ! 賛成の人は挙手ーっ!」

「うぐぅ……なんつうかその、なゆたちゃん。したたかになったな……」

もともとこんな感じだったような気もするけど。
こうして強権を遺憾なく振るえるようになったのは、この場の誰もが彼女の強さを認めたからだ。
だったら、俺に拒否する理由はない。

>「――異論はない」

クーデターで一番煽ったエンバースも普通に賛同した。
こいつホントに起きてるぅ?さっきから自動回答Botみたくなってんぞ。

まぁ、とはいえ――なゆたちゃんが指名したのなら、俺は自信を持てる。
俺を信じるなゆたちゃんを、俺は信頼している。
他のメンバーの誰よりも高く、俺は手を挙げた。

「うけたまわり。今この時よりサブリーダーを拝命しました笑顔きらきら大明神です。
 精一杯頑張る、とは言わねえよ。俺はサブリーダーだって楽勝な凄い奴だ。
 ……必ず世界を救ってやろう。このメンバーで。当代きっての、凄い奴らで」

なんだか言っててこっ恥ずかしくなってきたので、エールのグラスを思い切り呷った。
こいつらとなら世界だって救えると、今なら胸張って言える。
俺達が地球でやってたみたいに、デイリークエストくらいの気安さでやってやろう。

>「ついでにボクは書記でいい? そしてみのりさんを会計、ジョン君を広報、エンバースさんを庶務に推薦します!」

……こういう緊張感皆無な奴もいることだしな。
そりゃお前は書記だし、ジョンは広報だろうけど!焼死体に庶務はちょっと荷が勝ちすぎるんじゃないのぉ?
こいつブレイブ殺すか皮肉垂れるくらいしかしないじゃん。

>「さ、大団円で次はアコライトゆうところなんやけどな……
  うちは王都に残ろうと思うてんねん」

宴もたけなわとなった頃、エンバースと何事か話していた石油王が告げた一言に、俺達は騒然となった。
石油王は一行を離れ、王都に残るつもりだ。
リバティウムでのしめじちゃんとの別れが脳裏をかすめて、俺は泡を食った。

337明神 ◆9EasXbvg42:2019/09/23(月) 23:46:31
「ちょ、ちょっと待てよ!一体どういう風の吹き回しだ!?」

言うまでもなく石油王は俺達の防御の要、メインタンクだ。
こいつがいなけりゃ消し炭になってたことなんか一度や二度じゃない。
そしてタンクである以上に、俯瞰視点から戦況を見渡すこいつの冷静さには何度も救われてきた。

その石油王の離脱表明は、少なくない衝撃をもって俺達を襲う。
なんで。クリスタルを使い切って戦えなくなったってわけじゃないだろう。
バロールから物資提供の確約は取り付けてるし、石油王には万象法典のカードプールもある。

それなら。命がけの戦いを続けられなくなった?
いくつもの疑念が頭を擦過していくが、石油王の真意はそのどれでもなかった。

>「だってこの魔王様、色々とガバガバの穴だらけで見てられへんのやもん
 兵站管理や情報伝達とか、この人に任せてたら前線に出るうちらは命がいくつあってもたりひんわ
 ほやからうちが王都でそこらへんお手伝いさせてもらおうと思うてなぁ」

バロールが胸を押さえてのけぞるがそんなことはどうでも良い。
つまり石油王は、色々不安なバロールの第二のバックアップとして俺達を支えるつもりなのだ。

必要性は理解できる。
俺達の命綱を、バロール一人……ひいてはアルメリア一国に依存するのはリスクが大きい。
ついでに言えばバロール自体裏切りの前科がある以上、手放しに信頼することはできない。
お目付け役として石油王が王都に残ってくれれば、俺達はずっと安心して旅を続けることができる。

理屈では分かってた。多分これ以上の最適解はない。
情勢不安なアルメリアの抑えには、誰かが残るべきで……適任は、石油王だった。

だけど……だけど。俺はおいそれと受け入れられなかった。
支援とか情報とか、そんな実利的なものだけじゃなかったろ。お前がこのPTに占める大きさは。
YESもNOも言えないまま固まる俺に、石油王はそっと近寄って耳打ちした。

>「もううちのようなブレーキがおらへんでもこのPTは崩れへん、やろ?」

「石油王……」

こいつは理解しているのだ。自分が俺達にとってどんな存在だったか。
どんな役割を担っていて……どんな問題が解消されたか。
なゆたちゃんが舵なら、石油王は俺達のブレーキ役だった。
俺が頼んだから。こいつはずっと、PTが暴走しないよう抑えに回ってくれていた。

そして俺達は足並みを揃え、十分に制御が効くようになった。
もう大丈夫だと、自信を持って石油王が送り出せるようなPTに、俺達はなったのだ。

>「……わかった。じゃあ、みのりさん……これからバックアップをお願いね。
 別に、みのりさんがパーティーを脱退するわけじゃないし! ただ、後方支援に回るだけだもんね!
 これからも頼りにしてるよ、みのりさん!」

なゆたちゃんも思うところはあったようだが、それを飲み込んで石油王の離脱を承諾した。
もう止められない。いや、リーダーの承認があろうがなかろうが、止めることは出来なかった。
石油王の選択なら、尊重したいと……他ならぬ俺自身が、そう思ったからだ。

338明神 ◆9EasXbvg42:2019/09/23(月) 23:47:08
>「えー。私の意思っていうものは考慮してくれないのかい? ひどいなぁ!
 でも、確かに五穀豊穣君が私の手伝いをしてくれるなら心強いかな。なにせ、今は全部私ひとりでやってるものだから!
 睡眠時間もないし、愛しのメイドたちと愛を語らう暇もなかったんだよね!」

……ホントに大丈夫かなぁ?
このセクハラ魔王、テンション上げてんじゃねえよ。
メイドさんめっちゃ冷ややかな対応しとるがや。

>「寂しくなるけど・・・永遠の別れってわけじゃないし、さよなら、とは言わないからね」
>「よし!みんなしんみりした雰囲気はなしだ!今日は派手にやろう!」

ジョンが陽キャ仕切りで暗い空気を払底する。
俺も同感だった。送り出される側が辛気臭いツラしてちゃ、石油王も枕高くして寝れねえよな。

>「そうしよう、そうしよう! みんな、かんぱーいっ!」

なゆたちゃんの音頭で、宴は再び祝賀ムードに戻る。
俺は結局泥酔して、そのまま寝落ちした。

……したかったけど。
ジョンに叩き起こされて、バロールに解毒魔法をかけられて、シラフのまま訓練に突入した。
回想終わり。

 ◆ ◆ ◆

339明神 ◆9EasXbvg42:2019/09/23(月) 23:47:39
一日くらいなら、どうにかなると思ってた。
24時間ずっと訓練ってわけでもないし、いい感じのところで切り上げて英気を養うもんだとばかり。
だがジョンの『訓練』は俺の想像を超えるどころか、常軌を逸していた。

「はぁ……はぁ……ひぃ……」

ようやく課されたランニングのノルマが終わり、俺は石畳の上に五体を投げ出した。
本当に、本当にキツかった……。
ジョンの講義は護身術の座学に始まり、実戦組手でぶん投げられること数多。
何度ゲロ吐いたか数えてもないが、体中にできた青痣だけは治癒魔法ですぐに治った。

そして仕上げとばかりに王宮ランニング。
俺より5周近く多く走ったジョンは涼しい顔でタオルを手渡して、どっかに行ってしまった。
多分風呂だろうな。俺はしばらくここから動けそうにない。

だけど、やりきった……!!
本来の『訓練』より緩いメニューだったみたいだが、それでもジョン軍曹の地獄の教練を乗り切った。
身体をここまで酷使すんのは本当に久しぶりだ。心臓が筋肉痛になりそう。
誰だよ心地よい疲労感とか抜かした奴は!マジでしんどいからな、マジで!

「おや、戻ってきたのがジョン君一人だったから妙だなと思ったけれど……。
 君はお風呂に行かなくていいのかい?うんちぶりぶり大明神君。
 心配せずとも大浴場は24時間オープンだよ。私のように昼夜なく働く者もいるからね」

虫の息の俺の頭上に影が落ちる。
見れば、バスローブ姿のバロールが髪を拭きながら俺を見下ろしていた。
湯上がりらしく、露出した首筋からほこほこと湯気を上げている。
ちゃんと飯食ってんのかってくらい白い肌も、今は上気してほんのりピンクだ。

「今は、笑顔きらきら、大明神、だ……。名前変えたんだよ、登録しとけ」

「はは、ごめんごめん。私がうんちぶりぶりと言うとカザハ君が毎回笑うのが面白くてね。
 その様子だと、ジョン君の訓練は無事に修了したようだ。"禊"は、済んだのかな?」

「さぁな。それを決めるのは俺じゃねえよ。
 あいつらが俺の裏切りを赦せたら、そのとき初めて禊が終わったって言える」

バロールはふむ……とかううん……とか謎の悩ましい声を上げた。
なんなのこいつ。こんなところで死に体のブレイブに構ってるヒマあるんですかね。
睡眠時間ないとか言ってたくせによぉ。

「まぁ、私の狭見で恐縮だけど、彼女らとの今後の関係に問題はないと思うよ。
 君の真意がどうであれ、反逆行為には変わりないけれど……終わった話を蒸し返すほど狭量ではなさそうだ」

「だと良いけどな。で、本題はなんだよ?ただお喋りしにきたってわけじゃねえだろ」

「ひどいなぁ。私だってたまには世界の存亡と無関係の雑談を楽しみたいものさ。
 師匠に侵食対策の総代を任せられて以来、気の休まる時はなかったからね。
 生きて王都に辿り着いたブレイブと対面しても、皆私を拉致犯の親玉としてしか扱わなかった」

当然だけどね、とバロールは零す。
当然だろうが、と言ってやりたかったが、今日はもう色々ありすぎてそんな気も失せた。
そしてバロールも、今更そんなかわいそぶるつもりはないんだろう。

340明神 ◆9EasXbvg42:2019/09/23(月) 23:48:24
こいつが自分のしたことに自分で責任をとるのなら、俺はもう何も言わない。
こいつが呼び付けて、死んでいったブレイブ達の恨み節は、俺が代弁するべきじゃない。

「私の立場でこんなことを言うのは些か不義理かもしれないけど……。
 君たちには、死なないで欲しい。世界を救うだけではなく、生きて帰って来て欲しい。
 ――何より。君たちが戻らなければ、私は五穀豊穣君に絞め殺されてしまうからね」

「へっ、お前に言われなくたって死ぬつもりはねえよ。あいつらを死なせるつもりもない。
 生きて帰らなきゃ、お前がブレイブ達の墓参りすんの見れねえだろうが」

「ははっ!そういえば約束をしていたね。うん、それが良い。
 全部終わったら、私もまた旅に出られる。君と諸国を巡れる日を、楽しみにしているよ。
 ……そして見届けてくれ。私の、贖罪を」

何に満足したのかぴくちりわかんねえけど、バロールは微笑みだけ残して去っていった。
え?マジ?あいつホントに雑談だけして帰りやがったよ!?

「……あ、あれ?」

ふと、身体を締め付けるような酸欠の苦しみが、綺麗に失せているのに気付いた。
走り終わってからまだ5分も経ってない。
起き上がると、立ってるのもつらかった疲労感もまたさっぱりなくなっていた。

回復魔法?バロールがやったのか?いつの間にかけたんだアイツ!
呪文はおろか予備動作すら見えやしなかった。
これが十三階梯筆頭。これが、アルフヘイム最強……。

まぁでも疲れ取れたならもうけもんやな。お風呂入ってこよーっと!
上機嫌で大浴場に向かう道すがら、石油王の姿を見つけた。
宴が解散になったあとこいつはずっとバロールの所で議論していた。
バロールが風呂上がりってことは、一旦休憩に入ったってところだろう。

「石油王」

俺は夜風に当たる石油王に声をかけて、その隣の手すりに身体を預けた。
話しておきたいことは一杯あった。これからどうするのかとか。
……あるいは、これまでの旅の思い出話とか。

だけど、うまく言葉にならなかった。
どうやっても、こいつに翻意を促すような、引き止めの台詞が出てきそうで。
それが無意味なことくらい、俺にもわかった。

341明神 ◆9EasXbvg42:2019/09/23(月) 23:48:55
「……ジョンのことは任せとけ。俺も昔とった杵柄で、多少はタンクの心得がある。
 アコライト行ってからでも、お前の伝えた知識を俺が補完することは出来るはずだ」

タキモトとしてプレイしていた頃の俺は、本職こそアタッカーだったが、
サブロールとしてタンクも人並み程度には齧ってる。
戦線を維持する責任の重いタンクは基本的に人手不足の引く手数多で、足りないPTでは兼任も珍しくなかった。
あの頃から多少環境も推移したが、ロールとしての立ち回りは変わってないはずだ。

「あの野郎には訓練で貸しがあるからな。スパルタ式でビシバシ教え込んでやるよ」

だから心配するな。俺達はうまくやれる。
お前は安心して、バロールのところで支援に専念してくれ。
そんなようなことを、歯切れの悪い言葉で、俺は石油王に伝えた。

これで終わりでいいのか?
こうして顔を突き合わせて話すのは、最後になるかもしれない。
バロールにはああ言ったが、俺達が生きて再び王都の地を踏める保証はない。
もっと、なにか、かけたい言葉があったんじゃないのか。

石油王とは、荒野で出会ってからずっと一緒に旅をしてきた。
暴走しがちな高校生組の手綱を二人で握り、大人組として後見してきた。

俺がなにかを相談する相手は必ず石油王だったし、その度にこいつは十全の答えをくれた。
一方的で身勝手な信頼を、それでも受け止めて手助けしてきてくれた。
クーデターでは何も言わずとも俺の真意を理解し、命を張ってまでなゆたちゃんに言葉を届けてくれた。

魔を喰い魔に喰われるこのアルフヘイムで、明日の命も知れない過酷な旅路で。
石油王は常に、俺の良き理解者であり、掛け替えのない……相棒だった。

俺が今、言わんとしていることなんか、こいつはとっくに分かってるだろう。
それでも、じっと言葉を待ってくれている。

これから俺が言うのは、PTメンバーとしてじゃなく、共に死線をくぐった仲間としてでもない。
合理性も必要性も全部ぶん投げた、瀧本俊彦としての、気持ちだ。

「寂しくなるな」

そして……本来なら、信じて送り出してくれる奴に対してかけるべきじゃない言葉。

「お前とこの先旅を続けられないことが、寂しい」

だから、これを最後の弱音にする。
もう一度、次は世界を救った後に――ここで会おう。


【エピローグ】


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