したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

【伝奇】東京ブリーチャーズ・壱【TRPG】

1 ◆TIr/ZhnrYI:2018/04/09(月) 08:30:44
201X年、人類は科学文明の爛熟期を迎えた。
宇宙開発を推進し、深海を調査し。
すべての妖怪やオカルトは科学で解き明かされたかのように見えた。

――だが、妖怪は死滅していなかった!



都内、歌舞伎町。
不夜城を彩る煌びやかなネオンの光さえ当たらない、雑居ビルの僅かな隙間で、一組の男女がもつれ合っている。
若い女が仰向けに横たわる男に馬乗りになり、激しく息を喘がせている。
……しかし、それは人目を憚って繰り広げられる逢瀬などではない。
『喰って』いる。
女は耳まで裂けた口を大きく開くと、ノコギリのようなギザギザの歯で男の腹に噛み付き、はらわたを抉り出す。
まだ体温の残る肉を引き裂き、両手で臓腑を掴んでは貪り喰らう。
すでに絶息している男の身体が、グチャグチャという女の咀嚼に反応するかのように時折ビクンと痙攣する。
この世のものならぬ、酸鼻を極める食事の光景。
女は、人間ではなかった。

柔らかな臓物を、滴る血を存分に味わい、喉元をどす黒く染めた女が大きく仰け反って恍惚に目を細める。
だが、まだ喰い足りない。女は男の頭を両手で掴むと、頭蓋に収納された脳髄を味わおうと更に口を開いた。

――しかし。

ジャリ……という靴裏のこすれる音に、女は咄嗟に振り返った。
雑居ビルの間の細い路地裏、その出口に、数人の人影が立っている。
性別も年代もバラバラに見える、正体不明の一団。

「いやァ――お食事中のところスミマセンね。ちょォーッといいですか?」

一団の中央に佇む、古風な学生服にマントを羽織った――大正時代の学徒か何かのような姿の人影が、口を開く。
が、顔は見えない。その面貌は白い狐面に覆われており、中世的な声も相俟って少年か少女なのかも判然としない。
女は低く身構えた。食事を目撃した者は、すべて消さねばならない。
唇の端から鋭い牙が覗き、両手の爪が音を立てて伸びてゆく。その姿は明らかに人外の化生である。
だというのに、一団は一向に怖じる様子がない。依然として、女の逃げ道を塞ぐように佇立するのみ。

「こんな東京のド真ん中で、そうやって好き勝手絶頂に食べ物を喰い散らかされちゃ困るんですよねえ。美観を損ねる」
「2020年の東京オリンピック。ご存知ですか?それまでに、ボクたちはこの東京をすっかり綺麗にしなくちゃいけないんです」
「インフラ整備に、施設の建設。世界中から人々を迎えるために、この東京はやらなくちゃいけないことがゴマンとある」
「まぁ……その辺は人間のお偉いさんにやって頂くとして。人間じゃできないことは、ボクらの出番ってワケです」
「アナタたちのような《妖壊》を残らず葬り去る――ま、いわゆる害虫駆除ってヤツですか」

女が聞くと聞かざるとに拘らず、ぺらぺらと饒舌に狐面が喋る。
その全身から、蒼白い妖気が立ち昇る。他の者たちの姿が歪み、人ならぬ何かへと変貌してゆく――。
甲高い咆哮をあげ、女が一気に跳躍し襲い掛かってくる。

「東京オリンピック開催までの間に《妖壊》を殲滅し、この帝都東京をすっかり『漂白』する……」

狐面の背後にいる者たちが、女を迎え撃つ。

「そう。ボクらは――」

炎が、雷撃がビルとビルの隙間の袋小路で迸り、女の姿をした化生を一瞬で葬り去る。
狐面は白手袋を嵌めた右手を伸ばすと、消し炭となって爆散した女の残骸をひとつ抓んだ。
残骸をぐっと握り潰し、そして言う。

「――東京ブリーチャーズ」

57那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/04/09(月) 09:02:50
「……あ、あなたは……!」

思わず頓狂な声を出してしまう。仮面の奥で、橘音は目を瞬かせた。
今しがたまで八尺様がいた場所には、代わりに黒ずくめの大男が佇立している。
もちろん、その姿には見覚えがある。東京ブリーチャーズのひとり、尾弐黒雄。

「クロオさ―――んっ!来てくれたんです……ね……?」

>…………お、おえええぇェェ……!!

予想外の援軍に橘音は満面喜色を湛えたが、すぐにその口許がひきつる。
この上なくかっこいい登場の直後に、この上なくかっこ悪い嘔吐。バンジージャンプ並に高低差が激しい。
若干引き気味に見守っていたが、黒雄が復活し、

>で、遅刻しといてなんだが、コレどういう状況だよ那須野。

と訊ねてくると、はっと気を取り直して一度咳払いした。

「今日は葬式があるから行けるかわからん、期待するなって言ってきたのはクロオさんでしょ?だから先にやってたんですよ」
「いやあ……相手は祟り神とは言え、バックボーンのない都市伝説系。三人でも何とかなるかな、と思ったんですが……」
「やっぱり、腐っても祟り神。ちょっと荷が重いと考え直してたところだったんですよねぇ。グッドタイミング!」

そんなことを、後頭部をポリポリ掻きながらあっけらかんと言う。
戦力が足りないと思っていたのは事実だ。しかし、これでぐっとこちらの勝機が増した。
ノエルの凍気。祈のスピード。そして黒雄のパワー。
三者三様のこの強さがあれば、怒り狂う八尺様とて漂白することは充分可能、と算段する。
あとは――

ぽっ、ぽぽっ、ぽっぽぽぽ……

はるか遠くまで吹き飛ばされたはずの八尺様が、暗闇の中でぼんやりと佇んでいる。
今までの戦闘で少なからずダメージを受けている筈なのに弱っているそぶりがないのは、汲めども尽きぬ恨みの力によるものか。
その周囲の地面から、八尺様の肌の色と同じ蒼白い色の『腕』が無数に生え、化生たちを捕えようとおぞましく蠢く。
禍々しい怒りと恨みの波動が伝播し、離れたところにいる四人の産毛をピリピリと刺激する。

>いざとなったら俺、戦略的撤退していいか?

「いいですよ、ただしボクが逃げた後でよろしく!」

黒雄の軽口に軽口を返す。こんな遣り取りはいつものことだ。

「ノエルさん、祈ちゃん、クロオさん。もう少しだけ彼女のお相手をお願いします。ボクに時間を下さい」
「そう。八尺様をどうにかする方法を考える時間を――」

ぽぽっ、ぽぽぽ、ぽぽ……

八尺様が悠然と歩を進める。息苦しいほどの憎悪の力が公園内に満ち、地面に生えた腕の群れがノエルたち三人へと伸びる。
戦いは、まだ続く。

58那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/04/09(月) 09:03:09
八尺様とは本来、ワンピースを着た女性型怪異のことを指す単語では『ない』。

八尺様の起源は古く、室町時代にまで遡る。
中世の日本ではしばしば大規模な飢饉が発生し、人々は貧困と飢餓にあえいだ。
そういった自然相手の天災が発生した場合、人々の取る方策とはひとつしかない。『神頼み』である。
人々は自らの境遇を神の怒りによるものと考え、状況を打破するため神に祈りを捧げた。雨乞いなどその最たるものであろう。
しかし神とは狭量なもので、無手の祈りには耳を傾けない。願いの対価には供物が必要である。
人々は願いを叶えて貰うため、なけなしの食べ物や酒を神前に興じた。
そして、そんな供物の中で最も価値があるとされたのは、人間の命であった。

川の氾濫を食い止めるため、水神へ生娘を嫁に出す。豊作を祈願し、山神に屈強な若者を捧げる。
そんな人身御供の逸話は、枚挙に暇がない。
飢饉のときにも、人々は日照り神への供物に人間の命を捧げた。
一番多く捧げられたのは年若い子供、少年の命である。
育ち盛りの少年は漲る命そのものであるし、第一よく食べる。
神に捧げる供物としては、これほど適した者もない。口減らしにもなって一石二鳥である。
生贄に選ばれた少年は死ぬことで神の許へ遣いにゆき、地上の人々の窮状を訴える使者とされ、『橋役様』と呼ばれた。
神と人間のあいだを取り持つ橋渡し役。ゆえに『橋役様』――
『八尺様』とは、その『橋役様』が転訛したものである。

『橋役様』は村の中から適任とされる少年が無作為に選ばれたが、選ばれた方は堪らない。
特に反対したのは『橋役様』に選定された少年の母親である。
腹を痛めて生んだ子を、村のため生贄にして殺すといきなり言われるのだ。しかし、拒絶することなど許されない。
結果、底知れぬ恨みと憎悪を抱いて子を手放すことになる。
それで首尾よく飢饉が終わるなり、雨が降るなりすればまだ救いはあろう。だが、そうならなかった場合はなお悲惨である。
実子を奪われたうえ、あの子は役目を果たせなんだ、役立たずだと陰口を叩かれる羽目になる。

そうして子を奪われた多くの母親たちの怒り、嘆き、憎悪や恨みはやがて形を成し、女怪の姿を取った。
本来八尺様が年端もゆかない少年を愛でるのは、性欲ゆえではない。
八尺様は求めているのだ。
理不尽な理由によって奪われた子供を。その命を。
もう一度、愛する我が子をこの手に抱きたいと。そう願っているだけなのだ。
八尺様が少年を犯し、精を搾り取って殺すというのは、最近のネットロアによって付与された属性に過ぎない。
なぜなら、妖怪とは人々の想いによって生まれるもの。
人々が「そうあれかし」と思えば、それはそうなるしかないのだ。――例え、事実とはまるで異なる話であっても。
いつしか供物の少年を指す言葉『橋役様』が『八尺様』となり、その名も祟り神と化した女怪を指すものとなった。
八尺様の背が高いのも、名前から来るイメージが外見に影響されたもの。
『背が高いから八尺様と呼ばれた』のではない。『八尺様と呼ばれるようになって背が伸びた』のである。
従って。

八尺様の怒りと恨みを和らげるには、その根本的な問題を解決してやるしかない。

「じゃっじゃーん!狐面探偵七つ道具の壱!『召怪銘板(しょうかいタブレット)』〜!」

どこかの猫型ロボットのような口調で、橘音はマントの内側からこれ見よがしにタブレットを取り出した。
一見すると単なる10インチタブレットだが、フレームに髑髏など禍々しいレリーフが施されている。
もちろん、このタブレットは単なる市販の電化製品ではない。
日本妖怪の双璧、山本五郎座衛門と神野悪五郎。
『稲生物怪録』にあって魔王と呼ばれる二体の超大物妖怪の妖力が、このタブレットには宿っている。
魔王傘下の妖怪を一瞬で召喚し、その能力を行使できる妖具――それが『召怪銘板』。
音声認識機能付きでフリック入力の手間も省けるスグレモノである。
さっそく、橘音はタブレットへと一体の妖怪の名を告げた。

……ひたり。
ひたり、ひたり。ひたり……。

戦闘の続く公園内に、新たな何者かの足音が響く。
八尺様がそちらを見る。
真っ黒いシルエットの、しかし少年のような輪郭のそれ。
それを目の当たりにして、八尺様の攻撃の手が束の間緩んだ。

59多甫 祈 ◇MJjxToab/g:2018/04/09(月) 09:03:29
「……おっかぁ?」
 橘音が呼び出した真っ黒なシルエットが、不安げな子供の声で言う。
そのまま暗闇に溶け込んでしまいそうな影のようなそのシルエットは、
よくよく目を凝らせば人間の少年のものであることが分かる。痩せた体に、この時代にそぐわない粗末な着物。
足は裸足だろうか。
 だが顔は分からない。輪郭もぼやけて曖昧だ。
それはこの黒い少年が、己の顔すらも忘れてしまっていることを意味していた。
 意志の弱い幽霊や力の弱い妖怪には時折あることだが、
長い時を経るなどすると彼らのことを誰もが忘れてしまう。というよりも覚えている者がこの世から消えてしまうのだが、
そうなると現世との結び付きが薄弱になり、己の姿を保てなくなっていくのである。
 有名な妖怪ならばいい。噂や伝説などで語り継がれることができる。
それによって力を保ち、あるいは増し、今生にも存在を残すことができる。
 だが全てに忘れ去られた力の弱い妖怪はそうではない。
今はかろうじて人の形を保っているが、やがては不定形の影となり、
己がなぜ現世に執着しているのか、なぜ妖怪なのか、なぜこの世を彷徨っているのかすらも忘れて
ただただ、世を揺蕩うだけの存在になるのだ。
 そんな存在になる一歩手前のそれ。黒い少年の声を受けて、今度こそ八尺様の動きが止まる。
再び攻撃しようと振り上げた長い腕を脱力したようにだらりと落とし、
今しがたまで戦闘していたノエルをも忘れてしまったように黒い少年に向き直り、ただ一心に見つめている。
 黒い少年もまた八尺様を見つめて、八尺様へ向かって歩いていく。
 恐る恐る、というような歩調。何かを確かめるような、危なげな足取り。
そしてひと時だけ少年が動きを止める。何かに気付いたような気配があった。
「せぇ、でっかくなってるけど、やっぱりおっかぁだ! おっかぁ!」
 八尺様へと近づく少年の足が早足になる。
顔はないが、その弾むような声音や動きで、少年が喜びに満ちているのが分かった。
 その声を聴き、姿を見た八尺様の姿に変化が生じた。

60多甫 祈 ◇MJjxToab/g:2018/04/09(月) 09:03:43
――自分の息子をかわいがる隣家の女を見ると涙が滲んだ。
 私にはあの子がいないのに、どうしてお前だけ。私にもあんなかわいらしい笑顔を向ける子がいたはずだったのに。
すがる思いで神に手を合わせたが、息子は帰ってこなかった。
 雨が降らないからと、生贄に捧げた息子を役立たずだと罵った男を殺してやった。
 私に我が子を差し出させておきながら、己の娘だけは守ってのうのうと暮らす村長を鎌で刺したが、殺すことはできなかった。
 村の男衆に捕まり、気狂いだとして閉じ込められ、殺された。首を絞められた。
 あらぬ限りの力で叫んだ。返せ。
 どうして。お前たちの所為じゃないか。
 返せ。
 お前たちの所為だ、お前たちの所為だ。我が子を返せ。もう会えない。
祟ってやる呪ってやる、殺してやる。我が子を返せ、もう一度会わせて。会いたい。
 どこにいるの。殺してやる。私の子は。どこに。
「おっかぁ?」
「――あ……あぁ……あぁあああああ……!!」
 おっかぁ。
 己をそう呼ぶ姿は、見間違うことがない。山に森に、川に、谷底に。
どこにいるのかと、どこかにいるのではないかと、ずっと探し求めていた姿。
供物として捧げられた、救ってやれなかった我が子。生贄にされてしまった可哀想な我が子。
もう会えないと思っていた愛しいものが、駆け寄ってくるのを感じる。
 ああ、こんな背の高さではあの子を抱きしめてあげられない。
どうして己はこんな姿になっているのだろう?
 前の姿に戻って、我が子を安心させてあげなくては。

 悲鳴を上げた八尺様の姿が、見る見るうちに縮んでいく。
その背丈は一五〇センチもないかもしれなかった。
また、着ているものはワンピースなどではなく、少年と似たような粗末な着物であるように見え、
先程のような若い女の雰囲気は微塵も感じられなくなっていた。
その輪郭はまるで陽炎のようにぼやけて、幾重もの、何人もの影が重なっているように見えた。
 陽炎のような姿になった八尺様は、膝をついて諸手を広げ、走ってくる影のような少年を抱きとめた。
そして強く胸に抱きよせる。
「あいたかった。もうずっとあえないかとおもったよ、おっかぁ……」
 その陽炎の腕の中で、安らいだような声を上げる、影の子供。
「太一かい?」
「次郎?」
「ぎん」
「一、一だ。あぁ……」
「六助……?」
 陽炎の女が口々に、子どもの名を口にする。陽炎が一層揺らいで、複数の女の姿がブレて見えた。
 八尺様。その元になった『橋役様』とは、
愛しい我が子を生贄に取られた母親達の怨念や魂が祟り神と化したものだ。
故にその存在にある想いや魂は一人のものではない。何人もの母が、その存在に囚われていたのだ。
 母親が呼びかけると、少年の影から一人、また一人と、
顔の判別できる少年が剥がれるように出て来て、返事をした。
母の記憶が、少年たちにかつての姿を取り戻させていく。
 橘音が呼び出した黒い少年もまた、『橋役様』として選ばれた少年たちの魂だった。
その無念や寂しさ、痛み。母を求めるその声が、やがて名も形も知られぬ妖怪として一塊になった姿だったのだ。
彷徨い歩いていた両者。母を見つけた子と、子を見つけた母は、
強く抱き合ってはやがて、天に昇るように消えていく。

61多甫 祈 ◇MJjxToab/g:2018/04/09(月) 09:03:58
 その光景を見て状況を理解できないのは、橘音以外のブリーチャーズ全員だっただろう。
ノエル、尾弐、そして祈の3人は、事態の推移を見守りながら、橘音の傍らへとやってきた。
「どういうことだよ、あれ」
 先に口を開いたのは祈だった。あれ、と顎でしゃくって、八尺様たちを示す。
 先程まで激しく戦っていたかと思えば、
橘音がいつもの妖怪時計もとい便利妖怪召喚タブレットによって黒いシルエットを呼び出し、
それが八尺様に語り掛けると、どうやら八尺様は満足してその黒いシルエットと共に成仏していくようである。
 打ち合わせでは、自分達が戦闘で八尺様を叩きのめし、会話でなんとか納められれば良し、
できなければ封印等で漂白ということであったのに、話と違うではないか。納得できる説明を求む。
 そう言いたげな不満そうな顔で、パーカーのポケットに両手を突っ込んでいる。
すっかり戦闘状態が解除されたと見ているようだった。
尾弐も似たようなもので、あくびなどしている。
 八尺様と真正面から戦っていたノエルはその点冷静で、微かな冷気を体に纏わせたままであった。
 祈の質問に答えず、橘音は人差し指を立てて仮面の口の前に持ってきた。
「説明は後です。まだ最後の戦闘が残ってますから」
 そう言って、仮面の口の前に持ってきた指を、八尺様へと向ける。
その先には、一人の女が残されていた。

 全てが成仏した訳ではなかった。
黒い少年達も、陽炎のようになった女達も消え去った後で、残されているモノがある。
 陽炎の女たち、祟り神『橋役様』が居た場所に残されているその女は、
白のワンピースを着た、若い女だった。
それは八尺様の姿。
だが八尺という程に大きなものではなく、身長は180センチ前後と言った所か。
「――うふっ、ふふっ」
 女から笑い声が聞こえる。
女はそれを恥じているのか、両手で己の口元を塞いだ。
「うふ、うぷぷ、……ぽっぽぽ」
 口を両手で塞いでなお、堪えきれない笑いが、泡が弾けるような奇妙な破裂音を生んだ。
男か女かも判別つかぬ、不気味な笑い声となる。
 この女こそが。橋役様が八尺様という都市伝説へと転ずる元凶となった者であった。

62多甫 祈 ◇MJjxToab/g:2018/04/09(月) 09:04:16
 ある田舎の村で男児を狙った陰惨な事件が起きた。
犯人はなかなかに長身の女で、犯行時白いワンピースを着ていたことがわかっている。

 女は、男児への歪んだ性愛を抑えることができなかった。
公園で見知らぬ男児に声を掛けるというだけでも充分に異常な行動だが、
女はある時は2mを超える塀をよじ登ってでも男児の姿を眺めている、というような常軌を逸した行動に出ることがあった。
 男児たちはその女の視線に気が付いて言うのだ。
「とても大きな女の人が塀から顔を出して、じっとぼくを見ていた」と。
 塀を超すほど背丈の大きな女が子供を見つめていると言う噂は、実しやかに囁かれ、村中を駆け巡った。
 ある時誰かが言った。それはもしや『八尺様』ではないか、と。
 当時その村では、既に橋役様の名前は訛りはじめて、八尺様という名で定着しつつあった。
八尺様と言う言葉の響きから八尺にもなる大柄の女というイメージが独り歩きしており、
それは塀を越して男児を見る女の姿に合致していたのである。
そして八尺様は生贄として我が子を捧げているとも伝わっていた為、
八尺様は男児たちに失った我が子の姿を重ねて見ているのでは、という話になってしまった。
 こうしてその異常な性愛を持った女と、
八尺様へと名を変えた橋役様のイメージは奇妙に結びついていくことになる。
 念の為、異常者かも知れないという事で自治会などから児童や保護者らに注意喚起がなされたが、
身長が2mを超えるという話や、秋でもワンピースを着ているという特徴、
ぽぽぽという奇妙な笑い声がするという話はどうしても噂話や子どもの怪談の域を出ない。
注意喚起も虚しく、それは八尺様と言う怪談話として面白おかしく伝播していくことになったのだった。

 しかし女はやがて、男児を攫い、犯した後に惨たらしく殺すという事件を起こした。
 これで女が捕まればまだよかっただろう。
八尺様などいなかった、背がそこそこ高い異常者がいただけだと、
犯人は捕まりもう脅威は去ったのだと、村の住民は安心することができたし、八尺様の噂も消えただろう。
 だが女は決して捕まることはなかった。それがいつまでも住民を恐怖に陥れることになった。
 実際には女は警察を恐れて山に入り、誤って谷底へと転落して死んでしまったのだが、
それが誰にも知られなかった為に、まるで妖怪のように、本物の八尺様が出たかのように、
住民たちを心のどこかで怯えさせ続けてしまった。
 それがこの八尺様を生み出した。
人々の恐怖は、死した女を八尺様として蘇らせ、そして女は完全に八尺様に成り代わってしまった。
八尺様とは『生贄として男児を奪われた母親の無念の集合体であり、祟り神』……ではなく、
『八尺ほどの背が高い女の妖怪で、気に入った男児を攫い、犯し、取り殺すもの』の意味となり、
その元となる橋役様の噂も、橋役様という祟り神となった女たちの強力な力をも自らに取り込んで、
主導権を握り、八尺様は暴れまわるようになる。
 そして暴れた形跡の一部が、ネットで拡散される今の八尺様の都市伝説を形作ることへと繋がるのだ。

 この女こそ。もう一つの八尺様。
 祟り神・橋役様を取り込み、その力で勝手気ままに子供を攫い殺していた悪鬼。
異常性愛者にして、子供を犯して殺して回る快楽殺人者の妖怪。
「うぷっ……ぽぽっ、ひはははは!!」
 もう一つの八尺様は哄笑する。そして大きく見開いた眼で、4人を見る。
楽しみを邪魔した者を許さない、そんな怒りの籠った眼。
 それを向けられて尚、動じることなく橘音は淡々と言った。
「祟り神としての力は削ぎました。アレは八尺様の抜け殻とも言うべき、大したことのない妖怪となったはずです」
 一拍置いて、続ける。
「お三方なら大丈夫だとは思いますが、気を付けてくださいよ?」

63多甫 祈 ◇MJjxToab/g:2018/04/09(月) 09:04:30
祈   「多甫 祈の! えーと、オマケ……にすらならないコーナーだッ!」
祈   「もうあたしのターンかなと思って続きを書いちゃったけど、
     もし>>58が途中で、橘音が残った2日ぐらいで続き書こうとしてたらどうしようって今更思ってさ」
祈   「そんでちょっとだけこう、書いてんだけど……」
祈   「もしそうだったら、ご、ごめんな? その時はあたしの方は無視しちゃっていいから!」
祈   「てことで、その。ごめんっ! そんだけ! じゃーねっ!」

64那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/04/09(月) 09:04:50
橘音「皆さんおはようございます。毎度おなじみ流浪のコーナー、那須野橘音のモーニング・ブリーチャーのお時間です」
髪さま「もう少し節操を持てゾナ」

>>63 祈ちゃん
橘音「何も問題ありません!というか、祈ちゃんにはボクの目論見をことごとく看破されてしまいました……」
髪さま「もう、チームのブレーン交代した方がいいんじゃないかゾナ?」
橘音「そしたらボクはお茶くみだけしてればいいですか?……それはともかく、いい流れだと思います」
髪さま「橘音が当初想定していたシナリオよりよっぽど面白いゾナ」
橘音「ぐうの音も出ません……」
髪さま「じゃあ、あれがブリーチャーズが本当に漂白するべき《妖壊》ということゾナね。後はノエルと尾弐に任せるゾナ」
橘音「遠慮なくやっつけちゃってください!ではまた次回!」

65ノエル ◇4fQkd8JTf:2018/04/09(月) 09:05:19
ノエルは端から見ると八尺様とほぼ互角の戦いを繰り広げながらも、内心かなり焦っていた。
でかいし速いしリーチは長い。何より特筆すべきはその怨念の強さ。
凌いでも尚腹の底に響く、物理的な意味だけではない生気を抉り取るような衝撃。まともに食らえば一撃KOだろう。
もはや一体の妖怪を相手にしているとは思えない……複数の存在の集合体だろうか。
最初こそ「純粋な乙女心を弄んでサーセーン!」とか「顔は勘弁してね!」とか軽口も出ていたものだが、その余裕すらなくなってきた。
その様子を察してか、橘音が祈に加勢に入るように要請する。
どうやら八尺様は、自分好みの美少年の振りをしている祈には攻撃できないようだ。
しかしそれなら、微妙にストライクゾーンを外れている橘音が狙われないのは何故か。
そう、まるで自分だけが狙われているような……。何故だろう、胸の奥がざわざわする。
何時もなら強烈な憎悪も完全スルー出来るのに、責められている気がして罪悪感に苛まれる。
まさか……以前どこかで因縁があるのか――!? そう思ってはみるも、特に思い当たることはない。
その心の迷いが微妙な反応の遅れに繋がり、次第におされていく。

「がァっ!!」

かわし損ねた拳撃の余波をくらい、吹っ飛ばされる。
とどめを刺しに来るかと思いきや、八尺様が手を伸ばしたのは前にいた祈。
自分は純正の妖怪だから最悪どうなっても死にはしないが、人間分の多い祈はどうなるか分からない。

「祈ちゃん! 逃げ……」

>「――――ぼっ!?」

突然強烈な拳打を受け、吹っ飛ぶ八尺様。

>「……あ、あなたは……!」

心底喜んでいるような声音。仮面を被って普段はミステリアスキャラで通している橘音が、不意に垣間見せる素。
絶体絶命のピンチに颯爽と登場したのは、ブリーチャーズのパワー系マッチョ枠、尾弐 黒雄。
氷属性クール(※体温的な意味で)枠としてはこういう時はあからさまに喜びを表現せずに
余裕だった振りをしてクールな台詞で出迎えるのが様式美である。
立ちあがって服の埃を払いつつ言う。

「――遅かったじゃないか。危うく僕だけで倒してしまうところ……ってえぇえええええええええ!?
クロちゃん大丈夫!? 誰か背中さすってあげて!」

予想外のゲロのため、クールな台詞を言い終わることすらかなわなかった。
尚、現在変化解除中で超低体温のため、自分で背中をさすっては更に大変なことになってしまうのだ。

66ノエル ◇4fQkd8JTf:2018/04/09(月) 09:05:33
「……げぇ! 何あれ、マドハンド!?」

安心したのも束の間、八尺様の周囲の地面から無数の腕が生えていた。
少しでも気を抜けば飲み込まれてしまいそうな禍々しい瘴気。

>「ノエルさん、祈ちゃん、クロオさん。もう少しだけ彼女のお相手をお願いします。ボクに時間を下さい」
>「そう。八尺様をどうにかする方法を考える時間を――」

いつもなら一瞬にして対処法を弾きだす橘音が、時間をくれと言う。それだけ厄介な相手なのだ。
おまけに本当に聞こえているのか、幻聴なのか分からない声が聞こえてくる。

(まだ分からぬか? 自分が何故恨まれているのか)

「来るんじゃない……!」

地面から生えた腕を一気に凍らせ、砕け散らせて粉々にする。しかし次から次へと無尽蔵に生えてくる。

(所詮どんなに取り繕っても人に仇なす化け物よ……!)

「違う……」

(お前が正義面して除霊の真似事やってるなんざお笑い草だ。私の息子を奪ったお 前 が な!)

「―――――ッ!!」

ノエルは糸が切れた操り人形のように膝から崩れ落ちた。
妖怪は、永遠の時を生きる存在。
妖怪が皆が皆崇高な精神性を持っていれば何も問題はないのだが、見ての通りそうではない。
長い年月の間に負の感情を澱のように堆積させ、妖壊化する者も少なくないのだ。
永遠という名の毒に蝕まれぬために、ある者は尾弐のように心を動かさなくなっていき、またある者はノエルのように忘却という手段を取る。
忘却――大昔のこと、特に都合の悪いことから優先的に忘れ、リアルに「記憶にございません」状態になる、前都知事もびっくりの便利機能である。
しかしこれには致命的な欠点がある。
運悪く当時の当事者と出くわして真実を突きつけられた時、公正中立な第三者に検証してもらうまでもなく、全てを思い出してしまうのである。
もともとそれ程精神が強靭ではないから忘却という手段を取っているわけで、不意に思い出してしまった時の動揺たるや半端ない。

67ノエル ◇4fQkd8JTf:2018/04/09(月) 09:05:51
゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。゚+。*゚+。。+゚*゚+。。+゚*。+゚

遥か昔――ノエルがノエルという名前と今の姿を得るずっと前。
雪ん娘と呼ばれるまだ子どもの雪女だった時の話。
まだ発生してからそれ程時が経っていない、雪山に住まう雪の精のような存在だったころ。
唯一無二の親友がいた。それは人間ではなく、かといって妖怪でもなかった。
ふわふわの毛皮にもふもふの尻尾の暖かい生き物。
一緒に雪の中を駆け回って、冷たいのも嫌がらずに抱き枕になって眠ってくれた。
しかし永遠を生きる妖怪たるもの、刹那で死んでしまう普通の生き物と馴れ合ってはいけないというのがその当時の掟で
案の定と言うべきか大事件が起きてしまった。
ある日親友が死んだ……人間に殺されたのだ。
そこまでであれば「残念だけどよくある話」で済むのだが、その先がまずかった。
まだ不安定な存在だったその雪の精は、怒りと哀しみのあまり力の制御が出来なくなってしまったのだ。
現在で言うところの妖壊化――というやつかもしれない。
討伐隊でも来て適当に怒りをぶつければ収まるかもしれない、いっそのこと滅されてもいいとも思ったものだが、そんなものは来なかった。
ふもとの村は大寒波と冷害と季節外れの降雪に見舞われた。行きつく先は当然飢饉である。
そんなある日、雪の中に置き去りにされている少年を発見した。
少年はすでに事切れる寸前で、それにも拘わらずその雪の精が厄災の原因だと直感的に気付き
息も絶え絶えに人間達の窮状を訴え、どうか怒りを鎮めてほしいと懇願した。
こんなに綺麗な神様に看取られて幸せだ、残された母親のことだけが心配だとも。
雪の精は問い詰めた。自分がお前を死に追いやったのに、どうして罵らないのか、憎くないのかと。
少年はこう答えた。

「名誉ある『橋役様』に選ばれたんだから、立派に役目を果たさなきゃ」

゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。゚+。*゚+。。+゚*゚+。。+゚*。+゚

気が付くとどうやら数秒間気絶していたようで、祈と黒雄に助けられていた。

「……。ごめん、ちょっと貧血で……。そんなことより……分かったかもしれない、アイツの正体!」

確かにいつも血色は悪いが、そもそも妖怪は貧血にならない。
言い訳にすらなっていない言い訳をしつつ、橘音の方に向き直る。早く告げなければ、重要な手掛かりを。

「橘音君! 八尺様は……橋役様で……えーと、つまり……」

そもそも音が似ているから一緒になったのであって、文字で見ればまだ分かるが、言葉で伝えるのはなかなか難しい。
逡巡している間に、橘音は秘密道具を取り出した。

>「じゃっじゃーん!狐面探偵七つ道具の壱!『召怪銘板(しょうかいタブレット)』〜!」

>「どういうことだよ、あれ」

訳が分からないという風に橘音に問いかける祈。
目の前で繰り広げられる光景を見てほぼ察しがついたノエルは、必死で何の事だか分からない振りをする。
――いや、でも姿変わってるし大丈夫か?
そんなことを考えているうちに、最後の一人の影の子どもがノエルの方に向き直る。
紛う事無きあの日の少年。

68ノエル ◇4fQkd8JTf:2018/04/09(月) 09:06:05
「あれ? “いめちぇん”した? 前の美少女も良かったけどそれはそれでいいな!」

益々何のことだか分からなくなる祈達と、動揺しまくるノエル。
この際人違いで押し通してやりたいと思うが、それは無理な話である。
妖怪たるもの、姿が変わることは稀によくあるが、妖力の形質のようなものはおいそれと変わらない。
純粋な子どもには、変装(?)している知人を気付かない振りをするという高度な気遣いは無かった!
ついに観念したノエルは土下座する。

「ごめん……! 僕は神様なんかじゃない……。
どうしようもなく弱かったから人に仇成す化け物になったんだ!」

「妖怪は人々がそうだと思えばそうなる……君が何と言おうとオラにとっては神様だ。
……せめて立派に役目を果たせたと思わせてくれたっていいだろ?
橋役様から神様に一つお願いだ。おっかぁ達を利用した悪い奴をやっつけてくれ――!」

そして彼もまた、母親の魂と抱き合って消えていく。
そこに残されたのは――

>「説明は後です。まだ最後の戦闘が残ってますから」

白いワンピースの女、元祖「八尺様」。全ての元凶――!
ノエルはその八尺様をびしっと指差し……

「お前に一つ言っておくことがある……。
YESショタコンNOタッチ! 美少年とは触れずに愛でるものとみつけたり!
なのに手を出しあまつさえ捕食するとは言語道断! てめぇのパンツは何色だぁ!」

一連の何やかんやを何とか誤魔化そうと、怒涛の勢いで意味不明なことをまくしたてる。

「というわけで、新たな扉を開いてショタコンを卒業しよう! さあ!」

なにが「というわけで」なのかは知らないが、両腕を開いて八尺様を迎え入れるポーズを取るノエル。
雪女には死の抱擁というオーソドックスな必殺技があるため、満更ふざけているわけでもないのだが、流石に素直に乗ってくるわけはない。
流石の異常性愛者の八尺様もこの手の変態紳士の対処は管轄外のようで若干引きつつも、普通に大上段からチョップをかましてきた。

「隙ありッ!」

ノエルは一気に姿勢を落とし、八尺様の足の間をスライディングの要領で潜り抜ける。
ちなみにこれ、業界的にはちょっとしたお呪い的意味がある行動で、人間の足の間をくぐって呪い殺す妖怪なんかもいる。
別に小学生男子的発想でパンツの色を見るためではない。多分、いや、断じて。
その証拠に八尺様は怒り狂いながら振り返ろうとするが……一歩も動けない。
いつの間にか両足が足元の地面ごと凍り付いて固定されていた。またとないチャンスだ。

「今だ―――!!」

69品岡 ◇VO3bAk5naQ:2018/04/09(月) 09:06:39
名前:品岡ムジナ(しなおか - )
外見年齢:24
性別:男
身長:175
体重:60
スリーサイズ:中肉中背
種族:元のっぺらぼう現式神
職業:暴力団構成員
性格:お調子者・チンピラ・似非関西弁
長所:義理堅い
短所:強い者には媚びへつらい弱い者には横柄な小物メンタル
趣味:夜遊び
能力:顔以外の肉体と触れた物体の形状変化
容姿の特徴・風貌:ウルフカット、柄シャツに色眼鏡の人相悪い男

簡単なキャラ解説:
広域指定暴力団『山里組』の組員、つまりヤクザ。
山里組はいわゆる極道とは色合いの異なる資金集めの為の下請組織であり品岡は更にその下っ端。
歌舞伎町を拠点に地域の飲食店や風俗店などへのみかじめの集金を担当している。

その正体は江戸時代から関東地方を荒らし回っていた"化かし系"の妖怪、のっぺらぼう。
旅人を化かしては食糧や金銭を奪っていたところ、幕府属託の陰陽師によって化け物退治に遭い、
のっぺらぼうの能力である変幻自在な『顔』を封印され、陰陽師の式神となる。

契約により七代後まで陰陽師の一族の式神となって働かされており、
現在の当主であるヤクザの組長のもとで下っ端としてこき使われている。

『顔』を封印されている為に人相は固定されており、代わりに顔以外の肉体と触れた物体の形状変化妖術を持つ。
チャカやドスの他釘バットやスレッジハンマー等を形状変化で小さく纏めて体内に収納している人間武器庫。
もちろんこの能力を銃器や薬物の密輸に使ったりもしているわりと真面目に凶悪犯罪者。

"化かし系"の本家である『御前』とは親戚関係にあり、妖狐一族と繋がりのある陰陽師組長の命令で
東京ブリーチャーズの非正規メンバーとして必要な時に呼ばれてはやはりこき使われている。

ブリーチャーズが最後に漂白すべきは多分こいつとその飼主。


【今の話が終わったら参加したいです、ヨロシャス】

70那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/04/09(月) 09:07:05
橘音「こんばんは、那須野橘音のナイト・ブリーチャーのお時間です。司会はボク、那須野橘音と」
髪さま「今年の漢字一文字は『毛』これで決まりゾナね。髪さまでお送りするゾナ」
橘音「いえ、今年の漢字一文字は『金』で決まっちゃいましたし」
髪さま「ゾナ!?誰の許しを得てゾナ!?」
橘音「少なくとも髪さまの許可が必要ないことだけは確かです」

>>69 ムジナさん
髪さま「また男かゾナ!ワシは乳のでかい美女を希望してるというのにゾナ!」
橘音「高女あたりですか?」
髪さま「乳はでかいかもしれんが、乳に比例して背も高いゾナ……確実に」
橘音「髪さまの要望はともかく、歓迎しますよ!ようこそ東京ブリーチャーズへ!」
髪さま「では、今の八尺様編が終了したら次の話から参加ということで、もう少し待っててほしいゾナ」
橘音「ノエルさんがいいパスを出して下さいましたので、ここはクロオさん!ひとつビシッと八尺様に引導を!」
髪さま「で、あと1ローテくらい全員分の〆をやってから、八尺様編終了と行きたいゾナ」
橘音「ということで、ムジナさんも参加希望されましたし、少し早いんですが>>5さんはここでタイムアップとさせて頂きます」
髪さま「ついでに、ここで一旦ブリーチャーズの参加者募集も締め切らせてもらうゾナ」
橘音「いやぁ、こんなにも集まって頂いて本当にありがたい限り。心からお礼を言わせて頂きます、ふかぶか」
髪さま「気付けばむっさい男ばっかりのチームになってしまったゾナねぇ……」
橘音「祈ちゃんにしばかれますよ?」
髪さま「ヒィ!?い、今のはオフレコで頼むゾナ。祈ちゃんとこのババアに蹴り飛ばされて太平洋横断は懲り懲りゾナ」
橘音「今度はユーラシア大陸横断かもしれませんよ」
髪さま「三蔵法師もビックリゾナねぇ……」
橘音「ともかくムジナさん、丁度いいスキルをもって来てくださいました。これでボクのネタが捗ります、むふふ」
髪さま「ま〜たロクでもないこと企んでるゾナ?」
橘音「ムジナさんにピッタリの案件を、御前が用意して下さるそうです。次の妖怪もね……お楽しみに!」
髪さま「ロクな相手じゃないということだけは理解したゾナ。ではまた次回ゾナ」

71創る名無しに見る名無し:2018/04/09(月) 09:07:18
男ばかりで強そうなチームにはなったよね

72尾弐 黒雄 ◇pNqNUIlvYE:2018/04/09(月) 09:07:42
>「いいですよ、ただしボクが逃げた後でよろしく!」

「上司の帰宅まで帰れないたぁ、化物業界も人間じみてきたもんだぜ」

いつも通りの軽口を叩きあう、尾弐と那須野。
だが、垂れ流す言葉こそ弛緩しているものの、尾弐は一瞬たりとも八尺様から視線を外す事はしない。
それは、眼前で繰り広げられている光景が危険なものである事を察知しているが故。


「ぽぽ……ぽぽぽぽぽ」

まるで地に埋められた死者が助けを請うている様に、
異形の怪物たる八尺様の周囲の地面から這い出て来たのは、数多の腕。

血が通わぬ、青白い死人の腕。

呪詛の塊とも呼べるそれらは、八尺様の負の感情が具象化した物であり……故に、その行動目的は決まっている。
八尺様にとっての敵対者……尾弐達を捕獲し、壊す事だ。

>「……げぇ! 何あれ、マドハンド!?」

「ありゃ、舟幽霊とかその類だろ……那須野、俺とノエルで時間作ってやるから、仕込みは任せたぜ」

圧力さえも感じる程に膨れ上がった怨念を纏った『腕』は、暫くの間その場で蠢いていたが、
やがて獲物を捕獲する時の蛇の様に伸び――――尾弐達に襲い掛かってきた。

・・・


「……ちっ」

尾弐の体に纏わりつく、無数の腕、腕、腕、腕、腕。
青白い亡者の如き腕はその数を加速度的に増やし、もはや総数で百を超えようとしていた。
腕は一本一本が人外の膂力を有しており……それらの全てが、尾弐の肉体を捻じ切り、或いは叩き壊そうと試みる。
個を集団が蹂躙せしめるその様は、果たして蜘蛛の糸に群がる地獄の亡者の群れの様であり
群がられているのが一般人であれば、とうの昔に赤黒い挽肉と化していた事だろう。

けれども――――此処に居るのは尾弐黒雄。
剛力と堅牢を有する鬼の眷属である。

「……ああ、面倒臭ぇ。縋るな、祈るな、纏わりつくな」

尾弐が蠅でも払うかの様に雑に腕を振るうと、群がっていた腕は一斉に『弾き飛ばされた』。
更には、その腕の内の数本は半ばから千切れ、黒い霧と化し霧散していく。

退魔師の様に術を用いている訳では無い。
ノエルの様に、権能を用いている訳でもない。

単純な、暴力。
この国において悪と暴力の化身とされる種族の、理不尽なまでの只の力技である。

恐らくは、この『腕』との潰し合いで尾弐が果てる事は無い。
それは、数如きでは覆らぬ程に腕と尾弐とでは性能差が有るからだ。
本気で尾弐を滅したいのであれば、八尺様本体が対峙する以外に可能性は無いだろう。だが……

「ったく、次から次へとキリがねぇなオイ」

負けないという事は、勝てるという事と同義ではない。
無数の腕は、潰した端から増えていく。そして、その腕を効果的に『殲滅』する為の手段が尾弐には欠けていた。

73尾弐 黒雄 ◇pNqNUIlvYE:2018/04/09(月) 09:07:57
(ノエルの奴ならどうにか出来そうなんだが……どうにもさっきから妙な調子みてぇだしな)

種族としての雪女であるノエル。雪を繰り氷を統べる彼の権能は、広域殲滅戦において非常に有効なモノである。
本来であれば、尾弐が攻撃を引き受けノエルが随時腕を氷殺し続ける事で、腕との戦いは優位に進められた筈なのだが

>「違う……」

そのノエルは、先ほどから腕と戦ってはいるものの、その動きは尾弐が知る本調子とは程遠い。
まるで病魔に憑かれた人間の様に、常の精彩は見る影も無く……

> 「―――――ッ!!」
「なっ!?」

そしてとうとう、膝から崩れ落ちてしまった。
その光景を目撃した尾弐は、群がる腕を打ち払いながら急いでノエルの元へ走り寄る。
幸い、その人外の俊足を以って先に駆けつけた祈がカバーに入った事で腕による蹂躙は避けられていたが

(クソ……不味ぃな。ここでノエルが使い物にならなくなったら、あの『腕』を止められる奴がいねぇ……)

状況は、確実に悪化した。殲滅をこなせるノエルが戦線を離脱してしまえば、腕は増えるのみ。
尾弐と祈では、戦闘力はともかく面制圧の能力が不足している。

(那須野は間に合うか分からねぇ…………どうする。ヤる、か?)

戦況を分析していた尾弐は、暫くのあいだ何事かを逡巡していたが――――直後。

>「……。ごめん、ちょっと貧血で……。そんなことより……分かったかもしれない、アイツの正体!」
>「橘音君! 八尺様は……橋役様で……えーと、つまり……」

僅かの間意識を失っていたノエルが目を覚まし、『八尺様の正体が判った』と。そんな事を言って見せたのである。
未だ意識が朦朧としているのか、或いは伝えるべき言葉を見失っているのか、その言葉は単語を繋いだだけで不明瞭なものであったのだが

>「じゃっじゃーん!狐面探偵七つ道具の壱!『召怪銘板(しょうかいタブレット)』〜!」

けれども、那須野橘音。探偵としての姿を持ち、智謀で知られる稲荷の眷属たるその者にとっては、
その僅かな『切欠』があれば、真実に至る道を開くのに、十分であったらしい。

(ありゃ確か……妖怪を呼び出す呪具だったよな? けど、この場面で一体何を呼ぶってんだ?)

那須野が取り出した禍々しいタブレットの様な何かは、尾弐も以前にも見た事が有る。
妖怪を呼び出す。召怪銘板その為に用いる媒介であるが……果たして、この場面で使う道具であるとは尾弐には思えなかった。
位階の高い妖怪を呼び出すには時間もコストも掛かる上に、お手軽に呼び出せる程度の妖怪ではあの腕の群をどうにかする事は出来ないからだ。
不可解に思いながら様子を伺う尾弐であったが……その直後に、呼び出された怪異と八尺様の反応を見て、大いに納得させられる事となった。

「――――八尺……橋役……ああ、成程、そういう事かよ。確かに、『それ』程度なら直ぐに呼び出せるわな」

74尾弐 黒雄 ◇pNqNUIlvYE:2018/04/09(月) 09:08:11
那須野によって呼び出されたのは、亡霊。それも、魑魅魍魎じみた力のない脆弱な霊体である。
だが、その力のない霊こそが、『八尺様』にとってはこの上なく有効な『手段』であった。
現に、その亡霊……小さな子供と思わしき、薄い影の様な亡霊を認識した瞬間、腕も、八尺様事態もその動きを止めてしまっている。
……そう。八尺様と対峙するにあたり、那須野が考え出した手段は、力による封殺ではない。


『鎮魂』であったのだ。


――――古来より、災厄を齎す荒ぶる神を鎮める。荒魂(あらみたま)を和魂(にぎみたま)へと変える手段は幾つか存在する。
人柱を立てて封ずる事。神として奉る事で、荒ぶる神としての属性自体を変化させる事。

そして……供物として、神が望む物を捧げる事。

荒ぶる神は、己の怒りや恨みの原因を取り除かれる事で、或いは望む物を手にすることで、その怒りを収める。
ならば、八尺様……否。橋役様が欲するモノとはなんぞや。

>「せぇ、でっかくなってるけど、やっぱりおっかぁだ! おっかぁ!」

その答えは、子供。
己がかつて失った、子供である。

>「どういうことだよ、あれ」

「あー……要は、腹減って暴れてた犬に餌を……じゃねぇ。喉かわいてた奴に水やったみてぇなもんだろ。多分。
 ま、俺もそこらへん辺の詳細はさっぱりだから、那須野に聞いてやってくれや」

祈りの呟きに答える尾弐の眼前では、八尺様を構成していた橋役様(ははおやたち)が、橋役様(いとしごたち)と
共に昇華していく光景が繰り広げられている。
薄く光を放つ、その美しい情景に対し尾弐は……興が削げたとでも言う様に脱力し、つまらなそうに大きな欠伸を一つして見せた。


そうして、橋役様達は立ち去り……あとに残ったのは、たった一つの『悪意』。


・・・・

>「説明は後です。まだ最後の戦闘が残ってますから」

「……みてぇだな」

先程まで子供の橋役様に頭を下げていたノエルの言葉に従い、視線を向ければ、そこに居たのは一人の女の霊。
180という、女性にしては大柄な白いワンピースを着込んだ『悪霊』の姿。

>「うぷっ……ぽぽっ、ひはははは!!」

祟り神としての八尺様。その中核を成していた存在。
けたけたと唾を撒き散らしながら血走った瞳をギョロリと巡らせるその姿は、祟り神であった時よりも醜悪なものある。

>「祟り神としての力は削ぎました。アレは八尺様の抜け殻とも言うべき、大したことのない妖怪となったはずです」
 一拍置いて、続ける。
>「お三方なら大丈夫だとは思いますが、気を付けてくださいよ?」

「あいよ、大将。つっても、三人がかりなんて必要ねぇよ。アレなら色男と俺だけで十分だ。
 いの……新入りのボウズは、オジサンに任せて目ぇ瞑ってそこで休んでな」

そう言い残すと、尾弐は準備運動の様に肩を一度ぐるりと回し、女の霊へと歩んでいく。

75尾弐 黒雄 ◇pNqNUIlvYE:2018/04/09(月) 09:08:27
>「お前に一つ言っておくことがある……。
>YESショタコンNOタッチ! 美少年とは触れずに愛でるものとみつけたり!
>なのに手を出しあまつさえ捕食するとは言語道断! てめぇのパンツは何色だぁ!」

向かった先では、既にノエルが八尺様の残滓との戦闘を始めていた。
おどけた様子で挑発をし、或いは油断を誘いつつ……尚且つ相手の攻撃を適切に裁き、おまけに罠にまで嵌めて見せる。
その動きは、先の戦闘とは打って変わって艶やかなものとなっており、ノエルの本来の戦闘能力の高さを物語っていた。
現にそのノエルの戦略にまんまと掛かった女の霊は、足元を氷で固められ、動く事が出来なくなっている。

>「今だ―――!!」

そして、その身動きできない女の霊の前に、とうとう鬼がたどり着いた。

・・・・・

「ぽぽっ、はは、ぴゃひゃはは!!!!」

荒れ狂う女の霊。彼女は、眼前に立った長身の己よりも更に大きい尾弐に対して、渾身の拳を叩き付ける。
何度も、何度も、何度も、何度も。
彼女が放つ、先程は公園の地形を変えるまでに至った荒れ狂う嵐の様な連撃は、その全てが尾弐に命中している。
だが、それでも女の霊が拳を止める事は無い。
それは、己が獲物を『捕食』する事を邪魔し、尚且つ、先程己に手を上げた相手に対する怒り故だろう。

徹底的に破壊せんと拳を浴びせ続け……だがその最中、女の霊はふと疑問を覚えた。


―――――果たして、目の前の男はここまで『大きかった』だろうか?と


つい先ごろまでは拳一つ分程しかなかった身長差が、心なしか広がっている様に感じ……

「……ぽっ!?」

否。確かに、男との身長差が開いている。今では男は見上げる程の巨躯と化し、己を見下ろしている。
これはどうした事かと思い周囲を見渡せば、眼前の男以外の人物も全て見上げなければ顔が見れない程に巨大化しているではないか。

「ひゃ、ぽっ!?」

混乱に襲われながら周囲を見渡す女の霊。そこでようやく、眼前の男。
先程まで拳を浴びせていた、今や巨人の様に大きく見える男が口を開く。

「その様子じゃ勘違いしてるみてぇだから教えてやるがな……俺が大きくなったんじゃねぇ。お前が縮んでるんだよ」

76尾弐 黒雄 ◇pNqNUIlvYE:2018/04/09(月) 09:08:41
「ぽぽっ!?」

驚愕の声を挙げる女の霊。そんな筈は無いと、男の腹を殴ろうとし……そこで、今や己の身長が男の膝丈程でしかない事に気付く。
挙動不審に手足を振り回す女の霊であったが、直後にその体が宙へと浮き上がる。
男……尾弐が、女の霊の首を掴み、足元の氷を無理矢理引きはがして持ち上げたのだ。

「なあ……お前さん、いつまで自分が神サマだと勘違いしてんだ?」

その尾弐の手を引っ掻き、なんとか逃れようとする女の霊に対し、尾弐は全く感情のこもっていない平坦な声で言葉を投げつける。

「橋役を失った今のアンタは、都市伝説に謳われる怪異でもなければ、荒ぶる祟り神でもねぇ。単なる十把一絡げの悪霊なんだぜ?」
「妖怪でもないただの悪霊なら……吹けば消える。妖怪に襲われでもすりゃあ消滅するって事、理解出来るか?」

公園の外套の光で逆光となり、尾弐の表情は全く見えない。

「ぽ、ぽ……」

だがその見えない表情こそが、狂った悪霊である女にとうの昔、人間だった頃に持ち合わせていた筈の感情を思い出させる。
それは即ち――――『恐怖』

「ああ、お前さんの体が縮んでるのは、人間の魂ってのがその心で姿を変えるからだ
 ――――恐怖と『ケ枯れ』で縮んだ小さく惨めな姿こそ、アンタの本当の姿って訳だな」

その言葉を聞いた瞬間、女の霊。ただの悪霊は、怯え狂ったように暴れ出す。
だが、もはや子供よりも小さくなったその身体では、尾弐の手から逃れようもない。
そんな女に対し、尾弐は一度ため息を吐くと、何処までも淡々と最後の言葉を告げる。

「さて、それじゃあ後腐れなくお別れといくか。妖怪じゃねぇアンタは蘇えれねぇだろうから
 ……地獄ってのに他の鬼がいたら、まあ宜しく言っといてくれや」

そうして、今や8センチ程の虫の様な大きさとなってしまった女の悪霊を、尾弐は中空へと放り投げ、
そのまま叩き潰すようにして拳を放つ―――――。

77尾弐 黒雄 ◇pNqNUIlvYE:2018/04/09(月) 09:08:54
尾弐「それじゃあ、ナイト・ブリーチャー番外編はじめるぞー」
髪さま「ん?今日は随分素直に始めるゾナね。ははん、さてはワシの凄さを知って心服したゾナ!」
尾弐「司会は俺、進行も俺でお送りするからなー」
髪さま「さらっとワシの存在を無い事にするなゾナ!」

>>69
尾弐「おう、宜しく頼むわ」
髪さま「……ヤの付く自由業相手に随分落ち着いてるゾナね」
尾弐「まあ、仕事柄ヤクマル印の奴の葬式はよくやってるからな」
髪さま「黒い繋がりって奴ゾナ?」
尾弐「いや、仕事以外じゃ繋がってねぇよ。ショバ代とかも払った事ねぇぞ」

>>70
尾弐「あいよ、了解だ大将。とりあえず地獄行きの切符を購入してもらったぜ」
髪さま「……」
尾弐「あん?何だよ髪さん」
髪さま「いや、普通にドン引きしてたゾナ。何もあそこまでやらなくても良かった気がするゾナ」
尾弐「そうか?あー……まあ、やり過ぎなら誰か止めるだろ。多分。おそらく。きっと」
髪さま「それは流石に他人任せ過ぎると思うゾナ!?」

78那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/04/09(月) 09:09:13
橘音が召怪銘板の音声認識機能に告げた妖怪の名は『ミサキ』だった。
ミサキには山ミサキ、川ミサキ、七人ミサキ等々の種類があるが、すべてに共通した要素がある。
それは『不慮の死を遂げた霊魂の集合体』という点だ。

>橘音君! 八尺様は……橋役様で……えーと、つまり……

ノエルの言葉が橘音に福音を与えた。それだけ聞けば、現状を打開する要素としては充分に過ぎる。
祟り神を力でねじ伏せることは不可能だ。強い力は八尺様の怒りと憎しみに油を注ぐ結果にしかならない。
……ならば。
八尺様の求めるものを与えればいい。

>どういうことだよ、あれ

数百年ぶりの再会を果たした母と子が、抱擁しながら天へと昇ってゆく。
そんな様子を見ながら、納得できないという様子で祈が説明を求めてくる。
が、橘音としても当初からこんな状況を想定していた訳ではない。全てはアドリブ、臨機応変な対処の結果である。
少々スムーズに行きすぎて拍子抜けした感はあるが、失敗よりは遥かにマシだ。
かといって、これで一件落着かと言われるとそうでもない。まだ、すべての元凶が残っている。

「説明は後です。まだ最後の戦闘が残ってますから」

ブリーチャーズの視線の先に佇む、長身の女。
いつの間にか八尺様の伝説に紛れ込み、八尺様の名前と力を利用し、八尺様の想いを穢し続けた元凶。
祟り神としての力を剥ぎ取られた、名もない異常者の成れの果て。

>うぷっ……ぽぽっ、ひはははは!!

八尺様であった者が嗤う。おぞましくも哀しげであった本物のそれとは違う、ただただ嫌悪感を催すばかりの嗤い。
その姿からはもはや、先刻ほどの妖気は微塵も感じられない。
相手の妖力を測ることのできる妖怪ならば、それはすぐに感じ取れることだろう。
つい今しがた戦っていた八尺様に比べれば、今目の前にいる者は残り滓のようなものだと。
そう。妖怪や神霊の持つ『妖気』『神気』『霊気』等々の『気』。それを根こそぎ失い、枯れ果てた姿――

『ケ(気)枯れ』である。

「祟り神としての力は削ぎました。アレは八尺様の抜け殻とも言うべき、大したことのない妖怪となったはずです」
「お三方なら大丈夫だとは思いますが、気を付けてくださいよ?」

>あいよ、大将。つっても、三人がかりなんて必要ねぇよ。アレなら色男と俺だけで十分だ。

一応注意を促すものの、この三人がよもや遅れを取るなどということは考えてもいない。
ブリーチャーズのメンバーは橘音が東京漂白計画を立ち上げるにあたり、熟慮に熟慮を重ねて厳選した化生ばかりだ。
特に、ノエルと尾弐のふたりは橘音の知る化生の中でもトップクラスの強さを持つ。この程度の悪霊ごとき敵ではあるまい。
現に尾弐がすぐに頼もしい返事をしてくれた。ならば、あとはふたりに任せるのが一番だろう。
橘音は戦闘前と同じく自販機へ向かうと、五百円硬貨を入れておしるこのボタンを押した。
そして祈の方を振り返ってから、

「あ、祈ちゃんも何か飲みます?」

と、明るい調子で言った。

79那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/04/09(月) 09:09:31
>YESショタコンNOタッチ! 美少年とは触れずに愛でるものとみつけたり!
>というわけで、新たな扉を開いてショタコンを卒業しよう! さあ!

「……ノエルさん、ノリノリだなぁ……」

ノエルと八尺様の残骸の繰り広げる戦いを眺めながら、小さく笑う。
一見ふざけているようにしか見えないが、あれがノエルの戦術だということを橘音は知っている。
ノエルが軽口を叩いている、それはつまり絶好調だということだ。
先程はなぜか調子が悪かったようで少々ひやっとしたが、この様子ならそれも完全に復調していると見ていいだろう。
妖怪にはつるべ火、野火、じゃんじゃん火、火車など『火』にまつわる者が圧倒的に多い。
仮に火属性でなくとも、氷雪の力は脅威だ。つまり大抵の化生に対してアドバンテージを得られる、ということである。
性格に多少首を傾げるときこそあるものの、橘音がノエルの強さを疑うことはない。

>今だ―――!!

ノエルの巧みな戦法により、八尺様であった者の足許が凍結し、地面に縫い付けられる。
そして、ノエルと入れ替わるように尾弐が悪霊の許へと到達する。

>ぽぽっ、はは、ぴゃひゃはは!!!!

悪霊の拳が尾弐に炸裂する。それを尾弐は避けるどころか、防御姿勢を取ることさえしないで受け止める。
先程までの八尺様の力が乗った拳ならば、いかにタフネスを売りにする尾弐といえど無傷では済まなかっただろう。
……しかし、現在尾弐に拳を見舞っている者はもう八尺様ではない。
八尺様の力と名を借り、我欲を満たそうとする邪な悪霊に過ぎないのだ。

>なあ……お前さん、いつまで自分が神サマだと勘違いしてんだ?

尾弐の無情な言葉。それには八尺様であった者に対する慈悲や憐憫はまったくない。

>――――恐怖と『ケ枯れ』で縮んだ小さく惨めな姿こそ、アンタの本当の姿って訳だな

淡々と述べられる事実。いつしか八尺様であった者の顔からは笑みが消え、代わりに恐怖がその面貌を引き攣らせてゆく。
縮んだ悪霊は尾弐につまみ上げられたままジタバタと暴れたが、それは滑稽な悪足掻きでしかない。

>……地獄ってのに他の鬼がいたら、まあ宜しく言っといてくれや

そう言ってから、尾弐はひょいと無造作に悪霊を宙に放り投げた。
が、それは見逃してやったとか、トドメをさすのをやめたという意味ではない。

ゴウッ!!!

尾弐が宙の悪霊へ向けて拳を繰り出す。
それは純粋なパワー。万物を破壊する、シンプルなエネルギー。
ちっぽけな悪霊など、塵も残さず消滅させてしまうほどの――。

「アギギギ……ッ、ギ……ギィィィィィヤアアアアアアアアアアア―――――――――ッ!!!!!」

避けることなど、守ることなど、出来るはずもない。
悪霊の喉から絶叫が迸る。力を持つ者の余裕ぶった笑みではない、今まで幾多の少年たちを辱めてきた歓喜の笑いでもない。
それは、心底からの恐怖の悲鳴。
尾弐の拳の直撃を受け、耳障りな断末魔をあげて、八尺様を騙った異常性愛者にして快楽殺人者の悪霊は消滅した。

80那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/04/09(月) 09:09:43
「――八尺様、漂白完了。ミッションコンプリートですね」

尾弐が悪霊を殴り消滅させたのを見届けると、橘音は飲み干したおしるこの空き缶を捨てて言った。

「これで、八尺様が東京に出現することはなくなりました。……少なくとも、しばらくの間は……ね」

そう、ブリーチャーズがたった今八尺様を漂白したというのは紛れもない事実だ。
しかし、だからといって八尺様が本当に根絶されたのかと言えば、それは違う。
ブリーチャーズは八尺様の起源を漂白した。八尺様と呼ばれる存在が出現するに至った原因を浄化し、鎮魂し、消滅させた。
が、八尺様の伝説そのものを消滅させたわけではない。
これからも人々の口に、書籍に、インターネットの書き込みに八尺様の伝説がのぼる限り。
八尺様はなくならない。そして遠い未来、どこかでまた新たな八尺様が誕生するかもしれない。
哀しい人身御供の過去から生まれた祟り神としてではない、純粋なネットロアの、噂の産物としての八尺様が――。

「さてっ!じゃあ、お仕事も無事に終わりましたし!皆さん、オナカ減りません?」
「これから打ち上げかねて、お寿司でもどうです?あぁ、もちろんボクがオゴらせて頂きますから」
「……回るヤツね!!」

仕事が終われば、ここにいる必要はない。橘音はタブレットの液晶画面をなぞると、結界を解除した。
辺りはすっかり暗くなっているが、まだ宵の口だ。妖怪にとっては、これからが本来の活動時間と言える。
……とはいえ、心身ともに中学生の祈を無断で引っ張り回すのは気が引ける。
橘音はマントの内側から普段使いのスマートフォンを取り出した。祈の保護者、ターボババアに一言連絡しようとしている。

「オババにはボクから言っておきますから、祈ちゃんとノエルさんとクロオさんは先に行ってて頂けますか?」
「ボクもすぐ追い付きますから!じゃ、駅前のお寿司屋さんで。ボクの席も取っといて下さい」
「……回るとこですよ!?」

妙なところでケチである。三人を公園の外へ出し、自分は残る。
ひとりきりになった公園の中でスマートフォンを握ったまま、橘音はとある一箇所へと歩いていく。
それは先程まで八尺様の残骸であった悪霊が立っていた場所。ノエルが足止めのため凍り付かせた地点。
まだうっすらと氷の残っている地面に、橘音は凝然と目を落とす。
そこには、一枚の紙片が落ちていた。
六センチ四方の小さな紙片だ。表も裏も真っ黒だが、ただ中央に巨大な眼がひとつ描かれている。
まるで、暗闇の中で見開かれた眼のような。禍々しいデザインのそれから、微かな妖気を感じる。
それを拾い上げると、橘音は徐にスマートフォンの液晶パネルを操作した。

「――お疲れさまです御前。八尺様の漂白、完了しました」
「早い?アハハ、そうでしょうとも。言ったでしょう?チャッチャと片付けると。ボクらはプロですよ?プロ」
「……ええ。そうです。はい。また……『アレ』が糸を引いていたようです。ええ、間違いありません」
「まだ、情報が少なすぎますから。もう少し泳がせてからということですね……はい。はい、もちろん」
「そうですね……では、そのように……。ご心配なく、仕事はキッチリやり遂げますから。そのための彼らです」
「その代わり――御前も例の件、どうぞよしなに……」

通話を切ると、橘音は改めて紙片を値踏みするように見つめた。
自分たちの持つ妖気とよく似た、しかしどこか異なる力。
やがて紙片は橘音の手の中で静かに灰と化し、消えた。

「……ふむ」

一度鼻を鳴らすと、橘音は白手袋を嵌めた手に付着した灰をパッパッと払い、仲間の後を追って公園を後にした。

81那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/04/09(月) 09:09:59
ブリーチャーズが戦っていた公園とは異なるどこか。
帝都を俯瞰する眺望の高層ホテル、その上層階にあるプレミアムスイートに四つの人影がある。

「八尺様とやらが敗れましたわ」

はじめに口を開いたのは、中学生程度の背格好をした少女だ。腰までの黒髪をツインテールに纏めた、勝気そうな面差しの娘である。
愛らしい相貌だが前髪で顔のほぼ右半分が隠れており、強膜(白目)が黄色く瞳が真紅の左眼が強い妖気を放っている。
半袖ミニスカワンピースにロンググローブ、サイハイソックスにショートブーツ。その姿は頭のてっぺんから爪先まで総体黒い。
少女は広大なリビングルームのほぼ中央に陣取り、胸の下で緩く腕組みしてひとつ息をついた。

「ふゥン……連中もなかなかやるじゃない。ま、八尺様なんてアタシなら指二本もあれば余裕で倒せるけど〜ぉ!」

少女の報告を聞き、ロングソファに半ば寝そべるようにして座る女が笑う。
見た目は二十歳を少し過ぎた程度か。グラマラスな肢体をダウンジャケットにホットパンツ、ブーツという出で立ちで包んでいる。
ただし、その色味は少女と違ってすべて白い。透き通るような白とはこのことだろうか。
女が長い髪の毛先を指先で弄るたび、そこから白いものがキラキラと剥離する。――霜だ。

「カッ!だァから言ったんだぜ。ゴミに任せて様子見なんてまだるっこしい、オレ様が最初から出向くってなァ!」

そう銅鑼声でがなったのは、部屋の一角を占めるホームバーでしきりにグラスを呷っていた五十絡みの壮年の男である。
身長は二メートル以上あるだろうか。グレーのスーツをラフに着込んだ、筋骨隆々といった具合の大男だ。
仕立てのいいダブルのスーツの上からでも、筋肉の隆起がよくわかる。男はぐいっとグラスの酒を飲み干すと、盛大にげっぷをした。
少女と女とが同時に顔を顰める。

「おい、もう我慢しきれんぜ。そろそろ暴れさせろよ、満月も近いんだ。血が騒いで仕方ねえ」
「ダメですわ。お父さま……もといあの御方の許可が出ておりません。もう暫くは土着の者どもを使います」

少女が男の言葉をにべもなく突っぱねる。男はチッと舌打ちすると、短く刈り込んだ灰色の顎鬚を撫でた。

「あの御方も悠長ねェ……。アタシたちが直接出向けば、この国の妖怪たちなんてあっという間に殲滅できるってのに」
「まだ、あの御方は本調子ではないのです。それに、あの御方の望みは殲滅でなく支配。それをお忘れなく、もし忘れたなら――」
「わーかってる、わかってるってばァ!あの御方に楯突くワケないでしょ?ったく、可愛くないわねアンタ」
「わかればいいのです」

ヒラヒラと右手を振って降参する女の態度に満足したらしく、少女が腰に両手を当てて豊かでない胸を反らせる。

「そりゃわかったがよ。じゃあ、次は何を差し向けるんだ?」

男が訊ねる。その問いに対して少女が口を開こうとしたそのとき、

「もう、我輩が仕込みをさせてもらったヨ」

部屋の隅に静かに佇んでいた四人目が、不意にゆらりと動いた。真紅のマントで全身をすっぽりと包んだ、長身痩躯の怪人である。
シルクハットをかぶり、顔には某ハッカー集団でおなじみガイ・フォークスの仮面をつけた姿は異様と言うしかない。

「勝算は?」

少女が腕組みして怪人を見やる。怪人は仮面の奥で引き攣れた声で嗤った。

「バカ言っちゃァいけない、我輩の仕事だよ?ま……細工は流々、仕上げを御覧じろ……ってねエ」

それだけ言うと、怪人はすう……と溶けるように部屋から姿を消した。

「気味の悪い野郎だぜ」

男が吐き捨てるように言う。しかし、もう次の作戦が発動しているのなら手間が省けた。少女は右手を顎先に沿えると、

「では――お手並み拝見と行きましょうか」

そう言って、炯々と輝く左眼を細めながら笑った。

82那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/04/09(月) 09:10:13
橘音「メリークリスマス!那須野橘音のホーリーナイト・ブリーチャーのお時間です!司会はボク、那須野橘音と!」
髪さま「赤鼻の髪さまでお送りするゾナ」
橘音「鼻ないでしょ」

>>71
橘音「いや〜、これはギャフンですね!確かに強そうではありますが」
髪さま「おっぱいの大きなギャルにシャンプーしてもらうワシの夢が……ゾナナナ……」
橘音「そういう妖怪をブリーチャーズに加えることにメリットを見出せません」
髪さま「これは男のロマンゾナ!ノエルと尾弐なら共感するに違いないゾナ!特に尾弐」
橘音「どうかなぁ……クロオさんは結構硬派だし……。あ、そうそう、話は変わりますが今日はクリスマスイヴでしょ?」
髪さま「リア充爆発しろゾナ」
橘音「まぁまぁ。プレゼントを用意しましたので、どうぞお納めください。まず、これが祈ちゃんの分」
髪さま「中身は何ゾナ?」
橘音「キックボードです。いいでしょ、むふふ」
髪さま「明らかに走った方が速いゾナ……。尾弐の分は?」
橘音「お酒を嗜まれるクロオさんには、日本酒を用意しました。大吟醸美○年!」
髪さま「含みのあるチョイスゾナね……。じゃあ、ノエルは何ゾナ?」
橘音「和パンクがお好きということで、和柄の小物入れなんかを。なおボクのお手製ですから実質お金はかかってません」
髪さま「安上がりゾナね。ムジナにはやらんのかゾナ?」
橘音「まだ出番前ですからね〜。申し訳ない!あ、これ髪さまの分です」
髪さま「ワシにもくれるのかゾナ?いい心がけゾナ、開けてもいいゾナ?」
橘音「どうぞどうぞ」
髪さま「……これは何ゾナ?」
橘音「ブラジリアンワックスですけど?」
髪さま「おまえワシを何だと思ってるゾナ!?」


橘音「では、あと祈ちゃん、ノエルさん、クロオさんでそれぞれ〆て頂いて、八尺様編終了とさせて頂きますね」
髪さま「ムダに風呂敷広げとるが、ついてきてほしいゾナ」
橘音「なんのなんの、まだまだですよ!それではよい聖夜を、また次回っ!」

83多甫 祈 ◇MJjxToab/g:2018/04/09(月) 09:10:32
 尾弐、ノエル、祈の三人は、半ば橘音に追い出されるような形で公園を後にした。
話すことも特になく、僅かな間黙りこくって公園の入り口に佇んでいた三人だが、やがて誰からともなく歩き出す。
 橘音は駅前の回転寿司屋だと言っていた為、
とりあえず駅の方へと向かえばその寿司屋の名や場所がわからなくとも辿り着けるのであるし、
三人の中にはその寿司屋について心当たりがある者がいるのかもしれなかった。
「しかし大将も妙なところでケチくせぇよな。タダ飯は有難いけどよ」
 歩きながら、尾弐がそう切り出した。
 尾弐は葬儀屋という職業柄、葬儀や通夜の席などで寿司を食べる機会がそれなりにあると思われたが、
だがそれでも貴重なタダ飯、ご馳走であることに違いはないのだろう。
加えて彼は先程嘔吐したばかりで胃の中が空である。さぞ腹の虫が騒いでいるのではないだろうか。
 一言、二言。尾弐の切り出した上司の愚痴という、“いかにも人間らしい世間話”にノエルが応じるのだが、
祈は終始無言で二人の後をついてくるだけだ。
 何か様子がおかしい。それを気にかけてか、なんにせよ、と尾弐は付け加える。
「新入りのボウズの歓迎会も兼ねてんだろうしな? 早く行こうじゃねぇか」
 からかうような笑みを浮かべ、少年に扮した祈の頭を帽子越しにぐしゃぐしゃと撫でる尾弐。
「だ、だれが坊主だ!」
 祈はそれを両手で掴んで跳ね除けた。更に、右手で目深に被っていた帽子を外し、
左手を首の後ろに回して、パーカーの中に仕舞っていた、腰に届きそうなほどに長い髪を外へと追い出す。
軽く被りを振ると、長い髪が風になびいた。
 祈はきりとした目で尾弐をねめつけ、不機嫌そうに唇を尖らせている。
「なんだ、祈の嬢ちゃんだったのか。おじさん全然気付かなかったわ」
 降参だとでも言うように大袈裟に両手をあげて、嘯く尾弐。
「わざとらしいんだよ。大体尾弐のおっさん、さっき祈って言いかけてたじゃんか!」
 尾弐が八尺様を滅する直前、祈、と言いかけていたのを祈は覚えているのだった。
その指摘に尾弐は「おー、そうだっけか?」などと言いながら顎に手をやり、恍けて見せる。
「ま、変装してる時は気付いてても気付かない振りをしてやるのが大人のマナーって奴だからな」
「やっぱ気付いてんじゃねーか! ていうかなんだその雑なマナー! 女を坊主扱いする方がよっぽどマナー違反だろ!」
 祈が怒鳴りながら拳を振り上げると、
「……祈ちゃんだったのか!?」
 ノエルがそこに絡んでくる。正真正銘今気付きましたと言わんばかりの真顔で言うものだからタチが悪い。
祈の振り上げた拳は、ぽすりと天然男ノエルへと向かって脱力するように放たれた。
「御幸はあたしが変装する段階でいたんだから知らない訳ないだろ! ばか! 力抜けるだろ!」
「それを忘れるほど華麗な変装だったってことだよ? いや、似合ってたよね!」
 今度は軽く脛を蹴られたノエルは、その場にしゃがみ込んで、整った顔をわずかに歪ませた。
尾弐が微かに笑う。
 しゃがみ込んだまま、褒めたのに納得いかないという顔を作ってみせるノエルを見て、
祈はため息を吐き、立ち止まった。

84多甫 祈 ◇MJjxToab/g:2018/04/09(月) 09:10:44
「……そう言えば、さっきなんか調子悪そうにしてたけど大丈夫なの? 貧血って言ってたけど」
 しゃがみ込むノエルの姿に、八尺様の繰り出す無数の腕に囲まれ、膝から崩れ落ちた先程の姿が重なり、
ふと祈が問うた。体調がすぐれないのだとしたら蹴ったりして悪かったかな、なんてことを思いながら。
 するとノエルの表情が固まる。
「実は……」
 ノエルの顔が曇り、俯く。「実は?」と続きを促しノエルの次の言葉を待ちながらも、
祈は何か聞いちゃいけない事を聞いてしまったような気まずさを感じていたのだが、
ノエルは顔を上げると、深刻そうな顔でこう言うのだった。
「実は、最近パンツを見てなかったからさ。どうにも血流の巡りが悪くて調子がでなく、でっ――」
 今度は、先程蹴られた方とは逆側の脛に祈のつま先がめり込んだ。悶絶するノエル。
 ノエルは己の過去を、今は話すべきではないと思ったのかもしれないし、
ただ話したくないのかもしれなかった。
「あ”ーっ! 聞いて損した! 心配して損したァ!」
 そう言って顔を真っ赤にして憤慨して、祈は肩をいからせて尾弐の方へと向き直る。
 すると、こちらの話に興味がなかったのか、それとも空腹が限界で急いでいるのか。
はたまた二人が付いてきていないことに気付いていないのか。
気が付けば、だいぶ尾弐との距離は離れてしまっている。
 ゆっくり遠ざかっていく尾弐の背を見ながら、祈は動き出せないでいた。
「……あっれー、クロちゃん足早いなぁ。早く行かないと置いてかれちゃうよ、祈ちゃん」
 いつの間にやら回復したノエルが祈の横に立っており、ぽんと祈の肩を叩く。
雪女の妖怪であるノエルは、患部を直接に冷やすことで怪我や痛みを誤魔化すことができるのやもしれなかった。
 尾弐に追いつかねばと一歩踏み出そうとするノエルだが、その足が空中で止まる。
何かに服を引っ張られているような違和感を覚えたのだった。
 違和感の元へと振り向けば、祈がノエルの服の裾をつまんでいる。
服の裾を離そうとせず、かといって黙ったまま動こうともしない祈に、
「祈ちゃん?」
 仕方なくノエルは足を元の場所に降ろし、訊ねる。
「……聞き損ついでに、もういっこ聞きたいんだけど」
 祈が口を開いた。
 ノエルを視界に捉えない伏せがちのその瞳は、どこか思い詰めた色を帯びていた。
「なに?」
 ノエルがいつも通りの調子で返す。祈は逡巡した後、意を決したように言った。
「八尺様のこと、あれでよかったのかな……?」
 不安そうな祈の瞳が、ノエルの目と合う。
 祈は、八尺様が尾弐に追い詰められ、憐れなまでに生きようと?く姿を見、断末魔の声を聴いた。
そして思ってしまった。やりすぎだったのではないか、と。
 八尺様が橋役様の転じたものであるなどの真相についてはさておき、
祈は八尺様がどのような悪行を成した《妖壊》かは知っている。
少年を攫って食べると言う凶悪な事件を起こしていたことや、それによって死者すら出したことも橘音から聞かされていた。
故にその罪を償わせる為にも、被害に遭い命を奪われた少年達への手向けの為にも、
彼女になんらかの罰を与えることは必要であると思われた。
 だが、八尺様と呼ばれた存在が恐怖の形相を浮かべ、八尺どころか8センチほどにまで縮みあがり、
狂おしいほど必死に足掻くその様を見て、可哀想ではないかと思ってしまった。
 同情してしまったのだ。
 そして考え始めれば泥沼だ。
 もっと良い別の道があったのではないか。例えば消滅させるのではなく、成仏させるような。
では尾弐を止めるべきだったのではないか。自分の足なら空中に放られた八尺様を攫うことだってできたはずだ。
自分は選択を誤ったのではないだろうか。そんな取り止めのない考えが、祈の心を埋め尽くすのだった。
 平たく言えば、心身ともに中学生の祈には先程の光景はショックが強すぎて、
それを上手く己の中で消化できず、消化するための言葉を探している、と言った所であろうか。
 ノエルがどのような言葉を掛けるにせよ、祈はその言葉に何かを見出し、恐らくは納得するだろう。
 祈はじっと、ノエルの言葉を待っていた。

85多甫 祈 ◇MJjxToab/g:2018/04/09(月) 09:11:04
祈   「てことで、那須野橘音のナイトブリーチャー(?)! お相手はゲストパーソナリティの多甫祈と!」
髪さま「抱かれたい髪さまNo.1! 髪さまでお送りするゾナ!」
祈   「一人しかいないランキング、ずっこいなー……」
髪さま「儂は元々特別なオンリーワン、並ぶものなどないから仕方ないことゾナ。ところで祈ちゃん、今日は制服ゾナ。珍しいゾナ」
祈   「……」
髪さま「どうしたゾナ?」
祈   「>>70で髪サマが、むさい男ばかりのチームだって言うから……少しでも女っぽく見えればと思って」
髪さま「ゾナーッ!? 予想外のいじけた反応! ちちち違うんだゾナ! 祈ちゃんはちゃんと女の子らしいゾナ! ね!? あー制服姿眩しいゾナァ!」
髪さま「と、とりあえず先にお返事からしちゃおうかゾナ! 祈ちゃん!?」
祈   「……うん」

[ [〉[〉[〉[〉[〉[〉[〉[〉] SPEED UP [ [〉[〉[〉[〉[〉[〉[〉[〉] SPEED UP [ [〉[〉[〉[〉[〉[〉[〉[〉] SPEED UP [ [〉[〉[〉[

>>64 橘音
祈   「何も問題なくてよかったー。ちょっと不安になってたけど、翌日すぐ返事くれて安心したよ。ありがとね!」

>>69 品岡のおじさん
祈   「……よ、ろ、し、く、な。品岡のおじさん」ドンッ
髪さま「お茶持ってきておきながら、すっごい睨んでるゾナ」
祈   「だってヤクザだし。悪い奴じゃん。ブリーチャーズ仲間だからお茶ぐらいは淹れてやるけどさ」
祈   「あたしらは正義の味方なんだからな。そこんとこ覚えといてよね」
髪さま「……やれやれ、一悶着ありそうな対応ゾナね」

>>71
祈   「だよなー。尾弐のおっさんは怪力でタフ! 倒れる姿なんてまず想像できないし」
髪さま「尾弐はブリーチャーズ一の肉体派ゾナ。……どうせなら虎柄ビキニを着けた鬼娘が良かったゾナ」
祈   「御幸だっていつもとぼけてる癖に、戦闘では何気に八尺様と互角だったり」
髪さま「尾弐程のパワーはないようゾナが、凍てつかせて敵の動きを封じたり、他のブリーチャーズにはない強力な能力を備えているゾナね。
     ……雪女とくれば美女というのが漫画では鉄板だった筈なのにゾナ」
祈   「品岡のおじさんは……色々重火器隠し持ってるらしいし、強そうだよな!」
髪さま「顔以外という制限付きゾナが、形状変化というトリッキーな能力を備えているのも魅力ゾナ。
     色んな場所での活躍が見込めるゾナね。潜入とかいけそうゾナ? ……見た目だけでもギャルに……無理かゾナ」
祈   「髪サマ……」
髪さま「す、すまんゾナ。欲望がちょっとダダ漏れだったゾナ」

>>82 橘音
祈   「キックボード!? ありがとう!」
髪さま「おや、予想外に喜んでるゾナ」
祈   「うち貧乏だったからこういうの買えなくて。友達が持ってたの羨ましかったんだ。インラインスケートとかキックボードとか自転車とか」
祈   「だから今日は夢が一つ叶っちゃったな」
髪さま「良かったゾナね!」
祈   「そんで、これはあたしからのクリスマスプレゼントね! ケーキ買ってきたんだ、ホールのやつ!」
髪さま「ほほう!」
祈   「っていっても、あたしの少ないお小遣いからだからそんなに高いのじゃないけど。良かったらみんなで食べない?」
髪さま「どれ、儂が皿やらフォークやら持ってきてやるかゾナ」

[ [〉[〉[〉[〉[〉[〉[〉[〉] SPEED UP [ [〉[〉[〉[〉[〉[〉[〉[〉] SPEED UP [ [〉[〉[〉[〉[〉[〉[〉[〉] SPEED UP [ [〉[〉[〉[

祈   「えっと……今回は、見て分かる通りみんな喋ったり動いたりしてるよ」
髪さま「お、恐れ多い事をしたゾナね祈ちゃん」
祈   「なるべく遠慮しながら、この状況を消化しつつみんなで仲良くお寿司屋さんに行くにはどうしたらいいんだーって悩みながら
     書いたつもりだけど、気に入らなかったらあたしの書いたのはずばーっとなかったことにして続けていいからね!
     言ってくれたらあたしも次から気を付けるし」
髪さま「祈ちゃんの見切り発車力が高すぎないかゾナ」
祈   「という訳で、またね! 多分あたしの今年の書き込みはこれで最後かな。良いお年を!」
髪さま「儂はまだ活躍するかもしれんゾナが、良いお年をゾナ!」

86ノエル ◇4fQkd8JTf:2018/04/09(月) 09:11:24
「もしも今度生まれ変われたら――触らず愛でる真人間になれますように」

ノエルは八尺様だった悪霊が消滅した虚空を少しだけ複雑な表情で見つめながら呟いた。
ちょっといい事を言ってる風だが、それは多分真人間ではなく変態紳士もしくは変態淑女である。

>「――八尺様、漂白完了。ミッションコンプリートですね」
>「これで、八尺様が東京に出現することはなくなりました。……少なくとも、しばらくの間は……ね」

橘音が勤務時間終了を告げると、人間の姿に変化し直しながら(大して変わらないけど)、橘音の方に振り向く。

「たたたたーんたーたーたったたーん♪ 橘音くん、僕の活躍見ててくれた!?」

分かる人にしか分からない謎のフレーズ(勝利のファンファーレで検索してみよう)を口ずさみながら橘音とハイタッチ。それは一体何の儀式だ。
しかもお前、肝心のところで気絶して守ってもらってほぼ勝負が付いてからしゃしゃり出てきただけちゃうんか――!?

「いやあ、衝撃の新事実が発覚してしまったよ。僕は――美少女だったんだ!」

そして無駄に爽やかな笑顔で妄言(※少なくとも端から見れば)を繰り出した。
――うん、そろそろ病院に行こう。いや、コイツを通院させるのは不可能、むしろ病院が来い。来てくださいお願いします。
黄色い救急車(都市伝説上に存在する頭がおかしくなった人を搬送する救急車)がマッハで飛んで来そうなレベルの妄言をああそうですか、という感じで軽く受け流す橘音。
どうやらコイツ、いつも冷静沈着で底が知れない橘音すら時々引かせてしまうある意味逸材のようなので
常日頃から口を開けば妄言迷言珍発言を垂れ流しているに違いない。
尚、にわかには信じがたいことにこんなんでも橘音の見立てによると強者揃いのブリーチャーズの中でも黒雄と双璧を成す強妖怪らしい。
ちなみに本人は厳選されたとは夢にも思っておらず、「丁度同じ雑居ビルにいるしとりあえず声掛けとこ」的なノリで誘われたと思っている。

>「さてっ!じゃあ、お仕事も無事に終わりましたし!皆さん、オナカ減りません?」
>「これから打ち上げかねて、お寿司でもどうです?あぁ、もちろんボクがオゴらせて頂きますから」
>「……回るヤツね!!」

橘音の願ってもない申し出――こう見えて、あれやこれやでかなり妖力(超分かりやすく言うとHP兼MPのようなものか?)を消耗していた。
放っておいてもそのうち元に戻るが、美味しい物を食べると早く戻るという都合の良いシステムになっている。(少なくともコイツの場合)

87ノエル ◇4fQkd8JTf:2018/04/09(月) 09:11:37
「いよっ大将、待ってました! 祈ちゃん、皿5枚入れたらはじまるやつ、当たったらあげるね。あ、祈ちゃん、もう目開けていいよ!」

事が終わるまで目を閉じておくように、と黒雄に言い聞かされていた祈に声をかけ。
橘音から何故か半ば追い出されるように公園を出されたが、その理由を特に深く考えたりはせずに素直に寿司屋に向かう。

>「しかし大将も妙なところでケチくせぇよな。タダ飯は有難いけどよ」

「あははっ! でも回るやつも好きだよ、アイスあるしね〜」

などと言っていると、祈と黒雄が坊主呼ばわりを巡って一悶着を始めた。
坊主とはすなわちハゲのことであってあんな長くて綺麗な髪なのにハゲ呼ばわりはない。
雪女(イケメン)を雪男(毛むくじゃらの白いサル)と呼んだら怒るのと一緒である。
と微妙にずれた解釈の元に祈のフォローに入り、そして蹴られた。

「僕は仮に美女って言われても嬉しいけどなあ……」

などと脛を冷やしながら呟いている。
生粋の精霊系妖怪であるノエルは性別の概念がチリ紙のごとく薄いため、祈が怒った理由が理解できないのであった。
衝撃の新事実!とか言いながら公開している時点でそれ自体は本人にとっては大して衝撃ではないのである。
人間の混血妖怪や元人間とか元動物はともかくその辺から湧いてきた生え抜きの妖怪は結局姿がどっちに見えるか、というだけの話なのだろう。

>「……そう言えば、さっきなんか調子悪そうにしてたけど大丈夫なの? 貧血って言ってたけど」

ここにきていきなり核心に切り込んでくる祈。
橘音や黒雄はノエルと同じく見た目より遥かに長い時を生きている妖怪。大昔に多少やらかしてようが何も気にすることは無い。
しかし祈は業界では珍しいリアル中学生。たったの14歳。
永遠を生きる者から見れば生まれたばかりに等しいその魂はまだあまりにも無垢で――
実も蓋も無く言ってしまえば、嫌われるのが怖かっただけかもしれない。
出てきたのは、苦し紛れの言い訳。

「実は、最近パンツを見てなかったからさ。どうにも血流の巡りが悪くて調子がでなく、でっ――」

>「あ”ーっ! 聞いて損した! 心配して損したァ!」

怒った祈からまた蹴りが飛んできた。悶絶しながらも、貧血で押し通せた事に胸をなでおろす。
もしも相手が祈ではなく生粋の妖怪だったら話にならなかっただろう。
パンツが好きな変態に思われてしまったが、まあ今更どうってことはない。
ほっとして黒雄の後を追おうとするノエルを祈が止める。まだ聞きたいことがあるらしい。

88ノエル ◇4fQkd8JTf:2018/04/09(月) 09:11:50
>「八尺様のこと、あれでよかったのかな……?」

その言葉に、ノエルははっとして祈の顔を見る。

「祈ちゃん……見てたんだね」

黒雄に目を瞑っておくように言い聞かされていたが、見てしまったようだ。そりゃそうだ。
見るなのタブー、とはよく言ったもので神話の時代から人間見てはいけないと言われたら見てしまうし
禁断の扉は開けてしまうし、開けてはいけない箱は開けてしまうのである。
ノエルは思う、妖怪の血が混ざっているとはいえ4分の3は人間の中学生をこんな危険な事に巻き込んでいいのかと。
(メンバーが実は厳選されていることや混血であるが故の柔軟性等の深い意図があることを彼は知らない)
ここで敢えて救いのない答えを返したら、彼女は嫌気が差して身を引くだろうか――
いや、彼女が望んでここに身を置いているのなら、そんな余計なお世話はとんでもない傲慢というものだ。
自分は都合の悪い記憶に蓋をして無駄に長く生きているだけで、現にさっき彼女がいなかったら危なかった。
だから、自分の信じる世界観を正直に伝えることにした。
この世から消滅した魂がどこにいくのかとか、実は妖怪業界でも未だに統一見解に至っていない。
それは各々が心の中に秘めているもので、人に押し付けるものでもないから、普段は表に出さない。
でも、それが目の前の少女の救いになるのなら――

「あのね、これは僕の考えだから……」

そう前置きした上で。

「クロちゃんはああ言ってたけど地獄なんていかないから大丈夫」

「じゃあどこに行くのさ」と聞き返す祈にむかって。

「朝起きたときに窓から差す光、とか……街路樹の葉を揺らすそよ風とか」
「小川の水のせせらぎとか……野山に咲く花、とか……空から降ってくる雪とか」
「本当は魂に善も悪も無い――全ては一つなんだ」

途切れ途切れに断片的な言葉を紡ぐ。
ふざけた発言は湯水のごとく出てくるくせに、真剣な想いを伝えるのは苦手らしい。
なんとなく感じ取れるその世界観は優しく、この国の人間には割と一般受けするありがちなもので
黒雄に聞かれたら甘いと一喝されそうで、でも幸い目の前の少女を癒すにはもってこいのものだった。

「だからいつかまた人間に生まれ変われる日がくるかもしれない。その日のために、祈ってあげて。
本当の愛を知る事ができますようにってさ。
大丈夫、君にはその力がある。名前っていうのは強力なおまじないなんだ。君の名前は“祈”だろ?」

人間との混血である彼女の名は、生粋の妖怪にありがちな人間界に潜り込むために宛がわれた駄洒落のようなものではなく、きっと本当の親の願いが込められたものだ。
そして何を思ったか、祈の背に両腕を回して抱きしめ、耳元で囁くような声で言う。

「今日は守ってくれてありがとう――今度は僕が祈ちゃんのこと、絶対守るからね。
だから橘音くんのこと信じて、安心して続けて……」

89ノエル ◇4fQkd8JTf:2018/04/09(月) 09:12:08
一見ロマンチックな絵面だが……コイツに恋愛感情なんてものは多分存在しない。
純粋な仲間意識でやっているのであろう。どこまでも天然なのである。
まあただでさえ黄色い救急車で搬送されかねない人の上に祈目線ではパンツが好きな変態なので
いくら見た目がいいとはいえよもや祈がときめいてしまうなんてことはないであろう。
それどころか場合によっては「いきなり何すんだよ変態!」とド突き飛ばされたかもしれないぞ!

「さ、行こう!」

そう言って何事もなかったかのように祈を伴って駆けだしたかと思うと、あっという間に祈は遥か前方にいた。
彼女はターボババアの孫なので当然である。

「えっ、そんなのアリ!? ちょっと待ってよ――――――――!!」

情けない叫び声を響かせながら追いかけていくのであった。
ところでこいつ、第一話にして「開けるな危険」と書いてある禁断の扉をマッハでぶち破ってしまった気がするのは気のせいだろうか。
ぶち破ってしまったから「やっぱ無かったことにしよ」と閉めるに閉められないし。
まさしくドウシテコウナッタ――! という状況である。
ただ一つ確かなのはどう見ても裏で怪しい事を企んだりはしない(というかその知能もない)分っかりやすい味方キャラということでそこは安心していいだろう。

「やっと追いついた……! 今日こそ決着をつけてやる――!」

そんなナレーターの人の心配を余所に、やっとの思いで黒雄に追いつき、一方的に大食い対決の挑戦状をたたきつけたりしている。
他人のおごりで大食い対決すな。

「ああ、それと……今日は借りが出来たな。いつか倍返しにして叩き返してやる!
でもクロちゃんがピンチになることなんてなかなかないからさ――それまでいなくならないでねっ」

表現こそ違えど意味合いは先ほど祈に言った言葉とほぼ一緒である。
しかし祈の時よりも心なしか「いなくならないでね」の部分に力が入っているのは気のせいだろうか。
GMスレなのでまさか敵化はないとは思うが(←メタ発言自重)かといってこの業界ノエルのように分っかりやすい味方キャラばかりとも限らないのである。
黒雄の微妙な胡散臭さに本人も無意識のうちに勘付いているのかもしれないし、特に深い意味はないのかもしれなかった。

【すっかり遅くなったのでおまけコーナーはまた明日(今日)!】

90みゆき ◇4fQkd8JTfc:2018/04/09(月) 09:12:57
名前:みゆき
外見年齢:10代前半ぐらいだがこの世ならざる妖艶さも併せ持つ
性別:祈の予想的中で男の娘……
と思いきや黒雄の性別判定をもパスする完全無欠の美少女。これもうわかんねぇな。
身長:152
体重:38ぐらい
スリーサイズ:細身 均整は取れているが巨乳ではない
種族:雪ん娘
職業:おまけコーナー賑やかし役
性格:天然 無邪気
長所:美少女であること
短所:残念であること
趣味:アイスを食べること モフモフすること
能力:かき氷作り
容姿の特徴・風貌:白い肌に長い銀髪にアイスブルーの瞳。白基調の和ロリに青い帯風のリボン
簡単なキャラ解説:
おまけコーナーにだけ出現する謎の残念な美少女。誰かさんと似ている。
モフモフしたものが好き。
怒るとブリザードが吹き荒れるので高級アイスを捧げて怒りを鎮めてもらおう。
万が一オマケコーナーに呼んでくれる奇特な人がいればいつでも誰のところにでも出張します。

みゆき「みんな、かなり遅くなったけどメリークリスマス!
各地で雪が降るみたいだけど車のタイヤは冬用に変えたかな? 雪ん娘みゆきのブリーチャーズもどき☆はじまるよ〜!」
髪さま「お相手は毛髪界の……だっ、誰ゾナ!? いや、知ってる気がするけど気が付いてはいけないような気がするゾナ……」
みゆき「誰とは失敬な。髪さまが「男祭でオッスオッスソイヤソイヤでホモホモしいゾナ、
新たな扉が開いたらどうしようゾナ」とか言うからご要望にお応えして出てきたのではないか」
髪さま「ムサいとは言ったけどホモホモしいとは言ってないしそんな扉は断じて開かんゾナ!
勝手に捏造するんじゃないゾナ! そもそもワシの要望は巨乳であって……(小声)」
みゆき「……なんか言ったか?
しかし来てみればそこまで男祭でもないようだが……まさか男3女1男寄りの性別不詳1だとでも思っておるのか?」
髪さま「そうとしか見えないゾナが……」
みゆき「甘―い! 目に見えるものばかりに気を取られているからそう見えるのだ!
男2女2 これもうわかんねぇな1。実に良いバランスではないか。
一見男ばかりで強そうだけどよく見ると実は萌えも完備……これは最強ではないか!」
髪さま「女2の時点ですでにおかしい上に変なカテゴリーが新設されてるゾナ……」
みゆき「こんな美少女が女の子なわけはないしあんなイケメン(※ただし外見に限る)が男なわけはないであろう。よって『これもうわかんねぇな』と」
髪さま「突っ込みどころが何重にも折り重なってどこから突っ込んでいいのか分からんゾナ」
みゆき「まぁ精霊系妖怪の性別などあって無いようなもの、深く追求するだけ無駄ということだ。しかし動物系妖怪は別。
仮面の性別不詳ミステリアスキャラというのは童の独断と偏見による統計によると999.99999%の確率で美女ッ! 巨乳美女の可能性もワンチャンあるぞ!」
髪さま「わざと小数点の位置を間違えるんじゃないゾナ!
橘音は化かすのが得意な妖狐ゾナよ、ミスリードを誘って実は男ゾナ間違いないゾナ!」
みゆき「そうか……? ふふっ、まあどっちでも良いわ。
普通の狐が1モフだとしたら三尾の狐は3モフ……なんとモフモフ度が通常の3倍!
うっかり化け損ねて尻尾ポロリしないかな〜♪」(橘音の尻を凝視)
髪さま「どっちにしても尻が狙われているゾナ!橘音逃げてゾナー!」

91みゆき ◇4fQkd8JTfc:2018/04/09(月) 09:13:19
みゆき「ここでお便りのコーナー、えーと、東京都在住のホワイトクリスマスさん」
髪さま「確かクリスマスはフランス語で……あっ(察し)」
みゆき「『皆様のレスをいつも楽しみに全裸待機しております。
後先考えない出オチキャラの見切り発車でまさかここまで美味しいポジションを頂けるとは感謝感激です。
不束通り越して色んな意味で煎餅もおかきもあられもなく散らかり放題ですが
クビにならない限り往生際悪く続ける所存なのでどうか最後までよろしくお願いします』
どれどれ……。あっ、確かに出オチ感半端ない。
ってか雪女(男)←どっちやねん! って一発ネタがやりたかっただけで何で男なのかとか何も考えてないやろこの人!
何々?『何も考えずに残念な人をやってたら何故か強キャラ設定のイケメン化という怪奇現象が発生していい意味で草不可避です』だって」
髪さま「それは妖怪の仕業ゾナ。「残念」と「強キャラ設定のイケメン」は両立するから大丈夫だ問題ないゾナ」
みゆき「実はあいつここが出来る少し前に丁度妖怪検定受けたりネット怪談にちょっとはまったりしておってな
これはもう参加するしかないと縁を感じたそうだ、それにしては付け焼刃すらついてないけどな!」
髪さま「偶然じゃないゾナ、それも妖怪の仕業ゾナ」
みゆき「あと冬なのにかき氷屋が賑わってる風なのは最初の八尺様が夏設定で来そうな感じだったからだそうで……」
髪さま「そうだったゾナね、まああれは常連客ということにすればいいゾナ」

>ムジナ殿
みゆき「よろしくオナシャス☆ いいなあ、楽しそうな能力! しかも割とガチなワル!」
髪さま「でもノエルはなんとなくガチなワルは苦手そうな気がするゾナ」
みゆき「うむ、あのヘタレっぷりではビビりまくりそうだな。それはそれで面白いではないか(ニヤリ)
ガンガン失礼な事とか言ってやってもいいからな、遠慮は無用!」

>祈ちゃん
みゆき「……」(ムジナをおじさんと呼んでいるのを見て複雑な表情をしている)
みゆき「おじさんて……まぁクロちゃんはマッチョだから仕方ないとして……」
髪さま「……子どもは正直ゾナ。『※ただしイケメンは除く』補正に感謝するゾナ」

みゆき「たとえ髪さまがヒロイン認定してくれなくても落ち込むな……
童から見ると祈ちゃんはむしろ主人公ポジションだと思うぞ(どんっ!」
髪さま「その心はゾナ?」
みゆき「桁違いのジジイババアがひしめくなか業界では稀有なリアル中学生――人間との混血という美味しすぎる設定!
単純な能力値では周囲に劣っても混血であるが故の無限の可能性を秘めている――!
知恵と勇気と友情と機転で遥かに格上の妖怪を打ち破る未来がありありと見えるぞ!」
髪さま「確かにそう言われてみれば主人公属性ゾナ……」
みゆき「と、いうわけで祈ちゃんが主人公ポジションにおさまった暁には童がヒロインポジションを頂くぞ(どんっ」
髪さま「あっ、通りすがりの黄色い救急車ゾナ! 重病人一名緊急搬送をお願いするゾナ―!」

みゆき「冗談だ、冗談。……隠れヒロインはきっちゃんに決まっておるではないか。
そのSPEED UPってやつかっこいい! ケーキくれるの!? ありがとう!
えーと、じゃあ童はみんなにかき氷作ってあげよう!……出来たよー(トンッ) 美味しくなる魔法いきまーす、萌え萌えずきゅーん☆」
髪さま「二重の意味で寒いゾナ……!
そういえばそのサービスを自らやるのを前にノエルがオプションサービスに設定しようとして全方位から止められてたような……」
みゆき「最近パンツ見てない発言で大草原不可避からのあのシリアスな振りはヤラレタ――! おかげで深夜テンションで変なスイッチが入ってしまったぞ!」

92みゆき ◇4fQkd8JTfc:2018/04/09(月) 09:13:33
みゆき「いかにもな敵の一味の作戦会議キタ―――――――――!
第一話お疲れ様! “橋役様”はあまりにそれっぽすぎて本当にそういう説があるのかと思って思わず検索してしまったぞ!」
「今回祈ちゃんがみんなをかなり大胆に動かしてたよね!それで思ったんだけど」

例えば

キャラクター操作:可/不可(キャラクターを動かしたり喋らせたりしていいか)
設定操作:可/不可(割と重要な過去設定とか捏造してもいいか)

みたいな項目をテンプレに追加してはどうかな〜なんて。
自キャラを動かされるとやりにくくなっちゃう人もいるだろうしそれで参加を敬遠されたら勿体ないから。
ノエルは「あ、自分ドMのド変態なんで煮るなり焼くなり好きにしてください!」って言ってた!

みゆき「……えっ、プレゼントくれるの!? ありがとう! 何これ可愛〜い! きっちゃんが作ったの!? すごい、大事に使わせてもらうぞ!
(出オチっぽいテンプレに書いてあるだけなのに)よく把握して貰ってて感激だ!
伝統ブッチの日本伝統妖怪ってどんな服着てるのかな?って考えたらああなったそうだ!」
髪さま「……何でお前が貰ってるゾナ?」(今更ながら根本的な質問)
みゆき「(ギクッ)いや、あ、アイツならそう言うだろうな〜って思って! あ、後で渡しとくから!」

みゆき「巨乳美女が好きかだって!? もちろん好きだってさ! あと美少女も美少年も男前マッチョも性別不詳も全部好きだって!
ぱふぱふは好きです、もふもふはもっと好きです!」
髪さま「ストライクゾーン広ッゾナ……ワシも身の危険を感じるゾナ!」

みゆき「分け隔てない愛、素晴らしいではないか。もしも変な意味に聞こえたとしたらそなたが汚れているからだ。
仕方がない、風呂に入るついでにシャンプーして清めてやろう」
髪さま「ゾナ!? それはサービスシーンということゾナ!? ついに美少女にシャンプーされる日が……!」
みゆき「先にいっておるぞ」

(ガラガラッ)
ノエル「えっ! 急に何!? もしかして覗きに来た!?」
髪さま「何が悲しゅうてお前をのぞかなあかんゾナ!
美少女は!? しかも無駄に湯気ガードが手厚くて何も見えんゾナ! 別に見たくないゾナけど」
ノエル「美少女なんて来てないけど。夢でも見たんじゃね?
あっ、そういえばまだシャンプーやってあげてなかったよね。いい機会だからやってあげるよ!」
髪さま「はっ(察し)これはもしや湯気ではなく氷から出る湯気的なやつ……!?」
ノエル「いくよ〜ん、目ぇ瞑ってね!」(冷水シャワー直撃)
髪さま「……氷水ゾナあああああああああ!!」(絶叫)
ノエル「そういえば髪様って性別?だし人間形態になったら巨乳好きのロリババア美少女の可能性もワンチャンあるんだよな……
つまり僕は今巨乳美女好きのロリババア美少女にシャンプーしている可能性が微粒子レベルで存在する……! うわあ、来年も幸せな年になりそうだなあ! 良いお年を!」
髪さま「全裸で言うなゾナあああああああ!」

93那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/04/09(月) 09:14:04
橘音「こんにちは、那須野橘音の年の瀬ブリーチャーのお時間です」
髪さま「だんだん雑になってきたゾナね……」
橘音「そ、そんなことないですよ。……それはともかく、クロオさんの〆がまだなうちに恐縮なんですが、二点ほどご連絡が」
髪さま「……ゾナ」

>>85 祈ちゃん
橘音「お疲れさまでした。いつもボクの後で無茶振りの処理をして頂きまして、申し訳ありません」
髪さま「祈ちゃんの筆力に依存しっぱなしゾナね。橘音はもっと祈ちゃんに感謝しろゾナ」
橘音「えっと、ハグしてキスでもすればいいでしょうか?」
髪さま「そういうセクハラネタはもうノエルでおなかいっぱいゾナ」
橘音「そうでした、ボクとしたことが……。で、本題なんですが、ちょっとルールの改正をさせて頂こうと思いまして」
髪さま「何ゾナ、改まって」
橘音「自分以外のPCの行動や発言に関してですが、これは今後『原則的に禁止』ということにさせて頂きたいと思います」
髪さま「いきなりどういうことゾナ?前はそれでいいって言ってたはずゾナ」
橘音「仰る通りですが、ちょっと思う所がありまして。このスレはスレタイにもある通り『TRPG』を謳っています」
髪さま「いかにもゾナ」
橘音「TRPGはあくまでも自分のPCが考え、行動することを楽しむもの……と、ボクは考えています」
髪さま「まぁ……オフラインでのTRPGセッションでも、他人のキャラは動かさないゾナね」
橘音「でしょ。ということで、申し訳ないですが今後は原則禁止、ということで、ブリーチャーズの皆さんは周知願いますね」
髪さま「そういう大事なことはさっさと言えゾナ!」
橘音「いやぁ、ボクもGM初心者なものですから。いろいろ不備があるのはこう、笑って許して頂けたら……な〜んて」
髪さま「まったくゾナ。……念のため、祈ちゃんは別にイケナイコトをしたというわけじゃないゾナ」
橘音「勿論。『リレー小説』というスタイルでしたら、祈ちゃんのやり方は極めて正しいですから。これはボクの落ち度です」
髪さま「祈ちゃんの実力なら、他の妖怪を動かさなくてもうまい流れに持って行くことは充分可能と思ってるゾナ」
橘音「それも勿論。ということで宜しくお願いします。あ、髪さまは従来通り煮るなり焼くなり好きに使ってくれて構いませんから!」
髪さま「ちょっ!?おまえワシを生贄にして逃げる気ゾナ!?」

>>92 ノエ……みゆきちゃん?
橘音「おやっ?お客さんですか?クライアントかな……」
髪さま「とぼけっぷりが堂に入ってるゾナね」
橘音「この業界、知らんぷりしておいた方がいいことも多いですからねぇ。とにかく、お疲れさまですノ……みゆきちゃん」
髪さま「今ちょっと怪しかったゾナ」
橘音「ああ、上の件で言い忘れていたんですが、自PCに関わるNPCを作って自分と絡ませる等々といったことはOKです」
髪さま「みゆきやワシみたいなもんゾナね」
橘音「はい。その際はもちろん本編に出して頂いて構いませんので」
髪さま「おおおおお……!ついに!ついにワシが本編デビューする時が!」
橘音「いやそうじゃなくて。NPCの話であって、髪さまは本編には出しませんからね」
髪さま「チッ……ゾナ」
橘音「それからもう一件。今後、こちらの本スレは本編ストーリーのみを投下する場所にしたいと思います」
髪さま「な!?そ、それじゃワシはどうするゾナ!?おまけコーナーは!」
橘音「ご心配なく。ちゃんとそれ専用の、いわゆる避難所を作っておきましたから」
髪さま「ホッ。いきなりリストラかと思ったゾナ。ブラック企業もいいとこゾナ」
橘音「これも本当にありがたいお話なんですが、おまけコーナーの頻度が上がってきたのでね。これは分離させた方がいいだろうと」
髪さま「そうゾナねェ……。最初は、あんまり出番もないだろうと思っていたゾナけど……」
橘音「皆さんが積極的に使ってくださって、髪さまを可愛がって下さっているお陰です。感謝感激です、はい」
髪さま「まぁ、こっちも本編のみの方が読みやすくていいかもしれんゾナ」
橘音「そういうことです。ってな感じで、避難所はコチラ!」

【東京ブリーチャーズ】那須野探偵事務所【避難所】
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/15289/1482900237/

髪さま「次回から、おまけコーナーはそっちゾナね。ワシも引っ越しゾナ」
橘音「避難所では名無しの皆さんからの雑談、仕事の依頼等々もどんどん受け付けますのでお気軽に!ではまた次回!」

94創る名無しに見る名無し:2018/04/09(月) 09:14:20
>>93
すまない
その板の避難所を使うのには反対だ
安全性が認められない

95尾弐 黒雄 ◇pNqNUIlvY:2018/04/09(月) 09:14:40
耳に留まり続ける断末魔と、拳に残る不快な感触。
己が行動により齎されたソレに対し、けれども尾弐が感情を動かされる事は無い。
風のない湖の様に。若しくは夜の砂漠の様に。
一つの命の残骸を葬り去ったというのに、尾弐黒雄の感情はどこまでも平坦であった。
そうして、悪霊が完全に霧散した頃。

>「――八尺様、漂白完了。ミッションコンプリートですね」

缶飲料を飲み終えた那須野が、いつも通りの様子で尾弐の近くへと歩み寄って来た。

>「これで、八尺様が東京に出現することはなくなりました。……少なくとも、しばらくの間は……ね」

「……あー、とりあえずこれで『目的は果たせた』訳だ」

どこか含みを持った言葉を吐く那須野に対し、尾弐も自身の右肩を揉みながらどこか煮え切らない返答を返す。
それは、尾弐も那須野と同じく、八尺様という怪異がこの世から完全に消え去った訳では無い事を知っているが故の反応だろう。
……或いはそれ以外の理由があるのかもしれないが、この場において尾弐がその真実を語るつもりは無いようである。


>「これから打ち上げかねて、お寿司でもどうです?あぁ、もちろんボクがオゴらせて頂きますから」
>「……回るヤツね!!」

「あいよ。折角だから道中は大将の懐具合をネタに会話回しとくぜ」

そうして一通りの事後処理を終えた尾弐は、那須野へとひらひらと手を振り、祈とノエルを伴い駅へと向かうのであった。

・・・・

駅までの道中。
歩みを進めるにつれすれ違う人の数は増えていき、蛍光灯の人工的な明かりが陽光に取って代わり、夜に沈む街を頼りなく照らし出していく。
そんな人間の作った社会を歩む人外の三人は、人々の喧騒が増すのに反比例してその口数を減らしていった。
別に、なにか理由があった訳では無い。強いて言うなら、先ほどの『仕事』に対して、各々に考える事があったからだろう。
どこか気まずい沈黙の中、尾弐は一度小さく息を吐くと、少々おどけた態度で口を開く

「しかし大将も妙なところでケチくせぇよな。タダ飯は有難いけどよ」

口に出す言葉は、先に那須野に述べた通りの懐事情へのからかい。
他に気の利いた話題がなかった故の発言であったが、それを起点にしてなんとかその場の会話は繋がって行った。
理由の無い沈黙は、意味のない会話で解消出来る。
尾弐は沈黙を続けない事こそが今この場で必要なのだと……常に比べて大人しい祈の様子を見てそう判断した様である。

>「やっぱ気付いてんじゃねーか! ていうかなんだその雑なマナー! 女を坊主扱いする方がよっぽどマナー違反だろ!」
>「僕は仮に美女って言われても嬉しいけどなあ……」

「おう、わりぃわりぃ。まあ今度新しい運動靴でも買ってやるから許してくれや、祈嬢ちゃん。
 ……あと、ノエル。お前さん、その発言は割とギリギリだろ。おじさんちょっとサブイボ立ったぞ」

その尾弐の小さな努力は無駄ではなかった様で――――結果、少なくとも祈は表面上は元気を取り戻した様に見える。
尚、発言の途中で尾弐はノエルにサブイボを立てているが……それは、尾弐が妖怪の性別概念に対して人間よりの
判断能力しか持ち合わせていないが故である。
妖怪といえども、種族が違えばその性質について知らない事も多いのだ。

96尾弐 黒雄 ◇pNqNUIlvY:2018/04/09(月) 09:14:54
「……」

そうして、一頻り場が落ち着き、ノエルと祈が愉快な掛け合いを始めたのを確認した尾弐は……二人に気付かれない様に、少しその歩みを早めた。
そのまま二人から少し離れた位置に辿り着き、彼が懐から取り出したのは携帯電話。
見た目に似合わない最新式のスマートフォンの画面に表示されているのは、2件の新着メール。
その内容を確認した尾弐は、一瞬眉間に皺を寄せた後……天を仰いで息を吐いた。


暫くして、尾弐が届いたメールの内の1件に手早く返信を行った所で、祈と、それに遅れてノエルが追いついてきた。
携帯を待機状態へ切り替えてからポケットへと仕舞うと、尾弐はノエルの提案した大食い勝負に
「暴飲で弱った胃でンな勝負したら、俺また吐くぞ」と、やんわりと拒否の意を答え……

>「ああ、それと……今日は借りが出来たな。いつか倍返しにして叩き返してやる!
>でもクロちゃんがピンチになることなんてなかなかないからさ――それまでいなくならないでねっ」

次いで放たれた言葉に、一瞬大きく目を見開いて動きを止めた。
だが、それも一瞬。直ぐに何時ものやる気なさげな表情に戻ると、手近に有った祈の頭をわしゃわしゃと撫でながら口を開く。

「は、心配すんな。俺は大丈夫だよ」

放たれたのは、ノエルの問いかけから少しズレた回答……それが故意なのかどうかは、尾弐以外は誰も知る由は無い。




【返信用 mail】

差出人:×××
宛先 :尾弐
本文 :結果報告を待つ

97尾弐 黒雄 ◇pNqNUIlvY:2018/04/09(月) 09:15:09
髪さま「ナイトブ」
尾弐「おっとストップだ」
髪さま「ゾナ!?」

尾弐「悪ぃが、ナイトブリーチャー番外編は今日は休業だ。
    どうにも糞忙しくて時間が取れねぇんだよ」

尾弐「つーわけで、また後日投稿するから、それで許してくれ。
   ああ、スレの方針については了解したぜ」

尾弐「……ん?」

尾弐「あー……那須野。なんか規制喰らっててその避難所書き込めねぇんだが」

98那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/04/09(月) 09:15:33
橘音「皆さんおはようございます、那須野橘音のモーニング・ブリーチャー、略して朝ブリのお時間です」
髪さま「なんか下品な響きゾナね……。髪さまゾナ」

>>95
橘音「そ、そうなんですか?それは初耳です。具体的にどの辺りが安全ではないんでしょうか?」
髪さま「仔細はわからんゾナが、安全じゃないというなら使うのは控えた方がいいかもしれんゾナ」
橘音「まぁ、そうですね。単にボクの知ってる避難所関連板がそこだったっていうだけで、無理して使いたい訳じゃないですし」
髪さま「おまけに尾弐は結界に阻まれて、そこに行けないらしいゾナ?」
橘音「それは由々しき問題です、なら別の場所にしましょうか。あちこちフラフラしてしまって、皆さんには申し訳ないですが……」
髪さま「ということで、また別に避難所を用意したゾナ。そこも安全かどうかは不明ゾナが、まぁ物は試しゾナ」
橘音「新しい避難所のアドレスはこちらになります」

【東京ブリーチャーズ】那須野探偵事務所【避難所】
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/9925/1483045822/

橘音「お手数ですが、皆さん結界に阻まれないかのテストに書き込みお願いできればと思います」
髪さま「『テスト』とか一文だけでオッケーゾナ」
橘音「では、宜しくお願いしますね」

>>96
橘音「えぇ〜?なんです藪から棒に?すごいこと言う人もいたもんだなぁ」
髪さま「最近の不手際を指摘されているんじゃないかゾナ、反省しろゾナ」
橘音「へへぇ〜、それは大変に反省しておりますです、はいぃ〜。ここはひとつ、何卒追放だけはご勘弁を〜!」
髪さま「わかればいいゾナ、わかれば」
橘音(なんで髪さまに対して謝ってるんだろう、ボク……)
髪さま「ともかく、一応別の避難所は作ったし、これで様子見とさせてほしいゾナ」
橘音「クロオさんも〆を書いて下さいましたし、これで一巡ですね。では、第二話は年明けとさせて頂きましょうか」
髪さま「祈ちゃんもノエルも尾弐もムジナも、GMの不手際で迷惑かけてすまんゾナ」
橘音「面目ない……。で、でも、シナリオはキッチリとやりますからね!それはお楽しみに!」
髪さま「みんな期待をかけてくれているはずゾナ。それを裏切ってはいかんゾナ」
橘音「はい、それはもちろん。ボク自身、中途半端に投げ出すのは不本意ですから。ではまた次回!」

99那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/04/09(月) 09:15:49
一月某日、午後三時。都内某所にある、黄色いMが目印の世界規模ハンバーガーチェーン。
その店内の窓に面した禁煙席に、半狐面をかぶった古風な出で立ちの学生と柄シャツを着たチンピラ風な男が座っている。

「さて。今回アナタをお呼びしたのは、他でもありません。これを運んでほしいのです」

学生――那須野橘音はそう言うと、自分の足許に置いていたジュラルミンのケースをゴトン、と机の上に置いた。
二人用の席をムリヤリくっ付けて四人掛けの席にしているが、それでもまだ狭い。
食べかけのチーズバーガーとウーロン茶(Sサイズ)の載ったトレイが落ちそうになったが、ギリギリで食い止める。

「もう、親分さんに話は通してあります。アナタを自由に使っていい、という許可も……いつも通りに、ね」

橘音はそう言うと、にっこり笑った。――面のせいで顔の上半分は隠れているが。
ムジナの属するヤクザの組長は橘音の上司である御前と繋がりがあり、東京漂白計画も把握している。
何かあれば組をあげて協力する、ということも。そうして橘音は過去、必要に応じてたびたびムジナを使ってきた。
今回は運び屋の真似事をしろ、ということらしい。

「ムジナさんはこういうお仕事、得意でしょ?色んなモノを運んでるんじゃないですか、お金とか薬とか――死体とか」

からかうように言って、くふっ、と笑みを漏らす。

「もちろん、これも大切なモノです。東京漂白計画の完遂には必要不可欠なもの」
「言うまでもないですが、中身がなんなのかについては詮索無用でお願いします。それはまだ誰にも明かせません、時が来るまでは」
「とにかく、アナタにはこれを肌身離さず持っていてほしいんです。トイレのときも、眠るときも」
「もし、誤ってケースを開けてしまったり、紛失してしまった場合は――」
「……東京が。滅びます」

荘重な声音で言う。が、それもほんの一瞬のこと。すぐに両手を緩く広げると、

「何にしても、大事に持っていてくれればいいんですよ。ボクがいいと言うまで……たったそれだけの簡単なお仕事です」

と、いつもの軽い調子で告げた。

「じゃ……確かにお渡ししましたよ。たった今からミッションスタートです」

対面のムジナへ、ずいっとジュラルミンのケースを押し付ける。

「あ、そうそう。衝撃を加えたりしてもいけませんよ。壊れ物じゃないですが、万一ってこともありますし」
「そうですねえ、例えるなら……プルトニウムを運んでるくらいの意識でいて頂ければ」

サラリととんでもないことを言った。ムジナにケースを押し付けて一安心とばかりに首を鳴らすと、ハンバーガーの残りを食べる。
ウーロン茶を飲み干してから店内の掛け時計に視線をやり、トレイを持って立ち上がる。

「じゃ、そろそろ行きましょうか。皆さんそろそろ見えられるはずです」
「ウチの事務所ですよ。そこでまず、今回の作戦をミーティングしなくちゃね」

ケースはそう重くはない。入っているモノ自体も、大した重量ではないのだろう。
ムジナにケースを持たせると、橘音は鼻歌混じりにハンバーガーショップを出、事務所へと足を向けた。

100那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/04/09(月) 09:16:04
「皆さんは、パズルは得意ですか?」

現状行動可能なメンバーに召集をかけ、いつもの面子が揃うと、橘音は不意にそんなことを言い出した。
それから自分の事務机に近付いて抽斗を開け、中から何かを取り出す。
それは、様々な色分けが施された立方体。いわゆるルービック・キューブだった。

「ボクは結構好きで、よく頭の体操として用いるんですよね。暇潰しにもなりますし……ホラできた」

カチャカチャとキューブを回し、瞬く間に六面体の色を揃えてガラスのローテーブルの上に置く。

「世の中にはコレの世界大会があって、日々プロフェッショナルがタイムを競っているそうですよ。いやあ、面白いですよね!」
「……それが今回の仕事とどう関係してるんだ、と言いたげな顔ですね?皆さん。ところがどっこい、これが大ありでして」
「では……次に、コレをご覧ください。あ、祈ちゃんちょっとテーブルどかすの手伝ってくれます?」

テーブルをどけ、プロジェクターの準備をすると、壁に複数のウインドウでデータが映し出される。
ネット上にアップされているニュース記事だ。他にもテレビの報道番組を録画した動画もある。
ソースはバラバラで統一感も何もないが、その取り上げているニュースはすべて同一のものである。
記事にはこうある。

『奥多摩町で一家四人変死 警察は目下原因を究明中』
『八王子市で七名死亡 女性ばかり狙われる 犯人情報なし』
『殺人ウイルスか!?昭島市で新たに女性二名死亡 姿なき殺人者の正体は?』
etcetc……

ここ最近世間を騒がせている、連続突然死に関するニュースである。
東京の西端で発生した変死事件は、当初無理心中に始まり一酸化炭素中毒や殺人事件の線で捜査が進められたが、不発に終わった。
その後八王子市で同じような変死事件が起こり、警察は異常犯罪者の仕業かと情報を募ったが、それも空振り。
翌日には昭島市で『往来を歩行中の女性が突然のたうち回り、血を吐いて死ぬ』という事件が起こり、警察は病原菌説を選択。
現在は厚生労働省の指示で事件発生地域の除染、隔離が行なわれているが、犠牲者は日々増加の一途を辿っている。
原因は今もって不明。新種のウィルス、毒ガステロ等々様々な原因の予測がなされたが、究明には至っていない。

「皆さんも、連日連夜のメディアの特集でもうとっくにご存知と思うのですが――」
「これは未知のウィルスでも、毒ガステロでもありません。これは明らかに《妖壊》の仕業です」
「しかも、特A級に危険な……天災レベルの、ね」

そう言って、プロジェクターの画像を変更する。東京都の地図だ。

「ご覧のように、事件は東京都の西端で始まり、徐々に東へ向かっています。つまり都心へ近付いている」
「二十三区以外を捨てるとは言いませんが、こちらへの侵食を許せばアウトです。それまでに漂白を完了しなければ……」
「でなければ、東京が滅びます。……いえ、日本が滅ぶ。そしてゆくゆくは世界が滅ぶでしょう。それほど危険な相手です」

橘音の声にいつものおどけた調子や揶揄の響きはない。本気でそう思っている。
テーブルの上のルービックキューブを再び手に取り、全員によく見えるように掲げてみせる。

「狙われるのは女性ばかり。そして往来で突然女性が死ぬなど、何者か目に見える存在の犯行でもない」
「これは『呪詛』です。凶悪な呪いのパワー、それも特殊な――子供を産むことのできる女性だけを殺害する呪詛」
「女性を呪殺し、子を産む者を根絶する。本来産まれるべき子供を奪い獲る、『子』を『獲る』……すなわち『子獲り』。そう――」


「今回のターゲットは。『コトリバコ』です」


橘音の掲げる市販のルービックキューブが、蛍光灯の明かりを反射してやけに毒々しく光って見えた。

101那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/04/09(月) 09:16:20
「実は先日、鞍馬山にある妖怪銀行の地下金庫に保管されていたコトリバコが何者かによって盗まれました」

ルービック・キューブをおろし、橘音は続ける。

「現在東京西部で猛威を振るっているのは、その盗まれたコトリバコで間違いないと思います」
「ボクたちのミッションはそのコトリバコを無力化し、回収する……ということですね」
「メンバーはボク、ノエルさん、クロオさん、そして今回は非正規メンバーのムジナさんにもご協力頂きます」

そう言って、一緒にハンバーガーショップから移動してきたムジナの方を一瞥する。
ムジナにはジュラルミンケースの形状は自由に変えてもいい、と事前に言い含めてある。
ムジナの持つ妖術ならば、ジュラルミンケースをそうとはわからない形にし持ち歩くことも可能だろう。
ただし、ジュラルミンケースの中身は非常に危険なものである、とも断っている。
あまり複雑な変化には対応できないかもしれないが、そこはムジナの腕の見せ所、といったところだろうか。
もちろん、そのままジュラルミンケースとして持ち歩いても構わない。

「今までの事件の発生日時と場所を鑑みると、コトリバコは現在この辺りにいるはずです」

壁に映し出された東京の地図、その小金井市近辺を指で丸くなぞる。

「相手は強力極まりない呪詛ですが、ノエルさんとクロオさん、ムジナさんには効きません。ご安心ください」
「それに、コトリバコを無力化するための秘策も用意してありますから。ともあれ現地に行ってみましょう、……それと――」

そこまで言って、祈の方を見る。

「祈ちゃんはこの事務所に待機していてください。報告は逐一行ないますから、バックアップを。いいですね?」

きっぱりと告げた。事実上の戦力外通告である。
コトリバコの呪詛は、女性にのみ効果を発揮する。そして、対象に妖怪や人間の別はない。
ましてや半妖である祈に対しては、覿面な効き目を見せるだろう。
コトリバコの呪詛は即効性であり、劇毒にも等しいものである。一旦その呪詛に捕われて、生きのびた者はいない。
それゆえに特A級の呪物として、天狗の頭領魔王尊の膝元である鞍馬山で厳重に保管されていたのだ。

(あれほどの警備網を突破して、コトリバコを盗み出すなんて。そんな芸当ができるのは世界にただひとり――)

そんなことを考えるも、口には出さない。
ともかく、祈を危機にさらすわけにはいかない。相手は八尺様などとは比較にならないほど凶悪な呪詛なのだ。
彼女の祖母から彼女のことを頼まれている身としては、絶対に譲れない話である。
むろん、本音を言えば彼女には同行して貰いたいし、その戦力は喉から手が出るほど欲しい。
好きで戦力外通告を言い渡したわけではないのだ。

が。

それでも、東京ブリーチャーズを率いる者としては、それを告げないわけにはいかなかった。

「では……。皆さん、行きましょうか」

祈の瞳を直視することを避けるように踵を返すと、橘音は事務所のドアへと向かった。

102多甫 祈 ◇MJjxToab/g:2018/04/09(月) 09:16:43
>「では……次に、コレをご覧ください。あ、祈ちゃんちょっとテーブルどかすの手伝ってくれます?」

「んぁ、はーい」
 橘音に急に振られて祈は――妖怪と戦ってばかりいるのでなんとなく忘れがちなのだが――、
自分がこの事務所のバイトであることを思い出した。
 ミカンを食べる手を止めてソファから立ち上がり、テーブルをどかすのを手伝う。
プロジェクターなどを設置したことがない祈は、橘音がそれにコードなどを繋げて設置する様を見て覚えた。
そして橘音がプロジェクターを設置し終えたのを見届けると、祈はまたソファに戻り、座り直す。
 プロジェクターから事務所の白壁へと投影されたのは、
ここ最近の不可解な変死事件を取り上げた、ニュース映像の数々であった。
 流石にその死に姿を映像で流している訳ではないが、
女性が突然のたうち回り血を吐いて死んだという話は生々しく、聞くに堪えない。
ニュースキャスターや専門家の語る病原菌説や新種のウィルス説、
毒ガステロの可能性があるというような話も、現実的な恐怖を煽り、聞いていて気分の良いものではなかった。
 橘音は、東京の西端から始まり、徐々に東へと、
まるで侵攻するように次々起こるこれら一連の変死事件が《妖壊》により引き起こされたものだと言う。
 挙げられた名は、『コトリバコ』。
漢字で『子獲り箱』等と書くその箱を、ある男は“武器”と称していた。

103多甫 祈 ◇MJjxToab/g:2018/04/09(月) 09:17:03
 コトリバコの製法は、ある男から、部落差別による迫害を受けていたある村へと伝えられた。
一見してそれはルービックキューブや立体パズルのように複雑に組まれた、意匠の凝った小箱でしかなく、
更には男性が触ったところで何の効果も見られない。
 しかし、いかなる呪法や外法の類によるものか、その箱の内には凶悪な呪詛を閉じ込めてあり、
ひとたび女性や子供が近づくか触るかすれば一日の内にその命を獲り殺してしまう。
しかもその呪詛によって死ぬ者は、内臓を千切られるというその地獄の痛みに悶え苦しみながら死ぬというのだから、
たまったものではないだろう。
 子を産む者を、子そのものを殺し、やがて一族を、子々孫々を絶やす。
嫁や子供を奪われた男もまた生き地獄へと追いやられる。故に、『武器』。それもとてつもなく強力な。
 そんな非常に危険な代物が東京に持ち込まれた。
これはまさにニュースキャスターの語る毒ガステロを目論む者が東京に紛れ込んでいるにも等しい危険な状態であるのだが、
メジャーな都市伝説妖怪である八尺様のことすらうろ覚えの祈が、コトリバコのことなど知っている筈もなく。
 祈は「やってる事はえぐいのに、小鳥箱ってなんか可愛い名前だな」などと考えており、
そのコトリバコの想像図は、鳥の巣箱に人間の腕や足が生え、巣箱の中から鳩だか鶏だか鳥の妖怪が顔を出して
嘴から毒ガスを撒き散らしているような代物で。
挙句、「弱そうだし、毒ガスに当たらなければ意外と楽勝かも」などと思っている有様であった。

 コトリバコはその村で幾つか製造され、一部は実際に迫害を跳ね除ける為の武器や脅迫の道具として用いられた。
以後はその村と寺で厳重に管理されているのだが、行方が知れぬ物が一つだけある。
男が持って行った、”ハッカイ“と呼ばれる位のコトリバコである。
 男はコトリバコの製法を村の者へ授ける際に、交換条件として“ハッカイ”のコトリバコを作り、己に渡すことを求めたという。
(コトリバコには位があり、その中に収める“ある物の年齢”や“多さ”によって、位と強さが異なるという特徴がある。
強さの下から順に、イッポウ、ニホウ、サンポウ、シッポウ ゴホウ、ロッポウ、チッポウ、そして――“ハッカイ”。
つまりハッカイは、コトリバコの中でも最上位という事になる。男がハッカイ以上のコトリバコは危険であるとし、
以降決して作るなと強く禁じたことからも、その効力の凶悪さが窺えた)
 そうして男は、何の目的の為かハッカイのコトリバコを村人に作らせると、それを手にした後、姿を眩ましてしまったというのだ。
 当時その村で作られ、男が持って行った物以外のコトリバコは全て寺と村で管理しているのだから、
妖怪銀行の地下金庫から盗み出されたコトリバコと言うのは恐らく、
鞍馬山がその男から回収して管理していたハッカイのコトリバコである可能性が高い。
もしくは別の場所で、秘密裏に作られたコトリバコであるのかもしれないが。
 製法を教えた男すらも恐れ、作るのを禁じていたハッカイ。それがもし盗まれて東京に持ち込まれたのだとすれば、
そしてそれを無差別テロのように犯人が使う気でいるとするのなら、
本当にこの世が滅ぶような事態になりかねないのだが、祈はそんな恐ろしい事態を想像できずにいた。
 盗まれたという事柄を聞いて「妖怪の銀行から盗むってまるで怪盗みたいだなー。もしくは透明人間とか?」
などと感想を抱いたり、「あれ? 盗まれたってことは小鳥箱ってもしかして自分で動くような妖怪じゃない?
小箱の中に鳥が入ってる道具みたいなものなのかな。付喪神ってやつ」などとコトリバコの想像図を修正したり、
「盗み出した奴がどんなに速くてもあたしの足で追いついて絶対に止めてやる!」などと意気込んでいたところで。

>「祈ちゃんはこの事務所に待機していてください。報告は逐一行ないますから、バックアップを。いいですね?」
 これである。

「わかっ………ぇ、あたし留守番!? なんで!?」
 まるで捨てられた子犬のような表情で、ソファから身を乗り出して、抗議の目線を向ける祈。
答えず、視線をも合わせぬようにする橘音を、せめて理由だけでも話して欲しいと視線だけで追いながらも、
それ以上の抗議はしない。
橘音が考えもなく祈をメンバーから外す訳がないのはわかっていたし、それに、困らせたくないのだ。
そうなると祈には、ただ橘音や他のブリーチャーズの面々を送り出すことしかできないのだった。

104ノエル ◇4fQkd8JTf:2018/04/09(月) 09:17:24
名前:御幸 乃恵瑠(みゆき のえる)
外見年齢: 20代前半ぐらい…かな?(本人特に意識していないし周囲にもあまり意識させない雰囲気)
性別: 男性型雪女
身長: 172
体重: 54ぐらい
スリーサイズ: 細身で均整がとれている
種族: 雪女(雪男に非ず)
職業: かき氷喫茶店店主
性格: 天然・故意入り混じってのボケ倒しでどこまでが本気だか分からない なんだかんだでお人よし
長所: 明るく裏表が無い 仲間想い 橘音の任務は真面目に頑張る(が、往々にして頑張りが明後日の方向に行く)
短所: 迷言・奇行が目立ち常にふざけているように見える 黒歴史を思い出してしまうと動揺しまくる
趣味: アイスを食べること もふもふしたものや可愛い物好き 実はゲーマー(だが下手糞)
能力: 氷雪・冷気の生成操作 氷で武器を生成しての近接戦闘(どっちかというと後衛アタッカー系)
容姿の特徴・風貌: 色白の肌 中性的な整った顔立ち
普段は黒目にセミショートの黒髪 アホ毛が立っていることがある
白基調の和パンク調の服に青いストール(服のコーデは日によって変わるがイメージは統一されている)
簡単なキャラ解説:
橘音の探偵事務所と同じ雑居ビルの1階でかき氷喫茶店「Snow White」を営む残念なイケメン。
その正体は珍獣レベルに激レアな男性形態の雪女で、近年の急速な地球温暖化を憂いた雪の女王(雪女のトップ的な人)からの命を受け東京に潜入している諜報員。
たまたま(←と本人は思っている)橘音と同じ雑居ビルに入っている事もありいつの間にかブリーチャーズの主要メンバーになっていた。
忘却によって負の感情を堆積させることを防いでいるため過去の記憶が曖昧だがとりあえず自分が長く生きているらしいことは自覚している。
尚、第一話にて昔は美少女だったという割とどうでもいい衝撃の事実が発覚した。
色々とカオスだが、根本的にはいわゆる分かりやすい味方ポジション。
真の姿を現しても普段とあまり変化はないが、普段から白い肌が更に白くなり瞳が氷のようなブルー、髪は雪のような銀髪になる。

105ノエル ◇4fQkd8JTf:2018/04/09(月) 09:17:38
SnowWhiteは本日定休日。
ノエルはコタツ(のように見えて電源が入るようになってない何か)に入ってTVゲームに興じている。

「うっは、新宿崩壊したwww」

やっているのは通称「新宿ホストファンタジー」。
新宿のホスト王子が3人のお供ホストと共に男4人で高級車でのキャッキャウフフなホモホモしい、もといむさ苦しい旅の果てに
真のホスト王となって死にゆく星の命を救うという怪作である。
おまけに美少年主人公がラスボス直前で10年寝こけて何故かヒゲ生えたおっさんになるという、ノエルが見たら卒倒しそうな謎演出付きだ!

遊びほうけている人は放っておいて。
開きっぱなしのパソコン画面に派遣主との通信記録がそのまま残っているので覗いてみよう。
派遣主は歌いながら雪山を駆けあがって氷の城を作り上げたとかの色々凄い伝説があるお方だが
それ以上踏み込んだらガチで消されかねない気がするのでやめておこう!

派遣主【こんにちは。お仕事頑張っていますか?】
ノエル【ええ、まあそこそこ……】(←気づいたらなんか壮大っぽい計画に巻き込まれちゃってて……とは言えない)
派遣主【暇だったら副業してお小遣いにしてもいいからね! どんどん手伝ってあげてね!】
ノエル【はい、それはもう!】【……じゃなくて手伝ってあげてねって誰をですか?】(←東京漂白計画は一応極秘のはず)
派遣主【誰をってそりゃあ下の階の】【いや、なんでもない!】(←口を滑らせたようだ)
ノエル【ところで大変つかぬことをお伺いしますが僕は諜報員になる前は何やってたんですっけ……?】
(↑思った以上に記憶が欠落している事に気付いてしまったようだ)
派遣主【え!? えーと、えーと】【そりゃあ雪山で走り回ってたから野生の珍獣ゲットだぜー的な感じで捕まえて……】(←明らかに今考えたよね!?)
ノエル【ポ○モンかい!】
派遣主【あっ、宅配便来たからまた今度!】

「あ、死んだ! 全く、男4人でむさ苦しいからやる気が出ないんだ!
製作者はなんでこんなものを世に出してしまったんだ……! どうせ11年も封印してたんならそのまま封印しておくべきだった!」

一方こちらはゲームオーバーになったようで、自分の下手糞さを棚に上げて製作者に文句を言い始めた。

「もうこんな時間か」

立ち上がって、クローゼットを開ける。お出かけコーデを選び始めたようだ。
白基調に青系統の入った凝ったデザインの服ばかりたくさん並んでいる。
ん? 今一瞬フリフリロリータ服っぽいのが混ざってた気がするけど気のせいだよな!? 気のせいということにしておこう!
着替えている間アングルを他のところに向けると、何故かさりげなく猫耳バンドが転がっている。
実は狐耳じゃないかって? 多分それは考え過ぎというものだ。
そして服を着替えたかと思うと、今度は髪を気にし始めた。なんでも、頭頂部の髪が一束だけはねるのが気になるらしい。
それはアホ毛というやつだ。だってアホだから仕方がない。というか一体何なんだこの珍獣の生態観察パートは。
ようやくアホ毛を寝かしつけ、玄関から出て雑居ビルの狭い階段を降りていく。
最近はなし崩し的にうちの店で作戦会議をやることが多くなっていた気がするけど今日は普通に橘音くんの事務所か――
等と思いつつ、特に深く考えることはないのであった。

106ノエル ◇4fQkd8JTf:2018/04/09(月) 09:17:52
>「皆さんは、パズルは得意ですか?」
>「ボクは結構好きで、よく頭の体操として用いるんですよね。暇潰しにもなりますし……ホラできた」

得意ですか?と言われても、頭を使おうと言われてリアルに頭突きしかねないレベルのバカである。得意であるはずはない。
橘音がルービックキューブを解く様を手品でも見るかのようにキラキラした瞳で見つめ……

「なんだって!? 一度バラバラに解体しなくても出来るのか……!」

速さや手際の良さ以前のところで感心していた。遊び方自体を勘違いしていたようだ。
そして話題はルービックキューブとは一見無関係に思える連続変死事件へと移る。

>「ご覧のように、事件は東京都の西端で始まり、徐々に東へ向かっています。つまり都心へ近付いている」
>「二十三区以外を捨てるとは言いませんが、こちらへの侵食を許せばアウトです。それまでに漂白を完了しなければ……」
>「でなければ、東京が滅びます。……いえ、日本が滅ぶ。そしてゆくゆくは世界が滅ぶでしょう。それほど危険な相手です」

「世界滅亡って……ゲームじゃあるまいし」

あはは、と笑ってみせるが、橘音の様子がいつもの人を食ったような態度ではないことに気付き、流石に真面目な顔になる。

「――マジかよ……」

>「今回のターゲットは。『コトリバコ』です」

「なんて恐ろしいんだ……! 確かにおっさんばっかりになったらむさ苦しさのあまり世界が滅亡してしまう……!」

世界滅亡の理由が合っているかはともかくとして、とにかく放置すれば世界が滅亡することは理解したようだ。
「男4人で冒険」ですらむさ苦しいのである。
全世界がおっさんばかりでオッスオッスソイヤソイヤになったむさ苦しさたるや世界滅亡レベルだ。間違いない。

「つまり世界が男ばかり、それも美少年ではなくおっさんばかりになって得する者の犯行……。
分かったぞ! 犯人はガチでホモ――略してガチホモだ!」

橘音が説明しているのを聞きつつ勝手に迷推理を繰り広げている。
もしも探偵になったらどんな簡単な事件も明後日の方向にハッテンさせまくった挙句に
迷宮入りさせてしまう迷探偵になること請け合いだ。

>「相手は強力極まりない呪詛ですが、ノエルさんとクロオさん、ムジナさんには効きません。ご安心ください」
>「それに、コトリバコを無力化するための秘策も用意してありますから。ともあれ現地に行ってみましょう、……それと――」
>「祈ちゃんはこの事務所に待機していてください。報告は逐一行ないますから、バックアップを。いいですね?」

「……え?」

その言葉はあまりにも予想外だったようで、橘音、もとい狐につままれたような顔をする。
てっきりコトリバコの脅威は妖怪には関係ないと思っていたようだ。

107ノエル ◇4fQkd8JTf:2018/04/09(月) 09:18:21
>「わかっ………ぇ、あたし留守番!? なんで!?」

祈自身もこれは予想外だったようで、橘音に抗議の目を向ける。
それを見たノエルは任せとけ!という風に祈にウィンクし、机をばんっと叩いて立ち上がる。

「何それ仲間外れ!? ってかさっき無力化するための秘策があるって言ったじゃん。
この前の八尺様の時はわざわざ男装させて一番危ない役をやらせといて今回は危ないから駄目って何なのさ!
それに――男4人で行くなんて絵的にむさ苦しすぎるじゃないか! 僕は美少女がいないとやる気が出ないんだ!」

ノエルは年齢性別立場に拘わらず皆を対等な仲間として見ていて、それぞれの得意分野に絶大な信頼を置いている。
知将橘音が秘策があると言うなら大丈夫だろうし、俊足の祈なら獲り殺されるようなヘマはしまいと思ってのこと。
たとえ相手が雇い主でも異議申し立て容赦なしだ。
しかしこれは橘音が諸般の事情を総合勘案して導き出した結果。
アホが抗議したところで無視されるか、良くて軽くあしらわれるのが関の山であろう。

>「では……。皆さん、行きましょうか」

祈に目を合わせることもせず出て行こうとする橘音の様子を見て、ノエルもようやく理解した。
橘音がここまでの態度を取るということは、それだけ危険な相手だということなのだ。

「……分かったよ。それなら……」

理解した上で、すっ――と橘音の前に立ちはだかる。
踏み込んではいけない領域に踏み込む時のような一大決心をしたような表情。

「橘音くん……君はどうなんだい?」

そう言って、これでもかといわんばかりのドヤ顔を作ってみせる。
もちろん言わんとする意味は、皆橘音くんが男だといつから思い込んでいたんだ!?
自己紹介カードにも性別:?って書いてあるじゃないか!ということである。
口には出さずとも思っている人は多いであろう、仮面の性別不詳ミステリアスキャラというのはかなりの確率において……。
そこは思っても空気を読んで気付かない振りをするのが大人だが、このバカに空気を読むなどという高度な芸当を期待してはいけなかった!

「……と聞いたところで正直に答えるはずはない。そこでまずはその仮面を引っぺがす!」

橘音の顔をびしっと指差しながら、どんっと効果音が付きそうな感じで宣言。

「それでも超美形すぎて分からなければその時は――身ぐるみ引っぺがす!」

どどんっと更に効果音が付きそうな感じで宣言。
「実は前々から仮面引っぺがしてみたかったんだよね〜、何故か触れたらいけない雰囲気だったから我慢してたけどさあ!」と今にも飛びかかりそうな勢いだ。
大変だ、早く何とかしないと大変なことになる!

108品岡 ◇VO3bAk5naQ:2018/04/09(月) 09:18:41
東京都新宿区・歌舞伎町――
東洋有数の歓楽街であるこの街は、高度経済成長という鮮烈なる光とそれが生み出す影によって形づくられてきた。
街の外が景況不振に喘いでいても、ギラつくネオンの下を行き交う人々は変わらず明日への活力に満ちている。
そして同様に、薄暗い路地裏でカラスに啄まれる路傍の吐瀉物もまた、等しく朝日を迎えていた。

この世の愉悦の全てが集うこの街で、一際濃く切り取られた陰影の化身。
全力前進する社会から落伍したろくでなし、いわゆるヤクザ者達である。

「まいどぉー、品岡ですぅー。おしぼりの納品に参りましたぁ」

歌舞伎町の一角に軒を連ねる飲食店『BAR シマノ』の扉が営業時間前にも関わらず開け放たれた。
まだ日の高い表通りからひょこりと入店したのは一人の男。
短く刈り込まれたウルフカットに茶色い色眼鏡、派手な柄シャツはどう見てもカタギの格好ではない。

外見の印象に違わず、男は暴力団の組員だった。
広域指定暴力団『山里組』構成員、品岡ムジナ……歌舞伎町に根を張るヤクザの一人である。

開店準備に追われていた店員達はその姿を認めた途端、男を遠巻きにしながらバックヤードの店長を呼んだ。
裏で水仕事をしていた店長は渋い顔で応対する。

「また山里さんとこか。悪いけどうちはもうみかじめは払えないって言ったろう」

品岡は人相の悪い顔面にくしゃりと出来の悪い笑みを浮かべて食い下がる。

「そない嫌ぁな顔せんといで下さいよぉ店長はん。バブルの頃からウチがケツ持ってきた仲ですやん」

「うぅん。うちだって山里さんとは長い付き合いだから無下にはしたくないんだけどねえ。
 ここ最近はお上の締め付けも本当に厳しいんだよ。ほら、東京オリンピックの関係でさ。
 みかじめ払う店には営業許可は出せないとまで言われちゃ、うちも商売だからさぁ」

「せやからみかじめやのうて、"おしぼり代"や言うとりますがな。真っ当なビジネスですわ」

品岡がおしぼりの詰まったクーラーボックスを開ける。店長の渋面は変わらない。

「おしぼり1セット3万円は真っ当とは言えないんじゃないかねぇ」

「ただのおしぼりとちゃいまっせ。今はやりの水素水をふんだんに染み込ませたこのおしぼり!
 なんとビタミンの200倍のパワーが拭いた場所に潤いをもたらしお肌もサッパリ清潔になる凄い商品でっせ!」

「おしぼりって元からそういうものだからねぇ……」

「わかった!わかりましたほんならおしぼりもう1セットお値段据え置きでつけちゃう!」

店長の冷ややかな対応に浮いた汗をおしぼりで拭いながら品岡はもう一つクーラーボックスを机に乗せた。

109品岡 ◇VO3bAk5naQ:2018/04/09(月) 09:18:55
「えぇ?まだ足りひん?いやぁ参りました店長はん商売上手ですなぁ。今ならここに洗剤と缶ビールも追加や!
 もう赤字覚悟!お世話になっとる店長はんだけの特別価格で1万円値引きしまっせ!とりあえず一ヶ月だけでもお試しで!」

「新聞の勧誘みたいになってない……?」

「ホント頼んます……集金できるまで帰ってくるなってオヤジに……ぐすっ」

「マッチ売りのヤクザかな」

次々と机の上に積まれていく粗品の数々、何より強面の品岡の鬼気迫る沈痛な面持ちに店長はついに根負けした。
いたたまれなくなったのである。

「仕方ないなぁ、本当に今回だけだからね。来月も来るようなら流石にウチもかばいきれないよ」

「ホンマでっか!いやぁ流石店長はん器が大きい!この店も繁盛間違い無しや!」

「いいから。もう帰ってくれるかな、ヤクザにいつまでも居座られると客入りに響くからね」

「へい!ほなまた!」

「だからもう来んなって……」

代金を受け取った途端に調子よく踵を返して出ていく品岡に、呆れながら店長はふと何かに気付いたように言った。

「そういえば君、手ぶらだけど……追加のおしぼりと粗品、どこから出したの?」

 ● ● ●

110品岡 ◇VO3bAk5naQ:2018/04/09(月) 09:19:10
「けーっ!下手に出てりゃあ調子くれよってからに!」

都条例にて路上喫煙が禁止され、歌舞伎町と言えども往来で煙草を吸うことは許されなくなった。
暴力団は警察や地域住民との余計なトラブルを避ける為に交通ルールや公序良俗にはむしろ厳しい。
品岡も例に漏れず、街の片隅に設置されたこぢんまりとした喫煙スペースで一服つけていた。

紺地に金印の缶筒からフィルターのない煙草を一本取り出し、100円ライターで火をつける。
自費購入した粗品をばら撒き身銭を切りまくり、最終的には泣き落としまで講じたヤクザの一仕事がようやく終わった。

「ヤクザとカタギが持ちつ持たれつの古き良き時代はどこへ行ってしもうたんや……」

平成初期にいわゆる暴力団対策法が施行され、世間のヤクザへの風当たりは露骨に厳しくなった。
バブルの時代から当たり前のように揉め事代行――つまりケツ持ちをヤクザに頼ってきたこの街でさえ、
今は手のひらを返したようにヤクザを追い出しにかかっている。

ふんぞり返っていれば手下から上納金が入ってくる上層部は未だに呑気にしているが、
品岡のような末端組織の木っ端組員は毎日脂汗をかきながらカタギにペコペコ頭を下げてどうにか金を集めている。
昔は良かった。街の用心棒を気取り、肩で風を切って歩いていられた。今は石を投げられたって満足に反撃できない。

Vシネマのように義理と人情が金を生む時代は終わってしまった。
今や古式ゆかしい"ヤクザ"は増えることのない既得権益と信用を少しずつ切り売りして端金に変える商売だ。
そしてその変遷に取り残され食い詰めた者たちが、今も過去の栄光にぶら下がっている。
泥舟には違いなかった。だが出港してしまった船は、例え沈没寸前であっても最期まで運命を共にするしかないのだ。

「こんな不毛な商売畳んではよ隠居せんかなぁ、あの腐れ組長(オヤジ)」

日々の生活に忙殺されて忘れがちであるが――下っ端ヤクザ・品岡ムジナは、人間ではない。
江戸時代から生きている古典妖怪『のっぺらぼう』。古より人を化かして存在を証明してきた妖怪変化の眷属だ。
変幻自在の『顔』を持ち、美女や貴族、あるいは凶悪な怪物など様々な姿に化けては旅人を化かし、食糧や金銭を巻き上げていた。
その悪名は江戸はおろか京にまで届き、人々の"畏れ"が彼の妖力の糧となり、まさに地元じゃ負け知らずの栄華を誇っていたのだ。

しかし調子に乗りすぎたツケはあまりに早く回ってきた。
噂を聞きつけた時の幕府に仕える陰陽師によって、のっぺらぼうは妖怪退治に遭ってしまった。
品岡ムジナという名前によって存在を縛られ、『顔』を封印されたことで人相を固定された元のっぺらぼうは、
契約により陰陽師一族が七人代替わりするまで下僕として使役される式神に身を堕とす羽目となった。

現在の一族当主、六代目の陰陽師は暴力団山里組の組長・山里宗玄。
従って、その式神たる品岡もまた、ヤクザの下働きとして日々こき使われている。
かつては関東平野を荒らし回った凶悪無双の妖怪変化、現代にさえ名を残し続けている無貌の怪物は、
今や喫煙所で一服つけながらスマホ(Xperia Z1f)を構うことが唯一の楽しみな普通のおっさんに成り下がっていた――!

111品岡 ◇VO3bAk5naQ:2018/04/09(月) 09:19:24
同じく喫煙所でサボっている新宿のサラリーマン達にも遠巻きにされながらショートピースを一本吸い終わる頃、
弄っていたスマホ(Xperia Z1f)が震え、画面が"ヌキなび"の店舗情報から着信表示に切り替わる。
大写しになったのはアドレス帳に登録された山里組長の強面だった。
品岡はぎょっとしてスマホ(Xperia Z1f)をお手玉しながら電話に出る。

「お、おつかれさんですオヤジ。品岡です」

『三下がええご身分やなムジナぁ……カタギに混じって吸う煙草は旨いか?』

げぇぇサボりバレてる!品岡は露骨に顎を落とすが驚きはない。
使役者たる陰陽師の山里には、式神が今どこで何をしているか呪法によって把握することができる。
組の事務所から離れたこの喫煙所でいつも時間を潰していることも掌握済みなのだ。

「い、今ちょうど集金が終わったところですわ!すぐ事務所帰りますんで!」

『いや、今日は戻らんでええ。そのまま今から教える場所に直行せえや。そこに人を待たせとる』

電話口で山里から伝えられたのは都内にあるファーストフード店だった。
ヤクザ者の会合ならもっと格式高い料亭を使う。こんな中高生の集まりみたいな場所を指定される理由は一つだけだ。

「……っちゅうと、『御前』の絡みですか」

『せや。あの狐ババアの手のモンから依頼が来とる』

神妙に声を落とした品岡に、山里も短く答えた。
下っ端ヤクザの品岡ムジナには、暴力団員とは別にもう一つの"顔"がある。

『――自分にご指名の仕事や、ムジナ』

 ● ● ●

112品岡 ◇VO3bAk5naQ:2018/04/09(月) 09:19:39
都内某所、ハンバーガーチェーンの片隅。
品岡がそこに到着すると、前言に違わず見知った人影が既に席をとっていた。

「どうも橘音の坊っちゃん、お元気そうでんな。ババ……『御前』の姐さんも息災でっか」

待っていたのは学生風の少年だった。
"風"というのは、彼の着る学生服は現代日本におおよそ似つかわしくない旧学制の襟詰め姿であるからだ。
マントに学帽、さらに言えばその下の半面がなんとも胡散臭い雰囲気を漂わせている。
都内は都内でも秋葉原か池袋か中野ブロードウェイでなければ違和感の塊のような出で立ちだ。

――変化の王『御前』の眷属、妖狐一族の"三尾"・那須野橘音。
のっぺらぼうもその端に名を連ねる古典日本の変化妖怪の一廉だ。
尤も、品岡が傍流も傍流の分家筋だとすれば、彼はバリバリの本家筋、言わば妖怪のエリートである。
見た目は頼りなさげな少年でも怪異としての格が違う。品岡がへりくだるのも必然だった。

「しかし相変わらずけったいな格好してはりますなぁ。長く生きてる連中にゃモード感っちゅうのが欠けてていけねえや」

柄シャツに色眼鏡とVシネから切り出してきたような品岡も大概ではある。
しばし世間話代わりに乾いた笑いの応酬をして、懐から煙草を取り出すものの席の禁煙マークが目に入った。

「かぁー、今時はどっこも禁煙でっか。坊っちゃんも煙草はやらないんで?」

百年単位で生きている妖怪にも意外と喫煙者は少ない。薬草を燃す煙草の煙には魔除けの意味も含まれているからだ。
逆にそんな煙草を敢えて吸うことが粋であるとされた時代もあったが、その時代に取り残されたのが品岡という男だった。
煙草が吸えないならコーヒーだけにしておかず何か頼んでおけば良かった。
色々間の悪いヤクザが地味に後悔を噛み締めていると、対面の橘音が本題を切り出した。

>「さて。今回アナタをお呼びしたのは、他でもありません。これを運んでほしいのです」

橘音が足元から引っ張り上げたのは、一抱えほどもある大きなジェラルミンケースだった。
かなりの重量があるらしく、頼りない店の机がガタガタと揺れてコーヒーに波を立てる。

>「もう、親分さんに話は通してあります。アナタを自由に使っていい、という許可も……いつも通りに、ね」

「いやあ水臭いですわ坊っちゃん。オヤジ越しと言わんでもこのムジナ、坊っちゃんの為にいつでも粉骨砕身しまっせ」

喫煙者にしては不自然に白い歯――これも顔貌固定の副作用である――を見せて品岡は答える。
無論、おべんちゃらである。橘音から持ち込まれる事案はだいたいいつも厄介事だ。
この首にかかる契約の輪がなければ今すぐにでもここを辞してその辺のファッションヘルスに駆け込みたい。
そしてご多分に漏れず、今回もいろんな意味でヘビーな荷物を運ばされるようだ。

>「ムジナさんはこういうお仕事、得意でしょ?色んなモノを運んでるんじゃないですか、お金とか薬とか――死体とか」

「人聞きの悪いこと言わはりますなぁ。ホンマかなわんわ」

渋面をつくりつつも、品岡は否定しなかった。つまりはそういうことである。
とは言え、今はヤクザも法令遵守の時代。そして日本の司法組織は非常に優秀だ。
金や薬はともかく、『人間』一人を足がつかないよう痕跡なく消してしまうには払うべき労力があまりに大きい。

なにせ時は現代。街中に監視カメラがあり、ICカードの履歴は保存され、SNSで常時他人と繋がることのできる時代である。
山の中で霞を食って生きている仙人でもなければ、必ずどこかで人一人分の欠落は露呈する。
妖怪界隈で"神隠し"が流行らなくなったように――ヤクザにとっても人殺しは割に合わない商売なのだ。

113品岡 ◇VO3bAk5naQ:2018/04/09(月) 09:19:57
>「もちろん、これも大切なモノです。東京漂白計画の完遂には必要不可欠なもの」
>「もし、誤ってケースを開けてしまったり、紛失してしまった場合は――」
>「……東京が。滅びます」

「……そら実に、割に合わん仕事ですな」

東京が滅ぶ。ファーストフード店の一席で口に出されたその言葉に、品岡は喉を鳴らした。
ほら来た。やっぱりクソ重たい荷物やないか。一介の式神風情に押し付けて良い責任ちゃうやろ。
様々な恨み言を鋼の精神で飲み下し、懐の煙草缶が無性に恋しくなった。

>「じゃ……確かにお渡ししましたよ。たった今からミッションスタートです」

「こら御前の姐さんにもお駄賃弾んでもらわな。ちゃぁんと口添え頼んますよ」

乾いた口に冷めたコーヒーを流し込み、品岡は席を立った。
受け取ったケースを右手で持ち上げる。重量はあるが、抱えて歩けないほどではない。

>「あ、そうそう。衝撃を加えたりしてもいけませんよ。壊れ物じゃないですが、万一ってこともありますし」
>「そうですねえ、例えるなら……プルトニウムを運んでるくらいの意識でいて頂ければ」

「えぇ……そんなん肌身離さず持っとってワシは大丈夫なんでっかこれ」

いくらただちに影響はないと言われても、百年後に影響があっちゃ困るのが妖怪というイキモノだ。
日露戦争の折に満州で大陸妖怪から呪詛を食らって、つい最近ようやく衰弱死した妖怪を知っている。
当時は帝国陸軍将校の式神だった品岡もまた、同様の呪いが伝染ってないか八方様々な妖怪医にあたったものだった。
検査の結果は陰性で一安心、代わりに性病が発覚してそっちで入院を余儀無くされた。

>「じゃ、そろそろ行きましょうか。皆さんそろそろ見えられるはずです」

橘音は不安を取り除くような気休めを言ってはくれない。それもいつも通りだった。
彼も机の上の注文品を腹の中に片付けて、同様に席を立つ。

>「ウチの事務所ですよ。そこでまず、今回の作戦をミーティングしなくちゃね」

道中で一服つけたいというヤクザの懇願は、当然の如く却下された。

 ● ● ●

114品岡 ◇VO3bAk5naQ:2018/04/09(月) 09:20:22
かつて"のっぺらぼう"だった品岡ムジナには、生来からの変化妖術がある。
変幻自在に姿を変え、古来より人を化かし続けてきた化性の術。
しかしそれは主たる陰陽師によって強固な制限をかけられ、限定的なものへと劣化を遂げている。
のっぺらぼうの中核にして真髄たる『顔』――以外の肉体と物体を変化させる妖術だ。

「"顔"が変えられるなら、絶世の美女なり美男子なりに化けていくらでも稼いだるっちゅうのに」

"顔"は個人を他人と識別する……個性を確立するにおいて最も根源的な概念だ。
その辺のおっさんにAKBの服を着せてもアイドルには見えないように。
免許証や受験票やパスポート、それから指名手配のポスターに大きく顔写真が載るように。
頭部前面に張り付く単なる肉の造形が、その個人の社会的な立場を確認する証となるのである。

陰陽師が適当に設定したこの"顔"がある限り、彼は品岡ムジナという存在から逃れられない。
300年生き続ける妖怪変化を、ちょっとばかし妖術が使えるだけのただのおっさんに縛り続ける、これは楔なのだ。

さて、そんなちょっとばかしの妖術であるが、ヤクザの運び屋をやるにあたってはそれなりに便利だ。
おしぼりや粗品、スーツケースに満載の薬物や銃器、裏金に裏帳簿、果ては高級外車や条約違反の希少動物まで、
品岡ムジナの妖術はそれらの質量を無視し手のひらサイズにまで小さくして身体の中にしまっておける。
つまり品岡はてぶらのまま、あらゆる税関や検査を素通りして大量の物資を密輸できるのである。

それならヤクザの下っ端なんかやらずに運送業でもやれば良い……とかつての品岡は主に反駁した。
しかしそこでも枷となるのが現代日本という法治国家の優秀さだ。

まっとうに運送業をやるとなれば、当然税金を納めなくてはならない。送料の領収書を税務署に提出しなければならない。
しかし大量の物資を輸送するとなれば、当然大型のトラックや船舶を使う、という『建前』が必要になる。
それらの輸送手段を使った場合の燃料代や高速費用なども、当然税務署は追跡が可能だ。
品岡ムジナが物理法則を無視した輸送を行えば行うほど、本来想定されるべき経費との釣り合いがとれなくなる。
疑惑の行き着く先は脱税か――あるいは人知を超越した何らかの手段か。
いずれにせよ、開ければ何が出てくるかわからない国家という匣を不用意につつくことになる。

然るに、とかくこの世は妖怪にとって生きづらい。
結局のところ、現代日本で妖術を有効活用するには、税金を納めない闇稼業しか選択肢はないのだ。
当代の陰陽師はそう結論付けてヤクザの世界に入り、そして品岡の妖術で功績を挙げ、組長の座についた。

閑話休題、話は逸れたがつまりは品岡の能力ならば例えそれが危険物であっても完璧に隠し持つことができる。
適当に圧縮するなり帯状にするなりして、腹のあたりに保持しておけば良い。
そう考えて、早速手渡されたケースに形状変化妖術を行使する。

「……あんまガッツリ形変えんほうがええかな」

橘音からは自由に形状変化を使って良いとは聞いているが、肝心の中身については詮索無用とのことだった。
なにせ開けたら東京が滅ぶと言う。構造的に『開きやすい』ケースの金具を痛めるような変化は避けるべきだろう。
ついでに言えば、ぶっちゃけ肌身離さず持っていたくはない。
万が一開いた時にその余波……があるのかは分からないが、それから逃げ切れる距離は保っておきたい。
となれば、安易に肉体の中に埋め込むというのも考えものだ。

しばし黙考して、とりあえず形は変えずに大きさだけを手のひら大に縮め、
ケースの取っ手に鎖を通してペンダントのように持ち歩くことにした。
これならばいざというときに鎖を千切って放り捨てることもできる。東京より命のほうが大事だ。

「相変わらず小汚いビルですなぁ」

道中でそれだけの準備をして、橘音に誘われるまま品岡は事務所の敷居を跨いだ。


【導入です】

115尾弐 黒雄 ◇pNqNUIlvYE:2018/04/12(木) 21:52:11
>「皆さんは、パズルは得意ですか?」

「……ん? おお、ルービックキューブじゃねぇか。随分懐かしいモノ持ってきたな」

那須野の事務所。
今回の仕事の為に呼ばれ、来客用のソファーで寝転びながら魚肉ソーセージを齧っていた尾弐は、
外出から戻ってきた那須野が手にしている立体パズルを見ると、半分ほど残っていた魚肉ソーセージを一気に口に頬張り、
噛み砕き飲み込んでから上体を起こした。
もはや自宅の様なくつろぎ具合であるが、何時もの事の様で誰もそれに突っ込む様子は無い。

>「世の中にはコレの世界大会があって、日々プロフェッショナルがタイムを競っているそうですよ。いやあ、面白いですよね!」
>「なんだって!? 一度バラバラに解体しなくても出来るのか……!」

「……那須野は揃えるの早すぎて気持ち悪ぃし、ノエルに至ってはどうやって社会生活送ってんのか心配になるレベルだなおい。
 ああ、ちなみに俺はパズルとかそういう細かいのは苦手だぞ」

そうして、尾弐と那須野とノエルと祈。
いつものメンバーで益体も無い会話を交わしながら、那須野の語る仕事の内容を聞いていたのだが……その話が進むにつれて尾弐の表情は険しくなっていく

>「これは『呪詛』です。凶悪な呪いのパワー、それも特殊な――子供を産むことのできる女性だけを殺害する呪詛」
>「女性を呪殺し、子を産む者を根絶する。本来産まれるべき子供を奪い獲る、『子』を『獲る』……すなわち『子獲り』。そう――」
>「今回のターゲットは。『コトリバコ』です」

「……ここ最近。俺の所で女の突然死の葬儀が増えてたんだが……腐乱死体並みに厳重に『梱包』されてたのはソレが原因か」

苦虫を噛んだ様に顔を顰めながら、最近自身が執り行ってきた葬儀を思い出す尾弐。
袋に詰められた『人に見せられない状態の遺体』の葬儀は、このご時世では比較的多く存在するが、
そもそも、そういった死を遂げた遺体は往々にして無念や怨念を纏っている事が多い為、コトリバコの呪詛と混じり
『妖壊』の仕業である事に気付けなかった様だ。

「にしても女だけを殺す呪物たぁ、なんとまあ面倒臭ぇ代物が出てきたもんだ。
 おまけに、あの手のモンは人が死んで噂が広がる程に呪詛の濃度が増してくから時間もねぇ……はぁ」

コトリバコの様な呪物の特性を思い出し、ため息を吐く尾弐。
世界が滅ぶような呪いを前にして不真面目と取られかねない態度であるが、それも仕方ないと言えよう。
こと、呪物というものは壊して終わりというモノではない……いや、むしろ破壊してはいけない類の物であるのだから。

今回の例で言うなら、確かに根源である『箱』を破砕してしまえばそれで呪いが止まる可能性は有る。
だが、それよりも遥かに高い確率で、呪詛が漏れ広がり……中に封じられていたモノの規模に応じて
その周囲の土地を汚染し、この世に一種の地獄を顕現させかねないのだ。

故に、呪詛に対して取れる最善の手段とは封印の類であり……逆に言えば、尾弐の得意とする腕力はその解決に役立たないのである。
己が不得手とする手段でしか解決が図れないとなれば、尾弐が先行きに不安を覚え、ため息を吐くのも当然と言えよう。

>「つまり世界が男ばかり、それも美少年ではなくおっさんばかりになって得する者の犯行……。
>分かったぞ! 犯人はガチでホモ――略してガチホモだ!」

だから、尾弐のため息にノエルの言葉は関係ない。
聞いた瞬間にこめかみを押さえ、眉を潜ませたが関係ない。きっと。たぶん。恐らく。メイビー。

116尾弐 黒雄 ◇pNqNUIlvYE:2018/04/12(木) 21:53:34
>「相手は強力極まりない呪詛ですが、ノエルさんとクロオさん、ムジナさんには効きません。ご安心ください」
>「それに、コトリバコを無力化するための秘策も用意してありますから。ともあれ現地に行ってみましょう、……それと――」

そうして、説明の後に那須野が現地へ向かおうと行動指針を示す。
尾弐はいつも通りにやる気な下げにソファーから重い腰を上げたが……

>「祈ちゃんはこの事務所に待機していてください。報告は逐一行ないますから、バックアップを。いいですね?」
>「わかっ………ぇ、あたし留守番!? なんで!?」

どうにも今回は、その様子がおかしかった。いつも飄々とした態度を取っている那須野にしては歯切れが悪く、
尚且つ戦力として召集をかけた祈に対して待機を命じるという指令。
一瞬、疑問符を浮かべた尾弐であったが、直ぐにその原因に思い至る。

(……ああ、そういや嬢ちゃんは『女』だ。だとすれば、女を殺す呪詛に対して相手が悪すぎるわな)

思えば、多甫 祈という少女は、人外由来の身体能力を有し、またその血脈を引いているとはいえ……人間の少女なのだ。
だとすれば、妖怪でさえ女は死ぬという今回の呪詛と相対するに際し、あまりに不利である。
むしろ、安全を考えるのであれば問題が解決するまで事務所から一歩も出ない事が最善である。那須野はそう判断したのだろう。
それを察した尾弐は、那須野に声をかけ、その辺りの説明をする事を薦めようとするが

>「何それ仲間外れ!? ってかさっき無力化するための秘策があるって言ったじゃん。
>この前の八尺様の時はわざわざ男装させて一番危ない役をやらせといて今回は危ないから駄目って何なのさ!
>それに――男4人で行くなんて絵的にむさ苦しすぎるじゃないか! 僕は美少女がいないとやる気が出ないんだ!」

ここに、那須野の意見に真っ向から反発するブリーチャーズが一人。
御幸 乃恵瑠。雪女の種族を持つ彼は仲間を想う気持ちが強いのだろう。
それが故に、祈を『仲間外れ』にする選択肢に対して強い反発の意志を示して見せた。

祈なら大丈夫と彼女を信頼するノエルと、万一を思い祈の為に遠くへ置く事を選択する那須野。
意見は対峙するが……けれど、ここにおいてノエルの意見が通る事は無い。
何故ならば、この場における決定権を持つのは那須野であり、彼が是と言わない限りは行動計画に変更は無いからだ。
けれども、権限こそなかれその程度で諦めるノエルではない。

>「……分かったよ。それなら……」
>「橘音くん……君はどうなんだい?」
>「……と聞いたところで正直に答えるはずはない。そこでまずはその仮面を引っぺがす!」

ノエルは、最終的に実力行使による意見の突破を目的とし構えを取り

117尾弐 黒雄 ◇pNqNUIlvYE:2018/04/12(木) 21:56:28
「――――そこまでだ。雪女なのに熱くなってねぇでちったぁ頭冷やせノエル。後、覆面剥ぎもマナー違反だ」

だが、すんでのところで尾弐がその襟首を掴み持ち上げ、先程まで自身が腰かけていた柔らかい来客用ソファーへ向けて軽く放り投げる。
次いで尾弐は那須野の方へと向くと、その仮面に自身の右手を向け……デコピンを放った。
手加減をしているとはいえ、鬼の膂力によるデコピンである。まともに直撃すれば、ハリセンでぶっ叩かれたくらいの衝撃は有るだろう。

「那須野、お前さんもだ。そういう方針は一人で決め込まないで俺らに相談しろ……お前が頭が良いのは知ってるし、
 今回の件も祈の嬢ちゃんの事を考えてそう決めたのも判る。
 けどな……最善よりも次善やその次の選択肢の方が好きなバカも、世の中には結構居るんだ。そもそも――――」

そこで尾弐は祈の方へと歩み寄ると、彼女の頭に手を置く。

「お前らの決定には、祈の嬢ちゃんの意見がどこにもねぇ。何より最初にそこを確認すべきだろうが」

そう言った尾弐は祈の頭から手を放してしゃがみ込み、祈と目線の高さを揃えてから再度口を開く。

「祈の嬢ちゃん。手段は俺らでどうにかしてやる――――だから、聞かせてくれ。お前さんは、どうしたい?」

尋ねる尾弐……実の所を言えば、尾弐の中には祈が実働部隊として参加する事を選んだ場合に取る事の出来る対策案が2つ存在している。
一つは、祟りの先掛け……尾弐の様な鬼や、那須野の様な狐には、祟に関する伝承が数多く存在する。
それを利用して、事前に祟る――呪詛をかける事で、他の呪詛を弾くというリスキーな手段。
そしてもう一つが

>「相変わらず小汚いビルですなぁ」

ドアの外から聞こえて来た関西弁。先程、那須野が援軍として呼ぶと言っていた、尾弐も知っている『形状変化』を得意とする妖怪。
内面に問題は有るが、事この様な場面いおいて極めて有用な能力を持つ彼に協力を仰ぐと言う手段。
だが、尾弐はこの二つの腹案をあえて語る事をせず、祈の意志を確認するために返答を求める事にした。

118品岡ムジナ ◇VO3bAk5naQ:2018/04/12(木) 21:58:54
>「皆さんは、パズルは得意ですか?」

東京ブリーチャーズの新たなる任務、そのブリーフィング――
品岡ムジナは橘音の説明を事務所のドア越しに聞いていた。
別に彼が他のメンバーからハブにされているとかでは……まあちょっとはあるかも知れないが、立ち聞きはそれが理由ではない。
事務所内が禁煙だからである。

「えらいけったいなモンが流出しとるみたいやなぁ」

ピース缶から取り出した二本目の両切りタバコに火を付けながら、品岡はひとりごちた。
コトリバコ。その名を聞いただけでニコチンが恋しくなるようなホンモノの霊的災害、『霊災』だ。
陰陽師の式神である品岡もブリーチャーズとは別口の依頼で似たような手合いと対峙したことがある。
尤も、基本的には退魔に使用する機材や祭壇を運搬する役目として関わることばかりではあったが。

かの霊災が八尺様のようないわゆる妖怪による呪殺と異なる点は、そこに『ヒトの悪意』が必ず存在していることだ。
妖怪が半ば本能的に、自らの力の増大を図るべく人を殺すのとは明確に違う。
コトリバコは、人が人を殺す為の呪いなのだ。
故にその毒牙には枷がない。放置しておけば際限なく被害規模は拡大していく。

「鞍馬山は何しとんねん。妖狐の小間使いに外注するような案件ちゃうやろこれ、不祥事やん」

橘音に聞こえていないのを良いことに言いたい放題である。
世に害なす呪詛を秘匿し封印する妖怪銀行、当然そこには強固な結界と屈強な番人というセキュリティが存在する。
向こう云百年と鉄壁を誇っていた鞍馬山の監視を掻い潜ってコトリバコが流出したとすれば、事態はコトリバコだけに留まるまい。
単なる油断や不備からポロッと零れ落ちたならばまだ良い。
問題は、悪意を持った第三者が、鞍馬山から呪物を盗み出せるほどの技術を持っている点にある。

「一応オヤジに報告しといたほうがええんかな……でもなぁ、貧乏クジ引かされんのはワシやろしなぁ」

品岡の親玉である陰陽師は、『御前』とは別の、すなわち人間の側から霊的治安を維持する組織だ。
関東一円はおろかいずれ日本全体に影響を及ぼすであろう霊災を放置しておいて良い道理はない。
陰陽師が腰を上げた場合、その走狗として駆り出されるのはやはり式神の品岡なのだろう。
二足のわらじはこれだから面倒だ。そうなる前にとっとと片付けるに限る。

>「それに、コトリバコを無力化するための秘策も用意してありますから。ともあれ現地に行ってみましょう、……それと――」

三本目のショートピースが燃え尽きる頃、ブリーフィングが纏まったらしき気配を感じた。
ニコチンの補給も十分だ。匂い消しにミントタブレットを二三個口に放り込んで噛み砕きながら、品岡はドアに手を掛けた。

>「祈ちゃんはこの事務所に待機していてください。報告は逐一行ないますから、バックアップを。いいですね?」
>「わかっ………ぇ、あたし留守番!? なんで!?」

どうやら出撃前にもうひと悶着起きたようである。
東京ブリーチャーズの常勤メンバーとは何度か仕事を共にしたことがあるのでその人となりは知っている。
都市伝説ターボババァの血縁、多甫祈。コトリバコとはおそらく最も相性の悪い『女性』だ。

>「何それ仲間外れ!? ってかさっき無力化するための秘策があるって言ったじゃん」

噛み付いているのは"男雪女"の御幸乃恵瑠。
極めて希少な男性型雪女故に、今回はその個性によりコトリバコの呪いを免れている。
祈と乃恵瑠の二人は総じて元気が良いので陰気なヤクザの品岡としては苦手な部類だ。
そしてもっと苦手なタイプは――

>「――――そこまでだ。雪女なのに熱くなってねぇでちったぁ頭冷やせノエル。後、覆面剥ぎもマナー違反だ」

"黒鬼"尾弐黒雄。東京ブリーチャーズのブレーキ役にして、裏社会専門の葬儀屋。
怪異絡みの死亡事例の他表に出せない暴力団の葬儀も取り仕切る、品岡よりよほどヤクザ然とした男だ。
その猛獣のような威圧感は本職ヤクザの品岡をして萎縮させ、本職陰陽師の山里組長でさえノータッチ。
まさに東京のアンタッチャブル、ヤクザ社会のタブーに近い男だ。

119品岡ムジナ ◇VO3bAk5naQ:2018/04/12(木) 22:01:26
>「祈の嬢ちゃん。手段は俺らでどうにかしてやる――――だから、聞かせてくれ。お前さんは、どうしたい?」

尾弐が話をうまく纏めつつあるし、そろそろ顔を出しても良い頃だろう。
若年特有の青く熱いやり取りに参加するつもりはないが、年長者として後押しぐらいはできる。

「……って、何空気読んどんねんワシ」

我が物顔で街を征くヤクザに在るまじき状態だ。
女子供や優男によろしくされるのも座りが悪いし、ここで一つ立場の再認識というヤツをやってやろう。

「相変わらず小汚いビルですなぁ」

ドアを開けるなり不遜な発言をしながら品岡は事務所に歩み入った。
橘音の元にあるルービックキューブを拝借し、手近にあるソファにどかりと腰掛ける。

「ご紹介に預かった品岡や。まぁ自己紹介せんでも皆ワシの顔は知っとるやろ」

纏まりかけた空気にしっかり水を差しながら、色眼鏡越しに祈と乃恵瑠をねっとりと見る。

「外で聞かせてもろたけど、なんやヤンヤ言いやんなや。橘音の坊っちゃんが困っとるやないか。
 コトリバコっちゅうのがどういう呪詛か聞いとったやろ。
 ありゃマジでヤバイんや、近づくだけで呪われるのに嬢ちゃん連れてけるわけないやろ」

ルービックキューブを手の中で弄びながら、既に尾弐が十分説得したことを復唱するように言う。
まさに鬼の威を借るムジナである。
ルービックキューブは瞬く間に6種の色が混在してぐちゃぐちゃになってしまった。
橘音に任せればまたピタリと戻せるかもしれないが、品岡にはもうどうしようもない。

「……っちゅうんが大人の建前の話やな。尾弐のアニキが言うたようにどうにかする方法はある。
 嬢ちゃん次第やけどな。ちょいと優しいおじさんの豆知識聞いてみんか」

まだら色になったキューブを指で弾き、立てた人差し指の上で回転させる。
品岡が特別器用なわけではなく、人差し指を変化させてキューブが回りやすくしているだけだ。

「例えばこのワシの変化妖術。モノの形を好き勝手変えられるチャチな手品みたいなもんや。
 生き物や妖怪の形を変えるには相手の許可が必要やねんけど、こいつを嬢ちゃんに使うこともできるんや。
 嬢ちゃんの身体の『構造的に女らしい』部分を"埋めて"、『構造的に男らしい』部分を"生やす"。
 ……あぁ、具体的にどういう部位かについては、お家に帰っておばあちゃんにでも聞くんやで」

指先で回転するルービックキューブが、ひとりでにカチャカチャと組み変わって行く。
蛹の中で眠る蝶のように、内部で一度バラして構造を変化させているのだ。

「もっと簡単に噛み砕いて言うなら、モロッコ行かんでも歌舞伎町で性転換手術はできるっちゅうことや。
 ワシは専門家やないからホルモンバランスとか交感神経やらは弄れんけど、とりあえず形を男に見せかけることはできる。
 女に対するコトリバコの呪いは子作りの臓器を破壊する呪詛や。構造的にそれをなくしてしまえば呪いは防げるやろな。
 まぁ、こんなもんは見せかけの子供だましに過ぎん対策やけれども――」

ルービックキューブの回転が止まる。
そこにあったのはもとの正六面体ではなく、一面の中央が突起し反対側が凹んだ卑猥な造形物だった。

「――ワシはのっぺらぼう、"騙し"の専門家や。呪いだって騙してみせたる」

無論、品岡の講釈は実施事例のない机上の空論に過ぎない。
コトリバコが相手の何をもって『女性』と認識するかは不明なのだ。
更に言えば、呪いの種別を"対子供"に切り替えられた場合に対応できるかどうかも分かっていない。
だから実際には、もう二重三重に防御を施す必要はあるだろう。

「嬢ちゃんが親にもらった身体弄るのに抵抗あるならやめといてもええで。電話番も立派な仕事や。ワシもよくやっとるし」

【ブリーチャーズに合流、疑似性転換による呪詛防ぎを提案】

120那須野橘音 ◇TIr/ZhnrYI:2018/04/12(木) 22:02:41
>わかっ………ぇ、あたし留守番!? なんで!?

自分の決定に対して、祈が不服を申し立てるであろうことは予想の範囲内だった。
そして、それに対する回答も用意していた。――と言っても、それは前述の説明の復唱に過ぎなかったが。
コトリバコは女子供を殲滅することに特化した呪具である。
女でしかも外見通り子供である祈は、コトリバコにとって格好の餌食であろう。
様々な可能性を勘算した結果、橘音は単純に『祈をコトリバコに近付かせない』ことが最善であるとの決断を下した。
触らぬ神に祟りなし、と言う。それが祈を危険から遠ざける最上の手であると、橘音は判断したのだ。

が。

>何それ仲間外れ!? ってかさっき無力化するための秘策があるって言ったじゃん。

祈からの抗議の声はなく、それは別の方角から聞こえた。
ノエルだ。

>この前の八尺様の時はわざわざ男装させて一番危ない役をやらせといて今回は危ないから駄目って何なのさ!

「それは……」

確かに、そうだ。前回の八尺様漂白作戦において、自分は祈に囮という最も危険な役目を課した。
だというのに、今回は留守番などというのは道理に合わない。ノエルが抗議するのも尤もだ。
しかし、今回は危険度のレベルが違う。八尺様も祟り神という最高レベルの《妖壊》だったが、コトリバコには遥かに劣る。
そして。コトリバコには『その呪詛を受けて、生き延びた者はいない』という、厳然たる事実がある。
万一祈がコトリバコのターゲットになってしまったら。その呪詛を受けてしまったら。
多少小知恵が回る程度の橘音では、手の施しようがない。

>橘音くん……君はどうなんだい?

逡巡していると、ノエルに目の前を塞がれた。そして告げられる言葉に、

「……へっ?」

思わず頓狂な声を出してしまう。

>……と聞いたところで正直に答えるはずはない。そこでまずはその仮面を引っぺがす!
>それでも超美形すぎて分からなければその時は――身ぐるみ引っぺがす!

「ち……ちょっ!?ノ、ノエルさん!?」

突拍子もない発言に、さすがに慌てた。
東京ブリーチャーズ内において、橘音の素顔や性別はある意味アンタッチャブルなものとして扱われてきた。
が、このエキセントリックな人物に『空気を読む』などという芸当ができるはずがなかったのだ。
わきわきと両手指を蠢かせ、人の悪い笑みを浮かべたノエルが身構えるのを見て、思わず両腕で自身を抱く。
『やる』と言ったら『やる』目だ。降って湧いた貞操の危機である。

「ひぃぃ……、ス、ストップストップ!ステイ!ハウス!おすわり!!」

なんだかよくわからないことを言ってノエルを制止しようとするも、もちろん効果はない。
まさに一触即発。そして、ノエルが橘音の仮面を剥がさんと飛びかかりかけた、その瞬間――

121那須野橘音 ◇TIr/ZhnrYI:2018/04/12(木) 22:03:34
>――――そこまでだ。雪女なのに熱くなってねぇでちったぁ頭冷やせノエル。後、覆面剥ぎもマナー違反だ

動いたのは尾弐だった。ノエルの襟首を借りてきた猫の子よろしく掴み上げ、ぽいとソファへ投げ飛ばす。
間一髪、貞操の危機は脱したと橘音は胸を撫で下ろした。
が。

ほっと息をついた直後、尾弐のデコピンが額を直撃する。

「ぴぎゃん!」

鳴いた。半狐面越しとはいえ、鬼の膂力のデコピンである。衝撃に大きく仰け反り、それから額を押さえてうずくまる。

>那須野、お前さんもだ。そういう方針は一人で決め込まないで俺らに相談しろ……お前が頭が良いのは知ってるし
>今回の件も祈の嬢ちゃんの事を考えてそう決めたのも判る。
>けどな……最善よりも次善やその次の選択肢の方が好きなバカも、世の中には結構居るんだ。そもそも――――

「うぐぐぐ……。く、首が吹き飛ぶかと思いました……。頭脳労働者の頭が吹っ飛んだら、無脳労働者になっちゃいますよぉ……」

滔々と語られる尾弐の言葉を、涙目になりながら聞く。
橘音は探偵である。探偵は真実の探求を是とし、何よりも優先すべきと捉えている。
が、橘音は真実を探求し、真理に到達しても、それを余人に開示しない。自分だけが分かっていればいいと思っている。
よってしばしば自分ひとりが得心してしまい、周囲の人々は置いてきぼり――という状況が発生する。
今回もそうだ。導き出された結果だけを告げ、その結論に至る途中経過を説明することを省いてしまった。
橘音のそんな思考に慣れたメンバーは察してくれるものの、空気の読めないノエルには通用しなかった、というわけだ。

>お前らの決定には、祈の嬢ちゃんの意見がどこにもねぇ。何より最初にそこを確認すべきだろうが

確かにその通りだ。よかれと思って判断を下したものの、メンバーの、何より祈の意思を顧みなさすぎたかもしれない。
橘音は何も酔狂で異種妖怪からなる東京ブリーチャーズを結成したわけではない。
それは、様々な妖怪たちの意見を取り入れ、多様な思想、主義主張のもとに計画を推進しようとしたがゆえである。
ただ単に東京を漂白するための兵隊を集めるだけなら、眷属たる妖狐を幾らでも用意することができる。
だが、それではいけない。様々な考えを持つ、様々な妖怪たちと力を合わせて計画を進めることに意味がある。
何故なら、漂白計画の舞台である東京は、八百万の神が住まう日本の中枢。
その空気に、水に、大地に。ありとあらゆる妖の棲む都であるのだから。

「……そうですね、クロオさんの仰る通りです。わかりました、わかりましたよ、もう……」

まだ額はジンジンするが、一旦気を取り直して頷く。戦力外通告を撤回するとしたら、これからどうするか。
まずは祈の意思確認だろう。接近することさえハイリスクなコトリバコの呪詛、それから身を守るにはどうするか。
そも、祈は戦いに行きたいのか。それともリーダーである橘音の指示に従うのか。

>祈の嬢ちゃん。手段は俺らでどうにかしてやる――――だから、聞かせてくれ。お前さんは、どうしたい?

尾弐が祈に訊ねる。強面の尾弐だが、こういう場合の対応はひどく優しい。
尾弐にコトリバコの呪詛を回避する腹案があるように、橘音にもいくつか呪詛返し、呪詛逸らしの策がある。
だが、それとて100パーセントではない。そもそも、それをコトリバコに対して試したこともない。
すべては憶測に過ぎず、『効く』か『効かない』かを確認するには、実際にやってみる以外にないのだ。

(……できれば、やりたくはないんですが……ね)

ちら、と仮面越しに祈を見る。
祈は正義感の強い少女だ。様々な妖怪の思惑が絡むこの東京漂白計画を、正義の行いであると信じている。
橘音はそれを子供の幼い憧憬だと思っている。
無知と無邪気からなる、幼稚な憧れ。聖夜にサンタクロースを信じるのと、それは何も変わらない。
だが、無知はすなわち無垢であり、無邪気は転じて無敵となりうる。
それは永い刻を生き、多数の経験と叡智を手に入れて分別臭くなった自分たちが永久に喪ってしまったもの。
自分を正義と断言できる、キラキラ輝く眩しい魂の煌めき――。
それだけは、なんとしても守らなければならない。

例え、我が身を子獲りの呪詛の前に投げ出してでも。

122那須野橘音 ◇TIr/ZhnrYI:2018/04/12(木) 22:05:15
>ご紹介に預かった品岡や。まぁ自己紹介せんでも皆ワシの顔は知っとるやろ

事務所内のメンバー全員が祈の答えを待っていると、示し合わせたようにチンピラ風の男が入ってきた。
品岡ムジナ。今回のコトリバコ漂白のために応援として呼んだ非正規メンバーだ。

>嬢ちゃん次第やけどな。ちょいと優しいおじさんの豆知識聞いてみんか

出る機会を見計らっていたのかと思ってしまうほどのタイミングで、ムジナが告げる。
流暢な話題の持って行き方は、さすがヤクザ……といったところだろうか。
メンバーの意識がムジナに向かうと、橘音もまた緩く腕組みしてムジナの言葉に耳を傾けた。

>嬢ちゃんの身体の『構造的に女らしい』部分を"埋めて"、『構造的に男らしい』部分を"生やす"。

ムジナの指先で、ルービック・キューブが尋常ならざる形状に変化していく。
それが、ムジナの持つ妖術だった。もう何度も見ているはずだが、改めてその術の冴えに驚く。
自分が変化する変化術ならばある程度は自信のある橘音だったが、物体や他者の変質となるとまったくの不得手である。
彼は自らを分家筋、だとか卑下して語るが、なかなかどうしてここまで変化に熟達した妖怪はいない。

>――ワシはのっぺらぼう、"騙し"の専門家や。呪いだって騙してみせたる

頼もしい言葉だった。自らの修めた術への、絶対の自信がうかがえる。
本来はあくまでも『秘策』の運搬役として選定したつもりだったが、意外なところで有利に働いたものである。
……ただし、ムジナ本人も考えている通り、それもまた尾弐や橘音の腹案同様実施事例のない仮説に過ぎない。
効果のあるなしは、祈本人による『人体実験』で確認するしかないのだ。
ムジナが提案を終えると、束の間事務所の応接間内に静寂が訪れる。
幾許かの時間を置いて、橘音が口を開く。

「……ボク個人の意見としては、やはり祈ちゃんを連れて行くのはお勧めしません」
「けれど、ここは祈ちゃんの意思を尊重しましょう。もし行くというのなら、可能な限りの対策はします」
「でも、それも十全な効果を発揮するかはわからない。相手は『霊災』……単なる《妖壊》とはワケが違うのですから」

そこまで言ったところで、誰も手を触れていなかったテレビの電源が入る。
緊急のニュース速報だ。稲城市の某所で今まさに、多数の女性が血を吐き苦悶しては倒れているという。
言うまでもなく、コトリバコがその場にあるということの証左であろう。
女性ニュースキャスターが、切羽詰まった様子で退避勧告の文言を読み上げている。
まもなく事件の発生した区画は隔離され、誰ひとり立ち入ることができなくなる、との情報も――。

「……始まったようですね」

低く押し殺した声音で、呟くように言う。
長々と考えている時間はない。こちらの行動が遅ければ、それだけ苦しんで死ぬ女性が増える。
橘音は改めて祈の顔を見つめた。そして白手袋に包んだ右手を彼女へと差しのべると、

「さあ。選んでください、祈ちゃん――キミの進むべき道を」

と、言った。

123多甫 祈 ◇MJjxToab/g:2018/04/12(木) 22:06:27
 しゅんとした表情で祈が橘音を目で追っていると、ふと祈の方を向いていたノエルと目が合う。
するとノエルは任せてとでも言いたげに笑んで、祈にウィンクをしてみせた。
そして机を叩いて立ち上がると、橘音へ向かい猛然と抗議を始めるのだった。
>「何それ仲間外れ!? ってかさっき無力化するための秘策があるって言ったじゃん。
>この前の八尺様の時はわざわざ男装させて一番危ない役をやらせといて今回は危ないから駄目って何なのさ!
>それに――男4人で行くなんて絵的にむさ苦しすぎるじゃないか! 僕は美少女がいないとやる気が出ないんだ!」
「御幸……」
 残念ながら抗議の結果は振るわなかった様子だが、抗議をしてくれたことが祈は嬉しい。
 御幸 乃恵瑠。雪女の種族に生まれた明るい青年。
八尺様を討ち果たしたあの夜、八尺様の魂の消滅という結末に戸惑い、
気持ちを消化できず悩んでいた祈。それを救ったのはノエルであった。
 ノエルの持つ、子どもに読み聴かせる絵本やおとぎ話のような優しい世界観。
それは祈が八尺様の死を受け入れ、彼女の再生を正しく祈ることに繋がった。
ノエルの話が事実であるかどうかは別にして、
そんな優しい話を聞かせてくれる誰かがいるということに祈は救われたし、
男に抱きしめられたことなどない祈は今思い出しても頬が熱くなるような思いだが、
抱きしめられた時はめちゃくちゃ安心した。その安心感は祈の揺れる心を安定させたのだった。
 そんなことがあったからと言って二人の関係に何らかの変化があった訳ではないが、
祈の目にはノエルへの信頼が以前よりも見えるようになった。
 祈はまるで頼れる兄ができたような感覚が――、
>「橘音くん……君はどうなんだい?」
>「……と聞いたところで正直に答えるはずはない。そこでまずはその仮面を引っぺがす!」
(……ん?)
 祈が事の推移を見守っていると、どうやらノエルの話が脱線したらしく、
祈という美少女成分(祈は自分のことを美少女だと思っていないので元々そんなものはないのだが)が足りないなら
性別不詳の橘音が補えばいいじゃない、実は君は女の子なんだろうさぁその仮面を取り給え、
ほれほれ良いではないか良いではないか、あーれー。そんな流れになりつつあった。
 橘音の仮面は、ブリーチャーズの全員が無意識か意識的か触れることのなかった疑問だ。
単にファッションのつもりであるやも知れないが、顔の下に大きな傷があってそれを気にして隠しているのやも知れない。
そんな様々を考慮して誰もが触れてこなかったものに、ノエルは脱線した暴走列車で突っ込んでいく。
>「ひぃぃ……、ス、ストップストップ!ステイ!ハウス!おすわり!!」
 今まさに橘音の仮面にノエルの手が伸び、列車は激突するかに思われた。
だが。

124多甫 祈 ◇MJjxToab/g:2018/04/12(木) 22:07:34
>「――――そこまでだ。雪女なのに熱くなってねぇでちったぁ頭冷やせノエル。後、覆面剥ぎもマナー違反だ」
 爆走を続ける列車を片手で止める者がいる。その男は既にノエルの背後まで回り込んでおり、
祈が止めようとするまでもなく、ノエルの襟首を掴んで来客用ソファへと軽々と放り投げてしまう。
 尾弐 黒雄。黒鬼。ブリーチャーズのまとめ役。
 文字通りノエルと橘音の間に入った尾弐は、ヒートアップするノエルを軽々いなしただけでなく、
ブリーチャーズのリーダーである橘音にも平然とデコピンをかまし、
>「ぴぎゃん!」
 貴重な橘音の鳴き声――、場の混乱を完全に治めてしまった。手馴れたものである。
 尾弐のデコピンを喰らった橘音ののけぞり方が半端でなかった為、それが少々心配ではあったものの、
ともあれ、話がこじれなかったことに祈は安堵する。
 密かに橘音の素顔が気になっている祈としては、僅かに残念である気もしたのだが。
>「那須野、お前さんもだ。そういう方針は一人で決め込まないで俺らに相談しろ……お前が頭が良いのは知ってるし、
> 今回の件も祈の嬢ちゃんの事を考えてそう決めたのも判る。
> けどな……最善よりも次善やその次の選択肢の方が好きなバカも、世の中には結構居るんだ。そもそも――――」
 尾弐は橘音やノエルへと言葉を重ねながら祈の傍まで歩み寄ると、その手を祈の頭へと載せた。
大きくてごつごつしていて、温かい手だなと祈は思った。不思議と心地良い。
>「お前らの決定には、祈の嬢ちゃんの意見がどこにもねぇ。何より最初にそこを確認すべきだろうが」
 尾弐はその手を外見に見合わぬ優しい動作でそっと離すと、
今度はまるで小さな子どもとでも話すように、しゃがんで目線を合わせた上で、祈に訊ねるのだった。
>「祈の嬢ちゃん。手段は俺らでどうにかしてやる――――だから、聞かせてくれ。お前さんは、どうしたい?」
 祈は、橘音の決定は覆せないものだと思っていた。
橘音は東京ブリーチャーズのリーダーであるし、狐面探偵としてその名を馳せる智慧者だ。
そんな人物が否というのだから否であると。
しかもどうやらコトリバコというものは祈が想像するよりもはるかに危険なものであるらしく、
攻撃に当たらなければ大丈夫だろうだとか、近づかずに攻撃すれば平気だろうだとか、
そんな安易な考えや小細工が通じる相手ではなさそうである。
コトリバコを封じる秘策があると言う橘音自身が祈の同行を断った程なのだから。
 だが尾弐は、どうにかしてくれると言う。
頼もしい言葉やその声に、動作に。
祈も安心感を覚えて、素直な気持ちを吐き出すことができそうな気がした。
 祈は尾弐の目をまっすぐに見て、口を開く。
「あたしは――」

125多甫 祈 ◇MJjxToab/g:2018/04/12(木) 22:10:18
>「相変わらず小汚いビルですなぁ」
 祈の言葉を遮るように事務所のドアが開かれて、
不遜な態度で男が一人、そんな言葉を吐きながら入って来る。
そちらを見やれば、祈の知った顔がそこにあった。
 品岡ムジナ。形状変化の能力を持ちながら、顔の変化を封じられたのっぺらぼう。
今はヤクザの走狗であり、ブリーチャーズの非正規メンバーでもある。
 話が纏まりかけたところでやってきた闖入者に、当然四人の視線は注がれているあろうに、
当の本人はどこ吹く風と言った体でそのまま堂々と歩みを進めていく。
そして橘音の元にあるルービックキューブを掴んだかと思えば、
事務所の主人に促された訳でもなしにソファにどかりと腰を下ろした。
 その遠慮のない衝撃に、ソファが大きく軋む。
>「ご紹介に預かった品岡や。まぁ自己紹介せんでも皆ワシの顔は知っとるやろ」
 一瞬にして場の空気を変え、支配した品岡はそう続けた。
 品岡のいかにもヤクザものらしい横柄な態度。色眼鏡越しでも感じる、
ノエルや祈を舐める無遠慮なねっとりとした視線。
 流石に祈もムッとして、何らかの言葉をぶつけようとするのだが、それより先に品岡が口を開いた。
>「外で聞かせてもろたけど、なんやヤンヤ言いやんなや。橘音の坊っちゃんが困っとるやないか。
> コトリバコっちゅうのがどういう呪詛か聞いとったやろ。
> ありゃマジでヤバイんや、近づくだけで呪われるのに嬢ちゃん連れてけるわけないやろ」
 拝借したルービックキューブを手の内で弄びながら。
 その掌の中で、橘音によって色の揃えられていたルービックキューブは
いつの間にか6面バラバラの配色に変えられてしまっていた。
>「……っちゅうんが大人の建前の話やな。尾弐のアニキが言うたようにどうにかする方法はある。
>嬢ちゃん次第やけどな。ちょいと優しいおじさんの豆知識聞いてみんか」
 そう言って品岡は語るのだった。祈がコトリバコに立ち向かう方法を。
 それは、女であるのが駄目ならば女でなくなってしまえば良いという、
至極単純明快な論理であり、しかし非常に難しい話であったのだが、品岡はただそれだけの事とでも言うように簡単に言ってのけた。
それもその筈だろう。品岡の形状変化の力であれば、
品岡が言うように海外になどに行かなくてもこの場で、しかも短時間で女を捨てて男になることができるのだから。
 品岡が指の上に載せた、色がバラバラにされたルービックキューブ。
それは独りでに回り、組み合わさり、終いには一面の中央が突起し反対側が凹んだ卑猥な造形物となった。
このルービックキューブのように、祈すらも簡単に変えてしまえるのだろう。
 そして品岡は、自分ならばコトリバコの呪いすら騙してみせると豪語した後、
>「嬢ちゃんが親にもらった身体弄るのに抵抗あるならやめといてもええで。電話番も立派な仕事や。ワシもよくやっとるし」
 こんな言葉で結んだ。

 親に貰った身体を弄ることに対する抵抗があるなら。そう品岡は言うが、
ない訳がないではないかと、祈は歯噛みする。
既にいない両親。二人から貰った身体を弄ることに対しては勿論だが、
この形状変化には大きな危険が伴うと祈には思えたからだった。

126多甫 祈 ◇MJjxToab/g:2018/04/12(木) 22:11:24
 学校の成績が中の下の祈でも、
流石にコウノトリがキャベツ畑から子供を運んでくる訳ではなく、
母が子を産むことや、女にはそういう臓器というか器官というか、そういう物があることぐらいは知っている。
 祈にそこまで具体的な人生設計があるかと言えば答えは否だが、
将来もしかしたら好きになった男の人と家庭を築いて、子どもを産み、
この手にその子を抱くようなこともあるのかもしれないと、そんな可能性を漠然と考えなくもない。
 だがもし仮に、形状変化によってその器官のどこかに傷が付いたり、後遺症が残ったり、
器官が元通りにならなければ、ぼんやりと抱いていたその未来、我が子を手に抱くと言う未来は簡単に閉ざされることになる。
品岡は形状変化の術のエキスパートではあっても、医者ではないのだから。
 品岡が負傷するなど、何らかの理由で元に戻せなくなった場合も結果は同様であるし、
最悪の想像として、『品岡が元通りにするのを拒んだら?』というものがある。
品岡は祈の目から見て、そこまで信用できる男ではない。
 拒むまではいかなくとも、戯れに、あるいは遊び半分に。
ストレスが溜まっているならその捌け口に。
あるいはなんとはなしに。もしくは面白いと思って。
誰にも、それこそ祈本人や、彼を呼び出し制御しているであろう橘音にすら気付かれぬように小さな傷を残したり、
細工を施したり、そんなことができるのだとしたら。
そこに残るのは、女としての生を失った哀しい人間もどきだ。
 法という国家との約束事を反故にして歩き、人の不幸で飯を食べる。
そんなヤクザ者。その一員である品岡。
信頼する医者でもない彼に己の体を、それも生物にとって最も重要で、
根幹をなす部分を預けるというリスクがそこには存在する。
 赤ちゃんができなくなるかもしれない。そんな暗い言葉が祈の頭の内を覆った。
それだけでなく、もしかすれば、痛い思いや恥ずかしい思いもするかもしれず、不安の種はいくらでも祈の心に芽吹く。
 だが。祈には迷いなど最初からなかった。

127多甫 祈 ◇MJjxToab/g:2018/04/12(木) 22:11:34
 学校の成績が中の下の祈でも、
流石にコウノトリがキャベツ畑から子供を運んでくる訳ではなく、
母が子を産むことや、女にはそういう臓器というか器官というか、そういう物があることぐらいは知っている。
 祈にそこまで具体的な人生設計があるかと言えば答えは否だが、
将来もしかしたら好きになった男の人と家庭を築いて、子どもを産み、
この手にその子を抱くようなこともあるのかもしれないと、そんな可能性を漠然と考えなくもない。
 だがもし仮に、形状変化によってその器官のどこかに傷が付いたり、後遺症が残ったり、
器官が元通りにならなければ、ぼんやりと抱いていたその未来、我が子を手に抱くと言う未来は簡単に閉ざされることになる。
品岡は形状変化の術のエキスパートではあっても、医者ではないのだから。
 品岡が負傷するなど、何らかの理由で元に戻せなくなった場合も結果は同様であるし、
最悪の想像として、『品岡が元通りにするのを拒んだら?』というものがある。
品岡は祈の目から見て、そこまで信用できる男ではない。
 拒むまではいかなくとも、戯れに、あるいは遊び半分に。
ストレスが溜まっているならその捌け口に。
あるいはなんとはなしに。もしくは面白いと思って。
誰にも、それこそ祈本人や、彼を呼び出し制御しているであろう橘音にすら気付かれぬように小さな傷を残したり、
細工を施したり、そんなことができるのだとしたら。
そこに残るのは、女としての生を失った哀しい人間もどきだ。
 法という国家との約束事を反故にして歩き、人の不幸で飯を食べる。
そんなヤクザ者。その一員である品岡。
信頼する医者でもない彼に己の体を、それも生物にとって最も重要で、
根幹をなす部分を預けるというリスクがそこには存在する。
 赤ちゃんができなくなるかもしれない。そんな暗い言葉が祈の頭の内を覆った。
それだけでなく、もしかすれば、痛い思いや恥ずかしい思いもするかもしれず、不安の種はいくらでも祈の心に芽吹く。
 だが。祈には迷いなど最初からなかった。

128多甫 祈 ◇MJjxToab/g:2018/04/12(木) 22:13:24
 誰も触れていない筈のテレビがひとりでに点いて、緊急のニュース速報を流す。
現場の映像こそ流さないが、稲城市にて多数の女性が血を吐き倒れていると伝えるニュースキャスターの切迫した声が、
これが真実であると、異常事態であると明確に知らせていた。
 コトリバコを持った何者かがその力を振るっている――。

 橘音は祈の顔を見つめて、白手袋に包んだ右手を祈へと差し伸べてこう問うた。
>「さあ。選んでください、祈ちゃん――キミの進むべき道を」
 祈は、先程遮られて言えなかった言葉の続きを告げる。答えは最初から決まっていた。
「あたしは“行く”よ。品岡のおじさんの提案に乗る」
 立ち上がり、橘音の仮面越しの視線を真っ向から受け止めて。
 足手纏いになるだとか、付いて行けば状況が悪化するだとか、
絶対的な理由で“行けない”のならばまだしも、
行ける道があるのならば、行かないと言う選択肢を選ぶ理由が祈にはない。
 なぜなら祈は、正義の味方だから。
 確かにブリーチャーズは完全な正義の味方ではないかもしれない。
橘音も何やら、誰かから依頼されて漂白しているようでもある。
 だが祈は知っている。
 心が壊れてどうしようもなく、暴れまわる《妖壊》達。
そんな誰も立ち向かうことのできない脅威に立ち向かうのは命懸けだということを。
 幾ら妖怪が死なぬと橘音が話していたとは言え、痛みや苦痛、苦悩からは無縁ではないし、
また死なないという話も確実ではない。
事実、妖怪であり祟り神でもあった八尺様はこの世から消滅している。何か切欠があれば妖怪も恐らく死ぬのだ。
だから橘音も、ノエルも、尾弐も。全員が文字通り命を懸けて戦っていることになる。
 そしてそれは恐らく、自分の為と言う我欲だけでは成せない。
己の身が可愛いのならば、危険が降りかかった時に逃げ出してしまえばいいのだから。
戦闘能力のない橘音など特にそうだ。
部下に任せて安全な事務所でふんぞり返っていればいいものを、
本人はむしろ積極的に現場に赴き、常に策を巡らせ指示を飛ばしている。
 橘音を始めとして、ブリーチャーズの誰もが逃げることはない。
それは我欲を超えた『何か』の為に戦っていることを意味しており、
その『何か』は東京という街を、人々を守ることに直接に繋がっている。
 だからきっと、東京ブリーチャーズは正義の味方だと祈は信じる。
バイトとは言えその一員である自分もまたそうであると。
「ちゃんと元通りにできるんでしょ? 品岡のおじさんなら」
 その一員であることが誇らしいから。その誇りに恥じない己でありたいから。
皆と肩を並べて歩きたいから。人々を守る、祈が描く正義の味方でありたいから。
 背を向けることを祈自身が許さない。
「橘音にもさっき言ってた対策ってやつ、やって貰っていいかな。時間もないし、最低限で良いから」
 ぐずぐずしてはいられない。
 脅威は既に、街を飲み込み始めているのだから。

129ノエル ◇4fQkd8JTfc:2018/04/12(木) 22:15:15
>「ひぃぃ……、ス、ストップストップ!ステイ!ハウス!おすわり!!」

橘音が必死で止めようとするも、残念ながらノエルは某犬妖怪ではなかった!
それどころか、いつも冷静な橘音が素丸出しで慌てふためく様はこの変態を更に刺激してしまった。いわゆるギャップ萌えである。

「そそるねぇ! モフモフクンクンしたるわあ! ありのままの姿見せやがれぇええええええええええええ!!」

雪女特有の妖艶な笑みすら浮かべ、色んな意味でギリギリな台詞を吐きながら襲い掛かる!
が、間一髪で黒雄に阻止されソファにダイブすることとなった。
落下時にソファごと傾いて後ろの本棚にあたり、顔の上に資料が何束か落ちてきた。

>「――――そこまでだ。雪女なのに熱くなってねぇでちったぁ頭冷やせノエル。後、覆面剥ぎもマナー違反だ」

「ゴメンよ橘音くん……もうしないから」

資料が乗っかっているせいで表情は見えないが、一応反省しているらしい。
どうやら黒雄の言う事は素直に聞くようである。この珍獣をも手なずけるマッチョのOTONA力半端ない。
もし彼がいなかったらとっくに珍獣の収拾が付かなくなっていることだろう。

「でもさ、そろそろ顔ぐらい見せてくれたっていいじゃないか……。隠されると気になるんだよ、パンツと一緒さ」

早いもので自分がここに来てからもう2年半以上経ったか――
こっちは普通に戦闘の度にお気軽に変化解いてるというのに、橘音くんときたら正体どころか顔すら見せてくれない。
そもそも、橘音くんが無駄にモフモフして可愛い(※勝手な想像図)……じゃなくて。
秘密主義だからいけない――とノエルは思う。何も正体見せろとまで言っているわけではない。
人間に化けた時の顔を思わせぶりに隠したところで一体何の意味があるというのか。
そして、そんな大して意味がないものが気になってしまう自分にも悶々としてしまうのである。
そもそも仮面剥がしの暴挙に出たのは当然橘音自身の身を案じた面も無くは無いのだが
そういえば妖狐だからどうにでも化けれるのか――それならそうと言えよ!と自己完結した。
顔の上に乗っている資料をのけようとして両手で持ち上げ、仰向けの姿勢のまま何気なく見る。
まだノエルが加入する前のブリーチャーズ結成初期の資料のようだ。
トイレの花子さんの話し相手に人面犬の飼い主探し、といったいかにも連載初期のコメディタッチのノリから始まり
開始直後の勢いがなくなってきてテコ入れにそろそろバトルぶっ込むかというところで平成26年豪雪――
へえ、雪女の討伐もやったんだ。東京を豪雪地帯にしようなんて空気読まない奴もいたもんだなあ!
と見ていると当然、勝手に見ないでくださいという感じで取り上げられて片付けられるであろう。
言っちゃダメ系の昔話がたくさんあるように、妖怪業界でも個人情報漏洩はよろしくないのである。

>「祈の嬢ちゃん。手段は俺らでどうにかしてやる――――だから、聞かせてくれ。お前さんは、どうしたい?」

と、まとまりかけたところに絶妙のタイミングで入ってくる者がいた。
実際にはタイミングを見計らっていたのだから絶妙なのは当たり前なのだが。

130<削除>:<削除>
<削除>

131御幸 乃恵瑠 ◇4fQkd8JTfc:2018/04/12(木) 22:19:06
>「相変わらず小汚いビルですなぁ」
>「ご紹介に預かった品岡や。まぁ自己紹介せんでも皆ワシの顔は知っとるやろ」

「出ーたーなあ! 顔無しタヌキ! お前の顔は見飽きたぜー!
そろそろイメチェンで美女にでも変えて貰えばいいのに!」

噂によると昔の陰陽師に式神にされて顔を固定されてしまったのっぺらぼうらしいが
この顔が当時の陰陽師の好みだったのか……と思うとなかなか感慨深いものがある。
いやでも人相悪いのと変な色眼鏡で胡散臭く見えてるだけでよく見ると実は意外とイケてる可能性も――

>「外で聞かせてもろたけど、なんやヤンヤ言いやんなや。橘音の坊っちゃんが困っとるやないか。
 コトリバコっちゅうのがどういう呪詛か聞いとったやろ。
 ありゃマジでヤバイんや、近づくだけで呪われるのに嬢ちゃん連れてけるわけないやろ」

「それはそうなんだけど……君に言われると何故か腹が立つなあ何でだろうなあ」

誰に言われたかより何を言われたかの方が大事という標語が横行するのはぶっちゃけある意味その逆が真実であるからなわけで。
要するにノエルはムジナに対してあまり良い印象を持っていない。
普通にヤクザだし感じが悪いからというのもあるのだが、純粋な妖、それも出自が雪の精であるノエルは煙草が大の苦手だ。
目の前で吸われた日には本気で気分が悪くなる。
そんなこともあってムジナも匂いに気を使っているのかもしれないが、残念ながらノエルにはドアの外の気遣いに気が付くほど高度な知能はないのだ。
ここで一句。雪山に 煙草のポイ捨て ダメゼッタイ(字余り)

>「……っちゅうんが大人の建前の話やな。尾弐のアニキが言うたようにどうにかする方法はある。
 嬢ちゃん次第やけどな。ちょいと優しいおじさんの豆知識聞いてみんか」

「あっ……。 品岡くん、キミ案外いい奴だな!」

ここに来てようやく思い至る。そういえば、こいつの能力は形状変化だったか――
それなら美少女を美少年に変身させるぐらい楽勝だな!これで勝つる!と思うノエル。
――しかし。

>「嬢ちゃんの身体の『構造的に女らしい』部分を"埋めて"、『構造的に男らしい』部分を"生やす"。
 ……あぁ、具体的にどういう部位かについては、お家に帰っておばあちゃんにでも聞くんやで」

「……?」

シンデレラに出てくる魔法のような美少女→美少年のふわふわキラキラ変換を期待していたのに、どうも趣が異なる様子。
はて、何のことだろうか――構造的に女らしい部分っていったら巨乳か!
でも埋めるんじゃなくて平らにするんじゃ? まあ祈ちゃんは元々そんなに無いから問題ないよね!
構造的に男らしい部分って何かあったっけ? 生やすっていったらヒゲ!?あれはおっさん限定でしょ!等と思っている始末である。
男女の根本的な違いを理解していないようだ。もはやアホというレベルを超越している。
しかし妖怪が人間の想像力から生まれているとしたら、これは仕方がないのだ。
雪女(男)なんて珍獣を想像してしまうような人間はどうせ物事を深く考えないアホに違いないので
「女しかいないはずの妖怪が何故か見た目イケメンだったら楽しいよね!
奴ら精霊みたいなもんだしあの辺がどうなってるとか生々しい部分には踏み込まない方向で!」
ってなもんである。え、何!? こっち見んな!

132御幸 乃恵瑠 ◇4fQkd8JTfc:2018/04/12(木) 22:21:28
>「ワシは専門家やないからホルモンバランスとか交感神経やらは弄れんけど、とりあえず形を男に見せかけることはできる。
 女に対するコトリバコの呪いは子作りの臓器を破壊する呪詛や。構造的にそれをなくしてしまえば呪いは防げるやろな。」

ホルモン……焼肉? 子作りって言われても雪ん娘はいつの間にか雪山から湧いてくるもんだし。
人間はもしや違うのか――!? そんなもん作ろうと思って作れたら凄くね!?
益々訳が分からなくなってきた。人間ってややこしいんだなあ、と思うノエル。
何せノエルは人間の振りをしていても表面上人間に見えているだけなのだ。
良く言えば人間にしては小奇麗過ぎ、悪く言えばこの世ならざる雰囲気を隠しきれていない。
食べなくても生きれるし、トイレ行かなくていいし、というと一見支障は無さそうだが
うっかりすると体温下がってくるし、凄く消耗したりすると人間の体温を維持するのに大変な努力を要する。
文字通りの意味での血も涙もない化け物――
そのうちボロが出て年末によくやってるおっさん達が超常現象について熱く議論するしょうもない番組で
「東京に妖怪が潜り込んでる!」と住民票を晒されて「あっバレました?」とモザイク付きで取材を受けてしまうのか!?
もしそうなっても頭がおかしくなった人の妄言で流されるから多分大丈夫だ問題ない!

ちょっと話は逸れたが、こんな感じで一人だけ話に付いていっていないノエルだったが
祈の表情を見るに、どうやらこの形状変化は大変な危険を伴うらしいことだけは感じ取った。
純粋な妖であるノエルは姿形が変わるぐらいどうってことないと思っているが
人間は物質界に基盤を置く存在であるからして、人間にとっては大変なことなのかもしれない。
もしも自分だったら魂の形質を弄られるようなものか――と思い至り、祈の気持ちのほんの一端を理解する。
万が一失敗したら祈は死んでしまうのだろうか?
そんな恐怖が浮かんでくるが、そもそも自分の抗議がこの展開の発端となったのだ。
橘音は自分としては付いて来るのは勧めないと告げた上で、判断を祈自身に委ねた。

>「さあ。選んでください、祈ちゃん――キミの進むべき道を」
>「あたしは“行く”よ。品岡のおじさんの提案に乗る」

迷いのない目できっぱりと答える祈を見て、思った。ああ、彼女は穢れ無き光だ。
フリフリキラキラの衣装こそ着ていないものの、人の身でありながらその人外の力を持って人々の夢と希望を守るために戦う魔法少女なのだ――!
それに比べ、自分は無駄に歳食ってる割に何てしょうもないのだろうか、とノエルは思う。
志望動機は何かと聞かれれば、思い返せば最初は誘われたからなんとなくノリで。
そして同じ雑居ビルのよしみで付き合ってる間にあてにされるようになって抜けられなくなり今に至る。
というのが本人の認識するところなのだが、普通に考えてご近所のよしみで続けられるようなシロモノではない。
ノエルには祈のような崇高な正義感もなければ、黒雄のような今はまだ語られぬ思惑も、ムジナのような逃れられぬ契約の楔があるわけでもない。
「自分戦いとか苦手なんで」と店の女性客とキャッキャウフフしつつ平和に過ごしても何ら問題はないのである。
そこには実は物凄く単純且つ強力な動機があるのだが、それを本人が自覚することは――無い。少なくとも今のところは。

133御幸 乃恵瑠 ◇4fQkd8JTfc:2018/04/12(木) 22:22:45
「祈ちゃん……僕はオバケだからよく分かんないけどさ、どんな事があっても君は君だからね」

そんな在り来たりな言葉しかかけられないノエルだったが、祈は自分が大変な状況だというのに橘音の心配までしているようだった。

>「橘音にもさっき言ってた対策ってやつ、やって貰っていいかな。時間もないし、最低限で良いから」

「橘音くんは妖狐だから心配しなくていい。マッチョにも美少女にもどうにでもなれるんだよ」
「ああそうだ、誰が心配するものか! それだってどうせ仮の姿なんだろ!
思わせぶりに顔隠してんじゃねー! この厨二ファッションオサレ仮面め!
べ、別に君のために付き合ってやってるわけじゃないんだからな!?」

橘音のことは心配しなくていいと祈に諭し。
ついでに何故か橘音に向かって微妙に逆ギレし始めたようだが――もう一度言おう、本人がその理由を自覚することは無いのだ!
また話が脱線しかけたが、気を取り直して真面目な顔になって橘音と黒雄に向かってこんなことを言い出す。

「ところで……今のところ死んでるのは女の人だけみたいだけど、確か噂では子どもも駄目なんじゃなかったっけ?」

いくら対女性の呪いを防いだところで、対子どもの呪いも発動しようものならリアル中学生の祈はやはりアウト。
性別のほうは力技でどうにかなっても、年齢――つまり生まれてからの年数はどうにも変えられない。
ノエルは少し何かを考えるような表情をして――

「そういえばステータス異常って二つ重ねてはかからないんだよね!」

それがどうしたと言いたいところだが、たまたまこの場合はこの考え方は満更的外れでもないらしい。
とはいえ、ノエルの能力はいわゆる氷属性異能バトルなので、呪詛なんていう風流なものは基本管轄外だ。
敢えて言うなら、一つだけそれらしきものがある。
それは心を凍らせる呪い――魂に霊的な氷の刃を突き刺す。徐々にその氷が心を侵食し、最後には全身が凍り付いて死ぬ。
平たく言えば時限式の氷殺術みたいなものだけど、かける時に極限まで侵食速度を遅くしておけば……
――いやいやいや、アカンって! 死ぬのを防ぐために死ぬ呪いをかけるなんて意味不明だ。
アホの考え休むに似たり、というわけで――

「命に別状無いようなしょうもない呪いかけとけばいいんじゃないかな?」

と二人に丸投げした。

134尾弐 黒雄 ◇pNqNUIlvYE:2018/04/12(木) 22:24:41
>「あたしは――」

進むか、退くか。
尾弐が祈に行った『未来を問いかける』行為は、ある意味では酷く冷酷な行為である。
何故ならば、己の意志で決めた未来には嘘が付け無いからだ。

己が光を夢見て選んだ道がその実、死出の旅路であったとして。
それが他者に押し付けられた道であれば、怨み言の一つも零せよう。
けれど、自身の意志で、自身の言葉で決めた未来であるのなら、そこに他者は介在しない。
自身の責任の元に、ただ純然とした過程と結果のみが刻まれる事となる。
非道く冷たい孤独の旅路。己が未来を己自身で選んだ者は、それを延々と歩く事となるのである。

だから――――故に。

未来を選ぶことを求めた尾弐黒雄は、多甫祈が選ぶ未来を見届けなければならない。
例え尾弐に、彼女が瞳に讃える澄んだ光を見る資格がなくとも。
言葉を交わす事さえもが、本来許されざる行為であるとしても。

選んだ道を見届けなければならない。
それが、尾弐の責任だからだ。

尾弐は視線を逸らす事無く祈の言葉をじっと待ち――――だが。
祈が口を開く直前に、その妖怪は現れた。


>「ご紹介に預かった品岡や。まぁ自己紹介せんでも皆ワシの顔は知っとるやろ」

「……いや、まあ一週間前にも葬儀の席で遭ったしな」

無遠慮に室内に踏み入り、手近に在ったソファーに腰かけたその男の名は、品岡ムジナ。
東京に縄張りを持つ暴力団の構成員にして、顔の有るノッペラボウ。
尾弐が思案していたコトリバコの呪いを欺く手段。その中の鬼札にして、化かし、騙し、欺く事に関する専門家。
ブリーチャーズの中においても、どこか毛色の違う存在。
彼はその手でルービックキューブを、文字通り弄びながら……恐らく、立ち聞きしていたのであろう。
祈から呪いの矛先をそらす為の一手を語り出した。

>「――ワシはのっぺらぼう、"騙し"の専門家や。呪いだって騙してみせたる」

そして……彼自身の能力の事であり、当然と言えば当然なのだが。
ムジナが語った意見は、尾弐が想定していた呪詛対策の一つと完全に一致していた。

「色々言いてぇことはあるが――――まず、誰がアニキだ。お前さんと杯交わした覚えはねぇぞ化かし屋。
 こんな善良なオジサンをVシネの世界に巻き込むんじゃねぇよ」

135尾弐 黒雄 ◇pNqNUIlvYE:2018/04/13(金) 13:07:35
ムジナの登場により話が中断した事で祈から視線を外した尾弐は、困った様に頭を掻きながら立ち上がり、ムジナから
少し離れた場所に在る椅子へと腰掛ける。
その様子から察せる様に――――尾弐黒雄は、この品岡ムジナという妖怪を苦手としている。
それは、尾弐が俗にいうヤクザという者達と意識的に距離を置いて付き合っているという事もあるのだが、何よりも

(相変わらず掴み所がねぇ奴だな……判り易い性格してる所が却って判りづれぇ)

尾弐が苦手としているのは、ムジナの『性質』である。強気に阿り弱気を挫く。
一見すれば悪党らしい明瞭な性格であるのだが、尾弐にとってムジナのそれは酷く判断に困るものであった。
何を『弱い』基準として敵対し、何を『強い』基準として味方となっているのか。
どこまでならば『裏切らない』のか……それが想定出来ない相手はやり辛い。
掴み所が無いという点では那須野も似たようなところは有るのだが、ムジナはまた性質が異なる。
そもそも――――尾弐にはムジナが今見せている性格すらも、本質からかけ離れたモノである様に思えて仕方ないのだ。
そうであるが故に、普段は過度の接触を避けていたのだが……今回はそうもいかない。

>「さあ。選んでください、祈ちゃん――キミの進むべき道を」

今回の件で祈が戦う道を選んだ場合、間違いなく必要となるのはムジナの力であり

>「あたしは“行く”よ。品岡のおじさんの提案に乗る」

そして……先程視線を合わせた時に尾弐が感じた通り。
ニュースキャスターが切迫した様子で事件を報じる声が聞こえる中。
多甫 祈という少女は――――尾弐にとっては眩しすぎる輝きを瞳に持つ少女は、【戦う】という道を選択したのだから。
だとすれば、尾弐も覚悟を決めなければいけない。道を選ぶことを薦めた者として、責任を果たす覚悟を。

>「橘音にもさっき言ってた対策ってやつ、やって貰っていいかな。時間もないし、最低限で良いから」
>「橘音くんは妖狐だから心配しなくていい。マッチョにも美少女にもどうにでもなれるんだよ」
>「ああそうだ、誰が心配するものか! それだってどうせ仮の姿なんだろ!
>思わせぶりに顔隠してんじゃねー! この厨二ファッションオサレ仮面め!
>べ、別に君のために付き合ってやってるわけじゃないんだからな!?」

……そして、尾弐がそんな覚悟をしている中。
そんな事など知る由も無いノエルは那須野に対してツンデレていた。

「いや……なんつーか、お前さん随分とまあ、思春期のガキみてぇな反応だな。
一応言っとくが、祈の嬢ちゃんが言ってるのは那須野が嬢ちゃんへ護法を掛ける事で、那須野にムジナの術を掛けるって訳じゃねぇからな」

突っ込むのも野暮だと思うのだが、さりとて突っ込まなければ場が混沌としそうなので、
とりあえずそう指摘する尾弐。だが、流石に年長の妖怪だけあってノエルも常にノエっている訳では無いらしい。
彼が次に述べた言葉は、今回の呪詛対策の核心部分……ムジナだけでは対応が困難な部分の呪詛に関してであった。

136尾弐 黒雄 ◇pNqNUIlvYE:2018/04/13(金) 13:08:01
>「ところで……今のところ死んでるのは女の人だけみたいだけど、確か噂では子どもも駄目なんじゃなかったっけ?」
>「そういえばステータス異常って二つ重ねてはかからないんだよね!」
>「命に別状無いようなしょうもない呪いかけとけばいいんじゃないかな?」

「子供への呪詛……何を以って『子供』とするか判らねぇ辺りが厄介だな。
 年齢からして現代換算なのか、それとも元服なのか。もしくは二次性徴、見た目が基準なのか……。
 せめてそれを調べる為の時間があれば良かったんだが……それが出来ない以上、対策は魔除けか、ノエルも言った呪詛の先掛けくらいしかねぇよな」

そう言って腕を組み、少しの間試案を巡らせる尾弐。

「……呪詛の重ね掛けについては、適当な呪いじゃコトリバコに呪いに飲み込まれちまうかもしれねぇ。
 ある程度強力な『呪(まじない)』による契約……俺で言うなら『守ってやるから生贄を寄越せ』って感じのもんが必要だと思うんだが、
 流石にそれは不味ぃからな……」

病気、疫病、凶事……その権化である鬼の呪いであれば、恐らく多少の時間であればコトリバコにも対抗できるだろう。
けれど、昔話に多く在る様に、鬼の呪いは基本的に対価を求め、それを解く方法は鬼を出し抜き倒すか
契約を履行する以外に無い。呪術のプロであれば、もっと上手い手段も知り得るのかもしれないが、生憎と尾弐は呪術は素人である。
それに、今回の件ではただでさえ負担をかけている祈にそこまで負担をかけるのは酷だろう
ならば、別の方法を考えなくてはならない。自身の特性を理解し、なおかつ祈の負担にならない呪詛への対抗策を。

「……。 おう那須野、ちっとばかし洗面台借りるぞ。
 直ぐ戻るが、その間にお前さんの持ってる対抗策を試しといてくれや」

そこで、ふと。何かを思い立った尾弐は、事務所の用具入れの中から勝手に
カッターナイフの替えの刃を取り出すと、こっそりと喪服のポケットに入れ……部屋を出て事務所の洗面台の有る区画に歩いて行った。


――――

そうして。
尾弐が戻ってきたのは、那須野の話が終わった頃であった。
先頃までと何ら変わらない態度ではあるが、はだけていた喪服の前ボタンが何故かしっかりと留められており。
その手には先ほどまでは持っていなかった何かを持っている。

「那須野の方は終わったか? もし終わったんなら、お前さん達にこれを渡してぇんだがよ」

そう言って尾弐が差し出したのは、3つの白封筒。
恐らく怪訝な視線を受けるだろうが、それを気にする性質でもない尾弐は、那須野。祈。ノエルのそれぞれに白封筒を手渡す。

「そいつは魔除けのお護りだ。今日はたまたま持ち歩いててな。
 中身は鬼切安綱とまではいかねぇが、正真正銘『悪鬼』を切った破魔の刃物だ。
 そこらの護符よりは魔除け――――呪詛対策になる筈だぜ。3つ有るから、祈の嬢ちゃんと那須野……ついでにノエル。
 一応種族が雪女のお前さんも持っとけ。万が一の可能性もあるからな。あと、性別と年齢的にムジナの分はねぇ」

無論……その刃物。カッターナイフの刃は、偶然持ち歩いていた訳では無い。
が、尾弐はその由来を敢えて語る様な真似はしない。
この程度の骨折りは、少女に自身の未来を決めさせた者が、当然果たすべき責任であると、尾弐はそう考えているからだ。

137品岡ムジナ ◇VO3bAk5naQ:2018/04/13(金) 13:09:15
>「色々言いてぇことはあるが――――まず、誰がアニキだ。お前さんと杯交わした覚えはねぇぞ化かし屋。
 こんな善良なオジサンをVシネの世界に巻き込むんじゃねぇよ」

「そない寂しいこと言わんといて下さいよアニキ。
 男品岡、一度見初めた相手は盃の有る無し関わらずアニキと呼ばせてもらいやす」

尾弐が露骨に距離を開けて座り直すのを色眼鏡の端で見送り、品岡は野卑た笑みを作った。
これもやはりおべんちゃらだ。品岡の視線にあるのは敬意ではなく単なる鬼に対する畏怖である。

「まま、嬢ちゃんの答えを聞きましょか」

即席の性転換という品岡の提案に、祈はしばらくの沈黙で応じた。
当たり前と言えば当たり前、医療知識のない者に臓器を預けるというのはおいそれと頷けないリスクを孕んでいる。
その相手がガラの悪いチンピラともなればなおのことだ。

「躊躇は当然やな嬢ちゃん。せやけどこれが怪異と"戦う"ってことなんやで。
 命も懸けずに戦うなんて虫の良い話なんぞ寝物語の中にしかあらへん」

品岡は祈の逡巡を鼻で笑ってそう言った。
これから向かう先はおとぎ話の討伐譚とは違う。敵を制圧し、あるいは殺す命のやり取りだ。
自分も相手も命がけ、命を守る為に他の何かを犠牲にするのも当然の仕儀である。
憧れだけで飛び込んでいける世界ではない。

正直な心理を吐露してしまえば、品岡は祈のことを一人前と認めてはいなかった。
年端もいかない子供であり、妖怪の血が混じっているだけの人間に近い半端な存在。
契約や金銭のやり取りで動くプロの品岡とは違い、ただ正義感で妖壊と相対しようとするその青さは、好ましいとは思えない。
純粋で真っ直ぐなその瞳にはまだ世界の過酷さや汚さが映っていないだけだと。
そういう半ばやっかみも含んだ感情が、彼に露悪的な言い方を選択させた。
……もともと性根が腐ってる部分もあるけれど。

>「……始まったようですね」

事務所のテレビに緊急速報が流れた。稲城市で再びコトリバコの呪詛が発動したのだ。
そこは23区の西に隣接するまさに目と鼻の先、もう時間は残されていない。

>「さあ。選んでください、祈ちゃん――キミの進むべき道を」

「やっぱ嬢ちゃんは置いて行きましょうや、坊っちゃん。ワシらだけで十分でしょう」

無言を貫く祈を見て品岡は橘音にそう提案した。
祈の妖怪としての戦力を軽視している品岡にとって、彼女は必ずしも連れて行きたい相手ではない。
戦力外通告を受けた少女が傷つこうとも、それは彼女の問題で品岡の知ったことではないのだ。
だが、多甫祈は事態を座視することを選ばなかった。

>「あたしは“行く”よ。品岡のおじさんの提案に乗る」

彼女はやおら立ち上がり、その双眸で真っ直ぐ橘音を見つめて答えた。
視線はゆっくりと品岡へと動き、色眼鏡の向こうの曇った両眼を二つの眼光が捉えた。

>「ちゃんと元通りにできるんでしょ? 品岡のおじさんなら」

その挑戦的な言葉に、今度は品岡が面食らう番だった。

138品岡ムジナ ◇VO3bAk5naQ:2018/04/13(金) 13:09:37
「ほぉぉ……ええ度胸やないか嬢ちゃん」

これから身体を預ける相手に、挑発するような物言い。
それも相手は他人の不幸で飯を食う正真正銘の犯罪者にしてヤクザ者の品岡だ。
沈黙を経由した祈のそれはおそらく反射的に出た言葉ではない。
考えて考え抜いて、品岡が稚気にでも悪意を混ぜれば彼女の人生がぶち壊しになることも理解しての発言だろう。
例え橘音の監視があろうとも、それを騙し果せて他人の腹の中に爆弾を残す手際が品岡にはある。

(万に一つもワシが賊心を見せんと信じとる……わけやないやろ)

信頼ではなく――『覚悟』。
史上最悪の霊災と相対する為に、無視できないリスクをそれでも抱え込む覚悟。
未熟で、早気で、品岡の二十分の一も生きていない小娘が、命懸けの覚悟を決めている。
手のひらがじっとりと汗ばむのを感じた。品岡は、自分がこの少女に気圧されていることに気が付いた。

「誰に向かって言っとんねん」

品岡は眩しそうに眼を眇めて、しかし遮光レンズの嵌った色眼鏡を外して祈に目を合わせた。

「上等や。男にするのも女に戻すのも、完璧にやったるわい。嬢ちゃんが拍子抜けするくらいにな」

>「ああそうだ、誰が心配するものか! それだってどうせ仮の姿なんだろ!
  思わせぶりに顔隠してんじゃねー! この厨二ファッションオサレ仮面め!
  べ、別に君のために付き合ってやってるわけじゃないんだからな!?」

と、締まった空気をぶち壊すようにノエルが再びノエり始めた。
雪女の癖に場が冷えるのが我慢ならないらしい彼の奇態に品岡は唇を曲げる。

「じゃかぁしい!自分は嬢ちゃんから保体の教科書でも借りて黙って読んどれ!!
 無機質なわりに結構エグい図解見て夜眠れなくなったりしとけ!」

十重二十重に厄介事に縛られ喘ぐ品岡にとって、このノリと勢いだけで生きている生命体は祈以上にやっかみの対象だった。
ブリーチャーズの仕事上のみの付き合いではあるが、間違ってもプライベートで関わろうとは思えない。
そもそもこの事務所が禁煙なのだってノエルが煙草の煙が苦手だからという理由で橘音からご法度が出た部分が大きく、
そういう意味でも彼は品岡にとっての眼の上のたんこぶに近かった。

>「ところで……今のところ死んでるのは女の人だけみたいだけど、確か噂では子どもも駄目なんじゃなかったっけ?」

珍妙の代名詞がふと真面目な指摘をして品岡は眉を開いた。
尤もな話ではある。祈を男に変えたとして、『子供用』の呪いまで防げる保障はない。

>「子供への呪詛……何を以って『子供』とするか判らねぇ辺りが厄介だな。
 年齢からして現代換算なのか、それとも元服なのか。もしくは二次性徴、見た目が基準なのか……。

「嬢ちゃんを男にした後風俗にでも行かせたらええんちゃうかな。二重の意味で男にするのも兼ねて。げひっ」

中学生の居る場でドギツいお下劣ジョークをかました品岡は刺すような視線に袋叩きにされた。
自然発火でもしそうなくらい鋭い白眼視に耐えられなくなった品岡はわざとらしく咳払いをして場を流す。
ノエルがまた性懲りもなく何かを思いついたらしく平手を打った。

>「そういえばステータス異常って二つ重ねてはかからないんだよね!」

「いや、重複するやろ状態異常。みんなのトラウマ・モルボル先生のくっさいくっさい息のこと忘れたとは言わせへんで」

当代陰陽師山里宗玄がまだ幼き頃、次期当主の世話役を先代より仰せつかった品岡はよく宗玄のプレイするゲームを傍で見ていた。
だいたい二十年くらい前の話であの頃はオヤジもまだ可愛げがあったなームジ兄ぃムジ兄ぃと慕ってくれたなーと
余計な思い出まで回顧しつつ表示されるバッドステータスの山にぶるりと震えた記憶を再び脳裏に封じ込める。

139品岡ムジナ ◇VO3bAk5naQ:2018/04/13(金) 13:09:53
とは言え、ノエルの指摘は的を得ていた。
異なる種類の状態異常は重複するが、例えば上位種の異常に既に掛かっていれば上書きされることはない。
「もうどく」状態の勇者に「どく」が上書きされないように。
より強力な呪詛を先に祈へ掛けておけば、コトリバコの呪詛を防げるかもしれない。

>「……呪詛の重ね掛けについては、適当な呪いじゃコトリバコに呪いに飲み込まれちまうかもしれねぇ。

尾弐は何事か思案すると、橘音に断って洗面所の方へと消えていった。
ほな、と品岡も膝を叩いて立ち上がる。

「鬼の居ぬ間になんとやらや。こっちも嬢ちゃんに施す"対策"を始めよか」

手の中で遊んでいた色眼鏡を形状変化で捏ね、30cm程度の棒とその先端に紙策のついた道具を作る。
大幣(おおぬさ)と呼ばれる、神事の際に用いられる穢れ祓いの呪具だ。
品岡は唸りをつけて大幣で自分の手のひらを叩くと、裸眼に再び野卑た笑みを浮かべて祈に言った。

「その前に嬢ちゃん、小便行っとき。下半身捏ねくり回すから下手すると漏らすことになんで」

祈が手洗いに行って戻ってくるか、あるいは尿意がなくトイレに行かなかったとしても、品岡は如才なく準備を終わらせる。
少女の頭に大幣を当て、スマホに表示した真言を詠唱し始めた。

「えー……おんきりきり、ばざら、うんはった」

紡がれる呪言に霊的な意味合いはない。陰陽師の詠唱を見よう見まねであるし、そもそもカンニングをしている。
ただしこれが儀礼上となると話は別だ。呪文を聞かせることで対象者に低強度のトランス状態を作り出し、術を効きやすくする。
妖怪の血縁にこの程度のインチキは無意味かもしれないが、それでも万全を期するという約束を違えるつもりはない。
できることは全てやって、完璧な形状変化を果たしてみせる。
スマホをソファに放り、空いた手で九字を切る。

「オンキリキリ・ハラハラ・フダラン・バサツ・ソワカ・オン・バザラ・トシャカク」

祈の下半身に変化が顕れる。
腰から下の感覚が無くなり、傷が治る前の瘡蓋のような、むずむずする感覚に襲われるだろう。
痛みはないが、得も言われぬ異物感と軽い不快感を覚えるはずである。
外見的にはまだ何も起きていないが、体内ではめまぐるしいスピードで臓器の解体と再編成が行われていた。

まず子宮が縮み、内膜同士が癒着して一つの肉となって周囲に溶け込み消え失せた。
卵巣を下腹部前面へと移動させ、外皮と共に体外へ迫り出して擬似的な睾丸を形成する。
尿道の周囲の肉を隆起させ、睾丸の上部から伸ばして海綿体を充填する。

今回品岡が行ったのは腹部皮弁法と呼ばれる最も簡易的な性転換術式だ。
ようは周囲の肉と皮膚を使ってそれらしいモノを創造し、薬剤等による肥大を伴わない為に患者への負担が小さい。
祈の下腹部に、彼女が見慣れないであろう異物が出現していた。

「……工事完了や。完璧に仕上げちゃおるが小便は身体を元に戻すまで我慢しとくんやで。
 尿道が出来上がったばかりで粘膜同士が張り付いとるからな」

臓器を操作する精密で繊細な形状変化は久々だった。
額に浮いた汗を取り出したハンカチで拭って懐を叩き、ここが禁煙だったことを思い出す。
ニコチンへの欲求に歯を食いしばって耐えながら、品岡は祈の予後を観察した。

「股ぐらは窮屈やないか?嬢ちゃんが履いとるのが伸縮性のあるスポーツショーツならよほど大丈夫やと思うが、
 背伸びしてシルクのパンツとか履いとるんだったらそこの阿呆にブリーフでも借りとき」

女子の下着に異常に詳しいヤクザはノエルを顎でしゃくって指し、ポケットから一枚の紙片を出す。
これも陰陽師が呪術の行使に用いる真言の書かれた呪符だ。

140品岡ムジナ ◇VO3bAk5naQ:2018/04/13(金) 13:10:09
「右手出しぃ」

品岡はそれを形状変化で細長い帯状に変え、祈の右手首に巻きつけた。
切れ目はすぐに馴染んで見えなくなった。

「そいつはワシの妖術を嬢ちゃんの身体に繋ぎ止める呪符や。それを破ればすぐに術が切れて元の嬢ちゃんに戻る。
 戦闘中に切れんよう多少頑丈に作ってあるけど、妖力込めて引っ張ればブチっといくはずや。
 ま、保険やな。ホントは金とるモンやけどサービスっちゅうことにしといたる」

橘音から日当も出ているし、とは敢えて言わなかった。格好を付けたかったのである。
品岡は首をコキリと鳴らすと踵を返した。

「はぁーしんど。慣れんことするもんやないな、ワシちょっとヤニの補給に行ってくる。
 ああ嬢ちゃん、下半身のバランス変わっとるから今のうちに慣らしとき。ほな」

腰を叩きながら事務所を出た品岡は、手汗でべとべとのショートピースをきっかり二本吸いきってから帰ってきた。
その頃には中座した尾弐も戻ってきているようだった。
彼は白い封筒を3つ、それぞれ橘音とノエルと祈に渡す。

>「そいつは魔除けのお護りだ。今日はたまたま持ち歩いててな。
 中身は鬼切安綱とまではいかねぇが、正真正銘『悪鬼』を切った破魔の刃物だ。
 そこらの護符よりは魔除け――――呪詛対策になる筈だぜ。3つ有るから、祈の嬢ちゃんと那須野……ついでにノエル。

「あのぉ尾弐のアニキ、ワシの分は……?」

>「性別と年齢的にムジナの分はねぇ」

「ああ良かった!ナチュラルにハブられた思いましたわ!」

性別と年齢の話ならしょうがないね!と品岡は胸を撫で下ろす。
事務所から出ていった様子のない尾弐がどこから破魔の刃を調達してきたのか定かではないが、
高く売れそうならあとでノエルあたりをだまくらかしてちょろまかそうと適当に考えていた。
その裏には知られざる尾弐なりの"覚悟"があったが、デリカシーのないヤクザにそれを知られなかったのは彼の幸運であろう。


【祈ちゃんに性転換手術。いつでも妖術を解除できるリストバンド型の呪符を渡す】

141那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/04/13(金) 13:10:32
>あたしは“行く”よ。品岡のおじさんの提案に乗る

祈のまっすぐな、まっすぐ過ぎる言葉が、橘音の耳に響く。
そうだ。最初から、結論なんて決まっていた。
この少女が『呪詛が怖いから事務所で待機している』などという選択肢を選ぶはずがない。
むしろ漂白対象が危険であればあるほど、この少女はそれを食い止めようとするのだ。
純粋な、真っ白な正義感で。

「あーあ、もう、折角祈ちゃんの身の安全に配慮したって言うのに、だーれもボクの言うことを聞きゃしない!」
「リーダーをリーダーとも思わない、こーんなメンバーを集めてきたのはいったい誰です?断固抗議してやらなくちゃ!」
「…………うん、ボクだ!じゃあこりゃ、もう仕方ないですね!」

いやぁ参った参った、と橘音はおかしそうに笑って後ろ頭を掻く。

「……それに、よくよく考えたらボクらがコトリバコの漂白に失敗すれば、どのみち東京の女性は全滅するんです」
「つまり、どこにいたって同じということだ。それなら――」

祈が望むのなら、一緒にいればいい。

>やっぱ嬢ちゃんは置いて行きましょうや、坊っちゃん。ワシらだけで十分でしょう

唯一橘音に同調し、先程そんなことを言ってきたムジナがちらと橘音を見たが、橘音は最終的に同伴を許した。

>橘音にもさっき言ってた対策ってやつ、やって貰っていいかな。時間もないし、最低限で良いから

「ええ、もちろん。この狐面探偵にお任せあれ!」

祈の言葉に、軽く自分の胸を叩いて返す。
が、『これをやっていれば大丈夫』という確実な手立てがないのは変わらない。
橘音はリーダーであり作戦参謀である。勝ち目のある作戦しか考えないし、勝ち目のある戦いしか挑まない。
今までも、前回の八尺様に関しても、橘音はあらかじめ必勝の策を用意して《妖壊》に挑んできた。
だというのに、今回はそれがない。
コトリバコはそれ自体が強大無比な呪詛の塊であり、兵器である。
この世界にあるすべての毒ガス、細菌、病原体。あらゆる化学兵器よりも、その呪詛は確実に女子供を殺す。
いくら既存の呪詛対策を施したところで、それをあっさりと踏み越えてくるかもしれないのだ。
薄氷を踏むような作戦しか立てられない現状に、臍を噛む――が。

>橘音くんは妖狐だから心配しなくていい。マッチョにも美少女にもどうにでもなれるんだよ
>ああそうだ、誰が心配するものか! それだってどうせ仮の姿なんだろ!
>思わせぶりに顔隠してんじゃねー! この厨二ファッションオサレ仮面め!
>べ、別に君のために付き合ってやってるわけじゃないんだからな!?

そんな薄氷を、ノエルの逆ギレ気味の言葉が一気にブチ割った。

>いや……なんつーか、お前さん随分とまあ、思春期のガキみてぇな反応だな

尾弐が呆れ顔で言う。ノエルのノエりっぷりは、こんな逼迫した状況でも何も変わらない。
自分たちが失敗すれば、東京都の人口が半分になるというのに、この妖は事態を理解しているんだろうか?と思う。
しかし、いかなるときでも態度を変えないのがブリーチャーズのムードメーカー、ノエルの紛れもない長所であろう。
ノエルにノエられたお蔭で、いっとき抱え込んでいた絶望感や悲壮感はどこかへ吹っ飛んでしまった。

「誰が厨二ファッションオサレ仮面ですかっ!?」

ずびし!とノエルの胸元に軽く手刀でツッコミを入れる。
場の雰囲気が束の間なごむ。――そう、この空気がいい。漂白者に絶望は不要だ。
災厄、困難、不幸に絶望――あらゆる凶事を白く塗り潰すのが、東京ブリーチャーズの仕事なのだから。

142那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/04/13(金) 13:10:49
>ところで……今のところ死んでるのは女の人だけみたいだけど、確か噂では子どもも駄目なんじゃなかったっけ?
>嬢ちゃんを男にした後風俗にでも行かせたらええんちゃうかな。二重の意味で男にするのも兼ねて。げひっ

「ムジナさん、それ、セクハラですよ」

仮面の奥から半眼で指摘した。
今でこそ坊ちゃんと男扱いされているが、橘音も以前ムジナに性別のことを指摘されたことがある。
下卑た物言いはいかにもチンピラといった風情で、他のメンバーの視線も寒々しいが、彼が今回の作戦の鍵なのは間違いない。

>そういえばステータス異常って二つ重ねてはかからないんだよね!

さらなるノエルの提案。橘音は驚いたようにぱちぱちと目を瞬かせた。
単なるムードメーカーではなく、たまに頭の配線が正常になるのかときどき鋭いことも言うのがノエルである。

>いや、重複するやろ状態異常。みんなのトラウマ・モルボル先生のくっさいくっさい息のこと忘れたとは言わせへんで
>……呪詛の重ね掛けについては、適当な呪いじゃコトリバコに呪いに飲み込まれちまうかもしれねぇ

ノエルの疑問に対しての、ムジナと尾弐の回答。
これについては橘音も反論の余地がない。コトリバコの呪詛を弾くには、コトリバコを上回る呪詛をかけなければならない。
そして、橘音にそこまでの呪詛は使えない。これでも善狐、御使いのはしくれである。呪詛に関しては完全な門外漢だ。
海千山千の古狐、御前なら呪詛も呪詛封じもお手のものなのだろうが、上司に助けは求められない。
それに、コトリバコの呪詛を回避するために祈をさらなる危険に陥れるようでは本末転倒であろう。
橘音はコホンと一度空咳を打つと、おもむろに口を開いた。

「まぁ、ムジナさんの発言は後ほど親分さんに報告しておくとして。確かに、今回の一連の事件では子供は死んでいません」
「原因は不明ですが、そういうことなら今は子供相手の呪詛は気にしなくていいと思います」
「というか、性別変換だけでも祈ちゃんの身体には負担が大きすぎます。呪詛の重ねがけはすべきじゃない、ですから――」
「他の方法を考えましょう。祈ちゃんの身体に施すのは、ムジナさんの術だけで充分です」

妖怪に肉体改造を施すのは簡単だ。妖怪は元々肉体という概念が希薄だからである。
が、人間はそうはいかない。肉体に強く依存する人間のそれを改造するというのは、大変な行為なのだ。
よもやムジナが失敗するとは思わないが、祈の肉体に大きな負担がかかるというのは紛れもない事実である。

>……。 おう那須野、ちっとばかし洗面台借りるぞ

不意に尾弐が用具入れの戸棚から何かを取り、応接間の外の洗面台へと歩いていく。

「どうぞどうぞ、顔でも洗ってくるんですか?クロオさん、額に脂浮いてますしね」

白手袋に包んだ右手をヒラヒラと振って送り出す。
もちろん、尾弐がただ単に顔を洗ってくるなどとは露とも思っていない。尾弐は尾弐で対策をしてくるのだろうと察する。
と、

>鬼の居ぬ間になんとやらや。こっちも嬢ちゃんに施す"対策"を始めよか

ムジナもまた祈に性別転換術を施すべく立ち上がる。
ムジナが祈に術をかけるのを、橘音は緩く胸の下で腕組みした状態で眺めた。
万が一にもムジナが悪心を抱くとは思わないが、それでもリーダーとしての義務がある。

>オンキリキリ・ハラハラ・フダラン・バサツ・ソワカ・オン・バザラ・トシャカク

事務所の中にムジナの呪言が響く。
チンピラ風の男が女子中学生の頭に大幣を当て、まじない師ばりの術をかけている。
甚だ怪しい光景だったが、しかしこれが呪詛逸らしの最も効果的な方法なのだ。

>……工事完了や

時間にして数分。術式は拍子抜けするほど呆気なく終わった。

143那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/04/13(金) 13:11:06
傍から見る分には、祈に外見的な変化はない。
それは祈本人にしか感じられない変化であろう。まさか、確認したいから変化した場所を見せろとは言えない。
それができるのはノエルだけだ。ノエルの芸風を横取りはすまい。……などと妙なことを一瞬考える。

>はぁーしんど。慣れんことするもんやないな、ワシちょっとヤニの補給に行ってくる
>那須野の方は終わったか? もし終わったんなら、お前さん達にこれを渡してぇんだがよ

術式を終え、ニコチン不足となったムジナが部屋を出て行くのとほぼ入れ違いに、尾弐が戻ってくる。
尾弐の差し出してきた白い封筒を受け取ると、橘音はふむ、とひとつ息をついた。

>そいつは魔除けのお護りだ。今日はたまたま持ち歩いててな
>中身は鬼切安綱とまではいかねぇが、正真正銘『悪鬼』を切った破魔の刃物だ

「……ナルホド。確かに、これは紛れもなく鬼切の刃。ありがたく頂いておきますね」

白封筒をためつすがめつ眺め、橘音はにんまり笑う。
先程尾弐が用具入れから持って行ったモノ。たまたまひょっこり持ち合わせていたという、破魔の刃物。
それが斬ったという『悪鬼』――
それらが示すものは、ひとつしかない。
が、その真実をわざわざ暴いたりはしない。橘音は『真実は自分ひとりが知っていればいい』探偵である。
ただ、尾弐にそれとなく告げてはおく。そっと尾弐に近付くと、つま先立ちで背を伸ばし、

「クロオさんのそういうところ。好きですよ」

と、耳元で囁いた。

「……さて。じゃ、ボクの用件がまだ終わっていませんので……最後にそれをやっていきましょう」

メンバー全員の顔をぐるりと見回して、口を開く。

「ムジナさんの術による『擬』、クロオさんの破魔の刃物による『護』。コトリバコ対策は、これでふたつ」
「これ以上の対策は、はっきり言って蛇足でしょう。ボクも護符の類を考えましたが、クロオさんの刃物に勝るものは作れません」
「それに何をしたところで無駄なときは無駄ですから。やられるときはやられます、なので『もうこれはアカン』と思ったら――」
「皆さん、踊ってください」

突然妙なことを言いだした。

「いいですか?ボクがお手本を見せますからね。皆さん、マネしてやってみてください……いきますよ」

タン、タン。タタタン、タタタン、タン。
右足を前一歩、左足を前に一歩。左足を一歩下げ、右足も下げて、両足の踵を合わせる。
右足で一度地面を踏み鳴らし、左足を軸にして反時計回りにくるりと一回転。
そして、右足でもう一度地面を踏む。これがワンセット。

「わかりました?んじゃ、全員でやってみましょうか。はい、クロオさんもムジナさんも恥ずかしがらないで〜」

そんなことを言いながら、全員が覚えるまで踊りを続ける。
もちろん、橘音は万策尽きたときのヤケッパチのためこの非常時に踊りを披露しているわけではない。

呪式歩法『禹歩(うほ)』――

古来陰陽家に秘術として用いられてきた、退魔の力を宿す舞踏である。
このステップを踏むことで、足許に簡易的な呪詛反射の方陣を発生させ身を守ることができるのだ。
本来はもっと長く複雑なものだが、橘音は簡単なステップで効果が発動するようアレンジを施している。
簡単であるがゆえに効果を発揮するのはほんの一瞬だが、それでも回避には役立つことだろう。
全員に踊りを覚えさせると、橘音は満足したように笑った。そして右手人差し指で虚空をビシリ!と指す。

「では――。東京ブリーチャーズ、アッセンブル!!」

某アメコミのパクリだった。

144那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/04/13(金) 13:11:24
稲城市、某所。
普段は大勢の人々が行き交っているであろう商店街が、KEEP OUTと書かれた黄色のバリケードテープで封鎖されている。
その近くにはたくさんの警察車両、救急車、消防車が集まっており、今まさに懸命の救命活動が行なわれていた。
……が、今さらの救命活動などにいったい何の意味があるだろう?
救急車に担ぎ込まれ、AEDによって――あるいは人力によって心肺蘇生を施されている女性たちは、とっくに絶息している。
野次馬たちが群れを成し、その光景を写メで撮影したりしている。
目の前で死が猛威を振るっているというのに、なんという楽観ぶりだろう。群衆を前に橘音はそう思う。
が、そんな人々を《妖壊》から守るのが自分たちの仕事だ。

「ハイハイ、お邪魔しますよ。毎度おなじみ狐面探偵、那須野橘音ですよぉ〜」

救急車や消防車の回転灯が眩しく輝く中、人混みを縫って前へ進んでゆく。
人々を押しとどめている警官のひとりが橘音たちブリーチャーズの面々を見咎め、制止を促す。
が、橘音は歩みを止めない。警官の目を見つめ、仮面の奥の双眸をギラリと輝かせる。
橘音の目を見た警官はたちまちボンヤリと棒立ちになり、ブリーチャーズをバリケードテープの内側へ通した。
妖狐の持つ妖術のひとつ、幻惑視。肥溜めを風呂と偽るような、妖狐お得意のたぶらかしである。

「お疲れさまです。ここはこのボクがいつも通り!バシッと解決してきますから、皆さんは誰も中へ通さないように」

そんなことを言う。事件にすぐ首を突っ込む厄介者として、警察関係者の間では有名な橘音だ。
廃墟のような無人の商店街を、橘音は普段通りの軽やかな足取りで歩いてゆく。
しかし、その後に続くブリーチャーズの面々にはもう感じられることだろう。
ピリピリと肌を刺すような、妖気の残滓。
それはつい最近までこの界隈に目標とするモノが――コトリバコがいた、ということの証左に他ならない。

「この『残り香』から察するに……コトリバコはまずこの近辺に現れ、あちらへ向かったようですね」

右手を前方へ伸ばして告げる。よく見れば、商店街のあちこちに血だまりができている。呪詛の犠牲になった女性たちのものだろう。

「この商店街を訪れていた女性の悉くを殺して。……いやはや、食い散らかしてくれたものです」

口調は軽いが、別におどけているわけでも、危機感を覚えていないわけでもない。
憤っている。ただ、それを人に悟られたくないだけなのだ。素直でない性格である。
そして――そのまま五分ほども歩いた後だろうか。
『それ』との遭遇は、突然に訪れた。

「た……、た、助けて……。助けて……ください……」

開けっ放しの薬局の店舗の中から、よたよたと三十代くらいの女性が出てくる。服装からして薬剤師の女性だろうか。
下腹部が真っ赤に染まっている。呪詛を浴びた証拠だが、生きているということは影響が弱かったのだろう。
距離にして50メートルほど。女性はブリーチャーズを認めると、涙を流しながらふらふらと助けを求めてきた。
祈などはすぐに女性を助けようとするかもしれない。――が。

「……この妖気!皆さん、来ますよ!」

鋭い声で注意を促す。と同時、女性が何の前触れもなくごぷり、と大量の血を吐き出した。

「あ……あ……、ああああああああ……!ひっ、ひぎっ……あぁ、ぎ……ぎゃあああああああああ―――ッ!!!」

女性が自らの顔に爪を立て、苦悶の声をあげながら掻きむしる。下腹部の真紅が一層広がってゆく。
自ら顔の皮膚を抉り、髪をむしり、女性は断末魔の悲鳴をあげてのたうち回った。
妖怪である橘音をして、目をそむけたくなるほどに凄惨な有様である。――これが、コトリバコの呪詛。
女性の下腹部があたかも別の生き物のように激しく蠢き、その後破裂する。
ゴボゴボとくぐもった声を血と共に漏らし、目や耳、鼻からも大量の血を流すと、女性は前のめりに倒れて絶命した。
間近で見る呪詛の凄まじさたるや絶句する他ないが、ボンヤリしている暇はない。
なぜなら、敵はもう出現しているのだから。

そう――想像を絶する苦痛のうちに死亡したであろう、女性の亡骸のすぐ傍に。
寄木細工の小箱が落ちているのを、ブリーチャーズの面々は見た。

145那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/04/13(金) 13:11:42
それは、直径10センチにも満たない小さな箱だった。
いわゆる『秘密箱』と呼ばれるものだ。精妙な細工によって、通常の手順では開かないようにできている。
箱根の辺りでは土地の名物にもなっている、日本古来の伝統工芸だ。
現代で言うところのパズルボックス、それが『コトリバコ』の正体だった。
一見すると、なんの変哲もない寄木細工。
だが、その内側から溢れ出んばかりの妖気が迸っているのが、ブリーチャーズの面々には感じられることだろう。
鞍馬山の妖怪銀行から何者かによって盗み出された、至高の呪具。
『ハッカイのコトリバコ』――。

「付喪神化していますね」

コトリバコを前に、橘音が呟く。
百年経てば器物も化ける、というのが付喪神のセオリーであり、伝承にあるコトリバコが作られたのは十九世紀。
百年などとっくに経過している。
コトリバコほどの呪力を持つ器物ならば、妖怪銀行に保管されている最中に自我を持ったとしてもまったく不自然ではない。

……ォ……ァァ……
………ォオォ…………アァァアァアァァアァァァ……

……ギャ……ァ…………
…オ……ギャア……オォォオォォ……オォオオォォォオォオオォォオギャァアアァアァアァァァ…………

…………オギャアアアアアアアア!!!オギャアアアアアアアアアアアア!!!!!

コトリバコの中から、声が聞こえる。
それは、泣き声。コトリバコ製作の過程で『材料』にされた、嬰児たちの怨嗟の声。
泣き声は徐々に大きく、明瞭になってゆき、やがて耳をつんざくような絶叫へと変わった。
誰も手を触れていないコトリバコが、ふわりと宙に浮かぶ。
物凄い勢いで回転しながら、自ら封を解こうと展開してゆく。秘密箱の秘密が解き明かされる。
内部に封じられたモノが、外へと飛び出る――。

オギャアアアアアアアア!!!!!オギャアアアアアアアアアアア――――――――――ッ!!!!

『ソレ』は赤子だった。
だが、当然只の赤子ではない。身の丈4メートルはありそうな、巨大な赤子。
八体どころではない。無数の赤子の亡骸を縫い合わせ、一体の赤子に仕立てたような、ずんぐりとした不恰好な赤子の《妖壊》。
体躯の至るところから突き出た小さく短い手がわきわきと蠢き、グチャグチャに連結した顔の両眼からは絶え間なく血が流れている。
これが、付喪神化したコトリバコの姿だった。

……オギャアアアアアアアアア――――――ッ!!!!オォォオォォオオオ!!!!!

どうやら、コトリバコはブリーチャーズを攻撃対象と認識したらしい。
ぽっかりと開いた空洞のような口から悍ましい叫びをあげながら、メンバーのひとりに狙いを定めて突進してくる。
が、それは祈ではなかった。コトリバコは祈の方には見向きもしない。ムジナの妖術が効果を発揮している証拠だ。
狙われたのは、橘音だった。

「……まぁ、そう来ますよね。ボクがアナタだったとしても、同じことをするでしょう」

予想の範疇だ。大型バスほどの巨体を持つコトリバコの突進を、まるでマタドールのようにマントで往なす。
狐面探偵七つ道具の弐『迷ひ家外套(マヨイガマント)』。
マント自体が一種の結界になっており、治癒能力を持つと同時に妖力や妖術からある程度身を守ってくれる。
その上伝説の迷い家のようにあらゆる妖具、呪具を召喚することもできるスグレモノだ。

「ボクが囮になります!皆さん、コトリバコに総攻撃!まずは『ケ枯れ』させましょう!」

執拗に追撃してくるコトリバコの攻撃を身軽に避けながら、メンバーへ向けて叫ぶ。
この状況においては、相手の付喪神化というのは都合がいい。
何故なら、呪具ではなく《妖壊》と化した者に対しては、ブリーチャーズの最も得意とする戦法が使えるからである。即ち――

『ぶん殴って黙らせる』という戦法が。

146那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/04/13(金) 13:12:01
ムジナの術が効いている状態の祈なら、コトリバコを攻撃することは可能だろう。
また、コトリバコが付喪神化しているということは、その呪詛の有効範囲も可視化されているということである。
端的に言えば『コトリバコの攻撃を喰らわない限り、呪詛は発動しない』。
祈が当初考えていた『当たらなければどうということはない理論』が有効になっているのだ。
……とはいえ、コトリバコが強力無比な相手であることにはなんの変わりもない。

オギャアアアアアアアアア!!!オォォォオォオオギャアアァアアァアァアァァア!!!!!

基本的に橘音を狙ってはいるものの、コトリバコもそれを邪魔されれば他のメンバーへターゲットを変更する。
ただ図体がでかいだけの赤子だと侮ることはできない。その動きは4メートルの巨体にしてはあまりに速く、反応も鋭い。
単純な体当たりや、短い手をメチャクチャに振り回して繰り出す叩きつけなどは、純粋に脅威である。
また、ブリーチャーズが攻撃したときにコトリバコの身体から噴き出る緑色の膿のような粘液も曲者だった。
粘液に直接呪詛の力はないようだったが、強酸のようなそれは触れたものを爛れさせ、徐々に溶かしてゆく。
その粘液を時折吐瀉物のように口から吐きつけてくるのも厄介である。

「ボ、ボクは非戦闘員ですから……体力には自信がないんです、お早めに……お願い、します……よっと!」

コトリバコの追跡をかわしながら、橘音が悲鳴にも似た声をあげる。
狐らしいと言うべきか、長い髪を揺らしてひょいひょいと身軽な動きで攻撃を凌いではいるものの、もう息が上がっている。
このままでは、あと五分と持つまい。

だが、いくら強いとはいってもコトリバコは一体。ブリーチャーズは戦闘員が四名。
このまま行けばコトリバコの呪力を減退させ『ケ枯れ』に持って行くことは充分可能――と、橘音は思っていた。

が。

……オ……オォオォオォオォォォオォオォオォ……
オギャア……オ、オオ……オオオギャアアァアァアアァアア…………
オォオォォオ……オギャアアアアアアアア……!!!!

また、赤子の泣き声が聞こえた。
しかし、それは目の前にいる巨大なコトリバコの発した泣き声では『ない』。
ブリーチャーズのいる商店街の至るところから、まるで獣の群れが発する遠吠えのように幾重にも赤子の泣き声が聞こえる。

「ま……、まさか……!」

予想だにしていなかった、最悪の可能性が頭の片隅からむくむくと鎌首をもたげてくる。
そう。妖怪銀行から何者かによって持ちだされたコトリバコは、間違いなくひとつ。
だが、コトリバコは全部で八つ。あと七つのコトリバコは、他の場所に代々保管されているという。
もしも妖怪銀行からコトリバコを持ちだした者が、他のコトリバコも手に入れていたとしたら――?

オギャアアァアァアァアァアァァァァ……
オォオォオォオオ……オ……オギャアアァアァァアァアアアア……!!!

路地裏から、店舗の奥から、屋根の上から。
ず、ずるる、と音を立てながら、大小さまざまな赤子の《妖壊》が姿を現す。
その数は七体。今まで相手をしていた『ハッカイ』を加えれば、イッポウから全種類コンプリートということになる。
当然、その全てが女子供を瞬く間に殺す呪詛の塊。凶悪極まりない呪いの根源。
それ以前に、数の点から言っても四対八。それまでの力関係は完全に逆転した。

「あ、あれぇ〜?これは……死んだ、かなぁ……?」

絶体絶命の危機。
背筋を冷や汗が伝うのを感じながら、橘音はポツリとそう零した。

147多甫 祈 ◇MJjxToab/g:2018/04/13(金) 13:12:54
>「上等や。男にするのも女に戻すのも、完璧にやったるわい。嬢ちゃんが拍子抜けするくらいにな」
 祈の問いに対し、品岡はそう約束する。
普通ならばヤクザと交わす口約束など信じられたものではないのだが、
この品岡の言葉は恐らく、品岡が己の術へ寄せる絶対の自信やプライドを賭して吐かれた言葉だ、
と祈は品岡と交えた視線から直感する。
 先程まで感じられた祈を試すような色もない。
そうであるなら、その言葉を違えることも曲げることもしないだろう。そう信じられる。
祈は品岡の返事を聞いて、にっと笑った。
「頼むね。品岡のおじさん」
 その笑みがややぎこちないのは、やはり恐怖そのものが大きいからだろう。
>「祈ちゃん……僕はオバケだからよく分かんないけどさ、どんな事があっても君は君だからね」
 そんな祈を心配してか、言葉を掛けるノエル。
「ん。ありがと」
 それに祈は特に表情を変えることもなく、軽く応じた。
 雪女として世に生まれたノエルと、妖怪が混じりながらも人間として生を受けた祈では感覚が根本から異なる。
例えば人間の毛髪は防寒の為など確かな理由があって存在するが、雪女であるノエルには当然、防寒の必要などない。
では何故あるのかと言えば、それが人の形を模すのに適しているからだ。
あくまでも雪女とはこうであろうと人が想像し、畏れ、あるいは望み、
ノエルがそう描いたからその形になっているだけであって、その髪も、その腕も、顔も。
その性すらもしかしたら、ノエルにとっては仮初めのものでしかないのかもしれない。
 故に祈の気持ちはノエル自身も言うようによく分からないのだろうと思われた。
だが祈はそれを理解しようと努めてくれたことや、励ましてくれたことが嬉しい。
ただそれを、上手く表情に出すだけの余裕がないだけで。
 なのだが、
>「ああそうだ、誰が心配するものか! それだってどうせ仮の姿なんだろ!
>思わせぶりに顔隠してんじゃねー! この厨二ファッションオサレ仮面め!
>べ、別に君のために付き合ってやってるわけじゃないんだからな!?」
 どうしたことだろうか、祈の言葉を別の意味に捉えたらしく、
ノエルが急にツンデレ的にいつもの調子でノエり始め――しかもそれが橘音への好意を裏返し的に告白していて――、
祈も笑わざるを得なくなる。
 尾弐の的確なツッコミも、品岡の漫才かコントを彷彿させる言い回しも、なんだかおかしくて。
「ごめん御幸、今のはあたしの言い方悪かったね。
勿論橘音のことは心配してるけど、さっきのは尾弐のおっさんが言ってた方の意味だから」
 目の端に浮かぶ笑いの涙を指先で拭う。今度は自然と笑えた気がした祈である。
ノエルの言葉に、緊張していた肩の力が抜けて、いつもの調子を取り戻すことができたようだった。

148多甫 祈 ◇MJjxToab/g:2018/04/13(金) 13:13:12
 子ども対策。ブリーチャーズの面々が話すように、
コトリバコの呪いにはもう一つの側面があるのだという。
それは女だけでなく子供にも同様の効果を与えるというものだった。
女で子供の祈は余裕でアウトだが、
>「ええ、もちろん。この狐面探偵にお任せあれ!」
 橘音が頼もしくそう言うので、そちらは恐らく橘音がなんとかしてくれるであろうから、まずは。
>「鬼の居ぬ間になんとやらや。こっちも嬢ちゃんに施す"対策"を始めよか」
「うん、お願い」
 尾弐が席を外したところで、ついに祈へ女へ及ぶ方の呪いへの対策が始まろうとしていた。
己が掛けていた色眼鏡を大幣へと変え、それらしい雰囲気を出していた品岡が、
>「その前に嬢ちゃん、小便行っとき。下半身捏ねくり回すから下手すると漏らすことになんで」
 ふと、野卑た笑みを浮かべてそんなことを言う。
「……べっ、別に。トイレならミーティングの前に行ったからいいし!」
 急に振られるシモの話に、赤面しつつ祈は答えた。
 ミーティングが始まったのは今から十数分程度前のことだ。
その前にトイレに行っていたというのは事実であり、尿意そのものがないことと、
ミーティングの間にみかんを食べていたことが個人的に気にかかったものの、時間もないことでその不安を黙殺することにする。
 やがて、祈がソファに身を沈めると、その頭に品岡の造りだした大幣が載せられた。
>「えー……おんきりきり、ばざら、うんはった」
 唱えられるのは、祈が漫画などで見た、あるいはテレビなどで聞いたことのある呪文だった。
何か陰陽師のキャラが唱えていたような、と考えていたところで、意識がだんだんぼんやりしてくる。
トランス状態、というものだ。眠りに入る寸前のような、混濁とした精神状態に祈は入りつつあった。
 祈の頭の上に今度は品岡の手が載せられ、呪文の続きが唱えられる。
>「オンキリキリ・ハラハラ・フダラン・バサツ・ソワカ・オン・バザラ・トシャカク」
 祈が体に異変を感じたのはその直後だった。
「ん……」
 品岡の掌から、祈の脳へ。脳から脊椎、神経、体を通り下半身へ。
何らかの力が走り抜けるのを感じる共に、下半身の感覚ががくりと、消失――。
瞬間、自分がソファに沈み込んで一体になり、上半身だけ生やしている何かであるような奇妙な錯覚を覚える。
そのように感じるのは、トランス状態のもたらす混濁したふわふわとした意識が、
想像と現実の境界を曖昧にさせている故であろうか。
 腰から足先までの神経が途絶えたような感覚。
下半身のどこかしこがむず痒いのに、足の指一本、動かせている気がしなかった。
 これを品岡なりの麻酔のようなものだろうと祈は理解する。
手術のように開腹などしないとはいえ、体の内部を妖力で強引に捻じ曲げていく品岡の術をそのまま受けていれば、
それこそ、神経が激痛を訴えて発狂していてもおかしくはない。
コトリバコの呪いを受ければ生きたまま内臓がねじ切られる苦痛を味わうと言うが、
その苦痛を与えられるのは、何もコトリバコだけではないと言うことだろう。
 苦痛がない事に祈が安堵したのも束の間。
「あっ……!?」
 小さく呻く。
 感覚がない筈の腰から下。
 確かに痛みはない。だがその“中身”の収縮やうねりが、上半身に振動として伝わってくる。
それによって、概ねでしかないものの、今己の体の中で何が行われているのか想像がついてしまうのだった。
そして今、自分の中にあった大事な物が縮んでいき、やがては体に溶けるようにして消えたことが分かってしまう。
 一時の事と覚悟していたとは言え、自分の一部が消えるのを生々しく知覚するのは想像を超えるショックがあった。
奥歯を噛みしめてそれに耐えるも、加えて、やはり本来ある筈の痛みを術で誤魔化しているだけだからであろうか、
小刻みに痙攣する足が、己の体へのダメージを表しているようで。
 見ていられなくなり、ぎゅっと目を瞑る。
が、それは体内の音や振動により耳を澄ませるだけの結果に終わった。
いつ終わるのか、まだ終わらないのか。その思いだけが一時祈の心を塗りつぶした。

149多甫 祈 ◇MJjxToab/g:2018/04/13(金) 13:13:25
>「……工事完了や。完璧に仕上げちゃおるが小便は身体を元に戻すまで我慢しとくんやで。
>尿道が出来上がったばかりで粘膜同士が張り付いとるからな」
 やがて、品岡の声が降ってきた。
それによって、急に視界が開けたようにトランス状態が解けて、祈ははっと目を見開いた。
意識がはっきりと覚醒していくのがわかる。
「はっ……はっ……」
 汗ばんだ手。握りしめたソファの革。知らず呼吸が荒くなっていたことに祈は気付く。
思ったよりも早く終わったらしく、祈が時計を見ても5分と経っていなかった。
だがもうずっとソファに座って術を受け、その終わりを待っていたような気がしていた。
 トランス状態が解けた時に下半身の感覚も戻っていたようで、
荒い呼吸を整えながら足先を動かしてみると、しっかりと足指が動いた感触があった。
 試しに立ち上がって屈伸をしてみても、足は何事もなかったかのように動く。
 恐る恐る下腹部に触れてみても痛みはなく、
元々そうだったのではないか、何もされていないのではないかと錯覚してしまいそうになる。
一部に強烈な違和感はあるにはあり、そしてその違和感の元を見て確かめるだけの勇気は祈にはないのだが、
それ以外は全く問題ないようで、動くことに支障はなさそうに思えた。
 完璧な仕事だと言えた。それが本当に拍子抜けするほどの短時間であっさり終わったのだった。
品岡の術者としての腕は本物であり、その術への誇りにかけて、
この性転換手術は完璧に仕上げられたことであろうことを祈は実感する。
 その品岡を見やれば、祈へ施す術に余程気を遣ってくれたのか、その額には汗が浮かんでいた。
それを見て、多少の敬意を払うに値する相手であるのかも知れないなと、祈は品岡に対する認識を少し改める。
>「股ぐらは窮屈やないか?嬢ちゃんが履いとるのが伸縮性のあるスポーツショーツならよほど大丈夫やと思うが、
>背伸びしてシルクのパンツとか履いとるんだったらそこの阿呆にブリーフでも借りとき」
 本当にこれさえなければもう少し素直に尊敬できるような気がするのに、と祈は心の中で呟き、溜息をつく。
祈の家は貧乏であるし、背伸びするだけの余裕はない。多少の窮屈感はあるがそれは我慢しようと心に決めた。
 なんとなく答えるのが癪な気がして祈が黙っていると、品岡は続けた。

150多甫 祈 ◇MJjxToab/g:2018/04/13(金) 13:13:40
>「右手出しぃ」
 品岡に言われるがままに祈が右手を差し出すと、
品岡が取り出した紙片が蛇のごとく祈の腕に巻き付いて
リストバンドのような形となり、切れ目すら見えなくなった。鮮やかな手並みである。
>「そいつはワシの妖術を嬢ちゃんの身体に繋ぎ止める呪符や。それを破ればすぐに術が切れて元の嬢ちゃんに戻る。
>戦闘中に切れんよう多少頑丈に作ってあるけど、妖力込めて引っ張ればブチっといくはずや。
>ま、保険やな。ホントは金とるモンやけどサービスっちゅうことにしといたる」
 格好をつけて、踵を返す品岡。そして、
>「はぁーしんど。慣れんことするもんやないな、ワシちょっとヤニの補給に行ってくる。
>ああ嬢ちゃん、下半身のバランス変わっとるから今のうちに慣らしとき。ほな」
 煙草を吸うために事務所の扉へと歩き始めて、その背はゆっくり遠くなっていく。
今を逃せば言いづらくなる。言うなら今しかないと、祈は声を張った。
「……あの、ありがと! お礼と言っちゃなんだけど、今度お菓子差し入れてやるよ!」
 聞こえているのかいないのか、事務所を出てタバコを吸いに行ってしまう品岡と入れ違いになるようにして、
尾弐が洗面所から戻って来た。
はだけていた喪服の前ボタンが留められているのは、これから漂白に向かうにあたり、
気を引き締めてきたと言う所であろうかと祈は推察する。
>「那須野の方は終わったか? もし終わったんなら、お前さん達にこれを渡してぇんだがよ」
 その手に握られているのは3つの封筒。
急にお年玉や辞表でも出してくる訳でなし、一体なんだろうと怪訝な目を向ける祈。
尾弐はそれらを、ここにいない品岡以外の三人へと差し出し、祈はそれを反射的に受け取る。
>「そいつは魔除けのお護りだ。今日はたまたま持ち歩いててな。
>中身は鬼切安綱とまではいかねぇが、正真正銘『悪鬼』を切った破魔の刃物だ。
 悪鬼を切った破魔の刃物。その言葉のイメージで、
祈はそれを大層なお宝だと思った。そして「えっ、そんなの借りちゃっていいの? 国宝とかじゃ」
と言いかけて、かといって返すこともできないことに気付き、その言葉の続きを飲み込む。
尾弐の気持ちを無駄にするわけにもいかないし、これを祈が受け取らないことは死に直結するのだから。
「ううん。ありがと、借りておくね」
 飲み込んだ言葉の代わりにそう言って、封筒を上着のポケットにしまい込んだ。
他のブリーチャーズの面々も封筒を手にし、戻ってきた品岡が封筒を手に出来なかったのを嘆いているのを見た後、
あとは品岡の言う通りに準備体操でもして体を慣らしておくべきかと、
祈が二、三歩ほど尾弐から離れ、体をひねった所で。橘音がそっと尾弐に近付くのが目に入る。
更につま先立ちで背を伸ばして、何事か耳元で囁いたのを目撃する。
>好きですよ」
 ふと耳に入った言葉の断片は、そんな音をしていた。
正確には、聞こえた訳ではない。橘音の狐面は上半分を隠しており、口元は見えるようになっている。
その口元の動きを見て、断片的に聞こえた音と繋ぎ合わせて、なんとなくそう言ったのだろうと判断したのだった。
 その時の祈は、ふーん、橘音は尾弐のおっさんのこと気に入ってるんだな、としか思わなかった。
>「……さて。じゃ、ボクの用件がまだ終わっていませんので……最後にそれをやっていきましょう」
 橘音がブリーチャーズの全員の顔をぐるりと見回して、
>「ムジナさんの術による『擬』、クロオさんの破魔の刃物による『護』。コトリバコ対策は、これでふたつ」
>「これ以上の対策は、はっきり言って蛇足でしょう。ボクも護符の類を考えましたが、クロオさんの刃物に勝るものは作れません」
>「それに何をしたところで無駄なときは無駄ですから。やられるときはやられます、なので『もうこれはアカン』と思ったら――」
>「皆さん、踊ってください」
 そしてこんなことを言い放ったのだった。

151多甫 祈 ◇MJjxToab/g:2018/04/13(金) 13:14:00
 禹歩(うほ。なんとなくノエルが好きそうな言葉の響きだと祈は思う)、
とかいうダンスにどれ程の意味があるのかは、正直なところ祈には分からない。
だが本当にどうしようもなくなった時に役に立つのだと言うし、
この緊急事態にふざける橘音ではないので、とりあえず素直に覚えておくことにしたのだった。
 体育の授業でダンスを習っている祈としては覚えるのに大した苦労はなかったし、
慣れぬ下半身の感覚を慣らすだけの時間にもなったのだが、とかくそれを全員が覚えるのに要した時間。
そしてテレビが映すコトリバコが暴れる現場、稲城市の某商店街へと辿り着くまでの時間は、
非常に焦れたものになった。
 アベンジャー○じゃねーか。そう橘音の掛け声にはしっかりとツッコミを入れて事務所を後にしたものの、
早く行かねばと気は焦る。
消防署の人達だって、通報があってもすぐ現場には赴かず、
まずはどのように動くかなどしっかり話し合ってから動くのだとテレビで言っていたし、
橘音は事件があってからすぐにそれを妖怪の仕業だと見抜き、ミーティングをしてすぐに動いた。
これが最善の、最速のやり方だった筈だと信じても。
 目の前に広がる惨状はどうしても、もう少し早ければなんとかなったのではという後悔にも似た気持ちを祈に思わせる。
血に塗れた女性の遺体。それを蘇生しようとする救急隊員。群がる野次馬達。
騒然とする事件現場を、手馴れた様子で掻き分けてすいすい歩く橘音の後に付いて行きながら、
やりきれない思いを抱えざるを得ない。
 だが今は悔やんでいる時ではない。そう被りを振って、祈は気持ちを理性で追い越していく。
橘音率いるプチ続く百鬼夜行は、やがて立ち入り禁止と書かれた黄色のテープの前で制止を求められるが、
立ち塞がるその警察官も、橘音の声を聴き目を見てしまえば道を開けた。
 バリケードテープの内側へと侵入する奇妙な面々に向く野次馬の目を避ける為、
祈はパーカーのフードを被って顔を隠した。スマホを向けられて写真を撮られ、それがネット上にアップされたりすれば、
同級生や先生などに見つかって厄介なことになる。そんな事態を恐れた為だった。

 そうしてバリケードテープを潜ってその境界の内側に入ると、
妖怪としての感覚やセンサーに欠ける祈でも、流石に空気が変わったのが分かる。
首筋に走る、悪寒めいたぞわぞわした感覚。
血の臭いも濃くなり、ここにコトリバコがいることは間違いないと、ここは危険だと五感が告げている。
>「この『残り香』から察するに……コトリバコはまずこの近辺に現れ、あちらへ向かったようですね」
 橘音も同様に――と言っても祈などよりも遥かに優れた感覚でそれを察知しているだろう――、
それを感じているようで、そんなことを言う。
女性たちが作った血の跡を追い、橘音の指示に従って5分ほど歩いた頃だろうか。
 何かの影が祈の視界の端をよぎった。
祈は警戒して構えるが、そのふらついた影が人間の姿をしていたことで、祈は警戒を弱めた。
視界をよぎったのは、薬局から姿を現した影は女性だった。下腹部は血に染まっているが、まだかろうじて生きている。
>「た……、た、助けて……。助けて……ください……」
 か細い声を絞り出して、女性は助けを求める。
 良かった、まだ生きている人がいたんだ。祈は希望を見て、駆け出した。
もしかすれば尾弐に授けられたこの封筒を押し当てれば、
コトリバコから受けた呪詛を弾き返すことができ、生存の可能性があるのやもしれない。
そんなことを思ってのことだった。しかし、
>「……この妖気!皆さん、来ますよ!」
 橘音の鋭い言葉に、祈の足が止まる。
間髪入れず、女性が大量の血を吐き出し、絶叫。
>「あ……あ……、ああああああああ……!ひっ、ひぎっ……あぁ、ぎ……ぎゃあああああああああ―――ッ!!!」
 その女性の足元に転がる小箱を、祈は見た。
遅かったのだ。もう既にこの女性は、コトリバコの呪詛をどうしようもないくらいに受けていて――。
顔に爪を立て、頭を掻きむしり、やがて腹を破裂させて。
我が身に降りかかった苦痛を全身で余すことなく表現した後、彼女は絶命する。
 助けることができなかった。伸ばしかけた手を祈は握りしめて、歯噛みする。
しかし、己の無力を嘆いている暇など有りはしないのだろう。
 女性の死体の傍らに転がる直径10センチにも満たない小さな箱、
コトリバコは自ら展開し、その中身を露わにし始めた。

152多甫 祈 ◇MJjxToab/g:2018/04/13(金) 13:14:15
 外へと飛び出したのは無数の赤ん坊の亡骸。そして体のパーツだった。
それらを繋ぎ合わせ、出来上がったのは4メートル程にもなる巨大な赤ん坊であった。
 その泣き声はあまりに悲しい。
 生まれて間もなく訳もわからず殺され、その体の一部を奪われた彼ら彼女らの怨嗟の声。
降りかかった理不尽への怒り。誰も助けてくれることがない悲しみやその嘆きが凝縮された声だ。
 コトリバコの赤ん坊の虚ろな眼窩はブリーチャー達を捉え、
そしてその怒りや憎しみのままに、吠えるように泣くと、這い始めた。
巨体に見合わぬ素早い動きで、それがぶつかったとなれば相当なダメージは免れないと思わせた。
 その暗い目線の先にいるのは橘音だった。
>「……まぁ、そう来ますよね。ボクがアナタだったとしても、同じことをするでしょう」
>「ボクが囮になります!皆さん、コトリバコに総攻撃!まずは『ケ枯れ』させましょう!」
 赤子は猛然と、“橘音へと”向かい、這っていく。
これは祈に施された二つの対策が効果を発揮していることを意味しているであろうが、同時に――。
(あの赤ん坊が橘音を狙ったのは、橘音が弱そうに見えたからなのか? それとも――)
 疑問が生まれる。
 尾弐の傍らに立ち、そっとつま先立ちをする橘音の姿がフラッシュバックする。
>『好きですよ』
 不意に聞こえてしまった、尾弐に囁く言葉。
>『思わせぶりに顔隠してんじゃねー! この厨二ファッションオサレ仮面め!
>べ、別に君のために付き合ってやってるわけじゃないんだからな!?』
 言葉とは裏腹に、ツンとデレにコーティングされた橘音への好意を示すノエルの表情。
 狐面の下に隠された見たことのない顔。性別すら分からぬ組織の長。
男に生まれた雪女。その戦う理由。不自然な性。性すらも仮初めのものである可能性。
橘音から尾弐へ贈られた、言葉の意味。
 そしてこれらがすべて一本の糸で繋がっているのだとすれば。
祈は橘音のことをずっと男だと思っていたがもしかしたら――、そしてノエルが男である理由は――。
 否、こんなことを考えている場合ではない。なにもかもは戦いの後だ。
祈は再度頭を振って、自らの内に芽生えた疑問を打ち消した。
 マタドールのように華麗に舞い、コトリバコの赤ん坊を翻弄する橘音。
 祈は気持ちを切り替え、それをフォローすべく攻撃を加えようとコトリバコの赤ん坊の側面へと肉薄するのだが、
刹那、赤子の腹から、継ぎ接ぎの皮膚を破って緑色の液体が飛び出してくる。
反射的に避けると、それは商店街のアスファルトに当たり、その周囲を溶かして臭気を放った。
這い這いをする赤ん坊が擦ったその膝などから時折流しているその緑色の液体は、血液などではなく、
強酸性の何かだと祈は察する。
よくよく見れば、赤ん坊の皮膚は全体的に膿が溜まったようにぶよぶよと膨れており、
どこを攻撃してもその膿の如き緑色の液体が噴出してくると思われた。
 このまま下手に蹴りを見舞えば、逆にこちらが致命傷を負うことになる。
それを理解した祈の行動は早かった。祈は適当な店を探すと、そこに飛び込む。

153多甫 祈 ◇MJjxToab/g:2018/04/13(金) 13:14:31
名前:多甫 祈 ◆MJjxToab/g [sage] 投稿日:2017/01/29(日) 02:05:35.30 ID:DtYvpmWH [7/8]
>「ボ、ボクは非戦闘員ですから……体力には自信がないんです、お早めに……お願い、します……よっと!」
 やがて橘音の息が上がり始め、弱音を吐き始めた頃に祈は戻ってきた。
見ればどうやら、一体だけでも厄介なコトリバコの赤ん坊が更に増えているようで、
これは厄介だな、などと祈は事態にそぐわない軽い感想を抱く。
 祈の姿は、先程までとは異なっている。
白い遮光カーテンか何かをローブのように頭から体を覆うように被っており、それを脚にも巻きつけている。
また、似たような布をいくつも、両手いっぱいに抱えていた。
 一時戦場から姿を眩ました祈は、ここが商店街であり物が溢れていることのを良いことに、
自身の防具となるものをその場で調達してきてしまったのだった。
 倒れた女性の顔に、祈は白いハンカチを載せた。
その苦悶の顔を、もう誰にも見られないように。そして、助けきれなくてごめんと心の中で手を合わせる。
「悪いね。ちょっと席外しちゃって」
 ブリーチャーズの面々にそう軽く詫び、抱えた布を一部アスファルトへと置く。
 コトリバコの赤ん坊の数が増えた。だから何だと言うのだろう、祈がやることは変わらない。
祈は駆けて、橘音が相手をしている、ハッカイのコトリバコの赤ん坊の背後へと回り込んだ。
 そして強く助走をつける。狙うは、その左足。
「……ごめんな」
 口を突いて出てきたのは謝罪の言葉だった。

154多甫 祈 ◇MJjxToab/g:2018/04/13(金) 13:14:55
――例えば、ヘビー級ボクサーのパンチ力が800kg程だという話がある。
どのような計算式を用いて算出されたのかは定かでないが
これを単純にそのパンチ力を運動量で求めたものだと仮定すると、計算式はP=mv。
運動量=質量×速度(m/s。秒速○m)という形になる。
Pにはパンチ力である800kg、mにはそのボクサーがパンチに乗せた自重が入る。
今回は75kgの体重のボクサーが、そのパンチに全体重を乗せることができたと仮定しよう。
そうすると、800=75×……という式ができ、速度までも求めることができるようになる。
大凡10.7を当てはめれば800に到達するので、このボクサーのパンチの速度は秒速10.7mということになる。
時速に換算すれば38キロ程度。
100mを10秒で走る陸上選手でも、その速度を時速に直せば36キロ程度ということになるので、
人間の速度の限界という物を考えれば、ある種妥当な数字であるのやもしれない。
 では、この式を祈に当て嵌めてみたとする。
彼女の体重が、前後はあるとはいえ45kg。加えて最高速度は時速140km。秒速に直すと388.8m。
全体重を載せた蹴りをこの速度で放てたと仮定すれば、mv=45×388.8となり、その運動量Pは17496kg。
即ち、その一撃の蹴りは『約17.5t』にも達することになる。
 これは彼女の敬愛する特撮の単独ヒーローが通常フォームで放つ必殺技にも匹敵し、
しかもそれが彼女の細足に集約されるとなれば、その破壊力は。
――コトリバコの赤ん坊の大木のような足をも切断し、千切り飛ばす程となる。

《あぎゃあぁぁあ!!!? ぎゃ、ぎぃ、ああ、ああ、まあああぁ!!》
 宙を舞うコトリバコの赤ん坊の左足。そして粘液。
祈の脚力に耐えかねてアスファルトには亀裂が走る。
 祈は脚に巻いていた遮光カーテンに緑色の粘液が付着し、溶け始めたのを確認すると、
それを脱ぎ捨てて他の布を纏う。
 更に、もう一度。

《いぎゃあああ”あ”ぁ”ぁ”あ”あ”!!!!》
 今度は右足が舞う。
 そもそも膿のような粘液を皮膚下に溜めているこの赤ん坊の体は、ぶよぶよとして、ぐずぐずとして。脆い。
無論、その大型バスのような巨体を動かすだけの筋量は確かにある。骨もある様子だ。
だがそれでも、未熟な赤ん坊の体を複数継ぎ接いで一体の巨大な赤ん坊を形作っているために、
構造的には弱いのだ。
小石を積み上げて巨大な岩に見せかけて、それを妖力でもって無理やり繋いで動かしているようなもので、
部位と部位の間、特に継ぎ目か何かに見えるような場所などはそれが顕著に現れている。
そこを狙ってしまえばこの程度のことは難しい事ではない。
魂をも砕く、尾弐程の膂力がない祈でも。
 祈がこの赤子に抱くのは悲しみだけだ。
生まれて間もなく、実の親に殺されるという深い悲しみ。理不尽への怒り。痛み、苦しみ。
それを抱える子どもが、訳もわからず悲しみや怒りのままに叫び、暴れてしまったところで誰が責められるだろう。
 いや、この子どもに殺された人達やその家族はきっと怒っているに違いないし責めるだろうが、
この8体の赤子に対して、怒りや憎しみなど祈には抱けなかった。
 何故ならこの子達は単なる犠牲者だからだ。
男が村に齎した呪法の。村の人間達や、あるいは時代の。
そして今は、この一件を裏で糸引く姿を見せない誰かにその怒りや憎しみすらも利用されている、
憐れな子ども達でしかないからだ。
 だがこれ以上被害を出さないためにも、
『ケ枯れ』をさせて、この子達をその終わらない苦しみから解き放ってやる為にも、
赤子を蹴り飛ばすことによって生まれる良心の痛みを抱えてでも、ダメージを負わせるしか今は方法がない。
だからやることはただ一つ。その覚悟を負って、一体一体蹴りを見舞い、止める。それだけだ。
「御幸っ! お願い!」
 この怒りや憎しみをぶつけるべき相手がもしいるとすれば、コトリバコを盗み、裏で糸を引くその者だけだ。
祈は静かに闘志を燃やし、ノエルに次を託す。まずは一体。その機動力を削いで。

155御幸 乃恵瑠 ◇4fQkd8JTfc:2018/04/13(金) 13:15:59
>「いや……なんつーか、お前さん随分とまあ、思春期のガキみてぇな反応だな。
一応言っとくが、祈の嬢ちゃんが言ってるのは那須野が嬢ちゃんへ護法を掛ける事で、那須野にムジナの術を掛けるって訳じゃねぇからな」
>「じゃかぁしい!自分は嬢ちゃんから保体の教科書でも借りて黙って読んどれ!!
 無機質なわりに結構エグい図解見て夜眠れなくなったりしとけ!」
>「誰が厨二ファッションオサレ仮面ですかっ!?」
>「ごめん御幸、今のはあたしの言い方悪かったね。
勿論橘音のことは心配してるけど、さっきのは尾弐のおっさんが言ってた方の意味だから」

「えっ……ああ! そっか、そうだよね! ごめんごめん」

総ツッコミをくらったノエルはばつが悪そうながらも何故かどこか嬉しそうだ。
ナレーターの人まで釣られてノエってただって? それは気のせいだ(棒
ところでノエルは思っている事がすぐ顔に出るらしく、どうやら先程話に付いて行けていなかったのがバレバレだったらしい。
この際だからということで、その辺から橘音の高校の保健体育の教科書を引っ張り出して見始めた。
アレがアレアレでアレがアレな図解を暫し無言で見つめ……

「人間ってこうなってるのか……! これをこう変化させるの!? そりゃ大変だ!」

と、ようやく話に追いついた模様である。
黒雄が何故か洗面所に行き、いよいよムジナが祈に術をかける流れとなった。

>「その前に嬢ちゃん、小便行っとき。下半身捏ねくり回すから下手すると漏らすことになんで」
>「……べっ、別に。トイレならミーティングの前に行ったからいいし!」

「このタヌキ! もうちょっと言い方ってもんがあるでしょー! まずその顔がアウトだから!
いや、昔の陰陽師の趣味の良し悪しはとりあえず置いといて表情的な意味で!」

とムジナの物言いに突っかかりながら、人間って大変だなあ、と改めて思うノエル。
何しろ壮絶な戦いの果てに授業中にメガンテしてそして伝説へ――とか
うっかり電車の中で爆破テロして大惨事世界大戦勃発とかいう都市伝説はネット上にごろごろ転がっているのだ。

「あーあ、デリカシーの無い男ってほんっとやだよね〜」

と苦笑しながら、祈の横に行って隣に座る。
そういう本人の額に巨大なブーメランが突き刺さっている気がするのは多分気のせいではない。
いくら本人に性的な意図が無かろうと、いくら爽やかな顔で言おうと
通常の判断能力を持つ他者が客観的に見て変態な言動をしていれば立派な変態である。

「大丈夫だから、ね。僕が付いてる」

そんな事を言って祈の手を握る。
ムジナの術にかかりトランス状態になった祈は、不思議な幻を見ることになるのだった。
ふと横を見ると、ノエルだけどノエルじゃないのだ。
元々作画の揺れ幅の激しそうな奴だが、いつもとは明らかに違う方向に作画揺れしている。
何故か少し外にはねた髪にぱっちりした瞳。相変わらず白い肌に薄紅色の口許。
華奢な肩に、なだらかな曲線を描く細身の体躯。
平たく言うと、中性的イケメンがボーイッシュ美女になっていた。
造形の完成度の高さに反してすっとぼけた雰囲気が残念さを醸し出しているのはいつも通りである。
髪がはねているのはぱっと見の違いを分かりやすくするための記号的表現であろう。
巨乳だったか、だって!? 残念ながら特にそういう印象は残っていないと思われる。
あまりそこが強調されないような服装なのでよく分からなかった、ということにしておこう!

156御幸 乃恵瑠 ◇4fQkd8JTfc:2018/04/13(金) 13:16:17
「何? 何か顔に付いてる?」

祈が正気に戻ってみると、いつも通りのノエルがきょとんとした顔をしていることだろう。

>「股ぐらは窮屈やないか?嬢ちゃんが履いとるのが伸縮性のあるスポーツショーツならよほど大丈夫やと思うが、
 背伸びしてシルクのパンツとか履いとるんだったらそこの阿呆にブリーフでも借りとき」

「そうやって人にさりげなくブリーフ派のイメージを植え付けようとしないで!
こっちは種族的にイメージとか神秘性とか大事なんだから!
しかも何でパンツの種類にそんなに詳しいんだ、パンツはパンツでいいじゃないか!
パンツは皆平等!」

性懲りもなくパンツを連呼しはじめた。やはりさっきのは160%気のせいであろう。
いい加減作画揺れ激しすぎるだろ!で流しちゃっていいんじゃないかな。

「それはそうと……全然変わったように見えないんだけど。品岡くん、本当にちゃんとやったの!?」

ノエルはぱっと見の絵面を重視する性質がある。
例えば髪が短くなる等の記号的表現が示されれば納得したのだが、見えないところだけ変化したと言われてもいまいちピンとこないようだ。
大体スマホカンニングしてたし絵的にどう見てもインチキ臭いと思ったんだ、祈ちゃんの命がかかっているのに橘音くんは何で何も言わないんだ!?
と、謎の使命感に駆られるノエル。

「なーんか信用ならないなあ……。祈ちゃん、本当に変化したか見せて!」

とんでもない変態発言だが、本人は至って大真面目である。

「恥ずかしがってる場合じゃないでしょう! 見ると言ったら見るぞ! うおりゃあああああああああ!!」

このまま誰も止めなければ、祈に蹴っ飛ばされてバグではなくリアルに事務所の壁にめり込むことになった事だろう。合掌。
話は変わって――

>「そいつは魔除けのお護りだ。今日はたまたま持ち歩いててな。
 中身は鬼切安綱とまではいかねぇが、正真正銘『悪鬼』を切った破魔の刃物だ。
 そこらの護符よりは魔除け――――呪詛対策になる筈だぜ。3つ有るから、祈の嬢ちゃんと那須野……ついでにノエル」

さてさて、このパートの珍獣、ただ騒いでいただけで全く役に立っていない上についでに何か貰ってしまったぞ。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板