したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

【伝奇】東京ブリーチャーズ・壱【TRPG】

1 ◆TIr/ZhnrYI:2018/04/09(月) 08:30:44
201X年、人類は科学文明の爛熟期を迎えた。
宇宙開発を推進し、深海を調査し。
すべての妖怪やオカルトは科学で解き明かされたかのように見えた。

――だが、妖怪は死滅していなかった!



都内、歌舞伎町。
不夜城を彩る煌びやかなネオンの光さえ当たらない、雑居ビルの僅かな隙間で、一組の男女がもつれ合っている。
若い女が仰向けに横たわる男に馬乗りになり、激しく息を喘がせている。
……しかし、それは人目を憚って繰り広げられる逢瀬などではない。
『喰って』いる。
女は耳まで裂けた口を大きく開くと、ノコギリのようなギザギザの歯で男の腹に噛み付き、はらわたを抉り出す。
まだ体温の残る肉を引き裂き、両手で臓腑を掴んでは貪り喰らう。
すでに絶息している男の身体が、グチャグチャという女の咀嚼に反応するかのように時折ビクンと痙攣する。
この世のものならぬ、酸鼻を極める食事の光景。
女は、人間ではなかった。

柔らかな臓物を、滴る血を存分に味わい、喉元をどす黒く染めた女が大きく仰け反って恍惚に目を細める。
だが、まだ喰い足りない。女は男の頭を両手で掴むと、頭蓋に収納された脳髄を味わおうと更に口を開いた。

――しかし。

ジャリ……という靴裏のこすれる音に、女は咄嗟に振り返った。
雑居ビルの間の細い路地裏、その出口に、数人の人影が立っている。
性別も年代もバラバラに見える、正体不明の一団。

「いやァ――お食事中のところスミマセンね。ちょォーッといいですか?」

一団の中央に佇む、古風な学生服にマントを羽織った――大正時代の学徒か何かのような姿の人影が、口を開く。
が、顔は見えない。その面貌は白い狐面に覆われており、中世的な声も相俟って少年か少女なのかも判然としない。
女は低く身構えた。食事を目撃した者は、すべて消さねばならない。
唇の端から鋭い牙が覗き、両手の爪が音を立てて伸びてゆく。その姿は明らかに人外の化生である。
だというのに、一団は一向に怖じる様子がない。依然として、女の逃げ道を塞ぐように佇立するのみ。

「こんな東京のド真ん中で、そうやって好き勝手絶頂に食べ物を喰い散らかされちゃ困るんですよねえ。美観を損ねる」
「2020年の東京オリンピック。ご存知ですか?それまでに、ボクたちはこの東京をすっかり綺麗にしなくちゃいけないんです」
「インフラ整備に、施設の建設。世界中から人々を迎えるために、この東京はやらなくちゃいけないことがゴマンとある」
「まぁ……その辺は人間のお偉いさんにやって頂くとして。人間じゃできないことは、ボクらの出番ってワケです」
「アナタたちのような《妖壊》を残らず葬り去る――ま、いわゆる害虫駆除ってヤツですか」

女が聞くと聞かざるとに拘らず、ぺらぺらと饒舌に狐面が喋る。
その全身から、蒼白い妖気が立ち昇る。他の者たちの姿が歪み、人ならぬ何かへと変貌してゆく――。
甲高い咆哮をあげ、女が一気に跳躍し襲い掛かってくる。

「東京オリンピック開催までの間に《妖壊》を殲滅し、この帝都東京をすっかり『漂白』する……」

狐面の背後にいる者たちが、女を迎え撃つ。

「そう。ボクらは――」

炎が、雷撃がビルとビルの隙間の袋小路で迸り、女の姿をした化生を一瞬で葬り去る。
狐面は白手袋を嵌めた右手を伸ばすと、消し炭となって爆散した女の残骸をひとつ抓んだ。
残骸をぐっと握り潰し、そして言う。

「――東京ブリーチャーズ」

157御幸 乃恵瑠 ◇4fQkd8JTfc:2018/04/13(金) 13:16:32
>「一応種族が雪女のお前さんも持っとけ。万が一の可能性もあるからな」

一瞬意外な表情をしてから「ああそういえば!」といった表情に変わるノエル。
橘音には大丈夫と言われたものの、雪女(イケメン)がコトリバコに近付いてどうだったかという前例はない(そんなもんあったら困る)
コトリバコの明確な性別判定基準も謎なら雪女(中身残念だけどとりあえず見た目イケメン)がどういう存在なのかも謎なのだ。
そこは奥ゆかしくふわっとさせとくつもりだったのに何で女だけ殺す呪いの箱なんてややこしいものが出てくるんだ
という誰かさんの心の声が聞こえてきそうである。
とはいえ、コトリバコに相手を選ぶ権利があるとすればこんな変態はマジで本気で結構ですと全力でお断りだ、間違いない。
ノエルは物事を深く考えないので、この世ならざるイケメン(外見)の自分がよもやコトリバコの餌食になるとは思っていないものの――

「えへへっ、ありがとう!」

気にかけてくれた事自体が嬉しかったのだろう、照れたような笑みを浮かべて受け取ったのであった。
クロちゃんは本当にいい奴だなあ!と思っているノエルが、悪鬼を斬ったと言われたところでまさかその由来に気付こうはずもない。

>「あのぉ尾弐のアニキ、ワシの分は……?」
>「あと、性別と年齢的にムジナの分はねぇ」
>「ああ良かった!ナチュラルにハブられた思いましたわ!」

ハブられてないか気にするなんて意外と可愛いとこあるじゃん。
というかそもそものっぺらぼうって性別無いような……。身体は変化自在だから……顔基準?
昔の陰陽師が顔を固定する時に美女にしなかったのはこのためだったんだ!と勝手に納得したノエルであった(※多分無関係)

その後も、橘音が背伸びして黒雄に何かを告げているのを見て祈と同じようなことを思ったらしく
祈の肩をトントンして「あれ見てあれ」という感じで指差してニヤニヤ笑ったり――

>「皆さん、踊ってください」

「禹↓歩↑……? え、違う? 禹↑歩↓?」

マッチョとヤクザが軽快にステップを踏む様がツボにド嵌りしたらしく
「そうかこれが禹歩!いい男ってやつだなwwwwwww」と腹を抱えて笑い転げたり
緊迫感のきの字も無い言動を繰り広げたのであった。
(あれ? 間違っても呪いにかかりそうにないこの二人まで何で一緒に練習してるんだ?
面白いからまあいいか!と思うノエルであった)

+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。゚+。*゚+。。+゚*゚+。。+゚*。+゚

158御幸 乃恵瑠 ◇4fQkd8JTfc:2018/04/13(金) 13:16:51
場面は変わって、一行は稲城市に来ていた。
お上りさんがやらかしちゃった的なキメ過ぎな和パンクファッション、喪服のマッチョ、Vシネのヤクザ、極めつけは大正学徒のキツネ仮面。
はっきり言って祈以外はコスプレ集団。ただでさえ人目を引いてしまう。
“ヒーロー活動をしているのがバレてはいけない系ヒーロー”の祈の心境は如何なるものだろうか。

「くっ……凄いプレッシャーだ……!」

等とテンプレ台詞を言いながら、ノエルは橘音に伴われて進んでいく。
台詞だけ見るとふざけているように見えるが、表情に割と余裕が無い。
あまりにも状況がぴったりすぎてマジでその言葉が出ているのである。

>「……この妖気!皆さん、来ますよ!」

>「あ……あ……、ああああああああ……!ひっ、ひぎっ……あぁ、ぎ……ぎゃあああああああああ―――ッ!!!」

「祈ちゃん、見るな!!」

あまりにも凄惨なコトリバコによる呪殺の光景を前にして、ノエルは思わず近くにいた祈を自分の方に抱き寄せた。
絶命した女性のすぐ隣にあった箱を見て橘音が一言。

>「付喪神化していますね」

嬰児たちの怨嗟の絶叫と共に、禁断の箱は開かれる――
コトリバコは付喪神化した《妖壊》としての姿を一行の前に現したのだった。

「うへぇ……せめてデザインだけでも鳥っぽく可愛くデフォルメしとけよ!
アニメ化する時にモザイクかけなきゃいけないじゃん」

軽口を叩きながらも、ノエルの瞳にふと憐れみの色が宿る。
《妖壊》――ある者は人の純然たる悪意から生まれ、またある者は発展する文明の影で結果的にそういう役割を押し付けられ――
どんなに光に焦がれてもそれは叶わず、輝かしい文明の光の側に行きたいと思ってもそれは許されず
とうに過ぎ去った過去の時代の楔に縛られ、悲しくて苦しくて自分ではどうにもならなくて
心の奥底ではもう眠らせてほしいと、ただ呪われた運命の終わりを願うのだ――
――何を憐れんでいる? 人に仇成す悪い奴らじゃないか
と、軽くかぶりを振って不意に浮かんできた妙な思考を振り払う。
コトリバコが橘音に向かって一直線に突進してきた。

>「ボクが囮になります!皆さん、コトリバコに総攻撃!まずは『ケ枯れ』させましょう!」

「えぇっ!? 囮って……弱いくせに何言ってんの!?」

ちなみにここで橘音がやっぱり雌狐だったと判断するのは早計というものである。
囮になるためにわざと雌狐に見せている可能性もあるのだから。
どちらにせよノエルは気が気ではない。

「何考えてんだこのキツネ仮面がぁ! いきなり目立とうなんて思わなくていいから!」

とか何とか言いながら、自分はがっつり後ろに下がる。
一応強キャラのくせして何下がっとんねん!と思われそうだがこれが多人数で強敵と戦う時のいつもの布陣だ。

「――キャストオフ!」

159御幸 乃恵瑠 ◇4fQkd8JTfc:2018/04/13(金) 13:17:07
氷粒の煌めきと共に銀髪に青目の妖怪としての姿になり、その手に氷の錫杖が現れる。
変身ヒロインものではメイクアップ!という掛け声があるが、コイツの場合普段の方が化けた状態なのであれとは逆である。
杖を出す事に一見特に意味はなさそうだが、気分で妖力が変動したりもするノエルにとって絵面は重要なのだ。
ちなみに以前魔法少女風のステッキを出して黒雄あたりからブーイングを食らったことがあるとかないとか。

「クロちゃん、祈ちゃん、前お願いね! みんな武器出して! そーおれ!」

杖を一振りし、まずは蹴りを攻撃手段とする祈の靴に向かって、氷の妖力の付与――
靴の裏に霊的な氷の棘が現れ、妖力スパイクのようになるだろう。
他の人にも、こんな感じで任意の武器に付与できるはずだ。
祈はいったんコトリバコを攻撃しようとするも、何かを思いついたらしく近くの店に入っていった。
皆それに特に疑問を持つことはない。
ベースが人間であり妖怪としての性質や凝り固まったセオリーに縛られない祈は、武防具を現地調達したり
「ゲームならシステム上できないよね!?」という行動を取って事態を打開することが度々あるのだ。
祈がいない間、こちらはとりあえず普通に戦う事とする。

「――アイシクルエッジ!」

無数の巨大な氷柱を撃ちこむ連続攻撃。
ちなみに技名のようなものは大抵ゲームからのパクリでありノエル的感覚でなんとなく格好良ければ何でもよく、単に掛け声のようなものである。
せめて和風ファンタジーから取れよ!と思うが何故か派遣主からしてどう考えても北欧の人だし仕方がない。
このままいけば「ケ枯れ」に持ち込めるのは時間の問題だと思われたが、早くも橘音の息が上がり始めた。

>「ボ、ボクは非戦闘員ですから……体力には自信がないんです、お早めに……お願い、します……よっと!」

「いや、知ってるし囮やめろよ! 品岡君、体だけ女になって囮交代してあげて!」

祈が体どころか下半身の一部分だけ男にして男判定を受けているのだからその逆も真とは思うのだが……
顔がヤクザのままで体だけ女になったとしてそれをコトリバコが女と認めるかは――甚だ疑問である。
更に事態は最悪の展開となる。

>「ま……、まさか……!」

「そのまさかみたいだね……!」

コトリバコが仲間を呼んだのか知らないが、コトリバコBCDFGHI、もとい1から7までが一挙に現れた!

「てめぇら大増殖してんじゃねえ! せめて横一列か前後二列に並べ―――――ッ!!
敵が8体も好き勝手に動き回ったら処理落ちするから!」

160御幸 乃恵瑠 ◇4fQkd8JTfc:2018/04/13(金) 13:17:26
というのも、囲まれたら、前を黒雄や祈に任せて自分は後ろから攻撃に専念という盤石の布陣が取れなくなるから困るのだ。
しかも敵がなまじ知能がある奴だったりすると
「あいつ味方の強化とか強い妖術攻撃とかしてきてウザいし見た感じヒョロそうだから先にやっちまおうぜ!」
となるのが鉄板である。

>「あ、あれぇ〜?これは……死んだ、かなぁ……?」

とにかく、このままでは数秒後に橘音が集中攻撃を食らう展開が目に見えている!
ノエルは、橘音のイマイチ分かり辛いながら本気で助けを求める呟きに、高らかな詠唱で応えた。
詠唱してる暇があったらさっさと発動しろよと思われそうだが、通常の氷柱カッキーン等は一瞬で発動できるが、大技にはそれなりの溜めが必要なのだ。

「極寒の地の氷の神よ、我に力を与えたまえ。言葉は氷柱、氷柱は剣。
身を貫きし凍てつきゅ…氷の刃よ、今嵐となり我が障壁を壊さん!」

途中で明らかに噛み、やばっ!という顔をしたが、強引に押し切る。

「エターナルフォースブリザード!!」

妖力を解き放つと、8体全てのコトリバコを氷雪の嵐が襲う。
詠唱をすることで日本全国津々浦々の厨二病患者のパワーを集めることができ
詠唱が長い程その効果は増大するとは本人の語るところであるが、真偽は定かではない。
パソコンやスマホの前の我こそはと思う良い子の厨二病患者のみんなはパワーを送ってあげよう!
今まさに橘音にとどめを刺そうとしていたハッカイのコトリバコの動きが止まる。
8体のコトリバコが全て周囲の空気ごと凍り付いていた。

「だから言ったじゃん! 囮なんてもうやめて!」

橘音の前に出て、氷の杖を消して代わりに両手に大小の刀を顕現する。
二刀流である。もう一度言おう、二刀流である。
ところで、ボスに即死攻撃無効は常識だ。
普段なら並み居る雑魚を一掃する厨御用達のチート攻撃も、コトリバコの前ではせいぜい一定時間氷結させる程度である。
5秒もしくは3秒、いや1秒は持ったか――
ガラスが割れるのにも似た音と共に氷が飛び散り、まず最高位のハッカイの氷結の状態異常が解除される。
しかしメンバー全員が揃うまでの時間を稼ぐには十分だったようだ。

>「悪いね。ちょっと席外しちゃって」

祈が大量の布を持って現れた。彼女がごめんと謝るのを聞いてしまったノエルは呟く。

「いいよ、躊躇わなくていい」

161御幸 乃恵瑠 ◇4fQkd8JTfc:2018/04/13(金) 13:17:42
ノエルは少しも妖壊を攻撃するのを躊躇うことは無い。彼は何故か確信しているからだ。
《妖壊》が自分を滅した相手に最後に抱く感情、それは――
山よりも高く海よりも深い、感謝という言葉では言い表せない感謝だと。
全くもっておめでたい思考回路である。
布を纏った祈は、ハッカイの両足を人知を超えた蹴りで吹き飛ばす。
両足が無くなっても浮遊しているので動けないわけではないのだが、それでも機動力はかなり落ちたはずだ。
中学か高校ぐらいの物理の計算をすると祈のキックがどれほど凄いのかが具体的によく分かるのだが
ノエルに物質世界の学問の代表格である物理の理論なんて分かるはずもなく、単純に「祈ちゃんのキックは超凄い」と思っている。
その確固たる物理学の理論に裏付けされた超凄いキックに
ノエルの完全スピリチュアルワールドなよく分からない謎パワーが付与されているのだから、それはもう最強というものだ。
例えるなら、年末のしょうもない番組でお馴染みの大槻教授と韮澤さんがタッグを組んだようなものだ。

>「御幸っ! お願い!」

祈に決め手を託されたノエルは、すっ――と少し目を細める。
世界の裏に焦点を合わせる、この世ならざる世界を見るような目つき
と言えば恰好よさげだが、平たく言えば3D画像を見る時のような感じだ。
祈が普通に目に見える継ぎ目を狙ったことからヒントを得て、霊的な継ぎ目を見ているのだ。
そうしてみると、それは想像以上に継ぎ接ぎだらけの代物であった。

「見切ったあ!」

祈の持ってきた布を投げて相手に覆い被せ、氷の刃を閃かせて地面を蹴って跳ぶ。
物質世界の純粋に化学的な強酸はノエルには効かないが、《妖壊》の出すそれは厳密には”強酸のようなもの”。
当然ながら霊的な性質も持っている。
それに服が解けて予期せぬサービスシーンになったら困るのだ。本人大騒ぎするわ需要は無いわで誰も得しない。
一閃、二閃――無数の剣戟が閃く。一見適当に見えるが、継ぎ目を余すことなく斬っているのだ。
カーテン一枚ぐらいなら挟んでも継ぎ目を見るのに支障はないらしい。
空中で制止したり方向転換しているように見えたとしても多分気のせいではない。
「店長!その動きは!俺らには出来ません!」を地で行く物理法則を無視した動きだ。
しゅたっ――と、はらりはらりと舞い落ちるカーテンの破片と共に着地。
普通はこのパターンは後ろで敵が爆散するものだが――

162御幸 乃恵瑠 ◇4fQkd8JTfc:2018/04/13(金) 13:17:56
「あれぇ〜? おっかしいなあ〜」

特に相手の見た目に大きな変化はない。しかし言葉とは裏腹に予想の範疇である。
霊的3D視が出来る者には分かるだろう、実は見た目以上に不可視の切り込みが刻まれ首の皮一枚で繋がっている状態。
あと一発衝撃を加えてやればバラバラに砕け散るかもしれない。
が、見た目にはよく分からない致命傷を与えられて怒ったのかもしれないハッカイにターゲットロックオンされてしまった。

「えっ、ちょ、ビジュアル的に無理! お断りします!」

体当たりを辛うじて避ける。相手の足があるままだったら余裕で死んでたな!
後衛が調子に乗って前に出てくると碌なことにならないのだ。

「たーすーけーてー!!」

と叫びながら、追いかけられながら何故か黒雄の方に猛ダッシュ。
クロちゃんなら!クロちゃんならなんとかしてくれる!と思っているらしい。
駄目だこりゃ! 少なくとも祈から見たらただの間抜けにしか見えない!

163尾弐 黒雄 ◇pNqNUIlvYE:2018/04/13(金) 13:18:18
>「ああ良かった!ナチュラルにハブられた思いましたわ!」

「そいつぁすまねぇな。お詫びに、お前さんの葬式は俺の所で挙げてやるぜ。特別価格の2割引だ」

三人に護符を渡した尾弐は、ムジナの軽口と祈とノエルの礼に対して右手をヒラヒラと振って答えると、
そのまま歩を後ろに進めて壁に背を預ける。

――――と。
そんな鬼の元に、何か含みの有る笑みを讃えた那須野が近づいてきた。

「……ん? 那須野、どうした?」

これまでのブリーチャーズの活動において、那須野その表情を度々見てきた尾弐は、
半ば獣じみた直感により微妙に距離を取ろうとする。
だが、那須野はそれよりも早く尾弐の傍に寄ると、爪先立ちで耳元に口を寄せ

>「クロオさんのそういうところ。好きですよ」

「!?」

――そう、小さく囁いた。
唐突に放たれたその発言を受け、硬直する尾弐であったが……暫くすると小さく息を吐き、
困った様に右手で頬を掻いてから口を開く。

「あんがとよ。オジサンも大将のそういう所、気に入ってるぜ」

どうやら、尾弐の隠し事は聡明な狐面の探偵にはお見遠しであったらしい。
那須野の言葉でようやくその事を理解した尾弐だが……それでも小さな意地があるのだろう。
隠し事の内容を己の口からは語らず、ただ、那須野が己の隠し事について無遠慮に触れ回らないでくれた事への礼を述べた。

……尚。複数の意味で取れる言葉に対し、尾弐が額面通りの部分以外に触れなかったのは、
青い勘違いをする程に若く無いと自負しているという事もあるが、
それ以上に現在進行形で尾弐の方へと指を刺し、意地悪気な笑みを浮かべている一名。
こういったやり取りで妙な盛り上がりを見せそうな、種族が雪女である妖怪を懸念しての事であった。

>「わかりました?んじゃ、全員でやってみましょうか。はい、クロオさんもムジナさんも恥ずかしがらないで〜」
「……やべぇ。早々に、前言撤回したくなってきた」

余談ではあるが、その後に那須野の主導によって行われた呪式歩法『禹歩(うほ)』の練習に際して、
尾弐が自分の足を自分で踏んで横転する程にダンスのセンスが壊滅している事が判明したのだが、それはまた別の話である。


閑話休題。

164尾弐 黒雄 ◇pNqNUIlvYE:2018/04/13(金) 13:19:04
稲城市、某所。常であれば親子連れでにぎわうその商店街は、今や死地と化していた。
鳴り響く救急車両の甲高いサイレンと、血に塗れ倒れ伏した数多の女性の死体。
その死体に縋り付いて慟哭の声を上げる、伴侶と思わしき男性。
或いは、死という概念が理解出来ず死体と化した母親を必至に起こそうとする少年。
そして、その凄惨な光景を、掲げた携帯電話のカメラで修めようと躍起になっている野次馬達。
むせ返るような鉄と吐瀉物の臭いの中で繰り広げられるその情景は、正しく阿鼻叫喚。
此処は、地獄に在らずにして地獄で在った。

そして、そんな地獄の一丁目。
血の赤で染まった修羅の巷を奥へと進む、珍妙な集団がここに一つ。

時代がかった服を来た、正体不明の狐面。
人外の美貌を持つ色白の青年。
胡散臭さを隠しもしない、色眼鏡を掛けたチンピラ。
不謹慎にも喪服を着こむ、猛禽の様な目をした巨躯の男
そして、その集団の中において、常識的な恰好をしているが故に逆に視線を集める中学生。

彼等の名は、漂白する者達(ブリーチャーズ)

眼前の地獄を払拭する為に、敢えて地獄に踏み込んだ、勇敢な愚か者達である。


「こいつぁヤベェな……商店街一帯、呪詛まみれじゃねぇか。まるで黄泉比良坂だ」

そのブリーチャーズの一員である尾弐黒雄は、那須野の術により潜入を果たした商店街を歩きつつ、
右手で口元を抑え眉を潜めて周囲を見渡す。
尾弐の視界に映るのは、荒れ果て床に散らばった商品と、無数の血溜まり。
……そして、放置されている幾つかの女性の死体。

恐らくは、救助活動の初動で運び出されず、毒ガステロの可能性を考慮した警察によって
現場が封鎖された事で取り残されたのだろう。
助けを求める様に前に伸ばされた彼女達の腕は、けれどもう動く事は無い。

「嘔吐に下血、腹部破裂の上に腐乱臭……どいつもこいつも内側から腐らされてやがるな。
 まさか、奴さんは胎内に『戻ろう』とでもしたのかね」

死体の幾つかを見聞していた尾弐は、死体の瞼を右手でそっと閉じると、
そう見解を述べて腰を上げた。と、その時

165尾弐 黒雄 ◇pNqNUIlvYE:2018/04/13(金) 13:19:25
>「た……、た、助けて……。助けて……ください……」

尾弐達の進行方向の先に在る薬局の中から、フラフラと白衣を着込んだ女性が歩き出て来たのである。
やはり呪いに侵されており、その衣服は赤色で染まっているが……それでも女はまだ生きていた。

「ちっ……!」

けれど、尾弐がその女を助ける為に動く事は無かった。
むしろ小さく舌打ちをしてから右腕を横に伸ばし、一同に背中を見せて壁となり、
女の元へ寄る事を制止をしてみせたのである。

>「……この妖気!皆さん、来ますよ!」
>「あ……あ……、ああああああああ……!ひっ、ひぎっ……あぁ、ぎ……ぎゃあああああああああ―――ッ!!!」
>「祈ちゃん、見るな!!」

そしてそれは、尾弐が眼前の女性がもはや助からないと判断したが故の事。
そう。女はまだ、生きていた――――けれど、もう手遅れな程に呪詛に侵されてしまっていたのである。
やがて、女の腹は腹にガスの溜まった死体の様に弾け飛び……新たな血溜まりとなったその足元に、コロリと小さな箱が転がった。

>「付喪神化していますね」

尾弐達の見守る前で、カタカタと人の手を借りずに解かれていく小さな箱。木製のパズルボックス。
だんだんと大きくなる嬰児の泣き声に比例して回転の速度を増していくソレは、絶叫の様な泣き声が最大になった所で、
ピタリとその動きを止める。

そして―――――――


>オギャアアアアアアアア!!!!!オギャアアアアアアアアアアア――――――――――ッ!!!!

断末魔の様な泣き声と共に湧き出た其れは、尾弐の身長に倍する巨躯を持つ、赤ん坊の形をしたナニカであった。
全身から体毛の様に四肢を『生やした』その不気味な姿は、或いは、人の死体を粘土の様に捏ね繰り回せば同じような物が作れるかもしれない。
絶えず両目から血を流すこの異形を作り出したのが、素材と同じ人間であるという事は、悍ましいという他無いだろう。
そして、その異形の赤ん坊は首を振り周囲を見渡すと

>「……まぁ、そう来ますよね。ボクがアナタだったとしても、同じことをするでしょう」

ブリーチャーズのリーダーである那須野を標的と定め、襲い掛かってきたのである。
尾弐はとっさに動こうとするも、コトリバコの異形の動きはその巨体からは考えられぬ程に素早く、あわや激突すると思われたが

>「ボクが囮になります!皆さん、コトリバコに総攻撃!まずは『ケ枯れ』させましょう!」

驚くべきことに、その突撃は那須野がその手に持ったマントによって、コトリバコの異形は勢いのまま壁へと衝突する事となったのである。

166尾弐 黒雄 ◇pNqNUIlvYE:2018/04/13(金) 13:19:45
「ったく、無茶しやがって……あいよ、了解だ大将」

尾弐は、那須野が無事にコトリバコの怪異を往なした事を確認すると、
その無茶な行動に対して苦々しい表情を浮かべたが……けれど、それを止める事はせずに、那須野の指示に対して是と答える。
それは、長い付き合いであるが故の、尾弐からの那須野への信頼であると言えよう。
頭脳労働担当である那須野が『囮となる事が出来る』と言った以上、それは可能な事なのだろうと、尾弐はそう判断したのである。

>「何考えてんだこのキツネ仮面がぁ! いきなり目立とうなんて思わなくていいから!」

だが、それはそれとして那須野の行動が無茶な事には変わりない。
尾弐が知る限り、彼の探偵は荒事向きではない為、ノエルが心配するのもまた当然と言えよう。

「そう思うなら、さっさとアレをどうにかしようぜ色男。
 目立つ間もなく凍らせて砕いてかき氷みたいにすりゃあ、那須野の出番も無くなるだろ」

故に、尾弐はノエルの言動を否定する事も肯定する事も無く、
ただ、コトリバコの異形へと近づくと右腕を振りかぶり――――

「うおっ……!?」

しかし、拳を当てるその直前。ボコリと異形の赤ん坊の皮膚が盛り上がったのを見て、尾弐は後ろへ大きく跳躍し距離を取った。
そうして距離を取ってから見てみれば、先ほどまで尾弐が立っていた場所に濁った水溜りの様な物が出来ており
――――その水溜りが、煙を上げてアスファルトを溶かしていた。

「おいおい……触れたらアウトかよ。面倒くせぇ仕様だな」

尾弐と同じくコトリバコの溶解液の特性を見抜いたと思われる祈が攻撃を中断し、店舗の中へ入って行くのを横目に捕えながら、尾弐はそうぼやく。
幸い、今はノエルが氷による遠距離攻撃を放っている事でコトリバコの動きは封じられているが……それも長くは持たないだろう。

>「ボ、ボクは非戦闘員ですから……体力には自信がないんです、お早めに……お願い、します……よっと!」

端的に言うのであれば、囮役を果たしている那須野の体力が限界だからである。

>「クロちゃん、祈ちゃん、前お願いね! みんな武器出して! そーおれ!」

「なぁ……もっとこう、気合の入る掛け声にできねぇのかソレ。あと、ムジナの女装を推すのは止めろ。
 想像しただけでさっき食った魚肉ソーセージ全部吐きそうだ」

恐らく、囮としての那須野はあと何分も持たない……故に、決着を早期に付けるべく、尾弐は道に設置されていた
一時停止の道路標識を右手で掴むと、地中深くに埋め込まれ固定された其れを、まるで雑草か何かの様に軽々と引き抜いた。

直後、その道路標識に掛かるのは、気の抜ける掛け声で放たれたノエルの術による強化。
呪氷を纏った道路標識はまるで巨大な金棒の様な形状と化し、それを右腕に持つ尾弐は、
コトリバコの怪物に向けて氷の棘を纏う道路標識を――――何の躊躇いも無く、横薙ぎに払った。

人外の膂力を持って放たれたその攻撃は、風切り音と共にコトリバコの怪物の頭部へと向かう。
それは、そのまま直撃すれば石畳に落ちた柘榴の様に怪物の頭を破砕できる一撃である。だが

「ちっ、その巨体でなんて速度してやがる」

尾弐の一撃を、コトリバコの化物は恐るべき速度で首を後ろに引く事で回避して見せた。
それでも完全には回避出来なかったのか、尾弐の一撃は怪物の下顎の一部を吹き飛ばし、
肉片を壁のオブジェと化す事に成功したのだが……

「……オーケー、この程度はダメージの内に入らねぇってか」

尾弐の与えた傷は、傷口から小さな手足が無数に生え、蠢き結合する事で塞がってしまった。
コトリバコの特性を目の当たりにした尾弐は、再度道路標識を構え――――

167尾弐 黒雄 ◇pNqNUIlvYE:2018/04/13(金) 13:20:02
>オギャアアァアァアァアァアァァァァ……
>オォオォオォオオ……オ……オギャアアァアァァアァアアアア……!!!

>「ま……、まさか……!」
「おいおいおいおい、ちょっと待て。冗談だろ」

けれども、状況はここで悪化する。
コトリバコの怪物がその口腔から垂れ流す泣き声。それが、いつの間にか『増えて』いたのだ。
其れも、一つ弐つではない。
増えた泣き声は――――合わせて七つ。

>「あ、あれぇ〜?これは……死んだ、かなぁ……?」
>「てめぇら大増殖してんじゃねえ! せめて横一列か前後二列に並べ―――――ッ!!
  敵が8体も好き勝手に動き回ったら処理落ちするから!」

「数がいれば強ぇって訳でもねぇが、厄介なのは間違いねぇな……こりゃあ割に合わねぇぞ」

増えた怪物達。八体のコトリバコの怪物は、現れて早々に即座に尾弐達を敵対対象と認識した様である。
そして、同じ呪具であるが故にその行動指針も似通っているのだろう。
コトリバコ達は……那須野へと群がる様に、うぞうぞと進み出した。

>「エターナルフォースブリザード!!」

幸い、その急襲はノエルが放った謎の名称の大規模術式による氷結で食い止められたが、
相手は巨大な呪詛の塊。そう時間は稼げないだろう。
現に、最初に遭遇したコトリバコを包む氷は、既に罅割れている。
その状況を見て現状では勝ち目が薄いと判断した尾弐は、コトリバコの群れを睨みながら、静かに口を開く。

「……分が悪ぃな、こりゃ。那須野、ノエル、ムジナ。ここは俺が食い止める。祈の嬢ちゃんを見つけ出して逃」

だが、尾弐がその言葉を言い切る直前。一人の少女の声がその場に響いた。


>「悪いね。ちょっと席外しちゃって」


「祈の嬢ちゃんか。調度良かった……って、何だよその恰好は」

現れたのは、先ほど商店街の店舗の一つに入って行った多甫 祈。
彼女は遮光カーテンを全身に纏い、更に脚に巻き付けた状態でその場に現れたのである。
あまりに意外なその様相に、真意の読めない尾弐の口からは思わず呆然とした声が漏れる。

だが、それも一瞬。祈が行動を開始するまでの事であった。
祈は先ほど犠牲になった女性の顔に布をかぶせると、助走を付け――――

>「……ごめんな」

一言。様々な感情が籠った謝罪の言葉と共に、ブリーチャーズにおいて最速を誇るその脚力で、
コトリバコの怪物の両脚を、破砕してみせたのである。
当然、直接打撃を放った祈に強酸性の液体が降り注ぐが、纏った布がそれらを全て遮断する。
道具を使い、工夫し、敵対者を凌駕する。
それは、祈という少女……否。人間という生物の持つ強さであり、何の努力も無く優れた能力を持つ
妖怪では通常至らぬ発想であった。

168尾弐 黒雄 ◇pNqNUIlvYE:2018/04/13(金) 13:20:19
そんな祈を見て、尾弐は思う

(ああ――――弱くて、脆いな)

それは侮蔑でも罵倒でもない。尾弐という妖怪が抱いた、ただの感想である。
弱さを補う戦い方も、敵対している妖壊に抱く懺悔の心も、尾弐は持っていない。

弱さは強さで塗り潰す。
鬼という種族にはそれが出来る性能が有った。
妖壊に対する慈悲の心も無い。
例えどの様な理由があれ、殺人を犯した存在は許される事は無く、救われる必要も無く、
ただただ地獄の底まで落ち込むべきだと、尾弐はそう考えているからだ。

そうであるが故に、己の弱さを認め敵対者への憐憫の心を持つ祈は、尾弐にとっては脆弱な存在であり。
そうであるがこそ、尾弐にとっては目を背けてしまいたくなる程に、眩しい存在であった。

僅かな放心。

けれど、その間にも状況は前へ前へと進んでいく。
気が付けば、眼前には叫び声を上げるノエルと、迫り来る両足を失ったハッカイのコトリバコ。
それを認識した尾弐は、何かを振り払うように舌打ちをすると、右腕の道路標識を高く振り上げ、
ノエルの攻撃により脆弱化しているコトリバコへと振り下ろすが

「な、ぐがっ―――!?」

オォオォオォオオ……オ……オギャアアァアァァアァアアアア……アア……キャハハハ……!!!

その直前、鬼の左側部へと『投げつけられた』軽自動車によって吹き飛ばされ、そのまま軽自動車と一緒に
店舗の壁に叩きつけられる事となってしまった。

「っ……て、めぇ……ら……そうかい……そうかよ」

妖怪ですら耐えがたいその一撃を受けて、額から血を流す程度のダメージで済んでいるのは、種族としての頑強さが故。
だが、尾弐への攻撃はこれで終わりではない。
尾弐へ車を投げつけてきたのは、ノエルの凍結より復活したコトリバコ。『ニホウ、サンポウ』

そして、今現在。
激突地点を予測し待ち伏せていた『シッポウ』が、今まさに尾弐へと強酸性の液体を纏った拳を振り上げているのだ。
それら3体のコトリバコは、血の涙を流しながら――――「笑って」いる。
尾弐を殺す為に戦略を立て、商店街に入る前から尾弐の『左腕が全く動いていない』という弱点を見抜き、
ただ暴れるハッカイのコトリバコを囮にして自身達から視線を外し。
自分たちの意志で。その知性を尽くし。尾弐を殺す算段が立ったと思い、嗤っている。
そのコトリバコ達の笑顔をみた尾弐は、苦虫を噛み潰したような表情で口を開く。

「苦痛の果てに……本物の怪物に成り下がりやがったな……ガキ共……!」

そんな尾弐をあざ笑い、拳を振り下ろす『シッポウ』のコトリバコ。
尾弐は、その拳が自身に振り下ろされるまでの間に、大気を震わせわせる怒号の様な声を挙げる。

「ムジナアアァァァ!!!! この3匹は俺が一人で片付ける!!
 テメェは、絶対にこの3匹と他の連中をヤり合わせねぇように動けえええぇぇ!!!!!!」

そうして。その声を断ち切る様に、シッポウの拳は尾弐へと振り下ろされた。
更に『ニホウ』及び『サンポウ』が野生の猿の様に、素早く尾弐の方へと群がって行く。
那須野を狙う為の障害になるであろう尾弐を、確実に始末する為に。

169品岡ムジナ ◇VO3bAk5naQ:2018/04/13(金) 13:20:41
品岡の施術、尾弐の護符、二段構えの呪詛対策はこれで完了した。
少なくとも今日のうちに祈がコトリバコの標的になることはあるまい。そう言い切るだけの信頼を彼ら同士が持っている。
ならば事態は巧遅よりも拙速、あとは出撃を待つばかり――

>「これ以上の対策は、はっきり言って蛇足でしょう。ボクも護符の類を考えましたが、クロオさんの刃物に勝るものは作れません」
>「それに何をしたところで無駄なときは無駄ですから。やられるときはやられます、なので『もうこれはアカン』と思ったら――」
>「皆さん、踊ってください」

橘音の提案した最後の対策、その突拍子もない言葉にブリーチャーズは異口同音に困惑した。
しかし橘音は都合4つの沈黙も意に介さず、大真面目に謎ステップを踏んで追従するよう促してくる。
アキレス腱がよく伸ばせそうな足の動きは一見珍妙のようで、軽やかに踏み切れば確かに舞踊と言えなくもない。

>「わかりました?んじゃ、全員でやってみましょうか。はい、クロオさんもムジナさんも恥ずかしがらないで〜」

「よう分からんけど任しといてください。このムジナ、こう見えて踊りは得意でっせ。
 バブルの頃はクラブでブイブイ言わせたもんですわ!」

当時の流行曲を鼻歌しながら上機嫌に足を捌き、無意味に腰の振りまで加えるヤクザ。
言われた通りに足踏みして、陰陽師の使いっ走りはようやくその動きに見当がついた。

(めっちゃ我流にアレンジされとるけど……禹歩やこれ)

歩幅や歩調、足運びに呪術的な意味を持たせて簡易的な儀式とする陰陽師の歩法だ。
陰陽師や呪術師はその一挙手一投足全てを呪術とする。
方変えと言って外出時に踏み出す足や家を出る方角にまで意味付けを行い、ものによっては殆どこじつけにすら近い。
逆に言えば、そういった小さな小さなまじないの積み重ねこそが術師の力の源とも言える。

禹歩などはその最たる例で、元は神事の際の行進に意味付けして呪術化したのが始まりであった。
不合理の極みに思える足踏みは時代を経て洗練され、より実践的な価値を持つ術式体系を確立した。
熟達した禹歩の使い手は橘音の示したような結界のみならず、さながら兎の如く空間を跳躍することさえできると言う。
例えば「う〜っトイレトイレ」と公園の便所へ急ぐ際にも目的地まで一瞬で移動しベンチのいい男に遭遇しないことも可能!

>「禹↓歩↑……? え、違う? 禹↑歩↓?」

そこまで考えて、自分がノエルと同じ思考レベルにあったことに品岡は愕然とした。

「ようこんな骨董品引っ張り出しましたなぁ」

禹歩は強力な歩法だが、本来焼け石の上を歩くような過酷な訓練と修練の末に身につける高等呪術だ。
その習得の難易度故に、本職の中でも完全に扱える者はごく僅かだ。
橘音が教えたこの禹歩にはムジナがかつて目にした本職陰陽師達のような複雑さはない。
効果は限定されているが、代わりに術の素養のない者でも発動できるようになっている。

古式の呪法を尊重しつつも、必要十分な要素を抜き出して新たなまじないに編纂する技術。
確かなる呪術的知見と、既存の観念に囚われない柔軟さを持った存在。
化かし系本家、妖狐の落とし子、三尾の名は伊達ではないということだ。

急場しのぎの付け焼き刃――しかし研ぎ澄まされたそれを全員が覚え切る暫しの間。
尾弐のどじょう掬いのような踊りにゲラゲラ笑っていたムジナが再び視線でぶん殴られる経緯を経て、
ようやく全ての準備は整った。

>「では――。東京ブリーチャーズ、アッセンブル!!」

「ノリノリですな坊っちゃん」

かくして、東京ブリーチャーズは出撃する。

 ● ● ●

170品岡ムジナ ◇VO3bAk5naQ:2018/04/13(金) 13:20:57
直近の被災現場、東京都稲城市はまさに震源地の如き地獄絵図を展開していた。
各所を封鎖する黄色いテープ、ひっきりなしに往復する救急車と警察車両、倒れた母を呼ぶ子供の鳴き声――
安全帽にサージカルマスク姿でカメラを抱えるマスコミが、路肩の野次馬に矢継ぎ早に質問を投げかけている。
道中で確認したSNSでは、現場の惨状が加速度的に広められており、早いものはYoutubeにすら動画が上がっていた。

>「こいつぁヤベェな……商店街一帯、呪詛まみれじゃねぇか。まるで黄泉比良坂だ」

血反吐と吐瀉物にまみれたアスファルトを踏み締め人の海の中を行く、五人の男女達。
妖狐、ターボババァ(孫)、雪女(男)、鬼、のっぺらぼう(元)のオカルトリカル・パレード。
橘音の幻術によって警察の案内を受けるブリーチャーズに、野次馬達のカメラは集中する。

「おうおう!なに撮っとんねや!見せモンちゃうぞゴラアアアア!!」

最後尾に引っ付いていたいかにもヤクザな人相の悪い男が唾を散らしながら野次馬たちに食って掛かる。
異常事態に遠巻きに沸いていた見物人達が、汚物を見るような目でカメラを逸らした。

>「この『残り香』から察するに……コトリバコはまずこの近辺に現れ、あちらへ向かったようですね」
>「くっ……凄いプレッシャーだ……!」

「救助活動もあっちの方は難航しとるみたいや。原因不明の発信源に迂闊に近付けられんのやろな」

血溜まりだけを痕跡とする現場から、奥へ向かうに従い遺留品が目立ってきている。
おそらく被害者の搬送だけを優先して回収しきれなかったもの達だろう。
路肩に止まった軽自動車のダッシュボードに貼られた幸せそうな家族写真が、赤黒い液体に染まっていた。
そしてついに、運び出すことさえ叶わなかった死体さえ散見し始める。

>「嘔吐に下血、腹部破裂の上に腐乱臭……どいつもこいつも内側から腐らされてやがるな。
 まさか、奴さんは胎内に『戻ろう』とでもしたのかね」

「ぞっとせん話ですな。連中が単に使役されとるんやなく自由意志があるとしたらもう手がつけられまへんで」

無感情に死体を眺めていた品岡はそう零した。
300年も生きていればいい加減人の死体は見慣れている。それを自分の手で作り出したこともある。
これよりももっと酷く壊された人体など、戦時中に傍で飯が食えるくらい見てきた。
不条理な死に憤りを感じるほど品岡は若くないし、憤れるほど真っ当な生き方をしてるわけでもない。
しかしそれでも、いつまでたっても、この目の奥を焦がすような疼痛には慣れなかった・

>「た……、た、助けて……。助けて……ください……」

前方の薬局から人影がまろび出た。
白衣を着た中年女性、しかしその白衣は既に赤黒く染まって元の色が分からない。
生存者、とは言えなかった。"まだ"死んでいないだけの者をそう呼ぶことはできない。
しかしブリーチャーズはそう割り切れる老人だけの集まりではなかった。

>「ちっ……!」

尾弐が短く舌打ちして一同の前に出たのは、女性に駆け寄らんとする祈の動きに気付いたからだろう。
品岡もはっとして祈の背中に声を掛ける。

「あかん、寄るな嬢ちゃん!」

>「……この妖気!皆さん、来ますよ!」

次いで橘音の警告、それはすぐに現実のものとなった。
女性の腹部が焼いた餅のように膨らみ、血潮を撒き散らしながら破裂した。
耳をつんざくような断末魔が木霊する。

>「あ……あ……、ああああああああ……!ひっ、ひぎっ……あぁ、ぎ……ぎゃあああああああああ―――ッ!!!」
>「祈ちゃん、見るな!!」

171品岡ムジナ ◇VO3bAk5naQ:2018/04/13(金) 13:21:22
橘音の声に足を止めた祈を、ノエルが素早く抱き寄せる。
彼らの足元数メートルの位置までの地面が赤黒い死の色に濡れた。

「"中"になんか居るで!」

破裂の勢いか、はたまた自ら跳躍したのか――原型を留めぬ亡骸のかたわらに、一つの小箱が落ちた。
複雑な木目で織られたそれは、寄木細工と呼ばれる工芸品だ。
一見してただの薄汚い小箱であるが、頬を叩くような圧力を伴う凄まじい妖気がそこから放たれていた。

>「付喪神化していますね」

「あれが鞍馬山からパクられたっちゅうコトリバコの本体でっか……!」

似たようなものを退魔した経験がある品岡だが、"あのクラス"の呪物と対面したのは初めてであった。
コトリバコの最上位、『ハッカイ』。人間の悪意の凝集物。村一つを皆殺しにした本物の霊的災害。
永年封印指定のそれが、自我を持った付喪神と化している。考えうる限りの最悪の事態だった。

コトリバコの中から地獄の底から響くような赤子の鳴き声が轟いた。
見えない糸に吊られたように箱が宙に浮き、ひとりでに細工を解いていく。
スライドし、回転し、さながら橘音が弄んでいたルービックキューブのように形を組み替えていく。
やがて匣は開かれ、封印されていた"中身"が顔を出した。

巨大な赤子――人間の身体を無理やりつなぎ合わせたような、幼きフランケンシュタイン。
身体の随所から節足動物の如く幼児の手が蠢き、継ぎ接ぎだらけの顔面からは滂沱の血涙が河のように流れている。
店舗の二階に頭と届かせんばかりの巨躯が、ブリーチャーズの眼前に出現した。

「なんやこれ……これがヒトの創り出せるもんなんか」

コトリバコの付喪神。実体を得た悪意。その本質は、誰かを呪わんが為に創作された妖壊だ。
ならばこれは、作り手が描いた怨嗟の形に他ならない。
この醜悪な姿は、コトリバコを生んだ者の憎悪の重さを表している。

「どう生きとったら、こんな絵図が描けるっちゅうんや……!」

>……オギャアアアアアアアアア――――――ッ!!!!オォォオォォオオオ!!!!!

赤子の鳴き声から雄叫びへと変遷した咆哮が、ビリビリと大気を震わせる。
品岡が冷や汗にまみれた背筋を伸ばすと同時、コトリバコは巨体に似合わぬ速度でこちらへ突進してきた。

品岡は一歩、祈の前に出るようにして踏み出す。
性転換は完璧に施術した。それでも未だコトリバコが男女を区別する基準は曖昧なままだ。
真っ先に狙われるとすればやはり見た目からして女の祈であろう。瞬時にそう判断して品岡は動く。

>「……まぁ、そう来ますよね。ボクがアナタだったとしても、同じことをするでしょう」

だが毒牙の向かった矛先は――橘音。
彼はマントを翻し、大型ダンプの追突にも等しいコトリバコのチャージを弾き返した。

(嬢ちゃんじゃなくて橘音の坊っちゃんを狙ったんか、今――?)

祈を男体化した今、コトリバコが男女を認識するとすれば外見の可能性が高いと品岡は踏んでいた。
祈は妙齢の色香とは無縁であるものの、二次性徴を迎え既に女性らしい顔立ちになりつつある。
品岡にそういう趣味はないが、夜の商売でも引く手あまたであると思えるぐらいには可憐な容姿だ。
その祈を差し置いて、橘音に牙を向けた理由。

品岡と橘音の付き合いは妖怪の尺度で言えばまだ浅いが、それでも十年二十年では効かない長さではある。
初めて会った時――『御前』の取り持ちで顔をあわせた際も、品岡は橘音の性別が分からず不躾な質問をぶつけた。
答えはうまいことはぐらかされたが、妖怪にとっても仕事人にとっても性別などどうでも良いので特に追求はしなかった。
便宜上、服装から『坊っちゃん』と呼び男として扱うことで彼なりの落とし所を見つけたのだ。

172品岡ムジナ ◇VO3bAk5naQ:2018/04/13(金) 13:21:39
>「ボクが囮になります!皆さん、コトリバコに総攻撃!まずは『ケ枯れ』させましょう!」

橘音はそう皆に指示した。囮。つまり彼はコトリバコの攻撃が自分に向くと認識している。
攻撃される理由に、心当たりがあるのだ。

(ようそんなんで嬢ちゃんに駄目出ししたなぁ。自分が一番危険やって分かっとるんやないか)

橘音の――彼か、彼女か――その秘された覚悟をおぼろげに感じ取って、品岡は内心で苦笑した。
そしてそれだけだ。何も変わらない。そんなことは、妖怪にとっては、どうだっていいのだ。

「しゃあ!これだけ膳が揃ったんや。そろそろ品岡おじさんのカッコ良いとこ見せたらんとな。
 荒事はヤクザの専売特許ってこと、教えたるわい」

品岡はポケットから指先ほどのサイズの何かを取り出し、指で弾いた。
それは空中で形状変化を解かれ、もとの大きさとなって彼の手に握られる。
工事現場で基礎打ちや解体に用いられるスレッジハンマー。
人間の頭蓋骨など容易く粉砕可能な、彼の持つ武器の一つである。

>「何考えてんだこのキツネ仮面がぁ! いきなり目立とうなんて思わなくていいから!」

何考えてんだはお前だよと世界中の全人類から総ツッコミ受けそうな珍妙生命体が声高に叫ぶ。

>「――キャストオフ!」

人類最悪の脅威を目の前にしてもブレない業界屈指のトップノエリストは、己の"化けの皮"を脱ぎ去った。
雪女。凍てつく吹雪の化身をその身に宿し、アスファルトに薄氷を生みながら舞い降りる。

>「クロちゃん、祈ちゃん、前お願いね! みんな武器出して! そーおれ!」

ノエルが杖を一振りすると、煌めく謎エフェクトと共に品岡のハンマーにも霜が下りる。
加速度的に成長する氷柱が、スレッジハンマーの打撃部位に凶悪な棘を作り出した。

「エグいもん付けよるなぁ。殺意マシマシやんけ」

軽く地面をハンマーで小突くとその箇所が一瞬で凍り付く。
言うなれば氷結の呪術自体がハンマーの先端に展開している形だ。
半端な妖怪ならばこの一撃で魂まで凍てつくことだろう。
同様にノエルの術で造られた氷の金棒を手に尾弐が前に出た。

「……って金棒ちゃうなアレ!道路標識(一時停止)や!」

どこから持ってきたんだそんなモン、と見回してみれば無残な空洞が地面にあった。
コンクリで固められた標識を雑草でも取るかのように軽く引っこ抜く、げに恐ろしきは鬼の怪力。
こともなげに手の中にある氷漬けの標識を、尾弐は片手でバッティングでもするように薙ぎ払った。
風を巻いて振るわれる巨大質量。暴力の嵐がコトリバコに激突し、その下顎を吹き飛ばす。

>「――アイシクルエッジ!」

そこへ畳み掛けるように放たれるノエルの妖術。
無数の氷柱が滝のようにコトリバコを打ち付け、その肉を削いでいく。
巨大な手足がアスファルトに縫い止められ、動きが止まった。

「ドタマかち割ったらあああああ!!」

そこへ回り込んでいた品岡が跳躍、後ろから脳天目掛けてスレッジハンマーをぶち当てた。
鋭利な氷の棘がコトリバコの頭蓋を貫通し、凍てつく冷気が内側から凍らせにかかる。
付喪神と化したコトリバコに脳みそがあるかはわからないが、この間髪入れない三段攻撃に平然とはしていられまい。
すわ決着か――そう確信した品岡が唇を舐めた瞬間、コトリバコが大きく暴れた。

「ぎええええ!」

173品岡ムジナ ◇VO3bAk5naQ:2018/04/13(金) 13:21:57
巨大な頭部に棘を突き刺していた品岡はその動きにハンマーごと振り下ろされ、アスファルトに墜落する。
受け身をとって転がりながら衝撃を吸収すると、その上から緑色の液体が降ってきた。

「ひえっ……」

咄嗟に後ろへ跳躍し、なんとか引っ被ることは避けられた。
そしてそれがとてつもなく幸運だったことに、溶かされていくアスファルトを見て痛感した。

「迂闊に殴りゃしっぺ返しが来るってことかいな……」

化学耐性の高い舗装材であるアスファルトがああも容易く溶けるほどの強酸。
酸というよりも『溶かす』という呪詛に近い。それもとびきり強烈な。
おそらくは、臓器を溶解させるコトリバコ本来の呪いを戦闘用に改造して使っているのだ。
悠長に分析している暇はない。コトリバコはその粘液を、あろうことか自らの口から吐き出してきた。

「ちょっ、待て、待て待て待てや!」

波打ち際のフナムシのようにカサカサと逃げ惑う品岡。
追従する粘液が道路上に溶解の傷跡を点々と残していく。

「お乳飲んでゲップせぇへんかった赤子かいな!」

品岡が命からがら一定距離を離れると、今度は再び橘音が標的として狙われ始める。
あれだけしこたまぶん殴ったというのにコトリバコがケ枯れする様子は微塵もない。

>「……オーケー、この程度はダメージの内に入らねぇってか」

尾弐がげんなりと呟くが、品岡も同じ気持ちだった。
頭をかち割られようとも、手足をもがれようとも、すぐに周囲の屍肉が隆起して傷を塞いでしまう。
強烈なヘイトを稼ぎいなし続ける橘音の顔色にも、疲労の影が見え始めた。

>「ボ、ボクは非戦闘員ですから……体力には自信がないんです、お早めに……お願い、します……よっと!」

「貧弱すぎまへんか!?」

とは言え橘音が手繰るのは呪具だ。扱うにも相応の妖力を消費するのだろう。
少なくとも千日手ではない。無限に思える耐久力を持つコトリバコ相手に、防戦一方ではジリ貧だ。

>「いや、知ってるし囮やめろよ! 品岡君、体だけ女になって囮交代してあげて!」

「ワシに死ねと言うとるんか!?」

ノエルの無茶振りに品岡は悲鳴に近い声で怒鳴り返した。
付喪神化したことで力を強めた半面、本来の問答無用の広範囲呪詛は失われている。
やろうと思えば入れ替わり立ち替わり橘音と囮を分担することもできるかも知れないが……

>「ムジナの女装を推すのは止めろ。想像しただけでさっき食った魚肉ソーセージ全部吐きそうだ」

「せやせや!ソーセージはそんな簡単に出したり消したりするもんやないんや!自分も男なら分かるやろ!?」

性別観念が特に希薄な雪女に言っても糠に釘かもしれないが、祈の性転換にもあれだけ集中力を使ったのだ。
勝手知ったる自分の肉体とは言え、重要臓器を埋めたり空けたり生やしたりを戦闘中にできるほど余裕のある状況ではない。

「ちゅうか嬢ちゃんはどこ行ったんや!何の為にソーセージした(完了動詞)と思っとんねん!」

コトリバコと最初の交戦に入ったあたりから祈の霊圧が消えていた。
逃げた、というわけではないだろう。信頼ではなく論理的な根拠として、あの覚悟の宿った双眸が脳裏に浮かんだ。
依然として追い詰められつつあるブリーチャーズ。訪れた戦況の変化は好転ではなく――絶望の鐘が鳴った。
遠くから聞こえてくる、目の前のコトリバコとは別の鳴き声。それも一つではない。

174品岡ムジナ ◇VO3bAk5naQ:2018/04/13(金) 13:22:16
>「ま……、まさか……!」
>「そのまさかみたいだね……!」
>「おいおいおいおい、ちょっと待て。冗談だろ」

「あかんやろ……反則ちゃうんかそんなん……」

戦場となった薬局周辺に集うようにして現れたのは、新手のコトリバコ――7体。
交戦中のハッカイと合わせて計8体のコトリバコ、イッポウからハッカイまでご丁寧に全種類が勢揃いだ。

>「てめぇら大増殖してんじゃねえ! せめて横一列か前後二列に並べ―――――ッ!!
 敵が8体も好き勝手に動き回ったら処理落ちするから!」

「もっと良いグラボを買えええーーーっ!!」

あまりの絶望的展開に錯乱した品岡の見当違いのツッコミが飛ぶ。

>「数がいれば強ぇって訳でもねぇが、厄介なのは間違いねぇな……こりゃあ割に合わねぇぞ」

「わはははははアニキ面白い冗談言わはりますな!……今まで割に合う仕事があったかっちゅうねん」

>「あ、あれぇ〜?これは……死んだ、かなぁ……?」

「坊っちゃん!?」

橘音がマジなトーンで零す。
あの飄々としていつも人を食ったような、ある意味超然とした態度を崩さなかったブリーチャーズのブレインが。
流石にお手上げとばかりにそう言った。この世のどんなものよりも絶望的な宣告だった。

――強敵に訪れた増援、破滅のムードに飲まれつつある東京ブリーチャーズ。
だが、そんな深刻な事態にあってもまったく空気を読まないある意味最強の男がいた!

>「極寒の地の氷の神よ、我に力を与えたまえ。言葉は氷柱、氷柱は剣。
  身を貫きし凍てつきゅ…氷の刃よ、今嵐となり我が障壁を壊さん!」

(噛んだな。おもくそ噛んだ)

絶望をものともせず、ノエルが謎の呪文詠唱を始める。
途中思いっきり噛んだ気がするが妖気の高まりは失敗を感じさせない。
なんというガバガバな設定であろうか!!

>「エターナルフォースブリザード!!」

解き放たれた氷雪な波動が8体のコトリバコ達を襲い、相手は死ぬ。
いや死ななかった、元から死んでるからかもしれないが凄まじい猛吹雪を受けてなおコトリバコ達は健在だ。
しかしそれでも、手足を凍りつかされたことで今にも飛びかからんとしていた付喪神達はその動きを止める!

>「だから言ったじゃん! 囮なんてもうやめて!」

「助かっ……ちゃおらんな。連中すぐ動き出すで」

>「……分が悪ぃな、こりゃ。那須野、ノエル、ムジナ。ここは俺が食い止める。祈の嬢ちゃんを見つけ出して逃」

>「悪いね。ちょっと席外しちゃって」

尾弐が撤退を提案するその刹那、突風と共にいなくなっていた祈が姿を現した。
品岡は彼女を指差して大声を上げた。

「どこ行っとってん!小便は帰るまで我慢や言うたやろ!!」

175品岡ムジナ ◇VO3bAk5naQ:2018/04/13(金) 13:22:32
しかし祈はお花摘みに中座したわけではないらしい。
それが証拠に彼女が身体や手足をぐるぐる巻きにしている白い物体はトイレットペーパーではなく分厚い布だ。
同じものの予備も持ってきたらしき祈は布の山を地面に置く。

「……戦えるんやな、嬢ちゃん」

品岡は糾弾をやめて静かにそう言った。
少女は答えない。応答は、言葉ではなく姿勢で示した。
祈の姿が再び消える。風が巻き、再び彼女が出現したのはハッカイの真後ろだった。
その俊足で敵の後ろに回り込んだのだ。

>「……ごめんな」

祈はハッカイの後ろで何事かをつぶやき、その足元に蹴りを入れた。

「あかん!嬢ちゃんがなんぼ足速くてもそいつのぶっとい足には蹴り負け――」

――ハッカイの柱と見まごう異形の脚が、爆発したように吹っ飛んだ。
千切れ飛んだ巨大な左足が人知を超えた速度で飛び、路肩の乗用車に直撃して爆ぜた。

「えっ」

品岡が事態を認識し切れないうちにもう片方、コトリバコの右足も同様に切断され宙を舞う。
その巨体を支えきれなくなったハッカイはアスファルトの上に崩れ落ちた。
鈍重な轟音がこちらまで響いてきて、品岡はようやく祈の蹴りがコトリバコの脚を二本ふっ飛ばしたのだと理解した。

「嬢ちゃんってあんな強かったんか……!?」

理屈の上では分かる。ターボババァの脚力で、構造的に脆い関節部を攻撃し破壊したのだ。
祈の妖怪としての戦闘力を完全に過小評価していた品岡は開いた口が塞がらない。

(ワシ、アレに説教ぶっこいとったんか)

もしも品岡が祈の性転換に悪意を混ぜ、彼女の人生を台無しにしていたら。
あの蹴りは、間違いなく品岡に向けて放たれていただろう。
いや、そうでなくとも祈はあの圧倒的な暴力を背景に品岡を脅すことだってできたはずだ。
それを良しとせず、彼女はあくまで自身の覚悟を見せることで品岡から最大限の譲歩を引き出した。

――あの時、自分が感じた祈に対する畏怖。あれは本物だったのだ。

コトリバコの傷口から迸る粘液を布で防ぎ、破損すればとっかえひっかえで祈は戦闘を続ける。
一度退いたように見えたのは、コトリバコの特性を理解し適切な対策を施して戦線に復帰する為。
多甫祈。ターボババァの孫にして、ブリーチャーズ唯一の、妖怪混じりの人間。
誰に教えられるでもなく、たった十余年の経験だけで最適解を導き出す、戦闘センスの申し子だ。

>「御幸っ! お願い!」

ハッカイの機動力を削ぎ、地に顎を付けさせた祈がノエルを呼ぶ。
いつの間にか杖をしまい氷の双剣を手にしたノエルが応じるように跳んだ。

>「見切ったあ!」

ノエルは祈の持ってきた布――遮光カーテンをハッカイに被せ、粘液を封じる。
そのまま両の剣を縦横無尽に奔らせた。
切り裂かれたコトリバコの皮膚から溢れる粘液がカーテンを染め、溶かし尽くしていく。
切り落とされた布の奥から、全身に裂傷を刻んだハッカイの姿が出てきた。
浅い。凍結によるダメージは入っているが、ノエルの細腕では巨躯を完全には断てなかったようだ。
傷を癒やしきれないままにハッカイは動き始める。

176品岡ムジナ ◇VO3bAk5naQ:2018/04/13(金) 13:22:55
>「えっ、ちょ、ビジュアル的に無理! お断りします!」

「何言っとるんやあいつ……」

こんな時にも発動するあれはもはや「ノエル」という名の状態異常かもしれない。
脚を失ったハッカイが身をよじらせてタックルを仕掛ける。ノエルはそれを危なげなく退避した。
身体をささえられないハッカイは地面を滑り、その衝撃で右の豪腕が外れて転がった。

「通っとったんか、刃が!」

ノエルの斬撃線と同じ部位が切り離されている。
皮一枚を断ったと見えて、その実皮一枚を残して他を断っていたのだ。
げに恐るべきはその刃の冴え、雪女の妖力は伊達ではない。

>「たーすーけーてー!!」

戦果を確認することなくノエルは走る、その先には氷の金棒を抱えた尾弐がいる。
釣り野伏の如く釣られて這いずるハッカイは、手足がないながらも凄まじい速度で尾弐へと迫る。

「よっしゃあああ!これで勝つるっ!!」

隅っこで解説要員になっていた品岡は勝機に拳を握った。
尾弐が道路標識を振り被る。あれを直撃されればいかなハッカイと言えどもケ枯れは確実!
カウンターを合わせるように、迫り来るコトリバコへ完璧なタイミングで標識が振り下ろされ――

>「な、ぐがっ―――!?」

――横合いから飛んできた軽自動車に尾弐が跳ね飛ばされた。

「アニキ!!」

軽自動車ごと店舗の壁に叩きつけられ、尾弐は血を流しながら咳き込む。
いや壁と車に挟まれてその程度で済んでるのも大概頭おかしい耐久だが、問題は別にある。
『誰が車を飛ばしたか』――

「もう動き出したんか!」

車を投げ飛ばしたのはハッカイではない他のコトリバコ。
その大きさから見当をつけるに、ノエルに凍りつかされていたニホウとサンポウの二体だ。

>「っ……て、めぇ……ら……そうかい……そうかよ」

「あかんアニキ、追撃来とります!!」

品岡が言うが早いか、既に尾弐の直上には更なるコトリバコの姿があった。
シッポウ。その豪腕に例の緑の液体を纏い、尾弐へのトドメとせんばかりに振り下ろす。
尾弐は品岡へ首を向けて、コトリバコの咆哮にも負けない怒号を放った。

>「ムジナアアァァァ!!!! この3匹は俺が一人で片付ける!!
 テメェは、絶対にこの3匹と他の連中をヤり合わせねぇように動けえええぇぇ!!!!!!」

それを最後にシッポウが尾弐へと激突し、ニホウとサンポウも追ってそこへ飛び込んでいく。
声はかき消され、尾弐の顔はすぐに見えなくなった。

「"助けろ"でもなく"手伝え"でもなく……でっか」

尾弐は自身が窮地に陥ってなお、品岡に助力を求めるのではなく仲間への援護を指示した。
それは品岡では尾弐を助けられないという軽視か――違う。
品岡ならば、祈にノエル、橘音を助けられるという、信頼だ。

177品岡ムジナ ◇VO3bAk5naQ:2018/04/13(金) 13:23:13
「なるほど確かにクソガキの癇癪から他の子供を守ってやるのも……大人の役目ですな」

尾弐と品岡は東京ブリーチャーズにおける『大人』……実年齢ではなく立ち回りとしての大人という立場だ。
無論そこには荒事担当というポジショニングの理由も含まれているが、それだけではないと品岡は思う。思いたい。
たとえ盃を交わしていなくとも、一方的に慕っているだけだとしても。
尾弐と品岡は義兄弟だ。――兄貴分の信頼には、応えるのが舎弟の身上だ。

「ほな、兄貴が三匹引き受けてくるっちゅうさかい……ワシは二匹ばかし相手にしようかね」

懐から煙草を取り出し、片手で火を点ける。
肺一杯に煙を吸い込んで吐き出した彼の眼前には、二体のコトリバコが凍結から復帰し動き始めていた。
牛程度の大きさの『イッポウ』とライトバンほどの『ロッポウ』。
イッポウはコトリバコの中においては最下位だが、それでも複数人を容易く殺める呪詛を持っている。
ロッポウに至ってはその強力さを語るべくもない。
スレッジハンマーを肩に担い、煙草を挟んだ指先をクイクイと曲げて二体のコトリバコを挑発する。

「来いやガキども。たかだか百年ぽっち生きた程度で図に乗るんちゃうぞ。大人の怖さ教えたるわ」

――――!――――!!

言葉として認識できない金切り声を挙げながら、まずイッポウが飛び掛かってきた。
最優先目標として橘音を狙うようだが、武器を構えて敵対した者を放置しておくほど愚かではないらしい。
先程尾弐をハメたように、コトリバコ達は急速に成長して知恵をつけ始めている。
始めている、というのがキモだ。完全に手をつけられなくなる前に潰してしまえば憂いはない。

「あの馬鹿が季節考えずに吹雪吹かすせいで寒かったやろ。ワシ気遣いの達人だからそういうの分かっちゃう」

アスファルトを蹴立てて向かってくるイッポウに、品岡は指先の煙草を弾いて飛ばした。
形状変化により巨大化しながら宙を舞う煙草。燃える物が大きくなれば、当然火種も大きくなる。
燃え盛る30センチほどの松明と化した煙草の先端がイッポウに直撃し、その額を焼いた。

――――!!

煙草には魔除け、炎には浄化の意味がある。妖怪であれば少なからず苦手とされる組み合わせだ。
悲鳴にも似た声を上げて怯み、一瞬立ち止まるイッポウ。
品岡は空いた手を筒状に丸め、口元に当てた。

「せやから温めたるわ」

丸めた掌に満たされたのは、彼が体内に収納しているものの一つ、ガソリンだ。
品岡はそれを思いっきり吐息でイッポウ目掛けて吹き付けた。
形状変化で巨大化――単純に量を増やした大量のガソリンが、霧状にイッポウを濡らす。
煙草の火種がそれに引火した。

――――――!!!

ボンッ!!と大気の爆ぜる音と共にイッポウの全身が引火したガソリンで炎上する。
継ぎ接ぎだらけの肉体が焼け爛れ、あたりに肉の焼ける悪臭が漂った。
それを眺めていた品岡は、やおら身体をくの字に折った。

「後ろから来ても当たらへんで。ワシ背中に眼ぇついとるから」

彼の頭のあった空間を豪腕が薙いでいった。
凄まじい脚力によって品岡の背後に回り込んだロッポウが、彼の頭を吹き飛ばさんと殴りかかったのだ。
だがそれは『背中に眼をつけた』品岡によって躱され、カウンターのようにロッポウの頭部にスレッジハンマーの先端が突き刺さった。

品岡ムジナの常態は中肉中背の男性だ。
一般人よりかは鍛え込んであるが、それでも重量5kgを超えるハンマーを手足のように振り回すには困難な体型である。
だが彼には形状変化がある。小さくしたハンマーを振りながら、インパクトの瞬間だけ元の大きさに戻す。
そうすることで、まるで小枝を振るうような軽さと速さで鈍重なハンマーの一撃を繰り出せるというからくりだ。

178品岡ムジナ ◇VO3bAk5naQ:2018/04/13(金) 13:23:31
――――ッ!!

頭部を棘つきスレッジハンマーで痛打されたロッポウは、しかし頑丈な頚部によって仰け反ることはなかった。
炎上していたイッポウも地面を転がって火を消し、こちらへ飛び掛かってきている。
前方と背後、挟み撃ちの形になり品岡に逃げ場はない。
果たして、二つの巨大質量の激突は品岡をペシャンコに潰す……ことはなかった。
品岡の周囲に紫電が走り、イッポウとロッポウは見えない壁に阻まれた。

「流石橘音の坊っちゃん、よう効きよるわ」

――禹歩による簡易結界。
だが踏ん張りが必要なハンマーを振るっていた品岡に軽いステップを刻む余裕などあるはずもない。
靴の中。脚の全ての指を形状変化で足そのものに変え、禹歩を刻ませた。
十本の足指にそれぞれ歩法を踏ませる両足×5の五重奏により強引に禹歩の結界を成立させたのだ。

「おら、軽いのから退けや」

返す刀でイッポウの顔面にハンマーを叩き込む。
ロッポウよりも軽いイッポウは衝撃をこらえ切ることができず、アスファルトの上を滑るようにふっ飛ばされた。
ノエルの付与妖術によりそのまま凍りついた地面に縫い止められる。

「ヌルい連携やのう。獣の群れが狩りするのと妖怪相手にするんじゃ勝手が違うやろ。
 自分らの図体の違いも考慮せんと一緒くたにかかってきたってワシは止められへんで」

簡易結界を破ったロッポウが苛立ちを隠さぬ雄叫びを上げる。品岡はそれを鼻で笑って妖術を行使した。
彼の足元、血と煤に汚れたアスファルトの地面が隆起し、檻を形成してロッポウを閉じ込める。
ロッポウは叫びながら暴れるが、舗装材として耐久力と柔軟性を兼ね備えたアスファルトは容易に砕けない。

「無駄無駄ぁ、10トントラックが上走っても平気な骨材式アスファルトや。19世紀にゃこんな材質あらへんかったやろ」

背後で氷結による縛りの溶けたイッポウが跳躍するのが見えた。
品岡はハンマーをしまい、代わりの武器を復元しながら振り向いた。

「こっちは昔からある奴や。見たことあるかは知らんけどな」

手の中にあったのは黒光りする拳銃。ヤクザ御用達と風評被害に定評のあるトカレフだ。
品岡は飛びかかるイッポウへ向けてそれを連射。ドン、ドンと発砲音が立て続けに響き、同じ数だけ地面が弾ける。
恐るべきはコトリバコの学習能力、イッポウは銃弾をジグザグに走ることで避けながら肉迫する。

「あかん!全然当たらんわ!ヤクザもコスト削減でろくに銃なんか撃たせてくれんもんなぁ」

愚痴を垂れながらも引き金を引き続ける。
やがてマガジンが空になる頃、ついに一発がイッポウの脇腹に命中した。
しかし拳銃弾一発程度で付喪神が止まるわけもなく、赤子の口を邪悪に広げて噛み付いてきた。

「そら!……おおん?」

品岡は再びアスファルトを隆起させて壁を作り出すが、囲う前にイッポウが飛び退いたことで檻は虚しく空を切る。
学習しているのだ。ロッポウの二の轍を踏ませることは不可能。同時にトカレフの弾も切れた。

――――――!――――――!!

引き金を引いても弾が出てこないことに気付いたイッポウがあざ笑うかのように鳴いた。
炎による熱傷も、拳銃による銃創も、持ち前の再生力ですでに傷の痕跡すらない。
イッポウは既に分析していた。この品岡ムジナという男の持ちうる手段では自分を殺せないと。
炎も銃も全て虚仮威しで、地面隆起の檻にさえ閉じ込められなければ如何ようにでも料理できると。
なにせ自分は疲れ知らずの付喪神、何度でも飛び掛かって疲労させ、いずれ生まれる隙を突けば良い。

179品岡ムジナ ◇VO3bAk5naQ:2018/04/13(金) 13:23:55
「……小賢しい糞餓鬼やなぁ。ええけどな、学ぶことは子供の特権や言うやろ。
 勉強しとけ。最初に言うたように、ワシが自分に教えるんは大人の怖さや。いくつかあるからよう聞いとけ」

イッポウへ向けて人差し指を立てる。

「ひとつ、年上には敬意を払えや。ワシは自分の三倍は生きとる大先輩やぞ」

ぼこん、とくぐもった音を立ててイッポウの身体が膨らんだ。
イッポウ自身の意志によるものではない。奇声に困惑の色が交じる。
品岡は二本目の指を立てた。

「ふたつ、妖怪同士の戦いで、一発入れたら終いなんてことあるわけないやろ」

膨張の源は、イッポウに打ち込まれた小さな拳銃弾。
ただの銃弾ではない品岡の特製だ。と言っても何か特別な呪術が施されているわけではない。
本当に、そのままの意味で、品岡が作った弾である。

ヤクザ社会に荒れ狂う絶不況という波が真っ先に直撃したのは、彼らの得物……銃だった。
輸入コストや密輸の費用が上乗せされ、今や弾一発に千円近い値段がついている。
貧乏ヤクザの品岡は苦肉の策として使用済みの薬莢と火薬を組み合わせ、銃弾を自作していた。
その弾頭となる金属は、これも組の経営するスクラップ工場から得た廃材だ。

「みっつ、最後に教えるんは自分がこれまで散々他人に押し付けてきた――」

イッポウの体内で膨張する銃弾の塊は、セダン型の乗用車のフレームだった。
品岡の弾丸はそれら廃車を小さく纏めることで作り出され、たった今それを復元した。
彼の妖術は触れた物体の形状変化。形を変えることは触れなければできないが、
祈に渡した呪符のように、妖力を遮断して形を元に戻すこと自体は離れていても可能である。
体内で急速に元の大きさに戻ろうとする力が、イッポウの肉体強度を上回った時。

「――身体を内側から食い破られる痛みや」

イッポウの肉体が破裂し、中から体液によって半分溶けかけた廃車のフレームが飛び出した。
コトリバコの付喪神は内臓の全てを押し潰され、巨躯を半ばから切断されて地面に落ちた。
アスファルトを転がり燃え続ける煙草を拾って咥え直し、真っ白い煙を吐いて踵を返す。

「総評するとこいつが年季の差ってやつやな。以上、品岡おじさんによるはじめての妖怪戦闘、講義終了や。
 ――勉強代は負けといたるわ」

動かなくなったイッポウを背に振り向いた先で、ロッポウと目が合った。
アスファルトの檻は例の粘液によって溶かし尽くされ、自由になったコトリバコが出てきた所だった。

「……あ、あー……なんでも溶かす粘液のことすっかり忘れとったわ……」

ロッポウと品岡はしばらく無言で見つめ合って、赤子の顎が開くと同時に品岡は猛ダッシュで逃げた。
その背中を無数の粘液が追ってくる。

「ま、待てや!話し合お!話せば分かる!一旦ゲロ吐くのやめやーーーっ!!」


【イッポウ、ロッポウをひきつけ交戦。イッポウを内側から破裂させる。ロッポウと追いかけっこ】

180那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/04/13(金) 13:25:20
「あらよっと!」

一転して激しい戦闘の坩堝と化した商店街を、縦横に橘音が跳ねる。

>えぇっ!? 囮って……弱いくせに何言ってんの!?
>何考えてんだこのキツネ仮面がぁ! いきなり目立とうなんて思わなくていいから!

ノエルの悲鳴にも似た言葉が示す通り、橘音がからっきし荒事の不得意な化生であることは周知の事実である。
実際、今の橘音にコトリバコを物理的にケ枯れさせる手段はない。
が、『斃せない』は『対抗手段がない』と同義ではない。
獣由来の身のこなし、瞬発力ならば橘音も他のメンバーと大差ない。そして、そこに自分の今回の役目がある。

>ったく、無茶しやがって……あいよ、了解だ大将

付き合いの長い尾弐は、そんな橘音の真意を察したようだ。
橘音と尾弐はブリーチャーズ結成以前から付き合いのある間柄だ。ふたりで妖壊退治に当たったことも少なくない。
以心伝心。そんな感覚に橘音は小さく微笑む。

「ほらほらっ、こっちですよ!あんよは上手……ってね!」

マントをヒラヒラと振って挑発し、コトリバコたちを引き付ける。
狐面探偵七つ道具・マヨイガマントの防御能力と、禹歩のステップが生み出す瞬間的な防御結界。
踊るように戦場を跳ねながら、その二種類を用いて危なげなくコトリバコの攻撃を防いでゆく。

>お乳飲んでゲップせぇへんかった赤子かいな!

「まったくですね!お乳を飲ませた後は、ちゃんとお母さんが背中をトントンしてあげなくちゃ!ネグレクトですよこれ!」

ムジナの言葉に素っ頓狂な相槌を打ちつつ、攻撃を凌ぐ。
増殖したコトリバコの攻撃は苛烈そのもの。普通の化生なら、ひとたまりもなく葬り去られていることだろう。
まさに霊的災害。呪詛兵器。その威力は噂通り、否――噂以上だ。

しかし。

>今まで割に合う仕事があったかっちゅうねん

ムジナの言う通り。今まで、東京ブリーチャーズの仕事に『楽勝』『余裕』などというものが一度でもあっただろうか。
いつでも、薄皮一枚の戦いを繰り広げてきた。こちらに犠牲が出たことだって、一度や二度ではない。
今回も同じ。自分たちを上回る化生を相手に粘り、凌ぎ、対策を立て、一歩先んじる。
それだけの話だ。

――とはいえ、ですよ……。

息が上がる。喉がひりつく。回避に専念しつつも、その動きが鈍くなってゆくのが自分でもわかる。
いくら他のメンバーに負けないすばしっこさがあるとは言っても、スタミナはない。
こんなことなら普段からトレーニングでもしておくんだった……などと思うも、後の祭りである。
他のメンバーがそれぞれ懸命にコトリバコたちに食らいつき、負担を減らそうとしてくれているが、それにも限度がある。

>だから言ったじゃん! 囮なんてもうやめて!

ノエルが橘音の前に出、両手に氷の刀を出現させる。
雪女由来の見目の麗しさに加えて、透き通る氷の刃を携えたノエルの姿は凛然として、溜息が出るほど美しい。
和パンクな出で立ちも相俟って、刀剣ナントカだのが好きな腐女子の皆さんが見れば卒倒間違いなしの凛々しさだ。
……中身が変態なことを除けば。

181那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/04/13(金) 13:26:08
「えぇ〜?いいじゃないですかぁ、ボクもたまには目立ちたいんです〜」

そんなとぼけたことを言う。ノエルの氷結技能を信頼しきっているからこその弁だ。
正直、戦況は不利である。この状況では、メンバーの誰もが自らを護ることだけで手一杯に違いない。
だというのに、ノエルは橘音のことを案じてくれている。橘音だけではない、ノエルは全員のことを見ているのだろう。
先程も、ノエルが全員の得物に氷の属性付与をしているのが見えた。
メンバーのサポート担当という自分の役目を把握し、それを忠実に実行している証拠だ。
普段は(非常時も)とぼけた言動でいまいち頼りない印象のノエルだが、その実彼の援護射撃には隙がない。
今も、八体のコトリバコが彼の冷気によって凍り付き、その動きを止めたばかりだ。
……とはいえ。

――さすがに、このままじゃキツイですね……。

ちらり、と一瞬ムジナを見る。ムジナはまだ無傷だ。
次の策を用いるべきか。そう算段し、全員に指示するべく口を開きかけた、そのとき。

>悪いね。ちょっと席外しちゃって

いつの間にか姿を消していた祈が戦列に復帰した。
が、その姿は異様極まる。まるでハロウィンの仮装だ。

「ト……、トリック・オア・トリート?すみません、今はキャンディの持ち合わせがなくって!」

馬鹿なことを言う。しかし、祈はもちろん悪ふざけでこんな格好をしたわけではなかった。
白い閃光のように、祈が奔る。――その速さは稲妻のよう。人外の動体視力を有する橘音も、一瞬その姿を見失うほどだった。
気がつけば、祈はハッカイの太短い脚を割り箸でも圧し折るかのようにちぎり飛ばしていた。

「おぉ……」

あんな小さな少女のどこにそんな力があるのか。いつもながら、祈の攻撃力には驚嘆せずにはいられない。
コトリバコが甲高い悲鳴をあげる。ちぎり飛ばされた切断面から、濁流のように濃緑色の粘液が迸る。
祈はそれを身に纏ったシーツで受けとめると、煙をあげながら溶けてゆくそれを素早く脱ぎ捨て、別の布をかぶった。

「……なるほど。上手い」

感心した。
当意即妙、臨機応変な祈の戦術は、予め綿密な作戦を用意しておくことを良しとする橘音の戦略とはまるで異なる。
それこそが人間の血を引く祈の最大の特性と言って差し支えないだろう。妖怪の持ちえない、人間ならではの機転。
それが、ターボババア由来の肉体と双璧をなす祈の武器なのだ。
そして。

「迷いは、ないみたいですね」

当初橘音が祈を今回のメンバーから外そうとしたのは、彼女が呪詛の対象であるという理由の他に、もうひとつ。
それは『同情』だった。
祈はメンバーの中で誰よりも優しい。それもまた、彼女が半分人間であるがゆえの要素だろう。
しかし、優しさは時に自らを縛る枷にもなる。
もし、彼女がコトリバコの由来を知ったなら。呪具の素材として使われた赤子の苦しみを知ったなら。
八尺様との戦いでも自責の念に囚われていた祈だ。彼女は間違いなく『同情』する。
そうなれば、いかなる理由があろうと無辜の赤子を攻撃するという行為に対して躊躇いを覚えてしまうかもしれない。
戦場で躊躇することは死を意味する――そう、思っていたのだが。
現在の戦いぶりを見る限り、祈の行動に逡巡はない。
むろん何の感情も抱いていないということはないのだろうが、少なくとも今の彼女には戦いを優先する自制心があるということだ。
きっと、彼女の抱いている『東京ブリーチャーズの一員であることの誇り』がそうさせるのだろう。
それならば、もうなんの心配もない。

――がんばって、祈ちゃん。

無言で彼女にエールを送ると、橘音は祈から視線を外した。

182那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/04/13(金) 13:26:35
>な、ぐがっ―――!?

ドガァァァァァァッ!!!

尾弐のうめき声と、その直後の轟音に、橘音は咄嗟に振り向いた。
見れば、尾弐が軽自動車の激突を喰らい、商店街の店舗の壁面に叩きつけられている。

「クロオさん!」

思わず叫ぶ。ブリーチャーズ随一の頑強さを誇る尾弐だ、致命傷には至っていないようだが、それでも少なからぬダメージであろう。
解せないのは尾弐の様子だ。百戦錬磨の尾弐が自動車の投擲などというモーションの大きな攻撃に対処できない筈がない。
いつものように左腕で払いのけるなりすればいいだけの話だ。尾弐の膂力はそれを充分可能にする。
何かに気を取られていた?いや――

――左腕が。動いていない……?

壁に激突した尾弐の異変に気付く。今の攻撃によって負傷したのか?
違う。あの様子では、そのずっと前から。恐らく半地下の探偵事務所でブリーフィングをしていたときから。
破魔の刃物を用意した頃から、動いていなかったのだろう。
尾弐が巧妙に隠していたということもあるが、今の今まで囮に専念していたお蔭で、橘音はついぞそれに気付かなかった。
……が、それに気付いても、橘音は尾弐の援護に行くようなことはしない。
それを指摘し、他のメンバーたちに教えるようなこともしない。
尾弐が先程、無謀としか思えない橘音の囮宣言を黙して受け入れたように。
橘音もまた、尾弐の力を信じて疑わないからだ。

>ムジナアアァァァ!!!! この3匹は俺が一人で片付ける!!

大気を震わせるような、尾弐の怒号。
それは強がりでも何でもない。『できる』からこその言葉であろう。
例え圧倒的な劣勢にあっても。腕が片方動かなくても。
尾弐は『片付ける』と言った。ならば、もう心配はいらない。

>来いやガキども。たかだか百年ぽっち生きた程度で図に乗るんちゃうぞ。大人の怖さ教えたるわ

怒号と共に突進してきた『チッポウ』の攻撃をトン、と軽快なステップを踏んで往なしながら、ムジナを見る。
ムジナは『イッポウ』『ロッポウ』を相手にスレッジハンマーを担ぎ、真正面から迎え撃とうとしていた。
チンピラ以外の何者でもない風貌のムジナが剣呑な凶器を手に啖呵を切る姿は、まさしくVシネマの世界だ。
が、相手は敵対暴力団の差し向けた鉄砲玉でもなければ、ヒットマンでもない。
鞍馬山で永年封印指定を受けた呪詛兵器『コトリバコ』の眷属である。

「よっ!ムジナさんかっこいい!千両役者!」

軽く茶化して、またヒラリとチッポウの攻撃を避ける。
祈の戦法が人間の柔軟な思考に裏打ちされたものなら、ムジナの戦いは化かし系の手本のような戦い方だ。
『騙す』ということは、妖怪にとって単なるいたずら以上に特別な意味を持つ。
人間をその知能では理解できない手段で欺き、化かし、騙す。
そうすることで人間は妖怪を『人間より上位のもの』『偉大なもの』『畏怖すべきもの』と認識する。
そして、その感情が。畏怖が、尊崇が、妖怪により強い力を与える。
人間に侮られ、軽んじられてしまえば、妖怪はおしまいなのだ。――よって、妖怪は人間を騙し、化かし続ける。
ムジナの戦い方は、その集大成のようなものだった。

ムジナの攻撃は一見、妖壊には何の効果もなさそうなものばかりだ。
しかし、『なんの効果もなさそう』――そう思い込むこと自体が、すでにムジナの術中に嵌っている。
牛ほどの大きさのイッポウの身体を内部から食い破るように、乗用車のフレームが飛び出してくる。
イッポウはセダンに胴体を分断されると、泣き声とも断末魔ともつかない叫び声をあげてうつ伏せに倒れた。
そして、そのままブクブクと緑色の膿になって溶解していく。
後に残されたのは、ひとつの古ぼけた寄木細工。

『ケ枯れ』だ。

183那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/04/13(金) 13:27:06
『イッポウ』はムジナが見事な騙しのテクニックでケ枯れさせた。次の相手は『ロッポウ』だ。
『ニホウ』『サンポウ』『シッポウ』は尾弐が引き付けている。
『ハッカイ』は祈とノエルを当面撃滅すべき対象と認識したらしい。
では。

オギャアアアアアアアア!!!!!オオオオオオオギャアアアアアアア――――――――――ッ!!!!

『チッポウ』は自分の担当だ。
腕を振り上げ、時に口から溶解液を吐き出して攻撃してくるチッポウから身を翻しながら、橘音は戦場を奔る。
とっくに息は上がり、身体も鉛のように重い。息を喘がせながら駆ける姿は、ただ闇雲に逃げ回っているようにしか見えない。

グオッ!!

チッポウの右腕が、まるで蟻でも叩き潰すかのように振り下ろされ、アスファルトが砕け散る。
チッポウは七番目のコトリバコ。ハッカイに次ぐ巨体と破壊力を有している。
張り手一発で盛大にヒビの入った地面を振り返り、橘音は背筋にツララを差し込まれたような悪寒を味わった。

「あんなの喰らったら、ボクみたいに華奢なコは一発でミンチですよ!」

誰に言うともなく、そんな泣き言を口にする。
しかし、他のメンバーの援護は期待できない。今でさえメンバーには大きな負担を強いているのだ。
自分ひとりだけが安閑としてはいられまい。

――それにしても。

チッポウの溶解液をマントで凌ぎつつ、橘音は周囲に視線を走らせる。
今、戦場にいるコトリバコは六体。イッポウはムジナがケ枯れさせたから除外するとして、一体足りない。
ニホウ、サンポウ、シッポウは尾弐を取り囲んでいる。ロッポウはムジナを追いかけている。
チッポウは橘音のすぐ後ろにいる。ハッカイは祈とノエルにかかりきりだ。
だとしたら。

『ゴホウ』はいったい、どこへ行ったのだろう?

その疑問は、すぐに解消された。

ボッ!!

チッポウが橘音に向けて、恐るべき速度で何か小さなものを投げつけてくる。
橘音はそれを避けようと、逃げながら僅かに身じろぎした。
しばらく前から、チッポウは逃げ回る橘音に手近なアスファルト片や雑貨類、コンクリートブロックなどを投げつけてきていた。
軽自動車すら軽々と投げるコトリバコの怪力で投擲されるそれは、当たれば必殺の威力を誇る。
といって、そうそう命中するものではない。橘音は今回も必要最小限の動きで回避しようと身を捩ったのだが――
今回投げられた『それ』は、アスファルト片やその辺に転がっている雑貨ではなかった。

キャハハハハハハッ……ギャハッ!アギギギギギィィィィッ!!!

「……な……!?しまった!」

癇高い、耳障りな笑い声が耳を打つ。仮面の奥で橘音は瞠目した。
投擲物が橘音の眼前で突然膨張し、無数の赤子となって橘音に抱きついたのだ。
チッポウが投擲したのは、ゴホウのコトリバコ――その本体である寄木細工。
体力の消耗を抑えるため、紙一重で回避していたのが仇となった。

「う……うああああああああああああああああああ――――――ッ!!!」

コトリバコの接触を受けることは、女性にとっては避けられぬ死の到来を意味している。
それは妖怪であっても変わりない。うぞうぞと蠢くゴホウのコトリバコたちが、あたかも親に甘えるように橘音の身体に縋りつく。
触れた場所から白煙が上がる。女子供を殺すことに特化した即効性の呪詛が、橘音の全身を冒してゆく――。

その悍ましい感覚に、橘音は絶叫した。

184那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI:2018/04/13(金) 13:28:12
「うああああああああああああああああああ――――――ッ!!!」

子獲りの呪いに侵食され、橘音は叫び声をあげた。
その効力は強力無比、凶悪無双。解呪の方法はなく、一度受ければ待っているのは死、それ以外にない。
コトリバコに抱きつかれた橘音も例に漏れず、ほどなく目鼻や耳、口から出血し、下腹部を破裂させて死に至るのだろう。

と、思ったが。

「ぎゃああああ〜っ!死ぃ〜ぬぅ〜っ!呪いで死んでしまうぅ〜っ!」

橘音は舌を出してさも苦しそうに喉を掻きむしる仕草をし、身体をくねらせた。
だが、その苦しみようはいやに芝居がかっており、わざとらしい。
ひとしきり苦悶するそぶりを見せた後で、橘音は徐にコホンと空咳を打つと、

「……な〜んちゃって」

と、言った。

死なない。

「一体いつから――ボクが女の子だと錯覚していたんです?」

へばりつくゴホウたちを見下ろし、口角にしてやったりといった笑みを刻む。
橘音は商店街に入る際、行く手を阻む警官に妖術をかけることで立ち入りを可能にした。
自分を偽り、まったく別の何かに見せかけて翻弄する、妖狐の十八番――幻惑視。
それと同じことを、ファースト・コンタクトの瞬間コトリバコにも施したのである。
純粋な呪詛兵器としてのコトリバコが相手であったなら、幻惑視は使えなかった。
が、今のコトリバコは付喪神化し、妖壊に変貌している。赤子には目があり、耳があり、そして学習する知能がある。
感覚器を備え、知能を有するということは、つまり『騙せる』ということだ。
肉体改造とは異なる、相手の意識認識を混乱させ齟齬を起こさせる術。
そして、コトリバコたちはまんまとそれに引っかかった。

「はいはいっ、邪魔邪魔!ボクはママじゃありませんからね、どいたどいた!」

マントで赤子を払いのけ、大きく跳躍する。
ゴホウ、チッポウから距離を取ると同時に靴の踵で着地点をタタン、と踏みしめ、それから反時計回りにターンする。
場にそぐわない軽快な足運び、それは先刻事務所で見せた――

「イッツ!ショータ――――イムッ!!」

タンッ!と最後に地面を強く踏むと、その瞬間に橘音の足元を起点として何か複雑な紋様が地面を走り、戦闘区域全体を覆ってゆく。
紋様から、眩い光が迸る。それに触れたコトリバコたちの動きが、瞬く間に鈍くなってゆく。

『禹歩』。

しかし、事務所でメンバーに教えたような簡単なものとは違う。正真正銘、正式の手順を踏まえた禹歩による結界である。
橘音は何も闇雲に戦場を右往左往し、囮を務めていたわけではない。
囮として逃げる一方で、戦闘区域全体に禹歩による結界を構築していたのだ。

オォオォオォォォォ……、ギャアァアァァァァアアアアアァァアァァアアァ……!!!

コトリバコたちが苦しげにのたうち、喉の奥から恨みがましい声を絞り出す。
破魔の結界が効果を発揮している証拠だ。編み上げるのに時間はかかったが、その効き目は覿面である。

「さぁーてっ!皆さん、劣勢ターンはこの辺りで!そろそろ反撃と行きましょうか!」

バサリと大きくマントを翻し、かぶっている学帽のつばを白手袋で軽く押し上げて。
橘音はメンバーにそう言い放った。

185多甫 祈 ◇MJjxToab/g:2018/04/13(金) 13:29:33
>「あれぇ〜? おっかしいなあ〜」
 コトリバコの赤ん坊『ハッカイ』に飛び乗り、妖怪にしか見えぬ霊的な継ぎ目を余すことなく切り刻んだノエル。
その後、コトリバコの赤ん坊から飛び降りてヒーローの如く三点着地を決めて見せた彼が呟いたのはそんな言葉であった。
背後でコトリバコの赤ん坊が爆発四散でもしているかと思えば、そんな事はない。
「……へ?」
 祈は瞬間、呆けた。
別段、爆発を期待していた訳ではないのだが、あんなにカッコ付けといてそれはないだろ、という顔になる。
切り刻まれたコトリバコの赤ん坊はと言えば、全身から緑色の体液や血を撒き散らしているものの
依然として戦闘続行可能な様子であった。
 と言ってもそれは見る者が見れば、もはや蛇腹切りにされた胡瓜の如く、
かろうじて皮一枚で繋がっているだけの状態だと解るのだが、妖怪的な感覚にいまいち欠ける祈にはそれが解らない。
ノエルへと体当たりを決行しようとするハッカイの姿を見て、まだ全然元気そうじゃんなどと思えてしまう。
>「たーすーけーてー!!」
 悲鳴を上げ、尾弐の元へと逃げ去るノエルを脇目に見ながら、
祈はコトリバコの強酸性粘液が付着した布を脱ぎ捨て、素早く別の布で体と足を覆った。そして思う。
(ほんと変な奴だよなー、御幸って)
 一時戦場を離れる前から目の端に入っていたが、ノエルの姿は黒髪から銀髪に、瞳の色は青へと変わっていた。
また、手には氷で作り上げた錫杖を持ち、それを振るっていたと思っていたのだが、
戻ってくれば今度は氷の刀を二本握り込み、二刀流を演じている。
天然かと思えば意外と鋭い所を突いたり、かっこよく決めたと思えば決められていなかったりするし、
姿も戦闘スタイルも、何もかもがコロコロ変わる。まるで山の天気か秋の空だ。全く訳が分からない。
それらをひっくるめて、祈なりの言葉で一言で表すと『変』なのである。
 姿と言えば、祈が品岡の形状変化の術を受けていた時、隣に座っていたのはノエルだったと祈は思うのだが、
その記憶の中の姿もまた、いまいち一致しなかった。
 トランス状態にあったせいで幻でも見たのあろうか、
ノエルとは別人の、ぱっちりした瞳が印象的な美女の姿を見たような気がするのだった。
かといってトランスから目覚めれば、手を握って隣に座っていたのはいつもと変わらぬノエルであって。
(まったく、よくわかんない奴……)
 なんであれ、ハッカイのコトリバコの力は祈とノエルの連携である程度削いだはずだ。
ノエルが逃げ込んだ先には尾弐もいる。ノエルだけでは駄目でも尾弐ならなんとかしてくれるであろうし、
品岡だって戦力として大いに期待できる。
ハッカイへと氷でできた金棒(金棒と言うのはおかしいのだが見た目がそれらしいので)を
振りかぶる尾弐の姿も確認できたし、祈は安心して次のコトリバコにかかればいい。
――そう思っていた。
>「な、ぐがっ―――!?」
 聞き慣れぬ尾弐の苦鳴。
次いで、轟音。大きな質量を持った何かが激突する音と、金属がアスファルトを擦る不快な音が混じりあう。
 祈は他のコトリバコへと向けようとしていた視線を戻し、目を見開いた。
尾弐が立っていた場所。ノエルが隠れようとしていた頼もしい背中があった場所。そこに尾弐の姿はなかった。
代わりに足元のアスファルトには、巨大な何かが擦れて傷をつけたであろう跡があり、
その痕跡を目で追っていくと、その先に軽自動車が転がっていた。
そしてその軽自動車と店舗の間に挟まれる形になっている尾弐の姿を見つける。
それを見て笑う、『ニホウ』と『サンポウ』――二番目と三番目に小さいコトリバコの赤ん坊もまた、目に入った。

186多甫 祈 ◇MJjxToab/g:2018/04/13(金) 13:29:53
「尾弐のおっさん!!」
 祈は思わず叫んだ。
 油断した。祈はコトリバコ達が氷漬けにされている筈の場所に目を向け、
何もいないことに今ようやく気付く。祈は他のコトリバコは全てノエルが凍結させ、動きを封じたものと思い込んでいた。
そして何よりハッカイのコトリバコだけに目を奪われすぎていたのだ。
 既に他のコトリバコの赤ん坊達は、氷の呪縛を解いて行動を開始しており、
ダメ押しとばかりに尾弐へと『シッポウ』が向かう。助けに向かうべきでは、と祈の本能が告げた。
>「ムジナアアァァァ!!!! この3匹は俺が一人で片付ける!!
> テメェは、絶対にこの3匹と他の連中をヤり合わせねぇように動けえええぇぇ!!!!!!」
 だが、尾弐の地の底から響くような怒号が、祈の耳にも届く。
その声が言っている。俺は大丈夫だと。
 そうだ、と祈は思い直す。祈は尾弐程タフな妖怪を知らないし、倒れる姿など想像できない。
いかに強力な怪異が相手であっても、尾弐はきっと負けない。
今日はたまたま調子が悪くて――どうせまた事務所に来る前にお酒とちゃんぽんを食べたのだろう。
食べ合わせが悪いらしいし――、コトリバコに不意を突かれただけなのだ。
尾弐が大丈夫だと言うのなら、きっと何も問題はない。
 だとすれば。祈にできるのは残りのコトリバコの赤ん坊の相手だ。
ニホウ、サンポウ及びシッポウは尾弐が相手をするとして、
>「ほな、兄貴が三匹引き受けてくるっちゅうさかい……ワシは二匹ばかし相手にしようかね」
 イッポウとロッポウは品岡が引き受けた。
品岡の戦いぶりをあまり見たことがないので、祈はそれをちょっとばかり不安げに見送る。
 更に、チッポウの囮は橘音がどうやら引き受けたようである。
残りはゴホウと手負いのハッカイだが。しかし。
(ゴホウの姿が見えない……?)
 祈は目の上に手をやり、注意深く周囲を見渡した。
ハッカイはノエルを元気に追っている。だがどうやら見た目よりもダメージがあったようで、
バランスを崩した際にその右腕を失っていた。
他のコトリバコたちの動きも見えるのだが、どうしてもゴホウだけ姿が見えない。これはどういうことか。
ゴホウよりも遥か下の位であるイッポウですらノエルの氷を破って攻撃に転じており、
それを鑑みれば、ゴホウも凍結をとっくに解いている筈だと言うのに。
 攻撃の機会を伺い、どこかに隠れているのかもしれない。と祈は思う。
だとすれば危険である。皆、目の前の敵に手いっぱいだ。
相手できるギリギリを見極めて引き受けているだろう。
そこにゴホウが不意を突いて乱入するような真似をすれば、すぐにその均衡は崩れてしまう。
 ならば両足と右腕を失った手負いのハッカイは、逃げ回っているノエルにそのままどうにかして貰うとして、
隠れているゴホウを探し出して何とかするのが自分の役――。

187多甫 祈 ◇MJjxToab/g:2018/04/13(金) 13:30:17
 そこまで考えた所で、思い至る。違和感があることに。
そこから、『自分が相手をするべきはゴホウではなくハッカイの方である』、という答えに祈は行き着く。
 祈が知る限り、ノエルは弱い妖怪ではない。
 尾弐のような剛力やタフネスを備えたバリバリの戦闘系妖怪ではないにせよ、
先日の八尺様戦では、尾弐が駆け付けるまでの間、
八尺様の音を追い越すほどの猛攻をほぼ一人で凌ぎきったその技の冴えや戦闘勘、実力は疑いようがない。
また今日に至っては強大な呪いの塊であるコトリバコ達を全て凍てつかせ、
僅かな間とは言えその動きを奪ったほどに強大な妖力をも備えている。
そんな男が、逃げ回るに終始している。それが違和感の元だった。
 思えば今日のノエルは張り切り過ぎではなかっただろうか。
氷による遠距離支援攻撃に始まり、仲間へ自身の力を分け与えて武器を強化。
更に橘音を庇う為であろう、二刀を構えて前線へ躍り出て見せた。
そしてコトリバコ8体を凍結させ足止めした後は、祈が要請したことでハッカイへ止めを刺そうとも試みている。
まさに八面六臂の活躍だ。しかもそれらは短時間で行われている。
 力を使い過ぎれば当然、枯れる。
止めを刺し損なったのも、力を短時間で使い過ぎて妖力切れが近い故に起こった、事故のような出来事かもしれない。
そうだとすれば、ノエルが逃げ回るのに終始しているのも頷ける話だ。
 先程はぎりぎりハッカイの突撃から身を躱していたが、
ノエルならばわざわざ躱さなくとも、巨大な氷の壁の一つや二つ造りだせそうなものだ。
それも、突撃を仕掛けるコトリバコに対し凸型に、ナイフのような鋭い形状の壁を造りだしてしまえば
コトリバコの突撃の勢いを利用して真っ二つに出来そうなものだと言うのに、それすらできていない。
尾弐という強力な前衛を失い、力を回復させる暇もないのかもしれなかった。
 無論、単に彼の美的センスが本当にコトリバコの赤ん坊のビジュアルを拒否しているために、
生理的嫌悪のみで、考えもなく逃げ回ってしまっているだけなのかもしれず、
そう考えるとやはりゴホウへの警戒を優先した方がいいのでは、という思いも湧くのだが、
八尺様との戦いの最中で、気を失ったようにぼんやりし始めたノエルの姿が祈の頭にちらついて離れない。
 ああなられたら、困る。
「世話焼けるよなぁ、もう!」
 祈はぼやきながらまたしても駆けて、数瞬の後にそこそこ離れているノエルの元へと辿り着く。
辿り着くまでの間に、右腕が千切れ飛んだ悲しみや怒りを叫びながら、
残る手足は左腕のみとなったハッカイが器用に起き上がろうとしているのが視界の端に入っている。
このまま起き上がりノエルを視界に収めれば、ハッカイはまたノエルを追うだろう。
 そう思った祈は、ノエルの体をふわりと、あくまでも優しく蹴り上げた。
そして精肉店のオーニング(テントとも。店の前に付いているビニール製の屋根のようなもの)の上に着地させる。
「御幸はそこからテキトーに援護とか、姿が見えないゴホウでも探したりしてて!」
 その位置ならば周りをよく見渡せるはずであるし、安易にコトリバコの標的にもならないだろう。
力を回復させながら、姿の見えぬゴホウを警戒することも可能であろうし、
手近な場所にはしごもある。いざとなれば飛び降りることのできない高さではない。
加えてそこは、それぞれ仲間が戦っている位置の中間程に位置しているから、行こうと思えば誰の援護にも行けることだろう。
そう祈は咄嗟に考えたのであった。

188多甫 祈 ◇MJjxToab/g:2018/04/13(金) 13:30:36
「こっちだ、コトリバコ!」
 ハッカイは起き上がって必死にノエル探そうとしたものの、
そのノエルが見つからなかったことで、手近な場所にいる祈へと完全にターゲットを変えたようだった。
左腕だけで器用に這いずり、それなりの速度で祈を追ってくる。
 ハッカイを仲間たちから引き離すため、祈は敢えてぎりぎりの速度で走り、コトリバコに追わせた。
尾弐も品岡も、橘音もノエルも、恐らくは目の前の状況に手いっぱいであろうし、
なるべくハッカイの目がそちらに向かないようにせねばならないと思ったのだ。
 コトリバコの呪詛によって、祈の目の前で女性が血反吐を吐いて亡くなった時、
その凄惨な姿を見ないよう祈の前に立ち塞がってくれたのは尾弐であり、
目を覆ってくれたのはノエルであり、そして背後から制止の声をかけてくれたのは意外にも品岡であった。
心のないヤクザ者と祈が思っていた品岡すらも、自分を守ってくれている。そう祈は感じる。
 だが彼らと肩を並べて立つのであれば、彼らと同じように、危険な相手を一人で相手にせねばならない。
守られるだけでなく、自分もまた彼らを守らなければ。そう思う故に彼らから離れるのだった。

 いくらか仲間たちから離れた頃合いであろうか。
やがて、ハッカイは祈を追うことを諦めたのか、動きを止めた。
それに気付いた祈もまた、足を止めて振り向く。
靴の裏にはノエルが施した氷の棘がスパイクのように生えている為、
思ったよりもぴたりと止まった。
 ここまで引き付けたのに、気が変わって仲間の方に戻られたら厄介だな、なんてことを考えている祈を、
ハッカイはその暗い眼窩で見据えて、笑っているような、怒っているような、それでいて泣いているような、
複雑な表情を浮かべた。そして頬を膨らませて精一杯に上を向くと、
『ぷぅぅううぅうぅぅぅううううう!!』
 口から大量の緑色の粘液を吐き出した。
まるで緑色の噴水――、否、間欠泉だ。ハッカイの体積を明らかに大きく上回る量の粘液が吐き出され、
空気中で拡散。ちぎれて粒となり、周囲に雨のように降り注ぐ。
 ハッカイにつられて空を仰いでいた祈は驚愕する。
「おわっ!?」
 粘液が降り注ぎ、周囲の店舗が、アスファルトが、焼ける。溶ける。
 祈は慌てて外套代わりにしているカーテンを被り直し、粘液の雨をなんとか躱そうと走るが、
広範囲に散らばり、次々落ちてくるそれを全て躱しきることはできなかった。
なんとかシャッターの降りていない店舗を見つけ、陳列されている商品をなぎ倒しながら飛び込んで
やっとの思いで凌いだものの。
それでも被っているカーテンを脱ぎ捨てざるを得ない程に粘液を浴びてしまっていた。
 粘液を浴びたカーテンを脱ぎ捨て、最後の一枚へと取り換えながら周囲を見渡すと、
祈がなぎ倒してしまったのはスポーツのユニフォームが陳列されていた棚だったようで、
バスケット用のカラフルなユニフォームが暗い店内に散乱してしまっていた。
他にもシューズやボールなど、様々なスポーツ用品が店内には所狭しと置かれている。
(あたしが逃げ込んだのはスポーツ用品店だったのか……)
 そんなことに気づく。
 祈は粘液が下に落ち切るのを待ちながら、店内から外の様子を窺った。
 店舗の外のアスファルトの様子は酷いもので、雨のように降り注いだ粘液が大小様々な穴を開けており、
とても人が歩けるようなものではなくなっていた。
これはハッカイのコトリバコがいる所まで続いているようであり、
足を取られることなく接近するのが困難になったことを意味していた。
祈は歯噛みした。転びでもすれば、ぐずぐずに溶けたアスファルトに突っ込むことになる為、危険である。
もし接近しようと思えば、まだ溶かされていない箇所を見つけて跳躍するなどしなければならないだろう。
 更に。
 祈が店舗の出入り口に近付き、ちらりとでもハッカイの様子を窺おうとすれば、
すかさず粘液が吐きつけられた。粘液は店舗の壁やガラス製の扉を瞬く間に溶かしていく。
移動するのを諦めたハッカイは、まるで固定砲台のように、祈の姿を確認するや否や粘液を吐きつけて来るのであった。

189多甫 祈 ◇MJjxToab/g:2018/04/13(金) 13:30:54
(賢い……)
 完全に閉じ込められた形だった。
 外に出ようとすれば粘液が飛んでくる。仮に上手く粘液を躱して外に出られたとしても、
先程のように上から大量の粘液を降らされたらどうしようもない。
また、この足場では十分な速度を出すことはできないだろうし、
ハッカイに接近し攻撃に転じるのすら一か八かの賭けになる。
祈が近づいて攻撃するしかできないこと、そして粘液に触れれば死に直結するダメージを負うことを、
十二分に分かった上での行動だった。
 そもそも、祈は決定打に欠けている。
なんとかハッカイの手足を千切り飛ばすことはできても、
この細足であのゾウのような巨体を倒せるかどうかは疑問が残った。
手っ取り早く倒すとすれば、あの形態からして思考の核となっているであろう頭を狙った方が早いのであろうが、
それも難しいと思われた。
 何故なら祈の足では、あの巨大な頭を潰すには長さが足りないのだ。
蹴りを見舞っても表面を抉るだけになると予想された。
だがより深い場所、例えば脳があると思われる場所にまで攻撃を届かせようとすれば、
祈は体ごと突っ込まねばならない。
それは即ち強酸性の粘液が詰まった袋に身を投げるに等しい行為であり、
いくら体を防護する布を纏っていようと自殺行為である。
 だとすれば、コトリバコの赤ん坊を悪戯に苦しませるのは本意ではないが、
ちまちま攻撃して肉体を削り、『ケ枯れ』を起こさせるしかないのだろう。そう祈は結論付ける。
 なんにせよ、まずはどうにかこの状況を脱し、接近しなければならない。
――だが、どうやって。
 そんな事をつらつら考えていると、
じゅうっ、じゅうっ。と、どこかから音が聞こえてくることに祈は気付いた。
店舗の外からだった。
ハッカイのコトリバコがいる方向から聞こえてくるそれは、
何かが溶かされている音だと思わせた。
『ま”ああああ”! ぎ”ゃっ、やっ! あ”ぁ”っ!!!』
 悲鳴じみたハッカイの咆哮が響いた後、またその音が再開される。
ぶしゅう、じゅうっ。その音が近付いていることで祈は察する。
これはハッカイが、祈がいる方向へと粘液を吐き続ける音だ、と。
そうすれば、祈が例え離れた店の中から出てこなくても、ハッカイ自身が移動できなくても、祈を追い詰めることができる。
逃げ場を失った祈に粘液を吐きつけても良いだろうし、飛び出してきた所をまた雨のような粘液で仕留めるも良しである。
 赤ん坊のくせに賢すぎやしないか、などと祈が感嘆するのも束の間、やがて祈がいる店舗の壁までもが溶解し始めた。
祈が店の奥へと退避するべきか、それとも一か八か飛び出すかと迷っていると、
溶けた壁に人の頭ほどの穴が開いて、そこからハッカイの姿が覗いた。
 そこから見えたハッカイの姿は、祈から動くという行為を奪った。

――ハッカイの左腕が落ちていた。
腐ったように黒く変色したそれは、ハッカイの体の横に転がっている。
当然、左腕までも失ったハッカイは体を支えることも叶わず地に伏しているのだが、
それでも首だけは祈へと恨めし気に向け続けていた。
 その顔は、血の涙に塗れている。
『あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!』
 もう嫌だと、泣き叫んでいるように見えるにも関わらず、
『い”っ、ぎぎぎ”あ”あ”!』
 次の瞬間には怒りの形相になり、粘液を吐き出してくる、ハッカイ。
なんとか絞り出されたようなそれは、先程の粘液が壁に穿った人の頭程の穴をどうにか潜って、
祈の足元にまで飛び散った。粘液には緑と黒みの強い赤が混じりあっている。
 粘液に混じる赤は、ハッカイの血だ。
『い”あ”ぁ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁ”あ”あ”!!! ま”っ! あぶっ、ぷあぁああああ”! げぇっ、げぇえ!』
 ハッカイの絶叫。その口が弱々しく開かれて、血をごぶりと吐き出した。
祈はこの赤ん坊が、コトリバコの力によって無理矢理に動かされてるのだと理解する。

190多甫 祈 ◇MJjxToab/g:2018/04/13(金) 13:31:24
 コトリバコの呪詛の源は、
その狭い細工の中に押し込められた子ども達の魂の嘆き、憎しみや恨み。
即ち『負の感情』である。
 恐らくコトリバコには、その呪詛を効果的に発揮させるために、
内側に閉じ込めた子供たちの魂に働きかける呪いのような何かが施されているのだろう。
その何かが、強制的に子ども達から憎悪等の負の感情を引き出しているのだ。
 そう考えれば、両の足がなくなり、満身創痍の状態なっても執拗にノエルを追い続けたことや、
移動する力すら失い、左腕がもげた状態でも祈への攻撃を続けたこと。その異常な攻撃性に説明がつく。
 ハッカイともなれば、それこそ無尽蔵の呪詛を吐き出せるだけの力があっただろうから
そのような呪いが働いていてもなんとかなったに違いない。
だがノエルの刃は霊的な継ぎ目を完全に断ち切り、既にハッカイを仕留め終えていた。
そのような状態では、残された命を無理矢理に、粘液として絞り出しているようなものだ。
 だが止めることができないのだろう。そのような状態になっても。
馬に鞭を打つように、コトリバコが無理矢理にあの赤ん坊へ命じているから。
恨め、憎めと。目の前の敵を倒せと。
痛い筈なのに。苦しい筈なのに。もう嫌だと泣き叫んでも、コトリバコの呪詛が
攻撃を止めることをを許さない。その苦しみは想像を絶する。
 またも粘液を吐こうとしているのだろう。ハッカイは再び首を持ち上げ、口を祈へと向けた。
その目から流れる血の涙に、響く嗚咽に。
「終わりに、しよう……」
 祈は、血が熱くなるのを感じた。
 もう、見ていられなかった。
 この状態ならば、恐らく放っておいても『ケ枯れ』を起こしてただの小箱に戻るだろうが、
それを待とうだなどとは微塵も思えない。
一刻も早く、あの子をその苦しみから解き放ってやらなければならなかった。
それも、これ以上苦しまぬよう、一撃で。
 そう思った時、祈の頭に、どうすれば彼の巨体の頭を潰せるかという問いに対する答えがようやく閃いた。
祈は辺りを見回し、程なくしてそれを見つける。
祈が見つけたのは、重い金属製のバットだった。
『ぶあああっ! あ”ぁあぁ”!』
 ハッカイが再び粘液を吐きつける。祈はそれを避けることもなく、そのまま浴びた。
赤の混じった粘液が祈の被る布を汚し、灼いていく。だが祈はそれを脱ぎ捨てる間すら惜しんで、金属製のバットを構える。
 体を捩り、目いっぱいに振り被る。
「うううううううう、らあああああああっ!!!」
 そして渾身の力でもって、ハッカイへと投擲した。
――ターボババアと言う妖怪の孫である祈は、その走る速度に強力な制限を受ける。
どれほど早く走ろうとしても、フォームを変えたとしても、その速度が時速140kmを超えることはできない。
それが都市伝説として語られるターボババアの速度の限界だからだ。
 しかし、それ以外の物に関しては規定がない。
人が時速40kmで走れるのなら、祈は140kmを走る。
単純に考えて人の3倍以上の筋力を備える祈が全力を込め、遠心力をも利用して投げた金属製のバットは、
軽々と時速140kmなど超え――、雷の如く凄まじい勢いで飛び征く。
そのまま、手足を失い動くこともできないハッカイの頭部、その眉間へと突き刺さり、
そのぐずぐずの皮膚を突き破り、柔らかな頭蓋を砕いて、
中身を恐ろしい力で掻き回しながら頭の反対側へと貫通、中身を吹き出させる。
ハッカイを貫いて尚勢い余るバットは、閉まっている店舗のシャッターへと突き刺さってようやくその動きを止めた。
『あ……ぎぃ、ぁ、お、…………』
 ややあって、頭の半分ほどを失ったハッカイの首が、力なく倒れた。
そして『ケ枯れ』を起こし、付喪神としての姿を保てなくなったハッカイの体は緑色の膿のようになり、消失する。
残されたのは小さな小箱だけとなった。
 呪詛としての力も失ったのか、ハッカイが作りだした粘液もまた消えている。
祈が今更になって被っていたカーテンを脱いでみると、幸い粘液は体にまで達していなかったものの、
パーカーや髪の先を、焦がしたり溶かしたりしているようであった。
 なんにせよ、ハッカイは倒した。
「……今はおやすみ、コトリバコ」
 後で橘音に、この小箱に閉じ込められた子ども達をどう供養すればいいのか聞かねばならない。
そんなことを考えながら、祈は呟く。少し離れた場所から、破魔の結界の光が広がるのが見えていた。

【祈、ノエルを安全圏へ逃がしてフリーにした後、やや離れた位置で手負いのハッカイを撃破】

191御幸 乃恵瑠 ◇4fQkd8JTfc:2018/04/13(金) 13:32:01
>「……へ?」

祈の視線が突き刺さるのを感じつつ、ノエルは走る。
やーめーてー、そんな目で見ないで!? そもそも僕は(言動が)格好いいキャラじゃないんだからな!?
等と思いつつ向かう先には道路標識を振りかざした黒雄が控えている。
右手だけで標識を持っているのは「死にかけの奴にとどめを刺すぐらい右手だけで十分だぜ!」ということか、とノエルは解釈した。

>「よっしゃあああ!これで勝つるっ!!」
「へっへーん、当然!」

隅で解説要員と化していたムジナに思わずガッツポーズを返してからおっと、自分こいつと仲悪いんだった!と思う。
黒雄なら自分が仕留め損ねたハッカイを問答無用で粉砕してくれる――ここまで想定のうちだ。
だがしかし。

>「な、ぐがっ―――!?」

予期せぬ交通事故発生。黒雄は軽自動車にはねられて飛んでいった。
運転していたのは……じゃなくて投げつけたのは、凍結から早くも復活したニホウ、サンポウ。

>「もう動き出したんか!」
「誰だレンジでチンしたのは!? 君達免許とれる歳じゃないでしょー!」

それは享年か死後含むかによって変わってくるが、残念そもそも車を運転するには免許がいるが投げるのに免許は要らない!
更には黒雄が吹っ飛ばされた先でシッポウに殴り掛かられようとしていた。
左右をほぼ等しく使えて二刀流を操るノエルは、気付かなくてもいいことに気付いてしまった。
いくらなんでも左が動いてなくない――!?と。 一体いつから?と記憶を手繰る。
もしかして最初から?と思い至るも、先入観が邪魔をして核心に辿り着くことはない。
ただなんともいえない胸騒ぎだけが残るのだ。

>「ムジナアアァァァ!!!! この3匹は俺が一人で片付ける!!
 テメェは、絶対にこの3匹と他の連中をヤり合わせねぇように動けえええぇぇ!!!!!!」

そんな無茶な!大体さっきも「ここは俺に任せて行け!」的な死亡フラグ立てようとしてたよね!?と思うノエル。
しかし人の心配をしている余裕は割とマジでない。背後には依然として恐慌状態に陥ったハッカイ。
通常の生き物がHP1で普通に動き回る事は常識的に考えて有り得ないが、
妖壊は逆に最後の悪あがきで凶暴になって普通以上に攻撃力等が凶悪になる仕様の者もいる。
このハッカイに関してはまさしくそのパターンのようだった。

「ええーっ、どうすんのコレ!?」

192御幸 乃恵瑠 ◇4fQkd8JTfc:2018/04/13(金) 13:32:26
気が遠くなりそうになりながら、ノエルは自問自答する。
そもそもなんでこんな事になったのかというと、柄でもなく真面目に戦いすぎたのがいけない。
特にエターナルフォースブリザード(通称)は終幕を飾る一撃必殺を想定した大規模術式であり
あんなものを一時の足止めのために使っては後が続かないに決まっている。
大体隙あらば安全地帯でサボタージュしたり背景でおやつ食べ始めたりとやる気なさげに戦うのが自分の芸風ではなかったか。
敵味方双方から「ふざけてんのか!?」とツッコミが入ったことも一度や二度ではないが
「あいつ余裕ぶっこいてるし実は滅茶苦茶強いんじゃね!?」と相手に無駄にプレッシャーをかける思わぬ利点があるぞ!
ともあれ、普段そんな感じなので今のこの状況を見てもアイツまたふざけてるよ!としか思われないであろう。
それでいい、むしろそうでないと困る。嘘でも、虚像でも、余裕ぶっこいた底知れない奴でいなければ。
一瞬後ろを振り返ってみれば、すでにハッカイは自壊を始めており、右腕がもげている。
つまり相手が崩壊するまで逃げ切れば勝ちだ!
滅茶苦茶格好悪い戦法だがそれが何だというのだ、逃げるは恥だが役に立つ――!
しかしそこに祈が風のように現れ、何故か蹴るようなポーズを取る。
もしやノエルの日頃からのあまりの変態さやダメダメさに嫌気が差したというのか!?
本日の出撃前にもまた無自覚変態爆撃をやらかしたからね、仕方ないね!
そうでなくても、毎回変化を解いたり戻ったりする様子を微妙に理解不能のナマモノを見るような目で見てくるし。
しかし一般的な意味での変態な言動はともかく、あの本来の意味での変態は妖怪としては割と普通のはずだ。
むしろ人間型を保ったままでカラーリングが変わって少し謎の氷粒煌めきエフェクトがかかるだけなんてまだ大人しい方だ。
設定上存在する他のメンバーには完全人外の姿になって炎や電撃放っちゃう妖怪もいるぞ!(>1参照)
まあ完全人外までいったらそれはそれで割り切れるのかもしれないが、
なまじ人間型をしているだけに、人間と同じ感覚を期待してしまうのかもしれない。

「ちょっと待ったあ! これには深い訳が……! ほら、男だらけの妖怪集団になっちゃったからやる気が……」

そう言っている間に、ふわりと体が宙に浮いて精肉店のテントの上に乗っていた。
祈に蹴り上げられたのだ。その蹴り方はとても優しく。

>「御幸はそこからテキトーに援護とか、姿が見えないゴホウでも探したりしてて!」
>「こっちだ、コトリバコ!」

「ありがとう、頼んだ……! 危ないから、攻撃しなくていいから逃げて!」

193御幸 乃恵瑠 ◇4fQkd8JTfc:2018/04/13(金) 13:32:45
祈ならハッカイが崩壊するまで逃げ切るのは楽勝のはず。そう思ってそのまま送り出した。
祈にはこの言い方では正しく意図が伝わらなかった訳だが、どちらにせよ祈はそれを良しとしなかったことだろう。
ノエルを安全地帯に退避させるという祈の行動はドンピシャリの正解で、それだけにドキリとした。
見抜かれた――!?と。祈ちゃん、君はどこまで見抜いている……!?
祈は橘音とは違う意味で、真実を見抜いてしまう面がある。
頭脳明晰で知識と経験を兼ね備えた橘音が気付かない類の真実だ。それは先入観に囚われない子どもだからこそか。
自分が本当はみんなが思っている程強くなんかなくて、脆くて弱くてふわっふわなのが全てお見通しなのか――?
ノエルが普段やる気無さげにしか戦わないのには単純明快な理由があり、今のように妖力切れを起こさないためだ。
それだとすぐに役立たずになるが、ノエルは自然界からパワーを取り込む謎システムを搭載しており
消費と同ペースで回復させることによって無尽蔵を装う事ができるのだ。
サボったりおやつを食べたりしているのは平たく言うと実はMP回復のためであり
どうして今日は柄でもなく飛ばし過ぎたかというと、八尺様との戦いで思い出さなくていい記憶が呼び覚まされてしまったからであろう。
あれからというもの、仲間が――友達が死ぬのが滅茶苦茶怖い――
三つ子の魂百までとはよく言ったもので、幼き日に刻まれた魂の傷は百どころか永遠に癒えることはない。
等と考えつつも、服の内側から某チューブ型容器入り氷菓(チョココーヒー味)を取り出して吸い始めたので
端からみると全く真面目な事を考えているように見えない。
(体温によってアイスを溶かさずに持ち歩くことが出来るのだ!)
まず目に入ってきたのが、ムジナがイッポウ&ロッポウと戦いを繰り広げる様子であった。
そういえば、ムジナは形状変化なんてトンデモ能力使いの割には意外と肉体の概念とかかっちりしているようだ。
のっぺらぼうってソーセージ出したり消したりも余裕のガチお化けのイメージだけど、
式神になった時に感覚が人間に寄ったのかもしれない、等と思う。

>「総評するとこいつが年季の差ってやつやな。以上、品岡おじさんによるはじめての妖怪戦闘、講義終了や。
 ――勉強代は負けといたるわ」

「大変勉強になりました!」

ここにアイス食いながらがっつり講義タダ見している生徒がいた。
学ぶことが子どもの特権であるとするならば、毎日が新鮮な驚きと発見の連続であるノエルは子どもに分類されるらしい。
――うん、人生楽しそうで何より!

>「ま、待てや!話し合お!話せば分かる!一旦ゲロ吐くのやめやーーーっ!!」

超かっこよくイッポウを撃破したムジナだったが、拘束から脱したロッポウに追いかけられ始める。

「――スリップ」

アイスを食べ終わったノエルは講義代とばかりに、ロッポウの手足に滑って転ばせる術を発動。
見事にかかってすっころんだ。かなり妖力が回復してきたようだ。
セコい嫌がらせのような術だが、走行中の車にかけたら大惨事必至だ。
現代では雪山で遭難こそ流行らなくなったが、積雪→路面凍結のコンボはかなりエグい。
一方、橘音は無謀にも上から二番目に高位のコトリバコであるチッポウを一人で相手にしていた。
張り手一発で盛大に地面にひびが入る。

194御幸 乃恵瑠 ◇4fQkd8JTfc:2018/04/13(金) 13:33:16
>「あんなの喰らったら、ボクみたいに華奢なコは一発でミンチですよ!」

黒雄はコトリバコ三体を一人で相手にしているが、それでもどちらかを選ぶなら支援に行くべきは橘音の方だろう。
彼は敵の攻撃をいなすことは出来ても直接攻撃する手段は無いのだから。
そう決断し、テントの上から飛び降りる。ゴホウの居場所は結局分からずじまいだ。
チッポウが何か小さなものを橘音に投げるが、あれぐらいなら軽くいなせ――なかった。

>「……な……!?しまった!」
>「う……うああああああああああああああああああ――――――ッ!!!」

チッポウが投げたのは、なんとゴホウの本体。
混戦の中で小さな寄木細工に戻られたら居場所が分からなくなるのは当然だ。
問題は……ゴホウに組み付かれた橘音が断末魔の絶叫をあげていることである。
ただ組付かれているだけで取り立てて攻撃されているようには見えないのだが、まさかあの妖怪ですら女は死ぬという呪詛か――!?

「な……!?」

ノエルは血の気が引くといっても元から血の気が無いし、顔面蒼白と言っても常に蒼白だし
どう表現したらいいか分からないがとにかく死にそうな顔をして硬直していた。

>「ぎゃああああ〜っ!死ぃ〜ぬぅ〜っ!呪いで死んでしまうぅ〜っ!」
>「……な〜んちゃって」

「こっちが死ぬかと思った! こっちは変態補正で死んでも次週までに復活余裕だけどな! どーだ羨ましいだろ!」

全身の力が抜けてへたり込みそうになりながら、抗議なのかよく分からない抗議をする。
とはいえ、この類のことは別に今に始まったことではない。
橘音は秘密主義のため、仲間にすら作戦の全貌を教えないことがままある。
敵を騙すにはまず味方から――とはよく言ったもので
アホな味方が率先して騙されることによって敵も流石に真実だろうと思い込み、偽計がより盤石のものとなるのだ。

>「一体いつから――ボクが女の子だと錯覚していたんです?」
>「はいはいっ、邪魔邪魔!ボクはママじゃありませんからね、どいたどいた!」
>「イッツ!ショータ――――イムッ!!」

橘音が足を踏み鳴らすと同時に、禹歩の結界が辺りに広がっていく。

「橘音くんがセルフでソーセージしてようが(動詞)元からソーセージ(形容動詞)だろうが
工事済みの元ソーセージ(名詞)だろうがそんなことは割とどうでもいい!
ここはこう言うべきだろう、禹↓歩↑!いい漢!」

195御幸 乃恵瑠 ◇4fQkd8JTfc:2018/04/13(金) 13:33:34
相変わらずイントネーションを間違えた禹歩の発音で、橘音のいい漢っぷりを称賛するノエル。
ちなみに子ども(精神年齢)は新しく覚えた言葉をとりあえず使ってみたがる性質があるので、うっかり変な言葉を教えると大変なことになるのだ。
みんなも気を付けよう!
ノエルが腕を一閃すると、劣勢を察し慌てて合体し直そうとするミニゴホウに、雪玉がぶつかったかと思うと崩壊して足元を埋め、瞬時に凍り付いて手足を地面に縫い付ける。

「せっかく大勢になったんだから急いでリュニオン(再結合)しちゃ勿体ない!
忙しい橘音くんの代わりに遊んであげるよ! 雪合戦だ! 一人でも僕にタッチできたら君達の勝ちな!」

例によって攻勢ターンに入った瞬間にあからさまに分かりやすく元気になったノエルがゴホウ達を挑発する。
もしゴホウ達が日本語を喋れたら、「いや、”勝ちな!”ってドヤ顔で言ってるけどアンタ男だろ!」「見た目だけはやたら綺麗だけど男……だよな!?」
「でも雪"女”だから呪いワンチャンいけるんじゃね!?」「あれ? なんか焦点を後ろに合わせると変な映像が見える気が……」
「しかし我らのプライドにかけてあんな変態を女枠に入れてはいけない……!」
等と審議が繰り広げられているところ……かどうかは定かではないが。

「ふっはははは! 遅い! そんなんじゃハイハイレースで優勝狙えないぞ!」

再結合を阻まれ困惑しているらしいゴホウ達に、ノエルは両手を同時に使って次々と雪玉を当てていく。
相手は破魔の結界で動きが鈍くなっているので当てるのは楽勝であった。
足元が氷雪に埋もれて身動きできなくなったゴホウ達を前に作り出すは
ご丁寧に8tと凹凸で描かれた無駄に巨大な氷のハンマー。(実際には8tも無いよ!)

「お次はモグラ叩きだー! ワニワニパニックでも可ッ! とーう!」

ハンマーを振りかざし無駄に大きいモーションで跳ぶ。
動けない奴ら相手にモグラ叩きも何もあったものではない。これは酷い!

「えっ! ヤバ……!」

そこにチッポウの横薙ぎの張り手が飛んできた。
チッポウは橘音が引き受けていたはずだが、流石に小さいお友達を容赦なくいじめる悪い奴を放置できなくなったらしい。
イジメ、ダメ、ゼッタイ!

「たあッ!!」

とりあえず振りかざした8tハンマーを上段振り下ろしから強引に横一閃に変更して迎撃し、
その反動で敢えて派手に吹っ飛ばされることで衝撃を和らげる。
少し離れた場所で地面を二、三回転がって立ち上がり、追撃に備えて身構えるが……来ない。
溶解液は飛ばしてくるものの、ゴホウ達を足止めしたあたりから動こうとしない。
その様子を見たノエルは、とある仮説に行きついた。
まさか、ゴホウを守ろうとしているのか――!? 連携はしている気配はあったが、仲間を守ろうとする意識まであるというのか。
そう思ってしまった瞬間、胸の奥がズキリと痛んだ。

196御幸 乃恵瑠 ◇4fQkd8JTfc:2018/04/13(金) 13:33:54
「ほらほら、こっちだ、来てみろよ!」

その痛みを悟られぬよう表向きは変わらぬ調子で挑発しつつ。
雪玉をぶつけて牽制しながら、大きく位置を動こうとしないチッポウの周囲を円状に駆ける。
敵の攻撃に当たらないように相手の周囲をぐるぐる回りつつ自分は遠距離攻撃を加える
アクションRPGのボス戦でありがちな立ち回りだ。
そして一周回ったところで相手の方に向き直り、地面に手を付いた。

「――アイスプリズン!」

チッポウがいる地点の四方を囲うように、氷の壁がせり上がる。
ゴホウ達を凍りつかせた地点もその範囲内に入っている。
とはいえ、このままではいずれ溶解液で脱出されてしまうのだが――

「ギャアァアァァァァアアアアアァァアァァアアァアアア!!!」

囚われたチッポウの怒りの絶叫が響き渡る。

「あーあ、雪山でそんなに大きい声出したら駄目だって。終わりだぁあああああああ!」

自分はこの子たちの仲間を想う気持ちを利用した――仲間を失う事に一番怯えているのは自分自身だというのに。
人間に似た部分の心の激痛を誤魔化そうとするかのように、敢えて無邪気で邪悪ともいうべき笑みを浮かべ、腕を掲げる。
しかしここで言う邪悪は飽くまでも人間の尺度から見た時のこと、自然災害は常に人間の都合など知ったこっちゃないのだ。
氷の壁が質量保存の法則を無視したレベルの大量の雪と化し、壁の内側に雪崩れ込んでいく!
そう、雪崩れ込むという言葉のそもそもの語源、巻き込まれた者全ての息の根を止める、
雪山で遭難が流行らなくなった現代に至っても度々甚大な被害を出す氷雪系最恐の凶悪無比な自然災害――雪崩である。
雪女のホームグラウンドは言うまでも無く雪山。
もちろんここは雪山ではないのだが、先程円形に走ったことで、その内側に自らの領域――結界を作り上げたのだ。

「勝負――アリ!」

勝利を確信したノエルは、橘音に向かっていつもに増してとびっきりのドヤ顔を向けるのだった。
ちなみにどうやって寄木細工掘り出すんだ!?とか後先全く考えていないぞ!

197尾弐 黒雄 ◇pNqNUIlvYE:2018/04/13(金) 13:34:24
最初に人を殺したのは、苦痛から逃れる為であった。
呪具として改造された魂は、製作者の意図に従い動かねば、耐えがたい苦痛が与えられるからだ。

次に人を殺したのは、苦痛を味わいたくないが故であった。
呪具に刻まれた呪いの通りに人を殺せば、自分は痛くないからだ。

更に人を殺したのは、母の温もりを求めたが故であった。
標的(オカアサン)の胎内(ナカ)に戻れば、幸せに生まれ直す事が出来ると思ったからだ。

尚も人を殺したのは、自分が知らない幸せを持つ人間を憎むが故であった。
誰かが自分と同じ様に苦しんで死ねば、少しだけ気持ちが晴れる気がしたからだ。

そうして、次も、次も、次も。

殺して殺して
 殺して殺し。
呪って呪って
 呪って呪い。

やがて異形の霊体(カラダ)を手に入れて
九十九の神と呼ばれる存在に成り果てて
電子の海を揺蕩う、人の噂に力を与えられ
製作者の意図をも超え、とうとう人智を超えた霊災と化した頃

人を殺すのは、人を殺す為となっていた。
自身の力に抗えずに無様に死んでいく人間を見る事に、愉悦を感じる様になったからだ。

百を越える年月を経た、コトリバコ。
『ニホウ』『サンポウ』『シッポウ』
彼等は、時を経て哀れな被害者から本物の怪物と成り果てた。
人を殺す為に殺す、救えぬ怪物と化したのだ。


そして今、その三体の怪物の殺意は一人の男に向けられている。

尾弐黒雄

喪服を着こんだ悪鬼。
腕力と頑強さを武器に、有象無象、魑魅魍魎共を捻じ伏せる悪意と暴力の権化。
その尾弐への奇襲を成功させたコトリバコは、今や尾弐の体を玩具でも扱うかの様に粗雑に――――破砕していた。

呪詛の強酸を浴びせかけ、巨大な腕で頭を掴み、アスファルトへと叩き付け。
脚を掴み振り回し、離れた位置に在る商店のコンクリの壁へと放り投げ。
それを餌を放られた犬の様に追いかけると、その拳で、或いは掴んだ瓦礫で、殴りつけ、踏みつける。
尾弐を破壊する三体のコトリバコ達は、本当に楽しそうに。まるで子供の様に無邪気な笑みを浮かべている。

これだけ壊れにくい玩具を手にしたのは、初めてだったのであろう。
自身の手で命を奪う行為への興奮に、本物の赤子の様な笑い声を挙げる彼等。

198尾弐 黒雄 ◇pNqNUIlvYE:2018/04/13(金) 13:34:46
そのまま絶え間なく暴力は続いていったが……やがて、土煙で尾弐の姿が見えなくなった頃。
コトリバコ達は唐突にその手を休めた。
疲労?慈悲?……否。
彼等は自身が振るった暴力の結果を確認する為に、コトリバコ達はその拳を止めたのである。
彼等が脳裏に浮かべる土煙の向こう光景は、まるで挽肉の様にグズグズになり、力なく絶命している尾弐の姿。
あれだけの呪詛の酸を、暴力を、蹂躙を受けたのだ。丈夫な玩具と言えども壊れない筈が無い。

釣りあがる口元を隠す事も無く揃って、三つ子の子供の様に楽しげに嗤うコトリバコ。

そうして、土煙は晴れる。
向けられる視線。そこには……瓦礫に上半身が半ば埋もれ、力なく首を垂れる尾弐の姿があった。
瓦礫からはみ出た左腕は切り刻まれたかの様に血まみれで、一部の傷は肉の先。白い骨を露見させている。
更にその上半身からは、溶解液の効果であろう。今尚煙が上がっている。

その様子を見た3匹のコトリバコは、思ったよりも損壊が少ない事に若干不満げな様子を見せたが、
それでも再起不能と思うに十分な傷を与えた事への喜びの方が大きかったのであろう。
動かない尾弐の元へ、最後の仕上げ……いざ止めを刺さんと近づいていく。
そうして。とうとう尾弐の前まで辿り着いた『シッポウ』のコトリバコが、
その頭を喰らわんと大きく口を開き――――その直後。


風船が割れる様な音が響き、『シッポウ』の巨大な頭が、消し飛んだ。


突然の事態に思考が付いていかず、動きを止めたのは『ニホウ』『サンポウ』のコトリバコ。
呆然としながらも、原因を探るべくその異形の目を動かし見て見れば、そこには

「……あー、悪ぃな。オジサン、力加減間違えちまったわ」

瓦礫に埋まっていた上体を易々と立ち上げ、数刻前に那須野にデコピンを見舞った時と同じ様に、右腕を前に突き出している尾弐の姿。
いや……同じというには語弊があろう。
何故ならば、尾弐の突き出した右腕。その拳は、鉛の様に黒く禍々しく変化しているのだから。

そう。
加減の無い数多の暴力に晒され、呪詛により生み出された酸を浴びせられて、それでも尚。
尾弐黒尾は、健在であったのだ。
健在であり、尚且つコトリバコを確実に屠る機会を窺がっていたのである。

……コトリバコ達は、気付くべきだった。
最も損壊している尾弐の左腕、その傷が全て、彼らが持っていない『刃物による切傷』である事に。
嬉々として暴力を叩きつけている最中、尾弐が一度も苦悶の声を洩らしていなかった事に。

「さて、いい感じに大将達から見えねぇ程遠くに運んでくれたみてぇだし
 お前らも俺相手に十分自分勝手を楽しんでくれたみてぇだからな……もう、いいだろ」

そうして、瓦礫の山を発泡スチロールか何かの様に易々とかき分け抜け出した尾弐は、そのまま立ち上がり一つ歩を進める。
すると……それに呼応するかの様に、何か得体の知れない感覚に押されたコトリバコ達は、一歩後退した。
更に尾弐がもう一歩進めば、今度は二歩分後退する。三歩、四歩と進める内に、コトリバコが退く歩数は増え。
やがて『ニホウ』と『サンポウ』は、彼らがかつて感じた事のない悍ましい感覚に従い、尾弐へ完全に背を向けると、
急き立てられるかのように逃走を開始した。
それは、奪われた物として発生し、奪うモノとして存在してきた彼らからは縁遠い『恐怖』という感情によって齎された行動であった。

一目散に逃走するコトリバコ……だが、その逃走は直ぐに終わりを向ける事となる。

『禹歩』

那須野が先頃展開したその破魔の結界が、壁となり彼らの前に立ちはだかったのだ。
周囲一帯を覆う破魔の結界であるが……コトリバコ達を含む尾弐の周囲十m程には、
まるで浄化しきれない穢れでもあるかの様に、展開出来ておらず、
それが故に、コトリバコ達は周囲を結界に囲まれると言う、ある種の牢獄に囚われたかの様な状態となったのである

199尾弐 黒雄 ◇pNqNUIlvYE:2018/04/13(金) 13:35:03
「逃げてくれんなよ、怪物共。俺のこの姿は連中に……特に、那須野の奴には見せる訳にはいかねぇんだからな」

退く事の出来なくなったコトリバコは、迫る尾弐に対し暫くの間混乱した様子を見せ……結局、彼等は己の力に縋る事となった。
状況を打開する為に、他者を理不尽に蹂躙する事の出来ていた己の力を信じ、反撃を試みたのである。

先ず行われたのは、『ニホウ』による溶解液の噴射。それは、あらゆるモノを溶かす呪詛の毒である。

「毒で俺を殺りたきゃ――――神さんから貰った酒に盛って飲ませるなりしやがれ」

だが、それは今の尾弐に対しては僅かに皮膚を焼く程度の効果しか齎す事は出来ず……まるで用を成さなかった。
当然である。呪詛は上位の呪詛で塗りつぶせる。ならば、呪詛で出来た溶解性の毒液が、『今の』尾弐に通用する筈が無いのだ。
そのまま尾弐が右手で溶解液を噴き出し続けるニホウの頭を叩くと……まるで巨大な鉄槌でも振り下ろされたかの様に
ニホウの頭は潰れ、地面にめり込んでしまった。

続いて行われたのは、『サンポウ』による巨体を利用した押し潰し。
数百キロはあろうかというその重量は、並みの人間であれば床の染みに出来る程のものである。が

「じゃれ付くんじゃねぇ。いつまで赤ん坊のつもりでいやがんだ。怪物が」

尾弐の右腕一本により、その巨体は受け止められてしまった。
いや、それだけではない。尾弐が力を込めると、サンポウの巨体は中空に放り投げられ、
そのままその胴体を尾弐の拳により貫かれてしまったのである。

そして最後に、尾弐の背後から襲い掛かってきたのは頭部の再生をようやく果たした『シッポウ』のコトリバコ。
シッポウは、最初に奇襲を成功させたのと同じように尾弐の左側面へ向けてその巨大な拳を振るう。が

「不意打ちで首を落とせなかった時点で、お前さん達に勝ち目はねぇよ。諦めろ」

尾弐は、振るわれたその拳を右手で受け止めると、そのままシッポウの指を二本掴み――――骨ごと力任せに引き抜いてしまった。

・・・
かくして尾弐の眼前に広がるのは、阿鼻叫喚。粘液に塗れ、苦痛にのた打ち回る3匹のコトリバコ達の光景。
先程までの愉悦の色は遥か遠く、恐怖と苦痛から逃れようともがき暴れる異形の赤子の姿は、いっそ哀れですらある。
……だが、尾弐はそんなコトリバコ達を見ても眉ひとつ動かす事はなかった。
尾弐は、ただ淡々と。底の見えない闇の様な色の瞳で見据えながら口を開く。

「どんな理由があろうと、自分の意思で自分の望む通りに他人を殺した奴に救いなんてモンがあると思うな。
 人を呪わば穴二つ……人を殺す事を楽しんじまったテメェらは、もう哀れな犠牲者じゃねぇ。
 同情される事すら許されねぇ、立派な『コトリバコ』って名前の怪物なんだよ」

そうして尾弐は、必死に逃げようともがくコトリバコ……『シッポウ』のすぐ側まで近づくと、拳を振り上げ。

「だから――――テメェらみてぇな怪物の相手は、同じ怪物で十分だ」

その胴体へと右手を突き刺し……体内から小さな木箱を、無理矢理に取り出した。

200尾弐 黒雄 ◇pNqNUIlvYE:2018/04/13(金) 13:35:19
尾弐が取り出したその木箱は、他のコトリバコ達のものとは違い、核となる嬰児の魂と呪詛が融合してしまったかの様に変形してしまっている。
まるで心臓の様に脈打ち、色はどす黒く変色しているコトリバコ。
己の体から取り出された其れを、『シッポウ』のコトリバコは必死になって取り戻そうと腕を伸ばすが……その手が届く前に

尾弐の右手は、小箱を握りつぶした。

箱が潰れるのと同時に苦痛の叫び声を上げながらドロドロに溶解し消滅する、コトリバコの異形の赤子としての姿。
だが尾弐は、その悲鳴すらも気にする事は無く、『ニホウ』『サンポウ』と、順々に小箱を破砕していく。
コトリバコの体液に塗れながら、無表情に淡々とその作業をこなしていく尾弐の様子は、
ある意味ではコトリバコよりも余程怪物じみていた。




そうして、3つのコトリバコを破壊した尾弐は……そのまま、ドサリと瓦礫へと座り込んだ。

「あー、痛ぇ……年甲斐も無く気張り過ぎたかねぇ」

いかな頑強な尾弐とはいえ、あれだけの攻撃を受ければ流石に完全に無傷とはいかない。
最も大きな傷は破魔の刃を作る為に自分で切り刻んだ左腕だが、それ以外にも小さな傷が、尾弐の全身の皮膚に刻まれている。
着込んでいた喪服も一部を残してすっかり融解してしまった為、ブリーチャーズの面々と合流する前にそこらの店で現地調達する必要があるだろう。

「まあ、それでも……こんだけの『呪詛』の塊を喰らえば、ちったぁ目的に近づけた、かね」

そう呟いた尾弐は、自身の右手……先程まで黒く変色していたその拳に一度視線を落とし、黙りこんでいたが、
……暫くして、他のブリーチャーズの面々が戦闘を行っているであろう区域へと視線を向ける。

「ムジナの奴に任せた以上、万が一にも死人が出る様な事はねぇだろうが……一応、急いで戻るとするか」

そう言って、立ち上がる尾弐。
道中の無人と化した服飾店でレザージャケットを勝手に借り受けた彼は、大分距離が開いてしまった仲間たちの元へと向かう。

201品岡ムジナ ◇VO3bAk5naQ:2018/04/13(金) 13:35:43
ずだだだだ、と不格好なガニ股走りでロッポウから逃げる品岡。
無論敵から目を背けて無防備を晒しているわけではない。ちゃんと背中に目を生やしている。
追って飛んでくる粘液を目視し、ジグザグに動いて躱しながら疾走する。

「あかん息切れてきた……!煙草やめよっかなもう……!」

タールに塗れた肺が酸素を求めて律動し、水際の金魚のようにパクパクと喘ぐ。
肉体疲労とは無縁の妖怪と言えど、今日は朝から色々妖術を使いすぎた。
元々そこまで妖力の残高に自信のあるほうでない品岡は露骨に足運びの精彩を欠く。
ロッポウの足音がすぐ背後まで迫ってくる……!

>「――スリップ」

横合いから鈴の鳴るような声がしたが早いか路面が突如凍りつき、疾走していたロッポウが足を取られた。
重量感のある転倒の音が響き、走りながら吐いていたゲロが明後日の方向に飛んで街灯を溶かす。

「でかした優男!」

出現したアイスバーンの主は、何故か精肉屋の庇の上でチューブ容器を名残惜しそうにちゅうちゅう吸っているノエル。
涙の出るような好アシストだった。
思わぬ加勢に調子を取り戻した品岡は振り向きざまに、抜け目なく再装填を終わらせていたトカレフを撃つ。
二発、三発。相変わらずの糞エイムで無駄玉が遠くを穿つが、一発がロッポウの右半身に命中した。

「よっしゃ、弾ぜろやクソガキ!」

間断なく妖力を遮断し弾頭の形状変化を解除、廃車のフレームに復元する。
体内で異物を膨張させられたロッポウはイッポウと同じ末路を――辿らなかった。
廃車はロッポウのすぐ後方に現れた。

「なんやと……!」

着弾観測から弾頭の復元、その一瞬の間隙を縫って、ロッポウは被弾箇所を自らえぐり取ったのだ。
虚空に放られたロッポウの肉片が、出現した廃車によって押し潰される。
深く抉られた傷口からは緑の体液が溢れ、それが地面を焦がす頃には傷が塞がってしまった。
ケ枯れには、至らない。

「そら学べ言うたのはワシやけど……適応早すぎるんとちゃうか」

イッポウがケ枯れさせられた原因を即座に理解し、その対策まで完璧にやってのける。
最悪の霊災、最凶呪具の付喪神。わかりきっていたことではあるが、やはり怪異としての格が違う。
ヒトを殺す為の呪いは、より効率よく殺す為に――殺し続ける為に、進化を続けている。

――!…………――!!!

ロッポウは吠える。
その轟きにイッポウのような品岡を揶揄する響きはなく、純粋な己を鼓舞する叫び。
味方を破壊され、孤立し、自分を滅ぼせる相手とおそらく初めて対峙したコトリバコに、最早愉悦の色はない。
ただ人間を嬲り殺すだけだった呪詛の化身が、己が敵を滅する戦士と化し始めていた。

「しんどいなぁ、付き合いきれんわ。ちゅうても見逃してくれるわけやないよな。
 ええで、とことん付き合うたるわ。……大人やからな」

ボコ、ボコ、ボコ……と地面に穿たれた複数の穴から廃車のフレームが生える。
それらの圧縮に使っていた妖力を止め、わずかではあるが回復はできた。
氷の棘付きスレッジハンマーを片手で構え、重心を落とす。

「……行くでコトリバコ、ジブンの好きなじゃれ合いや」

202品岡ムジナ ◇VO3bAk5naQ:2018/04/13(金) 13:36:19
刹那、品岡の姿がロッポウの視界から消えた。
十歩ほど離れたアスファルトが擦れる音、一瞬だけ現れた品岡が更にブレて消える。
品岡の姿を捉えたロッポウが粘液を吐く頃には最早的はそこにない。
形状変化で足の骨を強力なバネに変え、鞠のように跳ね回っているのだ。

「っつおらぁ!」

バネの加速そのままに、横合いからハンマーがロッポウの顔面を捉えた。
氷の棘が赤子の表皮を一瞬で凍結させ、次いで打撃がそれを砕く。
そうして二度、三度と少しづつではあるが、確実にコトリバコの体積を削いでいく。

「修復する隙なんぞやるかいな」

祈ほどの強烈な速力はないが、ロッポウの反応速度を超えられればそれで十分。
復元弾頭のように一撃では仕留められなくとも、このまま一方的な攻勢に持ち込み続ければ、いずれはケ枯れさせられる!

ロッポウが息を吸い込んだ。粘液を吐く予備動作だ。
しかしその射出口たる巨大なあぎとは明後日の方を向いている。
コトリバコの恐るべき学習能力が、品岡の機動力をバネによる直線的なものと見抜いた。
彼の一瞬後の位置を予測してそこ目掛けて粘液を吐きかける。
果たして、放物線を描く粘液の先に品岡が現れた。

「浅いわ」

地面のアスファルトがめくれあがり、粘液に対する壁となった。
溶けゆく壁の向こうからハンマーが飛び、コトリバコの下顎を砕いた。
痛みに悲鳴じみた叫びを上げながらもロッポウの両眼は品岡を睨めつける。
ボコンボコンと身体を蠕動させながら赤子の唇が蕾のようにすぼまった。

(何するつもりや……距離開けたほうがええな)

ただならぬ動きに警戒する品岡は二歩、三歩とバネ足でバックステップ。
踏んだ地面が隆起し、都合三枚の壁が品岡とロッポウの間に形成された。
ロッポウの身体がかつてないほどに、体積にして倍ほども膨れ上がる。
キィ……と甲高い音で鳴いて唇から粘液が噴き出した。

「それしかできんのかい、芸が無いのぉ――」

鼻で笑った品岡の右腕に激痛が奔った。
さながら水鉄砲の要領で射出口を狭め速度と圧力を増した粘液が三枚の壁を一瞬で貫通し、その先の品岡を撃ち抜いていた。

「あ……?ああああああああっ!?」

圧縮粘液に穿たれた右腕が毒々しく変色し、煙を立てながら腐食の範囲を広げていく。
品岡はたまらず情けない悲鳴を上げながら左手で右の腕を掴み、形状変化で引き千切って捨てた。
握ったスレッジハンマーごと地面に放られた右腕が、溶解してアスファルトの染みと化した。

「前言撤回や。頭使っとるやないか……」

自切した右腕が戻らない。コトリバコの呪いの一部が残っているのだ。
形状変化で強引に腕を作ることも考えたが、残り少ない妖力を無駄には出来なかった。
品岡は潔く腕を諦めて再び走る。彼のいた場所にロッポウが轟音を立てて着地した。

「おのれが……!」

残った左腕で拳銃を撃つ。利き腕を失い回避しながらの射撃では当然当たらない。
ロッポウが距離を詰める。牽制に鉛玉をばら撒きながら少しでも距離を取る。
趨勢は完全に逆転し、品岡は防戦一方だった。
片腕でできる攻撃などたかが知れているし、何よりノエルの妖術のかかったハンマーを落としたのが痛い。
現状コトリバコに対して有効な打撃の放てる唯一の武器だった。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板