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オリロワ2014 part3

1名無しさん:2018/01/14(日) 01:05:46 ID:/mu.QANY0
ここは、パロロワテスト板にて、キャラメイクの後投票で決められたオリジナルキャラクターでのバトルロワイアル企画です。
キャラの死亡、流血等人によっては嫌悪を抱かれる内容を含みます。閲覧の際はご注意ください。

まとめwiki
ttp://www59.atwiki.jp/orirowa2014/pages/

したらば
ttp://jbbs.shitaraba.net/otaku/16903/

前スレ
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/14759/1416153884/

参加者(主要な属性で区分)
0/5【中学生】
●初山実花子/●詩仁恵莉/●裏松双葉/●斎藤輝幸/●尾関裕司
2/10【高校生】
●三条谷錬次郎/●白雲彩華/●馴木沙奈/○新田拳正/○一二三九十九/●夏目若菜/●尾関夏実/●天高星/●麻生時音/●時田刻
0/2【元高校生】
●一ノ瀬空夜/●クロウ
0/3【社会人】
●遠山春奈/●四条薫/●ロバート・キャンベル
0/3【無職】
●佐藤道明/●長松洋平/●りんご飴
1/3【探偵】
●ピーリィ・ポール/○音ノ宮・亜理子/●京極竹人
0/3【博士関連】
●ミル/●亦紅/●ルピナス
1/3【田外家関連】
○田外勇二/●上杉愛/●吉村宮子
0/5【案山子関連】
●案山子/●鴉/●スケアクロウ/●榊将吾/●初瀬ちどり
0/2【殺し屋】
●アサシン/●クリス
0/6【殺し屋組織】
●ヴァイザー/●サイパス・キルラ/●バラッド/●ピーター・セヴェール/●アザレア/●イヴァン・デ・ベルナルディ
2/3【ジャパン・ガーディアン・オブ・イレブン】
○氷山リク/●剣正一/○火輪珠美
0/3【ラビットインフル】
●雪野白兎/●空谷葵/●佐野蓮
0/2【ブレイカーズ】
●剣神龍次郎/●大神官ミュートス
2/6【悪党商会】
○森茂/●半田主水/●近藤・ジョーイ・恵理子/●茜ヶ久保一/●鵜院千斗/○水芭ユキ
1/8【異世界】
●カウレス・ランファルト/●ミリア・ランファルト/○オデット/●ミロ・ゴドゴラスⅤ世/●ディウス/●暗黒騎士/●ガルバイン/●リヴェイラ
0/5【人外】
●船坂弘/●月白氷/●覆面男/●サイクロップスSP-N1/●ペットボトル
1/2【ジョーカー】
○主催者(ワールドオーダー)/●セスペェリア

【10/74】

7悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:24:29 ID:/mu.QANY0
戦場を離れたユキたちが身を隠したのは小さな診療施設だった。
扉には鍵がかかっていたが、男が手をかざすと不思議と鍵が開き扉はすっと開かれた。
備え付けのスリッパに履き替えることもなく土足のままキィキィとなる薄い木の床を軋ませながら受付を通り過ぎる。
待合室を抜けて奥の診療室へと足を運ぶと、そこにはこの城の主が座っていたであろう丸い椅子と整頓され薬品やノート並べられた机があった。
そして部屋の片隅には、患者を寝かせる小さなベッドが置かれていた。
そのベッドの上へと抱えていた九十九をそっと寝かせる。

「鼻の骨が折れているようだ。道すがら応急処置はしておいたが、脳震盪も起こしているようだから無理はさせないようにね」

声をかけた方向からカタンという音が響いた。
フローリングの室内にローファーの足音を鳴らし、狭い診察室の入り口に立ち尽くす雪のような少女。
声をかけられても少女は俯いたまま。
暫くの沈黙の後、ようやくその口を開いた。

「どうして?――――お父さん」

付していた顔を上げる。
そこでようやく真正面から男の顔を見た。
厳つい顔に似合わぬ優しい目。
この目が悪党っぽくないからっていつもサングラスをしてたから、素顔は久しぶりに見た気がする。
その男は間違いなく森茂、その人だった。

「どうして、とは? 俺がここにいる事に対してかい? それともキミを助けたことかな?」

正直、そのどちらもだ。
移動している間に少しは頭も冷えるかと思ったが、考えが纏まらず混乱は増すばかりである。
拳正と闘っているはずの森がこちらにいるのは明らかにおかしいし、ユキを殺そうとした森がユキたちを助けるのもおかしい。
どう考えてもこの状況は、何もかもがおかしかった。

「そうだねぇ。まずはこの俺に関して答えようか」

混乱するユキを急かすでも突っぱねるでもなく。
絡み合った糸を紐解く様に、森はその疑問に一つ一つ答えてゆく。

「どうやら俺は増えたらしい。いや増えたと言うより分裂したの方があってるかな」
「分裂…………? …………あっ」
「どうやら心当たりがあるようだね」

俄かには信じがたい話だが、分裂と聞いてロバート・キャンベルに託されたナイフがそういう物だったことを思い返す。
そのナイフを九十九に預けたのは他ならぬユキだ。
九十九が森に切りかかったあの時、傷はつかずとも分裂体は生まれていた?

「俺がキミを助けた理由だが…………キミは俺の家族だ。家族を助けるのに、理由がいるかい?」

理由など必要ない。家族なのだから。
助け合うのは当たり前。
それは彼らの育った孤児院の理念である。
そうやって皆は育てられたのだ。

「けど…………ッ!」

だけどそれは違う。
つい先ほど否定された。
森は自らが優勝を目指すと公言しユキを殺そうとした。

「最初から、家族なんかじゃなかったッ…………それが真実だったのよ」

ロバートのノートに書かれた通りだ。
森にとってユキたち孤児院の子供達は道具だったのだ。
それが真実。

「それは違う」

だが違うとはっきりとした声が否定する。

「誓ってキミを、キミ達を愛している」
「…………嘘よ」
「嘘じゃない、本当さ」

その言葉に嘘はないと繰り返しのように告げる。
もう諦めたはずの心が波を打つ。
こうも心を揺さぶるのは森が稀代の詐欺師なのか、それとも本当に……?

「いいかいユキ。そもそもキミの知りたい真実とはなんだ?
 それは本当に君の求める真実なのか?」
「それは…………」

確かに、森がユキたちを利用しようとしていたとして、それでどうなるというのか。
森に悪意があれば全てが嘘になるのか。
新たな家族ができて、仲間出来て、親友と呼べる友達に囲まれ幸せだった。
それら全ても嘘なのか。

それは違う。
そうではない。

8悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:24:55 ID:/mu.QANY0
真実を知ろうとしたのはロバートの意思だ。
その死の原因となったユキにはその遺志を継ぐ義務がある。
だから追い求めようとした、何よりユキに関わることだ、知ろうとするのは当然の事である。
だけど遺志を継いだつもりでロバートの求めた真実とユキが求めた真実だって別のモノなのかもしれない。

自分は、自分たちは本当に愛されていたのか。
その愛は本物だったのか。
結局のところ、ユキが知りたかった真実はそれだった。
それが否定されてしまう事こそ何よりも恐ろしかったんだ。
だから最初から森はそれだけを答えていた。

「なら、あっちのお父さんはそうじゃないの…………?」

他の方法がなかった訳でもなく、生き残るためでもなく。
多くの手段からユキを殺す選択肢を選んだ。
だが残酷なその問いに父は優しく首を振る。

「いや。同じさ。あっちの俺もキミのことを大切に思っている」
「だったら…………! どうして………………?」
「君が大切だからこそ、殺さねばならない」

その結論がどうしても分からない。
生き残るためにそれしかないというのなら理解できる。
仕方ないと諦めもつくだろう。

だが、そうではない。
それではまるで、森がユキを殺したがっているようではないか。

「そう、それもまた真実だ。俺はキミを殺そうとしている」

同じ口で対極の真実を語る。
なにが真実なのかユキには分からない。
そもそも真実とは何だ。

「真実など追い求めたところで意味はないのさ。
 真実は一つではないし、別の真実で覆い隠されることもある。
 一つの真実だけで結論を得ろうなどとそれこそ無理な話だ」

真実ほど曖昧なものはない。
主観よって変わることもあれば、時や場合でだって変化する。
そんなものを追い求めても意味はない。

「重要なのは理解して受け入れ、自分の中でどういう意味を持つのか、何がベストなのかを決断する事だ」

ユキを殺そうとする森茂もまた森茂であり。
ユキを助けようとする森茂もまた森茂である。
そのどちらも嘘ではない。

どちらが正しいか、などという一枚岩の真実など存在せず。
どちらも正しいという、矛盾した真実があるだけだ。
一面を切り取りその人を理解することなど出来るはずもない。

「なら、せめて理由を教えて。どうして優勝を目指そうと思ったの…………?」

何事にも理由はあるはずだ。
特に、ユキのよく知る森茂という男は理由なく行動する男ではない。
森が本当に悪人だったとしても、騙されていたとしても、せめて納得がしたい。

「言ったろ、世界のためだ」

つい先ほど一二三九十九の問いに答えた通りだ。
この決断は誰のためでもなく世界のためである。

森の掲げる壮大な理想は悪党商会の上役ならば全員が知っていた。
悪党商会加護下の孤児院で育ったユキもまた理解している。
その為にユキ達全員の死が必要?

そうなると逆に分からなくなる。
自分を殺す事にそれほどの価値があるのか。

9悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:25:15 ID:/mu.QANY0
「世界のバランスを取るために、優勝しなくちゃいけないってこと…………?」
「少し違う。取り戻したかったのさ、俺は。この殺し合いはいい機会だった」
「取り戻したかったって、何を?」
「――――――決意をさ」

この世界には世界を捻じ曲げようと言う悪意がある。
その悪意から世界を守護らねばならない。
そう誓った、その決意を。

世界を守護る。それは人の身に余る偉業である。
人を捨てなければ大業は為らない。
故にモリシゲは捨ててきた。
情を、人間性を、不要なあらゆるものを捨ててきた。
そして世界を維持し続けてきた。
今こうして世界が成り立っているのは森のおかげであると言っても過言ではない。

「俺はこれまでそうやって来た。これからもそうするためにこれは必要な行為だ」

世界のバランスを取り永劫を管理する。
その為のナノマシン技術による延命計画。
肉体は体組織を作り替えれば維持できる、不老不死もいずれ遠くない未来に可能となるだろう。
だが、精神はそうはいかない。

つまるところ――――彼は疲れたのだ。
世界のため人間性を捨て続ける日々に。

最初から非人間であったのならばよかったのかもしれない。
だが彼は愛に満ちた男だった。
恋人を愛し、家族を愛し、仲間を愛し、隣人を愛する。
そんな当たり前の人間だったのだ。
そもそも彼が非人道的な人間だったのなら、こんな理想など持たなかった。

後継者の育成はもしもの時の保険と言う意味もあったが、この役目を譲り渡してしまいたいという弱さでもあった。
半田は優秀な技術者だったが人間性がまとも過ぎた。
恵理子は人間性を捨てれる女だったが世界の維持を任せるには過激な所があった。
茜ヶ久保は一番見込みがあったのだが、少し頭が悪すぎた。
詰まる所、得られたのはこの道を歩むのは森茂しかいないという結論だった。

やるしかないのならやるだけだ。
だが、家庭を作り、子を為し、孫も出来た。
人間的な幸福を得れば得るほど理想からは遠ざかる。
人の身で人の域を超えた理想は叶えられない。

何よりも許しがたかったのが。
そんな生き方も悪くないのかもしれない、などと言う考えが一瞬でもよぎった己自身だ。
許せなくて許せなくて許しがたい。
そんなことはこれまでの森茂が許さない。
切り捨ててきた全てのモノが許さない。

だからこそ、取り戻したかった。
そのためには、

「一番護りたい人(モノ)を壊さねば護れない理想(モノ)がある」

大切なモノのために大切なモノを切り捨てる。
それが森の決意だ。

「矛盾してるわ…………そんなの」
「そうだね」

だがそんなものだ。
そもそも人間は矛盾している。
清濁併せ持っての人間であり。
聖人にも憤怒があり、悪人にも慈悲がある。
一面を切り取りその人間を理解したなどとそれこそ傲慢だ。
世界にも人心にも善と悪があり全てはバランスが大切なのだ。

10悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:25:56 ID:/mu.QANY0
「だがそれでいいのさ。その矛盾を飲み込み、悪と知りながら悪を成す。
 故に我らは名乗るのだ――――悪党と」

一つの信念を錆びず変わらず長年持ち続けらるのならば、それは正真正銘の怪物だ。
あるいは、とっくに壊れているのか。

「さて、少し口を滑らせすぎたかか。あの娘に中てられたようだ」

ベッドに寝かした九十九を見つめる。
唯一使用したロバート・キャンベルが自分自身を分裂させるという例外的な使用法であったため表立つことはなかったが。
生み出された分身体は基本的に産み出した者の味方であり、僅かながらその影響を受ける。
その僅かが、こちらを選んだ森茂とあちらを選んだ森茂の行動を分けたのだ。

「滑らせついでに謝ってしまうと、キミの両親が死んだあの襲撃、あれは俺のせいだ。
 詳しくは言えないが、キミ達家族が襲われたのは俺の因果に巻き込まれたからだ。これに関しては恨んでくれてもいい」

散々心を乱してきたユキだが、その告白に対してその心中に意外にも驚きはなかった。
きっと心のどこかでそんな気はしていたからだろう。
たまたま襲われていたところに都合よく駆けつけるなんて、そんなことがあるはずがない。

「なら…………お父さんが私を気にかけてくれるのは、その責任を感じているから?」

それでも恩人であることには変わりなく、それに関して責任を感じていることは理解していたから。
責める気にも恨む気にもなれなかった。
ただ、注がれた愛が同情や責任によるものだったなら、それはあまりにも悲しすぎると言うだけで。

「いいや、違う。まるっきり関わりがないという訳ではないが、そういう責任からではないさ。
 家族に会いを注ぐようにキミに愛を注いできたつもりだ」

ギュッと両手で手を握りしめられる。
暖かい手。
大好きな、ユキにとって陽だまりのような手。
ユキに世界を教えてくれた温もり。

「俺は行くよ、あっちの俺を何とかしないと。キミはどうする?」

名残惜しくも、温もりが離れる。

「俺と一緒に戦ってもいい、ここで何もしないのもいいだろう。何だったらあっちの俺に味方するのもいい。
 何もかもキミの自由だ、自分で考えて好きにしたらいい」

ロバートの話、森の話、もう一人の森の話。
それらを知ってどうするのか。
何を考え、どういう答えを持つのか。
ユキの決断を、問うていた。
教え諭す父のように。

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11悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:26:33 ID:/mu.QANY0
「あんだテメェら、双子かぁ?」

眉にしわ寄せ少年が、訝しげな声を上げる。
それは奇妙な光景だった。
同じ顔をした男が、同じ声、同じ仕草で対峙している。
一卵性双生児であればそれもあり得るのだろうが、よもや生き別れの兄とここで出会ったいう事もあるまい。

どちらにも対処できるよう、それぞれを頂点にして三角形を描く位置へと距離を取る。
苦戦を強いられている中、同レベルの敵が増えたとなれば、さしもの達人とはいえ少々厳しい状況となるのだが。
ちらりと先程まで争っていた方の様子を窺うが、どうやら乱入者にこちら以上に驚いている様子である。
少なくとも味方の増援を待っていた、という雰囲気ではなさそうだ。

「…………君は、誰だ?」
「尋ねずともわかるだろう? 悪威を着ている以上、幻覚や幻影ではないという証明は成されている」

悪威の万能耐性は精神耐性まで含まれる。
逆説的に目の前の存在が夢幻でないという証明となっていた。

目の前に現れた『自分』を見る。
失ったはずの右腕も健在。
体の傷もかつて刻まれた古傷ばかり。
それはこの会場に来たばかりの森茂の姿その物だ。

幸いと言うかなんというか三種の神器まではないようだ。
と言うより衣服すらなく、加えて言うなら首輪もない。
体内ナノマシンを表面化させ、全身を黒い鎧で覆っているようである。

「クローン? それともコピーか、まさかドッペルゲンガーやスワイプマンという訳じゃあないんだよね?」
「さて、そんなことはどうでもいい事だろう」

その言葉の通りだ。
過程など意味がない。
こうして目の前に立ち塞がっていると言う事実の前には全てが無意味だ。

「俺が、俺の前に立ちふさがるのかい?」
「そういう事だね」
「俺なら俺のしようとしている事が理解できるはずだろう?」
「出来るとも。だが、お前にも俺が理解できるだろう?」
「……そうだね。その通りだ」

互いが互いを誰よりも理解している。
己の事なのだから当然だ。
どれほど頑ななのかだって嫌になるほど理解している。
その上で譲れないのだから、殺し合うしかないのだろう。

二人の森茂の間に剣呑な空気が流れる。
分身体は、さりげなく風上へ移動しており悪刀の粒子化対策も万全だ。
なにせ相手もモリシゲなのだ、当然のように三種の神器の特性も弱点も誰よりも理解している。

だが、足りない。
知識程度で覆せるほど、装備の差は小さくはない。
素手では完全装備たる三種の神器に及ぶはずがない。

「なにせ俺は凡才だったからねぇ。装備に頼るしかなかったのさ」
「そうだね、だからまあ今は、数に頼るさ」

拳正がザッと地面を踏み鳴らし、三種の神器を構える森へと向き直た。

「よくわからねぇが、そっちの色眼鏡のねぇ方は味方ってことでぇいいんだな?」
「そうなるかな。共闘はお嫌いかい?」
「いや、構わねぇさ」

本来の師匠の気質なら断っていたのかもしれないが、弟子はその辺に拘りがない。
勝利に対する認識の違いだ。
それがこの師弟の一番の違いである。
目の前に立ちふさがる二人を眺め、森がサングラスの奥の眼を細める。

「まったく次から次へと、何者かの意思を感じるねぇ」

学生三人を殺すだけの話が、いつの間にやら伝説の拳法家を相手取り、自分の分身まで出てくる始末だ。
雪だるま式に状況が悪くなる、まるで天の意志が自らを殺そうとしているようだ。
こうも想定外の邪魔が入るとそのようなものを感じざる負えない。

「……さて、そう言えばアイツ曰く俺は倒される側だったか。
 とするならば、アイツが望んでいるのはこういうものか。
 そうなると、誰のためのという事になるが…………まあいい」

得体のない思考を打ち切る。
あの男の目的など、探ったところで得るものなどない。
だが思い通りになるのも面白い話ではない。

「そう思い通りにいくと思うなよ」

ここにいない誰かに向かって悪態をつく。
確かに二人掛かりと言う点は脅威だが、既に悪威は達人の技を学習し、装備のない森茂は脅威ではない。

12悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:27:27 ID:/mu.QANY0
「そちらが二人なら、こちらも二人でいくまでだ」

言って。荷物の中らから首の消失した死体を引きずり出した。
一見すればただの猟奇死体だが、その死体が何であるのか、もう一人の森にはすぐさま理解できた。
何せよく弄った体だ、見覚えがあって当然と言える。
それは一億人に一人のナノマシン適合者、鵜院千斗の死体だ。

その死体の全身にふつふつと黒い斑点のような穴が開き始める。
まるで大量の虫に喰われていくように肉体が欠けて行き、最後には骨すら残らず消え失せた。

「おやおや。もったいないねぇ」
「そう言わないでよ。命あっての物種ってね」

ナノマシン適合者の死体。
元より研究材料としても持ち帰るつもりだった代物だが、見方を変えればそれはナノマシンの詰まった宝物庫であるという事だ。
その死体を悪刀によってバラバラに解体して体内に取り込めば、一時的なドーピングとして利用できる。
適合率と首輪による制限がある以上、パワーアップとはいかないが消費した不足分程度は補えるだろう。
そして、これだけあれば切り札が切れる。

「では、早々に終わらせよう。所詮君たちは俺にとっては前哨戦だ」

強敵に取り囲まれながら大胆にもそう言い放ち、森が左腕にはめ込まれた砲を構えた。
消滅砲『悪砲』
あらゆるものを消し飛ばすその一撃ならばなるほど早期決着にはうってつけだ。

だが、それはあくまでも当たればの話である。
どのような一撃であれ、来ると分かっているのならこの達人は躱す。
悪砲の特性を理解している森も同じく、そう簡単に当たりはしないだろう。

そんな事は砲撃手だって理解している事だ。
だというのに、ここで悪砲を構えたという事は。

「なるほど、いきなり切り札を切ろうという訳か」

もう一人の森がいち早くその意図を察する。
知識のない拳正には何が起ころうとしているのか分からないが、ただことではない気配は察せられる。
発動前に潰すか、引くか。
拳士の直感は後退を選んだ。

「賢明だ、あれに近づくのは旨くない」

同じく距離を取った森がそう評する。
瞬間、悪砲の引き金が引かれる。

だが、地を劈く爆発音は鳴り響かなかった。
漆黒の悪砲からは砲弾が放たれるのではなく、白く輝く刃が出現したのだ。

否。それは光り輝いているのではない。
そこには”何もない”のだ。
何もかもを消滅させ、闇すらも消滅させた結果、残った無が白く輝いて見えるだけ。

――――――消滅刀『悪無(アクム)』

悪砲による消滅砲を悪刀の刃で固定する。
悪威を着ていなければ使い手すら消滅に巻き込まれる、
消滅砲を固定する悪刀は常に消滅し続けているため、長くはもたない。
三種の神器が揃った時にしか使えない、正真正銘森茂の最強最後の切り札である。

全てを呑み込む白い闇。
その刀を中心として周囲の景色が歪む。
いや、それは歪みなどと言う次元ではない、空間が捻じれ曲がっている。

そして暴風が吹き荒れた。
周囲の風がその刀に吸い込まれて行き、その結果暴風が生まれているのだ。
もはやあれは顕現した奈落その物である。

「――――さあ始めようか」

子供くらいなら吹き飛ばしてしまいそうな暴風吹き荒れる中、悪党が開始を宣言する。
この程度の風で怯む二人ではないが、一瞬だけ出遅れた。
暴風を付き従え、先手を取って悪党が迫る。

狙いは拳正だ。
空間を歪ませながら斬撃が奔る。

だが、砲撃を捨て剣戟に出たのは悪手だろう。
近接戦ではこの魔拳士を上回ることなど不可能である。

13悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:28:23 ID:/mu.QANY0
とは言え、触れるものすべて消し去る消滅刀は防御はおろか受け流す事すら許さない。
選択肢はただ一つ避ける事だけ。
魔拳士は振り下ろされた斬撃の軌道を見切り、紙一重で身を躱す。
そして反撃へと転じようとした所で、その体がクンと消滅刀へと引き寄せられた。

「な…………ッ!?」

暴風に巻き込まれているからではない。
消滅した空間が損失を補填するように周囲を常に取り込み続けているのだ。
紙一重での回避では空間ごと巻き込まれる。

そう気付いた時にはもう遅い。
白い闇に引き寄せられる。
この刃に触れればあらゆる存在、それこそ剣龍龍次郎であれ消滅は避けられない。

だが、一瞬の後に巻き込まれんとする拳正の体が、横合いから蹴飛ばされた。
拳正と入れ替わる様にして、割り込んだのはもう一人の森だ。
その危険性をよく知る森は蹴り飛ばした反動で躱すが、完全とはいかず消滅に巻き込まれ僅かに皮膚の表面が剥げる。
赤い肉が露わになりそこからふつふつと血が沸き立つ。

だが直後。ボコボコと剥がれた皮膚の表面が泡立った。
傷口が塞がって行き、一瞬で修復され、黒い膜でおおわれる。

首輪がないという事はナノマシンの活動に制限がないという事だ。
三種の神器はなくともこちらのモリシゲには人の域を超えた異常再生がある。

「ああっ。俺ってメンドクサイなぁ…………ッ!」
「まったく気が合うね、俺もそう思うよ……ッ!」

そう言いながら、もう一人の森は引く。
反撃したところで悪威は越えられない。
今の森にはダメージを与える術がない。

ダメージの通る可能性があるのは二つ。
一つは悪威を避けた無防備な顔面への攻撃。
これは相手側も理解しており、常に強く警戒しているため難しい。
消滅刀の存在によりその難易度はさらに上がった。
相手が森茂ともなれば不可能ともいえる。

そしてもう一つは達人の打。
悪威の耐性にすら存在しない領域の武。

先ほど蹴り飛ばされた拳正はすぐさま立て直しており、どころか攻撃は既に完了していた。
冲捶を牽制として、本命たる肘打を打ち込む。
猛虎硬爬山。かつて李書文が牽制にて敵を屠り、无二打と謳われる元となった絶技である。
だが、しかし。

先ほどは一歩引かせた。だが今度は遂に一歩たりとも動かなかった。
まるで打撃を巨大な釈迦の腕に掠め取られたような手応え。
体勢の崩れない相手から反撃の刃が飛ぶ。
空間ごと食い破るその斬撃を、達人は先ほど同じ愚を犯すことなく大きく身を引いて躱した。

「おっと、流石に君には当てづらいねぇ」

お互い無傷の痛み分け。
体術においては達人の技量は圧倒的であり、モリシゲをしても捉えるのは難しい。
その事実は変わらない。
だが、この攻防で勝敗はどうしようもなく決定づけられた。

学習は完全に完了した。
もはやこの先、どう間違っても八極拳は通らない。

こちらからは何をしてもダメージは与えられず、向こうの攻撃は掠っただけでも一撃死。
これでは勝負として成立していない。
地上最強の達人と裏世界を牛耳る悪党の現身の二人がかりですら戦いにすらなりはしなかった。
三種の神器を揃えた大悪党相手に勝ち目などどこにもありはしない。

「少年。拳正くんだったか、いや今は違うのか」
「いやあってるよ」

そんな状況の中、横合いのもう一人の森が拳正に話しかけてきた。
同じく降霊を行った少年のように降ろした存在に精神性が引き摺られているが、ここにいるのはあくまで拳正だ。

「俺ならナノマシンに干渉して悪威の耐性を無効化できる、一瞬だけどね」

悪威の完全耐性が完璧ならば、そもそもその完全耐性を発動させなければいい。
同じDNAを持つ分裂体ならば認証情報を誤魔化して干渉できる。

「そのためには悪威に直接触れなきゃならないんだが、正直今の俺じゃ難しい。
 だから、その隙を作ってほしい、まあそれで俺は死ぬだろうけど、気にせず攻撃してくれ」
「我知道了。心得た」

あっさりと了解を告げると、達人は駆けだす。
だが、隙を作ると言ってもどうするのか。

14悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:29:04 ID:/mu.QANY0
悪無を潜り抜け打を放つことは出来るだろう。
だが、体勢を崩そうにも崩せない。
何一つ衝撃を受け付けない相手に恐らく投げ技も通じまい。
こうも警戒されては頭部を狙うのは無理だろう。
ならばどこを狙うのか。

坦。と地面を蹴って懐へと踏みこむ。
暴風と共に迎え撃つ消滅刀。

暴風の中で息を吸う。
呼吸は力の源だ。
丹田に込めた力を爆発させるように息を吐き発勁を高める。

悲鳴のようなうなりを上げて振り下ろされる消滅刀。
それに合わせる様に拳を合わせた。

狙いは一つ。ただ一点頭部以外にも悪威に守られていない個所がある。

――――白い闇を吐き出す左腕に填められた悪砲そのものだ。

悪砲はナノマシン技術を応用した超合金によって構成されているが、悪威のような自動耐性を兼ね備えているわけではない。
並みの攻撃で破壊されるような強度ではないが――――では並みではない攻撃ならばどうか。

瞬間、大爆発が起きた。
砲撃のような一撃に悪砲が大きく軋みを上げる。

「………くぅッッ!!」

武器を持つ手を強かに弾かれ、森の体勢が完全に崩れた。
だが同時に拳正の拳の皮が剥げ、漏れ出した血液が吸込まれていくように消えてゆく。
消滅刀の周囲は常に空間が消滅している。
その発生源である悪砲を素手で殴れば被害は免れない。

そこに駆け寄る黒い影。
体勢は崩れた。
悪威の自動重心制御があるため、体勢を立て直すまで1秒とかかるまい。
故に勝機はこの1秒。

胸の中央にそっと手がかかった。
指先が青く輝く、強制的にナノマシンを接続しハッキングを開始する。
セキュリティブロックを同一であるDNA情報により正面から突破。
如何にドーピングしたとはいえ制限がある以上、一度に使用できるナノマシン量に関しては分裂体の方が上だ。
物量で使用者を誤認させ、機能にバグを流し込み、権限をこちらに上書きする。

「ちィ………ッッッッッ!!!」

慌てた様に森が弾かれた消滅剣を引き寄せる。
だが、悪砲は特大の衝撃を受け軋みを上げ、崩れ落ち始めている。
このような状態で無理な運用をすればどうなるか。

一瞬、消滅刀の白が輝きを増した。
否。これは輝きなどではない。全てを呑み込む消滅の渦だ。
悪砲ごと森の左腕を巻き込みながら暴発した渦が広がる。

その消滅の渦に巻き込まれながらも、ハッキングを続けるもう一人の森は手を止めなかった。
それすらも織り込み済みと言った風に、動じることなく最後まで仕事を成し遂げて、完全に世界から消滅した。

工程完了。
その瞬間、悪威の機能が停止する。
停止は時間にして僅か数秒。
だが、刹那を奪い合う達人の領域に、数秒は十分すぎる。

森の胸部へ、トンと何かが触れる。
それは肩。
消滅の光と入れ替わる様にして小柄な影が森の懐に現れていた。

距離は既に息遣いすら分かる程の零。
之即ち必中必殺の間合い。

十字勁にて中央に落とされた重心は、中心から八極へと至る。
天地開闢に匹敵するような大爆発が巻き起こる。

機能を停止した悪威は、一撃を受けた胸部を中心に弾け飛ぶように千切れた。
衝撃はそのまま胸骨を砕き、臓腑を攪拌する。
血を吐いた。呼吸すらままならない。
だが、

「………………捕まえた」

捕まえたのは森の方だ。
この相手を捉えるだけでも一苦労だった。
だがようやく捉えた。
漆黒の腕で渾身の一撃を放った直後の相手の肩を掴む。

15悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:29:28 ID:/mu.QANY0
こんな拘束、達人に掛かれば一瞬で振り払える。
だが、決着は一瞬もかからなかった。
ビクンと少年の体が弾けるように跳ねて、そのまま地面へと倒こむ。

この悪威はありとあらゆる規格外の超常を相手取るために開発された万能兵器だ。
その中には当然、対霊も含まれる。
そして与えられた情報を解析し耐性を自動的に作り上げるという特性は単なる防具の範囲に収まらない。

崩れゆく悪威を右腕の悪刀と接続。
蓄積した情報を共有、掴んだ腕から霊的ショックを流し込む。
肉体にダメージはないのだが、降霊である以上これには耐えようもない。
触れた瞬間、気持ちよく成仏しただろう。

口元の血を拭う。
己が現身は消滅し、八極に達した魔拳士は去り、残るは未熟なその弟子のみ。
悪威は破壊され、悪砲は消滅し、残ったのは残り僅かな悪刀だけ。
こうして生きて立っているのだからモリシゲの勝ちだ。

あの男が用意した自らを殺そうという運命、その尽くを退けた。
その事実はそれなりに痛快である。

「く…………ぁ」

少年の口から呻きが漏れた。
取り付いた稀代の八極拳士の霊は排除したが、憑代となった少年が死んだわけではない。
意識こそないものの、ここで見逃すモリシゲでもない。
失った右腕を左腕のように補完して、その漆黒を振り上げる。
だが、振り下ろさんとするその手がピタリと止まった。

何か喜ばしい物を見たように悪党が笑う。
降りかかる数々の運命を打ち払った最後に、ついに彼の運命が来た。

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16悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:30:31 ID:/mu.QANY0
結局、ユキは残ることを選んだ。
いいや違う。何も決断できなかったと言った方がいいだろう。
ただ動けなかっただけ。

診察室の椅子に座りながら落ち込む様に俯いて肩を落とす。
どうすればよかったのだろう?

分裂したもう一人の父から語られた話によって。
父が本気で自分を愛していることも、父が本気で殺そうとしていることも理解した。
それを喜べばいいのか、悲しめばいいのか。
そんな自分の感情すら理解できないでいた。

自分を殺そうとする父を戦うか?
それこそ無理だ。
勝ち目がないからではない。
結局のところ、自分は最後まで父を敵視することなどできなかったのだ。

だって、恩を返したいとずっと思っていた。
他の孤児院の皆もそうだ。
だから、危険な仕事だって喜んで引き受けた。
その結果が無残だったとしても、死んでいった仲間たちも誰一人として父を恨んでなどいなかっただろう。

それはユキも同じだ。
例え父が自分を殺そうとしてたのだとしても、恨めない。
与えられた愛情が本物だったと言うのならなおさらだ。

結局のところ父にとってはどちらも大事で、より大事なモノを選んだだけ。
苦しいのは父も同じだ。そんな父を憐れにすら思う。
そんな心情でどちらの父の味方もできない。
だから、動くことができなかった。

「…………ぅう、痛ったい」
「一二三さん…………?」

ベッドに寝かせた一二三の口から呻きのような声が漏れ、ユキの意識がそちらに向いた。
どうやら九十九が意識を取り戻したようである。

「あっ。触らない方がいいよ鼻の骨が折れてるみたいだから」
「うぅ…………鼻が低くなるぅ」

傷を抑えようとする九十九の手を制止する。
鼻が折れてると聞いて、本気なんだか冗談なんだが分からない泣き言を漏らした。

「一応お父さんが応急処置はしてくれたみたいだけど」

本来であれば外科手術が必要な治療でも森の手にかかればナノマシンにより安全かつ即座に実行できる。
少し腫れているが、すでに整形されているため見た目上の変化は殆どない。

「そうなんだ。けど、お父さんって……」
「あっ……」

九十九は意識を失っていたからモリシゲが分裂したことを知らないのだ。
襲ってきた相手が治してくれたと言われても訳が分からないだろう。
あなたが切ったからお父さんが増えましたというのはなかなか説明が難しい。

「よくわからないけど、仲直りできた、って訳じゃないみたいだね……」

そうであったならよかったのにという顔で、難しい顔をするユキを見てそうではないと理解する。
寝ころんだままの九十九はよっこいせという掛け声とともに足を振り上げ、その反動でベッドから跳ね上がる様に起き上がった。
そして勢い余って、いててと呻き少しよろける。

「まだ動かない方が…………!」
「ありがとユッキー。けど、どうせあのバカが無茶してるんでしょ。じゃあ、行かないと」

森との敵対は続いていて、拳正はここにいない。
状況を判断するには十分な材料だ。
もう死んでいるなどとは欠片も思わないのだろう。

「どうして…………」
「え?」
「どうして、そんなに迷いなく動けるの?」

あの殺し屋の時もそうだ。
何の力もないのに、躊躇いもなく駆けていく。
何の迷いもないように。

「行ったところで何もできないとは思ないの?
 助けになるどころか足手まといになるだけよ、死ににいくようなものだわ」

堰を切ったように責めるような言葉が出た。
言ってしまって、後悔する。
責めるつもりなんてなかったのに。

「うーん。死ににいくつもりはないんだけどな。死ぬのは私だってイヤだし」

ははと力なく笑う。
九十九だって死ぬのは嫌だ。
助けられ、生きてくれと言われた。
自ら死に向かうのはそんな彼らへの裏切りだ。

17悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:31:12 ID:/mu.QANY0
「けど後悔しないように生きるって決めたから。私は生きて、生き残るの。そのために行かなくちゃ」

なんて強欲なんだろう。
死にに行くのではなく生きに行く。
後悔しながら生きるか、後悔せずに死ぬかではなく、後悔せずに生きるにために九十九は行くのだ。

そうすると決めたからそうするだけ。
彼女にとってはそれだけの事。
思えば拳正も、父だってそうだった。
それができない弱者はユキだけ。

ユキだってそう願った。
何かもを取りこぼしたくないと願ったはずなのに。

ユキは途端に動けなくなる。
普段だってそうだ。
いざと言う時になると引っ張るのはどんな状況でも奔放なルピナスや、意外と土壇場に強い夏実だった。

「どうやったらあなたたちみたいになれるかな…………?」

ポツリとそんな本音が漏れた。

「ん? わたしたちって私や拳正みたいにってこと?
 いやー。なんない方がいいでしょ私たちみたいなのなんて」

冗談めかした本音だったが、沈痛な面持ちのまま無言でいるユキの態度を見て。
考えたこともなかったが真剣に考えてみる。

「多分、バカだからじゃないかなぁ。いやホント……自分で言うの何なんだけどさ。
 難しい事を考えず、大事なモノが大事だから、それだけしか見えてないんだよ」

大切なモノを大切にする。
何て当たり前で、何て難しい。

助けられないとか、足手まといになるだとか。
きっと彼女にはそんな小賢しい思考すらありはしない。
行かなくてはという想いだけで彼女は動いている。
それは時に無謀とも蛮勇とも呼ばれるものだが、少なくとも動けなかったユキなんかよりよっぽど勇敢だった。

「ねぇ。ユッキーはどうしたいの?」

問いかけられる。
同じような問いを父も投げかけられた。
どうしたらいいかなんて、誰も強制などしない。してくれない。
優しく残酷な問いだ。

自分はどうしたいのか。
目を閉じて自分に問いかける。

ユキだって大切なものを護りたい。
何かを失うなんて耐えられない。
失う事はユキにとって何よりも恐ろしい事である。

そんな事を、父はずっと続けてきたのだろうか。
自らの手で大切なものを切り捨て続けて、そうやって生きてきたのだろうか。
それは酷く、悲しい生き方の様な気がして。

ずっと強い人だと思ってきた。
ずっと迷いない人だと思ってきた。
けれど、そうでなかったとしたならば。

「ありがとう一二三さん。私のやりたい事、決まった。
 お父さんと新田くんたちの所に行くわ」

目を見開き、自分が得た答えを見る。
すぐへこたれて、落ち込む癖に、諦めだけは悪い。
なんて性質の悪い女。
けれどそれが私だ。
開き直るしかない。

大切な人を助けたい。
ただ一つ、それだけの事だったんだ。
真実など己の中に一つ持っていればいい。

「よーし、じゃあ行こう!」
「けど、一二三さんが行くのは許可できない。安静にしてないとダメ」
「へっ?」

えいと九十九をベッドに寝かしつける。
九十九は抵抗できずあっさりと倒れた。

「こんなにふらふらじゃない。脳震盪がまだ治ってないんでしょ?
 こんな状態じゃつれていけないよ」
「えぇ。一緒に行く流れじゃないの!? ヒドくないユッキー?」

抗議する九十九を笑いながら見送って。
診察室の扉に手をかける。

「ええ、そうね。私は――――悪党だから」

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18悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:32:38 ID:/mu.QANY0
「やあ、ようやく戦う気になったのかい。ユキ」

現れた少女を見て悪党は笑った。
待ち人が来たのだ、それは喜ばしい事だろう。
だが、対照的に険しい表情をした白い雪のような少女は首を横に振った。

「いいえ、違うわ」

彼女は戦いに来たのではない。
彼女がここにきたのは別の目的のためだ。

「助けに来たの、お父さんを」
「残念だったね、キミを助けた方の俺はもう消えたよ」

消滅刀の暴走に巻き込まれ分裂体は消滅した。
それを知り、痛みを堪えるような悲痛な面持ちでユキは俯く。
それでも再び顔を上げて森から目をそらさず、強く在ろうと視線を維持する。

「……そう、それは残念だわ、本当に。
 けど違うわ、私はあなたも救いたいのよ、お父さん」

その言葉がよほど意外だったのか。
暫く森は動きを止めると、呆れたように溜息をもらした。

「俺から何を聞かされたのかは知らないが。
 救いなど気安く口にする物じゃあないよユキ」

他者を救うということは言葉にするほど簡単な話ではない。
特に森ほどこじらせた人間を救うことなど不可能に近い。

だが、ユキは怯むことなく、覚悟を決める様に一度目を閉じる。
そして大きく息を吐いて、決意を口にした。

「――――――私が悪党を継ぐわ」

森の愛するユキも森の愛する世界も両方救い上げる。
これが森茂を救うただ一つの冴えた方法。

「あなたの理想は私が引き継ぐ、だからあなたが何をか犠牲にする必要なんて、ない」

その理想も背負った重さも全てユキが継ぐ。
それがユキの出来る森に対する恩返しであり、森に与えられる最大限の救いだった。

森は目を見開き静止していた。
しばらくそうしていたが、吹き出すように笑う。

「出来るのかい、キミに?」
「分かりません。けれど必ず成し遂げて見せます」

その覚悟を問うような森の問いに、出来るとは断言できなかった。
この場で根拠のない返答をすればそれこそ不誠実だろう。
それでもやると決めたのだ。

悪党を背負うと言うのは並大抵のことではない。
例え世界中に『悪』と罵られようとも、自らを貫き通す強さが必要だ。
森茂ですら挫けかけた茨の道である。
これまでも森茂だからこそできた偉業である。
ユキにそれが務まるのか。

「では、キミが悪党を継ぐに足るか見極めさせてもらおう」

告げる森の全身から殺気が放出される。
満身創痍の人間から放たれているとは思えない程濃密な気配だった。

「まさか、この程度で折れる安い覚悟で口にしたわけじゃあないんだよね?」

森がこれまで歩んできた、そしてユキが歩もうとする道とはそういう道だ。
この程度乗り越えられずして選べる道ではない。

そうだ。
こうなることは分かっていた。

森を救うためには森を討たねばならぬ。
愛する者のために愛する者を討つ。
その矛盾こそが悪なればそれを呑み込む者こそ悪党である。

胸の痛みに手を握り絞める。
ここに来てユキは深く父を理解する。
ああこれが『悪党』の重みか。

19悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:33:45 ID:/mu.QANY0
「さあ、覚悟はできたかい? それとも撤回するかい。まあどっちにしても殺すけれど」

森が僅かに歩を進める。
悪威は破られ、悪砲は壊れた。
残ったのは失われた両腕に当てられる僅かな悪刀のみ。

増強したナノマシンは強敵二人を退けるのに大半を使用した。
悪刀及びナノマシンの残量からして気体化、液体化は不可能。
その密度はもはや元の腕よりも軽いくらいだ。

だが、それでも。
ひよっこ一人に勝利するには十分に過ぎる。
降りかかる運命を退け続けた大悪党である。
小娘など相手になどなる物か。

「さあ来い小娘! 我は悪党商会社長、森茂である。この世全ての善と悪を知る大悪である!」

悪党を見定める戦いに相応しいく悪党らしく名乗りを上げる。
己が矜持を示すように。

「悪党商会戦闘員、水芭ユキ。行きます!」

それに倣うようにユキも名乗りを返す。
ここから先は父と娘ではなく、悪党同士の戦いだ。

氷の刃と変形した漆黒の右腕が交錯する。
打ち負け、砕け散った氷が粒となって宙に舞い、月明かりに反射して光輝く。

「くっ…………!?」

押し負ける。
ユキに体は小兵であった拳正よりも小さいのだ、体格差があり過ぎる。
それを覆す様な達人の技量もユキにはない。
体格もない技量もない、ないない尽くしだ。

もう一度、氷の刃を作って打ち付ける。
ユキに出来るのは諦めない事だけ。
未練たらしく諦めが悪いのが唯一の取り柄なのだから、それを貫くしかない。
だが何の苦も無く、打ち払われる。

「ぅあああああああああああああッッッ!!!!」

そんな事は知った事かと、砕けた氷の破片が落ち切る前に、次の刃を生み出し打つ打つ打つ。

「馬鹿の一つ覚えだな」

気合や根性、そんなもので乗り越えられるほど、悪党は甘くない。
そんなものでは運命は超えられない。
何一つ変えることなど出来ないのだ。

森の両腕が変化する。
片腕は剣に、片腕は盾に。
氷の刃を盾で受け止め、返す刃で斬りかかる。

「む」

外れた。
いや、外した。
今の攻防。おかしかったのは森の方だ。

「…………なるほど、そう言う事か」

自身の体を見る。
見れば、全身がキラキラと光り輝いていた。
そこには細かく砕かれた氷の粒が月明かりを反射する光。
つまり彼女は無駄に勝てない打ち合いをしていた訳ではなく、その破片により体温を奪う事こそが目的だったのだ。

とっくに全身は麻痺していたのか、既に鬚すら凍っていた。
皮膚感覚すらない無痛症の森では気づくのが遅れる事すら織り込み済みだろう。
森を良く知るユキだからこそ思いついた作戦だ。

「悪くない。だが」

だが、悪刀で象られた両腕は健在だ。
この両腕ばかりは麻痺もクソもない。
例え絶対零度であろうとも凍り付きはしないだろう。

森が突き出した両手を合わせた。
腕が融合され突撃槍のような形へと変化する。
そして何の衒いもなく、そのままユキに向かって一直線に突撃する。
みえみえの攻撃だ。
盾として山のような氷の壁をその軌道に生み出す事も容易い。

20悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:35:01 ID:/mu.QANY0
「ッ!?」

だが全身を一本の槍とした突撃は止まらず、突撃を受けた氷壁が砕ける。
勢いを止めぬ突撃から、何とか身を躱す。
飛び込むようして前転し、立ち上がる。

細かな狙いをつけられないと見るや、瞬時に大雑把な突撃に攻撃方法を変更した。
軽量級のユキでは森の全力突撃を受ける事など不可能だ。
ユキに対して嫌になる程有効な攻撃である。

再び突撃槍が迫る。
その足止めに氷の矢を連射する。
だが豆鉄砲を連射したところで戦車が止まるはずもない。
降り注ぐ矢を全て弾き飛ばしながらユキに向かって一直線に迫る。

止まらない。
半端に攻撃していたのが災いした。
避けきれず、槍の先端がユキの脇腹を掠めた。
僅かに掠めただけなのに、ユキの体は吹き飛ばされるようにバランスを崩して倒れる。
学ランが裂け、白い肌に一筋の朱が浮かんだ。
あと数センチ深ければ、臓腑がポロリと飛び出していただろう。

「どうした!? この程度か、水芭ユキィ!」

怒号のような森の叫び。
容赦などない。
倒れたユキを粉砕すべく、全力で地面を蹴る。

「私は…………」

倒れたユキに漆黒の突撃槍が迫る。
もはやそれはあらゆるものを粉砕する核弾頭。防ぐ術など無い。
かと言って倒れた状況から躱せるものでもない。
絶体絶命の状況にて、少女は叫ぶ。

「――――――私は、悪党を継ぐッッ!!!!」

肉を貫く鈍い音共に赤い鮮血が舞った。

まるで時が凍ったような静寂が落ちる。
討った者、討たれた者。
互いに言葉を発することなく視線を交わらせぬまま決着という事実を受け入れる。
ポタポタと血の滴る音だけが、時が動いているのを知らせていた。

漆黒の槍の先端はユキの眉間の寸前で止まっていた。
そして地面より突き立った氷柱は、悪威の破れた森の胸元に深々と突き刺さっていた。
突撃を迎え撃つように氷柱を地面より生み出し、森の突撃の勢いを利用したカウンターを仕掛けたのだ。
地面を支点としていれば押し負けることはない。
重要なのはタイミングと強度。
それら全てを成し遂げる、実力が彼女にはあった。

だが薄氷の勝利だった。
あと一歩踏み込めていたならばユキの命はなかった。
あと一歩足りなかったのは、凍傷により足が壊死しかけていたのが原因だろう。
そもそも分裂体と魔拳士との連戦がなければ。
そもそも三種の神器が健在ならば。
敗北した理由は山のようにあるが、何を言ってもいい訳にしかならないだろう。
ただありのままの事実を告げる。

「――――キミの勝ちだ、ユキ」

悪党は敗北し、新たな悪党が勝利した。
漆黒の槍が腕へと戻り、氷の槍が溶ける様に砕ける。
体を支えていた柱が消滅し、森の体が倒れる。

21悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:36:50 ID:/mu.QANY0
「ッ! お父さん…………!?」

身を起こし、倒れた森へと駆け寄る。
森の隣でその手を取ろうとして、森がそれを制した。

「さて、あまり時間もない事だし、伝えるべきことを伝えよう」

悲観的な別れではなく、淡々と口を開く。
親子としてではなく、対等な悪党としての別れを選んだのだ。

「脱出手段はいくつか用意されているはずだが、恐らく一つは中央にあるだろう。そこを目指すといい。
 戻ったのなら孤児院の院長室にある3番目の引き出しの底を調べるといい。引き継ぎに必要な手続きはそこに揃っている。
 この手の作業で半田がいないのは痛いが、困ったことがあったら寮母を頼りなさい。君は知らなかっただろうがあれでも昔は相当な猛者だったからね、色々と助けになるだろう。
 後は妻には俺が死んだという事実だけ伝えてくれ。こうなる覚悟は常にできている女だ。気にすることはない。子供と孫にはぁ……そうだなアレが上手くとりなしてくれるだろう。キミは気にしなくていい」

シッカリとした言葉で、矢継ぎ早にに遺言めいた言葉を残してゆく。
いやそれは遺言その物なのだろう。
もう己にはあまり時間がない事を誰よりも理解してた。

「…………お父さん」

ユキの声が僅かに震える。
だが、もう涙を見せる弱さなど許されない。
悪党を継ぐとはそういう事だ。
ここで泣いてしまえば、それこそこの戦いが無意味になる。
けれど、どうしても視界が歪んで前が見えなくなっていく。

そっとその頬に手が添えられる。
今にも消えてしまいそうな漆黒の手。
仕方ないなと泣いた子供をあやす様に瞳に溜まった滴に指を添える。

「強くなったなぁ、ユキ」

満足そうにそう言って最後の弱さを拭い取る。
最後の仕事を果たした漆黒の腕は地面に落ちるでもなく消え去った。

【森茂 死亡】

【C-5 公園近く/夜中】
【新田拳正】
[状態]:気絶、ダメージ(中)、疲労(中)、右目喪失(治療済み)、額に裂傷(治療済み)、両手に銃傷(治療済み)、右足甲にヒビ(治療済み)、肩に火傷(治療済み)、右腕表面に傷
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式
[思考]
基本方針:帰る
1:帰る方法の模索

【水芭ユキ】
[状態]:疲労(小)、頭部にダメージ(大)、右足負傷、精神的疲労(中)
[装備]:クロウのリボン、拳正の学ラン
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(確認済み)、
    ロバート・キャンベルのデイパック、ロバート・キャンベルのノート
[思考]
基本方針:悪党を貫く
1:中央へと向かう
2:首輪の解除方法と脱出方法を探す

【C-5 診療所/夜中】
【一二三九十九】
[状態]:ダメージ(中)、左の二の腕に銃痕、鼻骨骨折(治療済み)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式×3、、ランダムアイテム1〜4(確認済み)
    サバイバルナイフ、サバイバルナイフ・裂(使用回数:残り1回)、風の剣、ソーイングセット、クリスの日記
[思考]
1:帰る方法を探す

【魔導書の1ページ】
斉藤輝幸がオセを召喚する際に使用した魔導書の1ページ
使用者が望む存在を降霊する本物の魔導書であるのだが、本物なのはこのページのみである

22悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:37:01 ID:/mu.QANY0
投下終了です

23名無しさん:2018/01/15(月) 00:59:19 ID:CNF7hGFQ0
投下乙です

このロワで大ボスの一人として暴れていた森茂の死、
世界のため、すべてを犠牲にしていた彼ですが、
最後の最後で、犠牲を肩代わりしてくれる孫に救われましたね。
邪道で己の変革を望んだ輝幸の力は正道を行く拳正の元へ、
心を砕いて世界を救う森茂の意思は心を拾ったユキの元へ
これで良いんでしょうね

24名無しさん:2018/01/16(火) 16:56:56 ID:2kTnRta60
>>1
wikiのリンクが切れてたので
ttps://www59.atwiki.jp/orirowa2014/

25 ◆H3bky6/SCY:2018/03/31(土) 17:46:07 ID:IGpGfdUc0
投下します

26勇者 ◆H3bky6/SCY:2018/03/31(土) 17:47:12 ID:IGpGfdUc0




最後に、彼女の話をしよう。




その世界は女神の悪意に満ちていた。
リヴェルヴァーナと呼ばれる世界の半分にして果ての果て、裏側に生まれてしまった不毛の大地。
大地は死ばかりが積み上がり屍山血河に満ちている。
彼女が生まれたのはそんな魔界と呼ばれる世界の僻地だった。

彼女は青空というモノを見たことがない。
常闇に覆われた空に太陽の光などなく、天から齎されれる光と言えば轟く雷鳴くらいのものであった。見上げる空は昏い。
周囲は険しい山々に囲まれ、枯れ果てた死の大地では作物など育つはずもなく、暮らしの主となるのは必然的に狩猟である。
魔界に生きる魔族たちの、闘争を好み強さを是とする価値観はこの世界が育んだといっても過言ではないだろう。

襲い、殺し、奪い、侵し、犯し、喰らう。
それを良しとする世界で生き残るには戦うしかない。
生きるための戦いがより多くを求める侵略となるには大した時間はかからなかった。
常に戦いの火が燃える。
この世界は争いと混沌を齎す為だけに生まれたのだと、そう思えるほどの地獄だった。

力こそ全て。
そんな世界において最も力を持つ者は王と呼ばれた。
魔界を総べる王、すなわち魔王と。

魔の王が坐するは魔界においてなお険しい山岳地帯の頂である。
世界の頂点に聳え立つ漆黒の城は見る者を威圧するような優美な荘厳さと、精神を呑み込むような禍々しさを兼ね備えてた。
魔界の王の居城らしく、戦うことを前提とした作りとなっており、溶岩を噴き続ける万年火山より発掘された魔刻石により築かれた城壁は堅固を誇る。
城内は侵入者を惑わす迷路のような造りになっており、幾多の死の罠が仕掛けられいた。
まさしく難攻不落の要塞、幾度も繰り返された歴代の勇者との戦いを経ても未だ健在を誇っていた。

そして、その魔王城の聳える山頂から少し下った所に、闘士たちが覇を競う闘技場があった。
自らの力を示すべく魔族たちが競い合う事もあれば、罪人の処刑場、あるいは魔界に迷い込んできた人間を嬲り殺しにする見世物小屋として用いられる。
そんな様々な用途で使われる場所であった。

そして今宵の演目は処刑なのだろう。
血と骨と歯の破片が混ざった砂の敷かれた決戦場の中心に、首枷により両手を塞がれた男が膝を尽き項垂れていた。
そして男の首元へと常闇の空に覆われた魔界においてもなお昏い、漆黒を湛えた剣が宛がわれる。
正しく土壇場の光景である。

魔界における処刑とは一種のエンターテイメントだ。
熱狂する見物人からの罵倒と投石が飛び交う中、罪人は処刑場の中心で衆目に晒らされ素首を落とされる。
それが処刑場の常なのだが、今回は様子が違った。

この処刑場には罪人と処刑人。そして立会人という最低限の人員以外が完全に排されているようである。
怒声と熱狂に包まれているはずの処刑場は静寂に包まれ、猿ぐつわを咥えた女の呻きだけが聞こえるのみであった。

立会人は一際高い特等席に坐する蒼い顔をした男だった。
ただ坐して佇むだけで全てを支配するような存在感がある。
彼こそこの魔界を統べる魔王ディウス。
血のように赤い瞳を薄く開き、冷たい視線で処刑場を見下ろしている。

処刑人は禍々しき漆黒の鎧に身を包んだ男だった。
魔王軍の幹部の中でも古株であり、三代前の魔王から使える最古参。
魔界一の剣士と呼ばれる暗黒騎士だった。
親衛隊隊長を任された魔王の信頼が最も厚き男である。

通常であればそんな男が処刑人などと言う端役を任されるなどありえない話なのだが、今回ばかりは少々事情が特殊だった。
なにせ処刑される罪人が罪人である。

「暗黒騎士。貴様が私の死か?」
「ああ、全く残念だ。まさか貴様が人間なんぞに与していたとは」

これより処刑されるのは魔王軍の元幹部。
暗黒騎士と同じく先代より以前から魔王に仕える最古参の一人である。
そんな魔界の重鎮が、あろうことか魔界に迷い込んだ人間を保護して匿っていたと言うのだ。

魔界と人間界を行き来するには魔界と人間界の交わる世界の果てにある、異界門を潜る必要がある。
だが、時折、境界面の揺らぎによる偶発的な門の開き、それに巻き込まれる『神隠し』という現象が発生することがある。
彼が匿ったのはそんな神隠しに巻き込まれた人間だった。

それも一人二人ではない。自らの領地に小さな集落を築けるほどの人間を何年もの間だ。
魔族は人族との戦争の真っただ中である。
そんな状況で魔王軍の幹部が敵対勢力を匿うなどと、これは許されざる大罪である。

27勇者 ◆H3bky6/SCY:2018/03/31(土) 17:48:35 ID:IGpGfdUc0
「最後に言い残すことはあるか?」

刃を鳴らし、処刑人たる漆黒の騎士が問う。
罪人は視線を上げ、処刑人にではなく天上に坐する王を見た。

「魔王様! 娘は、オデットはこの件に関与していません。どうか娘だけはお見逃しいただけませぬか!」

罪人は自らの事ではなく、自らの後に処刑を待つ娘の恩赦を乞うた。
罪人の娘オデットは処刑場の端で猿ぐつわを咥えさせられたまま、全身を拘束され自らの死の順番を待っていた。

だが、その望みは難かろうと暗黒騎士は内心で首を振る。
オデットが関わっていないなど、この場で証明のしようがない。
集落一つというあれほどの規模、むしろ関わっていないはずがない。

仮に無関係だったとして、幹部の身にありながら敵対勢力を匿うなど、一族郎党皆殺しにされて当然の罪である。
オデットが殺されるのは当然の流れだ。
何より、魔王がそのような温情を与えるはずもない。

ふむ、と懇願を受けた魔王は頷き高みから処刑場を見下ろす。
土壇場に似合わぬ優雅さすら湛えた所作は、それだけでその場の空気を支配する。
正しく王、この場全ての人間が固唾を呑んで王の次の動きを待った。
そして僅かな沈黙の後。

「よかろう」
「魔王様…………ッ!?」

予想外の答えに暗黒騎士が驚愕を示した。

「魔王様! オデットを見逃せば他のモノに示しがつきません!」

魔王軍幹部の不祥事、ただですら魔王軍の信頼を失墜させるような事態だ。
本来であれば不満を持つものの溜飲を下げるため公開処刑が妥当である。
にも拘らず、秘密裏に処刑を行い、晒首で済ませようというのは長年の貢献に対する王の最大限の温情である。
だが、その娘を見逃したとなれば流石に反発は免れまい。

「よい。それとも、貴様はその程度で我が軍が揺らぐとでも思うのか、暗黒騎士よ?」
「い、いえ。そのような」

魔王の圧に暗黒騎士が慌てた様に言葉を呑む。
魔界における絶対者、魔王の決断に逆らうことなど許されない。

「あぁ……感謝いたします、魔王様」

思い残すことがなくなった罪人は静かに首を垂れた。
その観念とも違う覚悟を魔王は見届け、処刑人へと視線を送る。
暗黒騎士が一つ頷くと、漆黒の刃が落ちた。
滑らかに刃が落ち、首が地面に転がる音とくぐもった女の悲鳴が響いた。

その光景を見届け、魔王は魔界を治める長らしく尊大な態度で重い腰を上げ、王座からゆっくりと処刑場の中心へと舞い降りる。
圧倒的な存在感には似合わぬ、驚くほど静かな動きで音もなく砂を踏む。

「暗黒騎士、オデットをここへ」
「はっ!」

暗黒騎士に運ばれて、拘束されたオデットが魔王の前に引きづり出された。
地面に転がるオデットは涙にぬれた目で頭上の魔王を睨み付ける。
魔王は愉しげに見下すようにその眼を見つめ返した。

「悪くない眼だ、オデット。やはり魔族はそうでなくては。
 奴と約束した手前、貴様を殺しはせんが、暗黒騎士の意見にも一理ある、無罪放免とも行くまい。
 故に、貴様は人間世界へと追放処分とする」

そう言って魔王が手を掲げると、人間界へと続く門が開いた。
異界門と呼ばれる異界への扉。
それは一流の術者数十人が数年がかりの大儀式を行ってようやく小さな門を一つ開ける最高位の魔法。
それをこうも容易く行えるのは、この世界の長いの歴史においてもディウスくらいのものだろう。

「ただし――――命は助けるとは約束したが、何もしないとは約束してはいない」

屈みこみ、倒れたオデットに手をやり顎元を持ち上げる。
魔王の魔力に触れられただけで猿ぐつわがパンと弾け、口内にたまった涎を飛び散らしながら口元の拘束が解けた。
だが声を漏らすこともできず、口元を上げたまま喘ぎのように短く息を漏らす事しかできない。
無理矢理に視線を合わされ、万華鏡のように色を変える瞳に捉えられる。
眼を逸らそうと思っても、蠱惑されたように目を逸らせない。

「――――――――貴様には、死よりも重い『呪い』をくれてやろう」

これが始まり。

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28勇者 ◆H3bky6/SCY:2018/03/31(土) 17:49:59 ID:IGpGfdUc0
人間界に放り出されたオデットはどこにも定住することなく彷徨い続けていた。
オデットは頭部に生える角を除けば、比較的人間に近い外見をしている。
角は隠せばいいし、得意の幻術を駆使すれば、身分を隠して人里に隠れ住む事も出来ただろう。
だが、彼女は人里には近づくことすらできなかった。

彼女にかけられた呪いは、人間でしか飢えを癒せぬ『人喰らいの呪』である。
人間を庇った罪人に対して相応しい罰だろう。
このような呪いを受けて人里など居られるはずもない。
飢餓状態で食べられない御馳走をちらつかされる様なものである、そんなのは拷問でしかない。

父の保護していた人間たちの話によれば、人族の間では魔族は人間を喰らうなどと言い伝えられているらしい
確かに魔族の中には戦意高揚のため人肉を喰らう者や特殊性癖を持つ者もいるが、基本的に人など喰わない。
誰が好き好んで人の肉など喰らうのか。
確かに理性のない魔物や魔獣は人を喰らう。だがそれは人間界の野獣も同じ事である。
だからこそ呪いとして成り立つのだろうが。

人を喰らうなんてオデットは嫌だ。
食肉としての好みの問題ではなく、人との共存を目指した父の信念を汚すようで。
何より、自分のために身勝手に命を犠牲にするような醜い存在になりたくはない。
だからこうして出来る限り人に出会わぬよう、隠れ潜むように暮らしていた。

本当に人しか喰えないのならオデットも生きるために覚悟を決めるか、潔く死を選ぶか選択できた。
だが、この呪いの最悪な所は他の物が食えなくなるわけではないという所だ。

この呪いは人以外のモノが食べられなくなる呪いではない。
何かを食べれば栄養は摂取することはできる。
ただ、どれだけ喰おうとも飢えと乾きが癒せない。
何を食べても美味いとは感じられれず、何を食べてもすぐに吐いた。
潔く死ぬこともできず、醜くも生き永らえるだけの呪い。

満足に食事もとれず、いつしか頬はこけ肉体は枝木のように痩せ細ってしまった。
魔界の宝石とまで称えられた美しさは今や見る影もない。
今はまだ我慢を続けられるが、いずれ限界を迎えるだろう。
そうなれば、人を襲い喰らうのだろうか。
理性のない魔物たちのように。

もう一度、魔王に会う必要があった。
魔界に戻りい訳じゃない。
父の居ない魔界に戻ったところで居場所などない。
もうオデットの居場所などどこにもないのだ。

ただ、この呪いだけは解く必要がある。
魔王のかけた強力な呪いを解呪できる術者などいない。
いるとしたらそれは呪いをかけた魔王だけだろう。

だが、あの無慈悲な魔王がこの呪いを解くことはないだろう。
ならば術者である魔王を殺すしかない。
そうすれば呪いが解ける可能性はあるだろう。

だが、今更魔界に戻りあの魔王城までたどり着くなどオデットには不可能だ。
たどり着く前に殺されるのがオチだろう。
辿り着いたところで、あの魔王に何ができるというのか。

そうして、明確な目的もないまま、どれ程の日々を彷徨うようにして世界を渡り歩いたのか。
遂に我慢も限界を迎えようとしていた。

そもそも何故こんな我慢を続けているのか。
生きるための殺生は肯定されるべきである。
人だって家畜を喰らう、魔族だってそうだ。
その行為と何ら違いはないはずだ。
誰に対しての物なのか、言い訳めいた言葉が頭の中を支配する。

その道すがら揺らぎから現れた魔物に襲われたのだろう、行商人の死体が転がっていた。
死体。既に死した肉の塊。
極限の飢餓の中、その死体へ向かって無意識のうちに足が動く。
殺すのではなく、すでに死した肉を喰らう。
それくらいなら。
それくらいなら許されるのではないか?
それが自身の信条と生きていくための行為が釣り合いの取れるギリギリのラインだった。

29勇者 ◆H3bky6/SCY:2018/03/31(土) 17:50:51 ID:IGpGfdUc0
だがそこで不覚を取った。
死体があるという事は、それを作った存在がいるという事を失念していた。
魔物から不意打ちを受け、成すすべなく地面へと倒れる。
本来上級魔族であるオデットが魔物如きに後れを取ることなど在りえない話なのだが、飢餓により弱り切った今のオデットでは抵抗などできようはずもない。
このままでは死体を漁るはずがオデットが死体になりかねない。
という所で、オデットの目の前に砂金のような粒子が弾け、黄金の軌跡が舞った。

「――――――大丈夫かい?」

魔物を一撃で切り伏せた少年はオデットへと向き直る。
凄まじい斬撃に似合わぬ、思いのほかあどけない顔の少年だった。
目の前に人間がいるはずなのに、彼を食おうなどと言う発想すら浮かばない。

立ち上がることも忘れ呆然とその姿を見上げる。
体中が電撃でも受けた様に痺れていた。
ダメージによるものではない。
だた、眩いばかりの黄金の剣に目を奪われていた。

理屈も何もない。
魔族であれば誰だって一目で理解できる。

アレは己を殺すための黄金であると。

その瞬間、人間界に来てからずっと苛まれていた飢餓を忘れた。
食欲よりも恐怖が勝ったのだ。
先ほどまで魔物に襲われ直接的な命の危機に晒されていたにもかかわらず、その黄金に感じる恐怖はその非ではない。

魔族と人間。
捕食者と被食者。
その関係が、この時ばかりは入れ替わる。

「この辺りは神隠しがよく起きる影響か、魔物が頻繁に湧く地域だ。女性の一人旅は控えた方がいい。それじゃあ」

事務的な注意を促しながら、それだけを言うと興味なさ気にあっさりと少年はその場を立ち去ろうとした。

「ま、待って! 待って…………下さい」

気が付けば、その背を引き留めていた。
魔族の天敵。
魔族を殺す黄金の剣。
聖剣の勇者。

勇者の前でならば、私は加害者ではなく被害者でいられる。
ああ、そうならば。
勇者とならば、あるいは。

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30勇者 ◆H3bky6/SCY:2018/03/31(土) 17:51:22 ID:IGpGfdUc0
「うわぁ。綺麗ですねぇ…………! オデットさん」
「…………そうね」

甘い花の香りが少女たちの鼻孔をくすぐった。
視界いっぱいに広がる一面の花畑に少女二人が楽しそうに声を上げる。
風に流され花弁が天に舞う。
目を細め舞い上がる花吹雪を見送りながら、オデットは太陽の眩しさに目を細めた。

大陸からすこし外れた半島にその国は位置していた。
古代からの自然を残しているだけの周辺諸国からは自然以外は何もないと揶揄されることも少なくない国である。
その為か、他国民に対して排他的な国民性であり、入国管理はとてつもなく厳しく行商人や旅人の行き止まりとして有名であった。
そして大陸より飛び出た半島であるためか、魔王軍の侵略による被害も比較的浅く。
それ故か此度の魔王軍との戦争に対する危機感が今一つ薄く、戦争に積極的に関与することなく我関せずというスタンスを通していた。

そんな国に勇者一行が訪れたのは、この国にあると言われる試練の祠に向かうためであった。
祠の奥底には有用なアイテムが眠っており、勇者のレベルアップには必須とされている祠である。
祠が存在するのは国の南端にある最古の森の奥深く。
最古の森は古代の自然の残る貴重な場所であり、そこにしかない古代生物や植物が多く生息する保護区域だ。
森自体の危険度も高く、立ち入りには国の許可が必要となる。
そのため試練の祠の攻略難易度は侵入を含め最上級とされているのだが、それはあくまで一般人にとってはという話である。

聖剣を持った勇者だけは例外だ。
勇者とは人類の希望にして最終決戦兵器。
世界を救うという大義名分は何をおいても優先される。

黄金の聖剣はあらゆる場所への許可証であり、あらゆる行為に対する免罪符である。
例え戦争に直接的な関与はしないと謳う国でもこれを否定するのは明確な人への敵対行為だ。
人間である以上、誰であろうと受け入れない訳にはいかない。
それこそ、その辺の民家に入って箪笥を漁ろうとも誰も咎めることはできないだろう。

故に立ち入り禁止区域とはいえ悠々と古代の森を越え、そのまま試練の祠まで押し通る事も勇者には出来るのだが。
出来るからと言って無理に押し通る必要はない、最低限の筋は通したほうがいい。
というミリアの提言により、こうして王宮を訪れたのである。

形式的な作業でしかないが、人間相手に不要な遺恨を残しても仕方ないだろう。
正式な許可をとれるのならばとるべきだ。どうせ降りる許可である。

だが、ここで問題が一つ。
国王が神聖な王宮には聖剣を持つ選ばれし勇者以外の入場は許さないと言い出したのだ。
排他的な国民性の王らしい提案であり、自国への勇者の侵入が気に喰わない王の意趣返しだろう。
とは言え無理に二人が王宮に入る理由も見当たらなかったため勇者は一人王宮へ向かったのだった。
こうして勇者ではない少女二人は手持無沙汰となったため、雄大な自然に囲まれた城下の広場で勇者が戻るまでの時間をつぶしていた。

この国は平和そのものだった。
自然は豊かで、魔族による被害もなく、戦禍の炎の影響はどこにも見当たらない。
まるでこれまで闘いの日々が嘘のように感じてしまうほどに。

オデットは咲き誇る花々の美しさに目を奪われていた。
死体の血を啜る魔界の植物とは違う、ただ純粋に美しさを誇る花々。
そんな在り方を許される平和な世界。
これが魔王の求める、魔族たちに与えられなかった生きた大地。

「えい……………!」

そんな感傷のような物を抱いていたオデットの後ろに回り込んだミリアが、イタズラな声とともに彼女のフードへと手をかけた。
まさかミリアがこんな強引な手段に出るとは思っておらず、しまったと思った時にはもう遅い。
オデットの頭部に生える山羊の様な黒い巻角が露わになる。

彼女が人間ではない証。魔性の象徴。
露わになった巻角は手で隠せるようなものではない。
得意の幻術で誤魔化そうにも、高位の術者であるミリアには通用しないだろう。

オデットが下唇を噛んで息を呑む。
魔族を殺す勇者一向に紛れた魔族。
その正体がバレたのだ、ただではすむまい。

いつかそんな日が来るんじゃないかとは思っていた。
だがあまりにも唐突すぎて、呆然とするしかなかった。
勇者とその縁者にだけはバレてはいけなかったのに。

「やっぱり…………」

だが予想されたような非難の声はなかった。
ただあったのは納得したような、静かな声だけだった。
この魔性の証を見てもミリアには驚いたような様子はなく、前々からの疑惑をただ確認しただけのようにも感じられる、

31勇者 ◆H3bky6/SCY:2018/03/31(土) 17:51:36 ID:IGpGfdUc0
「…………気づいていたの?」
「なんとなく、ですけど。ごめんなさい。強引なことをしてしまって……!」

そこで、何故かミリアの方が頭を下げた。

「安心してください、って言うのも変ですけど、兄は気づいてないと思います。
 私も兄に言う気はありませんし、オデットさんをどうこうしようと言うつもりもありません」
「なら、どうして……?」

責めるつもりはないというのなら、何故わざわざ正体を暴いたのか。
単なる好奇心だけで暴くにしてはあまりにも互いにとってリスクが高すぎる秘密である。
相手の意図がつかめず戸惑うオデットとは対照的に、ミリアは少しだけ照れくさそうに笑った。

「オデットさんと仲良くなりたかったから、ですかね」

きっとそれは嘘ではないのだろう。
だが、全てでもない。
納得がいかないと言った風なオデットの表情を読み取ったのかミリアは取り繕うように言葉を重ねる。

「せっかく一緒に旅をしているのに、秘密を抱えたままじゃあ寂しいじゃないですか。
 ほら、一人くらい事情を知ってる人間が近くにいた方がいいと思うんですよ。
 そりゃあ今のご時世簡単に開かせる秘密じゃないとは思いますけど、ここに味方がいるってことを知っておいてほしかったんです」

言い訳でもするように矢継ぎ早に捲し立てる。
呪いによる飢餓により常に苦しそうな表情を浮かべるオデットの助けになろうにも、自らの正体を隠して距離を取っているのでは助けようがない。
だからオデットの正体を知っている事を知ってもらうため、要するにミリアらしくもない強引さは自らの正体を隠し続けるのも辛かろうと言う彼女の
優しさからの行動だったという事だ。
それは何ともオデットの知るミリアらしい。
その気遣いが本物だと理解できるからこそ、分からなくなる。

「……私は魔族よ? あなたは私に復讐したいとは思わないの?」

魔族である自分を受け入れられるのか。
余りにも不躾なその問いを投げてしまった。
故郷を理不尽に奪われたのは勇者だけではなく、彼女も同じであるはずなのに。
彼女には自分(まぞく)を恨み、殺すだけの理由がある。
その問いを受けたミリアは笑顔を曇らせ僅かに俯く。

「……私は、兄ほど魔族を恨んでるわけじゃないんです。
 いえ…………恨んでるか恨んでないかなら恨んでいるのは間違いないんですけど。
 けどその怨みはオデットさんに対してのモノじゃない。それに…………」

そこで一度、言っていいのか迷うように言葉を詰まらせる。
だがそれも一瞬、はっきりとした口調で言った。

「復讐なんて、そんなの何の意味もない」

復讐に燃える自らの兄を否定する言葉が少女から吐かれる。
ありふれたような陳腐な言葉にも聞こえるが、復讐するに足る理由を持つ彼女が言うのであればそれも違ってくる。

「世界の平和のためには勇者の力が必要で、兄は勇者です。
 それを理解しているのに、私は兄に戦いをやめてほしいと思ってる。
 闘いなんて、勇者なんて、他の人がやればいい、そう思います」

それが少女の、どうしようもない本音だった。
ミリアはその本音をどうしようもなく身勝手で醜い願いだと思っているようだった。
何処か苦し気にキュッと眉を寄せているが、オデットは失望するでもなく眩しい物を見る様に目を細める。
そこで少女は暗い顔になってしまった事に気付き、取り繕うように何時も通りの笑顔で努めて明るい声を上げた。

「とにかく! 私はオデットさんの味方ですから。困ったことがあったら兄に言えないようなことでもなんでも相談してください。
 私じゃ頼りにならないかもしれないですけど、一人で抱えず話す事で楽になることもあると思いますから。
 魔族であるオデットさんがどうして勇者である兄さんと旅をしているのか、その理由は気になりますけど、それについては今は聞きません。
 いつか話せる日が来たら話してくださいね!」

そう言ってミリアは背後に咲き誇る花にも負けぬ笑顔をオデットに向けた。
眩しすぎてオデットは直視できず、思わず目をそらす。

戦いを嫌う、本当にやさしい少女。
彼女は”私たち”とは違うのだ。
そんな彼女もオデットの”本当”を知ってしまったらどうなるのだろうか。
今の言葉のように見方で居続けてくれるのだろうか。
そう思えばオデットは語る事が出来なかった。

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32勇者 ◆H3bky6/SCY:2018/03/31(土) 17:52:37 ID:IGpGfdUc0
「ぐ……………あッ!!」
「兄さん……ッ!!」

闇を引き連れた鋭い斬撃が勇者を切り裂いた。
倒れた勇者の下に慌てて駆け寄った魔法使いが癒しの光を放つが、その顔色がみるみる青ざめたものになってゆく。

「どうして!? 傷が、治らない…………!」

回復魔法を休むことなく唱え続けるが、傷が全く塞がらない。
袈裟に切り裂かれた傷口からは暗黒のような煙が沸き立つように上がり、その斬撃がただの斬撃ではない事を知らしめていた。

「よもや勇者が本当に生きていたとはな」

勇者の前に立ち塞がったのは、魔王の右腕ともいえる魔王軍の大幹部、暗黒騎士だった。
闇の巫女の予言により、新たなる勇者の出現を予期した魔王ディウスは、勇者の生まれるとされる里へと自ら赴き里ごと全てを滅ぼした。
のみならず、慎重で用心深い魔王は聖剣の眠る聖地へと先兵を遣わせ聖剣を封じるべく策を打ったのである。
決して敵を侮らない念入りで周到な魔王の先手を取った抜かりない対策と言えるだろう。

だが、魔王軍の耳に届いたのは、聖剣封印の知らせではなく、先兵を率いるガルバイン敗走の知らせだった。
何の間違いかと思ったが、その後に続く知らせを聞くうちに疑惑は確信へと変わる。
黄金の聖剣を持つ勇者は生き延びていた。
魔王を殺しうる唯一の人間が生き延びたと言うのは魔王軍にとって最大の脅威である。
故に、事実確認とその排除のため魔界最強の剣士、暗黒騎士が動いたのだ。

「ふん。だがどちらにせよこれで終わりだな」

息の虫となった勇者へ止めを刺すべく、魔剣を片手に暗黒騎士が歩を進めた。
背後に近づく死の気配を感じながらミリアは回復の手を止めず、兄を庇うようにして覆いかぶるように身を寄せる。
だがそんな抵抗は無意味だ。暗黒騎士の一刀は兄妹を仲良く切り裂くだろう。

だが、その前にフードの女が立ち塞がった。
フードの下の顔を見た暗黒騎士が兜の下の眼を見開く。

「? …………!? そうか、お前か……!」

目の前の相手が何者であるか認識し、暗黒騎士は愉しげに喉を鳴らして笑った。
これは騎士にとっても完全に予想外の再会であった。

「クククッ……そうか、生きていたのかオデット。
 なるほど勇者に与して我らに復讐でも果たそうとでも言うつもりか!?」
「私は別に…………そんなつもりじゃ」

オデットは気圧される様に眼をそらす。
煮え切らないその反応に暗黒騎士は吐き捨てる様に笑い、剣を収めた。

「まあいい。ここは引こう、あの方の御判断で見逃した貴様を私の一存で殺すわけにもいかん。
 だが、貴様も知っていよう。我が魔剣に斬られた者は呪いにより死に絶える、わざわざトドメを刺さずとも勇者の命運は既に尽きた」

暗黒騎士の持つ漆黒の剣。
魔界に蔓延る呪いを凝縮させた魔剣だ。
この魔剣でつけられた傷は治らず。
この魔剣でつけられた傷は身をむしばむ。
傷一つで死に至る、呪いの魔剣である。

「しかし、貴様のようなものが勇者と共にあったとは、笑い草だなぁオデット」

魔族を殺す勇者と共にあった同族を嘲笑いながら、暗黒騎士は去った。
取り残されたのは自らを偽る魔族と何もできない魔法使い、そして朽ち果てた勇者。
ここに居たり勇者は一度目の死に至った。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

33勇者 ◆H3bky6/SCY:2018/03/31(土) 17:53:51 ID:IGpGfdUc0
魔界最強の剣士の強襲を受け、未熟な勇者は敢え無くその命を落とした。
これで彼らの冒険は終わり、とはならなかった。
死亡したのは勇者である。
人類の希望はそう簡単に潰えてない。潰えることを許さなれていない。

現れた光の賢者の導きにより、二人の少女は勇者の復活に一縷の希望を託し死者を蘇生することができるという命の宝玉を求めて旅に出た。
苦難の道のりだった。
女二人、導き手である勇者を失った旅は様々な苦難があったことは想像に難くない。
広大な海を越え険しい山を越え、幾多の苦難を乗り越えた先に、孤島に聳え立つ月牙の塔へとたどり着いた。
その頂点に存在する賢人の試練を乗り越え宝玉を手にし、遂に勇者の蘇生を果たしたのだ。

そして勇者が蘇った夜。
彼らは小さな港町にある宿に泊まり身を休めることとなった。
普段は同部屋になることも少なくないが、田舎町にしては大きな宿屋で魔王軍との戦争の影響か客も少なくそれぞれ個室を取ることができた。
無駄遣いに厳しいミリアも復活祝いの今日ばかりは寛容だった。

一人部屋でベッドに寝転がっていたカウレスは眉根を寄せ苦しげに目を開いた。
身を起こす。
死を経験し蘇生した直後という事もあるのかどうにも気分が悪い。

そもそも勇者は眠らない。そんな無駄な機能は勇者には必要がない。
確かに眠れば体力と魔力が全快すると言う特性を持つが、状態異常まで治る訳でもない。
眠れないのなら無理に眠ろうとするより、外の空気を吸った方がまだマシだろう。
枕元に立てかけていた聖剣を背負い、部屋を出たところで廊下の窓辺で一人佇むオデットを見つけた。

「眠れないのか、オデット」
「……カウレス」

美しく夜に浮かぶ赤い瞳がカウレスを捉えた。
彼女は目を合わせることに恐れるように深くフードを被り直す。
そのフードの端から覗く横顔が、淡い光に照らされ儚げな美しさを引き立てる。

「月を見ていました」
「月?」

オデットが窓の外に視線を戻す。
その視線を追うようにカウレスも空を見上げた。
夜の帳が落ちた雲一つない空に、ぽっかりと浮かぶ蒼い月がある。

「月は好きです、私の故郷では月があまり見えなかったですから」

彼女の生まれた魔界の空は常に暗雲に覆われ月も太陽もない。
日のない世界で生きてきた彼女にとって太陽は少し眩しすぎる。
優しい月の光くらいがちょうどいい。

「故郷か…………」

傍らの勇者がポツリと呟く。
遠くを見つめるようなその瞳に沈むような暗い炎が宿る。
その炎が彼の原動力だ。
自身すら焼き付く煉獄の炎。
魔族を殺して、殺しつくす黄金の聖剣を担う勇者。

「そう言えば、まだちゃんとお礼を言っていなかった。また君に助けられたようだオデット。改めて感謝している」
「そんな、勇者は人間(わたし)たちの希望ですから、助けるのは当然の事です。魔王は倒なければなりませんから」

言って、オデットは自分で呆れてしまう。
人間の希望などどの口が言うのか。
けれど魔王は倒さねばならない。
この呪いを解くために。

「魔王、か…………オデットどうして君は、そこまで魔王討伐に拘っているんだ」

その問いにオデットが驚いたように眼を見開いた。

「…………意外ですわ。魔族を狩ること以外興味のない人だとばかり」

余りにも予想外で、思わず率直すぎる感想を口していた。
それなりに共に旅をして長いが、そのようなことを聞かれたのは初めての事だったからだ。
今更といえば今更過ぎる問いである。

34勇者 ◆H3bky6/SCY:2018/03/31(土) 17:54:33 ID:IGpGfdUc0
「失礼だな…………だがいや、その通りだ。
 正直、魔王討伐に使えるのならばキミの事情など知っても知らなくてもどちらでもいいと思っていた。その考えは今も変わらない。
 ただ、知っても知らなくてもいいのなら、知っておいてもいい。そう思っただけさ」

死を超えたからか、それとも命を救われた事によるものか。
それは些細なようで、大きな変化のようにも感じられた。

カウレスは魔族への復讐と関わりのない事には対して興味のない人間だった。
だからこそ、魔族であるオデットが取り入ることができたし、正体を詮索されることもなくここまでやってこれたのだ。

「…………私の事情なんて別段今の世の中では珍しい話でもありません。
 魔王に父を殺され、このような悲劇をもう繰り返してはならないと、そう思っただけです」

曖昧に言葉を濁す。
多くを語ればボロが出る。
この魔族を恨む苛烈な勇者に正体を知られる事だけは何としても避けなければならない。

その言葉をどう受け取ったのか。
カウレスは正面からオデットを見た。
不思議な瞳だ、燃えて濁っているようで純粋で澄んでいる。

「……君は僕に似ている」
「それは…………喜ぶべき言葉なのでしょうか?」

どう受け取っていいものか判断に迷う。
彼に限ってまさか口説いている訳でもあるまい。
魔族であるオデットが勇者に似ているなどと笑えない冗談である。

「どうだろうね。他の勇者ならともかく僕の場合は褒め言葉にならないかもしれない」

歴代の他の勇者がどう在ったのかは分からないが、カウレスは勇者と言うよりも復讐者だ。
少なくとも本人はそう自覚している。
そんな相手に似ていると言われても名誉であるとは言えないだろう。

「ただ、君の同行を許したのは魔界の内情に詳しいという話を信じたからじゃない。君が僕と同じ目をしていたからだ。
 僕と妹から全てを奪った魔族を僕は絶対に許せない。君はどうだオデット? 君は一体何を許せないでいる?」
「そんな、私は…………」

否定しようとして言葉に詰まる。
ミリアのように復讐は無意味だとまでは思わないけれど、それでも復讐など考えたこともない。
ただこの身を蝕む呪いを何とかしたいだけ。
それは嘘ではない。
だが、本当の事でもないのかもしれない。

果たして本当に、あの時何も恨まなかったのか?
復讐を考えなかったというのは、誰も恨まなかったという事ではないのではないか?
同類は同類を知る。カウレスはオデット自身すら理解してない昏い炎を見抜いていた。

「……そう、ですね。私は許せないでいるのかもしれません。
 けれど、それでも復讐を望んでいる訳ではないのです」

オデットは戦いは嫌いだ。
身勝手に戦う魔族たち(あいつら)のようになりたくなどない。
復讐だと言うのならば、そう生きることこそが彼女の復讐なのだろう。
頑なに人を喰らわなかったのも、諦めて死を選ばなかったのもそれ故なのかもしれない。

闘争を好む魔族らしからぬ性格となったのは人間との共存を願った父に育てられたからこそである。
オデットの父は人族と魔族の共存を願い、オデットもその願いの助けとなってきた。

だがそれは父の願いだ、彼女の願いは父に支えになることであり共存ではない。
父はそのために働き処刑までされた。
何故父が人間を助けようとするのか、オデットには理解できなかった。

人間界に落ち延びてからは、辛いだけの日々だった。
その地獄のような日々の中で美しく咲き誇る花を見た。
穏やかな日々を生きる人々の暮らしを見た。
人間界に落ち延びてから辛いだけの日々だったけれど、この世界で確かに美しいモノを見た。
父の願いが、今なら少しだけ分かるような気がした。

「私が望むのはこの大地の平和。
 そこに嘘はありません…………それだけは信じてもらえますか?」
「ああ、君を信じよう。オデット」

空を見上げる。
そこには丸い月が浮かび、冴え冴えとした光が二人を照らしていた。

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35勇者 ◆H3bky6/SCY:2018/03/31(土) 17:55:53 ID:IGpGfdUc0
そして運命は大きく変わる。
何者かの悪意に弄ばれるように、殺し合いへと巻き込まれた。

拉致されたのは正真正銘の異界である。
見たこともない衣服を着た多くの人間。
見たこともない材質で作られた建造物たち。
魔法ではない謎の力を使う世界の支配者。
そして同じ舞台に立つ、魔王。
嘗てない異常事態である事は明白だった。

そしてこの地における初戦。
人類最凶の暗殺者との戦闘において醜い裏切りにあいオデットは瀕死の傷を負ってしまった。

普段のオデットは呪いによる飢餓を、強靭な理性と信念、そして聖剣による恐怖心でようやく押さえつけている。
だが、ここに聖剣はなく、瀕死にまで追い込まれたことにより理性が崩壊し魔族の本能が顔を出した。
彼女を咎めるモノは何もない。
そうして初めて人の肉を口にする。

あれ程嫌だったのに。あれ程我慢してきたのに。
どれ程に気高い理想を掲げようとも、所詮魔族は魔族。
一枚剥げばそんなものだと。自らに対する深い失意と絶望。
尤も、あの時はそんなものを感じる理性もありはしなかっただろうが。

それは決してやってはならない事だ。
そう自らに誓いを立てた。
自分がそんなことをしてしまうなど彼女にとってはどうしても受け入れがたい。

だから――――自分ではない他に理由を求めた。
己ではなく己の中に凶悪イメージを仕立て上げた。
ちょうどいい事に、そのイメージを押し付けるのに都合がいい存在がいた。
それは先ほどまで戦っていた、人を殺す事を何とも思わない凶悪なダークスーツの男。
この男ならば、冒涜的行為を行ってもおかしくはない。

血肉を喰らい取り込むという儀式的な行為も都合がよかった。
そう言った経緯があるのならば、内側にあの男が入り込むこともあるだろう、そんな自らを騙す”納得”を得た。
そうして本来のヴァイザーとも違う、自らに襲い掛かってきた男という凶悪なだけの人格に身を任せた。

だが、それも一時的なモノである。
肉体が回復すれば、精神も回復し正気を取り戻すこともあったかもしれない。
だがそうはならなかった。

決定的だったのが第二放送である。
魔王――――ディウスの死を知った。
ディウスが死んでも呪いは解けないという事実を突き付けられたのである。
唯一と言っていい希望が潰えたのだ、心が潰れるには十分な理由だった。

そこからは転がる様に堕ちていった。
人を害し、神すらも喰らい、これまで抑え付けていた衝動を晴らすように暴れまわった。

魔の頂点である邪神の肉は魔族にとっては劇薬だった。
肉体を明確に変質させ、属性に変化と安定を齎した。
もはや後戻りのできない領域で、別の自分が安定してしまった。

そうして、人類最高の暗殺者の手により再び死に瀕して。
そこで自らの醜さを自覚した。

何か恐ろしい物から逃げる様に、訳も分からず駆けだした。
駆ける両足は野太い血管が浮き出て、異常なまでに肥大している。
へし折られた首は異常な筋肉で支えられていた。
その肉体は可憐な少女の物とは呼べない。

36勇者 ◆H3bky6/SCY:2018/03/31(土) 17:57:03 ID:IGpGfdUc0
死を拒絶するように、生を求めるように、暗闇の中で光を求めるようにひた走る。
目的地などない疾走。
それは逃避なのか暴走なのか、分かる者などいない。

肉体は変質し、精神は分裂し、魂は穢れ落ちた。
オデットと呼ばれる少女の面影などどこにもない。
もはや正気であるのかすら疑わしい。
いや、とっくに狂っているのだろう。

それはいつから。
魔王の死を知った瞬間からか。
佐藤道明に爆破され瀕死に追い込まれた時からか。
それとも、父を失ったあの日からか。

二度の死に瀕して、彼女は自らの醜さを知った。
生きるためには他者を侵し、生きるために他者を喰らう。
高潔だった魂は醜く爛れた。
高潔であったからこそ、彼女はその醜さに耐え切れない。
もはや目を背ける事すら許されない。

生きることは斯くも醜い。
ならば。
ならば、死は美しいのだろうか。

彼女にとっての死のイメージは美しい黄金だ。

これまで幾度も死を予感したことはあった。
飢餓で死にかけたこともあった。
魔王に処刑されそうになった事だってある。
だが、あの出会いは、そのどれよりも色濃くその印象を塗り替えた。

花弁のように舞う光の粒子。
黄金の剣を持つ勇者。
何故、勇者と旅をしたのか。
解呪という目的があったとはいえ、それ以上のリスクを犯しながら何故旅をつづけたのだろう。
出会ったあの瞬間から、あの黄金に、きっと惹かれていたのだろう。

私を縛る心地のよい恐怖。
死を忌諱するからこそ安堵する。
醜い生を塗りつぶす美しい死。
あの輝きが傍らにあれば、私はきっと正気(まとも)でいられたのに。

どれ程の間、理性なき疾走を続けていたのか。
主催者の手により首輪の縛りから解放されたのは幸運だろう。
そうでなければ、禁止エリアで誰にも知られることなく下らない結末に陥っていた。
いや、あるいは、そちらの方が幸運だったのかもしれないが。

そして明かり一つない夜の暗闇の中、視界の端に浮かぶような淡い光が見えた気がした。
考えるよりも早く足はそちらに向いていた。
光を追い求める。

まるで燃え盛る炎に群がり自らの身を焼く羽虫のようだ。
忌まわしくも懐かしい黄金色に誘われるようにしてたどり着く。
そうして、欠けた何かを埋める様に、太陽よりも眩しい黄金の光に飛び込んだ。

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37勇者 ◆H3bky6/SCY:2018/03/31(土) 17:58:02 ID:IGpGfdUc0


そうして、一撃の下に両断された。


自ら襲い掛かったのでは殺意感知も意味がなく、攻撃の瞬間を狙われては瞬間移動も意味はない。
反射的に振るわれた黄金の刃は当然のように熱したナイフでバターを切るが如き滑らかさで胴体を中心から両断した。
腹部は脇腹の端だけが辛うじて繋がり、折れた枝木のようにくの字に曲がった体は、断面から鮮やかなまでに赤い血液と共にその中身を辺りにぶちまけていた。
神の再生力により両出された肉と肉が、再び繋がりを取り戻そうと蠢くが、聖剣による一撃はその再生を許さない。

「…………………」

勇二は足元を一瞥する。
咄嗟の事で驚いたが、勇二には怪我一つない。
邪神の肉を喰らった魔族など、聖剣使いの恰好の獲物でしかない。

転がるのは全身が醜くも爛れた黒い角の生えた怪物だった。
張りつめた筋肉には血管が浮き出ており、女性的な特徴は見て取れない。
ただ赤い瞳だけが美しく煌々と輝いていた。

「そうだ…………オデットさんを探さないと」

呆けていた頭を切り替える。
勇二からすれば、襲い掛かってきた怪物を撃退したに過ぎない。
怪物から視線を切ると、聖剣を背に担ぎ直して踵を返した。
自らを庇い死んでいった彼に報るためにも最後に残ったカウレスの仲間を探す。
家族も仲間も失った勇二の目的はそれくらいしか残っていなかった。

今しがた自らが両断した怪物が探し人であるなど知る由もない。
カウレスから聞き及んでいた特徴とはあまりにも違う。
そもそも特徴を伝えたカウレス自身が魔族だと把握していなかったのだ。
変質した今となっては認識しようもない。
このような怪物がオデットであるなどと思うはずもないだろう。

勇二は怪物を顧みることなくその場を後にする。
オデットを照らしていた光が遠ざかって行き、追いすがることもできず暗闇に取り残される。
これまでの報いを受ける様に一人無様に死を迎えるのだろう。

「もしかして、オデットさん……………?」

だが、どうしてそう思えたのか。
立ち去ったはずの勇二が引き返し、倒れたオデットを見下ろしていた。

余りにも変わり果てたオデットの姿。
だがそれでも、もしやと思う事が出来たのは人も魔も共に暮らし差別も区別もしない勇二だからこそなのかもしれない。
驚きの表情を浮かべるオデットを見て、勇二は確信を得た様に声を上げた。

「やっぱり! いま回復を……!」
「………………待、って」

慌てて傷を治そうとする勇二をオデットが制する。

「…………分かるでしょう………………?」

勇者として覚醒した勇二は他者に対する回復魔法を習得している。
だが、勇者の力は魔を殺す為だけのもの。
ただの魔族であった頃ならまだしも、邪神の属性を得た今のオデットにとっては毒にしかならない。
忠告の意味を理解し手を止めた様子を霞む瞳で確認して、オデットが呟くように漏らした。

「そう……彼方が、勇者なのね」

暴走に次ぐ暴走を重ねてきたオデットだったが、驚くほど心持は穏やかだった。
見紛うはずもない震えるような黄金の剣を前にして、沸き立つような熱狂は一瞬で醒めていた。
心暗い所を強制的に照らされるような畏怖と羨望が心を満たす。

黄金の聖剣を持つ者、その意味するところを彼女が理解できなはずがない。
だって、旅をしたのだ、勇者と。
共に旅をしたのだ。

「……………………カウレスは……どうしたの?」

オデットは自らの知る聖剣の使い手の所在を尋ねた。
目の前の少年は聖光に包まれ聖剣を使いこなしている。
それは聖剣の所有権が移譲されているという事だ、
その指し示す意味はつまり。

「…………カウレスお兄ちゃんは、僕を護って死んでしまったよ」

その結末を聞いて、オデットは少しだけ悲しむように眉根を寄せて、安心したように息を漏らした。

「そう、それは…………よかった」

復讐に囚われ復讐にしか価値を見いだせない少年だった。
そんな彼が何か別のモノに命を投げ出すほどの価値を見いだせたのならば、それはきっと良い事だったのだろう。

今更になってカウレスと言う少年の素顔が見えた気がした。
カウレスがオデットの真実を知らなかったように、オデットもまた彼を見ていなかった。
復讐に囚われていただけで、きっと心優しい少年だったのだ。
そんな事を想う。

38勇者 ◆H3bky6/SCY:2018/03/31(土) 17:59:25 ID:IGpGfdUc0
「さぁ…………トドメを、刺して」

自ら首を差し出す力は残っていないがせめて潔く。
かつての父のように静かに目を閉じる。
取り繕いではなく、心の底から穏やかに死を待つ。

これまで数々の醜態を晒してきた自分はきっと世界一醜い。
綺麗事をほざいていただけに余計に性質が悪い。
そんな自分を自覚してしまったのだ、いっそ消えてしまいたい。

それなのに他者を食い物にしてまで、死にたくないと願ったのは何故なのか。
何のために醜くもここまで生き延びたのか。
今際の際に立たされた今になってわかる。

生に固執していたのではない。
死に固執していたのだ。

聖剣。
魔族を殺す黄金。
私を殺す黄金。

私の恐怖。
私の死神。
私の覚悟。
私の決意。
私の希望。
私の天敵。
私の黄金。
私の運命。
私の死よ。

彼女の死はあの瞬間、あの出会いから決まっていた。
この黄金の剣こそ彼女の死だ。
他の死に方は嫌だった。
どうかその聖剣で殺してほしい。

「―――――嫌だ」

だがその望みを、勇者ははっきりとした口調で拒絶した。

「…………私の命を奪う事を気にする必要はないわ。
 私が、襲い掛かって返り討ちにあっただけなんだから…………。
 馬鹿な魔族が死ぬ…………それだけの話よ」

襲い掛かったのはオデットの方である。
自業自得だ、同情の余地はない。
それに勇者に魔族が切り殺される。
故郷ではありふれた光景が、この地でも繰り返されただけの話だ。
それだけの話だ。

「そんなのは嫌だ。絶対に僕は殺さない。絶対に助ける」

だがそれでも、勇者は拒絶する。
世界にありふれた悲劇を否定する。

「どうして……あなたは勇者なのでしょう……?
 私は魔族よ…………勇者は魔族は、斃さないと」

勇者とは人族の希望にして魔族の絶望。
魔族を殺す決戦兵器の名だ。
勇者ならば殺すべきだ。
その言葉を否定するように、勇二は悲しげに首を振る。

「それがなんだって言うんだ! 魔族であることは、そんなに悪い事なの…………?」

勇二にとって妖怪や幽霊は家族のようなものだだ。
勇二は人間でありながら、退魔の名家田外の人間として妖怪や幽霊に囲まれて育った。
それは魔族でありながら、人間と共に暮らしたオデットのように、当たり前にそこにいるモノだった。

勇二にとっては同級生のいじめっ子も悪い幽霊も何も変わらない。
いい人間がいればにいい妖怪もいる。
人間を襲う妖怪もいれば、妖怪を食い物にする人間もいる。
それだけの当たり前の事なのに。

それなのに、オデットは魔族が殺されるべき悪しきモノののように語り。
勇二の持つ聖剣も魔族は滅ぼすべき悪だと語り掛けてくる。
それが勇二は嫌だった。
どうしようもなく腹が立つ。

「勇者がなんだ、魔族がどうした…………!
 僕はオデットさんを助けたい、オデットさんを殺したくなんかない!
 だから助けるんだ! 誰にも文句は言わせない!!」

勇者ではなく勇二としての言葉を叫ぶ。
愛も、カウレスも勇二を庇って死んでしまった。
勇二の力が足りなかったから助けられなかった。
大事な人を助けれない悲劇はもう御免だ。

勇二らしい勇者。
カウレスの最後の言葉を何度も思い返して、その言葉の意味を、ずっとずっと考えていた。
勇気をもって自らの意思で選択する。
もう、聖剣なんかには従わない。

「無理よ…………私はもう…………………助からない」

体は殆ど二つに分かれ、色んなものと共に血も体から流れ出している。
こうして喋れているのが不思議なくらいだ。
わざわざトドメを刺さずとも死を待つだけの女である。
もう余命は幾許も無いのだ、せめて望みの死をくれてやるのが慈悲だろう。

39勇者 ◆H3bky6/SCY:2018/03/31(土) 18:00:26 ID:IGpGfdUc0
「そんなのは認めない」

だが、慈悲などない。
慈悲のために救うのではない、救いたいから救うのだ。

「けど…………どうやって」

聖の頂点である勇者には魔の頂点である邪神を救うことはできない。
勇者の一撃は再生を許さず、都合のいい回復薬もない。
ならば、とれる選択など一つしかなかった。
勇二は聖剣を地面に突き立て告げる。



「――――――――――――聖剣を破棄する」



剣から手を放す。
個人で世界を革命出来るだけの力の所有権を破棄する。
歴代勇者が猛毒と知りながら誰一人として捨てる事の出来なかった力を、勇二は何のためらいもなく放棄した。
勇二の勇者に聖剣はいらない。

「あぁ……………ッ」

勇者の力が粒子となって舞い上がり、闇に溶ける様に消えて行く。
オデットの死の象徴が霧散していく。
それまるで儚くも散りゆく花吹雪のようだった。
オデットは倒れこんだまま、名残惜しげに光の残滓を見送った。

そして黄金が徐々に色あせて行く。
聖剣は化石のように色を失いついに名残も残さず灯は消えた。

耳鳴りがするほど静かな、肌寒い夜。
乾いた風が吹いた。
夜の帳が落ちる。

「さあ、僕は踏み出したぞ。オデットさんも諦めて僕に助けられろ!」

傲慢に勇者が告げる。
あと一歩の勇気を求める。

勇者とはなんだ。
世界を救う力を持つ者の事か。
困難に立ち向かう者の事か。
巨悪を討つ者の事か。
そのどれもが正しく、そのどれもが違う。

「私自身が多くの人に迷惑をかけたわ。あなたにだって襲い掛かった、今更助かったところで」
「…………それなら僕も同じだよ。いろんな人に迷惑をかけた」

オデットの返事など待たず、言いながら霊力による糸で分断された体を縫合する。
勇者の力が消滅したことにより回復魔法は使えなくなったが、同時に再生阻害も消滅した。
これほどの深手、神の力を得たオデットの生命力をもってしても、生き残れるかは五分だが。
体は繋げた、後はオデットの再生力に任せるしかない。

「だから一緒にやり直そうよオデットさん。死んじゃうなんてそんなのは逃げてるのと同じだよ」

あぁ、とオデットがあきらめた様に息を漏らす。
余りにも正しく、余りにも眩しい、余りにも残酷な存在。
自信の勇気で他者を救うのではなく、他者にも勇気を求める勇者。
その勇気を以て、他者に勇気を与えられる者。
それが勇二の示す勇者の形。

「そう…………今回の勇者は、厳しいですのね」

ふと空を見上げる。
そこには当たり前の様に月が浮かんでいる。
いつかと同じく傍らには勇者がいる。
あの時とは違う勇者とあの時とは違う異界の月を見上げていた。

【H-5 草原/真夜中】
【田外勇二】
[状態]:人間、消耗・大
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式
[思考]
基本方針:自分らしい勇者として行動する
1:ワールドオーダーを倒す
[備考]
※勇者ではなくなりました

【オデット】
状態:再生中。胴体両断。首骨折。右腕骨折。神格化。疲労(大)、ダメージ(極大)、首輪解除、マーダー病感染
装備:なし
道具:リヴェイラの首輪、携帯電話
[思考・状況]
基本思考:-
1:勇二に助けられる
※ヴァイザーの名前を知りません。
※ヴァイザー、詩仁恵莉、茜ヶ久保一、スケアクロウ、尾関夏実、リヴェイラを捕食しました。
※現出している人格は最初からオデットでした

40勇者 ◆H3bky6/SCY:2018/03/31(土) 18:00:48 ID:IGpGfdUc0
投下終了です

41名無しさん:2018/04/29(日) 19:23:18 ID:9WVM2ZhU0
遅ればせながら投下乙

42 ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 00:52:11 ID:CdEWYDVs0
投下します

43HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 00:53:22 ID:CdEWYDVs0
「なぜ氷山リクなのカ、だって? オカシナことを聞くネ。

「何故も何も決まっているだろウ。それは彼が特別だからだヨ。

「ふゥむ。それは理論の順序が逆だネ。
 特別性の惑星型怪人に選ばれたから彼が特別なんじゃない、特別だから特別な惑星型怪人の素体として選ばれたのサ。
 そうじゃなきゃわざわざ拉致なんてさせないヨ。

「まぁ基本的にはそうだネ、むしろ志願者で基準を満たしたキミの方がようなのがよっぽど特殊ダヨ。
 普通は志願された所でこちらの望む基準値を満たせないからサ。
 プロトタイプには志願を募ったガ、元から使い潰すつもりだったからネ。

「なに? 本人にいう事ではなイ? 隠し事はしない性質なのサ。正直モノだろウ?

「心配せずとも被験体の中でも能力(パラメータ)だけならばキミがトップだろうサ。
 あぁもちろん大首領は除くヨ? あの人はちょっとワタシから見てもイロイロとオカシイからネ。

「ふゥむ。キミ、ホントにカレの事嫌いだネ。まあいいけど。仲良くされるよりマシだしネ。

「彼が【基礎】に選ばれたのは優秀さではなく、適性の問題だヨ。

「第三世代型の特性は理解しているネ? 魔術的特性というヤツだ。

「いやいや、彼に魔術の才能なんてないよ、皆無ダといっていい。
 彼が魔術を使うのではなくて、彼はいわば触媒、使われる方だヨ。

「例えば、一般的に美を司る惑星と言えば金星とされているよネ?
 けれド、生命の樹(セフィロト)では金星の属するネツァクが意味するのは勝利ダ。
 美を司るのは第6セフィラのティファレトであり、ティファレトが指し示す惑星は太陽となっていル。
 つまりは解釈により指し示す結果が変わるんだヨ。これは観測学とも量子学とも違う、科学にはないファジーさダ。だから採用した。

「話はズレてはいないさ、そういう曖昧さを呑み込むのが資質というヤツなんだヨ。曖昧なのキライだろキミ?

「彼は曖昧さも呑み込む、それこそ恐ろしいくらいにネ。
 後にも先にもワタシが被験体に恐怖を抱いたのは大首領と彼くらいのものサ。

「なに? そうだよ彼は恐ろしい。
 あの二人はある意味で似た者同士だからネ。掲げる方向性が違うだけで根本は一緒なのサ。
 そこを理解しておかないとそのうち痛い目にあうかもしれないヨ?」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

44HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 00:54:04 ID:CdEWYDVs0
この街の全ては燃え尽きた。
度重なる大規模戦闘により街影は崩れ落ち、積み重なった屍の山は塵すら残らない。
最後には業火のような一人の女によって終焉を迎えた。
凄絶な生存競争の果てに残った勝者は、勝利の美酒に酔うでもなくギリと奥歯を鳴らし不愉快そうに顔を歪める。

彼女は苛立っていた。
どうしようもなく暴れたくなる衝動が消化不良で燃えカスのように燻っている。
だが彼女が不愉快そうにしているのは、その実珍しい事ではない。
いつの間にかカラッとしたお祭り女として通っていたが、昔から常にイライラしている火薬庫のような女だった。

ありのまま炎のような激情を燃やす女だった。
そんな彼女にとって世界はいつだって不満だらけだ。
嫉妬、僻み、嫉み、妬み、やっかみ。
有能であれば爪弾きにされる世界。
出る杭は打たれると言うが、しかし彼女は打たれないほど苛烈であり熾烈だった。
売られた喧嘩はその尽くを返り討ちにして来た。

だが、陰湿なジメジメとした湿気った奴らはそれすらもしない。
真正面から来ればいいのに、それが更に彼女を苛立たせる。
渡る世間はバカばかり、何もかもが気に食わなかった。
底に溜まった鬱屈とした感情を晴らすのは夏の祭りと喧嘩だけ。
そんな生き方をしていた。

なのに、それが変わってしまったのはいつからだったか。
いつの間にか師匠のようなものができ、相棒のようなものができ、仲間のようなものができ、ここに来て弟子のようなものまで出来た。
炎のような激情はいつの間にか安定を得たように静まり、心は平穏を悪くないモノとするようになっていた。

だが、その全ては燃え墜ちた。
全てを薪のようにくべて、今の火輪珠美という劫火がある。
その劫火は自身まで巻き込んで、全てが灰のように燃え尽きるまで消えることはないだろう。

片腕で器用にパワーバーの包みを解き、豪快に噛みしめる。
知らず噛みしめた口元が歪む。
全てが消えた。
原点回帰というヤツだ。

戦い。
そう、戦いだ。
全てが燃え尽きた跡に残った物などそれしかない。
いや、最初から彼女にはそれしかなかったはずだ。
それを何を勘違いしたのか。

味わいたいのは、燃え上がるような夜。
全てを忘れさせてくれるような絶対強者だ。
理由があって戦うのではなく、戦うために戦う相手を模索する。

だが、生き残りの中でボンバーガールを満足させてくれるほどの強敵が果たしてどれだけ残っているのか。
前回までの放送を思い出し、生き残りを頭の中で一人一人確認していく。

候補として真っ先に浮かぶ筆頭は龍次郎だ。
力と暴虐の化身。理不尽と破壊の権化。
あの龍とならば、きっと消し炭になるような灼熱の戦いができるだろう。
次いで連想されるのはモリシゲ、恵理子と有名どころの悪党どもと続いて、そして。

「…………そういや、あいつも生き残ってるんだったか」

バリボリと咀嚼する口元から蒼い火花が散って、放り投げたパワーバーの包み紙が燃える。
ここに来てとんと話を聞かないからすっかり忘れていた。

ジャパン・ガーディアン・オブ・イレブンの同僚にして実質上のリーダー。
白銀の断刃。シルバースレイヤー。氷山リク。
仲間と言う立場上、本気で戦りあったことはないが、きっと戦えばそれなりに面白い。

45HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 00:56:28 ID:CdEWYDVs0
「さて、と」

奴らはどこにいるのか。
どこに行けば出会えるか考える。
少なくともこの市街地にはいないだろう。
街ごと死んでいるかのように、どこにも生命の息吹が感じられない。
もう生きた人間はいないだろう。
仮に何者かが息を潜めているとしても、隠れ潜んでいるような小物には興味はない。

そうなると生き残った参加者はどこに集まる?
もはや人の集まる市街地を目指すなんて段階ではない。
この閉鎖された空間で最終的な目的地があるとするならば、それはこの会場の外に他ならない。
彼女自身にとってもはや脱出などもはやどうでもいいが、出口を目指す輩を待ち伏せると言うのは悪くない。

だが、肝心なその出口が分からない。
そもそも存在するのかも怪しいが、問題は本当に出口が存在するかではなく、出口を目指す参加者がどこを目指すかなのかである。
その予測がたてられれば待ち伏せもできるというものなのだが。

「…………あー、わっかんねぇな」

そんなもの珠美に分かるはずもない。
残念ながら頭を使うのは苦手だ。
頭を掻こうとして片腕がない事を思い出し、少しだけ虚しくなった。

「よし、なら――――――中央だ、中央にしよう」

深い考えはない。なんとなくだ。
頭ではなく直感に頼る。
あえて言うなら、真ん中の方がそれらしい。
ただそれだけの理由である。

だが、珠美の直感はよく当たる。
外れていたとしても一番高い所から花火を打ち上げて待てばいい。
そうすればきっと誰かが見つけてくれる。
見つけた奴を倒して行けば、きっとそのうち終わりが来るだろう。

「それじゃあ、いつものやり方でいくとするか」

握り締めた拳から火花を弾けさせる。
市街地から中央の山脈までは湖に挟まれているため、大きく迂回する必要があるのだが。
彼女の場合そんなことをする必要もない。

夜空に向かって花火が打ち上げられる。
その花火は断続的に爆発を繰り返しながら、湖の上を飛翔するように美しい軌跡を描く。
それは不吉なまでに美しい、流れ落ちる星の涙のようだった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

46HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 00:58:37 ID:CdEWYDVs0
それは切り取られたような四角だった。

この小さな世界の中心に聳える山の頂点にその四角はあった。
山頂にて開かれた鉄扉の先には、深淵へと繋がるような深い深い穴が口を開けていた。

扉を開けたリクは懐中電灯を取り出し、中を照らしながら落下しないよう慎重に穴を覗き込んだ。
広がる暗黒は吸い込まれそうなほどに深く、照らし出した白い光が暗闇に溶けるように消えて行く。
奥底が見える気配すらない。わかったのは光が届かないほど深い、という事だけである。

このままいくら照らしたところで無駄だろうと奥底の調査に見切りをつけ、リクは懐中電灯の光を側面へと移した。
無機質な壁面が淡く光を照り返す。
つるつるとした壁で覆わた壁からは粗雑に掘られたという印象は感じられない。
むしろ、こんな場所にあるとは思えないほど機械的ともいえる程、妙に整っていた。

その横合いから何かが放り込まれた。
亜理子がその辺に落ちていた砕けたダムの破片を拾い上げ放り投げたのだ。
落下する破片を視線で追うが、闇に飲まれて行ってすぐに見えなくなった。
その意図を察して眼を閉じ耳を澄ませる。
たが、数十秒待つが反響音は何一つ返ってこなかった。

「…………返ってこないわね」
「音が返ってこないほどに深い穴って事か?」

同じく聞き耳を立てていた少女にリクが問う。
その問いに亜理子はつれない態度で肩をすくめる。

「単純に音が届かないほど深いのか、緩衝材のような音を吸収する何が敷かれているか。それとも、物理的に繋がっていないのか。
 可能性だけなら何とでも」
「物理的に…………? 不思議の国にでも繋がってるってのか?」
「あら意外にメルヘンなのね。けれどウサギ穴には見えないわね」

不思議の国の少女と同じ名を持つ少女はくすりと笑う。
こんな所に開いているのだから不思議の国どころか地獄に繋がる奈落の底の方が連想しやすい。

「けど結局、ほんとに何なんだこれ? 井戸やダムの底の排水溝って訳じゃなさそうだが、こんなところに落とし穴なんて事もないだろ?」
「どう見ても自然にできた穴でもないのだから、何らかの役割を果たしていると考えるべきでしょうね」

穴の周囲の泥をつまみ、指ですりつぶしながら探偵は答える。
問われた所ですぐに断言することはできない。
探偵とはいえ一見ただけで超速理解とはいかないのである。
今の時点では推察と考察を重ねるしかない。

「この穴は最初からこの島にあって、殺し合いの邪魔になるから奴が封じていたという可能性は?」
「支給品として鍵が支給されている以上それはないわ、明らかに見つけてほしがっている」
「にしては見つけ辛過ぎだろ……」

そもそもダムの水の下に隠されていたのだ、ご丁寧に鍵までかけて、だ。
簡単に見つけられるものではない。
むしろこうして見つけられてのが偶然と幸運の産物である。

「そうね。こんな所にあるのは、見つけてほしい。けれどいきなり見つけられては困る。最悪見つけられなくてもいいから、かしらね」
「訳が分からん」

禅問答のようだ。
見つけてほしいが見つけられなくてもいい?
どういう事なのかリクには理解できなかった。

「そう難しい話じゃないわ。見つけられないようなのはいらないってこと」
「……なにか試練、のようなものか? それを乗り越える人間を待っている?」

その言葉に探偵は見つからないように少し笑う。
同じヒーローであるナハトリッターもそんな風に例えていた。

47HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 01:00:36 ID:CdEWYDVs0
「そうね。それに近いかもしれない」

探偵は同意する。
ヒーローはより一層首を傾け。

「つまりは、ここは出口かもしれない、ってことか?」

試練を乗り越えたモノが到達する最終地点。
不思議の国ではなく、見慣れた日常の国へと繋がる扉。
大胆すぎるこの予測を探偵は肯定こそしないものの否定もしなかった。

「だが、わざわざ奴が脱出口なんて用意すると思うか?」
「ええ、それはありえるでしょう。だって脱出手段はこれに限らずいくつか用意されているのですから」

女子高生探偵は当然のことのように余りにも想定外なことを言う。
その態度に、女の底意地の悪さを感じヒーローは怪訝な顔で眉をひそめる。

「とりあえず、詳しく聞こうか」
「そうね。私がここに来るために使った支給品なのだけど」

そう言って亜理子が取り出したのは『電気信号変換装置』通信先に転送するアイテムである。
龍次郎の元からリクの元まで亜理子が通信バッチ越しに現れたのはこれのおかげなのだが。

「例えば、外に繋がる携帯電話でもあれば、それだけで脱出は出来るとは思わない?」

それは青天の霹靂ともいえる発想だった。
通信先に転移できるという性能が適用されるのならばその通りである。
あっさりと脱出に対する具体的な脱出方法が提示されてしまった。

「だが、こんなところに電波がつながってるとは…………」

思えない。
そう言いかけて、雪兎が電波塔を気にかけていたことを思い出す。
どこかに電波は繋がっている、あの才女はそう言っていたのではなかったか。

「少なくとも、ここいるアイツと外にいるアイツ。それぞれ連絡を取り合っているのは間違いない、それに関してはここにいるアイツと接触したときに確認済みよ。
 仮に連絡手段が携帯電話でなくとも、その手段さえ奪ってしまえば脱出はできるの。
 そして、あの男がこの程度の穴に気付かないはずがない」

先ほどの鍵と扉の関係と一緒だ。
なにせ全てを用意したのはあの男自身なのだ。
わざわざ支給品として用意した以上、これは意図して開けられた穴である。

「なら仮にここもそうだとして、まさか飛び込めってこたぁないだろうな」

改めて穴を覗きこむ。
今のリクが落下すれば間違いなく死ぬ高さだ。
いや高さが分からない以上、万全の状態だって躊躇う高さだ。

「さてどうかしらね。何だったらあなたが飛び込んで確かめてみる?」
「いや、止めておく。判断するには材料が足りない」

リクは勇敢であるが愚かではない。
この状況で飛び込むのだとしたら、それは勇気ではなく蛮勇だ。
まだ、万策が尽きたわけではない。
まだこれが出口であると決まったわけではないし、一か八かを試すような状況ではないだろう。

「脱出口じゃなかったとしても何らかの手がかりであるのは間違いないわ。
 一応聞くけど、これがなんだが心当たりはあるかしら?」

探偵ではなく超常に通じたヒーローからの意見を求める。
と言われてもリクに思い当たる物など無い。
出るとしたら当たり前の発想くらいのものだ。

頭の中でイメージする。
縦に長い穴。何処かに繋がる道。四角。

「トンネル……いや、エレベーター…………か?」
「エレベーター……なるほど、その発想はなかったわ」

その呟きに少女は感心したように頷く。
それを皮肉だと感じたのかリクは口をとがらせる。

48HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 01:03:37 ID:CdEWYDVs0
「なんだよ」
「いいえ、褒めているのよ。恐らくは”それ”よ」

妙に確信を得たような言葉だった。
むしろ言ったリクの方が不可解そうである。
知識として構造を知るからこそレールもロープもないただの穴がそれだとイメージとして繋がらなかった。
期待した方向性とは違うが素人ゆえの発想だと言える。

「こんな所にか?」

山頂のダムの底。
そんなところにあるエレベーターなど、誰が使うと言うのか。

「こんな所だからよ。
 これがエレベーターだとしたなら、なにか呼び出す方法があるはず。いえ、むしろ彼は…………どうやって」

ぶつぶつと小さな声で呟きを漏らす。
思考に入り込んでいるのだろうか。
仕方なくリクが周囲が見るが少なくともスイッチらしきものは見当たらなかった。

「ともかく周囲を調べてみるか、なにか見つかるかもしれないし、」

唐突に、そこで言葉が途切れた。
会場の外と思しきはるか遠方の空が白んだ。
何事かと二人が視線をやろうとしたところで、足元がグラいた。

「なんだ…………!?」

地面が大きく揺れていた。
二人は咄嗟に倒れないよう体勢を低くして身構える。
一瞬、足元の山が噴火するのかと思ったが、どうやらこの孤島全体が揺れているようである。
リクは何が起きるのかと油断なく周囲を警戒するが、程なくして揺れは収まった。

「……地震、かしら?」
「と言うより、何かが落ちたような……」

距離が離れすぎていて明確ではないが、まるで遠くで巨大な何か、それこそ太陽でも落ちたかのような衝撃だった。
山頂という高所にいた二人だけに見えた物もしれないが、直前の閃光も気がかりだ。

「……夜明けにはまだ早いぜ」

まだ日も変わっていない夜も深い時間帯だ、太陽など昇るはずもない。
だが、一瞬だがあれほど世界を照らす光など、そうそうあるモノではない。
太陽。亜理子の頭に直前に出会った彼女を焼き尽くそうとした太陽が如き怪人を思い返される。

「………………まさかね」

ありえない想像を振り払う。
太陽の怪人と大首領が戦っているのはのこの孤島の東端辺りのはずである
光源はどう見積もっても島を超えた遥か先だった。
あれが戦闘の余波だとは考えづらい。

「おい、あれを見ろ」
「今度は何…………?」

何かを発見したリクが声を上げる。
今度の異変は先ほどの光があった北東とは逆の南東からだった。
亜理子が若干うんざりしながら振り返るとそこには煌めく七色の光があった。
先ほどの全てを塗りつぶすような圧倒的な光ではないが、水面に映える色取り取りの光は無視できない確かな存在感を示している。

「あれは…………花火かしら?」

打ち上げられた花火は一筋の流星のようだ。
煌びやかな光の帯は市街地から河を越えこの山に向かって伸びている。
断続的なその光はただの花火であるとは考えずらい。
何より、こんな状況で花火を上げるバカなど居るはずもない。

「心当たりがある。仲間だ」

だが、リクにはそのバカに心当たりがあった。
すぐに連想できなかったが、リクの発言に亜理子も思い至る。
JGOEのメンバーは一般に向けてプロフィールが公開されている。
その中に一人花火を操る花火使いがいたはずだ。

49HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 01:05:32 ID:CdEWYDVs0
「ボンバーガールね」
「ああ、恐らく間違いない」

頭痛を堪える様に額に手をやり首を振る。

「慎重を要するこの状況で、見つけてくれと言わんばかりの派手な移動方法を取るって……あなたのお仲間はそこまで考えなしなの?」
「返す言葉もないな。だが、頼りになる女だ。できれば、合流したい」

恐らくは相手の存在に気付いているのはこちらだけだ。
合流するにはどこかに行く前に迎えに行く必要がある。
だが、事件解決の手掛かりとなり得るこの場の調査を放置するわけにもいかない。

「迎えには俺一人で行こうと思う、あんたはここで調査を続けてくれ。
 俺はそっち方面ではあまり役に立てそうにないしな。枠割分担と行こう」
「そうね…………」

女子高生探偵は口元に手を当て考え込む。
確かにリクにその手のスキルは期待しておらず、探偵とは違うヒーローとしての発想力が欲しい場面でもない。
ここで戦力を分けるのは非常にリスクが高いが、役割分担と言うのは正しい方針である。
であるのだが。

「その方針自体に異議はないわ。けれど駄目、あなたを行かせるわけにはいかない」
「何故だ?」
「単純に、あなたに死なれると困るのよ」
「俺に…………? あんたの護衛役がいなくなるのが困る、って事じゃなくてか?」

戦力分散は別行動した場合の当然のリスクだ。
特に襲撃を受けた場合亜理子一人では対処できない。その護衛として残れと言うのならまだ分かる。
そういう意味では合流が果たせれば日本の誇るヒーローがもう一人戦力に加わる大きなメリットがあるのだが、それでも許可できない理由があった。

「ええ、貴方に死なれるのが困るのよ。だから今にも死にそうなあなたを行かせる訳にもいかないわ」
「それは俺が道中で誰かに襲われるかもってことか?」
「それもあるし、たどり着いた先に居るのが敵っていう可能性もあるわ」
「それは珠美じゃないかもって意味か? それとも……」

別の意味を含んでいるのか。
そう問うようにリクの視線が強まり、一瞬不穏な気配が二人の間に漂う。
その視線を亜理子は軽くあしらう。

「可能性の話よ」
「だからって、ここにいれば安全って訳でもないだろ」

戦場と化したこの場でどこに居たって危険地帯である事には変わりない。
実際の所、万全のシルバースレイヤーならともかく、重傷を負っている今のシルバースレイヤーは護衛としては心許無い。
先ほど亜理子を襲った太陽の怪人のような輩に襲われれば二人とも成すすべなく死ぬだけである。

「そうね、確かにそれはその通り。けど動かないほうが安全っていうのは道理でしょ?
 ともかくあなたにはやって貰わないといけない役割があるの、それまで死なれては困るわ」
「役割…………?」

そう言えばと、その言葉に先ほどの通信越しに漏れ聞こえていた亜理子と龍次郎の会話を思い出す。
完全に聞こえていたわけではないが、リクを何かに利用したいと言う話だったか。

「あんたは俺に何をさせたいんだ? ワールドオーダーを打倒するためだ、ってんなら協力はするが……」
「正しく”それ”よ」

確信を得たりと強い語調で探偵は言う。
それと言うのが何を指しているのか、リクはすぐさま理解した。

「それって…………つまりは、俺にヤツを倒してほしいってことか?」

ええ、と魔法少女の衣装を着た女子高生は頷きを返す。
だが、それは亜理子に促されずとも行う大前提である。

「言われなくともそのつもりだが。そこまで言うからには何か理由があるってことなんだな?」
「ええ。察しがよくて助かるわ」

聞き手の理解の速さに女子高生探偵は満足げに頷く。
ヒーロー組織の長だけあって頭の回転は悪くない。
と言うより先ほどまでの相棒が脳筋すぎた。
優雅さすら感じさせる所作で探偵はスカートを翻させる。

50HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 01:06:21 ID:CdEWYDVs0
「あなたには――――主人公としてラスボスを倒してもらいたいのよ」

その上で世界が終わらないことを証明する。
何ともバカらしい話だが、これこそがワールドオーダーを倒す唯一の方法。
そして亜理子の見立てでは属性として主人公たる資格を持っているのがシルバースレイヤーだ。
それらの推理を簡単にまとめて、リクへと聞かせる。

「……なるほどな。完全に話を理解できたわけじゃないが、あんたのやりたいことの大筋はわかった」

世界の終わりだとかいう話は懐疑的ではあるのだが。そこは問題ではない。
理解できたのはその話が真実であろうとなかろうと彼のすることは変わらないという事だ。
ワールドオーダーを討つ。シルバースレイヤーのなるべきことはそれに尽きる。

「あんたは俺が死ぬことを危惧してるようだが、俺があんたの言う主人公だってんなら、死ぬはずがないってことじゃないのか?」

リクが死に主人公不在となりワールドオーダーの目論見が失敗してしまう事を亜理子は危惧しているようだが。
ちょっとお遣いに出たくらいで死んでしまうような輩にはそもそもその資格がない。

「それは違うわ。この場では因果関係が逆なのよ、主人公だから死なないんじゃない。死ななかったから主人公なの。
 もちろんイコールではないし生き残ればそれでいいという訳でもない。少なくとも、私にはきっと資格がない」

俯きがちに目を伏せる。
自分には主人公というポジティブなイメージにそぐわないという後ろ暗さのような感情が彼女の中にはあのだろう。

「結局、その資格ってのは”それらしい”ってことだろ?
 あんたから言わせれば俺が一番”それらしい”。それはいいさ、そういう物だろう」

主人公に明確な基準などない。
ないが故に、こればかりは主観的な見解を基にするしかない。

「だったらなおさらだ。ここで動かないようじゃ俺じゃない、だろ?」

保身に走り動かないなどと言う選択肢は正義の味方の選ぶ選択ではない。
彼らしさが失われてしまえばそれこそ意味がないだろう。
世界を終わらせるに足る正義の味方でなければならない。
そうでなければ担ぎ上げるに値しなくなる。

「意外と口が回るのね、シルバースレイヤー」
「それは納得したと受け取っていいのかな? 探偵のお嬢さん」

ふふんとリクは自信ありげに息を吐き、諦めた様に亜理子は溜息を零す。
それはリクの意見を肯定するものだろう。

「よし。じゃあとりあえず、調査に使えそうな武器以外の道具はあんたに預ける」

荷物から取り出した工具セット等々を亜理子へと次々手渡してゆく。
亜理子がその処理に手間取ってる間にリクは気が変わって引き止められない内に出立する。
むろんそんな手が通用する相手でもなく、立ち去ってゆくその背に声がかかった。

「けれど忘れないで、もうどれだけ生き残ってるのか分からない状況であなたが死ぬと言うのはワールドオーダーに対する勝ち目がなくなる事に等しい。
 そのことを肝に銘じておいて、シルバースレイヤー」

【F-6 山中(ダム底中央)/真夜中】
【音ノ宮・亜理子】
[状態]:左脇腹、右肩にダメージ、疲労(中)
[装備]:魔法少女変身ステッキ、オデットの杖、悪党商会メンバーバッチ(1番)、悪党商会メンバーバッチ(3番)
[道具]:基本支給品一式×2、M24SWS(3/5)、7.62x51mmNATO弾×3、アイスピック、工作道具(プロ用)
    双眼鏡、鴉の手紙、電気信号変換装置、地下通路マップ、謎の鍵、首輪探知機、首輪の中身、セスペェリアの首輪
    データチップ[01]、データチップ[02]、データチップ[05]、データチップ[07]
[思考]
基本行動方針:ワールドオーダーの計画を完膚なきまでに成功させる。
1:エレベーター(?)を調査する
2:データチップの中身を確認するため市街地へ
※魔力封印魔法を習得しました

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

51HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 01:08:12 ID:CdEWYDVs0
傷だらけの重い体を押してリクが山道を下ってゆくと、水の臭いが鼻をついた。
土を踏みしめる足元の感触が不揃いの砂利の感触に変わる。
ゆったりとした川の音が耳を打つ、川岸が近いのが分かった。

リクの視界に夜空と同じ色をした川が映る。
それとほぼ同時に、静かな湖畔の静寂を破る炸裂音が響く。
火の粉をまき散らしながら女が空から降り注ぎ、川岸へと着地した。

「よぅ。出迎えご苦労。とりあえずド派手に近づきゃ誰か現れると思ったぜ」

現れたのはボロボロの巫女服を纏った隻腕の女だった。
女の苛烈さを示すように、踏み込んだ足元に黄色い火花が散る。
女は傲岸不遜な態度でリクを睨むと、好戦的な笑みを隠そうともせず口元を歪めた。

彼女こそ日本最高峰のヒーロー組織、ジャパン・ガーディアン・オブ・イレブンの一人。
爆破の天使ボンバーガール。火輪珠美である。

「お互い酷い有様のようだな」
「そうだな」

1日を経過しようとするここまで、多くの激戦が繰り広げられた。
その中でリクは瀕死と言っていい重症を負い、珠美も片腕を喪った。
職業柄、互いに疵を負うこと自体は珍しくもないがこれほどの重症は珍しい。
東京地下大空洞でのブレイカーズとの全面戦争以来かもしれない。
その事実がこの戦場の壮絶さを物語っている。

そんな状態でも相変わらずな仲間の様子に、リクは呆れながらも安堵したように息を漏らす。
自分を囮にして敵を誘い出すと言うのは喧嘩早い珠美のよくやる手段である。
自らの身を危険に晒す戦術には正一がよく苦言を呈していた事を思い出す。

「お前なぁ……ここでもそんなことやってんのか。
 だが、残念だったな、来たのが俺で」

来たのは同じ組織に所属する仲間である。
敵を望んでいた珠美の期待には応えられそうにない。
だが、珠美は機嫌を損ねた様子もなく、口元を歪ませる。

「そうでもねぇさ」

白い閃光。
珠美に向かって踏み出そうとしたリクの足が止まる。
リクの足元に弾丸のような何かが撃ち込まれた。
見れば、それはロケット花火だった。
誰が撃ち放ったかなど語るまでもない。

「どう言うつもりだ?」
「そう言うつもりさ!」

警戒するようにジリと砂利を踏みしめた足元を僅かに引く。
その真意を見抜くべく、相手の様子を捉える。
珠美が喧嘩腰なのはいつもの事だが、この状況で冗談でも味方を攻撃するほど見境がない女ではなかったはずだ。
女の瞳には紅い戦意と黒い殺意が綯交ぜになって燃えていた。
本気を察するには十分な炎だった。

「俺とお前が闘う理由がない」
「理由? そんなもんが必要か!? あたしが襲う、テメェはそれを迎え撃つ。それだけの話だろ!?
 それともなんだ? 大人しく殺されてくれんのか!? あぁ!?」

餓えた狂犬のように女が吼える。
リクどうあれ珠美は問答無用で襲い掛かるだけだ。
片方がやる気である以上、戦闘は不可避だろう。

だが、珠美はやる気のない相手を倒したいわけではない。
やる気を出してもらわないと困るのは珠美の方である。

「そうだな、戦う理由がないってんならくれてやるよ。
 あたしは――――――”怪人”だ」

怪人だと、そう呼ばれた。
吐き捨てるように自虐的に嗤う。
全く持って今の珠美には相応しい呼び名だ。
その言葉の意味するところ理解できていないのか、リクは訝しげに目を細めた。

52HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 01:10:31 ID:CdEWYDVs0
「ハッ。笑っちまうよな、そう呼ばれちまったよ。
 そう呼ばれるだけの事をしてきたぜ、この場で何人も殺した。悪人を狩ってたって訳じゃあないぜ。
 この場で仲間だった亦紅ってガキを殺したし、元々の相棒だったりんご飴も殺した」

ここに来てヒーローは地に墜ちた。
この告白が事実だとするならば、ボンバーガールは殺し合いに応じたという事になる。

「何があった? お前が殺し合いに応じるとは俺には思えない」

リクの知る火輪珠美という女は、確かに粗暴で好戦的な女だった。
だが、理由もなく誰かに襲い掛かるような女ではない。リクはそう信じている。
その信頼を唾棄して、珠美は忌々しげに吐き捨てる。

「けッ! お前はあたしの何を信用してたってんだよ!? お仲間としての友情か? それともヒーローって肩書か?
 んなもん勝手に周りがそう呼んでたってだけだろうが! 私は元からヒーローなんてもんになったつもりはねぇ!!
 あたしは変わっちゃいねぇ! あたしはあたしのやりたいように好き勝手暴れてただけなんだよ!!」

最初から珠美は”こう”だった。
いやそもそも、ヒーローなんて呼ばれていたのがおかしいのだ。
それなのに何故、ヒーローと崇められたのか。
それなのに何故、怪人と蔑まれているのか。

「…………ヒーローと怪人、何が違うってんだ?」

心のまま気に喰わない奴をぶっ飛ばし続けてきた。
それは今も昔も何も変わらない。
なのに、なぜこんなにも苦しいのか。
そんな助けを求める悲鳴のような問いに、青年は溜息のように大きく息を吐き。

「…………オッサンならうまく説明もできるんだろうがな」

そう少しだけぼやく。
考えを言葉にするのは得意じゃない。
そういうのは、どこぞの探偵の役目だった。
だが、目の前の女が必要とするのならば答えねばならない。

シルバースレイヤーの力は世界征服をたくらむ悪の組織ブレイカーズによって齎された力である。
それでもリクはヒーローと呼ばれ、他の改造人間は怪人と呼ばれている。
これほどこの問いに答えるに相応しい存在はいまい。
その違いは何か。

「別に、違いなんてないさ」

違いなど、そんなものはないと、理想のヒーローと称えられた青年は答えた。

誰かを助ければ正義なのか、誰かを殺せば悪なのか。
そんな単純な話ではない。
正義のために誰かを殺さなければないこともあれば、悪事が人を助けることだってある。
正義など元より曖昧なモノだ。

「結局は、世間がそれを受け入れるか受け入れないかそれだけの違いだ。
 お前が変わっていないと言うのなら、それは世界が変わったんだろう」

結局のところ世界がそれをどう受け取るかだ。
彼らがヒーローと持て囃されているのは社会正義と迎合していただけの話でしかない。
そして価値観や倫理観など時代によって容易く流動する。
それこそ龍次郎が世界を支配したのならあの男の価値観が正義になるだろう。

この世に絶対の悪はあったとしても絶対の正義などない。
その時代の社会正義を守る強き者がヒーローと呼ばれ。
その時代の社会正義を乱す強き者がヴィランと呼ばれる。
それだけの話だ。
定義することなどそもそもが不可能である。

「だから俺は一つだけ決めていることがある」

虚ろで曖昧な世界の中で決して揺らがぬものがあるとするのならそれは一つだけ。

「――――自分の正義を疑わない事だ」

どの世界においても唯一変わらない物、即ち己自身を信じる。
世界中が悪と断じようとも己だけは己を疑わない。
世界などという曖昧なモノを呑み込む、一見すれば分かりづらい強烈な自我が彼にはある。

53HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 01:12:31 ID:CdEWYDVs0
だが、それは。
ふと珠美の頭に疑問がよぎる。
彼の言葉にのっとるならば彼の行為が”たまたま”社会正義に沿ったものであるからこそ彼はヒーローとして扱われているだけで。
もし彼の正義が社会と相容れない悪だったとしたならば、どうなるのだろうか。
ともすれば龍次郎以上の悪として世界に君臨していたかもしれない。
己の行為に疑問を持たないというのはそういう事だ。

「お前はどうだボンバーガール。お前の中にも猛る正義の炎があるだろう?
 ここで何があったかは知らない、何をしてきたかも正確には知らない。
 だが今のお前の行いは、己の正義に反してはいないのか。自らの正義に恥じるものではないのか?」
「ッ…………!」

正義を問うその言葉に。

『最後まで己の中にある正義という炎を信じられなかった、それが――――――――』

気に食わない男のニヤケ面が脳裏に蘇った。

「正義だの下らねぇことを何の恥ずかしげもなく言ってんじゃねえよ!!
 あたしはお前のそういう所が最初から大嫌いだったよ。
 自分の中の正義? ねぇよ。あたしにはそんなもんねぇんだよ…………ッ!」

信じるべき己の正義などない。
あるはずがない。
あってはならない。
そうでなければ、これまでの己の行為を受け入れられない。

「あたしは好き勝手暴れられればそれでよかったんだ、あたしはずっとそうやって生きてきて、そうやってればあたしはすっきり出来ていい気分で生きてられたんだ!」
「その割に――――今のお前は苦しそうだぞ」
「ッ! うるせぇ……うるせぇよ! 勝手に人の心情を決めつけてんじゃ――――ねぇ!!!」

女の感情が弾け真っ赤な炎が燃え上がった。
喧しいまでの炸裂音と共に火の玉のような花火が炸裂する。

それを銀の刃が断つ。
二つに分かたれた花火が線を引く様に夜を裂く。
その光景を見て、ボンバーガールが不可解そうに眉をひそめる。

防がれた。それはいい。
感情に任せた一撃だ、シルバースレイヤーならば防いで当然と言える。

不可解なのはそこではない。
氷山リクは生身のままでシルバーブレードを引き抜いた。
何故、変身しない。
そこで青年の体に足りないモノがあることに気が付いた。

「ぁあん、テメェ、リク…………ベルトはどうした?」
「敗北し奪われた。今はない」

言い訳のない簡潔な答え。
肩を落として俯いた顔を片腕で覆う。

「テメェもかよ。ったく、どいつもこいつも萎えさせんなよなぁ」

女の落胆につられるように周囲を覆っていた熱気が冷めてゆく。
揺らいでいた女の眼が、静まる波のように定まってゆく。

「ああそうだな、リク……いや、シルバースレイヤー。
 認めるよ。テメェの言うとおりだ、迷いがあるからこんなにも苛立たしいんだ。
 ――――――決めた。あたしはあたしを疑わない。今のあたしを肯定する」

ゆらりと女が陽炎のように揺らめいた。
女は崩れかかった体を、自らの意思で立て直す。
散漫な炎が一つの大きな猛炎へと変わってゆく。


「――――――全て燃やし尽くす」


もう迷わない。
それは人間性を捨てるという宣言だ。
その暗い決意をヒーローは受け止める。

54HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 01:13:14 ID:CdEWYDVs0
「そうか。それがお前の決断なら、見過ごすわけにはいかない。俺を覚悟を決めよう。
 お前の炎がお前自身すら焼き尽くすと言うのなら、俺が止めてやる――――」
「やってみろ! 口だけ野郎――――――ッ!」

降り注ぐ七色の流星群。
その威力は先ほどの火球とは比べ物にならない。
明確に殺す気で放たれたその流星は恐らくガトリング砲に匹敵する。

生身で防げるものではない。
切り裂いたところで爆風が身を焦がす。

それを前に、リクが右腕を伸ばして構えを取った。
伸ばした腕を回して、高らかにその台詞を叫ぶ。

「――――――――変身」

リクの体内に内蔵されたシルバーコアが回転を始める。
ベルトを奪われたからと言って変身できないという訳ではない。
ベルトはあくまでエネルギーの制御装置である。
エネルギーの根源であるシルバーコアは今も彼の胸の中にある。
彼の胸に燈る正義の炎のように常に燃え上がっている。

乱反射する銀の光が弾けて混ざる。
白銀の輝きは収束し、七色の流星を一瞬で振り払った。

だが爆炎の向こうに現れたその姿にはあらゆるものが欠けていた。
変身の基礎となる簡易素体。
装甲も薄く、腰に巻かれたベルトも風にたなびくマフラーもない。
あるのは不退転の意思を示すように握り絞められた白銀の刃のみ。

「行―――――くぞッ!!」

踏み込むその足跡から紫電が散った。
引き絞られた弓のように、一陣の銀の流星が奔る。
音すら置き去りにした超加速。
見開かれたボンバーガールの黒い瞳が自らの首を刈り取りにくる死神の姿を捉える。

だが、流星はボンバーガールを捉えることなくその脇を通り過ぎた。
ボンバーガールが躱したわけではない。
ただ、そのまま勢いを止めることなく地面に突撃して大きな砂埃を沸き立たせた。
見事な自滅である。

「………………な、ンだそりゃッ!?」

余りの間抜けにボンバーガールも呆気に取られるが、スペック自体が落ちている訳ではない。
ただ、動きを制御できていない。

ベルトなしの変身はブレーキのないF1マシンに乗るようなものである。
アクセルのみで化物マシンの速度調節など出来るはずもない。
自殺願望でもない限り、乗り込むべきではない代物だった。

自滅した間抜けをボンバーガールが振り返る。
立ち込める砂埃、その中に青白い稲妻が奔るのが見えた。
突撃にめげずシルバースレイヤーは凄まじい勢いで切り替えし、爆発めいた衝撃と共に粉塵をまき散らしと再び突撃を慣行する。

これにボンバーガールは粉塵が入ることも厭わず目を見開き、箒花火を振りかぶった。
先ほどは不意を突かれたが、来ると分かっているのならどれだけ早かろうとも対応はできる。
一瞬にも満たない交錯に集中力を燃え上がらせカウンターで首をはねるべく炎刀を振るう。

だがその炎は夜に線を引くのみで、何も捉えることなく空ぶった。
いや、正確には、捉えられなかったと言うよりも相手がここまで到達しなかったである。
今度は踏み込みが弱すぎたのか、シルバースレイヤーは自身の踏み出した足に縺れてその場に転がっていた。

「……何やってんだマヌケ。掴まり立ちもできねぇガキかよ」

落胆したように肩を落とす。
ベルトなしの変身では戦うどころか、まともに動くことすら叶わない。
これでは期待外れもいいところだ。

だと言うのに、これほどの醜態を晒そうとも。
どれだけの無様を晒そうとも。
その瞳だけは諦めの色を知ろうとはしなかった。
無様に地面に倒れながら珠美を睨む瞳。
その不撓不屈の精神が更に珠美を苛立たせた。

55HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 01:13:57 ID:CdEWYDVs0
「……くだらねぇくだらねぇ。なんだその様ァ!? 今のお前に何ができるってんだッ!!!」

苛烈さを具現化した女は激情のまま吼える。
激情を受け止める男は醒めた月の光のようだった。
感情を表に出さず、冷静に機械のように立ち上がる。

「お前を止める。俺にできるのはそれだけだ。
 無秩序に破壊を広げる今のお前は許しがたい」

変わらず告げる。
この男は激情を内に燃やす。
見えないからと言って燃えていないとは限らない。
己が炎で鉄を打ち、精神を研ぎ澄ます銀の断刀。

「だからッ!! 許せなきゃどうするってんだ、あぁあん!?
 マトモに戦う事もできないンな有様で、このボンバーガール様に勝つつもりかよ!」
「ああ。お前が負けることでしか止まれないと言うのならそうしよう。
 お前が死ぬことでしか止まれないと言うのならそうしよう」

覚悟を示すように輝きを失わぬ銀の刃を構える。

「加減は出来んぞ――――――――珠美。死ぬなよ」

その言葉にリアクションを返す前に。
気づけばボンバーガールの体は吹き飛んでいた。

何が起きたのか、何をされたのか。理解不能だった。
殴られたのか、蹴られたのか。それすらも判別不能。
動き出しを捉える事すらできなかった。

だがいつまでも呆けているボンバーガールではない、一瞬で結論の出ない無駄な思考を切り捨て、対応に頭を切り替える。
両手花火を噴出し体勢を立て直して敵に向かって反転する。
反撃に転じるべく足元に生み出した花火で自らを打ち出そうとしたところで、背後から蹴り飛ばされた。

「――――――なぁ!?」

衝撃に肺から息が飛び出す。
背後から蹴られた。
それはつまり、吹き飛ばされた先にすでに回り込んでいたという事だ。

早すぎる。
直前まで覚束ない動きをしていたのが嘘のようだ。
先ほどまでとは余りにも違う。
それどころかこれは――――普段のシルバースレイヤーより早いのではないか?

「ッ…………のぉ!!」

花火だけでなく踵で砂利だらけの地面を削りながら無理矢理に勢いを殺す。
炎をまき散らしながら回転花火の様に回って周囲を牽制する。
なんとか静止した。
そして目の前を見る。

そこにあったのは夜に浮かぶ赤。
白一色だった銀の騎士の外装は熱されたように赤く染まっていた。
基礎装甲では大気圏を突破する宇宙船めいた速度に耐えきれなかったのか。
断熱圧縮により赤熱した全身から煙を上げながらオーバーヒートしている。
その状態を見て、何が起きたのか珠美にも理解できた。

「まさか、テメェ…………ッ!?」
「ああ、調整が効かないつっても―――――100%は100%だろ」

シルバースレイヤー=フルスロットル。
細かい調整が効かないのならば、全力で踏み込むまでである。
最高速が出ると分かっているのならば動きを損なう事はないだろう。
出力と認識のズレを埋めるにはそれしかない。

だが、それは常に減速することなく最高速で走り続けるという事だ。
今のシルバースレイヤーはアクセルべた踏みにしてハンドル操作だけでコースを乗り切るクレイジードライバーだ。
一歩間違えば間違いなく自滅する。
いや改造人間であるとはいえ人間の知覚をはるかに超えた速度での行動など、本人にもなにをしているのか理解できていまい。
つまりこの男は、珠美ですら躊躇うようなアクセルを何のためらいもなく踏んだのだ。

珠美の背に温い汗が伝う。
氷山リクという男を見誤っていた。
こいつは想像以上にイカれてる。

56HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 01:15:57 ID:CdEWYDVs0
雷鳴が如き轟音が轟き、彗星の如き銀の閃光が地上を奔る。
もはや音速の域を超え雷速に迫るそれは、正しく光の矢だった。

エネルギー制御型であったからこそ、そうそう簡単にお目にかかることのできなかった、シルバースレイヤーの全力全開。
同じ組織の仲間であったボンバーガールですら始めて見る。いや正確にはその全力は見えもしない。
超反応を誇るボンバーガールですら捉えられない速度。
だが、捉えられずとも、戦うことはできる。

先読みと直感。
眼前に掲げた両手いっぱい花火を断続的に爆発させる。
設置型ならばどれだけ早かろうとも相手が勝手に引っかかる。
狙い通り、突撃してきたシルバースレイヤーを爆炎で弾き飛ばした。
弾き飛ばされたブレードが深く地面へと突き刺さる。

いや違う。弾いたのはシルバーブレードだけである。
シルバースレイヤー本体の姿はない。

瞬間、側面より衝撃。
シルバースレイヤーはブレードを投擲し、それよりも素早い動きで側面へと回り込んでいた。
その動きは正しく雷鳴。
コンマ一秒にも満たない一瞬の一人十字砲火だ。

「ぎぃ………………ッッ!!?」

骨が軋む。
ボンバーガールの体が砲弾のように吹き飛んだ。
ガードが間に合ったのは幸運以外の何物でもない。
そうでなければ内臓ごとイカれている。

だが、ガードに使った腕は痺れ、吹き飛ばされる勢いを花火で減速する事が出来ない。
回転しながら飛来する体が鋼よりも固い水面に叩きつけられ、沈むことなく凄まじい勢いで水面を跳ねる。
そして5回、6回と跳ねた所で、柱のような飛沫と共に水中へと沈んだ。

食いしばった口元から白い泡が零しながら、水中で身を捻る。
体勢を立て直して、水上に浮き上がろうとしたところで、水中から足首を掴まれた。

振り返る暇も与えられず水中へと引きずり込まれる。
水を掴むことなどできるはずもなく、もがくように掻いた腕が水を切った。
ジェットコースターのような急転直下。
クンと全身が水圧に引っ張られ、深くより深くへと水底へと沈んでいった。

水流に体を引っ張られながら、燃える手で足首を掴む赤い怪物を見る。
高温を放つ全身からゴボゴボと大量の水泡を発せながら不気味に白く目を光らせている。
その姿は珠美にとっては正しく命を奪いに来た怪人に映った。

(水中戦に持ち込もうって腹か………………!)

水中は花火を武器とするボンバーガールにとっては絶対的な不利なフィールドだ。
何より熱を持ったボディを冷却するのにも都合がいい。
思わず感心するほど、全てにおいて巧い手だ。
ボンバーガールのスペックをよく知るシルバースレイヤーの取る手としては最善手だろう。

だが、と水泡が零れる口端が凶悪に歪む。
水中ならば花火を封じられるなど、そんな常識は今のボンバーガールには通用しない。
もうリクの知る珠美ではないのだ。
この地において彼女の炎は新たな炎を取り込み次の次元へ強化された。
そのようなカタログスペック、とうに凌駕している。

水中を引きずられながらボンバーガールが手の内に巨大な花火を産み出す。
それは花火と言うよりも、長細い魚のような形状をしていた。
酸素が水中で爆ぜるように燃え上がる。

花火は水中でも炎を放つ。
それは花火に含まれる酸化剤が燃焼に必要な酸素を供給し続けるからだ。

そしてこの花火にはありったけの圧縮酸素を練りこんである。
後は火をつけてしまえば、水中であろうと燃焼を続けるだろう。

魚の尻尾に炎が生え雷の如くひた走る。
即ち、それは酸素魚雷だ。

57HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 01:16:54 ID:CdEWYDVs0
ボンバーガールの片手から勢いよく放たれたそれは、足元のシルバースレイヤーへと直撃する。
水中で巨大な火の花が咲き、足首を掴む灼熱の手が離れた。

酸素魚雷の直撃を受けた装甲は砕け、むき出しとなった生身からは改造人間の証である機械部分が露わになっている。
砕けた装甲の隙間から水が流れ込み、電気がバチバチと火花を散らすように漏電して水中に散った。
ダメージは甚大。無理をしてきたツケも祟って、すぐに動くことはできないだろう。

それを確認して、珠美は片腕で水を掻いて水上を目指した。
酸化剤に練りこんだ酸素はボンバーガールの体内から捻出された物である。
超人的な肺活量を誇るボンバーガールをしても水中でこれを作り上げるのはギリギリの捨て身の攻撃だった。
一刻も早く肺に酸素を取り込まねば意識が落ちる。

その焦りがある故に、確認を怠ってしまった。
砕けた仮面から覗く、その眼だけは死んでいない事を。

パチンと水中で何かが弾ける。
唸るような重低音が水中を僅かに震わせた。
それはシルバー・エンジンが回転を始めた音だ。

そもそもシルバースレイヤーの目的は水中戦に持ち込むことではない。
水中で敵を無力化? オーバーヒートした体の冷却?
そんな考えをするほどシルバースレイヤーは甘い男ではない。
敵は仕留める。それがこの男の信条だ。

シルバースレイヤーの体が白銀に発光する。
水中に引きずり込んだ目的は、逃げ場のない水の牢獄に敵を閉じ込める事にある。
漏電した状態でエンジンを全開にすればどうなるのか。
その答えがこれだ。

瞬間。雷が水中で弾けた。
エネルギーと共に漏れ出した電撃は水中を駆け巡り、水上を目指す女を捉える。
一帯へと拡散された雷を躱すすべなどなく、衝撃に開いたボンバーガールの口から大きな水泡が吐き出された。
完全に脱力し、力ない女の体が水面へと浮き上がって行く。
それを追うように、全ての力を使い果たした男の体も水中から見上げる揺れる月を目指すように浮き上がっていった。

「ぷっ…………はぁ……ッ」

女は息を切らしながら水上に浮かび、天を仰いで月を見上げた。
世界を照らす銀の光を忌々しげに睨む。
女を追うようにして僅かに離れた湖上へと男が浮き上がる。

「…………ようやく……大人しくなった、な」
「ああ、クソっ…………! 動けねぇ…………か」

悔しげに声を漏らす。
意識こそ保っているものの、全身が痺れて指一本動かせない。
回復するまで暫くはこうして浮かんでいる事しかできないだろう。

ボンバーガールの無力化に成功。制圧は完了した。
加減のできる相手ではなく、殺すつもりで戦った。
生き残ったのは純粋に珠美の運と実力だろう。

リクとしても酸素魚雷の直撃を受けたダメージは甚大である。
簡易素体の防御力ではボンバーガールの作り上げた酸素魚雷を防ぐことは叶わず。
装甲は剥がれ落ち、仮面に隠れた素顔は右半分が露わとなっている。
そして限界を超えた行動の代償のより、残った装甲も自壊を始めていた。

「負けた、か」

珠美は敗北を認める。
亦紅の遺した種火を取り込み能力を強めたにもかかわらず、碌にエネルギーを制御できていない相手に敗れ去った。
想像以上にイカれていた。
命知らずで知られるボンバーガールがそこで負けていたらどうしようもない。
敗因はそれに尽きる。

「あたしの負けよかこの力が負けたってのは少し悔しいな」

そこにどれ程の違いがあるのか。
珠美は悔し気にそんな呟きを漏らした。

58HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 01:18:09 ID:CdEWYDVs0
「ああ、あたしの力の源がなんなのかお前には言ってなかったか。
 いや、誰にも言ったことはなかったっけ、あれ、りんご飴の奴に寝物語で語ったことがあったっけか。まあどうでもいいか。
 ともかく、あたしの力は生まれつき持ってたもんじゃなくて、師匠から受け継いだ力でな。
 この師匠がこりゃまた強ぇ女でな、それなりに名の知れたヒーローだったんだが知ってるか?
 ま、師匠がくたばっちまったのはお前が改造されちまう前の話だからなぁ、知らねぇか」

少しだけ寂しげに昔を懐かしむように遠く空を見る。
珠美はあまり自らを語るような性格ではない。
同じ組織で戦ってきたが、珠美の身の上話はリクも初めて聞く。
それはそれで興味深くはあるが今はそんな話をしている場合じゃない。

「その辺の事情は後で聞かせてもらう、いろいろを含めてな」

湖の水に赤色が混じっていることに気付く。
電撃による衝撃か、激しい戦闘により傷が開いたのか、殺し屋によって喪われた腕の傷から大量の血液が流れだしていた。
湖が赤く染まって行き、それに比例して珠美の顔が青白くなっていく。
水中での大量出血は傷口が凝固せず出血多量による死につながる。
すぐに止血する必要があった。

「…………待ってろ、川岸まで引き上げてやる」

漏電の中心にいたシルバースレイヤーも巻き込まれていたが、ボンバーガールに耐爆性能がある様に、シルバースレイヤーにも改造人間としての耐電性能がある。
電撃によるダメージは比較的少なく、痺れによって動けないという事もない。
ゆっくりながら泳ぐことくらいはできる。
引っ張って岸まで泳いでいく必要がある。

「まあ、待て。聞けよリク」

だがそれを要救助者が制する。

「これはりんご飴にも言ってない、正真正銘、誰にも言ってない話なんだが。
 この力は実のところ花火を作る能力とそれに火をつける能力は別物なんだよ。
 可燃物を生成する力と種火を産み出す力、二つあるってことだ。
 可燃物がなんになるかは継承者によって変わるらしい。花火となるのはあたしの特性だな。師匠はダイナマイトだった。亦紅も…………きっとあいつも生きてりゃ自分の炎の形を見つけてたんだろうな」

聖火の如く引き継がれてきた力。
それは一つではなく二つの力だった。
継承者以外知ることのない門外不出の事実。
それはそれで驚きなのだが、何故それを今語る必要があるのか。

「そして種火の元となるのは自分自身さ、自分自身を炎にするって力だ。それは肉体に限らず感情であり魂だったり寿命だったりする。
 全身を炎と化して、物理攻撃を無効化した奴もいたらしい。ま、使うたび肉体を消耗していったらしいが。
 あたしは殊更感情を燃やすのに長けてたらしくてな、要するにあたしが萎えない限りは戦い続けられるって代物で、大したもんだと師匠も褒めてくれたよ」

珠美の話は続く。
その間にも湖の赤は徐々に広がって行き、リクの服を汚し始めた。
放っておけば出血多量で死にかねない。これ以上、無駄話をしている暇はない。

「おい、いい加減に、」

話を止める気配のない珠美をリクは強引に引っ張っていこうと近づく。

「使い手によって呼ばれ方は色々と変わっていたようだが、最初にこの力を覚醒させた能力者にちなんであたしら継承者はこう呼んでいる」

それを無視して爆炎の継承者は続ける。
その力の名を。


「――――――――――『爆血』と」


瞬間。リクの全身が発火した。
水中にいるにもかかわらず炎が全身に纏わりつく。
水中に混じった血液が燃えている。

59HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 01:19:10 ID:CdEWYDVs0
勝負はシルバースレイヤーの勝ちだが、殺し合いはどうか。
一切の容赦も躊躇もなくシルバースレイヤーはボンバーガールを殺すつもりで戦っていたが、殺すために戦ってなどなかった。
本当に殺すつもりだったのなら無力化した時点でトドメを刺すべきだったのだ。
対するボンバーガールは最初からそのつもりである。

「感情を燃やすに長けていると言ってもあたしだって他が燃やせない訳じゃない。
 まあ流石に肉体を炎と同化させるなんて芸当まではできないが、100円ライター程度のものなら、ほらこの通り」

リクは全身についた火を消そうと水中を溺れたみたいに暴れている。
だが元が血液である炎は水では消えず、服にしみ込んだ血液からは逃れようがない。
外骨格が残っていればこの程度の炎など物の数ではないのだろうが、エネルギーを使い果たした今となっては纏わりつく炎を振り払う事もできない。

「ぐっああああああああああああああああああ――――――――――ッッ!!!!」

断末魔のような声をBGMに、珠美は湖に浮かびながら水面に揺れる炎を見つめる。
心は酷く穏やかだ。
炎を見ると安心する。
師匠と出会わなければきっと放火魔にでもなっていたのかもしれない。

「勝手に担ぎ上げられて強敵と闘えるのならと入ったJGOEだったが。今思えば思いのほか悪くなかったぜ。
 人助けなんてまっぴらだったが、それなりに面白い奴らとつるめたし、それなりに面白おかしく暮らせてた。
 って―――――もう聞いちゃいねぇか」

僅かに動くようになった手でちゃぷりと水面を撫で、燃え尽きた男を見る。
焼け爛れ、焦げたように黒くなった皮膚が崩れ落ちた。
沈みゆくように月が水底に墜ちる。

「あばよヒーロー。怪人は征くぜ」

誕生を祝福するような水中の炎に彩られながら。
ここに一匹の怪人が生まれた。

【氷山リク 死亡】

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

60HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 01:19:34 ID:CdEWYDVs0
片腕の巫女が水中を漂う。
ぼんやりと星ひとつない空を見上げながら。
名残を惜しむ様に夜に円を穿つ月を見る。

血液を燃やして傷口は塞いだ。
放電するシルバースレイヤーの様子に気づき、電撃を受ける直前に傷を引っ掻き意図的に傷を開いた。
放電で死ななければリクならば自分を助けに近づいてくると踏んだ。
そして実際その通りになった。
氷山リクはヒーローだったから死んだのだ。

結構な時間水中に浸かっているが、血液が熱を持つ珠美は低体温症で死ぬことはない。
むしろ熱いくらいの体はには心地よいくらいだ。
体の熱とは対照的に頭は冷めている、あれほど全身を支配していた苛立ちもない。
きっと今の自分を肯定したからだろう。
仲間殺しをした後だとは思えないほど、どうしようもなく冷めていた。

徐々に感覚を取り戻しつつある手足でゆっくりと水を掻いて川岸にまで流れ着く。
そして立ち上がろうとして、意識が眩んだ。
意図的に流した物とはいえ血液が足りない。
輸血用のパックとまでは言わないが、せめて味気ない補給食やレーションなんかより肉が欲しくなる。

「…………うぷっ」

肉を連想した所で、女の死体を喰らう男の姿を思い出して吐き気がした。
気持ち悪い物を見せてくれたものだ。
だが、おかげで食欲が失せた。
口元を拭って、ふらつきながら無理矢理にでも立ち上がる。

さて、あと何度戦えるのか。
次の相手はどこに居る?
出会った相手には、悪いがこちらが燃え尽きる最期まで付き合って貰おう。

「……そういや、あいつ山頂から来たみたいだったが」

リクは山頂から下ってきたように見えた。
奴の事だ、徒党を組んだお仲間がいるかもしれない。
一先ずそこを目指すのは悪くない。
というかもともとも中央に向かう予定だったような気もする、もう覚えてないが。

女は体を引きずるように山道を登ってゆく。
もはや迷いを捨て、過去を捨て、命すら捨てた。
女に恐れる物など無い。

女は炎だった。
女は劫火だった。
女は花火だった。

花火は夏の夜に咲いて散るが相応しい。
その一瞬の煌めきを世界に刻み付けるように。

【F-7 川辺/真夜中】
【火輪珠美】
状態:左腕喪失 出血多量、ダメージ(極大)全身火傷(大)能力消耗(大)マーダー病発病
装備:なし
道具:基本支給品一式、禁断の同人誌、適当な量の丸太
[思考・行動
基本方針:全て焼き尽くす
1:山頂に向かう
※りんご飴をヒーローに勧誘していました
※ボンバーガールの能力が強化されました

61HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 01:20:17 ID:CdEWYDVs0
投下終了です

62 ◆H3bky6/SCY:2018/08/13(月) 01:13:57 ID:UsvTGNLY0
投下します

63そして1日が終わる ◆H3bky6/SCY:2018/08/13(月) 01:15:38 ID:UsvTGNLY0
緩やかな夜風が優しく頬を撫ぜる。
風は小さな氷の粒を引き連れて、遠くに飛んで消えて行った。
何かを堪えるような表情をしていた少女は、胸元に添えた手を強く握り絞める。
乾ききった瞳で、煌めいては消えて行く自らの弱さを見送っていた。

今、悪党を受け継いだ少女の胸中には鉛のような重さが沈殿し積み重なっている。
両親を失ったあの日、そしてこの地において幾度となく味わった、決して逃れられない痛み。
それを噛みしめるように感じながら、潰されるものかと強く意思を籠めて瞳を見開く。

この重さを足を止める重石にするのではなく、足を進める礎とする。
そうする事こそが父への最大の弔いであると信じている。
決して割れない氷のように固い決意。
その決意があれば、長い別れなどいらなかった。

感傷を振り切り、氷のような少女は倒れこんだ少年の脇に屈みこんだ。
意識を失っている少年の呼吸は落ち着いており、それどころか豪快に寝息まで立てている。
この様子ならば放置しておいてもあまり心配はいらなさそうではあるのだが、診療所で待たせている九十九をすぐにでも迎えに行かなくてはならない。
大人しくしていれば早々見つかるような場所でもないとは思うが、こんな状況だ彼女を一人にしておくのは心配である。
とはいえこの場に拳正を放置しておくわけにもいかない。

「ねぇ…………新田くん起きて、ねぇってば」

ペチペチと頬を叩く。
目を覚ます気配はない。

鼻をつまむ。
うーんと少しだけ苦しそうだがやはり少年が目を覚ます気配はない。

考えてみれば、こんなバカげた殺し合いが始まってから、もうじき一日が経とうとしている。
疲労もピークに達する頃合いだろう。
これまで張りつめっぱなしだった彼の道中を考えれば無理もない。

どうしたモノかと目を覚まさない少年の頬を人差し指で突く。
無理に起こす手段もないことはない。
だが、できればこのまま少しでも休ませてあげたいという気持ちもある。
ここまで彼にお世話になった借りを返すという訳でもないが、それくらいの気は使ってもいい。

「そうなると…………」

色々と我儘を押し通すのならば選択肢は一つ。
眠ったままの拳正を運んでいくしかない。
細腕とはいえ、ユキだってそれなりに鍛えている。
体格の小さな拳正くらいなら背負って行くくらいは出来るだろう。

「えっ…………と」

昔半田に教わった意識のない人間の背負い方を思い出しながら、仰向けに寝転がった拳正の体に手を添える。
両手を交差させ手首を引き、引き上た体の下に反転して滑り込むように入り込む。
そのまま背負い投げのような体勢から体を持ち上げ背に担ぐと、確かな重みが圧し掛かった。

意識のない人間はこちらに体重を預けてくれないため思った以上に重く感じる。
こうして考えるとむしろ抵抗すらしていたユキをいとも簡単に米俵みたいに抱えて走り抜けた拳正の凄さが分かる。

取り落とさぬよう何度か調整して重心を安定させた。
これなら何とかなりそうだ。
少なくとも近くの診療所まで歩いていく程度なら問題はなさそうである。

なさそう、なのだが、重さ以上に問題が一つあった。
それは触れた部分から伝わる感触。
普段からスキンシップが好きだった舞歌たちとじゃれ合ったり触れ合ったりしていたから、人とのふれあいには慣れているはずなのに。
彼女たちとは違う、少しだけ硬い男子の感触に戸惑ってしまう。

そう意識してしまうと途端に他のいらぬところまで気にかかった。
規則正しい呼吸音が耳元をくすぐる。
手元だけではなく触れ合った背から熱が伝わる。

楽しさをくれる舞歌たちの温もりとは違う。
安心するような父の温もりとも違う。
何処か溶けてしまいそうな、触れただけで火傷するそうな熱さがあった。
その熱の正体がなんであるか、それは、今は考えない。

「よし…………行きますか」

気合を入れ直して、診療所に向けて歩き始める。
今はそれどころではないし、何より、彼には彼女がいる。
燃えるような熱を氷漬けにして奥底へと沈める。
きっとこれからも考える必要はないだろう。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

64そして1日が終わる ◆H3bky6/SCY:2018/08/13(月) 01:16:47 ID:UsvTGNLY0
「ユッキー!」

尾行や周囲に人気がない事を確認しつつ診療所にまでたどり着き。
背負った拳正を落とさぬよう慎重に扉を開くと、慌ただしい足音と共に九十九が飛びつくようにして熱烈に出迎てくれた。

「大丈夫だった!? 怪我とかしてない!?」

九十九はユキの肩を掴むと捲し立てる様にガクガクと揺する。
その様子から彼女がどれだけ心配していたのか、どれだけ不安を感じていたのかが伝わってくるようだった。
一人きりで待っているというのは辛い事だ、その辛さはユキも良く知っている。
それでも彼女はここで信じて待っていてくれた、その気持ちは嬉しいのだが。

「ちょ、ちょっと……待って、新田くんが…………落ちるから…………!」
「あぁ、ごめん。って拳正どうしたの!? 寝てる………………? 寝てるだけ?」

そこで九十九も眠ったままユキの背に背負われる幼馴染の姿に気付いた。
一瞬、最悪の想像がよぎるが、呼吸をしている事に気づき一先ず安堵の息を漏らす。
すぐに表情を引き締めると強がるように悪態をつく。

「女の子に背負われるなんて情っけないなぁ。
 とりあえずベッドに運ぼう。重いでしょ?」

九十九が慌ただしく踵を返し、診療室へ駆けて行った。
この少女はいつだってどんな状況だって活動力に溢れている。

「一二三さん!」
「ん?」

声に診療室の扉を開いた九十九が振り返る。
待っていてくれた人に最初に伝えるべき言葉をまだ言っていない。

「ただいま」
「うん、お帰りユッキー」

そして診療室まで運んで行った拳正を九十九に手伝って貰いながらベッドにそっと寝かせる。
熱の残り香が離れていく。
汗ばんだ背に学生服が張り付いていた。

「はい、ユッキーもそこに座って」
「え」

有無を言わさず九十九に手を引かれた。
抵抗する間もなく丸椅子へと導かれ、座らされる。
その正面に棚から取り出した包帯と消毒液を両手に抱えた九十九が座った。

「よし。じゃあ脱ごうか」
「え!? いや、ちょっとさすがにそれは…………新田くんもいるし」
「大丈夫だって、寝てるし。脇腹裂けちゃってみたいだし、早く手当しないと。
 それに他にも細かい擦り傷とかもあるし、そっちも手当しとこ」
「うっ…………ぐ」

九十九の言い分は正しい。
治療道具があるのだから治療はしておいた方がいい。
勢いに圧され、あれよあれよと言う間に学ランのボタンを外されてゆく。
ここまで来るとユキも観念して、はだけた胸元だけ手で隠しながら黙って九十九の治療を受ける事にした。

「………………ッ」
「ゴメン! しみた!? けど我慢してね!」

言葉では謝りつつもまったく遠慮なく消毒を続ける。
九十九は治療に専念していて、ユキが出て行った後の事を何も聞かなかった。
父との戦いはどうなったのか、どういう決着をしたのか。
気にならない訳ではないのだろう。

どう語っても辛い結末である事を気遣っているのだろうか。
九十九が聞かないのならユキから話すべき事ではないだろう。
語るまでもなく、戻ってきたのが二人だけと言う事実が物語っている。
なら、ユキが言うべきなのは別の言葉だ。

「一二三さん。あの時、背中を押してくれてありがとう。あなたがいなければ私はきっと前に進めなかった」

父との戦いを迷うユキの背中を押してくれたのは九十九だ。
九十九がいなかったら、きっと前に踏み出せず、あの結末を迎えることはできなかった。
あのままじっとしていればきっと楽だっただろう、父をこの手にかける事も、この重さを背負う事もなかった。
けれど後悔はない。辛く苦しい道のりに向かって、踏み出せた自分を誇りに思う。

傷口にガーゼを宛がい張り付ける。
その手が止まった。

「私は……お礼を言われるようなことは何にもしてないよ。
 ユッキーが動き出せたのはユッキーが動こうって思ったからだよ」

そんな事ない、と言おうとしたところで九十九の表情が沈んでいることに気付く。

「むしろ助けられているのは私の方だよ。ユッキーや拳正にばっかり前に立たせて勢いだけで何にも出来てない。
 ここにきてから、ずっとずっとそう。若菜や輝幸くんだって……」

自らに対する負い目。九十九が弱さを見せる。
それがユキにとっては意外だった。
自分とは違って、強い人だと思っていたから。
彼と同じく彼女はは強い人だと思っていた。

65そして1日が終わる ◆H3bky6/SCY:2018/08/13(月) 01:17:36 ID:UsvTGNLY0
だけどそうじゃない。
彼女もユキと同じく、自分の無力を嘆き、何もできない自分を変えたくて足掻いている。
そんなただの人でしかなかったのだ。
そう気付いた。

「そうだね、そうかもしれない」

ユキは九十九の言葉(よわさ)を肯定する。
九十九に力がなく、誰かに助けられなければ生き残ってこれなかった。それは否定し様のない真実。
無鉄砲な九十九がここまで生き残ってこれたのは誰かの助けがあったからに他ならない。

「けど助けられてるのはお互い様なんだよ。私は勝手に一二三さんに助けられたって思ってる。それは本当なんだから」

それは彼女とユキに限った話ではない。
誰しも何もかもはできないのだ。
それは決して恥じる事ではない。
大切なのはそれを受け入れ、足りない自分がどう生きるかを考える事だろう。

「私たちは足りないモノだらけだ、だから助け合っていくしかないんだよ。
 助けられることは決して悪い事じゃないんだから」

一人で世界全ての善悪を背負っていた父は立派だが、ユキにはできない。
誰かに助けられて、誰かを助けて。
そうやって生きて行けばいい。
それが未熟な悪党の生き方。

「あ、れ……………………?」

その言葉がどれほどの意味を持ったのか。
不意に少女の目から一筋の涙が頬を伝って床に落ちた。

「ッ! ゴメン、何でだろ…………ははっ」

自分でも驚いた様に九十九は自らの頬を袖口で拭う。
だが、一度零れてしまえばもう止められなかった
ずっとずっと負けるもんかと堪えていたものが決壊して止まらなかった。

言葉にできない感情が涙となって溢れ出る。
もうどうしようもなかった。

「…………ゴメン……ゴメンね…………ぅう」

子供のように泣きじゃくる九十九をユキは優しく抱き寄せた。
心を落ち着けるよう静かに、その背を擦る。
九十九が落ち着くまで何度も。

「ねぇ、これから九十九って名前で呼んでいい?」
「……うん。もちろんだよ」

二人の少女は笑い合って、それから他愛のない事を話した。
日常の事。
家族の事。
友達の事。
そんな何でもない話を。

仲が悪かったわけではないが特別仲が良かったわけでもない。
こんな事がなければこうして二人きり腰を据えて話すこともなかっただろう。
そう考えると不思議な関係だった。

何かと目立つ幼馴染の世話に走り回っている印象が強いが、九十九は誰に対しても壁を作らない性格からかクラスの中心にいた。
少なくともユキの目からは誰とでも仲良くできる人に見えた。

対してユキの人間関係は自他ともに認めるくらいに狭い。
閉じた世界で生きてきた。

ルピナスはそんな私を気にせずにいてくれた。
夏実はそんな私を受け入れてくれた。
舞歌はそんな私を変えようとしてくれた。

かけがえのない親友たち。
彼らとの関係が永遠に続けばいいと本当にそう願っていた。

だが、永遠などない。
時は巻き戻らず、失ったモノは取り戻せない。
そんな当たり前の事実を知る。

だけど失ったモノは違う形で取り戻すことはできる。
それは過去をなかったことにするという事ではない。
ユキが新しい悪党になったように。
なにか新しい物は生まれるのだ。

こんな殺し合いに感謝することは何一つないだろうけれど。
きっと、何も残らない訳じゃない。

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66そして1日が終わる ◆H3bky6/SCY:2018/08/13(月) 01:18:27 ID:UsvTGNLY0
夜と共にガールズトークも深まった頃。
唐突に、ベッドで眠っていた少年が跳び起きた。

目を覚ますや否や野生の獣のように鋭い目つきで周囲を素早く見渡す。
ちょうど拳正の恥ずかしい昔話を吹き込んでいた最中だったので、お、バレたかな? と九十九が内心冷や汗をかいたがそうではなかった。

「きゃ…………っ!」

薬棚がガタガタと音を立て震え始めた。
次の瞬間には揺れは部屋全体にまで広がり、柱が軋みを上げる。
揺れは数秒ほど続き、徐々に小さくなり程なくして収まった。

数秒の沈黙。
完全に揺れが収まった事を確認してユキがポツリと声を漏らす。

「地震……だったみたいね」
「そう、だね」

流石は地震大国の子供たち、この程度の揺れで取り乱すでもないが、流石にこの状況下では僅かな不安が残る。

「仲いいな、お前ら」

互いにすぐ近くの相手を庇おうとしたためか、二人の少女は抱き合うような形になって固まっていた。
それに気づいてユキは離れようとしたが、九十九は逆に見せつける様に引き寄せた。

「仲いいよー」
「そうかい。そら結構なこって」

適当に返事をしながら拳正がベッドから飛び降り立ち上がる。
シッカリと両の足で立ち、固い体をほぐすように首を鳴らす。

「体、大丈夫?」
「ああ、むしろ”調子がいい”くらいだ」

片目は潰れ、全身はボロボロだが、全身の毛穴が開くような感覚がある。
その身をもって達人の域を体感したからだろう。
無理矢理に門を開かれたように次の領域が見える。

「んで、今のただの地震だったか?」

その問いかけに少女二人は首を傾げた。

「どういう意味?」
「こんな場所だからな、近くでどっかの誰かが暴れてこの家が揺れたって可能性もあんだろ」
「うーん。そんな感じでもなかったと思うけど…………」

局地的なモノというと言うよりはそれなりに深い震源から揺れる広範囲なモノだったように思える。
それに建物全体を震わすほどの規模の破壊活動があれば流石に分かりそうなものだが。

「そか、なんか妙な気配を感じて跳び起きたんだが、気のせいだってんならいいや」

感覚が開きすぎているのか、予兆のような悪い予感を感じて目を覚ましたが。
先ほどの揺れは何の変哲もない地震だったというのは拳正も同意見だ。
気のせいだったのだろうと、それ以上掘り下げるでもなく意見を取り下げる。

「予感がして跳び起きたってあんた、地震が来るって気付いて目を覚ましたって訳? 動物かいな」

野生の獣は地震が起きる直前に地震を予期して動くのだと聞いたことがあるが、先ほどの拳正の反応はそれだった。

「るせぇな。この状況で何の警戒もなく寝てられるほど太くねぇよ。
 一応敵意とか悪意とか警戒しながら寝てんだ、なんかあったら飛び起きるさ」
「はぇ〜、器用なこって」

その割にどれだけ突いても起きなかったけどなーとユキは思うが内心に留め言わないでおいた。

「よし、じゃあ拳正も起きたことだし、これからどうするか決めよう」

九十九がそう切り出す。
彼らの当面の目標は脱出手段を持っている可能性の高いユキの父親の捜索だったのだが、その目標は果たされ、そして失われた。
新たな方針が必要となる。

「まあ、とっととこんな所から抜け出してウチに帰るってのが目標だが」
「それを私達だけで成し遂げるのは難しいでしょうね」

大した力を持たない学生三人。
首輪の解除。
会場の脱出。
彼らにはそれらを成し遂げるだけの力がない。
それを素直に認める。

67そして1日が終わる ◆H3bky6/SCY:2018/08/13(月) 01:19:12 ID:UsvTGNLY0
「俺らだけでも、ここにいる野郎を〆てどうにかさせるって方法もあるぜ」
「それは……難しいでしょうね」

ここにいるワールドオーダーをどうにかできれば確かに全て解決する。
だが、この戦力であれをどうにかできるか、と言われれば難しいだろうし。
倒せたところで、都合よく動いてくれる相手だとも思えない。
余り現実的な案ではない。

「だろうな。ま、言ってみただけだよ。ついでに野郎を一発ブッ飛ばせたらって思っただけさ」

飄々と状況に対処してきた拳正とて、この状況に、この状況を作り出した相手に思う所がない訳じゃない。
これまでそれらしきを見せなかったのは他に優先すべきがあり、それを間違えなかったからだ。
九十九のように表立たずともその気持ちは奥底に確かにあった。

「結局は何とかできそうな奴を探して、そいつの案に乗っかるしかないってことだな」
「身も蓋もない言い方をすればそうなるわね」

方針自体はユキの父を探そうとした時と変わらない。
変わるのは誰を頼りにするかという所なのだが。

残念がら比較的普通に生きてきた拳正や九十九にこんなトンどもな状況を解決できそうな人間の心当たりはない。
この手の当てはユキに頼るしかない。
まだ放送で呼ばれていない生き残りの中で一番に浮かぶのは良くも悪くも有能な一人の女だった。

「何とかできそうな人って言ったら……恵理子さん、かな」
「恵理子さんって?」
「私の所属してる組織の幹部の人なんだけど、なんて言ったらいいのか……とにかく底が知れない人だから何とか出来るかもしれない」

ユキ個人としては苦手な人であるのだがそうも言っていられない。
父に並ぶ有能性を持つ彼女ならば、首輪の解除プランや脱出プランの一つや二つ持っていてもおかしくはないだろう。
ただ問題があるとするならば、彼女は悪党商会の後継者の座に異常なまでに執着していた事だ。
半田と共に悪党商会の後継者争いをしていた彼女がユキが悪党を継ぐと知ったらどうするのか、という一抹の不安は残る。

「他にはヒーロー連中かしら」
「ヒーロー?」
「本当にいるのよヒーローって。人助けを生業にする人たちがね」

悪党商会であるユキの立場からすれば商売敵だが、その手のしがらみを抜きで言えばこの場においては最も頼りになる人種だろう。
生き残っている可能性があるのはシルバースレイヤーとボンバーガール。
やられ役として早々に倒された程度だが、何度か戦ったことのある相手だ。
ボンバーガールはともかくシルバースレイヤーなら話は付けられるかもしれない。

「後は…………そうね、音ノ宮先輩かしら」
「音ノ宮…………なんか聞いたことあるような」
「いや、新田くんには私が説明したよね…………?」

なんで忘れてるの?という呆れ顔はすぐさま諦めの溜息に変わる。

「……まあいいわ、新田くんだしね」
「それよか、確か探偵だっけ? その先輩。なんか凄い人がいるって私も聞いたことある」

我が校の誇る美少女女子高生探偵。
探偵は謎を解く。
そうとしか生きられない連中だ。
彼女なら、探偵ならあるいは、この殺し合いの謎を解き明かしているのかもしれない。

「探偵、ね。ま、いいんじゃねぇか、当てにしてみても。
 ウチのガッコの先輩なんだろ? 助けてくれんじゃねぇの」
「うーん、無条件の善意とか、そういうの期待できるタイプでもなのよねぇ」

僅かな邂逅だったが、ユキはこの場で一度出会ってる。
ミロとのごたごたで有耶無耶のうちに分かれてしまったが、変わらぬ怪しげな雰囲気を纏っていた。

正直言って恵理子以上に苦手なタイプな上に、個人的な親交もない。
頼るべきは人としての当たり前の正義心なのだが、あの人にそれを期待してもよいものなのだろうかとう不安は残る。

「あの人。今頃、どうしてるのかしら?」

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68そして1日が終わる ◆H3bky6/SCY:2018/08/13(月) 01:19:38 ID:UsvTGNLY0
世界が終わったような静寂があった。
それほどの集中を続けていた少女は息を吐いてその糸を緩める。

亜理子は地面を調べるべく屈んでいた体勢から立ち上がると、スカートの端についた泥を払う。
しかし、ぬかるんだ地面を掻きわけていた白く細い指は土色に染まり、沁み込んだ土汚れまでは払った程度では落ちなかった。
汚れが目立たたないゴシック調の魔法少女服だったのは幸いであるのだが、流石にここまで汚れると一度水浴びでもしたいところなのだが、そうも言ってられない状況である。

ダム底の調査は終了した。
手元の心許無い明かりを頼りにした調査だったが、探偵の誇りにかけて見落としはないと断言しよう。
怪しげな中央の穴のみならず、周囲一帯にまで調査の手を広げたがエレベータースイッチらしきものは見つからなかった。
他にもこれと言った手がかりらしきものは見つからず、脱出に向けての進展はない。

だが、その結果に対して彼女に落胆はなかった。
これは彼女にとっては確認作業に過ぎないのだから。

この空洞がエレベーターであると断定できる材料は殆どなく、むしろ何も見つからなかったという調査結果はそうではないと裏付ける物である。だが、彼女はこれがエレベーターであると言う確信があった。
何故なら彼女には『そうである』と言う心当たりがあるからだ。

それは死亡した一ノ瀬と対話を果たした時の話である。
彼は主催者と対峙する機会を得たと語り、彼女はその詳しい経緯を尋ねていた。
その問いに彼はこう答えた。

『貴女の前から消えた直後の話だ。気付けば僕は四角い箱の中に居ました。
 窓一つなく外がどうなっていたのかは分かりませんでしたが、僅かな振動から動いていたのは確かだ。
 階数表示もボタンすらなく登っていたのかも降っていたのかも定かではありませんが、恐らくはエレベータのような何かの移動装置。
 たどり着いた先は奴の本拠地と思しき場所でした、きっと私がそこに飛ばされたのは偶然ではない、そうなるよう設定されていたのでしょう』

彼が乗り合わせた移動手段が恐らくコレだ。
主催者の下にたどり着くために用意された箱舟。
禁止エリアによる中央への誘導もこれならば納得ができる。

そうなると考えるべきは使用手段だ。
周囲に呼び出せる仕掛けがない以上、通常の手段で呼び出すことはできそうにない。
だと言うのに、何故彼は乗れたのか?
いや、そもそも何故あの時点で消えたのか?

あの時の一ノ瀬に特別な点があるとしたならば、それは死神の手によって首輪が解除されていた事だろう。
ならば首輪の解除がエレベーターの搭乗条件になるのか?
首輪を解除すれば自動的に転送されるのか?
いや、それはない。

私の前から姿を消したのは、世界を渡ると言う彼の異能の作用だろう。
あの場で転送されたのは彼が彼だったからである。

いくらなんでもあの退場の仕方をワールドオーダーが想定しているとは考えづらい。
想定しているのであれば、そもそもそんなことをさせないよう対策すべきである。

あくまであれは死神と一ノ瀬空夜という規格外の組み合わせによるイレギュラーだ。
これを正答として考えること自体が間違っている。

あれは例外中の例外。
だが、必要な要素を見極め、真偽をくみ取ることはできるはずだ。
タイミングからしてあの時点で転移が始まった事と首輪の解除があったことの因果関係は恐らくある。
首輪の解除が必須という点は正しい考察だろう。
問題は彼がその異能で『呼び出し』という過程を一足跳びでクリアしてしまったという事だ。

これを呼び出すための条件は別に何かあって、それは未だにクリアされていない。
正規の条件を解き明かす。

いや、解き明かすべくはそれだけではない。
全ての謎を解き明かし因縁も伏線も全て明かして、未練なく神様が本を閉じられるように世界の終わりのお膳立てをする。
これこそが探偵である亜理子に課せられた役割だった。

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69そして1日が終わる ◆H3bky6/SCY:2018/08/13(月) 01:19:55 ID:UsvTGNLY0
土の地面を踏みしめる不規則な足音が響く。
ふらつく足を引きずるようにして山道を歩いているのは怪人へと墜ちた女だった。
月の光すら深い木々に遮られ、自らの足元すら朧気に闇に溶けてゆくようだ。

吐く息すら炎のように熱く、全身が高熱を帯びてたように気だるい。
整備されていない山道は踏みしめるたび体力を奪う。
まるで足に見えない重りが纏わりついたようで、足を進めるたび命が削られていくようだった。

ただ灼熱のように沸き立つ頭だけが、妙にふわふわして気分がいい。
油断すると沸き立ちすぎて意識が白む。それを強く舌を噛んで無理矢理繋ぎとめる。

口の中に広がる鉄の味を喉を鳴らして呑み込む。
曖昧にぼやける感覚の中で鋭い痛みだけが確かだった。
熱が上がるたびに余計なモノが消えて行き、神経が研ぎ澄まされてゆく。

急ぐ理由もなく、明確な目的もないのに休むこともせず。
生き急いでいるのか、死に急そいでいるのか、それすらも分からずにいる。
それなのに何故進むのか。
本人すらわからないその問い答える者など無く、目的すらわからなくなりながらそれでも足を進める。

八十八箇所を巡る僧侶のようだ。
ただ無心に頂点を目指して勾配のある坂道を踏みしめる。
人を害する血と悪意に彩られた道行であるはずなのに、心中は狂ってしまったように穏やかで、ただ白く何もない。

そうして進むうちに山頂に近いて行き、周囲を取り囲んでいた鬱蒼とした木々は目減りしてゆく。
折り重なる木々によって貼られた天上のカーテンが徐々に開かれて、女の下に月明かりが届いた。
影ばかりだった世界が輪郭を取り戻すように照らし出される。

見上げれば、そこには視界を埋め尽くすような巨大な貯水ダムが鎮座していた。
正確にはそこに在ったのはダムだったであろう何かが、だが。
ダムは既に半壊しており、コンクリート壁はまるで巨大なバーナーで焼切ったように高熱で溶解したように壊れ、ダムとしての機能を果たしていない。

その破壊跡に興味を引かれたのか、ふらふらとダムへと近づいてその破壊跡を確かめる。
どう見ても自然に壊れたモノではない。
破壊跡の様子からごく最近、恐らくは参加者の手によって破壊されたものだろう。

「よっこいせ……っと、とッ」

崩れた壁を乗り越えダムの中に侵入する。
広がっているのは乾いた苔の蔓延るただっぴろい荒野だ。
段差からの着地で僅かにバランスを崩したが、柔らかい地面を踏みしめながら立て直す。

ダムの中の水はすっかり涸れていた。
開いたドデカい穴から水が漏れ出したのではないだろう、恐らく高熱に晒され全てが蒸発したのだ。

この規模のダムであれば干ばつでもない限り貯水量は1000万m3は下らないはずである。
それが全て干からびるなど、どれ程の熱量が必要なのか。
恐らくドラゴモストロの火炎弾でも無理だろう。
炎熱を操る能力者として思わず嫉妬を覚えてしまうくらいのド派手な規模だ。

この破壊を成し遂げた相手がここにいるのなら、苦労してここまで足を運んだ甲斐もあるというモノなのだが。
見渡せどダムを破壊した相手どころか、リクの仲間らしき人影すらない。
平らなダム底、誰かがいれば見逃すはずもないのだが、周辺には誰もいなかった。

目につくモノがあるとするならば、ぽっかりと開いたどこまで続くのか分からないような四角い穴だけだった。
これ以外になにもない以上、リクがここを拠点としていた理由はこれなのだろう。
つまりは、珠美にはよく分からないが参加者にとって重要な何かなのかもしれない。

とりあえず小さな花火を一つ作って落とす。
パチパチと弾ける花火の光は吸い込まれるように落ちてゆき、その内見えなくなっていった。
手応えらしきものがまるでない、どれ程深いのか見当もつかなかった。

「…………壊しとくか」

ここが大事な何かなら壊しておくのが怪人として正しい在り方だろう。
そう考え、穴組を破壊できるだけの特大の花火を創だろうしたところで、すぐにやめた。

怪人ボンバーガールの目的は参加者を殺しつくすこと、参加者が何を目指そうと知ったことではない。
これが何であるかはどうでもいい事だ。
よくわからないモノを破壊するために貴重な感情(ちから)を使うのもバカらしい。
だからそれよりも、今優先すべきは。

70そして1日が終わる ◆H3bky6/SCY:2018/08/13(月) 01:20:14 ID:UsvTGNLY0
「――――――そこか」

唐突に身を翻して、適当に作った花火未満の火薬玉を周囲一帯に放り投げる。
それを一斉に炎で薙ぎ払うと、炸裂音が周囲に鳴り響いた。

「きゃ…………ッ!?」

爆炎に飲まれた何もない空間から、フリルの付いた黒い衣装の女が現れた。
いきなりそこに現れたのではなく、透明化か何かの能力で隠れていたのだろう。
それを見破ったのは直感などではなく、単純に井戸のような穴を破壊しようとする珠美の行動に動揺が見えた。
熱を帯び鋭く尖った今の知覚ならば、姿が見えているも同然だ。

「けっ、カメレオンかよ」
「く………………ッ!」

爆風に煽られバランスを崩していた女がなんとか踏みとどまる。
今の火薬玉はあくまで炙り出しに過ぎず、敵を焼き尽くすには火力不足だ。
ダメージは少なく黒衣の魔法少女はすぐさま次の行動に出た。

「――――――ジャンプ!」

魔法少女は迷わず逃げの一手に打って出た。
この場所の保持に固執せず、一足でロケットのように飛びたちダム底から離脱する。
思わず珠美ですら目を見張るほどの見事な跳躍だった。

だがそれでも、珠美なら全力で追えば確実に追いつける。
追いつけるが、珠美は追わずに夜に消えて行く黒衣を見送った。

このぬかるんだ足元であれだけの跳躍を見せた力は大したものだが、残った足跡を見るにあの大跳躍とは釣り合わない大きさだ。
あの跳躍は純粋な筋力によるものではなく、そういうスキルか支給品か恐らくは別の法則によるものなのだろう。

確かに追えば追いつけるが、今の珠美にとってはそれも決死の覚悟が必要となる。
逃げバッタにそこまでの価値を見いだせない。
どうせなら最期の相手は戦士がいい。

「……ここで待つか」

獲物に興味をなくした猫のように、泥に塗れる事も厭わずその場に倒れこむ。
乾いた地表が割れて、水を含んだ地面が染み出してきたのを背に感じる。
抜かるんだ冷たい感触が熱した体に心地いい。

焦ったように足をここまで進めてきたが、別に焦っていた訳ではない。
ただ生き急ぎ、死に急いでいるだけ。
成すべきことが決まっているから心持は凪のように穏やかだ。
自分の終わりは決めてある。

眠る様に眼を閉じる。
一日も終わろうと言う今になってようやくまともな休息を取れた気がする。
あっさりと放り出して逃げ出したが、ここが重要だと言うのならそのうち勝手に戻ってくるだろう。
その時に強いお仲間でも引き連れてくれればこれ以上ない。
それをのんびり待てばいい。

静かに穏やかに、眠るようにしてここで待つ。
愛おしい相手でも待つように、敵を待つ。

愉しい相手だといいのだが。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

71そして1日が終わる ◆H3bky6/SCY:2018/08/13(月) 01:20:49 ID:UsvTGNLY0
夜空より流れ星の如く魔法少女が降り注ぐ。
ざりざりと音を立て山の斜面を滑るようにして着地すると、そのままたとたと駆ける様にして山を下っていた。

魔法『大跳躍』により難を逃れることができた。
伺うように背後を振り返るが、敵が追ってくる気配はない。
追わなかったのか、追えなかったのか定かではないが、追いつかれることはなさそうだ。

それを確認して山を下る足を徐々に緩める。
月に影を色濃く落とす半壊したダム跡を見上げた。
脱出につながる重要拠点を制圧されてしまったが、あそこを保持する事自体はそれほど重要ではない。
いずれ取り戻す必要はあるだろうが、今できる調査は終えた、あのままあそこに居たとしても得るものはないだろう。

重要なのは然るべき瞬間に然るべき使い方をすることだ。
何より、あのエレベータを使うと言うのも持ちうる手段の一つに過ぎない。
いっそ切り捨て別の方法を模索する手もある。

それよりも問題なのはボンバーガールの襲撃と言う事実。
好戦的な性格であることは把握していたが、あれはそういう次元ではなかった。
ボンバーガールはヒーローとしての光の道を外れ、外道に墜ちた。
彼女は闇に向かって突き進んでいる。

それの指し示す事実は一つ。
恐らくシルバースレイヤーは敗れたのだ。
少なくともそう考えて動いた方がいい。

これは大きな誤算だ。
その可能性も考えていなかった訳ではないが、亜理子としては山頂を制圧された事よりもシルバースレイヤーの脱落の方がよっぽど痛い。
なにせリカバリーが難しい。次候補が都合よく見つかるとは限らない。

『奴』にとってはここで見つからなくても次に賭ければいいだけの話だ。
繰り返す殺し合いの中で、自分殺しがどこかで成功すればいい。
しかし亜理子からすれば、この催しは成功させなければならない。
寿命と言う有限があるとはいえリトライ可能なヤツとの違い。
成功を願う参加者に失敗を容認する主催者。なんて矛盾だ。

いや、次どころかこれと似たような殺し合いは同時に行われている可能性すらある。
根拠のない推察だが在りえる話だ。
コピー&ペーストを繰り返せしてきた膨大なリソースが奴の強みである。
リソースが足りているのなら、むしろその方が効率的だろう。

ただですら影響力の強い連中の寄せ集めである。
それがこの規模で同時多発的に消えたとなれば巻き起こされた世界的混乱の規模はどれほどか。
混乱が強まれば強まるほど、外部からの干渉を受ける可能性は下がる。
そうなるとそれこそ悪夢だ。

この悪夢を終わらせる。
この世界を終わらせる。
このお話を終わらせる。

その為に、その為の誰かを見つけなければ。
それこそが亜理子に課された急務である。
それが人の穢れを受け入れられないどうしようもなく潔癖症な音ノ宮亜理子という人間の為すべきことである。

「問題は…………」

問題は、その為にどれほど時間が残されているのか。
音ノ宮亜理子の終わり
この殺し合いの終わり。
世界の終わり。

全てはいつか終わる泡沫の夢。
その終わりよりも早く、答えにたどり着かなくては。

これは彼と誰かの物語。
その一翼を担う悪性。
あの男は、今頃何を考えているのだろうか。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

72そして1日が終わる ◆H3bky6/SCY:2018/08/13(月) 01:21:42 ID:UsvTGNLY0
夜の光が草木を照らし、優しく緩やかな風が草原を吹き抜ける。
ここにいるのは何者でもないただの人間と魔族である。
何者でもなく、何物にもなれる少年と女。
勇者あらざる少年が怪物あらざる女の傍らに寄り添っていた。

オデットに刻まれた聖剣による傷は深いが、勇者の力が破棄された事により再生阻害は消滅した。
微弱ながら再生は働いており、両断された胴体はギリギリのところで繋がっている。
彼女の強い生命力によるものか思った以上に状態は安定していた。
安静にしていればその内傷は癒えるだろう。

だが果たして、この混沌の世界で何事もなく安静になどしていられるのか。
少なくともこんな誰に見られているともわからない、草原で寝転がっているのはどう考えても危険だった。
勇二が運んでいければいいのだが、勇者の力を失ったただの子供でしかない勇二では大人のオデットを背負っていくことも難しい。
辛かろうが最低限動けるようになったのならばオデット自らの足で動いてもらう他ない。

「大丈夫、立てそう…………?」
「…………ええ、なんとか」

差しのべられた手を取って、オデットが立ち上がろうとした、その瞬間だった。
大きく大地が揺れた。

勇二は咄嗟にバランスを立て直し、その場に踏みとどまった。
オデットは立ち上がろうとしていた所を突かれたせいか、バランスを崩して尻餅をついた。

「ッ! 何!? 一体何が…………ッ!?」

尻餅をついたまま混乱したように空を見上げてオデットが叫ぶ。
リヴェルヴァーナでは大地の揺れは神の怒りとされている天変地異である。
神の因子を取り込んだオデットならば地を揺らすくらいは可能だが、それも局地的なものにすぎない。
このような世界全体が震撼するような規模の揺れなど、彼女にとっては世界崩壊の前兆とすら受け取れる大事態だ。
だが慌てふためくオデットの様子とは対照的に、勇二は妙にこなれた反応を示した。

「もう収まったみたいだから大丈夫だよ」
「大丈夫って……そんな! あんなに地面が揺れたのよ!?」
「いやぁ。ただの地震じゃない? そんなに大きくもなかったし大丈夫だよ」

そう言って再び倒れこんだオデットに勇二が手を差し伸べる。
余りにも落ち着き払ったその様子に、慌てている自分がオカシイのではないかと思えてしまう。

「そう、なの?」
「うん、それっと」

ポカンとしたまま手を引き上げられる。
そういう物なのだろうか?

「それよりも行こう、隠れられそうなところを探さないと」

勇二が小さな肩をオデットに貸す。
身長差がありすぎて、あまり助けになっているとは言い難いが、その気持ちに甘える。
肩に手をやり少しだけ体重を預けゆっくりと歩を進める。

「大丈夫…………?」
「…………ええ、平気よ」

歪めた表情から強がりでる事は誰にでもわかった。
やはり動くと傷に響くが、それは自らの罪科を知らせる痛みだ。
こんな事で罪の禊ができるとは思わないが、これまで犯してきた過ちに対する当然の罰として受け入れる。

自らの弱さを認めず目を逸らしそのために犯した多くの過ち。
取り返しのつく事ばかりではなく、何より死は取り返しがつかない。
失われた命を取り戻すことは、神にだってできないのだ。

取り返しがつかないからこそ、これからの事を考えなくてはならない。
何もしない訳にはいかないのだ。
足を止めることなどオデットには許されない。

「…………オデットさん」

だがオデットを先導していた勇二が張りつめた声と共に足を止めた。
自分の意識に没頭していたオデットがその原因に気付く前に、その声はあった。

「やあ」

若い男だった。
道すがら知り合いにでも出会ったような気軽な声。
夜の散歩でもしているかのように、余りにも普通にその男は現れた。

「勇者は捨ててしまったのかい?」

全身が総毛立つ。
目の前に終わりが絶望と共に立っていた。

「お前ッ、お前は…………!」

怒りに全身を震わしながら勇二が吼える。
全ての参加者の敵。
全ての人類の敵。
ワールドオーダーと呼ばれる世界全ての敵。

73そして1日が終わる ◆H3bky6/SCY:2018/08/13(月) 01:22:01 ID:UsvTGNLY0
「勇者と言う線と天才霊能力少年という君の線、これらが交わっただけでも僥倖だと言うのに、それを自ら破棄するだなんて。
 いや、いいよ実にいい。こちらの想定を超えるくらいでないと」

猛る勇二には取り合わず、男は誰も見ていないように独り口元を吊り上げ手を叩く。
その独善的な愉悦は誰のためでもなく、あるいは本人すら何も感じていないのかもしれない。
不気味な自動人形でも見ているような不安感に襲われる。

「……捨ててなんかいないよ」

確かに聖剣は捨てた。
だが勇者を捨ててなどいない。
勇二らしい勇者で在り続ける。
カウレスから託された願いは決して手放してなどいない。

「そうかい。なら君はそれでいいさ」

嗤うような口元とは裏腹な無機質な視線。
その行く先が少年から俯きがちに視線を落としていた女へと移る。

「だがオデット」

感情の見えない色のない声で名を呼ばれる。
それだけで言いようのない悪寒がオデットの背筋を撫でた。

「――――――――――君はいらない」

オデットの全てを否定するように世界を司る支配者は告げる。
それは死の予感ですらない、より深い終わりを予期させる絶望の具現。

オデットの全身が震える。
正気を取り戻した今だからこそわかる、あれは何か想像を絶する恐ろしいものだと。

オデットは一度、この男に手も足も出ず敗北を期している。
その上で見逃されたのた。殺すつもりなら、いつでも殺せた。
そんな相手に、聖剣によるダメージが残る中で立ち向かうことなど出来るはずもない。

敗北は必至。
何もできないまま無残に存在ごと消去されるだろう。

「そんなことはさせないよ」

だが、今は一人ではない。
オデットを庇うように、小さな、だがとても大きな背中が目の前に現れた。
震える足。恐怖は隠さず、なけなしの勇気を振り絞って。
その一歩の勇気をもって世界全ての悪意を詰め込んだような、この世の終わりの怪物に立ち向かう。

「オデットさん。僕たちにできる事はやっぱり、一つしかないと思うんだ」

声は震えながらも固い決意が込められていた。
敵を見つめる少年の黒い瞳に強い光が帯びる。
その瞳には子どもらしい純真な輝きと、数々の困難を乗り越えてきた深い強さが湛えられていた。

「みんなをこんなひどい目に合わせたお前を倒す! それが僕の勇者としての役割だ!!」

勇者として全ての悲劇の元凶であるこの男を討つ。
それが多くの過ちを犯してきた二人に出来る最大の罪滅ぼし。
失われた全てに報いる唯一の方法である。

オデットはその勇気に導かれるように顔を上げる。
他者の勇気を導く、少年の勇者。
彼女は己の弱さで多くの罪を犯した。
だからこそ、贖罪の道は示されたのならばここで奮い立ったねばならない。

奈落のような男は、その眩いまでの勇気を常と変らぬ表情のまま見送って、何の覚悟もないようなまま迎え入れる様に両手を広げる。

「いいさ。来るがいい、どちらにせよこちらのやることは変わらない」

この局面において、このワールドオーダーの役割は一つ。
参加者の排除だ。
それは合格者も脱落者も関係ない。
等しくこの大嵐を乗り越えるしかない。
乗り越えた先に世界を終わらす大業がある。

空気が静止する。
今にも弾けそうな緊張感の中。
唐突に支配者がくるくると指を回して天を指した。

「けれど、戦うのは少し待った方がいい。君たちにとって運命を分ける事になるだろう」

そこには月が浮かぶだけの夜空があるだけだ。
だが、彼が指していたのはそれではない。

声があった。
世界全体に響き渡るのは目の前の男と同じ声だ。
そう、この地において四度目の声が。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

74そして1日が終わる ◆H3bky6/SCY:2018/08/13(月) 01:22:37 ID:UsvTGNLY0
全てから隔絶され、全てを超越したこの世の果て。
生命の息吹を感じられない、孤独の城。
最低限の物しか置かれていない広い部屋は、開放感がある空間だというのにどこか息の詰まるような閉塞感がある。
そんな窒息しそうな息苦しい部屋の中心でソファーに浅く腰掛ける男が独り。

天上に浮かぶ照明によって、淡く照らし出された男の顔に影が落ちる。
柔らかい光を放つのは緩く回転を続ける球体だった。
釣り糸もなく宙に浮かび緩やかに自転するその様はさながら惑星のようである。

男が目を細めるでもなく、目の前に浮かぶ天球を眺める。
ミラーボールのようなこれこそが、参加者たちがいる地獄の舞台だ。
もちろんその物ではなく、情報を投影し移し出した同期転写体であるのだが。

その球体の一点を男の指がなぞる。
そこには小さなヒビが刻まれていた。

「やってくれたねぇ、剣神龍次郎」

苦言を漏らす言葉とは裏腹に、その口調は愉し気である。
最強が放った最大最期の一撃は、正しく世界を砕く一撃だった。
球体に見えるヒビは小さなものだが、世界の内核にまで届いている。
いずれその亀裂は広がってゆき世界は崩壊を迎えるだろう。

この舞台となる世界は非破壊オブジェクトとして設定してある。
世界の破壊機構であるリヴェイラが世界ごと破壊しようとしたが破壊できなかったのはそのためだ。
まさかそれを何の気も衒わない力技で突破するとは、完全に想定外の事である。

つくづく参加者たちは主催者の想定を上回る。
だが、そうでなくてはとほくそ笑む。

想定を上回らなければこんな事をした意味がない。
想定を上回ることなど想定内。
むしろ順調であると言えるだろう。

だが、舞台その物が壊されるというのはよろしくない。
果たしてこの世界はどれだけ持つか。
1年か、1日か、それとも数時間も持たないのか。
こちらとしては終了まで舞台が持てばいいのだが、終了までに壊れられるのは困る。

「まあいいさ、それなら少し予定を早めるまでだ」

浅くかけた腰を上げる。
机の上で静かに回り続ける球体を見下ろす。
そこにいる全てを不幸のどん底に陥れた元凶は本当に残念そうに呟きを漏らす。

「だが不幸なことだ、僕にとっても君たちにとっても」

言って、じき始まる放送の準備を始めるため部屋を出た。
残された孤独な世界は静かに光を放ち続けている。

そして一日が終わる。
長かった一日の終わりを告げる四度目の放送が始まった。

75そして1日が終わる ◆H3bky6/SCY:2018/08/13(月) 01:23:19 ID:UsvTGNLY0
【C-5 診療所/真夜中】
【新田拳正】
[状態]:ダメージ(中)、疲労(中)、右目喪失(治療済み)、額に裂傷(治療済み)、両手に銃傷(治療済み)、右足甲にヒビ(治療済み)、肩に火傷(治療済み)、右腕表面に傷
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式
[思考]
基本方針:帰る
1:帰る方法の模索

【水芭ユキ】
[状態]:疲労(小)、頭部にダメージ(大)、右足負傷、精神的疲労(小)
[装備]:クロウのリボン、拳正の学ラン
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(確認済み)、
    ロバート・キャンベルのデイパック、ロバート・キャンベルのノート
[思考]
基本方針:悪党を貫く
1:中央へと向かう
2:首輪の解除方法と脱出方法を探す

【一二三九十九】
[状態]:ダメージ(中)、左の二の腕に銃痕、鼻骨骨折(治療済み)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式×3、、ランダムアイテム1〜4(確認済み)
    サバイバルナイフ、サバイバルナイフ・裂(使用回数:残り1回)、風の剣、ソーイングセット、クリスの日記
[思考]
1:帰る方法を探す

【G-5 山中/真夜中】
【音ノ宮・亜理子】
[状態]:左脇腹、右肩にダメージ、疲労(中)
[装備]:魔法少女変身ステッキ、オデットの杖、悪党商会メンバーバッチ(1番)、悪党商会メンバーバッチ(3番)
[道具]:基本支給品一式×2、M24SWS(3/5)、7.62x51mmNATO弾×3、アイスピック、工作道具(プロ用)
    双眼鏡、鴉の手紙、電気信号変換装置、地下通路マップ、謎の鍵、首輪探知機、首輪の中身、セスペェリアの首輪
    データチップ[01]、データチップ[02]、データチップ[05]、データチップ[07]
[思考]
基本行動方針:ワールドオーダーの計画を完膚なきまでに成功させる。
1:次の主人公候補の模索
2:データチップの中身を確認するため市街地へ
※魔力封印魔法を習得しました

【F-6 山中(ダム底中央)/真夜中】
【火輪珠美】
状態:左腕喪失出血多量、ダメージ(極大)全身火傷(大)能力消耗(大)マーダー病発病
装備:なし
道具:基本支給品一式、禁断の同人誌、適当な量の丸太
[思考・行動
基本方針:全て焼き尽くす
1:敵を待つ
※りんご飴をヒーローに勧誘していました
※ボンバーガールの能力が強化されました

【H-6 電波塔近く/真夜中】
【田外勇二】
[状態]:人間、消耗・大
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式
[思考]
基本方針:自分らしい勇者として行動する
1:ワールドオーダーを倒す
[備考]
※勇者ではなくなりました

【オデット】
状態:再生中。首骨折。右腕骨折。神格化。疲労(大)、ダメージ(極大)、首輪解除、マーダー病感染
装備:なし
道具:リヴェイラの首輪、携帯電話
[思考・状況]
基本思考:-
1:ワールドオーダーを倒す
※ヴァイザーの名前を知りません。
※ヴァイザー、詩仁恵莉、茜ヶ久保一、スケアクロウ、尾関夏実、リヴェイラを捕食しました。
※現出している人格は最初からオデットでした

【主催者(ワールドオーダー)】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、携帯電話、ランダムアイテム0〜1(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:参加者の脅威となる
1:参加者の殲滅
※『登場人物A』としての『認識』が残っています。人格や自我ではありません。

76そして1日が終わる ◆H3bky6/SCY:2018/08/13(月) 01:23:35 ID:UsvTGNLY0
投下終了です

77 ◆H3bky6/SCY:2018/08/23(木) 00:08:34 ID:Pgd8.FQk0
第四放送本投下します

78第四放送 -いつか革命されるこの世界にて- ◆H3bky6/SCY:2018/08/23(木) 00:09:26 ID:Pgd8.FQk0
四度目の定時放送の時間となった。
これで開始から一日が経過したことになる。
この声を聞く者は皆、この一日この地獄を潜り抜けた精鋭だ。
まずは、よくぞここまで生き残ったと褒めたたえよう。

今回は特に重要な連絡事項があるからね、殺し合ってるものは手を止めて耳を傾け、寝ているモノは起きるといい。
言いかな? それでは行くよ、聞き逃さないように。

まずはいつも通り禁止エリアの発表だ。
追加される禁止エリアは。

『F-6』
『F-8』
『H-5』
『H-7』

後はCとIのライン、3と9のラインを禁止エリアとする。
もはや動ける範囲の方が狭くなってしまったが、足を踏み外さぬようこれまで以上に慎重に行動することだ。

次に、この6時間で脱落した死亡者の発表を行おう。
死亡者は

02.アサシン
16.カウレス・ランファルト
24.近藤・ジョーイ・恵理子
42.剣神龍次郎
53.バラッド
55.ピーター・セヴェール
59.氷山リク
68.森茂
72.りんご飴

以上9名。
生き残りは8名となる。
そこにいる僕を除けば7名か。
いよいよ佳境という所か。

そしてここからが君たちに直接かかわる大事な話だ。
覚えているかな? 1時間に1人死者が出なかった場合、ランダムに首輪を爆破するというルールの事を。
この場面でわざわざこのルールを振り返ったという意味が賢明なキミ達なら分かるだろう?
そう、先ほどの6時間で1時間人の死ななかった時間帯が存在する。
まったく、これだけ死んだのに人が死ぬ時間が偏り過ぎていたようだね。

それは始まりと終わりの1時間。つまり2名だ。
2名、生存者からランダムに死亡者を抽出する。

ここまで生き残った参加者をこんな形で失うのは僕としても不幸だが。
これもまた運命か。
ではペナルティーを受ける死亡者を発表する。

40.田外勇二
63.水芭ユキ

以上2名。
処理の実行は30分後だ、0時30分に行う。
支給した時計は正確だから、それを見ながら心してその時を待つといい。
祈ったところで救われるでもないが、せめて悔いは残さぬよう。

さて、革命の時は近い。
これが恐らく最後の放送になるだろう。
キミ達の、この世界の至る結末を僕に、神に、世界に見せてくれ――――!

79第四放送 -いつか革命されるこの世界にて- ◆H3bky6/SCY:2018/08/23(木) 00:10:04 ID:Pgd8.FQk0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


パチン、と音がした。


放送を終えたワールドオーダーが放送室の灯り落としたのだ。
役目を終えた放送室の出口に向かい、その扉を開く。

唯一の住民が消えれば自然、光の落ちた薄暗い部屋は静寂に包まれる
永遠に変わらぬような静寂。
それは不変だ。

だが永遠などありはしない。
その静寂はいつか破られる。
永劫の不変は破られるのを待つように、訪れる者を待っている。

いつか至り、終り、変わる世界のように。

いつか破られる、その時を待っている。




本を閉じる様に、パタンと扉が閉じた。

















今はまだ、訪れる者はいない。

80第四放送 -いつか革命されるこの世界にて- ◆H3bky6/SCY:2018/08/23(木) 00:10:22 ID:Pgd8.FQk0
投下終了

81 ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:16:20 ID:9FwNdzk60
お待たせしました
最終章の第一幕を投下します

82THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:18:42 ID:9FwNdzk60

終わりを告げる声が天より響いた。

もはや聞きなれてしまったその声も、今回ばかりはその意味合いが違った。
それは聴く者の心に様々な嵐を巻き起こす凶報である。
過ぎ去った死を告げるだけだったはずの声は、死の訪れを宣告する声となった。
それは神の如きが告げる逃れようのない、運命だ。

その声は聴く者の感情に変化を齎した。
あるいは激昂。あるいは焦燥。あるいは絶望。
そのいずれもが心を散り散りに引き裂くような激情だった。
あらゆる激情で満ちた鍋はかき回され世界は混沌で満たされる。

さあ物語の終わせよう。

世界の命運をかけた革命を始めよう。

いい加減、止まった世界に飽きたなら。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

この最悪極まる催しの主催者の分身を除けば、放送を聞き終えた参加者の中で一番冷静さを保ってたのは恐らくこの少女だろう。

美少女女子高生探偵、音ノ宮亜理子。
彼女が平静を保てたのは理性と知性を司る『探偵』と言う生き物であるというのも理由ではあるだろうが。
それ以上に、先ほど告げられた最悪の通告と彼女が無関係な立場にあるのが大きいだろう。

死の運命を告げられた二人。
選ばれた一人は同じ学園に通う後輩であり多少の顔見知りではあるものの、特に深い間柄でもない。
彼女の死が亜理子の心を鈍らす要因にはなり得ない。

何より心構えをしていた。
ペナルティというルールが設定された時点でいずれ来るだろうとその可能性は常に彼女の頭の隅にあった。
それがようやく適応される段階に至った、というだけの話である。
ならば自分が当たらなかった幸運を喜んでこの件はそれで終わりだ。

それよりも、今の放送で彼女の気にすべき点は別にあった。
彼女にとって一番の問題は中央が禁止エリアに指定された事である。
それは中央は最後の舞台となる重要地点である、というこれまでの推理を覆すものだった。

これにより彼女のこれまでの推理は否定されるのか?
否である。ダム底の調査により中央が重要であることは確信を得た。その前提は翻らない。
あくまで最終地点は中央であるという前提で推理を進めるべきだろう。

そして、放送から得られて重要な情報がもう一つ。
ワールドオーダーはこの放送を”最後の”と言った。
何故今回が『最後』なのか?

残り8名。いよいよもって終わりは近い。
だが、放送ごとに地図上のエリアを狭めてきたこれまでの傾向からして、あと一回りは余裕がある。

確かに、全てのマスを埋める必要はない。
それに人数が減れば減るほどペナルティの適用率は高くなり、次を待たずして全滅している可能性は高いかもしれない。
全滅を危惧して予定を早めたと言うならば、なるほどそれは確かにあり得る話だろう。

だが、この考えは今回の事件には当てはまらない。
何故ならそれは参加者の全滅を避けたい人間の考え方だからだ。

奴にとってこの殺し合いは何が何でも一人を見出すための試みではなく。
条件を満たすたった一人を見つけ出すための振るいである。
奴にとってはこの殺し合いは全滅したって構わないのだ。
私たちにはこの殺し合いが全てでも、奴にとっては次があるのだから。

だと言うのに予定を早めたのは何故か?
これまでの違う流れが組み込まれた時、それには必ず理由がある。
全滅を避けたいのではなければ、何か別の理由があるはずだ。
それは何だ?

考えるべきは、『この殺し合い』に置いて奴にとっての最悪は何か。
それは一つ。
居たかもしれない『主人公』を逃す事だ。

83THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:19:02 ID:9FwNdzk60
全滅を許容するといってもそれは全てを完遂した結果でなければならない。
最後にまで至って初めて、『居なかった』という結論を得られるのだ。
追い求めた一人が居るかもしれない可能性がある以上、最後までこの殺し合いは完遂されなくてはならない。

故に終了を速めた。
そうなると進行不可能となる想定外の事態が起きたのか?
この状況で思い当たる可能性と言えば。

「………………さっきの地震、か?」

観測できる範囲で世界に起きた出来事と言えばそれくらいだ。
そう言えば、あれはなんだったのだろうか?

地震。地震には違いないのだろう。
日本なら先ほどの震度5程度の地震なら年に平均して5回以上は起きている。
それほど特別視するようなものではないのだが。
この孤島がなんなのかという疑問の答えによっては意味する所も変わってくる。

この”世界自体”が奴の用意した世界だと仮定するならば地震など起きるはずがない。
全てが奴の支配下である以上、意図的に引き起こしたのでなければ、起きる必要がないからだ。
起きるはずがないことが起きた。それが終了を早める要因となった可能性はあるかもしれない。

ここが私たちの世界のどこかの無人島であるとしたと仮定したとしても、地震は自然現象だ。
いくらなんでも地震が起きるかどうかまで奴が想定していたとは考えづらい。
やはり地震の影響で何かの不測の事態が起きたという可能性はあるだろう。

だが、あくまで可能性。確実性は何もない。
地震と紐付けること自体が無理矢理すぎるか…………?

ともかく、理由は不明であれ強引に一手早めたのは事実だ。
最後だからこそ盤面を大きく動かすべく動いたという推測が立てられる。

『最後』だから『最終段階』として『最終地点』にイベントを起こした。
こう考えれば中央を禁止エリアとした筋も通る。
中央の重要性は変わらない、むしろ増したと言えるだろう。

そしてそうであると言う前提で考えれば、いろいろと条件が逆算できる。
中央にあった呼び出し方が不明のエレベータ。最後に行われる中央の禁止エリア化。
そこから導き出される結論がある。

エレベーターを呼び出す条件。
それはそこが”禁止エリアである”事だ。

調査をした時点で何も起きなかったのは当然だ、条件が満たされていなかったのだから。
そしてそれ条件であるのなら、必然的に首輪の解除が必要となる。
誘導と試練と必然。
その全てが揃っている。

そうなると首輪の解除を最優先とすべきなのだが。
亜理子の頭の中には首輪の構造に関する知識はあるが、実行するための技術と道具が足りない。
その穴を埋める人材を確保する必要がある。

人数こそ減ったが禁止エリアが増え活動範囲が狭まっている以上、参加者と出会うのはそう難しくはないだろう。
だが、先ほどのボンバーガールのような危険人物と出会う可能性も高い。
そう言う輩は当然ながら避けたい、少なくとも単独で行動している間は。

誰を探すべきか。
頭の中で生き残った参加者の名を思い浮かべる。
そこからペナルティで死亡する二人を排除。
そしてワールドオーダー、ボンバーガールと言った危険人物を除外する。

そうして残ったのは自分を除けば3人。
一先ずこの3人に当たりをつける。
この中から求める人材、加えて失われた主人公候補を見繕わなければならない。

たった3人。
そこに全ての展開をうまく転がせる人材がそろっていたのなら、それこそ運命的である。
奴の思想に沿った展開でぞっとしないところだが、奴の思想通りに進むのは亜理子としても望むところだ。
何より、そうでなければ立ち行かない以上そうでなくては困る。

当たりを引けば一発逆転という博打的な状況。
ふと考えが頭をよぎる。

ともすれば追い詰められて細い糸を辿らなくてはならないこの状況もまた、筋書きの一つでしかないのだろうか。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

84THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:19:34 ID:9FwNdzk60
「………………あぁん?」

仄暗いダムの底で泥に塗れていた女の口から不機嫌そうな声が洩れた。
眉間にしわを寄せながら、深い眠りから醒める様に片目を薄く開く。
目を瞑って身を休めていたが、眠っていたわけではない、放送はちゃんと珠美の耳に聞こえていた。

彼女が不機嫌な声を漏らしたのは龍次郎とモリシゲと恵理子と言った強敵の死を知ったから、ではない。
ペナルティーの実行により見知った相手がこれから死ぬこと、でもない。
不運に見舞われたのは悪党商会(てき)の下っ端(ザコ)と同僚(ュバルツティガー)の子供(ガキ)、どうでもいい相手である。

どうでもいい相手の死など、どうでもいいことだ。
戦いがいのある強敵だって、死んでしまった以上価値はない。

深く縁のある人間は大抵死んだ。と言うより、大抵殺した。
今更、誰が死のうと動じる心など残っていない。

「あぁー…………どうしたもんかねぇ」

寝ころんだまま億劫そうに声を上げる。
それよりも珠美にとって問題なのは今いるF-6エリアが禁止エリアに指定されてしまった事である。
このままここで寝ていれば二時間後にはドカンだ。
待ち伏せを決め込んでいたと言うのに出鼻をくじかれてしまった。

移動すればいいだけの話なのだが、それすらも面倒だ。
せっかく燻った炎を高めていたと言うのに、冷や水を浴びせられたようにやる気が萎える。
体力以前に気力が湧かない。

今日は死ぬにはいい日だが、首輪が爆発して死ぬなんてのは何とも締まらない。
誰も知らぬところで、しめやかに爆発四散なんてのは御免被る。

どうせ死ぬなら派手に勝手に傍迷惑に自分らしく戦って死にたい。
それで終われるならこれ以上はない。

こんな事なら、ゴスロリ女を追えばよかったと後悔するが、今となっては後の祭りである。
こうなっては面倒でも動くしかない。
行く宛てもないが、ゴスロリ女が逃げって言った方向を適当に追ってみるかと、重い体を起こそうとしたところで、

「………………そうだ」

一つ思いついた。
本当に思いつきで、実際できるのかすら分からない。
リスクばかり高く、成功したところで何も得られないかもしれない無意味な発想。
ハイリスクローリターンこそ死にたがりの博打打ちに相応しい。
だが、成功すればきっと面白い。

そう思うだけで、少しだけ鬱屈とした胸が愉快な気持ちになれた。
それだけでやってみる価値があった。

起き上がるのを止めて、再び目を閉じる。
寝ころんだまま時を待つ。
とっくに導火線に火はついていた。

ただただ、花火が弾ける時を待っていた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

85THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:20:33 ID:9FwNdzk60
――――――絶望。

この状況を表す表現としてこれほど適した言葉はないだろう。
死刑宣告を行った放送に置いて、最大の絶望を味わっているのはこの少年少女たちであった。。

水芭ユキ。
死神にその名が呼ばれしまった。

死刑執行を宣告された死刑囚のようだが、彼女は己が罪科に殺される死刑囚とも違う。
ただ純粋な悪意によって、理不尽なモノによって殺されるのだ。

暴威に晒されるのとすら違う。
抗う事すら許されない。
できる事と言えば、ただ坐して死を待つ事だけである。

「………………そん、な」

その不条理を嘆く様に九十九が漏らした。
だがそれ以上言葉は続かず、続くべき言葉を彼女は持たない。
ただ何もできない無力さを唇と共に噛みしめるだけである。

あの拳正ですら言葉を失っている。
爪が食い込むほどに握りしめられた拳が、その悔しさを物語っていた。

30分。
この僅かな時間で、何ができると言うのか。
出来る事と言えば、どう死ぬかを選ぶ事だけ。

見守る者たちもまた、何も出来ない己の無力を突き付けられながら。
ただ仲間の死を指をくわえて待っているだけ。

何も出来ないという絶望。
何をすべきかもわからない。

秒針が進むたびに心臓が締め付けられるようだ。
確実に死ぬと言う状況は何とも耐え難い。

足元から世界が崩れ去るような錯覚を覚える、
胸を締め付けるような恐ろしさがあった。
どす黒い感情が体中を暴れまわり、行先のない激情に叫び出しそうになる。

だがそれ以上にユキの心を占めている感情は悔しさだ。
恐ろしさよりも、ただひたすらに悔しかった。

全ての決意が無為に終わる。
悪党を受け継いだのに、父の意思を継ごうと決めたばかりなのに。
まだこれからなのに。

こんな所で終わるのか。
こんな事で終わるのか。
こんな形で終わるのか。

何も為さず、何も出来ず、何者にもなれず。


何も残さず、終わるのか。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

86THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:21:19 ID:9FwNdzk60
永遠に変わらないような静寂。
空気が凍りついたように固まっていた。
張りつめた空気は一突きするだけで全てが弾けてしまいそうな緊張感を漂わせている。

息を呑むのは怪物と呼ばれた女と、勇者と呼ばれた幼い少年だった。
二人は驚愕と絶望を綯交ぜにした表情で目を見開いて固まっていた。

そんな彼らと対峙するのはどこにでもいるような男である。
どこにでもいて、どこにもいない。
全ての元凶。
この殺し合いの主催者。
ワールドオーダーと呼ばれる一つの厄災。
男は常と変らぬ薄い笑みを張り付けながら、言葉を失い呆然と佇む二人を見つめる。

「一応誤解がないように弁明しておくと、キミが選ばれたのは僕の意思ではないし、もちろんあちらの僕の意思でもない。
 本当に誰の意思でもない。無作為に抽出した結果でしかない。運命や定め、あるいは単純な運。キミが選ばれたのはそう呼ばれるものでしかないんだ。
 ――――いや、あるいはそれを決めた誰がいて、それこそが僕の倒そうとしてる相手なのかもしれないね」

それは此処ではない何処かへ向けた呟きだった。
最悪の体現者が告げる言葉はどこまでも空虚で意味などない。
己の中に他者の存在などない男の言葉は、己自身に語りかける言葉に他ならない。

だが、それも問題なかろう。
どちらにせよ、その言葉は二人の耳に届いてはいなかったのだから。
端的に言えば二人はそれどころではなかった。

全ての希望を打ち砕く死の宣告。
覆しようのない確定した未来。
その死の運命に少年は選ばれてしまった。

田外勇二は、この世界が定めたルールによって殺される。

変えようのない運命が二人に重くのしかかっていた。
呆然自失とした二人に、自らの言葉が届いていいない事すら気にした風もなく男は嗤う。

「だが――――――キミ達は運がいい」

笑みで歪めた口元から、乾ききったこの場にそぐわぬ愉しげな声を吐いた。
蠱惑的な悪魔の声に、焦点のぶれていた瞳が導かれるようにゆっくりと定まってゆく。
二人の目線が、目の前にいる敵をようやく映した。
吐かれた言葉の意味を租借して、大きく息を呑む。

「どういう………………意味だ?」

状況は最悪も最悪。
死の運命に選ばれた不運を前にして、運がいいとはどういう事か?

「こうして、この僕と出会った事さ」

幸運どころか最悪の塊が何をほざくのか。
誰にとってもこの男と出会った事こそが最大の不幸だ。
そんな不審の色を含んだ二人の視線を微笑で流し、ワールドオーダーは自らの首元をトントンと指で叩いた。

「僕の首輪は少し特別性でね。首輪の爆破を無力化する機能が仕込まれている。
 首輪の無効化。この意味が分かるかな? この機能が適応できるのは僕の首輪だけじゃないという事さ。
 つまりは僕を殺して首輪を剥ぎ取れば、」

その説明が終わるよりも早く、オデットの姿が掻き消えた。
現れたのはワールドオーダーの背後、僅かに上空、後頭部が狙える位置。
瞬間移動したオデットが、振り上げた踵を落とす。
その動きが神の奇跡を引き起こし、振り下ろした足から落雷が放たれる。

「ッ………………ぁあッ!?」

だが、雷に打たれたのはオデットの方だった。
落雷は昇雷となって跳ね返り、直撃を受けたオデットが墜ちる。
地面へと叩きつけられた衝撃で、閉じかけていた聖剣に両断された傷口が開き血が溢れる。

「ガ、ハッ………………!?」
「不用意だねぇ。自分が今どういう世界に立っているのかも把握せず動くだなんて」

今現在、彼らをとりまく世界は『攻撃』は『跳ね返る』世界だった。
オデットはワールドオーダーとの戦いは初めてではない、敗北したとはいえその能力は把握していた。
だが、タイムリミットを切られた勇二の命に救いの手をチラつかされ、焦りから確認を怠った。
完全にオデットの失態だ。

87THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:21:40 ID:9FwNdzk60
「オデットさん!」

慌てて勇二がオデットに駆け寄る。
傷口に手をやったその指から、糸のような何かが延びた。
意思を持ったように動く白い糸が傷口を縫い合わせてゆく。

「へぇ。まるっきり力を失ったと言うわけでもないようだ。と言うより……本来の才能が目覚めたのか」

その様子を見ながら、治療を邪魔するでもなく、感心したような声を漏らす。
敵の殲滅よりも観察が重要であるかのように。

勇二の指より伸びるのは魔を滅する勇者の力で編まれた輝く光の糸ではなく霊力によって編まれた白く透明な糸である。
少年には元より神域に至る霊能力の才があった。
勇者としての力が失われたとしても、元々有していたその才能までは失われる訳ではない。

だが、如何に才があったとしても才は才でしかない。磨がねば光ることもない。
少年は退魔の大家である田外家史上、最大にして最高の才を有している。
だが、その強すぎる力は幼い身に余として父と魔女によって厳重に封印を施されていた。
少なくとも殺し合いに巻き込まれた時点の勇二は力の使い方などろくに理解していなかった。

だが、勇者としての覚醒が少年の潜在能力を開花させた。
勇者の力は失われてしまったが勇者として戦った経験までは失われはしない。
力の使い方は聖剣から学んだ。
あの経験も決して無駄ではなかったのだ。

ピンと指先の糸が途切れ、霊糸縫合が完了する。
とはいえ繋ぎ合わせただけの応急処置に過ぎない、無理をすればまたすぐさま傷が開くだろう。
いくら神の因子を持つ生命力の高いオデットであろうと、こうも短期間に重傷を重ねればどうなるのか分からない。

だがじっとしていられる状況もなかった。
目の前に巨悪が居り、なにより戦わなくては、勇二が死ぬ。
そんな状況で休んでなど居られるはずもない。

「大丈夫、僕が戦うから。オデットさんは無理しないで」

無理を押して立ち上がろうとするオデット。それを勇二が制した。
少年は強靭な意思を持って世界の巨悪に対峙する。
自らを討たんと立ち上がる少年の様を見て、ワールドオーダーは敵ではなく何か喜ばしいモノに出会ったかのように口元をほころばせた。

「だが、戦えるのかい? 君の才能は戦う事に特化しているとは思えないが」

ワールドオーダーは田外の特性を識っている。
田外のみならず、この世界に置いてワールドオーダーの識らぬことなどない。
このあまねく世界は全て彼の管理する箱庭だ。

属性は地。拘束術や結界術を得意とし、敵を滅するよりも封じる事に長けた血筋。
サポート向きの能力で単独で戦うには向いていないが。
彼の才能がその血筋によるものならば、この状況でどれほどの脅威になるのか。

「心配されなくとも、武器なら勇気があるさ!」

勇者とは恐るべき困難に対して先頭に立つ者である。
勇者の力が失われようとも、少年は勇者であった。

勇二の全身からは靄の様な白い何かがあふれ出す。
それは霊感のない人間にも可視化できるほどの規格外の霊力だ。

その姿は魔闘気を纏った魔人皇を彷彿とさせる。
魔人皇。ワールドオーダーを追い詰めた絶対強者。
霊力量だけを見れば今の勇二はそれに匹敵する。

ワールドオーダーは田外の特性も、また当然のように勇者の特性も識っている。
なにせ、勇者というシステムを創り上げたのは他ならぬ彼である。
その力はまだ誰にも発現していないモノまで全て把握済みだ。

だが、目の前の相手はどうだ?
聖剣の加護によって目覚めた神域の霊能力者。
勇者と田外。
埒外の組み合わせ。
未知の化学反応により目覚めたその力はワールドオーダーにとってすら未知である。

確かに魔人皇はワールドオーダーを追い詰めはした、だがそれだけである。
既に超えた壁だ、同程度なら問題にもならない。
その先を、果たしてこの少年は見せてくれるのか――――?

88THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:22:11 ID:9FwNdzk60
「さぁ、田外勇二――――――少年(キミ)の可能性を見せてくれ」
「ああ、見たければ見せてあげるよ――――!!!」

啖呵を切るような叫びと共に勇二が動く。
突き立てた二本指が素早く切られ、宙に印を刻んだ。
印は『式』を意味する一字。式神を形成する呪である。

普段から勇二はそうやって遊んでいた。
誰に教えられたでもなく式を産み出し、お遊び程度に行使するという日常から零れ落ちていた規格外の才能の片鱗。
普段の遊びと違うのは一点、その規模が、解放された才能が、注ぎ込まれる霊力が普段の非ではないという事だ。

完成した『式』の印が宙に赤く輝く。
その輝きを籠めた二本指が地面へと突き立てられる。
すると、地面がボコボコと沸騰したように隆起を始めた。
盛り上がった土塊が流動し次々と積み重なってゆく。
土塊は見る見るうちに型を成して、土と泥と石によって人型が生み出された。
それに縛るべき名を与える。

「来ぉい――――――てんちゃん!!」

天を衝くような巨躯が大地に顕現する。
覚醒した少年の霊力によって生み出されたそれは正しく巨人だった。
土の巨人。式神『天空』。
十二神将に数えられる最強の一画を成す式神である。

人間よりも巨大な拳が振り上げられる。
それが見上げるような高みから、無慈悲に振り下ろされた。
荒い攻撃だが、その荒さを塗りつぶして余りある圧倒的物量がある。
ただ振り下ろすだけで人間など容易く平らにしてしまうだろう。
だが、世界はそれを許さない。

岩石が破砕する音が響く。
砕け散ったのは、男を圧死させるはずの石の拳だった。
『攻撃』は『跳ね返る』。
今の世界で攻撃したところでダメージを負うのは攻撃した側である。

だが、泥人形に痛覚などない。
砕け散った片腕を気にせず、残った逆の腕を振りかぶり豪快に殴りつけた。
当然の如く結果は同じだ。
腕は砕け、辺りに粒となった土や石が舞い散った。
世界の法則は力技で超えられるものではない。

「おっと」

ワールドオーダーが飛来した小石を片腕で振り払いのけた。
石と泥の巨人が自壊した結果、辺りに飛び散った小石だろう。
確かにこれは攻撃には当てはまらない、跳ね返ることもないだろうが。

「まさか、これで僕を殺そうというつもりでもないだろう?」

もしそうだとしたならば子供の発想すぎる。
この程度の小石が当たったところで大したダメージにはならない。
そこまで期待外れではないと願いたいところだが。

痛覚のない式神には知性もないのか、両腕を失った天空は、懲りることなく今度は敵を踏み潰すべく足を振り上げた。
無駄であることを理解していない様に見えるが、これが意図したものであるならば攻撃を繰り返す事で足を釘付けにする魔人皇と同じ戦術だろう。
だが、一分の隙もなかったあの恐るべき魔人皇と違い、その巨大さ故か式神の攻撃は緩慢に過ぎる。
何もできないと思えるほどの圧力は感じられない。

「『霊力』など『存在』しない」

攻撃までの大きな隙を突き、革命の言葉を紡ぐ。
世界が変わる。
霊能力で創り上げられた操り人形は足を振り上げたまま、その全身を砂塵として崩れ去った。

「――――――――DniW」

横合いから疾風が走る。
世界が改変された今ならと、好機を逃さずオデットが放った魔法だった。
霊力ではなく魔法ならばこの世界でも通る。

89THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:22:44 ID:9FwNdzk60
「『攻撃』は『跳ね返る』」
「くっ…………!」

だが、一手遅い。
風よりも早く再び世界は改変され、飛来した魔法は術者へと跳ね返り僅かにその身を切り裂く。
糸で繋がった傷口から赤い血液が漏れ出す。

世界改変と言う規格外の能力を除けばこのワールドオーダーのスペックはそれほど突出したモノではない。
身体能力、反応速度、どれをとっても戦士としては物足りない平凡の域。
最強たるオデットを上回るパラメータなど存在しない。

だが、この男は常に一手先を行く。
それはオデットの体が蓄積されたダメージから重かったと言う理由も確かにあるだろう。
だがそれ以上に、いつどのように世界が改変されるのか。
それを知らないオデットたちと、それを操るモノとでは動き出しに大きな差がある。
このアドバンテージはどうしようもなく埋めがたい物であった。

「…………これは」

だが、戸惑いの声を上げたのはワールドオーダーだった。
周囲に舞う砂塵。
先ほど放たれた突風が崩れ落ちた天空の破片を巻き上げたのだ。

「…………砂塵。目晦ましか」

式神『天空』は霧や黄砂を呼ぶとされる土神である。
その特性を考えるに、こうして砂塵となるところまで計算の内か。

ワールドオーダーの視界から砂埃に紛れた二人の姿が見失われる。
これが逃げの手だったなら巧い手だと褒め称える所なのだが、首輪爆破の制限時間がある以上は彼らに逃亡という選択肢はない。
かと言ってせっかっくの目晦ましを無駄にするはずもないだろう。
この機に乗じて何か仕掛けてくるはずだ。

どう対応するか。
世界をどう変えるのか。
待ち構えながらワールドオーダーは僅かに思案する。

実のところ、オデットだけを殺すのであれば、ワールドオーダーは簡単に実行できる。
この世界を『魔族』が『死ぬ』世界にすればいい。
条件に当てはまるモノを即死させる、無敵ともいえる世界の革命。
ワールドオーダーと同じ人間である勇二はともかく、属性が異なるオデットの場合それで終わりだ。

しかし、ワールドオーダーはそうはしなかった。
それは慈悲や手加減などという理由ではもちろんない。
最終的に倒されることが目的だったとしても、彼は勝負に関して一切の加減をすることはない。

八百長では意味がないのだ。出来レースではたどり着けない。
双方が全てを尽くして、その上で世界の悪であるワールドオーダーを打ち倒せる者こそが相応しい。
それこそが彼の求める者。
故に彼は敵を滅ぼすべく全力を尽くす。

では何故即死させようとしないのか。
その理由は、亦紅との交戦経験に依るものだった。
今のオデットは純粋な魔族ではなく邪神を喰らいその属性を得た混じり物だ。
半人間として生き残った亦紅のように、混じり物の彼女も生き残る可能性がある。

世界の法則は絶対だが、それ以外に対しては無防備となるという弱点もあった。
能力以外が平凡の域を出ない彼だからこそ、対処には慎重が必要となる。
殺しきることが出来なければ殺されるのはワールドオーダーの方だ。
不用意に世界を決定することはできない。

ワールドオーダーの周囲を漂う粉塵が僅かに揺らいだ。
何かが来るという攻撃の予兆に他ならない。

砂塵の暗幕から氷槍が現れる。
ワールドオーダーは目の前に迫るそれを見送り、不動のまま攻撃へと身を晒した。

ワールドオーダーは世界を変えないことを選択した。
今の世界は『攻撃』は『跳ね返る』世界だ。
何が来るか不明な状況では今の世界が一番無難で確実な選択である。

氷槍がその身に直撃する。
瞬間、跳ね返る前に砕け散った。
氷が無数の粒となって散弾のようにワールドオーダーへと襲い掛かる。
だが、その全てはワールドオーダーに触れた瞬間に跳ね返った。
多少の工夫は凝らしているが、ただのその程度など世界の法則の前には意味がない。

この程度で攻略できるなど勇二もオデットも思っているはずがない。
この攻撃は本命ではないだろう。
恐らく気を逸らすための囮だ。

90THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:23:20 ID:9FwNdzk60
(…………なら本命は、どこから)

目を細め砂塵の先を凝視する。
その足元から、ピシリと音が響いた。
次の瞬間、地中から芽吹くように白い糸が伸びた。

自らに向かって迫りくる糸を咄嗟にバックステップで回避する。
だが、着地した足元からも糸が芽吹き足首へと巻き付く。
続けて四方から、地面が割れる音が響き、地中を食い破って伸びた糸がワールドオーダーの体に巻き付いた。
攻撃ではなく拘束。
全身を地面へと縫い付けられる。

「なるほど」

膨大な勇二の霊力を生かして、地中に根を張ったのか。
目晦ましは地中に霊力を通している様子を隠すためのモノ。
オデットの攻撃は足元から気を逸らすためのモノ。
恐らくどこに動いても、絡め取られていただろう。

だが、拘束される程度は想定の範囲内だ。
攻撃以外の手段で来るのは珍しくもない。
この程度の窮地など、一つ世界が革命されるだけで消える泡沫のようなものである。

それにいくら拘束したところで、攻撃ができない以上は決着がつかない。
膠着状態となれば、首が閉まるのは時間制限のある勇二の方である。

「ElCriC!」

詠唱が響いた。
結界を張り、攻撃を遮断する高位魔法。
術者を中心にして周囲を壁のような結界が取り囲む。

その内にはオデットとワールドオーダーの二人がいた。
結界魔法を敵と己を閉じ込めるための壁として使う、オデットが一度死んだあの時と同じ形だ。
だがただ一点、あの時と大きな違いがある。
それは、結界の形が円状ではなく円柱状だったという事だった。

(拘束して更に隔離を……? いや…………)

晴れ始めた砂塵の隙間から結界の形を見る。
そこで円柱の上面部分が結界に覆われていない事に気づいた。
この時点で結界魔法としては失格。隔離する壁としても用をなしていない。
つまり、これは結界でも隔離でもなく――――。

「―――――――nIar lAItNerRot」

集中豪雨。
詠唱の声と共に空から滝のように雨が降り注いだ。
局地的な天候操作。水のない所でこれほどの水魔法を扱うなど、これこそ神の御業と言える。
そう、これは結界ではなく――――水槽だった。

瞬く間に、結界の中が水で満たされてゆく。
水槽の中に水は溜まり、いずれ中は満ち満ちるだろう。
オデットは逃げられるだろうが、糸によって縛られ大地に拘束されたワールドオーダーは逃れられない。
水責めが攻撃として世界に捉えられても、濁流が『跳ね返った』ところで、意味がない。
水が溜まれば溺死するしかない。

確かにこれならば、殺せる。
勇二の案だろう。子供らしい残酷で、自由な発想である。
だが、水の牢獄が首元まで迫り、ついには下唇が濡れるギリギリのところで、

「『重力』は『反転』する」

世界が革命された。
水槽にたまった水はバケツをひっくり返したように天へとぶちまけられた。
降り注ぐ雨は空へと落ち、周囲の木々も次々に抜け落ちてゆく。
大地の表面は徐々に剥がれ落ち、建造物は自重によって崩れながら破片と共に落下する。

当然、人も例外ではない。
勇二やオデットも反転した重力に囚われる。
大地に縛り付けられたワールドオーダーを残して、全てが空へと墜ちてゆく。

「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「くっ…………勇二くん!」

飛ぶ術など持たない勇二は果てのない空へと墜ちる。
その体を瞬間移動で追いついたオデットが捕まえた。

「あ、ありがと!」

勇二を抱えた状態で、そのまま空中に静止する。
空に留まる二人に世界がひっくり返ろうとも変わらない上空特有の強い風が吹き付ける。
髪が乱れ、衣服がパタパタとはためいた。

91THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:23:51 ID:9FwNdzk60
周囲の風景が目に飛び込む。
静止したのは遥かに低い上空、見上げれば島全体を見渡せる程の高所だった。

それは異様な風景だった。
この島の全てが天に墜ちる逆しまの世界となっている訳ではなかった。
むしろそうなっているのはごく一部、この一帯だけが異常だった。
表と裏。正と負が入り混じった何て狭くて歪な世界。
これがワールドオーダーの創る世界。

全てが逆しまの世界の中、高く大地を見上げる。
剥がれ落ちた大地が次々と墜ちてくる中で、大地に縛り付けられたワールドオーダーが空を見下ろし口元を歪めていた。

「…………倒そう、あいつはここで、倒さなきゃダメだ」

この歪んだ世界を眺めて、そう改めて強く決意する。
自分の首輪を解除するためという理由だけではない。
思うがまま世界の歪ませるアレは世界に居てはならない存在だと心の底からそう確信した。

「糸を解いて勇二くん!」
「あ、そうか!」

オデットに言われ勇二はワールドオーダーを縛る霊力の糸を消し去った。
拘束を解かれたワールドオーダーの体が、反転した重力に従い落下を始める。

オデットたちは空中で静止したまま身構える。
落下に抗うの手立てのないワールドオーダーがこの状況を回避するためには世界を改変するしかない。

世界がどう変わるのか主導権は常に世界を変えるこの男にある。
次の瞬間世界がどう変わるのか余人には予測を立てる事すらままならない。
だが今なら、確実に世界を変えざる負えない今ならば、少なくともタイミングは読み取れる。

故に何が来ようと対処できるよう心構えをする二人。
だが、その予測を裏切る様にワールドオーダーは風圧に煽られる口元を歪めたままそのまま自由落下を続けるだけだった。
空中で静止するオデットたちとの距離が見る見るうちに縮まってゆく。

(まさか、このまま落下の勢いを利用して衝突するつもりなの!?)

意表を突く策だが、この男ならばやりかねない。
オデットは迎え撃つべく身を構えた。
勇二を抱え両手の塞がった状態でも魔法で撃退するだけならば口だけで事足りる。

「『人間』は『飛べる』」

だが、その直前でクンと、見えない何かに引っ張られるようにしてワールドオーダーの落下軌道が変化した。
世界が変わる。
重力は正常に戻り、世界はぐるりと反転する。

そのまま曲がりながら浮き上がるような軌道を辿るワールドオーダーの体。
それは落下ではなく自由自在に空を飛ぶ『飛行』だった。

空中戦を続けようというつもりなのか。
だがそれはオデットにとっては望む所である。

オデットの空を飛べるというアドバンテージをイーブンにされただけだ。
むしろ、それ以外の法則が存在しない今が好機である。
いかに重症であろうとも、それ以外の戦闘能力ではまだオデットに分があった。
どういうつもりか知らないが、この機を逃す手はない。

勇二を抱えたオデットは彼女たちから離れる様に飛んで行くその背を追おうとしたところで、鼻先に僅かな異変を感じた。
それは小さな砂粒だった。どうやら空から降り注いできたようだ。
それ自体は何の変哲もない砂粒である。
だが、ここは雲も見下ろそうかという遥か上空だ、そんなものが降り注いでくるはずもない。

予感を感じ、墨をぶちまけた様な空を見上げる。
世界は革命され反転していた重力は正常に戻った。
ならば先ほど空に打ち上げられた、草木や岩石が、剥がれ落ちた大地はどうなるのか。
その答えが雨霰となって降り注いできた。

「くっ!」

身を躱す。
大小様々な物体が空よりも高い宙より落下してきた。
自由落下に過ぎないが、辛うじて糸で体を繋いでいる状態のオデットにとっては、物よっては当たれば危うい。
勇二を抱えた状態で果たして的確に全て躱しきれるのか、そんな不安が頭をよぎる。
だが、そこで抱えていた勇二が自分に視線を向けている事に気付く。

「大丈夫だよ、オデットさん」

ニコリと勇二が安心させるような笑みを浮かべる。
そして自分を抱えるオデットの手を解き、トンと突き放すと空へと自らの体を放った。

「!? え、勇二く…………ん!?」

突然の勇二の行動に驚きオデットは捕まえようと手を伸ばすが、夜に飛び出した少年の体は沈むことなく浮き上がった。

92THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:24:10 ID:9FwNdzk60
「――――大丈夫! 僕も飛べるはずだから」

書き換わった世界法則はワールドオーダーを一方的に利するものではない。
重力が地球上の万物を縛る様に、世界の法則とは何人にも平等である。

「うん。流石に子供は順応が早いねぇ」

これまで書き換わった世界がワールドオーダーを利するように働いてきたように見えたのは、彼が世界が何時どのように変わるかの主導権を握ってきたからである。
人は常識によって縛られ、凝り固まった自分がある人間ほど世界に身を任せるのは難しい。
大人であればあるほど奔流のような新しい世界を理解することもできず振り回されるのみである。
だが飛び方を知らぬはずの少年は飛べる世界にあっという間に順応した。
魚が海を泳ぐが如く、夜を往く流星の如く、空を舞う白鳥の如く。
これが子供の柔軟性。

「行こう、オデットさん!」
「…………ええ!」

手を引く様に二人が空を進んだ。
光ない空に三つの星が流れる。
逃げ回る一つの光を二つの光が追いかける。
流星と違うのはその星は一直線ではなく変幻自在の軌道を辿っている事だろう。

絶え間なく空からは重力に従い降り注ぐ砂、土、石、岩、樹木。
雨のように降り注ぐその全てを避けきる事などできない。
当たっていいモノとダメなモノを見極めその隙間を縫うように飛び回る必要があった。

そんな環境下で最も早い光はオデットだった。
オデットだけが世界の法則による飛行ではなく自らの能力による飛行である。
加えて瞬間移動。障害物の降り注ぐこの状況は彼女にとって圧倒的な優位があった。

降り注ぐ障害物を超え、次を超え、逃げる相手との距離が詰まる。
この世界は自由飛行の世界、攻撃反射の世界ではない。
ならば躊躇う理由はどこにもなかった。

「――――――――ハアッ!!」

掌打を虚空に向けて一閃。
振り抜かれた腕から夜を貫くような閃光が奔る。
標的に直撃した閃光が弾け、火花が散った。

「ハハッ。惜しい惜しい!」
「くッ。邪魔な…………ッ!」

辺りに撒き散る木片越しに、愉しげに手を叩く敵を見る。
閃光が直撃したのは上空から落下してきた樹木だった。
このままのらりくらりと空中を逃げ回るつもりなのか、反撃しようなどと言う意思は感じられない。

こちらには勇二の首輪爆発までの30分という制限時間がある。
もう既に半分以上は経過しているだろう。
時間稼ぎになど付き合っていられない。

「なら、強引にでも押し通るまでよ!」

落下物など気にしている暇はない。
ならば最高火力で最短最速をぶち抜くまで。
今現在、この地において最強の火力を持っているのは間違いなくオデットである。
ギリギリのところで肉体が保っているような無茶が出来る状態ではないが、そんなことは行っていられない。

オデットが両腕に魔力を籠める。
自我を取り戻したことによりオデットは自らの意思で放つ魔法と、神の細胞により巻き起こる奇跡、その両方を”意図して”扱えるようになっていた。
これはその応用にして発展系。
『魔法』と言う現象に対して『奇跡』を付加する。

「――――――――wORra RedmUhT―――――――ッ!!」

夜を雷鳴が瞬いた。
『奇跡』を模して生まれた『魔法』に『奇跡』を纏わすという矛盾を含んだ螺旋が迸った。
撃ち放たれた雷の矢が奇跡の虹を伴って直走る。

引き起こされる相乗効果によって、その破壊力は魔王ディウスの禁術にも匹敵するだろう。
落下してくる障害物など苦ともせず、全てを消滅させながら諸悪の根源を消し去らんと雷光が奔る。

だが、雷の矢は僅かに軌道を逸らした。
ワールドオーダーの体を過ぎ去り、僅かに上方を焼切りながら遥か夜空へと消えてゆく。
過ぎ去る余波だけで肌をビリビリと痺れさせる
超人ならざる体では掠めただけで即死するほどのエネルギーだったであろう。

93THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:24:25 ID:9FwNdzk60
「くっ…………」

オデットが苦しげに息を吐く。
やはり少々無茶が過ぎた。
あまりにも強力なその攻撃を制御するにはオデットの体は傷付き過ぎていた。

「ふぅ。危ない危ない」

絶体絶命の状況から助かった直後とは思えぬほど平然とした声で飄々と呟く。
攻撃が逸れ命拾いした事を、ワールドオーダーは幸運であるとは微塵も思ってはいなかった。
彼に言わせれば幸運ではなく運命である。
オデットではワールドオーダーを世界から排除するに足る運命を持たなかった。

その考えが正しいか否か。
確かめるすべはないが事実として攻撃は外れた。

だが、何も起きなかったわけではない。
空白が生まれた。
雷の矢によって消し飛ばされたその空間に矢が辿った軌跡に奇跡の虹が残留している。
それはさながら夜空に架かる虹の橋だ。
その道を往くのは、当然、勇者の仕事である。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

仲間が決死の思いで開いたラスボスの元まで一直線に繋がるレインボーロード。
勇二が勝利の栄光へと繋がる虹の橋を一気に飛び抜ける。

「追いついたぞ、ワールドオーダー!!」

勇二がワールドオーダーを眼前に捉える。
猛る勇者。
自らを追い詰めた相手を見て、支配者は嗤った。
とても不気味な笑顔だった。

「追いついた? 違うね――――――追いつかせたのさ」

瞬間、空より月が消えた。
雲に隠れたのではない。
何故なら、ここは薄くかかった積雲より高い、遥か上空なのだから。

勇二の顔に影がかかる。
月を隠した何かが勇二の上空に存在を示した。
その影を見上げる。
そこには、降り注ぐ余りも巨大な槍があった。

「な…………ぁっ!?」

それは重力が反転した際に空に打ち上げられていた電波塔だった。
100tを超える大質量が巨大な槍となって降り注いで来る。
その落下地点に誘い込まれていた。

槍が降ることを予知していたワールドオーダーは既に槍の範囲外へと離脱を計り動いていた。
それに気付いた勇二も僅かに遅れてそれを追う。

一心不乱に空を駆け抜ける。
だが、単純に”デカすぎる”。
一息で躱せる大きさではない。

夜闇に紛れたせいで、電波塔の存在に気付くのが遅れたせいで。
最短距離を全力で飛行しても回避が間に合うかどうかというタイミングである。

空から落下する逆さまの塔。
それに巻き込まれそうになる二人。
そこから少し離れた位置にいたオデットには全体が見えていた。

ワールドオーダーは既に安全圏に離脱した。
僅かに遅れてはいるがこの調子なら勇二もギリギリだが避けきれるだろう。

だが、そこでオデットは気付いた。
ワールドオーダーの狙いに。
彼の目論む、その悪意に。

「ダメよ! 勇二くん―――――――!!」

オデットは飛び出す。
一刻を争う事態。
もう余裕がない。
勇二の行く手を塞ぐ様に瞬間移動で転移すると、向かってくる勇二を乱暴に横合いに蹴り出す。

直後、落ちてくるタワーに巻き込まれオデットは地面に堕ちていった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

94THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:25:04 ID:9FwNdzk60
「現在に柔軟に適応する子供の強さはあったが。
 過去から未来を読み取る大人としての強かさが足りなかったねぇ」

スタリと小さな着地音を立て、ワールドオーダーが地面へと着地した。
世界を逆さまにした時点でワールドオーダーにはこの光景が見えていた。

『未来確定・変わる世界(ワールド・オーダー)』 は戦闘用の能力でもない。
にも拘らず、ここまで力が物を言うこの世界でも彼が絶対者として君臨できていたのは、その精神性に依るモノに他ならない。
過去を知り、未来を読み、伏線を張り、世界を操る。これこそがこの男の本質。
世界を歪める世界の癌。

勇二は禁止エリアに突っ込もうとしていた。
空中では地上以上にエリアの区切りが曖昧だ、ワールドオーダーは自らを誘蛾灯としてそこに誘い込む算段だった。
全ては彼の想定通りに世界は動き、概ねそうなった。
彼にとって唯一予想外だったのは、オデットが割り込んできたことか。

「いや、だがよく生きている。流石にしぶといねぇ」

そう呟く視線の先には折れ曲がった電波塔が逆さになって突き刺さっている。
そしてその傍らにゴミのように転がる何かと、それに縋る少年の姿があった。

「オデットさん! オデットさん!!」

懸命に呼びかける少年の声が空虚に響く。
その呼びかけはどう見ても無意味だった。
倒れるオデットの体には下半身が無くなっており、子供の勇二でも抱えられそうなくらい小さくなっていた。
完全に千切れた下半身は、塔の下敷きなったのか、どこにも見当たらない。
断面から覗く白い肋骨は彼岸に咲く華の様である。
周囲には磨り潰された臓物のペーストがぶちまけられ、黒とも赤ともつかない色に地面を汚していた。
もはや、どうあっても助かるまい。

「僕が…………僕が塔に気付かなかったから…………ッ!」

少年の心を後悔が苛む。
自分は何をしているのか。
これでは愛やカウレスの時と同じだ。
自分を庇ってまた人が死んでしまう。
まるで成長していないじゃないか。

「…………気にしなくていいわ」

自責の念に押し潰されそうになる勇二に向けてオデットが意外にもハッキリとした口調で告げる。
首一つになっても生き続けることができる神の因子が、一部とはいえあるからこその生命力だろう。
だが、それでも死の運命は免れない。

「私は私のために、あなたを助けたの。自分の希望を繋ぐために」
「………………希望?」

オデットは死にたくなかった。

死が恐ろしいのではない。
醜く生きるくらいなら死んだ方がましだとすら思っていた。
だけど無為に死ぬのがどうしても嫌だった。
無意味に終わるのがどうしようもなく恐ろしかったのだ。
だから聖剣による美しい死に憧れ、その為に多くの間違いを起こした。

彼女の命は父に助けられた物である。
父の嘆願がなければ彼女はあの場で父と共に処刑されていた。
それは娘に命を紡いでほしいという父の希望だった。
呪いを受けて、死よりも苦しい責め苦を味わう事となったけれど、それでも生きていれば希望は繋がる。
彼女は父の願いを背負っていていた。
オデットが死んでしまえばその希望も同時に潰える事になる。

勇者に祈りながら魔族に殺されていく無辜の民を見た。
勇者の為に死んで行った兵士たちを見てきた。
彼らは無為に死んでいったのではない、勇者に希望を託して死んでいったのだ。

人々は勇者に希望を託した。
そして希望の勇者だったカウレスは、新たな勇者を守護って死んでいった。
少年が勇者の力を破棄して勇者でなくなったとしても、この少年はカウレスが残した希望だった。

希望は繋がれる。
人から人へと繋がってゆく。
だから自分が死ぬ以上に、託され続けたこの希望が、途切れてしまうのが死んでしまう以上に恐ろしい。
そう、感じてしまった。

だから、死なせるわけにはいかない。
ここで希望を潰させる訳は行かなかった。
罪滅ぼしなどという後ろ向きな気持ちではなく、前に希望を繋ぐために、オデットは身を挺したのだ。
繋がれてきた自らの希望を託して。

95THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:25:27 ID:9FwNdzk60
「………………けど、僕は」

だが、その希望もあと僅かで確実に潰える。
ワールドオーダーを倒せなければ首輪が爆発して勇二は死ぬ。
制限時間はあとどれだけ残っているのだろうか。

ここまでやって未だに僅かの勝ち目も見えていない。
奴を倒す未来がまるで見えない。

「大丈夫。あなたは勝てる」

確信を持った声でオデットは告げた。
敵は世界そのものを操る支配者だ。
それは異能だけの話ではなく、あの男の存在がそういう物である。
二度の戦いを経て、こうして見事に殺されかかって、ようやくオデットはその本質を理解した。

「闘い方を間違えていたのよ。あいつは戦士じゃない、あいつを倒すにはあいつではなくその世界を上回らなければ勝てない」

ただの戦士では勝てない。
ただの戦いでは勝てない。
これを倒すには世界そのものに勝つだけの何かが必要だ。

「だから、あなたはあなたの世界を創りなさい」

死の淵にあるとは思えぬほど、穏やかにほほ笑む。
そして瞬間、その瞳はキッと決意に満ちた瞳に変わった。

「ッあああああああああああああ!!!!」
「お………………っと!?」

叫びを上げ上半身だけのオデットが飛んだ。

傍らで見物していたワールドオーダーに向かって飛び付つくと、そのまま体を押し込んでゆく。
その行く先は、勇二が誘導されかけた場所、禁止エリアだ。

オデットの首輪は既に他ならぬワールドオーダーによって解除されているため爆発する心配はない。
突っ込んでいったところで問題はないだろうが、それはワールドオーダーも同じである。

禁止エリアに突入したところでワールドオーダーの首輪は爆発しない。
同じく既に解除されているオデットの首輪が爆発することもないだろう。

だが――――他の首輪はそうではない。

爆発が起きた。
爆発したのはオデットが持っていたリヴェイラの首輪だった。

密着していたワールドオーダーもその爆発に巻き込まれる。
問題は、この爆発は果たして攻撃か、それとも意図しない事故として処理されるのか。
その判断は世界に委ねられた。

「――――いや、思いのほか悪くない手だったが、無駄だったようだね」

絶望を運ぶ足音。
禁止エリアから姿を表したのは無傷のワールドオーダーだった。
あの状態で爆発に巻き込まれたオデットは助かりはしないだろう。
何事もなかった様に、服を叩いて汚れを払う。

全ては終わった。
オデットの命懸けの特攻ですら傷一つつけることができなかった。
希望は途切れ、無意味に終わる。

余りにも絶望的な状況。
勇二は両手を地面に付きオデットに呼びかけていた体制のまま立ち上がれずにいた。
顔を上げる事も出来ず俯き首を垂れている。

「いつまでそうしているつもりだい? 少ない残り時間をさらに減らす行為はお勧めしないが」
「………じゃ………ない」
「ん?」

そこでワールドオーダーは違うと気付く。
勇二は絶望に顔を伏せているのではない。
地についた両手から地面の底に霊力を流し込んでいる。
まさか、オデットが特攻したのはこの時間を稼ぐため…………?

96THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:25:48 ID:9FwNdzk60
「無駄なんかじゃ――――――――ないッ!」

少年の咆哮。
それに呼応するように地の底から無数の糸が飛び出した。

「だが芸がないな。『霊力』は『触れられない』」

その手は先ほど見たばかりである。
同じ手を喰う、ワールドオーダーではなかった。
この世界では霊力で他者に干渉することはできない。
これで攻撃も拘束も不可能。
だが、攻撃を防がれたはずの勇二は表情を変えることなく告げる。

「――――そうだ。お前は咄嗟の場面で無難な世界を選ぶ」

ワールドオーダー。
世界の法則すら塗り替え支配する超越者。
だが、この男は世界の支配者であれど戦士ではない。
常に勝利に向けて最良の状況判断が出来るとは限らない。

地中から伸びる糸の勢いは止まらなかった。
そもそもワールドオーダーを狙っていない。
ワールドオーダーを過ぎ去り、遥か天へと向かって伸びてゆく。

そして糸が飛び出したのはワールドオーダーの足元からだけではなかった。
少なくとも、ワールドオーダーの確認できる視界の範囲、全ての地面から伸びる糸。糸。糸。糸、糸、糸、糸、糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸。
これが全て地中に仕込まれた勇二の霊力によるものだとするならば、いったいどれ程の霊力を地の底に流し込んだと言うのか。

天に向かって伸びあがった糸は周囲の糸と共に巻き上がりながら一本の太い綱のように編みこまれれゆく。
生まれた綱は更に絡み合って太い一本の柱となり、その柱が更に連なり折り重なってゆく。
それが世界各地で次々と繰り返されながら空を目指す様に真っ直ぐに伸びて行く。

「なん、だ?」

世界の支配者が始めて漏らす戸惑いの声。
天に向かう折り重なるそれはまるで大地から生まれた白い翼のようである。
翼は天に達し、幾重もの断層となって遂には天を覆い隠した。
少年の可能性が無限の白い翼となって、空も大地も何もかもを包み込む。
その異様に異常を重ねた光景に、これ以上続けさせるのはまずいと直感したワールドオーダーが世界を革命する。

「『霊力』は『消滅』する」

霊力は存在を許されない世界。
霊力で編まれた糸は世界の法則に従い消滅するはずだが、その世界は――――もう古(おそ)い。

「――――――――『無駄』だ。もうここはお前の『世界』なんかじゃない」

ヒラリと、空から一枚の白い羽が落ちた。
穢れ無き白壁は消えず、世界を囲む卵の様な白い壁はそこに在り続ける。
もはやそれは霊力などと定義されない別の何かとして成立していた。

「ここはお前を倒すために創り上げた、僕の『世界』だ」

成立した世界はもう止められない。
ここはもう確立し隔絶された別一個の世界だ。
敵が世界の法則を塗り替える支配者ならば、少年は世界その物を創り上げる。

神に至るほどの才能がいずれ至る領域。
少年は勇者と言う反則(だんかい)とこの地における過酷な経験を経て、その領域に到達した。

産まれたのは未完成の世界の卵。
未完成であるが故に、何者にもなれる少年の可能性。

「ああ……そう言えば、あの魔女の縁者だったか」

世界すら創造せしめる究極の魔女。
あれの性格からしてお気に入りの子供に手遊び程度に世界創造の瞬間を見せていても不思議ではない。
そこから世界の創り方を会得したか、恐るべき才覚。

「――――そう来なくては」

ワールドオーダーと呼ばれる男が歯を噛みしめながら、口元が吊り上るのを隠しきれないと言った風にこれまでに見たこともないような笑顔を見せた。
世界の敵と戦うのだ、世界一つ創り上げるくらいはしてもらわなければ困る。
この感覚は何年、年百、何億年振りか。
ようやく敵に出会えた。
期待に胸が震える。

ワールドオーダーの能力は戦いに向いた能力ではない。
世界と個人では、そもそも”戦いにもならない”のだから。
同じ土俵で戦える敵など居るはずもなかった。
だが、今なら。この相手ならあるいは。

97THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:26:12 ID:9FwNdzk60
「さぁ、君の世界と僕の世界で戦おう、きっといい”戦い”になる」

すっと勇二が手を掲げる。
地中から巨大な翼が八つ、羽ばたきのように開いた。
少年の可能性が具現化した、可能性の翼。
白い羽が辺りに舞う。
これは、ただ一つ、世界の敵を討ち滅ぼすと言うオーダーを実行するための世界。

「行け――――――僕の翼」

白翼がワールドオーダーを叩き潰すべく爆発めいた風切音を上げた。
圧倒的な白が迫る。
それはまるで世界その物がただ一人を抹殺せんと押し迫る様であった。

「『攻撃』は『無意味』だ」

だが、その圧力は無効化される。
攻撃とは呼べない無意味な産物となって、文字通りの羽の様な重さで男の肌を撫ぜるのみであった。

「そんな『変化』は『認めない』」

だがその革命が否定される。
再び鎌首をもたげた翼が勢いよく風を切り、ズシリとした重みに弾き飛ばされる。
ワールドオーダーの体が弾丸のような勢いで世界を取り囲む外壁に向かって飛んでゆく。

「『慣性』は『存在』しない。
 『重力』は『足元』に向かう」

壁に衝突する寸前でピタリと静止する。
世界を囲う白壁に足元から着地する。
連続改変。
これまで以上に世界を行使して戦っていた。

「『ここ』はそんな『世界』じゃない」

即座に全てが否定される。
世界は正常に戻り、ワールドオーダーの体は地面に向かって落下して行く。

「チッ」

壁際に手をやり落下速度を落としながら滑り落ちてゆく。
純白なる世界の壁に赤い線を描きながらなんとか地面へと着地する。
そこに間髪入れず、足元から再び周囲を取り囲む様に翼が沸き立った。
逃げ場などない。正しくこの世界全体が敵である。

「『攻撃』は『消滅』する」

周囲から翼が消滅する。
その隙に駆け出し、包囲から抜け出す。
これまで不動のまま敵をいなしてきたワールドオーダーが明確に追いこまれていた。

翼の消滅も一瞬。
尽きる事ない白翼はすぐさま復活を遂げると駆ける背後へと迫り、前面からも新たに翼が生まれ挟み撃ちになる。
逃げ場はない。
凌ぐには世界を変えるしかないだろう。

「『攻撃』は――――――――――」
「――――この『攻撃』は『絶対』に『当たる』」

世界を固定される。
防御も回避も許ない。傲慢で絶対的な世界の支配方法だった。
ここは勇二の世界。支配権は勇二の方が上回っている。

広がった白翼が一斉に振り下ろされた。
両腕で身を守る。
ズガガガガと断続的な音が響き、見た目にそぐわぬ重量と切れ味で体が削られていく。

「くっ。ハハッ―――――素晴らしい」

血液が巻き散る。
追い詰められながらも、ワールドオーダーは心底から愉しげだった。
彼はバトルマニアでもなければ、ましてやマゾでもない。
ただ目の前の相手が永年待ち続けた相手なのかもしれないと言う予感が彼の心を震わせていた。

これは反応を駆使し、刹那を奪い合い、肉体を凌ぎ合わせる通常の闘争ではない。
戦い方ではなく戦うルールその物を奪い合う、いわばこれは世界の奪い合いである。

優位なのは、圧倒的に勇二だった。
曖昧な指定も可能。書き換えられる法則の上限も制限もない。
この世界はワールドオーダーを殺すというオーダーを実行するためならば、それこそなんでもありの世界だった。

対して、ワールドオーダーの変えられる世界の法則は一つだけ。
連続で変えることはできるが前の世界は上書きされる。
かつてはそうではなかったが、劣化に劣化を重ねた今のワールドオーダーではこれが限界である。

カードゲームを一枚のカードで戦っているようなものだ。
瞬間的になら世界を引っくり返せるが、すぐさま革命返しをされて終わりである。
ここまでハッタリと駆け引きで何とかしてきたが、同じ土俵で戦う相手には分が悪い。

98THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:27:04 ID:9FwNdzk60
「じゃあ、攻撃に出るとしようか」

白翼を振り払って、一転。ワールドオーダーは攻勢に出る。
守備一辺倒では首輪爆破の制限時間よりも早くジリ貧で敗北するだろう。
それより前に”敵”を殺す。
それこそが戦いというモノだろう。


「――――――――――『悪意』は『攻撃』となる」


革命の言葉が奔る。
純白の世界が一変し、漆黒の悪意が世界中を埋め尽くした。

余りにもドス黒い悪意がただ一人の少年を侵す攻撃となって一斉に襲い掛かる。
世界全ての悪意を塗り固めた男から放たれる悪意は、それこそ世界そのものだ。
気の遠くなるほどの永い間、この世界を侵し狂わせ続けてきた悪意。
こればかりは例え世界を操ろうとも、そう簡単に消えるものではない。

そんな世界を歪めていた絶望を前にしても、少年は顔を上げる。
真っ直ぐと見つめる瞳。少年の手のひらに光が溢れる。
それは目の前の暗闇に相対するには余りにも小さな、そして目の前の暗闇にも負けないほどとても大きな光だった。


「―――――――――『希望』は『剣』となる」


希望の光。
それはオデットが繋いだ希望であり、カウレスが繋いだ希望でもあり、愛が繋いだ希望でもある。
そしてこの地における物だけではなく、日常において父が母が我が子に託した希望でもあった。

それは勇二に託されたモノだけではない。
勇二に希望を託した誰かもまた、誰かに希望を託されていた。
綿々と紡がれる希望。
その全てが形を成して剣となる。

少年はその手に『希望』を掲げた。
それはどんな絶望を前にしても希望を掲げられる勇気持つ者だけが手にすることのできる、勇者の剣だ。


「はぁぁぁああああああああああああああ――――――――――――――ッッ!!!」


悪意(やみ)を希望(ひかり)が一閃した。


世界を満たしていた漆黒が霧散する。
絶望が晴れる。
闇が晴れた先、残ったのは悪意の発生源である男だけった。
男はゆっくりと口元を歪める。

「見せてもらったよ。君の可能性を――――君の勝ちだ。田外勇二」

そう言って、悪意の体現者は胸元から血を吹き出した。
希望の刃は悪意を切り裂き、その先にいるワールドオーダーの体をも切り裂いていた。

血を吐きながら笑う。
これまでの様な空虚な笑みではない。
追い求めた者に達した男の満ち足りた笑みだった。

時間を操ろうと空間を操ろうと何をしようと無意味だろう。
言い訳のしようもない敗北。

少年の可能性。
人間の可能性。
希望の可能性。

人の持つ希望とは、世界を切り裂くだけの可能性を有している。
その証明を為す者。
これこそが男の求める物。
これぞ正しく――――『主人公』である。

だが、その表情はすぐさま別のモノへと変わる。
口元に常に張り付いていた笑み形が悲しみの形に変わった。
まるで、ようやく叶った積年の願いが消えてしまう事を嘆く様に。

「ああ…………だが、キミ残された時間はもう1分とないだろう。
 これほどの結論。これほどの成果でも至らない。僕はそれが悲しい」

本当に残念そうに呟いて、その場に倒れて動かなくなった。
それを見届けた勇二の体も力が抜けたようにフラリと揺れる。

限界を超えた反動。
如何に勇二が神に等しい霊力を持っていても、世界創造という偉業を成し遂げればその霊力も尽きる。

99THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:27:32 ID:9FwNdzk60
意識が霞み始めたが、気力を振り絞り踏みとどまる。
まだ倒れる訳にはいかない。

男の死と共に世界が消え始めた。
この世界はワールドオーダーを殺すために創られた世界だ。
目的を達した以上、世界は消滅するのが必定である。

この地における最大の悪は倒した。
だがそれを手放しで喜ぶにはまだ早い。

消えゆく世界の最後の力を一枚の翼に集約して、倒れたワールドオーダーの首を撥ねる。
躊躇っている暇はなかった。
血だまりに転がる首輪を勇二が急いで回収する。

首輪は得た。
ここからどうするかが問題である。

解体、解析、効果の適応。勇二にそれが出来るのか?
勇者の力も失われ、霊力が尽きた状態ではただの小学生でしかない。
爆発はしないと保証されている首輪なのだから強引にやればできないことはないだろうが、余りにも時間がない。

「…………何か、何かないのか…………ッ!?」

逆転の可能性を探して、灯りを取り出すのも忘れ暗闇に目を凝らしながら周囲を見る。
見えるのは逆さまの電波塔、首のないワールドオーダーの死体、そして。

「ワールドオーダーの…………荷物」

飛びつくように荷物に掴みかかると、ひっくり返すように中身を地面にぶちまける。
微かな希望に縋るように地面に転がる荷物を掻き分けるが、出てくるのは食料や地図といった一般参加者と変わらない物ばかりだった。
転がっている時計の針が目に入る。残り時間は1分を切っていた。

腹の底がざわつくような焦りが勇二を支配し始めた。
先ほどまでの戦いとは違う、足元から追い詰められてゆくような感覚。

このままでは終わる。
勇二の命が。
繋がれた希望が。
何もかもが終わってしまう。
それはダメだ。
それだけはダメだ。

主催者の所持品なのだ。
全てを解決する一発逆転の何か。
そんな道具があってもいいじゃないか。
一般参加者と同じだったとしてもランダム支給品が何か、何か、何かあるはずだ。

ぐるぐると廻る思考。焦る手が何かに触れた。
基本支給物ではない何か。恐らくワールドオーダーにランダムに与えられた支給品の一つ。
それが何であるかを理解した瞬間、少年は自分が何をすべきかを理解した。

己が辿る運命。
己が為すべき役割。
その全てを悟る。
それは幼い少年が固めるには余りにも過酷な決意だった。

静寂が訪れる。
全てを成し遂げた少年は祈る様に目を瞑る。

それは全てを解決するわけでもなく、少年の命も救わない。
それでもやらなくては。
ここで終わるのではなく、何かを先に繋げるために。

「…………………………………………お父さん、お母さん」



爆発音が鳴り響いた。


この世界に蔓延る巨悪を打ち倒した勇者は、報われることなくその命を落とした。
神の如き支配者も、神の因子に侵された女も、神の才を持つ少年も消え去り、この地に残ったのは朽ちた塔のみである。

何もかもが消え去り無に返る。
残る物は何一つない。





いや、希望は。



【オデット 死亡】
【田外勇二 死亡】
【主催者(ワールドオーダー) 死亡】

100THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:27:57 ID:9FwNdzk60
投下終了
第一幕はここまでとなります

101 ◆H3bky6/SCY:2019/02/17(日) 23:20:13 ID:yyQSrX5o0
長らくお待たせしました
これより最終章の第二幕を投下します

102THE END -Somebody To Love- ◆H3bky6/SCY:2019/02/17(日) 23:21:55 ID:yyQSrX5o0
さらさらと砂が落ちていた。
誰にも止めようのない、時間という砂が。
この砂が落ち切った時、少女の命は儚くも散りゆくのだ。
白く儚く、まるで溶けて消えゆく雪のように。

ギリィと言う音がした。
水芭ユキは奥歯を噛みしめながら、考えていた。
確実な死を前にして人は何をできるのか。

そんなことを考えながら生きる人間はそれこそ十分に生きたと後悔なく死を選べる老人くらいのものだ。
そんな人生の命題の様なものをこの年で突き付けられるとは、想像だにしていなかった。

だが少女はまだ前途ある若者である。
未来があり、理想があり、夢があった。
死ぬには余りにも早すぎる。

否。それは彼女だけに限った話ではない。
これまでこの地で奪われた全ての死について言える事だ。

彼女の家族。彼女の友人。彼女の仲間。彼女の知らない誰か。
それら全てに等しく未来があった。
それら全てが奪われた。
一人の男の悪意によって。

彼女の両親もそうだった。
一人の男の下らない支配欲による犠牲者だ。

その事実が頭に叩き付けられるたび、目の前が真っ赤に燃え上がりそうになる。
人はこのような理不尽で殺されるなど在ってはならない。
そう、狂いそうになるほど怒りに身を焦がしていたと言うのに。
彼女自身もまたそんな死を迎えようとしていた。

手先が感覚を失ったように痺れ、全身を震えが襲った。
それは怒りか、はたまた恐怖によるものか。
彼女自身にすら判別が出来なかった。

彼女に分かるのは、己にできることなどただこうして震えて死を待つ事しかできないという事だけだった。
恐怖と怒りと無念と後悔と、あらゆる感情をドロドロに煮詰めて掻き混ぜる時間を存分に与えられ、正気など保っていられるだろうか。
こんなことなら、問答無用で即死した方がまだましだ。

「大丈夫!! …………大丈夫だよユッキー」

だが、その震える手が柔かな暖かさに包まれた。
必死で震えを押さえたようなどこか強張った声。

その温もりに驚いたように顔を上げる。
呆然と揺れる青い瞳を、決意を込めた黒い瞳が見つめ返していた。

ジワリと凍てついた手に熱い血が通う。
九十九がユキの手を両手で握り絞めていた。

一二三九十九は諦めの悪い女である。
そんな彼女がそう簡単に友人の命を諦めるはずもなかった。

「まだ、時間はあるんだから、それまでに首輪を外そう、そうすれば…………ッ」

九十九の前髪がはらりと落ちる。
ペナルティが首輪を介して行われる以上、爆発される前に解除してしまえばユキの命は助かる。
その解決策は間違っていないだろう。
首輪の解除が死を回避する唯一の方法なのは疑いようがなかった。

「……ンなもん、どうやってだよ?」

苛立ちを含んだ声で拳正が疑問を投げかける。
どれだけ解決策として正しくとも、彼らにはそれを成す知識も技術もない。
その提案は具体性の伴わない、ただの絵空事でしかなかった。
簡単に成し遂げられるのであれば最初から誰も苦労はしないだろう。

「どうにかしてだよ! 一か八かやってみればうまく行くかもしれないじゃない!」
「バカか、試しで出来るようなもんじゃねえだろうが! 失敗したらどうすんだ!? あぁ!?」

叫ぶような九十九の声に、喰ってかかる勢いで拳正が凄んだ。
チンピラ程度なら睨み一つで吹き飛ぶような圧を前にしながら、九十九も引かない。
むしろそれ以上の強さを込めた視線で睨み返した。

「けどッ! 何もしない訳にいかないでしょ!?」

何もしなければ同じ事だ。
友の窮地において何もしないなどという選択肢は九十九の中には在りえない。
黙って見ているのが正解だなんて認められるはずもなかった。

103THE END -Somebody To Love- ◆H3bky6/SCY:2019/02/17(日) 23:22:53 ID:yyQSrX5o0
「けどもヘチマもねぇんだよ……! 考えなしに動こうとすんじゃねぇ! ちったあ周りの迷惑考えやがれ!!」
「はぁ!? 何よ!? じゃあ、このままユッキーが死ぬのを何もせず見てろっていうの!?」
「そうは言ってねぇだろうがッ!!」

張り上げられた声が激情のままぶつかり合う。
頭に血を登らせた二人は掴みかかる勢いで言い争っていた。
声は異常な熱を帯びて、辺りの空気を歪ませてゆく。
転がり落ちる様にその熱がまた新たな熱を生み、勢いを増長させて行く。

「じゃあどうしろってのよ!? 何もせずこのまま黙ってらんないよ!」
「いい加減にしろバカ野郎ッ! 失敗して吹っ飛ぶのはお前の腕だけじゃねぇんだぞッ!」
「…………ッ!?」

九十九が言葉を詰まらせる。
失敗すれば制限時間を待たずユキが死ぬ。
それはつまり、助けたかった友の命を己の手で終わらせるという事である。
九十九もユキも、誰も救われない。

「失敗する前提で話さないでよッ!!」
「成功する見込みがねぇんだよッ!!」
「ぅぐ……ッ。だったら――――!!」

「――――――――――やめてッ!!」

悲痛な凍りついたような声が過熱する言い争いを断ち切った。
睨み合う二人の視界に白い髪が映る。
双方に静止の手を向けながら少女が二人の間に割って入った。

「お願い、二人とも言い争うのは…………やめて」
「ぁ……………………っ」

ユキの目に滲む涙を見て、冷や水をぶちまけられたように言い争っていた二人の沸騰していた頭は完全に冷めた。
醒めてしまえば意味のない言い争いだった。
この不毛な言い争いで一番辛い思いをしているのは誰なのかを理解してしまったのだから、これ以上言い争う気にはなれなかった。

「私の事は気にしないで、いいから。二人に迷惑はかけるつもりはないから、だから…………お願い」

死を避けることはできないのならば、出来ることなど死を選ぶ事だけである。
残される二人が自分が原因で言い争うのは、彼女にとってなによりも辛い。

ユキは最期はせめて穏やかでありたかった。
自身の動揺が残された者の争いを誘うのならば、恐怖など奥底に凍りつかせてしまえばいい。
それが死を前にした少女の冷たい氷の様な悲壮なまでの決意だった。

「悪りぃ…………」
「………………うん」

当事者である彼女に仲裁役なんてさせてしまった事を拳正は恥じる。
拳正の苛立ちは相当に積もっていた。
他でもない、何もできない自分自身に対して。
自分の頭の悪さをここまで呪ったことはない。

何ができて何ができないのか、拳正は己を知っている。
ちっぽけな自分の手の届く範囲を知っている。
だから、自分が何もできないという事を痛いくらいに理解していた。
この状況で彼の腕っぷしなど何の意味もない。

「クソッタレ…………ッ」

どうしようもない感情を吐き捨てる。
悔しげに力一杯拳を握り締めると、腕に刻まれた銃痕が無性に痛んだ。

結局、ユキは死ぬし、彼には何もできない。
これは覆しようのない事実である。

腕っぷしだけじゃ解決できない事もある。
そんな事はとっくに理解していたはずなのに。

「九十九もごめんね。せっかく仲良くなれたと思ったのに」
「やめてよユッキー……そんなお別れの言葉みたいなの」

九十九はいやいやをするように首を左右に振った。
ユキは前髪をくしゃりと握り、困った様に視線を沈ませる。

104THE END -Somebody To Love- ◆H3bky6/SCY:2019/02/17(日) 23:23:31 ID:yyQSrX5o0
「けど…………どうしようもないじゃない」

そう言って諦めた様に儚げに笑った。
その表情を見て九十九は心の底から己の愚かさを悔やむ。
ユキにこんな顔をさせたかったわけじゃないのに、足掻けば足掻くだけユキを困らせている。

九十九は諦めない。諦めたくない。
だが、現実として彼女には何もできないだろう。
一か八かの首輪解除に挑んだところで出来るのは事態を悪化させることだけである。

学校のテストなどとは違う、この問いにそもそも正解などない。
問われるのは、手段があるかないかであり、そして彼らには打開策など何もない。
八方塞がりの状況である。
彼女たちは、どうしようもなく無力だった。

諦めないだけではどうにもならない事もある。
そんな事はとっくに理解していたはずなのに。

「…………ごめん。ユッキー…………ごめんね」

気付けば、九十九はユキを抱きしめていた。
瞳からは大粒の涙が零れ、口からは何もできない自分をどうか許してほしいと謝罪の言葉が漏れる。

「……ダメだよ、九十九まで巻き込まれちゃう…………離れないと」

離れてと言われて、九十九は抱きしめる力を強める。
引きはがそうとするが、何故だかユキの手には力が入らず振りほどくことができなかった。
ユキを抱きしめたまま九十九は心の底から悔しげに声を上げる。

「こんな……ッ。こんなのってないよ…………どうして」

今、腕の中に確かに生きている、この命が喪われる。
この地で何でも繰り返されてきたどうしようもない現実。
無力な少女にはこの現実を嘆くことしかできなかった。
九十九の頬を伝った暖かい滴がユキの肩を濡らす。

「ぅう………………っ」

ユキの喉の奥から嗚咽のような声が漏れる。
止めどなく零れ落ちるその滴は火傷しそうな程熱い。
余りの熱さに、氷の決意が熔けていきそうだった。
我慢していたものが溢れそうになる。
侘しさのような冷たい何かが胸に広がり、何だか無性に泣き出したくなった。

「どうして、こんな……こんなの……………………私だって」

ポツポツと胸の底から溶け出した心が溢れ出していった。
九十九は涙を流しながらうんうんと頷き、いつか自分がそうされたようにユキの背を優ししく擦った。
その暖かさに心中が涙と共に言葉となって吐露されてゆく。

「…………私だって、こんな終わり方…………嫌だよ…………!」

彼女の人生に死は常に付きまとってきた。
目の前で父の死を見た。
目の前で母の死を見た。
もう一人の父の死を見た。
ルピナス、夏実、舞歌。友はどう死んだのだろう。

彼らの死を想えば、怒りで我を忘れそうになる。
悔しさに噛みしめた奥歯が砕けそうになる。
戦うと決めた瞬間から死など常に覚悟してきたはずなのに。

「……………………怖いよ」

それでも。今は、どうしようもなく怖い。
決意や覚悟で奥底に沈めていた感情が口から零れ落ちた。

言葉にして認めてしまえばその恐ろしさは目の前にあった。
熱した頭のままヒロイックな感情で死んでゆくことすら許されない。
ただ湖の底に沈んでゆくような冷たい死だけが傍らに横たわっていた。

二人の少女は互いを寄る辺として離れぬよう縋り付く様に強く強く抱きしめあったまま啼泣する。
寒さに震える体を温める様に、互いの存在を確かめ合う。
それだけが今できる唯一の慰めであると、理解しているように

だが、無情にも二人を引きはがす無骨な手があった。

105THE END -Somebody To Love- ◆H3bky6/SCY:2019/02/17(日) 23:24:11 ID:yyQSrX5o0
「……そろそろ、離れろ。もう、時間がねぇ」

拳正だった。
時計の針はもう30分に迫っていた。
タイムリミットを迎えるまであと僅か。

このまま抱き合ったままタイムリミットを迎えれば、九十九が爆発に巻き込まれてしまう。
それでは、ユキが死ぬだけでは済まなくなる。
拳正はこれで冷徹な損得勘定の出来る男だ。
無駄に被害者を増やすだけの行為を看過できるはずもない。

「…………ぅッ」

引きはがされた九十九は何か言いたげな眼で拳正を睨むが、何も言う事が出来なかった。
その行動の正しさも理解している。
彼の人間性も、誰よりも理解してる。
だから何も言えない。

「…………新田くん」

心中を吐露し、一頻り泣いて少しだけ落ち着きを取り戻したのか。
涙を拭ったユキは、思いのほか穏やかな声で、胸を裂く痛みを堪えているような表情をしている少年に声をかける。

拳正は確かに冷徹な判断が出来る男だけれど、それは彼が傷付かないという事ではない。
彼は慰めなんて甘えは許さない。相手にも自分にもどこまでも厳しい。
そんな人間だと、僅かな交流だったけど、知っていたから。
ああ、そんな彼だから彼女はきっと。

「……気にしないで、っていうのは難しいかもしれないけど、誰のせいでもないことだから」

厳しい以上に優しい人だから、目の前で何もできず友人の死でどうしても傷ついてしまうだろうけど。
せめてその傷が、彼の足を止めるようなものでなればいいのだけど。

彼女と同じく過去に両親を失い、そしてこの地で友を失った少年。
彼はずっとその痛みを、そんな顔をしながら耐えてきたのだろうか。

始めて見た彼の弱さを目の当たりにして胸元がざわつく。
自分勝手な我が侭を言いたくなる。
だが、その衝動をぐっと抑え込む。

それは言うべきではない言葉だ。
思いのたけをぶちまけたところで、未来のない彼女の言葉は未来のある彼の重荷にしかならないだろう。
これだけは心の底にしまっておく。

その代りに、少女は少年の手にそっと触れた。
少年も無言のまま受け入れる様にして、それを振り払うようなマネはしない。
それが二人に許された距離。
死にゆく者に許された精一杯の我がままだった。

「…………じゃあ、九十九も新田くんも、二人とも仲良くね。あなたたちは、どうか生き延びて…………」

出来る限り精いっぱいの笑みを浮かべて、未練を断つように手を放す。
引きつっていたかもしれないけれど、最期に彼女たちに見せるのは笑顔がいいと決めていたから。

爆発に彼らを巻き込まないよう、未練を振り切る様に駆けだした。
手に残った名残の様な温もりが冷たい夜風に浚われて溶けてゆく。
冷たさを感じないはずの触覚は、温もりが失われた事を冷たいと感じた。

離れてゆく背を九十九は思わず追いかけたくなるが、歯を食いしばってその衝動をぐっと堪える。
一緒に死ぬなんてことはユキが望むはずがない。
代わりに腹の底から叫ぶ。

「ユッキィーーーッッ!!!」

少女の絶叫。
粒となった涙が夜に散った。

青白い月光に照らしだされ、可憐な少女の雪のように白い首元に冷たい鉄の輝きが宿る。
春が来れば雪は儚く消え去るが定めである。
その定めに従うが如く、終わりの時は来る。

時計の針は無慈悲に進み、刻限を指した。

106THE END -Somebody To Love- ◆H3bky6/SCY:2019/02/17(日) 23:24:47 ID:yyQSrX5o0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

遥か高みよりその光景を眺めるモノがいた。
世界をその手に収める男は、その地で起きた全ての現象を観測している。
語るまでもなく、何人たりとも届かぬ孤高に坐するは、この世界の支配者たるワールドオーダーと呼ばれる厄災だ。
黙したまま遥か天上にて坐する支配者は、掌に収まる世界をゆるりと眺めていた。

「――――――――――――――――――――――――プ」

そこに、静寂を破る息吹があった。
世界の出来事は余すことなく総てが見える。
仮にそれが当事者ですら理解の及ばぬ事態であったとしても、俯瞰より眺める支配者だからこそ理解できることもある。
理解しているからこそ、男は堪らず、ついには限界だと言った風に吹き出した。

「アッ――――――――ハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

高らかな哄笑が轟く。
余程愉快だったのか、誰もいない広く冷たいだけの部屋の中心でただひたすら笑い続ける。
狂ってしまったのではないかと危惧するような勢いで、男が何物にも憚ることなく笑い転げていた。

それほどまでに、彼にとって予想外の出来事が起きた。
全ての支配者たるワールドオーダーにとっても完全なる想定外の出来事が。
彼にとって予想外の事態が起きるなど、何年振りか。
十年、百年、千年、いやそれ以上か。

それは偶然などではなく、明確な意思を持って行われた、このワールドオーダーすら出し抜いた偉業である。
恐らく世界中の誰も、それこそ『神』すら気づいていまい。
ああその事実が、たまらなく愉快だった。

「クク……ハハッ、ヒッ――――ヒッヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」

まだ笑いが収まり切らないのか息も絶え絶えに喉を鳴らす。
地面に転がっていた男はゆっくりと立ち上がり、目の端の涙を拭って肩をひくつかせながらソファへと座り直した。
そして腹の底から楽しそうに、忌々しげに、称えるように、謳うように、叫ぶようにしてその名を呼んだ。



「あぁ…………ッ。やってくれたなぁ――――――――――――森茂!」



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