[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
1-
101-
201-
301-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
( ゚д゚ )絵描きとヴィオラのようですミセ*゚ー゚)リ
100
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/29(月) 02:35:17 ID:fCDwqofo0
ミセ* ー )リ「………アンタにしか話してないことも、書いてた」
震えた声が部屋に響く。
握られている記事にくしゃりと皺が寄る。
ミセ* ー )リ「アンタが」
ミセ* ー )リ「アンタがハローに、私のこと、話してた」
( д ;)「―――っ…!」
心臓がぎゅっと握られたような、全ての血が沸騰するような、そんな感覚だった。
頭が真っ白になる。
何を言えばいいのか、どう言えばいいのか。
何も思いつかない。今すぐここから逃げ出したいとまで思えるほどの、冷たい声。
101
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/29(月) 02:35:50 ID:fCDwqofo0
ミセ* ー )リ「……お父様は、知ってたのね」
(; ゚∋゚)「………少しでも、お前に良い影響があればと…」
ミセ* ー )リ「知ってたのね」
旦那様は静かに、コクリと首を縦に振った。
ぐしゃりと、紙が握りつぶされる音がした。
お嬢様は全身を震わせ、ただじっと下を向いている。
( ゚д゚ ;)「……あ、あのっ……!!」
ミセ* ー )リ「ヴィオラ」
まるで意味のない言い訳は形になることなく、喉の奥へと逆流していく。
サラリと揺れる緑の前髪から、深い夜のような色をした双眸が覘く。
今まで彼女から感じたどの感情よりも強い”敵意”の色。
102
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/29(月) 02:37:18 ID:fCDwqofo0
ミセ* ー )リ「初めて会った時、あの暗がり野中でも、アンタはすぐにヴィオラって言ったわね」
ミセ* ー )リ「……普通、音楽に詳しくないヤツなら、ヴァイオリンって間違える筈なのに」
言葉の形をした銃弾が、淡々と僕の心をえぐっていく。
美しかったあの夜の思い出に、ミシミシとヒビが入っていく。
ミセ* ー )リ「…面白かった?そんな単純なことにも気付かない世間知らずのバカ女、嗤えて」
そんなこと思ってない。貴女を嗤ったことなど、心の中ですら一度たりともない。
思いは言葉にならず、ただ口がパクパクと無様に動くだけ。
喉に溜まった熱が手放せない。何か言わなきゃいけないのに、言わなきゃいけない言葉が出ない。
ミセ* ー )リ「良いお小遣い稼ぎになった? ねぇ、こんな」
ミセ* ー )リ「こんな、こん、な………」
パンと、ひどく大きな破裂音が響いた。
綺麗に磨かれた床に、くしゃくしゃになった雑誌が転がる。
誰もそれに目をやろうとはせず、傍にいたヘリカルさんだけが心配そうに、雑誌を投げたお嬢様に慌てて近寄る。
すると、お嬢様は素早く腕を振ってヘリカルさんを拒絶した。
ポトリと、一粒の雫が床を濡らした。
103
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/29(月) 02:38:17 ID:fCDwqofo0
ミセ#;―;)リ「二度と……!!二度とその顔見せんな!!」
ミセ#;―;)リ「嫌いだ…!!嫌いだ嫌いだ嫌いだ!!大嫌いだ!!」
ミセ#;―;)リ「うそ、つ、き……うそつき、嘘吐き!!!」
ミセ#;Д;)リ「嘘吐き!!!!!」
ポタポタと、数えきれないほどの涙が重力よりも早く落ちていく。
屋敷全体が震えるほどの怒号が、深い絶望に満ちた裂帛が、鼓膜と心臓を裂いていく。
謝らなければ。そう思って近づこうとした瞬間、お嬢様の体がゆっくりと前のめりになる。
ギリギリのところでヘリカルさんが、倒れそうになったお嬢様を支える。
それでも、お嬢様の激昂は止まらない。
綺麗だった声が、春の陽気みたいに明るかった声が、今全て、僕への怨嗟となって響いている。
104
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/29(月) 02:39:30 ID:fCDwqofo0
お嬢様の声を聞いたのだろう。ドタドタと、他の部屋にいたらしき使用人たちが慌ててホールに入ってきた。
ヘリカルさんを始めとした使用人たちが、ゆっくりと、それでいて迅速にお嬢様を支えて移動する。
その間もずっとずっと、彼女は僕に向けて、泣きながら絶叫したままだった。
部屋からお嬢様の姿が消える。
悲痛な声が壁を震わせて、カタカタと空間そのものがまだ揺れている。
冬の夜のように静まり返った大広間の中、僕はただじっと、床におちた涙の痕を呆と見ていた。
お嬢様の後を追いかける訳でもなく。
部屋に残った人たちと、これからのことを話す訳でもなく。
( д )
ただじっと、僕がお嬢様にしでかしたことの痕を、つけた傷の大きさを見つめていた。
いつまでもいつまでも、ただ、見つめたままであった。
105
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/29(月) 02:40:09 ID:fCDwqofo0
前半はここまでです。
期限までに後半も投下できるよう頑張ります。
106
:
名無しさん
:2024/04/29(月) 08:41:31 ID:.63SLJ8s0
乙
107
:
名無しさん
:2024/04/29(月) 18:54:43 ID:cXbGHC160
めっちゃ面白い
108
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/29(月) 23:50:59 ID:fCDwqofo0
もう絶対間に合わんけど投下します。
得点が半分になる…計算がめんどくなる…主催様、ごめんよ…。
109
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/29(月) 23:51:55 ID:fCDwqofo0
*
ハハ ロ -ロ)ハ『とある女の子の、身辺調査をして欲しいんデス』
去年の春。
教授に半ば無理やり連れていかれた部屋の中で、ハローさんから説明された仕事の内容は主に二つだった。
一つは、『堂島家という、大きな屋敷で使用人として働くこと』。
病が悪化した少女によって、辞める従業員が続出し、人手が足りなくなっている。
そこで、色んなバイトの経験がある自分に白羽の矢が立った。
二つ目は、『”堂島ミセリ”がどんな生活をしているのか、ハローさんに報告すること』。
とある天才ヴァイオリニストが治療困難な病に侵され、現在、実家である京都に帰っている。
彼女は大のメディア嫌いで、取材やインタビューにまったく応じてくれない。
そこで、使用人として働きつつ、彼女の様子を探って欲しいとのことだった。
110
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/29(月) 23:52:24 ID:fCDwqofo0
前者はともかく、後者は正直やりたくなかった。
いくらお金に困っているとはいえ人のプライバシーを侵害するような行為は遠慮したい。
その旨を告げると、ハローさんは長い金の髪を揺らし、一回りも下であろう自分に深々と頭を下げてこう言った。
ハハ ロ -ロ)ハ『根掘り葉掘り聞くツモリはありませン。ざっくりでいい、どういう生活をしてるのか、リハビリは順調カ、音楽に触れる時間があるノカ』
ハハ ロ -ロ)ハ『そういうのでいいカラ、メールで箇条書きで欲しいんデス』
何故、たった一人の少女にそこまで固執するのか。
僕がそう尋ねると。彼女は顔を上げて、少し恥ずかしそうに頬を掻いた。
111
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/29(月) 23:53:59 ID:fCDwqofo0
ハハ ロ -ロ)ハ『…天才ヴァイオリニストだの、現代のヴィルトゥオーゾだの、なんだの言われてますケドね』
ハハ ロ -ロ)ハ『彼女、ホントに好きなのはヴィオラナノ。あの子、高校まではずっとヴィオラで…私、あの子のヴィオラに恋して、記者になっタ』
ハハ# ロ -ロ)ハ『なのに皆、あの子のヴァイオリンにしかきょーみナイ。散々無理強いしてオイて、病気になったら途端に”終わった”だのなんだノ…』
ハハ ロ -ロ)ハ『…私、諦めたくないノ。”堂島ミセリ”はまだ死んでナイって言いたい。あの子のヴィオラ、また聴きたい』
そう言って、ハローさんはまた深々と頭を下げた。
ただの同情だと言われれば、正直否定できない。
けれど、あの時のハローさんの目には、噓偽りのない熱があったように見えた。
悪意のある理由じゃないのなら。本当に、日常の些細なことを報告するだけでいいのなら。
それなら大丈夫だ。犯罪じゃない。そもそも、半年くらい勤められればいい。
そんな軽い気持ちで始めたバイトだった。
そして。
112
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/29(月) 23:56:22 ID:fCDwqofo0
ミセ#;―;)リ『二度と……!!二度とその顔見せんな!!』
ミセ#;―;)リ『嫌いだ…!!嫌いだ嫌いだ嫌いだ!!大嫌いだ!!』
ミセ#;―;)リ『うそ、つ、き……うそつき、嘘吐き!!!』
ミセ#;Д;)リ『嘘吐き!!!!!』
そんな花びらよりも軽い、浮ついた気持ちで。
僕はあの子を傷つけた。
113
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/29(月) 23:58:20 ID:fCDwqofo0
(` ω ´)「――ミルナ……おい、ミルナ……!!」
( -д゚ )「ん……_」
猛烈な揺れを感じて目を覚ますと、そこは嫌というほどに見慣れた場所だった。
教室だ。枕にしていた腕から顔を上げると、目の前には心配そうにこちらを見つめるシャキンの姿があった。
(;`・ω・´)「大丈夫か?お前、この時間講義じゃなかったか?」
友人からの忠告を数秒遅れて理解した僕は、慌ててポケットからスマホを取り出し、時刻を確認する。
すでに、採っている講義が始まってから30分も経っている時間だった。
(`・ω・´)「今からでも行けよ。多分、ハインが席取ってくれてるだろうし…」
( -д- )「………いや、いい」
(`・ω・´)「は?」
( -д- )「…もう行っても意味ないだろ」
「あの授業、最初に出席とるし」と呟いて、僕は再び自分の腕に顔を埋める。
ここ最近、碌に眠れていない。そしてその原因は自分でも判然と分かっている。
この一ヶ月以上、ずっと同じ夢を見るのだ。
ヴィオラを持った少女が、泣きながら自分を責める夢を。
114
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/29(月) 23:59:49 ID:fCDwqofo0
既に年が明けて、今は一月の半ば。
冬休みもとっくに終わり、既に普通の授業期間に突入している。
だというのに、最近の僕は全く授業に身を入れることが出来ないでいた。
教養の講義は半分以上サボっている。
実技の授業で出た課題は、どれも途中提出どころかそもそも出してすらいない。
完成したらお嬢様に見せようと思っていた絵も、あの日から全く手を加えていない。
筆を全く握らない日々が一ヶ月以上続くことなど、僕の人生で初めてのことだった。
(`-ω-´)「…何があったんだ?って聞くの、もう何度目かな」
友人の言葉にも反応しないまま、僕は顔を上げずに寝た振りを続ける。
(`-ω-´)「相変わらず、変なところで頑固だよな」
(`・ω・´)「…それじゃ、俺も頑固になろう」
前の椅子が引かれる音がしたかと思えば、影が自分の頭上にかかる感触があった。
115
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:01:00 ID:fFFHkLRU0
(`・ω・´)「前にさ、俺がやらかして落ち込んでた時、お前、こうやってずーっと待って、話聞いてくれたことあったよな」
(`・ω・´)「ずっとリベンジしたかったんだ」
「ちょうど良かった」なんて言って、シャキンは俺の前の席に座り、黙り始めた。
覚えている。去年の夏頃、彼が当時付き合っていた恋人と別れ、傷心していた時の話だ。
どう説得しても話をしてくれず一人で塞ぎこんでいた彼に業を煮やした僕は、ただ黙って彼の近くに居続けるという、ほぼ嫌がらせに近い行為に及んだのだ。
今の今まで忘れていた。他の誰でもない、自分がやった行動だって言うのに。
( д )「………」
( д )「…三年になってから、始めたバイトなんだけどさ」
数十分ほどの沈黙が流れた結果、根が折れたのは自分の方だった。
顔を上げ、一切の事情を隠すことなく口にする。
教授たちから紹介されたバイトのこと。お嬢様のこと。彼女としたやりとり。仕事の内容。
そして、最終的に彼女を泣かせてしまったこと。
時間にして、一時間以上は話しただろうか。
ただ黙って、時々頷きながら話を聞いてくれていた友人は、話が終わって数秒後、少しだけ考える素振りを見せてこう言った。
116
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:01:42 ID:fFFHkLRU0
(`・ω・´)「うん。お前が悪いな。100パー」
何の飾り気のない言葉が容赦なく胸に突き刺さる。
僕の目を真直ぐ見つめながら、彼は腕を組み直して姿勢を正した。
(`・ω・´)「無難なのはもう、絶対に関わらないことだと思う」
(`-ω・´)「…正直、擁護できないレベルでひどい。お前がそんなことしたなんて今でも信じられないくらいにはな」
あまりの正論に、僕は声も出さないままただ頷くだけだった。
寧ろ、どこか安心した気持ちさえあった。
「二度と会わない方がいい」。それは、僕が自分で出した、お嬢様に対する最大の謝罪だと考えていたからだ。
信頼できる友人が自分と同じ結論を出した。その事実に、胸をなでおろしている卑怯者の自分がいる。
やはりそうすべきだ。僕は、絶対にしちゃいけないことをした。
117
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:02:32 ID:fFFHkLRU0
(`-ω-´)「………でも」
続くと思っていなかった友人の声に、僕は自然と首を向けた。
なにかを考えるように、シャキンはじっと斜め下の机を見つめている。
そして、言葉がまとまったのか、彼は射抜くような視線を真直ぐに僕に向けた。
(`・ω・´)「もし、どうしても、お前がその子と仲直りしたいんだったら、そうだな……」
彼はそこで一旦言葉を区切ってから、ほんの数秒だけ視線を宙に泳がせた。
(`・ω・´)「とにかく、全力で謝るしかない。それも直接。その子に一番伝わる、お前なりの方法で」
(`・ω・´)「それこそ、お前の人生全部捧げるくらいにな」
そう言うと彼はニヒルに笑って、「それが最低条件だ」と付け加えた。
118
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:03:35 ID:fFFHkLRU0
*
作業部屋を借りてから一時間。
僕はただ何もすることなく、白いキャンバスの前に座っていた。
「自分なりの方法」という、シャキンの言葉が頭の中をループする。
自分には、一体何があるのだろう。
お嬢様のように、優れた音楽の才能もない。何か得意なことがある訳でもない。
ただ呑気に絵を描いていただけの僕に、一体何が出来るのか。
自分の両手を見る。
何もない手。長年の創作活動ですっかり荒れてしまった、お世辞にも綺麗とは言えない手。
その瞬間だった。
なにか不意に、大切なものを掴みかけた感覚があった。
119
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:04:03 ID:fFFHkLRU0
部屋の壁にたてかけてあった布を取っ払う。
中から現れたのは、お嬢様に見せるつもりだった、描きかけの一枚の絵。
「人生全部」というシャキンの言葉が心臓を満たす。
そうだ。これだ。
もし僕がまだ何か出来るのだとしたら、これしかない。
だが、これでは足りない。
僕は描きかけの絵を倒し、部屋の片隅へと追いやる。
椅子に座り、久しぶりに愛用の筆を持つ。
まだ何も描かれていない白いキャンバスに向かって、僕は躊躇なく筆を走らせた。
120
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:04:52 ID:fFFHkLRU0
*
カーテンの隙間から差し込んでくる光のせいで、私は目が覚めてしまった。
もう一度眠りにつこうと目を瞑るも、既に十分すぎる睡眠をとった身体は全く休もうとしてくれない。
仕方なく上体を起こして、ベッドの上の時計を見る。
短針は数字の4を指している。カーテンから漏れる日光から、午前ではなく午後の方だろう。
ミセ* ― )リ(……今、何日だっけ)
つい最近三月になったことは知っているが、そこから何日経ったのかいまいち把握できていない。
カーテンを開き、窓から見える庭を見る。
奥の方には、父が子どもの頃からあるらしい、大きな桜の木にちらほらと蕾が付いているのが見えた。
121
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:05:31 ID:fFFHkLRU0
ミセ* ー )リ(………)
嫌なことを思い出して、カーテンを閉める。
もう振り返りもしたくない、とある嘘吐きの絵描き。
彼と初めて出会ったのも、三月だった。
あの絵描きを追い出して、もう三か月が経過していた。
冬はすっかり終わり、雪は解け、道の端々でカラフルな花が咲き始めている。
平和な陽気が包む中、私はずっとこの暗い部屋に引きこもり続けていた。
ヴィオラどころか、そもそも楽器にすら触れていない。
目が覚める度に、手先の感覚がゆっくりとだが着実に失われていくのが分かる。
年明けに行った病院で主治医から言われた未来が、ゆっくりと近づいているのを嫌でも理解してしまう。
起きていると、自分の未来がどんどん狭まっている気がした仕方がなかった。
物を落とす回数が劇的に増えた。
ただ屋敷の中を歩いているだけですぐに息切れするようになった。
ある時は、指を切って血が出ているのに全く気が付かない日もあった。
122
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:06:44 ID:fFFHkLRU0
私は、部屋からほとんど出なくなった。
外に出た方が良いと宣う使用人たちにも当たり続けた結果、今やヘリカルだけが一日に一度声をかけてくる程度。
楽器も弾かない。部屋からも出ない。
ゆっくりと指が動かなくなっていくのを見ながら、ただただ部屋で腐るだけの毎日。
ふと、読もうとした本が手から落ちた。
右手をぎゅっと握りしめ、感覚が回復するまでじっと待つ。
ようやく右手の指先が動くようになってから、私は床に転がった本を拾おうとした。
ミセ*゚ー゚)リ「……あ」
ふと、キラキラと輝く青色の光が目についた。
それは、本にずっと挟んだままだった栞。
あの絵描きから貰った、青いビオラの栞だった。
123
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:07:51 ID:fFFHkLRU0
ミセ* ー )リ「………」
心から嫌いだった、と言えば嘘になる。
少なくとも、姉から貰ったハンカチを拾ってくれたあの夏の日から、ヘリカルほどではないものの、あの使用人のことは気に入っていた。
何を言っても困ったようにヘラヘラと笑う顔。庭の整備をしている時の表情。
花について語っているときの真剣な眦。
最初は、少し便利程度の認識だった。いくら当たっても怒らないし、仕事は割と早くて丁寧だし、早く辞めるだろうと思っていたら中々に根性がある男。
初めの頃は気に食わなかったあの大きな瞳も、無駄に高い身長も、気が付けばそこまで気にならなくなっていた。
もう一つ大きなきっかけは、この栞をくれた日だろうか。
話の流れで軽く頼んだだけの栞。それをアイツは、ほんの数日で用意してきた。
それに対して「ヴァイオリンを弾いてやる」と言ったら、アイツは「ヴィオラが良い」と言って跳ねのけたのだ。
…正直、嬉しかった。
ヴァイオリンではなく、私のヴィオラを選んでくれたことが。
どいつもこいつも、私に望むのはヴァイオリンだった。ひとたび公の前でヴィオラを持てば、途端に心無い言葉を浴びせられた。
だから私はヴィオラを辞めた。病気が発覚した時は絶望したが、気ままに実家でヴィオラを弾ける生活は中々に心地が良かった。
そんな中、久しぶりに正面から私のヴィオラを認めてくれたのは、アイツだけだった。
124
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:08:43 ID:fFFHkLRU0
ミセ* ー )リ「………嘘吐き」
栞を手に取り、自然と非難の言葉が口から漏れた。
アイツは嘘吐きだった。ずっと嘘を吐いていた。
アイツが私に近付いたのは、ハローに情報を流すためだった。
ミセ* ー )リ「……もう、要らない」
栞を握る手に力を入れる。
これも、私に取り入るための策だった。
そんなもの、もう律儀に持っておく必要はない。
きっと、全部嘘だった。
ハンカチを拾ってくれたのも、花の説明をしてくれたのも、栞をくれたのも。
机の上に置いてあったハサミを手に取り、栞にあてがう。
あとは、ほんの少し右手に力を入れるだけ。
125
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:10:02 ID:fFFHkLRU0
( д )『僕は、貴女の演奏が聴けるのなら、ヴィオラが良い』
頭の中で、一輪の蒼花が揺れた。
同時に右手から力が抜け、持っていたハサミは重力に従って床へと落ちて行った。
右手に触れる。まだ、指先には感覚がある。
栞を握る。とても片手間に作られたとは思えないほどに、精巧な作り。
本当に、全部嘘だったのだろうか。
アイツは本当に、金のために、私を利用していただけなのだろうか。
ヴィオラが聴きたいと言った言葉すらも、嘘だったのだろうか。
下らない考えだ。
弱っているから、こんな甘えた考えが浮かぶのだ。
窓を開ける。手に持って栞を、外に向かって放り投げる。
腕が勢いよく空中を切る。
けれどどうしても、どうやっても、手のひらから栞は離れてくれなかった。
126
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:10:55 ID:fFFHkLRU0
ミセ* ー )リ「……なんで」
ミセ*;―;)リ「なんで、こんなのも、捨てれないの…」
捨てる筈だった栞をぎゅっと握りしめたまま、その場にゆっくりと蹲る。
慣れ親しんだベランダの先、うちが誇る自慢の庭。
その隅で、春風に揺れるビオラが見えた。
127
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:13:23 ID:fFFHkLRU0
*
*(;‘‘)*「――おじょう、お嬢様!!起きてらっしゃいますか!?」
随分と慌ただしいヘリカルの声に、私は読んでいた本を置いて立ち上がった。
彼女がこんなにも大声を出すなど滅多にない。
それほどの何かがあったのだろうか。彼女から伝播した焦りを感じながら部屋のドアを開く。
その次の瞬間、彼女の小さな手で私の体を引っ張り出した。
ミセ;゚―゚)リ「えっ!?な、なによ!?」
ヘリカルに引っ張られるまま屋敷の中を進んでいく。
一階の大広間。その先にある玄関へと続く扉の前に。
( ゚д゚ ;)「……あ」
ミセ; ー )リ「――っ!」
何度も夢に見た。
一番会いたくない顔がそこにあった。
128
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:14:29 ID:fFFHkLRU0
( ゚д゚ ;)「お、お久しぶりで――」
ミセ; ー )リ「………」
視界の中心に彼を捉えた瞬間、私は無意識に背を向けていた。
隣のヘリカルの制止も無視してさっきまで歩いた道を引き返す。
自室の部屋に戻って鍵をかけた瞬間、体からわっと全身の力が抜ける。
ドアの前でへたりこんで数分、壁越しにヘリカルの声が聞こえてきた。
*(;‘‘)*「お、お嬢様?ミルナくんが……」
ミセ# ー )リ「帰らせて」
*(;‘‘)*「……え?」
自分の喉から出たとは思えないほどに低く、冷たい声。
胸の奥から込み上げてくるマグマを吐き出すように、私はドアを力強く叩いた。
129
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:15:16 ID:fFFHkLRU0
ミセ# ー )リ「――帰らせて!!さっさと!!早く!!」
ミセ# Д )リ「二度とっ…!!二度と入れないで!!雨が降ろうが、雪がふろうが、絶対に!!!」
喉にヒビが入るほどに叫び、何度も何度も壁を殴る。
許せなかった。アイツの顔を見た途端に、胸にどす黒いものが湧いて出てくるような感覚があった。
今すぐにでも消えて欲しい。お願いだからもう、私に関わらないで欲しい。
今までの人生でも嫌な奴は沢山いた。
あからさまに胡麻をすってくる奴。変な妬みをぶつけてくる奴。気持ち悪いくらいに近寄ってくる奴。
そんな奴らにすら抱いたことのない憎悪が腹の底でたぎっている。
叫び疲れ、だらりと体重を壁にかける。
ふと自分の手を見た。二十年以上、ただ只管に、音楽のためだけに磨いてきた手。
いつの間にか、普通の女の子みたいに細くなった手に感覚はない。
あれだけ壁を力強く殴っていたのに、色んなところに青痣が出来ているのに、痛くもなんともない。
130
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:15:44 ID:fFFHkLRU0
ミセ# ー )リ「………」
ミセ* ー )リ…二度と来るな、嘘吐き……」
誰に向けた訳でもない呪いが、自分しかいない部屋に零れて転がる。
力の限り叫んだ喉よりも、傷だらけになってしまった手よりも。
触れられてすらいない胸の奥の方が、何故だかチクリと痛かった。
131
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:16:46 ID:fFFHkLRU0
*
あの日から、絵描きと数か月ぶりに一瞬だけ顔を合わせた日から、もう三週間以上が経過していた。
その間、私自身は一度も彼と目を合わせていない。
けれど、その存在だけは毎日認識していた。その理由は。
( д )
絵描きは毎日、屋敷の正門前まで来ているからだ。
132
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:17:45 ID:fFFHkLRU0
ミセ*゚ー゚)リ(……今日もいる)
一階の窓から一瞬だけ外にいる絵描きを見た後、すぐに離れて自室へと戻る。
ここ最近毎日だ。
絵描きはいつも朝早くに屋敷を訪れて、深夜頃に帰っていくというよく分からない行動をずっとしていた。
…いや、”よく分からない”は適切な表現じゃない。
私の頭の奥で本当は、彼の行動原理を理解していた。
ミセ* ー )リ(知ったことか)
ほんの僅かに湧き上がる想いを、圧倒的な憎悪が塗りつぶす。
毎日毎日懲りずに正門前で待つ彼を、どうしてもまだ、許す気持ちが起きなかった。
133
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:19:28 ID:fFFHkLRU0
ある日は、朝から雨が降っていた。
京都は気温の変化が激しい土地だ。雨で地表は濡れ、三月とは思えないほどに気温は下がり、霧が出てきた日でも絵描きはじっと地蔵のように固まったまま、屋敷の前から深夜まで動かなかった。
ある日は、電車が動かなかった。
朝のテレビのニュースで見慣れた鉄道会社が一日だけストップするという日があった。
絵描きが使っていると言ったところだ。なら、今日は来ないに違いない。
アイツにとっても良い口実だろう。もしかしたら今日からもう来なくなる可能性すらある。
そんな期待は、昼に何気なく覗いた窓からの景色によって容易く砕かれた。
彼はいた。こんな辺鄙な所まで、重い荷物を持って徒歩で来て、そしてただじっと待っていた。
ミセ*゚ー゚)リ「………」
一階の奥、使用人たちですら滅多に使わない倉庫にある小さな窓。
そこからのみ、正門前の様子がインターホンのカメラを使わずに伺うことが出来る。
いつの間にか、私は一日に数分だけ、そこに行くことが日課になっていた。
134
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:21:10 ID:fFFHkLRU0
『課題とか、作品作りとか、バイトとか、やらなきゃいけないことがあるんじゃないの』
『金欠って言ってたのに、こんな所に毎日来てていいの』
『前から偶に疲れたような顔してたけど、ちゃんと休んでるの』
『朝から晩までそこにいて、しんどくないの』
ミセ* ー )リ「………うるさい…」
沸騰した泡のように湧いてくる感情に必死に蓋をする。
胸のざわつきがひどくうるさくて、私は窓から離れて倉庫を出た。
私には関係ない。あんなやつのことなんて、どうでもいい。
アイツはずっと私を騙してた。私のことを勝手に記者に話して、それでお金を貰ってたやつなんだ。
嘘吐きのことなんて気遣う必要ない。私はもう、あんなヤツどうでもいい。
そもそも、別に気に入ってなんかいなかった。
ちょっとハンカチを見つけてもらったくらいで。ちょっと綺麗な花の栞を貰ったくらいで。
毎日、ちょっとでも話かけてくれるのが楽しいなんて思ったことない。
何を言っても私から離れないのが面白いなんて感じたこともない。
ちょっとヴィオラを褒めてくれたくらいで、嬉しいなんて思ったことない、のに。
135
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:21:50 ID:fFFHkLRU0
子どもをあやすみたいに、必死に自分に向けて言い聞かせる。
「どうでもいい」なんて言い訳染みた言葉で脳を満たす。
だって、そうじゃないといけないのだ。私は、アイツを許しちゃいけないのだ。
私は傷付いた。アイツは嘘をついてた。それは事実だ。
結局、いつもこうだ。
ほんの少し心を開いてみれば、失望して、傷付いて、一人になっての繰り返し。
あの大学で、下卑た顔でヴァイオリンを聴きにくる奴らを見て、私は懲りた筈だったのに。
自室に戻り、読みかけの本を開く。
物語に耽ようとするも、話が全く頭に入ってこない。これではただ眼球が文字を追っているだけだ。
数ヶ月前から楽しみにしていた、大好きな話の続きだった筈なのに。
最初のページに戻る。ヒロインの独白から始まる文章をもう一度読む。
あれだけ共感できた気持ちが、何故だか今は少しも分からない。
何度読み返しても、ヒロインの感情が全く心に入ってこなかった。
136
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:23:22 ID:fFFHkLRU0
*
窓を猛烈に叩く音がした。
ちらりとカーテンを開けて外の様子を見る。
だが、いつもならここから見える筈の広大な庭が、今は槍のような雨に防がれて花一つ見えやしなかった。
「春嵐」という言葉がある。
言葉の通り、春に吹く強烈な風を伴った嵐のことだ。
三月から五月頃まで、北から入り込む冬の冷たい空気と南から入り込む初夏の暖かな空気がぶつかり、急速に発達した低気圧が凄まじい暴風を生み出す自然現象。
特に、京都はそれが顕著だ。
ただでさえ夏は暑く、冬は寒いという土地であるから、その春嵐の勢いは他の都道府県のそれを大きく凌駕する。
そこに激しい雨も加わって、もはや外はとても春とは思えないほどに惨憺たる様子だった。
137
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:24:11 ID:fFFHkLRU0
テレビでは、ひっきりなしに「外に出ないでください」と叫ぶレポーターが映っている。
下のテロップでは避難勧告が出ている町の一覧がずらりと並んでいる。その中には、私が知っている市や町の名前もちらほらあった。
この様子では、流石に今日は来ない、いやそもそもどうやったって来れないだろう。
テレビを消し、ストーカーのように来る絵描きのことを想起する。
電車やバスですら飛びそうなこの嵐の中、こんな辺鄙な所にある屋敷まで徒歩で来れる人間などいてたまるものか。
これを機に、二度と来なくなるといいのだが。
そう思うと同時に胸が少し痛んだ気がしたが、私は気付かないフリをした。
*(‘‘)*「ではお嬢様、自室にお戻りください。私たちはもう一度屋敷内の点検をしますので」
いつもと変わらない様子で、ヘリカルはちゃきちゃきと屋敷の窓を締めたりと台風対策をしていた。
こういう時も冷静でいてくれる有能な人物が一人でもいるのは有り難いことである。
138
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:25:41 ID:fFFHkLRU0
ミセ*゚ー゚)リ(………あ、窓)
ふと、頭のなかに倉庫の窓のことが浮かんだ。
最近よく使っている、正門前が見れる倉庫の奥の窓。
気が付けば、私は自室へと戻らず倉庫へと歩き出していた。
あんな所に行く必要はない。仮にあそこの窓が開いてたとしても、屋敷に多大なダメージが加わることはまずない。
確認する意味も価値もない。いや、でも、念のため、一応。
矛盾する考えが脳内で衝突を繰り返しながら、私は勢いよく倉庫の扉を開ける。
分厚い雲によって日も入らず、暗い倉庫内。
僅かな光だけを頼りに中をゆっくり進み、窓へと歩く。
窓は閉じられていた。
流石はヘリカルだ。隅の隅まで管理が行き届いている。
ただでさえ最近は人手が少ない中、本当によくやってくれる子だ。
これで一安心だ。あとは自室に戻って、ゆっくりと本でも読んで過ごせばいい。
明日の朝にはこの嵐も止んでいることだろう。
そう思い、なんとなく窓をちらりと見た瞬間。
ほんの一瞬だけ風が止み、雨が止まり、窓の奥にある外の景色が見えた。
正門の前。木々が強風によって揺れる、その隙間。
139
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:26:05 ID:fFFHkLRU0
( д )
居る筈のない影が、見えた。
140
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:28:17 ID:fFFHkLRU0
ミセ; ー )リ「―――っ!?」
弾かれたように屋敷を出て、私は玄関へと駆けだした。
途中ですれ違った使用人たちの制止の声を振り切り、私は無我夢中で厳重に閉ざされた玄関の施錠を開けていく。
玄関を開く。同時に、吹き飛びそうなくらいの風と雨が全身を襲った。
必死に堪え、ゆっくりと足を進める。
まだほんの数秒しか経っていないのに、湖に落ちたかのように一瞬で体がずぶ濡れだ
そんなことも一切厭わず、私は外へと駆けだした。
ミセ; Д )リ「―――絵描き!!!」
雨にも風にも負けないくらいの大声で必死に叫ぶ。
靴も履いてない状態でグズグズになった地面を遮二無二駆ける。
喉に振動はある。私は今、確かに叫んでいる。
なのに、自分で自分の声が聞こえない。それほどに猛烈な強風だ。
それでも尚、諦めずに私は進む。
後ろからヘリカルの声が聞こえたような気がしたが、気に留めることなく懸命に正門へと向かう。
いつもならほんの数十秒で辿り着ける筈の門が、まるで遥か彼方にあるような心地だった。
141
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:29:01 ID:fFFHkLRU0
ミセ; ー )リ「絵描き……絵描き!ねぇ、聞こえてる!?ねぇ!!」
ギシギシと激しい金属音を立てながら揺れる正門を開き、その傍らに立っていた絵描きにようやく手が届く。
彼は背中に何か大きな四角い荷物を持ったまま、石像のように動かず固まっていた。
肩に手を置き、全力で声をかける。
この嵐のせいで、こんなに近くに居るのに声が届かないのか。
いくら何でもおかしい。そんな刹那の違和感を覚えた次の瞬間、絵描きはゆっくりと私に凭れるように倒れ込んだ。
ミセ; ー )リ「ちょっ…!?ちょっと、絵描き!?ねぇ、嘘でしょ…!?」
( д )「……………」
ミセ; ー )リ「起きて…!!ねぇ、起きてよ!!笑えないわよそんな冗談…!!ねぇってば!!」
肩を揺らし声をかけるも、彼は指一本動く気配が感じられない。
後ろからヘリカルを始めとした使用人たちが駆けてくる。
彼らはぐったりとした絵描きを見てほんの一瞬固まったが、すぐさま私の代わりに彼を担いだ。
142
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:29:43 ID:fFFHkLRU0
*(;‘‘)*「ミ、ミルナ君…!?お、お嬢様も大丈夫ですか!?早く屋敷に…!」
ミセ; ー )リ「私はいい!!それより…それより、絵描きを!!早く!!急いで!!」
ミセ; Д )リ「タオルとか、お湯とか…何でもいいから、体を温めるもの用意して!!早く!!」
ヘリカルから差し出された手を拒み、とにかく彼を何とかすることだけを考える。
屋敷に戻りながら、使用人たちに担がれた絵描きの横顔が見える。
彼はとても生者とは思えないくらいに、青く冷たい顔色をしていた。
143
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:30:30 ID:fFFHkLRU0
*
( -д゚ )「ん……?」
目が覚めると、暖かく、絢爛な部屋の中にいた。
雲の上にいるのかと思うくらいに柔らかくてふわふわとしたベッドの上。
上体を起こし、深呼吸を一つ。
頭にかかっていた霧が、ゆっくりと新しい風に吹かれて消えていく。
( -д゚ )(……さっきまで、確か、待ってて…)
落ち着いて、思い出せるだけの記憶を復元していく。
そうだ。僕は確か、堂島家の正門前でいつものように立っていた。
144
:
名無しさん
:2024/04/30(火) 00:30:58 ID:fFFHkLRU0
朝起きると、ニュースで予期されていた以上の大嵐が来ていた。
いつも使う電車は当然のように運休。バスの方も検索してみたが、もちろん動いていなかった。
それでも、行かなければいけないと思った。
持ち出した傘は外出後数秒で手を離れ、それでも土地勘だけを頼りにここまで進んだ。
嵐に揺れる正門の前で、いつものようにお嬢様を待った。
自分なりの謝罪をするために。
意識どころか体そのものが吹き飛ばされそうになる中、僕は朦朧とする中で、ひどく安心するような声が聞こえたような気がした。
すると、ずっと張っていた気が緩んで、一気に体から力が抜けて――。
記憶のゆっくりと辿っていると、遠慮がちなノックが扉から響き、ドアが開いた。
そこから現れたのは、この一ヶ月、ずっと会いたいと思っていた少女だった。
145
:
名無しさん
:2024/04/30(火) 00:33:59 ID:fFFHkLRU0
ミセ* ー )リ「………」
( ゚д゚ ;)「…お、お嬢様……」
目は合わない。
あの冬の夜と同じ暗さが彼女の表情に残ったまま。
それでも、こうしてまた会えたことに、僕はどこか嬉しさを感じていた。
( ゚д゚ ;)「え、えっと…その、お久しぶりで…」
ミセ* ー )リ「何しに来たの」
さっきまで自分の身体を襲っていた豪雨の同じくらいに冷え切った声。
その声に、僕は自分が如何に浮かれていたかということを自覚する。
甘えてはならない。緩んではならない。
僕は紛れもなく、彼女を傷つけた加害者なのだから。
146
:
名無しさん
:2024/04/30(火) 00:34:44 ID:fFFHkLRU0
( -д- ;)「……謝りに、来ました」
お嬢様の顔を正面から見つめながら、続けてはっきりと「申し訳ありませんでした」と口にする。
彼女は僕の言葉を聞いても、一切こちらを見ようとはしないどころか、ドアに凭れかかったまま腕を組んで動かない。
沈黙が流れる。その間ずっと、僕はただ黙ってお嬢様を見つめていた。
ミセ* ー )リ「……動けるようになったら、荷物をまとめて帰りなさい」
先に沈黙を破ったのは、お嬢様の方だった。
彼女はそう言った後、振り返ってドアに手をかける。
まずい。咄嗟にそう思った。
せっかく、久しぶりに会えたのに。ようやく、またこうして屋敷に入って、彼女の顔が見れたのに。
こんなチャンスはもう二度と、一生来ない。
この機を逃せばもう、お嬢様と話せる日はない。
足りない知恵を寄せ集め、お世辞にも良いと言えない頭を捻る。
すると、お嬢様の言葉に出た”荷物”という言葉に光明が見えた。
( ゚д゚ ;)「に、荷物!」
ミセ* ー )リ「……?」
( ゚д゚ ;)「あ、あの…僕が持ってたあの、四角くて大きな荷物、ありませんでしたか」
僕の言葉にお嬢様はピタリと止まり、ドアから手を離す。
そしてゆっくりと部屋の隅を指差した。
彼女が指し示した先には、何重にも防水仕様の白い布で覆われた、僕の荷物が壁に立てかけられていた。
147
:
名無しさん
:2024/04/30(火) 00:35:32 ID:fFFHkLRU0
( ゚д゚ ;)「あ……!!」
慌ててベッドから飛び起き、荷物へと駆け寄る。
布に触れる。これ自体はひどく湿気っているが、おそらく中身の損傷はさほどない筈だ。
ミセ;゚―゚)リ「ちょ、ちょっと…!急に動いちゃ…!」
お嬢様の声がそこで止まる。
振り向くと、彼女はまるで何かしてはいけない失言をしたかのように、口元を抑えて気まずそうに立っていた。
ミセ; ー )リ「……なんでもない。こっち見ないで」
ミセ* ー )リ「元気そうならいいわ。じゃあ、さっさとこっから出ていって――」
( ゚д゚ )「お嬢様」
布に手をかけ、彼女を呼ぶ。
染みついた嵐の水分が手に滲み、ひどく不快な冷たさが指に纏わりついた。
148
:
名無しさん
:2024/04/30(火) 00:36:31 ID:fFFHkLRU0
( д )「……本当に、申し訳ありませんでした」
( д )「僕は…僕は貴女に、本当に酷いことをした」
ミセ* ー )リ「……」
彼女からの返答はない。当然だ。
本当なら、僕の声も姿も、存在さえ認識したくない筈だ。
もしも僕が被害者の立場だったらもう、何があっても関わりたくないと思う。
それだけ僕は彼女の酷いことをした。償っても償いきれないほどに。
ミセ* ー )リ「……そういうの、いいから」
ミセ* ー )リ「もう、さっさと出て行ってよ」
震える声が鼓膜を揺らす。
言葉の端々にまで宿った”拒絶”の意思。
それを聞いてなお、僕は構わず話を続けようと口を開く。
149
:
名無しさん
:2024/04/30(火) 00:37:49 ID:fFFHkLRU0
( ゚д゚ ;)「謝ろうと思ったんです」
( ゚д゚ ;)「凄く…本当に自分勝手だけど、とにかく、貴女に謝りたかった」
口にした内容のひどさに改めて自分で驚く。
勝手な都合で、人を傷つけて、挙句の果てには相手の迷惑になると分かっていながら毎日のように押しかけて。
最終的に嵐で倒れて、介抱までしてもらって、それ以上まだ迷惑をかけるのか。
( д ;)「でも…どう謝ればいいのか分からなかった。僕は、何にもない人間だから」
( д ;)「言葉なんかじゃ絶対足りない。けれど、僕が貴女にあげられるものなんて、何一つない。あったとしてもそれは、貴女からすれば何の価値もないものばかりだ」
冷静な自分が心臓に杭を指すような感覚がある。
それでも、どうしても、僕は見せたいものがあった。
どうしても、伝えたいことがあるのだ。
150
:
名無しさん
:2024/04/30(火) 00:38:33 ID:fFFHkLRU0
( д )「ずっと、ずっと考えてたんです。あの冬の日から、年が明けて、春になっても、ずっと」
( д )「貴女に何をあげられるかって考えてた。何をどうしたら謝れるかって、ただそれだけを考えてた」
( ゚д゚ )「……その答えが、”これ”でした」
布を持つ手に力を込める。
雪が解け、花が咲いて、桜が咲き始めた今の今まで、只管に手を動かして用意していた僕の”答え”。
出来上がった時に思った。結局、これは只の自己満足なんじゃないかと。
けれど、僕が辿り着いた答えを唯一形にする方法は、僕にとってこれしかなかった。
幾重にも重なる布を丁寧に解く。
少しずつ、その厚みはなくなっていき、中のものの影が濃くなっていく。
( ゚д゚ )「…我儘だって分かってるけど、でも、本当に、謝りたかった」
( ゚д゚ )「言葉じゃ、足りない。僕の何をあげたって、許してもらえないかもしれない。そもそも、何て言って謝ればいいのかすらも、これだけ経って分からなかった」
「だから」と小さく呟いて、最後の布を勢いよく捲る。
天井の瀟洒な明かりが、中から現れた”それ”を眩く照らした。
151
:
名無しさん
:2024/04/30(火) 00:39:22 ID:fFFHkLRU0
( ゚д゚ )「………だから」
( ゚д゚ )「…だから、描きました。僕が一番、描きたいと思ったものを」
( ゚д゚ )「僕が、心から願っているものを」
それは、一枚の絵だった。
お嬢様や僕はおろか、この部屋にあるどんな家具よりも大きなキャンバス。
その中心、カラフルな花々を背景に、一人の少女の後ろ姿が描かれている。
そして、その手には茶色の光沢を放つ、高級感のある弦楽器が握られていた。
上の部分からは薄桃色の花びらが。地面の部分には、青や赤、黄色といった四季折々の花が咲いている。
その真ん中、こちらに背を向けて、ゆったりとヴィオラを弾いている少女。
灯りとして描かれているのは、右上にある満月のみ。
深い夜の海を描いたようなバックに、たった一つの月だけが、少女とヴィオラ、そして季節外れの花を照らしている。
それは、あの春の夜を描いた絵であった。
152
:
名無しさん
:2024/04/30(火) 00:40:49 ID:fFFHkLRU0
ミセ*゚ー゚)リ「………!」
お嬢様は何も言わず、ただ目を見開いて僕の描いた絵を見つめていた。
強がるような手の力みは消え、震えていた肩を心無しか収まったように見える。
彼女はただじっと、信じられないものを見るみたいに固まったまま動かない。
( ゚д゚ )「――最初は、お金目的でした。僕は自分に言い訳をしながら、貴女のプライベートを人に漏らした」
絵を見つめたままのお嬢様に話しかける。
あの冬の日までかけていた言葉とは違う。正真正銘の本音。
ずっと隠していた、ずっと僕が彼女にしていた、酷いこと。
153
:
名無しさん
:2024/04/30(火) 00:42:15 ID:fFFHkLRU0
( ゚д゚ )「…でも、貴女の音楽を聴いて、仕事なんて関係なく、貴女のことを知りたいと思うようになった」
( ゚д゚ )「貴女のヴィオラが、今まで出会った何よりも綺麗に思えた。僕は…何を犠牲にしても、どうなっても、貴女のヴィオラを描きたくなった」
( ゚д゚ )「信じて貰えないだろうけど、ヴィオラを聴きたいって言葉は、本当に、少しも嘘じゃない」
震える声を隠すように、深く頭を下げた。
( д )「…二度と話しかけるなというなら、絶対に、貴女の前では口を開きません」
( д )「でも、せめて、貴女のヴィオラを聴けるくらいの距離に、僕を居させてくれませんか」
( д )「僕は、ぼくは――」
お嬢様のために何が出来るか、ただそれだけを考えていた。
貴女以外はどうでもよかった。本当に、彼女のことだけを想っていた。
言葉では足りない。けれど、僕が彼女に渡せるものなんて何もない。
そんな僕が必死に考えて、考えて、考え抜いた末に出した結論。
154
:
名無しさん
:2024/04/30(火) 00:43:55 ID:fFFHkLRU0
( д )「――僕は」
( ゚д゚ )「僕は、僕の人生全部で、貴女を描きたい」
それが、これだった。
幼いころ、僕はずっと自分の好きなものだけを描いていた。
それがいつの間にか、描きたくないものばかりを描くようになった。
花を描いた。町を描いた。どうでもいい人を描いた。興味のない果物を描いた。知らない建物を描いた。
その全部を、僕の人生の軌跡を全て燃やしたっていいくらいに。
それほどに僕は、ヴィオラを弾くお嬢様の姿に憧れた。
あの夜の少女に、僕は何より美しい月明かりを見たのだ。
自分の人生そのものをインクにして、たった一人の少女だけを描く。
それが、僕の出した結論だった。
155
:
名無しさん
:2024/04/30(火) 00:46:47 ID:fFFHkLRU0
ふと、春花のような香りが鼻腔を擽った。
顔を上げる。すぐ目の前に、お嬢様の顔があった。
彼女の手がこちらに伸びる。細くてしなやかで、なのにどこか力強さを感じる、アザレアを思わせる程に美しい指。
それが、僕の額を強く弾いた。
鋭い、けれど何だか懐かしい痛み。
僕は額を抑えようともせず、じっとお嬢様を見つめる。
彼女はじっと下を向いたまま、どこか遠慮がちに、僕の服の袖をちょんと摘まんだ。
ミセ* ー )リ「………凄く、傷付いた」
手の震えが服を伝っている。
一度も聞いたことのない弱々しい声。
そうだ。この子だ。僕が酷いことをしてしまったのは、この子に対してだ。
僕は、こんな普通の女の子を傷つけたのだ。
156
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:49:49 ID:fFFHkLRU0
ミセ* ー )リ「でも、嘘吐いてたのは、私もだった」
全く意図していなかった言葉に驚き、下を向く。
身長差で、お嬢様の顔は見れない。
ミセ* ー )リ「私も……私も、アンタにいっぱい嘘吐いた。言ったことを言ってないとか、他にも、たくさん酷いことも、言った」
ミセ* ー )リ「………ごめん、なさい」
彼女の顔が、ぽすんと僕の胸に埋まる。
サラリとした髪の感触が少しくすぐったく感じた。
ミセ* ー )リ「私のこと、描いてもいい。これからも傍に居ていいから、許すから。ヴィオラ、聴かせてあげるから」
ミセ* ー )リ「もう、裏切らないで。私も」
ミセ* ー )リ「――私も、もう嘘、つかない」
続けられた「ごめんね」という言葉と共に、お嬢様の顔がゆっくりと僕に向く。
涙で濡れた瞳と長い睫毛。二度目の、彼女の泣いた顔。
随分と久しぶりな、ずっと焦がれていた表情が、そこにあった。
157
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:50:42 ID:fFFHkLRU0
( д )「……ごめんなさい。誓います、お嬢様」
( ゚д゚ )「絶対に、もう、裏切りません」
ゆっくりと、怖がらせないようにそっとお嬢様の小さな体を抱きしめる。
自分より二回り以上も小さい、少し力を入れれば容易く折れてしまいそうな、華奢な体。
ヴィオラは、ヴァイオリンよりも少し大きい楽器だ。
ただ支えるだけでも相当な力が必要で、更に美しい音色を奏でるには、それ以上の体幹と絶妙な筋肉が必要になる。
そんなヴィオラをこんな花のような体で、あれだけ自由に弾いていたのか。
漫然とした動きで腕をほどき、顔を見合わせる。
瞳はまだ濡れたままだが、そこから新たに雫が流れる様子はない。
ふと、静かになったと思って、窓の方を見る。
いつの間にか、あれだけ五月蠅かった嵐は収まっていたようだった。
158
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:52:48 ID:fFFHkLRU0
ミセ* ー )リ「……そういえば、さ」
急に顔を赤らめて、お嬢様が僕の腕から離れる。
何かを誤魔化すみたいに口を開いた彼女は、しばらく目を泳がせた後、テーブルの上に置いてあった本を手に取る。
そこから取り出されたのは、以前自分が彼女に渡した蒼花の栞だった。
ミセ* ー )リ「これのお礼、してなかった」
ミセ*゚ー゚)リ「本当はね、ずっと何かしたかったんだ」
栞を丁寧に両手で持った彼女が、「何かないか」と目で訴えかけてくる。
一度は無礼にも断った、お嬢様からの返礼。
あの時とは違う。許されて早々、僕は図々しくも一つの願望を口にすることにした。
( ゚д゚ )「……出会った日の夜、覚えてますか」
ミセ*゚ー゚)リ「…微塵も忘れたことないよ」
お嬢様は笑って壁にかけられたままの僕の絵をちらりと見る。
春の満月の夜。桜の花びらが舞う中で、ヴィオラを奏でていた少女と、迷い込んだ絵描きの話。
( ゚д゚ )「…今年はもう、ちょっと、無理そうだけど」
窓から見える庭の景色。
その奥。僕らが初めて出会った桜の木。
先ほどまで轟々に吹いていた風のせいで、きっと昨日まで咲き乱れていた筈の桜は見事に散ってしまっていた。
だから。
159
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:53:46 ID:fFFHkLRU0
( ゚д゚ )「また来年に桜が咲いたら…あそこで、ヴィオラを聴かせてくれませんか」
( ゚д゚ )「――今度は、堂々と、最前席で」
お願いというには烏滸がましい、図々しいにも程がある”わがまま”。
僕のような只の美大生が、一介の使用人が、加害者が、本来なら億の金を積んだとしても得られないようなコンサートのプラチナチケット。
僕の要望を聞いたお嬢様はほんの少しだけ驚いたように目を開き、その後すぐ、にっこりと微笑んで頷いた。
――あぁ、そんな綺麗な顔をするのか。
僕はもう、世界で一番綺麗なものを見たと思っていた。
あの春の夜に見た景色より、綺麗なものは他にないと。
けれど、違った。やっぱり僕は浅慮な人間だった。
どちらともなく笑い合う。今までの空白を埋めるみたいに、どうでもいい話が始まって、談笑が部屋を満たしていく。
楽し気な話し声が、僕の鼓動を上手く隠している。
160
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:54:42 ID:fFFHkLRU0
( ゚д゚ *)
ミセ*^ワ^)リ
ヴァイオリンも、ピアノも、ヴィオラすらも鳴っていない。
天才と謳われた少女の手には、楽器ではなく、一枚の青い栞が握られているばかり。
きっと、彼女のファンが見たらがっかりするかもしれない。
ここに音楽畑の人間がいたら、普通の少女のように笑う彼女に、落胆するかもしれない。
それでも、僕にとっては、ヴィオラを奏でている彼女よりも。ヴァイオリンを持っている彼女よりも。
ただ普通に笑っているだけのお嬢様が、どんな花より可愛く見えた。
161
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:57:10 ID:fFFHkLRU0
*
京都の北側に、「糺の森」と呼ばれる緑豊かな原生林がある。
森と言っても、決して人里離れた山の奥なんて場所ではない。そこは、極めて一般的な民家が立ち並ぶ住宅街の中だ。
そんな所にこれほどの自然林が存在しているエリアなど、おそらく日本全国を巡ってもここぐらいのものだろう。
午前特有の澄んだ日光を感じながら、僕はゆっくりと車椅子を押している。
白いワンピースを大きな帽子を被って座っているのは勿論、正真正銘の令嬢だ。
( ゚д゚ )「良い天気で良かったですね。お嬢様」
ミセ*゚ー゚)リ「そうね……ねぇミルナ、このちょっとガタガタするのなんとかならない?」
( ゚д゚ ;)「ご容赦ください。あともう少しですから」
可愛らしく頬を膨らませるお嬢様をなだめながら、僕らはゆっくりと木々の下を歩く。
緑々しい葉の隙間から零れた陽光が白砂を照らすその様は、まさに自然が生み出したイルミネーションのように眩い。
少し息を吸い込めば、夏と秋が入り混じったような、豊かかつ爽やかな空気が肺を満たしていった。
162
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 00:58:22 ID:fFFHkLRU0
周りを見れば確かに人こそ多いが、その広大な道に人込みのような窮屈感はない。
カメラを持った男性や、仲睦まじげに歩く老夫婦。ジョギング中の男性。犬と散歩中の婦人。
賑やかでありながらどこかゆったりとした静寂感が、その互いの雰囲気を壊すことなく両立していた。
季節は九月の終わり頃。今日は、下鴨神社へ参拝に来ていた。
ちょうど日曜日で大学もない。それでいて、屋敷の人でもこの半年ほどで増えたから、取り急ぎ必要な業務もない。
暇を持て余していたところ、お嬢様から「暇なら何処か連れて行ってくれないか」と頼まれ、僕が選んだ行先がここであった。
特に目的もないから、道の途中にあった小さな屋台でベビーカステラを買ったり、写真を撮ったりしてゆっくりと進む。
神社の本殿でのお参りを済ませ、少し休もうと僕は近くにあったちょうどいい石の台座に腰掛ける。
隣を見ると、お嬢様はどこか遠くを見るような目で、鬱蒼とした社叢林を見つめていた。
昨日の雨の日とは違い、暖かな気温にほっと胸を撫で下ろす。
所々に小さな水溜まりが見えるものの、車椅子を押しながら歩くのには支障がない程度なのは本当に幸運だった。
163
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:00:05 ID:fFFHkLRU0
二ヶ月ほど前の夏頃。
とうとう、お嬢様は歩けなくなった。
完全に歩けなくなった訳ではない
だが、少なくとも外出をするには車椅子が必須となった。
彼女はよく笑うようになった。
使用人に当たることもなくなり、旦那様やヘリカルさんは「昔に戻った」と涙ながらに喜んでいた。
けれども、彼女の体を蝕む病は確実に、ゆっくりと進行していた。
ミセ*゚ー゚)リ「あ!ねぇねぇミルナ、あれって何の花かしら?」
お嬢様の無邪気な声にはっと意識を戻す。
彼女が指を差した方向には、気品あふれる紫を纏った萩の花が咲いていた。
すっかり暑さを失った涼風を浴びつつ、座ったままなんでもないことを話す。
先日描いた絵のこと。夏休み終わりの授業がしんどいこと。
僕のなんでもない話に、お嬢様はきちんと耳を傾けて、時折花が咲いたような笑みを見せる。
その様子は、とても病に冒された少女とは思えないほどに華やかだ。
164
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:01:12 ID:fFFHkLRU0
( ゚д゚ )「――手術を、受けられると聞きました」
談笑していた空気が一瞬張り詰める。
さっきまで笑っていたお嬢様の顔から表情がさっと消えた。
自分でも、あまり触れたくない話題だ。
だが向き合わなくてはいけない。
いくら気丈に見えても、どれだけ天才と謳われていたとしても。
僕はもう、彼女が普通の女の子であることを知っているから。
病に侵され死を待つ日々の怖さは、誰よりも理解できるつもりだから。
ミセ* ー )リ「……お父様ったら、ホントお喋りね」
呆れたようなため息が秋風に乗って飛んでいく。
上空から降り注ぐ明澄な木漏れ日が白い服に反射して、どこか神々しさすら感じられる。
こうして見ると、とても病人とは思えない美しさがあった。
165
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:02:25 ID:fFFHkLRU0
ミセ*゚ー゚)リ「年明けくらいかな。手術、決まった」
彼女は眼前で揺れる花を見つめながら、ぽつぽつと語り始めた。
東京で、最新鋭の手術を受けられることになったこと。
けれど、確実に成功する保障はないこと。
仮に無事に終わったとしても長いリハビリが必要で、絶対にまた音楽が出来るようになるとは限らないこと。
僕は何も口を挟まず、ただ黙って彼女の話を聞いていた。
理解できなかった訳じゃない。彼女の手術に賛成していた訳でもない。
ただ、彼女の手がほんの僅かだが震えていることに、気が付いたからだった。
( ゚д゚ )「――怖い、ですか?」
説明が終わり、僕の口から出た疑問は単純な疑問だった。
僕と彼女の間に交わした、一つの約束。
“嘘を吐かない”。あの春嵐の日に誓った密約。
お嬢様は僕の言葉に少し怯んだ様子を見せた後、黙ったままコクリと頷いた。
166
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:03:30 ID:fFFHkLRU0
座って話をする僕らの前を、まばらな人影たちが駆けていく。
なんでもないことのように足を動かし、自然に歩いていく人たち。
彼らや僕が何の気なしにしていることは、今や、お嬢様にとってはヴィオラの演奏よりも難しいことだ。
僕はじっと視界の奥の欅を見つめながら、ただ、お嬢様の手術のことについて考えていた。
受ける他はない。そんなことは分かっている。
このままいけば手足どころか、彼女は呼吸すらままならなくなる。
手術を受けないということは、それは確実に死を迎えてしまうということ。
お嬢様の選択なら何でも尊重する僕だったが、どうしてもそれだけは受け入れられない。
だが、気軽に手術を受けてくれなどとは口を裂けても言えなかった。
もう二度と彼女を傷つけるようなことはしたくない。かと言って、気安い慰めの言葉など何の薬にもならない。
熟考の果て、僕が口にした結論は、ひどく陳腐なものであった。
167
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:04:11 ID:fFFHkLRU0
( ゚д゚ )「…”なんでもお願いを聞く”というのは、どうでしょうか」
一体何を言っているのだろうか、自分は。
後悔してももう遅い。既にお嬢様は、目を丸くしたままこちらの方を向いている。
どうにか林道を駆ける風に紛れて聞こえてないかとも期待したが、しっかりと彼女の耳に届いてしまったようだった。
少し前から考えていたことであった。
お嬢様は来年の春にヴィオラを聴かせてくれることを約束してくれたが、自分が彼女にあげたものと言えば、ほんの数枚の絵くらいのもの。
今年の夏は色々と描いたが、所詮は一介の美大生の絵だ。しかも、そのどれもが大して変わり映えのない、一人の少女をモチーフにした絵。
とてもつり合いが取れているとは言えないことに、僕はずっと負い目を感じていた。
168
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:06:22 ID:fFFHkLRU0
お嬢様の目が少し泳ぐ。
「何か、自分に頼みたいことがあるのだろうか」と思うと、彼女は少し遠慮がちに上目遣いでこちらを見た。
ミセ*゚ー゚)リ「………1個だけ?」
シャボン玉みたいに、今にも消えそうな弱々しい確認の言葉。
それが普段のお嬢様からあまりにかけ離れた声色だったから、僕は慌てて首を横に振った。
( ゚д゚ ;)「い、いや…じゃ、じゃあ2個でも大丈夫ですよ!」
ミセ* ー )リ「………そっか。それだけか…やっぱり、まだ、怖いなぁ…」
( ゚д゚ ;)「〜〜っ、さ、3個!なら、3個までなら何でもやりますから!」
ミセ* ∀ )リ「言質取った」
は、と思うと同時に、彼女はいたずらっ子のようにべーと舌を出す。
こちらからはずっと死角だった、彼女の右手。
その手には、一体いつ用意したのか、お嬢様のスマホが握られている。
そして、こちらに見せられたその液晶には、明らかに何かしらの音声を録音中の画面が映し出されていた。
169
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:08:27 ID:fFFHkLRU0
ミセ*^ワ^)リ「3つかぁ〜!そっかぁ、じゃあ、何してもらおっかな〜!」
さっきまでのか弱い様子が、まるで陽炎みたいにはらりと消える。
お嬢様は屋台で綿菓子を買ってもらった子どものようにウキウキとした様子で、満面の笑みを浮かべていた。
やられた。そう思っても後の祭り。
お嬢様は少しだけ何かを考える素振りをした後、勢いよくこちらに指を一本立ててみせた。
ミセ*゚ー゚)リ「じゃあ、一つ目。アンタ、今年で卒業よね?」
( ゚д゚ ;)「は、はい…順調にいけば……」
ミセ*゚ー゚)リ「なら決まり」
今年の春、あっという間に僕は四年生へと進級していた。
今のところ何とか卒業に必要な単位は取れている。
まだ分からないが、このまま何事もなく授業を受け、最後の卒業制作さえ終わらせれば僕も晴れて卒業だ。
170
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:13:56 ID:fFFHkLRU0
ミセ*゚ー゚)リ「卒業制作、あるでしょう?」
( ゚д゚ )「は、はい…」
ミセ*゚ー゚)リ「それで、最優秀賞取りなさい。一番上のヤツ」
( ゚д゚ ;)「………へ!?」
ミセ*゚ー゚)リ「何よ。だって、どうせアンタが描くのって私でしょ?」
ミセ*^ー^)リ「私を描くなら、それくらい取って当然よね」
“いくら何でもそれは”と言いかけて、僕は寸での所で自分の口を抑えた。
『嘘をつかない』。僕がお嬢様に誓った、法律よりも憲法よりも、何よりも遵守すると決めたルール。
僕はもう、「何でもお願いをきく」とハッキリ口にしてしまったのだ。
171
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:15:17 ID:fFFHkLRU0
( ゚д゚ ;)「……が、頑張ります…」
ミセ# ー )リ「”頑張る”だぁ?」
( ゚д゚ ;)「と、取ります!絶対!」
ミセ*゚ー゚)リ「よろしい。じゃ、2個目はね…」
後悔に苛まれながら、二つ目の願いを待つ。
次はどんな無理難題が来るのだろう。いや、迂闊なことを言った自分が悪いのだが。
ミセ*゚ー゚)リ「私が手術で東京に行くまでの間、極力うちに来なさい」
ミセ* ー )リ「……ほら、最近、人増えたでしょ。教育係、ヘリカルだけじゃ足りないのよ」
身構えた全身から力がスッと抜けていく。
二つ目の願いは、特にどうということもない内容に聞こえた。
( ゚д゚ ;)「は、はい…それは全然…」
元より、出来るだけ屋敷に向かうつもりではあった。
今年の春から他のバイトは綺麗さっぱり辞めたし、旦那様から支払われる給金のお陰で金銭面の問題はある程度解消。何なら少しの余裕まである。
僕の了承の言葉を聞いたお嬢様は、満足気に「よろしい」と呟いた。
172
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:17:12 ID:fFFHkLRU0
ミセ; ― )リ「三つ目は……そう、ね…」
途端にお嬢様の端切れが悪くなる。
どうしたのだろう。まさか、一つ目のお願い以上のトンデモ内容を言うつもりだろうか。
最後の願いが何なのか。僕は少しの恐怖を感じながら彼女の二の句を待つ。
しばらくソワソワとしていた彼女は、少し僕から視線を外しつつこう言った。
ミセ* ー )リ「………私」
ミセ* ー )リ「”お嬢様”って名前じゃ、ないん、だけど」
いまいち、要領を得ない発言に首を傾げた。
( ゚д゚ )「えっはい、存じてますけど」
僕の返事に、お嬢様は少し不機嫌になったような気がした。心なしか、舌打ちをしたような気さえする。
とはいえ、どう返すのが正解だったのかも分からない。
お嬢様という呼び名は、もうかれこれ一年以上続けているが、別にお嬢様の名前を忘れた訳ではない。
まさか、そこまで耄碌したと思われているのか。一応、お嬢様よりも二つほど年下ではあるのだが。
発言の意図を汲み取ろうと頭を回す。
だが結論が出る前に、お嬢様は傍らの萩の花を見ながら呟いた。
173
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:18:31 ID:fFFHkLRU0
ミセ; ー )リ「………その、手術が終わって、帰って、きたら」
ミセ; ー )リ「”ミセリ”って……私のこと、名前で、呼びなさい」
( ゚д゚ )「………はぁ」
思わず気の抜けた相槌が口から漏れる。
その瞬間、お嬢様はまだ少し季節外れの紅葉みたいに頬を赤らめ、慌てた様子でこちらを向いた。
ミセ;゚―゚)リ「ア、アレよ!?アンタ、他の使用人とかのことは名前で呼ぶ癖に、私のことは、呼ばないじゃない!?」
ミセ;゚―゚)リ「そーゆうのが、その、不公平というか、ちょっと今時じゃないというか……」
ミセ;゚―゚)リ「そ、そそ、そーいうアレよ!別に、何かその、他意とかないから!!変な勘繰りしやんといてよ!!」
お召しになっている白いワンピースのせいで、より一層、赤くなったお嬢様の頬を映える。
その慌てた様子と、きっと無意識に出たのであろう関西弁が可愛くて、僕は何だか笑ってしまった。
174
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:19:14 ID:fFFHkLRU0
ミセ#゚ー゚)リ「な、なに笑ってんの!?」
( ゚д゚ ;)「…あ、い、いえ。何でも――」
三( -д- ;)「………うわっ!?」ビチャ
お嬢様を笑った僕に罰を与えるかのように、何か冷たいものが顔にかかる。
頬を拭うと、手には少し泥が混じった水が付着していた。
目の前の足元を見て、僕は遅れて理解する。
さっき通った自転車が、勢いよくあの水溜まりの上を走り、そのせいで飛沫が僕にまで飛んできたのだろう。
ミセ* ー )リ「……ふ、ふふっ…!」
何かを押し殺すような声が聞こえて隣を見る。
ほんの一瞬で形勢逆転。今度は僕がお嬢様に笑われる番だった。
175
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:21:06 ID:fFFHkLRU0
ミセ*^ー^)リ「あーおっかしい…天罰よ、バーカ」
( -д- ;)「…すいませんでした……」
ミセ*゚ー゚)リ「素直でよろしい。……はい、コレ、使って」
一頻り笑った後、お嬢様は僕に何かを差し出してくる。
彼女の手に握られていたのは、以前、自分がお嬢様に渡した青色のハンカチだった。
( ゚д゚ ;)「えっ…!い、いや、コレは…!」
ミセ*゚ー゚)リ「いーの、さっさと使いなさい。それとも汚れたまま私の車椅子押す気?」
取り下げられる様子のないハンカチをおずおずと受け取り、ささっと顔についた泥を拭く。
「洗って返します」と伝えるとお嬢様は首を横に振ったが、流石に汚れたものをそのまま彼女に渡す訳にはいかない。
176
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:21:58 ID:fFFHkLRU0
( -д- )「……約束します」
ハンカチを丁寧に鞄にしまい、改めてお嬢様の方に向き直った。
( ゚д゚ )「卒業制作、凄いものを描きます。誰よりも、どんな人のものより凄い絵を」
( ゚д゚ )「約束通り、僕の人生全部で、貴女を描きます」
須臾にも満たないほんの刹那、お嬢様は吃驚したような顔を見せる。
そして、数回の瞬きの後、向日葵が咲いたような笑顔を見せた。
二人並んで肩を寄せ合ったまま、秋風に撫でられて軽く目を閉じる。
「楽しみにしてる」というお嬢様の柔らかな声が、岩に染み入る雨のようにじわりと胸に広がった。
177
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:22:53 ID:fFFHkLRU0
*
一ヶ月ぶりの京都の空気は、やけに澄んでいるような気がした。
冬になり、気温が低いからだろうか。それとも、数日前までいた東京よりも近くに自然が多いからだろうか。
休日ということもあって、昼過ぎの京都駅は地元の人や観光で来た外国人たちでごった返していた。
だが、いつもならストレスと苛つきを感じていたが、不思議と今日は何も思わない。寧ろ、清々した清涼感さえ覚えるほどだ。
それは、久方ぶりの地元だからか、それとも、久々に誰の力も借りず、外を自分の足で歩いているからだろうか。
若しくは、ずっと会いたかった人に、今日やっと会えるからだろうか。
178
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:23:21 ID:fFFHkLRU0
駅を出て、少し歩いたところにあったカフェに入る。
中は外と違って、ポカポカとした暖かさで満たされていた。
注文後、すぐに来たカプチーノをゆっくりと飲みつつ、人を待つ。
以前、京都駅近くの芸大に遊びに行った帰り道、偶然入ったのもここだった。
スマホを開く。
なんてことのない会話の応酬が繰り広げられているトーク画面。
その相手方から来た、一番最新のメッセージ。
「午後3時前頃には着きます」
カフェの壁にかけられた時計も、スマホも、どちらもまだ午後2時にすらなっていない。
少し早く来すぎたかもしれない。
どこか浮かれている自分に少し恥ずかしくなりながら、私はじっと窓から見える往来に目をやった。
179
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:25:50 ID:fFFHkLRU0
彼が来たら、まず何の話をしようか。どんな顔をして、何て言おうか。
そんなことを考えながら私はちびちびとカプチーノを口に含む。
そういえば、彼の実家は花屋だったと言っていたが、それは何処にあるのだろう。
そこでふと私は、ミルナは一体どこの出身なのか知らないことに気が付いた。
彼が標準語以外を話しているところを聞いたことがないから、もしかしたら、関東の出身なのだろうか。
それならばいっそ道案内だのなんだのと理由をつけて、彼も東京に連れていけば良かったかもしれない。
なんて考えがほんの一瞬、頭の中をちらっと過った。
180
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:27:49 ID:fFFHkLRU0
年が明けてすぐ、私は京都を離れて東京へと向かった。
およそ二年ぶりの日本の首都は、正直、さほど魅力的でも何でもなかった。
昔からコンクールなどで東京に行くことは多かったが、あの街が好きだと思ったことは一度もない。
結論から言うと、手術は無事に終わった。
お父様が見つけてくれた、凄腕の医者。
私ですら気遅れするほどに無愛想でどこか機械的な男性だった。
しかし、腕は確かだった。いや、そんな表現では足りないほどに優秀だった。
入院の説明と手術の腕、何よりその後のリハビリを含めた諸々のケア。
そのどれもが、私の音楽家としての今後のキャリアを踏まえた上で、完璧に調整されていた。
今まで私が不安に思っていたことや、苦しんでいた闘病の日々は夢かなにかだったのだろうか。
そう錯覚しかけるほどの腕だった。全く、世の中にはとんでもない人間がいるものだ。
ミセ*゚ー゚)リ(普通に歩いている私見たら、ビックリするかな、アイツ)
あと一時間ほどで来るであろうミルナは、一体どんな顔をしてくれるだろう。
ふと、カップの中のカプチーノを見つめる。
揺れる淡い水面には、口角が上がっている私の表情がじんわりと映っていた。
181
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:29:10 ID:fFFHkLRU0
カップを置き、窓ガラスに映った自分を見ながら思考に耽る。
結局、私はアイツのことを、どう思っているのだろう。
最初は嫌いだった。というか、あの頃はどいつもこいつもが嫌いだった。
無暗に話しかけてくる姿がうざったかった。
歯の浮くような誉め言葉が耳に障った。
姉から貰った大事なハンカチを見つけて貰って、少しはマシなヤツだと思った。
ヴィオラを褒めてくれたことだって、悔しいけど、ちょっと嬉しかった。
一度は、裏切られた。
病を告げられた時より、ヴィオラを落としてしまった時より、ずっとずっと辛かった。
許したくなくて、栞だって何度も捨てようとした。
けれど、しつこく正門前に立つ彼の横顔を見る度に、本当の本当は安心していた。
182
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:30:15 ID:fFFHkLRU0
ミセ*゚ー゚)リ(……もうちょっとで、春だなぁ)
去年の春、仲直りの時にミルナと交わした約束のことを思い出す。
屋敷の庭にある、大きな桜の木。
そこの前で、ヴィオラのソロコンサートを行う。それも、彼一人のために。
その後はどうしよう。彼は再来月の三年で卒業だ。
話を聞く限り、彼は京都の出身じゃない。それに、彼から就職先の話をあまり詳しく聞かされたこともない。
いくつか色んな企業に内定が出たことは知っているが、具体的な進路は私の手術の準備もあって聞いていないのだ。
まだ、彼は私の近くに居てくれるのだろうか。
私を、ヴィオラを、まだ描きたいと思ってくれているのだろうか。
結局、私はこの気持ちに、何と名前をつければいいのだろうか。
ふと、カップの中が空になったことに気付いた。
考え事をしているうちに、どうやら全部呑みきってしまっていたらしい。
183
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:30:53 ID:fFFHkLRU0
ミセ*゚ぺ)リ(……あれ?)
スマホの時計を見る。時刻は既に3時どころか、4時に差し掛かろうとしている。
待ち人とのトーク画面を見ても、何もメッセージは来ていない。
遅刻だろうか。だとしても、彼のことだから何かしら連絡を寄越す筈なのだが。
珍しいこともあるものだ。そう思いながら、もう少し待とうと店員を呼んでカプチーノのお代わりを頼む。
普段、あれだけ振り回しているのだし、それに今日は久しぶりの再会だ。
一年以上もひたむきに働いてくれている使用人の遅刻など、一度くらいは目を瞑ってやろうか。
そう思いながら、新しく来た甘い液体で喉を潤す。
184
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:31:40 ID:fFFHkLRU0
4時になった。まだ来ない。
5時になった。まだ来ない。
…6時になった。メッセージを飛ばした。
……7時になった。返信どころか、既読もつかない。
8時になった。「ラストオーダーです」と言われ、流石に店を出た。
9時になった。
電話が鳴った。
185
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:33:39 ID:fFFHkLRU0
ミセ#゚―゚)リ「もしもしミルナ!?まったくもう…今どこにいんのよアンタ!!」
外はすっかり暗く、所々は昨日の雨のせいで凍っている。
かれこれ六時間以上も私を待たせたのだ。怒号の一つや二つでは足りない。
直接会ったらまたデコピンでも食らわせてやろう。
そう思いながら、電話越しに彼の声を待つ。
だが、スマホの奥から聞こえたのは、待ち焦がれた彼の声ではなかった。
(; ∋ )『……ミセリ、か』
ミセ;゚―゚)リ「…え、お父様?」
何故か聞こえてきた父の声に、改めてスマホの画面を見直す。
だが、通話中という文字の上に表示されているのは紛れもなく”河内ミルナ”という名前だった。
(; ゚∋゚)『……落ち着いて、今から言う病院に来てくれ。すぐにだ』
電話越しでも分かる震えた声。
緊張感を伴う父の声が告げたのは、私がずっと通っていた、馴染みのある病院の名前だった。
186
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:36:22 ID:fFFHkLRU0
*
休日の夜だというのに、鬱陶しいくらいに光る蛍光灯の下を走る。
慌てて捕まえたタクシーから下り、去年の冬までずっと定期的に通っていた病院の廊下。
看護師の注意も、入院中らしき患者の視線も。
その全てを無視して、私は父に告げられた場所へと走っていた。
「手術中」というランプが赤く光っている部屋の前。
待合用に設置されている簡易的な緑の椅子に、父が深刻そうな表情で座っている。
そしてその横には、数年ぶりに会う見知った顔もあった。
(; ゚∋゚)「……来たか、ミセリ」
( ´W`)「やぁ、久しぶり、ミセリさん」
ミセ;゚―゚)リ「…白髭先生…ど、どうも…」
父の知り合いであり、芸術の世界に身を置く者の間では知らない人はいない、芸術界の重鎮だ。
私が参加したコンクールの来賓客としても、何度か会ったことがある。
そんな彼がどうしてこんな所にいるのか。そもそも、一体何の用なのか。
187
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:39:43 ID:fFFHkLRU0
なにか、強烈に嫌な予感がした。
ミルナの携帯から、父が私に電話をかけてきたこと。
あの生真面目なミルナが、私との待ち合わせの約束を放り出したこと。
そして今、私の前で光っている「手術中」のランプ。
(; ∋ )「…落ち着いて聞いて欲しい、ミセリ。その…」
ミセ; ー )リ「――どこ」
季節外れの冷や汗が、ゆっくりと背中を伝った。
ミセ; Д )リ「ミルナは、どこに…!!」
尋ねようとした私の質問を遮るように、手術室の扉がゆっくりと開いた。
いつの間にか赤いランプは消えている。
中から現れたのは、仰々しい施術の服に身を包んだ数人の医者らしき人達。
父と白髭さんが立ち上がる。
「どうなりましたか」という質問に、眼鏡をかけた医者は少し押し黙った後、ゆっくりと首を横に振った。
188
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:41:52 ID:fFFHkLRU0
(-@∀@)「――手は尽くしたのですが」
(-@∀@)「元々、かなり弱っていたようなんです。まるでずっと何か、体に負担がかかる無茶をし続けていたような」
(-@∀@)「おそらくそれで――発見された時にはもう――」
(-@∀@)「――大きな絵の前で――倒れていて――」
誰の話をしているんだろう。何の話をしているんだろう。
頭が真っ白になる前に、私は一歩踏み出し、眼鏡の医者に問いかける。
きっと違う。
昔から私の勘は外れるのだ。そうやって、何度も何度も予想を外してがっかりする人生だった。
今回もそうに違いない。きっとそうだ。私のこの嫌な予感は、0点の大間違いなのだ。
だから、違う。そんなわけない。
あの部屋にいたのは。今、この医者たちが話をしているのは。
違う。だって、アイツとは約束してて。
年明けの時も、いつも通りの笑顔で。「待ってます」って言ってて。
ヴィオラ、聴かせてあげなきゃいけなくて。
189
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:43:12 ID:fFFHkLRU0
(-@∀@)「――2月7日。午後10時48分」
(-@∀@)「河内ミルナさん。ご臨終です」
ミセ* ー )リ
何を言われたのか、頭が理解を拒もうとする。
足元がふらつく。もう手術は終わって、歩けるようになった筈なのに。
力が抜けて、その場にへたり込む。
耳元で、父が何か言っているような気がする。
( д )
誰かさんの面影が、花火みたいにふわりと消えた。
190
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:45:17 ID:fFFHkLRU0
*
ミルナの葬式が行われたのは、彼が死んですぐの翌日だった。
京都駅から少し歩いたところのメモリアルホール。
喪主を務めたのは彼の両親ではなく、白髭先生。
私は今更になってようやく、彼の両親は既に亡くなっていたことを知った。
一介の学生が亡くなっただけにしては、多くの弔問客が訪れた。
从 ;Д从
赤毛の少女は、人目も憚らず泣いていた。
(` ω ´)
短髪の利発そうな青年は、ただじっとその黒い喪服を握りながら、何も言わず、棺の前で動こうとしなかった。
その他にも、私と年の近い学生らしき人から、老若男女問わず、色んな人が涙を流していた。
彼を慕う人がこんなにもいることすら、私は今まで知らなかった。
191
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:46:08 ID:fFFHkLRU0
何処からも涙が零れる音がして、どこか場違いな気がした私はそっとその場を離れた。
ふわふわとした足取りの中、とにかく、人がいない所を探しながら亡霊のようにふらつく。
何も考えていない訳じゃなかった。何も考えられなかったのだ。
『……まさか、ミルナ君がな』
『俺、バイト同じだったんだ。何度も助けてもらって』
『私、二年の時、文化祭の準備手伝ってもらったんだ。サークルも違ったし、全然面識なかったのに』
通路を曲がろうとした矢先、角の向こうから聞こえてきた声に私はピタリと足を止めた。
若い男女数人の声がした。それも、ミルナのことを話している。
引き返さなければ。
そう思い、体を反転しようとしたその瞬間だった。
192
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:47:08 ID:fFFHkLRU0
『――アイツの病気、そんなに悪くなってたなんてな』
ミセ* ー )リ「………?」
突如聞こえた声に、足がピタリと止まった。
『えっ…?何、どういうこと?』
私同様、困惑したような女性の声が聞こえた。
やはり私の聞き間違いなどではなかった。
「病気」という少し前まで身近だった単語に全神経が集まる。
有り得ない。だって、そんな。
あいつ、初めて会った時からずっと元気で。
というか、そんなこと、私に一度だって、話して――。
193
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:48:07 ID:fFFHkLRU0
『俺、一回たまたま病院で会ったことあってさ、”黙っててくれ”って言われたんだけど…もう、この際か』
『…あいつ、心臓弱いんだよ。飯の時もよく薬とか飲んでて』
『高校の時に発症したって言ってたかな…だから、無理な運動とか、体に変な負担がかかることはやっちゃダメって言われてたんだよ』
『……けどあいつ、そんなこと気にせず動いてたんだけどな。なにせ、人が良いからさ――』
194
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:49:14 ID:fFFHkLRU0
ミセ* ー )リ
大きなハンマーで、頭をぶん殴られたような気持ちだった。
角の向こうから、憔悴するような、悲しむような声が続いている。
だがもう、私には何を言っているのか分からない。
記憶を巡る。
ミルナと会ってから、最後に顔を合わせた日までの、ギリギリ二年にも満たない日々。
そして、私は気付いてしまった。
195
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:51:49 ID:fFFHkLRU0
ミセ; ー )リ「………ぁ」
偶にしんどそうに見えたのは、仕事とか、大学で疲れてたんじゃなくて。
病気で、体力が落ちていたのだとしたら。
それなのに、アイツに、毎日屋敷に来いなんて言ったのは。
それなのに、一番良い賞を取れなんて言って無理をさせるほどに追い込んだのは。
それなのに、つまらない意地を張って、彼を何日も待ちぼうけさせた挙句、遂には嵐の中待たせたのは。
ミセ; Д )リ「あ あぁ あぁあ あ―――」
彼に無理をさせたのは。
彼の寿命を削ったのは。
ミセ; Д )リ「――――あ」
彼を、ミルナを、殺した のは。
196
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:52:22 ID:fFFHkLRU0
「え…?ちょ、ちょっと!?大丈夫ですか!?」
「えっと…きゅ、救急車!!すぐに!!」
「お姉さん、大丈夫ですか!?お姉さん!?」
息が出来ない。酸素が吸えない。空気が吐けない。
視界が涙で滲み、聴覚すら上手く働かない。
死にかけの虫みたいに、過呼吸のまま地面に倒れ込む。
197
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:53:06 ID:fFFHkLRU0
意識が朦朧として消えかける。
視界がどんどん白く染まり、心臓を直接握られたような痛みが走る。
音すらもなくなっていく世界の中、聞き飽きた声が耳の奥で木霊する。
紛れもない、私自身の声。
「私が殺した」
薄れゆく意識の中。
私はやっと、ミルナはもういないということを理解した。
198
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/30(火) 01:53:54 ID:fFFHkLRU0
続きは後日投下します。
期限内に投下したかった…チクショウ……。
199
:
名無しさん
:2024/04/30(火) 14:59:28 ID:JZHN7y..0
乙
200
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 00:50:24 ID:yBkR092c0
*
ポトリと、目の前で本が落ちた。
それを拾おうともしないまま、私はただ一人、部屋の中で項垂れていた。
髪はボサボサに伸び切り、指先の爪はお世辞にも綺麗といえる状態じゃない。
部屋の中は荒れたまま、もう何十日も掃除をしていない。
閉め聞いたカーテンから漏れた光が、嫌でも今の季節を恩着せがましく教えてくる。
気が付けば春になっていた。呼んでもいない春が来た。
窓から僅かに差し込む春の陽光の暖かさが肌を焼き、それがひどく不快に思える。
あれだけ待ち望んでいた筈の春が、鬱陶しくて仕方がなかった。
私がミルナを殺したと発覚した日から、もう何日経ったのだろう。
冬はいつの間にか終わっていたから、一ヶ月くらいは経ったのだろうか。
日数を数えようとしてすぐ、「どうでもいい」という自分の声が脳内に響いて、やめた。
201
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 00:51:05 ID:yBkR092c0
窓から漏れた日の光が、テーブルの上の何かに反射した。
それは、出しっぱなしのヴィオラだった。
もう、演奏はおろか、クリーニングすら久しくしていない。
カーボンケースに入れて保管しなければいけない筈の楽器は、いつの間にか部屋の隅のガラクタと化している。
あれだけ大事にしていた楽器がそんな状態になってなお、私は全く動く気になれなかった。
ミルナは、大学の作業部屋で倒れていた。
彼が頻繁に出入りしていたらしい棟の隅にある、ほとんど誰も使わない、古びた作業部屋の一室。
ミルナはそこに、去年の秋頃からずっと籠っていた。まるで何かに憑りつかれたみたいに、一枚の絵を描くことに没頭していたようだった。
春休みに入り、学生はおろか教員すら大学を訪れなくなっても、彼はずっと部屋に籠って絵を描き続けていた。
食事も、睡眠も、まるで自分の人生そのものを焚火にくべるように。
私が軽はずみで彼に課した、詰まらない”お願い”のために。
倒れているミルナを発見したのは、偶然大学にいた、白髭先生とお父様。
お父様はすぐに救急車を呼び、ミルナがずっと手に持っていたスマホから、私に連絡したとのこと。
けれど、そんな過去の状況整理に意味はない。
病院に運び込まれる前に、私が呑気にカフェにいたあの時間にはもう、ミルナの息はなかったのだから。
202
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 00:53:02 ID:yBkR092c0
ミセ* ー )リ「………」
もう、ヘリカルすら声をかけてこない。
そもそも、この部屋のドアを開けることすらなくなった。
壁に並んだ、ミルナが遺してくれた数枚の絵と、肌身離さず持っている青いビオラの栞。
ただそれだけを見つめながら、呼吸をするだけの日々。
ミセ* ー )リ(私は)
ミセ* ー )リ(いつ、死ぬんだろう)
ずっとずっと同じことを考えている。
あの日、手術を受けにいかなかったら、私は今頃彼と同じ場所にいたのだろうか。
あんな詰まらないお願いをしなければ、彼はもう少し長生きできたのだろうか。
そもそも、私なんかと会わなければ、彼は真っ当に生きられたのではないのか。
203
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 00:53:31 ID:yBkR092c0
もしもを夢想し、目を瞑る。
夢の中でなら逢えるだろうかと、明日の朝、私の心臓も止まってはいないだろうかと、それだけを願いながら眠る毎日。
あぁ、何て自分勝手なんだろう。
私のせいで、彼はいなくなったのに。きっとまだ沢山やりたいことがあった筈なのに。
まだ、ヴィオラ聴いてもらってないのに。
ふと、ドアの向こうから声がした。
( ∋ )「――ミセリ、起きてるか?」
久方ぶりの父の声。もはや、人の声を聞くことすらも懐かしい気させする。
だが、私は返事をすることもなく、ただ黙って目を瞑り続けた。
父がなんと言おうとも、その会話に意味はない。
誰がなんと言ったところで、私がどれだけ謝ったところで、彼は帰ってこないんだから。
204
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 00:54:40 ID:yBkR092c0
( ∋ )「ドアは開けなくていいから、そのままでいいから、聞いてくれ」
( ∋ )「……ミルナ君の通ってた大学、知ってるか?」
ミセ* ー )リ「………」
頭の中に、一度だけ彼に見せられた写真が思い浮かぶ。
山の上にあるという、ここからバスと電車を乗り継いで一時間ほど移動した場所にあるという、私立の芸大。
実際に行ったことはないが知っている。ミルナは何度か、楽しそうに大学の話をしてくれた。
スクールバスの乗り心地があまり良くないこと。
大学なのにクラス式で、面白くて気の良い友人たちがたくさんいること。
彼があまりに楽しそうに話すものだから、いつか、彼に連れて行ってもらおうと思っていた。
あぁ、そういえば、そんなこともただ思っていただけで、言葉にしてなかったな。
また一つ増えた後悔の埃に胸が潰れそうになる。
蹲ったままの私に、父は落ち着いた声色で言葉を続けた。
205
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 00:56:02 ID:yBkR092c0
( ゚∋゚)「…あそこの卒業制作の展示が、今日の午後五時までらしいんだ」
ミセ* ー )リ「…………!」
その言葉に、私はゆっくりと目を開けた。
“約束”という言葉を聞いたその瞬間、電流が脊髄を走るような感覚があった。
私がミルナにした、三つのお願い。ひどく幼稚で、思いやりなんて欠片もなかった願い事。
その一つ目。それは何だったか。
思い出す。覚えている。
それは、私が彼にした、とんでもない無茶ぶり。
( ゚∋゚)「…屋敷の前に、車を用意してある」
「考えておいてくれ」という言葉を最後に、ドアの向こうから父が遠ざかっていく足音が聞こえた。
206
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 00:58:28 ID:yBkR092c0
“卒業制作”。ミルナが最後に力を入れていた、大学四年間の集大成。
去年の冬、彼とした話を思い出す。
彼が微笑みながら私に語った、いや、何度も私に言ってくれた言葉。
( д )『僕は、僕の人生全部で、貴女を――』
ミセ* ー )リ「―――」
数十分の時間が流れた後、私はゆっくりと、音もたてずに立ち上がる。
一体いつぶりなのかも分からないほどに、埃が溜まったクローゼットを開ける。
ずっと充電しっぱなしだったスマホに触れ、今の時刻を確認した。
午後三時。移動の時間を含めれば、ギリギリまだ、間に合うかもしれない。
ミセ* ー )リ「………」
ミセ* ー )リ「………ミルナ」
もういない名前が無意識にポツリと口から零れる。
同時に、また一つ後悔が沸いた。
あぁ、もっと名前を呼べばよかった、と。
207
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 00:59:01 ID:yBkR092c0
カーテンを開き、明るくなった部屋で素早く身支度を整える。
ミルナが最後に遺した絵。彼がきっと、私のために描いた、最後の絵。
見なきゃいけない。何があっても、私はそれをこの目に焼き付けないといけない。
ビオラの栞を丁寧に鞄に入れて、私は、ずっと閉じたままだった部屋のドアを開けた。
208
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:00:33 ID:yBkR092c0
*
到着した学内は、何故だか沢山の人で溢れていた。
今はおそらく春休み中のはず。
なのに、まるで文化祭か何かのように、山の下にある大学の入り口近くまで車が並んでいた。
運転手に礼を言い、ゆっくりと山を登る。
去年までの私では、どうあがいても登れなかったであろう下り坂。
本来ならおそらくスクールバスを使って移動する道を、私以外にも、たくさんの人たちがひしめいて動いていた。
大学名が記された石碑の前を通過し、必死の思いで足を動かし続ける。
息を切らせながら進むこと約十分。
ようやく辿り着いた大学の敷地内が、どこぞの遊園地を彷彿とさせるような人の列で満たされていた。
209
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:01:32 ID:yBkR092c0
させるような人の列で満たされていた
ミセ;゚―゚)リ「………すご…」
自分がいた大学の文化祭を思わせるような人の数に、思わず感嘆の息が漏れ出た。
「すいません」と言いながら列を通り、目当ての棟をキョロキョロと探す。
スマホで調べた大学の公式サイトが示した、卒業制作の作品の展示場所。
画像だと、どうやら随分と小綺麗な建物のようだった。それらしき建物を探しながら、慣れない大学内を歩く。
そうしていると。
从; ゚Д从「あーーーーーーーーー!!!!!」
突然、爆撃機のような大声が鼓膜を穿った。
210
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:03:06 ID:yBkR092c0
一体何なのかと横を見ると、どこか見覚えのある赤毛の女性が、こちらに指を立てていた。
人間違いでもされたのだろうか。
だが、ちょうどいい、彼女に場所を聞こう。もしかしたらここの学生かもしれない。
そう思って口を開きかけた瞬間、彼女はもの凄いスピードでこちらに近付き、ガッと私の両肩を掴んだ。
ミセ;゚―゚)リ「きゃっ!い、いきなり何を――」
从; ゚Д从「ア、アンタ!!"ミセリさん"だろ!?そうだよな!?」
私の肩を乱暴に揺らしながら、彼女は何故か私の名前を大声で呼んだ。
もしかして、どこかで会ったことがあるのだろうか。それとも、ヴァイオリニスト時代の私のファンか何かだろうか。
確かにどこかで見たような気もするが、記憶のどこを引っ張りだしても答えを出そうになかった。
211
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:05:07 ID:yBkR092c0
ミセ;゚―゚)リ「そ、そうですけど、あの、アナタは…?」
从; ゚∀从「や、やっぱりそうか!!そうだよな、もう、”そのまんま”だもん!!」
一体何の話をしているのか、私にはさっぱり分からなかった。
どうしてか非常に興奮している彼女に恐怖を覚えた私は、肩から手を離してもらおうと身動ぎをする。
だが、彼女は急に肩を放してくれたと思うと、私の手を掴んだまま突然走り出した。
ミセ;゚Д゚)リ「あ、あの!あのあのあの!?な、何ですか!私、用事が――!!」
从; ゚∀从「分かってる!!アンタも”アレ”を見に来たんだろ!?こっちこっち…ちょっと!退いてくれー!!」
ミセ;゚―゚)リ「え!?あの、列は!?これいいの!?」
彼女は私の手を握ったまま、さっきまで私を悩ませていた謎の長蛇の列を堂々と抜かしていく。
その勢いを保ちつつ、私達は綺麗な白い壁の建物に入った。
212
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:06:04 ID:yBkR092c0
棟の中には広く、木の温もりを感じられるお洒落な空間が広がっていた。
だが、そんな内装をゆったりと楽しむ暇もなく、赤毛の少女は私の手を痛いくらいに握りながら全力疾走をやめようとはしてくれない。
勢いよく階段を上がっていく彼女に振り落とされないよう、必死についていく。
病み上がりの上、ここ一ヶ月まともに部屋から出なかった私には相当にきつい。
階段を上がりきってぜぇぜぇと肩で息をしていると、いつの間にか赤毛の女性はいなくなっていた。
どこに行ったのかと視線を彷徨わせると、彼女はとある男性と話をしていた。
短い黒髪が特徴的な、落ち着いた雰囲気の青年。
何故だろう。赤毛の女性もそうだが、私は彼にもどことなく見覚えがあった。
(;`・ω・´)「―――!」
青年は私と目が合うと、幽霊でも見たかのような顔をする。
その次の瞬間、彼は受付らしきスペースを飛び出したかと思えば、ずんずんとこちらに近付いて来た。
213
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:06:48 ID:yBkR092c0
ミセ;゚―゚)リ「あ、あの…?」
(;`・ω・´)「……ミセリさん、ですか?」
赤い女性と同様、彼もまた、初対面である筈の私の名前を口にした。
別に、知らない人から声をかけられること自体には耐性がある。
だがそれは、地元を歩いている時に父の知り合いに「堂島家の一人娘」として呼ばれたり、音楽の仕事やコンクールの場で「ヴァイオリニストの堂島ミセリ」としてだ。
父も家も音楽も関係がない人たちから、エスパーみたいに名前を当てられたことなど皆無。
鬼気迫る彼の表情に、私は無言のままコクコクと頷く。
しばらく品定めでもするかのように彼は私の顔をじっと見ると、「着いて来て」と小さく呟いた。
ミセ;゚―゚)リ「え?あ、あの…列、並ばなきゃ…」
(`・ω・´)「大丈夫です、貴女だけは。このまま自分について来て下さい」
青年の有無を言わさぬ迫力に黙ったまま、私たちは列の横を堂々と通り、奥の部屋に続くドアをくぐる。
すると、入ると同時に、真っ白な壁に立てかけられてある無数の絵が目に飛び込んできた。
214
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:07:52 ID:yBkR092c0
(`・ω・´)「……多分、ここに来たかったのですよね?」
(`・ω・´)「ここが、卒業制作のブースです」
ちらりと壁にあるいくつかの絵に素早く目を通す。。
絵の右下にあるプレートは、絵の著者の名前と所属学科。絵のタイトル。そして作者コメントらしき文章が書かれている。
そのどれもが、作者コメントが大部分を占めていた。
自分の手で生み出した作品の解説をしたい気持ちは、絵と音楽という違いはあれど、同じ表現者として私にも多少理解出来る。
絵を見ながら歩いていた途中、とある作品に目が留まる。
それは絵ではなく、木で出来たオブジェだった。
どうやら、ここには絵以外の芸術作品もまとめて展示されているらしい。
215
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:08:26 ID:yBkR092c0
だが、私がそのオブジェに目を止めたのは、その作品が気に入ったからとかそういった理由ではなかった。
作品のオブジェを支えている台座。その側面に貼られたプレートには、他の作品と同じように著者の名前は作品タイトルといった情報が羅列されている。
他の作品と違ったのは、その下。
プレートの下に、「奨励賞」と書かれた文字と、綺麗な花を模したオーナメントがつけられている。
(`・ω・´)「…あぁ。そんな感じで、大学が選んだ良い作品には何かしらの賞がつくんです」
私の静止に気付いた青年が親切な説明を加えてくれる。
「他にもほら」と彼が示した指の先には、確かに他の作品より目を引く絵やオブジェ、写真などがある。
その作品たちの前には、特に多くの人がたむろしていた。
216
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:08:53 ID:yBkR092c0
ふと、私の足がほんの一瞬だけ立ち竦んだ。
ここが卒業制作の作品が展示されている場所。
ミルナが最後に遺した絵が、ここのどこかにある。
それは分かっている。私の足が止まった理由はそんなんじゃない。
ミルナは、私との”最優秀賞を取る”という約束を守るために、文字通り身を削って作品を描いた。
彼の絵の魅力は私が一番よく知っている。
絵について何の知識もない素人の私が見ても、思わず息を忘れてしまうような魅力が彼の絵にはある。
けれど、もし、万が一、何の賞も取れていなかったら。
大学の人たちに見る目がなかったら。
彼が最後に遺した絵に、「価値がない」と判断されてしまっていたら。
そう思うと、途端に怖くなったのだ。
217
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:09:20 ID:yBkR092c0
(;`・ω・´)「ミセリさん…?」
青年が不思議そうにこちらを見る。
すると、彼の背後にある通路から、また見たことのある人物がこちらに歩いてくるのが見えた。
( ´W`)「…お。よかったよかった。やっと来たね、ミセリさん」
ミセ;゚―゚)リ「……白髭、先生」
ミルナの葬式以来の顔に、私は少し気遅れしてしまって頭を下げるのがワンテンポ遅れる。
あの日から家族とすら真面に話していなかったこともあって、どう挨拶したものか一瞬判断に迷ってしまった。
218
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:10:05 ID:yBkR092c0
(`・ω・´)「あとはお願いしてもいいですか、先生」
( ´W`)「あぁ、もう大丈夫。…よし、じゃあ行こうか、ミセリさん」
青年は私と白髭先生に深々と一礼をした後、入り口へと戻っていった。
その礼儀正しさに少しポカンとした後、先生は私に「こっちだよ」と声を掛けて歩き出す。
真直ぐに伸びた背筋を早足で追いかける。
ミセ;゚―゚)リ「あ、あの、私、見たいのがあって……」
( ´W`)「うん。だから、それはこっち」
( ´W`)「ちょっとイレギュラーがあってね。一番奥にあるんだ」
私の話を聞いてくれているのかいまいち判然としないまま、彼はピカピカに磨かれたローファーと共にどんどん奥へと進んでいく。
219
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:10:34 ID:yBkR092c0
こんなことをしている暇はない。この展示は確か午後五時まで。
私がこの大学に着いた時、既に午後四時を過ぎていた。
つまり、どう計算してもあと一時間もない。
他の絵や作品に僅かでも興味を示したのがよくなかった。
私はまた、優先順位を間違えた。
早く、早くしないと見れなくなる。今日を逃せばもうきっと、見ることは出来なくなってしまうのに。
ミルナが、最後に遺した絵が。
220
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:12:38 ID:yBkR092c0
( ´W`)「まぁ、どこの美大も基本的にそうだけど、うちの卒業制作の作品って、一般公開されるんだけどね」
どう話を切り出そうかと私が悩んでいるその最中。
目の前を歩いていた白髭先生は、講義でも始めるかのような落ち着いた声を発した。
( ´W`)「その中でも良い作品は大学が宣伝したり、学生の子たちが他の学校の子に教えたりして色んな所に広まるんだ」
( ´W`)「だから、話を聞きつけた近所の人が物見遊山に来ることもそんなに珍しくない」
( ´W`)「けれどねぇ…まさか、流石にこんなことになるとは思わなかったな」
先生の足がピタリと止まる。
彼の視線の先には、数多もの人たちが何かの作品に集まっていた。
221
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:13:00 ID:yBkR092c0
( ´W`)「アレだよ」
よく見れば、学生らしき人がずっと続いていた列の人を順番に呼んでいる。
どうやら棟の外まで出来ていた列は、あそこにあるらしい作品を見たい人たち用の列だったらしい。
だから何だ、という冷たい感情が浮かんだ。
申し訳ないが、私は人気な絵なんてものに興味はない。
私が見たいのは上手い絵でも、高い価値がついた絵でもない。
今の私にとっては、”モナリザ”ですら紙屑同然だ。
222
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:14:17 ID:yBkR092c0
ミセ; ー )リ「あの、だから私の見たい絵は、ミルナの……」
( ´W`)「すいません。少し退いていただけませんか」
細い体から、低く、それでいて広がる声が響いた。
絵の前に沢山いた人たちが一斉にこちらを振り返る。
その数秒後、その殆どの人たちが何かに気付いたような顔をした途端、蜘蛛の子を散らすようにサッとはけていった。
またこれだ。
この大学に来てからどいつもこいつも、私の顔を見た途端、急に驚いた顔をする。
なんとなく、昔のことを思い出す。
大学に通っていた時、自分がただ教室に入っただけで、知りもしない同級生たちが一斉に私の方を見る時の不快な感覚。
なんだか懐かしささえ覚える。
実家に戻って、ミルナと出会ってからは久しく忘れていた感覚だった。
223
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:15:05 ID:yBkR092c0
( ´W`)「……さ、存分に見てきなさい」
先生に軽く背中を押され、私はゆっくりと前に出る。
さっきまで人の背中や頭で全く見えなかった、どうやら相当に人気らしい絵。
どうしてこんな作品を見なければいけないのか。
私が見たい作品はもう決まっているのに。
それ以外、全くもってどうでもいいのに。
怒りすら混じった感情を抱えながら、私は奥へと進んでいく。
私の歩が進むたびに人が左右に避け、彼らの姿で全く見えなかった奥の作品の、その全貌が明らかになる。
その途端、私の内で蠢いていた全ての感情が消し飛んだ。
224
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:17:31 ID:yBkR092c0
目に飛び込んできたのは、一枚の”鏡”だった。
225
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:19:16 ID:yBkR092c0
ミセ;゚―゚)リ「……え…?」
瞬きで視界がリセットされ、私はすぐにその間違いに気が付く。
違う。鏡じゃない。あれは絵だ。
とても大きなキャンバスで描かれた、一枚の絵。
ここに至るまでの道中にあったどの絵よりも、作品よりも、大きな絵だ。
そこには”私”がいた。
絵の中心に描かれているのは、紛れもなく私だった。
226
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:20:05 ID:yBkR092c0
薄桃色の暖かな背景。
その全体、散らされるように描かれた、数えきれないほどの桜の花弁。
絵の手前には、観客の比喩のようにも受け取れるように描かれた、青いビオラ。
そして何より、強い既視感のある大きな桜の木を背景にして、楽器を持った私が立っている。
桜が舞う春の空の下、泣きたくなるくらいに綺麗な笑みを浮かべた私が、ヴィオラを弾いている。
そんな絵だった。
227
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:22:26 ID:yBkR092c0
一瞬なのか、百年なのか、どれくらいの時間が経過したのか。
絵に意識をもっていかれた私は、酸素不足一歩手前にまで陥るギリギリ、なんとか呼吸を思い出してはっとする。
まるで、深海に引きずり込まれたような、重力すら異なる全くの別世界に入り込んだような。
そんな、今まで経験したことのない感覚だった。
鏡と見紛うほどに、それでいて、私本人よりもずっと美しく、楽しそうに描かれた”私”。
こんな状況は知らない。全く身に覚えがない。
だって、私があの桜の木の下で、アイツの前でヴィオラを弾いたのは、満月が明るい夜だった。
今、目の前にある絵は違う。
あの絵に描かれている私は、月が輝く夜ではなく、日が煌めく昼に描かれている。
この約束は、未来は、状況は、なかったものだ。なくなってしまったものだ。
私が、私のせいで消えてしまった筈の未来。
それが、どうして今ここにあるのか。
228
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:22:55 ID:yBkR092c0
はっと、絵の右下に目をやった。
展示された絵の詳細についての情報が載っている、白のプレート。
その下に、『最優秀賞』と書かれた文字と共に、金色の華々しいオーナメントが飾られている。
だが、私にとってそんな飾りや文字はどうでもよかった。
足を震わせたままなんとか絵に近付き、プレートに書かれた文字を見る。
229
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:23:32 ID:yBkR092c0
『芸術学部 造形学科 洋画専攻 四年』。
作者名の欄に書かれている名前は、『河内ミルナ』。
タイトルは、 『ヴィオラ』。
230
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:24:42 ID:yBkR092c0
認識した情報に、息が詰まりそうになる。
ゆっくりと、視界がぼやけているように感じる。
震える手で、プレートに書かれた文字をゆっくりとなぞりながら、更にその横に目を移す。
作品の説明などが並ぶ筈の、作者自身のメッセージが書かれる筈の箇所。
そのスペースには。
他の絵のプレートとは違う。
一瞬、何も書かれていないと錯覚してしまうほどに、白い余白の目立つ箇所。
その、スペース、には。
231
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:27:07 ID:yBkR092c0
『 ミセリさんへ 大好きです 』
232
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:28:32 ID:yBkR092c0
ミセ* ー )リ「…………馬鹿、じゃない の」
急に、目に何か、違和感のようなものを感じた。
汚れかなにかが入ったのだろうか。すぐに取らなければ。
そう思い、鞄の中に手を入れる。
だが、いくら中を探っても、目当ての物は出てこない。
233
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:29:48 ID:yBkR092c0
ミセ* ー )リ「……………呼ぶ なら、直接 」
ミセ* ー )リ「ちょくせつ ちゃんと 呼び なさい、よ」
いつも肌身離さず身に着けている物なのに。大切にしている物なのに。
一体、どこにやってしまっただろう。
記憶を辿る。どこかに落としたのだろうか。どこかに置いてきたままなのだろうか。
そういえば、最後に使ったのは、一体いつだっただろうか。
ミセ* ー )リ「こ んな……こん な、形、で 」
234
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:30:25 ID:yBkR092c0
手の甲に、何か薄いものが感触が走った。
目当てのものかと思い、鞄から取り出し、視線を下げる。
だが、それは探していたものではなかった。
青いビオラが挟まった、綺麗な一枚の栞。
それを見て、私はやっと全てを理解した。
235
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:31:48 ID:yBkR092c0
ミセ* )リ「 なま え 、ねぇ、ミルナ ちょく、せつ―――」
どうして忘れていたんだろう。
そうだった。思い出した。
私が、子どもの頃に姉から貰って、ずっと大切にしていたハンカチは。
彼と二人で出かけた、あの涼やかな秋の日から。
ずっと。
236
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:32:20 ID:yBkR092c0
ミセ* Д )リ「 ねぇ………!!!」
ミルナに、貸したままだったんだ。
237
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:32:47 ID:yBkR092c0
――――もう、限界だった。
238
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:34:15 ID:yBkR092c0
ミセ*;Д;)リ「ああぁあああああっ!!!ひっ、あ、ああぁ ああ ぁ あああ…!!!」
ボロボロと、あの日の嵐のような涙が溢れた。
ミセ* Д )リ「ああぁあぁ…うあぁ、ひっ あぁ あぁぁ」
私は泣いた。
人前で、公衆の面前で、恥ずかし気もなく、子どもみたいに泣き喚いた。
天井を仰いで泣いた。
床に額をこすりつけて泣いた。
喉が文字通り引き裂かれるほどに、大声で、泣き続けた。
239
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:35:40 ID:yBkR092c0
あぁ、今更になって、やっと分かった。
ミセ*∩Д;)リ「ミル ナぁ…あぁ、あぁあ……ああぁぁ……!!」
私が、彼をどう思っていたのか。
どうして彼の姿を見ると、心がざわつくのか。
どうして彼の二言三言に、やけにイラついたり、嬉しくなったりしたのか。
本当に今更だ。
もう、なんの意味も、価値もない、あまりにも遅すぎる答え。
でも、やっと分かったんだ。もう遅いけど、みっともないけど。
これだけ時間がかかって、何もかも手遅れになって、年甲斐もなく大声で泣いて。
やっと、今更、分かったんだ。
240
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:36:07 ID:yBkR092c0
答えは、呆れるくらいに単純だった。
いや、本当はとっくに、心のどこかで分かっていた。
なのに私はずっと、気付かない振りをしていた。
私は。ずっと、ずっと前から。
彼のことが。絵描きが。河内ミルナのことが。
家族よりも、自分よりも、音楽よりも、ヴィオラよりも、何よりも。
241
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:37:07 ID:yBkR092c0
ミセ*^ワ^)リ ( ゚д゚ *)
私は、ミルナのことが好きだったのだ。
242
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:37:55 ID:yBkR092c0
彼の描く絵が好きだった。
絵を描く時の、彼の指先が好きだった。
私が無茶を言ったときの彼の困り顔が好きだった。
時々、眠そうにしながら掃除をしている彼の横顔が好きだった。
私のヴィオラを聴いている時の、彼の閉じた瞳が好きだった。
何もかもが、その全てが、彼が、ミルナが。
ただ、世界で一番、大好きだっただけなのだ。
243
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:39:07 ID:yBkR092c0
ミセ* Д )リ「―――ず、あぁ あ い るい……こんな …ズルい……!!!」
ミセ*;Д;)リ「ズルい、よ!!アンタ… !! ズルい、 ズルいズルいズルい!!!」
ミセ*つД;)リ「言え よぉ…!!!ちょく、せつ、なまえ だっ て やく、そく 」
ミセ* Д )リ「 ……呼ぶってっ…いっ あ、うぐっ…あぁぁ……」
ミセ*;Д;)リ「あぁああぁ……っ ひっ…あぁ、ああぁ……〜〜〜あぁああ…!!!」
言葉が声にならず、全てが水になって流れていく。
天国に届きっこない慟哭が、みっともなく溢れていく。
好きだった。本当に、心の底から大好きだった。
244
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:40:02 ID:yBkR092c0
本当はずっと期待してた。
病気が治ったら、ずっと貴方と一緒にいられると思ってた。
あの日、京都に帰ってきた時、「うちでずっと働かないか」って、本当は言うつもりだったんだ。
嘘じゃない。貴方に絶対、嘘はつかない。
本当だ。本当なんだ。
人として、友人として、女の子として、私は、君のことを大事に想ってたんだ。
245
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:41:14 ID:yBkR092c0
ミセ*;Д;)リ「ああぁあ…あぁ、 あぁぁ……!!!」
貴方と話すのが楽しかったんだ。
貴方の絵が、何より綺麗に見えたんだ。
貴方と仲直り出来た時、人生で一番ホッとしたんだ。
貴方が私の絵を描いてくれた時、人生で一番嬉しかったんだ。
貴方にひどいことを沢山言ったの、いつかちゃんと謝らなきゃって、本当はずっと思ってたんだ。
もう、何を言っても、思っても、ミルナには届かない。
今更気付いても、分かっても、理解しても、もう遅い。
だって、もう、彼はいない。
死んでしまったから。彼のことを何も知ろうとしなかった私が、追い詰めてしまったから。
246
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:42:12 ID:yBkR092c0
顔を上げて泣き続ける。
涙でぐちゃぐちゃになった視界の奥。
キャンバスの中心で、桜の木の下で、ヴィオラを弾く私。
あぁ、そうか。これも、そうなんだ。
この絵は私だ。こことは違う、どこかの世界の私だ。
訪れる筈だった未来で、約束を果たした私の、彼から見た姿だ。
ミルナは私のことをこんな風に見てたんだ。
ミルナは、私のことを、こんなに綺麗に見てくれてたんだ。
なのに、私は。
247
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:42:58 ID:yBkR092c0
泣き声がずっと反響する。
眼球に溜まった水が溢れて、ほんの一瞬だけ視界に光が戻る。
視線の先、楽しそうにヴィオラを弾く私が映る。
それが、また、あまりにも、綺麗すぎるものだから。
私はまた泣いた。
ずっと、ずっと、血液も心臓も、全部流れ出るくらいに泣き喚いた。
ずっと、ずっとずっとずっと。
失恋した少女みたいに、みっともなく、ただずっと泣き続けた。
248
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:43:33 ID:yBkR092c0
*
気が付くと、私はどこかのソファーに寝ころんでいた。
上体を起こし、キョロキョロと周りを見る。なんだか高校の職員室に似た、そんな部屋。
( ´W`)「―――起きたかい」
白髭先生がカップを片手に持ってこちらに近付いてきた。
差し出されたカップからは暖かな湯気が立ち上がり、爽やかなレモンの香りがした。
249
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:44:13 ID:yBkR092c0
ミセ* ー )リ「……ありがとう、ございます」
自分が発した声に自分で驚く。
老婆のような、ひどくしわがれた声。
渡されたレモンティーを飲むと、ピリッとした鋭い痛みが喉を走った。
ゆっくりと喉を潤しながら、私は先生から事の顛末を聞いた。
ミルナの絵が、最優秀賞を勝ち取ったこと。
それが口コミで広がり、高名な画家や金持ちの目に留まったことで、大学の予想を遥かに上回る人気が出てしまったこと。
そして、泣いていた私は結局、電池を抜かれた人形のように突然、泣き疲れて眠ってしまったこと。
250
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:44:49 ID:yBkR092c0
ミセ* ー )リ「………あの絵は」
( ´W`)「うん?」
ミセ* ー )リ「ミルナの絵は…『ヴィオラ』は、どうなるんですか」
私の質問に、先生は自前の白いひげに触れながら何か考える素振りを見せる。
少し言い辛そうにした彼は、私の無言の抗議に耐えかねたのか、ゆっくりと口を開いた。
251
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:45:42 ID:yBkR092c0
( ´W`)「…本来、卒業制作の作品というのは大学が端金で買い取るか、処分される」
( ´W`)「だが今回のミルナ君の絵は、例外中の例外だ。既に一介の美大生の作品に対してとは思えない値段の高額請求がいくつも大学に来ている」
( ´W`)「ただ、売却の許可を示す本人がもうこの世にいないし、絵の所有権の相続するような身内も彼にはいない」
( ´W`)「まぁおそらく、権利は大学に帰属したとみなされて、大学が誰に売るのかを決めて……」
ミセ* ー )リ「―――あなたが」
「もう充分だ」とでも言うかのように、私は先生の言葉を遮った。
それだけ聞ければ、もういい。
処分という言葉が出てきた時は肝を冷やしたが、それなら、私がしたいことは、まだ出来る。
ミセ* ー )リ「先生が、一旦、買い取ってくれませんか」
私の申し出に、先生は口をポカンと開けたまま黙り込む。
そんな姿も意に介さずに、私は止まらず話を続けた。
252
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:46:32 ID:yBkR092c0
ミセ* ー )リ「先生が買ってください。私がお金を貯めるまで、誰にも、あの絵を奪われないように」
ミセ* ー )リ「いつか…いつか、何年かかるか分からないけれど、いつか、十倍以上の値段で、私があの絵を買い取ります」
ミセ* ー )リ「だから、お願いできませんか」
「この通りです」と、大した中身も詰まっていない頭を下げる。
とんでもない。下手をすれば何かしらの法律に違反していそうな頼み事。
だが、私は正気だった。
正気のまま、本気で、その内容の突飛さを理解していながら口にした。
253
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:47:41 ID:yBkR092c0
ミセ* ー )リ「私は、恵まれてた。お金持ちの堂島家の娘として生まれて、お金に困ったことなんてない。買ってもらったヴァイオリンもヴィオラもピアノも、値段を気にしたことすらない」
ミセ* ー )リ「……だから、ミルナの気持ちは、最後の最期まで分からなかった」
金欠なんて、私はなったことがない。
だから、理解も共感も出来なかった。お金のために働いたミルナの気持ちが分からなくて、私は一度、彼に怒った。
けれど、それは違う。今なら分かる。
間違っていたのはそもそも、ミルナではなく、私だった。
私が、ミルナを理解しようとしなかったのだ。
254
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:48:52 ID:yBkR092c0
ミセ* ー )リ「私…何も知らないんです。ミルナのこと。今も、全く、全然」
ミセ* ー )リ「アイツの好きな食べ物も知らない。好きな映画も、本も、花も、曲も、故郷の景色も、なんにも」
ミセ*;―;)リ「アイツが病気だったことも、家族がもういないことも知らなかった」
ミセ*;―;)リ「……アイツは何度も、私のことを知ろうとしてくれてたのに」
口にして、その残酷さにようやく気が付く。
彼と過ごした一年と約10か月という、長い期間。
その間、私から彼に歩み寄ったことなど、ただの一度もなかったということに。
それでも、知りたいと思った。
とっくに終わってしまったけれど、そんなことをしたって彼は帰ってこないけれど。
自分の何を棄てても、河内ミルナという人間を、知りたいと思ったのだ。
255
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:49:21 ID:yBkR092c0
ミセ* ー )リ「でもせめて…せめて、あの絵は私のお金で、買いたい」
ミセ* ー )リ「私が自分で稼いだお金で、ミルナのことをちゃんと理解した上で、私が、あの絵の価値を決めたい」
頭を上げることなく、懸命に頼み込む。
今の私には何もない。音楽の技術だって、この二年でひどく落ちてしまった。
また昔のような演奏が出来るようになるまで、気の遠くなるような時間がかかるに違いない。
仮にまた上手くなれたとしても、私の演奏に価値が戻るかは分からない。
それでも。
256
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:49:51 ID:yBkR092c0
( ´W`)「……私が買うのはいい。元々、私も購入希望者の一人だ」
( ´W`)「けれど、今の時点でもう最高購入予定価格は、数百万を超えている。このままいけば一千万以上…君が家の力を借りずに買える金額にはとても収まりきらない」
ミセ* ー )リ「それでも、お願いします」
先生は、心からの親切心で言ってくれている。
当然だ。世間から見れば、実家の後ろ盾がない今の私など、ちょっとヴァイオリンやピアノが上手いだけの世間知らずの箱入り娘に過ぎない。
そんな小娘が、自分の力であの絵を買えるようになるなどと、大言壮語にも程がある。
それでも、私は頭を下げることをやめなかった。
257
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:50:52 ID:yBkR092c0
ミセ* ー )リ「――あの絵は、ミルナの人生なんです」
去年の夏、手術を受けると決めた私に、彼がはっきりと言った言葉を思い出す。
「人生全部で貴方を描く」。真直ぐに私の目を見ながら言ってくれた、告白よりも嬉しい言葉。
ミセ* ー )リ「アイツが…ミルナは、自分の人生全部を使って、私を描いてくれた」
ミセ* ー )リ「だから、私もそうしたいんです。私、アイツみたいになりたいんです」
ずっと考えていた。
もし、私がミルナに想いを伝えるなら、どうやって伝えるだろうかと。
258
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:51:34 ID:yBkR092c0
言葉はダメだ。そんなに語彙がある方ではないし、そもそも、言葉なんかじゃこの想いは語りきれない。
絵もダメだ。私にはミルナみたいに、綺麗な絵を描く技術はない。
自分が持っているカードを漁って、ダメなものを切り捨てていって。
最後に残ったカードが、それだった。
唯一、私が胸を張って、ミルナに捧げられるもの。
彼が、一番最初に褒めてくれたもの。
ミセ* ー )リ「ミルナが、人生全部で私を描いてくれたから」
だから、私は。
私も、ミルナみたいに。貴方みたいに。
259
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:52:13 ID:yBkR092c0
ミセ* ー )リ「私は」
ミセ*゚ー゚)リ「――私の人生全部で、彼を、弾きたい」
260
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:52:41 ID:yBkR092c0
これが、私の出した結論だった。
どれだけかかるか分からない。
もしかしたら文字通り、私がしわしわのお婆ちゃんになるまでヴィオラを弾いても、足りないかもしれない。
けれど、それでもよかった。いっそのこと、そうなって欲しいとまで思った。
私の人生そのものを、弦に、曲に、音楽にしたい。
彼のための音楽を、彼を主役にした曲を奏でたい。
私の全てを捧げてそれが出来た時、きっと私は、ミルナのことを理解できるだろうから。
261
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:53:07 ID:yBkR092c0
頭上から、小さな呟きが聞こえた。
私はゆっくりと顔を上げ、困ったように笑う先生の顔を見る。
分かっている。これは、なんの意味もないことだ。
成せたところで何も生まれない。昔の私が嫌悪していた、何の生産性もない行為。
けれど、それでもいいんだ。それでいいんだ。
意味はないだろうけど、価値はあるだろうから。
私は、好きな人みたいになりたいから。
あの絵みたいに綺麗なものを、私も生み出してみたいから。
262
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:54:07 ID:yBkR092c0
礼を言い、別れの言葉を告げて部屋を出る。
窓から見える景色はすっかりと黒へと変わっている。
外に出る。ざわざわと、春の夜風が草木を撫でる音がする。
上空には、いつかを思い出させるように、煌々と輝く満月が浮いている。
なんだか、懐かしい匂いがした。
263
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:54:47 ID:yBkR092c0
*
春の陽光煌めく空の下。
自然が数晩かけて敷いたピンクのカーペットの上を、私は転ばないように慎重に歩いていた。
何せ荷物が荷物だ。
台車を引きながら何も気にせず歩けるほどまで、この庭の道は流石に整備されていない。
長い時を過ごした筈の実家の庭。
けれど流石に五年以上も離れていれば記憶というのは薄まるもので、私は既視感と新鮮味という矛盾を抱えながら、庭の奥にある一本の木を目指した。
264
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:55:20 ID:yBkR092c0
昔から変わらない、私の身長なんかとはとても比べ物にならない大きさの、一本の桜の木。
三月の末を迎えたそれは、嘗て見た時と同じように、見事な満開の桜を携えている。
時折、暖かな陽気を含んだ春の風が枝葉を撫で、はらりと雨のような花弁を降らせる。
頭上を見上げれば、ちらほらと見える白い雲の隙間から、清々しいほどに青く澄み渡る空が見える。
晴れてよかった。そう思いながら、私は踊るような足取りで桜の木へと歩みを寄せた。
265
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:55:56 ID:yBkR092c0
荷物を粗方置き、桜の木の前に立つ。
そしてそのすぐ傍にある、大学を卒業した私が勝手に作った、木製の椅子に腰かけた。
国有数のホールに置いても、何ら違和感を生じさせないであろうコンサートチェア。
手すりやクッションまである本格的な観賞用の椅子は、本当は私のために作ったものじゃない。
この席は、とある人のために十年前から用意していた予約席だ。
だが、予定時刻まではまだ少し余裕がある。流石にここまで歩いてくるのは疲れた。
それに、先に約束を破ったのは向こうだ。
なら、ちょっとくらい私が占拠したってアイツは文句を言わないだろう。
266
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:56:58 ID:yBkR092c0
腰を落ち着けたまま、私は一冊の音楽雑誌を取り出した。
『ハロー・サン』という記者の名前が左下に小さく書かれているのを確認し、予め挟んであった栞の部分を開く。
『天才ヴィオラニストの世界ツアー、ウィーンでの公演にて無事終了』と書かれた見出しの見開きの部分。
そこに自分の名前が載っていることを確認しながら、冒頭から目を滑らせていく。
『ヴァイオリニストとしても』だの、『ザルツブルク公演でのコンマス』だの、随分と前のことまでよく取り上げたものだと感心しながら、私はじっと文章を読み進めていった。
あと数行、そう思ったところで、隣に置いていたスマホのアラームが鳴った。
せっかく昔から贔屓にしてくれている記者が書いてくれた記事なのだ。
最後まで読みたかったが、仕方がない。また後日に続きを読むとしよう。
好きな人から貰ったビオラの栞を丁寧に雑誌に挟み込み、本を閉じる。
折れたりしないよう丁寧に鞄に入れた私は、椅子から勢いよく立ち上がった。
267
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:57:43 ID:yBkR092c0
ミセ*゚ー゚)リ「――よしっ。じゃあ、やるか!」
腕まくりをし、公演の準備を始めていく。
物を片付け、邪魔な雑草を刈り、”堂島ミセリ”が演奏するに相応しいステージを順調に整えていく。
本当は使用人にも手伝ってもらおうかとも思ったが、まぁ、ここまで宣言通り一人で歩いてきたのだ。
自分が決めたことくらい、最後まで、自分の手で終わらせたい。
桜の大木から少し離れたところに椅子を置く。
そしてもう一つ。ここまで何とか持ってきた台車に積まれた、大きな長方形。
私の身長すら軽く超すそれを慎重に立て、後ろに支えを用意し、幾重にも刻まれた布を解いていく。
そして、誰も座っていない椅子のすぐ隣。
予め敷いてあったブルーシートの上に、汚れないよう慎重に置いた。
268
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:59:16 ID:yBkR092c0
ミセ*゚ー゚)リ「………うん」
ミセ*^ー^)リ「やっぱり、良い絵ね」
とある美大に通っていた学生が十年以上前に描き、その年の卒業制作の作品として展示された絵。
その絵には様々なコレクターや収集家が購入希望を出したものの、最終的に“2000万円”という耳を疑うような額で、とある大学教授に購入された。
その絵のタイトルは、『ヴィオラ』。
豊かな色使いで描かれた、春の陽気と暖かさ、それでいて、力強く華美な美しさ。
手前に描かれた青の花や、無数に舞い散る桜の花びらの描写もまた、全体の景観を損なうどころか、自然の新たな魅力を上手く表現している。
何より人々の目を惹いたのは、その中心に描かれている、ヴィオラを弾いている少女の姿。
四季の一つを閉じ込めたとすら評されるその魅力と、それを表現するために懸命に磨かれた技術。
そして、ただの美大生が描いたその絵に非常に高額な値段がついたことから、当時、大きな話題となった。
269
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 02:05:26 ID:yBkR092c0
だが、この絵が話題になったのはその一度だけじゃない。
もう一度だけ、この絵にスポットライトが当てられた時がある。
それも、つい最近のこと。
一ヶ月前、購入者が展示依頼すら断り続けて保管していた『ヴィオラ』は再び表舞台に現れ、テレビやネットニュースでも大きく取り上げられた。
どんな金持ちや外商に説得されても絵を手放さなかった大学教授が、日本に帰国したばかりのとある音楽家の女性に、二つ返事で『ヴィオラ』を売却したのだ。
購入した女性が『ヴィオラ』につけた値段は、なんと3億。
元の購入金額の15倍。人一人が一度の人生で稼ぐと言われている、生涯賃金と同等の値段。
その事実に、再び芸術界隈はざわついた。
270
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 02:06:43 ID:yBkR092c0
購入した女性は『ヴィオラ』を購入した理由を尋ねられた際、インタビューでこう答えた。
ミセ* ー )リ『なんで買ったのかも何も…そもそもこの絵は十年前に私が、好きな人から貰ったものなの』
ミセ* ー )リ『私はただ、私自身でこの絵に、分かりやすい価値をつけたかっただけ』
ミセ*^ー^)リ『――世界ツアーのギャラ、消し飛んじゃったわ』
なんて、笑いながら、なんでもないことのように答えたという。
271
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 02:08:10 ID:yBkR092c0
準備が終わり、改めて置いてある『ヴィオラ』と、空いている椅子を改めて見つめる。
絵の中には、まるで恋する乙女みたいな顔で、楽しそうに楽器を奏でている少女。
そして、椅子の上には、誰もいない。
ミセ*゚ー゚)リ「…ごめんね。随分と時間かかっちゃった」
誰も何も腰掛けていない椅子に、優しい声色で話しかける。
ミセ*゚ー゚)リ「……アンタがいない十年、長かったわ」
ミセ* ー )リ「それなりに色々あったけど…まぁ、そういう話はまた今度でもいっか」
ミセ*゚ー゚)リ「アンタが聴きたいのは、きっと、こっちでしょ?」
置いていたカーボンケースを開き、中に保管されていた楽器を取り出す。
「ヴィオラ」。3億もの値段が付いた絵と、同じ名前を持つ楽器。
どんな楽器よりも優しく、広く響く音を出してくれる、私の大好きな楽器だ。
272
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 02:09:25 ID:yBkR092c0
桜の木の下に立つ。
この日のために用意したドレスが、桜から漏れた陽光を白く反射している。
私の前には、誰も座っていない、コンサートホール用の椅子が一脚だけ。
観客も、伴奏も、指揮者すらもいない。
もういない誰かさんのためだけに捧げる、私の人生全部を籠めたソロ・コンサート。
273
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 02:09:53 ID:yBkR092c0
ヴィオラと弦を持ち、私はゆっくりとお辞儀をする。
日本だけでなく、海外公演でも数えきれないくらいにした、演奏開始前のお辞儀。
弦を構え、ヴィオラに当てる。
曲目は、初めて彼に会った時、気まぐれに弾いていた曲。
ブラームス 〈ヴィオラ・ソナタ〉 第二番。
目を瞑り、深呼吸をする。
誰もいない椅子に、一枚の花弁がひらひらと落ち、着陸したその瞬間。
花びらが地面に落ちるような速度で、私はゆっくりとヴィオラを弾いた。
274
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 02:11:26 ID:yBkR092c0
――私は結局、彼のことを何も理解できなかった。
何も言えなかった。何も伝えられなかった。
何も出来ないまま、彼は私の前からいなくなってしまった。
彼が私のことを、本当はどう想ってくれていたのか。
どういう意味で、『ヴィオラ』の解説欄に「大好きです」なんて書いてくれたのか。
彼は一体どんな気持ちで、あの『ヴィオラ』という絵を描いたのか。
彼はどんな心地で、私のヴィオラを聴いてくれていたのか。
本当のところは何も分からない。
こうして、長い年月をかけてみたけど、結局彼の気持ちは分からないまま。
私は、彼みたいには成れなかった。
275
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 02:12:23 ID:yBkR092c0
ずっと先の未来、もしも天国で君に遭えたら、どんな顔をして、何の話をしよう。
君がいなくなってから、そんなことばかりを考えてヴィオラを弾く十年だった。
君の好きな花が知りたい。
君のお気に入りの本が読みたい。
君が泣いた映画が観たい。
本当は、君が私のことをどう想ってたのか、知りたい。
そんな、叶う訳のない願いを抱いたまま。
貴方だけを胸に抱いたまま、この十年を生きてきた。
きっと、この生き方はこれからも変わらない。
私はこの先ずっと、もういない貴方を想いながら、とある絵と花に縋りながら息をするのだろう。
276
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 02:13:22 ID:yBkR092c0
振り返れば、ずっとそうだった。
彼は最初からずっと優しかった。
怒らないとか、逆らわないとか、そういうことじゃない。
私なんかに「優しい」と言える人で、自分の弱さや醜さにも、きちんと立ち向かえる人だった。
ずっと、私だけが貰うばかりだった。
ハンカチも、押し花の栞も、絵も、想いも、笑顔も。
何もかも、私はただ貰うばかりで、私が彼にあげられたものなんて何もない。
だけど。
277
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 02:15:05 ID:yBkR092c0
もう遅いけれど。今更だけれど。
もしもまだ、彼に、私の想いが届くとしたら。
きっと、歯の浮くような言葉よりも。
世界中で使い古されたような文章よりも。
こっちの方が、きっと君は、喜んでくれるだろうから。
ヴィオラを弾く。
誰もいないソロを慰めるように、暖かな風に乗った花びらが舞う。
うっすらと目を開く。
椅子の上には誰もいない。
もういない貴方への、きっと届かないラブソング。
278
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 02:16:30 ID:yBkR092c0
ミセ*;ー;)リ
最後の一音の響きが、止んだ。
目を閉じる。花びらに紛れて、一滴の雫がポトリと落ちる。
ヴィオラから弓を放す。
一歩進んで、誰もいない椅子に向かってゆっくりとお辞儀をする。
春風に吹かれて揺れる桜の木々が、拍手みたいな音を鳴らした。
279
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 02:19:07 ID:yBkR092c0
人生に名前をつけるとしても、”希望”って言葉は違うと思う。
この世に生を受けて早三十年と少し。
主観的に見れば十二分に長いと思えるその時間の半分を、私は”妥協”という非常に響きの悪い言葉で満たしてしまった。
逃げた学校。嫌な観客。告げられた病。毎日惰性で読む本。諦めた未来。すっかり埃の被った弓とヴィオラ。
全部を諦めた振りをして、当時の私は生きていた。
どれもこれも、昔の自分が思い描いていた理想にはまるで届かないほどに遠ざかった。
かと言って、全てを諦めるにはあまりにも死が近かった。
そんな中途半端な位置で、足掻くこともせずただ怖がっているだけの人生だった。
このひどく情けない生き方はきっとこれからも変わらない。
今日も、明日も、人生最後の日の私も、ずっとこの形容し難い燻りを抱えながら、全てに納得している振りをして息をするのだろう。
280
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 02:19:30 ID:yBkR092c0
――そう思っていた。
彼に出会うまでは。
281
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 02:21:42 ID:yBkR092c0
素敵な言葉と想いを貰った。
花の魅力を教えて貰った。
綺麗な青花の栞を貰った。
泣きそうになる程に、美しく描かれた絵を貰った。
彼と比べれば、私の人生はとても他人様に誇れるものじゃない。
好きな人に、ひどいことをたくさん言った。ひどいこともたくさんした。
そして、最後の最期まで私は、想いの一つすら伝えられなかった。
もっとヴィオラを弾いてあげればよかった。
もっとたくさん話をすればよかった。
もっと、彼の笑顔を見たかった。
詰まらない意地で、他でもない私自身のせいで、大好きな人を失った。
こんな後悔だらけの人生を称するのに、間違ったって”希望”なんて言葉は選べない。
282
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 02:23:00 ID:yBkR092c0
……それでも。
それでも、もし、そんな人生でも何か一つ、こんな私にも一つ、誇れるものがあるとするのなら。
私達の人生に名前を、タイトルをつけなきゃいけないとするのなら。
私達の人生が、一つの絵だとするのなら。
一つの音楽だとするのなら。
一つの物語だとするのなら。
そのタイトルは、そう、きっと―――。
283
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 02:25:15 ID:yBkR092c0
( ゚д゚ )絵描きとヴィオラのようですミセ*゚ー゚)リ
〜おしまい〜
284
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 02:26:23 ID:yBkR092c0
終わりです。
めちゃくちゃ遅刻しましたマジすいませんでした。
285
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 02:33:53 ID:yBkR092c0
青いビオラの花言葉
・純愛
286
:
名無しさん
:2024/05/01(水) 17:47:54 ID:FwJJSyz60
乙乙
夏の京都×お嬢様×絵描きなんて素敵…シチュ萌えだわと思っていたらうわあぁぁ!!
悲しいけれど、ラストの色合いが淡く綺麗でとても良かった。
町並みや卒展等の色んな説明が入っているのもお出かけ気分で楽しかった。
287
:
名無しさん
:2024/05/01(水) 21:48:40 ID:nxfZc3nw0
乙!!
288
:
名無しさん
:2024/05/03(金) 22:35:34 ID:NDvChG1A0
心を震わされた…
めっちゃ良かったです乙
289
:
名無しさん
:2024/05/06(月) 14:20:36 ID:uFBcu.Ag0
乙!
綺麗だったけど、どうしても二人で幸せになるルートはなかったんかなと思ってしまう…
290
:
名無しさん
:2024/05/07(火) 15:14:50 ID:8F/EXrik0
乙
綺麗なお話しでした。
ミルナとミセリには二人で幸せになって欲しかった……
291
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:04:57 ID:GwUyoSTg0
プチ番外編
『プリンと細君のようです』
292
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:06:57 ID:GwUyoSTg0
桜の一片にも思えるような白い影が一粒、頬を滑った。
全身を隈なく包む冷気よりも一際冷たい感覚に一瞬意識を奪われる。
数年前に妻から貰った手袋越しに頬を拭うと、右手の指先には微かだが小さな氷の結晶が付着していた。
雪だ。それもおそらく、初雪。
まだ十二月に入ったばかりなのに、という考えが浮かんだ自分に苦笑が浮かぶ。
自分が生まれ育った地域では十一月には雪が降って当たり前だったというのに。
こちらに移り住んで早十年、いつの間にか京の都という雅な土地に思考すら染め上げられてしまったらしい。
( ゚д゚ ;)(……しまった、まずい)
左手にのしかかる重さに、はっと意識を引き戻された。
初雪に気を取られている場合ではない。一秒でも早く家に戻らなくてはいけないのに。
手に持っている箱の中身が崩れないように注意を払いながらも懸命に早足で歩きなれた道を進んでいく。
駅から徒歩数分の場所を選んで購入した我が家である筈なのに、何故だか今は嫌に遠く感じた。
293
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:08:06 ID:GwUyoSTg0
時が経つにつれ段々と視界が白くなっていく。今年初の雪であるというのに初手から随分な大立ち回りだ。
普段なら愛しの我が子たちと共に外の一望を願うところだが、一秒でも早く家に着きたい今の状況ではそうも願えない。
最初に送った連絡が確か17時過ぎのもの。それが20時までもつれ、今の時刻は21時にさしかかろうとしている始末だ。一秒たりとも呆けている時間などないのに。
仕事が終わってすぐに飛び乗った電車は確か8時15分発だった。二十数年を共にしてきた自分の体内時計を信じるならば、今の時刻は間違いなく21時をとっくに過ぎているはず。
希望的観測を頼りに「20時までには家に着きそう」なんてメッセージを飛ばした自分に腹が立つ。
念のために電車内で訂正のメッセージを送ったが、既読こそ付いたものの、スタンプすら返ってこない。
嫌な予感が汗という具体的な形となって首筋を伝う。外は雪が降るほどの気温である筈なのにまるで真夏のような汗のかきようだ。
八年という経験則と、もうすぐ三十の大台に乗る直感が脳内で激しく警告音を鳴らしている。
怒っている。間違いなく。それも相当に。
294
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:09:12 ID:GwUyoSTg0
ようやく家の玄関前に着いた頃には、道路は所々白くなっていた。
外気温のせいで白く濁る息を整え、大きな音がたたないよう慎重に扉を開く。
( ゚д゚ ;)「…た、ただいまー……」
リビングにすら届かないであろう声量で、形ばかりの常套句を述べた。
いつもなら返ってくるはずの言葉や、舌足らずで元気な声は少しも聞こえない。
もう寝てしまったのだろうか。少し残念に思いながら革靴を脱ごうとした、その瞬間。
|-゚)リ「………えり」
Σ( ゚д゚ ;)「うわっ…!?」
リビングに繋がる廊下の向こうで、壁から顔の半分だけを覗かせている妻の姿があった。
( ゚д゚ ;)「た、ただいま……」
驚きで逸る心臓の鼓動を感じながら、改めて妻に声をかける。
妻はじっと恨めしそうに僕の顔を見た後、サッとリビングに消えていった。
295
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:11:00 ID:GwUyoSTg0
ネクタイを緩めながら洗面所でサッと手洗いうがいを済ませ、おずおずとリビングに入る。
二つあるうちの片方だけ白い灯りがついた部屋の中、妻は仏頂面で炬燵を兼ねた食卓前に座っていた。
炬燵の中に半身入っているとはいえ、その威圧感はまるで緩和されていない。
ミセ# ー )リ「……」
( ゚д゚ ;)「えっと……こ、子どもたちは…?」
ミセ# ー )リ「とっくに寝たわよ。20時までは頑張って起きてたけどね」
結婚する前を彷彿とさせるような冷たい声が暖かい筈の部屋内を一気に満たす。
外で降り始めた初雪などまるで比べ物にならない視線で射抜かれながらも、言い訳の一つも出てきそうになかった。
近日を振り返ってみれば当然だ。
残業に次ぐ残業で家事の一つも碌に出来ていない。いつも帰ってくるのは夜遅く、家を出るのは朝早い。子どもたちと真面に会話をしたのだってずっと前だ。
挙句の果てに、「早く帰れる」などとメッセージを送ったにもかかわらずこのザマである。情状酌量は見込めない。
296
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:14:33 ID:GwUyoSTg0
( ゚д゚ ;)「ご、ごめん。ギリギリで、手が離せない仕事が入っちゃって…」
ミセ#゚―゚)リ「連絡の一つくらいも送れないくらいに?」
ぐうの音も出ない言葉に何も発せず立っていると、氷のような視線が僕の左手へと移されるのが見えた。
今更すぎるとは思ったが、このまま黙って冷蔵庫に仕舞う訳にもいかない。
僕は下手に言葉を紡ぐことを諦め、炬燵を兼ねた食卓の上に紙袋を置いた。
ミセ#゚―゚)リ「……なに、それ」
( ゚д゚ ;)「そ、その…偶にはいいかなと思って…」
些細なことでは破れないだろう立派な紙質で出来た袋から取り出されたのは、数人分のスイーツであった。
表面が黄金色にキャラメリゼされたプリンに、二歳になった上の子でも食べられるビスケットの詰め合わせ。
お洒落なフランス語で店名が書かれた菓子たちをテーブルの上に並べていく。
妻と、上の子の好物だ。
297
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:16:10 ID:GwUyoSTg0
ミセ#゚―゚)リ「…こんなの買う余裕はあったんだ?」
( ゚д゚ ;)「い、いや!ちがっ…!」
弁解の旨を叫ぼうとした途端、隣の部屋で眠る二人の子どもたちを思い出し慌てて口を閉じた。
前に玄関を開ける音で下の子を起こしてしまった前科があるのだ。再び寝るまで必死に寝かしつけながら妻に睨まれたあの夜は、出来ればもう体験したくない。
( ゚д゚ ;)「…一度、17時には出られたんだ。それで、駅で色々買ってから帰ろうと思って」
( ゚д゚ ;)「でも、トラブルが起きて、電車に乗る前にまた戻らなきゃいけなくなって…」
( -д- ;)「……本当に、ごめん」
何を口にしたところで言い訳だ。仕事を理由にしたところで、家のことを全て彼女に任せっきりにしたことには変わりない。
何より、呼び戻された時点ですぐに連絡の一つでも送るべきだったのだ。細かな連絡を疎かにし、どれくらいの帰宅になるのかも正確に伝えなかった。
どう見たって弁論の余地はない。完全に非は僕にある。
298
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:17:02 ID:GwUyoSTg0
ミセ*゚―゚)リ「……」
ミセ*- -)リ「………座りなさい」
しばらく無言で話を聞いてくれていた彼女は、炬燵に入ったまま机をトントンと指で叩いた。
許してくれたのだろうか。少し怯えながらも、妻の対面にあたる位置にそっと足を入れようとした。
その瞬間。
ミセ# ー )リ「…馬鹿。こっち」
不満そうな表情には一切変化がないまま、妻はすぐ隣の机をトントンと改めて叩く。
子育てをしながらも現役でプロの演奏家を務めている彼女の指は、昔から変わらずしなやかだった。
299
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:18:27 ID:GwUyoSTg0
( ゚д゚ ;)「…え?」
ミセ# ー )リ「はやく」
動揺しつつ、ゆっくりと炬燵から足を出して彼女の隣に移動する。
将来、子どもたちが大きくなることを想定して買ったテーブルだ。大の大人が二人並んで入っていても、少々狭くは感じるが然程不便にはならない。
これで正しいのだろうか。そう不安になりながらも、妻の横に体を入れた。
ミセ*-o-)リ「…あー」
並んで炬燵に入ると、妻は何も文句を言わず、その小さな口をぱかっと開いた。
何をご所望なのかさっぱり分からないまま、じっと妻の顔を見る。
既に時刻は夜だ。お風呂だって済ませているだろうし、後は寝るだけといった状況の筈。
化粧だって落としきった後だろうに、昔とほとんど変わらないように見える容貌に思わず見惚れてしまう。
ミセ# ー )リ「………んっ!」
「本当に年をとっているのか」なんて呆けたことを考えていたのも刹那、妻は苛立ちを隠そうともしないまま前にあったプリンを手に取り、テーブルに音をたてて置き直した。
部屋に響く音にびくついた次の瞬間、プリンに付属していたプラスチックのスプーンもまた軽く机に叩きつけられる。
わざとらしい程に存在を強調されたプリンとスプーン。
わざわざすぐ隣まで移動させられた意味。
ミセ*-o-)リ
そして、再び口を開けて待機しているだけの妻。
300
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:19:02 ID:GwUyoSTg0
( ゚д゚ ;)「………」
「まさか」なんて言葉が思い浮かぶも、口にはせずに仕舞い込んだ。
出会った頃に比べれば彼女はずっと素直になったし、僕だって人としてある程度は成長した自負がある。今の彼女が自分に求めている行動について、確信に限りなく近いレベルで予想はついている。
だが、この年でまさか、こんなことを要求されるとは。
プリンの蓋を開け、スプーンで掬う。
零れないよう慎重に持ち上げ、妻の口へとゆっくり運ぶ。
すると、彼女はどこか満足そうに口を閉じ、嬉しそうにもぐもぐと咀嚼した。
しばらく味を楽しんだ後、再び彼女は目を閉じたまま口を開く。
どうやら、自分の予想はちゃんと合っていたらしい。
( ゚д゚ ;)「……あの…?」
ミセ*-〜-)リ「せっせと手だけ動かしなさい」
付き合いたてのカップルくらいしかしなさそうな行為に些か恥ずかしくなり、思わず声を発してしまう。
結婚する前だって、こんなテンプレート染みたことは碌にしなかった。
誰にも見られてないとはいえ、もう二児の父親となった身だ。流石に羞恥心というものがある。
301
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:20:09 ID:GwUyoSTg0
ミセ*-o-)リ「…寂しがってたわよ。二人とも」
プリンを掬おうした途端、背筋が伸びるような声が発された。
生まれてまだ一年にも満たない赤子と、もう二歳になり舌足らずながら言葉を話すようになるまで成長した上の子。
夜は家に帰るのが遅く朝は家を出るのが早い最近は、寝顔しか真面に見られていない。
ミセ*- -)リ「今日だって"おとしゃんが来るまで寝ない"、なんて言って」
( ゚д゚ )「……」
ミセ*-o-)リ「ほら、手は止めない。あーん」
( ゚д゚ ;)「え、あ、ごめん。あーん……」
妻の口へと懸命にプリンを運びながら、脳裏に浮かぶのは二人の子。
いや、今に限った話じゃない。仕事をしている時も、出勤中も帰宅中も、考えているのは家族三人のことばかりだ。
302
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:21:40 ID:GwUyoSTg0
恵まれている自覚はある。
興味のあった仕事は出来るし、少ないが絵の仕事も貰えている。何より自分の心臓なんかよりもずっと愛しい存在が三人も家で待ってくれている。
幸福だ。ゆったりと死を待ちながら筆を動かしていたあの日々とは比較にならないくらいに恵まれている。自惚れかもしれないが、そう思う。
なのに自分は今、それを毎日蔑ろにしている。
過去に一度は諦めたはずの幸福を手にできたのに、それを護る努力を怠っている。
仕事などという一単語が理由になり得るはずもないのに。
( -д- )「……ごめん」
ミセ*- -)リ「謝るなら私じゃなくて子どもたち。勘違いしてるなら言うけど、二人とも寂しがってるんだからね」
ミセ*゚ー゚)リ「昔から変に自虐的な考えするでしょアンタ。父親として、するべき自惚れはしなさいよ」
心を見透かされたのかと思い、一瞬スプーンを落としそうになる。
慌てて両手で持ち直し妻の方を見るも、口をむぐむぐと動かす彼女の目は閉じたまま。
まぁ、目を開いているかどうかなんて本当に関係がないのだろう。僕のことについてなら、僕自身より彼女の方がずっと詳らかに見てくれているのだから。
303
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:24:11 ID:GwUyoSTg0
ミセ*゚ー゚)リ「昔、もう嘘つかないって約束したでしょ。そのつもりがなかったとしても、結果的に嘘になることだって許さないんだから」
ミセ*゚ー゚)リ「今後は遅くなりそうならもっと、こまめに連絡するように!」
( ゚д゚ )「…気を付けます」
悪戯っぽく笑う妻の表情を見て、ふと、昔のことを思い出した。
付き合うよりも更に昔。一介の絵描きと、病弱なヴィオラ弾きのお嬢様の話。
夏の終わり頃、車椅子に乗っていた彼女と交わした約束の一つ。
結婚した今でも、あの時の約束は全て有効なままであった。
ミセ*-o-)リ「よろしい。じゃ、あーん」
( ゚д゚ ;)「あ、これは続けるんだ…」
てっきり腰を据えて話をするきっかけ作りだと思ったのだが、甘い物は別らしい。
チビチビと少しずつあげていた筈なのだが、プリンの体積は既に5分の1もなくなっていた。
まぁ結構良さげな店で買ったし、そもそもそんなに大きなプリンでもなかったから当然といえば当然か。
304
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:25:32 ID:GwUyoSTg0
ミセ* ー )リ「……もういっこ、念のために言うんだけど」
( ゚д゚ )「ん?」
ミセ* ー )リ「…分かってるとは思ってるけど、一応、その……」
口のすぐ前までプリンを運んだが、妻は食べようとせずに俯いたまま。
何だろうかと手を少し引っ込め、彼女の言葉に耳を傾ける。
最近はこんな風に二人でゆっくり話すこともなかった。今回は良い機会だろう。そう思い、黙ったまま二の句を待つ。すると、少し躊躇いがちに妻はゆっくりと口を開いた。
ミセ* ー )リ「――寂しがってるのは子どもたちだけだなんて、思わないで、よね」
305
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:27:17 ID:GwUyoSTg0
コトンと、小さな音が鳴った。
テーブルに力なくスプーンと、一口サイズのプリンが転がる。
すぐに拭くための手も動かないまま、僕はじっと妻の顔を見つめていた。
ミセ;*゚ー゚)リ「ちょ、ちょっと、零さないでよ」
( ゚д゚ ;)「ご、ごめん…今日、一番、ビックリしたから」
端にあったウェットティッシュを手に取り、慌ててテーブルの上を拭く。
既にプリンの容器の中は、僅かに残されたカラメルが揺れるだけであった。
ミセ*゚ー゚)リ「カラメル…勿体ないし、捨てるのもアレだし、飲んじゃうわ」
( ゚д゚ ;)「えっ、これも?」
ミセ*-o-)リ「炬燵から手出すと寒いのよ。ほら、はーやーく」
一瞬だけ見せてくれた恥じらう様子から一転、妻の顔がすっかり見慣れた平常のものへと変わる。
手を炬燵から出さないまま口だけを開き、ねだる様は子猫や雛の類だ。
306
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:28:41 ID:GwUyoSTg0
……ふと、小さな悪戯心が芽生えた。
思い返せば、二人目が生まれてからは特にそういうこともしていない。
それについさっき、やたらと可愛らしい言動で心を惑わされたばかりだ。
父としてはいくらでも情けなくなる覚悟はあるが、妻と一対一の夫としてはこのままというのも少し悔しい。
( д )「…もうちょっと口閉じてて、零れちゃうから」
妻の口が更に小さくなったことを確認して、プリンの容器を手に取った。
そして彼女の口に近付けることなく、音を立てずにかつ迅速に、中に入っているカラメルを自分の口へと流し込む。
容器を置き、絹のような手触りの髪と頬をさらりと撫でつつ首の後ろに手を回す。
何か違和感を覚えたのだろう。妻の目がうっすらと開かれそうになった、その瞬間。
被せるように、唇を重ねた。
307
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:29:49 ID:GwUyoSTg0
ミセ;* - )リ「――っ!?」
途端に慌てふためく妻。だがお構いなしに、彼女の口内へと甘ったるいカラメルをゆっくりと流し込む。
溢れないように舌を絡めながら、自分から逃げられないようにしっかりと彼女の華奢な体を抱きしめたまま。飲み込みやすいよう、少しだけ自分の方が上になるように傾けつつ。
最初の方だけ聞こえた小さな呻き声も、瞬く間にささやかな水遊びみたいな音に変わる。
妻の後頭部に回していた右手を移動させ、喉の部分にそっと押し当てる。カラメルが彼女の喉を通るたび、握ればたちまち折れてしまいそうな細く白い首がびくびくと跳ねるのが分かる。
繋がっていたのは果たして数秒か、数十秒か。互いの口内に何もなくなったことを舌で確認した後、ゆっくりと妻の唇から口を離した。
ミセ;* Д )リ「――っ、は、はぁっ…」
水面から浮き上がったかのように呼吸が荒くなっている。
お風呂上りみたいな紅潮した頬と、少しの潤いを携えたとろんとしている瞳。
ちょっとした仕返し程度のつもりだったのだが、どうやら効果は十二分にあったようだ。
308
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:31:24 ID:GwUyoSTg0
( ゚д゚ )「……僕も一応、念のために言うんだけど」
彼女の背中に回した左腕から力は抜かないまま、しっかりと目を見て口を開く。
ずっと昔、とある女性をメインに描いた絵に、作家コメントとして書いた言葉。
その後、付き合う時も、プロポーズした時も、決まって必ず口にした言葉。
( ゚д゚ )「――大好きです、ミセリさん」
口にしたことは人生でもほんの数回。にもかかわらず、不思議と口馴染みのあるフレーズ。
そう簡単に口にすべきではないと分かっていても、何度だって伝えたくなる、心臓が痛くなる言葉。
ミセ;*゚ー゚)リ「……!」
妻の目が一瞬だけ大きく見開かれる。
その後、どこか泣きそうな顔をしたかと思えば、ぽすんと僕の胸に彼女の額が乗せられる。
ミセ;* ー )リ「……私も」
ミセ;* ー )リ「ちゃんと、大好きだからね。ミルナの、こと」
顔は上げられないまま、心臓に直接言葉が届けられるみたいな声が響く。
下を向く。初心な少女みたいにゆっくりと顔を上げた妻と視線が重なり、どちらからともなく笑い合う。
309
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:32:06 ID:GwUyoSTg0
明日は別に休日じゃない。
次の朝だってきっと我が子たちの寝顔に後ろ髪を引かれながら家を出て、仕事に追われて、子どもたちが寝静まった夜中にやっと帰ってくるに違いない。
絵の仕事だってあるから、次に家族との時間をちゃんと取れるのはもっと先になるだろう。
それでも。
家に帰ってくれば、妻がいるなら。子たちがいるなら。
どれだけ仕事が辛くても。忙しくても。休みがなくても。
明日も頑張れそうだと、そう思った。
〜おしまい〜
310
:
名無しさん
:2024/12/21(土) 21:37:03 ID:Ut5tbChI0
イチャつく二人が見れて嬉しい反面なぜ本編の二人にこの幸せを与えなかったのかという作者への憎悪が募る
311
:
名無しさん
:2024/12/26(木) 12:32:01 ID:kZgPeFIA0
やっときてて嬉しい乙乙
クリスマスに読んでたら即死してた 甘すぎる
312
:
名無しさん
:2024/12/27(金) 23:55:50 ID:rlhj7NDc0
乙乙
こたつある家良いな
>ミセ#゚―゚)リ「連絡の一つくらいも送れないくらいに?」
ここリアルだ…
313
:
名無しさん
:2024/12/28(土) 11:46:17 ID:85gQAMmU0
子どもが寝静まってからイチャつく夫婦かわいい
短くない?もっと書いてくれてもいいのよ
314
:
名無しさん
:2024/12/28(土) 23:58:01 ID:VXjBPzuA0
乙乙!連絡よこさない夫にキレる妻の描写リアルで好き
ところでこのいちゃラブ夫婦になるまでの経緯を描いた番外編はいつ?
315
:
名無しさん
:2025/05/01(木) 23:51:06 ID:IUAn214Q0
1周年おめ
誰がなんといおうとあなたの作品好きだよ
316
:
名無しさん
:2025/06/11(水) 09:32:49 ID:HHjpCKR20
乙乙
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板