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( ゚д゚ )絵描きとヴィオラのようですミセ*゚ー゚)リ
1
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/04/29(月) 00:23:38 ID:fCDwqofo0
オレンジデー祭参加作品です。
267
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:57:43 ID:yBkR092c0
ミセ*゚ー゚)リ「――よしっ。じゃあ、やるか!」
腕まくりをし、公演の準備を始めていく。
物を片付け、邪魔な雑草を刈り、”堂島ミセリ”が演奏するに相応しいステージを順調に整えていく。
本当は使用人にも手伝ってもらおうかとも思ったが、まぁ、ここまで宣言通り一人で歩いてきたのだ。
自分が決めたことくらい、最後まで、自分の手で終わらせたい。
桜の大木から少し離れたところに椅子を置く。
そしてもう一つ。ここまで何とか持ってきた台車に積まれた、大きな長方形。
私の身長すら軽く超すそれを慎重に立て、後ろに支えを用意し、幾重にも刻まれた布を解いていく。
そして、誰も座っていない椅子のすぐ隣。
予め敷いてあったブルーシートの上に、汚れないよう慎重に置いた。
268
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 01:59:16 ID:yBkR092c0
ミセ*゚ー゚)リ「………うん」
ミセ*^ー^)リ「やっぱり、良い絵ね」
とある美大に通っていた学生が十年以上前に描き、その年の卒業制作の作品として展示された絵。
その絵には様々なコレクターや収集家が購入希望を出したものの、最終的に“2000万円”という耳を疑うような額で、とある大学教授に購入された。
その絵のタイトルは、『ヴィオラ』。
豊かな色使いで描かれた、春の陽気と暖かさ、それでいて、力強く華美な美しさ。
手前に描かれた青の花や、無数に舞い散る桜の花びらの描写もまた、全体の景観を損なうどころか、自然の新たな魅力を上手く表現している。
何より人々の目を惹いたのは、その中心に描かれている、ヴィオラを弾いている少女の姿。
四季の一つを閉じ込めたとすら評されるその魅力と、それを表現するために懸命に磨かれた技術。
そして、ただの美大生が描いたその絵に非常に高額な値段がついたことから、当時、大きな話題となった。
269
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 02:05:26 ID:yBkR092c0
だが、この絵が話題になったのはその一度だけじゃない。
もう一度だけ、この絵にスポットライトが当てられた時がある。
それも、つい最近のこと。
一ヶ月前、購入者が展示依頼すら断り続けて保管していた『ヴィオラ』は再び表舞台に現れ、テレビやネットニュースでも大きく取り上げられた。
どんな金持ちや外商に説得されても絵を手放さなかった大学教授が、日本に帰国したばかりのとある音楽家の女性に、二つ返事で『ヴィオラ』を売却したのだ。
購入した女性が『ヴィオラ』につけた値段は、なんと3億。
元の購入金額の15倍。人一人が一度の人生で稼ぐと言われている、生涯賃金と同等の値段。
その事実に、再び芸術界隈はざわついた。
270
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 02:06:43 ID:yBkR092c0
購入した女性は『ヴィオラ』を購入した理由を尋ねられた際、インタビューでこう答えた。
ミセ* ー )リ『なんで買ったのかも何も…そもそもこの絵は十年前に私が、好きな人から貰ったものなの』
ミセ* ー )リ『私はただ、私自身でこの絵に、分かりやすい価値をつけたかっただけ』
ミセ*^ー^)リ『――世界ツアーのギャラ、消し飛んじゃったわ』
なんて、笑いながら、なんでもないことのように答えたという。
271
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 02:08:10 ID:yBkR092c0
準備が終わり、改めて置いてある『ヴィオラ』と、空いている椅子を改めて見つめる。
絵の中には、まるで恋する乙女みたいな顔で、楽しそうに楽器を奏でている少女。
そして、椅子の上には、誰もいない。
ミセ*゚ー゚)リ「…ごめんね。随分と時間かかっちゃった」
誰も何も腰掛けていない椅子に、優しい声色で話しかける。
ミセ*゚ー゚)リ「……アンタがいない十年、長かったわ」
ミセ* ー )リ「それなりに色々あったけど…まぁ、そういう話はまた今度でもいっか」
ミセ*゚ー゚)リ「アンタが聴きたいのは、きっと、こっちでしょ?」
置いていたカーボンケースを開き、中に保管されていた楽器を取り出す。
「ヴィオラ」。3億もの値段が付いた絵と、同じ名前を持つ楽器。
どんな楽器よりも優しく、広く響く音を出してくれる、私の大好きな楽器だ。
272
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 02:09:25 ID:yBkR092c0
桜の木の下に立つ。
この日のために用意したドレスが、桜から漏れた陽光を白く反射している。
私の前には、誰も座っていない、コンサートホール用の椅子が一脚だけ。
観客も、伴奏も、指揮者すらもいない。
もういない誰かさんのためだけに捧げる、私の人生全部を籠めたソロ・コンサート。
273
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 02:09:53 ID:yBkR092c0
ヴィオラと弦を持ち、私はゆっくりとお辞儀をする。
日本だけでなく、海外公演でも数えきれないくらいにした、演奏開始前のお辞儀。
弦を構え、ヴィオラに当てる。
曲目は、初めて彼に会った時、気まぐれに弾いていた曲。
ブラームス 〈ヴィオラ・ソナタ〉 第二番。
目を瞑り、深呼吸をする。
誰もいない椅子に、一枚の花弁がひらひらと落ち、着陸したその瞬間。
花びらが地面に落ちるような速度で、私はゆっくりとヴィオラを弾いた。
274
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 02:11:26 ID:yBkR092c0
――私は結局、彼のことを何も理解できなかった。
何も言えなかった。何も伝えられなかった。
何も出来ないまま、彼は私の前からいなくなってしまった。
彼が私のことを、本当はどう想ってくれていたのか。
どういう意味で、『ヴィオラ』の解説欄に「大好きです」なんて書いてくれたのか。
彼は一体どんな気持ちで、あの『ヴィオラ』という絵を描いたのか。
彼はどんな心地で、私のヴィオラを聴いてくれていたのか。
本当のところは何も分からない。
こうして、長い年月をかけてみたけど、結局彼の気持ちは分からないまま。
私は、彼みたいには成れなかった。
275
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 02:12:23 ID:yBkR092c0
ずっと先の未来、もしも天国で君に遭えたら、どんな顔をして、何の話をしよう。
君がいなくなってから、そんなことばかりを考えてヴィオラを弾く十年だった。
君の好きな花が知りたい。
君のお気に入りの本が読みたい。
君が泣いた映画が観たい。
本当は、君が私のことをどう想ってたのか、知りたい。
そんな、叶う訳のない願いを抱いたまま。
貴方だけを胸に抱いたまま、この十年を生きてきた。
きっと、この生き方はこれからも変わらない。
私はこの先ずっと、もういない貴方を想いながら、とある絵と花に縋りながら息をするのだろう。
276
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 02:13:22 ID:yBkR092c0
振り返れば、ずっとそうだった。
彼は最初からずっと優しかった。
怒らないとか、逆らわないとか、そういうことじゃない。
私なんかに「優しい」と言える人で、自分の弱さや醜さにも、きちんと立ち向かえる人だった。
ずっと、私だけが貰うばかりだった。
ハンカチも、押し花の栞も、絵も、想いも、笑顔も。
何もかも、私はただ貰うばかりで、私が彼にあげられたものなんて何もない。
だけど。
277
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 02:15:05 ID:yBkR092c0
もう遅いけれど。今更だけれど。
もしもまだ、彼に、私の想いが届くとしたら。
きっと、歯の浮くような言葉よりも。
世界中で使い古されたような文章よりも。
こっちの方が、きっと君は、喜んでくれるだろうから。
ヴィオラを弾く。
誰もいないソロを慰めるように、暖かな風に乗った花びらが舞う。
うっすらと目を開く。
椅子の上には誰もいない。
もういない貴方への、きっと届かないラブソング。
278
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 02:16:30 ID:yBkR092c0
ミセ*;ー;)リ
最後の一音の響きが、止んだ。
目を閉じる。花びらに紛れて、一滴の雫がポトリと落ちる。
ヴィオラから弓を放す。
一歩進んで、誰もいない椅子に向かってゆっくりとお辞儀をする。
春風に吹かれて揺れる桜の木々が、拍手みたいな音を鳴らした。
279
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 02:19:07 ID:yBkR092c0
人生に名前をつけるとしても、”希望”って言葉は違うと思う。
この世に生を受けて早三十年と少し。
主観的に見れば十二分に長いと思えるその時間の半分を、私は”妥協”という非常に響きの悪い言葉で満たしてしまった。
逃げた学校。嫌な観客。告げられた病。毎日惰性で読む本。諦めた未来。すっかり埃の被った弓とヴィオラ。
全部を諦めた振りをして、当時の私は生きていた。
どれもこれも、昔の自分が思い描いていた理想にはまるで届かないほどに遠ざかった。
かと言って、全てを諦めるにはあまりにも死が近かった。
そんな中途半端な位置で、足掻くこともせずただ怖がっているだけの人生だった。
このひどく情けない生き方はきっとこれからも変わらない。
今日も、明日も、人生最後の日の私も、ずっとこの形容し難い燻りを抱えながら、全てに納得している振りをして息をするのだろう。
280
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 02:19:30 ID:yBkR092c0
――そう思っていた。
彼に出会うまでは。
281
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 02:21:42 ID:yBkR092c0
素敵な言葉と想いを貰った。
花の魅力を教えて貰った。
綺麗な青花の栞を貰った。
泣きそうになる程に、美しく描かれた絵を貰った。
彼と比べれば、私の人生はとても他人様に誇れるものじゃない。
好きな人に、ひどいことをたくさん言った。ひどいこともたくさんした。
そして、最後の最期まで私は、想いの一つすら伝えられなかった。
もっとヴィオラを弾いてあげればよかった。
もっとたくさん話をすればよかった。
もっと、彼の笑顔を見たかった。
詰まらない意地で、他でもない私自身のせいで、大好きな人を失った。
こんな後悔だらけの人生を称するのに、間違ったって”希望”なんて言葉は選べない。
282
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 02:23:00 ID:yBkR092c0
……それでも。
それでも、もし、そんな人生でも何か一つ、こんな私にも一つ、誇れるものがあるとするのなら。
私達の人生に名前を、タイトルをつけなきゃいけないとするのなら。
私達の人生が、一つの絵だとするのなら。
一つの音楽だとするのなら。
一つの物語だとするのなら。
そのタイトルは、そう、きっと―――。
283
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 02:25:15 ID:yBkR092c0
( ゚д゚ )絵描きとヴィオラのようですミセ*゚ー゚)リ
〜おしまい〜
284
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 02:26:23 ID:yBkR092c0
終わりです。
めちゃくちゃ遅刻しましたマジすいませんでした。
285
:
◆gMoTB8ciTo
:2024/05/01(水) 02:33:53 ID:yBkR092c0
青いビオラの花言葉
・純愛
286
:
名無しさん
:2024/05/01(水) 17:47:54 ID:FwJJSyz60
乙乙
夏の京都×お嬢様×絵描きなんて素敵…シチュ萌えだわと思っていたらうわあぁぁ!!
悲しいけれど、ラストの色合いが淡く綺麗でとても良かった。
町並みや卒展等の色んな説明が入っているのもお出かけ気分で楽しかった。
287
:
名無しさん
:2024/05/01(水) 21:48:40 ID:nxfZc3nw0
乙!!
288
:
名無しさん
:2024/05/03(金) 22:35:34 ID:NDvChG1A0
心を震わされた…
めっちゃ良かったです乙
289
:
名無しさん
:2024/05/06(月) 14:20:36 ID:uFBcu.Ag0
乙!
綺麗だったけど、どうしても二人で幸せになるルートはなかったんかなと思ってしまう…
290
:
名無しさん
:2024/05/07(火) 15:14:50 ID:8F/EXrik0
乙
綺麗なお話しでした。
ミルナとミセリには二人で幸せになって欲しかった……
291
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:04:57 ID:GwUyoSTg0
プチ番外編
『プリンと細君のようです』
292
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:06:57 ID:GwUyoSTg0
桜の一片にも思えるような白い影が一粒、頬を滑った。
全身を隈なく包む冷気よりも一際冷たい感覚に一瞬意識を奪われる。
数年前に妻から貰った手袋越しに頬を拭うと、右手の指先には微かだが小さな氷の結晶が付着していた。
雪だ。それもおそらく、初雪。
まだ十二月に入ったばかりなのに、という考えが浮かんだ自分に苦笑が浮かぶ。
自分が生まれ育った地域では十一月には雪が降って当たり前だったというのに。
こちらに移り住んで早十年、いつの間にか京の都という雅な土地に思考すら染め上げられてしまったらしい。
( ゚д゚ ;)(……しまった、まずい)
左手にのしかかる重さに、はっと意識を引き戻された。
初雪に気を取られている場合ではない。一秒でも早く家に戻らなくてはいけないのに。
手に持っている箱の中身が崩れないように注意を払いながらも懸命に早足で歩きなれた道を進んでいく。
駅から徒歩数分の場所を選んで購入した我が家である筈なのに、何故だか今は嫌に遠く感じた。
293
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:08:06 ID:GwUyoSTg0
時が経つにつれ段々と視界が白くなっていく。今年初の雪であるというのに初手から随分な大立ち回りだ。
普段なら愛しの我が子たちと共に外の一望を願うところだが、一秒でも早く家に着きたい今の状況ではそうも願えない。
最初に送った連絡が確か17時過ぎのもの。それが20時までもつれ、今の時刻は21時にさしかかろうとしている始末だ。一秒たりとも呆けている時間などないのに。
仕事が終わってすぐに飛び乗った電車は確か8時15分発だった。二十数年を共にしてきた自分の体内時計を信じるならば、今の時刻は間違いなく21時をとっくに過ぎているはず。
希望的観測を頼りに「20時までには家に着きそう」なんてメッセージを飛ばした自分に腹が立つ。
念のために電車内で訂正のメッセージを送ったが、既読こそ付いたものの、スタンプすら返ってこない。
嫌な予感が汗という具体的な形となって首筋を伝う。外は雪が降るほどの気温である筈なのにまるで真夏のような汗のかきようだ。
八年という経験則と、もうすぐ三十の大台に乗る直感が脳内で激しく警告音を鳴らしている。
怒っている。間違いなく。それも相当に。
294
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:09:12 ID:GwUyoSTg0
ようやく家の玄関前に着いた頃には、道路は所々白くなっていた。
外気温のせいで白く濁る息を整え、大きな音がたたないよう慎重に扉を開く。
( ゚д゚ ;)「…た、ただいまー……」
リビングにすら届かないであろう声量で、形ばかりの常套句を述べた。
いつもなら返ってくるはずの言葉や、舌足らずで元気な声は少しも聞こえない。
もう寝てしまったのだろうか。少し残念に思いながら革靴を脱ごうとした、その瞬間。
|-゚)リ「………えり」
Σ( ゚д゚ ;)「うわっ…!?」
リビングに繋がる廊下の向こうで、壁から顔の半分だけを覗かせている妻の姿があった。
( ゚д゚ ;)「た、ただいま……」
驚きで逸る心臓の鼓動を感じながら、改めて妻に声をかける。
妻はじっと恨めしそうに僕の顔を見た後、サッとリビングに消えていった。
295
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:11:00 ID:GwUyoSTg0
ネクタイを緩めながら洗面所でサッと手洗いうがいを済ませ、おずおずとリビングに入る。
二つあるうちの片方だけ白い灯りがついた部屋の中、妻は仏頂面で炬燵を兼ねた食卓前に座っていた。
炬燵の中に半身入っているとはいえ、その威圧感はまるで緩和されていない。
ミセ# ー )リ「……」
( ゚д゚ ;)「えっと……こ、子どもたちは…?」
ミセ# ー )リ「とっくに寝たわよ。20時までは頑張って起きてたけどね」
結婚する前を彷彿とさせるような冷たい声が暖かい筈の部屋内を一気に満たす。
外で降り始めた初雪などまるで比べ物にならない視線で射抜かれながらも、言い訳の一つも出てきそうになかった。
近日を振り返ってみれば当然だ。
残業に次ぐ残業で家事の一つも碌に出来ていない。いつも帰ってくるのは夜遅く、家を出るのは朝早い。子どもたちと真面に会話をしたのだってずっと前だ。
挙句の果てに、「早く帰れる」などとメッセージを送ったにもかかわらずこのザマである。情状酌量は見込めない。
296
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:14:33 ID:GwUyoSTg0
( ゚д゚ ;)「ご、ごめん。ギリギリで、手が離せない仕事が入っちゃって…」
ミセ#゚―゚)リ「連絡の一つくらいも送れないくらいに?」
ぐうの音も出ない言葉に何も発せず立っていると、氷のような視線が僕の左手へと移されるのが見えた。
今更すぎるとは思ったが、このまま黙って冷蔵庫に仕舞う訳にもいかない。
僕は下手に言葉を紡ぐことを諦め、炬燵を兼ねた食卓の上に紙袋を置いた。
ミセ#゚―゚)リ「……なに、それ」
( ゚д゚ ;)「そ、その…偶にはいいかなと思って…」
些細なことでは破れないだろう立派な紙質で出来た袋から取り出されたのは、数人分のスイーツであった。
表面が黄金色にキャラメリゼされたプリンに、二歳になった上の子でも食べられるビスケットの詰め合わせ。
お洒落なフランス語で店名が書かれた菓子たちをテーブルの上に並べていく。
妻と、上の子の好物だ。
297
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:16:10 ID:GwUyoSTg0
ミセ#゚―゚)リ「…こんなの買う余裕はあったんだ?」
( ゚д゚ ;)「い、いや!ちがっ…!」
弁解の旨を叫ぼうとした途端、隣の部屋で眠る二人の子どもたちを思い出し慌てて口を閉じた。
前に玄関を開ける音で下の子を起こしてしまった前科があるのだ。再び寝るまで必死に寝かしつけながら妻に睨まれたあの夜は、出来ればもう体験したくない。
( ゚д゚ ;)「…一度、17時には出られたんだ。それで、駅で色々買ってから帰ろうと思って」
( ゚д゚ ;)「でも、トラブルが起きて、電車に乗る前にまた戻らなきゃいけなくなって…」
( -д- ;)「……本当に、ごめん」
何を口にしたところで言い訳だ。仕事を理由にしたところで、家のことを全て彼女に任せっきりにしたことには変わりない。
何より、呼び戻された時点ですぐに連絡の一つでも送るべきだったのだ。細かな連絡を疎かにし、どれくらいの帰宅になるのかも正確に伝えなかった。
どう見たって弁論の余地はない。完全に非は僕にある。
298
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:17:02 ID:GwUyoSTg0
ミセ*゚―゚)リ「……」
ミセ*- -)リ「………座りなさい」
しばらく無言で話を聞いてくれていた彼女は、炬燵に入ったまま机をトントンと指で叩いた。
許してくれたのだろうか。少し怯えながらも、妻の対面にあたる位置にそっと足を入れようとした。
その瞬間。
ミセ# ー )リ「…馬鹿。こっち」
不満そうな表情には一切変化がないまま、妻はすぐ隣の机をトントンと改めて叩く。
子育てをしながらも現役でプロの演奏家を務めている彼女の指は、昔から変わらずしなやかだった。
299
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:18:27 ID:GwUyoSTg0
( ゚д゚ ;)「…え?」
ミセ# ー )リ「はやく」
動揺しつつ、ゆっくりと炬燵から足を出して彼女の隣に移動する。
将来、子どもたちが大きくなることを想定して買ったテーブルだ。大の大人が二人並んで入っていても、少々狭くは感じるが然程不便にはならない。
これで正しいのだろうか。そう不安になりながらも、妻の横に体を入れた。
ミセ*-o-)リ「…あー」
並んで炬燵に入ると、妻は何も文句を言わず、その小さな口をぱかっと開いた。
何をご所望なのかさっぱり分からないまま、じっと妻の顔を見る。
既に時刻は夜だ。お風呂だって済ませているだろうし、後は寝るだけといった状況の筈。
化粧だって落としきった後だろうに、昔とほとんど変わらないように見える容貌に思わず見惚れてしまう。
ミセ# ー )リ「………んっ!」
「本当に年をとっているのか」なんて呆けたことを考えていたのも刹那、妻は苛立ちを隠そうともしないまま前にあったプリンを手に取り、テーブルに音をたてて置き直した。
部屋に響く音にびくついた次の瞬間、プリンに付属していたプラスチックのスプーンもまた軽く机に叩きつけられる。
わざとらしい程に存在を強調されたプリンとスプーン。
わざわざすぐ隣まで移動させられた意味。
ミセ*-o-)リ
そして、再び口を開けて待機しているだけの妻。
300
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:19:02 ID:GwUyoSTg0
( ゚д゚ ;)「………」
「まさか」なんて言葉が思い浮かぶも、口にはせずに仕舞い込んだ。
出会った頃に比べれば彼女はずっと素直になったし、僕だって人としてある程度は成長した自負がある。今の彼女が自分に求めている行動について、確信に限りなく近いレベルで予想はついている。
だが、この年でまさか、こんなことを要求されるとは。
プリンの蓋を開け、スプーンで掬う。
零れないよう慎重に持ち上げ、妻の口へとゆっくり運ぶ。
すると、彼女はどこか満足そうに口を閉じ、嬉しそうにもぐもぐと咀嚼した。
しばらく味を楽しんだ後、再び彼女は目を閉じたまま口を開く。
どうやら、自分の予想はちゃんと合っていたらしい。
( ゚д゚ ;)「……あの…?」
ミセ*-〜-)リ「せっせと手だけ動かしなさい」
付き合いたてのカップルくらいしかしなさそうな行為に些か恥ずかしくなり、思わず声を発してしまう。
結婚する前だって、こんなテンプレート染みたことは碌にしなかった。
誰にも見られてないとはいえ、もう二児の父親となった身だ。流石に羞恥心というものがある。
301
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:20:09 ID:GwUyoSTg0
ミセ*-o-)リ「…寂しがってたわよ。二人とも」
プリンを掬おうした途端、背筋が伸びるような声が発された。
生まれてまだ一年にも満たない赤子と、もう二歳になり舌足らずながら言葉を話すようになるまで成長した上の子。
夜は家に帰るのが遅く朝は家を出るのが早い最近は、寝顔しか真面に見られていない。
ミセ*- -)リ「今日だって"おとしゃんが来るまで寝ない"、なんて言って」
( ゚д゚ )「……」
ミセ*-o-)リ「ほら、手は止めない。あーん」
( ゚д゚ ;)「え、あ、ごめん。あーん……」
妻の口へと懸命にプリンを運びながら、脳裏に浮かぶのは二人の子。
いや、今に限った話じゃない。仕事をしている時も、出勤中も帰宅中も、考えているのは家族三人のことばかりだ。
302
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:21:40 ID:GwUyoSTg0
恵まれている自覚はある。
興味のあった仕事は出来るし、少ないが絵の仕事も貰えている。何より自分の心臓なんかよりもずっと愛しい存在が三人も家で待ってくれている。
幸福だ。ゆったりと死を待ちながら筆を動かしていたあの日々とは比較にならないくらいに恵まれている。自惚れかもしれないが、そう思う。
なのに自分は今、それを毎日蔑ろにしている。
過去に一度は諦めたはずの幸福を手にできたのに、それを護る努力を怠っている。
仕事などという一単語が理由になり得るはずもないのに。
( -д- )「……ごめん」
ミセ*- -)リ「謝るなら私じゃなくて子どもたち。勘違いしてるなら言うけど、二人とも寂しがってるんだからね」
ミセ*゚ー゚)リ「昔から変に自虐的な考えするでしょアンタ。父親として、するべき自惚れはしなさいよ」
心を見透かされたのかと思い、一瞬スプーンを落としそうになる。
慌てて両手で持ち直し妻の方を見るも、口をむぐむぐと動かす彼女の目は閉じたまま。
まぁ、目を開いているかどうかなんて本当に関係がないのだろう。僕のことについてなら、僕自身より彼女の方がずっと詳らかに見てくれているのだから。
303
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:24:11 ID:GwUyoSTg0
ミセ*゚ー゚)リ「昔、もう嘘つかないって約束したでしょ。そのつもりがなかったとしても、結果的に嘘になることだって許さないんだから」
ミセ*゚ー゚)リ「今後は遅くなりそうならもっと、こまめに連絡するように!」
( ゚д゚ )「…気を付けます」
悪戯っぽく笑う妻の表情を見て、ふと、昔のことを思い出した。
付き合うよりも更に昔。一介の絵描きと、病弱なヴィオラ弾きのお嬢様の話。
夏の終わり頃、車椅子に乗っていた彼女と交わした約束の一つ。
結婚した今でも、あの時の約束は全て有効なままであった。
ミセ*-o-)リ「よろしい。じゃ、あーん」
( ゚д゚ ;)「あ、これは続けるんだ…」
てっきり腰を据えて話をするきっかけ作りだと思ったのだが、甘い物は別らしい。
チビチビと少しずつあげていた筈なのだが、プリンの体積は既に5分の1もなくなっていた。
まぁ結構良さげな店で買ったし、そもそもそんなに大きなプリンでもなかったから当然といえば当然か。
304
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:25:32 ID:GwUyoSTg0
ミセ* ー )リ「……もういっこ、念のために言うんだけど」
( ゚д゚ )「ん?」
ミセ* ー )リ「…分かってるとは思ってるけど、一応、その……」
口のすぐ前までプリンを運んだが、妻は食べようとせずに俯いたまま。
何だろうかと手を少し引っ込め、彼女の言葉に耳を傾ける。
最近はこんな風に二人でゆっくり話すこともなかった。今回は良い機会だろう。そう思い、黙ったまま二の句を待つ。すると、少し躊躇いがちに妻はゆっくりと口を開いた。
ミセ* ー )リ「――寂しがってるのは子どもたちだけだなんて、思わないで、よね」
305
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:27:17 ID:GwUyoSTg0
コトンと、小さな音が鳴った。
テーブルに力なくスプーンと、一口サイズのプリンが転がる。
すぐに拭くための手も動かないまま、僕はじっと妻の顔を見つめていた。
ミセ;*゚ー゚)リ「ちょ、ちょっと、零さないでよ」
( ゚д゚ ;)「ご、ごめん…今日、一番、ビックリしたから」
端にあったウェットティッシュを手に取り、慌ててテーブルの上を拭く。
既にプリンの容器の中は、僅かに残されたカラメルが揺れるだけであった。
ミセ*゚ー゚)リ「カラメル…勿体ないし、捨てるのもアレだし、飲んじゃうわ」
( ゚д゚ ;)「えっ、これも?」
ミセ*-o-)リ「炬燵から手出すと寒いのよ。ほら、はーやーく」
一瞬だけ見せてくれた恥じらう様子から一転、妻の顔がすっかり見慣れた平常のものへと変わる。
手を炬燵から出さないまま口だけを開き、ねだる様は子猫や雛の類だ。
306
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:28:41 ID:GwUyoSTg0
……ふと、小さな悪戯心が芽生えた。
思い返せば、二人目が生まれてからは特にそういうこともしていない。
それについさっき、やたらと可愛らしい言動で心を惑わされたばかりだ。
父としてはいくらでも情けなくなる覚悟はあるが、妻と一対一の夫としてはこのままというのも少し悔しい。
( д )「…もうちょっと口閉じてて、零れちゃうから」
妻の口が更に小さくなったことを確認して、プリンの容器を手に取った。
そして彼女の口に近付けることなく、音を立てずにかつ迅速に、中に入っているカラメルを自分の口へと流し込む。
容器を置き、絹のような手触りの髪と頬をさらりと撫でつつ首の後ろに手を回す。
何か違和感を覚えたのだろう。妻の目がうっすらと開かれそうになった、その瞬間。
被せるように、唇を重ねた。
307
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:29:49 ID:GwUyoSTg0
ミセ;* - )リ「――っ!?」
途端に慌てふためく妻。だがお構いなしに、彼女の口内へと甘ったるいカラメルをゆっくりと流し込む。
溢れないように舌を絡めながら、自分から逃げられないようにしっかりと彼女の華奢な体を抱きしめたまま。飲み込みやすいよう、少しだけ自分の方が上になるように傾けつつ。
最初の方だけ聞こえた小さな呻き声も、瞬く間にささやかな水遊びみたいな音に変わる。
妻の後頭部に回していた右手を移動させ、喉の部分にそっと押し当てる。カラメルが彼女の喉を通るたび、握ればたちまち折れてしまいそうな細く白い首がびくびくと跳ねるのが分かる。
繋がっていたのは果たして数秒か、数十秒か。互いの口内に何もなくなったことを舌で確認した後、ゆっくりと妻の唇から口を離した。
ミセ;* Д )リ「――っ、は、はぁっ…」
水面から浮き上がったかのように呼吸が荒くなっている。
お風呂上りみたいな紅潮した頬と、少しの潤いを携えたとろんとしている瞳。
ちょっとした仕返し程度のつもりだったのだが、どうやら効果は十二分にあったようだ。
308
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:31:24 ID:GwUyoSTg0
( ゚д゚ )「……僕も一応、念のために言うんだけど」
彼女の背中に回した左腕から力は抜かないまま、しっかりと目を見て口を開く。
ずっと昔、とある女性をメインに描いた絵に、作家コメントとして書いた言葉。
その後、付き合う時も、プロポーズした時も、決まって必ず口にした言葉。
( ゚д゚ )「――大好きです、ミセリさん」
口にしたことは人生でもほんの数回。にもかかわらず、不思議と口馴染みのあるフレーズ。
そう簡単に口にすべきではないと分かっていても、何度だって伝えたくなる、心臓が痛くなる言葉。
ミセ;*゚ー゚)リ「……!」
妻の目が一瞬だけ大きく見開かれる。
その後、どこか泣きそうな顔をしたかと思えば、ぽすんと僕の胸に彼女の額が乗せられる。
ミセ;* ー )リ「……私も」
ミセ;* ー )リ「ちゃんと、大好きだからね。ミルナの、こと」
顔は上げられないまま、心臓に直接言葉が届けられるみたいな声が響く。
下を向く。初心な少女みたいにゆっくりと顔を上げた妻と視線が重なり、どちらからともなく笑い合う。
309
:
名無しさん
:2024/12/20(金) 05:32:06 ID:GwUyoSTg0
明日は別に休日じゃない。
次の朝だってきっと我が子たちの寝顔に後ろ髪を引かれながら家を出て、仕事に追われて、子どもたちが寝静まった夜中にやっと帰ってくるに違いない。
絵の仕事だってあるから、次に家族との時間をちゃんと取れるのはもっと先になるだろう。
それでも。
家に帰ってくれば、妻がいるなら。子たちがいるなら。
どれだけ仕事が辛くても。忙しくても。休みがなくても。
明日も頑張れそうだと、そう思った。
〜おしまい〜
310
:
名無しさん
:2024/12/21(土) 21:37:03 ID:Ut5tbChI0
イチャつく二人が見れて嬉しい反面なぜ本編の二人にこの幸せを与えなかったのかという作者への憎悪が募る
311
:
名無しさん
:2024/12/26(木) 12:32:01 ID:kZgPeFIA0
やっときてて嬉しい乙乙
クリスマスに読んでたら即死してた 甘すぎる
312
:
名無しさん
:2024/12/27(金) 23:55:50 ID:rlhj7NDc0
乙乙
こたつある家良いな
>ミセ#゚―゚)リ「連絡の一つくらいも送れないくらいに?」
ここリアルだ…
313
:
名無しさん
:2024/12/28(土) 11:46:17 ID:85gQAMmU0
子どもが寝静まってからイチャつく夫婦かわいい
短くない?もっと書いてくれてもいいのよ
314
:
名無しさん
:2024/12/28(土) 23:58:01 ID:VXjBPzuA0
乙乙!連絡よこさない夫にキレる妻の描写リアルで好き
ところでこのいちゃラブ夫婦になるまでの経緯を描いた番外編はいつ?
315
:
名無しさん
:2025/05/01(木) 23:51:06 ID:IUAn214Q0
1周年おめ
誰がなんといおうとあなたの作品好きだよ
316
:
名無しさん
:2025/06/11(水) 09:32:49 ID:HHjpCKR20
乙乙
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