[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
| |
ハロ異聞録ペルソナ
1
:
名無し募集中。。。
:2020/01/07(火) 23:28:23
千年ぶりの皆既日食の日、モーニング女学院の屋上では数人の少女が「守護霊様」と呼ばれるオカルト遊びを行っていた。
その時は何も起こらなかったが、日が傾きだした頃、学校が異形の空間に包まれる。
それは「受胎」と呼ばれる現象だった。
校内の生徒が狂ったように暴れ出し、姿形まで化物へと変貌してしまう。
そしてそれとリンクするかのように「守護霊様」を行った少女達や、その現場に居合わせた者達にも大きな変化が訪れるのであった。
はたして彼女達は脱出不可能となったこの学園受胎のなか、生き残ることができるのだろうか。
2
:
名無し募集中。。。
:2020/01/07(火) 23:29:27
『高橋愛の場合』
おはようございます! という声に高橋は笑顔で応えた。すると直ぐに別の方向から他の後輩が挨拶してきた。
校門から下駄箱までの間でどれだけ声をかけられるのだろう。数えていればギネス記録だったかもしれない。
教室に入ると同輩までもが、まるでヒーローでも見るような目で自分を見てくる。
高橋はそれが内心嫌だった。
学校の生徒会長で合唱部のキャプテン。校則を遵守し、誰に対しても分け隔てなく接する。それが“高橋愛”なのだと、プレッシャーを掛けられているかのような気になる。
昼食を屋上ですませた高橋は携帯をわざとその場に置い屋上をあとにした。
教室へ戻る途中で昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
高橋は見計らったように「そういえば」という声を漏らし踵を返した。
すれ違う同級生に「どこ行くの? 授業はじまるよ?」と声を掛けられ「屋上に携帯を忘れちゃって」とかえすと、同級生の目が真ん丸になった。
「高橋さんでもそんなドジするんだ」
「まあね」 授業をサボるための口実だと言ったらこの生徒は信じるだろうか。
別に授業が嫌なわけではない。期待されていること以外のことをすれば、敷かれているレールから外れることができる。そんな気がしたからだ。せめてもの抵抗だ。
「先生には適当に言っておくから」と言って教室に戻る同級生に礼を告げ、高橋は屋上へ向かった。
途中、今日は皆既日食の日なのを思い出した。何やら相当珍しい日食で、千年ぶりだとかいう話を朝のニュースで見た気がする。もしかしたら屋上で見られるかもしれない。高橋の心が少し躍った。
そうして屋上にでると彼女は思わず眉を寄せた。
女子生徒が三人いたからだ。
一人は同級生で友人でもある少女。あとの二人は見覚えがない。上履きから察するに二年生だろう。
「なにやってるの? もう授業はじまるよ」
気付くと高橋はそう告げていた。嫌いな自分になっていた。
3
:
名無し募集中。。。
:2020/01/07(火) 23:29:59
『新垣里沙の場合』
今日は待ちに待った皆既日食の日だ。
新垣里沙はその気持ちを胸に留めて家を出た。
通学路につくと仲のいい後輩、亀井絵里と道重さゆみの後ろ姿が見えたので駆け寄って声をかけた。
「おっはよう!」
後輩二人が「おはようガキさん」と返した。先輩後輩の関係だがフランクな間柄だった。
「今日やるんでしょ?」 と亀井絵里が訊ねると新垣は「もち」と言って頷いた。
最近、中高生の間で流行りの『守護霊様』という遊びがある。いわばこっくりさんのようなオカルト遊びなのだが、どうやらこれがまんざらでもないらしいのだ。しかもこっくりさんのようなアンサー型ではなく、こちらの願いを叶えてくれる系というから楽しみで仕方がない。
さらに『日食の日は霊的な力が高まる』という話を聞いたことがあった新垣は、ついにと胸を躍らせていた。
「ガキさんは何をお願いするんです?」 道重さゆみが鏡を見ながら訪ねてきた。
「えー、どうしようかな」 新垣はこめかみを掻きながら迷う素振りをみせる。
が、すでに、というより最初から願いは決まっていた。
そうして校門を抜けると、三人の視線は前を行くひとりの女子生徒に集まった。
その三年生の周りには軽い人だかりができている。
「今日も高橋さん人気だよね」
亀井が言うと道重も頷きながら「パーフェクトってああいう人を言うのかも」と付け加えた。
新垣はそんな二人に気付かれないように奥歯を擦った。
モーニング女学院のスター高橋愛。彼女とは友人だ。
しかし周りからの扱いは全然違う。
最初はそれも仕方のない事だと思っていた。彼女と違い、自分は勉強はできないし運動も並だ。当然ビジュアルが良いわけでもないし、所属しているのは学校カーストの低い演劇部。
生徒会長で全国大会にもでている高橋と校内での立場が違うのは当然だ、と自分に言い聞かしていた。
そんなおり事件が起きた。
クラス内で積み立てていたバス遠足の旅費が紛失したのである。
お金は高橋、新垣を含めた五人の実行委員が管理していた。そして真っ先に疑われたのが新垣だった。直前にお金を持っていたのは高橋にもかかわらず、だ。
もちろん自分は盗ってはいない。それは状況証拠からも明らかだった。にも関わらず何故自分が責められるのだろう。
愛ちゃんじゃないの? 他の三人はどうなのさ。
責める三人と黙る高橋を前に、何を言っても無駄だと新垣は口をつぐんだ。
結局その後すぐ、お金は先生が預かっていた事が判明した。
疑ってかかってきた三人は悪びれる様子もなく「先生は盲点だったね」と笑っていた。
別に期待していたわけではない。けど、一言「ごめんね」があってもいいんじゃないか?
そう強い憤りを覚えるなか、高橋だけは「ガキさんが盗るはずないって思ってたよ」と言ってくれた。
「じゃあ、なんであの時、愛ちゃんは私を庇ってくれなかったの」昼休みが終わった屋上で亀井、道重と手を繋ぎながら新垣はぼそりとそう呟いた。
三人で辺りを見回し、誰もいないか確認する。
さあ、始めるぞというところで屋上の出入り口の開く音がした。
新垣がそちらに顔を向けると高橋愛が立っていた。
ひどく腹がたった。
――願い事は決まっている。自分も高橋愛のようになりたい、と。
4
:
名無し募集中。。。
:2020/01/07(火) 23:31:17
『亀井絵里の場合』
明日は皆既日食の日だ。
そう思うと亀井は気が重くなった。
その日、先輩の新垣里沙、同学年の道重さゆみと自分の三人で『守護霊様』という遊びをやる約束をしていたからだ。
新垣にやろうと言われ、思わずいいよと言ってしまったのがきっかけだった。
隣りで道重も乗り気な様子だった。だから断れなかった。本当はそういうオカルトチックなものは苦手なのに。でも言えない。
昔から押しに弱いと自分でも自覚していた。ついつい相手の空気に合わせてしまう。周りからは「絵里優しいよね」などと言われるが、褒められている気がしなかった。
むしろ、人がいい便利な奴と思われているんじゃないか。そんな風に思い詰めて、一年の頃に何ヵ月か不登校になったこともある。
日食の日、断ろうと決めて家を出た。ドアの前で待ってくれていた道重に、自分の想いを言おうとした瞬間「今日楽しみだね」と言われ、亀井は言葉を呑み込んだ。
新垣とも合流して亀井は徹底して自分を殺した。こんなちんけな悩みは悩みじゃない。世の中にはもっと苦しんでいる人が沢山いる。
だから負けてはいけない。心を強く持つんだ。そうしないとまた不登校の沼にはまってしまう。そこから助け出してくれた新垣と道重に申し訳が立たない。
でも何故だろう。『申し訳ない』と思っている事そのものが嫌だ。そういう自分自身が嫌いだ。守護霊様に頼めば、そんな自分を変えてくれるのだろうか。
昼休み終わりの屋上。新垣と道重の手を握る。
守護霊様をやる勇気が少し湧いた。
5
:
名無し募集中。。。
:2020/01/07(火) 23:32:15
『道重さゆみの場合』
皆既日食の日、道重は浮かれていた。
今行っている授業が終われば昼食だ。その後いよいよ『守護霊様』を行う。
新垣も亀井も願い事に関しては口をつぐんで妙に含みのある感じだった。
自分は違う。二人にも何を願うか言ってある。
女に生まれたからには一度は夢みる世界一可愛い女の子。これ以外にあるまい。
道重は大きな手鏡で自分の顔を見る。
でも、治すところなんてないんだよね。
そう思いながら頬に手を当てた。
6
:
名無し募集中。。。
:2020/01/07(火) 23:33:43
『田中れいなの場合』
朝、通学路の一角で、モーニング女学院の生徒達の視線が一点に集まっていた。
原因は田中れいなだった。
時代錯誤ともいえるロングスカートのセーラー服に派手な頭髪。
そもそもモーニング女学院の制服はちゃんと指定されたブレザーとシャツが存在する。
田中は、そんなことなどお構いなしといった様子で、約一年ぶりにモーニング女学院の校門をくぐった。
というのも一年生の夏前に福岡から転入してきた彼女は、その初日から今日まで無期停学処分となっていたのである。
その理由はありがちなものだった。自分達よりも目立つ存在をよく思わない上級生グループが田中を呼び出したのである。
体育館裏で三年生六人が一年生一人を囲むという絶望的な光景。結果は三年生六人が六人とも病院送りで幕を閉じた。
新聞部がその時の事を当事者である三年生(当時)の一人にインタビューしている。
『なに? 田中れいな?
あれはさ……人じゃないね。上には上がいるって、そう初めて実感したね。
信じられるかい? こっちが先に手をだしたのに遅れて出したあの子の拳が先に届くんだよ。何が何だかわからなかったよ。
きっと、わからないくらいに差があるんだなってわかったのが最近の事さ』
震える手で煙草の灰を落しながらその三年生(当時)は語ったという。
そんな田中に生徒達の注目がいくのは必然だった。まるで檻の中のライオンやトラを見るような視線に田中は目を合わせた。
すぐに視線を外す生徒を認め、どいつもこいつもと内心で呟く。クラスに行く気分ではなくなっていた。
昼休みの終わりを告げるチャイムで田中は目を覚ました。そこは屋上の出入り口を囲うようにつくられたコンクリート塀の上。四畳ほどの広さで屋上を見おろせる。昼寝をするには丁度良かった。
田中がよっこいしょと屋上を見下ろすと、女子が三人残っていた。手を繋ぎ、なにやら神妙な面持だ。
するとそこにもう一人女子生徒が現れた。三年生だ。互いに何か言い合っている。
まあ自分には関係ない。どうせ……。
田中は景色をみるのと同じようにその様子を見ていた。
7
:
名無し募集中。。。
:2020/01/07(火) 23:35:47
『光井愛佳の場合』
昨日は酷かった。雑巾を口に突っ込まれて感想を言わされた。もう耐えるのに疲れた。
昼休み、屋上の一角で身を隠しながら光井はそう思い返していた。
中学の頃からイジメのターゲットにされ、高校でも同じようにイジメられ続けている。
最初は自分が悪いのかと悩んだ時期もあった。腹を蹴られるたびにごめんなさいと叫んだ。それにも疲れて何も言わなくなると、暴力は余計に酷くなった。
死のうと決意したのが一週間前。千年ぶりの皆既日食が迫っているとニュースで言っているのを見て決めた。
丁度いい。日食に合わせて飛び降りよう、と。
だが当日、なかなか上手くはいかないものだと悟った。
屋上で誰もいなくなるのを待つため、出入り口の塀の上で隠れて日食を待とうと思ったら先約がいたのだ。
見た事も無いセーラー服姿の女子が丸くなり気持ちよさそうに寝ている。
「今から死ぬ準備をするのでそこかわってください」とは言えない。
仕方なく出来るだけ死角になるところを探し身を潜めるしかなかった。
そして今、そろそろ日食だというのに女子生徒が三人、教室へ戻ろうとしないのである。
聞き耳をたてると、どうやら三人は『守護霊様』をやろうとしているようだった。
はやくいなくならないかな、と考えていると屋上の出入り口の開く音が聴こえた。
まさか先生!? と肝を冷やしながら死角から覗くと三年生の女子だった。
しかもよく知っている人だった。高橋愛。学院のアイドル。自分とは真逆の存在だ。
高橋は三人のうちの一人といくつか言葉を交わし、その場に座り込んだ。
事情はよくわからないが『守護霊様』を見守るようだ。改めて三人が手を繋ぐ。
なんだか薄暗いと感じ、光井はハッして空を見上げた。気付くと太陽がもう半分も隠れていた。
こんな状況じゃ自殺なんて無理だ。また、あの地獄のような日々に逆戻りか。
光井が『守護霊様』を行う三人に目を向ける。
それがどういう遊びなのかは知っていた。願いが叶うらしいという事も。
だから願った。心の底から。
――みんな死にますように。
太陽が闇に呑まれていた。
8
:
名無し募集中。。。
:2020/01/07(火) 23:36:31
突然高橋が現れたことで亀井と道重は気まずそうに顔を見合わせた。
「別にいいじゃん!」 声を上げたのは新垣だった。
「でも、授業が……」
再度言いかけて高橋はその場に座り込んだ。「あたしもここで見てる。なんかあったらまずから」
何があるって言うんだ。新垣の奥歯が鳴った。聴こえたのは本人だけだろう。
「ほら、えり、さゆ手繋いで。始めよう」
新垣、亀井、道重は手を繋ぎ目を閉じた。
守護霊様のやり方は難しくない。
二人以上で手を繋ぎ目をつぶる。それから自分達が現在いる場所と、その場を区切る扉を想像する。つまりこの場合、屋上と屋上の出入り口である。
そして「守護霊様おいでください」と言った後に扉から何かが出てきたらそれが消える前に心の中で願い事を唱える。それだけの事だ。
もしも扉から何も出てこなかった場合は失敗ということになる。
コックリさんとは違い失敗しても特にリスクはない。
「守護霊様おいでくさい 守護霊様おいでください 守護霊様おいでください」
三人が繰り返し唱える。
異様な空気に呑まれ高橋も目を閉じていた。
四人から死角になる場所にいる光井も。コンクリート塀の上にいる田中も。
辺りが皆既日食により夜みたいに暗くなった。その瞬間、扉が開いた。
でてきたのは黒い影に覆われた人型のなにか。
高橋はそれが自分に向かってくるのを見た。そして掴まれる寸前、それは何かに阻まれるように四散した。
皆が飛び退くように目を開けた。同じものを見た証拠だった。
高橋、新垣、亀井、道重の四人は互いに顔を見合わせる。誰も声は出さなかった。言葉にするのがあまりにも恐ろしかったからだ。
コンクリート塀のうえで田中も固唾を飲んだ。
死角にいる光井も同様だった。
辺りが明るくなってきた。
屋上の闇を祓うかのように日が顔をのぞかせていた。
9
:
名無し募集中。。。
:2020/01/07(火) 23:37:16
五限目の授業の終わりを告げるチャイムと共に高橋、新垣、亀井、道重の四人は屋上を後にした。
それを認めてから光井も駆け足で教室に戻っていった。
田中だけはその場で下校時刻になるのを待つことにした。
教室に戻り席についた高橋は震えながら息を吐いた。六限目の授業が始まっても、内容はまったく頭に入らなかった。
あれは何だったのだろうか。
黒い影の異様な艶めかしさが脳裏にはりつて離れない。
そうして授業時間も折り返しにきたところだった。
ガタンッと後ろから大きな音が鳴った。
高橋は窓際の前から三列目に座っている。音は中央の一番後ろからだ。
振り向くと女子生徒が別の女子生徒を食っていた。
比喩ではない。
文字通り側頭部を丸齧りにしていたのだ。
あまりの光景に、何が起こっているのか理解出来ない時間が数秒あった。
齧られている女子生徒の目玉が床に落ちた時、やっと“彼女は食べている”と認識することが出来た。
悲鳴があがった。前の席からだ。
だがそれは高橋が見ている光景のせいではなかった。
前列でも同じことが起こっていたのだ。
今度は生徒が別の生徒の肩に齧りついている。片方は恐怖に慄き、もう片方は虫のような鳴き声をあげて。
高橋が前に向き直った時、すでにいたる席でその現象が起こっていた。
阿鼻叫喚の嵐に、その場で意識を失いそうになる自分を、高橋は必死に制した。
一つ前の席にいる女子生徒がこちらを振り返る。まさか――と思った瞬間、それは飛び掛かってきた。
避けようとして高橋が仰向けに倒れる。そこへ耳まで割けた口を広げて女子生徒が覆いかぶさってきた。
食う気だ。自分の事を。
高橋は必死に藻掻いた。
下から足を使い相手の身体を遠のけると、まるで犬歯を並べたような口がガチッガチッと空を噛んだ。
ついに足を躱され、距離を詰められる。
なんとか身をよじり近くの椅子を盾にした。
少女の口が椅子の脚を咬んだ。金属のパイプがまるで粘土細工のようにぐにゃりと曲がった。
どう見ても人の力ではなかった。
黄ばんだ歯が眼前まできて、もうだめだと目をつぶった瞬間、少女の息が遠退くのを感じた。
恐る恐る目を開くと、先生が暴れる少女を羽交い絞めにしていた。
それほど体格もよくない初老の男性教師だった。
「大丈夫か高橋!」
頼もしい声に高橋も「は、はい!」と答えた。
「それはよかった。お前は俺が食うって決めてたんだ」
男は何とも言えない表情でそう言った。それから羽交い絞めにしている少女の首にかぶりついた。
気色の悪い音が聴こえた。
気が狂いそうだった。
10
:
名無し募集中。。。
:2020/01/07(火) 23:39:10
ゆっくりと近づいてくる男に合わせて、高橋も後退った。近くにある物を手あたり次第に投げつける。壁に背が当たるのを感じた。
高橋の足はそれでも男との距離を保とうと動き続けた。
距離が縮まるにつれ、彼女はこう思うようになっていた。
似ている。屋上で見た影の動きに、と。
ただ、影と違って男は確実に自分を食らうだろう。影のように消えるなんて都合のいい話はない。あれは遊びで、見たものは想像の産物でしかない。これは現実だ。
でも、もしも、あれも現実だったなら。
影は近くまできて何かに邪魔をされたかのように弾けた。消えたんじゃない。消えざるを得なかった。自分と影の間に何かが――
気付くと男の大きな口が肩に噛みついていた。はっきりと歯が皮膚を突き破るのを感じた。
ガキさんは無事だろうか。ちゃんと逃げられるのだろうか。
高橋は痛みに喘ぐよりも、何故か他人の心配をしていた。
そういういい人ぶった自分が嫌いなはずなのに。こんな最後の場面で……でも、それが自分なのかもしれない。
そう思った時、声がした。
“我は汝 汝は我”
死の間際の走馬灯、ならぬ幻聴。だが高橋にははっきりと聴こえた。
そしてその声に誘われる様に、自然と口が動いた。
「“ペ ル ソ ナ”」
高橋を中心に風が巻き起こった。二人を遮るように人型の像が現れ、その力の渦で男は何メートルも吹き飛んだ。
“我は汝 汝は我 我は汝の心の海よりいでし者”
“呼ぶがいい 我が名 汝が名を”
高橋の脳裏にまるで最初から知っていたかのように言葉が浮かんだ。
「“ヌエ”」
曖昧だった力の像が真の姿を顕にした。
頭部に狒々の面が一対となった金属の兜かぶり、黄色の短毛に覆われた体は人の倍はあろう。
そこはかとなく男性を思わせる胸板の膨らみは人を思わせるが、小ぶりな蛇を生やした尾骶は異形のそれである。
そして“彼”は人と獣の合いの子のような二足で高橋の前に佇んだ。
“我はヌエ 百鬼夜行 至高の一鬼 我が雷歌を以って 微睡みを与えん”
ヌエの腕が持ち上がる。その五指が起き上がろうとする男へ向いた。それから漆のように黒い爪がひび割れると、亀裂から男へ稲妻が走った。
ジグザクの閃光と共に空気を破る音が断続的に鳴った。男は煙をあげてその場に倒れた。
「ヌエ……私がやったの……わたしの、力……」
高橋がその肩まで覆う鬣を触ろうとすると、像は薄くなり消えいった。微かにだが指先に力の余韻を感じた。
周りにはまだ変貌した生徒が何人か残っいる。
しかし高橋の意識はすでに他へ向いていた。
ガキさんを助けなければ、と。
11
:
名無し募集中。。。
:2020/01/07(火) 23:39:50
新垣が異変に気付いたのは手洗いから戻ってきた時の事だった。
やけに教室が騒がしいと思いドアを開けると、目の前で生徒同士が取っ組み合いをしていた。
思わず止めに入ると物凄い力で窓際の席まで突き飛ばされた。打ちどころが悪ければ怪我じゃすまなかったところだ。
文句を言おうと立ち上がろうとした時、教室内で起こっている事に気付いた。正確にはその光景を視たと言った方がいいだろう。
それがどういう事で、なんでそうなっているのかは、まったく理解できなかったが、とにかく生徒同士が齧り合っていたのだ。
おまけに床には無数の手足が散乱し、いたるところに飛び散った血で教室はどこもかしこも油絵みたいになっていた。
新垣は四つん這いのまま部屋の隅へ移動した。両膝を抱えて小さくなり、早くこの地獄が終わりますようにと祈った。
その時、同級生が声をかけてきた。声色こそ普段通りだったが、明らかに目がおかしい。黒目が楕円の形をしている。口元は血まみれで制服の白いシャツも子供の落書きの様に赤く染まっていた。
なによりこの状況で平然としている様が異様なほど恐ろしいと新垣は感じた。まるでこれが私達の日常じゃないのとでも言わんばかり。人が纏う空気ではない。
「大丈夫よ新垣さん。痛くないから。みんなに訊いてごらんよ」
女子生徒がそう言うと、それまで他所を向いて暴れていた生徒達が一斉に新垣の方を向いた。
終わった、と思った。愛ちゃんならこの状況でどうするだろう。
「ガキさん!」
自分を呼ぶ声に顔を向けると、そこには高橋愛が立っていた。
「あ、愛ちゃんは正気なの? 本当に――」
「もちろん。今、助けるから」
高橋は変貌した生徒達を掻い潜って新垣の傍までいくと庇うように立ちはだかった。
新垣はその背中を見て、この状況でも高橋愛は高橋愛だ、と関心する反面、憎たらしくも感じた。
「もう一人餌が増えた。しかも高橋さんだやった」教壇付近の生徒が言うと、新垣の傍まできていた生徒も嬉しそうに声をあげた。
そんななか、廊下側で千切れた腕を齧っていた生徒が咀嚼をやめて訊ねた。
「高橋さん、どうやってここまできたの?」
新垣もはっとした。そうだ、他の教室でも同じような事になっているのだとしたら、愛ちゃんはどうやってこの教室まで辿りつけたのか。もしかして本当は奴等同様におかしくなってしまっているんじゃ。
「大丈夫だよガキさん。私は私だから」
肩越しに放たれる高橋の声は凛としていた。
傍まできていた生徒の一人がそれを嘲笑する。いくらあの高橋愛でもこの状況をどうにかするなんて無理に決まっている。
悔しいけど新垣もそれには同意だった。相手は人殺し。良心の呵責もなく、人数でも不利。よく見れば口が耳まで裂けている者もいる。
生徒達がぞろりと二人に向かって歩き出した。
12
:
名無し募集中。。。
:2020/01/07(火) 23:41:35
「ほらどうする高橋さん? クラスのみんながあなたを食べたいって」
「そっか……じゃあ、私がどうやってここまで来たか、教えるよ」
高橋を中心に風が巻き起こる。
「ペルソナ!」
言葉と共に高橋の背後からヌエが飛び出し、近くの生徒を吹き飛ばした。
その場の誰もが困惑した。怪物が突然現れたのだから当然だ。
「愛ちゃんそれって――」 訊く新垣の言葉を遮って高橋は言った。「詳しい話はあと」
「ヌエ!」黄色い化物の爪がにょきにょきと伸びた。人と同じ丸みを帯びた形がその姿と相まって逆に不気味である。
ヌエが何を合図にするでもなく、近くの生徒に飛び掛かった。
女子生徒は食らうものかといった表情で仰け反る。すると指先から十センチは食み出た黒い爪が相手の頬を掠めた。
少女が上体をもどし頬を手でなぞる。そこには数本の擦り傷が張り付いていた。
躱された。やはりもう駄目だ、と新垣は思った。
少女も惜しかったねと言わんばかりに嘲笑う。
しかし高橋は自信に満ちた表情でこう言った。
「それで十分」
どういう意味? と訊ねる前に異変は起きた。少女の頬につけられた傷から、いくつも小さな気泡が生まれたのだ。
それは煙を立ち昇らせ、紙が水を吸うが如く、瞬く間に顔全体を浸食した。
少女は悲鳴と共にその場に転げまわった。顔が溶けていく。そこに触れた手も。その手を拭った腕や腹も。凄い勢いで溶けていく。
ヌエの黒爪は酸の効力をもっていたのである。
女子生徒達の視線が改めて高橋を向いた。彼女達にはもう高橋愛しか見えていない様子だった。
そして何人もいる化物を相手に立ち回る高橋を見て、新垣は思った。結局またこれだ。いつだってみんなは愛ちゃんの方を向いている。誰も自分を見てくれない。今じゃ化物の餌にすら値しない。
愛ちゃんすらも自分を見ていない。
「あたしはここにいるっ!」
新垣の周りで風が渦巻く。
“我は汝 汝は我 我は汝の心の海よりいでし者”
「シーサー!」
高橋の時と同様にその背後から力が飛び出す。
大型犬ほどもある短毛の四足獣。まん丸い大きな瞳に、口からはみでた大きな牙。頭部と四足と尾っぽには、黄緑色の長毛が渦巻いている。
“我は汝 汝はーって、堅苦しいのはここまでだぜ〜 お前は俺だ だからやる事はわかるな? いっちょ見せてやれ”
新垣はシーサーと共に駆けた。高橋を通り過ぎ、変貌した女子生徒の一人へ攻撃を仕掛ける。
新垣のハッ! という気合の声と共にシーサーは頭から目標に突進した。
ぶつかり傾いだ少女の体を頭部と牙でぐいぐいと押し込んでいく。
黒板とシーサーにサンドウィッチにされた少女が、その禍々しい口から赤黒い血をぶちまけた。
自分に何が出来るのか自然とわかる。愛ちゃんもこんな感覚なのだろうか。
新垣は後方の高橋を肩越しに一瞥した。見ていて、これがあたしの力。
シーサーの長毛が大きく揺らめく。周りの風を集めているのだ。
そしてそれを竜巻の様に渦にして女子生徒へぶつけた。少女の躯体が明後日に捻じ曲がり、再度黒板に激突した。
「凄いじゃんガキさん!」
高橋の声に新垣はどんな顔をしていいのかわからなかった。多分笑っていたのかもしれない。愛ちゃんも満面の笑みだったから、きっとそうだ。
「あと一人!」二人の声が重なった。
ヌエの雷と、シーサーの風が同時に炸裂する。
やっと教室が静かになった。
いったい何が起こっているのだろう。そしてこの力はいったい。
とりあえず今は少し休みたい。
二人は背中合わせでその場に座り込んだ。
13
:
名無し募集中。。。
:2020/01/07(火) 23:42:17
屋上から教室に戻る途中で道重は足をとめた。
「なんだか授業する気分じゃなくなった」亀井にそう告げて彼女は保健室へ赴いた。
養護教諭を務める保田圭はモー女のOGである。教師のなかでは比較的若く、生徒ともフランクに接してくれるとあって結構な人気があった。
道重も保田に愚痴を聞いてもらうのが好きで、ちょくちょく授業をさぼってはここで時間を潰している。
今日もあれがあった、これがああだと話しが盛り上がった。ただ、守護霊様の事は言わなかった。見た“あれ”を口にするのがなんだか怖かったからだ。
保田がそういえば、と話しを切り出した。
それはとある少女が合わせ鏡によって鏡の世界に閉じ込められてしまう、という昔からモー女に伝わる噂話だ。
内容は知っていたがその現場が旧校舎、今でいう体育館の建っている場所というのは初耳だった。
閉じ込められた少女は誰かを身代わりにすることで元の世界へ戻ることが出来る。しかし、話の中で彼女は最後までそうしなかった。
自分が犠牲になることで他の生徒達を守ったのである。
生涯を鏡の国の女王として一人で生き、孤独のまま死んでいったという。
そして今でも体育館からはそんな彼女のすすり泣く声が聴こえてくるらしい。
道重は背筋に悪寒を感じた。
保田がしたり顔をしている。
実はこれには元になった事件がある、という話しがはじまったところで上の階から大きな音と揺れを感じ、二人は慌てて廊下へ出た。
ガス爆発? 二階、いや三階だろうか。
「おい! 君、今は授業中だぞ!」
声の方を向くと生徒指導の先生が立っていた。
いつも脂ぎった顔をして、少なくなった髪を無理やり七対三で分けている。道重の特に苦手なタイプだった。
「今、上の階で凄い音しませんでした?」と保田が話を逸らせる。
「音? しましたかな。それよりも保田先生ねぇ、困るんですよ。生徒との距離感を間違っちゃいませんか?」
近づいてくる生徒指導に保田は「申し訳ありません」と硬い声で返した。
「まあ、謝る必要はないのだけれどね。どうせ二人とも食べるつもりだから」
男性の目がぐるんと裏返った。剥いた白目が忙しく動き、顔じゅうの毛穴から細い管が伸びる。よく見ればその先端は男性器の形をしていた。
無数のイチモツが勢いよく二人に襲い掛かる。
間髪入れずに保田が道重を突き飛ばすと、管は二人が居た床に突き刺さりぶるるんと撓(たわ)んだ。
廊下の壁に背中を打ち付け尻もちをついた道重は男性の変貌した姿に驚愕した。
何がなんやら理解できずにいると「まさかね」と呟く保田の姿が目に入った。
自分とは違ってまったく動揺した様子がない。それどころか、今のような出来事を日常的に体験してきたかのような涼しい顔で、悠然と乱れた襟を直している。
「道重はそこでじっとしてな。すぐに終わる」白衣がはためいた。「来いっ! “アイラーヴァタ”」言葉と共に男の足下と左右の壁、それと天井から突如脈打つ白い肉の塊が現れ男を圧し潰した。
肉が薄いヴィジョンへと変わり消えると、ミンチと化した男が床にべちゃりと張り付いた。
「ま、久々にしてはいいほうかな。大丈夫か? 道重」
そうやって差し伸べられた手をとろうか彼女は数秒悩んだ。今のは保田さんがやったの? もしそうなら保田さんは人を殺したということになる。いや、そもそもあれは人だったのか? 知恵熱で気を失いそうだった。
保田はそんな彼女を引き起こし、神妙な面持で告げた。
「今はとにかく急がなきゃ。ここが異界化してるんだとしたら、あんたも直ぐにああなる」ミンチを指していた。
「わたしが……あの先生みたいに……なんで、どうして」
「それは校長室に避難してから」
14
:
名無し募集中。。。
:2020/01/07(火) 23:43:18
保田に手を引かれ、駆け足で階段をのぼる最中、道重は考えていた。
もしも言われた通り自分も化物になるのだとしたら、それは他の生徒もなるのではないか? そしてそこには亀井絵里も含まれている。
道重は保田の手を振り払い言った。「えりも助けなきゃ」
保田の目が鋭くなる。
「悪いけど、そんな悠長なこと言ってる場合じゃないんだよ」
自分には鏡の国の少女が何故助かろうとしなかったのか理解できなかった。
さゆみならさっさと他人を犠牲にして助かるのに。だって、さゆみが一番可愛くて一番尊くて一番大事。
それが本心だと思っていた。でも今は“違うのかもしれない”と思う自分がいる。
もっと大切なものがあるのかもしれないと。
「えりを見捨てるくらいなら、わたしは化物でいい」
道重の髪が緩やかにはためいた。
次の瞬間、その背後から力の像が飛び出ると、彼女の前でゆらゆらと揺らめいた。
“我は汝 汝は我 我は汝の心の海よりいでし者”
“我が名 汝が名を呼ぶがいい”
「ピクシー」
ぼんやり浮かんだ言葉を口にした途端、目の前の像が変化した。
それは手のひらサイズの少女の姿だった。
桃色のレオタードに桃色の髪。顔は人のそれだが耳はツンと尖がっている。
背中には蜻蛉に似た羽が四枚生えており、忙しく動かすことで宙に浮んでいた。
サイズ違いのヒールが今にも脱げ落ちそうだ。
“よろしくー わたしピクシー 呼ぶの遅いよー まあ今後ともよろしくねー”
小さな妖精は無邪気な笑顔で手を振ると消えていった。
「道重、あんた――それペルソナ、ペルソナ使いになっちゃってんじゃん!」
「ペルソナ? 保田さんが使ったみたいな?」
保田は頷くと、次に声をあげて笑いだした。「はぁーまったく、現代っ子のポテンシャル半端ないね。よっしゃ! そうと決まればあんたの友達を助けに行こう」
「ホントっ!?」
「ああ。ペルソナ使いは異界でも悪魔化しないからね。まあ、とは言っても悪魔化した人間は襲い掛かってくるから危険であることには変わりはない。覚悟できてる?」
道重は強く頷いた。
そうして目的の――二年B組へ向かった。
保田の計らいで極力人を避けるルートを通ったおかげか悪魔に襲われる事はなかったが、それでも他の教室の惨状を目にする機会は何度かあった。一度吐いて、二度目は耐えた。三度目で吐き気を催さなくなった自分が少し怖かった。
教室に着くと道重は室内が見えない位置で立ち止まった。
保田はその心中を察し、彼女が動くまで黙って待っていた。
決心がついたのか道重が勢いよくドアを開いた。
一瞬で亀井絵里を見つけることが出来た。彼女は地獄と化した部屋の中央で倒れていた。
二人が駆け寄ってぐったりとしている体を抱き起す。
脈をとった保田が一瞬眉を落し、首を横に振った。
それを見て道重は泣きながら亀井を抱きしめた。「お願い、帰ってきて。なんでもするから」
すると零れた涙が光の粒になるや、集まり突如ピクシーへ変化した。
“自分の力を知らないの? その肉はまだ新鮮 死んでないよ”
「でも、もう脈が」と保田が言いかけたところでピクシーは言葉を遮った。
“ノンノンノン 人間の生き死にの理解なんて 赤子レベル 私にかかれば 貴方にかかれば ちょちょいのちょい”
本当? 道重が訊ねる。ピクシーは何も言わなかった。言う必要がないからだ。
ペルソナに何が出来るのか一番よくわかっているのは使い手本人――
道重は涙を拭き“ピクシー”を使った。
妖精は「かしこまりー」とでも言うようなポーズでどこからともなくステッキを取り出すと、子供の玩具にしか見えないその先端を亀井へ向けた。次の瞬間、彼女の全身は光に包まれ、それが収まった時には顔や体の傷が消え脈も戻っていた。
“ほーら まだ死んでない” ピクシーはウインクをすると消えていった。
目を開いた亀井が寝言の様に「さゆ……?」と呟く。
道重は思った。
土壇場になってみないと自分というものはわからない。
15
:
名無し募集中。。。
:2020/01/07(火) 23:44:19
教室に戻った亀井は自分の席につくなり溜息を漏らした。
瞼の裏に影の姿が焼き付いて離れない。やはり守護霊様なんてやるべきではなかったのだ。
そうやってああでもないこうでもないと考えていると、
「これから大事なことを言うぞ!」 教師の言葉でハッとした。
気付けば授業開始から三十分以上が経っていた。ノートは白紙のままだ。
急いで黒板の内容を書きとめようとペンを走らせる。
いつも騒がしいクラスが妙に静かだと思った、その時だった。
亀井はふと手を止めた。聞き間違いだろうか。今、確かに先生はこう言った。
『この中に一人だけ人間がいる』
どういう意味だろう。
顔をあげると教師がなんとも言えない表情で教壇からこちらを見ていた。
男らしい体格に毎日同じポロシャツとスラックスを身に着けている。今日も同じ格好だ。でも何かがいつもと違っている。
普段は内に秘めた温和さが滲み出ていて、家庭ではいいお父さんといった印象である。だが今はまったくそういった気配がない。むしろ瞳にはヘドロのような醜悪さを湛えている。
隣の生徒になんか変じゃない? と訊ねるも返答がない。気付けば皆の視線がこちらを向いていた。
「今から裁判を行う! 判決は死刑! 亀井絵里は死刑!」 静まりかえった教室に教師の声が響き渡った。
次の瞬間、その体が膨れ上がり破裂したかと思うと異形へと変貌した。
頭部は人で体は瓢箪。手は側頭部から生え、足は無い。丸みのある胴体が滑るように移動する様はバーバパパさながらだった。
唖然としている亀井の周りで生徒達がわらわらと動きだした。彼等の狙いも男と同じようだ。
迫ってくる無数の手に亀井は恐怖で抵抗出来なかった。
ただ、これから死ぬのかもしれないという予感だけはなんとなくあった。きっと守護霊様の呪いなんだ、そうに違いないと。
そうこうしている間に亀井は生徒達の手によって担ぎ上げられた。まるで祭壇に寝かされる生贄の如く。
「私はいいから他のみんなの事は助けて……」
「安心しなさい。他の者たちもすでに人ではない。悪魔と化した」
言葉と共に男の体から幾つも触手が伸びた。それ支えに亀井を見おろせる位置までくると、頭部から生えた腕を持ち上げる。
迫る怪腕を前にして亀井は目を閉じた。
先生の言っている事の意味は分からない。でも、みんなが助かるならそれでいい。私一人が犠牲になれば。
悪魔の両手がスカーフに触れた。
その瞬間、どっと恐怖が押し寄せた。
痛いのかな。苦しいのかな。みんなの為……でも本当にそれが望みなの? 本当は死にたくない。死にたくないよ。
「…………たくない……たとえみんなの為だとしても、私は死にたくない!」
亀井を中心に風が渦巻いた。
その勢いで生徒達のバランスが崩れる。
無数の手で作られた祭壇から亀井は滑り落ちた。
あわや床に激突というところで彼女の体が一瞬浮き上がる。
そうして緩やかに足から降りると風が一層強く吹いた。
“我は汝 汝は我 我は汝の心の海よりいでし者”
力が漲る。“声”が叫べと言っている。
「ペルソナ!」
亀井の背後に力の像が浮かび上がった。
曖昧な形の像は光の粒になって混ざり合い、女性の姿へと変わった。
それは端正な顔に目隠しをしている。唇には日章旗のように塗られたオレンジ色のリップ。体には胸元の空いたタイトなローブを身に着けていた。
人の様に見えるが背中には白鳥の様な白い翼があり、その神聖さとは裏腹に足首には枷と鎖を引きずっている。
そして明らかに物理法則を無視した超常的な力で“彼女”は浮いていた。
“我が名はエンジェル 天の御手 遍く使途が一人 其方の為 この力、揮いましょう”
願望を口にしただけなのに何故だろう。今は心に凄くゆとりを感じる。
亀井が男性教師を睨んだ。
それを見かえし男が笑い声をあげた。次の瞬間、無数の触手を生徒達の脳天に突き刺しこう言った「お前がどれだけの数をさばけるかテストしてやろう」
男の能力により奴隷と化したクラスメイトが一斉に亀井へ襲い掛かった。
16
:
名無し募集中。。。
:2020/01/07(火) 23:45:03
直ぐに呻き声があがった。男のものだった。
攻撃を加える寸前で生徒達の動きが止まったのである。
「エンジェル!」
亀井が叫ぶと天使は薙ぎ払うように手を振った。生徒達はその動きに合わせて教室の隅まで弾け飛んだ。
念動力。物体を意志の力で操作する。それがエンジェルの得意とする能力だった。
触手を介してしか効果を及ぼせない男よりも、対象を動かすという点では優れている。
いきなり操作を失ったことで男もそれを悟ったのか憤怒の表情で自ら襲い掛かってきた。
エンジェルが机や椅子を操り壁を作る。
男の腕が壁を破壊すると、崩れた瓦礫の隙間から亀井の姿が覗いた。顔に恐怖の色はなく、すでに何かを決意しているようだった。
彼女にはエンジェルに何が出来るのか分かっていた。だから今この環境で最も効果的に悪魔を攻撃できる術を能力を発現させた時点で思いついていた。
それはひっぱるようなイメージだ。
一斉に室内のガラスが砕け散る。
「おい、まさか」男が驚きの表情を見せた、その瞬間――
数えきれない程のガラス片が津波のように男へ襲い掛かった。
しかも一つ一つに神聖な光を湛えている。魔を祓う力だ。
光の波が力を失い床にばらばらと落ちた時、男は体の一部を残して絶命していた。
亀井は膝をついて息を荒げた。想像以上に体力を消耗したからだ。
男を倒せたのはよかったが、洗脳の解けた生徒達の事までは計算に入れていなかった。
起き上がってくる悪魔の群れを見て、これはいよいよダメかと思ったその時、皆の視線が一点に集まった。
そこにいたのは全身に布のようなものを纏い、その一部をフードのようにして目深に被っている、おそらく人間だった。
彼もしくは彼女が教壇まで移動すると、言葉もなく片腕を前へ向けた。
次の瞬間、教室の中心で大爆発が起こった。
悪魔化した生徒はもちろん、男の死骸も亀井も爆轟と火炎に飲まれた。
寸前でエンジェルを発動して念動力と聖なる力による力場を形成していなければ跡形もなく消しとんでいただろう。
教室を出ていくフードを追おうと彼女は這いずった。だが睡魔に誘われ部屋の中央で力尽きた。
次に目を覚ますと、すぐ近くに道重さゆみの顔が見えた。彼女は泣いていた。どうしたのだろうと思った。
体はまだ思うように動かなかったが口だけは何とか動かすことができた。
「さゆ……私は大丈夫だよ」
また眠くなってきた。少しだけ寝させてほしい。そうやって彼女は微睡みに身を任せた。
17
:
名無し募集中。。。
:2020/01/07(火) 23:46:52
ハッとして目を覚ますと、やはり道重がいた。それと養護教諭の保田圭。
「えり! 目覚めたんだねよかった」
「私……そっか、さゆが助けてくれたんだね」 亀井は駆け寄ってきた道重に微笑んだ。
「ここで何があった? あたしはてっきりは悪魔たちが暴れてると思ってたんだけどね」 難しい顔をしている保田に亀井は覚えている限り説明した。ペルソナを使える事に二人は驚いていたが、彼女にしてみればお互い様だった。
情報交換を終えると「フードの奴か……」と言って、保田は考え込んでいた。
「あの、保田さん今は直ぐにでも非難した方がいいんじゃ?」
亀井が訊ねると保田は目をぱちくりさせてから言った。
「今こっちにペルソナ使いが二人向ってる。それを待つ」
道重も保田の言うペルソナ使いの存在は薄々感づいていた。能力を得てからペルソナ使い同士の共鳴を微かに感じる。
「味方は多い方がいいってことですね」
「それもそうだけど……敵なら今ここで叩いとくのがいいからね」
敵? と亀井と道重は思った。
彼女が言うにはペルソナ使いが必ずしも善人であるとは限らないとのことだ。まるで実際にそういう体験をし、そういう人物を知っているかのような口ぶりだった。
いつでもペルソナを発動できる準備をしておけ、とも言っていた。相手が人間でも容赦はするな。やらなければやられる、と。
共鳴が強くなり三人は教室の出入り口を向いた。
――くる! と思った瞬間、黄色い人型の化物と黄緑色の毛をした四足獣が勢いよく飛び込んできた。
敵だ――
亀井と道重も対抗すべくペルソナを出して迎え撃った。
そしてペルソナ同士がぶつかる! という寸前、双方は動きを止めた。
「さゆ? えり?」
「が、ガキさん!?」二人の声が重なった。
「それに高橋さんも!?」道重が目を点にして言った。
「なんだい、あんたら知り合いかい」
保田がほっと胸をなでおろし四人にペルソナを引っ込めるよう促した。
どうやら高橋と新垣は大きな音と揺れを感じてここまできたらしい。それとやはり共鳴を感じて。
互いの事情を手短に話し終えると、聞いていた保田が背伸びをして言った。
「これでやっと校長室に行けるわね」
「校長室に何があるんです?」高橋が訊ねると『行けばわかる』とのことだった。
四人が顔を見合わせる。
地獄のような惨状にあって、何故か少女達の表情は学園がこうなる前よりも凛々しく晴れやかなであった。
18
:
名無し募集中。。。
:2020/01/07(火) 23:47:39
田中れいなが大きな音と揺れを感じて目を覚ました時、そこには空が無かった。薄暗く、太陽も雲も見当たらない。あるのは見た事も無い斑模様だけだ。
地平線まで続くコンクリートジャングルの景色も斑の暗幕により遮られている。
まるで学校だけ檻に入れられてしまったみたいに。
携帯で時間を確認すると丁度六限目の授業が終わろうかという時刻になっていた。
嫌な予感がした。
田中が屋上を後にしてまず感じたのは静けさだった。授業をしている時のものとは違う。もっと殺伐としている。まるで敵意や悪意を持った者達が物陰からひっそりと獲物を観察しているような。
それでいて人の気配はなく、がらんとした空気が漂っていた。
階段を下りて四階に差し掛かったところで妙な臭いがした。独特な鉄臭さ――血の臭いだ。あと微かに硫黄の臭いも――
確かこの階には三年生のクラスがあった。一年の自分に因縁をつけてきた三年が『こっちはわざわざ四階からきてんだぞ』と、アホなことを言っていたのを覚えている。
田中が三年の教室を覗くと人の千切れた手足や胴体が散乱していた。
「なにが起きとう――」
隣りのクラスも似たような光景だ。どの教室も死体しかない。しかもどう見ても人のものではない部位がいくつもあった。
夢なら醒めてほしいものだが。
そう思い最後の教室を後にしようした、その時だった。
教卓から物音が聴こえた。近づき下を覗くと体操着を着た女子生徒が体育座りで震えている。俯いているので顔はよく見えない。
話しかけてみると少女はぶつぶつと小さな声で繰り返した。
「シドウサマがくる」 体を小刻みに揺らしながら念仏のように何度もそう呟いている。
「ようわからんっちゃけど、れいなは帰る。あんたも早く帰った方がいいと。こんな場所おったらおかしくなる」
踵を返すと、いつの間にか出入り口に男が立っていた。ジャージパンツにTシャツをインした恰幅のいい男だ。
「お前、この学校の生徒ではないな」
「なん?」首からホイッスルをさげているところを見ると体育教師だろうか。
「安心していいと。もう帰るとこったい」
「そうはいくか。悪い生徒には指導しなければならん」
男の年季の入った手がほっそりとした肩へ伸びた。次の瞬間、田中の右手はそのごつい手を躱し、奔った。拳が吸い込まれるように男の顎へ命中した。
意識の隙間を縫う完璧な一撃。しかし、顔を顰めたのは田中れいなの方だった。
硬い、重い――手応えが人のそれではない。右の拳がじんと痛んだ。
「教師に手をあげるとは不届き千万! すぐにでも指導! シドウ! シドウだ!」
男が雄たけびをあげる。その上半身が何倍にも膨れ上がり筋骨隆々になるや頭部が毛むくじゃらの牡牛と化した。下半身はよれよれのジャージ姿のままで、ある意味それが一番不気味に見える。
田中は理解した。シドウサマとはこいつのことか、と。
少女が異常に怯えていたのも頷ける。どう見ても人間ではないのだ。その姿からは血なまぐさい暴力のにおいしかしない。
過去の経験から田中はだいたいわかっていた。こういう相手には何もさせちゃいけないと。
彼女は強く踏み出した。
牡牛に手が届く距離まで詰め先の先をとる。
華奢な拳が弧を描き横へ、次に下から真っ直ぐ縦に男の頭部を揺らした。
しかし牡牛はそれらを物ともせずに突進した。力も速さも見た目以上だった。
あまりの衝撃に田中の足が浮いた。
剛腕が間髪入れずに彼女の首を掴んだ。そして前進する勢いのまま何メートルも押し進み華奢な体を壁に叩きつけた。
19
:
名無し募集中。。。
:2020/01/07(火) 23:50:01
頭がぼーっとする。首に分厚い手が掛かっているせいだ。骨が軋む音が聴こえる。息ができない。
牛男が何か言っていた。おそらく『シドウ』だろう。左腕が引っ張られている。口の動きから察するに『引き千切ってやろうか』といったところか。
福岡にいた頃、あの時もそうだった。景色が歪み音が消え、痛みも消えて色も消える。懐かしい。あの時はどうしたっけ――そうだ覚えていない。
あの時の記憶は、よく覚えていない――
田中の右手が持ち上がる。
ほっそりとした指が首を掴む剛腕に掛かると突如不気味な音を立ててめり込んだ。
驚きあまり牡牛は全力でその場から飛び退いた。
「なんだ貴様は! まだ教師に反抗する気か――」 言葉途中で牛は違和感に気付いた。右手の感覚が――そう思って自身の腕を見た。声を失った。何が起きたのか理解できなかったからだ。
とりあえず自慢の剛腕が無くなっていた。
どういう事だ? と視線を戻して男はぎょっとした。
今しがた猛威を振るっていた自身の右腕は、少女の五指にがっきり咬まれ、その場から一ミリも動いていなかったのである。
捥ぎ取られた――これではまるで、相手の方が強いみたいではないか。自分が指導されているみたいではないか。
「返せ……返せぇ!!!」 男は声を上げて直進した。
腕を取り戻そうと手を伸ばした、その時だった。
今まで感じた事のない衝撃が体中を駆け抜けた。まるで魂そのものをはつられたみたいな痛みだ。
体を大きく切り裂かれていると男が気付いたのは膝をついた後だった。
自分でつくった血だまりに履き古したジャージがちゃぷりと浸かった。
田中れいなはそれを感慨なく眺めていた。彼女の周囲の風は蠢き、傍にはいつの間にか人型の像が浮び上がっていた。
あの時、男が腕を取り返そうとしたあの瞬間。いやそれ以前に彼女は発動させていたのかもしれない。
「ペルソナ」
口にすると像が女性の姿に変化した。
大きな蒼い双眸をもち、鼻から下はカラスマスクで隠れている。
女性らしいしなやかな曲線をもつ体には裾の破れたケープを纏い、その隙間からちらつく上半身は左半身が生身で右半身が機械だった。
とくに右腕は骨格を模ったような金属フレームに大小さまざまな管が入り組んだ無骨なつくりをしている。
“我は汝 汝は我 我は汝の心の海よりいでし者”
男は見た。田中れいなのペルソナの姿を。その背後から起き上がる身の丈の倍はあろうかという邪悪な二本の尾を。
これも一つは生身で一つは多節の機械。それぞれが別の意思でもあるかのように宙をうねっている。
“我が名はネコマタ 孤高の野良 冷酷無慈悲 屍山血河をゆく者也 共に歩まん冥府魔道”
お座りをするネコマタの左手に血が滴っている。
男が自分の腕を取り戻そうとしたあの瞬間、猫はその手に備えた五本の鉤爪を振るっていたのだ。
牡牛の下腹部から入った“彼女”の爪は肋骨を断ち割って胸骨を裂き、鎖骨まで貫いていた――
そんなことなど知る由もなく、男が最後の力を振り絞り立ち上がる。そして窮鼠の如く田中とネコマタへ飛び掛かった。
次の瞬間、彼は宙でばらばらになり床へ散らばった。
猫の機械尾が機嫌良さげに踊っている。
田中がネコマタを一瞥する。ネコマタも顔だけ田中へ向けた。視線が一瞬交差すると互いに力を確かめるみたく頷いた。
猫が放ったのは衝撃の塊だった。それも鋭く研ぎ澄まされた“衝撃の刃”である。
音もなく色もなく臭いもない、無色透明の殺意。
それが尾の動きに合わせて奔り、男を無慈悲に破断してみせたのだ。
役目を終えネコマタが消えると、田中はもう一度教卓の下を覗いた。
まだ少女が震えている。もう大丈夫だと言うと彼女は恐る恐る立ち上がった。
20
:
名無し募集中。。。
:2020/01/07(火) 23:50:31
「シドウサマは死んだの……? 本当に?」
「多分そうっちゃない」
「よかった……本当によかった……」少女は涙を流しながら何度もそう繰り返した。
こういうムードは苦手だ。
田中が踵を返す。「はよ帰り」
「は、はい……。その前に、いただきます」にたり、と少女の口が裂けた。
びっしりと並んだ犬歯が田中の首根っこに食らいついた――かに思えた。
体操着の悪魔は食らいつこうとする体勢のまま制止していた。その視線は宙を舞うなにかに縫い留められていた。
見覚えがある。あれは、私の――顎だ。
認識した瞬間、この世のものとは思えぬ激痛が顔面に走った。同時に口元からおびただしい量の血が滝のように零れた。
目の前にいた美味しそうな獲物がいつの間にかこちらを向いている。
いつ振り向いたのか少女には認識することすら出来なかった。
今わかるのは獲物の傍に機械の腕の像が浮かんでいるということだけだ。
それはあまりにも刹那の出来事だった。
悪魔化した少女が食らいつこうとした瞬間、田中はネコマタを発動していた。
機械の腕は具象化したと同時に尋常ならざる速度で奔り、少女の下顎を吹き飛ばしたのである。
そのあまりの速度と力で機械の手は赤熱していた。
少女がたまらず尻もちをついた。ゆっくりと歩み寄ってくる、つい先程まで獲物だったはずの者を見上げて訊ねた。
『完全にこちらを信用していたはずだ……』 顎がないので言葉にはなっていなかったが確かにそう言った。
田中は無言だった。
少女はそんな彼女を視た。猫に似た顔を、双眸を。
少しして田中が歩き出した。そこには、何も無いかの様に。
二人がすれ違った時、少女は死んでいた。
死因は外傷によるものではなかった。
昔から日本にはこういう言い伝えがある。
“人の心の奥底には“無明”というものが存在し、それを見た者は鬼と化す”
少女の死に顔は、まさに鬼のような形相であった。
彼女は田中れいなの瞳の奥底に、何を視たのであろうか――
廊下には淡々とした足音だけがこだましていた。
21
:
名無し募集中。。。
:2020/01/07(火) 23:53:44
校長室へ向かう途中、高橋新垣亀井道重そして保田の五人は共鳴を感じ取った。それも二つ。一つは遠いがもう一つは近い。
皆が自然と顔を見合わせる。
言葉を交わさずとも五人の意思は一致していた。
共鳴の元――ペルソナ使いを確かめようと。
ただ遠い方は保田の案で後回しということになった。まずは近い方へ。
道中、幸いにも悪魔に出くわすことはなかった。しかも共鳴は二階から。校長室があるのも二階なので好都合である。
そうして二階の職員用トイレの前まできて五人は足を止めた。
「ここだよね?」と最初に訊ねたのは道重だった。
保田が人差し指を口に当てる。できるだけ物音を立てるなということだろう。
中へ入っていくと個室のドアが一つだけ閉まっていた。
各自いつでもペルソナを発動できる準備を整える。
「なかにいるんでしょ」高橋が訊いた。返事はない。
亀井がノックをする。やはり返事がない。
しびれを切らしたのか新垣が思い切ってドアを開く。
すると少女が顔を伏せて泣いていた。靴からみて一年生だ。
「ねえ、あなた大丈夫?」亀井が声をかけると少女は首を横に振って言った。
「こないでください。あたし普通じゃない。みんながおかしくなって襲い掛かってきて、それで気付いたらわたし、みんなの事を……」
亀井がそっと肩に手を置いた。
「大丈夫、私達も同じだよ。不思議な力を使えるようになったんでしょ?」
驚くように少女の顔が五人を向いた。「みなさんも……?」
「ああ、そりゃあペルソナって言うんだよ」保田がこれまでの経緯を話す。
ついでに今日だけでこの説明何度目だろうと内心で呟いた。
「そ、そんなアニメや漫画みたいなことがあるんですね……」
少女――光井愛佳は未だに信じられないといった様子だ。
どうやら彼女はペルソナを発現させた時のことをあまり覚えていないらしく、その“力”の名前もよくわかっていないらしい。
保田はそこに引っ掛かりを覚えたが、事態が事態なのでとりあえずは先を急ぐことにした。
そうしてついに辿り着いた校長室の前で六人は立ち止まった。部屋の中から陽気なダンスミュージックが聴こえる。
思わず道重が訊いた。
「結局、ここに何があるんです?」
保田が言った。
「校長がいる」
モーニング女学院の校長はかなりの変わり者として有名だった。
まずはその見た目である。
髪は金に近い明るい茶色でしかも男性にしては長髪の部類であり、スーツもやたら洒落たものを着ている。一見するとホストクラブのオーナーにしか見えない。
当然それに合わせてぱっと見も若く、年齢は不詳。おそらく五〇近くなのではないかという噂だ。
校長になる前は物凄く高度なコンピュータープログラムの研究をしていたという噂もある。
何より奇妙なのは寺田光男という本名をもちながら、何故か生徒からも教師からも『つんく』と呼ばれているところだ。
校長室に入った六人はそんなつんく校長に迎えられた。
「ようここまで辿り着いたな。保田以外はダメかと思ったけど――まあ座りや」
外の殺伐とした空気とは打って変わって、異様なほど平和な空間に少女達は思わず戸惑ったが、保田だけは変わらずに事の経緯を話し始めた。
つんくはそれを部屋の中央奥に備えられた校長席に座りながら面白そうな顔で聞いている。
「あの、」とそこへ高橋が割って入った。
「今起こっているあれは何なんですか? 学校で何が起きてるんですか?」
「せやな。ここで起きてるのはやな」
それは受胎というらしい。
つんく曰く対象とそれを取り巻く空間の位相をズラす禁術とのことだった。
受胎の対象は所謂魔界や天界とも呼ばれる“異界”と重なることでその影響を大きく受ける。
アストラル的な構成の異界は人のアストラル体――つまり霊体や魂に影響を及ぼし、結果、人は悪魔化してしまうのだという。
22
:
名無し募集中。。。
:2020/01/07(火) 23:54:53
「じゃあなんでさゆみ達は悪魔化しないんですか?」
一口にペルソナ使いだからと言われても納得できなかった。
つんくが答えると室内に驚きの声があがる。
曰く、ペルソナとは魂が半悪魔化した状態を指すらしく、すでに半分悪魔なのだからそれ以上の変化は起きないとのことだ。異界に対しての免疫機能の現れみたいなもので――インフルエンザの予防接種と同じ原理だ。
ただ、ここで少女達は疑問に思った。つんくからは特有の共鳴を感じないのである。つまりはペルソナ使いではない。なのに受胎の中で平然としている。
「まあ俺はサマナー、デビルサマナーやからな。仲魔がおんねん」
高橋達が一斉に「ナカマ?」と口にした。
五人はつんくに指をさされた箇所に目をやる。
おかっぱ頭の可愛らしい人形が棚の上に立っていた。大きさは道重のピクシーくらいだろうか。「あれがなにか?」と言いかけたところで人形は飛び上がり少女達の間を縫って校長の机の上に座り込んだ。
「これがいま校長室に結界を張ってくれてる仲魔のモーショボーちゃんや」
小さな少女がぺこりとお辞儀した。
物珍しそうに五人がモーショボーを観察するなか、保田がつんくに訊ねた。
「にしても珍しいですね。つんくさんなら自力で受胎を破るのかと思ったんですけど」
「それなぁ――」
どうやら彼も最初はそのつもりだったらしいのだが、悪魔召喚プログラムの調子が悪いらしく、思うように仲魔を呼べないのだという。
原因は携帯を変えた際のプログラムのインストールが上手くいっていないからではないか、とのことだ。
なので受胎が始まってから今の今ままでその修理に追われていたらしい。
「ちゃちゃちゃっと直せないものなんですか? 叩くとか」 訊ねたのはモーショボーを撫でている道重だった。
「昔のテレビとちゃうぞ――」
曰く、悪魔召喚プログラムとはつんくが開発したアストラルテクノロジーであり、魂の言語化とそれを用いた“アストラル言語”で構成されているらしい。
「とにかくや! 俺は今ここを動けん。だから君等に受胎破りをお願いしたいねん」
つんくが神妙な面持で告げる。
「それ、保田さんじゃダメなんですか?」道重が訊ねた。
「あかん。保田にはわしの手伝いをしてもらわな。そろそろモーショボーちゃんもつかれてくる。結界をはれる者が必要や」
五人はしばらく黙っていた。
口火を切ったのは高橋だった。
「受胎破りっていうのは具体的にどういう?」
「それはやな」
つんくが言うにはこれだけ広範囲の受胎を行うにはそもそも術者もその中にいる必要があるとのことだった。それを行っているのが人間なのか悪魔なのかはわかないが、術者を倒してしまえば受胎は解ける――
「やってくれるか?」
五人は顔を見合わせた。
どのみちここから出るにはそれしか方法がないのだ。やる以外の選択肢は最初から用意されていない。
「やります」少女達の声が自然と揃う。
「その意気や。あと術者がどこにおるのかは俺もわからんからけど、ごっつ強いやろうから相応に目立つはずや」
保田はそれに付け加えるようにペルソナの使い方について役にたつ情報をくれた。
そうして部屋を出ていく五人を見送ってから、つんくは机に頭打ち付けた。
「すまん……わしに力があれば……」
「つんくさん、彼女達は強いですよ。あの頃の私達みたいに」
「……そうか――まあ、顔はあの子らが上やな」
「…………はやく直してください」
23
:
名無し募集中。。。
:2020/01/07(火) 23:55:53
校長室を出た五人は歩きながらこれからどうするか話し合った。
高橋と新垣のいた三年生のフロア、つまり四階では沢山悪魔はいたが術者らしき者はいなかった。道重は保田と共に校長室へ向かい、途中で亀井を助けるために二年生のフロアである三階へ。光井は体育の授業を見学していたらしく、そこから階をあがり二階の職員用トイレへ。
つまり各自が通ってきた経路と合流後の経路をまとめると、二階から四階に術者と疑わしい者はいなかったという事になる。
一つ気になる点があるとすれば――
「えりの言う“フード”が怪しいかな」
高橋は口元に手をやった。
話しを聞くかぎり、そいつは自分達が相手にした悪魔よりも数段格上に思える。つんくの言った強い力とも合致する。
他の者たちも高橋に同意したが、問題はやはり相手の居場所である。
各階にはまだ見ていない多目的教室等が幾つか存在する。
とりあえずはそれらをしらみつぶしに当たっていく他ないだろう。
放送室についた五人はそっと室内へ侵入した。
ドアノブに血がこびり付いていたので悪魔がいるかもしれない。
「あ!」道重が声をあげる。
新垣がすぐにその口を手で覆ったが遅かった。
ブースにいる一つ目の悪魔がぎろりとこちらを向いていた。
頭部は人間で異様に長い首がダンゴムシのような胴体に繋がっている。
やばい、と思った直後、悪魔はかさかさと音をたてながら襲い掛かってきた。
五人はバラけるように転げる。
放送室は狭い。ペルソナをだして戦うには不便だ。
各自が校長室での保田のアドバイスを思い出す。
『ペルソナは強力だが使用者の消耗も激しい。しかも小回りもきき辛い。だから『降魔』を使え――』
高橋が右手のピンキーリングに意識を向けた。ヌエを使うイメージで――その力だけを集める――
リングに火花が散った。
そして、ハッ! という気合と共に平手で悪魔の頭部を打った。
バチッとスパーク音が鳴り、長い首が傾いだ。頭部からは煙をあげている。
「愛ちゃんどいて!」
新垣が引き絞った腕を大きな動作で横に振る。
轟! と風が吹いた。
一つ目は飛ばされ壁にぶつかると首(こうべ)を垂れ、動かなくなった。
「二人とも、凄い」道重が感嘆する。
きっとこれが保田さんの言っていた――『降魔』
それはペルソナの力の一部を本人に付与する業である。
現れ方は本人とペルソナの性質に依存し、超常的な力の一端を生身で扱う“アストラルアーツ”なのである。
ペルソナほどの力はないものの弱い悪魔であれば十分な効果を発揮する。
高橋の場合は物体に電撃を潜ませ、本人の意思でそれを開放するというもの。新垣は動作に合わせて風を起こせるようだ。
どちらもペルソナ能力と同じで現実の物理法則を無視していた。
24
:
名無し募集中。。。
:2020/01/08(水) 00:22:17
「二人が居れば怖いもの無しじゃないですか」
道重はルンルン気分で悪魔に近付き指でつついた。
「さゆー調子に乗ってるのと起き上がってくるかもよ」新垣が意地の悪い顔をする。
「まっさか〜! そんなわけ――!?」 本当に起き上がった。
「危ない!」亀井は思わず近くにあった椅子を掴む。すると椅子はひとりでに動き出し、道重に齧り付こうとしている一つ目に体当たりをかました。しかも意思でもあるかのように悪魔を壁に押し付けてサンドウィッチに拘束する。
「あ、危なかった……さゆみだって、怒ったら怖いんだからね」道重の手にステッキが具現化される。
えいっ! と、それで悪魔の頭を叩いた。何も起こらなかった。
「ちょっ、さゆっ! こんな時にギャグかまさないでっ――も、もう押さえておけないっ」
一つ目が椅子を破壊し、道重に襲い掛かる。
高橋と新垣が迎撃態勢に入るも、間に合いそうになかった。
道重がキャッと叫びながらデタラメにステッキをふる。悪魔の側頭部に当たった。
次の瞬間、一つ目をはりつけた頭部が爆弾ように破裂した。
一同は二、三秒ほどそのままの状態でポカンとしていた。
「さ、さゆの力?」新垣が訊いた。
「た、多分――」
降魔もペルソナと同様、使用者には力の詳細が“なんとなくわかる”のだが、道重にはそれをどう説明していいのかがわからなかった。
彼女の力はステッキによる攻撃の威力をランダムに変動させるというものだった。謂わばクリティカルヒットである。それが起こる確率も威力の倍率も当然ランダムである。
かたや亀井の力は手で触れたり掴んだりした物をテレキネシスで操る、という非常に説明しやすいものだった。
「私だけ何もできなかった」
光井が申し訳なさそうな顔をしている。
亀井はそんな彼女を慰めた。
今後もこういう展開が続くのかと思うと気が遠くなる。無事受胎破りをやり遂げられるのだろうか。
五人は不安に駆られながら放送室を後にした。
その頃、田中れいなは校門前に来ていた。
当然帰宅するためだが、そう上手くはいかなかった。
校門を境に斑色の壁――というよりは膜が邪魔をしていたからだ。
手を当ててみると何とも言えない感触だった。
どうしたものかと考えていると、ふと背後に気配を感じた。
振り向くと初老の男性が立っていた。作業着を着ているので用務員だろう。
「ここからは出られんぞ」
「またったい――」
田中の視線が明後日を向く。
「隙あり!」
と、男が飛び掛かり、二人が交差した――刹那、銀光が真一文字に奔った。
着地した男は途端に勢いと覇気を失い、覚束ない足取りのまま俯せに倒れた。
まだ辛うじて人の姿を保っていた頭部が体から離れてコロコロと転がった。
ゆるりと振り向く田中――その右手の爪が一〇センチ以上も伸びていた。
五枚とも刀のように鋭く、銀色の金属光沢を持っている。
しかも悪魔の首を刎ねたばかりだというのに、一切の刃毀れも血汚れも無く、油による淀みも無い。あるのは無機質な機能美だけ――
彼女はまだそれを降魔だとは知らない。ただ効率のいい力の使い方を、効率のいい戦い方を求めた結果だった。
そしてここにくるまでに殺傷した悪魔の数は既に二〇を超えていた。
田中は男の頭部に爪を突き刺し止めを刺すと、校舎に目を向けた。
少女が五人かたまって廊下を歩いている。
ずっと感じていた共鳴はあれが原因か――
斑の膜へ向き直り右手を奔らせる。しかし膜は破れなかった。薄い傷がついただけだ。それも直ぐに再生してしまう。
ただ収穫がなかったわけではない。爪で触れた事で分かった事がある。
膜はたしかにここに存在しているが、同時にここには存在していない。
矛盾しているがそんな感じだ。
きっと根本はペルソナと同じ。何処かに“本体”がある。
それを殺すか壊すかすればいいのだろう。
田中はもう一度校舎を向いた。
五人がまだ廊下を歩いている。
内の一人と目が合った気がした。嫌な目つきをしていた。
25
:
名無し募集中。。。
:2020/08/12(水) 13:48:14
まさかこんな作品があったなんて。。。ハロプロとメガテン・ベルソナ好きな自分としてはドストライクな内容!
続きが早く読みたいです!!お願いします
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板