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从 ゚∀从は鋼鉄の処女のようです Яeboot

1 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 05:30:51 ID:ytUFOiFEO

 

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32 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 08:41:15 ID:pisun.Qw0
('A`)「んで、言ってた通りの買い物は済ませたのか?」

日課の戯言に適当な返事をしてから、彼女の手にぶら下がった買い物袋を指差す。
帽子を被ったスカンクのマークがプリントされたホームセンターのビニール袋の口からは、食器やメタルラックなどがその顔を覗かせていた。

从 ゚∀从「買い物メモの象形文字を解読するのに手こずったが、他は滞りない」

右手の買い物袋を俺に押しつけながら彼女は憎まれ口「のような言葉」を使うが、彼女ほどの高性能な人工知能を有したアイアンメイデンが買い物メモを必要とするわけがない。
言わば、人間らしさの演出と俺の趣味を兼ねた手心というものだ。恐らく俺のこの行動は他人からは、理解しがたいフェティズムにも映るのだろう。

('A`)「よし、コーヒーもちゃんと買ってきてるな。オーケー、ここらで一つ一服をいれるか」

買い物袋の中を確認し、目当てのインスタントコーヒーの瓶を取り出すと、ハインに先じて新たな事務所の扉を開ける。
四十畳ほどの部屋は横に長く、奥にはバイオヒノキのバーカウンターと同じ素材の酒瓶棚、カウンターから見えるフロアには小さな木製テーブルが二席。
床の各所には未だに荷解きをしていないダンボールの山が転がって散らかっているとはいえ、かつてはバーか喫茶店が入っていたであろう、この新たな事務所の雰囲気を、俺はそこそこに気に入っていた。

从 ゚∀从「さて、今日ぐらいは私が茶の準備をしてやろう」

買い物袋をぶら下げたまま、バーカウンターの横合いから奥の厨房へと入っていこうとするハインに、俺は手にしたインスタントコーヒーの瓶を放り投げて、カウンターの隅に腰を下ろす。
既に自分の城であるとはいえ、真ん中に座るのは落ち着かないものなのだ。

33 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 08:42:56 ID:pisun.Qw0
「矢張り本格的な調理設備が整っているというのは良いものだな。腕がなる」

ビニール袋を漁る音と共に聞こえてくるハインリッヒの声に、「腕がなるのは関節の老朽化が原因じゃないのか」と胸中で呟く。
こないだの仕事が思ったよりも金になった為、戯れで準二級の調理プログラムの入った素子なるものを買い与えてみたが、果たしてこれは正解と言えるのだろうか。
一夜にして板前見習い程度の調理テクニックを身につけてからというもの、彼女は何かにつけて天然食材を買ってきては我が家の経済状況に小さくても決して無視できない打撃を与えるようになった。
その点の浪費については、しかし俺も常日頃から彼女に指摘され続けている為、真っ正面から抗弁する資格も無い。
何よりも以前よりも遥かに美味い飯が食えるようになったのは実際悪い事では無いとくれば、嬉しい悩みの部類に入るのだろう。

从 ゚∀从「お待たせしましたお客様、こちらモカ・ブレンドとレアチーズケーキになります」

わざとらしい口調で言いながらトレイの上にコーヒーとケーキを乗せてやってきたハインは、どういうわけかシックな給仕服に白いレースのエプロンを纏っている。

从 ゚∀从「昼は喫茶店、夜は何でも屋。そんな戯画的な雰囲気は嫌いか?」

なるほど。それもまた悪くない。

从 ゚∀从「貴様もどうせそのような雰囲気を期待してこの物件を選んだのだろう?」

('A`)「……分ってらっしゃるようで」

本場大英帝国も顔負けの動作でカウンターに置かれたコーヒーカップを、俺は左の手で包むようにして掴む。
感触を確かめながらゆっくりと持ち上げ、何とか口元まで運んだ所で、カップが粉々に砕けた。

34 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 08:44:39 ID:pisun.Qw0
从 ゚∀从「まだ、力加減が慣れないか?」

('A`)「ああ、そうみたいだ」

コールタールのように真っ黒なコーヒーで汚れたテーブルを、俺は右の手にダスターを握って拭いて行く。これで通算三度目の失敗だ。
生まれて初めてサイバネ義手なるものの世話になることとなってしまったが、矢張りこういうものに金を惜しんではいけないようだ。

从 ゚∀从「だからギーク12にしろと言ったのだ。いくらギュウキが
戦闘用の頑丈さを持っていようと、三世代も前のモデルでは日常生活に支障が出る」

('A`)「力加減は慣れればいいんだよ。頑丈なら、それでいいんだ」

俺の左手を覆う黒革の手袋の下には、クロームメタルの鉄板と配線が剥き出しになった武骨なフォルムが収まっている。
こんな商売をしているにも関わらず、今まではニューロジャック以外のインプラントの世話にならないで一生を終えるものだとばかり思い込んでいた。
ハインリッヒが何時も隣にいるからだろうか。実に、甘い認識だったと思う。
結果的に、サイバネ義肢をつけたことで、カスタムデザートイーグルの口径も義肢用に二周りほど大きくする事が出来たのは、怪我の功名という所か。

('A`)「大体、ここを借りるだけでも結構吹き飛んだんだ。その分、抑えるとこは抑えとかないとな」

从 ゚∀从「事務所と自分の左腕を同列で語るな。それだけ型が古いと、しょっちゅう整備しないとならないぞ。
      大体、貴様は金の使い所がおかしい。私に調理ソフトなどをインストールする余裕があるのなら……」

客観的な視点で実に的確なお説教が始まる。
最早日課になってしまいつつあることだが、自分自身も設定に関わっているAIに説教されるなんてのは、どうにもしまらないものである。進歩の無い所が、人間らしいとも言えようか。

35 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 08:46:17 ID:pisun.Qw0
('A`)「いっそ俺の頭の中身も定期的にアップデートされるようにならんもんかね……」

愚にもつかない戯言をぼやいた所で、懐が僅かに振動する。
よれによれたコートの内ポケットから携帯端末を取り出せば、そこには「非通知着信」の五文字。
傍らで小言の続きを垂れるハインに視線を送り、俺は受話ボタンを押した。

('A`)「はい、こちらD&H――」

「助けてくれ!追われている!」

思わず受話機から耳を離して顰め面を作る。
金切り声に近い叫びを上げる電話の向うの主。
それすらもかき消すかのように、ヘリのローター音じみた機銃の正射音が後に続いた。

('A`)「いや、いきなり助けてくれも何も先ずは――」

「何でも屋なんだろう!?金なら幾らでも払う!今すぐニーソク第五埠頭に来てくれ!大至急だ!」

銃声。続いて、爆発音。そして電話は切れた。

('A`)「……」

相棒を見る。

从 ゚∀从「却下だ。理由は言わずともわかるな」

('A`)「それも却下だ」

从 ゚∀从「理由は?」

俺は尻ポケットから財布を取り出してさかさまにする。
百円素子が三つ、新たな事務所の木の床を転がった。

36 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 08:47:34 ID:pisun.Qw0

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――黄色いドアを開いてドロイドタクシーの助手席に乗り込むと、ドライバーの中古ドロイドが骨格の剥き出しになった口から片言めいた日本語で警告音声を鳴らした。

〈-L-〉「お客様ノ座席は後部トナッテオリマス。恐縮デスが一度オノリカエノホドヲ――」

('A`)「やかましいんだよ、ポンコツ」

配線の剥き出しになった鉄板の顔面を、黒革の手袋に覆われた左手で殴りつけると、その首筋にジャックインケーブルを突き刺す。
視覚野に違法行為を示す「イリーガル」の赤い警告文が表示されるが無視。
“リッパー”を走らせてドライバードロイドの安いファイアーウォールをぶち抜くと、二秒のうちにドロイドの制御中枢を掌握した。

从 ゚∀从「ここまで行くとキセル乗車も堂々としたものだな。いっそ犯罪者に転向したらどうだ?」

('A`)「最初から似た様なものだろ」

从 ゚∀从「違いない」

軽口を叩く相棒が後部座席に乗ったのを確認して、俺はドロイドの脳核に行き先のデータを入力する。
ドライバードロイドがドラッグ漬けのロックミュージシャンめいてしわがれた電子音声を発した後、俺達を乗せたドロイドタクシーは、昼下がりのニーソクの交差点のど真ん中でUターンを決めると、猛スピードで発進した。

37 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 08:49:26 ID:pisun.Qw0
从 ゚∀从「しかし、名前も明かさぬ、予測される敵対勢力の情報も無い。
     これで幾らでも払うと言われて、はいそうですか、
     となる貴様の思考回路は雲一つない日本晴れのようだな」

('A`)「キミは学があるから諺にも詳しいだろ?いいか、溺れる者は――?」

从 ゚∀从「時々、何のために生きているか分からなくならないか?」

('A`)「言うな馬鹿。貧乏暇なし、下手の考え休むに似たり、考えるのはペイの支払いの時だけで十分だ」

後ろ腰のホルスターからカスタムデザートイーグルを取り出して、マガジンと薬室の弾丸、有線制御モジュールの正常動作を確認する。
バックミラー越しに見える相棒は、左腕のネイルガトリングの給弾ベルトを腕の中にしまって確認を終えた所だった。

最大効率を求めて即席でタイプされたプログラムに従い、ドロイドタクシーは制限速度を三十キロもオーバーした速度で公道を爆進する。
無茶な追い越しを繰り返す車体の窓越しに、煤けたネオン看板やサイバネ改造でごちゃごちゃしたパンクス達の頭が通り過ぎていく。
頽廃と享楽の街ニーソクは、ドロイドタクシーの暴走行為にも顔色一つ変える事無く、光化学スモッグの齎す淀みの底に沈んでいた。

('A`)「ここで一つ賭けをしようぜ。依頼人はどんな奴だと思う?」

从 ゚∀从「類は友を呼ぶ、と言う」

('A`)「交渉に失敗したヤクザか、預金残高の改竄に失敗したハッカーか」

从 ゚∀从「どちらにしろ、ボンクラだ。賭けにならない」

('A`)「ごもっとも、ってやつだ」

38 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 08:51:20 ID:pisun.Qw0
下らない毎日を構成するのには、碌でもない仕事と碌でもない依頼人、そして救いようのない俺。
何年続けても、これのうちどれか一つでも変わった試しが無い。
職業案内所へ行く気が起きないのもまた、それに拍車をかける。

('A`)「いっそ全てを投げ打って温泉旅行にでも行きたいと思わないか?」

从 ゚∀从「新しい事務所を借りる資金をそっちに回せばよかったじゃないか」

('A`)「その手があったか」

从 ゚∀从「たらればだが、もしそうしていたなら帰ってくる場所が無くなっていたがな」

('A`)「その時は旅先に骨を埋めるよ。キョート辺り、いいね」

从 ゚∀从「貴様との心中はご免被りたい。一人で涅槃でチークダンスでも踊っていろ」

機械との漫談も、慣れたものだ。
突き詰めていけば、全ては俺の独り言でしかないが、少なくとも孤独を誤魔化す程度には重宝している。
会話はこのとかく生きづらい世の中を渡る為の一種の精神安定剤だ。たとえそれが、機械とのものだとしても、だ。

下にもつかない“ひとり言”を繰り返しているうち、フロントガラスの向うに、コンテナや貸倉庫、無数の煙突やパイプを生やしたコンビナートの鉛色の威容が見えてくる。
石油資源の加工を目的とした施設が集中する、ニーソク区第五埠頭は昼夜を問わずに薄ら暗い。
光化学スモッグとそこから慢性的に降りしきる重金属酸性雨は、ここが出来てからというもの幾つもの公害問題の槍玉として挙げられてきたが、天下の渡辺グループ傘下の企業達がそれに対してまともに取り合う筈も無かった。
数年前まで盛んにデモ行進を行っていた労働組合も、今ではとんとその姿を見かける事も無くなって久しい。
“慰謝料”は幾ら程出たのだろうか?何処にでも転がっている、碌でもない話の典型だ。

39 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 08:53:10 ID:pisun.Qw0
('A`)「さて、クライアント殿はどちらに――」

ドライバードロイドに結線したまま首を巡らせていると、懐が再び振動。取り出して受話ボタンを押す。

「やっと来たか!遅いぞ!」

携帯端末を耳に当てると同時、今にも泣き出しそうな情けない声が飛び出してきた。

('A`)「これが最高速度でね、お客さん。既に棺桶に片足を突っ込んだ運転だったんだが、それについても別途の――」

「緑色のコンテナの下だ!早く!早くこっちに――」

銃声、銃声、後、爆発音。再び通話は切れる。
溜息をつきたくなるのを堪えて視線を巡らせれば、フロントガラスの向う、波打ち際にうずたかく積まれたコンテナの群れを背後に、二十人前後の人影とその間で閃く銃の火線が見えた。

('A`)「さて、久しぶりに荒い運転をするが、ジャイロの方は?」

从 ゚∀从「貴様の金銭感覚よりはバランスが取れている」

('A`)「オウケイ」

ドライバードロイドの操作をマニュアルコマンドに切り替え、オーディオのスイッチを入れる。
埃まみれのスピーカーから吐き出される、ノイズと区別のつかない野太いグロウル。
インディーズグラインドコアメタルバンド、「パペットマスター」のサードシングルのギターソロに合わせて、俺はニューロンの中でアクセルをめいっぱいに踏み込んだ。

40 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 08:54:43 ID:pisun.Qw0
唸りを上げて、ドロイドタクシーの黄色い車体が尻を振りながら走り出す。
向かう先は、コンテナの前に展開した鉄火場、そのど真ん中。
手に手にサブマシンガンやハンドガンを構えた黒服の集団が、招かれざる客である所の俺達を一斉に振り向いた。

('A`)「ヘイ、ヘイ、ヘイ、暴れ牛だ!マタドール気取りは止めとけよお!」

黄色の暴れ牛の突進に、黒服達の手のエモノが一斉に火を噴く。
乱れ飛ぶ銃弾の雨あられ。火花と共にボンネットがチーズめいて穴ぼこを晒し、フロントガラスに蜘蛛の巣が這う。
サイバネ義手の左でフロントガラスをぶち破って視界を確保した瞬間、右の頬を銃弾が掠めた。

「なんだこいつは!?」

「ざっけんな畜生め!撃て撃て!撃ちまくれ!」

車体を伝う肉の感触。鈍い衝突音の度に、ぶれる車体。
ごっ、ごっ、ごっ。三人引っかけた。後部座席のハインが、前のシートに頭をぶつける気配がする。

銃弾の猛攻は止まない。閃く火線にサイドミラーが千切れて吹き飛んだ。
横の窓を突き破って、銃弾が車内にまで飛び込んでくる。
頭を低くした瞬間、隣の運転席でドライバードロイドの不細工な頭が弾け飛んで、機械油の汚らしい茶色の飛沫が飛び散った。
有線結線の弊害で、フィードバックが俺の脳髄を駆け抜ける。
鼻の奥で熱い感触。ニューロンを丸ごと焼き切られなかっただけでも儲けものだ。

('A`)「ファックオフ!」

左の手の甲で鼻血を拭いながら、右の手でお留守になったハンドルを握る。
幸か不幸か、アクセルは全力で踏みぬかれたままだ。
舞飛ぶ怒号と銃弾の嵐の中を、スクラップ寸前の黄色い車体はコンテナ目掛けてフルスロットルで突っ込んでいく。
風通しのよくなったフロントガラスから、緑色のコンテナの山の下で頭を抱えて蹲る人影が見えた。

41 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 08:57:18 ID:pisun.Qw0

('A`)「ビンゴォ!」

右の足で無理矢理にブレーキを踏みつけながら、ハンドルを思い切り右に切る。
パンク寸前のタイヤがバンシーめいた金切声を上げて、車体がドリフト旋回。
ギリギリの所でコンテナにぶつからずに停止した。
止まない銃声の中で、ハインリッヒが後部座席のドアを開けて、よれよれのコートとハンチング帽を召したクライアントを片腕で車内に引きずり込む。
ドアが閉まった事も確認せずにブレーキを離し、俺は車体を急発進させた。

('A`)「待たせたね、お客さん。まだ脳核は無事かい?」

(;´_ゝ`)「ああ、お陰さまでご健在だよ畜生!地獄に仏とはこの事だ!」

再び黒服の集団へと突進を始めるタクシーの車内で、バックミラー越しにクライアントの姿を確認する。
茶色の薄汚れたトレンチコートと、同色のハンチング帽を被って大きな黒革のバッグを抱えた男は、齢にして三十代の半ば程だろうか。
煤と埃で汚れた顔には幾つもの皺が刻まれており、見ようによっては四十後半から五十代にさえも見える。
粗末な服装とも相まって、くたびれ切った雰囲気の拭いきれない所などは、如何にも与太者然としていた。
後生大事そうに抱えている手元の鞄には幾ら入っているのだろうか。
皮算用を始めそうになる自分を、俺は胸中で戒めた。

('A`)「安心するのはもうちょっと先にしてくれ。あと、頭を低くな」

再び黒服達へと突進を開始した車体を、銃弾の雨が叩く。
後部座席へとハンドシグナルでゴーサイン。
同時、水を得た魚のようにドアを蹴破り、一羽の隼めいてハインリッヒが車外に飛び出した。

42 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 08:59:03 ID:pisun.Qw0
(;´_ゝ`)「お、おい!あんな女の子一人置き去りにして、大丈夫なのか?」

('A`)「当然の反応、ドーモ。だがアイツに限ってはそんな心配はいらない。
少なくとも、そこらの戦車よりは丈夫に出来てるんでね」

銃弾に食いちぎられて殆んど原型を留めていないバックミラーの中では、アスファルトの上で転がった鋼鉄の処女が、今しも立ちあがって背中から長物を取り出そうとしている。

从 ゚∀从「やれ、残飯処理は何時も私と言うわけだ」

地上に顕現した死の天使のようなハインの姿に、泡を食いながらも小銃を構える黒服達。
黒銀の風となった鋼鉄の処女の、ダンス・マカブルが始まった。

(;´_ゝ`)「ジーザス…こいつは驚いた…こいつぁまるで――」

あっけにとられて溜息をこぼすクライアント。
血飛沫に真っ赤に染まったバックミラーから視線を前に戻して、俺はハンドルを左に切る。
猛牛の突進をかわして安心していた黒服の一人をバンパーで跳ね飛ばし、進路を埠頭の出口に向けた。

('A`)「それでだ、お客さん。あんたを三途の川のこちら側まで連れ戻す前に、運賃についての相談なんだが……」

( ´_ゝ`)「ああ、ああ、そいつについては安心してくれ。
今の俺はアラブの石油王みてえなもんだ。幾ら欲しい?吹っかけてくれても構わんぜ?」

('A`)「五、いや必要経費も含めて八って所か」

( ´_ゝ`)「お安い御用だ!もってけ泥棒!」

43 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:00:45 ID:pisun.Qw0
頭の横から生の札束が突き出される。
目の前に飛び出してきた黒服を跳ね飛ばし、札束をむしり取る。
数えるまでも無い厚みだ。

('A`)「ヘイ、桁が間違ってるぜ、お客さん。八十じゃない。八百だ」

( ´_ゝ`)「へへ、ジョークだよ、ジョーク。面白くなかったか?」

('A`)「ああ、悪いが笑えねえな」

( ´_ゝ`)「悪かったよ、ほら、そんなにかっかしなさんな」

黒革の鞄から更に札の束を引っ張り出すクライアントの手元を、バックミラー越しにそれとなく観察する。
生の札束の山と、色とりどりのキャッシュ素子の群れの中に、白い粉の袋が幾つか散見された。

( ´_ゝ`)「ほれ、小遣いだ!大事に使えよ!」

再び差し出される札束。今度のは厚みも十分にある。
俺は後ろ腰のカスタムデザートイーグルの安全装置を掛け直した。

从 ゚∀从『残飯処理が完了した。追跡の心配は、今のところは無い。合流地点は?』

('A`)『オーライ。取りあえずかぼちゃの馬車を処分する。五つ区画を離した埋立地で落ち合おう』

短く返事を返す相棒を確認し、脳核通信を終える。
ガタピシ唸るエンジン音に紛れて聞こえていた銃声も、確かに鳴りやんでいた。

俺達を乗せた元ドロイドタクシーは、工場区画の裏道を進んで行く。
鉄と鉄のぶつかり合いと、機械の駆動音の騒々しさに満たされた狭苦しい道に、人の姿は見られない。
どれだけオートメーション化が進んでいるのかは知らないが、ここいらの工場は規模の割には従業員数が少ないらしい。学歴の無い人間にはとかく生きづらい世の中だ。

44名も無きAAのようです:2012/07/26(木) 09:01:25 ID:1R/fa1ao0
おかえりいいいいいいいいいいいいい

45 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:02:45 ID:pisun.Qw0
('A`)「――で、だ。これからこのタクシーを処分するわけだが、お客さんはどちらまでの送迎をご希望で?」

後部座席でバッグの中の金勘定に夢中になっていたクライアント殿が、はっとしたように顔を上げる。

( ´_ゝ`)「何処までかって?ハッ!これだけありゃあ何処まで行ける?
     どこまでだって行けるだろうよ!キョート、カルイザワ、いや、なんならタヒチだっていい!」

('A`)「冗談は今は置いといてくれ。ビズの話だ。
   実際、あんたがそんな大金をどうやって手に入れたのかは知らんが、追手の事を考えたらそれなりに高跳びせにゃならんだろう?
   無論、その場合は別プランって事で別途料金の請求をさせてもらうがな」

( ´_ゝ`)「追手!ハッ!あいつらが!あのケチなヤクザ気取り共にそんなのを出す余力なんざ残ってないさ!
     ゆすり、ゆすり、集金のピンハネ、またゆすり!実際、それくらいしか手が出せねえのさ!
     デカイ後ろ盾があるわけじゃあねえ!ワンマン運営さまさまだな!」

鼻息も荒く一息にそこまでまくし立てると、男は鼻を鳴らして中身の飛び出したシートに深く身を沈める。
皺の寄った口が僅かに開き、そこから深いため息が漏れた。

( ´_ゝ`)「――下らない商売さ。何時までも続く訳がねえ。西村が仕切ってた頃とは違うんだ。
     大陸の奴らと張り合おうなんて、どだい無理な話さ。意地とか言ってても、馬鹿を見るだけだって気付きもしねえ。おめでたい連中さ」

46 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:04:23 ID:pisun.Qw0
男はトレンチコートの内ポケットから一箱180円の「綺羅星」を取り出すと、使い捨てライターで火を灯す。

('A`)「悪いがここは禁煙だ」

俺の言葉に構う事も無く、男は一口目を大きく吸い込むと、灰をバックシートに落とした。

( ´_ゝ`)y‐~「五年も前からとうに潮時だったのさ。さっさと切り上げるべきだった。
       この商売で一番大事なのは何か分るか?」

('A`)「さてね」

( ´_ゝ`)y-~「引き時だよ。そいつを見誤った奴から死んでいく。実際、あいつらは死んで、こうして俺は生きている。そうだろう?」

('A`)「かもな」

板金加工工場の角を左に曲がると、合流地点である所の埋め立て地の看板が見えてくる。
脳核通信で相棒に適当な連絡を送ると、俺は欠伸を噛み殺してオーディオのスイッチをまさぐる。
耳が寂しいと思っていたら、先の銃撃でカーステレオはダメになっていた。

( ´_ゝ`)y-~「長く続ける商売じゃあねえ。そこんところを弁えてンだ、俺ぁ。
       地獄のあいつらには悪いが、俺は一足先に上がらせてもらうってわけさ。
       退職金もたんまり貰った訳だし、ちまい喫茶店でも開いて隠居と洒落込ませてもらうさ」

顰め面で最後の一口を吸い終えると、男は風通しのよくなった窓枠に煙草を押しつける。
安い火の粉が僅かに舞い、光化学スモッグやその他諸々の汚染物質を含んだ潮風に嬲られ後ろに流れた。

( ´_ゝ`)「後ろ暗いだけで碌な事がねえ。あんたも、さっさとこんな商売にはケリをつけた方がいいぜ」

俺は適当に相槌を打つ。この男の戯言にはうんざりしていた。

47 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:06:07 ID:pisun.Qw0
('A`)「つまり、俺もあんたも尻拭いの手間を考えなくてもいいってことか?」

( ´_ゝ`)「ま、そう言う事だ。あの嬢ちゃんに撃ち漏らしが無けりゃな」

('A`)「それについては問題ないさ」

俺が言うのと同時、バックミラーにゴシック・ロリータ・ファッションの死神の影が映る。
返り血に汚れたそのワンピースのクリーニングの事を考えていると、オンボロの車体が強い衝撃に揺れ、ルーフがへこんだ。

(;´_ゝ`)「うおっ!?なんだ!?撃ち漏らしは無いんじゃなかったのか?」

('A`)「おい、ムービーホロじゃねえんだ。演出をサービスするこたあねえぞ」

从 ゚∀从「そうだったか?」

鋼鉄の処女が、運転席の窓から首だけを出して車内を覗く。
後部座席で目を丸くするクライアントにウィンクを投げかけると、ハインリッヒは運転席にへばりついたままのドライバードロイドの残骸を片腕で引きずり出し、そこに滑り込んだ。

('A`)「随分と遅かったじゃないか」

从 ゚∀从「新しい兵装の運用方針を試していた。多人数相手なら弾薬費と修理費を天秤にかけても使う価値があるな」

('A`)「そいつは良かった。最も、えり好みしてる余裕なんざ無いがね」

从 ゚∀从「それについては、彼次第という面もあるのでは?」

48 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:08:11 ID:pisun.Qw0
唐突に水を向けられた事で男は瞬きを繰り返していたが、直ぐに首を振った。

(;´_ゝ`)「ヘイ!ここまでの仕事の分はさっき渡したばっかだろ!?
      いくら退職祝いだからって、これ以上は出せねえぞ!俺の新生活の元手なんだ!」

从 ゚∀从「そうなのか?」

('A`)「ああ、ペイの支払いは済んでる」

从 ゚∀从「それを踏まえて、ということか?」

俺が無言を貫いた事で、男がにわかに慌てだす。

(;´_ゝ`)「おい、冗談じゃないぞ!まさかこれ以上俺から揺すろうって言うのか?
      俺が金を持ってるから、吹っかけようってタマか?ああん?」

('A`)「いや、別にそういう訳じゃないが……」

(;´_ゝ`)「止めろ!もういい!ここで下ろせ!冗談じゃないぜ!」

男のわめき声に合わせて、鋼鉄の処女がブレーキを踏みこむ。
フレームだけで走っていたような車体が、悲痛なうめき声をあげて急停車。
男は既に閉まらなくなったドアを蹴り開けると、黒煙を上げる工場の裏の路上に転がり出た。

(;´_ゝ`)「ガッデム!忌々しいチンピラ共が…ゴロツキを頼ると碌な事がねえ……」

黒革の鞄を両腕でかき抱きながら、男はおぼつかない足取りで路地の暗がりへと歩いて行く。
俺と相棒は、そのよれたトレンチコートに包まれた曲がった背中を、ボロボロのタクシーの中から見送った。

49 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:09:41 ID:pisun.Qw0
暫くの間、俺達は肩で息をするようなアイドリングの中で、おしのように黙っていた。
遠くで、パワーショベルがのそのそと動く音がしている。
やがて、口が寂しくなったので、懐からマルボロを取り出して火を点けた。

从 ゚∀从「――で、幾ら貰ったんだ?」

最初に口火を切ったのは鋼鉄の処女だった。

('A`)y-~「800」

从 ゚∀从「800!ハッ!」

鋼鉄の処女は器用に鼻で笑う。

('A`)y-~「組の金を横領しようなんて考えるヤツにしてはそこそこだと思わんか?」

从 ゚∀从「事務所の移転費の足しにもならない。ネイルガトリングを使わずにいて正解だったな」

('A`)y-~「キミのメンテナンスは……」

从 ゚∀从「誤魔化せるのは再来週までだろうな」

('A`)y-~「やれやれだな……」

溜息をつくと、ダッシュボードにマルボロを押しつけて発車を促す。
老人が堰きこむようにして走り出した車体から、ホイールが外れて乾いた音を立てた。
気のせいか、頭の奥が微かに痛む様な気がした。

50 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:11:51 ID:pisun.Qw0

#track-3

――ドロリとした喉越しのそれは、酒と言うよりかはトマトジュースを飲んでいるような感覚に近い。
グラスの縁に塗られた湖沼の味が、ピリリとした後味を気持ちばかりに残すが、正直な感想を言わせてもらうのならば、あまり美味いとは思えなかった。

∬´_ゝ`)「――それでヨ?こっからが肝心なのヨ。ソイツ、なんテ言ったと思う?」

从 ゚∀从「……さてな」

∬´_ゝ`)「“妻とは別れる!これからは君一筋だ!この指輪に誓うよ!”」

从 ゚∀从「……ほう」

∬#´_ゝ`)「ジョーダンじゃないってんだワヨ!ソーイウことを言ってンじゃないってのヨ!
     妻が居るんだったら付き合う前から言いなさいッテことヨ!」

从 ゚∀从「……ああ、うむ」

∬´_ゝ`)「それをアータ……これじゃアタシが道化みたいじゃない?ネエ?アータもそう思わない?」

从 ゚∀从「それはご愁傷様だったな」

∬´_ゝ`)「ネッ!ネッ!アータもそう思うでショ?」

51 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:13:06 ID:pisun.Qw0
唐突に水を向けられ、手元のグラスから顔を上げる。
ファンデーションや頬紅をべたべたに塗りたくった、五十路前の中年ママのどぎつい顔が、俺を覗きこんでいた。

('A`)「――ん?ああ、いや、すまん。聞いてなかった」

∬´_ゝ`)「ンモー、まーたコレよ。コレ。コレだからアータは女の子にモテないのヨ!」

从 ゚∀从「それだけが原因ではないだろうがな」

('A`)「――るせえ。ほっとけ」

∬´_ゝ`)「モー、ヤーダー!コーワーイー!」

酒に焼けてしわがれただみ声で芝居めかすと、常連客達から“姐者”と呼ばれるくたびれたママは、自分の手元の芋焼酎を一息に煽った。
抑えめの照明がカウンター席とホールに二つばかり設置された店内には、客達がグラスを傾けてささやかな享楽を楽しむ音がぼんやりとまどろんでいる。
日付変更間際のバー「コシモト」は、居酒屋特有の騒々しさや、洒落込ましたバーの気取ったようなところとは無縁の独特な雰囲気を、今夜も保っていた。

∬´_ゝ`)「……デネ、コレがその時の指輪」

姐者がカウンター向うのシンクの縁から飾り気のないシルバーリングを取ってくると、俺の右隣に座るハインリッヒの前に置く。
仄かな電球照明を受けて鈍い光を照り返すリングは、長い年月の中で随分と摩耗してしまっているようで、内側に刻まれていたであろう二人の名前は掠れて読めない。
未だにこの“姐者”の本名を知らない俺だが、今回もそれを知る機会は無さそうだった。

52 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:15:11 ID:pisun.Qw0
∬´_ゝ`)「やッすいリングよ。イミテーションシルバーなの。渡辺の百貨店だってもっとマシなのが買えるワ」

从 ゚∀从「――その割には、大切にしているようだが」

∬´_ゝ`)「……そうネ、馬鹿な話ヨネ。こんなオモチャ、何時までも持ってたってしょうがないのにネ」

从 ゚∀从「いや、そういう意味で言ったのでは――」

∬´_ゝ`)「イイの、分ってるワ。アータはそういう子じゃないもの。ただ…ううん、何でもないワ」

独特のイントネーションで鋼鉄乙女の言葉を遮ると、姐者は懐かしむようにシルバーリングの表面を撫でてから、再びシンクの縁にそれを戻す。
話の流れは聞いていなかったから分らないが、何となくそういう事なのだと思った。

∬´_ゝ`)「アータも気をつけるのヨ。顔や性格が良いからッテ、直ぐに男を信用しちゃダ・メ。
     アイツら、こっちが何も知らないと思ッテ、裏では何やッテるんだか分ったモンじゃないンだかラ!」

从 ゚∀从「んん、ああ…はあ…」

∬´_ゝ`)「アータみたいなカワイイ子は特に注意しナきゃダメ。
     男なんテ蠅みたいにたかってくるけど――アラヤダ、喩がバッチかったワネ――
     その内碌な奴なンテ、ホンの一握りヨ!」

从 ゚∀从「……ああ、うん、うん」

53 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:16:39 ID:pisun.Qw0
∬´_ゝ`)「そこのヘチャムクレだって、ハードボイルドを気取ってるけど、何考えてるんだか分ったモンじゃないのヨ?
      変な事されそうになったラ、直ぐにアタシに言いなさいネ?」

从 ゚∀从「それについては日頃より心得ている」

('A`)「やかましいわ」

このこじんまりとした飲み屋のママにおいては、鋼鉄の処女たるハインリッヒの素性を明かしていない。
無論、それは姐者だけにとどまるわけではなく、商売柄、何処で敵を作って何処に敵が潜んでいるかが分らない以上、無闇矢鱈にアイアンメイデンを所有しているなどと吹聴するのはいただけない。
それ以前に、お役所に対して彼女の所持を正式に届け出ていないという事の方が、理由としては遥かに大きなウェイトを占める。
叩けば埃の出る身は何かと辛いものだ。

∬´_ゝ`)「もしも辛くなったラ、何時でもアタシのトコ来なさいネ。     アータ、トッてもカワイイから、お客さンもきっと喜ぶワ」

从 ゚∀从「今すぐでも問題ないか?」

∬*´_ゝ`)「ヤーダー!ホントにィー?モチロン大歓迎よォー!」

('A`)「……」

最早口を挟むのも面倒になり、未だ半分も残っている手元のグラスに口をつける。
トマトの匂いに顰め面を作りかけたその時、ドアベル代わりの風鈴が何時もより騒々しい音を立てた。

54 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:18:03 ID:pisun.Qw0
∬´_ゝ`)「いらッシャーい。ごめんネェ、今カウンターしか空いて無いのヨォ。それでもいいかしらン?」

「――だぁとよぉ。大丈夫だよなあ?」

「アーちゃんと一緒なら何処だっていい〜」

「だはは!こ〜いつぅ〜!」

手慣れた風に出迎える姐者に、新たな客のアベックは喧しく答えると、荒く覚束ない足音を立ててこちらへと近づいてくる。
既に何軒か回ってきたのか、玄関からここまで来る間にも呂律の回らない口調で囁き合う二人は、この店で見かける中では珍しい部類の人種のように思われた。

∬´_ゝ`)「ンデ、何にしまショウか?」

「ジンだ!きっついジンをな!しこたま頼む!」

「あたしモスコミュール〜」

新たな客達が俺から左に二つ離れた席にどっかと腰を下ろしたのを耳で確認しながら、手元のグラスに目を落とす。
脳核時計のデジタル表示は、深夜の一時を回った所。
閉店までの残り一時間程を、この騒々しさの中で過ごすのかと思うと、少しばかりも溜息をつきたくなった。

55 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:19:29 ID:pisun.Qw0
「でね〜、ヨシコがねえ、彼氏にジョージ・ヤマモトのバッグを買って貰ったって自慢してくるんだケドさぁ〜」

「ジョージ・ヤマモトォ〜?あんなのコケオドシだろォがあ。俺だったらもっとこう…ルシオ・タバタモリとか、選ぶ所だ」

「ええ〜、でもルシオって高すぎない〜?英国王室御用達なんでしょ?アタシじゃ手が出ないっていうか――」

「はんっ!ルシオの一つや二つ、俺が買ってやンよぉ。何がいい?ネックレスか?バッグか?それともドレスがいいか?」

「キャー!ホントにィ〜?嬉しぃ〜!…でも、大丈夫?」

「バ〜カ。俺を誰だと思ってンだよ。金ならはいて捨てるだけ余ってンだよ」

「スッゴーイ!流石アー君だ〜!」

∬´_ゝ`)「ハイ、モスコミュールと、ジンのキッツイのしこたま」

「おーし、じゃあイッキ行ってみるぜえ〜!」

「イェ〜イ」

姐者の化粧以上にけばけばしいアベックの会話に、微かな胸焼けを覚え、身ぶりで水を頼む。
差し出されたそれを一気に飲み干して、氷の残ったグラスを額につけると、ゆっくりと目を閉じた。
瞼の裏で、ちりちりとしたノイズが瞬き、一つの像を結ぼうとするが、歓楽街のネオン看板のような隣の話声がそれを遮る。
――今日はもう引き上げるべきか。
財布を探してコートの内ポケットに手を伸ばしたその時だ。

56 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:21:00 ID:pisun.Qw0
「アー!アンタ!アンタだよアンタ!」

にわかに上がった素っ頓狂な声に右隣りを見ると、そこに何処かで見た顔があった。

(*´_ゝ`)「アンタだよな!?ああ、確かにアンタだ!そのセツは世話になったなあ!俺だよ!俺!」

('A`)「……ん?」

一体何処で見た顔なのか、と首を捻りかけた所で思い出す。
二か月程前、駆け込み乗車よろしくトランスポートしてやったあの男だ。
直ぐに思い出せなかったのは、男がデザイナーズブランドのスーツに身を包み、整髪料で頭を撫でつけた、あの時とは随分違った井出達をしていたためだ。

「ん〜?お知り合い〜?」

毛皮のコートにワンピースドレスを着た連れの女が、アルコールに緩んだ顔を覗かせる。
頭の上でサザエのようになった髪から見ても、水商売の女のように見えた。

(*´_ゝ`)「ああ、コイツァ――っと、このお人は、俺の昔馴染みで…命の恩人、みてぇなモンだ。だよな!?」

('A`)「ん?ああ、どうだろうな……」

馬鹿正直に肯定するのも何だか間抜けに思えて、おざなりにお茶を濁す。
二人はそんな俺の反応をさして気に留めた様子も無く、酔っ払い特有の胡散臭い笑顔を浮かべた。

57 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:22:27 ID:pisun.Qw0
(*´_ゝ`)「あん時はヒデえこと言っちまったけどよ…思えば、今の俺があんのもアンタと、アンタの相棒の活躍あってこそだよな」

「ってことはァ、アタシとアーくんが出会えたのも、この人たちのお陰ってこと?」

(*´_ゝ`)「そーいうこったあな!」

「キャー!スゴーイ!」

必要以上に大げさな声を上げて二人は顔を見合わせると、互いに蛸のように唇を突き出して、何やらむにゃむにゃと睦言のようなものをかわしあう。
何としてこの場から立ち去ろうかとぼんやりと思案を巡らせていると、男の方がやおら俺の肩を抱いて、酒臭い顔をぐいと近付けてきた。

(*´_ゝ`)「アンタに乾杯だ!今日は奢らせてくれ!何がいい!?何を飲む!?」

('A`)「いや、俺はもうそろそろ……」

(*´_ゝ`)「ええい、もう何だっていいぜ!これだけあれば足りるかい!?」

俺の言葉にも構わず男は身を捩ってスーツの内ポケットから長財布を取り出すと、その中から大量のクレジット素子をカウンターに叩きつけた。
グラスを拭きながらひいふうみいと素子を数えていた姐者が、口紅を分厚く塗った口を阿呆のように開けて俺を見やる。
俺はそれに眉をしかめてみせた。

58 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:24:20 ID:pisun.Qw0
('A`)「悪いが、これは受け取れ――」

(*´_ゝ`)「だああ!遠慮なんてらしくねえぜ兄弟!そうだろう!?
     アンタは俺の恩人で、俺は恩返しがしたい!ただそれだけのことさな!」

('A`)「しかし――」

「ねェ〜アタシそろそろ眠くなってきちゃった……」

(*´_ゝ`)「お?お?しょうがねえなあ〜。じゃ、そういうことだからよ!閉店まで楽しんでくれよな!」

しなだれかかる女を受け止めながら、男は自分達の分の勘定をカウンターに叩きつけ、くんずほぐれつ、千鳥足で店を後にする。
来た時と同じように、ドアベル代わりの風鈴が喧しい音を立ててドアが閉まると、店内には台風が過ぎ去ったあとの様な静けさが訪れた。
去り際にちらりと見えた二人の首筋には、三角形のように三つ並んだ注射針の痕が窺えた。
酒だけじゃなかったのか、と得心がいった。

∬´_ゝ`)「何したのか知らないケド、アータついてるわネ。
     これだけあれば、今年いっぱいはアタシとタダ酒が飲めるワヨ」

カウンターの上のクレジット素子を数え終えた姐者が、出目金のように目玉を大きくして言う。

('A`)「そいつは大いに結構な事だね」

沈むようにどっかりと席に腰を下ろすと、胸ポケットからマルボロを取り出してくわえる。
何もしていないのに、無性に疲れを感じた。

59 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:25:44 ID:pisun.Qw0
カウンターの隅、クレジット素子の山の陰から「コシモト」と書かれた紙マッチを手にとり、火をつけようとした所でふと姐者の顔を見上げる。
グラスとダスターを握った彼女の視線は、先の二人組が出て行ったドアを呆けたようにして見つめていた。

∬´_ゝ`)「……」

('A`)y-「どうかしたか?」

∬´_ゝ`)「ンエ?ああ、いいエ、何でも無いのヨ」

俺の言葉に姐者は我に返ったように首を振ると、再びグラス磨きに戻る。
紫のスパンコール柄という時代錯誤も甚だしいスーツを着た彼女の肩越しに、シンクの縁のシルバーリングが何となく目に入った。
俺は黙ってマッチを擦った。

∬´_ゝ`)「それよりアータ、何時まで一つのグラス握ってるのヨ。洗い物済ませちゃイたいカラ、早く空けちゃッテよネ」

言われて手元のグラスに視線を落とす。
とうの昔にグラスの中の氷は溶け切っており、半分ほど残ったブラッディメアリーは、血の色からは程遠いニンジンのような色合いになっていた。
なるたけ握りつぶさないように煙草を左の手に持ち替えると、水滴だらけのグラスを握って残りを飲み干す。
予想通り薄くなりきったトマトの味が口の中いっぱいに広がり、俺は自然と顰め面を作ることとなっった。

60 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:27:09 ID:pisun.Qw0
('A`)y-~「……こんなのを好き好んで飲む奴の気が知れないね」

∬´_ゝ`)「ハァ?アータ何言ってるのヨ?」

('A`)y-~「いや、何でも」

口直しに、震える手でマルボロを一口吸いこむ。
トマトとヤニの味が口の中で混じり合い、よりいっそう苦々しい味わいとなる。
半分も吸わないうち、俺は灰皿にマルボロを押しつけた。
夜が、更けていく。

61 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:28:22 ID:pisun.Qw0

#track-4

――吹きすさぶビル風が背筋を震わせて、思わず両手に息を吹きかける。
吐きだしたそれが白い色に染まっているのに、少なからずの驚きを覚えて、空を見上げる。
光化学スモッグに覆われた、万魔殿外周区の空は、相も変わらずどんよりと曇り、その向うにある筈の星の輝きも見当たらなかった。

('A`)「そろそろ、雪が降り出すかね」

視線を前に戻して、崩れかけたコンクリート壁に背中を預ける。
ひんやりとした感触がコート越しに伝わり、反射的に首をすぼめた。

从 ゚∀从「ヒマワリネットによれば、もう三日ばかり先だという事だ」

('A`)「今年もあの黒いのを見るのかと思うと、それだけで滅入っちまうね」

从 ゚∀从「メンテナンスの回数も増えるな」

('A`)「……やんなるね」

足元の暗視ゴーグルを取り、建設途中で放棄されたマンションの廃墟を見渡す。
三時間前から何度同じ動作を繰り返した事だろうか。
こうも動きが無いと、集中力が途切れて余計に寒さが気になる一方だ。

('A`)「本当に、来ると思うか?」

从 ゚∀从「ビッグ・ダディの弁を信じるなら、ここが取引場所と見て間違いない。
     少なくとも張り込むポイントの座標を間違えた訳ではないことだけは確かだ」

从 ゚∀从「「誰かさんと違って、私が地図を読み間違えるようなことは決してないしな」」('A`)

62 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:30:03 ID:pisun.Qw0
傍らにしゃがみ込んだ鋼鉄の処女の仏頂面が、俺を無言で睨みつける。
俺は肩を竦めてみせた。

('A`)「――しかしだ。あのオッサンも一応はここの主みたいなもんなんだろう?
   腕の方も憶えがあると聞くしよ、俺達が出張る必要も無かったんじゃないのか?」

从 ゚∀从「彼は既に売人達に面が割れている。それに、別件の方で立てこんでいるとか」

('A`)「……まあ、ここときたら厄介事のネタには事欠かないだろうしな。そういうことならしょうがないか」

从 ゚∀从「ここが今年最後の稼ぎ時だ。凍え死なずに年を越せるかどうかは、この仕事の成否如何に掛っている。気張れよ」

('A`)「オーライ、オーライ、任せとけ」

まだ何か言おうとする相棒を、右手を振って遮り、暗視ゴーグルを覗く。
白と青の斑に塗り分けられた視界の中で、動くものがあった。

从 ゚∀从『来たな』

('A`)『ああ、ミスター・サンタクロースの遅れたご到着だ』

即座に脳核通信を起動して、後ろ腰のホルスターからカスタムデザートイーグルを引き抜く。
結線ケーブルを引っ張り、首の後ろのニューロジャックと繋ぐと、FCSを起動。
白と青の視覚野に赤いターゲットマーカーが人の形に表示されたのを確認すると、腰を低くして俺は歩き出した。

63 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:31:40 ID:pisun.Qw0
周りの廃墟よりも幾らか背の高いビルの亡骸の下。
今にも崩れそうな非常口――として作られていたであろう四角い穴――の壁に手をついて話し込む二人組の姿が見えた。
コンクリートの瓦礫や、隆起したアスファルトのせいで、でこぼことした足元に注意しながら、左手の愛銃の有効射程圏内まで近づくと、手近な瓦礫の陰にしゃがみ込んで耳をそばだてる。

「――チッ、またテメェかよ。金はあるんだろうな?」

「だ、大丈夫だ。今日は、今日はちゃんとある」

「どれ、見せてみろよ」

やや巻き舌の入った棘のある声と、舌の根が震えているような情けない声。
前者は売人で、後者はその顧客のジャンキーと言ったところか。
未だ覚束ない左手に代わって、右の手でカスタムデザートイーグルのセーフティーを解除すると、俺は少し腰を浮かせた。

「ふーん、持ってんなら最初から出しゃいいんだよ。――ホレ」

「助かった…これが無いと俺ぁ……おい、たったこれだけか?」

「ああ?何か文句でもあンのかよ?」

「だだだって、いいい何時もより、量が――」

「相場が上がったんだよ」

「そ、そんな――」

「ああン!?テメぇまだケチつけるってのか!?ざけんなよコラァ!」

64 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:33:45 ID:pisun.Qw0
恫喝も荒く、売人が手を振り上げる。
曲げた膝を伸ばし切る。今だ。

('A`)「フリーズ!企業警察だ!両手を頭の後ろに回して膝をつけ!」

(-@∀@)「アアンッ!?マッポだァ?――テメェ、ハメやがったな!」

パーカーのフードを目深に被った売人が、隣のジャンキーを束の間睨みつける。

「ししし知らない!俺じゃない!俺は違う!」

左の手にバタフライナイフを握った与太者の恫喝に、哀れな中毒者は必死に首を横に振って跪いた。

('A`)「二人とも大人しく武器を捨てて投降しろ!少しでも逃げる様な素振りを見せたら撃つ!黙って言う事を聴いた方が身のためだぞ!」

無論、俺達が企業警察に就職した訳じゃない。単なる脅し文句だ。
麻薬の売人程度のチンピラだったら、こんなコケオドシでも通じる事がある為、無駄弾を節約する意味でもこの警告は重要だ。

(-@∀@)「チッ!マッポ如きがなんだってんだよ!やってやる――やってやらァ!」

最も、最近使い始めたこのハッタリが、思惑通りに上手く行ったためしは、数える程しかない。
今しもその最たる例の一つが、バタフライナイフだけを手に、瓦礫の山をこちらへ向かって真正面から突き進んでくる。
カスタムデザートイーグルを突き付けられても啖呵を切れるその根性は、愚かを通り越して天晴れなものだが、彼の不運はそれだけでは終わらなかった。

65名も無きAAのようです:2012/07/26(木) 09:34:40 ID:WWWpQnfk0
 きたか…!!

_ / ̄ ̄ ̄/
\/___/
  ( ゚д゚ ) ガタッ
  .r   ヾ
__|_|  |_|
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

66 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:35:50 ID:pisun.Qw0
スプリントを切って走り出した彼の頭上。
廃墟となったビルの窓枠から、乾いた夜に舞い踊る影。
闇よりも尚濃い、黒の衣を召したそいつは、翼の無い堕天使めいた急降下で売人の前に降り立つ。
着地と同時に、重々しい音が響き、うねるアスファルトに新たな亀裂が走ったのが、暗視ゴーグル越しに見えた。

从 ゚∀从「その手に握った物は、抵抗の意志ありとみなしていいのか?」

天からの予期せぬ乱入に、泡を食う売人。
その首筋に、鋼鉄の処女は右の掌の付け根から飛び出した振動式ブレードを突き付ける。

(-@∀@)「――ヒ、ヒィ!?」

流石の猪突猛進も、人外の身体能力を見せつけられては為す術も無い。
第三者が聞いたら思わず噴き出してしまいそうな情けない声と共に、売人の手からバタフライナイフが零れ落ちた。

从 ゚∀从「ふむ、大人しくするのなら最初からそうしてればいいのだ。
     ――さて、それでは拘束の後に楽しい楽しいインタビュータイムと行こうじゃないか」

悪鬼の様な残酷な笑みを白磁の横顔に浮かべて、死の天使は売人の首筋に振動ブレードをあてがいその薄皮を裂く。
一筋の血液が首を伝うのと同時、売人は糸の切れた人形のようにして膝をつくと、しめやかに失禁した。
今年最後の仕事は、実にあっけなく終わった。あとは、後始末だけだ。

67 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:38:23 ID:pisun.Qw0
('A`)「そこ」

ターゲットマーカーの中で動くものを捉えた俺のニューロンが、有線直結された銃のトリガーを半自動で引き絞る。
アクションムービーの一幕のような捕物劇の傍らで、自分だけ密かに逃げ出そうとしていたジャンキーは、足元の瓦礫が爆ぜた事でその場にへたり込んだ。

('A`)「誰が動いて良いって言った?お前さんもギルティなんだよ」

「勘弁…!勘弁してくれよぉ……」

瓦礫の陰から進み出て、嗚咽を漏らすジャンキーの元へと近づいて行く。
インフラという概念が存在しない、万魔殿の原始の闇の中。
地べたに這いつくばって土下座するジャンキーの下にしゃがみ込むと、俺はその顎を右の手で掴んで引き上げた。

( ;_ゝ;)「頼む…!見逃してくれ…!後生だから…!なぁ…!」

その顔を見るのは、これで三度目だった。

('A`)「お前――」

穴のあいた襤褸布を纏っただけの男の顔は、長く洗髪も散髪もしていないであろう、ぼさぼさの油ぎった髪と無精髭に覆われているが、間違いなく何時ぞやのあの男のものだ。

( ;_ゝ;)「ア、アンタあの時の!」

そして、どうやら向うも俺に気付いたようだった。

68 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:40:28 ID:pisun.Qw0
( ;_ゝ;)「よよよ良かった…地獄に仏とはまままさにこのことだぜ…!
     なァ、俺とアンタのよしみだろ?頼む!見逃してくれよ…!」

薬物中毒の為に呂律の回らない舌を繰り、男は必死で俺のスラックスの裾にしがみつく。

( ;_ゝ;)「つつつつい出来心だったんだよ!ツイてねえことがあって、むしゃくしゃしてて――
     それでつい!こんな事になるなら手なんて出すんじゃなかったって後悔してるんだ!」

襤褸雑巾のような顔で許しを乞うその姿は、あの夜「コシモト」で大見栄を切っていた時のそれからはあまりにもかけ離れすぎていて、とても同じ人物だとは思えなかった。

( ;_ゝ;)「株も、新しい商売も失敗するし、女には逃げられるし…そうだ、あのクソ売女…!
最初から俺の金が目当てですり寄ってきてやがったんだ…!
畜生…畜生…忌々しい阿婆擦れがッ…!思えばアイツの浮気から全てが上手くいかなくなったんだ…!」

憎々し気に吐き捨てて、男は砕けたアスファルトの破片を握りしめる。
真っ赤になったその手からじわりと血が滲み始めた所で、男ははっとしたようにその汚い顔を上げた。

( ;_ゝ;)「そうだ!あの晩!俺ぁ、アンタに酒を奢ったよな!なァ、憶えてるだろ!?」

俺は、微かに頷きを返した。

( ;_ゝ;)「べべべ別によ、今更それを返せだなんて言わねェよ…言わねェけど…なぁ、分るだろう…?なあ?」

泣き笑いのような表情を浮かべて、男は縋るように俺を見上げる。
恥も外聞も何もかもを捨てたその顔を、俺は随分長い間見据えていた。

69 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:42:35 ID:pisun.Qw0
( ;_ゝ;)「なァ…頼むよぅ…この通りだよぅ…頼むって言ってんだ…なあよおおお!頼むっつってンだろうがア!」

哀願から一転、吠えるような恫喝。

( ;_ゝ;)「俺ァ…もう何もねぇンだ…組の金は株とギャンブルと女に使っちまった……。
      何も残ってねェんだよ…こんな俺をふん縛った所で、何も出てこねえんだからよぉ…なぁ……」

そして、二度目の泣き脅し。
カスタムデザートイーグルをホルスターに戻し、俺は立ち上がる。

( ;_ゝ;)「……あ」

('A`)「――失せろ」

( ;_ゝ;)「――え」

('A`)「聞こえなかったか。目障りだから失せろって言ってるんだよ」

( ;_ゝ;)「あ…アァ…ああ…!」

その時、男の顔に浮かんでいたのは安堵だろうか、悔しみだろうか。
情けない嗚咽を漏らしながら、這いずる様にして歩き出すその背中は、見た目以上に小さく見えて。
だからというわけではないが、俺はその蟾蜍のようになった男を呼びとめると、財布の中から10万クレジット素子を取り出して彼の足元に放った。

70 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:44:10 ID:pisun.Qw0
( ;_ゝ;)「――これは…?」

乾いた音を立てて転がるクレジット素子を、ポカンとした顔で見つめて男は問い返す。

('A`)「――借りは返す。それで足りるかどうかは知らんがね。
   それを持って、カルイザワでもキョートでもグアムでも、何処へなりと消えろ。
   そして、もう二度と俺の前に現れるな」

( ;_ゝ;)「ぅあ…アァ…!」

それらしく聞こえるように、途中から語気を強めて言った俺の言葉に、男は弾かれたようにして記憶素子を鷲掴みにすると、もんどりうちながらも逃げるようにしてその場から駆けだした。
明り一つ無い万魔殿の闇の向うへと消えていく、その後ろ姿を見送りながら、大きく溜息をつく。
先刻まで胸の中で蟠っていた苛立ちが、行き場を失い倦怠感となって俺の身体を支配していた。

从 ゚∀从「おい、貴様は今、一体何をしたんだ?」

売人を後手に縛って転がした鋼鉄の処女が、文字通り鋼のように冷たい視線を向けてくる。

从 ゚∀从「初めに言わなかったか?今日の仕事の成否如何が、年末を越せるかどうかの瀬戸際だと。
     あんなゴロツキに情けを掛けてやる程、私達の事務所の経済事情は軽いものではないと知ってのことか?」

予想通りの説教。俺は肩を竦めた。

('A`)「別に、情けを掛けた訳じゃない。借りを返した。ただそれだけだ」

从 ゚∀从「……」

71名も無きAAのようです:2012/07/26(木) 09:44:25 ID:gWx4Lu.E0
まじかよ

72 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:45:46 ID:pisun.Qw0
ハインリッヒは、その血の様な双眸でじっと俺を見つめる。
表情の無い、真っ赤なガラス玉を、俺も見据え返す。
実際、嘘は何一つついていなかった。

从 ゚∀从「――まぁ、言った所で貴様のその悪癖が治ったためしは無いのだがな」

長い視線の交換の後、鋼鉄の処女が芝居めかして両手を上げる。

('A`)「だから、別にそんなんじゃないさ」

俺の抗議を何時もの仏頂面で聞き流す彼女に、更に抗弁を重ねようとしたその時、眼前に白い綿の塊のようなものが降ってきた。

('A`)「あ――」

从 ゚∀从「雪、だな」

俺の言葉を継ぐように言い、ハインリッヒは頭上を仰ぐ。

从 ゚∀从「今年は、白だったな」

予報よりも三日早い初雪は、光化学スモッグと排煙けぶるVIPの空にあって、珍しい純白。
ビルとマンションの骸の間から見上げる、真闇の黒を背景に、真綿のような雪が降る様は、自分が光の届かない海の底に居る様な心持にさせた。

73 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:48:55 ID:pisun.Qw0
('A`)「一足遅れのクリスマス・プレゼントにしては悪くないかもな」

口の端を緩めて、相棒と共に歩き出す。

从 ゚∀从「――今夜は鍋だな」

('A`)「ああ、炬燵も出さなきゃな」

从 ゚∀从「炬燵で鍋を囲んで、説教の続きだな」

('A`)「ああ、今年の垢は今年の内に落とさないとな」

純白にはまだ一歩遠い綿雪は、VIPの街のアスファルトに触れるそばから溶けていく事だろう。

('A`)「――お手柔らかに頼むぜ」

年の瀬の、晩の事だった。

74 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 09:53:00 ID:pisun.Qw0



……

………

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75 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 10:11:22 ID:pisun.Qw0
■親愛なる読者のみなさんへ■戻る■久しぶりだ■めでたい■

長い間ご無沙汰しておりました。お久しぶりです。

一時は無期限休止という欺瞞的センテンスに甘んじて逃亡していた執筆担当者ですが、この度なんか復帰する事になりました。

休止中も度々掲示板の方を覗いては、皆様の熱いお声を拝見する度に、血の涙を流しておりました。だがもう帰って来たのでおそらく大丈夫。

二年以上もの月日を空けていたのは実際セプク級のインシデントであり、死亡説も流れているのでセプクするかとも思われましたが続編を欠く事でこれは回避されました。安心して下さい。

みなさまにおかれましてはこれほど長い期間をお留守にしていたのに、温かい言葉で迎えていただいて執筆担当者は現在、涙を流しながらこのセンテンスをタイピングしています。ユウジョウ!

今回こうして復帰できたのも、ひとえにかつてみなさんがかけてくださった数々のお言葉があってこそと思えば、執筆担当者としてこれ以上の幸せは実際まれなのでなんかうれしいとおもう。

なお、今回の連載はここまでだ。続きに関しては恐らく不定期になることだろう。

タイトルの下にあるリブートの文字は担当者なりのケジメでありこれは「一度貴様は挫折した身なのでそれをゆめゆめ忘れないよう」重点する為のものである。

また「Яeboot」より表示形式の変更を伴いつつ本格的に我々はエピソード間の時系列を無視することに決定重点しました。

つまりこれから連載されていくであろうエピソードはもしかしたら前のエピソードよりも昔のものかもしれないし遥か未来のエピソードかもしれない。

実際これはオイテケボリ・ショックを誘発する危険な策であるがオーディンめいた髭のおじいさんが大丈夫だろうと言っているので担当者も大丈夫と判断した次第だです。

76名も無きAAのようです:2012/07/26(木) 10:19:43 ID:vq3EZOeo0
文書が心地良い
後で過去のを読み返してこよう

77名も無きAAのようです:2012/07/26(木) 10:23:30 ID:WWWpQnfk0


78 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 10:26:15 ID:pisun.Qw0
■親愛なる読者のみなさんへ■続く■取説■全革前進■

むしろカットバックを用いる事で作劇に幅が出来て色々な形でドキドキを堪能できる可能性も無きにしも非ずだ。

これは別に執筆担当者がその時書きたい話を書く為の言いわけではないのでご安心ください。

それでは、長くなりましたがここらで「ただいま」の挨拶と締めさせていただきます。

最後にもう一度、温かく迎えて下さった皆様に「ありがとうございます」を。

オタッシャデー!

79 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 10:29:01 ID:pisun.Qw0
■まとめ■これまでの■実際長い■

・ブーン芸VIP様
http://boonsoldier.web.fc2.com/

・本作掲載ページな
http://boonsoldier.web.fc2.com/maiden.htm

80名も無きAAのようです:2012/07/26(木) 11:04:36 ID:nXMFcOLU0
マジかよ待ってたよ嬉しい

81名も無きAAのようです:2012/07/26(木) 11:18:32 ID:uYZOck0o0
おおおおおおおおおお超まってたーぜー!!!
ホントかっけぇ文章だわー!

てーかいまブーン系のRPGをつくってんだけど
そこに鋼鉄の処女のキャラや武器をだそうと思うんですけど
よろしければ許可をいただきたいんですが
めんどくさくなければお返事くらさい!
くれれば逆立ちして大喜びします!!

一応スレおいときます!お返事永遠にまってます!!
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/13029/1343216844/

82名も無きAAのようです:2012/07/26(木) 11:53:49 ID:eVQT7GbY0
今まで創作板ではROMってたが今回は書き込ませてもらう
お帰りなさい、ずっと待ってました!

83名も無きAAのようです:2012/07/26(木) 11:55:36 ID:bAtfHbz.0
ちょっとここまで読み返してくるわ
おかえり!

84名も無きAAのようです:2012/07/26(木) 13:31:20 ID:D6IyeSwI0
びっくりしたまじで嬉しいわ
これからもゆっくりでいいからよろしく

85名も無きAAのようです:2012/07/26(木) 13:56:54 ID:OItceorE0
生きてたのか!

86 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/26(木) 14:17:49 ID:pisun.Qw0
■鋼■親愛なる読者の皆さんへ■鉄■

二次創作についてのご質問を頂いたので、改めてというわけでもありませんがこの機会に一応はきりと書いておくと実際楽かもしれないので書きしるそうと思います。

基本的に本作におけるファンジン(脚注:二次創作など)は商業利用を目的としたものでなければ、まったくもってフリーという姿勢を取っています。

なぜならば本作そのものがDIY(脚注:日曜大工的な、無ければ自分で作ろう)の精神に則ったものであるので、鋼鉄の処女が何らかの着火剤となるのは執筆担当者としても非常に好ましいことだからです。

なのでみなさんはどんどん鋼鉄の処女を元にした絵とかなんかを作ってくれてだいじょうぶです。

その際は執筆担当者にご一報を下さるとよろこびのなみだがみれるのでどうぞおねがいします。

87名も無きAAのようです:2012/07/26(木) 15:09:27 ID:uYZOck0o0
返答ありあーす
鋼鉄の処女に泥を塗らないように精一杯がんばるますー

88名も無きAAのようです:2012/07/26(木) 17:17:36 ID:n3OgHcO.0
スレタイ見つけて鳥肌立ったぜ
超嬉しいよ、頑張ってくれ 乙

89名も無きAAのようです:2012/07/26(木) 17:48:21 ID:6pfUxBDg0
生きてた!?
待ってたよおかえり

90名も無きAAのようです:2012/07/26(木) 18:46:11 ID:LjsxD1220
いきてまのか

91名も無きAAのようです:2012/07/26(木) 20:23:54 ID:2leA83Ak0
まじでビビったwwwおかえり!

92名も無きAAのようです:2012/07/26(木) 21:38:48 ID:Pao3/WUw0
帰って来てくれて有難う

93名も無きAAのようです:2012/07/27(金) 10:16:11 ID:CQ1aXRxo0
ドーモ。サクシャ=サン。
実際戻ってきてくれて超嬉しい。2年なんてあっちゅうまさ。
まるで昨日みたいに感じるw

そして流石の文章……ワザマエ!

94名も無きAAのようです:2012/07/27(金) 11:37:19 ID:OjKpqSoo0
懐かしいな、一時期狂ったように読んでた記憶が蘇るわ

95名も無きAAのようです:2012/07/27(金) 12:06:01 ID:/ZsWte9o0
田所さん!田所さんじゃないか!

96名も無きAAのようです:2012/07/27(金) 14:14:56 ID:OcBptQis0
イヤッフーーー!!!!!!
久しぶりに創作板覗いたらなんてサプライズだ

97名も無きAAのようです:2012/07/27(金) 14:17:44 ID:qK9UKz.g0
帰ってきたのか

あんたのおかげで俺はサイバーパンクが好きになったんだ

98名も無きAAのようです:2012/07/27(金) 20:28:20 ID:1X4xdoOc0
あんまり読んでなかったけど好きだったよ
ヘリカルの話が印象に残ってる

おかえりんこ!

99 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 22:36:27 ID:GXwXwpuY0

 

           【IRON MAIDEN】

 

.

100名も無きAAのようです:2012/07/27(金) 22:40:14 ID:maqxoVNY0
きたか?

101 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 22:42:24 ID:GXwXwpuY0

………

……



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102 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 22:44:03 ID:GXwXwpuY0

 

           ///disc 2///

 

.

103 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 22:45:37 ID:GXwXwpuY0

#track-5

――喧しい電動ドリルの音が止んで暫くしてから、処置室のドアが開く。
機械油に塗れた白衣姿のサイバネ医師が姿を現した。

(@ゝ@)「終わったよ」

('A`)「どこか異常は?」

(@ゝ@)「関節部が少しばかり錆ついていたからギアをちょこっと交換した他は、これと言って特に。
     人工筋肉も、カーボン装甲も綺麗なもんさ。お前さんも、やっと機械の扱いってもんがわかってきたかね?」

('A`)「そうか、そいつは重畳だ」

黄ばんだマスクを顎までずらし、サイバネ医師は煙草に火を点ける。
その後ろから、着替えを終えたハインリッヒが手を握ったり開いたりしながら出てきた。

('A`)「調子はどうだ?」

从 ゚∀从「ああ、関節の滑りが大分良くなった。試してみるか?」

白磁の面に不敵な笑みを作り、鋼鉄の処女は俺に飛びかかると、コブラツイストの形を決める。
俺は溜息を一つつくと、その太ももを軽く叩いてギブアップを宣言。
舌打ちをして、構えを解くと、ハインリッヒはつまらなそうな表情を作る。
彼女も随分と冗談のセンスが落ちたものだ。

104 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 22:46:21 ID:GXwXwpuY0
(@ゝ@)y-~「そういや、ドクオ、お前さんもサイバネ義手にしたんだったよな?」

俺達のじゃれあいを眠たげな眼で眺めていたサイバネ医師が、紫煙を吐きながら言う。

(@ゝ@)y-~「ついでだから、お前のも見せてみろ。料金も気持ちばかりだがサービスしてやろう」

('A`)「そう言って余分な診断料をふんだくろうって腹づもりなんだろう?結構だよ」

(@ゝ@)y-~「ハッ!吹っかけるんならもっと金を持ってそうな奴にするよ。ま、お前がそう言うんなら――」

从 ゚∀从「ならば私から頼もう。このごくつぶしの左腕を診てやってくれ」

('A`)「何を余計な事を――」

从 ゚∀从「こないだから、貴様が撃ち損じた敵勢力を私が何体処分したか、数えていたか?
      私はきちんと記録している。答えは31体だ。では弾道のぶれは何処から来る?
      貴様の脳核が腐っているせいで、FCSがイカれたからか?」

問答無用で言葉を遮るハインリッヒ。
悔しい事に、彼女の言葉に嘘は無い。事実、一か月ほど前から左腕の調子は悪い。
具体的には、レスポンスの遅延と一瞬の硬直だ。

(@ゝ@)y-~「老婆心から言わせてもらえば、義手の整備不良は放っておくと、生身の方にも支障が出るぞ?
     最悪、俺とはまた別の医者に掛らなきゃならん。余計に金が飛ぶだけだぜ」

黒革の手袋に包まれた己の左手を見つめる。
最後にメンテナンスをしたのは何時だったか。憶えていない。

105 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 22:49:54 ID:GXwXwpuY0
('A`)「……わかった。それじゃあ俺の分も頼む」

苦々しい思いで首を縦に振る。
余計な金を使うのは気に入らないが、背に腹は代えられない。
これ以上、病院の厄介になるのはご免被りたかった。

(@ゝ@)y-~「素直で結構。なあに、そっちの嬢ちゃんと違って片腕だけだから、一時間も掛らんよ」

罅の入ったガラスの灰皿に煙草を押しつけると、サイバネ医師は白衣の裾を翻して処置室に戻っていく。俺もその後ろに続いた。

コンクリート打ちっぱなしの処置室内。
入るのは、これで何度目だったか。憶えていないが、そこまで多くは無い。

煤だらけの天井からは、配線が剥き出しの義手や義足がぶら下がり、壁際の棚には真空パック詰めにされた人工筋肉や培養臓器、合成血液パックなどが乱雑に積まれている。
部屋に一つだけの粗末な手術台へ座るように俺を促すと、サイバネ医師はその脇の銀のトレイからマイクロドライバーを手に取った。

(@ゝ@)「お前に設えてやったのは、確かギュウキだったか。実にお前さんらしいチョイスだよ」

('A`)「どういう意味だよ」

コートと手袋を脱いで、腕を捲る。
燻銀色に蛍光灯の光を反射する鉄板装甲の各所からは、筋肉繊維のような黄色と緑の配線の束が覗く。
スケルトン仕様、と言えば聞こえはいいが、ようは安かろう悪かろうの精神を体現しただけだ。

106 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 22:51:35 ID:GXwXwpuY0
(@ゝ@)「ギュウキは初期のモデルとしては、戦闘用義手の中でもずば抜けて頑丈だ。
     当時のバウンティハンター達なんかがよく愛用していた。あの頃は、ウチに来る奴らの大半がこれだったな」

マイクロドライバーを、鉄板装甲を止めるネジに当てて、医師はスイッチを入れる。
蚊の羽音に似た微細な回転音に、俺は束の間歯医者のソレとの相違点に思いを馳せた。

(@ゝ@)「しかしまあ、サイバネ技術の進歩に伴って、頑丈さと繊細を併せ持った義手が次々と開発されていくに従い、こいつを見る事も少なくなっていった。
     実際、ギュウキは戦闘の事だけを考えて設計されているから、握力調整なんかがかなり大雑把だ」

('A`)「今年まででもう二十個はグラスを握りつぶしたぜ」

(@ゝ@)「だろう?まあ、開発元がS&Kじゃあな。あそこは元々ガンスミスだ。
    あそこの銃との有線式ターゲット機構との互換性だとかは確かにいいが……。
    逆に言えば、それだけだ。今の時代、戦闘用義手という括りで選ぶにしても、もっといいものは幾らでもある」

('A`)「財布と相談した結果だ。それは前にも言っただろう?」

(@ゝ@)「守銭奴ここに極まれり、ってか。確かに、お前さんの相棒はそこら辺厳しそうだからな」

鉄板装甲を無造作に剥がしながら、サイバネ医師は鼻で笑う。
それについては、あの鋼鉄の処女においても「金より体の事を考えろ」という言質を頂いているが、それを口にしたらしたで、面倒になるのは目に見えていた。

107 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 22:52:15 ID:GXwXwpuY0
鉄板を全て剥がし終えたサイバネ医師は、染みだらけの白衣のポケットからペンライトを取り出して、俺の左腕の中身を左右に照らす。
その口から、呆れたような溜息が洩れでた。

(@ゝ@)「ヒュー。こいつぁおったまげた。こんなんで良く一年も持ったな。錆やら液漏れやらでどろっどろだ。ちょっとしたゴアだな、こりゃ」

('A`)「治るのか?」

(@ゝ@)「――治る事は治るさ。ただ、なにぶんパーツが旧式でね。揃うまで少しばかり待って貰う事になる」

('A`)「幾ら掛る?」

(@ゝ@)「施術料で二十万。パーツの料金も合わせて七十万か」

('A`)「サービスするんじゃなかったのか」

(@ゝ@)「サービス込みでだ。ホントの所を言えば百万は最低でも貰っておきたい。
     だが、あんたには嬢ちゃんの定期メンテで世話になってる。こっちも赤字覚悟だよ」

俺は苦い顔を作る。
七十万。決して少なくない出費だ。闇医者の事。無論、保険は降りない。
金で健康を買えるなら、と割り切るしかなさそうだった。

108 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 22:53:20 ID:GXwXwpuY0
('A`)「……分った。それで頼む。パーツが揃うのは何時頃だ?」

(@ゝ@)「一週間、と言いたい所だが、こればっかりはどうなるか。互換性を無視すりゃ、三日と掛らないが。
     あとで整備不良を訴えられちゃ、俺の沽券に関わるんでね」

('A`)「知った事かよ。一週間で用意しろ」

(@ゝ@)「ヘイ、口には気をつけな。これはお前さんの為でもあるんだ。
    互換性を無視した結果、拒絶反応でニューロリジェクションを患いたかないだろう?」

語気を強めるサイバネ医師。
眠たげに垂れたその瞳には、有無を言わせぬ眼光が宿っていた。

('A`)「――オーライ、オーライ。俺が悪かった。お前さんに任せるよ。だからそうカッカすんな」

右手を上げて降参する。
サイバネ医師は肩を竦めると、マイクロドライバーを握って、鉄板装甲を留めに掛った。

(@ゝ@)「それでいい。お前さんはもうちょっと自分の身体を気遣う事だ。モルグに入るにはまだ早い。そうだろう?」

('A`)「――どうだかね。時たま、早い所コフィンで安らかに眠るのも悪くないと思う時があるよ」

(@ゝ@)「てめえの患者からそんな言葉を聞くのは些か悲しいね。そんなに人生は辛いか?」

('A`)「辛くない人生があるんなら聞かせて欲しいね。借金、借金、また借金。
   それを返す為に下らねえ仕事を繰り返す。時々、何のために生きているんだか分らなくなる」

109 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 22:54:09 ID:GXwXwpuY0
(@ゝ@)「仕事があるうちが華だぜ。それと、もう一つコトワザがあってだな…なんて言ったか…馬鹿は考えない方がいい、みたいなよ」

('A`)「馬鹿の考え休むに似たり、か?」

(@ゝ@)「そう、それだ。――思うに、考えるだけ無駄なんだよ。人生ってのはな。
     何で俺はこんな事をしているんだろう、とか、何で俺は生きているんだろうとか。
     答えなんてでねえのに、無い知恵絞って考え過ぎる奴はごまんといるがよ。考えたら負けだよ」

('A`)「ハッ!お前に人生を語られるとは、俺も落ちぶれたな」

(@ゝ@)「俺も何でお前さんと人生相談なんかしてるのかと、さっきから疑問だったよ。――っとこれでよし」

最後のネジを留め終えて、サイバネ医師が鉄板装甲を軽く叩く。
手術台から降りてコートをはおりなすと、俺は彼と共に処置室を出た。

(@ゝ@)「なるたけ大急ぎで、伝手を当たってみるが、それなりに時間が掛る事は覚悟しといてくれ。揃い次第、連絡する」

('A`)「それまで俺はベッドの中で震えながら、人生について考えておくよ」

(@ゝ@)「お前さんも大概しつこい奴だな。そんなに悶々としてるんなら、気晴らしにパーっとやったらどうだ?だが、ドラッグは止めとけよ」

('A`)「そんな金があったら、事務所の返済に充てるよ」

(@ゝ@)「馬鹿野郎、俺への借金を先にしやがれ」

110 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 22:56:19 ID:GXwXwpuY0
軽口の応酬をそこで切り上げると、ハインリッヒを促して俺は施術所を後にする。
貸しビルと貸しビルの間、猫の通り道めいた細い路地に出た所で、肌にまとわりつくじめりとした湿気を感じ、俺は思わず頭上を仰いだ。

('A`)「こりゃ、一雨くるか?」

ツタめいてビルの壁を這うパイプや、エアコンの室外機の間から見える空は、相変わらず黒灰の分厚い雲に覆われているが、今は何時にも増してそれが低く垂れこめている。
そろそろ梅雨入りが近いのだと、今朝のニュースホロが言っていたのを思い出した。

('A`)「嫌な季節が近づいてきたな」

从 ゚∀从「メンテナンスの頻度も増えるな」

前にも似た様なやり取りをしたな、なんて事を考えながら首を戻すと、この狭苦しい路地に入ってくる人影が目に入った。

「あの野郎…俺がヘマしたからって、報酬をケチりやがって…ふざけやがって…畜生め……」

ぶつぶつと呟きながら、ふらふらとした足取りで歩いてくるその男のシルエットは、些か不格好だった。
具体的には、右の腕が左よりも随分と太く、長く、角ばっていた。

「反応速度か…?もう少し処理の速いチップに変えるか?…いや、増設パックで火薬の量を増やすべきか……」

くたびれた鼠色のトレンチコートの袖越しにでもわかる、その節くれだった右腕は間違いなくサイバネ義手だろう。
人体のバランスを欠きかけたその大きさから見ても、格納兵装が内臓されているのは明らかだ。
恐らくは、杭打ち機構か、ハンドキャノンだろうか。片腕で扱える範疇のギリギリといったところだ。

111 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 22:56:59 ID:GXwXwpuY0
「……おい、何見てンだよ」

俺の視線に気づいたのか、剣呑な響きで言いながら、男が俯けていた顔を上げる。
瞬間、脳裏を「二度ある事は三度ある」という言葉が過った。

( ´_ゝ§)「――って、もしかしてアンタ、あの時の!?」

驚きの声を上げるその男は、記憶が確かならば、かつての俺のクライアントだ。

(;´_ゝ§)「ま、まさかこんな所でアンタとまた会うなんてな…いやあ、偶然ってのは恐ろしいものだぜ……」

左のカメラアイを中心に配線が這った顔には、困惑と焦りが浮かんでいた。

(;´_ゝ§)「ホント偶然だ。また会うなんて、これっぽっちも――」

視線を右往左往させて、男は取り繕うように左の手を振る。

(;´_ゝ§)「イヤ、でも俺は感謝してるんだぜ。アンタがあの時見逃してくれたから、俺は立ち直る事が出来たんだ…それだけは言わしてくれ……」

卑屈な笑みが、その口元に浮かんだ。

(;´_ゝ§)「見てくれよ、これを。アンタがくれた金で義手に換えて、バウンティーハンターをやってるんだ。お、俺にしては、中々様になってるだろ?」

右の袖をたくって、男はその下の鋼の腕を見せる。
ごつごつとしたクロムメタルの装甲板が、西洋甲冑の籠手めいたシルエットを形成するそれは、二世代程前の戦闘用サイバネ義手「チャリオット」だ。
記憶が確かならば、その武骨な太腕の中には、単分子槍が格納されていて、それを火薬を使い掌からパイルバンカーの原理で打ち出すものな筈だ。

112 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 22:57:45 ID:GXwXwpuY0
(;´_ゝ§)「十万じゃ足らなかったから、借金をする事にはなったがよ…へへ…そんなのは屁でもねえさ……。
      クスリに溺れるのはもう止めだ。社会復帰するのさ、俺ァ……」

一度言葉を区切ると、そこで男は自身の右腕をうっとりとした眼で見つめ、クロムメタルの表面を撫でる。

(;´_ゝ§)「あの時、お前さんにドヤされてよ…俺ァビビってた…実際、小便をちびりかけた。
       ――だがよ、それと同時に、痺れてたんだ。頭の後ろを、何かに殴りつけられたような、って言うだろう?あんな…へへ…そうさ」

右腕を見つめる男の口には、引きつった様な笑みが浮かんでいた。

(;´_ゝ§)「ま、まだまだ駆け出しだけどよ…何とかかんとか、食いつないで行けてるよ…へへ……。
       もしかしたら、俺にはこういうのが向いているのかもしれねえ。今日も、新しいインプラントを増やしに来たのさ」

言いながら、男は俺の背後の闇サイバネ・クリニックを左の手で指差す。
そして、その指で首の後ろのニューロ・ジャックをほじくった。
引き抜かれた指の先には、黄色い油がべっとりとついていた。

(;´_ゝ§)「こ、ここまで来るのに色々あったがよ…人間、思ったよりも何とかなるもんだな……。
      破れかぶれになりゃあ、出来ねえ事はねえって言うかよ…まあ、それもこれもアンタのお陰なんだがな」

俺は、肩を竦めた。

113名も無きAAのようです:2012/07/27(金) 22:58:06 ID:d8uuIxvg0
おいおい今日もかよ
嬉しすぎてやばいぞ

114 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 22:58:35 ID:GXwXwpuY0
( ´_ゝ§)「もし…もしもだけどよ、アンタさえよけりゃ、今度奢らせてくれよ。
      何だかんだ言って、アンタとはゆっくり話もした事が無かったし……。
      それに、俺ァちゃんとした礼が言いてぇんだ。な?いいだろう?」

サイバネ置換していない方の男の瞳に、縋るような色が浮かぶ。
俺は、そのどんよりとした黒を暫くの間見つめていた。
やがて、俺は曖昧に頷いた。

( ´_ゝ§)「そ、そうか…ありがてぇ…ヘ、ヘへ…誰かと呑むなんて、ひ、久しぶりだな……そうか…そうか……」

安堵したように溜息をつくと、男はぎこちない笑みを浮かべる。
泣き笑いの様な、皺のよったその表情が、不思議と印象的だった。

( ´_ゝ§)「コレが、俺の端末のアドレスだ。飲みたくなったら、電話、くれよな」

鼠色のトレンチコートのポケットから、折れ曲がった名刺を取り出し、男は差し出す。
俺がそれに一瞥をくれて頷くのを確認してから、男は俺とすれ違い、闇クリニックの中へと消えていった。

从 ゚∀从「……」

無言で俺を見つめる仏頂面の相棒。
名刺をトレンチコートの内ポケットにしまい、俺は歩き出す。
鋼鉄の処女もまた、それに従った。

115 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 22:59:50 ID:GXwXwpuY0
从 ゚∀从「名刺は、捨てないのだな」

隣に並んだ相棒が、聞いてくる。

('A`)「ああ、そうみたいだな」

他人事めかして答えてから、空を見上げる。
どんよりとしたそこから雨粒が落ちてくるのを見て、俺達は足取りを速めた。

116 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:00:31 ID:GXwXwpuY0

#track-6

――饐えた臭いが鼻をつく。
もしも全身義体であったのならば、嗅覚のスイッチをオフにしている所だ。

('A`)「これで言うのは何度目か分らんが言わせてくれ。鼻がもげたら、換えの鼻ってつけられるか?」

傾いた冷蔵庫の上で、凝った肩を揉みながら弱音を吐く。
眼下に広がる粗大ゴミの山。
そこに腕を突っ込んでいた相棒が、振り返らずに言った。

从 ゚∀从「これで178度目になる台詞だが、言わせてもらおう。
     かつての貴様の部屋と比べたら、ここは滅菌消毒した手術室みたいなものだ」

扇風機、冷蔵庫、自転車、タイヤ、電子看板、果ては貨物コンテナから小型ジャイロコプターまでもが転がる夢の島。
ニーソク区の港湾部、遥か太平洋を望む、出島のようなその鉄屑の島は、誰が呼んだか地域住民達からは「グレイブ・アイランド」なんて通称をつけられている。
港から何十キロと離れたこの小島は、かつてはゴミ処理船によって行き来がなされていたが、相次ぐ不法投棄の末、遂にはゴミで形作られた道によって、港と繋がってしまったというショッキングな逸話を誇る、不法投棄のメッカだ。

人工的な埋め立て工事を行ったわけでもなく、ただ、無数のゴミだけによって浮島めいた形を保っているその威容は「圧巻」の二文字で済ませられるものではない。
グレイブ・アイランド周辺の海底には、海面まで出てこないだけで、多くの粗大ゴミ達が暗礁めいて沈んでおり、近隣を航行する船などがこれで船底を擦って沈んだという話は枚挙にいとまがない。
そうして座礁した船でさえもが、この夢の島を形成する鉄の陸地となる事で、このグレイブ・アイランドはその面積を今なお拡大している。
海面からビルめいて垂直に屹立するタンカーの黒い船体や、その下に群がるようにして船腹を晒しているクルーザーなどを見れば、ここがニホンのサルガッソーと呼ばれるのも頷けた。

117 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:01:38 ID:GXwXwpuY0
('A`)「何か、使えそうな物は見つかったか?」

額の汗を拭いながら、冷蔵庫の上から両腕を使って慎重に降りる。
「電脳喫茶しゅらふ」と書かれた巨大なネオン看板の上に足を置けば、そのプラスチックパネルがみしりと音を立てて軋んだ。

从 ゚∀从「いや、何も――いや待て、これは……」

こちらに背を向けたまま、鉄屑の山に手を突っ込んでいたハインリッヒが、確信めいた声音と共にその腕を引き抜く。
ケーブルや海藻が巻きついた、何世代も前のターミナルの液晶ディスプレイが、その両手に握られていた。

从 ゚∀从「ハズレ、か」

無感情に言い捨てて、彼女は液晶ディスプレイを放り投げる。
そのまま再び、黙々とゴミ漁りに戻る彼女の、汚れたゴシック・ロリータ・ワンピースの背中を見て、俺は溜息が洩れるのを禁じ得なかった。

('A`)「まさか、この歳でゴミを漁るような生活を経験するなんて、思いもしなかったよ」

从 ゚∀从「経費削減の一環だ。そもそも、事務所の経営難の十割は貴様の浪費癖と甲斐性不全が原因だろう」

('A`)「それについては、全面的に謝罪するがな……」

それにしたって、グレイブ・アイランドくんだりまで来て、ゴミを漁らないといけないなどと考えれば、惨めにもなろうものだ。

118 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:02:36 ID:GXwXwpuY0
从 ゚∀从「ゴミ漁りと考えるから惨めなのだろう。スカベンジング、もしくはサルベージと言えばいい。
     分りやすい所でリサイクルというのを採用するのもいいだろう」

('A`)「スカベンジングの方は英語になっただけだろ……」

懐からマルボロを取り出そうとして、持ってきた分は全て吸い終えてしまったことに気付く。
煙草が切れた以上、最早一分一秒でも早く帰りたかった。

無論、我が相棒がそのような怠慢を許すわけも無い。
千切れた義体の腕を検分しては、無言でそれを投げ捨てゴミの山と格闘するその背中から視線を外すと、辺りを見渡す。
何か適当な物でもないかと視線をさ迷わせていると、ズタズタになった日の丸の国旗の陰に、アップライトピアノを見つけた。

('A`)「ふむ、どれ」

煤けた日の丸国旗を取り払ってみれば、茶色の表面は思ったよりも綺麗だ。
試しに、鍵盤を叩いてみる。
くぐもってはいるが、修理に出せばまだまだ使えそうだった。

近くに転がっていた外部記憶端末の四角いボディを引っ張ってきてそれに腰かける。
鍵盤に右の手を乗せると、少し考えてから、唯一弾ける曲である所の、「ねこふんじゃった」を引いてみる事にした。

ねこふんじゃった、ねこふんじゃった、ふんづけちゃったら、ひっかいた

ねこひっかいた、ねこひっかいた、びっくりして、ひっかいた

119 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:03:16 ID:GXwXwpuY0
('A`)「ははっ、意外と憶えているもんだな」

ふざけた歌詞だが、片手だけで弾けるというのを知った当時は、ただそれだけで画期的な事だと思っていた。

無論、きちんと弾くとなると左の手も使う事になる。
演奏を止めて、黒革の手袋に包まれた左の手を見やる。
未だ、修理が済んでいないとは言え、これといった支障は出ていない。

('A`)「……やれるか?」

恐る恐る、鍵盤の上に左の手を乗せて、曲の頭から弾き直す。

ねこふんじゃった、ねこふんじゃった、ふんづけちゃったら、ひっかいた

ねこひっかいた、ねこひっかいた、びっくりして、ひっかいた

わるいねこめ、つめをきれ、やねをおりて、ひげをそれ

('A`)「おっ、おっ、いけるんじゃないのか?」

にゃーご、にゃーご、ねこかぶり、ねこなでごえで、あまえてる

ねこごめんなさい、ねこごめんなさい、ねこおどかしちゃってごめんな

――ばきりっ。

120 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:04:31 ID:GXwXwpuY0
('A`)「……」

左の手の下で、鍵盤が砕け散り、白と黒の木屑と化している。
義手の動作不良という訳ではない。
調子に乗って弾いていたら、力加減を間違えた。

('A`)「やっぱ、楽器弾くのは無理そうだな」

从 ゚∀从「相棒にゴミ漁りを任せて自分は演奏ごっこか。良い御身分だな」

('A`)「サボタージュじゃないさ。もしも使えそうだったら、持って行って売り飛ばせるかと思ってよ」

从 ゚∀从「――それをか?」

鍵盤の砕けたアップライトピアノを顎で指して、相棒が尋ねる。

('A`)「偶発的な事故だ」

俺は肩を竦めてみせた。
同時に、懐で携帯端末が振動した。

('A`)「はい、こちらD&H探偵事務所」

('A`)「…ええ、ええ、はい…分りました」

('A`)「では、これから戻りますので、夕方頃という事で…はい、お待ちしております…」

通話を切り、懐にしまう。
相棒が、何時もの仏頂面でこちらを見ていた。



121 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:05:50 ID:GXwXwpuY0
('A`)「仕事が入った。さっさと戻ろうぜ」

从 ゚∀从「――思っていたんだが」

('A`)「ん?」

从 ゚∀从「矢張り、D&Hというのはいかがなものか」

('A`)「今更何を言っているんだか……」

やれやれと首を振り、ゴミの山の上を歩きだす。
ここから立ち去れるのならば、仕事であっても大歓迎だった。

122 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:07:12 ID:GXwXwpuY0

#track-7

――兄を、探して欲しいんです。

ああ、これが兄の写真でして――僕とそっくりでしょう?――ええ、よく言われます。

……最後に会ったのは、僕が高校を卒業してからなので……もう、十年も前ですね。

僕達兄弟は、早くに両親に先立たれてしまいましてね。父親は僕の物心がついた時には既に居ませんでしたし、母親も僕が小学生に上がる頃には食道ガンで逝ってしまったものですから、僕らはそれから孤児院に引き取られる事になったんですがね……。

――ああ、いえ、すいません。大丈夫です。ええ…ただ、あまり、孤児院の事は思い出したくないものでして。……あそこは…何というか…とにかく、決して「良い所」とは言えない所だった。

結局、逃げ出しちゃったんです。僕達は、孤児院をね。僕が十二歳で、兄が十九歳の頃の事です。

ニーソクのあちこちを転々としましたよ。日銭は、兄がアルバイトで全て賄っていました。ここら辺は、身元照明がはっきりしていなくても、たとえ未成年であっても、「働き口」にだけ関して言えば、困る様なことはありませんからね。

アパートも、最低限の所を選んで借りる事が出来ていました。廃教会の裏側の、路地の所に「耶麻無」ってプレハブみたいな建物があるの、ご存知ですか。ええ、ええ、そこです、そこ。

僕は、あそこから小学校、中学校、高校と通っていたんです。今にして思えば、よくアパートなんて借りて居られたな、って思いますよ。万魔殿で寝泊まりしていたとしても、決して不思議じゃなかった。

123 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:08:52 ID:GXwXwpuY0
人一人が幾つもアルバイトを掛け持ちした所で、僕の学費や生活費の全てを捻出できるわけがないんです。

きっと、あの時で既に兄は裏の社会に片足を突っ込んでいたんでしょうね。

全て、僕を養う為にしてくれていたのに、僕はそれを許してやることが出来なかった。

高校三年の時です。もう、あと数週間で卒業するって時になって、兄に向って言ったんです。

卒業を機に、自分も大人になる。これからは、自分の食いぶちは自分で働いて自分で賄う。だから、もうヤクザな仕事は止めてくれって。

随分と生意気な事を言ってしまったと、今でも後悔してます。

あの時の僕は、兄がどれだけの覚悟で裏の仕事に手を出していのか、それを知らなかった。

ただ、世間体というものに怯えるだけの子供でしか無かった。

兄は、何も言いませんでした。何も言わないで、それから二日後に家から姿を消してしまいました。

残されたのは、僕用の口座に振り込まれた五百万円と、兄のピアノだけでした。

当時は、そんな無責任な兄の行動を恨み、憤る日々でした。

何も言わずに居なくなるなんて、どういう事なんだって。

やっと自分の行動を反省して、後悔するようになったのは五年前程からです。

それまでは、唯一の家族である筈なのに、捜そうともしなかった。

兄のお陰で、僕は高校も卒業出来て、ちゃんとした会社にも就職出来た。それなのに僕は――。

124 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:10:08 ID:GXwXwpuY0
――来月、結婚するんです。だから、兄には是非出席してもらいたくて…今更、ムシの良い話かな、とも思うんですが……。

兄のお陰で、僕はこんなに幸せになれた、兄のお陰でここまで来る事が出来た、それを兄に伝えたいんです。そして謝りたいんです。あの時の言葉を。

だからどうか。どうか、兄を、捜してやってくれませんか。

('A`)「“報酬は、そこまで多くは用意出来ませんが”」

从 ゚∀从「我らが事務所の相場も随分と下がったものだな。
私としては、あの額では猫一匹捜してやる気にはならないものだが」

('A`)「“仕事を選んでいる程高貴な身分では無いだろう?”ってのは、何時ものキミの言葉と記憶しているが」

从 ゚∀从「塩豚への調査費用も含めれば、完全に赤字だ。こんなふざけた仕事は前代未聞だな」

('A`)「宣伝効果を期待してるんだよ」

「一体何を宣伝しようというのだ。貴様の頭の悪さか?」、というハインリッヒの言葉を聞き流して、後ろ腰からカスタムデザートイーグルを抜いて構える。

「イヒ…いヒヒ…アバー…アア…ヒッヒッヒヒ…」

闇の吹き溜まりの中から、引きつった笑い声が上がった。

125 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:10:54 ID:GXwXwpuY0
('A`)「……この中に、入っていくのか?」

从 ゚∀从「それが、仕事と言うものだ」

万魔殿。崩れかけたビルの廃墟の一室。
俺達の目の前には、地下へと続く階段が口を開けている。
傾きかけた太陽の、橙色の光さえも届かない、暗闇への入り口だ。

「アヒッ!ヒヒヒッ…ヒヘッ!…ウブブ…ゴエ…ッフ――ヒィヒィイィヒヒッ!」

暗がりの中から、再びあの引きつった笑い声が響いてくる。
常人のものからはほど遠い、病み、狂ったような、そんな響きの笑い声。

俺は、もう一度相棒の顔を振り返る。
傍らの相棒は目を閉じ、首を左右に振った。

('A`)「――やれやれ、だな」

カスタムデザートイーグルから結線ケーブルを引っ張り、ニューロジャックに繋げる。
左手で銃を、右手でマグライトをそれぞれ頭の高さに構えると、俺は地下室への階段を一段一段、慎重に降りて行く。

マグライトの明りの中に照らし出される、朽ちかけたコンクリート壁からは、パンクス達が描いていったであろう、スプレーグラフィティアートの髑髏や悪魔などがこちらを睨んでくる。
階段のそこここには、鼠の糞や酒瓶の破片、何十年も前の新聞の切れはしなどが散乱しており、アンモニアとアルコール、そして仄かな血の臭いもがそれに混じり合い、吐き気を堪えるのにも一苦労した。

126 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:13:53 ID:GXwXwpuY0
思いの他長い下りの末、視界が開ける。

深さにして、地下5メートル程だろうか。
地下室の割には天井の高い部屋は、元はボイラー室だったのだろう。
パイプやダクトが這いまわり、錆ついたボイラー設備が無言のままに鎮座する空間。
階段を降り切って、真っ直ぐ、突き当りの壁に、背を預けて座り込む人影があった。

( ※_ゝ§)「ヒヒ…アー…イイ…ソイツを…アア……」

('A`)「……」

これで、会うのは五度目だな。
そんなことを、ぼんやりと考えながら近づいて行き、その前にしゃがみ込む。
サイバネティクスの配線が顔面を這いまわる男は、俺の接近にも何ら反応を示す事も無く、痙攣した様な笑いを漏らし続けていた。

( ※_ゝ§)「コ、コレが…フィヒ…き、キモチイイんだ…アア…フィヒヒヒ!」

前に会った時は、右腕と左目だけだったサイバネ改造は、今は右眼と左腕にまでも広がっている。
配線や強化樹脂装甲が露出する男の左耳の下には、追加ニューロジャックやソフトウェアソケットが増設されており、そこからは膿みと機械油の混じった腐汁が溢れ、彼の肩に垂れていた。

改造に次ぐ改造。整備不良によるサイバネティクスの老朽化。
それらによってニューロンが損傷した結果、精神を病む者は少なくない。
目の前の彼もまた、「サイバーサイコ」と呼ばれるその一人だった。

127 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:14:51 ID:GXwXwpuY0
('A`)「……」

頭の高さに構えていたカスタムデザートイーグルを、だらりと下ろす。
こうなってしまったら、もうどうする事も出来ない。
ふん縛ってアサイラムに入れた所で、何かが変わるわけでもない。傷ついたニューロンを修復することなど、今の科学では不可能だ。

俺は、踵を返す。
腹の底から胸へと向かって、言いようのない倦怠感のようなものが、せり上がってくる。
背後で聞こえていた笑い声が、ふいに途切れた。

(;'A`)「――シッ!」

即座に振りかえり、銃を構える。

( ※_ゝ§)「ケヒ!ケヒヒヒィィイイ!」

バネ仕掛けめいて飛び出してくる男を、ニューロンが補足。
コンマゼロ秒の誤差も無く、パルス信号の命令で、直結されたカスタムデザートイーグルのトリガーが引かれる。
少なくとも、引かれはした。

(;'A`)「なっ――!?」

腰の高さで固まった左腕。あらぬ方向へと飛んでいく銃弾。ここに来てのフリーズ。
たとえそれが、一コンマの遅れであろうと、命のやり取りにおいては致命的な遅れだ。
低く飛んだ男が、両腕を熊めいて振りかぶった姿勢で、突っ込んでくる。
咄嗟に左の手で上体を庇おうとするが、三世代も前のサイバネ義手は未だその硬直が解けない。
間に合わない。俺は、反射的に目を閉じる。

128 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:15:49 ID:GXwXwpuY0
予測された痛みは、しかしやってこなかった。
ゆっくりと目を開ける。

从 ゚∀从「やれ、矢張り貴様を先行させるべきでは無かったな。これは私の判断ミスだ」

黒衣の堕天使めいた鋼鉄の処女が、サイバーサイコの振り上げた左の長腕を、両手の長物で受け止めていた。

从 ゚∀从「――で、“コレ”は処分してしまっても構わないか?」

つばぜり合いを続けながら、鋼鉄の処女は振り返らずに尋ねてくる。

( ※_ゝ§)「イヒ!フィヒヒヒー!裂いて!裂いて!裂きたいのおおおお!アヘヒャヒャヒャ!」

俺は、依頼人の言葉を束の間思い出す。

「来月、結婚するんです。だから、兄には是非出席してもらいたくて…今更、ムシの良い話かな、とも思うんですが……」

「兄のお陰で、僕はこんなに幸せになれた、兄のお陰でここまで来る事が出来た、それを兄に伝えたいんです。
 そして謝りたいんです。あの時の言葉を」

('A`)「……」

俺が答えを出しかねている間にも、鋼鉄の処女はサイバーサイコを腕ごとその長物で押しやり、自分もバックステップで距離を取る。
ボイラー室の狭い通路ギリギリの長さを誇る彼女のエモノは、幅広にして肉厚な刃を持つ大鎌だ。
伸縮式の柄と取り外し可能な刃によって構成されるそれは、何の特殊機構も持たない極めて原始的な武装だ。
刃自体の重量と、伸縮式の柄により間合いの調整が可能な事以外、何の強みも持たないそれは、本来は常人が扱う様な代物ではない。
ハインリッヒが、人外の運動能力を有する鋼鉄の処女が握ってこそ、初めて一線級の活躍が期待できるものなのだ。

129 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:17:22 ID:GXwXwpuY0
( ※_ゝ§)「ヘヒ…ヘヒヒ…?」

从 ゚∀从「……哀れな奴だ。私の主の次くらいには、哀れな奴だよ、貴様は」

二人は、互いの間合いを窺うように、足を前に出したり引っ込めたりしながら、通路の間で睨み合う。
だがすぐに、サイバーサイコの方が待ちきれなくなり、右の腕を腰だめに構えて地を蹴った。

( ※_ゝ§)「刺して!挿して!サシテサシテサシテサシテエエエ!」

鋼鉄の処女に向かって一直線に突進するサイバーサイコの右腕の掌が、カメラのファインダーめいて開く。
ボディブローの要領でもって、電撃的速度で突き出される右腕。
その肘の部分に仕込まれた火薬が炸裂し、くい打ち機構めいて打ち出された単分子ランスの鋭い切っ先が、鋼鉄の処女を狙う。

ハインリッヒはこれを、上体を僅かに逸らして回避。
サイバーサイコはすぐさま右腕を引き戻し、続く第二撃を放つ。
瞬時に格納された単分子ランスが、次弾の装填の済んだ火薬によって再び爆発的に突出。
鋼鉄の処女は上体と膝を曲げてブリッジの姿勢。
難なく避けると、そのままの姿勢で両手を地面につき、バックフリップの勢いで蹴り上げた。

下から掬いあげるように繰り出された爪先が、カミソリのような鋭さでサイバーサイコの顎を捉える。
金属と金属のぶつかる硬質な音。鋼鉄処女の重い蹴りを受けたサイバーサイコはよろめき後ずさる。
一回転して姿勢を整えたハインリッヒは、大鎌を構えて一歩前進。両者の距離は2メートル弱。

从 ゚∀从「攻撃が単調に過ぎる。最も、サイコに判断力を求めるのが間違いか」

無機質な言葉と共に、両手の中の大鎌を振るった。

130 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:18:03 ID:GXwXwpuY0
( ※_ゝ§)「アバッ!?アババババ!?」

銀の閃きとなった大鎌の切っ先が、サイバーサイコの右腕を捉える。
和紙を勢いよく千切る様な断裁音に続いて、西洋甲冑の籠手めいたサイバネ義手が宙を舞う。
一拍遅れて、その平坦な切断面から、潤滑油と血の混じり合った毒々しい液体が噴出、地下ボイラー室の湿った床を斑に染めた。

从 ゚∀从「トドメッ!」

振り抜いた勢いを利用して大鎌を頭上で回転。
ハインリッヒは袈裟掛けに切り下ろす。
死神の審判めいたその切っ先がサイバーサイコの肩口を捉える寸前、狂える男はその場で後ろに跳躍、死の刃を逃れると同時、後方の壁を蹴って斜め上からの奇襲に出た。

( ※_ゝ§)「アイイイイイ!エエエエエェエ!」

サイバーサイコが頭上で振りかぶる右の腕は、左に比べて線の細いシルエットの鉄板装甲に覆われている。
軽装鎧の籠手めいた上腕部の装甲が跳ね上がり、そこからスリット状の発射口が出現。
空気の抜けるような乾いた射出音と共に、そこから円盤状の小型刃が無数に飛びだした。

閃く銀環の群れが、鋼鉄の処女の黒衣を裂いて、その上体に次々と突き刺さる。
矢襖めいて円盤を生やした鋼鉄の処女は、しかし怯む様子は無い。

从 ゚∀从「羽虫の特攻が――」

先に袈裟掛けに振りおろしていた大鎌の刃を上に向け、彼女は柄を逆手に握り直す。

从 ゚∀从「私を止められるなどと思いあがるな!」

怒号と同時、鋼鉄の処女は逆手に握った大鎌を振り上げる。
悪鬼の下顎から突き出す牙めいて跳ね上がった大鎌の切っ先が、頭上に迫ったサイバーサイコの腹を貫通。
振りあげた勢いもそのままに、鋼鉄の処女は半身を捻ると、空中で串刺しにした狂人の身体を、後ろの床に叩きつけた。

131 ◆fkFC0hkKyQ:2012/07/27(金) 23:19:05 ID:GXwXwpuY0
( ※_ゝ§)「オグッ――!カッ――ポッ――!?」

ずしりと音を立ててボイラー室の床に伏したサイバーサイコの口から、血の泡が吹き出す。
蛙めいて手足を痙攣させるその体は、大鎌の刃によって縫い付けられ、最早身動き一つ取れそうも無い。
最後の足掻きとばかりに、大鎌の刃を掴もうとする右の手を、鋼鉄の処女が無慈悲に踏みつけた。

从 ゚∀从「――それで、どうする?」

刹那の内に殺陣を終えた鋼鉄の処女が、上半身に食い込んだ銀環を引き抜きながら、こちらを振り返る。
血の様に真っ赤な双眸は、相変わらずの機械らしい無表情を湛えて、真っ直ぐに俺を見つめていた。

从 ゚∀从「ここで処分して、依頼主には適当な報告を返すか?それとも拘束して連れ帰り、引き合わせるか?」

('A`)「……」

妙に気だるい体を動かし、サイバーサイコの元へ近づき屈みこむ。
未だに痙攣し続けながら、血の泡を噴き出す男の顔を、俺は覗きこんだ。

( ※_ゝ§)「ゲフッ――ガッ――ハァ…カアァ…ェエェ――ッサをヤるのサ…」

虫の息の彼の口が、意味のある言葉を紡ごうとしている。
俺は、耳をそばだてた。


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