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企画もの【バトル・ロワイアル】新・総合検討会議2
1
:
◆VnfocaQoW2
:2010/04/04(日) 00:20:17
雑談、キャラクターの情報交換、
今後の展開などについての総合検討を主目的とします。
今後、物語の筋に関係のない質問等はこちらでお願いします。
278話以降、3ルートに分岐することとなりました。
ルートAは従来通りのリレー形式に、
ルートB、Cは其々の書き手個人による独自ルートになります。
規約はこちら
>>2
786
:
椎名智機、脱落。(14/24)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 00:59:29
説得も失敗。
逃亡も失敗。
援軍も失敗。
攻撃も失敗。
謝罪も失敗。
智機が試すべき全ては試行された。
その全てが、通じなかった。
今なおしおりは智機の動かぬ左腕にしがみついている。
千切れた白衣が、燃えてゆく。
左腕の表皮膜が、溶けてゆく。
コンロの弱火に炙られるが如く、緩やかに、着実に、焼けてゆく。
擬体の崩壊が、ついに始まったのである。
智機は、その、己の崩壊から目を逸らした。
(Oh…… 万策、尽きたのだな……)
生き汚い智機の論理思考回路が、ついにそれを認めた。
一切を、諦めた。
生存を、放棄した。
「ああ……」
智機は自分を遠巻きに囲む三人を順に眺めた。
ザドゥは侮蔑の篭った眼差しで見下していた。
芹沢はぎゅっと目を瞑り、顔を逸らしていた。
透子は無表情のまま茫と眼差しを注いでいた。
「やはり、か……」
787
:
椎名智機、脱落。(15/24)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 01:01:05
そこに顕れているのは、【こちら】と【あちら】であった。
目に見える線は引かれてはいない。
されど、明確にその線引きは存在している。
隔絶している。
―――トランス部長。
分かってはいたことである。
それまでにも何度も何度も感じてきたことである。
その見えざる線の向こう側に行くために彼女は、
【こころ】を作成し、鯨神の甘言に乗り、
彼女の能力が許すありとあらゆる方法を試してきた。
けれども。
「何故……」
その境界線は曖昧で朧げで。
機械の情報処理能力と論理演算能力を以ってしても。
否、明晰な頭脳が最初から備わっていたればこそ。
超えるべき線を目視することが叶わぬまま、終の時を迎えようとしている。
「何故貴殿らは私にばかり辛く当たる!?
私にもっと優しくしてくれ給えよ!!」
.
788
:
椎名智機、脱落。(16/24)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 01:02:12
甘ったれた泣き言であった。
しおりが述べるのであれば、分かる。
外見、年齢ともに相応しい。
だが、英知の鎧に固められた智機が話す言葉にしては、異様すぎた。
柔すぎて剥き出しすぎた。
「私は…… 私はぁっ!!」
それは爆発的に高まる己の感情の発露であった。
鬱屈するたびに磨り減らされた情念の叫びであった。
―――人になりたい。
この願いは、手段でしかなかったのである。
人にならねば達成できぬ願いがある故に、
人になるを願っただけなのである。
―――興味を抱かれたい。
―――知って欲しい。
―――求められたい。
「私は、ともだちが、欲しいだけのに……
貴方たちと、なかよしに、なりたいだけのに……」
―――愛されたい。
それが智機の、真なる願いであった。
三白眼の赤い瞳は今や伏せられ。
眼球保護液が、保護を目的とせずに、溢れ出た。
「えっ…… えっ……」
789
:
椎名智機、脱落。(17/24)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 01:14:33
智機は、泣いた。
大人しく静かに啜り上げた。
お出かけ先で保護者を見失った幼な子がそうするように、
成す術をなくした智機は涙を流し続ける。無防備に。
智機は涙しながら、頭の片隅で己の異変にようやく気がついた。
この赤裸々な感情表現は――― そして、その前に覚えた絶望もまた。
トランキライザが許容する情動を大きく上回っていることに。
然り。
今の智機のトランキライザは稼動していない。
【自己保存】の本能もまた評価されていない。
そしてこの機能の不具合が発生したのは、確とした理由が存在していた。
かつて智機は、性行為において、同様の作動不能を経験している。
その根本原理とは、なんであったか?
快楽により抑えきれなくなった機体の冷却要求が、情動の抑制要求より上位に
固定されたが故に、抑制されぬ情動が発露されたのではなかったか?
これは、つまり。
しおりの纏う怒りの炎が発した熱が、外側から智機を温めた結果、
同じ症状が発生したということである。
【こころ】を立ち上げずとも、透子の能力に依らずとも、
完全な破壊を迎えるまでの時間制限つきではあれども、
智機は、制限されぬ自由な感情と思考を取り戻していたのである。
「えぐぅ…… えぐぅ……」
「今度は泣き落としか? 芸の細かい機械なことだ」
呆れた目で智機を見下すザドゥの誤解を解いたのは、
意外にも芹沢ではなかった。
790
:
椎名智機、脱落。(18/24)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 01:15:33
「のー。これは本音」
「はっ、本音にしては随分と幼稚な思いだな。お前は幼稚園児か?」
それをザドゥは鼻で笑った。
オリコーさんはオリコーさん故に幼い心を宿している。
ドラマでよくある、そんな程度のことと判じた故に。
しかし、続いて語られた透子の言葉に、流石のザドゥも絶句せざるを得なかった。
「のー、園児にも満たない」
「智機の年齢、二歳十ヶ月」
子供であった。
しおりなどより、はるかに子供であった。
順序を踏んだ社会経験を積むことなく、人の感情に寄り添うことなく、
優秀な知性と豊富な知識を備えて誕生してしまった存在ゆえのジレンマが
生み出した悲劇が、ここにあった。
「それでは、子供というより、幼児ではないか……」
そんな透子とザドゥのやり取りが耳に入っているのか、いないのか。
空ろな表情で天井を見上げながら、誰の顔も見ることもなく。
ぼそりと、智機が思いを零した。
「冥土の土産として、我が永年の疑問に解を示してくれないか?
……どうしたら私は、君たちの輪の中に入れたのだ?
……私に足りなかったものとは、一体なんなのだ?」
その言葉に、カモミール芹沢は思わず瞳を見開いた。
智機に向けたその顔は、智機に同調するかの如き切なく苦しい表情であった。
同調したのは顔形のみではなかった。
「ともきん……」
791
:
椎名智機、脱落。(19/24)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 01:16:54
まさか――― まさか智機が、自分の同類だったとは。
智機が諦念と共に零した言葉とは、芹沢が常に抱いている想いに等しかったのである。
智機が今置かれている状況とは、【新選組】における自分の立場に近かったのである。
どこかで自分に自信が持てなくて。
どこかで人との距離感を読み損なって。
空騒ぎしたり、いじけたりして。
いつの間にか、局内で疎まれていた。
暗殺される程、疎まれていた。
それでも【新選組】の皆とお友達でいたかった。
お友達だと思い込みたかった。
「答えなんて、ないんだよ」
そんな自分の過去が走馬灯の如く蘇り、芹沢の体は思考に先んじて行動していた。
智機に駆け寄り、そのまま智機の首をかき抱いたのである。
包帯で固めても柔らかさを損ねぬ豊満な胸に、智機の泣き濡れた顔が埋まった。
(この行動の意味、は…… 何だ……?)
智機は混乱している。
今、自分がされていることは、抱擁である。
人生で初めての情愛の篭ったハグである。
見捨てられた自分が受けられるはずの無い祝福である。
それがなぜ、与えられているのか?
「私も、どうしたらいいのかわかんなくって、
私も、それでも愛して欲しくって、
私も、ともきんみたいにもがいてるんだよ」
792
:
椎名智機、脱落。(20/24)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 01:21:27
その言葉は、智機に稲妻の如き衝撃を与えた。
偏屈者の多い主催陣にあって、誰よりも人馴れしている芹沢が。
羨望の裏返しの侮蔑を抱かざるを得なかった芹沢が。
自分の疑問に答えられぬとは。
自分と同じ疑問の答えを探し続けていたとは。
「だからともきん。ともきんは、ひとりじゃないよ」
そして、続く言葉に智機は打ちのめされた。
自尊心が心地よく砕かれた。
あれほど愚かで。
自己抑制が利かず。
作戦に幾度も失敗し。
罵れば無様に感情を露にし。
無能をさらけ出し。
なのに、眩しかった。
そんな、人間中の人間たるカモミール芹沢と、
人間の外装を持ち、人間以上の処理能力を備えた自分が、
根本の部分では、共鳴していたのだと理解した故に。
「私は、貴女と、一緒なの…… か?」
「うん、ともきんと私は、淋しんぼ仲間だよ☆」
愚かしい、あまりにも情けない己の心情の正直な吐露によって。
智機は強固な味方を、得たのである。
さらに、今一人が、動く。
「たー」
793
:
椎名智機、脱落。(21/24)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 01:23:00
かけぬ方がまだしも気合の入る腑抜けた掛け声と共に、智機の左腕が両断された。
天井付近にテレポートした透子が、手にした魔剣カオスの刀身に落下速度を乗じ、
一息に智機の腕を断ち切り、しおりと分断したのである。
すぐさま芹沢は、智機の体を抱き抱えて後退した。
透子はしおりの口に、素敵ブレンド麻酔&睡眠薬を染みこませたハンカチを押し当てた。
もともと、限界の肉体を恨みの一念でどうにか駆動していただけのしおりである。
抵抗する間もなく、意識を闇に落とした。
《やるのう、トーコちん》
「ん」
透子は芹沢と違い、智機に対する共感や同情から身を転じたのではない。
もっと機械的で打算的であった。
芹沢が、智機保護に動いたこと。しおりの背が、無防備であったこと。
その状況変化に対して、最適と思われる手を打っただけのことである。
自らの身の安全。しおりの命の保障。
その二つさえキープできるのであれば、
保険である智機を救助するに、吝かではなかったのである。
「おい、お前たち、なにを勝手なことを」
ただ一人蚊帳の外に置かれた恰好になったザドゥが、
不満げにカモミールと透子の行動に異を唱える。
睨み付けられた者たちの申し開きは淀みなかった。
「ねねね、ザッちゃん、このとーり! ともきんは私がちゃんとしつけるから!」
《まあ、調教の手段なら儂に任せるですよ?》
「死ななくていいときに」「死ななくていい」
(カモミールが、魔剣が、透子様まで、私を庇ってくれている、だと……
No…… こんな夢のようなことが、実際ありうるのか……?)
794
:
椎名智機、脱落。(22/24)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 01:24:54
制限されない情動は、智機に無様な涙を流させる。
瘧の如く身を震わせている彼女が感じている初めてのこの情動は、
感動と呼ばれる性質の情動であった。
「……全く女という生き物は、度し難い」
結局ザドゥは、二人の訴えをこのように乱暴に纏めて、脱力した。
人の身であり、また心の機微を解する繊細さを持ち合わせぬ彼にしてみれば、
透子の行動もまた芹沢のそれと同じく、
情動に突き動かされた短絡的な行動としか理解できなかった故に。
やれやれと溜息をつくザドゥの表情は、しかし緩いものであった。
「俺はもう知らん。好きにしろ。
但し、目覚めたしおりはお前達で納得させる。
これが条件だ」
自分を庇い立ててくれる者。
自分の本心を理解してくれる者。
自分を許容してくれる者。
ここにある全ての眼差しが、智機に向けられていた。
智機の機能や出力結果にではない。
椎名智機という固体・個性を。
人物を。
ここにいる全ての眼差しが、見つめていた。
―――トランス部長
そう呼ばれていた頃の、遠巻きに囲い、嘲る為の眼差しではない。
それぞれに意味は違えど、智機を真っ直ぐに見つめる眼差しであった。
795
:
椎名智機、脱落。(23/24)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 01:27:30
歓喜が、温もりが、智機の情動発生装置に染みてゆく。
酩酊にも似た幸福感がメモリの隙間を満たしてゆく。
どこまでも、どこまでも。
そこで気付いた。
であるにも関わらず、この胸を満たす感動を許容範囲内に均す憎き機能、
トランキライザが沈黙を保っていることに。
循環冷媒の温度は30度程にまで下がっているというのに。
温度異常による警告は取り下げられているというのに。
================================================================================
N−21:【自己保存】の本能は、解除しておいた
N−21:だからトランキライザも智機の任意でON/OFFできる
================================================================================
疑問を口にする前に、透子が解答を投じて来た。
そこで産まれた新たな疑問を、智機は仮想キーボードにて打鍵する。
================================================================================
O−01:Whyと訊ねてもよろしいかな?
N−21:あなたの思考パターンに劇的変化を確認した
N−21:あなたはもう私たちを裏切らないと確信した
N−21:だったら臆病な智機よりも勇敢な智機の方が役に立つ
O−01:ははっ、やはり透子様には全てお見通しか
O−01:では、きっと、今から行う提言も予測済みなのだろう?
================================================================================
透子からの返信は無かった。
しかし、智機には見えた。
透子の眼輪が、ほんの少しだけ弓形に婉曲したように。
透子の下顎が、ほんの少しだけザドゥを指したように。
796
:
椎名智機、脱落。(24/24)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 01:30:22
「ん」
その透子の微小なアクションに背中を後押しされ、
智機は背を向けてシェルターを出ようとしているザドゥを呼び止めた。
「Wait、Waitだよ、首魁殿。
ご提案があるのだが、聞いて貰えないかね?」
ザドゥは歩みを止めた。
既に運営は崩壊し、組織としての序列は無意味と断じた智機が。
ザドゥ殿ではなく、首魁殿と、口にしたが為に。
一瞬呆けた表情を見せたザドゥが、口角を引き締め、振り返る。
「なんだ、言ってみろ」
「私が貴殿に成り代わり、願望成就の権利を放棄しよう。
首魁殿。あなたはあなたの願いを、叶えるといい」
「これはまた、随分と殊勝なことだな。
一応は何故、と理由を聞いておこうか」
いぶかしむザドゥの問いに智機は簡潔に答えた。
晴れやかな表情で。
澱みのない口調で。
「私の願望は、叶えられたのでね」
もう、奇跡なんて要らない―――
智機は微笑み、芹沢の手を強く握り返した。
↓
.
797
:
椎名智機、脱落。(情報 1/2)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 01:31:31
(Cルート)
【現在位置:J−5地点 地下シェルター】
【グループ:ザドゥ・芹沢・透子・智機・しおり】
【スタンス:待機潜伏、回復専念
①小屋組との果し合いに臨み、これに勝利する
②しおりに優勝させる】
【主催者:ザドゥ】
【スタンス:ステルス対黒幕
①陰陽合一を為す訓練を行う
②芹沢の願いを叶えさせる
③願望の授与式にてルドラサウムを殴る】
【所持品:なし】
【能力:我流の格闘術と気を操る】
【備考:体力消耗(大)、全身火傷(中)】
【刺客:カモミール・芹沢】
【スタンス:①智機を襲わないよう、しおりを説得する
②ザドゥに従う(ステルス対黒幕とは知らない)】
【所持品:魔剣カオス、虎徹刀身(魔力発動で威力↑、ただし発動中は重量↑体力↓)】
【能力:左腕異形化(武器にもなる)】
【備考:体力消耗(大)、腹部損傷、左足首骨折、全身火傷(中)】
【刺客:椎名智機】
【所持品:スタンナックル、改造セグウェイ、グロック17(残弾 17)×2】
【スタンス:①仲間へのバックアップ
②自分を襲わないよう、しおりを説得する
③授与式にて、願望成就の権利をザドゥに譲る】
【備考:左腕喪失、自己保存の本能ロック解除】
798
:
椎名智機、脱落。(情報 2/2)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 01:32:54
【監察官:御陵透子(N−21)】
【スタンス: 願望成就の為、ルドラサウムを楽しませる
①智機を襲わないよう、しおりを説得する
②果たし合いの円満開催の為、参加者にルールを守らせる】
【所持品:壊れた契約のロケット、スタンナックル、カスタムジンジャー、Dパーツ
グロック17(残弾 14)】
【能力:記録/記憶を読む
世界の読み替え:自身の転移、自身を【透子】だと認識させる(弱)】
【しおり(№28)】
【スタンス:優勝マーダー
①智機への復讐完遂
②待機潜伏、回復専念】
【所持品:なし】
【能力:凶化、紅涙(涙が炎となる)、炎無効、
大幅に低下したが回復能力あり、肉体の重要部位の回復も可能】
【備考:獣相・鼠、両拳骨折(中)、疲労(大)、銃創(両肺と胃)、電撃によるスタン
※戦闘可能になるまで22時間の療養が必要です】
※ザドゥと芹沢、しおりは素敵医師のまっとうな薬品による治療継続中
799
:
名無しさん@初回限定
:2011/11/20(日) 10:57:10
新作お疲れ様です。
タイトルからして智機がここで破壊されると思っていただけに、
このオチは意外でした。
カモちゃんのすごいなあ。
素敵医師死亡後の運営陣の結束の強化が改めて確認できるエピソードでした。
次回も楽しみにしてます。
800
:
sage
:2011/11/21(月) 18:45:14
ようやく智機も状態表のグループ欄に名前を入れてもらえたか
ここまでの長くて情けない道のりを思うと感無量だな
801
:
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/14(水) 23:45:56
以下64レス「終末の過ごし方」を投下いたします。
802
:
終末の過ごし方 〜魔窟堂野武彦〜(1/7)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/14(水) 23:46:42
(ルートC:4日目 AM6:00 D−6 西の森外れ・小屋3)
魔窟堂野武彦は、朝日の訪れと共に小屋へと帰投した。
朝日を背負って帰投した。
影を大きく伸ばして帰投した。
悲壮な覚悟を背負って帰投した。
疲れた表情をしている。
背筋が曲がっている。
年齢を感じさせぬ、溌剌とした態度と軽妙な物腰。
彼の持ち味の核たるそれらが、失われていた。
―――情報を、己の胸に仕舞いこむ。
憂悶の眠れぬ一晩を経た野武彦の結論はそれであった。
今晩の果し合いに全力を傾ける。
不和の種は撒かぬ。
逃げもしない。
隠れもしない。
ただ、嘘をつく。
野武彦は己のモットーとは正反対の在り方を決意したのである。
「じっちゃん、おかえりー」
初手からいきなりの大試練じゃの。
まひる殿に出迎えられようとは。
803
:
終末の過ごし方 〜魔窟堂野武彦〜(2/7)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/14(水) 23:47:22
相変わらずの花が咲いたような笑顔じゃな。
ささくれ立った心に潤いを齎す笑顔じゃな。
じゃからこそ、じゃ。
まひる殿には出来るだけ、会いとうなかった。
じゃって、わしはどのような顔をすればよい?
どのような言葉をかければよい?
まひる殿の過去を、罪を、知ってしまったわしが。
いやいや。
まひる殿の場合、それを罪などとは呼べぬな。
月夜御名やランスやユリーシャとは違う。
生態じゃ。
わしら人間がが牛や豚を食らうように、まひる殿という生き物は人を食う。
かつてそうして生きてきた。
それだけのことじゃ。
「もー心配したんだからさー。はい、お煎餅。
お腹空いたでしょ? 一緒に食べよ?
でも一枚だけだからね。 残り10枚切ったんだから」
おうおう、屈託のない笑顔でまひる殿がおすそ分けをくれたわい。
前歯で煎餅をぽりぽりとする姿はとことん微笑ましいの。
まるでシマリスかハムスターの様じゃ。
華奢な体。愛らしい顔の造り。まっすぐな瞳。
これが、この本性が、人食いの獣じゃとはとても思えん。
しかし、いやいや、よく思い出すがいい。
ケイブリスとの戦いの折のまひる殿の活躍ぶりを。
強靭なバネ。鋭利な爪。ペンタグラムの瞳。
人ならざる異能を駆使して、攻撃役を担っておったではないか。
804
:
終末の過ごし方 〜魔窟堂野武彦〜(3/7)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/14(水) 23:48:20
「……あれ、顔色悪くない?」
「心配御無用じゃ。まひる殿」
そんな目で見んでくれい。
優しい言葉をかけんでくれい。
後ろめたさと猜疑心で、まっすぐまひる殿に向き合うこともできぬ、
臆病で疑り深いわしなんぞに。
「……ん? あれ? ……殿?」
「お、いや、ちんじゃな、ちん。
テイク・ツー!
心配御無用じゃ、まひるちん」
いかん、いきなり躓いてしもうた!
心理的な距離感が、無意識に呼び名に表れてしもうた!
どうするのじゃ?
どうするべきじゃ?
フォローを入れるべきか?
疲れていてぼーっとしていたとか?
それとも親しき仲にも礼儀ありなどと言ってみるか?
……おお、見ておる!?
真ん丸な瞳で、上目遣いに。
どこか得心行かぬ、一抹の不安感を内包させて、まひる殿がわしを観察しておる!
いかん。
何か言葉を! 上手い言葉を!
「魔窟堂さん、任務、お疲れ様でした」
805
:
終末の過ごし方 〜魔窟堂野武彦〜(4/7)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/14(水) 23:49:27
まひる殿の背後から、声。
この声は……
この声こそは。
おおっ、おおっ!
わしが今、最も聞きたかった声じゃあ!!
「恭也殿、回復したとは聞いておったが……
良かった、ほんに良かった……」
恭也殿…… お主が、お主が居てくれるからこそ。
生きていてくれたからこそ。
この老骨の心が折れずに済んだのじゃ。
戦士と戦士の神聖な誓いを反故にせずに済んだのじゃ。
そう、高町恭也。
お主こそはわしの宝。
わしの生きる意味にして、希望そのものじゃ。
「みなさんの尽力のお陰で、俺も、知佳も、
今、こうしてこの場に立っていられます。
本当に、ありがとうございました」
「なに…… 知佳殿とな!?」
これはまたなんともホットなニュースじゃな!
恋うる少女が傍に居てくれること、恭也殿にとってもなによりの薬じゃろて。
そしてわしにとっても。
守る価値がある宝がもう一つ……
もう、ひと、つ…………
―――私がやりました…… 私、力を持っているんです。
―――誰にも負けない力、超能力を……
806
:
終末の過ごし方 〜魔窟堂野武彦〜(5/7)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/14(水) 23:50:05
知佳殿は、XX障害者であったな。
強大な念動力を保持しているのじゃったな。
そう、【参加者来歴】にも記載されておったな。
そして、その暴れ馬は。
薬品とピアスによって制御しており。
……薬品のストックは、既に切れておるはずじゃな。
「知佳ちゃんといえば、はぁ……
昨日の恭也さんの告白シーンはカッコ良かったなぁ……」
「あ、広場さん、その話は、その」
「暴走する念動力を物ともせず近づいて!
『見くびるな、仁村知佳』ビシィ!
『俺に貴方を、守らせろ』バシィ!
いやぁもーこのこの天然の女殺しめぇ。
あたしもそんなこと言われてみて〜♪」
「……蒸し返さないでください」
海原琢磨呂の連射する銃弾を弾き、かの男を空中に磔にし、
極太の木の枝の槍で刺殺した、圧倒的な力が。
恭也殿の傍らに、いつ暴発するとも知れぬ状態で侍っていると……?
無論、知佳殿の心根は優しく、善良じゃ。
じゃが、能力のコントロールは、性格とは関係なく……
「……やっぱりじっちゃん、疲れてるみたいね。さっきからぼーっとしてる」
「ああ、まあ、その……のう。
夜気が身に染みてのぅ、よう眠れなんだんじゃ。
ちと布団にくるまってくるかとするかの」
807
:
終末の過ごし方 〜魔窟堂野武彦〜(6/7)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/14(水) 23:50:40
いかんいかん。疑い出せばきりが無い。
情報に踊らされすぎじゃぞ、魔窟堂野武彦。
まひる殿も知佳殿も、信頼に足る人間たちではないか。
他の連中にしてもそうじゃ。
いかに性根が腐っていようと、度を外れた暴力性を有していようと。
次の戦いこそ大事であると。
その為には力を合わせねばならぬと、一人として欠いてはならぬと、
誰もが理解しておるはずじゃ。
背中を預けあっておるはずじゃ。
ならば、その輪をわしが崩してはならぬ。
口にしてはならぬ。
気取られてはならぬ。
得た情報を頭の隅っこに追いやって。
昨日までのわしを演じるのじゃ。
野武彦は、全てを飲み込む。
清と濁を飲み込んで、思いや理念を押さえつけて。
ただ一人、恭也のために。
ただ一つ、誓いのために。
無理矢理、慣れぬ大人のやりかたを、押し通す。
↓
808
:
終末の過ごし方 〜魔窟堂野武彦〜(7/7)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/14(水) 23:52:51
(ルートC)
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3】
【魔窟堂野武彦(元№12)】
【スタンス:果し合いに臨む
①得た情報はひとまず胸に収めておく】
【所持品:454カスール(残弾 3)、鍵×2、簡易通信機・小、斧
軍用オイルライター、ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング
カスタムジンジャー】
【備考:疲労(小)、紗霧、ランス、ユリーシャに不信感、まひるに恐怖感】
809
:
終末の過ごし方 〜高町恭也〜(1/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/14(水) 23:54:00
(ルートC:4日目 AM7:00 D−6 西の森外れ・小屋3)
濡れ縁に、大小二つの影があった。
寄り添うというほど距離は近くない。
他人同士というほど距離は遠くない。
あれほど、骨太な告白を敢行したというのに。
あれほど、情熱的な抱擁をしたというのに。
言葉の全てに、嘘偽りなど一つもなかったというのに。
一晩を経て、朝日の下で顔を合わせてみれば。
高町恭也という男は。
「良い天気になりそうだな」
「絶好のお洗濯日和だね……」
「そうだな」
……困った。
言葉が、続かない。
というより、目を合わせられない。
朴念仁であることは自認している。
しかし、天気の話題を振ったきり分単位で沈黙しているというのは
男として情けないことであることくらいは、理解できる。
「洗濯日和、か。知佳は、家事を手伝うのか?」
「うん、お姉ちゃんがぐーたらだからね。
自然と私の仕事になったというか……」
「そうか」
810
:
終末の過ごし方 〜高町恭也〜(2/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/14(水) 23:54:32
また沈黙か。
が、それも悪くないと感じる自分もいる。
すぐ隣に、知佳が居る。
愛する者が居る。
それだけで、俺という器は、十分に満たされている。
だが……
知佳は、どう感じているのだろう。
退屈だと感じてはいないだろうか。
「えっと…… もうちょっと近づいて、いい?」
「ああ、構わない」
とは、答えたものの。
これ以上近づいたら、それは【くっつく】ということではないか?
「いや、やはり待ってくれ。
考えてみたのだがこれ以上接近するということは、
触れ合ってしまうことになりはしないだろうか?」
「待たないよー」
これは…… なんというこそばゆさなんだ。
こんな感覚、俺は知らない。
おかしなものだ。
知佳を背負っていたときのほうがずっと密着していたのだし、
望まぬあの行為のときには肌と肌が直接触れ合っていた。
であるのに。
接触している肩が、二の腕が、大腿が、膝が。
なぜこれほど甘い痺れを齎すのだ?
811
:
終末の過ごし方 〜高町恭也〜(3/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/14(水) 23:56:08
「なんかなー、なんか、恥ずかしいよね、えへ」
「だが、悪くない」
この距離感のなんという気恥ずかしさ。
うちの子たちとは当たり前にしているスキンシップよりも幾分軽い触れあい。
だというのに。
相手を意識している。付き合っている。
それだけでこれほどまでに皮膚感覚が鋭敏になるものなのか?
「あのね、恭也さん。これ…… 渡しておくね」
知佳が俺の手を取った。
その余りの柔らかさに、暖かさに。
俺の心拍数が跳ね上がる。
が、その跳ね上がった心拍数は、握らされた物がなんであるか
理解した瞬間、さらに跳ね上がった。
「知佳…… 昨晩、君は自分の体質のことを、包み隠さず話してくれたな?」
「うん。やっぱり恭也さんにはもう隠し事、したくなかったし……」
「今、知佳の力は強制休眠に入っている。エンジェルブレスによる
回復能力も使えない。そうだったな?」
「うん。光合成できないね」
「それなのに、何故これがここにある。何故飲んでいない?」
手渡されたのは、一粒の世色癌。
昨晩、重篤な知佳を癒すために必要だと渡した二粒の内の一つだ。
「一粒でも十分効果はあったから。
ね、今もこうして縁側に座ってお茶を飲める程度には」
812
:
終末の過ごし方 〜高町恭也〜(4/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/14(水) 23:57:03
「だが、触れた手は熱かった。気恥ずかしさや緊張感からの熱ではない。
発熱にともなうものだと感じられた。万全ではないんだ。
これは知佳が今すぐに飲むべきだ」
「わたしは……ほら、【小屋組】じゃないから、果し合いには参加できないし。
使えとか言わないから。お守り代わりに。ね?」
なんだろう、このとめどなく溢れてくる熱い思いは。
頑として譲ろうとしない知佳に対し、それを諌めようとする理性より強く、
胸の中で膨らんでゆく気持ちは。
「それにね、恭也さん。
恭也さんが私を守ってくれるんでしょ?
だったらその言葉を信じてもいいよね?
我侭、きいてくれるよね?」
これを…… この思いやりを、献身を、君は我侭だというのか。
俺のことをそれほどに想ってくれているのか。
愛されているのか。
なんという実感!
なんという衝動!
とーさん、不詳・高町恭也。
この齢にして始めて知りました。
滅私こそが、御神。
俺はそれだけだと思い込んでいました。
だが、それだけじゃないと、今、分かりました。
813
:
終末の過ごし方 〜高町恭也〜(5/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/14(水) 23:57:39
人を守るという真の意味。
守りたい、という気持ちが生み出す、無限の力。
それは、私心なくして、決して得られません。
むしろ私心を源泉として湧き上がってくるものでした。
「知佳、改めて、君に誓う。誓わせてくれ」
「なあに?」
「俺が、貴方を、守ります」
地下百尺の捨石たれ。我が身は目的達成の手段。
それだけだと思い込んでいた。
そうではなかった。
人を恋うるを知り。
愛されているという実感を得た今。
愛したいのだという衝動を得た今。
私もまた力になるのだと、恭也は一つ、学んだのである。
↓
【高町恭也(元№08)】
【スタンス:果し合いに臨む
①知佳を慈しみ、守る】
【所持品:小太刀、鋼糸、世色癌×1(←知佳)】
【備考:失血(中)、右わき腹から中央まで裂傷】
814
:
終末の過ごし方 〜凶しおり〜(1/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/14(水) 23:59:38
(ルートC:4日目 AM8:00 J−5 地下シェルター)
目覚めたしおりを待っていたのは、椎名智機の土下座であった。
昨晩の命惜しさの上滑りな謝罪とは違う、真摯な反省がそこにはあった。
しかし、しおりの腸は煮えくり返った。
奪われた物の大きさを思えば、謝罪などでは到底釣り合わぬ。
故に、尻尾は錐の如くピンと伸び、うなじの産毛は逆立った。
蹂躙準備、完了。
しかし、続く仇敵の言葉がしおりの出端を大きく挫く。
「私の願望を【さおりを生き返らせる】ことに使用しようと思う」
なに……?
いまこのロボット、なんていったの?
さおりちゃんを…… 生き返らせる?
「最初は私たちの為に自らの願望を放棄された首魁殿に
権利の譲渡を申し出たのだが、
首魁殿はこう言われたのだよ―――」
さおりちゃんに、また会える……
そんな可能性、全然考えたことなかった。
ううん、違う。
考えないようにしていたんだ。
―――そうそう。凶には凶の生き方があるんだよ。
―――凶になる前のことに固執しちゃあダメダメだよね。
815
:
終末の過ごし方 〜凶しおり〜(2/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:00:16
確かにしおりは、おにーちゃんのことは大好き。
でも、さおりちゃんのことだっていっぱいいっぱい大好き。
どっちか一人を選べなんて【しおり】の気持ちだけなら決められない。
うーんうーんって、お熱がでちゃうくらい考えても、
最後まで選べなくて、えーんえーんって泣いちゃうだけだと思う。
でも、しおりは【まがき】だもん。
お腹が空いたらお腹がくうくう鳴っちゃうみたいに、
夜更かししてたらあくびがふわぁぁって出ちゃうみたいに、
自然にマスターのことを生き返らせたいって感じちゃうんだもん。
頭の奥のほうに刻み込まれた何かが、
【まがき】にとってマスターは絶対だって、
ずっと囁き続けているんだもん。
―――そうそう。大事なのはマスターだよ。
―――目の前にいるのは、マスターの仇なんだよ。
「『俺は一度吐いた唾は飲まん。
お前の願望はお前が責任を持って処理しろ』
……じつにらしい態度だと思わんかね、プリンセス?」
叶えられる願いは、ひとつだけ。
生き返らせることができるのは、ひとりだけ。
だったらその席にはマスターしかありえなくて。
さおりちゃんのことを考えても悲しくなるだけだから。
しおりは、おそうしきをしたのに。
さおりちゃんにちゃんとばいばいしたのに。
816
:
終末の過ごし方 〜凶しおり〜(3/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:01:02
―――そうそう。しおりはもう決断して、離別したんだよ。
―――妹のことは、もう過去のことなんだよ。
「故に私は、我が犯した罪の賠償として、
プリンセス最愛の半身たるさおり姫の復活を捧げるのさ」
それなのにロボットは、さおりちゃんに会わせてあげるっていう。
しおりの隣に、いつもの場所に、戻してくれるっていう。
憎い憎いロボットなのに。
絶対壊してやるって胸の奥がぐつぐつ煮えてるのに。
許せないって、心が今でも叫んでるのに!
―――そうそう。ふくしゅーは果たさなくちゃいけないね。
―――マスターへの忠誠の証はキチっと立てなきゃね。
「あなたが智機を殺せば」
「さおりは二度と戻らない」
熱くなってきた心に、ばしゃあって、水を掛けられた。
私をちりょうしてくれたおいしゃさんのおねーちゃんが、ぽそりと呟いた
言葉が、しおりをちょっとだけ冷静にさせた。
そうだよ。
ロボットはこれを謝罪っていってるけど、それだけじゃないんだ。
これは取引、なんだ。
さおりちゃんの声をもう一回聞くためには、
ロボットを許してあげないといけないんだ。
817
:
終末の過ごし方 〜凶しおり〜(4/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:02:26
―――ダメダメ! 許すなんてありえないよ。
―――ロボットの罪は死すら生ぬるいだよ。
ちょっと静かにして。
言いたいことは分かってるから。
「それは」
「とても悲しいこと」
おいしゃさんはやっぱりぼそぼそと喋る。
聞こえにくい。
でも、このぼそぼそは、しおりの心にずきゅんってきた。
なんか、分かる。
凄く、本当が篭ってる。
「機会を逃してはいけない」
「他の何を我慢しても」
「他の何を犠牲にしても」
おいしゃさん、分かったよ。
大事なことは、しおりちゃんの笑顔をもう一度見ることで……
―――ダメダメ! それは一番大事なことじゃないよ!
―――【まがき】の優先順位を間違っちゃいけな……
ちょっとうるさいよ、静かにしてよ!
マスターは生き返る。
しおりが優勝して生き返す。
それで今は十分だもん!
818
:
終末の過ごし方 〜凶しおり〜(5/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:03:27
―――ダメダメ! 十分じゃない!
だから『今は』って言ってるでしょ!?
ふくしゅーはマスターとさおりちゃんが生き返った後でも遅くはないでしょ?
復活したマスター自身に制裁して貰ってもいいでしょ?
―――あ…… そうか。
だから、今はちょっとだけ我慢しようよ。
だから、今はちょっとだけ嘘をつこうよ。
マスターの仇を討つ。さおりちゃんを復活させる。
どっちかを取るんじゃなくて、どっちも取る為に。
「……わかった。約束するよ。しおりはロボットを壊さないって」
でも絶対に、ぜーったいに、許してあげないんだから!!
しおりは憎き仇敵の話を聞き、咀嚼し、判断し、決断した。
理性で感情を押さえ込み、損得勘定を働かせ、取引に応じた。
思考によって提示された選択肢の裏筋を見出した。
妥協した態を見せつつも、本心を隠し通した。
それは、大人の対応であった。
チューリップ型の名札を胸に留めている年齢には有りえぬ対応であった。
死地。苦境。別離。変転。怨嗟。憤怒。
そして――― 覚醒。
劇的な体験を経て、糧にして。
しおりは確かに、成長している。
819
:
終末の過ごし方 〜凶しおり〜(6/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:03:58
↓
【しおり(№28)】
【スタンス:優勝マーダー
①待機潜伏、回復専念
②智機にさおりを復活させる
③さおり復活後、智機を破壊する】
【所持品:なし】
【能力:凶化、紅涙(涙が炎となる)、炎無効、
大幅に低下したが回復能力あり、肉体の重要部位の回復も可能】
【備考:獣相・鼠、両拳骨折(小)、疲労(中)、銃創(両肺と胃)
※戦闘可能になるまで8時間の療養が必要です】
※素敵医師のまっとうな薬品による治療継続中
820
:
終末の過ごし方 〜ランス〜(1/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:05:08
(ルートC:4日目 AM9:00 D−6 西の森外れ・小屋3)
ランスは確かに強い。
戦闘の総合力においては、残存プレイヤー中最強といっても差し支えない。
しかし、今のランスが十全なランスかといえば、そうでもない。
ランスを最強足らしめる相棒が、その手に無き故にである。
諸刃。刃渡り長く、ずしりと重く、闇の気を纏うインテリジェンス・ソード。
魔剣カオス―――
魔人ジークからかの剣を取り戻して以降4年間。
彼が握る武器といえばこの大剣のみであった。
アリスメンディから回収したバスタードソードが失われた今。
彼がその獰猛な戦闘力をいかんなく発揮する機会もまた、失われていた。
「握りが甘い!」
むかむかあっ!!
恭也のヤツめ、訓練だっていうのに容赦なく小手先を攻めやがって。
俺様は武器を手に馴染ませる為に。
恭也は病み上がりのリハビリの為に。
とりあえず肩慣らしに模擬戦でもやろうかって話になって。
現在、九本勝負、六本目。
三勝三敗。
数だけ見れば拮抗してるが、目下三連敗中なのだ。
しかも、回を追うごとに恭也のヤツは俺の太刀筋に慣れて来やがった。
このまま勝負を続ければ、のこり三戦も負け続けちまうだろう。
くたばりそこないの癖にやりやがるなあ……
821
:
終末の過ごし方 〜ランス〜(2/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:05:48
「うーん、思いつきでケイブリスの爪を毟ってきたが、
イメージどおりに振り回せないな。
やっぱり斧で妥協しといた方がいいか」
「ケイブリス戦での斧の扱いを見ている限り、
重心の制御が上手くいっていないと感じられた。
その爪のほうがまだ、戦闘スタイルに合っていると思う」
「でもなあ…… なんかこう、しっくりこないというか……」
「失礼。その爪を見せてくれないか」
「なんでだ?」
「握りが安定するように加工してみようと思う」
恭也は小器用なヤツだった。
まず、何度も持ち替えて、色んな角度から眺めだした。
次いで、握りの部分を削り、形を整え、布を巻いた。
「これでひとまず握りは安定するはず。七本目、参りましょう」
「待ちくたびれたぞ」
向き合う前に軽く片手で振り回す。
たてたて、よこよこ、まるかいて、ちょーーん。
おお、凄い。
こんなにぶん回しても、握りが安定してやがる。
「うん、いいな」
822
:
終末の過ごし方 〜ランス〜(3/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:06:33
試合再開。
俺様、八双。恭也、中段。
一呼吸…… の途中で、いきなり突撃!
恭也は半身で軽く避けるが、呼吸が整っていないのが見て取れる!
連撃!
振り下ろした爪をそのまま刷り上げる。
恭也の膝が沈む。
重心は前。
じゃ、後方跳躍での回避を狙ってるな。
ならば俺様は……
右手の握りを解いて、左肘を捻って……
「突きィ!」
「……参った」
がはは! 流石天才の俺様だ。
刷り上げから勢いを殺さず突きに持ってゆくなど、
凡人の恭也では反応しきれなかったようだな!
「握りはかなり、安定したようですね。
突きという手もいい。
元が爪だ。その特性が十分に発揮できる」
おお、そうだな。
遠心力の掛かった状態から片手を離して、そこから捻りを加えられるなんて、
恭也が爪に手を加える前までは考えられない挙動だぞ。
いいな、やっぱり、いい。
こいつをもっと手に馴染ませたい。
こいつをもっと好き勝手に振り回したい。
823
:
終末の過ごし方 〜ランス〜(4/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:08:03
「八本目、行くか!」
「その前に、もう一度貸してくれ。まだ手を加える余地がありそうだ」
「いーや、もう十分だ、とっとと掛かって来い」
「そういうことであれば、その体で確認して頂こう」
試合開始。
さっきは速攻で上手く恭也のテンポを崩せた。
だからこんどはもっと速攻で行く!
刀を合わせる。
目をあわせ…… ない!
「どりゃあああ! いきなりランスアタックっぽいヤツ!」
「想定内!」
俺様渾身の不意打ち上段斬は空振った。
ヤベッ!
……が、恭也のヤツは追撃してこない。
片足を上げて、よろめいている?
よし、チャンス継続中! いったれ!
「ここで刷り上げの追撃を放ったとしても……」
!! 手の内、読まれてやがる?
「爪は片刃、かつ、刀身が軽いために……」
何考えてんだ?
恭也のヤツ、浮いた足を更に上げて……
その足で爪を踏みしだく…… だとう!?
「振り始めの頃であれば、押さえ込むことも、容易!」
824
:
終末の過ごし方 〜ランス〜(5/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:08:58
カランカラン……
軽い音を立ててケイブリスの爪は転がっていった。
負けた。
これで四対四。
そして知った。恭也のいう更なる改良点を。
むかつくことに、教えられた。
「で、今の弱点をお前は補強できるのか」
「重量重心に関しては。諸刃に加工するのは無理だ。
ランスさんのほうで意識して野太刀の感覚で使って欲しい」
「成る程な。日光さんを振ってた時の感覚か」
「一時間ほどかかると思う。どこかで時間を潰してきてくれ」
「いや、いい。見てる」
再び、爪を恭也に渡す。
恭也は一旦小屋に戻ると、食卓の椅子を二つと工具を持って来た。
何で椅子?
まあ、いいや。
こいつにはこういう経験と知識があって、それは俺様には判らんが、
結果、悪いことにはならんだろ。
きっと握りの時と同じく、
ケイブリスと戦ったときと同じく、
こいつはきっちり結果を出して、
俺様の爪剣をパワーアップさせてくれるに違いない。
「うん、いいな」
「……なにがです?」
「よくわからんが、なんか、こう、いい感じだ」
825
:
終末の過ごし方 〜ランス〜(6/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:10:56
……けど、まあ。
九本目に勝利するのは、俺様だがな!
王とは、孤独な職業。
阿る者や、媚びる者、忠義の者など数あれど、
対等の目線で語りあえる仲間など存在しない。
認められる仲間と、目的を一つにし、切磋琢磨する。
目線を同じくする者と、協力しあう。
いい女を抱くのとは別種の充実感が、ここにあった。
↓
【ランス(元№02)】
【スタンス:果し合いに臨む
①女の子優先でグループに協力
②プランナーの事は隠し通す
③運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:世色癌×1(隠し持っている)、ネイルソード×2(←恭也加工)】
【能力:ネイルソードにてランスアタック可】
※椅子は接続している金具を取り外して爪の刃の背面に嵌め込み、
重量の調整を図る為に使用しました。
826
:
終末の過ごし方 〜椎名智機〜(1/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:12:44
(ルートC:4日目 AM10:00 J−5 地下シェルター)
椎名智機も帝都天翔学院に通っている以上、偽装とは言え戸籍を有している。
戸籍上、椎名潤一という父はいる。
椎名智機の設計者であり、彼女を開発した研究所の所長でもある。
しかし、それはあくまでも学園に通うという臨床試験の為の方便であり、
潤一と智機の間に、肉親の情などは存在しなかった。
研究者と、サンプル。
それだけの渇ききった間柄であった。
戸籍上、母も記述はされているのだろう。
しかし智機はその存在を知らない。
会った事も無ければ、それらしき話を耳にしたこともない。
夢想したこともない。
科学技術が母なのだと、嘯くほかに術がない。
それでいいと思っていた。
それが当たり前だと思っていた。
「カモちゃんさん、ついに探り当てたよ。
【小屋組】が使用している通信帯域を!」
827
:
終末の過ごし方 〜椎名智機〜(2/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:16:29
機械のこころなど、単純なものだね。
昨晩まであれ程私の行動を縛っていた【自己保存】の本能が解除された途端。
自分がひとりぼっちではないと実感できた途端。
仲間たちの役に立ちたいと。
この能力の全てを捧げたいと。
今まで思ったことの無い欲求が、感情曲線を書き換えたのだから。
0と1の判断しかないとは言え、なんとも節操のないことだ。
「ホントにぃ!?凄いねぇともきん、よく頑張ったねぇ!
いい子いい子!(なでくり、なでくり)」
特に、この芹沢…… もとい。
カモちゃんさんへの傾倒具合は、押さえが利かない。
ビットフラグの反転が起きたとしか思えないほどだ。
カルガモのインプリンティングか、と自嘲したくもなる。
だがね…… カモちゃんさん。
いくら私がなついているからと言ってだね。
一人前のレディの頭をこう、撫でまわすなどとは……
「No! そんな子ども扱いはよしてくれ給え。
私は別にご褒美欲しさに解析に注力していた訳ではないのだよ」
「あっれぇ〜?
ともきんはいい子いい子をご褒美だって感じてるの〜?」
「のっ、No! 言葉の綾というものでだね! 私は!」
Oh…… 私はバカになったな。堕ちてしまったな。
ノイズの如き感情波に制御が利かず、
演算能力をポテンシャルまで発揮できないのだから。
大人ぶってみても、実際のところ、撫で付けられて嬉しいのだから。
解析成功の報を真っ先にカモちゃんさんに入れたのも、なんてことはない。
結局、彼女に褒めてもらいたかったからなのだろうな。
828
:
終末の過ごし方 〜椎名智機〜(3/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:17:35
でもいい。
これでいい。
確かに今、私は人生で始めての充実感を覚えているのだから。
「ほらぁ、しおしおがやっと寝付いたところなんだから、
大きな声はあげない、暴れない! いい子いい子ぉ〜」
そうか、プリンセスはおねむの時間か。
道理で、しおりの睨み付ける目線を感じなくなった筈だ。
おや?
カモちゃんさんの手が、プリンセスの背を、優しく叩いているね。
ぽんぽん、ぽんぽん、と。
ふむん……
先ほどまで聞こえていた小さなスローテンポの歌声は、子守唄というもので、
カモちゃんさんはプリンセスを寝かしつけていた、との推測が成り立つな。
「ん? ど〜したのかなぁ、ともきん?」
「Yes、まるで話に聞く母と子のような情景だなと、感じたまでさ。
私に母という物は存在しないので、聞きかじった知識でしかないのでね。
間違ったことを言ったとしたなら、どうか聞き流してくれ給え」
「そっかー、ともきんはお母さんに甘えたこと、ないんだ」
「そもそも甘えるという状況が漠然とし過ぎて定義づけが困難だ。
まあ、97%ほどの確率で、その推測は当たっているといえるのだが」
829
:
終末の過ごし方 〜椎名智機〜(4/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:18:38
私の内部辞書に【甘える】とは四種類ほどの字義があるが、
今、カモちゃんさんが言っているのは、その第二にあたる
【相手の好意に遠慮なくよりかかる】という意味だろうね。
その経験の蓄積量がゼロの為に、実感としては理解不能だが。
だが、きっと……
それは甘美で、幸せなひと時なのだろうね。
しおりの安らかな寝顔を見ているだけで、想像がつくというものさ。
「ねね、ともきん、ちょっとちょっと」
「何だねカモちゃんさん?」
このハンドサインは…… Hum。
姿勢を低くしろと。
低くして近寄れと、そう伝達しているのだね。
どのような意図なのかな?
ああ、そう言えば大きな声を出すな、しおりが目覚めてしまう、
というような趣旨の発言をついさっきしていたな。
であれば、私とカモちゃんさんとの物理的な距離を詰めることで
ボリュームを絞った発声でも可聴出来るようにとの配慮なのかな?
「そりゃー! たいにぃ徳利投げぇ〜」
「なにを……!?」
頭部を両手で掴んで、捻り落とすだと……?
No、なんの冗談だカモちゃんさん。
中腰ほどの高さからとはいえ、この灰色の人工知能に下手な衝撃は
与えたくないのだが……
…………衝撃が、ない?
いや、あるにはあったのだが、床面との衝突にしては
柔らかすぎて暖かすぎるのだが……
830
:
終末の過ごし方 〜椎名智機〜(5/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:19:18
「ひーざーまーくーらー♪」
「く、くだらん悪戯だな、カモちゃんさん」
ああ、このカモちゃんさんは、やはり自分では理解不能だ。
余りに突拍子無く、余りに衝動的。
この行為の意図も、前後の会話の流れを解析したところでまるでつかめない。
「いいんだよ?」
「何がだね?」
「いいんだよ、甘えても。
甘えるのって、とってもきもちいいんだよ?」
!?
この行為は、その会話と繋がっていたのか?
膝枕…… Hum、確かに甘えるという好意と合致する。
それにしてもこの態勢。
気恥ずかしさも無防備さもともに高レベルを示しているので、
すぐさま状態解除に移行せよと演算結果が出ているのだが。
But、この暖かさは……
なんとも抗いがたい魔力があるな……
「ま、まあ。貴女がそういうのであれば。
膝枕が与える精神的影響のモニタリングをするのに、
吝かではないな…… なんだねその含み笑いは」
「えへへー、なんでもなーい。
ねーんねーん、ころーりぃよ、おこぉろーりぃよー♪」
831
:
終末の過ごし方 〜椎名智機〜(6/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:19:52
さらに子守唄…… だと?
カモちゃんさん。
貴女は何処まで私を子ども扱いし、辱めれば気が済むというのだね?
芹沢は緩やかな子守唄にあわせて、智機の背中を優しく叩く。
ぽん、ぽん。ぽん、ぽん。
ぽん、ぽん。ぽん、ぽん。
機械は眠気を感じない。
それでも、安らかな何かが、メモリにじんわりと広がって。
タスクスケジューラからタスクが減少してゆき。
智機は緩やかに、ごく自然に、サスペンド状態に移行した。
↓
【刺客:椎名智機】
【所持品:スタンナックル、改造セグウェイ、グロック17(残弾 17)×2】
【スタンス:①仲間へのバックアップ
②さおりを生き返らせる】
【備考:左腕喪失、自己保存の本能ロック解除】
※小屋組使用の通信機の帯域を押さえました。
任意のインカム装備者と通信できるようになりました。
832
:
終末の過ごし方 〜広場まひる〜(1/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:20:35
(ルートC:4日目 AM11:00 D−6 西の森外れ・小屋3)
広場まひるは、笑っている。
どんなつらいときも。
クラスの仲間たちに掌返しの無視を決め込まれても。
敬愛する先生に邪険にされても。
存在自体を、排斥されようとしても。
広場まひるは、笑顔を通した。
人前では、常に笑っていた。
―――あーもー、かわいいったらありゃしない!
―――お姉ちゃんの笑顔は最強だよ
笑顔には、力がある。
辛い事や悲しい事を吹き飛ばす、力がある。
人間・広場まひるの信念である。
故に。
決戦を間近に控えたこの期に及んでも、未だ笑顔を保っている。
「あなたはいつも楽しそうでいいですね」
「何がそんなに嬉しいのですか?」
んー、それは難しい質問だなぁ、ユリーシャちゃん。
原因ははっきりしているんだけど、
なんでそうなったかの理由はあたしには分かってなくて。
それに、そのことを口にだしたら、
せっかく頑張って作ってる笑顔が曇っちゃうから。
833
:
終末の過ごし方 〜広場まひる〜(2/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:21:23
「悩んで暮らすより笑って暮らしたほうが楽しいかなって」
そうそう、このくらいのお気楽加減があたしらしい受け答え。
とても言えないっすよね。
じっちゃんが、急によそよそしくなったから落ち込んでて、
その憂鬱な気持ちを相殺するために、笑顔を作ってます、なんて。
でも、このセリフって、なんかデジャビュ。
あれは確か、この島に来てから。
タカさんについていって【暮らす】ことを決めた時に……
なんだか遠い過去の出来事みたく感じるけど、
あれからまだ四日しか経ってないんだよね。
「そうそう、作戦会議は17時からですからね。
それまでに仮眠と、軽いアップは済ませておいて下さい」
「うむ、心得た!」
紗霧サンはあたしの返事を聞くともう興味なさそうに背を向けて。
ユリーシャちゃんもそれについていって。
……もう、いないよね。
振り返ってもあたしの表情、見えない距離だよね?
あーあ、思い出しちゃったなぁ。
タカさんのこと。
思い出したら悲しくなっちゃうって分かってたのに。
今はこの気持ち、封印しとかなくちゃいけないのに。
果し合いに向けて気持ちを揺らしちゃいけないのに。
……なんかネガ気分が抜けないなぁ。
834
:
終末の過ごし方 〜広場まひる〜(3/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:22:43
でもさ、なんか、思い出しちゃうんだよね。
重なっちゃうんだよね。
じっちゃんのあの、唐突なよそよそしさ。
あのちょっと怯えたような、蔑んでるような、醒めた目付き。
あたしが男のコだってバレたときのクラスメイトたちの反応と、さ。
……ヘコむわ〜〜!
そうだ、こんなときこそお煎餅!
タカさんも透もいってたよね。
大抵の悩みは腹が膨れれば解決するって。
至言とはこのことだ。
うん、お茶も淹れてとことん寛ごう。
お腹の中から充実させて、いやなことは忘れちゃおう!
「……まひるちゃん?」
「うひゃあああ!?」
び、びっくりしたぁ……
知佳ちゃんが近づいてたこと、全然気付かなかったよ。
ヤベ、心臓がバクバク言ってる……
落ち着け、落ち着くの、まひるちん。
ディープブレース、アーンド、リラーックス。
「ごめんねー。脅かすつもりはなかったんだけど……」
「気にすることはナッシン!
乙女の妄想を膨らましてたトコに声を掛けられたから
ちょいビックリしただけだから」
835
:
終末の過ごし方 〜広場まひる〜(4/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:23:09
そして…… 笑顔!
にぱにぱー♪
うん、OKOK。
いつもの可愛いまひるちん、復活ッッ!!
の、はずだったのに。
「…………あのね」
知佳ちゃん、何、その思いつめたみたいな表情は?
「おせっかいかもしれないけど、言うね?」
紗霧サンもユリーシャちゃんも、気付かなかったのに。
「まひるちゃん。無理しなくても、いいよ?」
なん…… で。
知佳ちゃんは、気付いちゃうの?
……いけないいけない。
笑顔を……
一番の笑顔を作らないと!
「あははー、何のことかなー?」
不安感を、知佳ちゃんに伝染させないようにしないと!
836
:
終末の過ごし方 〜広場まひる〜(5/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:24:14
「何のことなのかまでは、私にはわからないよ。
読心術まで休眠にはいってるしね。
でも、まひるちゃんがずっと何かを我慢してることは、わかるよ。
頑張って笑顔を作ってることも、わかる。
その努力は凄く立派だと思う。
でも……」
駄目だ、通じない。
知佳ちゃんの感性って、鋭すぎる。
隠したいこと、全部、見透かされてる。
「無理しても絶対どこかにその疲れは出るよ。
気持ちを押さえ込み過ぎると行動も偏っちゃう。
私が今、こんなになっちゃってるみたいに、ね」
じゃあさ、じゃあ。
あたしはどうすればよかったのかな?
「だから、ね。
私でよければ、お手伝いするから。
皆には黙っててあげるから。
ちょっとだけ、その気持ち、吐き出しちゃお?」
いいのかな?
だってあたし、きっと泣いちゃうよ?
じょんじょんのじょびじょばで、えぐえぐしちゃうよ?
鼻水もずびーってたれちゃうよ?
837
:
終末の過ごし方 〜広場まひる〜(6/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:25:19
「……じゃ、さ。ちょっとだけ。
ちょっとだけ、聞いてもらってもいいかな?」
まひるは語りだす。
仲良かったはずの魔窟堂から避けられていることを。
仲良かったはずのクラスメイトから無視をされていたことを。
失って悲しかったことを。
まひるは語りだす。
豪快で大胆なタカさんの思い出を。
照れ屋で母親想いな薫ちゃんの思い出を。
失って悲しかったことを。
涙と、鼻水にまみれて、えぐえぐとしゃくり上げながら。
まひるはずっと我慢していた悲しみを、吐き出した。
胸の奥に凝り固まっていた瘧を、ほぐしていった。
優しい瞳で一緒に泣いてくれる、少女を前に。
↓
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3】
【広場まひる(元№38) with 体操服 & 木星のブルマー】
【スタンス:果し合いに臨む】
【所持品:グロック17(残弾 16)、せんべい袋(残 7/45)】
838
:
終末の過ごし方 〜カモミール芹沢〜(1/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:25:49
(ルートC:4日目 AM12:00 J−5 灯台跡)
カモミール芹沢は、呑んでいる。
御陵透子に廃村から持ってこさせた大吟醸を燗にして、
徳利をずらりとならべて、呑んでいる。
魔剣カオスを立てかけた灯台跡の瓦礫に背を預け、
程遠くで気の修練に余念の無いザドゥの背を眺めながら、
手酌で呑んでいる。呑み続けている。
《ちょいと呑み過ぎじゃないですかね? カモちゃんや?》
ねぇ、ザッちゃん、気付いてるかな?
あたしさぁ、今朝から全然、熱が引かないんだよ?
爛れた皮膚が、じんじん痛んでるんだよ?
火傷の具合、どんどん悪くなってきてるんだよ?
気付いてるわけないよね。
だってザッちゃん、ずっと特訓してるんだもん。
自分一人で。
あたしに背を向けて。
もしかしたら最期になるかも知れぬこの時を、
あたしと過ごそうなんてこれっぽっちも思ってなくて。
思いつきもしなくて。
それどころか、心の中からあたしをえいやって追いやって。
自分で埋め尽くしちゃってるよね。
進む先だけ見てるよね。
839
:
終末の過ごし方 〜カモミール芹沢〜(2/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:27:26
淋しいなぁ……
でもさでもさ、あんなに一生懸命になってる人に、声なんて掛けられないし〜。
それはきっと邪魔になっちゃうし〜。
そうしたらそうしたら。
嫌われちゃう、かも、知れないし……。
これが呑まずにいられようか!
とくとくとく。
ぐいぐいぐい。
《だからね、さっきからあなた、ペース速いですよ?》
「んー、ごめんねぇカオっさん。あたし一人で呑んじゃって。
じゃカオっさんにもおすそ分け、そーれとくとくとくぅ!」
《やめてぇ! 一升瓶から大吟醸をぶっ掛けるのやめてぇ!
儂ぁぶっ掛けるほうが好きなんですよ?自家製の濁酒を!》
「あははぁ♪ カオっさんは相変わらずえっちいねぇ。ぶれないねぇ。
……ザッちゃんとは、大違いだ」
なんかね……
私、ザッちゃんのこと、勘違いしてたかもしんないね。
一昨日までのザッちゃんはさ、
あたしを可愛がってくれたり慰めたりしてくれたザッちゃんはさ、
きっと弱ってたザッちゃんでさ。
ザッちゃんの心の中にぽっかりと空いた穴ぼこがあってさ。
だからあたしはそこにスルって入り込むことも出来たけど〜。
それで、ザッちゃんに受け入れられた気になってたけど〜。
それってきっと、期間限定で……
840
:
終末の過ごし方 〜カモミール芹沢〜(3/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:28:18
ザッちゃんってさ、もともと【ひとり】の人なんだろうな。
己と向き合って。
人と分かち合わず。
人を頼らず。
自分の足だけで、歩いてきた人だったんだろうな。
そのことを大事に思ってる人だったんだろうな。
……あたしなんていてもいなくても、影響ないんだろうな。
とくとくとく。
ぐいぐいぐい。
《馬鹿な男だなぁ、ザドゥは》
「ですよね〜」
《傷つくのはいつだって女のほうですよね》
「全くねぇ。でもさぁ……」
《でも?》
「あの背中、カッコいいよねぇ」
《馬鹿な女だなぁ、カモちゃんは》
「ですよね〜」
あのね、ザッちゃん。
ザッちゃんは見ても聞いてもいなかった話なんだけど。
あたし、さっきまでしおしおとともきんを寝かしつけてたのね。
そんでそんで、照れてるともきんにこう言ったのね。
―――いいんだよ、甘えても。
これね。
自分で言っといてなんだけどね。
今まで誰かに掛けて欲しくてたまらなかった言葉なんだぁ〜。
841
:
終末の過ごし方 〜カモミール芹沢〜(4/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:31:07
でもね。
今まで誰にも言ってもらったことがないんだぁ、あたし。
なんか強い女を気取っちゃったり、
素直になれなかったり、
ヤケを起こしちゃったり……
そんなことばかり繰り返してたからね。
恨み言なんかじゃないよ。
ないんだけど。
ザッちゃんがあたしにそういうこと言ってくれる人かもって、
初めて甘えさせてくれる人なのかもって。
実は、すごく期待してたんだぁ〜。
けど、まあ、しょーがないよねぇ。
ザッちゃんは求道を行く人なんだもんねぇ。
そこを見抜けなかったあたしが悪いんだし。
仲間としては、戦友としては、今だって繋がってるんだから。
そこで満足しておくのがお互いの為に一番だよねぇ〜。
とくとくとく。
ぐいぐいぐい。
《カモちゃん…… お前さんは本当にええ女じゃのう》
「えへへー、分かるぅ?」
だから、ね。
修行の邪魔なんて絶対しないからね。
どこか遠くに行こうとしても、未練がましく引き留めたりはしないからね。
せめて、この距離から。
背中だけは、見守らせてね?
842
:
終末の過ごし方 〜カモミール芹沢〜(5/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:31:33
芹沢は表情豊かな女性である。
エキセントリックかつ意表をついた感情表現をする女性である。
どうでもいいことで泣き、笑い、怒り、喜ぶ。
だが、どうでもよくないことでは。
本当に泣きたいことでは、決して涙を零すことはない。
その代わりに、であろうか。
芹沢の眠そうな深いブルーの瞳のその下に、
大きな泣き黒子が宿っているのは。
↓
【刺客:カモミール・芹沢】
【スタンス:果し合いに臨む
②ザドゥに従う(ステルス対黒幕とは知らない)】
【所持品:魔剣カオス、虎徹刀身(魔力発動で威力↑、ただし発動中は重量↑体力↓)】
【能力:左腕異形化(武器にもなる)】
【備考:体力消耗(大)、腹部損傷、左足首骨折、全身火傷(中)、発熱(中)】
※素敵医師のまっとうな薬品による治療継続中
843
:
終末の過ごし方 〜ザドゥ〜(1/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:31:56
(ルートC:4日目 PM1:00 J−5 灯台跡)
ひたすらに、ひたむきに。
丁寧に、丹念に。
ザドゥは己の爪を研いでいる。
研ぎ澄ましている。
食事のことも、睡眠のことも、治療のことも、仲間のことも忘れている。
それだけに注力し、それ以外を切り捨てている。
なんというストイック。
なんというナルシズム。
右手薬指に【生】の気。
放出せずに、留める。
気の量を計る。
ここまでは一息だ。
この気の扱いには、慣れている。
コンマ一秒と掛けぬ。
左手薬指に【死】の気。
出力を制御し、ゆっくりと膨らませる。
気の量を右手に揃える。
出力は慎重に。
この気の扱いには、慣れていない。
一秒は取るべし。
844
:
終末の過ごし方 〜ザドゥ〜(2/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:32:29
よし。
生死ともに、質量は均衡している。
これならば陰陽合一を為せる。
「同調―――」
合掌。
両の薬指からの黒白の気が互いに引き寄せられ、絡み合い。
指先大の蒼い光が銀河の如く渦巻き出す。
まだだ…… まだ放つな。増幅しろ……
集中。
左手の■と右手の□の出力を再開。
焦るな。
絞った蛇口から垂れる水滴を一滴一滴数えるように、
細心の注意力を以って調整しろ。
渦はピンポン玉大に。
膨らめ。まだだ。
渦は野球ボール大に。
もう少し大きくできる筈だ。
渦はソフトボール大に。
よし、目標をクリアだ。
この質量ならば、実戦でも十分に通用するだろう。
「―――解放!」
845
:
終末の過ごし方 〜ザドゥ〜(3/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:33:07
両手を地面に。
肘を使って瞬時に重ねた掌を開く。
蒼の気は灯台の瓦礫を粉砕しつつ風化させる。
気もまた縮小し、対消滅した。
ふむん。やはりな。
この始原の気を前に、対象の硬さや柔らかさは関係ない。
多分、生物でも無生物でも関係はない。
質量。
単にエネルギーと同量の質量を微塵と化すのだろう。
破壊ではない。分解の力だ。
「良し。練気修練はここまでだ」
座禅の如く、己のみと向き合い、平らかな心で
ひたすら蒼の渦を育てるだけであれば、安易なことだ。
しかし、それを戦いの中で使用するとなれば、話は違う。
敵の動きに気を配りつつ、
敵の攻撃をかわし、或いは受けながら、
敵に回避されぬよう、瞬間で練り上げ。
敵の急所に効率よく叩き込まねばならぬ。
最大出力を高めるのはここまでだ。
ここからは瞬間効率を求めるのだ。
立ち上がる。
膝が戦慄く。
軽い眩暈も覚える。
846
:
終末の過ごし方 〜ザドゥ〜(4/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:35:02
ああ、そうだな。
俺は日が暮れてから今まで、ここで座したままだったな。
それでは体も固まる筈だ。
まずは、全身をほぐし、軽く汗をかかねばな。
ふむ。
日は正午を既に回っていそうだな。
果たし合いまでおよそ六時間か……
まずはストレッチとウォームアップで一時間。
それから二時間で型に練気を当て込み、
次の二時間で実戦を想定してのシャドウだな。
最後の一時間は気による治療で締めるとしよう。
突貫だが致し方なし。
時間が足りぬなど贅沢は言っておれぬ。
よし、これで行こう。
どの道俺は実戦派よ。
想定も鍛錬も、実戦時のひらめきを補強する素材に過ぎぬ。
戦いの高揚感、緊張感。
その只中に身を置いてこそ、しのぎを削ってこそ。
俺が見出したこの【始原】の気が、
単なる分解のエネルギーから、拳士の必殺技へと昇華されよう。
真の完成に近づこう。
願わくば、果たし合いに出てくる者たちが、
己を更なる高みへと押し上げてくれるほどの
手練であることを―――
847
:
終末の過ごし方 〜ザドゥ〜(5/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:35:30
ザドゥは完成へと、近づいてゆく。
終着点へ向けて、収束してゆく。
「……成るか、【太極貫】」
↓
【主催者:ザドゥ】
【スタンス:ステルス対黒幕
①陰陽合一を為す訓練を行う
②芹沢の願いを叶えさせる
③願望の授与式にてルドラサウムを殴る】
【所持品:なし】
【能力:我流の格闘術と気を操る】
【備考:体力消耗(大)、全身火傷(中)】
※素敵医師のまっとうな薬品による治療継続中
848
:
終末の過ごし方 〜月夜御名紗霧〜(1/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:36:39
(ルートC:4日目 PM2:00 D−6 西の森外れ・小屋3)
月夜御名紗霧にも、いろいろあった。
この島の四日間で語りつくせぬほどの体験をしてきた。
非常識で、非現実的で、非人道的な体験を。
それに、彼女は疲れてきていた。
醒めてきていた。
故に、彼女は、燃え上がった。
矛盾しているようで、矛盾していない。
月夜御名紗霧は、もういい加減うんざりなこの島での殺し合いに、
煩わしい人間関係に、
呪わしい嫌な記憶に、
完全に完璧に終止符を打つべく、全精力を傾けているのである。
仁村知佳から聞きましたよ。
しおりとかいう物の怪を海の藻屑にしてきたと。
でしたらもう残存参加者はこの小屋の仲間達で全てで。
果たし合いが事実上の最終決戦だということです。
ここさえ乗り越えれば、終われるということです。
ならば、とっとと片付けましょう。
手っ取り早くかつ芸術的に忌々しき主催者陣に勝ちきって、
とっととおうちに帰ってさっさと寝てしまいましょう。
ふかふかのベッドで。
溜め込んだ深夜アニメの録画を見て。
849
:
終末の過ごし方 〜月夜御名紗霧〜(2/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:40:56
こんなつまらない非日常なんて、
小屋の連中のことなんて、
高町恭也のことなんて、
きれいさっぱり忘れ去って、
いつもの生活に埋没してしまいましょう。
帰るんです。日常に。
「紗霧殿、全員分のインカムは揃えたぞい」
「紗霧専用通信機と、一斉発信ボタンは?」
「問題ない」
「ご苦労でした、魔窟堂野武彦」
ふん、なんですかなんですか。
魔窟堂野武彦、その「自分だけが不幸を背負ってる」って顔は。
私を警戒してる目付きは。
私の悪行でも知ったんですか?
考えてみれば主催者の本拠地跡周辺を探索させたんです。
何らかのデータを拾う可能性はありますよね。
あの時の自分は透子に殺されかけて冷静な判断力を失っていたとはいえ、
そこまで読みきれずにジジイを放った私が愚かでした。
けれど、まあ?
例え何を知ったのだとしても、
腹の内では私を信じていないのだとしても。
あなたがここに戻ってきたということは、
誰にもその胸の内を明かさず、果たし合いに赴く覚悟があるからでしょう?
でしたら、いいじゃないですか、呉越同舟。
私の策に従い、踊ってくれるなら。
人形の胸中なんで、どーでもいいことですよ、ええ。
850
:
終末の過ごし方 〜月夜御名紗霧〜(3/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:41:30
まあ、きっと―――
この寄せ集め集団も、そろそろ限界なのでしょうね。
ケイブリス戦の時が出来すぎてただけで。
「時に紗霧殿。例の御陵透子対策、考えてくれたか?」
「骨子の一つとしては挙げてます。
それが採用されるかどうかは、直前の【くじびき】次第ですが」
御陵透子に策が読まれる?
結構。
それがどうかしましたか?
読めるものなら読んでみなさい。
この白面ストーカーめ。
読めるわけなんてありませんよね。
だって、策なんてないんですから。
そう、完成された策なんて、これっぽっちも。
今、あるのは。
5つの骨子。
12の枝葉。
30のお題目。
戦術の断片を堆く積上げて。
その全てを記憶させ。
その全てに封をして。
決戦開始直前に、くじ引きで封書を選び、
骨子と枝葉を繋ぎ合わせる。
参加メンバーに、お題目を2、3分配する。
その時初めて、策が形になるのですから。
851
:
終末の過ごし方 〜月夜御名紗霧〜(4/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:42:24
しかもこの策は流動的です。
インプロピゼーションです。
役どころと情報と、意味とは与えられても、
全体像は誰にも分かりません。
それを即興で生み出すことが、この策の肝だからです。
ケイブリス戦が私の指揮による管弦楽だとするならば。
この果し合いは指揮者不在のジャム・セッション。
奔放で前に出張りがちなサキソフォンはランス。
どっしりと構えて、クールにリズムをキープするドラムスは高町恭也。
主役脇役、千変万化なピアノは広場まひる。
リフ楽曲の背骨を支える確かな技術力のベースは魔窟堂野武彦。
各々のプレイヤーがそれぞれの奏でる音を
響かせあい、譲り合い、時にはぶつけ合って、
一期一会のメロディーに仕立て上げるのです。
「知佳さんの状態はどうですか?」
「昼からこっち、少し熱が出てきたようで、今は横になっておる」
「椎名智機討伐には、参加できそうですか?」
「寝かせておいてやりたい状態ではあるの」
果たし合いの裏で、微力三少女の椎名討伐行を予定していましたが、
どうやら微力二少女になってしまいそうですね……
さて、彼我の戦力分析的に、どうでしょう?
あと3時間の内に、こちらももう一つ二つの骨子を、練っておいた方がよいでしょう。
17時―――
ブリーフィング開始時の知佳さんの状況を確認したうえで、
方針を確定させましょう。
852
:
終末の過ごし方 〜月夜御名紗霧〜(5/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:44:09
今はこの頭脳の吐き出す思考の赴くまま、
ひたすら原案を練り、練り、練り、練って。
他の余計なことなど考えないで。
自分の気持ちなど掘り起こさないで。
無感情な献策マシーンと化していましょう。
月夜御名紗霧は絶好調である。
泉の如く策が溢れ、情報の縦横が有機的に結びついてゆく。
脳の中には思考しかなく、感情が差し挟まれる余地はない。
軍師に感情は、必要ないのだから。
揺れ動く少女の感性の残滓など、邪魔なだけなのだから。
不必要を廃し、目を背け。
月夜御名紗霧は、思案に埋没している。
↓
【月夜御名紗霧(元№36) with ナース服】
【スタンス:果し合いに臨む
①果し合いに対する策を練る
②状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:グロック17(残弾 16)、金属バット、ボウガン、対人レーダー、
世色癌×3、紗霧専用通信機(←野武彦)、インカム×6(←野武彦)】
【備考:疲労(小)、下腹部に多少の傷、性行為嫌悪】
※知佳から知りうる限りの全ての情報を得ています
※小屋組は、しおりが死亡していると思っています
853
:
終末の過ごし方 〜ユリーシャ〜(1/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:44:54
(ルートC:4日目 PM3:00 D−6 西の森外れ・小屋3)
純水とは、無垢な水である。
穢れを知らぬ純然たるH2Oである。
故に純水は、機械の部品洗浄薬として重宝されている。
一度己を侵した異分子から、あらゆる付着物を貪欲に吸い上げる。
染まりやすい。故に、無垢。
カルネア第二王女、ユリーシャ―――
蝶よ花よと育てられ、無垢であるを守られ続けてきたこの少女は、
狂気の殺戮島にて、己を荒々しく奪い去った男に染まっていた。
穢れた付着物をその身に染み込ませて。
「やほーいユリーシャちゃーん。水汲んできたよー」
「ありがとうございます」
広場まひるは、大丈夫です。
なぜなら、まひるは彼女ではなく彼でしたから。
もう、ランスさまは一片の興味ももっていません。
一昨日の夜、ランスさまが夜這いを掛けられたときには、
私の胸の奥から良くないものが溢れそうになりましたが、
今はもう。
あれの顔を見ても声を聞いても、細波立つことはありません。
854
:
終末の過ごし方 〜ユリーシャ〜(2/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:45:37
「仁村知佳の様子はどうですか?」
「睡眠薬は効いたみたいでぐっすりだけど、解熱剤はあんまり効いてないっぽい」
「薬品に対する体質的な慣れが在るようですからね。
まあ、眠れただけでもよしとしましょう」
月夜御名紗霧も、もういいです。
あれは、ランスさまを誑かす魔女足り得ません。
ランスさまを誘惑することはありません。
あれは、報われぬ想いを高町に抱いていますから。
あれは、性交渉に激しい嫌悪感を抱いていますから。
ランスさまが食指を伸ばされても、
それに応じることはありえません。
悔しいことですが、この魔女は、
行為を回避するための知恵や交渉術も備えていますしね。
だから、もう安心。
ランスさまの腕の中には私一人。
昨晩はぐっすり眠れるはずでした。
……なのに。
「がはははは! おっぱい、つんつーん!」
「やめなってばランスさん」
……仁村知佳。
なぜ、この雌豚は今になってここに現れたのでしょう。
しおりという子豚に素直に殺されていればよいものを。
855
:
終末の過ごし方 〜ユリーシャ〜(3/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:46:22
ねえ、ランスさま。
その雌は、すでに高町恭也のものなのですよ?
火傷のあとが首筋や胸に醜く生々しいではありませんか。
なのに、なぜ。
ランスさまは興味を持たれておいでなのですか?
「俺様の世色癌で知佳ちゃんは助かったのだ。
ちょっとしたおイタくらい多めに見てくれるだろ?
あ、そーれ、もーみもみー」
「きょーやさーんいなくなったとたんこれだー!?
紗霧サーン、ケツバットプリーズ!」
誰のものであろうとお構いなし。
その野性味、大きな自信。
とても頼もしく、男らしいことと思います。
でも、私は、ユリーシャは……
溢れかえる良くないものに、溺れてしまいそうです。
あまり頭の良くないユリーシャでも、流石に今の状況は心得ています。
間近に控えた果たし合い。
恐ろしい敵を向こうに回し、勝ち抜くためには、
皆が足並みを揃える必要があるのだと。
和を、乱してはならないのだと。
だからユリーシャにも分かっています。
間近に控えた果たし合い。
それが終わるまでは、決して、この雌を駆除することはできないと。
でも、そうやって頭で考えたことで心を押さえつければつけるほど、
苦しい気持ちが膨らんでいって、
良くないものが沸いてくるのです。
856
:
終末の過ごし方 〜ユリーシャ〜(4/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:47:01
「さて、まひるさんで少々試したいことがあるので、
ちょっと外に出ましょう。ランスも協力しなさい」
「ブルマー技とかじゃ…… ないよね?」
「そちらはまた改めて」
「改めるなよぅ! やめとけよぅ!」
え……?
こんなに苦しい気持ちのユリーシャを、こんなに苦しめているこれと、
密室で二人きりにするのですか?
これは、睡眠薬で目覚めないのに?
恭也は、野武彦と共に廃村に出張っているのに?
……なんて残酷なことなのでしょう!
今まで、一生懸命この気持ちを抑えてきたのに。
誰かの目があったから、押さえられてきたのに。
こんな、都合のよい状況に置かれてしまったら……
ユリーシャは頭が真っ白になって、
溢れるよくないものが堰を切って、
苦しい気持ちを解消しようとしてしまいます。
大切な戦いが目の前に迫っているというのに!!
「じゃあユリーシャ。知佳ちゃんの看病は頼んだぞ」
ランスさま、なんと酷いお願いをされるのですか?
私の気持ちも知らないで。
こんなにも、心を平穏に保ちたい気持ちに気付きもしないで。
857
:
終末の過ごし方 〜ユリーシャ〜(5/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:47:45
罵声を浴びせかけても唾を吐きかけても足りぬ程憎いこれ。
その雌を気遣えと。
メイドの如く傅いて、世話をやけと。
そう、おっしゃるのですね。
ああ、なんだかよくわからないのですが、
本当に、よくわからないのですが、
良くないものが良くないものが良くないものが、
ぐつぐつと煮えたぎりながら競りあがってきます。
でも……
「はい」
ランスさまのお願いを断ることなんて、ユリーシャには出来ません。
嫌われたくないから。
捨てられたくないから。
ランスさまに愛されるユリーシャでいたいから。
我慢します。
どんな嫌なお願いだって、ちゃんということを聞きます。
良くないものに、蓋をします。
だから……
蓋を押さえる力が尽きる前に、戻ってきてくださいね?
やってしまえと、ユリーシャの感性が囁く。
今はその時ではないのだと、ユリーシャの理性が囁く。
良心の囁きは無い。
858
:
終末の過ごし方 〜ユリーシャ〜(6/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:48:04
ユリーシャは耳を塞ぎ、頭を振り。
一人、孤独に。
己の暗い欲求に、耐えている。
↓
【ユリ―シャ(元№01)】
【スタンス:果し合いに臨む
①ランス次第】
【所持品:スペツナズナイフ、フラッシュ紙コップ】
859
:
終末の過ごし方 〜御陵透子〜(1/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:48:57
(ルートC:4日目 PM4:00 F−8 漁港)
陽は傾き、涼やかな風が寒い風へと、態を変えつつあった。
果たし合いまでおよそ3時間。
御陵透子は一人、状況の整理を行っていた。
今後の見通しを予測しつつ、その対応を思案していた。
果たし合いについてではない。
果たし合いも内包しているが、それだけではない。
如何に、自身の願望を成就させるか―――
彼女が考えていることは、その一点のみであった。
Q:ペナルティの内容とは?
A:ゲーム終了時点においての生存主催者のうち一名の願望授与権没収
Q:対する基本戦略とは?
A:優勝確定後、速やかに残存主催者を一人殺害する(以後、【基本戦略】と表記)
Q:しおりがさおり復活後の智機殺害を目論んでいるが?
A:問題なし。しおりより先に智機を破壊すればよい。
Q:芹沢死亡時、智機が芹沢の復活を願ったとしたら?
A:問題なし。願望授与の前に智機を破壊すればよい。
Q:ザドゥがルドラサウムに反旗を翻そうとしているが?
A:問題なし。行動に出るのは皆が願望を成就した後であるから。
(……いえす。情報は出尽くした。検討はし尽くした。整理しよう)
860
:
終末の過ごし方 〜御陵透子〜(2/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:51:22
============================================================================
★必達目標:あの人の復活
<果たし合いに勝利した場合>
1.優勝ENDを迎える
理想的に事が運ぶケース。確率五割強。
但し、その時点での残存主催者の人数、対象者によって、
自身が取る手段が分岐する。
詳細は下記チャートを参照。
【透子生存】
【ザドゥ生存】
問題なし
【ザドゥ死亡】
【椎名智機生存】
【カモミール芹沢生存】
基本戦略:智機or芹沢
【カモミール芹沢死亡】
基本戦略:智機
【椎名智機死亡】
【カモミール芹沢生存】
基本戦略:芹沢
【カモミール芹沢死亡】
※1 裏技認可待ち
【透子死亡】
※1 裏技認可待ち
861
:
終末の過ごし方 〜御陵透子〜(3/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:52:28
2.主催者勝利ENDを迎える
最終決戦、「しおりvsXXX」。
このXXXまでも、誤って主催者が殺してしまうことで発生する。
発生してしまったが最後、打つ手はない。
対策:仁村知佳を確保
小屋組ではない仁村知佳は果たし合いに参加できない上に、
病状重篤かつ能力損耗中であるので、小屋に居残りになる可能性が濃厚。
その場合、小屋組が決戦場へ移動している間に、
私が知佳の身柄を奪い、監禁しておくことで、誤殺を防ぐ。
3.主催者打倒ENDを迎える
レアケース。
果たし合いに参加しなかった小屋組+仁村知佳が、
果たし合いの終了後に勝ち残った主催者を殲滅する可能性。
この場合、残存プレイヤーの人数や戦闘力が読めず、また、
果たし合い終了後に十分なシンキングタイムを持てるので、
微細な戦術は現時点では立てない。
Ⅰ.残存主催者で小屋を襲撃
Ⅱ.同士討ち誘発
Ⅲ.しおり突撃
の組み合わせで対抗することになるだろう。
その後は、1.優勝ENDを参照。
862
:
終末の過ごし方 〜御陵透子〜(4/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:53:11
<果たし合いに敗北した場合>
●優勝ENDを迎える
●主催者打倒ENDを迎える
どちらにしても私は破壊されている。
故に、※1 裏技認可待ち。
============================================================================
果たし合いでの戦闘プランはひとまず置いておいて、
アウトラインとしては、こんなところ。
あとは、プランナーからの返事があれば。
裏技が認可されれば。
もう一つの保険が。
私が破壊されたときの備えが、完成する。
あの神様は、リーダーで、読んでいる。
人の苦悩、葛藤、絶望が大好物なのだから。
盤面の動きで鯨神を楽しませつつ、
駒々の悩みで自身を愉しませてる。
奥の手――― 【共生】。
悪趣味なプラン。
誰かの夢を踏みにじり、仲間を裏切る計画。
苦悩、葛藤、絶望を振りまく、どんでん返し。
故に、金卵神は了承する。きっと。
863
:
終末の過ごし方 〜御陵透子〜(5/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:53:57
青空を検索する。
あの、空の。
一番高いところに目を凝らす。
そろそろ来るはず。
そろそろ……
《御陵透子よ》
―――! 来た!
《その場合、管理者として願いを叶える権利は失われる。
但し、参加者として願いを叶える権利を得ることとなる……》
御陵透子は、勝敗に拘らない。
過程に拘らない。
手段に拘らない。
他者の心を省みない。
何者にも煩わされない。
(喪われた意味を)
(―――取り戻す)
ただ誰よりも強く、奇跡を願っている。
↓
864
:
終末の過ごし方 〜御陵透子〜(6/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:55:23
【監察官:御陵透子(N−21)】
【スタンス:願望成就
①果し合いに臨む
①願望成就の為、ルドラサウムを楽しませる
②果たし合いの円満開催の為、参加者にルールを守らせる】
【所持品:壊れた契約のロケット、スタンナックル、カスタムジンジャー、Dパーツ
グロック17(残弾 14)】
【能力:記録/記憶を読む、
世界の読み替え:自身の転移、自身を【透子】だと認識させる(弱)】
865
:
終末の過ごし方 〜仁村知佳〜(1/1)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:55:55
(ルートC:4日目 PM5:00 D−6 西の森外れ・小屋3)
広場まひるが、呆然と立ち尽くすユリーシャの足元で
眠るように横たわる仁村知佳の遺体を発見したのは、
最終ブリーフィングが始まる直前のことであった。
【№40 仁村知佳:死亡】
―――――――――残り 7 人
↓
866
:
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:56:52
以上、投下終了です。
次回は「夕陽が、罪を、照らす。」。
ユリーシャ断罪編となります。
867
:
名無しさん@初回限定
:2012/03/15(木) 09:32:28
来るもんがついに来たな
次回が楽しみでもあり怖くもあり…
乙でした
868
:
名無しさん
:2012/04/08(日) 15:39:03
は?一体何が起こったの?
ユリーシャが仁村を殺したって言うの?
せっかく皆が一致団結して対主催をしようって時になんでこんなことになったの?
869
:
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/04(土) 23:17:55
本スレでの投下支援、ありがとうございます。
本日の本投下は
「ひとであり/ひとでなし」
「■&□」
「宙船-ソラフネ-」
の3本と考えております。
ご都合の宜しい時間までご協力いただけましたら幸いです。
今晩の新作仮投下はありませんが、
火曜あたりから新作を何本かご披露してゆく心算です。
870
:
名無しさん@初回限定
:2012/08/05(日) 17:12:35
最新話までのまとめをアップしました。
パスワードはメール欄です。
ttp://uproda11.2ch-library.com/11359080.zip.shtml
>>869
本投稿お疲れ様でした。
新作も楽しみに待ってます。
871
:
夕陽が、罪を、照らす。(1/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:20:59
(ルートC:4日目 PM5:30 D−6 西の森外れ・小屋3)
======================================================================
Ⅰ.黄昏の始まり
======================================================================
日が、沈もうとしていた。
虚ろな黄昏時が、始まろうとしていた。
小屋の裏庭、井戸の脇にて。
ユリーシャを囲んでいるのは四名。
月夜御名紗霧。
ランス。
広場まひる。
魔窟堂野武彦。
高町恭也の姿は、ここにない。
仁村知佳の死体から離れようとしない。
落涙することもなく。
口を開くこともなく。
膝をつくこともなく。
表情の一つも変えず。
遺体の手を両手で握り続けている。
恭也の不在は彼らにとって、却って好都合であった。
ことに、ユリーシャにとっては。
872
:
夕陽が、罪を、照らす。(2/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:21:28
今から始まろうとしているのは、
仁村知佳の死因についての解明であり、
死亡時点でただ一人知佳の傍に居たユリーシャへの事情聴取であり―――
そして、おそらくは。
かなりの確率で。
殺人犯・ユリーシャへの尋問となるのであるから。
「全部言うんだ」
「……はい」
.
873
:
夕陽が、罪を、照らす。(3/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:23:34
======================================================================
Ⅱ.不幸な偶然
======================================================================
「時間は、16:30を回った頃でした」
結論から述べよう。
仁村知佳の死因は窒息死である。
凶器となったのは濡れタオル。
額に乗せ、熱を冷ますためのその看護用品が、
知佳の熱の全てを奪いきってしまったことは、
皮肉というより他は無い。
下手人はもちろんユリーシャ。
だが、しかし。
これは、殺人事件でなかった。
これは、過失致死であった。
確かにユリーシャに殺意はあった。
五体全てを殺意で満たしてはいた。
しかし殺意は遺漏していなかった。
彼女なりに、必死に。
決戦直前であるという現状を理解し、
ランスの言いつけを健気に守り、
今は、決して知佳に手を出さぬよう、
己の業を押さえ込んでいたが故に。
「私はその時、物思いに沈んでおりました……」
874
:
夕陽が、罪を、照らす。(4/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:23:50
己を抑える術として、ユリーシャは妄想に耽っていた。
豚め豚め雌豚めと罵倒しながら死に掛けの知佳を踏み躙ったり、
実は知佳にも男性器がついていることが発覚してランスが知佳を切り殺したり、
紗霧の報われぬ恋心を利用して知佳を殺させたり、
果し合いで恭也が果て、絶望した知佳が後を追ったり、
ありとあらゆる手法とシチュエーションで知佳を殺しつくすことで、
心の天秤を保っていたのである。
「ふと気付けば、持っていたはずのタオルが手許に無く……」
それゆえ、看護がおろそかになっていた。
桶にタオルを浸し、搾り、額に乗せる。
その工程の途中で妄想殺人劇の一つがクライマックスに差し掛かり、
ユリーシャはその愉しい妄想に没入してしまい。
「タオルは仁村さんの顔を覆うように広がっていて……」
薬物による深い眠りについていた知佳に、それを払う術は無く―――
静かに、ひっそりと、死は訪れた。
おそらく、知佳は、自らが死んだことに気付かぬまま死んだのであろう。
この島における数多の死の中で、
もっとも安楽な死因であったといえよう。
「急いでタオルを取り除いたときには、もう呼吸をしていませんでした」
ユリーシャにとっても心外な死であった。
全く予期せぬ事故であった。
故に動揺を隠せず。
故に取り繕う余裕もなく。
目の前の死が受け入れられず、呆然と立ち尽くすことしか出来ずにいた。
この動転が、ユリーシャに素直な事実を語らせた。
875
:
夕陽が、罪を、照らす。(5/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:24:16
「ごめんなさい、ランスさま。ユリーシャは悪い子でした」
ユリーシャは言葉を結び、しずしずと目を伏せた。
数秒の沈黙の後、紗霧が沈むユリーシャに声をかける。
「不注意ではありますが……
ユリーシャさんを責めるのも少々酷な事故ですね」
言葉を掛けつつも紗霧は、順に仲間たちの顔を観察した。
皆一様に、幾分緊張感を緩めていた。
想定した最悪の事態ではなかったことが、判明した故に。
確かに、知佳死亡のタイミングは最悪であった。
しかし、不幸に不幸が重なった結果に過ぎなかった。
(これなら、まだ、立て直せます。
恭也さえ言いくるめれば、策に狂いは生じません)
小屋組の結束に亀裂は走ったかも知れぬが破砕はしておらぬ。
紗霧は、胸を撫で下ろした。
野武彦もまた安堵し、深い溜息をついた。
「知佳殿は故意では無かったということじゃな。
まあ、不幸中のなんとやらといったところか」
広場まひるは、気付かなかった。
月夜御名紗霧は、気付かぬ振りをした。
ランスは、気付いてしまった。
何気なく放たれた野武彦の言葉の裏に潜む、恐ろしい真実に。
「おい、ジジイ? 今、お前、何て言った?」
「ん?」
「知佳ちゃん【は】故意じゃない…… だと?」
876
:
夕陽が、罪を、照らす。(6/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:24:46
======================================================================
Ⅲ.全てが晒される
======================================================================
「……じゃあ、誰【は】故意なんだ?」
ランスの問いに、魔窟堂の瞳が見開かれる。
言葉にせずとも明白であった。
全身で、【しまった】を表現していた。
「なにをそんな神経質な。気にしすぎです、気にしすぎ。
あなたは言葉尻を捕らえて突つき回すような陰険な人間ではないでしょう?
もっと鷹揚に構えてがははと下品に笑ってりゃいいんです」
咄嗟のフォローは、果たして月夜御名紗霧の口から発せられた。
早口かつ棘のある、紗霧の常の罵倒。
場を煙に巻き追求をうやむやにせんと投じられた一石も、
しかし、ランスの嗅覚を鈍らせる程のものではなかった。
「じじい! 判ってるならもったいぶらずに言え!」
痺れを切らしたランスが魔窟堂の胸倉をつかむ。
ランスの声色も硬い。
ある種の直感が、彼を突き動かしている。
「ふざけるな! 俺様の女が誰をやったというのだ!
だいたいユリーシャはゲーム開始直後からずっと俺様と……」
カチカチカチカチ……
877
:
夕陽が、罪を、照らす。(7/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:25:11
聞こえてきた。
規則的な音。
小刻みで硬質な音。
「俺様と……」
ランスの言葉は尻窄んだ。勢いのついていた怒りが消沈した。
カチカチと鳴り続けているこの音の発生源が、ユリーシャであったが為に。
合わぬ歯の根を震えによって鳴らしている音であったが故に。
カチカチカチカチ……
歯鳴りが秒針の如く沈黙の時を刻む。
「……篠原秋穂さん、ですね?」
口を開いたのは、月夜御名紗霧であった。
彼女はいち早く察知していた。
知佳死亡事故以前からそうではなかろうかと推測はしていた。
今朝方からの野武彦の態度の急変から、ほぼ確信していた。
「…………」
ユリーシャは答えなかった。
しかし、震える膝が崩れ落ちるその様が、雄弁に回答していた。
今の今まで蚊帳の外であったまひるにさえ、事態が理解できた。
「じょ、冗談じゃないっていうのか?
何でユリーシャが秋穂を殺さにゃならんのだ!?」
878
:
夕陽が、罪を、照らす。(8/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:30:30
ランスの否定は反射的なものではない。
真実に気付きつつも気付きたくない繊細な心の防衛処置でもない。
楽観主義者で深く物事を考えず、人心を省みない性質の彼は、
ユリーシャの薄ら寒い底なしの愛情深さに、
今に至ってもなお、気付くことが出来ないでいるのである。
「独占欲か嫉妬心か、そのあたりでしょう。
だとすると―――」
誤魔化すを諦めた紗霧が言葉を続けた。
事ここに至った以上。
暗雲垂れ込め始めた以上。
認めるべきはさっさと認めさせて。
事務的に機械的に処理をして、
傷口が伝播せぬうちにユリーシャのみを人身御供とし、
小屋組の崩壊だけは、防ぐ。
どうにか体勢を立て直して、果し合いに臨む。
紗霧は、そう方向転換したのである。
「……アリスも、か?」
聞け、ランスのひび割れた声。
見よ、常に尊大なこの男がこうも震えるなど前代未聞。
ここに至って、ようやく。
この鈍感なリーザス王は己の愛人の裏の顔を、知ったのである。
油の切れたブリキの人形の如き動きで、ランスは首を動かし、
ユリーシャに向き直る。
「ごめんなさい…… 捨てないで下さい……
ごめんなさい…… 捨てないで下さい……」
879
:
夕陽が、罪を、照らす。(9/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:31:22
ユリーシャはランスに縋りついた。
背中を丸め、這い蹲って。
ランスのくるぶしを握り、靴の甲にキスをした。
そして、繰り返す。
キスと、謝罪と、おねだりを。
「ごめんなさい…… 捨てないで下さい……
ごめんなさい…… 捨てないで下さい……」
十回。二十回。三十回。
一心不乱にランスの許しを請うその姿は、
か弱く、儚いその声は、
見る者の哀れ心を誘引するのに十分なものであった。
事実、全てを知っている野武彦ですら、
断罪を進めることに良心の呵責を感じ始めていた。
紗霧も、少し落ち着くまで待とうと考えていた。
ところが。
「……うっ」
唐突に、嗚咽が漏れた。
発生源は、広場まひるであった。
「おぇぇえっ……」
「大丈夫かまひるちん?」
「……気持ち悪いよ……」
まひるは膝を着き、何度か戻したのち。
塗れた口許を拭きもせず、呆けた口調で呟いた。
「ユリーシャちゃん。 それ…… 気持ち悪いよ……」
880
:
夕陽が、罪を、照らす。(10/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:32:01
======================================================================
Ⅳ.気持ち悪いこと
======================================================================
「ユリーシャちゃん…… なんで……
なんでランスにばっかり謝るの……?
謝るのは知佳ちゃんや、
あなたが殺した二人の女の人にじゃないの……?」
未知の異星人を見るような目つきで、
拒絶感たっぷりに、まひるは問うた。
否。口調は問いではあったが、それは非難であった。
指弾であった。
対するユリーシャの反応は。
「ごめんなさい…… 捨てないで下さい……
ごめんなさい…… 捨てないで下さい……」
無視であった。
変わらず繰り返され続けるキスと謝罪とおねだりであった。
まひるの言葉は耳に入っていないのである。
ユリーシャはランスの反応のみに全身全霊を傾けて続けている。
「なんでかな……!? なんで無視するのかなっ!!
あたし今、とっても大事なこと言ってるつもりなんだけどっ!?」
「ごめんなさい…… 捨てないで下さい……」
881
:
夕陽が、罪を、照らす。(11/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:41:19
晒されてゆく。
まひるの人道的な、良識的な弾劾によって。
ぽろぽろとユリーシャの虚飾が剥がされてゆく。
価値観の隔絶が露になる。
そもそも。
ユリーシャとはカルネアの王女であり。
王女とは差別社会の頂点を意味し。
その世界における下々の者の存在は、命は。
彼女のお気に入りのティーカップよりも軽いのである。
「あたしをこーやって無視してるみたいに!
知佳ちゃんのことも、きみが殺したひとたちのことも、
無視しちゃってるのかなっっ!?」
「ごめんなさい…… 捨てないで下さい……」
ユリーシャに代わってまひるの問いに答えるのならば。
―――なぜ、雌豚どもに謝らなければならないのでしょう?
―――謝るべきは、私の愛するランスさまの目を引く真似をして、
―――王女たる私の気分を害した、雌豚どものほうでしょう?
つまりユリーシャは、二つの殺人と一つの過失致死に関して、
重罪を犯したなどとは思っていないのである。
いや、秋穂やアリスメンディを暗殺した頃のユリーシャは、
まだ、人としての罪の意識を覚えてはいた。
しかし、今や。
彼女の中のモンスターは、渦巻く嫉妬心と独占欲を糧に、
誰にも知られず、密やかに、ここまで成長してしまったのである。
「ごめんなさい…… 捨てないで下さい……」
882
:
夕陽が、罪を、照らす。(12/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:42:23
この謝罪行為も、ランスの意に沿わぬ行為を行ったことを謝罪しているに過ぎず。
そこに反省などなく。
ただ単に許しを請うているのであって。
要約すれば、ランスに自分だけを愛せよと、
わがままをごり押ししているだけであった。
「まひるさんの気持ちは良く分かりました、が。
あなたの言葉ではユリーシャに届かないこともよくわかりました。
なので。
ユリーシャが話を聞くであろうただ一人の男、
ランスの意見も聞いてみませんか?」
「え……? 俺様か?」
「むしろこの場を裁けるのはあなただけかと思われますが?
というかいつまでも呆けてないで甲斐性みせなさい」
ランスは足下に跪くユリーシャから目を背けた。
夕闇の空を仰ぎ、目を閉じた。
「……ユリーシャ、ちょっと離れろ」
別離を匂わすランスの言葉に、ユリーシャは一層の悲壮さで応じた。
「お願いします、お願いします、お願い……」
「いいから離れるんだ!!」
ランスの怒声。
それがユリーシャに向けられるのは、初めてのことであった。
ユリーシャは恐怖感から思わず身を竦め、足首を握っていた手を離し。
ランスはその瞬間に数歩、後退した。
そうして、深く深く息を吸い込み……
「すぅぅぅぅぅ……」
883
:
夕陽が、罪を、照らす。(13/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:43:31
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Ⅴ.ランスの裁定
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「うがあああああっっ!!」
咆えた。野獣の如く。両腕を大きく振り上げて、息の保つ限り。
再び縋ろうとするユリーシャを、野武彦とまひるが制した。
ユリーシャは半狂乱で振り解かんとあがき、ランスの名前を呼びつづける。
「だああああああっっ!!」
頭を壁に何度も打ち付ける。
蹴りつける。殴りつける。転がりまわる。
めためたに暴れた。
壊せるものは、何でも壊した。
駄々っ子そのものであった。
「ぐおおおおおおっっ!!」
結論が結べない。
故に苛立ち。
故に暴れた。
そうして10分も暴れつづけ、
周囲の潅木を何本もなぎ倒し、
小屋の壁に数箇所の穴を開け、
全身がびっしょりと汗に塗れ、
ようやくランスは暴れ終えた。
884
:
夕陽が、罪を、照らす。(14/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:44:23
一旦爆発させた頭は空っぽになり、
余計な思考は霧消して、
今のランスは己の感情のみで、
本能に近い利己的な本音のみで、
結論を導いたのである。
「はあ、はあ、はあ……」
手足に無数の打ち身と切り傷を刻み。
ここで初めて、ランスがユリーシャを見た。
野武彦に制されつつも暴れていたユリーシャが、
居抜かれたように身を竦めた。
「……ユリーシャ」
ランスが、裁定を下す。
その時が始まるのだと、誰もが理解した。
「はい……」
「俺様は、お前を、許さん」
静かな声で、しかし、はっきりとした発音で。
ランスは自らの女を否定した。
ユリーシャは言葉を失い、膝をつく。
さしものランスも、常識的な。
それでも、どこか冷たいような。
そんな感想をまひるが抱いたが、
言葉には、続きがあった。
「だが、お前を、見捨てん」
885
:
夕陽が、罪を、照らす。(15/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:45:57
ユリーシャの気持ちが浮上する。
頬が上気する。
少なくとも捨てられない。
その事が分かった故に。
「誓え。お前がくじらに願うことは、『お前が殺したヤツの復活』だと」
「誓います」
「尽くせ。俺様のために、ためだけに、もっともっと」
「尽くします」
「そうしたら知佳ちゃんたちが生き返ったとき、俺様はお前を許してやる」
「ユリーシャは、捨てられないのですね?
ランスさまのおそばにいていいのですね!」
「言っただろう」
「俺様は、俺様の女には、優しいのだ」
感動しているのはユリーシャだけであった。
他の三者は醒めた目で見ていた。
かといって、他に適当な量刑も見当たらぬ。
日常で、ユリーシャの如き殺人者に裁きを与えるのであれば。
量刑はそれは15年〜無期の懲役となるであろう。
非日常である。
どうすべきなのか。
誰もが簡単に結論を結べぬ。
殺人を義務づけられたゲームの中で起きた、殺人を。
殺人を義務づけられた彼らが、いかに裁けるものか。
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