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ホラーテラー作品群保管庫

1ほら:2014/06/03(火) 14:13:56 ID:j2Iwz4NM0
名作の宝庫だったので残したいと思います

210くらげシリーズ「蛙毒 下」3:2014/07/12(土) 16:20:38 ID:7TU1mP.c0
二件隣の『O』と表札の出ている家を通り過ぎ、いくつか松林を潜り抜け、セミの鳴き声に背中を押されながら、
駄菓子屋のおばさんに聞いた道を進む。
Oが言った通り、集落の外れ。目の前に小さな墓地を臨む、古ぼけた平屋の民家。
そこが目的の家だということは一目で分かった。
大して高くない塀の上に、ペットボトルがずらりと並べて置かれてある。
Oが言った百個は言い過ぎにしても、数十個は確かにありそうだった。
陽に焼かれ黒く変色した蛙の死骸が入ったペットボトル。いくつかは道に落ちてしまっている。
見たところ、生きている蛙はいなかった。

セミの声に混じって、遠くで浜辺に打ち寄せる波の音が聞こえた。辺りは静かで人の気配は無い。
私とくらげは自転車を降りて、塀の傍に近寄った。
近くで見ると、ペットボトルの表面には、それぞれ小さく文字が書かれてあることが分かる。どれも人の苗字だ。
駄菓子屋で聞いた話を思い出す。蛙の死骸が入ったペットボトルを家の前に置いていく老人。
それがもし、単なる嫌がらせ目的ではなかったとしたら。
もう随分と学校に来ていないOは、自分の部屋から出てこず、おかしくなってしまったのだと噂されている。
呪い。
塀に沿って歩く。庭へと繋がる門は、無用心にも少しだけ開いていた。
いくらか躊躇った後、私は門の中に足を踏み入れた。
「見るだけじゃなかったの?」
後ろからくらげの声。
「……庭を見るだけだ」
手入れをしていないのか、庭のいたるところで雑草が背を伸ばしている。
家の窓は全て閉められ、カーテンが引かれているため中の様子は伺えない。
庭の隅にはこれまた今にも壊れそうな納屋があり、鍬が一本立てかけてあった。
納屋とは逆方向の隅の方で私は何かを見つけた。
それは水槽だった。蓋がしてあり、中で小さな何かが蠢いている。
コオロギだ。水槽の中には、底を埋め尽くすほどのコオロギが居た。
その大半は動かず、死んでいるようにも見えたが、中には生きて動いているものも居る。
何にせよ、虫嫌いが見たら卒倒しそうな光景だ。
果たしてこれは、蛙の餌だろうか。
私は想像する。
餌がここにあるということは、このペットボトルの中の干からびた蛙たちは、元々ここで飼われていたのかも知れない。
だとすれば、飲み口と蛙の大きさが合わない疑問も解ける。
卵か、もしくはまだ幼体の蛙をペットボトルの中に入れ、大きくなるまで飼育する。
そうしてある程度大きくなったところで、陽の光を浴びさせ焼き殺す。透明な壁に阻まれ蛙は逃げることもできない。
おそらく、このペットボトルに書かれた苗字は集落の人間のものだろう。
Oが学校に持ってきたペットボトルには、Oの苗字が書かれていた。だからこそ彼も特別興味を示して拾ってきた。
そして、彼は蛙を殺した上に、その蓋を開けてしまった。

211くらげシリーズ「蛙毒 下」4:2014/07/12(土) 16:21:52 ID:7TU1mP.c0
振り返ると、すぐ後ろにくらげが居た。全く気付いていなかったので、ほんの少しどきりとした。
「……脅かすなよ」
私の言葉に、くらげは何度か目を瞬かせて、「ごめん」と言った。
私は辺りを見回す。この庭には他に見るべきものは無いようだ。
入ってきた門を見やる。門にはインターホンのようなものはついていなかった。
次いで、私は家の玄関に視線を向けた。
「どうするつもり?」
くらげが言った。
私は答えの代わりに、にっ、と笑ってみせる。
結果的に見るだけじゃなくなってしまったが、気になるのだから仕方が無い。
「中に居るかな」
辺りに人の気配は無いが、もしかしたら中で寝ているのかもしれない。
玄関の前に立つ。門と同様、チャイムのようなものは無い。
手のひらで扉を二度軽く叩く。
もし老人が家に居るなら、少しだけでも話を聞きたいと思っていた。
あの蛙の入ったペットボトルは、本当に呪具の類なのか。
尤も、素直に話してくれるとも思っていなかったが、帰る前に本人の顔くらいは拝んでおきたかった。
返事は無い。やはり出かけているのだろうか。
「すみませーん」
中に向けて声をかける。やはり返事は無い。
もう一度声を上げようとしたとき、私はふと、何か妙な匂いを嗅いだ気がした。
据えた匂い。家が古いからなのだろうか、微かに漂ってくる。
特に顔をしかめるほどではなかったが、私がその匂いを嗅いで真っ先に感じたのは、何ともいえない嫌悪感だった。
蛙の死骸を見たときよりも、無数のコオロギが詰められた水槽を見たときよりも、はるかに強い嫌悪感。
この扉を開けてはいけない。
警告が頭の隅をよぎる。
けれども私は、殆ど無意識に玄関の取っ手に手を伸ばしていた。私を動かしていたのは好奇心だ。
私はまるで傍観者のように、自分の腕が戸をあけようとするのを眺めていた。
私の腕を誰かが掴んだ。
その瞬間、短い夢から覚めたかのように意識が鮮明になった。
振り向くと、そこにはくらげが居た。
彼は私をじっと見やると、ゆっくりと首を横に振った。
そのまま腕を引っ張り、玄関から引き離そうとする。
「おい……」
思わず声を上げる。
くらげは立ち止まり、私の方を振り返った。
そして、腕を掴んでいる手とは逆の手を持ち上げると、その手のひらを上にしてこう言った。
「雨が降ってきたよ」
ぽつり、と体のどこかに水滴があたった。雨だ。灰色の空から小粒の雨が降ってきている。
「……帰ろう」
くらげが言った。
彼は相変わらずの無表情だったが、腕を掴むその力は意外なほど強かった。
私は一度、後ろを振り返る。古ぼけた家は相変わらずそこにある。
ただし、雨が降っているからか、それとも別の理由か、
私の目にはその家が先程よりも明らかに、古く、黒ずんで、歪んでいるように見えた。
私は目を閉じ、大きく息を吸って、吐いた。
あの戸には鍵が掛かっていた。そう思うことにした。
「……帰るか」
くらげが私の腕を離す。その様子は、どこかほっとしているようにも見えた。
二人で門を出る。
自転車に跨ろうとすると、何者かの視線を感じた。辺りを見回すも、誰も居ない。
そこにはただ、透明な檻に閉じ込められた蛙の死骸が、無表情に私たちを見つめているだけだった。
「帰ろう」
立ち止まっている私に向かって、くらげがもう一度言った。
私は黙って頷き、ペダルに乗せた足に力を込めた。

私たちの街へと帰る間、小雨は強くもならず弱くもならず、ずっとぱらぱらと降り続けていた。
そしてまた、そんな雨を喜ぶかのような「……っく、……っく」という微かな蛙の鳴き声が、
自転車をこぐ私たちの後ろを、どこまでも、どこまでもついて来ていた。

212くらげシリーズ「蛙毒 後日談」:2014/07/12(土) 16:23:03 ID:7TU1mP.c0
あのペットボトルの家で老人の遺体が発見されたと知ったのは、それからまた幾日か過ぎた日のことだ。
道に蛙の入ったペットボトルが散乱し、片付けもしないのかと、文句を言いに来た近所の人間が死体を発見したのだという。
私はそれを、あの駄菓子屋の目の細いおばさんから聞いた。
その日は、私は友達数人と普通に海に遊びに来ていた。おばさんは私を覚えていたようだ。
「自由研究は進んだかえ?」との問いにはもちろん、「バッチリです」と答えておいた。
「また見に来たのかねぇ。でも、あの家はもう無いよ」とおばさんは言った。
老人の死因は、熱中症と脱水症状による衰弱死だった。
何でも、部屋の中で転んだ拍子に足の骨を折ってしまい、
動くことも出来ず、助けを呼ぶことも出来ず、そのまま死んでいったのだそうだ。
出かけようとしていたのか、部屋は全て窓を閉めた状態だった。
そのせいで熱が中に篭り、発見されたとき室内はサウナのようだったという。
近所の人間が老人の死に気付いたのは、『匂い』がきっかけだった。死臭。人が腐ったときの匂い。
「……その人は、いつ頃、死んだんですか?」
尋ねる声が少し震えた。それは演技でもなんでもない。
老人が死んだのは、私とくらげがあの家を訪問した前日のことだった。私が戸を叩いたとき、家主は家の中にいた。
部屋から出ることも出来ず、助けも呼べず、じわじわと身を焼く暑さの中、死を待つしかない。
その状況はまるで、ペットボトルに閉じ込められた蛙と同じだ。
「戸を開けた瞬間、すごい匂いがぶわっと湧いてきたそうでねぇ。
 立ち会った内の何人かは、そんで体を壊して、今でもうなされて、起き上がれないんよ。
 ……嫌やねぇ、死んでまで人様に迷惑かけて」
私は思う。
その発見者が戸を開けたとき湧き出してきたのは、本当に匂いだけだったのか。
生き物を閉じ込めて殺すことで生ずる呪い。
老人が最後に想った感情が恨みであったとすれば、扉が開かれた瞬間、その恨みはどこへ行ったのだろうか。

駄菓子屋を出た後、私は友人たちと一旦分かれ、一人であの家へと向かった。
歩いていくと少しだけ時間が掛かった。
日数が経っているからか、事件現場だと示すようなものは何も残っておらず、
塀の上に置かれていたはずのペットボトルも全て無くなっている。
門を開き、私は庭へと入った。
コオロギの水槽はそのままだった。
もう全部死んでいるだろうと思ったが、驚いたことに、まだ生き永らえている個体が居た。
餌もないのにどうやって生きているのだろう。
玄関の前に立ち、家を見上げる。
なんということはない。ただの古民家だ。嫌な予感も、匂いも、何も無い。
私は玄関の戸に手をかけ、開こうとした。
しかし、扉は動かなかった。鍵が掛かっている。
私はしばらくその場に立ち尽くしていた。
あの日もこうやって、ちゃんと鍵が掛かっていたのだろうか。
私が扉を開けていたらどうなっていたのか。
くらげにはあの時、何かが見えていたのではないか。
しばらく考えてから、それらがいくら考えても答えの出ない疑問であることに気付く。
そして私は空を見上げた。
青々とした空からは、答えも、雨も、何も降っては来なかった。

終わり

213くらげシリーズ「黒服の人々 前編」1:2014/07/12(土) 16:42:51 ID:7TU1mP.c0
灰色の空から、水気をたっぷり含んだぼた雪が落ちてくる。
その日、学校は休みだったが、私は朝から制服に身を包み、自転車にまたがっていた。
自宅のある北地区から街を南北に等分する川を越えて、南側の山の中腹あたりに建つ友人の家へと向かう。
私が中学一年生だった頃の話だ。
二月。風は身を切るほど冷たく、吐く息は白く凍る。
山に沿った斜面を上っていると、見覚えのない車がいくつか路肩に停められているのが目についた。

友人の家の前に着く。家を囲む塀の周囲にも、車が何台か停められていた。
門の前では、黒い服に身を包んだ大人が数人立っていた。
そのうちの四十代くらいの女性が私を見つけ、一瞬怪訝な顔をしてから、軽く頭を下げた。
自転車を停め、視線を送ってくる人たちにお辞儀を返しながら、門をくぐる。
砂利の敷き詰められた広い庭と、その向こうの異様に黒い日本家屋。屋根には溶け残った雪が微かに積もっている。
庭にも数人、黒い服装をした人たちが何事か話をしていた。
見たことのない人たちばかりで、少しばかりの居心地の悪さを感じる。
丁度その時、友人が玄関から出てきた。
私を見やると彼もまた、少しだけ驚いたような顔をした。
制服ではなく、黒い長袖のシャツを着ている。
彼は、くらげ。小学校六年生からの付き合いである彼は、『自称、見えるヒト』でもある。
自宅の風呂にプカプカ浮かぶくらげが見えるから、くらげ。けれども、今日だけはその呼び名は使えない。
「来てくれたんだ」
その口調も、表情も、まるでいつもの彼と変わりはなく。
逆に、私の方が何と言ったらいいのか分からず、口を開くまでにずいぶん時間がかかった。
「……あのさ、こういうのは慣れてなくて。手ぶらで来たんだけど、……悪かったか」
「そんなことないよ。大丈夫」
玄関の脇には、小さな受付用の机と共に、柄杓と水の入った桶が置いてあった。
彼に連れられ玄関を抜けようとした時、私はふと思い出す。
この場合は確か、家に入る前には手を洗わないといけないのではなかったか。
しかし横の彼は何も言わず、私たちはそのまま家に上がった。

玄関から向かって左の大広間には、数十人分の座布団が敷かれ、すでに大勢の人たちが座っていた。
部屋の奥には両脇に榊を置く祭壇と木の棺、棺の前には一枚の写真が飾られていた。
モノクロの写真の中に写っているのは、くらげの祖母だ。
去年の秋ごろから体調を崩しており、冬の間はほとんど起き上がれないほどになっていたそうだ。
家族は入院するよう促していたようだが、彼女は家に留まることを望み、そうして数日前、春の訪れを待たずして亡くなった。
享年八十一歳、死因は老衰。
遺影の中の彼女は、着物を着ていて、目を細めて笑っている。
それは見覚えのある笑顔だった。笑うと、目が顔中のしわと同化してしまうのだ。
加えて、「うふ、うふ」というその独特な笑い声も、最初の頃こそ苦手だったが、度々会う内に慣れてしまい、
彼女とは何度か世間話で笑い合ったこともある。
彼女はくらげと同様『見えるヒト』でもあり、その力はくらげ以上だという話だった。
この家で二人の他に『見える』者はいない。
「もう少しで始まると思うから、ちょっとここで待ってて」
そう言って、くらげは私を残し部屋を出て行った。
私は目立たないよう部屋の後方一番隅の座布団に座り、じっと葬儀が始まるのを待っていた。
周囲からの視線は、家の門をくぐった当初からずっと感じていた。
数人からは、直接どこの子かとも聞かれたが、正直に孫の友人だと答えると、
彼らは表面上は「えらいね」などと言いながらも、
その視線にはどこか、私の言葉の真偽を探るような、訝しげなものが混じっていた。
そんな折。一人、茶色に薄く髪を染めた背の高い青年が部屋に入ってきた。十代後半だろうか。
くらげと同じような黒っぽいシャツを着ているが、どこかだらしない印象を受ける。
周りの者におざなりな挨拶をした後、彼の視線がこちらに向いた。
一瞬立ち止まってから、その目に浮かんだのは好奇だった。こちらに近づいてくる。

214くらげシリーズ「黒服の人々 前編」2:2014/07/12(土) 16:43:59 ID:7TU1mP.c0
「わざわざ、どーも」
彼の言葉に、私は無言で短く礼を返した。
彼とは話したことは無いが、初対面ではない。この家で一度か二度、顔を合わせている。
彼はくらげの兄で、三人兄弟のうちの次男。
くらげとは四歳か五歳離れていると聞いていた。そして、くらげがその二人の兄からひどく嫌われているとも。
「えっと、何だろ?君は今日、あいつに呼ばれて来たの?」
彼が言った。『あいつ』とはもちろんくらげのことだ。嫌な聞き方だと思った。
私は首を横に振り、「いえ」とだけ答えた。
「じゃあ、クラスの代表とかで?」
そんなことがあるわけがない。彼は薄く笑っていて、明らかに私をからかっていた。
私は彼をまじまじと見やった。
信じられなかった。すぐそこに彼の祖母が眠る場所で、彼はいとも簡単に軽口を言ってのけたのだ。
正直、腹が立った。けれども、私は膝に置いた手をぎゅっと握りしめて、頭の天辺へとにじり上ってくる不快な感情を抑えた。
「おばあさんのご飯を、食べたことがあるから……。この部屋で」
「あいつが飯食いに来いって?」
もう答えるのも嫌になって、私は無言で首を横に振った。私のそんな様子を見て、彼は面白そうに薄く笑った。
「なあ、これ、好奇心から聞くんだけど」と彼が言った。
「君ってさ、あいつの何なの?」
私はもう一度、彼を見やる。
私は、くらげの、何だ。それは考えるまでもなかった。
「……友人です」
彼が笑う。
「友達ならさ、あいつのこと、どこまで知ってんの?
 ……これ親切心から言うんだけどさ、俺、あいつの友達にだけは、ならない方がいいと思うんだよな」
彼の言いたいことは大体予想ができた。彼はくらげが『自称、見えるヒト』あることを言っているのだ。
まるで見えず、まるで信じない人からすれば、
彼の言動は虚言症持ちか、もっと言えば、精神異常者として映っているのだろう。
兄や父親も同じような考えなのだろうか。
くらげは自分の見える力のことを『病気だから』と言う。
私は思う。彼はきっと、こんな環境に居たからこそ、そう思うに至ったのだ。
唇を噛んだ。けれども、見えない人には何を言っても仕方がないのだ。
「……自分で病気だと言っていることは、知ってます。……何が見えるかも」
彼が初めて「へぇ」と驚いたような顔をした。
「知ってんだ。意外。……いやさ、確かに、あいつだけなんだよな。ばあちゃんが死んで泣かなかったの。
 やっぱその辺が関係あんのかな」
鉄の味がする。どうやら先ほど強く噛みすぎて、唇に穴が開いたらしい。
「……で、だからなんなんですか?」
吐き出すようにそう言うと、周りの人々がちらりと私たちを見やった。
彼はさすがにやりすぎたと思ったのか、「まあ、まあ」と私をなだめるように胸の前に両手を上げ、
先ほどよりも小さな声でこういった。
「いや、俺ってさ、良く勘違いされやすいんだ」
もし彼がこれ以上何か言ったら、もっと大声を出してやるつもりでいた。
けれども次の瞬間、彼の口から出てきた言葉は私を黙らせるのに十分なものだった。
「俺はさ、あいつが、『見える』っていうのは嘘じゃないと思ってるし、
 それに、別にあいつ自身がそれほど嫌いなわけじゃないよ」
それは相変わらず軽い口調だったが、嘘をついているようには見えなかった。
「でもさ。今、そこにある棺の中に入ってんのが、ばあさんじゃなくて、あいつだったらいいのになー、とは思ってる」

215くらげシリーズ「黒服の人々 前編」3:2014/07/12(土) 16:45:28 ID:7TU1mP.c0
私は彼を見やった。言葉が出なかった。
こんなにも堂々と、『死んでしまえばいいのに』という言葉を聞いたのは初めてだった。
それでいて、彼はくらげ自身は嫌いではないと言う。
「矛盾してると思うよな。でも、俺は正常だよ。たぶん、この家の人間の中じゃ一番マトモだ」
部屋の入り口から、どこか見覚えのある顔の知らない誰かが入ってきた。
「あー、兄貴入ってきたな。そろそろ始まんのかな」
振り返って、彼が言う。
礼服をぴしっと着用した、どうやらあの人がこの家の長男らしい。そういえばどことなく、くらげの父親と似ていた。
しかし、その時の私には、そんなことに気を取られている余裕はこれっぽっちもなかった。
「そうだなー……、あいつを一番嫌ってんのは、兄貴か親父だよ。たぶん。
 俺はまだほとほとガキだったから、何がどうしてああなったかなんて、覚えちゃいないしさ」
正直なところ、一体彼が何を言っているのか、私にはまるで分からなかった。
目の前の人間が、まるで宇宙人のように思えた。絶対マトモじゃない。そう思った。
全部顔に出ていたのだろう。彼はそんな私を見て薄く笑った。そして、天井近くの壁の方を指差した。
そこには遺影が何枚か掛けられてあった。
白黒の写真の中に一枚だけカラーのものがある。写っているのは、色の白い三十代くらいの女性だ。
彼が指差してるのは、その女性だった。
「あれ、うちのかーちゃんなんだけどさ……」
彼ら兄弟の母親は、くらげを生んですぐに亡くなったのだと聞いたことがある。
長男に続いて部屋の入り口から、くらげと、くらげの父親が入ってきた。これから葬儀が始まるのだろう。
その時、傍にいた彼がぐっと近寄ってきて、私の耳元で一言ささやいた。
その瞬間、私の中の時計が止まった。
どんな顔で彼を見やったのか、自分でもわからない。
彼はまた、あのからかうような薄い笑みを浮かべると、踵を返し、祭壇の近くの親族の席へと移っていった。
ふと気が付くと、部屋の入り口に立ったまま、くらげが私の方を見つめていた。
その顔は、いつも通り無表情で、これから彼の祖母の葬式をするというのに、何の感情も表に出してはいない。
彼の言葉がずっと頭の中でこだましていた。
こだまなら、壁にぶつかり跳ね返るごとにその音は弱くなっていくはずなのに、
その言葉は私の脳内で反響を重ねるごとに、大きく、強くなっていった。
私は思わず視線をそらしてしまった。
はっとしてもう一度くらげの方を見たが、その時にはもう彼は私を見ておらず、自分の席に向かっていた。
――かーちゃん殺したの、あいつだから――
私の耳にこびりついた言葉。
そんなはずはない、常識的にありえない、と何度否定しても、その言葉は私の中で膨れ上がり、
軽い吐き気と一緒に胃からせりあがってきた。とっさに口を押える。

狩衣に烏帽子を被った斎主が部屋に入ってきた。
部屋の中にいる黒服の人々がその方を向いて礼をする中、
部屋の隅で私だけが体を丸めたままじっと動かず、つい先ほど傷をつけたばかりの唇を、強く、強く噛んでいた。

216くらげシリーズ「黒服の人々 後編」1:2014/07/12(土) 16:46:40 ID:7TU1mP.c0
私の胸中とはまるで裏腹に、葬儀はしめやかに進められた。
えらく長く、それでいてほとんど何を言っているか分からない祝詞などを聞いているうちに、
次男の言葉に混乱していた私も、次第に落ち着きを取り戻していった。
一度、冷静になって考えてみる。
くらげの母親は、彼が生まれた直後に亡くなったと聞いている。
そうだとすれば、本当に彼が母親を殺したのなら、首も座らない赤ん坊が殺人を犯したことになる。そんなことはありえない。
けれども、彼が全くの嘘をついたようにも思えなかった。
だとすれば、おそらく彼女は、出産が原因で亡くなったのではないか。
昔よりは医療が充実した現代だが、ありえない話ではない。
もしもそれが原因だとしたら、彼女の死が、引き換えに生まれてきた赤ん坊のせいにされることだってあるだろう。
私の理性はそう結論付けた。これ以上の答えは、その時の私には考え付かなかった。
それでも、何か腑に落ちない、もやもやとした塊が腹の中に残った。
私の中の誰かが、「違うんじゃないか」と言っている。私はその声を無理やり胸の奥の奥へと押し込んだ。
するとその代わりに、また、あのおちゃらけた次男への怒りが湧き起って、それを鎮めるのにも一苦労がいった。

葬儀の方はすでに、祝詞から玉串奉奠へと移っていた。
仏式では焼香にあたる儀で、席順に遺族、親戚、一般という順に榊の枝葉を受け取り霊前に置いていくようだ。
当時の私は神葬祭の経験自体少なかったので、奉奠のやり方が分からず、目を凝らして前の人の動作を観察した。
二礼二拍一礼は分かるのだが、その前の榊の置き方だ。
何やら回転させているように見えたが、距離があるのと、背中で隠れてしまうため、良くわからない。
私の番が来るまでに、ちゃんと見て覚えておかなければならない。
そう思い、玉串を納めている人の背中を凝視していると、ふと私の目に別の何かが映った。
棺の上に、小さな光る何かが浮かんでいる。
それは蛍の光のような、小さな、淡く青い光の粒だった。しかも、一つではなく複数だった。
何だろう。焦点を合わそうとしても、いかんせん祭壇まで遠く、それが何であるかわからなかった。
祭壇には提灯があるが、それは少なくとも提灯の光ではなかった。風に遊ばれる風船のように揺れて、浮き沈んでいる。
一体、あれはなんだろう。
ふと気が付くと、ほとんどの人が奉奠を終え、次が自分の番だった。
まだ完全に動作を覚えたわけではないが、今になって誰かに助けを求めるわけにもいかない。
仕方なく、ぶっつけ本番で臨むことになった。
祭壇に近づくにつれて、棺の上にある淡い光がより鮮明になる。
斎主の前に進み出た時には、それが何であるかはっきりと見て取れた。
それは小さな、ゴルフボールくらいの大きさの、数匹のくらげだった。
その表面にちりちりと光の筋を浮かび上がらせ、空中にふわふわと漂っている。
どうやら、ゆっくりと天井に向かっているらしい。
そのうち、一匹の新たなくらげが、棺の中から顔を出した。
このくらげたちは棺の中から現れているのか。
あまりの光景に、私はしばらくの間、我を忘れていた。
自分の前に榊が差し出されているのに気づき、慌てて受け取る。
霊前に進むと、一匹一匹のくらげたちの表情がより深く見て取れた。
薄暗い部屋の中、それはとても幻想的であり、たっぷり非現実的でもあり、見惚れるには十分な光景だった。
これは何だろうという疑問さえ、綺麗に消え去っていた。
ふと、くらげたちの動きが変化したのに気が付いた。
天井へ向かっていたくらげの群れがその動きを止め、再び棺の中へゆっくりと落下していく。
そうして、最後のくらげが棺の中へと消えていった次の瞬間、玉串を持った私の手を、誰かの手がふわりと包み込んだ。
その手は目には見えなかった。しかし確かに、棺のある方向から私の両手を優しく握っていた。
そうして、私の手を玉串諸共ゆっくりと時計回りに回転させた。葉をこちら側に、玉串の茎が棺に向くように。
目には見えない。けれども、握られたから分かった。
その手は、小さく、しわだらけで、ごつごつしていた。そして、私はその手が誰の手かを知っていた。
『彼女』は奉奠の動作がわからない私に教えてくれたのだ。
不意に涙がこぼれた。それは感情の動きよりも先に、フライングして出てきたような涙だった。
玉串を置いてもしばらくの間、その手は私の両手を握ったままだった。
このままでは涙も拭けない、そう思った時、ふっと手を包んでいた感触が消えた。
制服の袖で、ぐい、と涙をぬぐい、棺に向かって、二礼、二拍手、一礼する。
ありがとうございます。
そう一言呟き、私は霊前を後にした。

217くらげシリーズ「黒服の人々 後編」2:2014/07/12(土) 16:47:46 ID:7TU1mP.c0
目がにじんでいたせいか、棺の中から浮かび上がるくらげたちは二度と見えなかった。
席に戻る際に、親族の席に座っていたくらげと目があった。
涙の跡を見られないようにと目をそらすと、向けた視線の先に次男が居た。
さすがに真面目な顔をしていたが、どこか面白そうに私を見ていた。
その横には長男も座っていたのだが、彼は軽く目を瞑り彫像のように動かない。
三人が三人とも似ていない兄弟だった。

一般客の後、最後に斎主が自ら玉串を霊前に置き、玉串奉奠の儀は終わった。
その後、斎主が退出し、喪主であるくらげの父親の短い挨拶があって、葬儀は閉会となり、
出棺の準備のため、親族以外は別の部屋に待機することになった。
しばらく待っていると、大広間から、どん、どん、と釘を打つ音がした。
次いで家の中から棺が運び出され、門の外で待っていた霊柩車に乗せられた。
外は相変わらず水をたっぷり吸った重たい雪が降っていた。空は灰色。
遠くの山を白くかすみ、その中を黒い服に身を包んだ人々が動いている。
まるで、出来の悪いモノクロ映画のような光景だ。
火葬は近しい親族だけで行うらしく、私のような一般客やその他の人は、彼らが戻るまで家で待つことになった。
大広間に、茶や菓子が用意されているとのことだったが、私は家には入らず、彼らの帰りを外で待つことにした。
理由は特にない。強いて言うなら、出所の分からない意地だった。
外は寒い。何度か中に入るようにと言われたが、首を横に振り続けていると、彼らも何も言わなくなった。
家に入り、事情を知ってそうな人から、くらげの母の話を聞く。そういう考えも無くはなかった。
けれども何故か私には、もしも誰かに訊くとすれば、この話はくらげ自身の口から聞くべきだ、という想いがあった。

雪がひどくなって、私は屋根のある門の下へと避難した。上着も持ってきていなかったため、手も足もひどく悴んだ。
自分でも何をやっているのだろうと思ったが、それでも家に入る気は起きなかった。
火葬場で焼かれている祖母の遺体のことを思う。雪風に打たれている私とは真逆の状況だ。
といっても、敢えて変わってほしいとも思わなかったが。
ひとしきり馬鹿なことを考えていると、年配の女性が家の中からお菓子と防寒具を持ってきてくれた。
紋所の付いた赤いちゃんちゃんこ。亡くなった祖母のものだという。袖はなかったが、それはとても暖かかった。

火葬場から彼らが戻ってきたのは、二時間も経った後だった。
祖母のちゃんちゃんこを着、門で待っていた私を、親族たちのほとんどは奇怪な目で見やった。
次男は可笑しそうに笑い、長男と父親は何も言わず、くらげは真顔で「本当に、おばあちゃんかと思った」と言った。
その後は大広間での食事会だったが、大人たちのつまらない昔話に耳を傾けるつもりはなく。
私はくらげを誘って抜け出し、二階の彼の部屋へと上がった。
適当なところに座布団を敷いて座る。二人ともしばらくの間、口を開かずにいた。
色々な考えや出来事が私の中のあちこちで渦を巻いていて、それらは容易に言葉にならなかった。
「……今日は、ごめんね」
先にそう言ったのは、くらげだった。
彼は私に向かって『ごめん』と言った。しかし、こちらには謝られるような覚えはない。
怪訝そうに彼を見やると、彼は私とは目を合わさず、「何だか、気分を悪くさせたみたいだから……」と言った。
なるほど。くらげは彼の兄であるあの男のことを言っているのだ。
確かに嫌な気分にはなった。けれども、それは決して彼が謝るべきことではない。
話題を変えようと、私は無理やり口を開く。
「そう言えばさ……、棺の上に、小さいくらげが浮いてたよな」
すると、彼が不思議そうに私を見た。
「……くらげ?」
彼には見えていなかったらしい。
私は驚く。私に見えたのだから、当然、それは彼にも見えたのだと思っていた。
私は元々霊感など持っていない人間だ。それが、くらげと一緒にいるときだけ、僅かだが彼と同じものが見えるようになる。
今まではずっとそうだった。
「え、じゃあ、あの手も?」
くらげは首を横に振った。私は彼に、玉串奉奠の際に体験したことを一通り話した。
「そう……、おばあちゃんらしいね……」
そう小さく呟いた彼の口元は、かすかに微笑んでいた。
窓の外に目を移すと、ぼた雪はいつの間にか雨に変わっていた。

218くらげシリーズ「黒服の人々 後編」3:2014/07/12(土) 16:49:12 ID:7TU1mP.c0
こんな雨の日、くらげの祖母には、空に向かって登る無数の光るくらげたちが見えたそうだ。
「なあ、くらげさ」
くらげの方に顔を向けると、彼は小さく頷き、「うん」と言った。
「ただの想像だけどさ。もしかして……。あのくらげって、生き物の死体から湧くんじゃないか」
棺の上を漂い、青白く光るくらげたち。あの時、私は一瞬だけだが、魂という言葉を連想した。
死体から湧き出る、くらげ。もし、魂というものが存在するのなら、あの光るくらげは、それに近いものなのではないか。
以前、どこかで聞いたことがある。雨は、そのたった一度で、驚くほど多くの生き物の命を奪うと。
生を失うのは、大抵は小さな生き物だ。その一つ一つの魂が発光する小さなくらげとなり、空へ向かって昇っていく。
祖母はその光景を見ていたのではないだろうか。
そんな与太話を、くらげは黙って聞いてくれていた。
私がしゃべり終えると、彼は肯定も否定もせず、窓の向こうの雨を見つめながら、「そうかもしれないね」とだけ言った。
またしばらく沈黙が続いた。
「おばあさんさ……。死ぬ前に、くらげに何か言った?」
ふと、気になっていたことを尋ねる。
死に目にはあえたと聞いていた。人が人に伝え残す最後の言葉。祖母は彼に何が言い残したのだろうか。
「……『強う気持ちを持っておらなぁいかんよ』」
くらげは、ゆっくりとその言葉を口にした。
「そう言った。……自分はもうじき居なくなるから、って」
私は改めてくらげを見やった。その言葉はもしかしたら、そのまま祖母の人生を表していたのかもしれない。
くらげに祖母が居たように、彼女には誰か味方がいたのだろうか。
私は、玉串を納め終えた後もしばらく離してくれなかった、あの小さな手の感触を思い出した。
あの手は、私に何か伝えようとしていたのではないか。
祖母が死んで、くらげは一度も泣かなかった。次男は私にそう言った。
死者が見えるのだから、悲しむ必要もないのだろう。その言葉の裏にはそんな響きがあった。
私はあの野郎が嫌いだ。
悲しくないはずがない。私は二人がどれだけ仲が良かったかを知っている。
いくらそれらが見えたからといって、死んだ者が生きている者と同じようにふるまえるわけがない。
私はそれをこの家で学んだ。死んだ祖父のために出された料理は、決して減ることは無かった。
例え骨になるまで焼かれても、例え雪の降る中突っ立っていても、死んだ者は熱さも寒さも感じることは無い。
いや、例え感じていたとしても、私たちにそれを知るすべはない。
悲しくないわけがない。
私は自分の肩に手をやった。柔らかな綿の感触。まだ、祖母の赤いちゃんちゃんこを着たままだった。
このまま着て帰りたい気持ちもあったが、いったん脱いで、彼の前に差し出した。
「これ、返す」
彼はそのちゃんちゃんこをじっと見つめ、それから「……うん」と言って手に取った。
「……それ着てみろよ。すんげぇあったかいから」
彼は無言でちゃんちゃんこを羽織った。意外と似合っている。
「な」と私が言うと、彼はまた「……うん」と呟き、そのまま抱えた両膝に顔をうずめた。
そうして彼は、まるで眠ってしまったかの様に動かなくなった。
本当は、彼の母親のことを訊こうかとも思っていた。一歩間違えればそうしていた。
私は彼を問い詰め、そして彼はきっと正直に答えてくれただろう。
私は寸前で、これ以上彼を追い詰めずに済んだのかもしれない。
きっと彼だって、張り詰めた糸のような均衡で保たれていたに違いないのだ。
訊くべき時。それは決して『今』ではなかった。
その名を呼ぼうとして私は口をつぐんだ。
膝に顔をうずめ動かない彼に、それ以上かけてやるべき何かを私は持ってはいなかった。
あったとしても彼には届かなかっただろう。当時の私たちは、まだほんの子供だった。
だからせめて、私は彼が顔を上げるまで、そこで待つことにした。
寝転がると、一階の大広間の話し声が微かに聞こえた。大きな家だから、なかなか声も届かないのだろう。
耳を澄ますと、すぐ窓の向こうに降る雨音の方がよく聞こえた。
例え彼が母親を殺していたとしても。たった一つ、これだけは言える。
彼はいいヤツだ。
寝転び、窓を見上げたまま、私は目を閉じた。
暗闇の中では、幾千幾万というくらげが色とりどりに薄く淡く発光しながら、
どこへ続くかもわからない空へと吸い込まれていった。

終わり

219鴨南そばさんシリーズ「四角い部屋」1:2014/10/07(火) 13:43:11 ID:N5E6U.uY0
バイト先の仲間及び上司と肝試しをすることになった。
常連のお客様一人とそのご友人二人。僕とユウキ(源氏名)、そしてガクト(仮)さん。
女二人、真ん中の人一人、男三人、計六人。
名目上は、お客様へのアフターサービスと新しい顧客開拓の準備行為。
売上が急激に下がったのが、このようなサービス残業をする理由だ。
不況を理由には出来ない。その時期にゴソっとお客様が来なくなったのだ。サービス低下の証拠だろう。
潜在的な顧客を含めても、お客様三人に僕たち三人を当てるのは少々過剰だと思う。
だが常連のお客様は、指名料ダントツのガクトさんを二時間以上拘束できる相当な太客。
なので、そのご友人にも期待をこめての放出なのだろう。
しかし正直言うと、ナンバー1であるガクトさんへの接待色が強い。お客様三人も「あれ」が目的だ。
つまらない話だろうが、大声で笑う。自慢話は褒め称える。わざとらしく、大袈裟ぐらいが丁度いい。
外面、男女が六人で和気藹々。内面、各人の思惑で虎視眈々。

「おい、リョウ。それお姉ちゃんマンションだろ?」
焚き火越しに、ガクトさんが僕の源氏名を呼ぶ。照り返しで元々深い彫りの顔立ちがまるでマネキンのようだ。
「流石!これ、僕の地元の話だから勝算あったんですけど。マジ何でも知ってますね」
「お、そうなのか。何度塗りなおしても赤い文字で浮かび上がるんだってな。TVで見た」
「なにそれ〜。怖〜い」
男ではないお客様予定の一人が黄色い声をあげる。全く怖がっているようには見えない。
食虫植物のような凶悪なマスカラに彩られた目で、ガクトさんを見つめる。
どうやら既にガクトさんのことを気に入ったようだ。言い忘れたが、女でもない。
ユウキが次の話に移る。
「じゃあ、ガクトさん、四角い部屋は?」
「あ。あーし、聞いたことあるかもぉ。四人が遭難して寝ないようにして、助かるのでしょ」
アピールするのはかまわないが、それではただの良い話だ。
「山岳部とかワンダーフォーゲル部だかの奴らが、遭難から命からがら帰還。
 実は、その生き残った方法に重大な欠陥があることに後で気づく、ってヤツか。有名な話。基本だな」
「知ってますねえ。なんでそんなに詳しいんですか?」よいしょ、よいしょ。
僕の言葉にユウキが被せる。
「違います、そっちじゃないです。
 マンションとかホテルのペントハウス、エレベーターから直結する部屋あるじゃないですか。
 あんな感じで、エレベーターで四角い部屋に直結するらしいんす。聞いたことありますよね?」
「はあ?部屋なんて大概四角だろ?」
「俺も詳しくは分かんないんすけど、その部屋は完全に四角なんですって。やっぱり知らないんすか。…俺1点ゲットですね」
「何だよ、その完全な四角って。意味わかんねえよ」
確かに意味が分からない。ただ四角い部屋に行くのが何故怖い話なのか。
恐らくは、元々意味のないものに意味を与える行為を楽しむ類の怪談なんだろう。
「じゃあ次、私の番ね。友達から聞いた話なんだけど――」
浜辺で一斗缶の焚き火を囲みながら話していた。

百物語のあとに心霊スポットに行くのが肝試しの王道だ、とガクトさんの案。逆らう理由も力もない。
最初は百物語のつもりで話していたのだが、思いの他ガクトさんが怖い話を知っているため、
徐々に趣旨が変わり、ガクトさんの知らない怪談を探すゲームになっていた。
今のところユウキの話以外は知っているようだ。
「あぁ、それ知ってる。足つかまれるオチ?」
「何で知ってるの、私もうないよ。ホントにガクト物知りだね」
百物語と言っても、百話も話すつもりがないのは全員理解している。
適当なところで心霊スポットの探索に行く予定だ。
本当にやるとしたら、六人で百話、一人当たり16,7話用意しなくてはならない。
普通なら知っている話など2,3話がいいところだ。相当難しい。
百物語を終えた後には怪異が起こるというのも、こういった理由からなんだろう。
肝試しは仲間内での遊びだ。

220鴨南そばさんシリーズ「四角い部屋」2:2014/10/07(火) 13:43:44 ID:N5E6U.uY0
肝試しをするのに集まる仲間など、多くても十人いないくらいだろう。
一人10話も話せないから、百話も話せない。結局、百物語は終われない。
秒速で落下する流れ星に三回も願い事を唱えられないのと同じだ。
肝試し用の心霊スポットは、随分前から放置されている廃ホテルだった。
経営苦で自殺した社長が出るそうだが、
恐ろしいのはむしろ、壁に落書きに来る暴走族や、風雨に晒されたビルの耐久性だろう。
いっそう仲良くなった様子のガクトさんとお客様たちを、彼のマンションに送る。
どうか明日からウチの店に通ってくれますように×3。
流れ星ではないが、一応願っておく。念のため。

僕たちも帰路に向かっているときに、ユウキが切り出した。
「なあ。さっきの四角い部屋の話なんだけど」
「ああ、あれは良くねえな。何なのお前、空気読めよ。分かってるだろ?」
「いや、ガクトさんなら大丈夫かと思ったんだよ。ダメだったけど。
 で、四角い部屋の謎解きに攻め込もうぜ、今から。チャレンジだ!リベンジだ!」
あっついなあ。リベンジって意味分かってるのだろうか?
「何お前、マジネタなのかよ?ガキじゃねえんだからさ」
「マジネタも何も。まさかお前も?四角い部屋知ってるだろ?」
「ガクトさんが知らないネタ、僕が知ってるわけないだろ。有名なのかそれ」

ユウキが話した四角い部屋のルールはこうだった。
エレベーターで直結部屋に行った者しか『完全な四角』の意味は分からないのだが、
『完全』の意味が分かると意味が分からなくなる。
四角い部屋に行くことは誰でも出来るのだが、エレベーターの最大積載量を越えることは出来ない。
必ず一階からスタート。
エレベーターのボタンを下から上まで順に押す。
点灯を確認して、その後上に向かう。
止まる直前に非常ボタンを押す、そうするとランプが点灯したまま次の階に向かう。
それを最上階まで繰り返す。全てのボタンが点灯した状態で最上階へ。
最上階まで行けると、そこは『完全な四角い部屋』だという。
途中で人が乗るなどの邪魔が入ったり、階数のランプが全て光っていなければ失敗らしい。

「エレベーターに非常ボタンなんてあるの?」
「ははっ、俺も似たようなこと聞いたわ。
 非常ボタンってよりも非常マイクって言った方がよかったな。あれで管理人に繋がるんだよ」
「ああ、あれのことか。緊急停止用のボタンかと思った」
「エレベーター緊急停止して何の得があるんだよ。むしろ何かあったら急ぐだろ。面白いこと言うな」
非常ボタンを押すと、外部のメンテナンス会社に繋がるものと、ビル内の管理人に繋がるものがある。
今回行くビルは、管理人に繋がるタイプのものらしい。やけに詳しい。こいつ。
「お前、既に下見済みかよ」
「まあ、そんな感じ。途中で帰ってきたけどな」

221鴨南そばさんシリーズ「四角い部屋」3:2014/10/07(火) 13:44:36 ID:N5E6U.uY0
路上に駐車し、歩くこと五分。
「着いた。ここ」
「え?コレ?全然普通のビルじゃん。死ぬほどぼろいけど。電気は点いてるけど、ホントに人住んでるのか」
「あの潰れたホテルよりはマシだ」
ユウキは先導して入り口へとずんずん進む。見たところ十階程度のマンションだ。
外灯からの距離が離れているせいか、建物の壁面が薄汚れた灰色をしているせいか、
マンション管理会社が電気代をケチっているせいなのか分からないが、いやに暗い。
「これがそのエレベーター」
ボタンを押すと、チンという音が鳴り、すぐさま扉が開いた。
しばらく誰も乗らなかったのか、中にある蛍光灯がチカチカと瞬きながら点く。
「あっそ。んで、どうするの?」
「まずは、一階から十階までの階数を全部押す」
何度やっても全部は点かない。
若干飽きてきている僕とは正反対にユウキは必死だ。
当たり前だ。今一階に止まっているのだから、一階のランプなんて点かない。
「なあ、謎解きしたいんだろ?取り合えず一番上行こうぜ。それで解決するかもだろ?」
ユウキは僕の言葉を聞き、口をポカンと開け、呆けた。
「お前、頭良いな」
誰でも考え付きそうなものだが、お馬鹿なユウキ君は考え付かなかったようだ。
こいつジャニーズの高学歴アイドルに似てるのに天然だったのか、知らなかった。
しかし、頭が良いと言われてちょっと嬉しくなる僕もまた、頭が悪いのだろう。

最上階に着く。居住用の部屋のドアが通路の壁に均等に並んでいるだけだ。
天井の蛍光灯がパチパチ音を立て切れかけているのが少し怖い。
だが、通路が四角くもなければ、トワイライトゾーンに繋がっているわけでもない。
きっとこのエレベーターの怪談を知る者は、一階のエレベーターで悪戦苦闘して先に進めず……。
そうか、何となく分かった。

「なあユウキ。俺、分かっちゃったんだけど」
一階に戻り、小学生のようにエレベーターのボタンを連打するユウキ。見ていて滑稽だ。
「うるさい。今忙しい」
イライラが伝染する。冷たく言う一言に、カチンと来る。
「ねえもう帰っていい?僕疲れちゃったよ。主に精神面で」
「はあ!?ふざけんな!俺と一緒に謎解くって言ったじゃねーか!」
いや言ってないし。何熱くなってんだよ。
「もういいよぉ、飽きたよぉ」
「帰るんなら帰れよ!マジむかつくわリョウ。お前ぜってえ後悔させてやるからな」
おお、こわ。それじゃあお言葉に甘えて帰らせていただきます。

222鴨南そばさんシリーズ「四角い部屋」4:2014/10/07(火) 13:45:17 ID:N5E6U.uY0
クルマに乗り込んだのはいいが、帰りアイツ足どうするんだろ?という素朴な疑問と罪悪感が生まれた。
どうやら先ほどは僕も熱くなっていたらしい。売り言葉に買い言葉だ。ちょっとだけ待ってやるか。
prrrrr
『もし。リョウ今どこだ?』
ガクトさんからだ。
「お疲れ様です!まだ近くにいます。何かありましたか?」
『ちょっとお客さんの相手してくれね?俺もう寝たい』
「了解です!すぐそっち行きます」
『ユウキもいるか?』
「今ちょっといないですけど、連れて行きます」
『頼む。早めにな』
先ほどのクサクサした気分とは一転、楽しくなってきた。
早くユウキを連れてピンク色のパーティーへと行こう、そんなことを考えながらユウキへと電話する。
「もしもーし、まだやってるのか?ガクトさんからお呼び出しだ、行くぞ」
『……マジかよ、分かった。……あ!点いた!』
「え?点いたの?でももうダメ。ガクトさんの言うことに逆らうなんて、健全な男子の僕には出来ないわ」
『あとちょっとだけ待っててくれ。頼む』
「ムリ。早くこっち来い」
『ちょっとだから、すぐに終わる』
「あのさあ、言いたくないけど、それお前ハメられてんだよ。元々成功するはずないんだ。その怪談は――」
僕はその怪談のカラクリを教えてやった。
一階のボタンが点灯した理由は分からないが、普通は到着階に着いたエレベーターのボタンの点灯は消える。
それが到着した合図だから、むしろエレベーターの設計上そうならなければならない。
全てが点灯した状態でどこかの階になどいけない。
少なくとも一つはボタンの光は消えている状態になっている。
動いている最中に押せば出来るが、それだと怪談のルールを破るし、そもそも降りるべき最上階に着いたら消えてしまう。
だから、最初から出来ないことを前提とした怪談で、出来たら不思議な何かがあるかもっていうオチ。
『…不思議な何かって何だよ』
「知らないし。何かがあるっていうのを考える怪談なんだから、答えはないんだよ」
『じゃあ、シュンさんはどこに行ったんだよ!?』
「誰だよ。ほら、ガクトさん待たせてんだから早く」
『っざけんな!何で誰も覚えてねえんだよ!?ナンバー2のシュンさんだよ!俺の派閥の親だよ!!』
「はぁ?何言ってんだ?ナンバー2はマキさんだろ?結構前から」
尋常でない取り乱し方に、僕はマンションに向かう。電話は繋がったままだ。
『大体、お前らに四角い部屋の話をしたのも、シュンさんだろぉが!?
 四月に、ガクトさん派とマキさん派とフリーのお前を含めて、ノルマ持ち合いの会議しただろ!?
 その席の雑談で、四角い部屋の話しただろ?』
「おいおい、落ち着けって。何の話か分からないぞ。四角い部屋は今日初めて聞いたぞ」
確かに四月に会議をした記憶はある。
派閥間でノルマを分配し合うことにより、ノルマを達成できないという給金に影響を与えるリスクを減らすのだ。
もちろん、提供できる余裕ノルマがある派閥の発言力が強い。そしてそれは、大体の場面でガクト派だったりする。
派閥間ではこれで貸しを作ったりする。派閥の親は、派閥管理のためにも使う。
季節的理由で避けられない人員変動や、予見できない急な用事の時が重なった時に役に立つ。
『じゃあ何で今日俺がガクトさんと一緒にいたのか、説明できるか?』
「それはお前……」
何でだ?そういえば何でユウキはガクトさん派になったんだ?揉め事起こしたわけでも、拾われたわけでもない。
俺は良い。各派閥に影響力のある強力なコネを持っているから、基本的に派閥間移動はフリーだ。
ちょっかい出してくるヤツは表立ってはいない。今日のような催しも招待される。
しかし、ガクトさんの派閥に入って日が浅いはずのコネもないユウキが、
何故プライベートに近いこんなイベントに参加できるのか。
確か、確か、確か。

223鴨南そばさんシリーズ「四角い部屋」5ラスト:2014/10/07(火) 13:46:01 ID:N5E6U.uY0
『答えられないのか?教えてやるよ。それが四角い部屋の謎だ。
 俺はガクト派になった覚えはねえ。入店してからずっとシュンさん派だ。
 だけど、今の俺は何故かガクト派だ。説明できる理由がねえ。それを誰も不思議に思わねえ。
 矛盾だらけなんだよ。シュンさんが四角い部屋に向かってから。
 だから俺も行く。行って四角い部屋の謎を解く。
 おい、聞いてるか?リョウ?今八階だ。もうすぐシュンさんを助けられる。よっと、これであと一階』
「待て、言ってる意味が分からない。取り合えず戻れ、もっとちゃんと説明してくれないと分からない。
 シュンって誰だ?何でその人が四角い部屋に行くことになったんだ?
 何でシュンって人が四角い部屋に行ったこと知ってるんだ?」
『もうちょっと待ってろ、もう着く。よし』
「おい!?止めろ!!」
『……くそ、完全ってこういうことかよ。確かにカンゼ――』
「おい!?返事しろ!冗談にしてはタチがわりぃぞ!!!」
ユウキの電話が切れた。いや、切れていない。
電話を掛けてすらいない。音がなくなっただけだ。
通信が切れた後の音や、通話時間を示すものもない。ただの待ち受け画面になっている。
リダイヤルのページを開いても、僕が最後に電話を掛けたのはガクトさんになっている。掛かってきたのもガクトさん。
電話帳にもメール受信・送信欄にもユウキの名前はなかった。
何だこれは。

マンションに到着する。急いでボタンを押す。
チンと音を立てドアが開くと、中の蛍光灯が点いた。エレベーターには誰も乗っていなかった。
prr
ガクトさんだ。
「はい」
『おう、ついでに箱ティッシュとペリエ買ってきてよ』
「すいません。ユウキと連絡が取れなくなってしまって」
『ん?ユウキ?誰?』
「え……。いや、今日一緒に……」
『何?遅いと思ってたら知り合いにでも会ったのか。いーよいーよ。友達は大切にしな。
 だけど上司にもちょっぴり優しくしてくれると、睡眠時間と共に君への感謝が増える』
「ガクトさん、あの、シュンって人知ってますか?」
『誰?同業?』
「いや、知らないならいいです」
『じゃ、頼んだ』
「すいません!あと一つ!四角い部屋って知ってますかっ!?」
『おいうるせぇって。眠いんだから耳元で叫ばないでくれよ。
 四角い部屋?はあ?部屋なんて大概四角だろ?なぞなぞ?』
「いや、完全に四角い部屋です」
『何だよ、その完全な四角って。意味わかんねえ。いいから早く来いよ、お待ちかねだぞお姉さま方』
その声と共に、リョウちゃ〜ん、と甘い声が複数響く。
しかし心は躍らなかった。

終わり

224鴨南そばさんシリーズ「迷子」1:2014/10/07(火) 13:47:10 ID:N5E6U.uY0
車で旅行に行った話。

僕にバイトを斡旋してくれた先輩と夏休み旅行に行った。
当時、念願のクルマを購入した僕は、ドライブに行きたくてしょうがなかった。
「じゃあ俺の実家行くか?」
そう言った先輩に僕は二つ返事で飛びついた。
道中は特に何もない。ただ、移動距離が飛行機クラスだった。
夜の11時に出発して、着いたのが朝過ぎ。もうアホかと。
先輩の家族はものすごく良い人たちだった。
先輩はきっと拾われた子なんだろう。または遺伝子操作で生まれたんだろう。
受験生の妹もいた。先輩の妹だけあって凄く可愛かった。どうやら兄・先輩・妹の三兄弟らしい。
「手を出したら殺す」と、半ば本気で言われる。
「先輩がシスコンとは意外でした」と言ったら、みぞおちに蹴りをいただいた。ナイスキック。

ここから本題だ。
状況はたったの二文字で表すことができる。『迷子』だ。道に迷った。

事の発端は、滞在二日目に先輩が「良い所教えてやるから行くぞ」と言ったことだ。
妹ちゃんともっとお話していたかった。だが、僕が妹ちゃんにべったりなのでやきもちを妬いたのか。
先輩の気持ちは分からないが、僕を外に連れ出した。

囲炉裏のある温泉宿みたいなところに連れて行ってもらう。
そこで昼食の他に、蜂の子(?)と、ツグミ(?)を食べさせてもらった。
どちらも凄く珍しいものと聞いたのだが、グロテスクすぎて食べるのに勇気がいる。
思い出としては懐かしいが、今出されて食べる自信はない。
そこは先輩の古くからの知り合いの店だったようだ。
先輩のことを「タクちゃん」と親しげに呼んでいた。

温泉にも入り、囲炉裏でタバコを吸いながらまったりしていた。
先輩が「サトさん」と、入ってきた人に声を掛ける。
「おお。お前久しぶりだな、こんな所に何の用だよ」
「サトさんご無沙汰です。今、後輩を連れて帰省中なんです」
「もっと顔出せよ、まあいいや。親父さん元気か?」
「元気ですよ。あ、コイツ後輩のマサシです」
「こんにちは。先輩にはいつもお世話になっています」
「嘘つけよ。お世話してんだろ?」
「……はい」
その後、サトさんを含めて三人で雑談。
サトさんは長身でスラリとしていて、声が太く、口が悪い人だった。
だが、凄く感じのいい人だ。先輩が懐くのも分かる。
面倒見の良い渋いイケメンとでも言えばいいのだろうか。
建築関係のリース業をやっていると言っていた。実は当時は良く分かっていなかった。
その日は休みだから釣りに来た模様。
「先輩、僕たちも行きましょうよ」
「明日な、今からじゃ遅いわ」
サトさんにそのポイントを教えてもらう。

225鴨南そばさんシリーズ「迷子」2:2014/10/07(火) 13:47:45 ID:N5E6U.uY0
次の日の早朝から家を出た。
そして、お待ちかねの帰り道。道に迷う。
先輩が調子に乗って、上流へ上流へと登って行く。
さあ帰ろうと言う時に、現在位置が分からなくなった。
先輩の地元とはいえ山奥。道順など知らないだろう。
もちろん、山を甘く見た僕たちがGPSなど持って行っている訳がない。
「ここどこですか?」
「分からん、ヤバイな」
「まあ道路ありますから、まっすぐ行けばどっかに当たりますよ」
「だな」
道路に上がり歩いた。
しかし、相当な時間歩いてもどこにも着かない。それどころか、看板すら見えない。
段々暗くなってきた。
休憩と称して、ガードレールに腰掛ける。
タバコに火をつけながらふと有名な怪談を思い出す。
「そういえば、オイテケ掘りとかありましたね」
「ああ、なんかの昔話だろ?」
「今の状況それじゃないっすか?」
「荷物になるし、置いてくか」
「オイテケ掘りだけに?」
「オイテケ掘りだけに」
ナイロン製の魚の入った魚篭やえさ箱を道路の脇に置き、釣竿やタモなどの小道具もそこに置いていった。
一応、電話番号と名前と後日取りに来る旨を書いた物を添えて。
オイテケ掘り云々よりもかさばって歩き辛かったのがメインの理由。
持って行かれてもいいや、そんな気持ちだったのは内緒だ。借り物なのに。

それから更に歩いた。
幸いなことに疲れもほとんど感じない。
緩い下り道が続いていたので、何も考えずに歩いた。何とも無計画な行為。
クルマが来たら乗せてもらおうと思っていたのだが、それも叶わず。

三時くらいに道に迷ったのを先輩が認め、今が夜の八時。五時間以上も道を歩いていることになる。
時速5キロで歩いているとしても、距離にして25キロ。
いくらなんでも、看板やクルマの往来のある道路に出てもいいはずだ。
しかも、ここはちゃんと舗装されている道路。山の中で迷っているのとはわけが違う。
月明かりがあるので周りが分かるくらいの光はあるが、辺りは真っ暗。街灯はほとんどない。
「先輩。これ、本格的にやばくないっすか?」
「俺も思った」
「いや、遭難ですよこれ」
「そうなん、ですか」
コイツ、ダメだ。
「電波あります?」
「おお。バリバリ。電話するわ」
「もっと早くしてくださいよ」
「そう、そう。うん。じゃあ迎えに来てって言って。
 え?いや、分かんない。●●川の上流沿いの道路にいるんだけど、場所はちょっと分かんないや。
 そう、近くに来たら教えて。はい、じゃあね」
「先輩。妹ちゃんですか?」
「おお、何で分かった?」
「シスコン」
「うっせ」
「どうする?待つか?それとももうちょっと歩くか?」
「まあ、こんな所で待つのもカッコ悪いし、歩きますか」
「だな」

226鴨南そばさんシリーズ「迷子」3:2014/10/07(火) 13:48:32 ID:N5E6U.uY0
しばらく歩く。
多分30分くらい。時間の感覚など既にない。
「おい。あれ見ろ」
先輩が小声で僕に囁く。
道路下の川を指差している。
「何かいますか?」
「何だあれ?」
カカシ?木にしては妙に白い。
「何ですかね?流木が岩に引っかかってるんじゃないですか?」
「動いてるぞ。生き物だろ?人か?」
「ちょっと細すぎないすか?人にしては」
「おい、あっちにも居るぞ」
先輩の言うとおり、川の中にその白く細いものが何匹か立っていた。
どうやら川の中から出てきているようだ。
「ちょっと幻想的ですね」
「ああ、なんかキレイだな」
そんなことを二人で言いながら、段々増えてくるその白いのを見ながらタバコを吸っていた。

ppp先輩の電話が鳴る。
「うん、今どこ?え?置いたけど、そうそう、いや、今ちょっと面白いのが見えてるからそれ見てる。
 え?クルマ通らなかったぞ?じゃあ下ってきて」
「どうしました?」
「釣竿とかは見つけたけど、場所分からないんだとさ」
「そうなんすか」
「一本道なんだがなぁ」

二人でその白いのが静かに増えるのを見ていた。今ではそこかしこにいる。
川の中に溢れるほどの大群。ゆっくりゆっくり下流に向かっているようだ。
「なあ、もうちょっと近くで見ねえ?」
「僕もそれ言おうと思ってたんですよ」
美しい。そういう風に覚えている。
月の光かどうかは分からない。その白いのに埋め尽くされて、川全体が発光しているようにも見えた。
吸い込まれていきそうな魅力がそこにあった。

pppppまただ、急な電話の音は頭にくる。
「はい、え?おお、サトさん。いやいや酔ってないです。今ですか?道に迷っちゃって、ちょっと面白いの見てるんですよ。
 それです!そうです。川の中にしろい…」
『それを見るなっ!!!』
ケータイを通して僕にも声が聞こえた。
『おい!今どこだ!?』
「わかんないです。道に迷ってんですって」
『じゃあ、その白いのはどっちに向かってる!?』
「ああ、下流方向〜?ですね」
『じゃあ上に向かえ!いいか!?道を登れ!!』
「街とは反対ですよ、それだと」
『いいから言うこと聞け!!ぶっ殺すぞ!!!』
「どうしたんすか?なんかサトさん怒ってません?」
「わかんね、すっげえ怒ってる」
『お前、言うこときかねえんだったら、妹ちゃんにアノことばらすぞっ!?』
「何すか先輩?アノことって?聞きたいっす!」
「おい、上行くぞ」
先輩の目つきが変わった。
「えええ、登るんですかぁ、疲れますよ〜」
足をどかりと蹴られた。登山用のブーツで攻撃力も倍増だ。
「うるせぇ、行くぞ」

五分も歩くと、上から先輩の親父さんの運転するクルマがやってきた。
後少し待てば来たじゃないか、とブツクサ思っていた。
川を見ても白いのはもう居なくなっていた。普通の山道の川だ。

僕は車に乗り込むと、もの凄い疲れを感じた。
先輩も同じだったようだ。家に着いたら風呂にも入らずそのまま寝てしまった。

227鴨南そばさんシリーズ「迷子」4ラスト:2014/10/07(火) 13:49:19 ID:N5E6U.uY0
翌日の早朝、先輩に叩き起こされた。
サトさんが出社前に僕たちを訪ねてきたという。
「お。無事だったか」
サトさんは昨日の電話越しとは違って、とても優しく笑う。
「いや、本当にすいません。昨日帰った後寝てしまって、着信気付きませんでした」
「気にすんな。あれ見たら最低でも二,三日寝込むらしいからな。若いってのは偉大だ」
「何なんですか?あれ?」
「ああ、なんか白ヤマメとか言われてるな」
「結構有名なんですか?」
「地元でそこそこ山に入るやつなら、一回は聞いたことがあると思うぞ」
「キレイでしたけどね」
「……お前。まあ、いいか」
「何ですか?気になりますよ」
「……本当に、キレイだったのか?」
川の中に立つ白いカカシ。
細すぎるけど人間っぽい形はしてた。足はぴっちり閉じてたな。ってかゆっくり跳ねながら進んでた。
良く分からないけど、手?妙に細い腕はあったな。プラプラ揺れてた。
目と口の部分に空洞。空洞?ごとりと落ち窪んだ穴。
長くて白い髪?ボサボサの。枯れたリュウノヒゲみたいな。
もちろん服は着てない。
骨ばっているというより木の皮みたいな肌。
それが川を埋め尽くすほど大量に。わさわさと溢れんばかりに。
何だこれ?何がキレイなんだ?
「なあ、本当にキレイだったか?」
「……いえ、今思い出すと、……気持ち、悪いです」
「まあ神隠しの一種なんだろ。変な所に入り込んじまうんだ。お前のテンションもわけ分からなかったからな」
「すみません。無礼でした」
「だから気にすんなよ。誰でも一時的にちょっと気が狂うもんらしいんだ」
そういえば、あんなに長い間歩いてた割には、二人とも異常に楽観的だった。
先輩の性格なら、自分が遭難の原因だろうと絶対僕に当り散らす。迷ってから一発も殴られなかった。
何よりいくら下りとはいえ、何時間も歩いていて疲れないわけがない。休憩にしたって、タバコを吸うぐらいだ。
何より飲み物もないのに、のども渇かなかった。
気が狂う、か。そういえば先輩優しかったなぁ。
「無事ならいいんだ。あんまり無茶すんな」
サトさんは、時計を見ながら僕たちに言った。時間が迫ってきているようだ。
「じゃあ最後に一つ」
「おお、何でも聞け」
「何であんなのがヤマメなんですか?魚ってよりもカカシですよ?」
「ヤマメは漢字で、『山女』って書くんだよ」
ぞくり。背中に汗が線を描いた。

終わり

228名無しさん:2014/10/17(金) 10:50:31 ID:DE6lauo.0
ホラテラ無くなったんだよね。

残念m(。≧Д≦。)m

229名無しさん:2014/10/31(金) 10:23:16 ID:kZan/lBs0
懐かしいなw
蟹風呂って確かここ出身だよね

230名無しさん:2014/11/03(月) 20:55:23 ID:o.vNxu0o0
誰だよw

231名無しさん:2015/04/09(木) 03:42:33 ID:86ppwZAA0
ホラーテラー懐かしいわ
初コメハンター2号で活躍してたけど覚えてる

232名無しさん:2015/06/14(日) 22:36:19 ID:Vzfw3lvo0
ホラテラ懐かしいわ
無くなったんだよね

233名無しさん:2015/07/06(月) 18:06:12 ID:gDT12DB60
雪山とビデオテープって
Samuel Hopkins AdamsのThe Corpse at the Table
ほぼそのまんまなんだけど…

234名無しさん:2018/09/17(月) 20:45:17 ID:LTHrItvQ0
テスト

235名無しさん:2018/09/22(土) 09:44:56 ID:NT/VTf1M0
Hvgjcっヴ

236名無しさん:2019/02/11(月) 03:03:40 ID:Ya4.csHY0
終電を逃した夜、お腹が痛くなって公園のトイレにかけこんだ。静かでなんか不気味な感じがする中、隣の個室に誰か入ったような音がしたのだが――。
夜飲食店でバイトしてた頃、
残業してたらいつもの電車に間に合わなくて、
途中の寂れた駅までしか帰れなかった時があった。
その日は給料日前日で全然金なくて、
始発出るまで公園で寝てたんだけど、
寒さで腹壊しちゃってトイレに行ったの。
そしたら、少しして隣の個室に人が来たんだけど、
何か電話しながら入ってきたみたいで話が聴こえた。
外からは車の音とかするんだけど、
トイレの中かなり静かだから、
相手側の声も微妙に聴こえたんだ。
「ん?うん、分かってるって。あはは!あ、ごめんごめん。何?」
『 ・ ・ なった ・ ・ いつか ・ ・ 』
「あぁ、そーだなー。大丈夫だって。気にすんなよ。え?おう。ぁははっ!やだよ。なんでだよ!ふふ。うん。そーなの?」
『たしか ・ ・ かけ ・ ・ し ・ ・ 』
「そうだっけ?おう ・ ・ あー、そうかもしんね。わり!ちょっと待ってて」
で、トイレから出ようとした時、はっきり相手側の声が聴き取れた。
急に怖くなり駅まで走って、
駅前で震えながらシャッターが開くのを待ってた。
ただ物凄く気味が悪くて怖かった。
思い出すとまだ夜が怖い。

237雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ:2019/08/21(水) 19:19:03 ID:UJan4.Pk0
大学時代の山岳部の先輩の話

その先輩がとある尾根を進んでいると
向こうからおそろいの黄色い装束を着た修験者が10人ばかり
二列になって疾走してくる
足元は草鞋履きで手に錫杖を持っている
先輩があっけにとられて見ていると
そいつらは先輩の前まできて道中笠をぽーんと放った
するとどの修験者も信楽焼のタヌキの顔をしている
修験者達は「ホッホッツホ- エサホッツホー」と叫んで足元の悪い場所で1回転すると
いっせいに消えたという

238名無しさん:2020/04/14(火) 03:50:53 ID:2fQ5uIB.0
受験勉強のため
部屋で猛勉強していたら、
夜中の2時頃に部屋のドアをコンコンとノックされた。
「○○、夜食持って来たから、ドア開けなさい」
って、母親が言ってきた。

(ドアにはカギがかかってる)

でも○○は、ちょうど勉強に区切りの
いいところで休憩したかったので、

「そこに置いといて、お母さん」って、言ったらしい。
そしたら、お母さんがそのまま階段をトントン降りていく音が聞こえた。
それから3時頃になって、また、お母さんがドアをノックして、
「○○、おやつ持って来たから、ドア開けなさい」って、言ってきた。
でも○○は、「おやつなんて別にいいよ」って、答えた。
そしたら、「うるさい!いいからここ開けなさい!!開けろっ!開けろぉ!!!!」って、急に怒鳴り出したらしい。
○○はビビって開けようとしたんだけど、なんだか嫌な予感がして、開けなかった。
そしたら、今度は涙声で、
「お願い・・・○○・・・ドア開けてぇ・・・」って、懇願してきた。 でも、開けなかったらしい。
そのまま10分ぐらい経ったあと、

「・・・チッ」

って、母親が舌打ちして、階段をトントン降りて行った。
でも、それからすぐに○○は思い出したんだと。
今、両親は法事で田舎に帰っているということに。
あの時、ドアを開けていたらどうなっていたかと思うと、
○○は震えたそうだ。

(終)

239名無しさん:2020/04/14(火) 05:08:41 ID:2fQ5uIB.0
拝観料
せっかくの連休なので歴史好きな親父と一緒に寺院巡りの旅行に出た。

一泊二日の予定で初日は有名所を見て回った。

やはり生で見る大仏は迫力が違う。

二日目はガイドマップを見ながら比較的小さめなお寺を巡る。

とある寺院の前に来たが親父が「あれ?ここは案内に載ってないな」と不思議がっていたが、行動派な父は山門から中へ入っていった。

俺も続いて中へ入るが何だか変な感じだ。何とも言えない空気?と言ったら良いのか。親父は気にしてないようでズカズカ参道を歩いていく。

他に参拝客は居ないようだ…

真正面の本堂に入ってみる。静まり返っている…住職も誰も居ないようだ。

何よりおかしいのは有るはずの本尊が無い。親父も首を傾げている。

右手側にある廊下から奥へと進んでみる。

迷路の様な通路になっていて所々何やら文字が書かれているが読めない。

さすがの親父も気味が悪くなってきたのか足早になった。

240拝観料:2020/04/14(火) 05:09:17 ID:2fQ5uIB.0

ようやく長い通路を抜けてさっきの場所に戻ってきたが、何かが違う…

仏像だ!さっきは無かったのに…

憤怒の表情をしているので明王の仏像だろう、何故か目を閉じているが。

たしか仏像の意味って「目覚めた者」だったはず!

頭の中が?だらけになり親父に「とりあえず出よう」と言おうとしたが親父も同じ考えだったようで目で合図し急いで本堂を出た。

その時

「お待ちなさい」

突然後ろから声がかかり俺は心臓が止まるかと思った。が、親父は冷静に声をかけてきた住職らしき人に「すいません、拝観料が必要でしたか?」と切り返す。

しかし住職は「拝観料はもう頂きましたので結構です。お気をつけてお帰り下さい」と無機質な声で言い意味深な笑顔を向けてきた。

俺たちは「失礼しました」と言い寺院を後にした。

変な気分になったので次は気分転換にガイドマップに載っている由緒ある寺院に向かった。

241拝観料:2020/04/14(火) 05:09:47 ID:2fQ5uIB.0

その寺院は先ほどとは打って変わり賑わっておりホッと安堵できた。
「こんにちは」
また後ろから声がかかるが今度は優しい声だった。
振り返ると『良い人』の模範のような住職さんが居てこう続けた
「どうやらあなた方は良くない場所に招かれたようですね」
俺たちは驚き先ほどの事を話してみた。
「恐らく拝観料として取られたのは寿命だと思われます。」

「このまま放っておく訳にもいきませんので、そこへ案内してもらえますか?」
「せっかくの旅行が大変な事になったな」と苦笑いの親父。
先ほどの寺院へ着いた
「あれ?こんなにボロかったっけ?」
外観もだが、参道も草が生い茂っていた。
まるで狐に化かされたようだ。
住職さんは連れてきたお弟子さん数名と共に本堂を囲むと何か念仏を唱えだした。
数分後…どうやら終わったみたいだ。
「これで大丈夫です」
住職さんはそう言うと本堂の中へ入って行き中の様子を見て戻ってきた。
「目が彫られていない仏像がありました。恐らくアレがここを廃寺にした元凶でしょう。私共の寺に移し手厚く祀りましょう」

そうして俺と親父の旅行が終わった。
あれが元気だった親父との最後の思い出か…
あの住職さんの寺が火事で全焼と風の噂で聞いた

最近よく幻聴を聞く

無機質な声で

「お待ちなさい」

「命を置いていきなさい」

242女の存在を知らせること:2020/04/16(木) 05:07:43 ID:o.Sh1KJQ0
女の存在を知らせること
* この話を読む前に次のことをしてくれるとうれしいです。

1、 左足のすねを触ってください。

2、 触ったまま目を閉じて「篠原」という名前を頭のなかで呼んでください。

3、 同様のことを左の薬指と小指にも行ってください。

以上のことを行った方から下にお進みください。

なお、かなりの長文ですが区切らず、話を進めていこうと思います。

今から8年と10ヶ月前のことです。当時、高校3年生だった僕は富山の立山というところに住んでいました。桜もほとんどが散り、とても暖かい一日でした。

受験シーズンに入ろうとしていましたが、僕はただダラダラと過ごしていました。

高校を卒業した後、実家の弁当屋の手伝いをすることに決めていたからです。周りもそんな奴らばっかりでした。僕の学校はレベルが低く、ガラの悪いのが当たり前みたいな感じでした。僕自身も髪の色は茶色でした。

友達のIとHとは中学からの親友でした。

カツアゲみたいなことはしなかったけれどバイクに乗ったり(当時、無免許でした。)、タバコ吸ったりはしていました。

「明日、遊びにいかん?」といってきたのはHからでした。ちょっと遠くにいかんけ、と。富山には、遊べるほどの場所がほとんどありませんでした。あってもパチンコくらいです。「どこに行くが?」と聞くと、Hは「村。」と一言いいました。

「なん、実はそこで肝試しやろっかな・・・って思って。いや、女子とかも誘うし!」と付け加え、行こう、と言ってきました。

243女の存在を知らせること:2020/04/16(木) 05:09:30 ID:o.Sh1KJQ0
正直、楽しくなさそうだなと思っていましたが。女子もくるなら・・・ということでそれに応じました。Iはかなり乗り気でした。「俺、写るんですもって来る!」みたいなことを言ってたような気がします。

「じゃあ俺、女子誘うわ。」といってHが右足の義足を引きずりながら。女子のところに歩いていきました。

Hの右足はひざから下がありません。本人は「バイクで事故った。」と言ってました。

結局、集まったのはIとHと僕、女子が3人の計6人。電車を乗り継ぎ、2時間くらいかかりました。「マジで合コンみたい。」「やっば楽しくなってきたんやけど。」といっていました。

Hがいうには普通の村だけどそこで幽霊がでるらしいのです。

といっても怖さは全然ありませんでした。ただのお楽しみ会のようでした。

村ではほとんどが田んぼですが、ポツリポツリと明かりがついてました。まさに「田舎」という感じです。いく当ても無くただ歩いていました。遠くから人が話している声も聞こえてきました。

なんかおかしいな、と思い始めたのはそれから5分くらい経ってからでした。

女子が「なんか気持ち悪い。」とか「歩きたくない。」といい始めました。なんの冗談だよ、マジでうぜえな、と思っていた僕ですが、だんだんと目眩がしてきました。キーーーンと耳鳴りもしてきています。

このときはまだ余裕がありました。Iは「幽霊来るって。まじカメラもって来てよかったし。」と笑っていたと思います。

244女の存在を知らせること:2020/04/16(木) 05:12:25 ID:o.Sh1KJQ0
ふいに、自分達が歩いているとこがアスファルトから、砂利道に変わったことに気がつきました。あれ?と思い周囲を見渡します。女子の一人が「どうしたん?」と声をかけてきました。

村の雰囲気がおかしかったのです。

邪気とかそういう意味ではなく、なんとなく古くなっていました。昭和の村というか、タイムスリップしたみたいでした。

女子もなんか古いよね、といい始め。Iもカメラを撮り始めました。

目をやると酒屋だと思われるところに「キリンビール」とかいてあるポスターも貼ってありました。その横にはビール瓶とそれを入れる籠が置いてあります。

家からはテレビの音が聞こえてきます。昔の音というか、独特の音楽が流れてきました。

ここまでくるとさすがに不気味になってきて誰からともなく「引き返そう。」というようになってきました。ところがHは「もう少しだけ進もう。頼むから、もう少しだけ。」といってどんどん進んでいきます。

このころから僕はHに疑問をもつようになりました。これまでHは一言もしゃべってないし、適当に歩き回っているはずなのに「もう少しだけ進もう。」と僕たちに言ったりしたり。あきらかにHは「目的をもって」行動していまいした。ただそれは、今だから考えられることであのときは「なんか怖いな、H。」ぐらいにしか思っていませんでした。

245女の存在を知らせること:2020/04/16(木) 05:13:27 ID:o.Sh1KJQ0
Hは右足を引きずって黙々と進んでいきました。

民家からは「東京ブギウギ」が流れてきていました。

Hの動きがある家の前でピタッと止まりました。「H、帰る気なったん?」と女子が聞いてきました。くるっとHが僕たちを見回しました。Hが僕たちを見る目には哀れみが混ざっていました。Iが「なに?ここが幽霊でるとこ?」と勝手に入って行きます。女子も入っていきました。それに続いて僕とHも門をくぐりました。

表札には「篠原」と立て掛けられていました。その家は他の家と違って電気はついていませんでした。

庭から物音がすることに気付いたのは女子の一人でした。勝手に入ってたら怒られるな、と思って出ようとすると、Hが「あっちに行こう。」と言い出しました。「ふざけんなや。」IがHに向かっていいましたが。女子やHはすでに物音のする方向に向かっていて、Iも僕もしぶしぶそこに歩を進めました。

そういえば、人に会うのこれがはじめてかも・・・と思っていましたが、真夜中だしこんなものだろうかと思い、気にしませんでした。

庭を少し歩くと人がいました。「第1村人発見じゃね?」とIが僕にいってきます。あれは幽霊じゃねえだろ、と考えながらHに尋ねました。

Hの顔が異常でした。鼻息はフーフーと荒く、汗が傍目からでも分かるほど流れていました。足が震え始め、次第には歯を鳴らすようになりました。

246女の存在を知らせること:2020/04/16(木) 05:14:35 ID:o.Sh1KJQ0
Hの目線に合わせて頭をスライドさせてもそこには後ろ向きにかがんでいる人がいるだけ。かがんでいる人は古い花柄のワンピースを着ていて、肩にかからないほどのパーマをかけていました。この人も昭和みたいだな。というのが第1印象でした。

その女の人は右手を振りかざし、そのまま目の前の地面に手刀よろしく右手を振り落としていました。そして、女の人の向こうにはマンホール4,5個分くらいの穴がぽっかりと開いていました。正直、明かりもついてなかったので、女の人がなにしているのかわかりませんでした。穴にもなにがあるのかさっぱりです。

黙々と作業している女の人を後ろから眺めている6人の男女。

隣の家からは、「りんごかわい〜や〜かわいやり〜ん〜ご〜」とかなんとかと歌っている女の歌手の声。

なんだこれは、と一人で苦笑していると突然女の人の周りが明るくなりました。その後にパシャっというカメラのシャッター音。「ああ、まちがってIがカメラを押しちゃったんだな。」と理解する前に僕の頭のなかは目の前の光景に引き付けられました。

女の人の右手には大振のナタがあり、光りでなぜか赤茶色に反射しました。それよりも息を呑んだのは穴の中の光景でした。

一瞬の光りでも僕の目はそれを認識しました。バラバラの手が、足が、指が、胸が、破れた服が、大きい額縁めがねが、頭皮が、髪の毛が見えました。それもいくつも。真っ赤な斑点が無数にとびちり、真っ赤な臓器のようなものも見えた気がします。女の足元には先ほど切ったであろう体が千切れかけで転がっていました。

247女の存在を知らせること:2020/04/16(木) 05:15:49 ID:o.Sh1KJQ0
全身の毛穴が開くような感覚がありました。手が足が震えてきました。唐突にHが門に向かって走りだしました。右足がないとは感じさせないほどはやく、ずり、ずりと。後ろにいたHがいきなり走り出し、僕は顔を後ろに向けました。目線がHに向いていく中、僕の視界は端に女の姿を捉えました。ゆらりと女は立ちあがって体は小刻みに揺れています。

ぎゃああああ。

女子の一人が叫んだのが合図になりました。

女は回転切りをするように体を半回転させました。右手にナタをもって、関係の無い左手も思い切りふり上半身だけをまず回し、次に下半身を動かす歪な動き方で。ナタは叫んだ女子のこめかみを捕らえました。女の動きに合わせて女子の体も動きます。シュトっという子気味よい音と同時に女子の叫びもぷつりと切れました。

ナタと一体となった女子は不自然な格好でその場に突っ伏しました。このときには僕やIや女子は走り出していました。

4人の精一杯の合唱も息ピッタリに重なり合いました。「えぐっ。」と呻き声をだして女子の一人が体は走っているのに頭だけは女に引き寄せられていました。見ると長い髪の毛をわし掴みにされ引っ張られていました。僕は顔を前に戻し、走り続けました。女の子を見殺しにしました。あのときは恐怖が頭のなかを占めていてそれどころではなかったのです。

「やめっ、ああああいいいい!!!」女子が叫び、泣き出しました。叫び声をあげている途中もシュトン、シュトンとナタを振り落とす音が聞こえてきました。

僕とIと女子一人の三人は一気に砂利道を駆けていきました。

248女の存在を知らせること:2020/04/16(木) 05:16:42 ID:o.Sh1KJQ0
先頭を走っていた女子が方向を変え、明かりのついている家の戸を叩き「助けてくださいぃ!!」とドンドンと引き戸を叩き始めました。引き戸を開けようとすると、スーーっと戸が開き、力を入れていたため、女子は多少よろけています。それでも玄関に転がっていくようにして入っていきました。僕もその家に入りました。「助けったすっ。」と掠れながらも必死に声を出しました。Iは一瞬足を止め、躊躇っていましたが、別の方向へと走っていきました。

なかの風景も異常でした。オレンジ色の豆電球が上からぶら下がっているだけ。ちゃぶ台には味噌汁や焼き魚、おひたしが並んでいました。テレビはサザエさんの家にあるような大きなテレビで、ふすまや座布団もありました。

でも人がいません。そこから人だけが消えたよでした。僕はそんなこと気にもせず、「誰かっ。誰か。」と声を出し続けました。涙声で鼻水をズルズルとすっていました。僕と女子は顔を見合わせます。「誰もいない・・・。」一体どうなっているのかわかりませんでした。

ガラガラガラガラ・・・

心臓が飛び出るのではないかと思いました。

誰かが戸を開けて入ってきました。Iだろうか?それともこの家の人だろうか?と思っていましたが、女子は顔を強張らせてこっちをみています。あの女だ。

反射的に押入れに手をやりました。押入れの中は新聞紙が敷いてあるだけでした。僕は女子そっちのけでなかに入ります。それに続いて女子も。すっと閉め、息を殺しました。

その直後ぎしぎし・・・と足音が聞こえてきました。脂汗が吹き出てきます。しばらくぎしぎしと音が鳴り。辺りを探していました。よく聞くと「ほほほほほほほっほほほほほほほほほほほほほほほほほ・・・。」と笑っているような声が聞こえました。女の人の金きり声のようでした。ドクドクと心臓が高鳴ります。ふいに、物音がしなくなりました。女の声も聞こえません。無音になりました。僕は女子の顔をみようと顔を上げました。

「そこかぁ。」

249女の存在を知らせること:2020/04/16(木) 05:18:38 ID:o.Sh1KJQ0
シュッと戸が開き、向こうから腕が伸びてきました。手は血で赤く染まっていました。その手は女子の首を掴み居間へと引きずり出しました。「いやああああああああああぁぁああ。」と叫ぶ声が聞こえます。

僕は咄嗟に押入れから飛び出しました。彼女を助けるためではありません。今なら逃げ出せる、と思ったからです。

中腰のまま僕は飛び出ました。女は僕に気付き、「あはっ。」と笑い声を出しました。そこで女の顔を僕はのぞいてしまいました。顔色は薄い灰色で返り血や電球のオレンジ色で変な抽象画をみているようでした。唇は不自然な程潤っていて、異常なほど口端を吊り上げていました。目は明らかに焦点があっておらず、半分白目のようでした。口からは「ほほほほほ・・・」と空気の漏れるかのような音をだしています。

女は左手で女子の首を抱え、右手のナタを僕に向かって振り下ろしてきました。

シュト

目の前に芋虫のようなものがくるくると飛んできました。なんだあれは、と目をこらすとそれは指でした。状況が判断できず、それでも逃げようと左手を床についたとき、いつもある左手の小指と薬指がなく、代わりに飛び散った血がありました。

「びゃぁああうううう・・・。」情けない声を出して僕は畳を転げ回りました。全身の毛が逆立ち、耐え難い苦痛が僕を襲いました。心臓が早鐘をうっています。それでも僕は左手を押さえながら、必死に玄関に向かいました。

250女の存在を知らせること:2020/04/16(木) 05:20:14 ID:o.Sh1KJQ0
「いやっいやだぁああ!ああああああ!」と必死に叫ぶ声と食器をひっくり返す音を背後に聞きながら僕は玄関を出ました。誰でもいいから助けてください。自分の血が服につき、涙と汗で顔がグシャグシャになっていました。

来た道を必死に思い出し走りました。あああああと叫び声を上げていました。砂利を踏む音がアスファルトに変わっていったのは走り出してしばらくしてからのことでした。

ここから後は記憶が飛んでいて、次に思い出せるのは病院で目をさましたところからです。

あのとき、通りかかった人が血だらけにいなりながら泣き喚いている僕を見つけ、近くの労災病院に運んでくれたらしいです。両親は警察に被害届を出しておらず、(普段でも家に帰ってこないことは日常茶飯事でした。)両親が病院に駆けつけたのは僕が目を覚まして両親の名前と住所を言ってからのことでした。

次第に落ち着いてきた僕は起こったことを医師や両親に話しました。肝試しをしにここに来たこと。歩いていたら、景色が変わっていったこと。ナタを持った女が襲い掛かってきたこと、女子3人が見ているかぎりもう死んでしまったこと。僕がこのことを喋ったことで始めて事件としてみてもらえるようになりました。

しかし、5人のうち、女子3人の遺体は発見されず、行方不明者扱いになってしまいました。Iの行方もいまだに分かりません。おそらく女に見つかってしまったのではないかと思います。

251女の存在を知らせること:2020/04/16(木) 05:21:08 ID:o.Sh1KJQ0
しかし、Hだけは、自宅にもどり、今回の事件のことを話さないでいたとのことです。目を覚ましてから2日後、Hが僕の病室を訪れました。

「○野(僕の名前)お前に話しておきたいことがあるんやけど・・・。」Hは第一声にこう切り出した後、「とりあえず、助かってよかった。」といいました。

Hのどの言葉がカンに触ったのかはよく分かりませんが、一気に頭に血が上りました。「おんまえ!なにがよかったじゃボケが!てめえがさそわんけりゃこんなことにならんかじゃこのだぼが!」他にも汚い言葉をHにぶつけたような気がします。Hは黙って聞いていて僕が1通り言い終えると「実は。」と言い出しました。

ここからはHがいったことを簡単にまとめたことを書いていきます。

実はHはあの場所に行くのは2回目だということ。

高校に入る前に地元の先輩に誘われて、社交辞令的な感じでいき、同じように景色が変わり始めたこと。

「篠原」という家に連れて行かれ、同じようにナタを持った女に襲われたこと。

そして先輩の1人が止めようとして腹を切られてしまったこと。

残りの先輩たちと命からがら逃げたこと。

252女の存在を知らせること:2020/04/16(木) 05:21:46 ID:o.Sh1KJQ0
そしてこの肝試しを考えた先輩がこういってきたこと。

「あの女からは絶対に生き延びられない。女は自分を知っている奴らの四肢を少しずつあの世界から奪いに来る。そしていつかは手足の無くなった俺の首を落としに来るだろう。」

「ただ、あの女から殺される時間を少しだけ延ばす方法がある。それはあの女の存在を知らない奴にあの女のことを記憶させること。」

「女は自分のことを知っている奴らを無差別に殺して回っている。裏を返せば、あの女の存在を1人でも多くの人間に記憶させれば、自分が四肢をもがれる可能性が少なくなる。」

「俺は前にも同じ目に会ってあの女の存在を知らされてしまった。俺は少しでも死ぬ可能性を低くするため、お前らにあの女を記憶させた。お前らも少しでも生きたかったら、あの女の存在を他の誰かに知らせてくれ。」

253女の存在を知らせること:2020/04/16(木) 05:22:34 ID:o.Sh1KJQ0
そしてその4ヶ月後、Hはバイク事故という形で右足をもがれたこと。

事故にあったときその女が視界の端にみえたこと。

そしてあの女が自分の右足を掴んで笑っていたこと。

そのことに恐怖を覚えたHは仲間である俺たちにもあの女の存在を知らせようと思ったこと。

僕はただ唖然としていました。Hは「すまん。」と短くいうと席を立ち静かに去っていきました。外では鶯がないていました。

この話は上でも話したとおり、9年近く前の話です。あのときから僕は今までのことは忘れようと考え、生活してきました。退院してからなんとか学校にはいこうとしたのですが、休みがちになり、結局、中退という形をとりました。

そのあと、通信制の学校に入り直し、弁当屋を手伝いながら、勉強していました。1年前僕は階段から落ち、打ち所が悪かったのか左足を骨折しました。

そして階段から落ちるさなか、階段の上から異常な程に唇をつりあがらせたあの女がいました。入院を余儀なくされた僕は左足にギプスをつけ、通信制の高校の勉強をしていました。

254女の存在を知らせること:2020/04/16(木) 05:23:23 ID:o.Sh1KJQ0
入院してから左足が熱を持ち始めて痛みを持ち始めたため、医師に頼んでギプスを外して診てもらうと僕の左足はすねから下が腐っていました。切断を余儀なくされました。あの女に左足を持っていかれた。そう思いました。そして、Hと同じ考えを持つようになりました。誰かにあの女の存在を教えてやろうと。

ここで一番上の「お願い」について話していきたいと思います。

左足と左薬指、中指は僕があの女に「持っていかれた」部位です。やってくださった方はこれで僕がどこを切断したかを確認していただけたと思います。

次に、僕はこの話をできるだけ「細かく」「詳しく」書きました。それは少しでも読者の方々にあのときの描写を想像してもらおうと思ったからです。

つまり、皆さんにもぼくの「あの女についての記憶」を共有してもらい、僕が次に四肢を失う確立を少しでも下げようということです。本当に申し訳ありません。

身の保身のためだけに今回書かせていただきました。

しかし、これを書いていて安心している僕もいます。せめてもということで皆さんのところにあの女がくることが無いように祈っています。

255霊柩車:2020/05/04(月) 03:07:13 ID:I8iUchik0
Kさんという若い女性が、
両親そしておばあちゃんと一緒に住んでいました。

おばあちゃんは
もともとはとても気だてのよい人だったらしいのですが、
数年前から寝たきりになり、
だんだん偏屈になってしまい、
介護をする母親に向かってねちねちと愚痴や嫌味をいうばかりでなく

「あんたたちは私が早く死ねばいいと思っているんだろう」

などと繰り返したりしたため、
愛想がつかされて本当にそう思われるようになりました。


介護は雑になり、
運動も満足にさせて貰えず、
食事の質も落ちたために、
加速度的に身体が弱っていきました。

最後には布団から起き出すどころか、
身体も動かせず口すらもきけず、
ただ布団の中で息をしているだけ
というような状態になりました。

はたから見ていても
命が長くないだろうことは明らかでした。

256霊柩車:2020/05/04(月) 03:07:47 ID:I8iUchik0
さてKさんの部屋は2階にあり、
ある晩彼女が寝ていると、
不意に外でクラクションの音が響きました。

Kさんはそのまま気にせず寝ていたのですが、
しばらくするとまた音がします。

何回も何回も鳴るので、時間が時間ですし、
あまりの非常識さに腹を立ててカーテンをめくって外を見ました。

Kさんはぞっとしました。

家の前に止まっていたのは
大きな一台の霊柩車だったのです。
はたして人が乗っているのかいないのか、
エンジンをかけている様子もなく、
ひっそりとしています。
Kさんは恐くなって布団を頭から被りました。
ガタガタとふるえていましたが、
その後は何の音もすることなく、
実に静かなものでした。
朝になってKさんは、
両親に昨日の夜クラクションの音を聞かなかったかどうか尋ねました。

二人は知らないといいます。

あれだけの音を出していて気づかないわけはありませんが、
両親が嘘をついているようにも見えないし、
またつく理由もないように思われました。

257霊柩車:2020/05/04(月) 03:10:02 ID:I8iUchik0
朝になって多少は冷静な思考を取り戻したのでしょう、
Kさんは、あれはもしかして
おばあちゃんを迎えに来たのではないかという結論に至りました。
彼女にはそれ以外考えられなかったのです。
しかし、おばあちゃんは相変わらず「元気」なままでした。
翌日の夜にも霊柩車はやって来ました。
次の夜もです。
Kさんは無視しようとしたのですが、
不思議なことにKさんが2階から車を見下ろさない限り、
クラクションの音は絶対に鳴りやまないのでした。

恐怖でまんじりともしない夜が続いたため、
Kさんは次第にノイローゼ気味になっていきました。

7日目のことです。

両親がある用事で
親戚の家に出かけなくてはならなくなりました。

本当はKさんも行くのが望ましく、
また本人も他人には言えない理由でそう希望したのですが、
おばあちゃんがいるので誰かが必ずそばにいなくてはなりません。

Kさんはご存じのようにノイローゼで
精神状態がすぐれなかったために、
両親はなかば強制的に留守番を命じつつ、
二人揃って車で出ていきました。

Kさんは恐怖を紛らわそうとして
出来るだけ楽しいTV番組を見るように努めました。

おばあちゃんの部屋には恐くて近寄りもせず、
食べさせなくてはいけない昼食もそのままにして
放っておきました。

さて両親は夕方には帰ると言い残して行きましたが、
約束の時間になっても帰って来る気配がありません。

258霊柩車:2020/05/04(月) 03:11:14 ID:I8iUchik0
時刻は夜9時を回り、やがて12時が過ぎ、
いつも霊柩車がやって来る時間が刻一刻と迫ってきても、
連絡の電話一本すらないありさまなのでした。
はたして、その日もクラクションは鳴りました。
Kさんはそのとき1階にいたのですが、
間近で見るのはあまりにも嫌だったので、
いつもの通りに2階の窓から外を見下ろしました。
ところがどうでしょう。
いつもはひっそりとしていた車から、
何人もの黒い服を着た人達が下りてきて、
門を開けて入ってくるではありませんか。
Kさんはすっかり恐ろしくなってしまいました。
そのうちに階下でチャイムの鳴る音が聞こえました。
しつこく鳴り続けています。
チャイムは軽いノックの音になり、
しまいにはもの凄い勢いでドアが

「ドンドンドンドンドンドン!」

と叩かれ始めました。

Kさんはもう生きた心地もしません。

ところがKさんの頭の中に、

「もしかして玄関のドアを閉め忘れてはいないか」

という不安が浮かびました。

考えれば考えるほど閉め忘れたような気がします。

Kさんは跳び上がり、
ものすごい勢いで階段をかけ下りると
玄関に向かいました。

259霊柩車:2020/05/04(月) 03:12:50 ID:I8iUchik0
ところがドアに到達するその瞬間、
玄関脇の電話機がけたたましく鳴り始めたのです。
激しくドアを叩く音は続いています。
Kさんの足はピタリととまり動けなくなり、
両耳をおさえて叫び出したくなる衝動を我慢しながら、
勢いよく受話器を取りました。

「もしもし!もしもし!もしもし!」

「○○さんのお宅ですか」

意外なことに、
やわらかい男の人の声でした。

「こちら警察です。
実は落ち着いて聞いていただきたいんですが、
先ほどご両親が交通事故で亡くなられたんです。
あのう、娘さんですよね?
もしもし、もしもし・・・」
Kさんは呆然と立ちすくみました。
不思議なことに
さっきまでやかましく叩かれていたドアは、
何事もなかったかのようにひっそりと静まり返っていました。
Kさんは考えました。
もしかしてあの霊柩車は両親を乗せに来たのでしょうか?
おばあちゃんを連れに来たのでなく?
そういえば、
おばあちゃんはどうなったのだろう?
その時後ろから肩を叩かれ、
Kさんが振り返ると、
動けない筈のおばあちゃんが立っていて、
Kさんに向かって笑いながらこう言いました。


「お前も乗るんだよ」


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