したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

ホラーテラー作品群保管庫

211くらげシリーズ「蛙毒 下」4:2014/07/12(土) 16:21:52 ID:7TU1mP.c0
振り返ると、すぐ後ろにくらげが居た。全く気付いていなかったので、ほんの少しどきりとした。
「……脅かすなよ」
私の言葉に、くらげは何度か目を瞬かせて、「ごめん」と言った。
私は辺りを見回す。この庭には他に見るべきものは無いようだ。
入ってきた門を見やる。門にはインターホンのようなものはついていなかった。
次いで、私は家の玄関に視線を向けた。
「どうするつもり?」
くらげが言った。
私は答えの代わりに、にっ、と笑ってみせる。
結果的に見るだけじゃなくなってしまったが、気になるのだから仕方が無い。
「中に居るかな」
辺りに人の気配は無いが、もしかしたら中で寝ているのかもしれない。
玄関の前に立つ。門と同様、チャイムのようなものは無い。
手のひらで扉を二度軽く叩く。
もし老人が家に居るなら、少しだけでも話を聞きたいと思っていた。
あの蛙の入ったペットボトルは、本当に呪具の類なのか。
尤も、素直に話してくれるとも思っていなかったが、帰る前に本人の顔くらいは拝んでおきたかった。
返事は無い。やはり出かけているのだろうか。
「すみませーん」
中に向けて声をかける。やはり返事は無い。
もう一度声を上げようとしたとき、私はふと、何か妙な匂いを嗅いだ気がした。
据えた匂い。家が古いからなのだろうか、微かに漂ってくる。
特に顔をしかめるほどではなかったが、私がその匂いを嗅いで真っ先に感じたのは、何ともいえない嫌悪感だった。
蛙の死骸を見たときよりも、無数のコオロギが詰められた水槽を見たときよりも、はるかに強い嫌悪感。
この扉を開けてはいけない。
警告が頭の隅をよぎる。
けれども私は、殆ど無意識に玄関の取っ手に手を伸ばしていた。私を動かしていたのは好奇心だ。
私はまるで傍観者のように、自分の腕が戸をあけようとするのを眺めていた。
私の腕を誰かが掴んだ。
その瞬間、短い夢から覚めたかのように意識が鮮明になった。
振り向くと、そこにはくらげが居た。
彼は私をじっと見やると、ゆっくりと首を横に振った。
そのまま腕を引っ張り、玄関から引き離そうとする。
「おい……」
思わず声を上げる。
くらげは立ち止まり、私の方を振り返った。
そして、腕を掴んでいる手とは逆の手を持ち上げると、その手のひらを上にしてこう言った。
「雨が降ってきたよ」
ぽつり、と体のどこかに水滴があたった。雨だ。灰色の空から小粒の雨が降ってきている。
「……帰ろう」
くらげが言った。
彼は相変わらずの無表情だったが、腕を掴むその力は意外なほど強かった。
私は一度、後ろを振り返る。古ぼけた家は相変わらずそこにある。
ただし、雨が降っているからか、それとも別の理由か、
私の目にはその家が先程よりも明らかに、古く、黒ずんで、歪んでいるように見えた。
私は目を閉じ、大きく息を吸って、吐いた。
あの戸には鍵が掛かっていた。そう思うことにした。
「……帰るか」
くらげが私の腕を離す。その様子は、どこかほっとしているようにも見えた。
二人で門を出る。
自転車に跨ろうとすると、何者かの視線を感じた。辺りを見回すも、誰も居ない。
そこにはただ、透明な檻に閉じ込められた蛙の死骸が、無表情に私たちを見つめているだけだった。
「帰ろう」
立ち止まっている私に向かって、くらげがもう一度言った。
私は黙って頷き、ペダルに乗せた足に力を込めた。

私たちの街へと帰る間、小雨は強くもならず弱くもならず、ずっとぱらぱらと降り続けていた。
そしてまた、そんな雨を喜ぶかのような「……っく、……っく」という微かな蛙の鳴き声が、
自転車をこぐ私たちの後ろを、どこまでも、どこまでもついて来ていた。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板