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オリロワ2014 part3

1名無しさん:2018/01/14(日) 01:05:46 ID:/mu.QANY0
ここは、パロロワテスト板にて、キャラメイクの後投票で決められたオリジナルキャラクターでのバトルロワイアル企画です。
キャラの死亡、流血等人によっては嫌悪を抱かれる内容を含みます。閲覧の際はご注意ください。

まとめwiki
ttp://www59.atwiki.jp/orirowa2014/pages/

したらば
ttp://jbbs.shitaraba.net/otaku/16903/

前スレ
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/14759/1416153884/

参加者(主要な属性で区分)
0/5【中学生】
●初山実花子/●詩仁恵莉/●裏松双葉/●斎藤輝幸/●尾関裕司
2/10【高校生】
●三条谷錬次郎/●白雲彩華/●馴木沙奈/○新田拳正/○一二三九十九/●夏目若菜/●尾関夏実/●天高星/●麻生時音/●時田刻
0/2【元高校生】
●一ノ瀬空夜/●クロウ
0/3【社会人】
●遠山春奈/●四条薫/●ロバート・キャンベル
0/3【無職】
●佐藤道明/●長松洋平/●りんご飴
1/3【探偵】
●ピーリィ・ポール/○音ノ宮・亜理子/●京極竹人
0/3【博士関連】
●ミル/●亦紅/●ルピナス
1/3【田外家関連】
○田外勇二/●上杉愛/●吉村宮子
0/5【案山子関連】
●案山子/●鴉/●スケアクロウ/●榊将吾/●初瀬ちどり
0/2【殺し屋】
●アサシン/●クリス
0/6【殺し屋組織】
●ヴァイザー/●サイパス・キルラ/●バラッド/●ピーター・セヴェール/●アザレア/●イヴァン・デ・ベルナルディ
2/3【ジャパン・ガーディアン・オブ・イレブン】
○氷山リク/●剣正一/○火輪珠美
0/3【ラビットインフル】
●雪野白兎/●空谷葵/●佐野蓮
0/2【ブレイカーズ】
●剣神龍次郎/●大神官ミュートス
2/6【悪党商会】
○森茂/●半田主水/●近藤・ジョーイ・恵理子/●茜ヶ久保一/●鵜院千斗/○水芭ユキ
1/8【異世界】
●カウレス・ランファルト/●ミリア・ランファルト/○オデット/●ミロ・ゴドゴラスⅤ世/●ディウス/●暗黒騎士/●ガルバイン/●リヴェイラ
0/5【人外】
●船坂弘/●月白氷/●覆面男/●サイクロップスSP-N1/●ペットボトル
1/2【ジョーカー】
○主催者(ワールドオーダー)/●セスペェリア

【10/74】

2名無しさん:2018/01/14(日) 01:06:08 ID:/mu.QANY0
【基本ルール】
全員で殺し合いをしてもらい、最後まで生き残った一人が勝者となる
生き残った一人だけが元の世界への生還と願いを叶える権利を与えられる
ゲームに参加する参加者間でのやりとりに反則はない
ゲーム開始時、参加者はスタート地点からテレポートさせられMAP上にバラバラに配置される
参加者全員が死亡した場合、ゲームオーバー(勝者なし)となる

【スタート時の持ち物】
参加者があらかじめ所有していた武器、装備品、所持品は全て没収(義手など体と一体化している武器、装置はその限りではない)
参加者は主催側から以下の物を支給される。
「デイパック」「地図」「コンパス」「照明器具」「筆記用具」「水と食料」「名簿」「時計」「ランダムアイテム(個数は1〜3)」
「デイパック」支給品一式を収納しているデイパック。容量を無視して収納が可能。ただし余りにも大きすぎる物体は入らない。
「地図」大まかな地形の記された地図。禁止エリアを判別するための境界線と座標が引かれている
「コンパス」安っぽい普通のコンパス。東西南北がわかる
「照明器具」懐中電灯。替えの電池は付属していない
「筆記用具」普通の鉛筆とノート一冊
「水と食料」通常の飲料と食料。量は通常の成人男性で二〜三日分
「名簿」全参加者の名前が記載されている参加者名簿
「時計」普通の時計。時刻が解る。参加者側が指定する時刻はこの時計で確認する
「ランダムアイテム」何かのアイテムが入っている。内容はランダム
          参加者に縁のあるアイテムが支給されることも

【「首輪」について】
ゲーム開始前から参加者は全員「首輪」を填められている。
首輪が爆発するとその参加者は死ぬ(不老不死の参加者であろうと例外なく死亡する)。
主催者側はいつでも自由に首輪を爆発させることが可能。
首輪には自動で爆破する機能も付いている。
自動爆破の条件は「一定時間死者が出なかった場合(参加者一人の首輪がランダムで爆破、現在は3時間がタイムリミット)」
及び「地図のエリア外か指定された禁止エリアに一定時間侵入していた場合」。

【放送について】
6時間ごとに会場全体で放送が行われる。
過去6時間に死亡した参加者(死亡順)、新たな禁止エリア、残りの参加者数が発表される。
指定されたエリアは放送による発表から2時間で禁止エリア化する。

【作中での時間表記】(深夜0時スタート)
 深夜:0〜2
 黎明:2〜4
 早朝:4〜6
  朝:6〜8
 午前:8〜10
  昼:10〜12
 日中:12〜14
 午後:14〜16
 夕方:16〜18
  夜:18〜20
 夜中:20〜22
 真夜中:22〜24

【予約について】
予約期間は5日。
一回以上作品が通っている書き手のみ2日間の延長が可能。

【予約破棄後の再予約について】
予約を破棄した場合、他の書き手が破棄したキャラを予約するか、別のキャラで作品を投下するまで、
破棄したキャラの再予約をすることはできない。
再予約は不可能だが、まだ他の書き手に予約されていなければ作品の投下は可能

3悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:21:53 ID:/mu.QANY0
前スレからのつづき投下します

4悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:22:34 ID:/mu.QANY0
「では――――――行くぞ」

足音とは思えぬ甲高い音を立て地面を蹴る。
それを迎え撃つように、劈くような風切音が上がった。
漆黒の右腕が触手のように蠢き、残像すら置き去りにして少年を切り刻まんと襲い掛かる。
空間すら切り裂かんとする幾重もの刃の鞭を前にしながら、少年は顔色一つ変えなかった。

「ったく、片目じゃ距離感掴みづれぇナっとォ…………!」

音速を超える鞭の先端を紙一重で避ける。
紙一重。だが余裕を持った刹那の見切りによる紙一重だ。
まるで未来予知のような精密さで一切の無駄なく適切に的確に。

受けは崩しであり同時に攻撃である八極の合理。
地面に叩き付けられた刃の鞭を横合いから激しく弾き飛ばすと、すっと右踵を浮かせた。

それは八極拳の動きの起点だ。
攻撃を予期し、次の動きを見逃さぬよう森が目を見開く。
だが、次の瞬間、悪党が身をくの字に曲げる。

気付けば、すでに掌打が腹部に突き刺さっていた。
注視していたはずなのに、気づけば懐に忍び込まれている。
音速戦闘にすら対応可能なモリシゲが捉えられないどころか、反応すらできない。

「ぐぅ――――――ッ」

痛みはないが肺を圧迫され呼吸が乱れる。
浸透勁が通っている。
そうなるとこれは非常に拙い。
何せダメージの度合いが分からない。
外傷や骨折は分かりやすいが無痛症である森には自らのダメージを計るすべがない。

悪威を過信しすぎたのか。否。悪威は万全である。
多くの規格外生物を屠り去ってきた三種の神器に隙などあるはずもない。

悪威の万能耐性は戦艦砲すら真正面から受け止める。
それこそ世界を滅ぼす攻撃すら無効化してきた。
その悪威が、ただの体術などに後れを取るはずがない。
だが、この目の前で起きている事実はどうか。

漆黒の腕をドロリと溶かし液状化させた悪刀を振るう。
固体でも気体でも届かぬなら、その中間、液体ならどうか。
浴びせかけられた液体は回避も防御も不可能である。

瀑布のような刃の飛沫に飲み込まれんとする拳士は片足をすっと振り上げた。
地面を強かに踏むと、発破でもかけられたように地面が爆ぜ大量の土泥が舞う。

刃の液は土の壁に飲まれ、その身には届かない。
この拳士は液体すらも阻むのか。

だが、その足元。
地中より水が染み出る様に分離させた悪刀の一部が音も無く飛び出した。
真正面から振るった刃は囮。狙うは右目の死角である。
完全に知覚不可能な襲撃。

それを達人は何事もなかったように首を傾けるだけで躱した。
視覚でも聴覚でもなく、別の何かを読んでいる。
だがそれを云うのなら森とて百戦錬磨の戦士だ。
一線を退いたとはいえ数多の戦場を超え、数多くの規格外生物を葬ってきた。
しかし、これほどの先読みなど出来ようはずもない。

「お前さんは人を見てねぇのさ」

森の心中を読んだような言葉。
同時に、今だ落ち切らぬ舞い上がった土塊の間を縫って、正中線に並ぶ人体急所に吸込まれるように打が飛んだ。
拳撃は金的、肘撃は丹田、靠撃は鳩尾へ。
大型獣すら屠り去る一撃の連打。
小兵の打撃に巨体が大きく宙を舞う。

「ま、无二打に拘りを持ってる訳じゃぁねぇが、ここまで来ると傷つくねぇ。やっぱ仕掛けはその服かぃ?」

モリシゲの健在を確認してそうぼやく。
打ち込んだ打は幾度か。
二の打ち要らずと謳われた拳もこれでは泣こう。

だが、屈辱であると言うのなら森も同じだ。
悪威がなければ、とうに数度は死んでいる。
あらゆる善悪を知り尽くし、数々の規格外生物を葬り去ってきたこの大悪が、ただの体術に翻弄されるなど誰が思おう。

悪刀は当たらず。
悪刀ですら捉えられない相手に悪砲も当たるまい。
残弾は1発。博打に出るには分が悪すぎる。

5悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:23:14 ID:/mu.QANY0
「そうだね、侮っていたわけじゃないが、認識を改めよう。人間の五体はそこまで至れるのか」

人のまま己が五体を練り上げた達人の技量。
それは兵器に頼った森とも、人を捨て去った龍次郎とも違う。
規格外の怪力を持った怪物とはまるで違う強さの質だった。

「なに、これでもまだ頂には至らぬ身さ。未熟未熟」

正義でも悪でもない。
目的のために力を求めるのではなく。
ただひたすらに己を磨き練り上げることそのものを目的とした狂気。

人を破壊する事だけに特化した、世界を破壊する事ない人間と言う規格内の怪物。
悪威の抗体リストには世界を焼き尽くす炎や全てを切り裂く刃は登録されていても、達人の拳などというデータは入っていない。
こういう怪物もいる、という事だ。
規格外の怪物ばかりに目を向けていたからその足元を掬われた。

森茂の人生が世界を壊す怪物を倒すために捧げた56年だったとするならば。
この拳は人体を効率よく破壊するために四千年練り上げられた拳。
人と人との戦いとなれば勝てぬのは道理である。

「だが、――――――――」

だが、その道理を覆してこその森茂だ。
勝てぬのらば勝てる手段を作り出すまでである。
そしてその手段は既に完成しつつある。

魔拳士が構える。
悪威の特異性に気付いたからには狙うべくは漆黒の悪威に守られていない頭部だ。
身長差から狙いを付けるのが困難であるが、上背の相手に対する技も当然存在する。
この域に達した達人に捨て技など無い。
放つ全てが一撃必殺に足る絶招である。

流れる様に拳士が駆ける。
踏み込みは突風その物。
風の動きを予期できないように、意を消した動きは人の知覚を凌駕する。

制空権にて放つ絶招。
人の首など容易く吹き飛ばす一撃が無防備な頭部へと襲い掛かった。

だが、しかし。
森はその一撃を回避した。
これまで反応すらできなかった敵の動きに、ここに来て始めて対応した。

想定を変えたのだ。
ただの体術だとは思わず、時間や空間を吹き飛ばす異能使いの相手だと想定して対応する。
事実はどうあれ結果としてそうなるのなら森にとっては変わりない。
達人は初見でも、そう言う類の相手ならばむしろ得意分野である。

身を躱した悪党は反撃の拳を振りかぶる。
漆黒を固めた悪刀の拳

しかしその一撃は両腕と体全体で描く円、大纏に包みとられる。
そのまま一足で背後に回り込まれ、背中合わせとなった。
両手を広げた様から鳳凰双展翔と呼ばれる反撃技。
高めた勁を背に叩きこまれる。

「む――――っ」

不可解さを示す声は、攻撃を受けた方ではなく、攻撃を放った方から漏れた。
その手応えに違和感を感じた。
否、違和感自体は初撃から感じていた。
その違和感が徐々に強まってきている。

森は幾分か吹き飛ばされたものの、遂に倒れることなく体勢を立て直した。
拳正はその違和感を払拭すべく、追撃に奔る。

迎え撃つ裏拳を避け懐に入り込むと、双手による双撞掌で相手の胸部を強かに打つ。
敵を貫くその衝撃はしかし、相手を僅かに一歩、後退させるに止まった。

6悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:23:54 ID:/mu.QANY0
「おいおい…………さすがにこいつぁ」

打が通った感触がない。
体勢の崩れもなく、森はすぐさま反撃に転じ鍵爪のように変化した腕を振り下ろした。
だが近接戦の技量は次元が違う、その反撃は捌くに容易い、が。

「――――達人の拳、堪能させてもらった。だが、それもここまでだ」

悪党は宣言する。
ここから先、八極の打は通らない。

悪威は学習する。
未知の衝撃に対しても自動学習により闘いながら耐性を構築していく。
耐性が出来上がるまで相当なダメージが蓄積されただろうが、まだ動けているのだから森の勝ちだ。

モリシゲがこれまで何と闘ってきたと思っている。
未知の攻撃をしてくる相手など珍しいことではない。
そんな相手と戦ってきたのだ。
そんな相手から勝ち続けてきたのだ。
これまでも、これからも。

「そうかい? ここからだろ」

自身の研鑽を科学に否定されながら、拳士は変わらず揺らがず積み上げた八極の構え。
耐性など知ったことか。
すべきことなど一つ。
ただ打ち抜くのみ。

達人が集中に息を漏らす。
だが、その集中が僅かに乱れる。
何か幽霊でも見た様に目を見開き、目の前の森以外の何かを見ていた。

この領域の戦いにおいてそのような油断は致命的だ。
致命的だからこそ、そのような隙を目の前の達人が見せるなど信じがたい。
それだけの何かがあるのかと、森の思考が至った時。

「―――――よう」

直後、森の背後からの声がかかった、
そして振り返るよりも早くその頬が強かに殴り飛ばされた。

「ッ…………誰だ!?」

咄嗟に受け身を取りながら、体勢を立て直す。
完全に虚を突かれ、躱す事が出来なかった。

見事な一撃だった。
目の前の相手に集中していたとはいえ、森に悟られずに背後をとれり、警戒していた頭部に一撃をくれられるほどの使い手。
そんな人間は世界中を探してもそうはいない。
この会場の生き残りに限るのなば、さらに絞られ片指ほどもないだろう。

「頭部ががら空きだよ。悪冠(あっかん)がないのだから気を付けないと」

皮肉ったらしい声が聞こえる。
言葉の通り、頭部を護る悪威の補助パーツ悪冠がなくては絶対防御としては片手落ちだ。
三種の神器の存在のみならず補助パーツまで知っている人間もまた限られる話なのだが。

「まったく…………冗談きついねぇ」

それは、強面の大男だった。
深く刻まれた目じりの皺に威厳を感じさせるような口鬚。
温和なようでその奥底に刃のような鋭さを湛えた目つき。
傷だらけの体躯からは歴戦の勇者の貫録が窺える。
とても見慣れた、とてもなじみ深い男だった。

そこには――――森茂が立っていた。

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7悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:24:29 ID:/mu.QANY0
戦場を離れたユキたちが身を隠したのは小さな診療施設だった。
扉には鍵がかかっていたが、男が手をかざすと不思議と鍵が開き扉はすっと開かれた。
備え付けのスリッパに履き替えることもなく土足のままキィキィとなる薄い木の床を軋ませながら受付を通り過ぎる。
待合室を抜けて奥の診療室へと足を運ぶと、そこにはこの城の主が座っていたであろう丸い椅子と整頓され薬品やノート並べられた机があった。
そして部屋の片隅には、患者を寝かせる小さなベッドが置かれていた。
そのベッドの上へと抱えていた九十九をそっと寝かせる。

「鼻の骨が折れているようだ。道すがら応急処置はしておいたが、脳震盪も起こしているようだから無理はさせないようにね」

声をかけた方向からカタンという音が響いた。
フローリングの室内にローファーの足音を鳴らし、狭い診察室の入り口に立ち尽くす雪のような少女。
声をかけられても少女は俯いたまま。
暫くの沈黙の後、ようやくその口を開いた。

「どうして?――――お父さん」

付していた顔を上げる。
そこでようやく真正面から男の顔を見た。
厳つい顔に似合わぬ優しい目。
この目が悪党っぽくないからっていつもサングラスをしてたから、素顔は久しぶりに見た気がする。
その男は間違いなく森茂、その人だった。

「どうして、とは? 俺がここにいる事に対してかい? それともキミを助けたことかな?」

正直、そのどちらもだ。
移動している間に少しは頭も冷えるかと思ったが、考えが纏まらず混乱は増すばかりである。
拳正と闘っているはずの森がこちらにいるのは明らかにおかしいし、ユキを殺そうとした森がユキたちを助けるのもおかしい。
どう考えてもこの状況は、何もかもがおかしかった。

「そうだねぇ。まずはこの俺に関して答えようか」

混乱するユキを急かすでも突っぱねるでもなく。
絡み合った糸を紐解く様に、森はその疑問に一つ一つ答えてゆく。

「どうやら俺は増えたらしい。いや増えたと言うより分裂したの方があってるかな」
「分裂…………? …………あっ」
「どうやら心当たりがあるようだね」

俄かには信じがたい話だが、分裂と聞いてロバート・キャンベルに託されたナイフがそういう物だったことを思い返す。
そのナイフを九十九に預けたのは他ならぬユキだ。
九十九が森に切りかかったあの時、傷はつかずとも分裂体は生まれていた?

「俺がキミを助けた理由だが…………キミは俺の家族だ。家族を助けるのに、理由がいるかい?」

理由など必要ない。家族なのだから。
助け合うのは当たり前。
それは彼らの育った孤児院の理念である。
そうやって皆は育てられたのだ。

「けど…………ッ!」

だけどそれは違う。
つい先ほど否定された。
森は自らが優勝を目指すと公言しユキを殺そうとした。

「最初から、家族なんかじゃなかったッ…………それが真実だったのよ」

ロバートのノートに書かれた通りだ。
森にとってユキたち孤児院の子供達は道具だったのだ。
それが真実。

「それは違う」

だが違うとはっきりとした声が否定する。

「誓ってキミを、キミ達を愛している」
「…………嘘よ」
「嘘じゃない、本当さ」

その言葉に嘘はないと繰り返しのように告げる。
もう諦めたはずの心が波を打つ。
こうも心を揺さぶるのは森が稀代の詐欺師なのか、それとも本当に……?

「いいかいユキ。そもそもキミの知りたい真実とはなんだ?
 それは本当に君の求める真実なのか?」
「それは…………」

確かに、森がユキたちを利用しようとしていたとして、それでどうなるというのか。
森に悪意があれば全てが嘘になるのか。
新たな家族ができて、仲間出来て、親友と呼べる友達に囲まれ幸せだった。
それら全ても嘘なのか。

それは違う。
そうではない。

8悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:24:55 ID:/mu.QANY0
真実を知ろうとしたのはロバートの意思だ。
その死の原因となったユキにはその遺志を継ぐ義務がある。
だから追い求めようとした、何よりユキに関わることだ、知ろうとするのは当然の事である。
だけど遺志を継いだつもりでロバートの求めた真実とユキが求めた真実だって別のモノなのかもしれない。

自分は、自分たちは本当に愛されていたのか。
その愛は本物だったのか。
結局のところ、ユキが知りたかった真実はそれだった。
それが否定されてしまう事こそ何よりも恐ろしかったんだ。
だから最初から森はそれだけを答えていた。

「なら、あっちのお父さんはそうじゃないの…………?」

他の方法がなかった訳でもなく、生き残るためでもなく。
多くの手段からユキを殺す選択肢を選んだ。
だが残酷なその問いに父は優しく首を振る。

「いや。同じさ。あっちの俺もキミのことを大切に思っている」
「だったら…………! どうして………………?」
「君が大切だからこそ、殺さねばならない」

その結論がどうしても分からない。
生き残るためにそれしかないというのなら理解できる。
仕方ないと諦めもつくだろう。

だが、そうではない。
それではまるで、森がユキを殺したがっているようではないか。

「そう、それもまた真実だ。俺はキミを殺そうとしている」

同じ口で対極の真実を語る。
なにが真実なのかユキには分からない。
そもそも真実とは何だ。

「真実など追い求めたところで意味はないのさ。
 真実は一つではないし、別の真実で覆い隠されることもある。
 一つの真実だけで結論を得ろうなどとそれこそ無理な話だ」

真実ほど曖昧なものはない。
主観よって変わることもあれば、時や場合でだって変化する。
そんなものを追い求めても意味はない。

「重要なのは理解して受け入れ、自分の中でどういう意味を持つのか、何がベストなのかを決断する事だ」

ユキを殺そうとする森茂もまた森茂であり。
ユキを助けようとする森茂もまた森茂である。
そのどちらも嘘ではない。

どちらが正しいか、などという一枚岩の真実など存在せず。
どちらも正しいという、矛盾した真実があるだけだ。
一面を切り取りその人を理解することなど出来るはずもない。

「なら、せめて理由を教えて。どうして優勝を目指そうと思ったの…………?」

何事にも理由はあるはずだ。
特に、ユキのよく知る森茂という男は理由なく行動する男ではない。
森が本当に悪人だったとしても、騙されていたとしても、せめて納得がしたい。

「言ったろ、世界のためだ」

つい先ほど一二三九十九の問いに答えた通りだ。
この決断は誰のためでもなく世界のためである。

森の掲げる壮大な理想は悪党商会の上役ならば全員が知っていた。
悪党商会加護下の孤児院で育ったユキもまた理解している。
その為にユキ達全員の死が必要?

そうなると逆に分からなくなる。
自分を殺す事にそれほどの価値があるのか。

9悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:25:15 ID:/mu.QANY0
「世界のバランスを取るために、優勝しなくちゃいけないってこと…………?」
「少し違う。取り戻したかったのさ、俺は。この殺し合いはいい機会だった」
「取り戻したかったって、何を?」
「――――――決意をさ」

この世界には世界を捻じ曲げようと言う悪意がある。
その悪意から世界を守護らねばならない。
そう誓った、その決意を。

世界を守護る。それは人の身に余る偉業である。
人を捨てなければ大業は為らない。
故にモリシゲは捨ててきた。
情を、人間性を、不要なあらゆるものを捨ててきた。
そして世界を維持し続けてきた。
今こうして世界が成り立っているのは森のおかげであると言っても過言ではない。

「俺はこれまでそうやって来た。これからもそうするためにこれは必要な行為だ」

世界のバランスを取り永劫を管理する。
その為のナノマシン技術による延命計画。
肉体は体組織を作り替えれば維持できる、不老不死もいずれ遠くない未来に可能となるだろう。
だが、精神はそうはいかない。

つまるところ――――彼は疲れたのだ。
世界のため人間性を捨て続ける日々に。

最初から非人間であったのならばよかったのかもしれない。
だが彼は愛に満ちた男だった。
恋人を愛し、家族を愛し、仲間を愛し、隣人を愛する。
そんな当たり前の人間だったのだ。
そもそも彼が非人道的な人間だったのなら、こんな理想など持たなかった。

後継者の育成はもしもの時の保険と言う意味もあったが、この役目を譲り渡してしまいたいという弱さでもあった。
半田は優秀な技術者だったが人間性がまとも過ぎた。
恵理子は人間性を捨てれる女だったが世界の維持を任せるには過激な所があった。
茜ヶ久保は一番見込みがあったのだが、少し頭が悪すぎた。
詰まる所、得られたのはこの道を歩むのは森茂しかいないという結論だった。

やるしかないのならやるだけだ。
だが、家庭を作り、子を為し、孫も出来た。
人間的な幸福を得れば得るほど理想からは遠ざかる。
人の身で人の域を超えた理想は叶えられない。

何よりも許しがたかったのが。
そんな生き方も悪くないのかもしれない、などと言う考えが一瞬でもよぎった己自身だ。
許せなくて許せなくて許しがたい。
そんなことはこれまでの森茂が許さない。
切り捨ててきた全てのモノが許さない。

だからこそ、取り戻したかった。
そのためには、

「一番護りたい人(モノ)を壊さねば護れない理想(モノ)がある」

大切なモノのために大切なモノを切り捨てる。
それが森の決意だ。

「矛盾してるわ…………そんなの」
「そうだね」

だがそんなものだ。
そもそも人間は矛盾している。
清濁併せ持っての人間であり。
聖人にも憤怒があり、悪人にも慈悲がある。
一面を切り取りその人間を理解したなどとそれこそ傲慢だ。
世界にも人心にも善と悪があり全てはバランスが大切なのだ。

10悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:25:56 ID:/mu.QANY0
「だがそれでいいのさ。その矛盾を飲み込み、悪と知りながら悪を成す。
 故に我らは名乗るのだ――――悪党と」

一つの信念を錆びず変わらず長年持ち続けらるのならば、それは正真正銘の怪物だ。
あるいは、とっくに壊れているのか。

「さて、少し口を滑らせすぎたかか。あの娘に中てられたようだ」

ベッドに寝かした九十九を見つめる。
唯一使用したロバート・キャンベルが自分自身を分裂させるという例外的な使用法であったため表立つことはなかったが。
生み出された分身体は基本的に産み出した者の味方であり、僅かながらその影響を受ける。
その僅かが、こちらを選んだ森茂とあちらを選んだ森茂の行動を分けたのだ。

「滑らせついでに謝ってしまうと、キミの両親が死んだあの襲撃、あれは俺のせいだ。
 詳しくは言えないが、キミ達家族が襲われたのは俺の因果に巻き込まれたからだ。これに関しては恨んでくれてもいい」

散々心を乱してきたユキだが、その告白に対してその心中に意外にも驚きはなかった。
きっと心のどこかでそんな気はしていたからだろう。
たまたま襲われていたところに都合よく駆けつけるなんて、そんなことがあるはずがない。

「なら…………お父さんが私を気にかけてくれるのは、その責任を感じているから?」

それでも恩人であることには変わりなく、それに関して責任を感じていることは理解していたから。
責める気にも恨む気にもなれなかった。
ただ、注がれた愛が同情や責任によるものだったなら、それはあまりにも悲しすぎると言うだけで。

「いいや、違う。まるっきり関わりがないという訳ではないが、そういう責任からではないさ。
 家族に会いを注ぐようにキミに愛を注いできたつもりだ」

ギュッと両手で手を握りしめられる。
暖かい手。
大好きな、ユキにとって陽だまりのような手。
ユキに世界を教えてくれた温もり。

「俺は行くよ、あっちの俺を何とかしないと。キミはどうする?」

名残惜しくも、温もりが離れる。

「俺と一緒に戦ってもいい、ここで何もしないのもいいだろう。何だったらあっちの俺に味方するのもいい。
 何もかもキミの自由だ、自分で考えて好きにしたらいい」

ロバートの話、森の話、もう一人の森の話。
それらを知ってどうするのか。
何を考え、どういう答えを持つのか。
ユキの決断を、問うていた。
教え諭す父のように。

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11悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:26:33 ID:/mu.QANY0
「あんだテメェら、双子かぁ?」

眉にしわ寄せ少年が、訝しげな声を上げる。
それは奇妙な光景だった。
同じ顔をした男が、同じ声、同じ仕草で対峙している。
一卵性双生児であればそれもあり得るのだろうが、よもや生き別れの兄とここで出会ったいう事もあるまい。

どちらにも対処できるよう、それぞれを頂点にして三角形を描く位置へと距離を取る。
苦戦を強いられている中、同レベルの敵が増えたとなれば、さしもの達人とはいえ少々厳しい状況となるのだが。
ちらりと先程まで争っていた方の様子を窺うが、どうやら乱入者にこちら以上に驚いている様子である。
少なくとも味方の増援を待っていた、という雰囲気ではなさそうだ。

「…………君は、誰だ?」
「尋ねずともわかるだろう? 悪威を着ている以上、幻覚や幻影ではないという証明は成されている」

悪威の万能耐性は精神耐性まで含まれる。
逆説的に目の前の存在が夢幻でないという証明となっていた。

目の前に現れた『自分』を見る。
失ったはずの右腕も健在。
体の傷もかつて刻まれた古傷ばかり。
それはこの会場に来たばかりの森茂の姿その物だ。

幸いと言うかなんというか三種の神器まではないようだ。
と言うより衣服すらなく、加えて言うなら首輪もない。
体内ナノマシンを表面化させ、全身を黒い鎧で覆っているようである。

「クローン? それともコピーか、まさかドッペルゲンガーやスワイプマンという訳じゃあないんだよね?」
「さて、そんなことはどうでもいい事だろう」

その言葉の通りだ。
過程など意味がない。
こうして目の前に立ち塞がっていると言う事実の前には全てが無意味だ。

「俺が、俺の前に立ちふさがるのかい?」
「そういう事だね」
「俺なら俺のしようとしている事が理解できるはずだろう?」
「出来るとも。だが、お前にも俺が理解できるだろう?」
「……そうだね。その通りだ」

互いが互いを誰よりも理解している。
己の事なのだから当然だ。
どれほど頑ななのかだって嫌になるほど理解している。
その上で譲れないのだから、殺し合うしかないのだろう。

二人の森茂の間に剣呑な空気が流れる。
分身体は、さりげなく風上へ移動しており悪刀の粒子化対策も万全だ。
なにせ相手もモリシゲなのだ、当然のように三種の神器の特性も弱点も誰よりも理解している。

だが、足りない。
知識程度で覆せるほど、装備の差は小さくはない。
素手では完全装備たる三種の神器に及ぶはずがない。

「なにせ俺は凡才だったからねぇ。装備に頼るしかなかったのさ」
「そうだね、だからまあ今は、数に頼るさ」

拳正がザッと地面を踏み鳴らし、三種の神器を構える森へと向き直た。

「よくわからねぇが、そっちの色眼鏡のねぇ方は味方ってことでぇいいんだな?」
「そうなるかな。共闘はお嫌いかい?」
「いや、構わねぇさ」

本来の師匠の気質なら断っていたのかもしれないが、弟子はその辺に拘りがない。
勝利に対する認識の違いだ。
それがこの師弟の一番の違いである。
目の前に立ちふさがる二人を眺め、森がサングラスの奥の眼を細める。

「まったく次から次へと、何者かの意思を感じるねぇ」

学生三人を殺すだけの話が、いつの間にやら伝説の拳法家を相手取り、自分の分身まで出てくる始末だ。
雪だるま式に状況が悪くなる、まるで天の意志が自らを殺そうとしているようだ。
こうも想定外の邪魔が入るとそのようなものを感じざる負えない。

「……さて、そう言えばアイツ曰く俺は倒される側だったか。
 とするならば、アイツが望んでいるのはこういうものか。
 そうなると、誰のためのという事になるが…………まあいい」

得体のない思考を打ち切る。
あの男の目的など、探ったところで得るものなどない。
だが思い通りになるのも面白い話ではない。

「そう思い通りにいくと思うなよ」

ここにいない誰かに向かって悪態をつく。
確かに二人掛かりと言う点は脅威だが、既に悪威は達人の技を学習し、装備のない森茂は脅威ではない。

12悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:27:27 ID:/mu.QANY0
「そちらが二人なら、こちらも二人でいくまでだ」

言って。荷物の中らから首の消失した死体を引きずり出した。
一見すればただの猟奇死体だが、その死体が何であるのか、もう一人の森にはすぐさま理解できた。
何せよく弄った体だ、見覚えがあって当然と言える。
それは一億人に一人のナノマシン適合者、鵜院千斗の死体だ。

その死体の全身にふつふつと黒い斑点のような穴が開き始める。
まるで大量の虫に喰われていくように肉体が欠けて行き、最後には骨すら残らず消え失せた。

「おやおや。もったいないねぇ」
「そう言わないでよ。命あっての物種ってね」

ナノマシン適合者の死体。
元より研究材料としても持ち帰るつもりだった代物だが、見方を変えればそれはナノマシンの詰まった宝物庫であるという事だ。
その死体を悪刀によってバラバラに解体して体内に取り込めば、一時的なドーピングとして利用できる。
適合率と首輪による制限がある以上、パワーアップとはいかないが消費した不足分程度は補えるだろう。
そして、これだけあれば切り札が切れる。

「では、早々に終わらせよう。所詮君たちは俺にとっては前哨戦だ」

強敵に取り囲まれながら大胆にもそう言い放ち、森が左腕にはめ込まれた砲を構えた。
消滅砲『悪砲』
あらゆるものを消し飛ばすその一撃ならばなるほど早期決着にはうってつけだ。

だが、それはあくまでも当たればの話である。
どのような一撃であれ、来ると分かっているのならこの達人は躱す。
悪砲の特性を理解している森も同じく、そう簡単に当たりはしないだろう。

そんな事は砲撃手だって理解している事だ。
だというのに、ここで悪砲を構えたという事は。

「なるほど、いきなり切り札を切ろうという訳か」

もう一人の森がいち早くその意図を察する。
知識のない拳正には何が起ころうとしているのか分からないが、ただことではない気配は察せられる。
発動前に潰すか、引くか。
拳士の直感は後退を選んだ。

「賢明だ、あれに近づくのは旨くない」

同じく距離を取った森がそう評する。
瞬間、悪砲の引き金が引かれる。

だが、地を劈く爆発音は鳴り響かなかった。
漆黒の悪砲からは砲弾が放たれるのではなく、白く輝く刃が出現したのだ。

否。それは光り輝いているのではない。
そこには”何もない”のだ。
何もかもを消滅させ、闇すらも消滅させた結果、残った無が白く輝いて見えるだけ。

――――――消滅刀『悪無(アクム)』

悪砲による消滅砲を悪刀の刃で固定する。
悪威を着ていなければ使い手すら消滅に巻き込まれる、
消滅砲を固定する悪刀は常に消滅し続けているため、長くはもたない。
三種の神器が揃った時にしか使えない、正真正銘森茂の最強最後の切り札である。

全てを呑み込む白い闇。
その刀を中心として周囲の景色が歪む。
いや、それは歪みなどと言う次元ではない、空間が捻じれ曲がっている。

そして暴風が吹き荒れた。
周囲の風がその刀に吸い込まれて行き、その結果暴風が生まれているのだ。
もはやあれは顕現した奈落その物である。

「――――さあ始めようか」

子供くらいなら吹き飛ばしてしまいそうな暴風吹き荒れる中、悪党が開始を宣言する。
この程度の風で怯む二人ではないが、一瞬だけ出遅れた。
暴風を付き従え、先手を取って悪党が迫る。

狙いは拳正だ。
空間を歪ませながら斬撃が奔る。

だが、砲撃を捨て剣戟に出たのは悪手だろう。
近接戦ではこの魔拳士を上回ることなど不可能である。

13悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:28:23 ID:/mu.QANY0
とは言え、触れるものすべて消し去る消滅刀は防御はおろか受け流す事すら許さない。
選択肢はただ一つ避ける事だけ。
魔拳士は振り下ろされた斬撃の軌道を見切り、紙一重で身を躱す。
そして反撃へと転じようとした所で、その体がクンと消滅刀へと引き寄せられた。

「な…………ッ!?」

暴風に巻き込まれているからではない。
消滅した空間が損失を補填するように周囲を常に取り込み続けているのだ。
紙一重での回避では空間ごと巻き込まれる。

そう気付いた時にはもう遅い。
白い闇に引き寄せられる。
この刃に触れればあらゆる存在、それこそ剣龍龍次郎であれ消滅は避けられない。

だが、一瞬の後に巻き込まれんとする拳正の体が、横合いから蹴飛ばされた。
拳正と入れ替わる様にして、割り込んだのはもう一人の森だ。
その危険性をよく知る森は蹴り飛ばした反動で躱すが、完全とはいかず消滅に巻き込まれ僅かに皮膚の表面が剥げる。
赤い肉が露わになりそこからふつふつと血が沸き立つ。

だが直後。ボコボコと剥がれた皮膚の表面が泡立った。
傷口が塞がって行き、一瞬で修復され、黒い膜でおおわれる。

首輪がないという事はナノマシンの活動に制限がないという事だ。
三種の神器はなくともこちらのモリシゲには人の域を超えた異常再生がある。

「ああっ。俺ってメンドクサイなぁ…………ッ!」
「まったく気が合うね、俺もそう思うよ……ッ!」

そう言いながら、もう一人の森は引く。
反撃したところで悪威は越えられない。
今の森にはダメージを与える術がない。

ダメージの通る可能性があるのは二つ。
一つは悪威を避けた無防備な顔面への攻撃。
これは相手側も理解しており、常に強く警戒しているため難しい。
消滅刀の存在によりその難易度はさらに上がった。
相手が森茂ともなれば不可能ともいえる。

そしてもう一つは達人の打。
悪威の耐性にすら存在しない領域の武。

先ほど蹴り飛ばされた拳正はすぐさま立て直しており、どころか攻撃は既に完了していた。
冲捶を牽制として、本命たる肘打を打ち込む。
猛虎硬爬山。かつて李書文が牽制にて敵を屠り、无二打と謳われる元となった絶技である。
だが、しかし。

先ほどは一歩引かせた。だが今度は遂に一歩たりとも動かなかった。
まるで打撃を巨大な釈迦の腕に掠め取られたような手応え。
体勢の崩れない相手から反撃の刃が飛ぶ。
空間ごと食い破るその斬撃を、達人は先ほど同じ愚を犯すことなく大きく身を引いて躱した。

「おっと、流石に君には当てづらいねぇ」

お互い無傷の痛み分け。
体術においては達人の技量は圧倒的であり、モリシゲをしても捉えるのは難しい。
その事実は変わらない。
だが、この攻防で勝敗はどうしようもなく決定づけられた。

学習は完全に完了した。
もはやこの先、どう間違っても八極拳は通らない。

こちらからは何をしてもダメージは与えられず、向こうの攻撃は掠っただけでも一撃死。
これでは勝負として成立していない。
地上最強の達人と裏世界を牛耳る悪党の現身の二人がかりですら戦いにすらなりはしなかった。
三種の神器を揃えた大悪党相手に勝ち目などどこにもありはしない。

「少年。拳正くんだったか、いや今は違うのか」
「いやあってるよ」

そんな状況の中、横合いのもう一人の森が拳正に話しかけてきた。
同じく降霊を行った少年のように降ろした存在に精神性が引き摺られているが、ここにいるのはあくまで拳正だ。

「俺ならナノマシンに干渉して悪威の耐性を無効化できる、一瞬だけどね」

悪威の完全耐性が完璧ならば、そもそもその完全耐性を発動させなければいい。
同じDNAを持つ分裂体ならば認証情報を誤魔化して干渉できる。

「そのためには悪威に直接触れなきゃならないんだが、正直今の俺じゃ難しい。
 だから、その隙を作ってほしい、まあそれで俺は死ぬだろうけど、気にせず攻撃してくれ」
「我知道了。心得た」

あっさりと了解を告げると、達人は駆けだす。
だが、隙を作ると言ってもどうするのか。

14悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:29:04 ID:/mu.QANY0
悪無を潜り抜け打を放つことは出来るだろう。
だが、体勢を崩そうにも崩せない。
何一つ衝撃を受け付けない相手に恐らく投げ技も通じまい。
こうも警戒されては頭部を狙うのは無理だろう。
ならばどこを狙うのか。

坦。と地面を蹴って懐へと踏みこむ。
暴風と共に迎え撃つ消滅刀。

暴風の中で息を吸う。
呼吸は力の源だ。
丹田に込めた力を爆発させるように息を吐き発勁を高める。

悲鳴のようなうなりを上げて振り下ろされる消滅刀。
それに合わせる様に拳を合わせた。

狙いは一つ。ただ一点頭部以外にも悪威に守られていない個所がある。

――――白い闇を吐き出す左腕に填められた悪砲そのものだ。

悪砲はナノマシン技術を応用した超合金によって構成されているが、悪威のような自動耐性を兼ね備えているわけではない。
並みの攻撃で破壊されるような強度ではないが――――では並みではない攻撃ならばどうか。

瞬間、大爆発が起きた。
砲撃のような一撃に悪砲が大きく軋みを上げる。

「………くぅッッ!!」

武器を持つ手を強かに弾かれ、森の体勢が完全に崩れた。
だが同時に拳正の拳の皮が剥げ、漏れ出した血液が吸込まれていくように消えてゆく。
消滅刀の周囲は常に空間が消滅している。
その発生源である悪砲を素手で殴れば被害は免れない。

そこに駆け寄る黒い影。
体勢は崩れた。
悪威の自動重心制御があるため、体勢を立て直すまで1秒とかかるまい。
故に勝機はこの1秒。

胸の中央にそっと手がかかった。
指先が青く輝く、強制的にナノマシンを接続しハッキングを開始する。
セキュリティブロックを同一であるDNA情報により正面から突破。
如何にドーピングしたとはいえ制限がある以上、一度に使用できるナノマシン量に関しては分裂体の方が上だ。
物量で使用者を誤認させ、機能にバグを流し込み、権限をこちらに上書きする。

「ちィ………ッッッッッ!!!」

慌てた様に森が弾かれた消滅剣を引き寄せる。
だが、悪砲は特大の衝撃を受け軋みを上げ、崩れ落ち始めている。
このような状態で無理な運用をすればどうなるか。

一瞬、消滅刀の白が輝きを増した。
否。これは輝きなどではない。全てを呑み込む消滅の渦だ。
悪砲ごと森の左腕を巻き込みながら暴発した渦が広がる。

その消滅の渦に巻き込まれながらも、ハッキングを続けるもう一人の森は手を止めなかった。
それすらも織り込み済みと言った風に、動じることなく最後まで仕事を成し遂げて、完全に世界から消滅した。

工程完了。
その瞬間、悪威の機能が停止する。
停止は時間にして僅か数秒。
だが、刹那を奪い合う達人の領域に、数秒は十分すぎる。

森の胸部へ、トンと何かが触れる。
それは肩。
消滅の光と入れ替わる様にして小柄な影が森の懐に現れていた。

距離は既に息遣いすら分かる程の零。
之即ち必中必殺の間合い。

十字勁にて中央に落とされた重心は、中心から八極へと至る。
天地開闢に匹敵するような大爆発が巻き起こる。

機能を停止した悪威は、一撃を受けた胸部を中心に弾け飛ぶように千切れた。
衝撃はそのまま胸骨を砕き、臓腑を攪拌する。
血を吐いた。呼吸すらままならない。
だが、

「………………捕まえた」

捕まえたのは森の方だ。
この相手を捉えるだけでも一苦労だった。
だがようやく捉えた。
漆黒の腕で渾身の一撃を放った直後の相手の肩を掴む。

15悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:29:28 ID:/mu.QANY0
こんな拘束、達人に掛かれば一瞬で振り払える。
だが、決着は一瞬もかからなかった。
ビクンと少年の体が弾けるように跳ねて、そのまま地面へと倒こむ。

この悪威はありとあらゆる規格外の超常を相手取るために開発された万能兵器だ。
その中には当然、対霊も含まれる。
そして与えられた情報を解析し耐性を自動的に作り上げるという特性は単なる防具の範囲に収まらない。

崩れゆく悪威を右腕の悪刀と接続。
蓄積した情報を共有、掴んだ腕から霊的ショックを流し込む。
肉体にダメージはないのだが、降霊である以上これには耐えようもない。
触れた瞬間、気持ちよく成仏しただろう。

口元の血を拭う。
己が現身は消滅し、八極に達した魔拳士は去り、残るは未熟なその弟子のみ。
悪威は破壊され、悪砲は消滅し、残ったのは残り僅かな悪刀だけ。
こうして生きて立っているのだからモリシゲの勝ちだ。

あの男が用意した自らを殺そうという運命、その尽くを退けた。
その事実はそれなりに痛快である。

「く…………ぁ」

少年の口から呻きが漏れた。
取り付いた稀代の八極拳士の霊は排除したが、憑代となった少年が死んだわけではない。
意識こそないものの、ここで見逃すモリシゲでもない。
失った右腕を左腕のように補完して、その漆黒を振り上げる。
だが、振り下ろさんとするその手がピタリと止まった。

何か喜ばしい物を見たように悪党が笑う。
降りかかる数々の運命を打ち払った最後に、ついに彼の運命が来た。

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16悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:30:31 ID:/mu.QANY0
結局、ユキは残ることを選んだ。
いいや違う。何も決断できなかったと言った方がいいだろう。
ただ動けなかっただけ。

診察室の椅子に座りながら落ち込む様に俯いて肩を落とす。
どうすればよかったのだろう?

分裂したもう一人の父から語られた話によって。
父が本気で自分を愛していることも、父が本気で殺そうとしていることも理解した。
それを喜べばいいのか、悲しめばいいのか。
そんな自分の感情すら理解できないでいた。

自分を殺そうとする父を戦うか?
それこそ無理だ。
勝ち目がないからではない。
結局のところ、自分は最後まで父を敵視することなどできなかったのだ。

だって、恩を返したいとずっと思っていた。
他の孤児院の皆もそうだ。
だから、危険な仕事だって喜んで引き受けた。
その結果が無残だったとしても、死んでいった仲間たちも誰一人として父を恨んでなどいなかっただろう。

それはユキも同じだ。
例え父が自分を殺そうとしてたのだとしても、恨めない。
与えられた愛情が本物だったと言うのならなおさらだ。

結局のところ父にとってはどちらも大事で、より大事なモノを選んだだけ。
苦しいのは父も同じだ。そんな父を憐れにすら思う。
そんな心情でどちらの父の味方もできない。
だから、動くことができなかった。

「…………ぅう、痛ったい」
「一二三さん…………?」

ベッドに寝かせた一二三の口から呻きのような声が漏れ、ユキの意識がそちらに向いた。
どうやら九十九が意識を取り戻したようである。

「あっ。触らない方がいいよ鼻の骨が折れてるみたいだから」
「うぅ…………鼻が低くなるぅ」

傷を抑えようとする九十九の手を制止する。
鼻が折れてると聞いて、本気なんだか冗談なんだが分からない泣き言を漏らした。

「一応お父さんが応急処置はしてくれたみたいだけど」

本来であれば外科手術が必要な治療でも森の手にかかればナノマシンにより安全かつ即座に実行できる。
少し腫れているが、すでに整形されているため見た目上の変化は殆どない。

「そうなんだ。けど、お父さんって……」
「あっ……」

九十九は意識を失っていたからモリシゲが分裂したことを知らないのだ。
襲ってきた相手が治してくれたと言われても訳が分からないだろう。
あなたが切ったからお父さんが増えましたというのはなかなか説明が難しい。

「よくわからないけど、仲直りできた、って訳じゃないみたいだね……」

そうであったならよかったのにという顔で、難しい顔をするユキを見てそうではないと理解する。
寝ころんだままの九十九はよっこいせという掛け声とともに足を振り上げ、その反動でベッドから跳ね上がる様に起き上がった。
そして勢い余って、いててと呻き少しよろける。

「まだ動かない方が…………!」
「ありがとユッキー。けど、どうせあのバカが無茶してるんでしょ。じゃあ、行かないと」

森との敵対は続いていて、拳正はここにいない。
状況を判断するには十分な材料だ。
もう死んでいるなどとは欠片も思わないのだろう。

「どうして…………」
「え?」
「どうして、そんなに迷いなく動けるの?」

あの殺し屋の時もそうだ。
何の力もないのに、躊躇いもなく駆けていく。
何の迷いもないように。

「行ったところで何もできないとは思ないの?
 助けになるどころか足手まといになるだけよ、死ににいくようなものだわ」

堰を切ったように責めるような言葉が出た。
言ってしまって、後悔する。
責めるつもりなんてなかったのに。

「うーん。死ににいくつもりはないんだけどな。死ぬのは私だってイヤだし」

ははと力なく笑う。
九十九だって死ぬのは嫌だ。
助けられ、生きてくれと言われた。
自ら死に向かうのはそんな彼らへの裏切りだ。

17悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:31:12 ID:/mu.QANY0
「けど後悔しないように生きるって決めたから。私は生きて、生き残るの。そのために行かなくちゃ」

なんて強欲なんだろう。
死にに行くのではなく生きに行く。
後悔しながら生きるか、後悔せずに死ぬかではなく、後悔せずに生きるにために九十九は行くのだ。

そうすると決めたからそうするだけ。
彼女にとってはそれだけの事。
思えば拳正も、父だってそうだった。
それができない弱者はユキだけ。

ユキだってそう願った。
何かもを取りこぼしたくないと願ったはずなのに。

ユキは途端に動けなくなる。
普段だってそうだ。
いざと言う時になると引っ張るのはどんな状況でも奔放なルピナスや、意外と土壇場に強い夏実だった。

「どうやったらあなたたちみたいになれるかな…………?」

ポツリとそんな本音が漏れた。

「ん? わたしたちって私や拳正みたいにってこと?
 いやー。なんない方がいいでしょ私たちみたいなのなんて」

冗談めかした本音だったが、沈痛な面持ちのまま無言でいるユキの態度を見て。
考えたこともなかったが真剣に考えてみる。

「多分、バカだからじゃないかなぁ。いやホント……自分で言うの何なんだけどさ。
 難しい事を考えず、大事なモノが大事だから、それだけしか見えてないんだよ」

大切なモノを大切にする。
何て当たり前で、何て難しい。

助けられないとか、足手まといになるだとか。
きっと彼女にはそんな小賢しい思考すらありはしない。
行かなくてはという想いだけで彼女は動いている。
それは時に無謀とも蛮勇とも呼ばれるものだが、少なくとも動けなかったユキなんかよりよっぽど勇敢だった。

「ねぇ。ユッキーはどうしたいの?」

問いかけられる。
同じような問いを父も投げかけられた。
どうしたらいいかなんて、誰も強制などしない。してくれない。
優しく残酷な問いだ。

自分はどうしたいのか。
目を閉じて自分に問いかける。

ユキだって大切なものを護りたい。
何かを失うなんて耐えられない。
失う事はユキにとって何よりも恐ろしい事である。

そんな事を、父はずっと続けてきたのだろうか。
自らの手で大切なものを切り捨て続けて、そうやって生きてきたのだろうか。
それは酷く、悲しい生き方の様な気がして。

ずっと強い人だと思ってきた。
ずっと迷いない人だと思ってきた。
けれど、そうでなかったとしたならば。

「ありがとう一二三さん。私のやりたい事、決まった。
 お父さんと新田くんたちの所に行くわ」

目を見開き、自分が得た答えを見る。
すぐへこたれて、落ち込む癖に、諦めだけは悪い。
なんて性質の悪い女。
けれどそれが私だ。
開き直るしかない。

大切な人を助けたい。
ただ一つ、それだけの事だったんだ。
真実など己の中に一つ持っていればいい。

「よーし、じゃあ行こう!」
「けど、一二三さんが行くのは許可できない。安静にしてないとダメ」
「へっ?」

えいと九十九をベッドに寝かしつける。
九十九は抵抗できずあっさりと倒れた。

「こんなにふらふらじゃない。脳震盪がまだ治ってないんでしょ?
 こんな状態じゃつれていけないよ」
「えぇ。一緒に行く流れじゃないの!? ヒドくないユッキー?」

抗議する九十九を笑いながら見送って。
診察室の扉に手をかける。

「ええ、そうね。私は――――悪党だから」

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18悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:32:38 ID:/mu.QANY0
「やあ、ようやく戦う気になったのかい。ユキ」

現れた少女を見て悪党は笑った。
待ち人が来たのだ、それは喜ばしい事だろう。
だが、対照的に険しい表情をした白い雪のような少女は首を横に振った。

「いいえ、違うわ」

彼女は戦いに来たのではない。
彼女がここにきたのは別の目的のためだ。

「助けに来たの、お父さんを」
「残念だったね、キミを助けた方の俺はもう消えたよ」

消滅刀の暴走に巻き込まれ分裂体は消滅した。
それを知り、痛みを堪えるような悲痛な面持ちでユキは俯く。
それでも再び顔を上げて森から目をそらさず、強く在ろうと視線を維持する。

「……そう、それは残念だわ、本当に。
 けど違うわ、私はあなたも救いたいのよ、お父さん」

その言葉がよほど意外だったのか。
暫く森は動きを止めると、呆れたように溜息をもらした。

「俺から何を聞かされたのかは知らないが。
 救いなど気安く口にする物じゃあないよユキ」

他者を救うということは言葉にするほど簡単な話ではない。
特に森ほどこじらせた人間を救うことなど不可能に近い。

だが、ユキは怯むことなく、覚悟を決める様に一度目を閉じる。
そして大きく息を吐いて、決意を口にした。

「――――――私が悪党を継ぐわ」

森の愛するユキも森の愛する世界も両方救い上げる。
これが森茂を救うただ一つの冴えた方法。

「あなたの理想は私が引き継ぐ、だからあなたが何をか犠牲にする必要なんて、ない」

その理想も背負った重さも全てユキが継ぐ。
それがユキの出来る森に対する恩返しであり、森に与えられる最大限の救いだった。

森は目を見開き静止していた。
しばらくそうしていたが、吹き出すように笑う。

「出来るのかい、キミに?」
「分かりません。けれど必ず成し遂げて見せます」

その覚悟を問うような森の問いに、出来るとは断言できなかった。
この場で根拠のない返答をすればそれこそ不誠実だろう。
それでもやると決めたのだ。

悪党を背負うと言うのは並大抵のことではない。
例え世界中に『悪』と罵られようとも、自らを貫き通す強さが必要だ。
森茂ですら挫けかけた茨の道である。
これまでも森茂だからこそできた偉業である。
ユキにそれが務まるのか。

「では、キミが悪党を継ぐに足るか見極めさせてもらおう」

告げる森の全身から殺気が放出される。
満身創痍の人間から放たれているとは思えない程濃密な気配だった。

「まさか、この程度で折れる安い覚悟で口にしたわけじゃあないんだよね?」

森がこれまで歩んできた、そしてユキが歩もうとする道とはそういう道だ。
この程度乗り越えられずして選べる道ではない。

そうだ。
こうなることは分かっていた。

森を救うためには森を討たねばならぬ。
愛する者のために愛する者を討つ。
その矛盾こそが悪なればそれを呑み込む者こそ悪党である。

胸の痛みに手を握り絞める。
ここに来てユキは深く父を理解する。
ああこれが『悪党』の重みか。

19悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:33:45 ID:/mu.QANY0
「さあ、覚悟はできたかい? それとも撤回するかい。まあどっちにしても殺すけれど」

森が僅かに歩を進める。
悪威は破られ、悪砲は壊れた。
残ったのは失われた両腕に当てられる僅かな悪刀のみ。

増強したナノマシンは強敵二人を退けるのに大半を使用した。
悪刀及びナノマシンの残量からして気体化、液体化は不可能。
その密度はもはや元の腕よりも軽いくらいだ。

だが、それでも。
ひよっこ一人に勝利するには十分に過ぎる。
降りかかる運命を退け続けた大悪党である。
小娘など相手になどなる物か。

「さあ来い小娘! 我は悪党商会社長、森茂である。この世全ての善と悪を知る大悪である!」

悪党を見定める戦いに相応しいく悪党らしく名乗りを上げる。
己が矜持を示すように。

「悪党商会戦闘員、水芭ユキ。行きます!」

それに倣うようにユキも名乗りを返す。
ここから先は父と娘ではなく、悪党同士の戦いだ。

氷の刃と変形した漆黒の右腕が交錯する。
打ち負け、砕け散った氷が粒となって宙に舞い、月明かりに反射して光輝く。

「くっ…………!?」

押し負ける。
ユキに体は小兵であった拳正よりも小さいのだ、体格差があり過ぎる。
それを覆す様な達人の技量もユキにはない。
体格もない技量もない、ないない尽くしだ。

もう一度、氷の刃を作って打ち付ける。
ユキに出来るのは諦めない事だけ。
未練たらしく諦めが悪いのが唯一の取り柄なのだから、それを貫くしかない。
だが何の苦も無く、打ち払われる。

「ぅあああああああああああああッッッ!!!!」

そんな事は知った事かと、砕けた氷の破片が落ち切る前に、次の刃を生み出し打つ打つ打つ。

「馬鹿の一つ覚えだな」

気合や根性、そんなもので乗り越えられるほど、悪党は甘くない。
そんなものでは運命は超えられない。
何一つ変えることなど出来ないのだ。

森の両腕が変化する。
片腕は剣に、片腕は盾に。
氷の刃を盾で受け止め、返す刃で斬りかかる。

「む」

外れた。
いや、外した。
今の攻防。おかしかったのは森の方だ。

「…………なるほど、そう言う事か」

自身の体を見る。
見れば、全身がキラキラと光り輝いていた。
そこには細かく砕かれた氷の粒が月明かりを反射する光。
つまり彼女は無駄に勝てない打ち合いをしていた訳ではなく、その破片により体温を奪う事こそが目的だったのだ。

とっくに全身は麻痺していたのか、既に鬚すら凍っていた。
皮膚感覚すらない無痛症の森では気づくのが遅れる事すら織り込み済みだろう。
森を良く知るユキだからこそ思いついた作戦だ。

「悪くない。だが」

だが、悪刀で象られた両腕は健在だ。
この両腕ばかりは麻痺もクソもない。
例え絶対零度であろうとも凍り付きはしないだろう。

森が突き出した両手を合わせた。
腕が融合され突撃槍のような形へと変化する。
そして何の衒いもなく、そのままユキに向かって一直線に突撃する。
みえみえの攻撃だ。
盾として山のような氷の壁をその軌道に生み出す事も容易い。

20悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:35:01 ID:/mu.QANY0
「ッ!?」

だが全身を一本の槍とした突撃は止まらず、突撃を受けた氷壁が砕ける。
勢いを止めぬ突撃から、何とか身を躱す。
飛び込むようして前転し、立ち上がる。

細かな狙いをつけられないと見るや、瞬時に大雑把な突撃に攻撃方法を変更した。
軽量級のユキでは森の全力突撃を受ける事など不可能だ。
ユキに対して嫌になる程有効な攻撃である。

再び突撃槍が迫る。
その足止めに氷の矢を連射する。
だが豆鉄砲を連射したところで戦車が止まるはずもない。
降り注ぐ矢を全て弾き飛ばしながらユキに向かって一直線に迫る。

止まらない。
半端に攻撃していたのが災いした。
避けきれず、槍の先端がユキの脇腹を掠めた。
僅かに掠めただけなのに、ユキの体は吹き飛ばされるようにバランスを崩して倒れる。
学ランが裂け、白い肌に一筋の朱が浮かんだ。
あと数センチ深ければ、臓腑がポロリと飛び出していただろう。

「どうした!? この程度か、水芭ユキィ!」

怒号のような森の叫び。
容赦などない。
倒れたユキを粉砕すべく、全力で地面を蹴る。

「私は…………」

倒れたユキに漆黒の突撃槍が迫る。
もはやそれはあらゆるものを粉砕する核弾頭。防ぐ術など無い。
かと言って倒れた状況から躱せるものでもない。
絶体絶命の状況にて、少女は叫ぶ。

「――――――私は、悪党を継ぐッッ!!!!」

肉を貫く鈍い音共に赤い鮮血が舞った。

まるで時が凍ったような静寂が落ちる。
討った者、討たれた者。
互いに言葉を発することなく視線を交わらせぬまま決着という事実を受け入れる。
ポタポタと血の滴る音だけが、時が動いているのを知らせていた。

漆黒の槍の先端はユキの眉間の寸前で止まっていた。
そして地面より突き立った氷柱は、悪威の破れた森の胸元に深々と突き刺さっていた。
突撃を迎え撃つように氷柱を地面より生み出し、森の突撃の勢いを利用したカウンターを仕掛けたのだ。
地面を支点としていれば押し負けることはない。
重要なのはタイミングと強度。
それら全てを成し遂げる、実力が彼女にはあった。

だが薄氷の勝利だった。
あと一歩踏み込めていたならばユキの命はなかった。
あと一歩足りなかったのは、凍傷により足が壊死しかけていたのが原因だろう。
そもそも分裂体と魔拳士との連戦がなければ。
そもそも三種の神器が健在ならば。
敗北した理由は山のようにあるが、何を言ってもいい訳にしかならないだろう。
ただありのままの事実を告げる。

「――――キミの勝ちだ、ユキ」

悪党は敗北し、新たな悪党が勝利した。
漆黒の槍が腕へと戻り、氷の槍が溶ける様に砕ける。
体を支えていた柱が消滅し、森の体が倒れる。

21悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:36:50 ID:/mu.QANY0
「ッ! お父さん…………!?」

身を起こし、倒れた森へと駆け寄る。
森の隣でその手を取ろうとして、森がそれを制した。

「さて、あまり時間もない事だし、伝えるべきことを伝えよう」

悲観的な別れではなく、淡々と口を開く。
親子としてではなく、対等な悪党としての別れを選んだのだ。

「脱出手段はいくつか用意されているはずだが、恐らく一つは中央にあるだろう。そこを目指すといい。
 戻ったのなら孤児院の院長室にある3番目の引き出しの底を調べるといい。引き継ぎに必要な手続きはそこに揃っている。
 この手の作業で半田がいないのは痛いが、困ったことがあったら寮母を頼りなさい。君は知らなかっただろうがあれでも昔は相当な猛者だったからね、色々と助けになるだろう。
 後は妻には俺が死んだという事実だけ伝えてくれ。こうなる覚悟は常にできている女だ。気にすることはない。子供と孫にはぁ……そうだなアレが上手くとりなしてくれるだろう。キミは気にしなくていい」

シッカリとした言葉で、矢継ぎ早にに遺言めいた言葉を残してゆく。
いやそれは遺言その物なのだろう。
もう己にはあまり時間がない事を誰よりも理解してた。

「…………お父さん」

ユキの声が僅かに震える。
だが、もう涙を見せる弱さなど許されない。
悪党を継ぐとはそういう事だ。
ここで泣いてしまえば、それこそこの戦いが無意味になる。
けれど、どうしても視界が歪んで前が見えなくなっていく。

そっとその頬に手が添えられる。
今にも消えてしまいそうな漆黒の手。
仕方ないなと泣いた子供をあやす様に瞳に溜まった滴に指を添える。

「強くなったなぁ、ユキ」

満足そうにそう言って最後の弱さを拭い取る。
最後の仕事を果たした漆黒の腕は地面に落ちるでもなく消え去った。

【森茂 死亡】

【C-5 公園近く/夜中】
【新田拳正】
[状態]:気絶、ダメージ(中)、疲労(中)、右目喪失(治療済み)、額に裂傷(治療済み)、両手に銃傷(治療済み)、右足甲にヒビ(治療済み)、肩に火傷(治療済み)、右腕表面に傷
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式
[思考]
基本方針:帰る
1:帰る方法の模索

【水芭ユキ】
[状態]:疲労(小)、頭部にダメージ(大)、右足負傷、精神的疲労(中)
[装備]:クロウのリボン、拳正の学ラン
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(確認済み)、
    ロバート・キャンベルのデイパック、ロバート・キャンベルのノート
[思考]
基本方針:悪党を貫く
1:中央へと向かう
2:首輪の解除方法と脱出方法を探す

【C-5 診療所/夜中】
【一二三九十九】
[状態]:ダメージ(中)、左の二の腕に銃痕、鼻骨骨折(治療済み)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式×3、、ランダムアイテム1〜4(確認済み)
    サバイバルナイフ、サバイバルナイフ・裂(使用回数:残り1回)、風の剣、ソーイングセット、クリスの日記
[思考]
1:帰る方法を探す

【魔導書の1ページ】
斉藤輝幸がオセを召喚する際に使用した魔導書の1ページ
使用者が望む存在を降霊する本物の魔導書であるのだが、本物なのはこのページのみである

22悪党を継ぐ者 ◆H3bky6/SCY:2018/01/14(日) 01:37:01 ID:/mu.QANY0
投下終了です

23名無しさん:2018/01/15(月) 00:59:19 ID:CNF7hGFQ0
投下乙です

このロワで大ボスの一人として暴れていた森茂の死、
世界のため、すべてを犠牲にしていた彼ですが、
最後の最後で、犠牲を肩代わりしてくれる孫に救われましたね。
邪道で己の変革を望んだ輝幸の力は正道を行く拳正の元へ、
心を砕いて世界を救う森茂の意思は心を拾ったユキの元へ
これで良いんでしょうね

24名無しさん:2018/01/16(火) 16:56:56 ID:2kTnRta60
>>1
wikiのリンクが切れてたので
ttps://www59.atwiki.jp/orirowa2014/

25 ◆H3bky6/SCY:2018/03/31(土) 17:46:07 ID:IGpGfdUc0
投下します

26勇者 ◆H3bky6/SCY:2018/03/31(土) 17:47:12 ID:IGpGfdUc0




最後に、彼女の話をしよう。




その世界は女神の悪意に満ちていた。
リヴェルヴァーナと呼ばれる世界の半分にして果ての果て、裏側に生まれてしまった不毛の大地。
大地は死ばかりが積み上がり屍山血河に満ちている。
彼女が生まれたのはそんな魔界と呼ばれる世界の僻地だった。

彼女は青空というモノを見たことがない。
常闇に覆われた空に太陽の光などなく、天から齎されれる光と言えば轟く雷鳴くらいのものであった。見上げる空は昏い。
周囲は険しい山々に囲まれ、枯れ果てた死の大地では作物など育つはずもなく、暮らしの主となるのは必然的に狩猟である。
魔界に生きる魔族たちの、闘争を好み強さを是とする価値観はこの世界が育んだといっても過言ではないだろう。

襲い、殺し、奪い、侵し、犯し、喰らう。
それを良しとする世界で生き残るには戦うしかない。
生きるための戦いがより多くを求める侵略となるには大した時間はかからなかった。
常に戦いの火が燃える。
この世界は争いと混沌を齎す為だけに生まれたのだと、そう思えるほどの地獄だった。

力こそ全て。
そんな世界において最も力を持つ者は王と呼ばれた。
魔界を総べる王、すなわち魔王と。

魔の王が坐するは魔界においてなお険しい山岳地帯の頂である。
世界の頂点に聳え立つ漆黒の城は見る者を威圧するような優美な荘厳さと、精神を呑み込むような禍々しさを兼ね備えてた。
魔界の王の居城らしく、戦うことを前提とした作りとなっており、溶岩を噴き続ける万年火山より発掘された魔刻石により築かれた城壁は堅固を誇る。
城内は侵入者を惑わす迷路のような造りになっており、幾多の死の罠が仕掛けられいた。
まさしく難攻不落の要塞、幾度も繰り返された歴代の勇者との戦いを経ても未だ健在を誇っていた。

そして、その魔王城の聳える山頂から少し下った所に、闘士たちが覇を競う闘技場があった。
自らの力を示すべく魔族たちが競い合う事もあれば、罪人の処刑場、あるいは魔界に迷い込んできた人間を嬲り殺しにする見世物小屋として用いられる。
そんな様々な用途で使われる場所であった。

そして今宵の演目は処刑なのだろう。
血と骨と歯の破片が混ざった砂の敷かれた決戦場の中心に、首枷により両手を塞がれた男が膝を尽き項垂れていた。
そして男の首元へと常闇の空に覆われた魔界においてもなお昏い、漆黒を湛えた剣が宛がわれる。
正しく土壇場の光景である。

魔界における処刑とは一種のエンターテイメントだ。
熱狂する見物人からの罵倒と投石が飛び交う中、罪人は処刑場の中心で衆目に晒らされ素首を落とされる。
それが処刑場の常なのだが、今回は様子が違った。

この処刑場には罪人と処刑人。そして立会人という最低限の人員以外が完全に排されているようである。
怒声と熱狂に包まれているはずの処刑場は静寂に包まれ、猿ぐつわを咥えた女の呻きだけが聞こえるのみであった。

立会人は一際高い特等席に坐する蒼い顔をした男だった。
ただ坐して佇むだけで全てを支配するような存在感がある。
彼こそこの魔界を統べる魔王ディウス。
血のように赤い瞳を薄く開き、冷たい視線で処刑場を見下ろしている。

処刑人は禍々しき漆黒の鎧に身を包んだ男だった。
魔王軍の幹部の中でも古株であり、三代前の魔王から使える最古参。
魔界一の剣士と呼ばれる暗黒騎士だった。
親衛隊隊長を任された魔王の信頼が最も厚き男である。

通常であればそんな男が処刑人などと言う端役を任されるなどありえない話なのだが、今回ばかりは少々事情が特殊だった。
なにせ処刑される罪人が罪人である。

「暗黒騎士。貴様が私の死か?」
「ああ、全く残念だ。まさか貴様が人間なんぞに与していたとは」

これより処刑されるのは魔王軍の元幹部。
暗黒騎士と同じく先代より以前から魔王に仕える最古参の一人である。
そんな魔界の重鎮が、あろうことか魔界に迷い込んだ人間を保護して匿っていたと言うのだ。

魔界と人間界を行き来するには魔界と人間界の交わる世界の果てにある、異界門を潜る必要がある。
だが、時折、境界面の揺らぎによる偶発的な門の開き、それに巻き込まれる『神隠し』という現象が発生することがある。
彼が匿ったのはそんな神隠しに巻き込まれた人間だった。

それも一人二人ではない。自らの領地に小さな集落を築けるほどの人間を何年もの間だ。
魔族は人族との戦争の真っただ中である。
そんな状況で魔王軍の幹部が敵対勢力を匿うなどと、これは許されざる大罪である。

27勇者 ◆H3bky6/SCY:2018/03/31(土) 17:48:35 ID:IGpGfdUc0
「最後に言い残すことはあるか?」

刃を鳴らし、処刑人たる漆黒の騎士が問う。
罪人は視線を上げ、処刑人にではなく天上に坐する王を見た。

「魔王様! 娘は、オデットはこの件に関与していません。どうか娘だけはお見逃しいただけませぬか!」

罪人は自らの事ではなく、自らの後に処刑を待つ娘の恩赦を乞うた。
罪人の娘オデットは処刑場の端で猿ぐつわを咥えさせられたまま、全身を拘束され自らの死の順番を待っていた。

だが、その望みは難かろうと暗黒騎士は内心で首を振る。
オデットが関わっていないなど、この場で証明のしようがない。
集落一つというあれほどの規模、むしろ関わっていないはずがない。

仮に無関係だったとして、幹部の身にありながら敵対勢力を匿うなど、一族郎党皆殺しにされて当然の罪である。
オデットが殺されるのは当然の流れだ。
何より、魔王がそのような温情を与えるはずもない。

ふむ、と懇願を受けた魔王は頷き高みから処刑場を見下ろす。
土壇場に似合わぬ優雅さすら湛えた所作は、それだけでその場の空気を支配する。
正しく王、この場全ての人間が固唾を呑んで王の次の動きを待った。
そして僅かな沈黙の後。

「よかろう」
「魔王様…………ッ!?」

予想外の答えに暗黒騎士が驚愕を示した。

「魔王様! オデットを見逃せば他のモノに示しがつきません!」

魔王軍幹部の不祥事、ただですら魔王軍の信頼を失墜させるような事態だ。
本来であれば不満を持つものの溜飲を下げるため公開処刑が妥当である。
にも拘らず、秘密裏に処刑を行い、晒首で済ませようというのは長年の貢献に対する王の最大限の温情である。
だが、その娘を見逃したとなれば流石に反発は免れまい。

「よい。それとも、貴様はその程度で我が軍が揺らぐとでも思うのか、暗黒騎士よ?」
「い、いえ。そのような」

魔王の圧に暗黒騎士が慌てた様に言葉を呑む。
魔界における絶対者、魔王の決断に逆らうことなど許されない。

「あぁ……感謝いたします、魔王様」

思い残すことがなくなった罪人は静かに首を垂れた。
その観念とも違う覚悟を魔王は見届け、処刑人へと視線を送る。
暗黒騎士が一つ頷くと、漆黒の刃が落ちた。
滑らかに刃が落ち、首が地面に転がる音とくぐもった女の悲鳴が響いた。

その光景を見届け、魔王は魔界を治める長らしく尊大な態度で重い腰を上げ、王座からゆっくりと処刑場の中心へと舞い降りる。
圧倒的な存在感には似合わぬ、驚くほど静かな動きで音もなく砂を踏む。

「暗黒騎士、オデットをここへ」
「はっ!」

暗黒騎士に運ばれて、拘束されたオデットが魔王の前に引きづり出された。
地面に転がるオデットは涙にぬれた目で頭上の魔王を睨み付ける。
魔王は愉しげに見下すようにその眼を見つめ返した。

「悪くない眼だ、オデット。やはり魔族はそうでなくては。
 奴と約束した手前、貴様を殺しはせんが、暗黒騎士の意見にも一理ある、無罪放免とも行くまい。
 故に、貴様は人間世界へと追放処分とする」

そう言って魔王が手を掲げると、人間界へと続く門が開いた。
異界門と呼ばれる異界への扉。
それは一流の術者数十人が数年がかりの大儀式を行ってようやく小さな門を一つ開ける最高位の魔法。
それをこうも容易く行えるのは、この世界の長いの歴史においてもディウスくらいのものだろう。

「ただし――――命は助けるとは約束したが、何もしないとは約束してはいない」

屈みこみ、倒れたオデットに手をやり顎元を持ち上げる。
魔王の魔力に触れられただけで猿ぐつわがパンと弾け、口内にたまった涎を飛び散らしながら口元の拘束が解けた。
だが声を漏らすこともできず、口元を上げたまま喘ぎのように短く息を漏らす事しかできない。
無理矢理に視線を合わされ、万華鏡のように色を変える瞳に捉えられる。
眼を逸らそうと思っても、蠱惑されたように目を逸らせない。

「――――――――貴様には、死よりも重い『呪い』をくれてやろう」

これが始まり。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

28勇者 ◆H3bky6/SCY:2018/03/31(土) 17:49:59 ID:IGpGfdUc0
人間界に放り出されたオデットはどこにも定住することなく彷徨い続けていた。
オデットは頭部に生える角を除けば、比較的人間に近い外見をしている。
角は隠せばいいし、得意の幻術を駆使すれば、身分を隠して人里に隠れ住む事も出来ただろう。
だが、彼女は人里には近づくことすらできなかった。

彼女にかけられた呪いは、人間でしか飢えを癒せぬ『人喰らいの呪』である。
人間を庇った罪人に対して相応しい罰だろう。
このような呪いを受けて人里など居られるはずもない。
飢餓状態で食べられない御馳走をちらつかされる様なものである、そんなのは拷問でしかない。

父の保護していた人間たちの話によれば、人族の間では魔族は人間を喰らうなどと言い伝えられているらしい
確かに魔族の中には戦意高揚のため人肉を喰らう者や特殊性癖を持つ者もいるが、基本的に人など喰わない。
誰が好き好んで人の肉など喰らうのか。
確かに理性のない魔物や魔獣は人を喰らう。だがそれは人間界の野獣も同じ事である。
だからこそ呪いとして成り立つのだろうが。

人を喰らうなんてオデットは嫌だ。
食肉としての好みの問題ではなく、人との共存を目指した父の信念を汚すようで。
何より、自分のために身勝手に命を犠牲にするような醜い存在になりたくはない。
だからこうして出来る限り人に出会わぬよう、隠れ潜むように暮らしていた。

本当に人しか喰えないのならオデットも生きるために覚悟を決めるか、潔く死を選ぶか選択できた。
だが、この呪いの最悪な所は他の物が食えなくなるわけではないという所だ。

この呪いは人以外のモノが食べられなくなる呪いではない。
何かを食べれば栄養は摂取することはできる。
ただ、どれだけ喰おうとも飢えと乾きが癒せない。
何を食べても美味いとは感じられれず、何を食べてもすぐに吐いた。
潔く死ぬこともできず、醜くも生き永らえるだけの呪い。

満足に食事もとれず、いつしか頬はこけ肉体は枝木のように痩せ細ってしまった。
魔界の宝石とまで称えられた美しさは今や見る影もない。
今はまだ我慢を続けられるが、いずれ限界を迎えるだろう。
そうなれば、人を襲い喰らうのだろうか。
理性のない魔物たちのように。

もう一度、魔王に会う必要があった。
魔界に戻りい訳じゃない。
父の居ない魔界に戻ったところで居場所などない。
もうオデットの居場所などどこにもないのだ。

ただ、この呪いだけは解く必要がある。
魔王のかけた強力な呪いを解呪できる術者などいない。
いるとしたらそれは呪いをかけた魔王だけだろう。

だが、あの無慈悲な魔王がこの呪いを解くことはないだろう。
ならば術者である魔王を殺すしかない。
そうすれば呪いが解ける可能性はあるだろう。

だが、今更魔界に戻りあの魔王城までたどり着くなどオデットには不可能だ。
たどり着く前に殺されるのがオチだろう。
辿り着いたところで、あの魔王に何ができるというのか。

そうして、明確な目的もないまま、どれ程の日々を彷徨うようにして世界を渡り歩いたのか。
遂に我慢も限界を迎えようとしていた。

そもそも何故こんな我慢を続けているのか。
生きるための殺生は肯定されるべきである。
人だって家畜を喰らう、魔族だってそうだ。
その行為と何ら違いはないはずだ。
誰に対しての物なのか、言い訳めいた言葉が頭の中を支配する。

その道すがら揺らぎから現れた魔物に襲われたのだろう、行商人の死体が転がっていた。
死体。既に死した肉の塊。
極限の飢餓の中、その死体へ向かって無意識のうちに足が動く。
殺すのではなく、すでに死した肉を喰らう。
それくらいなら。
それくらいなら許されるのではないか?
それが自身の信条と生きていくための行為が釣り合いの取れるギリギリのラインだった。

29勇者 ◆H3bky6/SCY:2018/03/31(土) 17:50:51 ID:IGpGfdUc0
だがそこで不覚を取った。
死体があるという事は、それを作った存在がいるという事を失念していた。
魔物から不意打ちを受け、成すすべなく地面へと倒れる。
本来上級魔族であるオデットが魔物如きに後れを取ることなど在りえない話なのだが、飢餓により弱り切った今のオデットでは抵抗などできようはずもない。
このままでは死体を漁るはずがオデットが死体になりかねない。
という所で、オデットの目の前に砂金のような粒子が弾け、黄金の軌跡が舞った。

「――――――大丈夫かい?」

魔物を一撃で切り伏せた少年はオデットへと向き直る。
凄まじい斬撃に似合わぬ、思いのほかあどけない顔の少年だった。
目の前に人間がいるはずなのに、彼を食おうなどと言う発想すら浮かばない。

立ち上がることも忘れ呆然とその姿を見上げる。
体中が電撃でも受けた様に痺れていた。
ダメージによるものではない。
だた、眩いばかりの黄金の剣に目を奪われていた。

理屈も何もない。
魔族であれば誰だって一目で理解できる。

アレは己を殺すための黄金であると。

その瞬間、人間界に来てからずっと苛まれていた飢餓を忘れた。
食欲よりも恐怖が勝ったのだ。
先ほどまで魔物に襲われ直接的な命の危機に晒されていたにもかかわらず、その黄金に感じる恐怖はその非ではない。

魔族と人間。
捕食者と被食者。
その関係が、この時ばかりは入れ替わる。

「この辺りは神隠しがよく起きる影響か、魔物が頻繁に湧く地域だ。女性の一人旅は控えた方がいい。それじゃあ」

事務的な注意を促しながら、それだけを言うと興味なさ気にあっさりと少年はその場を立ち去ろうとした。

「ま、待って! 待って…………下さい」

気が付けば、その背を引き留めていた。
魔族の天敵。
魔族を殺す黄金の剣。
聖剣の勇者。

勇者の前でならば、私は加害者ではなく被害者でいられる。
ああ、そうならば。
勇者とならば、あるいは。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

30勇者 ◆H3bky6/SCY:2018/03/31(土) 17:51:22 ID:IGpGfdUc0
「うわぁ。綺麗ですねぇ…………! オデットさん」
「…………そうね」

甘い花の香りが少女たちの鼻孔をくすぐった。
視界いっぱいに広がる一面の花畑に少女二人が楽しそうに声を上げる。
風に流され花弁が天に舞う。
目を細め舞い上がる花吹雪を見送りながら、オデットは太陽の眩しさに目を細めた。

大陸からすこし外れた半島にその国は位置していた。
古代からの自然を残しているだけの周辺諸国からは自然以外は何もないと揶揄されることも少なくない国である。
その為か、他国民に対して排他的な国民性であり、入国管理はとてつもなく厳しく行商人や旅人の行き止まりとして有名であった。
そして大陸より飛び出た半島であるためか、魔王軍の侵略による被害も比較的浅く。
それ故か此度の魔王軍との戦争に対する危機感が今一つ薄く、戦争に積極的に関与することなく我関せずというスタンスを通していた。

そんな国に勇者一行が訪れたのは、この国にあると言われる試練の祠に向かうためであった。
祠の奥底には有用なアイテムが眠っており、勇者のレベルアップには必須とされている祠である。
祠が存在するのは国の南端にある最古の森の奥深く。
最古の森は古代の自然の残る貴重な場所であり、そこにしかない古代生物や植物が多く生息する保護区域だ。
森自体の危険度も高く、立ち入りには国の許可が必要となる。
そのため試練の祠の攻略難易度は侵入を含め最上級とされているのだが、それはあくまで一般人にとってはという話である。

聖剣を持った勇者だけは例外だ。
勇者とは人類の希望にして最終決戦兵器。
世界を救うという大義名分は何をおいても優先される。

黄金の聖剣はあらゆる場所への許可証であり、あらゆる行為に対する免罪符である。
例え戦争に直接的な関与はしないと謳う国でもこれを否定するのは明確な人への敵対行為だ。
人間である以上、誰であろうと受け入れない訳にはいかない。
それこそ、その辺の民家に入って箪笥を漁ろうとも誰も咎めることはできないだろう。

故に立ち入り禁止区域とはいえ悠々と古代の森を越え、そのまま試練の祠まで押し通る事も勇者には出来るのだが。
出来るからと言って無理に押し通る必要はない、最低限の筋は通したほうがいい。
というミリアの提言により、こうして王宮を訪れたのである。

形式的な作業でしかないが、人間相手に不要な遺恨を残しても仕方ないだろう。
正式な許可をとれるのならばとるべきだ。どうせ降りる許可である。

だが、ここで問題が一つ。
国王が神聖な王宮には聖剣を持つ選ばれし勇者以外の入場は許さないと言い出したのだ。
排他的な国民性の王らしい提案であり、自国への勇者の侵入が気に喰わない王の意趣返しだろう。
とは言え無理に二人が王宮に入る理由も見当たらなかったため勇者は一人王宮へ向かったのだった。
こうして勇者ではない少女二人は手持無沙汰となったため、雄大な自然に囲まれた城下の広場で勇者が戻るまでの時間をつぶしていた。

この国は平和そのものだった。
自然は豊かで、魔族による被害もなく、戦禍の炎の影響はどこにも見当たらない。
まるでこれまで闘いの日々が嘘のように感じてしまうほどに。

オデットは咲き誇る花々の美しさに目を奪われていた。
死体の血を啜る魔界の植物とは違う、ただ純粋に美しさを誇る花々。
そんな在り方を許される平和な世界。
これが魔王の求める、魔族たちに与えられなかった生きた大地。

「えい……………!」

そんな感傷のような物を抱いていたオデットの後ろに回り込んだミリアが、イタズラな声とともに彼女のフードへと手をかけた。
まさかミリアがこんな強引な手段に出るとは思っておらず、しまったと思った時にはもう遅い。
オデットの頭部に生える山羊の様な黒い巻角が露わになる。

彼女が人間ではない証。魔性の象徴。
露わになった巻角は手で隠せるようなものではない。
得意の幻術で誤魔化そうにも、高位の術者であるミリアには通用しないだろう。

オデットが下唇を噛んで息を呑む。
魔族を殺す勇者一向に紛れた魔族。
その正体がバレたのだ、ただではすむまい。

いつかそんな日が来るんじゃないかとは思っていた。
だがあまりにも唐突すぎて、呆然とするしかなかった。
勇者とその縁者にだけはバレてはいけなかったのに。

「やっぱり…………」

だが予想されたような非難の声はなかった。
ただあったのは納得したような、静かな声だけだった。
この魔性の証を見てもミリアには驚いたような様子はなく、前々からの疑惑をただ確認しただけのようにも感じられる、

31勇者 ◆H3bky6/SCY:2018/03/31(土) 17:51:36 ID:IGpGfdUc0
「…………気づいていたの?」
「なんとなく、ですけど。ごめんなさい。強引なことをしてしまって……!」

そこで、何故かミリアの方が頭を下げた。

「安心してください、って言うのも変ですけど、兄は気づいてないと思います。
 私も兄に言う気はありませんし、オデットさんをどうこうしようと言うつもりもありません」
「なら、どうして……?」

責めるつもりはないというのなら、何故わざわざ正体を暴いたのか。
単なる好奇心だけで暴くにしてはあまりにも互いにとってリスクが高すぎる秘密である。
相手の意図がつかめず戸惑うオデットとは対照的に、ミリアは少しだけ照れくさそうに笑った。

「オデットさんと仲良くなりたかったから、ですかね」

きっとそれは嘘ではないのだろう。
だが、全てでもない。
納得がいかないと言った風なオデットの表情を読み取ったのかミリアは取り繕うように言葉を重ねる。

「せっかく一緒に旅をしているのに、秘密を抱えたままじゃあ寂しいじゃないですか。
 ほら、一人くらい事情を知ってる人間が近くにいた方がいいと思うんですよ。
 そりゃあ今のご時世簡単に開かせる秘密じゃないとは思いますけど、ここに味方がいるってことを知っておいてほしかったんです」

言い訳でもするように矢継ぎ早に捲し立てる。
呪いによる飢餓により常に苦しそうな表情を浮かべるオデットの助けになろうにも、自らの正体を隠して距離を取っているのでは助けようがない。
だからオデットの正体を知っている事を知ってもらうため、要するにミリアらしくもない強引さは自らの正体を隠し続けるのも辛かろうと言う彼女の
優しさからの行動だったという事だ。
それは何ともオデットの知るミリアらしい。
その気遣いが本物だと理解できるからこそ、分からなくなる。

「……私は魔族よ? あなたは私に復讐したいとは思わないの?」

魔族である自分を受け入れられるのか。
余りにも不躾なその問いを投げてしまった。
故郷を理不尽に奪われたのは勇者だけではなく、彼女も同じであるはずなのに。
彼女には自分(まぞく)を恨み、殺すだけの理由がある。
その問いを受けたミリアは笑顔を曇らせ僅かに俯く。

「……私は、兄ほど魔族を恨んでるわけじゃないんです。
 いえ…………恨んでるか恨んでないかなら恨んでいるのは間違いないんですけど。
 けどその怨みはオデットさんに対してのモノじゃない。それに…………」

そこで一度、言っていいのか迷うように言葉を詰まらせる。
だがそれも一瞬、はっきりとした口調で言った。

「復讐なんて、そんなの何の意味もない」

復讐に燃える自らの兄を否定する言葉が少女から吐かれる。
ありふれたような陳腐な言葉にも聞こえるが、復讐するに足る理由を持つ彼女が言うのであればそれも違ってくる。

「世界の平和のためには勇者の力が必要で、兄は勇者です。
 それを理解しているのに、私は兄に戦いをやめてほしいと思ってる。
 闘いなんて、勇者なんて、他の人がやればいい、そう思います」

それが少女の、どうしようもない本音だった。
ミリアはその本音をどうしようもなく身勝手で醜い願いだと思っているようだった。
何処か苦し気にキュッと眉を寄せているが、オデットは失望するでもなく眩しい物を見る様に目を細める。
そこで少女は暗い顔になってしまった事に気付き、取り繕うように何時も通りの笑顔で努めて明るい声を上げた。

「とにかく! 私はオデットさんの味方ですから。困ったことがあったら兄に言えないようなことでもなんでも相談してください。
 私じゃ頼りにならないかもしれないですけど、一人で抱えず話す事で楽になることもあると思いますから。
 魔族であるオデットさんがどうして勇者である兄さんと旅をしているのか、その理由は気になりますけど、それについては今は聞きません。
 いつか話せる日が来たら話してくださいね!」

そう言ってミリアは背後に咲き誇る花にも負けぬ笑顔をオデットに向けた。
眩しすぎてオデットは直視できず、思わず目をそらす。

戦いを嫌う、本当にやさしい少女。
彼女は”私たち”とは違うのだ。
そんな彼女もオデットの”本当”を知ってしまったらどうなるのだろうか。
今の言葉のように見方で居続けてくれるのだろうか。
そう思えばオデットは語る事が出来なかった。

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32勇者 ◆H3bky6/SCY:2018/03/31(土) 17:52:37 ID:IGpGfdUc0
「ぐ……………あッ!!」
「兄さん……ッ!!」

闇を引き連れた鋭い斬撃が勇者を切り裂いた。
倒れた勇者の下に慌てて駆け寄った魔法使いが癒しの光を放つが、その顔色がみるみる青ざめたものになってゆく。

「どうして!? 傷が、治らない…………!」

回復魔法を休むことなく唱え続けるが、傷が全く塞がらない。
袈裟に切り裂かれた傷口からは暗黒のような煙が沸き立つように上がり、その斬撃がただの斬撃ではない事を知らしめていた。

「よもや勇者が本当に生きていたとはな」

勇者の前に立ち塞がったのは、魔王の右腕ともいえる魔王軍の大幹部、暗黒騎士だった。
闇の巫女の予言により、新たなる勇者の出現を予期した魔王ディウスは、勇者の生まれるとされる里へと自ら赴き里ごと全てを滅ぼした。
のみならず、慎重で用心深い魔王は聖剣の眠る聖地へと先兵を遣わせ聖剣を封じるべく策を打ったのである。
決して敵を侮らない念入りで周到な魔王の先手を取った抜かりない対策と言えるだろう。

だが、魔王軍の耳に届いたのは、聖剣封印の知らせではなく、先兵を率いるガルバイン敗走の知らせだった。
何の間違いかと思ったが、その後に続く知らせを聞くうちに疑惑は確信へと変わる。
黄金の聖剣を持つ勇者は生き延びていた。
魔王を殺しうる唯一の人間が生き延びたと言うのは魔王軍にとって最大の脅威である。
故に、事実確認とその排除のため魔界最強の剣士、暗黒騎士が動いたのだ。

「ふん。だがどちらにせよこれで終わりだな」

息の虫となった勇者へ止めを刺すべく、魔剣を片手に暗黒騎士が歩を進めた。
背後に近づく死の気配を感じながらミリアは回復の手を止めず、兄を庇うようにして覆いかぶるように身を寄せる。
だがそんな抵抗は無意味だ。暗黒騎士の一刀は兄妹を仲良く切り裂くだろう。

だが、その前にフードの女が立ち塞がった。
フードの下の顔を見た暗黒騎士が兜の下の眼を見開く。

「? …………!? そうか、お前か……!」

目の前の相手が何者であるか認識し、暗黒騎士は愉しげに喉を鳴らして笑った。
これは騎士にとっても完全に予想外の再会であった。

「クククッ……そうか、生きていたのかオデット。
 なるほど勇者に与して我らに復讐でも果たそうとでも言うつもりか!?」
「私は別に…………そんなつもりじゃ」

オデットは気圧される様に眼をそらす。
煮え切らないその反応に暗黒騎士は吐き捨てる様に笑い、剣を収めた。

「まあいい。ここは引こう、あの方の御判断で見逃した貴様を私の一存で殺すわけにもいかん。
 だが、貴様も知っていよう。我が魔剣に斬られた者は呪いにより死に絶える、わざわざトドメを刺さずとも勇者の命運は既に尽きた」

暗黒騎士の持つ漆黒の剣。
魔界に蔓延る呪いを凝縮させた魔剣だ。
この魔剣でつけられた傷は治らず。
この魔剣でつけられた傷は身をむしばむ。
傷一つで死に至る、呪いの魔剣である。

「しかし、貴様のようなものが勇者と共にあったとは、笑い草だなぁオデット」

魔族を殺す勇者と共にあった同族を嘲笑いながら、暗黒騎士は去った。
取り残されたのは自らを偽る魔族と何もできない魔法使い、そして朽ち果てた勇者。
ここに居たり勇者は一度目の死に至った。

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33勇者 ◆H3bky6/SCY:2018/03/31(土) 17:53:51 ID:IGpGfdUc0
魔界最強の剣士の強襲を受け、未熟な勇者は敢え無くその命を落とした。
これで彼らの冒険は終わり、とはならなかった。
死亡したのは勇者である。
人類の希望はそう簡単に潰えてない。潰えることを許さなれていない。

現れた光の賢者の導きにより、二人の少女は勇者の復活に一縷の希望を託し死者を蘇生することができるという命の宝玉を求めて旅に出た。
苦難の道のりだった。
女二人、導き手である勇者を失った旅は様々な苦難があったことは想像に難くない。
広大な海を越え険しい山を越え、幾多の苦難を乗り越えた先に、孤島に聳え立つ月牙の塔へとたどり着いた。
その頂点に存在する賢人の試練を乗り越え宝玉を手にし、遂に勇者の蘇生を果たしたのだ。

そして勇者が蘇った夜。
彼らは小さな港町にある宿に泊まり身を休めることとなった。
普段は同部屋になることも少なくないが、田舎町にしては大きな宿屋で魔王軍との戦争の影響か客も少なくそれぞれ個室を取ることができた。
無駄遣いに厳しいミリアも復活祝いの今日ばかりは寛容だった。

一人部屋でベッドに寝転がっていたカウレスは眉根を寄せ苦しげに目を開いた。
身を起こす。
死を経験し蘇生した直後という事もあるのかどうにも気分が悪い。

そもそも勇者は眠らない。そんな無駄な機能は勇者には必要がない。
確かに眠れば体力と魔力が全快すると言う特性を持つが、状態異常まで治る訳でもない。
眠れないのなら無理に眠ろうとするより、外の空気を吸った方がまだマシだろう。
枕元に立てかけていた聖剣を背負い、部屋を出たところで廊下の窓辺で一人佇むオデットを見つけた。

「眠れないのか、オデット」
「……カウレス」

美しく夜に浮かぶ赤い瞳がカウレスを捉えた。
彼女は目を合わせることに恐れるように深くフードを被り直す。
そのフードの端から覗く横顔が、淡い光に照らされ儚げな美しさを引き立てる。

「月を見ていました」
「月?」

オデットが窓の外に視線を戻す。
その視線を追うようにカウレスも空を見上げた。
夜の帳が落ちた雲一つない空に、ぽっかりと浮かぶ蒼い月がある。

「月は好きです、私の故郷では月があまり見えなかったですから」

彼女の生まれた魔界の空は常に暗雲に覆われ月も太陽もない。
日のない世界で生きてきた彼女にとって太陽は少し眩しすぎる。
優しい月の光くらいがちょうどいい。

「故郷か…………」

傍らの勇者がポツリと呟く。
遠くを見つめるようなその瞳に沈むような暗い炎が宿る。
その炎が彼の原動力だ。
自身すら焼き付く煉獄の炎。
魔族を殺して、殺しつくす黄金の聖剣を担う勇者。

「そう言えば、まだちゃんとお礼を言っていなかった。また君に助けられたようだオデット。改めて感謝している」
「そんな、勇者は人間(わたし)たちの希望ですから、助けるのは当然の事です。魔王は倒なければなりませんから」

言って、オデットは自分で呆れてしまう。
人間の希望などどの口が言うのか。
けれど魔王は倒さねばならない。
この呪いを解くために。

「魔王、か…………オデットどうして君は、そこまで魔王討伐に拘っているんだ」

その問いにオデットが驚いたように眼を見開いた。

「…………意外ですわ。魔族を狩ること以外興味のない人だとばかり」

余りにも予想外で、思わず率直すぎる感想を口していた。
それなりに共に旅をして長いが、そのようなことを聞かれたのは初めての事だったからだ。
今更といえば今更過ぎる問いである。

34勇者 ◆H3bky6/SCY:2018/03/31(土) 17:54:33 ID:IGpGfdUc0
「失礼だな…………だがいや、その通りだ。
 正直、魔王討伐に使えるのならばキミの事情など知っても知らなくてもどちらでもいいと思っていた。その考えは今も変わらない。
 ただ、知っても知らなくてもいいのなら、知っておいてもいい。そう思っただけさ」

死を超えたからか、それとも命を救われた事によるものか。
それは些細なようで、大きな変化のようにも感じられた。

カウレスは魔族への復讐と関わりのない事には対して興味のない人間だった。
だからこそ、魔族であるオデットが取り入ることができたし、正体を詮索されることもなくここまでやってこれたのだ。

「…………私の事情なんて別段今の世の中では珍しい話でもありません。
 魔王に父を殺され、このような悲劇をもう繰り返してはならないと、そう思っただけです」

曖昧に言葉を濁す。
多くを語ればボロが出る。
この魔族を恨む苛烈な勇者に正体を知られる事だけは何としても避けなければならない。

その言葉をどう受け取ったのか。
カウレスは正面からオデットを見た。
不思議な瞳だ、燃えて濁っているようで純粋で澄んでいる。

「……君は僕に似ている」
「それは…………喜ぶべき言葉なのでしょうか?」

どう受け取っていいものか判断に迷う。
彼に限ってまさか口説いている訳でもあるまい。
魔族であるオデットが勇者に似ているなどと笑えない冗談である。

「どうだろうね。他の勇者ならともかく僕の場合は褒め言葉にならないかもしれない」

歴代の他の勇者がどう在ったのかは分からないが、カウレスは勇者と言うよりも復讐者だ。
少なくとも本人はそう自覚している。
そんな相手に似ていると言われても名誉であるとは言えないだろう。

「ただ、君の同行を許したのは魔界の内情に詳しいという話を信じたからじゃない。君が僕と同じ目をしていたからだ。
 僕と妹から全てを奪った魔族を僕は絶対に許せない。君はどうだオデット? 君は一体何を許せないでいる?」
「そんな、私は…………」

否定しようとして言葉に詰まる。
ミリアのように復讐は無意味だとまでは思わないけれど、それでも復讐など考えたこともない。
ただこの身を蝕む呪いを何とかしたいだけ。
それは嘘ではない。
だが、本当の事でもないのかもしれない。

果たして本当に、あの時何も恨まなかったのか?
復讐を考えなかったというのは、誰も恨まなかったという事ではないのではないか?
同類は同類を知る。カウレスはオデット自身すら理解してない昏い炎を見抜いていた。

「……そう、ですね。私は許せないでいるのかもしれません。
 けれど、それでも復讐を望んでいる訳ではないのです」

オデットは戦いは嫌いだ。
身勝手に戦う魔族たち(あいつら)のようになりたくなどない。
復讐だと言うのならば、そう生きることこそが彼女の復讐なのだろう。
頑なに人を喰らわなかったのも、諦めて死を選ばなかったのもそれ故なのかもしれない。

闘争を好む魔族らしからぬ性格となったのは人間との共存を願った父に育てられたからこそである。
オデットの父は人族と魔族の共存を願い、オデットもその願いの助けとなってきた。

だがそれは父の願いだ、彼女の願いは父に支えになることであり共存ではない。
父はそのために働き処刑までされた。
何故父が人間を助けようとするのか、オデットには理解できなかった。

人間界に落ち延びてからは、辛いだけの日々だった。
その地獄のような日々の中で美しく咲き誇る花を見た。
穏やかな日々を生きる人々の暮らしを見た。
人間界に落ち延びてから辛いだけの日々だったけれど、この世界で確かに美しいモノを見た。
父の願いが、今なら少しだけ分かるような気がした。

「私が望むのはこの大地の平和。
 そこに嘘はありません…………それだけは信じてもらえますか?」
「ああ、君を信じよう。オデット」

空を見上げる。
そこには丸い月が浮かび、冴え冴えとした光が二人を照らしていた。

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35勇者 ◆H3bky6/SCY:2018/03/31(土) 17:55:53 ID:IGpGfdUc0
そして運命は大きく変わる。
何者かの悪意に弄ばれるように、殺し合いへと巻き込まれた。

拉致されたのは正真正銘の異界である。
見たこともない衣服を着た多くの人間。
見たこともない材質で作られた建造物たち。
魔法ではない謎の力を使う世界の支配者。
そして同じ舞台に立つ、魔王。
嘗てない異常事態である事は明白だった。

そしてこの地における初戦。
人類最凶の暗殺者との戦闘において醜い裏切りにあいオデットは瀕死の傷を負ってしまった。

普段のオデットは呪いによる飢餓を、強靭な理性と信念、そして聖剣による恐怖心でようやく押さえつけている。
だが、ここに聖剣はなく、瀕死にまで追い込まれたことにより理性が崩壊し魔族の本能が顔を出した。
彼女を咎めるモノは何もない。
そうして初めて人の肉を口にする。

あれ程嫌だったのに。あれ程我慢してきたのに。
どれ程に気高い理想を掲げようとも、所詮魔族は魔族。
一枚剥げばそんなものだと。自らに対する深い失意と絶望。
尤も、あの時はそんなものを感じる理性もありはしなかっただろうが。

それは決してやってはならない事だ。
そう自らに誓いを立てた。
自分がそんなことをしてしまうなど彼女にとってはどうしても受け入れがたい。

だから――――自分ではない他に理由を求めた。
己ではなく己の中に凶悪イメージを仕立て上げた。
ちょうどいい事に、そのイメージを押し付けるのに都合がいい存在がいた。
それは先ほどまで戦っていた、人を殺す事を何とも思わない凶悪なダークスーツの男。
この男ならば、冒涜的行為を行ってもおかしくはない。

血肉を喰らい取り込むという儀式的な行為も都合がよかった。
そう言った経緯があるのならば、内側にあの男が入り込むこともあるだろう、そんな自らを騙す”納得”を得た。
そうして本来のヴァイザーとも違う、自らに襲い掛かってきた男という凶悪なだけの人格に身を任せた。

だが、それも一時的なモノである。
肉体が回復すれば、精神も回復し正気を取り戻すこともあったかもしれない。
だがそうはならなかった。

決定的だったのが第二放送である。
魔王――――ディウスの死を知った。
ディウスが死んでも呪いは解けないという事実を突き付けられたのである。
唯一と言っていい希望が潰えたのだ、心が潰れるには十分な理由だった。

そこからは転がる様に堕ちていった。
人を害し、神すらも喰らい、これまで抑え付けていた衝動を晴らすように暴れまわった。

魔の頂点である邪神の肉は魔族にとっては劇薬だった。
肉体を明確に変質させ、属性に変化と安定を齎した。
もはや後戻りのできない領域で、別の自分が安定してしまった。

そうして、人類最高の暗殺者の手により再び死に瀕して。
そこで自らの醜さを自覚した。

何か恐ろしい物から逃げる様に、訳も分からず駆けだした。
駆ける両足は野太い血管が浮き出て、異常なまでに肥大している。
へし折られた首は異常な筋肉で支えられていた。
その肉体は可憐な少女の物とは呼べない。

36勇者 ◆H3bky6/SCY:2018/03/31(土) 17:57:03 ID:IGpGfdUc0
死を拒絶するように、生を求めるように、暗闇の中で光を求めるようにひた走る。
目的地などない疾走。
それは逃避なのか暴走なのか、分かる者などいない。

肉体は変質し、精神は分裂し、魂は穢れ落ちた。
オデットと呼ばれる少女の面影などどこにもない。
もはや正気であるのかすら疑わしい。
いや、とっくに狂っているのだろう。

それはいつから。
魔王の死を知った瞬間からか。
佐藤道明に爆破され瀕死に追い込まれた時からか。
それとも、父を失ったあの日からか。

二度の死に瀕して、彼女は自らの醜さを知った。
生きるためには他者を侵し、生きるために他者を喰らう。
高潔だった魂は醜く爛れた。
高潔であったからこそ、彼女はその醜さに耐え切れない。
もはや目を背ける事すら許されない。

生きることは斯くも醜い。
ならば。
ならば、死は美しいのだろうか。

彼女にとっての死のイメージは美しい黄金だ。

これまで幾度も死を予感したことはあった。
飢餓で死にかけたこともあった。
魔王に処刑されそうになった事だってある。
だが、あの出会いは、そのどれよりも色濃くその印象を塗り替えた。

花弁のように舞う光の粒子。
黄金の剣を持つ勇者。
何故、勇者と旅をしたのか。
解呪という目的があったとはいえ、それ以上のリスクを犯しながら何故旅をつづけたのだろう。
出会ったあの瞬間から、あの黄金に、きっと惹かれていたのだろう。

私を縛る心地のよい恐怖。
死を忌諱するからこそ安堵する。
醜い生を塗りつぶす美しい死。
あの輝きが傍らにあれば、私はきっと正気(まとも)でいられたのに。

どれ程の間、理性なき疾走を続けていたのか。
主催者の手により首輪の縛りから解放されたのは幸運だろう。
そうでなければ、禁止エリアで誰にも知られることなく下らない結末に陥っていた。
いや、あるいは、そちらの方が幸運だったのかもしれないが。

そして明かり一つない夜の暗闇の中、視界の端に浮かぶような淡い光が見えた気がした。
考えるよりも早く足はそちらに向いていた。
光を追い求める。

まるで燃え盛る炎に群がり自らの身を焼く羽虫のようだ。
忌まわしくも懐かしい黄金色に誘われるようにしてたどり着く。
そうして、欠けた何かを埋める様に、太陽よりも眩しい黄金の光に飛び込んだ。

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37勇者 ◆H3bky6/SCY:2018/03/31(土) 17:58:02 ID:IGpGfdUc0


そうして、一撃の下に両断された。


自ら襲い掛かったのでは殺意感知も意味がなく、攻撃の瞬間を狙われては瞬間移動も意味はない。
反射的に振るわれた黄金の刃は当然のように熱したナイフでバターを切るが如き滑らかさで胴体を中心から両断した。
腹部は脇腹の端だけが辛うじて繋がり、折れた枝木のようにくの字に曲がった体は、断面から鮮やかなまでに赤い血液と共にその中身を辺りにぶちまけていた。
神の再生力により両出された肉と肉が、再び繋がりを取り戻そうと蠢くが、聖剣による一撃はその再生を許さない。

「…………………」

勇二は足元を一瞥する。
咄嗟の事で驚いたが、勇二には怪我一つない。
邪神の肉を喰らった魔族など、聖剣使いの恰好の獲物でしかない。

転がるのは全身が醜くも爛れた黒い角の生えた怪物だった。
張りつめた筋肉には血管が浮き出ており、女性的な特徴は見て取れない。
ただ赤い瞳だけが美しく煌々と輝いていた。

「そうだ…………オデットさんを探さないと」

呆けていた頭を切り替える。
勇二からすれば、襲い掛かってきた怪物を撃退したに過ぎない。
怪物から視線を切ると、聖剣を背に担ぎ直して踵を返した。
自らを庇い死んでいった彼に報るためにも最後に残ったカウレスの仲間を探す。
家族も仲間も失った勇二の目的はそれくらいしか残っていなかった。

今しがた自らが両断した怪物が探し人であるなど知る由もない。
カウレスから聞き及んでいた特徴とはあまりにも違う。
そもそも特徴を伝えたカウレス自身が魔族だと把握していなかったのだ。
変質した今となっては認識しようもない。
このような怪物がオデットであるなどと思うはずもないだろう。

勇二は怪物を顧みることなくその場を後にする。
オデットを照らしていた光が遠ざかって行き、追いすがることもできず暗闇に取り残される。
これまでの報いを受ける様に一人無様に死を迎えるのだろう。

「もしかして、オデットさん……………?」

だが、どうしてそう思えたのか。
立ち去ったはずの勇二が引き返し、倒れたオデットを見下ろしていた。

余りにも変わり果てたオデットの姿。
だがそれでも、もしやと思う事が出来たのは人も魔も共に暮らし差別も区別もしない勇二だからこそなのかもしれない。
驚きの表情を浮かべるオデットを見て、勇二は確信を得た様に声を上げた。

「やっぱり! いま回復を……!」
「………………待、って」

慌てて傷を治そうとする勇二をオデットが制する。

「…………分かるでしょう………………?」

勇者として覚醒した勇二は他者に対する回復魔法を習得している。
だが、勇者の力は魔を殺す為だけのもの。
ただの魔族であった頃ならまだしも、邪神の属性を得た今のオデットにとっては毒にしかならない。
忠告の意味を理解し手を止めた様子を霞む瞳で確認して、オデットが呟くように漏らした。

「そう……彼方が、勇者なのね」

暴走に次ぐ暴走を重ねてきたオデットだったが、驚くほど心持は穏やかだった。
見紛うはずもない震えるような黄金の剣を前にして、沸き立つような熱狂は一瞬で醒めていた。
心暗い所を強制的に照らされるような畏怖と羨望が心を満たす。

黄金の聖剣を持つ者、その意味するところを彼女が理解できなはずがない。
だって、旅をしたのだ、勇者と。
共に旅をしたのだ。

「……………………カウレスは……どうしたの?」

オデットは自らの知る聖剣の使い手の所在を尋ねた。
目の前の少年は聖光に包まれ聖剣を使いこなしている。
それは聖剣の所有権が移譲されているという事だ、
その指し示す意味はつまり。

「…………カウレスお兄ちゃんは、僕を護って死んでしまったよ」

その結末を聞いて、オデットは少しだけ悲しむように眉根を寄せて、安心したように息を漏らした。

「そう、それは…………よかった」

復讐に囚われ復讐にしか価値を見いだせない少年だった。
そんな彼が何か別のモノに命を投げ出すほどの価値を見いだせたのならば、それはきっと良い事だったのだろう。

今更になってカウレスと言う少年の素顔が見えた気がした。
カウレスがオデットの真実を知らなかったように、オデットもまた彼を見ていなかった。
復讐に囚われていただけで、きっと心優しい少年だったのだ。
そんな事を想う。

38勇者 ◆H3bky6/SCY:2018/03/31(土) 17:59:25 ID:IGpGfdUc0
「さぁ…………トドメを、刺して」

自ら首を差し出す力は残っていないがせめて潔く。
かつての父のように静かに目を閉じる。
取り繕いではなく、心の底から穏やかに死を待つ。

これまで数々の醜態を晒してきた自分はきっと世界一醜い。
綺麗事をほざいていただけに余計に性質が悪い。
そんな自分を自覚してしまったのだ、いっそ消えてしまいたい。

それなのに他者を食い物にしてまで、死にたくないと願ったのは何故なのか。
何のために醜くもここまで生き延びたのか。
今際の際に立たされた今になってわかる。

生に固執していたのではない。
死に固執していたのだ。

聖剣。
魔族を殺す黄金。
私を殺す黄金。

私の恐怖。
私の死神。
私の覚悟。
私の決意。
私の希望。
私の天敵。
私の黄金。
私の運命。
私の死よ。

彼女の死はあの瞬間、あの出会いから決まっていた。
この黄金の剣こそ彼女の死だ。
他の死に方は嫌だった。
どうかその聖剣で殺してほしい。

「―――――嫌だ」

だがその望みを、勇者ははっきりとした口調で拒絶した。

「…………私の命を奪う事を気にする必要はないわ。
 私が、襲い掛かって返り討ちにあっただけなんだから…………。
 馬鹿な魔族が死ぬ…………それだけの話よ」

襲い掛かったのはオデットの方である。
自業自得だ、同情の余地はない。
それに勇者に魔族が切り殺される。
故郷ではありふれた光景が、この地でも繰り返されただけの話だ。
それだけの話だ。

「そんなのは嫌だ。絶対に僕は殺さない。絶対に助ける」

だがそれでも、勇者は拒絶する。
世界にありふれた悲劇を否定する。

「どうして……あなたは勇者なのでしょう……?
 私は魔族よ…………勇者は魔族は、斃さないと」

勇者とは人族の希望にして魔族の絶望。
魔族を殺す決戦兵器の名だ。
勇者ならば殺すべきだ。
その言葉を否定するように、勇二は悲しげに首を振る。

「それがなんだって言うんだ! 魔族であることは、そんなに悪い事なの…………?」

勇二にとって妖怪や幽霊は家族のようなものだだ。
勇二は人間でありながら、退魔の名家田外の人間として妖怪や幽霊に囲まれて育った。
それは魔族でありながら、人間と共に暮らしたオデットのように、当たり前にそこにいるモノだった。

勇二にとっては同級生のいじめっ子も悪い幽霊も何も変わらない。
いい人間がいればにいい妖怪もいる。
人間を襲う妖怪もいれば、妖怪を食い物にする人間もいる。
それだけの当たり前の事なのに。

それなのに、オデットは魔族が殺されるべき悪しきモノののように語り。
勇二の持つ聖剣も魔族は滅ぼすべき悪だと語り掛けてくる。
それが勇二は嫌だった。
どうしようもなく腹が立つ。

「勇者がなんだ、魔族がどうした…………!
 僕はオデットさんを助けたい、オデットさんを殺したくなんかない!
 だから助けるんだ! 誰にも文句は言わせない!!」

勇者ではなく勇二としての言葉を叫ぶ。
愛も、カウレスも勇二を庇って死んでしまった。
勇二の力が足りなかったから助けられなかった。
大事な人を助けれない悲劇はもう御免だ。

勇二らしい勇者。
カウレスの最後の言葉を何度も思い返して、その言葉の意味を、ずっとずっと考えていた。
勇気をもって自らの意思で選択する。
もう、聖剣なんかには従わない。

「無理よ…………私はもう…………………助からない」

体は殆ど二つに分かれ、色んなものと共に血も体から流れ出している。
こうして喋れているのが不思議なくらいだ。
わざわざトドメを刺さずとも死を待つだけの女である。
もう余命は幾許も無いのだ、せめて望みの死をくれてやるのが慈悲だろう。

39勇者 ◆H3bky6/SCY:2018/03/31(土) 18:00:26 ID:IGpGfdUc0
「そんなのは認めない」

だが、慈悲などない。
慈悲のために救うのではない、救いたいから救うのだ。

「けど…………どうやって」

聖の頂点である勇者には魔の頂点である邪神を救うことはできない。
勇者の一撃は再生を許さず、都合のいい回復薬もない。
ならば、とれる選択など一つしかなかった。
勇二は聖剣を地面に突き立て告げる。



「――――――――――――聖剣を破棄する」



剣から手を放す。
個人で世界を革命出来るだけの力の所有権を破棄する。
歴代勇者が猛毒と知りながら誰一人として捨てる事の出来なかった力を、勇二は何のためらいもなく放棄した。
勇二の勇者に聖剣はいらない。

「あぁ……………ッ」

勇者の力が粒子となって舞い上がり、闇に溶ける様に消えて行く。
オデットの死の象徴が霧散していく。
それまるで儚くも散りゆく花吹雪のようだった。
オデットは倒れこんだまま、名残惜しげに光の残滓を見送った。

そして黄金が徐々に色あせて行く。
聖剣は化石のように色を失いついに名残も残さず灯は消えた。

耳鳴りがするほど静かな、肌寒い夜。
乾いた風が吹いた。
夜の帳が落ちる。

「さあ、僕は踏み出したぞ。オデットさんも諦めて僕に助けられろ!」

傲慢に勇者が告げる。
あと一歩の勇気を求める。

勇者とはなんだ。
世界を救う力を持つ者の事か。
困難に立ち向かう者の事か。
巨悪を討つ者の事か。
そのどれもが正しく、そのどれもが違う。

「私自身が多くの人に迷惑をかけたわ。あなたにだって襲い掛かった、今更助かったところで」
「…………それなら僕も同じだよ。いろんな人に迷惑をかけた」

オデットの返事など待たず、言いながら霊力による糸で分断された体を縫合する。
勇者の力が消滅したことにより回復魔法は使えなくなったが、同時に再生阻害も消滅した。
これほどの深手、神の力を得たオデットの生命力をもってしても、生き残れるかは五分だが。
体は繋げた、後はオデットの再生力に任せるしかない。

「だから一緒にやり直そうよオデットさん。死んじゃうなんてそんなのは逃げてるのと同じだよ」

あぁ、とオデットがあきらめた様に息を漏らす。
余りにも正しく、余りにも眩しい、余りにも残酷な存在。
自信の勇気で他者を救うのではなく、他者にも勇気を求める勇者。
その勇気を以て、他者に勇気を与えられる者。
それが勇二の示す勇者の形。

「そう…………今回の勇者は、厳しいですのね」

ふと空を見上げる。
そこには当たり前の様に月が浮かんでいる。
いつかと同じく傍らには勇者がいる。
あの時とは違う勇者とあの時とは違う異界の月を見上げていた。

【H-5 草原/真夜中】
【田外勇二】
[状態]:人間、消耗・大
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式
[思考]
基本方針:自分らしい勇者として行動する
1:ワールドオーダーを倒す
[備考]
※勇者ではなくなりました

【オデット】
状態:再生中。胴体両断。首骨折。右腕骨折。神格化。疲労(大)、ダメージ(極大)、首輪解除、マーダー病感染
装備:なし
道具:リヴェイラの首輪、携帯電話
[思考・状況]
基本思考:-
1:勇二に助けられる
※ヴァイザーの名前を知りません。
※ヴァイザー、詩仁恵莉、茜ヶ久保一、スケアクロウ、尾関夏実、リヴェイラを捕食しました。
※現出している人格は最初からオデットでした

40勇者 ◆H3bky6/SCY:2018/03/31(土) 18:00:48 ID:IGpGfdUc0
投下終了です

41名無しさん:2018/04/29(日) 19:23:18 ID:9WVM2ZhU0
遅ればせながら投下乙

42 ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 00:52:11 ID:CdEWYDVs0
投下します

43HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 00:53:22 ID:CdEWYDVs0
「なぜ氷山リクなのカ、だって? オカシナことを聞くネ。

「何故も何も決まっているだろウ。それは彼が特別だからだヨ。

「ふゥむ。それは理論の順序が逆だネ。
 特別性の惑星型怪人に選ばれたから彼が特別なんじゃない、特別だから特別な惑星型怪人の素体として選ばれたのサ。
 そうじゃなきゃわざわざ拉致なんてさせないヨ。

「まぁ基本的にはそうだネ、むしろ志願者で基準を満たしたキミの方がようなのがよっぽど特殊ダヨ。
 普通は志願された所でこちらの望む基準値を満たせないからサ。
 プロトタイプには志願を募ったガ、元から使い潰すつもりだったからネ。

「なに? 本人にいう事ではなイ? 隠し事はしない性質なのサ。正直モノだろウ?

「心配せずとも被験体の中でも能力(パラメータ)だけならばキミがトップだろうサ。
 あぁもちろん大首領は除くヨ? あの人はちょっとワタシから見てもイロイロとオカシイからネ。

「ふゥむ。キミ、ホントにカレの事嫌いだネ。まあいいけど。仲良くされるよりマシだしネ。

「彼が【基礎】に選ばれたのは優秀さではなく、適性の問題だヨ。

「第三世代型の特性は理解しているネ? 魔術的特性というヤツだ。

「いやいや、彼に魔術の才能なんてないよ、皆無ダといっていい。
 彼が魔術を使うのではなくて、彼はいわば触媒、使われる方だヨ。

「例えば、一般的に美を司る惑星と言えば金星とされているよネ?
 けれド、生命の樹(セフィロト)では金星の属するネツァクが意味するのは勝利ダ。
 美を司るのは第6セフィラのティファレトであり、ティファレトが指し示す惑星は太陽となっていル。
 つまりは解釈により指し示す結果が変わるんだヨ。これは観測学とも量子学とも違う、科学にはないファジーさダ。だから採用した。

「話はズレてはいないさ、そういう曖昧さを呑み込むのが資質というヤツなんだヨ。曖昧なのキライだろキミ?

「彼は曖昧さも呑み込む、それこそ恐ろしいくらいにネ。
 後にも先にもワタシが被験体に恐怖を抱いたのは大首領と彼くらいのものサ。

「なに? そうだよ彼は恐ろしい。
 あの二人はある意味で似た者同士だからネ。掲げる方向性が違うだけで根本は一緒なのサ。
 そこを理解しておかないとそのうち痛い目にあうかもしれないヨ?」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

44HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 00:54:04 ID:CdEWYDVs0
この街の全ては燃え尽きた。
度重なる大規模戦闘により街影は崩れ落ち、積み重なった屍の山は塵すら残らない。
最後には業火のような一人の女によって終焉を迎えた。
凄絶な生存競争の果てに残った勝者は、勝利の美酒に酔うでもなくギリと奥歯を鳴らし不愉快そうに顔を歪める。

彼女は苛立っていた。
どうしようもなく暴れたくなる衝動が消化不良で燃えカスのように燻っている。
だが彼女が不愉快そうにしているのは、その実珍しい事ではない。
いつの間にかカラッとしたお祭り女として通っていたが、昔から常にイライラしている火薬庫のような女だった。

ありのまま炎のような激情を燃やす女だった。
そんな彼女にとって世界はいつだって不満だらけだ。
嫉妬、僻み、嫉み、妬み、やっかみ。
有能であれば爪弾きにされる世界。
出る杭は打たれると言うが、しかし彼女は打たれないほど苛烈であり熾烈だった。
売られた喧嘩はその尽くを返り討ちにして来た。

だが、陰湿なジメジメとした湿気った奴らはそれすらもしない。
真正面から来ればいいのに、それが更に彼女を苛立たせる。
渡る世間はバカばかり、何もかもが気に食わなかった。
底に溜まった鬱屈とした感情を晴らすのは夏の祭りと喧嘩だけ。
そんな生き方をしていた。

なのに、それが変わってしまったのはいつからだったか。
いつの間にか師匠のようなものができ、相棒のようなものができ、仲間のようなものができ、ここに来て弟子のようなものまで出来た。
炎のような激情はいつの間にか安定を得たように静まり、心は平穏を悪くないモノとするようになっていた。

だが、その全ては燃え墜ちた。
全てを薪のようにくべて、今の火輪珠美という劫火がある。
その劫火は自身まで巻き込んで、全てが灰のように燃え尽きるまで消えることはないだろう。

片腕で器用にパワーバーの包みを解き、豪快に噛みしめる。
知らず噛みしめた口元が歪む。
全てが消えた。
原点回帰というヤツだ。

戦い。
そう、戦いだ。
全てが燃え尽きた跡に残った物などそれしかない。
いや、最初から彼女にはそれしかなかったはずだ。
それを何を勘違いしたのか。

味わいたいのは、燃え上がるような夜。
全てを忘れさせてくれるような絶対強者だ。
理由があって戦うのではなく、戦うために戦う相手を模索する。

だが、生き残りの中でボンバーガールを満足させてくれるほどの強敵が果たしてどれだけ残っているのか。
前回までの放送を思い出し、生き残りを頭の中で一人一人確認していく。

候補として真っ先に浮かぶ筆頭は龍次郎だ。
力と暴虐の化身。理不尽と破壊の権化。
あの龍とならば、きっと消し炭になるような灼熱の戦いができるだろう。
次いで連想されるのはモリシゲ、恵理子と有名どころの悪党どもと続いて、そして。

「…………そういや、あいつも生き残ってるんだったか」

バリボリと咀嚼する口元から蒼い火花が散って、放り投げたパワーバーの包み紙が燃える。
ここに来てとんと話を聞かないからすっかり忘れていた。

ジャパン・ガーディアン・オブ・イレブンの同僚にして実質上のリーダー。
白銀の断刃。シルバースレイヤー。氷山リク。
仲間と言う立場上、本気で戦りあったことはないが、きっと戦えばそれなりに面白い。

45HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 00:56:28 ID:CdEWYDVs0
「さて、と」

奴らはどこにいるのか。
どこに行けば出会えるか考える。
少なくともこの市街地にはいないだろう。
街ごと死んでいるかのように、どこにも生命の息吹が感じられない。
もう生きた人間はいないだろう。
仮に何者かが息を潜めているとしても、隠れ潜んでいるような小物には興味はない。

そうなると生き残った参加者はどこに集まる?
もはや人の集まる市街地を目指すなんて段階ではない。
この閉鎖された空間で最終的な目的地があるとするならば、それはこの会場の外に他ならない。
彼女自身にとってもはや脱出などもはやどうでもいいが、出口を目指す輩を待ち伏せると言うのは悪くない。

だが、肝心なその出口が分からない。
そもそも存在するのかも怪しいが、問題は本当に出口が存在するかではなく、出口を目指す参加者がどこを目指すかなのかである。
その予測がたてられれば待ち伏せもできるというものなのだが。

「…………あー、わっかんねぇな」

そんなもの珠美に分かるはずもない。
残念ながら頭を使うのは苦手だ。
頭を掻こうとして片腕がない事を思い出し、少しだけ虚しくなった。

「よし、なら――――――中央だ、中央にしよう」

深い考えはない。なんとなくだ。
頭ではなく直感に頼る。
あえて言うなら、真ん中の方がそれらしい。
ただそれだけの理由である。

だが、珠美の直感はよく当たる。
外れていたとしても一番高い所から花火を打ち上げて待てばいい。
そうすればきっと誰かが見つけてくれる。
見つけた奴を倒して行けば、きっとそのうち終わりが来るだろう。

「それじゃあ、いつものやり方でいくとするか」

握り締めた拳から火花を弾けさせる。
市街地から中央の山脈までは湖に挟まれているため、大きく迂回する必要があるのだが。
彼女の場合そんなことをする必要もない。

夜空に向かって花火が打ち上げられる。
その花火は断続的に爆発を繰り返しながら、湖の上を飛翔するように美しい軌跡を描く。
それは不吉なまでに美しい、流れ落ちる星の涙のようだった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

46HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 00:58:37 ID:CdEWYDVs0
それは切り取られたような四角だった。

この小さな世界の中心に聳える山の頂点にその四角はあった。
山頂にて開かれた鉄扉の先には、深淵へと繋がるような深い深い穴が口を開けていた。

扉を開けたリクは懐中電灯を取り出し、中を照らしながら落下しないよう慎重に穴を覗き込んだ。
広がる暗黒は吸い込まれそうなほどに深く、照らし出した白い光が暗闇に溶けるように消えて行く。
奥底が見える気配すらない。わかったのは光が届かないほど深い、という事だけである。

このままいくら照らしたところで無駄だろうと奥底の調査に見切りをつけ、リクは懐中電灯の光を側面へと移した。
無機質な壁面が淡く光を照り返す。
つるつるとした壁で覆わた壁からは粗雑に掘られたという印象は感じられない。
むしろ、こんな場所にあるとは思えないほど機械的ともいえる程、妙に整っていた。

その横合いから何かが放り込まれた。
亜理子がその辺に落ちていた砕けたダムの破片を拾い上げ放り投げたのだ。
落下する破片を視線で追うが、闇に飲まれて行ってすぐに見えなくなった。
その意図を察して眼を閉じ耳を澄ませる。
たが、数十秒待つが反響音は何一つ返ってこなかった。

「…………返ってこないわね」
「音が返ってこないほどに深い穴って事か?」

同じく聞き耳を立てていた少女にリクが問う。
その問いに亜理子はつれない態度で肩をすくめる。

「単純に音が届かないほど深いのか、緩衝材のような音を吸収する何が敷かれているか。それとも、物理的に繋がっていないのか。
 可能性だけなら何とでも」
「物理的に…………? 不思議の国にでも繋がってるってのか?」
「あら意外にメルヘンなのね。けれどウサギ穴には見えないわね」

不思議の国の少女と同じ名を持つ少女はくすりと笑う。
こんな所に開いているのだから不思議の国どころか地獄に繋がる奈落の底の方が連想しやすい。

「けど結局、ほんとに何なんだこれ? 井戸やダムの底の排水溝って訳じゃなさそうだが、こんなところに落とし穴なんて事もないだろ?」
「どう見ても自然にできた穴でもないのだから、何らかの役割を果たしていると考えるべきでしょうね」

穴の周囲の泥をつまみ、指ですりつぶしながら探偵は答える。
問われた所ですぐに断言することはできない。
探偵とはいえ一見ただけで超速理解とはいかないのである。
今の時点では推察と考察を重ねるしかない。

「この穴は最初からこの島にあって、殺し合いの邪魔になるから奴が封じていたという可能性は?」
「支給品として鍵が支給されている以上それはないわ、明らかに見つけてほしがっている」
「にしては見つけ辛過ぎだろ……」

そもそもダムの水の下に隠されていたのだ、ご丁寧に鍵までかけて、だ。
簡単に見つけられるものではない。
むしろこうして見つけられてのが偶然と幸運の産物である。

「そうね。こんな所にあるのは、見つけてほしい。けれどいきなり見つけられては困る。最悪見つけられなくてもいいから、かしらね」
「訳が分からん」

禅問答のようだ。
見つけてほしいが見つけられなくてもいい?
どういう事なのかリクには理解できなかった。

「そう難しい話じゃないわ。見つけられないようなのはいらないってこと」
「……なにか試練、のようなものか? それを乗り越える人間を待っている?」

その言葉に探偵は見つからないように少し笑う。
同じヒーローであるナハトリッターもそんな風に例えていた。

47HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 01:00:36 ID:CdEWYDVs0
「そうね。それに近いかもしれない」

探偵は同意する。
ヒーローはより一層首を傾け。

「つまりは、ここは出口かもしれない、ってことか?」

試練を乗り越えたモノが到達する最終地点。
不思議の国ではなく、見慣れた日常の国へと繋がる扉。
大胆すぎるこの予測を探偵は肯定こそしないものの否定もしなかった。

「だが、わざわざ奴が脱出口なんて用意すると思うか?」
「ええ、それはありえるでしょう。だって脱出手段はこれに限らずいくつか用意されているのですから」

女子高生探偵は当然のことのように余りにも想定外なことを言う。
その態度に、女の底意地の悪さを感じヒーローは怪訝な顔で眉をひそめる。

「とりあえず、詳しく聞こうか」
「そうね。私がここに来るために使った支給品なのだけど」

そう言って亜理子が取り出したのは『電気信号変換装置』通信先に転送するアイテムである。
龍次郎の元からリクの元まで亜理子が通信バッチ越しに現れたのはこれのおかげなのだが。

「例えば、外に繋がる携帯電話でもあれば、それだけで脱出は出来るとは思わない?」

それは青天の霹靂ともいえる発想だった。
通信先に転移できるという性能が適用されるのならばその通りである。
あっさりと脱出に対する具体的な脱出方法が提示されてしまった。

「だが、こんなところに電波がつながってるとは…………」

思えない。
そう言いかけて、雪兎が電波塔を気にかけていたことを思い出す。
どこかに電波は繋がっている、あの才女はそう言っていたのではなかったか。

「少なくとも、ここいるアイツと外にいるアイツ。それぞれ連絡を取り合っているのは間違いない、それに関してはここにいるアイツと接触したときに確認済みよ。
 仮に連絡手段が携帯電話でなくとも、その手段さえ奪ってしまえば脱出はできるの。
 そして、あの男がこの程度の穴に気付かないはずがない」

先ほどの鍵と扉の関係と一緒だ。
なにせ全てを用意したのはあの男自身なのだ。
わざわざ支給品として用意した以上、これは意図して開けられた穴である。

「なら仮にここもそうだとして、まさか飛び込めってこたぁないだろうな」

改めて穴を覗きこむ。
今のリクが落下すれば間違いなく死ぬ高さだ。
いや高さが分からない以上、万全の状態だって躊躇う高さだ。

「さてどうかしらね。何だったらあなたが飛び込んで確かめてみる?」
「いや、止めておく。判断するには材料が足りない」

リクは勇敢であるが愚かではない。
この状況で飛び込むのだとしたら、それは勇気ではなく蛮勇だ。
まだ、万策が尽きたわけではない。
まだこれが出口であると決まったわけではないし、一か八かを試すような状況ではないだろう。

「脱出口じゃなかったとしても何らかの手がかりであるのは間違いないわ。
 一応聞くけど、これがなんだが心当たりはあるかしら?」

探偵ではなく超常に通じたヒーローからの意見を求める。
と言われてもリクに思い当たる物など無い。
出るとしたら当たり前の発想くらいのものだ。

頭の中でイメージする。
縦に長い穴。何処かに繋がる道。四角。

「トンネル……いや、エレベーター…………か?」
「エレベーター……なるほど、その発想はなかったわ」

その呟きに少女は感心したように頷く。
それを皮肉だと感じたのかリクは口をとがらせる。

48HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 01:03:37 ID:CdEWYDVs0
「なんだよ」
「いいえ、褒めているのよ。恐らくは”それ”よ」

妙に確信を得たような言葉だった。
むしろ言ったリクの方が不可解そうである。
知識として構造を知るからこそレールもロープもないただの穴がそれだとイメージとして繋がらなかった。
期待した方向性とは違うが素人ゆえの発想だと言える。

「こんな所にか?」

山頂のダムの底。
そんなところにあるエレベーターなど、誰が使うと言うのか。

「こんな所だからよ。
 これがエレベーターだとしたなら、なにか呼び出す方法があるはず。いえ、むしろ彼は…………どうやって」

ぶつぶつと小さな声で呟きを漏らす。
思考に入り込んでいるのだろうか。
仕方なくリクが周囲が見るが少なくともスイッチらしきものは見当たらなかった。

「ともかく周囲を調べてみるか、なにか見つかるかもしれないし、」

唐突に、そこで言葉が途切れた。
会場の外と思しきはるか遠方の空が白んだ。
何事かと二人が視線をやろうとしたところで、足元がグラいた。

「なんだ…………!?」

地面が大きく揺れていた。
二人は咄嗟に倒れないよう体勢を低くして身構える。
一瞬、足元の山が噴火するのかと思ったが、どうやらこの孤島全体が揺れているようである。
リクは何が起きるのかと油断なく周囲を警戒するが、程なくして揺れは収まった。

「……地震、かしら?」
「と言うより、何かが落ちたような……」

距離が離れすぎていて明確ではないが、まるで遠くで巨大な何か、それこそ太陽でも落ちたかのような衝撃だった。
山頂という高所にいた二人だけに見えた物もしれないが、直前の閃光も気がかりだ。

「……夜明けにはまだ早いぜ」

まだ日も変わっていない夜も深い時間帯だ、太陽など昇るはずもない。
だが、一瞬だがあれほど世界を照らす光など、そうそうあるモノではない。
太陽。亜理子の頭に直前に出会った彼女を焼き尽くそうとした太陽が如き怪人を思い返される。

「………………まさかね」

ありえない想像を振り払う。
太陽の怪人と大首領が戦っているのはのこの孤島の東端辺りのはずである
光源はどう見積もっても島を超えた遥か先だった。
あれが戦闘の余波だとは考えづらい。

「おい、あれを見ろ」
「今度は何…………?」

何かを発見したリクが声を上げる。
今度の異変は先ほどの光があった北東とは逆の南東からだった。
亜理子が若干うんざりしながら振り返るとそこには煌めく七色の光があった。
先ほどの全てを塗りつぶすような圧倒的な光ではないが、水面に映える色取り取りの光は無視できない確かな存在感を示している。

「あれは…………花火かしら?」

打ち上げられた花火は一筋の流星のようだ。
煌びやかな光の帯は市街地から河を越えこの山に向かって伸びている。
断続的なその光はただの花火であるとは考えずらい。
何より、こんな状況で花火を上げるバカなど居るはずもない。

「心当たりがある。仲間だ」

だが、リクにはそのバカに心当たりがあった。
すぐに連想できなかったが、リクの発言に亜理子も思い至る。
JGOEのメンバーは一般に向けてプロフィールが公開されている。
その中に一人花火を操る花火使いがいたはずだ。

49HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 01:05:32 ID:CdEWYDVs0
「ボンバーガールね」
「ああ、恐らく間違いない」

頭痛を堪える様に額に手をやり首を振る。

「慎重を要するこの状況で、見つけてくれと言わんばかりの派手な移動方法を取るって……あなたのお仲間はそこまで考えなしなの?」
「返す言葉もないな。だが、頼りになる女だ。できれば、合流したい」

恐らくは相手の存在に気付いているのはこちらだけだ。
合流するにはどこかに行く前に迎えに行く必要がある。
だが、事件解決の手掛かりとなり得るこの場の調査を放置するわけにもいかない。

「迎えには俺一人で行こうと思う、あんたはここで調査を続けてくれ。
 俺はそっち方面ではあまり役に立てそうにないしな。枠割分担と行こう」
「そうね…………」

女子高生探偵は口元に手を当て考え込む。
確かにリクにその手のスキルは期待しておらず、探偵とは違うヒーローとしての発想力が欲しい場面でもない。
ここで戦力を分けるのは非常にリスクが高いが、役割分担と言うのは正しい方針である。
であるのだが。

「その方針自体に異議はないわ。けれど駄目、あなたを行かせるわけにはいかない」
「何故だ?」
「単純に、あなたに死なれると困るのよ」
「俺に…………? あんたの護衛役がいなくなるのが困る、って事じゃなくてか?」

戦力分散は別行動した場合の当然のリスクだ。
特に襲撃を受けた場合亜理子一人では対処できない。その護衛として残れと言うのならまだ分かる。
そういう意味では合流が果たせれば日本の誇るヒーローがもう一人戦力に加わる大きなメリットがあるのだが、それでも許可できない理由があった。

「ええ、貴方に死なれるのが困るのよ。だから今にも死にそうなあなたを行かせる訳にもいかないわ」
「それは俺が道中で誰かに襲われるかもってことか?」
「それもあるし、たどり着いた先に居るのが敵っていう可能性もあるわ」
「それは珠美じゃないかもって意味か? それとも……」

別の意味を含んでいるのか。
そう問うようにリクの視線が強まり、一瞬不穏な気配が二人の間に漂う。
その視線を亜理子は軽くあしらう。

「可能性の話よ」
「だからって、ここにいれば安全って訳でもないだろ」

戦場と化したこの場でどこに居たって危険地帯である事には変わりない。
実際の所、万全のシルバースレイヤーならともかく、重傷を負っている今のシルバースレイヤーは護衛としては心許無い。
先ほど亜理子を襲った太陽の怪人のような輩に襲われれば二人とも成すすべなく死ぬだけである。

「そうね、確かにそれはその通り。けど動かないほうが安全っていうのは道理でしょ?
 ともかくあなたにはやって貰わないといけない役割があるの、それまで死なれては困るわ」
「役割…………?」

そう言えばと、その言葉に先ほどの通信越しに漏れ聞こえていた亜理子と龍次郎の会話を思い出す。
完全に聞こえていたわけではないが、リクを何かに利用したいと言う話だったか。

「あんたは俺に何をさせたいんだ? ワールドオーダーを打倒するためだ、ってんなら協力はするが……」
「正しく”それ”よ」

確信を得たりと強い語調で探偵は言う。
それと言うのが何を指しているのか、リクはすぐさま理解した。

「それって…………つまりは、俺にヤツを倒してほしいってことか?」

ええ、と魔法少女の衣装を着た女子高生は頷きを返す。
だが、それは亜理子に促されずとも行う大前提である。

「言われなくともそのつもりだが。そこまで言うからには何か理由があるってことなんだな?」
「ええ。察しがよくて助かるわ」

聞き手の理解の速さに女子高生探偵は満足げに頷く。
ヒーロー組織の長だけあって頭の回転は悪くない。
と言うより先ほどまでの相棒が脳筋すぎた。
優雅さすら感じさせる所作で探偵はスカートを翻させる。

50HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 01:06:21 ID:CdEWYDVs0
「あなたには――――主人公としてラスボスを倒してもらいたいのよ」

その上で世界が終わらないことを証明する。
何ともバカらしい話だが、これこそがワールドオーダーを倒す唯一の方法。
そして亜理子の見立てでは属性として主人公たる資格を持っているのがシルバースレイヤーだ。
それらの推理を簡単にまとめて、リクへと聞かせる。

「……なるほどな。完全に話を理解できたわけじゃないが、あんたのやりたいことの大筋はわかった」

世界の終わりだとかいう話は懐疑的ではあるのだが。そこは問題ではない。
理解できたのはその話が真実であろうとなかろうと彼のすることは変わらないという事だ。
ワールドオーダーを討つ。シルバースレイヤーのなるべきことはそれに尽きる。

「あんたは俺が死ぬことを危惧してるようだが、俺があんたの言う主人公だってんなら、死ぬはずがないってことじゃないのか?」

リクが死に主人公不在となりワールドオーダーの目論見が失敗してしまう事を亜理子は危惧しているようだが。
ちょっとお遣いに出たくらいで死んでしまうような輩にはそもそもその資格がない。

「それは違うわ。この場では因果関係が逆なのよ、主人公だから死なないんじゃない。死ななかったから主人公なの。
 もちろんイコールではないし生き残ればそれでいいという訳でもない。少なくとも、私にはきっと資格がない」

俯きがちに目を伏せる。
自分には主人公というポジティブなイメージにそぐわないという後ろ暗さのような感情が彼女の中にはあのだろう。

「結局、その資格ってのは”それらしい”ってことだろ?
 あんたから言わせれば俺が一番”それらしい”。それはいいさ、そういう物だろう」

主人公に明確な基準などない。
ないが故に、こればかりは主観的な見解を基にするしかない。

「だったらなおさらだ。ここで動かないようじゃ俺じゃない、だろ?」

保身に走り動かないなどと言う選択肢は正義の味方の選ぶ選択ではない。
彼らしさが失われてしまえばそれこそ意味がないだろう。
世界を終わらせるに足る正義の味方でなければならない。
そうでなければ担ぎ上げるに値しなくなる。

「意外と口が回るのね、シルバースレイヤー」
「それは納得したと受け取っていいのかな? 探偵のお嬢さん」

ふふんとリクは自信ありげに息を吐き、諦めた様に亜理子は溜息を零す。
それはリクの意見を肯定するものだろう。

「よし。じゃあとりあえず、調査に使えそうな武器以外の道具はあんたに預ける」

荷物から取り出した工具セット等々を亜理子へと次々手渡してゆく。
亜理子がその処理に手間取ってる間にリクは気が変わって引き止められない内に出立する。
むろんそんな手が通用する相手でもなく、立ち去ってゆくその背に声がかかった。

「けれど忘れないで、もうどれだけ生き残ってるのか分からない状況であなたが死ぬと言うのはワールドオーダーに対する勝ち目がなくなる事に等しい。
 そのことを肝に銘じておいて、シルバースレイヤー」

【F-6 山中(ダム底中央)/真夜中】
【音ノ宮・亜理子】
[状態]:左脇腹、右肩にダメージ、疲労(中)
[装備]:魔法少女変身ステッキ、オデットの杖、悪党商会メンバーバッチ(1番)、悪党商会メンバーバッチ(3番)
[道具]:基本支給品一式×2、M24SWS(3/5)、7.62x51mmNATO弾×3、アイスピック、工作道具(プロ用)
    双眼鏡、鴉の手紙、電気信号変換装置、地下通路マップ、謎の鍵、首輪探知機、首輪の中身、セスペェリアの首輪
    データチップ[01]、データチップ[02]、データチップ[05]、データチップ[07]
[思考]
基本行動方針:ワールドオーダーの計画を完膚なきまでに成功させる。
1:エレベーター(?)を調査する
2:データチップの中身を確認するため市街地へ
※魔力封印魔法を習得しました

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51HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 01:08:12 ID:CdEWYDVs0
傷だらけの重い体を押してリクが山道を下ってゆくと、水の臭いが鼻をついた。
土を踏みしめる足元の感触が不揃いの砂利の感触に変わる。
ゆったりとした川の音が耳を打つ、川岸が近いのが分かった。

リクの視界に夜空と同じ色をした川が映る。
それとほぼ同時に、静かな湖畔の静寂を破る炸裂音が響く。
火の粉をまき散らしながら女が空から降り注ぎ、川岸へと着地した。

「よぅ。出迎えご苦労。とりあえずド派手に近づきゃ誰か現れると思ったぜ」

現れたのはボロボロの巫女服を纏った隻腕の女だった。
女の苛烈さを示すように、踏み込んだ足元に黄色い火花が散る。
女は傲岸不遜な態度でリクを睨むと、好戦的な笑みを隠そうともせず口元を歪めた。

彼女こそ日本最高峰のヒーロー組織、ジャパン・ガーディアン・オブ・イレブンの一人。
爆破の天使ボンバーガール。火輪珠美である。

「お互い酷い有様のようだな」
「そうだな」

1日を経過しようとするここまで、多くの激戦が繰り広げられた。
その中でリクは瀕死と言っていい重症を負い、珠美も片腕を喪った。
職業柄、互いに疵を負うこと自体は珍しくもないがこれほどの重症は珍しい。
東京地下大空洞でのブレイカーズとの全面戦争以来かもしれない。
その事実がこの戦場の壮絶さを物語っている。

そんな状態でも相変わらずな仲間の様子に、リクは呆れながらも安堵したように息を漏らす。
自分を囮にして敵を誘い出すと言うのは喧嘩早い珠美のよくやる手段である。
自らの身を危険に晒す戦術には正一がよく苦言を呈していた事を思い出す。

「お前なぁ……ここでもそんなことやってんのか。
 だが、残念だったな、来たのが俺で」

来たのは同じ組織に所属する仲間である。
敵を望んでいた珠美の期待には応えられそうにない。
だが、珠美は機嫌を損ねた様子もなく、口元を歪ませる。

「そうでもねぇさ」

白い閃光。
珠美に向かって踏み出そうとしたリクの足が止まる。
リクの足元に弾丸のような何かが撃ち込まれた。
見れば、それはロケット花火だった。
誰が撃ち放ったかなど語るまでもない。

「どう言うつもりだ?」
「そう言うつもりさ!」

警戒するようにジリと砂利を踏みしめた足元を僅かに引く。
その真意を見抜くべく、相手の様子を捉える。
珠美が喧嘩腰なのはいつもの事だが、この状況で冗談でも味方を攻撃するほど見境がない女ではなかったはずだ。
女の瞳には紅い戦意と黒い殺意が綯交ぜになって燃えていた。
本気を察するには十分な炎だった。

「俺とお前が闘う理由がない」
「理由? そんなもんが必要か!? あたしが襲う、テメェはそれを迎え撃つ。それだけの話だろ!?
 それともなんだ? 大人しく殺されてくれんのか!? あぁ!?」

餓えた狂犬のように女が吼える。
リクどうあれ珠美は問答無用で襲い掛かるだけだ。
片方がやる気である以上、戦闘は不可避だろう。

だが、珠美はやる気のない相手を倒したいわけではない。
やる気を出してもらわないと困るのは珠美の方である。

「そうだな、戦う理由がないってんならくれてやるよ。
 あたしは――――――”怪人”だ」

怪人だと、そう呼ばれた。
吐き捨てるように自虐的に嗤う。
全く持って今の珠美には相応しい呼び名だ。
その言葉の意味するところ理解できていないのか、リクは訝しげに目を細めた。

52HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 01:10:31 ID:CdEWYDVs0
「ハッ。笑っちまうよな、そう呼ばれちまったよ。
 そう呼ばれるだけの事をしてきたぜ、この場で何人も殺した。悪人を狩ってたって訳じゃあないぜ。
 この場で仲間だった亦紅ってガキを殺したし、元々の相棒だったりんご飴も殺した」

ここに来てヒーローは地に墜ちた。
この告白が事実だとするならば、ボンバーガールは殺し合いに応じたという事になる。

「何があった? お前が殺し合いに応じるとは俺には思えない」

リクの知る火輪珠美という女は、確かに粗暴で好戦的な女だった。
だが、理由もなく誰かに襲い掛かるような女ではない。リクはそう信じている。
その信頼を唾棄して、珠美は忌々しげに吐き捨てる。

「けッ! お前はあたしの何を信用してたってんだよ!? お仲間としての友情か? それともヒーローって肩書か?
 んなもん勝手に周りがそう呼んでたってだけだろうが! 私は元からヒーローなんてもんになったつもりはねぇ!!
 あたしは変わっちゃいねぇ! あたしはあたしのやりたいように好き勝手暴れてただけなんだよ!!」

最初から珠美は”こう”だった。
いやそもそも、ヒーローなんて呼ばれていたのがおかしいのだ。
それなのに何故、ヒーローと崇められたのか。
それなのに何故、怪人と蔑まれているのか。

「…………ヒーローと怪人、何が違うってんだ?」

心のまま気に喰わない奴をぶっ飛ばし続けてきた。
それは今も昔も何も変わらない。
なのに、なぜこんなにも苦しいのか。
そんな助けを求める悲鳴のような問いに、青年は溜息のように大きく息を吐き。

「…………オッサンならうまく説明もできるんだろうがな」

そう少しだけぼやく。
考えを言葉にするのは得意じゃない。
そういうのは、どこぞの探偵の役目だった。
だが、目の前の女が必要とするのならば答えねばならない。

シルバースレイヤーの力は世界征服をたくらむ悪の組織ブレイカーズによって齎された力である。
それでもリクはヒーローと呼ばれ、他の改造人間は怪人と呼ばれている。
これほどこの問いに答えるに相応しい存在はいまい。
その違いは何か。

「別に、違いなんてないさ」

違いなど、そんなものはないと、理想のヒーローと称えられた青年は答えた。

誰かを助ければ正義なのか、誰かを殺せば悪なのか。
そんな単純な話ではない。
正義のために誰かを殺さなければないこともあれば、悪事が人を助けることだってある。
正義など元より曖昧なモノだ。

「結局は、世間がそれを受け入れるか受け入れないかそれだけの違いだ。
 お前が変わっていないと言うのなら、それは世界が変わったんだろう」

結局のところ世界がそれをどう受け取るかだ。
彼らがヒーローと持て囃されているのは社会正義と迎合していただけの話でしかない。
そして価値観や倫理観など時代によって容易く流動する。
それこそ龍次郎が世界を支配したのならあの男の価値観が正義になるだろう。

この世に絶対の悪はあったとしても絶対の正義などない。
その時代の社会正義を守る強き者がヒーローと呼ばれ。
その時代の社会正義を乱す強き者がヴィランと呼ばれる。
それだけの話だ。
定義することなどそもそもが不可能である。

「だから俺は一つだけ決めていることがある」

虚ろで曖昧な世界の中で決して揺らがぬものがあるとするのならそれは一つだけ。

「――――自分の正義を疑わない事だ」

どの世界においても唯一変わらない物、即ち己自身を信じる。
世界中が悪と断じようとも己だけは己を疑わない。
世界などという曖昧なモノを呑み込む、一見すれば分かりづらい強烈な自我が彼にはある。

53HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 01:12:31 ID:CdEWYDVs0
だが、それは。
ふと珠美の頭に疑問がよぎる。
彼の言葉にのっとるならば彼の行為が”たまたま”社会正義に沿ったものであるからこそ彼はヒーローとして扱われているだけで。
もし彼の正義が社会と相容れない悪だったとしたならば、どうなるのだろうか。
ともすれば龍次郎以上の悪として世界に君臨していたかもしれない。
己の行為に疑問を持たないというのはそういう事だ。

「お前はどうだボンバーガール。お前の中にも猛る正義の炎があるだろう?
 ここで何があったかは知らない、何をしてきたかも正確には知らない。
 だが今のお前の行いは、己の正義に反してはいないのか。自らの正義に恥じるものではないのか?」
「ッ…………!」

正義を問うその言葉に。

『最後まで己の中にある正義という炎を信じられなかった、それが――――――――』

気に食わない男のニヤケ面が脳裏に蘇った。

「正義だの下らねぇことを何の恥ずかしげもなく言ってんじゃねえよ!!
 あたしはお前のそういう所が最初から大嫌いだったよ。
 自分の中の正義? ねぇよ。あたしにはそんなもんねぇんだよ…………ッ!」

信じるべき己の正義などない。
あるはずがない。
あってはならない。
そうでなければ、これまでの己の行為を受け入れられない。

「あたしは好き勝手暴れられればそれでよかったんだ、あたしはずっとそうやって生きてきて、そうやってればあたしはすっきり出来ていい気分で生きてられたんだ!」
「その割に――――今のお前は苦しそうだぞ」
「ッ! うるせぇ……うるせぇよ! 勝手に人の心情を決めつけてんじゃ――――ねぇ!!!」

女の感情が弾け真っ赤な炎が燃え上がった。
喧しいまでの炸裂音と共に火の玉のような花火が炸裂する。

それを銀の刃が断つ。
二つに分かたれた花火が線を引く様に夜を裂く。
その光景を見て、ボンバーガールが不可解そうに眉をひそめる。

防がれた。それはいい。
感情に任せた一撃だ、シルバースレイヤーならば防いで当然と言える。

不可解なのはそこではない。
氷山リクは生身のままでシルバーブレードを引き抜いた。
何故、変身しない。
そこで青年の体に足りないモノがあることに気が付いた。

「ぁあん、テメェ、リク…………ベルトはどうした?」
「敗北し奪われた。今はない」

言い訳のない簡潔な答え。
肩を落として俯いた顔を片腕で覆う。

「テメェもかよ。ったく、どいつもこいつも萎えさせんなよなぁ」

女の落胆につられるように周囲を覆っていた熱気が冷めてゆく。
揺らいでいた女の眼が、静まる波のように定まってゆく。

「ああそうだな、リク……いや、シルバースレイヤー。
 認めるよ。テメェの言うとおりだ、迷いがあるからこんなにも苛立たしいんだ。
 ――――――決めた。あたしはあたしを疑わない。今のあたしを肯定する」

ゆらりと女が陽炎のように揺らめいた。
女は崩れかかった体を、自らの意思で立て直す。
散漫な炎が一つの大きな猛炎へと変わってゆく。


「――――――全て燃やし尽くす」


もう迷わない。
それは人間性を捨てるという宣言だ。
その暗い決意をヒーローは受け止める。

54HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 01:13:14 ID:CdEWYDVs0
「そうか。それがお前の決断なら、見過ごすわけにはいかない。俺を覚悟を決めよう。
 お前の炎がお前自身すら焼き尽くすと言うのなら、俺が止めてやる――――」
「やってみろ! 口だけ野郎――――――ッ!」

降り注ぐ七色の流星群。
その威力は先ほどの火球とは比べ物にならない。
明確に殺す気で放たれたその流星は恐らくガトリング砲に匹敵する。

生身で防げるものではない。
切り裂いたところで爆風が身を焦がす。

それを前に、リクが右腕を伸ばして構えを取った。
伸ばした腕を回して、高らかにその台詞を叫ぶ。

「――――――――変身」

リクの体内に内蔵されたシルバーコアが回転を始める。
ベルトを奪われたからと言って変身できないという訳ではない。
ベルトはあくまでエネルギーの制御装置である。
エネルギーの根源であるシルバーコアは今も彼の胸の中にある。
彼の胸に燈る正義の炎のように常に燃え上がっている。

乱反射する銀の光が弾けて混ざる。
白銀の輝きは収束し、七色の流星を一瞬で振り払った。

だが爆炎の向こうに現れたその姿にはあらゆるものが欠けていた。
変身の基礎となる簡易素体。
装甲も薄く、腰に巻かれたベルトも風にたなびくマフラーもない。
あるのは不退転の意思を示すように握り絞められた白銀の刃のみ。

「行―――――くぞッ!!」

踏み込むその足跡から紫電が散った。
引き絞られた弓のように、一陣の銀の流星が奔る。
音すら置き去りにした超加速。
見開かれたボンバーガールの黒い瞳が自らの首を刈り取りにくる死神の姿を捉える。

だが、流星はボンバーガールを捉えることなくその脇を通り過ぎた。
ボンバーガールが躱したわけではない。
ただ、そのまま勢いを止めることなく地面に突撃して大きな砂埃を沸き立たせた。
見事な自滅である。

「………………な、ンだそりゃッ!?」

余りの間抜けにボンバーガールも呆気に取られるが、スペック自体が落ちている訳ではない。
ただ、動きを制御できていない。

ベルトなしの変身はブレーキのないF1マシンに乗るようなものである。
アクセルのみで化物マシンの速度調節など出来るはずもない。
自殺願望でもない限り、乗り込むべきではない代物だった。

自滅した間抜けをボンバーガールが振り返る。
立ち込める砂埃、その中に青白い稲妻が奔るのが見えた。
突撃にめげずシルバースレイヤーは凄まじい勢いで切り替えし、爆発めいた衝撃と共に粉塵をまき散らしと再び突撃を慣行する。

これにボンバーガールは粉塵が入ることも厭わず目を見開き、箒花火を振りかぶった。
先ほどは不意を突かれたが、来ると分かっているのならどれだけ早かろうとも対応はできる。
一瞬にも満たない交錯に集中力を燃え上がらせカウンターで首をはねるべく炎刀を振るう。

だがその炎は夜に線を引くのみで、何も捉えることなく空ぶった。
いや、正確には、捉えられなかったと言うよりも相手がここまで到達しなかったである。
今度は踏み込みが弱すぎたのか、シルバースレイヤーは自身の踏み出した足に縺れてその場に転がっていた。

「……何やってんだマヌケ。掴まり立ちもできねぇガキかよ」

落胆したように肩を落とす。
ベルトなしの変身では戦うどころか、まともに動くことすら叶わない。
これでは期待外れもいいところだ。

だと言うのに、これほどの醜態を晒そうとも。
どれだけの無様を晒そうとも。
その瞳だけは諦めの色を知ろうとはしなかった。
無様に地面に倒れながら珠美を睨む瞳。
その不撓不屈の精神が更に珠美を苛立たせた。

55HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 01:13:57 ID:CdEWYDVs0
「……くだらねぇくだらねぇ。なんだその様ァ!? 今のお前に何ができるってんだッ!!!」

苛烈さを具現化した女は激情のまま吼える。
激情を受け止める男は醒めた月の光のようだった。
感情を表に出さず、冷静に機械のように立ち上がる。

「お前を止める。俺にできるのはそれだけだ。
 無秩序に破壊を広げる今のお前は許しがたい」

変わらず告げる。
この男は激情を内に燃やす。
見えないからと言って燃えていないとは限らない。
己が炎で鉄を打ち、精神を研ぎ澄ます銀の断刀。

「だからッ!! 許せなきゃどうするってんだ、あぁあん!?
 マトモに戦う事もできないンな有様で、このボンバーガール様に勝つつもりかよ!」
「ああ。お前が負けることでしか止まれないと言うのならそうしよう。
 お前が死ぬことでしか止まれないと言うのならそうしよう」

覚悟を示すように輝きを失わぬ銀の刃を構える。

「加減は出来んぞ――――――――珠美。死ぬなよ」

その言葉にリアクションを返す前に。
気づけばボンバーガールの体は吹き飛んでいた。

何が起きたのか、何をされたのか。理解不能だった。
殴られたのか、蹴られたのか。それすらも判別不能。
動き出しを捉える事すらできなかった。

だがいつまでも呆けているボンバーガールではない、一瞬で結論の出ない無駄な思考を切り捨て、対応に頭を切り替える。
両手花火を噴出し体勢を立て直して敵に向かって反転する。
反撃に転じるべく足元に生み出した花火で自らを打ち出そうとしたところで、背後から蹴り飛ばされた。

「――――――なぁ!?」

衝撃に肺から息が飛び出す。
背後から蹴られた。
それはつまり、吹き飛ばされた先にすでに回り込んでいたという事だ。

早すぎる。
直前まで覚束ない動きをしていたのが嘘のようだ。
先ほどまでとは余りにも違う。
それどころかこれは――――普段のシルバースレイヤーより早いのではないか?

「ッ…………のぉ!!」

花火だけでなく踵で砂利だらけの地面を削りながら無理矢理に勢いを殺す。
炎をまき散らしながら回転花火の様に回って周囲を牽制する。
なんとか静止した。
そして目の前を見る。

そこにあったのは夜に浮かぶ赤。
白一色だった銀の騎士の外装は熱されたように赤く染まっていた。
基礎装甲では大気圏を突破する宇宙船めいた速度に耐えきれなかったのか。
断熱圧縮により赤熱した全身から煙を上げながらオーバーヒートしている。
その状態を見て、何が起きたのか珠美にも理解できた。

「まさか、テメェ…………ッ!?」
「ああ、調整が効かないつっても―――――100%は100%だろ」

シルバースレイヤー=フルスロットル。
細かい調整が効かないのならば、全力で踏み込むまでである。
最高速が出ると分かっているのならば動きを損なう事はないだろう。
出力と認識のズレを埋めるにはそれしかない。

だが、それは常に減速することなく最高速で走り続けるという事だ。
今のシルバースレイヤーはアクセルべた踏みにしてハンドル操作だけでコースを乗り切るクレイジードライバーだ。
一歩間違えば間違いなく自滅する。
いや改造人間であるとはいえ人間の知覚をはるかに超えた速度での行動など、本人にもなにをしているのか理解できていまい。
つまりこの男は、珠美ですら躊躇うようなアクセルを何のためらいもなく踏んだのだ。

珠美の背に温い汗が伝う。
氷山リクという男を見誤っていた。
こいつは想像以上にイカれてる。

56HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 01:15:57 ID:CdEWYDVs0
雷鳴が如き轟音が轟き、彗星の如き銀の閃光が地上を奔る。
もはや音速の域を超え雷速に迫るそれは、正しく光の矢だった。

エネルギー制御型であったからこそ、そうそう簡単にお目にかかることのできなかった、シルバースレイヤーの全力全開。
同じ組織の仲間であったボンバーガールですら始めて見る。いや正確にはその全力は見えもしない。
超反応を誇るボンバーガールですら捉えられない速度。
だが、捉えられずとも、戦うことはできる。

先読みと直感。
眼前に掲げた両手いっぱい花火を断続的に爆発させる。
設置型ならばどれだけ早かろうとも相手が勝手に引っかかる。
狙い通り、突撃してきたシルバースレイヤーを爆炎で弾き飛ばした。
弾き飛ばされたブレードが深く地面へと突き刺さる。

いや違う。弾いたのはシルバーブレードだけである。
シルバースレイヤー本体の姿はない。

瞬間、側面より衝撃。
シルバースレイヤーはブレードを投擲し、それよりも素早い動きで側面へと回り込んでいた。
その動きは正しく雷鳴。
コンマ一秒にも満たない一瞬の一人十字砲火だ。

「ぎぃ………………ッッ!!?」

骨が軋む。
ボンバーガールの体が砲弾のように吹き飛んだ。
ガードが間に合ったのは幸運以外の何物でもない。
そうでなければ内臓ごとイカれている。

だが、ガードに使った腕は痺れ、吹き飛ばされる勢いを花火で減速する事が出来ない。
回転しながら飛来する体が鋼よりも固い水面に叩きつけられ、沈むことなく凄まじい勢いで水面を跳ねる。
そして5回、6回と跳ねた所で、柱のような飛沫と共に水中へと沈んだ。

食いしばった口元から白い泡が零しながら、水中で身を捻る。
体勢を立て直して、水上に浮き上がろうとしたところで、水中から足首を掴まれた。

振り返る暇も与えられず水中へと引きずり込まれる。
水を掴むことなどできるはずもなく、もがくように掻いた腕が水を切った。
ジェットコースターのような急転直下。
クンと全身が水圧に引っ張られ、深くより深くへと水底へと沈んでいった。

水流に体を引っ張られながら、燃える手で足首を掴む赤い怪物を見る。
高温を放つ全身からゴボゴボと大量の水泡を発せながら不気味に白く目を光らせている。
その姿は珠美にとっては正しく命を奪いに来た怪人に映った。

(水中戦に持ち込もうって腹か………………!)

水中は花火を武器とするボンバーガールにとっては絶対的な不利なフィールドだ。
何より熱を持ったボディを冷却するのにも都合がいい。
思わず感心するほど、全てにおいて巧い手だ。
ボンバーガールのスペックをよく知るシルバースレイヤーの取る手としては最善手だろう。

だが、と水泡が零れる口端が凶悪に歪む。
水中ならば花火を封じられるなど、そんな常識は今のボンバーガールには通用しない。
もうリクの知る珠美ではないのだ。
この地において彼女の炎は新たな炎を取り込み次の次元へ強化された。
そのようなカタログスペック、とうに凌駕している。

水中を引きずられながらボンバーガールが手の内に巨大な花火を産み出す。
それは花火と言うよりも、長細い魚のような形状をしていた。
酸素が水中で爆ぜるように燃え上がる。

花火は水中でも炎を放つ。
それは花火に含まれる酸化剤が燃焼に必要な酸素を供給し続けるからだ。

そしてこの花火にはありったけの圧縮酸素を練りこんである。
後は火をつけてしまえば、水中であろうと燃焼を続けるだろう。

魚の尻尾に炎が生え雷の如くひた走る。
即ち、それは酸素魚雷だ。

57HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 01:16:54 ID:CdEWYDVs0
ボンバーガールの片手から勢いよく放たれたそれは、足元のシルバースレイヤーへと直撃する。
水中で巨大な火の花が咲き、足首を掴む灼熱の手が離れた。

酸素魚雷の直撃を受けた装甲は砕け、むき出しとなった生身からは改造人間の証である機械部分が露わになっている。
砕けた装甲の隙間から水が流れ込み、電気がバチバチと火花を散らすように漏電して水中に散った。
ダメージは甚大。無理をしてきたツケも祟って、すぐに動くことはできないだろう。

それを確認して、珠美は片腕で水を掻いて水上を目指した。
酸化剤に練りこんだ酸素はボンバーガールの体内から捻出された物である。
超人的な肺活量を誇るボンバーガールをしても水中でこれを作り上げるのはギリギリの捨て身の攻撃だった。
一刻も早く肺に酸素を取り込まねば意識が落ちる。

その焦りがある故に、確認を怠ってしまった。
砕けた仮面から覗く、その眼だけは死んでいない事を。

パチンと水中で何かが弾ける。
唸るような重低音が水中を僅かに震わせた。
それはシルバー・エンジンが回転を始めた音だ。

そもそもシルバースレイヤーの目的は水中戦に持ち込むことではない。
水中で敵を無力化? オーバーヒートした体の冷却?
そんな考えをするほどシルバースレイヤーは甘い男ではない。
敵は仕留める。それがこの男の信条だ。

シルバースレイヤーの体が白銀に発光する。
水中に引きずり込んだ目的は、逃げ場のない水の牢獄に敵を閉じ込める事にある。
漏電した状態でエンジンを全開にすればどうなるのか。
その答えがこれだ。

瞬間。雷が水中で弾けた。
エネルギーと共に漏れ出した電撃は水中を駆け巡り、水上を目指す女を捉える。
一帯へと拡散された雷を躱すすべなどなく、衝撃に開いたボンバーガールの口から大きな水泡が吐き出された。
完全に脱力し、力ない女の体が水面へと浮き上がって行く。
それを追うように、全ての力を使い果たした男の体も水中から見上げる揺れる月を目指すように浮き上がっていった。

「ぷっ…………はぁ……ッ」

女は息を切らしながら水上に浮かび、天を仰いで月を見上げた。
世界を照らす銀の光を忌々しげに睨む。
女を追うようにして僅かに離れた湖上へと男が浮き上がる。

「…………ようやく……大人しくなった、な」
「ああ、クソっ…………! 動けねぇ…………か」

悔しげに声を漏らす。
意識こそ保っているものの、全身が痺れて指一本動かせない。
回復するまで暫くはこうして浮かんでいる事しかできないだろう。

ボンバーガールの無力化に成功。制圧は完了した。
加減のできる相手ではなく、殺すつもりで戦った。
生き残ったのは純粋に珠美の運と実力だろう。

リクとしても酸素魚雷の直撃を受けたダメージは甚大である。
簡易素体の防御力ではボンバーガールの作り上げた酸素魚雷を防ぐことは叶わず。
装甲は剥がれ落ち、仮面に隠れた素顔は右半分が露わとなっている。
そして限界を超えた行動の代償のより、残った装甲も自壊を始めていた。

「負けた、か」

珠美は敗北を認める。
亦紅の遺した種火を取り込み能力を強めたにもかかわらず、碌にエネルギーを制御できていない相手に敗れ去った。
想像以上にイカれていた。
命知らずで知られるボンバーガールがそこで負けていたらどうしようもない。
敗因はそれに尽きる。

「あたしの負けよかこの力が負けたってのは少し悔しいな」

そこにどれ程の違いがあるのか。
珠美は悔し気にそんな呟きを漏らした。

58HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 01:18:09 ID:CdEWYDVs0
「ああ、あたしの力の源がなんなのかお前には言ってなかったか。
 いや、誰にも言ったことはなかったっけ、あれ、りんご飴の奴に寝物語で語ったことがあったっけか。まあどうでもいいか。
 ともかく、あたしの力は生まれつき持ってたもんじゃなくて、師匠から受け継いだ力でな。
 この師匠がこりゃまた強ぇ女でな、それなりに名の知れたヒーローだったんだが知ってるか?
 ま、師匠がくたばっちまったのはお前が改造されちまう前の話だからなぁ、知らねぇか」

少しだけ寂しげに昔を懐かしむように遠く空を見る。
珠美はあまり自らを語るような性格ではない。
同じ組織で戦ってきたが、珠美の身の上話はリクも初めて聞く。
それはそれで興味深くはあるが今はそんな話をしている場合じゃない。

「その辺の事情は後で聞かせてもらう、いろいろを含めてな」

湖の水に赤色が混じっていることに気付く。
電撃による衝撃か、激しい戦闘により傷が開いたのか、殺し屋によって喪われた腕の傷から大量の血液が流れだしていた。
湖が赤く染まって行き、それに比例して珠美の顔が青白くなっていく。
水中での大量出血は傷口が凝固せず出血多量による死につながる。
すぐに止血する必要があった。

「…………待ってろ、川岸まで引き上げてやる」

漏電の中心にいたシルバースレイヤーも巻き込まれていたが、ボンバーガールに耐爆性能がある様に、シルバースレイヤーにも改造人間としての耐電性能がある。
電撃によるダメージは比較的少なく、痺れによって動けないという事もない。
ゆっくりながら泳ぐことくらいはできる。
引っ張って岸まで泳いでいく必要がある。

「まあ、待て。聞けよリク」

だがそれを要救助者が制する。

「これはりんご飴にも言ってない、正真正銘、誰にも言ってない話なんだが。
 この力は実のところ花火を作る能力とそれに火をつける能力は別物なんだよ。
 可燃物を生成する力と種火を産み出す力、二つあるってことだ。
 可燃物がなんになるかは継承者によって変わるらしい。花火となるのはあたしの特性だな。師匠はダイナマイトだった。亦紅も…………きっとあいつも生きてりゃ自分の炎の形を見つけてたんだろうな」

聖火の如く引き継がれてきた力。
それは一つではなく二つの力だった。
継承者以外知ることのない門外不出の事実。
それはそれで驚きなのだが、何故それを今語る必要があるのか。

「そして種火の元となるのは自分自身さ、自分自身を炎にするって力だ。それは肉体に限らず感情であり魂だったり寿命だったりする。
 全身を炎と化して、物理攻撃を無効化した奴もいたらしい。ま、使うたび肉体を消耗していったらしいが。
 あたしは殊更感情を燃やすのに長けてたらしくてな、要するにあたしが萎えない限りは戦い続けられるって代物で、大したもんだと師匠も褒めてくれたよ」

珠美の話は続く。
その間にも湖の赤は徐々に広がって行き、リクの服を汚し始めた。
放っておけば出血多量で死にかねない。これ以上、無駄話をしている暇はない。

「おい、いい加減に、」

話を止める気配のない珠美をリクは強引に引っ張っていこうと近づく。

「使い手によって呼ばれ方は色々と変わっていたようだが、最初にこの力を覚醒させた能力者にちなんであたしら継承者はこう呼んでいる」

それを無視して爆炎の継承者は続ける。
その力の名を。


「――――――――――『爆血』と」


瞬間。リクの全身が発火した。
水中にいるにもかかわらず炎が全身に纏わりつく。
水中に混じった血液が燃えている。

59HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 01:19:10 ID:CdEWYDVs0
勝負はシルバースレイヤーの勝ちだが、殺し合いはどうか。
一切の容赦も躊躇もなくシルバースレイヤーはボンバーガールを殺すつもりで戦っていたが、殺すために戦ってなどなかった。
本当に殺すつもりだったのなら無力化した時点でトドメを刺すべきだったのだ。
対するボンバーガールは最初からそのつもりである。

「感情を燃やすに長けていると言ってもあたしだって他が燃やせない訳じゃない。
 まあ流石に肉体を炎と同化させるなんて芸当まではできないが、100円ライター程度のものなら、ほらこの通り」

リクは全身についた火を消そうと水中を溺れたみたいに暴れている。
だが元が血液である炎は水では消えず、服にしみ込んだ血液からは逃れようがない。
外骨格が残っていればこの程度の炎など物の数ではないのだろうが、エネルギーを使い果たした今となっては纏わりつく炎を振り払う事もできない。

「ぐっああああああああああああああああああ――――――――――ッッ!!!!」

断末魔のような声をBGMに、珠美は湖に浮かびながら水面に揺れる炎を見つめる。
心は酷く穏やかだ。
炎を見ると安心する。
師匠と出会わなければきっと放火魔にでもなっていたのかもしれない。

「勝手に担ぎ上げられて強敵と闘えるのならと入ったJGOEだったが。今思えば思いのほか悪くなかったぜ。
 人助けなんてまっぴらだったが、それなりに面白い奴らとつるめたし、それなりに面白おかしく暮らせてた。
 って―――――もう聞いちゃいねぇか」

僅かに動くようになった手でちゃぷりと水面を撫で、燃え尽きた男を見る。
焼け爛れ、焦げたように黒くなった皮膚が崩れ落ちた。
沈みゆくように月が水底に墜ちる。

「あばよヒーロー。怪人は征くぜ」

誕生を祝福するような水中の炎に彩られながら。
ここに一匹の怪人が生まれた。

【氷山リク 死亡】

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

60HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 01:19:34 ID:CdEWYDVs0
片腕の巫女が水中を漂う。
ぼんやりと星ひとつない空を見上げながら。
名残を惜しむ様に夜に円を穿つ月を見る。

血液を燃やして傷口は塞いだ。
放電するシルバースレイヤーの様子に気づき、電撃を受ける直前に傷を引っ掻き意図的に傷を開いた。
放電で死ななければリクならば自分を助けに近づいてくると踏んだ。
そして実際その通りになった。
氷山リクはヒーローだったから死んだのだ。

結構な時間水中に浸かっているが、血液が熱を持つ珠美は低体温症で死ぬことはない。
むしろ熱いくらいの体はには心地よいくらいだ。
体の熱とは対照的に頭は冷めている、あれほど全身を支配していた苛立ちもない。
きっと今の自分を肯定したからだろう。
仲間殺しをした後だとは思えないほど、どうしようもなく冷めていた。

徐々に感覚を取り戻しつつある手足でゆっくりと水を掻いて川岸にまで流れ着く。
そして立ち上がろうとして、意識が眩んだ。
意図的に流した物とはいえ血液が足りない。
輸血用のパックとまでは言わないが、せめて味気ない補給食やレーションなんかより肉が欲しくなる。

「…………うぷっ」

肉を連想した所で、女の死体を喰らう男の姿を思い出して吐き気がした。
気持ち悪い物を見せてくれたものだ。
だが、おかげで食欲が失せた。
口元を拭って、ふらつきながら無理矢理にでも立ち上がる。

さて、あと何度戦えるのか。
次の相手はどこに居る?
出会った相手には、悪いがこちらが燃え尽きる最期まで付き合って貰おう。

「……そういや、あいつ山頂から来たみたいだったが」

リクは山頂から下ってきたように見えた。
奴の事だ、徒党を組んだお仲間がいるかもしれない。
一先ずそこを目指すのは悪くない。
というかもともとも中央に向かう予定だったような気もする、もう覚えてないが。

女は体を引きずるように山道を登ってゆく。
もはや迷いを捨て、過去を捨て、命すら捨てた。
女に恐れる物など無い。

女は炎だった。
女は劫火だった。
女は花火だった。

花火は夏の夜に咲いて散るが相応しい。
その一瞬の煌めきを世界に刻み付けるように。

【F-7 川辺/真夜中】
【火輪珠美】
状態:左腕喪失 出血多量、ダメージ(極大)全身火傷(大)能力消耗(大)マーダー病発病
装備:なし
道具:基本支給品一式、禁断の同人誌、適当な量の丸太
[思考・行動
基本方針:全て焼き尽くす
1:山頂に向かう
※りんご飴をヒーローに勧誘していました
※ボンバーガールの能力が強化されました

61HERO ◆H3bky6/SCY:2018/06/08(金) 01:20:17 ID:CdEWYDVs0
投下終了です

62 ◆H3bky6/SCY:2018/08/13(月) 01:13:57 ID:UsvTGNLY0
投下します

63そして1日が終わる ◆H3bky6/SCY:2018/08/13(月) 01:15:38 ID:UsvTGNLY0
緩やかな夜風が優しく頬を撫ぜる。
風は小さな氷の粒を引き連れて、遠くに飛んで消えて行った。
何かを堪えるような表情をしていた少女は、胸元に添えた手を強く握り絞める。
乾ききった瞳で、煌めいては消えて行く自らの弱さを見送っていた。

今、悪党を受け継いだ少女の胸中には鉛のような重さが沈殿し積み重なっている。
両親を失ったあの日、そしてこの地において幾度となく味わった、決して逃れられない痛み。
それを噛みしめるように感じながら、潰されるものかと強く意思を籠めて瞳を見開く。

この重さを足を止める重石にするのではなく、足を進める礎とする。
そうする事こそが父への最大の弔いであると信じている。
決して割れない氷のように固い決意。
その決意があれば、長い別れなどいらなかった。

感傷を振り切り、氷のような少女は倒れこんだ少年の脇に屈みこんだ。
意識を失っている少年の呼吸は落ち着いており、それどころか豪快に寝息まで立てている。
この様子ならば放置しておいてもあまり心配はいらなさそうではあるのだが、診療所で待たせている九十九をすぐにでも迎えに行かなくてはならない。
大人しくしていれば早々見つかるような場所でもないとは思うが、こんな状況だ彼女を一人にしておくのは心配である。
とはいえこの場に拳正を放置しておくわけにもいかない。

「ねぇ…………新田くん起きて、ねぇってば」

ペチペチと頬を叩く。
目を覚ます気配はない。

鼻をつまむ。
うーんと少しだけ苦しそうだがやはり少年が目を覚ます気配はない。

考えてみれば、こんなバカげた殺し合いが始まってから、もうじき一日が経とうとしている。
疲労もピークに達する頃合いだろう。
これまで張りつめっぱなしだった彼の道中を考えれば無理もない。

どうしたモノかと目を覚まさない少年の頬を人差し指で突く。
無理に起こす手段もないことはない。
だが、できればこのまま少しでも休ませてあげたいという気持ちもある。
ここまで彼にお世話になった借りを返すという訳でもないが、それくらいの気は使ってもいい。

「そうなると…………」

色々と我儘を押し通すのならば選択肢は一つ。
眠ったままの拳正を運んでいくしかない。
細腕とはいえ、ユキだってそれなりに鍛えている。
体格の小さな拳正くらいなら背負って行くくらいは出来るだろう。

「えっ…………と」

昔半田に教わった意識のない人間の背負い方を思い出しながら、仰向けに寝転がった拳正の体に手を添える。
両手を交差させ手首を引き、引き上た体の下に反転して滑り込むように入り込む。
そのまま背負い投げのような体勢から体を持ち上げ背に担ぐと、確かな重みが圧し掛かった。

意識のない人間はこちらに体重を預けてくれないため思った以上に重く感じる。
こうして考えるとむしろ抵抗すらしていたユキをいとも簡単に米俵みたいに抱えて走り抜けた拳正の凄さが分かる。

取り落とさぬよう何度か調整して重心を安定させた。
これなら何とかなりそうだ。
少なくとも近くの診療所まで歩いていく程度なら問題はなさそうである。

なさそう、なのだが、重さ以上に問題が一つあった。
それは触れた部分から伝わる感触。
普段からスキンシップが好きだった舞歌たちとじゃれ合ったり触れ合ったりしていたから、人とのふれあいには慣れているはずなのに。
彼女たちとは違う、少しだけ硬い男子の感触に戸惑ってしまう。

そう意識してしまうと途端に他のいらぬところまで気にかかった。
規則正しい呼吸音が耳元をくすぐる。
手元だけではなく触れ合った背から熱が伝わる。

楽しさをくれる舞歌たちの温もりとは違う。
安心するような父の温もりとも違う。
何処か溶けてしまいそうな、触れただけで火傷するそうな熱さがあった。
その熱の正体がなんであるか、それは、今は考えない。

「よし…………行きますか」

気合を入れ直して、診療所に向けて歩き始める。
今はそれどころではないし、何より、彼には彼女がいる。
燃えるような熱を氷漬けにして奥底へと沈める。
きっとこれからも考える必要はないだろう。

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64そして1日が終わる ◆H3bky6/SCY:2018/08/13(月) 01:16:47 ID:UsvTGNLY0
「ユッキー!」

尾行や周囲に人気がない事を確認しつつ診療所にまでたどり着き。
背負った拳正を落とさぬよう慎重に扉を開くと、慌ただしい足音と共に九十九が飛びつくようにして熱烈に出迎てくれた。

「大丈夫だった!? 怪我とかしてない!?」

九十九はユキの肩を掴むと捲し立てる様にガクガクと揺する。
その様子から彼女がどれだけ心配していたのか、どれだけ不安を感じていたのかが伝わってくるようだった。
一人きりで待っているというのは辛い事だ、その辛さはユキも良く知っている。
それでも彼女はここで信じて待っていてくれた、その気持ちは嬉しいのだが。

「ちょ、ちょっと……待って、新田くんが…………落ちるから…………!」
「あぁ、ごめん。って拳正どうしたの!? 寝てる………………? 寝てるだけ?」

そこで九十九も眠ったままユキの背に背負われる幼馴染の姿に気付いた。
一瞬、最悪の想像がよぎるが、呼吸をしている事に気づき一先ず安堵の息を漏らす。
すぐに表情を引き締めると強がるように悪態をつく。

「女の子に背負われるなんて情っけないなぁ。
 とりあえずベッドに運ぼう。重いでしょ?」

九十九が慌ただしく踵を返し、診療室へ駆けて行った。
この少女はいつだってどんな状況だって活動力に溢れている。

「一二三さん!」
「ん?」

声に診療室の扉を開いた九十九が振り返る。
待っていてくれた人に最初に伝えるべき言葉をまだ言っていない。

「ただいま」
「うん、お帰りユッキー」

そして診療室まで運んで行った拳正を九十九に手伝って貰いながらベッドにそっと寝かせる。
熱の残り香が離れていく。
汗ばんだ背に学生服が張り付いていた。

「はい、ユッキーもそこに座って」
「え」

有無を言わさず九十九に手を引かれた。
抵抗する間もなく丸椅子へと導かれ、座らされる。
その正面に棚から取り出した包帯と消毒液を両手に抱えた九十九が座った。

「よし。じゃあ脱ごうか」
「え!? いや、ちょっとさすがにそれは…………新田くんもいるし」
「大丈夫だって、寝てるし。脇腹裂けちゃってみたいだし、早く手当しないと。
 それに他にも細かい擦り傷とかもあるし、そっちも手当しとこ」
「うっ…………ぐ」

九十九の言い分は正しい。
治療道具があるのだから治療はしておいた方がいい。
勢いに圧され、あれよあれよと言う間に学ランのボタンを外されてゆく。
ここまで来るとユキも観念して、はだけた胸元だけ手で隠しながら黙って九十九の治療を受ける事にした。

「………………ッ」
「ゴメン! しみた!? けど我慢してね!」

言葉では謝りつつもまったく遠慮なく消毒を続ける。
九十九は治療に専念していて、ユキが出て行った後の事を何も聞かなかった。
父との戦いはどうなったのか、どういう決着をしたのか。
気にならない訳ではないのだろう。

どう語っても辛い結末である事を気遣っているのだろうか。
九十九が聞かないのならユキから話すべき事ではないだろう。
語るまでもなく、戻ってきたのが二人だけと言う事実が物語っている。
なら、ユキが言うべきなのは別の言葉だ。

「一二三さん。あの時、背中を押してくれてありがとう。あなたがいなければ私はきっと前に進めなかった」

父との戦いを迷うユキの背中を押してくれたのは九十九だ。
九十九がいなかったら、きっと前に踏み出せず、あの結末を迎えることはできなかった。
あのままじっとしていればきっと楽だっただろう、父をこの手にかける事も、この重さを背負う事もなかった。
けれど後悔はない。辛く苦しい道のりに向かって、踏み出せた自分を誇りに思う。

傷口にガーゼを宛がい張り付ける。
その手が止まった。

「私は……お礼を言われるようなことは何にもしてないよ。
 ユッキーが動き出せたのはユッキーが動こうって思ったからだよ」

そんな事ない、と言おうとしたところで九十九の表情が沈んでいることに気付く。

「むしろ助けられているのは私の方だよ。ユッキーや拳正にばっかり前に立たせて勢いだけで何にも出来てない。
 ここにきてから、ずっとずっとそう。若菜や輝幸くんだって……」

自らに対する負い目。九十九が弱さを見せる。
それがユキにとっては意外だった。
自分とは違って、強い人だと思っていたから。
彼と同じく彼女はは強い人だと思っていた。

65そして1日が終わる ◆H3bky6/SCY:2018/08/13(月) 01:17:36 ID:UsvTGNLY0
だけどそうじゃない。
彼女もユキと同じく、自分の無力を嘆き、何もできない自分を変えたくて足掻いている。
そんなただの人でしかなかったのだ。
そう気付いた。

「そうだね、そうかもしれない」

ユキは九十九の言葉(よわさ)を肯定する。
九十九に力がなく、誰かに助けられなければ生き残ってこれなかった。それは否定し様のない真実。
無鉄砲な九十九がここまで生き残ってこれたのは誰かの助けがあったからに他ならない。

「けど助けられてるのはお互い様なんだよ。私は勝手に一二三さんに助けられたって思ってる。それは本当なんだから」

それは彼女とユキに限った話ではない。
誰しも何もかもはできないのだ。
それは決して恥じる事ではない。
大切なのはそれを受け入れ、足りない自分がどう生きるかを考える事だろう。

「私たちは足りないモノだらけだ、だから助け合っていくしかないんだよ。
 助けられることは決して悪い事じゃないんだから」

一人で世界全ての善悪を背負っていた父は立派だが、ユキにはできない。
誰かに助けられて、誰かを助けて。
そうやって生きて行けばいい。
それが未熟な悪党の生き方。

「あ、れ……………………?」

その言葉がどれほどの意味を持ったのか。
不意に少女の目から一筋の涙が頬を伝って床に落ちた。

「ッ! ゴメン、何でだろ…………ははっ」

自分でも驚いた様に九十九は自らの頬を袖口で拭う。
だが、一度零れてしまえばもう止められなかった
ずっとずっと負けるもんかと堪えていたものが決壊して止まらなかった。

言葉にできない感情が涙となって溢れ出る。
もうどうしようもなかった。

「…………ゴメン……ゴメンね…………ぅう」

子供のように泣きじゃくる九十九をユキは優しく抱き寄せた。
心を落ち着けるよう静かに、その背を擦る。
九十九が落ち着くまで何度も。

「ねぇ、これから九十九って名前で呼んでいい?」
「……うん。もちろんだよ」

二人の少女は笑い合って、それから他愛のない事を話した。
日常の事。
家族の事。
友達の事。
そんな何でもない話を。

仲が悪かったわけではないが特別仲が良かったわけでもない。
こんな事がなければこうして二人きり腰を据えて話すこともなかっただろう。
そう考えると不思議な関係だった。

何かと目立つ幼馴染の世話に走り回っている印象が強いが、九十九は誰に対しても壁を作らない性格からかクラスの中心にいた。
少なくともユキの目からは誰とでも仲良くできる人に見えた。

対してユキの人間関係は自他ともに認めるくらいに狭い。
閉じた世界で生きてきた。

ルピナスはそんな私を気にせずにいてくれた。
夏実はそんな私を受け入れてくれた。
舞歌はそんな私を変えようとしてくれた。

かけがえのない親友たち。
彼らとの関係が永遠に続けばいいと本当にそう願っていた。

だが、永遠などない。
時は巻き戻らず、失ったモノは取り戻せない。
そんな当たり前の事実を知る。

だけど失ったモノは違う形で取り戻すことはできる。
それは過去をなかったことにするという事ではない。
ユキが新しい悪党になったように。
なにか新しい物は生まれるのだ。

こんな殺し合いに感謝することは何一つないだろうけれど。
きっと、何も残らない訳じゃない。

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66そして1日が終わる ◆H3bky6/SCY:2018/08/13(月) 01:18:27 ID:UsvTGNLY0
夜と共にガールズトークも深まった頃。
唐突に、ベッドで眠っていた少年が跳び起きた。

目を覚ますや否や野生の獣のように鋭い目つきで周囲を素早く見渡す。
ちょうど拳正の恥ずかしい昔話を吹き込んでいた最中だったので、お、バレたかな? と九十九が内心冷や汗をかいたがそうではなかった。

「きゃ…………っ!」

薬棚がガタガタと音を立て震え始めた。
次の瞬間には揺れは部屋全体にまで広がり、柱が軋みを上げる。
揺れは数秒ほど続き、徐々に小さくなり程なくして収まった。

数秒の沈黙。
完全に揺れが収まった事を確認してユキがポツリと声を漏らす。

「地震……だったみたいね」
「そう、だね」

流石は地震大国の子供たち、この程度の揺れで取り乱すでもないが、流石にこの状況下では僅かな不安が残る。

「仲いいな、お前ら」

互いにすぐ近くの相手を庇おうとしたためか、二人の少女は抱き合うような形になって固まっていた。
それに気づいてユキは離れようとしたが、九十九は逆に見せつける様に引き寄せた。

「仲いいよー」
「そうかい。そら結構なこって」

適当に返事をしながら拳正がベッドから飛び降り立ち上がる。
シッカリと両の足で立ち、固い体をほぐすように首を鳴らす。

「体、大丈夫?」
「ああ、むしろ”調子がいい”くらいだ」

片目は潰れ、全身はボロボロだが、全身の毛穴が開くような感覚がある。
その身をもって達人の域を体感したからだろう。
無理矢理に門を開かれたように次の領域が見える。

「んで、今のただの地震だったか?」

その問いかけに少女二人は首を傾げた。

「どういう意味?」
「こんな場所だからな、近くでどっかの誰かが暴れてこの家が揺れたって可能性もあんだろ」
「うーん。そんな感じでもなかったと思うけど…………」

局地的なモノというと言うよりはそれなりに深い震源から揺れる広範囲なモノだったように思える。
それに建物全体を震わすほどの規模の破壊活動があれば流石に分かりそうなものだが。

「そか、なんか妙な気配を感じて跳び起きたんだが、気のせいだってんならいいや」

感覚が開きすぎているのか、予兆のような悪い予感を感じて目を覚ましたが。
先ほどの揺れは何の変哲もない地震だったというのは拳正も同意見だ。
気のせいだったのだろうと、それ以上掘り下げるでもなく意見を取り下げる。

「予感がして跳び起きたってあんた、地震が来るって気付いて目を覚ましたって訳? 動物かいな」

野生の獣は地震が起きる直前に地震を予期して動くのだと聞いたことがあるが、先ほどの拳正の反応はそれだった。

「るせぇな。この状況で何の警戒もなく寝てられるほど太くねぇよ。
 一応敵意とか悪意とか警戒しながら寝てんだ、なんかあったら飛び起きるさ」
「はぇ〜、器用なこって」

その割にどれだけ突いても起きなかったけどなーとユキは思うが内心に留め言わないでおいた。

「よし、じゃあ拳正も起きたことだし、これからどうするか決めよう」

九十九がそう切り出す。
彼らの当面の目標は脱出手段を持っている可能性の高いユキの父親の捜索だったのだが、その目標は果たされ、そして失われた。
新たな方針が必要となる。

「まあ、とっととこんな所から抜け出してウチに帰るってのが目標だが」
「それを私達だけで成し遂げるのは難しいでしょうね」

大した力を持たない学生三人。
首輪の解除。
会場の脱出。
彼らにはそれらを成し遂げるだけの力がない。
それを素直に認める。

67そして1日が終わる ◆H3bky6/SCY:2018/08/13(月) 01:19:12 ID:UsvTGNLY0
「俺らだけでも、ここにいる野郎を〆てどうにかさせるって方法もあるぜ」
「それは……難しいでしょうね」

ここにいるワールドオーダーをどうにかできれば確かに全て解決する。
だが、この戦力であれをどうにかできるか、と言われれば難しいだろうし。
倒せたところで、都合よく動いてくれる相手だとも思えない。
余り現実的な案ではない。

「だろうな。ま、言ってみただけだよ。ついでに野郎を一発ブッ飛ばせたらって思っただけさ」

飄々と状況に対処してきた拳正とて、この状況に、この状況を作り出した相手に思う所がない訳じゃない。
これまでそれらしきを見せなかったのは他に優先すべきがあり、それを間違えなかったからだ。
九十九のように表立たずともその気持ちは奥底に確かにあった。

「結局は何とかできそうな奴を探して、そいつの案に乗っかるしかないってことだな」
「身も蓋もない言い方をすればそうなるわね」

方針自体はユキの父を探そうとした時と変わらない。
変わるのは誰を頼りにするかという所なのだが。

残念がら比較的普通に生きてきた拳正や九十九にこんなトンどもな状況を解決できそうな人間の心当たりはない。
この手の当てはユキに頼るしかない。
まだ放送で呼ばれていない生き残りの中で一番に浮かぶのは良くも悪くも有能な一人の女だった。

「何とかできそうな人って言ったら……恵理子さん、かな」
「恵理子さんって?」
「私の所属してる組織の幹部の人なんだけど、なんて言ったらいいのか……とにかく底が知れない人だから何とか出来るかもしれない」

ユキ個人としては苦手な人であるのだがそうも言っていられない。
父に並ぶ有能性を持つ彼女ならば、首輪の解除プランや脱出プランの一つや二つ持っていてもおかしくはないだろう。
ただ問題があるとするならば、彼女は悪党商会の後継者の座に異常なまでに執着していた事だ。
半田と共に悪党商会の後継者争いをしていた彼女がユキが悪党を継ぐと知ったらどうするのか、という一抹の不安は残る。

「他にはヒーロー連中かしら」
「ヒーロー?」
「本当にいるのよヒーローって。人助けを生業にする人たちがね」

悪党商会であるユキの立場からすれば商売敵だが、その手のしがらみを抜きで言えばこの場においては最も頼りになる人種だろう。
生き残っている可能性があるのはシルバースレイヤーとボンバーガール。
やられ役として早々に倒された程度だが、何度か戦ったことのある相手だ。
ボンバーガールはともかくシルバースレイヤーなら話は付けられるかもしれない。

「後は…………そうね、音ノ宮先輩かしら」
「音ノ宮…………なんか聞いたことあるような」
「いや、新田くんには私が説明したよね…………?」

なんで忘れてるの?という呆れ顔はすぐさま諦めの溜息に変わる。

「……まあいいわ、新田くんだしね」
「それよか、確か探偵だっけ? その先輩。なんか凄い人がいるって私も聞いたことある」

我が校の誇る美少女女子高生探偵。
探偵は謎を解く。
そうとしか生きられない連中だ。
彼女なら、探偵ならあるいは、この殺し合いの謎を解き明かしているのかもしれない。

「探偵、ね。ま、いいんじゃねぇか、当てにしてみても。
 ウチのガッコの先輩なんだろ? 助けてくれんじゃねぇの」
「うーん、無条件の善意とか、そういうの期待できるタイプでもなのよねぇ」

僅かな邂逅だったが、ユキはこの場で一度出会ってる。
ミロとのごたごたで有耶無耶のうちに分かれてしまったが、変わらぬ怪しげな雰囲気を纏っていた。

正直言って恵理子以上に苦手なタイプな上に、個人的な親交もない。
頼るべきは人としての当たり前の正義心なのだが、あの人にそれを期待してもよいものなのだろうかとう不安は残る。

「あの人。今頃、どうしてるのかしら?」

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68そして1日が終わる ◆H3bky6/SCY:2018/08/13(月) 01:19:38 ID:UsvTGNLY0
世界が終わったような静寂があった。
それほどの集中を続けていた少女は息を吐いてその糸を緩める。

亜理子は地面を調べるべく屈んでいた体勢から立ち上がると、スカートの端についた泥を払う。
しかし、ぬかるんだ地面を掻きわけていた白く細い指は土色に染まり、沁み込んだ土汚れまでは払った程度では落ちなかった。
汚れが目立たたないゴシック調の魔法少女服だったのは幸いであるのだが、流石にここまで汚れると一度水浴びでもしたいところなのだが、そうも言ってられない状況である。

ダム底の調査は終了した。
手元の心許無い明かりを頼りにした調査だったが、探偵の誇りにかけて見落としはないと断言しよう。
怪しげな中央の穴のみならず、周囲一帯にまで調査の手を広げたがエレベータースイッチらしきものは見つからなかった。
他にもこれと言った手がかりらしきものは見つからず、脱出に向けての進展はない。

だが、その結果に対して彼女に落胆はなかった。
これは彼女にとっては確認作業に過ぎないのだから。

この空洞がエレベーターであると断定できる材料は殆どなく、むしろ何も見つからなかったという調査結果はそうではないと裏付ける物である。だが、彼女はこれがエレベーターであると言う確信があった。
何故なら彼女には『そうである』と言う心当たりがあるからだ。

それは死亡した一ノ瀬と対話を果たした時の話である。
彼は主催者と対峙する機会を得たと語り、彼女はその詳しい経緯を尋ねていた。
その問いに彼はこう答えた。

『貴女の前から消えた直後の話だ。気付けば僕は四角い箱の中に居ました。
 窓一つなく外がどうなっていたのかは分かりませんでしたが、僅かな振動から動いていたのは確かだ。
 階数表示もボタンすらなく登っていたのかも降っていたのかも定かではありませんが、恐らくはエレベータのような何かの移動装置。
 たどり着いた先は奴の本拠地と思しき場所でした、きっと私がそこに飛ばされたのは偶然ではない、そうなるよう設定されていたのでしょう』

彼が乗り合わせた移動手段が恐らくコレだ。
主催者の下にたどり着くために用意された箱舟。
禁止エリアによる中央への誘導もこれならば納得ができる。

そうなると考えるべきは使用手段だ。
周囲に呼び出せる仕掛けがない以上、通常の手段で呼び出すことはできそうにない。
だと言うのに、何故彼は乗れたのか?
いや、そもそも何故あの時点で消えたのか?

あの時の一ノ瀬に特別な点があるとしたならば、それは死神の手によって首輪が解除されていた事だろう。
ならば首輪の解除がエレベーターの搭乗条件になるのか?
首輪を解除すれば自動的に転送されるのか?
いや、それはない。

私の前から姿を消したのは、世界を渡ると言う彼の異能の作用だろう。
あの場で転送されたのは彼が彼だったからである。

いくらなんでもあの退場の仕方をワールドオーダーが想定しているとは考えづらい。
想定しているのであれば、そもそもそんなことをさせないよう対策すべきである。

あくまであれは死神と一ノ瀬空夜という規格外の組み合わせによるイレギュラーだ。
これを正答として考えること自体が間違っている。

あれは例外中の例外。
だが、必要な要素を見極め、真偽をくみ取ることはできるはずだ。
タイミングからしてあの時点で転移が始まった事と首輪の解除があったことの因果関係は恐らくある。
首輪の解除が必須という点は正しい考察だろう。
問題は彼がその異能で『呼び出し』という過程を一足跳びでクリアしてしまったという事だ。

これを呼び出すための条件は別に何かあって、それは未だにクリアされていない。
正規の条件を解き明かす。

いや、解き明かすべくはそれだけではない。
全ての謎を解き明かし因縁も伏線も全て明かして、未練なく神様が本を閉じられるように世界の終わりのお膳立てをする。
これこそが探偵である亜理子に課せられた役割だった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

69そして1日が終わる ◆H3bky6/SCY:2018/08/13(月) 01:19:55 ID:UsvTGNLY0
土の地面を踏みしめる不規則な足音が響く。
ふらつく足を引きずるようにして山道を歩いているのは怪人へと墜ちた女だった。
月の光すら深い木々に遮られ、自らの足元すら朧気に闇に溶けてゆくようだ。

吐く息すら炎のように熱く、全身が高熱を帯びてたように気だるい。
整備されていない山道は踏みしめるたび体力を奪う。
まるで足に見えない重りが纏わりついたようで、足を進めるたび命が削られていくようだった。

ただ灼熱のように沸き立つ頭だけが、妙にふわふわして気分がいい。
油断すると沸き立ちすぎて意識が白む。それを強く舌を噛んで無理矢理繋ぎとめる。

口の中に広がる鉄の味を喉を鳴らして呑み込む。
曖昧にぼやける感覚の中で鋭い痛みだけが確かだった。
熱が上がるたびに余計なモノが消えて行き、神経が研ぎ澄まされてゆく。

急ぐ理由もなく、明確な目的もないのに休むこともせず。
生き急いでいるのか、死に急そいでいるのか、それすらも分からずにいる。
それなのに何故進むのか。
本人すらわからないその問い答える者など無く、目的すらわからなくなりながらそれでも足を進める。

八十八箇所を巡る僧侶のようだ。
ただ無心に頂点を目指して勾配のある坂道を踏みしめる。
人を害する血と悪意に彩られた道行であるはずなのに、心中は狂ってしまったように穏やかで、ただ白く何もない。

そうして進むうちに山頂に近いて行き、周囲を取り囲んでいた鬱蒼とした木々は目減りしてゆく。
折り重なる木々によって貼られた天上のカーテンが徐々に開かれて、女の下に月明かりが届いた。
影ばかりだった世界が輪郭を取り戻すように照らし出される。

見上げれば、そこには視界を埋め尽くすような巨大な貯水ダムが鎮座していた。
正確にはそこに在ったのはダムだったであろう何かが、だが。
ダムは既に半壊しており、コンクリート壁はまるで巨大なバーナーで焼切ったように高熱で溶解したように壊れ、ダムとしての機能を果たしていない。

その破壊跡に興味を引かれたのか、ふらふらとダムへと近づいてその破壊跡を確かめる。
どう見ても自然に壊れたモノではない。
破壊跡の様子からごく最近、恐らくは参加者の手によって破壊されたものだろう。

「よっこいせ……っと、とッ」

崩れた壁を乗り越えダムの中に侵入する。
広がっているのは乾いた苔の蔓延るただっぴろい荒野だ。
段差からの着地で僅かにバランスを崩したが、柔らかい地面を踏みしめながら立て直す。

ダムの中の水はすっかり涸れていた。
開いたドデカい穴から水が漏れ出したのではないだろう、恐らく高熱に晒され全てが蒸発したのだ。

この規模のダムであれば干ばつでもない限り貯水量は1000万m3は下らないはずである。
それが全て干からびるなど、どれ程の熱量が必要なのか。
恐らくドラゴモストロの火炎弾でも無理だろう。
炎熱を操る能力者として思わず嫉妬を覚えてしまうくらいのド派手な規模だ。

この破壊を成し遂げた相手がここにいるのなら、苦労してここまで足を運んだ甲斐もあるというモノなのだが。
見渡せどダムを破壊した相手どころか、リクの仲間らしき人影すらない。
平らなダム底、誰かがいれば見逃すはずもないのだが、周辺には誰もいなかった。

目につくモノがあるとするならば、ぽっかりと開いたどこまで続くのか分からないような四角い穴だけだった。
これ以外になにもない以上、リクがここを拠点としていた理由はこれなのだろう。
つまりは、珠美にはよく分からないが参加者にとって重要な何かなのかもしれない。

とりあえず小さな花火を一つ作って落とす。
パチパチと弾ける花火の光は吸い込まれるように落ちてゆき、その内見えなくなっていった。
手応えらしきものがまるでない、どれ程深いのか見当もつかなかった。

「…………壊しとくか」

ここが大事な何かなら壊しておくのが怪人として正しい在り方だろう。
そう考え、穴組を破壊できるだけの特大の花火を創だろうしたところで、すぐにやめた。

怪人ボンバーガールの目的は参加者を殺しつくすこと、参加者が何を目指そうと知ったことではない。
これが何であるかはどうでもいい事だ。
よくわからないモノを破壊するために貴重な感情(ちから)を使うのもバカらしい。
だからそれよりも、今優先すべきは。

70そして1日が終わる ◆H3bky6/SCY:2018/08/13(月) 01:20:14 ID:UsvTGNLY0
「――――――そこか」

唐突に身を翻して、適当に作った花火未満の火薬玉を周囲一帯に放り投げる。
それを一斉に炎で薙ぎ払うと、炸裂音が周囲に鳴り響いた。

「きゃ…………ッ!?」

爆炎に飲まれた何もない空間から、フリルの付いた黒い衣装の女が現れた。
いきなりそこに現れたのではなく、透明化か何かの能力で隠れていたのだろう。
それを見破ったのは直感などではなく、単純に井戸のような穴を破壊しようとする珠美の行動に動揺が見えた。
熱を帯び鋭く尖った今の知覚ならば、姿が見えているも同然だ。

「けっ、カメレオンかよ」
「く………………ッ!」

爆風に煽られバランスを崩していた女がなんとか踏みとどまる。
今の火薬玉はあくまで炙り出しに過ぎず、敵を焼き尽くすには火力不足だ。
ダメージは少なく黒衣の魔法少女はすぐさま次の行動に出た。

「――――――ジャンプ!」

魔法少女は迷わず逃げの一手に打って出た。
この場所の保持に固執せず、一足でロケットのように飛びたちダム底から離脱する。
思わず珠美ですら目を見張るほどの見事な跳躍だった。

だがそれでも、珠美なら全力で追えば確実に追いつける。
追いつけるが、珠美は追わずに夜に消えて行く黒衣を見送った。

このぬかるんだ足元であれだけの跳躍を見せた力は大したものだが、残った足跡を見るにあの大跳躍とは釣り合わない大きさだ。
あの跳躍は純粋な筋力によるものではなく、そういうスキルか支給品か恐らくは別の法則によるものなのだろう。

確かに追えば追いつけるが、今の珠美にとってはそれも決死の覚悟が必要となる。
逃げバッタにそこまでの価値を見いだせない。
どうせなら最期の相手は戦士がいい。

「……ここで待つか」

獲物に興味をなくした猫のように、泥に塗れる事も厭わずその場に倒れこむ。
乾いた地表が割れて、水を含んだ地面が染み出してきたのを背に感じる。
抜かるんだ冷たい感触が熱した体に心地いい。

焦ったように足をここまで進めてきたが、別に焦っていた訳ではない。
ただ生き急ぎ、死に急いでいるだけ。
成すべきことが決まっているから心持は凪のように穏やかだ。
自分の終わりは決めてある。

眠る様に眼を閉じる。
一日も終わろうと言う今になってようやくまともな休息を取れた気がする。
あっさりと放り出して逃げ出したが、ここが重要だと言うのならそのうち勝手に戻ってくるだろう。
その時に強いお仲間でも引き連れてくれればこれ以上ない。
それをのんびり待てばいい。

静かに穏やかに、眠るようにしてここで待つ。
愛おしい相手でも待つように、敵を待つ。

愉しい相手だといいのだが。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

71そして1日が終わる ◆H3bky6/SCY:2018/08/13(月) 01:20:49 ID:UsvTGNLY0
夜空より流れ星の如く魔法少女が降り注ぐ。
ざりざりと音を立て山の斜面を滑るようにして着地すると、そのままたとたと駆ける様にして山を下っていた。

魔法『大跳躍』により難を逃れることができた。
伺うように背後を振り返るが、敵が追ってくる気配はない。
追わなかったのか、追えなかったのか定かではないが、追いつかれることはなさそうだ。

それを確認して山を下る足を徐々に緩める。
月に影を色濃く落とす半壊したダム跡を見上げた。
脱出につながる重要拠点を制圧されてしまったが、あそこを保持する事自体はそれほど重要ではない。
いずれ取り戻す必要はあるだろうが、今できる調査は終えた、あのままあそこに居たとしても得るものはないだろう。

重要なのは然るべき瞬間に然るべき使い方をすることだ。
何より、あのエレベータを使うと言うのも持ちうる手段の一つに過ぎない。
いっそ切り捨て別の方法を模索する手もある。

それよりも問題なのはボンバーガールの襲撃と言う事実。
好戦的な性格であることは把握していたが、あれはそういう次元ではなかった。
ボンバーガールはヒーローとしての光の道を外れ、外道に墜ちた。
彼女は闇に向かって突き進んでいる。

それの指し示す事実は一つ。
恐らくシルバースレイヤーは敗れたのだ。
少なくともそう考えて動いた方がいい。

これは大きな誤算だ。
その可能性も考えていなかった訳ではないが、亜理子としては山頂を制圧された事よりもシルバースレイヤーの脱落の方がよっぽど痛い。
なにせリカバリーが難しい。次候補が都合よく見つかるとは限らない。

『奴』にとってはここで見つからなくても次に賭ければいいだけの話だ。
繰り返す殺し合いの中で、自分殺しがどこかで成功すればいい。
しかし亜理子からすれば、この催しは成功させなければならない。
寿命と言う有限があるとはいえリトライ可能なヤツとの違い。
成功を願う参加者に失敗を容認する主催者。なんて矛盾だ。

いや、次どころかこれと似たような殺し合いは同時に行われている可能性すらある。
根拠のない推察だが在りえる話だ。
コピー&ペーストを繰り返せしてきた膨大なリソースが奴の強みである。
リソースが足りているのなら、むしろその方が効率的だろう。

ただですら影響力の強い連中の寄せ集めである。
それがこの規模で同時多発的に消えたとなれば巻き起こされた世界的混乱の規模はどれほどか。
混乱が強まれば強まるほど、外部からの干渉を受ける可能性は下がる。
そうなるとそれこそ悪夢だ。

この悪夢を終わらせる。
この世界を終わらせる。
このお話を終わらせる。

その為に、その為の誰かを見つけなければ。
それこそが亜理子に課された急務である。
それが人の穢れを受け入れられないどうしようもなく潔癖症な音ノ宮亜理子という人間の為すべきことである。

「問題は…………」

問題は、その為にどれほど時間が残されているのか。
音ノ宮亜理子の終わり
この殺し合いの終わり。
世界の終わり。

全てはいつか終わる泡沫の夢。
その終わりよりも早く、答えにたどり着かなくては。

これは彼と誰かの物語。
その一翼を担う悪性。
あの男は、今頃何を考えているのだろうか。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

72そして1日が終わる ◆H3bky6/SCY:2018/08/13(月) 01:21:42 ID:UsvTGNLY0
夜の光が草木を照らし、優しく緩やかな風が草原を吹き抜ける。
ここにいるのは何者でもないただの人間と魔族である。
何者でもなく、何物にもなれる少年と女。
勇者あらざる少年が怪物あらざる女の傍らに寄り添っていた。

オデットに刻まれた聖剣による傷は深いが、勇者の力が破棄された事により再生阻害は消滅した。
微弱ながら再生は働いており、両断された胴体はギリギリのところで繋がっている。
彼女の強い生命力によるものか思った以上に状態は安定していた。
安静にしていればその内傷は癒えるだろう。

だが果たして、この混沌の世界で何事もなく安静になどしていられるのか。
少なくともこんな誰に見られているともわからない、草原で寝転がっているのはどう考えても危険だった。
勇二が運んでいければいいのだが、勇者の力を失ったただの子供でしかない勇二では大人のオデットを背負っていくことも難しい。
辛かろうが最低限動けるようになったのならばオデット自らの足で動いてもらう他ない。

「大丈夫、立てそう…………?」
「…………ええ、なんとか」

差しのべられた手を取って、オデットが立ち上がろうとした、その瞬間だった。
大きく大地が揺れた。

勇二は咄嗟にバランスを立て直し、その場に踏みとどまった。
オデットは立ち上がろうとしていた所を突かれたせいか、バランスを崩して尻餅をついた。

「ッ! 何!? 一体何が…………ッ!?」

尻餅をついたまま混乱したように空を見上げてオデットが叫ぶ。
リヴェルヴァーナでは大地の揺れは神の怒りとされている天変地異である。
神の因子を取り込んだオデットならば地を揺らすくらいは可能だが、それも局地的なものにすぎない。
このような世界全体が震撼するような規模の揺れなど、彼女にとっては世界崩壊の前兆とすら受け取れる大事態だ。
だが慌てふためくオデットの様子とは対照的に、勇二は妙にこなれた反応を示した。

「もう収まったみたいだから大丈夫だよ」
「大丈夫って……そんな! あんなに地面が揺れたのよ!?」
「いやぁ。ただの地震じゃない? そんなに大きくもなかったし大丈夫だよ」

そう言って再び倒れこんだオデットに勇二が手を差し伸べる。
余りにも落ち着き払ったその様子に、慌てている自分がオカシイのではないかと思えてしまう。

「そう、なの?」
「うん、それっと」

ポカンとしたまま手を引き上げられる。
そういう物なのだろうか?

「それよりも行こう、隠れられそうなところを探さないと」

勇二が小さな肩をオデットに貸す。
身長差がありすぎて、あまり助けになっているとは言い難いが、その気持ちに甘える。
肩に手をやり少しだけ体重を預けゆっくりと歩を進める。

「大丈夫…………?」
「…………ええ、平気よ」

歪めた表情から強がりでる事は誰にでもわかった。
やはり動くと傷に響くが、それは自らの罪科を知らせる痛みだ。
こんな事で罪の禊ができるとは思わないが、これまで犯してきた過ちに対する当然の罰として受け入れる。

自らの弱さを認めず目を逸らしそのために犯した多くの過ち。
取り返しのつく事ばかりではなく、何より死は取り返しがつかない。
失われた命を取り戻すことは、神にだってできないのだ。

取り返しがつかないからこそ、これからの事を考えなくてはならない。
何もしない訳にはいかないのだ。
足を止めることなどオデットには許されない。

「…………オデットさん」

だがオデットを先導していた勇二が張りつめた声と共に足を止めた。
自分の意識に没頭していたオデットがその原因に気付く前に、その声はあった。

「やあ」

若い男だった。
道すがら知り合いにでも出会ったような気軽な声。
夜の散歩でもしているかのように、余りにも普通にその男は現れた。

「勇者は捨ててしまったのかい?」

全身が総毛立つ。
目の前に終わりが絶望と共に立っていた。

「お前ッ、お前は…………!」

怒りに全身を震わしながら勇二が吼える。
全ての参加者の敵。
全ての人類の敵。
ワールドオーダーと呼ばれる世界全ての敵。

73そして1日が終わる ◆H3bky6/SCY:2018/08/13(月) 01:22:01 ID:UsvTGNLY0
「勇者と言う線と天才霊能力少年という君の線、これらが交わっただけでも僥倖だと言うのに、それを自ら破棄するだなんて。
 いや、いいよ実にいい。こちらの想定を超えるくらいでないと」

猛る勇二には取り合わず、男は誰も見ていないように独り口元を吊り上げ手を叩く。
その独善的な愉悦は誰のためでもなく、あるいは本人すら何も感じていないのかもしれない。
不気味な自動人形でも見ているような不安感に襲われる。

「……捨ててなんかいないよ」

確かに聖剣は捨てた。
だが勇者を捨ててなどいない。
勇二らしい勇者で在り続ける。
カウレスから託された願いは決して手放してなどいない。

「そうかい。なら君はそれでいいさ」

嗤うような口元とは裏腹な無機質な視線。
その行く先が少年から俯きがちに視線を落としていた女へと移る。

「だがオデット」

感情の見えない色のない声で名を呼ばれる。
それだけで言いようのない悪寒がオデットの背筋を撫でた。

「――――――――――君はいらない」

オデットの全てを否定するように世界を司る支配者は告げる。
それは死の予感ですらない、より深い終わりを予期させる絶望の具現。

オデットの全身が震える。
正気を取り戻した今だからこそわかる、あれは何か想像を絶する恐ろしいものだと。

オデットは一度、この男に手も足も出ず敗北を期している。
その上で見逃されたのた。殺すつもりなら、いつでも殺せた。
そんな相手に、聖剣によるダメージが残る中で立ち向かうことなど出来るはずもない。

敗北は必至。
何もできないまま無残に存在ごと消去されるだろう。

「そんなことはさせないよ」

だが、今は一人ではない。
オデットを庇うように、小さな、だがとても大きな背中が目の前に現れた。
震える足。恐怖は隠さず、なけなしの勇気を振り絞って。
その一歩の勇気をもって世界全ての悪意を詰め込んだような、この世の終わりの怪物に立ち向かう。

「オデットさん。僕たちにできる事はやっぱり、一つしかないと思うんだ」

声は震えながらも固い決意が込められていた。
敵を見つめる少年の黒い瞳に強い光が帯びる。
その瞳には子どもらしい純真な輝きと、数々の困難を乗り越えてきた深い強さが湛えられていた。

「みんなをこんなひどい目に合わせたお前を倒す! それが僕の勇者としての役割だ!!」

勇者として全ての悲劇の元凶であるこの男を討つ。
それが多くの過ちを犯してきた二人に出来る最大の罪滅ぼし。
失われた全てに報いる唯一の方法である。

オデットはその勇気に導かれるように顔を上げる。
他者の勇気を導く、少年の勇者。
彼女は己の弱さで多くの罪を犯した。
だからこそ、贖罪の道は示されたのならばここで奮い立ったねばならない。

奈落のような男は、その眩いまでの勇気を常と変らぬ表情のまま見送って、何の覚悟もないようなまま迎え入れる様に両手を広げる。

「いいさ。来るがいい、どちらにせよこちらのやることは変わらない」

この局面において、このワールドオーダーの役割は一つ。
参加者の排除だ。
それは合格者も脱落者も関係ない。
等しくこの大嵐を乗り越えるしかない。
乗り越えた先に世界を終わらす大業がある。

空気が静止する。
今にも弾けそうな緊張感の中。
唐突に支配者がくるくると指を回して天を指した。

「けれど、戦うのは少し待った方がいい。君たちにとって運命を分ける事になるだろう」

そこには月が浮かぶだけの夜空があるだけだ。
だが、彼が指していたのはそれではない。

声があった。
世界全体に響き渡るのは目の前の男と同じ声だ。
そう、この地において四度目の声が。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

74そして1日が終わる ◆H3bky6/SCY:2018/08/13(月) 01:22:37 ID:UsvTGNLY0
全てから隔絶され、全てを超越したこの世の果て。
生命の息吹を感じられない、孤独の城。
最低限の物しか置かれていない広い部屋は、開放感がある空間だというのにどこか息の詰まるような閉塞感がある。
そんな窒息しそうな息苦しい部屋の中心でソファーに浅く腰掛ける男が独り。

天上に浮かぶ照明によって、淡く照らし出された男の顔に影が落ちる。
柔らかい光を放つのは緩く回転を続ける球体だった。
釣り糸もなく宙に浮かび緩やかに自転するその様はさながら惑星のようである。

男が目を細めるでもなく、目の前に浮かぶ天球を眺める。
ミラーボールのようなこれこそが、参加者たちがいる地獄の舞台だ。
もちろんその物ではなく、情報を投影し移し出した同期転写体であるのだが。

その球体の一点を男の指がなぞる。
そこには小さなヒビが刻まれていた。

「やってくれたねぇ、剣神龍次郎」

苦言を漏らす言葉とは裏腹に、その口調は愉し気である。
最強が放った最大最期の一撃は、正しく世界を砕く一撃だった。
球体に見えるヒビは小さなものだが、世界の内核にまで届いている。
いずれその亀裂は広がってゆき世界は崩壊を迎えるだろう。

この舞台となる世界は非破壊オブジェクトとして設定してある。
世界の破壊機構であるリヴェイラが世界ごと破壊しようとしたが破壊できなかったのはそのためだ。
まさかそれを何の気も衒わない力技で突破するとは、完全に想定外の事である。

つくづく参加者たちは主催者の想定を上回る。
だが、そうでなくてはとほくそ笑む。

想定を上回らなければこんな事をした意味がない。
想定を上回ることなど想定内。
むしろ順調であると言えるだろう。

だが、舞台その物が壊されるというのはよろしくない。
果たしてこの世界はどれだけ持つか。
1年か、1日か、それとも数時間も持たないのか。
こちらとしては終了まで舞台が持てばいいのだが、終了までに壊れられるのは困る。

「まあいいさ、それなら少し予定を早めるまでだ」

浅くかけた腰を上げる。
机の上で静かに回り続ける球体を見下ろす。
そこにいる全てを不幸のどん底に陥れた元凶は本当に残念そうに呟きを漏らす。

「だが不幸なことだ、僕にとっても君たちにとっても」

言って、じき始まる放送の準備を始めるため部屋を出た。
残された孤独な世界は静かに光を放ち続けている。

そして一日が終わる。
長かった一日の終わりを告げる四度目の放送が始まった。

75そして1日が終わる ◆H3bky6/SCY:2018/08/13(月) 01:23:19 ID:UsvTGNLY0
【C-5 診療所/真夜中】
【新田拳正】
[状態]:ダメージ(中)、疲労(中)、右目喪失(治療済み)、額に裂傷(治療済み)、両手に銃傷(治療済み)、右足甲にヒビ(治療済み)、肩に火傷(治療済み)、右腕表面に傷
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式
[思考]
基本方針:帰る
1:帰る方法の模索

【水芭ユキ】
[状態]:疲労(小)、頭部にダメージ(大)、右足負傷、精神的疲労(小)
[装備]:クロウのリボン、拳正の学ラン
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1〜3(確認済み)、
    ロバート・キャンベルのデイパック、ロバート・キャンベルのノート
[思考]
基本方針:悪党を貫く
1:中央へと向かう
2:首輪の解除方法と脱出方法を探す

【一二三九十九】
[状態]:ダメージ(中)、左の二の腕に銃痕、鼻骨骨折(治療済み)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式×3、、ランダムアイテム1〜4(確認済み)
    サバイバルナイフ、サバイバルナイフ・裂(使用回数:残り1回)、風の剣、ソーイングセット、クリスの日記
[思考]
1:帰る方法を探す

【G-5 山中/真夜中】
【音ノ宮・亜理子】
[状態]:左脇腹、右肩にダメージ、疲労(中)
[装備]:魔法少女変身ステッキ、オデットの杖、悪党商会メンバーバッチ(1番)、悪党商会メンバーバッチ(3番)
[道具]:基本支給品一式×2、M24SWS(3/5)、7.62x51mmNATO弾×3、アイスピック、工作道具(プロ用)
    双眼鏡、鴉の手紙、電気信号変換装置、地下通路マップ、謎の鍵、首輪探知機、首輪の中身、セスペェリアの首輪
    データチップ[01]、データチップ[02]、データチップ[05]、データチップ[07]
[思考]
基本行動方針:ワールドオーダーの計画を完膚なきまでに成功させる。
1:次の主人公候補の模索
2:データチップの中身を確認するため市街地へ
※魔力封印魔法を習得しました

【F-6 山中(ダム底中央)/真夜中】
【火輪珠美】
状態:左腕喪失出血多量、ダメージ(極大)全身火傷(大)能力消耗(大)マーダー病発病
装備:なし
道具:基本支給品一式、禁断の同人誌、適当な量の丸太
[思考・行動
基本方針:全て焼き尽くす
1:敵を待つ
※りんご飴をヒーローに勧誘していました
※ボンバーガールの能力が強化されました

【H-6 電波塔近く/真夜中】
【田外勇二】
[状態]:人間、消耗・大
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式
[思考]
基本方針:自分らしい勇者として行動する
1:ワールドオーダーを倒す
[備考]
※勇者ではなくなりました

【オデット】
状態:再生中。首骨折。右腕骨折。神格化。疲労(大)、ダメージ(極大)、首輪解除、マーダー病感染
装備:なし
道具:リヴェイラの首輪、携帯電話
[思考・状況]
基本思考:-
1:ワールドオーダーを倒す
※ヴァイザーの名前を知りません。
※ヴァイザー、詩仁恵莉、茜ヶ久保一、スケアクロウ、尾関夏実、リヴェイラを捕食しました。
※現出している人格は最初からオデットでした

【主催者(ワールドオーダー)】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、携帯電話、ランダムアイテム0〜1(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:参加者の脅威となる
1:参加者の殲滅
※『登場人物A』としての『認識』が残っています。人格や自我ではありません。

76そして1日が終わる ◆H3bky6/SCY:2018/08/13(月) 01:23:35 ID:UsvTGNLY0
投下終了です

77 ◆H3bky6/SCY:2018/08/23(木) 00:08:34 ID:Pgd8.FQk0
第四放送本投下します

78第四放送 -いつか革命されるこの世界にて- ◆H3bky6/SCY:2018/08/23(木) 00:09:26 ID:Pgd8.FQk0
四度目の定時放送の時間となった。
これで開始から一日が経過したことになる。
この声を聞く者は皆、この一日この地獄を潜り抜けた精鋭だ。
まずは、よくぞここまで生き残ったと褒めたたえよう。

今回は特に重要な連絡事項があるからね、殺し合ってるものは手を止めて耳を傾け、寝ているモノは起きるといい。
言いかな? それでは行くよ、聞き逃さないように。

まずはいつも通り禁止エリアの発表だ。
追加される禁止エリアは。

『F-6』
『F-8』
『H-5』
『H-7』

後はCとIのライン、3と9のラインを禁止エリアとする。
もはや動ける範囲の方が狭くなってしまったが、足を踏み外さぬようこれまで以上に慎重に行動することだ。

次に、この6時間で脱落した死亡者の発表を行おう。
死亡者は

02.アサシン
16.カウレス・ランファルト
24.近藤・ジョーイ・恵理子
42.剣神龍次郎
53.バラッド
55.ピーター・セヴェール
59.氷山リク
68.森茂
72.りんご飴

以上9名。
生き残りは8名となる。
そこにいる僕を除けば7名か。
いよいよ佳境という所か。

そしてここからが君たちに直接かかわる大事な話だ。
覚えているかな? 1時間に1人死者が出なかった場合、ランダムに首輪を爆破するというルールの事を。
この場面でわざわざこのルールを振り返ったという意味が賢明なキミ達なら分かるだろう?
そう、先ほどの6時間で1時間人の死ななかった時間帯が存在する。
まったく、これだけ死んだのに人が死ぬ時間が偏り過ぎていたようだね。

それは始まりと終わりの1時間。つまり2名だ。
2名、生存者からランダムに死亡者を抽出する。

ここまで生き残った参加者をこんな形で失うのは僕としても不幸だが。
これもまた運命か。
ではペナルティーを受ける死亡者を発表する。

40.田外勇二
63.水芭ユキ

以上2名。
処理の実行は30分後だ、0時30分に行う。
支給した時計は正確だから、それを見ながら心してその時を待つといい。
祈ったところで救われるでもないが、せめて悔いは残さぬよう。

さて、革命の時は近い。
これが恐らく最後の放送になるだろう。
キミ達の、この世界の至る結末を僕に、神に、世界に見せてくれ――――!

79第四放送 -いつか革命されるこの世界にて- ◆H3bky6/SCY:2018/08/23(木) 00:10:04 ID:Pgd8.FQk0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


パチン、と音がした。


放送を終えたワールドオーダーが放送室の灯り落としたのだ。
役目を終えた放送室の出口に向かい、その扉を開く。

唯一の住民が消えれば自然、光の落ちた薄暗い部屋は静寂に包まれる
永遠に変わらぬような静寂。
それは不変だ。

だが永遠などありはしない。
その静寂はいつか破られる。
永劫の不変は破られるのを待つように、訪れる者を待っている。

いつか至り、終り、変わる世界のように。

いつか破られる、その時を待っている。




本を閉じる様に、パタンと扉が閉じた。

















今はまだ、訪れる者はいない。

80第四放送 -いつか革命されるこの世界にて- ◆H3bky6/SCY:2018/08/23(木) 00:10:22 ID:Pgd8.FQk0
投下終了

81 ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:16:20 ID:9FwNdzk60
お待たせしました
最終章の第一幕を投下します

82THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:18:42 ID:9FwNdzk60

終わりを告げる声が天より響いた。

もはや聞きなれてしまったその声も、今回ばかりはその意味合いが違った。
それは聴く者の心に様々な嵐を巻き起こす凶報である。
過ぎ去った死を告げるだけだったはずの声は、死の訪れを宣告する声となった。
それは神の如きが告げる逃れようのない、運命だ。

その声は聴く者の感情に変化を齎した。
あるいは激昂。あるいは焦燥。あるいは絶望。
そのいずれもが心を散り散りに引き裂くような激情だった。
あらゆる激情で満ちた鍋はかき回され世界は混沌で満たされる。

さあ物語の終わせよう。

世界の命運をかけた革命を始めよう。

いい加減、止まった世界に飽きたなら。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

この最悪極まる催しの主催者の分身を除けば、放送を聞き終えた参加者の中で一番冷静さを保ってたのは恐らくこの少女だろう。

美少女女子高生探偵、音ノ宮亜理子。
彼女が平静を保てたのは理性と知性を司る『探偵』と言う生き物であるというのも理由ではあるだろうが。
それ以上に、先ほど告げられた最悪の通告と彼女が無関係な立場にあるのが大きいだろう。

死の運命を告げられた二人。
選ばれた一人は同じ学園に通う後輩であり多少の顔見知りではあるものの、特に深い間柄でもない。
彼女の死が亜理子の心を鈍らす要因にはなり得ない。

何より心構えをしていた。
ペナルティというルールが設定された時点でいずれ来るだろうとその可能性は常に彼女の頭の隅にあった。
それがようやく適応される段階に至った、というだけの話である。
ならば自分が当たらなかった幸運を喜んでこの件はそれで終わりだ。

それよりも、今の放送で彼女の気にすべき点は別にあった。
彼女にとって一番の問題は中央が禁止エリアに指定された事である。
それは中央は最後の舞台となる重要地点である、というこれまでの推理を覆すものだった。

これにより彼女のこれまでの推理は否定されるのか?
否である。ダム底の調査により中央が重要であることは確信を得た。その前提は翻らない。
あくまで最終地点は中央であるという前提で推理を進めるべきだろう。

そして、放送から得られて重要な情報がもう一つ。
ワールドオーダーはこの放送を”最後の”と言った。
何故今回が『最後』なのか?

残り8名。いよいよもって終わりは近い。
だが、放送ごとに地図上のエリアを狭めてきたこれまでの傾向からして、あと一回りは余裕がある。

確かに、全てのマスを埋める必要はない。
それに人数が減れば減るほどペナルティの適用率は高くなり、次を待たずして全滅している可能性は高いかもしれない。
全滅を危惧して予定を早めたと言うならば、なるほどそれは確かにあり得る話だろう。

だが、この考えは今回の事件には当てはまらない。
何故ならそれは参加者の全滅を避けたい人間の考え方だからだ。

奴にとってこの殺し合いは何が何でも一人を見出すための試みではなく。
条件を満たすたった一人を見つけ出すための振るいである。
奴にとってはこの殺し合いは全滅したって構わないのだ。
私たちにはこの殺し合いが全てでも、奴にとっては次があるのだから。

だと言うのに予定を早めたのは何故か?
これまでの違う流れが組み込まれた時、それには必ず理由がある。
全滅を避けたいのではなければ、何か別の理由があるはずだ。
それは何だ?

考えるべきは、『この殺し合い』に置いて奴にとっての最悪は何か。
それは一つ。
居たかもしれない『主人公』を逃す事だ。

83THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:19:02 ID:9FwNdzk60
全滅を許容するといってもそれは全てを完遂した結果でなければならない。
最後にまで至って初めて、『居なかった』という結論を得られるのだ。
追い求めた一人が居るかもしれない可能性がある以上、最後までこの殺し合いは完遂されなくてはならない。

故に終了を速めた。
そうなると進行不可能となる想定外の事態が起きたのか?
この状況で思い当たる可能性と言えば。

「………………さっきの地震、か?」

観測できる範囲で世界に起きた出来事と言えばそれくらいだ。
そう言えば、あれはなんだったのだろうか?

地震。地震には違いないのだろう。
日本なら先ほどの震度5程度の地震なら年に平均して5回以上は起きている。
それほど特別視するようなものではないのだが。
この孤島がなんなのかという疑問の答えによっては意味する所も変わってくる。

この”世界自体”が奴の用意した世界だと仮定するならば地震など起きるはずがない。
全てが奴の支配下である以上、意図的に引き起こしたのでなければ、起きる必要がないからだ。
起きるはずがないことが起きた。それが終了を早める要因となった可能性はあるかもしれない。

ここが私たちの世界のどこかの無人島であるとしたと仮定したとしても、地震は自然現象だ。
いくらなんでも地震が起きるかどうかまで奴が想定していたとは考えづらい。
やはり地震の影響で何かの不測の事態が起きたという可能性はあるだろう。

だが、あくまで可能性。確実性は何もない。
地震と紐付けること自体が無理矢理すぎるか…………?

ともかく、理由は不明であれ強引に一手早めたのは事実だ。
最後だからこそ盤面を大きく動かすべく動いたという推測が立てられる。

『最後』だから『最終段階』として『最終地点』にイベントを起こした。
こう考えれば中央を禁止エリアとした筋も通る。
中央の重要性は変わらない、むしろ増したと言えるだろう。

そしてそうであると言う前提で考えれば、いろいろと条件が逆算できる。
中央にあった呼び出し方が不明のエレベータ。最後に行われる中央の禁止エリア化。
そこから導き出される結論がある。

エレベーターを呼び出す条件。
それはそこが”禁止エリアである”事だ。

調査をした時点で何も起きなかったのは当然だ、条件が満たされていなかったのだから。
そしてそれ条件であるのなら、必然的に首輪の解除が必要となる。
誘導と試練と必然。
その全てが揃っている。

そうなると首輪の解除を最優先とすべきなのだが。
亜理子の頭の中には首輪の構造に関する知識はあるが、実行するための技術と道具が足りない。
その穴を埋める人材を確保する必要がある。

人数こそ減ったが禁止エリアが増え活動範囲が狭まっている以上、参加者と出会うのはそう難しくはないだろう。
だが、先ほどのボンバーガールのような危険人物と出会う可能性も高い。
そう言う輩は当然ながら避けたい、少なくとも単独で行動している間は。

誰を探すべきか。
頭の中で生き残った参加者の名を思い浮かべる。
そこからペナルティで死亡する二人を排除。
そしてワールドオーダー、ボンバーガールと言った危険人物を除外する。

そうして残ったのは自分を除けば3人。
一先ずこの3人に当たりをつける。
この中から求める人材、加えて失われた主人公候補を見繕わなければならない。

たった3人。
そこに全ての展開をうまく転がせる人材がそろっていたのなら、それこそ運命的である。
奴の思想に沿った展開でぞっとしないところだが、奴の思想通りに進むのは亜理子としても望むところだ。
何より、そうでなければ立ち行かない以上そうでなくては困る。

当たりを引けば一発逆転という博打的な状況。
ふと考えが頭をよぎる。

ともすれば追い詰められて細い糸を辿らなくてはならないこの状況もまた、筋書きの一つでしかないのだろうか。

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84THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:19:34 ID:9FwNdzk60
「………………あぁん?」

仄暗いダムの底で泥に塗れていた女の口から不機嫌そうな声が洩れた。
眉間にしわを寄せながら、深い眠りから醒める様に片目を薄く開く。
目を瞑って身を休めていたが、眠っていたわけではない、放送はちゃんと珠美の耳に聞こえていた。

彼女が不機嫌な声を漏らしたのは龍次郎とモリシゲと恵理子と言った強敵の死を知ったから、ではない。
ペナルティーの実行により見知った相手がこれから死ぬこと、でもない。
不運に見舞われたのは悪党商会(てき)の下っ端(ザコ)と同僚(ュバルツティガー)の子供(ガキ)、どうでもいい相手である。

どうでもいい相手の死など、どうでもいいことだ。
戦いがいのある強敵だって、死んでしまった以上価値はない。

深く縁のある人間は大抵死んだ。と言うより、大抵殺した。
今更、誰が死のうと動じる心など残っていない。

「あぁー…………どうしたもんかねぇ」

寝ころんだまま億劫そうに声を上げる。
それよりも珠美にとって問題なのは今いるF-6エリアが禁止エリアに指定されてしまった事である。
このままここで寝ていれば二時間後にはドカンだ。
待ち伏せを決め込んでいたと言うのに出鼻をくじかれてしまった。

移動すればいいだけの話なのだが、それすらも面倒だ。
せっかく燻った炎を高めていたと言うのに、冷や水を浴びせられたようにやる気が萎える。
体力以前に気力が湧かない。

今日は死ぬにはいい日だが、首輪が爆発して死ぬなんてのは何とも締まらない。
誰も知らぬところで、しめやかに爆発四散なんてのは御免被る。

どうせ死ぬなら派手に勝手に傍迷惑に自分らしく戦って死にたい。
それで終われるならこれ以上はない。

こんな事なら、ゴスロリ女を追えばよかったと後悔するが、今となっては後の祭りである。
こうなっては面倒でも動くしかない。
行く宛てもないが、ゴスロリ女が逃げって言った方向を適当に追ってみるかと、重い体を起こそうとしたところで、

「………………そうだ」

一つ思いついた。
本当に思いつきで、実際できるのかすら分からない。
リスクばかり高く、成功したところで何も得られないかもしれない無意味な発想。
ハイリスクローリターンこそ死にたがりの博打打ちに相応しい。
だが、成功すればきっと面白い。

そう思うだけで、少しだけ鬱屈とした胸が愉快な気持ちになれた。
それだけでやってみる価値があった。

起き上がるのを止めて、再び目を閉じる。
寝ころんだまま時を待つ。
とっくに導火線に火はついていた。

ただただ、花火が弾ける時を待っていた。

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85THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:20:33 ID:9FwNdzk60
――――――絶望。

この状況を表す表現としてこれほど適した言葉はないだろう。
死刑宣告を行った放送に置いて、最大の絶望を味わっているのはこの少年少女たちであった。。

水芭ユキ。
死神にその名が呼ばれしまった。

死刑執行を宣告された死刑囚のようだが、彼女は己が罪科に殺される死刑囚とも違う。
ただ純粋な悪意によって、理不尽なモノによって殺されるのだ。

暴威に晒されるのとすら違う。
抗う事すら許されない。
できる事と言えば、ただ坐して死を待つ事だけである。

「………………そん、な」

その不条理を嘆く様に九十九が漏らした。
だがそれ以上言葉は続かず、続くべき言葉を彼女は持たない。
ただ何もできない無力さを唇と共に噛みしめるだけである。

あの拳正ですら言葉を失っている。
爪が食い込むほどに握りしめられた拳が、その悔しさを物語っていた。

30分。
この僅かな時間で、何ができると言うのか。
出来る事と言えば、どう死ぬかを選ぶ事だけ。

見守る者たちもまた、何も出来ない己の無力を突き付けられながら。
ただ仲間の死を指をくわえて待っているだけ。

何も出来ないという絶望。
何をすべきかもわからない。

秒針が進むたびに心臓が締め付けられるようだ。
確実に死ぬと言う状況は何とも耐え難い。

足元から世界が崩れ去るような錯覚を覚える、
胸を締め付けるような恐ろしさがあった。
どす黒い感情が体中を暴れまわり、行先のない激情に叫び出しそうになる。

だがそれ以上にユキの心を占めている感情は悔しさだ。
恐ろしさよりも、ただひたすらに悔しかった。

全ての決意が無為に終わる。
悪党を受け継いだのに、父の意思を継ごうと決めたばかりなのに。
まだこれからなのに。

こんな所で終わるのか。
こんな事で終わるのか。
こんな形で終わるのか。

何も為さず、何も出来ず、何者にもなれず。


何も残さず、終わるのか。


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86THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:21:19 ID:9FwNdzk60
永遠に変わらないような静寂。
空気が凍りついたように固まっていた。
張りつめた空気は一突きするだけで全てが弾けてしまいそうな緊張感を漂わせている。

息を呑むのは怪物と呼ばれた女と、勇者と呼ばれた幼い少年だった。
二人は驚愕と絶望を綯交ぜにした表情で目を見開いて固まっていた。

そんな彼らと対峙するのはどこにでもいるような男である。
どこにでもいて、どこにもいない。
全ての元凶。
この殺し合いの主催者。
ワールドオーダーと呼ばれる一つの厄災。
男は常と変らぬ薄い笑みを張り付けながら、言葉を失い呆然と佇む二人を見つめる。

「一応誤解がないように弁明しておくと、キミが選ばれたのは僕の意思ではないし、もちろんあちらの僕の意思でもない。
 本当に誰の意思でもない。無作為に抽出した結果でしかない。運命や定め、あるいは単純な運。キミが選ばれたのはそう呼ばれるものでしかないんだ。
 ――――いや、あるいはそれを決めた誰がいて、それこそが僕の倒そうとしてる相手なのかもしれないね」

それは此処ではない何処かへ向けた呟きだった。
最悪の体現者が告げる言葉はどこまでも空虚で意味などない。
己の中に他者の存在などない男の言葉は、己自身に語りかける言葉に他ならない。

だが、それも問題なかろう。
どちらにせよ、その言葉は二人の耳に届いてはいなかったのだから。
端的に言えば二人はそれどころではなかった。

全ての希望を打ち砕く死の宣告。
覆しようのない確定した未来。
その死の運命に少年は選ばれてしまった。

田外勇二は、この世界が定めたルールによって殺される。

変えようのない運命が二人に重くのしかかっていた。
呆然自失とした二人に、自らの言葉が届いていいない事すら気にした風もなく男は嗤う。

「だが――――――キミ達は運がいい」

笑みで歪めた口元から、乾ききったこの場にそぐわぬ愉しげな声を吐いた。
蠱惑的な悪魔の声に、焦点のぶれていた瞳が導かれるようにゆっくりと定まってゆく。
二人の目線が、目の前にいる敵をようやく映した。
吐かれた言葉の意味を租借して、大きく息を呑む。

「どういう………………意味だ?」

状況は最悪も最悪。
死の運命に選ばれた不運を前にして、運がいいとはどういう事か?

「こうして、この僕と出会った事さ」

幸運どころか最悪の塊が何をほざくのか。
誰にとってもこの男と出会った事こそが最大の不幸だ。
そんな不審の色を含んだ二人の視線を微笑で流し、ワールドオーダーは自らの首元をトントンと指で叩いた。

「僕の首輪は少し特別性でね。首輪の爆破を無力化する機能が仕込まれている。
 首輪の無効化。この意味が分かるかな? この機能が適応できるのは僕の首輪だけじゃないという事さ。
 つまりは僕を殺して首輪を剥ぎ取れば、」

その説明が終わるよりも早く、オデットの姿が掻き消えた。
現れたのはワールドオーダーの背後、僅かに上空、後頭部が狙える位置。
瞬間移動したオデットが、振り上げた踵を落とす。
その動きが神の奇跡を引き起こし、振り下ろした足から落雷が放たれる。

「ッ………………ぁあッ!?」

だが、雷に打たれたのはオデットの方だった。
落雷は昇雷となって跳ね返り、直撃を受けたオデットが墜ちる。
地面へと叩きつけられた衝撃で、閉じかけていた聖剣に両断された傷口が開き血が溢れる。

「ガ、ハッ………………!?」
「不用意だねぇ。自分が今どういう世界に立っているのかも把握せず動くだなんて」

今現在、彼らをとりまく世界は『攻撃』は『跳ね返る』世界だった。
オデットはワールドオーダーとの戦いは初めてではない、敗北したとはいえその能力は把握していた。
だが、タイムリミットを切られた勇二の命に救いの手をチラつかされ、焦りから確認を怠った。
完全にオデットの失態だ。

87THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:21:40 ID:9FwNdzk60
「オデットさん!」

慌てて勇二がオデットに駆け寄る。
傷口に手をやったその指から、糸のような何かが延びた。
意思を持ったように動く白い糸が傷口を縫い合わせてゆく。

「へぇ。まるっきり力を失ったと言うわけでもないようだ。と言うより……本来の才能が目覚めたのか」

その様子を見ながら、治療を邪魔するでもなく、感心したような声を漏らす。
敵の殲滅よりも観察が重要であるかのように。

勇二の指より伸びるのは魔を滅する勇者の力で編まれた輝く光の糸ではなく霊力によって編まれた白く透明な糸である。
少年には元より神域に至る霊能力の才があった。
勇者としての力が失われたとしても、元々有していたその才能までは失われる訳ではない。

だが、如何に才があったとしても才は才でしかない。磨がねば光ることもない。
少年は退魔の大家である田外家史上、最大にして最高の才を有している。
だが、その強すぎる力は幼い身に余として父と魔女によって厳重に封印を施されていた。
少なくとも殺し合いに巻き込まれた時点の勇二は力の使い方などろくに理解していなかった。

だが、勇者としての覚醒が少年の潜在能力を開花させた。
勇者の力は失われてしまったが勇者として戦った経験までは失われはしない。
力の使い方は聖剣から学んだ。
あの経験も決して無駄ではなかったのだ。

ピンと指先の糸が途切れ、霊糸縫合が完了する。
とはいえ繋ぎ合わせただけの応急処置に過ぎない、無理をすればまたすぐさま傷が開くだろう。
いくら神の因子を持つ生命力の高いオデットであろうと、こうも短期間に重傷を重ねればどうなるのか分からない。

だがじっとしていられる状況もなかった。
目の前に巨悪が居り、なにより戦わなくては、勇二が死ぬ。
そんな状況で休んでなど居られるはずもない。

「大丈夫、僕が戦うから。オデットさんは無理しないで」

無理を押して立ち上がろうとするオデット。それを勇二が制した。
少年は強靭な意思を持って世界の巨悪に対峙する。
自らを討たんと立ち上がる少年の様を見て、ワールドオーダーは敵ではなく何か喜ばしいモノに出会ったかのように口元をほころばせた。

「だが、戦えるのかい? 君の才能は戦う事に特化しているとは思えないが」

ワールドオーダーは田外の特性を識っている。
田外のみならず、この世界に置いてワールドオーダーの識らぬことなどない。
このあまねく世界は全て彼の管理する箱庭だ。

属性は地。拘束術や結界術を得意とし、敵を滅するよりも封じる事に長けた血筋。
サポート向きの能力で単独で戦うには向いていないが。
彼の才能がその血筋によるものならば、この状況でどれほどの脅威になるのか。

「心配されなくとも、武器なら勇気があるさ!」

勇者とは恐るべき困難に対して先頭に立つ者である。
勇者の力が失われようとも、少年は勇者であった。

勇二の全身からは靄の様な白い何かがあふれ出す。
それは霊感のない人間にも可視化できるほどの規格外の霊力だ。

その姿は魔闘気を纏った魔人皇を彷彿とさせる。
魔人皇。ワールドオーダーを追い詰めた絶対強者。
霊力量だけを見れば今の勇二はそれに匹敵する。

ワールドオーダーは田外の特性も、また当然のように勇者の特性も識っている。
なにせ、勇者というシステムを創り上げたのは他ならぬ彼である。
その力はまだ誰にも発現していないモノまで全て把握済みだ。

だが、目の前の相手はどうだ?
聖剣の加護によって目覚めた神域の霊能力者。
勇者と田外。
埒外の組み合わせ。
未知の化学反応により目覚めたその力はワールドオーダーにとってすら未知である。

確かに魔人皇はワールドオーダーを追い詰めはした、だがそれだけである。
既に超えた壁だ、同程度なら問題にもならない。
その先を、果たしてこの少年は見せてくれるのか――――?

88THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:22:11 ID:9FwNdzk60
「さぁ、田外勇二――――――少年(キミ)の可能性を見せてくれ」
「ああ、見たければ見せてあげるよ――――!!!」

啖呵を切るような叫びと共に勇二が動く。
突き立てた二本指が素早く切られ、宙に印を刻んだ。
印は『式』を意味する一字。式神を形成する呪である。

普段から勇二はそうやって遊んでいた。
誰に教えられたでもなく式を産み出し、お遊び程度に行使するという日常から零れ落ちていた規格外の才能の片鱗。
普段の遊びと違うのは一点、その規模が、解放された才能が、注ぎ込まれる霊力が普段の非ではないという事だ。

完成した『式』の印が宙に赤く輝く。
その輝きを籠めた二本指が地面へと突き立てられる。
すると、地面がボコボコと沸騰したように隆起を始めた。
盛り上がった土塊が流動し次々と積み重なってゆく。
土塊は見る見るうちに型を成して、土と泥と石によって人型が生み出された。
それに縛るべき名を与える。

「来ぉい――――――てんちゃん!!」

天を衝くような巨躯が大地に顕現する。
覚醒した少年の霊力によって生み出されたそれは正しく巨人だった。
土の巨人。式神『天空』。
十二神将に数えられる最強の一画を成す式神である。

人間よりも巨大な拳が振り上げられる。
それが見上げるような高みから、無慈悲に振り下ろされた。
荒い攻撃だが、その荒さを塗りつぶして余りある圧倒的物量がある。
ただ振り下ろすだけで人間など容易く平らにしてしまうだろう。
だが、世界はそれを許さない。

岩石が破砕する音が響く。
砕け散ったのは、男を圧死させるはずの石の拳だった。
『攻撃』は『跳ね返る』。
今の世界で攻撃したところでダメージを負うのは攻撃した側である。

だが、泥人形に痛覚などない。
砕け散った片腕を気にせず、残った逆の腕を振りかぶり豪快に殴りつけた。
当然の如く結果は同じだ。
腕は砕け、辺りに粒となった土や石が舞い散った。
世界の法則は力技で超えられるものではない。

「おっと」

ワールドオーダーが飛来した小石を片腕で振り払いのけた。
石と泥の巨人が自壊した結果、辺りに飛び散った小石だろう。
確かにこれは攻撃には当てはまらない、跳ね返ることもないだろうが。

「まさか、これで僕を殺そうというつもりでもないだろう?」

もしそうだとしたならば子供の発想すぎる。
この程度の小石が当たったところで大したダメージにはならない。
そこまで期待外れではないと願いたいところだが。

痛覚のない式神には知性もないのか、両腕を失った天空は、懲りることなく今度は敵を踏み潰すべく足を振り上げた。
無駄であることを理解していない様に見えるが、これが意図したものであるならば攻撃を繰り返す事で足を釘付けにする魔人皇と同じ戦術だろう。
だが、一分の隙もなかったあの恐るべき魔人皇と違い、その巨大さ故か式神の攻撃は緩慢に過ぎる。
何もできないと思えるほどの圧力は感じられない。

「『霊力』など『存在』しない」

攻撃までの大きな隙を突き、革命の言葉を紡ぐ。
世界が変わる。
霊能力で創り上げられた操り人形は足を振り上げたまま、その全身を砂塵として崩れ去った。

「――――――――DniW」

横合いから疾風が走る。
世界が改変された今ならと、好機を逃さずオデットが放った魔法だった。
霊力ではなく魔法ならばこの世界でも通る。

89THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:22:44 ID:9FwNdzk60
「『攻撃』は『跳ね返る』」
「くっ…………!」

だが、一手遅い。
風よりも早く再び世界は改変され、飛来した魔法は術者へと跳ね返り僅かにその身を切り裂く。
糸で繋がった傷口から赤い血液が漏れ出す。

世界改変と言う規格外の能力を除けばこのワールドオーダーのスペックはそれほど突出したモノではない。
身体能力、反応速度、どれをとっても戦士としては物足りない平凡の域。
最強たるオデットを上回るパラメータなど存在しない。

だが、この男は常に一手先を行く。
それはオデットの体が蓄積されたダメージから重かったと言う理由も確かにあるだろう。
だがそれ以上に、いつどのように世界が改変されるのか。
それを知らないオデットたちと、それを操るモノとでは動き出しに大きな差がある。
このアドバンテージはどうしようもなく埋めがたい物であった。

「…………これは」

だが、戸惑いの声を上げたのはワールドオーダーだった。
周囲に舞う砂塵。
先ほど放たれた突風が崩れ落ちた天空の破片を巻き上げたのだ。

「…………砂塵。目晦ましか」

式神『天空』は霧や黄砂を呼ぶとされる土神である。
その特性を考えるに、こうして砂塵となるところまで計算の内か。

ワールドオーダーの視界から砂埃に紛れた二人の姿が見失われる。
これが逃げの手だったなら巧い手だと褒め称える所なのだが、首輪爆破の制限時間がある以上は彼らに逃亡という選択肢はない。
かと言ってせっかっくの目晦ましを無駄にするはずもないだろう。
この機に乗じて何か仕掛けてくるはずだ。

どう対応するか。
世界をどう変えるのか。
待ち構えながらワールドオーダーは僅かに思案する。

実のところ、オデットだけを殺すのであれば、ワールドオーダーは簡単に実行できる。
この世界を『魔族』が『死ぬ』世界にすればいい。
条件に当てはまるモノを即死させる、無敵ともいえる世界の革命。
ワールドオーダーと同じ人間である勇二はともかく、属性が異なるオデットの場合それで終わりだ。

しかし、ワールドオーダーはそうはしなかった。
それは慈悲や手加減などという理由ではもちろんない。
最終的に倒されることが目的だったとしても、彼は勝負に関して一切の加減をすることはない。

八百長では意味がないのだ。出来レースではたどり着けない。
双方が全てを尽くして、その上で世界の悪であるワールドオーダーを打ち倒せる者こそが相応しい。
それこそが彼の求める者。
故に彼は敵を滅ぼすべく全力を尽くす。

では何故即死させようとしないのか。
その理由は、亦紅との交戦経験に依るものだった。
今のオデットは純粋な魔族ではなく邪神を喰らいその属性を得た混じり物だ。
半人間として生き残った亦紅のように、混じり物の彼女も生き残る可能性がある。

世界の法則は絶対だが、それ以外に対しては無防備となるという弱点もあった。
能力以外が平凡の域を出ない彼だからこそ、対処には慎重が必要となる。
殺しきることが出来なければ殺されるのはワールドオーダーの方だ。
不用意に世界を決定することはできない。

ワールドオーダーの周囲を漂う粉塵が僅かに揺らいだ。
何かが来るという攻撃の予兆に他ならない。

砂塵の暗幕から氷槍が現れる。
ワールドオーダーは目の前に迫るそれを見送り、不動のまま攻撃へと身を晒した。

ワールドオーダーは世界を変えないことを選択した。
今の世界は『攻撃』は『跳ね返る』世界だ。
何が来るか不明な状況では今の世界が一番無難で確実な選択である。

氷槍がその身に直撃する。
瞬間、跳ね返る前に砕け散った。
氷が無数の粒となって散弾のようにワールドオーダーへと襲い掛かる。
だが、その全てはワールドオーダーに触れた瞬間に跳ね返った。
多少の工夫は凝らしているが、ただのその程度など世界の法則の前には意味がない。

この程度で攻略できるなど勇二もオデットも思っているはずがない。
この攻撃は本命ではないだろう。
恐らく気を逸らすための囮だ。

90THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:23:20 ID:9FwNdzk60
(…………なら本命は、どこから)

目を細め砂塵の先を凝視する。
その足元から、ピシリと音が響いた。
次の瞬間、地中から芽吹くように白い糸が伸びた。

自らに向かって迫りくる糸を咄嗟にバックステップで回避する。
だが、着地した足元からも糸が芽吹き足首へと巻き付く。
続けて四方から、地面が割れる音が響き、地中を食い破って伸びた糸がワールドオーダーの体に巻き付いた。
攻撃ではなく拘束。
全身を地面へと縫い付けられる。

「なるほど」

膨大な勇二の霊力を生かして、地中に根を張ったのか。
目晦ましは地中に霊力を通している様子を隠すためのモノ。
オデットの攻撃は足元から気を逸らすためのモノ。
恐らくどこに動いても、絡め取られていただろう。

だが、拘束される程度は想定の範囲内だ。
攻撃以外の手段で来るのは珍しくもない。
この程度の窮地など、一つ世界が革命されるだけで消える泡沫のようなものである。

それにいくら拘束したところで、攻撃ができない以上は決着がつかない。
膠着状態となれば、首が閉まるのは時間制限のある勇二の方である。

「ElCriC!」

詠唱が響いた。
結界を張り、攻撃を遮断する高位魔法。
術者を中心にして周囲を壁のような結界が取り囲む。

その内にはオデットとワールドオーダーの二人がいた。
結界魔法を敵と己を閉じ込めるための壁として使う、オデットが一度死んだあの時と同じ形だ。
だがただ一点、あの時と大きな違いがある。
それは、結界の形が円状ではなく円柱状だったという事だった。

(拘束して更に隔離を……? いや…………)

晴れ始めた砂塵の隙間から結界の形を見る。
そこで円柱の上面部分が結界に覆われていない事に気づいた。
この時点で結界魔法としては失格。隔離する壁としても用をなしていない。
つまり、これは結界でも隔離でもなく――――。

「―――――――nIar lAItNerRot」

集中豪雨。
詠唱の声と共に空から滝のように雨が降り注いだ。
局地的な天候操作。水のない所でこれほどの水魔法を扱うなど、これこそ神の御業と言える。
そう、これは結界ではなく――――水槽だった。

瞬く間に、結界の中が水で満たされてゆく。
水槽の中に水は溜まり、いずれ中は満ち満ちるだろう。
オデットは逃げられるだろうが、糸によって縛られ大地に拘束されたワールドオーダーは逃れられない。
水責めが攻撃として世界に捉えられても、濁流が『跳ね返った』ところで、意味がない。
水が溜まれば溺死するしかない。

確かにこれならば、殺せる。
勇二の案だろう。子供らしい残酷で、自由な発想である。
だが、水の牢獄が首元まで迫り、ついには下唇が濡れるギリギリのところで、

「『重力』は『反転』する」

世界が革命された。
水槽にたまった水はバケツをひっくり返したように天へとぶちまけられた。
降り注ぐ雨は空へと落ち、周囲の木々も次々に抜け落ちてゆく。
大地の表面は徐々に剥がれ落ち、建造物は自重によって崩れながら破片と共に落下する。

当然、人も例外ではない。
勇二やオデットも反転した重力に囚われる。
大地に縛り付けられたワールドオーダーを残して、全てが空へと墜ちてゆく。

「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「くっ…………勇二くん!」

飛ぶ術など持たない勇二は果てのない空へと墜ちる。
その体を瞬間移動で追いついたオデットが捕まえた。

「あ、ありがと!」

勇二を抱えた状態で、そのまま空中に静止する。
空に留まる二人に世界がひっくり返ろうとも変わらない上空特有の強い風が吹き付ける。
髪が乱れ、衣服がパタパタとはためいた。

91THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:23:51 ID:9FwNdzk60
周囲の風景が目に飛び込む。
静止したのは遥かに低い上空、見上げれば島全体を見渡せる程の高所だった。

それは異様な風景だった。
この島の全てが天に墜ちる逆しまの世界となっている訳ではなかった。
むしろそうなっているのはごく一部、この一帯だけが異常だった。
表と裏。正と負が入り混じった何て狭くて歪な世界。
これがワールドオーダーの創る世界。

全てが逆しまの世界の中、高く大地を見上げる。
剥がれ落ちた大地が次々と墜ちてくる中で、大地に縛り付けられたワールドオーダーが空を見下ろし口元を歪めていた。

「…………倒そう、あいつはここで、倒さなきゃダメだ」

この歪んだ世界を眺めて、そう改めて強く決意する。
自分の首輪を解除するためという理由だけではない。
思うがまま世界の歪ませるアレは世界に居てはならない存在だと心の底からそう確信した。

「糸を解いて勇二くん!」
「あ、そうか!」

オデットに言われ勇二はワールドオーダーを縛る霊力の糸を消し去った。
拘束を解かれたワールドオーダーの体が、反転した重力に従い落下を始める。

オデットたちは空中で静止したまま身構える。
落下に抗うの手立てのないワールドオーダーがこの状況を回避するためには世界を改変するしかない。

世界がどう変わるのか主導権は常に世界を変えるこの男にある。
次の瞬間世界がどう変わるのか余人には予測を立てる事すらままならない。
だが今なら、確実に世界を変えざる負えない今ならば、少なくともタイミングは読み取れる。

故に何が来ようと対処できるよう心構えをする二人。
だが、その予測を裏切る様にワールドオーダーは風圧に煽られる口元を歪めたままそのまま自由落下を続けるだけだった。
空中で静止するオデットたちとの距離が見る見るうちに縮まってゆく。

(まさか、このまま落下の勢いを利用して衝突するつもりなの!?)

意表を突く策だが、この男ならばやりかねない。
オデットは迎え撃つべく身を構えた。
勇二を抱え両手の塞がった状態でも魔法で撃退するだけならば口だけで事足りる。

「『人間』は『飛べる』」

だが、その直前でクンと、見えない何かに引っ張られるようにしてワールドオーダーの落下軌道が変化した。
世界が変わる。
重力は正常に戻り、世界はぐるりと反転する。

そのまま曲がりながら浮き上がるような軌道を辿るワールドオーダーの体。
それは落下ではなく自由自在に空を飛ぶ『飛行』だった。

空中戦を続けようというつもりなのか。
だがそれはオデットにとっては望む所である。

オデットの空を飛べるというアドバンテージをイーブンにされただけだ。
むしろ、それ以外の法則が存在しない今が好機である。
いかに重症であろうとも、それ以外の戦闘能力ではまだオデットに分があった。
どういうつもりか知らないが、この機を逃す手はない。

勇二を抱えたオデットは彼女たちから離れる様に飛んで行くその背を追おうとしたところで、鼻先に僅かな異変を感じた。
それは小さな砂粒だった。どうやら空から降り注いできたようだ。
それ自体は何の変哲もない砂粒である。
だが、ここは雲も見下ろそうかという遥か上空だ、そんなものが降り注いでくるはずもない。

予感を感じ、墨をぶちまけた様な空を見上げる。
世界は革命され反転していた重力は正常に戻った。
ならば先ほど空に打ち上げられた、草木や岩石が、剥がれ落ちた大地はどうなるのか。
その答えが雨霰となって降り注いできた。

「くっ!」

身を躱す。
大小様々な物体が空よりも高い宙より落下してきた。
自由落下に過ぎないが、辛うじて糸で体を繋いでいる状態のオデットにとっては、物よっては当たれば危うい。
勇二を抱えた状態で果たして的確に全て躱しきれるのか、そんな不安が頭をよぎる。
だが、そこで抱えていた勇二が自分に視線を向けている事に気付く。

「大丈夫だよ、オデットさん」

ニコリと勇二が安心させるような笑みを浮かべる。
そして自分を抱えるオデットの手を解き、トンと突き放すと空へと自らの体を放った。

「!? え、勇二く…………ん!?」

突然の勇二の行動に驚きオデットは捕まえようと手を伸ばすが、夜に飛び出した少年の体は沈むことなく浮き上がった。

92THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:24:10 ID:9FwNdzk60
「――――大丈夫! 僕も飛べるはずだから」

書き換わった世界法則はワールドオーダーを一方的に利するものではない。
重力が地球上の万物を縛る様に、世界の法則とは何人にも平等である。

「うん。流石に子供は順応が早いねぇ」

これまで書き換わった世界がワールドオーダーを利するように働いてきたように見えたのは、彼が世界が何時どのように変わるかの主導権を握ってきたからである。
人は常識によって縛られ、凝り固まった自分がある人間ほど世界に身を任せるのは難しい。
大人であればあるほど奔流のような新しい世界を理解することもできず振り回されるのみである。
だが飛び方を知らぬはずの少年は飛べる世界にあっという間に順応した。
魚が海を泳ぐが如く、夜を往く流星の如く、空を舞う白鳥の如く。
これが子供の柔軟性。

「行こう、オデットさん!」
「…………ええ!」

手を引く様に二人が空を進んだ。
光ない空に三つの星が流れる。
逃げ回る一つの光を二つの光が追いかける。
流星と違うのはその星は一直線ではなく変幻自在の軌道を辿っている事だろう。

絶え間なく空からは重力に従い降り注ぐ砂、土、石、岩、樹木。
雨のように降り注ぐその全てを避けきる事などできない。
当たっていいモノとダメなモノを見極めその隙間を縫うように飛び回る必要があった。

そんな環境下で最も早い光はオデットだった。
オデットだけが世界の法則による飛行ではなく自らの能力による飛行である。
加えて瞬間移動。障害物の降り注ぐこの状況は彼女にとって圧倒的な優位があった。

降り注ぐ障害物を超え、次を超え、逃げる相手との距離が詰まる。
この世界は自由飛行の世界、攻撃反射の世界ではない。
ならば躊躇う理由はどこにもなかった。

「――――――――ハアッ!!」

掌打を虚空に向けて一閃。
振り抜かれた腕から夜を貫くような閃光が奔る。
標的に直撃した閃光が弾け、火花が散った。

「ハハッ。惜しい惜しい!」
「くッ。邪魔な…………ッ!」

辺りに撒き散る木片越しに、愉しげに手を叩く敵を見る。
閃光が直撃したのは上空から落下してきた樹木だった。
このままのらりくらりと空中を逃げ回るつもりなのか、反撃しようなどと言う意思は感じられない。

こちらには勇二の首輪爆発までの30分という制限時間がある。
もう既に半分以上は経過しているだろう。
時間稼ぎになど付き合っていられない。

「なら、強引にでも押し通るまでよ!」

落下物など気にしている暇はない。
ならば最高火力で最短最速をぶち抜くまで。
今現在、この地において最強の火力を持っているのは間違いなくオデットである。
ギリギリのところで肉体が保っているような無茶が出来る状態ではないが、そんなことは行っていられない。

オデットが両腕に魔力を籠める。
自我を取り戻したことによりオデットは自らの意思で放つ魔法と、神の細胞により巻き起こる奇跡、その両方を”意図して”扱えるようになっていた。
これはその応用にして発展系。
『魔法』と言う現象に対して『奇跡』を付加する。

「――――――――wORra RedmUhT―――――――ッ!!」

夜を雷鳴が瞬いた。
『奇跡』を模して生まれた『魔法』に『奇跡』を纏わすという矛盾を含んだ螺旋が迸った。
撃ち放たれた雷の矢が奇跡の虹を伴って直走る。

引き起こされる相乗効果によって、その破壊力は魔王ディウスの禁術にも匹敵するだろう。
落下してくる障害物など苦ともせず、全てを消滅させながら諸悪の根源を消し去らんと雷光が奔る。

だが、雷の矢は僅かに軌道を逸らした。
ワールドオーダーの体を過ぎ去り、僅かに上方を焼切りながら遥か夜空へと消えてゆく。
過ぎ去る余波だけで肌をビリビリと痺れさせる
超人ならざる体では掠めただけで即死するほどのエネルギーだったであろう。

93THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:24:25 ID:9FwNdzk60
「くっ…………」

オデットが苦しげに息を吐く。
やはり少々無茶が過ぎた。
あまりにも強力なその攻撃を制御するにはオデットの体は傷付き過ぎていた。

「ふぅ。危ない危ない」

絶体絶命の状況から助かった直後とは思えぬほど平然とした声で飄々と呟く。
攻撃が逸れ命拾いした事を、ワールドオーダーは幸運であるとは微塵も思ってはいなかった。
彼に言わせれば幸運ではなく運命である。
オデットではワールドオーダーを世界から排除するに足る運命を持たなかった。

その考えが正しいか否か。
確かめるすべはないが事実として攻撃は外れた。

だが、何も起きなかったわけではない。
空白が生まれた。
雷の矢によって消し飛ばされたその空間に矢が辿った軌跡に奇跡の虹が残留している。
それはさながら夜空に架かる虹の橋だ。
その道を往くのは、当然、勇者の仕事である。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

仲間が決死の思いで開いたラスボスの元まで一直線に繋がるレインボーロード。
勇二が勝利の栄光へと繋がる虹の橋を一気に飛び抜ける。

「追いついたぞ、ワールドオーダー!!」

勇二がワールドオーダーを眼前に捉える。
猛る勇者。
自らを追い詰めた相手を見て、支配者は嗤った。
とても不気味な笑顔だった。

「追いついた? 違うね――――――追いつかせたのさ」

瞬間、空より月が消えた。
雲に隠れたのではない。
何故なら、ここは薄くかかった積雲より高い、遥か上空なのだから。

勇二の顔に影がかかる。
月を隠した何かが勇二の上空に存在を示した。
その影を見上げる。
そこには、降り注ぐ余りも巨大な槍があった。

「な…………ぁっ!?」

それは重力が反転した際に空に打ち上げられていた電波塔だった。
100tを超える大質量が巨大な槍となって降り注いで来る。
その落下地点に誘い込まれていた。

槍が降ることを予知していたワールドオーダーは既に槍の範囲外へと離脱を計り動いていた。
それに気付いた勇二も僅かに遅れてそれを追う。

一心不乱に空を駆け抜ける。
だが、単純に”デカすぎる”。
一息で躱せる大きさではない。

夜闇に紛れたせいで、電波塔の存在に気付くのが遅れたせいで。
最短距離を全力で飛行しても回避が間に合うかどうかというタイミングである。

空から落下する逆さまの塔。
それに巻き込まれそうになる二人。
そこから少し離れた位置にいたオデットには全体が見えていた。

ワールドオーダーは既に安全圏に離脱した。
僅かに遅れてはいるがこの調子なら勇二もギリギリだが避けきれるだろう。

だが、そこでオデットは気付いた。
ワールドオーダーの狙いに。
彼の目論む、その悪意に。

「ダメよ! 勇二くん―――――――!!」

オデットは飛び出す。
一刻を争う事態。
もう余裕がない。
勇二の行く手を塞ぐ様に瞬間移動で転移すると、向かってくる勇二を乱暴に横合いに蹴り出す。

直後、落ちてくるタワーに巻き込まれオデットは地面に堕ちていった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

94THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:25:04 ID:9FwNdzk60
「現在に柔軟に適応する子供の強さはあったが。
 過去から未来を読み取る大人としての強かさが足りなかったねぇ」

スタリと小さな着地音を立て、ワールドオーダーが地面へと着地した。
世界を逆さまにした時点でワールドオーダーにはこの光景が見えていた。

『未来確定・変わる世界(ワールド・オーダー)』 は戦闘用の能力でもない。
にも拘らず、ここまで力が物を言うこの世界でも彼が絶対者として君臨できていたのは、その精神性に依るモノに他ならない。
過去を知り、未来を読み、伏線を張り、世界を操る。これこそがこの男の本質。
世界を歪める世界の癌。

勇二は禁止エリアに突っ込もうとしていた。
空中では地上以上にエリアの区切りが曖昧だ、ワールドオーダーは自らを誘蛾灯としてそこに誘い込む算段だった。
全ては彼の想定通りに世界は動き、概ねそうなった。
彼にとって唯一予想外だったのは、オデットが割り込んできたことか。

「いや、だがよく生きている。流石にしぶといねぇ」

そう呟く視線の先には折れ曲がった電波塔が逆さになって突き刺さっている。
そしてその傍らにゴミのように転がる何かと、それに縋る少年の姿があった。

「オデットさん! オデットさん!!」

懸命に呼びかける少年の声が空虚に響く。
その呼びかけはどう見ても無意味だった。
倒れるオデットの体には下半身が無くなっており、子供の勇二でも抱えられそうなくらい小さくなっていた。
完全に千切れた下半身は、塔の下敷きなったのか、どこにも見当たらない。
断面から覗く白い肋骨は彼岸に咲く華の様である。
周囲には磨り潰された臓物のペーストがぶちまけられ、黒とも赤ともつかない色に地面を汚していた。
もはや、どうあっても助かるまい。

「僕が…………僕が塔に気付かなかったから…………ッ!」

少年の心を後悔が苛む。
自分は何をしているのか。
これでは愛やカウレスの時と同じだ。
自分を庇ってまた人が死んでしまう。
まるで成長していないじゃないか。

「…………気にしなくていいわ」

自責の念に押し潰されそうになる勇二に向けてオデットが意外にもハッキリとした口調で告げる。
首一つになっても生き続けることができる神の因子が、一部とはいえあるからこその生命力だろう。
だが、それでも死の運命は免れない。

「私は私のために、あなたを助けたの。自分の希望を繋ぐために」
「………………希望?」

オデットは死にたくなかった。

死が恐ろしいのではない。
醜く生きるくらいなら死んだ方がましだとすら思っていた。
だけど無為に死ぬのがどうしても嫌だった。
無意味に終わるのがどうしようもなく恐ろしかったのだ。
だから聖剣による美しい死に憧れ、その為に多くの間違いを起こした。

彼女の命は父に助けられた物である。
父の嘆願がなければ彼女はあの場で父と共に処刑されていた。
それは娘に命を紡いでほしいという父の希望だった。
呪いを受けて、死よりも苦しい責め苦を味わう事となったけれど、それでも生きていれば希望は繋がる。
彼女は父の願いを背負っていていた。
オデットが死んでしまえばその希望も同時に潰える事になる。

勇者に祈りながら魔族に殺されていく無辜の民を見た。
勇者の為に死んで行った兵士たちを見てきた。
彼らは無為に死んでいったのではない、勇者に希望を託して死んでいったのだ。

人々は勇者に希望を託した。
そして希望の勇者だったカウレスは、新たな勇者を守護って死んでいった。
少年が勇者の力を破棄して勇者でなくなったとしても、この少年はカウレスが残した希望だった。

希望は繋がれる。
人から人へと繋がってゆく。
だから自分が死ぬ以上に、託され続けたこの希望が、途切れてしまうのが死んでしまう以上に恐ろしい。
そう、感じてしまった。

だから、死なせるわけにはいかない。
ここで希望を潰させる訳は行かなかった。
罪滅ぼしなどという後ろ向きな気持ちではなく、前に希望を繋ぐために、オデットは身を挺したのだ。
繋がれてきた自らの希望を託して。

95THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:25:27 ID:9FwNdzk60
「………………けど、僕は」

だが、その希望もあと僅かで確実に潰える。
ワールドオーダーを倒せなければ首輪が爆発して勇二は死ぬ。
制限時間はあとどれだけ残っているのだろうか。

ここまでやって未だに僅かの勝ち目も見えていない。
奴を倒す未来がまるで見えない。

「大丈夫。あなたは勝てる」

確信を持った声でオデットは告げた。
敵は世界そのものを操る支配者だ。
それは異能だけの話ではなく、あの男の存在がそういう物である。
二度の戦いを経て、こうして見事に殺されかかって、ようやくオデットはその本質を理解した。

「闘い方を間違えていたのよ。あいつは戦士じゃない、あいつを倒すにはあいつではなくその世界を上回らなければ勝てない」

ただの戦士では勝てない。
ただの戦いでは勝てない。
これを倒すには世界そのものに勝つだけの何かが必要だ。

「だから、あなたはあなたの世界を創りなさい」

死の淵にあるとは思えぬほど、穏やかにほほ笑む。
そして瞬間、その瞳はキッと決意に満ちた瞳に変わった。

「ッあああああああああああああ!!!!」
「お………………っと!?」

叫びを上げ上半身だけのオデットが飛んだ。

傍らで見物していたワールドオーダーに向かって飛び付つくと、そのまま体を押し込んでゆく。
その行く先は、勇二が誘導されかけた場所、禁止エリアだ。

オデットの首輪は既に他ならぬワールドオーダーによって解除されているため爆発する心配はない。
突っ込んでいったところで問題はないだろうが、それはワールドオーダーも同じである。

禁止エリアに突入したところでワールドオーダーの首輪は爆発しない。
同じく既に解除されているオデットの首輪が爆発することもないだろう。

だが――――他の首輪はそうではない。

爆発が起きた。
爆発したのはオデットが持っていたリヴェイラの首輪だった。

密着していたワールドオーダーもその爆発に巻き込まれる。
問題は、この爆発は果たして攻撃か、それとも意図しない事故として処理されるのか。
その判断は世界に委ねられた。

「――――いや、思いのほか悪くない手だったが、無駄だったようだね」

絶望を運ぶ足音。
禁止エリアから姿を表したのは無傷のワールドオーダーだった。
あの状態で爆発に巻き込まれたオデットは助かりはしないだろう。
何事もなかった様に、服を叩いて汚れを払う。

全ては終わった。
オデットの命懸けの特攻ですら傷一つつけることができなかった。
希望は途切れ、無意味に終わる。

余りにも絶望的な状況。
勇二は両手を地面に付きオデットに呼びかけていた体制のまま立ち上がれずにいた。
顔を上げる事も出来ず俯き首を垂れている。

「いつまでそうしているつもりだい? 少ない残り時間をさらに減らす行為はお勧めしないが」
「………じゃ………ない」
「ん?」

そこでワールドオーダーは違うと気付く。
勇二は絶望に顔を伏せているのではない。
地についた両手から地面の底に霊力を流し込んでいる。
まさか、オデットが特攻したのはこの時間を稼ぐため…………?

96THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:25:48 ID:9FwNdzk60
「無駄なんかじゃ――――――――ないッ!」

少年の咆哮。
それに呼応するように地の底から無数の糸が飛び出した。

「だが芸がないな。『霊力』は『触れられない』」

その手は先ほど見たばかりである。
同じ手を喰う、ワールドオーダーではなかった。
この世界では霊力で他者に干渉することはできない。
これで攻撃も拘束も不可能。
だが、攻撃を防がれたはずの勇二は表情を変えることなく告げる。

「――――そうだ。お前は咄嗟の場面で無難な世界を選ぶ」

ワールドオーダー。
世界の法則すら塗り替え支配する超越者。
だが、この男は世界の支配者であれど戦士ではない。
常に勝利に向けて最良の状況判断が出来るとは限らない。

地中から伸びる糸の勢いは止まらなかった。
そもそもワールドオーダーを狙っていない。
ワールドオーダーを過ぎ去り、遥か天へと向かって伸びてゆく。

そして糸が飛び出したのはワールドオーダーの足元からだけではなかった。
少なくとも、ワールドオーダーの確認できる視界の範囲、全ての地面から伸びる糸。糸。糸。糸、糸、糸、糸、糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸糸。
これが全て地中に仕込まれた勇二の霊力によるものだとするならば、いったいどれ程の霊力を地の底に流し込んだと言うのか。

天に向かって伸びあがった糸は周囲の糸と共に巻き上がりながら一本の太い綱のように編みこまれれゆく。
生まれた綱は更に絡み合って太い一本の柱となり、その柱が更に連なり折り重なってゆく。
それが世界各地で次々と繰り返されながら空を目指す様に真っ直ぐに伸びて行く。

「なん、だ?」

世界の支配者が始めて漏らす戸惑いの声。
天に向かう折り重なるそれはまるで大地から生まれた白い翼のようである。
翼は天に達し、幾重もの断層となって遂には天を覆い隠した。
少年の可能性が無限の白い翼となって、空も大地も何もかもを包み込む。
その異様に異常を重ねた光景に、これ以上続けさせるのはまずいと直感したワールドオーダーが世界を革命する。

「『霊力』は『消滅』する」

霊力は存在を許されない世界。
霊力で編まれた糸は世界の法則に従い消滅するはずだが、その世界は――――もう古(おそ)い。

「――――――――『無駄』だ。もうここはお前の『世界』なんかじゃない」

ヒラリと、空から一枚の白い羽が落ちた。
穢れ無き白壁は消えず、世界を囲む卵の様な白い壁はそこに在り続ける。
もはやそれは霊力などと定義されない別の何かとして成立していた。

「ここはお前を倒すために創り上げた、僕の『世界』だ」

成立した世界はもう止められない。
ここはもう確立し隔絶された別一個の世界だ。
敵が世界の法則を塗り替える支配者ならば、少年は世界その物を創り上げる。

神に至るほどの才能がいずれ至る領域。
少年は勇者と言う反則(だんかい)とこの地における過酷な経験を経て、その領域に到達した。

産まれたのは未完成の世界の卵。
未完成であるが故に、何者にもなれる少年の可能性。

「ああ……そう言えば、あの魔女の縁者だったか」

世界すら創造せしめる究極の魔女。
あれの性格からしてお気に入りの子供に手遊び程度に世界創造の瞬間を見せていても不思議ではない。
そこから世界の創り方を会得したか、恐るべき才覚。

「――――そう来なくては」

ワールドオーダーと呼ばれる男が歯を噛みしめながら、口元が吊り上るのを隠しきれないと言った風にこれまでに見たこともないような笑顔を見せた。
世界の敵と戦うのだ、世界一つ創り上げるくらいはしてもらわなければ困る。
この感覚は何年、年百、何億年振りか。
ようやく敵に出会えた。
期待に胸が震える。

ワールドオーダーの能力は戦いに向いた能力ではない。
世界と個人では、そもそも”戦いにもならない”のだから。
同じ土俵で戦える敵など居るはずもなかった。
だが、今なら。この相手ならあるいは。

97THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:26:12 ID:9FwNdzk60
「さぁ、君の世界と僕の世界で戦おう、きっといい”戦い”になる」

すっと勇二が手を掲げる。
地中から巨大な翼が八つ、羽ばたきのように開いた。
少年の可能性が具現化した、可能性の翼。
白い羽が辺りに舞う。
これは、ただ一つ、世界の敵を討ち滅ぼすと言うオーダーを実行するための世界。

「行け――――――僕の翼」

白翼がワールドオーダーを叩き潰すべく爆発めいた風切音を上げた。
圧倒的な白が迫る。
それはまるで世界その物がただ一人を抹殺せんと押し迫る様であった。

「『攻撃』は『無意味』だ」

だが、その圧力は無効化される。
攻撃とは呼べない無意味な産物となって、文字通りの羽の様な重さで男の肌を撫ぜるのみであった。

「そんな『変化』は『認めない』」

だがその革命が否定される。
再び鎌首をもたげた翼が勢いよく風を切り、ズシリとした重みに弾き飛ばされる。
ワールドオーダーの体が弾丸のような勢いで世界を取り囲む外壁に向かって飛んでゆく。

「『慣性』は『存在』しない。
 『重力』は『足元』に向かう」

壁に衝突する寸前でピタリと静止する。
世界を囲う白壁に足元から着地する。
連続改変。
これまで以上に世界を行使して戦っていた。

「『ここ』はそんな『世界』じゃない」

即座に全てが否定される。
世界は正常に戻り、ワールドオーダーの体は地面に向かって落下して行く。

「チッ」

壁際に手をやり落下速度を落としながら滑り落ちてゆく。
純白なる世界の壁に赤い線を描きながらなんとか地面へと着地する。
そこに間髪入れず、足元から再び周囲を取り囲む様に翼が沸き立った。
逃げ場などない。正しくこの世界全体が敵である。

「『攻撃』は『消滅』する」

周囲から翼が消滅する。
その隙に駆け出し、包囲から抜け出す。
これまで不動のまま敵をいなしてきたワールドオーダーが明確に追いこまれていた。

翼の消滅も一瞬。
尽きる事ない白翼はすぐさま復活を遂げると駆ける背後へと迫り、前面からも新たに翼が生まれ挟み撃ちになる。
逃げ場はない。
凌ぐには世界を変えるしかないだろう。

「『攻撃』は――――――――――」
「――――この『攻撃』は『絶対』に『当たる』」

世界を固定される。
防御も回避も許ない。傲慢で絶対的な世界の支配方法だった。
ここは勇二の世界。支配権は勇二の方が上回っている。

広がった白翼が一斉に振り下ろされた。
両腕で身を守る。
ズガガガガと断続的な音が響き、見た目にそぐわぬ重量と切れ味で体が削られていく。

「くっ。ハハッ―――――素晴らしい」

血液が巻き散る。
追い詰められながらも、ワールドオーダーは心底から愉しげだった。
彼はバトルマニアでもなければ、ましてやマゾでもない。
ただ目の前の相手が永年待ち続けた相手なのかもしれないと言う予感が彼の心を震わせていた。

これは反応を駆使し、刹那を奪い合い、肉体を凌ぎ合わせる通常の闘争ではない。
戦い方ではなく戦うルールその物を奪い合う、いわばこれは世界の奪い合いである。

優位なのは、圧倒的に勇二だった。
曖昧な指定も可能。書き換えられる法則の上限も制限もない。
この世界はワールドオーダーを殺すというオーダーを実行するためならば、それこそなんでもありの世界だった。

対して、ワールドオーダーの変えられる世界の法則は一つだけ。
連続で変えることはできるが前の世界は上書きされる。
かつてはそうではなかったが、劣化に劣化を重ねた今のワールドオーダーではこれが限界である。

カードゲームを一枚のカードで戦っているようなものだ。
瞬間的になら世界を引っくり返せるが、すぐさま革命返しをされて終わりである。
ここまでハッタリと駆け引きで何とかしてきたが、同じ土俵で戦う相手には分が悪い。

98THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:27:04 ID:9FwNdzk60
「じゃあ、攻撃に出るとしようか」

白翼を振り払って、一転。ワールドオーダーは攻勢に出る。
守備一辺倒では首輪爆破の制限時間よりも早くジリ貧で敗北するだろう。
それより前に”敵”を殺す。
それこそが戦いというモノだろう。


「――――――――――『悪意』は『攻撃』となる」


革命の言葉が奔る。
純白の世界が一変し、漆黒の悪意が世界中を埋め尽くした。

余りにもドス黒い悪意がただ一人の少年を侵す攻撃となって一斉に襲い掛かる。
世界全ての悪意を塗り固めた男から放たれる悪意は、それこそ世界そのものだ。
気の遠くなるほどの永い間、この世界を侵し狂わせ続けてきた悪意。
こればかりは例え世界を操ろうとも、そう簡単に消えるものではない。

そんな世界を歪めていた絶望を前にしても、少年は顔を上げる。
真っ直ぐと見つめる瞳。少年の手のひらに光が溢れる。
それは目の前の暗闇に相対するには余りにも小さな、そして目の前の暗闇にも負けないほどとても大きな光だった。


「―――――――――『希望』は『剣』となる」


希望の光。
それはオデットが繋いだ希望であり、カウレスが繋いだ希望でもあり、愛が繋いだ希望でもある。
そしてこの地における物だけではなく、日常において父が母が我が子に託した希望でもあった。

それは勇二に託されたモノだけではない。
勇二に希望を託した誰かもまた、誰かに希望を託されていた。
綿々と紡がれる希望。
その全てが形を成して剣となる。

少年はその手に『希望』を掲げた。
それはどんな絶望を前にしても希望を掲げられる勇気持つ者だけが手にすることのできる、勇者の剣だ。


「はぁぁぁああああああああああああああ――――――――――――――ッッ!!!」


悪意(やみ)を希望(ひかり)が一閃した。


世界を満たしていた漆黒が霧散する。
絶望が晴れる。
闇が晴れた先、残ったのは悪意の発生源である男だけった。
男はゆっくりと口元を歪める。

「見せてもらったよ。君の可能性を――――君の勝ちだ。田外勇二」

そう言って、悪意の体現者は胸元から血を吹き出した。
希望の刃は悪意を切り裂き、その先にいるワールドオーダーの体をも切り裂いていた。

血を吐きながら笑う。
これまでの様な空虚な笑みではない。
追い求めた者に達した男の満ち足りた笑みだった。

時間を操ろうと空間を操ろうと何をしようと無意味だろう。
言い訳のしようもない敗北。

少年の可能性。
人間の可能性。
希望の可能性。

人の持つ希望とは、世界を切り裂くだけの可能性を有している。
その証明を為す者。
これこそが男の求める物。
これぞ正しく――――『主人公』である。

だが、その表情はすぐさま別のモノへと変わる。
口元に常に張り付いていた笑み形が悲しみの形に変わった。
まるで、ようやく叶った積年の願いが消えてしまう事を嘆く様に。

「ああ…………だが、キミ残された時間はもう1分とないだろう。
 これほどの結論。これほどの成果でも至らない。僕はそれが悲しい」

本当に残念そうに呟いて、その場に倒れて動かなくなった。
それを見届けた勇二の体も力が抜けたようにフラリと揺れる。

限界を超えた反動。
如何に勇二が神に等しい霊力を持っていても、世界創造という偉業を成し遂げればその霊力も尽きる。

99THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:27:32 ID:9FwNdzk60
意識が霞み始めたが、気力を振り絞り踏みとどまる。
まだ倒れる訳にはいかない。

男の死と共に世界が消え始めた。
この世界はワールドオーダーを殺すために創られた世界だ。
目的を達した以上、世界は消滅するのが必定である。

この地における最大の悪は倒した。
だがそれを手放しで喜ぶにはまだ早い。

消えゆく世界の最後の力を一枚の翼に集約して、倒れたワールドオーダーの首を撥ねる。
躊躇っている暇はなかった。
血だまりに転がる首輪を勇二が急いで回収する。

首輪は得た。
ここからどうするかが問題である。

解体、解析、効果の適応。勇二にそれが出来るのか?
勇者の力も失われ、霊力が尽きた状態ではただの小学生でしかない。
爆発はしないと保証されている首輪なのだから強引にやればできないことはないだろうが、余りにも時間がない。

「…………何か、何かないのか…………ッ!?」

逆転の可能性を探して、灯りを取り出すのも忘れ暗闇に目を凝らしながら周囲を見る。
見えるのは逆さまの電波塔、首のないワールドオーダーの死体、そして。

「ワールドオーダーの…………荷物」

飛びつくように荷物に掴みかかると、ひっくり返すように中身を地面にぶちまける。
微かな希望に縋るように地面に転がる荷物を掻き分けるが、出てくるのは食料や地図といった一般参加者と変わらない物ばかりだった。
転がっている時計の針が目に入る。残り時間は1分を切っていた。

腹の底がざわつくような焦りが勇二を支配し始めた。
先ほどまでの戦いとは違う、足元から追い詰められてゆくような感覚。

このままでは終わる。
勇二の命が。
繋がれた希望が。
何もかもが終わってしまう。
それはダメだ。
それだけはダメだ。

主催者の所持品なのだ。
全てを解決する一発逆転の何か。
そんな道具があってもいいじゃないか。
一般参加者と同じだったとしてもランダム支給品が何か、何か、何かあるはずだ。

ぐるぐると廻る思考。焦る手が何かに触れた。
基本支給物ではない何か。恐らくワールドオーダーにランダムに与えられた支給品の一つ。
それが何であるかを理解した瞬間、少年は自分が何をすべきかを理解した。

己が辿る運命。
己が為すべき役割。
その全てを悟る。
それは幼い少年が固めるには余りにも過酷な決意だった。

静寂が訪れる。
全てを成し遂げた少年は祈る様に目を瞑る。

それは全てを解決するわけでもなく、少年の命も救わない。
それでもやらなくては。
ここで終わるのではなく、何かを先に繋げるために。

「…………………………………………お父さん、お母さん」



爆発音が鳴り響いた。


この世界に蔓延る巨悪を打ち倒した勇者は、報われることなくその命を落とした。
神の如き支配者も、神の因子に侵された女も、神の才を持つ少年も消え去り、この地に残ったのは朽ちた塔のみである。

何もかもが消え去り無に返る。
残る物は何一つない。





いや、希望は。



【オデット 死亡】
【田外勇二 死亡】
【主催者(ワールドオーダー) 死亡】

100THE END -Relation Hope- ◆H3bky6/SCY:2018/11/11(日) 22:27:57 ID:9FwNdzk60
投下終了
第一幕はここまでとなります

101 ◆H3bky6/SCY:2019/02/17(日) 23:20:13 ID:yyQSrX5o0
長らくお待たせしました
これより最終章の第二幕を投下します

102THE END -Somebody To Love- ◆H3bky6/SCY:2019/02/17(日) 23:21:55 ID:yyQSrX5o0
さらさらと砂が落ちていた。
誰にも止めようのない、時間という砂が。
この砂が落ち切った時、少女の命は儚くも散りゆくのだ。
白く儚く、まるで溶けて消えゆく雪のように。

ギリィと言う音がした。
水芭ユキは奥歯を噛みしめながら、考えていた。
確実な死を前にして人は何をできるのか。

そんなことを考えながら生きる人間はそれこそ十分に生きたと後悔なく死を選べる老人くらいのものだ。
そんな人生の命題の様なものをこの年で突き付けられるとは、想像だにしていなかった。

だが少女はまだ前途ある若者である。
未来があり、理想があり、夢があった。
死ぬには余りにも早すぎる。

否。それは彼女だけに限った話ではない。
これまでこの地で奪われた全ての死について言える事だ。

彼女の家族。彼女の友人。彼女の仲間。彼女の知らない誰か。
それら全てに等しく未来があった。
それら全てが奪われた。
一人の男の悪意によって。

彼女の両親もそうだった。
一人の男の下らない支配欲による犠牲者だ。

その事実が頭に叩き付けられるたび、目の前が真っ赤に燃え上がりそうになる。
人はこのような理不尽で殺されるなど在ってはならない。
そう、狂いそうになるほど怒りに身を焦がしていたと言うのに。
彼女自身もまたそんな死を迎えようとしていた。

手先が感覚を失ったように痺れ、全身を震えが襲った。
それは怒りか、はたまた恐怖によるものか。
彼女自身にすら判別が出来なかった。

彼女に分かるのは、己にできることなどただこうして震えて死を待つ事しかできないという事だけだった。
恐怖と怒りと無念と後悔と、あらゆる感情をドロドロに煮詰めて掻き混ぜる時間を存分に与えられ、正気など保っていられるだろうか。
こんなことなら、問答無用で即死した方がまだましだ。

「大丈夫!! …………大丈夫だよユッキー」

だが、その震える手が柔かな暖かさに包まれた。
必死で震えを押さえたようなどこか強張った声。

その温もりに驚いたように顔を上げる。
呆然と揺れる青い瞳を、決意を込めた黒い瞳が見つめ返していた。

ジワリと凍てついた手に熱い血が通う。
九十九がユキの手を両手で握り絞めていた。

一二三九十九は諦めの悪い女である。
そんな彼女がそう簡単に友人の命を諦めるはずもなかった。

「まだ、時間はあるんだから、それまでに首輪を外そう、そうすれば…………ッ」

九十九の前髪がはらりと落ちる。
ペナルティが首輪を介して行われる以上、爆発される前に解除してしまえばユキの命は助かる。
その解決策は間違っていないだろう。
首輪の解除が死を回避する唯一の方法なのは疑いようがなかった。

「……ンなもん、どうやってだよ?」

苛立ちを含んだ声で拳正が疑問を投げかける。
どれだけ解決策として正しくとも、彼らにはそれを成す知識も技術もない。
その提案は具体性の伴わない、ただの絵空事でしかなかった。
簡単に成し遂げられるのであれば最初から誰も苦労はしないだろう。

「どうにかしてだよ! 一か八かやってみればうまく行くかもしれないじゃない!」
「バカか、試しで出来るようなもんじゃねえだろうが! 失敗したらどうすんだ!? あぁ!?」

叫ぶような九十九の声に、喰ってかかる勢いで拳正が凄んだ。
チンピラ程度なら睨み一つで吹き飛ぶような圧を前にしながら、九十九も引かない。
むしろそれ以上の強さを込めた視線で睨み返した。

「けどッ! 何もしない訳にいかないでしょ!?」

何もしなければ同じ事だ。
友の窮地において何もしないなどという選択肢は九十九の中には在りえない。
黙って見ているのが正解だなんて認められるはずもなかった。

103THE END -Somebody To Love- ◆H3bky6/SCY:2019/02/17(日) 23:22:53 ID:yyQSrX5o0
「けどもヘチマもねぇんだよ……! 考えなしに動こうとすんじゃねぇ! ちったあ周りの迷惑考えやがれ!!」
「はぁ!? 何よ!? じゃあ、このままユッキーが死ぬのを何もせず見てろっていうの!?」
「そうは言ってねぇだろうがッ!!」

張り上げられた声が激情のままぶつかり合う。
頭に血を登らせた二人は掴みかかる勢いで言い争っていた。
声は異常な熱を帯びて、辺りの空気を歪ませてゆく。
転がり落ちる様にその熱がまた新たな熱を生み、勢いを増長させて行く。

「じゃあどうしろってのよ!? 何もせずこのまま黙ってらんないよ!」
「いい加減にしろバカ野郎ッ! 失敗して吹っ飛ぶのはお前の腕だけじゃねぇんだぞッ!」
「…………ッ!?」

九十九が言葉を詰まらせる。
失敗すれば制限時間を待たずユキが死ぬ。
それはつまり、助けたかった友の命を己の手で終わらせるという事である。
九十九もユキも、誰も救われない。

「失敗する前提で話さないでよッ!!」
「成功する見込みがねぇんだよッ!!」
「ぅぐ……ッ。だったら――――!!」

「――――――――――やめてッ!!」

悲痛な凍りついたような声が過熱する言い争いを断ち切った。
睨み合う二人の視界に白い髪が映る。
双方に静止の手を向けながら少女が二人の間に割って入った。

「お願い、二人とも言い争うのは…………やめて」
「ぁ……………………っ」

ユキの目に滲む涙を見て、冷や水をぶちまけられたように言い争っていた二人の沸騰していた頭は完全に冷めた。
醒めてしまえば意味のない言い争いだった。
この不毛な言い争いで一番辛い思いをしているのは誰なのかを理解してしまったのだから、これ以上言い争う気にはなれなかった。

「私の事は気にしないで、いいから。二人に迷惑はかけるつもりはないから、だから…………お願い」

死を避けることはできないのならば、出来ることなど死を選ぶ事だけである。
残される二人が自分が原因で言い争うのは、彼女にとってなによりも辛い。

ユキは最期はせめて穏やかでありたかった。
自身の動揺が残された者の争いを誘うのならば、恐怖など奥底に凍りつかせてしまえばいい。
それが死を前にした少女の冷たい氷の様な悲壮なまでの決意だった。

「悪りぃ…………」
「………………うん」

当事者である彼女に仲裁役なんてさせてしまった事を拳正は恥じる。
拳正の苛立ちは相当に積もっていた。
他でもない、何もできない自分自身に対して。
自分の頭の悪さをここまで呪ったことはない。

何ができて何ができないのか、拳正は己を知っている。
ちっぽけな自分の手の届く範囲を知っている。
だから、自分が何もできないという事を痛いくらいに理解していた。
この状況で彼の腕っぷしなど何の意味もない。

「クソッタレ…………ッ」

どうしようもない感情を吐き捨てる。
悔しげに力一杯拳を握り締めると、腕に刻まれた銃痕が無性に痛んだ。

結局、ユキは死ぬし、彼には何もできない。
これは覆しようのない事実である。

腕っぷしだけじゃ解決できない事もある。
そんな事はとっくに理解していたはずなのに。

「九十九もごめんね。せっかく仲良くなれたと思ったのに」
「やめてよユッキー……そんなお別れの言葉みたいなの」

九十九はいやいやをするように首を左右に振った。
ユキは前髪をくしゃりと握り、困った様に視線を沈ませる。

104THE END -Somebody To Love- ◆H3bky6/SCY:2019/02/17(日) 23:23:31 ID:yyQSrX5o0
「けど…………どうしようもないじゃない」

そう言って諦めた様に儚げに笑った。
その表情を見て九十九は心の底から己の愚かさを悔やむ。
ユキにこんな顔をさせたかったわけじゃないのに、足掻けば足掻くだけユキを困らせている。

九十九は諦めない。諦めたくない。
だが、現実として彼女には何もできないだろう。
一か八かの首輪解除に挑んだところで出来るのは事態を悪化させることだけである。

学校のテストなどとは違う、この問いにそもそも正解などない。
問われるのは、手段があるかないかであり、そして彼らには打開策など何もない。
八方塞がりの状況である。
彼女たちは、どうしようもなく無力だった。

諦めないだけではどうにもならない事もある。
そんな事はとっくに理解していたはずなのに。

「…………ごめん。ユッキー…………ごめんね」

気付けば、九十九はユキを抱きしめていた。
瞳からは大粒の涙が零れ、口からは何もできない自分をどうか許してほしいと謝罪の言葉が漏れる。

「……ダメだよ、九十九まで巻き込まれちゃう…………離れないと」

離れてと言われて、九十九は抱きしめる力を強める。
引きはがそうとするが、何故だかユキの手には力が入らず振りほどくことができなかった。
ユキを抱きしめたまま九十九は心の底から悔しげに声を上げる。

「こんな……ッ。こんなのってないよ…………どうして」

今、腕の中に確かに生きている、この命が喪われる。
この地で何でも繰り返されてきたどうしようもない現実。
無力な少女にはこの現実を嘆くことしかできなかった。
九十九の頬を伝った暖かい滴がユキの肩を濡らす。

「ぅう………………っ」

ユキの喉の奥から嗚咽のような声が漏れる。
止めどなく零れ落ちるその滴は火傷しそうな程熱い。
余りの熱さに、氷の決意が熔けていきそうだった。
我慢していたものが溢れそうになる。
侘しさのような冷たい何かが胸に広がり、何だか無性に泣き出したくなった。

「どうして、こんな……こんなの……………………私だって」

ポツポツと胸の底から溶け出した心が溢れ出していった。
九十九は涙を流しながらうんうんと頷き、いつか自分がそうされたようにユキの背を優ししく擦った。
その暖かさに心中が涙と共に言葉となって吐露されてゆく。

「…………私だって、こんな終わり方…………嫌だよ…………!」

彼女の人生に死は常に付きまとってきた。
目の前で父の死を見た。
目の前で母の死を見た。
もう一人の父の死を見た。
ルピナス、夏実、舞歌。友はどう死んだのだろう。

彼らの死を想えば、怒りで我を忘れそうになる。
悔しさに噛みしめた奥歯が砕けそうになる。
戦うと決めた瞬間から死など常に覚悟してきたはずなのに。

「……………………怖いよ」

それでも。今は、どうしようもなく怖い。
決意や覚悟で奥底に沈めていた感情が口から零れ落ちた。

言葉にして認めてしまえばその恐ろしさは目の前にあった。
熱した頭のままヒロイックな感情で死んでゆくことすら許されない。
ただ湖の底に沈んでゆくような冷たい死だけが傍らに横たわっていた。

二人の少女は互いを寄る辺として離れぬよう縋り付く様に強く強く抱きしめあったまま啼泣する。
寒さに震える体を温める様に、互いの存在を確かめ合う。
それだけが今できる唯一の慰めであると、理解しているように

だが、無情にも二人を引きはがす無骨な手があった。

105THE END -Somebody To Love- ◆H3bky6/SCY:2019/02/17(日) 23:24:11 ID:yyQSrX5o0
「……そろそろ、離れろ。もう、時間がねぇ」

拳正だった。
時計の針はもう30分に迫っていた。
タイムリミットを迎えるまであと僅か。

このまま抱き合ったままタイムリミットを迎えれば、九十九が爆発に巻き込まれてしまう。
それでは、ユキが死ぬだけでは済まなくなる。
拳正はこれで冷徹な損得勘定の出来る男だ。
無駄に被害者を増やすだけの行為を看過できるはずもない。

「…………ぅッ」

引きはがされた九十九は何か言いたげな眼で拳正を睨むが、何も言う事が出来なかった。
その行動の正しさも理解している。
彼の人間性も、誰よりも理解してる。
だから何も言えない。

「…………新田くん」

心中を吐露し、一頻り泣いて少しだけ落ち着きを取り戻したのか。
涙を拭ったユキは、思いのほか穏やかな声で、胸を裂く痛みを堪えているような表情をしている少年に声をかける。

拳正は確かに冷徹な判断が出来る男だけれど、それは彼が傷付かないという事ではない。
彼は慰めなんて甘えは許さない。相手にも自分にもどこまでも厳しい。
そんな人間だと、僅かな交流だったけど、知っていたから。
ああ、そんな彼だから彼女はきっと。

「……気にしないで、っていうのは難しいかもしれないけど、誰のせいでもないことだから」

厳しい以上に優しい人だから、目の前で何もできず友人の死でどうしても傷ついてしまうだろうけど。
せめてその傷が、彼の足を止めるようなものでなればいいのだけど。

彼女と同じく過去に両親を失い、そしてこの地で友を失った少年。
彼はずっとその痛みを、そんな顔をしながら耐えてきたのだろうか。

始めて見た彼の弱さを目の当たりにして胸元がざわつく。
自分勝手な我が侭を言いたくなる。
だが、その衝動をぐっと抑え込む。

それは言うべきではない言葉だ。
思いのたけをぶちまけたところで、未来のない彼女の言葉は未来のある彼の重荷にしかならないだろう。
これだけは心の底にしまっておく。

その代りに、少女は少年の手にそっと触れた。
少年も無言のまま受け入れる様にして、それを振り払うようなマネはしない。
それが二人に許された距離。
死にゆく者に許された精一杯の我がままだった。

「…………じゃあ、九十九も新田くんも、二人とも仲良くね。あなたたちは、どうか生き延びて…………」

出来る限り精いっぱいの笑みを浮かべて、未練を断つように手を放す。
引きつっていたかもしれないけれど、最期に彼女たちに見せるのは笑顔がいいと決めていたから。

爆発に彼らを巻き込まないよう、未練を振り切る様に駆けだした。
手に残った名残の様な温もりが冷たい夜風に浚われて溶けてゆく。
冷たさを感じないはずの触覚は、温もりが失われた事を冷たいと感じた。

離れてゆく背を九十九は思わず追いかけたくなるが、歯を食いしばってその衝動をぐっと堪える。
一緒に死ぬなんてことはユキが望むはずがない。
代わりに腹の底から叫ぶ。

「ユッキィーーーッッ!!!」

少女の絶叫。
粒となった涙が夜に散った。

青白い月光に照らしだされ、可憐な少女の雪のように白い首元に冷たい鉄の輝きが宿る。
春が来れば雪は儚く消え去るが定めである。
その定めに従うが如く、終わりの時は来る。

時計の針は無慈悲に進み、刻限を指した。

106THE END -Somebody To Love- ◆H3bky6/SCY:2019/02/17(日) 23:24:47 ID:yyQSrX5o0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

遥か高みよりその光景を眺めるモノがいた。
世界をその手に収める男は、その地で起きた全ての現象を観測している。
語るまでもなく、何人たりとも届かぬ孤高に坐するは、この世界の支配者たるワールドオーダーと呼ばれる厄災だ。
黙したまま遥か天上にて坐する支配者は、掌に収まる世界をゆるりと眺めていた。

「――――――――――――――――――――――――プ」

そこに、静寂を破る息吹があった。
世界の出来事は余すことなく総てが見える。
仮にそれが当事者ですら理解の及ばぬ事態であったとしても、俯瞰より眺める支配者だからこそ理解できることもある。
理解しているからこそ、男は堪らず、ついには限界だと言った風に吹き出した。

「アッ――――――――ハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

高らかな哄笑が轟く。
余程愉快だったのか、誰もいない広く冷たいだけの部屋の中心でただひたすら笑い続ける。
狂ってしまったのではないかと危惧するような勢いで、男が何物にも憚ることなく笑い転げていた。

それほどまでに、彼にとって予想外の出来事が起きた。
全ての支配者たるワールドオーダーにとっても完全なる想定外の出来事が。
彼にとって予想外の事態が起きるなど、何年振りか。
十年、百年、千年、いやそれ以上か。

それは偶然などではなく、明確な意思を持って行われた、このワールドオーダーすら出し抜いた偉業である。
恐らく世界中の誰も、それこそ『神』すら気づいていまい。
ああその事実が、たまらなく愉快だった。

「クク……ハハッ、ヒッ――――ヒッヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」

まだ笑いが収まり切らないのか息も絶え絶えに喉を鳴らす。
地面に転がっていた男はゆっくりと立ち上がり、目の端の涙を拭って肩をひくつかせながらソファへと座り直した。
そして腹の底から楽しそうに、忌々しげに、称えるように、謳うように、叫ぶようにしてその名を呼んだ。



「あぁ…………ッ。やってくれたなぁ――――――――――――森茂!」



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

107THE END -Somebody To Love- ◆H3bky6/SCY:2019/02/17(日) 23:25:31 ID:yyQSrX5o0


刻限を過ぎても、首輪は爆発などしなかった。


ただ静寂の中で時が過ぎていった。
首輪は爆発する事もなく、ユキの首は繋がったままである。

だが、刻限を過ぎたと言えども、すぐさま安心などできるはずもない。
ただ単に処刑の実行が遅れているだけという可能性は大いにあった。
それを考えれば死を待ち恐怖する地獄の時間の延長でしかないだろう。

その間もユキは自らの握った拳を震わせ、唇をかみしめ、ギュっと目を瞑りながら沙汰を待っていた。
緊張に血の気の引いた青白い顔で、僅かにカサついた唇を震わせる。

「プッ…………………………ハッ…………ハッ………………ハァッ!」

深海から浮き上がる様に息を吐く。
浅く早い過呼吸気味の呼吸を繰り返す。
こんな極限の緊張状態はいつまでも続けられるものではなかった。
どれ程の覚悟があろうとも、いくらなんでも精神が持たない。

いくら待てど爆発する気配はない。
これは流石にこれはおかしい。
数分が経過したところで、周囲で見守る九十九たちもそう感じ始めた。
主催者側に何らかの不備があって爆破がされないのではないか?
そんな可能性すら頭をよぎり始めた。

「……大丈夫…………なのかな?」

九十九が恐る恐ると言った風にユキへと近づいて行く。
僅かに遅れて、険しい表情をした拳正もそれに続いた。

「まさか、油断させてドカンなんてことはねぇだろうな」
「それは…………どう、かしら」

悪趣味の極みの様な男だ、その可能性がないとも言い切れない。
だが、あの男の悪趣味さはそういう類の物とは少し違う気もする。
あの男の悪趣味さは人を人とも思わず自分のために使い潰す醜悪さであり、わざわざ恐怖を煽ってその様を楽しむほど人間に興味があるようには思えなかった。
それも、あくまで印象に過ぎず、確信など何もないのだが。

「…………ど、どういう事なんだろう?」

誰もが思っていた疑問が九十九の口からぽつりと漏れた。
何故助かったのか。その原因が分からない以上、助かった事を手放しに喜ぶこともできない。
このままでは何時までも不気味さが喉元に付きまとって、それこそ生きた心地がしない。
いつ死ぬともわからぬ状況では次の行動にすら移せなかった。

「――――爆発しないのだから、その首輪は機能していないという事なんじゃないかしら」

答えなどが返ってくる事を期待して口にした物ではなかったのだが、それに答える鈴の音の様な涼やかな響きがあった。
しゃなりと影を踏みしめ現れたのは華奢な女のシルエット。
月明かりに照らされ影のベールが払われて行き、その姿が露わとなる。
それが何者であるかを認め、ユキが目を細めた。

「覗き見とは趣味が悪いですね――――――音ノ宮先輩」
「あら、ちょうど今来たところよ、そう言ったら信じてくれるかしら?」

余りにも平然と吐かれた言葉にユキが不機嫌そうに眉根を寄せる。
とてもじゃないが信じられる言葉ではない。
いや、信じられる相手ではないと言った方が正確だろうか。

余りにもタイミングが良すぎる。
元より妙な苦手意識がある相手がこのタイミングで現れて信用できるはずもない。
恐らく遠巻きに先ほどまでのやり取りを眺めて修羅場だったからタイミングを見計らっていたのだろう。
仮にユキが死んでいたところで、改めてタイミングを見計らって平然とした顔で拳正と九十九の前に現れていたに違いない。

「こんばんは。そちらのお二人は初めましてになるかしら?
 私は音ノ宮亜理子。神無学園の3年だから一応あなたたちの先輩という事になるわね」

余りにも平然とした態度で亜理子は九十九と拳正に語りかけた。
拳正は突然現れた亜理子を警戒しているのか無言のまま僅かに身を引いている。
九十九はユキの首輪の問題から突然な亜理子の登場という混沌極める事態の転換についていけておらず、ひとまず挨拶されたのだから返さねばと名乗り返そうとしたが。

「あ、ええっと。私は、」
「知ってるわよ、一二三九十九さんにそちらは新田拳正くんでしょう? 我が校の有名人ですものね」
「え。は、はあ」

それを制して、亜理子はまるで子供をあやす大人のようにくすりと笑う。
その様は九十九たちと一つしか違わないと思えないほどに大人の余裕を湛えていた。

108THE END -Somebody To Love- ◆H3bky6/SCY:2019/02/17(日) 23:26:46 ID:yyQSrX5o0
「…………それよりも首輪が機能していないというのはどういう意味です?」

完全に相手のペースに飲まれそうになったところにユキが割り込んだ。
まだ顔に血の気は戻っていないが、ある程度の心の落ち着きは取り戻していた。
いつまでも怯えて動かないでいる訳にもいかない。
信用できるかはともかく、何か知っていそうな亜理子と話をする方がよっぽど有意義だろう。

「そのままの意味だけど。そうね根拠はこれよ」

そう言って亜理子は手に持っていた機械をユキたちに向かって差し出してきた。
レーダーの様な機械の画面内ではいくつかの光点が点滅していた。

「これは?」
「首輪探知機よ。これにユキさんの反応は写っていないいない。それだけだと根拠としては弱いかもしれないけれど。
 規定時間になっても首輪の爆破が行われなかったことと併せて考えれば機能していないと考えるには十分だと思わない?」

つまりは首輪の故障、という事なのだろう。
提示されて見ればなんてことはない、当たり前の過ぎる答えだった。
事実として予告された首輪爆破が行われていない以上、そう納得するしかない。

「けど、どうしてそんなことが…………?」
「さて、ただの偶然という可能性もあるでしょうけど。
 そうでないのなら必然性があるはずよ。なにか心当たりはあるかしら?」

そう問われてユキは思い返してみる。
これまでの戦いの中で首輪が解除されるような心当たりがあったか。
ユキの中にそんなものがあるかと言われれば、当然――――あった。

――――――森茂。
彼女の二人目の父。
世界を牛耳る大悪党。

思い返すは最期の瞬間。
あの大悪党は事切れる直前に、別れを惜しむ様に最愛の家族の涙をぬぐい頬を撫でた。
あの時はユキは父との別れを前に強く在ろうと冷静でなかったが、今になって考えるあの行為には違う見方もできるのではないか?
人間の感傷としてあれは当然ともいえる行為だったが、果たしてそれは、あの大悪党にも当てはまる事なのだろうか?

効率と実績の怪物。
あの行為に嘘はなくとも、別の意味がなかったとも言い切れない。

涙をぬぐい頬を撫でた手は、力なく垂れ下がり首元に固定されていた。
そう。”首輪のついた首元”に”悪刀で構成された右腕”を。

ユキも知らぬことだが、あの時点で森には近藤・J・恵理子の首輪解除という実績と経験があった。
あの瞬間、森茂が秘密裏に首輪を解除できるだけの条件は整っていた。
だとしても、自らの死を目の前にした今わの際にそれ程の精密作業を成し遂げられる精神力は驚異的である。

この世界を監視する観測者にすら今際の際の感傷としか見えなかっただろう。
情愛を捨てきれない人間らしさと、恐ろしいまでの効率的な実利を求める非人間性。
それらを兼ね備えた大悪党だからこそ、成し遂げられた偉業だった。

「――――――――――――――――」

胸元を抱く様にしてユキが目を閉じる。
瞳より零れそうになる涙の意味は、先ほどとは変わっていた。
この命は父によって繋がれたのだと、そう胸の中に暖かい確信が広がる。

最期の瞬間、父はユキの身を案じたのだ。
同じく死に晒された後から、なおの事その凄さがよくわかる。

父の愛を再確認する。
この愛を胸に抱いていれば、どんなに辛くともこの先も歩いてゆける。
そう確信できるほど、その事実は彼女を強くした。

「心当たりが、あるみたいね。だったら、」

ユキの反応を観察して心当たりの存在を確信した亜理子は先を促そうとするが、その言葉は突然上がった九十九の声に遮られた。

109THE END -Somebody To Love- ◆H3bky6/SCY:2019/02/17(日) 23:27:11 ID:yyQSrX5o0
「わっ!? 何!? 何だろうこれ」

突然の戸惑うような大声に、次は何事が起きたのかと、3人の視線が一斉に集まる。

「な、なんかファミコン、ファミコンみたいなのが!?」

あわあわと戸惑う九十九の目の前には半透明な四角いウィンドウが浮かび上がっていた。
突然の怪奇現象ではあるのだがそれ以上に、普段ゲームやパソコンなどとは縁のない九十九にとって未知の代物すぎてどうしていいのか分からないようである。

「え、どうしたらいいの? どうしたらいいの?」
「落ち着いて」

あたふたと戸惑う九十九の背後に回った亜理子が落ち着かせるように肩に手を置いた。
横から顔を出しウィンドウを覗き込むと、中央に手紙の様なアイコンがチカチカと点滅していた。
細い指を伸ばして亜理子がアイコンにタッチしようとするが、指は空中に浮かんだウィンドウ画面をすり抜けて触れることができなかった。

「私では操作できないみたいね。九十九さん。操作できるか試してもらえるかしら」
「……え、あ、ハイ」

テンパっていた九十九は反射的にその指示に従い画面に向かって指を伸ばす。
恐る恐ると言った風に伸ばされた指が空中の画面に触れた。
ピロンと小気味良い音が鳴り、画面の手紙アイコンが開かれるアニメーションが流れた。
そしてウィンドウにテキストが表示される。

「え、これって…………」

そこに表示されていた文字を見て、九十九がますます困惑する。


【 田外勇二 さんからプレゼントが届いています! (1) 】


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

田外勇二が最期に成したことはなんだったのか。

あの時、あの瞬間、己が命を残り数秒となったところで、勇二はワールドオーダーの支給品の中からそれを見つけた。
操作方法を読み込む時間はなかったが、幸いにも九十九と違って勇二は親の甘やかしもありこの年でスマホに触れた現代っ子だったから、それがどういう物であるかはすぐに理解できた。
そのインタフェイスはよくやっていたゲームのアイテムボックスそのものだったから。

手早く操作する画面に表示された送り先は5名。
生き残った参加者のデフォルメされたアイコンと名前が並ぶ中から勇二が最期の希望の送り先に指定したのは、一二三九十九だった。

勇二と九十九の縁は一度邂逅したあの時だけ。
治療を施したものの同行者を斬り、敵対したまま別れてしまったようなそれだけの最悪な縁。
それだけだったけれど、それがあったからこそ、勇二は彼女に決めた。

仲間や家族と言える相手が全員死んでしまった勇二にとって殆ど選択肢がなかったというのもある。
自業自得の面があるにしても生き残った面々は、勇二にとっては知らない相手か敵対者ばかりだった。
それに父の同僚であるボンバーガールという選択肢もあった。
正義のヒーローなのだ、希望を託すにこれほど相応しい相手もいないだろう。

だが、時間のない極限の状況の中、勇二の指は自然と一二三九十九のアイコンを選んでいた。

それはきっと、あの邂逅に何か心に残るモノがあったからだろう。
聖剣なんか捨ててしまえと、真正面から勇二を叱りつけたあの時の九十九の言葉が妙に頭にこびりついて忘れられなかった。
聖剣に囚われていた勇二にはついぞ理解できなかったが、聖剣を破棄した今の勇二にならその意味が理解できる。

だから名前だけしか知らない遠くの正義よりも目の前で見て感じた正義を信じてみようと思った。
勇者を巡る騒動を経て、勇二が得た僅かな成長。
それが天秤を動かし、運命を分けた。

祈る様に少年は希望を送る。
縁は流転するように巡ってゆく。
この結末を導き出したのならば、あの間違いにもきっと――意味はあったのだ。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

110THE END -Somebody To Love- ◆H3bky6/SCY:2019/02/17(日) 23:27:44 ID:yyQSrX5o0

【 田外勇二 さんからプレゼントが届いています! (1) 】

戸惑いを含んだ目で九十九はその名を眺める。
田外勇二。
九十九はその名を知っている。

黄金の聖剣を持った少年。
輝幸を殺し、九十九を襲い、敵対したまま別れてしまった少年。

そんな彼から、どういう訳か九十九に対してプレゼントが送られてきたらしい。
それにどういう意味があるのか。
九十九は計りきれないでいた。

「……………………」

その意図を汲み取ろうと必死に思考を巡らす九十九の後ろで、それ以上に真剣な視線を画面に送るのは女子高生探偵である亜理子だった。
彼女が注目しているのは九十九と別のところ、送り主ではなく送られてきた代物がなんであるかである。

「九十九さん、画面、操作してもらっていいかしら」
「え? あ、すいません」

亜理子に促され九十九が画面をタッチする。
メッセージが送られ、画面からポンとアイテムが実体化して飛び出した。

「おっ!? とと」

それを地面に落ちる前に慌てて手に取った。
手に収まるドーナツ状の冷たい鉄の感触。
それがなんであるのか九十九も知っている。
それは全ての参加者を繋ぐ鎖として付けられる『首輪』だった。

「見せてもらっていいかしら?」
「え、ええ。構いませんけど」

灯りを片手に、手渡された首輪を全方向から舐めまわすように観察する。
各々の首輪に特徴などの差異はないだろう。
だが、傷や汚れと言った後からついた印は残る。

先ほどの受け取り画面に表示されていたアイテム名は【 ワールドオーダーの首輪 】だった。
亜理子は一度直接ワールドオーダーに接触してその首輪を見ている。
ワールドオーダーは亜理子と接触したあの時点で、遠山春奈らとの戦闘を経ていた。
それなりに特徴的な汚れがあった、そしてそれはこの首輪にも見て取れる。
先ほどの表示名に違わず、これはワールドオーダーの首輪とみて間違いないだろう。

「これ、解体しましょう。いいかしら?」

確認作業を終えた亜理子が、すぐさまそう提案する。
それは問いかけていると言うより有無を言わせぬ決定事項を告げている声であった。

「何故ですか?」

強引に話を進めようとする亜理子に流される事なく九十九が真正面から問い返した。

「この首輪には重要な何かが含まれているからよ」

他でもない主催者の現身が付けていた首輪である。
間違いなく特別性であり、それどころか最重要な機能が含まれている可能性が高い。
亜理子からすれば解体は必須だ。

「何かってなんです?」
「それを確かめるためにやるのよ」
「そんな曖昧な理由では、納得できないです」

真意こそわからぬものの、わざわざ自分を名指しして勇二から託された代物だ。
首輪なんて物は九十九からすれば無用の長物だが、無下に扱っていいものでもない。
託された希望の使い道は慎重にならなければならない。
そう言いたげな九十九の視線に、亜理子は呆れた様に一つ溜息をもらすと、睨む様な鋭い視線を向けた。

「いい? あなたにこれを託した誰かはこれを後生大事にして欲しくてこれを託したとでも思うのかしら?
 違うでしょう? これをあなたに託すことが希望を繋ぐことになると思ったからそうしたんじゃなくて?
 託された物を有効活用しなくちゃそれこそ無意味になる。そして私なら、これを最大限有効活用できるわ」
「それは…………」

そう言われてしまえば九十九に反論の余地はない。
首輪の有効活用方法など九十九には逆立ちしても思いつきそうもないのだから。
反論の言葉を失った九十九に変わってユキが問う。

「首輪を解体すると言っても、どうやってです?」
「今ある道具で何とかして、よ。もちろん失敗すればボンだけどね」

そう言い爆破を示すように指を開く。
冗談めかしているが設備もない、専門家もいないという状況での解体行為のリスクは高い。
亜理子もそれは重々承知している。
だが、リスクがあろうともやるしかないのだ。

111THE END -Somebody To Love- ◆H3bky6/SCY:2019/02/17(日) 23:28:06 ID:yyQSrX5o0
「大丈夫よ。首輪の構造は把握しているし、バラしたサンプルもある。
 装着状態じゃない首輪単体をバラすだけなら意外と難しくはない構造になってるわ」
「なら私がやります」

はいはいと九十九が手を上げて立候補していた。
切り替えの早い女である。
それに対して探偵は目の前の少女を値踏みするように眺めた。

「……あなたが?」
「はい、そういう作業とか得意なんで」
「失敗すればどうなるか理解しているのよね?」
「はい」

余りにも平然とした返答に探偵も覚悟のほどを推し量りかねた。
同じ学園に通う相手だ、何かと目立つSクラスの生徒ともなれば学年は違えどある程度の情報は耳に入っている。
彼女は鍛冶職人。
手先の器用さという点では亜理子よりも上だろう。
だが、この手の専門家という訳ではない。

亜理子としては別に九十九の腕が吹き飛ぼうが構わないが、ワールドオーダーの首輪が吹き飛ぶのは困る。
果たして目の前の少女が、重大任務を任せるに値する相手かどうか。

「それに、この首輪は私に託された物なので、やっぱり私がやるべきだと思うんですよ」

確かに九十九の所有物の扱いを九十九が決めるのは筋が通っている。
それに元より亜理子がやっても確実という訳ではないのだ、一番器用な人間が役割を担うと言うのは順当な話ではあった。

「……ええ。それならお願いしようかしら」

言って、亜理子は諦めた様に息を吐くと首輪を九十九に差し出した。
言葉の軽さとは裏腹に九十九の瞳には意固地なまでの意思が宿っていた。

どの道、亜理子の技術では確実ではないのだ。
適任がいるのならそれに任せるのは正しい判断である。
九十九に覚悟があるのならば、これ以上言うべき事はない。

「私と首輪を解析したミル博士がまとめた資料と、解体したサンプルも渡しておくわ」
「ありがとうございまーす!」

亜理子は荷物の中から解体した首輪と、胸元のポケットからノートを取り出す。、
九十九は受け取ったノートの首輪について描かれたページを開くと、ライト片手に穴が開くような集中で読み込んでゆく。

「複数ある爆弾は連動しているから同時に機能を切る必要があるわ。起爆する可能性があるのでこの配線には触れない様に」
「ふむふむ。内側が薄いんですね。その配線の位置は……それが分かれば何とか……」

亜理子の説明を受けながら、ページを往ったり来たりして内容を頭に叩き込んでゆく。
首輪の断面図、外装の材質や厚さについて事細かに描かれていた内容を把握しながら、解体した首輪の実物を手に取って手触りや感触すら堪能する。
そして数分後、無駄に勢いよくノートを閉じると、使える道具を見繕って亜理子の持っていた工作道具の中から充電式のヒートカッターを取り出した。

「よし、やるか!」

即断即決。把握を完了した途端、作業へと取り掛かる。
思い悩んだところでうまく行くというモノでもない。
この割り切りのよさこそ九十九ので短所あり長所である。

「九十九。何か手伝える事ある?」
「ありがとユッキー。じゃあライト持って、手元を照らしててもらえるかな」
「わかった」

指示を受けたユキが九十九から受け取ったライトで手元を照らす。
ヒートカッターのスイッチを入れ準備が完了したことを確認して、九十九が首輪の内部にそっと刃を立てる。

「ふぅ――――――――」

一つ息を吐くと、カッと目を見開く。
その目の色が変わった。
爆発物を扱っているとは思えないほど迷いなくすっと手が引かれた。
定規で線でも引く様な正確さで内側の薄い装甲部分を切り裂く。

一たび手が動けばそこからは迅速だった。
手元が狂い力加減を誤ればただでは済まない作業を瞬き一つせず次々とこなしてゆく。
まるで料理人が魚を卸すような手際で解体作業が進められ、腸のように配線が丁寧に引きずり出された。

「ぅうん? 中身は取り出せたけど、なんか妙なのが…………」

そう言って取り出しバラバラになった『中身』を並べてゆく。
爆弾と配線。『08』と刻印されたデータチップ。そして、

「――――――それね」

亜理子が確信を得たような言葉を漏らし、そこから小型の機械をつまみ上げた。
首輪の内部に紛れた不純物。それこそが特別性の首輪たる所以。
死神の不死殺し、ディウスの魔力制御装置。それに連なる、ワールドオーダーの何か。

「何なんですそれ?」
「ジャマ―のようね、かなり小型だけど…………」

指先でつまんだ装置を弄りながら亜理子が考えこむ様に黙り込んだ。
首輪の中にあった妨害装置(ジャマー)。果たしてこれは何を妨害する物なのか。
ある程度の予測はつくが確証とまでは行かない。
生死に直結する事だ、確証もないままという訳にもいかないだろう。

112THE END -Somebody To Love- ◆H3bky6/SCY:2019/02/17(日) 23:28:32 ID:yyQSrX5o0
「実験をしましょう」

そう言って亜理子はジャマ―を持ってスタスタと歩き始めた。
そして振り返ることなくどこかに消えて行った。
状況を動かすだけ動かして嵐のように過ぎ去った背を見ながら、取り残された3名は顔を合わせる。

「行っちゃったけど」
「どうすんだ?」
「まぁ…………ついていかない訳にもいかないでしょ」

戸惑いながら亜理子の向かった先へと3人が進む。
ゆるゆると追いかけてみれば、少し進んだくらいのところで、亜理子が何かをしていた。
何もない空間に向けて糸の繋がった何かを放り投げて、数秒待ってから糸を手繰って回収する。
それを何度か繰り返した後、今度は回収した何かを弄って再度糸を繋ぎなおして放り投げる。

「何してんだ………………?」
「さぁ? ユッキーは分かる?」
「……まあ、なんとなくは分かるけど」

などと言いながら、その様子を見物している三人だったが。
数秒後。爆発音が響き渡った。

「うぉ!?」
「きゃッ!?」

爆発に呆気に取られている見物人をよそに、亜理子は一人納得したように頷く。

「なるほどね。まあ予想通りではあったわね」
「……先輩。一応、説明を」

一人納得している亜理子に向けてユキが説明を促す。
探偵は、そうねと呟き、見物人へと向き直る。

「結論から言えば、九十九さんが解体してくれた首輪の中にあった『これ』は、首輪の爆破信号を遮断するジャミング装置のようね」
「首輪の?」
「爆破信号ぉ?」

声をそろえて首をかしげる幼馴染二人。

「そう。それを確かめるためにこれを首輪の中にあった爆弾と一緒に禁止エリアに放り投げてどうなるかを見ていた、という訳」
「ほへぇー。そーなのかー」

理解したんだかしてないんだか分からない相槌を打つ少女を尻目に、ユキは一人考え込む様に口元に手をやる。

「何故そんなものが首輪の中に?」
「そういうのが入ってる特別性の首輪があるのよ。主に強い力を持った参加者の首輪がそうなってるようね」
「つまり、首輪にも当たり付きがあるって事ですね!」
「…………まあ、概ねそういう認識でいいわ。
 それで主催者であるワールドオーダーの首輪には首輪を無効化する装置が仕込まれていたということよ」
「そっか…………」

九十九はそこでようやく、勇二が首輪を送ってきた意味を知る。
あの少年は九十九を助けるべく、希望として送ったのだ。
心の中で少年に感謝を述べる。

「…………じゃあ。それじゃあ! それさえあれば首輪の問題は解決ってことですね!?」

全ての参加者たちを悩ませていた首輪問題に解決の光明が差した。
その喜びをあらわにする九十九だったが、隣のユキは表情は暗いままである。
亜理子もそうではないと静かに首を振った。

「いいえ、これは一人にしか適用できない。ユキさんの首輪が解除されてるとしても、残るは私と九十九さんと拳正くんの3人、最低2人の首輪は解除しなくてはならない」
「にしたって、これがあれば解決じゃねぇのか? これ使えば爆発しないってんなら強引にでもバラしちまえばいいんじゃねぇか」

爆発の解体作業は慎重を要する作業だが。
首輪を爆破させない機械があるのなら、強引に破壊する事もできるだろう。

「そう上手くはいかないのよ。さっき最後に爆発したのを見たでしょう?
 これの効果はあくまで適応している間の一時的なモノだし、外部からの起爆信号を遮断できると言うだけで爆弾自体は生きている。
 ヘタに弄繰り回せば爆発する危険性がある事に変わりないわ」

そうなると、話は振出しに戻る。
結局は正攻法で首輪を解除しなければならない。
その難問は相変わらず彼らの前に立ちふさがっている。

「首輪を解除するために必要なのは知識と技術と道具よ。
 首輪に関する知識は私が提供した。技術は先ほどの手際を見るに九十九さんに任せていいでしょう。後は道具よ。
 先ほどは話が途中で途切れてしまったけれど。その辺の心当たりについて聞いてもいいかしら。水芭ユキさん?」

そう言って亜理子が唯一、首輪の解除されている少女へと向き直る。
問われたユキは僅かに視線を逸らし地面を見つめた。

解除方法は悪党商会の秘中の秘。関係者であるユキですら噂程度にしか知らない三種の神器に纏わる話だ。
問うたのが亜理子だけなら誤魔化していた所なのだが。
友人である拳正と九十九の命に係わる事である以上、黙っている訳にもいかなかった。

「…………そうですね。では心当たりについて説明します」

113THE END -Somebody To Love- ◆H3bky6/SCY:2019/02/17(日) 23:29:26 ID:yyQSrX5o0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「その悪刀。そして首輪が欲しいわ。森茂の首輪が」

話を聞き終えた亜理子は当然のようにそう切り出した。

「森茂の死体はどこにあるの?」
「北の市街地の公園近くだったと思いますけど……」
「北の市街地か……ほとんどが禁止エリアに指定されてるわね。猶予は殆どないし今からじゃ間に合いそうにないわね」

時刻は2時になろうとしていた。
禁止エリアの発動まであと僅か。
今から移動して北の市街地にあるモノを回収するのは難しいだろう。

「だから回収をお願いするわ、水芭ユキさん。首輪の解除されているあなたに」

話の流れとしてそうなるだろうとユキも予測していた。
だがそれ以前に、大きな問題が一つあった。
ユキは苦々しい顔で独り言のようにその問題を指摘する。

「…………無理よ。回収したところで悪刀はお父さん……森茂にしか扱えない」

悪党商会三種の神器はナノマシン認証による専用装備だ。
その仕組みをユキは完全に理解していないが、体内ナノマシンが存在しない人間に扱うことはできない。
少なくともここにいる人間には扱うことは不可能だ。

「そのために首輪が必要なの。ワールドオーダーの首輪のように何かがあるかもしれない」
「何かが、あるかもしれない」
「ええ。確実に、とは言わないわ。けれど可能性はある」

首輪を回収するという事は、すなわち首を落とすという事だ。
つまり確実性のない予測だけで、父の首を落とせと強要している。

「それは、ユッキーじゃないとダメなんですか?」

そこに九十九が割り込む。
必要であるとしても娘が父親の死体を辱めるよりは。他の人間が請け負うべきである。

「ダメね。死体の場所を把握していて、解除した道具に心当たりがある。
 何より、禁止エリアを移動できる、そんな人間は彼女しかいないでしょう?」

すべての条件を満たしているユキにしかできない仕事である。
首輪の機能していないユキが行くべきであると言う合理性判断だ。
探偵は感情の機微を理解していないのではなく、理解したうえで無視している。

「…………必要なことなのね」

その探偵の意思も、必要性も理解した。
ユキは悪党を継いだ。
悪党としてこの悪を呑み込む。

「いいわやりましょう。悪刀と森茂の首輪を回収してくるわ」
「…………ユッキー」

二度目の父殺しを決意した少女の心情はいかばかりか。
その心情を慮り九十九が心配げな声でユキの背にそっと手を添える。

114THE END -Somebody To Love- ◆H3bky6/SCY:2019/02/17(日) 23:31:26 ID:yyQSrX5o0
「そうね。ユキさんにしかできないと言ったけど、これを使えば一人だけなら同行できるわね」

亜理子が手にしているのはワールドオーダーの首輪から取り出した首輪の爆破信号を無効化する装置だった。

「はいはい! なら私も行きます! 私!私!」

元気よく積極的な生徒のように手があげられる。
立候補者の勢いに苦笑しながら亜理子がユキへと問いかける。

「という事らしいけど、同行者は彼女で構わないかしら?」
「もちろん、心強いわ。ありがとう九十九」

これでユキと九十九は悪刀と首輪の回収に向かい。
拳正と亜理子は近場の身を隠せそうな場所に留まりその帰りを待つ。
当面の行動方針が決定した。

「私たちは一旦身を隠せる場所に移動して出来る限り動かずあなたたちの帰りを待つけれど。
 何があるともわからないからこれを預けておくわ」

亜理子がポケットからバッチを取り出し、ユキへと手渡す。

「使い方の説明はいらないでしょう?」
「当然」

それはユキにとってなじみの深い代物だった。
悪党商会のバッチ。通信機にもなる優れものである。
これがあれば合流するのに問題はないだろう。

「よーぅし。それじゃあ出発――」
「そうそう、最後にもう一つ」
「――ん?」

出発しようとした二人が足を止めて振り返る。

「どなたか、パソコンは持ってないかしら?」
「ノートなら支給品にありましたけど…………」

ユキが答える。
何のデータも入っていないノートパソコンだったため、殺し合いの場では使い道がないと放置していたが彼女の荷物の中に確かにあった。

「それ、貸してもらっても構わないかしら」
「……まぁ、構いませんが」

実際これまで出番もなかった訳だし、必要だと言うのなら貸し与えるのも吝かではないのだが。

「何に使うんですか?」
「確認したいデータがあるのよ」

簡潔にそれだけを言って亜理子はユキからノートパソコンを受け取った。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

115THE END -Somebody To Love- ◆H3bky6/SCY:2019/02/17(日) 23:33:07 ID:yyQSrX5o0
二人が立ち去り、亜理子と拳正の二人がその場に取り残される。
二人の背が見えなくなってから暫くして、拳正が亜理子へと向き直った。

「それで、俺に何の用があんだよ?」

唐突な少年の問いに女は戸惑うでもなく、薄い唇を僅かに釣り上げる。
そして、その口元を隠すように片手をやった。

「あら、何故私があなたに用があると思ったのかしら?」

その試すような笑みに不快感を覚えるでもなく、拳正は開かなくなった右目の眉を静かに上げる。

「あんだけ露骨に人払いすりゃわかるっての。どう考えても同行者として九十九はいらねぇだろ。単独行動の方がましってもんだ」

首輪解除の道具が必要であり、それはユキでなければ回収できないと言うのは真実だろう。
だが、それに九十九は不要である、
そもそも同行者という提案自体が不要だ。
というのが拳正の考えだ。
少なくとも、あれだけ情を切り捨て合理の提案をした人間がする提案ではない。

「それに安全を期するってんなら禁止エリアの直前まで4人で行きゃいいだけの話だ、そもそもここで別れる必要性がねぇだろ?」

拳正の指摘を受け、探偵は犯行を暴かれた犯人のようにふっと笑う。

「その割に落ち着いているのね。人払いをしたと気付いたのなら、私があなたを襲おうとしているとは思わないのかしら?」
「思わないね。あんたがこっちを殺すつもりだったなら水芭の件でゴタゴタしてた時にやってんだろ?」

ユキの動向に気を取られていたあの瞬間、拳正ですら周囲の警戒を怠っていた。
いかなる状況であろうとも心乱したのは拳士として恥ずべき失態である。
あの場面で悪意ある相手に襲い掛かられていたならば確実に全滅していた。
そうしなかったのなら、こちらを殺すつもりがないとみていいだろう。

「けど、こちらを殺すつもりはなくとも利用しする気がないって訳じゃねぇんだろ? あんたが何か企んでるってのも分かるさ」
「……へぇ。意外とよく見ているのね」

亜理子の瞳が細まった。
からかう様な軽さが消え、冷たい冷徹な光を帯び始める。
目の前の相手は簡単に食い物出来る相手ではなさそうだと、警戒レベルが僅かに引き上がった。
その変化を気にするでもなく、泰然とした拳正の態度は変わらない。

「根が臆病なもんでね。ろくに知りもしねぇ相手を信用でないってだけさ」

同じ学校と言われても拳正からすればよく知りもしない相手だ。信用するには至らない。
一度拳でも交わせば分かりあえたかもしれないが、そういう手合でもないだろう。

「別に責めてる訳じゃねえさ。それ自体は構わねぇよ。この状況ならその辺はお互い様だろうしな。
 俺が確認してぇのは、あんたのやろうとしてる事が俺らを害するかってことだけだ」

拳正の気にすべきところは自らに益があるか害があるかの一点。
害があるのならその害の程度を確認しなくてはならないし。
益があるのなら利用されるのも構わないと割り切っている。
彼女の目的が接触してきた題目通りだとするのなら、わざわざ二人きりになった目的が解せない。

「そうね。私には私の目的がある。それは認めるわ。そのためにあなたたちが必要なのも認めましょう。
 あなたたちには私に足りないモノを持っている、それこそ都合がいいくらいに」

どこか自嘲気味に笑って、素直に亜理子はその事実を認めた。
利害を明確にした方がよい相手だと目の前の相手を見定めたのだろう。
むしろ、ここまでシンプルな相手だと無駄な駆け引きは逆効果になるだろう。

「けど、だったらなおさら俺に何の用があるってんだ?
 自慢じゃねぇが俺なんかつっついても何も出ねぇぞ?」

本当に自慢ではないが拳正には知識もなければ知恵もない。
彼らのグループで彼女にとって利用価値があるとするならばユキくらいのモノだろうと拳正は考えているのだが。

「その辺は大丈夫よ。私が知りたいのは、あなた自身の事だから。新田拳正くん」

艶めかしく女の唇が開かれる。
それを見て、少年は怪訝な表情で眉根を寄せた。

「口説いてンなら他を当たれよ、先輩」
「あら年上は好みじゃないかしら。まああんな可愛い娘を二人も侍らしてるんだもんね」
「侍らしてねぇよ、恐っろしい」

心底ヤだヤだという顔で舌を出す。
その様子を亜理子はクスリと笑った。

「私が知りたいのはあなたの人となりよ。これまでとこれから。全てを終わらせるに足るかどうか」
「んだぞりゃ。わけわかんねーよ」
「別に分からなくてもいいわ、ただ話してくれればそれでいい」

それが何の意味を持つのか。
拳正にはいまいち理解できないが、拳正が自分の来歴を語ったところで己やましてやユキたちを追い詰めるとも考えづらい。
恥の多い人生であったが、隠すほど大層なモノも無い。

「んー。ま、構わねぇけどさ。別に減るもんでもなし」

そうして少年は語り始める。
己が半生を。

116THE END -Somebody To Love- ◆H3bky6/SCY:2019/02/17(日) 23:34:32 ID:yyQSrX5o0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「ユッキーってさぁ…………」

北の市街地に向かう道中。
九十九が先を行くユキに向かって話しかけた。
振り返れば彼女らしからぬ妙に神妙な面持ちをしており、何を問われるのかユキに緊張が走る。

「拳正のこと好きなの?」
「ブハッ!!」

不意打ちをくらって思わず噴き出した。
そして顔を赤らめ、わなわなと震え言葉を詰まらせる。

「なっ、なっ、なっ…………!?」

戸惑いながらも、なんとか絞り出すように言葉を吐く。

「……………………何で?」
「いやぁ。なんとなく、そうかなって」

首輪爆破のゴタゴタの拳正に対する態度が露骨だったのか。
九十九はこの手の話にはニブイと勝手に思っていたので非常に意外だった。

「あれ? スゴイ失礼なこと思ってる?」

ん? ん? と顔を寄せてくる。圧が強い。
視線をあさっての方向にしつつ逃れようとするが、そのままにじり寄られて、追い詰められる。

「それよりどうなの?」
「うっ…………」

九十九も女子の御多分に漏れず、この手の話が好きらしく逃してくれそうになかった。
ユキだって好きだ、他人事なら。
そう言う相手はいないのと舞歌にからかわれる事はあったが、本当に何もなかったその時はあしらえたが、今は。
うぅと唸って、とうとう観念したのか、ユキが自分の正直な心中を吐露した。

「…………分からないよ」

それが今の正直な心境だった。
これは果たして恋心なのか。
ユキ自身にもよく分からなかった。

「そりゃあ、ここに来て何度も助けてもらったし、頼りになるなぁとは思ったよ?
 けど…………けど、吊り橋効果? ってやつじゃないかなぁとも思うし。なにより今は、そんなことを考えてる場合じゃないでしょう?」

言い訳がましく聞こえるが本当の気持ちだ。
ユキの大切な人たちも多くの人が喪われた。
常に落ち込んでいろなんて思わないが、自分の生き残りすら見えていないこの状況で、そんな浮ついたものにうつつを抜かしていていいはずがない。
だから、この気持ちの正体と向き合うのは全てが終わってからでいい。

「うーむ。まぁ…………確かに」

その答えに完全に納得いっていないものの、そう言われるとそれ以上の追及はできなかった。
これまで殆ど関わりのなかったユキと拳正の関係性はこの1日で生まれたものだ。
その関係性を安易に決めてつけてしまうのは、あまりにデリカシーに欠ける。デリケートな話題だけに。

「そう言う九十九はどうなのさ」
「どうって?」
「新田くんの事、正直どう思ってるの?」

今度はユキが反撃に転ずる。
夏目若菜くらいしか突っ込めなかったクラスの噂(タブー)。二人の関係性にユキが一石を投じる。
確信を突くような事を問われた九十九は腕組みしながらうーむと唸り、真顔になって言う。

「正直、言葉を話すサルだと思ってる」
「わぁお、辛辣ぅ」

毒舌はユキの専売特許だったはずなのだが。

「けど、嫌っている訳じゃあないでしょ? いつも一緒にいる印象だし、仲は良いよね?」
「仲がいいと言うか、腐れ縁と言うか。
 子供のころから一緒だし、好きとか嫌いとかじゃなくているのが当たり前みたいな感じかなぁ」

そう言って、少しだけ柔和な表情を見せる。

「まぁ。殆ど家族みたいなもんだよ。私にとっては世話のかかる弟みたいなものだから。そういう対象ではないかな」
「家族か……」

好きじゃないし嫌いでもない、ウザいしメンドイし鬱陶しいけど、世話を焼くのも焼かれるもの当たり前の関係。
ユキにとって孤児院のみんなや悪党商会のみんながそうだったように。
それは家族と呼ばれるものだった。

117THE END -Somebody To Love- ◆H3bky6/SCY:2019/02/17(日) 23:35:25 ID:yyQSrX5o0
「まあそうじゃなくても、そもそもアレは私の好みではない」
「では、ちなみにどんな男性がお好みで? やっぱり年上系?」

普段からお爺ちゃん子であることはユキも知っていた。
というかクラスメイトなら誰でも知ってる。
なんなら枯れ専である可能性まである。
だが、九十九の答えはユキの予想とは違った。

「王子様。白馬に乗ってればなおよし」

ユキが微妙な表情をして固まった。
しばしの沈黙。

「……九十九って意外と乙女なの?」
「失敬な。あっしバリバリの乙女ですぜ?」

へっへと乙女らしからぬ何故か媚び諂うような三下笑いを浮かべた。
もしかして照れているのだろうか。

「まぁ、彼とは確かに対極ね」
「うん。あんなの好きとかユッキー趣味悪いよ」
「いやいや、まだ認めてませんから。未遂ですから」

何でもない帰り道みたいに下らない会話をしながら歩いているうちに市街地が見えた。
父の墓標に近づいているはずの少女の足取りが重くなることもなかったのは、きっと友人がそんな話をしていてくれたお蔭だろう。
ユキの心理的なケアと言う意味では九十九がここまで同行した事は決して無意味な事ではなかった。

「そろそろね。念のためすぐ戻れるよう準備しておいて」

禁止エリアが近づいていた。
彼女の父が待つ、目的地まであと僅か。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「お母様の事故に不審な点はなかったかしら。犯人が目元の見えないおかしな男だったとか」

少年の身の上話を聞き終えた女探偵は感想一つ述べるでもなく開口一番そう問うた。
問題解決へ最短距離を直走るのも良し悪しと言える。

もっともそれで別段気を悪くする拳正でもない。
何でもないような顔のまま質問に答える。

「いんや別に。事故の後、直接頭下げられたけど普通のトラックの運チャンだったぜ」
「…………そう。あなたが言うのならそうなのでしょうね。
 仮にそうだったとしても本人が自覚していない以上、証言から推理するのも難しい、か」

当てが外れたのか、親指を噛んでどこか悔しげに呟く。
当然の話だが、世界中の事件すべてに『奴』が関わっている訳ではない。
拳正の母を奪った事故は、特別なことなど何もない、どこにでもありふれた悲劇だった。

「けど、分からないわね」
「何が?」
「あなたが選ばれた理由よ」
「何に?」
「この殺し合いの参加者によ」

参加者には必ず選ばれた理由がある。
ではこの殺し合いに何故、拳正が選ばれたのか。

「いや、そんなもん俺が聞きてぇよ」

当然、そんな事を拳正が知る訳がない。
そんなぼやきのような拳正の言葉に応じず、亜理子は続ける。
元より彼に問うた訳ではない。

「あなたの師匠さんには直接干渉した跡が見て取れる。
 けど、あなたはそれに間接的に関わったに過ぎない、直接的な繋がりが見えないのよ」
「いやだから、何との?」

疑問だらけの拳正に対して探偵はおざなりに答える。

「ワールドオーダーとよ」
「そらそうだろ、あんな野郎にゃ会ったこともねぇよ」
「そうでもないのよ、まあそうでもない人間もいるようだけど」

最初から資質を持った人間なのか、資質を与えられた人間なのか。
拳正はどちらなのか。

「恐らく、あなたの師匠をこの時代に連れてきたのがヤツよ」
「マジでか」
「その時点では本命はそっちだったはず、けれど実際に参加したのはあなただった、何故かしら」
「知らんよ」
「本命である李書文を通して、関わりを持ったあなたを見つけて、対象を切り替えたってところかしら」

拳正に話をしているように見えて返事なんて端から聞いていないのだろう。
探偵は一人で考え一人で結論を出した。

118THE END -Somebody To Love- ◆H3bky6/SCY:2019/02/17(日) 23:36:00 ID:yyQSrX5o0
「つまりあなたは本命ではなかった。副次的な派生物にすぎなかった。
 アイツの成果を差し置いて、そうでないあなたを主人公に仕立て上げる、か。それは…………愉快ね」

フフフと女はどこか酷薄さを感じさせる笑みを口元に浮かべる。
何千年とかけて種をまいてきた仕込みではなく、副産物的に生み出された物が花を咲かせる展開はとても愉快だ。
悪ぃ顔してんなー、とそれを見ながら拳正は若干引いた。

「そうね。あなたを推す事にしたわ」
「いやー意味わからんッス」

話に全然ついていけずお手上げと両手を上げる。
亜理子は気にせず、結論を述べる。

「まあ結論はそう難しい話じゃないわ。あなたにワールドオーダーと戦ってもらえるようお願いしたいと言う話よ」
「お願いも何も。そうなるならそうするってだけだろ」

ワールドオーダーは参加者にとって共通の敵だ。
生還が優先であるとはいえ、ぶちのめす機会があるのなら亜理子に言われずともそうするだろう。

「そう。だからその機会を私が設けるわ、あなたをワールドオーダーの前に連れていく。
 そこまで私が展開を持っていくから、あなたは戦うだけでいい」
「俺がそれを断ったところで、意味はねぇんだろうな。俺らはあんたに乗っかるしかねぇんだから」

拳正たちは亜理子に付いて行くしかない。
受けようが断ろうが、その気になれば無理矢理対峙させることも可能だろう。
亜理子もそれは否定しない。

「そうね。けれど自覚と動機は必要だと思うのよね。そう言う物だと思うから。
 かと言って何もかもを知ればいいという物でもない。なるほど、難しいわねこれは」

敵方の気苦労も知れるというもの。
意味深な亜理子の呟きについて、もう拳正は意味を問わなかった。
どうせ理解できない。無意味であると学んだからである。

「ま、それはいいとして。さっきから何してんだあんた?」

気にせず早々に話を切り替える。
先ほどから亜理子の視線は拳正ではなく手にしたノートパソコンの画面に向かっていた。
拳正の身の上話を聞きいていた時からパソコンを弄り続けていたのである。
拳正でもなければ気を悪くしかねない大変失礼な話であった。

「言ったでしょ。確認したいデータがあるって」

話ながら、つつとタッチパッドを操作している。
視線だけを上下に揺らし、画面を舐める様に精査していた。

「そのデータってのはなんなんだ?」
「首輪の中にあったデータよ、全部そろってないと開けない分割データとかじゃなくてよかったわ」

ほうほうと拳正がディスプレイを覗き込む。
見た瞬間、思わず「げ」と声が出た。

「英語かぁ…………読めんわ」

一面の英文の羅列。
せめて中国語ならなぁとぼやく拳正だったが、実際のところ多少の会話はできても読み書きはできない。強がりである。

「言語フォルダがやたらに分かれていたから一番レポートとして読みやすい言語で読んでるだけよ。日本語もあるわよ、読む?」

誰にでも読み解けるよう配慮なのだろう。
日本語や中国語、スワヒリ語やタガログ語、エスペランド語なんてのまで用意されていた。

「……いやぁ、遠慮しとくわ。文章を見ると眠くなる不治の病に侵されているんで」
「そう。難儀な体質なのね」

軽く流して画面へと視線を戻す。
論文めいた文章の羅列は日本語であろうともきっと理解できないだろう。
その自信が拳正にはあった。
無駄な努力をするよりは、さっさと分かる人間に聞いてしまった方が早い。

「んで先輩、どんな内容が書いてんの」
「下らないわね。出来の悪い三文小説を読んだ気分よ」

表情を歪ませ、本当に下らないと吐き捨てる。
苦々しく歪んだ笑顔で冗談でも口にするように言った。

「この世界を全部、アイツが作ったって言ったらあなた信じる?」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

119THE END -Somebody To Love- ◆H3bky6/SCY:2019/02/17(日) 23:36:25 ID:yyQSrX5o0
「……………………」

あまりにも早い再会だった。
埋葬ではなく、身なりを整えるだけの簡易的な葬儀で済ませたのは幸いだっただろう。
墓を掘り起こす手間はなく、辿りつくなり対面する事ができた。
まさか、別れを告げたはずの父の前に再びこうして立つことになろうとは思わなかったが。

「…………ユッキー」

背後から心配そうな声がかかった。
ユキの心情を気遣っているのだろう。

「大丈夫。心配しなくても大丈夫だから」

既にさよならは告げた、父の死体を前にしても心に乱れはない。
むしろ、悪党を継ぐと誓った父の前だからこそ恥ずかしい所は見せられなかった。

父の傍らに転がる漆黒の刃を拾い上げる。
腕を象っていた黒い粒子は初期状態(デフォルト)の小さなナイフとなっていた。
本来、悪刀は常人には持ち上げられぬ重量を誇る超高密度の刃である。
だが戦いの果てにその殆どは失われ幸いにもユキの細腕でも持ち運びできる重量となっていた。

今ユキに相応しい小さくなった悪党の名を冠した刃をポケットにしまう。
ポケットの中で指先にかかるその重みを確かめる。
薄まったと言えその重さは鉄よりもはるかに重く、まるで覚悟を問われているようでもあった。

ともかく目的の一つである悪刀の回収は滞りなく完了した。
後は首輪を回収するだけである。

「私がやろうか…………?」

躊躇いがちに背後の九十九がそう提案してきた。
九十九からすれば、その汚れ役を買う為についてきたと言っていい。

死体とはいえ、娘が父の死体の首を落とすなんて悲惨な光景を見たくはない。
そんなものを見るくらいなら他人の自分がやった方がよっぽどマシだ。

二度の目の父殺し。
首を落とし死すらも辱める最低最悪の行為。
だが、それは。

「ううん。違うわ。これ私がやるべき、私の役割なのよ。誰にも譲ってあげない。私がやらなきゃいけないの。
 だから九十九。そこで、待っていて」

ユキは悪党である。
悪党ならば躊躇わず世界に必要な行為を成すだろう。

これは避けるべきことでも、目を背けるべきことでもない。
むしろこうなったのは幸運だった。
悪党としての初めての成果を、他でもない大悪党に捧げられるのだから。

その返答に九十九は驚いたような表情を見せたが、それも一瞬。
黒髪の少女は無言のまま頷きを返すと、祈るように両手を重ねる。
白の少女の為す事を目を背けず見守る事にした。

「だから、見ていてね」

背後で待つ少女にではなく、物言わぬ偉大な先代に対して告げる。
これは別れではなく最初の一歩。
悪党として生きる覚悟の誓い。
透き通るほどに美しい氷の刃が、音もなく振り下ろされた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

120THE END -Somebody To Love- ◆H3bky6/SCY:2019/02/17(日) 23:36:48 ID:yyQSrX5o0
「おっ、おっ、おっ…………!?」

おー、と周囲で見ていたギャラリーが湧く。
一二三九十九の指先で、くねくねと薄ぼんやりとした黒い靄が踊っていた。

森茂の首輪と悪刀の回収任務を達成した二人は、通信機で密に連絡を取り合いながらという事もありアクシデントもなく待機組との合流を果たした。
そこからは九十九が要領よく回収した首輪を解体せしめ、中にあった不要物、白色の磁石の様な機械を入手する事に成功する。

それこそが森茂の首輪に仕込まれた特別性。
森茂の体内ナノマシンを抑え込むために使用されていた装置である。
それはつまり、ナノマシンに干渉する機能ということだ。

ナノマシン制御装置。
首輪に仕込める程度の大きさでは操作を阻害することはできても、それ自体を制御に使用するのは難しい。
できるとしてもごく僅か、おそらく小指一本分にも満たないだろう。戦闘用にはまるで足りない。
だが、小指一本分もあれば首輪を解体するには十分である。

そうして、九十九が制御装置を使って悪刀の操作を試みた結果がこれである。
まだ感覚を掴めず操作に手こずっているようだが、一先ず、どのような隙間にも滑り込む変幻自在のナノナイフを手に入れる事が出来た。

これで知識、技術、道具。
最低限の首輪解除の条件は揃った事になる。

不安があるとするならば、技術だろう。
専門家でない九十九がどこまで出来るのかは不明瞭だ。
しかも初めて扱う悪刀でどうなるのか。

そんな不安を抱えた状態であっても進むしかない。
まず誰かが実験台になる必要があった。
九十九が自らの首輪で試す訳にもいかないし、ユキの首輪は既に解除されているとなると拳正か亜理子どちらかという事になるのだが。

「ま、いいさ。まずは俺のをやれよ」

ごくごく当たり前の事の様にあっさりと、拳正がそう自ら申し出た。

「あら。自ら危険を買って出るなんて随分と紳士なのね。それとも彼女に対する信頼かしら?」
「別にどっちでもねぇよ。こんなもんとっとと取っちまいたいだけさ」

亜理子の皮肉を流して、ドサっと地面に座り込んで胡坐を組んだ。
そして左だけになった目で九十九を真っ直ぐに見上げる。

「よし、やってくれ」
「うん。よーし…………ッ」

九十九は緊張をほぐすべく胸に手を当て大きく息を吐く。
額から滲む汗を拭って、乾いた喉を潤すように唾を呑んだ。
そして、ゆっくりと丁寧な手つきで拳正の首元へと指をやった。

指先の漆黒の靄が蠢く。
この靄の一片一片が鋭意な刃である。
寸分のミスも許されない。
これまで以上の集中を持って、悪刀での解体作業を始めようとした、ところで、スパンと頭をチョップされた。

「ぁ痛ッ! っていうか危なッ、あにすんのよぉ!」

何という事をするのか。
殴られた拍子に手元がぶれて悪刀が首に掠りでもしたら、血みどろの大惨事である。
拳正は九十九の抗議を無視して、つまらなそうにふんと鼻を鳴らした。

「何らしくもなく緊張してやがんだよ、テメェは」
「な、何よ。緊張くらいするでしょ、そりゃあ……」

自分だけが被害を被るのなら、九十九は気にしないだろう。
だが他人の命に関わる事ともなれば流石の九十九とて慎重にもなる。当然だろう。
だが、そんな少女の不安を、少女を誰よりも理解した少年は笑い飛ばした。

「けっ。何を今さら。お前のせいで俺が何度死にかけたと思ってやがる。
 爺さまの蔵の時といい、裏山の沢の時といい、海に遠出した時もあったな。
 さんざんっぱら人の命を危うくしてきたお前が、他の奴が相手ならともかく俺の命を握った程度でビビってんなよ」
「な、なにをぅ……!?」
「気楽にやれよ九十九。どうこうなろうがこっちとしても今更怨みもしねぇよ。
 変にビビってやられたら、そっちの方が危ねぇだろ」

悪刀を装備した逆の手で叩かれた頭を擦りながら、九十九が強張っていた表情が和らぐ。
どこか吹っ切れたような、いつもの表情へと変わっていた。

死にたくないからこそ自らの死を恐れない。
死なせたくないからこそ相手の死も恐れない。
矛盾したその価値観の先にこそ生がある。

拳正はそう伝えていた。
九十九もそう在ったはずだ。

「…………ん。そうだね。ありがと拳正」

素直に礼を述べた。
その表情が鋭く尖れた刃の様な真剣な色を帯びる。
それは、鉄火場でのいつもの彼女の表情だった。

「それじゃあ――――始めるよ」

121THE END -Somebody To Love- ◆H3bky6/SCY:2019/02/17(日) 23:37:22 ID:yyQSrX5o0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「………………おっ――――わったぁ!」

解放の叫びと共に、悪刀をぱぁっと解放し両手を放り出して九十九がその場にパタリと倒れこむ。

「うわっ!?」

ライト係りとして九十九の後ろにいたユキがそれに巻き込まれた。

作業開始から一時間以上が経過し、全ての作業が完了した。
無論、事故などなく、全ての首輪の機能停止に成功する。

最初の拳正の首輪解除には少々手こずったようだったが。
一度生きた首輪の解除することで手応えを得たのか、亜理子の首輪は半分以下の所要時間で作業を完了させた。

「うぅ〜、ふとももすべすべ〜」
「オヤジか。セクハラやめて」

ユキのふとももを枕に冷やしたタオルを目元に当てる。
極限の集中で体力を消耗した九十九はユキの手厚い介抱を受けていた。
この女、拳正には姉貴分を気取っているが身内にはとことん甘える性質である。

じゃれ合う後輩女子二人を尻目に先輩女子は手元の首輪探知機に目を落とした。
拳正と亜理子の反応は確かに消えている。
信号は一つを残すだけとなっていた。

「最期に残った九十九さんの首輪は無効化装置で何とかしましょう。
 九十九さんが自分で処理したり、私たちがやるよりはそちらの方が安全よ」

無効化装置を九十九の首輪に付ければ、これで全員の首輪が無効化されたことになる。
あくまで内側から機能を停止させただけなので、まだ首元に首輪は残っているが、完全な取り外しは元の世界に帰ってからという事になる。

「とりあえずこれで条件はクリアでたわね。九十九さんが動けるようになり次第、山頂に向かうとしましょう」

亜理子の宣言に何の説明も受けていない3人は首をかしげる。

「…………何で山頂?」
「山頂に脱出装置と思しき場所があるからよ、そこに侵入するために首輪を解除する必要があった、って言ってなかったかしら?」
「聞いてないですよ……」
「そうだったかしら。まあその辺についてこれから説明するからいいでしょう。九十九さんもそのままでいいから聞いてくれる?」
「あんた案外適当だよな」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

122THE END -Somebody To Love- ◆H3bky6/SCY:2019/02/17(日) 23:38:54 ID:yyQSrX5o0
空は僅かに白み始めていた。
木々の切れ間から薄墨色の空に薄く染まった月が覗く。

休息の後、彼らは山頂を目指して山道を登っていた。
縦一列に連れだって、先頭に拳正、九十九、ユキと続き、殿を亜理子が務める。

「それよりさっき話本当なんですか? ボンバーガールが襲い掛かってきたって」

おバカ二人が理解できたかはさておき、亜理子が話せる範疇の説明は出発前に終えていた。
全ての話を鵜呑みにしたわけではないが、その中でユキが一番気になった点はそれだった。

悪党商会の戦闘員としてボンバーガールとは何度か交戦したことがある。
倒される役割だったユキはマトモに交戦せずいつもすぐに倒されていたが。
弱者に興味を持たない性質からか敗北者に追撃するような真似はせず、好戦的ではあるが自ら進んで無差別な殺し合いに身を投じるほど外道でもなかった。

「ええ。問答無用だったわ。正義のヒーロー様がそんなことをするだなんて信じられないとでも?」
「いえ……分かってますよ。ここは、そういう事が起こり得る場所だて事くらい」

ここでは何でも起きる。
そのくらい1日でもこの世界で過ごせば誰だって理解できる。

これまで在りえなかったことであろうと、常識がひっくり返るようなことであろうと。
それまで積み上げてきた価値観や理念、信念と言ったモノを全て台無しにする悪意によって。

悪が正義にひっくり返る事もあれば、正義が悪にひっくり返る事もあるのだろう。
それが真実であるのなら、目下最大の脅威という事になる。

「まあ、そう警戒しなくとも、ここまでくれば大丈夫よ。ここから先は安全だから」

そう言って亜理子が僅かに後方を指さした。
それは一見すれば何もない空間だった。

「禁止エリアを超えたってことよ」

亜理子が指差していたのは目に見えない禁止エリアの境界線。
最も危険だった禁止エリアは、今や他の参加者には侵入不能な安全地帯となっていた。

「入る前に言えよ」
「驚かせようと思って」
「そのサプライズはいらなかったぁ」

首輪は解除されているはずだと言っても、侵入する瞬間は心構えくらいはしておきたかったのだが、ぬるっと超えてしまった。
新進気鋭の女子高生探偵はジョークのセンスがズレていた。
とはいえ、事後報告的ながら首輪解除の成功はこれ以上ない形で証明され、後顧の憂いはなくなったと言える。

「ボンバーガールの能力ならエリア外からの狙撃もあり得ます。警戒は怠らないようにしてください」

油断せずユキが釘をさす。
亜理子はええとだけ応じ再び登頂を再開した。

そこから中腹を超え登山も佳境に差し掛かろうという所で、先頭の拳正が足を止めた。
後方の3人を止まるよう手で制して、すんすんと鼻を鳴らし、睨む様に周囲を見つめる。
さーと波のように周囲の木々がざわめく。
何かを警戒するような拳正を見てユキも何かの前兆に気付くと、九十九の手を引いて身を屈めた。

「ッ!? 伏せて――――また地震が来るわ…………!」

瞬間、足元が振動し周囲の風景がぶれ始めた。
微小だった揺れは繰り返すたび大きくなり、地鳴りと共に世界全体が波打った。

「デカいぞ…………!?」

傾斜がある整備されていない山道では踏ん張る事すら難しいうえに、数時間前の地震よりも揺れが遥かに大きい。
下手をすれば土砂崩れでも起きて巻き込まれかねない。

「ぐぇ」
「っと!?」

潰れたカエルみたいな声を上げて九十九が完全にひっくり返った。
拳正が咄嗟に襟首を掴んでいなければ、おにぎりのように山道を転がっていたかもしれない。

揺れは収まらず、大きい上に継続的だった。
横合いの斜面が崩れ始める。
彼らが踏ん張っているすぐ横を、数本の樹木が根元から滑り落ちる様に転がっていく。
あと少しずれていれば巻き込まれていただろう。

「く……まだ、収まんねぇのかよ……!」

九十九の頭を地面に押さえつけながら拳正が叫ぶ。
その叫びをあざ笑うように、彼らの足元が罅割れ、破滅の音を立て始めた。

123THE END -Somebody To Love- ◆H3bky6/SCY:2019/02/17(日) 23:39:18 ID:yyQSrX5o0
「…………ッのぉ…………ッ!!」

伏せたままの体勢でユキが地中の水分を凍結させ地面を補強する。
なんとか地面の崩壊を防ぎ、土砂崩れを回避する。
そうしているうちに揺れは徐々に収まり、何とかやり過ごすことができたようだった。

拳正がゆっくりと顔を上げ、辺りを見渡す。
ユキが補強した地面を除き、周囲はすっかり崩れてしまっていた。

「収まった…………のか?」
「…………ブッ! …………ブッ!」
「ん?」

ぷはっと地面に顔面を押さえつけられた九十九が腕を跳ね除け立ち上がった。

「はよ離さんかい! 息ができへんわ!」
「おうっ。わりわりぃ」

地面に押さえつけられていた前髪には泥が張り付き、凍った地面に触れていた額はすっかり赤くなっていた。

「けどありがと!」

転がり落ちるところだったのを助けてもらったお礼だけはちゃんと言ってユキへと泣きつく。

「うぅ折れた鼻がまた潰れたぁ」
「はいはい、よしよし。綺麗にしてあげるから動かないで」

ユキは泥だらけになった九十九の顔をハンカチで拭きながら先ほどの地震を振り返る。

「あれだけ揺れると津波でも起きそうね。山頂近くだから関係はないと思うけれど」
「うん。すごかったよね。3分くらい揺れてた」
「正確には1分40秒前後よ。体感的に震度は6弱って所かしら。
 ありえないとまでは言わないけれど、これほど強い揺れが長く続くのは少し異常ね。
 いよいよ、残り時間も少なくなってきたのかもしれないわ。急ぎましょう」

危機的状況を体感した直後とは思えないほどいつも通りの冷静な声で探偵がそう告げる。
早々に話を切り上げ、先を急くように崩れてしまった山道を歩き始めた。
にべもないその態度に肩をすくめるも、拳正たちもその後に続いた。

完全に道の崩れてしまった先行きは慎重を要した。
時折、ユキの能力の助けを得つつ、これまで以上に時間をかけて、ようやく山頂が見えて来た。

「見えた! あれがダムだよね!」

目的地に到達した喜びから九十九が意気揚々と駆けだした。

「――――待て」
「うぉぅ!?」

踏み出した九十九の手が引かれ、勢いよく振り上げられた足は半月を描いた。
同時に、踏み出した足が降ろされるはずだった地面が爆ぜる。

「敵襲!?」

それは、どこからかの砲撃だった。
だがここは既に禁止エリアの中心である。
首輪と言う鎖から解き放たれた者だけが侵入を許された聖域だ。
如何なる狙撃であろうとも、木々に囲まれたこの山頂を打ち抜くことなどできようはずもない。

故に、敵が存在するなどありえない。
知識、技術、道具。その全てが揃っていないとこの場に立つのは不可能なはずである。
ありえるとするならば、あの死神の様な全てを超越したモノか、最初からルールの外にいる主催者のどちらかしかない。
だと言うのに、そこにいるのはそのどれでもなかった。

「…………どうして、あなたがここにいるの――――――ボンバーガール!?」

崩れたダム壁の上に待ち構える様にしてその姿はあった。
昇り始めた朝日を背に背負うのはボロボロになった巫女服に身を包んだ墜ちたヒーロー。
爆炎の天使。
ボンバーガール。

「大した話じゃねぇよ。結局のところ、禁止エリアにいたところで首輪が爆破されるってだけの話だろ?
 ――――――だったら話は簡単だ。爆破だってんなら、このあたしに操れねぇはずがねぇ」

平然とそう言い切る。
首に密着した爆発物を、爆破の刹那を見極め爆発を操作する。
容易く言葉にしたその行為はそれほどの困難な精密作業なのか。
肥大化を続ける彼女の能力はもはやそれを成し遂げられる領域に達していた。

124THE END -Somebody To Love- ◆H3bky6/SCY:2019/02/17(日) 23:39:48 ID:yyQSrX5o0
「あぁ? よく見りゃ悪党商会のザコ戦闘員じゃねぇか。むしろお前の方が何で生きてんだぁ?」

放送によって彼女の死は告げられていた。
生きているのがおかしいのは彼女もまたそうである。

「あなたと同じよ。私はもっと正攻法だけど」
「なるほどな。ま、ここにいる以上そうなるか」

禁止エリアとなった山頂に踏み込めるのは首輪という縛りを解いた者だけ。
ここに至れた参加者は必然的に選ばれし者だけという事である。

「…………ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉっと。チッ。ガキばっかだがまあこんなもんか」

指さし獲物を確認する。
放送後の生き残りは8人。
珠美自身とワールドオーダーを除けば6人。
その中の4人がここにいると言うのなら、この状況ではこれ以上を望むべくはない。

「ま。いいさ。とりあえず、頭数はそろってんだ。ちったあ楽しませろよ――――――!」

ボンバーガールの背後に朝焼けの空よりも眩い火が灯った。
宙に浮かぶのは何十ものロケット花火だった。
炸裂音が弾けると共に、敵を殲滅するロケットが雨となって降り注ぐ。

「…………あん?」

だが、花火は放たれることはなかった。
大量のロケット花火はボンバーガールの背後で地面に落ちる。
その全てが冷たい氷に包まれていた。

「みんな。先に行ってて、こいつは私が相手をするから」

三人を庇うようにして前に出たユキが言い放つ。

「そんな! ユッキー1人に危ない事をまかせられないよ!」
「ごめんなさい、言い方が悪かったわね。大丈夫よ九十九。こいつは、私一人で十分だから」
「あぁん?」

余裕を湛えた表情でそう断言する。
その態度にボンバーガールのこめかみに青筋が立った。

こいつはボンバーガールを嘗めている。
珠美は嘗められることが何よりも嫌いな女だ。

「頭に乗ってんじぇねぇぞ、ザコが…………!」

怒りの声と共に天に掲げた片腕に、巨大な火薬玉が生み出された。
3尺はあろうと言う大玉。
爆発すればこの場にいる者を一掃するどころか、山頂を焼き尽くすだろう。

だが、それも爆発すればの話である。

掲げた火薬玉には霜が張り付いていた。
大玉は内部から凍てつき、これでは火をつける事もままならない。
ヒュゥと白い吐息がユキの口から洩れた。

「無駄よ。見えてる範囲なら全て落とす」
「テメェ…………ッ!」

空気すら白く凍てつくような冷気がボンバーガールの身を震わせた。
この地で強くなったのは珠美だけではない。

能力者の強さは精神によるところが大きい。
覚悟は世界を変える。
矜持が少女を悪党へと変えた。

世界を牛耳る悪党の矜持。
今や、目に見える範囲が彼女の世界だ。

「――――行って、必ず追いつくから」

ユキの言葉に弾かれるように三人は駆けだした。
崩れたダムの入り口に佇むボンバーガールの脇をすり抜け、ダムの内部へと侵入する。

ボンバーガールは脇を過ぎる三人を見向きすらしなかった。
目の前の白い少女、氷を扱う敵をただひたすらに凝視していた。

炎と氷。
対照的な能力を操る二人の女が、この世界での最期の戦いを始めんと今か今かと睨み合っていた。

125THE END -Somebody To Love- ◆H3bky6/SCY:2019/02/17(日) 23:40:14 ID:yyQSrX5o0
ユキを信じて三人は背後を気にせず中央目指して一直線に進んでゆく。
空が白み始めたこともあり、程なくして目的地である中央の扉までたどり着くことができた。

「ついた!」
「けど穴しかねぇぞ!?」

開かれた扉の先には、相も変わらず何もない空間が広がるばかりである。
だが、亜理子は、すぐさまそれを否定する。

「いいえ。何かあるわ」

探偵の洞察力は、注意深く観察しなければ見落とすような小さな変化を見逃さなかった。
扉のすぐ横に、最初に調べた時には存在しなかった窪みがある。
亜理子が屈みこみ、その周辺の泥を払う。
蓋を開けば、現れたのは8つ並んだ小さなスリットだった。
それを前にして亜理子が僅かに考え込む。

「……九十九さん、一つ聞いていいかしら?」
「な、なんです!?」
「解体した森茂の首輪は今どうしてる?」
「え、えっと一応お父さんの遺品(?)だし、ユッキーに渡しましたけど……」
「そう。なら問題ないわ」

その返答を聞くや否や、亜理子はスリットに向かってポットから取り出した何かを差し込んでいった。
一つ、二つ、三つと、リズムよく三つのスリットを埋める。

すると、奈落に続くような暗闇に変化があった。
水中から浮き上がる様に所々色褪せたクリーム色の四角い箱が姿を見せる。
妙に浮いていたチンという音が到着を知らせ、四角い箱の両開きの扉が開かれた、

「何か出たぁ!?」

驚きの声を上げる九十九を尻目に、亜理子が開かれた扉を躊躇うことなく潜り抜ける。
ロープも重りもない、むき出しの籠だけであったが、確かにそれは古びたエレベーターだった。

内部に侵入した亜理子は警戒を怠らず、罠の類がないか、くまなく観察を始める。
天上からは淡いライトの光が照っていた。
窓なんて気の利いたものは一つもなく、行先を示す表示はどこにない。
階数を指定するボタンすらなく、ただシンプルな開閉ボタンが存在するだけであった。
異様な雰囲気はあるが、少なくとも今すぐ爆発するような罠はなさそうである。

「大丈夫よ、二人とも早く乗って!」

言われて九十九と拳正が飛び込む様に乗り込んだ。
同時に亜理子は閉ボタンをプッシュした。低い音を立てながら扉が閉まる。
窓一つない空間は完全な密室となり、妙な息苦しさが中の三人に圧し掛かった。
これで外部の様子を知るすべは失われた。

足止めに残ったユキは無事だろうか。
一瞬、そんな心配が頭をよぎるが、そんな思考は足元に生じた浮遊感に打ち消される。
自分たちを乗せたエレベータが動き始めた。
これでもう、後戻りはできない。

「って何ですこれ!? どこに向かってるんです!?」
「さぁね。それを確かめに行くのよ!」
「ホントに大丈夫かこれ!?」

四角く区切られた小さな世界と共に運命が動き始めた。
窓一つない箱の内側にいる彼らが気付くべくもないが、外側から見ているユキは確かに見た。
空に向かって伸びる光の柱を。

明るみ始めた薄墨の空。
柱の中をエレベーターがロケットのように昇ってゆく。
このエレベータは地に沈むための物ではなく、天に至るための翼だったのだ。

彼らが向かうは最後の敵(ワールドオーダー)が待つ、最終決戦の舞台。


すなわち――――――――月へと。

126THE END -Somebody To Love- ◆H3bky6/SCY:2019/02/17(日) 23:41:03 ID:yyQSrX5o0
第二幕投下終了です
次が最終幕となる予定ですのでしばらくお待ちください

127 ◆H3bky6/SCY:2019/08/01(木) 00:02:08 ID:MaW0cf7s0
大変お待たせしました
オリロワ2014最終回最終幕を投下します

128THE END -Revolution- ◆H3bky6/SCY:2019/08/01(木) 00:03:43 ID:MaW0cf7s0
一つ、君に質問しよう。

こちらに話しかけるなって?
そうつれない事を言うなよ。
ここでこうして言葉を交わせる機会を得たのも何かの縁だ。
少しくらいは付き合ってくれてもいいだろう?

君は世界が終わると思うかい?
哲学的な問いなどではなく、現実的な問題としてだ。

そう難しく考える必要はないさ。
思考実験とでも思って気楽に答えてくれればいい。

ビッククランチやビッグリップ?
それは宇宙の終りの話だろう。
僕がしているのは世界の終りの話だよ。

宇宙が終われば世界も終わるだろって?
死なば諸共と言うのは破滅的思考だねぇ。
まぁそれも一つの終わりか。

だが、そうだとしてもそれは数百億年後の話だ。
そりゃあ可能性だけの話をすれば明日来ないとは言い切れないがね。
今すぐに世界終わらせるにはどうしたらいいと思う?

今すぐ自殺すればいいだって?
自己の死か、確かにそれも一つの終わりではある。
主観的な死もまた当人にとっては世界の死と同義だといえる。
しかしそれは少しありきたりな退屈な結論だねぇ。

なに? そこまで言うのなら僕の意見を聞かせろって?
そうだねぇ。
僕の結論を述べるのなら、

世界に終わりなどない。

前提を引っくり返すのはズルいって?
まあそう言わず落ち着いて、最後までご清聴願うよ

世界に終わりなどない。
なら終わらせるにはどうすればいいのか。
単純な話だ。
ないのなら、こちらで定義すればいいのさ。

では、どう定義するのか。
君はどうしたらいいと思う?
分からない? 早く答えを言えって?
性急だねぇ。少しは考えてほしい所なのだけど、まあいいさ。

僕の結論はこうだ。
世界を一つの物語と定めた。
この物語の終わりこそ世界の終わりだ。
どうだい、単純だろう?

あれ、呆れてるかい? 呆れてるね?
まあ、いいさ。予想の範囲内の反応だ。
とりあえずはさっきも言った通り思考実験の一つだとでも思ってくれればいいさ。

129THE END -Revolution- ◆H3bky6/SCY:2019/08/01(木) 00:05:35 ID:MaW0cf7s0
世界を物語と定めると簡単に言ってもどうすればいいのか、そう思っているのだろう?
ならば考えてみよう。
物語を成立させるために必要なモノはなんなのか。

深いテーマ?
壮大な伏線?
強大なラスボス?
魅力的なキャラクター?
ヒロインとのラブロマンス?
共感できる主人公?

どれも違う。
そうじゃない、もっと根本的な話さ。

始まりと終わり。
そして、それを観測する読者さ。

さて、これを世界に適用するとどうなるのか。
始まりと終わりはそうなる様こちらで区切りを創るとして、問題はそれを認識する観測者だね。

世界を観測する者。
必要なのは神の視点だ。

そう神だ、神様だよ。
つまり超越的な視点を持つ観測者の主観による終わりだ。
ほら小説とかでも神様視点とか言うだろう? そういうのだよ。

これこそが僕の提示する世界の終わりだ。
君の言った主観的な死にも近しい結論かもしれないね。

この結論には終わりが最初にあった。
始まらなければ終わりもない。

だから始めた。
終わらせるために始めたんだ。

なに? 終わらせるのならそもそも始めなければいいだろって?
それは違うさ。
人生に意味はなくとも、生まれなければよかったなどという事はないだろう?
それと同じさ。

始まった事には意味がある。
終らせる事にも意味がある。
僕にとってなくとも。
君にとってなくとも。
誰にとってなくとも。
きっと意味はあるのだろう。

始まりは決めてある。2014年だ。
物語は、これにはいい題材があった。
とある日本の少女からお勧めもあったしね。
お礼に彼女も巻き込んであげるとしよう。

あらゆる要素をごった煮にして成り立つ物語。
即ちバトルロワイアルだ。
ここにこれまでのあらゆる成果をぶちまける。

2014年に始まる僕の創り上げた僕オリジナルのバトルロワイアル。

――――オリロワ2014だ。

世界はここに始まり、ここに留まり、ここに終わる。
世界は革命され、終わりの続きに辿りつくだろう。

おや、どうしたんだい? 何を慄いているのかな?
言ったろ、ただの思考実験だって。
ただの戯言。妄想。意味なんてないさ。
そう、例えるなら物語の様なものだ。

さて、そろそろ僕は行くとしよう。
話に付き合ってくれたお礼にここの支払いはしておくよ。
なに、物語はいつか終わるものだ。
気にせず、構えず、君は気楽にここでお酒でも飲んでいるがいいさ。

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130THE END -Revolution- ◆H3bky6/SCY:2019/08/01(木) 00:06:24 ID:MaW0cf7s0

月の舞台で開幕のベルが鳴った。

エレベーターの到着を知らせる音が響き、続いて二重扉が音を立てて開く。
その内側より統一性のない三人分の足音が慌ただしく響いた。
三名のまばらな足音が進み出た先に広がるのは、ただひたすら真っ暗の通路だった。

暗闇を前に足を止める。
天井に灯りはなく、通路を照らすのは背後のエレベータから漏れる僅かな光だけである。
足音すら止んでしまえば耳鳴りがするほど音がない。
取り残されたような心細さと不気味さだけが暗闇に溶け広がっていくようだった。

背後で大きな音が鳴った。
九十九が肩をびくつかせながら振り返ってみれば、彼女らを運んできたエレベーターの扉が閉まり始めていた。
隙間から漏れる光が徐々に細まってき、ガタンと言う音と同時に寄る辺となる灯りが完全に消え去る。
静寂と共に、一寸先すら見えない完全な暗闇が広がった。

亜理子は慌てることなく荷物を取り出し、ライトを取り出そうとするが、それよりも僅かに早く通路の側面のライトが点灯を始めた。
目に優しい淡い緑の光が周囲を照らす。
どうやら完全な暗闇に思わず歩を進めてしまった九十九の動きを検知して自動点灯したようである。

「ま、まあうちの玄関も自動点灯だし?」

妙な強がりを見せなる九十九。
その迂闊さに呆れながら亜理子も取り出したライトの灯りを付けて九十九に続いて通路を進んだ。

そんな女子二人とは対照的に、二の足を踏んだのは意外にも拳正だった。
閉じたエレベーター扉の前から動かず、睨むようにして暗闇の先を注視している。

「どうしたの?」
「どうにも、先が見えない状態で一方的に晒されてるってのはな、遠くから狙われたら終わりだぜ」

戦士としての意見である。
一方的に姿を晒されている状況は格好の的だ。
暗闇に狙撃種の一人でも潜ませておけばそれだけで呆気なく全滅するだろう。

その危険性は亜理子とて理解している。
ここが敵の本拠地である以上、どれだけ警戒しても警戒しすぎるという事はないだろう。

「そうね。けど、ここまで来てそんな興ざめな事はしないと思うわ」

だが、ワールドオーダーの目的からして、そんな無粋な手段を取るとは考えづらい。
そんなことをせずとも、ただ殺すだけなら幾らでも方法はあったはずだ。
それこそさっき乗っていたエレベーターに爆弾でも仕込んでおけば早いだろう。

「なにより―――――もう、退路はないわ」

ライトが背後の壁照らす。
そこにはエレベータの呼び出しボタンなど存在しなかった。
退路は断たれた。もう引き返す事は出来ない。

「進むしかないって事ですね」

九十九の言葉が状況を端的に表していた。
暗闇に向かって進んでいくしかない。何があろうとも。
それが彼らの置かれた現状である。

131THE END -Revolution- ◆H3bky6/SCY:2019/08/01(木) 00:06:51 ID:MaW0cf7s0
覚悟を決めて三人は前へと進んでいた。
灯りを手にした亜理子を先頭に、拳正、九十九と続く。

歩を進めるたび、逃げ場のない足音が反響を繰り返していた。
彼らの進む一歩先のライトが点灯して行き、進行方向を淡いライトグリーンが照らす。
光の道筋に誘われるかのようにして少年少女は通路を進んでいった。

その先に何が待ち受けるのか。
先が見えないと言うのはそれだけで不安を煽る。
亜理子が手元のライトで先を照らすが深い闇に溶けてゆく。

緊張感からか、九十九も口を開かず無言のまま先を行く拳正の服の端を掴んだ。
拳正も振り返らず無言のまま固い地面を踏みしめる。

通路には窓もなく外の様子を知るすべもない。
ここまで待ち伏せはおろか、人の気配すら感じられなかった。
不気味なまでに何もない。

「ここが終着点のようね」

先頭の亜理子が足を止める。
そうして、何度か角を曲がったところで巨大な両開きの扉の前まで辿りついた。
誘導に従いここまで来たが、分かれ道らしきものなどなく他に扉もなかった。
ここにたどり着くのは初めから決まっていたかのようでもある。

「開けるぞ」

拳正が前に出て分厚い両開きの扉に手をかけた。
躊躇することなく力を籠め、ぐっと押し込む。
押し込むんだ扉の隙間から白い光が差し込み、急な眩しさに目を細める。

「――――――やぁ。ようこそ」

徐々に光に目が慣れて行き、そこがだだっ広い大広間であると理解できた。
洋館めいた豪奢な内装に、絵画や石像と言った絢爛な調度品が並んでいる。
床も壁も全てが白い大理石によって構築されており、目に痛いほどの白がシャンデリアの光を照り返していた。
どこを見ても非の打ち所のない煌びやかな一室であるにもかかわらず、その輝きはどこか空虚さを感じさせる。

大広間は体育館ほどの広さがあるだろうか。
小さな民家ならばすっぽりと入ってしまいそうなほどの空間である。
そう、それこそ、80名くらいの人間なら入ってしまえそうなくらいに。

「すまないね。諸事情があって応接室は使えなくなってしまったので、ここで対応させてもらうよ。
 まあ、始まりの場所で終わりを始められるというのも趣があって悪くないだろう?」

始まりと終わりが重なる。
全ての参加者が集められた、この殺し合いのオープニングとも言える演説が行われた白い洋館。
物語の始まりの場所に、彼らは帰ってきたのだ。

あの時と変わらぬこの世の漆黒を塗り固めたような笑みが、白の中に浮かび上がった。
それは何よりも存在感を持ち、何よりも存在感を持たない、どこまでも透明な空気だ。
それは静謐なようであり、その実、虚無である。

壇上の上に立つこの世界の主が、大仰に両手を広げ来訪者を歓迎した。


「ともかく歓迎するよ。音ノ宮亜理子、新田拳正、一二三九十九。最終ステージへようこそ」


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132THE END -Revolution- ◆H3bky6/SCY:2019/08/01(木) 00:08:23 ID:MaW0cf7s0
希望を乗せた箱舟が月へと昇る。
その様を見送るのは対抗する赤い女と白い少女だった。
地上に取り残されたこの世界最後の二人である。

「何もせず素直に行かせるだなんて意外ね」

箱舟の到着を見届け、ユキが声を上げた。
その視線を月からダムの上に佇む女へと落とす。
登り始めた朝日を背に受けるのは片腕の巫女。

「ああ。見逃してやった。逃げる鼠には興味ねぇよ。
 あの中じゃあ、お前が一番マシっぽかったからな」

ボンバーガールは楽しげに片眉を吊り上げる。
彼女は去ってゆく三人に対して何の手も出さなかった。
それどころかご丁寧にも、足止めの役割を担ったユキに攻撃を仕掛ける事すらなかった。
それは優しさなどではなく、三人にユキの注意が注がれ、戦いの純度が落ちるるのを嫌っての事である。

逃げ出す弱者にはそもそも興味がない。興味があるのは戦う気概のある強者だけ。
戦う事しか興味が持てない戦いに狂ったウォーモンガー。
ユキの目には変わり果てたように見える彼女だったが、その気質だけは変わっていないようである。

「それによぉ、あたしが攻撃をしないってのは、何もしてないって事じゃあねぇからな」

ニィと口元を吊り上げる。
朝日を背負ったボンバーガールが僅かに立ち位置を変えた。
瞬間、逆光で隠れていた大量の花火が一斉に露わになる。

ボンバーガールの能力は、大まかに二つの工程に分けられる。
花火を作り出す【仕込み】と、作り出した花火に着火して実際に攻撃を行う【点火】。
表面的な攻撃がなくとも仕込み作業は水面下で遂行されていた。

点火の瞬間を氷によって防がれるのならば、求められるのは大玉の様な一撃ではなく、千を超える小玉の手数。
一つや二つ止めたところで無意味なほどの数の暴力である。
これでは、ユキの氷結も間に合うまい。

「一撃で、終わっちまうかもなぁ―――――――!!」

振り回した指から赤い火花が散った。
種火が導火線に引火して、連鎖的に千の花火が炸裂する。
止めどない音と光の津波が一人の少女を呑み込んでいった。

幾重もの色とりどりの三原色が折り重なり、白となって山頂に咲いた。
熱風が吹き荒れ、木々が揺れる。
千切れとんだ木の葉が炎となって燃え尽きてゆく。
避けようもない熱波が辺り一帯を灼熱に染め上げる。

初撃必殺。
恐ろしいほどの熱炎による避けようのない範囲攻撃。
人間一人を蒸し焼きにするには過剰すぎる火力である。

全て撃ち尽くしたのか、継続的な轟音が止まった。
辺りを染め上げていた光は白煙と共に晴れて行き、充満していた火薬の臭いも風に流れ薄れてゆく。
そこでブルリと、ボンバーガールの身が震えた。

それは恐怖による戦慄。
などではなく、純粋な寒さによるものである。
熱気で満ちているはずの空間から北風の様な冷気が吹きつけ、首筋をくすぐった。

「――――仕込みが出来るのは、あたなただけじゃないってことよ」

晴れた光の中から踏み出された足がパリと音を立てる。
白い。目に見える程の冷気が少女の周囲を漂っていた。

事前に仕込みが出来るのはボンバーガールだけではない。
冷気によって周囲の環境を変化することができるのがユキの強みである。

この時点で、彼女の周囲は氷点下を下回っていた。
直接的な炎は氷の盾によって防がれた。
熱波は冷気によって中和され彼女の元まで届かない。
千を超える花火の津波は氷の防壁によって完全に防ぎ切られたのだ。

「ハハッ! やるじゃねぇか。どうしちまったんだぁオイ!? へったクソな演技で瞬殺されてたザコとは思えねぇぜ!
 普段はよっぽど手ぇ抜いてやがったのか? それとも、テメェもここで強くなった口かぁ?」

八重歯を覗かせ、凶暴な獣が笑う。
目の前の相手は、ボンバーガールの知る悪党商会のただの戦闘員とは明らかに違う。
情愛を送るのように熱の籠った視線を向けて、目の前の強敵に問う。

「両方よ。今は私が『悪党』だから」

悪党を継ぎし少女は透き通るような熱のない瞳でその問いに答えた。
冷静で冷徹で冷酷な氷の少女。
決して砕けぬ氷の覚悟は全てを凍てつかせる。
ボンバーガールがこの地で強くなったように、水芭ユキもこの地で力を得た。

共にこの地獄があったからこそ、ここまで来れた。
共にこんな地獄に落ちたから、こんなところまで来てしまった。

133THE END -Revolution- ◆H3bky6/SCY:2019/08/01(木) 00:08:56 ID:MaW0cf7s0
「そうかい。そのいい方からして、大方モリシゲの最期に立ち会って後を託されでもしたか?
 それで調子に乗ってんだとしたら笑えるぜ! テメェじゃあのジジイに遠く及ばねぇよッ!!」
「ええ、その通りね。今の私ではあの大悪党には遠く及ばない。けれど、あなたくらいには勝てるわ」
「けっ。小娘が、言うじゃねぇか!」

挑発に乗ってボンバーガールが猛る。
その周囲に文字通りの火花が散った。
今にも本格的な戦いの火蓋を切って落とさんと闘気を滾らす女。
それを前にしながら、少女は鷹揚とした態度を崩さず悠然と尋ねた。

「戦う前に一応、聞いておいてあげるわ――――ボンバーガール、どうしてそこまで墜ちたの?」

正義のヒーローとして名を馳せた女がどうしてここまで墜ちたのか。
ユキは幹部までの繋ぎとして倒されるだけの戦闘員だったが、ヒーローと悪役として幾度か小競り合いをした仲である。
それくらいは聞いてやる程度の義理はあった。
その問いを。

「ハッ…………!」

心の底から嘲る様に表情を歪めて、下らないと嗤った。
果たして、その嘲りは誰に向けてのモノだったのか。

「テメェにゃ、このあたしが悪を挫き弱きを助けるヒーロー様にでも見えてたのか?
 ……下らねぇ。下らねぇ下らねぇ下らねぇ…………! 聞き飽きたんだよンなこたぁ!
 あたしが変わったように見えるのなら、それこそ見当違いだ……ッ!!
 変わらねぇ。変わらねぇよあたしは。気のすむむままに暴れて気に喰わねぇ奴をぶっ飛ばしてるだけなんだよ……!」

何かに言い聞かせる様に女はその激情を吐き捨てる。
カラリとした彼女らしからぬ湿ったような激情だった。
少女はそれを興味なさ気に冷たく受け流す。

「そう。思ったよりつまらない人間だったのね、あなた」

バッサリと切り捨てる。
元より義理程度の質問だ、怒りもなければ落胆もない。
相手にどのような事情があったとしても顧みるつもりもなかった。
彼女も正義の味方などではなく相手の事情など顧みない悪党なのだから。

「よく言ったぜ小娘。喧嘩を売ったからには、消し炭にされても文句はねぇな?」

火花が弾ける。
女は炎だった。
無限に湧き続ける衝動を薪のようにくべ、燃え続ける永久機関。
全てを灰にして自らも焼き尽くすまで止まらない炎。

「ええ、好きにするといいわ。後を追われても面倒だもの。あなたはここで退場して」

冷徹な悪党としての顔。
友人を先に行かせたのは足止めのみならず、この顔を見せないためでもあった。

拳正たちが脱出した時点で足止めと言う仕事は完了している。
後はユキも脱出してしまえば相手をする必要もないのだが。
この状況から振り切るのも難しいだろうし、追ってこられても面倒だ。
ならばいっそ、仕留めてしまった方が手っ取り早い。

冷気と熱気が交じり合い突風が吹いた。
地面は震える様に細かな振動を繰り返している。

ボンバーガールはダム上から地面のユキに向けて狙いをつける様にして片方となった腕を突きだした。
地上で構えるユキは受けて立つとばかりにその場で腰を落とす。

先ほどの様に事前に大量に仕込まれたのであれば対処も難しいが、一瞬で生成される数ならば全て対応して見せる。
その自信と技量が今のユキにはあった。
集中。瞬きなどせず、目を見開いて花火の生まれる瞬間をその眼に捉えた。

闘争の始まりを前に戦闘狂が笑みを浮かべる。
望むのはこの一瞬、刹那に弾ける花火の如く。

「それじゃあ――――汚ねぇ花火になっちまいな」

ボンバーガールの指先から流星の如く一筋の花火が放たれる。

「ッ!?」

止められなかった。
咄嗟に横に跳ぶユキ、直後に先ほどまでユキがいた場所に連続して花火の矢が着弾する。

それは早打ちだった。
花火を産み出すと同時に着火を行い妨害の隙を与えない。
多少の爆風に自らが巻き込まれるが、その程度は気にも留めない。

光の線が明け始めた空に幾重にも刻まれる。
次々とガトリングのように継続的な発射音が途切れることなく鳴り響く。

手数が多すぎる。
止まることなく飛び退いて躱し続けるが、上を取られている時点で地の利で負けている。
このまま躱し続けているだけではじり貧だ。

134THE END -Revolution- ◆H3bky6/SCY:2019/08/01(木) 00:09:29 ID:MaW0cf7s0
「…………っ!?」

何発目かの花火を躱したところで、ユキがバランスを崩して地面に手を付いた。
動きを止めたそこに、雨の如く火の矢が降り注ぐ。

「こっ、のぉ………………!」

少女の気合を込めた雄叫びと共に、水分を含んだ地面から盾のように氷壁がせり上がって炎の雨を受け止める。
即席の氷壁だが、速射に特化しているためか一発一発の威力はそうたいしたものではない。
この程度ならば砕かれることもないだろう。

そうユキが安堵した瞬間だった、その油断を突く様に一つの火球が上空から打ち出された。
それがなんであるかを認識しユキは驚きに目を見開いた。

ダムの頂上から降り注ぐ巨大な火の玉。
その上に、ボンバーガールが乗っていた。

飛来するボンバーガール。
ユキが慌てて全能力を注いで氷壁を補強する。

一瞬で氷壁までたどり着く火の玉ガール。
打ち出された勢いのまま、花火ではなく振り被った拳を打ち付ける。
ピキリという音。
流星の如き勢いを乗せた一撃はしかし、表面に僅かなヒビを奔らせただけで砕くに至らなかった。

氷の壁は強固にして堅牢。
氷の硬度は冷却温度に比例する。補強された氷壁は今や鉄よりも固いだろう。
これほどの厚さを持つ氷壁を一撃で砕くなど、それこそモリシゲや龍次郎でもなれば不可能な芸当だろう。

「――――――BAN、だ」

だが、その氷壁は内側から砕け散った。
僅かなヒビの間に花火を詰めて内側から爆破する。
岩盤を砕くダイナマイトの要領だ。
これをやられては硬度など何の意味も持たない。

「…………きゃッ!」

氷の破片が辺りへ飛び散る。
爆破の勢いに圧されユキがたたらを踏んで後退する。
当然、ボンバーガールがその隙を逃すはずもない。
ここぞとばかりに大量のロケット花火を産み出しすぐさま導火線に着火した。

先ほどまでの速射砲とは違う、殺傷力を秘めた弾丸。
怒涛の如き音と炎の奔流が、流星群となってユキへと襲い掛かる。

「…………ぁん?」

だが、その流星群がユキを捉えることはなかった。
見当違いの方向にむかって飛んで行きそのまま音と共に消えて行った。

攻撃が空振った事に怪訝な顔をしたのはボンバーガールである。
当たると言う確信があった、だが外れた。
躱されたのではなく外れたのだ。
その原因を探る様に思案している隙に、横合いからお返しとばかりに氷の矢が飛翔した。

しかし、その程度の攻撃はボンバーガールにとって問題にもならない。
周辺視野のみで矢の軌道を見極め最小限の動きで身を躱す。

「ッ!?」

だが、矢が通り過ぎるその直前。
背筋に奔る直感に従い、彼女は紙一重でなく大きく上半身を仰け反らせた。
その喉元を一本の氷の矢が掠める。
そのままバク転で一回転してその場を離れる。
着地したところで、喉元を擦った。

「…………ズレてやがるな」

すぐさま自らの置かれた状況を把握する。
まるで異世界に迷い込んだように視界と実態の情報がズレている。

『幻惑の氷迷宮(クリスタル・キュービック)』。
周囲の気温は氷点下にまで下がっており、条件は既に揃っていた。
一対一の近接戦におけるユキの切り札。
先ほど砕けた氷盾の粒を利用してユキは自らの世界を展開していた。

「小賢しい」

歴戦の戦士は少女の世界をその一言で切り捨てる。
巫女服を翻し戦巫女がその場で踊る様に廻転した。
バッと小石ほどの玉の粒がユキの視界に舞う。

広範囲に無数の火薬玉をばら撒かれた。
咄嗟に氷の幕を張り半数は凍らせた。だが、半数は間に合わない。

パパパパパと小気味良い音と共に炸裂する。
小さな火薬玉に殺傷能力などないが、微細な氷を溶かすには十分な熱量と爆風だった。

135THE END -Revolution- ◆H3bky6/SCY:2019/08/01(木) 00:09:58 ID:MaW0cf7s0
「おら、丸見えだぜ――――――――!」

氷迷宮はあっさりと崩れ落ちた。
幻影ではなく露わとなった本体に向けて、花火を放り込む。
地を這う鼠花火と天から降り注ぐナイヤガラ花火がそれぞれ上下に投げ分けられた。

見上げるか見下ろすか。
どちらに対応するのかの上下二択を迫られる。

「だったら――――――両方ッ!」

ユキは滑る様に一歩引いて、視界を広げた。
上下双方の花火を視界にとらえてその全てを凍結する。
対処は完璧、火を放つ前の花火を凍り落とすことに成功した。

「ッ、しまっ…………!」

だが、そこで自らの失敗に気付く。
肝心の本体を見失った。
ボンバーガールが迫っていたのは上下二択ではなく三択だった。
ユキが点火前の花火に対応する事すら利用して、あえて即時点火の早打ちを行わず注意を逸らした。

左側に熱を感じる。
咄嗟に振り向いた、その先。
側面より迫る敵は既に間合いに入っていた。
その手には激しく炎を噴出する薄花火。

ユキの首を落とさんとする最後の踏み込み、だが、その足がつるりと滑った。
ユキの周囲の地面は固くすべらかな氷面となっていた。
不用意に踏み込めば当然、滑る。

だが、獣の如き攻撃性は態勢を立て直す事よりも攻撃続行を選択する。
体勢を崩しながらも無理矢理に花火の剣を振るう。
炎の蛇が白い少女の喉元に喰らいつかんと襲い掛かる。

それを避けるべく、凍った地面をスケーティングするようにしてユキが後方へと身を滑らせた。
氷面が削れ砕氷が散る。

崩れた敵の体勢、滑走のスピード。
それらを加味すれば紙一重ながら避けられる。
瞬間的にユキはそう確信した。

だが、その確信を裏切る様に、炎剣の刀身が大きく伸びた。

間合いが変わる。
既に完成している花火に更に火薬を足しこむ荒業を前に、避けきることは不可能である。

「チッ」

だが、舌を打ったのは薄花火を振り抜いた戦巫女の方だった。
手にしていた花火を投げ捨て、崩れた体勢を立て直す。
地面に転がった薄花火の先端は噴射口に氷が張りつていた。

「ッ――――ハァ」

後ろ向きでの滑走を続けながら、難を逃れたユキは安堵するように息を吐く。
ユキの強みは弾丸すらも受け止める能力の即効性と精密性。
脳髄が痺れる感覚。集中力はこれまでないほど高まっていた。
今ならば針の穴すら通せる自信がある。

一先ず距離を取るべく滑走を続けるユキに向かって、ボンバーガールが迫る。
ユキは突出した指の隙間から、大きくなる敵の姿を凝視した。

「―――――――――凍れ」

烈火の如き勢いで迫るボンバーガールの動きが、ピタリと停止した。
それは停止と言うより、空中でピンを指されたような『固定』だった。

空間凍結。
女を取り囲む空間が凍結された。
これまでのユキではできなかった一段階上の能力行使だ。
強い覚悟とこの世界での経験が氷使いの少女を押し上げていた。

空間に貼り付けとなった無防備な相手に、氷使いは容赦なく追撃の矢を放つ。
鋭く尖った氷の矢が正確に急所を射抜かんと奔る。

「発想は悪くねぇ、だが――――」

ボンバーガールが不敵に笑った。
彼女を拘束する氷が音を立ててひび割れてゆく。

「――――――――相手が悪い」

空間を固定する氷が砕けた。
強引に拘束を振りほどいた勢いのまま腕を振るい、迫りくる氷の矢を弾き落とす。
空間を凍結させる程の反則じみた能力行使も、百戦錬磨のボンバーガールからすればちょっとした工夫程度の物でしかない。

氷では、炎の進行は止められない。
爆血を血潮とする彼女は体内にマグマが流れてる。
その体は戦闘が過熱するにつれ、高熱を帯びる異常体質。
彼女を拘束していた氷はその高熱に触れたことにより容易く砕けるまでに溶け落ち、拘束具としての役割を果たす事ができなかった。

136THE END -Revolution- ◆H3bky6/SCY:2019/08/01(木) 00:11:24 ID:MaW0cf7s0
「続きだ、行くぞ――――――――」

凍りついた地面を蹴っ飛ばす。
土の混じった氷粒が散った。
爆発的な勢いで一瞬で距離が詰る。
と言うより、その身は実際に爆発により加速していた。

あっという間に懐に潜り込まれる。
放たれる回し蹴り。それと同時に回転の勢いを利用して周囲の小さな花火をばらまく。
衝撃と爆発。
蹴りは氷で防いだが、花火の爆発に巻き込まれる。

「くっ…………!」
「オラオラオラオラオラオラ、どうしたぁ!?
 デカい口を叩いた割にちまちまとした小技ばっかじゃねぇか!!」

圧されている。
常に高熱を帯びるボンバーガールは極寒の中においても体の感覚が鈍る様子もない。
ユキの脳裏に恵理子との戦闘訓練が思い出される。
天敵ともいえる致命的なまでの相性の悪さだ。

いや、相性の問題だけではない。
ボンバーガールは単純に強い。

身体能力、反応速度、戦闘判断、直観力。そして何より真剣勝負の場数。
どれをとってもユキの数段上を行く、格上の戦士である。
こと戦闘能力に関しては数多いるヒーローの中でもトップクラスだろう。

ユキだってそんなことは最初から理解していた。
それでも異能力だけならば今の自分は負けていないという自信があった。
能力は絶好調中の絶好調。

それが通用しないのは体術の差だ。
能力と体術を高レベルで両立しているボンバーガールに対して、ユキはまだ体術が超人の域に達していない。
亦紅やアサシンと言った人類の極限を体験したボンバーガールからすればユキの動きなど児戯に等しい。

こればかりは、精神論ではどうにもならない領域である。
何か反則技でも使わなければ埋められないほどの差があった。
だが、

「それでも――――――ッ!」

だが、それでも。
歯を食いしばって、倒れそうになる足を踏ん張った。

ユキはあの大悪党を乗り越えたのだ。
ヒーローが何するものぞ。こんな小物、大悪党に比べれば、恐るるに足らない。
その事実が彼女の両足を支えている。
ならば、恐れる必要など何一つない。

「勝負はここからよ」
「そいつぁ楽しみだね。それで? 何かとっておきでもあンのか?」

どこか遠くで何かが崩れる音がした。
二人の対峙する地面が揺れる。
もはや幾度目かわからない大きな地震だった。

「いいわ。とっておきを見せてあげる」

そう言って、白の少女がポケットから何かを取り出した。
それは漆黒の小さな刃だった。
首輪の解除作業を完了した親友より預けられた父の名残。

悪党の名を冠する黒刃。

漆黒を受け継ぎし新たな悪党が、その名を解放する。

「――――――――――――――――悪刀開眼」

眼前に掲げた漆黒の刃が糸のように解けてゆく。
刃は徐々に消えて行き、目視不可能なナノサイズの粒子なって空中に舞った。

悪党商会三種の神器、無形刀『悪刀』。
無形無音無臭の刃の群れは認識する事すら能わず、一たび狙われれば死するしない最強の刃。

だが、それは無意味である。
刃の総量は少なく小指一本分にも満たない、この強敵に対する武器としてはこれでは心許無い。
それでもこの無形刀ならばいくらでもやり様はあるのだろうが、それらの手段を用いるにはユキではあまりにも練度が足りない。
何よりこの相手では粒子の刃は相性が悪い、単純にぶつけるだけでは爆風で吹き飛ばされてしまうのがオチだろう。
どれをとってもこの刃が逆転の要素にはなりえないのだが。

「スぅ――――――っ」

ユキが鼻から大きく息を吸い込んだ。
その次の瞬間、ドクンと、外に音が聞こえそうな程大きく心臓が跳ねる。

ナノマシンを体内に取り込み、自らの身体を内側から操作したのだ。
心拍を強制的に向上させ身体能力を引き上げる。
体中を奔るナノ粒子が電気信号すら加速させ反応速度を向上させた。
その結果どうなるのか、その答えがこれだ。

137THE END -Revolution- ◆H3bky6/SCY:2019/08/01(木) 00:12:56 ID:MaW0cf7s0
「――――――――ぐぅぅぅぅうう…………ッッ!!」

少女の様子は一変していた。
開眼したその目は赤く血走り、青白い肌に血管が浮き出る。
可憐な少女らしかった小ぶりな口からは獣が如き嘶きが漏れ、食いしばった口端から涎が零れた。
落ちた滴はすぐさま凍りつき、地面に落ちて砕けて散った。

余りの少女の変わり様にボンバーガールが僅かに戸惑う。
ボンバーガールからすればユキがいきなり苦しみ始めた様にしか見えない。

「おい、ンだそりゃ…………ッ!?」

刹那。その視界より少女の姿が掻き消えていた。

これまでにない超人的加速による高速移動だった。
僅かな油断と、僅かな想定外。
それが重なり合って、標的を見失う。

だが、それでもボンバーガールは反応した。
それは根拠のない野生の獣が如き直感。
標的を見失ったと理解した瞬間に、戸惑うよりも早く直感に従い体を動かす。
それを疑わない事こそ彼女の強みである。

そして、捉えた。
捉えてしまえばボンバーガールに対応できない速度ではない。
むしろ彼女の片腕を一瞬で斬り飛ばしたシルバースレイヤーに比べれば、遅いとすら感じる。

超反応。
五指にスパーク花火を挟み、突っ込んでくるユキを待ち構える様に振るう。
人知を超えた速度で突撃するユキの目の前に、円形に炎の輪が広がり雪の結晶の様な火花が散った。

超人的加速が仇となった。
この勢いで直進するユキは、このまま炎の渦に突っ込んでいくしかない、と思われた。
だが次の瞬間、常識を超えた伝達速度で白い少女の筋肉が反応した。

前方への高速移動が取りやめられ、地面を切り返す。
ブレーキを踏みながら別方向にアクセルを踏む様な超絶技巧。
範囲の広いその攻撃を横合いに大きく跳躍して回避する。

「―――――――アホぅが!」

跳躍した少女を見て女が吼えた。
まだ自らの身体能力を制御しきれていないのか、その跳躍は大きすぎる。

着地まで1秒。
刹那の間に勝敗が決まる超人同士の戦闘においてその隙は致命的だ。
この次元の戦いであれば、着地までの間に数度は殺せる。

戦巫女は横倒しにした連射性筒花火の放射口から砲撃を一斉に叩き込んだ。
外れることなど在りえない好機、必殺の連撃はしかし。

「なぁっ!?」

驚愕は花火を放った女の口から。
確実に敵を焼き尽くすはずの火弾は、白い空気を打ち抜き明後日の空へと消え、虚空を彩る花となった。

氷使いが、宙を跳ねたのだ。
凍結させた空間を蹴り飛ばして、空中で軌道を変える。
そのまま幾度かの空中跳躍を行いボンバーガルの眼前に着地した少女の手には氷の刃が張り付いていた。
こうなると隙を晒したのはボンバーガールの方である。

「ちぃ…………ッ」

その胴を両断せんと冷たい刃が躊躇なく振るわれる。
ボンバーガールは倒れこむ様に上体を仰け反らせ身を躱した。
だが瞬間、背筋に凍るような悪寒が奔った。

見えずとも背後の危機を直感で悟る。
その直感は正しく、仰け反ったその後頭部を貫く様に地面から氷槍がせり上がっていた。
待ち受けるは斬撃と串刺しの挟み撃ち(サンドイッチ)。
伸らば斬撃に両断され、反らば槍突に貫かれる。

奔る悪寒に一瞬の迷いなく従う。
花火未満の火薬玉を即座に爆破し爆風を引き起こし自らを吹き飛ばす。
氷剣と氷槍をすり抜ける様に吹き飛んだ体は危機回避に成功する。

そしてそのまま小さな爆破を何度か繰り返して空中で体勢を立て直すと、ザッと音を立てて地面に両足を付いた。
胸元のさらしがはらりと落ちる。どうやら刃が僅かに掠めていたらしい。

「ハッ――――――面白れぇ」

ボンバーガールはユキがどのような方法で自らを引き上げたのかを理解してない。
悪刀の特性はおろか、規格外生物粛清時にしか使われない秘中の秘であるその存在すらも知らなかった。

だが、そんなことはどうでもいいことだ。

重要なのは今この時。
強敵がそこにいる。
その事実があるのならばなんでもいい。

何と言う僥倖。
残飯の中で一番マシなパンを選んだつもりだったが、最後の晩餐に相応しい御馳走になった。

炎が凶悪に笑った。
加熱する意識が劫火となって燃え上がる。

138THE END -Revolution- ◆H3bky6/SCY:2019/08/01(木) 00:14:33 ID:MaW0cf7s0
「ッああああああああああああああああ――――――ッ!!」

対する、氷の少女が叫ぶ。
悲鳴のような絶叫だった。

立っているだけで全身が弾け飛びそうなほどの痛みが少女を苛んでいた。
それは間違いなく少女が今まで生きてきた中で一番の激痛である。

本来、ナノマシン制御は適合者にのみ使用可能な特殊技術である。
適合がなければ拒否反応によって激痛が走り、最悪死亡する事例もあった。
むろん拒絶反応を緩和する研究は悪党商会内でも行われていたが、未だ完成には至っていない。

悪刀を操った九十九がそうならなかったのは、ナノマシン制御を外部装置に依存する事により副作用を回避していたからである。
ユキが悪刀を制御しているのも同じ方法だが、ナノマシンを体内に取り込んでしまえば話は別だ。

拒絶反応により耐え難い痛みが使用者を襲う。
皮膚の下を虫が這いずるような耐え難いほどの苦痛。
全身の神経を直接針で刺されているような痛みに支配される。
そんな常人ならば発狂死してもおかしくない激痛に対し、叫びで正気を保つ。

なにせ悪党商会幹部ですらすぐさま根を上げた厄物だ。
叫びだすだけで正気を保っているのは異常ともいえる。

それは彼女にナノマシン適合があったという訳でも、苦痛を凌駕するほどの精神力を有している訳でもない。
ユキがやっているはある意味でこの悪刀の本来の使い手と同じ事だった。

全身を冷凍麻酔で感覚を麻痺させ、その苦痛を緩和しているのである。
深々と降り積もる雪のように意識を深くより深く沈む様に熱を無くし全てを静止させていた。
全身を動かす必要がある以上、完全に麻痺させる訳にもいかないが、ほとんどの痛覚をカットしている状態である。
それでもなおこの苦痛。尋常ではない。

狙うべきは短期決戦。
副作用を無理矢理押さえつけているに過ぎない状態だ、長くは持たない。

氷使いの少女は叫びを切って地面を蹴ると、スピードスケートのように凍った道を滑りだした。
既に自滅のスイッチは押された。もはや止まる余地はない。
短期決戦を挑むのならば遠距離戦ではなく近接戦である。
今のユキならば近接戦でも負けはしない。

「上等――――!」

近接戦はボンバーガールも望むところである。
炎の戦士はその挑戦を真正面から受けて立つ。
その場で構え、強く地面を叩いて足跡を刻む。

それを合図に地中に仕込んだ打ち上げ花火を点火する。

滑走する相手の接近に合わせて、死角から地面を食い破って炎の龍が奔った。
顎下を打つように、火の尾を揺らしながら昇り銀竜が天へと奔る。

だが、如何なる不意打ちも今のユキには通用しない。
ナノマシンによって体は自動的に反応する。
認識から反応までの速度は電気信号の限界を超えもはや光速に迫っていた。
足元の動きを止めぬまま、上体を僅かに逸らすだけの動きで、昇り銀竜をやり過ごす。

そのまま手の中で氷の槍を生成。
両手で強く握り絞め、刺突の構えを取った。

だが、その背後を炎の雨が強かに打つ。

バカなという驚愕。
ボンバーガールが攻撃を産み出したような予兆はなかった。
まして地中の様な事前に仕込める場所ならともかく、背後から撃たれるなど、ありえない話だ。

それは龍勢と言う仕掛け花火。
仕掛け自体を打ち上げ、上空で傘を開いて発動させる。
上空で弾けた仕掛けから甲高い口笛のような音と共に全方位に炎の雨が降り注いでいた。

氷による妨害を許さぬ徹底した死角からの攻撃。
反応速度が超人的ならば、反応速度の外から打ち抜けばいい。

139THE END -Revolution- ◆H3bky6/SCY:2019/08/01(木) 00:17:17 ID:MaW0cf7s0
次々と降り注ぐ炎の雨。
だが傘も差さずに進む少女の動きは緩まなかった。
炎の雨に晒されながらも体勢を崩すことなく滑走を続ける。

炎を受け続けるその背には、分厚く張った氷の膜があった。
氷は身に纏う事で鎧ともなる、攻防一体の能力である。
何があるかわからない以上、常に対策はしていた。

そのまま急所目がけて両手に握った氷槍を付き出した。
一つ、二つと刺突を放つ。
続いて距離を保つのではなく更に踏み込み、槍を手放し肘の先から延びる氷刃を薙いだ。
そして最後に、氷を纏った拳で殴りかかる。
ここまでの連続動作を一息の下に行った。

だが、怪物に対するもまた怪物である。
それら全ての攻撃を見切って、紙一重で躱してゆく。
腕を振るった拍子に散った氷の破片が頬を裂くが、それを気にせず目を見開いたままクロスカウンター気味に拳を振り抜く。
直撃した一撃は氷の鎧に阻まれるが、僅かに砕いた位置に花火を仕込み、内部爆破を再び狙っていく。

だが、ユキとて同じ手を喰うほど愚かではない。
その氷の鎧は分厚いのではなく、薄い氷がミルフィーユ状に何千もの層になった代物だった。
破壊された氷層はすぐさま砕けては落ち、花火を仕込む余地を与えない。

氷の鎧によって受け止められた拳を氷の魔手が掴んだ。
直接接触による冷却。掴まれた個所から氷が張ってゆく。

放っておけば唯一残った腕が凍傷になりかねない状況にも関わらずボンバーガールはその腕を振り払わなかった。
むしろ、好都合とばかりに足元に発射台を産み出して蹴りを打ち上げた。

パリンとガラスでも砕いたような破壊音が響いた。
内部破壊ではなく、爆発により加速させた蹴りによる単純な破壊力で鎧を砕く。
衝撃に腕をユキの掴む手が離れ、凍った皮膚の表面がズルりと剥がれた。

「くぅ―――――っ!」
「――――――チィ」

互いに数歩たたらを踏む。
ボンバーガールの腕から血がプツプツと湧き出るが、すぐさま炎が傷を焼き払う。
対するユキは鎧の欠損箇所に再び氷を張りなおして鎧を補填する。

戦えている。
ユキは今の攻防に確かな手ごたえを感じていた。
いやむしろ、押しているのはユキの方である。
特殊能力と身体能力において差がなくなったとなれば、片腕のボンバーガールが不利となるのは必然だろう。

なにより、氷の鎧は破壊された所で再度氷を張ればいい。
攻防一体のユキの能力に対して、ボンバーガールの能力は爆発や噴射による加速と攻撃に寄り過ぎている。

悪刀に蝕まれているユキ残された時間は少ない。
だが、これならば――――。


「――――――――勝てる、とでも思ったか?」


ぞっとするような声が刃のように思考に割り込む。
目の前では、炎のような女がまるで不利など感じさせぬ不敵な笑みを浮かべていた。

瞬間。
ボンバーガールが跳んだ、いや、打ち上がった。

瞬間的な速度は爆発力のあるボンバーガールに分があった。
背と足裏から噴射する火花が彼女の体を空中へと押し上げてゆく。
周囲に極彩色の炎をまき散らしながら天空へと舞い上がる。

高い。
氷の少女が空を見上げる。
ボンバーガールの体は一瞬でユキを振り切って、それこそ打ち上げ花火のような勢いで空へと舞い上がった。

成層圏に届かんと言う遥か高みに、燃える女の体が浮かんでいだ。
生半可な攻撃では届くことすらないだろう。

不利を悟って近接戦から逃がれたのか。
だが、飛行は出来ずとも氷の階段で足場を作れば追うことは可能だ。
しかし、そうはさせじと動き出しを制する様に上空から豪雨のように花火が打ち下ろされる。

140THE END -Revolution- ◆H3bky6/SCY:2019/08/01(木) 00:18:08 ID:MaW0cf7s0
「さぁ、楽しんでけよォ! 火祭りの始まりだッ!」

上空にとどまったままの火の巫女が炎を連射する。
降り注ぐのは炎の流星だけではない。
花火と共に放り投げられた複数の丸太に花火が引火し、質量を持った炎の塊となって地面に落ちる。
点火前の噴出花火がばら撒かれ、地面に着いた瞬間、次々と火柱を上げた。

それは一個師団すら殲滅する火力の絨毯爆撃である。
次々と放たれる炎はもはや狙いすら定めていないのか、手当たり次第と言った風であった。
まるでこれでは周囲を焼き払うのが目的であるかのようである。

陽炎に揺れる空。
火災旋風が発生する。
発生した上昇気流に乗って、炎の怪人はより高みへと上り詰める。

「ハッ! ハハハハハハハハハッ!!」

天空からの哄笑。
炎が飛び散り、弾ける様に火の粉が舞った。
ソドムとゴモラを焼き尽くす炎が如く、終わりの空を彩る七色の流星が天から墜ちてゆく。

ユキの能力によって極寒となっていた環境が炎によって激変する
地上を舞うダイヤモンドダストは赤く煌めき、熱に溶けて消えて行いった。
冷気の白い壁に閉ざされていた視界が晴れてゆく。

見えたのは炎。
周囲は完全に炎の檻に取り囲まれていた。
山が燃える。
空からばら撒かれた炎が山頂全体まで燃え広がり、世界が赤く揺らめいた。

それは空からの爆撃によるものだけではない。
ユキが躱した躱した流れ弾の行方。
それがどうなったかなど、気にも留めていなかったが、それらは確実に周囲の森林を燃やしていた。

ボンバーガールの産み出す花火は爆風で鉄片を飛ばし敵を殺傷する爆弾とは違う。
純粋な炎熱で敵を焼き尽くす焼夷兵器だ。
このまま周囲を炎で取り囲み、蒸し殺すつもりなのか。

だが、如何に炎で取り囲まれようとも、冷気を操るユキが焼死することはない。
直撃する花火だけは氷で防ぐ必要があるが、迫る炎熱は冷気によって減衰できる。
個人を狙うのであれば火力を集中させた方が効果的だろう。
逃げ場を塞ぐ足止めにはなっているが、足止めにしかなっていない。

よもやこのままユキの時間切れを狙っているのか。
そんな懸念がユキの脳裏をよぎるが、そうではないと、その答えが実感を持って帰ってきた。

「――――く、――――かっ…………!」

苦し気に喉を押さえながら、ユキが膝をついた。
炎熱によるものではない。
冷却を是とするユキにが炎熱でどうにかなることはない。
呼吸が、奪われている。

火事における最大の死因は焼死ではない。
火事における最大の死因は、一酸化炭素中毒及び酸欠である。
酸素の供給が十分な屋外での山火事である、不完全燃焼による一酸化炭素の発生はそれほどではないだろう。
だが、周囲に撒き散らかした花火がナパーム団のように酸素を焼き払っていた。
その中心にいたユキは呼吸困難に陥り、ついに意識を失いその場に倒れこんだ。

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141THE END -Revolution- ◆H3bky6/SCY:2019/08/01(木) 00:19:02 ID:MaW0cf7s0
月の大広間は伽藍とした静寂に満ちていた。

絢爛な装飾が並び、豪奢な雰囲気が漂うこの空間も、どこか空虚と感じてしまう。
それは目の前の光景が彼らの知るものとあまりにも食い違っていたからだろう。
時間にして約1日。この空間に犇き合う様に集まっていた参加者は、今はたった3人だけとなっていた。

「――――ここに辿りついた参加者はキミ達3名だけか」

出迎える迎える館の主は賓客を眺め、どこか感傷深げにそう漏らす。
呟きの様な声だったが、閑静な室内にその声は妙に響いた。

最奥の壇上にその男は立っていた。
入口と最奥。互いの立ち位置がそのまま互いの立場を指し示していた。

勇者と魔王。
挑戦者と王者。
参加者と主催者。

これから彼らは最後の敵に挑むのだ。

「それはあなたの想定より多いのかしら、それとも少ないのかしら?」

その声に応じたのは入室した三人のうちの一人、黒衣の少女だった。
魔法少女めいたゴシック調のフリルの衣装は、優雅な舞踏会でも開けそうな洋館の雰囲気にそぐわしいモノだろう。
だが何かに挑む様な強気な眼光だけが、場に合わない剣呑な雰囲気を放っていた。
いや、それこそがこの場に相応しいのかもしれない。

「そうだねぇ、一人であるのが望ましかったが、別に複数人でも構わないさ。
 最悪誰も来ない可能性もあったしね、そう考えれば3名というのは上々な結果といえるだろうね」

そう言って、壇上の男は軽い調子で、何処か楽しそうに入口の3人に向けて手を振った。
余裕を湛えた所作からは、ここに至ってもまだ剣呑さなど欠片も感じられない。

「それに重要なのは人数じゃないさ。役割を果たせるかどうかだよ。
 君たちはどうだい? その役割を果たせるかな?」
「もちろん。そのために来たのよ」

目の前の男に負けぬ不敵さで、黒衣の少女はそう断言する。
その答に主催者は満足そうに口元を歪めた。

「出口はそこだ。開いた人間の世界に繋がる扉だが、君たちは丁度いい事に帰還先は同じようだし同時に潜るといいだろう」

そう言って、男は部屋の奥端にある白い扉を指した。
亜理子たちの立っている入口から指示された出口までの距離は30メートルほど。
あれほど追い求めた地獄からの出口が目と鼻の先にあった。

だが、その30メートルがあまりにも遠い。
扉は壇上の横、男の目の前を過ぎる必要がある。
そこを超えるには乗り越えなければならない。

この世界における始まりの敵。
この世界における最後の敵。
全ての元凶たる世界の敵。

立ち塞がる、ワールドオーダーという壁を。

「さて、それでは誰が挑む? ――――この僕に」

己に挑む勇者は誰なのかと、君臨する壁が問いかける。
問われた少女は、男に負けぬ泰然とした態度で両手を広げた。

「そうね。連盟って言うのはどうかしら。ここまでたどり着いたのだから全員にその資格があると思うのだけど?」

広げた両手が指し示すのは左右の少年と少女である。
代表者は1人ではなく、彼らを含んだ3人。
ここにいる全員が挑戦者であり、全員で戦う。
その返答に主催者は肩をすくめて息を吐いた。

「まあ、悪くない落としどころだ。それもいいだろう」

全てが理想通りの形とはいかないが、落としどころとしては妥当な所だろう。
常と変らぬ余裕を湛えた雰囲気のまま、壇上から自らに挑む敵を見据える。
追い求め、待ち望んた。結末に辿りつくための自らの対を。

その視界に、ひらりと黒衣が翻る。
音を立て、少女が一歩前に踏み出た。

「まず君が出た、という事は」
「ええ。探偵は謎を明かすモノ、でしょう?」

音ノ宮・亜理子。
数多くの事件を引き起こしてきた殺人探偵にして、数多くの事件を解決してきた女子高生探偵。
そんな彼女の役割はやはり、謎を解き明かすことに尽きる。

142THE END -Revolution- ◆H3bky6/SCY:2019/08/01(木) 00:19:44 ID:MaW0cf7s0
「じゃあ、答え合わせをしましょうか」
「ああ。好きなだけ解き明かすがいいさ、それが君の役割だ。
 ここに至るまでの道のり君の貢献は計りしれない。人間の知識と理性。それを担うのが君だ。音ノ宮亜理子」

名を呼んで、この殺し合いにおける彼女の功績を評する。
探偵が謎を解きその道を示した。
彼らがこの場に辿りつけたのは彼女の知性があったからこそである。
そこに疑いの余地はない。

「それで? 何を解き明かすというんだい?」

探偵には解き明かすべき謎が必要だ。
犯人は初めから明白。
犯行手口は異能の極み。
そんな事件において探偵が解き明かすべき謎とは何なのか?
まずは解くべき謎を定義しなければお話にならない。

「――――――全てよ。お話を終わらせるには全ての謎を解かないとでしょう?」

力強く断言されたその答えに、男はへぇと感嘆したような声を漏らした。
更に吊り上った口端からは期待が高まった様な気配が感じられる。
男が望む答えを果たして、少女は持ち合わせているのか?

「この世界に存在する全ての謎を解いたと?」
「いいえ。この世界の謎全てを解くことなんて不可能だわ。だって、関わりようがないもの」

世界中に謎は数多に溢れ、名探偵に解けない謎など存在しない。
だが、いかなる名探偵であろうとも知らない謎は解けない。当然の摂理である。
関わらずとも謎を解く安楽椅子探偵というものは存在するが、それも謎を知ってこそである。
人生は短く、関われる事象には限りがある。
全ての謎を解くことなどできない。

「ならどういう事かな?」
「私が解いたのは、もっと根幹。たった一つ解くだけで全てが明らかになる大本よ」

一つ解いただけで全てが解き明かされる。
そんな都合のいい物モノが果たして存在するのだろうか?

「つまり、なんだい?」
「つまりは――――この世界の真実よ」

一瞬、支配者は目を細めたが、すぐさま取り直すように口元に手をやり喉を鳴らした。
張り付いたような笑顔を張りつかせたまま、くつくつと笑う。

「世界の真実か。また抽象的な話だねぇ」

まるで他人事のように肩をすくめた。
探偵はその態度に取り合わず推理を続ける。

「結論だけを言ってしまえば一言で済む話なんだけど。
 この世界は――――――あなたに創られた物だった。違って?」

広間に満ちた空気が凍りついたように静寂が降りた。
須臾の間。睨み合うように互いの視線が交錯する。
その静寂に亀裂を走らせるように、男の口元が歪に吊り上っていった。

「――――――何故、そう思ったんだい?」

壇上の虚無が口を開く。
それはどこか無機物が喋っているような不気味さがあった。
どこまでも底の見えない混沌の渦から瞳をそらさず、探偵は冷徹な視線を崩さず口を開く。

「あなたが用意した企画書、中抜けではあったけれど、確認させてもらったわ」

特定の参加者の首輪に仕込まれたデータチップは様々な役割を持っていた。
それがあると言う事自体が一つのヒントであり。
それ自体がここに至るための鍵であり。
そしてとあるデータの格納場所でもあった。

亜理子がノートパソコンで確認したデータの中身。
その一つ一つに記されていたのは、これまでワールドオーダーが行ってきた様々な研究、実験、計画を記した『計画書』だった。
ワールドオーダーの目的についてのこれ以上ないヒントである。

「そう。ご感想は?」
「どこれもこれもパッとしない内容だったわ」
「手厳しいね。まぁ、さもありなんだか」

部下の上げてきた稟議書を却下する上司のようににべもなく扱き下ろす。
彼が今ここにいるという事実は、その計画全てが失敗してきたという証左である。
それについてはワールドオーダーにとっても忸怩たる思いがあるのだろう、ワールドオーダーは僅かに肩をすくめるのみであった。

彼の行ってきた計画。
世界を終わらせるための物語。
結末に至れなかった唾棄すべき計画たち。
だが、それれもそこから見えてくるものもある。

いくつもの計画。
それら全ては一つの目的にために立案された物であり、ワールドオーダーと言う男の生きた軌跡である。

143THE END -Revolution- ◆H3bky6/SCY:2019/08/01(木) 00:20:23 ID:MaW0cf7s0
「あなたは世界をまるで我が物のように扱ってきた。
 目的のために幾つもの世界を操り、人々を利用し貶め、使い捨てにしてきた。
 それだけでは飽き足らず、新たに世界を創っては計画に組み込んだ」

この男の手によって、世界は何度も革命の日を迎えさせられてきた。
それは幾つもの世界を巻き込み、世界構造そのものを改変を起してきた。
その為に異世界は増産され、世界に異能者が生まれ、いくつもの悲劇が量産された。
今の世界がおかしいのは、この男の責任だと言っていい。

「けどそれは、順序が逆なのよ、あなたは世界を利用して計画を立てたんじゃない。
 そもそも、この世界はその為に創られた。
 あなたは計画に利用するために世界を産み出したのよ」

この世界に生まれたワールドオーダーがそこに在った世界を利用でいたのではなく。
利用するためにワールドオーダーがこの世界を創り上げた。

言うなれば、このバトルロワイアルのためにこの世界は、この世界に生きる人々は、生み出されたと言っていいのかもしれない。
一ノ瀬は参加者たちが作られた複製(コピー)などではないと言ったが、大元(オリジナル)からしてそもそも始まりを間違えていた。

「私の提示した計画を組み込んで具体的にバトルロワイアル計画を立案してそれに転用したのは最近の事でしょうけど。
 元より世界はあなたが後付で計画に組み込むために用意した実験場と言った所かしら?」

様々な計画、実験、それら全てに利用するために彼は世界を産み出した。
元よりそのために生み出した存在ならば、使い潰したところで罪悪感など感じるはずもないだろう。
この男にとって人や世界は、その程度の存在でしかない。

「どう。この推理間違えているかしら?」

推論を重ね答えを持つ犯人に問う。
ここまでは証拠も何もないプロファイルだ。
閉じられた世界で証拠など見つけようがない、いやこんな荒唐無稽な話に証拠などあるはずもない。
いくらでも反論の余地はあるだろう。
だが、容疑者は言を返す代わりに笑みを浮かべた。

「――――――いいや。その通りだ」

反論することなく事実と認めた。
その瞬間、これまで以上に異様な空気が男から溢れだしたようである。
探偵は無意識にその空気に気圧されるように僅かにたじろいた。

「……随分と素直に認めるのね」

推理を披露して真実を解き明かすのが探偵の務め。
だが、ここまで犯人が素直に答えるという状況は少々居心地が悪い。

犯人は逃げも隠れもせず、むしろその存在を示すように両手を前に広げた。
これは証拠を使って追い詰めていくような犯人の告発ではない。
世界を終わらせるために世界の始まりを明らかにする作業である。

「ここまできて下らない言い逃れはしないさ。
 物語を終わらせるための世界の開示なのだから」

ワールドオーダーの目的は世界を完結させること。
亜理子の目的はその計画の根幹が間違っていることを突き付けるため計画を成功させること。

それは探偵と黒幕の共通認識だ。
参加者の口から正しく真実が語れたのなら認めるだけである。
今更、そこを論ずる意味はない。

「そこまでたどり着けたのなら十分だ。次の段階の話へといこう」

仕切り直すように一つ手を鳴らす。
反響する音が周囲の空気を塗り替える。

「この世界を創ったのは確かにこの僕だ。
 つまり、キミたちは僕ぶ利用されるためだけに生み出された存在という訳だ。
 さぁ――――その真実を知って、君はどう向き合う?」

残酷な創造主は意地悪く、その生の意義を自らが生み出した人に問う。
この世界で生きる者たち全てが、たった一人の男に利用されるためだけに生まれてきた。
それはこの世界そのものを根幹から揺るがす真実である。

何の為に生まれて死ぬのか。
全ての意義はこの男に与えられたものでしかない。
その事実はこの男を嫌悪すればするほど重く圧し掛かるだろう。
だがその問いに、利用されるために産み出された人間は冷淡な表情のまま、眉一つ動かさず答えた。

「――――――別に、何も。
 仮にあなたが世界を産み出した全ての父だったとしても、子が親の操り人形になるわけじゃない。子は子で勝手に自立して勝手にやるわ」

吐き捨てるように言う。
兵器であれ技術であれ、製造目的が運用の過程で別の存在意義を獲得するなんて珍しくもない話だ。
利用されるために生まれたのだとしても、ハイそうですかと利用されるほど人間は潔くない。

「第一、現代人は忙しいのよ。いちいちそんな事気にして生きていられないの。
 私は今こうしてここにいるのだもの、自分のしたい様に生きるだけよ。
 何時までも神様気取りでいられるのも鬱陶しいわ、ワールドオーダー」

我思うが故に我あり。
存在意義など自分で決める。
そんな事で今更絶望する人間などいるものか。

144THE END -Revolution- ◆H3bky6/SCY:2019/08/01(木) 00:22:11 ID:MaW0cf7s0
その答えをどう捉えたのか。
創造主は無言のまま人間を見ていた。
隠れた表情からその感情は読み取れない。

「神様気取り、か。そう見えるかい?」

静かな声で問いかける。
同じような問いを投げられ激情を見せた、始まりの時とはまったく違う反応だった。
その違いは何なのか、そればかりは探偵をしても推し量れない。

「そうね。神を嫌悪している割に、貴方の所業はそれこそ神の御業そのものじゃなくて?」

語られた世界創造が真実であるのならば、その所業は正しく神の御業である。
それを成したという事実を認めながら、彼は自らが神であると言う事実は否定した。
それどころか神を嫌悪しているという矛盾がある。

「違うね。確かに僕は世界の創造主だ。
 僕はそういう能力を持って生まれ、そういう事が出来た。まあ君たちから見れば神のような存在であるも認めよう。
 だが、それは創造主と言う役割を与えられたキャラクターでしかないんだよ。神様とは違う」

彼が持つ異能。それは世界を創り上げる創造主としての異能だった。
今彼の使えるそれらは、全てそこから劣化し派生したモノに過ぎない。

「なら、あなたにその役割を与えた存在が、あなたの言う神という事かしら?」
「そうだねぇ…………それは正しくもあるが、正しくもない、かな」

曖昧に口を濁す。
誤魔化しているというより、彼にとってもうまく説明ができないのだろう。
神という言葉について明らかに認識に齟齬があった。

「物語の登場人物が作者の存在を認識できないのと同じように君たちにはその存在を理解できないし、理解する必要もない。
 物語(せかい)の外の話だからね。これに関しては僕たちの目的には関係がないことだ、気にしなくていい」

優しく諭すようで、その実、突き放すような隔絶があった。
その齟齬は見えているようでどうにも埋められそうにない溝がある。

「関係がない、ね。そうね。それなら私にとっても興味のない話だわ」

探偵は深くは追及せず、あっさりと引き下がる。
ある意味互いの利害が一致しているからこそ、このこの二人のやり取りは成立している。
切り込んだところで無意味な点には、互いに意識的に触れてない。
本当に『意味がない』からだ。

「あなたの目的は世界を終わらせること、私の目的はあなたの計画を成功させたうえで失敗させること。
 詰まる所、計画の成功は大前提、その結果がどうなるか。あなたと私の戦いってそういう勝負でしょう?」

明確に口したことは無かったが、共通認識であるはずの勝利条件を確認する。
だが、ルールを握るゲームマスターはその言葉に肯定を返さず、曖昧に肩を竦めた。

「さて、どうだろう。何にせよ君の思う通りの結果にはならないと思うけどねぇ」
「それは自分の目論見が成功するという自信かしら?」
「いやいや、そうじゃないさ」

少しだけ残念そうに声のトーンを落として首を振る。
彼にとっては幾度と繰り返された無理解。
今更落胆するような事でもないが。

「詰まる所、僕と君たちとでは定義が違うのさ。終わりについても、神様についても」

世界最高の探偵をもってしても理解しがたい断絶。
これは頭脳の違いではなく立っているステージの違いである。
結局、最後までワールドオーダーという個人が理解されることはないし、その必要もない。

「まぁ、いいさ。認識がどうあれ僕らは倒すか倒されるかの関係でしかない。
 ここに至って仲良く和解だなんて、そんな興ざめな結末にはならないだろう?」
「当然ね」

壇上の男が凶悪に笑い、両手を高々と広げた
その様は世界を支配する神か魔王か、それ以上か。

「僕を倒せば全てが完結する。君たちの目の前にいるののはそういうご都合主義のラスボスさ」

そういう風に創り上げた。
そうなる様に築き上げた。
そうある為に積み上げた。

それが結実した今が、この世界だ。

「この世界(おはなし)を、終わらせるに相応しい相手だと思うだろう?」
「そうね。始まりはあなた、だから終わりもあなたに帰結する」

そう肯定して、亜理子は敵に背を向けた。
そうして背後の少年と少女に振り返る。

「探偵(わたし)の役割はここまでよ」

世界の形を解き明かし、世界の始まりと終わりを明確にする。
その役目は終わったとばかりに亜理子が一歩後方に下がった。
そして壁際に佇む後輩二人に視線を向ける。

「後は、あなたたちで終わらせなさい」

そう言って、次に終りを託した。
投げかけられた言葉に、九十九は息を呑む。
拳正は眠ったように静寂を保っており反応はない。

戸惑いの表情を見せながらも胸元でぐっと手を握り締めて、一二三九十九が前に踏み出た。

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145THE END -Revolution- ◆H3bky6/SCY:2019/08/01(木) 00:23:08 ID:MaW0cf7s0
一帯を炎が包んでいた。
ゆらゆらと揺れる炎が二人の女を赤く照らす。

勝敗は決した。
天より全てを見下ろす女、地にひれ伏す少女。
どれ程能力を覚醒させようとも、身体能力を強化しようとも、埋める事の出来ない勝ちを描く戦闘経験の差である。

勝敗は戦いとは違う場所で決まっていた。
究極的に言えば、ボンバーガールの攻撃は当たっても外れてもよかったのだ。
周囲に炎をまき散らし、炎上させることができればそれでよかった。
その意図に気付けなかった時点でユキの負けだ。

花火の噴射により宙を飛んでいたボンバーガールが、崩れかけたダムの上へとゆっくりと着地した。
山頂の上に建つダム、この世界を見渡せる頂上である。
炎の渦の中で倒れ伏した敵の姿を一瞥し、頂点から世界を見渡す。

「……見ろよ、世界の終わりだぜ」

誰に向けてでもなく呟く。
揺らめく炎の先。
世界の頂から見る景色は全てが歪んで見えた。

それは陽炎による幻影などではない。実際に世界は歪み始めていた。
とっくに日は上ったはずなのに、空はどこか昏いまま、太陽よりも月が輝き、不気味な存在感を示していた。。
遠目に見える海は津波が荒れ狂い、大きく大地が揺れるたび島端から崩れて落ちて行く。
遂には遠くの空がひび割れて海に落ちるのが見えた。

もう整合性すら取れていない。
理由は分からないが、もうじきこの世界は崩れて終わって消えるのだろう。

終わる世界。
今この瞬間、この世界に立っているのはただ一人。
悪党も魔王も邪神も、あの龍次郎さえ死に果てた世界で、生きているのは珠美だけ。
生き残ったのだから、それは彼女が誰よりも強かったという証明である。

「亦紅も、りんご飴も、シルバースレイヤーも、あいつらは全員あたしよりも正しかった」

彼らは全員が正しき心を持った正義の味方たちだっただろう。
だが珠美は違う。正しさなんてない。
最初からそんなものは、どこにもなかった。
間違ったまま、間違い続けたままで、それでも勝ってきた。
勝って、勝って勝ち続けてきた。

「結局のところ、正しさなんざなくたって強ぇ奴は強ぇ」

それが結論。
正義も悪も一切の価値がいない。
最強はボンバーガールだ。

空を見上げる。
揺れる大地、崩れ始めた空。
その先には何もない。
その先がないのだから、ここが世界の終わりである。

戦って戦って戦った果てに辿りついた場所がここだ。
ここが頂点。
彼女の、到達点だ。

辿りつきたかったはずの彼女の終わり。
ここに辿りついて何を得たのか。
ここに辿りつくために何を失ったのか。
答えなど出ず、収支の釣り合いが取れているのかすら定かではない。
ただ、その心に到来したのは充足感などではなく、祭りの終わりのような何処か物悲しい侘しさだった。

「………………いや」

まだ見上げたその先には崩れた空にあっても変わらず浮かぶ月がある。
それは手の届かぬ星ではない。
どうやったのかは知らないが、月に昇っていった奴らがいたはずだ。

あるかもわからないその先を追い求めて、あの時見逃した奴らを追うか。
もしかしたら、そこには本物のワールドオーダーもいるかもしれない。
そこでひと暴れするのも悪くないだろう。

世界の終わりを前に、近づいてきた自らの終わりに思いを馳せる。
綺麗な終わりになど興味はないが、不完全燃焼はもっとゴメンだ。
だが、このままここで突っ立っていれば、崩壊に巻まれて世界と共に終われるだろう。
それは、どうしようもない自分にしては上等な終わり方だ。

ああ、それも悪くない。
そんな考えが脳裏をよぎったところで、

146THE END -Revolution- ◆H3bky6/SCY:2019/08/01(木) 00:23:52 ID:MaW0cf7s0
「ッハァ―――――――ッ!!」

大きく息を吸う音が聞こえた。
昏倒していた少女が勢いよく顔を上げた。
そのまま立ち上がって酸素を求める様に肩を揺らして深呼吸を繰り返す。
だが、酸素のないこの状況でそんな事をすれば再び意識を失う筈である。
しかしそうは為らず、ユキは呼吸を整えていった。

「テメェ…………どうやって」

超人であろうと人間である以上、酸素なしでは活動できない。
上空に昇り無酸素領域から逃れたからこそ無事でいるだけで、それこそボンバーガールですら当てはまる絶対の法則である。
少なくとも、火中にいたユキには逃れようのない状況のはずである。

動けるとしたら、酸素がなくとも稼働できるサイボーグ、もしくは長時間の無呼吸運動を可能とする超人か。
だが違う。明確に深呼吸をしている以上、その可能性は否定される。

そうなると結論は一つ。
単純明快な答えだが、彼女の周囲には酸素がある。
そう結論付けるしかない。

だが、どうやって?

そこで気づく。
深い呼吸を漏らす白い少女の足元から立ち上がる薄い蒸気の様なものに。
その煙を発しているのは地面というより、地中。土の隙間に煌めく緑色の塊だった。

(ドライアイス…………? いや、違う。ならあれは…………)

ドライアイスは二酸化炭素が固体化したものである。
気体は固体化する。
それくらい小学生だって知っている。

ならば、酸素だってそうだろう。
事前に固形酸素を作りだして仕込んでおけば、酸欠を回避できるのではないか。

それはいい。
種が割れれば何のことは無い話だ。
明かされて見れば直球の対策であるともいえる。
ボンバーガールが慄いているのは別の理由だ。

ごくごく単純な一つの疑問。
酸素は一体――――何度で固形化する?

「…………ハァ――――ハァ」

僅かに残る炎の中心で、氷の少女は肩を上下にさせながら呼吸を続ける。
周囲の炎は時と共に徐々に鎮火していった。
この場で覚醒を果たしたゴールデン・ジョイの影響によって元より周囲の木々は少なくなっていたのも幸いした。
燃え尽きてしまえばもう同じ手は使えない。

敵はボンバーガール。花火を操る炎の魔人。
そんな相手と闘うと決めた時点で、この展開もあり得るだろうと予測はしていた。
故に、対策くらいは当然講じている。

酸素の凝固点は-218.79℃。
絶対零度に程違い、気体すら凍るマイナスの世界。
あらゆる生物の生存を許さない氷の地獄。

闘いの最中、それを出来る限り地中にストックしておいた。
それが出来るという確信があった。
そして実際にやってのけた。

よもや、その状況を意図して引き起こすような真似をするのは予想外だったが、その保険は見事に機能した。
一瞬意識を昏倒させたが、倒れた地面から酸素が溶け出すにつれて意識を回復させることに成功した。

「…………ハハッ!! 面白れぇ、面白れぇよお前ッ!!!」

立ち上がった敵の姿を認め珠美の喉の奥から、自然と笑いが込み上げる。
消えかけの線香花火のようだった情熱が牡丹の様に弾けた。
再演(アンコール)のように、再燃する。
終りの続きがやってきた。

知らず、火花が弾ける。
鼓動が高鳴り、精神が高揚する。
正真正銘、最後の戦いを前に、かつてないほど最高にハイだ。


「それじゃあ、最後の祭りとしゃれ込もうぜ――――!」


世界の頂点から自ら大地に飛び降りる。
祭りの会場に無邪気に駆けだす子供のように。

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147THE END -Revolution- ◆H3bky6/SCY:2019/08/01(木) 00:24:41 ID:MaW0cf7s0
「僕が創り、僕が育て、僕が導いた。
 にも拘らず、君らは時折、僕の想定を上回る事をやらかす。
 それこそが君ら人間の可能性だ。ああ、そういう意味では君は実に面白いよ」

人間より一つ上の高みより、創造主が何の変哲もない少女を見据えた。
どこかその視線からは、愉しむ様な気配が感じられる。

「全員が生き残る可能性を想定していたとはいえ、君がここまでたどり着けたのは意外と言えば意外だった。
 人から外れるでもなく、逸脱するでもなく、人のままここに辿りつく、そんな可能性を示した君には惜しみない称賛を贈ろう」

そう言ってパチパチと手を叩いた。
広い部屋に乾いた音が響く。

普通の人間が普通のまま、ここに辿りつくのは限りなく難しい。
あの地獄はそういう選別試練である。
それを成し遂げた事こそが偉業であると、特別でない少女が特別でない事に惜しみない称賛を贈った。

九十九は不可解そうに眉根を寄せつつも、壇上の男の顔を真正面から見つめ返す。
最初は混乱の最中だったから、まともに男の顔を見れていなかった。
だから、ここに来て始めてまともに男の顔を見た気がする。

どこにでもいるような、街中ですれ違っても気にも留めないような男である。
こんな事を仕出かしたなんてとても信じられないような平凡な。
だからこそ、彼女は一番聞きたかったことを聞いた。

「あなたは…………どうして、こんなことをしたの?」

その問い受け、ワールドオーダーは興味深げにふむと頷いた。
それは世界の構造を暴いた探偵の後にするには、余りにもつまらない、平凡な問いだった。

「どうして、か。面白い質問だ。今更それを問うのか、この僕に。
 いいね、実に君らしいよ一二三九十九。三人の中で最も人間的で、感情を司るのが君だろう」

必要のない事をしようとしている。
それは探偵が明かさなかった、明かす必要がないと切り捨てた部分。
謎や真実ではない、動機に纏わる感情の話だ。

そうやって切り捨てられた物を彼女は見捨てない。
理解する必要のない男を理解しようとしていた。
情の深い女だ。誰にも顧みられない取りこぼしてきたものに未練がましくしがみついている。

「そうだねぇ……どうしてこんなことを、か」

亜理子とのやり取りでは一度も逡巡する事がなかった視線が、泳ぐように僅かに虚空を巡った。
何もかもが薄れ消える、気の遠くなる程の遥か彼方を思い返すように。

「……それは識ってしまったからだろうねぇ」

何処かに置き忘れたなにかを手探りで探し当てる様に男は静かに語り始めた。

「僕は創造主という立場から君たちとは違う視点を得ている。
 だからそれに、気付くことができたんだろう。
 僕がどういう存在であり、世界とは何なのか。そして世界の外にいる存在を識ってしまったんだ」

それは慚愧の念だろうか。
何も識らないままでいれば、子供のように無垢でいられた。

「識ってしまった以上、僕にはそれがどうしても我慢ならなかったんだ。
 僕はそういう人間だからね。世界外だろうと内だろうと支配者がいると言うのならやることは一つ――――革命だ。
 支配構造を引っくり返したい。世界を新たな形にしたい。終わりの先を見てみたい。
 ああ……理由があるとしたらそれだけだ。本当にただ、それだけなんだ」

それは子供じみた我侭の様なものだ。
何をされたわけでもない。強固な決意を得るような劇的な出来事も、同情を誘うような悲劇もない。

ただ彼はそう在ったから、そうなった。
特別な事件などなく、当然のように、義務感でも使命感でもなく。
そうしたいから、そうしたのだ。

「それだけのためにここまでやった。
 世界を創り、育て、操り、繋げ、壊し、捨て去り。
 他者に寄生し、利用し、分裂し、己すら無くしながら悠久の時を生きてきた。
 たったそれだけの理由のためにね――――下らないと思うかい?」

静かな問いかけに、少女は痛ましい表情で目を閉じて首を振る。
その言葉の意味を、自分なりにちゃんと理解した上で、自らの言葉を絞り出そうと必死に努めていた。

148THE END -Revolution- ◆H3bky6/SCY:2019/08/01(木) 00:25:16 ID:MaW0cf7s0
「…………その理由が下らないとは言わない」

どんな理由であったとしても、夢にかける情熱なんてモノは誰も否定できない。
少なくとも彼女はそれを否定しない。
何かを目指す始まりがどんなものであっても、そこに間違いなんてないのだから。

「けど、あなたは他人を巻き込み過ぎた。私はそれが許せない」

彼は自分の目的のために他者を犠牲にし過ぎた。
どんな理由があったとしても、誰かを犠牲にする事など許されるはずがない。

犠牲になったのはこの殺し合いに巻き込まれた人たちだけではない。
これまでに、この殺し合いとは比べ物にならない数の人間を使い潰してきたのだろう。
悠久の時、数多の世界において。

「他に方法はなかったの?」

犠牲を出さない方法を模索する事は出来なかったのか。
誰も傷つけず、血を流さない、平和的な。そんな方法で、目的を達する事は出来なかったのか?

既に多くの血が流れた。
多くの死者、多くの悲劇が生まれてしまった。
今更問うたところで、何か答えを得たところで失われたモノが戻る訳ではない。
だが、それでも問う、彼女は一二三九十九なのだから。

「なかなかに難しい話だね。僕がしようとしているのは詰まる所、世界の革命だ。
 革命には犠牲が付き物と言うだろう? どんな形であれ犠牲は避けられないだろうねぇ」

男の成し遂げようとしていることはそう簡単に実現できるものではない。
最初は平和的の方法を目指したとしても、いずれ誰かの犠牲は避けられなくなるだろう。
手を尽くすとはそういう事だ。
そして、世界は既にそういう段階に至っていた。

「それは本当に誰かを傷つけてまでやらなければならない事だったの?」

誰かを傷つけると分かった時点で、止まる事は出来なかったのか。
そんな余りにも善良な人間的な問い。
それは非人間に問うには余りにも場違いな問いであり、それ故に、この場で彼女が問うべき問いだった。

男は笑みではない表情を浮かべて、どこか遠くを見るように静かに目を細める。
前髪に隠れたその瞳が捉えているのは少女の姿か、はたまたその先にあるモノか。
やはり誰にも、男の心情は読み取れない。

「さて、もうとうの昔に止まるなどと言う発想すら忘れてしまったよ。
 長い……本当に長い計画だったんだ。そのうち本当にそこまでして成さねばならない事だったのか、なんて事すら忘れてしまったよ」

それだけ長い計画だった。
その内に多くの物を忘れた。
その内で多くの物を取りこぼした。

とうに創造主としての力など枯れ果てた。
残っているのは万能の力の残り滓である。

とうにまともな喜怒哀楽など枯れ果てた。
故に、常に何があろうともその顔に張り付くのは笑顔だけ。

とうにまともな人間性など枯れ果てた。
元よりそんなモノがあったのかのかすら定かではない。

「だったら………………!」
「いいや、違う違う違う違う――――――――だからこそだよ」

少女の言葉を遮るように、壇上の男が指を振る。
何もかもを失っていたはずの男の表情が歪む。
稀薄だった存在はその一点のみに集約されていた。

「全てを無くしたところで、僕にはまだ目的がある。
 僕に残ったのはそれだけだ。だから止まることもないし、後悔もない」

慚愧の念などあるはずがない。
全てが砂の様に希薄になった掌の中に目的だけが残った。
故に彼は目的を成し遂げる。
今の彼はそのための装置である。

そこに感情はなく、感傷はなく、後悔もなく、無念もない。
きっと成し遂げたところで何もないだろう。

それでもやる。
理由などなくとも目的があるのだから。

149THE END -Revolution- ◆H3bky6/SCY:2019/08/01(木) 00:25:48 ID:MaW0cf7s0
「あなたは…………」

少女が男を見た。
絶対的な力を持つ創造主を、何の力も持たないただの少女が見つめる。

絶対に赦すべきではない相手。
多くの物を踏みにじり、何一つ顧みる事のない、存在自体が赦され難い邪悪その物。
共感はできず、同情の余地はない。全く持って救いようがない。

そんなことは、最初から分かりきった事だった。
絶対に許せないと思っていた。
彼女はずっと怒り続けていた。
この殺し合いが始まってからずっと。

この怒りは、殺し合いを始めたワールドオーダーに向けられたものだ。
そう、思ってきた、はずなのに。

だが、それでも。
少女の瞳に浮かぶ感情は憐憫と呼ばれるモノだった。
目の前の相手が憐れに映る。

何者にも侵されぬ不変の在り方は、それしかないという諦観に似ていた。
その縛られた生き方は酷く息苦しそうなのに、男は息苦しいとすら感じられないでいる。
それがこの小さな人間の真実だった。

「そう…………終わらせたいのね、あなたは」
「そう。終わらせたいのさ、僕は」

そこで互いの言葉が途切れる。
最初から最後まで致命的に噛み合うことはない。
これ以上尽くす言葉はなかった。

静寂を埋める様に大広間全外が僅かに揺れた。

「おや、崩壊の余波がここまで来たか、名残惜しいがそろそろエンディングも近いかな」

ワールドオーダーは天井から落ちる砂のような破片を手のひらで受け止め、その汚れを払った。

「終わりは目前にある。そこに至るための我が革命。
 ようやくここまでたどり着いた。いい加減この世界を2014年から未来(さき)へ進めよう」

世界はここに始まり、ここに留まり、ここに終わる。
世界は革命され、終わりの続きに辿りつくだろう。

これは終わりを目指すための物語だ。

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150THE END -Revolution- ◆H3bky6/SCY:2019/08/01(木) 00:27:30 ID:MaW0cf7s0
どこか遠くで何か崩れるような大きな音が響いた。

空には光と闇が入り混じった混沌がある。
崩れゆく地上、こちらの崩壊は月の比ではなかった。
大地は絶え間なく震え続け、もはや安息の地などこの世界に在りはしない。

ユキはその揺れに耐えられず、バランスを崩してその場に膝をついた。
その身が小刻みに震えているのは、地震によるものだけではない。

「くぅ………………っ!」

意識の断絶と共に、悪刀による身体強化(ドーピング)が切れたのだ。
分不相応の力を行使した代償を払う時が来た。
限界を超えた反動で、残ったのは激痛と鉛の様な疲労である。

割れそうな勢いで歯を食いしばり、頭を押さえる。
まるで脳をザクザクと無数の針で刺されたような痛み。
もはや立っている事すら苦痛でしかない状態で。

「――――――戦える」

それでもまだ、戦えると、そう口する。
膝を折り、片腕を地面に突きながらも、思わず激痛に閉じそうになった瞳を片方だけ見開いた。
それは誤魔化しや錯覚の様なものかもしれないけれど、言葉は決意となり、決意は体を動かす。

何より、まだ戦いの最中だ。
敵から視線を外す訳にはいかない。
眼光だけはこれまで以上に鋭く光らせ、目の前の相手を睨み付ける。

「ッぁぁぁあああああああああああ…………ッッ!!」

頭の血管が切れそうなほど叫ぶ。
充血する瞳を見開き、額の先に意識を凝縮する。
目の前に冷風が吹き、渦を巻いた冷気が徐々に矢尻の形を成してゆく。

体は指先一つ動かすだけで辛い状態だが、冷気を操る能力だけは辛うじて行使出来る。
どんな絶望的状況になったとしても、心だけは決して折らない。
悪党を継ぐと決意した時から、そう決めたから。

「ッけええぇぇぇ――――――!!」

弓のように振り絞った意識を放つ。
紅蓮の意識から氷の矢が放たれる。

「――――――そうだ、戦え。最期まで」

燃えるような女がその意気に応える。
自らを射抜かんとする氷結の矢を、女は躱すでもなくあっさりと掴み取った。
その手の内で、氷矢は握りつぶされへし折れる。

彼女を燃え上がらせるのは、その目だ。
ユキはこの状況を理解できないほど愚かな女ではない。

このどうしようもない状況を理解したうえで、それでもなお不屈の闘志を燃やしている。
どれ程打ちのめそうとも、どれほど追いつめられようとも、何度でも立ち上がり絶対に諦めない。
あるいは彼女がどこかで憧れていたヒーローの様に。

ボンバーガールは自らの精神を焼べて炎を燃やす。
テンションと共に彼女の体に流れる爆血は高熱を帯び、その体温も上昇してゆく。

「テメェにぁ最後まで付き合って貰うぜぇ!!」

ずらりとその前面に大量のロケット花火が一瞬で並ぶ。
号令一下。
ボンバーガールが腕を振るった途端、一斉に火がついた。

「つぅ…………ッ!?」

導火線を凍結させようとするが痛みで集中が途切れた。
間に合わない。
10分の1も止めることは叶わず、耳を劈く音と共に幾多もの流星が地上を流れた。

避ける、というよりコケるようにして地面を転がる。
初弾の直撃は避けられた、だが直後に地面に突き刺さった花火が弾けた。
すでに爆風に抗う力もない。
ユキの体は大きく吹き飛ばされ地面を転がる。
だがそれが幸いしたのか、次々と地面をえぐる流星群から幸運にも逃れることができた。

「どうした! どうしたァ!? スっ転んでるだけじゃ、勝てねぇぞコラァ……ッッ!!」

炎が舞った。
女の視界が赤く燃え上がる。
如何に相手が満身創痍であろうが関係ない。
追撃の手は緩めずに、全力で叩き潰す。

151THE END -Revolution- ◆H3bky6/SCY:2019/08/01(木) 00:29:38 ID:MaW0cf7s0
「っ…………?」

だが、そこで小石大の氷粒がボンバーガールの頬を打った。
それは一瞬で水滴に還り蒸発して消えた、その程度の何の効果もない代物である。
恐らく天に氷を打ち上げ流星群を潜り抜けてボンバーガールを狙ったのだろう。
その奇襲は何の効果ももたらすことなく失敗に終わった。

「ハッ…………」

だが、問題はそこではない。
重要なのは、あの状態で反撃する気概があったということだ。
この状況で本当にまだ、勝つ気でいる。

「ハッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

大地が崩れ空が堕ちる。
遠くで雷轟のような音が響いた。
炎に包まれた終わる世界で一人の女の哄笑が木霊する。

「最ッッ高じゃあねぇの…………ッッッ!!」

ここに至るまでの鬱屈した感情。
不完全燃焼に終わった溜まりに溜まった鬱憤。
全てがここで爆発する。

吐く息すら燃え上がるように熱い。
全身から流れる血液が蒸発を始め、赤い霧となって舞い上がった。
ポコポポと皮膚が沸き立つ。血管中の血液が文字通り沸騰している。
その影響か、皮膚は赤熱化したように赤く染まり、全身の血管を浮かび上がらせた様はさながら赤鬼のようであった。

ボンバーガール。
爆ぜて刹那と消えるが定めの夜の華。
刹那を燃やし尽くし今のみを生きる女は炎その物と化した。
膨張する宇宙のように爆発的な彼女の成長は、ここに最高潮を迎えていた。

「だったらぁあよぉおおお!!! くぉれはどーーーだぁぁアアハッハハハアッッッッ!!!」

熱の影響か、呂律のまわらない口で狂ったような勢いで叫ぶ。
焼いて焼いて焼き尽くす。
五月雨の如く次々と打ち放たれる花火の連射。
もはや種類すら問うておらず、ありとあらゆる花火を産み出しては導火線に点火して行く。

それは、この世の物とは思えない幻想的な光景だった。
砕け散った空、その欠損を埋める様に鮮やかに輝く光の華。
まるで世界の最期を彩る花火の博覧会だ。

「くっ…………あっ…………ッ!!」

だが、やられている側としてはその光景を美しいなどと呑気に言ってはいられない。
戦力差はアリとゾウなんてものじゃない。
ただ一方的に攻撃を防ぐこともできず、ただ爆風に身を晒していた。

何度も爆風に晒され、何度もゴミみたいに吹き飛ばされる。
正直、まだ生きているのが奇跡だ。
吹き飛ばされている本人ですら、何故まだ自分がまだ五体無事であるのか不思議なくらいである。
けどまあ生きてるんだから、抗わなくちゃ嘘だろう。

「こッ……………のォォォォォおおおおおお!!!」

転がり地を舐めるように滑りながら、意識だけを飛ばして反撃に転ずる。
形成するのも煩わしい。固めただけの氷を礫として飛ばす。

散弾銃の如く放たれた氷礫。
だが、それらは敵の下に届くことすらなく、空中で溶け落ちた。

「な……………っ」

その光景に言葉を失う。
ボンバーガールは何をしたわけでもない。
ただ彼女の周囲に漂う異常な熱気が氷を溶かしたのだ。
もはや、氷では触れることすら叶わないだろう。

銀景色は完全に立ち消え、周囲は一面の炎に染め上げられていた。
環境を変えられる強みも失われた。
炎の魔人に氷は通じず、反則技(ドーピング)も切れた。

それはつまり、ユキにはこの怪物を倒す手段が残っていないという事。
完全に打つ手がなくなった。
諦めないだけじゃどうしようもないことがある。

だからと言って諦めるのか。
否。否である。

ならば考えろ。
考えろ、考えろ。
できる事を考えろ。

悪党ならどうする。
父ならどうするのか。
彼なら、どうするのだろうか。

だが、敵は答えが出るのを待ってなどくれるはずもない。
花火の大嵐は絶えず降り続け。
放物線を描いた花火が背後でひときわ大きな爆発を起こした。

前方に吹き飛ばされる。
転がるユキの体が何かに当たって停止した。

152THE END -Revolution- ◆H3bky6/SCY:2019/08/01(木) 00:31:05 ID:MaW0cf7s0
「よぅ」

サッカーボールのように腹部を思い切り蹴り飛ばされる。
細身の体が宙を舞い、胃液を口から巻き散らしながら地面を数度バウンドして転がった。

「オラオラァ!! どうしたぁ!? 立ぁてよッ! ここまで来て萎えさせんなよなぁ!?」
 戦うんだろ? だったら立って戦え。戦い続けようぜ、世界の終りまで……ッ!!」

戦いづ続けたまま世界と共に終わる。
祭りの終りの侘しさなどない永遠の祭り。
それは彼女の望む、最高の終焉だ。

その願いは一人では達成できない。
だからこそ、目の前の相手にその役割を強請していた。

半端な終りなんてまっぴらごめんだ。
彼女のように、彼のように、途中下車するなんて許さない。
ユキにはここまで引き上げた責任を取ってもらわなくてはならない。

「く……ぅ…………ゲホッ! ゲホッ!」

ユキは立ち上がることもできず、端から胃液が垂れる青白い唇を震わせ、苦しそうに咳き込んだ。
震える手で身を持ち上げ、四つん這いのまま顔だけを向けて侮蔑を籠めた瞳で睨み付ける。

「――――――付き合ってらんないわ。あなたの感傷に私を巻き込まないで」

血の混じった唾と共に、乱暴に吐き捨て口元を拭った。

一瞬の空白を置いて、珠美の目が見開かれる。
その言葉が、彼女の触れてはならない所に触れてしまったのか、冷や水を浴びせかけられたように動きが止まった。

だが、それも一瞬。
その冷めた瞳に再び別の火が灯った。
それは憎悪だ。
憎悪の炎は爆発的な勢いで広がる。

「よく言った――――――なら、今死ね」

ボンバーガールが片腕を掲げる。
辺り一帯を容易く焼き尽くす程の、ひときわ大きな火薬玉が生み出されてゆく。
恐らくそれが爆発した時点でユキに助かる術など無いだろう。

今のユキにそれを止める術など無い。
立ち上がる事すらできない彼女にできる事と言えば力なく指を掻いて地面を握り絞める事だけだった。

「…………私は死なない。こんなところで死ぬもんか……!
 私は悪党を継いで、舞歌たちを弔って、九十九や新田くんと生きるんだ!」

一握の砂を握りしめ、少女が吠える。
両親を殺され復讐に生きた。
だが、家族を得て、友と出会い、恋を知った。
過去に囚われていた少女は未来を叫んだ。

「――――違うね。テメェは、ここで…………死ぬんだよッ!」

師匠も、戦友も、弟子も全てが女を過ぎ去った。
全てを背負いながらも女は過去など見ず、未来など見ず、刹那的に生きてきた。
己を貫き通す事こそ、全てに報いる事だと信じながら。
現在を燃やし続ける怪物は終わりを叫ぶ。

そして、最期の瞬間が訪れる。
この刹那に彼女たちの人生(すべて)が交錯する。

崩れ続ける世界すら気にならない。
互いの視界に移るのは互いだけ。

怪物は高らかに笑いながら、掲げた腕を振り下ろし。
見上げる少女は腕を上げる事すらできず、歯を食いしばって敵を睨み付けた。

互いの存在意義が凍り燃え尽きる。

瞬間。

「な………………………………ぁ?」

ボンバーガールの全身から炎が噴き出した。


放たれるはずの火薬玉が空ぶるように地面に転がる。
珠美は呆然と自らの全身に燃え広がる炎を見下ろしていた。

パチパチと弾けるような音が体の中から響く。
炎は表面ではなく、彼女の内側から漏れ出していた。

視線を移し足元に跪く少女を見つめる。
その目が、これは意外な事など何もない結末だと物語っていた。

ユキの能力は冷気を操る事である。
冷気を操るという事は、冷気を与えるだけでなく冷気を奪う事も出来るという事だ。

ユキにボンバーガルを倒す手段はなかった。
そう正しく理解したユキは、ボンバーガールの自爆を誘発したのだ。

過熱を続ける敵を冷却するのではなく、冷気を奪って自滅を誘う。
珠美を焼いているのは、自らを焦がす業火だった。

153THE END -Revolution- ◆H3bky6/SCY:2019/08/01(木) 00:33:53 ID:MaW0cf7s0
「はっ…………正義の味方の戦い方じゃあねぇな」

皮肉を込めてそう呟き、力なく倒れた。

「当然よ――――――――悪党だもの私」

それもそのはず。
彼女は正義の味方などではなく、悪党である。

この戦いは初めから彼女のどこかで望んでいた正義と悪の戦いなどではなかった。
圧倒的だったボンバーガールに敗因があったとするならばそこに尽きる。

狂ったような風が吹き付けた。
世界が崩れてゆく。
地面の揺れはもはや止まる気配すらない。
恐らくこのまま終わるまで続くのだろう。

既に視界に入る範囲の大地が崩壊を始めていた。
もはや孤島は半分以上が消滅し、中央部を残すのみだ。
崩壊は加速度的に続いており、ここに至るのも時間の問題である。

珠美は黒く炭化した自らの手足のように崩れ落ち始めた空を眺めながら。
最後の敵に問いを投げる。

「…………なぁ、この戦いに意味はあったと思うか?」
「………………………」

それは、この戦いのみを指示したものではないだろう。

この地で何かを得て何かを喪った者。
この地で何かを喪って何かを得た者。
二人は似た者同士で対極だった。

だからこそ、この相手に問いたかった。

全ては一人の男の都合によって行われたバカげた祭りだ。
巻き込まれた者たちは、その都合に踊らされていたに過ぎない。
失うものはあれど、勝ち残ったところで与えられるものなどなく。
この戦いの果てにある意味は。

「なかった、とは思いたくはないわね…………」

意味があったのかは分からない。
それでも、戦ったのは彼女たちだ。
意味があったかどうかを決めるのは、これからの彼女たち次第なのかもしれない。

「………………………………だよな」

線香花火が夏の終わりを告げるように、静かに炎が燃え尽きる。

ユキはそれを見届けることなく、ダムの中央に向かって駆けだした。
だが、ふらつく足元ではこの揺れの中をまともに進むどころか立っている事すら難しい。
倒れそうになりながらも、なんとかダム壁まで辿りつき、崩れた壁を根性で乗り越えた。

ここまでくれば後は一直線だが、中央の穴まではそれなりに距離がある。
先ほどの赤子が這うような速度では確実に崩壊までに間に合わないだろう。

「だったら…………ッ」

四足のまま、薄い氷を地面に張った。
今の状態で張れる氷はこれが限界だがそれで十分だ。

今できる全力を籠めて乗り越えたばかりの壁を強かに蹴った。
発射される。
氷上を滑りながら、常に前方の地面に最低限の氷を展開させ、ボブスレーのように細かズレは体重移動で制御する。
これならば走るよりも早い。
崩壊に追いつかれることなく、穴の開いた中央へと辿りつけた。

だが、緊急だったという事もあり、どう止まるかなど考えていなかった。
急造の弾丸ソリに上手く減速する方法などない。

強引に氷の道を作る手を止める。
道が途切れ強制的に急ブレーキがかかり滑走が止まった。
だが、勢いまでは殺しきれず、つんのめるように転がった。

「ぉ、ぉ、ぉ、ぉぉお!!?

地面を転がり、ポカンと開いた底の見えない穴の寸前で停止する。
あと少しで底の見えない暗闇に真っ逆さまだった。
あれほどの激戦を潜り抜けて、そんな間抜けな死に方をしたら笑うに笑えない。

154THE END -Revolution- ◆H3bky6/SCY:2019/08/01(木) 00:34:14 ID:MaW0cf7s0
「…………セーフ」

着地で泥まみれになったが、そんなものは今更だ。
すぐさま顔を上げて、穴の周囲を確認すると一部の土がこれ見よがしに剥げている箇所を発見した。
そこには五つの空きスロットと、すでに埋まった三つのスリットが在る。

恐らく亜理子がやったのだろう。
何をすべきか、分かり易く誘導されているようである。
普段は苦手な相手だが、こういう所は本当にありがたい。

九十九から渡されたデータチップを荷物から取り出す。
森茂の首輪の中にあったと言うそれは地獄から抜け出すチケットだった。

すぐ近くで地面が崩壊したような轟音が響いた。
ダム壁に囲まれているここからでは外の様子は確認できないが、時間がないのは確実だ。

スリットにカードを差し込もうとする。
だが、それだけの単純作業が、地面が揺れる中で感覚のなくなった指先で行うにはなかなかに難しかった。
なにより急がなければならないという焦りが苦戦を誘発する。

(焦るな…………焦るな……………ッ)

必死に頭を冷まして心を落ち着ける。
焦らず、慎重に。
指先の震えを抑えてスリットへカードチップを合わせる。
努めて周囲の崩壊を気にせず、ゆっくりと、指を押し込む。

カチと、音を立てカードが刺さった。

これでいい、はずだ。
後は亜理子たちがそうしたように、箱舟が現れるのを待つしかない。
後方では土砂崩れのような音がした。
数秒が待ちきれないほどに長く感じられる。

程なくして、穴の底から四角い箱が現れた。
同時に周囲を取り囲むダム壁が壊れたような音。
世界崩壊がすぐそこまで迫っていた。

ゆっくりと開いた扉に向かって飛び込むようにして乗り込む。
勢い余って壁にぶつかった。
早くボタンを押さなくてはと、ぶつけた鼻も気にせず振り返った所で、ユキの入室を検知したのか、自動で扉が閉まり始めた。
閉まる扉の隙間から見えた、崩れ落ちる世界最後の光景が。

ガタン。
断ち切るような音と共に世界との繋がりが閉じられる。
同時に浮かび名がるような感覚があった。

地獄にたらされた蜘蛛の糸を登る箱舟が上昇を始めた。

ここに生きた全ての死を引き連れ崩壊する世界を置き去りにするように。

【火輪珠美 死亡】

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155THE END -Revolution- ◆H3bky6/SCY:2019/08/01(木) 00:36:31 ID:MaW0cf7s0
地上で最後の決着があった頃、月の戦いも最終局面に入ろうとしていた。
ここに辿りついた者たちは、あるいは意図的に、あるいは意図することなく、それぞれの役割を果たした。
世界は暴かれ、ワールドオーダーという男も暴かれた。
後は最後の一人。

「――――――話は終わったか」

こんな状況とは思えぬほどに落ち着いた、静謐さすら感じさせる声だった。
眠っていたように沈黙を続けていた少年が、片方になった瞳をゆっくりと開く。

「とりあえず、アンタらの用件が済むまで案山子になってた。先輩からそう言われてたからな」

ユキと九十九の帰りを待ち二人きりになった折に、亜理子からそう言い聞かされていた。
彼はそれに従い大人しく、一人で集中を高めていた。
その態度に気分を害するでもなく、ワールドオーダーは陽炎のように薄く微笑む。

「さて、新田拳正。君は何を担うのか――――」

「――――知らねぇよ。テメェと問答をするつもりはねぇ。俺は、お前の正体にも事情にも一切興味がねぇ」

事実、拳正は少女たちとワールドオーダーとのやりとりなど、そもそも聞いてすらいなかった。
ワールドオーダーの問いなど無視して、布ずれの音を立て包帯変わりに巻き付けていた布きれを解いてゆく。
裂傷、骨折、失明。これまでの険しい道程を想起させる傷跡が露わになる。
拳正は少しだけ身軽になった体を確かめる様に手首一つ振って、大きく息を吐いた。

「俺はただ――――お前をぶん殴りたいだけなんだよ」

少年の行動原理はただそれだけ。
半弓半馬に足を開き、放たれる弓の如く拳を引く。
駆け引きも言葉の裏もない。宣言通りの正面突破の姿勢である。

これ以上ないほど前掛かりに落とされた重心は、今からお前を殴りに行くというこれ以上ない意思表示だ。
その余りにも実直な在り方に少しだけ驚いたように目を見開き、眩しい物を見たように目を細める。

「この世界、最後の結論がそれか」

問答を否定する少年に、世界を支配し続けた男は感情のない声で呟く。
有史以前。宇宙開闢以前より続く、気の遠くなるほど長い長い妄念の果て。
辿りついた最果ての答え。
待ち望んだその答えを前に男は。

「うん。シンプルでいいね」

これまでの張り付いたような笑みとは違う憑き物が落ちた穏やかな笑みで応じる。
手練手管を操り暗躍を繰り返した複雑怪奇な男には決して辿りつけない結論。
対極の答え。
だからこそ――――。

「では、僕もその流儀に倣って応えよう」

手を振りあげた男の動きに合わせて、周辺の調度品が意思を持ったように浮かび上がった。
拳正は視線だけで全体を一瞥する。
一瞬で取り囲まれた。いや、最初から取り囲まれていた。
伏兵は無機物故に気配すらなく、その出現を察するのは不可能に近い。

ワールドオーダーの持つもう一つの能力『自己肯定・進化する世界(チェンジ・ザ・ワールド)』 によって事前に仕込まれた無機物への設定付与。
事前に仕込んでおいたそれらを、一斉に起動させる。

あの一ノ瀬空夜ですら殺しきった戦術である。
手心など加えない、勝利を譲るつもりなど微塵もなく、全力を以て叩き潰すつもりだ。

「なぁ先輩。あんた防御は得意か?」

唐突に、振り返ることなく少年が背後の少女に声をかけた。

「得意って程じゃないけど……シールドくらいは張れるわ。どうするの?」

手に持ったファンシーな魔法のステッキを振って応じる。
少年はその様子を振り向くことなく、そうかと答えて。

「なら九十九を頼む。流れ弾が来るかもしれねぇから、隅で守りを固めといてくれ」
「……構わないけど、多分長くはもたないわよ?」
「問題ねぇよ。長引きゃしねぇ、一撃で終わる」

一撃必殺。
堂々と宣言されたその言葉に、仇敵が嗤った。
楽しみを前にした子供ような笑みだった。

「一撃でいいのかい?」
「ああ、一撃で――――――ぶっ殺す」

幼馴染の冷徹な声に、唾を呑んだのは九十九だった。
普段の気質の荒さから意外かもしれないが、拳正は『殺す』と言う言葉を脅し文句として口にしたことがない。
両親の死を体験した拳正は無意識化における忌諱からか死を軽い物として扱わない。
拳正にとって死は『結果』に過ぎず、それ自体を『目的』とすることは決してなかった。
それを知っていたから九十九も努めて冗談ですら口にしまいと誓っていた。

そんな拳正が今、必殺を口にした。
本人すら無自覚であろうその重みを、少女だけが理解していた。

156THE END -Revolution- ◆H3bky6/SCY:2019/08/01(木) 00:36:57 ID:MaW0cf7s0
乾いた空気に見守る誰もが息を呑んだ。
緊張感が高まり、それに応じる様に地面が微振動を繰り返す。
部屋の外が崩れたような音がした。
そんな中で、対峙する二人だけが平静を保っていた。

少年は射抜くような目で敵を見据え、肺が空っぽになるほど深く息を吐く。
意識は深く沈み、肉体は闘争に向けて最適化される。
拳を固め一撃に全てを懸ける。

対する男は全くの自然体。
構えるでもなく、常と変らぬ笑みのまま敵を迎え入れるよう両手を広げる。
その周囲を絵画や石膏像が様子を窺うように揺れながら浮かんでいた。

「――――――――では、決戦といこう。この世界最後の戦いだ」

全ての生、全ての死、全ての命。
この地、この世界、この物語は、全てここに至るためにあった。

一際、大きな揺れがあった。
それを合図にしたように、最終決戦の火蓋が切られる。

烈風が吹きぬけた。
一足目は軽く、地面の揺れなど意に介さず、朝の一歩を踏み出すような自然さで音もなく。
二足目は早く、高らかな踏み込みの音は、地鳴りを引き裂き、部屋全体に響き渡った。
その身は一陣の風となる。
達人を身に宿したことで最適化された肉体は一切の無駄なく体を運ぶ。

シールドを張りながら遠ざかっていく背を見て、まるで水中を泳ぐ魚のようだと亜理子はそう思った。
止まれば死ぬかのような勢いで少年は駆ける。

飛び出した拳正に向かってワールドオーダーが指揮者のように腕を振り下ろす。
それに従って周囲の調度品たちが一斉に襲い掛かった。
四方から襲いくる刺客たちを前にしても拳正の動きは変わらず、ただ前へ。

背後からは火の付いた燭台が槍の如く飛来する。
だが弾丸のように突き進む拳正は早く、燭台は追いつくこともできずその背後に置き去りにされる。

横合いからは拳正の動きを追って、丸ノコのように回転する複数の絵画が弧を描く。
首を狩らんと襲い掛かるそれを、止まることなく最低限の動きで避ける。
目の前を過ぎる風切音を瞬き一つせず見送った。

正面に飛び込んで来たのは、頭から飛び込んでくる石膏像だった。
最短距離を直走る拳正の真正面の軌道。
このまま進めば正面衝突するだろう。

だが、拳正は軌道を変えない。
勢いを緩めず、ミサイルのように向かいくる石膏像を左腕で打ち払う。
石膏像が砕け、破片となって巻き散った。
その代償に左拳も砕けた。
赤い血液が舞い、開放骨折したのか白い骨が露出する。

それでもその足は止まらない。
引き絞った右拳だけは握り締めたまま。
些事には構わず視線は一点、倒すべき敵だけを見据えていた。

何者も少年を止める事が出来ず、彼我の距離は残り一歩半にまで迫った。
だが、壇上を目前としたところで、その歩みが初めて僅かに鈍った。

その頭上に影がかかる。
天井から落下するシャンデリアだ。

そのまま進めば潰されるだろう。
流石にこれには堪らず、足を緩め衝突のタイミングを回避する。

「ぐっ……………!!」

だが、足が鈍った瞬間、後から追いついた燭台が強かに背を打った。
同時に、円を描いて戻ってきた絵画が左右から襲い掛かる。
それらを蹴りで打ち払い直撃は防いだものの、足は止まった。

そこに巨大な影がかかった。
見れば、左右の巨大な大理石の柱が音を立てへし折れ、拳正に向かって倒れこんでいた。

炸裂するような衝突音。
石柱がぶつかり合い、その中心にいた少年が砕け散った巨大な破片に飲み込まれる。
大理石の欠片が散らばり、シャンデリアのガラス片が舞う。

全てが圧殺される絶望的光景。
その凄惨な光景に探偵は顔をしかめた。
そして、息を呑んで見守っていた少女は身を乗り出して叫んだ。


「ッ――――――――――拳正ぇ!!!」


それは目の前で起きた絶望を嘆く叫びではない。
いつだってそうだ。
少女が少年の名を呼ぶときは、その尻を叩いて叱咤するときである。

157THE END -Revolution- ◆H3bky6/SCY:2019/08/01(木) 00:38:24 ID:MaW0cf7s0
折り重なった瓦礫とガラスの山。
破片が積み重なったそこに偶然生まれた僅かな隙間があった。

その隙間から、地面を舐めるようなすれすれの体勢で少年が姿を表す。
潜り抜ける。
それは八極拳の動きではなく、どこか曲芸じみた、どこぞの殺し屋を彷彿とさせる動きだった。

現れた少年の額からは、縫い合わさせた裂傷が開いたのか夥しい量の血が流れていた。
飛び散ったシャンデリアのガラス片がチクチクと全身に刺さっている。
倒れこんだ柱がぶつかった左肩も完全に骨が砕けており、潰された足の甲の骨折も悪化していた。

だが、それがどうした。
右腕だけは死守した。
敵は眼前。
止まる理由などどこにもない。

勢いよく頭を振って上体を無理矢理振り起こした。
そうして最後の一踏みを踏み出す。

だが、その踏み込みの刹那。


「――――――『攻撃』すれば『死ぬ』」


――――世界が変わる。


世界を思い通りに塗り替える創造主の力。
訪れるのは他者を攻撃するモノが死する、争いを許さない安寧と平穏と死の世界。
たった一言で、少年のここまでの歩みを水泡に帰す無慈悲な革命だった。


「――――――――――――そうかよ」


少年は一言。

興味なさ気に吐き捨てて、なんの迷いもなくそのまま最後の一歩を踏み込んだ。

世界の都合など知った事か、そんなモノで彼の都合は変えられない。
世界が変わろうが新田拳正を貫き通す。
それが新田拳正の在り方だ。

地面に足跡を刻み付ける程の震脚がワールドオーダーの待つ壇上へと刻まれた。
踏み込んだ地面の反発のみならず、己が内で燃え続けた炎を爆発させこの拳に込める。

その拳には全てが乗っていた。
彼が駆け抜けた30メートルの重みも。
彼が駆け抜けたバトルロワイヤルの重みも。
彼が駆け抜けた17年の重みも。

己が全てをこの一瞬のための燃料としてくべる。

放たれたのは何の衒いもない崩拳だった。
その拳は吸込まれるように真正面から胸部を打ち抜いた。

瞬間。衝撃が体内で爆発する。
東、西、南、北、乾、坤、艮、巽。世界を示す八方、その極限にまで至る大爆発。
――――即ち八極。
それは正しく世界を破壊せしめん一撃。

創造主の胸骨は砕かれ、心の臓は一撃の下に破裂した。
倒れこむ支配者は競り上がる血に喉を詰まらせながら、声にならない呻くような声で。


「…………これで………………THE ENDだ」


吐き出す塊のような血液と共に満足そうに物語の終わりを告げて、世界の敵は絶命した。
全てを終わらせたのは、歪な創造主が自らを殺すべく授けた異能などではではなく、武と言う人間が地道に積み上げた研鑽。
誰の手にだってある、握り固めただけの拳だった。

そして世界を終わらせた少年もまた、拳を突きだしたままの体勢でぐらりと前へ倒れこむ。
己が我がままを貫き通した代償を支払うように、少年もまた世界の法則に従って絶命した。

これが、この物語の終わり。

158THE END -Revolution- ◆H3bky6/SCY:2019/08/01(木) 00:39:47 ID:MaW0cf7s0
ワールドオーダーと言う世界が崩壊する。
同時に、これまで以上に大きな揺れが大広間を襲った。

「ッと…………まずいわね、ご丁寧にもここも崩れ始めたわ」

倒れないようバランスを取りながら亜理子が崩れ始めた天井を見上げた。
悪の首領と共に敵の本処置が崩れ去るというのは定番ではある。
そんな仕掛けがあった訳ではないのだろうが、出来過ぎなタイミングだ。
柱が崩れたのも相まって、長くは持ちそうにない。

だが、出口までの障害はもう存在しない。
後は駆け抜けるのみである。

「急ぐわよ」

亜理子が急かすように九十九を促す。
だが、物言わぬ拳正に駆け寄った九十九は涙を湛えたまま首を振った。

「ダメです! ユッキーがまだ…………ッ!
 それに拳正だってこのままには…………!」
「わかってるわ。だから急ぐのよ」
「え…………?」

九十九の言葉を遮って亜理子がこれからについて取り急ぎ指示を出してゆく。
戸惑いながらも九十九はその指示に頷き、涙をぬぐってすぐさま行動に移した。

戦いはこれで終わったのだ。
それなら、後はやるべきことなど決まっている。

最高の結末を目指すのみだ。

【新田拳正 死亡】
【ワールドオーダー 死亡】

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159THE END -Revolution- ◆H3bky6/SCY:2019/08/01(木) 00:43:42 ID:MaW0cf7s0
ユキを乗せたエレベーターが月へと到着する。
その到着音は地鳴りの音に紛れまともに聞こえることはなかった。

ユキが揺れる暗闇の大地に向かって、躊躇うことなく飛び出して行く。
こちらも崩壊が始まっているのか、地上程ではないにせよ揺れは無視できない領域に達しようとしている。
ここまでエレベーターが正常に動作したのが奇跡だと言っていいほどだ。
既に躊躇っていられる状況ではない。

エレベーター内で人様にはお見せできないくらいに全力で身を投げ出して息を整えた。
それでも歩くのが精一杯という程度だが、そのくらいには回復できた。
急ぎ九十九たちと合流を計りここから脱出せねばならないのだが。

「と言っても…………」

どこに向かえばいいのか。
目の前の通路はT字に別れており一本道ではない。
この状況で道を間違えれば、引き返す間もなく崩壊に巻き込まれてお陀仏だ。

ユキは知る由もないが、その通路の様子は亜理子たちが通過した時とは様変わりしていた。
世界崩壊の余波か、それとも管理者の消滅の影響か、誘導が機能していない。

ゴゴゴという重低音が腹の底を震わす。
乖離した天井がハラハラと雨の様に落ちてきていた。
今のユキでは立っているのが困難なほどの揺れが続く。

だが、迷っている暇もない。
止まっていれば無駄死にするだけだ。
ならば一か八かでも動かねば、と勘に身を任せようとしたところで、ひときわ大きな揺れがあった。

「きゃ…………ッ!?」

バランスを崩してその場に倒れる。
倒れた拍子に腕に撒いていたリボンが解けた。

「あっ…………!」

それは親友に託された約束のリボン。
とっさに掴もうとした伸ばした手をすり抜け、風など吹いていない室内でひらりと宙を舞った。

リボンは片方の通路に音もなく落ちた。
それはただの偶然でしかないのだろう。
だが、それはまるで、いつまでもお節介な友人が導いてくれているかのようにユキは感じられた。

「ありがとう……舞歌」

それは都合のいい妄想だろう。
だけど、リボンを拾い上げたユキはその導きを信じて通路を進んだ。
元より根拠などないのだ、それなら自分の信じたいものを信じたかった。

いつ崩れるとも知れない道のりを、焦らず確実に壁に手をつきながら一歩ずつ進む。
天井が剥げ、落ちて来た拳大の岩が目の前に落ちた。
地面がひび割れ、段差に躓きそうになる。

それでも何とか運よく致命的な傷を負うことなく、幾つかの角を曲がったところで荘厳な扉に突き当たった。
ここから先はない。ここがゴールだ。
外れだったら潔く死ぬしかない。
開き直りのような心境で扉に手をかける。

「重っ……い」

分厚い木の扉は多少押した程度ではビクともしなかった。
満身創痍の状態では力がうまく入らない。
なぜこんな無駄に巨大な扉を拵えたのか。
バリアフリーを考えろというのだ。

「っ……こなくそっ…………!!」

最後は気合と根性で全体重をかけて扉を押す。
ズズズと引きずるような音を立て扉が開け放たれた。
そこで、ユキは余りにも予想外なモノを見た。

「………………えっ」

扉を開いた先に広がっていた光景を目の当たりにして言葉を失った。
その視線の先に座り込んでいた少女二人が、扉を開いた体勢のまま呆然としているユキに気づく。

「あッ! ユッキーっ! よかった…………!」
「……ギリギリね。けどタイミングとしては悪くないわ」

汗をぬぐい冷静につぶやく亜理子とは対照的に九十九が慌てて立ち上がるとユキへと駆け寄る。
揺れる地面に転びそうになりながらユキの元までたどり着くと、全身火傷に泥まみれの姿を認め驚きの声を上げた。

160THE END -Revolution- ◆H3bky6/SCY:2019/08/01(木) 00:47:19 ID:MaW0cf7s0
「ちょ、ボロボロだよ!? 大丈夫!?」
「大、丈夫…………じゃない、かも」
「おっ……わわっ」

友達の顔を見て力が抜けたのか、ユキは九十九に寄りかかるように体重を預ける。
大丈夫とカッコつけたい所だったが、限界なんてとっくに超えていた。
正直、気力だけで意識を保っている状態である。

「ダメでも早くこっちへ! ここもいつ崩れるかわからないんだから、さっさと脱出するわよ!」

そう言いながら荷物を背負った亜理子が奥にある扉へと向かってゆっくりと歩き出した。
断続的な揺れも酷くなってきた。
言葉の通り、もう時間の余裕はないだろう。

「歩ける? 行ける?」
「うん。なんとか、けど肩を貸してもらえる」
「もちろんだよ」

九十九の肩を借りながら、ユキも出口へと向かう。
程なくして三人の少女が扉の前へと辿りついた。
それぞれがドアノブへと伸ばし、三人の少女の手が折り重なる。
既に広間の天井は完全に崩れ、宇宙の様な底の見えない暗闇が空に覗いていた。

「それじゃあ、行くわよ」

頷き合って、少女たちが明日に向かう扉を開く。
開いた扉の先から眩しいばかりの光が射しこんできた。

どうやら完全に夜は明けたようだ。

光に向けて少女たちは歩き出す。
望む世界に辿りくために。

【音ノ宮・亜理子 生還】
【一二三九十九 生還】
【水芭ユキ 生還】

【バトルロワイアル会場 世界崩壊】

【オリロワ2014 了】

161THE END -Revolution- ◆H3bky6/SCY:2019/08/01(木) 00:48:23 ID:MaW0cf7s0
投下終了です。ありがとうございました

これにて本編は終了、あとエピローグが1話あります
よろしくお願いします

162 ◆H3bky6/SCY:2019/10/15(火) 22:04:24 ID:o0vlMkng0
お待たせしました
オリロワ2014エピローグを投下します

163エピローグ -それからとこれから- ◆H3bky6/SCY:2019/10/15(火) 22:05:40 ID:o0vlMkng0
「結局、何だったんですかねあの戦いって」

孤児院を望む小高い丘の上で、草原が波立つ牧歌的な風景を眺め見つめながら私はふとそんな言葉を呟いた。

雨と日差しを避ける簡素な屋根の下に木製のテーブルとチェアが並んでいる。
空ではゆるやかに雲が流れ、雲の切れ目から降り注ぐ日差しが大地を斑に照らす。
二つ並んだティーカップの湯気が吹き付ける風に流れ、すっかり長くなってしまった髪が揺れた。

ここは多忙な日々に忙殺されそうになった時に私が逃げ込むサボり場である。
最近は仕事にも慣れてきて、ここに逃げ込むことも少なくなってきたけれど、今でもいい気分転換の場として重用していた。

そんな隠れ家で、私は久方ぶりに出会う来客をもてなしていた。
もてなしと言っても、テーブルに並んでいるのは安物のお菓子とお客様が持参したお土産の紅茶だけれど。

太陽の下、対面に座る美女が涼しげな顔をしながら、黒タイツに包まれたスラリとした足を組みかえる。
知性を感じさせる切れ長の瞳を細め、優雅な所作で紅茶を啜ると、ふぅと一息ついてカップから薄い唇を離す。

「あら。どうしたのいきなり」
「どうってことはないんですけど。あれから5年も経った訳だし、ちょっと聞いてみようかなって」

私の言葉に、美女はどこかに思いをはせる様に空を見上げた。
何年経とうとも変わらぬ深く澄んだ蒼い空を見つめ、独り言のように呟く。

「そう、もう5年か…………早いものね」

世間も新らしい年号にも慣れてきた2019年10月。
すっかり秋めいた風が吹く季節の変わり目。

あれから5年の歳月が過ぎた。
未だ世界は終わることなく続いている。

「5年も経ったのだし、社長業も板についてきたんじゃなくて?」
「いやいやぁ、まだまだ慣れない事ばかりで日々勉強ですよ」

そう。私、水芭ユキは正式に悪党を継いだ。
今の私は悪党商会3代目社長としての日々を送っている。

本当に毎日が目が回るような忙しさの連続で、そりゃあお父さんも前線から退き隠居するという話だ。
こうして優雅にお茶を楽しむ余裕が出来たのもごくごく最近の事である。
まあ今だって書類仕事を抜け出してきているのだが。

もちろん、ここに至るまでの道のりは順風満帆とはいかず色々なことがあった。
この5年、それを少し振り返ろう。

164エピローグ -それからとこれから- ◆H3bky6/SCY:2019/10/15(火) 22:07:21 ID:o0vlMkng0
――――5年前、私たちは一人の男が計画した殺し合いに巻き込まれた。

振り返ってみれば、何故自分の様な半端な覚悟の小娘が生き残れたのか不思議なくらいの壮絶な地獄だった。
生き残れたのは自分が優れていたから、などと己惚れるつもりはない。
単純に廻り合せがよかっただけだろう。
なにより、その場で出会った仲間の、親友の、父の、あるいは仇敵の、様々な人の助けがあったからこそである。

そうして、元の世界に帰還したものの、戻った世界は混乱の真っただ中に陥っていた。
私たちの巻き込まれた殺し合いは世界各地で同時多発的に行われたワールドオーダーによるテロ行為の一つでしかなかったらしく、世界各地で多くの人間が神隠しとしか言えないような謎の失踪を遂げていた。

巻き込まれた人間の殆どが帰ってくることはなく、むしろ1日で解決をみた私たちの事件こそ珍しい事例だった。
つまり、私たちは貴重な生還者であり事件の詳細を知る希少な存在となった訳である。

その事実が明らかになれば面倒な事に巻き込まれるのは目に見えていたのだが、幸運にも生還者の中にその手の情報操作に長けた人物がいた。
隠すまでなく、その貢献者こそ目の前で紅茶を啜っているこの先輩な訳だが。

先輩の尽力により私たちの事件は表沙汰になることなく処理され、その手の面倒に私たちが巻き込まれることはなかった。
だが、それは同時に、細かい検証をしている余裕がないほど世間が混乱していたという証拠であり、あれほどの事件が有耶無耶になるほど世界が無茶苦茶になっているという証左でもあった。

それに世間的には有耶無耶になったとしても、個人的には有耶無耶にはできない事もある。
生き残った者の責任として、あの地で散って行った者たちの訃報だけは遺族の下に届ける義務があった。
流石に全員とまでは行かないが、せめて親友や仲間の家族には話せる範囲で事情を伝えて回った。

愛する家族の訃報に、皆一様に嘆き悲しんだ。
特に娘と息子を同時に失った尾関姉弟の両親の慟哭は今でも忘れられない。
失われたモノの大きさをまざまざと見せつけられた瞬間だった。

ただ、両親を失い天涯孤独の身である朝霧舞歌の訃報だけは誰にも届ける事は叶わなかった。
孤児院の裏にある広場に括り付けられた色あせたリボンだけが彼女を弔う墓標である。
吸血鬼の墓にしては、少し日当たりがよすぎるけれど、そこは許してほしい。

そして、偉大なる大悪党の死を伝えるのも、私の役目だった。
通いなれた別邸を訪ね、よく見知った面々に頭を下げながら、真実を打ち明け訃報を届けた。
彼の大悪党の死には私にも大いな責任がある。
何より、どのような理由があれ手にかけたのは私だ。その事実から逃げることだけは許されない。

その事実を、大悪党の妻は取り乱すでもなく粛々と受け入れた。
恐らく、常より覚悟していたのだろう。辛くないはずがないのに。
家族の誰もが一言もこちらを責めることなく、むしろこちらを気遣う様子すら見せた。
だからこそ、私にとっては辛かった。

大悪党の実子たちは全員が裏稼業から切り離されてた生活を送っている。
悪党商会の後継者争いは幹部たちだけで行われてきたのはそのためだ。
それが大悪党の望んだ世界であり、彼らの生きる表と自分の生きる裏、全ての世界を護ろうとしていた理由の一つなのだろう。
その役割を継ぐという決意を、改めて強く固めさせらた。

だが、悪党商会を継ぐと言っても現実的な障害は大いにあった。
何しろ普通の高校生だった、会社の引き継ぎ方なんて知るはずもない。
それに前社長に託されたと言え、全ては誰も知らない世界での当人通しの口約束に過ぎないのだ。
証人がいる訳でもなく、念書がある訳でもない、誰が信じてくれると言うのか。

しかし、そんな弱音を吐いていても仕方がない。
半ばどうにでもなれと言う気持ちで、父の遺言に従い寮母さんに相談したところ、そこで意外な事実が判明した。
寮母曰く、一応私も末席ながら相続候補の一人ではあったらしく、こういう事態も想定していたのか手筈は既に整えられていた。
おかげで拍子抜けするほど簡単に書類上の相続は完了したが、問題は相続してからである。

悪党商会新社長の最初の仕事として、内外に社長と三幹部の失踪と新社長就任を発表する必要があったのだが。
これを受け、社長を含む上層部の一斉失踪を不安に思う声も当然のように少なからず湧いた。
そして、その後釜がこんな小娘である事に納得がいかない者も多数いた。
その結果、この政変で多くのモノが悪党商会を離れた。これは完全な私の力不足である。

165エピローグ -それからとこれから- ◆H3bky6/SCY:2019/10/15(火) 22:08:05 ID:o0vlMkng0
かつての悪党商会といえば裏表問わず双方に多大な影響を持つ巨大組織だったが、それも昔の話。
圧倒的カリスマと決断力を兼ね備えた社長の消失、のみならず組織の中核をなす幹部を失った影響は大きく、加えて社員も大幅に減少。
事業規模は大幅に縮小され大規模な方向転換を余儀なくされた。

「けれど、よくやったものね。最近の悪党商会の活躍は国外に届いてるわよ。思い切ったことをしたわね新社長さん」
「まあ、先代の遺産みたいなものですけどね。今じゃそのパテント料が主な収入元になってますし、まだまだ赤字続きですよ」

私は秘匿されていたナノマシン技術の公開に踏み切り、外部からの技術開発を積極的に受け入れていく方針を打ち出した。
利権の根っこだけ抑えて後はご自由にという事だ。
これによりナノマシン技術の研究開発は加速度的に発展してゆくこととなる。

ナノマシン関連の使用料は今の悪党商会を支える大きな収入元になっているのだが、前時代の遺産で食いつないでいる状況だと言える。
この先代に負んぶに抱っこの情けない状況を早急に打開するのが今の目標だ。
その為に、兵器開発により培われた技術を転用して医療方向に力を入れている。
悪党商会はここから盛り返していく、予定だ。

「それでよくこれだけの土地を維持できたわね。市外から外れているとはいえそれなりのモノでしょう?」
「まあ、それなりに悪どい手も使いましたからねぇ。ここだけはどうしても維持したかったので」

事業縮小に伴い維持できず、切り捨て無くなってしまったものは色々とある。
それでも何とか、この孤児院だけは維持する事が出来た。
思い入れのあるこの場所を守りたいという、これは完全なる私の我が侭だ。

そのために先代からの伝を使った裏取引や妨害工作、ちょっと表立って言えないレベルのあれやこれや、などなど手段を選ばない方法も使った。
守るべきを守るためならば『悪』にでもなる。
我らの掲げるその信念は変わらない。
故に、どれほど事情方針を転換しようとも『悪党』の名だけは掲げ続けるのだ。

「そういう先輩は、先輩は今回なんで帰国したんです?
 まさかまたこの国にワールドオーダーがいるとかですか?」

音ノ宮亜理子。元・女子高生探偵。
今は世界中を飛び回り活躍する、ワールドワイドなキャリアウーマンだ。
彼女とは定期的にメールで連絡は取り合っていたが、直接会うのはあの事件以来5年ぶりとなる、

曰く、世界に蔓延る癌を一つ一つ潰していくお仕事をしている。
主な活動は残党狩り。世界中に蔓延るワールドオーダーの残滓を狩っているらしい。

何でも、この5年間で8人のワールドオーダーを倒したらしく。
今回もそれを解決した折に帰国したとうい話らしいが、ワールドオーダーの専門家が来たという事は逆説的にこの国にワールドオーダーがいるという事ではないか。

あの悪夢の再来が繰り広げられる可能性に僅かに緊張が走った。
だが、こちらの緊張とは対照的に、専門家は優雅な所作で紅茶に口を付ける。

「違うわよ。今回はあなたたちの顔を見に来ただけ」

国外からわざわざ私に会いに来たと言うのは大した殺し文句だが、この人に言われると警戒心が先に立ってしまう。

「……そんな仲でしたっけ? 私たち」
「あら。心外ね。同じ地獄を潜り抜けた仲でしょう? 私たち」

行動を共にしていた時間こそ少ないが、あの殺し合いを生き残った仲間である。
同じ地獄を見た者同士、私の中にも同族意識のようなものがどこかにあるのは否定しない。
無駄なことをする人ではないので、帰国した目的はそれだけでもないのだろうが、この人にもそんな感傷で動くこともあるのかもしれない。

「前の事件が東南アジア方面で、久しぶりにアジア圏に来たからと言うのもあるけどね。
 懐かしい顔を見ておきたいと足を運んだわけよ」

事もなげに言うが、東南アジアと日本じゃ結構な距離があるのと思うのだが。
価値観がワールドワイドすぎて小市民には理解しがたい。

166エピローグ -それからとこれから- ◆H3bky6/SCY:2019/10/15(火) 22:08:44 ID:o0vlMkng0
「よくそんなポンポン世界中飛び回る資金がありますよね先輩」

その活動は世界平和に大いに貢献しているのだろうが、ワールドオーダー狩りとは果たして仕事として成り立っているのだろうか?
どこから世界中を飛び回る資金が出てきているのか、謎である。

「資金に困ったら適当にその辺の困っていそうな人間を見繕って、辻推理をして報酬を得ていたのよ。
 今のご時世困りごとには事欠かないものね。それなりの資産ある人間を選んでるおかげで解決後に請われちゃって。
 コンサルだの相談役だの肩書ばかりが増えるのは面倒だわ」

言いながら、ぱらぱらと多種多様な言語で書かれた名刺をテーブルに並べて行く。
そんな大道芸人の投げ銭みたいな調子で大金が稼げるのだから、真面目に働いてる人間に謝ってほしい。
そもそも辻推理ってなんだ。

「資金はともかくとして、治安とか大丈夫なんですか?
 まだまだ事件の影響で荒れてる国もあるって聞きますけど」

ワールドオーダーの起こした事件の余波で世界的に治安は悪化していた。
それこそ未だに戦時の様な状況になっている国も少なくないと聞く。

「心配しなくとも戦場の歩き方くらいは心得てるつもりよ。
 5年経っても相変わらずなところもあるし、ある程度は安定している所もあるわ。その辺はもろに国力が出てる印象ね。
 けど被害って意味じゃこの国が一番だと思うけど、その辺はどうなの?」

ワールドオーダーの引き起こした一連の騒動において最大の被害をこうむったのは我が国である。
各所に影響を与える大物がごっそりと消えたお蔭で、帰った直後の国内情勢は本当にひどい物だった。

「国内の混乱も流石に収束してきましたよ……おかげで別の混乱が生まれつつありますが」
「別の混乱…………ねぇ」

その反応からして、どうやら国外を拠点としている彼女の耳にもその噂は入っているようである。
先輩は眉根を寄せ、頭痛を堪える様に頭を押さえて首を振った。

「ホント…………なんで生きてるのかしらね、あの人。
 一時的とはいえ、所属していた身としては頭が痛いわ」

近年になって国内の情勢をにぎわすのはネオ・ブレイカーズの台頭である。
その頂点である大首領は、なんと、あの殺し合いで死亡したはずの剣神龍次郎だった。
訳が分からない。
仮に生きていたとしても世界崩壊に巻き込まれたはずなのだが、数年の沈黙を経て何故か普通にパワーアップして戻ってきた。
本当に何なんだあの男は。

そのおかげ、というのも本当になんなのだが。
無秩序に暴れる勢力はその圧倒的統率力の下に統一され、ネオ・ブレイカーズの台頭により皮肉も治安は少しだけ安定した。
といっても無秩序が秩序立った無秩序になったというだけで、傍迷惑が服を着て歩いているような男の存在はやはり迷惑千万に違いはないのだが。

「けど大丈夫なの? JGOEも解散したって話だけど」
「あー、なんか大丈夫みたいですよ? 国の主導でヒーローも働いてますし、一応新組織も台頭してきてるみたいですから」

複数の主力が抜けたJGOEは程なくして解散を余儀なくされた。
入れ替わりに立ち上がった新組織は尽くが時代の波飲まれて消えて行ったが。
近年、新進気鋭の48人のヒーローを集めたJKH48とかいう質より量だと言わんばかりのふざけた組織が立ち上がった。
そんなでも、どこかしこで事件が頻発する混沌とした時代の需要にはあっているらしく、それなりに活躍しているらしい。

「他人事のように言うけど、そう言うあなたはどうなのかしら?」
「どうって……何がです?」
「ブレイカーズよ。悪党商会(あなた)は戦わないの?」

酷薄で意地悪い笑みを浮かべた美女が、こちらを試すように問いかける。
それは、かつての復讐に囚われていた生き方をしていた私に問いかけているのだろう。

「なんてたって最強のヒーローを退けた大悪党ですもの。
 正直な話、今のあなたなら大首領以外なら相手にしたところで負けないでしょう?」
「…………うーん。そーですねぇ」

自分でも驚くほど呑気な声が出た。
この話題に対してこれほど穏やかな心持で応じる事が出来るだなんて、5年前の私なら信じられらないだろう。

「ま、今は仕事が優先ですかね」

目に余る様なら対処しますけど、と付け足して少しだけ温くなった紅茶に口を付ける。

167エピローグ -それからとこれから- ◆H3bky6/SCY:2019/10/15(火) 22:09:24 ID:o0vlMkng0
私の中でブレイカーズに対する復讐心が無くなった訳ではない。
不幸な子供を産み出す存在を許せないという思いは今だって変わらない。
だが少なくとも、ブレイカーズの存在によって国内の情勢が安定しているのは事実である。
必要『悪』として認める、それくらいの度量は持てるようになった。

復讐に人生すべてを捧げるのではなく、復讐心を忘れるのでもなく、復讐心は私を構築する一つの要素でしかない。
そう受け入れることができた。
これもまた一つの成長なのだろう。

「そう。それで、何の話だったかしら?」
「と、そうでしたそうでした。5年前の話ですよ」

横道もひと段落したところで、すっかり逸れてしまった話を戻す。

「結局、あの戦いって何が目的なんでしたっけ?」
「そこから?」

少し呆れた様な声で、頬杖をついた先輩が嘆息を漏らす。

「いやまあ、私その場にいなかったので、九十九からあらましは聞いてますけど………」

あの事件の最終局面に、私は立ち合う事は出来なかった。
何でも世界の大事な謎が暴かれたらしいが、九十九の要領を得ない説明では雰囲気だけはなんとなくつかめたが、具体的な所はよくわからなかったのである。

「『世界を終わらせる』ため、だったそうよ」
「えっと……あの殺し合いがそこにどうつながるのか、よく分からないんですけど…………?」

私達が殺し合ったところで、世界がどうなるとも思えないのだが。

「それでいいのよ。あの男に言わせれば、この世界を観測する神様の見る物語を終わらせるって事だったようだけど。
 結局のところそれが何であったかなんて理解する必要はないの、私だって理解してないんだから」
「え、そうなんですか?」

音ノ宮先輩の推理劇は快刀乱麻の一太刀だったと聞いたが。
大袈裟に九十九が話を盛ったのだろうか、奴はそういう所がある。

「私があの男に突き付けたのはあの男が信じていた真実よ、それが普遍の真実だなんて端から思っちゃいないわ。
 少なくとも、あの男は自分が成功したと確信して死んでいった。
 だから見ようによってはあの男の目論見は成功していたと言えるかもしれないわね」
「それって、大丈夫なんですか?」

多くのモノを喪ったあの戦いが勝利だったとは思わないが、あの戦いが敗北だったとも思いたくない。
全ての元凶であるあの男の目論見が成功していたと言うのならそれは受け入れがたい事である。
僅かに語気を強めたこちらの態度とは対照的に余裕を湛えた上品な所作でコンビニ売りの安いクッキーを齧った。

「大丈夫よ。その結果をあなたが気にする必要はないわ。奴の勝利は私たちの敗北はイコールじゃない、というだけの話よ」

その態度を見て、熱しかけた頭が冷めた。
この人が焦っていない以上、慌てるような事態ではないのだろう。

互いの勝利条件は両立する。
そもそも私たちにとって何が勝ちで何が負けなのか。
巻き込まれた側の私たちの条件は曖昧だ。

「言ったでしょう、気にする必要はないって。
 今こうして私たちが生きていて、世界はある。それが全てよ。
 仮にあの男が正しくて神様が世界を見放したところで、私たちの生活には何の影響もないわ。
 神様だろうとなんだろうと、誰の世界が終わったってあなたの世界は勝手に続く、そういうものでしょ?」
「そういうもの、ですかね?」
「そういうものよ」

親友が死のうが親が死のうが、残酷なまでに人生は続く。
人生が続く限り、私の世界は続いてゆく。

「結局のところ、世界なんて人それぞれでしかない、なんてありふれた結論でしかないの。
 そういうものだし、それでよかった。それなのに、あの男はその定義を神様なんてモノに丸投げした。
 それがあの事件の全てであり、最大の過ちだったのよ」

そう結論を述べる様に探偵は締めくくる。
私はその言葉を噛みしめる様に、すっかり冷めた紅茶を一気飲みする。

「分かりました。よく分からないですけど、分からなくていいことは分かりました」

結局、話は全く分からなかったが、それでいいのだろう。
多分。

168エピローグ -それからとこれから- ◆H3bky6/SCY:2019/10/15(火) 22:10:24 ID:o0vlMkng0
「ま、真実なんてそんなモノよ。
 知れば幸福になれるなんてものではないし、何を知るべきかは人によって違う。
 むしろ知らなければよかったなんて事も多分にあるし、知ったところで意味のないモノもある。これはそういう類のモノよ。
 証明の仕様がないのだから、自分にとって都合のいい真実を決めつけて選んでしまいなさい」

真実なんてその程度の曖昧なモノだと。
真実を解き明かすはずの探偵はそう告げていた。

「知る必要ない真実を知って生き惑う。思えば、あの男もそうだったのかもしれないわね」

私にはその意味を推し量ることはできなかったが。
さらりと吐き出された言葉は同情でも憐憫でもなく、ただそうであったのかという事実を確かめるような言葉だった。

「だからこそ重要なのは、あなたにとってどうだったかよ、水芭ユキさん。
 あなたにとって、5年前のあの事件はどういう物だったの?」

質問の矛先がこちらに向けられる。
私にとってのあの事件とはなんだったのか?

両親を失って以来2度目の人生の転換期。
あの事件がなければ確実に私が悪党商会を継ぐなんてことはなかっただろう。

「そうですね。私にとって、いえ、巻き込まれた誰にとっても最悪な事件だったと思いますよ。
 あの日から、あんな事件がなかった事になったらいいのにって、そう願わなかった日はありません」

悲しい出来事だった。
多くの人が死んで、多くのモノが失われた。
絶対許してはならない、絶対に忘れてはならない出来事だった。

「けど、どれだけ願ったって時間は戻らないし、なかったことになんてならないから。
 あの出来事があったから今の私があるんだって思える様に、これからを頑張っていこうって思えるようになったから。
 きっと私にとっても意味はあったんだと思います」

けれど、そこで得たモノが何もなかったなんて、それこそ悲しすぎる。
失ったモノばかり数えるよりも、得たモノを大切にしたい。
それがきっと失われたモノに報いる唯一の方法だと信じているから。

「それにほら、こうして私たちがお茶してるのもあの事件があったから、でしょう?」

これもまたあの日が生んだ成果のひとつ。
こうやって、少しずつあの日の意味を見出して行けばいい。
私の答えを聞き届け、先輩は満足そうに頷くと、空になったカップを机に置いて立ち上がった。

「飛行機の時間もあるし、そろそろ行くわ」
「そうですか。名残惜しいですけど、次はどちらへ?」
「南米ね。日本に戻るのはまた数年後になるかしら。
 だから、九十九さんたちとも会っておきたかったのだけど」
「あぁ、九十九は最近忙しいみたいですからね。今は京都で、戻りは明日だったかな?」

九十九は高校卒業後、お祖父さんが体を壊したため(腰をやってしまったらしい)、「旅は終わったぜ……」という謎の言葉を残し一二三鍛冶の十七代目刀匠となった。
元よりその腕前に疑問の余地はなく、世間の刀剣ブームとやらも相まって、美しすぎる刀鍛冶として一躍メディアの注目の的となったのである、
今や私たちの中で一番の有名人だ。

かくいう私も取引先として贔屓にしている。
取引と言っても、買い求めるのは刀剣類ではなく彼女の打つ良質な鉄製品だ。

「そうなの、それは残念ね。そんなに忙しいようなら、あなたもそんなに会う機会はないの?」
「いやぁ…………私は割と頻繁に会ってますよ。よくウチに泊まりに来ますから」

仕事だけじゃなく、九十九との個人的な親交も続いている。
忙しさの中で余計なことなど考える暇などなく、この5年間を駆け抜けるように過ごした。それはある種の救いだった。
ただ、何もない一人の時間にはどうしようもなく喪失に震えそうになる。
その隙間を埋めてくれたのが九十九の存在だった。

彼女は一人暮らしを始めた私の家に足繁く通い、慣れない仕事に振り回され疲れ果てた私の世話を焼いてくれた。
今になって思えば、それは私への気遣いであり、彼女なりの振り払い方だったのだろう。

彼女も家業を継いでからは互いに忙しく疎遠になるかと思いきや、むしろ泊まる頻度が増えた。
一度距離を詰めると遠慮しない女である。
今となってはすっかりそれが習慣になり第二の家と言わんばかりに泊まりつめているのだが。
何だったら今朝もウチから京都に出てったくらいである。

「仲のいいことね。羨ましいわ」

何の気ないような呟きだったが、案外それは本音だったのかもしれない。
本音の分かりづらい人なので真相は分からないが。友達いなさそうだし。

169エピローグ -それからとこれから- ◆H3bky6/SCY:2019/10/15(火) 22:12:00 ID:o0vlMkng0
「それで、“彼”の方はどうなの?」
「ぶッ…………!?」

唐突にそんな話題になる。
いや、彼女の話題から彼の話になるのは自然流れと言えば流れなのだが。
にやつき顔で振られたその話題に、私は努めて平静を保って返す。

「彼も彼で忙しいみたいですよ。4年生ですし」
「そう。意外と言えば意外よね、進学したのが彼だけって言うのは」

多くの生徒が失踪を遂げた神無学園は、保護者達に責任を追及された。
中でも大口の出資者であり、一人娘を失った白雲家が特に強く憤慨し、説明責任を持つ理事長も消えたらしく、事態は収拾することなく神無学園は廃校を余儀なくされた。
生徒たちはそれぞれ近隣の高校へと転校する運びとなったが、私と先輩はそのまま高校を中退。
九十九は高校卒業後に家業を継いだため、大学にまで進学したのは『彼』だけとなった。

「それで、どうなの彼との進展は?」
「ど、どうとは……?」

先輩がズイと距離を詰めてくる。ちょっと怖い。
誤魔化すように目を逸らし続ける私に、呆れたように溜息をもらす。

「じれったいわね、あなた達。あんまりもたもたしてるようなら私がもらっちゃおうかしら」

女の私ですら赤面してしまいそうな色香を感じる妖艶な笑みを浮かべ、細くスラリとした人差し指で自らの唇を抑える。

「彼とはキスした仲だし」
「ッ!?」

言葉を詰まらせているこちらの様子をみて、からかうようにクスリと笑った。

「――――冗談よ。私、知的な人がタイプなの」

彼はちょっとね、と素っ気なく呟いて、深い青空を見つめた。
遠くにいる別の誰かを思い浮かべるように。

「じゃあ、そろそろ本当に行くわ。お互い生きていたならまた合いましょう」

まるで明日もまた会えるかのように軽やかにひらひらと手を振って、振り返る事なく最後までスマートに去って行った。
小さく手を振り返して、その背を見送る。

秋の訪れを感じさせる冷えた風が吹いた。
先輩が立ち去った丘の上に一人取り残される。

「っ…………ぅ〜ん」

そろそろ仕事に戻らねば。
書類仕事を押し付けた新幹部の子から鬼電が来る頃合いである。
一つ伸びをして、ティーセットの片づけ始めようとしたところで、

「――――よっ」

背後に声がかかった。
不意を突かれて僅かに心臓が跳ねる。
振り向けば、そこに一人の精悍な青年が片腕を上げて立っていた。
パタパタと駆け寄りながら、すっかり慣れ親しんだその名を呼ぶ。


「――――――――拳正くん」


5年前の地獄から生き残った『生還者』の一人。
風で波立つ草原の中心に、新田拳正が立っていた。

170エピローグ -それからとこれから- ◆H3bky6/SCY:2019/10/15(火) 22:13:15 ID:o0vlMkng0

――――あの世界で新田拳正は確かに死んだ。

それがあの世界における結末であり、世界の法則に従った結論だった。

世界の支配者が描いた物語はそこで終わり。
だが、彼女たちは、その終わりを良しとしなかった。
目指したのは、結末のその先である。

ワールドオーダーの敷いた世界は彼の死を決定付けた。
だが逆に言えば、決まっているのはそこまでだ。
死亡した彼を『蘇生』できないとは決まってない。

蘇生などと大袈裟に言ったが、なんてことはない。
施されたのは人工呼吸と心臓マッサージという、ごくごく一般的な心肺蘇生法である。
最終決戦の地に辿りつき、その扉を開いた私が見たのは正しくその処置が行われている瞬間だった。

私たちは自分たちの意思で未来を選べる。
世界に決められた未来など、その程度の事で覆せるのだ。

「さっきまで先輩が居たんだけど、入れ違いだったね」
「センパイってぇと、どのセンパイだ?」
「ほら、音ノ宮先輩だよ」
「…………ああ、アリス先輩か」

微妙に苦い表情をする。
苦手なものなどなさそうな彼も、あの人だけは苦手らしい。
まあ気持ちは分からなくもないが。

「いや。久しく会ってねぇし、ツラくらいは拝んどきたかったな」
「そっか。拳正くんは入院してたもんね。じゃあ本当に事件以来会ってないんだ」

あの事件で意識のないまま先輩に担がれ帰還を果たした拳正くんは一番重症だった事もありそのまま病院に担ぎ込まれた。
私の場合は疲労が極限にまで溜まっていたものの、入院するほどの傷は負っていなかったため悪党商会お抱えの闇医者に診てもらうだけで事足りたが。

瀕死の重傷(というか1回死んでる)だった彼は全治3か月と診断され入院生活を余儀なくされたが、驚異の回復力を見せ僅か1か月で退院を果たしたのだった。
だが、その頃にはすでに先輩は全ての事後処理を終えて海外へと旅立っていたため、彼が先輩と顔を合わせたのはあの殺し合いの舞台が最後だったという事になる。

「それで、今日はどうしたの? 定期検診の日じゃなかったよね? なんか調子悪かった?」

そう言って下から彼の顔を覗き込む。
私と大して変わらなかった彼の視点も目線一つ分上がっていた。

現在の悪党商会における主な事業の一つが義肢の開発である。
ナノマシンによる神経接続により、生身と変わらぬ動作性を生身以上の性能を提供するというのが売りだ。
技術公開による研究の進歩は目覚ましく、副作用もある程度抑えられるようになったからこその実験的商品なのである。

あの戦場で片目を失った彼に義眼を提供し、モニターと言う名目で定期的に調整のためこちらに通ってもらっていた。
いらないと固辞されているが、バイト代だって出してる。

「いんや。むしろ良すぎる。ズーム機能とか赤外線センサーとかいらねぇから、取り外してくれ」
「うーん。九十九の意見を取り込んでみたんだけど、ダメだった?」

競合他社も多いので、売りになると思ったんだが貴重なモニターからは不評のようだ。

「あいつの意見は聞かないでくれ、頼むから。危うくカンニング扱いになるとこだったぜ」
「あれ、大学って今テストの時期だっけ?」
「テストつーか、採用試験だな。卒論も書かなきゃだし、忙しいよまったく」
「そっかそっか、大学生も大変だねぇ」

忙しさなら負けちゃいないが、こちとら中卒なんでその忙しさもどこか羨ましい。
後悔はないが、一瞬、親友たちと過ごしている学生生活を夢想した。

「そう言えば、聞いたことなかったけど、拳正くんって就職どこ目指してるの?」

何気ないその問いに、彼は珍しく少しだけたじろく様を見せた。
その様子を首をかしげ見つめると、照れくさそうに頬を掻いて一言。

「警察官」
「――――ぷっ」

思わず噴出してしまう。
交番のお巡りさんをやってる彼を想像してみて、あんまりにもハマりすぎてて笑ってしまった。

171エピローグ -それからとこれから- ◆H3bky6/SCY:2019/10/15(火) 22:14:22 ID:o0vlMkng0
「んだよ。似合わねぇのは自覚してんだよ」

拗ねたように視線を逸らす。
その様子がかわいらしくて、更に口元が緩んでしまう。
目端をぬぐって緩んだ口元を抑えながらも機嫌を損ねた彼をとりなす。

「ごめんなさい。似合うと思うわ、警察官」
「そういう世辞はいいんだよ」
「本音だって。機嫌直してよ、もう」

本当に拗ねてしまいそうだから、それ以上は取り成さず話題を変える。

「けど何で警察官なの、昔からなりたかったとか?」
「そういうわけじゃねぇけどさ。つかそんな風に見えるかぁ?」

自嘲するような笑みを浮かべる。
見えなくもないと思うんだけどなぁ。

「ま、俺にも思うところがあってな」
「思う所って?」

誤魔化すような言葉に踏み込んで問いかける。
拳正くんは少しだけ考える様に視線を巡らせ、仕方ないと言った風に話し始めた。

「ま、師匠もいなくなっちまったし、俺なりにできる事を考えた結果ってやつだ」

彼の師匠。
あの世界から還った直後、意識のない彼を家に運び込んだ時に一度だけ会ったことがある。
救急車の到着待っている間、部屋に寝かされた片目を潰し、瀕死になっている愛弟子を見てカカッと笑って一言。

『男前が上がったな、拳正』

師匠さんが姿を消したと聞いたのはその直後だと九十九から聞いている。
だから彼が退院した時には既に師匠さんは影も形もなくなっていた。別れの言葉もなく。

「俺は腕っぷしくらいしか能がねぇからな。無い頭でそれを生かせる仕事は何かって考えた訳だ。
 それに、昔の俺ぁロクでもないバカなガキだったからな。分かり易く世間様の役に立つ仕事に付きたかったんだよ」
「なにそれ。不良の更生物語?」
「かもな」

そう言ってカラカラと笑う。
その笑みはかつて見た老師のようだった。

「ねぇ―――――――」

ふと、先ほどの先輩とのやり取りが思い返された。
一瞬その話題に踏み込んでいいのか逡巡したが、思い切って問うてみた。

「――――拳正くんにとってあの事件ってどういう物だった?」

唐突な問いに拳正くんは少しだけ目を丸くした。
だが、驚きはしたものの気分を害した訳ではなさそうである。

私たちはあまりあの日の話をしない。
事件の直後は思い出したくもなかったし、ようやく落ち着いて考えられるようになった今でも好んでするような話もなかったからだ。
だから、彼にとってあの出来事はどういう物だったのかを聞いたことはなかった。

「んだよ、いきなりだな」
「いや、さっき先輩とそう言う話になったからさ」

日常的に会っている私たちと違って、久しく出会った『私たち』が出会えばそういう話になるのもまた必然である。
それは拳正くんも理解ているのか、それもそうかと納得を示した。

「つってもなぁ。確かに胸糞悪い騒動だったが、野郎に一発叩きこんだ時点で俺ん中でケジメは付いてんだよ、死んじまった奴らにぁ悪ぃがな」

既に決着した出来事。
その割り切りは彼らしい明快さだ。
彼にとってあの事件は思い返す事もない過ぎ去った過去なのだろうか。

「じゃあもう関係ない話だって思ってる?」
「んなこたねぇさ。どんなものだってそいつを作る一部だろ、無関係にはならねぇよ」

全ての出来事を己の血肉として生きる。
私が5年かけて出した結論を彼は既に持っていた。

「俺は"また"死にぞこなっちまったけれど、生き残っちまったからには生きなきゃならねぇ。ただ、引きずったってどうしようもねぇって話だ。
 結局のところ死んだ人間のために出来る事なんてないんだ。そんなのはただの自己満足でしかねぇ。
 出来る事なんて生き残っちまったテメェの事を、精一杯やってくしかねぇのさ」

それは自分本位の冷たい言葉ではない。
それだけしかできないと言う諦念の言葉でもなく、ただそれだけでいいのだと言う許しの言葉だった。

「死んでいった人たちに報いたいと思うのはいけないことだと思う?」
「言ったろ。自分が満足できるんならいいんじゃねぇの。そうじゃねえなら辞めとけって話だ。
 望んでもないことをする言い訳にされても死人としても迷惑だろ」

その言葉にはどこか実感がこもっていた。
こうして達観した彼にも、そんな時期があったのだろうか。

172エピローグ -それからとこれから- ◆H3bky6/SCY:2019/10/15(火) 22:15:06 ID:o0vlMkng0
「そうだね。その通りだ」

お父さんの意思を付いで会社の運営を頑張っているのも、訃報を遺族に届けたのも。
どちらも辛い役割だったけれど、自分がそうしたかったからしただけだ。
誰のせいでもない。

「だいたい俺の場合は、あの先輩とかと違って生き方を選べるほどたいそうな人間じゃねえからな。必死でやるしかねぇのさ。
 警察だって俺なりに頑張ってはみたものの、試験の結果がどうなるかなんてまだわかんねぇしよ」

強がるように笑うが不安そうな表情は隠しきれていない。
どれほど強大な的にも怯まなかった彼も、試験と言う壁は恐ろしいようだ。

「仮に受かってたら警察学校に半年だ。そうなったらしばらく会えなくなるかもな」
「そう…………なんだ」

半年も会えなくなる。
決して彼の失敗を望む訳ではないけれど、それは、寂しい。
ただの友人でしかない私に言えるは言葉ないのだけれど。
寂しいと。彼も僅かでもそう思ってくれているのだろうか。

窺うように彼を見る。
すると、彼もまた私を見つめていた。
視線が絡まり、心臓が高鳴る。
まるで戦う前の様な真剣な瞳に吸い込まれそうになる。

「俺ぁ半端な野郎だから、色々とケジメ付けてからって思ってたんだが。
 だから、合格して、帰ったらお前に話が、「たッ……だいまあああぁぁぁl ユッキーッ!!」

拳正くんの言葉は途切れ、背後から勢いよく突撃してきた謎の影に踏み潰された。

「いやぁ! 公演終わって後はゆっくり泊りの予定だったけど、一人で旅館に泊まるの寂しくて新幹線でとんぼ返りして来たよぉ!」

物凄い息を出で捲し立てながら、私に抱き着いてくるのは、言わずもがな、我が親友一二三九十九である。
しばらく九十九は私に抱き着き続けるが、恒例行事なので私はなすがまま、どうどうと背を撫ぜた。
そうして堪能したのか、ようやく九十九は足元に注意を向けた。
踏みつけていた存在に今気付いたとばかりに言う。

「あれ? なんで拳正がいるの?」
「九十九……テメェ」

下敷きになっていた拳正くんが勢いよく立ち上がる。
九十九も慣れたモノで、しがみついた私を軸にそのまま飛び退いた。

「ほれほれ。羨ましいか? お? おぉん?」
「このアマ…………ッ」

そして見せつける様に私に頬ずりしてくる。
もう。この二人は5年経っても相変わらずだ。
変わった物もあれば、変わらない物もある。

「九十九、拳正くん」

仲良くケンカを続ける二人の名を呼ぶ。
呼びかけに、二人が同時に振り返った。

人生は続く。
神様が去った終りの後の物語を私たちは生きる。

その道のりを共に歩む、愛すべき人たちに向けて。
私はありったけの笑顔と心を込めて。


「これからもよろしくってこと」


【オリロワ2014 完】

173エピローグ -それからとこれから- ◆H3bky6/SCY:2019/10/15(火) 22:16:50 ID:o0vlMkng0
投下終了です
これにてオリロワ2014の物語は終了となります
5年にもわたりお付き合い頂き、ありがとうございました

174名無しさん:2019/10/16(水) 09:39:52 ID:8DWP/KWs0
投下乙です
完結おめでとうございます!!
大団円とは無関係のところでしれっと復活してるアイツに笑う

175 ◆VJq6ZENwx6:2019/10/21(月) 22:47:00 ID:NiZApUXY0
投下乙です!
74人の長い長い戦いがようやく終わりましたね!
自キャラも書いていただきこちらこそありがとうございました!!

エピローグ、予約します。

176 ◆VJq6ZENwx6:2019/11/02(土) 23:34:49 ID:/TXTX7c60
お待たせしました。
オリロワ2014エピローグを投下します

177自己否定・進化とは枯れていくことなり ◆VJq6ZENwx6:2019/11/02(土) 23:37:23 ID:/TXTX7c60
ハァ、ハァ、と息を切りながら路地裏を走る。
カイザルに撃たれた脇腹から血が滲む。
あの男、もう長くはないはずだったがまさかご丁寧に鉛弾を届けに来る元気があったとは驚きだ。

「…う…あ…」

世界を改変しようとしてせき込む。
ご丁寧に喉を潰された、自分<ワールドオーダー>がアンナをやった事、
自分<ワールドオーダー>の能力を殺し屋組織にリークした人間がいる。

どうやら自分<ワールドオーダー>は終わったようだ。

無念も絶望もない。ただ虚無だけがある。
なのに自分はなぜ逃げているのだろう。
思考がそこに差し掛かったところで目の前に巨大な影が射す。
影の手に持っているカメラがカシャリとシャッター音を立てた。
自分はその顔を覗き込み、見知った顔に少し安堵した。

「き、みは…」

黒いコートを纏った覆面の巨漢、覆面男だ。
なるほど、確かに彼の設定ならあそこでの生死にかかわらず、復活できる可能性があるだろう。
そう納得した次の瞬間、僕は驚愕した。

「すみませーん、取材いいですかぁ」

誰の声だと一瞬思ったが、その声は間違いなく目の前から聞こえた。
覆面男が喋った。
バカな、そんなハズはない、そんな設定はしていないはずだ。
虚無だった自分の心を走った驚愕、その勢いのままに腕が動き、覆面を弾き飛ばした。

「り、ヴぇいら…?」

178自己否定・進化とは枯れていくことなり ◆VJq6ZENwx6:2019/11/02(土) 23:40:02 ID:/TXTX7c60
見慣れた銀の髪と相貌、邪神リヴェイラだ。
しかし肌の色が黒い、もともと漆黒ではあったが今では全く光を返さず、輪郭すらつかめない。

「そう、僕はリヴェイラだよ」

目の前の存在はそう言った。

(ちがうね)
声にならずとも、考えが口に出た。
リヴェイラは倒される側だった。
倒される側が倒す側に回る、その程度の奇跡が起こってもらわなければ困る戦いであったが、目の前のこれは“黒”だ。
未だに倒されるべき存在、その色が抜けていない。
それを自分<ワールドオーダー>が、否、世界が見逃すはずがない。

「なるほど、この創造主様はあの戦いのことも詳しいご様子だ」

目の前の存在は口の動きで自分の言葉を読み取り、顔を伏せた。
ク、ク、ク、とかみ殺した笑い声が聞こえる。
自分はこのリヴェイラもどきが言っている“あの戦い”、オリロワ2014の準備のために用意された自分<ワールドオーダー>、
能力実演を兼ねて用意する主催者Aと役割が被るため、省かれた主催者α(アルファ)だ。
他の自分を知っている、ということは他の自分が作ったリヴェイラと同じ破壊(リセット)装置だろうか?

「疑り深い目をしてるなあ、取材の過程でしらみつぶしに創造主様に当たったら
 君にぶつかったって訳だよ。
 創造主様のことを知りたがってた人間もいたしWinWinだね。」

目の前で紙切れをひらひらさせる、オリロワ2014の参加者名簿だ。
参加者は全員、自分<ワールドオーダー>の手がかかっている。
自分の存在を前提にして調査すれば、確かに突き当たるかもしれない。

179自己否定・進化とは枯れていくことなり ◆VJq6ZENwx6:2019/11/02(土) 23:40:25 ID:/TXTX7c60
見慣れた銀の髪と相貌、邪神リヴェイラだ。
しかし肌の色が黒い、もともと漆黒ではあったが今では全く光を返さず、輪郭すらつかめない。

「そう、僕はリヴェイラだよ」

目の前の存在はそう言った。

(ちがうね)
声にならずとも、考えが口に出た。
リヴェイラは倒される側だった。
倒される側が倒す側に回る、その程度の奇跡が起こってもらわなければ困る戦いであったが、目の前のこれは“黒”だ。
未だに倒されるべき存在、その色が抜けていない。
それを自分<ワールドオーダー>が、否、世界が見逃すはずがない。

「なるほど、この創造主様はあの戦いのことも詳しいご様子だ」

目の前の存在は口の動きで自分の言葉を読み取り、顔を伏せた。
ク、ク、ク、とかみ殺した笑い声が聞こえる。
自分はこのリヴェイラもどきが言っている“あの戦い”、オリロワ2014の準備のために用意された自分<ワールドオーダー>、
能力実演を兼ねて用意する主催者Aと役割が被るため、省かれた主催者α(アルファ)だ。
他の自分を知っている、ということは他の自分が作ったリヴェイラと同じ破壊(リセット)装置だろうか?

「疑り深い目をしてるなあ、取材の過程でしらみつぶしに創造主様に当たったら
 君にぶつかったって訳だよ。
 創造主様のことを知りたがってた人間もいたしWinWinだね。」

目の前で紙切れをひらひらさせる、オリロワ2014の参加者名簿だ。
参加者は全員、自分<ワールドオーダー>の手がかかっている。
自分の存在を前提にして調査すれば、確かに突き当たるかもしれない。

180自己否定・進化とは枯れていくことなり ◆VJq6ZENwx6:2019/11/02(土) 23:40:50 ID:/TXTX7c60
「確かに、邪神はあの場で殺されたよ。
 他ならぬ創造主様だ、見逃されるはずもないさ。」

「でもね、創造主様も最初に僕の顔見たとき考えたろ?
 『覆面男なら復活するか』って」

「!」
確かに覆面男はグレーゾーンだ。
倒されるべき存在として投入されたが、
クリスより変革の可能性は低く、脅威としてはセスペェリア以下、そういう立場と見積もっていた。
数年ごとの再発生設定が切られていなくとも、おかしくはない。

「運よくあの場所で、解析の機会に恵まれてね、
 最後の瞬間に邪神<リヴェイラ>から亡霊<覆面男>への低俗化<ジョブチェンジ>を試してみたんだよ」

少し思案した。
『定義』の問題だ。
自分が世界を変えた際にどうなるかを考えるのに近い。
例えば、血ではなくトマトジュースを飲み始めた『空谷葵』が『自分は吸血鬼で無くなった』と主張したところで『吸血鬼は死ぬ』と改変すれば死ぬが、
男とぶつかり、性別転換した『裏松双葉』なら『女性は死ぬ』と改変したところで死なない。
そういう定義の更新を行わなければならない。
リヴェイラは邪神だ。
例えばその体を素材に覆面男を純粋培養するなどして、その体を別のものに変えることも確かに可能だろう。

181自己否定・進化とは枯れていくことなり ◆VJq6ZENwx6:2019/11/02(土) 23:42:09 ID:/TXTX7c60
(しかし、ひっかかることがある。)
考えを口にする。
声にならずとも邪神は読み取れるようだ。

「なにかな?」

(もとのふくめんおとこは、どうした?)

「退場したよ。中枢の魂は成仏したみたいだね。
 僕が成り代わる時には、再構成に別の魂が必要な状態だった。」

『覆面男』を残したまま中身は成仏。
単純に田外や聖剣で浄化されたわけじゃなさそうだ。
中々面白いことが起きている。

(せいげんはどうした)

「制限?ああ、首輪のことかな?
 それなら首だけになったとき取れたね」

致命傷を伴う制限の解除、倒されるべき側がそのままに首輪を解除できるほぼ唯一の手段だ。
ただ一機、機械であるサイクロップスのみは、頭部切除後にほかの参加者が首輪を取り出し、再接続することで無傷で解除できるのではないか。
という懸念があり、サイクロップスにそれほどのことが起きるのであればむしろ望ましいと放置されていたが、ほかの参加者ではまず不可能だろう。

確かに、奇跡が立て続けに起こっている。
邪神が覆面男になり得る状況は揃いつつある。
足りてないピースはもう一つ。

182自己否定・進化とは枯れていくことなり ◆VJq6ZENwx6:2019/11/02(土) 23:44:50 ID:/TXTX7c60
(じゃしんのたましいは、ふくめんおとこのちゅうすうにならない。)

「ククク…」

その質問をした瞬間、空気が変わった。
リヴェイラ、否、目の前の存在は顔を上げた。

「ハァーッハッハッハ!!」

その顔は、愉快な笑い声に似合わず、涙に濡れ、悲痛に歪んでいた。

「その通りだよ。」

「僕の体は、意識は覆面男になれる。でもそれは覆面男の構成材料にされるだけだ。神の亡霊なんてものはあり得ない。僕が中心の魂になれる筈がない。」

目の前の存在は涙を流しながら答えた。
その姿は懺悔のような、罪の告白に見えた。

「死ぬとき、目の前にちょうどいいサンプルがあった。」

「魔族<オデット>が邪神<リヴェイラ>の肉を食えば、邪神の力を得られる。
 邪神の力を奮うのに僕である必要はさほどなかったんだ。」

「ちょっと前に覆面男くんの解析をやってたからね、
 魂が成仏してたみたいだし体を借りようかと思ったけど、
 リヴェイラでは主人格になりえない。
 意識が薄れてきたところで最後に会場に呼ばれた時を思い出したんだ。」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「『自己肯定・進化する世界(チェンジ・ザ・ワールド)』
 僕の能力の一つさ。対象のパーソナリティを書き換える。これで僕は僕になった、そうだろ僕?」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「リヴェイラは邪神だ。洗脳魔法に記憶抹消、呪いの類もなんでもござれさ。
最期に魂だけになって覆面男の中枢となる人間、それを上書きする程度は余裕だったよ。
 元々あの戦いでも悪をばら撒こうとは思ってたんだけどね、まさかそれが最後の仕事になるとは思ってなかった。」

(おまえは、だれだ?)

「邪神の力を継いだ覆面男であり、リヴェイラの記憶と人格を継いだ―」

「四条薫の亡霊さ。ごめん、嘘ついた。」

目の前の存在、そう形容する他ない物はそう言った。

「泣けるね、体はともかく魂まで捨てることになるとは思わなかったよ。」

邪神は漆黒の覆面を被りなおした。
その覆面の下は未だ泣き続けているのだろうか。

183自己否定・進化とは枯れていくことなり ◆VJq6ZENwx6:2019/11/02(土) 23:45:50 ID:/TXTX7c60
「さて、取材を始めようか」

リヴェイラの取材、オリロワ2014への質問、それに答えるものは自分には大してなかった。
オリロワ2014の答え、それはあの場で得るべきであるし、敗退者と参加者未満が別の場で語り合うなど許されることではない。
そう伝えると、目の前の存在は驚くほど素直に引き下がった。
代わりに参加者の以前の情報を聞かれたが、これも情報を置いた住処を教えるだけで済んだ。

「つまり、今の僕は覆面男の概念を持ったリヴェイラ、という自己認識の四条薫というわけさ」
そう語りながら彼(いや、彼女か?)はペンをメモ帳に走らせる。
もはや取材は意味をなくし、覆面男の自分語りとなっている。

「今の僕ならあの光の賢者ジョーイと互角と言って差し支えないね。」

元々、邪神が賢者ふぜいと比べ物になるはずがない。
四条薫の癖だ。自分<ワールドオーダー>とは違い上書きの肝心たる部分、元のパーソナリティの消去はできないのか。
なるほど、確かにリヴェイラを名乗る覆面男の体を借りた四条薫、そう言えるかもしれない。

「リヴェイラは『邪神が死ねば、膨れ上がった世界が選定できなくなる。神を残さねば』、
そう思ったけどね。君のその様子じゃあもう世界は無数に増えそうにはない。
無駄だったようだ。あそこで死んだリヴェイラのお役目は返上させてもらうよ」

この三位一体の倒錯した話を聞いているからか。撃たれた出血のせいか。
意識が朦朧としてきた。まだだ、聞きたいことがある。
口の形だけで伝えたその質問は邪神に伝わった。

「なんでこんな体になってまで生きたのか、だって?」

「だって僕は―――」

184自己否定・進化とは枯れていくことなり ◆VJq6ZENwx6:2019/11/02(土) 23:49:35 ID:/TXTX7c60
「じゃあ、僕はこんなところで退散するよ。
 彼へのいい取材代となってくれてありがとう、創造主様。」

邪神が消えた後、背後から車輪が回る音が聞こえた。
振り返ると、そこには黒服に押される車椅子に座ったカイザルが居た。
コイツも大概おかしい。
悪党商会が公開したナノマシン技術を用いた遺伝子治療の論文、それが活発になったと知ったのはいつだったか。
海賊版ナノマシンを独自に服用した病人が、激痛のあまり発狂死、未だナノマシンによる遺伝子治療は遠いという新聞記事を見たのは最近だったはずだ。
目の前のカイザルを見る。
枯れ木のように細くなった手足、落ち窪んで漆黒を携えた目、闘病のためかもはや毛の類は一本も見当たらない。
外見でこれだ、中身はもっとひどいのだろう。
リヴェイラが上位存在たる邪神の力を持って行い、結果無様さに打ちひしがれるまでに至った死からの逃走を人の身で行っているようなものだ。

「話は終わったか?ジョン・スミス」

聞かれたところでこの喉から返事ができるはずもない。
返事は手に持ったこれでやる他はない。

(なんでこんな体になってまで生きているのか、だって?)

(だって僕は邪神<ラスボス>だからね、邪神<ラスボス>として負けるまで終われるはずがないさ)

邪神はそう答えた。
世界の破壊者、そう始まってしまったものはそうでしか終われない、終わりたくない。
子ども染みた返答だが、自分には何よりも頼れる返答だった。

自分が少年だったのはいつだったか。
ナイフの設定を変えて、遊んでいたのはいつだったか。
邪神を処分できる最強のナイフ、それを作ったのはいつだったか。
ナイフを持って英雄ごっこをしていた少年、それを見たのはいつだったか。
聖剣により永遠と紡がれる英雄、勇者システムを作ったのはいつだったか。
チェンジ・ザ・ワールドの劣化を、とうに幼年期は過ぎていると知ったのは、自分だったか。

純粋な作品である彼が、子どもじみているというのは喜ばしいことなのかもしれない。

自分<ワールドオーダー>が成功したのか失敗したのか、それにも関わらず続いている自分のような断章がある。
ならば、彼のように統合し、終わるまで続ける存在が必要なのだろう。

きっと自分も同じだ。
最後まで足掻き、この断章を物語に変え、完結させる必要がある。
そのために理由もない生存を続けている。

愛用のサバイバルナイフをカイザルに向けて構える。
カイザルも震える手でこちらに銃を向ける。

これでエンディングだ。

185過去確定・変われない役割 ◆VJq6ZENwx6:2019/11/02(土) 23:57:07 ID:/TXTX7c60
ここはどこにでもある平凡な貸家。
だが、その実態は異世界の侵略の前線基地である事を知る者はいない。
おお!見よ!
結構いい値段がしたお洒落なテーブルで、
黒コートと覆面をした形容しがたき邪神が私のパソコンで作業しているではないか!

「って邪神様、なにやってるんです?」

「サキュバスか、ちょっと待ってくれ、今記事をまとめてるんだよ」

「そんなことやってる場合じゃないですよね!?」

貸家に家主―サキュバスの怒号が響く。

「魔王様も暗黒騎士様もガルバイン様もみーんな死んじゃったから魔界大荒れなんですよ!?邪神様が纏めなかったらどう纏めるんです!?」

「うーん、それ纏めるの僕にも無理」

しかし、怒号の返事は無常であった。

「今の僕は覆面男だから42人殺したら数年消えなきゃいけないんだよね
 正直今の魔界って42人程度殺ったところで収まんないでしょ?」

「そ、そんな…私たちはどうすれば…」

「とりあえずその鎧でも持ち帰って相応しい魔族とか決めたら?」

リヴェイラが指をさしたその先、そこには、サキュバスの私服に紛れて見慣れた黒い鎧が掛けられていた。
間違いようがない、暗黒騎士のものだ。

「え…嘘…あの鎧って…崩壊した世界に残されたはずじゃ…」

「うん、そこから取ってきた」

邪神は腕を前に掲げ、呟いた。

「Etag NepO SseRdA NO ??????」

邪神の目の前に扉が現れる。

186過去確定・変われない役割 ◆VJq6ZENwx6:2019/11/02(土) 23:58:01 ID:/TXTX7c60
だが、開くはずがない。
サキュバスだって試したことだ。
いくらゲートを作り、座標をつなげたところでロストした世界につながる扉が開くはずがない。

そしてその扉はサキュバスの目の前で破壊された。

「え?」

サキュバスは思わず扉の中を覗き込んだ。
重力すら崩壊し、崩壊した研究所、ビル、その他もろもろが宙に舞っていた。
ここが魔王様の巻き込まれた会場なのだろう。

「い、今のってどうやったんですか?」

「むこうで強力な破壊があってね。
 僕なりに取り込んでみたんだ。」

やった当人はすでに記事の編集に戻り、作業を進めながら答えた。

「今の僕なら破壊されないものも破壊できる。
 邪神、いや、ラスボスの権能さ」

邪神は横の記事をつかみ、サキュバスに渡した。

「はいこれ」
「なんですかこれ」
「僕たちの世界の記事さ」

渡された記事に目を通す、そこに書かれているのは魔王、カウレスを代表とした自分たちの世界出身者の、リヴェイラが知る限りのあの戦いにおける顛末であった。

「継ぐものを探せ」

「勇者でも裏ボスでもなんでもいい、彼らの物語を受け継ぐものを探すんだ
 そして…殺し屋なんてものに負けた邪神を超えてくれ」

187過去確定・変われない役割 ◆VJq6ZENwx6:2019/11/03(日) 00:00:04 ID:NlAx5Fro0
「…随分と、役割にこだるんですね」

「ああ、こだわるよ」

「あの男が作った役割、なんてものにこだわる理由はないんじゃないでしょうか」

外で爆音が響いた。
邪神が窓ガラスの外に目を向けると季節外れの花火が花開いていた。
そういえば今日は花火大会だったか。

「実は、ディウスくんと出会った時はそのつもりだったんだ。
 ピリピリしてたからね、なんなら創造主様がやったみたいな殺し合いでも開こうかと画策してたよ」

「はい?」

「リヴェルヴァーナを作った時から…いや、あの聖剣が出てきた時から頭に響いてたんだ。
 世界の全部を見通せる僕の後ろに、さらにもう一人いるんじゃないかってね」

かつて出会った真っ白なコックコートに身を包んだ男の姿が、サキュバスの脳裏をよぎる。
邪神から聞いた話ではすべての黒幕だ。奴に違いない。

「腹立たしいことに、たぶんそれすら創造主様の手の内だ。
 魔王と勇者の殺し合いで、僕が黒幕気取りで余計なチャチャを入れた場合、
 魔族と人間が僕相手に結託するルートに入る。
 聖剣なんてものをチラつかせて、自分の存在を僕にアピールしたのもきっと
 『裏ボス』の存在を僕から示唆させるためだろう。」

覆面に隠れた邪神の顔は伺えないが、
歯ぎしりの音から悔しさがにじみ出ていた。

「だがそんな創造主様も、あの殺し合いを開いて
周到な計画も役割もわざわざ壊したわけだよ」

188過去確定・変われない役割 ◆VJq6ZENwx6:2019/11/03(日) 00:01:33 ID:NlAx5Fro0
「わかるかい?サキュバス。
 裏ボス様が自分で壊した物語を、役割を
破壊神という機構として作られた、僕が継ぎなおして終わらせる。
最高の復讐じゃないか。」

「………」

「幻滅したかな?」

「いえ、結構見直しました。
 てっきり何も考えてないものかと思って心配しましたよ」

「言うね君」

「もしも、勇者や魔王様の記事を見ても、
そのあとに続こうとする者が現れなかったらどうします?」

「どうもしない。
 それで終わった、そう読者が思ったならそれでいいさ」

あの戦いで失われたものは多い、みな、創造主の勝手な都合で自分の物語から途中参戦したものばかりだった。
それが周知されるというのは、結構悪くないことだ。
流石邪神様!考えがお深い!
サキュバスはそう思った。

「ほら、僕って邪神だし、裏方に回るのさ。邪神らしくね。」

「…わかりました」

「さて、それじゃあ行ってくるよ」

「どちらへ?」

「取材だよ」

189過去確定・変われない役割 ◆VJq6ZENwx6:2019/11/03(日) 00:03:26 ID:NlAx5Fro0
邪神は扉の向こうを指さす。

「まだわかることもあるかもしれない。
 まだ取り込める破壊もあるかもしれない。
 まだ他の世界に続く扉があるかもしれない。
 今度は完全に崩壊するまで根気強くやってみるよ」

「長くかかりそうですね…」

「大丈夫、この扉は開けたままにしておくからラスボス戦が必要なときは呼んでくれ」

ディウスを倒し、復活を果たした剣神龍次郎、創造主を倒した新田拳正、光の賢者ジョーイ、
新たなカウレスならぬ勇者や魔王の意を継ぐものが邪神の脳裏をよぎる。
いつか自分も、彼らに負けるのだろう。

邪神は最後にこう残してこの世界を去った。

「また会おう。」

190 ◆VJq6ZENwx6:2019/11/03(日) 00:04:27 ID:NlAx5Fro0
以上で投下終了です。

191名無しさん:2019/11/04(月) 14:34:16 ID:4CyXU4B.0
投下乙
龍次郎に続いて復活するリヴェイラさんで笑った
しかしWAαさんも邪神(裏ボス)さんもそうだけど、世界の終わり以外にも「彼らにとってのエンディング」があったんだなあと感慨深くなった
あとナノマシンで無理矢理延命してWAさん殺しに行く先代殺し屋組織トップヤバすぎない????


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