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上条「I'll destroy your fuck'n fantasy!」

1以下、名無しが深夜にお送りします:2015/08/08(土) 21:18:36 ID:U10douz6
このスレは、今年三月に立てた同名のスレを、諸事情からまた立て直したものです。内容は以前のスレで述べたとおり、「とある魔術の禁書目録」の舞台を1960年代のアメリカに置き換えた原作再構成系のSSです。注意していただきたいことは、以前にも述べたとおり
・実在の人物や出来事も登場予定。
・原作の登場人物の多くが外国人化&性格や口調、容姿が原形をとどめないほどに改変されたキャラもちらほら。そもそもストーリー展開がオリジナルになるかも。
・原作の文庫本を数冊持ってる他は、ほとんどの知識をネットで仕入れたので、設定はいい加減かもしれないし知識もほとんどない。
・文系なので科学知識に間違いがあるかもしれない。世界観はなるべく史実をなぞるものの、やはり間違いがあるかもしれない。

などの点です。また、以前にも申し上げたとおりSS初心者であり、かなり遅筆ですので何ヶ月も更新が
止まることがあります。このスレを読まれる時は、以上の点についてご了承いただけると幸いです。
前のスレを読んでくださっていた方におかれましては、内容が大幅に変更されているということを先に申し上げておきます。申し訳ありません。

他にも、何かと至らない点がございますが大目に見ていただけると幸いです。
それでは、どうぞ↓

226以下、名無しが深夜にお送りします:2017/10/25(水) 17:14:48 ID:IjvM2ono
 『彼女』? 俺は言われるままブースに歩み寄り、差し出された受話器を受け取って耳に当てた。電話越しなので少し変わってはいたが、確かに聞き覚えのある声だった。

インデックス「トーマ、大丈夫? けんさ?っていうやつに行かなきゃいけないみたいだけど、何か変なことされたりしてない?」

 開口一番に俺の心配をしてくれるとは。やっぱりあの娘に間違いないようだ。そういえば今日初めて会話を交わしたんだったな。俺は彼女の声が聞けたことでほっとした。

上条「ああ、大丈夫さ。検査はこれからだからな。少し時間はかかると思うけどなに、今日中に帰れるはずだから安心してくれよ。気遣ってくれてありがとな」

インデックス「ううん、お礼には及ばないんだよ。それにしても、私は電話なんて使ったの今日が初めてだからびっくりしたんだよ。トーマって普段からこんなややこしくて心臓に悪いものを使いなれてるの?」

 なんと、このご時世において電話が一般的な道具だという概念を持ってないとは! どんな過去を持っているのかは知らないが、およそ文明社会からかけ離れた生活を送っていたということだけは確かだろうな。帰ったらいろいろと教えてやることがあるな。

上条「いや、確かに最初はベルの音に驚かされるかもしれないけど、慣れればそんなにおっかないものでもないし何より便利なものだよ。電話っていうのは――」

そこで通話は途切れた。だしぬけにフォーティスが受話器をひったくったからだ。

Fortis931「すまない、もうすぐ始まるからせっかく盛り上がりそうなところ悪いけど切らせてもらうよ。後でまたかけ直すからさ」
 彼はそれだけ言うと受話器をガチャリと戻してしまった。

上条「おい、なにするんだよ!まだ話をしてる最中だってのに・・・・・・」

Fortis931「なにするもこうするもない! 悠長に話なぞしてる暇はないぞ! 見ろ! 本格的に動き出した!」

 そう言いながら彼が指さした方向、窓の向こうに俺は目を向けた。

227以下、名無しが深夜にお送りします:2017/10/25(水) 17:16:33 ID:IjvM2ono
 例の怪しい男はいつの間にか店を出ており、件の建物に向かって走り去ってゆく途中であった。何の気配も感じさせずに移動したことにも驚いたが、何よりも驚かされたのはその格好だ。男はいつ着替えたのか銀色の鎧兜に身を包んでおり、長剣を携えていた。まるで中世の騎士のようないで立ちだ。そんな目立つ姿をしているにもかかわらず通行人が誰一人として関心を向けていなさそうなのもまた不可思議だった。

上条「何なんだ、あれ……?」
 
 フォーティスは答える代わりに言った。

Fortis931「僕らも行こう。後を追うぞ」

上条「ち、ちょっと待てよ! まだ早すぎないか? 確か人目につきにくい日没以降に行動を始めるって話じゃ・・・・・・」

 店内の時計を見るに、時刻はまだ1時半を回ったばかりであった。

Fortis931「予定は前倒しで行く。いくら小細工するしか能のない相手だからって油断はできない。どんな罠を仕掛けてくるか想像もつかないからね。でも彼のすぐ後をつければ突破の仕方が分かるかもしれない。それに、君だって早くけりをつけて帰りたいだろう?」

 確かにフォーティスの言う通りだ。しかし、あまりにも展開が早すぎてなかなか思考が追いつかない。もう少し考える時間が欲しい。なぜそこまで急ぐ必要があるのか、そしてあの騎士はいったい何者なのか、知りたいことも沢山だ。

 何も返事がこないのにしびれを切らしたのか、フォーティスは無理やり俺の手をつかんで店外へ引っ張り出した。

上条「なあ、おい、ちょっと待てってば!」

228以下、名無しが深夜にお送りします:2017/10/25(水) 17:18:47 ID:IjvM2ono
 周囲からはさぞかし奇異な目を向けられていることだろうなと思いつつ、俺は走りながらフォーティスに尋ねた。

上条「なあ、あいつはいったい何者なんだよ?」

Fortis931「おそらくローマ正教が抱える一三騎士団の兵士の一人だ。連中、どうやら本気で首を獲りに来たらしい。奴は内部の状況を偵察するために送り出された斥候、といったところだろうな。本隊が到着する前に急ごう」


建物――南棟だ――の玄関口に近づくにつれ、よりその異常な雰囲気が周囲と際立って感じられた。ここだけほとんど人通りがない。走っているうちに、騎士が玄関の手動式回転ドアの前にたたずんでいるのが見えてきた。

上条「そろそろ止まろうか。下手に近づきすぎると尾行がばれるかもしれない」

 30mほど手前で立ち止まり、様子をうかがう。すると、騎士は回転ドアをくぐって建物の中に入っていった。正面から突入するっていうのか?

上条「見たかあいつ? 躊躇なく突っ込んでいったぜ。無鉄砲ってのはああいうのを言うんだろうな」
 俺がそうフォーティスに話しかけると、


Fortis931「追いかけよう。僕らも突入するぞ」


彼は肩で息をしながらそう答えた。大した距離は走っていないはずなのにもう息を切らしたっていうのか。でかい図体している割には体力がないな。いや、大事なのはそこじゃない。

上条「え? おい、ちょっと待てって! まさか正面から堂々と呼び鈴鳴らしつつお邪魔するっていうんじゃないだろうな!? 下手したら足踏み入れた途端待ち伏せくらって玉砕するかもしれないんだぜ? せめて裏口を探して忍び込むとか、ちっとは策を練るべきじゃないのか? 第一、俺たちまだ作戦なんて何一つ立てちゃいないんだ!」

Fortis931「入り口は正面玄関を除いては物資を運び込む搬入口がただ一つあるだけ、それも閉鎖されている。次に開放されるのは来月になってからだ。その辺はすでに下調べを十分に行ったから間違いない。無理にこじ開けようとしても敵に感づかれるだけだろう。それにあの男が何事もなく侵入に成功したところを見るに、入り口には特に罠は仕掛けられていなさそうだ。そして、いかなる異能の力をも打ち消す君の右手という、敵に対するこの上ない対抗策を既に僕らは持っているじゃないか……これで納得してもらえたかな?」

 そんなことを言われてもすぐ納得できるわけがない。こっちはまだ心の準備もできていないどころか、状況もまだ完全に把握し切れてないっていうのに。

229以下、名無しが深夜にお送りします:2017/10/25(水) 18:26:20 ID:IjvM2ono
そんな俺の心境を察したのか、フォーティスはビルを見上げながら言った。

Fortis931「確かに、中で何が待っているのか全く分からない。でも、行くしかないんだ。敵をただせん滅するだけならビルを丸ごと焼けば済む話だ。でもこれは違う。中で囚われている少女を救出しなければならないんだから、例え暗中模索でも入るしかないんだよ」
 そして彼は俺に向き直った。

Fortis931「君の右手が頼りなんだ。頼むよ」

 その様子は、とてもふざけているようには見えない。
 俺は改めてビルの玄関口へ向き直った。この先にあの少女、アイシャ・アリンナがいる。大の男がすくみ上るような場所にたった一人で閉じ込められているのだ。そんなこと、決して許されていいはずがない。
 俺は再び懐の拳銃に手をやった。冷たい感触を確かめた瞬間、身が引き締まった。
 覚悟は決まった。
 俺は玄関口――何の変哲もない回転ドアを見据えながら言った。

上条「分かった、行こう。当たって砕けろだ」

230以下、名無しが深夜にお送りします:2018/06/08(金) 11:58:12 ID:NmRSpu3w
半年以上も更新できず申し訳ございませんでした
近日中に再開する予定ですのでもうしばらくお待ちいただきますようお願いします

231以下、名無しが深夜にお送りします:2018/06/17(日) 02:30:06 ID:zsA9S6jA
おつ

232以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 00:46:44 ID:KEhiXDgE
>>231 ありがとうございます。大変長らくお待たせいたしました
冷静に考えたら当たり前のことだが、回転ドアの先に広がっていた光景はとても金城鉄壁の砦に似つかわしいとは言い難かった。埃一つ落ちてないほどに清潔で3階分の吹き抜けになったエントランスホールから、採光性を重視したガラス張りの壁や奥まった所にある4基のエレベーター、あのチラシ同様煽情的な文句が書き連ねられたポスターが何枚も張られている掲示板に至るまで、よくある小ぎれいなオフィスの玄関口――それがどんなものなのか俺はよく知らないが――といった趣だ。ただ違うのは、フロアを行き来しているのが勤め人ではなく俺達と同年齢かもっと年下の子供たちばかりだという事。自動販売機の周りにたむろして談笑する者、ベンチに腰掛けて難しげな語学書を読みふける者……いずれも休憩中の生徒たちなのだろう。それぞれ自分のことに集中していて、俺たちの存在を特に意識している様子はない。

小ぎれいではあるが…
上条「なんだか、パッとしないな」

Fortis931「アラモ砦みたいなのでも期待していたのかい?」

フォーティスが少し呆れたような調子で言った。確かに彼の言う通りだ。表向きは今でも語学学校という事になっているのであり、その実態を知るものは俺たち含めごくわずかなのだから。

Fortis931「とはいえ、油断はできないよ。やみくもに動くと危険だ。ひとまず辺りの様子を探りつつ奴を探そう」

233以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 00:48:25 ID:KEhiXDgE
 上階へと続く階段へ向かう途中、大勢の生徒が階段を下りてくるのが見えた。隠れた方がいいのではと一瞬考えたが、すぐにその必要がないという事に思い至った。誰もこちらに注意を向けていない。
すれ違う時にも、振り向きさえしなかった。誰一人として俺たちを気に留めていない様だ。

上条「妙だな」

Fortis931「そうだね。明らかに場違いな奴が二人もいるというのに、一瞥さえもくれないというのはたたごとじゃないね。別に禁煙じゃないってのならまだわかるが」

 俺はともかく、フォーティスの方は明らかに学生の身なりではない。これだけ生徒が大勢いる中で背の高い異様な風体の男がタバコを燻らせながら一人だけいたら嫌でも目立つだろうし、フロントの受付係なり警備員なり、誰かしら声をかけてきそうなものだが。
 ふと、ある馬鹿げた考えを思いついた。とても熟考の末の結論にはなりえない、可能性としてまずありえないような考え。俺はその思い付きを気後れすることなくそのまま口にした。

上条「なあ、もしかしてこれって、あえて俺たちを意識しないようにしてるんじゃなくて、実は本当に見えていないんじゃないのか?」

 てっきり一笑に付されると思っていたが、フォーティスの答えは意外な物だった。

Fortis931「ド素う・・・アマチュアにしてはなかなか鋭いね。実は僕もその線を考えていた所なんだ。彼ら一般人には我々のことが決して認識できないよう、何らかの魔術が施されている可能性も考慮に入れた方がいいかもしれない」

上条「マジか・・・」

 普通ならまずありえないことだが、ここでは何が起こるか分からない。

上条「でもさ、生徒たちには見えないとしたらむしろ願ったりかなったりじゃないのか? だって、どんなに派手な行動をしても絶対に怪しまれないってことだし…」

俺がそう言いながら後ろを振り向いた瞬間、目の前数十ft先に大きな何かが落ちてきた。それは派手な音を立てて床面に激突し、散らばった。

234以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 00:50:22 ID:KEhiXDgE
フォーティスも音を聞きつけ振り返った。

Fortis931「ん? 何だ?」

 しかしそれ以上興味を示そうとしないフォーティスを尻目に俺は落下物に近寄り、それから上を見上げた。
エントランスの最上部にあたる3階。よく見たら、墜落防止のフェンスが大きく壊れている箇所があった。まるで自動車でもぶつかったみたいに。
あそこから落ちてきたのか・・・。
 
 近づいてよく見てみると、落ちてきた物体は人型の金属塊のようだ。中世の甲冑みたいな形をしているが、ある種の航空機をほうふつとさせる流線型で現代的なデザイン。それが四肢を投げ出し床にあおむけに横たわっている。何らかの機械のようだ。しかし、仮にそうだとしてもすでに機能は失われているだろうというのは容易に想像がつく。というのも、その人型機械はぐしゃぐしゃに破壊されているからだ。人間で言う手足にあたる部位はひしゃげ、折れ曲がり、あるものは本体から完全にもげて転がっていた。その近くには踵から腰までの丈とほぼ変わらない長さの弓が転がっている。外付けパーツか何かだろうか。
ロボットか? だとしたらなんでこんな場所に?
砕けた関節の隙間、大きくへこんだ腹部にある大きな裂け目・・・いたるところから錆びたような臭いのする赤黒いオイルがとめどなく流れ出し、パーツの断面からは血まみれの人の手が飛び出し・・・・・・
人の手?
よく見ると、胴体の裂け目や関節の隙間から赤い中身が垣間見える。もしあれが、コードや内骨格の類じゃないとしたら? 実はロボットなんかじゃなく、鎧を着ただけの『人間』なのでは?
嫌な予感が頭をかすめる。じゃあ、このオイルみたいな液体は、まさか・・・・・・。

235以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 00:57:24 ID:KEhiXDgE
Fortis931「おやおや。何があったかと思えば」
フォーティスも近づいてきた。口調も表情も平然としている。こんな光景を目にしながら、眉一つ動かしていない。

上条「なあ、これってさ……」

Fortis931「施術鎧による加護と天弓のレプリカ・・・恐らくさっき突っ込んでいった斥候だろうね。いや、『だった』というべきか。もっとも、顔を拝まない事には何とも」彼はそう言ってから、頭部を覆う兜を脱がせるよう手で促した。
兜に手をかけた時、バイザー(目覆い)の隙間からかすかに空気の漏れる音がした。俺はまさかと思い、バイザーを(すごい重さだった)上に押し上げる。
現れた顔を見ると、確かに建物へ突入する際に見たあの男だった。目を閉じて苦しそうにしながらも、辛うじて呼吸をしている。

上条「生きている! よかった、今ならまだ間に合い・・・」

Fortis931「いや、こいつはもう死んでいるよ」

フォーティスが宣言した時の声があまりにも冷たく聞こえ、俺は思わず振り返った。相変わらず無表情だ。

上条「は? いったい何を言って・・・」

Fortis931「ああ、心臓が鼓動している一点のみに限れば確かに生きているね。でも折れた肋骨が肺を突き破り、全身の血管がずたずたになっている。恐らく臓器もほとんど潰れているだろうね。それにさっきの衝撃で首も折ったろう。これはどうしようもない。もう手遅れだよ」

上条「なに言ってやがる!」

 俺は分からなかった。何故ろくに見もせずにそんな風に言い切れるのか。なぜまだ息のある人の前で無神経なことが平気で言えるのか。
もういい、こいつ相手じゃ話にならん。俺はつかみかかりたくなる衝動を抑えつつ、すぐ脇を通りかかった学生たちに声をかけることにした。

236以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 00:57:54 ID:KEhiXDgE

上条「なあ、君達でもいい、すぐに救急車を呼んでくれないか? 見たろ? 今ならまだ間に合うかもしれないんだ」

彼らは何も答えない。あたかも俺たちが存在しないかのように談笑を続けながら歩き去ってゆく。こんな近くにいるんだから気づかないはずないだろうに。

上条「おい! すぐ隣で人が死にかけてんだぞ! さっさと救急車を呼べって・・・」

 たまたま近くにいた生徒の一人の肩を勢いよくつかんだ途端、ものすごく強い衝撃と肩が引きちぎれるかのような痛みを感じた。
慌てて手を放す。彼は俺がつかんでいようがつかんでいまいがお構いなくそのまま歩いて行った。
 強くつかんでいたにもかかわらず、思いっきり前に引っ張られたのは俺だった。いや、あれは引っ張るなんてものじゃない。車に手をかけたまま引きずられるかのような衝撃だった。相手は少しも揺れず、後ろに引っ張られてバランスを崩すという事もなかった。まるで俺の手が空気か何かであるかのように。そもそも人の肩をつかんでいるという感触がなかった。布や皮膚があんなに硬く冷たいだなんて……。

237以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 00:58:38 ID:KEhiXDgE
Fortis931「あれを見てくれ」

 俺はフォーティスがそう言って指さした先を見た。鎧から溢れ出した赤黒い血が床面を浸している。そこへ、一人の少女が通りかかり、血だまりの上をあたかも硬い床の上を歩くかのようにそのまま歩いて行った。靴底には血の一滴すらつかず、足跡が残ることすらなかった。
あの大量の血がまるでアスファルトか何かのような扱いだ。

Fortis931「なるほどね……」

上条「なるほどねって何が」

Fortis931「どうやらこれはそういう結界みたいだね。いわばコインの表と裏。『コインの表』の住人――何も知らない一般人の学生たちは『裏側』にいる僕ら魔術師を認識することは出来ず、逆に『コインの裏』の住人である僕らは『表側』には一切干渉できない。そして…」

 そう言いながらフォーティスは足元のカーペットの上に火のついたタバコを落とした。カーペットは焦げるどころか煤一つつかない。

Fortis931「建物そのものは『コインの表』らしい。今の僕らにはもはや自力でドアを開けることすらできない、完全に袋のネズミってわけだね。いやあ、実によくできた結界だよ。まんまとしてやられた。君も見事な推理力だったよ、ご明察」

 そんなことを言われてもちっとも嬉しくない。

238以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 01:01:30 ID:KEhiXDgE
上条「じゃあ、どうすればいいんだよ? 公衆電話を使うこともできなければ外へ運び出すこともできないなんて・・・・・・」

Fortis931「死人に対して、やるべきことは一つ」

 そう言いながら彼は懐から小さな十字架を一つ取り出した。

Fortis931「悪いがここから先は僕の領分だ。言い忘れていたけれど、僕は神父でもあってね」
 気迫に満ちた声だった。先ほどにも増して、表情にも真剣さが満ちている。
フォーティスは十字架を片手に今にも事切れそうな騎士の元へ歩み寄る。騎士の顔の近くにしゃがみ込んで十字架をかざすと、今までピクリとも動かなかった騎士の右腕がゆっくりと持ち上がった。潰れた右腕の籠手には【Partsifal】と刻まれているのが見えた。この男の名だろうか。
騎士は十字架を受け取ると口づけをした。
 
Fortis931「天にまします我らの父よ、願わくは、御名の尊ばれんことを、御国の来たらんことを・・・・・・」

 ふざけた風体や態度が嘘のようで、今の彼の姿はまごう事無き神父のそれだった。

Fortis931「我らを悪より救い給え。アーメン」

パルツィバル「アーメン」

239以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 01:02:19 ID:KEhiXDgE
 騎士の口が初めて動いた。よく耳を澄まさなければ聞こえないほどかすかな、それでいて確かな声だった。
フォーティスは小さく頷き、続けた。

Fortis931「主よ、永遠の安息をかれに与え、絶えざる光をかれの上に照らし給え。彼の安らかに憩わんことを。アーメン。主よ、わが祈りを聴き容れ給え。わが叫びを御前にいたらしめ給え」
 
 全てを聴き終えた途端騎士の右手がゆっくりと降りてゆく。全身の緊張が解けてゆくのがはっきりと見て取れた。そして、彼の表情は平穏そのものであった。
一切の苦しみから解き放たれ、すべての未練を断ち切り、魂を満たされて去ってゆく。
落ちた右手が床を打ち鳴らす音は、その旅立ちの合図のようだった。
フォーティスはひとしきり鎧を脱がせてから騎士の腕を胸の上で組ませ、その上に十字架を置き立ち上がると、俺の方を向いた。

Fortis931「行こうか。戦う理由が増えたみたいだ」

 本当に、何者なんだコイツは?

240以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 01:03:05 ID:KEhiXDgE
Fortis931「しかし、施術鎧をああもずたずたに引き裂くとは……」

 階段へ向かう道すがら、またもフォーティスの口から聞いたことのない言葉が飛び出した。

上条「何だ、そのセジュツガイって?」

Fortis931「ああ、施術鎧というのは文字通り魔術を施した鎧のことだよ。さっきの騎士が着ていたやつさ。物理攻撃の衝撃を吸収・分散させる力を持っていて、よほど強力な攻撃、それこそ水爆でも使わない限り装甲は破られないはずなんだ。反面魔術攻撃には弱くできているんだがね。いずれにせよ3階から突き落とされたぐらいでああ成るとは到底思えない。まさか、大量の学生に撥ねられるか踏み潰されるかしたのか、それともまた別の障害があるのか……」

 思わず身震いがした。どちらにしても今の俺にはぞっとする話だ。何しろ今の俺たちは『コインの裏』にいて、『表』に存在する人間や物には手も足も出ないのだ。さっきの手にかかった衝撃を考えると、どんな体格の人間だろうとどんな人数だろうととてつもない脅威になっているという事だけは間違いなさそうだ。水爆に耐えられる鎧を壊せるほどだなんて・・・。
これだけでも侵入者の命を奪うには十分なのに、この他にもさらに罠が仕掛けてある可能性があるだなんて、とてもじゃないが生きて帰れるとは思えない。というか、そもそも出る術がない。
先ほどは深く考えなかった結界の意味、今ようやくその恐ろしさが理解できつつあった。

 いや、一つだけ光明が見えた。先ほどの「結界」という聞き慣れぬ言葉。もしそれが魔術によるものならば、俺の右手で何とかなるのでは・・・・・・?
 さっそく壁を右手で叩こうとすると、早くも俺の意図を察したのかフォーティスが言った。

Fortis931「無駄だよ。この魔術の『核』を潰さない事にはね。そして、その『核』は結界の外にあるみたいだ。この手の魔術では定石だよ」

上条「そんな・・・」
 全身から力が抜けていくのを感じる。万事休す。金庫から出ようとしているのにその金庫の扉を開ける鍵が扉の外にあるだなんて……
 同時に別の感情が沸き上がってきた。怒りだ。
何故俺がこんなことをしなければならないのか。散々せがまれてついていったらこのざまだ。さっきからいったい何が起こっている? 俺はただこの男にだまされているだけなのではないか・・・?

241以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 01:03:42 ID:KEhiXDgE
 表情で俺の心中を察したのかフォーティスは言う。

Fortis931「こんなの聞いてないぞ、とでも言いたげな顔だけど、ここは戦場なんだ。死体の一つや二つ転がっていたとしても不思議ではないし、どんな罠が仕掛けてあったとしてもおかしくはないだろう? 頼むよ、君 の 右 腕 が頼りなんだから」

それだけ言って、さっさと先に行ってしまった。まるで俺自体はどうでもいいみたいな言い草だ。一瞬背中を蹴りつけたくなったが、その瞬間まだこの建物内に囚われているであろうアイシャ・アリンナのことを思い出した。こんな危険なところに捕らえられているのなら、猶更すぐに助け出すべきではないか? 彼女の顔写真を見つけた時に抱いたあの気持ちは嘘だったのか? そもそもあの男を信じてインデックスを預けてついてきたのは俺ではないか?
そう考えると、怒りをいやでも抑えざるを得なかった。俺はすぐに彼の後を追った。

上条「ちょっと待てよ! じゃあまずは何をすればいい?」

Fortis931「まずは隠し部屋を探そう! 一番近いのは南棟5階にあるカフェテリアの隣だ!」

 脱出の糸口をつかむためにも、今は我慢してこの男に従った方がいいだろう。

242以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 01:04:28 ID:KEhiXDgE
 階段を上るのはひどく骨が折れた。何しろ『コインの裏側』にいる俺達は『表側』に対して一切干渉することは出来ず、そしてこの建物は『表側』に属しているのだ。当然、床を踏んだ衝撃はすべて自分の足にそのまま跳ね返ってくる。
足腰にかかる負担は普段の比ではない。一歩一歩踏みしめるたびに同じ力が反対側からもかかるのだ。険しい岩山を登る時の感覚がこれに近いかもしれない。
それはフォーティスも同じのようだった。

Fortis931「敵、も・・・ゼェ・・・対等の条件であることを祈るしか、ゼェ、ないね。ハァ、少し荷物を減らすか」

 肩で息をしながらそう言ったフォーティスが軽く体をゆすると、銀色の重そうなものが落ちてきた。ひしゃげ、捻じ曲げられて既に原形をとどめていない鎧の籠手片手ぶんであった。

上条「それ、まさかさっきの死体から盗んできたのか・・・?」

Fortis931「人聞きの悪いことを。手持ち無沙汰だったから念のためにちょっと拝借しただけさ。第一、あれはもうとっくに魂の抜けたただの抜け殻なんだし、死者を見送る義務はとうに果たしたんだから何も問題はないだろう?」

俺はどんな言葉を浴びせたものか思いつかなかった。つくづく、呆れた神父だ。


階段を踏み外して数段分転げ落ちること3回、降りてくる人に鉢合わせて危うく押しつぶされそうになること5回。手すりにしがみつきながら何とか5階にたどり着いた時にはすでに窓から見える日は傾きつつあった。

誰もいないのを確認した上で、俺は床にへたり込み足をだらしなく投げ出して休息をとった。
Fortis931「休んでる暇はないよ。急がなくては」

上条「ちょっとだけだよ。くそ、これならエレベーターを使えばよかったぜ…おっと失礼」

Fortis931「『コインの裏側』にいる僕たちが『コインの表側』にあるボタンを押す方法があるというのならぜひとも教えてもらいたいな」

上条「分かってるって。一瞬忘れただけだ」
 それだけじゃない。もし仮に生徒たちに混じって乗り込むことに成功したとしても、次の階でより大勢が乗り込んで来たら圧死は避けられないだろう。『裏側』は一切『表側』に手出しできないのだから。

243以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 01:05:11 ID:KEhiXDgE
さて、5階についた。
フォーティス曰く、ここには図面と外部からの赤外線や超音波による測定結果との間に食い違いがあるらしい。知られざる空間、つまり隠し部屋が存在するということだ。

Fortis931「そして、図面によるとここらしいんだけどね」

カフェテリアへつながる廊下のど真ん中。フォーティスは何の変哲もない壁をコツコツと叩いた。

上条「でも、入りようがないんじゃどうしようもないじゃねえか」

Fortis931「そうだね。でも、確かめておくに越したことはないと思うよ。どんなに強固な結界が築いてあろうと、その主であるオーレオルスを始末してしまえばいいだけの話だからね」

上条「おいおい、始末って・・・・・・」

 やけに物騒な言葉を選ぶな。正直俺は、あんな目に遭っておきながらまだその錬金術師が本当に悪い奴なのか断定しかねていた。それに足る根拠が十分じゃないからだ。さっきの騎士だって正当防衛だったかもしれない。なのにこの男ははなから一戦交える気だ。殺すことすら辞さないだろう。

Fortis931「それから、なにやらあの食堂も怪しい。ちょっと見てみよう。そこに隠し部屋の入り口があるのかもしれない」


食事時ではないにもかかわらずカフェテリアには多くの生徒がいた。どうやら普段は自習用のスペースとして開放されているらしい。通路とは違いこちらでは人の動きは読みづらいため、ここでも気の休まることはない。むしろこれまで以上に神経を尖らせなければならない。

Fortis931「存外大したことないものだね」

 巧みに向かってくる生徒を交わしながらフォーティスが言った。

上条「何が?」

Fortis931「いやぁ、てっきり教祖様の御真影や像を祀った祭壇でもあるのかと思ってね」

 そう言いながらあたりを退屈そうに見まわすフォーティス。俺もつられて周囲を見渡した。

244以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 01:06:54 ID:KEhiXDgE
上条「確かに危険は低そうだけど・・・」
 そう呟きながらちょうど隠し部屋のある側の壁に目を向けた時、見慣れない単語が目
に入った。
 隠し部屋を食堂と区切るぶ厚そうな壁の前には狭い調理場があり、その手前は注文品を受け取るためのカウンターや出来た料理を入れておくショーケースが置かれた受け取り口になっている。その受け取り口のすぐ脇に貼られたポスター。そこに書かれた名前が引っ掛かった。

上条「『光十字減災財団へのご理解を』・・・光十字?」
 聞いたことがないのは当然だとしても、名前は知らないしどんな団体なのかも想像つかない。『前』の俺も知らなかったようだ。

Fortis931「この街で行われている研究を支援している協力機関の一つらしいね。他にもシカゴ大学や国立気象局とも協力関係にあるとか・・・・・・。ここら辺はむしろ君たちの方が詳しいんじゃ・・・おっと失礼、記憶を失っていたんだよね」

上条「別に構わないさ。それで、具体的に何をする団体なんだ?」

Fortis931「任務は主に防災研究の監督や資金の援助。政府への研究予算の申請や監査を補佐し、各研究機関の仲を取り持って利害衝突を防ぐ折衝役というのが主な仕事だって聞いたよ。
母体になった光十字は1500年前に西アジアで創設されたという成教系の医療団体さ。十字教系の慈善団体だから、まあ、救世軍みたいなものだろうね。ペストや赤痢やスペインかぜと戦ってきたって主張しているけどどこまでが真実なのやら……」

上条「なるほど」

Fortis931「元々本部はアテネにあったんだが、20年前に内戦から逃れるためアメリカに拠点を移したんだ。しかし解せないな、数年前から財政難で活動を停止していると聞いたのに・・・」

 よく見たら、カフェテリア内のいたるところにポスターが貼ってあるようだった。ポスターだけじゃない。光十字のものらしき銘板や十字架のオブジェも飾ってある。
どうやら活動を再開しているだけでなく、この学校の運営にも何らかの形で関与しているようだ。でも、なぜこんな学校なんかに?
いや、そんなことを考えるのは後でもいい。光十字云々は特段ヒントになりそうにない。

 上条「なあおい、そろそろ出ないか? 入り口を見つけたところで今の俺たちに中へ入ることは出来ないわけだし・・・・・・」

 俺がそう言いながら辺りを見回すと、一人の生徒と目が合った。その生徒は棒立ちで俺の方を向いていた。たまたま視線がかち合っただけかと思ったが、すぐに相手がどうやら俺を凝視しているらしいということが分かった。
 いや、一人だけじゃない。二人、三人、四人・・・・・・気が付けばそこにいた全員が俺たち二を眺めていた。人間らしいしぐさはどこにもなくなり、ただ無機質な瞳がこちらを見つめているだけ。どういうことだ? 『表』の人間は『裏側』には一切気づかないはずだろう?
 その時、生徒の一人が口を開いた。

男子生徒1「熾天の翼は輝く光、輝く光は罪を暴く純白――」

245以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 01:07:38 ID:KEhiXDgE
 彼が呟きだしたのは意味の分からない言葉。続いて、他の一人も彼の後に続き、

女子生徒1「純白は浄化の証、証は(男子生徒3)「行動の結果、結果は未来、未来は(男子生徒4)「時間、時間は(女子生徒2)「一律――」」」」

二人の声にすぐさま三人目の声が重なり、その上に四人目、五人目・・・・・・。
いや、数人だけではなかった。この部屋中の人間が一斉に唱え始め、すぐに耳を聾さんばかりの大合唱になった。同時に生徒たちの眉間にピンポン玉大の青白い光球が造り出されてゆく。

Fortis931「ああ、まずいな。第一チェックポイント突破ってところか。『コイン』が裏返ったらしい・・・・・・」

 フォーティスの呟いた意味を理解するまでにそう長くはかからなかった。

上条「まさか、今のこいつらは・・・・・・!」
 魔術師。

「罪悪とは己の中に、己「「の中に忌み嫌うべきものがあ」るなら」ば、熾天の翼「により己の罪を「暴き内側から」弾け飛ぶべし――ッ!」

246以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 01:08:42 ID:KEhiXDgE
 合唱が終わるよりも早く、俺たち二人は出口に向かって跳ねるように駆け出した。視界の隅に、成長の終わった大量の光球が一斉に二人のいた位置めがけて放たれるのが見えた。

 部屋から飛び出すや否や、背後で大爆発が起こった。背中に伝わった熱風からも、あの小さい光の玉一つ一つが相当な熱さと威力を持っていることが想像できた。

Fortis931「なるほどね。隠し部屋の近くにはこんな形で自動の警報を仕掛けている訳だ」

上条「悠長に推理している場合か! 見ろ、第二波が来るぞ!」

 そんな会話をしている間にもカフェテリアの入り口からは大量の火の玉が堰を切ったように流れ出してくる。

Fortis931「何をしているんだ! こんな時こそ君の右腕の出番だろう!?」

 そう言われて俺は試しに右腕で光球を触ってみるが、目の前に迫ってきたやつを二、三個消すのがやっとだった。

上条「無理だ! こんな量捌き切れるわけがない!」

俺たちは火砕流のように迫ってくる光の奔流から逃れるため、廊下をひた走った。そうするしかなかった。声はもはや建物全体を揺るがす大きさになっている。一つの部屋にとどまらず、建物中の人間が作り出す言葉の大渦だ。

上条「なあ、これはいったい何なんだよ!?」

Fortis931「バチカンの最終兵器、『グレゴリオの聖歌隊』さ。正しくはそのレプリカだがね。どうやら僕らはあの男を少々見くびっていたようだ」

上条「『グレゴリオの聖歌隊』?」

Fortis931「3333人の修道士を聖堂に集め、レンズで光を集めるように祈りの力を集中させ、魔術の威力を増幅させるんだよ。この学校の生徒の数は2000人ほどだったはず。レプリカとは言え、それだけの人数を動員しているのだとすればフルパワーなら本物とそん色ない威力のはずだ」

 2000人だって? 完全に閉鎖された建物の中でそんな数を相手に勝ち目なんてあるのか?

247以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 01:09:18 ID:KEhiXDgE
 そうこうしているうちに階段へたどり着いた。とにかく上へ向かうことにした。

上条「勝算はあるのか?」

Fortis931「『核』だよ。大勢の人間をシンクロナイズさせないとこの魔術は成功しない。その動力源となっている核さえぶっ壊せば無力化できるはずだ。恐らく結界の核と同じだろう」

上条「それってつまり結界の外にあるって事だろう? その結界から出られないって話なのに! どうするんだよ!」

 おしまいだ。万事休す。このままおとなしく焼き殺されるしかないのか。そんな絶体絶命の状況だというのにコイツ、ずいぶんと暢気に構えているな。その余裕はいったいどこから来るのか。

Fortis931「落ち着けって。秘策が一つだけある」

上条「じゃあ、さっさとそれを使ってくれ!」

Fortis931「そうかい」
 
 そう言ってフォーティスは俺の方を向いた。
か つ て な い ほ ど 楽 し そ う な 笑 み を 浮 か べ て 。

Fortis931「じゃあ、昼食代払ってもらおうか」

 嫌な予感がして身構えた時にはもう手遅れだった。

248以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 01:10:07 ID:KEhiXDgE
 どれだけ転げ落ちたか分からない。ただ、全身のあちこちがひどく痛い。どこか骨が折れているかもしれないし、我ながら生きているのが奇跡だ。
突き落とされる瞬間、すぐ背後から「お気の毒に、カカシくん」という声がはっきりと耳に入った。朦朧とした意識の中で階段のはるか上方をすぐ振り返るが、既に奴の姿はない。野郎、妙に馴れ馴れしいと思ったら、最初からこれが目的で……!

 仲間だと思っていた奴の裏切りに憤っている時間はなかった。痛みにうずくまっている間にも光の洪水はこちらへ狙いを定めて襲い掛かってくる。
 俺は痛む体を無理やり動かして階段を駆け下りた。少し視点を上げると、あらゆる階から光球の流れがどんどん合流して洪水を際限なく膨らませてゆくのが見える。逃げているうちに頭の中にある考えが浮かぶ。
もしかして、俺の位置は敵に完全に把握されているのではないか。あの男はここが魔術で外と区切られていると言った。もしこの空間が魔力か何かで満たされているとしたら? そして、俺の右手がその何かをも片っ端から打ち消してしまっていたとしたら?
 やはり俺は最初から囮として連れてこられたのではないだろうか。何故あの時断らなかったのだろう。

上条「ちくしょうが!」

 もうこんなところから一刻も早くおさらばしたい。自分が誰なのかもろくに知らないのになぜこんな目に遭わないといけないのか。

 階下から別の足跡が聞こえる。まるで俺の行く手を阻むかのように。俺は懐をまさぐり、拳銃がまだあることを確認するとそれを取り出した。誰であろうが俺の邪魔はさせない。

階段の先にいたのは一人の女の子だった。おさげにした黒髪に丸い眼鏡、歳は俺より一つか二つ上か。かわいらしい顔だが当然見覚えがない。

女子生徒3「罪を罰するは炎。炎を司るは煉獄。煉獄は罪人を焼くために作られし、神が認める唯一の暴力――」

 そして、残念なことに彼女もなんとかの聖歌隊とやらの統制下にあるようだ。言葉を紡ぐたびに眉間に浮かぶ青白い光の玉が大きさをと輝きを増す。

上条「どけ、俺には時間がない――」

 俺はそう言って拳銃を構えたまま押し通ろうとした。何なら引き金を引いたって構わない。


 その時だった、彼女の頬がばじっと弾けたのは。

249以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 01:10:43 ID:KEhiXDgE
上条「え・・・・・・?」

 いや、頬だけじゃない。一句一句を発音するたび、指、鼻、服の中、あちこちの皮膚が小さな破裂を引き起こしてゆく。

女子生徒3「暴力は・・・・・・死の肯定。肯、て――は、認識。に――ん、し――」

上条「もうよせ! やめろ! 無茶するな!」

 それでもやめない。体内もズタボロになっているのか口の端から血を垂らしながらも彼女の言葉は止まらない。とっくに光球は消え去っていた。

女子生徒3「・・・・・・き、は――己の、中に。中、とは――世界。自己の内面と世界の外面、を、繋げ」

 そこまで言った途端彼女の眉間が真っ二つに裂けた。それが決め手になったのか、彼女は沈黙し、しばらく棒立ちになったかと思うと前のめりに倒れかかった。
俺は彼女を受け止めた。まだ息はあるようだ。
俺は彼女を抱いたまま走り出そうとした。すぐそばまで例の光球が迫っているというのにまさか放っておくわけにもいかない。巻き込まれないよう、なるべく安全な場所まで運ぼうとした。
が、出来なかった。意識を失った人間の体がここまで重いとは知らなかったのだ。
そうしているうちに例の奔流が追いついてくる。逃げる時間はない。
 せめて盾になろう。俺はちょうど彼女に覆いかぶさるような体勢になり、そのまま目をぎゅっと閉じ――

250以下、名無しが深夜にお送りします:2018/07/04(水) 01:11:34 ID:KEhiXDgE
  いつまで経っても、何の熱さも痛みも感じない。まるで時間が止まったみたいだ。俺は恐る恐る目を開けた。
 鼻先にまで光球の流れが迫ってきているところまではいい。問題は、なぜ俺たちを飲み込まんとしていた何百何千もの光の玉が空中にピタリと止まっているのか。
 やがて球体はまた動き出した。しかし、今度は下に向かって。無数の球体はまっすぐ床まで落ちると、そのまま消えてしまった。
 どういうことだ・・・・・・?


  カツン、とさらに階下から足音。俺は気絶した女子生徒の体を床に置き、下を覗き込んだ。
 夕暮れの日差しが差し込む次の階への出入り口。

 そこから『ディープ・ブラッド』アイシャ・アリンナがこちらを見上げていた。


#3 ' Damsel in distress'      to be continued.

251以下、名無しが深夜にお送りします:2018/11/21(水) 00:50:59 ID:qKav8FZk
更新が遅れて大変申し訳ございません。
本日より投下を再開いたします
長らくお待たせして大変申し訳ございませんでした。

ここから先は主人公の目線である一人称とそれ以外の三人称(所謂『神の視点』になることも)に頻繁に入れ替わる予定ですので、区別のために一人称シーンでは最初にヘ(^o^)ヘを、それ以外では☆をマークとして付けることとさせていただきます。

それから、今さらですが禁書3期放送おめでとうございます

252以下、名無しが深夜にお送りします:2018/11/21(水) 00:52:43 ID:qKav8FZk

赤髪の魔術師、ステイル・マグヌスは――先ほど蹴落とした連れには魔法名であるFortis931の方を名乗った。魔法名とは魔術の行使の際に自分の名前として真名の代わりに宣言するものであり、主に敵や殺害対象に対して名乗られることが多い――カフェテリアより上の階に着き、今は何の変哲もない長い廊下の真ん中に立っていた。あたりのリノリウムの床の上には血まみれの生徒が何名か横たわっている。まだ動くものもいればそうじゃないものも。人の少ないここでこのありさまなら、他の階はいったいどうなっている事か。

Fortis931改めステイル・マグヌス(以下ステイル)「あいつらしくもない・・・・・・見ないうちにまたずいぶんと歪んだな」

 ステイルはタバコの吸殻を燃やして処理し、次の一本に火をつけた。

彼は持ってきた騎士の籠手にルーンを刻み魔術を施していた。2000人分の魔力を囮で誘導して1カ所に集中させ、その出所を鎧でできた即席の探知機で探しだす。かつて北欧において全く異なる文明を有していたとされる謎の古代人種・ドヴェルグの金鉱探査術式を応用したものだ。もっとも、実物よりはるかにシンプルな仕組みだが。

ステイル「奴に優しくしてやっているとき、何度虫唾が走ったことか。最期くらいは役に立ってもらわないと困るよ」 

 そして彼はその魔術によって『核』がここの壁の中にあることを突き止めたのだ。

ステイル「こんな事だろうと思った。『表』で隠すという事は、『裏』に対しての絶対的な防御を意味する。『裏』にいる限り、『表』にあるものは例えハンバーガーの包み紙であっても剥がすことは出来ないのだから。ただし……」

 ステイルは床に鎧を放ると懐からルーン文字の記されたカードを一枚取り出し、右手に持つ。すると、カードから炎が上がる。炎はやがて巨大な剣を形作った。

ステイル「完全に塗り込める事ができれば、の話だけどね」

ステイルはそう言って、壁に向かって炎剣で大きく薙いだ。

何しろ建設されてから40年以上の時間を経ている上、学校が買い取るまで十数年も無人のまま放置されていたおんぼろビルだ。戦時中にも大分無茶な改築がなされたようだし20年前のハリケーンによる損傷もあるはずだ。一見堅牢だが、中は穴だらけでボロボロなのだ。
それに、ステイルの操る炎は一定の形を持たない。壁にひずみでできたほんのわずかな穴があれば、それがたとえ1mmにも満たない大きさであったとしてもそこから流し込むことができる。

かくして、ステイルはそれが何なのか分からないまま『核』を破壊した。核だけに『かく』して。ごめんなさい。
しかし、彼はあることを忘れていた。それは、結界がなくなった瞬間からこの建物に自由に干渉できるようになるということ。それは彼の操る炎とて同じ。
摂氏3000度、華氏にして5432度にも及ぶ炎に経年劣化した鉄筋コンクリートが曝されたらどうなるか。そして、壁の中には無数の水道管が縦横無尽に張り巡らされており、そこを通る大量の水が高温にさらされて一瞬のうちに気化したら何が起こるか。

彼がそれに気づき、対処しようとした時にはすでに手遅れだった。壁が耳をつんざくような轟音とともに破裂し、荒れ狂う爆風が彼を吹き飛ばし、後方の壁に叩き付けた。

253以下、名無しが深夜にお送りします:2018/11/21(水) 00:53:59 ID:qKav8FZk
 目を覚ました時、ステイルは自分が穴だらけの壁を背にへたり込んでいることに気付いた。したたかに打ち付けた腰をさすりながら立ち上がり、辺りを見回す。
ひどいありさまだった。天井には亀裂が走り、床のいたるところが抜け、壁のあちこちが吹き飛んでいるせいで廊下が半分外へ剥き出しになっているようなものだ。そして、『核』があった件の場所には幅20ft近い大穴が開いていた。穴の縁からは熱でひしゃげた鉄骨やら折れ曲がりズタボロになった配管やらが飛び出し、配管の一部からは水がちょろちょろと流れ出ている。辺り一面には水蒸気が立ち込めており、その光景は彼の故郷であるロンドンの濃霧を彷彿させた。
ともあれ、見たところ幸いにも爆発に巻き込まれた人間はいないようだ。尤も、下に降り注いだ瓦礫の下敷きになった者はいるかもしれないが。
犠牲者を増やさずに済んだことに安堵して、ステイルは自分で驚いた。この世界に足を踏み入れてから久しく、とうに人間らしさなど捨て去ったものと思っていたのだ。
あの男の顔が脳裏に浮かぶ。思えばあいつに出会ってからすべてがおかしくなり始めた。

ステイル(あてられたか……)「調子狂うなぁ」

???「自然、この術を目の当たりにすれば左様な偶感を抱くのも論無し」

 水蒸気の中から声が響く。方向を確かめる間もなく、何か光るものがステイルの頭めがけて一直線に飛んできた。
 とっさに身をよじっていなし、飛んできたものを目で追い正体を見極めようとする。
それは、黄金の鏃だった。大きさは短刀ほどもあり、尻からやはり黄金の鎖が伸びている。
黄金の鏃はそのまままっすぐ飛び、彼の数十ft後方の床に勢いよく突き刺さった。そこに倒れ伏していた生徒の背中を刺し貫いて。
ステイルが目の前で突然行われた所業に嫌悪を抱くよりも早く、生徒の体が弾け飛び、そのまま周囲の床もろとも溶け始めた。たちまちそこには何やら煮えたぎった液体の水たまりが出来た。

254以下、名無しが深夜にお送りします:2018/11/21(水) 00:55:01 ID:qKav8FZk
ステイル(強酸で溶かしたのとはどうも様子が違う・・・これは、もしかして純金?)

???「瞭然、どこに潜んでいようとも『偽・聖歌隊』(グレゴリオ・レプリカ)を使えば核の元までおびき寄せられると思っていた。そして果然、貴様はここにいる」

 声のした方向に鎖は一瞬で巻き戻されていった。
ステイルは声のした先へ振り向いた。
前方から誰かが歩いてくる靴音が聞こえる。足音をひそめる努力もすることなく堂々と歩いてくるのが分かる。

???「当然、侵入者は二人であったはずだが・・・・・・貴様の使い魔はどうした? よもや『偽・聖歌隊』に呑まれたのではあるまいな」

ステイル「使い魔じゃなくて疫病神と言ってほしいな。呑み込まれてくれたなら大助かりだが、生憎あれはゴキブリ以上にしぶといのでね」

 そう答えたステイルは、

ステイル(そういえばあいつ、ベッタニンの靴がお気に入りだったっけか)

至極どうでもいいことを考えながら水蒸気の中からぬらりと姿を現した足音の主と対峙した。

30ftほど離れたところに姿を現したのは、7ft近い長身の青年だった。イタリアのメーカーが製造した高価な革靴を履き、すらりとした体も長い脚も高価な純白のスーツに包んでいる。緑色に染め上げられたスリックドバックの髪のおかげで派手な服装がより際立っていた。

255以下、名無しが深夜にお送りします:2018/11/21(水) 00:55:38 ID:qKav8FZk
ステイル「オーレオルス・アイザードか・・・?」

 オーレオルス「純然、いかにも私こそパラケルススが裔、アウレオルス・イザードである」

 ステイル「そうか。なら話が早い。今日は『あの娘』の件についてちと話があって来たんだが、その様子だと残念なことにティーカップを片手にテラスでのんびり歓談とはいかなさそうだ」

 ステイルは間合いを取るようにゆっくりと後ずさりを始めた。

 オーレオルス「判然、怖気づいた様だな魔術師」

 ステイル「そりゃあね、あんな危なっかしいものを振り回されちゃ距離も置きたくなるってものさ。得物はエーテル体かい? とすると原料は空間に充満する魔力かな?」

 ステイルは口元にうすら笑いを浮かべながら言った。

 ステイル「それで、ここまで呼び寄せたからには、説得したいわけじゃないなら何か切り札があるってことなんだろうね? まさか錬金術しか芸がないのに僕に太刀打ちできるだなんて思っちゃいないだろう? 教えてくれよ、今日は何個霊装を持ってきたんだい? 今日はどんな手品を見せてくれるのかい骨董屋さ

 オーレオルス「依然、貴様・・・」

 巣穴から蛇が這いだすような動きであの黄金の鏃がその上衣の右袖から顔を出す。

 ステイル「おっと、図星だったかな?」

 オーレオルス「リメン・マグナ!」

256以下、名無しが深夜にお送りします:2018/11/21(水) 00:56:49 ID:qKav8FZk
 再びステイルの顔めがけて飛び出した。一瞬だった。
ステイルは今度は体を低く沈めて躱した。鏃は彼のはるか頭上を飛び去り、もう一人の生徒を周りの建築材もろとも黄金に変えてすぐにまたオーレオルスの袖の中へ巻き戻った。

ステイルは険しい表情になり、無言のまま立ち上がった。今度は黄金に変わった生徒の方を振り返りもしなかった。

オーレオルス「俄然、なぜ黙っている? 何を驚くことがある?」

 今度はオーレオルスの方がうすら笑いを浮かべる番だった。

オーレオルス「錬金こそが我が生業(たつき)、我が役。我が名の由来を忘れたとは言わさぬ」

 ステイルは答えない。

オーレオルス「『リメン・マグナ』は私が開発した、いわば『瞬間錬金』とでも呼ぶべき錬金法。我が『リメン・マグナ』はわずかでも傷をつけたものを即座に純金へと変換するのだ。必然、貴様とて愕然とし口をつぐまざるを得んだろうが、これで終わらせるなよ。貴様も得物を出せ。その魔女狩りの王(イノケンティウス)、実体なき炎の化身すらも変換できるかどうか俄然興味がわいた」

ステイル「驚くだって? まさかね。ちょっとした考え事さ」

 突然ステイルは話し出した。あまつさえケラケラと笑い出した。


ステイル「まさか君がこんな無意味なことのために長い時間費やしてたのかって思うとさ、哀れでならないよ」

257以下、名無しが深夜にお送りします:2018/11/21(水) 01:01:15 ID:qKav8FZk
 オーレオルス「何?」

 ステイル「魔術において肝心なのは結果じゃない、結果を求める過程の実験や検証だ。いくら薬の調合が早くても効能自体は何も変わらないだろ? それと同じさ、たとえ一瞬しかかからないとしてもその結果生じるのは従来の錬金法と同じ、金だ。これでできることといえばせいぜい金の相場を大暴落させてブレトン・ウッズ体制を崩壊させ、英国経済にとどめを刺すくらいのものだ」

 オーレオルス「何だと?」

 ステイル「ああイノケンティウスね、悪いがアイツは留守番だよ。使いどころは僕が一番分かっている。少なくともここじゃないってことはね。いや。こんな奴ごときに使うだなんてアイツからしたらあまりにも役不足が過ぎるってものだよ」

オーレオルス「唖然・・・」

 ステイル「いや、そもそも炎剣を出すまでもないんじゃないかな? こんなチャチな代物、素手で十分かもな。戦闘の心得がない錬金術師がわざわざ敵を呼び寄せるなんてどういう風の吹き回しかと思えば、なんだ、まさかこんなシケた手芸見せるため

オーレオルス「憫然、笑止!」

オーレオルスの右袖からリメン・マグナが射出された。撃ち出された刃は正確にステイルの右胸を射抜いた。
 しかし、どういうわけかステイルは苦悶の表情とともに頽れることもなければ黄金に変わる気配もなく立ち続けている。正確に心臓を射抜いたはずなのに、なぜ?
 そんなオーレオルスの疑問にもお構いなく、

ステイル「ああいや、そういえばこれが君のとっておきだったんだよな。いや、失敬した。もっとすごいものを期待してたんだけど。ああ、いやぁいやぁ実にお見事ハイハイ結構結構」 
わざとらしい拍手とともに嘲るような調子で言った。

オーレオルス「憤然、貴様!」

オーレオルスは拍手の音をかき消すようにリメン・マグナの射出を繰り返した。
射出と巻き戻しの速度が速すぎて、幾重にも残像が残ってゆく。そのうちにいつしかそこには黄金の光線が生じた。生身の人間には到底ついてゆけない速度だ。ものの数秒で、ステイルは上半身がすっかり蜂の巣となっていた。
それでもしゃべるのをやめない。

258以下、名無しが深夜にお送りします:2018/11/21(水) 01:04:42 ID:qKav8FZk
ステイル「一つ聞いておこうか。オーレオルス・アイザードが錬金術を学んだのはいったい何のためだ?」

 オーレオルス「知れた事」
 錬金術師は手を休めないまま答えた。

 オーレオルス「錬金の目的は真理の探究。人が人の形を保ったままどれほどの高みに上ることができるのか、それを探るために学び舎の戸を叩いた」

 ステイル「じゃあ、わざわざこんなところに立て籠もる必要がどこにある?」

 オーレオルス「・・・・・・・・・」

 ステイル「案の定答えに窮したか。それが影武者の限界だな。あらかじめ入力された情報しか知り得ない偽物に、本物がとる想定外の行動の真意はわからない」

オーレオルス「暗然、何が言いたい?」
 口調こそは平然としていたが、顔にははっきりと焦りの色が見て取れた。
ステイルはそれを無視して続けた。

ステイル「ふむ、基礎物質にケルト十字を用いたテレズマの塊か、それにゴーレムの術式も応用したかな? 実に精巧な自動人形(オートマタ)だね。そこは腐っても元ローマ正教隠秘記録官というわけか、実にマニアックで凝った造形だ」
まるで実際に顕微鏡かなにかで分析したかのようにつらつらと推論を述べてゆくステイル。

259以下、名無しが深夜にお送りします:2018/11/21(水) 01:06:16 ID:qKav8FZk
 オーレオルス「答えろ! 何が言いたい!?」

 二回目に聞くときには強い怒気をはらんでいた。

 ステイル「この期に及んでまだ分からないのか? 自分自身が一つの霊装にすぎないってことに」

 オーレオルス「何?」

 オーレオルスの動きが止まった。穴だらけのステイルの体がゆらゆらと揺れる。しめたとばかりステイルは続けた。

 ステイル「君はただ、『本物の』オーレオルスの術式によって生み出された、彼の姿や言動を精巧に模しただけの自動人形に過ぎない。それはそれで興味深いが生憎ぼかぁ用があるのは本物の方なんでね」

 オーレオルス・ダミー(以下ダミーと表記)「突然、何を、言い出すのだ? 歴然、それでは第一の前提から破綻するではないか」

 表情こそ平静を保っていたがその声は震えていた。

ダミー「当然、『リメン・マグナ』は私が開発した私自身の錬金法だ。必然、そうでなければこの力の源は何だというのだ?」

260以下、名無しが深夜にお送りします:2018/11/21(水) 01:07:30 ID:qKav8FZk
 ステイル「もちろん本物のオーレオルス・アイザードさ。そうに決まっている」
 
 ステイルははばかることなく言った。オーレオルスの強く握った右のこぶしがわなわなと震え出した。

 ステイル「すでに自分でも違和感に気付きつつあると思うけどね」

 ダミー「喧然、黙れ」
 自分は偽物なのか。今まで錬金法会得に費やした歳月も苦労も全部偽物なのか。

 ステイル「それになんだい、その『リメン・マグナ』とやら。魔術はあくまでも結果を導き出すための手段に過ぎないであって、その手段そのものを誇るなんて奴なら絶対あり得ないよ。薬草を飲んだら風邪が治った、ばんざーいなんてガキじゃあるまいし。その薬草の中の薬効成分を調べるのが錬金術師の本分だろ?」

 ダミー「黙れ・・・」
 ようやくこの手で会得した唯一無二の錬金法がただの借りものだなんて。

 ステイル「何度でもいうぞ偽物。僕が用があるのはオーレオルス・アイザード本人だ、お前じゃない。セキュリティ設備の一つや二つ壊すのは容易いが、お前は特に『あの娘』に触れている訳じゃないし、さすがに知り合いと同じ顔の奴だと気が引けるんでね。失せるならさっさと失せろ」
 
 ダミー「黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇぇぇぇぇぇぇぇいいいいいい!!!!!!」

 オーレオルスはあらんかぎりの声で咆哮しながら右袖からありったけの『リメン・マグナ』をめちゃくちゃに乱射した。量も速度も先ほどのものを大きく上回っている。

261以下、名無しが深夜にお送りします:2018/11/21(水) 01:08:49 ID:qKav8FZk
(続き)純金の弾丸を無限に撃ち出すマシンガンさながらの様相であった。溶けた黄金が裾や靴や袖にはね飛んで焦げようがおかまいなしだ。
今彼の心は、己の存在が揺らぐことへの恐怖、目の前の対象への怒り、そして、やはり目の前の敵に対する恐怖と不安で占められていた。あれほどの攻撃を受けながら純金と溶けるどころか斃れるそぶりすらみせない。 
もしかして、攻撃が一切効いてないのではないか・・・・・・。そして、どういうわけか敵の姿は着実に薄れつつある。

 なにかおかしい。そう思い始めた時、

ステイル「それに、本当はわかってるんだろう? 錬金術師オーレオルス・アイザードはこんなにあっさり負けるほど弱くはないはずだって」

262以下、名無しが深夜にお送りします:2018/11/21(水) 01:11:57 ID:qKav8FZk
声は後ろから聞こえてきた。振り向いた途端、暖かい風とともにステイルの姿が現れた。手から炎剣を出しながら。

ダミー(蜃気楼、か・・・・・・!)

熱せられて膨張した空気の中で光の屈折率が変わる現象。彼は蜃気楼を利用して偽の像を囮として投影し、己の姿を見えなくして背後に回り込んだのだ。
あるいは、水蒸気の中に身を隠したのか。いずれにせよ、こんな初歩的なやり方で背後を取られるとは・・・・・・!

すかさず『リメン・マグナ』で迎え撃とうとするも、わずかに相手の方が早かった。
右袖から鏃を出した途端、その手は袈裟懸けに振り下ろされた炎剣によって熱したナイフでバターを切り裂くよりも早く両脚もろとも切り落とされた。

ダミー「ごっ、がぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

  左腕以外の四肢をなくして這いつくばり、苦痛に顔をゆがめながら地べたを転げまわるオーレオルス・ダミー。それでもわずかに残った理性で、

  ダミー「洒然、右手がなくともまだ左手が・・・・・・」

   迎え撃とうとしたとき、周りの状況に気が付いた。
  壁の機材だろうが倒れている生徒の体だろうが無差別に変換しまくった結果、廊下はすでに崩落寸前、壁や床はほとんど残されていなかった。わずかに残った床からは、溜まった黄金の溶岩が滝となってはるか階下に流れ落ちてゆく。
  そして、自分がいるところはまさにその奈落へと続く大穴の縁だった。
   ステイルはつかつかと歩み寄り、ダミーの体に足をかけた。
 
  ステイル「言い残すことは?」

  ダミーは複雑な感情に顔をゆがませながら叫んだ。
 
  ダミー「I・・・I hate you!」

  ステイル「そうかい」

  ステイルは笑って、ダミーの体を蹴落とした。

263一年以上も更新が遅れてしまったことへのお詫び:2019/10/24(木) 00:29:44 ID:XyQ7FwAc
長らくお待たせして申し訳ございません
執筆と投下のための時間が長い事確保できずにおりました
今後はなんとか時間を確保できそうです
それこら、現在第二巻の三沢塾編にあたる部分を投下しておりますが、時系列や作中人物の相互関係など色々な情報が錯綜しすぎて自分でも混乱し、また展開が複雑になりすぎて収集がつかなくなってまいりました。
そのため、まことに勝手ながらここはしばらく保留にしてその先の妹達編から再開させていただきます。
長らくお待たせした上にこんな身勝手な理由で内容を変更してしまい大変申し訳ございません。
近いうちにまた再開いたします

264以下、名無しが深夜にお送りします:2020/04/14(火) 03:42:50 ID:Mkm.PJC2
大変長らくお待たせいたしました。
それでは再開いたします。

ここ最近、ある夢をよく見る。とはいえ、よくあるような荒唐無稽で何の脈絡もないような内容ではない。日によって多少の違いはあれど、その内容はいずれも幼い日の記憶に基づくものだ。この街に来てまもなく、能力が初めて芽生えたばかり、そんなころの思い出。

 大きな病院の中、白衣の男性の隣で私がガラス越しに見下ろしているのは、手すり型の歩行補助器で体を必死に支えながら一歩一歩弱々しい足取りで前に進む一人の年老いた男性。
しかし、がっしりとした体格でそれほどひ弱だとは思えない。
 幼い子供は疑問に思ったことをすぐ口にする。それは当時の私とて例外ではない。

「あのおじちゃんだあれ?」

「あの方はフリードリヒ・パウルス将軍。スターリングラードの戦いでドイツ軍を指揮されたお方だよ」

「じゃあ偉い人なんだね」当時は自分の生まれる直前にものすごく大きな戦争があったという事実を漠然と知っていたくらいで、それがどのような内容だったのかは何一つ知らなかった。彼が忠誠を誓っていた国がしたことについても。すぐ上の先輩方には終戦直後の飢えと寒さの中で育った人も少なからずいるというのに。

「おじちゃん、昔の戦いで足を怪我しちゃったの?」

「いや、そうじゃないんだ。あの方は今現在、筋萎縮性側索硬化症、略してALSという病を患っているんだ」

265以下、名無しが深夜にお送りします:2020/04/14(火) 03:49:27 ID:Mkm.PJC2
「エー・エル・エス?」

「簡単に言えば、神経の異常のせいで筋力がどんどん低下していってしまう病さ。かのルー・ゲ―リック選手もこの病で命を落とした。中年以上のお年寄りに多いが、もっと若い人が発症することもある。はっきり言って今の医学には治療法がない。何せ原因が分からないんだからね・・・・・・」

 そう言って彼が指し示した別の方向の部屋には他の患者達。多くは30代から40代、あるいはもっと上に見えるが中にはまだ学校に通ってそうな若さの人や自分より少し上くらい子供もいる。
また視線を前の窓ガラスに戻すと、老人は歩行訓練機の端から端へと移動を終えUターンするところだった。よほど大変なのか、汗だくになっている。思わず手に力が入る。こういうものを見せられては気持ちを相手に移入せずにはいられない。気づいたら私は「おじちゃんがんばれ」と声援を送っていた。

しかしすぐに男性の残酷な宣言で冷や水を浴びせられた。

「でも、あのように必死にリハビリしても、筋力は下がる一方で根本的な解決にはならないんだ。残念なことにね。そして、このまま行くと・・・・・・」

 私は男性の顔を見やるが、暗くて口元しか見えない。

「やがて立ち上がることもできなくなり、最後には自力での呼吸や心臓を動かすことすら困難に・・・・・・」

 もうこれ以上は聞きたくも見たくもない。おのずと頬を涙が伝いだす。それを目の前の男性は優しく手でぬぐいながら(口しか見えないが)にっこりと微笑みながら言った。

「泣かないで。君の能力を解明し、人に移植することができるようになれば彼らを救うことができるんだから。君が彼らの希望になれるんだ」

そして私はいてもたってもいられず申し出る。

「いいよ。私のDNAマップだっけ?それ、あげる」

266以下、名無しが深夜にお送りします:2020/04/14(火) 03:51:36 ID:Mkm.PJC2
「生体電気そのものを操り、通常の神経ルートを使わず直接筋肉を動かす、ね。私には思いもつかなかったよ」

笑顔でそういうのは軍服姿のいかつい男性数名(今から思えば東ドイツの要人なのだから当たり前だった)を従えた車椅子の老将軍。リハビリを終えた帰り、施設の玄関で見送る場面だ。

「ご多忙の中でご足労いただき、誠に感謝いたします。元帥閣下」

 先ほどまで隣にいた白衣の男性が敬礼をする。それに対して同じく敬礼をする将軍。

「礼を言わなければならんのは私の方さ。ここへは治療のために来たのだ。老い先短い命だが、混迷の未来を照らす一筋の光明を見ることができたから安心して逝けるよ」

 それから私の方に向き直って言った。

「ありがとう、お嬢さん(フロイライン)。君の勇気ある決断のおかげで多くの人命が救われることになる。話によれば体の中の電気を自由自在にできる君の能力はALSだけでなくアルツハイマー病のような脳の病気を治すのにも使えるそうじゃないか。夢は広がるね。もっと応用すれば筋ジストロフィーだって治せるかもしれないな」

今から思えば筋肉そのものがダメになる筋ジストロフィーをたかが電気を操ったくらいでどうこうできる気がしないがそんなの当時の私には知る由もない。
「しかし良かったのかい? まだどれくらいの強さになるか分からないし、君だけの力なんだろう?」

私は笑顔で答える。

「いいの。全然平気だよ。私の力で人助けができるなら、なんだってするよ」

「君は偉いね。この歳で実に立派だ」将軍は私の頭をくしゃくしゃと撫で、私は照れとこそばゆさで思わず笑みを漏らす。

267以下、名無しが深夜にお送りします:2020/04/14(火) 03:52:50 ID:Mkm.PJC2
「しかし気を付けたまえよ。その優しさが命取りになるかもしれん。特にこの街ではね」

「どういうこと?」私は顔を上げて彼の顔を見やる。優しいことは良いことではないのか。

「つけ入ろうとする悪いやつがいるということさ。この街も、一皮剥けば私が居た世界大戦の戦場と変わらないかもしれん」

 その辺りから急に視界がぼやけ始める。同時に聞こえる声もどんどん遠ざかり始める。

「だから用心なさい。私たちがかつて犯した過ちを決して繰り返さずに。君は私よりも、否、これまでの歴史上のどんな武人や英雄や兵士よりも遥かに強く賢い女性になるのだから・・・・・・」





そして私は寮の自室のベッドの上で目覚めるのだ。
 夢を見るときには決まって自分のベッドから飛び出してきたルームメイトがいかにも好色そうなだらしない表情で涎をたらし鼾をかきながら腰元に絡みついているので、夢の内容について思い返す暇もなく電撃をまとった肘鉄を一発くれて叩き起こす。そうして一日が始まるのだ。

268以下、名無しが深夜にお送りします:2020/10/18(日) 18:48:41 ID:xbYrFGVc
「僕らは一か月後、この休暇が終わったころに彼女を迎えに戻ってくる。それまで彼女のことをよろしく頼む」

 数日前、あのドク・クロウクの病院の一室で赤髪の魔術師、ステイル=マグヌスと誓った。ミタウ語学学校での事件。ある少女を一人の家庭教師にして親友として誰よりも想い、それを形にするために動いていたある男の悲しき運命。それは、その少女の心にも暗く影を落としている。

「あの娘を、インデックスをくれぐれも泣かせるようなことはしないでくれ」

 言うまでもないことだった。もう決して悲しませるものか。彼女を縛ろうとするどんなふざけた幻想も、宿命も、粉々に打ち砕いてみせると決めた。
 この右手に宿る、「幻想殺し(イマジンブレイカー)」と名付けた力で。

269以下、名無しが深夜にお送りします:2020/10/18(日) 18:50:38 ID:xbYrFGVc
 それが今では遠い昔のことに思える。俺が守り抜くと誓いを立てた件の少女、インデックスはその小柄さに見合わぬ底なしの食欲で着実に我が家の家計を圧迫しつつあった。買いためた食料はわずか二日で底をつき、買い足しても買ったそばから消えていき、今ではオートミールだのシリアルだので飢えをしのぐ始末。育ち盛りで食欲旺盛だとはいえ限度ってものがあるだろう。
 もう手元に金がほとんど残されていない。おまけに我がお姫様は日々の食事量に満足しておらず肉もご所望のようでお手上げだ。
 さて、どうしたものか。アルバイトは洗っていた皿が割れたり面倒な客に絡まれたりしてほとんど長続きしない。治験にでも志願しようかと思ったがもうあらかた枠が埋まってしまっている。
道に落ちているココナッツの果汁を飲むことも考えたが一つ目でいきなり腐った奴を引き当てたのでやめにした。やれやれ、このままじゃ俺があのシスター様に食われちまいそうだ。
そういやこの街は海に面していたはずだ。魚の一匹や二匹、貝でもエビやカニでもいいが何かしら捕れるはずだろう。マナティやワニの保護区に指定されている水域もあるみたいだが少なくとも港はそうではないだろう。西に広がるエバーグレースの森に行けば食用に適するキノコや木の実の一つや二つ見つかるだろう。
とまあ、これで食糧問題は解決できるとしても、だ。も一つ厄介な問題に直面している。補講だ。
前にも云ったかもしれないが俺はお世辞にも出来のいい生徒とは言い難かったらしい。それでただでさえ膨大な夏休みの課題に加えて前学期のツケまで支払わざるを得ない状況に追い込まれているのだ。
 幸い補講があるのは平日の午前中のみ。つまり土曜と日曜は夏休みらしい完全な休日だ。つまりここでの自習によって両方の遅れを取り戻すしかないってことだ。

 そして真夏のカンカン照りの日差しの中、数日前に購入したバカに値の張る参考書を突っ込んだ鞄を小脇に抱えながら重い足取りで図書館に向かっていく途中、近道を使用と(当然ながら土地勘なし。元々知っていたのを一緒に忘れただけかもしれないが)路地裏に入ったらたちまち全身に刺青入れた見るからにガラの悪そうな連中に取り囲まれた次第。
8月12日。日の出から約1時間後の午前9時前後(現在サマータイム施行中である)のことである。

270以下、名無しが深夜にお送りします:2020/10/18(日) 18:52:36 ID:xbYrFGVc
上条「何か御用で?」

輩A「もう分かってんだろ? 学生ローンの取り立てが最近きつくなっててよぉ。ちっとばかし金貸してくんねえか」

上条「生憎わたくしも持ち合わせはほとんどございません事よ。何かいいアルバイトとかご存じだったら教えていただきたいのですが・・・・・・いや待てよ、もし知ってたら自分でやってそんなはしたな借金なぞさっさと返済できていなければおかしいしそもそも返済が滞るほどにまでお借りになったあなた様ご自身の無計画さを恥じるべきでは」

 言い切る前に頬に重いパンチ一発。痛い。口の中が切れたためか血の味が広がる。

輩A「次なめた口利いたらぶち殺すぞ。四の五の抜かしてねえでさっさとよこせっつってんだよ」

上条「マジで持ってねぇんだよ・・・・・・」

輩B「オイ」

 今度は別の頭悪そうなやつが口を開く。

輩B「暗くてよく見えなかったが、コイツどっかで見おぼえねえか?」

輩A「そう言われてみれば・・・」

輩C「コイツ、サートン校の例の日本人じゃねぇか! 無能力(レベル0)なのに大能力者や超能力者とも対等に渡り合えるなんて触れ込みでいい気になってあちこちの喧嘩に首突っ込みまくってるアイツ! 俺らのダチを全員鑑別所に送りやがったのもコイツだぞ!」

輩D「『フォックスワード』なんてくっせぇ名乗り口上あげてるあの野郎か・・・・・・!」

輩E「道理で気に食わねぇ面構えしてやがると思ったぜ」

 当然ながら全く身に覚えがない。記憶を失う前の俺のことを言っているのか? ますます自分が何者なのか分からなくなってくる。やれやれ、『前』の俺から引き継いだ負債の額面はどうやらバカにならない大きさらしい。

271以下、名無しが深夜にお送りします:2020/10/18(日) 18:53:10 ID:xbYrFGVc
 さっきまで俺から小遣いを強請ろうとしていた大男が俺の胸ぐらをつかみあげる。片手にはマチェーテ(山刀)。よく見たら他の連中も金属バットやナックルダスターや軍用ナイフで武装していた。

輩A「つーことなら話は別だ。悪いがオメェは生かしておけねぇ。仲間の弔い合戦として、これから魚の餌になってもらう。腹を掻っ捌いてやるよ。ジャップはハラキリ好きだから嬉しいだろ?」

 せっかく拾った命をこんなことでみすみす捨てるのは御免だったががっちり掴まれてて逃げようにも逃げられない。自分がどんな人間だったのかすら知らぬままこんな薄汚れた路地裏の染みとして朽ち果てなければいけないのか。せめて苦しまないよう一思いにやってくれ。
 目の前の男がマチェーテを振り上げると同時に目を閉じようとした。それと同時に視界がまばゆい光で塗りつぶされる。続いて耳をつんざかんばかりの轟音。

眩んだ目が見えてきたとき、まず視界に入ったのが俺を取り囲んでいたチンピラ共が全員倒れ伏している光景だった。髪も服もチリチリに焦げて、全員気を失っているのかピクリとも動かない。そして壁も路面も煤で真っ黒だ。焦げ臭いにおいも漂っている。よく知らないが『雷が落ちた時』がこんな感じだろうか。
 訳も分からず立ちすくんでいたら先ほど通った路地の入り口の方からコツコツと足音が聞こえてきた。そちらに目をやって、ようやく何が起こったのか理解できた。すなわち、俺を助けてくれた人物がいるということだ。
 そこにはダイナーで出会ったあの女学生があの時と寸分違わぬ姿でいた。


ミカエラ「相変わらずね、お馬鹿さん」

272以下、名無しが深夜にお送りします:2020/10/18(日) 19:18:25 ID:xbYrFGVc
 それから1時間後。俺達二人は額の汗をぬぐいながら行列に並んでいた。行列の行先は最近できたというトルコ式サンドウィッチの屋台。
 何か助けてくれたお礼をと俺が申し出たところ、彼女が見返りに要求してきたのは意外なものだった。

上条「一日ボーイフレンドのふりをして欲しい?」

 絆創膏をミカエラに貼ってもらった頬をさすりながら尋ねると、暑いのか頬を紅潮させた彼女は無言で頷いた。それでも先ほど「アンタと私が、こ、こ、恋人に」とどもりながら切り出して来た時よりはだいぶ赤みが薄らいでいる。

ミカエラ「何度も言わせないで頂戴。かれこれ一週間言い寄られ続けていい加減うんざりしてるのよ。今日はいつになく機嫌がよかったから博物館の展示を見に行くのに少し付き合ってあげたけどそれでも鬱陶しいことには変わりないわ――あ、普通の二つお願いします。同じので構わないわよね?」
 気付けば俺たちが列の先頭になっていた。ミカエラは屋台に立っている売り子の金髪北欧系美少女――トルコ料理と銘打っているにもかかわらず――にミカエラは指を二本立てて注文数を示す。売り子の脇にかけてある立て看板に目をやり、俺は思わずのけぞりそうになる。

上条「7$!? こんなサンドイッチたった一つのために7$だと!?」
いくら記憶喪失だからってその値段が異常なことくらいわかる。おっと、思っていただけのはずがつい口に出てしまっていた。

上条「い、いえ…すみません」

少女「いいってわけよ。初めてのお客さんみんなびっくりするから。でも、うちでは最高級の具材を使ってるからね。サバは勿論、野菜も、パン生地も、スパイスやソースだって」

 玉ねぎとレタスを切り、サバを捌いて炙り、焼きたてのバゲットを切り分け……全ての工程を目にもとまらぬスピードで手際よくこなしながら上機嫌そうに答えた売り子はあっという間にサンドイッチ二人前を油紙にくるんで俺たちの前に差し出した。

少女「毎度あり。アタシが生息海域から種類、食べている餌や脂の乗り具合まで選りすぐった最上級のサバをたんとご賞味あれってわけよ」

上条「どうも……あ、自分の分くらい自分で払えるぜ」
 そう言って財布を出すより先に彼女が10$札と1$札4枚で素早く支払いを終えてしまっていた。

ミカエラ「いいわよ。いちいち出すの面倒でしょ。それに今日は付き合ってもらうわけだし」

 まあ、悪い気はしないかな。慢性的な金欠だし今朝から餓死しそうなくらい腹ペコだったし。

273以下、名無しが深夜にお送りします:2021/06/05(土) 01:56:46 ID:NXJlIlLc
突然ですがお知らせがございます。
長期にわたる投稿の停滞のためにストーリーが不明瞭になってしまったため、
誠に勝手ながら、pixivのほうにて大幅に改稿したうえで改めて投稿させていただくことにいたします
長らくお付き合いいただいた方には感謝申し上げます。ご迷惑をまたおかけいたしますが引き続きよろしくお願いいたします

https://www.pixiv.net/novel/series/1588836

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<削除>

275以下、名無しが深夜にお送りします:2022/03/01(火) 04:27:29 ID:J.banIVQ
SS避難所
https://jbbs.shitaraba.net/internet/20196/


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