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沖浦克治さんQ&A

1葉隠れ:2015/01/15(木) 21:38:43 ID:IqFhE7a20
「葉隠れ」と申します。
先日、沖浦さんが掲示板の閲覧者が減少していることに対し、掲示板の終了を
告げるようなご発言をなされ大変もったいないと感じました。
私は沖浦さんを詳しく存じ上げませんが、インターネットが普及し始めた初期
から今日まで重要な役回りを演じられた人という印象を持っています。
私としては、とぎれとぎれに見聞きした文章を繋ぎ合わせたような知識しかな
く、点と点で大まかに見てはいても、真実の沖浦さんの実像は捉えきれていま
せん。
過去に語られた数多くのコメントも経緯も、全てが現存している訳でもないで
しょうし、また各所に拡散、あるいは消滅しているのであり、今、沖浦さんを
知りたいと考えた人がいたとしても、結局、分からないままに傍観している人
が多いのではないでしょうか。
そこで、1つのスレッドで、質疑応答させていただきながら、真実に近い沖浦さ
んを知りたいと思います。
この試みが意味あるものになるのか、ならないかは分かりません。
ただ、個人として知りたいという気持ちが強くあるので、このスレッドを立ち
上げました。

2葉隠れ:2015/01/15(木) 21:43:07 ID:IqFhE7a20
このスレッドの表題を「沖浦克治さんQ&A」としたのは、運営をQ&Aの形で
進め、沖浦さんの回答に対し、私が所感を述べるという流れにしたいから
です。
1つ1つ順を追ってインタビューし、後の閲覧者が理解しやすい形にできた
らと考えております。
では勝手ながら、沖浦さんの現在のご年齢、ご職業をご回答ください。
最初の質問は周知のことですが、あえてお聞きします。

3沖浦克治:2015/01/15(木) 21:52:22 ID:z/cYWxuo0
葉隠さん、今晩は。

 私は特別な人間ではありませんし、皆様方のお手本にもなりません。
 ですが、折角のスレッドですので、出来る限りはお答えいたします。

 満で69歳、今年の12月で70歳になります。
 チームレスキューと言う、トレーニングジムを長野県の白馬村で8年前から経営しております。

4葉隠れ:2015/01/16(金) 21:41:29 ID:IqFhE7a20

ご回答、ありがとうございます。
私はネットで沖浦爺と表現する批判的な文章をネットで見たことがあります。
寄りあつかいするような軽薄なネット論者は、まだ精神が幼く、信用に値しな
い人間と思っています。「年長の礼」も知らぬ浅はかな論者が、沖浦さんに腹
を割って対話することはできないでしょう。
70代は精神的世界においては成熟した力ある年代であり、これから益々沖浦さ
んにご活躍頂きたいと思っています。

さて、沖浦さんはネットにどのような経緯で参入されたのでしょうか。
時期と動機、当時の志をお聞かせいただけますでしょうか?

5葉隠れ:2015/01/16(金) 21:45:34 ID:IqFhE7a20
上記の「寄あつかい」は、「年寄りあつかい」の間違いです。
失礼いたしました。

6X-PRO-Z:2015/01/17(土) 00:29:18 ID:???0
その批判的な 文章のうち 「個人の資格」で つまり
「文句があるなら いつでも いってきなさい」というのは 何人いるか?
こたえは 「ゼロ」です
へんですねぇ 「ただしい」はずなんでしょうに

7沖浦克治:2015/01/17(土) 05:44:57 ID:z/cYWxuo0
葉隠さん、おはようございます。

 ネット参入は2002年9月15日、正信掲示板からです。

 ネットの時代が来るのを感じ、創価学会の信心の功徳を実況中継するために始めました。

8葉隠れ:2015/01/17(土) 18:18:21 ID:IqFhE7a20
ネット参入が2002年ということは12〜3年前ですね。
正信掲示板というのは全く存じ上げません。先ほどネットで調べてみましたら
同じ名称のサイトがありましたが、パッと見は良く分かりませんでした。
さて、後発のネット閲覧者にとって13年も過去のネットのことは全く見えない
分からない世界です。当時、掲示板が主体だったのでしょうか。
ブログもあったのでしょうけれど数はとても少なかったのでしょうか。
当時は何が語られどのような出来事があったのでしょうか。
最初はネットで学会員は励まし合っていたと聞いたことがあります。
初期のネットにおける創価学会員同士の関係とはどのようなものだったのでし
ょうか。
ぜひ、後継の人々の為に13年前の創価学会員のネットにおける動向をお教えく
ださい。

9沖浦克治:2015/01/18(日) 05:48:57 ID:z/cYWxuo0
初期のネットでの創価学会員を名乗る人たちの関係は、今と同じですね。

 気に入らないと非難中傷、気に入るとベタベタ誉める。

 要するに、現実生活で自己主張を出来ない方々が、吹き溜まりした状態です。

 そこに私が実名で、住所氏名電話番号などを書き込んでからはじめました。

 功徳も罰も沢山出ましたが、そういうタイプの方はいませんでしたので、嫌がる自称創価学会員が多かったですね。

 今も残っておられる、阿部日さんマグマグさんなどがその代表でした。

 お二方共に私の味方の側でおられましたが、功徳を書けないためにおかしくなってしまわれた。

 おかしくなったと言うより、当時からおかしかったと言う事ですね。

 当時は、法華後員の方々との論争が主流でしたので、共通の敵を見つけて団結していたのですが、私と息子が樋田さんとの法論を契機にし、法華講員の方々と友情を結び、それが原因でもあって、敵になられました。

 最初におかしくなったのは、あの愚か極まりない、竹入さん、矢野さんへの仏敵騒動でした。

 私は、そういう事をネットで書くべきではない。と書きましたが、彼らには裏切りに思えたのでしょう。

 それ以前、法華講員の方々が、創価学会員の罰の状態とか、幹部の堕落とか世間での不祥事などをおあることない事をアップしていて、阿部日さんなどはそれに対抗し、法華講員や住職の堕落ぶりを出して反論していて、私も最初は同じことをやっていましたが、法論以来それおを止め、阿部日さんたちにも止めるように勧めましたが、それも気に入らなかったのでしょう。

 体面が出来る勇気がない方が、ネットでハンネを利用し相手の私生活などを責めることは、昔のいたずら電話と同じ行為です。

 仏法者としてあるべき姿ではありませんし、人間としての資質の問題です。

 でも、ネットで敵を作りそれを責めることで高揚感を味わいたい方々には、腹立たしい存在だったのでしょうね。

10葉隠れ:2015/01/18(日) 11:03:07 ID:IqFhE7a20
私は、10年以上も前の時代を知りませんが、次のように予想していたのです。
初期の時代は励まし合っていた。それが何かをきっかけにして揉め事があった。
やがて骨肉の争いが生じた。最終的にネット環境が荒れた、との認識です。
しかしながら、沖浦さんの回答は違っていました。

>初期のネットでの創価学会員を名乗る人たちの関係は、今と同じですね。

当時も同じであったということ。それは本質論で述べられているのでしょうか。
数年前の各種の掲示板ですが、「力のある論者がいなくなった」「昔は良かった」
「今は良くない」とのコメントを幾度か見ておりました。すなわち、「昔は良い
状態」、「今は悪い状態」と明確な相違があると受け止めていたのです。
現実には本質はおなじだけれど、方法が違って大きな混乱があったということで
しょうか。

沖浦さんが、最初から、「実名で、住所氏名電話番号などを書き込んでからはじ
めた」ということも今初めて知るのですが、当時、センセーショナルな出来事だ
ったに違いありません。
「最初から実名」、途中でなく最初から。「最初から電話番号を書き込んだ」、
これも途中でなく最初から。今も、実名を公開し、一切をさらけ出しての言論は
ないでしょう。
強い志と決意を感じるお話です。

11葉隠れ:2015/01/18(日) 11:07:44 ID:IqFhE7a20

次に、注目したお話は以下の内容です。

>当時は、法華後員の方々との論争が主流でしたので、共通の敵を見つけて団
結していた。
>私と息子が樋田さんとの法論を契機にし、法華講員の方々と友情を結び、そ
れが原因でもあって、敵になられました。

初期のころ「共通の敵を見つけて団結していた」というのは察しがつきます。
創価学会と法華講との論争は今でもある構造ですから。
おそらく、過去に私が見た「力ある論者が沢山いた」という内容は、法華講と
の論争において、教学的なことや歴史的なことで論争をしていたのでしょうね。

さて、その1つのベクトルが複雑に分かれてしまう事態になりましたね。
そのきっかけが、「樋口さんの方法」にあった。
ぜひ、その「樋口さんの方法」について具体的に教えてください。

12葉隠れ:2015/01/18(日) 11:11:28 ID:IqFhE7a20

失礼いたしました。
「樋口さんとの法論」でしたね。方法ではなく法論。
樋口氏とはどのような人で、どのような法論があったのでしょうか。

13グラスルーツ:2015/01/18(日) 13:32:04 ID:x39N9SI.0
葉隠れさん、こんにちは。

以下の動画をご参考にされてください。

https://www.youtube.com/watch?v=zVYgiKw67UI

対話を楽しみに拝見して入ります。

では。

14X-PRO-Z:2015/01/18(日) 18:55:26 ID:???0
なんだか なつかしいねぇ
「僧」イコ−ル 現代のボンさんといっていた
まあ べつな宗教団体だし 問題ない
はやらんぞう である

15沖浦克治:2015/01/18(日) 19:04:33 ID:z/cYWxuo0
葉隠さん、今晩は

 昔は良かったは、愚人の言葉です。
 
 昔の歌は良かったが、今の歌はダメだ。

 こういう大人が沢山いますが、私は自身が音楽に携わった人間としてこの意見は間違いだと知っております。

 優れた歌だけが残っているのです。

 今も昔もおなじですね。

 樋田さんはね、成功されいた方です。
 年収は数千万円で、自分でビルを持っておられて、別荘もお持ちでした。
 更に、実名で顔写真も全て公開のネット。
 
 自分は法華講の信心でこれだけ成功している!!

 対して当時の創価学会員を名乗る人たちは、どこの誰ともわからないハンネ。
 顔写真や住所なんか絶対に出しません。
 
 ネットのハンネで大言壮語するだけの人と、実名も顔写真も出して対面の法論を求める人。

 ハナッから勝負になる道理がありませんね。

16葉隠れ:2015/01/18(日) 22:31:42 ID:IqFhE7a20
グラスルーツさんありがとうございます。
示された長野対論のYouTubeを拝し、さらに関連するいくつかのYouTubeも拝見いたしま
した。2009年5月30日の対論ですから、そんなに遠い過去ではありませんね。

創価学会側は、沖浦克治さんと息子の沖浦耕治さん。
法華講員側は、樋田昌志さんと山下宏さん。
ネットでの議論の末に実現したのが、この「対論」であるらしい。

しかしながら、私のような背景を知らない人間にとって、この法論にどのようなプロセス
で至ったのか、そして、この法論で何がどのようになったのかは全く分からない訳です。
「隣のおかず」の話のあるYouTubeを見ました。次に「埼玉対決」というのも見ました。
「長野法論」2009年8月20日もありました。怒号が飛んだりしています。埼玉対決と長
野法論8月20日は沖浦さんではないようです。
このように、背景をしらない私としては「何のために言い合っているのか」が分かりませ
ん。これが私の正直な感想です。

17葉隠れ:2015/01/18(日) 22:36:25 ID:IqFhE7a20
まず、ここで私がどうしても知りたいことは、掲示板などに大量に書かれていた沖浦さん
に対する批判的コメントの数々が何故生まれたのか、その批判が正しいのか、間違ってい
るのかということなのです。
一方が100点で、一方が0点ということはありえません。
ですから沖浦さんが全て正しいというともないでしょう。
人間ですからミスもするでしょう。

思いますに、沖浦さんは評論家のように他人の行動に対して論評的に言っているのではなく、
何かを成すために行動している主体者と思うのです。そのことを感じるのです。

いつの間にか、批判をしてきた人達も消え、現存する批判を続けている人達は人格的にも
言論的にも病的で、むしろそういう人々を見ると、批判してきた人が間違いで、批判を受
けていた沖浦さんが正しいのではないかとも感じるのです。
しかし、その感覚は「相対的に」見た場合のことであって、事実から見ている訳ではあり
ません。

もし、年表のようなものがあって、どのように歩み、どのように至ったのかが見えればと
ても分かりやすいのです。
大まかで結構ですので、ネット参入から十数年の歩みについてお教え願えませんか?

18X-PRO-Z:2015/01/19(月) 00:18:31 ID:???0
ベッチ匿名批判hあ 全部 まちがってます
「なにをいっているか」より 
「だれが いっているか」が 問題なんです
「表現お自由」とは そいうものです

19X-PRO-Z:2015/01/19(月) 00:25:20 ID:???0
まともな 評論とは 
「最後には 自分を あらわすこと」です
ただの いいパナ氏は 評論でも 批判でもありません
「じじぃ すっこめ」は 批判でも 評論でも ありません
ただの 罵倒だし ののしりでしかない

20沖浦克治:2015/01/19(月) 06:23:19 ID:z/cYWxuo0
葉隠さん、おはようございます。

 私はネットで散々に非難中傷されてきましたし、現在もそうです。

 それによって私から離れた方々も沢山いらっしゃいます。

 ですが、私は全く気になりませんし、生き様を変えるつもりもありません。

 私を良き思われる方、悪く思われる方。

 それはその方々の問題で、私の問題ではございません。

 無論の事、悪い部分を改め良くしていく努力は怠りません。

 ですが、私を嫌いでいる人たちに、好きになっていただく必要を感じないのです。

 年表などは作りませんが、大要以下の通りです。

 ネット参入したころ、法華講の方々と創価学会員を名乗る人たちの論争が盛んでした。

 この方々はネットで罵り合う行為が仏道修行と勘違いされておられた。

 私も最初はそう言う部分を沢山持っていましたが、2004年自身の不徳故職を失い、その経過がネットで流れ法華講員の方々の攻撃材料となりました。
 そして私はネットで宣言いたしました。

 3年後を見て下さい、私はここから必ず立ち上がります。
 創価学会員の底力を見せて上げます。

 祈りました。
 最初の半年ほどで、数珠が2回か3回切れました。
 それほど御本尊の前で真剣に唱題致しました。

 2005年11月18日、創価学会創立75周年の良き日、現在の建物を手に入れ、白馬村へ転居、見事な実証を示しました。
 
 その後、樋田さんと法論、私と耕治で木端微塵に砕き、長野県の元教宣部長さんから、丁重にお礼を言われたのです。
 でしすが、その後質問会をし、法華講の方々と親しく触れ合う中で、この方々を大切に出来ないなら、自身の人間革命はないと悟り、以来友情を結び現在に至っております。

 その友情がお気に召さない多くのネットの創価学会員を名乗る方々が、今度は法華講員ではなく、私を仏敵として攻撃された。

 これだけの事です。

 怨嫉謗法をされているだけですね。

21沖浦克治:2015/01/19(月) 07:05:06 ID:z/cYWxuo0
 フェイスブックで、黒川さんが友達申請されたので承認し、タイムライン覗くと、創価学会員が罰ばかりだと書いてあって、法華講員の方々が賛同し盛り上がっておられました。
 嘘はいけませんので、私は自分の功徳を書きこんで、

 私も含めて周りの創価学会員は功徳ドンドンでていますよ。

 実例を少々書きましたら、当然反論の嵐で、戒壇本尊を否定して功徳なんかあるはずないなどと大騒ぎ。

 でもね、功徳でているんだから仕方ないですね。
 そういう事かいたら、数日でこうなりました。

>黒川 和雄 これより沖浦さんのカキコは全て削除致します

 逃げるんだったら最初から友達申請しないことですね。

 所詮、日蓮正宗の稚拙な寛師教学が、創価仏法に太刀打ちできる道理がありません。

 ネットでも、創価学会員を名乗る人たちは、寛師教学を私が否定し、寛師は習い損ないだと書いたら、一斉に攻撃なさいました。

 私を責める自称創価学会員の方々は、戒壇本尊お好きなんでしょうね。

 それなら、さっさと法華講へ行かれたら良いと思うんです。

22グラスルーツ:2015/01/19(月) 17:09:14 ID:N7BqFTtM0
>>18

葉隠さん、こんばんは。

どういたしまして。

法華講の樋田さんはいい人だと思いますよ。

沖浦さんの息子さんが間違ったご本尊を拝んで不幸になると泣いて訴えています。

彼とは主義主張は違いますが、宗教の行者はかくあるべきだと思います。

私の周りの学会員には、泣いて訴えるような熱い人は最近いなくなりました。

この動画を見て彼の魂の部分については、学ばせてもらいました。

23X-PRO-Z:2015/01/19(月) 21:12:01 ID:???0
トヨダさんの 「大商人様の時代の 僧と 現代のボンさんは おなじなんだ」
そのように しんじるのは 自由ですね
はやるかどうかは 別なはなしです

24沖浦克治:2015/01/20(火) 06:38:14 ID:z/cYWxuo0
 おはようございます、葉隠さん。

 ネットを2002年からやっていてわかったことがあります。

 法華講員を名乗る人、創価学会員を名乗る人たちの大部分が、本質的に爪楊枝少年と同じタイプなんです。

 実名出して正体は知られたくない。
 人様に見せられる状態でないのです。

 然し、自己主張はしたい。
 ですので、絶対に安全なハンネの陰で、大言壮語する。

 ハンネデも、功徳をドンドンかけるなら良いのですが、破邪顕正をゆがめて解釈した他人攻撃だけ。

 これじゃダメですね。

25葉隠れ:2015/01/20(火) 21:34:35 ID:IqFhE7a20

沖浦さん、主なる歩みの道、お教えいただきありがとうございます。
これらのことに加えて、「熱原の三烈士公演」がありましたね。この熱原公演は、2008年で
しょうか。そうなりますと、2004年に失職されて4年後ですね。
トレーニングジムを開設された後に、熱原公演があったのでしょう。
これで、ほぼ、全体の流れが把握できました。

さて、これらの沖浦さんの歴史をさらに探求したいと考えていますが、まず、この段階で
私の視点を申し上げておきたいと思います。
私の視点とは、「沖浦さんを敵視しているというスタンスではない」ということです。
理由は、沖浦さんに対し批判を繰り返す言論の内容が、枝葉末節の事象に及び、感情的な
悪口が数多く散見されたことでした。
以前、沖浦さんが開発されたスキー板に使うワックスについて、ある人物が難癖をつけ、
確か、そのワックスの開発を沖浦さんがしているというのは嘘だとのコメントを見たこと
があります。
およそ、批判者の空想(感情)から行われる根拠のない批判は、批判者そのものの価値を
落とし、ROMするものとしてはその批判者に同意できなくなります。
沖浦さんが功徳を語る。その功徳が「嘘だ」というような言論をすること自体、批判者は
批判にならなくなるのです。次へ

26葉隠れ:2015/01/20(火) 21:42:30 ID:IqFhE7a20
批判は本質的なものになされなければなりません。
本質以外の確認しようもないことや、言い方や書き方など善悪に関係のない部分への批判
は、冷静にしっかりと見ているROM者からは信用は得られません。
中には「レッテル」で見てしまう人もいて、「沢山の量の批判がされているから、だから沖
浦氏は悪い人」と単純に思う人もおりましょう。
私は、そのような単純な見方はいたしません。
私が沖浦さんの歴史を探求したい第一の理由は、本質を知りたいということなのです。
まずはご回答に御礼を申し上げ、後日、またご質問をしながら、対話を進めたいと思いま
す。よろしくお願い申し上げます。

27X-PRO-Z:2015/01/20(火) 22:46:35 ID:???0
じつに われわれは 「売名行為」を してるんです
本質が それだとして 何の問題もない
くさい 「新製品 ヨイショ ブログ」と おなじようなものだ
ただわれわれは 勝手にやっているだけのことです

28X-PRO-Z:2015/01/20(火) 22:53:16 ID:???0
「なにを 功徳とするか」は 本人の 信心の話である
他人が 呼んで 理解できなくとも 問題ない
たとえば 「ワックスが うれました 功徳だ」なんてのは
興味のないものにとっては 何の意味もないのが 普通というものだ

29沖浦克治:2015/01/21(水) 06:27:23 ID:z/cYWxuo0
 葉隠さん、おはようございます。
 
 私は聖教新聞の推進もいたしませんし、公明党への投票依頼もしません。
 ですが、ネットで創価学会の正さと、師匠の偉大さを書き続けて来ました。

 特に聖教新聞の体験で、感動するとそれをフェイスブックに書きます。
 若し、ロムされた方々のお一人でも、それによって創価の信心への正しい認識をなさるなら嬉しいですし、世間で批判をされている聖教新聞への認識が好転するなら望外の喜びです。
 
 所詮信心は、私や貴方と言う人間を通して世間に広まります。
 
 『創価学会は戸田先生と私の人間的魅力でここまで引っ張って来た』(趣意)

 池田先生が言われました。
 ですので、新聞推進にせよ、投票依頼にせよ、肝心の折伏にせよ、

 沖浦がやっているなら俺もやって見たい・・・・

 こうならないとダメなんです。
 微力ではございますが、それを今ネットでやっております。

 https://www.facebook.com/katsuji.okiura/posts/533497593458410?notif_t=like

30沖浦克治:2015/01/21(水) 19:08:09 ID:z/cYWxuo0
 夜も同じことやっています。

 https://www.facebook.com/katsuji.okiura/posts/534106836730819?notif_t=like

31葉隠れ:2015/01/23(金) 20:26:26 ID:IqFhE7a20
X-PRO-Zさん、「ワックスが うれました 功徳だ」。これは功徳ですね。
この話を批判する者があるとしたら、自らの信用を落とすだけの事。
しかし、「われわれは 「売名行為」を してるんです」これは聞き手が誤解するかも知れ
ません。「売名行為」というのは良い印象に聞こえないからです。
「広報宣伝」というと素直に聞けますね。同じ意味ですけれど印象が違います。

創価学会の素晴らしさを伝えたいというのは、信心に歓喜のある人なら当然のことで、功
徳を受ければその功徳を当然語りますね。
その当り前の行為を「売名行為」として、いかにも「自慢話」をしているというような批
判は、当事者の信用を落とす行為になります。
いわゆる天唾ですね。
功徳を語ることは、すなわち創価学会の宗教としての力を示す最も大切な行為ですからと
ても良いことであり、功徳を馬鹿にする者は体験なき観念の人ということになりましょ
う。

32葉隠れ:2015/01/23(金) 20:33:22 ID:IqFhE7a20
私が沖浦さんに持っている悪いイメージは1点だけあるのです。
それは「寛師は習い損ない」という「言い方」です。
熱原三烈士公演、あるいは失職されたことなどは、私からすれば「ありうること」です。
何かに挑戦していて、油断や軽率さなどもあるのが人間で、もし、過失があり失敗しても、
そのことを反省し歩むなら批判されるものではありません。
むしろ世の技術者や経営者が、何の過ちも油断もなく、ビジネスを展開するなどというこ
とはありませんし、不可能です。
その現実を知らない、体験もない「引きこもり」や「学生」などの観念論の人は、行動せ
ず失敗もしていなから理想論しか判断基準がない。
私は、失敗をすることはむしろ当然で、その失敗からどう学び、その後、どう行動するか
が大事だと思っていますから、沖浦さんに取り巻く批判の数々は印象を悪くしません。

しかしながら、「寛師は習い損ない」という「言い方」は損だと思っています。
思いを伝えることに「損得」はないと考えていらっしゃるでしょうけれど、できれば「得」
な言い方はあろうかと思うのです。

私たち学会員にとって、日寛上人は卑下されたくない人物です。なぜなら、創価の本尊が
日寛上人のしたためられたものだからです。
まだ、お話を伺う前から、私が意見することは的外れになろうかと恐れますが、「御本尊は
功徳を出す機械」と捉えるなら、書写を誰がしようと問題はないということになり、日寛
上人が実際に習い損ないであっても良いという論理になるかもしれません。
しかしながら、意識的、感情的に見るなら、本尊としている聞き手が「習い損ない」と言わ
れるのは面白くない話でありイメージの悪い発言だと思います。

33葉隠れ:2015/01/23(金) 20:36:24 ID:IqFhE7a20

さて、では対話を具体的に進めましょう。
まず、私は沖浦さんを知る意味で、大事な柱となる出来事の1つ1つを具体的にお教えい
ただきたいと思います。
最初の具体的な質問は、ネット参入当初「当時は、法華後員の方々との論争が主流でした
ので、共通の敵を見つけて団結していた」とのことについて。
当時の論争とはいかなる内容だったのでしょうか。お教えください。

34沖浦克治:2015/01/23(金) 21:51:35 ID:z/cYWxuo0
 葉隠さん、今晩は

 熱原三烈士公演は、動機は極めて単純です。
 三烈士の名前が、石川五右衛門より遥かに認知されていなことが嫌だったからです。

 それを、小野さん、阿部日さん、マグマグさんたちをはじめとする、ネットだけの人たちが信心利用だと囃し立てたのです。
 愚か者の虚しい正義感でしょうね。

 寛師は習い損ないです。
 事実ですので仕方ございません。

 それで私に悪感情を持たれるなら、それはそれでご自由ですね。
 そういう事に頓着しません。
 
 ネット始めたころ、法華講員は寛師書写の御形木御本尊が責め所でしたね。

 私はそう言う論調は全く気になりませんでした。

 法主の許可がないので偽本尊。

 基本的に、私は戒壇本尊本懐は、寛師のデマだと知っていましたし、歴代法主達が戒壇本尊を書写していいなことも存じておりました。

 ですので、最初から法華講員の方々の詰問には、無頓着でした。

35葉隠れ:2015/01/24(土) 14:12:49 ID:IqFhE7a20

寛師の件は「悪感情」というものでなく、「損な表現」と個人的に思うということです。
過去、私は沖浦さんに同様に申しあげたことがあり、同様の回答をいただいています。

さて、「当時は、法華後員の方々との論争が主流でしたので、共通の敵を見つけて団結して
いた」とのこと、もう少しお教え願えませんか?
沖浦さんの話によると、

>ネット始めたころ、法華講員は寛師書写の御形木御本尊が責め所でしたね。
>法主の許可がないので偽本尊。
>ですので、最初から法華講員の方々の詰問には、無頓着でした。

本尊論が法華講員との論争の柱だったということですか?
法主の血脈なく本尊を作った、その是非が論争の中心だったということですか?
その論争は結局、どのような結論に至りましたか?
(平行線だったなど)

36沖浦克治:2015/01/24(土) 14:31:57 ID:z/cYWxuo0
 葉隠さん、今日は

 法主しか書写出来ない。

 これが法華講の全てですし、その根底は戒壇本尊本懐論。

 その同じ土俵で、自称創価学会員と法華講の方々が論争していたのです。

 私は別に誰が書写しようとかまわないと知っておりましたし、戒壇本ぞ本懐は寛師のジャギだと知っていましたので、そういう論争は少し高い所から見下ろす感覚でした。

37葉隠れ:2015/01/24(土) 14:55:46 ID:IqFhE7a20
>法主しか書写出来ない。
>これが法華講の全てですし、その根底は戒壇本尊本懐論。
>その同じ土俵で、自称創価学会員と法華講の方々が論争していた

よく分かりました。ご回答、ありがとうございます。
創価学会はC作戦の後、学会員は全員破門され、やがて日寛上人の本尊を永遠の創価の本
尊としました。
正宗としては本尊を持たない創価学会は、必ず軍門に下ると考えていたものが、本尊を持
ってしまったのですから、当然、その部分を責めてくる。「創価学会の本尊は偽物だ」と攻
撃する。そのことが、ネットで論争になったということですね。

しかし、学会の本尊は日寛上人の御本尊だし、学会員としては矛盾を感じない。
勿論、その本尊の「功徳の有無」は大変な関心事でした。
しかしながら、功徳は厳然とあったし、私自身も功徳をえていますから、今となっては創
価の中に矛盾を抱えるような要素は皆無です。

結果として、外部となった正宗の思想から、本尊論を攻撃しても、個々が納得している今
となっては、論争をするまでもない時代に入っている。
これはあくまで「今となって」の話であり、13年前は激しい攻防があったのでしょう。
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38葉隠れ:2015/01/24(土) 15:03:44 ID:IqFhE7a20

さて、このような当初の論争があった訳ですが、ある意味、その論争の基底部には創価学
会と正宗との正邪を決するという前提の意思があり、論争は平行線になろうかと思います。
論理が平行線になったとしたら、当然、「現実にどうなったか」という実証、現証で雌雄を
決するということになろうかと思います。「功徳論」になる。
沖浦さんとしては、そのような主張を展開されたと思うのですが、この認識でよろしいで
しょうか?

39グラスルーツ:2015/01/24(土) 16:37:57 ID:x39N9SI.0
こんばんは。

葉隠れさん、

>創価学会はC作戦の後、学会員は全員破門され、やがて日寛上人の本尊を永遠の創価の本
尊としました。

わたくしの認識ではこの点だけは違うと記憶しております。

創価三代の会長は永遠の指導者と規定いたしましたが、本尊に関しては永遠とまでは規定していないとおもいます。

わたくし自身は、日蓮大聖人のご真筆か三代のどなたかが書写されたものを拝みたいと思っております。

横から失礼いたしました。

今後もやり取りを興味深く拝見させていただきます。

40葉隠れ:2015/01/24(土) 19:36:56 ID:IqFhE7a20
グラスツールさん、ご指摘ありがとうございます。
私の誤認ですかね。了解いたしました。

41沖浦克治:2015/01/25(日) 05:13:21 ID:z/cYWxuo0
葉隠さん、おはようございます。

 私はネット参入時から、創価学会の信心の功徳を実況中継位することが目的でした。

 体験を語り、読む方々のご納得をいただくには、語る人がどこの何者かを明確にする必要が絶対にあります。

 聖教新聞、大白蓮華の体験欄では、実名、所属組織、家族構成まで書いて写真まで載せます。

 それが当然なのですが、当時から今に至るまで、ネットで創価学会を名乗る人たちはハンネのまま。

 法華講員の方がその点は進んでいたのです。

 ですので、樋田さんに羽」ネットの創価学会員は勝てませんでした。

 臆病じゃダメなんですよ。

42葉隠れ:2015/01/25(日) 07:40:10 ID:IqFhE7a20

沖浦さんの実名公開、住所、電話番号公開は、それは1つの信念として凄いことだと思い
ます。しかしながら、私はHNだから劣っているとは思いません。
実名にインパクトがあるように、一方、HNという控えめさ、謎がある部分も読み手として
は面白いものがあるからです。

事情により実名が出せないという方もいらっしゃるでしょう。
また、実名を出してはいけないのではないかと考えている人もおりましょう。
実名そのものが売名行為に当たるのでは?、と考える人もいるでしょう。
HNには、臆病もいるでしょうけれど、逆に大成功を収めている人であるならが、その話を
素直にすると自画自賛となることから、あえてHNの形をとるということもありましょう。

創価学会の人たちのブログなり掲示板の動向を見ると、これは紛れもなく嫉妬だと思われ
ますが、「売名行為」「自慢」といった表現が散見されます。
その書き手は、功徳を素直に語り、それを信心の糧にしていただこうと考えての行為であ
っても、「売名行為」と騒がれることに驚き萎縮してしまうものです。

たとえば、選挙活動を行い、Fを50取ったとし、そのことを述べるだけで文句が殺到する
というようなことがあります。ある人から見れば、「Fを沢山取ったということを自慢して
いるのだ、けしからん」ということです。あるいは「創価学会が選挙活動をしていること
の証拠になるから、ひいては創価のイメージダウンになるのだ」という考えの人もいます。
このような体験や、このようなやり取りを見ていると、そのリスクを考えると最初からや
らない方がいいのではないかという心理が働くものです。

このことは、だらしないとか臆病とか、そういうことではなく、もともと控えめな生き方
をしているという性格もあると思うのです。
一概にHNとか実名とかに、多くはこだわっていないという現実もあろうかと思います。
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43葉隠れ:2015/01/25(日) 07:45:37 ID:IqFhE7a20

ただし、本気で相手の事を思うならば、本気で相手を変えたいならば、実際に会って真摯
に話し合う、対応するということが最後になければ、やはりそれは臆病なのだと思います。

自らの姿をまったく見せることなく、ネットの言葉だけの批判であれば、それは創価学会
員として明確に劣っている証左と思います。

44葉隠れ:2015/01/25(日) 07:56:56 ID:IqFhE7a20

>創価学会の信心の功徳を実況中継位することが目的でした。

沖浦さんとしては、本尊論は本尊論、功徳論は功徳論として別々だったということでしょ
うか。
ともかく沖浦さんとしては、ネット参入の目的が「本尊論の論争参加」というものではな
く、「功徳の実況中継」であった、ということでよろしいでしょうか。

次に、内部の対立の発生と経緯をお尋ねいたします。
当初、法華講と創価学会の論争では、学会側に一応の「まとまり」があった。
しかし、その「まとまり」が分裂し、やがて内部で論争になりましたね。
この部分は、沖浦さんを知る意味でも、また、批判しかできない過去からの掲示板の残党
のような人々を知る上でも、とても大事なポイントです。

当初、沖浦さんはネットにおいてとても多くの人たちから尊敬もされていたと、何かのサ
イトでコメントを見たことがあります。
これはまったくの推理でしかありませんが、単なる論理的な論争しか行われていない掲示
板で、体験を柱としたメッセージが発信された場合、共感される人はとても多かったので
はないかと感じます。

最初に、沖浦さんが具体的にどのような形でネットを運営されていたのか、その初期の状
態を知りたいと思います。
当初からご自身で掲示板を立ち上げられたのでしょうか?
今の「創価学会非公認非公式掲示板 ?」の前身となる掲示板だったのでしょうか?
その当時、どのような掲示板があったのでしょうか?
若鷹や富士宮ボーイなども、その当時から存在していたのでしょうか?

沖浦さんの周囲環境も含め、初期の掲示板事情をお教えください。

45沖浦克治:2015/01/25(日) 18:41:41 ID:z/cYWxuo0
葉隠さん、今晩は

 私はハンネを否定しておりません。
 但し、ハンネが有効なのは、主義主張の展開の部分だけです。
 体験を語るには、ハンネは無力です。
 ロムしておられる方々の信頼を得られません。

 更に、ハンネで心得るべきことは、他人や他宗の中傷非難をしないと言う事です。
 その行為は、昔のいたずら電話と同レベルでしかありません。
 ですので、ハンネで書けることには、限界と制限が多いのです。
 その限界と制限を無視すると、ただの怨嫉謗法へ簡単に落ちてしまいます。

 ハンネが有効な場面は、正々堂々とした主義主張の発表に限られます。
 例えば、

 戒壇本尊はこれこれこういう理由で本懐ではない。

 これはハンネでどういう問題もありません。
 然しながら、
 
 戒壇本尊はこれこれこういう理由で本懐ではないのに、お前たちはそれを信じている。
 だから大謗法で、罰の人生でしかない。

 これはハンネではダメです。
 他人の思想信条へ対する攻撃ですから。

 こういう立て分けが重要なんですよ。

46沖浦克治:2015/01/25(日) 18:48:23 ID:z/cYWxuo0
 葉隠さん、

 次に功徳の体験を、自慢だとか売名行為だと言う非難が多いですね。
 御書全く知らない人です。

 『仏陀密多竜樹菩薩等は赤幡を七年十二年さしとをす』
 (報恩抄)

 仏陀密多は王宮の前を7年間決まった時間に赤幡を掲げて歩き、竜樹菩薩は12年間それを続け、ついに王が直接呼んで話を聞き、そこで帰依させたと、御書に説かれています。
 売名行為が広宣流布のためなら、仏の行いです。
 こういう仏法の基本すら知らない人が、功徳の体験を非難し無知を晒し、怨嫉謗法に明け暮れています。

 愚かですよ。

47沖浦克治:2015/01/25(日) 18:55:50 ID:z/cYWxuo0
 葉隠さん

 ネットで当時、創価学会員を名乗る人たちは、法華講の方々と激しく対立しておりました。

 共通の敵を持つ事で、一定の連帯感と団結があった。
 所が、私と息子で法華講のエースと言える樋田さんを法論で木端微塵に致しました。

 以後、樋田さんに代表される法華講のネットの方々は、全く脅威ではなくなった。
 結果として、団結の要因であった共通の敵がいなくなったのです。

 それが内部分裂の始まりでした。
 学会員を名乗る方々は、小野さん、マグマグさん、阿部日さんたちに代表されるように、実生活の功徳を全く書けませんでした。
 その現実を正当化するため、功徳を書くより破邪顕正だとして、更なる敵を求めていた。

 そこに起こったのが、あの愚か極まりない竹入さん矢野さんへ対する仏敵騒動。

 私はそう言う事は、人間としてすべきでも書くべきでもないと書いた。
 すると、この人たちは、手ごろな攻撃相手として私に矛先を向けました。

 嫉妬ですね。

48沖浦克治:2015/01/25(日) 18:58:25 ID:z/cYWxuo0
 葉隠さん、

 若鷹、富士ボーは私のこの掲示板の数年前から存在しておりました。

 今は見る影もない怨嫉謗法の板へと堕落致しましたが、当時はそれなりに正義を書く板でした。

 ですが、所詮は無責任なハンネ集団でした。


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