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沖浦克治さんQ&A

32葉隠れ:2015/01/23(金) 20:33:22 ID:IqFhE7a20
私が沖浦さんに持っている悪いイメージは1点だけあるのです。
それは「寛師は習い損ない」という「言い方」です。
熱原三烈士公演、あるいは失職されたことなどは、私からすれば「ありうること」です。
何かに挑戦していて、油断や軽率さなどもあるのが人間で、もし、過失があり失敗しても、
そのことを反省し歩むなら批判されるものではありません。
むしろ世の技術者や経営者が、何の過ちも油断もなく、ビジネスを展開するなどというこ
とはありませんし、不可能です。
その現実を知らない、体験もない「引きこもり」や「学生」などの観念論の人は、行動せ
ず失敗もしていなから理想論しか判断基準がない。
私は、失敗をすることはむしろ当然で、その失敗からどう学び、その後、どう行動するか
が大事だと思っていますから、沖浦さんに取り巻く批判の数々は印象を悪くしません。

しかしながら、「寛師は習い損ない」という「言い方」は損だと思っています。
思いを伝えることに「損得」はないと考えていらっしゃるでしょうけれど、できれば「得」
な言い方はあろうかと思うのです。

私たち学会員にとって、日寛上人は卑下されたくない人物です。なぜなら、創価の本尊が
日寛上人のしたためられたものだからです。
まだ、お話を伺う前から、私が意見することは的外れになろうかと恐れますが、「御本尊は
功徳を出す機械」と捉えるなら、書写を誰がしようと問題はないということになり、日寛
上人が実際に習い損ないであっても良いという論理になるかもしれません。
しかしながら、意識的、感情的に見るなら、本尊としている聞き手が「習い損ない」と言わ
れるのは面白くない話でありイメージの悪い発言だと思います。


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