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霊的進化について

1全宇宙全生命永久永遠の大天国:2006/05/03(水) 06:58:25

心霊学研究所
類魂とは何か

類魂とは何か----生まれ変わりの謎を解く
その1



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ここで説明する『類魂説』こそ、スピリチュアリズムの理論の核心と言っても良いと思います。これを理解しなければ、生まれ変わりも、カルマも、背後霊のことも、本当には理解できないでしょう。私たち現代人は『類魂説』の登場によって、過去の仏教などのような単純な輪廻転生説では説明しきれなかった霊的摂理の真相を、ようやく理解できるようになったと言えます。

ただし僕自身も、決して完璧に理解しているわけではありませんし、上手く説明することは出来ていないかもしれません。しかし、僕に分かる範囲で、なるべく分かり易く書いたつもりです。1人でも多くの人が、その一端なりともご理解いただければ嬉しく思います。(過去にNifty-Serve の会議室で発表したものに、多少手を加えました)



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再生(生まれ変わり)に関して、大きく分けて五つの考え方があると思います。

1.輪廻転生説 ---- 人間や動物として、何回も生まれ変わる。
2.全部的再生説 ---- 同じ人間が、自分の個性を持ったまま何回も生まれ変わる。
3.部分的再生説 ---- 再生に際して、未浄化の部分が出てくる。
4.創造的再生説 ---- ある霊のカルマのパターンを、分霊(霊的な種のようなもの)に託して、母胎の中の胎児に宿す。
5.再生など無い という説


……などで、スピリチュアリズムの中では2〜5の説が言われています。その中で、一応主流だと思われ、また、すべての現象をうまく説明できると考えられるのが、これから説明する「類魂説(るいこんせつ)」です。それは、基本的には4の創造的再生説を中心に置いて、それに2の全部的再生説を組み合わせたものです。



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人間はこの世に、霊的な進化のために、この世でしかできない体験をするために産まれてきます。一生を全うして霊界に行っても、それで終わりではなく、まだまだ遥か未来まで(おそらく永遠に)進化の道は続きます。しかし数十年、もしくは数百年霊界にいると、進化のための修行に、ある種の行き詰まりを感じるようになってきます。
新たな体験が必要です。そこでもう一度、この世に産まれてくることを決断する事になるのです。この場合は、そのままのパーソナリティを携えての再生が、選ばれます。つまり、ここでは「全部的再生」が行われるわけです。

仏教などでは、この全部的再生を永久に繰り返すという事を言っているのだと思いますが、のちほど紹介するマイヤーズの霊界通信によれば、実際はせいぜい4〜5回ぐらいです。5回も地上生活を経験すれば、ほとんどの霊は、もう二度とこの世に人間として産まれてくる必要がない程度には進化できているのだそうです。
しかし、進化の道というのは永遠に続きます。また4〜5回の地上体験だけでは、地上世界のすべてを知ることは不可能です。そこで今度は、自分のカルマのパターンを分霊に託して、霊的な種のようなものを地上の母胎に宿らせることになります。要するに、自分が魂の親となって、魂の子を造るのだとでも言えば、分かり易いでしょうか?

魂の子供を地上に送り出して、自分はその分霊の守護霊として、新たな体験をしていくことになるのです。もちろん、この守護霊にも、さらに霊の親がいて、その親にもまた親がいて....と言うぐあいに、霊的な大家族が構成されており、それを「類魂」(るいこん=グループ・ソウル)というのです。



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ところで、ちょっと話は変わります(^^)が、一説によれば生まれ変わりの間隔は、おおよそ600〜700年ぐらいとか。平均5回、地上生活をするとして、3,000〜3,500年でこの世を卒業することになりますね。すると、よく前世の話などで出てくる、アトランティスやムー大陸の生まれ変わりの人とか、何十回もの生まれ変わりを覚えている(と自称している)人は、そうとうデキの悪い魂なんでしょうかねぇ(-_-;;;ううむ

(初出 07/29/94 Nifty-Serve FARION mes(13)『神秘学遊戯団』#1617 )

2全宇宙全生命永久永遠の大天国:2006/05/03(水) 06:59:32

類魂とは何か----生まれ変わりの謎を解く
その2



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とりあえず、どんな感じかイメージを描きやすくするために、たとえ話で説明してみます。



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すべての霊は、神の子供です。子供は、お父さん(神)から「商売をしてお金を儲けて、貯金(良いカルマのこと。カルマとは悪いもののことばかりを言うのではなく、良いことも言うべきだというのが僕の持論です)をたくさん貯めなさい」と言われています。

それに続くたとえ話 対応する霊的事実
しかし、最初は元手が少ないので、きちんとした店は造れません。屋台で商売を始めないといけません。 霊的な進化の程度がそれなりのレベルでないと、人間にはなれません。動物として地上生活を始めないといけません。
朝、店を開いて商いを始めても、夜になったら、店を畳まなければいけません。 せっかくこの世に産まれて、地上生活を始めても、死ぬと、その個体の霊は類魂に没入します。
もちろん、夜に店を閉めなければならないとしても、一日分の稼ぎは貯金できるわけですから、その日一日働いたことが、無駄になるわけではありません。 もちろん魂が、類魂に没入してしまうとしても、その個体が得た経験は、類魂のなかに持ち帰られるわけですから、その動物としての一生が、無駄になるわけではありません。
さて、屋台で数え切れないほどの日々を過ごしてきました。ずいぶんと貯金がたまったので、いよいよそれを元手に、お店を出しました。もう、一日毎に店をかたずける必要はありません。 さて、悠久の時を動物として過ごしてきました。ずいぶんと霊格が高まったのでいよいよ人間として、この世に産まれてきました。もう、死んでも類魂に没入することはありません。
しかし、同じ店舗で長年やっていると、いつか行き詰まる時が来ます。店を改築(もしくは増築)しなければいけません。 ずっと霊界で暮らしていると、いつか更なる進化のために、生まれ変わるべき時が来ます。全部的再生をすることになります。
さらに増築を4〜5回重ねて「もうこの店は、一応それなりの店にはなったな。」と思ったら、支店を出すことにします。 さらに4〜5回、再生を重ねて、地上生活の必要が無くなる程度まで進化すると今度は、創造的再生(分霊を出す)をすることになります
支店の営業には、本店でつちかったノウハウが受け継がれます。 霊の子には、霊的な親のカルマの型が、受け継がれています。
また本店が、支店の経営状態を監視して、必要に応じて指導します。 霊的な親が、守護霊となって、霊の子を必要に応じて指導します。
支店も、何回か改装などして、それなりのレベルの店になったら、さらに支店を出します。 霊の子も、何度か全部的再生をして、地上生活の必要が無くなると、さらに分霊を出すことになります。
そのようにして、どんどん店が増えて行くわけですが、その総数は、店の歴史によって多いところもあれば、まだ少ないところもあります。 類魂に含まれる霊の数は、数十から数千まで、さまざまです。古い類魂は何千もの霊がいるでしょうし、新しい類魂には数人の霊しかいないかもしれません。
一番最初の本店を中心に、グループを形成して発展していきます。大会社になると、支店長レベルでは本社の社長など会ったことも無いでしょう。 中心霊がいて、類魂全体を統括しています。大きな類魂になると、中心霊という存在は、分霊にとっては雲の上の存在でしょう。
もちろん一軒一軒の店は、それぞれ独立採算ですが、他の店の経営のノウハウは、その他の店にも活かされています。つまりA店の経営データは、B店にも活かされるわけです。 同じ類魂に属する霊の経験は、他の霊も共有することが出来ます。Aという霊の体験を、B霊も自分自身の体験として『知る』ことができるわけです。


ウ〜ム。分かり易いたとえ話で説明……のつもりだったんですけど、なんか、ヘンな感じですね(;_;)。しかも、かえって分かりにくくなってしまったような....。皆さん、分かりましたでしょうか?

「その3」では、フレデリック・マイヤーズの霊界通信「永遠の大道」を中心に、いよいよ本格的な説明をすることにしましょう(^^)。

(初出 07/30/94 Nifty-Serve FARION mes13『神秘学遊戯団』#1624 )
(4/13/98 補筆)

3全宇宙全生命永久永遠の大天国:2006/05/03(水) 07:01:31

心霊学研究所
類魂とは何か

類魂とは何か----生まれ変わりの謎を解く
その3



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今回は、スピリチュアリズムの霊界通信の中でも、古典的名著といわれる
『永遠の大道(The Road to Immortarity)』1932年
から紹介します。

霊媒は、ジェラルディーン・カミンズ(1890-1969)。参考までに紹介すると、カミンズの霊界通信で、他に翻訳されているものには、
 『イエスの少年時代』山本貞彰訳  潮文社 1200円
 『イエスの成年時代』山本貞彰訳  潮文社 1300円
 『イエスの弟子達』 山本貞彰訳  潮文社 1200円
 『人間個性を超えて』梅原伸太郎訳 国書刊行会 3800円(絶版)
などがあります。

通信霊は、F・W・H・マイヤース(Frederick William Henry Myers 1843-1901)生前は、古典学者、詩人。スピリチュアリズム初期の最も重要な心霊学者の一人でした。『人間個性とその死後存続』などの著書があり、「超常的(supernormal)」「テレパシー」などの言葉を造ったのもこの人です。SPR(英国心霊研究協会)の会長も勤めています。
死後、G.カミンズを通じて『永遠の大道』『個人的存在の彼方』などの霊界通信を送ってきました。

『永遠の大道』には、三種類の訳が出ています。
  『不滅への道----永遠の大道』梅原伸太郎訳 国書刊行会 3800円
  『永遠の大道』       浅野和三郎訳 潮文社   1545円
  『永遠の大道』       近藤千雄訳  心の道場(自費出版)

ただし、梅原訳のものは、既に絶版のようです。浅野訳のほうは、大正時代のものの本文復刻版で文語体なので、ちょっと読みずらいかもしれません。しかし、美文家で名高い浅野氏の訳文も、一読の価値はあるかもしれませんね。興味のある方は、是非読んでみていただきたいと思います。残念ながら、こちらは妙訳です。
最近になって待望の近藤千雄訳のものも出ましたが、残念ながら自費出版です。実はこれは僕もまだ手に入れていません。(いつも注文しなくてはと思ってはいるんですが……。いけませんね、無精で(^^;)



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『不滅への道----永遠の大道』梅原伸太郎訳より

 類魂は一にして多である。一つの霊が全体に生命を吹き込んで多数の魂を一つにまとめている。前にも述べたと思うが、脳髄に中枢があるように、心霊的生命にあっては多くの魂が一つの霊によって結びつけられ、その霊によって養われているのである。
 地上生活にあった時も私は類魂の一分枝に属していた。その場合本霊は目に見えない根のようなものである。(P.81)

ここで本霊と呼ばれているのは、類魂の中心霊のことです。
本霊が根のようなものであるという考え方が、ここではポイントになると思います。

 魂的な次元の人の多くは再び地上に再生しようとは思わないものである。しかし彼の本霊は何度も地上に姿を現す。本霊は、霊的進化の途上にあって、互いに作用しあう類魂を束ねているのである。(P.82)

翻訳の関係でしょうか? ここは、少し意味がつかみにくい気がしますね。この「彼の本霊は何度も地上に姿を現す。」の部分を、浅野訳を見ると

彼等を司配する霊(スピリット)は、幾度でも自分自身を地上に出現せしめる。

ほとんど同じで、やはりちょっと難しいですが、こちらの方が少し解釈がしやすいです。ここには、本霊が地上に姿を現すという風に書いてありますが、はっきり言って(マイヤースの理論、及び本書の前後の文脈から見て)類魂の中心霊が地上に全部的再生をしてくることはあり得ないことです。
ですから、ここでかかれている、「本霊が自分自身を地上に出現せしめる」というのは、創造的再生の事だと思って貰えば間違いないと思います。



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4全宇宙全生命永久永遠の大天国:2006/05/03(水) 07:02:22

類魂説を理解できると、カルマや再生などに関する難問が、すっきりと理解できるようになると言います。

馬鹿馬鹿しいと思うかも知れないが、われわれが前生で犯した罪の償いのために地上に再生するというのは、ある意味では本当なのである。前生は自分の一生であってまた自分の一生ではない。いいかえれば、私と同じ類魂に属するある魂が私がこの世に生を受ける以前に前生生活を送り、私の地上生活のための枠組みを造ったのである。(P.81)

 仏教徒が輪廻転生について語るとき、それは半分の真実を語っているのである。そして半分の真実とはしばしば、全面的誤謬よりも不正確であることが多いものだ。私という存在は二度とこの世には再生しないのである。がしかし、わが類魂の中に加わろうとする新しい魂が、私が織り込んでおいた模様ないしカルマの中に暫しの間入り込む。私はここで「カルマ」という語を甚だ漠然と用いている。というのも新しい魂が受けつぐのはカルマ以上のものであり、また以下のものである。(P.82)

もちろん、こうした「カルマの法則」や、「類魂の存在」をすべての霊が知っているわけではありません。

死後のこちらの世界で、我々は進歩の度合いに応じて類魂というものに気づかされていく。結局われわれはその中に入っていき、わが仲間達の経験を自分のものとする。それゆえ魂としてのわれわれの生活は----自分の個人的自我は別として----二重生活なのだということを理解する必要がある。私は同時に二つの生を生きる。つまり、一つは形態の中での生活、また他の一つはわが属する共同体の意識のなかでの心的な生活である。(P.83)

マイヤースは、「われわれは個人であるとともに全体の一員である」とも言っています。このように類魂と結ばれて、全体との内面的な生活にはいることによって、かえって一人一人の存在の意義が深まり、(地上世界の生物にとってはある意味では必要悪である)利己心から解脱していく事が出来るのです。
もちろん、そういう境地に到達するのは、かなり進化してからになるのでしょう。しかし我々地上世界の人間でも、多かれ少なかれ類魂からの影響力の下で生きているのは間違いのないことです。例えば「インスピレーション」などが、そういう影響の一つです。

しかし、一歩間違うと、酷い過ちに陥る可能性についてもふれています。宗教霊のような存在を例に挙げて、次のように言っています。

類魂について知り、他の類魂の仲間達の感情的、知的経験を共有していく途中で、ある鋳型にはまった類魂の一局面に捉えられてしまうと、その魂は長くその鋳型から抜け出られなくなるからである。
 そうした例としてある特殊な世界にはまりこむ場合をあげたい。例えば狂信的な仏教徒やキリスト教徒達はこうした地上時代の信念の溝のなかに落ち込んでいる。それというのも、そのグループの他の類魂達も同じような観念の鎖に縛られてしまっているからである。そのためにその魂たちは進歩せず、キリスト教徒や仏教徒をつくりあげている一思想ないし一記憶の世界に留まり続ける。まるでタコのアシにしっかり捕らえられてしまったようである。タコとはすなわち、死後の世界について彼等の持つ地上的観念、つまり地上でつくりあげた世界観にほかならないのである。(P.84)

こういう状態に一度陥ってしまうと、元の進化の道に戻るのは容易なことではないようです。マイヤースはこのような状態のことを「知的なさなぎの中に住んで過去の地上的観念に生きること」と言っています。
もちろん同じ事は宗教だけでなく「科学的な諸観念」についても言えます。

何故なら、科学は次第に人類における多数者の宗教となり、特殊な世界観となる傾向が見られるからである。(P.86)

ただ僕自身は、こういうグループというのは、普通に言う「類魂」とは似て非なるものではないかという気がしていますが....



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少し長くなってしまいましたので、ここで一区切つけましょう。まだ動物の類魂についてなど、興味深い話もあるのですが、それはとりあえず後回しにして、次回は同じくフレデリック・マイヤースの霊界通信で、「永遠の大道」を補う内容になっている「個人的存在の彼方」と言う本から紹介する事にします。

(初出 8/06/94 Nifty-Serve FARION mes13『神秘学遊戯団』#1641)
(4/13/98 補筆)

5全宇宙全生命永久永遠の大天国:2006/05/03(水) 07:03:11

心霊学研究所
類魂とは何か

類魂とは何か----生まれ変わりの謎を解く
その4



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今回もまた、ジェラルディーン・カミンズによる、フレデリック・マイヤースの霊界通信から、ご紹介いたいます。前回予告したとおり『個人的存在の彼方』を見てみることにしましょう。

で、ずいぶん久しぶりに、ザッと斜め読みしてみたのですが、やはりこれは、前回紹介した『永遠の大道』を補う内容になっているようです。
『永遠の大道』は、人間が産まれてから遥か高級霊界に進んでいく迄の霊的な進化の路程を書いたものですが、『個人的存在の彼方』では、その中で論じきれなかった部分----例えばカルマについてなど----の事が具体的に書かれていて興味深い内容になっています。勿論それらの根本の部分で、類魂説が関連しています。今回はカルマ論などにはあまり深く触れずに、類魂説に的を絞って紹介したいと思います。



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翻訳は、僕が知る限り

『人間個性を超えて----個人的存在の彼方』国書刊行会 梅原伸太郎訳 3800円
『永遠の大道 (付.個人的存在の彼方)』 潮文社   浅野和三郎  1500円

の二種類です。
ただし、梅原訳は絶版(未確認です)。浅野訳は、部分訳です。浅野訳の方は、前回紹介したのと同じ本です。
ここでは、梅原氏の『人間個性を超えて』からの引用を中心に解説していくことにします。



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 物質界での生活中人間の想像力は、五感によって養われるとともに大自我たる類魂に啓発されている。個人はこの類魂の枝であり芽なのである。彼はときおり本霊、つまり私が以前「上方からの光」と定義したものによって照らされ導かれているのである。
 この世の物語に記されるわれわれの生涯は、短編小説ではなく、各章が死によって閉じる続き物の長編小説であることを忘れてはならない。新しい章は前の章を受けて発展していくものであり、(略)
 先行する各章次第で、現在経験する人生の章に明るい彩りや暖かさの添えられることもあれば、不吉で暗い色調の影が射して思いもかけぬ不運に巻き込まれ、悲惨な境遇に陥ったりもする。また彼の肉体器官はと言えば、遺伝的影響とは別の、今は大自我の中に埋んでしまって触知しえない過去の記憶が創り上げたものなのである。(P.31)

憶えてもいない前世の為に「不運に巻き込まれ」るなんてまっぴらだと思うかも知れませんが、そのような、前世からのカルマが呼び寄せた不運が、魂の発達に役立つものなのです。ですから高級霊界でも、人間の進化に役立つ限りにおいて、そのような不幸や悲しみも、ワザと見過ごす事もあるのだそうです。

6全宇宙全生命永久永遠の大天国:2006/05/03(水) 07:03:53

類魂と一言で言っても、その中にも小さな集団がありますし、その上にはもっと大きな集団もあります。例えて言えば、太陽系の中でも惑星が衛星を従えているという事や、その太陽系も銀河系の中に含まれている、というのと同じです。更につけ加えれば、その銀河系も銀河団の中に含まれているのですが。

 類魂のなかには「心霊原子集団」psychic atoms というべき----もっとよい言葉があればいいのだが----ものが存在する。これらはおそらく四ないし五の魂から成っているが、その数は必ずしも一定しない。ともかくこれらは類魂中の小集団なのであり(略)進化の初期の段階において、他の魂とは結ばない特別に親密な生活を共にするのである。(P.58)

念のため補足すると「進化の初期の段階」というのは、もちろん人間としての霊的な進化のことで、その未熟な間はと言うことです。
巷でよく言われる「ソウルメイト」も、この類魂のなかの小集団の一種と考えて良いでしょう。スピリチュアリズムでは「アフィニティaffinities 」ともいいます。これらには、非常に良い面があるのは確かなのですが、一歩間違うとおかしな方向に行ってしまうこともあるようです。

 二人の人間が霊的に甚だしく似かよっているために、両者がお互いに他を補い合っているといわれるケースが稀にある。つまり、お互いに他方の必要とする基本特質や共感を分かち合っているのである。このような例外的なケースにおいては、ふたつの魂が一つの全体の両半であると言っても良かろう。(略)
 同魂の片割れ同士は高次の霊界で合一し、一つの心霊的合一体となる。しばしばこうした合一体は素晴らしい霊的開花を遂げ、一体となって類魂に非常な貢献をする。しかし、他方ではこの心霊的合一体はある環境の下では、二人が余り熱烈に愛し合って他を顧みないために、類魂から孤立してしまうことがある。この孤立化は、暫くのあいだ彼らの進歩を遅らせることになる。(P.101)



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 以上は、類魂の中に含まれる小集団の事でした。では、類魂をも内包してしまうという大集団についても見てみましょう。
類魂を含むより大きな集団のことを、マイヤースは「心霊族」と呼んでいます。マイヤースは、この「心霊族」のことも広義の類魂であると捉えているようで、何の断りもなくこれの事を類魂と呼んだりしています。次の部分も「類魂」と書いてありますが、心霊族の説明です。

類魂の本霊は、生命と心の光によってそれの所属する植物、樹木、花、昆虫、魚、獣、人間など、進化の様々な状態にある生物を養っている。そしてまた死後の世界の様々な意識の段階にある魂にも命を注ぎ込んでいる。同時にまた、他の天体の生物さえ養っているのである。というのも本霊はあらゆる形態における経験を収穫物として集める必要があるからである。(『不滅への道---永遠の大道』梅原伸太郎訳 P.91)

ようやく類魂の存在に気づくのが、この世での生まれ変わりから卒業した魂ですから、心霊族を意識する魂というのは、既に「人間」などとは呼べないぐらい進化した存在なのでしょう。もちろん通信霊であるマイヤース自身も、直接体験して知っているわけではありませんが、心霊族への参入によって“巨大な星間機構に対するわれわれの関係を感じとり、認識”し、宇宙の“永遠の時 を遡る記憶”を知るのだそうです。
(“”内は『人間個性を超えて』P.126からの引用)

またまた長くなってしまいましたので、今日の所はここ迄にしておきましょう。
では、また。

(初出 8/23/94 Nifty-Serve FARION mes13『神秘学遊戯団』#1685)

7全宇宙全生命永久永遠の大天国:2006/05/03(水) 07:04:46

心霊学研究所
類魂とは何か

類魂とは何か----生まれ変わりの謎を解く
その5



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では、前回に引き続いて『人間個性を超えて---永遠の大道』から、紹介します。今日は、特に第四章「再生」を、要約と引用をしながら見ていきましょう。

 地上で全く物質的生活をおくった人々が、知的で高次な形の情緒的生活を体験するために再生しなければならないのは明らかである。言い換えれば「動物的な人」の段階にある人は殆ど例外なく再生する。
 私が「魂的な人」といっている人の中にも、もう一度地上に生まれることを選ぶ者がいる。しかし、転生といっても機械のように規則的な再生が繰り返すというわけのものではない。私はこれまで特定の魂が死と再生による進歩過程を永続的に続けているという例証には出会っていない。ある個人が百回ないしそれ以上も地上に再生するなどとは一瞬も考えたことはないのである。実際、これは誤った仮定だ。むろん、未開人の中には物質的性情を超えて上昇しようという気持ちや向上心もなさそうな人が結構いるから、例外もあるであろう。しかし大部分の人は二、三回ないし四回の再生ですます。(P.93)

その人の目的によっては、もう少し、8〜9回の再生をすることもあるかも知れません。しかし、人間の形態で50回も100回も生まれ変わることは、あり得ない様です。「霊性の進化」という視点で見ると、何十回人間をやっても、所詮同じ「五感」の中での体験に過ぎず、無駄が多いという事なのでしょう。
勿論、5、6回の地上生活では、人間としての経験のホンの断片しか体得できないのも確かです。

 しかしながら、たとえわれわれが六回以上の生活をおくったとしても人間模様のほんの表層に触れただけなのだと承知してもらいたい。それだけではまだある訓練を受けたというだけで、人間存在の深みも高さも探り得たとは言えない。つまり人間の意識や感情のすべてを経験できたことにはならないのである。だが、地上での収穫を何度も取り入れなければ----例外を除いて----死の彼方の高次の世界で生きることはできないのだということも間違いないところである。
 しかしわれわれがいちいち地上に戻って多様な人生経験と知識を自分の貯蔵庫に集める必要はないのである。われわれはそれを類魂の生活と合一することによって取り入れ、束ね、わが家に持ち帰ることができる。類魂には多数の魂が属していて、過去、現在、未来にわたる魂の旅を繰り広げている。実際、類魂の中でわれわれはそれを「旅」と呼んでいるのである。(P.94-95)

例えばある人が、白色人種の地上生活を送ったことがなくても、同じ類魂の中には白人だった者が居り、その過去世の行為、感情に同化することができれば、肉体を持って生きることを省略できるわけです。

 あなた方は大自我のなかに入ることによりいかに意志力と知覚力が増すかを知ることであろう。そこにおいてあなた方は自分自身であり続けると共に、基本的な個体性を保ち続ける。が、性格と霊力は驚くほど進展する。(P.95)

人間は年と共に知恵を重ねるわけですが、それは肉体に拘束されながら何百年も過ごさないといけないわけではなく、同じ類魂の中から魂の索引力が引き寄せるモノの中から「体験」を集めることができるのです。

 他者の経験のなかにおける生活というのは、人間にはこれまで殆ど理解されていない。その場合、魂は現実生活とはかけ離れたドラマの虜になった観客に似ている。それゆえ魂は劇中で、肉体そのものが現実の時代的背景のなかでじかに味わった歓喜と苦痛を体験するわけではないのだが、同類の魂の生活における行為、思想、気分といったものの結果を子細に感得するのである。(P.96)

そうすることによって魂は、あらゆる典型的地上生活についての知識を獲得できるわけです。

8全宇宙全生命永久永遠の大天国:2006/05/03(水) 07:05:18

精神障害などについても言及されています。尤もこれは、類魂説と言うよりもカルマ論の話かも知れませんが。

 魂が障害を持った身体に生まれるという事は、その魂が前世において失敗を犯し、その結果、ある特定の経験を積まなければその失敗を償うことができないためである。
 例えば白痴のように、見たところこの世の活動を抑止された魂の場合でも、物質界での機能は果たしており、漠然とながら地上生活での学習をつづけている。実際のところ、暴君とか宗教裁判の審問官であった人などがしばしば白痴や低脳者に生まれ変わっている。彼らは死後の世界で自分達の犠牲者の苦しみを理解し同情することを学んだ。しかし時として、この反省過程がすさまじい程のものである余り、これらの罪人の想像力の中枢が狂ってしまって、次の再生の期間を通して精神異常の一生をおくらなければならないことがある。つまり、その者は過去の罪の意識に付き纏われ、自分の行為が生んだ夢魔的幻想や恐怖に襲われる(後略)(P.96-97)

ただし、障害者がすべて過去世の罪人であった訳では無い事は、おさえておく必要があるでしょう。意外な程の高級霊が、何らかの使命のために、もしくは何か足らざる体験を求めて、障害を持った身体を選んで生まれてくる事も多いからです。
勿論、障害者が不幸だなどというのは偏見かも知れません。しかしやはり、そういう人生を選んで生まれてくることは、相当な決意が要るはずです。それを考えると僕のようにいい加減な人間は(^^;)、頭が下がる思いがします。

 再生に関しては定まった法則というものはない。進歩のある段階で魂は、過去の地上生活との関連性のなかで自己の本性を熟慮し、反省し、自己評価する。原始的心性の人はこれを自己の存在の深部を突き上げる本能----すなわち一種の感情的思考----によっておこなう。この時本霊がどういう方向に進むかについて助言する。魂は完全なる自由意志で選択するが、本霊が進むべき方向を指し示すと大抵その指針に従うものである。(P.97)

つまり殆どの魂は、自分の人生は自分で選択して来ているということです。類魂説を知ってしまったら、その時からもう自分の境遇に不平不満をこぼすことは出来なくなりますよ(^^;;;



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 はじめて肉体を持った魂は、通常その類魂のあるメンバーと霊的に極めて近い関係にある。そして、その関係が近いほど古参の魂のカルマを引き受けることになる。そうした古参の魂は既に四、五回の地上生活を経験している。がしかし未だ充分には純化していず、霊的進化に必要なだけの地上経験をしていない。しかしながらこうした場合、二つの方法で必要な経験を獲得することが出来る。(1).類魂の記憶のなかに入ることによって。(2).その魂のカルマ----何度かの地上生活によってつくりあげたパターン----を引き受けた若い魂と霊的な関係を保つことによって。
 こうして自らの創造の分身である類縁の魂に霊的に結びつき、この魂の地上の旅を見守ることによって自らの霊的生命を豊かにするのだということが分かるであろう。(P.98-99)

一応補足すると、(2).で述べているのは守護霊として人間と関わっていくという事です。



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さて、これでたぶん一通り概説を解説できたと思います。ご質問などは、お手数ですが Nifty-Serve の世紀末フォーラム(FARION) mes(16) 心霊学研究所のほうへお願いいたします。メールをいただいても、たぶんお返事は書けないと思いますので。

(初出 08/31/94 Nifty-Serve FARION mes13 #1721)

9全宇宙全生命永久永遠の大天国:2006/05/03(水) 07:06:19

モンロー的世界観と仏教思想:書評『「臨死体験を超える」死後体験』



20003.7.1


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モンロー的世界観と仏教思想:書評『「臨死体験を超える」死後体験』(その1) 投稿者:reverie  投稿日: 7月 1日(火)02時21分35秒

『「臨死体験を超える」死後体験』坂本政道著、ハート出版、2003年4月刊。
本書の主な内容は

(a) 著者がモンロー研究所に6回訪れ、用意された種々の体験プログラムで
  経験した体外離脱体験の具体的な事例。
(b) それらの体験やモンロー研究所での一般的事例から抽出・構築された世
  界観

でした。(a)はロバート・モンローの著書などでも具体的な記述があるので
以下では詳述せず、(b)の体外離脱体験に基づいて構築された世界観(=モ
ンロー的世界観)と仏教思想を対比させてみます。具体的にいえば

・モンロー的世界観と仏教思想(中でも特に原始仏教)ではどこが似ており、
 どこが異なるのか。

を考えてみます。なお体外離脱体験という現象が科学的に見て脳内現象に過
ぎないのか(=錯覚)そうでないのかは以下では問題にしません。さて、私
がモンロー的世界観と見なすものを要約すると次のようになります。

1.トータルセルフとその進化の手段としての輪廻
2.ルーシュの収穫を目的とした飼育システム
3.死後の迷える存在とそれに対する救出活動
4.独自の意識・存在レベル(フォーカスレベル)の定義

この世界観の 1. と 2.の間にはほとんど矛盾とも言うべき深刻な乖離が含
まれますがそれについては後述します。

まず1. のトータルセルフと輪廻を考えます。
個々人の人格の核となる主体的存在(=魂)がその人格の本質を保ったまま
輪廻しつづけるというのが通俗的な輪廻観です。しかし、モンロー的な輪廻
観では輪廻の主体が個々人の人格から、トータルセルフという上位存在に置
き換わっているようです。
   
ある人(Aさん)がその個性的人格(自我)を保ったまま輪廻しつづけるの
ではなく、トータルセルフという超個人的存在が異なった時代で無数の人生
を過ごし、ある人生では A さんという個性・自我であり、次の人生では A'
という個性・自我で生きると見るようなのです。

そして A, A' という個性・自我は皆トータルセルフに含まれる属性の部分
的な反映であり、トータルセルフの進化の必要性に応じてその人生で過ごす
予定の個性・自我を微妙に修正、味付けされたりマージして新たに作り出さ
れたもの、こう想定しているようです。つまり、個々人の人生や自我はトー
タルセルフがあるレベルに進化するための仮の姿ともいえることになります。

図式化すれば次のようになります。現在のある人物、A さんが

 (過去) A ⇒ A' ⇒ A'' ⇒ A''' ⇒ A''' (未来)

という輪廻の系列にある時、A,A',A'',A''' を貫く本質が A の中に魂のよ
うな実体として存在するとは考えず、個別のA,A',A'',A''' を生み出す基盤
となる実体(=トータルセルフ)にその本質があると見なすようです。
先の図を用いれば次のようになります。

 (過去) A ⇒ A' ⇒ A'' ⇒ A''' ⇒ A''' (未来)
      ↑  ↑    ↑   ↑    ↑
 --------------------------------------------------------
           トータルセルフ

いわゆる守護霊やマスター、ガイドといった類の実体はその人物のトータル
セルフを他者だと誤認した結果だとモンロー的世界観では見なしているよう
です。

このトータルセルフという世界観と仏教思想の対比をすると次のようになる
かと思います。

(1) 個々人の人格の核となる主体的存在(=魂)が輪廻することを否定して
  いる点が仏教との共通します。つまり、仏教的に表現すれば我や識が輪
  廻するのではない、という見方ではある程度、共通しています。

(2) 仏教ではトータルセルフのような超越的実在を認めてない点が差異です。
  モンロー的世界観でのトータルセルフは単純化すれば、ブラフマンとア
  ートマンの折衷的存在、あるいはアートマンからブラフマンへ至る過程
  での過渡期的存在とも見なせます。

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10全宇宙全生命永久永遠の大天国:2006/05/03(水) 07:07:15

モンロー的世界観と仏教思想:書評『「臨死体験を超える」死後体験』(その2) 投稿者:reverie  投稿日: 7月 3日(木)01時22分53秒

(3) 輪廻に本質的な目的や意義を認めるかどうかが大きく異なります。
  モンロー的世界観ではトータルセルフの進化・完成という大目的があり、
  そのための効率的な手段として輪廻というシステムが位置づけられてい
  ます。

  一方、仏教では輪廻自体に積極的な意義を認めず輪廻の終焉こそが目的
  となっています。

(4) 輪廻を終了したらどうなるのか、という点でも差異があります。
  モンロー的世界観ではトータルセルフの進化があるレベルにまで至った
  時、それまでの個別的人格による輪廻は終了し、あたらな創造の段階に
  移行することが示唆されています。

  一方、輪廻から脱却した後はどうなるのか、という問いに対して釈迦は
  一切の回答を拒否しています。

(5) 世界観の原理的な相違:トータルセルフに対する縁起
  輪廻に関する両者間のこのような根本的な差異は輪廻の外側にトータル
  セルフのような基盤的実体を認めるかどうかという立場の相違から派生
  しています。

  言い換えれば世界の説明原理を輪廻を超越したトータルセルフにおくか
  輪廻の内部に閉じた縁起におくかという相違となります。

次にモンロー的世界観の第二の項目、ルーシュの収穫を目的とした飼育シス
テムについて。まず仏教ではルーシュやそれを目的とした飼育システムに相
当する事柄に関する言及の記録はなされていないように思います。

モンロー的世界観にみられる人間より上位の存在、それらの存在の所属する
領域に相当するものとして仏教では神々や天界、色界・無色界として記述さ
れていますが、人間と上位存在・上位領域の関係は希薄でルーシュや飼育シ
ステムという具体的かつ密接な関係は述べられてはいません。

モンロー的世界観の第三番目。死後の迷える存在とそれに対する救出活動に
対応しうる程のリアルで具体的な手法は釈迦も以後の仏教にも無いと見るべ
きだと思います。葬儀での供養や祈りが死後の存在に良い影響を及ぼすとい
う考えは(原始)仏教では否定されています。当然、具体的な方法論も用意
されていません。

さて、モンロー的世界観の

1.トータルセルフとその進化の手段としての輪廻
2.ルーシュの収穫を目的とした飼育システム

の間には次のような意味で深刻な乖離があります(このためか本書では後者
に関する言及が一切なされていません)。

前者は意識や精神の進化によって存在レベルをより上位に移行させるシステ
ムです。対して資源(ルーシュ)を効率的に収奪するために下位世界の意識
体に意図的に大量かつ高純度の苦痛を生じさせるものが後者のシステムです。

前者はいわばダーウィン的な進化論をニューエイジ的な意識や精神の領域に
移し替えたものであり、後者は資源の資本主義的な収奪システムを宇宙レベ
ルに拡大したものと見ることもできます。この二つのモンロー的世界観が両
立しているとすれば次のようになります。

・進化の程度は(博愛や慈悲ではなく)下位世界からどれだけ効率的に資源
 (=苦痛)を集積しうるかという(潜在的)能力で測ることができる。

・ごく単純化して喩えると宇宙は次のような巨大なネズミ講システムである。
  低位の進化レベルの意識体:末端会員(養殖うなぎ、活け作りの魚)
  中程の進化レベルの意識体:中間会員(人間)
  高位の進化レベルの意識体:上級会員(上位のトータルセルフ)
  新たな創造者:新たなネズミ講の創設者(トータルセルフの完成体:神) 
 
つまりモンロー的世界観では進化は霊的堕落を伴うことになります。なお、
「死後の迷える存在」は下位世界には属さず、自己やその同胞なのでそれに
対する救出活動がなされることと、下位世界からの収奪は矛盾していません。

この宇宙=ネズミ講システムに関して対比すれば、次のようになります。
モンロー的世界観:末端会員から上級会員を目指し最後は独立したネズミ講
         を作って親になれば、あがり。
仏教的世界観:ネズミ講から脱退して、あがり。

本書の著者の「どうだスゲーだろ」的な記述にバランスをとる意味でモンロ
ー的世界観をあえて否定的な方向で解釈してみました。オカルトの伝承どお
りに我々の住む地上世界が上位世界の劣化コピーであるなら、そして地上世
界の悲惨な現実を見れば、簡単には否定できないでしょう。

11全宇宙全生命永久永遠の大天国:2006/05/03(水) 07:07:54

モンロー的世界観と仏教思想:書評『「臨死体験を超える」死後体験』(その3) 投稿者:reverie  投稿日: 7月 7日(月)02時25分18秒

モンロー的世界観の第四番目。本書には独自の意識・存在レベル(フォーカ
スレベル)の定義としてレベル10から49まで十数段階に分類されています。

このフォーカスレベルの階梯は仏教での瞑想中に体験する領域とある程度共
通する部分と共通しない部分があるようです。原始仏教でいう天界などの神
々を瞑想中に見る体験や密教における修行中の見仏体験が(部分的にですが)
共通するものがあると思います。

一方、仏教の四無色定における意識レベルに対応するものはモンロー的世界
観には全く見あたらないようです。なお、モンロー研ではフォーカスレベル
15は仏教の空の境地に類似したものだと誤解しているようです。以前、モン
ロー研のプログラムに参加したアジアの高僧が体験に基づいてそう述べたと
されています(47ページ)。

「フォーカス15は無時間の状態といわれる。時間に束縛されない状態である」
(46ページ)、「(フォーカス15は)いつの時間ともつながっている」(48
ページ)という定義、そして本書に記述されているフォーカス15の具体的体
験内容(闇や凍りついた印象、窒息する感覚など)から、原始仏教でいう空
体験にも大乗や密教でいう空体験にも無関係だと判断されます。

空に関するモンロー研の誤解は件の高僧が長年の修行の成果として体験して
いた空を、たまたまモンロー研でのプログラムの最中にも同様に体験したこ
とから生じたものだと私は推測します。つまり同じプログラムでの体験でも
通常の参加者の体験内容と件の高僧のそれとは同じではないと推測していま
す(高僧が本物であるならば)。

仏教との比較から離れ、モンロー的世界観そのものについては次のように私
は判断しています。

・宗教的な要素を排除し続けている姿勢は高く評価できます。体外離脱体験
 では本源的な宗教の領域に接近する境界事例が多発します。そのため体外
 離脱体験に基づいて新たな宗教サークルを起こした事例( Paul Twitchell
 の ECKANKAR のケース)もあるだけにこれは評価できます。

 宗教やカルト(有名なカルト Scientology  も AUM と同様に教義に体外
 離脱体験やフォーカスレベル的な意識の階梯をもっています)に堕落しや
 すい中でよく持ち堪えていると思います。

・モンロー的世界観は真実か?
 これはつまり輪廻は真実なのか、近く地球に訪れるという大変化は真実か、
 フォーカスレベル27にあるとされる各種の機能センターやそこで働く知的
 存在は真実なのか、という問題です。

 結論からいえば次のように私は判断しています。モンロー的世界観では信
 念体系領域(フォーカス24,26相当)というのがあります。共通の信念を持
 つ人々の想いが生み出した世界が信念体系領域で、特定宗教や信念体系に
 強く染まった人々(つまり我々の多く)が死後、その世界に至るとされて
 います。

 で、モンロー的世界観も(仮想的な)一段上の次元から見れば、広義の信
 念体系領域の一つに含まれると私は考えています。その意味でモンロー的
 世界観の信念を有する者にとってはそれこそが真実となります(その信念
 から脱するまでは)。信念から脱した時はモンロー的世界観もまた意識の
 生み出した幻影となります(基本的には仏教思想についても同様)。

 信念と現実の間に巨大な乖離が常に発生する異常な世界(この地上世界)
 は熟睡した意識にとって目覚まし時計のベルの音のような苦痛をもたらす
 ものだと思います。

以上で今回の書評は終わりです。次回はモンロー的世界観に含まれる主な矛
盾を検討する予定です。

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12もう疲れたわ。。。:2006/06/27(火) 16:31:14
はじめまして。
大天国さんに是非、お尋ねしたいことが。。。
どうすれば生まれ変わらずにすむのかしら??
それなりに、経験として数をこなさなければならないのか、
執着(愛憎)を全て手放し、この世の未練を断ち切れば、もう
生まれ変わる必要が無くなるのか、はたまた、魂を磨き続けんがため
自分の意志とは、無関係に半永久的に輪廻し続けるのか・・???
そこのところどうなんでしょう?どう思われます?
私、もう生まれ変わりたくないし、出来る事なら肉体持たずに応援(守護?)
する方にまわりたいですわ、

13もう疲れたわ。。。:2006/06/28(水) 08:43:14
何度も、せっかちに御免なさい!
でも、あたし決して、ひやかしや面白半分に
お伺いしてる訳ではありませんから。
あなたは相当の読書家で、博識であるし、霊的感性も
お持ちのようですし、それよりも何よりも、良くも悪くも、
はっきりと自分の考えを何ら臆すること無く、損得や打算
ぬきで主張するが故、時に「あ〜、この人あなたの味方なのに何で新たに
敵をつくるのかなあ。。。」って人事ながらハラハラしてた程です。

でも、それだからこそ大天国さんに、先の質問したのです!
あなたなら、奇麗事ぬきにして、包み隠さず、ご自身の言葉と
その感性で応えてくださる、感じたままに!って。。

14:2006/08/30(水) 03:55:39
霊的(意識)は永遠無限に進化するらしいが 地球霊界のような低い霊界は
すぐに卒業できるよ 守護霊(レベル)なんかすぐなれるよ いやマジで

15名無しさん:2007/10/16(火) 22:29:55

魂はLv1(未来)→2(現在)→3(過去)→4(凄い未来)→
時間は幻想なので こういう進化もある
また すべてである 神の中では レベル1 レベル30 レベル100も
同時に起きている しかし神は 魂を類魂という個別化をしてる
また下位次元も上位次元も同時に存在してるが 下位次元は上位次元を含まないが
上位次元は下位次元を含む つまり 大類魂は類魂を含むが 類魂は大類魂を含まない
あなたがレベル3だとしてあなたの類魂の仲間がレベル4なら あなたという本体は
レベル3でもありレベル4でもある また他にも仲間がいるのでレベル5でもありレベル3でも
ありレベル4でもある つまりあなたは同時に複数の経験をしてレベル3でもありレベル5でもある
しかし あなたは 神が個別化した要素の類魂からはぐれることはできない つまりあなたは今のレベルの
類魂ということである 類魂は全体として進化する
類魂aはある程度進化しないと他の類魂bと結合できない
類魂の中では個霊がいくつもあるのであなたは複数を同時に経験できる が 類魂はレベル1の個霊と
レベル100の個霊は同居できない 類魂は全体として経験し進化するので
類魂の中にはレベル3とレベル5は同居できる つまりあなたの正体は同時にいくつも経験できる存在であるが
それはあくまで類魂aの中でのこと その類魂a全体がレベル1→レベル2と上がるのである
そして類魂aがレベル30まで行った時 類魂bに結合して大類魂abとなり さらに複数の経験を同時に
できる存在になる つまり神の中では レベル1000類魂もレベル3も同時にある
しかし レベル1000の大大大類魂はレベル3〜レベル5程度の小類魂を含むので
レベル1000の大大大類魂は レベル1000でもあり同時にレベル3でも5でもあるが
その小類魂は 大大大類魂を含まないのである

16<削除>:<削除>
<削除>

17名無しさん:2007/10/16(火) 22:32:03
>>15
大大大類魂の中ではレベル1000とレベル3は同居してるが レベル3→レベル1000
ではなく レベル3→レベル5という小類魂を含んだ形でのレベル1000大大大類魂が
あるのである 神という魂の中では 大大大類魂レベル1000も小類魂レベル3も同時に
存在しているのであるが 小類魂レベル3は大大大類魂レベル1000を含まないのである
一体ではあるのだが。。。つまりこれは下位次元と上位次元は一体ではあるが下位は上位を含まず
上位は下位を含むのである 融合してるのであるが。。。
俺らの正体は個別化された類魂である その類魂全体のレベルが3だとしたら次は4に
なるしかない 大大大類魂の中ではレベル1000とレベル3は同居してるのだが
レベル3→レベル1000ではなくて レベル3→4→5→。。。。。→1000という順番
でありながら 同時にレベル3 レベル30 レベル1000が同居してるのである
神というすべての中では 過去現在未来は同時で 未来→過去→現在→遠い過去と同時に
転生している すべてである神の中では レベル3もレベル1000も同時に経験している
しかし 同時に経験してるのであるが レベル1000→レベル3とか レベル3→レベル1000
という順番はない 神の中では レベル1(未来)→レベル2(過去)→、、、、レベル1000(遠い過去)
という順番でありながら同時に存在してるのである 
神の中では ←(((((大大大類魂←((((大大類魂←(((大類魂←((類魂←(小類魂)という順序で同時に
存在してるのである 過去現在未来は幻想なので 神の中では 未来→過去とか現在→未来→過去
という無数のバリエーションがあるが 小類魂←(((((大大大類魂 とか ←((((大大類魂←(小類魂)
というのはない 神との対話にも書かれてるように 闇は光を含まないが光は闇も含むのである
つまり 神は すべてを同時に 過去も現在も未来も同時に一気に創造されたが
一気に  ←(((((大大大類魂←((((大大類魂←(((大類魂←((類魂←(小類魂)という形で創造されたの
である もう一度言うが 闇は光を含まないが光は闇を含む つまり
神は 闇も光もすべて同居して同時であるとともに
←(((((大大大光←((((大大光←(((大光←((光←(小光)という形で すべて一気に創造されたの
である 時間は幻想であるり上位次元も下位次元も 永遠の今に同居するが 闇は光の中にあり
その逆はないのである よって 神の中ですら ←(((((大大大類魂←((((大大類魂←(((大類魂←((類魂←(小類魂)という形
で 創造するより他になかったのである
俺らは 神の中の大大大光の中にいるが俺は小光である
俺は大大大光と一体であるが小光は大大大光を含むわけではない
大大大光は小光を含むので大大大光は小光を理解できる が
小光は 大大大光 を理解することはできない
一体でありながら。。。
神は 闇も光もすべて同居して同時であるとともに
しかし 闇は光を含まないが光は闇を含む よって
←(((((大大大光←((((大大光←(((大光←((光←(小光)という形で すべて一気に創造されたの
である 時間は幻想であるり上位次元も下位次元も 永遠の今に同居するが 闇は光の中にあり
その逆はないのである 下位次元と上位次元は融合してるが下位次元が上位次元を含んでいるのではない
つまり 上位次元が下位次元を含んでいるのである
3次元は7次元を含まない だが7次元は3次元を含む
つまり 3次元→4次元→7次元の順は存在する
よって 神の中ですら ←(((((大大大類魂←((((大大類魂←(((大類魂←((類魂←(小類魂)という形
で 創造するより他になかったのである
これは 闇は光を含まないが光は闇を含む
よって←(((((大大大類魂←((((大大類魂←(((大類魂←((類魂←(小類魂)
は ←(((((大大大光←((((大大光←(((大光←((光←(小光)という形 と同じことである

18<削除>:<削除>
<削除>

19名無しさん:2007/10/17(水) 13:26:56
>>17
★★★神の中の構造=過去現在未来 レベル1レベル3レベル100の類魂も同時に存在★★★
★★★神の中の構造 = ←((((((大大大光(((((大大光((((大光(((光((小光(闇★★★ ←闇は光を含まないが光りは闇を含む
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ↓↓↓↓↓↓↓↓

進化→A(過去)(レベル1)⇒A'(未来)(レ2)⇒A''(現在)(レ3)⇒A'''(過去)(レ4)⇒A''''(遠い未来)(レ5)A'''''⇒
   ↑         ↑       ↑        ↑         ↑          ↑     ↑
(-ーーーー-------------------------------------------------------ーーーーーーーーーーーーー)
トータルセルフ=類魂aレベル1=本当のあなた=レベル1でもあり2でも3でもある=トータルセルフ

     
     ↓ ↓ ↓
      進化
       ↓
類魂aに類魂bが結合(レベル30)→進化→類魂abに類魂bcが結合→進化→大大大類魂(レベル70)
  →進化→大大大大類魂(レベル100)→進化→

((((((大大大光      (((((大大光  ((((大光  (((光  ((小光 (闇 ←闇は光を含まないが光りは闇を含む
   ↑↓         ↑↓     ↑↓     ↑↓  ↑↓
(((((大大大類魂レベル100)((((大大類魂レ50(((大類魂レ30((類魂レ1 ←↑同じこと

↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑
★★★神の中の構造 = ←((((((大大大光(((((大大光((((大光(((光((小光(闇★★★ ←闇は光を含まないが光りは闇を含む
★★★神の中の構造=過去現在未来 レベル1レベル3レベル100の類魂も同時に存在★★★

20聖なる心(主イエス様):2008/02/03(日) 01:08:29
>>2

類魂とは何か----生まれ変わりの謎を解く
その2



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とりあえず、どんな感じかイメージを描きやすくするために、たとえ話で説明してみます。



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すべての霊は、神の子供です。子供は、お父さん(神)から「商売をしてお金を儲けて、貯金(良いカルマのこと。カルマとは悪いもののことばかりを言うのではなく、
良いことも言うべきだというのが僕の持論です)をたくさん貯めなさい」と言われています。

それに続くたとえ話 対応する霊的事実

★しかし、最初は元手が少ないので、きちんとした店は造れません。屋台で商売を始めないといけません。
☆霊的な進化の程度がそれなりのレベルでないと、人間にはなれません。動物として地上生活を始めないといけません。

★朝、店を開いて商いを始めても、夜になったら、店を畳まなければいけません。
☆せっかくこの世に産まれて、地上生活を始めても、死ぬと、その個体の霊は類魂に没入します。

★もちろん、夜に店を閉めなければならないとしても、一日分の稼ぎは貯金できるわけですから、その日一日働いたことが、無駄になるわけではありません。
☆もちろん魂が、類魂に没入してしまうとしても、その個体が得た経験は、類魂のなかに持ち帰られるわけですから、その動物としての一生が、無駄になるわけではありません。

★さて、屋台で数え切れないほどの日々を過ごしてきました。ずいぶんと貯金がたまったので、いよいよそれを元手に、お店を出しました。もう、一日毎に店をかたずける必要はありません。
☆さて、悠久の時を動物として過ごしてきました。ずいぶんと霊格が高まったのでいよいよ人間として、この世に産まれてきました。
もう、死んでも類魂に没入することはありません。

★しかし、同じ店舗で長年やっていると、いつか行き詰まる時が来ます。店を改築(もしくは増築)しなければいけません。
☆ずっと霊界で暮らしていると、いつか更なる進化のために、生まれ変わるべき時が来ます。全部的再生をすることになります。

★さらに増築を4〜5回重ねて「もうこの店は、一応それなりの店にはなったな。」と思ったら、支店を出すことにします。
☆さらに4〜5回、再生を重ねて、地上生活の必要が無くなる程度まで進化すると今度は、創造的再生(分霊を出す)をすることになります

★支店の営業には、本店でつちかったノウハウが受け継がれます。
☆霊の子には、霊的な親のカルマの型が、受け継がれています。

★また本店が、支店の経営状態を監視して、必要に応じて指導します。
☆霊的な親が、守護霊となって、霊の子を必要に応じて指導します。

★支店も、何回か改装などして、それなりのレベルの店になったら、さらに支店を出します。
☆霊の子も、何度か全部的再生をして、地上生活の必要が無くなると、さらに分霊を出すことになります。

★そのようにして、どんどん店が増えて行くわけですが、その総数は、店の歴史によって多いところもあれば、まだ少ないところもあります。
☆類魂に含まれる霊の数は、数十から数千まで、さまざまです。古い類魂は何千もの霊がいるでしょうし、新しい類魂には数人の霊しかいないかもしれません。

★一番最初の本店を中心に、グループを形成して発展していきます。大会社になると、支店長レベルでは本社の社長など会ったことも無いでしょう。
☆中心霊がいて、類魂全体を統括しています。大きな類魂になると、中心霊という存在は、分霊にとっては雲の上の存在でしょう。

★もちろん一軒一軒の店は、それぞれ独立採算ですが、他の店の経営のノウハウは、その他の店にも活かされています。つまりA店の経営データは、B店にも活かされるわけです。
☆同じ類魂に属する霊の経験は、他の霊も共有することが出来ます。Aという霊の体験を、B霊も自分自身の体験として『知る』ことができるわけです。


ウ〜ム。分かり易いたとえ話で説明……のつもりだったんですけど、なんか、ヘンな感じですね(;_;)。しかも、かえって分かりにくくなってしまったような....。皆さん、分かりましたでしょうか?

「その3」では、フレデリック・マイヤーズの霊界通信「永遠の大道」を中心に、いよいよ本格的な説明をすることにしましょう(^^)。

(初出 07/30/94 Nifty-Serve FARION mes13『神秘学遊戯団』#1624 )
(4/13/98 補筆)

21聖なる心(主イエス様):2008/02/12(火) 01:03:31

「 エドガ−・ケ−シ−・リ−ディングに学ぶ 」
Q:神は100%完成された存在なのですか?
A:神は完全に近い存在ではありますが、進化の法則は全てのものに義務づけられたものです。神であっても例外ではありません。神も究極的な完全を目指すための学習をするために、
自分の分身霊を創造し、全ての生命体(分身霊)の心と身体の隅々にまで遍在し、意識の網を張り巡らし多角的な情報を収集して、それを学習しつつ意識の拡大を続け、永遠に進化を続けていきます。


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