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「愛国心」について
1
:
しろ
:2003/07/02(水) 13:11
新参でいきなりのスレ立て、平にご容赦ください。
皆さんの書き込みを拝見し、かねてからの疑問を投げてみようと思った
次第です。他スレでの議論に参加したいのは山々なのですが、何分にも
軍事・国防関係にまるで疎いもので・・・。
さて、投げかけたい議題は「愛国心」というものについてです。
詳細は追って補足いたしますが、趣旨としては、
「戦後教育における”愛国心”の欠損が、個人のアイデンティティ確立に
多大な影響を与えているのではいか?」という疑問です。
218
:
大神
:2003/09/18(木) 21:36
日章旗、君が代は既に定着しているのは事実であり、それに対して
敢えて排除の動きをするのがイカフライさんを含めて大多数の人間にとっては
理解しがたい
というのが実情ではないでしょうか?
また、大多数の人は
学校の卒業式などの公的な場
においては国旗・国歌を掲げて、歌うことに対してなんら政治的なものを
見出していないのではないでしょうか?
で、逆に 「政治的なものを感じる」とか「思想・良心の自由を侵害された」
という人に対しては
「【学校で先生を敬う】、【両親を敬う】、【老人を敬う】というのは
封建的な過去の遺物的な考えだー!学校でそのように教えるのは
【思想・良心の自由に対する侵害】だー!」と
同じような不自然さ
を感じるというのが実情ではないでしょうか?
219
:
大神
:2003/09/18(木) 21:42
>>218
続き
大多数の人にとっては既に定着しているところから、
公的な場において掲げられ、歌われることに対しては
何ら抵抗無く受け入れられる
ものであり、逆に排除の考えに対しては
変な違和感
を感じるというところではないでしょうか。
>>216
>歌われる歌としの一つ
歌われる歌の一つ
に訂正
220
:
金玉(こんぎょくと読んでください)</b><font color=#FF0000>(ey0ah8UE)</font><b>
:2003/09/18(木) 21:55
ちょっと、そっけなさすぎにも見える自分のカキコに補足追加
てか、個人的に、日本なのに、日の丸や国歌でああだのこうだのなる今の日本の世の中っていったい・・・
それが不思議です。気難しい世の中になったモンだと思う今日この頃。
やっぱり、そっけないかなあ。でも、これ以上書けませんです。これにて、失礼しますです。
221
:
柏葉英一郎</b><font color=#FF0000>(HCOHd/MU)</font><b>
:2003/09/18(木) 22:18
>>182
国旗国歌は「強制されるべきものではない」って論理ですな?
で、その理由が「精神的苦痛を受ける」ってことでOKですかね?
上記のことから中学時代のことを思い出したのですが。
私は恥ずかしながら絵が下手くそでして(イカフライ女史が羨ましい)、まあどんなに描いても上手くはならないんですよ、才能ないから。
で、ハッキリ言って美術の授業は苦痛以外の何ものでもなかった。
こんなもんやるくらいなら、数学の勉強したいと何度思ったことか。
でも、強制だから無理矢理絵を描かされたわけだ、これが(下手くそで恥ずかしかったが)。
もちろん授業を抜け出すなんて許されなかった。
ここで少し疑問なんだが、なんで「絵を描かされる」のはOKで、「国歌」はダメなのかねえ?
反日の輩が国歌歌うのが精神的苦痛なら、絵の下手くそな私が絵を描かされるのも同じ精神的苦痛。
どこがどう違うんです?>うろちい氏
222
:
金玉@こんぎょくと読んでください
:2003/09/18(木) 22:50
小学校の時を思いだしたので少し。
通学班での集団登下校よりも、クラスの友人と登下校した方が楽しいと言う理由で、
怒られても罰則されても、何が何でも勝手にクラスの友人と登下校したのを思い出しました。がはは。
規則って言っても、個人的には強制されるような事じゃないと思っていたので、私はとことん逆らいました。
こんなおおちゃくい奴だったので、学生当時の束縛感は此れと言って、無いです。
もっとも、社会人になってからは、こんなアフォは極力しないようにはしていますけど。もう、学生だった時代よりも社会人生活の方が長いモンでして、学校時代なんて遠い遠い昔の事ですわ。
苦痛を我慢する、我慢しなければならない、強制、束縛・・・ねえ。
と言うより、100人いれば100の感じ方があるのだから、100人が同じ事をさせられても苦痛を感じる人もいれば、そうでもない人がいるわけで、
同じく、他の事を強制されれば、今度は他の人が苦痛を味わい、他の人には苦にならないという事であって、全てを含めて考えたら、世の中ちゃんと平等に出来ているんじゃないでしょうか。
223
:
大神
:2003/09/18(木) 23:06
卒業式で思い出しましたが、
まぁ、海幹候なんかでは卒業式では軍艦マーチがかかるらしいです。
在校している候補生、予定者が挙手の礼で見送って、機動艇にのる
実習幹部らを帽を振ってお別れ。
まぁ、この時に「軍艦マーチだ!軍国主義だ!」と喚く奴はおらんが(笑)
224
:
金玉
:2003/09/18(木) 23:13
スレ違いになりますが、
軍艦マーチといえば、昔のパチンコ屋を連想しました。
225
:
JDSみらい</b><font color=#FF0000>(W3va7n4o)</font><b>
:2003/09/18(木) 23:33
>>223
大神さん
おそらくは初めまして。現役海自のJDSみらい(byかわぐちかいじ)と申します。
「軍艦マーチ」については、幹部候補生学校に限らず、1術校の海士・海曹課程
及び生徒部の卒業式でも、「帽振れ」の際には必ずといって言いほどに用いられて
いますね。
現在ではどうか知りませんが、生徒部の卒業式では「江田島健児の唄」とか
「同期の桜」も歌われていたそうです。(親しい生徒出身者に聞いた話)
確かに、「江田島健児の唄」「同期の桜」等々の戦前・戦中の軍歌の類は、その
目的が「戦意高揚」にあったと思われます。「戦友」「ラバウル小唄」「轟沈」
などと、枚挙に暇がないほどに。
しかし、その歌が現在の日本で「軍国主義だ!」となるのかには、甚だ疑問では
あります。それが唄われる場面が、当然ながら殆どが自衛隊内部であっても、です。
これは私の個人的な解釈ですが、生まれ育った故国・郷土を愛する心を発露したのが
「軍歌」であったろうと。
226
:
大神
:2003/09/18(木) 23:57
>>225
JDSみらいさんへ
初めまして。さすがに今は自衛隊員が自衛隊で軍歌を歌っても問題にされ
ませんね。
今もし、「軍国主義だ!」と喚くような人がいたら周りはその人を見ながら
頭のまわりで指を回転する仕種をするでしょうね。
つまりあいつはクルクルパーと。
ちなみにMOCSでは江田島健児の唄だけでなく、同期の桜やラバウル航空隊
も歌われるそうですね。
まぁ、同期の桜は古鷹山登山の際の隊歌演習でも歌われるようですし、
幹事付き【見学のもと】の別科時にも各学生隊合同で奇数分隊と偶数分隊対抗
で歌われたりとされているらしいですが。
また当然旧軍歌だけでなく自衛隊になってから作られた
「ここに我ら鍛う・・」の「海の幹候」とかも。
自衛隊で軍歌が歌われる時はあくまで歌として歌われているようですね。
227
:
金玉(こんぎょくと読んでください)</b><font color=#FF0000>(ey0ah8UE)</font><b>
:2003/09/18(木) 23:58
君が代や軍歌など、卒業式で歌われた歌を、「軍国主義だ!」と、言う人は1人しか見た事がありません。
昔、どこぞの板で一人だけ見たけど、それだけです。
実際にそんな人を見た事が有る方、いらっしゃいますか?
まあ、いてもいなくても、言いたい人には言わせておきます。
228
:
大神
:2003/09/19(金) 00:05
>>227
シューレス・ゲン(笑)
つまらん事をいって済みません(笑)。
229
:
JDSみらい</b><font color=#FF0000>(W3va7n4o)</font><b>
:2003/09/20(土) 00:56
>>130
ぼーん氏
うっかりレスを見逃していました。申し訳ありません。m(_ _)m
>その国のマジョリティだけを見てその国を見たつもりになるのは、まったく不適切でしょう。
「正論」ではありますね。しかしながら、ショートステイですらない「訪問」に
過ぎない期間しか滞在し得ない状況で、「その国のマイノリティをも」理解して
いなければ、その国を語ってはいけないのでしょうか?
日本にビジネスで・或いは観光で訪問した外国人は、アイヌ民族や同和問題で
被差別者となっている「その国のマイノリティ」を理解しなければ、日本について
語ることは不適切なのでしょうか?
また、国旗国歌に対する態度の問題ですが、
>国旗国歌の話になると、すぐさま「世界の常識」論を持ち出す人がいますが、
>そういう形式主義的なものでいいんですか?
失礼ですが、ぼーん氏はどの程度の国外渡航の経験があるのでしょうか?
それこそ観光で2〜3日滞在した程度でも、「その国のマイノリティ」のみを
見ているのでなければ、必ずと言って良い程になんらかの形で国旗国歌に関わる
場面に遭遇せざるを得ない筈です。
多数に渡るそのような場面を見聞してもなお、「世界の常識」という表現となり、
かつ「形式主義的なものでいいんですか?」と言う意見になるのであれば、私のような
(敢えて言いますが)「マジョリティ的思考の人間」と、相互理解を深めることは
かなり困難なモノではあるでしょう。
少なくとも、私が訪問した諸国では、「世界の常識」だから国旗国歌に敬意を
表しているとは解釈できませんでした。当然ながら、それは「形式主義的なもの」
でも勿論無く。
訪問国で「何故国旗国歌に敬意を表するのか?」という質問をした事もあります。
かなり少ない頻度で、ですが。何故頻度が少ないのか?と言いますと、はっきり
言って「恥ずかしい」のですよ。返答の殆ど全てが「当たり前だろ?何で当然の
事をわざわざ聞くんだい?」というモノでありましたので。
中には「よく分からないが、敬意を表するべきだと思うから」と言う返答も
ありました。更に突っ込んで聞いてみると、「国家は自分に有形無形のメリットを
与えている。勿論デメリットもあるが、単純にバランスシートで考えれば、
国家から享受しているメリットの方がかなり多い」だから、取り敢えずは
国旗国歌に敬意を表する、と。
続きます。
230
:
JDSみらい</b><font color=#FF0000>(W3va7n4o)</font><b>
:2003/09/20(土) 00:56
>229続きです。
>状況が許せば、僕は愛国ではあってもこの国旗国歌に象徴される忠君愛国ではなく、
>滅私愛国でもなく、この国旗国歌に敬意を払うことは僕に対する礼儀にはならない
>ことを、できるだけ丁寧に伝えるでしょうね。
で、上記のような私の拙い国外の経験で語らせて貰えれば、、ぼーん氏の上記の意見
には「????」となる外国人が、「おそらくは」殆どでしょう。何故か?
>日本における具体的な国旗国歌の状況が複雑であり、その対象に対して敬意を払う
>ことがどういう意味を持つか非常に複雑
であるからですね。
確かに、戦後の(特に日教組・及び全教の)自虐的史観に基づけば、国旗国歌の状況が
複雑になってしまった理由も納得出来ます。しかし、そのような特殊な国内事情を外国人
に正確に伝えるのは、相当程度に困難でしょう。
ぼーん氏は「世界の常識」論・「形式主義的」と批判されますが、それこそ日本に於ける
国旗・国歌の問題に対して、近々に明確な解答を導き出す事は、おそらくは不可能では
ありませんか?積極的賛成・容認と、侵略の象徴・消極的否認とでは。
ぼーん氏の仰る「強制するべきではない」と言う意見も、理解出来なくは無いです。
日本国限定では、ですが。そもそも、国旗・国家を公的行事で「強制」している国家は
皆無では?(私の知る限り、です。もしも存在するのであれば御教授下さい)
で、ここからは感想です。
所謂反戦・平和を希求する主張に見られる「日の丸・君が代」は「日本の侵略の象徴」
というモノも、果たして現実は?と、辞書と電子翻訳機を片手に、フィリピン・
ブルネイ・インドネシア・インド・シンガポール・タイ・マレーシア・スリランカ
等々・・・あれ?あとはどこに行ったっけ・・・(-_-;)
少なくとも、私が経験した狭い範囲では「日の丸・君が代」は「日本の侵略の象徴」
としている国(の居酒屋に居た酔っ払いには)は居ませんでした。敢えて中国・韓国・
北朝鮮の例は除いています。
「虐殺された(とする)人数が、年々増加してる国」「米軍が撮影したサイパンで
日本人が自決した場面を写したカラーフィルムを『自国民の自決の映像』とする国」
という、意図的に対日敵視を実行している国を例に出しても・・・ですから。
で、
>>131
の
>> 国旗国歌批判 = アナキズム
>ウケ狙いですか?ジョークとしてはつまらないですね。
>マジなら、笑いますけど。
申し訳ありませんが、少なくとも上記に挙げたアジアの諸国家(の居酒屋に居た
酔っ払いは)は、「国旗国歌批判=アナキズム」と理解している皆さんが全部でした。
欧州・米国・南米でも99%がそのまま・或いはそれに近いものではありました。
つらつら書いて来ましたが、以上を踏まえて「変な国だなぁ」と思っています。
日本って。
231
:
うろちい
:2003/09/20(土) 22:26
>>221
柏葉英一郎さん
>国旗国歌は「強制されるべきものではない」って論理ですな?
そうです。
>で、その理由が「精神的苦痛を受ける」ってことでOKですかね?
違います。
(ごめん、今日はここまで)
232
:
afodesu
:2003/09/20(土) 22:55
強制されるモンではないけれども、だからと言って禁止するものでもない。
日本国内だったら、君が代を歌って、日の丸を揚げて・・・って、これでいいと思うんですが。
苦痛を感じる方は、どうして苦痛なのか教えてください。
暗かろうがダサかろうが、これはわが国のものだからねえ。
嫌だと思った人は、新しく作りかえる方向で頑張ってみたら?
それでいけませんかね?
233
:
武蔵
:2003/09/21(日) 08:29
>>232
>強制されるモンではないけれども、だからと言って禁止するものでもない。
こういわれる通りの扱いがなされていればいいんですがね。
式次第に組み入れ、起立して歌ったかどうかがチェックされて
勤務評定で不利な判定がなされたり、
勧告や警告を受けたりする。
世羅高校の校長は、毎日、職員会議の報告を教育委員会にしなければならなかったり
毎夜帰宅したら、電話で報告することを義務付けられたり
していたんですよね。
自殺した夜も、その電話をかけた後で、首をつったんでしたよね。
こういうことは、普通、強制と言うと思うんですが。
>苦痛を感じる方は、どうして苦痛なのか教えてください。
いろんな理由があると思いますが
私なんぞは、公権力が思想信条の分野にまで及んできていることそのものが苦痛です。
アイヌ民族にとっては? 彼らが彼らの主張をしていますし、調べてみてください。
素直に歌えないことには、それなりの歴史があります。
そんな歴史を踏まえたら、「上からの圧力で従わせる」やり方そのものに
危機感を感じます。
234
:
大神
:2003/09/21(日) 09:23
>>233
思うのは自由。しかし、行動には義務が伴う。とくに公的な場において。
犯罪を犯したいと思うのも自由。で、犯罪をおこなった人間を取り締まるのは
思想信条の自由ではない。
来賓が来て、ガムを噛みながら起立の時に席を立たない。
それを注意するのは思想信条の自由ではない
職場や式などの公的な場においての指導は思想信条の自由の侵害ではない。
235
:
afodesu
:2003/09/21(日) 09:35
>>233
236
:
afodesu
:2003/09/21(日) 09:38
>>233
あ、そうですか。お答え頂きどうも。
「
調べてみてはどうですか」と、言われますが、そこまで興味が無いのでね。
調べません。じゃあ。
237
:
武蔵
:2003/09/21(日) 09:45
>>234
思想信条というのは、表現する自由があってこそ自由と言います。
キリスタンが処罰されたのは
心の中で思っていたからではありません。
踏絵を踏まなかったからです。
公教育に中に踏絵を持ち込んではいけません。
238
:
武蔵
:2003/09/21(日) 09:57
>>236
調べなくてもいいです。
少なくとも、苦痛を感じるマイノリティ―がこの国にいると言う事実くらいを知っておかなければ
日本人としてだけではなく、人間として問題があります。
足を踏んでいることに気付かないことは(加害者としての認識もないことは)
犯罪だとすら思います。踏まれている人は見えていない(存在していない)ことは
踏まれている人を抹殺していることですから。
われわれは、ハンセン病回復患者たちを見ないことで抹殺してきました。
もし、日本という身体があるとすれば、小指が痛んでも苦しい筈です。
小指を切り捨てて、薬を塗って・・・・親指も、足の指も、身体の端の方から
だんだん切り捨てていきますか?
いつか体の大部分が切り捨てられます。
239
:
大神
:2003/09/21(日) 09:57
>>237
魔女狩り裁判は知っているかな?
「お前は魔女的なことを考えたな。よって火あぶり」
この反省から思想信条の自由が生まれた。
で、行動について責任が生じるのは
何も思想信条の自由とは関係無い。
封建的なことが嫌いと個人的に考える教師が
「封建的なことは嫌いだ!」
といって、上からの命令を聞かずに好き勝ってやって、それを
「表現する自由があって思想信条の自由だ!!!」
といって、
>公教育に中に踏絵を持ち込んではいけません
で正当化できるものなのかな?
もう少し
何が思想信条の自由なのか
何が思想信条の自由と関係無いのかを考えよう
240
:
大神
:2003/09/21(日) 10:03
>>238
苦痛を感じるのは自由ではあるが、行動はその苦痛から一切が免罪、正当化
出来るとは考えないようにして下さい。
苦痛の表明が一切を正当化できると考えるのは、
それは良識ある人間として、大人として問題があることなのです。
241
:
緑装薬4
:2003/09/21(日) 10:31
>238
ハンセン病患者わ、好きで病気になったわけじゃぁないだろ?
病気でないことを自ら選択でけんわけだ。
そして、病気が伝染しなくなったちう医学の進歩から、特別隔離なんぞせん
くてもよくなったから、誰にも迷惑かけないならその主張が通るんだよね。
マイノリティとやらとわ、全然違う前提だと思うんだが(笑)
242
:
afodesu
:2003/09/21(日) 11:40
>>238
>少なくとも、苦痛を感じるマイノリティ―がこの国にいると言う事実くらいを知っておかなければ
それは誰でも知っています。はい。ここに居る全員がそんな事は理解しているでしょう。
ここに書くまでもなく。身の回りの人間関係で間接すれば充分わかります。
それとも、それを、いちいち証明しろと?
その程度の事なら基本的なことなので、議論するまでありません。武蔵氏は、話を余分に膨らませすぎ。
243
:
afodesu
:2003/09/21(日) 11:43
「間接」→「観察」
すみません。
#もう、これで終わりますね。これから用事もありますので。
244
:
武蔵
:2003/09/21(日) 21:44
>>239
>といって、上からの命令を聞かずに好き勝ってやって、それを
「好き勝手やる」という言い方は、誤解を招きます。
上からの命令を無批判に実行する誤りを、日本の教師は犯してきました。
そんな過ちを繰り返してはなりません。
「形式的な愛国心」の強要は
その誤りを繰り返すことです。
国を愛すのも自由です。
国を愛さないのも自由です。
国に切り捨てられた棄民、ハンセン病回復患者に国を愛せなんてことを言うのは
土台無茶でしょう。
245
:
武蔵
:2003/09/21(日) 21:53
>>241
>そして、病気が伝染しなくなったちう医学の進歩から、特別隔離なんぞせん
くてもよくなったから、誰にも迷惑かけないならその主張が通るんだよね。
何をアホなこと言ってるんですか!!!
ハンセン病が伝染性のきつい病気でもなく、完全回復する薬もできて(プロミンの有効性が報告されたのは、1943年ですぞ!!)
いるのに、
それ以来、半世紀以上も隔離政策を続け、断種手術まで強要されてきたんですよ!
>そして、病気が伝染しなくなったちう医学の進歩から、特別隔離なんぞせん
くてもよくなったから、誰にも迷惑かけないならその主張が通るんだよね。
主張が通らなかった半世紀のことを言っているんです。
246
:
武蔵
:2003/09/21(日) 21:57
>>242
>その程度の事なら基本的なことなので、議論するまでありません。武蔵氏は、話を余分に膨らませすぎ。
そんなに周知のことなら
「君が代」とは、ノー天気に「われらが代」だと自動変換できない
マイノリティ―の気持ちも理解できるでしょう。
247
:
武蔵
:2003/09/21(日) 22:27
>>242
>>少なくとも、苦痛を感じるマイノリティ―がこの国にいると言う事実くらいを知っておかなければ
>それは誰でも知っています。はい。ここに居る全員がそんな事は理解しているでしょう。
ここに書くまでもなく。身の回りの人間関係で間接すれば充分わかります。
苦痛を感じるマイノリティ―の存在を知っていながら
その苦痛を強要する事になんのためらいも持たない神経ってなんでしょうね?
248
:
大神
:2003/09/21(日) 22:28
>>244
=武蔵君へ
>「好き勝手やる」という言い方は、誤解を招きます。
この場合は必ずしも私利私欲の行動ではない、悪意のある行動ではない
と考えて「好き勝手にやる」という言葉を受け入れがたいのかもしれない
けど、なんら権限も無い者が、
自分の考えで行動する
というのは実際、行動が逸脱するという点では一緒であるし、考えを異にする
周りの人から見ると結局は
好き勝手やる
ということと同じになるよ。
>上からの命令を無批判に実行する誤りを、日本の教師は犯してきました。
>そんな過ちを繰り返してはなりません。
これは二つの点でこの話に関係無いよ。
先ずは、もし戦争に勝つなり、被害が少ないなり、悲劇が少ないなり
すればそもそも
過ち
という言葉は意味が無いよね?
もう一つは、では教師が【好き勝手】にやれば君の言う先の過ちは起こらなかった
のかな?
結局は君の言う【過ち】とは本件にはそもそも何ら関係無いことではないかな?
>「形式的な愛国心」の強要は
>その誤りを繰り返すことです。
君の言う形式的であっても、教師が教師の職において教えるべき事を教える
のは何ら悪い事ではない。
そもそもこの話の場合、形式的という言葉は実際に意味が有るのかな?
例えば教師は道徳や法律に従う事を教えるよね?それを形式的と評するか否か
は人それぞれだろうが、これは別段非難される事なのかな?
教師はあくまで児童に教えるものでしかない。
>国を愛すのも自由です。
>国を愛さないのも自由です。
考えるのは自由だよ。しかし、行動には責任が伴うよね。法的にも、
道徳的にも。
>国に切り捨てられた棄民、ハンセン病回復患者に国を愛せなんてことを言うのは
>土台無茶でしょう。
国を愛しているかどうかはその人の心の中だから、本人以外はわからない。
まぁ、それはいいがその人がどのような経験を重ねようが、やはり
一個の責任ある人間/大人として行動には責任が伴う
ハンセン病であっても、在日朝鮮人であっても、日本嫌いであっても
そんなのは関係無い。ある国が嫌いといっても、その国の国旗を汚せば
当然警察に捕まる。
249
:
武蔵
:2003/09/21(日) 22:37
>>248
あんたとは土台議論が成り立たないのは、経験済みだけどね。
>教師はあくまで児童に教えるものでしかない。
教師は教育ロボットではない。
>ハンセン病であっても、在日朝鮮人であっても、日本嫌いであっても
そんなのは関係無い。ある国が嫌いといっても、その国の国旗を汚せば
当然警察に捕まる。
そんな国家にしたくないんだよ。
国家を歌わない、歌わせないくらいで、警察につかまるような
恐怖国家にはね。
国旗に敬意を表さないくらいで監獄行きになるような国にはね。
250
:
大神
:2003/09/21(日) 22:46
>>249
>教師は教育ロボットではない。
教師は与えられた範囲内以外での行動は認められていない。
それは他の公的職業でも一緒。
>>ハンセン病であっても、在日朝鮮人であっても、日本嫌いであっても
>>そんなのは関係無い。ある国が嫌いといっても、その国の国旗を汚せば
>>当然警察に捕まる。
>そんな国家にしたくないんだよ。
外国では基本的にみなそう。だからといって全てが恐怖国家なのかな?
刑法が存在するからといって、全てが独裁国家なのかな?
ちなみに日本においては日本国旗以外を燃やせば警察に捕まる。
それは国旗国家法案以前のこと
だからといって日本が恐怖国家なのかな?
>国家を歌わない、歌わせないくらいで、警察につかまるような
>恐怖国家にはね。
>国旗に敬意を表さないくらいで監獄行きになるような国にはね。
国旗国家法案に違反すると警察に捕まるのかな?
そして捕まえることはいけない事なのかな?
文革かぶれの教師が封建性が嫌いと考えるのは自由でも、
校長、教頭の命令に背けば当然訓戒などの処罰を受けるよね。
で、それが恐怖国家なのかな?
251
:
OKE
:2003/09/21(日) 22:54
>>249
国旗に敬意を表しないというのは、他国の人とのコミュニケーションに対して
非常にマイナスな行為です。また、一国民の安易な行動が国家間の対立を
生みかねない。これが現実の社会です。
他国のシンボルを貶めるような行為は、平和のためにも、容認できません。
であるならば、他国の国旗には敬意をはらう、ということを教育するのは必要な
ことではないでしょうか。
で、他国のシンボルたる国旗は貶めてはいけないが、自国の国旗は貶めてよい、
といったダブルスタンダードもやはり問題。少なくとも教育現場でそういった
整合性の取れない態度はとるべきでない。
むろん、国歌歌わないくらいで警察の御用になる国なんて私も真っ平ゴメンです。
ただし、自国・他国の国旗を貶めて平気な顔をしている大人が大きな顔をしてる国も
真っ平ゴメンです。日本をそんな失礼な大人がいる国にしたくない。
252
:
イカフライ
:2003/09/21(日) 23:08
ええっとですね。
私が、アレる予感必須で、この国旗国歌の話を持ち出したのは、
>>213
に書いたような気持ちが私の中にあるからなんです。
戦争に反対し、平和を願う事と、日の丸を揚げ君が代を歌うことは、果して相反する事なのだろうか? と。
今は、あまりゆっくりと書ける時間が無いので、ここまでにしますが。
253
:
<未人力>
:2003/09/21(日) 23:11
でも、韓国では国民的な対外示威行為として定着してますね。
日章旗やアメリカ国旗を燃やして踏みつけにするの。
武蔵さんは韓国流が世界のスタンダードだと?
あれは不当に無礼な行為ということで、相手国から反発を食っ
てるらしいんですが、、、。
普段から旗の扱いをきちんとしてないと、いざというときに、た
いへんなことになっちゃうぞう。
武蔵さんは会食した相手が日章旗で口の周りを拭いても気にし
ないのかもしれませんが、イギリス人と会食するときにユニオン
ジャックで顔拭いたらぶっとばされますよ。
中国のトイレに紙がないからと言って、中国国旗で尻拭いたら
どうなるでしょうね? あなたは相手に日章旗で尻拭かれても
平気かもしれませんけど、世界的に見たらそれって少数派だ
と思いますよ。
254
:
afudesu
:2003/09/21(日) 23:12
武蔵氏へ
>その苦痛を強要する事になんのためらいも持たない神経ってなんでしょうね?
なんでしょうねっと言いますが、苦痛を強要された事なんか有りませんからね。
日の丸と国歌のどこが苦痛なんでしょうか?苦痛を持つ人は自分で苦痛を何とかする問題であって、苦痛を持っていない人にまでそれを強要するのはどうかと。
貴方のやっている事も、いわば強要ですよ。もう止めますと言っているのにもかかわらず、そちらの気分で返事を求めるようなレスをつけるのも失礼ですよ。
そんな輩が、何を言っているんだか。わかってます?自分の言っている事とやっている事。
255
:
<未人力>
:2003/09/21(日) 23:16
>>252
日章旗と君が代が反戦平和運動と相反する、と捉えられがちなのは、
「日章旗と君が代を、戦前の日本と直結させやすいから」だろうなと
思います。それはわかります。
が、「旗と唄のせいで戦争をした」ってわけでもないだろうにな、とも
思います。そう考えると、国旗国歌法に目くじら立てるのって、坊主
憎けりゃ袈裟まで憎いのと、どう違うのかな、とも思います。
自分は戦争に無条件に賛成しているわけでも、平和がキライなわけ
でもないんですが、そういう言い方だと「戦争に反対せず、平和の邪
魔をする」と言われてしまいます。
「戦争に反対と言い、平和を願う人間は、日章旗や君が代も否定し
なければ反戦平和主義者とは言えない」
という風潮はどうかな、と常々疑問に思っています。
どうなんですかね、ほんとのとこ。
256
:
<未入力>
:2003/09/21(日) 23:24
いつもは、ヲチしてるだけの人間です。
どうも武蔵氏の主張が見えませんので、名無しで失礼ですが質問させて頂いても
よろしいでしょうか?なお、名無しには一切レスしない、という事であればこの
質問は無視してください。m(_ _)m
Q1・武蔵氏は地球上に存在する国家(含む日本)に、国旗国家は必要なモノと
考えるか、不要なモノと考えるか。
Q2・必要・不要のいずれでも、その結論に至った推移はどのようなものか。
Q3・日本にとって日章旗・君が代は国旗国歌として相応しいものであるか。
Q4・「Q3」の回答はどのような理由或いは根拠によるものか。
Q5・以上の問いを踏まえて、日本人は世界的な公式の場に於いて、自国・
及び他国の国旗・国歌に対して敬意を表するべきか。
回答を頂ければ幸いです。武蔵氏のスタンス・思考の構築過程が見えて来て、
今後の議論に資するモノとなると愚考しますので。
257
:
武蔵
:2003/09/21(日) 23:34
>>250
国旗を燃やすことと、国旗掲揚をしない事とをごっちゃにしてはいけないよ。
国旗に敬意を表さないくらいでつかまったりぶち込まれたりする国にはなって欲しくないね。
258
:
武蔵
:2003/09/21(日) 23:37
>>253
>武蔵さんは会食した相手が日章旗で口の周りを拭いても気にし
ないのかもしれませんが、イギリス人と会食するときにユニオン
ジャックで顔拭いたらぶっとばされますよ。
あんたも極論を持ってきて、
ごく普通の、国旗に敬礼しない程度のことまで
取り締まり対象にする気だね。
誰が国旗を燃やしたり、ナプキン代わりにするといっているのかね?
259
:
afudesu
:2003/09/21(日) 23:37
>「戦争に反対と言い、平和を願う人間は、日章旗や君が代も否定し
なければ反戦平和主義者とは言えない」という風潮
そうなんですか。そんな風潮があるんですか。うっひゃ〜!驚きましたな。
そのような風潮があるとしたら、ワタシャ相手にしません。
それはそれ、これはこれです。
戦争は殆どの人が反対しているけど、
日の丸や国歌、しかも、自分の国の旗と歌にまで反対する人が
殆どの人だとは絶対言えない。
むしろ、「日の丸国歌は軍国だ」みたいに反対する人は稀。
260
:
大神
:2003/09/21(日) 23:41
>>257
>国旗に敬意を表さないくらいでつかまったりぶち込まれたりする国には
>なって欲しくないね。
それはそもそも現実に存在する国旗国家法案の話ではないんじゃない?
261
:
afudesu
:2003/09/21(日) 23:49
>>257
>国旗に敬意を表さないくらいでつかまったりぶち込まれたりする国には
>なって欲しくないね。
今のところ、ならないと思うけど。
262
:
武蔵
:2003/09/21(日) 23:54
>>256
Q1・武蔵氏は地球上に存在する国家(含む日本)に、国旗国家は必要なモノと
考えるか、不要なモノと考えるか。
Q2・必要・不要のいずれでも、その結論に至った推移はどのようなものか。
校旗や応援旗程度の意味ではあってもいいと思っています。
愛すべき国だと思えば敬意を表しもしましょうし
涙に咽びながら歌いもするでしょう。
実際は、国民に愛される資格のない国ほど、強権的に忠誠を誓わせます。
北朝鮮の忠誠振りを本物だと思いますか?
>Q3・日本にとって日章旗・君が代は国旗国歌として相応しいものであるか。
Q4・「Q3」の回答はどのような理由或いは根拠によるものか。
国旗は、シンプルなデザインで結構気に入っています。
アジア諸国も、戦後間もなくはナチスの鍵十字同様の恐怖と嫌悪感を持っていたかも知れませんが
もはやそんな気分も払拭されたのではないかと思っています。
君が代の歌詞には問題があると思っています。
前のほうで書きましたが、
あれはもともと挽歌です。
また、明治時代に定めたときに明らかにしているように「君」はどう誤魔化そうと「天皇」をさします。
民主国家にふさわしくない。
Q5・以上の問いを踏まえて、日本人は世界的な公式の場に於いて、自国・
及び他国の国旗・国歌に対して敬意を表するべきか。
国家を代表する立場の人は、公式の場で敬意を表するべきだと思います。
ただし、理由があって抵抗の意志表示をする場合、その理由を聞く耳だけは持ちたいです。
例えば、東京オリンピックのころだったか、黒人選手が、アメリカ国旗に黒いこぶしを突き上げて抵抗の意思を示したことがありました。
あの行為を否定するのではなく、彼らの主張に耳を傾ける世界でありたいです。
263
:
<未人力>
:2003/09/22(月) 00:02
君が代について。
以下は衆議院の第145通常国会での議事録の報道資料
として公開されているもののコピペです。
>「君が代」は,延喜5年(905年)に編纂された「古今和歌集」(賀の巻)に,「わが君はちよにやちよにさざれ石の巌となりて苔のむすまで」(詠み人知らず)として収載されていた。これが,文献に現れる最初であると言われている。この歌は,約100年後(11世紀初期)に成立した藤原公任撰の「和漢朗詠集」(祝の部)にも収められている。
>その後,平安末期頃から,初句を「君が代は」という形で流布するようになり(注),めでたい場合の舞い,謡曲などに取り入れられ,長い間民衆の幅広い支持を受けてきたと言われている。
>明治時代になり,日本にも国歌が必要と考えた鹿児島(薩摩)藩の大山巌らは,その歌詞として「君が代」の古歌を選定したと言われている。当初の「君が代」(フェントン作曲)は,その後,曲の改訂が上申され,明治13年(1880年)に宮内省雅楽課の林広守らによって現行の「君が代」の楽譜が完成された。
>その後,明治26年(1893年)の文部省告示「小学校儀式唱歌用歌詞並楽譜」において,祝日大祭日の儀式で歌うこととされた。
>(注)鎌倉時代の歌人顕昭(1209年頃没)の古今和歌集の注釈書である「古今集註」に,「この歌つねには,きみがよはちよにやちよにといへり」とある。また,鎌倉時代の歌人慈円(1225年没)が古今和歌集の歌を題として詠んだ際にも「君が代はちよにやち世にさざれ石のいはほと成りて苔のむすまで」とある。この歌が広く謡曲などに取り入れられていることについては,柿村重松著「和漢朗詠集考証」などを参照。
ソースはこちら。
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/11/09/990906j.htm
ヤスツ卿のガイドにも入れておきました。
264
:
さんぞう
:2003/09/22(月) 00:03
国旗や国家、愛国心ですか・・・難しいテーマですね・・
やぁ、こんな真面目な話が盛り上がるってのはすごいですね。
参加さしていただきますです。
話題の中心が国旗、国歌に移ってきたみたいなのでそれに関して思うところをば。
そもそも国旗国歌をめぐって論争がまきおこるのは
国旗を通して見ているイメージ、つまり国旗が象徴するものの違いに起因する
と思います。
すごく乱暴に言えば、国旗というのはただの布切れに棒が
刺してあるだけのものです。国歌は音と言葉の組み合わせにすぎませぬ。
それがなにがしかの意味を持つのは、それが何かを「象徴する」からと考えます。
国旗国歌消極派(とでも申しましょうか)はおそらく第二次大戦の日本の
姿をみていて、国旗が戦争の象徴であるとして反対しているのでしょう。
まあ、国旗をみて戦争を思い起こす人はそうはいないと私は思いますが。
そこでまた論争が始まるわけですが、これは国旗が何を象徴するのか
確定すれば終わる問題ではないでしょうか?
で、思うのですが、国旗が象徴するべきものとは、日本という国家そのもの
であるように思います。
つまり国家の基本秩序である憲法原則です。
自由・人権・象徴天皇制です。
簡単にいえば、日本国旗は「自由と人権、日本の持つ長い歴史」の象徴である
といってよいと考える次第です。
むしろ私たちは国旗が何の象徴であるのかということを具体的に
子供たちに教えていくべきではないんでしょうか。
265
:
OKE
:2003/09/22(月) 00:06
日本の、日本国旗・日本国歌に関する法律には、
実はなんの罰則もないんですよね。法的には。
あるのは、
日本国旗はどういうものかという、図柄に対しての規定と、
日本国歌はどういうものかという、歌詞と楽譜の規定だけ。
自国国旗に関して特に何の規定も罰則も持たない国があるのは事実。
これは、国旗・国歌は習慣として定まっており、
またそれに敬意を払うことも一般的であってわざわざ法制化する必要性がない、
としてるからのようです。
日本もかつてはそうでした。
対して、国旗・国歌に関して厳しく法制化している国もありますね。
以前、中国の国旗にかんする法律を読んだ事があるのですが、それには、
国旗の規定のみならず、国旗を掲げるさいの手順・作法や、
国旗を掲げなければならない場合、国旗を掲げてもよい場合、
国旗を掲げてはいけない場合、半旗を掲げなければならない場合や、
国旗を侮辱してはならないこと、
そしてそれに違反した場合の罰則まで細かく規定してありました。
各国の国旗・国歌に対する取り組みをすべて知ることは難しいでしょうが、
かなり厳しい法制度を布いている国もあるということは知っておくべきでしょうね。
266
:
武蔵
:2003/09/22(月) 00:13
再掲します。
18 名前: 武蔵 投稿日: 2003/07/03(木) 01:08
万葉集巻2に
天の原 ふりさけみれば 大君の 御寿は長く 天足らしたり
という歌があります。
「天皇が危篤のとき、皇后が奉る」と題詞があります。
1.「君が代」はその挽歌に似た組み立てになっています。
2.万葉集では、「巖」の語は、死と墓場を意味している。
3.「さざれいしの 巌となりて苔のむすまで」は、挽歌のテーマである死と再生(転生)が歌いこまれている。
4.「我君は」の歌の本歌である「妹が名は」の歌は、水死した乙女のための鎮魂歌である。
5.『梁塵秘抄』は「君が代」を「塵も積もれば山となる」の諺と結びつけ、霊魂が蓬莱山に積もる、死後の世界ととらえている。
4.の「妹が名は」の歌は
和銅4年歳次辛亥 河辺宮人 姫島の松原にをとめの屍を見て悲しび嘆きて作る歌2首
妹が名は 千代に流れむ 姫島の 小松が末に 苔生すまでに(228)
難波潟 潮干なありそね 沈みにし 妹が光儀を 見まく苦しも(229)
434・435・436・437の歌も同様の挽歌です。ご自分で見てくださいね。
苔の下、草葉の陰などは死者の墓、霊魂が安らかにという心で歌われます。
267
:
<未人力>
:2003/09/22(月) 00:22
>>266
なるほど、ありがとうございます。
ところで、「君が代」と言う言葉が民主国家にふさわしくない
とすると、武蔵さんは「天皇制は民主国家にふさわしくない」
とお考えでしょうか?
268
:
大神
:2003/09/22(月) 00:25
>>武蔵君へ
>>260
は見なかったのかな?
それと日本は立憲君主国だから別に【君】が陛下を示す言葉であっても
なんら民主主義にふさわしくないわけではないよ。
イギリス国歌のタイトル知っているでしょう?
269
:
武蔵
:2003/09/22(月) 00:26
>>267
270
:
<未人力>
:2003/09/22(月) 00:30
イギリスにせよ、北欧諸国にせよ、タイにせよ、「立憲君主制」で
「君主が行政を行わず、行政組織を下部に持つ体制の国」という
のは、いわゆる近代的な市民主権の民主国家より「国そのもの
の安定性が高い」と言われてるそうですね。最近の研究では。
そのへんどうですか?
271
:
武蔵
:2003/09/22(月) 00:31
>>267
指がずれて、「書き込む」を押してしまいました。
>とすると、武蔵さんは「天皇制は民主国家にふさわしくない」
とお考えでしょうか?
今直ちに天皇制を廃すべきなどとは思っていませんが、
天皇制には否定的な気持ちを持っています。
その一番の理由は、天皇家の方々の基本的人権が侵されていることです。
人間扱いされない身分を存続すべきだとは思っていません。
272
:
さんぞう
:2003/09/22(月) 00:43
うーむなるほど
>>人間扱いされない
人間扱いされないという部分には一面うなずける部分がありますね。
思想良心の自由・・はまぁ侵害しようがないので別としても
表現の自由、婚姻の自由(皇室会議の了承が必要)等々法律上の
制約がありますね。あ、あと参政権がありませんね(笑
ただ、反面、皇居はじめ数々の不動産をもち(国有財産ですが)、あご足つき
の生活で小遣い銭なんぞももらっています。
というわけえ人間扱いされない=には否定的な意味合いがありますが、
反面日々いきるのにキュウキュウとしている身からすればうらやむような
待遇をうけているのも事実です。
僕はむしろあれは平等原則違反の待遇だと思うんですが^^;
勤労と納税の義務なさそうだし・・
私は、むしろ「普通の人間扱いされない」というのが正確な表現かと(笑)
これが幸か不幸かは両極端な二つの味方がありまして・・
といってたら、なんだかこじきと王子の物語の童話めいてきましたな・・・
普通の人権という概念では割り切れないなにものかがあるのは確かです。
273
:
<未人力>
:2003/09/22(月) 00:46
天皇という存在が消失することのデメリットを考えると、多数の
安定のために天皇家に生贄になっていただいている、と考え
ることもできますナ。天皇というのは昔からプリースト・キング
ですから。
仮に天皇がなくなった場合、日本国総理大臣が日本の事実上
のトップ(行政上も権威の上でも)になりますが、短ければほん
の数週で国のトップが変わってしまう(小泉政権は3年続いて
いますから長いほうかもしれませんが)のは、国としてまずく
ないですか?
また、国のトップを選挙で国民が直接選ぶ国(大統領を頂く国)
は、国民が自ら国を割るケースがこの数十年ほど続いています。
天皇制は「行政のトップが舵取りを誤っても、国が割れない」
ための保証である(=天皇機関説を肯定的に解釈)と考える
と、大多数の日本人にとってはメリットが大きい。
天皇家個人のデメリットはもちろんあるでしょう。(首相と違って
交替するわけにはいかないですからね)
その意味で、天皇は現人神とは言いませんが、ヒトではない
のかもしれません。そういう「絶対不可欠で替えが効かない部品」
と言ったら怒られるかも知れませんが、我々にとって重要な
犠牲だとは常々思っています。
犠牲だからさっさとそこを去らせればいいかというと、そんな
簡単な問題でもないですし。
これは、私見ですので特に議題としていただかなくてもかまい
ません。ご意見、参考になりました。
274
:
武蔵
:2003/09/22(月) 00:48
>>272
皇室の方々が幸せか不幸せかは分かりませんが、
私はいくら経済的に恵まれていようと、天皇家の人間になりたいとは思いません。
財産ったって、自分の思うように使えるわけではないし・・・・
275
:
OKE
:2003/09/22(月) 00:52
>>273
私もだいたい同じような認識です。
多くの人のための犠牲者、といえばそうなのかもしれませんね。
であるからこそ、私は天皇家・皇室に関して感謝と尊敬の念を持っています。
私を含め多くの日本人の利益のために奉仕している存在といえますから。
276
:
大神
:2003/09/22(月) 00:55
>>274
不都合にも我慢しておられる、日本国の御公務のために不都合な御生活に
我慢しておられる皇室の方々には敬意を払いましょう。
で、君が陛下を指し示す言葉であっても、なんら問題無いね(笑)
277
:
<未人力>
:2003/09/22(月) 00:56
>>274
あなたが望んでもなれませんから大丈夫です。
天皇家が個人として幸福かと問われたら、いくつかの考え方
があるのでは、と思います。
・財産があり、食いっぱぐれないから幸せ
・自由がないから不幸せ
・疾病などについて万全の体制があるから幸せ
・人生の一挙手一投足を監視されてて不幸せ
・身分が保障されていて幸せ
・望んでいないのに身分を縛られていて不幸せ
(天皇自身以外の皇族は、自主的に皇籍を離れることができましたよね。
平民になった皇族もいますし)
・美味しいものを毎日食べられて幸せ
・食べたいものを自分で選べないから不幸せ
どちらを重視するかは、見る人の角度によるのでしょうけれど、
起きていることの評価はいずれも等価値ではないでしょうか。
どちらか一方を過大に評価するのもどうかな、と。
278
:
<未人力>
:2003/09/22(月) 00:58
【殿下の料理番】渡辺誠 著
http://www.books-ruhe.co.jp/recommends/2001/12/dennkanoryouribann.htm
皇族の苦労と幸せについては、上記の書はおもしろく
読めました。高額な本ではないので、機会があれば。
279
:
さんぞう
:2003/09/22(月) 01:01
>>273
結局功利主義的な話になっちゃいますよね。
私も未だに「国民にメリットがあるから」という点にしか
象徴天皇制の積極的意義をみつけることができません^^;
外交でもローマ法王、英国王室なみのハイクラスな待遇を
うけるはずです。これは日本にとってメリットになっています。
まあ、あとは「だって憲法に決められてる例外だから」
という理由(になってないけど)みたいなもんもありますが。
最近は、天皇家は何世紀も続いており、日本の歴史の生き証人の一族である。
つまり、天皇制は日本の歴史の象徴であり、それゆえに残す価値がある。
という考えもやや持ち始めています。
>>274
>>自分の思うように
理屈上はお手元金なるものが自由に使えることになってるそうです。
(といっても実際に使う場面を想像するのはちょっとアレですが)
>なりたいとは思いません
武蔵さんは漢ですねー
まあ、僕もあの生活には決して憧れません。
皇居前をサイクリングしてるときは、ちくしょうこの物件買えねぇかな(無理)
とか一瞬思いますが(笑
280
:
大神
:2003/09/22(月) 01:05
日本文化の象徴を言葉は悪いが安っぽい同情で否定できるものなのかな?
武蔵君のサイド6に対しての評価ではないけど、
何か別の目的が・・(笑)
281
:
武蔵
:2003/09/22(月) 01:06
別に私は、天皇制廃止を訴えているわけではありませんから・・・
ただし、天皇制廃止を訴える人の存在も、認めています。
また、我慢をしてくださっているから感謝なんて・・・・人の犠牲の上に
甘んじている自分は許しがたいです。
これは、マイノリティ―(天皇もある意味マイノリティ―ですが)の痛みに心しない人間ではありたくないです。
もうひとつ、挽歌であると言うのも問題です。
282
:
大神
:2003/09/22(月) 01:14
>>281
で、結局反対する理由って何なの(笑)?
>>260
を無視されたけど、君自身が極論を持って来ているんだよね(笑)。
実際に罰則規定も無いのにいかにも罰則されると
「刑法の存在は人権侵害」
と主張するような、荒唐無稽な主張に根ざしていた、今は罰則規定が無いことも
解った、立憲君主制の民主主義国では王室を称えても問題となっていない
が解ったから
今は何ら反対しないよね?
283
:
<未入力>
:2003/09/22(月) 01:23
>>657
>国旗に敬意を表さないくらいでつかまったりぶち込まれたりする国にはなって欲しくないね。
実はそういう国がお隣にあったりして・・
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/9133/keihou2.html
#第3章 国旗に関する罪
第3章 国旗に関する罪
第105条(国旗、国章の冒涜) 大韓民国を侮辱する目的で国旗又は国章を
損傷、除去又は汚辱した者は、5年以下の懲役又は禁錮、10年以下の資格停止
又は700万ウォン以下の罰金に処する。<改正95・12・29>
第106条(国旗、国章の誹譏) 前条の目的で国旗又は国章を誹謗した者は、
1年以下の懲役又は禁錮、5年以下の資格停止又は200万ウォン以下の罰金に
処する。<改正95・12・29>
284
:
武蔵
:2003/09/22(月) 01:28
>>282
君とは議論が成立するとは思わなかったが、やっぱりそだね。
極論を持ってきているのは君の方だ。
私は、旗を燃やすとか、ナプキン代わりにするとは言っていない。
歌いたい人が歌う事にも反対していないし、国旗に忠誠を誓う人がいてもそれに反対はしない。
私は、国歌や国旗を強制するなといっているだけだ。
学校現場に、国歌・国旗の踏み柄を持ち込むなと言っているだけだ。
285
:
武蔵
:2003/09/22(月) 01:30
>>283
そうなんですよ。
そんな国になって欲しくないんです。
いたるところに国旗がはためいている国なんてブキミだと、
韓国へ行くたびに思っています。
286
:
大神
:2003/09/22(月) 02:00
>>284
罰則規定が無いのにあたかも罰則規定が存在するように書いたのは
何故かな(笑)?それは実際に存在する国旗国歌の話ではない。
>私は、国歌や国旗を強制するなといっているだけだ。
>学校現場に、国歌・国旗の踏み柄を持ち込むなと言っているだけだ。
で、君の場合はこの根拠が無いでしょう?
287
:
大神
:2003/09/22(月) 02:09
>>286
訂正
>国旗国歌の話ではない
国旗・国歌法案の話ではない
288
:
武蔵
:2003/09/22(月) 02:16
>>286
>罰則規定が無いのにあたかも罰則規定が存在するように書いたのは
何故かな(笑)?それは実際に存在する国旗国歌の話ではない。
法的に罰則規定がないにもかかわらず、
強力な「指導」のもと「実質的な罰」を受けている事を問題にしています。
289
:
大神
:2003/09/22(月) 08:35
>>288
誰が?どのような?
そして、教師が個人的な考えで教えるべき事を教えないことを処罰されるのが
いけない理由はなんなの(笑)?
君の言っていることだと、封建性が嫌いといって年寄りを敬わなくていいとか、
上司の言うことを聞かない、子供にそう教える人間を
処罰することも問題なの(笑)?
結局君は先に私が書いたことに対してなんら有効な反論が出来ていないで
しょう?
前にも書いたけど、封建性の話に対してですら反論できずに沈黙してるじゃない。
それが結局は君は
個人的に嫌いです
という範囲から脱け出せていないからだよ。そして、そのような個人的な
好き嫌いは自分の外に出来る話ではないね
290
:
武蔵
:2003/09/22(月) 10:22
>>289
あんたの議論に勝つ人はいないよ。あんたはどんな議論でも、議論と名がつきゃあ
負けることはないよ(笑)勝つことも少なかろうがね(苦笑)
「年寄りを敬わなくてもいい」とか「上司の言うことを聞かない」と教える教師が
例えいたとしても、それで処罰をするべきだとも思わないね。
教師同士の研修・討論をすればいい。
他の教師から他の価値観を教えてもいい。
君にはどんな反論も無効だろうけどね(^^ゞ
291
:
<未出力>
:2003/09/22(月) 13:16
>>290
ムサイ
( ´,_ゝ`)プッ
反論不能になったら、お得意の負け惜しみと捨て台詞か・・・
哀れだなぁ。
いっぺん、↓に逝ってムサイがどのような評価を受けてるか、
その開盲目の目で読んで来い。
「論客うろ覚え書」
http://hunbook.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/dic/guide.cgi
「ムサイに関する評価」
http://hunbook.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/dic/guide.cgi?action=view&data=553
292
:
武蔵
:2003/09/22(月) 14:07
>>291
くだんねえ。
そんな暇があったら、きちんと筋道だった反論したまえ。
293
:
<未人力>
:2003/09/22(月) 14:23
>>292
でも、
>>291
は筋道立った反論には見えませんが(w
294
:
<未人力>
:2003/09/22(月) 14:24
>>293
まちがい。
筋道立った反論に見えないのは、
>>290
でした(w
295
:
<未人力>
:2003/09/22(月) 14:42
ときどき思うんですけど、「話し合いで処分を決めればいい」というのは、
処分の指針が決まっていない(対処基準が明示的でない)場合の話で、
「こういうときはこうしましょう」という基準が決まっている場合は、少なくと
も公務員はそれに従わないといけないんじゃないでしょうか?(特に、こ
の国旗国歌噺では)
要点を整理しましょうよ。
・国旗国歌法は、「学校において、生徒児童に日本の国旗と国歌の意
義と、国旗国歌を尊重する態度を教育するために行われる。日本と
同様に、諸外国の国旗国歌を【対等に】尊重する意識を育てるのが目
的である」(145号通常国会議事録より)
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/11/09/990906k.htm
#10
・国旗国歌法そのものには罰則規定はない。
http://list.room.ne.jp/~lawtext/1999L127.html
・国旗国歌の指導に関する処分は、「学校教職員(公務員?)」が対象
であり、生徒や一般人はその対象ではない。
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/11/09/990906k.htm
#9
・学校教職員は、国旗国歌の意義について、意識・意義を共有するよう
コミュニケーションを図るよう指導があるが、校長は教職員に対して、
「職務命令(公務員の場合)」を行うことができる。これに従わない場合、
職務命令違反に問われる場合があるが、それは「最後の手段」とし、
濫用してはならない、とされている。
・入学式・卒業式などの学校行事で国旗掲揚国歌斉唱を行うことは、
法規的な性格を持つ命令として具体的に学習指導要領に書いてある。
(これは、国旗国歌法の命令ではなく、学習指導要領の命令)
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/11/09/990906k.htm
#14
296
:
<未人力>
:2003/09/22(月) 14:47
もし、入学式や卒業式で国旗掲揚や国歌斉唱を疎うのであれ
ば、攻撃/改正すべきは国旗国歌法じゃなくて法規的命令の
性格を帯びている学習指導要領のほうなのでは? でも、学
習指導要領で「式では国旗掲揚国歌斉唱すること」というのは、
国旗国歌法の制定以前からずっとあったわけですよね。
そのことに今までなんで反対を言ってこなかったのに、国旗
国歌法ができたとたん、そっちのほうに強制力があると信じこ
んじゃうのはなぜでしょうか?
とりあえず、「まだそうなっていない、現状がそうでない」ものを、
「将来そうなるに違いない」と拡張して考えて現状を批判するの
は【不正義な態度】では?(w
「お前は将来、独裁者になって数百万の人間を殺すだろう。だ
から未然に防ぐために今お前を処断する」っていうのと、あまり
変わりませんナ。
武蔵さんにおかれましては、まずは現状の把握を根本からきち
んとお願いして、その上でのご判断をお願いします。
297
:
緑装薬4
:2003/09/22(月) 14:49
俺は、つねづね「学校の先生って、よくノイローゼにならんなぁ」と思って
おったんだが。
なんで、ガッコのセンセわ、「気をつけ」なぁんて号令を子供たちにかけるのかね?
なんで、ガッコのセンセわ、校則なんてもの作って生徒を縛るのかな?
それは、集団としての規律が必要、という「目的」があるからだよね?
そのセンセが、「俺の心情に反する」とか言って、国旗国歌になると目をむく(笑)
そら、誰も言うことなんか聞くわけないよなぁ(笑)
校歌は「学校という集団を象徴するの歌」で、歌うことを強制する。
じゃ、国を象徴する歌は、なんでだめなの?
よう、自壊せんで暮らしてるわなぁ(笑)
298
:
<未人力>
:2003/09/22(月) 14:59
国という集団の規律を軽視するとどうなるか、という架空の問い
は、「学校という集団の、強制力の上下関係」強いては「教室内
での強制力の上下関係」から容易に想像することができますナ。
教師は生徒に対して、生徒個人が望まなくてもクラス、学校と
して行動しなければならないことに対しては「強制力」を発揮し
なければならない。でも、「国に対してはしなくていい」と、どこか
で上位に対して強制されないことを許す特例を作ってしまうと、、、
学級に対して強制力、指導力(つまり、教師の指導に児童が付
いてくる根拠)が無くなってしまう。
今の若い先生たちの一部は、「学校にいても、上に媚びないこ
と」を【教わって】育った世代です。または、【ツッパリ】が時代を
風靡したころの子供達が、今教師になってるんですよね。
そうなるとどうなるかと言いますと。
学級崩壊が起こる。いや、すでに起きている。
児童は教師の強制・束縛を受けない、教師は強制・束縛をもっ
て児童を指導できない。教室内は【自由】で【好き放題】。
入学式・卒業式という、「節目」にすら、「フシ」を作らないことが、
果たして本当によいのかな? というのは、学級崩壊が「特殊な
事例じゃないこと」「原因をいくつも伴っていること」からも明らか
なのでは?
いずれにせよ、集団生活(=集団による強制や制限、束縛を許す)
ができない子供が大人になりますと、「ワガママ(=行きすぎた
自由)」や「キレやすい(=わずかな制限にもガマンできない)」
「犯罪者(=自分の自由と欲望を満たすために、他人を顧みない)」
が生まれやすくなるのは明白かなと。(軍隊生活を経験してる
明治・大正・昭和ヒトケタの世代が、なぜ高度経済成長時代を
支えられたか、という話にも繋がりますが、話題が広がりすぎ
るので、別の機会に)
299
:
緑装薬4
:2003/09/22(月) 18:28
>298
まあ、すでに約1名
「強制」という行為がイクナイ、などと言う、教育効果が現れた御仁もおる
ようですがねぇ(笑)
300
:
大神
:2003/09/22(月) 18:30
>>290
=武蔵君へ
で、 年寄りを敬わなくて良い、上司の命令を聞かなくて良い
と教える教師を
処罰しなくて良い
というのは 君の考え(笑)?
で、討論して、集会して何するの(笑)?
リンチのような吊るし上げ(笑)?
教師も公務員であれば、また職についているのであれば当然行動に責任を
持ち、その際に行動を処罰される事があるのはそれは別段問題とされる事で
はない。そして、それを誰も問題にはしない。
だから、教師が国旗・国歌が嫌いだという個人的な理由から
公的行事をぶち壊そう
として、それに処分を受けるのはその他の問題行動、問題言動に対する
処罰と同じ。
ヒッピー上がりの教師がフリーセックスの考えから援助候際を生徒に奨励
しても、そりゃ処分は受けるよ(笑)。
301
:
大神
:2003/09/22(月) 18:36
>>290
に対して
>あんたの議論に勝つ人はいないよ。あんたはどんな議論でも、議論と名が
>つきゃあ負けることはないよ(笑)勝つことも少なかろうがね(苦笑)
君が議論を勝ち負けで捉えているのなら、正しくは相手が負けを認めることが
少ないということだろうね。
相手が自説の不備、矛盾を認めない。
ということだね。だから、君の場合は
個人的に好き、嫌いという範疇で語っているよ
不必要に特別視しているよ
ということを私は指摘したかったのであって、別に君を言い負かすのが目的ではない。
前に2世議員だけを抽出して語る、2世議員を世襲と捉えることの問題点を
指摘しただろう?あれと同じだよ。
302
:
武蔵
:2003/09/22(月) 19:01
未入力氏、大神氏
「年寄りを敬わなくて良い、上司の命令を聞かなくて良い」
と言う程度の教育内容に関することには、
相互研修すればいいという意味です。別段集団リンチを加えるという意味ではない。
少々ずっこけた言い方になっているけれど、年寄りを敬いすぎる社会の弊害も見てきているし(儒教社会)
上司の誤った命令に、身を挺して反対して会社を救った例も知っている。
それと、殺人や援助交際の奨励とは話が違う。
国歌・国旗の話は、殺人や援助交際の話とは質が違う。
303
:
大神
:2003/09/22(月) 19:08
>>302
「年寄りを敬わなくて良い、上司の命令を聞かなくて良い」
君が大した問題と捉えていないと言うのは解るけど、しかし状況によっては
当然注意とか訓戒とかいった処分を受けるよね?その場合おいて、程度、
状況によっては処罰を受けることは誰も問題にしないし、君も問題にしない
でしょう?
そして、教師が上司のいう事を聞かないといった場合も当然注意や訓戒など
と言った処分を受けるよね?その場合にそれを
思想・信条の自由は行動の自由があってこそ自由なのだ!
とは言わないでしょう?
>国歌・国旗の話は、殺人や援助交際の話とは質が違う。
教師の個人的な思想の前に、仕事、公的な場において礼儀と道義を無視して
いいのか?それをした場合の処罰は許されないことなのか?
と言う事を言いたいのは解るよね?
304
:
<未人力>
:2003/09/22(月) 19:10
「未人力」です。「未入力」でなく。
読み間違うのは、流し読みをしてるからですか?(w
さてさて。
>>302
ですが、「極論と例外」を常識に据えるのはどうかと。
「年寄りを敬いすぎる社会の弊害(そういうのを儒教社会とは
言いませんが。)」というのは、「極論」を例に取っていますね?
「上司の誤った命令に身を挺して反対して会社を救った例」も
「特殊な例外」でしょ? 上司の命令に反対したほうが、常に
会社を救えて、常にそうすべきだとお考えですか?(会社を
救ったとしても、命令違反の咎は受けますが。フツーは)
武蔵さんの話は、どうも「極論と例外」が多いですね。
公務員の「命令違反に対する処分」は、基本原則でしょ。
「命令違反でたまたまうまくいった」という例外を基本にして
もの考えちゃいかんでしょ。
305
:
武蔵
:2003/09/22(月) 19:19
>>303
>そして、教師が上司のいう事を聞かないといった場合も当然注意や訓戒など
と言った処分を受けるよね?その場合にそれを思想・信条の自由は行動の自由があってこそ自由なのだ!とは言わないでしょう?
状況によっては、思想信条の自由だと言いますね。
頭から訓告処分なんてことには反対しますよ。
306
:
大神
:2003/09/22(月) 19:22
>>305
だったら状況によっては国旗・国歌の場合も処分を受けるのは反対しないで
しょう?
307
:
<未人力>
:2003/09/22(月) 19:33
、、、入力中に消えちゃった(泣)ので最初から書き直し。
「教師(公務員)として求められる行動」と、「個人の思想信条」が対立した場合に、
どちらを優先させるのが正しいか? という問いなんだと思うんですが、「個人の
思想信条の自由」は別に束縛されないと思いますよ。ただし、その場合は、「教師
として求められる行動より、個人の思想信条の自由に基づいた意志」を優先させ
ることになるわけだから、教師を辞めていただければよろしいのでは。
「教師(公務員)という立場」は、国が定めた学習指導要領などの「取り決め」を遂
行する公務員なんで、基本的に国の方針には従う義務がありますよね。それに
従うことと引き替えに給与を得て、身分が保証されているわけですから。
で、それに対して「従えない。個人の思想信条に反する」という考えを持つ(内心の
自由)ことそのものは、別に否定されないと思います。
ただ、「個人の思想信条に基づいた行動」は制限されますよね。公務員は。
でも「個人の思想信条の自由」を「教師(公務員)として取るべき行動」より優先させ
ることは可能です。その場合、義務を持つ教師を辞めれば済むことです。
教師を辞めないで、公務員の給与や身分保障といった権利を放棄せずに、公務員
として遂行すべき義務を行わないのは、これは服務規程違反と言われても反論
できないでしょう?
ですから、「思想信条の自由」は制限されない。ただし、その自由を主張する以上
は、教職は返上すべき、と。
問題なのは、教職の権利を貪りながら、義務を果たさない教師なのでは?
308
:
緑装薬4
:2003/09/22(月) 21:06
>305
おお、末期の国鉄職員みたいな御仁だねぇ。
好きだよ(笑)
思想の自由のためなら、仕事放棄するのは正しい、という選択肢をとった御仁の
ほとんどは、駅前で国労ラーメン売ってすごすことになるんだがねぇ。
まあ、それでええなら、ええんだがね。
309
:
イカフライ
:2003/09/22(月) 23:41
つまり、卒業式で君が代を歌わせることが、思想信条の自由に反する、ということなんですよね?
310
:
イカフライ
:2003/09/22(月) 23:56
>>309
ただ、それって思想信条に抵触するのだろうか?
それよりも、教育の一貫ではないでしょうか?
まあ、殆どの生徒は、国際的な舞台に立つような事は少ないとは思います.
けれど、なかには、それこそ将来オリンピックとか、F1とか、まあそういう国際的な舞台に立つ、参加することになる生徒もいるでしょう。
そういった時の礼儀として必要、その程度ではないのですか?
例えば、ミッションスク−ルであったとしても、教職員全員に洗礼を受けよ、という命令を校長が出し、信教の自由を理由にそれを拒否した職員を処罰する、というのは、問題だと思います。
けれど、卒業礼拝で、賛美歌を歌う、ということを決定してもそれは、思想信条の自由に抵触はしないと思うのですが。
大体、卒業式って、それほどのものでしょうか? 私は形式だと思うのです。
まあ、だからこそ、形式を学ぶ、っていう場なのかな?と思いますが。
311
:
大神
:2003/09/22(月) 23:59
>>310
卒業礼拝で賛美歌歌っても、思想信条の自由に抵触しないですな。
敬意を表することと、思想信条を変えるのとは違うからね。
312
:
緑装薬4
:2003/09/23(火) 00:33
>311
てか、最初から宗教に染まりたくない、ちう御仁が、宗教に染める学校に行く
ほうが、矛盾だと思うが(笑)
いや、強制的に入学させられた、ちうなら話は別だけどねぇ。
313
:
武蔵
:2003/09/23(火) 09:08
>>310
>ただ、それって思想信条に抵触するのだろうか?
「くに」から「にんげん」としての権利を阻害されている人を考えてください。
ハンセン病回復患者は君が世を歌う立場からすら疎外されるという(断種され学校へ行くべき子供がいない)
究極の排除を受けていたのですが・・・・
それ以外にも、公害病にかかり、しかも国はそれを公害と認めず、国と裁判で闘っている場合。
土人法なんて物によって疎外されてきたアイヌ人。
そういう人たちが、素直に国歌を歌えないというとき
それを歌わせるのは、大いに思想信条にかかわることです。
その人たちも、国によって手厚い保護を受け、人権回復がなされたら
心の底から歌えるようになるでしょう。
何が何でも外枠の強制からというのは、
服装検査で膝下何センチ、茶パツの奴をバリカンで坊主に・・・
そんなことで非行が治るわけがないのと同じです。
高いお金を払って、特別にミッションスクールに行く場合と
公教育は別だと思います。
314
:
イカフライ
:2003/09/23(火) 09:18
>ハンセン病回復患者は君が世を歌う立場からすら疎外されるという(断種され学校へ行くべき子供がいない)
究極の排除を受けていたのですが・・・・
>それ以外にも、公害病にかかり、しかも国はそれを公害と認めず、国と裁判で闘っている場合。
>土人法なんて物によって疎外されてきたアイヌ人。
つまり、こういった人々やその家族だって公教育は受ける、公教育の現場にいる。
そんな人達は国歌なんて歌いたくないのに、強制はおかしい、ということですか?
そうなると、これは日本だけの問題ではありませんよね?
どこの国にも、国から権利を侵害された、という人は多かれ少なかれいると思います。
そういった人々の保護と権利回復がなされるまでは、教育現場で国旗国歌は歌うべきではない、というのが、武蔵さんの考えでしょうか?
勿論、他の国の事は、ここで言っても仕方ありませんが、考え方としてお聞きしたいので、できればお願いします。
315
:
大神
:2003/09/23(火) 09:38
>>313
>「くに」から「にんげん」としての権利を阻害されている人を考えてください
君の主張のおかしいところを2点
第一点
ハンセン病患者だしたりアイヌ人出したりしているけど、そもそもこう言った
人達は政府の政策、不当な扱いを怒ったことはあっても、国旗・国歌そのものを
敵視しているのか?こんなのは君の想像だろが。こんな風にね、ハンセン病患者
やアイヌ人を利用するような言い方は止めなさい。
第二点
アイヌ人であってもハンセン病患者であっても、礼儀、道義、道徳から自由な
存在なのか?それに法律からも自由な存在なのか(笑)?
彼らが
「俺たちは日本から酷い扱いを受けた。だから日本の法律なんて守るかー!!」
なんて言って犯罪や違法行為をおこしたら、君は
>その人たちも、国によって手厚い保護を受け、人権回復がなされたら
と言うのか(笑)?
「俺たちは日本から酷い扱いを受けたー!!」
と言って学校の授業でガム噛んでゲームしてたりとか、法律には触れないが
礼儀、道徳、道義から触れる行いをして、それに対して周りは許容しないと
いけないのか(笑)?
君の言っているのは、彼らのプライベートな場で行動を擁護する事は出来ても、
公的な場の行動は擁護できない。
彼らも当然行動には責任を持たないといけないから
316
:
イカフライ
:2003/09/23(火) 09:39
私自身の愛国心について。
私は、たまたま日本に産まれて日本国籍を持った日本人である、というだけで、あえて、
「君に愛国心はあるか?愛国についてどう考えるか?」
なんて問いを誰かに聞かれても、
「え-、別に、う-ん、むにゃむにゃ」
としか答えられないなんちゃって日本人です。
とは言え、まあ、自分だけを基準にするつもりはありませんが、大半の日本人は、こういう人ってそう少数派ではないのではないでしょうか?と思います。
このスレの最初のあたりでも出た話ですが、「愛国心」と聞くと、特攻とか、右翼の街宣車とか、ネガティブなイメ−ジが浮かぶ。
これはなんでだろう?と思います。
私も日本国に付いて、日本の政府や政策に付いていいたいことは山ほどあります。
問題点は変えていかねばならない、とも切に思います。
そして、私は日本人として生きていくものであるとも思っています。
特に、私は外国語もひとつも出来ないし、海外で暮らした事もないし(数回、海外旅行に行ったくらいですし、この年令の女性の平均より少ない程度です)多分、将来もこの国以外で暮らす可能性って、少ないと思います。
そうなると、「日本」というものを、受け入れざるをえないのではないか?
そんな風に思うのです。
国旗国歌の問題に関しては、卒業式で強制したからといって、それで愛国心が芽生えるか?
逆に、それをしないからといって、愛国心が喪失するか?
どちらをそれほど影響はない、と思うのです。
それこそ礼拝と賛美歌のケ−スでいえば、毎朝、それを半強制しても、それで信仰に目覚めるか?といえが、ノ−です。
(まあ、私は遅刻常習で、学校は起きた時間に行くもの、という生徒だったのですが、ま、それはそれとして)
やるなら、北朝鮮くらい徹底しなければ、人の意識なんて変えられないと思うんです。
まあ、これはひとりごとみたいなもんです。
317
:
武蔵
:2003/09/23(火) 09:41
>>314
そうです。
公教育でできるのは、歌唱指導やハタや歌の持つ意味を教えることであって
歌うことや崇敬の念を持つことの強制は出来ないと思っています。
それは心の領域ですから。
以前に言いましたが、黒人選手がオリンピックの表彰台で
国歌に対してこぶしをあげて抵抗の姿勢を示したこと
この意志表示は尊重されるべきだと思っています。
オーストラリアのアボリジニーも同じ事をしましたね。
最近、そういう意志表示がなくなったから、差別がなくなったとも思いませんが
かつて意志表示をした彼らが守られたからなのか、その逆なのか・・・全く違う理由によるのか・・・・私は知りません。
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