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第46回衆議院議員総選挙(2013年?)
8389
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:14:38
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/akita/feature/akita1355758327908_02/news/20121219-OYT8T01541.htm
衆院選2012 検証
(下)地域対決から共存へ
松田知己・美郷町長(左)と門脇光浩・仙北市長(右)に挟まれ、当選を祝ってお茶で乾杯する御法川さん(16日、大仙市の事務所で) 「これからは、皆さんのご厚情に報いるために粉骨砕身頑張る。それだけです」。16日午後8時過ぎ、当選を確信した自民党の御法川信英(48)は、大仙市の事務所で、言葉をかみしめるようにあいさつした。悲願の国政返り咲き。壇上で万歳三唱や祝杯の音頭を取るなどし、地元国会議員の復活を祝った大仙、仙北、美郷の3市町長の姿が、この戦いを象徴していた。
5党が候補を立てた3区だったが、現実は御法川と日本維新の会の村岡敏英(52)の事実上の一騎打ちだった。ともに父親は自民党の元衆院議員。御法川が大仙・仙北地域、村岡は由利本荘・にかほ地域の地盤をそれぞれ受け継いでおり、戦いは北と西から自民系支持層の票を奪い合う「地域対決」の様相を呈した。
地元首長らが前面に出るのは村岡も同じだ。公示前の11月22日、由利本荘市のホテルで開かれた村岡陣営の緊急集会では、同市の長谷部誠市長(61)が「応援団長」となり、「地元市長として、国に対する様々な課題を解決するために、村岡さんを国政に送らねばならない」と声を張り上げた。同市とにかほ市の市議計11人も登壇した。
支援者たちが口にするのは、どちらも「地元から議員を」。地域の利害が交錯し、県農協政治連盟や公明党が推薦の一本化を見送るなか、双方の戦い方は対照的だった。
浪人時代の3年3か月、選挙区内の小集落にも足を運んで浸透を図ってきた御法川は、ジリジリと戦線を押し上げる「塹壕(ざんごう)戦」タイプ。出馬表明が公示17日前と最も遅かった村岡は、維新の会の石原代表や橋下代表代行という大物の来県で「第3極」への追い風を狙った「電撃戦」に近い。
両陣営とも当落のカギを握ると注目したのが、3区で最多となる8万超の有権者を擁する横手市だ。5候補の強固な組織もない“空白地帯”。村岡の後援会会長の大越英雄(58)は「横手市で票を上回らなければ勝てない」と断言した。御法川陣営も「横手だけは読めない」と気を引き締めた。
自民党政権で官房長官も務めた村岡の父・兼造(81)は、横手市の建設業界から同市の支持を広げようと働きかけ、村岡も選挙戦最終日、地盤を離れ、横手市に入った。
開票の結果、双方とも地盤では他を圧倒。注目の横手市の得票率は、御法川が約38%、村岡が約28%と、ポイント差は選挙区全体とほぼ同じで、大越の読みが正しかったことを裏付けた。
実は、地盤の有権者数で及ばず、出遅れもあった村岡陣営は「小選挙区での勝利は難しい」とみていた。ただ、御法川に肉薄し、惜敗率が高ければ「注目度の高い維新の比例票は期待できる。比例復活はできる」とも打算していた。
選挙戦終盤、御法川を支援する地元の建設業界からは「比例は村岡さんを復活させるため、維新に入れようと思う」との声が漏れていた。「公共工事を考えれば、3区の議員は1人でも多い方がいい」という思いからだ。
壮絶な地域対決で有権者が導き出したのは、2人の「共存」だった。地域の疲弊で追いつめられた有権者たちの本音が透けて見える。(敬称略)
(浅水智紀、石黒慎祐)
(2012年12月20日 読売新聞)
8390
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:15:35
>>8274-7279
山形
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/yamagata/feature/yamagata1355791913867_02/news/20121218-OYT8T00356.htm
勝者なき戦い
自民3区に残る火種
敗戦が決まって支援者へのあいさつに向かう加藤(16日午後11時43分、鶴岡市大東町の事務所で) 1区で当選を決めた遠藤利明は16日夜、地元の民放番組に出演中、「加藤紘一落選」の報を聞くと、それまでの明るい表情を一変させた。「加藤さんとはずっと一緒に行動してきた。落選されたのは残念だし、悔しい」
17日の党所属県議の議員総会でも、主な議題は、会長職の辞意を示した加藤の後任選び。祝勝ムードは影を潜め、2区で当選した鈴木憲和があいさつに訪れた数分間を除き、選挙結果に触れる場面はなかった。
幹事長の志田英紀は「とてもじゃないが手放しで喜べない」と声を落とした。
◇
党関係者が憂慮するのは、自民支持層が3区で分裂状態に陥ったことだ。
2010年参院選の公認問題を巡って、加藤との確執が伝えられる参院議員の岸宏一。加藤は公示直前の2日、新庄市の集会で岸本人に向かい、「岸さんに嫌な思いをさせ、最上地区の自民党関係者につらい思いをさせたことは申し訳ない」と謝罪した。
集会終了後、岸も記者団に「すっきりした」と語ったが、額面通りに受け止める関係者は少ない。3区で加藤を破った阿部寿一は17日、自民党入党について記者団に問われると、「岸先生にも十分相談して今後の対応を決めていきたい」と述べ、岸との親密ぶりを隠さなかった。
前酒田市長の阿部は、過去3回の市長選で自民推薦を得て当選。阿部本人は現在も党友であると話す。阿部を支援した同党市議らからは、入党を期待する声も上がっている。
だが、加藤の後援会幹部は「自民党には入れさせない。今後の選挙は酒田との戦いだ」と怒りをあらわにするなど、「酒田対鶴岡」の地域対立を予感させる発言も飛び出す。岸への反感も高まっており、県連内に新たな火種を抱え込んだ形だ。
◇
公明党関係者には徒労感が残った。県内では「比例選得票数、過去最高の10万票」を掲げ、小選挙区での協力の見返りに比例選での投票を求めて、自民候補を積極的に支援した。しかし、ふたを開けてみれば比例選は5万8000票余りで、2000年以降、最低の結果となった。
「比例は公明」と呼びかける自民候補の姿は目立ったが、結果として得票を減らしたことに、党県本部には「自民党にただ働きをさせられたのか」などと支持者の怒りの声も届いているという。
代表の菊池文昭は「100点満点で58点。大変残念な結果だ」と話した後、こう続けた。「自民党にはもっと協力してほしい」(文中敬称略)
◇
自民党が政権奪還を果たした衆院選。結果を巡って揺れる各党の姿を追う。
(2012年12月18日 読売新聞)
8391
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:15:57
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/yamagata/feature/yamagata1355791913867_02/news/20121219-OYT8T00058.htm
勝者なき戦い
民主後援会にほころび
小選挙区で敗れ、険しい表情で敗因を語る鹿野さん(16日午後8時14分、山形市芳野の事務所で) 「近藤洋介が2区で落選すると、鹿野道彦が比例復活できなくなる。近藤を応援しろ」
選挙戦最終盤の13日朝、民主党を支持する連合山形会長の大泉敏男は、傘下の労組に号令をかけた。
最大組織の自治労県本部は、2区で「反自民の自主投票」としていた。自治労は社民党に近く、公務員給与などへの対応で近藤への不信感が強い。だが、全面支援する1区の鹿野は敗色濃厚。接戦が伝えられる近藤が当選すれば、鹿野に比例復活の芽が残る――。大泉の号令に先立つ10日、近藤支援にかじを切った。
◇
民主は公示前の小選挙区2議席を失い、県連所属の国会議員は比例復活した近藤だけとなった。全国的には「風頼み」の脆弱(ぜいじゃく)な基盤が敗因に指摘されるが、本県の場合は事情が異なる。
もともと自民党で「清和会(現町村派)のプリンス」と呼ばれた鹿野。父親が同党衆院議員で労相も務めた近藤。2人は後援会組織を土台に、一時の風に左右されない地盤を築いてきた。これに連合の労組票を加え、無党派層を上乗せするのが「勝利の方程式」だった。
だが今回、政権運営能力の乏しさを露呈した党への強烈な逆風は、無党派層の離反に直結。リーマン・ショック以降の不況に急激な円高が重なり、製造業を中心に従業員のリストラなどが進んだ影響で、労組の動きも鈍かった。
頼みの綱の後援会だが、鹿野の場合、高齢化で活動力が大きく低下。選対本部は連合が実務を取り仕切る状態だった。
◇
とどめを刺されたのが、TPP(環太平洋経済連携協定)交渉参加問題だ。
野田首相が交渉参加に積極的な姿勢を示したことを受け、県内のJAなど16団体は公示前の11月29日、TPP反対の集会を開いた。戸別所得補償制度の導入を掲げ、民主が前回衆院選で取り込んだ農業票は、自民回帰が鮮明となった。
集会で鹿野はTPP反対を掲げたが、近藤は「TPP参加断固阻止」と書かれた鉢巻きをただ一人締めず、「農業を守った上でTPPに参加する」と主張。野田との近さをアピールしてきた経緯もあり、農業関係者は強く反発した。
「敗因はTPP。後援会すら少なからず切り崩された」。近藤陣営の関係者は影響を認める。
◇
近藤の今回の得票数は約8万1000。前回の約16万6000票から半分以上も減らした。陣営にとって衝撃だったのは、基礎票と踏んでいた後援会組織にほころびが見えたことだ。
「活動に問題があったのかもしれない。これから立て直しを図る。一から出直す」。近藤の言葉は、県連再生の課題と重なる。(文中敬称略)
(2012年12月19日 読売新聞)
8392
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:17:18
茨城
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121218-00000027-mailo-l08
票流:2012衆院選/1 業界団体の敗北 TPP問題、争点にならず /茨城
毎日新聞 12月18日(火)12時18分配信
今回の衆院選で、県内7小選挙区のうち自民は5選挙区で勝利した。うち4選挙区は05年の郵政解散選挙で獲得し、09年の政権交代選挙で民主に奪われた議席を取り戻したものだ。振り子のように入れ替わる政党。しかし今回の投票率は過去3番目に低く、2回の選挙と違い風は吹かなかった。有権者の投票行動に影響を与えたのは、埋没した争点か、既存の集票組織の限界か、乱立した第三極か−−。「自民王国復権」の実態と、揺れる民意に迫る。
◇JAグループの誤算
16日午後11時55分、水戸市笠原町の事務所。ぶぜんとした表情で現れた民主前職の福島伸享氏は「力がなかった。不徳の致すところ」と深々と頭を下げた。その場に、衆院選で初めて民主候補を推薦したJAグループの政治団体「県農協政治連盟」委員長を務めるJA県5連の加倉井豊邦会長の姿はなかった。
JAは環太平洋パートナーシップ協定(TPP)交渉参加反対を候補者推薦の「絶対条件」とし、衆院選で最大の争点に据えた。特に加倉井会長の福島氏に対する思い入れは強く、昨年11月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で野田佳彦首相がTPP参加に踏み込むのを「体を張って止めた」と評価。福島氏を「最大の功労者」と持ち上げた。
焦ったのはこれまで友好関係を保ってきた自民県連だ。「慎重に対応してほしい」。岡田広会長は先月20日夜、加倉井会長の携帯電話を鳴らし、翻意を促した。鳩山由紀夫元首相がTPP推進方針への賛成を公認の条件とされたことで政界引退を決めたことを受け、福島氏も公認されない可能性があると主張したのだった。JAは岡田会長に配慮し推薦発表を当初予定より4日遅らせたが、結論は変わらなかった。
脅威に感じた自民新人、田所嘉徳氏の陣営は引き締めを図った。1区内のJA組合員は4万6000人。田所氏を支える自民県議、市議の支援者にはJA関係者が多い。演説で田所氏はTPP反対を何度も訴え「農家の皆さんと気持ちは同じ」と口説いた。投票日の16日、田所氏当選を受けて岡田会長はこう振り返った。「加倉井さんは青果市場にも自ら電話するなど相当頑張った。それで逆にこっちが引き締まった」
もっとも「反TPP」は争点として有権者の心に響かなかった。16日に投票所となった水戸市の県JA会館で有権者にTPP問題を判断基準にしたかを尋ねたところ「農家の生まれなので反対だが、国際的な流れなのでどうしようもない」という無職男性(70)や「全く影響しない。参加するのが流れ」と話す教員の男性(37)、民主に投票しながら「今やらなかったら世界に取り残される」と賛成する医師の男性(55)など、「反TPP」が福島氏への投票に結び付いていなかった。
同会館では17日午後、県農政連が選対本部会議を開き、選挙結果を総括した。加倉井会長は終了後、福島氏の敗北に関し「TPPについて有権者に理解してもらう努力をしなければいけなかった」と反省の弁を述べた。=つづく
12月18日朝刊
8393
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:17:38
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121219-00000092-mailo-l08
票流:2012衆院選/2 原発問題 推進か脱原発か、議論上滑り /茨城
毎日新聞 12月19日(水)12時41分配信
◇存続の余地を残す
「子どもたちに脱原発のプレゼントを」
今月7日夜、水戸市笠原町の日本原子力発電茨城総合事務所が入る県開発公社ビル前。東海第2原子力発電所の廃炉を求め、約30人が声を上げていた。7月から毎週金曜に行われている抗議行動は、この日も気温5度と冷え込む中、1時間半にわたり続いた。
4日公示の衆院選では原発問題が大きな争点とされた。第三極の日本未来の党は「卒原発」を旗印に結成。民主など既存の各党も「脱原発依存」を公約に掲げた。毎日新聞社の特別世論調査では「最も重視する争点」とした有権者は9%で、消費増税・財政再建と並び3番目だった。
そんな中、東海第2原発のおひざもと、4区では、原発問題を巡る論戦は低調だった。
「私は原発推進派でも脱原発派でもありません。廃炉技術を確立するため、人材育成は必要だ」。民主前職の高野守氏は14日、東海村内で開いた演説会で、日本原子力研究開発機構の再編強化を説いた。東海第2原発には触れなかった。聴衆は約80人。「脱原発」について踏み込んだ発言を期待していた40代の主婦は「表面的な話で駄目だった」と不満を口にした。
東海第2原発に触れないのは、支持団体への配慮からだ。東海村、ひたちなか市、那珂市には原子力関連の労働者が多く、彼らは党の支持組織、連合茨城の一員だからだ。高野氏が「原発推進ではない」と発言したことに「がっかりした」と漏らす組合員もいた。
一方、自民前職の梶山弘志氏は15日夕、東海村のスーパー前で街頭演説。「他の政党は『脱原発』と簡単に表現するが、本当にそれで皆幸せになれるのか」と呼び掛けると、聞いていた約80人の中から「なれない!」と合いの手。「自民も可能な限り、原発の比率を少なくしていくという方針だ。推進とか反対じゃない。皆で考えよう」と訴えると拍手がわいた。
東海第2原発の定期検査で村外から訪れる作業員を当てにサービス業を営む有権者は原発維持を望む。村内の旅館経営者の男性(85)は「原発が止まると影響は大きい」と訴える。梶山氏の訴えは「脱原発も分かるが、働く人もいる」と態度を決めかねる村民の心もつかんだ。
4区の有権者は、将来の原発存続に余地を残す自民候補を選んだ。高野氏陣営幹部は「『原発推進』の自民との差を明確にしたかったが、できなかった」と悔やんだ。東海村の村上達也村長は「原発問題は生活レベルの話ではなく、国のあり方の問題」と指摘、「原発維持は国家優先。脱原発は国民優先。その流れが選挙には反映されない」と嘆いた。=つづく
12月19日朝刊
8394
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:17:54
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121220-00000133-mailo-l08
票流:2012衆院選/3 「医師の乱」 候補乱立、元職返り咲き /茨城
毎日新聞 12月20日(木)14時40分配信
◇6区の「再乱」は不発
県内最多の6人が立候補し、注目された6区は、全国で最も早く当選確実の報道がされた。16日午後8時過ぎ、NHKテレビの開票速報が、丹羽雄哉氏の当確を伝えた。約10分後には、民主前職の大泉博子氏が土浦市の事務所で「不徳のいたすところです。支援団体の郵政研、医師会、連合に申し訳ない」と頭を下げた。
大泉氏は前回選挙で、自民党から大量離党し民主党を支持した「医師の乱」により、丹羽氏に3万票以上の差をつけ初当選した。それから3年4カ月。今回は、医師の乱を主導した原中勝征前日本医師会長が選対本部長に就任し「乱再び」を狙ったが、あっけない幕切れとなった。原中氏の姿はその場になく、大泉氏の敗戦の弁を聞くことはなかった。
同日夜、県医師連盟幹部は医師の乱を「結局はブーム」と総括した。「前回は後期高齢者医療制度というシングルイシューで一般会員も一生懸命応援したが、今回は全然違う。民主党政権は身内の争いばかりで、会員はしらけていた」と明かした。
「皆さん、前へお集まりください」。13日夜、つくば市での大泉氏演説会。300人収容の会場に集まったのはわずか100人ほど。陣営は盛り上げるため必死。呼び掛けに応じ2列目に座った60代男性は「連合はだらしがない。投票3日前に動員をかけられないなんて」とこぼした。批判された連合茨城幹部は16日夜、「民主党の地方議員はもともと脆弱(ぜいじゃく)」と民主党のフットワーク不足を指摘した。
6区は県内で最も人口が多く、半数以上が新住民とされる都市型選挙区。候補6人の乱立で「激戦区」と目されたが、ふたを開ければ丹羽氏が次点候補に2倍以上の差を付け圧勝した。しかし、丹羽氏はそんなに民意を集めていたのだろうか。
衆院解散までは丹羽、大泉両氏の事実上の一騎打ちとみられ「2人とも力量不足。投票する人がいない」と選挙区内の首長や議員らの間でしきりとささやかれていた。しかし無所属新人の狩野岳也氏が地元を留守にしがちな丹羽氏への批判票をすくい上げる形で自民党に離党届を提出し出馬。比例復活を狙う第三極が次々参戦し、結果的に浮動票は分散した。
狩野、大泉両氏の今回の得票に維新新人の深沢裕氏の票を足せば、丹羽氏を3万票上回る。丹羽氏は15日夜の打ち上げ後、「本当に勝てるのだろうか。実感はない」と話していた。県内小選挙区中最低の投票率(57・31%)にも助けられ、組織力に物を言わせる丹羽氏の返り咲きを許した。=つづく
12月20日朝刊
8395
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:18:19
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121221-00000007-mailo-l08
票流:2012衆院選/4 「自民王国」復活 民主の失政に助けられ /茨城
毎日新聞 12月21日(金)10時34分配信
◇新しい風、吹かせるか
自民は今回、比例復活を含めて1〜7区で立候補した全員が当選した。比例代表の得票数は全市町村でトップ。しかし比例代表の得票率31・0%は、09年と比較して2・6ポイント増加したにすぎない。一方の民主は前回から27・3ポイント減の15・7%と大幅に得票を減らした。自民県連幹部は「民主が弱かっただけ」と総括した。
復権したかに見える「自民王国」だが、足元は危うい。6区で自民県議から転身し、自民元職の丹羽雄哉氏に対抗する形で出馬した狩野岳也氏に対し、19日の党紀委員会で「処分なし」と結論付けたのだ。
岡田広会長は、狩野氏が先月離党届を提出した際には受理せず「預かり」とし、「丹羽氏以外を支援したら反党行為」と明言していた。しかし19日には「手続きの勘違い」で、会長の預かりで受理したことになったと説明。記者団に「長期的な考え方での離党受理だ。政治は一寸先は闇」と語った。
県連幹部は「おとがめなし」の背景を「丹羽氏も高齢だということ」と明かす。表だった支援を受けずに4万5000票を獲得した実績は魅力だ。さらに狩野氏の父は衆参両院議員を務めた故明男氏、母は元参院議員の安氏。有力候補として確保しておきたい思惑が透けて見える。
こうした玉虫色の決着は、県連の規律が緩んでいることの表れだ。別の県連幹部は「親分がいなくなって、たがが外れた」と警鐘を鳴らす。「親分」とは県議を55年務め、引退した山口武平氏。6区が保守分裂にもつれ込んだことに対しても「親分がいたらこんなことはなかった」と嘆く。
支持団体も離れ始めている。民主への政権交代前に自民の有力支持団体だったJAグループは今回、衆院選で初めて民主候補を推薦し、県医師連盟も1選挙区を除いて全てで民主候補を推薦した。結果は全敗だったが、JA5連の加倉井豊邦会長は「全く後悔していない。今後も人柄と政治姿勢で決める」と断言。県医師連盟の小松満委員長も「自民支持に戻ることはない」と言い切った。
「自民党に風が吹いているとは特に感じなかった。民主党に対する失望感と、世代交代してほしい、国政に新しい風を送ってほしいという期待が非常に大きかった」
5区の自民新人、石川昭政氏は、比例復活で初当選が決まった16日夜、こう語った。自民候補で唯一、業界団体や公明党から推薦を受けなかった。つじ立ちや街頭演説など「どぶ板」に徹した結果だった。
親分の権威。親の代からの世襲候補。組織選挙。「古い自民党」から脱却し、新しい風を吹かせることができるかどうかが今、問われている。=つづく
12月21日朝刊
8396
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:18:47
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121222-00000030-mailo-l08
票流:2012衆院選/5止 民主大敗の深層 逆風に選挙戦術も迷走 /茨城
毎日新聞 12月22日(土)11時13分配信
◇総括と党改革急務
「申し訳なかったな。党が重荷になったよ」
20日夕、水戸市の民主党県連。衆院選に立候補した前職6人のうち唯一当選した大畠章宏氏が、落選した福島伸享氏に語り掛け、握手を交わした。大畠氏も当選したとはいえ、得票は05年の郵政解散選挙より約1万3000票も減らした。ともに党への逆風を食らった仲間へのねぎらいの言葉だった。
民主は今回、小選挙区制導入後最多となった候補30人乱立の影響をまともに受けた。09年と比べ、候補者の得票率は軒並み半減。特に6人が立った6区の大泉博子氏は73・5ポイント減、5人の7区、柳田和己氏が71・8ポイント減らした。投票率が戦後3番目の低さだったことを差し引いても、前回の3割にも届かない得票に終わる大惨敗。比例代表の得票率も27・3ポイント減らし、15・7%。日本維新の会(18・0%)を下回り、第3党に転落した。
しかし、結果は選挙戦術の迷走ぶりから来るものでもある。逆風を少しでも避けようと各候補者は民主色を薄め、「党より人」と訴えた。特に福島氏は「党のことに触れると有権者から『裏切り者』『うそつき』と批判される。個人の実績を訴えなければ」と強調。選挙カーに党名を掲げず、政策ビラでの呼び掛けも「比例は政党名」と「民主」を明記しない徹底ぶりだった。
しかし「民主党隠し」は政権交代の実績をアピールする機会を放棄することにもつながる。結果として個人、比例とも票が伸び悩み、県内の民主候補で比例復活はゼロ。福島氏は選挙戦終了後、「党に対する嫌悪感、拒否感の中で、自分個人を売っていくのは非常に厳しい」と総括した。
20日の常任幹事会では、農相を退く郡司彰参院議員が空席となっていた会長に復帰することと、高野守会長代行、長谷川修平幹事長ら役員の留任が決まった。大惨敗にもかかわらず留任する理由を記者団に問われた長谷川幹事長は「県の我々が一生懸命やってどうこうというレベルではなかった」と述べた。会合では、野田佳彦首相ら党執行部が消費増税を進めて党分裂を招いた「純化路線」への批判が相次いだという。
来夏の参院選は、民主が県内の比例票で維新に2番手の座を奪われて初めて臨む戦いになる。しかし県連は衆院選大敗の総括を来年2月の定期大会へ先送りした。有権者に見放された現状と一刻も早く向き合わなければ、未来は決して見えてこない。=おわり
◇ ◇
この連載は酒井雅浩、福沢光一、山内真弓、鈴木敬子、杣谷健太が担当しました。
12月22日朝刊
8397
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:20:20
>>8283-8284
栃木
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121219-00000141-mailo-l09
’12衆院選・とちぎ師走の乱:第4部 戦いの後で/上 民、自の立場逆転−−1区 /栃木
毎日新聞 12月19日(水)14時53分配信
◇背水の船田氏、油断せず
「前回(09年)はラブコールを送ったが、来てもらえなかった……」。公示翌日の5日夕、宇都宮市のオリオン通りでの街頭演説で、民主・石森久嗣氏は応援に来た蓮舫・前行政刷新担当相を横に自虐気味に語った。「今回こうして来てもらったということは、かなり厳しいということ」
政権与党の候補者として最後まで苦しんだ。党への逆風は収まらず、自身も6月の消費増税法案の採決で棄権するなど揺れた。
態勢を整えたのは解散2日後の11月18日の事務所開きから。議員となって3年3カ月。地元での活動は不十分と感じていた。公示直前には後援会総連合会内で人事を巡る「内紛」があるなど、一枚岩とは言い難かった。
「船田氏優勢」と報じられ、県連内でも「2倍の差だ」と危機感を募らせた。巻き返しを図り、今月8日の必勝集会には会場に入りきれない支援者を集めたが、結果は船田元氏に4万票以上の差を付けられての大敗。前回に比べ約9万票の減だ。「解散時期はこれでよかったのか。石森さんは厳しい戦いの犠牲になった」。落選が決まった16日夜、谷博之・県連代表がこぼした。
◆ ◆
16日、「当確」の一報で船田氏の事務所に「バンザイ」の声がこだましたのは投票終了直後の午後8時過ぎ。「早すぎて動転した」。予測を超える結果に、船田氏も驚きを隠さなかった。
2回目の落選を経ての今回は背水の陣。それまで当選9回の「政界のプリンス」にとっても、なりふり構う余裕はない。イメージカラーは従来の青から「熱意」の赤へ。「臥薪嘗胆(がしんしょうたん)というか、忸怩(じくじ)たる思いがあった。本人が言い出してね」と陣営関係者が明かす。
「優勢」の報道で、陣営はかえって引き締まった。ある幹部は「『これくらい取るんだったら、投票しなくていいだろう』となる。最後まで気は抜かなかった」と振り返る。ミニ集会は250回以上こなした。結果は得票数10万133での10選。低投票率で目標の「11万票以上」はならなかったが、他候補を寄せ付けなかった。
◆ ◆
低投票率を嘆いたのはみんな・荒木大樹氏陣営だ。「60%」と予測した1区は53・03%。党として企業や労組などの組織票が計算できないだけに、地元県議らが票の掘り起こしに奔走したが、県民の政治への諦念は思った以上に深刻だった。ある幹部は「反応はよかったが、投票行動に結びつけられなかった」。県内での比例代表の得票数は21万618票と、自民の24万3262票に次いだ。「勝機はなかったわけではない」。視線を来夏の参院選に向けた。【中津成美、岩壁峻】
× ×
県内5小選挙区で自民が4議席を獲得した衆院選。「保守王国」復活となった戦いを選挙区ごとに振り返る。
12月19日朝刊
8398
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:20:37
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121220-00000097-mailo-l09
’12衆院選・とちぎ師走の乱:第4部 戦いの後で/中 複数の衆院議員誕生−−2、3区 /栃木
毎日新聞 12月20日(木)12時31分配信
◇連携や切磋琢磨に期待
◆2区
自民の西川公也氏が返り咲いた栃木2区。激戦を反映して、民主・福田昭夫氏と、みんな・柏倉祐司氏も比例で復活当選。4候補のうち3人の衆院議員が誕生した。
「高揚感のない選挙だった」。西川氏を支援した和田公伸・日光市議が振り返った。政策を丁寧に説明しても、有権者の手応えが鈍い。「政党が多すぎる」「どこに入れていいか分からない」という声を聞かされた。
民主党が自滅しただけで「しょうがないから自民が支持されただけ。だから次が怖い」とも。多くが棄権した結果の低投票率。小選挙区全体で54・71%は全国ワースト3位だった。「民主不信を通り越して政治不信に達したのでは」
だが、ある市議は「3人が切磋琢磨(せっさたくま)し地方の問題を今以上に考えてくれれば」と期待する。「冷ややかな勝利」は絶妙な民意を反映したとの指摘もある。
柏倉氏のお膝元、鹿沼市の佐藤信市長は「それぞれの持ち味を生かしてほしい」と、地方の制度や政策の要望では、党派を超えた協力を働きかける考えだ。
日光市議会の斎藤敏夫議長も、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)では3人が問題点を指摘しており「日光のためになることは連携して後押ししてほしい」と要望する。
◆3区
「3区の新しい時代の扉が開くことになった」。16日、自民・簗和生氏の比例区復活当選が決まると、選対本部長を務めた三森文徳県議はマイクを握って叫んだ。みんな・渡辺喜美氏が父美智雄氏の地盤を引き継ぎ、親子で半世紀近く培った「牙城」に挑み、小選挙区で3万5000票台の大差で敗れはしたが、そこにくさびを打ち込んだ。
3年前に渡辺氏が離党して以来、空白区となり、独走を許してきた自民。今回は公募で決定した簗氏をぶつけ、TPP(還太平洋パートナーシップ協定)の「断固反対」を訴えて農業団体に食い込んだ。
一方、渡辺氏は「生きるか死ぬかの戦い」と背水の陣。小選挙区一本に絞って覚悟を示し、支持者に「地元の渡辺を落としてはならない」との心理を広げ、民主など反自民票も取り込んだ。
渡辺氏不在の当選報告会では「第三極のリーダーは渡辺喜美しかいない。自民がおごりの政治でダメになった時が出番。渡辺政権目指して頑張ろう」の声が響いた。簗氏陣営は「国政への自民ラインがつながった。次は小選挙区で悲願を果たす」と息上がる。
対立の激化は必至の情勢だが、ある有権者は「2人の衆院議員がそろった意義は大きい。切磋琢磨して3区の発展に尽くしてほしい」と話した。【浅見茂晴、柴田光二】
12月20日朝刊
8399
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:20:54
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121221-00000029-mailo-l09
’12衆院選・とちぎ師走の乱:第4部 戦いの後で/下 民主離党前職の落選−−4、5区 /栃木
毎日新聞 12月21日(金)11時1分配信
◇「個人」票失い、浮動票分散
◆4区
「ここまで崩れるとは思わなかった」
前回の得票数から10万票以上を失い、未来・山岡賢次氏の陣営関係者は衝撃を受けた。公示前から予兆はあった。後援会員に支援を頼んで回ると「前回の選挙以降、一度も顔を見せてくれなかった」と断られたことが2度や3度ではなかった。陣営関係者は「前回勝ちすぎたのかもしれない。国会で忙しいかもしれないが、前はもっと地元に気を使ってくれた」とつぶやいた。
民主党離党により組合票を失っただけでなく、長年積み上げた個人後援会の「牙城」も崩れた山岡氏。公示直前の新党合流で浮動票の取り込みに望みをかけたが、浸透しなかった。
◆ ◆
選挙戦最終日の15日にJR小山駅前で開かれた大演説会。前回の雪辱を期す自民・佐藤勉氏は「絶対についてこられないくらいの票で当選したい」と声を張り上げた。分刻みでミニ集会を重ね、12日間で約230回。回数の多さが今回にかける思いを表していた。
佐藤氏に次ぐ得票数を得たみんな・藤岡隆雄氏だが、選対組織がまとまったのは公示の約1週間前。アピールした「若さ」の悪い面も露呈した。県内最多の5人が立候補した4区で、無党派層の票の分散にも泣いた。
「時間が足りなかった」と悔しさをにじませたのは工藤仁美氏陣営。北海道から国替えした工藤氏の後援会名簿は全くの白紙だった。3万5000枚刷った選挙はがき。送れたのは3万枚に達しなかった。「すべてを出すことすらできなかった」と嘆いた。
◆5区
「消費税増税は将来的には避けて通れないと思う……」。11月28日に佐野市で開かれた公開討論会。民主を離党し、みんなの党入りした富岡芳忠氏にとって、この日は有権者に直接向き合う初めての機会だった。さらに続ける。
「ただ、厳しいデフレ経済や国民生活を考えれば、身を切る改革が必要であり、総理がそれらを前提条件と約束したので苦渋の決断をした」。民主を離党した理由を切々と訴えた。「約束をほごにされた」
5区は自民・茂木敏充氏が10万1533票を獲得。富岡氏は3万8626票とはるかに及ばず、前回得票の半分にも届かない惨敗だった。
公示後は「増税の前にやるべきことがある」と強調した富岡氏。「国政を目指した時から脱官僚政治、脱中央集権が最大のテーマ」と主張の一貫性を訴えたが、「地元の皆さんに理解いただく時間がなかった」と肩を落とした。
ただ、比例代表の5区の自民獲得票は4万7508票(公明1万8565票)。これに対し、みんなは3万3877票を獲得し、健闘した。
共産・川上均氏も県内5小選挙区で立候補した共産候補5人の中で唯一1万票台に乗せた。【松本晃、長田舞子、太田穣】
12月21日朝刊
8400
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チバQ
:2012/12/24(月) 12:22:09
>>8285-8286
群馬 下の記事アップされてない
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/gunma/feature/maebashi1355844777299_02/news/20121219-OYT8T00073.htm
2012衆院選 検証
【上】王国復活 組織が勝因
選挙応援「自民だからやった」
■2区陣営 県連会長が指揮
選挙戦最終日に、安倍総裁の応援演説を受ける井野氏(15日、JR桐生駅前で) 「市長、県議の皆様ありがとうございました。色々な方に支えられ、勝ち抜くことができました」。2区の自民・井野俊郎氏は16日午後8時過ぎ、当選確実が伝えられると、硬い表情で感謝を伝えた。
井野氏は最大のライバル・日本維新の会の石関貴史氏に3万5469票の差をつけたが、4か月前には勝利が危ぶまれていた。
衆院選の候補者となる選挙区支部長に公募で選ばれた井野氏は昨年10月以降、「街頭演説や7万軒のあいさつ回りを行った」というが、一般有権者からの支持の広がりを欠き、危機感が漂った。
そのため、今年8月に民自公の党首会談で「近いうちに国民の信を問う」ことが合意され、衆院解散が現実味を増すと、同党県連内で井野氏への不満が表面化し、立候補予定者の差し替え論が噴出した。
勢いがあった地域政党「大阪維新の会」が国政進出を検討しており、前回選で自民公認の笹川尭・元党総務会長を破った民主(当時)の石関氏の、維新合流が間近に迫っていたことも影響した。
「『民主の石関』と『維新の石関』では意味合いが違ってくる」。須藤昭男・県連幹事長は、石関氏が維新の会に吹く追い風を得て、さらに強力な敵となることに焦りを隠さなかった。
一部の県連幹部が、知名度のある山本一太参院議員に出馬を打診。県連幹部による2日間の議論の末、2区の陣頭指揮を中曽根弘文県連会長が執る異例の態勢を敷くことで、予定通り井野氏出馬で決着した。
選挙戦では組織を前面に押し出した。終盤に福田康夫元首相がみどり市へ、投票日前日の15日には安倍総裁が桐生へ入るなど大物が次々に訪れ、党を挙げて井野氏を押し上げた。
意外な“援護射撃”もあった。民主・桑原功氏の陣営が、離党した石関氏の批判に終始し、「追い風になった」(井野氏の選対幹部)のだ。さらに、維新旋風も下火となり、維新の会の浸透が思うほど進まなかったことも幸いした。
井野氏の選対幹部は「『井野』ではなくて『自民党の井野』で応援をもらった」と振り返った。別の幹部も「今回は民主のオウンゴールと、自民の組織力の勝利だ」と総括した。
8401
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:22:19
■総裁外来 尾身氏支援 1区
佐田玄一郎氏が他候補を圧倒した1区も事情は変わらなかった。
支援を表明した尾身氏(左)とがっちり握手をする佐田氏(11月23日、前橋市総社町で) 16日午後8時過ぎ、佐田氏の事務所では早々と万歳三唱が行われた。選対役員は一様に安堵(あんど)の表情を浮かべた。
「動きが遅い。大丈夫だろうか」
今夏、1区の党関係者は佐田氏の選挙準備の遅れにやきもきしていた。佐田氏は前回選、尾身幸次元財務相との「コスタリカ方式」で比例単独に回った。個人名を投票する小選挙区選から7年間遠ざかっていて、後援会の再整備が不安視されていた。
公示日の4日、前橋市内での出陣式。あいさつに立った同党県連の小川せつ子女性部長は「高齢化した後援会は刷新した方がいいと何回も言ったが、ちっとも動かない。危機感がない」と苦言を呈した。課題を解消しきれぬまま選挙戦に突入した。
しかし、状況は佐田氏有利に動いていた。中選挙区時代にしのぎを削り、佐田氏との関係が必ずしも良好とは言えない尾身氏が、公示2週間前になって「政権奪還のため」と支援を表明した。安倍総裁が直接依頼し、尾身氏を動かしたのだ。
無党派層の民主党政権への失望も味方した。前橋選対事務局長を務めた狩野浩志県議は「今回は反応がよかった。まるで与党での選挙のようだった」と話した。
また、5人という立候補者の多さも有利に働いた。票が分散し、当選ラインが下がったからだ。ある自民党県連幹部は「基礎票がある自民に分があった」と振り返った。
■比例選得票数は微増にとどまる
今回、自民は党組織を挙げての戦いが目立ち、候補者個人への支援の声は必ずしも高まらなかった。佐田氏の選対幹部は「尾身さんの支援は、佐田さん個人へではなく党へのものだ」と苦笑した。ある候補の選対幹部は「候補者がすげ替わってもかまわない。自民党だからやったんだ」と言ってはばからない。
一方で、県内の比例選得票数を見ると、自民は今回29万6518票で、民主に敗れた前回(34万7040票)の方が多い。得票率を見ても今回は32・72%で、前回(31・73%)をわずか1ポイント上回ったにすぎない。組織戦の限界とも言える。
当選者が1人の小選挙区制は、中選挙区制に比べ政党を選ぶ意味合いが強い。その中で、いかに「個人ファン」を増やし、党が逆風を受けても耐えられるよう、組織票に個人票を上積みできるか。当選者たちは、与えられた任期の中で政治家個人の真価を高めることが求められている。
(2012年12月18日 読売新聞)
8402
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:22:51
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/gunma/feature/maebashi1355844777299_02/news/20121219-OYT8T00083.htm?from=popin
2012衆院選 検証
【中】民主自壊 大敗の道
県連長期対立 自民票の半分以下
敗戦の弁を述べ、妻(左)とともに支持者らの前で頭を下げる柿沼氏(16日、太田市内の事務所で) 「ダブル以上の(差の)敗北。笑って負けましょう。こんな大差じゃ」
衆院選投開票日の16日夜。落選した3区の民主党県連会長・柿沼正明氏は、自嘲気味に支援者と握手を交わしたが、目には悔しさで光るものがあった。
2009年の前回衆院選では、「自民王国」と言われた県内でも小選挙区で3勝するなど、民主党の県関係国会議員は2人から7人に増え、自民党(5人)を一気に上回った。だが今回は一転、1998年の結党後、初めて県関係国会議員がゼロになった。
■機能不全
今回の敗因を、「迷走を続けた民主党政権への大変な批判の結果」(落選した1区・宮崎岳志氏)と、全国レベルでの党への逆風に求める向きは多い。だが、小選挙区の民主の得票がすべて自民の半分以下という群馬の惨敗ぶりには、「県連が組織として体をなしていなかった」(後藤克己・同党県連幹事長)との指摘も出ている。
そもそも同党県連は、2006年に政治資金収支報告書の記載漏れなどの不正経理問題で「石関貴史氏や中島政希氏と他のメンバーとの対立が深まり、機能不全の状態が続いた」(角倉邦良県議)経緯がある。
09年衆院選では、全国的な追い風に乗って勝利を収めたものの、風がやんだ翌10年の参院選では、富岡由紀夫・県連会長(当時)が自民候補に惨敗。その後、意見対立が再び表面化し、会長が空席の事態が今年4月まで1年半以上続いた。
追い打ちをかけたのが、八ッ場ダムの建設問題や消費税法改正案の採決を巡る混乱だった。県連所属の国会議員はくしの歯が欠けるように減り、解散時には最盛期の半分以下の3人となっていた。
今年10月には、離党者が相次いだことや体調不良を理由に、桑原功氏が県連会長を辞職。7年ぶりに県連大会を開き、衆院選に向けた新体制をスタートさせた約2か月後には選挙に突入を余儀なくされた。
柿沼氏の選対本部長を務めた黒沢孝行県議は16日夜、記者団に「県連として『民主党何やっているの』と見られていた」と振り返り、県連組織の自壊を大敗の要因に挙げた。
■2区の擁立公示6日前
空白区の候補選定も、急場しのぎで行われた。
党本部は、選挙協力する予定だった国民の生活が第一(当時)の三宅雪子氏の千葉4区への国替えが解散日に決まったことを受け、引退した自民の福田康夫元首相の長男・達夫氏に対抗する「脱世襲」の象徴として、群馬4区への擁立を強く求めた。
だが人選は進まず、しびれを切らした党本部が4区への落下傘候補を用意している旨を伝えたという。県連は、三宅氏など過去の落下傘候補が離党したり、国替えしたりして地元に根付かなかったことへの「アレルギー」から固辞。三宅氏の秘書だった青木和也氏に白羽の矢を立てたが、もはや準備不足は誰の目にも明らかだった。
また県連は、9月に民主を離党し、日本維新の会に移った2区の石関氏の対抗馬を擁立するのに躍起で、「かかしでも立てる」(角田義一県連顧問)と執念を見せた。だが、こちらも人選は難航。衆院解散後に引退の意向を示していた桑原氏を担ぎ出したのは公示のわずか6日前だった。
来夏の参院選に向け、県連の立て直しは急務だ。全国的な逆風の中でも、地元に根を生やした活動で、小選挙区や比例復活で生き残った県連もあるだけに、群馬県連内では「群馬もそういう組織を学ぶ必要がある。逆風でも民主に入った票はある」(選対関係者)との声が出ている。後藤幹事長は、分裂含みだった県連運営を振り返りながら、「労組系と距離を置いていた石関氏らの離党で、連合との距離は近くなった」と、県連再生に向けた結束にわずかな希望を見いだした。
8403
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:23:09
■維新得票 民主超す
県内3候補のうち、1区の上野宏史氏と2区の石関氏が比例で復活当選した日本維新の会。4区に立候補した宮原田綾香氏を含め、県内の小選挙区で計14万1211票を獲得し、民主4候補の10万9871票を上回った。比例北関東ブロックでは、県別の得票率が4県でトップ(20・12%)となるなど、一定の存在感も示した。
ただ、肝心の政策で各氏の考えの温度差は大きく、今後の県連の運営には不安材料もある。
支持者におわびのあいさつする宮原田氏(16日、高崎市上中居町の事務所で) 維新の会は、原発再稼働について石原代表と橋下代表代行の意見が割れている。読売新聞が衆院選前に行った立候補予定者対象のアンケート調査によると、安全が確認された原発の再稼働について、県内の3氏は、「再開やや賛成」(石関氏)、「再開反対」(宮原田氏)と意見が割れ、上野氏は「どちらともいえず」と姿勢を明確にしなかった。
八ッ場ダムの建設問題でも3者の姿勢はバラバラだ。
宮原田氏は八ッ場ダム建設反対を掲げた著書がある。一方、今衆院選で県建設業協会の支持を受けた上野氏は「効果と費用を見れば間違いなくやるべきだ」と明言する。石関氏は民主党時代は八ッ場ダム建設反対の姿勢を示していたが、離党後は「これ以上混乱を長引かせることは良くない。早くやるべきだ」と主張している。
(2012年12月19日 読売新聞)
8404
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:24:04
埼玉
>>8287-8289
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/saitama/feature/saitama1355754917403_02/news/20121217-OYT8T01861.htm
2012・衆院選 審判
上 民主 組織化不足響く
支持者らを前に敗戦の弁を述べる五十嵐文彦氏(16日午後11時1分、狭山市の事務所で) 「小選挙区で5議席、比例復活で3議席の獲得が目標だった。今となっては、願望に過ぎなかったが……」
衆院選の開票から一夜明けた17日、民主党支援を掲げる労働団体、連合埼玉の幹部は肩を落とした。
今回、小選挙区で民主が議席を獲得したのは5区の枝野幸男だけだ。1区の武正公一、6区の大島敦はかろうじて比例復活したが、連合埼玉の目標にはほど遠い結果となった。
逆風と言われた2005年の郵政選挙でも、小選挙区3、比例4の計7議席を得ていただけに、県連内部では「予想以上の厳しさだ。解党的なダメージだ」と動揺が広がっている。
「出てきたばかりの第3極に完全に票を奪われた」と、9区で落選した五十嵐文彦。だが、惨敗の予兆は、衆院解散・総選挙が現実味を帯びる前からあった。
参院選では、07年には2議席獲得できたが、10年7月には、1議席しか確保できなかった。11年4月の県議選では、民主は候補25人を立て、現職12人のうち6人が落選。さいたま市議選などでも、現職が相次いで落選した。
今年7月、消費増税に反対する小宮山泰子と松崎哲久が民主から「国民の生活が第一」(当時)に移った際は、こうした内部分裂を抑えられなかった党のありようへの反発などから、10人以上の地方議員が離党した。
09年の衆院選では小選挙区で14勝した“民主王国”で起きた地殻変動。県連幹部は「選挙区ごとの支部長を務める衆院議員が、地方議員との信頼関係を十分築けていなかった」と分析する。
地方議員は国政選挙の際に実働部隊となる重要な存在だが、民主に圧倒的に有利な風が吹いた09年衆院選で当選した同党議員たちには「自力で勝てたという慢心があり、地方議員との関係を軽視していた」(連合関係者)との見方もある。
4区の神風英男に地盤を譲った知事の上田清司は17日、敗因について「新たな神風ファンを作っていない。(上田の)遺産だけで食っている。自分で態勢を作らなければいけない」と指摘した。
比例復活した武正や大島は、後援会や地元での活動に力を入れていた。武正は、旅行やパーティーなど、支持者と触れ合う催しを積極的に展開。後援会幹部は「比例復活できたのは20年来築いてきた後援会の力のたまもの」と話す。
県連代表の山根隆治は、悔しさをにじませた。「民主党への支持層はあるが、組織化されていなかった」
(敬称略)
(2012年12月18日 読売新聞)
8405
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:24:24
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/saitama/feature/saitama1355754917403_02/news/20121218-OYT8T01679.htm
2012・衆院選 審判
中 圧勝自民「次が怖い」
当選後初の会合で、自民党県連幹部と握手を交わす豊田真由子氏(18日午後、さいたま市浦和区で) 「ありがとうございました。これから頑張ります」
18日午後、さいたま市浦和区の自民党県連。埼玉4区で初当選した自民新人の豊田真由子は、幹部や同僚議員に笑顔で駆け寄り、握手を交わした。
選挙戦で確かな手応えを感じた、という豊田。選挙カーに乗れば人々が手を振り、ウグイス嬢が「こんなに反応がいいってすごいですよ」と驚く。駅に立てば、「期日前投票で入れてきたよ」と声をかけられた。
「でも、何でなのかわからない。何ででしょう」。豊田自身が、その余りの好感触の理由をはかりかね、戸惑いも覚えていた。
2009年の前回選では15小選挙区すべてで議席を失った自民だが、今回は13議席を獲得。小選挙区で敗れた5区、11区も比例で復活当選を決めた。このうち7人が公募で擁立した新人だ。県連会長の新藤義孝は「新生自民の証しだ」と満足げに語る。
新人の多くは当初、手探りの選挙準備を強いられた。県連幹部は「新人には『自民党の看板は貸すが、あとは自力でやれ』と言っている。15選挙区もあり、後援会作りまで面倒は見られない」と自助努力を求めた。
「支援者回りをしろと言われても、どうやれば良いのか分からない。党は何も教えてくれない」。そんな新人を、選挙区の県議たちが支えた。選挙戦本番では新人候補に張り付き「ここで手を振って」「今、頭を下げて」と逐一指示したり、支援者へのあいさつ回りに同行したりした。前回の大敗の危機感から「県議団がフル活動した」(新藤)。
公明の支援も勝因だった。6区で民主の大島敦を198票差で振り切った中根一幸の陣営は、自民県議の島田正一が公明県議の石渡豊に「公明の推薦がないと戦えない。頼む」と頭を下げ、推薦を取り付けた。前回選では公明の推薦なしで戦い、10万票余りの差で大島に負けた。自民関係者は「公明の支援がなければ負けていた」と振り返る。
だが、決定的だったのは、民主への逆風と、第3極が民主票を奪う“漁夫の利”だったとも言える。自民の得票率は39%で、民主に大敗を喫した前回に比べ3ポイント増に過ぎない。次期衆院選に向け、議員自身が、盤石な後援会組織や地方議員との連携を構築できるかが焦点となる。
維新や無所属から前自民県議3人が出馬した、分裂選挙区の問題も抱える。来夏の参院選に向け、安穏とはしていられない状況だ。
新藤は投開票から一夜明けた17日、圧勝を喜ぶより先に、こう口にした。
「次が怖い」(敬称略)
(2012年12月19日 読売新聞)
8406
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チバQ
:2012/12/24(月) 12:24:46
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/saitama/feature/saitama1355754917403_02/news/20121220-OYT8T00068.htm
2012・衆院選 審判
下 第3極カギは県内組織
第46回衆院選の選挙戦最終日、駅前で支援を呼びかける坂本祐之輔氏。維新は県内では、坂本氏含め2人が比例選で復活当選した(15日、東松山市で) 「比例票が伸びている。復活当選するかもしれない」
前東松山市長で日本維新の会の坂本祐之輔陣営では、開票日の16日深夜、東松山市の事務所で、スタッフがテレビの開票速報を見ながら、計算機をたたいていた。北関東ブロックの他の維新候補の惜敗率と比べ、復活の可能性を探った。埼玉10区では自民の山口泰明が早々に5選を決めたが、坂本の惜敗率は65・8%。当選への期待をつないだ。
いったんは比例復活の望みもあきらめかけたが、17日午前1時すぎ、復活の連絡が入ると、事務所は沸き返った。坂本は「ありがとうございます」と礼を述べ、支援者らは抱き合って喜んだ。
公示直前に結党した維新。小選挙区の議席は獲得できなかったが、北関東ブロックでは、民主より1多い4議席を獲得。うち2議席は埼玉勢が占めた。
選挙期間中、坂本は毎朝、東武東上線の駅前に立ち、「維新の坂本です」と連呼した。「維新、がんばってください」と声をかける有権者も多く、副市長として坂本を支えた後援会長の御沢洋一は、ほぼ毎日、党本部に大物の応援演説を要請した。
公示2日後の6日、橋下代表代行は、維新候補がいない12区の熊谷駅前で、街頭演説をぶった。橋下の傍らには、維新推薦を受けたみんなの永沼宏之がいた。「熊谷だけではなく、10区にも来てくれれば、流れは変わった」と御沢。関係者の間では、「小選挙区の候補者がいない熊谷などに来たのは、比例の得票を増やすためでは」との臆測も広がった。
第3極が受け皿になるには、県組織も必要だ。維新の党本部で埼玉県を担当した大阪市議は、北海道の対応にも忙殺され、県内にあまり入れなかった。「比例で反映された得票を生かしたい」と話し、県組織設置の可能性を示唆する。
みんなの党も課題は同じだ。衆院選の比例票は前回選より13万票も積み増したが、しっかりした県連組織がなく、県議や市議で作る地方議員団があるだけだ。県議の藤沢慎也は「県連の設置は本部の判断だが、組織を強化し、発信力を高めるべきだ」と話す。
日本未来の党は、県内では、民主を離れた小宮山泰子1人が比例復活で当選した。小宮山は「国会が始まって党本部の態勢ができてから(県連の)検討をしたい」と言葉少なだ。同じ時期に民主を離れたある地方議員は「今は、政党の体をなしていない」とこぼす。
明暗を分けた各党。来夏の参院選に向け、戦いは既に始まっている。(敬称略)
(衆院選取材班)
(2012年12月20日 読売新聞)
8407
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:25:53
千葉
>>8290-8292
http://www.tokyo-np.co.jp/article/chiba/20121219/CK2012121902000133.html
衆院選 ちばの民意(上) 民主なぜ負けた(5区の場合) 無党派票 維新、みんなへ
2012年12月19日
5区のJR新浦安駅前であった野田首相の街頭演説。人は集まったが熱気は、いまひとつだった=2日、浦安市で
衆院解散直後の先月二十一日、民主党の岡田克也副総理が来県した。千葉5区(浦安市、市川市南部)の主要駅JR本八幡駅前の街頭演説は、多くの市民が足を止めた。だが「約束を守れ」などとヤジも飛んだ。民主前職の村越祐民氏の陣営幹部は「こんなことは初めて」とため息をついた。
選挙結果も、村越氏は自民党元職の薗浦健太郎氏に三万票余りの差で敗れた。
共同通信の出口調査でみると、村越氏は民主支持層の88%を固めた。4区の野田佳彦首相の97%には及ばないが、決して低いわけではない。だが、得票は前回の十二万七千五百八十八票から、七万六千票余りも減らした。投票率低下があったとはいえ、大量の目減りは頼みの無党派層をつかめなかったからだ。
支持政党なしの無党派層で、村越氏に投票したのは出口調査で25%にとどまった。この数字は薗浦氏と全く同じだ。無党派票が同じならば、薗浦氏には推薦を受けた公明党票など一定の組織票が上乗せされ、得票差につながる。
前回、村越氏の十二万票超を後押しした無党派層は、どこに流れたのか。出口調査では、日本維新の会とみんなの党にそれぞれ、16%ずつが投票したと答え、日本未来の党も8%だった。
民主の比例代表で復活当選した生方幸夫(6区)、奥野総一郎(9区)、若井康彦(13区)の前職三氏は、無党派層の30〜38%を固めていた。いずれも無党派層の争奪でも、自民の相手候補を上回っていた。
民主の中には無党派層の獲得が今回、二割を下回った候補もいる。2区の新人樋口博康氏もその一人で17%。民主支持層も72%しか固め切れず、維新新人に次ぐ三位に終わった。出馬が決まったのは十一月末だった。
同様に、出馬決定が解散後になった7区の新人中沢健氏も、無党派層は11%にとどまり、民主支持層さえ54%しか固められなかった。結果は三位。二人をみると、出遅れも敗北の要因に挙げられそうだ。
◇
県内でも、小選挙区十一勝二敗の自民大勝で終わった衆院選。民主の十一勝二敗だった前回二〇〇九年とは、正反対の結果になった。県内の民意はどう動いたのだろうか。共同通信出口調査の結果などからひも解く。
◇開票結果(右端の数字は得票率) 5区(7)
当 81,772 薗浦健太郎 自元<2>35.30
51,206 村越祐民 民前 22.10
39,653 木村長人 維新 17.12
28,707 渡辺耕士 み新 12.39
14,913 相原史乃 未<前> 6.43
12,583 浅野史子 共新 5.43
2,770 赤塚裕彦 無新 1.19
8408
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:26:23
http://www.tokyo-np.co.jp/article/chiba/20121220/CK2012122002000125.html
衆院選 ちばの民意(中) 自民は勝ったのか(6区の場合) 得票率横ばい、敵失自認
2012年12月20日
当選者のポスターにバラを付けて祝う松野会長(左)ら自民県連幹部。笑みはこぼれるが…=千葉市で
衆院選から一夜明けた十七日、自民党の松野博一県連会長は、県内小選挙区の圧勝について「前回(衆院選)から票は伸びておらず、与党側の自滅と第三極の乱立で票が分散した結果が大きい」と述べ、敵失が主因と自ら認めた。
3区の議席を奪還した松野氏自身も前回より五千票減らした。6区で返り咲いた自民元職の渡辺博道氏も敗れた前回より二千七百票の減。目減りは投票率低下の影響とばかりいってはいられない。
6区の出口調査では、自民支持層の85%、公明党の支持層の58%が、渡辺氏に投票したと答えた。渡辺氏が所属政党や推薦を受けた友党の支援を手堅く取り付けていたことがうかがえる。
ただ、得票率でみると、渡辺氏は前回33%から今回35%にアップしたが、ほぼ横ばいといってもいい。勝利はしたものの、支持に広がりはみられなかったといえる。
出口調査回答者の二割以上を占めた無党派層でも、渡辺氏に投票したのは24%。比例で復活当選した民主党前職の30%を下回った。
年代別では、七十歳以上の42%を筆頭に、各世代がまんべんなく渡辺氏に投票した。ただ、四十代の投票先は渡辺氏(24%)と民主前職(24%)、日本維新の会元職(23%)が拮抗(きっこう)した。
8区でやはり返り咲いた自民元職の桜田義孝氏も、敗れた前回よりも三千票ほど減らしながら、九万三千八百八十二票で議席を奪還した。自民支持層の87%、公明支持層の56%と、それぞれ支持基盤を固めたのも渡辺氏と同じだ。
渡辺氏と違うのは、無党派層の投票先で、桜田氏が31%と他の候補のうちで、最も割合が高かった点だ。とはいえ、民主前職、日本未来の党とみんなの党の新人二人の計三人に入れたとする回答は合わせれば、倍の61%になる。
得票率も桜田氏は今回41%で、前回37%からやや上積みしたにすぎない。
出口調査の分析からみる限り、同じ圧勝でも自民に二〇〇五年の郵政選挙ほどの勢いはなかった。
◇開票結果(右端の数字は得票率)6区(6)
当 69,689 渡辺博道 自元<5>35.37
《比》 46,331 生方幸夫 民前 23.52
29,956 遠藤宣彦 維元 15.20
24,350 鴈野聡 み新 12.36
13,511 三輪由美 共新 6.85
13,139 白石純子 未新 6.67
8409
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:27:10
http://www.tokyo-np.co.jp/article/chiba/20121222/CK2012122202000097.html
衆院選 ちばの民意(下)埋没した未来(3区の場合) 民主と維新に支持分断
2012年12月22日
落選が決まり支持者にあいさつする岡島一正氏(中)=市原市で
「第三極の主張が百家争鳴になり、自民党、民主党に対するアンチテーゼになりきれなかった」。日本未来の党前職で県連代表の岡島一正氏は十七日未明、千葉3区(千葉市緑区、市原市)で落選が決まると、支援者三十人を前に深々と頭を下げた。
岡島氏は民主公認だった前回衆院選で、十一万二千三十五票を得て二期目の当選を果たした。だが、今回は八万票も減らし、得票率も55%から17%に大きく落ち込んだ。
「卒原発」を掲げた未来の支持層は出口調査で、岡島氏に92%が投票したと答えた。ただ、同じ調査で3区の未来の支持率は7%。3%だった全国の支持率に比べれば高いが、3区では第二党の民主16%、日本維新の会13%の二分の一にとどまる。3区の未来の比例票も一万五千二百五十票で、維新の三万五千四百八十三票とも差がついた。
無党派層の投票先も、自民前職の33%に対し、岡島氏は23%で、民主新人の20%、維新新人の16%と分け合った。岡島氏が以前所属した民主支持層の投票先は、民主新人に66%(岡島氏は19%)が流れ、得票の落ち込みにつながった。
岡島氏の得票率17%に維新と民主の両新人の得票率を加えると、50%に達し、前回岡島氏が獲得した55%に近づく。当選した自民前職の得票率44%は前回とほぼ横ばいで、岡島氏の敗北は民主と維新に支持が分断し、埋没したといえそうだ。
未来は県内小選挙区に十人を擁立したが、岡島氏ら前回も県内から出馬した五人以外の女性候補はいずれも、これまで群馬や近畿など県外で政治活動し、出馬が決まったのは衆院解散前後だった。
比例代表で未来に投票した人に対し、出口調査で選挙区の投票先を聞いたところ、未来の五人の女性候補に投票した人は4区以外は八割を割り込み、最も低い9区は60%。地域に浸透しきれなかった様子も見て取れる。
脱原発への意識が高まりながら、なぜ未来は比例復活も県内からできなかったのだろうか。党首力が投票の決め手になったかと尋ねたところ、比例で三人が復活当選した維新支持層の65%が「決め手になった」と答えたのに対し、未来支持層は52%にとどまった数字もある。
(この企画は堀場達、小川直人、砂上麻子が担当しました)
◆開票結果(右端の数字は得票率) 3区(6)
当 80,710 松野博一 自<前><5>44.24
31,161 岡島一正 未前 17.08
30,565 小林隆 維新 16.75
28,979 青山明日香 民新 15.88
9,298 石川正 共新 5.09
1,723 井上由紀子 無新 0.94
8410
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:28:09
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kanagawa/feature/yokohama1355753132269_02/news/20121217-OYT8T01750.htm
[衆院選] 振り子の衝撃
<上> 実感ない大勝 自民不安
「国民はわが自民党に最後のチャンスを与えてくれたと考えるべきだ」
自民党県連幹事長の竹内英明は衆院選の投開票から一夜明けた17日、選挙結果を「最後のチャンス」と表現し、党組織の引き締めや地方組織との連携強化を求める要請文を安倍総裁と石破幹事長に対して送った。
比例復活も含め、自民党が擁立した17小選挙区の候補者全員が当選という結果は竹内にとっても想定外だった。
竹内は2007年から幹事長を務め、大敗した09年衆院選も経験した。17日の記者会見では手を大きく左右に揺り動かし、「(大きな振れ幅の)振り子が戻ったというだけのことだ。3年間、みんなで頑張ってきたが、実感と実体のない勝利だ」と語った。
党本部で開票を見守った甘利明も17日、TBSの番組で感想を求められ、「ちょっと怖い。我々の責任は相当なものだ」と指摘。6区で当選した公明党県本部代表の上田勇は、有権者の反応について、「民主党はダメだという強い気持ちはあったが、自公政権を手放しで支持しているわけではなかった」と振り返った。
自民党県連内には、巨大な与党の運営に早くも不安が出ている。政府や党のポストで当選回数の順送りや派閥尊重人事を行ったり、公共事業の予算配分を巡って族議員の横行を許したりすれば、「どこかで見た光景に対し、批判が殺到しかねない」(幹部)ためだ。
当選を決め、地元漁業者から届けられたタイを掲げる自民党の小泉進次郎さん(16日夜、横須賀市の事務所で) 小泉進次郎は選挙期間中、「この3年間、民主党はひどかったが、過去の自民党に戻すのは嫌だという人はいっぱいいる。自民党を若返らせなければならない」と繰り返し訴えてきた。
来夏の参院選では県内の改選数は3から4に増える。各党間ではさや当ても始まっている。最大の焦点は自民党が衆院選の勢いに乗り、候補者を2人出すかどうかだ。竹内は「菅義偉県連会長と早々に相談したい」と検討する考えを示した。
自民票が2人に分散すれば、当選ラインは下がる。参院選に出馬予定の日本維新の会の参院議員水戸将史は17日、記者会見で「自民党さんはこれだけ勝ったんだから、2議席取りにいきましょう」と求めた。
自民党県連には、1998年の参院選で2人を擁立し、共倒れになった苦い経験もある。今回の衆院選で返り咲きを果たした候補者の一人は不安を隠さない。「世論の支持は移ろいやすい。これだけ勝っても、半年先の風向きも読めない」
(敬称略)
(2012年12月18日 読売新聞)
8411
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:28:33
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kanagawa/feature/yokohama1355753132269_02/news/20121219-OYT8T00021.htm
[衆院選] 振り子の衝撃
<中> 民主惨敗、立て直し急務
振り子の衝撃 ? 「大変に厳しいということを通り越したような選挙結果だが、国民の審判を受け止めるしかない」
民主党県連代表で財務相の城島光力は18日、財務省で開いた閣議後の記者会見で、自らの落選を含め、党が喫した惨敗を淡々とした表情でこう評した。
金融相の中塚一宏は「政権運営のまずさ、党のガバナンスにあまりにも厳しい国民の判断を頂き、政策の話までなかなかいかなかった」と悔しさをにじませた。
一夜明けて駅頭で決意を話す笠さん(17日午前6時49分、小田急新百合ヶ丘駅で) 民主党県連は今回の衆院選に擁立した17人のうち、15人が落選し、体制立て直しが急務になっている。
投開票から一夜明けた17日午前6時半過ぎ。川崎市麻生区の小田急新百合ヶ丘駅前に、小選挙区で唯一踏みとどまった笠浩史の姿があった。
「私どもは少数野党として再出発することになりますが、巨大与党と対峙(たいじ)し、しっかりと政策論争をしていきます」
凍えるような風が吹く中、笠は何度も頭を下げた。握手を求めてきた通行人の1人から「猛省してください」と声をかけられる場面もあった。
来夏に迫る参院選は笠と、比例復活した若手の後藤祐一が中心になって乗り切らなければならない。22日に党の新代表が選出されるのに合わせ、県連も新体制の議論をスタートさせる予定だ。
党内では、14議席を獲得し、大勝した前回とはあまりに対照的な選挙結果に、民意の揺り戻しを期待する向きもある。落選した若手の1人は「自民党はあまりにも勝ちすぎた。安倍新政権が批判を浴びるのは時間の問題で、次の追い風はうちに吹く可能性が高い」と予想する。
ただ、衆院選の結果を見れば、その見方は楽観的過ぎるかもしれない。民主党候補は今回、計10小選挙区で第3極に競り負け、比例選の得票でも、県内では70万3165票と3位にとどまり、81万2282票の日本維新の会に及ばなかった。
次の選挙では、振り子は自民党から民主党には向かわず、民主党は簡単には再浮上できない可能性もある。日本維新の会幹部からは「来夏の参院選で民主党候補を落とせば、我々は『第3極』からステップアップだ」との声が上がる。
民主党県連幹事長の谷田部孝一は危機感を募らせる。「今度はどういう風が吹くかは分からない。次は大丈夫だという楽観的な立て直しはできない」
(敬称略)
(2012年12月19日 読売新聞)
8412
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:28:58
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kanagawa/feature/yokohama1355753132269_02/news/20121221-OYT8T00083.htm?from=popin
[衆院選] 振り子の衝撃
<下> 雪辱期す第3極に警戒
振り子の衝撃 ? 「我が党はわずか18議席ですが、これまで訴えてきた政策を少しでも実現させるべく全力を挙げます」
比例復活当選した、みんなの党の青柳陽一郎は17日以降も、毎日午前6時半から駅前で街頭演説を続けてきた。
青柳は6区で公明党の上田勇と争い、支援する自民党の安倍総裁まで駆けつけるなど自公総力戦の前に最後は敗れた。しかし、第3極の新人候補として善戦、注目を浴びた。
青柳は今回、自民党に大きく振れた「振り子」の次の動きに注目し、雪辱に燃えている。「業界団体丸抱えの自民党では改革に限界があり、安倍新政権はいずれ支持を失う。その時、我が党が政界再編の起爆剤になり、民意の受け皿になりたい」
みんなの党は2009年8月の結党宣言に「非自民勢力の結集」「政界再編」を掲げた。今回の選挙でも他党との連携を模索したが、各地で日本維新の会、日本未来の党と競合したことで勢いをそがれた。
当選確実の一報が入り、支持者から花束を受け取る江田さん(右、16日、横浜市青葉区の事務所で) 幹事長の江田憲司は18日の記者会見で「当初は第3極乱立ということもあり、我が党は残念ながら埋没気味だった」と感想を述べた。渡辺代表は19日のテレビ朝日の番組で「(競合は)本当に愚かだった。(自民党にとって)完璧な漁夫の利だ」と嘆いた。
実際、今回の比例選得票をみると、県内では、みんなの党と維新の会の合計は140万9750票で、自民党を27万票以上も上回った。自民党内では「第3極がもし一本化すれば、民主党以上に厄介だ」(参院幹部)との脅威論が出ている。無党派層への浸透を目指す第3極の票は読みにくい。票の切り崩しなどの選挙対策を立てにくく、結果として圧勝した自民党も対応に苦慮した。
17区で初当選した自民党の牧島かれんは19日、県庁で当選証書を受け取り、「本当に重いものです」と改めて喜びをかみしめた。
17区は自民と民主、共産に加え、みんなの党と日本未来の党が出馬する乱戦となり、みんなの党の井上義行が2位に入った。牧島は選挙戦を振り返り、第3極との戦いにくさを強調した。
「与党で一定の応援団がいる民主党が強いのかなと思っていた。しかし、選挙では誰とどう戦っているのか、手応えがなかった。今後の選挙が、どういう展開になるかも分からない」
(敬称略)
(この連載は、黒見周平と藤亮平が担当しました)
(2012年12月20日 読売新聞)
8413
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:30:27
http://mainichi.jp/area/kanagawa/news/20121222ddlk14070175000c.html
現場から:衆院選、振り返って 相次ぐ新党、直前の国替え…候補者や支援者、混乱 /神奈川
毎日新聞 2012年12月22日 地方版
野田佳彦首相の唐突な解散表明で始まった衆院選は、県内18の小選挙区で15議席を得た自民・公明の圧勝で終わった。相次ぐ新党誕生に公示直前の候補擁立。異例ずくめの選挙戦を振り返った。【まとめ・高橋直純、山田麻未】
◇6人増え83人
解散時点で県内では72人が出馬表明をしていた。4日の公示までに2人が取りやめ新たに13人が立候補。最終的な候補者数は前回比6人増の83人だった。
4区は民主議員が11月21日に不出馬表明。急きょ後任候補に決まった荻原隆宏氏=落選=は横浜市議を辞職し、公示直前に鎌倉市に転居した。候補者は身分が不安定と見られたため、新居探しに苦労したという。前回は8区で比例復活当選した山崎誠氏=落選=は民主離党後、「みどりの風」から8区出馬を予定していたが、比例単独に変わり、未来合流で7区に国替えした。
11区の民主、林公太郎氏=落選=も公認内定は11月13日。前回、比例復活当選した横粂勝仁氏=落選=は「菅直人元首相と戦う」と離党し国替え。林氏は「民主への逆風より前任者への不信がきつかった。後援会名簿もなく引き継げない」。
横浜市内から出馬を模索していた旧太陽の党の松田学氏は、維新吸収後も処遇が決まらなかった。最終的に比例南関東の単独候補となり、名簿2位と厚遇され当選を果たした。
地方議員も翻弄(ほんろう)された。川崎市では大阪維新の会の「維新政治塾」に参加した県議が民主を離党し、親しい市議も離党を表明した。18区の樋高剛氏=落選=も民主を離党。公示直前に鹿児島から18区に国替えした網屋信介氏=落選=の応援を巡って市議団内部で対応が割れ、しこりが残った。
14区で出馬予定だった太田祐介氏=落選=は、みんなの公認を得られず維新候補として13区から出馬。みんなは14区に藤沢市出身の松本雅威氏=落選=を立てたが、「地元に相談なく上の判断で候補を変えた」と離党する相模原市議が出た。
◇厳しい有権者
「日の丸持参で応援しましょう〜♪」。自民の安倍晋三総裁の演説日程は、個人ブログやツイッターで紹介され、11月29日の横浜駅前の演説は多数の日の丸が揺れた。
外交、防衛の話題が出ると大きな拍手が起こり、「原発反対」のプラカードを持った女性に、複数の男性が「そんなもの掲げるなよ!」と詰め寄る一幕もあった。
民主幹部には厳しい言葉がぶつけられた。県内主要駅で応援演説を行った野田首相には「ウソつき」「最低だ!」と怒号が飛んだ。長く要人警護を経験した警察官は「首相、総裁クラスの街頭演説で汚いヤジを聞いたのは初めて」と驚いた。
民主で人気があったのは細野豪志政調会長。10区では横に並んでアピールする城島光力財務相=落選=を指さし「あの人が邪魔で写真撮れない」と言う若い女性がいた。
一方、全国の投票率は戦後最低で、県内でも前回より8・39ポイント低い59・87%だった。有効投票数が前回の約487万票から約425万票に減る一方、白紙や候補者名以外などを書いた無効票は9万7629票から14万827票に増加した。
8414
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:30:46
◇個人と党の考え
各候補者の考え方を読者に伝えるため、毎日新聞はアンケートを実施したが、回収は手間取った。当初スタッフがほとんどいなかった維新の候補は、携帯電話に電話すると「そこまで手が回らない」と悲痛な返事。
回答内容を分析すると、自民、民主、維新、未来は比較的、候補者個人の考えが書かれていた。その分、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)やエネルギー政策などの主要課題で、党内の意見が一致していないことも浮き彫りになった。
共産とみんなは、ほとんどの候補者の回答内容が同じだった。みんなのある候補は当初、自分の言葉で回答してきたが、しばらくして他候補と同内容に差し替えてきた。
◇低調な投票率、参院選「顔」見せて
「こんなに政党があって候補者がいるのに投票したい人がいない。どうやって選んだらいいのか」。そんな声をあちこちで聞いた。低調な投票率が示すように、選挙戦が盛り上がったとは言えない。公示ぎりぎりまで構図が変化し続けるという点では躍動感があったとの見方もできるが、むなしさが募っていった。党利党略や候補者の保身が透けて見えたからだ。
選挙直前にその地域にやってきて、街頭では自身の主張より党名や党首の名前を連呼する。アンケートには、判で押したように党内で同じ答えを載せたり、パンフレットの文言を写すだけだったり。有権者には、候補の顔が見えなかった。
もちろん、各選挙区で1人しか当選しない小選挙区制では、政党が政権をかけて対決する形になる。国民全体の代表という視点から見れば、所属政党は重要な選択基準になる。
しかし、直接会って話を聞くと、熱い思いが伝わってくる候補者も多かった。急で短期間だった今回の選挙戦には、候補者自身が歯がゆかっただろう。
それでも自身の考えをもっと示してほしかった。有権者は政党や政策だけでなく、候補者の人柄、能力を見ている。考えを示した候補者は敗れたとしても次につながるであろう票を獲得していた。
来夏は参院選がある。各候補者は時間をかけ、じっくり自分の考えを伝えてほしい。【高橋直純、山田麻未】
8415
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:31:23
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121219-00000100-mailo-l19
政権復帰:自民は変わったか/上 進んだ候補者若返り 比例票減、「厳しい期待感」 /山梨
毎日新聞 12月19日(水)12時54分配信
衆院選は自民党が圧勝し、政権に返り咲いた。県内では山梨1区で宮川典子氏が12年ぶりに民主党から議席を奪還。2区の堀内詔子氏、3区の中谷真一氏も比例復活し、3新人が当選を果たして復調した。09年夏の衆院選で有権者から厳しい「ノー」を突き付けられて大敗し、下野した自民党。3年3カ月を経て生まれ変わったのか。山梨の現場から問う。【水脇友輔】
「新しい自民党を望んだ皆さんの勝利」−−。当選の夜、中谷氏は、甲斐市の事務所で支持者を前に声を張り上げた。選挙区では民主前職の後藤斎氏にわずか172票差に肉薄した。
09年衆院選で民主党に3議席を独占され、衆参議員ゼロの屈辱を味わった自民党。一挙に3人を国会に輩出した同党県連の皆川巌幹事長は「1勝2敗ではない。(比例も含めて)3勝だ」と手放しで喜んだ。
派閥政治、族議員、世襲−−。前回の敗北を踏まえ、自民党本部は「党再生会議」を設置して改革を急いだ。県連も候補者の若返りを進めた。宮川氏は33歳、堀内氏は47歳、中谷氏は36歳。女性候補が2人。清新さで「新生自民党」を訴え、3候補とも当選した。
だが、有権者の動向をみると甘くない現実が浮かび上がる。毎日新聞が投票前に行った世論調査では、「首相にふさわしい人物」は維新の石原慎太郎代表が最も多く、望ましい政権の枠組みも「民主、自民以外」が最多だった。県内投票率は63・67%(前回74・29%)と低迷。自民党の比例代表の得票は11万8000票余りで9党派では最多だが、大敗した09年よりも約1万8000票減らしている。
「今あるのは厳しい期待感。二度と失敗はできない。よほど気を引き締めないと」。宮川氏は16日、初当選の喜び冷めやらぬ甲府市の事務所で険しい表情を見せた。維新前職の小沢鋭仁氏、民主前職の斎藤勁氏らに大差で勝利したが、得票は5万4930票と陣営目標の7万票には遠かった。山梨の衆院選挙区で初の女性議員となった宮川氏。「有権者は女性ということや年齢も考慮してくれたのでは」と振り返る。
宮川氏は3年余りの野党生活がもたらした変化を二つ挙げる。1点目は「国民政党の軸を取り戻した」こと。同氏は10年参院選で落選し、地域での集会などを重ねた。「かつての自民党は足を運んで物事に触れることを怠っていた」と指摘する。2点目は若い候補者の台頭だ。自身も県連の公募に応じて候補者になった。「国や地域のために働きたい。そんな志を持つ若い候補を引き上げる態勢ができた」と語る。中谷氏は09年以前の自民党について「政権維持が目的となっていた」と分析。「原点に戻って政策を実現しなければならない。立党精神である日本人の価値観の入った憲法を作り直す」と言う。
一方、09年衆院選の「政権交代」への熱気を肌で知る自民県議はこう自戒する。「大勝するとおごりが心配。フリーハンドで政権を任されたわけではない。来夏の参院選で民主の轍(てつ)を踏んではいけない」
12月19日朝刊
8416
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:32:47
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121220-00000125-mailo-l19
政権復帰:自民は変わったか/中 旧態依然の世襲頼み 2区に2人の自民系議員、内紛の火種残る /山梨
毎日新聞 12月20日(木)13時51分配信
衆院選公示後の早朝、通勤途中の車が行き交う中央市の幹線道路。山梨2区の自民新人、堀内詔子氏(47)とおそろいのピンクのダウンジャケットに身を包み、手を振る夫光一郎氏(52)の姿があった。光一郎氏は富士急行社長。衆院議員を10期を務めた自民党の重鎮、堀内光雄・元通商産業相(82)の長男だ。
2区は、無所属元職の長崎幸太郎氏(44)と「堀内家」の激しい争いとなった。
因縁の対決だった。長崎氏は05年郵政選挙で、郵政造反組の堀内光雄氏への「刺客」として自民党公認で出馬(比例復活当選)。しかし、09年選挙は堀内光雄氏が公認され、長崎氏は無所属で出馬。民主の坂口岳洋氏に敗れ、両氏とも落選した。
今回の衆院選で、自民党県連は当初、堀内光雄氏の元秘書の山下政樹県議の擁立を決定。しかし、山下氏が出馬を辞退し、急きょ堀内光雄氏の義理の娘である堀内詔子氏の擁立が解散直前に決まった。富士急の創業家である堀内家。堀内光雄氏の祖父、父も衆院議員で、詔子氏で4代目となる。
自民党は前回09年衆院選の政権公約で引退議員の3親等以内の親族らを同じ選挙区で公認しないと明記。だが選挙後、公募などを条件に世襲容認に転じた。毎日新聞の調査では、今回の衆院選で、自民党の世襲当選者は90人に上り、前回の56人から大幅に増えた。
堀内氏陣営は「公募も経たので批判は当たらない」と強調する。ただ「公募」への応募は堀内氏のみで事実上の信任手続き。不戦敗を懸念した県連側が「堀内家頼み」で説得し、堀内家側も「混乱の責任を取った」(県議)との見方が強い。
長崎氏陣営は激しい「反堀内」キャンペーンを張った。選挙区内には「山梨2区は誰のもの?」「世襲政治にNO!」「企業支配にNO!」などと染め抜いたのぼりが林立。長崎氏は「世襲と大企業。強大な壁を崩さねば」と訴え、長崎氏の選対本部長に就いた中村正則県議は「世襲は政党の私物化」と批判した。これに対し、堀内氏陣営は「女性」や「家庭」を前面に出し、世襲批判を必死にかわした。
結果は長崎氏6万2135票、堀内氏5万5012票。「激戦」の予測もあったが、7000票差が付いた。ある自民県議は、長崎氏が落選後に選挙区内を地道に回ったことなどに加えて「世襲批判が追い打ちをかけた」と指摘し、長崎氏の訴えが有権者に受け入れられたとみる。
今回の結果は、自民党内に深刻な火種を残した。
長崎氏は「出自は自民党」などと語り、復党への意欲を隠さない。「いかに仕事で成果を出すか。実績を積み上げれば、党も放っておかない」と長崎氏。「世襲より実力」を強調する。
一方、選挙区で敗れた堀内氏も比例で復活当選。2区に「自民系議員」が2人いる状態になった。県連の清水武則会長は長崎氏の復党について「あり得ない。党本部からの話でも突っぱねる」と語気を強める。
来夏の参院選、さらに次期衆院選が控える中、旧態依然の内紛が続けば有権者の信頼は揺らぐことになる。【水脇友輔、小田切敏雄、片平知宏】
12月20日朝刊
8417
:
チバQ
:2012/12/24(月) 12:33:28
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121221-00000147-mailo-l19
政権復帰:自民は変わったか/下 県議会2会派、反目続く 参院選へくすぶる懸念 /山梨
毎日新聞 12月21日(金)13時0分配信
「議席奪還へ挙党一致で戦ってもらいたい」。衆院解散当日の11月16日午前、自民党県連の総合選対本部設置会合。出席者の一人が執行部に求めると、拍手がわいた。皆川巌・県連幹事長は「会派の壁を乗り越え、心を一つに戦うことをお誓いする」と神妙な表情で応じた。ある県議は「ああ答えるしかないよね」と苦笑した。
衆院選勝利に沸く自民党だが、県連を構成する県議の間には深い亀裂が入ったままだ。県議会には自民系会派が二つある。最大会派「自民党・県民クラブ」と第2会派「創明会」。互いに反目しているが、議会の関係がそのまま県連内に持ち込まれている。
県連執行部である清水武則会長、皆川幹事長、鈴木幹夫政調会長らは創明会に所属する県議。3氏らは議会運営などを巡って県民クラブを脱退し、今年7月に同会を結成した。議会内の確執は、衆院選候補者の選定作業にも影を落とした。
県民クラブに所属し、県連副会長だった臼井成夫氏が11月21日、急きょ記者会見を開いた。山梨2区について、党公認の堀内詔子氏ではなく、対立候補の長崎幸太郎氏(無所属)を推すと表明したのだ。長崎氏は05年郵政選挙では党公認の「刺客」として出馬した経緯がある。
8期のベテラン県議の「反旗」に、清水会長らは県連に臼井氏を呼んで「他候補を利すれば処分も辞さない」と通告。しかし、臼井氏は態度を変えず、小選挙区では長崎氏が当選した。「いつまでもこんな様ではだめだよね」。ある県議は顔を曇らせる。「文句を言うだけ言って、いざ選挙になっても結局協力しない県議もいる」と自嘲気味だ。
自民党は変わったのか。清水会長は「民主政権の素人政治を見て反省した」と言う。では、県内で延々と続く政争は「玄人政治」なのか。
12月定例県議会は26日に閉会する予定だ。分裂した会派が連携する動きは見られない。他方、県連は投開票から2日後の今月18日、長崎氏を支援した臼井氏を「党規則などに反した」として除名処分にした。
自民圧勝で終わった今回の衆院選。来夏には参院選が控える。「県議がしっかり足元を固めないと、またすぐに痛い目に遭う」。選挙に携わった陣営スタッフは懸念する。
今回選挙で県内では比例復活が相次ぎ、自民新人3氏を含む7氏が当選した。一方、次期衆院選では定数是正策「0増5減」が行われ、県内選挙区は3から2に減少する見通し。生き残りに向けたし烈な争いが予想される。今回は民主の「敵失」に助けられた自民党。足元はいまだ心もとない。【水脇友輔】
12月21日朝刊
8418
:
名無しさん
:2012/12/25(火) 16:53:03
寺田は地元でも親父の威光を傘に来た鼻つまみ者になってたから秋田での再起はもう無理だろ
8419
:
えり
:2012/12/25(火) 20:01:53
前代未聞
集スト被害者のデモ行進
http://www.youtube.com/watch?v=PlsDG7dTBVo&feature=youtu.be
被害を認識出来なければ、被害にはなりえません。
単なる偶然で不幸の連鎖が起こっていると片付けられるでしょう。
潜在的な被害者が全国にたくさんいます。
8420
:
名無しさん
:2012/12/25(火) 21:54:08
http://www.google.com/gwt/x?gl=JP&hl=ja-JP&u=http://www2s.biglobe.ne.jp/~mike/senkyo.htm&client=ms-nttr_docomo_gws_aw-jp&source=sg&q=%E5%85%B1%E7%94%A3%E5%85%9A++%E4%BE%9B%E8%A8%97%E9%87%91%E6%B2%A1%E5%8F%8E
8421
:
名無しさん
:2012/12/25(火) 21:57:18
↑
のデータ面白かったんで、チバさんに教えてあげます。無論他のみんなにも。知ってたらゴメン。
8422
:
チバQ
:2012/12/25(火) 22:26:33
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/121219/elc12121902100014-n1.htm
風はどう吹いたか(1)極端な振り子、自民も不安
2012.12.19 02:04 (1/3ページ)[静岡県]
事務所外の特設ステージで万歳三唱をする城内実氏=16日、浜松市
「川田のことをセンセイって呼ぶことになったりしてな」
選挙戦中盤、自民のベテラン県議は冗談めかして笑ったが、その言葉は現実になった。
「川田」とは、自民の比例単独候補で県連事務局長の川田隆氏(55)。党本部の指示で公示3日前に立候補を決め、名簿33位に登載。東海4県からの重複立候補者全員のさらに下位だった。
しかし、開票が始まると、自民の重複立候補者が破竹の勢いで次々と選挙区で当選したため、最後の1議席に滑り込んだ。12日間全く選挙運動をしないまま、本人も周囲も予想しなかった、まさに“棚からぼた餅”の衆院議員の誕生だった。
■恵まれた選挙戦
「こんなに恵まれた選挙は最初で最後。強い後援会組織と党のサポートがあり、関係団体からも数多くの推薦をいただいた」
3回目ながら、自民党公認としては初めての当選を果たした7区の城内実氏(47)は、選挙戦最終日、しみじみとこう語っていた。
事務所の壁に貼りめぐらされた推薦状は、前回のざっと3倍の74枚。無所属だった前回や前々回には大きく制限されていたチラシやポスター、政見放送の枠も、格段に増えた。「“選挙道具”が多く、使いこなすのが難しかった」とぜいたくな悩みを打ち明ける余裕さえあった。
城内氏の後援会組織は、結束力では定評がある。その地盤の上に、自民公認という“ブランド”が加わり、民主候補に3倍以上の大差をつけた。
■逆風から一転
前回は“民主の風”に吹き飛ばされた1区の上川陽子氏(59)にも、今回は順風が吹いた。
公示日、週末、最終日と選挙期間中3回も静岡市内の公園で大規模集会を開き、そのたびに500人規模で動員。回を重ねるごとに集会は盛り上がり、前回選にはなかった勢いを感じさせた。
しかし陣営の幹部は「うちは組織、組織、組織。風に乗った票をあてにするやり方はしない」と、自民ならではの組織力の勝利だとして、“風頼み”の戦いではなかったと胸を張った。
新人も風を受けた。民主の牙城である県東部の6区で、民主のベテラン、渡辺周氏(51)を1万2千票差まで追い詰めた自民の勝俣孝明氏(36)。渡辺陣営は「候補者本人の強さは感じなかった」と、あくまでも自民への追い風と民主への逆風が苦戦の原因だと分析していた。
■勝者の戸惑い
前回選で川田氏と同様にまったく選挙活動をしないまま議席を獲得した議員がいる。民主(当時)の比例単独候補として名簿登載された小林正枝氏(41)だ。今回は日本未来の党公認で選挙区から出馬、惜敗率15%の惨敗に終わった。
自民県連の杉山盛雄幹事長は選挙結果が確定した17日朝、こう述べた。
「今回は支持をいただいたが、一人一人がしっかりしないと、次回の選挙でまた自民党は駄目だということになる」
小選挙区制の下であまりに極端に揺れ動く民意の振り子。その言葉からは、勝者のはずの自民が抱く、強い戸惑いと不安が伝わってきた。
◇
1選挙区から1人の議員を選ぶ小選挙区制には、得票数の差以上に結果が偏る特性があり、世相や時代の雰囲気に左右されやすいといわれる。前々回は自民への小泉旋風、前回は政権交代の風が吹いた衆院選。そして今回は、どんな風が吹いたのか。師走の寒風下に繰り広げられた、熱い戦いを振り返る。
8423
:
チバQ
:2012/12/25(火) 22:27:40
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/121221/elc12122102010000-n1.htm
【衆院選2012 静岡】
風はどう吹いたか(2)
2012.12.21 02:01 [静岡県]
■民主、大惨敗に屋台骨失う
「まさか、ここまで迫られるとは…」
16日午後11時半過ぎ。6区から出馬した民主党前職、渡辺周氏(51)の事務所にようやく当確の一報が入ったとき、支持者たちは一様にこわばった表情を浮かべた。
渡辺氏は衆院議員16年の大ベテランで、6区は“鉄壁の地盤”のはずだった。それが、自民党新人の勝俣孝明氏(36)に1万2千票まで肉薄された。まさに薄氷の勝利だった。
結果判明後も渡辺氏に笑顔はなく、恒例の万歳三唱もなし。口から出たのは、「全国的にも歴史的な大敗。原因は、与党として成果を出せなかったことだ」と、まるで敗者のような弁明だった。
民主県連では公示前に、選挙区で7勝1敗だった前回から一転して、「4勝4敗なら…」と弱気なそろばんをはじいていた。しかし、結果は2勝6敗の大惨敗に終わった。
県連の岡本護・選挙対策委員長は、「逆風なんてものじゃない。台風だ」と、苦虫をかみつぶしたような顔でつぶやいた。
■予想以上の逆風
渡辺氏を最後まで苦しめたのは、陣営の危機感の欠如と、民主への予想以上の逆風だった。
解散直前まで防衛副大臣を務めていたため、地元入りの回数は減り、有権者と接する機会も減った。公示直後から準備不足を訴えて組織引き締めを図ったが、「いくら危機感を訴えても『周さんは大丈夫』と思い込んでいる人が多く、末端まで浸透しなかった」(選対幹部)。
それでも陣営は、苦戦の原因は準備不足や渡辺氏への批判ではなく、「自民への追い風の強さと、民主への逆風。渡辺はいいが民主はダメという声が多く、風当たりは半端ではなかった」と分析。県連の岡本委員長も「党そのものを背負っていたので、逆風をもろに受けた」とかばった。
■ゼロから出直し
「牧野氏がわずか数人の聴衆に向かって演説していた」
選挙戦中盤。党の統括副幹事長や経済産業副大臣を務めたベテランで、県連会長でもある牧野聖修氏(67)について、そんな噂が何度もささやかれた。持ち前の「人なつっこい笑顔」を武器に街の隅々まで回る“どぶ板選挙”を展開した牧野氏だが、有権者の反応は予想以上に冷ややかで、自民党元職の上川陽子氏(59)に終始リードされたまま敗北した。
選挙後、牧野氏は目を赤くして「3年前の大きな期待を裏切った。逆風に始まり逆風に終わる厳しい選挙だった」と、振り返った。
惨敗ショックに茫然(ぼうぜん)自失の県連。岡本委員長は「全くゼロから出直しをしないと、支持は得られない」として、国会議員が県連会長に就任する慣例の見直しを含め、抜本的な党立て直しを行う考えを示した。
民主党は今、“台風”に屋台骨まで吹き飛ばされ、大きな岐路に立たされている。
8424
:
チバQ
:2012/12/25(火) 22:28:47
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/121222/elc12122202010002-n1.htm
【衆院選2012 静岡】
風はどう吹いたか(3)「維新」の名前生かせず
2012.12.22 02:00 [静岡県]
選挙戦唯一の日曜日だった9日、静岡市葵区の青葉公園周辺で、「橋下徹 東国原」と大書された手作りのプラカードを掲げた若者が声を張り上げていた。
「橋下さんと東国原さんの演説が始まりまーす」
「橋下効果」はすさまじく、気温6度の寒空のもと、ざっと見て1500人、主催者側の発表では2千人以上が集まった。
■候補者名はなし
日本維新の会の橋下徹代表代行と東国原英夫氏が来た目的は、1区の維新候補、尾崎剛司氏(36)らの応援だった。しかし、プラカードにも、呼び込みの声にも尾崎氏の名前はなかった。
両氏の演説終了後、維新の関係者は「いやあ、思ったよりも人が集まった」とご満悦だったが、記者団に「この勢いをどうやって尾崎氏自身の得票につなげるのか」と突っ込まれると、絶句。「そう、それが大事ですよね」と口ごもった。
橋下氏と東国原氏のネームバリューに寄りかかった戦術は、尾崎氏の存在を希薄にし、結果はあえなく落選に終わってしまう。
静岡維新の会の柏木健代表も「あの勢いを尾崎氏の票につなげられなかった」と、敗因を分析した。
■「浜岡廃炉」一筋
維新で県内ではただ一人、比例で復活当選を果たした鈴木望氏(63)は、元磐田市長で元原発県民投票運動の主導者という経歴の持ち主だ。
浜岡原発を抱える3区で、主張を「原発廃炉」一本にしぼった鈴木氏の運動には、全国的に大きな注目が集まっていた。
しかし、選挙戦に突入すると、「一部地域では浜岡廃炉は堂々と主張しにくい雰囲気だった」と鈴木氏はいう。
原発のおひざ元では、立場によって原発への見解はまるで違う。廃炉の主張は、浜岡原発が立地する御前崎市では困惑されることが多く、むしろ、10キロ程度離れた掛川市や袋井市で受けいれられたという。
■党の主張と矛盾
もう一つ鈴木陣営を悩ませたのは、鈴木氏の主張が維新のものと矛盾しているという点だった。
元来、鈴木氏の主張と、原発への立場を明確にしていない維新の方針とは合致しない。それでも、「浜岡廃炉」一本では戦えないと感じた鈴木陣営は、東国原氏や橋下氏と合同演説を行い、維新の看板や橋下、石原(慎太郎前都知事)両氏のブランド力に頼る作戦に出た。
鈴木氏自身も選挙戦中盤以降は、「浜岡原発があることによって他産業の工場が立地しにくくなり、産業振興に影響している」と、当初の浜岡廃炉の主張をアレンジして訴えるなど、軟着陸を図った。
選挙前は注目を集めた第三極だが、ふたを開けてみれば選挙区での当選はゼロであり、比例復活を果たしたのはみんなの党の小池政就氏(38)と鈴木氏のみ。
期待された第三極への追い風もなく、反原発の争点化も不発に終わった中、尾崎氏と鈴木氏の明暗を分けたのは、元々の知名度の差でしかなかった。
8425
:
チバQ
:2012/12/25(火) 22:29:17
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/121225/elc12122502000001-n1.htm
【衆院選2012 静岡】
風はどう吹いたか(4)
2012.12.25 02:00 [静岡県]
■知事選・参院選への影響必至
衆院選直後の19日、浜松市内のホテルで、盛大なパーティーが開かれた。
パーティーの名は「川勝平太氏の出版を祝う会」。川勝平太知事が、初めて開いた政治資金パーティーだった。
「4年、8年と言わず理想の県をつくるまで、370万県民を引っ張っていってほしい」。宴席ではスズキの鈴木修会長兼社長から、知事の再登板を期待するメッセージが代読された。この“ラブコール”にどう応えるか注目された川勝知事だが、結局この日も来夏の知事選への出馬宣言はなかった。
もっとも鈴木会長のメッセージには、「(知事への評価は)100%ではなく50%くらい」とも記されており、破天荒な学者知事に対する財界人の複雑な心境の一端をうかがわせた。
■自・民ともに自信
衆院選が終わり、県政界ではにわかに来夏の知事選に向けた各党の思惑が表面化している。
「自民が誰を出そうとしているのか知らないが、川勝氏に勝てる人はそうそういない」。民主のベテラン県議は自身満々だった。3年半前の知事選で、公示直前に大学学長だった川勝氏を引っ張り出した一人だ。
川勝氏擁立にあたって、当時の自民県議の一部を巻き込むことに成功したとあって、「川勝知事は自民の政策と相いれない人ではない。最終的には自民は乗ってくるだろう」と、「川勝知事への自・民相乗り」を予言した。
秋波を送られた格好の自民だが、衆院選大勝を受けて自民県連の杉山盛雄幹事長は、「川勝知事は『民主党の知事』と認識している」とにべもない。「自民として候補者選定を急ぐ。党本部もそういう意向で、自民党を挙げて静岡の知事を取り戻す」と、対抗心をむき出しにして独自候補擁立を宣言した。
別の自民のベテラン県議も「人材はいる。隠し球もある」と、こちらも自信たっぷりだった。
■2人擁立の誘惑
当然ながら、衆院選の結果は、来夏の参院選にも大きな影響を与える。
静岡選挙区は長年、自民と民主が議席を分け合っているが、勢いに乗る自民県連は「党本部からは、もう1人擁立を、という要望が来るだろう」(杉山幹事長)と、2議席独占を目指して動き出した。
一方の民主には3年前の前回参院選での苦い経験がある。候補者を1人に絞って手堅い勝利を狙った民主県連に対し、政権交代直後で上げ潮ムードだった党本部が2人目擁立を強行。両者の間に深い溝ができた。
結果は自民と民主がそれぞれ1議席のままで、民主の一人芝居に終わったのだが、直近の衆院選で大勝した余勢を駆って2議席独占を狙いたいのは、今の自民も全く同じ。前回の民主の二の舞を、今度は自民が演じないとはかぎらない。
自民の大勝と民主の惨敗、それに伴う政権交代で、県内の政界地図は大きく塗り変わった。知事選は無風、参院選は自民と民主の指定席−師走の政権交代を受けた真夏の決戦が、そんな分かりやすい構図で収まりそうもないことは確かだ。=おわり
◇
(この企画は田中万紀、大坪玲央、広池慶一、飯田耕司が担当しました)
8426
:
チバQ
:2012/12/25(火) 23:21:50
>>6052
更新
高齢代議士リスト
(1942年以上=2012年に70歳を記載)
石原慎太郎1932年09月30日東京比例
保利耕輔1934年09月23日佐賀県3区 当選回数12回
亀井静香1936年11月01日広島県6区 当選回数12回
伊吹文明1938年01月09日京都府1区
二階俊博1939年02月17日和歌山3区
保岡興治1939年05月11日鹿児島1区 当選回数12回
平沼赳夫1939年08月03日岡山県3区 当選回数11回
麻生太郎1940年09月20日福岡県8区 当選回数11回
竹本直一1940年11月23日大阪府15区(比例復活)
宮路和明1940年11月29日鹿児島県3区(比例復活)
横路孝弘1941年01月3日北海道1区(比例復活)当選回数11回
衛藤征士郎1941年04月29日大分県2区 当選回数11回
谷川弥一1941年08月12日長崎県3区
野田毅_1941年10月03日熊本県2区 当選回数 14回
泉原保二1941年10月06日四国比例下位
土屋正忠1942年01月13日東京都18区
園田博之1942年02月19日熊本県4区
高村正彦1942年03月15日山口県1区 当選回数11回
上杉光弘1942年04月12日中国比例下位
小沢一郎1942年05月24日岩手県4区 当選15回
河村建夫1942年11月10日山口県3区
金子一義1942年12月20日岐阜県4区
西川公也1942年12月26日栃木県2区
参考)
中村喜四郎1949年4月10日当選回数12回
鳩山邦夫1948年9月13日当選回数 12回
菅直人 1946年10月10日当選回数 11回
8427
:
名無しさん
:2012/12/27(木) 17:57:05
http://www.47news.jp/CN/201212/CN2012122701001264.html
鳩山邦夫氏が自民党復党 党紀委員会了承
自民党は27日の党紀委員会で、鳩山邦夫元総務相(衆院福岡6区)の復党を了承した。復党は28日付。
鳩山氏は自民党が野党だった2010年3月、当時の執行部を批判して離党したが、昨年12月に復党願を提出。先の衆院選では自民党推薦の無所属で当選し、安倍晋三首相(党総裁)に早期復党を求めていた。
2012/12/27 17:09 【共同通信】
8428
:
名無しさん
:2012/12/28(金) 19:48:00
>>8427
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20121228-OYT1T01101.htm?from=ylist
自民党、鳩山邦夫氏の衆院会派入会届を提出
衆院の会派「日本未来の党」は28日、阿部知子、亀井静香両氏の会派離脱届を衆院事務局に提出した。
会派「自民党」も、同日付で復党した鳩山邦夫氏の入会届を衆院事務局に提出した。衆院の新勢力分野は次の通り。
自民党294▽民主党・無所属クラブ56▽日本維新の会54▽公明党31▽みんなの党18▽共産党8▽日本未来の党7▽社民党・市民連合2▽無所属10
(2012年12月28日19時27分 読売新聞)
8429
:
チバQ
:2012/12/28(金) 22:16:25
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2012122890170655.html
関市「民意の縮図」また証明
2012年12月28日 17時06分
2009年までの過去3回の衆院選比例代表の政党別得票率で、本紙が中部6県の全111市を調べた結果、全国の数値に最も近かった岐阜県関市。政党乱立で対決構図が変わった今回の衆院選でも、全国に近い傾向を示した。「民意の縮図」ぶりをあらためて証明した関市内で、動きだした安倍政権への期待を聞いた。
今回の比例代表の得票率は、自民党が全国27・6%、関市28・8%。民主党は全国16・0%に対し、関市は16・8%だった。過去三回に続き、いずれも0〜1ポイント台の小差で、二大政党の得票率は全国に極めて近かった。
今回、全国で20・4%と二位に躍進した日本維新の会は、関市でも17・2%と民主を上回った。日本未来の党は全国5・7%に対し、関市は7・4%。全国より維新が低く、未来が高くなった背景には、関市の入る岐阜3区で未来が候補者を立て、比例票も流れたためとみられる。
その他の中小政党でも、全国と関市の差は最大1・3ポイント。みんなの党と共産党ではほぼ一致した。
尾関健治・関市長(40)は「今回、得票率がどうなるかと気になっていたが、やっぱり関市民はバランスが取れているんですね」と納得の様子。新政権に対して「公共事業を進めてもらうのはありがたいが、赤字が膨らむ国民健康保険など社会保障の議論も進めてほしい」と望む。
関の刃物は欧米でも需要があり、岐阜県関刃物産業連合会の山藤茂事務局長(64)は「今の円安傾向を持続させてほしい」と期待。関青年会議所の宮部英門(ひでゆき)理事長(38)は「市内で自民への期待が高まっている雰囲気は特にないが、景気を良くしてもらえれば」と語った。
(中日新聞)
8430
:
チバQ
:2012/12/28(金) 22:33:13
http://www.asahi.com/area/fukushima/articles/MTW1212260700003.html
2012年12月26日06時29分
資質より擁立ありき 各党ドタバタ
●「空白区」回避へ
今回の衆院選では、民主、自民両党に加え、第三極の新党も候補者擁立でドタバタ劇を繰り広げた。空白区をつくらないことを「公党の責任」と強調したが、国会議員になるにふさわしい資質を本当に見極めたのか――。選考過程を見る限り、不安になる。
本文)解散後の候補擁立、自民は「未知数」、民主は「身内」
「もう、不戦敗だろ」
解散の前日、自民党福島3区支部の有力市議が嘆いた。
強固な支持基盤をもつ民主党の玄葉光一郎氏。自民は過去2回、選挙が迫ってから地元とは縁のない「落下傘候補」を立て、大敗を喫した。解散後、自民県連が期待した中島村出身の柏市議(千葉県)も結局、辞退を伝えてきた。
「政権奪還を目指す党として、空白区は作れない」と焦る県連。そこに、「誰もいないのなら」と名乗りを上げたのが、菅野佐智子氏だった。
「田村市で塾を経営し、政治のことを真剣に考えてきた人」。その程度の情報だけで県連は飛びついた。
県連会長の岩城光英参院議員らが会見して擁立を発表したのは、11月20日。司会者が名前を間違える、あわただしい会見を終えると、県連幹部らは安堵(あんど)の表情を浮かべ、「民主は決まったんかい?」。
◇
民主も空白区対策に苦しんだ。消費増税法案に反発して、1区の石原洋三郎、2区の太田和美両氏が離党したのが7月。選考を一任された県連代表の増子輝彦参院議員は「お盆明けには結論を出せる」と自信を示していた。
1区は南相馬市の農業関係者、2区は郡山市の若手弁護士らに打診したが、民主への逆風もあってことごとく失敗。比例区選出の前職にも、固辞された。
11月下旬になっても、1、2区の候補者が決まらない。「与党になってから若手を育ててこなかったから、こんなことになった」。支持団体の連合福島幹部はいらだちを隠さなかった。
結局、1区は玄葉氏の元秘書、2区は増子氏の秘書と、「身内」を担ぎ出し、不戦敗だけはしのいだ。「最初から立てていれば、『身内』でも違ったかもしれないが、土壇場になってからでは……」。連合幹部は投票前から突き放していた。
◇
菅野氏は3区で、4万8796票を獲得。当選した玄葉氏に対する惜敗率は45.3%だった。比例東北ブロックで自民党が5議席を勝ち取り、名簿に並ぶ他候補が小選挙区で次々と当選して勝ち抜け、議席が回ってきた。一方、大逆風を受けた民主党の2人は惨敗した。
「不戦敗阻止」の党のメンツだけを印象づけた候補擁立劇。菅野氏の選挙を支えてきた先崎温容(よしなか)県議(田村市・田村郡)にいま、国会議員誕生の高揚感はない。
「圧勝した党本部も県連も浮かれてなんかおれない。復興に尽くす、とは簡単なことではない。国会議員の資質が今、問われている」と引き締める。菅野氏には、こう注文をつけた。
「地元選出議員として、批判や非難も受け止め、足でかせぎ、汗をかいて県民の声を国政に届けられるかが問われる」(西村隆次、小沢邦男)
8431
:
名無しさん
:2012/12/30(日) 14:56:26
【調査】「落選させたかった議員」1位は菅直人氏-J-CASTニュース
実は落選させたかった政治家は誰ですか?――先の衆院選後にJ-CASTニュースがネットアンケートを募ったところ、
3日も経たないうちに1万票超の参加があった。12月29日(2012年)朝現在、1位は28%の菅直人氏で、2位以下を引き離している。
衆院選の投開票翌日の2012年12月17日、J-CASTニュースは、「1人1票のワンクリック投票」で、
「実は落選させたかった政治家は誰ですか?」のアンケートを始めた。
■3位は辻元氏
選択肢には、当選した衆院議員の中から、菅直人元首相ら何かと注目を集めた14人を編集部の独断で選び、
「その他」を加えた計15項目(下記メモ参照)を並べた。
ほかに、当時の首相、野田佳彦氏、選挙直前に「日本未来の党」結成に動いた
小沢一郎氏らを挙げた。「日本維新の会」の石原慎太郎代表や、
「小沢ガールズ」で唯一人当選(未来の党で比例復活)した青木愛氏の名前も入れた。
アンケート開始から3日も経たない12月20日朝には参加が1万票を超えた。29日朝時点(2万100票超)で、
1位は菅氏(28.2%)で、2位の小沢氏(21.5%)を7ポイント近くリードしている。3位は辻元氏(10%)。
この順位傾向は、開始ほどなくから変わらず続いている。ほかには例えば、石原慎太郎氏7.1%(4位)、
東国原英夫氏が7.0%(5位)など。
1位と2位を占める菅氏と小沢氏といえば、民主党から立候補断念に追い込まれた鳩山由紀夫氏とともに、
かつて「トロイカ体制」を組んだ顔ぶれだ。政権を託してみたものの「ダメだった民主党」のある意味象徴的な存在だ。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121229-00000006-jct-soci
8432
:
名無しさん
:2012/12/30(日) 15:00:28
>>8431
がんばったのに
ひどいなぁー
http://pbs.twimg.com/media/A9k2HIkCQAA9erA.jpg
8433
:
名無しさん
:2013/01/03(木) 22:13:20
.
8434
:
名無しさん
:2013/01/04(金) 08:41:59
未来世紀ジパング
8435
:
名無しさん
:2013/01/04(金) 11:26:10
‘可愛すぎる!!’と話題のSOD女子社員最新作!!
http://yorutomo1.blog77.fc2.com/blog-entry-2034.html
8436
:
チバQ
:2013/01/06(日) 21:32:08
日刊ゲンダイだけど
http://gendai.net/articles/view/syakai/140287
【2012年 あれからどうなった? 事件な現場と話題な人たち】12・16 落選者の凍える新年
【政治・経済】
2012年12月30日 掲載
<仙谷由人>
うつろな目で完敗のおわびを繰り返した民主党の仙谷由人(66・徳島1区)。進退については「選挙結果を分析し、よく考えたい」と茫然自失だった。
地元の秘書は「3カ月くらいは白紙です。年末年始はお世話になったところに挨拶回りをします」と言うが、年齢を考えても、このまま引退となる可能性が高い。自民は選挙前から「0増5減」の定数削減を主張していて、徳島は削減対象になっているからなおさらだ。
<田中美絵子>
女刺客となった民主党の田中美絵子(37・東京15区)。落選後、AV出演を依頼されたとか、キャスター転身をTV関係者に打診したとかウワサされるが、次も同じ選挙区で出馬する気だ。
「選挙用ではない正式な事務所を探したいと言っていました。既に選挙区の江東区に住まいを移しています」(関係者)
<横粂勝仁>
孤独な無所属で菅直人に挑んだ横粂勝仁(31・東京18区)も、再挑戦を決めたという。1000万円に膨らんだ借金の返済が当面の課題だが、弁護士資格を使うのではなく、文化人活動で稼ぐつもりだ。
「芸能事務所と契約を結びました。タレントではなく、政治を経験した『文化人』枠です。メディアから声を掛けていただけたら、いろいろと発言していきたい。現役時代に断っていたクイズ番組にも興味はあります」(横粂本人)
<福田衣里子>
普通の女の子に戻った日本未来の党の福田衣里子(32・比例近畿)は、既に旦那のいる大阪に引っ越し、「次は白紙」とのこと。
講演活動に力を入れるという。
<磯谷香代子>
09年に比例でタナボタ当選し、「フリーター議員」「女・杉村タイゾー」と呼ばれた民主党の磯谷香代子(47・愛知14区)は引退宣言。
「愛知に戻って、仕事を探します。スーパーの『イオン』でレジ打ちのバイトでもやろうかなあ。岡田さん(克也)に雇ってくれないか頼もう!」(磯谷本人)
無職で迎える新年は、寒さが一層こたえそうだ。
8437
:
名無しさん
:2013/01/11(金) 16:35:07
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130111/stt13011114560002-n1.htm
衆院選落選の民主・仲野博子氏が政界引退表明 北海道7区
2013.1.11 14:54
衆院議員を3期務め、昨年の衆院選北海道7区で落選した民主党の仲野博子氏(53)が11日、釧路市で記者会見し、政界からの引退を表明した。
仲野氏は青森県横浜町出身。北海道根室市で市議を務めた後、2003年の衆院選で初当選。11年には農水政務官に就いた。昨年の衆院選では自民党現職らと争い敗れた。
8438
:
名無しさん
:2013/01/12(土) 01:59:28
.
8439
:
チバQ
:2013/01/15(火) 01:13:17
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130114/stt13011418000004-n1.htm
【高木桂一の『ここだけ』の話】
たった24日で国会議員になった男
2013.1.14 18:00 (1/4ページ)[衆院選]
羽田孜元首相の後継として後援会「千曲会」の立候補要請を受け、記者団の取材に応じる寺島義幸氏=平成24年11月21日、長野県庁(太田浩信撮影)
この世には、どれだけ国会議員になりたいと長年頑張っても、なれない人がいれば、もともと国会議員になりたい気持ちがなかったのに、あっさりなってしまう人もいる。自民党の圧勝に終わった昨年暮れの衆院選で、壊滅的敗北を喫した民主党で新人候補53人のうち唯一当選した寺島義幸衆院議員(59)=長野3区=は後者の方だ。まさに青天の霹靂(へきれき)で出馬が決まってから当選するまで24日間。人間万事塞翁(さいおう)が馬とはいえ、選挙とは時に“弾み”で人の運命をガラリと変えてしまうものなのだ。
超短期決戦
寺島氏は衆院解散で政界を引退した羽田孜元首相(77)の後継者として出馬し、みんなの党新人の井出庸生氏、自民党新人の木内均氏らに競り勝った。寺島氏にとっては、息つく暇もないほどの「超短期決戦」だった。
羽田元首相が平成22年9月、次期衆院選に出馬せず政界を引退する意向を表明した後、羽田氏の後援会「千曲会」は、元首相の後継者として、長男で民主党参院議員の雄一郎前国土交通相(45)=参院長野県区=を擁立することを既定路線として準備を進めた。雄一郎氏も参院からの鞍替え出馬する腹を固めていた。
これは表向き、現職国会議員の親族が同一選挙区から立候補することを禁止する民主党の「世襲制限」の内規に抵触するものだった。しかし羽田氏サイドは、参院当選3回に加え、閣僚も経験した雄一郎氏は、自民党の世襲候補で定番となっている「国会議員としての経験、実績もなく、単に地盤を引き継いで出馬する世襲候補者」とは根本的に異なるとして鞍替え出馬の正当性を主張し、党側と綱引きを繰り広げてきた。
土壇場で「本命」撤退
そこで野田佳彦前首相は昨年11月16日の衆院解散後、「『脱世襲』の方針を貫く」と宣言した。野田氏には自民党との違いを鮮明にする狙いがあった。
それでも雄一郎氏は一時、無所属でも出馬する道を模索したが、最終的に苦渋の決断で「脱世襲」を受け入れた。雄一郎氏が参院からの鞍替え出馬「断念」の記者会見を参院議員会館で開いたのは、同月20日のことだった。
長野3区をめぐる元首相の後継レースは、当初から地元で本命視されていた雄一郎氏が土壇場で撤退したため、振り出しに戻った。後継を確定すべき12月4日の公示まで残された時間は約2週間だった。
すぐさま後継候補は元首相の後援会「千曲会」の主導で、元首相の公設秘書で首相秘書官も務めた北沢英男氏、長野県長和町長の羽田健一郎氏、元首相の秘書経験のある長野県議の寺島氏ーの3人に絞られた。だが決定までは電光石火だった。
「死ぬ気で頑張ってくれ!」
関係者によると、羽田長和町長は町長を辞めれば町民に迷惑をかけるため固辞し、北沢氏も健康問題を理由に出馬を断った。このため瞬く間に寺島氏一本に絞られた。打ち明けるのは元首相周辺だ。
「雄一郎氏の鞍替え断念の記者会見の最中、長野県佐久市内で北沢氏が羽田元首相の名代として寺島氏と会い『一緒に戦おう』と説得した。そこで寺島氏も腹を固めた」(元首相)
これを受け「千曲会」の正副会長会は11月21日、寺島氏に出馬要請することを全会一致で決定した。寺島氏は翌22日に元首相を東京・成城の自宅にたずね、羽田元首相に出馬の報告し了解をとった。
「死ぬ気で頑張ってくれ!」
そう激励した羽田氏は、「お守り」として、かつて登院した際に国会で用いていた「羽田孜」の名札を寺島氏に手渡した。
8440
:
チバQ
:2013/01/15(火) 01:13:38
寺島氏は23日に佐久市内のホテルで記者会見して正式に出馬を表明し、党本部からの公認も得た。雄一郎氏の鞍替え断念記者会見からわずか「中2日」で、「寺島候補」が名実ともに誕生したのだ。
寺島氏は昭和28年、長野県立科町の農家に生まれた。54年、成城大学経済学部を卒業し、民間企業に9年間勤務。62年から平成3年にかけて羽田元首相の秘書を務めた後、同年4月、長野県議会議員選挙に無所属で立候補し、初当選。県議は6期目で、議長も歴任した。
「無欲」の男
出馬表明の記者会見で寺島氏は、「薫陶を受けた孜先生の志を引き継ぐ」と決意を表明したが、その数日前まで自身がまさか国政選挙に出馬する日が来るとは思っていなかった。選挙戦で訴える政策についても「短期間で(出馬を)決断したので、細かな政策はできていない」と述べた。
「無欲の男だからこそ元首相の後継者になれた」と語るのは、寺島氏に近い関係者だ。
同関係者は、国政転身に一時揺れた寺島氏の背中をこう押したという。
「あなたが自分から、いっちょう国会議員をやってやろうかと欲をもっていたら、俺たちは分不相応だとして相手にしなかった。今回は神様があなたの前に降りてきて『寺島、出番だよ』と声をかけてくれた。こういう機会だったんだ」
しかし、寺島氏は衆院選出馬が決まるまで民主党歴もなく、入党手続きや選挙ポスター、ビラの作成…と突貫工事の連続だった。
旧長野2区時代から元首相の父・武嗣郎氏、孜氏と半世紀も続いた「羽田王国」を死守しなければならないプレッシャーも大きかった。
「私も共に戦う」
公示日の12月4日、羽田元首相は寺島氏の出陣式にこんなメッセージを寄せた。
「私も彼の心に己の魂のすべてを宿し、この思い尽きるまで、ともに戦って参ります。力を尽くし、心を尽くし、最後まで全力で頑張りましょう」
手探りのまま短時間で迎えた同月16日の投開票日。選挙戦の「出遅れ」は響いた。しかし得票数は前回選の羽田元首相の約13万8600票からほぼ半減させたものの、戦いが三つどもえとなったことで票が割れて大接戦となり、これを制することができた。
初当選を受け、寺島氏は「時間がない中で千曲会、各種団体、仲間の県議、すべての皆様にスピーディーに取り組んでいただいたことが結果につながった」と喜びを語った。
前回143人の新人を大量当選させた民主党にあって寺島氏は「たったひとりの1年生議員」となったが、同党への大逆風のなかで勝利できたのも、盤石だった「羽田王国」の後継者としてのアドバンテージも大きかっただろう。
「世襲議員」を超えられるか
「羽田先生の長年培ってきた地盤と、歴史の重みを実感している。うれしいというより、よかったという思いだ」。寺島氏は元首相から受け継いだ国会議員バッジの“重み”をこう強調するが、いつまでも「よかった」と浮かれている余裕はないはずだ。
緊急避難的”に代議士となった寺島氏の真価がこれから問われるが、荒波を乗り越えた民主党唯一の新人議員が、自民党の定番といえる「世襲議員」を凌駕する“実力”を発揮しなければ、同党の再建はおぼつかないだろう。まずはお手並みを拝見である。(政治部編集委員)
8441
:
チバQ
:2013/01/15(火) 01:14:38
むっちゃん激やせだなあ
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/121229/stt12122907010001-n1.htm
【高木桂一の『ここだけ』の話】
ひっそり43年の議員生活に幕 羽田元首相“現役”最後の「納会」
2012.12.29 07:00 (1/3ページ)[高木桂一の『ここだけ』の話]
「納会」で仲良むつまじいところを見せる羽田孜元首相と綏子夫人=28日、東京・平河町(高木桂一撮影)
御用納めの28日、先の衆院選に出馬せず政界を引退した、民主党の羽田孜元首相(77)=前党最高顧問=を囲む「納会」が都内のレストランで開かれた。安倍晋三首相の再登板による自公連立政権発足から2日、故金丸信元自民党副総裁に「平時の羽田」と称された元首相はゆかりの永田町関係者らに見送られつつ、43年間の議員生活に名実ともに幕を下ろした。
くしくも羽田氏が昭和44年12月27日投開票の総選挙で初当選し政界入りて丸43年。羽田氏が主宰する納会は毎年御用納めの恒例行事となっていたが、この日が“現役”として最後の納会となった。羽田氏の家族、親類のほか、元秘書や「羽田シンパ」の民主党関係者、ジャーナリストら総勢100人が出席した。
羽田氏の長男、雄一郎前国土交通相は乾杯のあいさつで、父親への長年の支援に謝意を表明する一方、「大臣の引き継ぎを無事終えてホッとしている」と述べ、約半年間にわたり共に汗を流した約6万人の国交省職員の労をねぎった。
羽田氏の長野3区の後継者として衆院選に出馬し、民主党新人候補で唯一当選した元長野県議会議長の寺島義幸衆院議員(59)は「羽田先生の長年培ってきた地盤と、歴史の重みを実感している。うれしいというより、よかったという思いだ」と語り、羽田氏から受け継いだ国会議員バッジの“重み”を強調した。
次いで羽田氏の綏子(あやこ)夫人がこう述べ、出席者に深々と頭を下げると、出席者からは大きな拍手が送られた。
「この43年間、本当にお世話になりました。あと年々元気でいられるか分かりませんが、(世田谷区)成城の自宅で夫婦で幸せに暮らしてます。これからは雄一郎と二男の次郎のことをよろしくお願いします」
羽田氏の側近、北沢俊美元防衛相は「今年の納会はひときわ感慨深いものがある。憲政の神様のような人が国会を去られることは残念でならない」と語った上で、衆院選で惨敗した民主党について「捲土(けんど)重来(ちょうらい)を期して一致団結していけば、今回の自民党のように選挙で大勝できる」と訴えた。
羽田氏自身は民主党の「未来」に関して筆者にこう述べ、傷心の後輩たちにハッパをかけた。
「(衆院選惨敗は)天から与えられた機会と思って、じっくり時間をかけて立て直していけばいい。焦ることはない」
首相経験者では羽田氏のみならず、自民党の森喜朗、福田康夫両氏も先の衆院選に出馬せず、議員バッジを外した。一方、政界での影響力が一気に陰った、かつての「盟友」小沢一郎元民主党代表は相も変わらず「党を創っては壊す」を繰り返している。
羽田氏は長年苦楽をともにした小沢氏のドタバタ劇を横目にひっそり政界を後にするが、関係者によると、羽田氏自身は今後も国会近くに事務所を置き、日本の政治を“外野”から静かに見守り続けていくという。(政治部編集委員)
8442
:
チバQ
:2013/01/23(水) 23:30:38
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2013012301067
小宮山元厚労相が引退
昨年12月の衆院選で落選した民主党の小宮山洋子元厚生労働相は、次期衆院選に立候補せず、政界を引退する意向を固めた。関係者が23日明らかにした。当落にかかわらず先の衆院選を最後の選挙とするつもりだったという。
小宮山氏はNHKアナウンサー出身で、1998年の参院選比例代表で初当選。2003年の衆院補選にくら替え出馬し当選して以降、4期務めた。 (2013/01/23-22:54)
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8443
:
チバQ
:2013/01/24(木) 22:53:37
http://www.news-postseven.com/archives/20130124_167410.html
衆院選落選の姫井由美子氏 司法書士しながら国会復帰目指す
2013.01.24 16:00
【司法書士として働きながら政治活動続ける姫井由美子氏】
昨年の総選挙では、多くの女性候補者たちが話題をさらったが、落選した候補者たちは、いまどうしているのか?
6年前の参院選では、「姫の虎退治」で名をあげた姫井由美子氏(53)は、昨年の総選挙では「姫の放射線退治」として、日本未来の党から千葉8区で出馬した(現在は生活の党)。
「選挙区の千葉8区(旧・沼南町を除く柏市と我孫子市)は放射線量が高く、よりいっそうの除染を訴えました。(岡山からの)国替えも突然だったので、もう少し時間があれば、という思いはあります」(姫井氏)
現在は司法書士として働きながら「いつか国会に戻ってくる」と、政治活動も続けている。
撮影■渡辺利博
※週刊ポスト2013年2月1日号
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8444
:
チバQ
:2013/01/26(土) 07:31:39
http://www.nagano-np.co.jp/modules/news/article.php?storyid=27473
加藤学氏 政治活動を休止
更新:2013-1-26 6:00 昨年12月の衆院選に「日本未来の党」公認で立候補、落選した加藤学前衆院議員(44)=飯田市=は25日、同市内の事務所で会見し、「いったん、全ての政治活動を休止させていただく」と述べ、衆参両院を含め国政から退く意思を表明した。すでに後援会は解散し、伊那市内の事務所も引き払った。飯田市高羽町の事務所は今月末に閉じて上田市の実家に戻り、就職活動に専念する。
加藤氏は落選後、支援を受けた中島衛元衆院議員や家族と相談し、大差で負けた選挙結果を踏まえて政治活動の休止を決めた。支援者には25日付であいさつ状を郵送し、意思を伝える。「機会があれば活動再開もあり得るが、現段階で将来は未定」と述べ、「引退」の表現は避けたものの次期衆院選への出馬は否定した。
会見では「7年半にわたって支えていただいた地域の皆様に感謝申し上げる」と謝意を表し、民主党政権時代を振り返って「党自らがマニフェストを破り、国民の期待に応えられなかったことをおわびしたい」と述べた。
議員生活では「リニア中央新幹線のルート問題では、県やJRと話をして決着にこぎつけ、歴史が決まる1ページを担えたことはうれしかった」と述べた。
加藤氏は民主党の公募候補として2005年に5区から立候補。09年に初当選後1期を務めた。昨年7月に消費税増税に反対して離党し、「国民の生活が第一」に参加。昨年12月の選挙では合流した未来の党から立候補し、約3万票の得票で次点になった。
8445
:
チバQ
:2013/01/30(水) 23:24:29
http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/politics/39696.html
民主党の松宮勲氏が政界引退 昨年衆院選で落選、福井3区
(2013年1月30日午後6時10分)
昨年12月の衆院選で福井3区から立候補して落選した民主党の松宮勲前経済産業副大臣(68)は政界から引退する意向を固めた。1月末で越前市内の事務所を引き払い、東京に生活、活動の拠点を移す。松宮氏は福井新聞の取材に対し「(衆院選が)これで最後の戦いのつもりだと言ってきた。それがすべて」と語った。
松宮氏は、衆院選の結果について「厳しい有権者の審判だった。想定したよりももっと厳しい現実だった」と総括。今後福井県内から国政に出馬することはないとした。「福井のためにやるべきことはやった。長らく県政課題であったプロジェクトは、みんなと力を合わせて方向性を出すなり成就するなりした。悔いはない」とも述べた。
松宮氏は鯖江市出身。東京大卒業後、通産省審議官を経て2000年に自民党から福井1区に出馬し初当選した。03年には第2次小泉内閣で外務政務官を務めたが、郵政民営化に反対して05年の総選挙で落選して離党。その後民主党入りし、09年に福井3区から出馬し落選、比例代表で復活当選した。
民主党政権では衆院科学技術・イノベーション推進特別委員長などを務め、第3次野田内閣で経産副大臣に就任した。
8446
:
チバQ
:2013/01/31(木) 22:15:36
http://news24.jp/nnn/news8716177.html
衆院選で事前運動容疑 金沢市議を書類送検
(石川県)去年12月の衆議院選挙で、公示前に候補者への投票を呼び掛けたとして、県警は31日までに社民党の森一敏金沢市議を書類送検した。
公職選挙法違反の疑いで書類送検されたのは、社民党県連合副代表の森一敏金沢市議だ。森市議は12月の衆議院選挙で、石川2区から立候補した細野祐治氏(落選)を当選させる目的で、公示日より前に自らの後援会関係者や支持者、出身高校の同窓生らに投票を依頼する文書を送った疑いだ。県警は容疑が固まったとして1月28日に書類送検した。一方の森市議はテレビ金沢の取材に対し、「送った文書は、細野氏の後援会への入会案内で、投票を依頼する意図ではない」と認識の違いを示している。また、自らの進退については「これまでと変わらず取り組んでいく」としている。
[ 1/31 20:13 テレビ金沢]
8447
:
名無しさん
:2013/02/03(日) 10:07:12
小平、鉢呂、三井、鹿野、細川、城島、慶秋、筒井商店、真紀子、
川端、仙谷あたりは引退だな
8448
:
チバQ
:2013/02/05(火) 22:40:37
http://mainichi.jp/area/miyazaki/news/20130205ddlk45040545000c.html
公職選挙法違反:衆院選で買収、容疑で5人書類送検−−県警 /宮崎
毎日新聞 2013年02月05日 地方版
県警は4日までに、昨年12月の衆院選で宮崎1区から立候補し、比例九州ブロックで復活当選した日本維新の会の中山成彬氏の支援者の女2人=いずれも宮崎市=を公職選挙法違反(現金買収)容疑で宮崎地検に書類送検した。
捜査関係者らによると、送検容疑は、衆院選が公示された昨年12月4日ごろ、支援者の80代の女が60代の女に中山氏への投票や票のとりまとめを依頼、報酬として複数回にわたって現金計数万円を受け渡ししたとしている。
中山氏の後援会事務所は「後援会と直接関係のない支援者のことで、詳細はわからない」としている。
また、県警は児湯郡の80代の男ら3人も公選法違反(物品買収、事前運動)の疑いで書類送検した。
送検容疑は公示前の昨年11月、木城町で有権者数人に比例代表で公明党への投票を依頼し、報酬として野菜を渡したとしている。
8449
:
名無しさん
:2013/02/09(土) 03:59:16
http://www.yomiuri.co.jp/election/local/news/20130208-OYT1T01226.htm
敗因はトップの失敗の連鎖…民主が衆院選を分析
民主党改革創生本部(本部長・海江田代表)は8日の総会で、衆院選惨敗を総括した中間報告の素案を提示した。
沖縄県の米軍普天間飛行場移設問題などを挙げ、敗因は「トップによる失敗の連鎖」とし、党運営に関し「最大の問題はまとまりのなさ」と指摘した。落選者からのヒアリングでは「参院選で負けたら党はなくなる」などと再建を危ぶむ声も相次いだが、年明け以降の地方選の敗北続きで、明るい展望はない。
2月3日投開票の横浜市議神奈川区補選(欠員1)では、共産党候補を1000票以上も下回って3位と惨敗。「屈辱的な敗北だ」との衝撃が広がった。
1月27日投開票の北九州市議選(定数61)は、民主党執行部が「党再生へ向けた第一歩」(加藤敏幸選対委員長)と位置づけた。結果は、自民党が候補19人全員当選で現有議席を維持、初挑戦の日本維新の会とみんなの党も各3人が当選。民主党は3議席減の7議席で、その戦いぶりも苦しく、例えば、小倉南選挙区(定数12)では2人擁立し、最下位で1人が当選しただけで、2人擁立で2人当選の共産党を下回った。小倉北選挙区(同12)でも2人擁立して下位当選が1人と、擁立した2人とも当選した共産党の後じんを拝した。
(2013年2月8日23時13分 読売新聞)
8450
:
チバQ
:2013/02/11(月) 12:41:58
http://mainichi.jp/select/news/20130210k0000m010072000c.html
塩崎議員後援会:当選お礼の印刷文書 公選法抵触の可能性
毎日新聞 2013年02月09日 22時03分(最終更新 02月10日 09時07分)
自民党政調会長代理で、愛媛1区選出の塩崎恭久衆院議員の後援会事務所が、9日に松山市内で開いた支援者らが参加する集会後に、新年の祝辞と、昨年12月の衆院選に当選したお礼の言葉が印刷された文書を参加者に配布していたことが分かった。
公選法は、自筆の返礼以外での政治家の年賀状配布を禁止。自筆の信書などを除き、選挙後にあいさつ目的の文書を配ることも禁止しているため、集会で配布した文書が公選法に抵触している可能性がある。
塩崎氏の事務所は、当選のお礼は「出席御礼にあくまで付随的に追記された表現で、公選法に違反するものではないと考えている」とするコメントを出した。(共同)
8451
:
チバQ
:2013/02/13(水) 22:56:43
http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/nationalelections/40304.html
若泉氏が民主党県連に離党届提出 前衆院議員、独自の活動へ
(2013年2月13日午後6時34分)
前衆院議員で民主党県連顧問の若泉征三氏(67)=福井県越前市横住町=は13日、党県連に離党届を提出した。県庁で記者会見し「政党の政策にこだわらず、幅広い政治活動に向けて進んでいきたい」と説明。今夏の参院選をはじめとする国政選挙や知事選、首長選での出馬も選択肢として検討する考えを示した。
若泉氏は、昨年12月の衆院選で比例代表北陸信越ブロックの単独候補として名簿登載されたが落選。直後に離党を決意したという。会見では「民主党に限らず、政党に属さずに独自の考えで活動したい」と述べた。
今後は新たな政治団体を3月中をめどに発足させる予定で、政治に関心を持つ県民ら約70人の参加を見込んでいる。北陸新幹線の県内延伸に伴う並行在来線の維持、原発の廃炉に合わせた再生可能エネルギー導入などをテーマにするという。
若泉氏は今立町長を4期務めた後、2003年と09年の衆院選で当選。野田第2次改造内閣で財務政務官兼復興政務官を務めた。
党県連は参院選福井選挙区の候補者選定を進めており、若泉氏は有力候補の1人に挙げられていた。玉村和夫幹事長は「突然の話。県連の立て直しを一緒にやってもらえると思っていたので残念だ」と述べた。直接本人から事情を聴いた上で、離党届の取り扱いを決める。
8452
:
チバQ
:2013/02/21(木) 23:45:53
http://www.agara.co.jp/modules/dailynews/article.php?storyid=246109
玉置氏が民主離党 和歌山県連3区総支部長
元民主党衆院議員の玉置公良氏(58)が党本部に離党届を提出していたことが分かった。19日にあった党県連常任幹事会で報告された。
玉置氏は18日に党本部に離党届を提出した。県連は、近く協議する予定で「受理することになるだろう」という。
玉置氏は昨年9月、離党の意向を固め、ほかの党への合流を模索したが、幹部らに慰留されて離党を思いとどまった。しかし12月にあった衆院解散後の選挙には出馬しなかった。県連第3区総支部長はそのまま続けていた。
本紙の取材に対し玉置氏は、政界からの引退は否定し「今後の政治活動については地元支援者の声を聞いて決めたい」と話した。
党県連常任幹事会では、岸本周平衆院議員を代表代行にすることも決めた。代表は、阪口直人衆院議員=日本維新の会=が離党したことで不在となっているが、代表を選ぶには県連大会での了承が必要なため、「代行」にとどめた。次回の大会で岸本衆院議員が代表になるとみられる。
8453
:
clomiphene 25 mg
:2013/02/28(木) 03:12:56
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8454
:
clomiphene 25 mg
:2013/02/28(木) 07:33:02
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8455
:
名無しさん
:2013/03/08(金) 19:14:05
秋田2区
川口前衆院議員、出馬へ 小坂町長選
ttp://www.sakigake.jp/p/akita/news.jsp?kc=20130308b
8456
:
チバQ
:2013/03/08(金) 23:09:43
http://mainichi.jp/area/akita/news/20130308ddlk05010012000c.html
選挙:小坂町長選 川口前衆院議員、出馬へ きょう表明、民主離党を検討 /秋田
毎日新聞 2013年03月08日 地方版
前民主党衆院議員で元小坂町長の川口博氏(65)が、4月2日告示・7日投開票の小坂町長選に立候補する意向を固めた。8日に正式表明する。関係者によると、無所属で立候補し、民主党は離党することを検討しているという。同町長選には再選を目指す現職の細越満氏(65)と、新人で会社役員の成田一君氏(62)の2人が出馬表明しており、返り咲きを目指す川口氏と三つどもえの争いとなる公算が大きい。
川口氏の後援会関係者によると、現町政に飽きたらなさを抱く地元後援会が約1カ月前に、川口氏に町長選への出馬を要請。川口氏は当初、「若い世代が頑張ればいい」と固辞。一方で川口氏は、民主県連が擁立を断念した知事選(21日告示、4月7日投開票)の候補者と目されていたため、動向が注目されていた。
地元後援会は川口氏に同町長選への立候補を再三要請。川口氏は「前向きに考えたいので、(返事を)待ってほしい」と意欲を示したという。
川口氏は小坂町長5期目の任期途中で09年4月の前回知事選に立候補し、落選した。同年8月の衆院選に無所属で臨み、政権交代の波に乗って当選。その後民主党に入党した。川口氏の辞職に伴う前回の同町長選では川口氏の後継と目された新人候補が落選している。【田村彦志】
http://www.sakigake.jp/p/akita/news.jsp?kc=20130308b
川口前衆院議員、出馬へ 小坂町長選
前衆院議員の川口博氏(65)は7日、任期満了(4月11日)に伴い4月2日告示、同7日投開票の小坂町長選に無所属で立候補する意思を固めた。きょう8日、表明する。同町長選には再選を目指す現職の細越満氏(65)と、新人の会社役員成田一君氏(62)がともに昨年12月に無所属で出馬を表明。前町長の川口氏の出馬で三つどもえの選挙戦となる公算が高まった。
川口氏には、町議を中心とするグループが昨年末、後援会が2月上旬にそれぞれ町長選への出馬を要請していた。
川口氏は法政大卒。小坂町議を2期6年、町長を5期19年間務め、2009年4月の知事選に出馬し落選。同年8月の衆院選に秋田2区から無所属で出馬し初当選した。翌年6月に民主党へ入党。同党公認で出馬した昨年12月の衆院選で落選した。現在、党県第2区総支部長、党県連総務会長。小坂町小坂字野口1。
(2013/03/08 08:39 更新)
8457
:
チバQ
:2013/03/11(月) 21:10:36
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn201303110105.html
'13/3/11
空本氏が総支部長退任 民主
民主党広島県連は10日、広島市南区で定期大会を開いた。昨年末の衆院選広島4区で落選した空本誠喜氏(49)が4区総支部長と副代表から外れる役員人事を報告した。
柳田稔代表が空本氏の退任のほか、幹事長を中原好治県議(50)から宮原好男事務局長(63)に交代させる人事を報告した。大会終了後、柳田代表は「空本氏は東京で仕事をするため地元活動ができない」と説明。4区総支部長は自身が兼務するとした。
空本氏は中国新聞の取材に「知人の会社を手伝い、財政面を含めた立て直しを図る。離党はしていない」と説明。次期衆院選も広島4区で立候補する考えを強調する一方、民主党から立候補するかどうかは「分からない」とした。
大会には党員たち約120人が参加。夏の参院選広島選挙区(改選数2)での議席獲得を柱にした2013年度の活動方針を決めた。
8458
:
チバQ
:2013/03/12(火) 20:51:46
http://mainichi.jp/select/news/20130312k0000e040177000c.html
前衆院議員:政党ポスターはがした疑いで書類送検…群馬
毎日新聞 2013年03月12日 11時46分(最終更新 03月12日 12時32分)
民家に掲示されていた政党のポスターをはがしたとして、群馬県警高崎署が中島政希前衆院議員(59)を器物損壊容疑で前橋地検に書類送検していたことが12日分かった。
送検容疑は、衆院議員だった12年9月、高崎市内の自宅近くの民家に張ってあった政党ポスター数枚をはがしたとしている。捜査関係者によると、この政党関係者が同署に告訴状を提出し、県警が事情を聴いていた。
中島前議員は09年の衆院選で民主党の比例北関東ブロックで初当選し、昨年1月に離党。昨年12月の衆院選には立候補しなかった。
中島前議員は「(政党関係者からの)告訴はネガティブキャンペーンとしてなされた。(ポスターを)取り外した対応に法的な問題はない」などとコメントしている。【角田直哉】
8459
:
b
:2013/03/12(火) 22:35:29
美少女エロ画像
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8460
:
chaussuresisabelmar
:2013/03/14(木) 13:26:39
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http://chaussuresisablmarant.webnode.fr
8461
:
名無しさん
:2013/03/14(木) 19:49:18
夏の参院選比例選に民主党公認で出馬することが内定していた福島県郡山市在住の山口和之・前衆院議員(56)は13日、
同市役所で記者会見し、民主党に離党届を提出したことを明らかにした。別の政党から同比例選に出馬することを目指して
いるという。
山口氏によると、12日に党本部に離党届を提出した。山口氏は「民主党には感謝しているが、医療・保健・福祉の専門家と
して政策実現のために総合的に判断した」と述べた。新たな所属政党については明言を避けたが、日本維新の会からの
出馬が取りざたされている。
http://www.yomiuri.co.jp/election/sangiin/news/20130314-OYT1T00309.htm
8462
:
チバQ
:2013/03/14(木) 22:23:40
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130314/crm13031412400006-n1.htm
石原宏高議員側に運動員 UE社が3人派遣 公選法違反の可能性も
2013.3.14 12:38
自民党の石原宏高衆院議員(48)=東京3区=が昨年12月の選挙で、大手パチンコメーカー「ユニバーサルエンターテインメント」(UE、東京)に選挙を手伝わせる目的で社員派遣を求め、UE社側が応じていたことが14日、同社関係者への取材で分かった。
UE社などによると、石原議員側に派遣したのは3人で12月16日の投開票日までの約1カ月、選挙運動の手伝いをしたという。応援期間中、3人は有給休暇を取得していたとしている。
石原議員は「UE社側から選挙の手伝いの申し出があった。3人には休職して運動員として働いてもらったという認識だ」としている。公選法は選挙運動の報酬を支払うことを禁じている。3人が選挙を手伝った見返りに、会社側から通常の給与とは性質が異なる何らかの報酬を受け取っていた場合、関係者が同法違反に問われる可能性もある。
UE社は「社員が希望して選挙を手伝った。会社が強制した事実はない」とコメントした。
8463
:
チバQ
:2013/03/15(金) 21:22:34
http://mainichi.jp/select/news/20130315k0000m040096000c.html
選挙応援派遣:遊技機業者「石原議員側から打診」
毎日新聞 2013年03月14日 23時56分
昨年12月の衆院選で、自民党の石原宏高衆院議員(48)=東京3区=が大手遊技機メーカー「ユニバーサルエンターテインメント」(UE社)から社員の派遣を受けていた問題で、UE社は14日、「石原議員から選挙応援で『いい人を紹介してくれないか』と役員に打診があり、社員が有給休暇を取得して手伝った」と釈明した。
石原氏は「先方から『休職扱いで手伝わせましょうか』と話があった」としていた。
UE社によると、石原氏は11月16日の衆院解散前に、以前から知り合いだった役員に応援を依頼。複数の社員に打診したところ、3人の社員が手を挙げた。11月中旬ごろから衆院選の投開票のあった12月16日まで有給休暇を取り、選挙を手伝ったという。
UE社は「具体的活動は休暇中のことなので把握していない。宿泊代や交通費も会社は負担していない」と説明。一部報道で3人が石原氏と当選祝いで会食した
8464
:
チバQ
:2013/03/18(月) 21:33:21
http://www.yomiuri.co.jp/election/sangiin/news/20130318-OYT1T00145.htm?from=blist
「党での活動は白紙」と述べた生活の前衆院議員
生活の党青森県連(代表=平山幸司参院議員)は17日、青森市内で常任幹事会を開き、幹事長に下山勝明・鶴田町議、代表代理に三上隆雄・元県議と山内正孝・元県議を起用する役員人事を了承した。
幹事会では、夏の参院選の比例候補擁立に向け、県連内に選考委員会を設置することも決めた。平山代表が記者会見し、「自薦他薦を含め県内から複数の名前をいただいている。1か月以内に結論を出したい」と語った。
また、昨年12月の衆院選で落選した前衆院議員の横山北斗氏は記者団の取材に「生活の党での今後の活動はまったく白紙。しばらくはそういう(政治)活動から離れることも含めて考えていきたい」と述べた。
(2013年3月18日17時32分 読売新聞)
8465
:
チバQ
:2013/03/20(水) 00:01:11
http://www.asahi.com/national/update/0318/TKY201303180124.html
2013年3月19日11時13分
葬式代カンパするぜ 衆院選で供託金没収の94歳に共感
【馬場由美子】「日本国憲法を守ろう」と94歳で衆院選埼玉12区から立候補するも、最下位で落選した川島良吉さん。「葬式代」だった供託金300万円は失ったが、その行動は共感を呼び、全国各地から葬式代カンパの申し込みが相次いでいる。札幌市のパンクロッカーは「オジイちゃんありがとう! 葬式代は俺たちがカンパするぜ!」基金を立ち上げた。
汗と熱気が充満する東京・渋谷のライブハウス。今月9日、「SLANG(スラング)」のボーカルKO(コー)さん(42)が腹の底から絞り出すような声で歌い続ける。疾走する音の洪水。家族とともにライブに招かれた川島さんは、杖で体を支えながら舞台を凝視していた。
「94歳のじいちゃんが、この間の選挙に出たって知ってっか?」。曲の合間、KOさんが観客に問いかけた。「こんな年のじいちゃんを選挙に駆り出させてしまった。俺たち恥ずかしいと思うよ」
8478
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旧ホントは社民支持@鹿児島市
:2013/03/25(月) 16:51:20
ついに来たか。
昨年の衆院選は無効 一票の格差訴訟で初判断 広島高裁
http://www.asahi.com/national/update/0325/OSK201303250048.html
「一票の格差」が最大で2・43倍となった昨年12月の衆院選をめぐり、弁護士グループが「法の下の平等を定めた憲法に違反する」として選挙の無効(やり直し)を求めた訴訟で、広島高裁(筏津〈いかだつ〉順子裁判長)は25日、広島1、2区について「違憲で無効」とする判決を言い渡した。弁護士らが1962年に始めた一票の格差訴訟で、無効判決が出たのは全国で初めて。
広島1区の当選者は岸田文雄氏(自民)、2区は平口洋氏(同)。ただ、被告の広島県選挙管理委員会は上告するとみられ、最高裁で無効判決が確定しない限り失職はしない。高裁は選挙時の区割り規定そのものを違憲と判断したが、無効訴訟は選挙区ごとに起こす形式となっており、対象となった広島1、2区のみを無効とした。最も人口の少ない高知3区の有権者の1票に対し、広島1区の有権者は0・65票、2区は0・52票で、格差はそれぞれ1・54倍と1・92倍だった。
一連の訴訟では、二つの弁護士グループが全国14の高裁・支部すべてで、計31選挙区を対象に提訴。6日の東京高裁を始め、5高裁・支部も違憲としたが、弊害が大きい場合はあえて無効としなくてもよい「事情判決」の考えを採り、違法の宣言だけをした。名古屋、福岡の両高裁は「違憲状態」と判断した。
8482
:
チバQ
:2013/03/31(日) 00:35:36
選挙直後の記事
http://www.nagasaki-np.co.jp/news/senkyo/2012/12/24145517.shtml
県内の選挙 (2012年12月24日更新)
長崎新聞
政権漂流・1 民主全敗
「敵は民主党だった」
16日投開票された第46回衆院選は自公両党が全議席の3分の2を確保する圧勝で政権を奪還した。自民は前回民主に独占された県内4小選挙区でも全勝。長崎1区では総選挙で初勝利した。注目された第三極勢力は存在感を示せなかった。振り幅が大きく、漂流する政治の現場を追った。(衆院選取材班)
日付はとうに変わり、テレビの選挙速報の残り議席数は1桁になっていた。民主前職、高木義明(66)の事務所は自民元職、冨岡勉(64)の当確判明から3時間以上重苦しい雰囲気に包まれていた。「比例復活確実」。一報がもたらされると支持者は肩をたたき合って喜び、高木が姿を現すと、三菱重工労組長船支部委員長の峰義彦は何度も涙をぬぐった。「こんなに苦しいのは初めて。これだけ動いたのも初めてだ...」
高木は国政に7期22年、文部科学相まで上り詰め、高校授業料無償化などの実績もあった。だが結果は生涯初の落選。重複立候補していた比例九州ブロックで、民主が得た最後の3議席目に滑り込んだ。惜敗率88・6%は4位と0・7ポイント差。まさに薄氷−。
その強固な組織力で長船支部は43年にわたり組織内候補を国政に送り続けてきたが、体力は確実に落ちてきている。組合員数は団塊世代の退職で3年前より500人減って6千人を切った。加盟する連合長崎の組合員数は横ばいだが、高木は「労働環境が悪化し、非正規社員も増えた。組織頼みの選挙は駄目だと思う」と限界を認める。
さらに組織内にも民主政権に対する失望が広がっていた。造船不況に苦しむ三菱協力企業のある社長は、消費税を上げないよう高木に求めたが、かなわなかった。脱原発路線は連合傘下の九電労組の動きを鈍らせた。「みんな『今まで協力してきたのに、何を考えているんだ』と憤った」。20代組合員の一人が職場の空気を明かす。
「『高木は大丈夫』はうぬぼれ。危機感が末端の組合員まで広がらなかった」。長船支部幹部OBはこう悔やむが、弱体化しつつある組織では、初めて経験する与党への逆風には耐えられなかった。
より自民支持傾向の強い保守地盤の4区。民主に追い風だった前回でさえ、民主前職の宮島大典(49)と比例復活した自民前職の北村誠吾(65)との差は約4500票にすぎなかった。風任せでは安定した戦いが望めない−宮島はそう考え、3年かけて佐世保市内を中心に後援会を拡充。保守票の侵食と固定票の上積みを図った。
だが圧倒的な逆風は、そんな努力をあざわらうかのように2万8千票近い差の惨敗をもたらした。敗色濃厚になった16日夜、選挙事務所の隅で、後援会関係者の一人が力なくつぶやいた。「敵は民主党だった。どんなに頑張っても報われない。むなしいね」=敬称略=
8483
:
チバQ
:2013/03/31(日) 00:35:59
http://www.nagasaki-np.co.jp/news/senkyo/2012/12/24145518.shtml
政権漂流・2 自民完勝
期待裏切れば「交代」
衆院選投開票日の16日午後11時半すぎ、自民党県連幹事長室。当選確実となった小選挙区候補4人のポスターに、会長の金子原二郎がバラの造花を添えた。長崎1区の元職、冨岡勉(64)の花がはがれ落ちると「慣れていないからね」と冗談を飛ばした。ちょうどお祝いに訪れた県看護連盟名誉会長の山口ミユキは、比例九州ブロック(定数21)で当確となった末吉光徳(66)の姿を見つけ、遠慮なく言った。「あんた何もせんで上がったなあ」
重複立候補する小選挙区候補が大量当選すれば、比例での獲得議席数が名簿登載人数を超え、他党に譲ることになりかねない−これを防ぐ自民の狙いは当たった。民主に独占されていた県内四つの小選挙区をすべて取り返しただけでなく、比例単独候補として名簿の下から5番目、37位に名を連ねた末吉にも議席が転がり込んだ。公明との選挙協力上、自らの選挙活動を控えたというのに。
まるで3年3カ月前の裏返しだった。当時、民主の比例単独候補で29位だった川越孝洋(69)は小選挙区候補の応援に専念しながらも政権交代の風に乗り、初当選。今回は福田衣里子の離党で2区が空白区になるのを避け、くら替え出馬したが、敗れ去った。
その2区を制したのは末吉と同じ"66歳の新人"、加藤寛治だった。元自民県議で雲仙市長を辞して挑んだ奥村慎太郎(58)との保守分裂選挙を、4万票以上の差をつけ圧倒した。奥村は自民の参院候補公募に応じながら、福田の不出馬を見て衆院選に名乗りを上げた。だが、これを「裏切り」とみた加藤陣営に火を付ける結果となった。
冨岡は3度目の挑戦でようやく民主、高木義明(66)の壁を越えた。分厚い労組票の前に、自民は小選挙区比例代表並立制の導入以降5回の総選挙で勝ったことがなかった。自民圧勝だった2005年の郵政選挙で冨岡は8537票差まで迫り比例復活したが、09年は政権交代の風に4万票以上の大差で吹き飛ばされた。そして今回は民主への逆風に乗じ約1万票差で勝利。ただ高木の復活を防ぐことはできなかった。
県議の一人は前職のいない1、2区の勝因をこう分析してみせる。「突然の解散からわずか4週間の超短期決戦。こっちの候補が地域全体に浸透していたわけじゃないが、民主とは逆に、個人より党を前面に出すことができた」
ただ冨岡を支援した医師連盟幹部は冷めた視線を送る。「自民が野党で反省したか分からない。民主よりまし、ということ」。風が吹くたびオセロのようにひっくり返る結末。金子は"勝利者インタビュー"に顔を引き締めて挑んだ。「小選挙区制では任期中に国民の期待に応えられないと、こうなる。どの政党が政権を取ってもだ」=敬称略=
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チバQ
:2013/03/31(日) 00:36:23
http://www.nagasaki-np.co.jp/news/senkyo/2012/12/24145519.shtml
政権漂流・3 離党騒動
県連 党の内紛に翻弄
「プレーボールとともに暴投、エラーの連続。向こう(自民)はバッターボックスに立っただけ。試合にならんかった」
17日午前0時半すぎ、諫早市内の民主前職、川越孝洋(69)の事務所で県議の山口初實は、一連の離党騒動による「自滅の構図」を野球に例えた。既にその4時間半前、それも投票終了とほぼ同時にテレビは自民新人、加藤寛治(66)の長崎2区での当選確実を報じていた。
支持者は早々に引き揚げ、残ったスタッフ数人が疲れた表情でホワイトボードの開票速報を見て、うなだれた。川越が2区で獲得したのは3万6602票。かたや前回、元防衛相で自民の重鎮、久間章生を破り「政権交代の象徴」とされた福田衣里子は約12万票。福田は諫早市だけで約4万1千票を獲得しており、川越はその得票数にさえ届かず、2003年衆院選の社民新人と比べても約1万4千票少なかった。
「自滅」の序章は7月だった。消費税増税法案の衆院採決に反対票を投じた小沢一郎ら約50人が一挙に離党。その後もくしの歯が欠けるように離党者が相次ぎ、先月16日の衆院解散後、同じ増税法案造反組の福田と3区の山田正彦(70)も飛び出した。
公示約2週間前になって立候補者4人のうち半数を一気に失い、県連は慌てた。空白区になれば比例票も減りかねず、代表の川越が2区の後任探しに奔走。最有力だった諫早市出身の参院議員、大久保潔重の擁立は、参院議席数減を嫌う党幹事長、輿石東に拒まれた。前回、比例九州ブロックで当選した川越は引退表明をしていたが撤回、やむなく自ら責任を取る形で出馬を決意した。
だがこの間、1区の高木義明(66)らが福田の慰留に努め、支援労組も活動を中断、出遅れの原因となった。3年3カ月前の「政権交代」の熱から冷めた有権者の行動は投票率となって表れた。2区は60・54%にとどまり、一挙に約12ポイントも落ち込んだ。
ただ惨敗の中でも民主最大の支援組織、連合長崎の会長、森光一は半年後の参院選を見据えていた。「もし(川越の)決断がなければ次の戦いはゼロからのスタートになった。少なくとも足場は残してもらった」
福田は県外に去ったが、山田は3区に残り、県連は「競合すれば自民を利するだけ」と自主投票を選んだ。連合長崎もこれに同調。新党に移った山田は貴重な組織票を失ったまま戦うことになった。
14年前の県連結成時に高木1人だった所属国会議員は、前回の衆院選後8人にまで達したが、今は高木と大久保を残すだけ。「自民は党内でけんかしても決まったらまとまる。民主党にはそういう文化がない」。党の内紛に翻弄(ほんろう)された県連幹事長の高比良末男は、深いため息をついた。=敬称略=
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チバQ
:2013/03/31(日) 00:36:44
http://www.nagasaki-np.co.jp/news/senkyo/2012/12/24145520.shtml
政権漂流・4 諫干問題
期待高める開門反対派
ある大物政治家の小選挙区落選をテレビの開票速報が伝えると、暗い表情で腕組みしていた陣営幹部は思わず「よし!」と身を乗り出した。16日深夜、諫早市内の民主前職、川越孝洋(69)の事務所。しばらくして比例当選が決まると「復活しちゃうのか」とつぶやいた。
大物政治家とは前首相の菅直人。国営諫早湾干拓事業の開門調査問題で、福岡高裁の開門判決を"政治判断"で確定させた。幹部は「諫干の混迷も、民主の凋落(ちょうらく)も、元はと言えばこの人が元凶だ」と吐き捨てた。
菅が判決の上告を見送った2年前。開門を求める有明海沿岸の漁業者は「まさに政治主導」ともてはやした。だが開門に反対する民主県連は「英断ではなく言語道断」(諫早市議の一人)と一斉に反発。しかし地元と国の橋渡し役を担う肝心の2区民主前職は、農相来県時も知事らとの会談に秘書を代理出席させるなど、こと諫干問題に関しては関心を示さなかった。結局民主は地方と中央のねじれを抱えたまま選挙に突入した。
川越は開門に反対の立場だったが、街頭演説や個人演説会では諫干問題をほぼ封印。自民新人、加藤寛治の陣営からは「いろいろ言っていると逆に突っ込まれるからだろう」と冷ややかな声も漏れた。
民主県連関係者は言う。「菅の独断専行だったとはいえ、その後の地元との調整能力のなさは民主政権がまだ幼かったということ。『諍(いさか)いに終止符を打つ』と言葉だけが躍ってしまった...」
開門期限までちょうど1年となる中、自民に政権が戻る。注目は民主政権がなし得なかった「地元の理解と協力」が得られるのか、または開門反対派が求める「開門しない」という選択ができるのかどうか−だ。
加藤は選挙中、川越とは対照的に「開門絶対反対」を強調し続けた。「言ったことは石にかじりついてでもやるのが政治家」とも言った。自民県連幹事長の八江利春も総裁の安倍晋三が諫早入りした際「政権を取れば環境は大きく変わる」と聴衆に期待してみせた。 もともと農業者を中心とする開門反対派は自民支持層と重なる。諫早湾防災干拓事業推進連絡本部長の栗林英雄は「これまでは抗議だったが、もうそれも終わり。これからは要望だ」とスタンスの違いを語り、早速26日に上京し開門反対を国会議員に要請する。
だが、逆に政権与党が"身内"なればこそ、これまでのように開門反対の旗を立て続けられるのか−との懸念も出ている。ある開門反対派幹部は「大きく立ちふさがる確定判決の前で、自民がどこまでやってくれるのか...。われわれも懐柔されておしまいじゃ何のための反対だったかということになる」と心配する。
自民のこれからの出方を民主も注視する。「法治国家である以上、確定判決をほごにした例はない。お手並み拝見だ」と県連関係者の一人は言う。=敬称略=
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チバQ
:2013/03/31(日) 00:37:03
http://www.nagasaki-np.co.jp/news/senkyo/2012/12/24145521.shtml
政権漂流・5 公共事業
"拡大路線"に熱い視線
「民主党はうそつきです」「そうだ、そうだ」−。衆院選の投開票を2日後に控えた14日夜、長崎市中心部のアーケード。自民元職、冨岡勉(64)の選挙カーの上で県建設業協会長の谷村隆三が声を張り上げると、聴衆は沸いた。
前回衆院選の直前、谷村らは「コンクリートから人へ」と公共工事削減をマニフェストに掲げる民主党政権誕生に危機感を強め、民主県連に公開質問状を突きつけた。「西九州自動車道は推進する」。そう回答されたが、唯一ルート未定の松浦−佐々で環境影響評価に着手したのは今年に入ってからだった。
演説から3日後、当選あいさつに協会を訪れた冨岡を、谷村は興奮冷めやらぬ様子で迎えた。「ぜひ頑張っていただきたい」
民主党は政権交代後間もなく長崎自動車道の4車線化や九州新幹線長崎ルートの長崎延伸も"凍結"。石木ダムを含む全国のダム事業を再検証した。もともと自民党政権下から減少傾向にあった県内の国直轄の道路予算は、さらに3分の1まで減った。
だが全国の自治体や民主県連からインフラ整備を求める声はやまず、東日本大震災後はさらに強まった。これに押し切られるように4車線化も新幹線も容認にかじを切り、石木ダムも結局「継続」に。県連は「必要な整備だから進めた」と成果を強調したが、自民党はここぞとばかりに「選挙目当てだ」と攻撃した。
その自民党は200兆円もの公共投資による「国土強靱(きょうじん)化」を打ち出した。地方が国に政策要望する際、民主政権では幹事長室に窓口が一本化されていたが、今後は各省庁に自由に出向き直談判できる−自治体関係者はこうも期待する。
当の建設業界の動きはどうだったのか。「昔のように運動員を出せるほど体力のある業者はほとんどない」。倒産が相次ぎ、疲弊が進む業界の現状にある地方議員は同情してみせる。だが谷村は明かす。「演説会への動員など支援の仕方は以前と変わらない。ただ、冷めた目で見ていたこれまでとは、熱の入れ具合が違った」
だが、こうした流れに不安を覚える向きもある。「古い自民党のように族議員がはびこらなければいいが...」。ある建設業者はこう話し"利権政治"の復活で有力議員の地元だけが潤うことを懸念する。長崎大経済学部准教授の山口純哉は公共投資拡大路線に懐疑的な見方を示す。「一時的な効果はあってもそれだけで持続的に経済を発展させるのは、費用対効果や財政的な裏付けの観点から難しい。起業促進など幅広い取り組みが必要だ」
それでも関係者の期待は大きい。16日、「当確」の一報から1時間余りがたった自民前職、北村誠吾(65)の松浦市内の選挙事務所。勝利の余韻に浸る支援者がうずまく中、松浦市議が北村に近づき、右手を差し出した。「先生、1月に(西九州道の)陳情に行きますので」=敬称略=
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チバQ
:2013/03/31(日) 00:37:18
http://www.nagasaki-np.co.jp/news/senkyo/2012/12/24145522.shtml
政権漂流・6 "右傾化"
戦争体験者 今こそ声を
「皆さん、先ほど北朝鮮がミサイルを発射しました」「日本を射程に入れていることを示すため打ち上げたと言ってもいい」。衆院選投開票を4日後に控えた12日午前、長崎市の鉄橋。北朝鮮の事実上の長距離弾道ミサイル発射の一報を受け、自民党総裁の安倍晋三が声を張り上げた。
「自公は日本の領海領土、国民の命を守る政権をつくる」「誇りを持てる日本を取り戻す」−。ナショナリズムを喚起する演説が続いた。だが自民党が公約に掲げる集団的自衛権行使の容認、憲法改正、自衛隊の国防軍化には一切触れなかった。
被爆地長崎では、この公約に加え、日本維新の会代表の石原慎太郎が核兵器保有の研究を公言したこともあり、"右傾化"の懸念が強まった。長崎1区で当選した自民の冨岡勉(64)は「被爆地で国防軍について話すと不利になるという話は特になかった」とするが、選挙期間中、自民党候補者や長崎入りした同党幹部が言及することはほとんどなかった。民主党などは"右傾化"を攻撃材料としたが、憲法改正は争点とならず、自民圧勝の流れが加速した。
衆院選後、安倍は早速、憲法を改正しやすくする「憲法96条の改正」について日本維新の会などと連携を模索する考えを表明。96条では、改憲には衆参各院の3分の2以上の賛成による発議と国民投票で過半数の賛成が必要と定めている。自民党は、発議要件を両院の過半数に緩和する憲法草案を掲げている。
長崎原爆被災者協議会長の谷口稜曄は「憲法を『米国がつくった』と反発する人がいるが、被爆国日本が戦後の再出発に当たって軍隊を持たない、戦争をしないと決めたのだ。それは絶対に守る」。NGO核兵器廃絶地球市民長崎集会実行委員長の朝長万左男は「参院選も控え、安倍さんがすぐ改憲に突っ走るとは思えないが、厳重に監視しなければならない」と話す。
経済の低迷、貧困層の増加、社会の閉塞(へいそく)感と、沖縄県・尖閣諸島などの領海領土問題は、国民の「強い日本」への希求を促し、これを背景にして戦争の放棄を定めた9条を含めた改憲の土壌は広がりつつあるようにも見える。
さらに日本は、原発の使用済み核燃料の再処理で核物質プルトニウムを既に大量に蓄積し、ウラン濃縮技術、高度なロケット技術も保有。核兵器開発の潜在能力を「抑止力」として着目している政治家もいる。"右傾化"は核の取り扱いも含めて懸念を広げる可能性がある。
元長崎大学長の土山秀夫は「自民の勝利は民主の自滅が要因。自民の改憲を有権者が支持したわけではない」と分析し、こう指摘した。「以前は自民党内でも改憲反対の議員は多かった。それは戦争体験者たちだった。今、平和と自由を享受してきた世代の議員が、勇ましいことを言ってたきつけている。戦争が人間性を根底から覆すものだと知る戦争体験者が、口を開くときなのだ」=敬称略=
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チバQ
:2013/03/31(日) 00:37:36
http://www.nagasaki-np.co.jp/news/senkyo/2012/12/24145523.shtml
政権漂流・7 第三極
時間なく存在感示せず
「こんなに解散が早くなるとは思わなかったな」。衆院選投開票日の16日夜、長崎3区で敗色濃厚となった日本未来前職、山田正彦(70)は低い声で悔しさをにじませた。 民主党政権で農相を務め、環太平洋連携協定(TPP)では交渉反対の急先鋒(せんぽう)としてメディアに注目され、知名度は"全国区"だった。自民前職の谷川弥一(71)とは前回まで1勝2敗。どちらが敗れても比例復活する接戦を繰り広げてきた。だが今回は約1万7千票の差をつけられ復活もできなかった。
ちょうど1カ月前−。首相の野田佳彦は大阪市長、橋下徹率いる日本維新をはじめ第三極勢力の台頭を警戒、その選挙準備が整う前に解散に打って出た。山田と共に消費税増税法案採決で造反した小沢一郎は、既に民主を離れ「国民の生活が第一」を結党。4区に元秘書の末次精一(50)を擁立していた。
後を追うように離党した山田は新党結成などを経て、小沢と合流。環境派で知られる滋賀県知事の嘉田由紀子を代表に担ぎ出した。
12党が入り乱れる中、日本未来が獲得できたのは9議席、改選前の7分の1に後退した。末次がつぶやく。「民主は駄目、自民は嫌、第三極は乱立で違いが分からない−有権者はそう思ったんじゃないか」
23日夜、東京で身辺整理を済ませ地元に戻った山田は「国政復帰は」と記者に問われると「考えてるよ」。ただ、それが半年後の参院選かそれとも衆院選かは「様子を見る」としか語らなかった。
一方、橋下と石原慎太郎が組んだ日本維新は改選前の5倍、54議席に伸ばし第3党へ躍進した。ただ本県は小選挙区で候補を擁立できなかった全国8県の一つ。候補者を養成する「維新政治塾」の若手市議らは手を挙げず、元首長や県議らの個別交渉は破談した。 雲仙市長だった奥村慎太郎(58)も維新と接触したが、TPP推進が地元農業層に受け入れられないとみて無所属で2区に立候補。自民新人の加藤寛治(66)に敗れ、周辺はこう漏らした。「維新でやればもっと無党派層を取り込めたのに」
それを裏付けるデータがある。県内の維新の比例得票率は候補者もいないのに公明を上回る16%に達した。その上、比例九州ブロックで4議席を得た日本維新の4人目の候補の惜敗率はわずか47%。つまり1位当選者の半分以下の得票で比例復活した。奥村は加藤の54%。もし、維新公認で重複立候補していれば、同じ票数でも復活できていた。
次は参院選−。だが塾生の一人は冷静に見つめる。「数字を見て名乗りを上げる人はいるかもしれない。ただ風で通っても、いずれ"小沢ガールズ"のように全滅する。風任せにはなりたくない」
熱気に乏しい中で自民が大勝し政権を奪還した衆院選。自公が安定した政権をつくるのか、政治がさらに漂流するのか、見通すのは難しい。=敬称略=(おわり)
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