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継続:科学と疑似科学を判別する
1
:
Ken
:2024/07/06(土) 16:52:48
「1対1」のスレッドに関する、基本的なことを、最初に述べます。
旧スレッドで言ったように、第三者が、この『掲示板』で発言することには、干渉しません。ただ、この『スレッド』では、第三者の発言は認めません。発言は、掲示板の別スレッドでしてください。
私が議論する相手が、別スレッドで、だれと意見を交換するのも自由だし、そこから得た結論を、自分の投稿として、このスレッドに書き込まれてもかまいません。
それなら、このスレッドに第三者が書き込めないことで、何の問題も生じないはず。それとも生じますか?
一方、このスレッドに、私が読まない投稿をされることの害は明らかです。それらの投稿の中から、読むべき投稿を見つけねばなりません。しかも、その投稿は画面から消えていることもあり、探しにゆかねばなりません。その不便さは元の掲示板の経験で明らかでしょう。
こう説明すれば、第三者がこのスレッドに書き込む理由はないはずです。少なくとも、ネット掲示板のまともな使い方をする人なら。
それでも書き込むのは、明らかに妨害の意図をもつ人だけです。当然、排除されます。
531
:
Ken
:2025/10/04(土) 10:06:00 HOST:KD059132141229.au-net.ne.jp
特定の理論が科学の正当な手順を踏んでいるか、それとも踏み外した「疑似科学」であるかは、どこまでを正当の範囲に含めるかに依り、その範囲は評価する個人によって変わります。しかし、ある理論Aと別の理論Bの相対比較なら、より客観的な評価ができる。ID論をID論だけで評価するのではなく、光波動説のような歴史の中で登場した理論と比較することで、科学理論としての正当性を評価するのが目的です。
私は、教育には一切の拘束をかけず完全自由にするのが科学の進歩に貢献すると思いますが、スレッドで明らかになったように、それとは異なる思想もある。そこで16世紀の地動説と18世紀の光波動説は格好の考察対象になります。この両説は科学史の中で巨大な位置を占めるからです。もし両説が「疑似科学」という理由で教育の場から排除されていたら、その後の進歩は重大な障害を受けたことでしょう。教え伝えられたからこそ、続く時代の飛躍に繋がりました。
ただし、私が主張するのはあくまでも「自由」です。16世紀の地動説も、18世紀の光波動説も、現在のID論も(他にも超光速ニュートリノ、血液型性格診断、ダークマター、天地創造論)、教えたい人と教わりたい人がいるなら、つまり需要と供給の関係が成立するなら、教えればよい。成立しないのなら、教える必要はない。そういうことです。間違っても、上記の諸説を「教えるべき」とは言いません。「教えるべき」も「教えてはいけない」も、自由とは反対の拘束です。ID論を教育の場から排除せよというドーキンスの主張も拘束を目指すものです。
www.theguardian.com/science/2005/sep/01/schools.research
これも間違えられては困りますが、これは個人が教わりたいことを教わる「権利」の話をしているのではありません。私自身はこういう権利を最大限尊重するべきという思想を持ちますが、今はそれを論じてはいません。
論じているのは、完全自由な教育が科学の進歩に最も貢献するのだ、という事実関係の話です。自由を拘束すれば進歩は阻害されます。旧ソ連の遺伝学が停滞したのは、ルイセンコ説を教える自由があったからではなく、ルイセンコ以外の説を教えられない拘束があったからです。
532
:
Ken
:2025/10/04(土) 14:54:02 HOST:KD059132153028.au-net.ne.jp
それでも、もし教育にはある種の拘束が必要で、教育に持ち込んでもよい理論と、持ち込むべきではない理論があるという立場に立つのなら。
18世紀の光波動説と、現在のID論と。
教育に持ち込んでもよい、正当な科学の手順を踏んでいるのはどちらでしょうか?
排除されるべき「疑似科学」はどちらでしょうか?
これを検証してゆきましょう。
533
:
Ken
:2025/10/04(土) 23:00:10 HOST:softbank126026080234.bbtec.net
考察を始める前に、地動説と光波動説について語っておきましょう。
地動説と光波動説を持ち出した理由は、この2つには、その当時の物理法則と矛盾し、観測事象と整合しないという問題があったことがありますが、一方で、この2つが科学史の中で果たした、あまりにも重要な役割があります。
近代科学は地動説から始まる、という歴史的評価があります。16世紀にコペルニクスが唱えた地動説を、いろいろな人が追及しました。決定的な役割を果たしたのがケプラーで、地動説にもとづくケプラーの法則を1609年に発表し、天体位置の予測精度を革新的に向上させたのです。
コペルニクスのモデルとは異なり、ケプラーの法則は、周回天体が楕円軌道を動くことと、中心天体からの距離で速度が変わることを示したのです。例えば、地球を周回する月の軌道も楕円で、その半径は10%も変動します。これは、地球から見た月の大きさと、天空を横切る速さが10%変動することを意味し、これを含めた計算をするのとしないのでは、たとえば日蝕の予測精度に明らかな差を生じるのです。旧スレッドで紹介したように、地動説を弾圧したローマ教会の宣教師が、自分たちが危機に陥ったときは、地動説に頼るしかありませんでした。
(jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/5329/1707555287/25)
火星や木星のような惑星の位置の予測精度では、さらに決定的な差がつきます。
ケプラーの法則が登場した時点では、慣性の法則は知られておらず、恒常的な風が吹かない矛盾は解消されてませんが、予測を的中させるという決定的な証拠が出たら、地動説を認めるしかありませんでした。その矛盾はガリレオが解決し、結局、コペルニクス→ケプラー→ガリレオと続いた展開を集大成したのがニュートン力学です。地動説なくしてニュートン力学はありませんした。
地動説を人々に確信させたのがケプラーの発見なら、光波動説で同じ役割を果たしたのが、1801年の2重スリット実験です。縞模様の観測というだけなら、18世紀以前にもニュートン環の観測例がありましたが、2重スリット実験が革命的だったのは、両方の穴からの光が合わさると、片方だけの光より弱くなることでした。なにより、観測事象から波の波長が算出され、スリット間隔や投影面までの距離を変えると、縞模様がどう変化するかの予測ができるようになり、もう光は波と認めるしかありませんでした。
そして、このことは、波動というものに対する根元的な再考を要求しました。波を伝える媒質は質量と弾性をもつ「ばね」という前提にたつ限り、光の速度と整合する弾性と密度が空間を充たさねばならないからです。もはや、物質的な媒質をもたない波を探すしかありません。そんなものはありえないと言っても、2重スリット実験の縞模様を粒子が作ることは、もっとありえません。この時、光粒子説という代案が消滅したのです。
歴史を読む限り、電磁誘導の発見は、偶然の要素が強く、媒質のない波とは関係なく行われたと思われます。しかし、電磁波を理論化したマクスウェルの業績は違います。電場と磁場の相互作用こそ、波動方程式に必要と考えられた質量と弾性に該当し、媒質のある波の速度が質量と弾性で決まるように、電場と磁場が空間を伝わる効率(誘電率と透磁率)で電磁波の速度が決まることを明らかにしました。算出された電磁波の速度の理論値が、17世紀以来観測されてきた光の速度と一致することも示しました。そこには、2重スリット実験が突き付けた媒質のない波を解き明かす意思があります。光波動説が2重スリット実験につながり、2重スリット実験が電磁波理論につながりました。
工学系の大学生(私もそうでした)が相対性理論を履修しないことはありえても、ニュートン力学とマクスウェル電磁気学と量子力学を教えられないなど、今の大学教育でありえません。量子力学も、ニュートン力学とマクスウェル電磁気学の基礎の上に、新たな発見が重なって生まれました。結局、あらゆる自然科学の根幹をなす物理学は、地動説と光波動説が歴史の中で果たした役割に、多くを負っております。
それほど巨大な貢献をした理論が、理論が唱えられた時代には、どれほどの「疑似科学」であったかを、光波動説を例に見てゆきましょう。
534
:
Ken
:2025/10/11(土) 22:57:36 HOST:softbank126026080234.bbtec.net
では、ここから18世紀の光波動説と現在のID論を比較します。もしも「正当な科学の手順」に沿った理論のみ教育の場に持ち込むというスタンスをとるのなら、相対的にその条件により適うのはどちらであるのか。18世紀の光波動説か、それとも現在のID論か。
ただし、両者の比較は理論の内容のみで行い、18世紀の光波動説と現在のID論のどちらが支持者を集めたかという、社会的評価では行いません。何度も述べたように、地動説の根拠となるのは、フーコーの振り子や台風の渦であって、地動説を支持する人の多寡ではありません。
では第1の切り口です。そもそも2つの理論はいかなる観測事象に基づいて唱えられたのでしょうか?
波動説の根拠とされたのは、グリマルディが観測した同心円で、それが水面の波紋に似ているというものでした。何度も引用した文献の「4.光は波(光の波動説)」に記述があります。
www.jstage.jst.go.jp/article/pesj/43/4/43_KJ00005896682/_pdf
「ホイヘンス(C.Huygens: 1629〜95)やフック(R.Hooke: 1635〜1703)は,光の 同心円と水面に生じる波紋の類似性に着目して光の波動説(以下波動説という)を唱えた」
要するに、同心円が観測されたことで、同心円を作る事象が他にないかと考えた結果、水面の波紋に思い当たったわけです。
ただし、この同心円は、当時は光の回折・干渉の結果と考えられたのではなく、ただ、水面の波紋に形状が似ているというもので、18世紀には光の回折も干渉も起こらないと考えられたと、上の文献にあります。それなら、光は波紋を作るから波だという主張は、イルカは海を泳ぐから魚であり、コウモリは空を飛ぶから鳥であると結論するのと同じと指摘しました。
では、ID論の根拠とされる観測事象はなんでしょうか? むろん地球史の中で進化が起こった事実です。進化が起こったことは化石資料から分かります。そして、生物の進化を起こす事象として知られているものがあるかと考えた時、思いつくのが人類が実行してきた品種改良です。意図をもつ何者かが、生物の進化を望む方向に導く行為にほかなりません。それで進化が起こることは大量の観測例があるのですから。
ID論の説明に用いられる時計作りのアナロジーはこれを語っています。実物の時計が見つかれば、その時計を作った人間がいると考えることでしょう。人の行為で時計が生じる事象が観測されるからです。
ここから明らかなように、IDには神の奇跡も、宇宙人の超文明も、それどころか今の人類程度の文明も必要ではありません。人類が農耕・牧畜を始めた1万年ほど前から意図的な品種改良は行われてきたのです。石器時代の人類がやったことが奇跡であるはずがありません。
535
:
Ken
:2025/10/18(土) 20:46:07 HOST:softbank126026080234.bbtec.net
前回は18世紀の光波動説と現在のID論が、どういう観測事象を根拠としたかを述べました。今回は2つの説が追及すべき課題を考察します。
過去の地球で起こった進化の中には知的な干渉が含まれるとするID論が、明らかにするべき課題は何でしょうか? それは具体的な干渉の方法と、干渉者の正体であるはずです。何者がいかにして特定の進化を導いたのか、です。
時計作りのアナロジーが示すように、人間の行為を元にIDが発想されたのなら、干渉の方法は人間の方法がまず想像されるべきでしょう。特定の形質をもつ個体群を優先的に繁殖させるやり方です。もし恐竜から鳥への進化が知的干渉の結果なら、より強い翼を持ったり、より体重の小さい個体を意図的に繁殖させたことになる。以前に述べたように、走行生物と飛行生物では、優位性を生む条件が反対になります。
走行に有利 = 太くて長い脚、小さい翼、低い重心 = 飛行に不利
飛行に有利 = 短く軽い脚、大きな翼、高い重心 = 走行に不利
それゆえ干渉者は、恐竜が飛行生物として野生環境で自立できるほどに変化するまでは、対象の個体群を保護せねばなりません。人類が行ってきた品種改良はそういうものです。
では、そのような干渉を実行したのは何者でしょうか? これについては、まったく手がかりがありません。それが今のID論の弱点になります。
次は光波動説です。ID論における干渉者に相当する、光波動説が明らかにするべき点は何でしょうか?
いうまでもなく波を伝える媒質です。知的干渉者なくしてIDが成立しないように、媒質なくして波動は成立しないからです。そして18世紀までの光波動説は、これをまったく解明できませんでした。波動説がやったのは、とにかく光を伝える媒質はあるはずという前提から出発して、媒質を「エーテル」と名付けただけです。それではID論が正体不明の干渉者を「エーテル人」と名付けて済ませるのと変わるところがありません。
ここまでは光波動説とID論は同じ問題を抱えています。しかし、両者はここからが違います。
知的干渉者の正体を提示できないのは、ID論には「積極的に肯定する根拠がない」ことを意味します。肯定する根拠はないが「そんなものはありえない」とする根拠もありません。人類と同程度の知性をもつ生物が、鳥が発生した1億年前にいたと考えても、それと矛盾する物理法則も化学法則もありません。
エーテルは違います。光の速度を実現するほどの弾性と密度をもつ物質が空間を充たすという想定は、当時確立していたニュートン力学と両立できないのです。この矛盾に直面した人々は、エーテルは無抵抗で物体を透過するとか、エーテルには質量がないなどと言いましたが、それ自体に矛盾があることを(1)〜(4)で説明しました。波動説を唱えた人々はニュートン力学との矛盾を承知しながら、ニュートン力学を修正できるとも思いませんでした。ホイヘンスもダランベールもオイラーも、波動理論を発展させた人は、ニュートン力学をベースにしています。
繰り返します。ID論の難点は知的干渉者の存在を積極的に肯定する観測事象がないことです。これは光粒子説のFitsや現代宇宙論のダークマターにも言えることです。一方、エーテルの難点は積極的に否定する観測事象があることです。その解決案をなにも思いつかないのに、しかも2重スリット実験以前の観測事象は粒子説で説明できたのに、それでも光波動説を光粒子説の優位に置く人がいました。
なにもID論が絶対に正しいとか、光波動説が荒唐無稽であるとか、そういう判定をしているのではありません。やっているのは相対比較なのです。もしも科学的に正当な手順を踏んだ理論のみ教育してもよいという立場に立つのなら、相対的にそれに適うのは18世紀の光波動説と現在のID論のどちらでしょうか?
536
:
Ken
:2025/10/25(土) 21:09:24 HOST:softbank126026080234.bbtec.net
IDの根幹をなす知的干渉と光波動説の根幹をなす媒質は、その存在を積極的に肯定する観測事象がない点は同じだが、エーテルには積極的に否定する観測事象があることを述べました。
否定の根拠はひとまずおいて、積極的に肯定する根拠がないのなら、それを探し求めるのが、あるべき姿でしょう。ここで問題になるのは、知的干渉とエーテルは、それぞれ本質的に探求可能なものであるのか、です。そもそも探求が不可能なら、科学の対象たりうるものかが問題になるでしょうから。
まず知的干渉です。人類と同様の手法で、過去の地球で品種改良が行われたことを示す証拠は見つかりうるのでしょうか。IDの探求者はどういう事物を探せばよいのか。
これについては、旧掲示板にて3つ提案しました。
(1)品種改良の記録
(2)近親交配を示すDNA
(3)去勢・不妊処置の痕跡
(1)
品種改良を記録した文章が見つかり解読に成功すれば、最も明確な証拠になります。たとえ未知の言語を解読できなくても、図が描かれていれば何を表すのか分かるかもしれません。日本の弥生時代に制作された銅鐸には、当時の人の生活が描かれていました。もし鳥の発生がIDなら、1億年前の同様の事物が見つかればよいのです。むろん銅鐸のような青銅では1億年どころか10万年でも腐食して判別不能になるでしょうが、材料が金なら半永久的に保存される可能性があります。
(2)
古生物のDNAが特定され、野生環境ではありえないような近親交配の痕跡が見つかれば、人為的な干渉があったことを示唆します。DNAを調べるといっても、ジュラシックパークのように恐竜をまるごと復元するほどの解明は必要ありません。近親交配を示す程度の塩基配列の断片を見つければよいのです。
(3)
たとえば去勢された恐竜の化石がまとまって見つかれば、品種改良を目的とした干渉があったと推測可能です。むろん、骨の化石と異なり、肉の部分が化石になるのは難しいでしょう。しかし始祖鳥の羽毛の形が分かる化石があるのだから、不可能とはいえません。
ID論は、積極的に否定する根拠がないだけではなく、積極的に肯定するのに何を探求するべきかも、具体案を出せる仮説なのです。では、18世紀の光波動説はどうだったでしょうか? エーテルを見つけるには、何を観測するのでしょうか?
エーテルは光波動の媒質です。つまり光の速度と整合する弾性と密度をもつ物質のことです。しかし、これまで述べてきたように、そのような物質が光が伝わる空間に充ちているなら、18世紀の技術で十分に観測可能でした。しかしエーテルは見つからない。ではどうすればよいのでしょうか? 光波動説が探すべき事物を、具体的に挙げられますか?
ちょっと考えてみれば、なにも挙げられないことが分かるはずです。探求すべき具体的対象がここにはありません。
光波動説が探求すべきもう1つの証拠は、媒質とは関係なく、光の波動性を明確に示す事象です。ヤングの2重スリット実験がやったのがそれで、波動の特徴である回折と干渉を光が示すことを明らかにしました。しかし、これまた18世紀には何をどう探せばよいのか分かりようがありません。回折も干渉も、18世紀の技術では観測できないのではなく、そもそも起こらないと考えられたからです。光は障害物の背後に回り込まないし、2つの光を重ねても縞模様を生じないという、観測事象に基づいて否定されました。
ヤングがやったように、1つの光を2つに分けてから重ねれば、縞模様は観測されたことでしょう。18世紀にはこの実験をやる技術がなかったのではなく、そんな実験をやってみようと思いいたるための、論理の筋道がありませんでした。もし思いいたれば、実験自体は18世紀の技術で十分に可能でした。ここでも、光の波動性を観測するために、何をどう探せばよいのか、分からなかったのです。
つまり18世紀の光波動説は、何を探せばよいのかを言えない理論であり、実際に言えませんでした。探求技術がないのではありません。探求するべき対象がないのです。
だからただちに波動説はサイエンスでないとまで断言しないにせよ、具体的な探求対象を挙げられるIDと相対比較して、サイエンスのあるべき姿に近いのはどちらだと思いますか?
537
:
Ken
:2025/11/02(日) 16:31:15 HOST:softbank126026080234.bbtec.net
まとめると、
(1)積極的に肯定する根拠
IDにおける知的干渉者 → ない
光粒子説におけるFits → ない
光波動説におけるエーテル → ない
(2)積極的に否定する根拠
IDにおける知的干渉者 → ない
光粒子説におけるFits → ない
光波動説におけるエーテル → ある(ニュートン力学との矛盾)
(3)探求すべき具体事象
IDにおける知的干渉者 → 品種改良の記録、近親交配の痕跡、去勢を示す化石
たとえば走行生物が飛行生物へ変化する過程と軌を一にしてこれらの事象が観測されるのなら、意図的な干渉による品種改良の強い証拠と見なせることでしょう。
光粒子説におけるFits → 光粒子の直接観測
観測技術が18世紀の段階から飛躍的に進歩すれば、光粒子に2種類があることが分かる可能性がある
光波動説におけるエーテル → ない
観測するべきはエーテル粒子ではなく、光が伝わる空間の弾性と密度で、18世紀の技術で観測可能だが、その観測によって否定される。そうなると、光波動説は、何を具体的に探せばよいのか、アイデアを出しようがない。
探求対象を、抽象的に「媒質のない波」と表現することは可能かもしれませんが、それは「空気のない風」や「水のない雨」のように、実イメージにできない言葉遊びのようなもので、探求対象の具体化が不可能なのです。
要するに、18世紀の光波動説は、物理矛盾により積極的に否定されるのみならず、そもそも仮説を検証することも不可能。当時の技術で不可能なのではなく、その本質において検証のやりようがありません。これでサイエンスの対象たりえるでしょうか。
IDを教育から排除せよと主張するドーキンスは、科学的対象としてのIDには教えるべき内容がないという理由を挙げています。
www.theguardian.com/science/2005/sep/01/schools.research
しかし、IDには上記のような探求対象があります。それらはまだ見つかっていませんが、未来永劫見つからないということもできません。教えるべき対象がないのは18世紀の光波動説のほうです。同心円を根拠に波動説を唱えるのは、進化を根拠にIDを唱えるより、ずっと大きな無理があるのです。
もし、正当な科学以外は教育の場から排除されるべきならば
18世紀に光波動説を教えてもよいのなら、現在の学校でIDを教えていけない理由は何もない。
現在の学校でIDを教えるべきでないのなら、18世紀の光波動説も排除されるべきだった。それによって19世紀以降の物理学の進歩は一大障害を受けたことでしょうが、しかたがない。
という結論になってしまいます。
538
:
Ken
:2025/11/03(月) 13:28:05 HOST:softbank126026080234.bbtec.net
念のため、前に言ったことを繰り返しておきましょう。
同心円やニュートン輪の観測を根拠として、つまり光が波のような振る舞いも示すことを理由に、媒質に関わる力学的矛盾があっても、また回折や干渉が起きないという粒子的特徴があるのに、なお光は波だと主張する光波動説には、どれだけの合理性があるのか?
それはイルカが海を泳ぐことを根拠として、つまりイルカが魚のような振る舞いを示すことを理由に、哺乳類と考えねば説明のつかない事実があっても、なおイルカは魚だと主張するのと同レベルの合理性がある、ということです。コウモリが空を飛ぶからという理由で、コウモリは鳥だと主張するのも、同様です。
光波動説がどういう存在であったかがよく分かるはずです。
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