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避難用作品投下スレ2

1管理人★:2007/04/24(火) 01:55:07 ID:???0
新スレが立たない、ホスト規制されている等の理由で
本スレに書き込めない際の避難用作品投下スレッドです。
また、予約作品の投下にもお使いください。

320タマお姉ちゃん行け行け大作戦:2007/05/17(木) 23:29:06 ID:G1gJI6DI0
『つまりこういう事か? ”主催者の準備したパソコンには、細工が施されている”
 こちらの動きが筒抜けとなってしまう道具を使わせる為に、主催者は敢えてパソコンを準備した』

それを見た佐祐理が、驚愕に顔を引き攣らせるのとほぼ同時。
珊瑚が小さい長方形状の物体を持って、こちらに歩いてきた。

『こんなん……混じってた……』
その物体が何なのか、珊瑚以外はまだ分かっていないのだが――それは主催者の準備した、特殊な発信機だった。
主催者はノートパソコンに発信機を植え付けて、島中に配置した。
細工を加えられているとは言え、普通に使う分には問題無い。
しかしネットワークシステムにアクセスしようとした瞬間、ノートパソコンから信号が発信される。
故にノートパソコンを用いてネットワーク上で行われている行為は、全て主催者側に筒抜けとなってしまっていたのだ。

321タマお姉ちゃん行け行け大作戦:2007/05/17(木) 23:29:40 ID:G1gJI6DI0
【時間:3日目3:20】
【場所:G−2平瀬村工場屋根裏部屋】
柳川祐也
 【所持品:イングラムM10(24/30)、イングラムの予備マガジン30発×6、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1】
 【所持品2:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)】
 【状態①:左上腕部亀裂骨折・肋骨三本骨折・一本亀裂骨折(全て応急処置済み)】
 【状態②:内臓にダメージ、中度の疲労】
 【目的:主催者の打倒。最優先目標は佐祐理を守る事】
倉田佐祐理
 【所持品1:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(10/10)、レジャーシート、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、日本刀、支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱】
 【状態1:驚愕、軽度の疲労、留美のリボンを用いてツインテールになっている】
 【状態2:右腕打撲。両肩・両足重傷(動かすと激痛を伴う、応急処置済み)】
 【目的:主催者の打倒】
姫百合珊瑚
 【持ち物①:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン×2、ノートパソコン(解体済み)、発信機、コルトバイソン(1/6)、何かの充電機】
 【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD、工具、携帯電話(GPS付き)、ツールセット、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(0/6)】
 【持ち物③:ゆめみのメモリー(故障中)】
 【状態:中度の疲労】
 【目的:主催者の打倒】
向坂環
 【所持品①:包丁・ベアークロー・鉄芯入りウッドトンファー】
 【所持品②:M4カービン(残弾7、予備マガジン×3)、救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
 【状態①:後頭部と側頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、全身に軽い痛み、脇腹打撲】
 【状態②:左肩に包丁による切り傷・右肩骨折(応急処置済み)、軽度の疲労】
 【目的:主催者の打倒。まずは最大限に頭を使い、今後の方針を導き出す】

→844

322Resistance:2007/05/19(土) 01:11:06 ID:toDWmUZw0
「…………っ」
湯浅皐月は激しく脈動する心臓を必死に鎮め、ともすれば萎縮しかねない精神を抑え込もうとする。
眼前には最悪の襲撃者であり、同時に主催側の人間でもある醍醐が薄ら笑いを浮かべながら立っている。
打ち倒された高槻は未だ地面に倒れ伏せており、今も聞こえてくる呻き声が彼の被害状況を物語っていた。
絶望的な状況に置かれている皐月だったが、それでも何とか打開策を模索しようとする。

このまま交戦を続けるのは、間違いなく愚策に過ぎるだろう。
銃も無いし負傷もしている自分達では、最早勝ち目は零に近い。
次に思い付く選択肢は逃走だが、先程醍醐が見せた巨体に似合わぬ俊敏な動き。
自分一人でも逃げ切るのは厳しいし、ましてや高槻と郁乃を連れて逃げ切るなど不可能だ。 
となれば、残された手段は一つ。
ポケットに仕舞い込んだ青い宝石へと手を伸ばし、強く握り締める。

(これを渡すしか無いの……?)
醍醐の言葉を素直に信じるのならば、青い宝石さえ譲渡してしまえば、自分達は助かる筈だ。
――だがしかし、本当にそれで良いのか?
幸村俊夫、保科智子、笹森花梨。
彼らは全員が全員、少年という圧倒的な存在から仲間を、青い石を守る為に、その命を散らせてしまった。
三人分の命を背負って生きている自分が、此処で屈服してしまって本当に良いのか?
そう考えてしまうと思考は逡巡の一途を辿ってゆき、どうしても即断を下す事が出来ない。

323Resistance:2007/05/19(土) 01:11:43 ID:toDWmUZw0
そしてその迷いは、醍醐にとって絶好の隙。
「ふん、考え事をしている暇などあると思ってるのか!?」
意識が逸れていた皐月は、聞こえてきた怒号に遅まきながら視線を戻すも、既に醍醐は目前まで迫っていた。
上方より空気を切り裂きながら振り下ろされる、恐ろしい迫力を伴った特殊警棒。
「くぅ――――」
咄嗟の判断で横にステップを踏んだ直後、それまで皐月の背後にあった壁が大きく削り取られる。
まるで削岩機。信じられない程の威力を見せ付けられ、皐月の意識が一瞬硬直する。
しかしとにもかくにも、何とか一撃は躱す事が出来た。
このまま一旦距離を取るか――冗談じゃない。此処で逃げるのは臆病且つ愚か者のやる事だ。
こちらを侮っていたのか、必要以上の大振りを行った敵は今や隙らだけなのだから。

「ブッ・コローーーース!!」
醍醐の顔面に狙いを定め、大きく踏み込みながら高速の正拳突きを放つ。
醍醐は未だ余裕の表情を崩さず、片腕のガードでそれを受け止めようとしていた。
しかし皐月は醍醐の腕を軽く殴るに留め、すぐに次の動作へと移った。
「ガァァッ!?」
どんな人間であろうと決して鍛えようの無い部分がある――故に皐月は、上方に気が逸れた醍醐の金的を、躊躇無く思い切り蹴り上げた。
続いて身体が折れた醍醐の懐に素早く潜り込み、間髪置かずに襟元と胸元を掴む。
いざという時に信用出来るのは、小手先の小細工よりも洗練された技術。
常日頃より宗一相手に行ってきた、自分が持つ最大の必殺技。
その名も――

324Resistance:2007/05/19(土) 01:13:30 ID:toDWmUZw0
「メイ=ストォォォォォムッ!!」

醍醐の下腹部を思い切り足裏で蹴り上げ、そのまま投げ飛ばそうとする。
上段への攻撃に意識を持たせ金的ヒット、下がった襟を掴んでの巴投げに移行する。
ここまでの流れは文句の付けようが無い程完璧だった。
屈強な職業軍人であろうとも、不意を突かれた上に体勢まで崩されてしまっていては、碌に受身すら取れないだろう。
「グ――おおおおっ!!」
「……えっ!?」
しかしそれはあくまで一般的な軍人相手の話であり、怪力を誇るこの男にまで共通するような事柄では無い。
醍醐は皐月の腕を掴み取り、投げ飛ばされかけていた身体を強引に押し留めたのだ。
そのまま密着状態から当身を放ち、皐月を弾き飛ばす。

「痛ぁっ……」
地面に尻餅を付いた皐月の瞳に、特殊警棒を握り締めた醍醐が映った。
転んだ反動で皐月のポケットから青い宝石が零れ落ちていたが、醍醐はそれに見向きもしない。
先程までは油断していたのだろうが、最早醍醐の表情からは笑みが消えている。
世界中の外人傭兵を震え上がらせる程の怪物が、正真正銘本気で自分を殺しに来る。
「こんな所で――」
那須宗一の、ゆかりの仇を討てぬまま、こんな所で死ぬ訳にはいかない。
皐月は最後まで諦めずに横に飛び退こうとするが、本気となった醍醐は残酷な程に冷静だった。
「逃がさんぞ、ガキがっ!」
回避動作を取っている皐月の懐に、疾風と化した醍醐が潜り込む。
醍醐は腰を横に捻り、反動をつけて横薙ぎに特殊警棒を振ろうとする。
確実に距離を詰めてから放たれる必殺の一撃、それは皐月にとって回避も防御も不可能な死の狂風だ。

325Resistance:2007/05/19(土) 01:14:26 ID:toDWmUZw0
しかしそこで突然白い物体――ぴろが、醍醐の足元に飛び掛った。
「ふにゃーっ!」
「ぐおっ!?」
足を乱暴に引っ掛かれた醍醐は、予期せぬ痛みに一瞬動きが鈍る。
その隙に皐月は何とか後ろに飛び退き、醍醐の警棒から身を躱す事が出来た。
ぴろは決死の突撃を敢行し、圧倒的な脅威から主人の命を救ったのだ。
しかしその代償は余りにも、大きかった。

「この……野良猫があああっ!」
「ふにゃぁぁぁ!?」
戦闘狂の醍醐からすれば、折角の真剣勝負を横から邪魔されては堪らない。
醍醐は怒りの形相を露にすると、未だ自分の足元に張り付いていたぴろを掴み上げた。
そのまま腕に力を籠め、ぎりぎりと万力のようにぴろの身体を締め上げてゆく。
皐月が声を上げる暇も無い。
ぐしゃりと嫌な音がして、ぴろの身体はトマトのように、呆気無く潰された。

醍醐はかつてぴろだった物体を投げ捨てると、事も無げに吐き捨てた。
「ふん。下等な動物如きが俺の戦いを邪魔するから、こういう事になるのだ」
「あ…………ああ……」
眼前で起きた出来事を脳が認識した途端に、皐月の四肢から力が抜けてゆく。
自身の震える奥歯同士が激しくぶつかり合い、不快な音響を奏でる。
あの時と――少年に二度襲われた時と、同じだ。
少なからず修羅場慣れしており、多少は体術の心得もある自分こそが、皆を守らないといけなかったのに。
また、何も出来なかった。また、庇われてしまった。
こんな自分とずっと一緒にいてくれたぴろさえも、助けられなかった。
皐月は脱力感に身を任せ、そのままぺたりと地面に座り込んでしまった。

326Resistance:2007/05/19(土) 01:15:54 ID:toDWmUZw0
「どうしたガキ? もう抵抗せんのか?」
醍醐が声を投げ掛けてくるが、それは皐月の意識にまで届かない。
今や皐月の心は、無力感と後悔と罪悪感で、覆い尽くされていたのだ。
「……ちっ。それなりにやる女だと思ったが、どうやら俺の勘違いだったようだな。
 青い宝石は無事手に入ったが――下らん任務だった」
醍醐は心底不愉快げにそう呟くと、地面に落ちている青い宝石を鞄へ放り込んだ。
続けて皐月の眼前にまで歩み寄り、おもむろに特殊合金の警棒を振り上げる。



「ぐぅ……くそっ……」
醍醐に腹部を強打された高槻だったが、気力を振り絞り、何とか自力で立ち上がっていた。
しかしそれで限界。未だに膝はガクガクと揺れ、足に力が入らない。
(やべえ……このままじゃ湯浅までやられちまうっ!)
高槻の前方では、既に醍醐が特殊警棒を天高く掲げている。
今から飛び掛っても間に合わないし、奇跡的に間に合ったとしても返り討ちにされてしまうのオチだろう。、
もう少し時間を置かねば、自分の衰弱した身体では肉弾戦など不可能だ。
しかしコルトガガバメントは周囲を覆う薄暗い闇の所為で見失ってしまい、何処にあるか分からない。

――絶望。
そんな言葉が、高槻の脳裏を過ぎる。
だがそんな折、生死を共にした相棒の鳴き声が真横より聞こえてきた。
「ぴこっ……ぴこっ……!」
相棒――ポテトの口には、コルトガバメントがしっかりと咥えられている。
ぴろと同様、ポテトもまた主人の危機を察知し駆けつけてきたのだ。

327Resistance:2007/05/19(土) 01:17:26 ID:toDWmUZw0
「ポテトォっ!」
高槻は素早い動作で銃を受け取ると、それを醍醐の背中に向けて構えた。
ようやく異変に気付いた醍醐がこちらへ振り向くが、高槻は既に攻撃の準備を終えている。
「食らえっ! 俺の銃弾を食らえっ! このドグサレがッ!!」
唇真一文字に噛み締めて、攣り切れんばかりにトリガーを引き絞った。
醍醐は一瞬で銃口の向きを読み取って回避に移ったものの、初動の遅れが災いして避け切れない。
「グおおおッ!!」
響く濁声。強襲を掛けた一発の銃弾は、醍醐の無防備な耳朶を貫いていた。
高槻は防弾チョッキに守られた胴体部よりも頭部を狙うべきだと判断し、一瞬で狙いを切り替えていたのだ。
ようやく傷を負わせられたのだが――高槻の表情は晴れる所か、益々険しいものに変わってゆく。
醍醐を狙った時点で、コルトガバメント内に残された銃弾は残り二つだった。
その内の一つを絶好の好機に注ぎ込んだ成果が耳朶一つでは、余りにも割が合わなさ過ぎる。

そんな高槻の内心など意にも介さず、手痛い一撃を受けた醍醐は怒りに筋肉を怒張させる。
「高槻ぃぃぃ! 貴様よくもぉぉぉぉっ!!」
「……ッ」
醍醐は狙いをこちらに変え、ダンプカーの如き凄まじい勢いで突進を仕掛けてきた。
あの怪物を残された僅か一発の銃弾で止めるなど、とても無理だ。
迫る死に、圧倒的な敵に、高槻の心が折れそうになる。

だがしかし――負けられない。
自分は沢渡真琴に救われたおかげで、今もこうして生きていられる。
自分が此処で負けてしまっては、真琴に申し訳が立たない。
自分が此処で負けてしまっては、皐月も郁乃も殺されてしまう。
何より、全ての元凶である主催者の手下には、絶対に負けてはいけないのだ。
(そうだ……俺は負けられねえッ!)
まだ弾は一発残っている――醍醐を打倒し得る可能性は潰えていない。
中途半端な距離で引き金を絞っても、この敵にはまず当たらないだろう。
狙うなら超至近距離、醍醐が攻撃してくるその瞬間に銃弾を叩き込む。
それは下手すれば――否、奇跡が起こらぬ限り、良くて相打ちにしかならぬ選択肢。

328Resistance:2007/05/19(土) 01:19:24 ID:toDWmUZw0
『――控えよ、醍醐っ!!』
だが接触の寸前、醍醐の胸元より発された大喝一つで、二人の意識は凍り付いた。
声だけだというのに、何という圧倒的な威圧感。高槻には直感で分かった。
この声の主こそが全ての元凶にして黒幕――主催者、篁財閥総帥だ。
醍醐は慌てて高槻から距離を取ると、胸元の無線機に手を伸ばした。
「そ、総帥っ!? それは一体……」
『青い宝石はもう手に入れたのだろう? ならばそれ以上の戦いは不要であろう。
 私が下した命令を忘れた訳ではあるまい? こんな所で時間を無駄遣いせず、島中に散らばっている想いを回収してくるのだ』
「……ハ、ハハアッ!!」
興奮にアドレナリンを噴き出さんばかりの勢いだった醍醐が、あっさりと武器を仕舞い込む。
あれ程の実力と激しい気性を併せ持った狂犬が、ただの一言二言でだ。

その様子を目の当たりにした高槻は、心の奥底より沸き上がる動揺を隠し切れなかった。
自分は常識外れの存在――不可視の力を操る者達と面識があるが、そんな連中ですら主催者の足元にも及ばないだろう。
あの狂犬を声一つで制御し切るなど、Class Aの能力者でも不可能に違いないから。
「高槻ぃぃぃ! 覚えておけ、貴様は絶対に俺が殺してやるぞおおおおっ!!」
醍醐は般若の如き形相でそう叫ぶと、くるりと踵を返して駆け出した。
命を拾う形となった高槻は追撃を掛ける事も出来ず、ただその背中が闇に消えていくのを眺めるしか無かった。



329Resistance:2007/05/19(土) 01:20:38 ID:toDWmUZw0


「高槻……皐月さん……」
戦闘が終わったのを見計らって、郁乃が奥の寝室から姿を見せた。
銃が一つしか無い現状では郁乃は足手纏いにしか成り得ない為、高槻が待機を命じていたのだ。
郁乃の眼前に広がっている光景は、正に地獄絵図そのものであった。
粉々に砕け散った家具、大きく削り取られた壁、そしてぴろの亡骸を抱きかかえている皐月。
郁乃は車椅子の車輪を回し、皐月の傍にまで近寄った。
「ぴろ……ごめんね……」
呟く皐月の顔は悲痛に歪んでおり、普段の勝気な印象は欠片も見当たらない。
戦いの一部始終を見ていた訳では無い郁乃だが、すぐに何が起こったかを悟った。
要するに――ぴろは皐月を救う為に襲撃者と戦って、殺されてしまったのだ。

皐月は自身の腕が血塗れになるのも構わずに、ぴろを強く抱き締める。
「ごめんね……あたしと一緒にいなきゃ、ぴろは死なずに済んだのに……」
高槻はそんな皐月の肩にぽんと手を置いて、言った。
「そう言ってやるな……そいつは精一杯主人を守り抜いたんだ。きっと満足しながら逝ったんだろうぜ……」
「ぴろ……ぴろッ……!」
高槻の一言で堤防が決壊し、皐月は嗚咽を上げ始めた。
戦場跡の様相を呈している民家の中に、少女の啜り泣く声だけが虚しく響き渡る。
仲間が死んだ悲しみに、醍醐への怒りに、主催者に対する戦慄に、高槻は強く、強く――拳を握り締めていた。

330Resistance:2007/05/19(土) 01:24:19 ID:toDWmUZw0
【時間:三日目・0:00】
【場所:C-4一軒家】
湯浅皐月
 【所持品1:H&K PSG-1(残り0発。6倍スコープ付き)、自分と花梨の支給品一式】
 【所持品2:海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金、セイカクハンテンダケ(×1個)】
 【状態:嗚咽、首に打撲、左肩、左足、右わき腹負傷、右腕にかすり傷(全て応急処置済み)】
高槻
 【所持品:分厚い小説、コルトガバメント(装弾数:1/7)、コルトガバメントの予備弾(6)、スコップ、ほか食料以外の支給品一式】
 【状態:様々な感情、全身に軽い痛み、腹部打撲、左肩貫通銃創(簡単な手当て済みだが左腕を動かすとかなりの痛みを伴う)】
 【目的:岸田、醍醐、主催者を直々にブッ潰す】
小牧郁乃
 【所持品:写真集×2、車椅子、支給品一式】
 【状態:悲しみ】
ポテト
 【状態:健康】
ぴろ
 【状態:死亡】

醍醐
 【所持品:高性能特殊警棒、防弾チョッキ、高性能首輪探知機(番号まで表示される)、青い宝石(光4個)、無線機、他不明】
 【状態:右耳朶一部喪失、股間に軽い痛み、怒り】
 【目的:まずは島に散在する『想い』を集める、余計な交戦は避ける。篁の許可が降り次第高槻を抹殺する】


【時間:三日目・0:00】
【場所:不明】

【所持品:不明】
【状態:健康】

【備考:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、支給品×3(食料は一人分)は高槻達が居る家に置いてあります。高槻達の翌日の行動は未定】

→794
→849

331Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 22:58:21 ID:PukRcWyo0

「行きなさい」

言葉は無情だった。
七瀬留美は一片の感情も浮かべることなく、そう告げていた。

「な……!?」
「おい、そりゃあ……」

すぐに抗議するような声が上がる。
藤井冬弥と鳴海孝之だった。

「……あんたたちに、何ができるの」

周囲を油断なく見回しながら、七瀬が短く応える。
二人の異論を封殺するような、冷淡な声音。

「これまであんたたちに、何ができたの? ……あたしの手間が増えるだけよ」
「それ……は」
「けど、俺たちだって……」

口の中で呟くような二人の声は、反論の体をなさずに消えていく。
七瀬の言葉は、紛れもない事実であった。
黄金の鎧の少女、黒い三つ揃いの老爺、オーラを放つ青年、そして半獣の少女。
それらとの戦いのすべてにおいて、二人は文字通り、手も足も出なかった。
繰り出す仲間が次々と屠られていくのを、指をくわえて見ていただけだった。
危ないところを七瀬にかろうじて助けられ逃げ回る、それだけが藤井冬弥と鳴海孝之のしてきたことだった。

「囲みの薄そうなところを、あたしが切り開く。……首根っこ引っ掴まれなきゃ、逃げることもできない?」

ばきり、と乾いた音が響いた。
七瀬が手近な木の枝を折り取った音だった。
ちょうど人の腕ほどの長さの枝を、七瀬は小さな風切り音をさせながら何度か振り、感触を確かめるように握りなおす。

「で、あんたたちは逃げる。最後にあたしはこいつらを片付けて、すぐに追いつく。……問題ないわね」
「お、大ありだっ!」

332Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 22:58:42 ID:PukRcWyo0
周囲の梢の間から覗く無数の反射光に怯えながらも、冬弥が口を挟む。

「い、いくら七瀬さんだって、こんな数を相手にしたら……!」
「―――じゃあ、あなたがいればどうにかなるんですか、藤井さん」
「……!」

敬語が、ひどく冷たく聞こえた。
木洩れ日の中、背を向けた七瀬の後ろ姿が、ひどく遠く感じられた。
無意味な反発だと分かっていた。
実際に自分たちには何の力もないと、足手纏いでしかないのだと理解しては、いた。
しかしそれなら、藤井さん、ではなくヘタレども、と。
グズグズ抜かすなさっさと行けと、一喝してほしかった。
命令ならば従うこともできた。
開けられた距離が、悲しかった。

「……もうやめておけ、藤井君。悔しいが、教官の言うとおりだ」

背後からかけられた孝之の声に、肩に乗せられたその手に、冬弥は喉から出そうになっていた言葉を押し留める。
代わりに、血が滲むほど強く、拳を握り締めた。
そんな冬弥の様子をどう見たものか、孝之は七瀬にも声をかけている。

「俺たちは何があろうと振り向かずに逃げる。……それでいいんだな?」
「そうして頂戴」

にべもない返答に肩をすくめながらも、孝之はもう一度、口を開いた。

「最後に一つだけ聞かせてくれ」
「……何?」
「怖くは……ないのか」

一瞬、間が空いた。

「―――ええ。怖くなんか、ないわね。……あんたたちとは、違うのよ」
「そう……か」

ひどく張り詰めたその背中に、冬弥は奥歯を噛み締める。
しかし孝之には、それ以上を問うつもりはないようだった。
僅かな沈黙の後、七瀬が木刀ともつかぬ枝をひとつ振るうと、ふり向かぬままに言った。

「行きなさい。……追いついたら、特訓再開だからね」

言うなり疾走を開始した七瀬の背は、言葉も届かぬほどに遠く、冬弥には感じられた。


******

333Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 22:59:02 ID:PukRcWyo0

ごしゃり。
木の棒を振るった手に、嫌な感触が伝わってくる。
道場ではなかなか体験することのない、人体を破壊する衝撃だった。
無我夢中で数度の経験を乗り越え、ものの数分でその感触に慣れてしまった自分を、七瀬留美は自嘲する。
一切の躊躇いなく人に向けて剣を振るえるなど、自慢にもならない。
剣の道の示す先に、そんな技能は必要なかった。
心動かすこともなく人を壊せたとして、それがどれだけ剣心一如の境地とは程遠いものか。
己を嘲りながら、しかし足を止めず間合いに入った相手を打ち据える。
動き続ける身体が、どこか他人のもののように思えた。
目に映る打擲は映画の一幕で、斃れる少女たちはスタントと特殊メイクで。

「そんなわけ、ないじゃない」

呟いて、苦笑する。
冬弥と鳴海は、無事に逃げおおせただろうか。
走り去っていく二人の背中を思い起こす。
あの二人に、こんな姿を見せずに済んでよかった。
今の自分は人を打ちのめす悪鬼そのものだ。
乙女には、いかにも遠い。

「……怖くなんかない、か」

相手の頭蓋と運命を共にして折れた、何本めかの木の枝を棄てながら呟く。
勿論、嘘だった。
掌は汗に塗れていた。
心臓の鼓動は耳たぶのすぐ下の血管までを震わせていたし、胃はじっとりと重かった。
胸といわず、全身が恐怖で張り裂けそうだった。
だがそれでも、七瀬にはその問いを否定するしかなかった。
認めてしまえば、膝から崩れ落ちてしまいそうだった。
だから、必死に笑みを形作った。
脂汗だらけの、どこから見たって可愛らしくなどない、引き攣った笑顔。
乙女とはかけ離れた、男臭い笑顔。

「……だから、何よ」

334Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 22:59:18 ID:PukRcWyo0

ひとり呟いて、太い木の枝を力任せに折り取る。
素振り代わりに、手近な相手の顔に目掛けて振り下ろした。
嫌な感触と、飛び散る粘り気のある血。
擦るように引けば、細かな枝葉が相手の頬に刺さったまま、折れてなくなった。
ああ、枝を払う手間が省けた、と。
そんな風に考えてしまう自分がどれだけ常軌を逸しているか。
乙女などと、片腹痛い。

返り血の、冷たさと生温さが混在する感触に薄く笑って、七瀬留美は走り出す。
ぐい、と拭った袖も血に塗れていて、かえって顔の半分が緋色に染まった。
鬼面の少女は、閃く光芒の中、息をするように人を叩き潰していく。


***

335Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 22:59:36 ID:PukRcWyo0

五十より先は数えるのをやめてしまった、百何十人めかの少女の顔面を断ち割り、
裂帛の気合と共に熱い呼気を漏らす。
七瀬が異変に気づいたのは、そんな折のことである。

「数が……減ってる……?」

昼なお暗い山林の中、周囲を見回して七瀬が呟く。
当たるを幸いと剣とも呼べぬ木切れを振り回して走ってきただけに正確な現在位置は分からなかったが、
梢の切れ間から垣間見える稜線を見る限り、いま立っている場所は最初に冬弥と孝之を逃がした場所から
そう離れてはいないはずだった。
ちょうど神塚山の山麓に沿うように走り、十分に敵をひきつけたと見るや取って返して元の場所の
近くまで戻ってきたのだ。陽射しからしても方角を間違えているとは思えない。
しかし。

「……少なすぎる」

険しい表情で考えていたのは、この周辺に倒れ伏す少女の数だった。
山の西側に向けて走っている最中に斬り潰し、殴り伏せた少女たちが、北側へと引き返すルートの
途中で、そこかしこに倒れているのを七瀬は確認していた。
無論のこと交戦した相手に対しては一撃必倒を心がけてはいたが、所詮木剣ならぬ木の枝では
上手く致命傷を与え続けることも難しい。
膝を砕いて動きを止めるのが精一杯という状況も多々あった。
多勢に無勢の戦局、そういった相手へ一々足を止めて追撃を加えることとてかなわない。
やむなく置き去りにしてきたが、戻りしな、まだ立ち上がることもできずに倒れている者が
残っているのを見て、七瀬は修羅の笑みを浮かべたものである。
これ幸いと止めを刺して回っていたが、それも先ほどまでのこと。
この一帯に足を踏み入れた途端、倒れている少女が極端に少なくなっていた。

「残ってるのは死体だけ……か」

ある者は頭蓋を砕かれ、またある者は肺腑を肋骨に刺し貫かれ、死に様は種々異なっていたが、
いずれ木の棒での一撃二撃で死に至った運の悪い者だけが、この周辺に骸を曝しているのだった。
それ以外の、腕を折られ足を砕かれた者たちは、忽然と姿を消している。
未だ健在らしき少女たちは相も変わらず単調な襲撃を繰り返してきていたが、それすらも
ここにきて交戦回数が激減していた。

「どこかに、移動した……? ううん、それじゃ説明がつかない」

負傷した個体が消えているのは、この周辺だけだった。
ここまでのルートに溢れていたそれを放置し、この一帯のものだけを回収する。
不自然な状況には、それなりの理由があるはずだった。
しかし、と思考はそこで空転する。
情報もなければ、推論に足る材料もない。
そもそも自分は論理的な思考に没入できるタイプではないと、七瀬は自覚していた。

「森の中、理不尽な謎に悩む……乙女にはなせない技ね」

苦笑してため息をついた七瀬の頬を、涼しげな風が吹き抜けていく。
乾いた返り血が、ぽろぽろと剥げ落ちた。
そんな光景を何とはなしに眺めていた七瀬の耳に、奇妙な音が届いていた。

336Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 23:00:05 ID:PukRcWyo0
「……?」

低い、小さな音。
数秒に一度、まるで鼓動のように定期的に響く、それは徐々に大きくなっているように、七瀬には感じられた。
それは事実だった。
初めは小さく遠かったその音は、数度、数十度を経て、今やはっきりと七瀬の耳朶を打つまでになっていた。

「地鳴り……?」

傍らに立つ樹に手をついて、七瀬が眉根を寄せる。
近づいてくる音が物理的な打撃を伴ってでもいるかのように、大地が小さく振動していた。
雨の名残の水溜り、その表面に波紋が浮いては消える。
大地を鳴動させる音は今や、轟音と呼んでも差し支えなかった。

「違う、地鳴りじゃない……。これは……!」

思わず口に出して、七瀬が身構えた瞬間。
『それ』は、現れた。

ぽかん、と口を開けたまま、七瀬はそれを見ていた。
山林の中、鬱蒼と茂る木々をまるで暖簾でもかき分けるように容易く薙ぎ倒して、それは顔を覗かせていた。
巨大な面積の、雪のように白い、しかし確かな人肌の色。
雷鳴の破裂音に近い轟音をもって破壊した大木の束を放り捨て、首を傾げたそれは、見上げるほどに巨大な
少女の裸身だった。

「ウソ……でしょ……?」

顔に当たる梢を嫌がるように振り払った少女の手が、大樹の幹を小枝のように折り飛ばした。
落下した木々が、盛大な泥飛沫を上げる。
頬に跳ねた泥を無造作に手の甲で拭う少女。
大人の一抱えもありそうな巨大な眼球が、何か興味深いものを見つけたように一点で静止する。
七瀬留美は、その視線の先にいた。

「―――、」

生唾を飲み込もうとして、七瀬は己の口がひどく乾いていることに気がついた。
喉がひりつく。
掌に、腋に、額に背筋に、ひどくじっとりとした汗をかいているというのに、唾液は一向に分泌されない。
鼓動の間隔が、奇妙に不規則に感じられる。呼吸もまた乱れていた。
湿ってぬめる掌をスカートで拭う。
強張った指先を、ちろりと舐めた。塩気の強い、嫌な味がした。

「デカけりゃビビると思ってんなら……大間違いよ……」

吐き捨てるように言って、太い木の枝を握りなおした。
小指から順に握り込む半ば無意識の動作に、七瀬はこれまで積み重ねてきた鍛錬が己の体にしっかりと
刻み込まれていることを思い起こす。
肘を軽く曲げる。肩の力を抜いた。
弾け飛びそうな心臓を押さえつけるように、肺に新鮮な酸素を送り込む。
胸一杯に吸い込んだところで一瞬だけ息を止め、吐く。
血流を意識する。全身に張り巡らされた、活力をもたらす網。
下腹から足指の先までを意識化に置く。細かな震えが止まった。
脳髄の奥に澱んだ黒く古い血を押し流し、瑞々しい鮮血で満たすイメージ。
視界がクリアになる。雑念と呼ばれるものが消えていく。
ふた呼吸の内に、七瀬留美は剣士としての己を取り戻していた。
ぐ、と曲げた足指に力を込める。

「行くわよ―――、」

踏み出した瞬間。
―――視界が横転していた。

337Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 23:00:30 ID:PukRcWyo0
え、と。
驚愕すら、言葉にならない。
巨大な少女の鼻筋を見据えていたはずの視界が一面、泥と濡れ落葉の世界へと変貌していた。
顔から地面へと倒れこもうとしているのだ、とようやく気づいて、七瀬は咄嗟に身を捻る。
否、捻ろうとした軸足に、違和感があった。
何かに足首から先が固定されているような感覚。
結果、体を入れ替えきれず、上体だけで受身を取ることになる。

「ぐぅ……っ!」

激痛。
半端に捻った右肩に、全体重がかかっていた。
みちり、と嫌な音がしていた。
良くて脱臼、悪ければ筋断裂のおまけつきかな、と七瀬は意識の片隅で思う。
どこか他人事のような感覚。
一秒を何分割にも分けるような集中を寸断され、脳が混乱していた。

何が、起こった。
分断された脳が、それでも状況を分析しようと回転しだす。
駆け出そうとして転倒した。
躓いた。そんな馬鹿な。違和感は踏み出した足ではなく、軸足側にあった。
断片的な思考と情報が、次第にまとまっていく。

 ―――足首から先が、何かに固定されているような感覚。

反射的に振り返った。
右の足首。泥に汚れたソックス。そこにある、肌色。
細く白いそれは、手。

「……ッ!」

いつの間に這い寄ったのか。
顔面を割って止めを刺したはずの少女の手に、七瀬の足首は掴まれていた。
赤黒い痣に縁取られた、落ち窪んだ眼窩に割れた眼鏡の破片を刺したまま、少女が笑った。
膨れ上がった瞼に隠れたもう片方の瞳が、ぬるりと歪んだように、思えた。

その手を叩き折ろうと思わず木枝を振り上げた七瀬が、しかし動作を唐突に止めた。
左手一本で棒を振り翳した己の影が、少女の笑みの上に黒々と差していた。
正面に写る影。即ち、光源は背後。

「しまっ―――」

振り返ろうとして、目が眩んだ。
純白を通り越し蒼白いとすら錯覚する、猛烈な光量が七瀬と少女、その周囲を照らしていた。
腕で閉じた目を覆う、その上から網膜を灼くような光が、閃いた。


***

338Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 23:00:51 ID:PukRcWyo0

肉の焼ける臭いがしていた。
食欲をそそる香りではない。
焦げ臭いような、鼻をつく嫌な臭いだった。

「―――」

長い髪が、吹き荒ぶ風に揺れていた。
幾つも上がった火の手が、倒れこんだその身を赤々と照らしていた。
風と炎とが支配する世界の中で、

「―――く、ぅ……」

七瀬留美は、ゆっくりと目を開けた。
顔を上げたその頬に熱風が吹きつける。

「どう、して……」

我知らず、呟きが漏れる。
七瀬の脳裏を支配していたのは唯一つの疑問だった。
どうして、自分は生きているのか。
助かるはずのない状況だった。
巨大な少女の光線は圧倒的な威力で自分を直撃し、周囲の草木と同じように消し炭へと変えているはずだった。
答えは、すぐに見つかった。

「あん、た……は……」

座り込んだ七瀬の正面。
すぐ目の前に、黒い壁が立っていた。

「―――もういいぜ、伊藤君。よく耐えた」

声に押されるように、壁がぐらりと傾いだ。
壁と見えた、黒い影が倒れていく。
伊藤と呼ばれた男の顔、その半分までが焼け爛れ、燃え焦げた顔は、それでもどこか笑っているように、
七瀬には見えた。からりと、乾いた音がした。
地面に倒れた伊藤誠の、炭化した体が砕け散る音だった。

339Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 23:01:20 ID:PukRcWyo0
「……」

七瀬は無言のまま転がった木枝を掴むと、己の足首を掴む少女の腕に振り下ろした。
びくりと震えて、手が離れる。
静かに立ち上がり、再び棒を振り下ろす。濡れた音がして、鮮血が飛び散った。
柘榴のように爆ぜた少女の方には見向きもせず、七瀬は巨大な少女へと視線をやる。
少女の巨躯は、変わらずそこにあった。
その額は薄ぼんやりと陽光を反射していたが、新たな光線を放つ気配はなかった。
一発撃つごとに調整か何かが必要なのか、それとも他の理由があるのか。
いずれにせよ、光線の連発はできないようだった。
それを確認すると、七瀬は振り向かずに口を開く。

「……逃げろ、って言ったでしょう」
「ああ」
「……御免な、七瀬さん。ただ……」

答えたのは、二つの声。
どこか優しげな方の声が、言葉を続けた。

「……腰が抜けてて、逃げられなかったんだ」
「……」

奇妙な沈黙を埋めるように、もう一つの声がする。

「本当だ。俺たち全員、腰が抜けてな。……ヘタレだろう?」
「……それで、戻ってきたってわけ」
「ああ。這いずってきた」

堂々と言い放つ背後の声は、七瀬の目線よりも高い位置から聞こえていた。

「……そう」

それだけを呟いて、七瀬は己の手を見る。
掌は腫れ上がり、指先は痺れていた。手首もじんじんと痛む。
少しだけ、右肩に力を込めてみた。激痛が走った。
制服もスカートも泥に塗れ、見る影もない。
左手で、そっとリボンを触る。
雨に濡れ、泥に汚れ、すっかりごわついていた。

「……乙女って、なんだろうね」

340Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 23:01:46 ID:PukRcWyo0
ぽつりと呟いたその言葉に、即答する声があった。

「戦う女の子のことさ」

藤井冬弥の声だった。

「一度は女の子を放り出して逃げた、どうしようもない男どもだって、最後には戻ってくるような」
「すぐに戻らなきゃいけない……そんなことは分かりきってるのに、」

言葉を継いだのは、鳴海孝之だった。

「分かりきってるのにどうしても足が動かないような、救いようのない男どもが、本気でチビりそうになりながら、
 それでも最後まで一緒にいたいって思っちまう、そんな女の子のことだな」
「いざって時に男に守ってもらえる子のこと、乙女っていうけど―――」

冬弥が、静かに言う。

「いざって時に男を守って戦うような子のことは、何ていうか知ってるかい」
「……」

小さく首を振る七瀬。
その耳に、ひどく優しげな声が届いた。

「―――乙女っていうのさ、七瀬さん」

ぱち、と炎が爆ぜた。
七瀬がそっと目を閉じる。
周りに上がる火の手のどれよりも、背中から感じる温もりは強かった。

「……バカ、ヘタレどものくせにカッコつけたりして……」

呟く声が、震えていた。
目を開けば、視界が揺れていた。
無理やりに笑みを作って、ようやく声を絞り出す。

「本当に、バカ」

涙が、零れていた。
鼻をすすって、木枝を握り直す。
正面、ぼんやりと七瀬たちを眺めていた巨大な少女が、その腕を振り上げていた。
る、と少女が哭いた。

「―――行こうか、俺たちのお姫様」

小さく肩を叩く感触に頷いて、走り出す。
右には藤井冬弥。愛すべき青年。
左には鳴海孝之。憎めない青年。
その足音を聞きながら、泥まみれの制服に身を包んだ七瀬留美は、聖剣ならぬ木の枝を手に、走った。

341Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 23:02:17 ID:PukRcWyo0



七瀬留美が最後の抵抗を終えたのは、それから十五分後のことである。

342Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 23:02:37 ID:PukRcWyo0


 【時間:2日目午前11時すぎ】
 【場所:E−6】

七瀬留美
 【状態:死亡】

藤井冬弥
 【状態:死亡】
鳴海孝之
 【状態:死亡】
伊藤誠
 【状態:死亡】

融合砧夕霧【828体相当】
 【状態:進軍中】

砧夕霧
 【残り13461(到達・6431相当)】
 【状態:進軍中】

→759 ルートD-5

343何が正しいのか:2007/05/20(日) 13:38:03 ID:6dkbYT1Y0
降り注ぐ光が徐々に強くなり、空は白みを帯び始めている。
水瀬秋子は水瀬名雪と共に鎌石村西部を目指して、山を迂回する形で歩いていた。
敢えて鎌石村東部を避けるのは、月島拓也との接触を回避したかったからだ。
長森瑞佳と別れた際、彼女は拓也を説得した上で無学寺に来ると言っていた。
にも拘らずいつまで経っても来ないという事は、やはり拓也はゲームに乗ったままだったと判断しざるを得ない。
恐らく拓也は瑞佳を殺害した後鎌石村に向かい、今は進路上にある消防分署や観音堂辺りで暴れている頃だろう。
自分は不意を突いたおかげで拓也に圧勝したものの、次も上手く勝利を収められるとは限らない。
だからこそ遠回りしてでも危険地帯を避け、盾として使える集団を探そうとしているのだった。

秋子は唐突に歩みを止めて、上方に広がる空を眺め見た。
雨はすっかり止んでおり、雲の姿は一つも認められない――所謂、快晴と呼べる天気だった。
しかし人々を祝福するかのように澄み渡った空の下では、数え切れない程多くの死体が野晒しとされているのだ。
そこまで考えた秋子は、唐突に皮肉な笑みを浮かべた。
(こんな綺麗な空なのに、なんて矛盾……。まるで今の私みたいね)
子供達を守り、主催者を誅すという目的の下に行動し続けてきた筈の自分が、今や真逆の立場を取っている。
相沢祐一に救われた命を、彼の遺志とはまるで正反対の形で使おうとしているのだ。
それでも自分は私情を棄て、鬼畜の道を歩まねばならない――娘の願いに応える為に。

「ハ――――う……」
秋子は一度大きく深呼吸をし、その途端に濁った血の味を感じ取った。
口内に血が溜まっていた所為か、呼吸をするだけで喉の奥にどろりとした空気が流れ込んできたのだ。
本来なら心地良い筈である新鮮な朝の空気が、今はとても薄汚れた物に感じられる。
「お母さん、どうしたの?」
「ごめんなさい、何でもないわ。先を急ぎましょう」
名雪が心配そうな顔でこちらを覗きこんでいた為、秋子は平静を装った。
しかしそれはあくまで表面上の事であり、実際には腹部の鈍痛が続いているし、身体の反応も鈍い。
昨晩あれ程感じていた眩暈や吐き気こそ収まっているものの、とても本調子と言える状態では無かった。
となれば幾ら優勝を狙っているとは言え、真っ向勝負を行うのは極力避け、色々と搦め手を用いてゆくべきだろう。

344何が正しいのか:2007/05/20(日) 13:38:43 ID:6dkbYT1Y0
方針は基本的に、昨日の夜に考えたものと変わらない。
自分の持つ最大の強みは、これまで一貫して貫いてきた対主催・対マーダーの姿勢だ。
危険人物には一切情けを掛けずに排除するという、今にして思えば度が過ぎたやり方だったが、それが今からは活きてくる。
今まで他の人間に見せてきた『子供達を守る為に、正義を貫く』という強固な姿勢は、自分が対主催側の人間であると偽証してくれる筈だ。
ならばその利点を最大限に活かし、なお且つ守り続けるべきである。
まずは主催者打倒という名目の元に集まっている集団に紛れ込み、自分達の安全を確保する。
それから隙を見て、一人ずつ証拠を残さぬ形で排除してゆく。
自分で強引に隙を作る必要も無い。
主催者や他のマーダー達との戦闘は必ず起きる筈であるのだから、自分はただその好機を待てば良いのだ。

そんな事を考えながら足を進めていると、突然名雪が声を上げた。
「お母さん、あそこ……」
「――え?」
名雪の指差す先――木々の向こう側を、一人の小さな少女が歩いていた。

   *     *     *    *     *     *

345何が正しいのか:2007/05/20(日) 13:39:36 ID:6dkbYT1Y0
昨晩気絶してしまった後、目を醒ますと川原に倒れていた。
大地に打ち付けた胸はまだ少し痛むが、骨は無事だったようで大事に至る事は無かったのだ。

そして現在立田七海は木々の隙間より光が漏れる森の中を、とぼとぼと歩いていた。
既に陽は昇り始めている為周囲は明るくなっていたが、七海の表情は晴れなかった。
(こ〜へいさん……ごめんなさい……)
一人残された折原浩平を気遣う余り、七海は今もまだ冷静さを取り戻せてはいなかった。
――とんでもない事をしてしまった。
自分は恐怖に我を忘れ、同行していた浩平を置き去りにして暴走してしまった。
あれだけ自分に対して優しくしてくれていた浩平を、最悪の形で裏切ってしまったのだ。
浩平は怒ってはいないだろうか? 浩平は無事だろうか?
今もまだ自分を探して、当ても無く何処かを彷徨っているのではないか?
……ひょっとしたら捜索の最中に襲撃を受け、殺されてしまったのではないか?
次々と浮かび上がる不吉な想像が、七海の精神を疲弊させてゆく。
今七海の思考を占めているのは浩平に対する気遣いだけであり、自身の安全確保など完全に忘れ去ってしまっていた。
その所為だろう。

「……そこの貴女、ちょっと良いかしら?」
「――――!?」
背後より近付いてきた存在に、声を掛けられるまで気が付かなかったのは。
七海は悲鳴を上げたい欲求に抗いながら、慌てて後ろを振り返ろうとする。
しかしその拍子にバランスを崩してしまい、地面に転んでしまいそうになった。
「わわっ!?」
「……とっ――大丈夫?」
済んでの所で腰の裏を支えられて、どうにか体勢を持ち直す事が出来た。
続いて頭上より聞こえてくる、静かで優しい声。

346何が正しいのか:2007/05/20(日) 13:40:07 ID:6dkbYT1Y0
「驚かせちゃってごめんなさい。でも私達は殺し合いをする気は無いから、落ち着いて頂戴」
「え……?」
顔を上げた七海の瞳に映ったのは、頬に片手を添えながら穏やかに微笑んでいる女性――水瀬秋子だった。
その佇まいからは悪意というものは一切感じられず、寧ろ包み込むような優しい雰囲気が漂っていた。
困惑気味の表情を浮かべている七海に対し、秋子はゆっくりと語り掛けた。
「私は水瀬秋子よ。そして隣にいるのが私の娘――」
「水瀬名雪だよ。貴女はお名前何ていうの?」
「え……あ……」
七海は名雪へと視線を移し、ようやく相手が二人いるという事を認識した。
急激な状況の変化にまだ思考が追い付けていないが、一つだけ確信が持てる。
秋子と名乗った女性が浮かべた優しい笑顔、そして『一人しか生き残れない』この殺人ゲームで集団行動をしている二人。
とどのつまりこの二人はゲームに乗っていない、信頼に値する相手なように思えた。
「――立田七海です。たったななみって覚えてください!」
だから七海はにこりと笑みを形作って、元気良くそう答えていたのだった。

――七海は、先程自分が命拾いしたという事実に気付いていない。
秋子はずっと、ポケットの中に忍ばせたIMIジェリコ941を握り締めていたのだ。
七海がもう少し冷静だったのなら、背後より忍び寄ってきた秋子達に対して銃を向けてしまったかも知れない。
そしてそんな事をしてしまえば確実に、七海は殺されてしまっていただろう。
偶然にも七海の抱いている焦りこそが、自身の命を救う結果に繋がったのだ。

   *     *     *    *     *     *

347何が正しいのか:2007/05/20(日) 13:41:15 ID:6dkbYT1Y0
舞台は変わり、鎌石村の西部に存在する一際大きな建築物――鎌石村役場。
そこから程近くにある開けた平野の上に、朝日を受けて一つの長い影が伸びていた。
影の主、折原浩平は役場で発見したスコップを手に、独り黙々とある作業を行っていた。
浩平の眼下には大きな穴が掘られており、その中にはかつて川名みさきと呼ばれていた少女の亡骸が入れられている。
浩平は高槻達と別れた後に鎌石村役場へ移動し、陽が出るのを待ってみさきの埋葬を行っていたのだ。
程無くして作業は終焉の時を迎え、みさきの身体は完全に土に覆われてしまった。
浩平はその上に小さな花をそっと乗せた後、両手を胸の前で合わせた。

「みさき先輩……」
みさきは光を完全に失ってしまったにも拘らず、明るく前向きに生き続けていた。
自分如きでは比較対象にすら成り得ぬ程、とても優しく、とても暖かく、とても強い人だった。
何故彼女のような人間が、こんなにも理不尽な形で命を落とさなければならないのか。
「仇は取ってやるからな……岸田も主催者も、俺がぶっ潰してやるからなッ……!」
――許せなかった。
人の命をゴミのように踏み躙る主催者と、みさきの遺体を穢した岸田洋一は、必ずこの手で倒してみせる。
浩平はみさきの墓の前でそう誓った後、S&W500マグナムを強く握り締めて、その場を後にした。

役場に戻る道程の最中、浩平は思う。
最終目標が明確に定まったのは良いが、具体的にはこれからどうすべきなのだろうか?
岸田洋一は恐ろしい男だが、自分とて強力な大口径銃を持っているし勝ち目はある。
しかし強大な主催者に対し一人で決戦を挑むのは、どう考えても無謀に過ぎる。
そう考えると、まずは対主催の同志を集めるのが最善の一手だと言えるだろう。

同志と言えば最初に思い付くのは高槻達だが――彼らとはもう、行動を共にする気にはなれない。
この殺し合いの場に於いて一度芽生えた不信の種は際限無く膨らみ、やがて大惨事を招いてしまう危険性があるのだ。
集団を形成している者達にとって一番恐ろしいのは、ゲームに乗った者の襲撃よりも内紛だろう。
自分が居ない限りは高槻達も内紛など起こさぬだろうし、彼らの戦力なら岸田相手でも遅れは取るまい。

348何が正しいのか:2007/05/20(日) 13:42:41 ID:6dkbYT1Y0
悪いのは七海を見失ってしまった自分だ。
十分な戦力と結束を誇っている高槻達の所へ、わざわざ不信の種を持ち込むような厚顔無恥に過ぎる真似など出来る筈が無い、
しかし自分は高槻達以外の人間とは殆ど出会っておらず、誰が信用出来る人間であるかという情報に精通していない。
下手に知らぬ者と組んで寝首を掻かれるような事態は避けたいが、確実にゲームに乗ってないであろう七瀬留美や長森瑞佳も行方が分からない。

(そうだな……まずは立田を探すか……)
七海なら100%信用出来るし、何より彼女は自分の所為で窮地に追い遣られてしまっている可能性がある。
もしかしたら遅まきながら高槻達の元に戻っている可能性もあるが、逆もまた然りであるのだ。
鎌石村かその周辺にいる事はほぼ間違いないだろうし、まずは彼女を探してみるべきだ。
みさおのような――妹のような雰囲気を持った彼女と、出来ることなら一緒に行動したい。
但し、彼女がこんな自分を許してくれるのならばという条件付きではあるが。
そもそも本当に彼女の事を想うならば、夜のうちから捜索を行っておくべきだったのだ。
それにも拘らず自身の休養とみさきの埋葬を優先してしまった自分を、きっと七海は許してくれないだろう。

だがそれでも、やはり七海を探そう。
主催者に戦いを挑めば、殺されてしまう危険性は大いにある――否、生き延びれる可能性の方が圧倒的に少ない。
謝れる内にきちんと謝りそれから対主催の具体的な行動へと移ろう、というのが浩平の出した結論だった。
その為ならば多少の労力など惜しまぬつもりであったのだが――再会の時は、すぐに訪れる。

349何が正しいのか:2007/05/20(日) 13:44:29 ID:6dkbYT1Y0
「――こ〜へいさんっ!」
聞き覚えのある声がした方に首を向けると、半日近く前に見失ってしまった少女。
自分の探し人である七海が、頬を緩めながらこちらに向けて走り寄ってきていた。
「立田っ!!」
七海の姿を認識した瞬間、浩平もまた大地を蹴って一直線に駆けた。
互いの距離はたちまち縮まってゆき、二人は役場の前で足を止めて見つめ合った。
「立田……ごめんな……」
「どうして……どうしてこ〜へいさんが、謝るんですか……?」
疑問の表情を浮かべる七海に対して、浩平は申し訳無さげな声で返答する。
「俺が余計な事を言った所為で、立田に怖い思いをさせちまった……」
七海が無事で嬉しかった――そしてそれ以上に、この少女を危険な目に合わせた愚かな自分が腹立たしかった。

だが七海はゆっくりと首を横に振った後、静かに声を洩らした。
「そんな……謝るのは私の方です。私が怖がりな所為で、浩平さんに迷惑を掛けちゃいました……」
震える声、伏せた瞳。七海の秘めたる気持ちが、嫌というくらいに伝わってくる。
七海は全く怒っておらず、寧ろ自分自身を責め続けていたのだ。
「こ〜へいさんはこんな私に凄い優しくしてくれたのに……。それなのに私は……一人で逃げ出して……。
 もっと強くならないといけないのに、私はどうしようもなく弱い子供なんです……」

350何が正しいのか:2007/05/20(日) 13:45:44 ID:6dkbYT1Y0
半ば涙交じりに訴えてくる七海だったが――弱いのは自分の方だ。
七海はこんなにも心を痛めていたというのに、自分は希望的観測に身を任せ、捜索を後回しにしてしまった。
その後もただみさきの死を嘆き、主催者や岸田を憎しんでいるだけで、七海の事に思い至ったのは半日近くも経ってしまった後だった。
七海が向けてくれる優しさに報えるだけの事を、これまでの自分は行っていなかったのだ。
しかし今度こそ、復讐よりも何よりも優先順位が高い絶対の決意を胸に、浩平は七海を思い切り抱き締めた。
「……怖がりでも良いじゃないか。立田……七海は女の子なんだから。
 今すぐ強くなろうとしなくても良いんだよ。七海は俺が絶対に、守るから」
「こ〜へいさん……暖かいです……」
体温を伝えながら、小さな身体を両腕で包み込みながら、浩平は思った。

自分もまた、このゲームの狂気に飲まれかけていたのだ。
人を守る事よりも、皆で生きて帰る事よりも、復讐を優先しようとしてしまっていた。
仲間を集めようとしたのも、主催者に対抗出来るだけの戦力が欲しいという動機によるものだった。
自分は人間としてとても大事な物を、失いかけてしまっていた。
その事に、七海の優しさが気付かせてくれたのだ。
だから、決めた。
勿論みさきの仇は取ってやりたいし、岸田と主催者は許せぬが、それは一番大事な目標では無い。
自分は何よりもこの少女を――七海を守る事を最優先に、生きてゆこう。



351何が正しいのか:2007/05/20(日) 13:47:03 ID:6dkbYT1Y0
抱き締め合う少年少女の傍に屹立する、二つの影。
その片割れである水瀬秋子は複雑な表情を浮かべながら、浩平達の様子を眺め見ていた。
疑うまでも無い。
彼らは間違いなく殺し合いに乗っておらず、それどころか共に支え合って生き延びようとしている。
七海と出会った時点では、自分の選んだ道に対して迷いなど欠片も抱かなかった。
七海を殺さなかったのは『いつでも殺せる』と判断したが故に、時が来るまで利用しようと考えただけの事だった。
無力な存在の保護者という立場を取れば、見知らぬ人間達の信用も容易く勝ち取れるに違いないから。
実際目の前にいる少年は、きっとこの先自分を疑いなどしないだろう。
自分は彼らを利用するだけ利用して、優勝への道を切り開いてゆけば良い筈だ。

しかし――
(本当に私はそれで良いの……? ねえ澪ちゃん……私はどうすれば良いのっ……!?)
自分が名雪を想うのと同様に、七海と少年は互いの事をとても大事に考えているだろう。
彼女達の想いを踏み躙って、本当かどうかも分からない褒美を狙うのが、正しいのか?
分からない。
もう、分からない。

秋子の心中では、激しい葛藤が行われていた。
だから彼女は気付かない。
秋子の隣で、生気の無い瞳を携えている少女――名雪の落ち窪んだ瞳に潜む、昏い影に。
名雪はポケットに忍ばせた八徳ナイフを握り締め、開戦の合図を今か今かと待ち望んでいた。

352何が正しいのか:2007/05/20(日) 13:48:21 ID:6dkbYT1Y0
【時間:二日目・05:20】
【場所:C-03・鎌石村役場前】
折原浩平
 【所持品1:S&W 500マグナム(5/5 予備弾6発)、34徳ナイフ、だんご大家族(残り100人)、日本酒(残り3分の2)、ライター、支給品一式(食料は二人分)】
 【状態:決意、頭部と手に軽いダメージ、全身に軽い打撲、打ち身など多数。両手に怪我(治療済み)】
 【目的:第一目標は七海と共に生き延びる事。第二目標は岸田と主催者への復讐】
立田七海
 【所持品:S&W M60(5/5)、M60用357マグナム弾×10、フラッシュメモリ、支給品一式】
 【状態:啜り泣き、胸部打撲】
 【目的:こ〜へいさんと一緒に生き延びる。こ〜へいさんに迷惑を掛けないように強くなる】

水瀬秋子
 【持ち物1:ジェリコ941(残弾9/14)、トカレフTT30の弾倉、澪のスケッチブック、支給品一式】
 【状態:迷い、マーダー、腹部重症(傷口は塞がっている)、軽い疲労】
 【目的:優勝を狙っているが、迷い。名雪の安全を最優先】
水瀬名雪
 【持ち物:八徳ナイフ】
 【状態:精神不安定、マーダー、秋子の合図を待っている】
 【目的:優勝して祐一のいる世界を取り戻す】

→801
→821
→828

353何が正しいのか・訂正:2007/05/20(日) 13:55:36 ID:6dkbYT1Y0
>>352
>【時間:二日目・05:20】

【時間:三日目・05:20】
に訂正でお願いします
お手数をお掛けして申し訳ございません

354親友:2007/05/23(水) 21:23:18 ID:7JyTghbE0
首輪が爆発した影響で、礼拝堂は眩いばかりの閃光に覆い尽くされていた。
その光景を直視していた藤林杏は、一時的に視力が低下してしまっていた。
(……渚はどうなったの!?)
あの轟音と爆風から察せば結果は一つ有り得ない筈だが、万が一という事もある。
いや――どうか、奇跡が起こっていて欲しい。
さもなくば岡崎朋也は、この世で最も見てはいけない物を目撃してしまったという事になるのだ。
しかし十数秒後、視界が回復した杏の目に飛び込んできたのは、最悪の光景だった。
「なぎ……さ……朋也……」
杏の瞳には、目を大きく見開きながら立ち尽くす朋也と――首から上を失った渚の死体が映し出されていた。

杏と春原陽平が呆然と眺め見るその先で、朋也は酷く掠れた声を絞り出す。
「渚……嘘だろ……?」
何かに縋るように、目の前の現実を否定するように、朋也は足を前に一歩踏み出す。
しかしそれを待っていたかのようなタイミングで、渚の残された身体がドサリと地面に倒れ込んだ。
胴体の上端部が血を垂れ流し、床を赤く染め上げる事によって、朋也に現実を突き付ける。
「嘘だ……こんなの嘘だあああああああああああああああああああっ!!」
朋也の絶叫が、礼拝堂の中に空しく響き渡った。

杏が柊勝平を殺してしまった時とすら、比べ物にならぬ悲劇。
朋也は自らの恋人が只の肉塊と化す一部始終を、その目で確認してしまったのだ。
杏はその胸中が痛い程によく感じ取れ、慰めの言葉一つ発する事が出来なかった。
その状態のまま無限にも感じられる時間が経過し、やがて朋也が杏の方へと首を向けた。
「……どういう事だ」
杏は思わず息を飲む――決然とした光を宿していた朋也の瞳が、今はもう虚ろな洞のように昏く濁っていた。
「有紀寧は死んだ。首輪のタイムリミットも、まだまだ先だった筈だ。なのにどうして渚はこんな目に合ってしまったんだ?」
いつもの朋也とは似ても似つかぬ重い声で問い掛けてくる。
それでも自分は説明せねばならない。事の顛末と、自分達の過ちを。

355親友:2007/05/23(水) 21:24:01 ID:7JyTghbE0
――渚と電話で連絡を取った後、教会を訪れた事。
自分達は首輪解除用の手順図を持っていたので、それに沿って正確な作業を行った事。
にも拘らず首輪が突然点滅を強め、爆発してしまった事。
杏はぎこちない口調ながらも、これまでの流れをきちんと順序立てて説明した。



説明を受けた朋也には、何故首輪が爆発してしまったのかすぐ理解出来た。
杏達は主催者が準備したという解除手順図のダミーを使用してしまったのだ。
「朋也……ごめんね……ごめんね……」
「岡崎……本当にごめんな……。僕達が余計な事をしたばっかりに……!」
杏と陽平が深々と頭を下げながら、何度も何度も謝罪の意を伝えてくる。
しかし、朋也は思う。
謝る必要など無いと。
結果はどうあれ、彼らは必死に渚を救おうとしてくれたのだ。
それに自分が杏や陽平と似た状況だったとしたら、同じ過ちを犯してしまっていただろう。
にも拘らず彼らを責めたり恨んだりなど、出来る筈が無いではないか。

だが――渚は自分の全てだった。
人間の暖かさも、優しさも、愛しさも、全て渚が教えてくれた。
肩を壊し自暴自棄になっていた自分を、渚が救ってくれた。
そして自分もまた、これまで少なからず渚を支えてきたという自信がある。
坂の前で立ち尽くしていた渚の背を押しもしたし、演劇部の発足にだって尽力した。
自分にとっても渚にとっても、お互いがお互いに掛け替えの無い存在だった筈だ。
自分と渚は二人が揃って初めて一つの完成形を成す、いわば一心同体と言える生物だ。

356親友:2007/05/23(水) 21:24:35 ID:7JyTghbE0
自分は未来永劫、渚と支え合っていくつもりだった。
自分の体が呼吸するのも、心臓を動かすのも、全ては渚と共に生きてゆく為だ。
だからもう、これから取るべき道は一つしか残されていない。
自分の半身を取り戻せる可能性の前には、友情も、倫理観も、取るに足らない物だ。
「謝る必要はねえよ。だってお前達は……」
朋也は鞄の中に仕舞っていた物を握り締めた後、おもむろに腕を振り上げた。
「――此処で死ぬんだからな」



「え……?」
杏は目の前で起こっている事態が信じられず、酷く場違いな間の抜けた声を洩らした。
それも当然だろう――友人である筈の朋也が、突然トカレフ(TT30)の銃口を向けてきたのだから。
「岡崎……お前、復讐するつもりなのか? 僕達を許せないから殺すって事なのか?」
聞こえてきた声に視線を移すと、陽平が呆然としているような、泣いているような、半端な表情を浮かべていた。
恐らくは自分もまた、同じような顔をしてしまっているのだろう。
確かに朋也が怒るとは思っていたし、一発や二発殴られる覚悟はしていた。
しかしまさかあの朋也が怒りに任せて自分達を殺そうとするとは、予想だにしていなかった。
狂気に取り憑かれていた勝平と同じように、朋也もまた狂ってしまったのだろうか。

だが朋也はゆっくりと首を振り、冷静に、静かに、言った。
「別にそんなつもりじゃねえよ。お前達はお前達なりに、渚を助けようとしてくれたんだろ?
 だったら俺は、お前達を責めたりしない。ただ、俺は」
そこで乾いた銃声が、響き渡った。

「――優勝して、渚を取り戻さなきゃいけないだけだ」

357親友:2007/05/23(水) 21:25:21 ID:7JyTghbE0
杏は自分が撃たれたのかと思い一瞬目を瞑ってしまったが、すぐにそうでは無いと気付く。
目を開くと、陽平の身体がぐらりと傾いている所だったのだ。
「るーこ……杏……僕は――」
それだけ言い残すと、陽平の身体はゆっくりと地面に沈んでいった。

「よ、陽平――――っ!!」
杏は形振り構わず陽平の元に駆け寄ろうとしたが、突如心臓を氷の手で鷲掴みにされたような寒気を覚えた。
その感覚に従い足を止めると、自分のすぐ前方にある床が銃声と共に弾け飛んだ。
「……次はお前の番だ」
「くぅっ……!」
後ろから声が聞こえてきたとほぼ同時、杏は振り返りもせずに真横に跳ねる。
また銃声が耳に届き、杏は左肩の端にじりっと焼け付くような感触を覚えた。
頭の中が悲しみやら驚きやらでごちゃ混ぜとなっているが、これだけは確信を持てる。
朋也は間違いなくゲームに乗ってしまい、自分の命を狙っているのだ。
そして朋也に撃たれた陽平は、恐らく危険な状態に陥ってしまっているだろう。

戸惑っている時間も、躊躇している猶予も、今の自分には与えられていない。
杏は唇横一文字に引き締めて、混乱に支配された頭脳を無理矢理動かしていた。
(……どうすればいいのっ!?)
説得を試みるような猶予は到底与えられないだろうし、仮に話が出来たとしても受け入れてはくれまい。
殺すしか無いのか?……有り得ない。友人を殺すなど、絶対に有り得ない。
かといってこのまま逃げているだけでは、陽平の怪我がますます悪化して手遅れになってしまうかも知れない。
ならば、此処から取り得る選択肢は一つだけ――まず朋也を沈黙させ、それから陽平の治療を行う。

358親友:2007/05/23(水) 21:26:50 ID:7JyTghbE0
「頭を冷やしなさいっ!!」
杏は鞄の中に手を突っ込んで、振り向き様に和英辞書を思い切り投擲した。
辞書は朋也の手元へと正確に吸い込まれてゆき、その衝撃でトカレフ(TT30)が弾き飛ばされた。
杏はその隙を見逃さずに、素早く前方へと駆けて朋也に肉薄する。
下から振り上げる形で、手に握り締めた物体――スタンガンを、朋也の腹部目掛けて突き出す。

「――――ッ!?」
だが目標に到達する寸前で、杏の手首は朋也にしっかりと掴み取られる。
手を伸ばせば届く程の距離で、二人は力比べを行う事となった。
杏は朋也を気絶させるべく、腕を伸ばしきろうと思い切り力を入れる。
朋也は窮地を脱するべく、杏の手を遠ざけようと渾身の力を振り絞る。
「何考えてんのよっ! あんたまで主催者がついた嘘に騙されちゃったっていうの!?」
「――騙された訳じゃない。多分嘘だって事くらい、分かってるさ。
 それでも俺は! 0,1パーセントでも可能性があるなら、それに賭けるしかねえんだ!」
間近で顔を突き合わせた状態のまま、悲痛な叫びを上げる朋也。
それを耳にした杏は、戦いの最中にも拘らず胸が締め付けられる思いに襲われた。
とどのつまり朋也は、主催者が恐らく嘘をついていると判断した上で尚、殺し合いに乗ったという事。
朋也にとって渚はそれ程大切な存在であり、彼は有るかどうかも分からない可能性に賭けて全てをかなぐり捨てているのだ。

片目を失っているとは言え、単純な力比べなら体格に勝る朋也が圧倒的に有利だ。
押し合いの均衡はすぐに打ち破られ、杏は後方へと弾き飛ばされた。
たたらを踏んで後退する杏だったが、朋也は追撃を仕掛ける事無く地面に落ちたトカレフ(TT30)の方へと駆けてゆく。
その後ろ姿は杏からすれば余りにも無防備であり、銃で狙えば確実に撃ち殺せるように思えた。
杏の鞄にはドラグノフやグロック19が入れられており、そのどちらでも致命傷を与える事が出来るだろう。
しかしそのような方法で朋也を倒しても、まるで意味が無い。
あくまで杏の目標は、朋也を殺さずに制止する事と、陽平の救出なのだから。

359親友:2007/05/23(水) 21:28:26 ID:7JyTghbE0
杏は大地を蹴って、朋也の背中に追い縋った。
朋也が背中を丸めてトカレフ(TT30)を拾い上げようとしたその瞬間に、半ば飛び込む形で組み付く。
「ぐっ……がっ……!?」
杏は飛び込んだ勢いのまま朋也の背中に掴みかかり、間髪置かず彼の首に腕を巻きつけた。
どう考えてもこの場での説得は不可能なのだから、多少手荒な手段を用いてでも朋也の意識を奪うしかない。
そう判断した杏は、全く躊躇せず両腕に力を篭めてゆく。



一方首を強く圧迫された朋也は、何とか逃れようと必死にもがいていた。
「がっ……おおおっ……!」
息が出来ない。
全身のあらゆる器官が酸素不足を訴え、体から少しずつ力が抜けていく。
「ぢぐ……しょう……!」
杏を引き剥がすべく、両腕を総動員するものの、後ろを取られている為に満足な成果は得られない。
せいぜい杏の腕を掻き毟るのが限界だ。

そうやっている間にも、段々視界が白く霞んでゆく。
少しでも抵抗の意志を緩めれば、すぐさま気絶させられてしまうだろう。
しかし朦朧とする意識の中で、朋也は思った。
――絶対に屈する訳にはいかないと。
此処で自分が意識を手放してしまえば、武器を奪い取られ優勝が遠のいてしまう。
此処で敗北する事は、渚を取り戻せる可能性がより小さくなってしまうという事。
それでは何の為に親友の陽平さえも手に掛けたのか、分からなくなる。
故に、負けられない。

360親友:2007/05/23(水) 21:29:12 ID:7JyTghbE0
――ブチブチッと、嫌な音がした。

「ああああああっ!?」
鮮血が飛び散り、杏が絶叫を上げる。
朋也は自身の首を締め上げる杏の腕に、まるで肉食獣のように噛み付いたのだ。
「うああああっ……!」
杏が心底苦しげに呻き声を洩らすが、構ってなどいられない。
朋也は残された力を振り絞り、全身全霊で顎を噛み締める。
後少しで標的の筋組織を根こそぎ噛み千切れるという所で拘束が解け、すかさず朋也は離脱した。

「――――フ、ハァ、ハァ…………」
朋也はトカレフ(TT30)を拾い上げた後、大きく呼吸を繰り返し、体の隅々に酸素を提供した。
杏が真っ赤な血の滴る腕を押さえながら、睨み付けてくる。
「こんな事するなんて……あんたおかしいよっ……!」
「言っただろ、俺は優勝しなくちゃいけないって。その為には手段なんて選んでられねえんだよ」
朋也は事も無げにそう吐き捨てた後、トカレフ(TT30)の銃口を杏に向けた。
その様子を眺め見た杏は、絶望に顔を大きく歪める。

「……仮に優勝の褒美が本当だったとしても、あんたはそれで良いの?
 友達も罪の無い人も全部殺して、この殺し合いを引き起こした張本人の主催者に媚を売って、それで満足なの!?」
殆ど泣きそうな表情で、必死に訴えかけてくる杏。
だが朋也はあくまで冷静に、決して揺るがぬ意志を籠めて、言った。
「――ああ。俺は世界の全てと引き替えだとしても、渚を生き返らせたい。その為になら幾らでも手を汚すし、後悔なんてしない」
それが朋也の行動理念であり、価値基準でもある。
友人に対しての情が無い訳ではない。
主催者に対しての怒りが無い訳ではない。
殺人に対しての禁忌が無い訳ではない。
ただ自分にとって渚は別格の存在であり、何事よりも優先するというだけだ。

361親友:2007/05/23(水) 21:29:54 ID:7JyTghbE0
杏が一度目蓋を閉じた後、悲しみの色に染まった目をこちらに向けてきた。
「渚は……こんな事、望んでないわよ」
「だろうな。でも俺はこうするしか無いんだ。じゃあな――きょ……ガッ!?」
朋也が最後の言葉を言い切る寸前、一際大きな銃声がした。
途端に朋也は腹部に凄まじい激痛を感じ、地面に崩れ落ちる。
その最中、朋也は見た。
視界の端で、先程確かに撃ち抜いた筈の陽平がワルサーP38を構えているのを。



「陽平!?」
杏が驚きの声を上げる。
陽平は哀愁に満ちた光を宿した瞳で、地面に倒れた朋也へ視線を送った。
「岡崎……お前も僕と同じだったんだね。たった一人の女の子が何よりも大事で、どうしても守りたくて、それでも守り切れなくて……」
その言葉だけで朋也は、陽平の身に何が起きたかを理解出来た。
陽平と互いを庇い合っていた少女――ルーシ・マリア・ミソラがこの場に居ないという事は、結論は一つ。

「……そうか。お前はるーこって奴を失ったんだな」
「そういう事さ。だからこそ分かる――お前はもう、絶対に止まらないって」
陽平はそう言うと朋也の傍まで足を進め、銃口を突き付けた。
その行動の意味を理解した杏が、慌てて口を開く。
「あ……あんたまさか朋也を殺すつもり!?」
「ああ。そうしない限り、コイツは止まれないからね」
「そんなの……分からないじゃない!時間を置いてから話し合えば、きっと……」
なおも食い下がろうとする杏だったが、陽平はゆっくりと首を横に振った。

362親友:2007/05/23(水) 21:31:19 ID:7JyTghbE0
それから陽平はゆっくりと、一つ一つの意味を噛み締めるように言葉を紡いでゆく。
「岡崎と僕は殆ど同じなんだ。岡崎にとって古河が全てだったように、僕にとってはるーこが全てだった。
 ただ僕は褒美の話をどうしても信じれなかったけど、岡崎は少しだけ可能性があると思ってしまったんだよ。
 そして僅かでも希望を持ってしまったら、もう止まれない。コイツは古河も自分自身も望んでない道を、走り続けるしか無くなるんだ」
そこまで聞かされて、杏は何も言えなくなってしまった。
それ程に陽平の言葉には重みがあり、真実を的確に指摘していたのだ。

朋也が鮮血混じりの息を吐いた後、言った。
「春原……最後に三つだけ、良いか?」
陽平が頷くのを確認してから、朋也は弱々しい声で続ける。
「一つ目……どうしてお前、動けるんだ? 俺は確かにお前の腹を撃ち抜いた筈なのに……」
それが朋也にとって、一番の疑問だった。
一撃で致命傷となるかは分からないが、少なくとも腹を撃たれてしまえば身動きなど取れぬ筈。
それがどうして、こうも平然と立っていられるのだ?

陽平は服の端を捲り上げ、撃たれた箇所を示して見せた。
――脇腹の端に、言い訳程度の小さな傷があった。
陽平が助かった理由は只一つ。朋也は陽平を撃った時、無意識のうちに照準をずらしていたのだ。
「岡崎、お前はやっぱり甘い奴だよ。あの時僕は反応出来なかったのに――お前は敢えて急所を外して撃ったんだから」
「……何だ。結局俺はまだ、心の何処かで迷ってたんだな」
朋也は天井を仰ぎ見ながら、自嘲気味にそう呟いた。
覚悟はあった。間違いなく殺すつもりだった。
それでも自分は、陽平を殺す事が出来なかった。
結局の所自分は鬼にも善人にもなり切れぬ、中途半端な男だったのだ。

363親友:2007/05/23(水) 21:32:27 ID:7JyTghbE0
朋也は多分に諦観の入り混じった笑みを浮かべながら、口を開いた。
「二つ目……平瀬村工場に脱出派の連中が集まってる。まだ脱出しようと思ってるんなら、そこに行くんだな」
陽平と杏の返事を待たずに続ける。
「三つ目……春原も杏も生き残れよ。すぐにあの世に来ちまったりしたら、ブン殴るからな」
朋也はすうっと息を吸い込んだ後、陽平に視線を戻した。
「さあ、やるならやれよ。じゃねえと俺はまたお前を襲っちまう。次は外さない……間違い無くこの手で、お前まで殺しちまう」

その言葉を受けた陽平は、左手で杏の顔を覆ってから、声を絞り出した。
「岡崎……今でも僕の事を親友って思ってくれてるかい?」
「わりい、俺お前のこと友達だと思ってねーや。でも――そうだな、来世なんてもんがあったら、またお前とつるみてえな」
陽平と朋也は――親友同士で、余りにも哀しい笑みを交換した。
そして、一発の銃声が響いた。


自分は結局誰も救えなかった。
渚も、秋生も、風子も、由真も、救う事が出来なかった。
自分の至らなさには、心底嫌気を覚える。
だが彰を倒す為に復讐鬼と化したのも、渚を生き返らせる為にゲームに乗ったのも、間違いだったとは思わない。
自分はいつだって、己の信念に従って行動してきたつもりだ。
結果は伴わなかったけれど、精一杯努力してきたつもりだ。
だから――自分の選んだ道だけは、絶対に後悔しない。
もしあの世があったとしたら、胸を張って渚と笑い合いたいから。
(渚……今そっちに行くよ……)
心の中でそう呟いた後、朋也の意識は闇に飲まれていった。

    *     *     *

364親友:2007/05/23(水) 21:33:34 ID:7JyTghbE0
「うっ……あっ……うわああああっ……」
泣きじゃくる杏を抱き締めながら、陽平は世界で一番大切な人の事を思い出していた。
(るーこ……今なら分かるよ。古河が最後まで岡崎の事を気にかけてたように、お前も死ぬ間際まで僕に逃げろって言ってたよね。
 お前は僕に、前を向いて生きて欲しいんだよな? どんなに辛くても、お前がいない世界でも、生き延びて欲しいんだよな?)
心の中に焼き付いたるーこの映像にそう語り掛けると、柔らかい笑みが返ってきたような気がした。
自分が朋也を殺した理由はたった一つ。
あそこで何もせずに自分達が殺されてしまっても、誰も救われないからだ。
こんな残虐に過ぎるゲームを企む主催者が、参加者の願いなど叶えてくれる筈が無い。
たとえ朋也が人を殺し続けて優勝したとしても、渚は生き返らない――そう、死んでしまった人間は、決して帰って来ないのだ。
それならばせめて、罪を犯す前に此処で止めてあげるべきだった。

それでも朋也は間違いなく自分の手で殺してしまったし、その点について言い訳するつもりは毛頭無い。
渚の遺言は、結局叶えてやる事が出来なかった。
そして自分がもう少し上手く立ち回れていれば、るーこだって死なずに済んだ筈だ。
自分の所為で、多くの親しい者達が命を落としてしまったのだ。

仮にこの地獄からの生還を果たしたとしても、何も解決はしない。
失われてしまった命はもう取り戻せないし、親友を殺してしまった罪も、恋人を救えなかった罪も、永久に消えはしない。
殺人がどれ程の罪の重さなのか、どうすれば償えるのか、自分には分からない。
それでも一つだけ分かる事がある――命を奪ったからには、責任を果たさねばならないと。
「杏。僕達まで死んじゃったら、岡崎もるーこも古河も、何の為に死んだのか分からなくなる。
 僕達は絶対、生き延びよう」
だから陽平は、るーこが生きていた頃と同じくらい強い意志を籠めて、そう言ったのだった。


【残り23人】

365親友:2007/05/23(水) 21:34:00 ID:7JyTghbE0
【時間:3日目・3:20】
【場所:G-3左上教会】
春原陽平
 【装備品:ワルサー P38(残弾数5/8)、ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×10、鉈】
 【持ち物1:9ミリパラベラム弾13発入り予備マガジン、FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、89式小銃の予備弾(30発)】
 【持ち物2:鋏、鉄パイプ、工具】
 【持ち物3:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、支給品一式(食料を少し消費)】
 【状態:決意、右脇腹軽傷、全身打撲(大分マシになっている)・右足刺し傷・左肩銃創・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)】
 【目的:ゲームの破壊、杏と生き延びる】
藤林杏
 【装備品:ドラグノフ(5/10)、グロック19(残弾数2/15)、投げナイフ(×2)、スタンガン】
 【持ち物1:Remington M870の予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書(英和)、救急箱、食料など家から持ってきた様々な品々、缶詰×3】
 【持ち物2:カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、支給品一式】
 【持ち物3:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)、工具、首輪の起爆方法を載せた紙】
 【状態:号泣、右腕上腕部重傷、左肩軽傷、全身打撲】
ボタン
 【状態:健康、杏の足許にいる】
久寿川ささら
 【持ち物1:スイッチ(未だ詳細不明)、トンカチ、カッターナイフ、救急箱(少し消費)】
 【持ち物2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:礼拝堂の隅に横たえられている、右肩負傷(応急処置及び治療済み)、疲労中 気絶】
岡崎朋也
 【所持品:三角帽子、薙刀、殺虫剤、トカレフ(TT30)銃弾数(3/8)、風子の支給品一式】
 【状態:死亡】

【備考】
・陽平と杏はささらから事の顛末を聞いてない。状況から貴明、珊瑚、ゆめみの死亡を推定。
・和英辞典は礼拝堂の床に落ちています

→846

366provided route:2007/05/24(木) 20:16:35 ID:jLt7VIIc0

「―――つまらないことで時間をつぶしていただいては困りますね」

冷水を浴びせかけるような声で、観月マナは気がついた。
切れ切れになっていた意識が繋がっていく。

「ここ……は」

次第にはっきりしてくる視界に映る景色は、変わらぬ森の中。
しかし二つだけ、記憶と違うものがあった。
一つは空だ。曇っていたはずの空に、眩しい太陽が顔を覗かせている。
そしてもう一つは、

「お久しぶりです」

眼前に立つ、少女の姿であった。
諦念と屈折に凝り固まったような瞳。
手にした本は少女には不釣合いなほど大きく、分厚い。
異様なのは、その本が内部から発光しているように見えることだった。
色は真紅。光は、まるで鼓動を打つかのように脈動していた。

「里村……茜、さん」

マナが、その名を口にする。
記憶の欠落していた間の経緯。現在の時間、位置、状況。
いくつもの疑問が脳裏をよぎるが、それらを抑えてマナの口から出ていたのは、たった一つの問いだった。

「どうして……ここに?」

途端、茜が口の端を上げた。
嘲弄と侮蔑の入り混じった、悪意ある笑み。

367provided route:2007/05/24(木) 20:16:54 ID:jLt7VIIc0
「どうして。……どうして、と訊くのですか、私に?
 つまらない路傍の小石に躓いてもがいていた貴女を助け起こした私に?」
「あたしを……助けた……?」

呟いて記憶を辿ろうとするが、どうにもはっきりしない。
朝、目覚めてから図鑑の青い光に導かれて歩き出したところまでは覚えている。
北に向けて歩いていたはずだが、そこから先の記憶が急速にぼやけていた。
脳裏には断片的な映像だけが浮かぶ。
凶悪な面構えの軍人らしき男性。無数に存在する、同じ顔をした少女。陽射し。赤い、光。

「……気にしなくて結構ですよ。こちらにも利のあることでしたので」

言って、茜が話を打ち切った。
マナもそれ以上考えるのをやめ、茜に向き直る。
茜の手にしたGL図鑑の真紅の光に同調するように、BL図鑑もまた青い光を脈動させていた。

「その光……濁ってる」

どくり、どくりと脈打つ真紅の光を見据えて、マナが呟いた。
その言葉どおり、茜の手にした図鑑から発せられる光は、マナの透き通ったそれと違い、
まるで粘り気のある血を垂らし乱暴にかき混ぜたように濁り、中を見通すことができない。
緋色の光が時折揺らめき、光の粒を零すその様は、

「まるで……泣いてるみたい」
「……」

その言葉に、茜はほんの少しだけ目を細めると、己の図鑑とマナの図鑑を見比べるように視線を走らせた。
微笑から、僅かに悪意の色が薄れる。

「……安心しました」
「……?」

意図を測りかね、眉根を寄せるマナを気にした風もなく、茜が続ける。

368provided route:2007/05/24(木) 20:17:41 ID:jLt7VIIc0
「下らない子供だましに踊らされていたので、心配していたのですよ。
 BLの力、私の想像よりも遥かに小さいのではないかと」
「……!」
「ですが、杞憂だったようです。この力―――、」

と、手にした図鑑を掲げてみせる。

「哭いていると、そう感じられたのなら及第点……いいえ、そうでなくては困るというものです。
 どうやら聞こえているようですね、黙示録の声が」

黙示録、と呼ばれた瞬間、茜の手にした本から発せられる赤い光が一際強く輝いた。
それを目にして、マナは小さく首を振ると口を開く。

「―――違うよ」
「違う……?」

意外な言葉だったのか、茜が問い返す。
マナは、己の図鑑を胸に掻き抱くようにすると、茜の瞳を真っ直ぐに見据えて言った。

「違う。この子は、そんなのじゃない」
「そんなの……とは、黙示録のことですか? ……ああ、あなた方はBL図鑑と呼んでいるのでしたか」
「そうじゃない」

きっぱりと、マナは茜の言葉を否定する。

「そういうことじゃないよ。……あなただって、この子たちの声が聞こえるなら分かってるはずでしょう?」
「……」
「この子たちの、本当の名前は―――」
「―――黙りなさい」

マナの声を遮るように、茜が強い口調で言い切った。

369provided route:2007/05/24(木) 20:18:44 ID:jLt7VIIc0
「……妄言は結構です。それよりも、よろしいのですか?」
「……何のこと?」

畳み掛けるように、茜が話題を転換した。
思わせぶりなその言葉に、怪訝な表情でマナが問いただす。

「どうやら貴女のお仲間の身が危ういようですが。……キリシマ、といいましたか」
「な……、キリシマ博士が……!?」

マナが色めき立つ。

「このままでは……まぁ、酷い目に遭ってしまわれるかもしれません」
「……っ!」
「行ってさしあげてはいかがですか? ……その道を走れば、すぐですよ」

そう言って、茂みの向こうに伸びる林道を指差す茜。
反射的に走り出しかけたマナだったが、しかし一歩目を踏み出したところで足を止めた。

「……」
「どうしました? 急がないと手遅れになりますよ」

茜の言葉にも、マナは足を進めることもない。
代わりに口を開いた。

「……どうして?」
「……なぜGLの私が、貴女を助けるような真似をするのか、ですか?
 簡単な話です……今この場では、そうすることが必要だった。それだけのこと」

事も無げに、茜はそれを口にした。

「終焉へと向かうこの世界で、私が何をすべきなのか……それは黙示録の告げるままに。
 私はただ、定められた時の流れに従っているだけなのですよ」

真紅の光を放つ本を撫でながらそう言うと、茜は声もなく笑い、踵を返した。
もはや話すことなど何もないとでもいうようなその背中に、マナは小さく首を振る。
そうして一瞬だけ手の中の蒼い光に目をやると、今度こそ駆け出した。
背後から、茜の呟くような声が聞こえてくる。

「終わりの時、終わりの始まる場所で……私たちはもう一度会うことになると、黙示録は告げています。
 ―――世界の最後で、また会いましょう」

独り言めいたその言葉だけを残して、気配が遠ざかっていく。
マナは振り向かず走り続ける。
応えるように、口の中だけで小さく呟いた。

「……世界の最後? させるもんか、そんなこと」

ぐ、と手のBL図鑑を握り締める。
まるで蒲公英の綿帽子のように光が溢れ、きらきらと弾けて消えた。
光の軌跡を残しながら、マナは走り続ける。

「うん、終わりになんて、絶対にさせない。
 BLの力は……ううん、きっとGLだってそんなの、望んでやしないんだから……!」

それきり口を閉ざすと、マナは足を速めた。
手の中の図鑑は、ただ静かに蒼い光を放っている。

370provided route:2007/05/24(木) 20:19:19 ID:jLt7VIIc0

【時間:2日目午前11時ごろ】
【場所:G−4】

観月マナ
【所持品:BL図鑑・ワルサー P38・支給品一式】
【状態:電波の影響から脱出・BLの使徒Lv2(A×1、B×4)】
『御堂(誰彼)×七瀬彰(WHITE ALBUM)   ---   クラスB』
『七瀬彰(WHITE ALBUM)×芳野祐介(CLANNAD)   ---   クラスA』

里村茜
【持ち物:GL図鑑(B×4、C×無数)、支給品一式】
【状態:異常なし】
『巳間晴香(MOON.)×相楽美佐枝(CLANNAD)   ---   クラスB』
『砧夕霧(誰彼)×砧夕霧(誰彼)×砧夕霧(誰彼)×砧夕霧(誰彼)×砧夕霧(誰彼)×砧夕霧(誰彼)…… --- クラスC』



【場所:D−6】

御堂
 【所持品:なし】
 【状態:不明】

→498 763 ルートD-5

371星空・3:2007/05/25(金) 00:44:43 ID:Eo3DGS.c0
――久寿川ささらは生徒会室で、今は亡き朝霧麻亜子と再会を果たしていた。
椅子に座っている麻亜子が、紅茶を口にしてから、対面に居るささらへと視線を移す。
「さーりゃん。こんな所で呑気に油を売っていて良いのかね?
 殺し合いも、もう終盤――今は一分一秒が惜しい時だと思うよ?」
するとささらはゆっくりと首を横に振り、言った。
「ううん、もういいの……」
全てに絶望したような、何もかも諦めてしまったような、そんな声。
それを受けた麻亜子は眉を顰めて、怪訝な表情となった。
「……いいって何がさ?」
「あんな世界、もういいの。先輩も貴明さんも居ないなら、もうどうでもいいの」
「さーりゃん、それは――」
麻亜子が諫めようとするのを遮り、ささらははっきりと宣言する。
「私は死を迎えるその瞬間まで、ずっと先輩と一緒にいたい。たとえ夢の世界でも、此処には先輩がいる。だから現実世界には戻らないわ」

ささらは全てを拒んでいた。
何も出来なかった自分自身も、麻亜子と貴明の命を奪ったこのゲームも、そんな運命を与えたこの世界そのものも、拒んでいた。
しかしそれを理解して尚、麻亜子は冷たく言い放った。
「――駄目だよ」
「え……?」
「あたしが守りたかったのは、そんなさーりゃんじゃない。今のさーりゃんとは、一緒に居られない」

372星空・3:2007/05/25(金) 00:45:26 ID:Eo3DGS.c0
あの麻亜子が、自分を突き放した――?
ささらは捨てられた子犬のような目となり、肩を震わせながら言った。
「な……何を言ってるの……? 折角また会えたのに……」
「今のさーりゃんは最低だよ。ただ嘆き悲しむだけで、目の前の現実に対処しようともしていない……」
「そんな……仕方無いじゃない。目の前で先輩や貴明さんが死んでしまったのに……頑張れる訳無いじゃない……」
ささらが今にも消え入りそうなか細い声で、そう訴える。
だが麻亜子はそれには取り合わず、きりっと眉を吊り上げた。
「あたしは一生懸命戦った。さーりゃんを守りたくて、出来る限りの事をしたつもりだよ。
 その結果あたしは死んじゃったけど、後悔はしてなかった。さーりゃんの事が、本当に好きだったから。それはきっとたかりゃんも同じだと思う。
 それなのにさーりゃんがそんな調子じゃ、あたしもたかりゃんも何の為に命を懸けたか分からなっちゃうよ。 さーりゃんはあたしがいなくちゃ何も出来ないの?」
「――――!」
ささらの大きな瞳が見開かれるのを確認してから、続ける。
「それにさ――あたしもう行かなくちゃいけないんだ」
「…………っ!?」

言われてささらは、初めて気が付いた。
「せん、ぱい……から……だ……が……」
――麻亜子の身体がどんどん薄れていっている事に。

麻亜子は寂しげな笑みを浮かべた後、言った。
「……当然でしょ? そう都合良く、ずっと夢の中に居ついたりなんて出来ないよ」
それが現実だった。
この場に麻亜子が居る事自体、既に奇跡以外の何物でも無いのだ。

373星空・3:2007/05/25(金) 00:46:39 ID:Eo3DGS.c0
「やだ……行っちゃ、やだ……」
ささらは目に涙を溜めて、悲痛な絶叫を上げた。
「やだやだやだっ!行っちゃやだぁーーっ!! 行かないで、先輩。
 お願い……お願いきいてくれたら何でも言う事聞くからぁ……お願い――」
それは卒業式の時と同じ台詞。まるであの時の再現だった。
「何でもって言われるとさーりゃんに水着登校を強要したくなっちゃうけど」
ただ一つ、あの時と違うのは――
「ムリだよ、もう。あたし死んじゃったもん……」
そう。これは、永遠の別れなのだ。

「せんぱい――」
「仕方が無いの。始めから決まってた事なの」
またあの時と同じように、麻亜子が諭すように言った。しかし――
「仕方ないって――何がなの!? 何が始めから決まっていたって言うの!?」
これは二人だけの卒業式の時とは違う。
だからささらは叫んだ。腹の底から、思い切り声を絞り出した。
それでも麻亜子は悲しそうに目を閉じ、そしてゆっくりと首を横に振った。
「あたしが殺し合いに乗った時点で、さーりゃんとお別れしなくちゃいけないって事は、もう決まってたの。どうにもならなかったの」
「…………」
ささらは滝のような涙を流しながら、麻亜子の話を聞いている。
麻亜子は席を立って、ささらの目の前まで歩み寄った。
「あたしバカっこだから――この島に放り込まれた時、さーりゃんを助ける事しか考えられなかった。
 他の人の事を考えてあげるなんて、出来なかった。でも……ダメだったね。あたしが人を殺しちゃった所為で、さーりゃんを悲しませちゃった。
 嫌な思いをさせて、涙をいっぱい流させちゃって、たかりゃんまで死なせちゃって」

374星空・3:2007/05/25(金) 00:47:52 ID:Eo3DGS.c0
既に麻亜子の身体は、殆ど透明といえる状態にまでなっている。
それでも麻亜子はささらの手を握り締めて、話を続けた。
「ごめんね、さーりゃん。最後まで守ってあげたかったけど、もうお別れ。あたしはさーりゃんと一緒には居てあげられないよ。
 でもね……それでもあたしね、さーりゃんが大好きだった。だからさーりゃんは――生きて。あたしとたかりゃんの分も、一生懸命生きて」
「いや、いやっ、いやぁぁぁぁ!」
ささらが絶叫する。麻亜子はそんなささらの頭を、優しく一度だけ撫でた。
精一杯の笑顔を作り、告げる。
「――――ばいばい、大好きなさーりゃん」
「せんぱああああああああああああああい!!」
くるりと背を向けて、麻亜子は旅に出た。
二度と戻って来れない、片道切符の旅に――――



そこでささらの意識は現実へと引き戻された。
目を開けると、綺麗なシャンデリアや天井が視界に入った。
それでささらは、自分が今教会に居るのだと悟った。
続いて聞き覚えのある声――藤林杏や春原陽平のものが、耳に届く。

まだ身体に重い疲労感は残っているし、また目を閉じれば眠る事は出来るだろう。
しかしささらは直ぐにその考えを打ち消す。
(先輩、貴明さん――私頑張ります。貴女達の分まで、一生懸命生きてみせます。だからどうか、ゆっくりと休んでください)
しっかりと足を動かして、少女は自分の意思で、自分の力で、再び立ち上がった。

    *     *     *

375星空・3:2007/05/25(金) 00:48:39 ID:Eo3DGS.c0
陽平と杏は古河渚と岡崎朋也の死体を埋葬した後、意識を取り戻したささらと情報交換を行っていた。
「そっか……河野とまーりゃんって奴は、最後にささらちゃんを守り抜いたんだね……」
「マナを殺した朝霧麻亜子は許せないけど――でも、ささらを守りたいって気持ちだけは本物だったのね……」
貴明達と岸田洋一の戦いの一部始終について聞かされ、陽平と杏は各々の感想を口にした。
ささらの説明によると、貴明は麻亜子を殺そうと暴走した後に、岸田洋一の襲撃を受けた。
追い詰められた貴明と麻亜子はささらだけでも救う為に、決死の自爆攻撃を仕掛けたとの事だった。

「あたし達も散々な目に合ったけど、そっちはそっちで大変だったのね……」
「杏さん達も……お友達の方と殺し合う事になってしまうなんて……」
杏とささらはお互いの境遇に心底同情を覚え、慰め合っていた。
友人と殺し合いになってしまったり、親しい人間が全員死んでしまったり、もう何もかもが滅茶苦茶だった。
だが陽平はそんな二人の会話を途中で遮って、一際強い口調で言った。
「それでも僕達はまだ生きている。此処で悲しみに暮れていても何も変わらない。だから行こう――この糞ゲームを、ぶっ潰す為に」
その通りだった。
杏もささらも頷いて、三人は出立の準備を始めた。

    *     *     *

場所は平瀬村工場屋根裏部屋へと変わる。
主催者の監視方法を全て発見した姫百合珊瑚は、間髪置かずにハッキング作業へと移っていた。
この場所にはカメラも無い。盗聴器対策もしてある。発信機もパソコンから取り外している。
最早ハッキングを察知されてしまう可能性は皆無の筈であり、実際今の所作業は順調に進んでいた。
まずはいの一番に首輪の解除方法を調べ上げ、次は主催者に関するデータの取得へと移っている。
珊瑚の横では向坂環が、黙々と画面に表示されたデータを紙に書き写していた。

376星空・3:2007/05/25(金) 00:49:49 ID:Eo3DGS.c0




一方柳川祐也と倉田佐祐理は特に手伝える事も無いので、仲間達の亡骸を埋葬した後、外で夜風に当たっていた。
雨は何時の間にか上がっており、空には数え切れない程沢山の星が見える。
佐祐理が天を仰ぎ見ながら、感心しきった様子で声を洩らす。
「ふえー、相変わらずこの島の星空は凄く綺麗ですねー……」
「……そうだな」
柳川は素直な返答を返した。
天に浮かび上がっている星の数、星の煌きは、昨晩よりも増しているように思えた。

しかしやがて佐祐理が視線を下に伏せ、寂しげに呟いた。
「――でももう少しだけ早く雨が上がってくれれば良かったですね。そうすればゆめみさんにもきっと、この星空をお見せ出来たのに……」
ゆめみは今際の際に、星空を思い浮べて本来の役目を果たそうとしていた。
あの時、あの場所で星が見えたらどんなに良かっただろう。

しかし柳川は、淡々とした口調で言った。
「だが奴や七瀬が本当に望んでいたのはそのような事では無い筈だ。それは分かるな?」
「……はい。死んでしまった人達が望んでいるのは、残された仲間の幸せだと思います」
柳川は強く頷いた後、続けた。
「――恐らく、明日の晩までには全てが終わっているだろう。その時に俺達が生きていられるかどうか、確証など無い」

柳川は一旦言葉を切り、佐祐理の手を握り締めた。
間近でしっかりと佐祐理の目を見つめて、一つ一つ言葉を紡ぐ。
「良いか、倉田。万一俺が死んでしまっても、絶対に自分を見失うな。どんなに苦しくても最後まであがいて生を掴み取れ。それが、俺の望みだ」
それは諦観さえも感じさせる程の、悲痛な願いだった。
佐祐理は柳川の手をぎゅっと握り返した。
「……分かりました。でも佐祐理は、柳川さんと一緒に帰りたいです……」
「ああ、俺だって当然そう思っているさ。あくまで、万一の話だ」

377星空・3:2007/05/25(金) 00:50:31 ID:Eo3DGS.c0
その後は二人とも押し黙り、暫しの間場を沈黙が支配した。
二人は肩を並べ、唯只空を眺め続ける。
ふと柳川が空いてる方の手で時計を確認すると、思っていた以上に時間が経過していた。
「そろそろ戻るとするか。此処で余り時間を食う訳にもいかんしな」
「……はい」
これで見納めになるかも知れないとは言え、いつまで星空を眺めている訳にはいかない。
二人は手を繋いだまま、工場の中へと戻っていった。



柳川達が屋根裏部屋に戻った時にはもう、ハッキング作業はかなり進行していた。
柳川は環が書き上げた紙を受け取り、じっくりと目を通していく。
一枚目は主催者側の人員についてのデータだった。
どうやらゲームの運営に関わっている者達のデータは、主催者側のホストコンピューターにも無かったらしい。
それでも主催者が誰であるかといったデータだけは、かろうじて見つけられたようだ。
そして主催者の名前を目にした瞬間、柳川も佐祐理もかつてない程の戦慄を覚えた。
その様子を見た環が、紙にペンを走らせる。

378星空・3:2007/05/25(金) 00:51:10 ID:Eo3DGS.c0
『驚きましたか?まさかこれ程の地位を持った人間が黒幕だったなんて……』
『ああ。篁財閥総帥――俺が知る限りでは、最悪の相手だ』
佐祐理もペンを握り締め、肩の痛みを堪えながら書いた。
『篁財閥って……ここ数年で急成長を遂げた超巨大グループですよね』
『それだけじゃないぞ。俺は職業柄日本の裏事情に詳しいが、篁財閥の黒い噂は絶えず耳にする。篁は色々と非合法な手段も用いて、巨財を築いてきた。
 にも拘らず警察ですら手を出せない程、篁財閥は巨大となってしまったんだ。篁の個人資産は100兆円を越え、世界中のエネルギーも半ば掌握している。
 篁本人がどんな人間かは知らないが、圧倒的な技術と資金力――奴が世界の影の支配者だと言っても過言ではない』
書き綴られた内容を読んだ佐祐理が、大きく息を飲む。
世界の影の支配者――そんな存在に対して、自分達は本当に対抗し得るのだろうか?
『そうですね……こんな恐ろしい物まで開発するくらいですから』
環はそう書いた後、大きな字で『ラストリゾートその詳細について』と記された紙を手渡してきた。

(ラスト……リゾート……だと?)
柳川はそれを受け取り、佐祐理と一緒に熟読していく。
そして二人は、先に倍する戦慄を覚えた。
――ラストリゾート。
強力なエネルギーの場を対象の周辺に発生させ、物理的な力や熱、光、電磁波などを遮断する装置。
どんなに切れ味鋭い剣も、大口径の銃弾も、恐らくは核による攻撃ですらも通さない。
己の肉体を用いた直接攻撃以外は完璧に防ぐという、絶対無敵究極の防御システム。
それがこの島の地下に設置されているというのだ。

続けて残りのデータに目を通していくと、三枚目はこの島と、主催者が潜伏していると思われる地下要塞の詳細図だった。
まずこの島は、主催者が準備した『メガフロート』という巨大な浮体構造物――つまり人工島であるという事。
そして地下要塞の入り口は数箇所あり、本当なら扉にはロックが掛けられているらしいが、それは珊瑚によって解除済みらしい。
そして要塞内部には『ラストリゾート』、首輪爆弾の遠隔操作用装置、そして要塞の心臓部である巨大シェルター『高天原』があるという事だった。
要塞の大半の機能は『高天原』で管理しているようだから、そこを制圧しさえすれば全ては終わる。
しかし『ラストリゾート』と言う最悪の防御システムを破壊しなければ、恐らく心臓部は落とし切れまい。
篁がどれだけの戦力をこの島に連れて来ているかは分からないが、素手で倒し切れる程甘い敵では無いだろう。
それが、柳川の推察だった。

379星空・3:2007/05/25(金) 00:51:55 ID:Eo3DGS.c0
四枚目――最後の一枚は、首輪の解除手順図だった。
前のようにダミーである事も考えられなくは無いが、ハッキングが見つかっていない限りはまず大丈夫だろう。
そしてこれ程までに様々な情報を引き出せたのだから、少なくとも今はまだバレていない。
つまりこの首輪解除手順図は、本物であると判断して良い筈だった。

全てを読み終えた柳川は、大きく一つ、息を吐いた。
ハッキングが成功したのは間違いなく僥倖だが、色々と整理しなければいけない情報が多過ぎる。
それにある程度覚悟してはいたが、敵は予想以上に巨大な存在であり、驚異的な設備も準備していた。
これから先の事を考えると、どうしても気が重くなってしまう。
ともかく、一人で攻略計画を練れるような易しい状況では無いし、まずは皆と良く話し合わねば――

そこで柳川は、珊瑚がまだ何か作業をしている事に気付いた。
あらかた情報は引き出し終えた筈なのに、一体何を?
『おい、向坂。今姫百合は何の作業をしているんだ?』
『珊瑚ちゃんは……首輪爆弾の遠隔操作用装置をコントールしているシステムと”ロワちゃんねる”を乗っ取ろうとしているらしいです。
 そうすれば”ロワちゃんねる”上で首輪の無効化に成功した旨を伝える事によって、この場に居ない人達も皆救えるって言っていました』
『何だと……?』
柳川は眉間に皺を寄せて、怪訝な表情を浮かべた。

確かに首輪の解除方法を入手しただけでは、この場に居る人間以外は救えない。
後々友好的な者と合流して首輪を外す事は可能だとしても、島に居る全ての人間と合流するなど到底無理だろう。
そう考えれば、『ロワちゃんねる』と首輪遠隔操作システムを乗っ取るのは非常に有効な手段だと言える。
首輪を無効化し、『ロワちゃんねる』の内容を書き換える事によってそれを証明出来れば、島中の人間を味方に付けられる。
それは島中の人間を救う事でもあり、主催者の打倒に繋がる事でもあるのだ。

しかし――幾らなんでも、危険過ぎるのではないか。
自分は特別機械に詳しい訳では無いが、データを盗み出すよりも、システムそのものを乗っ取る方が遥かに困難なように思えた。
そしてもし主催者に気付かれてしまえば、今度こそ確実に珊瑚は殺されてしまうだろう。

380星空・3:2007/05/25(金) 00:52:55 ID:Eo3DGS.c0


珊瑚は無我夢中で、ノートパソコンのキーボードを叩いていた。
その指の動きは目にも止まらぬ速度であり、在り来たりなセキュリティのシステムならば一瞬で乗っ取れただろう。
実際『ロワちゃんねる』の方は、難無く管理権限を奪い取る事に成功した。
しかし首輪遠隔操作システムのセキュリティは桁外れであり、最新の規格による設備で強固な守りを誇っていた。
それでも突破し切る自信はある――否、絶対に突破しなければならない。

もし首輪遠隔操作システムを乗っ取れなかったとしたら、首輪は直接解除する以外に対処法が無くなる。
それでは運良く自分達と出会えた人間以外は救えないし、主催者打倒の際に協力して貰う事も出来ないだろう。
此処で首輪遠隔操作システムを掌握せねば、この島で行われている殺し合いは止め切れないのだ。
だからこそ、絶対にやり遂げなければならない。
前回参加者達が遺してくれたCD、そして瑠璃達が守り抜いてくれた自身の命、懸けるべきは今この時だ。

珊瑚は一つずつ丁寧に丁寧にセキュリティを突破してゆき、首輪遠隔操作システムの中核へと迫っていく。
ここからは、時間の戦いだ。
主催者に気付かれる前に、作業を全て終えれば自分の勝ち。
作業の終了前にハッキングが行われている事に気付かれてしまえば、自分は首輪爆弾で殺されてしまうだろう。
主催者からすれば誰がハッキングしているか、突き止める必要もないのだ。
最早生き残っている人間でハッキング出来る能力がある者など、珊瑚以外居ないのだから。

――突破すべきセキュリティシステムは、後二つ。
珊瑚は普段ではまず見せぬくらい真剣な表情で、ディスプレイに張り付き直す。
指は先程までよりも更に早い動きで、キーボードのボタンを叩いてゆく。
視界の端に、心配そうな顔でこちらの様子を窺っている環達の姿が映ったが、構ってなどいられない。
全身全霊を以って、防御の弱い部分を探し当て、すかさず突破する。

――突破すべきセキュリティシステムは、後一つ。
そこで異変が起こった。

381星空・3:2007/05/25(金) 00:54:00 ID:Eo3DGS.c0
「ひ、姫百合さん、首輪がっ……!」
佐祐理が驚きの声を上げる。
珊瑚がその声に反応して視線を一瞬下に向けると、チカチカと赤い光が点滅しているのが見えた。
ピピピピ、という耳障りな電子音も聞こえてくる。
とうとう主催者にハッキングがバレてしまったのだ。

「珊瑚ちゃん、そこまでよ! 作業は止めて首輪を外しなさい!」
声を張り上げて叫ぶ環だったが、珊瑚はまるで取り合わない。
珊瑚からすれば、このタイミングで自分の首輪を外そうとするなど有り得ない話だった。
敵に一度時間を与えてしまえば、外部とのネットワークを断ち切られてしまうだろう。
ハッキングに気付かれてしまった以上、首輪遠隔操作システムを乗っ取る好機は今だけなのだ。
柚原このみの爆弾が爆発するまでは1分近くあったという話なのだから、問題無い。
自分の首輪が爆発するまでにシステムを乗っ取り、作動した爆弾を止めれば良いだけの事――!
珊瑚は最後に一際強い力を籠めて、キーを押した。

――ピーッ…………、という音がした。

「……出来たっ! 首輪遠隔操作システムはウチが乗っ取ったで!」
珊瑚が立ち上がってそう叫ぶと、環も佐祐理も外まで響きそうな程大きな歓声を上げた。
「偉いっ! 良くやったわ!」
「珊瑚さん、凄いです!」
これで主催者は首輪爆弾を操作出来ないし、このゲームを成り立たせる最大の要因が消えた事となったのだ。
此処から上手く立ち回れば、十分に殺し合いを止められるだろう。

珊瑚は思わず肩の力を抜いて、柔らかい笑みを浮かべてしまう。
自分はやり遂げた。前回参加者の分も、死んでしまった瑠璃達の分も、戦い抜いたのだ。
しかし喜んでばかりもいられない。
まずは自分の首輪爆弾を停止させて、窮地を脱しなければならないのだから。
珊瑚は腰を落とし、首輪遠隔操作システムを操作して――すぐに、大きく目を見開いた。
慌てて何度か同じ操作を繰り返してみるものの、結果は変わらない。
珊瑚は急に立ち上がり、ゆっくりと環達の方へと振り向いた。

382星空・3:2007/05/25(金) 00:54:58 ID:Eo3DGS.c0


柳川は珊瑚の首輪がまだ点滅しているのを見て取り、訝しげに口を開いた。
「どうしたんだ? 早くシステムを操作して、首輪の爆弾を解除しないと間に合わなくなるぞ?」
それはその通りで、もう首輪を直接外している時間すら無い。
今すぐに遠隔操作システムを動かさねば、手遅れになってしまうだろう。
だが珊瑚は儚げな笑みを浮かべて、ぼそりと呟いた。
「アカンよ……。だって首輪遠隔操作システムは爆弾を作動させれるけど、止める事は出来へんみたいやから」

「「「…………は?」」」
一同は揃いも揃って呆然と声を洩らす。
つまり首輪遠隔操作装置は宮沢有紀寧のリモコンと同じで――起爆専用の装置だったのだ。

「ウチはここまでみたいやけど……皆は生きてね。後もうちょっとやと思うから……頑張って、主催者をやっつけてね」
珊瑚はそれだけ言うと、仲間と少しでも距離を取るべく全速力で駆け出した。
誰も反応出来なかった。
首輪の点滅が更に勢いを増してゆき、屋根裏部屋中に電子音が響き渡る。

そして、足音。
環が振り向くと、そこには藤林杏や見知らぬ少年、そして――久寿川ささらが立っていた。
「ささらっ!?」
叫び声の上がる中、一瞬で状況を見て取ったささらは素早く謎のスイッチを取り出した。
押せば楽になれるという、未だ詳細不明の危険な物体。
しかしささらは、何の躊躇も無くそのスイッチを押した。


――周囲を白い閃光が覆った。

383星空・3:2007/05/25(金) 00:57:32 ID:Eo3DGS.c0


閃光が止んだ時、その場に残っていたのは柳川祐也、倉田佐祐理、向坂環、春原陽平、藤林杏。
そして――姫百合珊瑚と久寿川ささらもまた、無事に生存していた。
久寿川ささらの持っていた謎のスイッチとは、前回参加者のメモにあった『作動した首輪爆弾解除用の電磁波発生スイッチ』だったのだ。



【時間:3日目4:30】
【場所:G−2平瀬村工場屋根裏部屋】
柳川祐也
 【所持品:イングラムM10(24/30)、イングラムの予備マガジン30発×6、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1】
 【所持品2:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)】
 【状態①:呆然、左上腕部亀裂骨折・肋骨三本骨折・一本亀裂骨折(全て応急処置済み・亀裂骨折は若干回復)】
 【状態②:内臓にダメージ、軽度の疲労】
 【目的:主催者の打倒。最優先目標は佐祐理を守る事】
倉田佐祐理
 【所持品1:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(10/10)、レジャーシート、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、日本刀、支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱】
 【状態1:呆然、軽度の疲労、留美のリボンを用いてツインテールになっている】
 【状態2:右腕打撲。両肩・両足重傷(動かすと激痛を伴う、応急処置済み)】
 【目的:主催者の打倒】
姫百合珊瑚
 【持ち物①:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン×2、ノートパソコン(解体済み)、発信機、コルトバイソン(1/6)、何かの充電機】
 【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD、工具、携帯電話(GPS付き)、ツールセット、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(0/6)】
 【持ち物③:ゆめみのメモリー(故障中)】
 【状態:疲労大】
 【目的:主催者の打倒】
向坂環
 【所持品①:包丁・ベアークロー・鉄芯入りウッドトンファー】
 【所持品②:M4カービン(残弾7、予備マガジン×3)、救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
 【状態①:呆然、後頭部と側頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、全身に軽い痛み、脇腹打撲】
 【状態②:左肩に包丁による切り傷・右肩骨折(応急処置済み)、軽度の疲労】
 【目的:主催者の打倒。まずは最大限に頭を使い、今後の方針を導き出す】
春原陽平
 【装備品:ワルサー P38(残弾数5/8)、ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×10、鉈】
 【持ち物1:9ミリパラベラム弾13発入り予備マガジン、FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、89式小銃の予備弾(30発)】
 【持ち物2:鋏、鉄パイプ、工具】
 【持ち物3:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、支給品一式(食料を少し消費)】
 【状態:右脇腹軽傷、全身打撲(大分マシになっている)・右足刺し傷・左肩銃創・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも大体は治療済み)】
 【目的:ゲームの破壊、杏と生き延びる】
藤林杏
 【装備品:ドラグノフ(5/10)、グロック19(残弾数2/15)、投げナイフ(×2)、スタンガン】
 【持ち物1:Remington M870の予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書(英和)、救急箱、食料など家から持ってきた様々な品々、缶詰×3】
 【持ち物2:カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、支給品一式】
 【持ち物3:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)、工具、首輪の起爆方法を載せた紙】
 【状態:軽度の疲労、右腕上腕部重傷、左肩軽傷、全身打撲】
 【目的:ゲームの破壊、陽平と生き延びる】
ボタン
 【状態:健康、杏の鞄の中にいる】
久寿川ささら
 【持ち物1:電磁波発生スイッチ(作動した首輪爆弾の解除用、残電力は半分)、トンカチ、カッターナイフ、救急箱(少し消費)】
 【持ち物2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:中度の疲労、右肩負傷(応急処置及び治療済み)】
 【目的:麻亜子と貴明の分まで一生懸命生きる】

384星空・3:2007/05/25(金) 00:57:54 ID:Eo3DGS.c0

【備考】
・屋根裏部屋の床に『主催者(篁)について書かれた紙』『ラストリゾートについて書かれた紙』『島や要塞内部の詳細図』『首輪爆弾解除用の手順図(本物)』
が置いてあります。今作で書かれている以外の詳細は後続任せ。
・『高天原』には要塞の大半の機能をコントロールする設備があります
・『ラストリゾート』は非常に強力なバリアを発生させるシステムですが、設備そのものを破壊すれば止まります。
・ささらの持っている電磁波発生スイッチは一度使用するごとに、電力を半分消費します。その為最高でも二回までしか連続使用出来ません。
・珊瑚が乗っ取ったのは、首輪遠隔操作装置のコントロールシステムであり、装置そのものではありません。
主催者の対応次第では、首輪遠隔操作装置が再び機能してしまう可能性もあります。
・『ロワちゃんねる』はネット上にある為、珊瑚が完全に掌握しました。
・主催者の居る地下要塞の出入り口は、全てロックが外されました。
・七瀬留美・橘敬介・ほしのゆめみ・リサ=ヴィクセンの死体は平瀬村工場傍に埋葬されました。
・岡崎朋也・古河渚の死体は教会傍に埋葬されました。

→851
→855
ルートB18

385発見:2007/05/27(日) 06:19:09 ID:vu/SoZJw0
儀式を終えた4人は、部屋を改め経緯を確かめる作業に移った。
ささらは勿論現場に居合わせなかった浩平も、そしてイルファでさえも詳しい事情を知るわけではない。
最初から最後まで目撃することが叶ったのは真琴のみ、三人は静かに彼女が口を開くのを待ち続けた。
……堅苦しい空気の中、視線を床に這わせたままポツリポツリと真琴が話し出したのはそれからすぐのことだった。
紡ぎだされたのは暴力としか呼ぶことのできない一戦、突然現れたイレギュラーの襲撃は誰もが予想できないことである。
浩平もささらも気づかぬうちに起きた出来事、呆然とする二人を余所にイルファも自分の予想していた事象とは違う類であったことに驚きを隠せないでいた。
ほしのゆめみの突然変異、そこに現れた着物を着た少女。
始まる戦闘、郁乃の死亡など。真琴は、それを驚くくらい鮮明に語った。

とりあえずは事象の確認が終了したものの、しかし結局は疑問に対する明確な答えというのを彼等が出すことはできなかった。
着物の少女はどこから着たか、どうしてゆめみが変わってしまったかなど、全て憶測で語るしかない。

「ゆめみさんは、宮内さんの支給品として配られていました。……あらかじめ設定してあったプログラムである確率が高いですね」

呟くささら。
と、ここで浩平はもう一人いるはずである少女の姿がないことに気がついた。

「……そういえばレミィは?」

無学寺にて同じ時を過ごした仲間、宮内レミィ。
浩平の言葉で思い出したようにささらもはっとなる、二人はそのまま真琴へと視線を送って彼女の言葉を窺った。
しかし真琴はというと困惑した表情を浮かべるだけであり、小さく首を振ってレミィの所在を知らないことを訴えかけてくる。

「どういうことだ、レミィがそっちに向かったのは十二時とかそこらだぞ……」

今一度、浩平とささらが目を合わせる。
レミィは浩平と共に見張を担当した後、ささらと交替で部屋へと戻り休息しているはずだった。
だが現場にレミィの姿はなかった。浩平があの部屋に入った際残っていたのは間違いなく真琴と、そして立田七海を抱えたゆめみのみだった。
真琴も思い当たる節がないらしく肩を竦ませるだけである、イルファに関してはレミィの存在すら知らなかった訳だから論外だ。

386発見:2007/05/27(日) 06:19:37 ID:vu/SoZJw0
「ゆめみと変な女が争ってる時もこっちには顔すら出さなかったわよ、ずっと……ささらと浩平とレミィで、見張りやってるんだと思ってた」

怪訝な真琴の眼差しに、浩平とささらは三度顔を見合わせた。

「何かあったかもしれない、探そう」

黙って頷くささら、すぐさま部屋を飛び出す二人に真琴も慌てて後に続く。
……状況が良く分かっていないイルファだけ、取り残された形で佇むのであった。

捜索は、それから三十分ほど行われた。
しかしレミィらしき人物はどうしても見つけることが叶わず、三人とも肩を落としイルファの待つ部屋へと戻る。
気落ちしている三人の姿、イルファはそれを静かに眺めた。
これだけ探しても見つからなかったということ、それが指し示す一つの可能性をイルファは既に導き出している。
だが、それを口にして良いものか。イルファは考えた。
考えた結果……この中で感情論を出すことなく第三者の視点で語ることが出来るのが自分のみだと推測し、イルファはついに口を開く。

「お一人で、逃げられたのではないでしょうか」

場を包む沈黙が破られたことで、全員の注目はイルファへと一気に集まることになった。
飄々とした物言いでイルファは続ける、あくまで冷静に事を見たそれがイルファの出した結論だった。

「宮内様という方の姿が消えたのも、襲ってきた方が現れました時間とほぼ合います。
 これだけ探しても見つからないということは、そのようなことだと思いますが」
「お、前……ふざけんなよっ!!」

イルファが話終わると同時に、表情を怒りに染めた浩平が立ち上がる。
怒鳴りつけつかつかとイルファの元まで歩みだす浩平、一応予想は突いていたのであろうイルファが表情を揺るがすことはなかった。

「こ、浩平落ち着きなさいよ」
「うるせぇ! 黙ってられるか、レミィがオレ達放って置いて一人だけ逃げるはずないだろっ」

387発見:2007/05/27(日) 06:20:03 ID:vu/SoZJw0
真琴の制止も聞かぬまま、どかっとイルファの前に座りなおし浩平は彼女を睨みつける。
浩平にとって、島に来て半日以上生きた人間に出会うことがなかったという精神的疲弊を癒したのは間違いなくこの無学寺で知り合えたメンバーだった。
その中でも共に見張りを担当したレミィの明るい性格は、浩平に何よりも大切な日常の時間を彷彿させ、彼の疲れを癒す存在でもあった。
そんな彼女のことを、目の前のロボットがさらりと侮辱した事実に浩平の沸点はやすやすと限界を迎えた。
撤回しろ、そう目で訴える浩平をあくまで冷ややかな瞳でイルファは射る。

「折原様と宮内様は、この島にいらっしゃる前からのお知り合いだったのでしょうか」
「それは……違う、けど」
「では、余りそのような発言をするべきではありませんと愚考いたします。
 お知り合いになって短時間しか建っていないにも関わらずそこまで信頼しきるのも軽率かと」

淡々と放たれたそれに、浩平は言い返すことができなかった。
顔色を変えることなくあくまで涼し気に話すイルファに対し苛立つ気持ちを抑えきれないのは確かである、しかし浩平の頭には良い言葉が浮かぶこともなく。

「こんな、こんな……」

歯がゆいだろう、握りこぶしが白くなるくらい力を入れ肩を震わす浩平の姿に真琴もささらもハラハラする一方だった。
場に訪れた沈黙と重たい空気、そしていつイルファにつかみかかるか分からないという爆発寸前の浩平の存在。
何とかしなければと、行動に移ったのは真琴だった。

「わ、私トイレ行きたくなっちゃった! ねぇ浩平、ついてきてよ」

浩平の手を取り、真琴は外へと彼を誘導しようとする。

「は? お前な、そういうの男に言うなよ」
「あう……」

が、作戦失敗。

388発見:2007/05/27(日) 06:20:24 ID:vu/SoZJw0
「えーと……」

ちらっとイルファに目をやる真琴。
しかし助け舟は現れない、イルファはじっと浩平を見つめていてどうやら真琴の視線には気づいていないようだった。

「さ、沢渡さん、私が行きましょうか」
「あう……ありがと、ささら……」

結局は板ばさみにすらなれず、どうすればいいのかと戸惑っている真琴に手を差し伸べたのはささらだった。
そろそろと部屋を後にする二人、残されたのは浩平とイルファがどうなるか……真琴は後ろ髪を引かれる思いで扉を閉める。
軋む襖の閉じる音と、イルファが溜息をついたのはほぼ同時だった。

「……何だよ」

イルファのアクションに対し、浩平は過敏とも思えるくらいの反応を見せる。
部屋のムードは険悪になる一方であるが、浩平がそれを改善させようとする素振というのは全くなかった。
反論はできなくとも態度でイルファに対し牽制する浩平のやり方は、傍から見れば子供染みたものかもしれないだろう。
しかしそれが、浩平にとっての精一杯だった。
しばしまた訪れる無言の時、壁にかけられた年代物の時計の奏でる針の音が場を満たす。

「申し訳、ありませんでした」

口を開いたのはイルファだった。
腕を組んだまま睨みつけている浩平の目の前で、イルファは小さく会釈する。
……だがその声には特に抑揚の類が含まれておらず、それは浩平の中での懐疑心を増す一方となる。
浩平は無言のまま、イルファの出方を窺い続けた。
下げていた頭を戻すその仕草一つ一つも見落とそうとせず、じっと浩平は彼女を見つめた。

389発見:2007/05/27(日) 06:20:51 ID:vu/SoZJw0
「不躾な発言をしてしまい、すみませんでした。
 宮内さんという方を知らないからとは言え、やはり言い過ぎました。私に非があると判断します」

すみませんでした、そう言ってもう一度頭を下げるイルファの様子に……怪しい面は、特になかった。
上辺だけの台詞で煙に巻こうとでもしているようならば、浩平はその場でイルファを張り倒すことに躊躇すらしなかっただろう。
しかしどうにも気にかかる。浩平はイルファの真意を問うべく、彼女の瞳を覗き込んだ。
……作り物のそれに感情が表れることはない、そりゃそうかと自己完結する浩平の正面、イルファは彼の心を読み取ったかは分からないが、静かに再び口を開いた。

「もし私も知人を侮辱されましたら、気分を害すでしょう。大切な方でしたら尚更です。
 ただ、この島に来てからの知人となればそれは別だと、私は解釈しました。
 その上で第三者の視点から話させていただいただけです。
 ですが、それはあくまで外野から見た上での解釈です。好意を抱くのに時間は関係ないという論も私は理解しています。
 つまり先ほどのことは折原様と宮内様のことをよくも知らない私が、上辺だけで申すことではなかったという意味です。
 その意味を込め、私は非を認めました。ご理解いただけたでしょうか」

冷静に捲くし立てるイルファの姿は、見ようによってはロボットらしかったであろう。
しかしイルファは言う、彼女は浩平の『感情論』を理解していると。
それをこの短時間で導き出し、言い直すイルファの柔軟な思考回路は浩平をひどく驚かせた。

「……あんた、ロボットっぽくないな」
「え?」
「いや、俺の中のメイドロボのイメージはもっと頑なな感じだったからさ……そういう風に言われるとは思わなかった」

目を丸くする浩平を、今度は不思議そうにイルファが見つめる。
その邪心のない表情に、思わず浩平は笑みを漏らした。
どこかあどけなさの残るイルファの様子は見た目の大人っぽさに比べるとあまりにも可愛らしく、浩平の中には微笑ましく思うような感情すら生まれる。

「まぁいいよ、もう」
「はい。ありがとうございます、折原様」

390発見:2007/05/27(日) 06:21:22 ID:vu/SoZJw0
ポリポリと頭を掻くと、浩平はバツの悪さをごまかそうという意図も込めそっとイルファに右手を伸ばした。
仲直りの握手、という意味だろう。
イルファも笑みを浮かべながら、浩平の手に自らの手を重ねる。

(………?)

握手握手、一人で握手。何故か、イルファは浩平の手をいつまで経っても握り返して来ない。
顔を見合わせてもイルファは苦笑いを浮かべるだけである、疑問を浩平が口にしようとした時だった。

『きゃああああああーーーーー!!!!!』

つんざく悲鳴、それは部屋の外から聞こえてきた。

「なっ、真琴!?」

手を解きすぐさま立ち上がる浩平、イルファもそれに続く。
部屋を飛び出し声の上がった方へと、二人は一目散に駆けた。





「……レミィ?」

覗き込んだ便器の奥に、彼女はいた。
トイレの中に充満した生臭さで出血の量は窺える、見下し確認した様子からもレミィが絶命していることは明らかだろう。

391発見:2007/05/27(日) 06:21:57 ID:vu/SoZJw0
「あ、あたしトイレ入ろうとしたら、臭いが、あと、下、下に、下に……あう、あうぁぁ……」
「沢渡さん落ち着いて、大丈夫です……大丈夫ですから……」

しゃくりあげる真琴をささらがすかさず抱きこんだ。
浩平も自身の体を支えている筋肉から力が抜けていくのを感じ、よろよろとその場に尻餅をつこうする……が、瞬間腕を組まれ半身を支えられた状態になる。
ゆっくりと視線を上げると、浩平の視界に硬い表情のイルファが映った。

「……この方の体格と、場所的な問題で引き上げるのは無理でしょう」

右腕一本で浩平を支えようとするイルファだったが結局は無理だったようで、浩平の体はゆっくりと地面へ導かれていく。
イルファも、一緒になって土の上についた。
動作と共に吐かれた悲しい宣告、浩平はそれを正しい形で理解できないでいた。
イルファが「どのような意図で」それを口にしたか……理解、したくさえなかったのであろう。





こうして、安息の地は完全なる形で破壊された。
落ち着いたはずの事態に対し、朝霧麻亜子の残した物が彼等の傷痕を深く抉っていく。

392発見:2007/05/27(日) 06:22:36 ID:vu/SoZJw0
【時間:2日目午前3時半】
【場所:F−9・無学寺】

沢渡真琴
【所持品:無し】
【状態:呆然】

折原浩平
【所持品:スコップ、だんご大家族(だんご残り95人)、イルファの首輪、他支給品一式(地図紛失)】
【状態:呆然】

久寿川ささら
【所持品:日本刀】
【状態:呆然】

イルファ
【持ち物:フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 4/5 +予備弾薬5発、他支給品一式×2】
【状態:首輪が外れている・右手の指、左腕が動かない・充電は途中まで・珊瑚瑠璃との合流を目指す】

・ささら・真琴・郁乃・七海の支給品は部屋に放置
(スイッチ&他支給品一式・食料など家から持ってきたさまざまな品々&他支給品一式・写真集二冊&他支給品一式・フラッシュメモリ&他支給品一式)
【備考:食料少し消費】

・ボーガン、仕込み鉄扇は部屋の中に落ちています

(関連・833)(B−4ルート)

393A Tair:2007/05/27(日) 12:00:07 ID:BFLsCE7Q0
――それは、予想だにしない反応だった。
場所は平瀬村工場屋根裏部屋。解除手順図を用いて、首輪を一通り解除し終えた後の話。
「……そう、タカ坊まで死んじゃったのね」
久寿川ささらから河野貴明の死に様を聞いた向坂環は、小さくそれだけ呟いた。
環は表情に僅かな翳りを出した程度で、傍目には大きな動揺など見て取れない。
その冷淡に過ぎる反応を目の当たりにし、貴明の死を知って泣きじゃくっていた少女――姫百合珊瑚が顔を上げた。
「環さんは貴明と幼馴染やったんやろ? ウチよりもず〜っと、付き合いが長かったんやろ?」
「ええ、そうよ」
「それなのに……どうしてそんなに落ち着いていられるのよ! ウチはこんなに悲しいのに、どうして環さんは何も感じへんのよ!」
今にも掴みかからんばかりの勢いで、珊瑚が環に詰め寄る。
鋭い剣幕、荒げた語気、あの大人しい性格をした珊瑚のものとは、とても思えない.
「おい、姫百合……」
春原陽平と藤林杏の治療を手伝っていた柳川祐也や倉田佐祐理が、場を収めようと腰を上げる。

しかし環はそれを手で制すと、全く怯む事無しに凛とした視線を珊瑚へ返した。
「落ち着いてなんかいないわ。私だって胸が張り裂けそうなくらい悲しいし、悔しい。でもね――」
近くに置いてあったペットボトル――中身が入ったままの物――を握り締め、潰した。
派手に中身がぶち捲けられ、床を大きく濡らす。
「この島では悲しい事が沢山有り過ぎたから……私はもう泣き方を忘れちゃったのよ」
環の左手から、ポタポタと雫が垂れ落ちる。それは、彼女の心が流す涙。

環は手を大きく振って水滴を払い飛ばしてから、言った。
「時間が勿体無いわ。早速行動に移りましょう――死んだ皆の仇、絶対に取ってみせる」

    *     *     *

394A Tair:2007/05/27(日) 12:00:59 ID:BFLsCE7Q0
この島に来てから、自分のスタンスは次々に変化している。
最初は娘を生きて帰す為だけに、『修羅』となりゲームに乗ろうとしていた。
その次は未来ある子供達を守る為に、主催者の打倒を決意した。
しかし傷付けられた娘の姿を目撃した途端、誰かを守りたいという気持ちよりも殺人鬼への怒りが先行した。
そして、娘の懇願を受けた後は――

凄惨な決戦から半日が過ぎた今も尚、むせ返るような死臭漂う鎌石村役場。
その広間で、水瀬秋子は折原浩平と情報交換を行っていた。
「……そうですか。ではまだ、主催者に関する具体的な情報は掴んでないんですね?」
「ああ。この島の地下に要塞があるかも知れないって事だけは推測出来たけど、主催者が何者かってのはまだ分からないな」
対主催派の人間による情報収集は、秋子の予想よりも遥かに進行具合が遅かった。
これだけ殺し合いが進行してしまったというのに、まだ主催者が誰かすらも突き止めれていないというのだ。
秋子は思った――こんな調子では、話にならぬと。

これ程手際が悪い連中では、主催者を打倒するなど到底不可能だろう。
何処まで自分達の盾として機能してくれるかも、怪しいと判断しざるを得ない。
しかしその一方で、浩平や立田七海は明らかにゲームに乗っておらず、信頼出来るという一点に於いては文句無しである。
こんな子供達を自分の手で殺したくは無いし、暫くは行動を共にしてみよう、というのが秋子の結論だった。

秋子は浩平から視線を外し、改めて部屋を見渡した。
「しかしこれは……酷い光景ですね。初めて見た時は思わず冷や汗を掻いてしまいました」
辺り一帯に飛散した鮮血、銃弾で破壊された机や壁の破片。
そして部屋の隅に横たえられている、苦悶の表情を浮かべた肉塊達。
それは正しく地獄と表現するに相応しい光景だった。
「……そうだよな。こんな物見せられちゃ、誰だって驚くよな」
浩平はそう言うと、隣に座っている七海の頭を撫で始めた。

395A Tair:2007/05/27(日) 12:01:59 ID:BFLsCE7Q0
「こ、こ〜へいさん!?」
「七海、本当にごめんな。もう少しお前に気を遣ってやるべきだった」
「そ、そんなに気にしなくても……」
恥ずかしそうに顔を赤らめる七海だったが、それでも浩平は撫でるのを止めない。
やがて七海も諦めたのか大人しくなり、気持ち良さそうに目を細めていた。

そんな二人の様子を微笑みながら眺めていた秋子だったが、ふと隣の名雪に目をやる。
(…………っ!)
秋子は大きく息を呑む。名雪の瞳はゾッとするような、底知れぬ闇を湛えていた。
そうだ――自分は娘を守り抜き、そして優勝しなければならないのだ。
心を凍らせ、感情を捨て、ただ目的の為に行動しなければならない。

秋子はもう一度、注意深く周りを見渡した。
すると視界の隅に、古ぼけたノートパソコンが映った。
「浩平さん、あそこにあるノートパソコンはもう調べましたか?」
「いや、まだ調べてないよ」
「そうですか……では今から調べてみましょう。何か役立つ情報が隠されているかも知れませんから」
秋子はすくっと立ち上がり、静かに足を進める。
ノートパソコンの電源を入れて少し待っていると、メイン画面が浮かび上がった。
そこにはただ一つ、『ロワちゃんねる』という謎のアイコンだけが表示されていた。

396A Tair:2007/05/27(日) 12:03:19 ID:BFLsCE7Q0
「……これは何でしょうか?」
「藤林さんから聞いた話だと、現在の参加者死亡状況や自由に書き込める掲示板が見れるらしいですよ」
秋子の疑問に、七海が素早く答えを返してくれた。
秋子はおもむろに『ロワちゃんねる』を調べ始め――やがて絶句した。
そこにはこの島と地下要塞の詳細や、首輪解除方法、主催者の監視方法についてなど、様々なデータが入っていたのだ。
特に注目すべきなのが、次の文章だ。
『初めまして、向坂環と言う者です。突然ですが私の仲間が主催者のホストコンピュータへのハッキングに成功しました。
 今なら首輪爆弾遠隔操作システムもこちらの手中にあるので、安全に首輪を外せます。
 私達を信用してくれる方は、090-9xxx-xxxxまで連絡をお願いします。
 島に流されてあった妨害電波は解除したので、島内への電話なら通じる筈です。
 今こそ皆で手を取り合って、全ての元凶である主催者を倒しましょう!
 向坂環・姫百合珊瑚・久寿川ささら・柳川祐也・倉田佐祐理・春原陽平・藤林杏』


「これは……本当なのか?主催者の罠じゃないのか?」
一通り読み終えた浩平が、未だに信じられない、と言った顔で呟いた。
それ程に衝撃的な内容――真実ならば、主催者打倒の準備が整いつつあるという事――だったのだ。
俄かには信じがたい話だったが、秋子は極めて冷静に思考を巡らせて、言った。
「恐らく本当でしょう。主催者が私達を殺すつもりならいつでも殺せたのですから、今更こんな罠を仕掛ける意味がありません」
「それじゃあ……」
「ええ。文面通りに受け取っても大丈夫だと思いますよ」
秋子が頬に手を当ててにこりと微笑むと、ようやく浩平の瞳から警戒の色が消えた。

浩平は七海と手を握り合って、飛び跳ねながら歓喜の叫びを上げる。
「よっしゃあああっ! ようやく希望が見えてきたな!」
「はいっ!」
これまでも諦めてはいなかったものの、主催者を打倒する方法の足掛かりさえ掴めていなかった。
それが突然、何の前触れも無く、此処まで具体的な形で示されたのだ。
だから浩平も七海も、顔を綻ばせ喜びを露にしていた。

397A Tair:2007/05/27(日) 12:04:05 ID:BFLsCE7Q0

一方秋子は、今後の方針を大きく変えようと考えていた。
これ程までに対主催の準備が進んでいるのならば、他の参加者と協力した方が良いだろう。
最早主催者の思惑に嵌り、優勝の褒美などと言った物に頼る必要は無い。
主催者側の勢力を壊滅寸前まで追い込んでから脅迫し、祐一を生き返らせれば良いのだ。
この方法なら罪の無い子供達も救えるし、主催者が人を生き返らせれるのならという条件付きではあるが、名雪の願いも叶えられる。
自分の願い、信念を曲げずに、善良な者達と手を取り合って歩んでゆける。
これ以上無いくらいの名案なように思えた。

そうと決まれば、早く話した方が良い。
方針の変更を伝えなければ、名雪が暴走して浩平達を襲ってしまうかも知れない。
そう考えた秋子は早速役場にあった工具を用いて、皆の首輪を取り外し、盗聴される危険を排除した。
念の為に自分が最初の実験台となり、首輪の解除が本当に出来るのか試してみたのだが、杞憂だった。
首輪は――参加者達を律してきた悪魔の枷は、拍子抜けするくらいあっさりと外す事が出来たのだ。

続いて『主催者を脅迫し、皆を生き返らせる』という作戦を、丁寧に説明する。
当然の事ながら誰も反対する者は居らず、秋子の提案は受け入れられた。
「それではまず電話してみましょうか? 向こうには浩平さんの知り合い……杏さんという方もいらっしゃるようですし」
浩平が頷くのを確認してから、秋子は広間の奥に設置してある受話器へ向け歩を進める。
その時に、それは起こった。

「……あうっ!」
突然の悲鳴。
秋子が振り向くと、七海の左肩から鮮血が噴出していた。
名雪が――八徳ナイフを握り締めて、七海の肩を切り裂いたのだ。

398A Tair:2007/05/27(日) 12:05:39 ID:BFLsCE7Q0
「な――――」
秋子が声を上げるより早く、名雪はトドメを刺すべくナイフを振り上げる。
しかし当然の事ながら、浩平が自身の最優先守護対象を見捨てる訳が無い。
「止めろぉぉーっ!!」
浩平はヘッドスライディングの要領で飛び込み、七海の体を抱きかかえて離脱した。
そのまま一転して起き上がり、素早い動作でS&W 500マグナムを握り締める。

秋子は慌ててスカートに捻じ込んであったジェリコ941を取り出し、一喝した。
「待ちなさいっ!!」
ピタリと浩平達の動きが止まり、視線が秋子へと集中する。
秋子はいつでも射撃体勢に移れるように身構えながら、続けた。
「名雪、一体どういうつもり? 作戦はさっき説明したでしょ? もう私達は殺し合わなくても良いのよ」
その筈だった。
首輪の爆弾が無い以上、自分達の命はもう主催者に握られていないのだから。
敵の要塞に関するデータもあるし、殺し合いを続けるより協力し合った方が、生き残れる可能性が高いのは明白だ。

にも拘らず、名雪は一瞬きょとんとした顔になった後、呆れたような微笑を浮かべた。
眼光はどこか妖しく、瞳の奥はどろりと濁っている。
罅割れた唇から紡がれる、昏く、冷たく、重い声。
「お母さん、何言ってるの? 私は何も悪い事してないのに、皆に苛められんだよ? きっと折原君も七海ちゃんも、私達が隙を見せるのを待ってるよ。
 その『ロワちゃんねる』に書いてるのだって、参加者の誰かが仕掛けた罠に決まってるじゃない。信用させてから寝首を掻く作戦だよ。
 もう、お母さんちゃんとしてよね。甘い馴れ合いなんかに逃げちゃ駄目なんだよ!」
娘が吐いた言葉は正しく狂気の理論であり、それは秋子を驚愕させるに十分であった。

399A Tair:2007/05/27(日) 12:07:21 ID:BFLsCE7Q0
「てめえ、ふざけんじゃねえ! 俺達は殺し合いするつもりなんかねえよ!」
あらぬ疑いを掛けられた浩平が、怒りで大きく目を見開きつつ叫ぶ。
しかし名雪はその怒号を一笑に付した。
「……皆最初はそう言うんだよ月島さんも最初は殺し合いに乗っているようには見えなかったでも突然掌を返して襲い掛かってきたんだよ。
 人間なんて裏で何考えてるか分からないし何が切っ掛けで心変わりするかも分からないだから私はお母さん以外絶対に信用しない!!」
「なゆきっ……」
矢継ぎ早に繋がれる異常な理論。
それは秋子の知らぬ人物だが――狂気に取り憑かれた向坂雄二と同じ、最早癒しようの無い人間不信。

秋子の口元がわなわなと震えた。
認めなければならない……本当は昨晩、優勝を懇願された時に認めなければならなかった。
――娘はもう、完全に狂ってしまったと。
こうなる事は、予測して然るべきだった。
昨晩あれ程名雪の狂態を見せ付けられた自分なら、十分予想出来た筈だった。
ただ自分の目が眩んでいただけなのだ。
子供達を守り続けるという道が、互いを想い合う浩平と七海の姿が、余りにも眩し過ぎたから。
最初から他に選択肢など無かった。
人間不信に陥った娘を引き連れ、他の者と協力し続けるなど到底不可能だ。

――だから秋子は、

「私、優勝して祐一を生き返らせる為に頑張るから、お母さんも頑張ろ?」
――ジェリコ941を構えて、

「……了承。後は私がやるから、名雪は安全な場所に隠れていなさい」
――そう言った。



400A Tair:2007/05/27(日) 12:08:31 ID:BFLsCE7Q0
浩平は唾を飲み込みながら、目の前で展開されている事態を呆然と眺め見ていた。
名雪は最初から口数が極端に少なかったので、何か違和感を感じてはいたのだが――
狂っている。
あの少女は間違いなく、このゲームの狂気に飲み込まれてしまっている。
そして間違いを正すべき存在である筈の秋子すらもが、名雪に同調したのだ。

浩平は怒りと驚愕に震える叫びを上げる。
「秋子さんまで何言ってるんだよ! アンタまで俺達を疑うってのか!?」
「いいえ……そんな事はありません。ただ私にとっては名雪が最優先であり、全てなだけです」
秋子の冷たく冴えた目が、じっと自分を捉えている。
その視線に気圧されながらも、浩平は必死に頭脳を回転させていた。
追い詰められてる状況にも拘らず――いや、だからこそかも知れないが、驚くべき速度で結論を弾き出す。

視線は秋子に固定させたまま、横で震えている七海に声を掛ける。
「七海……逃げろ」
「……え?」
「此処は俺が何とかするから、お前は高槻達の所へ逃げ込め。高槻なら……あいつならきっと、お前を守り抜いてくれる」
説得は不可能。ならば自分が敵を引きつけ、その隙に七海を逃がす。

当然七海がその作戦を認める筈も無く、反論の言葉が返ってくる。
「そんなっ……こ〜へいさんを置いていくなんてっ……」
そう――七海は自分よりも人の事を第一に考えてしまう少女だ。
それが分かっているからこそ、浩平はわざと強い口調で吐き捨てた。
「勘違いするな、お前の為なんかじゃない。七海を連れたまんまじゃ俺まで逃げ切れないから……先に行けって言ってるんだ」
とどのつまり浩平は、『お前がいると足手纏いになって逃げ切れない』と言っている。
お前が逃げなければ自分まで危なくなってしまうと、そう言っているのだ。
こうなってしまっては、七海も素直に従う他無くなる。
「……分かりました」
「何があっても決して振り向くな……どんなに疲れても決して足を止めるなよ。さあっ、行け!」
浩平が叫ぶと同時、七海が出口に向かって走り出す。

401A Tair:2007/05/27(日) 12:10:27 ID:BFLsCE7Q0
ゲームに乗っている事を広められたくはないであろう秋子が、七海の背中に銃口を向けようとする。
その行動を予期していた浩平は、素早くS&W 500マグナムの銃口を持ち上げ、その時にはもう撃っていた。
「させねえよっ!」
「くっ――――」
すんでの所秋子が横に飛び退いた為に銃弾は命中しなかったものの、七海が建物外に脱出する時間を稼ぐ事は出来た。
しかしまだまだ足りない。
怪我もしており子供でもある七海が完全に逃げ切るには、もう暫く敵を此処に釘付けしておく必要がある。
浩平は横に走りながら、一発、二発と引き金を絞った。
銃弾が敵の体を捉える事は無かったが、構わずそのまま机の影に滑り込む。
ポケットから取り出した銃弾を装填しながら、冷静に計算を巡らせた。

この大口径の銃――S&W 500マグナムは、余りにも反動が大き過ぎる。
自分の傷付いた両手では、後数回しか弾を放てまい。
このまま時間稼ぎの撃ち合いを続けるような余力などないし、一撃で敵を仕留める技能も自分は持ち合わせていない。
ならば――
浩平は机の影から飛び出し、また一発撃った。
続けて二階へと繋がる階段に向けて疾駆しながら、叫ぶ。
「くそっ、裏切りやがって!電話して島中にお前達の事を言いふらしてやるからな!」
「…………っ!」
秋子が青ざめた顔をして、疾風の如き勢いで追い縋ってくる。
それを見て取った浩平は、こんな危険な状況にも拘らずニヤリと笑みを浮かべた。

予想通り敵は、自分達がゲームに乗ったと広められるのを恐れている。
当然だ――此処まで主催者打倒への道程が明らかになった今、ゲームに乗ったと知られれば多くの者から集中攻撃を受けるだろうから。
これで良い。
七海を追うのなんて後回しにして、こっちを追って来てくれれば良い。
少しの間で良いから鬼ごっこでもして、楽しく時間を過ごそうじゃないか。

402A Tair:2007/05/27(日) 12:12:09 ID:BFLsCE7Q0
浩平はもう銃と予備弾以外の荷物は投げ捨てて、全力で階段を駆け上がった。
その最中背後から銃声がして、左脇腹に灼けつくような痛みを感じた。
(大丈夫、まだ動ける!)
脇腹の端を抉り取られ血が噴き出したが、それでも浩平は足を止めない。
階段を昇りきった後、すぐ横に見えた扉を半ば体当たりする形で開ける。
部屋――応接室の中に飛び込んだ瞬間、直ぐ様扉を閉め、鍵を掛けた。
これで少しは時間を稼げるが、ここで一息つくという訳にはいかない。
今や敵の狙いは、自分一人に集中している。
敵はすぐにドアを破り、中に侵入してくるだろう。
今度は自分自身が、どうにかしてこの危機的状況から脱さなければいけない。
選択肢は二つ。
窓を破って一階へのダイブを敢行するか、此処で息を潜めて迎え撃つか。
見た所隠れる場所は無い――部屋の中には、大きなソファーが四つあるだけだった。
即ち迎え撃つなら正面勝負という事になるが、岸田洋一と主催者以外の相手に命懸けで挑むつもりは無い。

此処は逃亡すべきだと判断し、窓を開いて身を乗り出し――驚愕した。
(な、何だよこれっ……!?)
二階とは言え、役場の二階は予想を大幅に上回る高さだったのだ。
これでは、飛び降りて逃げるなど無謀も良い所だ。
良くても足を骨折してしまい逃げられなくなるだろうし、頭から落ちれば確実に死ぬ。
自分の頭がトマトのように潰れた姿を想像してしまい、浩平の背に氷塊が落ちた。
その余分な思考、余分な感情が、行動の切り替えを大幅に遅らせる。

背後より聞こえる、ドアを蹴破る派手な音。
「――――っ!!」
浩平は弾かれたように振り返って、S&W 500マグナムを構えようとするが、余りにも遅過ぎる。
秋子の冷たい視線が自分を射抜いた次の瞬間、聞こえる銃声、腹に響く強烈な衝撃、激しい痛み。
「あっ……?」
何より今自分が立っている位置が、致命的に不味かった。
浩平の身体は撃たれた衝撃で後ろ――窓の外へと、押し出されていた。

403A Tair:2007/05/27(日) 12:13:01 ID:BFLsCE7Q0
まだ頭が現実を理解し切れていない中、強大な風圧と重圧が容赦無く身体を絞る。
浩平は重力に抗う事も適わず空中を急降下し、背中から地面に叩きつけられた。
「ぐっ……があああ……!!」
表面積の大きい背中から落ちたお陰で即死には至らなかったものの、脊椎の一部を傷付けてしまったのか体が動かない。
広い平地の上に寝そべった体勢のまま、撃ち抜かれた腹から止め処も無く血が流れ出てゆく。
もう、とても戦えないし、とても逃げれない。
間もなく追撃に来るであろう秋子に、抵抗も出来ず殺されてしまうだろう。
それにこのまま放置されたとしても、自分はもう余命幾ばくも無いに違いない。

そんな絶望的状況下であったが、浩平は血に塗れた口元を笑みの形に歪めた。
死ぬのが恐くないと言えば嘘になるが――少なくとも、最優先目標は果たした。
これだけ時間を稼いだのだから、最早敵は七海に追いつけまい。
後は上手く高槻と合流出来さえすれば、七海は助かる。
首輪を解除する方法も判明したのだから、この島から生きて脱出出来るだろう。
一番やらなければならない事を成し遂げたのだから、自分の死は決して無駄なんかじゃない。

浩平は死の恐怖よりも大きな満足感を覚えていたが、そんな中で足音が近付いてくるのを聞き取った。
まだ浩平が叩き落されてから、三十秒も経っていない。
(……幾らなんでも早すぎないか?)
どう考えても変だ。まさか飛び降りては来ないだろうし、秋子が追ってきたにしては早過ぎる。
まさか――

404A Tair:2007/05/27(日) 12:14:16 ID:BFLsCE7Q0
頭の中に浮かび上がる、最悪の推論。
「こ〜へいさんっ!!」
聞こえてきた声に首を向けると、先に逃げた筈の七海がこちらに向かって駆けて来ていた。
浩平は狼狽した表情となり、殆ど泣きそうな声を上げる。
「七海…………お前……どうして……」
「やっぱり駄目です……。こ〜へいさんを残して逃げるなんて出来ませんっ!」
七海はきっぱりとそう言って、浩平の身体を持ち上げようとする。
「こ〜へいさん――私頑張りますから、強くなりますから……一緒に逃げましょう」
しかし決して小柄とは言えぬ浩平の身体は、七海程度の膂力ではとても支え切れない。
すぐにバランスを崩してしまい、二人は地面に倒れ込んでしまう
それでも再度同じ挑戦を繰り返そうとしている七海に対し、浩平は諭すように言った。

「いいから……」
「え?」
七海の――妹のような、健気な少女の頭に、優しくぽんと手を乗せてから続ける。
「俺の事はもう良いから……お前だけでも逃げてくれ……。俺は七海を守って死ねるんなら、本望だから……。
 七海さえ生きていてくれれば、俺の死は無駄にならないから……」
死にゆく自分の事など放って、早く逃げて欲しかった。
でないと、何の為に自分は命を懸けてまで敵に立ち向かったのか、分からなくなる。
七海が大きな瞳に涙を溜め込みながら、唇を震わせる。
「こ〜へいさん、私……私――」

そこでパンッ、という乾いた銃声が一度だけ鳴り、浩平の目の前で、七海の額に穴が開いた。
七海の身体が、浩平の胴体の上に折り重なる形で崩れ落ちる。
七海の額から噴き出た鮮血が、浩平の腹部に生温い感触を伝えた。
何が起こったか、考えるまでも無い。
狩猟者――水瀬秋子が遂に此処まで来てしまい、七海を撃ち殺したのだ。
浩平の心は、人生最大の絶望と無力感により押し潰されそうになってしまう。
(守れなかった……自分自身も、みさき先輩も……そして、七海も……)

405A Tair:2007/05/27(日) 12:15:35 ID:BFLsCE7Q0
だが身体に伝わる七海の暖かさが、浩平に最後の闘志を与えてくれた。
指先に伝わる硬い感触が、最後の目標を与えてくれた。
浩平は最早動かぬ骸と化してしまった少女に目をやった。
(七海……お前、本当に優しい奴だったよな。守ってやれなくてごめんな。でも――)
残された全生命力を振り絞って、手元に落ちている七海の銃――S&W M60を拾い上げる。

(お前が来てくれた事、絶対無駄にはしねえ――――!!)
上半身を起こし、近付いてくる足音の方へと振り向くと同時に、引き金を思い切り絞る。

鳴り響く銃声を認識した時にはもう、浩平の身体は再び地面に吸い込まれていく所だった。
湿った土の感触を頬で感じ取りながら、思う。
(は……は……もう動けねえや…………。最後の一発……当たったかな…………)
秋子の姿を視認している余力すら、残されてはいなかった。
全生命力を振り絞って尚、先の動作で限界だったのだ。
(長森……高槻のオッサン……お前らはまだまだ頑張ってくれよな。悪いけど俺と七海は少し疲れたから……もう休ませて貰うよ……)
瑞佳は無事に生き延びれるだろうか? 秋子の話――今となっては本当かどうか分からないが、危険な男と一緒に行動しているようだし心配だ。
高槻は無事に生き延びれるだろうか? きっと大丈夫、高槻なら自分の代わりに、主催者に怒りの制裁を加えてくれる筈だ。
そして最後に思ったのは――
(長森や七瀬とまた一緒に学校に行って、馬鹿騒ぎしたかったな……)

そして、折原浩平は死を迎えた。
浩平に覆い被さっている七海の目から、一滴の涙が零れ落ちていた。

406A Tair:2007/05/27(日) 12:18:02 ID:BFLsCE7Q0
    *     *     *

名雪は役場の女子トイレで、八徳ナイフにこびり付いた血を洗い流しながら、先の出来事について考えていた。
敵に騙されてしまった母の目を醒ます為とは言え、先程は少しやり過ぎてしまった。
今後はもう少し慎重にしなければならない。
秋子は自分の願いを何でも叶えてくれる最高の母親だが、島中の人間に狙われてしまっては流石に分が悪い。
鎌石村に向かうまでの道中で秋子が言っていたように、ゲームに乗っている事を悟られないように動くべきだ。
この島に居る人間の誰もが何時ゲームに乗るか分からないのだから、信頼など出来る筈が無いのだが――ともかく、表面上だけでも取り繕わねばならない。
大丈夫、秋子の指示に従っておけば、きっと祐一を取り戻せる。

(……そろそろ終わった頃かな?)
最後の銃声が聞こえてから、既に十分以上が経過している。
自分は指示通りに身を隠していたのだが、そろそろ決着が着いた――即ち、秋子が浩平と七海を殺害せしめた頃だろう。
名雪はトイレを後にし、軽い足取りで広間へと歩を進める。

そこに待っていたのは頬から少し血を流している、しかしそれ以外は何時もと変わらぬ秋子の姿だった。
「お母さん、折原君と七海ちゃんは?」
訊ねると、秋子は少し表情を曇らせながらも静かに答えた。
「……安心して、ちゃんと二人とも殺したわ」
その返答を確認した途端に、名雪は可愛らしい――しかし何処か不気味な笑みを浮かべた。
「私やっぱり、お母さんの事大好き!」
名雪はそう言って秋子の胸に飛び込もうとする。

しかし秋子はそれを手で制して、子供を諭すように言った。
「駄目よ名雪、今はそんな事してる暇は無いわ。さっきの銃声は辺り一帯に響いているでしょうし、すぐに移動しないと危険よ」
「何処に行くの?」
「ロワちゃんねるに載ってた番号に電話を掛けてみたらね、どうやら平瀬村工場に人が集まってるみたいなの。
 まずはそこに行ってみましょう」
親子は手を取り合って、二人で運ぶ。
希望を持って生きている者達へ、死を届けに往く。

【残り21人】

407A Tair:2007/05/27(日) 12:19:00 ID:BFLsCE7Q0



【時間:3日目5:40】
【場所:G−2平瀬村工場屋根裏部屋】
柳川祐也
 【所持品:イングラムM10(24/30)、イングラムの予備マガジン30発×6、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1】
 【所持品2:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)】
 【状態:左上腕部亀裂骨折・肋骨三本骨折・一本亀裂骨折(全て応急処置済み・若干回復)・内臓にダメージ、首輪解除済み】
 【目的:主催者の打倒。最優先目標は佐祐理を守る事】
倉田佐祐理
 【所持品1:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(10/10)、レジャーシート、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、日本刀、支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱】
 【状態1:留美のリボンを用いてツインテールになっている、首輪解除済み】
 【状態2:右腕打撲。両肩・両足重傷(動かすと痛みを伴う、応急処置済み)】
 【目的:主催者の打倒】
姫百合珊瑚
 【持ち物①:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン×2、ノートパソコン(解体済み)、発信機、コルトバイソン(1/6)、何かの充電機】
 【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD、工具、携帯電話(GPS付き)、ツールセット、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(0/6)】
 【持ち物③:ゆめみのメモリー(故障中)】
 【状態:中度の疲労、首輪解除済み】
 【目的:主催者の打倒】
向坂環
 【所持品①:包丁・ベアークロー・鉄芯入りウッドトンファー】
 【所持品②:M4カービン(残弾7、予備マガジン×3)、救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
 【状態①:後頭部と側頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、全身に軽い痛み、脇腹打撲(応急処置済み)、首輪解除済み】
 【状態②:左肩に包丁による切り傷・右肩骨折(応急処置済み・若干回復)、軽度の疲労】
 【目的:主催者の打倒】
春原陽平
 【装備品:ワルサー P38(残弾数5/8)、ワルサー P38の予備マガジン(9ミリパラベラム弾8発入り)×2、予備弾丸(9ミリパラベラム弾)×10、鉈】
 【持ち物1:9ミリパラベラム弾13発入り予備マガジン、FN Five-SeveNの予備マガジン(20発入り)×2、89式小銃の予備弾(30発)】
 【持ち物2:鋏、鉄パイプ、工具】
 【持ち物3:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、支給品一式(食料を少し消費)】
 【状態:右脇腹軽傷・右足刺し傷・左肩銃創・数ヶ所に軽い切り傷・頭と脇腹に打撲跡(どれも治療済み)、首輪解除済み】
 【目的:ゲームの破壊、杏と生き延びる】
藤林杏
 【装備品:ドラグノフ(5/10)、グロック19(残弾数2/15)、投げナイフ(×2)、スタンガン】
 【持ち物1:Remington M870の予備弾(12番ゲージ弾)×27、辞書(英和)、救急箱、食料など家から持ってきた様々な品々、缶詰×3】
 【持ち物2:カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)、支給品一式】
 【持ち物3:ノートパソコン(バッテリー残量・まだまだ余裕)、工具、首輪の起爆方法を載せた紙】
 【状態:右腕上腕部重傷・左肩軽傷・全身打撲(全て応急処置済み)、首輪解除済み】
 【目的:ゲームの破壊、陽平と生き延びる】
ボタン
 【状態:健康、杏の鞄の中にいる】
久寿川ささら
 【持ち物1:電磁波発生スイッチ(作動した首輪爆弾の解除用、残電力は半分)、トンカチ、カッターナイフ、救急箱(少し消費)】
 【持ち物2:包丁、携帯用ガスコンロ、野菜などの食料や調味料、支給品一式】
 【状態:軽度の疲労、右肩負傷(応急処置及び治療済み)、首輪解除済み】
 【目的:麻亜子と貴明の分まで一生懸命生きる】

408A Tair:2007/05/27(日) 12:21:39 ID:BFLsCE7Q0

【時間:三日目・05:50】
【場所:C-03・鎌石村役場】
水瀬秋子
 【持ち物1:ジェリコ941(残弾6/14)、トカレフTT30の弾倉、澪のスケッチブック、支給品一式】
 【持ち物2:S&W 500マグナム(5/5 予備弾2発)、ライター、34徳ナイフ】
 【状態:マーダー、腹部重症(傷口は塞がっている・若干回復)、頬に掠り傷、軽い疲労、首輪解除済み】
 【目的:優勝して祐一を生き返らせる。名雪の安全を最優先。まずは平瀬村工場へ】
水瀬名雪
 【持ち物:八徳ナイフ、S&W M60(5/5)、M60用357マグナム弾×9】
 【状態:精神異常、極度の人間不信、マーダー】
 【目的:優勝して祐一のいる世界を取り戻す】
折原浩平
 【状態:死亡】
立田七海
 【所持品:フラッシュメモリ、支給品一式】
 【状態:死亡】

【備考】
・屋根裏部屋の床に『主催者(篁)について書かれた紙』『ラストリゾートについて書かれた紙』『島や要塞内部の詳細図』『首輪爆弾解除用の手順図(本物)』
が置いてあります。詳細は後続任せ。
・ささらの持っている電磁波発生スイッチは一度使用するごとに、電力を半分消費します。その為最高でも二回までしか連続使用出来ません。
・珊瑚が乗っ取っているのは、首輪遠隔操作装置のコントロールシステムであり、装置そのものではありません。
主催者の対応次第では、首輪遠隔操作装置が再び機能してしまう可能性もあります。
・『ロワちゃんねる』はネット上にある為、珊瑚が完全に掌握しています。
・主催者の居る地下要塞の出入り口は、全てロックが外されています。
・『ロワちゃんねる』の内容は書き換えられました。作中で言及されている内容以外は後続任せ。載せてある番号は藤林杏が持っている携帯電話のものです
・(島内のみ)全ての電話が使用可能になりました
・だんご大家族(残り100人)、日本酒(残り3分の2)、支給品一式(食料は二人分)は鎌石村役場内に放置

→854
→857

409復活の時:2007/05/27(日) 16:43:28 ID:uxXKYAuw0
月島拓也はこれからの行動を思案していた。
消防署に瑞佳の知り合いがいるということは頼もしい限りである。
何しろ出会い自体が少なく、他の地区でどのようなことが起きているのかさっぱりわからない。
情報がまったく入らず時間を追うごとに参加者が減っていく。
第三回目の放送までに、四分の三近くの人間が死んでしまったことはゆゆしきことであった。
なるべく早く合流した方がいいのは言うまでもない。
できれば坂上智代の方から来て欲しくはあるが、いずれは村の中心部へ行くことになるだろうからこちらから出向いてもいいだろう。

「行っちゃ駄目かな?」
「外はまだ暗い。安全面を考えれば夜が明けてからの方がいいと思う。そうだなあ……放送後に行こう」
「お兄ちゃんの言う通りにするよ」
「ところで瑠璃子や長瀬君を知っている人はいたかい?」
「ううん、残念ながらいなかったよ」
まるで我がことのようにしょんぼりとする瑞佳。
頼まなかったが長瀬祐介のことも尋ねてくれたのだ。つくづく心の優しい女の子だとつくづく思わざるをえない。
「まあ仕方ない。瑞佳の方は……折原君の消息はどうなんだ」
「又聞きなんだけど、初日の夕方に七瀬さん──留美の方だけど、彼女が消防署で暫くいっしょにいたんだって」
初めて聞いた折原浩平の消息を瑞佳は目を潤ませながら話した。
「おとといか……。もう鎌石村にはいないかもしれないな」
生き残りのうち脱出を目指す者はそれぞれ仲間を集めに動き回り、彼らを殺そうとする者が追う。
通信手段がほとんどないのは実に厳しい。
「でも、今はお兄ちゃんの傍にいて一生懸命頑張るのみだよ」
「ありがとう。僕も瑞佳のために最善を尽くすことを誓うよ」
長い髪を撫でながら一際強く抱き締める。
瑞佳は拓也の腕の中で浩平の無事をひたすら祈り続けた。

410復活の時:2007/05/27(日) 16:45:08 ID:uxXKYAuw0
水瀬秋子からは何ら情報を聞くことなく別れてしまった。
拓也の気持ちを考えれば秋子の誘いに乗らなかったことは理解できなくもない。
「名雪さんのお母さんが無学寺にお出でって言ってたけど、どうする?」
拓也を弄り殺しにしかけた恐ろしい一面があったが、普段ならとてもいい人のようだ。
「おのれ、あの親子絶対に許さない」
「今は好き嫌いを乗り越えて協力し合わないと駄目だよ」
「消防署の方が近いんだからまずは坂上さんに会うとしよう。そのうち水瀬さんとはどこかで会うだろうから」
──親子同士で交じわらせて狂い死にさせてやる! 否、母親を娘の手によって始末させてやる。
裏切った代償とはいえ、拓也は水瀬母子に深い憎しみを抱いていた。
秋子には通用しなかったが、精神的に参っている名雪なら毒電波でやりたい放題で操れるに違いない。
痛みをものともせず拳を握り締めていると、瑞佳が両手でそっと包んだ。
「力入れると傷口が開いちゃうよ」
「気遣ってくれてありがとう。瑞佳といると本当に癒されるなあ」

拓也は思い出したように洗った瑞佳の衣類を差し出した。
「制服が、ブラウスが皺になってるぅ〜」
「情けない声出さないでくれよ。血を落とすのに大変だったんだから」
ブラウスを広げると脇腹のあたりに指が入るほどの穴が開いているのが見えた。
まーりゃんにボーガンで射たれ、生死を彷徨う危機に陥らせた矢傷である。
瑞佳は穴をしみじみと眺め、おもむろに着替え始めた。
「恥ずかしいんだから、後ろ向いててくれない?」
「見ちゃ駄目かい?」
「だーめ。お兄ちゃんとそんな仲になったわけじゃないもん」
「今からなろう」
拓也に唇を求められ、瑞佳は体中の力が抜けて行くのを感じた。だが──
「ん……痛ぁっ!」
下腹部を弄られ身をよじったところ、脇腹の傷口に激痛が走った。
「しまった、ごめん。痛かったね」

411復活の時:2007/05/27(日) 16:47:03 ID:uxXKYAuw0
気まずい雰囲気になり、拓也は部屋の片隅へと歩み寄ると、湾曲した木切れとナイロンの紐で何かを作り始めた。
「気にしないでいいよ。お兄ちゃん好きだから……ねえ、何作ってるの?」
瑞佳は着替え終えると隣にちょこんと座った。
「せっかく矢があるんだから半弓を作るんだ。何もないよりはマシだからな。小さいから座ったままでも射ることができるよ」
建物の裏側にあるゴミ捨て場から拾ってきた廃材で、手製の武器を作ることにしたのである。
「でも矢はどうするの? 一本しかないよ」
「さすがに矢は作れないからなあ。一本で十分。回収できなかったらそれまで。射ったら後は逃げるのみだ」
瑞佳は興味深げに見入っていたが、ふと目を伏せた。
「もし彼女──まーりゃんに会うことがあっても、わたし、射てるか自信ないよ」
「この期に及んで何を言ってるんだ。まーりゃんを前にして躊躇うことがあれば、今度こそ死ぬよ」
脱出するためには殺し合いに乗った人間を実力で排除するしか方法はない。
そのためにも瑞佳にはやむなく殺しをせざるを得ないという考えに改めてもらわなければならない。
「まーりゃんが憎いって言ったけど、殺すとなるとやっぱり──」
「君の大事な折原君も命が危ないかもしれないんだ。彼に会えなくなってもいいのかい?」
「……わかったよ。浩平のためにもお兄ちゃんのためにも戦うしかないんだね」
瑞佳は暫し俯き考え込んでいたが顔を上げた時、瞳には強い闘志がみなぎっていた。

「下に下りるよ。足元に気をつけて」
階下に降りるとまずは詰所に立ち寄り、智代に出立の予定時間を伝えておいた。
車庫の明かりを点け弓の訓練を行うことにする。
壁に的の板を掛け、まずは五メートルほどの距離から狙う。
だが弓道をやったことがない者が放っても当たるわけがない。
矢はあらぬ方向に飛び、その都度拓也が回収して渡すということが繰り返された。
「はう〜、当たんないよう。もう疲れちゃった」
「まっすぐに飛ぶようになっただけでも精進の甲斐があるよ。上達したら飛距離を伸ばそう」
「うん、わたし頑張るよ」
病み上がりの体で弓の練習をさせるのは酷なことだが、殺人鬼は待ってはくれない。
可愛そうだが引き続き訓練をさせることにした。

412復活の時:2007/05/27(日) 16:49:08 ID:uxXKYAuw0
訓練の甲斐あってどうにか的に当たるほど上達することができた。
「ここらで休憩しようか」
気を集中していたせいか、瑞佳は構わず半弓を引き絞る。
脳裏にまーりゃんと名乗っていた少女に射たれたことが思い起こされた。
あの時撃っていれば芳野祐介は死ななかったに違いない。
──芳野さんが死んだのは自分ののせいなのだ。
気持ちを鎮め的の中心めがけて静かに矢を放つ。
ヒュッという音と共に飛んだ矢は今までの中でもより中心に近い所に刺さった。
「わっ、いい所に当たっちゃったよ。まぐれにしても上出来でしょ? ……あれ? いない」
喜びも束の間、振り返ると拓也の姿はなかった。
気持ちの良い汗が一瞬にして冷や汗に変わり、体が凍りつく。
もしかして驚かそうと隠れているのだろうか。
二、三分経っても拓也は現れない。
独り残され瑞佳は寂しさと恐怖におののいた。

車庫の入り口を凝視していると、暗がりから突然拓也がリヤカーを引いて現れた。
「裏にリヤカーがあったんだ。これは何かと便利だぞ」
「もうー、怖かったんだよっ。どうして置いて行っちゃうんだよう」
瑞佳は拓也の胸に飛び込みしゃくりあげた。
「心配かけてごめん。一声かけておくべきだったな」
泣きじゃくる瑞佳を抱き締めていると、置き去りにしてしまったことを後悔の念にさいなまれる。
「お兄ちゃんも浩平と同じなんだから酷いよ。わたしを放っといてどこかに行っちゃうんだからっ」
「申し訳ない。これからはずっといっしょだよ」
「本当に?」
長い睫毛が震え、泣きはらした顔が更に美しさを増している。
「ああ本当だとも。トイレもお風呂も寝る時もいっしょだ」
拓也は顔を近づけ唇をそっと重ねた。

413復活の時:2007/05/27(日) 16:52:06 ID:uxXKYAuw0
「リヤカーは何に使うの?」
「回復するまではリヤカーに乗って移動するんだ。お尻が痛いから後で座布団を敷こう」
「え〜? もう普通に歩けるよ。なんだか売られる家畜みたいで嫌だよ」」
想像してみるといかにも格好悪いような気がしてならない。
「いや、いざという時には走らなくちゃならないから、体力を温存してもらおう。ところで走るのは得意かい?」
「うーん、早くはないけど浩平に鍛えられてるから、どちらかといえば長距離は得意な方かな」
「それはいいことだ。危険と判断したらとにかく走るんだ」
拓也は荷台の掃除を終えると部屋に戻ろうとした。
「これ、使えないかな?」
瑞佳の声に振り向くと、目の前には消火器が。
「うわっ、それはやめてくれ。頼むから向けないでくれ!」
「なんで消火器を怖がるの?」
「ちょっと悪い思い出があってね。ほら、瑞佳にも一つぐらいあるだろ、苦手なものとか」
「そっか。お兄ちゃん消火器が苦手なんだあ。いいこと聞いたっと」
瑞佳は異様に怯える拓也を不思議そうな顔で見ていた。

夜は白み始めたが放送まではかなり時間があった。
二人は部屋に戻り時間まで静かに待つことにした。
髪と梳いていると背後から拓也が抱き締める。
「ストレートのままでいいよ。瑞佳は変わったのだ。僕に染められてな」
「もう〜、意味深なこと言ってー、あっ」
手が胸に宛がわれ瑞佳は体をビクッと震わせた。
「以前の瑞佳は山の中で死んだんだ。これからは瑠璃子の代わりとしてずっと傍にいてほしい」
「うん。でもみんなの前で、ベタベタしちゃ、駄目だよ。お願いだから……恥ずかしいことしないでね」
「わかってるって。今はこのひとときを楽しもう」
瑞佳を向き直らせると再び唇を重ねる。
気だるいひと時はおごそかに過ぎて行くかに思われた。
何かにとりつかれたように拓也は突然立ち上がる。
「いきなりどうしたんだよっ」
「気が変わった。今から行こう」

414復活の時:2007/05/27(日) 16:53:25 ID:uxXKYAuw0
鎌石村消防署の真っ暗な一室にて、智代はソファーに寝転がり暇を持て余していた。
瑞佳から二回目の電話で放送後に行くということを聞き、少々がっかりしていた。
「すみませんが……」
ソファーの背もたれから突然の声。
「うわっ 誰かと思えば葉子さん。はぁ……」
ヌゥーッと現れたのは鹿沼葉子だった。
気配を感じさせぬよう近づかれたものだから、たまったものではない。
「私服を洗濯してもらえませんか? 制服だと目立ってしまうものですから」
「洗濯機は乾燥までやってくれる全自動式なんだけど……まあいいや、やっておきます」
異状の有無を聞くと葉子は自室へと戻って行ってしまった。
瑞佳と拓也の来訪のことは伝えず、後のお楽しみということにしておいた。

冷や汗を拭っていると、ほどなく入れ替わりに柚木詩子が現れた。
「長森さん、まだぁ〜? チンチン」
「何をそんなに興奮しているんだ。果報は寝て待てと言うでないか」
「だってさあ、長森さんにトイレフラグ立ったら襲ってあたしの下僕にするんだもぅん」
「寝ぼけてるのか? 永遠にお寝んねしてろ」
「ワクワクテカテカしてもう寝れないんだあ」
話によると瑞佳は同性でも惚れ惚れするいい女の子だとのこと。そんな素晴らしい同級生と彼女のいとこがやって来るという。
葉子のいう通り六人もの集団になれば戦力としては十分なものになる。
気分は大船に乗ったようなものだ。
「今日はサプライズ・パーティになるぞ」
智代は口元を綻ばせ、一日の始まりが幸先の良いものになると信じて疑わなかった。
「廊下で葉子さんとすれ違ったけど、お茶飲みにでも来たの?」
浮ついた気分に詩子が水を差した。
「なあ詩子。葉子さんのこと、どう思う?」
「あら、のめり込んでたくせに妙なこというんだね」
「さっき私服を洗ってくれって来たんだけど、声かけられるまで全く気づかなかったぞ。敵だったら私は死んでたなあ」
ただ頼み事を言いに来ただけらしいが、それにしても気配を殺して近づくのは異様である。
小声で忌憚のない意見を交わし、これまでの葉子に対する姿勢を大幅に転換せざるを得ない智代であった。

415復活の時:2007/05/27(日) 16:55:05 ID:uxXKYAuw0
葉子は布団に入り再びまどろみに浸りつつあった。
不信感はほとんど抱かれず、何もかもが上手くいっている。
このまま智代達とは適当に協力し、危険な時は盾代わりすればよいのだ。
いずれ主催者は何らかの動きを見せるだろう。
(亀の甲より歳の功とはよくいったものです。不可視の力が使えなくても私はやっていけますわ)
次の放送で何人生き残っているだろうか。
殺す側の人間もかなり死んでいるに違いない。
──願わくばで篠塚弥生と藤井冬弥の名があらんことを。
あの二人は重武装していたようで非常にやっかいだった。
だが一夜のうちに診療所で会った人間が殆ど死に絶えたなどとは、想像もできないことであった。


【時間:三日目・05:20】
【場所:C-06鎌石村消防分署】
月島拓也
 【持ち物:消防斧、リヤカー、支給品一式(食料は空)】
 【状態:リヤカーを牽引。両手に貫通創(処置済み)、背中に軽い痛み、水瀬母子を憎悪する】
 【目的:瑞佳を何としてでも守り切る、智代達と合流したい】
長森瑞佳
 【装備品:半弓(矢1本)】
 【持ち物:消火器、支給品一式(食料は空)】
 【状態1:リヤカーに乗っている。リボンを解いて髪はストレートになっている、リボンはポケットの中】
 【状態2:出血多量(止血済み)、脇腹の傷口化膿(処置済み、快方に向かっている)】
 【目的:拓也と一緒に生き延びる。まずは詩子達と合流したい】

416復活の時:2007/05/27(日) 16:57:05 ID:uxXKYAuw0
【時間:三日目・05:20頃】
【場所:鎌石村消防署(C-05)】
坂上智代
【装備品:ニューナンブM60(5発装填)、予備弾丸2セット(10発)】
【持ち物1:専用バズーカ砲&捕縛用ネット弾(残り1発)、38口径ダブルアクション式拳銃用予備弾薬69発ホローポイント弾11発使用、手斧】
【持ち物2:ブロックタイプ栄養食品×3、LL牛乳×3、支給品一式(食料は残り2食分)】
【状態:見張り中。健康、意気揚々、葉子に不審の念を抱く】
【目的:同志を集める】
里村茜
【装備品:包丁、フォーク】
【持ち物:LL牛乳×3、ブロックタイプ栄養食品×3、支給品一式(食料は2日と1食分)、救急箱】
【状態:たぶん就寝中、健康、簡単に人を信用しない、まだ葉子を信用していない】
【目的:同志を集める】
柚木詩子
【装備品:鉈】
【持ち物:ブロックタイプ栄養食品×3、LL牛乳×3、支給品一式(食料は残り2食分)】
【状態:見張りに付き合っている。健康、葉子にやや懐疑心を持つ、瑞佳の来訪を喜んでいる】
【目的:同志を集める】
鹿沼葉子
【所持品:メス、支給品一式(食料なし)】
【状態1:消防署員の制服着用、マーダー】
【状態2:就寝中、肩に軽症(手当て済み)、右大腿部銃弾貫通(手当て済み、全力で動くと痛みを伴う)】
【目的:何としてでも生き延びる、まずは偽りの仲間を作る】

【備考1:ニューナンブM60と予備弾丸セットは見張り交代の度に貸与】
【備考2:智代、茜、詩子は葉子から見聞きしたことを聞いている(天沢郁未と古河親子を除く)】
【備考3:葉子は智代達の知人や見聞きしたことを聞いている(古河親子と長森瑞佳を除く)】
【備考4:拓也は予定を早めたことを智代に伝えていない】

→843

417あしたの勇気/受け継ぐもの:2007/05/27(日) 19:07:38 ID:mtJ9QK0c0
空が、悲しみに包まれたような青色になっていた。
すっかり夜も明け、太陽の光が、まばらになっている雲の隙間から差し込んでいるというのに決してそれは温かみのあるようには思えない。
少なくとも彼女、るーこ・きれいなそらにとってそうは思えなかった。
るーこは泣いていた。泣きながら走っていた。
ここに来てから、いやこの星に来てから一度たりとも流した事のないはずの涙が、後から溢れて仕方がなかった。
あの民家から逃げ出して、もうどれほど時間が経っただろうか。永遠よりも長い時間が過ぎたようにさえ思えるが、実際は数十分かそこらだろう。まだ少しひんやりとした空気の匂いが、その証拠だ。
せっかく着替えたはずの衣服は涙と汗でまた濡れていた。以前着ていた服に比べれば防水性能は良かったので、身体に服が張り付くということはなかったがそんな事をとやかく思う余裕はるーこにはない。ただただ彼女はどこへともなく走るだけだった。
けれども、るーこの身体は限界を感じていたようで。
走る速度がだんだん落ちていって、最後には歩くくらいの速さにまでなってしまっていた。
歩き始めると、途端に肺が空気を求めてるーこに呼吸を催促する。それに伴って動悸も激しくなり、たちまち激しい疲労感が彼女を覆った。肩にかけられたデイパックが、訳もなく重く感じる。
走るために前を向いていた顔が徐々にうなだれていって、寥々とした黄土色の地面が視界を占拠する。たまに見える緑色の雑草が、やけにもの寂しく感じられた。
「…うーへい」
つい先程まで共に行動していた、お調子者で、少し臆病なところもあって、だけどこんな無愛想な自分にも良くしてくれた仲間の名前を口にする。感じてしまった寂しさをどうにか紛らわせる為だった。
「…うー…へい…」
けれども、それは彼女にとって逆効果だった。口に出せば出すほど、春原陽平の姿、仕草、表情、声…そして僅かな時間だったが共に過ごした思い出が蘇ってくる。
そして、その人を呼ぶ声は、もう届かない。届けられるとすればそれは遠い先の、空の向こうの世界へと行かなければならないのだ。
つたなく歩いていた足も少しずつ歩幅が狭くなって…そして、とうとう一軒だけぽつんと寂しく佇んでいる倉庫の前で足を止めてしまった。
涙は、未だに止まらなかった。
「…るーは…どうすればいい…?」
地面へと顔を向けたまま誰に言うでもなく問う。答えてくれる仲間が、みんないなくなってしまった(正確には、浩之とみさきはまだ生きているが)。ここに来た当初の自分ならそんな事を尋ねもしなかっただろうが、るーこは知ってしまったのだ――
「教えてくれ…うーへい、うーへい…うーへいっ…!」

418あしたの勇気/受け継ぐもの:2007/05/27(日) 19:08:05 ID:mtJ9QK0c0
――自分が、春原陽平という人間を好きだったという事を。
けれども、全てが手遅れだった。
何もない。大切なものをなくしてしまった。
大事にしていた宝物を、奪われてしまった気持ちだった。
「…休もう」
一時間前まで眠っていたというのに、一日中重労働していたかのように心身ともに疲弊していた。
運がいい事に目の前の倉庫には鍵がかかっていなかった(そこは夜が明ける前まで坂上智代と里村茜が使っていた倉庫で、今はもぬけの空だ)。
ぎぃ、という重苦しい音と共に薄暗い倉庫の中へと入る。誰かがいるかもしれないとも思ったが、今のるーこにはたとえ誰かがいたとしても逃げるだけの余力がなかった。
いっそのこと、ここに誰かが潜んでいて、自分を襲って殺してくれてもいい――そんな風にさえ思っていた。
ところが、倉庫の中には人の気配が感じられない。もう既に出て行ってしまったのかあるいは開けっ放しになっていただけなのか――るーことしては、もうどうでも良い事だった。
少しだけ死ぬ時間が遅くなった、その程度の事である。
とぼとぼと歩いていき、見るからにみすぼらしいソファに身を投げ出すようにして寝転がる。安物らしく、寝心地はよろしくなかった。
るーこは仰向けになり、シミのついた倉庫の天井を眺める。とても空虚で、静かな空間だった。

『そう言えば自己紹介がまだだったね。僕は春原陽平。君は?』
『るーの名前はるーこ。るーこ・きれいなそら』
『るーこちゃんか。これから先よろしくな?』
『るー』

『やめなよ』
『……うーへい?』
『こいつ…泣いてるよ。 そんなやつが殺すわけ無いよ。……少なくとも、こっちの女の子は』

『僕はこういうのには慣れ…いやいや、風邪を引かない鋼鉄の肉体なのさっ! バカは風邪を引かないってね…って、僕はバカじゃねぇよっ』
『ああもうとにかく! しばらく着てていいから! ほら行くよ! こうなったら、まず着替えから探すぞっ』
『…ありがとう』

じっとしていても、思い出すのはこれまでの事ばかり。思い出す度に、また涙が溢れる。
出来事は、だんだん現在へと近づいていく。

419あしたの勇気/受け継ぐもの:2007/05/27(日) 19:08:36 ID:mtJ9QK0c0
『くそっ! るーこ、こらえてくれっ! 僕が必ずなんとかするっ』
『好き勝手にされてたまるか!』

るーこの脳裏に描き出される、あの民家での惨事。この先の結末をるーこは知っている。
「やめろ、やめてくれ…」
思い出すまいとして耳を塞ぐが、響いてくる声を押し留める事など出来はしない。

『そんな…仕込みナイフかよっ…ついてねえや』

頭の中の春原が、ゆっくりと、まるで映画のスローモーションのように動き、そして床に倒れた。
床に広がっていく血の色と匂いが今もそこにあるかのようにリアルに蘇ってくる。
どうしてああなってしまったのか。
記憶の中の自分は、ただ立っているだけで何もすることが出来ない。
誰も守れない。
誰も――救えない。
澪も、春原も、放送で呼ばれてしまった雪見も。
あまりにも、自分は無力だった。
「もう…るーには何もない…こんなるーなんて…」
消えたい。この世からいなくなってしまいたい。何も出来ない、こんな無力な自分など――死んでしまえばいい。
るーこはソファからのそりと起き上がると、自分のデイパックを持ち上げて中にあったウージーサブマシンガンを手に取る。
特有の金属光沢が、やけに凶暴な光を放っているように見える。獲物を、欲しているのだ。
だが、その欲求はすぐに満たされることだろう。何故ならその標的は、るーこ自身なのだから。
喉にウージーの銃身を押し当てる。後は軽く、引き金を引くだけ。
トリガーに指をかけた瞬間の事だった。また、頭の中にあの出来事の続きが出てきたのだ。

『――言ったろ、好き、勝手に、させるか…って』

 + + +

――ああ、そうだ。うーへいは、死に掛けた身体を引き摺ってまでるーの命を救おうとしてくれていた。他の誰でもない、るーの為に。
無力なるーは、ただ駆け寄って意味を為さぬ言葉をかけるだけで…
『るー』の力も、使えないというのに…


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