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避難用作品投下スレ2

1管理人★:2007/04/24(火) 01:55:07 ID:???0
新スレが立たない、ホスト規制されている等の理由で
本スレに書き込めない際の避難用作品投下スレッドです。
また、予約作品の投下にもお使いください。

263Necro Fantasia:2007/05/13(日) 16:37:31 ID:aFUxMf260

「―――大変! 大変なの……聖さん、助けて!」
「……何事かね」

振り向いた聖の顔に色濃く浮かぶ疲労にも気づかぬ様子で、志保は荒い息を整えようと膝に手をついていた。
全身の汚れや細かな傷も気にすることなく顔を上げると、涙目のまま口を開く志保。

「あたっ、あたし、がっ……美佐枝、さん……じゃ、なくって……!」
「落ち着きたまえ」

言って立ち上がると、キッチンへと入っていく聖。
戻ってきたその手には水をなみなみと満たしたグラスを持っている。
受け取るや、志保はその水を一気に飲み干してしまう。

「……ぷはぁっ」
「さて、落ち着いたようなら状況を整理して話してくれるとありがたいな。それと……」

言葉を切って間仕切りの向こうを見る聖。

「ここには重篤な怪我人がいる。もう少しボリュームを抑えてもらえれば、更にありがたい」
「あ……ご、ごめんなさい……」

表情を曇らせると、志保は肩を落とす。
感情の起伏が激しい。どうやらかなり追い詰められているようだ、と聖はその様子を見て取った。
ならば、と医師としての仮面を意識して、口を開く。

「……君と美佐枝の身に何かがあったようだね。それを、伝えたかったんだろう?」

優しげな、しかしその裏には何の感情も読み取れないような声音だった。
しかしハッと顔を上げ、聖の瞳を見つめ返した志保はあっさりとその誘導に乗って口を開いた。
目尻に溜まった涙の粒が、見る間に大きくなっていく。

「あ、あたしたち、診療所に行こうって、でも……変なのが、出てきて……」
「変なの? ……敵かね?」
「う、うん。眼鏡の女の子……おでこから、ビームが出るの。みんな同じ顔してて、いっぱい……」
「そうか、いっぱいいたんだな。……それで、君たちはどうしたのかね」

状況はまるで飲み込めなかったが、とりあえずそう聞き返す。
分身か、それとも光学系か、とにかく何らかの異能を持った敵と遭遇したらしい。
詳しく聞いておきたいところではあったが、接敵の恐怖を思い出したか、また志保の表情が不安定になってきていた。
決壊させてしまえば宥めるのに無駄な時間を要することになる。
そう判断し、聖は状況の推移確認を優先することにした。

「……うん。それで、美佐枝さんはあたしに、先に行け、って……」
「その場に留まったのかね」
「で、でも! すぐに追いつくからって! すぐ片付けるって言ってて!」
「そうだな、美佐枝はすぐに追いつくと言ったんだな」

幼児をあやすように、鸚鵡返しに返答する聖。
内心の苛立ちを表情に出すような真似はしない。

「それで、診療所に向かうはずの君が、何故ここに戻ってきたのかね」
「そ、そう! あたし、聖さんに助けてもらおうって……!」
「……私に?」

聖が怪訝な表情を浮かべた。

「美佐枝一人では心配だと思ったのかね? ……だが彼女にも戦うための力は、」
「違うの!」

唐突に、志保が叫んだ。
それは絶叫とも呼べるような、悲痛な声だった。
ただならぬ様子に、聖が眉根を寄せて訊ねる。

「……どういう、意味かね」
「あの、力……! 美佐枝さんがドリー夢って呼んでた、あれは……あれは、美佐枝さんの力じゃないの……!」
「何、だと……!?」
「あれは……あたしの、力……だったの……!」

振り絞るように口にして、その場に泣き崩れる志保。
絶句した聖の表情は、険しさに満ちていた。


******

264Necro Fantasia:2007/05/13(日) 16:37:53 ID:aFUxMf260

「……本当に、よかったの?」
「何がかね」

走りながら、短く返事をする聖。

「あの子のこと……放っておいたら、」
「……構わん。どの道、あそこで私にできることはもう何もない」
「そんな……」

志保の言っているのが片手を失った少女のことであると悟り、聖は簡潔に答える。
一面において、それは真実であった。
おおよそ医療行為と呼べるだけの処置は、可能な範囲ですべて施し終えていた。
器具も機材もない環境における最良の方策―――応急処置と消毒、そして放置。
それは延命とすらなり得ない、原始的な医術だった。

「生き延びるか、潰えるか……後は、あの子次第だ」

だが、小さく呟かれた聖の言葉には、もう一面の真実が含まれていた。
ムティカパ症候群に侵された人肉。それは間もなく、少女の体内で爆発的な効果を及ぼす。
その恐るべき生命力は少女の生命を救うだろう。おそらくは、人としての尊厳と引き換えに。
死を拒んだ少女が望んだのが、果たして生だったのか。

「……詮無いことだな」

益体もない思考を、首を一つ打ち振って掻き消す。
終焉から逃れた少女が何を得るのか、それを決めるのは自分ではない。
小さく溜息をついて、聖は足を速めた。


***

265Necro Fantasia:2007/05/13(日) 16:38:07 ID:aFUxMf260

志保が何かに気づいたような声を上げたのは、それから数分が経過した頃のことだった。

「あれ、何だろう……?」

立ち止まり、軽く息をつきながら志保の指差したそれは、聖にとっては割合と見慣れた、
しかし何気なく歩み寄った志保の表情を凍りつかせるには充分な代物だった。

「ひっ……!?」
「死体、か」

全裸に剥かれたそれは、どろりと濁った目を天に向けたまま事切れている少女の遺骸だった。
広い額が、木洩れ日を反射してきらりと光っていた。

「……こ、これ……」
「ふむ。君たちを襲ったのは、彼女かね」

白く、痩せぎすでありながらどこかぶよぶよとした印象を与えるそれを直視しないようにしながら
指差す志保に、聖が確認する。
歯の根の合わないまま頷く志保を見て、聖は少女の死体に視線を戻す。

「……さて、どういうことかな」

聖が鼻を鳴らした。
一糸纏わぬ姿を晒す少女の骸は、のどかな陽光の降り注ぐ林道にひどく不釣合いだったが、
しかしその物言わぬ肉体は更なる異様を誇示するように、そこに鎮座していた。
白い肌に引かれた、真紅のライン。
少女の死体、その腹部には大きく、矢印が刻まれていたのである。

「伊達や酔狂では……ないだろうな」

矢印は、真っ直ぐに林道の奥を指している。
背の高い木々に囲まれた薄暗い道は、まるで手招きをするようにさやさやと影を揺らしていた。

「……長岡君、君たちはこれの群れに囲まれたと言っていたね」
「う……うん……」

ならば、と聖は考える。
可能性はいくつかあった。
一つめはこの死体が相楽美佐枝と、ひいては聖たちの目的と何のかかわりもない
何者かによって置き捨てられた可能性。
二つめは、これが奇態な少女たちによる何らかの慣習、あるいは仲間割れによるものである可能性。

「……そして、」

と三つめの、最悪の可能性を、聖は眉間に皺を寄せながら思い浮かべる。
それは即ち、この奇妙な少女たちと、それからおそらくは美佐枝との交戦を苦にもしない何者かが、
この先で待ち受けているという可能性だった。

「ど……どうするの……?」
「どの道、向かう先だ。進むしかあるまい」

不安げな志保にそう答えて、聖はもう一度、林道の奥を見やる。
木々の影が、つい先程よりも色濃く行く手を覆っているように、思えた。


***

266Necro Fantasia:2007/05/13(日) 16:38:31 ID:aFUxMf260

「―――これで、七つめか」

聖が、重々しく息をつく。

「正確に百メートル間隔といったところか。まったく、ご丁寧なことだな」

見下ろした視線の先には、白く横たわる骸。
その裸の腹には、やはり大きな矢印が刻み付けられていた。

「……」
「大丈夫かね、長岡君」

蒼白な顔色をした志保は、既に遺骸を見ようともしていない。
俯いたまま黙り込んでしまっていた。
無理もない、と聖は内心で志保を慮る。
行く先々に転がる死体は、そのすべてが全裸に剥かれ、道標の如くに打ち捨てられていた。
ある者は貫かれた眼窩にまるで生け花のように小枝を詰め込まれ、またある者は切り取られた片腕を
己の尻穴に捻じ込まれたまま事切れていた。
明確な悪意によって弄ばれる、それは軽すぎる死のあり様だった。

「気分が優れないなら、この先で小休止といこう。走りづめで、私も少し疲れた」
「……ううん、大丈夫」

小さな気遣いはあっさりと無視される。
苦笑しながら、聖は言葉を接いだ。

「そんな顔色で何を言っている。医者としてはとても看過できんよ」
「―――あたしは、大丈夫だからっ!」

突然、志保が大声を上げた。向けられた視線が小刻みに震えている。
限界だな、と聖はその様子を診て取った。

「だ、だから早く美佐枝さんを……っ!」
「落ち着きたまえ、―――」

長岡君、と。
言いかけた聖を遮るように、静かな林道を、唐突な笑い声が満たしていた。

「……ッ!」

眉根を寄せて嘲るような、どこか残忍な響きの哄笑に、聖が慌てて辺りを見回す。
やがてふつりと笑い声が止み、入れ替わりとでもいうように響き渡ったのは、冷徹な声。

「―――心配しなくても大丈夫。ここが、終点よ」

言って、梢の影から姿を現したのは、波打つ髪も豊かな一人の少女だった。
ところどころに褐色の染みをつけたベージュのセーター。
片手には奇妙に時代がかった豪奢な槍。
そしてもう片方の手には、長い紐のようなものが握られていた。
紐の先は梢の影、茂みの奥へと続いている。

「貴様……は……!」

少女の姿を一目見るや、聖はその表情を一変させていた。
常に冷静を装う医師としての仮面をかなぐり捨て、白衣の懐に手を差し入れる。
取り出した極彩色のステッキが、見る間に禍々しい凶器へと変わっていく。
鈍色に煌く、それは爪状の手甲―――ベアークローと呼ばれるものだった。

「……久しぶりの相手に随分とご挨拶じゃない、キリシマ」

267Necro Fantasia:2007/05/13(日) 16:38:56 ID:aFUxMf260
凶器を手に鋭く己を睨みつける聖の視線を、微笑をもって受け止めながら少女が口を開く。
対する聖は無言のまま、重厚な爪を構える。

「し、知り合い……なの、聖さん……?」
「……敵だ。下がっていたまえ」

突然のことに状況を把握できず、おろおろと二人を見比べていた志保に、聖が短く答える。
しかし志保は聖の言葉を咄嗟には量りかねたか、その場に立ち竦んだままでいた。
そんな姿に苛立ちを覚え、聖は思わず厳しい声を上げてしまう。

「下がりたまえ、早く!」
「ひっ……!」
「……怒鳴ったりしたら可哀想じゃない、……ねえ?」

怯えたように肩をすくめる志保を見て、少女が目を細めた。
餌を検分する肉食獣のようなその視線から志保を庇うように、聖が少しづつ立ち居地を変えていく。

「……ここで何をしている、巳間晴香」

晴香と呼ばれた少女が、その問いに小さな笑みを漏らした。
鼠をいたぶる猫のような笑み。
僅かな間を置いて、少女は紐を持つ手で艶やかな髪をかき上げると、口を開いた。

「GLの騎士が出張ってまですることなんて、多くはないでしょうね。そうは思わない?」
「何をしているのかと聞いているっ!」

悠然と答える晴香の笑みを張り飛ばさんばかりの、峻烈な声音。
しかし晴香はそれを意にも介した様子なく、肩越しに背後の茂みへと目をやる。

「……昭和生まれは余裕がないわね」
「貴様……!」
「はいはい、わかったわよ。……鬼畜一本槍が動くなら、答えは一つ」

言って、その手の紐を強く引いた。
紐は茂みの奥で、何か大きなものに繋がっているようだった。
晴香がもう一度、紐を波打たせるように引く。

「いいわ、出てきなさい」

晴香の言葉に引きずられるように、がさごそと葉ずれの音をさせながら、何かがまろび出てきた。
白く、大きな、四つ足の何か。

「―――ッ!」
「……そん、な……、まさか……」

思わず息を呑んだ聖よりも先に声を漏らしたのは、志保であった。
がくがくと震える膝で身体を支えきれず、その場にへたり込んでしまう。
両腕で己の身体を抱きしめながら、搾り出すようにその名を呼んだ。

「……美佐枝……さん……」

震えるその声に、茂みから出てきたそれが、振り向いた。

268Necro Fantasia:2007/05/13(日) 16:39:20 ID:aFUxMf260
「……?」

応えはなかった。
とろんとした、蕩けるような瞳だけが、志保のほうへと向けられていた。
一糸纏わぬ姿で、尻を高く掲げた四つん這いになったそれは、紛れもなく、かつて
相楽美佐枝と呼ばれていた女性、その人であった。

「遅かったと……いうのか……」

あとは言葉にならなかった。
何か名状しがたい感情によって震えながら、聖は美佐枝の姿を見つめていた。
白い素肌のいたるところに、痣や傷、歯型が散りばめられていた。
真っ赤に腫れ上がった陰部から流れ出た血は既に固まりかけている。
だらしなく半開きになった口元からは絶え間なく涎を垂らし、首に巻きつけられた紐は
晴香の手元へと続いていた。

「どう? 私の新しいペットは。……可愛いでしょう?」

言い終えた瞬間、晴香の艶然たる笑みを、鋼鉄の爪が薙いでいた。
否、文字通りの紙一重で、晴香はその斬撃にも似た一撃をかわしている。
その代わりに、はらりと地面に落ちたものがあった。寸断されたロープである。
晴香が、使い物にならなくなったロープを握る手を、ゆっくりと開いていく。

「酷いわねえ、せっかく用意したのに……素敵な首輪」
「貴様ぁ……ッ!」
「あんたたちが遅かったから、ちょっとつまみ食いしただけよ?」

手にした槍の石突で地面を押し出すようにバックステップしながら、晴香が言う。

「ついでに調教までしておいてあげたのに、そんなに怒ることないじゃない」
「口を開くなっ!」

距離を詰め、下から抉るようなアッパー気味の一閃を繰り出す聖。
槍を構える前に仕留めようという動き。
しかし晴香はそれを見越したように微笑むと、唐突に聖の視界から消え失せていた。

「……!?」

慌てて左右に動かした視界の端に、ちらりと晴香の姿が映った。
自身の遥か頭上を飛び越えていく軌道。
棒高跳びの要領で槍を使い、宙を舞ったのだと気づいたときには遅い。
背に、強烈な一撃。

「が……ッ!」

晴香の革靴、その爪先がめり込んでいた。
つんのめりそうになるのを必死に堪え、右足を踏み出す。
間髪いれず、それを軸にして回転。体勢を崩しながらもバックブローを放った。
空振り。

「……あんよはじょうず、あんよはじょうず!」

嘲るような声。
裏拳の勢いを殺さずに振り向けば、その姿は遠い。
槍の間合いの更に外側にまで距離を開け、晴香はにやにやと笑っていた。

「オバサンって、歳取ると逆に幼児退行するのかしら?」
「……!」
「おお怖い、私も気をつけないと―――、」

晴香が言いつのりかけた、その瞬間だった。

269Necro Fantasia:2007/05/13(日) 16:39:44 ID:aFUxMf260
「ひどい……」

か細い声がした。
小さな、しかしどうしてか他を圧して耳朶を打つ、それは声だった。

「ひどい……! ひどい、ひどい、ひどい!」
「ん……?」

怪訝な表情で振り向く晴香。
相対する自分など眼中にないとでもいうようなその挙動に憤りを覚えながらも、聖もまた声の主へと目をやる。

「どうして……どうしてこんなこと、できるの……!?」

聖の視線の先で、長岡志保は泣いていた。
首輪の拘束から解き放たれながらも、四つん這いのままぼんやりと辺りを見回している美佐枝を抱きしめながら、
ぽろぽろと涙を流して泣いていた。

「あんただって……」
「んー……?」

志保の潤んだ瞳に睨みつけられて、晴香はようやくその声が自身に向けられたものだと悟ったようだった。
気だるげに見返す晴香と視線を交錯させた刹那、志保の、半ば叫ぶような声が静かな林道を揺らしていた。

「あんただって! 女の子でしょ!? なら……!」
「……」
「なら、自分がどれだけひどいことしたか、わかるでしょう……!」
「……」
「こんな……こんなことされたら、」

志保が、そこで言葉を止めていた。
ぞっとするような低音が、入れ替わりに響く。
それは、笑い声。巳間晴香の漏らす、奇妙に低い、歪な笑い声だった。

「な……何が、おかしいの……っ!」

志保の声音から勢いが失われていた。
それほどに晴香の笑い声は陰湿で、悪意と嘲りに満ちていた。

「女ぁ……? 女の子、ねぇ……」
「な、何よ……」

晴香の、紅を引いたような唇が弓形に反り上がっていく。
侮蔑と嘲弄を練り合わせたような笑みが志保を捉えていた。
槍が、地面に突き立てられた。
空いたその手がゆっくりと動き、晴香自身のスカートの裾を摘んだ。

「普通の女の子に―――こんなのは、ついてないわよねえ……?」

言葉と共に、ゆっくりとたくし上げられていく緑色の布地。
その下に履かれた橙色の薄布から突き出したモノを目にして、志保は思わず息を呑む。

「”鬼畜一本槍”巳間晴香……ね、これでも私……女の子なのかなあ……?」

舐るような、それは声音だった。
股間にそそり立つモノを誇示したまま、志保に向けて一歩を踏み出す晴香。
その姿に、聖はようやく我に返った。飛び出す。

270Necro Fantasia:2007/05/13(日) 16:40:14 ID:aFUxMf260
「……そのご立派な槍は、どうやらお嬢さんには刺激が強すぎるようだ。
 仕舞ってもらおうか」

志保の視界を遮るように立ち、爪を構えた。
明確な殺意を前に、しかし晴香は笑みを深くすると、己の逸物にしなやかな手指を這わせる。

「やだ、お医者さんが障害者差別……? そういうのって良くないと思うんだけど」
「戯言を……!」

鋼鉄の爪を振るい、聖が駆け出そうとした瞬間。
それよりも一足だけ早く、晴香の方へと歩み寄っていたものがいた。

「……美佐枝さん!?」
「な……行くな、相楽!」

志保の手を振り解いた、相楽美佐枝である。
ふらふらと、定まらない足取りで晴香へと近づいていく。
その締まりのない口元が、ぶつぶつと何事かを呟いているのが聞こえた。

「……もっとぉ……。もっと、くださぁい……」

腫れ上がった己の陰部に指を入れて掻き回しながら呟かれるその声音には、紛れもない色欲だけがあった。
血走った目は晴香の股間にそそり立つモノだけを見つめ、他の何物も映してはいないようだった。
空いた手は乳房を捏ね回したまま、涎を垂らす口が晴香の股間へと寄せられていく。

「あは……ください、あたしに……もっと、たくさぁん……」
「……鬱陶しいわ」
「えぇ……?」

声に、美佐枝が視線を上げる。
蕩けるような瞳が、晴香の凍てついた表情を映し出していた。

「―――いかん!」

叫んで、聖が飛び出そうとしたときには遅かった。
股間をまさぐっていた筈の晴香の手には、いつの間にか地面に突き立てられた長槍が握られていた。
円弧を描いた穂先が、閃いた。

271Necro Fantasia:2007/05/13(日) 16:40:30 ID:aFUxMf260
「え……、か……は……」

正確に心臓を貫かれ、口元から大量の血の泡を噴き出しながらも、相楽美佐枝の瞳から
情欲の色が消えることはなかった。
死に直結する苦痛すら、恍惚というように。
悦楽の笑みを浮かべたまま、美佐枝の身体が持ち上げられていく。
槍の穂先にぶら下がったままのそれは、百舌の早贄のようにも見えた。

「餌は餌らしく、用が済んだら消えなさいな」

びくびくと痙攣する眼前の肉体に向けて、晴香が冷たく言い放つや、長槍を大きく振るった。
ずるりと抜けた美佐枝の身体が、放物線を描いて宙を舞う。
晴香が、笑んだ。

「―――見るなっ!」
「え……?」

聖の険しい声に思わず振り向いてしまう志保。

「あ……」

その鳩尾に、強烈な当身が入っていた。
がくり、と膝から崩れ落ちる志保を支えた、聖の眼前。
長槍の一閃が、放物線を落ちてきた美佐枝の身体を、両断した。

「……」
「お優しいわねえ、……さすがは元BLの使徒」

血の雨の中、晴香が嗤う。

「古い餌はもういらない。新鮮な獲物の方が、使徒も喜んでくれるでしょうからね。
 ……観月マナとお前、どんな声で鳴いてくれるのかしら」

どさり、と。
二つに分かれた美佐枝の体が、地面に落ちた。
その音を合図にしたように、全身を真っ赤に染めて、鬼畜一本槍と呼ばれる女が疾走を開始した。

272Necro Fantasia:2007/05/13(日) 16:41:09 ID:aFUxMf260




 【時間:2日目午前11時すぎ】
 【場所:G−4】

霧島聖
 【所持品:ベアークロー(魔法ステッキ互換)、支給品一式】
 【状態:元BLの使徒】

長岡志保
 【所持品:不明】
 【状態:異能・ドリー夢、気絶中】

巳間晴香
 【所持品:長槍】
 【状態:GLの騎士】

相楽美佐枝
 【所持品:ガダルカナル探知機、支給品一式】
 【状態:死亡】

砧夕霧
 【残り14853(到達・6431相当)】
 【状態:進軍中】

※白虎の毛皮は民家に放置

→721 822 ルートD-5

273Necro Fantasia修正:2007/05/13(日) 17:47:42 ID:aFUxMf260
申し訳ありません、>>267において誤用がありました。
まとめサイト収録の際は

>餌を検分する肉食獣のようなその視線から志保を庇うように、聖が少しづつ立ち居地を変えていく。



餌を検分する肉食獣のようなその視線から志保を庇うように、聖が少しづつ立ち位置を変えていく。

と修正していただけますでしょうか。
お手数をおかけしてしまい、大変申し訳ありません。
感想避難スレの529氏、ご指摘ありがとうございました。

274広がる狂気:2007/05/15(火) 01:04:47 ID:aqb/.k2.0
はあはあと、断続的な男の荒い息が場に響く。
鬼のような形相で朝霧麻亜子達が去っていった職員室の扉を、緒方英二は今もまだ睨み続けていた。
ぽたぽたと地面に垂れていく自身の唾液も省みず、大きく肩を揺らす様はまるで獣のような野生染みたているという印象を他者に与えかねない。
支給されたベレッタを背を丸めた状態で握り締める英二は、いまだ自身の腰に抱きつき暴挙を止めるべくあがいていた相沢祐一を引き剥がそうともせず、ただ大きく肩を上下させながら前方だけを見つめていた。

「え、英二さん……落ち着きましたか?」

大人しくなった英二の様子に、彼が以前の落ち着きある状態に戻ったものだと想像したのか祐一は安堵の息を一つ漏らした。
しかしそんな彼に次の瞬間飛んできたのは、気の聞いた台詞でもなければ穏やかなあの笑みでもなく。
スナップの効いた握りこぶしが目の前にせまる光景を、祐一は他人事のように見るしかなかった。

「相沢君?!」

地面に叩きつけられるように殴り倒された祐一には、声を上げる暇すら与えられなかった。
そのままぴくりとも動かなくなったのは頭から落ちたことが原因だろうか、
頭から落ちたことが原因らしく、祐一は身動きを止め床に伏せ続けた。気を失ってしまったのかもしれない。
そんな居た堪れない様子は、は少し離れた場にいた向坂環にも伝わった。
愕然となる、つい先ほどまでこのようなことが起こるなんて予想だにできなかった環にとってもショックは大きいだろう。
殴られいまだ痛む頭を小さく振り、環はこうしてはいられないと慌てて祐一の下へと駆け寄ろうとした。
……しかしそれには、事の発端である英二の存在が邪魔をする。
環が少しでも近づこうとしただけで、彼は鬼の形相で彼女を見やった。

「邪魔をするな」

先ほどとは違い理性も感じられる台詞だが……その言葉の重みに、環は固まるしかなかない。

「大丈夫だよ、殺しはしないさ。そう、もう誰も殺させはしないよ僕が守ってみせる。 
 少年も観鈴君も環君も……そうさそうさもう誰も欠けさせたりなどさせないよ、守ってみせるんだ! 僕が! 皆を!!」

275広がる狂気:2007/05/15(火) 01:05:20 ID:aqb/.k2.0
半分しゃがれた声でまくし立てる英二の、奇妙に歪んだ表情の意図が環には全く伝わらない。
この台詞だけならば、彼は環達の敵ではなかった。むしろ自ら「ナイト役」を買って出るという、頼もしさすらも与える気迫が込められている。
しかし彼の足元にて気を失う少年を手にかけたのも英二彼自身であり、最中ではないことは容易に窺えた。
……今の英二の存在が、新しい争いの火種になることは目に見えている。
何とか対処しなければそれこそ祐一の身が危なくなるだろう、しかし今ここで自由に身動きができるのは環のみであり。
そしてそれこそ今最優先しなければいけない、少女の散りかけた命を助けることができるのも。環しかいなかった。

結局環は現状を変えることよりも、観鈴への応急処置を優先した。
腹を撃ちぬかれた観鈴の容態は、この間にも刻一刻とは悪くなっていく一方である。
止血のためにと何か布状の物がないか、英二を気にしながらも環は職員室内を確認した。
……目で見た範囲ではよく分からない、立ち上がり室内を散策しだすがその間も特に英二が何か仕掛けてくるようなことはなかった。
運がいいという言葉はおかしいかもしれない、しかし反抗さえしなければ攻撃性を見せないという意味では環は今の状況に対し感謝するしかなかった。
そう、あくまで彼女等は「仲間」であるから、排除の対象にはならないということであろう。

このまま時が過ぎ、英二にも心の余裕ができたのならば。また前のような聡明さが戻るのではないか。
環の脳裏に浅はかな願いが浮かぶ、そんな弱気になっている自分のらしくなさに自然と苦笑いも込みあがってくる。

(ダメね、しっかりしなくちゃ。……私が、やらなきゃね)

かぶりを小さく振り甘い考えを払いながら、環は黙々と作業に移った。



使えそうなハンドタオルを環が見つけたのは、それからすぐのことだった。
簡単な処置後、一応出血が止まったことを確認してから環は一端観鈴を部屋の隅へと移動させた。
視界には収まる範囲で、しかし英二が暴走してしまった際に的になってはいけないからと場所にもかなり気を配った。
祐一は、今だ英二の足元に転がったままである。
こうして見ると亡くなった名倉由依や春原芽衣達との違いがつかなくて、それがまた環の焦燥感に火を灯した。
ゆっくりと一つ深呼吸し、顔を上げた環の表情には覚悟を決めた意志の強さが込められていた。
今の英二に話が通用するとは環自身も思えなかった、しかしやらねばいけないという意気込みがそれら全てを上回る。
祐一を助けるために、そして英二自身を救うためにも今行動を起こせるのは環しかいないのだから。

276広がる狂気:2007/05/15(火) 01:05:42 ID:aqb/.k2.0
今の彼女の持ち物に武器と呼べるものはなかった、タオルを探しだした際こっそり漁った観鈴の鞄からもそれらしきものは発見できなかった。
物色した職員室内も、使えそうなものといえば教員の机らしき場所に放置された鋏くらいである。
……銃器を所持する英二に対しては気休めにしかならないだろうが、それでも実際牙を向かれたら環はこの唯一の武器で対処するしかなかった。

(願わくば、対話で事が終わって欲しいものだけどね……っ)

キッと視線に覚悟を秘め、環は一つ深呼吸をした後英二の名を静かに呼んだ。
しかしどろりとした瞳でこちらを振り返る彼といざ見合おうとした時、環にとっては最悪の事態が起こる。
廊下から、いくつもの人間の足音が響いてきたのだ。
瞬間英二の視線は開けっ放しにされた職員室の入り口に釘付けになる、そしていきなりぶつぶつと何か呟き始めた彼の視野にもう環の姿は入っていない。
呟きの内容まで環が上手く捉えることは出来なかったが、良くない兆候ということだけは彼女にも理解できる。
このままでは……まずい。

「駄目! ここに来ないで!!」

腹の底からの、ありったけの声を環は張り上げた。
しかしそんな彼女の思いが届くことなく、むしろその叫びを聞いたからか足音達は喧しさを増して。

「大丈夫か?!」

開けっ放しであった職員室の扉、そこから現れた青年の声が室内にかけられる。
次の瞬間その青年に対し英二がベレッタの引き金を引く姿を環は呆然と見やるしかなかった。





「おわっ!」
「きゃああ?!」
「な、何よ!」

277広がる狂気:2007/05/15(火) 01:06:08 ID:aqb/.k2.0
人の悲鳴を聞きつけ駆けてきた彼等を迎え撃つ銃弾、慌てて来た道を高槻は後退した。
その拍子に後ろを走っていた久寿川ささらや沢渡真琴にぶつかってしまい、三人はドミノ倒しの如く一緒になって後ろに倒れる。

「いたた・・・・・・ちょっとパーマ、何すんのよぅ」
「それ所じゃねーっつの! お前等、こっちくんなよ!!」

追撃が来たら危ないと、二人を遠のけ高槻は一人職員室へと乗り込もうとした。
しかしちょっと覗きこんだと同時にまた発砲されてしまう、そこに高槻のつけいる隙間はなかった。

「大丈夫ですか?!」
「く、来るんじゃねーっつの!」

思わず尻餅をついてしまった高槻に向かって駆け寄ろうとするささらを片手で制し、彼は一瞬だけ見えた中の状況を思い起こした。
そして、その光景から判断した一つの見解を導き出す。

「まずい、人質が取られてるかもしれん」
「ほ、本当ですか」

ささらの問いと同時に、部屋の中から男女のものと思われる言い合いが漏れてきた。
それが仲間割れなのか、捕らえられている者が牙を向いているかは今の彼等には判断はつかない。
事は急ぐかもしれなかった、しかしここで慌ててしまっても仕方ない。
そんな二つの感情に挟まれながらも、高槻は万が一職員室の中から人が飛び出してこないかを警戒しながら覚えている限りの中の様子を口にした。

「……立ってる人間が二人、あとつっぷしたまま動いてないのが二人か三人か」
「まさか、死んでたりする?」
「分かんねーよ」
「血とかそういうのは?」
「一瞬だったし判断できなかった」

278広がる狂気:2007/05/15(火) 01:06:31 ID:aqb/.k2.0
くしゃっと前髪を握る高槻。突然の事態に彼自身パニックになりかけているという所に、真琴は高槻の心情を知らずかストレートに疑問を矢継ぎ早に口にしていく。
真琴の求める解答を出せないことで高槻の中でも飲み込めない状況に苛立ちが沸いてきたが、やはりそれが彼女に伝わることはない。

「もう、使えないわね」
「んだと?!」

煽られるような発言を受け思わず大きな声を出す高槻、だがそこは次の瞬間口元に人差し指をあてたささらが二人を牽制しにかかった。

「あまり目立つことをするのは得策ではありません」
「わ、悪りぃ」
「ごめんなさい……」

項垂れる高槻と真琴の様子を確認した後、改めて今度はささらが高槻への疑問を口にした。

「高槻さん、立っている人はお二人、でしたか?」
「ああ」
「性別は分かります?」
「男と女一人ずつ、男が銃をぶっ放した方だ。ああ、女の方はお前と同じ制服を着てた気がする。
 ぶっ倒れてんのも女っていうかガキだったな。むー……女の方も仲間だった場合まずいな」

ちらちらと室内の様子を窺う高槻とささらの間には、まだ少し距離がある。
来るなといった高槻の言葉を守っているささら、会話はその一定の間隔を置いたまま続けられていた。

「さっきの悲鳴、女の声だったじゃない。ささらと同じ制服の人は味方じゃないの?」

一人置いていかれる形になった真琴が慌てて話に混ざろうと口を挟む、しかし高槻が答える前に隣のささらが小さく首を振った。

「……それは、今倒れていらっしゃる方の悲鳴かもしれませんから」
「成る程、そういう見方もできるか」
「そ、それじゃあどうするのよ」
「やるしかないだろ!」

279広がる狂気:2007/05/15(火) 01:06:55 ID:aqb/.k2.0
思わず上がる真琴の情けない声に対する結論を投げつけ、高槻は先ほど入手したコルトガバメントを構え直した。

「お前等、危ないから絶対こっち来んなよ!」

校舎の壁に埋め込まれた弾丸。
部屋の中の人間の装備が銃器であることから、貧弱な装備で勝てるような相手ではないことは否が応でも認識するしかない。
また、岸田を相手にした時のトリッキーさも通用しない。
既に、相手はこちらに敵意を形を持ってぶつけてきているのだ、明らかなそれの厄介さに高槻も自然と舌を打つ。
好戦的な相手を黙らせるには、こちらもそれに対抗する術を持って向かい合わなければいけなくなったということ。
高槻は二人を庇うよう自分だけ前進を図ろうとした、しかしそんな彼の行く手を阻むようささらが駆けて回り込む。

「待ってください!」

芯の通ったしっかりとした響きを含むそれは、高槻へとぶつけられた言葉。
ちょっとした気迫にさすがの彼も押し黙る、一呼吸を置いた後ささらは目元に力を込めるかのごとく、表情を整え言い放った。

「私と同じ制服ということは、知り合いの可能性もあるんです。もしこちらに敵対してこようとも、説得をしてみる価値があるのではないでしょうか」
「……だから、何だ」
「協力させてください、後ろで隠れているだけなんてもう嫌です」

ぎゅっと握りこむささらの手の中には、先ほど岸田洋一に襲われた際彼が落としていったカッターナイフあった。
ささらは手にするそれを今一度力強く握り締め、覚悟を声に表し出す。

「さっきは、高槻さんのおかげで無傷でいることができました。でも今度は違います、高槻さんに何かあったら後悔しきれません! ですからお一人だけで戦おうとしないでください」
「久寿川……」
「足手まといだということは百も承知です、ですがそれでもサポートくらいならやってみせますから」

言いながら、ささらは少しずつ高槻との距離を縮めていった。高槻もそれを止めようとしない。
二人の距離がどんどん近くなり、ついに手を伸ばせば届く頃になった時。
ささらは静かに彼のごつい手の平を、自身のそれで包み込んだ。

280広がる狂気:2007/05/15(火) 01:07:18 ID:aqb/.k2.0
「何でも一人で、なさろうとしないでください」

強い語気が、一瞬幼さを含んだものになる。
見つめ合うささらの瞳に混じるもの、決意の固さの裏には事に対する不安が垣間見れ高槻は言葉を失った。
このような形で他人にここまで心配されることなどない生活を送り続けていた高槻にとって、それは新鮮そのものだった。
ささらの持つ不安というのが、高槻自身を失ってしまうかもしれないということに対する恐怖なのだということ。
そんな風に思われることはとてもくすぐったく、そして、温かさに満ちていた。
熱く火照りだす頬が気恥ずかしく、思わず高槻は顔を逸らした。手は、まだささらに握られたままである。
柔らかいそれがささらの存在感を実証しているようで、尚更胸の奥を掻き立てた。

「ま、真琴だって! 真琴だって何かしたいわよう」

いつの間にか横に並んでいた真琴も、二人の間に割って入る。

「うー、そりゃ直接的な戦力になれるなんて思ってないけど……でも、真琴だって安全な所にいるだけなんてイヤよっ!」
「沢渡さん……」

子供染みた言葉だが、それでも真琴は必死に自分の思いを伝えていた。

「ははっ、その気持ちだけで充分だって」

ささらに手を取られていない左手を使って、高槻はちょっと乱暴気味に真琴の頭を撫でた。
「何するのよう〜」という反抗の声が上がるが、それすらも高槻は微笑ましく思えていた。
そして改めて二人を見やる彼の目に、彼女等は「守られるだけのお荷物」としては映っていなかった。

「それじゃ、後方支援を頼む。久寿川は後ろからあっち側にいる女が知り合いかどうかを見極めてくれ。
 その間男の方は俺が引き付ける、もし知ってるヤツだったら声かけでも何でもして注意を引き付けてくれればありがたい」
「真琴は?」
「もし女が襲ってきた場合、俺は久寿川を守りに行けるかどうか分からねぇ。お前は久寿川の護衛だ」
「分かった。ささら、安心して真琴に背中を預けてね!」
「いや、背後から襲われたとしたらそれは新手だろ……」

281広がる狂気:2007/05/15(火) 01:07:43 ID:aqb/.k2.0
そこで改めて、高槻達はお互いの装備を確認した。
ささらの持ち物は今だ用途の分からないスイッチに岸田の落としていったカッターナイフとトンカチ、それに電動釘打ち機から彼を守った小説本などだった。
一方真琴の鞄には、スコップや懐中電灯といった雑貨と食料が大量に詰め込まれている。

「おいガキ、これは寺に置いてきて良かったんじゃないのか?」
「何よう、大事な真琴の荷物だもん」
「……勝手にしろ。で、あとは久寿川か。ふむ、万が一あっちが接近してきたらまずいだろうし、これはお前が持っとけ」

そう言って高槻が差し出したのは、真琴に支給された日本刀であった。

「え、でもそれでは高槻さんが・・・・・・」
「ああ、代わりにトンカチでも貸してもらえたら構わない。
 第一コレがあるからな、刀みたいなでっかいもんと両方構えるにもつらいもんがある」

そう言ってコルトガバメントの残弾を確認すると、一発分だけ隙間が見え慌てて高槻はその分を補充した。
いざという時に弾が足りなくなっては危ない、万全を期さなければいけないという状況に改めて緊張感が走る。

「よし、じゃあ準備はいいか?」
「はい」
「完璧よ!」

高槻の声かけに、ささらも真琴もしっかりとした意思を返してくる。
気合は充分だ、後は悔いを残さず事を終わらせるのみである。

「頼りにしてるからな。ただ、無理はするんじゃないぞ。危なくなったらさっさと引っ込め」
「……はい」
「大丈夫よう」

確認は、以上である。
それでは進軍開始、そういった空気になるが……ふと、高槻は生み出た疑問を口にした。

282広がる狂気:2007/05/15(火) 01:08:06 ID:aqb/.k2.0
「あれ? そういえば、ポテトは……」





「ちょっと緒方さん、止めてくださいっ」

環の言葉に英二が反応することはない。ただ彼は前方、来襲者の現れた場所を見つめていた。
人が消えた気配はない、まだすぐ傍に隠れているのだろうということは環にも伝わっていた。
あまりのタイミングの悪さに頭痛が止まらなくなる、環は自らの頭に手をやりながら現状への対応を模索し続けていた。

……今の英二の攻撃で、相手が怯んで逃げてくれたのならば。それならそれで事は済んでいた。
しかし気配が消えていないことから、あちらもこちらの出方を窺っているのであろうことは簡単に想像つく。
幸い英二は自分から仕掛けるために教室を後にするような行為に出ることはなく、自分の立ち位置を変えぬまま構えたベレッタを真っ直ぐ職員室の入り口に向け佇んでいるだけだった。

これは、環にとってはチャンスかもしれなかった。
英二が侵入者に気を取られているうちに環自ら手を下す機会ができたという考え方もできるのだ、観鈴に祐一、守らなければいけない命のために彼女も手を汚す覚悟というのはできている。

(ふふ……本当は、朝まで一緒にいるってだけの約束だったのにね)

何故このようなことになったのだろうか、優先順位を間違えてはいないだろうかという疑問は環の中でも勿論ある。
それこそ、こうしている間にも先ほど英二に肩を撃たれてしまった弟分には危険がせまっているかもしれないのだ。

(仕方ないけどね、性分ですもの)

目の前に庇護する対象の者がいたとしたら放っておくことなどできる訳がない、それが環の答えである。
先ほどは邪魔が入り会話すらままならなかった、だが次に侵入者が現れるまで時間もある訳ではない。
悩む暇はない、環は鋏を握る手に力を込め、英二の下へと一歩踏み出した……の、だが。

283広がる狂気:2007/05/15(火) 01:08:35 ID:aqb/.k2.0
「ぴっこり」

またしても環のそれは、絶妙なタイミングで削がれてしまうのだった。
……白いモコモコしたわたあめのような生き物が、何故か今環の足元にて「おすわり」をしていた。
例えるならば某国民的アニメに登場するマスコットキャラクターだろうか、出しっぱなしの舌が愛らしい。

「ぴこ〜」

しかしいきなり披露された、謎の踊りのようなものは気持ちが悪いだけだった。
何が起こったか理解していない環の前、生物はしっぽ・・・・・・らしきものを、勢いよく振り続けていた。
いつの間にか職員室への侵入を成功させていたポテト。ベレッタを構える英二の視界には収まらなかったのか、今も英二はこちらの様子に気づいていないようである。

「ぴこ」

もう一度、ポテトが鳴く。その生き物が自分に愛想を振りまいているのだと、環が気づくことはない。
とにかくいきなり現れたそれに対し、どのような処置を取ればいいのか環には全く思いつかなかったのだ。
いや、思いつく暇もなかったといった方が正しいのかもしれない。

「ポテトォォ!!」

裂けんばかりの大声と共に銃を向けられているという事実を環が認識できたのは、纏った白衣をひらつかせながら先ほど侵入を図ろうとした人物が再びこちら側に顔を覗かせたからだった。
そして、それが開始の合図になる。
戦闘開始、飛び出した男に英二は容赦なく牙を向いた。

284広がる狂気:2007/05/15(火) 01:08:56 ID:aqb/.k2.0




一方朝霧麻亜子を見送る形になった河野貴明と観月マナは、再び校舎に戻っていた。
英二に撃たれた貴明の左肩を治療するためである、幸い銃弾が中に残ってはいないようで医療の知識の無い二人にもそれだけは運が良いとしか言いようがなかった。
まず校舎の見取り図で確認し、一階に所在する保健室の表記を見つけた二人は一目散にそこへと向かった。
幸い途中で誰かとすれ違うこともなく無事に辿り着くことはでき、手当ても簡単ではあるがきちんと行えた。

「これからどうするのよ」

余った包帯やちょっとした傷薬を自分の鞄にしまいながら、マナは手当てが終わり学ランを羽織直している最中の貴明に向かって問いた。
明確な展望などが築けない状態であるマナは、正直これから何をすれば分からないといった思いの方が強いのだろう。
麻亜子に脅されたこともあり、彼と別行動を取るなんていう選択肢もマナの中には無かった。
だから彼女は、こうして自分達の進むべき道を貴明に託した。

マナの言葉を受けた貴明は、何か考えがあるのかそのまま暫く押し黙っていた。
沈黙は場の緊張感を迫り上げるだけである、その感覚がつらく何でもいいから口をきいて欲しいとマナが思った所で、貴明はやっと口を開く。

「戻りたい」

ぼそっと。その漏れた呟きの意味を、マナが噛み砕くのにまた少し間が空く。

「戻るって……さっきの、あの場所に?」

信じられないといったマナの疑問に対し、貴明は小さく、だが確かに頷いた。
顔を上げマナと目を合わせた貴明の雰囲気にはどこかしっかりとした頼もしさが付加されていて、それがマナの心にさらに強い動揺を走らせる。
決意を秘めた貴明の瞳、言葉を失うマナを他所に彼はそのまま話を続けた。

285広がる狂気:2007/05/15(火) 01:09:17 ID:aqb/.k2.0
「やっぱりほっとけない、タマ姉を一人にするわけにはいかないんだ」
「そ、そう……」
「君はいいから、危ないし。俺一人で行く」

……正直、そう言われてマナは少しほっとしていた。
命を失う可能性のある現場を生で見てしまったということ、そして麻亜子からあのような脅しを受けたこともありマナはこの現実に対し確かな恐怖を植え付けられていた。
自分の置かれた『バトルロワイアル』という一種の舞台に対し、怖気づいていた。
かと言って後ろめたさが隠せる訳でもない、自分だけ安全な場所にいて貴明だけを戦地に向かわせるというモラル的観念で見た場合のちょっとした重圧が、マナの背にずしんと圧し掛かる。
どうしたものかとちらちらと貴明を横目で見るマナ、そんな視線を受け貴明はゆっくりとまた口を開いた。

「大切な、人なんだ」
「え……」

真っ直ぐな眼差しはマナを捕らえているわけではない。視線を上げた貴明が何を見据えているか、マナには伝わらなかった。
しかしそんなこと気にも止めることなく、貴明はそのままぼそぼそと語り始める。

「俺にとってなくてはならない存在で、絶対に失いたくない人で。
 こんな所でタマ姉を失くす訳にはいかないんだ、それで後になって後悔するだけなんて……俺には、耐えられない」

貴明の右手、握りこんだ手の指の色は真っ白であった。
それくらい力を込めていたのだろう。その肩は小さく振るえ、隠せない憤りは少し離れたマナにも伝わる。

少年の思いは一途であり、純粋であった。
ただただ、あの場にいた彼女の安否を祈るその姿。真剣な表情が頑なな自我を表している。

マナは他者に対してそこまで固執することのできる彼のことが、羨ましく思えて堪らなくなってきたようだった。
自らの危険をかえりみず、それこそ撃ちぬかれたその肩で何ができるかも分からないというのに貴明に怯んだ様子は全く見えない。
それでも大切な人を守るため、殺させないために覚悟を決めた少年はマナからしてとても眩しい存在に見えた。

「あたしもね……お姉ちゃんと、参加させられたのよ」

286広がる狂気:2007/05/15(火) 01:09:45 ID:aqb/.k2.0
マナの言葉は、自然と口から漏れでたものだった。
貴明との絡み合った視線はそのまま、マナは彼の瞳を見つめながら台詞を紡ぐ。

「お姉ちゃんって言っても従姉だったんだけどね。大好きだった、あたしにとって自慢のお姉ちゃんだった。
 でもね、そのお姉ちゃん……一回目の放送で、呼ばれちゃったのよ」

沈黙が生まれる。
哀れむような彼の視線を注がれるが、マナは頭をってそれを振り払った。
そしてマナは最高の笑顔を作り、この島に来て以来浮かべたことのなかったそれを貴明に向けた。

「良かったね、あんたのお姉ちゃんは無事で」

未来があるということ、マナは由綺と再会することは出来なかったが貴明は違う。
そう、居場所も分からずそれこそ死に目にも会えなかったマナと貴明は違うのだ。
貴明の守れる未来は、目の前にある。
一度大きく深呼吸し、マナは自分のデイバッグをしょい直すと一足早く保健室の外に踏み出した。

「行くわよ、こうしている間にもその人は危険にさらされてるんだから」
「え?」

呆けた声、今だぽかんとしたままである貴明に蔑んだような視線を送りながらマナは続ける。

「何ぼーっとしてんのよ、ほら。さっさと戻るって言ってるの」
「え、でも……いいの?」
「いいに決まってるじゃない!」

きっぱりと言い放つマナ目には、揺ぎない光が灯っていた。

「べ、別にあんたのためじゃないわよ。確かに、あそこにいる人達をほっとくわけにもいかなっていう……そういう理由なんだからね!」

287広がる狂気:2007/05/15(火) 01:10:07 ID:aqb/.k2.0
そしてその直後、まるで付け加えるかのごとく言い訳めいたことを口にするマナの頬は、ほんのりと赤く染まっていた。
そのまま背を向け「先に行くわよ」と呟き駆け出していったことから照れ隠しなのだろう、貴明もそこでやっと置いていかれまいと動き出した。
遠ざかりそうになるマナの背中に慌てて駆け寄ってきた貴明が追いつき、二人は無言で走り出した。
先導するマナの横顔に、迷いはない。
もう彼女の中には、逃げだすという選択肢はなかった。





その頃職員室では、飛び込んで来た高槻と英二による攻防が繰り広げられていた。
鳴り響く銃声は英二の放つものだけではない、名も知らぬ侵入者がいきなり好戦的になった様子に環は愕然となった。
……確かにこの状況証拠だけでは、あちら側の人間が環や英二を「敵」だと認識しても仕方はないのかもしれない。
そこは環も割り切るしかない、最悪英二が倒れてしまってもという覚悟はある。
しかし床には、まだ気絶させられたまま放置され続けている祐一が、あの時のまま転がっているのだ。
このまま撃ち合いが盛んになった際、流れ弾が祐一に当たらない可能性なんて否定できるはずもなく。
環は何としても、彼を助けなければいけなかった。

先ほどまではきちんと整列して綺麗な並びになっていた教員達の机や椅子らは、既にあの二人によって乱雑に組みかえられている。
職員室というフィールドをフルに使って攻撃し合う彼等から身を隠すように、環もしゃがみ込んで場を窺っていた。
幸い二人とも、今の所はは当てずっぽうに撃ちあうだけの弾の無駄遣いのようなことはしていない。
お互いの隙をつくように一定の距離を取る高槻と英二、環はちょうど構える二人の真ん中辺りの場所にいた。
……下手に動けば的になる状況、右方には英二、そして左方には高槻と挟まれた形で身動きの上手く取れない現状は彼女を焦らせる原因にもなる。

下手に動いてこちらに意識を向けられたら堪らない、しかし祐一の身は確保せねばならない。
握る鋏に力を込めながら、環が悩んでいる時だった。

「向坂さん!」

288広がる狂気:2007/05/15(火) 01:10:28 ID:aqb/.k2.0
聞き覚えのある声が背中にかけられ、思わず環は入り口の方へと目を向けた。
見覚えのあるプラチナウエーブの髪、環と同年代の少女がそこから顔を覗かせ声を張り上げる。

「向坂さん何故です、何故あなたのような人が……っ」
「久寿川さん……?! え、な、何を言っているの!」

まさかの再会、予想だにはできなかったがお互いが無事であるというそれは環にとっては吉報のはずであった。
しかし破顔しかけた環に向けられるのは、明らかに含まれた動揺と困惑が表立っているささらの嬌声であり。

環は気づいていない、先ほどの白い小さな獣……ポテトが今だ彼女の足元に座っているということを。
そして、場を睨んでいた環の手にはしっかりと鋏が握られていた。
その鋏の切っ先は、見ようによってはポテトに向けられているものにも見える。
だがそんな自覚は環には全くないのだ、今、この瞬間でさえ。

「向坂さん止めてください、あなたはこんな殺し合いに乗るような人ではないはずですっ」

いきなりの誤解に戸惑うもののささらが何に対して苦言を零しているのか、やはり環には伝わっていなかった。
何と答えればいいのか言葉を詰まらせる環、しかし次の瞬間飛んできたのは思いがけない衝撃だった。

「ごちゃごちゃ五月蝿えんだよ、ポテトを離せっ!!!」

わき腹に走る突然の痛み、次の瞬間床に叩きつけられた衝撃も右半身を襲ってきて、環は思わず呻き声を上げた。
投げ出された体は転がって、入り口の方……それこそささら達の近くへと放られる。
突然の事に即座に対応できないものの、焦る気持ちを抑えた環は痛みで閉じていた瞳を無理矢理こじ開け周囲の状況を確認した。
ぼんやりとした環の視界に映し出されるのは、こちらに駆け寄ろうとするささらの腰にしがみつき、小さな少女が必死に彼女を抑えている様子だった。
振り返る、隠れていた場所から環を蹴りだした張本人である来襲者は、ポテトを抱き上げ環に対し睨みを効かせていた。

ささらに気をとられていたことで周囲に対する警戒が疎かになってしまったという結論が、環の中の疑問を打ち消す。
一瞬でも軽視することになってしまった高槻の存在、無様な自身に環は腹が立って仕方なかった。

289広がる狂気:2007/05/15(火) 01:11:00 ID:aqb/.k2.0
追撃を恐れ、床に打ち付けられたことにより軋む肩を庇いながらも痛む体をゆっくりと起こす環、目線は高槻へと固定されている。
背後になってしまったささらの様子を顧みる余裕を持てる訳もなく、環は抱き上げたポテトを乱暴に部屋の隅へと投げ捨てた高槻と睨み合った。
高槻の瞳には、明らかに敵意が込められていた。何故自分がこの男の反感を買わねばならないのかと、不条理な現状に環は悔しさを隠せなかい。
しかし、その憤りが環の口から吐かれることは無かった。

「……環君。君、敵側の人間としゃべっていたね」

絶対零度、それは男の湛える瞳の温度と同じくらい冷ややかな台詞だった。
はっとなる、もう一人軽視してしまった男の存在に緊張感が走り抜け、環はそのまま身動きが取れなくなった。
そう、環の背後にはささら達の他にももう一人外せない人物がいたということ。
それもこの中では一番危険に当たる輩が、今、環の真後ろに立っていた。

「環君環君、君は僕の仲間だろう、そうじゃないのかい?」

英二の問いかけに対し自然と鳴り出すガチガチといった雑音、環の歯が奏でるそれは押し付けられた恐怖に体が反応している証拠だった。
言葉のとおり次の瞬間ぐっと後頭部に硬い金属を押し付けられ、環の鼓動のスピードは跳ね上がる一方となる。
虚ろな瞳を湛える英二の視線の先、ヘビに睨まれたカエル状態の環はただただ彼の出方を窺っていた。
高槻も、ささらも、真琴も。いつしかただの外野になってしまった彼等も、この男の不気味さに圧倒されただ呆然と事を見るしかできなくなっていた。

「……そうか、分かった」

そして一人、場の中心にいた英二がついに結論を出す。
見開かれた瞳は確かに環を捉えていた、その濁った雰囲気の放つプレッシャーは計り知れないものとなる。

「君はスパイだったのか気づかなかったよ、そうだ君だ君の手筈で芽衣ちゃんも死んだのかそうなのか!!
 やっと分かった君だ、君が元凶か君が君が!!」

どんどん荒くなっていく語気に、その邪悪な呪詛に環の中で改めて恐怖が膨らんだ瞬間。
銃声が、また、鳴り響いた。

290広がる狂気:2007/05/15(火) 01:11:20 ID:aqb/.k2.0
それは、環にとって今までで一番大きく聞こえたものかもしれない。
それと同時に体から一瞬で力が抜けていく、再び床の固い感触が上半身に響くが環はそれを自覚できなかった。
肩の、わき腹の痛みなんて目じゃない。悲鳴を上げた痛覚だけが自分が存在している証とも思えるくらい、意識が希薄になっていく。

「タマ姉えぇぇーー!!!」

ふと、大好きなあの子の声が聞こえたような錯覚を環は受けた。
どこか遠くで聞こえるそれを感じると共に、環は意識を手放すのだった。





崩れゆく体は、まるでスローモーションだった。
再び訪れた職員室、その手前でささらという日常の中の知人に出会えた喜びが膨れ上がったのも束の間。
それは貴明が、ちょうど教室を覗き込んだタイミングだった。大切な、大切な彼女の鮮血が一帯に舞っていく

「タマ姉えぇぇーー!!!」

何かを考えるよりも速く、口が動いていた。
悲鳴。撃たれた肩の痛みなど吹っ飛んでいた、駆け出そうとするが片腕を捕られ前に進めなくなる。

「落ち着いてっ、下手したらあんたも撃たれるわよ?!」

だが、落ち着いてなんていられなかった。
こうしている間にも環の着用していたピンクのセーラーはどんどん赤く染まっていく、そんな様子を見るだけなんて耐えられない。
そんな中、けたけたと笑い続ける男の声が耳障りだった。
とても愉快そうに、楽しそうに。男は笑っていた。
芽衣ちゃんやったぞ、君の敵はとったぞ。そんな台詞が貴明の耳を右から左へと通り抜けていく。
瞬間貴明の中を走り抜けたのは、限界を通り越した怒りと彼女を助けられなかった自分に対する情けなさだった。
ほら、こうしている今も。少女に腕を掴まれただけで、進行を止めている。
そんな自分が、非常に嫌になった。

291広がる狂気:2007/05/15(火) 01:11:42 ID:aqb/.k2.0
『それがお前の限界なんだ』

声は、内側から響いていた。

『結局タマ姉助けられなかったなぁ、何でだろうな? あの女なんか無視して、中に入り込んでたら間に合ってたかもな』

――横目で、あまりの出来事に顔を覆って泣き出しているささらを見やる。

『肩撃たれちまったのは仕方ない。だけどな、その原因は何だ? 誰と合流したせいで、お前はそんな目にあったんだ?』

――脳裏に、スク水姿の麻亜子が浮かぶ。

『いやぁ、そもそも変に誰かと連るまないで、真っ先にここに来てたらさぁ……なーんにも問題なかったと、思わないか?』

――今も尚自分の腕を掴んだままの、マナを見やる。

『本当に大切なモノをお前は見間違えた、女従えて楽しんでる暇なんかなかったはずだぞ』

――別に、そんなことしていた訳ではない。楽しんでもいない。

『けど、それでタマ姉を守れなかったんだ……お前は、優先順位を、見誤った』

――……確かに、そうかもしれない。

現に環を守れなかったという事実は目の前にあり、それは自分の責任であると貴明は思っていた。
非常に重い闇が心を包んでいくのを実感する、いつしか視界さえもが黒に統一されていた。
その中でただ声だけが響き渡る、果たしてそれが誰なのか貴明には考える余力もなかった。

『絶望、したか?』

292広がる狂気:2007/05/15(火) 01:12:05 ID:aqb/.k2.0
――絶望した、この全く望んでいなかった展開に対し。
――絶望した。結局何もできなかった……いや、「しなかった」自分の存在に対し。

『力が、欲しいか?』

――欲しい、現状を変える力が。
――欲しい。どうすれば大切な、大切な存在を守れるのか。

その答えを、貴明は心の底から求めた。

待ち続けるが『声』は一向に返って来ない、しかし自分の中で新しい『感覚』が生まれ出ていることを貴明は何となく実感していた。
『感覚』が啄ばんでいく領域は次第に大きくなっていき、貴明の内部と混ざり合いながら浸透していく。
融合という言葉が貴明の脳裏を掠る、多分それがぴったり合うというくらい違和感というものは特になかった。

そんな中で新たに産み落とされたのは、目的を達成するために必要な強い意思だった。
次第に明確になっていくそれは、まるで貴明自身を導くように。
ゆっくりと、彼の中を満たしていくのだった





目を開ける、その間が数秒にも満たない現象であることは隣から聞こえてくるささらのものであろう悲鳴で貴明も理解することができた。
息を飲んでいるマナの気配も何となく伝わる、しかしそれに対し何かしようなどという思いは貴明の中で全く沸くことはなかった。
笑い声を上げ続ける男の向こう、呆然と立ち尽くしている男がいるが気に留める必要はないと貴明は即座に判断した。
そのまま、環が撃たれたという現状に対し慌てふためく周りの状況を一切無視し、貴明は手にしていたレミントンを迷うことなく身構える。

293広がる狂気:2007/05/15(火) 01:12:29 ID:aqb/.k2.0
……銃を持つということ、それを人に対し向けるということ。
貴明のような普通の少年が銃器を扱う機会などない、それこそ支給品として与えられても扱っていいかという迷いの方が出たくらいだった。
まして、貴明は争いごとを好まない性格である。それこそ人に対して銃を向けるこの行為ですら、「貴明」は胸を痛ませたであろう。

でもそれは、一瞬前の彼に当てはまることである。今の『貴明』ではない。
真っ直ぐ向けた銃身の先、今もまだ笑い続けている男を狙う貴明の目に迷いはない。
意図に気づいたマナがはっとなる、しかしもう遅い。何もかも遅い。

響き渡る銃声二発、止まる笑い声。
呆然。高槻も、ささらも、マナも、真琴も、皆。
一様に信じられないと言った視線を、赤い水溜まりを作り出す英二に向けていた。

「もっと早くこうしていれば、タマ姉は死なずにすんだのにな」

独り言、しかし聞こえてしまったのだろうかマナが貴明に目線を向けてくる。
貴明はそれを無視して、レミントンの反動で痺れる腕の感覚と、何物にも変えられない達成感に身を支配させるのだった。
……そして、妙な疲労感が彼の全身を包んでいき、銃を撃った反動だろうかは分からないが肩の痛みが再来してたことから貴明もそのまま気を失うのであった。
彼の表情には、事をやり遂げたという満足げな笑みが浮かんでいた。

こうして残された者にとってはどうすることも出来ないような状態を残し、事はあっさりと終息した。

294広がる狂気:2007/05/15(火) 01:13:02 ID:aqb/.k2.0
【時間:2日目午前2:30】
【場所:D-06鎌石中学校職員室】

河野貴明
【所持品:Remington M870(残弾数2/4)、ささらサイズのスクール水着、予備弾×24、ほか支給品一式】
【状態:気絶・狂気の存在が表に出る・このみを守る・左肩を撃たれている(治療済み)】

観月マナ
【所持品:ワルサー P38・包帯や傷薬など・支給品一式】
【状態:呆然】

高槻
【所持品:コルトガバメント(装弾数:7/7)、ガバメントの予備弾(12発)、カッターナイフ、食料以外の支給品一式】
【状況:呆然】

久寿川ささら
【所持品:日本刀、トンカチ、スイッチ(未だ詳細不明)、ほか支給品一式】
【状態:呆然】

沢渡真琴
【所持品:、スコップ、食料など家から持ってきたさまざまな品々、ほか支給品一式】
【状態:呆然】

相沢祐一
【持ち物:レミントン(M700)装弾数(4/5)・予備弾丸(15/15)支給品一式】
【状態:気絶、体のあちこちに痛み(だいぶマシになっている)、】

神尾観鈴
【持ち物:ワルサーP5(8/8)フラッシュメモリ、支給品一式】
【状態:麻亜子に撃たれる。急所は外れている】

向坂環 死亡

緒方英二  死亡


【備考】
環の持ち物(鋏・支給品一式)は遺体傍に放置
英二の持ち物(ベレッタM92(0/15)・予備の弾丸(15発)・支給品一式)は遺体傍に放置
由依の荷物(下記参照)と芽衣の荷物は職員室内に置きっぱなし
   (鎌石中学校制服(リトルバスターズの西園美魚風)
    カメラ付き携帯電話(バッテリー十分、全施設の番号登録済み)
    荷物一式、破けた由依の制服

(関連458・469)(Jルート)

295Mad Dog:2007/05/15(火) 21:59:24 ID:aA5eec.E0
家の中からでも察知出来る程の殺気を放ちつつ接近してきた、謎の存在。
それは弛緩しきっていた高槻の意識を、再び引き締めるのに十分であった。
小牧郁乃を残して寝室から飛び出した高槻は、廊下で湯浅皐月と鉢合わせになった。
「湯浅、気付いてるかっ!?」
「ったりまえじゃん!」
皐月も高槻と同じく異変に気付いているようで、その手にはもうH&K PSG-1が握り締められている。
そして高槻達が現場に着くのとほぼ同時、派手な音と共に玄関の扉が蹴り破られた。
開け放たれた玄関、広がる闇。その先に、禍々しい殺気を放つ巨大なゴリラ状の男が立っていた。
「ファーーーーッハッハッハッハ!! 見つけたぞ、湯浅皐月!」
重く低い耳障りな濁声が、家中に響き渡る。

「あ、あんたは醍醐!?」
招かねざる乱入者――醍醐の姿を認めた皐月が、驚きの声を漏らした。
一人事態を飲み込めない高槻は、コルトガバメントを構えたまま皐月に語り掛ける。
「おい、コイツの事を知ってんのか?」
「うん、宗一から写真を見せて貰った事がある。この男は『狂犬』醍醐、戦闘狂の傭兵隊長よ。
 その実力は、数多い傭兵の中でも間違いなくトップクラスだって聞いた……」
言われて高槻は、眼前に立ち塞がる大男を凝視した。
ビリビリと肌にまで伝わってくる痺れるような殺気、一分の隙も見られぬ佇まい。
岸田洋一すらも上回る圧倒的な死の気配を放つこの男は、確かに尋常な敵では無いだろう。
しかし高槻には一つ、腑に落ちない事があった。
「だけど、どうなってんだ? 醍醐って奴はもうとっくの昔に死んだ筈じゃねえか」
そう、醍醐という名前は確かに第一回放送で呼ばれていた。
最早この世にはいない筈の男が何故、今頃になって自分達の前に現れるのだ?

296Mad Dog:2007/05/15(火) 22:00:49 ID:aA5eec.E0

高槻達の疑問を見て取った醍醐が、心底愉しげに口元を歪める。
「フッフッフッ……愚か者共が。こんな遊戯に放り込まれた所で、俺や総帥がそう簡単に死ぬ訳が無いだろう」
「何だと……?」
「おおっと――余計なお喋りが過ぎたな。本題に入らせ貰うとするか」
訝しげな表情を浮かべる高槻達にはもう構わずに、醍醐は懐から長く太い棒を取り出した。
参加者に支給された物とは桁違いの性能を誇る特殊警棒――太さはペットボトル程もあり、頑強な特殊合金で出来ている。
ゴリラ並の怪力によって振るわれるそれは、大きな岩をも砕いてしまうだけの威力を秘めている。
続けて醍醐は無感情且つ機械的に、言葉を吐き捨てた。
「一度しか訊かぬ……湯浅皐月、貴様の持っている『青い石』を大人しく渡せ。
 そうすればこの場は見逃してやらんでも無いぞ」
勿論これは建前上の警告に過ぎない――ただ篁に命令されたから、言っているだけだ。
戦闘狂である醍醐からすれば、高槻達には警告など受け入れずに抵抗して欲しかった。
那須宗一への復讐を成し遂げる事も出来ず、これまでずっと傍観者の立場を強いられてきた鬱憤を、此処で晴らしたかった。


一方醍醐の言葉を受けた皐月は、大きく息を飲んでいた。
前回参加者の残した手帳にあった遺言――宝石は    をひらくも  んや、これが鍵になっとる。
主催者の用意したジョーカーである少年の言葉――僕も『計画』の鍵である宝石を手に入れるという使命があるからね。
ある怪物の側近を務めている男が、主催者の『計画の鍵』である青い宝石を欲しがっているという事は、もう結論は一つだ。
鋭い瞳で醍醐を睨みつけながら、高槻にしか聞こえぬよう小さな声でゆっくりと言葉を紡ぐ。
「高槻さん、よく聞いて……醍醐はきっと主催側の人間。そして主催者はアイツの主人……篁財閥総帥よ」
「な……に……?」
それで、間違いない筈だった。そう考えれば全ての辻褄が合うのだ。
世界トップクラスのエージェントである宗一やリサ=ヴィクセンを拉致するなど、並の人間には――否、人間には不可能だ。
しかし確実に人間を凌駕している存在が、このゲームには一人参加している。
皐月もその全貌を知っている訳では無いが、リサの言によれば篁は『神の如き強大な力を操る』らしい。
リサにそこまで言わせる程の存在ならば、何が出来ても不思議では無いだろう。

297Mad Dog:2007/05/15(火) 22:01:51 ID:aA5eec.E0
「何をヒソヒソと喋っている、早く答えを出さんかァァ!!」
これ以上は待ちきれぬ、といった様子で怒号を上げる醍醐。
流石狂犬と言われているだけの事はある――この男は、ただ戦闘がしたいだけなのだろう。
そして此処でこの男と戦う事によるメリットは一つ。上手く生け捕りに出来れば、主催者の情報を大量に引き出せる。
しかしそれを成し遂げるのは、恐らく困難を極める筈だ。
曲がりなりにも宗一と互角に近い勝負が出来る程の男、負傷している今の自分達ではとても勝ち目が無い。
「高槻さん、此処は……」
「ああ、今は無茶すべきじゃねえだろうな。避けれる戦いは避けた方が良いだろ」
皐月の意図を理解した高槻は、極めて冷静な口調でそう呟き、銃を下ろした。
すると醍醐が心底忌々しげに舌打ちし、大きく地団駄を踏んだ。
「クソッ、腰抜けが! ……まあ良い、宝石を寄越せ」
こめかみに浮き上がった血管、大きく見開かれた瞳。
傍目にも苛立っているのは明らかだが、それでも主人の命令に背けない醍醐は大人しく警棒を仕舞い込む。

――このまま行けば交渉は成立、とにもかくにも自分達は危機を回避出来る。
皐月がそう考えた瞬間だった。高槻がにやりと口元を吊り上げたのは。
「……だが断る。この高槻が最も好きな事の一つは、自分で強いと思ってる奴に『NO』と断ってやる事だッ!」
「何だとっ!?」
全てはフェイク――敵を騙すにはまず味方から。
完全に油断し切っていた醍醐が驚愕の声を上げたその時にはもう、高槻が銃を構え直していた。
満を持して、コルトガバメントから必殺の一撃が放たれる。
「ぐぉぉっ!」
銃弾は間違いなく、反応が遅れた醍醐の腹部を捉えていた。
しかし主催側の人間ならば当然、防弾チョッキくらい装備しているだろう。
故に一撃入れた後も、高槻は攻撃の手を緩めない。

298Mad Dog:2007/05/15(火) 22:02:54 ID:aA5eec.E0
間髪置かず醍醐の頭部に銃口を向けて、引き金を思い切り絞る。
防弾チョッキ越しとは言え銃弾を受けた直後である敵は、すぐには動けないように思えたが――
「……何だとっ!?」
今度は高槻が驚愕に表情を歪める番だった。
醍醐はまるで何事も無かったかのように身を横へ傾けて、あっさり銃弾を躱していたのだ。
鋼の筋肉で身を包む醍醐からすれば、多少の衝撃など蚊に刺された程度にしか感じない。
「抵抗するか……ならばこちらとしても武力行使に出ざるを得んな?」
瞳に愉悦の色を浮かべながらそう告げた後、醍醐は前方へと疾駆した。
「くっ――!?」
予想を遥かに上回る速度で、左右へと小刻みに跳ねる醍醐。
巨体に似合わぬ俊敏な動きで迫る敵に対して、高槻は落ち着いて照準を定められない。
一発、二発と引き金を引いてはみたものの、弾丸は虚しく空を切るばかりだった。
そのまま両者の距離は詰まってゆき、あっという間に手を伸ばせば届く距離となる。
「ぐをおおおおおおっ!!」
醍醐は猛獣の如き咆哮を上げながら、両手で握り締めた警棒を振り下ろす。
最早鉄槌と化したそれは、どう考えても受け止められるような代物では無い。
「くそったれ!」
限界ぎりぎりのタイミングで、高槻は真横にスライディングする。
直後、響く炸裂音、飛び散る木片――高槻の背後にあった大きなタンスが、粉々に砕け散っていた。

299Mad Dog:2007/05/15(火) 22:04:05 ID:aA5eec.E0
(ち……冗談じゃねえぞっ!)
高槻は体勢を立て直しながら、ようやく自分の選択が誤りだった事を悟っていた。
この男は、今までの敵とまるで桁が違う。
この男に勝つ為には、身体を全快近くまで回復させた上で、十分な装備を持って挑む必要がある。
多少不意を付いた所で、重傷の身に拳銃一つでどうにかなるような相手では無かった。
高槻が体勢を整えるとほぼ同時、醍醐による返しの一撃が眼下より迫る。
咄嗟の判断で床を蹴り飛ばし、後方へ飛び退こうとする高槻。
だが醍醐の狙いは――高槻本人ではなく、コルトガバメントの方だった。
「ぐあっ……!」
僅か1センチ程先端が掠っただけにも拘らず、コルトガバメントは宙を舞っていた。
高槻が自ら銃を手放したり、わざと緩く握っていたという訳ではない。
尋常でない怪力によって振るわれる警棒は、掠めるだけでも十分過ぎる程の衝撃を伝えてきたのだ。
武器を失い無防備となった高槻に対して、醍醐が大きく踏み込みながら警棒を振り上げる。
「ヤベ――――」
高槻の背に氷塊が落ちた。
この距離、このタイミング、避け切れない。
大きな家具ですら豆腐のように砕く一撃を受けてしまえば、間違いなく死ぬ。

「――そこまでよ!」
間一髪の所で制止の叫びが上がり、醍醐の動きがピクリと止まる。
高槻と醍醐が声のした方へ首を向けると、皐月がH&K PSG-1を構えていた。
「……傭兵なら知ってるでしょ。防弾チョッキじゃ、狙撃銃のライフル弾は防げない。
 死にたくなければ大人しく武器を捨てなさい!」
皐月の言葉通り、H&K PSG-1から放たれる7.62mm NATO弾は、高い貫通力と衝撃力を誇る。
直撃を受けてしまえば、たとえ防弾チョッキ越しであろうとも致命傷になりかねない。
だがしかし、醍醐は余裕たっぷりの笑みを浮かべて言い放った。
「ハッハッハァッ! それで脅しているつもりか? 知っているぞ……その銃は弾切れなのだろう?」
「ど、どうしてその事を……」
あっさりと看破されてしまい、皐月の心に絶望が広がってゆく。
――主催者側の人間である醍醐は、標的についての情報を随時入手している。
当然、皐月と折原浩平が交わした『H&K PSG-1の銃弾は切れている』という旨の会話も、知っているのだ。

300Mad Dog:2007/05/15(火) 22:05:52 ID:aA5eec.E0
「おら、余所見してんじゃねえぞっ!」
未だに後ろを向いたままの醍醐の背中目掛けて、高槻が殴りかかる。
だが醍醐は振り返りもせず、背後へと鋭い裏拳を放った。
「があぁぁっ!」
腹の奥にまで響く重い一撃を受け、高槻が床に転がり込む。
「馬鹿が。肉弾戦で俺に勝てると思ったか」
醍醐は高槻を一瞥すらせずにそう吐き捨てると、ぎろりと皐月を睨みつけた。
愉しげに笑いを噛み殺しながら、告げる。
「さて……次は貴様だ、湯浅皐月」

【時間:二日目・23:40】
【場所:C-4一軒家】
湯浅皐月
 【所持品1:H&K PSG-1(残り0発。6倍スコープ付き)、自分と花梨の支給品一式】
 【所持品2:宝石(光4個)、海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金、セイカクハンテンダケ(×1個)】
 【状態:戦慄、首に打撲、左肩、左足、右わき腹負傷、右腕にかすり傷(全て応急処置済み)】
高槻
 【所持品:分厚い小説、コルトガバメントの予備弾(6)、スコップ、ほか食料以外の支給品一式】
 【状態:悶絶中、全身に軽い痛み、腹部打撲、左肩貫通銃創(簡単な手当て済みだが左腕を動かすとかなりの痛みを伴う)】
 【目的:最終目標は岸田と主催者を直々にブッ潰すこと】
小牧郁乃
 【所持品:写真集×2、車椅子、支給品一式】
 【状態:寝室で待機】
ぴろ
 【状態:就寝中】
ポテト
 【状態:就寝中】

醍醐
【所持品:高性能特殊警棒、防弾チョッキ、高性能首輪探知機(番号まで表示される)、他不明】
【状態:健康、興奮】
【目的:青い宝石を奪還する、戦いを楽しむ】

【備考①:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、支給品×3(食料は一人分)は家に置いてあります。高槻達の翌日の行動は未定】
【備考②:コルトガバメント(装弾数:2/7)は地面に転がっています】

→830

301戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:28:23 ID:2oIWKPFI0
夜の闇も深い山中で、二人の女性が戦っている。
一人は神尾晴子。愛する我が子を守る為、生き残らせるが為に殺し合いに乗ってしまった女。
一人は来栖川綾香。裏切られ、挑発された屈辱に煽られ、怒りのままに乗ってしまった女。
動機こそ違えど二者が二者とも殺人鬼である事には違いない。しかし各々の目的のために戦い、思いを迸らせる姿は美しくもあり。
そう、それはまさに、殺人舞踏会と言えた。
     *     *     *
「さぁ、このまま一気に押し切るで!」
初手のトンカチ投げのお陰で上手い具合に綾香を郁未と分断し、一対一の状況へ持ち込ませた晴子は前進しつつ木の陰から綾香を銃撃していた。
我ながらに上出来な判断だった、と晴子は思った。
二対一で戦い続ければ自然と敗北するのはこの自分に他ならない。ならばこの深すぎる夜を利用し、二人を分断して各個撃破していくのが最上の戦法と言えよう。
幸運な事にそれは見事成功した。だが問題が一つある。
(速攻で決着をつけなアカン、という事やな…)
この眼前にいる来栖川綾香を一刻も早く撃破しないと天沢郁未に合流され挟撃される可能性がある。銃声でこちらの位置は大体把握されているのだ。合流されれば不利になるのは火を見るよりも明らかだ。
だからこそ、自分は少々危険を犯してでも綾香に攻撃を叩き込む必要があった。
「そこやっ!」
晴子の姿を確認しようとして気の陰からちらりと顔を覗かせた綾香にまた晴子の銃弾が飛ぶ。しかし綾香は驚くべき反射力でまたサッと身を隠し飛んできた銃弾から身を躱す。それどころか素早く反転し、反対の木の陰から2発射撃してきた。
息をもつかせぬ一連の流れにギリギリで反応できた晴子は思い切り身を捻り地面に倒れながらも全弾、回避することに成功した。
「くそっ、思ってたより動きがええな、あのガキ…」
晴子は知る由も無いが、来栖川綾香はエクストリームの王者。普段から鍛え抜かれたその体は同じ世代の女性の身体能力を遥かに上回る。もちろん晴子もその例外ではない。
にも関わらず一応互角の戦いに持ち込めていたのは綾香の本分とするところの肉弾戦ではなく銃撃戦になっているからだ。銃に関しては、流石の綾香も素人に過ぎない(最もそれは晴子も同じだが)。ここでも晴子は幸運だった。
もし晴子が肉弾戦を選んでいたならば一対一でも軍配は綾香に上がっていた事だろう。綾香にしてみれば、得意な接近戦に持ち込めないのは歯痒い以外の何者でもなかったが。
さて、ここからどう討って出るか。
木に背を預け座り込む形で隠れた晴子は次の一手を模索していた。
僅かな戦闘だが、十分に敵の動きは良い事が判明した。悔しいが、身体能力に関しては恐らく、自分よりも上だろう。

302戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:28:55 ID:2oIWKPFI0
銃の命中精度を上げるには近づくのが一番なのだが、身体能力が劣っている以上無闇に近づくと手痛い反撃を受ける恐れがある。
だからといって、このままずるずると戦いを続けていてはもう一人の敵が来る。もう時間的余裕は無い。
不意の一撃が必要なのだ。相手の思いも寄らないような、完璧な騙し討ちが。
考えるが、いいアイデアは浮かばない。元々あれこれ考えるのは晴子の性に合ってないのだ。
煮詰まった挙句に、晴子は最も単純な攻撃を仕掛けることにした。
「ええいくそ、もうどうにでもなってまえ!」
デイパックを盾代わりにしつつ気の陰から飛び出し撃ちを行う。こうなった以上、もう勢いだ。勢いで突き崩すしかない。
地面を蹴りながら綾香の隠れている木へと向けて走りつつ連続で発砲する。2発、3発…そこまで撃ったとき、視界の下の方からぬっ、と人影が姿を現す。しゃがんでいた来栖川綾香だった。
「飛び出してきてくれてどうもありがとう、オバサン」
下方からのボディブロー。突き上げられる拳が暴風の如き勢いで繰り出される。
それに気づき、何とかデイパックでガードしようとした晴子だったが、綾香の方が明らかに早かった。
まともに腹部にめり込んだ拳が、晴子の体をくの字に折り曲げる。続けて綾香は晴子の顔面に向けて回し蹴りを放った。
「ありがとう…やとぉ!? 調子乗るんもええかげんにせんかい、クソジャリがぁ!」
拳がめり込みはしたがその直前に腹筋に力を入れていたのである程度ダメージは軽減できた。今度の回し蹴りも早い。が、蹴りは拳に比べて隙も大きい――!
体勢を屈めて丸くなり、肩から肘を突き出して綾香の方へと体重を乗せて体当たりする。
「がぁ…!?」
肘を胸部に突きこまれた綾香が身体のバランスを失い、2、3歩後ろへと後退する。
「くっ…」
追撃を警戒し身構える綾香だが逆に晴子も数歩後退し、体勢を整え直していた。少なからず晴子にもダメージはあった。ボディへの攻撃は一撃必殺ではなく後々ダメージを及ぼす蓄積型のものだ。その点で結果的に大きいダメージを受けていたのは晴子だった。
それを即座に悟って無理に攻撃に行かなかった事に、綾香は多少なりとも感心していた。
「へぇ…意外とやるじゃない」
「はっ、そんな余裕かましてると後悔するでぇ?」
腹を押さえながらも手をちょいちょいと動かして挑発する晴子にも、綾香は動じない。
「お生憎様、これくらいの距離でも一秒もかからずに詰められる自信はあるわ。貴女が銃を構える間に薙ぎ倒すことだって出来るわよ?」
両者の距離は、およそ4メートル弱。確かに、この程度の距離だと綾香ならば一瞬で詰められるだろう。だが、綾香は一つ見落としをしていた。

303戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:29:16 ID:2oIWKPFI0
「そうかい、んじゃやってみるんやな!」
構わずVP70を持ち上げる晴子。
一瞬、正気かと綾香は思った。さっきの反応を鑑みるにこちらの方が早い事はもうとっくに気づいているはず。にも関わらず無謀な銃撃をしようというのか。
(さっきはいい判断だと思ったんだけど…ただの偶然だったようね…! 所詮その程度か)
拳を握り、構える前に顔面を殴ってやろうと突進する、が晴子の行動は違った。
「引っかかったなアホが!」
構えるのではなくアンダースロウの要領で晴子はVP70を投げつけたのだ! 速さと重量を兼ね備えた黒い塊が綾香目掛けて飛来する。
「何っ!?」
まったく予測していなかった攻撃に綾香は攻撃を避けられない。肩口にVP70が当たり、骨から神経系へと鈍痛が伝わっていく。
「痛ぁ…!」
痛みに耐えかねて思わず走る速度を緩めてしまう。それを晴子がむざむざ見逃す理由はない。
「どりゃあああああ!」
猛スピードからの飛び蹴りが、弓矢の如き勢いを持って綾香の身体へと向かう。当然、これも綾香は避けられなかった。
体重の乗った蹴りは綾香の身体を大きく吹き飛ばし、受身を取らせる暇もなくその体に土をつける。しかもその際に手に持っていたS&W M1076を手放してしまった(最も、さっきの銃撃戦でとっくに弾切れになっていたが)。
綾香にとっては2度目の屈辱だった。こんな普通の女にしてやられたのだから。すぐに跳ね起きて攻撃態勢へと戻る。その顔に、怒りと敬意の色を宿して。
「…やるわね、さっきのはかなり痛かったわ」
未だに痛みが残る肩に目線を走らせながら、既に落ちたVP70を拾っていた晴子を睨む。晴子にも油断はなかった。今度はしっかりとVP70を固定し、いつでも撃てる状態にしている。
僅かながらに形勢は逆転していた。綾香はダメージを受けた上、既にVP70を構えられているのだ。これでは再び接近するまでに確実に撃たれる。
防弾チョッキがあるものの過信はできない。頭や足にはチョッキの効果は及んでいないからだ。足ならまだマシだが、頭に当たればそれは即ち、死を意味する。
二人の距離は先程と同じく4メートル弱。綾香が手放してしまった弾切れのM1076はちょうど二人の中間に落ちている。
まだ綾香の手元にはトカレフがあるけれども、それはスカートのポケットの中。取り出そうとすればそれより先に晴子は撃ってくるに違いなかった。となれば、この不利な状況を何とか出来るのは一時の同盟を結んだあの女しかいないのだが…
(ちっ、あのアホは何モタついてんのよ!)

304戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:29:37 ID:2oIWKPFI0
天沢郁未。何故か姿を現さない彼女に綾香は苛立ちを募らせていた。思っているほど時間が経過していないのかとも思ったが、それにしても何もなさすぎる。あるいは、高みの見物とでもしゃれ込んでいるのか。
『互いが互いを利用しあう』関係なのだ。郁未からすれば綾香と晴子が潰し合ってくれるのは願ってもない話であろう。
もう少し協力関係を築いておくべきだったと今更ながらに思った。だが、後悔しても晴子が生きて逃がす訳ではない。それが証拠に――
「とどめや、行くでぇ!」
――躊躇いもなく、引き金を引いたからだ!
「まだよっ!」
横っ飛びに地面を蹴り、銃弾が発射される前に回避運動に入り、ポケットに手を突っ込む。これはまだ回避できる。しかし、次は無い。
相手に余裕の無い事を知っている晴子は無駄撃ちはせず冷静に標準を切り替えて飛んだ直後、動けなくなった綾香に標準を合わせた。
やられる――!
ポケットの中で握っているトカレフはまだ外に出せない。撃ち返す事が出来ない。
これで終わりか、そう綾香が思い、目を閉じた時だった。
「うがぁああああああっ!」
悲鳴が轟く。もちろん綾香のものではなかった。恐る恐る目を開けてみる。そこには――
「ぐっ…ちくしょう! 何やこれ…! 後一歩やいうのに!」
VP70を取り落とし、右手からまるでよく成長した植物のように鉈を生やしていた晴子が額から脂汗を垂らしつつ苦痛に呻いていた。
そして、現れた人影、天沢郁未が高らかに声を上げる。
「残念ね、オバサン」
     *     *     *
綾香と晴子が森の奥へ消えていった後、分断された郁未はすぐに後を追おうかと思ったが、思いとどまって思考する。
(いや、あいつらが勝手に潰し合ってくれるならわざわざ飛び込む必要はないじゃない。あのオバサンも好戦的なようだし、どっちかが死ぬまで戦ってくれそうね)
それよりも、もう一人の奴を片付けるほうが先だ。
郁未は方向転換すると、瀕死状態になっている橘敬介にすがりついて泣きじゃくっている雛山理緒へと向かって歩き出す。
「橘さん、橘さぁん…しっかり、しっかりしてくださいよぉ…」
理緒は倒れている敬介の胸から溢れ出る血を一生懸命止めようとしていたが手で押さえたくらいでは血が止まるわけもなく、次第に目を閉じたままの敬介の顔色からは血の気が失せていっていた。

305戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:29:59 ID:2oIWKPFI0
諦めては駄目だ、諦めては駄目だ――理緒は心の中でひたすらにそう繰り返しながらどうにかして血を止めようとする。
やってきた郁未は、そんな理緒の姿を見てやれやれとため息をつく。
「無駄よ。その男はもうとっくに死んでるわ」
「…っ!」
背後からいきなり呼びかけられ、慄きながらも理緒は固く唇を結んで振り返った。
見上げたその先には悠然と構えている郁未の姿がある。そこには余裕と、絶対的な殺意が存在していた。
理緒は次は自分の番かもしれないという恐怖を持ちながらも郁未に言葉をぶつける。
「どうして…こんな事をするんですか…」
聞き飽きた質問に郁未は鼻で笑い、答える。
「どうしても何もないでしょ? このゲームから生きて帰れるのはたったの一人だけ…そしてそのための手段は殺し合い。私はルールに則って行動してるだけよ」
「っ! そんな理由で人を殺して…そんなことが許されると思ってるんですか!?」
「十分な理由じゃない? 人間誰だって死にたくないものよ。ここには法律も裁判所もない。暴力がこの島の全て。仲良しゴッコなんてしてるヒマないの…で、下らない質問はそれだけ?」
鈍い光を放つ薙刀の刃が、理緒に向けられる。再び垣間見る死の光景にまた震えそうになったが、理緒は逃げようとはしなかった。
思い出されるのは、名前も知らぬ少女の死とその遺品。
頼れる人間もいなくて怖かっただろう。
いきなり襲われて怖かっただろう。
どうして――どうして、あの時守ってやろうと思わなかったのか。自分だけ助かりたいと思ってしまったのか。
自分のせいで、あの少女は命を落としてしまったのだ。弟たちと同じくらいの年齢であるにも関わらず。
もう誰も見捨てたりはしない。それが雛山理緒の誓いであった。
理緒は無言で立ち上がると、両手を大きく広げて敬介を守るように立ちはだかった。
「あなたがそう言うのなら…もう何も言いません。ですけど…この人にだけは手を出させません。橘さんはまだ死んでいません。助けを呼んで、治療してもらうんです。だから…あなたなんかにこの人を殺させやしない!」
今にも泣きそうな顔のくせに、毅然とした理緒の態度は郁未にあの古河渚の事を思い出させる。
思い出した途端、腹が立ってしょうがなくなってきた。
「威勢がいいわね…ムカつくわ…なら、二人まとめて殺してやる!」
郁未が薙刀を振り上げる。数秒も経たない内に自分の命を刈り取るであろう凶器を目の前にしても、理緒は目を逸らさずじっと殺人鬼の姿を睨んでいた。
薙刀の柄が、頂点まで上がった。
「…ダ、メだっ…逃げる…んだ、り…お、ちゃん」

306戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:30:18 ID:2oIWKPFI0
「――え?」
かすれた声が聞こえたかと思うと、理緒の後ろで倒れていたはずの橘敬介がうっすらと目を開けて唇を震えさせながらも声を出していた。
「橘さん! 良かった、生きて…」
理緒が振り向いて言葉をかけている途中。郁未の振り下ろした薙刀が理緒の肩を砕き、肉と骨を破壊し、その刃を体の中心近くにまで食い込ませていた。
「余所見してるなんて…舐められたものね、私も」
ドスの利いた声で言うと、刃の部分をぐりぐりと回し、更に肉を削り取ってゆく。
「り…!」
敬介が悲鳴を上げそうになるが、それを制するように理緒が笑う。
「わた、しなら大丈…夫です。まってて…下さい。もうすぐに、人を、呼んで、きま、す…!」
痛くないはずがなかった。意識が飛んでもおかしくないはずの激痛を理緒は必死で耐えていた。
既に片方の腕には脳からの命令が届いていない。動かない腕をもどかしく思いながら、まだ動く片方の手で自分の体から生えている薙刀の刃を掴み、固定する。
掴んだ手から血が噴出するが、理緒に痛覚はなかった。おかしくなっているのかもしれない。
「なっ…この、離しなさい…! ぐっ!?」
薙刀を抜こうとする郁未だが、まるで金縛りにあったかのように動かない。押しても引いてもびくともしなかった。
背を向けたままの理緒が、掠れた声で言う。
「邪魔です…! さっさと武器を捨てて…どっかに行って下さい!」
「くっ…ええいもう、じれったいわね!」
業を煮やした郁未が今度は鉈を取り出して理緒の背中へと打ちつける。背中を深く裂かれた体から力が抜け、薙刀を掴んでいた手がだらんと垂れ下がった。それを好機と捉えた郁未がここぞとばかりに薙刀を引き抜く。
「う…くうぅ…」
引き抜かれた反動で前へと押し出される理緒。しかし彼女は最期の力を振り絞り、敬介の体に覆いかぶさるようにして倒れた。終わりの終わりまで、彼女は仲間を守ろうとしていたのだ。
「り…お、ちゃん…済まない…」
「いい…ん…です。たちばなさんは…わたし、私が…まも――」
ずんっ。
敬介と理緒、二人ともがその音を聞いたのを最後に、意識を深い闇の底へと沈めていった。
「済まないだの守るだの…ごちゃごちゃとうるさいわね…死ぬなら黙って死にゃいいのよ」
重なった二人に上から薙刀を突き刺した郁未が、苦虫を噛み潰すように呟く。
殺すこと自体は楽だったが、精神的に疲れた。理緒の言葉の一つ一つに苛々していたせいかもしれなかった。

307戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:30:38 ID:2oIWKPFI0
「ふぅ…さて、そろそろ様子見に行きますか」
そろそろ来栖川綾香とあのオバサン――神尾晴子――との決着もついた頃だろうと思うので銃声の聞こえていた方向へと足を進める。その途中で、また銃声や叫び声が聞こえた。
どうやら、まだ決着はついていないらしい。
「ちぇ、案外役立たずなのね、あの綾香ってコは…それとも、あのオバサンが強いのかな?」
暢気に死闘の結末を予想しながら少しだけ早足で現場に急ぐ。
聞こえた銃声や声の大きさから、さほど距離は離れていない。流れ弾に当たらぬようやや腰を低くして綾香らを探す。
程なくして、森の片隅で未だに戦いを続けている神尾晴子と来栖川綾香を発見した。
よくよく見れば綾香の方はどこかを痛めたのか肩を押さえており、対する晴子はしっかりと銃の標準をつけている。黙って見ていれば殺されるのは、綾香に違いなかった。
「何よ、オバサンが勝ってるじゃない…仕方ない、助太刀するかな!」
不可視の力は制限されていて使えない。しかし当ててみせる。
大きく振りかぶって、手に持った鉈を晴子目がけて投げつけた。
くるくると回転しながら肉薄した鉈は狙い通りとまではいかなかったが、拳銃の引き金を引こうとしていた右手に深々と突き刺さっていた。
「うがぁああああああっ! ぐっ…ちくしょう! 何やこれ…! 後一歩やいうのに!」
「残念ね、オバサン」
     *     *     *
「今頃のこのこと…遅いのよ、この役立たず」
憎まれ口を叩きつつ綾香も立ち上がる。
「あら、せっかく助けてやったのに何よその言葉は」
「誰も助けてくれだなんて頼んでないわ」
「あらそう、じゃあ放っとけば良かった」
「ちっ…そのうち殺す」
「その言葉、そのまま返すわ。けど今はそれよりも――」
言いながら郁未が振り向く。そこにはいっぱいいっぱいの表情で鉈を引き抜いた晴子の姿があった。苦痛に顔を歪ませながらも、その表情から戦意は失われていない。
「…ええ、まずはこのオバサンを片付けなきゃ、ね」
二人が並び、郁未は薙刀を、綾香はトカレフを持って晴子の前に出る。一方の晴子は鉈を引き抜いたものの右手からの出血が激しく、すぐにでも止血しなければ危ない状態であった。
「クソッタレが…どいつもこいつもオバサン言いおってからに…! 神尾晴子や、覚えとけやボケ!」
不利な状況ながらも晴子は弱腰になることはない。娘の、観鈴のためにも晴子に負ける事は許されないのだ。
出血を続ける右手で、晴子はVP70を構える。

308戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:31:01 ID:2oIWKPFI0
「へぇ、その根性は認めるけど…一対二じゃいささか分が悪いんじゃないかしら?」
郁未が自信たっぷりに言う。心中で晴子は、そんな事わかっとるわアホ、と毒づく。
確かに、一対二では現状勝ち目は無い。しかもこの怪我だ、一旦退いて体勢を立て直すしかない。そのために逃げる『策』を、既に講じている。後は、運を天に任せるしかなかった。
「かかってきぃや、ウチは負けへんで!」
一喝。風すら一瞬止まったように、音が森から消えた。
「それじゃあ…遠慮なくいかせて貰おうかしら!」
掛け声と共に郁未が走り、綾香がトカレフを構える。
来る!
晴子にとって、人生で一番長い数秒が始まる。
現れた新手。先程鉈を手にぶち当てた技量から考えるに実力も相当なものだろう。
だが奴には奴が知らない情報がある。
晴子は空いた左手で自分の尻の下にあるS&W M1076を素早く掴む。先の戦闘で綾香が手放したものだ。
銃弾がまだ入っているかどうか、晴子にも分からないがそれは目の前の郁未も同じである。
入っていればよし。そうでなくてもブラフをかけられる。要は郁未の足を一瞬でも止められさえすれば良かった。
残る懸念に綾香のトカレフがあるが、所詮素人。外るも八卦、当たるも八卦だ。
こればかりは神頼みである。
(…勝負!)
右手のVP70で綾香に銃口を、左手のM1076で郁未に銃口を向ける。
「二人とも、いてまえぇ!」
「!? くっ…!」
いきなり向けられたM1076に驚き、反射的に飛び退いてしまう郁未。
カチッ。虚しく響く弾切れの音。
(ち、ハズレかい!)
だがVP70の方は弾が残っている。こっちは撃たせてもらう!
逃げながら放たれた一発。だがこちらは怪我をしているせいか弾は明後日の方向へと飛んでいく。にやりと笑った綾香が反撃の一発を放つ。
トカレフから放たれた銃弾が、晴子の左肩へと直撃する。
「ぐ…っ、あぁ…!」
鉈に続く二度目の激痛にせっかく手に入れたM1076を手放してしまう。口惜しかったが、命を落とすよりマシだ。
痛みに足をもつれさせそうになりながらも晴子は走り続ける。
「くそっ、逃がさないわよ!」
郁未が後を追おうとするが、後ろから綾香が引き止める。

309戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:31:22 ID:2oIWKPFI0
「…? 何のつもり? あのオバサンに肩入れするの?」
首を振って綾香は答える。
「放っておけばいいじゃない? どうせ相手は死に掛け、そのうち死ぬわよ。たとえ生きていたとしても、あのオバサンも乗った奴みたいだから他の奴らと勝手に潰し合ってくれるのならそっちの方がいいでしょ?」
郁未はしばらく腕を組んで考えていたが、それもそうね、と納得すると落ちていたM1076を拾う。
トリガーを引いてみるが弾は出ない。
「弾切れ…」
クソッ、と悔しがって地団駄を踏む。一方の綾香はまた痛み始めた肩をさすりながら、いつか晴子を自らの手で屠ってやろう、と思うのだった。
     *     *     *
戦闘が終わった後、綾香と郁未は敬介や理緒が持っていた荷物の回収をしていたが、その所持品のあまりの貧弱さに呆れていた。
「何よコレ…アヒル隊長? 何の役に立つっての? …あ、説明書があった」
郁未が理緒のデイパックの奥底で眠っていた説明書を読み漁っている間、綾香はノートパソコンを起動し、何か役立つものはないかと探していた。
「殆どまっさらね…これ本当に支給品なのかしら…ん? 何かしらこれ? ロワ…ちゃんねる?」
気になったので中身を覗いてみる。そこには他の参加者が立てたスレッドと思しきものがいくつかあった。
「なになに? 私にも見せなさいよ」
横からアヒル隊長を持った郁未も顔を出し、パソコンの画面に見入る。
「どうやらこの島限定の掲示板みたいね。スレッドも立てられるみたい」
今現在あるスレは、
『管理人より』
『死亡者報告スレッド』
『自分の安否を報告するスレッド』
の三つ。一番上にあるのは注意書きのようなもので、特に重要ではないだろう。次の『死亡者報告』は見ておく必要がある。
生き残りの数を確認しておくことでこれからの方針を変える必要性もあるからだ。それと、この情報の発信される速さを確かめる上でも。
綾香は後ろを振り向く。そこには郁未が殺した敬介と理緒の死体がまだ新鮮な血の匂いを放ちながら横たわっていた。もし本当にこれが主催者側によって立てられたものならこの二人の名前もリストに載っているはず。確認のために、綾香は郁未に聞く。
「ねぇ、あそこの二人の名前は分かる?」
「ん? ああ、確か…『たちばなさん』とか『りおちゃん』とか呼び合ってたわ。多分名簿の…この二人で間違いないと思う」

310戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:31:43 ID:2oIWKPFI0
アヒル隊長で遊ぶのをやめ、名簿を取り出して『橘敬介』と『雛山理緒』の名前を探し出して指差す。この二人の名前が載っていれば、信憑性は格段に高まる。
クリックして内容を見てみる。順番に見ていくと、ある人物の名前がそこに記されているのに気づいた。
「姉さん…!」
挙げられている名前の中に、『来栖川芹香』の名がはっきりと書かれていたのだ。
郁未は苗字と反応から察して、「探してたの?」と聞く。
「…ええ、一応はね。そうか、姉さんも殺されちゃったのか…」
残念そうな声ではあるが、それほど気にしたそぶりもない。姉妹仲が悪かったのだろうかと郁未は思ったが、「ああ、勘違いしないでよ」と綾香が続ける。
「仲は悪くなかったし、むしろ殺されて腹が立ってるわ…けど、もう私は人殺しの部類に入っているからかどうか知らないけど、もう、悲しみも何も感じなくなってきてるのよね。慣れてきたというか。それよりも、あのまーりゃんとかいう奴を早く見つけ出して、殺す…そっちの方が優先なのよ。ああくそ、あいつの顔を思い出したらまたムカついてきた…早くブチ殺してやりたい…!」
よほど屈辱的な目に遭わされたらしい。肩をいからせて熱くなっている綾香を尻目に、郁未はそのすぐ側に載っている鹿沼葉子の名前をじっと見つめていた。
(生き残ってみせるわ…必ず)
決意を新たにして、その先を読み進める。その最後尾、追加された死亡者の中に『橘敬介』と「雛山理緒』の名前が確かにあった。
「100%確実ね。これで放送を聞く必要もなくなった」
このパソコンさえあれば常時死亡者の最新情報が得られる。生き残りの数を正確に把握できるようになるというのは案外大きい。
「さて残りは…『自分の安否を報告するスレッド』か。参加者同士で連絡を取り合うって目的なんでしょうけど…」
スレを開こうとして、その先に広がっているであろう『絶対に助かる』だの『諦めてはいけない』だのといった偽善や欺瞞の声を想像してしまい綾香はため息をつく。
「嫌でも見るべきよ。ひょっとしたら安易に、どこかで会おう、とかの連絡が書き込まれてる可能性もあるわ」
「んなこと分かってるわよ…うるさいわね」
文句を言いながらスレを開く。そこにはやはり予想通りの言葉が一番最初に来ていた。
『みんな、希望を捨てちゃ駄目よ。生き延びて、みんなでまたもとの町へ帰りましょう!』
希望的観測もいいところの言葉にげんなりする二人。このままパソコンを叩き割ってやったらどんなに気持ちいいだろうかと考えたが、まだ続きはあるのでそのまま読み進める。
レスはまだ最初のものも含めて二つしかなかった。
天野美汐なる人物によれば、

311戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:32:06 ID:2oIWKPFI0
2:天野美汐:一日目 18:16:21 ID:H54erWwvc

皆さん気をつけてください!
最初は友好的に近づいてきたのに、いきなり態度が急変して襲われました。
なんとか逃げることが出来て、今これを見つけて書いています。
確か名前は「橘敬介」って名乗っていました。
トンカチを隠し持っていると思います。
真琴、相沢さん、どうかご無事で。

と書かれていたが、郁未が先程の戦闘で敬介を倒してしまったためどうでもよい事柄になってしまっていた。
あるいは『橘敬介』が偽名を用いている可能性もあるし、そもそもこの『天野美汐』自体が嘘である可能性もある。
つまり警告を発している『天野美汐』が一概に危険人物ではない、とは言い切れないのだ。
ともかく、この名前を騙る人物が現れたら問答無用で攻撃したほうがいい、という結論に二人は達した。
見終えるとパソコンを終了させ、二人は荷物をまとめ始めた。途中で、綾香は疑問に思っている事を郁未に尋ねた。
「思ってたんだけど…そのアヒル隊長、結局何なの?」
「ああ、これ? 別に。ただの玩具。ハズレよ」
言うだけ言うとさっさとアヒル隊長をデイパックに仕舞い込む。ならどうして捨てないのかと不審に思ったが、すぐにどうでもいいかと思い直しこれ以上問わないようにした。
綾香はパソコンいじりで気づいていなかったが、郁未は残された説明書からこれが時限爆弾である事を知っていた。
しかも綾香が気づかなかったのをこれ幸いと、爆弾の秘密を隠すことにしたのだ。いざとなれば、郁未はこれで綾香を吹き飛ばすつもりであった。
最も、タイムリミットがあったから上手くいくかどうかは分からなかったが。
「さて荷物もまとまった事だし、どこか寝床を探さない? 一日歩いてくたびれたんだけど」
「そうね…そうしましょう。けど、寝首を掻くなんて考えないほうがいいわよ?」
まさか、と郁未は笑い飛ばす。今、協力者は一人でも多いほうが良い。むざむざそれを減らすような真似はしない。それは郁未の本心だった。
そして、その思いは綾香も同じであった。先程のは警告のために言っておいたまでだ。

二日目が始まった森の中で、まだ険悪な雰囲気を交えながらも二人は並んで歩き出した。

312戦うひと、戦わないひとの結末:2007/05/17(木) 21:32:37 ID:2oIWKPFI0
【時間:2日目午前1時30分】
【場所:G−3】

神尾晴子
【所持品:H&K VP70(残弾、残り7)、支給品一式】
【状態:右手に深い刺し傷、左肩を大怪我、逃走】
雛山理緒
【持ち物:なし】
【状態:死亡】
橘敬介
【持ち物:なし】
【状況:死亡】
来栖川綾香
【所持品:S&W M1076 残弾数(0/6)予備弾丸28・防弾チョッキ・トカレフ(TT30)銃弾数(5/8)・ノートパソコン、支給品一式】
【状態:興奮気味。腕を軽症(治療済み)、肩に軽い痛み。麻亜子と、それに関連する人物の殺害。ゲームに乗っている】
天沢郁未
【持ち物:アヒル隊長(11時間後に爆発)、鉈、薙刀、支給品一式×2(うちひとつは水半分)】
【状態:右腕軽症(処置済み)、ヤル気を取り戻す】

【その他:鋏、支給品一式は放置。(敬介の支給品一式(花火セットはこの中)は美汐のところへ放置)。トンカチは森の中へ飛んで行きました】
→B-10

313タマお姉ちゃん行け行け大作戦:2007/05/17(木) 23:18:59 ID:G1gJI6DI0
静まり返った平瀬村工場作業場の中、環は独り、かつてない速度で思考を巡らしていた。
敬介や英二の志を継ぐと決めた自分は決して歩みを止めるつもりは無いが、道がまだ見えていない。
これから先の戦いを生き抜くには、自分が何を出来るのか、何をすべきかきちんと見定めなければならないのだ。

まずは戦闘面に関してだ。
自分は並の男など遥かに凌駕する運動能力を有してはいるが、この島に来てから既に何度も敗れている。
幾ら優れてるとはいえ自分は一般人の範疇を出ておらず、柳川祐也やリサ=ヴィクセンのような常識外れの存在とは比べるべくもない。
そしてあの宮沢有紀寧のように、どのような手段を用いてでも勝利してみせるといった、一種の覚悟も出来ていない。
特に銃器の扱いに秀でている訳でも無い自分は、こと戦闘に関しては中途半端な能力しか持ち合わせていないのだ。
それでも『集団の中の一人』としての役割程度なら十分果たせる筈であるが、一人で皆を守るといった芸当は到底不可能だろう。
……戦闘に関する考察は、これで終わりだ。
一日二日程度で銃器の扱いに熟達出来る訳が無いし、有紀寧のように卑劣な手段を用いるつもりもない。
これ以上この事で頭を悩ませても、時間の無駄だった。

次に思考能力の面で、自分は何を出来るのか。
(よく考えなさい向坂環……自分自身が秘めている可能性について……未来に残されている筈の希望について……)
これまで生きてきた中で、勉強で誰かに遅れを取る事は少なかった。
運動面に於いても知能面に於いても、常に学年トップクラスであったが――それだけだ。
所詮は『優れている』というだけであり、『桁外れ』と言えるような物は何も無い。
しかし逆に考えれば、一つに特化していない人間だからこそやれる事がある筈だ。
何事もソツなくこなせるという一点だけに関しては、自分は誰にも負けていない。
それこそが自分の秘めた可能性であり、現状を打ち破り得るものだ。
固定観念を捨てろ。
様々な視点と柔軟な思考により現状を見つめ直して、膨大な情報の山に埋もれている打開策を見つけ出せ。
考えろ。
考えるという誰でも出来る行為を、誰よりも上手くやってみせろ。
まずは要点を纏める事だ。
自分達の最終目標は主催者を打倒し、出来るだけ多くの仲間と共に生還を果たす事。
その為に必要な条件は、

314タマお姉ちゃん行け行け大作戦:2007/05/17(木) 23:20:12 ID:G1gJI6DI0
・戦力の増強
・ゲームに乗った人間への対処
・情報把握
・首輪の解除

この四点に絞られるだろう。
まずは一つ目、戦力の増強について。
主催者はたった一晩のうちに120名もの人間を拉致し、この孤島に集めてみせた。
それは決して少人数で行える事ではなく、多数の人員若しくはそれに匹敵する戦力を保持している筈である。
ならば必然的に、こちらも対抗出来るだけの戦力を集めなければならない。
しかしそこで問題になってくるのが、ゲームに乗った人間への対処である。
拡声器のような物でも探し出せば簡単に多数の人間を集められるだろうが、その中にやる気になっている者が紛れ込んでいる可能性もある。
勿論自分としては、そんな人間などいないと信じたいのだが……
(駄目ね。これは私一人で考えるべき問題じゃないわ)
これまでの失敗を省みると、そう判断するのが妥当と言わざるを得ない。
岸田洋一に騙されて不覚を取った自分が、この事に関して妥当な解決策を見出すのは不可能だろう。

次に三つ目、情報把握について。
自分達にはまだまだ色々と知らない事が多過ぎる。
まず、今自分達がいるこの孤島は何処なのか?
環が考えるに、少なくとも日本国内では無い――つまり、沖木島では無い。
これだけ人が住む環境が整っている島である以上、以前は人が住んでいたのだろう。
しかしゲームが始まって以来、参加者以外の姿など一度も目にしていない。
多くの住民を追い出したりしてしまえば、間違いなく表沙汰となる筈だ。
それに世界一治安が発達している日本の領土内で、こんな大規模な殺し合いを行うなど不可能。
そうなるともう、この島は日本でない何処かにあると判断しざるを得なくなる。
もし此処が海外ならば、安易な手段で脱出しようとするのは危険過ぎるだろう。

315タマお姉ちゃん行け行け大作戦:2007/05/17(木) 23:21:12 ID:G1gJI6DI0
仮にこの島が、太平洋の中央付近にあるとする。
その場合、泳いで脱出するという選択も、設備の整っていない船を用いるという選択も、ただの自殺行為でしかなくなるのだ。
最低でも自分達の現在地を把握する必要がある。
この島がある場所を知らされている参加者などいないだろうから、もう主催者側から情報を盗み出す――即ち、ハッキングを行うしかない。
主催者を打倒するのにも、もっと情報が必要だ。
孫子の兵法には『敵を知り、己を知れば、百戦危うからず』という言葉がある。
相手戦力の正確な把握、敵の居場所の把握、この二点は絶対に外せない。

しかしハッキングは姫百合珊瑚が既に一度試みたものの、主催者にバレてしまい失敗したという話だ。
機械が苦手な自分では技術的な事など分からないし、珊瑚のハッキングは完璧だったと仮定して考察を進めてみる。
前回参加者の遺したCDを用いたハッキングが、どうしてバレてしまったのか?
一つ目――『前回からセキュリティがまったく変わってないとは限らない』という珊瑚の主張。
この可能性も勿論無いとは言えないが、恐らく外れだろう。
政府の要人とも繋がりがある両親から聞いた事がある……数ヶ月前に起きた謎の集団失踪事件を。
それはほぼ間違いなく、前にあった殺し合いの事だろう。
そして前回から僅か数ヶ月しか経っていないのなら、セキュリティがそれ程向上しているとは考え難い。

二つ目――各施設内部を中心に設置されているカメラにより発見された可能性。
こちらが正解なように思える。
珊瑚達はハッキングがバレるまでカメラの存在に気付いていなかったのだから、主催者側に情報が筒抜けとなっていた筈。
ハッキングしている珊瑚達を特定出来たのは、カメラによる監視のおかげと考えるのが妥当だ。
ではカメラの存在を知った今、監視の目を逃れるにはどうすれば良いのか?
答えは簡単、周りにカメラを隠せるような物が一切無い場所で、ハッキングを行えば良いだけだ。
そうすれば今度こそ主催者の不意を突き、情報をあらかた盗み出せる筈だが――

316タマお姉ちゃん行け行け大作戦:2007/05/17(木) 23:22:18 ID:G1gJI6DI0
(本当に主催者の監視手段はこれだけなの……?)
何かが引っ掛かる。
主催者は絶対の自信があるからこそ、ハッキングに失敗した珊瑚を敢えて見逃した筈なのに、余りにも簡単過ぎるのだ。
こんな時こそ冷静に、様々な視点――例えば主催者側の立場から考えてみるべきだ。
もし自分が主催者だったとしたら、ハッキングに対してどのような対策を取るか?
カメラや盗聴機による監視だけでは足りない。
首輪に仕掛けている盗聴機は比較的容易に発見されてしまうし、カメラだって映せる範囲は限られている。
両方とも有効な防御策ではあるが、それだけでは絶対の安全など保障されないのだ。

……自分なら、そもそもノートパソコンを設置したりしない。
ハッキングに使える道具自体を支給しなければ、自ずと脅威は消滅する。
そうだ、どうして主催者はわざわざノートパソコンを設置したりのだ?
敢えて危険を冒してまでノートパソコンを準備したのには、必ず大きな理由がある。
敵の偽装には目もくれず、真実だけを追い求めろ。
どうして主催者は――そこで環は、ある結論に思い至った。
(そうか……そういう目的だったのね。それなら全てに説明が付く……これで、間違いないわ)
ようやく確信を得た環は、居ても立ってもいられなくなり、屋根裏部屋へと駆け出した。

   *     *     *    *     *     *

317タマお姉ちゃん行け行け大作戦:2007/05/17(木) 23:24:44 ID:G1gJI6DI0
一方、屋根裏部屋では倉田佐祐理が怪訝な表情を浮かべていた。
「…………?」
佐祐理の眺め見る先では珊瑚が、ほしのゆめみの亡骸を工具で弄っていた。
圧倒的な速度で作業を進める両手、鬼気迫るといった表現が相応しい顔付き。
しかしゆめみのボディーは損傷が酷く、とても修理出来るような状態には見えない。
専門的な設備があればまた別かも知れないが、少なくともこんな寂れた孤島では直せないだろう。
そしてそんな事は珊瑚自身が一番良く分かっている筈である。
まさか珊瑚は次々と仲間が死んでしまった所為で、冷静さを失ってしまっているのでは――
そんな疑問が、佐祐理の脳裏を過ぎる。

やがて珊瑚は手を止めると、ゆめみの内部からチップのような物を拾い上げた。
「ふぅ〜、やっと終わったぁ……」
「珊瑚さん、何をやってらしたんですか?」
佐祐理が訊ねると、珊瑚は視線を伏せて、寂しげな声を漏らす。
「これはな、ゆめみのメモリーやねん」
「え?」
愛しげにゆめみのメモリーを抱き締めながら、続ける。
「もし上手く帰れたら、ゆめみのメモリーを修理して、新しい体も造ってあげようと思ってん。
 ウチの知らない技術も使われてるから凄い時間が掛かるやろうけど……ゆめみは大事な友達やから、最高のボディーを造ってあげるねん」
「珊瑚さん……」
佐祐理はようやく、自分の判断が誤りであったと気付いた。
何の事は無い。
珊瑚は冷静に現実を受け止めた上で、希望を捨てずに最良の行動を取っていたのだ。

場に蕭やかな雰囲気が漂うが、そこで突然、背後から良く響き渡る澄んだ声が聞こえてきた。
「珊瑚ちゃん。お疲れの所悪いけど、もう一仕事頼めるかしら」
一同が振り向いた先では、環が腰に手を当てたまま悠然と直立していた。

318タマお姉ちゃん行け行け大作戦:2007/05/17(木) 23:27:03 ID:G1gJI6DI0
   *     *     *    *     *     *

『ノートパソコンを分解して欲しいだと?』
環の突拍子も無い提案を目にして、柳川祐也は眉を顰めながらも返事を紙に書き綴った。
環は強く頷いた後、珊瑚の方へと視線を移した。
『はい。これは機械に詳しい人――珊瑚ちゃんにしか出来ない事です』
『ええけど……分解なんてして、どないするん?』
事情が理解出来ぬのは珊瑚とて同じ。
しかし環はゆっくりと首を振って、紙にペンを走らせた。
『ごめん、それはまだ言えない……先入観を持ってしまうと、視野が狭くなってしまう。私の考えが間違っている可能性もあるから、思考を一方向に絞らない方が良いわ。
 悪いけど、珊瑚ちゃんは何も聞かないでノートパソコンを分解して頂戴』
論点の中心を覆い隠したその言い方に、珊瑚の疑問はますます深まってゆく。
しかし何も考えずにこんな事は言わぬだろうと判断し、珊瑚は大人しくノートパソコンの分解作業に取り掛かった。


佐祐理が肩の傷口から伝わる苦痛に表情を歪めながらも、何とか文字を書き綴る。
『佐祐理達も事情をお聞きしてはいけませんか?』
『順を追って説明していくから、佐祐理と柳川さんにはその事についてよく考えて欲しい。
 二人が私と同じ結論に到達するかどうか試してみたいの。二人が別の結論に達したら考え直さないといけないし、同じ結論に達したならますます確信が深まる』
『……ちょっと待て、主催者はカメラで各施設を監視しているのだろう? なら屋内で大事な話をするのは不味いんじゃないか』
『それは心配無いと思います。此処に監視カメラが設置してあるなら、前回参加者が遺してくれたCDも、とっくに撤去されてしまっている筈ですから』
柳川の懸念を解消してから、環は続けた。
『考えてみて下さい。どうして主催者は、わざわざノートパソコンを準備したりしたのでしょうか? 珊瑚ちゃんの機械に関する実力くらい知っていた筈なのに』
柳川は顎に手を当てて暫しの間考え込んでから、己の見解を書いた。
『主催者の事だ。俺達がどんな抵抗をしようとも叩き潰せる自信があるから、敢えて希望を持たせて嘲笑っているんじゃないか?
 ハッキングが発覚した後も姫百合を生かしておくのは、そういう事だろう』
主催者はやろうと思えば、いつでも珊瑚を殺しハッキングの危険性を排除出来た筈。
そうしないのは、絶対の自信があるからだとしか思えない。
柳川の意見を受けて、佐祐理がペンを握り直した。
『主催者は相当の自信家だとは思いますが、島中に監視カメラを設置したりする程慎重な方でもあります。
 ”ハッキングなどによる私たちに不利益を齎すもの”と明言していますし、警戒はしているんじゃないでしょうか』
それは確かに、その通りだった。
主催者が絶対の自信を持っているのは間違いないが、ハッキングを警戒しているのもまた事実だろう。
しかし、それでは――

319タマお姉ちゃん行け行け大作戦:2007/05/17(木) 23:28:04 ID:G1gJI6DI0
『主催者は一体どういうつもりだ? 何故ハッキングを恐れているのに、姫百合を生かしておくんだ? 何故ノートパソコンを準備したんだ?』
明らかに矛盾している。
ハッキングを防ぐには、珊瑚を殺すのが一番確実で手っ取り早い。
それなのに殺さず、ハッキングに使えるノートパソコンまで準備したのは、どういう事か。
珊瑚を殺さない理由は、まだ少し分かる。
自分のように明らかな反主催の姿勢を取っている人間も、野放しにされているのだ。
どんな事情があっての事かは知らないが、主催者は極力参加者を自分の手で殺したくないのだろう。
しかしわざわざノートパソコンを準備したのは、どう考えても蛇足に過ぎる。
『ロワちゃんねる』の為に用意したという訳では無い筈だ。
掲示板上で行われた宮沢有紀寧による扇動は確かに戦闘を激化させたが、あの出来事が無かったとしてもゲームの進行に支障は出なかっただろう。
『ロワちゃんねる』はあくまで偽装であり、真の狙いは他にあると考えるべきだ。

ハッキングの道具を敢えて準備した理由は何だ?
珊瑚程の技術力があれば一からパソコンを組み立てる事も可能だろうが、わざわざその手間を省いた狙いは?
一体何を考えて、自分達を脅かす存在の手助けなどしたのだ?
ハッキングの手助け……
道具の準備……

「――――!」
そこまで考えた瞬間ある推論が思い浮かび、柳川は目を大きく見開いた。
今すぐ口に出したい気分だったが、何とかそれを押し留めて、紙に書き殴る。

320タマお姉ちゃん行け行け大作戦:2007/05/17(木) 23:29:06 ID:G1gJI6DI0
『つまりこういう事か? ”主催者の準備したパソコンには、細工が施されている”
 こちらの動きが筒抜けとなってしまう道具を使わせる為に、主催者は敢えてパソコンを準備した』

それを見た佐祐理が、驚愕に顔を引き攣らせるのとほぼ同時。
珊瑚が小さい長方形状の物体を持って、こちらに歩いてきた。

『こんなん……混じってた……』
その物体が何なのか、珊瑚以外はまだ分かっていないのだが――それは主催者の準備した、特殊な発信機だった。
主催者はノートパソコンに発信機を植え付けて、島中に配置した。
細工を加えられているとは言え、普通に使う分には問題無い。
しかしネットワークシステムにアクセスしようとした瞬間、ノートパソコンから信号が発信される。
故にノートパソコンを用いてネットワーク上で行われている行為は、全て主催者側に筒抜けとなってしまっていたのだ。

321タマお姉ちゃん行け行け大作戦:2007/05/17(木) 23:29:40 ID:G1gJI6DI0
【時間:3日目3:20】
【場所:G−2平瀬村工場屋根裏部屋】
柳川祐也
 【所持品:イングラムM10(24/30)、イングラムの予備マガジン30発×6、日本刀、支給品一式(食料と水残り2/3)×1】
 【所持品2:S&W M1076 残弾数(7/7)予備マガジン(7発入り×3)】
 【状態①:左上腕部亀裂骨折・肋骨三本骨折・一本亀裂骨折(全て応急処置済み)】
 【状態②:内臓にダメージ、中度の疲労】
 【目的:主催者の打倒。最優先目標は佐祐理を守る事】
倉田佐祐理
 【所持品1:レミントン(M700)装弾数(5/5)・予備弾丸(10/10)、レジャーシート、吹き矢セット(青×3:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
 【所持品2:二連式デリンジャー(残弾0発)、暗殺用十徳ナイフ、投げナイフ(残り2本)、日本刀、支給品一式×3(内一つの食料と水残り2/3)、救急箱】
 【状態1:驚愕、軽度の疲労、留美のリボンを用いてツインテールになっている】
 【状態2:右腕打撲。両肩・両足重傷(動かすと激痛を伴う、応急処置済み)】
 【目的:主催者の打倒】
姫百合珊瑚
 【持ち物①:デイパック、コルト・ディテクティブスペシャル(2/6)、ノートパソコン×2、ノートパソコン(解体済み)、発信機、コルトバイソン(1/6)、何かの充電機】
 【持ち物②:コミパのメモとハッキング用CD、工具、携帯電話(GPS付き)、ツールセット、参加者の写真つきデータファイル(内容は名前と顔写真のみ)、スイッチ(0/6)】
 【持ち物③:ゆめみのメモリー(故障中)】
 【状態:中度の疲労】
 【目的:主催者の打倒】
向坂環
 【所持品①:包丁・ベアークロー・鉄芯入りウッドトンファー】
 【所持品②:M4カービン(残弾7、予備マガジン×3)、救急箱、ほか水・食料以外の支給品一式】
 【状態①:後頭部と側頭部に怪我・全身に殴打による傷(治療済み)、全身に軽い痛み、脇腹打撲】
 【状態②:左肩に包丁による切り傷・右肩骨折(応急処置済み)、軽度の疲労】
 【目的:主催者の打倒。まずは最大限に頭を使い、今後の方針を導き出す】

→844

322Resistance:2007/05/19(土) 01:11:06 ID:toDWmUZw0
「…………っ」
湯浅皐月は激しく脈動する心臓を必死に鎮め、ともすれば萎縮しかねない精神を抑え込もうとする。
眼前には最悪の襲撃者であり、同時に主催側の人間でもある醍醐が薄ら笑いを浮かべながら立っている。
打ち倒された高槻は未だ地面に倒れ伏せており、今も聞こえてくる呻き声が彼の被害状況を物語っていた。
絶望的な状況に置かれている皐月だったが、それでも何とか打開策を模索しようとする。

このまま交戦を続けるのは、間違いなく愚策に過ぎるだろう。
銃も無いし負傷もしている自分達では、最早勝ち目は零に近い。
次に思い付く選択肢は逃走だが、先程醍醐が見せた巨体に似合わぬ俊敏な動き。
自分一人でも逃げ切るのは厳しいし、ましてや高槻と郁乃を連れて逃げ切るなど不可能だ。 
となれば、残された手段は一つ。
ポケットに仕舞い込んだ青い宝石へと手を伸ばし、強く握り締める。

(これを渡すしか無いの……?)
醍醐の言葉を素直に信じるのならば、青い宝石さえ譲渡してしまえば、自分達は助かる筈だ。
――だがしかし、本当にそれで良いのか?
幸村俊夫、保科智子、笹森花梨。
彼らは全員が全員、少年という圧倒的な存在から仲間を、青い石を守る為に、その命を散らせてしまった。
三人分の命を背負って生きている自分が、此処で屈服してしまって本当に良いのか?
そう考えてしまうと思考は逡巡の一途を辿ってゆき、どうしても即断を下す事が出来ない。

323Resistance:2007/05/19(土) 01:11:43 ID:toDWmUZw0
そしてその迷いは、醍醐にとって絶好の隙。
「ふん、考え事をしている暇などあると思ってるのか!?」
意識が逸れていた皐月は、聞こえてきた怒号に遅まきながら視線を戻すも、既に醍醐は目前まで迫っていた。
上方より空気を切り裂きながら振り下ろされる、恐ろしい迫力を伴った特殊警棒。
「くぅ――――」
咄嗟の判断で横にステップを踏んだ直後、それまで皐月の背後にあった壁が大きく削り取られる。
まるで削岩機。信じられない程の威力を見せ付けられ、皐月の意識が一瞬硬直する。
しかしとにもかくにも、何とか一撃は躱す事が出来た。
このまま一旦距離を取るか――冗談じゃない。此処で逃げるのは臆病且つ愚か者のやる事だ。
こちらを侮っていたのか、必要以上の大振りを行った敵は今や隙らだけなのだから。

「ブッ・コローーーース!!」
醍醐の顔面に狙いを定め、大きく踏み込みながら高速の正拳突きを放つ。
醍醐は未だ余裕の表情を崩さず、片腕のガードでそれを受け止めようとしていた。
しかし皐月は醍醐の腕を軽く殴るに留め、すぐに次の動作へと移った。
「ガァァッ!?」
どんな人間であろうと決して鍛えようの無い部分がある――故に皐月は、上方に気が逸れた醍醐の金的を、躊躇無く思い切り蹴り上げた。
続いて身体が折れた醍醐の懐に素早く潜り込み、間髪置かずに襟元と胸元を掴む。
いざという時に信用出来るのは、小手先の小細工よりも洗練された技術。
常日頃より宗一相手に行ってきた、自分が持つ最大の必殺技。
その名も――

324Resistance:2007/05/19(土) 01:13:30 ID:toDWmUZw0
「メイ=ストォォォォォムッ!!」

醍醐の下腹部を思い切り足裏で蹴り上げ、そのまま投げ飛ばそうとする。
上段への攻撃に意識を持たせ金的ヒット、下がった襟を掴んでの巴投げに移行する。
ここまでの流れは文句の付けようが無い程完璧だった。
屈強な職業軍人であろうとも、不意を突かれた上に体勢まで崩されてしまっていては、碌に受身すら取れないだろう。
「グ――おおおおっ!!」
「……えっ!?」
しかしそれはあくまで一般的な軍人相手の話であり、怪力を誇るこの男にまで共通するような事柄では無い。
醍醐は皐月の腕を掴み取り、投げ飛ばされかけていた身体を強引に押し留めたのだ。
そのまま密着状態から当身を放ち、皐月を弾き飛ばす。

「痛ぁっ……」
地面に尻餅を付いた皐月の瞳に、特殊警棒を握り締めた醍醐が映った。
転んだ反動で皐月のポケットから青い宝石が零れ落ちていたが、醍醐はそれに見向きもしない。
先程までは油断していたのだろうが、最早醍醐の表情からは笑みが消えている。
世界中の外人傭兵を震え上がらせる程の怪物が、正真正銘本気で自分を殺しに来る。
「こんな所で――」
那須宗一の、ゆかりの仇を討てぬまま、こんな所で死ぬ訳にはいかない。
皐月は最後まで諦めずに横に飛び退こうとするが、本気となった醍醐は残酷な程に冷静だった。
「逃がさんぞ、ガキがっ!」
回避動作を取っている皐月の懐に、疾風と化した醍醐が潜り込む。
醍醐は腰を横に捻り、反動をつけて横薙ぎに特殊警棒を振ろうとする。
確実に距離を詰めてから放たれる必殺の一撃、それは皐月にとって回避も防御も不可能な死の狂風だ。

325Resistance:2007/05/19(土) 01:14:26 ID:toDWmUZw0
しかしそこで突然白い物体――ぴろが、醍醐の足元に飛び掛った。
「ふにゃーっ!」
「ぐおっ!?」
足を乱暴に引っ掛かれた醍醐は、予期せぬ痛みに一瞬動きが鈍る。
その隙に皐月は何とか後ろに飛び退き、醍醐の警棒から身を躱す事が出来た。
ぴろは決死の突撃を敢行し、圧倒的な脅威から主人の命を救ったのだ。
しかしその代償は余りにも、大きかった。

「この……野良猫があああっ!」
「ふにゃぁぁぁ!?」
戦闘狂の醍醐からすれば、折角の真剣勝負を横から邪魔されては堪らない。
醍醐は怒りの形相を露にすると、未だ自分の足元に張り付いていたぴろを掴み上げた。
そのまま腕に力を籠め、ぎりぎりと万力のようにぴろの身体を締め上げてゆく。
皐月が声を上げる暇も無い。
ぐしゃりと嫌な音がして、ぴろの身体はトマトのように、呆気無く潰された。

醍醐はかつてぴろだった物体を投げ捨てると、事も無げに吐き捨てた。
「ふん。下等な動物如きが俺の戦いを邪魔するから、こういう事になるのだ」
「あ…………ああ……」
眼前で起きた出来事を脳が認識した途端に、皐月の四肢から力が抜けてゆく。
自身の震える奥歯同士が激しくぶつかり合い、不快な音響を奏でる。
あの時と――少年に二度襲われた時と、同じだ。
少なからず修羅場慣れしており、多少は体術の心得もある自分こそが、皆を守らないといけなかったのに。
また、何も出来なかった。また、庇われてしまった。
こんな自分とずっと一緒にいてくれたぴろさえも、助けられなかった。
皐月は脱力感に身を任せ、そのままぺたりと地面に座り込んでしまった。

326Resistance:2007/05/19(土) 01:15:54 ID:toDWmUZw0
「どうしたガキ? もう抵抗せんのか?」
醍醐が声を投げ掛けてくるが、それは皐月の意識にまで届かない。
今や皐月の心は、無力感と後悔と罪悪感で、覆い尽くされていたのだ。
「……ちっ。それなりにやる女だと思ったが、どうやら俺の勘違いだったようだな。
 青い宝石は無事手に入ったが――下らん任務だった」
醍醐は心底不愉快げにそう呟くと、地面に落ちている青い宝石を鞄へ放り込んだ。
続けて皐月の眼前にまで歩み寄り、おもむろに特殊合金の警棒を振り上げる。



「ぐぅ……くそっ……」
醍醐に腹部を強打された高槻だったが、気力を振り絞り、何とか自力で立ち上がっていた。
しかしそれで限界。未だに膝はガクガクと揺れ、足に力が入らない。
(やべえ……このままじゃ湯浅までやられちまうっ!)
高槻の前方では、既に醍醐が特殊警棒を天高く掲げている。
今から飛び掛っても間に合わないし、奇跡的に間に合ったとしても返り討ちにされてしまうのオチだろう。、
もう少し時間を置かねば、自分の衰弱した身体では肉弾戦など不可能だ。
しかしコルトガガバメントは周囲を覆う薄暗い闇の所為で見失ってしまい、何処にあるか分からない。

――絶望。
そんな言葉が、高槻の脳裏を過ぎる。
だがそんな折、生死を共にした相棒の鳴き声が真横より聞こえてきた。
「ぴこっ……ぴこっ……!」
相棒――ポテトの口には、コルトガバメントがしっかりと咥えられている。
ぴろと同様、ポテトもまた主人の危機を察知し駆けつけてきたのだ。

327Resistance:2007/05/19(土) 01:17:26 ID:toDWmUZw0
「ポテトォっ!」
高槻は素早い動作で銃を受け取ると、それを醍醐の背中に向けて構えた。
ようやく異変に気付いた醍醐がこちらへ振り向くが、高槻は既に攻撃の準備を終えている。
「食らえっ! 俺の銃弾を食らえっ! このドグサレがッ!!」
唇真一文字に噛み締めて、攣り切れんばかりにトリガーを引き絞った。
醍醐は一瞬で銃口の向きを読み取って回避に移ったものの、初動の遅れが災いして避け切れない。
「グおおおッ!!」
響く濁声。強襲を掛けた一発の銃弾は、醍醐の無防備な耳朶を貫いていた。
高槻は防弾チョッキに守られた胴体部よりも頭部を狙うべきだと判断し、一瞬で狙いを切り替えていたのだ。
ようやく傷を負わせられたのだが――高槻の表情は晴れる所か、益々険しいものに変わってゆく。
醍醐を狙った時点で、コルトガバメント内に残された銃弾は残り二つだった。
その内の一つを絶好の好機に注ぎ込んだ成果が耳朶一つでは、余りにも割が合わなさ過ぎる。

そんな高槻の内心など意にも介さず、手痛い一撃を受けた醍醐は怒りに筋肉を怒張させる。
「高槻ぃぃぃ! 貴様よくもぉぉぉぉっ!!」
「……ッ」
醍醐は狙いをこちらに変え、ダンプカーの如き凄まじい勢いで突進を仕掛けてきた。
あの怪物を残された僅か一発の銃弾で止めるなど、とても無理だ。
迫る死に、圧倒的な敵に、高槻の心が折れそうになる。

だがしかし――負けられない。
自分は沢渡真琴に救われたおかげで、今もこうして生きていられる。
自分が此処で負けてしまっては、真琴に申し訳が立たない。
自分が此処で負けてしまっては、皐月も郁乃も殺されてしまう。
何より、全ての元凶である主催者の手下には、絶対に負けてはいけないのだ。
(そうだ……俺は負けられねえッ!)
まだ弾は一発残っている――醍醐を打倒し得る可能性は潰えていない。
中途半端な距離で引き金を絞っても、この敵にはまず当たらないだろう。
狙うなら超至近距離、醍醐が攻撃してくるその瞬間に銃弾を叩き込む。
それは下手すれば――否、奇跡が起こらぬ限り、良くて相打ちにしかならぬ選択肢。

328Resistance:2007/05/19(土) 01:19:24 ID:toDWmUZw0
『――控えよ、醍醐っ!!』
だが接触の寸前、醍醐の胸元より発された大喝一つで、二人の意識は凍り付いた。
声だけだというのに、何という圧倒的な威圧感。高槻には直感で分かった。
この声の主こそが全ての元凶にして黒幕――主催者、篁財閥総帥だ。
醍醐は慌てて高槻から距離を取ると、胸元の無線機に手を伸ばした。
「そ、総帥っ!? それは一体……」
『青い宝石はもう手に入れたのだろう? ならばそれ以上の戦いは不要であろう。
 私が下した命令を忘れた訳ではあるまい? こんな所で時間を無駄遣いせず、島中に散らばっている想いを回収してくるのだ』
「……ハ、ハハアッ!!」
興奮にアドレナリンを噴き出さんばかりの勢いだった醍醐が、あっさりと武器を仕舞い込む。
あれ程の実力と激しい気性を併せ持った狂犬が、ただの一言二言でだ。

その様子を目の当たりにした高槻は、心の奥底より沸き上がる動揺を隠し切れなかった。
自分は常識外れの存在――不可視の力を操る者達と面識があるが、そんな連中ですら主催者の足元にも及ばないだろう。
あの狂犬を声一つで制御し切るなど、Class Aの能力者でも不可能に違いないから。
「高槻ぃぃぃ! 覚えておけ、貴様は絶対に俺が殺してやるぞおおおおっ!!」
醍醐は般若の如き形相でそう叫ぶと、くるりと踵を返して駆け出した。
命を拾う形となった高槻は追撃を掛ける事も出来ず、ただその背中が闇に消えていくのを眺めるしか無かった。



329Resistance:2007/05/19(土) 01:20:38 ID:toDWmUZw0


「高槻……皐月さん……」
戦闘が終わったのを見計らって、郁乃が奥の寝室から姿を見せた。
銃が一つしか無い現状では郁乃は足手纏いにしか成り得ない為、高槻が待機を命じていたのだ。
郁乃の眼前に広がっている光景は、正に地獄絵図そのものであった。
粉々に砕け散った家具、大きく削り取られた壁、そしてぴろの亡骸を抱きかかえている皐月。
郁乃は車椅子の車輪を回し、皐月の傍にまで近寄った。
「ぴろ……ごめんね……」
呟く皐月の顔は悲痛に歪んでおり、普段の勝気な印象は欠片も見当たらない。
戦いの一部始終を見ていた訳では無い郁乃だが、すぐに何が起こったかを悟った。
要するに――ぴろは皐月を救う為に襲撃者と戦って、殺されてしまったのだ。

皐月は自身の腕が血塗れになるのも構わずに、ぴろを強く抱き締める。
「ごめんね……あたしと一緒にいなきゃ、ぴろは死なずに済んだのに……」
高槻はそんな皐月の肩にぽんと手を置いて、言った。
「そう言ってやるな……そいつは精一杯主人を守り抜いたんだ。きっと満足しながら逝ったんだろうぜ……」
「ぴろ……ぴろッ……!」
高槻の一言で堤防が決壊し、皐月は嗚咽を上げ始めた。
戦場跡の様相を呈している民家の中に、少女の啜り泣く声だけが虚しく響き渡る。
仲間が死んだ悲しみに、醍醐への怒りに、主催者に対する戦慄に、高槻は強く、強く――拳を握り締めていた。

330Resistance:2007/05/19(土) 01:24:19 ID:toDWmUZw0
【時間:三日目・0:00】
【場所:C-4一軒家】
湯浅皐月
 【所持品1:H&K PSG-1(残り0発。6倍スコープ付き)、自分と花梨の支給品一式】
 【所持品2:海岸で拾ったピンクの貝殻(綺麗)、手帳、ピッキング用の針金、セイカクハンテンダケ(×1個)】
 【状態:嗚咽、首に打撲、左肩、左足、右わき腹負傷、右腕にかすり傷(全て応急処置済み)】
高槻
 【所持品:分厚い小説、コルトガバメント(装弾数:1/7)、コルトガバメントの予備弾(6)、スコップ、ほか食料以外の支給品一式】
 【状態:様々な感情、全身に軽い痛み、腹部打撲、左肩貫通銃創(簡単な手当て済みだが左腕を動かすとかなりの痛みを伴う)】
 【目的:岸田、醍醐、主催者を直々にブッ潰す】
小牧郁乃
 【所持品:写真集×2、車椅子、支給品一式】
 【状態:悲しみ】
ポテト
 【状態:健康】
ぴろ
 【状態:死亡】

醍醐
 【所持品:高性能特殊警棒、防弾チョッキ、高性能首輪探知機(番号まで表示される)、青い宝石(光4個)、無線機、他不明】
 【状態:右耳朶一部喪失、股間に軽い痛み、怒り】
 【目的:まずは島に散在する『想い』を集める、余計な交戦は避ける。篁の許可が降り次第高槻を抹殺する】


【時間:三日目・0:00】
【場所:不明】

【所持品:不明】
【状態:健康】

【備考:要塞開錠用IDカード、武器庫用鍵、要塞見取り図、支給品×3(食料は一人分)は高槻達が居る家に置いてあります。高槻達の翌日の行動は未定】

→794
→849

331Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 22:58:21 ID:PukRcWyo0

「行きなさい」

言葉は無情だった。
七瀬留美は一片の感情も浮かべることなく、そう告げていた。

「な……!?」
「おい、そりゃあ……」

すぐに抗議するような声が上がる。
藤井冬弥と鳴海孝之だった。

「……あんたたちに、何ができるの」

周囲を油断なく見回しながら、七瀬が短く応える。
二人の異論を封殺するような、冷淡な声音。

「これまであんたたちに、何ができたの? ……あたしの手間が増えるだけよ」
「それ……は」
「けど、俺たちだって……」

口の中で呟くような二人の声は、反論の体をなさずに消えていく。
七瀬の言葉は、紛れもない事実であった。
黄金の鎧の少女、黒い三つ揃いの老爺、オーラを放つ青年、そして半獣の少女。
それらとの戦いのすべてにおいて、二人は文字通り、手も足も出なかった。
繰り出す仲間が次々と屠られていくのを、指をくわえて見ていただけだった。
危ないところを七瀬にかろうじて助けられ逃げ回る、それだけが藤井冬弥と鳴海孝之のしてきたことだった。

「囲みの薄そうなところを、あたしが切り開く。……首根っこ引っ掴まれなきゃ、逃げることもできない?」

ばきり、と乾いた音が響いた。
七瀬が手近な木の枝を折り取った音だった。
ちょうど人の腕ほどの長さの枝を、七瀬は小さな風切り音をさせながら何度か振り、感触を確かめるように握りなおす。

「で、あんたたちは逃げる。最後にあたしはこいつらを片付けて、すぐに追いつく。……問題ないわね」
「お、大ありだっ!」

332Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 22:58:42 ID:PukRcWyo0
周囲の梢の間から覗く無数の反射光に怯えながらも、冬弥が口を挟む。

「い、いくら七瀬さんだって、こんな数を相手にしたら……!」
「―――じゃあ、あなたがいればどうにかなるんですか、藤井さん」
「……!」

敬語が、ひどく冷たく聞こえた。
木洩れ日の中、背を向けた七瀬の後ろ姿が、ひどく遠く感じられた。
無意味な反発だと分かっていた。
実際に自分たちには何の力もないと、足手纏いでしかないのだと理解しては、いた。
しかしそれなら、藤井さん、ではなくヘタレども、と。
グズグズ抜かすなさっさと行けと、一喝してほしかった。
命令ならば従うこともできた。
開けられた距離が、悲しかった。

「……もうやめておけ、藤井君。悔しいが、教官の言うとおりだ」

背後からかけられた孝之の声に、肩に乗せられたその手に、冬弥は喉から出そうになっていた言葉を押し留める。
代わりに、血が滲むほど強く、拳を握り締めた。
そんな冬弥の様子をどう見たものか、孝之は七瀬にも声をかけている。

「俺たちは何があろうと振り向かずに逃げる。……それでいいんだな?」
「そうして頂戴」

にべもない返答に肩をすくめながらも、孝之はもう一度、口を開いた。

「最後に一つだけ聞かせてくれ」
「……何?」
「怖くは……ないのか」

一瞬、間が空いた。

「―――ええ。怖くなんか、ないわね。……あんたたちとは、違うのよ」
「そう……か」

ひどく張り詰めたその背中に、冬弥は奥歯を噛み締める。
しかし孝之には、それ以上を問うつもりはないようだった。
僅かな沈黙の後、七瀬が木刀ともつかぬ枝をひとつ振るうと、ふり向かぬままに言った。

「行きなさい。……追いついたら、特訓再開だからね」

言うなり疾走を開始した七瀬の背は、言葉も届かぬほどに遠く、冬弥には感じられた。


******

333Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 22:59:02 ID:PukRcWyo0

ごしゃり。
木の棒を振るった手に、嫌な感触が伝わってくる。
道場ではなかなか体験することのない、人体を破壊する衝撃だった。
無我夢中で数度の経験を乗り越え、ものの数分でその感触に慣れてしまった自分を、七瀬留美は自嘲する。
一切の躊躇いなく人に向けて剣を振るえるなど、自慢にもならない。
剣の道の示す先に、そんな技能は必要なかった。
心動かすこともなく人を壊せたとして、それがどれだけ剣心一如の境地とは程遠いものか。
己を嘲りながら、しかし足を止めず間合いに入った相手を打ち据える。
動き続ける身体が、どこか他人のもののように思えた。
目に映る打擲は映画の一幕で、斃れる少女たちはスタントと特殊メイクで。

「そんなわけ、ないじゃない」

呟いて、苦笑する。
冬弥と鳴海は、無事に逃げおおせただろうか。
走り去っていく二人の背中を思い起こす。
あの二人に、こんな姿を見せずに済んでよかった。
今の自分は人を打ちのめす悪鬼そのものだ。
乙女には、いかにも遠い。

「……怖くなんかない、か」

相手の頭蓋と運命を共にして折れた、何本めかの木の枝を棄てながら呟く。
勿論、嘘だった。
掌は汗に塗れていた。
心臓の鼓動は耳たぶのすぐ下の血管までを震わせていたし、胃はじっとりと重かった。
胸といわず、全身が恐怖で張り裂けそうだった。
だがそれでも、七瀬にはその問いを否定するしかなかった。
認めてしまえば、膝から崩れ落ちてしまいそうだった。
だから、必死に笑みを形作った。
脂汗だらけの、どこから見たって可愛らしくなどない、引き攣った笑顔。
乙女とはかけ離れた、男臭い笑顔。

「……だから、何よ」

334Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 22:59:18 ID:PukRcWyo0

ひとり呟いて、太い木の枝を力任せに折り取る。
素振り代わりに、手近な相手の顔に目掛けて振り下ろした。
嫌な感触と、飛び散る粘り気のある血。
擦るように引けば、細かな枝葉が相手の頬に刺さったまま、折れてなくなった。
ああ、枝を払う手間が省けた、と。
そんな風に考えてしまう自分がどれだけ常軌を逸しているか。
乙女などと、片腹痛い。

返り血の、冷たさと生温さが混在する感触に薄く笑って、七瀬留美は走り出す。
ぐい、と拭った袖も血に塗れていて、かえって顔の半分が緋色に染まった。
鬼面の少女は、閃く光芒の中、息をするように人を叩き潰していく。


***

335Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 22:59:36 ID:PukRcWyo0

五十より先は数えるのをやめてしまった、百何十人めかの少女の顔面を断ち割り、
裂帛の気合と共に熱い呼気を漏らす。
七瀬が異変に気づいたのは、そんな折のことである。

「数が……減ってる……?」

昼なお暗い山林の中、周囲を見回して七瀬が呟く。
当たるを幸いと剣とも呼べぬ木切れを振り回して走ってきただけに正確な現在位置は分からなかったが、
梢の切れ間から垣間見える稜線を見る限り、いま立っている場所は最初に冬弥と孝之を逃がした場所から
そう離れてはいないはずだった。
ちょうど神塚山の山麓に沿うように走り、十分に敵をひきつけたと見るや取って返して元の場所の
近くまで戻ってきたのだ。陽射しからしても方角を間違えているとは思えない。
しかし。

「……少なすぎる」

険しい表情で考えていたのは、この周辺に倒れ伏す少女の数だった。
山の西側に向けて走っている最中に斬り潰し、殴り伏せた少女たちが、北側へと引き返すルートの
途中で、そこかしこに倒れているのを七瀬は確認していた。
無論のこと交戦した相手に対しては一撃必倒を心がけてはいたが、所詮木剣ならぬ木の枝では
上手く致命傷を与え続けることも難しい。
膝を砕いて動きを止めるのが精一杯という状況も多々あった。
多勢に無勢の戦局、そういった相手へ一々足を止めて追撃を加えることとてかなわない。
やむなく置き去りにしてきたが、戻りしな、まだ立ち上がることもできずに倒れている者が
残っているのを見て、七瀬は修羅の笑みを浮かべたものである。
これ幸いと止めを刺して回っていたが、それも先ほどまでのこと。
この一帯に足を踏み入れた途端、倒れている少女が極端に少なくなっていた。

「残ってるのは死体だけ……か」

ある者は頭蓋を砕かれ、またある者は肺腑を肋骨に刺し貫かれ、死に様は種々異なっていたが、
いずれ木の棒での一撃二撃で死に至った運の悪い者だけが、この周辺に骸を曝しているのだった。
それ以外の、腕を折られ足を砕かれた者たちは、忽然と姿を消している。
未だ健在らしき少女たちは相も変わらず単調な襲撃を繰り返してきていたが、それすらも
ここにきて交戦回数が激減していた。

「どこかに、移動した……? ううん、それじゃ説明がつかない」

負傷した個体が消えているのは、この周辺だけだった。
ここまでのルートに溢れていたそれを放置し、この一帯のものだけを回収する。
不自然な状況には、それなりの理由があるはずだった。
しかし、と思考はそこで空転する。
情報もなければ、推論に足る材料もない。
そもそも自分は論理的な思考に没入できるタイプではないと、七瀬は自覚していた。

「森の中、理不尽な謎に悩む……乙女にはなせない技ね」

苦笑してため息をついた七瀬の頬を、涼しげな風が吹き抜けていく。
乾いた返り血が、ぽろぽろと剥げ落ちた。
そんな光景を何とはなしに眺めていた七瀬の耳に、奇妙な音が届いていた。

336Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 23:00:05 ID:PukRcWyo0
「……?」

低い、小さな音。
数秒に一度、まるで鼓動のように定期的に響く、それは徐々に大きくなっているように、七瀬には感じられた。
それは事実だった。
初めは小さく遠かったその音は、数度、数十度を経て、今やはっきりと七瀬の耳朶を打つまでになっていた。

「地鳴り……?」

傍らに立つ樹に手をついて、七瀬が眉根を寄せる。
近づいてくる音が物理的な打撃を伴ってでもいるかのように、大地が小さく振動していた。
雨の名残の水溜り、その表面に波紋が浮いては消える。
大地を鳴動させる音は今や、轟音と呼んでも差し支えなかった。

「違う、地鳴りじゃない……。これは……!」

思わず口に出して、七瀬が身構えた瞬間。
『それ』は、現れた。

ぽかん、と口を開けたまま、七瀬はそれを見ていた。
山林の中、鬱蒼と茂る木々をまるで暖簾でもかき分けるように容易く薙ぎ倒して、それは顔を覗かせていた。
巨大な面積の、雪のように白い、しかし確かな人肌の色。
雷鳴の破裂音に近い轟音をもって破壊した大木の束を放り捨て、首を傾げたそれは、見上げるほどに巨大な
少女の裸身だった。

「ウソ……でしょ……?」

顔に当たる梢を嫌がるように振り払った少女の手が、大樹の幹を小枝のように折り飛ばした。
落下した木々が、盛大な泥飛沫を上げる。
頬に跳ねた泥を無造作に手の甲で拭う少女。
大人の一抱えもありそうな巨大な眼球が、何か興味深いものを見つけたように一点で静止する。
七瀬留美は、その視線の先にいた。

「―――、」

生唾を飲み込もうとして、七瀬は己の口がひどく乾いていることに気がついた。
喉がひりつく。
掌に、腋に、額に背筋に、ひどくじっとりとした汗をかいているというのに、唾液は一向に分泌されない。
鼓動の間隔が、奇妙に不規則に感じられる。呼吸もまた乱れていた。
湿ってぬめる掌をスカートで拭う。
強張った指先を、ちろりと舐めた。塩気の強い、嫌な味がした。

「デカけりゃビビると思ってんなら……大間違いよ……」

吐き捨てるように言って、太い木の枝を握りなおした。
小指から順に握り込む半ば無意識の動作に、七瀬はこれまで積み重ねてきた鍛錬が己の体にしっかりと
刻み込まれていることを思い起こす。
肘を軽く曲げる。肩の力を抜いた。
弾け飛びそうな心臓を押さえつけるように、肺に新鮮な酸素を送り込む。
胸一杯に吸い込んだところで一瞬だけ息を止め、吐く。
血流を意識する。全身に張り巡らされた、活力をもたらす網。
下腹から足指の先までを意識化に置く。細かな震えが止まった。
脳髄の奥に澱んだ黒く古い血を押し流し、瑞々しい鮮血で満たすイメージ。
視界がクリアになる。雑念と呼ばれるものが消えていく。
ふた呼吸の内に、七瀬留美は剣士としての己を取り戻していた。
ぐ、と曲げた足指に力を込める。

「行くわよ―――、」

踏み出した瞬間。
―――視界が横転していた。

337Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 23:00:30 ID:PukRcWyo0
え、と。
驚愕すら、言葉にならない。
巨大な少女の鼻筋を見据えていたはずの視界が一面、泥と濡れ落葉の世界へと変貌していた。
顔から地面へと倒れこもうとしているのだ、とようやく気づいて、七瀬は咄嗟に身を捻る。
否、捻ろうとした軸足に、違和感があった。
何かに足首から先が固定されているような感覚。
結果、体を入れ替えきれず、上体だけで受身を取ることになる。

「ぐぅ……っ!」

激痛。
半端に捻った右肩に、全体重がかかっていた。
みちり、と嫌な音がしていた。
良くて脱臼、悪ければ筋断裂のおまけつきかな、と七瀬は意識の片隅で思う。
どこか他人事のような感覚。
一秒を何分割にも分けるような集中を寸断され、脳が混乱していた。

何が、起こった。
分断された脳が、それでも状況を分析しようと回転しだす。
駆け出そうとして転倒した。
躓いた。そんな馬鹿な。違和感は踏み出した足ではなく、軸足側にあった。
断片的な思考と情報が、次第にまとまっていく。

 ―――足首から先が、何かに固定されているような感覚。

反射的に振り返った。
右の足首。泥に汚れたソックス。そこにある、肌色。
細く白いそれは、手。

「……ッ!」

いつの間に這い寄ったのか。
顔面を割って止めを刺したはずの少女の手に、七瀬の足首は掴まれていた。
赤黒い痣に縁取られた、落ち窪んだ眼窩に割れた眼鏡の破片を刺したまま、少女が笑った。
膨れ上がった瞼に隠れたもう片方の瞳が、ぬるりと歪んだように、思えた。

その手を叩き折ろうと思わず木枝を振り上げた七瀬が、しかし動作を唐突に止めた。
左手一本で棒を振り翳した己の影が、少女の笑みの上に黒々と差していた。
正面に写る影。即ち、光源は背後。

「しまっ―――」

振り返ろうとして、目が眩んだ。
純白を通り越し蒼白いとすら錯覚する、猛烈な光量が七瀬と少女、その周囲を照らしていた。
腕で閉じた目を覆う、その上から網膜を灼くような光が、閃いた。


***

338Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 23:00:51 ID:PukRcWyo0

肉の焼ける臭いがしていた。
食欲をそそる香りではない。
焦げ臭いような、鼻をつく嫌な臭いだった。

「―――」

長い髪が、吹き荒ぶ風に揺れていた。
幾つも上がった火の手が、倒れこんだその身を赤々と照らしていた。
風と炎とが支配する世界の中で、

「―――く、ぅ……」

七瀬留美は、ゆっくりと目を開けた。
顔を上げたその頬に熱風が吹きつける。

「どう、して……」

我知らず、呟きが漏れる。
七瀬の脳裏を支配していたのは唯一つの疑問だった。
どうして、自分は生きているのか。
助かるはずのない状況だった。
巨大な少女の光線は圧倒的な威力で自分を直撃し、周囲の草木と同じように消し炭へと変えているはずだった。
答えは、すぐに見つかった。

「あん、た……は……」

座り込んだ七瀬の正面。
すぐ目の前に、黒い壁が立っていた。

「―――もういいぜ、伊藤君。よく耐えた」

声に押されるように、壁がぐらりと傾いだ。
壁と見えた、黒い影が倒れていく。
伊藤と呼ばれた男の顔、その半分までが焼け爛れ、燃え焦げた顔は、それでもどこか笑っているように、
七瀬には見えた。からりと、乾いた音がした。
地面に倒れた伊藤誠の、炭化した体が砕け散る音だった。

339Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 23:01:20 ID:PukRcWyo0
「……」

七瀬は無言のまま転がった木枝を掴むと、己の足首を掴む少女の腕に振り下ろした。
びくりと震えて、手が離れる。
静かに立ち上がり、再び棒を振り下ろす。濡れた音がして、鮮血が飛び散った。
柘榴のように爆ぜた少女の方には見向きもせず、七瀬は巨大な少女へと視線をやる。
少女の巨躯は、変わらずそこにあった。
その額は薄ぼんやりと陽光を反射していたが、新たな光線を放つ気配はなかった。
一発撃つごとに調整か何かが必要なのか、それとも他の理由があるのか。
いずれにせよ、光線の連発はできないようだった。
それを確認すると、七瀬は振り向かずに口を開く。

「……逃げろ、って言ったでしょう」
「ああ」
「……御免な、七瀬さん。ただ……」

答えたのは、二つの声。
どこか優しげな方の声が、言葉を続けた。

「……腰が抜けてて、逃げられなかったんだ」
「……」

奇妙な沈黙を埋めるように、もう一つの声がする。

「本当だ。俺たち全員、腰が抜けてな。……ヘタレだろう?」
「……それで、戻ってきたってわけ」
「ああ。這いずってきた」

堂々と言い放つ背後の声は、七瀬の目線よりも高い位置から聞こえていた。

「……そう」

それだけを呟いて、七瀬は己の手を見る。
掌は腫れ上がり、指先は痺れていた。手首もじんじんと痛む。
少しだけ、右肩に力を込めてみた。激痛が走った。
制服もスカートも泥に塗れ、見る影もない。
左手で、そっとリボンを触る。
雨に濡れ、泥に汚れ、すっかりごわついていた。

「……乙女って、なんだろうね」

340Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 23:01:46 ID:PukRcWyo0
ぽつりと呟いたその言葉に、即答する声があった。

「戦う女の子のことさ」

藤井冬弥の声だった。

「一度は女の子を放り出して逃げた、どうしようもない男どもだって、最後には戻ってくるような」
「すぐに戻らなきゃいけない……そんなことは分かりきってるのに、」

言葉を継いだのは、鳴海孝之だった。

「分かりきってるのにどうしても足が動かないような、救いようのない男どもが、本気でチビりそうになりながら、
 それでも最後まで一緒にいたいって思っちまう、そんな女の子のことだな」
「いざって時に男に守ってもらえる子のこと、乙女っていうけど―――」

冬弥が、静かに言う。

「いざって時に男を守って戦うような子のことは、何ていうか知ってるかい」
「……」

小さく首を振る七瀬。
その耳に、ひどく優しげな声が届いた。

「―――乙女っていうのさ、七瀬さん」

ぱち、と炎が爆ぜた。
七瀬がそっと目を閉じる。
周りに上がる火の手のどれよりも、背中から感じる温もりは強かった。

「……バカ、ヘタレどものくせにカッコつけたりして……」

呟く声が、震えていた。
目を開けば、視界が揺れていた。
無理やりに笑みを作って、ようやく声を絞り出す。

「本当に、バカ」

涙が、零れていた。
鼻をすすって、木枝を握り直す。
正面、ぼんやりと七瀬たちを眺めていた巨大な少女が、その腕を振り上げていた。
る、と少女が哭いた。

「―――行こうか、俺たちのお姫様」

小さく肩を叩く感触に頷いて、走り出す。
右には藤井冬弥。愛すべき青年。
左には鳴海孝之。憎めない青年。
その足音を聞きながら、泥まみれの制服に身を包んだ七瀬留美は、聖剣ならぬ木の枝を手に、走った。

341Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 23:02:17 ID:PukRcWyo0



七瀬留美が最後の抵抗を終えたのは、それから十五分後のことである。

342Last Case: 乙女 Gung Ho:2007/05/19(土) 23:02:37 ID:PukRcWyo0


 【時間:2日目午前11時すぎ】
 【場所:E−6】

七瀬留美
 【状態:死亡】

藤井冬弥
 【状態:死亡】
鳴海孝之
 【状態:死亡】
伊藤誠
 【状態:死亡】

融合砧夕霧【828体相当】
 【状態:進軍中】

砧夕霧
 【残り13461(到達・6431相当)】
 【状態:進軍中】

→759 ルートD-5

343何が正しいのか:2007/05/20(日) 13:38:03 ID:6dkbYT1Y0
降り注ぐ光が徐々に強くなり、空は白みを帯び始めている。
水瀬秋子は水瀬名雪と共に鎌石村西部を目指して、山を迂回する形で歩いていた。
敢えて鎌石村東部を避けるのは、月島拓也との接触を回避したかったからだ。
長森瑞佳と別れた際、彼女は拓也を説得した上で無学寺に来ると言っていた。
にも拘らずいつまで経っても来ないという事は、やはり拓也はゲームに乗ったままだったと判断しざるを得ない。
恐らく拓也は瑞佳を殺害した後鎌石村に向かい、今は進路上にある消防分署や観音堂辺りで暴れている頃だろう。
自分は不意を突いたおかげで拓也に圧勝したものの、次も上手く勝利を収められるとは限らない。
だからこそ遠回りしてでも危険地帯を避け、盾として使える集団を探そうとしているのだった。

秋子は唐突に歩みを止めて、上方に広がる空を眺め見た。
雨はすっかり止んでおり、雲の姿は一つも認められない――所謂、快晴と呼べる天気だった。
しかし人々を祝福するかのように澄み渡った空の下では、数え切れない程多くの死体が野晒しとされているのだ。
そこまで考えた秋子は、唐突に皮肉な笑みを浮かべた。
(こんな綺麗な空なのに、なんて矛盾……。まるで今の私みたいね)
子供達を守り、主催者を誅すという目的の下に行動し続けてきた筈の自分が、今や真逆の立場を取っている。
相沢祐一に救われた命を、彼の遺志とはまるで正反対の形で使おうとしているのだ。
それでも自分は私情を棄て、鬼畜の道を歩まねばならない――娘の願いに応える為に。

「ハ――――う……」
秋子は一度大きく深呼吸をし、その途端に濁った血の味を感じ取った。
口内に血が溜まっていた所為か、呼吸をするだけで喉の奥にどろりとした空気が流れ込んできたのだ。
本来なら心地良い筈である新鮮な朝の空気が、今はとても薄汚れた物に感じられる。
「お母さん、どうしたの?」
「ごめんなさい、何でもないわ。先を急ぎましょう」
名雪が心配そうな顔でこちらを覗きこんでいた為、秋子は平静を装った。
しかしそれはあくまで表面上の事であり、実際には腹部の鈍痛が続いているし、身体の反応も鈍い。
昨晩あれ程感じていた眩暈や吐き気こそ収まっているものの、とても本調子と言える状態では無かった。
となれば幾ら優勝を狙っているとは言え、真っ向勝負を行うのは極力避け、色々と搦め手を用いてゆくべきだろう。

344何が正しいのか:2007/05/20(日) 13:38:43 ID:6dkbYT1Y0
方針は基本的に、昨日の夜に考えたものと変わらない。
自分の持つ最大の強みは、これまで一貫して貫いてきた対主催・対マーダーの姿勢だ。
危険人物には一切情けを掛けずに排除するという、今にして思えば度が過ぎたやり方だったが、それが今からは活きてくる。
今まで他の人間に見せてきた『子供達を守る為に、正義を貫く』という強固な姿勢は、自分が対主催側の人間であると偽証してくれる筈だ。
ならばその利点を最大限に活かし、なお且つ守り続けるべきである。
まずは主催者打倒という名目の元に集まっている集団に紛れ込み、自分達の安全を確保する。
それから隙を見て、一人ずつ証拠を残さぬ形で排除してゆく。
自分で強引に隙を作る必要も無い。
主催者や他のマーダー達との戦闘は必ず起きる筈であるのだから、自分はただその好機を待てば良いのだ。

そんな事を考えながら足を進めていると、突然名雪が声を上げた。
「お母さん、あそこ……」
「――え?」
名雪の指差す先――木々の向こう側を、一人の小さな少女が歩いていた。

   *     *     *    *     *     *

345何が正しいのか:2007/05/20(日) 13:39:36 ID:6dkbYT1Y0
昨晩気絶してしまった後、目を醒ますと川原に倒れていた。
大地に打ち付けた胸はまだ少し痛むが、骨は無事だったようで大事に至る事は無かったのだ。

そして現在立田七海は木々の隙間より光が漏れる森の中を、とぼとぼと歩いていた。
既に陽は昇り始めている為周囲は明るくなっていたが、七海の表情は晴れなかった。
(こ〜へいさん……ごめんなさい……)
一人残された折原浩平を気遣う余り、七海は今もまだ冷静さを取り戻せてはいなかった。
――とんでもない事をしてしまった。
自分は恐怖に我を忘れ、同行していた浩平を置き去りにして暴走してしまった。
あれだけ自分に対して優しくしてくれていた浩平を、最悪の形で裏切ってしまったのだ。
浩平は怒ってはいないだろうか? 浩平は無事だろうか?
今もまだ自分を探して、当ても無く何処かを彷徨っているのではないか?
……ひょっとしたら捜索の最中に襲撃を受け、殺されてしまったのではないか?
次々と浮かび上がる不吉な想像が、七海の精神を疲弊させてゆく。
今七海の思考を占めているのは浩平に対する気遣いだけであり、自身の安全確保など完全に忘れ去ってしまっていた。
その所為だろう。

「……そこの貴女、ちょっと良いかしら?」
「――――!?」
背後より近付いてきた存在に、声を掛けられるまで気が付かなかったのは。
七海は悲鳴を上げたい欲求に抗いながら、慌てて後ろを振り返ろうとする。
しかしその拍子にバランスを崩してしまい、地面に転んでしまいそうになった。
「わわっ!?」
「……とっ――大丈夫?」
済んでの所で腰の裏を支えられて、どうにか体勢を持ち直す事が出来た。
続いて頭上より聞こえてくる、静かで優しい声。

346何が正しいのか:2007/05/20(日) 13:40:07 ID:6dkbYT1Y0
「驚かせちゃってごめんなさい。でも私達は殺し合いをする気は無いから、落ち着いて頂戴」
「え……?」
顔を上げた七海の瞳に映ったのは、頬に片手を添えながら穏やかに微笑んでいる女性――水瀬秋子だった。
その佇まいからは悪意というものは一切感じられず、寧ろ包み込むような優しい雰囲気が漂っていた。
困惑気味の表情を浮かべている七海に対し、秋子はゆっくりと語り掛けた。
「私は水瀬秋子よ。そして隣にいるのが私の娘――」
「水瀬名雪だよ。貴女はお名前何ていうの?」
「え……あ……」
七海は名雪へと視線を移し、ようやく相手が二人いるという事を認識した。
急激な状況の変化にまだ思考が追い付けていないが、一つだけ確信が持てる。
秋子と名乗った女性が浮かべた優しい笑顔、そして『一人しか生き残れない』この殺人ゲームで集団行動をしている二人。
とどのつまりこの二人はゲームに乗っていない、信頼に値する相手なように思えた。
「――立田七海です。たったななみって覚えてください!」
だから七海はにこりと笑みを形作って、元気良くそう答えていたのだった。

――七海は、先程自分が命拾いしたという事実に気付いていない。
秋子はずっと、ポケットの中に忍ばせたIMIジェリコ941を握り締めていたのだ。
七海がもう少し冷静だったのなら、背後より忍び寄ってきた秋子達に対して銃を向けてしまったかも知れない。
そしてそんな事をしてしまえば確実に、七海は殺されてしまっていただろう。
偶然にも七海の抱いている焦りこそが、自身の命を救う結果に繋がったのだ。

   *     *     *    *     *     *

347何が正しいのか:2007/05/20(日) 13:41:15 ID:6dkbYT1Y0
舞台は変わり、鎌石村の西部に存在する一際大きな建築物――鎌石村役場。
そこから程近くにある開けた平野の上に、朝日を受けて一つの長い影が伸びていた。
影の主、折原浩平は役場で発見したスコップを手に、独り黙々とある作業を行っていた。
浩平の眼下には大きな穴が掘られており、その中にはかつて川名みさきと呼ばれていた少女の亡骸が入れられている。
浩平は高槻達と別れた後に鎌石村役場へ移動し、陽が出るのを待ってみさきの埋葬を行っていたのだ。
程無くして作業は終焉の時を迎え、みさきの身体は完全に土に覆われてしまった。
浩平はその上に小さな花をそっと乗せた後、両手を胸の前で合わせた。

「みさき先輩……」
みさきは光を完全に失ってしまったにも拘らず、明るく前向きに生き続けていた。
自分如きでは比較対象にすら成り得ぬ程、とても優しく、とても暖かく、とても強い人だった。
何故彼女のような人間が、こんなにも理不尽な形で命を落とさなければならないのか。
「仇は取ってやるからな……岸田も主催者も、俺がぶっ潰してやるからなッ……!」
――許せなかった。
人の命をゴミのように踏み躙る主催者と、みさきの遺体を穢した岸田洋一は、必ずこの手で倒してみせる。
浩平はみさきの墓の前でそう誓った後、S&W500マグナムを強く握り締めて、その場を後にした。

役場に戻る道程の最中、浩平は思う。
最終目標が明確に定まったのは良いが、具体的にはこれからどうすべきなのだろうか?
岸田洋一は恐ろしい男だが、自分とて強力な大口径銃を持っているし勝ち目はある。
しかし強大な主催者に対し一人で決戦を挑むのは、どう考えても無謀に過ぎる。
そう考えると、まずは対主催の同志を集めるのが最善の一手だと言えるだろう。

同志と言えば最初に思い付くのは高槻達だが――彼らとはもう、行動を共にする気にはなれない。
この殺し合いの場に於いて一度芽生えた不信の種は際限無く膨らみ、やがて大惨事を招いてしまう危険性があるのだ。
集団を形成している者達にとって一番恐ろしいのは、ゲームに乗った者の襲撃よりも内紛だろう。
自分が居ない限りは高槻達も内紛など起こさぬだろうし、彼らの戦力なら岸田相手でも遅れは取るまい。

348何が正しいのか:2007/05/20(日) 13:42:41 ID:6dkbYT1Y0
悪いのは七海を見失ってしまった自分だ。
十分な戦力と結束を誇っている高槻達の所へ、わざわざ不信の種を持ち込むような厚顔無恥に過ぎる真似など出来る筈が無い、
しかし自分は高槻達以外の人間とは殆ど出会っておらず、誰が信用出来る人間であるかという情報に精通していない。
下手に知らぬ者と組んで寝首を掻かれるような事態は避けたいが、確実にゲームに乗ってないであろう七瀬留美や長森瑞佳も行方が分からない。

(そうだな……まずは立田を探すか……)
七海なら100%信用出来るし、何より彼女は自分の所為で窮地に追い遣られてしまっている可能性がある。
もしかしたら遅まきながら高槻達の元に戻っている可能性もあるが、逆もまた然りであるのだ。
鎌石村かその周辺にいる事はほぼ間違いないだろうし、まずは彼女を探してみるべきだ。
みさおのような――妹のような雰囲気を持った彼女と、出来ることなら一緒に行動したい。
但し、彼女がこんな自分を許してくれるのならばという条件付きではあるが。
そもそも本当に彼女の事を想うならば、夜のうちから捜索を行っておくべきだったのだ。
それにも拘らず自身の休養とみさきの埋葬を優先してしまった自分を、きっと七海は許してくれないだろう。

だがそれでも、やはり七海を探そう。
主催者に戦いを挑めば、殺されてしまう危険性は大いにある――否、生き延びれる可能性の方が圧倒的に少ない。
謝れる内にきちんと謝りそれから対主催の具体的な行動へと移ろう、というのが浩平の出した結論だった。
その為ならば多少の労力など惜しまぬつもりであったのだが――再会の時は、すぐに訪れる。

349何が正しいのか:2007/05/20(日) 13:44:29 ID:6dkbYT1Y0
「――こ〜へいさんっ!」
聞き覚えのある声がした方に首を向けると、半日近く前に見失ってしまった少女。
自分の探し人である七海が、頬を緩めながらこちらに向けて走り寄ってきていた。
「立田っ!!」
七海の姿を認識した瞬間、浩平もまた大地を蹴って一直線に駆けた。
互いの距離はたちまち縮まってゆき、二人は役場の前で足を止めて見つめ合った。
「立田……ごめんな……」
「どうして……どうしてこ〜へいさんが、謝るんですか……?」
疑問の表情を浮かべる七海に対して、浩平は申し訳無さげな声で返答する。
「俺が余計な事を言った所為で、立田に怖い思いをさせちまった……」
七海が無事で嬉しかった――そしてそれ以上に、この少女を危険な目に合わせた愚かな自分が腹立たしかった。

だが七海はゆっくりと首を横に振った後、静かに声を洩らした。
「そんな……謝るのは私の方です。私が怖がりな所為で、浩平さんに迷惑を掛けちゃいました……」
震える声、伏せた瞳。七海の秘めたる気持ちが、嫌というくらいに伝わってくる。
七海は全く怒っておらず、寧ろ自分自身を責め続けていたのだ。
「こ〜へいさんはこんな私に凄い優しくしてくれたのに……。それなのに私は……一人で逃げ出して……。
 もっと強くならないといけないのに、私はどうしようもなく弱い子供なんです……」

350何が正しいのか:2007/05/20(日) 13:45:44 ID:6dkbYT1Y0
半ば涙交じりに訴えてくる七海だったが――弱いのは自分の方だ。
七海はこんなにも心を痛めていたというのに、自分は希望的観測に身を任せ、捜索を後回しにしてしまった。
その後もただみさきの死を嘆き、主催者や岸田を憎しんでいるだけで、七海の事に思い至ったのは半日近くも経ってしまった後だった。
七海が向けてくれる優しさに報えるだけの事を、これまでの自分は行っていなかったのだ。
しかし今度こそ、復讐よりも何よりも優先順位が高い絶対の決意を胸に、浩平は七海を思い切り抱き締めた。
「……怖がりでも良いじゃないか。立田……七海は女の子なんだから。
 今すぐ強くなろうとしなくても良いんだよ。七海は俺が絶対に、守るから」
「こ〜へいさん……暖かいです……」
体温を伝えながら、小さな身体を両腕で包み込みながら、浩平は思った。

自分もまた、このゲームの狂気に飲まれかけていたのだ。
人を守る事よりも、皆で生きて帰る事よりも、復讐を優先しようとしてしまっていた。
仲間を集めようとしたのも、主催者に対抗出来るだけの戦力が欲しいという動機によるものだった。
自分は人間としてとても大事な物を、失いかけてしまっていた。
その事に、七海の優しさが気付かせてくれたのだ。
だから、決めた。
勿論みさきの仇は取ってやりたいし、岸田と主催者は許せぬが、それは一番大事な目標では無い。
自分は何よりもこの少女を――七海を守る事を最優先に、生きてゆこう。



351何が正しいのか:2007/05/20(日) 13:47:03 ID:6dkbYT1Y0
抱き締め合う少年少女の傍に屹立する、二つの影。
その片割れである水瀬秋子は複雑な表情を浮かべながら、浩平達の様子を眺め見ていた。
疑うまでも無い。
彼らは間違いなく殺し合いに乗っておらず、それどころか共に支え合って生き延びようとしている。
七海と出会った時点では、自分の選んだ道に対して迷いなど欠片も抱かなかった。
七海を殺さなかったのは『いつでも殺せる』と判断したが故に、時が来るまで利用しようと考えただけの事だった。
無力な存在の保護者という立場を取れば、見知らぬ人間達の信用も容易く勝ち取れるに違いないから。
実際目の前にいる少年は、きっとこの先自分を疑いなどしないだろう。
自分は彼らを利用するだけ利用して、優勝への道を切り開いてゆけば良い筈だ。

しかし――
(本当に私はそれで良いの……? ねえ澪ちゃん……私はどうすれば良いのっ……!?)
自分が名雪を想うのと同様に、七海と少年は互いの事をとても大事に考えているだろう。
彼女達の想いを踏み躙って、本当かどうかも分からない褒美を狙うのが、正しいのか?
分からない。
もう、分からない。

秋子の心中では、激しい葛藤が行われていた。
だから彼女は気付かない。
秋子の隣で、生気の無い瞳を携えている少女――名雪の落ち窪んだ瞳に潜む、昏い影に。
名雪はポケットに忍ばせた八徳ナイフを握り締め、開戦の合図を今か今かと待ち望んでいた。

352何が正しいのか:2007/05/20(日) 13:48:21 ID:6dkbYT1Y0
【時間:二日目・05:20】
【場所:C-03・鎌石村役場前】
折原浩平
 【所持品1:S&W 500マグナム(5/5 予備弾6発)、34徳ナイフ、だんご大家族(残り100人)、日本酒(残り3分の2)、ライター、支給品一式(食料は二人分)】
 【状態:決意、頭部と手に軽いダメージ、全身に軽い打撲、打ち身など多数。両手に怪我(治療済み)】
 【目的:第一目標は七海と共に生き延びる事。第二目標は岸田と主催者への復讐】
立田七海
 【所持品:S&W M60(5/5)、M60用357マグナム弾×10、フラッシュメモリ、支給品一式】
 【状態:啜り泣き、胸部打撲】
 【目的:こ〜へいさんと一緒に生き延びる。こ〜へいさんに迷惑を掛けないように強くなる】

水瀬秋子
 【持ち物1:ジェリコ941(残弾9/14)、トカレフTT30の弾倉、澪のスケッチブック、支給品一式】
 【状態:迷い、マーダー、腹部重症(傷口は塞がっている)、軽い疲労】
 【目的:優勝を狙っているが、迷い。名雪の安全を最優先】
水瀬名雪
 【持ち物:八徳ナイフ】
 【状態:精神不安定、マーダー、秋子の合図を待っている】
 【目的:優勝して祐一のいる世界を取り戻す】

→801
→821
→828

353何が正しいのか・訂正:2007/05/20(日) 13:55:36 ID:6dkbYT1Y0
>>352
>【時間:二日目・05:20】

【時間:三日目・05:20】
に訂正でお願いします
お手数をお掛けして申し訳ございません

354親友:2007/05/23(水) 21:23:18 ID:7JyTghbE0
首輪が爆発した影響で、礼拝堂は眩いばかりの閃光に覆い尽くされていた。
その光景を直視していた藤林杏は、一時的に視力が低下してしまっていた。
(……渚はどうなったの!?)
あの轟音と爆風から察せば結果は一つ有り得ない筈だが、万が一という事もある。
いや――どうか、奇跡が起こっていて欲しい。
さもなくば岡崎朋也は、この世で最も見てはいけない物を目撃してしまったという事になるのだ。
しかし十数秒後、視界が回復した杏の目に飛び込んできたのは、最悪の光景だった。
「なぎ……さ……朋也……」
杏の瞳には、目を大きく見開きながら立ち尽くす朋也と――首から上を失った渚の死体が映し出されていた。

杏と春原陽平が呆然と眺め見るその先で、朋也は酷く掠れた声を絞り出す。
「渚……嘘だろ……?」
何かに縋るように、目の前の現実を否定するように、朋也は足を前に一歩踏み出す。
しかしそれを待っていたかのようなタイミングで、渚の残された身体がドサリと地面に倒れ込んだ。
胴体の上端部が血を垂れ流し、床を赤く染め上げる事によって、朋也に現実を突き付ける。
「嘘だ……こんなの嘘だあああああああああああああああああああっ!!」
朋也の絶叫が、礼拝堂の中に空しく響き渡った。

杏が柊勝平を殺してしまった時とすら、比べ物にならぬ悲劇。
朋也は自らの恋人が只の肉塊と化す一部始終を、その目で確認してしまったのだ。
杏はその胸中が痛い程によく感じ取れ、慰めの言葉一つ発する事が出来なかった。
その状態のまま無限にも感じられる時間が経過し、やがて朋也が杏の方へと首を向けた。
「……どういう事だ」
杏は思わず息を飲む――決然とした光を宿していた朋也の瞳が、今はもう虚ろな洞のように昏く濁っていた。
「有紀寧は死んだ。首輪のタイムリミットも、まだまだ先だった筈だ。なのにどうして渚はこんな目に合ってしまったんだ?」
いつもの朋也とは似ても似つかぬ重い声で問い掛けてくる。
それでも自分は説明せねばならない。事の顛末と、自分達の過ちを。

355親友:2007/05/23(水) 21:24:01 ID:7JyTghbE0
――渚と電話で連絡を取った後、教会を訪れた事。
自分達は首輪解除用の手順図を持っていたので、それに沿って正確な作業を行った事。
にも拘らず首輪が突然点滅を強め、爆発してしまった事。
杏はぎこちない口調ながらも、これまでの流れをきちんと順序立てて説明した。



説明を受けた朋也には、何故首輪が爆発してしまったのかすぐ理解出来た。
杏達は主催者が準備したという解除手順図のダミーを使用してしまったのだ。
「朋也……ごめんね……ごめんね……」
「岡崎……本当にごめんな……。僕達が余計な事をしたばっかりに……!」
杏と陽平が深々と頭を下げながら、何度も何度も謝罪の意を伝えてくる。
しかし、朋也は思う。
謝る必要など無いと。
結果はどうあれ、彼らは必死に渚を救おうとしてくれたのだ。
それに自分が杏や陽平と似た状況だったとしたら、同じ過ちを犯してしまっていただろう。
にも拘らず彼らを責めたり恨んだりなど、出来る筈が無いではないか。

だが――渚は自分の全てだった。
人間の暖かさも、優しさも、愛しさも、全て渚が教えてくれた。
肩を壊し自暴自棄になっていた自分を、渚が救ってくれた。
そして自分もまた、これまで少なからず渚を支えてきたという自信がある。
坂の前で立ち尽くしていた渚の背を押しもしたし、演劇部の発足にだって尽力した。
自分にとっても渚にとっても、お互いがお互いに掛け替えの無い存在だった筈だ。
自分と渚は二人が揃って初めて一つの完成形を成す、いわば一心同体と言える生物だ。

356親友:2007/05/23(水) 21:24:35 ID:7JyTghbE0
自分は未来永劫、渚と支え合っていくつもりだった。
自分の体が呼吸するのも、心臓を動かすのも、全ては渚と共に生きてゆく為だ。
だからもう、これから取るべき道は一つしか残されていない。
自分の半身を取り戻せる可能性の前には、友情も、倫理観も、取るに足らない物だ。
「謝る必要はねえよ。だってお前達は……」
朋也は鞄の中に仕舞っていた物を握り締めた後、おもむろに腕を振り上げた。
「――此処で死ぬんだからな」



「え……?」
杏は目の前で起こっている事態が信じられず、酷く場違いな間の抜けた声を洩らした。
それも当然だろう――友人である筈の朋也が、突然トカレフ(TT30)の銃口を向けてきたのだから。
「岡崎……お前、復讐するつもりなのか? 僕達を許せないから殺すって事なのか?」
聞こえてきた声に視線を移すと、陽平が呆然としているような、泣いているような、半端な表情を浮かべていた。
恐らくは自分もまた、同じような顔をしてしまっているのだろう。
確かに朋也が怒るとは思っていたし、一発や二発殴られる覚悟はしていた。
しかしまさかあの朋也が怒りに任せて自分達を殺そうとするとは、予想だにしていなかった。
狂気に取り憑かれていた勝平と同じように、朋也もまた狂ってしまったのだろうか。

だが朋也はゆっくりと首を振り、冷静に、静かに、言った。
「別にそんなつもりじゃねえよ。お前達はお前達なりに、渚を助けようとしてくれたんだろ?
 だったら俺は、お前達を責めたりしない。ただ、俺は」
そこで乾いた銃声が、響き渡った。

「――優勝して、渚を取り戻さなきゃいけないだけだ」

357親友:2007/05/23(水) 21:25:21 ID:7JyTghbE0
杏は自分が撃たれたのかと思い一瞬目を瞑ってしまったが、すぐにそうでは無いと気付く。
目を開くと、陽平の身体がぐらりと傾いている所だったのだ。
「るーこ……杏……僕は――」
それだけ言い残すと、陽平の身体はゆっくりと地面に沈んでいった。

「よ、陽平――――っ!!」
杏は形振り構わず陽平の元に駆け寄ろうとしたが、突如心臓を氷の手で鷲掴みにされたような寒気を覚えた。
その感覚に従い足を止めると、自分のすぐ前方にある床が銃声と共に弾け飛んだ。
「……次はお前の番だ」
「くぅっ……!」
後ろから声が聞こえてきたとほぼ同時、杏は振り返りもせずに真横に跳ねる。
また銃声が耳に届き、杏は左肩の端にじりっと焼け付くような感触を覚えた。
頭の中が悲しみやら驚きやらでごちゃ混ぜとなっているが、これだけは確信を持てる。
朋也は間違いなくゲームに乗ってしまい、自分の命を狙っているのだ。
そして朋也に撃たれた陽平は、恐らく危険な状態に陥ってしまっているだろう。

戸惑っている時間も、躊躇している猶予も、今の自分には与えられていない。
杏は唇横一文字に引き締めて、混乱に支配された頭脳を無理矢理動かしていた。
(……どうすればいいのっ!?)
説得を試みるような猶予は到底与えられないだろうし、仮に話が出来たとしても受け入れてはくれまい。
殺すしか無いのか?……有り得ない。友人を殺すなど、絶対に有り得ない。
かといってこのまま逃げているだけでは、陽平の怪我がますます悪化して手遅れになってしまうかも知れない。
ならば、此処から取り得る選択肢は一つだけ――まず朋也を沈黙させ、それから陽平の治療を行う。

358親友:2007/05/23(水) 21:26:50 ID:7JyTghbE0
「頭を冷やしなさいっ!!」
杏は鞄の中に手を突っ込んで、振り向き様に和英辞書を思い切り投擲した。
辞書は朋也の手元へと正確に吸い込まれてゆき、その衝撃でトカレフ(TT30)が弾き飛ばされた。
杏はその隙を見逃さずに、素早く前方へと駆けて朋也に肉薄する。
下から振り上げる形で、手に握り締めた物体――スタンガンを、朋也の腹部目掛けて突き出す。

「――――ッ!?」
だが目標に到達する寸前で、杏の手首は朋也にしっかりと掴み取られる。
手を伸ばせば届く程の距離で、二人は力比べを行う事となった。
杏は朋也を気絶させるべく、腕を伸ばしきろうと思い切り力を入れる。
朋也は窮地を脱するべく、杏の手を遠ざけようと渾身の力を振り絞る。
「何考えてんのよっ! あんたまで主催者がついた嘘に騙されちゃったっていうの!?」
「――騙された訳じゃない。多分嘘だって事くらい、分かってるさ。
 それでも俺は! 0,1パーセントでも可能性があるなら、それに賭けるしかねえんだ!」
間近で顔を突き合わせた状態のまま、悲痛な叫びを上げる朋也。
それを耳にした杏は、戦いの最中にも拘らず胸が締め付けられる思いに襲われた。
とどのつまり朋也は、主催者が恐らく嘘をついていると判断した上で尚、殺し合いに乗ったという事。
朋也にとって渚はそれ程大切な存在であり、彼は有るかどうかも分からない可能性に賭けて全てをかなぐり捨てているのだ。

片目を失っているとは言え、単純な力比べなら体格に勝る朋也が圧倒的に有利だ。
押し合いの均衡はすぐに打ち破られ、杏は後方へと弾き飛ばされた。
たたらを踏んで後退する杏だったが、朋也は追撃を仕掛ける事無く地面に落ちたトカレフ(TT30)の方へと駆けてゆく。
その後ろ姿は杏からすれば余りにも無防備であり、銃で狙えば確実に撃ち殺せるように思えた。
杏の鞄にはドラグノフやグロック19が入れられており、そのどちらでも致命傷を与える事が出来るだろう。
しかしそのような方法で朋也を倒しても、まるで意味が無い。
あくまで杏の目標は、朋也を殺さずに制止する事と、陽平の救出なのだから。

359親友:2007/05/23(水) 21:28:26 ID:7JyTghbE0
杏は大地を蹴って、朋也の背中に追い縋った。
朋也が背中を丸めてトカレフ(TT30)を拾い上げようとしたその瞬間に、半ば飛び込む形で組み付く。
「ぐっ……がっ……!?」
杏は飛び込んだ勢いのまま朋也の背中に掴みかかり、間髪置かず彼の首に腕を巻きつけた。
どう考えてもこの場での説得は不可能なのだから、多少手荒な手段を用いてでも朋也の意識を奪うしかない。
そう判断した杏は、全く躊躇せず両腕に力を篭めてゆく。



一方首を強く圧迫された朋也は、何とか逃れようと必死にもがいていた。
「がっ……おおおっ……!」
息が出来ない。
全身のあらゆる器官が酸素不足を訴え、体から少しずつ力が抜けていく。
「ぢぐ……しょう……!」
杏を引き剥がすべく、両腕を総動員するものの、後ろを取られている為に満足な成果は得られない。
せいぜい杏の腕を掻き毟るのが限界だ。

そうやっている間にも、段々視界が白く霞んでゆく。
少しでも抵抗の意志を緩めれば、すぐさま気絶させられてしまうだろう。
しかし朦朧とする意識の中で、朋也は思った。
――絶対に屈する訳にはいかないと。
此処で自分が意識を手放してしまえば、武器を奪い取られ優勝が遠のいてしまう。
此処で敗北する事は、渚を取り戻せる可能性がより小さくなってしまうという事。
それでは何の為に親友の陽平さえも手に掛けたのか、分からなくなる。
故に、負けられない。

360親友:2007/05/23(水) 21:29:12 ID:7JyTghbE0
――ブチブチッと、嫌な音がした。

「ああああああっ!?」
鮮血が飛び散り、杏が絶叫を上げる。
朋也は自身の首を締め上げる杏の腕に、まるで肉食獣のように噛み付いたのだ。
「うああああっ……!」
杏が心底苦しげに呻き声を洩らすが、構ってなどいられない。
朋也は残された力を振り絞り、全身全霊で顎を噛み締める。
後少しで標的の筋組織を根こそぎ噛み千切れるという所で拘束が解け、すかさず朋也は離脱した。

「――――フ、ハァ、ハァ…………」
朋也はトカレフ(TT30)を拾い上げた後、大きく呼吸を繰り返し、体の隅々に酸素を提供した。
杏が真っ赤な血の滴る腕を押さえながら、睨み付けてくる。
「こんな事するなんて……あんたおかしいよっ……!」
「言っただろ、俺は優勝しなくちゃいけないって。その為には手段なんて選んでられねえんだよ」
朋也は事も無げにそう吐き捨てた後、トカレフ(TT30)の銃口を杏に向けた。
その様子を眺め見た杏は、絶望に顔を大きく歪める。

「……仮に優勝の褒美が本当だったとしても、あんたはそれで良いの?
 友達も罪の無い人も全部殺して、この殺し合いを引き起こした張本人の主催者に媚を売って、それで満足なの!?」
殆ど泣きそうな表情で、必死に訴えかけてくる杏。
だが朋也はあくまで冷静に、決して揺るがぬ意志を籠めて、言った。
「――ああ。俺は世界の全てと引き替えだとしても、渚を生き返らせたい。その為になら幾らでも手を汚すし、後悔なんてしない」
それが朋也の行動理念であり、価値基準でもある。
友人に対しての情が無い訳ではない。
主催者に対しての怒りが無い訳ではない。
殺人に対しての禁忌が無い訳ではない。
ただ自分にとって渚は別格の存在であり、何事よりも優先するというだけだ。

361親友:2007/05/23(水) 21:29:54 ID:7JyTghbE0
杏が一度目蓋を閉じた後、悲しみの色に染まった目をこちらに向けてきた。
「渚は……こんな事、望んでないわよ」
「だろうな。でも俺はこうするしか無いんだ。じゃあな――きょ……ガッ!?」
朋也が最後の言葉を言い切る寸前、一際大きな銃声がした。
途端に朋也は腹部に凄まじい激痛を感じ、地面に崩れ落ちる。
その最中、朋也は見た。
視界の端で、先程確かに撃ち抜いた筈の陽平がワルサーP38を構えているのを。



「陽平!?」
杏が驚きの声を上げる。
陽平は哀愁に満ちた光を宿した瞳で、地面に倒れた朋也へ視線を送った。
「岡崎……お前も僕と同じだったんだね。たった一人の女の子が何よりも大事で、どうしても守りたくて、それでも守り切れなくて……」
その言葉だけで朋也は、陽平の身に何が起きたかを理解出来た。
陽平と互いを庇い合っていた少女――ルーシ・マリア・ミソラがこの場に居ないという事は、結論は一つ。

「……そうか。お前はるーこって奴を失ったんだな」
「そういう事さ。だからこそ分かる――お前はもう、絶対に止まらないって」
陽平はそう言うと朋也の傍まで足を進め、銃口を突き付けた。
その行動の意味を理解した杏が、慌てて口を開く。
「あ……あんたまさか朋也を殺すつもり!?」
「ああ。そうしない限り、コイツは止まれないからね」
「そんなの……分からないじゃない!時間を置いてから話し合えば、きっと……」
なおも食い下がろうとする杏だったが、陽平はゆっくりと首を横に振った。

362親友:2007/05/23(水) 21:31:19 ID:7JyTghbE0
それから陽平はゆっくりと、一つ一つの意味を噛み締めるように言葉を紡いでゆく。
「岡崎と僕は殆ど同じなんだ。岡崎にとって古河が全てだったように、僕にとってはるーこが全てだった。
 ただ僕は褒美の話をどうしても信じれなかったけど、岡崎は少しだけ可能性があると思ってしまったんだよ。
 そして僅かでも希望を持ってしまったら、もう止まれない。コイツは古河も自分自身も望んでない道を、走り続けるしか無くなるんだ」
そこまで聞かされて、杏は何も言えなくなってしまった。
それ程に陽平の言葉には重みがあり、真実を的確に指摘していたのだ。

朋也が鮮血混じりの息を吐いた後、言った。
「春原……最後に三つだけ、良いか?」
陽平が頷くのを確認してから、朋也は弱々しい声で続ける。
「一つ目……どうしてお前、動けるんだ? 俺は確かにお前の腹を撃ち抜いた筈なのに……」
それが朋也にとって、一番の疑問だった。
一撃で致命傷となるかは分からないが、少なくとも腹を撃たれてしまえば身動きなど取れぬ筈。
それがどうして、こうも平然と立っていられるのだ?

陽平は服の端を捲り上げ、撃たれた箇所を示して見せた。
――脇腹の端に、言い訳程度の小さな傷があった。
陽平が助かった理由は只一つ。朋也は陽平を撃った時、無意識のうちに照準をずらしていたのだ。
「岡崎、お前はやっぱり甘い奴だよ。あの時僕は反応出来なかったのに――お前は敢えて急所を外して撃ったんだから」
「……何だ。結局俺はまだ、心の何処かで迷ってたんだな」
朋也は天井を仰ぎ見ながら、自嘲気味にそう呟いた。
覚悟はあった。間違いなく殺すつもりだった。
それでも自分は、陽平を殺す事が出来なかった。
結局の所自分は鬼にも善人にもなり切れぬ、中途半端な男だったのだ。


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