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【尚六】ケータイSS【広達etc.】

1名無しさん:2008/01/02(水) 21:36:54
幾つかネタが溜まったので、改めてスレを立てさせて頂きました。
ケータイからの投下に付、一回の投稿字数制限上、必然的に使用レス数が
多くなり読み辛いですが、お付き合い頂ければ幸いです。

《時系列》
①「夏日」書き逃げ>>418-430
②「春信」同上>>407-416
③「冬星」同上>>453-466/「北垂・南冥」同上>>472-491
④「秋思」同上>>437-452

尚六と利広×利達をメインに原作重視のオムニバス方式で、マイナーカプも
積極的に書いて行く予定。シチュ萌えがメインなので、エロは殆どありません。
素人の拙文ですが、どうぞ宜しくです。

418「夕陰 〜蛇足〜」7/8:2008/08/12(火) 21:42:08
「──か、桓堆!?……あぁっ!」
 突然の直接的な刺激に、浩瀚は一切の抵抗を封じられてしまう。先程まで、
散々達していた筈なのに、指先の動きだけで其処は再び簡単に息衝いていた。
桓堆はその様子を満足げに見下ろすと、枕許から色切子の小瓶を取り出し、す
っかり慣れた手付きで蓋を外した。その途端、百合の花に似た芳香が牀榻内に
満ち、浩瀚は先刻も嗅いだ妖艶な香りに、知らず全身が熱く猛るのを感じた。
 桓堆が用意していたその舜国産の香油は、古来各国の後宮や高級娼館で愛用
されてきたと云う秘蔵の品で、潤滑と感覚を高める作用があるものだった。浩
瀚は当初、女性の使う物なんてと渋ったが、実際に使ってみると最初の時に覚
えた僅かな苦痛すら微塵も感じられず、それでいて鋭敏になった局部の感覚が
堪らなく心地好い。お蔭で、未だ経験不足の身体に散々無理を強いてしまった
のだった。
「──良いですか?浩瀚さま……」
 蟀谷に口付けながら、桓堆が尋ねてくる──もう入っても構わないか、と。
「触って、いれば……分かる、だろう……っ?」
 たっぷりと香油を塗り込められ柔らかく解された其処は、既に桓堆を欲して
微かな痙攣を繰り返している。桓堆は光る瞳で一瞬、余裕の無い笑顔を零して
から、一気に最奥まで押し入った。
「──ぁあああっ……!」
 思わず、切ない喘ぎが漏れる。感じる箇所を擦られている快感も勿論あるが
何より、好きな相手と繋がっていると云う事実がこれ以上無いほど嬉しい。瞼
を閉じたまま口許を笑みの形にすると、頭上からも微かに笑う気配がした。
「珍しいですね、貴方がこんな時に笑うなんて……」
 そう言われ、優しく身体を揺すられる。浩瀚はその甘い刺激に、軽い目眩を
覚えつつ桓堆の首に腕を廻して縋り付いた。
「ああ……今、凄く幸せだな、と思って──」
 そう囁いた直後、体積を増した桓堆に激しく突き上げられた。
「──ん、やっ……あぁっ!」

419「夕陰 〜蛇足〜」8/8:2008/08/12(火) 21:44:28
 快感に潤む眼を僅かに見開くと、直ぐ目の前に月色を反射して光る、ほんの
少し眇められた瞳があり、浩瀚はまるで魅入られた様に動けなくなった。
「──これからは毎日、そう感じさせて差し上げますよ……この俺がね」
 そう囁かれ貪る様に口付けられる。同時に桓堆の身体の動きが速くなった。
「ぁあっ、……ん、っう……ああぁっ──!」
 一息に絶頂まで追い立てられる。弾ける様な吐精の瞬間、浩瀚は瞼の奥に、
おそらく訪れる事の無い未来の幻を見た気がした。

 ゆるゆると瞼を持ち上げると、目の前には少し心配そうな桓堆の貌があり、
浩瀚は見守られていた事に心底安堵して、柔らかく微笑んだ。
 丁度、月明かりが牀榻の中に真っ直ぐ射し込み、灯火が無くとも桓堆の表情
が分かる。青白い双眸が月光を反射し、きらりと煌めいた。
「……綺麗な瞳だ……」
 そう囁いて精悍な頬に触れると、桓堆がふわりと目許を和ませ呟いた。
「……二度目ですね」
「──え?」
「貴方が俺の眼を綺麗だと誉めて下さるのは、これで二度目なんですよ……最
初はいつだったか、憶えておいでですか?」
 浩瀚は暫く考えてみたが、どうしても思い出せなかった。
「すまない……」
 素直に謝ると、笑いながら優しく抱き締められる。
「謝らなくて良いんですよ。俺だけが憶えていればいい事なんですから……」
「だが、私も知りたい。──その時の自分の気持ちを、思い出したいんだ」
 自分を見つめる真摯な眼差しに、桓堆も静かに答えた。
「……長い話ですが、構いませんか?」
 浩瀚は無言で頷く。夜明けまで、時間はまだ充分に残されていた。

 〈了〉

  *   *   *

つー訳で、次回はクマの思い出話です
桓浩なんて超マイナーカプ誰も読みたくないだろうとは思いますが
もう少々書き手のシュミにお付き合い頂ければ幸いに存じます…

420桓タイ→浩瀚「青眼 〜前〜」1/12:2008/08/22(金) 18:46:11
「白水仙」(>>35-52)から更に二年程遡る桓浩ファーストエピ
(所謂「いいヤツ」になる以前のクマが天然上司に恋慕する迄の経緯)
※「桓堆」に借字&オリキャラ登場

  *   *   *

 ──つまらんな……。
 手燭の小さな灯りが揺れる寝台の上でゆっくりと動いていた桓堆は、心中で
そう独りごちると、眼下で有られも無く喘いでいる女の躰から突如、屹立した
ままの自身をずるりと引き抜いた。
「──あぁんっ……」
 途端、切なげな嬌声を上げて縋り付こうとする女の腕を煩そうに振り払い、
緩慢な動作で寝台から降り立つと、脱いだ時のまま榻の背に掛けられていた己
の衣服に手を伸ばす。背後で、困惑気味に起き上がる女の気配がした。
「──ちょっと、どうしたの?桓堆……まだ来たばかりじゃない」
 明らかに不満そうな響きの問い掛けにも振り返らず、袍子の袖にその逞しく
引き締まった腕を通しながら、抑揚の乏しい声で答えた。
「そろそろ、門衛の交代時刻なんだ。悪いな」
 その、微塵も心の込もっていない科白に一瞬鼻白んだ女は、憤懣遣る方無し
と云った様子で室外まで届きそうな声を上げた。
「なっ、何よ!──久し振りにあんたが来るって云うから、先約のお客だって
無理言って断ったのに、あんまりじゃない……!」
 女が喚いている間にすっかり身支度を終えてしまった桓堆は、薄暗い房間を
出て行きしな、未だ寝台の上で茫然としている彼女をちらりと振り返った。
「他の客を断ったのはお前の勝手だろう、李娃。──金なら先に時間分きっち
り払ってあるんだから、途中で帰ろうが何をしようが、一々文句を言われる筋
合いは無いぞ」
 それが嫌なら次から俺の相手はしない事だ、と言い置き扉に手を掛ける。閉
扉する間際「もう、桓堆の莫迦っ!」と叫ぶ声が彼の広い背中を打った。

421「青眼 〜前〜」2/12:2008/08/22(金) 18:47:48
「──これはこれは、お早いお戻りで。青伍長殿」
 一階の飯堂に戻ると、同僚の黎阮が酒杯を片手に笑って出迎えた。桓堆は無
言でその手から盃を奪うと、一気に中身を干した。安物の酒は水の様に薄くて
味気無く、少しも飲んだ気にならない。
「……不味い」
 あからさまに顔を顰めて文句を言えば、皮肉めいた笑みで返された。
「仕方無いだろう。俺達の雀の涙程度の俸給じゃ、三十年物の老酒なんて所詮
夢のまた夢なんだからな」
 そう言って桓堆の手から空の盃を奪い返した男の髪は闇夜の漆黒。褐色の肌
にやや吊り上がった山吹色の瞳子が印象的だ。体格はがっしりとした長身で、
向かいの席に坐った桓堆と比べても決して引けを取らない。そして彼もまた、
眼前の男と同じ半獣だった。
「……ふん、確かにその通りだな。──まあいい、行くぞ」
 桓堆はそう言うと、椅子から立ち上がり脇目も振らずに店を出て行く。黎阮
はその姿を眼で追い、微かに嘆息すると、黙って無愛想な同輩に従った。

 春宵の花街は人出が多く賑やかだ。広途の左右を鮮やかな翠に彩色された柱
の大廈高楼が埋め尽くすこの界隈は、麦州州都の中でも有名な歓楽街となって
いた。青楼街と云っても一種独特の退廃的な雰囲気はまったくと言って良い程
無くて、むしろ明るく、何処か上品な趣さえ感じられる。他国や他州から初め
てこの麦州にやって来た人々は一様にこの光景に驚き、それを見て誇らしげに
笑う地元の住民達に教えられるのだ──この永く続く空位の時代にあっても、
麦州がこれほどまでに栄え住み良い地であり続けているのは、凡て州侯である
浩瀚さまのお蔭なんだ、と。

「おい桓堆──お前、李娃と喧嘩でもしたのか?」
 速足で人混みを擦り抜けながら歩く桓堆に少し遅れて追い付いた黎阮は、僚
友に肩を並べざま尋ねた。

422「青眼 〜前〜」3/12:2008/08/22(金) 18:49:04
「いや、別に……」
 どうして急にそんな事を訊くんだと眼で訴えた桓堆に、黎阮は揶揄混じりの
口調で続ける。
「先刻お前が登楼してから、まだ半刻も経ってないだろう。幾らお前が早漏で
も、流石に早過ぎるんじゃないかと思ってな。──彼奴と何かあったのか」
 その言葉に桓堆は礑と歩みを止めると、隣の男を濃紺の三白眼でぎろりと睨
め付けた。
「誰が早漏だと?……今夜はただ、そう云う気分にならなかっただけだ」
 そう呟いて再び足早に歩き出す。行先は州都の東南に位置する辰門だ。彼等
はこれから、其処で明朝まで門卒の任務に就くのである。
 桓堆も黎阮も、麦州師左軍で半獣の兵卒のみによって構成された両伍の伍長
を務めている。半獣はその性質上、兵士に適した者が多い為、時に軍内部では
重宝がられる存在だが、例えどれほど手柄を立てようと、決して栄達出来無い
旨が慶の国法に明文化されている所為で、熱意に満ちてその任に当たる者は殆
ど居なかった。
 斯く云う彼等もその例に漏れず、軍規に触れない範囲で適度に手を抜きつつ
日々を過ごしていると云うのが現状だった。今日とて、本来ならば一度兵舎に
戻り、身支度を整えてから門に向かわなければならないところを、彼等は部下
に命じて皮甲や戈戟を直接、辰門まで運ばせていた。そのお蔭で、任務の直前
まで悠長に妓楼で遊んでいられたのだ。
 尤も、登楼したところで花娘を買うのは専ら桓堆のみで、黎阮の方は一人、
美味くも無い酒を飲みつつ時間を潰していると云うのが常であった。彼に言わ
せれば「ぎゃあぎゃあ五月蝿い女などより、酒壺を抱いて眠る方が余程幸せ」
なのだそうだ。
 この少々変わった同輩を、桓堆は割合気に入っていた。歳が近い事や、州師
に配属されたのがほぼ同時期だと云う事もあったが、何より黎阮が自分に近い
存在なのだと実感する瞬間が多々あるからだった。また彼が時折見せる、微か
な諦観を滲ませた眼差しや自嘲混じりの笑みも、桓堆にとっては覚えのある、
馴染み深いものだった。

423「青眼 〜前〜」4/12:2008/08/22(金) 18:50:51
「──明後日の穀物輸送の件、その後どうなってる?」
 辰門の歩牆から宵の幄に包まれた街道を見下ろしつつ、黎阮が尋ねる。門卒
の交代を済ませ、部下達を各々の持ち場に配置すると、彼等は楼閣の最上階に
上がって見張りを開始した。玉座が空の時期にあって、夜間の門衛は妖魔の襲
来から街と人々を守る重要且つ過酷な任務だが、ここ半年ほど、不思議と妖魔
の出現回数自体が、僅か乍ら減少して来ている様だった。
 そんな中、彼等の両伍は、郊外の義倉に穀物を補充する傍ら視察に赴く州侯
一行に、警護の為同行する事が決まっていた。
「……ああ、それなら万事予定通りだ。俺達の役目はいつもと変わらず斥候と
索敵、それから最後衛での妖魔避け……」
 槍を持ったまま、大きく伸びをしながら桓堆が答える。このところ連日の様
に夜遊びを続けていた所為か、幾分身体が重い。明後日の護衛の事もあるし、
この任が明けたら久し振りに兵舎に戻って、少し眠っておいた方が良いかも知
れないな、とぼんやり思った。
「……ふん、一番危険な任務は、俺達半獣に押し付けておけばいいって訳か。
まったく毎度の事乍ら、上の奴等の考えは有り難くって反吐が出るな」
 箭楼の床に戟の石突を強く打ち付け、忌々しげに黎阮が吐き捨てる。
「──しかし、麦侯もつくづく物好きな方だな。選りに選ってこんな時期に、
わざわざ危ない処へ進んで出て行かなくても良いだろうに……」
 黎阮が「麦侯」と云う敬称を口にした途端、再度伸びをしていた桓堆の動き
がぴたりと止まった。
「──ん?どうかしたのか」
「……いや。何でもない……」
 訝る同僚に視線を合わせず答える。門前に広がるとろりと湿り気を含んだ晩
春の宵闇を見遣りつつ、彼の脳裏にはつい数日前の出来事が蘇っていた。
 州侯及び荷駄の護衛の任務を拝命する為、珍しく訪れた州城で、彼は麦州侯
浩瀚その人に出会ったのである。

424「青眼 〜前〜」5/12:2008/08/22(金) 18:52:25
 桓堆は勿論、麦侯と一対一で会うのも初めてなら、言葉を交わすのも初めて
だったが、驚いた事に主の方は彼の存在を知っていた。
 訊けば、州師の演習を時々こっそりと覗き見ているのだと言う。この大変な
時期に随分と暢気な御仁だな、と一瞬呆れた桓堆は、直ぐにその解釈が間違っ
ていた事に気付いた。
 彼は自ら見極めているのだ──この乱世に於いても、軍の規律がきちんと守
られ、統制がとれているか。桓堆達の様な末端の兵卒が、不当な扱いを受けて
いないかどうかを。
 更に桓堆は、別れ際に麦侯から掛けられたある一言を、どうしても忘れる事
が出来ずにいた。
『辛い時も、笑ってみると案外道が拓けるものだぞ……』
 そう言って微笑んだ主の、柔和な顔が脳裏を過る。
 ──何故、侯は俺にあんな事を言ったんだ……?
「……堆……桓堆。おい、聞いているのか?」
 黎阮が訝しげに呼ぶ声で、ふと我に返った。
「──ああ、すまん。何だ?」
 二、三度軽く頭を振ってから、不審げに見つめる同輩を振り返る。黎阮は眉
間を狭め、微かに心配そうな表情を浮かべていた。
「なあ、本当に大丈夫か?先刻の事と云い、いつものお前らしくないぞ……ひ
ょっとして、この前登城した時に何か良くない事でも言われたのか?」
「──いや、そうじゃない。別に、大した事でもないんだが……」
 伊達に付き合いが長い訳では無いな、と桓堆は僚友の勘の鋭さに思わず苦笑
する。門の内外に幾つも焚かれた燎火の為、宵闇の中にあっても箭楼の周囲は
かなり明るく照らされている。その篝火の焔を反射し鬱金に光る同僚の瞳を見
返しつつ、桓堆は何気無く尋ねていた。
「──なあ、俺ってそんなに人相悪いか?」

425「青眼 〜前〜」6/12:2008/08/22(金) 18:54:08
 その問いに、黎阮が大仰に肩と顎を落とす姿が夜目にもはっきりと見える。
「はぁ?何を真剣に悩んでるかと思えば、手前の臉の造作の心配かよ……」
 勘弁してくれ、と呟いて夜空を仰ぐ同輩に、桓堆は慌てて言い足した。
「いや──その、別に女絡みじゃ無いぞ。飽くまで一般論として、だ」
 その言葉にちらりと桓堆を見遣ると、黎阮は「どうだかな」と呟き僅かに口
角を上げた。
「……お前は佳い男だよ。少なくとも、街の広途を歩いて擦れ違った女十人の
内、九人が振り返る程度にはな」
 まぁ俺の場合は十人全員が振り返るけどな、と付け加えた後で、つとその笑
みを収めた。
「ただ──お前の顔は、半分しか生きてない様な感じがする」
「……え……?」
 思わず問い返した桓堆を、科白の主はその金色に光る双眸で見つめた。
「時々、まるで疾うに人生に厭いちまった年寄りみたいに見えるんだよ……」
 これはお前だけじゃ無く俺達半獣に共通して言える事だがな、と微笑って呟
いた黎阮の表情もまた、生きていく事に倦みきった翳りを帯びて見え、桓堆は
不意に喉の奥から笑いの衝動が込み上げて来るのを感じた。
「……なるほど……」
 突如くつくつと笑い始めた同輩の姿に、黎阮は先程より数段怪訝そうな表情
を作り、尋ねる。
「──おい、何だよ。俺の言った事がそんなに可笑しかったのか?」
「いや、すまんすまん……違うんだ」
 中々収まらない笑いを、桓堆は何とか押し殺しつつ弁解した。
「……そうか、そう云う事だったのか……」
 ──報われない人生を悲観しているらしい哀れな半獣に、御立派な州侯さま
が有り難いお情けを掛けて下さったと云う訳だ……。
 遂に思い至った結論を前に、桓堆の笑みは瞬く間に乾ききった苦いものへと
変わっていった。

426「青眼 〜前〜」7/12:2008/08/22(金) 18:55:21
 翌朝、辰門の警備を次の両伍に引き継ぐと、翌日に備えて冬器や皮甲の準備
をする為、州師の武庫へ行くと言う黎阮達に後を任せ、桓堆は一足先に兵舎へ
と戻った。
 実際に体調が思わしく無かった所為もあるが、それ以上に酷く苛ついた気分
を、どうにも押さえきれなくなっていたのだ。
 ──どうして、いつまで経っても忘れられないんだ……。
 自室の狭く黴臭い臥牀に寝転がり、薄汚れた天井の染みを睨め付けながら自
問する。麦侯から哀れまれていたのだと知った時、彼が最初に抱いた感情は怒
りや悔しさでは無く、何故か激しい落胆だった。
 ──俺はあの方に、一体何を期待していたんだろう……?
 幾ら出来た人物だと言われていても、相手は自分の様な一介の半獣とは到底
分かり合える筈も無い高位の仙だ。何かを期待する方が間違っている──そう
思った時、桓堆の脳裏に再度、柔らかい笑顔と優しげな声音が蘇った。
『──笑う事も出来るのだな。良かった……』
 その途端、胸を突かれる様な激しい心悸に見舞われた桓堆は直後、己の身体
の変化に暫し茫然となった。
「──なっ……!?」
 あろう事か、ふと想像した麦侯の姿に下肢が反応してしまっていたのだ。
「……おい、冗談だろ……?」
 思わず低い呟きを零す。昨夜、妓楼で最後まで済ませておかなかった所為で
単に溜まっているだけかとも思ったが、彼自身麦侯の事を思い出すまで昨夜の
行いなど、すっかり念頭から消し去っていたのだ。
 明らかに主──同性で、しかも自分よりずっと年上の──相手に欲情してし
まった事実に愕然としつつ、桓堆は牀上に跳ね起きた。
 ──まったく俺って奴は、侯相手に何を考えてる……!?
 冷たい石の壁に凭れ、解いた青灰色の長髪を乱暴に掻き乱す。頭の中から麦
侯の姿を追い出そうと必死になったが、凡て徒労に終わってしまった。

427「青眼 〜前〜」8/12:2008/08/22(金) 18:56:35
 自分が同性も行為の対象に出来るらしい事を、桓堆は過去数回の男娼楼通い
で自覚していた。しかし、彼が相手に選ぶのは声変わりも満足に終えていない
様な少年ばかりだったし、幾ら男娼との躰の相性が良くても、やはり女を抱く
時の快楽に勝るものでは無かった。
 それなのに……と桓堆は忌々しげに吐息する。麦侯の撫で肩の線や細い喉頸
が瞼の裏にちらつく度、彼の欲望はその質量を増していく一方だった。
 ──女みたいに白い肌をしていたな……。
 あまり長時間、陽に当たった事も無いのだろう。殆ど日焼けしていない肌は
淡く滑らかで、きっちりと着込んだ朝服に包まれていてさえ、線の細さがはっ
きりと分かるほど痩せていた。
 書面の束を持つ指先も細く華奢で、筆や笏より重い物など陸に持った事も無
さそうだった──現に桓堆が手を貸していなければ、ほんの僅かな量の書面す
ら満足に運べなかったに違いない。
 しかし、最も印象的なのはその眼だった。
 ほんの少し目尻の下がった切れ長の一重瞼。その奥の淡茶色の瞳は大きく、
微笑むと長い睫毛の下で柔らかく潤んだ。
 ──そうだ、あの眼の所為で俺は……。
 自分に向かって微笑み掛ける優しげな瞳を見てしまってから、何かが少しず
つ狂い始めた様な気がする。
『何だ、ちゃんと笑えるではないか……』
 そう言って自分を見上げる主と視線が搗ち合った瞬間、その瞳から感じ取っ
たのは紛う事無き親愛の情だった筈なのに──。
「……くそ……っ!」
 桓堆は苦々しく吐き捨てると、半袴の前を寛げ自身を強く握り締めていた。
 ──この責任は、しっかり取って貰うからな……。
 年上の男だろうと、遥か雲上の主だろうと、今は一切がどうでも良かった。
桓堆にとって麦侯は、この瞬間、ただ己の感じる狂おしいまでの渇望を満たす
為の存在でしか無かったのだ。

428「青眼 〜前〜」9/12:2008/08/22(金) 18:57:52
 明けて翌早朝、桓堆は最悪の体調と機嫌のまま護衛の任務に赴いた。
 結局、昨日は黄昏時に同室の黎阮が戻って来るまで、麦侯相手の有らぬ妄想
を種に散々自慰行為を重ねてしまった。あんなに幾度も続けてした事など十代
の頃でも終ぞ無かった様な気がするが、主の細い指が自分のものにそっと絡ん
だり、薄い唇の隙間からちろりと出した桃色の舌先で淫らに舐め上げられたり
する情景を思い浮かべるだけで、達したばかりの自身は直ぐにその力を取り戻
した。挙げ句、自分の腕の中で有られも無く喘ぎ声を上げる主の姿までが鮮明
に浮かんでしまい、桓堆は自らの想像力の逞しさに思わず苦笑していた。
 しかし、それでも彼の鬱屈した思いは中々収まらず、心配する黎阮を無理矢
理引き摺って宵の街へ繰り出し、日付が変わる頃まで浴びる様に深酒をしてか
ら、漸く兵舎に戻って少しだけ眠る事が出来た。お蔭で無理に付き合わされた
黎阮の方も、寝不足と宿酔の為、相当に苛ついている様だった。
「……お前に何があったかなんて、正直どうでもいいし知りたくも無いがな、
もし今日、何か事が起こって俺がへまをやらかしたり、それが元で死んだりし
たら、全部お前の責任だからな。良く憶えておけよ」
 そう呟きつつ山吹色の瞳──昼間は瞳孔が三日月の様に細くなっている──
で睨んできた黎阮に、桓堆は思わず口許を歪めて微笑った。
「ああ、分かっているさ……その時は俺も一緒に死んでやるから安心しろ」
 その言葉にほんの僅か眉根を寄せた黎阮は、一瞬もの言いたげな視線を投げ
てから己の馬首を巡らせ、歩兵の部下達と斥候の任務に当たる為、一足先に出
発して行った。

 この日、近郊の郷城まで運ぶ荷駄は大型の駟──四頭立ての馬車──で五台
分。広い荷台に山と積まれた麻袋の中身は大量の米や大豆、雑穀類である。先
代の比王が登遐してから既に二十年以上続く空位の時代にあってなお、これだ
けの収穫を得る事が出来、且つ何とか持ち堪えられているのも、偏に麦侯の指
揮した治水事業や減税策が効を奏しているからに他ならない。

429「青眼 〜前〜」10/12:2008/08/22(金) 18:59:24
 桓堆が荷馬車の列を見廻っていると、急に周囲のざわめきが鎮まった。どう
やら州侯一行が姿を現したらしい。
 傍らの両司馬に倣って下馬し、その場に跪いて礼をとる。麦侯に同行するの
は州宰の柴望と州司徒ら地官の官吏が数名。彼等の直接の警護には、州師左将
軍以下の精鋭が当たる予定だと聞いていた。
「──皆、早朝から御苦労だ。今日は宜しく頼むぞ」
 不意に響いた低く落ち着いた声は、州宰の発したものだろうか。深く俯いて
いた所為で、桓堆には麦侯が何処に居るかまでは分からなかった。
 やがて準備が整い、駟の列が整然と進み始めた。先行した黎阮ら率いる二伍
が斥候と索敵──食料を運搬する際、最も警戒しなければならないのは妖魔よ
りも寧ろ土匪や草寇である為だ──を行い、残った三伍で荷駄列の周囲を警戒
する。桓堆は最後尾に位置し、背後からの敵襲に備えた。
 ゆっくりとした速度で進む馬上から前方を見遣れば、遥か先に麦侯らの姿が
見える。通常、貴人は華軒や墨車等の馬車や輿を使い移動するものだが、彼等
は道すがら、整地や水路の計画を実際の土地を検分しつつ相談する予定である
らしく、各々が自ら騎獣を駆っていた。
 麦侯が手綱を取っているのは珍しい葦毛の吉量で、雪の様に白い毛並みが騎
乗した主に良く似合っていると桓堆は思った。
 すると、まるで彼の思考を読んだかの様に、麦侯が後ろを振り返ったのだ。
「────!!」
 桓堆は慌てて顔を逸らしたが、一瞬視線が合ってしまった様な気がする。
 ──気付かれたか……?
 今日の護衛に半獣の両伍が当たる事は麦侯も既知の筈だから、隊列に桓堆の
姿があったところで何ら不思議は無いのだが、桓堆の方はどうにも気不味さが
拭えなかった。主に対する複雑な心境も勿論その理由の一つだが、何より昨日
彼相手の不埒な妄想に耽ってしまったばかりなのだ。

430「青眼 〜前〜」11/12:2008/08/22(金) 19:01:21
 そんな桓堆の動揺を他所に、隊列は郡境の山道を進んで行く。この峠は高低
差はさほど無いものの、樹木が濃く生い茂っている所為で見通しが効かない。
飛行する騎獣で空から警戒しようにも、木々の枝葉に阻まれ対象が認識出来無
い上、返って此方の存在を敵に知らせてしまいかねない。その為、相手の気配
や匂いを敏感に察知出来る半獣に頼るしか無いのだ。
 暫くすると、先行していた黎阮が合流して来た。
「どうだ、様子は」
 騎馬を並ばせつつ尋ねると、至ってつまらなそうな答えが返る。
「静かなもんだ──この先は伯頤達に任せてあるから、まず問題無いだろう」
 伯頤は黎阮の部下の狼半獣で、人の姿でいる時も五里先の相手の匂いを正確
に嗅ぎ分ける事が出来た。
「そうか。──このまま、何事も起こらなければいいんだがな……」
 ぽつりと呟いて空を見上げる。穏やかな季春の陽は、そろそろ中天に達しよ
うとしていた。
「もうすぐ峠の頂上だ。其処を過ぎれば下りになるから駟の速度も上がるし、
少しは楽になるだろうさ」
 桓堆が渡した竹筒の水を飲みつつ──酒じゃないのかよ、と不満げに零した
後で──黎阮が暢気に言った。
 それに無言で頷いてから桓堆は再度、視線を列の前方に向ける。縹色の位袍
を纏った姿勢の良い背中は、それまでにも何度と無く見ていた所為で直ぐにも
視界の中央に捉える事が出来た。
 ──何故、こんなにも気になってしまうんだろう……。
 隣に騎首を並べた州宰らと意見を交わしつつ進んでいるのだろう、時折見え
る細面の横顔が、頷いたり微笑んだりしている。結った髪を包み肩まで覆った
帛巾の端が、春の微風を受けてふわりと戦ぐのが見えた。
『──桓堆……』
 嘗て一度だけ字で呼ばれた時の、柔らかな響きの声音が忘れられない。その
声を思い返すだけで、桓堆の身体は瞬時に熱くなった。


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