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【尚六】ケータイSS【広達etc.】

1名無しさん:2008/01/02(水) 21:36:54
幾つかネタが溜まったので、改めてスレを立てさせて頂きました。
ケータイからの投下に付、一回の投稿字数制限上、必然的に使用レス数が
多くなり読み辛いですが、お付き合い頂ければ幸いです。

《時系列》
①「夏日」書き逃げ>>418-430
②「春信」同上>>407-416
③「冬星」同上>>453-466/「北垂・南冥」同上>>472-491
④「秋思」同上>>437-452

尚六と利広×利達をメインに原作重視のオムニバス方式で、マイナーカプも
積極的に書いて行く予定。シチュ萌えがメインなので、エロは殆どありません。
素人の拙文ですが、どうぞ宜しくです。

472「槐安夢」14/18:2008/09/20(土) 19:19:38
 その瞬間、今まで利達の心奥に強く押さえ込まれ続けていたものが、一気に
弾けた。
「……利広……」
 ぽつりと発せられた呟きに、利広は優しく応える。
「なんだい?兄さん……」
 杜鵑とは少しも似たところの無い声と姿──だが、今だけはその存在に縋り
たかった。例え卑怯者と罵られても、誰かの温もりが必要だった。
「頼む。──少しの間だけ、肩を貸してくれないか……?」
 言いつつ、利広の肩口に額を当てる様、そっと凭れ掛かった。
「……兄さん──?」
「ごめん。今だけだ……今夜で、もう最後にするから……」
 ──明日から、また今まで通りに戻るから……。
 火照った額にそれを凌ぐ利広の体温を感じた途端、利達の双眸からは涙が溢
れ、止まらなくなった。我慢などは端から出来そうになかったので、弟の袍子
を濡らしてしまう事に若干の後ろめたさを覚えつつも、利達はその胸に縋って
泣き続けた。当初は明らかに狼狽していた利広も、その内おずおずと兄の背に
腕を廻し、片手で痩せた背中を、もう片方の手で癖のある柔らかな髪を、何度
も優しく撫でてくれた。
 利達の微かな嗚咽の声に重なる様、卯木の枝先で鳴いていた不如帰は、暫く
すると大きな羽音を残して何処かへと飛び去って行った。利達は思わず顔を上
げ、白と灰色をした鳥の行方を見遣る──しかし、夜半の暗闇の中ではその姿
を見つける事など到底不可能だった。
 彼は行ってしまったのだ。自分の手の、決して届かない処へ──。
「どうして……」
 ──どうして、俺を置いて逝ったんだ?杜鵑……。
 再び溢れた涙を拭いもせず、利達は幼子の様に泣き崩れた。そんな兄を宥め
る様に利広はいつまでも、その背中を優しく撫で続けていた。

473「槐安夢」15/18:2008/09/20(土) 19:20:55
「…………!」
 利達は、そこで夢から醒めた。
 どうやら、竹林の四阿で夜風に当たりながら読書をしている内に、いつの間
にか眠ってしまったらしい。
 久しく見る事の無かった遠い昔の夢を思い出し深い溜息を吐くと、頬を伝っ
ていた涙の跡を掌底で軽く拭った。
 ──あれから、もう何百年も経ったと云うのに、まだ彼の夢を見てしまうな
んて……。
 心中で独語しつつ椅子の背凭れからゆっくりと身体を起こすと、微かな衣擦
れの音と共に肩から繻の上着が滑り落ちた。
「……?」
 明らかに自分の物では無い薄絹の衣に一瞬、訝しげな表情を浮かべた利達は
直ぐにそれが弟の所有物である事に気付いた。夢の中で利広の袍子に縋って泣
いた時、微かに感じた香と同じ薫りがしたからだ。
 ──利広が此処に……?
 僅かに動揺しつつ石案の上を見遣れば、持参した書物の内の数冊が抜き取ら
れている。無くなっていたのが凡て赤海産の真珠に関する白書である事から、
恐らく父王との合議の為に必要だったのだろうと察した。
 ──ひょっとして、泣いているところを見られてしまっただろうか……。
 自分達兄弟が、昔の様に感情をさらけ出して向き合う事はもう不可能なのだ
と、利達は疾うに気付いていた。自分を見る弟の視線が孕んだ熱の意味にも、
その所為で彼が自分を避ける様に旅出を繰り返していると云う事実にも。
 ──だが、俺は彼奴の想いには応えてやれない……。
 深く嘆息しつつ額に落ち掛かった前髪を掻き上げようとした時、ふと手許の
書物に視線が下りた。
「…………」
 無言で手に取る──杜鵑が写本してくれた『寒玉姫譚』の帙だった。

474「槐安夢」16/18:2008/09/20(土) 19:22:23
 遥か昔に貰った本は、大事に扱っていても永い年月を経て彼方此方が随分と
傷んで来る。その為、利達は不具合が見付かるとその都度、頁を裏打ちし表紙
を貼り代え綴じ直して来た。お蔭で、数百年前に貰った時の姿を殆ど損なう事
無く、今も杜鵑の筆蹟そのままで読む事が出来る。
 利達は大事そうにその帙を手に取ると、結末近くの頁をそっと開いた。

 ──月世界の住人だった姫が満月の夜、迎えの天女達と共に故郷へと帰って
行く際、彼女は帝に不老不死の妙薬を与える。帝の想いに応える事が出来無か
った事に対する、彼女なりの贖罪の気持ちを込めて──。

「不老不死の薬……か」
 利達は不意にぽつりと呟く。利広の胸で泣いた夜以降、彼は杜鵑の事を忘れ
た──実際には、凡てを忘れ去る事など到底出来はしなかったが、無理にでも
脳裏の片隅へと押し遣らねばならなくなってしまった。
 彼等の父の許へ、蓬山から一人の美しい少女が来訪した日を境にして。
 そして気付いた時、利達は永遠に老いる事の無い肉体を手に入れてしまって
いた。杜鵑があれほど強く望んだ、死なない命と共に。
 天とは残酷だ、と利達は思った。何故、心から欲している者にこそ下される
べきものを与えてくれないのか。何故、杜鵑では無く自分が選ばれたのか──
独り激しい自己嫌悪に陥った時、視界に入ったのが杜鵑に貰った本だった。

 ──姫の遺した不死の薬が飲まれる事は、遂に無かった。帝はその妙薬を国
一番の高嶺の頂で、凡て焼き捨ててしまったからだ。

 最初に読んだ時は、ただ必要が無いから燃やしたのだろうと思った。
 次に読んだ時、その薬がまるで姫の呪いの様に感じられた。愛する人を失っ
て得る久遠の命など、不要どころか激しく忌むべきものにしか思えなかったか
らだ──当時の利達が、正にそう思い込んでいたのと同様に。

475「槐安夢」17/18:2008/09/20(土) 19:23:54
 しかし幾星霜を重ね、杜鵑に言われた通り何度も読み返す内に、彼の心境は
少しずつ変化して行った。
 帝は、姫を心から愛していたからこそ薬を焼いたのだ。永遠の命など無くと
も、愛した人の面影を胸の奥底に抱いたまま、彼自身の限りある生を全うしよ
うと決めたが故に。その決意を月の姫に伝える為、帝は天に最も近い場所であ
る高岫の頂で不死の薬を灰にしたのだ。
 しかし、利達には薬を焼き捨てる事が出来無い。彼は生き続けなければなら
ないのだ──杜鵑の分まで。
 以来、利達は前にも増して両親を支え助けた。元来、博識で頭の回転も早い
彼が次々に提議する政策案はどれも緻密に練られており、専門の官吏ですら舌
を巻く程だった。
 中でも利達が力を入れたのが、医療分野だった。医学の知識、技術に長けた
者を国の内外は固より、海客や山客からも広く呼び集め、積極的に登用した。
九州各地に国営の療養施設を開き、誰でも安い治療費で瘍医に掛かれる様にし
た。製薬技術に優れた舜国と協力し、新薬の開発を進めた──そして、父王の
登極から凡そ三百年が過ぎた現在、奏は十二国の中で最も医療の進歩した国と
してその名を馳せていた。杜鵑を苦しめた肺の病気も、今では決して不治の病
では無くなっている。
 ──杜鵑、俺はしっかりやれているだろうか……?
 頁を閉じた『寒玉姫譚』を胸に抱き締め、利達はそっと瞑目する。瞼の裏に
浮かぶのは、最後の夜に見た杜鵑の優しい笑顔だった。
 ──君が好きだよ、利達……。
「……俺だって、ずっと貴方の事が好きだったんだ。杜鵑──……」
 呟きながら指先で唇をそっとなぞる。病の伝染を懸念し、殆ど利達に触れる
事の無かった杜鵑と交わした最初で最後の口付けを、彼は今でも昨日の事の様
に鮮明に記憶していた。それは利達にとって生涯決して忘れる事の出来無い、
刹那の永遠……。

476「槐安夢」18/18:2008/09/20(土) 19:25:24
 その時、竹林を渡る涼やかな夜風に乗って、ほんの微かに不如帰の鳴き声が
聴こえた気がした。もう一度聴こえはしないかと利達は暫くの間、耳を澄まし
てみたが、その悲し気な声が彼の許に届く事は、二度と無かった。

 〈了〉

  *   *   *

・「槐安夢」…「南柯太守伝」(唐/異聞集)
私事ですが4〜5歳の頃これを絵本で読んだ為
未だ蟻(の巣と大群)に酷いトラウマがあります…
数年前、初めて十二国記を読んだ時も
真っ先に思い出したのはこの話(此方は夢オチですが)

・今回の話は一応「初チュウ」シリーズに分類されますが
如何せん利達兄さんのお相手がオリキャラなので
少々毛色の違う番外編と思って頂けると幸いです。

・今までポツポツと書いて来た利広→利達ですが
残り一本で最後にする予定。
果たして利広はシアワセになれるのか!?(笑)

477六太独白「胡蝶夢」1/6:2008/10/08(水) 18:03:21
「残花 〜3〜」の8(>>315)で六太が語った『理想の最期』の話
夢オチですが、登遐ネタがNGだと云う方はスルーして下さい

  *   *   *

「今年も綺麗に咲いたなぁ……」
 天高く飛翔する悧角の背で、六太は満足げに微笑む。
 漉水上流に広がる桜の森は、この春も薄紅色の花を撓わに満開させていた。

 彼の主がこの国の玉座に就いてから、文字通り数え切れない程の永い年月が
過ぎ去った。確か八百年を超えた頃までは六太も何とか数えていたのだが、そ
んな習慣も莫迦げた事に思え、いつしか辞めてしまった。例え自分が数えなく
とも、春官の史書辺りがもっと正確に記録してくれているはずだし、そもそも
そんな作業には欠片程の意味も無いのだ。彼と彼の主が、常に揃って国の頂点
に在り続ける──それこそが、唯一にして最大の重要事項なのだから。

「──あ。いたいた……おーい、尚隆ーっ!」
 咲き誇る花群の中でも、一際大きく枝を広げた樹の根元に主らしき姿を認め
六太は上空から大声で呼び掛ける──が、彼に気付かないのか、樹下の人影は
ぴくりとも動かない。
「おっかしーなぁ……尚隆の奴、聞こえてねーのかな?」
 そんな事は無い筈だがと訝りつつ、六太は桜樹の下の主目掛けてゆっくりと
使令を降下させた。

「──尚隆、一体いつまでこんな処で油売ってる気だよ。お前が中々帰って来
ない所為で、代わりにおれが冢宰達からとばっちり受けて──……」
 着地した悧角の背から軽々と跳び降り、声を掛けつつ主に歩み寄っていた六
太がぴたりと動きを止める。尚隆は桜樹の下に坐り込み、手にした酒杯もその
ままに転た寝をしていた。

478「胡蝶夢」2/6:2008/10/08(水) 18:04:29
「まったく──相変わらず暢気な奴だよなぁ……」
 毎年、春のこの時期には改定すべき法令等の議案が山積していると云うのに
尚隆はと云えば決まって姿を眩まし、この桜の森で昼間から独り観花に耽って
いる事が多々あった。六太はその都度、官吏達から泣き付かれ──何しろ王の
居場所が分かるのは国中で唯一、彼だけなので──怠惰な主を呼びに遣らされ
ると云うのが、既に何百回と繰り返されて来た雁国の春の慣例だった。
「毎度毎度、だらしねー格好で寝てるし……」
 丈の短い青草の上に幾重にも降り積もった桜の花片をふわふわと踏み締めつ
つ、六太は眠り込んだ主に近付く。片膝を立て胡座を掻いた姿勢で桜の幹に凭
れた尚隆は、僅かに俯く角度で小さな寝息を立てている。彼の広い肩が微かに
上下する度、其処に積もっていた薄紅の花片が数枚、はらはらと落ち、それに
代わる様に再び新たな花弁が樹上から散って、袍子の肩口を淡く飾った。
 六太はその様子にくすりと微笑み、主の隣に腰を下ろす──ふと、尚隆の見
ていた景色を自分も眺めてみたくなったのだ。
 桜樹の下に両脚を伸ばして坐り、隣の主に倣って太い幹の根元に凭れる。そ
のままゆっくりと視線を上げれば、彼の頭上には一面、陽光を柔らかく透き通
した淡い紅色の天井が広がっていた。
「……綺麗だなぁ……」
 思わず感嘆の溜息を洩らす。そっと腕を差し伸べ掌を開いて待つと、程無く
その手の中にも小さな花片が舞い落ちて来た。
 六太は暫し掌中の桜花にうっとりと見入ってから、ふと呟く様に言った。
「……せっかく綺麗な景色が目の前にあるんだからさぁ、いーかげん寝たふり
すんのやめれば?」
 そして、徐に主の顔を見上げる。彼が今まで幾度も騙されて来た様に、今回
もまた、狸寝入りを決め込んでいるに違い無いと思ったからだ。
 しかし六太の予想に反して、尚隆は目を覚まさなかった。

479「胡蝶夢」3/6:2008/10/08(水) 18:06:43
「……あれぇ……?」
 六太は拍子抜けした様に呟き、主の寝顔を覗き込む。瞼を閉じた彫りの深い
横顔は、俯いている所為か、心持ち疲れている様にも見受けられた。
「なんだ、夜遊びのしすぎかぁ……?」
 そう言ってはみたものの、主が昔ほど城下を出歩かなくなった事は、六太自
身が一番良く分かっていた。以前、六太がその理由を尋ねた時、尚隆は「この
国の青楼街には、粗方行き尽くしてしまったからな。暫く派手に遊ぶのは控え
ようかと思っておるんだ」と笑いながら答えたのだった。当時は、六太もその
言葉を聞いて「どーだかな」と笑っていたが、いつしか彼自身も宮城を抜け出
す回数が徐々に減る様になり、やっと主の心情に思い至った。
 尚隆には──自分達には、もうこれ以上、望む事が何一つとして残っていな
いのだ。
 永い歳月を経て、雁は十二国一磐石な国家を築き上げた。国は富み栄え、九
州全土に人々の笑顔が溢れている。気候の厳しい真冬の季節でさえ、寒さに凍
え、ひもじい思いをする者は誰一人として居なくなった。
 また、間近の三国何れに於いても、この数十年間は大きな災異も無く、各国
の王が其々の玉座を堅実に守っていた。それは自国が大国、雁の隣に位置して
いると云う誇りと、自らも延王の如き名君となって自国をより発展させたいと
云う諸王の信念が上手く作用した結果であるのかも知れなかった。
 そして、そんな平和な時代が永く続いたある時ふと、自分達には既に行うべ
き事が何一つ残っていないと、彼等は気付いてしまったのだ。
 六太はその事実に暫し茫然となった後、この事は決して誰にも告げまいと心
に決めた。もし口にすれば、その瞬間に何かとても大事なものが壊れてしまう
のではないかと云う、漠然とした不安に駆られたのだ。
 しかし、六太がそう決心したのとほぼ同時期に尚隆もまた、その事に気付い
た様だった。
 表面上は普段と変わり無く過ごしていたが、徐々に口数が減り、独りで居る
事が多くなった。外出も疎らになり、出掛けたかと思えば直ぐに帰城したり、
逆にかなりの長期間、黙って城を空ける様な事もあった。

480「胡蝶夢」4/6:2008/10/08(水) 18:08:11
 ──そろそろ、最期の刻が近付いているのかも知れない……。
 主の安らかな寝顔を見つめながら、六太は顕然とそう感じた。自分は程無く
失道の病に罹って命を落とす事だろう。若しくは──、
「そうなる前に、おれを殺してくれるか?尚隆……」
 知らず口を突いて出た囁きに、六太自身が礑と瞠目し驚く。
 ──おれ、なに言ってんだろ……。
 ふるふると首を振り、主の手から杯を奪うと底に僅かばかり残っていた酒を
一息に呷った。いつまで経っても飲み慣れない酒精が喉をちりりと灼きながら
身体の奥底へ滑り落ちて行く感覚に、瞼を固く閉じて耐える。苦労の末に凡て
を飲み込んでしまってから、深い溜息を吐いて薄く眼を開ければ、早くも酔い
が回ったのか、目の前がゆらりと歪んだ。
 ──なんか、眠いな……。
 ふと見舞われた睡魔に抗いもせず、六太は酒杯を草の上に置くと、隣で熟睡
する主の肩口にそっと凭れ掛かった。
「悪い、尚隆。──ちょっとだけ肩、貸して……」
 そう独語する様に断りを入れつつ、重くなった瞼をゆっくりと閉じる。折角
だから、自分も少しだけ昼寝をして行こうと思ったのだ。
 耳に届くのは、小川のせせらぎと時折吹く微風が桜の枝を揺らす僅かな音だ
け。肌に感じるのは、花越しの柔らかな春陽と主の体温だけ──ふと、六太は
自分達二人がこのまま永遠に目覚めなかったとしても、それはそれで構わない
様な気がした。
 此処は自分と尚隆しか知らない秘密の場所だから、他の誰にも自分達を見付
け出す事は不可能だろう。互いの姿も、こうしていればその内に、降り積もる
桜の花片が凡てを優しく覆い隠してくれるに違いない。
 そして誰の眼にも触れないまま、ゆっくりと静かに朽ちて行くのだ。雲上の
荘厳な陵墓などより、この桜の森の方がよほど自分達の眠る場所に相応しいと
六太は思い、その口許を微かに綻ばせた。

481「胡蝶夢」5/6:2008/10/08(水) 18:10:04
 すると不意に、眠っている筈の尚隆が腕を伸ばし、少年の細い身体を優しく
胸の中に抱き込んだ。その緩慢な動作の所為で、六太は主が寝惚けているのだ
と直ぐに気付いたが、ちょうど額の角の辺りに尚隆の唇が触れ、その温かく艶
かしい感触に思わずふるりと小さく身震いした。
「ちょ……尚隆、くすぐったい──……」
「……六太……」
 僅かに掠れた低い響きの声音でいとおしげに名を呼ばれ、それが寝言と分か
っていても、六太は主の腕の中で寸分も身動ぎ出来無くなってしまう。
 今や、彼に聞こえる凡ての音は、尚隆の規則正しい鼓動と吐息だけだった。
 ──ああ……これが、おれの一番大事なひとなんだ……。
 今更乍にそう強く思い、六太は主の袍子の胸元をぎゅっと握り締めた。二度
とこの手を離さないと言う様に。
 それから、彼はゆっくりと視線を巡らせた。この短時間の内にも、互いの衣
の上には沢山の桜の花片が積もっている。自分の密かな計画が順調に遂行され
つつある事に満足そうな笑みを浮かべながら、六太はそっと瞼を閉じた──お
そらく二度と醒める事の無い、永い眠りに就く為に。

「──た……六太……」
 前髪を優しく梳かれつつ囁く様に幾度か名を呼ばれ、六太はうっすらと眼を
開けた。寝起きの淡く霞む視界で辺りを見廻せば、其処は漉水河岸の桜の森で
は無く尚隆の臥室の牀榻で、時刻も明るい昼間では無く真夜中を少しばかり過
ぎた頃だった。
「……尚隆……?」
 小さく呟き尋ねれば、六太の顔を覗き込みつつほんの僅か、心配そうに狭め
られていた尚隆の眉間がふっと緩む。
「大丈夫か?六太……熟睡しているのかと思えば突然、俺に縋り付いて泣き始
めるから、驚いたぞ」
 微笑いながらそう言って、少年の涙に濡れた頬をそっと拭った。

482「胡蝶夢」6/6:2008/10/08(水) 18:11:45
「……あ……」
 六太は思い出した。昨夜は尚隆と一緒に眠ったのだ。広く温かな男の胸に抱
かれ、深い眠りの淵に身を投じる瞬間、先の春の日に自分が語ったある一言を
不意に思い返していた。
『……おれ、死ぬのは春がいいな……』
 暖かく穏やかな季節に、満開の桜花に囲まれて静かに死んで行きたいと語っ
た己の想いが、そのまま夢となって現れたのだろうか?しかし……。
 ──もし、あれが正夢だとしたらおれたちは──……。
「一体どうしたのだ、六太。急に泣き出したりして……何か、嫌な夢でも見た
のか?」
 幼子を宥める様に、滑らかな頬を撫でつつ尋ねた尚隆に、六太は暫しの沈黙
の後、微笑んで首を振った。
「……ううん、違うよ尚隆。ちっとも嫌なんかじゃなかった……」
 ──おれは多分、嬉しくて泣いたんだ……。
 最後の言葉を心中に仕舞って尚隆の背に腕を廻すと、六太は僅かに驚いた様
子の主の耳許にそっと囁く。
「おれの事なら、もう大丈夫だから……寝よう?尚隆──……」
 寝過ごすと、また帷湍達が五月蝿いからさ、とおどけた口調で付け加えれば
くすりと笑う気配と共に、逞しい腕に優しく抱き返された。

 柔らかな闇に包まれた牀榻の中、六太は再度ゆっくりと瞼を閉じる──耳許
に主の鼓動だけを聞きながら、再び訪れる朝までの短い眠りに就く為に。

 〈了〉

  *   *   *

「胡蝶之夢」…荘子/斉物論
以上、何となく書いておきたかった番外編「夢二題」でした
尚六エピの方も残り一本で大ラス。最後は小松視点の話です

483利広→利達「登途」1/8:2008/11/27(木) 21:04:47
少々間が空きましたが利広→利達ラストエピ投下します
時間的には「南冥」(書き逃げスレ>>484-491)から30年程後の話。

  *   *   *

「──明日から、また暫く旅に出るよ」
 その言葉に、利達が手許の酒杯へ落としていた視線を上げると、石案の向か
い側で弟の利広がにっこりと微笑んだ。
 季春の乙夜も更ける頃、雲海に面した露台で酒杯を酌み交わしている最中の
不意の言葉だった。
 まるで下界の天候でも話題にするかの様に、利広は自らの出立をいつも唐突
に切り出すのだ。
「それは、また急だな。……他国の情勢に、何か気になる事でもあるのか?」
 毎度の事乍ら、その澄んだ翡翠の瞳に僅かな驚きの色を湛えつつ利達が尋ね
ると──何しろ前回の旅から戻って、まだ一月と経ていなかったので──当の
利広はやんわりと微笑んで、軽く首を振った。
「いや、そうじゃないんだけど……ほら、珠晶が登極して、もうすぐ二十年に
なるからね。今の恭がどんな具合か、一度見に行こうと思っていたんだ」
 そう答えつつ、数少ない同業の知人である少女の快活とした姿を思い浮かべ
ていた利広の耳に、兄の静かな問い掛けが届く。
「……帰りは、いつ頃になる?」
 いつの間にか空になっていた弟の杯に酒を注ぎ足しながら尋ねた利達を見返
して、利広は再度、小さく笑った。
「さあね……二箇月後かも知れないし、半年を過ぎるかも知れない。こればっ
かりは、その時になってみないと分からないな」
 何しろ自分は風来坊だから、と冗談混じりに付け加える弟の淡い琥珀の瞳を
見つめ、利達は浅く、しかし長い溜息を吐いた。

484「登途」2/8:2008/11/27(木) 21:09:54
 弟の放浪癖が自分を避ける為の行動であると云う事実に、利達はかなり永い
歳月、思い悩んで来た。
 遥か昔、自分と弟との間に深く暗い溝が刻まれる切っ掛けとなった出来事を
思い出すと、利達の胸は未だ、鈍い痛みに軋む。彼はそのまま、正対する利広
の姿から然り気無く視線を外すと、俯き加減でぽつりと呟いた。
「そうか。──でも、出来るだけ早く帰って来るんだぞ……」
「えっ、……どうして?」
 今まで兄から「気を付けて行って来い」だの「余り危険な事には首を突っ込
むな」だのと忠告された事はあっても、「早く戻れ」などとは終ぞ言われた事
の無かった利広が、少なからず驚きを露にした表情で兄の顔を覗き込む。一方
の利達は、知らず口を突いて出た科白に少なからず狼狽え、掌中の盃を態と弄
びながら答えた。
「いや、その……お前が長く留守にしていると、お母さんと文姫の小言の標的
が俺ばかりになるからな。お父さんは相変わらず、万事あの調子だし……」
 多少どぎまぎとしつつも何とか取り繕う様に返せば、それを黙って聞いてい
た利広の表情は、いつしか利達の良く見慣れた、微苦笑混じりの軟らかなもの
へと戻っていた。
「……ああ、なるほどね。──分かった、出来るだけ善処するよ……」
 そう呟く様に言うなり、利広は己の盃を一息に干した。利達はその姿を見つ
めながら、弟の酒量が以前と比べ格段に増している事に気付く。長い旅路から
戻る都度、まるで酔う事を忘れていくかの様な利広の飲酒の仕方に利達は再度
深い心痛を覚えた。その原因までもが自分にあるのだと云う事実にさえ、彼は
疾うに気付いていたからだ。
「……とにかく、身体だけは大事にするんだぞ。幾ら頑丈に出来ていると云っ
ても、俺達は決して不死身な訳じゃ無いんだからな。──いつぞやみたいに、
旅の途中で妖魔に襲われて大怪我をして帰って来る、なんて肝の冷える事は、
頼むからもう勘弁してくれよ」

485「登途」3/8:2008/11/27(木) 21:11:24
 軽く窘める様な口調で発せられた兄の科白に、利広も石案上へ視線を落とし
たまま、思わず苦い笑みを浮かべる。
 遡る事およそ二年前、彼は長旅からの帰路で妖魔に襲われ、酷い怪我を負っ
た事があるのだ。

 当時、利広は動乱の最中にあった慶東国内の各地を巡っていた。
 六十余年に及ぶ在位の末に登遐した先々代の王の後、その玉座を埋めた女王
の治世が僅か十六年程で潰えたが故に、彼の国は現在に至るまで大いに乱れ、
国中全土に渡り荒廃している。
 利広は、その渦中にある慶の諸州を検分して廻った帰国の途上、瑛州上空で
突如、蠱雕の急襲を受けたのだ。
 常時ならば、妖魔に対する警備の厚い首都州内だから心配無いだろうと高を
括っていたのが仇になった。不意の襲来に虚を衝かれた利広は抜刀する隙も与
えられぬまま、蠱雕の鋭い鉤爪に肩口から胸元までを大きく掻き裂かれてしま
ったのだ。神籍にある彼にとって、その程度の外傷が直接生死に係わる事は勿
論無いが、それでも深手を負った事には変わらない。二十余年前、恭州国の王
に即位した友人への祝いとして贈ってしまった愛騎程では無いものの、かなり
の駿足を持つ現在の乗騎のお蔭で何とかその場を逃げ延び、やっとの事で我が
家──奏南国、隆洽は清漢宮の禁門まで辿り着く事が出来たのである。
 過去、永い期間城を空ける事はあっても、怪我らしい怪我など一度も負った
事の無かった太子が突如全身血塗れで帰還した事に、彼の家族は大きな衝撃を
受けた様だった。
 利広は帰城してからの三日間で、彼がそれ以前の生涯で耳にした分を軽く越
える回数の「莫迦」と云う単語を家族全員──仁の生き物である麒麟の昭彰を
除いて──より頂戴する破目になった。
 利広が怪我の為に牀榻から動けない間、家族が代わるがわる様子を見にやっ
て来たが、中でも一番多く彼の許を訪れたのは兄の利達だった。

486「登途」4/8:2008/11/27(木) 21:14:07
 王宮には勿論、専属の瘍医も看護をする女官達も居るのだが、利達は自分の
仕事が少しでも手隙になる度、弟の枕辺へと足を運んだ。それは、彼が家族の
中で唯一、高い医学の知識を有していると云う理由もあったのだろうが、利広
には、利達が強い自責の念に駆られている様に思えてならなかった。
 弟が怪我を負ったのは、自分を避ける為に態と遠出をした先での事。だから
この責任は凡て自分にある──無言のまま傷口の手当てをされ、繃帯を巻き直
されつつも利広が兄の表情から覚ったのは、そんな切実な想いだった。
 そして、それから三箇月程が経過し、かなり重かった怪我もすっかり快癒す
ると、それを見計らった様に利広は再び、旅の途上へとその身を投じた。恰も
そうする事でしか、自分本来の生き方が見出せないとでも云う様に。
 当然、両親や妹達は「何もそんなに早く出掛けなくても」と彼の出立を何と
か思い留まらせようとしたが唯一、利達だけは「お前の好きな様にすれば良い
さ」と微笑んで言ったのだった。しかし、その貌に複雑な感情を孕んだ翳りが
浮かぶ一瞬を、利広は決して見逃さなかった。

「──あの時は迷惑掛けて済まなかったよ。あれ以来、情勢の不安定な国に行
く時は以前にも増して用心する様になったし、もう心配は要らないから……」
 ほんの数年前の出来事を、遥か遠い昔の思い出の様に感じつつ利広がそう告
げると、向かいの席で己の酒杯を弄んでいた利達が不意に顔を上げた。
「俺は……別に迷惑だなんて思っちゃいない。それに、心配するのは当然の事
だろう?──お前は、大切な弟……なんだから」
 語尾が微かに震え、利達は再び俯く。その様子を黙って見つめていた利広が
暫しの沈黙の後、不意に口を開いた。
「……じゃあさ、今度の旅からも私が無事で戻って来られる様に、兄さんから
ひとつ、御守りを貰ってもいいかな……?」
 その言葉に、利達は軽く瞠目して弟の顔を見遣る。利広に物を強請られた経
験など、幼い時分に数回あったか否かの珍しい事だからだ。

487「登途」5/8:2008/11/27(木) 21:15:12
「御守り?……俺の持ち物なんかで構わないのなら、くれてやっても良いが、
──それで一体、何が欲しいんだ?」
 利達が軽く首を傾げつつ尋ねた瞬間、利広は石案上に両手を突き、素早く身
を乗り出していた。
「────……!」
 薄い唇同士が触れるか触れないかの、まるで一陣の疾風に掠め取られたかの
様な、儚い接吻だった。
 利達が驚愕に全身を強張らせている僅かの隙に、利広はほんの一瞬だけ哀し
げな笑顔で兄の貌を見つめると、そのまま席を立ちくるりと背を向けた。
「……もう寝るよ。明日は早くに発つから──お休み、利達兄さん……」
「利広……!」
 思わず椅子から立ち上がり自分を呼ぶ兄の声にも振り返らず、利広は足早に
その場を後にした。

 雲海の波音響く露台に一人残された利達は、暫しの間、弟が歩き去った石橋
の先を虚ろな視線で見遣っていたが、不意に膝から力が抜け、椅子の上へと崩
れ落ちる様に坐り込んだ。
 彼が利広に口付けられたのは、これで三度目だった。
 最初は、二人ともまだ幼さの残る子供だった頃。そして二度目は、厳かな静
寂に包まれた冬の夜──その二度とも、利広は苛烈なまでの想いの丈をぶつけ
て来た。時に利達自身が戸惑い、恐れを抱いてしまう程に。
 しかし、先程の利広からの接吻は、利達が知る今までの彼とは全く違うもの
だった。
 利達は指先で、そっと唇の輪郭をなぞる──その時ふと、ある人物の面影が
彼の脳裏を過った。それは、利達が遂に五百年以上も忘れられずにいた、切な
さと哀愁を滲ませた笑顔だった。
『……君が好きだよ、利達──……』

488「登途」6/8:2008/11/27(木) 21:16:25
「……杜鵑……」
 消え入る様な呟きと共に、利達の頬を一条の涙が伝う。
 ──そうだ。先刻の利広は、彼と同じ眼をしていたんだ……。
 利達は、思わず両手で顔を覆った。
 ──利広と杜鵑には少しも似たところなど無い。なのに何故、時に二人が酷
く重なって見えてしまうのか。自分は一体、利広に何を望んでいるのか……。
「……俺は──……」
 利達が吐息混じりに発した独語は、忽ち春宵の夜風に運び去られ、音声にな
る事は無かった。

 翌朝、まだ辺りが未明の暗闇に包まれている頃、利広は禁門脇の厩から己の
乗騎を静かに曳き出していた。
「──朝早くから長い距離を走らせてしまうけど、我慢してくれよ。今日から
暫くの間はまた、お前と私の二人旅だ。宜しく頼むぞ……」
 利広がそう言いつつ、騎獣の喉元の柔らかな毛並みを撫でてやると、虎に似
た獣はそのすらりとした頸領を軽く伸べ、諒解したと言わんばかりに小さく喉
を鳴らす。その様子にくすりと笑って、利広は歩を進めた。
 幾つも並んだ騎房の前を通り抜け、厩舎を出る。門衛の兵士に労いの言葉を
掛けつつ巨大な門扉を潜り抜けると、広い露台の中央に灯火を手にした痩身の
人影がひとつ、佇んでいた。
 こんな時刻に、他州から急ぎの伝令でも来るのだろうか──利広が僅かに訝
しんでいると、彼に気付いたらしい人影は速足で此方に向かって近付きつつ、
聞き慣れた低く柔らかな声で話し掛けて来た。
「──利広、良かった。まだ発っていなかったんだな……」
「兄さん?どうして──……」
 利広は予想だにしなかった事態に驚愕しつつ、自らも兄に近付く。彼に手綱
を曳かれたままの獣が、不思議そうに頸を傾げて兄弟の姿を見比べた。
「……お前に、どうしても伝えておきたい事があったんだ……」
 手燭の淡い灯り越しに真っ直ぐ自分を見つめる兄の真摯な表情を見返し、利
広は全身を僅かに強張らせた。

489「登途」7/8:2008/11/27(木) 21:17:40
「兄さん──……」
「利広……以前にも言ったが、俺には昔、好きな人が居たんだ……」
 兄の厳かな告白を聞きつつ利広は軽く眼を細め、そっと俯く。
「──その人は、もうこの世に居ないけれど、俺は未だに彼の事が忘れられな
い。莫迦げていると思うかも知れないが、俺は今でもその人の事が好きなんだ
……だから、お前の気持ちに応えてやる事は──……」
 利達の科白は、眼前を遮る様にして広げられた利広の掌によって、その先を
制されてしまった。
「……利広……?」
 僅かに困惑しつつ尋ねた利達に、利広は俯いたまま静かに微笑む。
「分かってる……無理して忘れる必要はないよ。本当に好きな人を心の中から
消し去る事なんて、例え誰にも出来やしないんだから……」
「……利広……」
 気遣わしげに再度呼ばれた自らの名に応じる様に、利広はゆっくりと顔を上
げた。
「──だから、その人の事を思い出しても兄さんの心が痛まない様になるまで
私はいつまでも待つよ……今までだって、ずっと待ち続けて来たんだ。待つの
は慣れてる……」
 そう呟く様に言って微笑んだ利広の両の瞳が突如、眩いばかりの光を放って
煌めく。利達には、振り返らずともその光景の理由が分かった──たった今、
長かった夜が明けたのだ。
 利達は、持っていた灯火の焔を吹き消し足許に置くと再度、弟の双眸にじっ
と見入った。僅かな俯角で見下ろして来るその琥珀の瞳の情熱は、遥か遠い昔
から、自分唯一人だけに向けられて来たのだ。
 利達は一度、ゆっくりと瞬いてから小さく頷き、静かに口を開いた。
「そうか……では、俺も待とう。この場所で、お前が無事に帰って来る日を、
いつまでもずっと……」

490「登途」8/8:2008/11/27(木) 21:20:52
 利達は緩やかな動作で右手を差し伸べると、弟の若々しく精悍な頬──それ
は数百年前と寸分も変わっていない──に、そっと触れた。
「!──兄さ──……」
 兄からの急な接触に思わず身動ぎ、狼狽を顕にした利広に向かって小さく笑
い掛けると、利達は弟の淡い砂色の髪──眩い晨光を一杯に反射し、恰も麒麟
の鬣の如く輝いている──を優しく引き寄せ抱き締めつつ、その耳許へと囁く
様に語り掛けた。
「……行って来い、利広。お前の望む凡ての場所へ──そして、旅をする事に
疲れた時は、必ず此処へ帰って来るんだぞ。この清漢宮にある窓と扉は全部、
お前の為に、いつでも開けておくから……」
「……兄さん──……」
 感嘆混じりの小さな呟きと共に、それまで所在無げに下ろされていた利広の
両腕がゆるゆると持ち上がり、利達の背にそっと回される。それは、まるで繊
細な宝物を決して傷付けまいとするかの様な、この上も無い優しさに満ちた抱
擁だった。
 利広は、初めてその腕の中に抱き締める事が出来たこの世で唯一人の愛しい
相手に向かって、ずっと心奥に秘めて来た自らの想いの丈を、別の言葉に変え
て、そっと囁いた。
「……兄さん、有り難う。──それから、行って来ます……」

 登り来る朝陽をその背に浴びながら、眛爽の北天に向かって小さく消え行く
利広の騎影を、利達はいつまでも見送っていた。

 《了》

  *   *   *

と云う訳で、ラストは利広がバッサリ振られる話でした。
かなり蛇足っぽい感もありますが、兄弟の関係を
一度きちんとリセットしておきたかったので…
何だか最後まで上手く纏まりませんでしたが
読んで下さった方、どうも有り難う御座居ました。

491名無しさん:2008/12/11(木) 23:41:28
面白いです! 今更ですが、広達探してたどり着きました。
嬉しい作品を拝見できて、感謝です。
気が向かれましたら、また是非、投稿お願いいたします。


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