したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

【TRPG】ブレイブ&モンスターズ!第七章

291崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/07/04(日) 00:55:40
「……カザハ」

カザハの外見が変化したことを受け、ブリーズが倒れたまま驚きに目を見開く。
いくらシルヴェストルが精神世界(アストラル・プレーン)に近い霊的存在とはいえ、
コロコロと姿を変えられるわけがない。生命体である限り、生まれたときに得た姿は劇的には変化しないものだ。
というのに、カザハはもう二度もその外貌を変化させている。
それもまた特別なシルヴェストル――真のレクス・テンペストだから、ということなのだろうか。

>――風刃《エアリアルブレイド》

カザハの両手に一対の鉄扇が出現する。
それはテンペストソウルの持つ無限の風の魔力が形を取った、神代遺物(アーティ・マグナ)にも似た兵装。
新たな力を手にしたカザハを前に、マリスエリスが目を細める。

「ははぁ……なるほどにゃぁ。
 それがレクス・テンペストの力の一端、ってことなのかにゃ? 自分の魂そのものを武器にするなんて、
 無茶苦茶にも程があるっちゅうもんだがにゃぁ」

くくっ、と喉奥で嗤う。その余裕が崩れることはない。

「果たしておみゃーさん、その武器をまともに使えるのかにゃ?
 武器ってもんは訓練と修練を経てこそ、初めてその性能を十全に行使できる……。
 三歳児に聖杖アレフガルドを持たせたところで、なんの役にも立たないのと同じようににゃ。つまり――」

だんッ! と強く地を蹴り、マリスエリスがカザハに突進する。

「アタシにとって、そんな武器は虚仮脅しにすぎんっちゅうことだがね!」

迅い。
マリスエリスの速度は兄弟子のマルグリットにも勝るとも劣らない。
嫋やかな繊指が『狼咆琴(ブラックロア)』の弦を爪弾く。美しい旋律と共に、不可視の矢がカザハを狙う。
その狙いは正確無比。無数の音撃がカザハの急所目掛けて殺到する。

>(ぼさっとしてないで援護するよ! あれが音撃の矢なら……駄目元でなんちゃって猫にサイレント!)
>《は、はいっ!》

「ハ! 雑魚が何人集まろうが、『十二階梯の継承者』に敵うワケにゃぁで!」

パキィンッ!!

カケルの放つサイレントに抵抗(レジスト)し、マリスエリスが構わず矢を放つ。
カザハが鉄扇から風の刃を出して迎撃するものの、マリスエリスには当たらない。
音は空気を媒介とし、空気は風となって伝播する。
音のエキスパートであるマリスエリスには、風を読みカザハの攻撃に対処することなど朝飯前ということなのだろう。

「そんな大振りの盲撃ちがアタシに当たると思っとるんなら、舐められたもんだにゃ。
 ほらほらぁ! もう息が上がっとるがね! 日頃使いもせん大鉈をいきなり振り上げるから――そうなる!!」

ザシュッ!!

遠距離からの射撃に終始していたマリスエリスが突然間合いを詰め、空を翔けるが如き疾風の挙動でカザハへ肉薄する。
そして、一閃。今度はカザハの右太股を目掛け、音撃でなく直接の斬撃を叩き込む。
使用したのは『弦』だった。『狼咆琴(ブラックロア)』の命である、無数の弦。
髪の毛よりも細い超極細の弦は鞭のように振るうことであらゆるものを斬断する武器にもなる。
遠距離では狙撃手(スナイパー)。近距離では暗殺者(アサシン)。
戦況に応じて二種類のスキルを瞬時に切り替えるのが『詩学の』マリスエリスの戦闘スタイルであった。
そして――

「っとォ……おみゃーさんらも下手に動かん方がええよぉ?
 もし不用意に動いて、首が落ちてまっても……アタシは保証せんからにゃ」

いつの間にかアゲハとカケル、ブリーズの全身に無数の弦が絡みついている。
熾烈な戦闘のさなか、マリスエリスはカザハのみならずそのパートナーたちにも抜かりなく罠を設けていた。
風に乗って張り巡らせた弦が蜘蛛の巣のようにその身を拘束する。
もし力任せに弦を切断しようとしても、逆に鋭利な弦によって身体を切り裂かれるのが落ちであろう。
ほんの少し動いただけでも弦はカケルたちの皮膚を裂き、肉を刻む。
たんッ、と身軽に着地したマリスエリスがカザハへ向けて鋭い視線を投げかける。

「ひとっつだけ教えてやるにゃ、レクス・テンペスト。
 戦いってのは、経験と蓄積。積み重ね(バックボーン)が何より物を言うんだわ。
 生のままの資質なんちゅうもんで潜り抜けられるようなレベルの戦いは、もうとっくに終わっとるんよ。
 ポッと出の能力なんぞ、幾ら出したところでアタシら継承者には通じにゃあがね」

大賢者ローウェルの直弟子『十二階梯の継承者』。
アルフヘイム最高戦力と称される彼女らではあるが、持って生まれたフィジカルの高さを恃みにしているのは一部だけで、
大部分の継承者達はそれこそ血の滲むような研鑽と修行の末に絶大な力を手にするに至っている。
マリスエリスとて例外ではない。当代随一と呼ばれる弓術は、膨大な練磨の果てにやっと身に着けたものなのだろう。
だからこそ。
ガザーヴァとは別のベクトルで、思う侭にレクス・テンペストの力を使うカザハは目障りであったのだ。

「傷つけば傷つくほど、血を流せば流すほど、人っちゅうもんは強くなる。
 アタシの相手がおみゃーさんで本当にラッキーだったにゃ、他のおみゃーさんのお仲間――
 あの焼死体やら大男やらが相手だったら、アタシもちょぉーっとは苦戦したかもしれんがね。
 闇雲に大きな力を振り回すしか能がない、薄っぺらなおみゃーさんが相手で。ホント楽させてもらったにゃぁ!
 てことで――遊びはおしまい! とどめだぎゃ!」 

マリスエリスが狼咆琴に手をかける。カザハの五体を斬り刻む、無情の刃が今まさに放たれんとする。
しかし。

292崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/07/04(日) 00:56:04
「カザハは……殺させは、しません……!」

弦によって全身を拘束されたブリーズが叫ぶ。
そして、無理矢理に身体を動かし弦からの脱出を図る。
当然ブリーズの全身には弦が食い込み、鋭利な凶器がその柔肌を容赦なく切り裂いてゆく。
ブリーズは瞬く間に血まみれになった。

「ああっ……!」

「たぁけが。だから言ったでしょぉ」

マリスエリスが冷たい眼差しでブリーズを見遣る。わざわざ警告したというのに、それに従わず勝手なことをした報いだ。
だが、それでもブリーズは動きを止めない。手許に魔力で風の短刀を作り出し、身体に纏わりつく弦を何とか切ってゆく。
射手は妨害しなかった。元々戦力としては微力だったブリーズであるし、
この出血では弦から解放されたとしても最早まともな行動はできないだろうと踏んでいるらしい。
やがてブリーズは弦の拘束から逃れると、どっとうつぶせに倒れた。
どくどくと、切り刻まれた全身から流れる血が衣服を、そして地面を染めてゆく。

「く……ふ……」

それでも、ブリーズは刃を食い縛ってなんとか起き上がり、血みどろの身体を引き摺るようにして歩いてゆく。
ただし、歩いていく先は守るべきカザハのところ――ではなかった。

「カザハ……。あなたは、勘違いをしています……。
 あなたが私を守るのではない……私が、あなたを守るのです……。
 でなければ……テュフォンが、命を賭して……活路を開いた、意味が……なくなってしまう……」

よろ、よろ、と覚束ない足取りでブリーズが歩いてゆく。

「私、たちでは……駄目なのです……。次代の風精王を、世界の風を担うのは……あなたで、なくては……。
 そのために、私たちは……ずっと、待っていたのです……。私たちでは、できないこと……。
 たくさんの土地を……旅して……。たくさんの人と……触れ合い……。
 多くの風をその身に受けた……あなたが……新しい、世界の……風と、なること……。
 カザハ、どうか、どうか……私たちの、最後の……務めを……果たさせて、ください……」

ブリーズが向かったのは、この戦場を囲う崖の上で戦いを睥睨する者の許。

「覇王よ……、十二階梯の継承者『覇道の』グランダイトよ……」

「…………」

ブリーズが崖下から呼びかけるのを、軍馬に騎乗したままの覇王が見下ろす。

「アルフヘイムとニヴルヘイム、テンペストソウルを捧げた方に合力する……それが、貴方の交わした約定……でしたね……?」

「…………」

「ならば……我ら風の双巫女の魂、テンペストソウルを……覇王、貴方に捧げます。
 どうかどうか、私たちの希望を……未来の、世界の風を……守って、ください……。
 カザハの、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に……力を――」

血に濡れた両手を崖上のグランダイトへと伸ばす。
マリスエリスとロスタラガムが奪ったテュフォンの魂だけでは不十分だった。グランダイトはそれを受け取らなかった。
しかし、テュフォンとブリーズ二人分の魂ならば。

「!? ――させるかにゃ!!」

ブリーズの思いもよらぬ提案に驚き、マリスエリスがそれを阻止しようと動く。
それを食い止められるのは、カザハしかいない。

カザハの周囲では、まだ戦闘が続いている。
エンバースはロスタラガムの出鱈目と言うしかない闘い方に劣勢を強いられている。
ジョンはあの恐るべきニヴルヘイムの首魁相手に、単騎でいまだ持ち堪えているということ自体が奇跡のようなものだ。
明神とガザーヴァは、――わからない。
何れにしても、誰がいつ死んでもおかしくない戦場。どんなに些細なことさえ全滅に繋がりかねない状況。
それを覆し、霞のようにおぼろげな勝利を掴むためには、どんな手段も使わなければならない。
綺麗事だけでは何も救えない。カザハはもう、それを知っているはずだ。

血に濡れたブリーズがカザハの方を振り向く。
その全身が、淡い光に包まれてゆく。風と同化してゆく。
信頼できる同胞にすべてを託し、自身は次代の礎となる。それが風の双巫女の選んだ道だった。
ブリーズは最後に淡い微笑を浮かべると、

「さようなら、カザハ。
 あなたの傍に、いつも良き風が吹きますように――」

そう言って、一陣の風となり消えていった。
後に残ったのは、ふたつの魂。それが太極図のようにくるくると回転し、やがてひとつに融け合う。
烈風を纏い、周囲を眩く照らす緑碧の光玉。
カザハが有するものと同じ、真なるテンペストソウルの輝き。

「…………」

それまで何があっても微動だにしなかったグランダイトが、初めて動く。
手綱を一打ちすると、巧みに軍馬を操って15メートル以上の段差をこともなげに駆け降り戦場に降り立つ。
カツ、と蹄の音を鳴らし、騎乗したグランダイトは悠然とテンペストソウルへ近付いてゆく。そして――

「王様! いかん……いかんて! それを手にしちゃ……!
 く……ぅぅッ! グランダイトォォォォォ―――――――――ッ!!!」

マリスエリスの絶叫が響き渡る中、覇王グランダイトはテンペストソウルにゆっくり手を伸ばし、それを確かに掴み取った。

293崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/07/04(日) 00:56:28
「どきゃあ!」

カザハに肩からの強烈なぶちかましを見舞い、間合いを離すと、マリスエリスは歯を食い縛ってグランダイトを見た。
グランダイトがブリーズの要請を聞いたうえでテンペストソウルに手をかけたということは、
即ちその願いを了承したという証左に違いない。
カザハを、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を護る。新たな世界の風の守護者となる。
その願いを、グランダイトは履行しようというのだろう。
覇王は苛烈な性格ではあるが、虚言を弄したり約束を反故にするような卑劣なことはしない。
むしろ、イブリースほどではないものの正々堂々とした武人として名を馳せている。彼に心酔するアレクティウスにしても、
20万の兵士たちにしても、尊敬するに値しない主君へ仕えようとは思うまい。

だから。

グランダイトがテンペストソウルを手にした刻こそが、覇王がその軍勢と共にジョンたちに味方した瞬間であった。

「……自分が何しとるか分かっとるんにゃ? 王様。
 アルフヘイムにつく……それはつまり、賢師に刃向かうことだっちゅうこと――」

「シルヴェストル共は余の欲するものを供じた。汝らには出来なかった、ただそれだけの話。
 ならば、余も約定を果たさねばなるまい」

「この……!!」

大賢者ローウェルの名を出しての脅しも、グランダイトにはまるで効果がない。
マリスエリスは忌々しげに一度舌打ちすると、狼咆琴を爪弾いた。
今ここで葬り去っておかなければ、敵に回った覇王は後々自分たちにとって大きな脅威となる。そう踏んだのだ。

ギュバッ!!

狼咆琴から放たれた無数の音撃、不可視の矢がグランダイトへと殺到する。
グランダイトが手のひらの中のテンペストソウルをぐっと強く握り込む。輝く魂を掴んだ右手を水平に突き出し、
左手をその横に添え、ゆっくりと外側へずらしてゆく。
それはあたかも、鞘から剣を抜き放つような――

カッ!!!!

テンペストソウルが一際眩い光を放ち、爆発的にその形状を変質させる。
グランダイトの手の中で光玉が長く伸び、暴風を纏い。やがてそれは一振りの長剣へと姿を変えた。
柄に翼を広げ咆哮するドラゴンをあしらった、刀身130センチほどの直剣。
『嵐を招く者』――魔剣ストームコーザー。
ブレイブ&モンスターズの中でもグランダイトの代名詞となっている剣が、然るべき持ち主の手に戻ったのだ。
グランダイトが大きく剣を横に薙ぎ払うと、途端に強烈な風が吹き荒れ狼咆琴の音撃はたちまちのうちに掻き消された。

「く――」

マリスエリスは歯噛みした。
覇王が愛剣を両手で持ち、高く頭上へ掲げる。刀身に渦巻く烈風が、急激にその威を増してゆく。空が俄かに掻き曇り、
禍々しい黒雲が稲光を伴って垂れ込める。

「産声を上げよ、ストームコーザー!
 此れが我ら二度目の生に於ける、出陣の鬨よ!!」

「滅ぶ世界で享けた二度目の生なんぞに、なんの意味があるがね!
 そんなモノは――」

「吹き荒べ、『総てを無に帰す大嵐(ジャイガンテックストーム)』!!」

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!!

戦場すべてを覆い尽くすほどの、大気の振動。稲光が荒れ狂い、雷鳴が轟き渡り、颶風が吹き荒れる。
そして――唐竹割りに振り下ろしたストームコーザーから、莫大な魔力の嵐が迸った。
遮蔽物のない開けた中洲で、指向性のある暴風から逃れる術など存在しない。
極地的に発生した魔力の天変地異、巨大な竜巻に瞬く間に呑み込まれ、マリスエリスはなすすべもなく吹き飛ばされた挙句、
反対方向の壁に背中から激突した。

「が! は……」

受け身さえ取れず時速百数十キロの速度で壁面に叩きつけられ、マリスエリスが血ヘドを吐く。
常人ならば即死だろうが、まだ生きている。激突の瞬間魔力を用いて衝撃を緩和でもしたのだろう。
しかし、もう戦闘はできそうにない。どことも知れぬ場所まで空高く吹き飛ばされなかっただけでもマシというものだった。
騎乗したままのグランダイトがゆっくりと剣を下ろし、びゅん! と一度血振りするようにストームコーザーを振り抜く。
その威容はまさに覇王。ブレイブ&モンスターズのプレイヤーを一度ならず絶望の淵に叩き落とした難敵。

そして。

「……誤解のないよう申し添えておく。
 余はあれを師と思ったことなど一度もない」

グランダイトはそう言うと、マリスエリスの妄言をも両断に斬って捨てた。

294崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/07/04(日) 00:56:59
「うらららららららららららららら――――――ッ!!!!」

『万物の』ロスタラガムが吼える。その短い手足から、無数の拳打が。蹴りが。目にも止まらぬ速度で飛んでくる。

「あはははははははッ! おもしろいおもしろい!
 オマエ、ホントにおもしろいなア―――――!!
 そんな闘い方するヤツ、初めて見たぞ!」

ロスタラガムが無邪気に笑う。
その表情からはいかなる邪智も、策謀も、悪意も読み取ることはできない。
正真正銘、ロスタラガムは闘いを楽しんでいる。まるでゲームでもするように、純粋に闘争に耽溺している。
ロスタラガムにとっては世界の趨勢も、侵食も、大賢者ローウェルの目論見も、まるで興味の対象外なのだろう。
ただ闘えればいい。強い奴がいるならもっといい。
それ以上の難しいことは、もっと頭のいい連中がやればいい――。
この矮躯の闘士は、それしか考えていない。

だからこそ。

他に考えることが何もないからこそ、ロスタラガムは闘いにすべてのリソースを費やすことができる。
通常、一般人が考える戦況の好転であるとか。仲間の救援であるとか。引き際であるとか。
そんなことはまったく考えない。ただ眼前の敵を殴り倒す。蹴り倒す。それだけがロスタラガムにとっての『万物』。
ゆえに、強い。

>――フラウッ!A-5!H-9!合わせろ!

「おうよ! おれも合わせる!」

ガギィンッ!!

エンバースとフラウのコンビネーションは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の中でも群を抜いている。
その戦闘技能は確かな経験に裏打ちされている――かつての燃え残りが生前蓄積してきた確かな地盤がある。
地力が強いとは、こういうことを言うのだろう。マリスエリスに言わせるなら、それがカザハとの違いだ。
しかし、地力の話で言えばロスタラガムもまた膨大な戦闘経験を有している。互いの足許に優劣はなかった。
エンバースがフラウに投げた指示にロスタラガムも相槌を入れたが、それは決して茶化している訳ではない。
実際、ロスタラガムはエンバースの卓越した攻めに完璧に合わせてきている。まるで事前に示し合わせたかのように。

「うははははっ! 惜っしいなー! もーちょい速く動けよな、オマエ!」

並の――否、一流の剣士であろうと回避困難であろう一撃を難なく受け止め、継承者が愉快げに笑う。
ロスタラガムはエンバースの攻撃を目で追っているのではない。目で追える速度を、エンバースの攻め手は既に凌駕している。
が、当たらない。
理由は色々ある。ロスタラガムがエンバースの今まで戦ったことがあまりない矮躯の持ち主であるということや、
膨大な経験によって培われた戦闘勘が無意識にその四肢を動かしている、とか。
だが、一番の理由はロスタラガムの『物覚えの良さ』であろう。
ロスタラガムは一度見た技を決して忘れず、
瞬時に解析した上で(それが人体に再現可能であれば)コピーするという能力を持っている。
その特殊な技能を以てしてエンバースの得意とする攻撃、よく狙ってくる角度、手癖などをすべて看破し、
態々目で追うようなこともせずに予測のみで対処しているのだ。
あたかも未来視を有するかのような、絶対の攻めと守り。
それが十二階梯の継承者第九階梯、『万物の』ロスタラガムの固有スキルであった。

>がっ……!

フラウ必殺の號剣をも凌ぎ、ロスタラガムのミスリル製の籠手がエンバースの真芯を穿つ。
アンデッドを確実に葬り去るには、その肉体に宿る核たる霊魂を打ち砕くのが一番効果的――それもまた、
長い戦闘経験で学習したロスタラガムの知恵であった。
通った。ロスタラガムがニヤリ、と会心の笑みを浮かべる。
エンバースの身体に細かなヒビが入ってゆく。

「はははははっ! おもしろかったぞ、おまえ! すっっっっっげえおもしろかった!
 またやろーな! ……あ、でも、おまえもう死ぬのか?」

>――おめでとさん
>技比べはひとまず、お前の勝ちだ

魂魄を砕かれたアンデッドは滅びる他ない。後にはただ一握りの遺灰が残るのみ――
のはず、だったのだが。

「……ん!?」

ロスタラガムが怪訝な表情を浮かべる。
ひび割れ、砕け、崩壊するのみのはずのエンバースの肉体が、再生している。
その穴の開いた胸の奥には、砕けたガラスの瓶。
エンバースは彼我の実力差を理解していた。自分の末路も。
だからこそ――そこに罠を張った。攻め手が必ずするであろうこと、そうせずにはいられないことを見越して、
霊魂の宿る胸部を狙われることを理解した上で、敢えてそれを穿たれることを良しとしたのだ。

そして。

ロスタラガムは見事にその策に嵌った。

>だけど――
>――代償はデカいぜ

エンバースの溶け落ちた剣が振り下ろされる。
ロスタラガムは、間に合わない。

295崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/07/04(日) 00:57:27
ザヒュッ!!

エンバースの斬撃がロスタラガムの脳天を捉える。
ガツン!! とまるで鉄でも斬りつけたような硬い衝撃が、エンバースの手許を襲う。
ロスタラガムが大きく後方へ跳んで後退する。

「ヒューッ! あっっっっっぶねえええええええ!!
 マジで、今のはヤバかった! 死ぬかと思ったぞお!」

エンバースと間合いを離したロスタラガムがそう言って笑う。
避けられた――という訳ではない。エンバースの一撃は、確かにロスタラガムの脳天にヒットしていた。
その証拠に。

「……お?」

どろり、と額から血が垂れ落ちる。滴る血に右手で触れ、ロスタラガムは不思議そうな表情で間の抜けた声をあげた。
どうやら見切りだとかエンチャントだとかそういったものではなく、純粋に頭蓋骨のぶ厚さで凌ぎ切ったということらしい。
元々ロスタラガムは鋼のような密度の筋肉とコンクリートブロックをも凌駕する硬さの骨格を持っている。
脳味噌の体積が少ない分、頭蓋骨の厚みが半端ではないということなのだろう。
尤も、エンバースの攻撃がやっと通ったというのは紛れもない事実だ。
ただし、今のような捨て身の奇策はもう学習され、二度と通用はしないだろうが。

「……ぅ……」

顔を俯かせ、ぷるぷるとロスタラガムが全身を震わせる。
自身の出血を見、衝撃を受けたということなのだろうか――否。

「うっひひひひひひ……うははははははははははっ! ははははははははははははは!!!
 すっっっっげえええええ!!! おれ、久しぶりに自分の血ぃー出たぞ!! やっべえ! マジでやっべええええええ!!!
 オマエ、ホンット……おもしろいヤツだなぁー!」

がばっと顔を上げると、ロスタラガムは心底楽しげに笑った。
ガツン! ガツン! と高らかに籠手を打ち鳴らし、闘志を満々と湛える。

「今までのヤツらは、おれが本気出すとすーぐ壊れちゃってゼンゼンおもしろくなかった!
 でも……オマエはちがうっぽいな! んじゃァ――おれもけっこー温まってきたし! そろそろ本気でやるかぁ!」

顔面血まみれで無邪気に笑いながら、ロスタラガムはゆっくり腰を落として構えを取った。
その全身から、ボウッ! と膨大な闘気が噴出する。第二ラウンド開始だ。

「いっくぞおーッ!!」

脳天に一撃喰らった際の出血はもうすっかり止まっている。ロスタラガムが上体を前に傾がせる。
だが――

そんなとき、不意に空が掻き曇り、膨大な魔力を湛えた黒雲が戦場の上空を覆い隠した。
激しい突風が吹き荒れ、雷鳴が轟き渡り、稲光が戦場を瞬間的に白色へと染め上げる。
そして、耳を劈くような大音声と共に発生した竜巻が、マリスエリスを遥か後方の壁に吹き飛ばしていた。

「う、うわーっ!? エリ! エリいいいいい!?」

頭上を爆速で飛んでいき、壁面に磔になった同胞を見て、ロスタラガムが激しく動揺する。
全幅の信頼を置いていた仲間がまさか撃破されるとは思っていなかったのだろう。
対戦相手のエンバースそっちのけで跳躍し、マリスエリスを助けに行く。

「エリ! だいじょぶか!?」

「……ッ……ぅ、ぐ……不覚、にゃ……。
 まさか、『覇道』がアルフヘイムにつくなんて……賢師に申し訳が立たん……がね……」

ロスタラガムに救助されたマリスエリスがごほ、と血を吐く。

「どうすんだ? エリ?」

「ここは……一旦、退却するしか……にゃあも……。
 他の連中に『覇道』が『創世』の師兄についたこと……報告、しにゃぁと……。
 ……『異邦の魔物使い(ブレイブ)』、ここは……おみゃーさんらの勝ちとして……おく、にゃぁ……」

最後の力を振り絞ってそう告げると、『詩学』はがくりとこうべを垂れた。気絶したらしい。
そんな仲間を右肩に担ぎ上げ、ロスタラガムがエンバースを見る。

「しょうがねーな。ま、いっか。けっこー遊べたしな!
 おーいっ! オマエー!
 おもしろかったぞー! またやろーぜ! 次は負けねぇからなあー!」

ぶんぶんと空いている方の手を大きく振る。どうやら遺恨などはまったくないらしい。
いまいち緊張感に欠ける捨て台詞と共に、十二階梯の『詩学』と『万物』は戦場から離脱した。

296崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/07/04(日) 00:57:51
ジョンとイブリースの剣が激しくぶつかり合い、火花が散る。
甲高い激突音と共に闘気が荒れ狂い、地面が抉れ、すぐ近くを流れる川の流れが逆巻いて大きな渦を造る。
ヒューム最高のフィジカルと、魔神と呼ばれる上位生命体の肉体と肉体が、剣と剣が――意地と意地とか衝突を繰り返す。
その力はまったくの互角。人間が兇魔将軍イブリースを相手に持ち堪えるどころか、時として押し返してさえいる。
まさにジョンこそは人間という種族の最高峰と言うべきであろう。
しかし、そんなジョンの攻撃は文字通り魂を、生命力のすべてを懸けて繰り出しているようなもの。
ここまで持っているということが正真正銘の奇蹟なのだ、そしてそれも長くは続くまい。

>お前には…僕達とうまくやっていく道もあったはずだ。
 例え最後に裏切るとしても…殺すその前まで仲良くするフリくらいできただろう
 なゆも明神も単純だから取り入るのはすごい簡単だった…なのにしなかった!

「脆弱なヒュームらしい、姑息な考えだ! そんな奸計は武人の採るべきものではない!
 それに――例え演技であろうと、貴様らと仲良くなどできるものか!」

ガギィンッ!!

もう何合になるだろうか、ジョンの大剣とイブリースの業魔の剣ががっちりと噛み合う。
鍔迫り合いの体勢にもつれ込みながら、両者は顔を見合わせた。

>目的が最優先と言いながらやってる事はどうだ?近道どころか自分で遠回りしてるじゃないか
 現に今、復讐したいが為に一人で戦おうとしてどうなった?
 結局、力を持ってても…頭が使えない…人も信用できないお前は…もう一度奪われる事になる

「ぐ……! 黙れ! 貴様らの言う卑劣な策で勝利を収めて、いったい何になる!?
 姑息な手段で掠め取った勝利で、散っていった同胞たちに胸を張って報仇したと言えるのか!
 誇りのない貴様らと……オレを一緒にするな!!」

>でもさ…世界を救うだけなら…僕達は協力できると思うんだ…復讐はその後いくらでも付き合ってやるからさ
 それともお前が想っている人達は世界が滅んでもいいから俺達を助けてくれって言うようなタイプなのか?違うだろう!
>イブリース…僕達が信頼に足る存在だとお前に証明してやる。
 だからこの戦いで僕達が勝ったら…なゆといっしょに世界を救ってくれ

「世迷言を……」

《このままのやり方では、何も解決はしません。
 彼らの召喚した『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は強い。きっと、貴方は敗北するでしょう。
 やり方を変えなければ……彼らと手を取り合い、協調して――》

「………………!!!」

ジョンの説得を聞き、胸の奥にある記憶がフラッシュバックする。
かつて、天空魔宮ガルガンチュアでバロールが言われていた言葉だ。
だが、今となっては。その言葉が何より当て嵌まるのは、自分自身ではないのか?

――オレのやり方では、ただ目の前の敵を怨讐の許に殲滅するだけでは、何も変わらないのか……?
  こいつらアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は、今まで幾度も窮地を乗り越えてきた。
  オレの差し向ける『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を、刺客を、悉く退けてきた……。
  オレも、敗れるのか? 敗北するのか? 貴方の言うように。
  こいつらと手を取り合い、協調することなど……このオレにできるのか……?

イブリースはジョンを見た。
血にまみれ、息も絶え絶えで、今にも死んでしまいそうな。
だというのに決して死なず、みっともなく悪足掻きして、仲間たちに希望を繋ごうとしている男。
自分たちを信じろと、協力しようと、一緒に世界を救ってくれと懇願する男を。

>この場にいて…僕とあんただけだ。過去に縛られて…後ろしか見ていないのは…
>そろそろ前を向いて歩かなきゃな…生きてるんだったら…死ぬ気で頑張れるのは生きている者の特権だから

「オレが……過去に縛られている……」

確かにそうだ。
兇魔将軍イブリースの行動原理は、すべて一巡目由来のものである。
一巡目に『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に狩られ、命を落としていった同胞たちの仇討ちのため。
一巡目に滅びてしまったニヴルヘイムを、今度こそ救うため。
一巡目に交わした、大切な人との約束のため――
だから。
だからこそ、自分は敗北する。またしても負けて、何もかも喪ってしまう……?

「ぅ、ぅ……ぐ……!!」

左手で顔面を押さえ、イブリースは懊悩した。
そんなイブリースを真正面に見据えながら、ジョンが剣を構える。遮二無二突進してくる。

「過去に囚われて、何が悪い!
 過去の記憶が呪縛だと言うのなら、オレは喜んで囚われよう!
 オレに前を向いて歩き出せる時が訪れるとしたら――それは! 貴様らを皆殺しにした後だけだ!!!」

イブリースが叫び、業魔の剣を突き出す。
ほんの一瞬ではあるものの、意識を乱されたために反応が遅れてしまった。ジョンの膂力なら、
業魔の剣を弾いてイブリースの懐に潜り込み、起死回生となる致命の一撃を見舞うことも可能であっただろう。
だというのに、ジョンはそれをしなかった。
次の瞬間――

>ゴホッ

ジョンは業魔の剣に自らを捧げるように、その刃に自分から望んでその身を穿たれていた。

297崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/07/04(日) 00:58:19
「……バカな」

ぽたぽたと、ジョンの身体から流れる血が刀身を伝ってイブリースの手を濡らしてゆく。
目の前で起こった信じがたい光景に、兇魔将軍は驚きの表情で双眸を見開いた。

>フー!フー!…中々きっついねこれ…

「貴様、いったい何を……」

イブリースからすれば、ジョンの行為は完全な自殺行為にしか見えない。
自ら無防備に敵の剣に貫かれるなど、正気の沙汰ではない。
だが、ジョンには確かな勝算があった。勝ちに至る道筋がついていた。
ジョンを振り払おうとイブリースが身じろぎする。が、ジョンはそんな兇魔将軍の丸太のような腕を掴んで拘束し、離さない。
棺桶に片足を突っ込んでいる人間のどこにこんな力がと訝しんでしまうほどの、猛烈な腕力だった。

>逃げたいかい?…そうだろうね…部長!

『ニャアアアアアッ!!』

ユニットカードが発動し、部長がありったけの力でイブリースの背に雷で出来た刃を突き立てる。
『雷刀(光)(サンダーブレードユピテル)』。その効果が覿面に発揮される。

「がはっ」

大したダメージではない。だがジョンの狙い通りイブリースを数秒間麻痺させることは可能だった。
全身が痺れ、うまく力が入らない。その間にジョンが万力さながらの剛力でイブリースを拘束する。

>逃げ遅れるには十分だと思わないか?
>もう一度いうぞ!僕の事は気にするな!!やれ!!!

「仲間にオレを攻撃させるためだけに、自ら望んで刃に掛かったというのか……!?」

ジョンの狙いに愕然とする。
しかし、イブリースは我が身の傷をも厭わないその覚悟に驚嘆したのではない。
そこまで無条件に仲間を信じることができる、ジョンと仲間たちの信頼の高さに、絆の強さに驚嘆したのである。

――なぜ、こいつはそこまでできる? 我が身を犠牲にできる? 赤の他人ごときのために……?

思えばイブリースはずっと独りで戦ってきた。
地球――ミズガルズからピックアップ召喚したミハエル・シュヴァルツァーや煌帝龍、
ロイ・フリントなどの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』や共闘を申し出てきた十二階梯の継承者ら協力者はいたが、
連中とはあくまで利害の一致する関係でしかなく、そこに信頼や絆など生まれるべくもなかった。
けれども、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちは違う。
互いが互いを信じ合い、きっと自分の想いに応えてくれると思っている。強く結びついている。
それこそが、自分と彼らを隔てるものだというのか?

――嗚呼。オレが心から信じている者と言えば、あの御方の他はない。
  オレに生命の尊さを教えてくれた。騎士の忠節を教えてくれた。この世で最も尊き、忘れ得ぬ方――

《もしも、わたしがいなくなってしまったとしても。どうかこの世界に息衝く生命を護ってくださいね。
 イブリース、わたしの騎士――》

――それは。
















――それは、誰だ?

298崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/07/04(日) 00:58:51
>ヤマシタ!怨身換装――モード・盾!

明神はロスタラガムに撃墜され地面に横たわるガザーヴァの許まで辿り着くと、すぐに防壁を展開した。
ピンク色の法被を着込んだヤマシタが巨大な盾を構え、戦場を飛び交う流れ弾から明神とガザーヴァの身を護る。

「……明神……」

十数メートルの高さから馬ごと叩き落されても、ガザーヴァの身体に支障はないらしい。
だが、兜のスリットから覗くその眼にはいつもの元気は微塵もない。
カザハよりも優位に立つことのできる、只のシルヴェストルではない特別なシルヴェストルになれるはずのアイテムが、
自分に何の福音も齎さなかった――やっと見つけたたったひとつの光明が、紛い物だった。
その衝撃が、落胆が、ガザーヴァの心を完膚なきまでにへし折ってしまった。
が、そんな意気阻喪したガザーヴァの都合など関係ないとばかり、明神は無理矢理にガザーヴァの腕を引っ張ると、
抱き寄せるようにして戦闘の最前線から退いた。ガーゴイルもふらふらとそれに続く。

「…………」

明神に腰を抱かれると、ガザーヴァは明神の胸に密着して軽く両手をつく格好になる。
甲冑越しとはいえ図らずも明神に抱き寄せられ、ガザーヴァは微かに喘ぐように小さな吐息を零した。

>久しぶりだな。元気にしてたか

「…………」

安全な場所で身体を離し、地面にぺたんと尻をついて座り込む。
元気だったなどと言えるはずもない。今更、どの面を下げて明神の顔を見ればいいというのだろう。
レプリケイトアニマでレクス・テンペストに覚醒したカザハが憎くて憎くて、堪らなくて。
コンプレックスを払拭できず、劣等感に耐えかねて無断でパーティーを出奔してしまった。
そうして策謀を巡らせ、双巫女を見殺しにし、まんまと十二階梯の継承者たちを出し抜いたというのに――

何もかも全部、一切合切、一から十まで無駄だった。

愉快犯的に笑いながら悪事を働く幻魔将軍ガザーヴァを『ニヴルヘイムの道化師』と称する者がいる。
実際に公式ガイドブックにも、設定資料集にもそう書いてある――けれど。

――これじゃ、ホントにピエロだ。

もう、自分には何もない。文字通りの八方塞がりだ。
ついに自分はカザハに勝てなかった。幻魔将軍ガザーヴァは、何者の特別にもなれなかった。
後はきっとこのまま、父にさえ見捨てられたカザハの粗悪なコピーという劣等感を引き摺ったまま生きるのだろう。
滑稽な、出来損ないの道化師。

>テンペストソウルがお前の力にならないって分かった時、『ふざけるな』っつったよな。
 だけどそれで足りるか?お前はもっと、もっともっと、色んなことにふざけんなって言って良い

明神が告げる。
しかし、今更そんな励ましの言葉に何の意味があるだろう。
紡がれた言葉の真意を図りかね、ガザーヴァがおずおずと明神の顔を見上げる。

「……そんなこと……」

>……どいつもこいつも、レクステンペストじゃなきゃ特別じゃないみてーに言いやがって

吐き捨てられる言葉には、怒りが籠っていた。
実際、明神は憤っているのだろう。レクス・テンペストは特別、それ以外は不良品――そう公言して憚らない者たちのことを。
ふざけんなと、そう怒っている。

>特別はひとつじゃない。そうだろ幻魔将軍ガザーヴァ。ブレイブの宿敵にして、永劫のライバル!
 お前には、自分で積み上げてきた特別があるだろうが

「……そんなの……分かんないよ、ボクには分かんない……!
 レクス・テンペストになるために、ボクは生まれてきたんだ! そうなるようにって望まれてきたんだ!
 だのに、ボクにはその先天的な素質も、後天的にそれになる方法もなかった……。
 ボクは特別なんかじゃないよ……。仮にオマエの言うとおりだったとしても、
 それはゲームのボクがやったことで。元々決まってたプログラムで……。
 今ここにいるボクとは、別人のやったことなんだもの……!」

涙声でガザーヴァは叫んだ。
幻魔将軍ガザーヴァが『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の因縁の宿敵だというのは、あくまで『設定』の話だ。
それは所詮ゲームを製作したメーカーや、設定を考えたスタッフによって与えられたものに過ぎない。
ガザーヴァはそんなお仕着せの設定なんかではなく、自分の手で。身体で。培った特別が欲しかったのだ。
ダウンロードされたゲームの数だけ存在する、エネミーの幻魔将軍ではなくて。
今この世界に生きる、生の肉身を持った生命体としての。一個の人格ガザーヴァとしてのオンリーワンを望んだのである。

「なんで……なんでだよぅ……!
 なんでボクは特別じゃないの……? ボクが悪いことをしたから? いっぱい人の命を奪ったから……?
 パパに喜んでほしかったの……、頭を撫でてほしかったの……!
 えらいぞガザーヴァって、おひざの上で。抱きしめてほしかっただけなの……!」

魔力で形作られた漆黒の甲冑が、霧のように消えてゆく。
明神の目の前に残ったのは、臍出しのトップスにベスト、ホットパンツにサイハイソックスの軽装に身を包んだ浅黒い膚の少女。

「こんなに苦しいなら、こんなに悲しいなら、生まれてなんてこなきゃよかった……!
 アコライトで消滅してれば、こんないやな思いはしなくても済んだはずなのに!
 オマエたちのことを恨んで、憎んで、ゲームの中のボクとおんなじ気持ちのまま消滅できたはずなのに!
 でも、それももうできない! できやしない……!」

大きなアーモンド形の双眸から、ぼろぼろと大粒の涙が零れては頬を伝う。

「――オマエらのこと! スキになっちゃったから……もう恨めないよ……!!」

わっと泣き崩れると、ガザーヴァは両手で顔を覆った。

299崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/07/04(日) 00:59:13
爆音が、咆哮が、烈風が吹き荒れる戦場の中で、明神とガザーヴァのいる空間だけは不思議なほど静かだった。
そんな空間の中に、ガザーヴァの慟哭だけが響いている。
どれほどそうしていただろうか、束の間の沈黙を破り、やがて明神が口を開く。

>俺にとっては、お前はとっくに特別なんだよ。ブレイブと幻魔将軍の関係だけじゃない。
 デリンドブルクで、アイアントラスで、レプリケイトアニマで!一緒に死線潜ってきた戦友だ。
 2人で他人を煽り散らかすのが何より楽しい、ウマの合う悪友だ

先程ガザーヴァは『幻魔将軍と『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の関係は前もって用意されたものに過ぎない』と言った。
言わば同姓同名の別人が為したことで、ここにいる自分自身の培ってきたものではない――と。
だが、明神がたった今口にした言葉はそうではない。
デリントブルクで燃え盛る穀倉地帯の中、姿なき狙撃手に脅かされながら戦った。
アイアントラスで武装したゴブリン・アーミー相手に連携した。
レプリケイトアニマで、押し寄せるアニマゾルダートの群れを相手に協力した。
そればかりではない。戦い以外でもマル様親衛隊を相手にふたり揃って煽り散らかしたりと、
数ヶ月の付き合いではあるものの、ふたりはぴったりと息の合うコンビネーションを見せつけてきた。
それは、ゲームの中の幻魔将軍には決して真似できない。
紛れもない自分の、自分だけの思い出。他の誰も持ち得ない、世界でただ自分と明神だけが共有する大切なメモリー。
自分は確かにそれを持っている。

「……とっくに……特別……」

>……言い訳がましいか?ひひっそうだな。結局のところ、手の届かないモノを諦める言い訳なのかもしれない。
 だからあれこれ理屈つけんのもお終いだ。俺が今から証明してやる。
 ふつーの生まれのこの俺が、無敵の兇魔将軍をぶっ倒してな

そう。
人は誰しも特別になれるのだ。誰かと手を取り合って、特別な関係を構築していけるのだ。
そうやって手を繋ぎ、ひとりがふたり、ふたりが三人と寄り集まって出来たのが、
今のアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』パーティーなのだろう。
ひとりひとりは凡庸であっても、何も秀でたところがなくとも。
生まれながらの神でも、魔王でも、貴族でも、レクス・テンペストでなくても――
力を束ねれば、至強に勝てる。

>生まれ持った素質も、御仕着せの特別も要らねえ。
 そんな曖昧なもんに頼らなくたって、俺達は――自分の中の挫折や絶望を、肯定していける

かつてモンデンキントとの一戦を切欠に闇落ちし、ブレモン史上最悪のクソコテと呼ばれた明神が口にするからこそ、
その言葉は意味を持つ。力を有し、輝きを放つ。
何より。

>俺にとっては、お前はとっくに特別なんだよ。

その言葉がガザーヴァの心を差し穿つ。絶望に冷え切っていた心に、熱い活力を注ぎ込む。

――ボクが。特別?
  もう、ずっと前から? 明神の特別だった……?

アルフヘイムの各地を旅して、一緒に生活して。戦って。
明神に纏わりついて、セットした髪をわしゃわしゃに乱してやって。
何かいいことがあると、ふたりで示し合わせてハイタッチなんかもしたりして。

楽しかった。とっても楽しかった。
バロールの下で命ぜられるまま人を欺いて、陥れて、殺していたときも楽しかったけれど。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と過ごしているときの楽しさは、傷つけたり殺したりするのとはまるで違う心地よさがあって……。

――ああ。そっか。

――ボクはもう、とっくに特別だったんだ。

>混ざれよガザーヴァ!テンペストソウルがなかろうが、バロールの望んだ形じゃなかろうが――
 俺とお前が組めば、最強だ!

言いたいことは粗方伝え終わったというのだろうか、明神が勢いよく戦線へと復帰していく。
その背中を、見る。――ボロボロで、煤けていて、吹けば飛びそうな背中。けれど――

それは。漢の背中だった。

「へへっ……。なーにが『証明してやる』だよ、カッコつけちゃってさ……。
 ホントは怖くて堪んないクセして、強がって……全然、カッコよくなんてねーってーの……!」

ガザーヴァは小さく笑うと、ぐしぐしと乱暴に腕で目許を拭った。
そして一度両手でぱぁん! と頬を叩き気合を入れると、勢いをつけて立ち上がる。
右手に魔力で長大な騎兵槍を生成すると同時、ガーゴイルもいつでも行けるとばかり主人の傍に寄り添う。

「……でもさ。
 どんだけボロ雑巾みたいでも、やせ我慢してても。カッコ悪くっても……。
 それでこそだ! それでこそボクの大好きな『うんちぶりぶり大明神』だぜ!!」

ばっ! とガーゴイルの鞍に飛び乗ると、ガザーヴァは猛然と最前線へ駆け出していった。

300崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/07/04(日) 00:59:40
「ぬ……!!」

明神がクロスボウでイブリースへ矢を放ったのと、ジョンが自らを犠牲にしてイブリースの動きを封じるのはほぼ同時だった。
すぐにイブリースは翼を大きく広げ、矢の攻撃から我が身を護る。
その間隙を縫い、競馬の騎手さながらガーゴイルの背に前傾で跨ったガザーヴァが矢のように地を駆けてゆく。

「焼死体! ボクが合わせてやる、ブチかませ!!」

ガザーヴァが鞍上で叫ぶ。
ジョンが決死の覚悟でやっと作った隙だ。ロスタラガムが戦場を離脱しエンバースがフリーになった以上、
この好機を逃す手はない。
エンバースの攻撃にガザーヴァがタイミングを合わせて騎兵槍での突撃(チャージ)をぶちかますコンビネーションだ。
イブリースは素早く翼を畳み、ジョンと自分の身体の間に無理矢理左足を捻じ込むと、
ジョンの胴体に強烈な前蹴りを喰らわせて強引に業魔の剣を抜き去り、間合いを離した。
目にも止まらぬ立ち回りだが、それでもエンバースとガザーヴァの攻撃への対処は間に合わない。
結果、イブリースはふたりの攻撃をまともに浴びることになった。

「ぐ! がは……!」

しかし、まだ決着はつかない。ずざざざ、と轍を刻みながら後方へ弾かれながらも、しっかりと両の脚で屹立している。
攻撃を終えたガザーヴァとガーゴイルが明神のところへ戻ってくる。

「オマエとボクが組むと最強だぁ?
 そんなの――あったりまえじゃんか!」

泣き腫らした眼を細め、幻魔将軍がへへっと笑う。

「明神オマエ、ホンット……特別だって聞いたからな!?
 まだセキニンだって取ってもらってねーし! いいか、約束だぞ! ちゃんと守れよな!
 一生だぞ! 一生、セキニン持ってボクの面倒! 見ろよな――!!」

「幻魔将軍……姿が見えないので、どこへ行ったものかと思っていたが。
 バロールがアルフヘイムに与している以上、貴様もそちら側にいるのが道理か」

「おーよ! 今回はオマエの味方してやれねーや、ゴメンな!
 てことで、とりま死ね! 『暗撃驟雨(ダークネス・クラスター)』!!」

ドドドドドッ!!!

ガザーヴァの突き出した左手から、無数の闇の魔力の弾丸が飛んでゆく。
マシンガンさながらの魔力の掃射を、イブリースは業魔の剣の腹を盾代わりにして危なげなく受け止めてゆく。
そして、返礼とばかりの魔力の放出。

「『暗撃琉破(ダークネス・ストリーム)』!!」

ゴウッ!!! と音を立てて放たれる魔力の奔流。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がそれを避けると、
イブリースはゆっくりと業魔の剣を両手で握りしめ、構えを取った。

「邪魔者は消え、図らずも最初と同じ状況に戻ったようだな……。
 いや、そちらは幻魔将軍と覇王を加え、最初よりも戦力増強と言ったところか」

イブリースの全身から靄のような瘴気が滲み出、ゆらゆらと揺らめく。
確かに行方不明だったガザーヴァが戦列に復帰し、グランダイトがアルフヘイム側につきはしたが、
グランダイトは戦場の外れに佇んだまま動く気配がない。
この勝負は自分が出るべきでない、因縁の戦いは双方のみで決着をつけるべき――と思っているのだろう。

「貴様らが信用に足る存在だということを証明すると言ったな。
 貴様らが勝ったら、一緒に世界を救えと。
 いいだろう……そこまで大きな口を叩くならば、オレに見せてみろ。
 貴様らの信念を、正真正銘、世界を守りたいと願うその心の強さを!」

業魔の剣から強烈な闘気が迸り、戦場に息苦しいほどの圧迫感をもって満ちてゆく。

「だが――オレも今まで拠り所としてきたものを易々と捨て去ることはできん。
 依然、オレは貴様らを殺す気で往く! それで死ぬなら、貴様らの信念もそこまでということだ!
 それを心した上で、全員! かかってこい!!」

ニヴルヘイム最強の魔神、兇魔将軍が吼える。

「ボクたちにボッコボコにやられなくっちゃ、こっちの味方になる踏ん切りがつかないってかー?
 へっ! 相変わらずの石頭だなイブリース! ボクみたいにさっさと仲間になっちゃえばいいのにさー!
 そんなんじゃ、まーたアイツに泣かれちゃうぞ?
 アイツ、ボクらが魔族っぽいコトするたんびに悲しそーなカオしちゃってたもんなぁ……って、アレ?」

イブリースを挑発するように煽り立ててから、ガザーヴァがふと左手の小指を下唇に添えて小首を傾げる。

「……アイツって……誰だっけ?」

「思い出話などに興味はない、此の場にあるのはただ闘争のみ!
 来ぬならば、此方から行くぞ――!!」


【ブリーズ死亡。『覇道の』グランダイトがテンペストソウルから魔剣ストームコーザーを生成、味方に。
 マリスエリス、ロスタラガム離脱。ガザーヴァが戦線復帰。

現在のイブリースの状況:
体力:若干減
魔力:若干減
攻撃力:減
防御力:減
第三の目:正常
翼:飛翔力なし
尻尾:正常
加護:無効


『黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)』発射まであと1ターン】

301カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/07/10(土) 23:30:36
>「そんな大振りの盲撃ちがアタシに当たると思っとるんなら、舐められたもんだにゃ。
 ほらほらぁ! もう息が上がっとるがね! 日頃使いもせん大鉈をいきなり振り上げるから――そうなる!!」

「―――ッ!!」

弦がカザハの太腿を切り裂き、カザハはよろめいてへたりこむ。傷が深いのだろう。
私はカザハを支えるべく駆け寄ろうとするが……動けない。
いつの間にか無数の弦によって拘束されていた。

>「っとォ……おみゃーさんらも下手に動かん方がええよぉ?
 もし不用意に動いて、首が落ちてまっても……アタシは保証せんからにゃ」

>「ひとっつだけ教えてやるにゃ、レクス・テンペスト。
 戦いってのは、経験と蓄積。積み重ね(バックボーン)が何より物を言うんだわ。
 生のままの資質なんちゅうもんで潜り抜けられるようなレベルの戦いは、もうとっくに終わっとるんよ。
 ポッと出の能力なんぞ、幾ら出したところでアタシら継承者には通じにゃあがね」

「それ、ガザーヴァに言ってあげてよ……!
生まれ持った資質なんかに大した意味は無いって! こっちは勝手に嫉妬されていい迷惑なんだ!」

まあ、困りますよね……。
カザハにしてみればいつの間にやらバロールさんに勝手にコピー体を作られていて
微妙に完コピ出来てなくて失敗作扱いしてまともに扱わなかったばっかりに嫉妬されて目の敵にされているのだから。
あれ、もしかしなくても諸悪の元凶はバロールさんなんじゃ……。

>「傷つけば傷つくほど、血を流せば流すほど、人っちゅうもんは強くなる。
 アタシの相手がおみゃーさんで本当にラッキーだったにゃ、他のおみゃーさんのお仲間――
 あの焼死体やら大男やらが相手だったら、アタシもちょぉーっとは苦戦したかもしれんがね。
 闇雲に大きな力を振り回すしか能がない、薄っぺらなおみゃーさんが相手で。ホント楽させてもらったにゃぁ!
 てことで――遊びはおしまい! とどめだぎゃ!」 

即刻とどめを刺さずに長々と無駄話をしたのは、完全に勝利を確信しているからなのだろう。
というのもカザハは片足を深く切られて立てず、私達は身動きが取れない。事実として詰んでいた。

>「カザハは……殺させは、しません……!」

ブリーズが弦からの脱出を図るが、瞬く間に血まみれになる。

>「く……ふ……」

「バカなことはやめて! 最初に言ったでしょ!?
そんなことをしたら死……まさか……最初から……!?」

カザハは言いながら何かに気付いたようだ。
奇しくも最初にカザハが言った通り、テュフォンのテンペストソウルを持った状態でブリーズが死んだら、完全なテンペストソウルが出来上がる。
それこそがブリーズの狙いだったのだ。

302カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/07/10(土) 23:31:28
>「カザハ……。あなたは、勘違いをしています……。
 あなたが私を守るのではない……私が、あなたを守るのです……。
 でなければ……テュフォンが、命を賭して……活路を開いた、意味が……なくなってしまう……」

「嫌だ!! 置いていかないで。私にはそんなの背負えない……!
妹は姉より先に死んだら駄目なんだ!」

カザハは頭を横に振り、子どものように駄々をこねた。

>「私、たちでは……駄目なのです……。次代の風精王を、世界の風を担うのは……あなたで、なくては……。
 そのために、私たちは……ずっと、待っていたのです……。私たちでは、できないこと……。
 たくさんの土地を……旅して……。たくさんの人と……触れ合い……。
 多くの風をその身に受けた……あなたが……新しい、世界の……風と、なること……。
 カザハ、どうか、どうか……私たちの、最後の……務めを……果たさせて、ください……」

私は気付けばカザハの横に瞬間移動し、拘束を脱していた。
カザハが《ブリンク》のスペルカードを発動して救出してくれたのだ。
悲壮な決意を固めたようなカザハが私の背によじ登る。

「戦いは積み重ねが重要らしいからさ……」

今の周回でも前の周回でも鉄板だった、基本の戦闘スタイルに立ち戻る。
カザハは私の背に乗れば、たとえ立てなくたって戦えるのだ。

「烈風の加護(エアリアルエンチャント)」

私の体が、風のエンチャントを纏う。私は翼をはためかせ、少し体を宙に浮かせた。

>「覇王よ……、十二階梯の継承者『覇道の』グランダイトよ……」
>「アルフヘイムとニヴルヘイム、テンペストソウルを捧げた方に合力する……それが、貴方の交わした約定……でしたね……?」
>「ならば……我ら風の双巫女の魂、テンペストソウルを……覇王、貴方に捧げます。
 どうかどうか、私たちの希望を……未来の、世界の風を……守って、ください……。
 カザハの、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に……力を――」

>「!? ――させるかにゃ!!」

「今だ! 《ブラストシュート!!》」

カザハの合図で私達は合体技を発動する。
効果はシュートアローの強化版、対象を任意の標的に向けて突風でぶっ飛ばす、というものだが。
今回の対象は――自分達自身。つまり平たく言えば捨て身の超速体当たりである。
別に今回が初めての目新しい試みではなく、この世界に来た直後にも、その次にも同じような感じで超レイド級相手に突撃しているのだ。
カウンターでも食らえば大怪我だが、どんな形であれマリスエリスが何らかの対処をせざるを得ない状況になれば
テンペストソウルがグランダイトに捧げられるまでの時間稼ぎをするという目的は達成される。
マリスエリスはブリーズの方に気を取られていたためか、なんとか足止めに成功。
たとえ弦で切り裂かれようとマリスエリスの行く手に立ち塞がり、ブリーズの方に向かうのを阻止する。

303カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/07/10(土) 23:32:40
>「さようなら、カザハ。
 あなたの傍に、いつも良き風が吹きますように――」

「ありがとう。君達のことずっと忘れない。
テュフォンにも伝えて。あの時固まっちゃったからさ……」

カザハは私の背の上で、泣きそうな顔で微笑んだ。
ブリーズの消えた場所でふたつのテンペストソウルが融合し、真のテンペストソウルが出来上がる。

>「王様! いかん……いかんて! それを手にしちゃ……!
 く……ぅぅッ! グランダイトォォォォォ―――――――――ッ!!!」

こうして、グランダイトはついにテンペストソウルに手を伸ばす。

>「どきゃあ!」

気が抜けた私達はマリスエリスにあっさり突き飛ばされたが、時すでに遅し。
真なるテンペストソウルはすでにグランダイトの手の中にあった。

>「……自分が何しとるか分かっとるんにゃ? 王様。
 アルフヘイムにつく……それはつまり、賢師に刃向かうことだっちゅうこと――」

>「シルヴェストル共は余の欲するものを供じた。汝らには出来なかった、ただそれだけの話。
 ならば、余も約定を果たさねばなるまい」

>「この……!!」

なんと、テンペストソウルはグランダイトの手の中でストームコーザーと化した。

>「産声を上げよ、ストームコーザー!
 此れが我ら二度目の生に於ける、出陣の鬨よ!!」
>「吹き荒べ、『総てを無に帰す大嵐(ジャイガンテックストーム)』!!」

あれ程風を自在に操っていたマリスエリスが、成す術もなく吹っ飛んでいく。
これが、双巫女の命と引き換えに、アルフヘイム陣営が得た力……!
壁に激突したマリスエリスは死にはしなかったものの、もう戦闘は出来そうにない。
気絶したマリスエリスはロスタラガムに担がれ、撤退していった。
しかし、まだ戦闘は終わっていない。
イブリースの方を見ると、いつの間にやらガザーヴァが戦線に復帰していた。

>「オマエとボクが組むと最強だぁ?
 そんなの――あったりまえじゃんか!」
>「明神オマエ、ホンット……特別だって聞いたからな!?
 まだセキニンだって取ってもらってねーし! いいか、約束だぞ! ちゃんと守れよな!
 一生だぞ! 一生、セキニン持ってボクの面倒! 見ろよな――!!」

おそらく明神さんがうまいこと説得したのでしょう。
もしかしたらマリスエリスが言ったように、生まれ持った素質よりも積み重ねた物が大切、
という結論に辿り着いたのかもしれません。
カザハはその様子を拍子抜けしたような、白けたような顔で見ていた。

304カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/07/10(土) 23:34:21
「何あれ……。明神さんにちょっと励まされたぐらいでケロっと機嫌直したの?」

いや、拍子抜け、なんてものじゃない。その視線は明確に怒気を孕んでいる。
今まで嫉妬からくる憎しみを向けられても本気で怒ることはなく、困ったように笑ったり、あるいは哀しげな顔をするだけだったカザハ。
こんなことは初めてだ。

「それぐらいなら最初から裏切るなっつーの!
もしかして構って欲しかっただけ!? お陰でこっちは二人も死んでるんだよ!?」

先ほどは、もはや誰が何を言っても通じないと思われるほど、ガザーヴァの絶望は深く見えた。
本人がそれに固執してしまっている以上、もうテンペストソウルを得る以外に彼女が前を向いて生きていく道は無いと思われた。
だからこそカザハは、テュフォンのテンペストソウルを受け継いでほしいと。
それが無理なら始原の風車のテンペストソウルを分けてあげたい、とまで思ったのだ。

《そう……ですよね……。あんまりですよね……》

カザハははっと我に返ったように、乾いた笑いをあげる。

「あはははは。何を一人で怒ってるんだろう。二人はみんなにとってはポッと出のイベントNPCで。
ガザーヴァは大事な仲間でこれからの戦いに必ず必要な存在で。比べる余地もないのは当然だ。
帰ってきてくれたならそれに越したことはないよ」

双巫女はカザハにとっては浅からぬ縁がある者達だったが、皆にとっては会ったばかりの者達だ。
きっと、すぐに2人のことを尊い犠牲として受け入れ、ガザーヴァを温かく迎え入れて前を向いて進んでいく。
これからも皆と共に歩んでいくなら、自分もそうでなければならないと思ったのだろう。

「だから……さっきのは聞かなかったことにして。きっと2人はどっちにしても死んでた……。
彼女を恨むのはお門違いだ……」

もしも誰の犠牲も出ずにこの騒動が終わっていたなら。
カザハは何の蟠りもなくガザーヴァを迎え入れていただろう。
だけど一巡目の時はいざ知らず少なくとも地球生活を経たカザハの本質は、
地球のどこにでも転がっているようなそこそこ人のいい小市民で。
小市民にとって、親しい者を失って尚、光の方を向いて歩み続けるのは、至難の業だ。

「さ、こうしちゃいられない。響き合う星刻の調べ《アストラルユニゾン》!!」

カザハは皆の強化をするべく左手を掲げる。
ガザーヴァの復帰により、その凶悪なぶっこわれバフが真価を発揮――しなかった。
何故だか発動しない。

《え……?》

「あ……れ……? ああ、そっか……そうなんだ」

カザハは寂し気に、だけど何かが腑に落ちたように微笑んだ。

「ごめんねアゲハ……。今度こそ、私達の旅はここで終わりみたい。
そもそもさ、二人は私にシルヴェストルの未来を託して死んだんだよ?
風精王はすぐには即位しなくてもいいとしても……さしあたって巫女を空席にするわけにはいかない」

305カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/07/10(土) 23:35:59
仲間としてあるまじき感情を抱いてしまったために、
アストラルユニゾンにおける”パーティーメンバー”の判定からカザハ自身が外されてしまった、ということらしい。
それがこの世界の何らかの超越的な力によるものなのか、カザハ自身の精神的な問題なのかは分からないが。
この世界のシステムらしきものに、皆の仲間ではない判定を受けてしまったと解釈できるうえに、
巫女の後任として草原に残るのが自然ともいえるような状況。
あまりにも出来過ぎていて、そういう巡り合わせと納得してしまっても不思議はない。

「もう……私達が何もしなくても大丈夫だよね……。
最後にみんながイブリースに勝つのを見届けよう……」

カザハは消耗も激しく、今のですっかり戦う気力を失ったようだった。
しかし、いつの間にか来ていたエンバースさんが声をかける。

>「ストームコーザーになっちまった二人が今、あの世にいるのか、まだそこにいるのかは分からないけど」
>「だけど、どちらにしたって手向けが必要だろ」

エンバースさんは最初、双巫女のことをよく思っていなかった。
しかし、全てを水に流してガザーヴァを温かく迎え入れる流れになりそうな状況の中で、
双巫女のことを気にかけたのは、他でもないエンバースさんだった。

>「お前の為に死んだのは間違いじゃなかったって、証明してやれ」
>「アイツらの期待に応えてやるんだ」

「そんなこと言われても……」

>「俺には出来なかった。だけど……お前はやるんだ。手は貸してやる。下準備なら、とっくに済んでる」

「……そんな無茶苦茶な。でも……自分に出来なかったことを他人に期待するの、ちょっと分かるかも」

カザハもまた、自分には出来ないとたった今証明されたことを、なゆたちゃんに望んでいるのだ。
大切な者を奪われて尚、光の方向を向いて突き進んでほしいと。

>「大量の煙を伴う上昇気流だ。上空に運ばれた煙の微粒子に、空気中の水分が吸収される。
 凝結した水分は気体から液体に変化して、その結果、上空に留まれなくなる。
 俺が何を言っているか、分からないか?要するに――」
>「雨を呼べ。嵐を呼び覚ますんだ」

雨は基本的には水属性の領分。だけど空を見上げてみると、大きな積乱雲が出来上がっている。
それを見たカザハの瞳に再び闘志が宿る。

306カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/07/10(土) 23:37:48
「いける……かも。これなら少しきっかけを与えてやれば雨が降る。カケル、手伝って!」

世界の気候を調整しているという風精王の系譜に連なるカザハは、この状態からならいけると直感したのかもしれない。
私達は空高く飛翔し、積乱雲の中に突入しました。

「下降噴流《ダウンバースト》!!」

カザハの両の手の平から地上に向かって爆発的な突風が噴射される。
そうしながら、私以外の誰にも聞かれない言葉を紡ぐ。

「最初から分かってた……私はなゆ達とは違うって。なんとなく流されてるだけだって。
でも、それでも…… 一緒に冒険している間は勇者は無理でも勇者の仲間ぐらいにはなれたような気がした。
勇気という名の魔法にかかったみたいだった。だけど魔法は……いつか解けてしまうもの」

地面にぶつかった突風は周囲の空気と衝突し、突風前線(ガストフロント)―― 一種の強烈な寒冷前線が発生する。

「だから、これが私達に出来る、最後の手助け……。
明神さん、ご愁傷様。末永くお幸せに爆発しろ。
ガザーヴァ……君ってほんとバカ。たかだか限界集落のトップごときが正真正銘のお姫様に勝てるわけないでしょう。
ジョン君、親友の死を乗り越えて本当のみんなの仲間になった君がどんなに凄いか……やっと分かった。
エンバースさん、私の大切な妹達を気にかけてくれてありがとう。
なゆたちゃん、私には出来なかったけど……ずっとみんなの光でいてね」

カザハは仕上げとばかりにスペルカードを切った。
切ったのはウインドストーム――普段は何の変哲もない風の嵐の攻撃魔法だが
ブレモンにおいては一部の技は特殊な条件下で使うと、別の超強力な技になる、ということがある。

「サンダーレイン・テンペスト!!」

その名のとおり、雷雨を伴った嵐による大規模攻撃兼デバフ魔法だ。
雷鳴が鳴り響き、地上では豪雨が降り始めた。

《やりましたね……!》

「うん、テュフォンとブリーズ、見ててくれたかな……」

カザハが私に、なけなしの全体重を預ける。今度こそ、あとは見届けるだけだ。

307明神 ◆9EasXbvg42:2021/07/19(月) 05:49:04
ヤマシタがクロスボウを射掛ける。
その瞬間、俺は革鎧のガタイの向こうで、ジョンの体が貫かれるのを目の当たりにした。
鍛え上げられたその背中から、イブリースの大剣が生える。

「ジョン――!」

>「もう一度いうぞ!僕の事は気にするな!!やれ!!!」

口の端からぶくぶく血の泡を吹きながら、ジョンが叫ぶ。
ことここに至って、俺には迷う時間なんかなかった。
極度の集中でぎゅうっと引き伸ばされた時間の中で、放たれた矢の風を切る音が響く。

>「ぬ……!!」

防がれた。イブリースは抜け目なく翼を展開。
クロスボウの矢はそこへ突き刺さるが、そこで威力を使い切った。
ジョンがその身を擲ってまで作り出した隙もこれで無意味……じゃあない。
俺たちの攻撃は、まだ終了していない!

>「焼死体! ボクが合わせてやる、ブチかませ!!」

――背中越しに聞こえる声。俺はもう振り返らない。
同時、何かが俺の傍を駆け抜けていくのを感じた。

ガザーヴァだ。
ガーゴイルと共にイブリースへと吶喊し、エンバースと同時に攻勢を仕掛ける。
イブリースは自慢の得物をジョンに捉えられたままだ。

>「ぐ! がは……!」

それでも兇魔将軍の名に恥じない判断力で、ギリギリの刹那をイブリースは乗り越える。
ジョンに仮借ない蹴りを浴びせて突き飛ばし、剣の自由を取り戻す。
――間に合わない。返す刀でガザーヴァとエンバースを迎え撃つが、剣を振るう猶予なんて与えない。
二人の攻撃は、イブリースのボディの真芯を捉えた。

「ヤマシタ!」

瞬間、俺も動く。
蹴り飛ばされたジョンが砲弾みたいに飛んでいく先にヤマシタが回り込んで、
柔軟な革の表面で受け止めた。

「ばっっっっか野郎お前!ジョン!!」

大剣による貫傷で、ジョンの身体は最早元の肌色がわからないくらい血塗れだった。
……おそるべきことに、『血塗れ』程度で済んでいた。
臓器やら太い血管やらが切れてればもっと派手に血が吹き出る。
そうなっていないのは、ジョンが意図的に急所を外して剣を受け入れたからだろう。

「確かにさぁ!俺はお前に言ったよ!『五体満足で帰って来い』って!
 約束通り手足は全部残ってるよ!百点満点だ、土手っ腹にでけえ風穴こさえてなけりゃなぁ!」

大動脈は無事とは言え、大怪我には違いない。
ほっときゃ急所とか関係なしに出血多量でくたばるだろう。

「『工業油脂』――プレイ。ちっと染みるがガマンしろよ、血止めくらいにはなる」

俺は回復スペルを持ってない。ポーションもアラミガ印の即効性のやつは在庫切れだ。
インベントリから出した市販のポーションをジョンの口にしこたまぶち込んで、
ワックスで傷口を固める。これが今できる精一杯だ。

308明神 ◆9EasXbvg42:2021/07/19(月) 05:50:19
「ぶっ倒れるにはまだ早いぜジョン。血は止まったな?骨折れてんならアブラで固めて立ち上がれ。
 反撃の狼煙は上がった。今夜はもうちょい地獄に付き合ってもらうぜ」

>「オマエとボクが組むと最強だぁ?そんなの――あったりまえじゃんか!」

イブリースに痛撃を食らわせ、弾き飛ばされるようにしてガザーヴァが戻ってくる。
振り向いたその目には、紛れもなく覇気を宿した光があった。

>「明神オマエ、ホンット……特別だって聞いたからな!?
 まだセキニンだって取ってもらってねーし! いいか、約束だぞ! ちゃんと守れよな!
 一生だぞ! 一生、セキニン持ってボクの面倒! 見ろよな――!!」

「一生だとぉ?ひひひっ!この期に及んで遠慮してんなよガザーヴァ!
 お前と一緒なら、二生だろうが三生だろうが釣りが来らぁ」

ジョンの処置を終えて立ち上がる。一歩踏み出す。
隣で構えるガザーヴァと、足並みを、揃える。

「……ようやく並べたな、俺たち」

――『バロールの真意なんざ知らねえけどな。……俺はお前のことが嫌いだったよ、ガザーヴァ』

アコライト外郭で、カザハ君の中に宿るガザーヴァに告げた言葉が頭に蘇る。
あの戦いで、俺がガザーヴァを仲間に引き入れたのは、こいつが幻魔将軍だからだった。

――『俺達がその足跡を追い求め、戦い続け、ついに打倒した……ブレモンきっての名悪役だ。
   ブレイブにとって、ガザーヴァは不倶戴天の敵であり、かけがえのないライバルだった』

俺の愛したブレイブ&モンスターズ。
その欠かせない構成要素である幻魔将軍が、歪んじまうことに耐えられなかった。
ゲームで何度も見てきたその姿にもう一度会いたくて、こいつをカザハ君の中から引きずり出した。

だから――結局俺のやってることは、バロールと大差なかったんだ。
レクステンペストの代用品にしていた魔王のように。
俺もまた、ゲームの幻魔将軍をガザーヴァの中に見ていた。

寄り添ってるようで、俺はガザーヴァのことを真正面から見ちゃいなかった。
本当の意味で、こいつの隣に居たわけじゃなかった。

だけど、今は違うって胸張って言える。
だってこいつ、人も殺さないし街も壊さねえもん。
なんなら見た目も全然ゲームと違うしな。鎧の中身とかさ。

「俺は"今"のお前が好きだよ、ガザーヴァ。
 鎧に覆われて見えなかった、踊るように宙を跳ねて、煽り散らして、笑い合う、その姿が。
 画面の向こうの幻魔将軍よりも、ずっと!」

俺たちはもう、ブレイブと幻魔将軍の関係じゃ語れない。語り尽くせない。

今、俺の隣に居るのは。
今、こいつの隣に立っているのは――

「俺たちは、クソコテうんちぶりぶり大明神と、家出少女ガザーヴァ。
 こっからは、ただの性格が捻じ曲がった陰湿野郎と性悪美少女だ。
 刮目しとけよイブリース!お前が嫉妬で狂うくらいの仲良しパワーを見せてやる」

体勢を立て直したイブリースに啖呵を切れば、魔神の双眸が久々にこっちを射抜く。
相変わらず冷や汗がドバっと出るが、膝は震えない。ちゃんと立っていられる。

309明神 ◆9EasXbvg42:2021/07/19(月) 05:51:02
>「幻魔将軍……姿が見えないので、どこへ行ったものかと思っていたが。
 バロールがアルフヘイムに与している以上、貴様もそちら側にいるのが道理か」
>「おーよ! 今回はオマエの味方してやれねーや、ゴメンな!
 てことで、とりま死ね! 『暗撃驟雨(ダークネス・クラスター)』!!」

かつての同僚二人は、それ以上の問答は不要とばかりに攻撃魔法を放ち合う。
反撃のダークネスストリームはもう嫌ってほど見た。横っ飛びで回避する。

「ぎゃはは!当たんねえよそんなモロ見えの攻撃魔法なんざ!
 お前もレイドボスなら分かってんだろ、俺たちブレイブの学習能力のエグさをよぉ!」

レイド戦じゃ被弾して良いのは未予習初見の一撃まで。
避けられる攻撃を避けないのはハラスメントなので通報しますね!!!
本当にギリギリで回避したのでスーツの端っこが焼け焦げてるけど、見なかったことにする!

>「邪魔者は消え、図らずも最初と同じ状況に戻ったようだな……。
 いや、そちらは幻魔将軍と覇王を加え、最初よりも戦力増強と言ったところか」

「そんでお前は加護も剥がれて翼はボロボロ、継承者共もフレに呼ばれて萎え抜けだ。
 全部が振り出しに戻ったわけじゃない。そろそろ王手が見えてきたぜ」

俺がガザーヴァに発破かけてる間に、戦況は大きく動いていた。
エンバースに頭かち割られたロスタラガムは撤退。
グランダイトにぶっ飛ばされたマリスエリスもそれに引っ付いて消えた。

そして、覇王が俺たちの側についた理由――
ブリーズが死んだ。その生命をテンペストソウルに変えて、自ら覇王に献上した。
グランダイトは晴れてストームコーザーを手にして、約束を果たした。

結局、俺たちはフタミコのどっちも救えなかった。
シルヴェストルの求めた救けに応えることは出来なくて、結果的にグランダイトを選んでしまった。

当初危惧されてた覇王軍とシルヴェストルの正面衝突は回避できたとは言え、
それでも失われた命があることを、無視するわけにはいかない。
状況だけ見りゃ、フタミコの首級を手にグランダイトの軍門に降ったようなもんだ。

「カザハ君――」

俺は、マリスエリスと対峙していたであろうカザハ君の方を見れない。
あいつにとってこの状況は、一番避けたかったもののはずだ。
特にガザーヴァの復帰に関しては複雑な心境だろう。

>『悪戯だったじゃ済まないんだぞ!お前はテュフォンを、ポヨリンを!見殺しにしたも同然――』

ガザーヴァなら、殿に残ったテュフォンを救けられたんじゃないか――俺もそれは考えた。
エンバースが言うように、あの場に散ったテュフォンやポヨリンを見殺しにしたのかと。
だけど、仮にガザーヴァが逐電せずに俺たちと一緒に居たとして、まず間違いなく死体がひとつ増えるだけだった。

イブリースとの戦力差はあまりに大きい。
同じ三魔将でも搦め手主体のガザーヴァとゴリゴリ戦闘ビルドのイブリースじゃ相性が悪すぎる。
俺たちブレイブが全員戦闘不能で、継承者二人とイブリースに囲まれたあの状況の中、
撤退支援以上の仕事を求めるのは死ねっつってんのと変わらない。

……いや、全部言い訳だな。
結局のところ俺は、フタミコよりもガザーヴァの方が大事だから、あいつの生還を歓迎している。
好転した戦況が、フタミコの死によってもたらされたことは変わらない。

310明神 ◆9EasXbvg42:2021/07/19(月) 05:51:48
犠牲を悼むのは後でもできる。
目の前の敵に集中しろ。生き残れ。
首が吹っ飛んじまったら、死んでった連中の墓の前で頭下げることも出来ねえぞ。

>「貴様らが信用に足る存在だということを証明すると言ったな。
 貴様らが勝ったら、一緒に世界を救えと。いいだろう……そこまで大きな口を叩くならば、オレに見せてみろ。
 貴様らの信念を、正真正銘、世界を守りたいと願うその心の強さを!」

イブリースは俺たちを睥睨すると、そんなことを口走った。
怒りと憎悪に満ちていた目に、別の光が宿る。
ジョンとのぶつかり合いで、何か変化が起きつつある――?

「随分な心変わりじゃねえか。右の頬ぶん殴られて博愛主義にでも目覚めたか?」

ゴツい大剣の代わりに聖書を抱えるイブリースの姿は、それはそれで神々しさがあるけれど。

>「だが――オレも今まで拠り所としてきたものを易々と捨て去ることはできん。
 依然、オレは貴様らを殺す気で往く! それで死ぬなら、貴様らの信念もそこまでということだ!
 それを心した上で、全員! かかってこい!!」

「試す側で居られんのも今のうちだぜ。信念籠もった左フックをお見舞いしてやる」

三度仕切り直し、開かれた戦端。
俺はガザーヴァを連れてイブリースの右側へ回り込む。

「ジョン!スイッチで行くぞ!!」

エンバースには機動力を活かして遊撃に回ってもらいたい。
だがタンクを張ろうにも、怨身換装はディスペルされるし、ジョンは例によって死にかけだ。
被弾は最小限に抑えなければならない。

したがって、基本はヤマシタがメインでイブリースと対峙し、ジョンはサブタンクとして側面攻撃。
ディスペルの予備動作が確認でき次第ジョンと立ち位置を入れ替える。
ゲーマー式攻略法その4――レイド戦においては定番中の定番、スイッチ戦術だ。

>「ボクたちにボッコボコにやられなくっちゃ、こっちの味方になる踏ん切りがつかないってかー?
 へっ! 相変わらずの石頭だなイブリース! ボクみたいにさっさと仲間になっちゃえばいいのにさー!
 そんなんじゃ、まーたアイツに泣かれちゃうぞ?
 アイツ、ボクらが魔族っぽいコトするたんびに悲しそーなカオしちゃってたもんなぁ」

ガザーヴァが謎の同僚トークでイブリースを煽る。
アイツって誰だよ。誰だよ!!俺の知らないお前の友達とか明神さん心穏やかじゃありませんよ!!!

>「……って、アレ?」

俺の疑問をよそに、ガザーヴァは全く別種の疑問に小首を傾げた。
小指を唇に添えて……なんてあざといポーズなんだ……。

>「……アイツって……誰だっけ?」

やべえ……なんだこの情報密度の薄い会話は……。
そこまで立ち振舞いが分かっててなんで名前が出てこねえんだよ。
お前らのお友達じゃないの?こいつらの共通の友達っつったら三魔将の残り一人――

――んん?そういやこいつらなんで三魔将なんて名前なんだろう。
兇魔将軍と幻魔将軍。二人しかいねえよな。

311明神 ◆9EasXbvg42:2021/07/19(月) 05:52:31
「おいガザーヴァ、三魔将ってデュオユニットじゃなかったっけ――」

>「思い出話などに興味はない、此の場にあるのはただ闘争のみ!
 来ぬならば、此方から行くぞ――!!」

「ああああもう!話は後だな!ヤマシタ、シールドバッシュ!」

イブリースの振るう大剣を、ヤマシタが大盾で凌ぐ。
さらに盾ごと体当たりするようにぶちかまし、体幹を揺らがせる。

「バッシュ!バッシュ!バッシュ!そして必殺のぉ――シールドバッシュ!!」

二撃、三撃とバッシュをぶち当て、イブリースの攻撃の初動を潰す。
業を煮やしたイブリースがディスペルの挙動をとれば、

「ジョン!スイッチ!」

ヤマシタを下げて解呪の効果範囲から離脱する。
これまで何度も、イブリースの戦いを見てきた。実際に刃だって交えた。
その経験値が俺の中に攻略までのタイムラインを刻む。攻撃パターンとその対処法が頭に浮かぶ。

――なんのことはない。やってることは、やるべきことは、ゲームのレイド戦とそっくり同じだ。
何度も失敗しながら挙動を把握し、準備を整え、最適な回避行動と火力の出し方を突き詰めていく。
ブレイブの、ゲーマーの、俺たちの戦い方。俺たちだけの攻略法だ。

>「サンダーレイン・テンペスト!!」

上空からカザハ君の声が聞こえ、追うように雨が降ってくる。
にわか雨なんてレベルじゃない。真っ黒になった雲からは間断なく雷鳴が轟き、時折稲光が地表を穿つ。
俺はその中を駆け抜けながら、イブリースに言葉を投げた。

「ゲーム感覚――俺たちの信念をそう切り捨てたなイブリース。
 間違っちゃいねえよ。俺たちの能力はゲームシステムに則ったもんだ。
 レベリングの為にお前の同胞を殺しまくったってのもその通りなんだろうぜ」

――MMORPGにおけるレイドコンテンツは、時折ダンスやマスゲームに例えられる。
敵の攻撃を回避するにはパーティ皆が事前の取り決めに従って移動しなければならない。
その上で敵を殴り続けられる場所というのも決まっていて、突き詰めると一糸乱れず特定の場所に整列することになる。
ボス戦のフィールドを舞台に繰り広げられる舞踏。

「だけど、だからこそ、俺はこの世界を愛せる。守りたいって心から思える。
 生まれた世界じゃなくても。お前にだって負けないくらい、アルフヘイムやニブルヘイムの美しさを知ってる。
 ロールアウトからずっと、寝る間も惜しんで親しんできた世界だからな」

俺たちは、イブリースをパートナーに踊っていた。
剣戟を交わし、時には相手をとっかえひっかえで、終わりのないステップを踏む。
仲間と、やがてはイブリースとさえも呼吸が同調し、生と死の狭間に芸術を作り上げていく。

「そこに息づく命が、単なるデータじゃないってことも、身を持って理解した。
 なおさらだ。一巡目とやらで殺した分のケツを拭う。取りこぼしてきたそいつらの命を、今度こそ救う」

イブリースからしてみりゃ、散々殺しといて今更何言ってんだって感じかも知れない。
同じ分だけ救えば過去の殺戮が全部帳消しになるかっつったらそれも違うだろう。
それでも俺は、手の届くものを諦めたくない。

「――『好きだから』。何かを大切にするのに、それ以上の理由は要らない」

312明神 ◆9EasXbvg42:2021/07/19(月) 05:53:12
ヤマシタが前線に留まってるおかげで、俺は自由に動く余裕を得た。
ゴルドン発動までもういくばくもない。完璧な状態で叩き込むには、まだ削りが足りない。

「ガザーヴァ!手ぇ貸せ!」

ガザーヴァの右手を左手で握る。
そこから魔力を通せば、こいつは俺のやろうとしてることを理解するだろう。

>――《はっはっは! いやいや、そう卑下したものでもないよ明神君!
   次回は『影縫い(シャドウバインド)』に『負荷軽減(ロードリダクション)』の魔法を併用してみるといい。
   今後の課題としておきたまえ!》

アコライト防衛戦の時、魔法行使の反動でダウンした俺にバロールはそう助言した。
正直言ってまるでアテにならねえアドバイスだ。
魔法の複数同時使用は、言ってみりゃ右手と左手で別々の絵を正確に描くようなもんだ。
魔法初心者の俺にはどうやったって脳みその容量が足りない。

――だったら、他人に魔法を使ってもらえば良い。
繋いだ手を通じて、俺とガザーヴァの間に魔法的な連絡経路を形成。
『負荷軽減(ロードリダクション)』をガザーヴァに発動してもらう。
こいつは本来術者本人を対象とする魔法だが、経路を使って強引に俺も対象に含める。

カザハ君の呼んだ雷雲から、一筋の稲妻が落ちる。
稲光はイブリースの背後に落ちて――閃光が影を引き伸ばす瞬間を、捉えた。

「久々にいくぜ、オリジナル魔法!『影縛り(シャドウテンタクルス)』――!!」

魔力を込めた右足でイブリースの影を踏む。
瞬間、影から無数の黒い触手が出現し、影の主であるイブリースへ向かって殺到した。

影を触媒に闇属性魔力で触手を生み出し操る、『影縫い』をベースに改造した魔法だ。
例によって名前は雰囲気で付けた。
影触手はイブリースの尻尾に巻き付き、その動きを阻害する。

反動の大きい影魔法だが、ガザーヴァの『負荷軽減』がそれを抑止。
若干右足がヒリつくが、無視できる範囲に収まった。

綱引きが始まる。
ガザーヴァなら負荷軽減と平行して普通に攻撃魔法とか撃てるだろうが、
手ぇ繋ぎっぱなしじゃないと俺が死ぬ。

「お、お、お、俺の傍から離れんなよガザーヴァ!この手を離すんじゃねえぞ!!」


【ヤマシタ→メインタンク。ディスペル対策にジョンと適宜交代
 本体→『影縛り』でイブリースの尻尾を拘束】

313embers ◆5WH73DXszU:2021/07/26(月) 21:32:59
【フューネラル・エッジ(Ⅰ)】

ロスタラガムが飛び退く――だが、もう遅い。
刃から伝わる重い手応え/生前、何度も味わった感触。
そのまま渾身の力を込めて、溶け落ちた直剣を振り抜いた。

斬撃を躱すべく飛び退いたロスタラガムの両足が、地面に触れる。
脳機能に制限されない集中力が、その瞬間を刮目する。
倒れろ、と――半ば祈るように念じながら。

そして――

『ヒューッ! あっっっっっぶねえええええええ!!
 マジで、今のはヤバかった! 死ぬかと思ったぞお!』

ロスタラガムは残酷なまでに、あっけらかんと笑った。

『……お?』

魔力の刃はロスタラガムの頭蓋に届いた――だが、そこまでだった。
直前の回避運動/ロスタラガムの生来の頑強さ/丸みを帯びた頭蓋骨。
斬撃が滑る条件は十分に整っていた――頭蓋骨を断ち切れなかった。

ロスタラガムの額から、どくどくと血が溢れる――なんて事のない、致命傷未満。

『うっひひひひひひ……うははははははははははっ! ははははははははははははは!!!
 すっっっっげえええええ!!! おれ、久しぶりに自分の血ぃー出たぞ!! やっべえ! マジでやっべええええええ!!!
 オマエ、ホンット……おもしろいヤツだなぁー!』

「……ふっ。ふふ……ははは……ああ、クソ」

堪え切れず、といった調子で笑う遺灰の男。

「楽しむつもりも、楽しませるつもりもなかったんだがな」

磨き上げた戦技を惜しみなく曝け出す/たった一つの勝ち筋の為に命さえも擲つ。
そこまでしても仕留めきれない強敵――思わず笑いが零れるような死闘。
遺灰の男は――その中に包み隠せない愉悦を見出していた。

一巡目の頃からそうだった――戦う事が、ハイバラは楽しかった。
初めからそうだった訳ではない――人を/命を/知性を殺す事は恐ろしかった。
だが恐れを抱き続けるには、それは少々身近すぎた――いつしか恐れは完全に消えていた。
そして恐れが消えれば、後には練習/実践/上達――まるでゲームみたいな、それらの繰り返しが残った。

やがて――戦う事とゲームの楽しみが、頭の中で結びついた。

ロスタラガムはテュフォンを殺した――この戦いは、楽しんでいい戦いではない。
そもそも殺し合いを楽しむなんて異常な事だ――そんな事は分かっている。
それでも、一度頭の中に根付いた思考回路はもう消えてくれない。
一度死んで、残った死体すら燃え尽きて――それでも。

「……いいぜ。もっと楽しくしてやるよ」

314embers ◆5WH73DXszU:2021/07/26(月) 21:35:23
【フューネラル・エッジ(Ⅱ)】

遺灰の男が狩装束のポケットを探る。
取り出したのは一本のフラスコ/内容物は血のように紅い液体。
【鬼神の呪血】――使用者の膂力/瞬発力を飛躍的に向上させる上位ポーション。

フラスコのスライム栓を指で弾く/フラスコを胸部に突き刺す。
薬液が体内に流れ込む/フラスコを引き抜く/打ち捨てる――次を取り出す。
同様の魔法薬を二本、三本、四本、体内へ注ぎ込む――エアロゾル化した薬液が全身を巡る。

灰と、霊魂と、炎だけで構築された存在は、魔法薬によって強化されるのか――されるのだ。
この世界の魔法は単に技名を唱えるだけのものではない――多様な発動形式がある。
例えば――呪文を唱えたり//特定の図形を描いたり/歌って踊ったり。

あるいは――食用に適さない薬草と虫の死骸を放り込んだ大釜を、高笑いと共に掻き混ぜたり。
魔法薬とは単なる薬物ではない――共有性/保存性に長けた、瓶詰めの魔法なのだ。
であるが故に、その薬効は非生物的な存在に対しても問題なく機能する。

〈……遺灰の方。そのポーションは〉

「生身の人間なら、同時に服用するのは三本が限界だ。だが――」

〈――その体なら、四本まで大丈夫『かも』。『未検証な上に』『根拠も特にないけど』。でしょう?〉

「……ああ、そうだ。だが――」

〈――『それでもやるしかない』。あなたの言う事考える事なんて、全部お見通しです〉

それはつまり――その薬効は、非生物的な存在も問題なく中毒死し得るという事でもある。
遺灰の男の胸部――その奥にある魂魄が、不安定に明滅/膨張/収縮を繰り返す。
ふとした拍子に破裂してしまいそうな――オーバードーズの副作用。

「……そこまで分かってるなら、わざわざ虚勢を暴かなくたっていいだろう」

〈……嫌でしたか?〉

「別に――」

〈――『そういう訳じゃないけど』〉

「……クソ。集中しろ、フラウ」

遺灰の男が追加の魔法薬を取り出す――フラウの分のフラスコを、四本。
白の触腕が一閃――フラスコを斬り裂く/魔法薬がフラウへ降り注ぐ。
ゲル状の肉体に紅い液体が浸透する/その全身が不安定に沸き立つ。

〈ふふっ……ああ、おかしい〉

「おい、もう勘弁して――」

〈あなたは決してハイバラじゃないのに。こんなに懐かしい気持ちになるなんて〉

消え入るような/虚しげな声。

「……いいから、集中しろ。さあ、やろうぜロスタラガム」

遺灰の男には――何も言えない/逃げるように、言葉の矛先をロスタラガムへと逸らす。

『今までのヤツらは、おれが本気出すとすーぐ壊れちゃってゼンゼンおもしろくなかった!』

ロスタラガムの脳天気な声――今この時だけは、それが有り難かった。

315embers ◆5WH73DXszU:2021/07/26(月) 21:37:19
【フューネラル・エッジ(Ⅲ)】

「……ああ、分かるぜその気持ち。だけど、心配いらないさ」

『でも……オマエはちがうっぽいな! んじゃァ――おれもけっこー温まってきたし! そろそろ本気でやるかぁ!』

「次は、お前のハラワタを見せてやる――そうなっても、まだ笑っていられるか?」

顔面血塗れのロスタラガムが構えを取る/遺灰の男がそれに応じる。
刃を下向きにして敵を待ち受ける=イタリア剣術における愚者の構え。
一見すれば無防備/実際には、その逆――遺灰の男は後の先を狙っている。
ロスタラガムが動いた瞬間、梃子の原理をもって質量なき刃を跳ね上げる心算。
つまりカウンター狙い――罠と知っても飛び込んでくる、愚者にはお誂え向きの構え。

勝ち目は――薄い。命懸けの身体能力増強など、ロスタラガム相手には気休めでしかない。

『いっくぞおーッ!!」

それでも挑まなければ勝算はゼロだと、遺灰の男は知っている。

「――来い」

そして――不意に、二人が立つ戦場を暗雲が覆った。
吹き荒れる強風/響く雷鳴/閃く稲妻――それらを構築する膨大な魔力。
瞬間、嵐が吹き荒れる――遺灰の男はその身軽さ故に踏み止まれない/大きくよろめく。

「ちっ……」

それでも――視線は眼前の敵から一切逸れない/万全な状態からでないと戦えない訳じゃない。
ロスタラガムがよろけた隙を突いてくるなら――もっと、更に大きくよろけるまで。
溶け落ちた直剣の魔力刃ならば、不安定な姿勢でも最速の斬撃が打てる。

そして極限の集中力によって遅延する視界の中を――マリスエリスが横切っていった。

「……は?」

直後に響く、ド派手な激突音――遺灰の男の注意がほんの一瞬、そちらへ逸れる。
一瞬――白兵戦の最中において命を落とすには、十分過ぎる時間。
だが――ロスタラガムはその隙を突かなかった。

より正確には、突けなかった。

『う、うわーっ!? エリ! エリいいいいい!?』

ロスタラガムが狼狽を露わに、岩壁に叩きつけられたマリスエリスの元へ駆け寄る。

『エリ! だいじょぶか!?』

遺灰の男がよろけた姿勢を立て直す。

『……ッ……ぅ、ぐ……不覚、にゃ……。
 まさか、『覇道』がアルフヘイムにつくなんて……賢師に申し訳が立たん……がね……』

溶け落ちた直剣の握りを正す/重心を落とす。

『どうすんだ? エリ?』

そして大きく前へ踏み込もうとして――出来なかった。
百戦錬磨の記憶に根付く直感が告げていた――今手を出せば、やられると。
親しい仲間が傷つき、そこに生まれるものは動揺だけではない――そこには、一種の力が生まれる。

怒り/狂気/覚悟/決意/愛――そうした感情が生み出す、理不尽かつ爆発的な力が。
「それ」が自分達の専売特許だと信じるほど、遺灰の男は間抜けではない。
傷ついた相棒を守護らんとする獣に手を出すほど、愚かでもない。

316embers ◆5WH73DXszU:2021/07/26(月) 21:38:42
【フューネラル・エッジ(Ⅳ)】

『ここは……一旦、退却するしか……にゃあも……。
 他の連中に『覇道』が『創世』の師兄についたこと……報告、しにゃぁと……。
 ……『異邦の魔物使い(ブレイブ)』、ここは……おみゃーさんらの勝ちとして……おく、にゃぁ……』

「……おいおい、冗談だろ?これから面白くなるってところじゃないか。逃げるつもりかよ?」

挑発――遺灰の男は正直、内心では安堵していた/だが、それを素直に見せる気はない。

『しょうがねーな。ま、いっか。けっこー遊べたしな!
 おーいっ! オマエー!
 おもしろかったぞー! またやろーぜ! 次は負けねぇからなあー!』

「負けないだと?舐めるなよ、ロスタラガム」

遺灰の男=半ギレ。

「これで勝ったと思うかよ、俺達が」

結果的にロスタラガムとの対決は――まず繰り出した技は全て捌き切られた。
その挙げ句に致命傷を負わされた/代わりに後遺症も残らない程度の傷を負わせた。
要するに遺灰の男の惨敗――「次は負けない」など、煽り文句にしか聞こえない程度には。

「忘れるなよ、ロスタラガム。次はお前のハラワタを見せてやる――必ずな」

射殺すような眼光で消えゆく『門』を睨みながら、遺灰の男はそう吐き捨てた。
『門』が完全に消える/遺灰の男が深く溜息を零す――なんとか、生き残った。

〈休んでいる暇はありませんよ〉

「分かってる。早いとこジョンを援護しないと――」

振り返る/その動作が一瞬強張る――業魔の剣が、ジョンを貫いていた。
それでも動揺は最小限で済んだ/不死者の視覚には見えていた。
ジョンの肉体には、まだ生命力が残っている。

それが何故か、遺灰の男には分からない――分かる必要もなかった。

『焼死体! ボクが合わせてやる、ブチかませ!!』

「合わせてやる?その言い方、なんだか気に入らないな――」

視界の外から聞こえるガザーヴァの声/その時には、遺灰の男は既に地を蹴っていた。
ガザーヴァは回復したのか/何故/どうやって――そんな疑問も抱かない。
熟練の戦士の記憶/感性が思考回路を戦闘用に最適化する。

イブリースがジョンを蹴り飛ばす/遺灰の男がイブリースを間合いに捉える。
イブリースが業魔の剣を構え直す/遺灰の男が溶け落ちた直剣を振りかぶる。

「――俺が、合わ「させて」やるよッ!」

そして跳躍/月面宙返り――遺灰の身軽さを以ってイブリースの頭上へ。
曲芸じみた挙動の中でも、魔力の刃は地上と変わらず振る舞う。
むしろ遠心力を帯びた分だけより鋭く――弧を描いた。

真正面から迫る突撃/頭上から降り注ぐ斬撃=互いに本命の一撃が援護として成立。

317embers ◆5WH73DXszU:2021/07/26(月) 21:38:56
【フューネラル・エッジ(Ⅴ)】

『ぐ! がは……!』

手応えあり=一巡目、立ちはだかる強敵を仕留めた時、いつも覚えた感触。
だが――イブリースは倒れなかった/確実に、会心の一撃を叩き込んだのに。
大きく後退させられながらも、両足で地面を掴み、迎撃の構えを取っている。

「流石にタフだな。だが、まだ俺達のターンは終了してない――」

『オマエとボクが組むと最強だぁ?
 そんなの――あったりまえじゃんか!』

「――あー、いや。前言撤回だ。ピロートークの邪魔をするほど、俺も野暮じゃない」

実際のところ、戦場においても言葉を交わす事は重要だ。
言葉は感情を生む/そして感情は力を生む――これは論理的な話だ。
人間は暴言を受けると物事の処理能力/創造性が低下するように出来ている。
要するにポジティブな気分でいれば、その分だけ素早く/戦術的な振る舞いが可能になる。

そのメリットを鑑みれば――特等席でノロケ話を聞かされるくらいは、我慢すべきだ。

『明神オマエ、ホンット……特別だって聞いたからな!?
 まだセキニンだって取ってもらってねーし! いいか、約束だぞ! ちゃんと守れよな!
 一生だぞ! 一生、セキニン持ってボクの面倒! 見ろよな――!!』

「……くっ。凄まじい青春の波動だ。早いとこ切り上げてくれないと、成仏しちまうかもしれない」

とは言え――それを素面で見守っていられるかどうかは、また別次元の話だった。

『幻魔将軍……姿が見えないので、どこへ行ったものかと思っていたが。
 バロールがアルフヘイムに与している以上、貴様もそちら側にいるのが道理か』

「お前……顔見知りのラブラブトークを目の当たりにした感想がそれか?神経が鋼で出来てるのか?」

『おーよ! 今回はオマエの味方してやれねーや、ゴメンな!
 てことで、とりま死ね! 『暗撃驟雨(ダークネス・クラスター)』!!』

『『暗撃琉破(ダークネス・ストリーム)』!!』

闇の波動の応酬=ただの牽制/仕切り直し――イブリースが業魔の剣を両手で握り締める。

『邪魔者は消え、図らずも最初と同じ状況に戻ったようだな……。
 いや、そちらは幻魔将軍と覇王を加え、最初よりも戦力増強と言ったところか』

『そんでお前は加護も剥がれて翼はボロボロ、継承者共もフレに呼ばれて萎え抜けだ。
 全部が振り出しに戻ったわけじゃない。そろそろ王手が見えてきたぜ』

「さっさと終わらせよう。悪いけど、今のお前と戦ってもあんまり楽しく――」

『貴様らが信用に足る存在だということを証明すると言ったな。
 貴様らが勝ったら、一緒に世界を救えと。いいだろう……そこまで大きな口を叩くならば、オレに見せてみろ。
 貴様らの信念を、正真正銘、世界を守りたいと願うその心の強さを!』

「――おっと?」

『随分な心変わりじゃねえか。右の頬ぶん殴られて博愛主義にでも目覚めたか?』

「冗談言っていられる状況じゃ、なくなったかもしれないぜ。明神さん」

遺灰の男が構えを取る=注意深い仕草/目配り。

318embers ◆5WH73DXszU:2021/07/26(月) 21:40:07
【フューネラル・エッジ(Ⅵ)】

『だが――オレも今まで拠り所としてきたものを易々と捨て去ることはできん。
 依然、オレは貴様らを殺す気で往く! それで死ぬなら、貴様らの信念もそこまでということだ!
 それを心した上で、全員! かかってこい!!』

「かかってこい、だと?」

遺灰の声色=警戒心を露わにして。

『ジョン!スイッチで行くぞ!!』

「……抜かるなよ、二人とも」

『ボクたちにボッコボコにやられなくっちゃ、こっちの味方になる踏ん切りがつかないってかー?
 へっ! 相変わらずの石頭だなイブリース! ボクみたいにさっさと仲間になっちゃえばいいのにさー!
 そんなんじゃ、まーたアイツに泣かれちゃうぞ?
 アイツ、ボクらが魔族っぽいコトするたんびに悲しそーなカオしちゃってたもんなぁ』

「ガザーヴァ、お前も無駄話は程々にな。お前なら分かっているはず――」

『……って、アレ?』
『……アイツって……誰だっけ?』
『おいガザーヴァ、三魔将ってデュオユニットじゃなかったっけ――』

「……あのさ。その夫婦漫才、どうしても今やらないと駄目なのか?
 口を挟んでしまって大変恐縮なんだけど、三魔将って言ったら――」

遺灰の男が口を噤む/言葉が出ない。
生前の記憶、その全てを思い出したはずなのに。
だが、一体何故――なんて事を考えていられる暇は、ここにはない。

『思い出話などに興味はない、此の場にあるのはただ闘争のみ!
 来ぬならば、此方から行くぞ――!!』

「……いいや、お前は来ないね。だってお前――」

遺灰の男が忌々しげに/楽しげに笑みを浮かべる。

「――さっきより、ちょっとマジになってるだろ」

ゲーム的な視点で分析/分類するなら、イブリースは自己完結型の万能アタッカーだ。
高水準のステータス/高威力の剣技と攻撃魔法によってどんな相手にも有利に戦える。

パリィは、そんなイブリースの数少ない弱点だった。
威力重視の剣技/溜めの長い攻撃魔法を妨害して被ダメージを軽減。
更にその際に生じるスタン状態に攻撃を集中させる事で、ステータスの差を覆す。
理想的な戦術――だが、この戦術には一つ、絶対に欠かす事の出来ない前提が存在している。

イブリースが先手を取って攻撃し続けてきてくれなくては、この戦術は成立しない。
だがイブリースは先ほど、確かにこう言った――かかってこい、と。
先手を譲られた――先手を押し付けられたのだ。

319embers ◆5WH73DXszU:2021/07/26(月) 21:40:35
【フューネラル・エッジ(Ⅶ)】

『バッシュ!バッシュ!バッシュ!そして必殺のぉ――シールドバッシュ!!』
『ジョン!スイッチ!』

ヤマシタ/ジョンの2タンクは上手く機能している。
だが――それは二人がイブリースの戦い方を学習してきたからだ。
今なら、ブレイブ一行がただの獣ではないと理解したイブリースなら、それと同じ事が出来る。

いつかはジョンの卓越した格闘術も見切られる。
ヤマシタのシールドバッシュもいずれタイミングを掴まれる。
さりとて決着を急げば――今度はこちらがパリィされる側に回る事になる。
それも最悪の場合、業魔の一撃によるパリィを受ける――ポヨリンがそうなったように。

「フラウ、A-5だ。俺が行く……!」

出来る事なら、スキルのコンビネーションによる崩しで決着を付けてしまいたい。
遺灰の男がフラウの触腕を踏み台に跳躍――イブリースの頭上を取る。
閃く、伸縮自在の魔力刃/響く金属音――パリィされたのだ。
剣ではなく、兜を用いた防御術――武人の嗜み。

「ちぃ……!」

遺灰の男は空中で無防備――フラウの触腕がそれを地上へ引き戻す。
やはり単なる戦技の応酬ではイブリースは突き崩せない。
勝つ為には――ブレイブの技が必要だった。

スペル/スキルを組み合わせ――そのシナジーによって大ダメージを生み出す、コンボが。

だが――遺灰の男だけでは、それが出来ない。
一人のブレイブが死んで/燃え尽きた後に残った亡霊だけでは。
イブリースにブレイブとして勝利するには――仲間の力が必要だった。

「……ストームコーザーになっちまった二人が」

故に、遺灰の男は言葉を紡ぐ。

「今、あの世にいるのか、まだそこにいるのかは分からないけど」

仲間を――カザハを鼓舞/扇動≒コントロールする為の言葉を。

「だけど、どちらにしたって手向けが必要だろ」

心にもない言葉という訳ではない――双巫女の死は遺灰の男にとっても痛恨だった。
テュフォンもブリーズも、いけ好かないとは思っていた――だが、それだけだ。
死なねばならないような奴らではなかった――悔やんでも悔やみ切れない。

『そんなこと言われても……』

「お前の為に死んだのは間違いじゃなかったって、証明してやれ」

そんな出来事さえ戦いの為に利用する――初めての経験ではない/むしろ、慣れているとすら言える。

「アイツらの期待に応えてやるんだ」

追悼の意だけで言葉を紡ぐには、遺灰の男は今までに触れてきた死が多すぎた。

「俺には出来なかった。だけど……お前はやるんだ。手は貸してやる。下準備なら、既に済ませてある」

だが、そんな事はどうでもいい事だ。

「大量の煙を伴う上昇気流だ。上空に運ばれた煙の微粒子に、空気中の水分が吸収される。
 凝結した水分は気体から液体に変化して、その結果、上空に留まれなくなる。
 俺が何を言っているか、分からないか?要するに――」

どうせあの二人を弔うのは/弔えるのは、遺灰の男ではなくて――カザハなのだ。

320embers ◆5WH73DXszU:2021/07/26(月) 21:40:46
【フューネラル・エッジ(Ⅷ)】

「雨を呼べ。嵐を呼び覚ますんだ」

遺灰の男が空を指す――【総てを無に帰す大嵐】が終わった今もなお、暗雲に覆われたままの空を。
カザハ/カケルが空高く、その雲の中へと飛び込んでいく――遺灰の男はそれをただ見ていた。
ぽつりと、その額に雨粒が落ちる――遺灰の口元に笑みが浮かぶ/狩装束のフードを被る。

「……やるじゃないか、カザハ。上出来だ」

降り注ぐ豪雨/響く雷鳴/吹き荒れる風――上出来な『ポッと出』のスペルだった。
規模は確かにレクス・テンペスト級――だがイブリースには通じるはずもないスペルだった。
それでも問題はなかった――嵐が吹き/雨が降っている――その事実だけが、遺灰の男にとっては重要だった。

『ゲーム感覚――俺たちの信念をそう切り捨てたなイブリース。
 間違っちゃいねえよ。俺たちの能力はゲームシステムに則ったもんだ。
 レベリングの為にお前の同胞を殺しまくったってのもその通りなんだろうぜ』

雨の中、明神がイブリースに語りかける――遺灰の男は何も言わない。
殺した殺されたの話に首を突っ込めるほど、遺灰の男は潔白ではない。
なんなら今でも、自分達を召喚した連中と出会えばきっと殺している。
未来を変える為に/結末を変える為に/そして――恨みを晴らす為にも。

イブリースと遺灰の男の違いは、己が憎む相手に出会ったか/出会わなかったかだけだ。

『だけど、だからこそ、俺はこの世界を愛せる。守りたいって心から思える。
 生まれた世界じゃなくても。お前にだって負けないくらい、アルフヘイムやニブルヘイムの美しさを知ってる。
 ロールアウトからずっと、寝る間も惜しんで親しんできた世界だからな』

「ああ……それなら俺にも同じ事が言えるよ。自信を持って」

『そこに息づく命が、単なるデータじゃないってことも、身を持って理解した。
 なおさらだ。一巡目とやらで殺した分のケツを拭う。取りこぼしてきたそいつらの命を、今度こそ救う』

「……そっちは、ちょっと約束出来ないけど」

困った調子の声――なにせ、どれほどのツケがあるのか分からない/数えてもいない。

『――『好きだから』。何かを大切にするのに、それ以上の理由は要らない』

「……明神さん。こっちの準備はもう整った。後はタイミング次第だ」

狩装束のポケットを探る――最後の切り札を強く握り締めた。

『ガザーヴァ!手ぇ貸せ!』
『久々にいくぜ、オリジナル魔法!『影縛り(シャドウテンタクルス)』――!!』

稲妻が浮き彫りにしたイブリースの影から無数の触手が生える。
触手がイブリースの尻尾を絡め取る/その身動きを制限する。
剣も振るえる/魔法も使える――ただ、逃げられないだけ。

それだけで、十分だった。

「イブリース、これで最後だ」

遺灰の男がポケットから左手を引き抜く/握り締めた小瓶を嵐の中へと投げ込む。

「――来い。ミドガルズオルム」

天と地と、その狭間。全てが水に満ちた空間をスクリーンに、超レイド級の影が映る。

321embers ◆5WH73DXszU:2021/07/26(月) 21:44:21
【フューネラル・エッジ(Ⅸ)】

「さあ、行くぜ――ミドガルズオルムの攻撃!一切万象を過去に沈めろ!終末の海嘯!」

戦場を満たす水が唸る/嵐から逃れ/天へと逆巻く――イブリースを見下ろす。

「【絶対無敵の大波濤(インヴィンシブル・タイダルウェイブ)】――!!」

そして――ふと前触れもなく、ミドガルズオルムの影が消えた。
その制御下にあった全ての水も再び嵐に飲まれて、ただの雨水になった。
何故か――原因は明白=召喚者たる遺灰の男が、自らの意思でアンサモンを念じた為。

「……お前はもう、俺達のやり方を知ってる」

或いは――単に遺灰の男ではミドガルズオルムの召喚条件を満たせなかったから。
いずれにしても、一つだけ確実な事は――この展開こそが、遺灰の男の予定通り。

イブリースはブレイブ一行の戦い方を既に知っている。
明神/ヤマシタが行動阻害のエキスパートである事を知っている。
ジョン/部長のパワーとスピードが至近距離の戦闘において脅威である事も。
カザハの、レクス・テンペストとしての権能が生み出す高出力の風のエネルギーも。
遺灰の男が卑劣な戦術の奥底に、戦いの中で研ぎ澄ました刃を隠している事も、バレている。

「――だけど、これはまだ知らなかったろ」

だが生憎な事に、アルフヘイムの異邦の魔物使いは、この場にいる者だけではない。

「……見てるか、テュフォン。ブリーズ」

気づけば、嵐は晴れていた――遺灰の男は溶け落ちた直剣を頭上高くに掲げていた。

「見えるか、この嵐が」

嵐は、一振りの刃と化していた。

ミドガルズオルムをブラフに用いた理由は幾つかあった。
まず、超レイド級によるゴリ押しの勝利に意味を感じなかった為。
だがカザハの呼んだ嵐を、溶け落ちた直剣の刃とする時間稼ぎは必要だった為。
更にミドガルズオルムの召喚/消滅時に発生する強烈な魔力も、刃のリソースに加算する為。

「さて……これを言うのも、もう四度目だが」

最後に――イブリースに業魔の一撃の体勢を取らせる為。
超レイド級の攻撃が直撃すれば、いかにイブリースとて無事では済まない。
であれば、パリィをしなければならない――イブリースが持つ、最大威力の攻撃を以って。

「剣術比べと行こうぜ?イブリース」

そうしてお互いが必殺剣の構えを取った状況が出来上がった。
もうパリィは出来ない/だがパリィされる事もない。
純粋な力のぶつかり合いが始まる。

理屈の上では、これでイブリースは限りなく「詰み」だ。
何故なら遺灰の男には――業魔の一撃に完全に打ち勝つ必要がない。
最低限、ゴールデン・ドーンの発動まで必殺剣の拮抗状態が続くだけでいいのだ。
なんなら剣を振るう必要すらない――ただこうして睨み合うだけでも、勝ちが転がり込んでくる。

だが遺灰の男には、そんな結末を選ぶつもりはない。

「……エンバースの攻撃。目覚めろ、始原の魔剣よ。俺の声に……応えてくれ」

【星の因果の外の剣(ダインスレイヴ) ……この装備はフィールドに満ちた魔力を射程/ダメージ値に変換する。
 ――ある時、老賢者は気付いた。この世界には時間的脈絡の欠如した言語/文明/遺物が存在する。
   星の外から、何かが降ってきている。或いは……この気付きさえも――】

そ一振りの刃にまで収斂された嵐が――吼えた。

323ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/07/30(金) 22:55:53
>「仲間にオレを攻撃させるためだけに、自ら望んで刃に掛かったというのか……!?」

あぁ…やっぱり来てくれた。信じてたよ

>「ヤマシタ!」

明神…エンバース…君達は期待を裏切らないね。僕が来てほしいタイミングでバッチリ来るんだから。

>「流石にタフだな。だが、まだ俺達のターンは終了してない――」

明神との攻撃で宙に舞った僕の体をヤマシタが受け止める。

>「確かにさぁ!俺はお前に言ったよ!『五体満足で帰って来い』って!
 約束通り手足は全部残ってるよ!百点満点だ、土手っ腹にでけえ風穴こさえてなけりゃなぁ!」

「あはは…ごめんね?でもこうでもしないと殺されて…ゴボ!?ゴボボボボ…」

口に大量のポーションを流し込まれる。そして工業油脂で傷口をふさぐ。
これ後でちゃんと塞がるのかな…?まあ戻らなくても名誉の傷として残しておくのも悪くないかもしれない。…なんて無意識に僕は帰れる前提で考えていた。

>「ぶっ倒れるにはまだ早いぜジョン。血は止まったな?骨折れてんならアブラで固めて立ち上がれ。
 反撃の狼煙は上がった。今夜はもうちょい地獄に付き合ってもらうぜ」

「まったく…ポーション飲ませるにしても体くらい起こしてから………ありがとう…ごめん明神心配かけて」

倒れながら体を少し動かす。…うん血が足りないせいで全力とは言えないが…動けないというレベルでもない。
ポーションの大量摂取によって酔いのような物は若干発生しているが…すぐよくなるだろう。

「すまない明神…少し立ち上がるのを手伝ってくれないか…?まだ体がふらついて…」

>「オマエとボクが組むと最強だぁ?
 そんなの――あったりまえじゃんか!」

「あのすまない、手を…」

しかし僕の声が二人に届く事はなかった。

>「明神オマエ、ホンット……特別だって聞いたからな!?
 まだセキニンだって取ってもらってねーし! いいか、約束だぞ! ちゃんと守れよな!
 一生だぞ! 一生、セキニン持ってボクの面倒! 見ろよな――!!」

「………あ〜…オーケーオーケー…エンバース手を貸してくれ…頼む」

決して僕は鈍感系ではない。今まで本気で恋愛する気も、余裕もなかっただけだ。だから分かる。

>「……くっ。凄まじい青春の波動だ。早いとこ切り上げてくれないと、成仏しちまうかもしれない」

「これが若さか…」

とは言え…もう少し時と場所を弁えてほしいもんだね。でも今は好きなようにさせてあげよう。

>「一生だとぉ?ひひひっ!この期に及んで遠慮してんなよガザーヴァ!
 お前と一緒なら、二生だろうが三生だろうが釣りが来らぁ」

カザーヴァと明神の…あんな幸せそうな顔を見せられちゃあな…なんにも言えるわけがない

324ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/07/30(金) 22:56:13
>「邪魔者は消え、図らずも最初と同じ状況に戻ったようだな……。
 いや、そちらは幻魔将軍と覇王を加え、最初よりも戦力増強と言ったところか」

そう。状況だけ見れば…イブリースは弱り、こちらはカザーヴァという援軍。
全員…体の状況は万全とは言えないが…カザーヴァがいるならおつりがくるほどの有利盤面。

>「貴様らが信用に足る存在だということを証明すると言ったな。
 貴様らが勝ったら、一緒に世界を救えと。
 いいだろう……そこまで大きな口を叩くならば、オレに見せてみろ。
 貴様らの信念を、正真正銘、世界を守りたいと願うその心の強さを!」

「さっきの一連の攻防でわかって欲しかったけど…ま、しょうがないか。簡単に信用されても逆に怖いしね」

>「ジョン!スイッチで行くぞ!!」

「任せろ!」

>「ボクたちにボッコボコにやられなくっちゃ、こっちの味方になる踏ん切りがつかないってかー?
 へっ! 相変わらずの石頭だなイブリース! ボクみたいにさっさと仲間になっちゃえばいいのにさー!
 そんなんじゃ、まーたアイツに泣かれちゃうぞ?
 アイツ、ボクらが魔族っぽいコトするたんびに悲しそーなカオしちゃってたもんなぁ……って、アレ?」

何度だってやるさ。見せてやるよ…ソロとPTの違いを…僕がこの世界で学んだ事を!
今度は回りくどい事をせずに…真正面から!僕の…僕達の全力を叩き込んで――

>「……アイツって……誰だっけ?」

何気ないカザーヴァの一言だった。
本当に何気ない一言。カザーヴァが口にした”誰か”にイブリースの体が反応した…

>「おいガザーヴァ、三魔将ってデュオユニットじゃなかったっけ――」

さらに続く明神の言葉でさらにイブリースの表情が強張る。

「何言ってんだよ明神。自分で言ってて可笑しいと思わないのか?」

なに言ってんだよデュオって?なんで三魔将で二人なんだよ?
ゲームを知らない僕だって分かるぞ。三って名乗ってるからには3人いなきゃ可笑しいって事くらい…でも明神はこんな時に冗談を言う人間では…

>「……あのさ。その夫婦漫才、どうしても今やらないと駄目なのか?
 口を挟んでしまって大変恐縮なんだけど、三魔将って言ったら――」

僕が知らないだけなのかと一瞬思ったが…エンバースまで知らないとなるとこれは…?

>「思い出話などに興味はない、此の場にあるのはただ闘争のみ!
 来ぬならば、此方から行くぞ――!!」

すぐ言葉で誤魔化したけど…明らかにイブリースは動揺を見せた。いや動揺してるのは僕もなんだが
全員都合よく忘れてる…?いくら二週目に記憶の齟齬が発生するといってもまるでこれじゃ――

>「ああああもう!話は後だな!ヤマシタ、シールドバッシュ!」

325ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/07/30(金) 22:56:32
話を聞こうにもまず無力化から…か。

>「バッシュ!バッシュ!バッシュ!そして必殺のぉ――シールドバッシュ!!」

さすが明神だ。イブリースのやられて困る事を的確に突き、そして相手がどんなタイミングで反撃にでるかも完全は把握している。

>「ジョン!スイッチ!」

いや、把握してるだけで留まらない。完全に今この場を完全に支配しているといっても過言じゃない。
僕はただ言われるタイミングで前に飛び出し、イブリースをけん制するだけでいいのだから。

>「ゲーム感覚――俺たちの信念をそう切り捨てたなイブリース。
 間違っちゃいねえよ。俺たちの能力はゲームシステムに則ったもんだ。
 レベリングの為にお前の同胞を殺しまくったってのもその通りなんだろうぜ」

>「そこに息づく命が、単なるデータじゃないってことも、身を持って理解した。
 なおさらだ。一巡目とやらで殺した分のケツを拭う。取りこぼしてきたそいつらの命を、今度こそ救う」

カザハが展開した雷雨がさらに強さを増すなか、僕達は一糸乱れぬ連携で確実にイブリースを追い詰めていく。

>「――『好きだから』。何かを大切にするのに、それ以上の理由は要らない」

今度こそ、邪魔する奴らもなく、イブリースを倒せる。そうすればイブリースも協力してくれて。協力して世界を救える。
不可能だった事だって全部現実的になって、本当に全て拾えるかもしれない!

なのに…なんでこんな不安なんだ…?不安なんてありっこない!全部ハッピーエンドに動き出してるはずなんだ!

「見えてるだろう!感じるだろうイブリース!これが…」

僕達は圧倒しているんだ。連携で、そう絆の力がイブリースの力を上回ってる!
激しく、僕の剣とイブリースの剣がぶつかり合って。ヤマシタと適時交代して、そしてまたぶつかり合って。

>「ガザーヴァ!手ぇ貸せ!」

「邪魔はさせない!」

明神が次の攻撃の為に一度下がる。カバーの為に僕が多めに前にでる。そして切り合う。
互角の戦いを繰り広げる。傷ついた体でも対等に戦える!…戦え…てる?

おかしい。この戦闘で一番長く戦っているからこそ知っている。イブリースは僕の戦いを見切り初めていた。
だからこそ僕はイブリースの大剣に自分から突き刺さりに行ったのだ。博打を撃たざるを得なかった。
いくらみんなの力でペースを乱せていると言っても…体がボロボロで…こんなにも対等に戦えるわけがない。

そして戦闘の最中つばぜり合いのような形になり至近距離でイブリースと目が合った。そして不安の正体を知る事になった。

「…なんでそんな目してるんだよ…!?そんな…」

イブリースの瞳はさっきまでの信念に満ちた目ではなかった。自分を持った、どんな事にも決して膝をつかない。そう感じられる目をしていたはずだ。
どんな血濡れた道でも自分の信念のみで突き進む。そんな奴だろ…イブリース…お前は…

僕は誰よりもあの目を知っていた。この世界にくる前…毎日鏡で見ていたから。

虚無。

「絶望したような目してるんだよ…?」

326ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/07/30(金) 22:56:47

剣を交えながら冷静にイブリースを見る。外見的な変化は当然だが…ない。
しかし先ほどまで近づくだけで体が竦むような覇気がすっかり無くなっている事に気づく。

ポヨリンを殺した時のような冷徹なオーラも。自分の信念に殉じるマグマのように滾るオーラも…ない。

「イブリースお前…?なにがあったんだよ?なあ!」

イブリース本人は必死に強がっているが…明らかにイブリースのパフォーマンスは明らかに先ほどより落ちている。
怪我を負ったからではなく…集中出来てないからこそくる”遅れ”だとすぐに分かった。

「なにを考えてるんだ!?今更なにをそんなに揺らいでるんだ!?」

僕はイブリースの事を良く知らない。ストーリーも読み飛ばしているし、自分の事で精一杯で情報収集してる余裕なんてなかった。
それでも、この戦いでイブリースの事を、信念を知れたと思っていた。だからこそ世界を救うのにイブリースの力は必要不可欠な物だと思った。

でも今のイブリースは…なにかがすっぽりと抜けているような…刃を交えても何も感じない。…抜け殻。
なぜだ?この一瞬でなにがあった?負けが濃厚になったから諦めただけ?違う!イブリースはそんな奴ではないはずだ!

ならどうして?

「………三魔将」

やっぱりだ!ほんの一瞬だが…露骨に動きが乱れた!
カーザヴァが言う”アイツ”という存在。明神が言った二人しかいない違和感しかない謎の呼称。都合よく全員が覚えてないその名前…

3人目に何があるんだ?重要なキャラクターなのか?少なくとも無視していい存在とは思えない!…でもそれより先にやるべきことがある

「僕は…お前がロイを捨て駒のように扱った事を絶対に許さない…けど…それじゃあダメなんだ。
僕達だけじゃ世界を救えない。もちろんお前だけでも救えない。外から来た僕達だけじゃなくて、この世界の住人である人々の力が無ければ成功なんてありえない。」

イブリースだってそれに含まれているはずなんだ。きっと…なゆならそう言うはずだ。

「イブリース。僕達は君の力に必ずなる。君にそんな目をさせた奴らを必ずお前の前に引き釣りだしてやる」

なゆならもっとうまい言い方ができたんだろうけど。
明神ならもっと熱く説得できたんだろうけど。
カザハなら誰よりも笑顔にさせられたんだろうけど。
エンバースならかっこよくキメられたんだろうけど。

僕には…今まで人と本気で向き合った事ない僕には…そんな事できないから。だからこそ鍛えたこの体で

「僕を…僕達を信じる為に…いや!信じさせてやる!今はなにも考えず僕達だけを見ろ!!!全力で戦え!!イブリース!!」

327ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/07/30(金) 22:56:57
かっこよく決めたけど…もう僕のやる事は完了していた。
僕は今回アタッカーではない。明神から与えられた役割はタンク…つまり時間稼ぎ。

>「久々にいくぜ、オリジナル魔法!『影縛り(シャドウテンタクルス)』――!!」

明神が帝龍戦で使って失敗した…厳密にいえば…にはヒュドラに使って失敗した技。
負荷が強すぎてまともに使えないって話だったはずだが…?

>「お、お、お、俺の傍から離れんなよガザーヴァ!この手を離すんじゃねえぞ!!」

なるほど…カザーヴァに手伝ってもらっていたのか…中学生みたいに見境がなくなったわけじゃなくてよかった…

「もし僕が…君と相打ち覚悟で最後に切り合っていたら…今頃全員全滅してたかもしれないね。でもそうはならなかった。
僕は信じた。剣に突き刺さってでも時間を稼いだ。…だからみんな集まった。」

「君を倒すのは絆の力だ。個の力では絶対に到達し得ない。常識や理屈を超え…損得という過程を無視した信頼から生まれる感情の力だ」

イブリース。君には理解できないだろう。正直言うと僕もなんだ。
でも、この戦いは僕達の勝ちになる。ポヨリンを殺され圧倒的劣勢になったにも関わらず…僕達が勝つんだ

できれば犠牲なく勝てればよかったんだけど………。

「死ぬ気で頑張りなよ。頑張れるのは生きてる奴だけだかさ」

正直なゆと初めて出会った時。信用なんてしてなかった。
正真正銘お人よし馬鹿だと分かった時は甘すぎると思った。長生きしないと思った。寸でのところで助ければいいと思った。現実を知れば長生きするから。

でも今は違う…彼女には…笑顔で世界を救ってほしい。

「それで…これが終わったら…一緒に行こうイブリース。僕達はもっと話し合うべきだよ」

僕は絶対許さない。ロイの事を絶対に許さない。でも…きっと…復讐して、世界を滅ぼしても…ロイは喜ばないから

>「……見てるか、テュフォン。ブリーズ」
>「見えるか、この嵐が」
>「剣術比べと行こうぜ?イブリース」

僕の役目は終わった。部長の召喚を解除し、イブリースに背を向け、よろよろと歩き出す。

ここから先は僕の出る幕なんてない。すこし歯がゆいけれど…でも今は強大な力を持ってなくてよかったと思っている。
ブラッドラストを自由に使えたとして…その強大な力を正しい事に使えたとは思えないから…

「みんな!後は任せた!」

【イブリースを説得】
【撤退開始】

328崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/08/07(土) 15:14:01
『特別』。

他とは違うこと。
例外であること。
どんな存在とも違う、オンリーワンであること――。

世界最強のブレモンプレイヤー。レクス・テンペスト。
それは誰しもが持ち得ることの叶わない、選ばれた者の称号。紛れもない特別の証。

友人。仲間。パートナー。恋人。
万人に認められることこそないけれど、誰かにとっては何物にも勝る唯一の存在。それもまた特別の証。

それらの特別の間に優劣はない。すべてが特別で、すべてが掛け替えのない大切なもの。
最強でなければ、レクス・テンペストでなければ特別じゃない、なんてことはない。
持って生まれた才能なんかに依存しなくたって、ひとは幾らだって特別を創っていける。
手を取り合って、特別を育んでいけるのだ。

>俺は"今"のお前が好きだよ、ガザーヴァ。
 鎧に覆われて見えなかった、踊るように宙を跳ねて、煽り散らして、笑い合う、その姿が。
 画面の向こうの幻魔将軍よりも、ずっと!

明神が隣のガザーヴァに言う。
迷いなど欠片もない。他意もない。晴れやかで朗らかな、心からの告白。

「…………」

ガザーヴァは明神の顔を見て一瞬大きな双眸をさらに大きく丸くして驚いたけれど、すぐに嬉しそうに相好を崩すと、

「へっへーんっ! 今がボクの最大値だと思うなよな!
 すぐに――もっともっと、もぉーっと! 限凸で好きにさせてやるよ、明神!」

と、白い歯を覗かせて言った。

>ジョン!スイッチで行くぞ!!
>任せろ!
>……抜かるなよ、二人とも

アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が反撃に転じる。
だが、ガザーヴァの何気ない一言が戦場に一滴の波紋を生じさせることになった。
容易には拭い難い、違和感の波紋。
それは瞬く間に広がり、戦場にいる者たちに伝播してゆく。

>おいガザーヴァ、三魔将ってデュオユニットじゃなかったっけ――

>何言ってんだよ明神。自分で言ってて可笑しいと思わないのか?

>……あのさ。その夫婦漫才、どうしても今やらないと駄目なのか?
 口を挟んでしまって大変恐縮なんだけど、三魔将って言ったら――

三人が口々に言い募る。
そうだ。三魔将と言うくらいなのだから、もちろん『三人いるに決まっている』。
なのに、今までの戦いでは三魔将は『二人しか出てきていない』。
ゲームにおいても、現実のアルフヘイムにおいても、三魔将は『異邦の魔物使い(ブレイブ)』にとって因縁深い存在だ。
だから、兇魔将軍イブリースや幻魔将軍ガザーヴァと同じように――

『三人目も、プレイヤーに深く関わっている相手であるはず』なのだ。

だというのに、誰も三人目のことを思い出せない。
名前。姿。性別。声。どんな性格で、何をやってきたのか。
ストーリーのことをよく知らないジョンは兎も角、深くブレモンのことを理解しているはずのエンバースも。明神も。
同じ三魔将の同僚であるはずのガザーヴァとイブリースさえも。
誰ひとりとして、三人目の魔将がどんな存在であったのか思い出せない。

まるで、その人物に関する記憶だけを、すっぽりと抜き取られてしまったかのように。
だが、今はその降って湧いた謎に関して考察している時間はない。
その大剣でアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を真っ二つに斬断しようと、イブリースが迫る。

>ああああもう!話は後だな!ヤマシタ、シールドバッシュ!
>バッシュ!バッシュ!バッシュ!そして必殺のぉ――シールドバッシュ!!

ルブルムとの戦いでも見せた、怒涛のシールドバッシュ。
業魔の剣を小枝のように振るっての重厚無比かつ矢継ぎ早な攻撃を、ヤマシタがよく耐える。
そして、イブリースが魔法によって怨身換装を解除しようと左手を挙げかけると、

>ジョン!スイッチ!

すかさずヤマシタとジョンが隊列を入れ替える。バフのかかっていないジョンにディスペルの魔法は無意味だ。

329崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/08/07(土) 15:14:52
「く……」

明神とヤマシタの息の合ったコンビネーションに自身の行動を読まれ、イブリースが歯を喰い縛る。
だが、その抵抗も長くは持たないと思っている。例えディスペルしなくとも怨身換装はいずれは効果が切れるし、
ポーションと工業油脂で無理矢理傷を塞いだところで、ジョンが依然死に体なのは変わらない。
いつまでも今のまま戦闘を継続できるはずがない。
そして――

>フラウ、A-5だ。俺が行く……!

「フン!」

ガギィンッ!!

明神とジョンの役どころはタンク。つまりイブリースからヘイトを稼いで、釘付けにしておく役だ。
ということは――アタッカーは他にいる。
フラウを足場にエンバースが高く跳躍し、イブリースの脳天を狙ってくる。
だが、イブリースはエンバース必殺の一撃を己の頭の左右から生えた湾曲した長大な角によって受け止めてしまった。
本来は兜を用いて相手の攻撃を受けるという技術だが、それを生身の頭でやってのけている。
ぶぉん! と颶風を撒き、空中で無防備なエンバースを業魔の剣の切っ先が狙う。
フラウがすんでのところでエンバースを引っ張り戻し、事なきを得る。

明神がイブリースの手口を見切り、完璧に対処しているように、
イブリースもまた明神やエンバースの戦い方を学習しつつある。すべては恐るべき戦いのセンスの賜物だ。
ニヴルヘイム最大戦力・三魔将の筆頭。目下敵とする勢力の首魁であるこの魔神を打倒するためには、
イブリースが対処できない大技を繰り出すしかない。
即ち――今まで誰も見たことがない、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の技を。

>……ストームコーザーになっちまった二人が
>今、あの世にいるのか、まだそこにいるのかは分からないけど
>だけど、どちらにしたって手向けが必要だろ

激化の一途を辿る戦闘のさなか、エンバースがカザハへと語り掛ける。
突然水を向けられ、カザハは戸惑いに軽く目を伏せた。

>そんなこと言われても……

それでも、エンバースはカザハの様子などお構いなしに言葉を紡ぐ。

>お前の為に死んだのは間違いじゃなかったって、証明してやれ
>アイツらの期待に応えてやるんだ
>俺には出来なかった。だけど……お前はやるんだ。手は貸してやる。下準備なら、既に済ませてある

>……そんな無茶苦茶な。でも……自分に出来なかったことを他人に期待するの、ちょっと分かるかも

テュフォンとブリーズはカザハのために死んだ。
カザハにシルヴェストルの未来を託し、世界の風の礎となるために死を選んだ。
自分たちには出来ないことを、カザハに託して――ならば。そうであるのなら。

この戦いに勝利し、生き延びること。強大な敵との戦いにおいて、勝利への布石を打つこと。
それこそが、何より双巫女の想いに報いることとなるだろう。

>いける……かも。これなら少しきっかけを与えてやれば雨が降る。カケル、手伝って!

『覇道の』グランダイトが魔剣ストームコーザーによって発生させた『総てを無に帰す大嵐(ジャイガンテックストーム)』は、
効果が喪われた今も尚ぶ厚い黒雲として戦場の上空に停滞していた。
エンバースはそれを指摘した。その黒雲にカザハがレクス・テンペストの力を与えれば、黒雲は再度嵐を発生させる。

>下降噴流《ダウンバースト》!!

カザハとカケルが黒雲へと突入し、ありったけの魔力を発動させると、やがてゴロゴロと雷鳴が鳴り響き、
稲光が暗い戦場を一瞬白く染め上げた。
ぽつ、ぽつ、と地上に雨粒が落ちる。それは瞬く間に量と勢いを増し、やがて空の箍が抜けたような大雨へと変わった。
強い風が戦場にいる者たちへ吹き付ける。横殴りの雨が、雷鳴が、すべてを洗い流す勢いで荒れ狂う。
エンバースの狙いが見事、図に当たった形だ。

>サンダーレイン・テンペスト!!

「何のつもりだ? この程度の嵐など――」

剣を構えたまま、イブリースが怪訝な表情を浮かべる。
戦場全体を覆う激しい嵐だが、イブリースの行動を阻害するほどではない。
いくら災害レベルの暴風雨であっても、イブリースはなんの支障もなく行動し明神たちの息の根を止めるだろう。
そんな嵐の中を、濡れ鼠になりながら明神が駆け抜ける。

>ゲーム感覚――俺たちの信念をそう切り捨てたなイブリース。
 間違っちゃいねえよ。俺たちの能力はゲームシステムに則ったもんだ。
 レベリングの為にお前の同胞を殺しまくったってのもその通りなんだろうぜ
>だけど、だからこそ、俺はこの世界を愛せる。守りたいって心から思える。
 生まれた世界じゃなくても。お前にだって負けないくらい、アルフヘイムやニブルヘイムの美しさを知ってる。
 ロールアウトからずっと、寝る間も惜しんで親しんできた世界だからな
>そこに息づく命が、単なるデータじゃないってことも、身を持って理解した。
 なおさらだ。一巡目とやらで殺した分のケツを拭う。取りこぼしてきたそいつらの命を、今度こそ救う
>――『好きだから』。何かを大切にするのに、それ以上の理由は要らない

明神がブレイブ&モンスターズへの――否、この世界への愛情を語る。

>見えてるだろう!感じるだろうイブリース!これが…

ジョンが豪雨の中、風の勢いに負けない声量で叫ぶ。
ふたりの声が、イブリースの心を大きく揺り動かしてゆく――。

330兇魔将軍イブリース ◆POYO/UwNZg:2021/08/07(土) 15:18:35
見渡す限りに色とりどりの花々が咲き乱れる、緩やかな丘陵で、あの方が獣や妖精たちと戯れている。
虫の翅を持った小妖精や鹿、兎といった近隣に棲む者たちを周囲に侍らせるあの方の姿は、フレスコ画に描かれる聖母のよう。
楽園の光景。

《力のない弱い生物に、守る価値があるのか……ですか?》

「ああ」

オレの問いに対して、あの方は一瞬不思議そうな反応を見せたものの、すぐに穏やかに笑ってみせた。

「この世は弱肉強食。力なき者、弱い者は力ある者――強い者に捕食され、死んでゆくのが摂理だ。
 ならば、強き者は弱き者を狩ることこそが本分なのだろう」

《そうね。力のない者は力ある者に捕食される、それは確かに自然の習わしでしょう。
 けれども……力のない者は、イコール弱い者なのかしら?》

「……どういう意味だ」

力がないこと、それは弱いことと同義だ。そんなことは誰だって知っている。
だが、あの方の考えはそうではなかった。
膝上で眠る子兎の背を優しく撫でながら、あの方が口を開く。

《一個体では力のない存在でも、群れることで大きな力を手に入れることができる。
 足りないものを補い合って、より高みへのぼってゆくことができる。
 たった一本のか細い糸が、何十本何百本と縒り合せられることで強靭な綱へ姿を変えるように》

「群れるということ自体が弱いということの証左だろう。
 群れるなど、単独で無双を誇るオレたち魔神の習性にはないものだ」

《ええ。わたしたちは個として完成されているから、そもそも群れるという考えそのものがない……。
 でもね、イブリース。
 わたしたちだって、力のない者たちに生かしてもらっているのよ?》

幾匹かの小妖精たちがたくさんの花を摘んできて、あの方へと捧げる。
ありがとうと目を細めると、あの方は軽く花束のにおいを嗅いで微笑んでみせた。

《力のない者は力のある者に捕食される。
 それは見方を変えれば、力のある者は力のない者を糧にすることで初めて生存できる……ということではないかしら?
 もしも、力のない者がすっかり世界からいなくなってしまったら……きっと、わたしたちも生きてはゆけないでしょう。
 力の有無は、強さや弱さとは関係ない。偶々、そういう『役割』を持っただけ。
 そして――力のある者も、ない者も、お互い支え合って生きてゆく。
 それが、この世界に存在するということの意味……なのだと思うわ》

「この世に存在するということの、意味……」

《ええ》

……あの方は微笑みながら噛んで含めるように言い聞かせてくれたが……オレには、やはり分からない。
自らの身も守れない、力なき者どもを守ってやる必要など、果たして本当にあるというのか?
弱いばかりに死ぬというのなら、それは世界に不要と見做されたということではないのか?

《大きな、大きなイブリース。
 きっとあなたはとっても大きすぎるから、あなたの足許で生きる小さな者たちが目に入らないだけなの。
 けれど……いつか分かる時が来る。力を合わせ、絆を結んで戦う者の強さを知る時が来る。
 そうすれば、あなたも必ず気付くでしょう。
 助け合うことの意味を。慈しむことの大切さを。愛することの素晴らしさを。
 誰かと手を繋ぐことの喜びを――。
 だから。そのときには……》

そう言うと、あの方はオレに向かって軽く手招きした。自分の前に跪くようにと。
オレは言われるままに歩を詰め、片膝を折って跪く。
あの方は小妖精から貰った花束を器用に花冠へ編み上げると、それをオレの頭へと載せた。
まるで、姫君が自分の守護騎士へそうするように。

《あなたも手を繋いでみて。
 それはきっと、とても幸福なことのはずだから》

……

……

嗚呼。
それは、大切な記憶。掛け替えない思い出。
現在(いま)のオレをオレたらしめている、切欠の出来事。
オレはそれを目的に生きている。そのために行動している。
約束を守るために。だというのに――

どうして、あの方の顔も。声も。何も思い出せないんだ……?

331崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/08/07(土) 15:23:16
>ガザーヴァ!手ぇ貸せ!

明神が左手をいっぱいに伸ばす。

「あいよ、明神!」

打てば響く返答。ガザーヴァが右手を伸ばし、明神と指を絡める。
繋いだふたりの手を経由して魔力のパスが生じる。そしてカザハの発生させた雷雲から、轟音と共に稲光が閃いたとき。
実際の何倍も長く伸びたイブリースの影を、明神はしっかりと踏みしめた。

>久々にいくぜ、オリジナル魔法!『影縛り(シャドウテンタクルス)』――!!

びゅるるるるっ!!

途端、イブリースの影から無数の黒い触手がうねりながら飛び出してくる。
それはのたうち、荒れ狂いながらイブリースの甲殻に鎧われた尾に巻き付くと、その場に兇魔将軍の巨躯を縫い留めた。
『影縫い(シャドウバインド)』をアレンジした、明神のオリジナル魔法だ。
この手の魔法は基本的に自身の魔力量の多寡で拘束できる時間が変わってくる。
魔力量の貧弱な明神では術を行使することはできても、拘束自体は一瞬しか持続しない。
かつてアコライト外郭の戦いで、ヒュドラを一瞬しか影縫いできなかったのがいい例であろう。
だが――それはあくまで『明神単体で術を使用した場合』だ。
ニヴルヘイム最高戦力『三魔将』の一角にして、潤沢な魔力量を有する幻魔将軍ガザーヴァが負荷を肩代わりすれば、
話は変わってくる。

>お、お、お、俺の傍から離れんなよガザーヴァ!この手を離すんじゃねえぞ!!

「離れろって言われたって離れねーし、離せって言われたって離さねーってーの!
 術の制御に集中しろよな! ほらほらぁ、どんどん魔力回していくぞォ!」

手を繋ぐだけでは足りないとばかり、ガザーヴァは明神と手を繋ぎながらむぎゅっとその腕に抱きついた。
触れ合った場所を経由して、莫大な魔力が明神の身体へ流れ込む。 
今の明神ならば、小山ほどもあるドラゴンを拘束することさえ可能だろう。

「く……」

その場から身動きが取れなくなり、イブリースが忌々しそうに歯噛みする。

>邪魔はさせない!

すかさず明神とスイッチしたジョンが前線に立ち、イブリースと干戈を交える。
機動力を封殺されたにも拘らず、イブリースは相変わらず大剣を振るってジョンと極限の戦いを続けている。
しかし、この戦いで誰よりもイブリースと長く対峙していたがゆえ、ジョンは兇魔将軍の微細な変化にすぐに気付いた。

>…なんでそんな目してるんだよ…!?そんな…

今のイブリースは心ここにあらずといった様子だ。まるで、目の前の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちではない、
他のものにすっかり気を取られてしまっているかのような。
それでも全力のジョンの攻撃を完璧に見切り、何合も打ち合う辺り、ニヴルヘイムの首魁の面目躍如といったところか。

>………三魔将

「……!」

ジョンがぼそりと呟いた言葉に、イブリースの振り上げた剣の動きが一瞬止まる。
イブリースの意識は、三魔将の喪われた三人目に向いていた。
あれほど執着し、憎悪し、憤怒した、仇敵たる『異邦の魔物使い(ブレイブ)』さえ目に入らないほどに。

>僕は…お前がロイを捨て駒のように扱った事を絶対に許さない…けど…それじゃあダメなんだ。
 僕達だけじゃ世界を救えない。もちろんお前だけでも救えない。外から来た僕達だけじゃなくて、
 この世界の住人である人々の力が無ければ成功なんてありえない。
>イブリース。僕達は君の力に必ずなる。君にそんな目をさせた奴らを必ずお前の前に引き摺り出してやる
>僕を…僕達を信じる為に…いや!信じさせてやる!今はなにも考えず僕達だけを見ろ!!!全力で戦え!!イブリース!!

ガギィンッ!!

ふたりの剣が噛み合い、鍔迫り合いの体勢へと移行する。

>もし僕が…君と相打ち覚悟で最後に切り合っていたら…今頃全員全滅してたかもしれないね。でもそうはならなかった。
 僕は信じた。剣に突き刺さってでも時間を稼いだ。…だからみんな集まった。

「……絆の……力……」

イブリースは心の中で振り返る。
今まで、ニヴルヘイムの勢力は誰もが己の力のみを恃みに戦ってきた。
そこに協調や協力などはない。手を取り合うことを知らないから、絆などというものも生まれようがない。
同じ陣営にいる理由はただひとつ、利害だけだ。それが一致しなくなれば、たちまち殺し合うことになるだろう。
自分しか頼るもののない、殺伐とした世界。
だが、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はそうではない。

>君を倒すのは絆の力だ。個の力では絶対に到達し得ない。
 常識や理屈を超え…損得という過程を無視した信頼から生まれる感情の力だ

個々人の戦闘力という点では、ニヴルヘイムはアルフヘイムに対し圧倒的に勝っているだろう。
ミハエル・シュヴァルツァーも。煌帝龍も。
ロイ・フリントもアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を皆殺しにできる力を持っていた。
そのためのピックアップ召喚だ。だというのに、ニヴルヘイムの勢力は一度もアルフヘイムに勝つことができなかった。

“常識や理屈を超え…損得という過程を無視した信頼から生まれる感情”――

それが、ニヴルヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』には足りなかった。

332崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/08/07(土) 15:26:14
>死ぬ気で頑張りなよ。頑張れるのは生きてる奴だけだからさ
>それで…これが終わったら…一緒に行こうイブリース。僕達はもっと話し合うべきだよ

そう言うと、ジョンは大きく後退した。自分の役目はもう終わったとでも言うように。
そして、それは実際その通りだった。
この戦いに決着をつけるための駒が、今。盤面にすべて出揃ったのだ。

>イブリース、これで最後だ

エンバースが告げる。その手の中には、煌めく液体を封じ込めた小瓶。

>――来い。ミドガルズオルム

ゆらり。

遺灰の男の呼び声に応じ、豪雨の生み出したスクリーンに巨大な海竜のシルエットが浮かび上がる。

「ミドガルズオルム……だと……!?」

世界に十二柱のみ存在する、モンスターの頂点。レイド級をも凌ぐ究極無敵のモンスター。
その出現の前兆に、さすがにイブリースも驚きを隠せない。
瀑布の如き雨の中で、ミドガルズオルムの長大な躯体の影がうねる。

>さあ、行くぜ――ミドガルズオルムの攻撃!一切万象を過去に沈めろ!終末の海嘯!
>【絶対無敵の大波濤(インヴィンシブル・タイダルウェイブ)】――!!

『キョオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――――ン!!!!』

ミドガルズオルムが吼える。戦場に存在するすべての水が渦巻き、激流となって襲い来る。
イブリースは業魔の剣を両手で握りしめ、歯を喰いしばった。
が。
波濤は、来なかった。エンバースの召喚したミドガルズオルムの影はすぐに霧散し、激流は無害な水に戻った。

>……お前はもう、俺達のやり方を知ってる
>――だけど、これはまだ知らなかったろ

グランダイトが呼び起こし、カザハが発生させた天変地異はいつの間にか収まり、中天に燦々と陽が煌く。
雨は上がった。風は止まった。


しかし、嵐はまだ其処に在った。


>……見てるか、テュフォン。ブリーズ

太陽へ剣を翳しながら、エンバースが口を開く。
いけすかないと思っていた。やり方を好まないと思っていた、風の双巫女へ。
ふたりの犠牲によって至った活路、その果てに掴んだ勝機を知らしめるかのように。

>見えるか、この嵐が

本来あるべき姿の見る影さえなく、半ばから溶け落ちたエンバースの剣。
嵐は今、その刀身を補う形で刃となってエンバースの手の中にある。
世界さえ覆うミドガルズオルムの魔力を凝縮して。

>さて……これを言うのも、もう四度目だが
>剣術比べと行こうぜ?イブリース

デスティネイト・スターズの極大魔法を切り札としてぶつける。
それがアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の当初の予定だった。
だが――エンバースは『黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)』に依存して、
ただ時間を稼ぐだけの自分でいるつもりなど毛頭なかったらしい。

「今ぞ、閉幕の刻来たれり。
 666の徴以ちて、我此処に魔剣の戒めを解かん……!」

遺灰の男と兇魔将軍が対峙する。
己の強さと。使命と。意地と。矜持と――自分たちを構成するもののすべてを懸けて。
何れが正しいのかを証明するために。

>……エンバースの攻撃。目覚めろ、始原の魔剣よ。俺の声に……応えてくれ

「吼え猛け壊せ、渦巻き啖え!!
 此れぞ総ての障礙を撃殺する、我が終極の剣!!!!」

ゴアッ!!!!

エンバースの剣から蒼色の魔力が、イブリースの業魔の剣から闇色の波動が迸り、真っ向から激突する。
過ぎ去ったはずの暴風雨を再度巻き起こし、両者の放った極限の攻撃が戦場で荒れ狂った。

333崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/08/07(土) 15:29:29
「ご……お……ぉ……!!」

莫大な魔力のせめぎあいの中、剣を突き出した姿勢でイブリースが呻く。
兇魔将軍イブリースはニヴルヘイム最強の魔神。いかなるレイド級モンスターもイブリースには敵わない。
まして、最強無敵の『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』を凌ぐ相手など――。
だというのに。

その最強の魔神が放つ必殺の剣が、押されている。
魔力光の均衡が破れつつある。それはエンバースの剣が超レイド級モンスターであるミドガルズオルムの魔力を吸収したためか。
それともジョンの言う、ニヴルヘイムの者が決して持ち得ぬ“絆”の力か。

――なんという力だ。恐るべき力だ。
  か弱き者たちが束ねる力の、なんと強靭なことか。眩いことか。
  これが、オレに足りないものだというのか?

今にも砕けんばかりに奥歯を噛みしめ、超レイド級の魔力に抗いながら、イブリースは考える。

――オレは屈した。あの男に敗れ、あの男の提案を呑んだ。
  例え一敗地にまみれ、軍門に下ることになろうとも、それで同胞たちの命を救うことができるならと。
  どんな形であっても死を受け入れるよりはいいと。仲間たちが死なずに済むのならと。
  だが。
  この力があれば。この強さがあるのなら――
  ……一縷の望みに賭けても、いいのかもしれない。

じり、じり、とエンバースの放つ光が勢いを増してゆく。イブリースの闇を吹き散らし、兇魔将軍本体へと迫ってゆく。
奇しくもそれは以前の戦いで、イブリースがゴッドポヨリンの放つ光を蹴散らした光景に似ていた。 

「ははッ! すっげえ!
 見ろよ明神! あの焼死体野郎、こっちの切り札なしでもイブリースに勝っちまうぞ!」

明神の腕に抱きついたガザーヴァが快哉を叫ぶ。
あの敗戦からガザーヴァが『形成位階・門(イェツィラー・トーア)で全員を逃がし。
双巫女がストームコーザーになり、グランダイトが嵐を起こし。ジョンが説得し、明神が足止めを喰らわせ、
カザハが雷雲を呼び寄せ、エンバースが奥の手の封印を解く。
そのどれかひとつでも欠けば、現在の状態に持って行くことはできなかった。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の絆が齎す、保証された奇跡。

>君を倒すのは絆の力だ。個の力では絶対に到達し得ない。
 常識や理屈を超え…損得という過程を無視した信頼から生まれる感情の力だ

「……ぐ……。ッ、は……ははッ、ははは……。
 ああ……強いな。実に、強い……。
 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』……これが、貴様の見せたかった……絆の、力か……」

これ以上実証しようのないほどの強さを、絆を眼前に突きつけられ、ジョンの言葉を思い出したイブリースは小さく笑った。

――もはや名はおろか、そのかんばせさえも思い出せぬ君よ。
  埋没してしまった記憶。奪い去られた過去。
  だが、何もかも無くしてしまっても、たったひとつ――これだけは覚えている。
  貴方と交わした、この約束だけは……。

《もしも、わたしがいなくなってしまったとしても。どうかこの世界に息衝く生命を護ってくださいね》

――嗚呼、分かっている。分かっているよ。
  オレは守ろう。この世界に息衝く生命を。同胞たるモンスターたちを。
  そのために、手を伸ばしてみよう。手を繋いでみよう。
  異邦の存在でありながら、オレたちの住むこの世界を何よりも深く愛している、この魔物使い達と――








「本当に、それでいいのかい?」








……なんだと?

334崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/08/07(土) 15:33:18
頭の中で、声が聞こえる。
誰かひとりのものではない。不特定多数の、大勢の人間の声。
ブレイブ&モンスターズ! をプレイする、数多のプレイヤーの――
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の、声。


――こいつ、また出た! エンカウント率高くて邪魔臭いんだよなぁ!

――結構経験値稼げるな、このモンスター。めんどくさいけど次のレベルになるまで狩るか……。


あ、あああ……。


――コモンばっかじゃねぇか。ああもう、あと何体殺せばドロップしてくれるんだ?

――あー、ウザい! さっさと死ねよ、もう!


あああああ、ああああああああ……。


――また爆死だ! くそッ、なんでPUなのにこんな要らないモンスターばっか出るんだよ!

――ええと……鱗があと60枚と、心臓が30個いるのか。頑張ろうっと。


ああああああああああああああ、ああああああああああああああ…………。


――大したアイテムも持ってないし、旨味のないモンスターだな。さっさと殺そ。

――討伐数587体! じゃ、キリよく600体まで殺しておこうかな?


あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!


「君の恨みとは、怒りとは、その程度のものだったのかい?
 こんな安っぽい、お涙頂戴の絆とやらであっさりほだされてしまう程度の怨念だったと?」

オレの……恨み……!

「思い出すがいい。こいつらはゲームプレイヤーだ、イベント成功のためなら何だってやる連中だよ。
 君を懐柔し仲間にするのだって、ちょっと難易度の高いミッション程度にしか思っていない。
 そして目論見がうまく行ったなら、彼らはこう言うのさ――
 『これでまた強い手駒を使えるようになったぞ』『トロフィーが手に入ったぞ』ってね」

オレが……手駒……? トロフィー……?

「そうさ。力を合わせる? 話し合う? そんな耳触りのいい言葉はすべて嘘っぱちだ。
 『悪人がいくら害悪を及ぼすからといっても、善人の及ぼす害悪にまさる害悪はない』――。
 彼らの口車に乗ったが最後、君は契約を結ばされてスマートフォンの中さ。
 そして――彼らの奴隷に成り下がるんだろう。ていよく使い潰され、不要になれば消去される。そんな奴隷にね」

そんなことは……断じて、許さん……!!

「そうだろ? じゃあ立ち上がれよ、イブリース。まだまだ君はこんなものじゃない。
 さあ――もう耳も聞こえるようになっているはずだ。君の背負っている同胞たちの屍、その声を聞け!!」

……う……、ぅお……、ぉ……おおおお……!!
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!



「―――――ッ―――――、がああああああああああああああああああああッ!!!!!!」


バヂィンッ!!!

「ぴぎゃっ!?」

ガザーヴァが叫ぶ。と同時、明神も一緒に後方へと吹き飛ばされる。
『影縛り(シャドウテンタクルス)』が強引に解除されたのだ。
幻魔将軍由来の魔力によって生成された拘束が力づくで跳ね除けられた。到底信じられない状況であった。
絶叫するイブリースの全身から、ボウッ!! と音を立てて赤紫色の怨霊たちが溢れ出てはのたうつ。
誰もが視認できるほどの、圧倒的な質量を持った怨霊の群れ。
気付けば明神が最初に施した『終末の軋み(アポカリプスノイズ)』の効力も消えている。

カハアア……と、イブリースの薄く開いた口腔から濃厚な瘴気が漏れ出る。
いっとき弱まっていた業魔の剣の放つ黒い魔力光が、その勢いを取り戻してゆく――否。
イブリースの全身から迸った怨霊たちが魔力光と融合し、怨念の禍々しい輝きを帯びて煌く。

「……業魔の……一撃……(インペトゥス・モルティフェラ)――――――――!!!!!」

カッ!!!!!

エンバースの放つ蒼い光とイブリースの放つ赤紫色の光が、その場にいる全ての者の網膜を灼く。
ストロボのフラッシュのような。太陽を直視したような。そんな閃光が放たれ、やがてそれが収まる頃。
ミドガルズオルムの力を内包したエンバースの剣は、元の溶け折れた剣に戻っていた。

335崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/08/07(土) 15:38:02
エンバースの『星の因果の外の剣(ダインスレイヴ)』は不発に終わった。イブリースを仕留めきれなかった。
それはきっと、その剣が真に纏うべき力が他にあるから――なのだろう。
借り物の超レイド級の魔力では、剣の持つ真の力を解放することはできないということだろうか。
とはいえ、イブリースも無傷ではない。業魔の剣を地面に突き立て、地面に片膝をついて荒い息を繰り返している。
側頭部から生えていた角は右側が半ばから折れ、翼もボロボロに朽ち果てている。
鎧は半壊し、全身血まみれだ。これ以上の戦闘は不可能であろう。

しかし――

それで戦闘が終了した訳ではなかった。
膝を折ったイブリースの前に、何者かが佇んでいる。
肩口まで伸びた、さらさらの金髪。
怜悧な碧い眼差し。恐ろしいほどに整った、中性的な顔立ち。
白いドレスシャツにグレーのスラックスといった出で立ちの、すらりとしなやかな肢体。
その顔を、佇まいを、ジョンを除くメンバーは見たことがあるだろう。
曰く“金獅子”。“ミュンヘンの貴公子”。ビートダウン戦法の使い手、ブレイブ&モンスターズ! ワールドレコード保持者。
世界最強の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』――

ミハエル・シュヴァルツァー。

ミハエルはゆるりと優雅な仕草で両手を差し伸ばすと、ぱん、ぱん、と芝居がかった仕草で拍手した。

「やあやあ、親愛なるアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』諸君……久し振りだね。
 イブリースとの戦い、実に見応えのあるものだったよ。
 まさか、君たちがイブリースを倒す一歩手前まで行くほどに強くなっていたなんて。この僕にも予想外だったな」

「……ミハエル・シュヴァルツァー……」

「助けに来たよ、イブリース。
 これで、以前の貸し借りは無しということでいいかな?」

イブリースが肩で息をしながら名を告げると、ミハエルは軽く振り返って目を細めた。
それから、また明神たちの方を向く。

「君たちも随分面子が変わったね。シンイチ君もモンデンキントも脱落か。
 シンイチ君と決着をつけられなかったのは残念だけれど……まあ、それも運命だ。仕方ない。
 それより――」

そこまで言うと、ミハエルは軽くエンバースを指差した。

「今の僕の興味の対象は君だよ、エンバース君。
 いや……むしろその剣に興味がある、と言うべきかな」

リバティウムでエンバースが明神らの前に姿を現したときから、ずっと使っている剣。
一見してどこにでもある、刀身が半ばから溶け折れた剣。
世界ランキング一位のトップ・プレイヤーが、その剣に興味を持っているという。

「その剣は只の剣じゃない。勿論レアだとかレジェンダリーとか、そんな範疇で語れるものでもない。
 其れは本来この世界には存在しないもの。少なくとも今の段階では。
 “いつか生まれる筈であったもの”――だ」

本来この世界に存在しないもの。
いつか生まれる筈であったもの。
それは、つまり――

「なぜ、君がそれを持っているんだ? レアモンスターでさえない『燃え残り(エンバース)』が。
 僕の知る限り、その剣を持っている可能性のある者はただひとり……『彼』の他はいない。
 君は……『彼』なのか?」

ミハエルが訝しげな視線を向ける。

「だとするなら、すべての謎は解ける。納得も行く。
 ローウェルは肝心なことに対してはだんまりだからな……でもいい、いいさ。そんなことは些末事だ。
 君がもし『彼』の成れの果てだというのなら、そんなに楽しいことはない!
 ミズガルズ……地球ではつけられなかった決着をここで着けることができるのだから!」

楽しげに笑う。
ただ、今すぐにエンバースをどうこうしようというつもりはないらしい。
端麗な顔貌に甘く蕩けるような微笑を湛え、ミハエルは言葉を紡ぐ。

「地球で君が突然失踪したときは、本当に無念に思ったものさ。
 君を倒さない限り、僕は本当の世界最強にはなれない。衆人環視の中で君を完膚なきまでに叩きのめすことで、
 僕は初めて真の最強を名乗れる……そう信じて疑わなかった。その気持ちは今も変わらない。
 ……とはいえ……だ。今ここで出涸らしの君を倒したところで、それは僕の欲する勝利とは言えない。
 だからね……今日のところは預けておこう。次の邂逅が勝負の刻だ。
 それまで傷を癒し、デッキを厳選し、僕との戦いに備えておいておくれ。
 ねえ――」










「ハイバラ」

336崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/08/07(土) 15:46:45
ハイバラ。

中級以上のブレモンプレイヤーなら、そのプレイヤーネームを知らない者はいないだろう。
ブレモン国内ランキング一位、騎士竜ホワイトナイツナイトをパートナーモンスターとする日本最強のプレイヤー。
その闘い方、戦術は奇抜にして苛烈、勝つためならばいかなる手段も躊躇なく実行する。
まだ若干17歳という年齢ではあるものの、その強さは折り紙付き。
日本国内のブレモン大会を総なめにし、日本では当分ハイバラの王座は揺らがない――そう言われていた。
YOUTUBEには今も大会における彼の戦いぶりが残されている。
そして凄まじいの一言に尽きる戦い方は当然のこと、ハイバラの人となりも観衆に大きなインパクトを残した。
どんな逆境においても皮肉を忘れず、軽口を叩き、余裕をもって戦う強い精神力。
それをイキッているとか、傲慢だとか言う者も少なくはなかったが、
ともあれハイバラが他を寄せ付けない圧倒的な実力を持っていることは万人の認める事実であった。

ブレモンは日本のメーカーがリリースしているゲームだが、ランキングにおいて日本の成績は決して優秀であるとは言い難い。
世界王者のミハエル・シュヴァルツァーはドイツ人だし、ワールドランキングの上位陣にはアメリカ、韓国、中国を筆頭に、
台湾やノルウェーなどが名を連ねている。
日本はトップテンですらない17位だ。だいたい中の下と言ったところか。

だが、過去にたった一度だけ、日本のブレモンシーンが世界の脚光を浴びたことがある。
あるときブレモン運営がリリースした、とある特殊な討伐クエスト。

『転輾(のたう)つ者たちの廟』。

入るたびに内部の変わるインスタンスダンジョン系のミッションで、レイド級ばりのモンスターが雑魚として出てくる、
回復手段が一切ない、休憩できる場所もない、即死トラップもわんさかという迷宮の中をひたすら下へ下へと潜ってゆく。
仮にレイド級モンスターたちの猛攻を掻い潜り、即死トラップを生き延びて最深部に到達したとしても、
その末に待っているのは何とアンデッド化した大賢者ローウェル。
かつて実装されたどんなモンスターよりも強いローウェルの猛攻に、誰もが膝を折った。
『クリア不可能』『調整不足』『このコンテンツクリア向けの装備配信待ち』と言われ、
世界の並み居るトップランカーさえも跳ね除けてきたイベントだったが、
それが遂に攻略される日がやってきた。

日本のトップランカー、ハイバラによって。

噂によると、世界で初めて『転輾(のたう)つ者たちの廟』を踏破したハイバラに、
運営は未実装の特別な武器をプレゼントしたという。
それからというものハイバラは世間の注目を浴び、スターダムを駆け上がった。
プロになる未来は半ば確定していた。近く開催される予定であった世界大会への出場も決定しており、
最強の世界王者であるミハエル・シュヴァルツァーとの対決を世界中のファンが心待ちにしていた、のだが。
ハイバラは世界大会には現れなかった。――大会開催の二日前、突如として失踪したのである。
しかも一人ではない。日本代表チームとして彼と共に世界大会に出場するはずだった仲間たちも一緒に、である。
日本代表チームの失踪は世間を大いに騒がせた。当局は死に物狂いでその足取りを追ったが、
ついにハイバラとその仲間たちが発見されることはなかった。
人々は失踪の理由を色々と噂し合った。土壇場で怖くなって逃げ出したとか、ライバル潰しで他国に拉致されたとか。
様々な憶測が飛び交ったが、真相はついに分からずじまいだった。
しかし。

もしもハイバラ失踪の原因が明神たちのような『異世界召喚』であったなら――。

「僕より先に『転輾(のたう)つ者たちの廟』をクリアした者が現れたと聞いたときは、耳を疑ったよ。
 まさかこの僕を出し抜く者がいるなんてね。だからこそ、僕は君と戦うのを楽しみにしていた。
 それが失踪なんてつまらない理由で中止になってしまったときは、心底がっかりしたけれど。
 やっぱり、君と僕とは戦う宿命にあったみたいだ……ははッ!
 『人は賞讃し、あるいはけなす事ができるが、永久に理解しない』――
 闘いこそ、互いを理解する最上のコミュニケーションツールなのさ!」

ニーチェの言葉を引用し、心底楽しげに一頻り笑うと、ミハエルは踵を返した。
同時、虚空に『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』が口を開ける。

「イブリースは連れて行くよ。まだ彼にはやって貰わなきゃならないことがあるからね。
 その代わりと言っては何だけど、ひとつだけ君たちに役立つ情報を提供してあげよう。
 侵食についての手掛かりが欲しいんだろ? 聖都エーデルグーテへ行きたまえ。
 そこに、君たちの知りたい情報があるはずさ」

くくッ、と小さく笑みを漏らす。悪戯っ子のような、天使の――否、堕天使の貌。

「尤も、知りたい情報が望んだ内容と必ずしも合致するとは限らない。
 君たちにとって“知りたくなかった情報”になってしまうかもしれないけれど、ね。
 『事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである』――
 それではまた会おう、諸君。フフ……」

門が閉じる。ミハエルとイブリースが姿を消す。
嵐が過ぎ去り、強い日差しが照り付ける中、戦いは一応の決着を見て終わった。


【イブリース撤退。説得かなわず。
 ミハエル・シュヴァルツァー出現、イブリースを回収。エンバースを日本のトップランカー・ハイバラと認定。
 戦闘終了】

337カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/08/13(金) 01:51:06
>「……見てるか、テュフォン。ブリーズ」
>「見えるか、この嵐が」

私達は地上近くまで降り、戦いの行く末を見ていた。
この場にいる全員で紡ぎ上げた長大なコンボの果てに、エンバースさんが嵐を魔力の刃として収束させた魔剣を掲げる。

「見てカケル、すごく綺麗……でも、もうこの先、私たちはここにいないんだ」

その声は、どこか消えてしまいそうなほど弱弱しい気がして。

《カザハ……カザハ!?》

カザハはありえないほど冷たくなってぐったりとしている。
考えてみれば、上級の暗殺者とも言える者に、立てない程深く足を切られたのだから、致命傷でも何も不思議はない。
大量出血していてもすぐに風化するので気が付かなかったのだ。

「エリにゃんの言う通りだよ。私には積み重ねた物なんて何もない……。
たまたまレクス・テンペストという役割を割り当てられただけ。
2巡目が何だって言うの? みんなはゲーマーとして世界を何周も何周もしてる……。
でも、役立たずじゃなくなる方法が一つだけあるんだ……」

……あるいは、あの勝利を確信した者にありがちな無駄話に見えたものこそが、致死の猛毒だったのか?
シルヴェストルは、人間よりもずっと精神世界に近い存在で、
暗殺者でもあるマリスエリスは、あらゆる種族の暗殺方法を把握していても不思議はない。
カザハも、ブレイブの戦いが単なる剣と魔法ではなくゲーマーとしての戦いということは薄々感じていて。
カザハも私もブレモンプレイヤーとしては箸にも棒にもかからないド素人で、
なゆたちゃん達は揃いも揃ってトップクラスのブレモンプレイヤーの集まりで、全くもって話にならない。
そんな中で縋るように手を伸ばした一度は捨てたはずの力は、やっぱりゲーマーの戦いでは大した意味なんてなかった。
それどころか……

「これは、ただ死ぬだけで世の中の役に立てる稀有な素質なんだよ」

歴代風精王達は個としての存在を投げ打って世界の風を制御する巨大な演算装置の一部となり
テュフォンとブリーズは自らの命を捧げ魔剣となってグランダイトを仲間に引き入れた。
ただ死ぬだけで役に立てる、それは裏を返せば
生まれた瞬間から世界から死ぬことを望まれている呪いともいえるものなのだ。
ガザーヴァ、これが、あなたが羨んだ力の正体なんですよ……。

「カケル、連れて行って。始原の風車、その中枢まで……」

《何を馬鹿なことを……!?》

自らの死を悟り、このまま風精王に即位するつもりなのだ。
肉体と精神のどちらが致命傷なのか、あるいは両方の相乗効果なのか知らないけど
勝手に死ぬ気満々になってるんじゃありませんよ!?

(カケル、行くんだ)

《あなたまで……》

アゲハさんまでカザハに賛同しているかと思いきや、違った。

338カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/08/13(金) 01:53:53
(どうせ、”100年早い”と追い返されるさ。歴代風精王ってつまりカザハのこっちの世界の親なんだろう?)

シルヴェストルが風から生まれる存在で、歴代風精王達が世界の風を司る存在なら、確かにそうかもしれません。
始原の風車の中枢にあるテンペストソウルの結晶体、歴代風精王なら――
きっとカザハを助けてくれると言っているのだ。

>「……エンバースの攻撃。目覚めろ、始原の魔剣よ。俺の声に……応えてくれ」
>「……業魔の……一撃……(インペトゥス・モルティフェラ)――――――――!!!!!」

(私はここで待ってる。信じて待ってる。もし何か聞かれたら適当に誤魔化しとくからさ……行っておいで)

《行って……きます》

きっと皆はエンバースさんとイブリースの最後の攻防に釘付けで、多分誰にも気付かれず、
カザハを乗せた私は始原の風車の方へと飛び立った。

風車の下に降り立つと、特に何をするでもなく、私達を招き入れるように入口が開いた。
無数の歯車が回る不思議な空間を進んでいくと、広大な空間に出た。
その中心には、巨大なクリスタルのようなものが聳え立っている。
単体でもそれだけでストームコーザーを作るに足るほどの力を持つならば、
それが歴代風精王の数だけ集まっている結晶体は一体どれだけの力があるのだろうか。

「これが、テンペストソウルの結晶体……」

そう呟いて、私は自分が人型になっている事に気付いた。
非常識なほどの濃度の風の魔力により、一時的にレベル爆上がり状態になっているためだろう。
私はカザハを結晶体の前に横たえ、自らは跪いた。

「歴代の風精王様……! どうか……どうかカザハをお助けください!」

「ふーん、聞いてやれなくもないけどそれ相応の対価を差し出す覚悟はできてるんだろうな。
例えば、お前の命とかさぁ!」

目つきの鋭い少年の姿をした半透明の何者かの姿が現れる。
おそらく、何代目かは分からないが、歴代の風精王の一人なのだろう。

「それは……」

逡巡していると、少年は突然腹を抱えて笑い始めた。

「ギャハハハハ! ジョーダンだよ、ジョーダン! なにマジになっちゃってんの!
どう少なく見積もってもこいつには即位は100年は早いっつーの!」

アゲハさんの予測ドンピシャの発言。
あまりの落差に一瞬唖然としていると、他の人影が現れる。

「これハリケーン、あまり若い子をからかうでないぞ。
どうも今の世代は勘違いしとるみたいじゃが……別に妾達、悲壮な決意で即位してきたものではあらぬ。のお、ウィンディ」

「え……えぇ? そうなんですか?」

口調は老成しているが、外見は幼い少女だ。
シルヴェストルの外見年齢はかなりの幅があり、いわゆるロリババア枠なのだろう。

339カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/08/13(金) 01:55:58
「シルヴェストルには寿命ってないから生きることに飽きたらその生を終えるんだけど……
私達も同じようにそのタイミングで即位してるだけよねー」

ウィンディと呼ばれたこちらは成人女性の姿をしている。ほんわかお姉さん枠だろうか。
始原の風車と一体化した後も実はある程度個を保っているのか、
それとも便宜上歴代風精王達の会話という形式をとって情報を出力しているのか。

「あれ? 生きてる……?」

いつの間にやらカザハが何事もなかったかもように起き上がっていた。
ここは風の生まれる中枢であるため、致命傷も立ちどころに治ってしまうということらしい。

「カザハ……! えーと……では私達はこれで。大変お騒がせいたしました!」

私はカザハを伴いそそくさと帰ろうとするが、向かい風に押し戻されて引き留められた。

「待てい! そなたらは用済みでも妾達が用があるのだ」

ですよね……!

「そなた、このまま草原に残ろうとしておるのだろう?
そなたにはこれからも奴らに同行してもらわねば困るのだ」

「無理だよ……。もうあそこに居場所なんてない……いや、最初から場違いだったんだ」

「そんなことは気にせずともよい。そなたの役割は我らの端末なのだから」

「そんなにぶっちゃけちゃっていいのぉ? エアリィ」

「何、かまわぬ。どのみちこやつは我らには逆らえぬのだからな」

「端末って……つまりスパイってこと……!? うあああああああッ!?」

カザハは魔力の結界のようなものに拘束され、中空に縫い留められる。

「カザハ!」

「分かっておるだろう? そなたに拒否権はない」

あっけらかんとした口調に、もはや人間を超越した感覚を持つ者特有の酷薄さが宿る。

「分かったよ……。でも……君達は世界の風を守る存在だから……
みんなと敵対するようなものじゃないよね……」

「それは何とも言えぬ。これからの奴らの動向次第だろう。
我々はこの世界を維持する機構の一角――それ以上でも以下でもないのだからな」

「そんな……!」

「なに、気にせずともよいではないか。
あやつらは全てを救うと大口を叩きながら結局は我が同胞達をヒゲ将軍に売り渡しその軍門に下ったのだ。
サブリーダーに至っては葬式モードの隣で平然と裏切り者と青春劇場しておるような輩なのだぞ。
双巫女があのまま生きておれば一人では不完全でも二人で共に立派に我らの仲間になれたかもしれぬというのに……」

340カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/08/13(金) 01:57:23
「そんなこと……! いや、ちょっとだけ思ってるかも……。
どうして……私が思っていることを言い当てるの!?
このまま一緒にいればきっと私は嫌な奴になる! お願いだから仲間のままで終わらせてよ……!」

カザハは、顔を覆って泣き出した。
確かに、イブリースやら十二階梯というイレギュラー要素抜きで結果だけを当初のミッションと比べて見れば、
なんのことはないシルヴェストル側を犠牲としてグランダイトを取った形のミッション失敗である。
そして、みんなにとってはガザーヴァの方が双巫女よりも大切なのと同じように、
歴代風精王の側から見ればテュフォンとブリーズは大事な次代の風精王候補で、
ガザーヴァはどこの馬の骨とも知れない輩なのだ。

「あーあ、泣かせちゃった。エアリィったら相変わらずドSなんだから……」

「心配せずともよい、逆らうことは許さぬといってもそのまま行かせるほど我らも酷ではない。
悩まずとも済むようにカスタマイズしてやろう」

「カスタマイズって……まさか洗脳ですか!?」

止める間もなく、エアリィというらしいロリババアは、ニヤリと笑って手を掲げた。
あっと思った時には、カザハは眩い光に包まれて改造されていた。
意識を失い、地面に投げ出されるカザハ。
ちょっと予想外の事態に、思わずロリババアの方を見て問いかける。

「えーと……これは……」

「洗脳とは人聞きが悪い。どっちかといえばイメチェンと言ってもらおうか。
精神をそやつの一番輝いていた時代に寄せておいた」

「それはアカンて……!
異世界デビューで舞い上がってただけの転移直後どころの騒ぎじゃなくなるじゃないですか!」

髪と目の色が黒髪黒目の2Pバージョンに戻っている……
ところまでささっきまでそうだったので別に今更驚かないのだが問題はそれ以外だ。
鳥取砂丘でサンドワーム討伐とかやってた時代そのまんまのカザハがそこにいた。
装飾過多な茶色基調のジャケットにキュロットにトレーン。歯車の装飾がついた眼鏡にヘッドセット。
いわゆるスチームパンクロリィタファッション――分かりやすく言えば茶色基調のゴスロリである。
(本人に言うとゴスロリとは全然別物と怒られるけど)

341カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/08/13(金) 01:59:46
「流石ファンタジー世界補正、完成度たっか!
……じゃなくてちょっと待て、装備品一式どこから出てきた!? この空間どうなってんですか!?」

「まあまあ、細かいことは気にするな。あとデッキも少しカスタマイズしておいた」

「いつの間に!?」

カザハはいつの間にか起き上がり、なんか絵になる感じで跪いている

「仰せのままに――必ずや風精王の間者としての役目を果たして見せましょう」

「うむ、頼んだぞ」

「えぇえええええ!? 何この展開!?」

「そうだ、一つ教えておいてやろう。
この結晶体からテンペストソウルを一つでも取り出せば、必ず世界の風の制御に支障が出る……。そうなれば多くの命が失われる。
あの二人はそれを分かっていて自らの身を捧げたのであろう。
この世界の生命の数が増えれば増えるほど、風の制御に緻密な演算が必要になる。
ゆえに時代が進むにつれて風精王は増員されてきたのだ」

生命が増えるほど緻密な演算が必要になるとは――
“風が吹けば桶屋が儲かる”的なところまで織り込んで風を制御しているとでもいうのだろうか。
真相は定かではないが……これは、カザハにとっては救い。
これで、「こんなことになるなら最初から結晶体から一つ奪い取ってでもグランダイトにあげとけばよかった」と後悔し続けなくて済むから。

「そっか、それならあの二人、無駄死にじゃなかったんだ……。
それに……ガザーヴァもテンペストソウル無しで立ち直ってくれて良かったよ」

……こうして、私達は何事もなかったかのようにパーティに戻った。
いきなりイメチェンしたら怪しまれるんじゃないかと危惧していたが誰も怪しまなかった。
そりゃそうだ、普通、本気で間者に転向するならわざわざイメチェンなんてしませんよね。
それに、すでに2Pバージョンになったり美少女になったりしているので今更である。
その場に残っていたアゲハさんから聞いた話によると、
あの後イブリースとの決着は付いたもののミハエルが現れて連れて帰ってしまったそうだ。
彼が言うにはエンバースさんの正体は超すごいブレモンプレイヤーのハイバラさんで、
聖都エーデルグーテに行くようにアドバイスされたらしい。
この騒動で先延ばしになっていましたが、ついに行くんですね……。
ローウェルは”此処に代わる新たな世界”なるものを考えているようで、
この世界を維持する機構の一角である始原の風車が
カザハに間者としての役目を課したのは、それが関係しているのかもしれません。
あと、アゲハさんは「マゴットが羽化するまでは成仏してたまるか!」だそうです。
カザハが心配で付いて(憑いて)きたはずがいつの間にか目的変わってません!? 別にいいけど。

342明神 ◆9EasXbvg42:2021/08/16(月) 01:41:50
踏みつけた影から迸る闇の触手が、イブリースの尻尾を縛り付ける。
ギチギチと脚の筋肉が引き攣る感覚が背筋を走るが、
同時に繋いだ手から伝わるガザーヴァの魔力が負荷を支えるように身体を包んだ。

>「離れろって言われたって離れねーし、離せって言われたって離さねーってーの!
 術の制御に集中しろよな! ほらほらぁ、どんどん魔力回していくぞォ!」

いつの間にかガザーヴァは俺の腕にしがみつき、体重を預けていた。
ボロボロのスーツ越しに伝わってくる体温。鼓動。息遣い。

「集中……集中!集中!!」

冷静に自分を俯瞰してみれば、幻魔将軍がダッコちゃんみてーに腕にへばり付いてる、
なんとも色気のねえ光景だ。俺は大丈夫。こんな鉄火場でドキドキできるほど脳みそ茹だっちゃいない。
沸騰通り越して炭化してるどこぞの焼死体とは違うぜ!

「うおおお!集中ーーーっ!!」

ガザーヴァの魔力を借りパクできてるおかげで、『影縛り』は揺らぐことなくイブリースを縫い付ける。
ただでさえドンガメの兇魔将軍は足を完全に止め、うっとおしげに俺を振り払いにかかった。

「ひひっ甘ぇよなぁ考えがよぉ……!お前がガン見すべき相手は……俺じゃねえだろ!」

>「僕を…僕達を信じる為に…いや!信じさせてやる!
 今はなにも考えず僕達だけを見ろ!!!全力で戦え!!イブリース!!」

大剣が俺を潰さんとした瞬間、ジョンが再び飛びかかった。
イブリースの先手を潰し、強引にヘイトを奪う。そのまま高速域での剣戟に移行した。
ボロボロの身体で――動くたびにジョンの四肢からは血がこぼれ落ちる。
それでも退かない。折れた骨で、傷だらけの五体で、イブリースの前に何度でも立ちはだかる。

>「もし僕が…君と相打ち覚悟で最後に切り合っていたら…今頃全員全滅してたかもしれないね。
 でもそうはならなかった。僕は信じた。剣に突き刺さってでも時間を稼いだ。…だからみんな集まった。」

俺も信じた。ジョンは約束を違えないって。
たとえ死を受け入れることがこの場の最適解であったとしても、安易になげうてるほど、こいつの命は安くない。
値段をつけたのはなゆたちゃんであり、俺たちだ。

月並みな言い方をするなら――もうジョンは、一人の身体じゃない。
ジョンは必ず生きてイブリースを抑え込む。そう信じられたから、動揺せずに次の手を打てた。

>「君を倒すのは絆の力だ。個の力では絶対に到達し得ない。
 常識や理屈を超え…損得という過程を無視した信頼から生まれる感情の力だ」

「こいつがただの数の利なら、俺たちがお前に勝てる公算はなかった。
 『絆』も『信頼』も『友情』も――ぜーんぶ火力に変えちまうのがブレイブのパワーって奴だ。
 レイドボスには釈迦に説法だったかもなぁ!」

イブリースがジョンに向けて斬撃を放たんとすれば、俺の影縛りがそいつを止める。
俺を先に消し飛ばさんとすれば、隙だらけの横っ面にジョンが手痛い一撃をぶちかます。
舞踏は続く。デッドラインに片足を突っ込みながら、軽快なタップを踏む。

だけどいつまでも踊り続けられるわけじゃない。
俺もジョンもとっくの昔にヘトヘトだし、絶望的なことにイブリースはこっちの連携に対応し始めている。
遠からず、この均衡は崩れ去るだろう。ジョンの連撃は押し返され始めていた。

>「死ぬ気で頑張りなよ。頑張れるのは生きてる奴だけだからさ
 それで…これが終わったら…一緒に行こうイブリース。僕達はもっと話し合うべきだよ」

343明神 ◆9EasXbvg42:2021/08/16(月) 01:42:58
そして――リミットが近いのは、俺たちだけに限った話じゃない。
俺とジョンが死ぬ気で稼ぎ切った時間は、確かに火力へと変換された。
見なくても分かる。背後で膨れ上がる途方も無い魔力が、誰の差配でもたらされたものか。

>「みんな!後は任せた!」

ジョンが一足先に撤退する。
俺はこの場に留まって、イブリースを拘束し続けなきゃならない。
敵前に一人取り残された現状は、ピンチにはなり得なかった。

「5ターン。今更イモ引いてくれんなよイブリース。
 俺の片手はガザーヴァの奴に占領されちまってるけどなぁ。
 ――もう片方は、お前の為に空けてあんだぜ!」

>「――来い。ミドガルズオルム」

エンバースの声に、視界の端で意識を向ければ、小瓶が宙を舞うのが見えた。
『人魚の泪』――超レイド級召喚のキーアイテム。

>「ミドガルズオルム……だと……!?」

「わはは!こいつは予想外だったか!?
 ローウェルの差配とは別の所で、俺たちだけで積み上げてきた『絆の力』だ!
 さしもレイドボスも、超レイド級の一撃に耐えられるとは思えねえなぁ!?」

>「さあ、行くぜ――ミドガルズオルムの攻撃!一切万象を過去に沈めろ!終末の海嘯!」
>「【絶対無敵の大波濤(インヴィンシブル・タイダルウェイブ)】――!!」

「加護があろうが翼があろうが関係ねえ!単純なステ差のゴリ押しだ!
 激流の藻屑になっちまいなぁ――ッ!!」

――果たして。
待てど暮らせど、ミドガルズオルムがその威力を発揮することはなかった。
巨体の影は影のまま、輪郭を溶かして消えていく。

「……あ、あれ?ミドやん……?」

召喚に失敗した?だけどエンバースに動揺した気配はない。

>「……お前はもう、俺達のやり方を知ってる」

そしてその手には、放り投げた小瓶の代わりに、半ばで溶け落ちた直剣があった。

>「――だけど、これはまだ知らなかったろ」

――直剣には、なかったはずの刃が、生えていた。
カザハ君の呼んだ雷雨が、ミドやんの齎した嵐が、
渦を巻いてエンバースの剣にまとわりつき、凝固していく。

吸い込まれるように。折れた剣の刀身を、補うように。
いつしか辺りは晴れ渡っていて、澄み切った青空の下に、一振りの長剣があった。

344明神 ◆9EasXbvg42:2021/08/16(月) 01:43:40
>「……見てるか、テュフォン。ブリーズ」

剣。あるいは――未来に賭して散っていった者たちへの、弔いの墓標。

>「見えるか、この嵐が」

超レイド級の持つパッシブ効果、フィールド属性変換。
ミドガルズオルムが出現時に周囲へ撒き散らす、嵐と激流の水属性。
環境の強引な塗り替えに費やされた膨大な魔力は、散逸することなく、すべてがエンバースの手にあった。

>「……エンバースの攻撃。目覚めろ、始原の魔剣よ。俺の声に……応えてくれ」

――アコライト防衛戦の後、俺はアジ・ダカーハとの戦いの顛末をなゆたちゃん達から伝え聞いた。
マホたんが特攻する直前、あの戦車砲でもビクともしなさそうな分厚い装甲を、いかにして破壊したのか。
エンバースが叩き込んだ一撃が、どうやって成立したものだったか。

「フィールド効果を……攻撃力に……変換した……!?」

なんだあの剣。そんな能力聞いたことねえぞ!
フィールド効果は環境の属性を強引に再定義する、いってみりゃ規模がクソでかい魔法だ。
その魔力を全部攻撃に転化できるとすれば、これまでの常識を覆すような超威力になる。
いわんや、一振りの刃にまで圧縮したそれは、超レイド級の装甲だってぶち抜けるだろう。

そしてだからこそ、そんな常軌を逸した能力は『存在するはずがない』。
バランスがぶっ壊れるからだ。神代遺物ならともかく、個人が扱えるような能力じゃない。

>「吼え猛け壊せ、渦巻き啖え!!
 此れぞ総ての障礙を撃殺する、我が終極の剣!!!!」

俺の動揺を置き去りにして、イブリースは上等とばかりに猛る。
迎え撃つは兇魔将軍の代名詞にして最強の剣技、『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』。
激流と波動が、水と闇が、ふたつの力が、激突する――!

>「ははッ! すっげえ!
 見ろよ明神! あの焼死体野郎、こっちの切り札なしでもイブリースに勝っちまうぞ!」

「ひひっ!エンバースの野郎!こんな奥の手を握ってやがったのかよ……!!」

激流の飛沫が弾丸のように地面を洗う。闇の波動と混ざり合った飛沫が飛ぶ。
至近距離に居る俺のところまで余波が届かないのは、ミドやんの魔力をエンバースが完全に制御化に置いているからだ。
『剣』の形に収斂した暴風雨は、ゆえに剣の振るえる範囲にのみ破壊を撒き散らす。

>「……ぐ……。ッ、は……ははッ、ははは……。ああ……強いな。実に、強い……。
 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』……これが、貴様の見せたかった……絆の、力か……」

「強えだろ、ウチのエースアタッカーは。そいつをここまで運んできた、俺たちの絆は。
 認めちまえよ、俺達が世界を救うに足りるって――」

ぶつかり合う二色の版図が、少しずつ均衡を崩していく。
蒼が。エンバースの振るう剣の光が、イブリースの波動を押し込んでいく。
行けるか……?ゴルドンの発射は一回こっきりのギャンブルだ。
そいつを使わずに勝利できるならそれにこしたことはない。

希望的観測を現実にするように、勝負が決そうとしていた――。

>「―――――ッ―――――、がああああああああああああああああああああッ!!!!!!」

刹那、イブリースが咆哮した。
苦し紛れの断末魔、ではない。総身に纏う波動がその濃度を増す。
限界が訪れたのは、エンバースでもイブリースでもなく……俺たちだった。

345明神 ◆9EasXbvg42:2021/08/16(月) 01:44:20
>「ぴぎゃっ!?」

「あがっ!!?」

『影縛り』がぶち破られて、強烈な反動を食らった。
ガザーヴァと一緒にふっ飛ばされて砂利の上を転がる。

「バカな……ガザーヴァの魔力借りてんだぞ……!」

拘束系魔法は費やした魔力の多寡で威力が大きく変わる。
同じ三魔将クラスで、しかも魔法型のガザーヴァでも抑えきれないなんてことあるか。
加えて、『影縛り』は『相手の影を踏む』って条件を付与して効果を高めてある。
それを、ディスペルもなしに単純な膂力だけで引きちぎった……?

起こった結果が信じられなくて、俺はイブリースを見た。
――『見てしまった』。

覚えたての霊視(クオリアビジョン)で視認したときよりも色濃く、鮮明に。
もはや霊視に頼らずとも見えるほどの密度で、その姿が目に映る。

「うっ……おぇ……!」

曖昧な輪郭じゃない怨霊たちの姿は、醜悪で、冒涜的で、悍ましく、禍々しい。
胃袋からせり上がってくるなにかを必死に抑え込んでいるうちに、戦いは次の段階に進みつつあった。
悍ましき怨霊たちが、イブリースの波動と混ざり合う。

>「……業魔の……一撃……(インペトゥス・モルティフェラ)――――――――!!!!!」

そして、膨れ上がった力の再激突が、目を灼いた。
視界が復旧したときにはすべてが終わっていた。

「エンバースの剣が……元に戻ってる」

半ばで溶け落ちた直剣は、普段どおりの姿で焼死体の手の中にある。
一方で、イブリースもまた、力を使い果たしたかのように膝を付いていた。
片方の角はぶち折れ、鎧も翼も四肢もズタボロだ。まともに立ち上がることすら出来ていない。

決着はつかなかった。
エンバースとイブリースは互いに必殺の威力を交換しあい、痛みを分けて、
しかしどちらも地に伏すことなく戦場に残り続けている。

だけど……こっちにはまだ二の矢がある。
『ゴールデーン・ドーン』は健在だ。ぶち当てれば勝ちっつう条件に変わりはない。
見たところイブリースは瀕死。回避だって満足には出来まい。

あと1ターン。あと1ターン凌ぎきれば俺たちの勝ちだ。
だが、残りの時間をぼっ立ちで受け入れてくれるつもりは、ないようだった。

イブリースの前に立つ人影。
金髪に碧眼、瀟洒な出で立ちの美少年。
この戦場には居なかったはずの新手の姿を、俺は知っていた。

「ミハエル・シュバルツァー……。
 ニヴルヘイムのパシリに成り下がったチャンピオンが何しに出てきやがった」

>「やあやあ、親愛なるアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』諸君……久し振りだね。
 イブリースとの戦い、実に見応えのあるものだったよ。
 まさか、君たちがイブリースを倒す一歩手前まで行くほどに強くなっていたなんて。この僕にも予想外だったな」

346明神 ◆9EasXbvg42:2021/08/16(月) 01:45:02
ミハエルは観劇帰りの貴族みてえなツラで俺たちの戦いを講評した。
何しに出てきたか。このタイミングでニヴルヘイムの人員が現れる理由なんか考えるまでもない。

>「助けに来たよ、イブリース。
 これで、以前の貸し借りは無しということでいいかな?」

――救援だ。
忌々しいことに、インチキテレポを使ったそれは、ニヴルヘイムの十八番でもある。
他ならぬミハエル自身、リバティウムで窮地に陥ったときにはイブリースが駆けつけている。
立場が逆転し、今度はミハエルが助けに来た。それだけのこと。

「よくもまあそんな強キャラっぽいツラさげて出てこれたもんだな。
 なゆたちゃんにゴッポヨなしでベチボコにされたチャンピオン(笑)がよぉ……」

苦し紛れの煽りにも、ミハエルは動じない。
どころか、たった今気づきましたよと言わんばかりに俺たちを睥睨する。

>「君たちも随分面子が変わったね。シンイチ君もモンデンキントも脱落か。
 シンイチ君と決着をつけられなかったのは残念だけれど……まあ、それも運命だ。仕方ない。
 それより――」

ミハエルの態度は、リバティウムで大規模テロ未遂かました時と変わらない。
超然的で人を食ったような、自信に満ちた振る舞い。

>「今の僕の興味の対象は君だよ、エンバース君。
 いや……むしろその剣に興味がある、と言うべきかな」

「ご指名だぜ焼死体。もう一発くれえあいつの顔面にぶち込んで見せてやれよ」

ミハエルは俺をガン無視した。

>「その剣は只の剣じゃない。勿論レアだとかレジェンダリーとか、そんな範疇で語れるものでもない。
 其れは本来この世界には存在しないもの。少なくとも今の段階では。
 “いつか生まれる筈であったもの”――だ」

「……ああ?何が言いたいんだてめえは」

輪をかけて回りくどいミハエルの言葉とは裏腹に、
俺はヤツの言わんとしていることがなんとなく理解できていた。

あるはずのないもの。
ゲームバランスを根底から覆すような、超強力なユニークアイテムの存在。

>「なぜ、君がそれを持っているんだ? レアモンスターでさえない『燃え残り(エンバース)』が。
 僕の知る限り、その剣を持っている可能性のある者はただひとり……『彼』の他はいない。
 君は……『彼』なのか?」

ミハエルは、『誰か』の影をエンバースに見ているようだった。
憶測で、あるいは確信を持って、焼死体の『生前』に見当をつけている。
エンバースの野郎は、チャンピオンが執着するようなひとかどの人物だってのか?

>……とはいえ……だ。今ここで出涸らしの君を倒したところで、それは僕の欲する勝利とは言えない。
 だからね……今日のところは預けておこう。次の邂逅が勝負の刻だ。
 それまで傷を癒し、デッキを厳選し、僕との戦いに備えておいておくれ。
 ねえ――」

347明神 ◆9EasXbvg42:2021/08/16(月) 01:45:43
ミハエルが誰と会話してやがるのか、俺には分からない。
だけど、奴が告げた名前には聞き覚えがあった。
いやさ、ブレモンに多少なりとも傾注している人間なら、その名前と、付随する事項を知らないはずがない。

>「ハイバラ」

「………………は?ハイバラ?」

思わずミハエルから目を離して、エンバースを振り仰いだ。
ハイバラ――ことブレモン界隈において、それはただの人名を意味しない。

ある事件を契機に、『日本の恥』、『日本ブレモンシーンの汚点』とも呼ばれるようになった、
いわば業界のタブーに近い存在だ。

そして事件が起こる前、そいつにはたったひとつの肩書きがあった。

――日本最強の男。

『ハイバラ』は、魑魅魍魎の跋扈する対人戦ランキングで1位を獲得し続けた、
掛け値なしに国内で最強のプレイヤーの名前だ。

「ちょっ……待て待て待て!ウソだろ?ハイバラ!?こいつが!!?
 世界大会の前にケツまくったっつう、あの――」

ハイバラの名が禁句となったのは、奴が突如として失踪したからだった。
世界大会の日本代表チームに選ばれ、国内の期待を一身に背負ったハイバラは、
だけど大会の2日前に音信不通になった。

当然界隈は大騒ぎになったけど、まぁありえないことではなかった。
なんぼ日本最強ったって、結局はゲームだ。趣味の範疇だ。
突然飽きたり、ソシャゲに廃課金すんのが馬鹿らしくなることだってきっとある。
あるいは、寝食忘れて没頭してたゲーマーが野垂れ死ぬのだって珍しくもない。

ましてやハイバラは当時、学生だった。
ゲームに没頭すんのやめて真面目に将来のこと考え始めたのかもしれないし、
期末テストの日程が大会と被っちまうなんてこともあるだろう。

バイトだってバックレるような奴がいるこの世の中で、
ゲームの集まりに急に来なくなったことがそこまで大事件になるはずもない。
無責任と言ったらそれまでだけど、まぁ仕事でやってるわけじゃねえしな。

ハイバラの失踪は、敵前逃亡としてそれはもうめちゃくちゃに叩かれまくったけれども、
待てど暮らせどその後の消息は掴めず、運営からの燃料投下も落ち着いちまった頃には、
ランキングが全員ひとつ繰り上がった結果だけを残して界隈は平常運転に戻った。

……っていうのが、一般プレイヤーとして俺が知る限りの『ハイバラ』だ。
そんな逃亡した元日本代表の成れの果てが、エンバースだってのか?

一定の信ぴょう性は、ある。
ハイバラの『失踪』が、単なる敵前逃亡じゃなくて、俺と同じような異世界転移だとしたら。
ブレモン運営が血眼になって探しても見つけられなかったっつうのも頷ける。

ついでに言えば、公式大会の動画で見たことのあるハイバラと――エンバースは、似ている。
皮肉屋で傲岸不遜、どんなピンチでも態度を変えず、笑えないユーモアで煙に巻く。
そんな立ち振舞は、ハイバラのそれをあまりに彷彿とさせる。

348明神 ◆9EasXbvg42:2021/08/16(月) 01:49:14
そして、エンバースの持つユニーク効果持ちの剣。
こいつは風の噂だが、超高難度レイドを最速でクリアしたハイバラは、運営から特別なアイテムを貰ったらしい。
ミハエルの言う『存在しないはずの剣』がそれに当たるのであれば、
エンバースの出自をますます裏付ける根拠になる。

「……マジかよ。生きてたのか、『賢人殺し(トート・デス・ヴァイゼン)』」

いや、生きてるとは言い難いけどさぁ。
俺ぁてっきり大会前に張り切りすぎてメシ食うの忘れたもんだと思ってたが。
なんの因果か、雲の上の存在だった日本最強の男が、目の前に居る。

全世界1000万人、日本国内でも100万人は下らない規模でプレイしてるこのゲームで、
ランキング1位は尋常な所業じゃない。
俺たちが手も足も出なかったさっぴょんは対人ランク14位だ。
60対4を制する親衛隊の、さらに最強のプレイヤーですら、14位。
ランクマってのはそういう世界だ。

>「イブリースは連れて行くよ。まだ彼にはやって貰わなきゃならないことがあるからね。

突然開陳された驚愕の事実に唖然としているうちに、ミハエルはイブリースの回収を始めていた。

「てめえ!人の頭の上で勝手に話進めんなってリバティウムでも言っただろうが!
 逃がすわけねえだろ、まだそいつとも話はついてねえぞ!!」

ミハエルの背後にいつもの『門』が出現する。

「信号機共!ゴルドン撃て!!あの『門』をぶっ壊せ!!」

口から泡を飛ばしながら指示するが、まだチャージは終わっていない。
スターズは極大魔法行使に係る極度の集中状態で、まともに声も届きやしない。

>「その代わりと言っては何だけど、ひとつだけ君たちに役立つ情報を提供してあげよう。
 侵食についての手掛かりが欲しいんだろ? 聖都エーデルグーテへ行きたまえ。
 そこに、君たちの知りたい情報があるはずさ」

「眠てえこと抜かしてんじゃねえぞチャンピオン!
 この期に及んでおつかいだと?ジジイの真似事でもしてるつもりか?
 今!ここで!イブリースの野郎から話を聞かせろ!」

背中にどれだけ罵声を浴びせても、ミハエルは振り返らない。

>「尤も、知りたい情報が望んだ内容と必ずしも合致するとは限らない。
 君たちにとって“知りたくなかった情報”になってしまうかもしれないけれど、ね。
 『事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである』――
 それではまた会おう、諸君。フフ……」

「お前はそれで良いのかイブリース!信念だの何だの抜かしてた野郎が……
 劣勢になったら王子様に抱っこされて逃げんのがてめえの望んだやり力か!?」

最早呪詛に近い俺の言葉は、『門』に阻まれて虚空に消えた。
あとには何も残らない。よく晴れたフルス水系の中洲に、川を流れる水音が戻って来た。

「く、そ、がぁぁぁぁぁっ!!!」

砂利に拳を叩きつける。
腹の底に溜まっていた熱を全部吐き出して、ようやく頭が少しずつ冷えてきた。

349明神 ◆9EasXbvg42:2021/08/16(月) 01:49:48
「……ここを出るぞ。やらなきゃなんねえことは山程ある」

立ち上がって、この戦いを生き残った仲間たちを振り仰いだ。

「スターズ共は撃ち方やめ。キマイラの翼でグランダイトの本陣まで飛んでくれ。
 当初の目的――覇王との同盟を最後まで終わらせよう。
 ジョンの傷をちゃんとした軍医に見せたい。なゆたちゃんもそろそろ目が覚めてるかもしれないしな」

形はどうあれ、テンペストソウルの献上という条件は果たした。
バロールがどういう協同体制をとるつもりかは知らんが、覇王軍の協力はこれで得られる。

「……エンバース。ミハエルの言ってた、お前がハイバラっつうのはマジの話か?
 その剣のことも含めて、お前がどうやって焼死体になっちまったのか、そろそろお前の口から聞きたい。
 なゆたちゃんと合流したら話せよ。どうせまた長旅だ、ゆっくりでいいからさ」

ミハエルの野郎に従うのも忌々しいが、エーデルグーテに行くのは元々の路線と合致してる。
グランダイトと対を為す第三勢力、『永劫の』オデット。
こいつともナシを付けなきゃならないだろうからな。

それに、ポヨリンを失ったなゆたちゃんの今後も考えなきゃならない。
このまま旅に連れて行くより、石油王と一緒に王都に居たほうが安全ではある。
だけど、自衛手段のない状態でバロールの元に居るのは本当に大丈夫なのか?

「それから――カザハ君……カザハ君だよな?またイメチェンしてっけど」

なんか前より人間っぽい見た目になってる。
こいつメガネなんて付けてたっけ。まぁカザハ君だしな。いつものことよ。

今回の俺達の目的は、覇王軍と同盟を締結すること。
そして、シルヴェストルと覇王軍の激突を止めること。
前者は達成できたが、後者は完璧にこなせたとは言い難い。

テュフォンとブリーズ――現当主の二人を犠牲にして、俺達は生き延びた。
グランダイトの協力を得られたのも、彼女たちが命を捧げたからだ。
当主を失ったシルヴェストルの里がこの先どうなっていくのか、予想はつかない。

お家騒動でも勃発するのか。
また別のレクステンペストが出現して、穏やかに代替わりが進められるのか。
あるいは、現レクステンペストのカザハ君をどうにかして当主に据えるのか。
部外者の俺たちに手出しできる部分は多くはないが、それでも――

「あの二人のことを、俺は忘れない。
 死んだら消えるシルヴェストルに墓なんて文化があるかもわからんが……
 テュフォンとブリーズが俺たちの為に死んだのなら、俺達のやり方で弔うべきだ」

墓標を建てるのでも良い。花を添えるのでも良い。
当主を欠いた里のゴタゴタが落ち着くまで面倒見るのもやぶさかじゃない。
次期当主としてカザハ君の即位を要求されたら、まぁそのときは、殴り合いになるかもしれないけど。

「テュフォン。ブリーズ。……ポヨリン。
 諸々の事後処理が終わったら、旅に出る前に、居なくなっちまった連中を悼もう。
 先のことを考えるのは、それからで良いはずだ」

【終戦。ミハエルににげられてキレる。同盟締結へ】

350embers ◆5WH73DXszU:2021/08/23(月) 04:28:28
【スリーピング・デッドマン(Ⅰ)】

『吼え猛け壊せ、渦巻き啖え!!
 此れぞ総ての障礙を撃殺する、我が終極の剣!!!!』

「……エンバースの攻撃。目覚めろ、始原の魔剣よ。俺の声に……応えてくれ」

振り下ろされる魔剣――蒼き魔力の刃が龍のごとく唸る/奔る。
襲い来るイブリースの秘剣を/闇色の波動を迎え撃つ――せめぎ合う。
激突/相殺し合う強大なエネルギーは――しかし、完全には拮抗していない。

『ご……お……ぉ……!!』

蒼の魔力刃が闇の波動を押し返す/一層強く輝きを放つ。
ダインスレイヴの刃は更に勢いを増していた――増し続けている。
激突/相殺/飛散した双方のエネルギーをも、再び己が刃として喰らいながら。

「やれる……やれるぞ……!俺にも――――ッ!」

――エンバースみたいに。ハイバラみたいに。

〈……馬鹿〉

勝負の途中で勝ちを誇る――その油断を、フラウが謗る。

『―――――ッ―――――、がああああああああああああああああああああッ!!!!!!』

瞬間、イブリースが吼えた――呼応するように、その巨体から溢れ返る怨霊。
押し込まれつつあった業魔の一撃が息を吹き返す――湧き立つ怨念を宿して、荒れ狂う。
ダインスレイヴが押し返される/抗えない――遺灰の男の両足が、その場に踏み留まれず後方へ滑る。

「くっ……させるかよ!もう一度……押し返してやる!俺にも……俺にだって――――――ッ!」

『……業魔の……一撃……(インペトゥス・モルティフェラ)――――――――!!!!!』

「頼む……!ダイン……スレイヴ――――――――!!!」

刹那、光が爆ぜた――絶大なエネルギーが奔流と化して解き放たれた。
それは――ダインスレイヴが本来示すべき光景/権能ではなかった。
魔力を収斂し刃とする魔剣が、その力を解き放つ意味はない。

つまり――遺灰の男はダインスレイヴの真の性能を引き出せなかった。
それでも超レイド級が生み出した莫大な魔力は、辛うじて業魔の一撃を相殺した。
そして――そこに生じた余波=制御不能な破壊力を、イブリース/遺灰の男は全身に浴びる事になった。

イブリースの角は片方が折れ/翼は引き裂け/鎧も砕け/血塗れの様相。
遺灰の男も頭部が七割消し飛び/左腕はひび割れ/胸部の魂核は剥き出しの状態。
互いに、これ以上の戦闘続行は不可能――つまり、イブリースにとっては詰みの状況となる。

何故なら異邦の魔物使い一行にはまだ、本来の勝ち筋=【黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)】がある。
イブリースが既に戦闘不能である以上、スターズのチャージ完了と共に勝負は決まる――その筈だった。

遺灰の男の頭部が緩慢に再生していく/両目と共に吹き飛んだ視界が回復していく。
膝を突くイブリースの姿に――遺灰の男は安堵する事が出来なかった。
その隣に、誰かがいる――今までいなかった誰かが。

完全に復調した視界の中を、陽の光を紡いだような金髪が踊った。
その誰かを、遺灰の男は知っていた――エンバースの記憶に鮮明に残っていた。
ハイバラの記憶にだって残っていた――どんなレアモンスターよりも、焦がれた強敵として。

351embers ◆5WH73DXszU:2021/08/23(月) 04:30:03
【スリーピング・デッドマン(Ⅱ)】

『やあやあ、親愛なるアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』諸君……久し振りだね。
 イブリースとの戦い、実に見応えのあるものだったよ。
 まさか、君たちがイブリースを倒す一歩手前まで行くほどに強くなっていたなんて。この僕にも予想外だったな』

「……今更何しに来たんだ?まさかチャンピオンともあろうお方が、キル・スティールを狙っていたのか?」

意図の明け透けな挑発――だが、これが今の遺灰の男に出来る唯一の抵抗。

『助けに来たよ、イブリース。
 これで、以前の貸し借りは無しということでいいかな?』

幸い、ミハエルは攻撃の意思を示さなかった――挑発が機能した訳ではないだろうが。

『君たちも随分面子が変わったね。シンイチ君もモンデンキントも脱落か。
 シンイチ君と決着をつけられなかったのは残念だけれど……まあ、それも運命だ。仕方ない。
 それより――』

遺灰の男を捉える、碧の眼差し。

『今の僕の興味の対象は君だよ、エンバース君。
 いや……むしろその剣に興味がある、と言うべきかな』

「……ああ、これか。イカしてるだろ?この傷んだ感じが逆にヴィンテージっぽさを――」

『その剣は只の剣じゃない。勿論レアだとかレジェンダリーとか、そんな範疇で語れるものでもない。
 其れは本来この世界には存在しないもの。少なくとも今の段階では。
 “いつか生まれる筈であったもの”――だ』

「……なんの事だか、さっぱり分からないな」

『なぜ、君がそれを持っているんだ? レアモンスターでさえない『燃え残り(エンバース)』が。
 僕の知る限り、その剣を持っている可能性のある者はただひとり……『彼』の他はいない。
 君は……『彼』なのか?』

「――ああ、そうだ。俺がその『彼』だ。或いは『ジョン・ドゥ』かもしれないし、もしかしたら『例のあの人』かも?」

『だとするなら、すべての謎は解ける。納得も行く。
 ローウェルは肝心なことに対してはだんまりだからな……でもいい、いいさ。そんなことは些末事だ。
 君がもし『彼』の成れの果てだというのなら、そんなに楽しいことはない!
 ミズガルズ……地球ではつけられなかった決着をここで着けることができるのだから!』

「なんだ、今度のミハエル劇場は名探偵ごっこが演目なのか?テロリストよりかはマシだけどさ」

『地球で君が突然失踪したときは、本当に無念に思ったものさ。
 君を倒さない限り、僕は本当の世界最強にはなれない。衆人環視の中で君を完膚なきまでに叩きのめすことで、
 僕は初めて真の最強を名乗れる……そう信じて疑わなかった。その気持ちは今も変わらない。
 ……とはいえ……だ。今ここで出涸らしの君を倒したところで、それは僕の欲する勝利とは言えない』

「やめておけよ。知らないなら教えてやるけど、お前はゲーマーであって、シャーロック・ホームズじゃないんだぜ」

『だからね……今日のところは預けておこう。次の邂逅が勝負の刻だ。
 それまで傷を癒し、デッキを厳選し、僕との戦いに備えておいておくれ。
 ねえ――』

「素人が得意げに推理をお披露目したって、恥を掻くのが――」

『ハイバラ』

「…………ああ、クソ。少しは人の話を聞いたらどうなんだ、ホームズ」

思わず零れる、黒煙混じりの溜息――ハイバラとしても/遺灰の男としても。

352embers ◆5WH73DXszU:2021/08/23(月) 04:32:44
【スリーピング・デッドマン(Ⅲ)】

『………………は?ハイバラ?』

「ええと、あー……待って下さいよ。こんな穴だらけの推理を信じるつもりで――」

『ちょっ……待て待て待て!ウソだろ?ハイバラ!?こいつが!!?
 世界大会の前にケツまくったっつう、あの――』

「……ああ。やっぱり「そういう感じ」になってるのか」

再び、黒煙混じりの溜息。

『僕より先に『転輾(のたう)つ者たちの廟』をクリアした者が現れたと聞いたときは、耳を疑ったよ。
 まさかこの僕を出し抜く者がいるなんてね。だからこそ、僕は君と戦うのを楽しみにしていた。
 それが失踪なんてつまらない理由で中止になってしまったときは、心底がっかりしたけれど』

「……俺と戦って負けるのを楽しみにしてたのか?おかしなヤツだな」
 
『やっぱり、君と僕とは戦う宿命にあったみたいだ……ははッ!
 『人は賞讃し、あるいはけなす事ができるが、永久に理解しない』――
 闘いこそ、互いを理解する最上のコミュニケーションツールなのさ!』

「いいや、違うね。お前は間違ってる――――えっと、なんだったっけな……ああ、思い出した。
 『人が意見に反対する時は大体その伝え方が気に食わない時である』
 ……いや、これはなんか、ちょっと違うか」

ニーチェの引用――たまたま覚えていたという訳ではない。
いつかミハエルと相見える時を夢見て、予習していた名残。

『イブリースは連れて行くよ。まだ彼にはやって貰わなきゃならないことがあるからね』
『てめえ!人の頭の上で勝手に話進めんなってリバティウムでも言っただろうが!
 逃がすわけねえだろ、まだそいつとも話はついてねえぞ!!』

「……よせ、明神さん。自慢じゃないが、今の俺はなんの戦力にもなれないぞ」

『その代わりと言っては何だけど、ひとつだけ君たちに役立つ情報を提供してあげよう。
 侵食についての手掛かりが欲しいんだろ? 聖都エーデルグーテへ行きたまえ。
 そこに、君たちの知りたい情報があるはずさ」

「ああ、そりゃ助かるな……なにせバロールは肝心な事に対してはだんまりだからな」

『尤も、知りたい情報が望んだ内容と必ずしも合致するとは限らない。
 君たちにとって“知りたくなかった情報”になってしまうかもしれないけれど、ね。
 『事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである』――
 それではまた会おう、諸君。フフ……』

「――なんだ、フレンド登録はしてくれないのか?つれないんだな、チャンピオン」

ハイバラなら、きっとこんな事は言わなかった。
ハイバラなら――きっとこの状況でも大言壮語を欠かさなかった。
今、俺を倒しておいた方がいいぜ。お互い万全なら俺が負ける訳がないからな――なんて事を。

遺灰の男には、それが言えなかった――その言動に釣り合うだけの成果が、自分に期待出来なかった。

『く、そ、がぁぁぁぁぁっ!!!』

明神が怒声を上げる――声は谷間で少し反響して、すぐに川の流れる音に飲まれて消えた。
遺灰の男が膝を突いたまま、悔しげに拳を地面に叩きつける――強烈な自己嫌悪を込めて。
俺が俺じゃなかったなら、ハイバラだったなら――そんな考えが、頭の中で渦巻いていた。

353embers ◆5WH73DXszU:2021/08/23(月) 04:33:54
【スリーピング・デッドマン(Ⅳ)】

『……ここを出るぞ。やらなきゃなんねえことは山程ある』

「……ああ、そうだな。しょぼくれてる暇はない」

それでも、それを態度には出さない/出せない――悟られる訳にはいかない。
自分がハイバラ/エンバースの形をしているだけの、偽物に過ぎないなどと。

『スターズ共は撃ち方やめ。キマイラの翼でグランダイトの本陣まで飛んでくれ。
 当初の目的――覇王との同盟を最後まで終わらせよう。
 ジョンの傷をちゃんとした軍医に見せたい。なゆたちゃんもそろそろ目が覚めてるかもしれないしな』

遺灰の男は何も言えない――少女が目を覚ましていたら、どうすればいいか。
ハイバラの記憶にも/エンバースの記憶にも、紡ぐべき言葉は見つけられなかった。
パートナーを失ったブレイブなら何度も見てきた――それらを励ました/操った事もある。

だが――今回ばかりは、何を言えばいいのか分からなかった。

『……エンバース。ミハエルの言ってた、お前がハイバラっつうのはマジの話か?
 その剣のことも含めて、お前がどうやって焼死体になっちまったのか、そろそろお前の口から聞きたい。
 なゆたちゃんと合流したら話せよ。どうせまた長旅だ、ゆっくりでいいからさ』

「流石に、この流れでだんまりを決め込むつもりはないさ。だけど――聞いてて楽しい話じゃないぜ」

『それから――カザハ君……カザハ君だよな?またイメチェンしてっけど』
『あの二人のことを、俺は忘れない。
 死んだら消えるシルヴェストルに墓なんて文化があるかもわからんが……
 テュフォンとブリーズが俺たちの為に死んだのなら、俺達のやり方で弔うべきだ』

遺灰の男は何も言わない――ハイバラの記憶/感性が追悼について語る事を望まなかった。
かつてハイバラは数え切れないほどの命を奪った――自分と同じ被召喚者でさえ。
今更、自分が誰かを弔うなどと――余りに白々しくて口に出せなかった。

『テュフォン。ブリーズ。……ポヨリン。
 諸々の事後処理が終わったら、旅に出る前に、居なくなっちまった連中を悼もう。
 先のことを考えるのは、それからで良いはずだ』

「……先の事、か」

それに――遺灰の男には考えるべき事があった。
自分は確かにハイバラの記憶――その全てを思い出した。
だと言うのに、ハイバラに/エンバースに戻る事は出来なかった。

今までより格段に上手くやれるようにはなった――それでも、まだ足りない。
ミハエル・シュヴァルツァーは間違いなく世界最強のプレイヤーだ。
スペルも使えないブレイブもどきが勝てる相手ではない。

むしろ――スペルが使えたとしても/ハイバラの記憶があっても、遺灰の男はミハエルに勝てる気がしない。
ランクマッチから統計されたデータでは、ミハエルが勝利までに必要とする平均ターン数は――僅か4ターン。
つまり――【ぽよぽよ☆カーニバルコンボ】はおろか【もちもち♪アドバンスコンボ】ですら遅れを取る事になる。

コンボ/シナジーでカードの効果を高めるブレイブ&モンスターズの中で、それは異次元と呼べるほどの強さだった。
他にも――2ラウンド先取の1v1形式で対戦した場合、ストレート勝ちの比率は実に8割を超えている。
残る2割弱もミハエル専用の特攻デッキなどが相手で、しかも結局勝利しているのだ。

そういった逸話は枚挙に暇がない――兎角、ミハエル・シュヴァルツァーは正真正銘の生ける伝説なのだ。

「……なあ。いつまで寝てるつもりだよ、ハイバラ」

遺灰の男=縋るような呟き。

「一度目は敵前逃亡。次は替え玉に出場させる気か?クソカッコいい二つ名が泣いてるぜ」

返事は聞こえない――ハイバラの幻覚は、やはりどこにも現れなかった。

354ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/08/26(木) 22:09:56
「くうっ…」

かっこいいセリフを吐いて…かっこよく退場したものの僕の体は限界だった。
傷そのものは塞がっていても…血をあまりにも失いすぎた。

「もっと距離を…」

ゴールデンドーン発動まで時間がない。エンバースは僕の事を多少考慮してくれるかもしれないが…あれは別だ。
指定した場所に全力で撃つことしかできない大技中の大技…早く避難しなくては…。

しかし。僕の体がそれ以上動く事はなかった。

ゴアッ!!!!

聞いたことのない…正直聞きたくない音が聞こえた。次の瞬間
そう…映像でしか見た事聞いたことないが…超大型の爆弾が爆発したような…いや、そんなちゃちなもんじゃない…それを遥かに超える衝撃波が僕と森を襲った。

僕はただ姿勢を低くし、耐える事しかできなかった。

「静かになった…終わった…のか?」

ゴールデンドーンを待たずに…エンバースがイブリースを倒したのか?それはよかった!
僕は喜んだ。仰向けになり、空に手を伸ばした。終わったのだ!勝ったのだ僕達は!…犠牲はでてしまったけど。

イブリースも加われば世界を救う事も絵空事じゃないかもしれない。
僕とイブリースは別途に話をつけなきゃいけないけど…それでも前に進んだ事は喜ぶべきだ。

ゾクッ

不吉な予感を感じた。

全てが順調なはずな今この時…イブリースのほうから…圧倒的な悪い予感が伝わってきた。

「行かなくては…!」

僕は正真正銘最後の力を振り絞って来た道を戻った。

勘が外れていますように…と祈りながら

355ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/08/26(木) 22:10:08
映画や漫画、あらゆる創作物でとあるセリフがでてくる…どうして悪い勘はこんなにも当たるのか、と。

>「……業魔の……一撃……(インペトゥス・モルティフェラ)――――――――!!!!!」

イブリースは禍々しいオーラ…怨霊を纏わせ先ほどまで言葉を交わしていたイブリースとはまるで別人だった。
怨霊達は周囲を巡り、言葉のようななにかを垂れ流しながら近寄る者全ての恐怖させる。

イブリースは…負け際にこんな苦し紛れな暴れ方をする男ではない。
そもそも目は光を失い、イブリース本人もぶつぶつとなにかを呟いている。

「なんでこん…な」

僕は膝から倒れる。血を失いすぎた状態で全力疾走したからもある。でも一番は目の前の惨状を…受け入れられなかった。

>「やあやあ、親愛なるアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』諸君……久し振りだね。
 イブリースとの戦い、実に見応えのあるものだったよ。
 まさか、君たちがイブリースを倒す一歩手前まで行くほどに強くなっていたなんて。この僕にも予想外だったな」

「お前か…!お前のせいか…!」

僕の体が自由に動いたなら今すぐ黙らせようと襲い掛かっていたかもしれない。
しかし体は地面に倒れたまま動かない。頭だけを上にあげ…にらみつける事しかできなかった。

>「ミハエル・シュバルツァー……。
 ニヴルヘイムのパシリに成り下がったチャンピオンが何しに出てきやがった」

ミハエル…シュバルツァー…聞いたことがある…対人好きプレイヤーなら…いや全プレイヤーしっている名前…。
世界王者。そのお手本として動画で参考にしたプレイヤーは多いと聞いた。僕は支援専門だったから動画こそ見た事ないが…名前くらいは知っている。

違う!今はそんな事より

「お・・・まえ…イブリースに・・・一体なにを…?」

>「君たちも随分面子が変わったね。シンイチ君もモンデンキントも脱落か。
 シンイチ君と決着をつけられなかったのは残念だけれど……まあ、それも運命だ。仕方ない。
 それより――」

僕に視線を一切向ける事なく…ミハエルは言葉をつづける。

>「今の僕の興味の対象は君だよ、エンバース君。
 いや……むしろその剣に興味がある、と言うべきかな」

僕やカザハ…明神でさえも…今、目の前にいる男の視界には映っていなかった。
眼中にない…相手にしていない…プレイヤーが弱いモブをスルーするように……この男は…言葉では褒めているが…エンバース以外の全てを…気にしてない。

そして実際倒れる事しかできない僕は…無力感に苛まれた。
イブリースは再び憎悪に狂い、僕は地面に倒れ伏す事しかできない。

惨めだった。僕はただ…悔しがる事しかできなかった。

356ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/08/26(木) 22:10:22
>「地球で君が突然失踪したときは、本当に無念に思ったものさ。
 君を倒さない限り、僕は本当の世界最強にはなれない。衆人環視の中で君を完膚なきまでに叩きのめすことで、
 僕は初めて真の最強を名乗れる……そう信じて疑わなかった。その気持ちは今も変わらない。
 ……とはいえ……だ。今ここで出涸らしの君を倒したところで、それは僕の欲する勝利とは言えない。
 だからね……今日のところは預けておこう。次の邂逅が勝負の刻だ。
 それまで傷を癒し、デッキを厳選し、僕との戦いに備えておいておくれ。
 ねえ――」

ミハエルは早口で捲し立てる。好きな物を自慢する子供のような。共通の話題を得たオタクのような。
目を輝かせ、楽しみにアップデートを待つ…ゲーマーを具現化したような存在だった。

そしてそのお楽しみの先に…ミハエルの目には…

>「ハイバラ」

>「ちょっ……待て待て待て!ウソだろ?ハイバラ!?こいつが!!?
 世界大会の前にケツまくったっつう、あの――」

もはやブレモンだけに留まらず全国の話題になった集団失踪事件…。
大会の直前なんの前触れもなしに、出場予定だった日本チームが失踪し
ブレモン運営だけではなく、日本の警察までもが捜索に駆り出された…しかし結果は行方不明。

学生だったこともあり…その後ブレモンだけではなく公に名前を口に出すことがタブーになった事件である。

その一人……しかもそのチームの中でも知名度が群を抜いて高いハイバラ…その人が

>「……ああ。やっぱり「そういう感じ」になってるのか」

驚きの連続え頭がついてこない…だけどイブリースがハイバラだからなんだ。僕達の仲間には変わりがない。
僕達が今考える優先するべき事はイブリースをどうするか!目の前のこいつをどうするかだけだ。

>「僕より先に『転輾(のたう)つ者たちの廟』をクリアした者が現れたと聞いたときは、耳を疑ったよ。
 まさかこの僕を出し抜く者がいるなんてね。だからこそ、僕は君と戦うのを楽しみにしていた。
 それが失踪なんてつまらない理由で中止になってしまったときは、心底がっかりしたけれど。
 やっぱり、君と僕とは戦う宿命にあったみたいだ……ははッ!
 『人は賞讃し、あるいはけなす事ができるが、永久に理解しない』――
 闘いこそ、互いを理解する最上のコミュニケーションツールなのさ!」

一方混乱する僕達を尻目に…ミハエルは身を捩り自分の世界に浸っていた。

「こ…のいかれやろ…」

ゲームの世界ならともかく…この世界で戦うという言葉の意味を理解していないわけがない。
痛いし、血も流れるし…なにより死ぬ事だって全然あり得るのだから。

それを楽しみなんて…ゲームを始めて買ってもらった子供のように喜ぶなんて…気が狂ってるとしかいいようがない。
もしくは自分は怪我しない・死なないと思ってる正真正銘の馬鹿か…どっちにしろまともじゃあない。

357ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/08/26(木) 22:10:32
>「イブリースは連れて行くよ。まだ彼にはやって貰わなきゃならないことがあるからね。
 その代わりと言っては何だけど、ひとつだけ君たちに役立つ情報を提供してあげよう。
 侵食についての手掛かりが欲しいんだろ? 聖都エーデルグーテへ行きたまえ。
 そこに、君たちの知りたい情報があるはずさ」

>「眠てえこと抜かしてんじゃねえぞチャンピオン!
 この期に及んでおつかいだと?ジジイの真似事でもしてるつもりか?
 今!ここで!イブリースの野郎から話を聞かせろ!」

「ま…て」

消えるような声しかでない。無理をした全ての代償が今一気に僕の体に襲い掛かる。
少しでも目をつぶってしまえば…気をやってしまいそうだ

>「尤も、知りたい情報が望んだ内容と必ずしも合致するとは限らない。
 君たちにとって“知りたくなかった情報”になってしまうかもしれないけれど、ね。
 『事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである』――
 それではまた会おう、諸君。フフ……」

言いたい事だけ言い残すと…ミハエルとイブリースは門の向こうへと消えた。

>「く、そ、がぁぁぁぁぁっ!!!」

明神の怒鳴り声が空しく響き…そして森の奥えと消えていった。

>「……ここを出るぞ。やらなきゃなんねえことは山程ある」
>「……エンバース。ミハエルの言ってた、お前がハイバラっつうのはマジの話か?
 その剣のことも含めて、お前がどうやって焼死体になっちまったのか、そろそろお前の口から聞きたい。
 なゆたちゃんと合流したら話せよ。どうせまた長旅だ、ゆっくりでいいからさ」

>「流石に、この流れでだんまりを決め込むつもりはないさ。だけど――聞いてて楽しい話じゃないぜ」

誰もいなくなった森に用はない…全員での撤退が始まる。

「クソ…」

まただ…またなにもできなかった!ロイの時だって!なゆの時だって!イブリースだって!
どんなに覚悟決めて!かっこつけても!なにも得られない!なんの助けにもならない!

僕には…なんにも成せない…どんな顔でこのなゆに会えばいいんだ?

わからない

わからないよ…

「僕は…僕は…あまりにも…弱い……」

担がれ…撤退しながら…うわ言のようにこの言葉を連呼するしか…僕にはできなかった。

358崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/09/17(金) 23:51:10
戦闘は終了した。
金獅子ミハエル・シュヴァルツァーの乱入によって兇魔将軍イブリースとの決着はつかずじまいだったが、それでも。

「おぉーい!! せっかく『黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)』発射の準備ができたってのに、お役御免かよォ!」

「――骨折り損のくたびれ儲け――」

「ま……まぁまぁ、ルブルムちゃんセルリアちゃん〜。あれはわたしたちの身体にも負担が掛かっちゃうからぁ〜。
 撃たないで済むなら、撃たないのが一番だよぉ〜。
 勝手に撃てば、マスター・ゴットリープにも怒られちゃうしぃ〜……」

デスティネイトスターズの三人娘が口々に言う。
ルブルムとセルリアは『黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)』を発動し格好良くイブリースを葬りたかったようだが、
フラウスは『大秘儀(アルス・マグナ)』使用の危険性をよく理解しているようだった。
『黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)』は威力がありすぎる。
発動させれば確かにイブリースは倒せたかもしれないが、きっとその余波は周辺の地形をも変えてしまっていただろう。
スターズがコキュートスに対して使用したときは、周りに何もない開けた氷原であったから被害がなかった。
地形の起伏が激しいタマン湿生地帯で放てば、生態系などに甚大な被害が出ていたはずだ(主にマツタケマンなど)。
だからフラウスの言う通り、撃たなくていいなら撃たないに越したことはないのである。
フラウスに宥められ、ルブルムとセルリアは渋々といった様子で納得した。

「……えと。
 黙って勝手にいなくなっちゃって、ゴメンなさい……」

明神の影に隠れながら、ガザーヴァがぽそぽそと『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちに謝罪する。
ゲームの中ではどれほどの悪事を重ねても、恬として羞じず開き直っていた悪役オブ悪役のガザーヴァであったが、
ここではきちんと謝っている。――明神の手前ということもあるのだろうが。

「だって。……特別になりたかったんだもん。
 ソイツばっか特別扱いされてさ。特別だー、風精王の器だーってチヤホヤされてさ。
 ボクとソイツは同じはずなのに……。それが悔しかったんだ。
 テンペストソウルがあれば、ボクもソイツみたいになれるかなって……思っちゃったんだもん」

明神の背に隠れつつ、ぎゅっとジャケットの裾を握りしめる。
風精王の魂、テンペストソウル。
それさえ手に入れれば、ガザーヴァもレクス・テンペストになれると思っていた。カザハと同列の存在に。
カザハへのコンプレックスが自身のアイデンティティの大半を占めるガザーヴァにとって、それは死活問題だった。
必ず克服しなければならない課題だった。宿命だった。
だが、もうそれは永遠に叶わない。
この世界に現存するテンペストソウル、テュフォンとブリーズの魂は、今は覇王グランダイトの掌中にある。

「でも……もういいや。レクス・テンペストになれなくたっていい。
 ボクのこと、特別だって。一生一緒だって言ってくれるひとを見つけたから。
 明神がボクのことを特別だって言ってくれるなら……ボクはもう、それだけでいいんだ」

バロールによってカザハのコピーとして生み出され、失敗作と断じられたガザーヴァは、
ずっと愛に飢えていた。誰かに愛して貰えることを、誰かの特別になれることを欲した。
コピーでなく、オリジナルの何かを得ることを望んでいた。カザハが持たない、自分だけの何かを。
そして、今ガザーヴァの心の中にはそれがある。求めてやまなかったものがある。
紛れもないオリジナル。明神とガザーヴァの間だけに繋がれた、絆が。

……それはそれとして。

「ええと。そちらの方……今、テンペストソウルを用いればレクス・テンペストになれるって仰いました?」

フラウスが不意に話題に入ってくる。

「そーだよ。でももうテンペストソウルはなくなっちゃったし、仮にあったってボクはもう――」

「あ? んなワケねーだろ。テンペストソウルが百個あったって、オメーはレクス・テンペストにゃなれねーよ」

「……どーゆー意味さ」

ルブルムににべもなく否定され、ガザーヴァは明神の背に隠れたままむっとした表情を浮かべた。
いくらもう目論見を捨てたとはいえ『お前には無理』と問答無用で否定されていい気はしない。
しかし、スターズのその言葉には確かな裏付けがあったのだ。

「――見たところ、貴方はダークシルヴェストル。ダークシルヴェストルは風属性じゃなく闇属性――」

「だから、クラスチェンジするにはテンペストソウルじゃなくて、アビスソウルが必要なんですぅ〜」

「……はっ?」

ガザーヴァは目を真ん丸に見開いた。
かつて、マル様親衛隊のきなこもち大佐はガザーヴァを見てダークシルヴェストルだと看破していた。
ダークシルヴェストルは単なる色黒のシルヴェストルではない。れっきとした独立種族である。
属性もまるで異なるので、当然ガザーヴァに有効なアイテムとカザハに有効なアイテムは違う。
つまり――

ガザーヴァが仮に完全なテンペストソウルを手に入れていたとしても、どのみちレクス・テンペストにはなれなかったのである。

バロールがガザーヴァを『失敗作』と断じたのも、それが原因だった。
風属性のモンスターを複製するつもりで闇属性のモンスターを作ってしまっては、失敗と言うしかないだろう。

「な、な、な…………」

事実を聞かされたガザーヴァの肩がふるふると震える。

「なんだよ!!! それぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

幻魔将軍の悲痛な叫びが、中洲に響き渡った。

359崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/09/18(土) 00:29:34
戦闘を終えた明神らアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちは、
スターズの持つキマイラのつばさでグランダイトの居城である覇宮メル・カヴァまで戻ってきた。
そのまま城内の救護所へ通されて傷の手当てを受け、ボロボロの服を与えられた真新しい服に着替えると、
一行はすぐにグランダイトの招集を受け謁見の間へと向かった。

「風の双巫女との約定により、これより我が軍の500騎を駐留部隊としてこの地に留め置き、始原の風車の防備に充てることとする」

メル・カヴァ内にある謁見の間で、玉座に腰掛けたグランダイトは荘重に告げた。
20万の軍勢の中からたった500騎ということで、双巫女の命と引き換えの約定を履行するにしては余りに少なすぎる――
と思うかもしれないが、シルヴェストルは元々文明や科学と馴れ合わず自然を愛する種族である。
鉄と火で造った武器と鎧を身に纏った軍勢が大挙して駐屯していたのでは、逆に彼らの生活を脅かしかねない。
何となれば500騎でも多いかもしれないのだ。
それ以降の互いの在り方は、覇王軍とシルヴェストルたちが相談して決めることになるだろう。

「ニヴルヘイムに対抗するため、バロールと軍議を開かねばならぬ。
 よって、余と本隊はこれよりアルメリア王国へ向かう」

更にグランダイトは約定に従い、本格的にアルフヘイムに味方してくれるようだった。
ゲームのメインシナリオでは互いに前半〜中盤のボスだった存在と、後半〜終盤のボスだった存在が手を組むのだ。
かつてゲームの中で敵であった者たちが協力してくれる、それはエンバースたちにとって大きな後ろ盾となるだろう。
尤も、グランダイトにしてもバロールにしてもカザハたちに力を貸すことに目論見や打算があるのだろうが――
それでも侵食を食い止め世界を救うまでは味方でいてくれるはずだ。

「そなたらはエーデルグーテへ行くという話であったな。
 『永劫』との面会を望むなら、余が親書を遣わすゆえ持ってゆくがよい。
 余と『永劫』には其処迄の親密さはなかったが、それでも階梯の誼。無手で参るよりはよかろう」

おまけに、グランダイトはエーデルグーテへと赴くパーティーにオデットへの紹介状を書いてくれるようだった。
これでマルグリットと交渉決裂した際になくなってしまった、オデットへの伝手の件は解消された形だ。
オデットを味方に引き入れ、プネウマ聖教の手勢を丸ごとアルメリアに編入できれば、向かうところ敵なしだ。
ゲームの中での教帝オデットはプレイヤーに対して好意的な人物で、
プレイヤーが敢えて敵対するルートを選ばない限りは何くれとなく協力してくれる、心強い味方である。
過保護がいきすぎてエーデルグーテから抜け出せなくなってしまう『異邦の魔物使い(ブレイブ)』もいるくらいで、
間違いなくこの現実のアルフヘイムでもジョンたちの支援者となってくれることだろう。
そうしてオデットを仲間にし、ミハエル・シュヴァルツァーを倒し、今度こそイブリースと和解する。
ニヴルヘイムと力を合わせて侵食に立ち向かえば、きっと一巡目の破滅の結末だって覆せるはずなのだ。

「さてと……。それじゃ、オレたちもここでお別れだな」

グランダイトとの会見が終わり、謁見の間を出ると、ルブルムがエンバースたちにそう言った。
元々、何となく面白そうだからという理由でイブリースとの戦いに参加していただけの三人組である。
戦闘が終わった今、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とつるんでいる理由もないということなのだろう。

「――霊銀結社とプネウマ聖教は相反する教義を持つ者。相性はよくない。
 霊銀結社の私たちが同行するのは好ましくない――」

「それに、今回のところは共闘しましたが〜、本来私たちは敵同士ですので〜……」

セルリアとフラウスも口々に言う。
とはいえ、今ここですぐに敵同士に戻って戦おうというつもりはないらしい。

「まっ、縁がありゃまた会えるだろ!
 そンときこそしっかり『黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)』撃たせてくれよな!
 こンなンじゃ不完全燃焼だぜ、次回はキッチリ! オレたちデスティネイトスターズのスゲェとこ見せてやっからよ!」

へへっ、と頭の後ろで両手を組みながらルブルムが笑う。
単細胞で能天気な性格である。敵に戻るどころか、すっかり仲間気取りらしい。

「――今すぐ結社に戻ると、マスター・ゴットリープにお叱りを受けるかもしれない――」

「はぅぅ……お仕置き怖いですぅ〜」

「ンじゃ、ほとぼりが冷めるまでしばらくその辺の地方をブラブラしてよーぜ。
 ってことでよ! みんなまたな!」

「――若干キモかったけれど、それなりに面白かった。それじゃ――」

「皆さんの旅のご無事をお祈りしてますぅ〜」

大きく手を振りながら、能天気な様子でデスティネイトスターズは去っていった。
最後まで緩い様子であったものの、このお気楽三人組が育成次第でゲームの中では最強クラスのパートナーになり得るのだから、
やはりブレモンスタッフの頭はおかしいと言わざるを得ない。

「明神、ボク、オナカ減った」

スターズを見送ると、ガザーヴァが明神の右腕にしがみついて空腹を訴えてきた。
気付けば辺りはすっかり暗くなっている、無理もない。
あてがわれた天幕へ戻れば、食糧の備えがある。空腹を満たすこともできるはずだ。

360崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/09/18(土) 00:42:38
「みんな! おっかえりなさーい!!」

食事のいい匂いが漂う中、明神たちが天幕へと戻ると、なゆたが満面の笑みで一行を迎え入れた。
イブリースとの戦いで最強の持ち札・ゴッドポヨリンを撃破され、
パートナーが消え去ったことで長く気を失っていたなゆただったが、
カザハたちがタマン湿生地帯へ行っている間に目を覚ましたらしい。

「聞いたよ、あのイブリースをやっつけたんだって? やったね!
 みんなが力を合わせれば、どんな強敵にだって必ず勝てるって。わたし、信じてたから――!」

天幕の外に造られた石積みの簡易竈の前で、姫騎士の鎧を脱ぎ代わりにエプロンを着けたなゆたはそう言って笑った。

「オナカ減ったでしょ? みんなが疲れて帰ってくるだろうと思って、ゴハン用意してたんだ〜!
 さぁさぁ、みんな座って座って! 戦いの勝利をお祝いしなくっちゃ!
 あ! ガザーヴァ! まったくもーどこ行ってたの〜!? 心配したんだからね!
 でも帰ってきてくれてよかった! じゃあ〜、祝勝会とガザーヴァのおかえりなさい会の同時開催ね!
 はー忙し! 忙し!」

なゆたはガザーヴァに駆け寄ると、その小柄な身体をぎゅーっと抱きしめた。
突然抱きしめられ、ガザーヴァが驚きに目を瞬かせる。

「……おい、明神。どーゆーコトだよ?
 モンキンのやつ、ゴッポヨ撃破されてガチ凹みしてんじゃなかったのか?」

なゆたが抱擁を解き食事の支度に向かうのを見届けてから、ガザーヴァが明神に顔を寄せてひそひそと囁く。
カザハ手伝ってー! っていうかまたイメチェンしたー? などと明るく言いながら食事の盛り付けをするなゆたからは、
かけがえのない唯一のパートナーを喪った悲壮感はまったく感じられない。
いつもの通りポジティブな、どころかいつもよりも明るい気さえする、朗らかななゆたのままだ。
しかし――皆には分かるだろう。
その『いつもの通り』ぶりこそが、何より異常なのだということが。

「それじゃ、みんなの勝利を祝って乾杯しよう!
 わたしとカザハとガザーヴァはジュースだけど……。それじゃあジョン、乾杯の音頭取ってもらっていい? 
 ほらほら! みんな笑って笑って!」

テーブルの上にはグランダイト軍の兵站から分けて貰った食材で作った料理が所狭しと並べられている。
どれもなゆたが異世界の素材で地球の味を再現しようと工夫を凝らしたものばかりだ。

「本当は、明神さんの好物のトンカツも作れたらって思ったんだけど……ちょっと材料が足りなくて。ごめんね。
 いつかリバティウムみたいに御馳走するから、そのときまでのお楽しみってことで!」

あはは、と眉を下げて笑う。
それが空元気であることは、もう考えるまでもなかった。
丸太を切って作られた簡単な長テーブルを囲んで食事をするついで、今後の方針について相談を行う。
聖都エーデルグーテでの行動について。いまだデモンズピューパから変化のないマゴットについて。
それから、明神の言っていたエンバースの正体――ハイバラについても。
バロールとみのりのキングヒル組から連絡はない。恐らくまだ地下共同溝に籠っているのだろう。

「……エンバースの前世が、ハイバラ……。
 あの日本ランキング一位の【賢人殺し】だなんて……」

エンバースがかつてハイバラと呼ばれていたトップランカーの成れの果てであったという事実に、
衝撃を隠し切れな様子で呟く。
ハイバラについては、なゆたもランカーのひとりとして当然知っている。――尤も、その強さについてはまさに桁違いだ。
自分が手も足も出ないさっぴょんでさえ、日本ランキング14位なのだ。
そのさっぴょんを上回ること13段階、その強さたるや推して知るべしと言ったところであろう。
実際になゆたは『賢人殺し』の対戦動画を観たこともある。
そのタクティクス、デッキの組み方は自分のものとはまるで方向性の違うものではあったが、
それでもその強さには少なからず感服したものだった。
思えばリバティウムで出会った当初から、エンバースにはハイバラである要素がいくつか散見されていた。
どんな苦境であっても弱音を吐かず、それどころか敵を煽っていくスタイル。皮肉げな言動。
今だからこそ理解できる。確かにそれらは紛れもないハイバラのプレイスタイルであったのだ。

「エンバース……ううん、ハイバラさん。あなたがどうしてそんな姿になってしまったのか、わたしには分からないけど。
 これからも、みんなに力を貸してあげてほしい。お願いしてもいいかな……?
 あなたのことは元々強いって思ってたけど、正体が日本ランキング一位のあのハイバラさんなら納得だね。
 ハイバラさんと、明神さんと、カザハと。それにジョン。
 アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がこれだけいれば、きっと世界を救うことだってできる!
 侵食も食い止められるはずだよ、必ず――!!」

座っていた椅子から立ち上がると、なゆたは皆を鼓舞するようにそう言った。

「だから……だから。
 みんな、頑張って……。わたし、応援してるね。ずっとお祈りしてる。
 みんなが勝てるように……だから――」

そこまで言うと、俄かに口を噤み黙り込む。
皆が見守る中、なゆたは決心したように再度口を開くと、

「わたし……パーティーを抜けるね」
 
と、搾り出すように言った。

361崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/09/18(土) 01:00:21
「ハァ? なんだよソレ?
 モンキン、本気で言ってんの?」

案の定と言うべきか、なゆたの発言にガザーヴァが最初に噛みつく。

「本気だよ……。だって――」

なゆたがスマホを取り出し、仲間たちに見せる。
スマホの液晶画面には一条の亀裂が入っており、まるで電源を落としたように画面には何も映っていない。

「わたしのスマホ。壊れちゃったみたいで……何も映らないんだ。
 ブレモンを起動することもできない。それに、今まで使えていたスキルも使えなくなってて……」

『異邦の魔物使い(ブレイブ)』にとって、スマホは自らの力そのもの。
それが喪われたことで、なゆたは何もできなくなってしまった。
ステッラ・ポラーレから教わった『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』も使えないのだという。
かつて、マル様親衛隊のスタミナABURA丸は『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の宿命から逃れるためにスマホを自ら破壊し、
一般人となった。
しかし、それはあくまで特別な事例だ。地球から異世界へと召喚された者にとって、
スマホが生命線であるということは絶対普遍の真実である。
それが破損したということは、つまり。
崇月院なゆたという『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の終焉を意味していた。

「わたし。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』じゃなくなっちゃった」

あは、となゆたは笑った。ぎこちない、硬い笑顔だった。

もし仮にスマホが壊れていなかったとしても、いずれにせよなゆたは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を続けられなかっただろう。
なゆたのパートナーモンスターはポヨリンだけだ。
大多数のブレモンプレイヤーが多くのモンスターを捕獲し仲間にするプレイスタイルを取る一方で、
なゆたは最初期に仲間にしたポヨリンただ一匹だけに持てる全ての労力を、財力を、時間を、愛情を注ぎ込んだ。
そのポヨリンがいなくなってしまったのだ、今更1から他のモンスターを育成しろと言っても、それは不可能だろう。
イブリースとの戦いにおいて己の力を過信し、G.O.D.スライムを召喚した時点で勝ちを確信してしまった。
敵の実力を、力量を見誤り、無策の力押しで勝利をもぎ取ろうとした。
それら浅慮の結果、手塩にかけて育てたポヨリンを喪ってしまった。
自業自得だ。そんな自分の傲慢さが、愚かさが、身震いするほど呪わしい。

「バカだよねえ、わたし。
 今まで勝ってこられたんだから、今回だって絶対勝てる! なんて。何の根拠もなく突っ走っちゃってさ。
 イブリースは今までの相手とは全然違うのに。ちゃんとみんなで対策を練って、連携して戦わなきゃだったのに。
 な〜んにも考えないで吶喊して、跳ね返されちゃって! あははははは、いや〜参った参った!
 ごめんね、みんな! 本当にこんなのがリーダーですなんて、今まで大きな顔しちゃってて!」

大きなリアクションでぺこりと頭を下げる。

「だからさ。わたし、もう役立たずになっちゃったから。
 リーダーの座は明神さんに譲るね。新リーダー、これから頑張って。
 わたしのことは、申し訳ないんだけどヴィゾフニールでリバティウム辺りに送ってくれないかな?
 リバティウムならしめちゃんもいるし、わたしの箱庭も……」

復興中のリバティウムならば、自分の身の置き場もきっとあるだろう。
みのりのいるキングヒルを希望しなかったのは、未だ侵食に抗い戦いを続けているみのりに合わせる顔がない、
と思っているがゆえだった。
しかし、そんな考えもすぐに変わる。
自分の箱庭、と言った瞬間、なゆたはほんの僅かに息を詰まらせた。
そして慌ててかぶりを振る。

「や、やっぱりいいや。リバティウムはやめとく。
 そ……そうだなー、ガンダラの『魔銀の兎娘(ミスリルバニー)亭』なんていいかも!
 あそこでマスターに雇ってもらって、ウェイトレスとかやってみたいかな!」

家事得意だし、なんて言っては無理矢理笑顔を作ってみせる。
そしてぱたぱたと胸の前で両手を振ると、

「わっ、わたしっ、ちょっと風に当たってくるね!
 みんなは祝勝会楽しんでて! それじゃ……!」

と一方的に捲し立て、さっさと天幕を出て行ってしまった。
なゆたは天幕の外、覇王軍の野営地の外れまでやってくると、周りに人がいないことを確かめてからその場に屈み込んだ。
天幕の中では必死に堪えていた大粒の涙が、ぼろぼろと零れる。なゆたはやがて声をあげて泣き出した。

「ポヨリン……ポヨリン、ポヨリン、わたしのポヨリン……!
 ぅっ……ぅぁぁぁぁぁぁぁ、あああああああああああああああああああ……!!」

リバティウムの箱庭と言ったとき、なゆたは思い出してしまった。
なゆたの箱庭は完全スライム仕様だ。家具も装飾品もすべてスライムに関連するものばかりで、
屋敷中ではポヨリンと色違いのスライムたちが遊んでいる。
ポヨリンのいない世界で、ポヨリンにまつわるものばかりの屋敷に住むなんて、耐えられない。

「ごめん……ごめんね、ポヨリン……!
 わたしがバカだったから! わたしが弱かったから!
 痛かったよね……、つらかったよね……! 全部わたしのせいだ……、わたしの……!」

必死に、考えないようにしていた。皆に心配を掛けまいと我慢していた。
けれども、そんなことは無理だ。この世にたった一匹だけの、大切なパートナー。
ポヨリンを喪って、忘れたふりをするなんて。平気な演技をするなんて、できない。

「ポヨリン、ポヨリン……! ごめんね、ごめん、ごめんなさい……!!
 うぁぁぁあああぁあぁああぁああぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁああぁぁぁあああぁぁあぁぁ…………」

藍色の帳が落ちた草原に、なゆたの慟哭が木霊する。
それは風車の生み出す始原の風に融け、悲痛な余韻を残して消えていった。

362崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/09/18(土) 01:13:07
一目惚れだった。

あるとき、友人たちとちょっとした時間を使ってスマホで暇をつぶすためのゲームを探していたなゆたの目に、
『ブレイブ&モンスターズ! 事前登録受付中』というバナーが飛び込んできた。
そこに描かれていたスライムの可愛らしさに心を奪われ、なゆたは即座にバナーをクリックして事前登録を済ませたのだ。

ブレモンは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のキャラメイク後、提示された三体のモンスターのうちから一体を選んで旅に出る。
スライムはゲームスタート直後のフィールドでエンカウントする最序盤の敵モンスターで、
初心者プレイヤーにとっては戦闘のチュートリアルを務める相手であった。
むろん、弱い。なので到底戦力にはならず、まともな思考のプレイヤーならばスライムをパートナーにしようなどとは考えない。
実際ブレモンを取り扱うフォーラムでは最初に貰えるモンスター三種ではどれがお勧めか? などといった話題が主で、
スライムの話などはカケラも出てこない。

が、なゆたは違った。なゆたは最初のバトルでエンカウントしたスライムを捕獲(キャプチャー)すると、
貰ったパートナーモンスターをなんの躊躇もなく売却したのである。
それから、なゆたとポヨリンと名付けたそのスライムの冒険が始まった。

スライムは弱い。スライムよりも弱いモンスターが存在しないほどに弱い。
当然、それを強化するのも並大抵の苦労ではない。素材も、ルピも、クリスタルも、何もかも他のモンスターの数倍かかる。
ステータスの上昇もきわめて緩やかだ。そんなスライムを鍛えながら旅をするというのは、並大抵の苦労ではない。
それは所謂縛りプレイだとか、スーパープレイだとかいう分類の遊び方であった。
他のゲームでそういったことに慣れているYouTube実況者だとかコアゲーマーならば、そういうプレイもするだろう。

だが、なゆたはそうではなかった。過去やったことのあるゲームなんて赤城家で真一たちと一緒にやったマリオカートだとか、
スマホでそれこそ何も考えずにやっていたツムツムくらいのもので、まともなRPGをやったことなんて一度もなかったのだ。
けれども、なゆたはそれをやった。
すべてはポヨリンのため。ポヨリンを心の底から可愛いと、いとしいと思ったがゆえ。
たかがゲームのプログラムごときで、なんて。そう考える者もいるかもしれない。
だが、それでも。
なゆたは自分のすべてをブレモンに、ポヨリンに捧げたのだった。

期間限定イベントは端からこなした。必要な素材は何もかもポヨリンに費やした。
シナリオでひとつしか貰えない、特別なレジェンダリーアイテムも迷いなくポヨリンに与えた。
クラスチェンジを使いこなし、膨大なスライム系統樹のすべてを網羅した。
幸い、勉強は嫌いではなかった。学業においても、それ以外においても。
誰もがスライムなんてと馬鹿にして端から調べようともしない性能と特性を寝る間も惜しんで解析し、理解に努めた。
いかなる強敵にも相対することができるよう、スライムという種のすべてを頭に叩き込んだ。
数百枚と言われるスペルカードを研究し、創意工夫を凝らし、勝てるデッキを組んだ。

一緒に事前登録をした友達は、とっくにブレモンに興味をなくして他のゲームや新しい話題に乗り換えていった。
しかし、なゆたは決してブレモンをやめなかった。友達が皆ブレモンから引退してしまっても、ひとりになっても、
黙々とレベリングを続け、育成を続け、強化を続けた。

学生として勉学に励み、家に帰って家事をこなし。時々は隣家の赤城家の面倒まで見ながら、
許される限りの時間をなゆたはポヨリンと共に過ごしたのだ。
ストーリーモードで魔王バロールを単騎で撃破し。PvPのランクマッチで並み居る強豪を打ち破り。
少しでもスライムの、ポヨリンの強さを皆に分かってもらおうと、レイド戦にも出向した。
自分ひとりだけがスライムを使うのではなく、皆にも使ってもらいたくて、研究したスライムのデータをWikiに公開した。
手の内を見せることになる必殺の『ぽよぽよ☆カーニバルコンボ』さえ例外ではなく、全貌を晒した。
フォーラムに書き込みし、スライムの素晴らしさを説いた。特に初心者には優しく、懇切丁寧に接した。
気付いたときには、なゆたは日本ランキングの上位ランカーに名を連ねていた。

ついた徒名が『スライムマスター』。

スライムは弱い、スライムは使えない。
そんなレッテルを覆すべく、最弱モンスターの汚名を返上すべく。
地位の向上へ遮二無二突っ走った結果の称号であった。

だから。

なゆたにとってポヨリンはただのパートナーモンスター以上の意味を持つ、本当の相棒であったのだ。
その上アルフヘイムに召喚されたことで、なゆたは液晶画面越しでしか交流できなかったポヨリンと、
本当に触れ合うことができるようになった。
赭色(そほいろ)の荒野で初めてポヨリンを召喚したときのなゆたの驚きと喜びは、筆舌に尽くしがたい。
それ以来、なゆたは召喚コストの少なさをいいことにポヨリンを常時召喚して傍に置き、
眠るときも一緒に過ごしていた。
まさに溺愛と言っていい無償の愛を、なゆたはポヨリンに注いでいたのだ。

だというのに――

そのポヨリンは、もういない。

363崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/09/18(土) 01:32:34
「……何やの、これ」

暗くじめじめとした、石造りの迷宮。
その最深部で、みのりは眼前に広がる光景を見ながらぽつりと呟いた。

『覇道の』グランダイトを味方にすべく、魔剣ストームコーザーを求めて潜ったキングヒル地下共同溝。
久し振りの冒険とばかりにアルメリアの騎士数名を引き連れ、潜った地下遺跡の果てにあったものは、
みのりの理解を遥かに超える存在であった。
護衛の騎士たちは既にいない。皆、ここへ辿り着くまでにモンスターとの戦いで命を落とした。
キングヒル地下共同溝についてはゲームで知悉しており、出現するモンスターの強さも理解しているつもりだったのだが、
実際にエンカウントしたのはゲームデータよりも遥かに強い怪物たちだった。
護衛がひとり、またひとりと倒れる中、みのりはイシュタルを召喚し、
逃走に逃走を重ねてやっとこの最深部へと到達したのだった。

だが、そこにあったのはかつてゲームで見た異界へ通じる穴でもなければ、魔剣ストームコーザーでもなかった。
みのりの目の前にあったもの、それは――

「……それが『侵食』だよ。みのり君」

不意に背後から聞こえた声に、みのりはすぐに振り返った。
そこに立っていたのは、ミルクティー色のゆるふわな長い髪をした、人当たりのいい柔和な表情の優男。
かつての魔王にして、現アルメリア王国宮廷魔導師――『創世の』バロール。

「お師さん?」

みのりは怪訝な表情を浮かべた。

「何やの、あないに行きたない言うてはったのに、結局来はったん?
 いややわぁ、ほんならうちがわざわざ出向く必要なかったやないの。こない臭ぁて汚ないとこ」

「ははは、まぁそこはそれ。君が独力でここまで到達できるか見てみたかったのさ。
 結果は合格! さすがだね、それでこそ私が見込んだ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だよ」

「うちを試した、っちゅうこと?
 ははあ……なるほど。そのくらいの実力もあらへんなら、こっから先の真実を知る資格もあらへんちゅうことやね」

「怒るかい?」

まるで悪びれもせず、にっこりと笑うバロール。
それに対して声を荒らげるでもなく、みのりはひらりと右手を振った。

「怒らしまへん。お師さんがそないな性格やっちうことは、もうとっくに分かっとりますさかい。
 それより……うちは合格っちゅうことでええんやろ? ほんなら説明してくれへん? これについて。
 いきなり『これが侵食や』言われたかて、うちには何が何やら――」

「ああ、だろうね。今のみのり君には、これが何なのかまるで理解できないだろう。
 だが――その左眼を使えば、きっと分かる。
 移植して結構経つからね、そろそろ馴染んでいるはずさ」

バロールがみのりの眼帯に覆われた左眼を指差す。
なるほど、と小さく声をあげると、みのりは迷宮の最深部に向き直り、徐に左眼を覆っている眼帯を取った。
そして――閉ざされていた左眼を、ゆっくりと開く。

「あっ!!」

みのりの左の瞳孔が、眼前にある光景を捉える。
先程までまるで意味の分からない現象であったものが、理解の及ぶものとして脳内に入ってくる。
今まで頑なに秘されていた、この世界の真実。『侵食』の正体。
そのすべてが、一気にみのりの頭の中へと雪崩れ込んでくる。

「人間は目に見えないものを理解できない。其処に確かに存在していたとしても、認識できない。
 紫外線や放射線のようにね……『侵食』もそうさ。
 だが、その『眼』を持つ君なら見ることができるだろう。
 どうだい? 世界の危機、その実像を目の当たりにした気分は」

手に持っているトネリコの杖を軽く掲げ、バロールが歌うように告げる。
みのりはしばらく声もなく眼前の光景を見つめていたが、しばらくしてやっと心の平静を取り戻したのか、
ゆっくりとバロールへと身体ごと振り向いた。

「……お師さんのしはりたいこと、やっとうちも得心がいった気分やわ。
 お師さんのこと、隠し事ばっかりでいけずや思とったけど、確かにこれはなゆちゃんたちには聞かせられへん。
 今はまだ……内緒の内緒でやるしかあらへんやろねぇ」

「ははは……分かって貰えて嬉しいよ。
 今こそ君を名実ともに私の弟子と認めよう、みのり君。
 我々十二階梯の継承者に倣って、『豊穣の』ミノリ、なんてどうかな?」

「結構や。そないな二つ名、むず痒くってやってられへんわ」

バロールの軽口を、みのりが呆れたように往なす。

「まっ、改めてこれからよろしく頼むよ、みのり君。
 ここまで事の真相を教えたんだ、言うなら我々は運命共同体だからね。手伝ってもらうよ、私の目的を果たすために」

「うち、単なる農家の娘でこんなん全然知識があらへんのやけど。
 乗り掛かった舟や、しゃあない。
 お師さんの計画に乗ろうやないの、せいぜい気張らして貰いますわ――」

諦観と義務感の綯い交ぜになった、なんとも複雑な表情を浮かべながら、みのりが告げる。

そんなみのりの左眼の瞳孔は、虹色に輝いていた。


【グランダイト、アルメリア王国軍と合流。デスティネイトスターズ離脱。
 なゆた、スマホの破損を理由にパーティー脱退を宣言。みのり、『侵食』の真相を目の当たりに】

364カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/09/22(水) 00:04:30
>「……ここを出るぞ。やらなきゃなんねえことは山程ある」
>「スターズ共は撃ち方やめ。キマイラの翼でグランダイトの本陣まで飛んでくれ。
 当初の目的――覇王との同盟を最後まで終わらせよう。
 ジョンの傷をちゃんとした軍医に見せたい。なゆたちゃんもそろそろ目が覚めてるかもしれないしな」

戻ってみると、まだ戦闘が終わった直後のようだった。
もう少し時間が経っているかと思っていたが……
もしかしたら、始原の風車の中は時間の進むスピードが違うのかもしれません。

(今北産業)

(イブリースを結構いいところまで追いつめたけどミハイルが現れて連れて帰った。
彼によるとエンバースさんの正体はハイバラさんらしい。
次の目的地はエーデルグーテ。)

カザハの求めに応じ、アゲハさんが今の状況を手短に解説する。
尚、今北産業というのは”今来た、現在の状況を三行で説明せよ”という意味の符丁らしい。

>「それから――カザハ君……カザハ君だよな?またイメチェンしてっけど」
>「あの二人のことを、俺は忘れない。
 死んだら消えるシルヴェストルに墓なんて文化があるかもわからんが……
 テュフォンとブリーズが俺たちの為に死んだのなら、俺達のやり方で弔うべきだ」
>「テュフォン。ブリーズ。……ポヨリン。
 諸々の事後処理が終わったら、旅に出る前に、居なくなっちまった連中を悼もう。
 先のことを考えるのは、それからで良いはずだ」

「ああ、ひとまずはなゆと合流しなければな」

カザハ、元々そんな口調でしたっけ!? うん、そういえばこんな口調だったかも。

>「……えと。
 黙って勝手にいなくなっちゃって、ゴメンなさい……」
>「だって。……特別になりたかったんだもん。
 ソイツばっか特別扱いされてさ。特別だー、風精王の器だーってチヤホヤされてさ。
 ボクとソイツは同じはずなのに……。それが悔しかったんだ。
 テンペストソウルがあれば、ボクもソイツみたいになれるかなって……思っちゃったんだもん」

一応謝罪しているものの、カザハから見れば全くの的外れだろう。
カザハは、ガザーヴァが勝手にいなくなったことにキレたわけではない。
ブリーズを自らの目的達成のためには死んでもいいテンペストソウル引換券として扱った。
かと思えば葬式モードの隣で自分はケロっと機嫌直して青春劇場に突入したのが引き金になったのだ。

>「でも……もういいや。レクス・テンペストになれなくたっていい。
 ボクのこと、特別だって。一生一緒だって言ってくれるひとを見つけたから。
 明神がボクのことを特別だって言ってくれるなら……ボクはもう、それだけでいいんだ」

謝罪会見からシームレスに婚約会見に突入してるし!
それ、同時にやったら炎上するやつだから! また日を改めてしましょう!?
私の心配をよそに、カザハはというと、眼鏡の縁についた歯車のようなもの(機能切り替えのダイヤル?)を指で回して遊んでいた。

365カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/09/22(水) 00:09:31
「なるほど、スマホで見れる情報が直接風景に重なって見えるのか……」

《スマホ連動のウェアラブル端末なんですね……って何やってるんですか!
いや、キレて内部抗争の修羅場に突入するより大分いいけど!》

「何だこれは!? 好感度ゲージだと……!? 二人ともバカップル判定を受けているぞ!
“全三界の非リアの怨念で爆発しないように注意”だそうだ」

《オプション機能付いちゃってる!?》

好感度ゲージはゲームのブレモンでは未実装だったはず、多分……。
もしかしたら隠しステータスであるのかもしれませんが。
お互いに好感度MAX且つ形振り構わずそれを発揮等一定の条件を満たすと運営(?)に“バカップル”と認定されるようだ。
そんな緩い会話をしていると。魔法少女達が会話に入ってきた。

>「ええと。そちらの方……今、テンペストソウルを用いればレクス・テンペストになれるって仰いました?」

そして、衝撃の事実が明かされる。

>「――見たところ、貴方はダークシルヴェストル。ダークシルヴェストルは風属性じゃなく闇属性――」
>「だから、クラスチェンジするにはテンペストソウルじゃなくて、アビスソウルが必要なんですぅ〜」

>「な、な、な…………」
>「なんだよ!!! それぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

ガザーヴァは、間違ったアイテムのために奔走していたのであった。

「あっはははははは! 良かったじゃないか。それならまだクラスチェンジ出来る可能性が残ってるんだから」

ガザーヴァだけではなくカザハにとってもやるせないことのはずだが、笑い飛ばしていた。
カザハなりに謝罪を受け入れたことを伝えているのだろうか。

「怒るわけないだろう。君には感謝してるよ。
君がレプリケイトアニマで庇ってくれなかったら我はとっくにここにはいなかったわけだから。
一つだけ言うとすれば、我は……特別になんてなりたくなかった。
もしも我と君が逆なら、全てが上手くいっていたのかもしれないな――」

因果関係的に有り得ないことではあるのだが。
もしもカザハが普通のシルヴェストルなら何の抗争にも巻き込まれずに穏やかに暮らし、
ガザーヴァがレクステンペストならバロールさんに大切に扱われていたのかもしれない。
バロールさんに特別として扱われなかったガザーヴァの苦悩は、明神さんの特別になることで一応の決着を見たのだろう。
でも、カザハがレクステンペストの呪縛から解き放たれる日は、きっと……永遠に来ない。

覇宮メル・カヴァまで戻ると、手厚く傷の手当てを受け、謁見用の服まで与えられた。
「なんだこの好待遇は……。テュフォンとブリーズ様様だな」などと言いつつ謁見の間へ連れられて行く。

366カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/09/22(水) 00:12:03
>「風の双巫女との約定により、これより我が軍の500騎を駐留部隊としてこの地に留め置き、始原の風車の防備に充てることとする」

「感謝致します」

今回は結果的に始原の風車本体は無事で済んだわけだが……
あの結晶体のテンペストソウルが敵の手に落ちたら大変なことになる。
グランダイトとしても放置しておくわけにはいかないのだろう。

>「ニヴルヘイムに対抗するため、バロールと軍議を開かねばならぬ。
 よって、余と本隊はこれよりアルメリア王国へ向かう」

グランダイトはいい奴かはともかくとして、約定は厳守するタイプらしいので
双巫女が命を捧げた今となっては味方になったと思って間違いない。
それどころか、RPGあるあるの”偉い人の手紙”まで持たせてくれるらしい。

>「そなたらはエーデルグーテへ行くという話であったな。
 『永劫』との面会を望むなら、余が親書を遣わすゆえ持ってゆくがよい。
 余と『永劫』には其処迄の親密さはなかったが、それでも階梯の誼。無手で参るよりはよかろう」

(急にめっちゃいい奴になったな……!)

最初はシルヴェストルといがみあっていていい印象を持っていなかったはずだが、カザハは単純だった。

>「さてと……。それじゃ、オレたちもここでお別れだな」

謁見の間を出ると、ルブルムが別れを切り出した。

>「ンじゃ、ほとぼりが冷めるまでしばらくその辺の地方をブラブラしてよーぜ。
 ってことでよ! みんなまたな!」
>「――若干キモかったけれど、それなりに面白かった。それじゃ――」
>「皆さんの旅のご無事をお祈りしてますぅ〜」

「みんな、元気で……! 協力、感謝するぞ!」

手を振りながら去っていくスターズ達をこちらも手を振って見送る。

>「みんな! おっかえりなさーい!!」
>「聞いたよ、あのイブリースをやっつけたんだって? やったね!
 みんなが力を合わせれば、どんな強敵にだって必ず勝てるって。わたし、信じてたから――!」

天幕に帰ると、満面の笑みのなゆたちゃんが出迎えた。
あまりにも目を覚まさないので単に気を失っているだけではないことも心配されたが、
とりあえずはこうして目を覚まして一安心というところだろうか。

>「オナカ減ったでしょ? みんなが疲れて帰ってくるだろうと思って、ゴハン用意してたんだ〜!
 さぁさぁ、みんな座って座って! 戦いの勝利をお祝いしなくっちゃ!
 あ! ガザーヴァ! まったくもーどこ行ってたの〜!? 心配したんだからね!
 でも帰ってきてくれてよかった! じゃあ〜、祝勝会とガザーヴァのおかえりなさい会の同時開催ね!
 はー忙し! 忙し!」

元気なのはいいんですが、ちょっと、元気過ぎるような……。
皆も何かおかしいことに気付いているようです。

367カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/09/22(水) 00:14:08
>「……おい、明神。どーゆーコトだよ?
 モンキンのやつ、ゴッポヨ撃破されてガチ凹みしてんじゃなかったのか?」

なゆたちゃんに要請されるままに手伝いにいくカザハ。

「え? これ? あ、ああ、少し色々あってな! それよりなゆ……。
……すごいなこれ! また料理の腕上げたか!?」

とても踏み込める雰囲気ではなかった。

>「それじゃ、みんなの勝利を祝って乾杯しよう!
 わたしとカザハとガザーヴァはジュースだけど……。それじゃあジョン、乾杯の音頭取ってもらっていい? 
 ほらほら! みんな笑って笑って!」
>「本当は、明神さんの好物のトンカツも作れたらって思ったんだけど……ちょっと材料が足りなくて。ごめんね。
 いつかリバティウムみたいに御馳走するから、そのときまでのお楽しみってことで!」

なゆたちゃんの空元気を誰も指摘できるはずもなく、言われるままにぎこちなく笑って祝勝会が始まる。
やがて話題は今後の方針へと移る。
その中で必然的に、エンバースさんの正体についての話題となった。

>「……エンバースの前世が、ハイバラ……。
 あの日本ランキング一位の【賢人殺し】だなんて……」

>「エンバース……ううん、ハイバラさん。あなたがどうしてそんな姿になってしまったのか、わたしには分からないけど。
 これからも、みんなに力を貸してあげてほしい。お願いしてもいいかな……?
 あなたのことは元々強いって思ってたけど、正体が日本ランキング一位のあのハイバラさんなら納得だね。
 ハイバラさんと、明神さんと、カザハと。それにジョン。
 アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がこれだけいれば、きっと世界を救うことだってできる!
 侵食も食い止められるはずだよ、必ず――!!」

「なゆ……急にどうしたのだ?」

>「だから……だから。
 みんな、頑張って……。わたし、応援してるね。ずっとお祈りしてる。
 みんなが勝てるように……だから――」
>「わたし……パーティーを抜けるね」

「えっ……」

カザハはこの展開を全く予想していなかったようで、唖然としている。
ポヨリンさんを失ったなゆたちゃんには、戦う手段どころか身を護る手段もほぼない。
冷静に考えればパーティーを抜ける決断をしても何も不思議はない、
ただ、なゆたちゃんが抜けるなんて発想が端からなかったのだ。
それはカザハだけではなかったようで、ガザーヴァが真っ先に食って掛かる。

368カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/09/22(水) 00:16:27
>「ハァ? なんだよソレ?
 モンキン、本気で言ってんの?」

>「本気だよ……。だって――」

>「わたしのスマホ。壊れちゃったみたいで……何も映らないんだ。
 ブレモンを起動することもできない。それに、今まで使えていたスキルも使えなくなってて……」
>「わたし。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』じゃなくなっちゃった」

「スマホぐらい……! いや……なんでもない……」

カザハが勢いよく立ち上がって何かを言いかけて、何かに思い至って力無く座る。
問題が本当にスマホだけなら、替えのスマホさえあれば解決できるのだ。
バロールさんならもしかしたら野垂れ死んだブレイブのスマホをいくつか回収しているかもしれないし
みのりさんはスマホを二台持ってるとかちらっと聞いたような……。
でも、最も重大な問題はスマホではない。スマホは替えが効いても、ポヨリンさんは替えが効かない。

>「バカだよねえ、わたし。
 今まで勝ってこられたんだから、今回だって絶対勝てる! なんて。何の根拠もなく突っ走っちゃってさ。
 イブリースは今までの相手とは全然違うのに。ちゃんとみんなで対策を練って、連携して戦わなきゃだったのに。
 な〜んにも考えないで吶喊して、跳ね返されちゃって! あははははは、いや〜参った参った!
 ごめんね、みんな! 本当にこんなのがリーダーですなんて、今まで大きな顔しちゃってて!」

なゆたちゃんは捲し立てるようにしゃべり続ける。
まるで皆に口をはさむ間も与えないようにしているかのように。

>「だからさ。わたし、もう役立たずになっちゃったから。
 リーダーの座は明神さんに譲るね。新リーダー、これから頑張って。
 わたしのことは、申し訳ないんだけどヴィゾフニールでリバティウム辺りに送ってくれないかな?
 リバティウムならしめちゃんもいるし、わたしの箱庭も……」
>「や、やっぱりいいや。リバティウムはやめとく。
 そ……そうだなー、ガンダラの『魔銀の兎娘(ミスリルバニー)亭』なんていいかも!
 あそこでマスターに雇ってもらって、ウェイトレスとかやってみたいかな!」
>「わっ、わたしっ、ちょっと風に当たってくるね!
 みんなは祝勝会楽しんでて! それじゃ……!」

なゆたちゃんはやはり話しかける間も与えずに、天幕から出て行ってしまった。
暫し気まずい沈黙が流れる。

「本人がああ言ってるんだ、仕方がない……。
身を護る手段も無いのに連れ回しても危険に晒すだけだ……」

カザハが自分に言い聞かせるかのように、呟く。

369カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/09/22(水) 00:19:34
《……この先なゆたちゃん無しでやっていけると思いますか?》

(なんとなくだけど……やっていけない気がするな……)

決してなゆたちゃん無しでは能力不足というわけではない。
戦略立案担当としては明神さん、戦闘力担当としてはエンバースさんとジョン君で申し分ない。
だけど、何の根拠もないけど危うい気がするのは何故でしょうか……。

《じゃあ……!》

(忘れたか? 我は風精王の密偵。最初から……この世界に来た時から。いや、多分、地球にいた時からずっと――
そうでなくても何度も離脱しかけて不可抗力で残っているだけの身だ……)

あれ、風精王の手先へのクラスチェンジで何故か地球時代寄りの見た目になった、ということは……むしろ逆?
このファッションが実はこっちの世界の神代の超古代文明時代の影響を受けているのか?
もしかして地球の情報収集のために奴らに地球に送り込まれていたんですかね!?
あの人(?)達がそこまで干渉できるのかという問題はありますが。
自分が密偵だという自覚が無いってある意味密偵として最強の属性ですし……。
それはともかくとして、カザハはなゆたちゃんにとやかく言える立場に無いと静観しようとしている。
犠牲者が出るのは今に始まったことではない。決して全てを救ってこれたわけではない。
アコライトではマホたん(モンスター)、レプリケイトアニマではロイ。
いつも誰かの犠牲と引き換えの勝利や生還だった。
マホたんの時はマホたんと個人的な関係にある者はなく、皆同じ一ファンという立場だった。
ジョン君の親友だったロイの時は、危機に陥った原因を作ったのもロイ本人だったから心の中で言い訳が出来た。
それだけのことなのだ。
カザハは双巫女が犠牲となったことがきっかけで夢から覚めてしまった――
皆が全てを救う英雄なんかじゃない事に気付いてしまったわけだが。
それでも尚、なゆたちゃんにはたとえ幻想でも英雄であり続けてほしいと願った。
でもなゆたちゃんは、マホたん(ブレイブ)のように唯一無二のパートナーを失って尚英雄で在り続けることは出来なかった……。

「なんだ…… 一緒じゃん……」

カザハは双巫女を別に手塩にかけて育てたわけではない上に長い間存在すら忘れていたし、
切り札の技は使えなくなったが戦えなくなったわけでも何でもないので、全然一緒ではないのだが。
今回の戦いで特別な関係性にある者が犠牲となり、パーティーに居続ける気がなくなったという一点においては共通点がある。

「……そろそろ迎えに行こう。今の彼女には単なる野生動物でも脅威だ。
エンカウント率は極めて低いとはいえあまり一人にするのは危ない……」

とか何とか言いつつ、なゆたちゃんを迎えに出て行く。
風に乗って微かに聞こえてくる声で、居場所が分かるのだ。
かなり野営地の外れまで来たかと思ったら、奇声を発し始めた。

370カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/09/22(水) 00:22:50
「テュフォンのバカヤロぉおおおおおおおおおおおお!! ブリーズのアホんだらぁあああああああ!!
勝手にヒゲ将軍の玩具になんかなりやがってぇええええええええええ!!」

《ちょ! それグランダイトの部下に聞こえたらまずいですよ……!?》

まあ、きっと風の音に紛れてよく聞こえなかったことだろう。
何事も無い風を装って、一人で佇んでいたなゆたちゃんに声をかける。

「こんなところに一人でいたら危ない……そろそろ戻ろう」

なゆたちゃんはひとしきり号泣して、ようやく泣き止んだところらしい。

「奇声? ああ、気が付いてたか……? 双巫女がいないこと。
グランダイトを味方に引き入れるために自ら身を捧げて魔剣になったんだ」

先ほどの夕食の時には敢えて直接は触れなかったが、二人の姿が見えないという状況からなんとなく予想はついただろう。
あるいはそれどころじゃなくてそこまで思い至らなかったかもしれないが、どちらにしてもいずれ分かることだ。

「ずっと忘れてたけど。あの二人は前の周回で共に草原を統治した同胞……妹?だった。
明神さん達には内緒な。
実際彼女達が犠牲になってくれなければどうにもならなかっただろうし。
みんな尊い犠牲と莫大な貢献に感謝しながら前に進んでいこうとしてる。
そういう温度差ってあると思う。だから、きっとなゆの気持ちも全ては分からない……。
だから、これから言うのは何も分かってない奴の勝手な希望だ」

そう前置きすると、カザハはなゆたちゃんが気絶している間のあれこれをチクりはじめました。

「なゆは自分がいなくなっても大丈夫と思ってるみたいだが実はそうでもない。
エンバースさん、いや……ハイバラさん?
物凄く強いがなゆがいないと年端もいかぬ少女へのセクハラが止まらないみたいだ。
ジョン君はマッチョ過ぎて勢いでテーブルを破壊してしまった。
明神さんはその……リーダーとしての資質は申し分ないと思うが
なんというかガザーヴァと人目憚らず青春劇場でどう反応していいか分からない。
我なんて勝手に死にかけて復活した拍子にイメチェンする有様だ。
きっとなゆならその全部に一番うまく突っ込めると思う」

《こんなときに何言ってるんですか!?》

「つまり何が言いたいかというと……君がいなきゃ困る。
戦闘力なんてリーダーの要素のほんの一部だったんだ。
君じゃなきゃ駄目なんだ。リーダーは、なゆ以外には務まらない」

それだけ告げるとカザハは、なゆたちゃんが何か言っても何も言わなくても、天幕に向かって歩き始めました。

371明神 ◆9EasXbvg42:2021/09/27(月) 05:24:14
ミハエルとイブリースの消えた中洲。
戦いは終わり、今は負傷者の手当てと撤収の準備のさなかだ。
俺は胃袋の中身が川魚の栄養になった程度で済んだが、パーティの面々は少なからず怪我を負っている。

アンデッドでオート再生付いてるエンバースはともかく、生身のジョンはズタボロだ。
約束通り手足は一通り繋がっちゃいるが、四肢は満遍なく血塗れで、腹には風穴まで空いてやがる。
当面の処置として、ポーションを染み込ませた包帯で傷だらけの体をぐるぐるに覆っておいた。

「止血はこれで良し。……ひひっ、これじゃどっちがアンデッドかわかんねえな」

焼死体よりも死に体のミイラもといジョンに肩を貸して立ち上がる。
筋肉質の身体が思ったより軽いのは、俺のSTRが成長しているからなのか。
それとも……血がだいぶ抜けちまってマジのミイラになりかけてるからなのか。

>「僕は…僕は…あまりにも…弱い……」

抱えてやると、ジョンは熱に浮かされたようにぽつりと零した。
身体に水分が残っていたら、きっと涙声だったろう、そんな呻き。

「……そうだな。俺たちは、弱い」

自分の弱さに悔しくてしょうがないのは、俺も同じだ。
ミハエルの眼中には、エンバースの姿しかなかった。
俺たちはその周りで飛び回る羽虫くらいに思われていて、実際それだけの実力差があるんだろう。
リバティウムの時だって慢心に付け込んだ搦め手に搦め手を重ねてようやく撃退できたってのが実情だ。

イブリースとの戦いにしたって、結局のところ、降って湧いたコンテニューありきの勝利だった。
もう、地力の不足を創意工夫で補ってどうにかなる段階じゃない。
もっと根本的な部分で、三魔将クラスと渡り合えるだけの実力が必要になる。

「強くならねえとな――」

俺たちはゲーマーだ。ゲーマーらしく、トライアンドエラーで困難を乗り越えて来た。
だけど、最初のエラーでゲームオーバーになるゲームだって、数え切れないほどあるんだ。

>「……えと。黙って勝手にいなくなっちゃって、ゴメンなさい……」

ガザーヴァが、俺のケツのあたりからちらちら外を伺いつつそんな謝罪を口にした。
まぁそうね。ほんとそれね。マジで心配したんですよ俺は。
じゃあ書き置き残してたら快く送り出したかっつったら、多分俺は引き止めるけれども。

>「でも……もういいや。レクス・テンペストになれなくたっていい。
 ボクのこと、特別だって。一生一緒だって言ってくれるひとを見つけたから。
 明神がボクのことを特別だって言ってくれるなら……ボクはもう、それだけでいいんだ」

「……うん」

冷静になって振り返ってみると、すげえ青臭いこと言ったな俺……。
あと数年もしたらいよいよアラサーだよ?ホントに大丈夫?責任取れる?

372明神 ◆9EasXbvg42:2021/09/27(月) 05:24:49
……まぁ、ちょっとテンション上げ過ぎちゃった感はあるけど、
それでも俺は、あの場で口にした言葉を大言壮語にするつもりはない。

「一生一緒、結構じゃねえの。世界救って末永く爆発してやろうぜ」

と、そんな感じでうまいことまとめようとしたところに、思わぬ横槍が入った。

>「ええと。そちらの方……今、テンペストソウルを用いればレクス・テンペストになれるって仰いました?」

ゴルドンの発動準備を解除したスターズが言うには、
ガザーヴァの目論見は初めから見当を外していたらしい。

>「――見たところ、貴方はダークシルヴェストル。ダークシルヴェストルは風属性じゃなく闇属性――」
>「だから、クラスチェンジするにはテンペストソウルじゃなくて、アビスソウルが必要なんですぅ〜」

「……えっと、つまり?」

ああダメだ、ぶちまけられた情報に理解が追いついてねえ。
脳みそが仕事するまでの数秒の間に、ガザーヴァの素っ頓狂な叫びが耳元で轟いた。

>「なんだよ!!! それぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

「ばーーーっかじゃねえの、バロール!そもそも設計からしてミスってんじゃねえか!!
 ヒャクパーあいつのチョンボじゃん!もう魔王の看板外せや!」

ずこー!ってなった。昭和のリアクションだった。
こんなオチってあるぅ?醤油の代わりにカレールー入れて肉じゃが作るようなもんだろそれ。
どうしてレシピ通りに作らないんですか……どうして……。

>「あっはははははは! 良かったじゃないか。それならまだクラスチェンジ出来る可能性が残ってるんだから」

話を横で聞いてたカザハ君が笑い声を上げる。

>「怒るわけないだろう。君には感謝してるよ。
 君がレプリケイトアニマで庇ってくれなかったら我はとっくにここにはいなかったわけだから。
 一つだけ言うとすれば、我は……特別になんてなりたくなかった。
 もしも我と君が逆なら、全てが上手くいっていたのかもしれないな――」

いや誰だよ。どっか行って戻ってきたと思ったら喋り方がおかしい。
イメチェンして性格まで変わったらそれはもう別の人物だろ。
俺お前のことこのままカザハ君って呼んでいいのかな……。

 ◆ ◆ ◆

373明神 ◆9EasXbvg42:2021/09/27(月) 05:26:52
所変わってグランダイト軍本陣、覇宮メル・ガヴァ。
軍医による一通りの手当てを受けた俺達は、陛下の御前に再び罷り越す運びとなった。

>「風の双巫女との約定により、これより我が軍の500騎を駐留部隊としてこの地に留め置き、
 始原の風車の防備に充てることとする」

グランダイトの腰には、今も風の魔剣が鈍い輝きを放っている。
テュフォンとブリーズ。当主2人の命と引き換えに、グランダイトとシルヴェストルが得たもの。

駐留戦力500騎は、まぁ妥当なセンだと俺も思う。
つーかこれが限界だ。人口3ケタの集落を護るには兵力が過剰でも収まりが悪い。
軍隊は大所帯になればなるほど兵站による制約を大きく受ける。
ようは兵隊さんのご飯の話だ。

こんな僻地にまで補給線を伸ばすのは簡単じゃないから、ある程度の食糧は現地調達が必要になる。
だがシルヴェストルの村の暮らしぶりを見るに、云千云万もの職業軍人を養えるだけの生産があるとは思えない。
精一杯畑を拡張して、不足分は狩猟採集で補うにしても、食わせられる兵隊には限りがあるはずだ。

そこらへんはアレクティウス執政官殿がお得意のソロバンをパチパチ弾いて計算してんだろう。
必要十分の防衛戦力で、かつ駐留軍隊がギリ保てるラインが500。
あとはまぁ、信仰やら生活文化やら色々考慮してんだろうけど詳しいことはわかんねえや。

>「そなたらはエーデルグーテへ行くという話であったな。
 『永劫』との面会を望むなら、余が親書を遣わすゆえ持ってゆくがよい。
 余と『永劫』には其処迄の親密さはなかったが、それでも階梯の誼。無手で参るよりはよかろう」

で、陛下はクソッタレの魔王閣下と会議するために本国に戻るそうで、
俺たちにはオデットへの渡りを付けてくれることになった。
これは明確に、この戦いで獲得した俺たち独自のアドバンテージだ。

374明神 ◆9EasXbvg42:2021/09/27(月) 05:27:48
「次は宗教の総本山で僧兵軍団の調略か。いよいよもって戦国時代めいてきたな」

安土桃山の頃の延暦寺とか興福寺のあれこれを歴史の授業で学んできた今、
国教を後ろ盾とした独立戦力ってやつを味方につける重要性はよく分かる。
プネウマ聖教はアルフヘイムの世界宗教だ。その権威は大陸のどこにだって届く。
世界が一丸となってコトにあたるうえで、これ以上に心強い戦力はあるまい。

>「さてと……。それじゃ、オレたちもここでお別れだな」

スターズとの同行もこれでお終いだ。
今回の共闘は行ってみりゃ呉越同舟みたいなもんで、元々バロール側の戦力じゃないしな。
ていうかゴッドリープの懐刀だしヒャクパー敵じゃねえかこいつら!
思いっきりニブルヘイムに弓引いてたけど大丈夫なの?粛清されるやつじゃないこれ?

>「――若干キモかったけれど、それなりに面白かった。それじゃ――」

「待て!報告書にはちゃんと『キモかったのは焼死体と裸マッチョだけ』って書いとけよ!?
 俺こいつらと一絡げにされんのマジで後生だかんな!!」

去っていくスターズ共をハラハラしながら見送っていると、右腕にズシリと重みが来た。

>「明神、ボク、オナカ減った」

「……そういや、イブリースとの再戦からなんも食ってねえなぁ。
 メシにしようぜ、兵隊さんのご相伴にくらいあずかれるだろ」

そんなわけで食糧を探してテントに戻ると、そこには馥郁たる香りが充満していた。
出来たての料理が満載された簡易テーブルとともに、俺たちを出迎えたのは――

>「みんな! おっかえりなさーい!!」

――いつの間にか目を覚ましていた、なゆたちゃんだった。

 ◆ ◆ ◆

375明神 ◆9EasXbvg42:2021/09/27(月) 05:30:30
>「聞いたよ、あのイブリースをやっつけたんだって? やったね!
 みんなが力を合わせれば、どんな強敵にだって必ず勝てるって。わたし、信じてたから――!」

「あ、ああ!なゆたちゃん、身体はもう良いのか?そんな動き回っちまって……」

>「オナカ減ったでしょ? みんなが疲れて帰ってくるだろうと思って、ゴハン用意してたんだ〜!
 さぁさぁ、みんな座って座って! 戦いの勝利をお祝いしなくっちゃ!
 あ! ガザーヴァ! まったくもーどこ行ってたの〜!? 心配したんだからね!
 でも帰ってきてくれてよかった! じゃあ〜、祝勝会とガザーヴァのおかえりなさい会の同時開催ね!
 はー忙し! 忙し!」

なゆたちゃんは明るい声で、立て板に水の如くまくしたてる。
『勝てて良かった』。『帰って来て良かった』。口に出るのはポジティブな言葉ばかりだ。
……まるで、それ以外の問答の一切から、目を背けているかのように。

>「……おい、明神。どーゆーコトだよ?
 モンキンのやつ、ゴッポヨ撃破されてガチ凹みしてんじゃなかったのか?」

「……そうだな。俺にはやっぱり、ヘコんでるように見えるよ」

忙しそうに食卓を駆け回るなゆたちゃんの姿に、俺は5年くらい前の記憶を思い浮かべる。
近所付き合いのあった爺さんの葬式。
長年連れ添った夫を亡くした婆さんも、こんな風にあくせく弔問客の世話を焼いていた。
仲の良い夫婦で、先立たれた悲しみは深かったはずだ。
だけども婆さんは通夜でも葬儀でも、納骨の時ですら休むことなく動き回っていた。

日本の葬式が色々煩雑な手続きやら喪主の仕事やらで手間がかかるのには、『あえて遺族を忙しくする』ことで、
肉親を亡くした悲しみが襲いかかってくるのを遅らせるためだって聞いたことがある。
それが本当かどうかは分かんねえけど。
全部終わってから婆さんがわんわん泣いてるのを見て、なんとなく理解ができた。

――なゆたちゃんは、悲しみをやり過ごそうとしている。
やり過ごさなきゃ心が壊れてしまうだけの悲しみが、今の彼女にはある。

>「それじゃ、みんなの勝利を祝って乾杯しよう!
 わたしとカザハとガザーヴァはジュースだけど……。それじゃあジョン、乾杯の音頭取ってもらっていい? 
 ほらほら! みんな笑って笑って!」

明らかに無理をして、快活に振る舞おうとしているなゆたちゃんの姿は、
正直なところ、見ていられないほどに痛ましかった。

>「本当は、明神さんの好物のトンカツも作れたらって思ったんだけど……ちょっと材料が足りなくて。ごめんね。
 いつかリバティウムみたいに御馳走するから、そのときまでのお楽しみってことで!」

「美味いよ、美味い。これ以上のメニューを望んだらバチが当たらぁ」

――だからもう、休んでくれ。
喉から出かけた言葉を、ちぎったパンで腹の中に押し戻す。
本当はポヨリンのこととか、いっぱい話したかったけど、その名前を口に出すことは出来なかった。

それから俺たちは、食事の端でいくつかのことを話し合った。
戦いの結果。現在の状況。石油王とバロールの行動。そして……エンバースのこと。
飛び出したハイバラの名に、なゆたちゃんは驚きながらも、納得を示した。
言われてみりゃああ確かにってなるのは、俺も同じだった。

376明神 ◆9EasXbvg42:2021/09/27(月) 05:31:05
>ハイバラさんと、明神さんと、カザハと。それにジョン。
 アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がこれだけいれば、きっと世界を救うことだってできる!
 侵食も食い止められるはずだよ、必ず――!!」

「おいおい、一人忘れてんだろ……」

挙げられた名前に、なゆたちゃん自身がいないことに。
俺は心臓を締め付けられる思いがした。

>「だから……だから。
 みんな、頑張って……。わたし、応援してるね。ずっとお祈りしてる。
 みんなが勝てるように……だから――」

ああ、頼むから。
その先を言わないでくれ。諦めないでくれ。
言葉にしてしまったら、もう結論を先送りにすることも出来なくなる。
だけれど、他ならぬ俺自身の理性が、『そうあるべきだ』と口を噤んだ。

>「わたし……パーティーを抜けるね」

そして、きっと誰もが避けたかった……『これからのこと』を考える時が訪れた。

 ◆ ◆ ◆

377明神 ◆9EasXbvg42:2021/09/27(月) 05:31:57
>「わたしのスマホ。壊れちゃったみたいで……何も映らないんだ。
 ブレモンを起動することもできない。それに、今まで使えていたスキルも使えなくなってて……」

なゆたちゃんが掲げたスマホは、画面が真っ暗なままだ。
鏡面のように反射する、覗き込んだ俺の顔は、縦に割れていた。
スマホの破壊。それが意味するところはひとつだけ。

>「わたし。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』じゃなくなっちゃった」

「……なんてこった」

スマホは言うまでもなくブレイブの生命線であり、同時に身分を示す唯一の証だ。
スマホを持つ以上はブレイブだし、スマホを失えばブレイブじゃなくなる。
単純な話だが、それ故になゆたちゃんの状態は致命的だった。

>「スマホぐらい……! いや……なんでもない……」

カザハ君がなにか言いかけて、すぐに言葉を引っ込める。
そう。『スマホが壊れただけ』と言える根拠なら、今の俺達にはある。

エンバース――サモンもカード行使もできない画面バキバキのスマホを持った男の存在。
だけど奴は今、フラウを喚べる。いつの間にかアプリが復旧してる。
画面が割れた程度なら、本来はブレイブの能力を永久に失うわけではないはずなんだ。

だけど仮になゆたちゃんのスマホが直ったとして、ブレイブとして復帰できるわけじゃない。
モンデンキントの全財産、唯一無二のパートナー、ポヨリンは、もう居ない。
こればかりは、スマホを直しゃどうにかなる問題じゃないんだ。

それに、なゆたちゃんはスキルも使えないと言った。
どういうこった。『蝶のように舞う』はカードじゃなくて、なゆたちゃん自身が体得したスキル。
スマホやブレモンアプリとは無関係の技術のはずだ。

俺たちがスキルや魔法を効率よく習得できてんのもスマホの恩恵なのか?
『ブレイブのスキル』としてアカウントに紐付けられてんなら、なゆたちゃんの現状にも納得がいく。
考えてみりゃジョンのブラッドラストにしたってブレイブになってから急に発現したわけだしな。

考察すべきことはいくつもあった。
無数の考えが頭の中をぐるぐるして、だけど今はその全てが後回しだ。
今。何よりも大事にしなきゃなんねえのは、目の前に居るなゆたちゃんだろ。

>「バカだよねえ、わたし。
 今まで勝ってこられたんだから、今回だって絶対勝てる! なんて。何の根拠もなく突っ走っちゃってさ。
 イブリースは今までの相手とは全然違うのに。ちゃんとみんなで対策を練って、連携して戦わなきゃだったのに。
 な〜んにも考えないで吶喊して、跳ね返されちゃって! あははははは、いや〜参った参った!
 ごめんね、みんな! 本当にこんなのがリーダーですなんて、今まで大きな顔しちゃってて!」

「……なぁ、頼むよ、そんなこと言うなよ。自分のこと、そんな風に、言うなよ。
 あの状況で即撤退なんか出来なかった。作戦会議なんてする暇もなかった。
 俺たちの後ろには、シルヴェストルの里があったんだから」

俺たちが十分にイブリース達のヘイトを取ることなく逃げ出していれば、
奴らの矛先は今度こそ始原の風車とそれを守るシルヴェストル達に向いた。
あそこで短期決戦を挑んだ判断は間違っちゃいない。負けたのは……結果論だ。

378明神 ◆9EasXbvg42:2021/09/27(月) 05:33:44
>「だからさ。わたし、もう役立たずになっちゃったから。
 リーダーの座は明神さんに譲るね。新リーダー、これから頑張って。
 わたしのことは、申し訳ないんだけどヴィゾフニールでリバティウム辺りに送ってくれないかな?
 リバティウムならしめちゃんもいるし、わたしの箱庭も……」

「こんなところで、降りるなんて、言うなよ――」

俺の言葉は、俺の懇願は、きっと今のなゆたちゃんには届かない。
分かっているのに未だにリーダーを押し付け続けようとしてるのは、言うまでもなく俺のエゴだ。
唐突な――だけど十分予期できた――別れの宣告に、耐えられそうになかった。

>「わっ、わたしっ、ちょっと風に当たってくるね!
 みんなは祝勝会楽しんでて! それじゃ……!」

ひとしきり言い終わると、なゆたちゃんは逃げ出すように食卓を離れた。
待ってくれ、と言葉が喉を通るより早く、その手を掴むより早く、テントの外に消えていく。
所体なく空を切った手のひらを、俺は強く握った。

「なゆたちゃん!……ああっ、クソ!」

拳を叩きつけたテーブルが揺れて、殆ど口を付けてないスープが器の縁から散った。
そのまま乱暴に椅子に腰を落とす。

>「本人がああ言ってるんだ、仕方がない……。
 身を護る手段も無いのに連れ回しても危険に晒すだけだ……」

カザハ君の言うことはもっともだった。

「分かってるよ。……分かってんだ、そんなことは。
 このまま進めば、なゆたちゃんにとってどれだけキツい旅路になるかってことも、分かってる」

パートナーも、回避スキルもない女子高生を旅に連れていけば、まず間違いなく狙われる。
単純に危険だってことはもちろん、なにより足手まといになることをなゆたちゃんは望まないだろう。
仮に彼女を庇って俺たちの誰かが傷つけば、今度こそ追い詰められかねない。

「……だけど、それでも俺は諦めたくねえよ。全員で世界を救うっていう最初の目標を。
 ゲーマーの矜持なんか関係なしに、なゆたちゃんを取りこぼしたくない」

俺は、後任のパーティーリーダーを不足なくこなせる自信がある。
それはリーダーの座が軽いからじゃない。俺が、なゆたちゃんも認める凄い奴だからだ。
キングヒルの決闘で彼女に認められたことを、嘘に変えるつもりはない。

「俺がなゆたちゃんにリーダーを任せたのは、あいつが強いプレイヤーだからじゃない。
 『モンデンキント』は、崇月院なゆたを構成するほんの一部分でしかないはずだ」

先の見えない逆境の中でも、前へ進み続ける意思。
石油王が言うところの、『不屈』――。
キングヒルで目の当たりにしたその光を、輝きを、俺はもう一度見たい。

俺は立ち上がった。

379明神 ◆9EasXbvg42:2021/09/27(月) 05:35:43
「なゆたちゃん、エーデルグーテに行こう」

カザハ君と入れ違いに天幕を出る。
なゆたちゃんの姿はほどなくして見つかった。

「俺たち全員、あの戦いでニヴルヘイムの連中にツラが割れちまった。
 パーティを離れる方が危険だ。人質に取られる可能性だってある。
 それなら、十二階梯の……オデットの庇護下に居たほうが良い」

『永劫の』オデットがシナリオ通りの性格なら、喜んでなゆたちゃんを保護するだろう。
これは信頼とか信用って言うより、性癖を根拠とした確信と言って良い。
そして序列三位の継承者なら、ニヴルヘイムもおいそれと手は出せまい。

「道中どんな危険があろうが、絶対にお前を安全な場所まで連れてく。
 そこまでやらなきゃ、俺はポヨリンに顔向けできねえ。
 あいつは……俺にとっても大事な仲間だった。あいつの旅路を、半ばで終わらせたくない」

スライムが何考えてっか、多分なゆたちゃんくらいのマニアじゃなきゃわかんねえだろうけど。
それでも、ポヨリンが最期まで望み続けていたことが何なのかくらいは分かる。
仇を討つことは、出来なくなっちまったけど。せめて安心させてやりたい。

「だからもう少しだけで良い。俺たちのリーダーでいてくれ。
 まっすぐ進めない俺たちを、エーデルグーテまで導いてくれ。
 それに――」

色々ともっともらしい理屈を捏ねはしたが、結局俺の望みはひとつだけだ。

「……トンカツ、食わせてくれるんだろ」

この先の旅路から、なゆたちゃんを失いたくない。
もう一度、立ち上がってほしい。
それを伝えるための言葉が出てこないのが、どうしようもなく歯痒くて、悔しい。

だけど今はそれで良い。
キングヒルで、絶望に打ちのめされたなゆたちゃんを励まし立ち上がらせたのが誰だったか。
俺は忘れてない。

「よぉエンバース。お前のこと、これからハイバラって呼んだほうが良いか?
 そしたら俺のことタキモトって呼んで良いぜ」

なゆたちゃんの元からテントに戻って、エンバースの肩に手を置く。

「……あとは任せた」

【第7章〆】

380embers ◆5WH73DXszU:2021/10/05(火) 06:28:38
【アノクシア(Ⅰ)】

『おぉーい!! せっかく『黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)』発射の準備ができたってのに、お役御免かよォ!』

「悪いな。実はゴルドン発射前に決着を付けないと、実績解除が進まないんだ」

『――骨折り損のくたびれ儲け――』

「そんな事言うなよ。別に俺の為に祝砲を上げてくれても良かったんだぜ、セルリアちゃん」

セルリアちゃんのリアクション=ガン無視/遺灰の男のリアクション=肩を竦める。

〈……まるでハイバラそのものですね。少なくとも、表面的には〉

足元から不満げな声=「ごっこ遊び」をしている場合かとでも言いたげな声音。

「ハイバラそのもの、に戻るはずだったんだけどな」

〈実際、どうするつもりです。最早あなたが役者不足である事は明白ですよ〉

「……考えはあるさ」

背を向ける遺灰の男――込み入った話をするには、些か時と場所が悪い。

『……えと。
 黙って勝手にいなくなっちゃって、ゴメンなさい……』

とは言え、既に大凡の戦後処理は片付いている様子。
残った一つも、遺灰の男には口出し出来そうにない。

『だって。……特別になりたかったんだもん。
 ソイツばっか特別扱いされてさ。特別だー、風精王の器だーってチヤホヤされてさ。
 ボクとソイツは同じはずなのに……。それが悔しかったんだ。
 テンペストソウルがあれば、ボクもソイツみたいになれるかなって……思っちゃったんだもん』

それに口出しする必要もない。必要なのは――

『でも……もういいや。レクス・テンペストになれなくたっていい。
 ボクのこと、特別だって。一生一緒だって言ってくれるひとを見つけたから。
 明神がボクのことを特別だって言ってくれるなら……ボクはもう、それだけでいいんだ』

対青春の波動ショック姿勢だ。遺灰の男はその場に膝を突いて拳を地面に押し当てた。

『……うん』
『一生一緒、結構じゃねえの。世界救って末永く爆発してやろうぜ』

「……ふう、危なかったな。危うく青春の波動でターンアンデッドされるところだった」

話は落ち着いた――つまり、いつぞやの意趣返しのタイミングが来たという事。

「さて、ラブラブトークはもうおしまいか?なら、一旦グランダイトの野営地に――」

『ええと。そちらの方……今、テンペストソウルを用いればレクス・テンペストになれるって仰いました?』

「わざわざ蒸し返すような話でもないけど……本人曰く、そういう事らしいぜ」

『そーだよ。でももうテンペストソウルはなくなっちゃったし、仮にあったってボクはもう――』
『あ? んなワケねーだろ。テンペストソウルが百個あったって、オメーはレクス・テンペストにゃなれねーよ』

「おい、どうした。腹が減ったなら素直にそう言って――」

381embers ◆5WH73DXszU:2021/10/05(火) 06:29:12
【アノクシア(Ⅱ)】

『……どーゆー意味さ』
『――見たところ、貴方はダークシルヴェストル。ダークシルヴェストルは風属性じゃなく闇属性――』
『だから、クラスチェンジするにはテンペストソウルじゃなくて、アビスソウルが必要なんですぅ〜』

「……いや。それは、何か特別なスキルや仕様があるんだろ?でなけりゃホントに何の為に――」

ガザーヴァを振り返る遺灰の男――縋るような眼光。

『……はっ?』

ガザーヴァ=豆鉄砲を食らったような表情――遺灰の男が頭を抱える。

『な、な、な…………』
『なんだよ!!! それぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!』

「……奇遇だな。俺も今、まったく同じ事を叫びたいと思ってた。もしかしたらこれって運命かもな」

『ばーーーっかじゃねえの、バロール!そもそも設計からしてミスってんじゃねえか!!
 ヒャクパーあいつのチョンボじゃん!もう魔王の看板外せや!』

「やめよう、明神さん。この話は掘り下げれば掘り下げるほど虚しくなってくると見た」

それはそうとカザハが何やら大幅にイメチェンしていたが、遺灰の男は特に触れなかった。
記憶を肉体/脳に依存しない存在は、時に人格に急激な変貌を来たす事がある。
その事についての指摘は、遺灰の男にとって藪蛇になり得るからだ。

382embers ◆5WH73DXszU:2021/10/05(火) 06:31:20
【アノクシア(Ⅲ)】


『風の双巫女との約定により、これより我が軍の500騎を駐留部隊としてこの地に留め置き、始原の風車の防備に充てることとする』

メル・カヴァ内部、謁見の間にて響くグランダイトの宣告。
遺灰の男=特に反応なし――覇王の用兵を疑う理由がない。

『そなたらはエーデルグーテへ行くという話であったな。
 『永劫』との面会を望むなら、余が親書を遣わすゆえ持ってゆくがよい。
 余と『永劫』には其処迄の親密さはなかったが、それでも階梯の誼。無手で参るよりはよかろう』

「逆に、いきなり押しかけてきた自称ブレイブとよく謁見してくれたよな、アンタ」

『次は宗教の総本山で僧兵軍団の調略か。いよいよもって戦国時代めいてきたな』

「戦国時代か。俺がオデットのお嫁さんになれば、次はもっと楽に話を纏められないかな」

ぼやく遺灰の男――ちびっこ執政官に睨まれ、謁見の間から退散。

『さてと……。それじゃ、オレたちもここでお別れだな』

「まあ、そうなるな……でも俺は寂しいよ、ルブルムちゃん。なにせ次に会う時はまた敵同士かも――」

遺灰の男=両手で涙を拭う仕草。

『まっ、縁がありゃまた会えるだろ!
 そンときこそしっかり『黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)』撃たせてくれよな!
 こンなンじゃ不完全燃焼だぜ、次回はキッチリ! オレたちデスティネイトスターズのスゲェとこ見せてやっからよ!』

「……そうだな。俺も次会う時までにフリフリのドレスを用意しておかないと」

遺灰の言動=ハイバラの感性の解放――スターズとの合体技を打ちたくて堪らない。

『――若干キモかったけれど、それなりに面白かった。それじゃ――』
『待て!報告書にはちゃんと『キモかったのは焼死体と裸マッチョだけ』って書いとけよ!?
 俺こいつらと一絡げにされんのマジで後生だかんな!!』

「なんだ……まだそんな事を言ってるのか、明神さん。心配するなって。
 ――ガザーヴァなら、どんな明神さんでも受け入れてくれるだろうさ」

結局、誤解は恐らく解けないままスターズは去っていった。

『明神、ボク、オナカ減った』
『……そういや、イブリースとの再戦からなんも食ってねえなぁ。
 メシにしようぜ、兵隊さんのご相伴にくらいあずかれるだろ』

「里攻めの為に用意した糧食が有り余ってる筈だ。食べて処分するのは、むしろ人助けになるだろうさ」

明神の後を歩く遺灰の男――遺灰の身体に食事は不要だが、天幕には用がある。
パートナーを喪い、昏倒した少女の様子が気がかりだった。
まだ、気を失ったままか。それとも――

『みんな! おっかえりなさーい!!』

天幕の入り口を潜ると、その答えはすぐに分かった――少女は笑顔を浮かべて、仲間達を出迎えた。
だが、その笑顔は遺灰の男に安堵を齎すものではなかった――齎されたのは、ただの既視感だけだ。

383embers ◆5WH73DXszU:2021/10/05(火) 06:32:21
【アノクシア(Ⅳ)】

『聞いたよ、あのイブリースをやっつけたんだって? やったね!
 みんなが力を合わせれば、どんな強敵にだって必ず勝てるって。わたし、信じてたから――!』

「……まあ、俺が少し本気を出せばこんなものさ」

遺灰の男=いつも通りの言動――少女がいつも通りを装う以上、そうする他ない。

『オナカ減ったでしょ? みんなが疲れて帰ってくるだろうと思って、ゴハン用意してたんだ〜!
 さぁさぁ、みんな座って座って! 戦いの勝利をお祝いしなくっちゃ!』

「お腹は……まあ、空いてるよ。見ての通りだ」

『あ! ガザーヴァ! まったくもーどこ行ってたの〜!? 心配したんだからね!
 でも帰ってきてくれてよかった! じゃあ〜、祝勝会とガザーヴァのおかえりなさい会の同時開催ね!
 はー忙し! 忙し!』

「あー……なんだ、その。手伝える事があったら言ってくれ」

歯切れの悪い言葉――「こういう状況」の記憶/経験は十分過ぎるほどにある。
慣れているとすら言える筈だった――それでも、上手く言葉が出てこない。

『それじゃ、みんなの勝利を祝って乾杯しよう!
 わたしとカザハとガザーヴァはジュースだけど……。それじゃあジョン、乾杯の音頭取ってもらっていい? 
 ほらほら! みんな笑って笑って!』

「……これはまた、随分と気合を入れたな。この体は便利だけど、今回ばかりは惜しい気分だ」

『本当は、明神さんの好物のトンカツも作れたらって思ったんだけど……ちょっと材料が足りなくて。ごめんね。
 いつかリバティウムみたいに御馳走するから、そのときまでのお楽しみってことで!』
『美味いよ、美味い。これ以上のメニューを望んだらバチが当たらぁ』

「……それで。俺に聞きたい事があるんだろ、明神さん」

進んで自分語りをする趣味はない――だが、話の主導権が取りたかった。
明け透けな空元気で笑い続ける少女を見ているのが――ひどく辛かった。

『……エンバースの前世が、ハイバラ……。
 あの日本ランキング一位の【賢人殺し】だなんて……』

「――昔の話さ。今の俺はそのハイバラの、ただの燃え残りだ」

本当の事は言えない――だが、嘘でも自分がハイバラだと名乗るのは気が引けた。

『エンバース……ううん、ハイバラさん。あなたがどうしてそんな姿になってしまったのか、わたしには分からないけど。
 これからも、みんなに力を貸してあげてほしい。お願いしてもいいかな……?』
 
「よせよ、急に改まって。正体がバレたからハイさようならなんて、俺がそんな血も涙もないヤツに見えるか?」

両腕を広げる/久々の焼死体ジョーク――笑いは、誘えなかった。

『あなたのことは元々強いって思ってたけど、正体が日本ランキング一位のあのハイバラさんなら納得だね。
 ハイバラさんと、明神さんと、カザハと。それにジョン。
 アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がこれだけいれば、きっと世界を救うことだってできる!
 侵食も食い止められるはずだよ、必ず――!!』

『おいおい、一人忘れてんだろ……』

縋るような明神の声/遺灰の男は――何も言えない。きっとそうなると分かっていたから。

384embers ◆5WH73DXszU:2021/10/05(火) 06:33:49
【アノクシア(Ⅴ)】

『だから……だから。
 みんな、頑張って……。わたし、応援してるね。ずっとお祈りしてる。
 みんなが勝てるように……だから――』

少女の声が途切れる――それでも、遺灰の男には次に紡がれる言葉が分かる。
分かるからこそ――この僅か数秒程度の静寂は、苦痛にしかなり得なかった。

『わたし……パーティーを抜けるね』

遺灰の男は何も言えない。

『ハァ? なんだよソレ?
 モンキン、本気で言ってんの?』

ハイバラは、こんな状況にだって慣れていた。

『本気だよ……。だって――』

ハイバラにとっての一巡目――ブレイブ召喚の魔法が漏洩した、アルフヘイムの世紀末。
たまたま同じ陣営に召喚されたブレイブが、パートナーを失う様を何度も見てきた。
最初の頃は同情した――共に悲しんだりもした。だが、それは長続きしなかった。

『わたしのスマホ。壊れちゃったみたいで……何も映らないんだ。
 ブレモンを起動することもできない。それに、今まで使えていたスキルも使えなくなってて……」

自分と、自分に親しい仲間達の為に、利用出来るものはなんでも利用する必要があった。
パートナーがいなくてもスペルは使える/スペルがなくてもアイテムは使える。
ブレイブを立ち直らせる為の手管を、遺灰の男は余さず覚えている。

パートナーを失って、自分を責めるブレイブは多かった。
それはつまり――傾向と対策を予想しやすいという事だ。

『わたし。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』じゃなくなっちゃった』

なのに――何も言えない。なゆたのぎこちない笑顔に、ただ胸が痛む。

『バカだよねえ、わたし。
 今まで勝ってこられたんだから、今回だって絶対勝てる! なんて。何の根拠もなく突っ走っちゃってさ。
 イブリースは今までの相手とは全然違うのに。ちゃんとみんなで対策を練って、連携して戦わなきゃだったのに』

「……よせ」

振り絞るような声。

『な〜んにも考えないで吶喊して、跳ね返されちゃって! あははははは、いや〜参った参った!
 ごめんね、みんな! 本当にこんなのがリーダーですなんて、今まで大きな顔しちゃってて!』

『……なぁ、頼むよ、そんなこと言うなよ。自分のこと、そんな風に、言うなよ。
 あの状況で即撤退なんか出来なかった。作戦会議なんてする暇もなかった。
 俺たちの後ろには、シルヴェストルの里があったんだから』

ハイバラの記憶をどんなに辿っても/何度振り返っても――紡ぐべき言葉が見つけられない。

『わっ、わたしっ、ちょっと風に当たってくるね!
 みんなは祝勝会楽しんでて! それじゃ……!』

「モンデンキント……!」

なゆたが天幕の外へと逃げていく/咄嗟に追おうと立ち上がる――だが、次の一歩が踏み出せない。

385embers ◆5WH73DXszU:2021/10/05(火) 06:36:15
【アノクシア(Ⅵ)】

『なゆたちゃん!……ああっ、クソ!』
『本人がああ言ってるんだ、仕方がない……。
 身を護る手段も無いのに連れ回しても危険に晒すだけだ……』

「……そんな事は、言われなくても」

『分かってるよ。……分かってんだ、そんなことは。
 このまま進めば、なゆたちゃんにとってどれだけキツい旅路になるかってことも、分かってる』
『……だけど、それでも俺は諦めたくねえよ。全員で世界を救うっていう最初の目標を。
 ゲーマーの矜持なんか関係なしに、なゆたちゃんを取りこぼしたくない』

遺灰の男が明神を見つめる――この状況で、明神ははっきりと自分の意思を示した。

『俺がなゆたちゃんにリーダーを任せたのは、あいつが強いプレイヤーだからじゃない。
 『モンデンキント』は、崇月院なゆたを構成するほんの一部分でしかないはずだ』

遺灰の男には、それが出来ない/出来なかった――何も言えなかった。
カザハが/明神が天幕を出ていく――静寂の中、つい考えてしまう。
本物のハイバラだったら、一番最初にここを出ていけたのかと。

やがて、明神が帰ってきた――遺灰の男の肩に手を置く。

『よぉエンバース。お前のこと、これからハイバラって呼んだほうが良いか?
 そしたら俺のことタキモトって呼んで良いぜ』

遺灰の男は――まるでスイッチを切り替えたように、不敵に笑った。

「俺のサインが欲しいなら、もう少し気の利いたセリフを用意してくるんだな、明神さん」

遺灰の男はハイバラにはなれない/なれなかった――だが、そんな事は些事でしかない。
なれた/なれなかったではないのだ――遺灰の男は、ハイバラでいなければいけない。
少なくとも仲間達の前では――結局のところ、遺灰の男がすべき事はそれだけだ。

『……あとは任せた』

「任された……と言いたいところだけど」

やや腑抜けた声――不敵な笑みが綻びる。

「……今回ばかりは、最後の最後にどうなるかはアイツが決めるしかない」

遺灰の男が天幕を出る――少女を探し歩きながら思考する。

崇月院なゆたの現状は、正直に言って詰んでいる。
唯一無二の相棒=ポヨリンを喪い/スマホもスキルも使えない。
ブレイブとしての能力全てを喪失している――あえて連れ歩く理由は、ない。

だが――その事実を思うと、胸が苦しくなる。
ハイバラの記憶にない痛み/苦しみ――ではなかった。
遺灰の男には、その息苦しさを一巡目にも感じた記憶があった。

ハイバラの幼馴染/最愛の女性――マリがパートナーを失った時もそうだった。
あの時も同じだった――ハイバラはどうしても結論を出せなかった。
傍に置いて守るべきか/それとも戦いから遠ざけるべきか。

だから、この胸の痛みと苦しさに名前を付けるとすれば――

「いや……あり得ない。だってそうだろ。俺には……ハイバラには、マリがいる。マリがいたんだ」

――それはきっと尊敬とか、そんな名前だ。遺灰の男は自分にそう言い聞かせた。

386embers ◆5WH73DXszU:2021/10/05(火) 06:37:53
【アノクシア(Ⅶ)】


「……よう」

なゆたはそう時間もかからず見つかった/歩いている間に考えは纏めた。

「俺が何故こんな風になったのか。分からないって言ったよな。教えてやるよ」

後はそれを伝えるだけだ――その結果が、予測出来ないとしても。

「俺はな、一度死んだんだ。闇溜まりの奥深く……光り輝く国ムスペルヘイムで。
 ヒトの魂を薪に燃える聖火に焼かれて、そこで俺の冒険は終わった筈だった」

だが、そうはならなかった――ハイバラは、エンバースとして再び目を覚ました。

「俺は死んだ」

この世界はゲームではなく現実――死んだパートナーは死体すらスマホに戻ってこない。
ゲームのように、どこの街にでもあるような教会で死者を蘇らせる事など勿論出来ない。

「そしてアンデッドになったんだ」

それでも――この世界のシステムは、死者の帰還を限定的にだが認めている。

遺灰の男は考えた――ハイバラならきっと、この抜け道に目をつける筈だと。
ハイバラならきっと、この状況に対しても攻略法を探そうとする。
そしてその中に、自分の願いを/感情を埋めて隠すのだ。

「……エーデルグーテに行こう、モンデンキント。俺達と一緒に。諦めるにはまだ早いぜ。
 『永劫の』オデットは聖属性魔法の達人で……しかもアンデッドの女王様だ。
 ポヨリンさんともう一度会える可能性は……ゼロじゃない筈だ」

無論、それはあくまでもゼロではない――本当に、ただそれだけ。

「そりゃ……上手くいかない可能性だって、ゼロじゃないけど」

遺灰の男はあえてその事に言及する――口車に乗せたい訳じゃない。
ただ、崇月院なゆたに前を向いて欲しい/折れないで欲しい――
――また、頼りにしてると言って欲しい。それだけだ。

「でも、頼む。一緒に来てくれ」

ハイバラなら、きっとその為にどんな言葉を選べばいいのかも分かっただろう――遺灰の男は考える。

「俺は……」

だが遺灰の男は、ハイバラにはなれない。だから――

「……お前がいなくなるのは、嫌なんだ」

だから、そんな拙い言葉を紡ぐのが精一杯だった。

387ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/10/10(日) 14:20:23
「ふう〜〜…」

落ち込んでばかりもいられない。本当に辛いのはなゆで…この後なんだから。

>「……えと。
 黙って勝手にいなくなっちゃって、ゴメンなさい……」

頭を冷やしていると明神の影からひょこっとカザーヴァが顔を出す。
以外だな…僕がいなきゃ結局お前らダメダメじゃん!と軽口の一つでも叩くと思っていたが…。

>「だって。……特別になりたかったんだもん。
 ソイツばっか特別扱いされてさ。特別だー、風精王の器だーってチヤホヤされてさ。
 ボクとソイツは同じはずなのに……。それが悔しかったんだ。
 テンペストソウルがあれば、ボクもソイツみたいになれるかなって……思っちゃったんだもん」
>「でも……もういいや。レクス・テンペストになれなくたっていい。
 ボクのこと、特別だって。一生一緒だって言ってくれるひとを見つけたから。
 明神がボクのことを特別だって言ってくれるなら……ボクはもう、それだけでいいんだ」

>「一生一緒、結構じゃねえの。世界救って末永く爆発してやろうぜ」

>「……ふう、危なかったな。危うく青春の波動でターンアンデッドされるところだった」

「…お幸せに」

僕もなにか一言言おうと思ったが…強烈なラブラブの波動を発していたので最低限で済ますことにした。
人の恋路を邪魔するのは馬にけられて死んじまえっていうしね。

このラブラブ空間にぶった切って現れたのはフラウスだった。
いまだに僕との距離は物理的に遥か遠いが…ラブラブ空間に抵抗はないらしい。

>「ええと。そちらの方……今、テンペストソウルを用いればレクス・テンペストになれるって仰いました?」
>「――見たところ、貴方はダークシルヴェストル。ダークシルヴェストルは風属性じゃなく闇属性――」

>「だから、クラスチェンジするにはテンペストソウルじゃなくて、アビスソウルが必要なんですぅ〜」

このラブラブ空間に衝撃の真実を持ってぶった切って現れたのはフラウスだった。
いまだに僕との距離は物理的に遥か遠いが…ラブラブ空間に抵抗はないらしい。

>「……はっ?」

>「あっはははははは! 良かったじゃないか。それならまだクラスチェンジ出来る可能性が残ってるんだから」

>「なんだよ!!! それぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

「アハハ…」

怒りで叫ぶカザーヴァとそれを諫める明神を見ながら、僕は苦笑いしかできなかった。

388ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/10/10(日) 14:20:35
無事に戻ってきた僕達はなゆに会う前に全ての話し合いをつけてしまうことにした。

>「風の双巫女との約定により、これより我が軍の500騎を駐留部隊としてこの地に留め置き、始原の風車の防備に充てることとする」

「打倒なラインだな」

戦いは基本的に数の戦いだ。しかし、この世界では一人でその差をひっくり返す人物が多数存在する。
過剰な戦力は戦いを抑制する効果がある。しかし、相手にそれ以上の戦力が…ひっくり返す算段さえあれば戦闘は必ず起こる。
そうなれば戦闘の規模は大きくなり、人的被害どころかその場所が生物の住めない場所になる事すらある。

>「そなたらはエーデルグーテへ行くという話であったな。
 『永劫』との面会を望むなら、余が親書を遣わすゆえ持ってゆくがよい。
 余と『永劫』には其処迄の親密さはなかったが、それでも階梯の誼。無手で参るよりはよかろう」

>「次は宗教の総本山で僧兵軍団の調略か。いよいよもって戦国時代めいてきたな」

全てがスムーズに進行していく。さすが覇王。戦闘面だけでなく事を円滑に動かすという事を理解している。
このまま全てがうまくいけばよいのだが…。

>「さてと……。それじゃ、オレたちもここでお別れだな」

覇王の全面的な協力で、会議は瞬く間に終わり。魔法少女達は別れの挨拶を始める。

>「それに、今回のところは共闘しましたが〜、本来私たちは敵同士ですので〜……」

僕からできる限りの距離を取りながら睨んでいる。

>「まっ、縁がありゃまた会えるだろ!
 そンときこそしっかり『黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)』撃たせてくれよな!
 こンなンじゃ不完全燃焼だぜ、次回はキッチリ! オレたちデスティネイトスターズのスゲェとこ見せてやっからよ!」

この分だと次会って敵同士だとしても殺し合いにはならなそうだ。
そのほうがいい…またなゆが悲しむような事になってほしくないから…

>「――若干キモかったけれど、それなりに面白かった。それじゃ――」

「まて、なぜ僕を見る?」

>「待て!報告書にはちゃんと『キモかったのは焼死体と裸マッチョだけ』って書いとけよ!?
 俺こいつらと一絡げにされんのマジで後生だかんな!!」

なぜだ…?

>「なんだ……まだそんな事を言ってるのか、明神さん。心配するなって。
 ――ガザーヴァなら、どんな明神さんでも受け入れてくれるだろうさ」

「え?これそんな話なの?」

>「明神、ボク、オナカ減った」

わいわいと話しながら僕達はテントの前で会話を一斉に止める。
決して気遣ったわけではないが…自然と口を止めて…お互いを見合った。

理由はもちろん目の前にいる少女…なゆだった。

>「みんな! おっかえりなさーい!!」

389ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/10/10(日) 14:20:49
なゆの顔を見た時、即座に異変に気付いた。

>「聞いたよ、あのイブリースをやっつけたんだって? やったね!
 みんなが力を合わせれば、どんな強敵にだって必ず勝てるって。わたし、信じてたから――!」

でも不思議と…僕はなにも感じなかった。

>「……まあ、俺が少し本気を出せばこんなものさ」

目の前にいるなゆに以前の面影は微塵もなかった…。
頑張って明るく振舞おうとしてはいるが…明るいのは表情と声だけで…。

>「……おい、明神。どーゆーコトだよ?
 モンキンのやつ、ゴッポヨ撃破されてガチ凹みしてんじゃなかったのか?」

>「……そうだな。俺にはやっぱり、ヘコんでるように見えるよ」

付き合いが比較的短いカザーヴァにはイマイチピンとこなかったのかもしれない。けど…

>「え? これ? あ、ああ、少し色々あってな! それよりなゆ……。
……すごいなこれ! また料理の腕上げたか!?」

僕にも分かるんだ。それより付き合いが長い3人には痛いほど伝わっているはずだ。
なゆがへこんでるなんてレベルじゃなく…折れてしまっている事に…

>「エンバース……ううん、ハイバラさん。あなたがどうしてそんな姿になってしまったのか、わたしには分からないけど。
 これからも、みんなに力を貸してあげてほしい。お願いしてもいいかな……?
 あなたのことは元々強いって思ってたけど、正体が日本ランキング一位のあのハイバラさんなら納得だね。
 ハイバラさんと、明神さんと、カザハと。それにジョン。
 アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がこれだけいれば、きっと世界を救うことだってできる!
 侵食も食い止められるはずだよ、必ず――!!」

不思議と僕の中に悲しさはなかった。こうなる事がある程度予想できていたからだろうか?
それともやっぱり僕が普通の人間ではなく…血も涙も感じられない化け物だからだろうか?

>「わたし……パーティーを抜けるね」

やはり・・・僕はなにも感じなかった。当然の事だと処理しようとしている自分がいた。
やっぱり僕には人の心が…なにかが欠けているのだろう。

>「ハァ? なんだよソレ?
 モンキン、本気で言ってんの?」
>「わたしのスマホ。壊れちゃったみたいで……何も映らないんだ。
 ブレモンを起動することもできない。それに、今まで使えていたスキルも使えなくなってて……」

戦えないなら離脱するのは当然の事だ。僕達には戦えない人間を庇えるだけの余裕はない。自分の身だって守れないのに…

>「わたし。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』じゃなくなっちゃった」

彼女の顔は…もう取り繕えないほどに…ぐちゃぐちゃだった。

390ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/10/10(日) 14:21:05
>「バカだよねえ、わたし。
 今まで勝ってこられたんだから、今回だって絶対勝てる! なんて。何の根拠もなく突っ走っちゃってさ。
 イブリースは今までの相手とは全然違うのに。ちゃんとみんなで対策を練って、連携して戦わなきゃだったのに。
 な〜んにも考えないで吶喊して、跳ね返されちゃって! あははははは、いや〜参った参った!
 ごめんね、みんな! 本当にこんなのがリーダーですなんて、今まで大きな顔しちゃってて!」
>「だからさ。わたし、もう役立たずになっちゃったから。
 リーダーの座は明神さんに譲るね。新リーダー、これから頑張って。
 わたしのことは、申し訳ないんだけどヴィゾフニールでリバティウム辺りに送ってくれないかな?
 リバティウムならしめちゃんもいるし、わたしの箱庭も……」
>「や、やっぱりいいや。リバティウムはやめとく。
 そ……そうだなー、ガンダラの『魔銀の兎娘(ミスリルバニー)亭』なんていいかも!
 あそこでマスターに雇ってもらって、ウェイトレスとかやってみたいかな!」

「…そうか」

掛ける言葉は見つからない。どんな言葉をかけても…なゆを傷つける事にしかならないという事は僕にだって分かる。
折れてしまった心は…もう戻らない。後はゆっくりと歪んでいくだけだ。

君は僕達の希望の象徴だ。決して無くなってはいけない。けど、僕には掛ける言葉の一つすらありはしない

>「わっ、わたしっ、ちょっと風に当たってくるね!
 みんなは祝勝会楽しんでて! それじゃ……!」

>「なゆたちゃん!……ああっ、クソ!」

>「本人がああ言ってるんだ、仕方がない……。
身を護る手段も無いのに連れ回しても危険に晒すだけだ……」

みんなもわかっているはずだ。なゆがいなければこのPTが成立しない事に。
戦力的な意味だけじゃない。彼女は希望の象徴で、この世界の平和に必要不可欠な存在だ。

世界はなゆがいなくても救えるかもしれない…けど
真の世界平和にハッピーエンドに繋げる事ができるのは…なゆだけだ。

「………」

みんなが出ていったなゆを追いかけていくなか、僕だけは椅子に座ったまま動けなかった。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板