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【TRPG】ブレイブ&モンスターズ!第七章

191崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/04/07(水) 09:02:37
>一度負けた相手をやっつけるのは、これが初めてじゃない。勝算なら、ある

明神は、逃げながらなんとか戦況を逆転させるという提案をした。
それは時間を稼ぐことで何らかの光明が見出せればという、希望的観測を含んだ消極的な案だった。
けれど、エンバースはそうではない。エンバースには、既に勝ちのビジョンが見えている。

>イブリースは確か、そんな事を言っていたよな。実際、それはその通りなんだろう。
 かと言って――ヤツの強さの源は、単なる一巡目の知識って訳でもない。
 それだけじゃ、フラウの不意打ちを防げた理由にならない
>これは憶測かつ例え話だが、ヤツの中には無数の目と耳と、口があるんだ。
>部位破壊だ。亡霊の力を弱らせて、声を掻き消すんだ。あんたの役目だぜ

確かにイブリースは先の戦いで、一巡目の知識には到底記録されていないであろう筈のフラウの攻撃すら凌ぎ切った。
イブリースは何も嘘をついていない。自分には一巡目の知識があり、
更に一巡目で死んだ者たちの怨念によって守られている、攻略法を授けられている、と最初から発言している。
ならば、こちらはそれを奪い取ってやればいいだけだ。
この世界へ来てから死霊術師というジョブに舵を切った明神以外に、イブリースの纏う怨念に対処できる者はいない。

>ちょうど、おあつらえ向きのカードも持ってるし
>そのカードにディスペル耐性と対象指定の強化を施す術も、持ってる

エンバースは更に、ローウェルの指輪の使用用途についても言及する。
焼死体の提案した方法ならば、鳥に括りつけて手放す――という方法よりも遥かに有用であろう。

>後は……そうだな。マリスエリスとロスタラガムだ。イブリースは俺達をソロで仕留めると言った。
 その前言を撤回するとも思えないが――もし、あの二人が参戦してくるなら、ブリーズ。
 アンタの出番だ――戦闘員としてじゃない。人質として、アンタは有用だ

「……私が」

不意に水を向けられ、ブリーズが右手を胸元に添える。
ブリーズの魂はテンペストソウルだ。十二階梯の継承者がグランダイトを味方に引き入れるため、
喉から手の出るほど欲しがっているアイテムだ。
ブリーズがこちら側にいるという事実は、マリスエリスとロスタラガムを釘付けにできる。
先程ブリーズが『今のままでは継承者がテンペストソウルを手に入れることはない』というのも、その効果を裏付ける。
マリスエリスとロスタラガムは最強の助っ人としてイブリースを呼びつけたその代償として、
まるで身動きが取れなくなってしまった。皮肉な話である。

さらに。

>――どうだい、明神さん。まだ、アンタの中のゲーマーには火が点かないままか?
>それとも、まだ手札が足りないか?なら――こういうのはどうだ?

そう言って、エンバースは明神の『狂化狂集剤(スタンピート・ドラッグ)』とは対照的な、
きらきら光る小さな小瓶を掲げてみせた。
それは『人魚の泪』。かつてリバティウムでなゆたがマリーディアとライフエイクから託された、
超レイド級モンスター・ミドガルズオルム召喚のためのキーアイテム。

もし、それを使うことができたなら。ミドガルズオルムを召喚することが叶ったなら。
それは確実に、イブリースを打倒することのできる切り札となるだろう。

>はは…君は本当に凄いなエンバースは…そんな事言われたらメソメソしてられないじゃないか…

畳みかけるように明かされる、エンバースの逆転案。
それらを聞き、今まで効果的な打開策が思いつかずほとんど聞き役に徹していたジョンが口を開いた。
そして、何かを決意したかのような眼差しで仲間たちを見る。

>作戦の話を本格的にする前に僕の話を少しでいい、聞いてくれないか・・・?
>実は…僕はあの時…ロイが死んだあの時から明神達を…なゆを裏切るつもりだった

何を思ったのか、徐にジョンが打ち明けたのは――彼がレプリケイトアニマ以来抱いていた、
なゆたを、そしてパーティーを造反するという企みだった。

>君達の話に出てきた時を戻す魔法か…装置かを…君達についていって最後に奪うつもりだった
 それでロイを…あわよくばシェリーを取り戻そう。そう考えていた…君達を殺してでも…
 謝るのは二週目でいい。いやこの場合は三週目?まあ…その後に謝って…償いで…君達に殺される予定だった
 君達は…なゆはそれができるほど強いと…僕が勝手に思っていたんだ

ジョンは語る。なゆたのことを、いかなる絶望に対しても決して折れない、諦めない子だと思っていたと。
例え自分が裏切ったとしても、それさえも乗り越えられる心の強さを持っていると思っていたと。
だが、そうではなかった――と。

>ポヨリンが死んだあの時のなゆの顔は…絶望に染まった顔が…シェリーを殺した僕によく似てる気がして…

大切なパートナーを喪ったなゆたの姿は、フリント兄妹を喪ったジョンの姿と同じだった。
ジョンは大切なものを無くして慟哭するなゆたに自分を重ねた。共感した。
その上で、ジョンは理解した。すべて察した。

>そこで気づいたんだ…僕はあんな一回りも年の若いなゆになんて残酷な事をさせようとしていたんだろうと…
 あれだけよくしてもらって…わかった風な口を聞いて!・・・それでも結局どこまでいっても自分だけしか見えていなかった事を

ジョンが静かに泣く。その頬を涙が伝って落ちる。

192崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/04/07(水) 09:05:36
『死んで詫びる』とか。『パーティーを去る』とか。
そうすることで責任を果たしたことにするのは簡単だ。なぜなら、ただ死ねばいいだけ。皆と距離を取ればいいだけなのだから。
しかし、それを実際にしたところで、本当に責任を取ったと言えるだろうか?

>僕があの時…イブリースに銃を向けたりしなければ…なゆがあんな顔する事もなかった…僕のせいなんだ
>責任を取りたい…!この世界を救うだとか!自分の世界を守るだとか!その前に僕は!
>僕は!なゆに僕のようになって欲しくない!!絶望になんて慣れないでほしい!!堕落してほしくない!諦めてほしくない!

ジョンがパーティーの皆に語り掛ける。
自分のように歪んでほしくない、闇に落ちてほしくない。これ以上哀しい思いをしてほしくないと。
それは、大切な者を喪った人間だけが共有することのできる感情。

>僕はこれ以上…間違えたくないし負けたくない…!

ジョンが過ちを犯す以前、つまりポヨリンがイブリースに消される以前まで状態を戻すだけでは、
責任を取ったとは言えない。
イブリースと遭遇する以前よりも強いパーティーを作ることで、初めて責任は果たされたと言えるだろう。

>僕はゲーマーじゃないし!元の世界じゃ生きるのが辛くて違法な事を何度も繰り返した!そもそも人殺しだ!…それでも
>明神、エンバース…カザハ!頼む!俺をもう一度…いや…今度こそ正真正銘…君達の仲間にしてくれ!

《あっはは、けったいなこと言わはるお人やなぁ。
 そこにあんさんを仲間やないと思うとるお人なんて、ひとりもあらしまへんえ?》

パーティーの誰もが息を呑み、鬼気迫るジョンの懇願を聞く中、スマホの画面越しにみのりが笑う。

《あんさんもそれを分かっとるからこそ、敢えてそないな言わんでもええこと打ち明けたんやろけど。
 ――ジョンはん、その場におらんうちが言うのもやけど、それでも。
 アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の端くれとして、言わせてもらいますえ。
 あんた、明神はんたちに仲間にしとくれやす言わはったけど……それは筋違いや》

いつものはんなりした物腰から、少しだけ表情を険しくして告げる。

《明神さんたちが『じゃあ正真正銘の仲間にしまひょ』って言えば、正真正銘の仲間になったことになりますのん?
 まぁ……エンバースさんは兎も角、明神さんとカザハちゃんは言うんやろけどなぁ。
 けどあんた、それで納得できはる? 満足しはりますの?
 違うやろ。そないな文言はなんの証明にもならへんよ。
 あんたが正真正銘の仲間になるかどうかを判断するのは、明神さんでもエンバースさんでも、カザハちゃんでもあらしまへん。
 そら、あんた自身や。ジョンさん、あんたが自分で決めなあかんのどす。
 言葉やない、行動で。態度で示さなあかんのや》

みのりはリアリストだ。ブレモンプレイヤーとしての矜持はあるが、ゲーマーというほどのめり込んでもいない。
パーティーの一員として皆と同行している最中も、他のメンバーがゲームの世界に召喚されてテンションを上げる一方で、
みのりはずっと胸中で『いかにして生存するか』を考え、損得勘定をしながら旅をしていた。
もし、仲間は全員死ぬが自分ひとりは生き残れる――というシチュエーションがあったとしたら、
みのりは間違いなく仲間を見捨てる道を選んでいたことだろう。
そんなみのりが本当の意味でアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の一員になったのが、
キングヒルでの明神vsなゆた戦だった。
あのとき、みのりは明神を勝たせるため、それまで頑なに避けていた前線に立った。
自身が戦闘の巻き添えになって被弾することさえ恐れず、自らなゆたに抱き着いてその行動を阻害したのだ。
そんなこと、みのりがする必要なんてなかったのに――
でも、やった。やらずにはいられなかった。
明神を勝たせたいと思ったから。なゆたに素晴らしい闘いをして欲しいと思ったから。
……仲間だから。

《ま、口幅ったいこと言うてもうたけど。
 みんなと一緒なら心配なしやとも思うとるさかい、ジョンさんあんじょうおきばりやす〜。
 さて……共同溝探索部隊の準備もできたみたいやし、うちも一働きしてくるわぁ。
 しばらく連絡できへんけど、あんたたちなら必ずイブリースにも勝てると信じとるよ〜。
 ほな、また後で――》

そこまで言うと、みのりは通信を切った。

「……さっきアンタらが言ってた、合体技の話なんだけど」

みのりのジョンへの苦言が終わり、改めて作戦を考えようとしたところへ、ルブルムが口を開く。

「あるぜ。合体技。アレさえ使えりゃ、イブリースだろうが肩ロースだろうが……」

「そのフレーズ気に入ったの? ルブルムちゃん」

「――天丼は芸の基本――」

フラウスとセルリアが突っ込む。ルブルムは「割と」と小さく返すと、ゴホンと咳払いをして話を続けた。

「オレたちが氷獄のコキュートスを撃破したときに使った秘密兵器!
 霊銀結社、13の『大秘儀(アルス・マグナ)』のひとつ! 極大閃光『黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)』!!」

アルフヘイムにおける魔術と技術の総本山である霊銀結社には、膨大な数の魔法と科学にも似た秘術が蓄積されている。
それらは重要性や効能などから細かく分類・整理され保管されているのだが、
中でも『大秘儀(アルス・マグナ)』と呼ばれ、最重要機密指定を受けている13種類の技術が存在する。
『黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)』はそのうちのひとつ。
驚いたことにルブルムたちデスティネイトスターズはそれを扱うことができるというのだ。
ゲームで『小達人の証』を手に入れたプレイヤーなら、誰もが覚えているだろう。
コキュートスの猛攻を受け、ズタボロになったスターズがプレイヤーと共に絆の力を高め、
力を振り絞って撃ち放つ『黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)』の、文字通り闇を裂く煌きを。
その際のBGMと三人のカットインはブレモンの演出でも最高峰と言われており、
レプリケイトアニマ戦に匹敵する盛り上がりどころとプレイヤーの評価も高い。

「ただ、『大秘儀(アルス・マグナ)』はそンなホイホイ撃てるもンじゃねェ。
 今のオレたちの実力じゃ、一発きりだ。それにチャージの時間も必要になる。
 やるなら必中だ。そのための段取りはアンタたちがつけてくれ」

ルブルムはそう言って肩を竦めた。

193崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/04/07(水) 09:09:13
霊銀結社の有する13の『大秘儀(アルス・マグナ)』のひとつ、『黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)』。
デスティネイトスターズ三人の魔力、精神力、そして絆の力をすべて振り絞って放つ、黄金色をした魔力の奔流。
色の三原色である三名がそれぞれマゼンタ、シアン、イエローの魔法陣を構築し、魔力を同調。
三人の力を結集し励起させることで通常の数十倍にまで魔力を増幅させ、更にそれを臨界まで収束させることにより、
極小サイズの疑似ブラックホールを展開。指向性を持たせて発射するという、早い話が禁呪である。
魔神コキュートスをも一撃で葬り去った実績を持つその極大魔法なら、イブリースを倒すこととて不可能ではないに違いない。
ただ、極大魔法だけあってその発動には段階を踏む必要がある。即ち――

「魔力開放・魔術回線同期」
「魔術炉心発動」
「炉心励起開始」
「炉心臨界到達」
「魔術砲門展開」
「『黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)』発射」

である。
G.O.D.スライムがその降臨に7ターンかかるように、
『黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)』もその発動までには6ターンの時間を要する。
ゲームでもプレイヤーは『いかにしてコキュートスの猛攻を6ターン凌ぐか』で頭を悩ませたことだろう。
むろん、スターズのひとりでも戦闘不能になれば魔法を放つことはできなくなる。
今回の場合は、どうやってイブリースの攻撃を6ターン凌ぐか――が鍵となってくるだろう。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を一撃で全員戦闘不能に追い込み、
ゴッドポヨリンをも消し去った兇魔将軍の攻撃を、六撃防ぎ切る。
その方法を、明神たちは考えなくてはならないのだ。

「魔法発動の準備中は、私たちは完全に無防備になっちゃいますぅ。
 申し訳ないんですけど、私たちのことは皆さんに守って頂くしかありません……」

「でもよ、発動しちまえばこっちのもンだ。
 乗りかかった船ってやつ、こうなったら意地でもあの魔族野郎をブッ倒してやろうぜ!」

「――ルブルム、本来私たちはその魔族野郎の側ということを忘れてはいけない――」

「ぁー……まぁそうなンだけどよ」

セルリアの言葉に、ルブルムは頭の後ろで手指を組んで考える。

「でも、こっちのが面白そうじゃね?」

にへっ、とルブルムは緩い笑みを浮かべた。
ポヨリンの仇を討ちたいとか、シルヴェストルの故郷を守りたいとか。
責任を果たしたいといったアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちの戦う理由に比べて、
ただ『面白そうだから』という理由で戦おうとしている三人娘の動機はいかにも脆弱に見える。
が、それがデスティネイトスターズなのだ。
スターズ関連のイベントが軒並み緩めのギャグシナリオということもあるのだが、
彼女たちはゲームの中でも明らかに不利と思われる状況下にあっても『ばえる』『エモい』『バズる』という、
女子高生レベルの動機で霊銀結社の指令とは全く関係のない人助けなどのクエストをこなしまくっていた。
無論それはゲームをしているプレイヤーの意思ではあるのが、それでも。
スターズの根底にあるものがそういったシンプルで純粋な人の好さなのは疑いようがない。
ゲームをプレイし、四人目のスターズとして冒険したことのある人間なら、それがよく分かるだろう。

『面白い』。たったそれだけの理由で、スターズはパーティーのために命を懸けてくれる――と。

だから。

「まぁ、マスターたちと敵対して、サービス終了なんてことになるよりはマシと思いますぅ」

「――面白いなら仕方ない。面白いは正義、インスタ映えこそ至高――」

フラウスとセルリアもうんうんと頷いてルブルムに同調する。
このまま霊銀結社に戻ればゴットリープに大目玉を喰らうことは間違いないだろうが、それは考えていないらしい。

「ってことで! 作戦を纏めてくれよな、マスター!」

ぱんっ! と右拳で左の手のひらを叩き、ルブルムが明神に告げる。
兇魔将軍イブリースを倒すための、起死回生の作戦を。


【作戦会議中。なゆたは昏睡中にて行動不能。
 みのり、キングヒル地下共同溝へ。バロールも不在のため暫く王都からのバックアップはなし。
 デスティネイト・スターズが奥の手『黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)』の存在を提示。
 NPCは基本的に明神の意見に従う方向】

194カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/04/12(月) 01:33:20
>「――霊銀結社謹製長距離移動用飛翔ユニット『キマイラのつばさ』――」

めっちゃどこかで聞いたことがあるようなアイテムが出てきた……!
そっちは使ったら無くなるアイテムだった気がするが、これは使ってもなくならないのだろうか。
地味に凄くないですか!?

>「つっても逃げてどうすんだよ。行くアテなんか俺たちにはないぜ。
 ……どこ行ったって、そこが戦場になるだけだ」

あ、そういえば相手もなんとかドーア使うんでした……。

>「確かに。あの野郎が身内にどんくらい甘いかは試してみねえとわからんが。
 俺たちにはベルゼブブが必要だ。……ポヨリンの代わりになる、レイド級が」
>「明神!!!」

そう、今やパーティにレイド級は一体もいなくなり、グランダイトの大軍勢を味方に付けることも望めない。
《アストラルユニゾン》は身も蓋もなく言えば強者の威を借りるか、あるいは数の暴力で押し切る力。
今の状況ではとんだ宝の持ち腐れだ。
とはいえ詳細な計算式は不明で、ディスティネイトスターズが3人いるならもっと加算があっても良さそうな気もしますが……。
……“レイド級”の看板が付いてないと大幅な加算はない、とかなんでしょうか。

>「あとは……こいつは本当に最後の手段だけど」
>「『狂化狂集剤(スタンピート・ドラッグ)』。
 ゲームには名前だけ登場してる、未実装のアイテムだ。
 初期実装のサブクエでテキストに一行名前が出てる程度だな」
>「どうしようもなくなったら、これを使う。設定通りなら、ヤマシタでもレイド級並の力を出せるはずだ。
 パートナーと引き換えに敵を倒すなんざ、クソみてえな自己犠牲の極みだと思っちゃいるがよ」
>「……それでも俺は、ポヨリンの仇を討ちたい」

なんだか悲壮感が漂い始めた。どうしよう、アカン流れな気がする……!
しかし代替案があるわけでもなく、何も言えない。
いや今は馬だからどちらにせよ何も言えないんですが、何も言えない馬で良かったとすら思ってしまいます。

>「――素晴らしい作戦だ。ミス・みそっかすボンバー」

エンバースさんが突然語りはじめた。ちなみに、みそっかすボンバーはみそボンという略称の方が有名かもしれない。
フィールドに爆弾を設置して爆死させあう恐ろしい某ゲームで、死んだキャラが外野から爆弾を投げ込めるシステムのこと。
きっと死んだキャラが参加してる的な意味で、むしとりしょうじょのことをそう呼んだのですね。
いえ、そんなことはどうでもいいのですが、この用語が飛び出すということはつまり……

>「……はは。それがゲーマーのする事かよ?」
>「……まだメインクエストが最新コンテンツだった頃。
 イブリースとの最終決戦、あんたは最初の挑戦でクリア出来たか?
 俺は――勝てなかったよ。まさか業魔の一撃に回避無効が追加されてるなんてな」

やっぱり、バリバリのゲーマーのノリです。
前回の作戦会議の時は急にやたらリアリストになったかと思いましたが、一時の気の迷いだったのでしょうか。

195カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/04/12(月) 01:35:20
>「そしてゲーマーってのは、負ける度に強くなるんだ――そうだろ?」

例えばキマイラの翼と似たアイテムがある某ゲームだと、
相手の立場から見れば主人公たちを負かしても負かしても性懲りもなく挑んでくるんですよね……。
しかも、その度にレベルが上がってるときたら、ホラー以外の何物でもない。
流石にこの世界は死んだら復活しないのでその通りにはいきませんが、言われてみればゲーマーってそういうものでした。

>「一度負けた相手をやっつけるのは、これが初めてじゃない。勝算なら、ある」
>「これは憶測かつ例え話だが、ヤツの中には無数の目と耳と、口があるんだ。
 ミノタウロスに角が、レッドドラゴンに翼が、クラーケンに触手があるのと同じで。
 だったら――攻略法だって同じだ。さあ明神さん、いい加減調子を取り戻してくれないか?」
>「部位破壊だ。亡霊の力を弱らせて、声を掻き消すんだ。あんたの役目だぜ」

なんかいけそうな気がする作戦を打ち出してきた……!
エンバースさん、ブレモンの知識でなゆたちゃんや明神さんとタメを張ってるみたいだし、
焼死体になってしまってるから生前の姿はよく分かりませんが、実は相当有名なプレイヤーだったんじゃ……。

>「――どうだい、明神さん。まだ、アンタの中のゲーマーには火が点かないままか?」
>「それとも、まだ手札が足りないか?なら――こういうのはどうだ?」

その小瓶は……“人魚の泪”!? このパーティ、そんなん持ってたんですか!?

>「はは…君は本当に凄いなエンバースは…そんな事言われたらメソメソしてられないじゃないか…」

暫く黙って作戦を聞いていたジョン君が口を開きます。

>「作戦の話を本格的にする前に僕の話を少しでいい、聞いてくれないか・・・?」
>「実は…僕はあの時…ロイが死んだあの時から明神達を…なゆを裏切るつもりだった」

暫し驚愕する一同。が、結果的には私達がロイを見捨てたというのは事実。
同じくニブルヘイムの指揮のもと殺戮を行っていた帝龍は議論の余地もなく助けた以上、悪い奴だから仕方がないというのは理由にはならない。
結局のところ、時間制限付きの絶体絶命の土壇場で自ら犠牲になると立候補してくれたので、
議論している暇もなくそれに甘えることになったというだけなのだ。

>「明神、エンバース…カザハ!頼む!俺をもう一度…いや…今度こそ正真正銘…君達の仲間にしてくれ!」

カザハは相変わらず魂が抜けたようになっていますが、カザハならきっと困ったように笑って”何を今更”と言うのでしょう。

「お友達が真剣に話してるんだからいい加減なんとか言ったらどうだい!
ごめんなさいねぇ、ちょっとすぐ起こすわ」

痺れを切らしたむしとりしょうじょは、カザハの中に重なるように入っていきました。
そんなことできるんかい!と思いましたが憑依できるぐらいだから出来ても不思議はないですね。
私が代わりに言いたいところですが、生憎馬なので言えません。なので頑張って目で訴えかけます。
そんな私の心の声を、みのりさんが代弁してくれました。

>《あっはは、けったいなこと言わはるお人やなぁ。
 そこにあんさんを仲間やないと思うとるお人なんて、ひとりもあらしまへんえ?》

196むしとりしょうじょ ◆92JgSYOZkQ:2021/04/12(月) 01:37:49
カザハは夢を見ていた。正確には半分覚醒していて半分夢を見ている状態、とでもいうのだろうか。
目の前で起こっていることが見えているし聞こえているが、何も行動を起こすことができない状態。
本当ならテュフォンと共に自分もあの場に残って始原の風車をなんとしてでも死守しなければいけなかったはずだ。
が、彼女らによると、自分はシルヴェストルの一族の命運のために生き残らなければいけないらしい。
いや、そんなことよりも今はポヨリンさんを悼んだり、なゆを心配したりしているはずなのに、心が動かない。
そんなことを考えている。
そして白昼夢の中に、1巡目のカザハが現れていた。

「当然よ。本当は最初から自由意思(こころ)なんてないんだから。
四大精霊族は言わば世界のシステムの一部――神が作りし傀儡」

「”風刃”――」

そう、所詮世界のシステムの一部。
だからこそ、世界の風を守るという錦の御旗のもとに躊躇なく人間を蹴散らすことだって、
世界を救うという大義名分の元なら迷わず自らを犠牲にすることだってできた。
……確かに、1巡目の時はそうだったのかもしれない。

「大きな力を持っていれば運命を変えられると思った?
レクス・テンペスト――風車の護り手として生き時が来れば巨大な機構の中に組み込まれる定め……
大きな力を持っていても、むしろ大きな力を持っている者ほど世界の歯車でしかないのかもしれない。
一度世界の境界を越えたあなたなら世界の理から逸脱することが出来るかも、
と思ったのだけど……とんだ見込み違いだったようね」

地球で生きた日々は、今となっては夢の中の出来事ように希薄になってしまった。
本当に享年と同じ年数だけ地球にいたのだろうか。それ以前にあれは現実だったと言えるのだろうか。
もしかしたら、こんがらがっていた世界線が元に戻りこっちの世界に帰ってきた今、
美空風羽とか美空翔という人間は最初から存在しなかったことになっているのかもしれない。
そんなことを思っている。

「無理だよ……。だって……あれが現実だったって、誰が証明できる?」

私はそこに乱入して、カザハの首根っこをひっつかんで引きずっていく。(イメージ映像)

「はいはい、厨二病自問自答ごっこそこまでー!」

「うわ精神世界に乱入してきたよこのむしとり……しょうじょ!」

「誰がむしとり半世紀若作りBBAだって!?」

「思考を読まれている……だと!?」

――だいじょうぶ、たとえ地球の皆の記憶からも記録からも消えてしまっているとしても……私は覚えているから。

197カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/04/12(月) 01:41:37
みのりさんのジョン君への激励が終わったところで、カザハが突然口を開く。

「あ! ごめん、ぼーっとしてた!
ボクなんかゲーマーじゃないどころか起動しただけだし鳥取砂丘でサンドワーム討伐しちゃってるし余裕余裕!
というか、みんなすごいゲーマーばっかりだからゲーマーじゃない君がいてくれてよかった!」

どさくさに紛れて色々カミングアウトしちゃってません!? 別にいいけど。
そういえばカザハって昔コメントが横に流れる某ニートがいっぱい系の動画サイトでアホな動画を投稿してそこそこ再生数稼いでたんですよね……
代表作は「鳥取大砂漠でサンドワーム討伐!」(私も出演させられてた)
動画サイトを移籍し損ねてサイトが廃れると同時にただの陰キャになりましたが。

《……ってそのカラーリングどうしたんですか!?》

カザハのグラフィックが、いつの間にか黒髪黒目にカラーリングが変わっていた。
色の効果は大きいようで、かなり地球にいた頃に近い印象ですね。

「え!? うわぁ、何これ陰キャっぽい! そういえば陰キャだけど!」

「これねー、シルヴェストルの王の素質持ちという立場だと身動きが取れないから精神を地球にいた頃に寄せてるの」

と、解説するむしとりしょうじょ。
四大精霊族は一見人間と同じように見えても各属性の元素で出来てるらしいですから、こういう感じで精神状態に応じてイメチェンすることもあるようです。
カザハは気を取り直し、真面目な感じでジョン君に向き直ります。

「ジョン君。ロイ君を助けられなくて……君がどこかにいってしまうんじゃないかってずっと心配してたよ。
だから……紆余曲折あったにせよ仲間になってくれて、シルヴェストルの里の騒動にも協力してくれて、本当にありがとう」

そんなわちゃわちゃが一段落したところで、魔法少女達が合体技の存在を明らかにします。

>「……さっきアンタらが言ってた、合体技の話なんだけど」
>「あるぜ。合体技。アレさえ使えりゃ、イブリースだろうが肩ロースだろうが……」

なんだって!? そんないいものがあるんですか!?

>「オレたちが氷獄のコキュートスを撃破したときに使った秘密兵器!
 霊銀結社、13の『大秘儀(アルス・マグナ)』のひとつ! 極大閃光『黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)』!!」
>「ただ、『大秘儀(アルス・マグナ)』はそンなホイホイ撃てるもンじゃねェ。
 今のオレたちの実力じゃ、一発きりだ。それにチャージの時間も必要になる。
 やるなら必中だ。そのための段取りはアンタたちがつけてくれ」

その技の発動には、6ターンかかるらしい。
イブリースは、普通にいけば1ターンで余裕で全員戦闘不能になってしまう相手。
やはり、そう簡単にはいかないようですね……。

>「――ルブルム、本来私たちはその魔族野郎の側ということを忘れてはいけない――」
>「ぁー……まぁそうなンだけどよ」
>「でも、こっちのが面白そうじゃね?」

「面白そうって……ゲンコツじゃ済まないかもしれないんだよ!? 本当にいいの!?」

198カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/04/12(月) 01:44:38
こちらとしては是非とも魔法少女達の助力を得なければいけない状況なのですが、カザハが思わず突っ込んでいます。
確かに、この物騒な世界じゃ本来敵対する側の味方をしたなんてバレたら裏切り者として切り捨て御免、なんて可能性も否定できません。

>「まぁ、マスターたちと敵対して、サービス終了なんてことになるよりはマシと思いますぅ」
>「――面白いなら仕方ない。面白いは正義、インスタ映えこそ至高――」

「君達!」

カザハが叫びます。

「最高じゃん!!」

ところで一応この世界の住人であるスターズが“インスタ映え”って言っちゃっていいんでしょうか。
ゲームのブレモンでも言っているらしいから仕方がない。まあブレモンだし。

「それなら是非ともミドガルズオルムを召喚したいところだよね……」

インスタ映えは置いておくとして、超レイド級のミドガルズオルムを召喚できれば6ターン持ち堪えられる確率は格段に上がる。
明神さんが部位破壊を仕掛けるにしても、ド派手な陽動があるに越したことはない。
ただし“人魚の泪”、ミドガルズオルムを召喚できそうな雰囲気はするのですが、
なにせ本編未実装で詳細な発動条件も不明ならうまく制御できるかも不明、ということでここまでの道中で使われたことはありません。
カザハはリバティウムでの出来事を思い出しながら発動条件を推測します。

「やっぱりフィールドが海じゃないと召喚できないのかな?
なゆの水属性カードを拝借するか……本物の海じゃないと無理ならキマイラの翼で絶海の孤島にでも行くか……。
でも、これって確か、不戦を貫いた人魚姫の泪……だよね? きっと、仇討ちには力を貸してくれない。
だけど不殺を誓ったなゆのためなら力を貸してくれそうな気がするよ」

これはかつて不戦を貫いた人魚の王女が、恋人と再会させてくれたなゆたちゃんに託してくれたものだそうです。

「本当は仇を討ちたい。なゆも仇討ちを望んでるかもしれない。
でも……そうしてしまったらなゆはもう戻れなくなる。
こっちの勝手な我儘だって分かってる。それでも誓いを貫いてほしい。全き光であり続けてほしい。
なゆの不殺の誓いを、”自分自身は大切な存在を奪われてないから言えた綺麗事”にしたくないよ」

……とはいうものの。
精神論以前にあのイブリーズを殺す以外にどう大人しくさせるのか、という現実的な問題がある。
それ以前にミドガルズオルム自体召喚できたらラッキーというもので、召喚できるのかも分からないのですが。

>「ってことで! 作戦を纏めてくれよな、マスター!」

いつもはなゆたちゃんが担っている作戦まとめ役が明神さんに託されました。

199明神 ◆9EasXbvg42:2021/04/19(月) 07:34:19
>「――素晴らしい作戦だ。ミス・みそっかすボンバー」

俺が一通りの作戦案を告げると、横合いから油の弾けるような音が響いた。
見れば、エンバースが芝居がかった仕草でその辺の彫像に腰掛けていた。

>「そして哀れ双巫女を欠いたシルヴェストルの里は、
 テンペストソウルを求めるアホ面二人にほじくり回された挙げ句、
 グランダイトの軍勢にぺしゃんこにされましたとさ。めでたしめでたしって訳だ」

「……何が言いてえ」

反駁の声は掠れていた。
口の中がカラッカラなのは、息を切らしながら撤退してきただけが理由じゃない。

俺が言及しなかった一つの事実。
カザハ君の手前意図的に伏せていたその札を、エンバースが翻す。

――『継承者共は、イブリースとはまったく別に行動してる』。
追い縋るイブリースをどれだけやり過ごそうが、マリスエリス達が派遣先の上司に付き従う理由もない。
連中はイブリースと別れて始原の草原の蹂躙を再開することだってできるわけだ。

時間を稼ぐってことはつまり……シルヴェストルを見捨てるってことでもある。
妖精さんたちが好き勝手転がされてる間に、俺は自分の身を守る企てをしようとしていた。

>「一つ、勘違いを正してやるよ」

已む無いことだったし、今もそいつを撤回するつもりはない。
俺は俺が大事だ。俺と仲良くしてる連中が大事だ。
世界を救うのも、まず俺たちの命が保証されることが大前提だって思ってる。

>「元々、俺達は二日間の猶予を全てテンペストソウルの捜索に当てる予定だった。
 それは、双巫女があの二人を抑え込み、俺達は風車以外からソウルを入手する。
 そういう前提があったからだ。だけど今はもう、事情が違う――忘れたのか?」
>「俺達に、遊んでいる暇はない」

>「そんな事はわかってる!明神だって必死に考えて・・・!でも自爆や自滅を視野に入れなきゃイブリースには…」

「待った。一旦聞くわ……全部話せ、最後まで」

俺の代わりに反論しようとするジョンを制して、俺は沈黙を続ける。
エンバースの指摘は、どこまでも正しかった。こいつには珍しい、正論だった。

>「たまたまマゴットが二日間の内に孵化してくれて。
 驚くべき事にソイツは生まれたてでもイブリースと戦えるほど強くて。
 しかもなんと、イブリースは諸般の事情でいきなり本調子じゃなくなってしまった」
>「他に出来る事と言えば?ここにはない手札をお友達に取り寄せてもらって?
 後は……パートナーを犠牲にして、なんとかその場を凌ぐって?
 そっちは、まあ、効果は期待出来るかもしれないけど」

「なんだとぉ……」

俺は速攻で前言を撤回した。

「希望的観測が過ぎるってこた承知の上だよ。でもなぁ!実際もうどうしようもねえだろうが!
 ゴッポヨすらワンパンで沈めるイブリース相手に何が出来るってんだ。
 俺たちは手足をもがれた。出来ることと言えば、棚から落ちてくるボタモチを食い損ねねえように、
 口をでっかく開けて待つことくらいだろ!!」

200明神 ◆9EasXbvg42:2021/04/19(月) 07:35:17
俺の案は、平たく言っちまえば他力本願の詰め合わせだ。
いつか誰かがどうにかしてくれるのを待って、ゲームオーバーまでの時間を引き伸ばす。
どうにかなる確証なんか何一つなくて、ただサレンダーだけを拒否して卓上に縋り付いているだけ。

>「……はは。それがゲーマーのする事かよ?」

「………………っ!!」

だから、エンバースの言葉は、俺の鳩尾に深く深く突き刺さった。
リスクを避けて、戦いから逃げて、何もせずアルフヘイムの片隅でガタガタと震える。
そんなのは――ゲーマーのやることじゃ、なかった。

>「イブリースは忘れてた。たとえこの世界がゲームじゃなくても……俺達は、ゲーマーだ」
>「そしてゲーマーってのは、負ける度に強くなるんだ――そうだろ?」

忘れてたのはイブリースだけじゃない。俺もだ。
そりゃコンティニューありきのゲームバランスと現実のアルフヘイムは違う。
敵は殺しにかかってくる。負けたら死ぬし、死んだら終わりだ。

初見殺しに画面の外から毒づいて、リトライを繰り返して、少しずつ敵のパターンを把握していく。
敵の猛攻を凌ぎ、有効打を与えられる編成を考えて、デッキビルドを検証していく。
そんな、『試行錯誤』というゲーマー最大の武器を取り上げられて、俺は随分と臆病になった。
いつしか、クエストをクリアすることよりも、まず死なないことだけを真っ先に考えるようになった。

だけど、そうじゃねえだろ。俺たちに求められてんのは。
かつてバロールは、『ブレイブにしか出来ないことを考えろ』と言った。
命を守りつつ戦うなんてことは、別にブレイブじゃなくたって出来ることなんだから。

俺たちがこの世界の戦士と同じことをしたって意味はない。
ただの劣化コピーに成り下がるな。俺たちは、ブレイブで、ゲーマーだろ!
少なくとも、俺達は一度イブリースにボロ負けして、それでも再戦の機会を与えられた。

――コンティニューの向こうにあるもの。
ここから先は、俺たちの領域だ。

>「――オレの中にある同胞の無念が、貴様らの攻略法を教えてくれる」
>「イブリースは確か、そんな事を言っていたよな。実際、それはその通りなんだろう。
 かと言って――ヤツの強さの源は、単なる一巡目の知識って訳でもない。
 それだけじゃ、フラウの不意打ちを防げた理由にならない」

ゲーマーらしく――エンバースは検証材料を並べていく。

>「これは憶測かつ例え話だが、ヤツの中には無数の目と耳と、口があるんだ。
 ミノタウロスに角が、レッドドラゴンに翼が、クラーケンに触手があるのと同じで。
 だったら――攻略法だって同じだ。さあ明神さん、いい加減調子を取り戻してくれないか?」

「……敵が爪や牙や、翼で戦いを優位に運ぶのなら」

その攻略法は、おのずと決まる。

>「部位破壊だ。亡霊の力を弱らせて、声を掻き消すんだ。あんたの役目だぜ」

至極シンプルな結論だ。
何かすげえ武器や防具で身を固めてやがるなら、先にそいつをぶっ壊す。
イブリースが頼みを置く『同胞の無念』とやらが言葉通りのスピリチュアルな何がしかであれば、
俺が邪魔を出来ない道理はない。

201明神 ◆9EasXbvg42:2021/04/19(月) 07:35:57
集団の意思疎通を阻害して連携を瓦解させるなんてことは、それこそうんちぶりぶり大明神の得意分野だ。
伊達に何年も荒らし野郎をやってきたわけじゃない。
言葉が通じるのなら、俺は聖人君子が相手だろうが助走つけて殴りに来させる自信がある。

ネクロマンサーとしての技術と嫌がらせスペル、ローウェルの指輪バフも加えりゃ、
イブリースに耳打ちする亡霊の声を雑音で塗りつぶすことだって出来なくはないだろう。

……いや、出来る。
試す前から予防線張るゲーマーがどこに居る。
ブレモン開発のデバッグの甘さを今さら疑うんじゃねえ。
出来なかったらまた別の方法を考えんだよ。そういうもんだろ。

>「――どうだい、明神さん。まだ、アンタの中のゲーマーには火が点かないままか?」

エンバースはどこまでも挑発的に、俺のハラの底を擽る。
挙句の果てには、どこからパクって来たのかリバティウムの『人魚の泪』まで取り出した。

……いやマジでどっから持ってきた?なゆたちゃんが懐にしまってたはずだろ!?
まさかこいつ、意識がねーのを良いことに胸当てまさぐりやがったのか?

>「まだ、何か必要か?お望みとあらば――袖から鳩でも飛ばしてみせようか?」

唖然とドン引きが半々の視線を綺麗にスルーして、灰塗れの男は乾ききった双眸で俺を射抜く。
――こいつは本当に、人をやる気にさせんのが上手い。

「冗談じゃねえぞ」

だからこそ俺は、今度は掠れてない声で反駁する。

「確かにお前の言う通りだよ。
 怖いモンから目を背けて、逃げるように立ち回るのはゲーマーのやることじゃない」
 
時間を稼げば稼ぐほどシルヴェストルの里がボロボロにされるってことも、分かってる。
だけど――

「命が懸かってんだぞ。コンティニューは1回こっきりで、しかもリトライは同じ条件じゃない。
 ポヨリンが死んで、手札をごっそり削がれた状態で俺たちは2度目に挑まなけりゃならない。
 負ける度強くなれんのは、無限のトライ&エラーが保証されてるからだ。俺たちは違う」

一度死んだお前は、誰よりもそのことを分かってるはずだろ。

「お前の言う攻略法だって、亡霊云々がイブリースのツラに似合わねえ詩的なレトリックで、
 不意打ちを防がれたのは単純なステータスの差だって言っちまえばそれまでだ。
 結局のところ俺たちは、あいつの攻撃パターンも弱点も分かっちゃいねえんだぞ」

レイド戦は、数多の『捨てゲー』を重ねてパターンを把握していくところから始める。
既知の1ターン目を乗り越えられたとしても、その先は未知の領域だ。

「この致命的な情報不足の中で、確証もない仮説に全賭けするってか?
 少年漫画じゃねえんだぞ。戦いの中で成長なんかしねえし、成功率1%は普通に失敗すんだよ。
 途方も無いリスクで釣り合わねえリターンを狙うなんざ、そんなの――」

202明神 ◆9EasXbvg42:2021/04/19(月) 07:37:04
敗北して、犠牲を出して、逃げ延びて。
完膚なきまでにズタボロにされて、それでもなお変えられない生き方がある。
エンバースの言葉で、俺はそいつを思い出しちまった。

手の中にあった『狂化狂集剤』の小瓶を弾く。
直上に跳ね上がった瓶が重力に引かれて自由落下して、インベントリに吸い込まれた。

「――すげえ面白そうじゃん。やってやろうぜ」

ゲーマーの矜持。
これまで何度も逆境の中で俺を支えてきたプライドが、もう一度燃え上がった。

分の悪い賭け、上等じゃねえか。
ゲーマーは神に祈らない。システムの管理する乱数なんかに意味はない。
頼みを置くのは自分自身の腕とプライド。その2つを信じきれるなら、俺は何度だって立ち上がれる。

203明神 ◆9EasXbvg42:2021/04/19(月) 07:37:50
>「はは…君は本当に凄いなエンバースは…そんな事言われたらメソメソしてられないじゃないか…」
>「実は…僕はあの時…ロイが死んだあの時から明神達を…なゆを裏切るつもりだった」

「はぁっ?何だそりゃ、っていうか、えっ、今!?」

ジョンは唐突に、マジで唐突に述懐を始めた。
こいつの内情はともかく、この状況で言うことかよって思った。
だけど、今だからこそ言いたいことなんだろう。今……言わなきゃならないことなんだろう。

>「君達の話に出てきた時を戻す魔法か…装置かを…君達についていって最後に奪うつもりだった
 それでロイを…あわよくばシェリーを取り戻そう。そう考えていた…君達を殺してでも…

「……デウスエクスマキナのことか。フリント兄妹を、アレで生き返らせようと?」

時間の巻き戻しがどこまで遡れるのかわからんが、仮に俺たちが召喚された時点まで戻れるなら、
シェリーはともかくロイはそれで蘇るだろう。
だけどあの魔法には欠陥がある。一握りのバグ、メモリーホルダー以外にはループを認識出来ない。
俺たちに記憶の継承が起こらなければ、結局今の周回と同じ結末を辿るだけだ。

ついでに言えば、デウスエクスマキナをもう一発かませるかどうかすらも確証はない。
少なくともバロールが把握してる限り、既に詠唱可能者は魔法の副作用で存在ごと消滅してる。
使用方法が完全に失伝してるとすれば、3巡目なんてものはそもそもあり得ない。

……多分ジョンは、デウスエクスマキナの仕様について殆ど何も、名称さえも知らない。
バロールから情報共有があったとき、あいつはあの場にいなかったしな。
俺たちの会話の内容から時間を巻き戻す魔法に見当を付けて、そのわずかな可能性に縋った。

全てを。この世界で培ってきた俺たちとの繋がりすら投げ捨てるつもりで。
ジョンにとって、フリント兄妹はそれだけの価値のあるものだった。

>「責任を取りたい…!この世界を救うだとか!自分の世界を守るだとか!その前に僕は!」
>「僕は!なゆに僕のようになって欲しくない!!絶望になんて慣れないでほしい!!堕落してほしくない!諦めてほしくない!」

その、奴にとっての最優先事項に、差し挟まるものがあった。
フリント兄妹と同じくらい、大切にしたいものができた。
それがなゆたちゃんであり、俺たちだと……ジョンの曰くところを、俺はそう噛み砕いた。

>「僕はこれ以上…間違えたくないし負けたくない…!」

ジョンの唐突な告白は、こいつにとっての覚悟の証明だ。
俺がかつて、王都で本名を告げたときと同じ。後戻りする道を自分で叩き壊した。
もう、振り返らないように。

>「明神、エンバース…カザハ!頼む!俺をもう一度…いや…今度こそ正真正銘…君達の仲間にしてくれ!」

「バカ野郎が」

一言一句同じ言葉を、レプリケイトアニマでも口にした気がする。
本当に、今更ながら、大馬鹿野郎だぜ。

「ずっと前から言ってんだろ。お前は俺の、大親友だってよ」

ジョンの心にあるその席に、ロイ・フリントが未だ居座っていようが関係ない。
椅子の数を増やしたのなら、今度こそドカリと深く腰掛けるだけだ。

204明神 ◆9EasXbvg42:2021/04/19(月) 07:39:20
石油王の言う通り、言葉だけじゃこいつが納得しないってことも分かってる。
行動で示す。難しいことなんかじゃないはずだ。
俺たちはここへ来てやっと、同じ目線で同じ目的を追えるんだから。

「俺が負けないように、逃げ出さないように。……助けてくれよな、親友」

アコライトの作戦会議でこいつに告げた言葉が、ようやく形を伴った。
イブリースを倒す。なゆたちゃんを守る。俺たちなら……両方できる。

>《ま、口幅ったいこと言うてもうたけど。
 みんなと一緒なら心配なしやとも思うとるさかい、ジョンさんあんじょうおきばりやす〜。

ジョンの述懐に満足したのか、石油王は通信の向こうに消えていった。

>「あ! ごめん、ぼーっとしてた!
 ボクなんかゲーマーじゃないどころか起動しただけだし鳥取砂丘でサンドワーム討伐しちゃってるし余裕余裕!
 というか、みんなすごいゲーマーばっかりだからゲーマーじゃない君がいてくれてよかった!」

入れ替わるようにフリーズしてたカザハ君が再起動する。

「……うん?なんかお前2Pカラーになってない?」

カザハ君が黒くなっている。同キャラ対戦でもしてんのかこいつは。

>「え!? うわぁ、何これ陰キャっぽい! そういえば陰キャだけど!」
>「これねー、シルヴェストルの王の素質持ちという立場だと身動きが取れないから精神を地球にいた頃に寄せてるの」

「トンチキ生命体……。イブリースもこういう感じで亡霊にアドバイスもらってんのかね。
 よくわかんねえしお前のことよくわかったことなんか今まで一度もないけども」

カザハ君が『シルヴェストル寄り』から『ブレイブ寄り』になったっつうことなら好都合だ。
イブリースは正攻法じゃ倒せない。ブレイブのやり方でしか、奴には迫れない。
剣と魔法の陽キャじゃなく。……ゲームが趣味の陰キャが世界を救うんだ。

>「……さっきアンタらが言ってた、合体技の話なんだけど」

で、ジョンの正式加入に束の間ワイキャイやってた俺たちに、ルブルムが口を挟む。

>「オレたちが氷獄のコキュートスを撃破したときに使った秘密兵器!
 霊銀結社、13の『大秘儀(アルス・マグナ)』のひとつ! 極大閃光『黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)』!!」

「あっ、アレかぁー……つうか今さらだけど、奪還作戦クリアしてることになってんだな」

ニヴルヘイムの魔神コキュートスが魔剣ロンダルキアを奪いに襲来する連続サブクエ『魔剣奪還作戦』。
その最終弾で、デスティネイトスターズはブレイブと協働でコキュートスと対峙する。
ラストバトルでスターズが放った『黄金の夜明け』は、まぁ平たくいえば必殺ビームだ。
詳しい理論は割愛するけど、とにかく超絶威力で射程の全てを消し飛ばす究極の魔法攻撃。

掛け値なしにアルフヘイムで最強の攻撃の一つ、人類が到達できる魔術の極地。
魔神の膨大なHPすらオーバーキル気味に削りきったあの魔法なら、
いかなイブリースと言えど無事で済む道理はない。
問題があるとすればそれは、

>「ただ、『大秘儀(アルス・マグナ)』はそンなホイホイ撃てるもンじゃねェ。
 今のオレたちの実力じゃ、一発きりだ。それにチャージの時間も必要になる。
 やるなら必中だ。そのための段取りはアンタたちがつけてくれ」

――発動までにクソほど時間がかかるってこと。
言ってみりゃスペルコンボみたいなもんで、6ターンの間スターズは発射準備にかかりきりになる。
当然外せばそれっきり。一発限りの切り札だ。

205明神 ◆9EasXbvg42:2021/04/19(月) 07:40:23
>「魔法発動の準備中は、私たちは完全に無防備になっちゃいますぅ。
 申し訳ないんですけど、私たちのことは皆さんに守って頂くしかありません……」

「問題ねえよ。7ターンだって稼いでみせらぁ」

俺たちがどんだけゴッポヨと一緒に死線くぐってきたと思ってやがる。
コンボ成立までの時間を稼ぐなんてことは、それこそ死ぬほどやってきた。

>「でもよ、発動しちまえばこっちのもンだ。
 乗りかかった船ってやつ、こうなったら意地でもあの魔族野郎をブッ倒してやろうぜ!」
>「――ルブルム、本来私たちはその魔族野郎の側ということを忘れてはいけない――」
>「でも、こっちのが面白そうじゃね?」

「へっ、初めて意見が合ったな。俺もカンペキ同感だ。
 面白そうかどうか――ゲーマーがゲームやる理由なんか、それだけで良い」

たったそれだけの理由に、命だって賭けられる。
俺たちはそういう生き物で、俺はそんな自分が嫌いじゃなかった。

「あとは……ミドやんをどう投入すっかだな」

>「やっぱりフィールドが海じゃないと召喚できないのかな?
 なゆの水属性カードを拝借するか……本物の海じゃないと無理ならキマイラの翼で絶海の孤島にでも行くか……」

「場所を変えるってのには賛成だな。イブリースの奴が余波の被害を気にするとも思えん。
 ゴールデンドーンぶちかますこと考えても人里離れた空間の方が都合が良い」

>「でも、これって確か、不戦を貫いた人魚姫の泪……だよね? きっと、仇討ちには力を貸してくれない。
 だけど不殺を誓ったなゆのためなら力を貸してくれそうな気がするよ」

「マリーディアを口説き落としてる時間はねえ。
 ミドやんに関してはワンチャンあればってところだな。出てこれるフィールドは整えとこう」

>「ってことで! 作戦を纏めてくれよな、マスター!」

ルブルムに水を向けられて、俺は額に手を当てる。
イブリースにボロ雑巾にされて、長いこと乱れきってた髪を、いつものオールバックに撫で付けた。

「……よし、やるか」

スーツはズタズタだし、あちこち汚れたまんまだ。それでも俺は、これを復活と呼ぶ。
まずは、ブレモンアプリのマップを立ち上げて皆に見せた。

206明神 ◆9EasXbvg42:2021/04/19(月) 07:43:08
「この近くにアルメリア領を横断する『フルス水系』っていうでけえ河川が流れてる。
 場所によっちゃ流れが急峻な谷川になってて、そのあたりは人が住んでない。
 スターズ共は行ったことあるだろ、あそこに生えてる希少なキノコとか取りにな」

ゲームの方でもスターズ関連のサブクエで訪れたことがある。
奪還作戦後の時間軸なら、キマイラの翼で飛べるはずだ。

「一撃離脱を繰り返して、最終的にイブリースをそこに誘い込んで迎撃する。
 場所の選定基準は3つ。余波による人里への被害の防止、ミドやんが出てきても大丈夫な環境。
 それから……イブリースにとって初見のフィールドであること」

ミドガルズオルムはじめ超レイド級はパッシブでフィールド属性変換を持ってる。
バズズが出現時に砂嵐を撒き散らすように、ミドやんも強制的にその場を水辺に変える。
豊富な水量を要するフルス水系の河なら、多少余剰な水を垂れ流しても大雨の増水と大差あるまい。

一番重要なのは、障害物が多くて足場が不安定な地形ってところだ。
レイドボスであるイブリースは畢竟、開けた場所での対多数戦に強みを持つ。
単純な戦闘経験然り、装備やスキルについてもそうだ。

あのゴツい鎧も大剣もガレ場の中じゃ足枷になる。
必殺の範囲攻撃にしたって、跳ね飛ばす瓦礫が水底に沈んでれば思うように威力も出せまい。

「動ける範囲が狭くなれば、ゴールデンドーンの当てやすさも当然変わってくる。
 一方で、俺たちにはカザハ君が居る。足場が悪かろうがフライト焚けばどうにでもなる。
 ロケーションの構造で敵の優位を潰す、こいつがゲーマー式攻略法その1――地形ハメだ」

イブリースが本気出しゃ地形くらい余裕で変えられるだろう。
だけどそれにかかるリソースはタダじゃない。超威力の攻撃を連発すれば疲労もガス欠も起こりうる。
なにより、『不利な地形を変える』って行動にターンを消費させられる。

「攻略法その2。デバフでハメる。こいつはエンバースのプランそのままだ。
 イブリースの後ろからぼそぼそアドバイスしてる亡者共を黙らせる。
 デバッファーは俺だ。指輪も使う。援護は任せた」

真っ向勝負で埋められないステータス差があるなら、バフとデバフを総動員して対抗する。
痛い技にはカットを合わせて、味方の総攻撃にはバフを撒く。
これもまた、あらゆるゲームに通底する攻略の一つの回答だ。

「攻略法その3。パターンでハメる。攻略法1と2を前提に成立するハメだ。
 俺たちは前の戦いで、イブリースの固有技を2つ見てるよな」

『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』と『闇撃琉破(ダークネス・ストリーム)』。
どちらも即死級の威力だが、その分モーションがでかく、予備動作も明確だ。

「ゲームの方じゃ、イブリース狩りの定番戦法として業魔の一撃をパリィするってのがあった。
 例の怨念のせいで俺たちは奴に一発もかませなかったが……この弱点は、まだ生きてるんじゃないか」

>――"『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』にタイミングよく攻撃を合わせると怯むため、
   その隙に最大限の攻撃を叩き込んでやればいい。"

パリィ戦法はwikiにも載ってる使い倒された攻略法だ。
1巡目を知るイブリースにとって最も警戒すべき戦法であり、だからこそ亡者の囁きでこれに対処した。
怯み自体を無効化できるなら、わざわざ防御しなくても素のDEFで十分凌げるはずだ。

一撃さえも通さない今のイブリースの戦闘スタイルが、
逆説的に『一撃貰いたくない』という奴の真意を立証している。

207明神 ◆9EasXbvg42:2021/04/19(月) 07:44:48
「つまりだ。地形とデバフをフル活用して奴に攻撃が当たる状況に持っていけるなら。
 予備動作見て殴ってモーションキャンセルをひたすら続けるパターンハメが成立する――!」

無論、いつまでも続けられる戦法じゃない。
業魔の一撃に闇撃琉破を織り交ぜられればタイミング良く殴るのは格段に難しくなる。
加えて、イブリースには固有技以外にもダークネスウェーブはじめ汎用技がいくつもある。
魔法攻撃を一生繰り返す脳死モードに入られたらこっちが詰みだ。

「あとはこれを、ゴールデンドーン発動まで続けられるかどうかが生死を分ける。
 全部のハメが上手く機能してる前提の、極細の綱渡りだけどな。……ひひっ、燃えるだろ」

この世界はゲームじゃないと、イブリースは言った。
まぁその通りだ。その通りだけど、そんなことは知ったことかよ。
俺たちは俺たちの、ブレイブのやり方でお前を倒す。

「証明してやろう。俺たちは兇魔将軍にだって負けねえすげえブレイブだってこと。
 ――地形とデバフとハメを駆使した、ゲーマーの戦い方でな」


【作戦立案:1)地形で有利をとるため急峻な谷間へイブリースを誘い込む。指輪以外の誘導方法任せた
        2)ささやいてくる怨念をひっぺがす
        3)業魔の一撃のモーションに攻撃当ててキャンセル
       EX)ミドやんを呼ぶ】

208embers ◆5WH73DXszU:2021/04/25(日) 22:10:54
【バック・ドラフト(Ⅰ)】


闇色に揺れる眼光/蒼く燃え盛る眼光――それらが明神を見つめる。
遺灰の男は、エンバースが成し得るだろう最善の提案/言動/態度を示した。
火種は撒いた/油も/十分過ぎるくらい煽り立てた――後は、火が点く事を信じるだけ。

『冗談じゃねえぞ』

「ああ、俺は本気だ。冗談を言ったつもりはない」

『確かにお前の言う通りだよ。
 怖いモンから目を背けて、逃げるように立ち回るのはゲーマーのやることじゃない』
 
「そうさ。怖いバケモノに追い回されてきゃーきゃー騒ぐのは、ストリーマーのお仕事だ」

遺灰の男の言葉は軽い。

『命が懸かってんだぞ。コンティニューは1回こっきりで、しかもリトライは同じ条件じゃない。
 ポヨリンが死んで、手札をごっそり削がれた状態で俺たちは2度目に挑まなけりゃならない。
 負ける度強くなれんのは、無限のトライ&エラーが保証されてるからだ。俺たちは違う』

「だったら……試しにコンティニューしないを選んでみるか?
 たった八文字で物語を締めるなんて、味気ないと思うけどな」

ゲーム感覚だから/命の重みを持っていないから/エンバースがそうだったから――

『お前の言う攻略法だって、亡霊云々がイブリースのツラに似合わねえ詩的なレトリックで、
 不意打ちを防がれたのは単純なステータスの差だって言っちまえばそれまでだ。
 結局のところ俺たちは、あいつの攻撃パターンも弱点も分かっちゃいねえんだぞ』

「もしそうだったら、その時は――ほら、アレだ。笑って誤魔化すよ」

ではない。

『この致命的な情報不足の中で、確証もない仮説に全賭けするってか?
 少年漫画じゃねえんだぞ。戦いの中で成長なんかしねえし、成功率1%は普通に失敗すんだよ。
 途方も無いリスクで釣り合わねえリターンを狙うなんざ、そんなの――』

遺灰の双眸にはもう、見えているからだ――破滅の予言を薪にして燃える、炎が。

『――すげえ面白そうじゃん。やってやろうぜ』

「――だろ?」

遺灰の男が笑った――まるで気の合う/趣味の合う、友人に向けるような笑み。

「勝ち筋はある。手札も。後はそれをどう組み立てるか――」

『はは…君は本当に凄いなエンバースは…そんな事言われたらメソメソしてられないじゃないか…』

ふと、遺灰の言葉を遮る声=ジョンの声――遺灰の男がそちらを見遣る

『作戦の話を本格的にする前に僕の話を少しでいい、聞いてくれないか・・・?』

ジョンの眼差しには、覚悟のような/惑いのような――強い感情が宿って見えた。
故に、口を挟むような事はしない――両手を膝に置いて、傾聴の姿勢を見せる。

209embers ◆5WH73DXszU:2021/04/25(日) 22:11:42
【バック・ドラフト(Ⅱ)】

『実は…僕はあの時…ロイが死んだあの時から明神達を…なゆを裏切るつもりだった』

遺灰の眼光が揺れる/反応はそれだけ――警戒の素振りも/動揺した様子も見せない。
ジョン・アデルはいつか、『明神達』/『なゆた』を裏切るつもりでいた。
そう言われてすぐに、遺灰の男はその事実を速やかに理解出来た。

『君達の話に出てきた時を戻す魔法か…装置かを…君達についていって最後に奪うつもりだった
それでロイを…あわよくばシェリーを取り戻そう。そう考えていた…君達を殺してでも…』

何故か――「それ」はエンバースにとっても、他人事ではなかったから。
ハイバラは一周目の冒険で夢を/友人を/最愛を/己の命さえも――全てを失った。
あの時間がなかった事になる可能性を模索しないでいる事など、出来る訳がなかった。

『謝るのは二週目でいい。いやこの場合は三週目?まあ…その後に謝って…償いで…君達に殺される予定だった
 君達は…なゆはそれができるほど強いと…僕が勝手に思っていたんだ』

アルフヘイムの極地/白昼に忘れられた土地――闇溜まり/光輝く地ムスペルヘイム。
ハイバラはそこに召喚された――ニヴルヘイムではない/だがアルフヘイムでもない勢力に。
その理由をエンバースはこう解釈した――ブレイブ召喚の秘儀は、一周目のどこかの時点で漏洩したと。

『もちろん…なゆや明神、みんなが許してくれる未来も考えていなかったわけじゃない。
心の底でそうなるだろうと、甘い考えをしていたのもまた事実ではある…』

振り返ってみれば――ハイバラの召喚/運用は明らかに、バロールによる制御下になかった。
あの冒険は恐らく、今この時間から見れば未来の――恐らくは魔王バロール討滅後の出来事。
エンバースはそう判断した――だから、アルフヘイムの魔物使いと対立する必要がなかった。

『なゆの事を…本当は何度絶望しても…立ち上がって、追い詰められても、その時が来れば敵を退けていく…そんな芯の強い子なんだって勝手に思ってた…
でも実際は違った…なゆはどこにでもいる普通の人間で女の子で…ただ僕達の為に強く振舞っているだけなんだって…』
『ポヨリンが死んだあの時のなゆの顔は…絶望に染まった顔が…シェリーを殺した僕によく似てる気がして…』

要するに――エンバースは、たまたま運が良かった。
偶然にも、ジョンと同じ判断をする必要がなかった。
故に遺灰の男にはよく分かる――その後ろめたさが。

『そこで気づいたんだ…僕はあんな一回りも年の若いなゆになんて残酷な事をさせようとしていたんだろうと…
 あれだけよくしてもらって…わかった風な口を聞いて!・・・それでも結局どこまでいっても自分だけしか見えていなかった事を』

エンバースもそうだった――初めはただ、魂に焼け付いた記憶に踊らされていただけだった。
どうせもう一度死ぬなら誰かを守ろうと思った/幻覚の中でたまたま少女を励ます形になった。

『僕があの時…イブリースに銃を向けたりしなければ…なゆがあんな顔する事もなかった…僕のせいなんだ』

間違っても、俺にも分かるだなんて言えない。
分かる気がする――そう思う事すら、本当は思い上がりだ。
それでも、少なくとも、遺灰の男はジョンの苦悩/葛藤に似た感情を覚えている。

『責任を取りたい…!この世界を救うだとか!自分の世界を守るだとか!その前に僕は!』
『僕は!なゆに僕のようになって欲しくない!!絶望になんて慣れないでほしい!!堕落してほしくない!諦めてほしくない!』

だから遺灰の男は何も言わない――ただ、ジョンをまっすぐに見つめる。

『僕はこれ以上…間違えたくないし負けたくない…!』

遺灰の男にはジョンが眩しく見えた。

『僕はゲーマーじゃないし!元の世界じゃ生きるのが辛くて違法な事を何度も繰り返した!そもそも人殺しだ!…それでも』

その苦悩/涙/告白には――

『明神、エンバース…カザハ!頼む!俺をもう一度…いや…今度こそ正真正銘…君達の仲間にしてくれ!』

その懇願には、偽物には終ぞ真似出来なかった本物の祈りがあった。

210embers ◆5WH73DXszU:2021/04/25(日) 22:12:28
【バック・ドラフト(Ⅲ)】

『バカ野郎が』

遺灰の男はなおも口を閉ざしたまま――エンバースはこういう時、意外と空気を読む。

『ずっと前から言ってんだろ。お前は俺の、大親友だってよ』

「……ジョン。俺は、俺達の絆を疑うつもりなんてない。だけどさ――」

《明神さんたちが『じゃあ正真正銘の仲間にしまひょ』って言えば、正真正銘の仲間になったことになりますのん?
 まぁ……エンバースさんは兎も角、明神さんとカザハちゃんは言うんやろけどなぁ。

「――お、おい?今、俺がいい感じの事を言おうと――」

 けどあんた、それで納得できはる? 満足しはりますの?
 違うやろ。そないな文言はなんの証明にもならへんよ。
 あんたが正真正銘の仲間になるかどうかを判断するのは、明神さんでもエンバースさんでも、カザハちゃんでもあらしまへん。
 そら、あんた自身や。ジョンさん、あんたが自分で決めなあかんのどす。
 言葉やない、行動で。態度で示さなあかんのや》

「――――まあ、なんだ。そんな感じだ」

遺灰の男=お手上げの仕草――今更何を言っても、蛇足にしかならない。

「それじゃ……話を戻そう。今ある手札を、どう切るか――」

『あ! ごめん、ぼーっとしてた!
 ボクなんかゲーマーじゃないどころか起動しただけだし鳥取砂丘でサンドワーム討伐しちゃってるし余裕余裕!
 というか、みんなすごいゲーマーばっかりだからゲーマーじゃない君がいてくれてよかった!』

「――オーケイ、新ネタの披露が終わったら教えてくれ」

『え!? うわぁ、何これ陰キャっぽい! そういえば陰キャだけど!』
『これねー、シルヴェストルの王の素質持ちという立場だと身動きが取れないから精神を地球にいた頃に寄せてるの』

『トンチキ生命体……。イブリースもこういう感じで亡霊にアドバイスもらってんのかね。
 よくわかんねえしお前のことよくわかったことなんか今まで一度もないけど』

「精神状態を自分でコントロール出来るって線は十分あり得るんじゃないか。
 ゴブリン・ショーグンの技量をイブリースの肉体で実現するとかさ。
 それなら、フラウの剣筋が見切られたのも納得がいく」

遺灰の男の所感=逸れた話を軽く軌道修正。

『……さっきアンタらが言ってた、合体技の話なんだけど』

「ああ、そういやそんな事言ってたっけ――ていうか合体技って、アレの事だろ?」

『オレたちが氷獄のコキュートスを撃破したときに使った秘密兵器!
 霊銀結社、13の『大秘儀(アルス・マグナ)』のひとつ! 極大閃光『黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)』!!』

『あっ、アレかぁー……つうか今さらだけど、奪還作戦クリアしてることになってんだな』

「それこそ、黎明のヤツが一巡目のノウハウを活かしてさっさと片付けちまったのかもな。
 ユニットの素質も、鍛錬で到達可能なステータスも判明している育成ゲーだろ?
 アイツの知恵と手腕があれば、ヌルゲーもいいとこだったろうな」

211embers ◆5WH73DXszU:2021/04/25(日) 22:14:05
【バック・ドラフト(Ⅳ)】

『乗りかかった船ってやつ、こうなったら意地でもあの魔族野郎をブッ倒してやろうぜ!』
『――ルブルム、本来私たちはその魔族野郎の側ということを忘れてはいけない――』
『でも、こっちのが面白そうじゃね?』

『へっ、初めて意見が合ったな。俺もカンペキ同感だ。
 面白そうかどうか――ゲーマーがゲームやる理由なんか、それだけで良い』

「デスティネイト・スターズを連れてイブリース討伐か。そりゃ確かに――」

遺灰の男が笑う――エンバースのように=牙を剥くように獰猛に/蒼の眼光を爛々と輝かせて。

「――面白い」

記憶と人格の混濁の中、ハイバラの幻影は言った。
自分で経験を積め。でないと――お前がつまらないだろ。
その通りだった――遺灰の男は今初めて、戦う事が楽しみだった。

不謹慎だと分かっている/状況は依然圧倒的に不利だとも――それでも、空っぽの胸が高鳴った。

『あとは……ミドやんをどう投入すっかだな』

『やっぱりフィールドが海じゃないと召喚できないのかな?
 なゆの水属性カードを拝借するか……本物の海じゃないと無理ならキマイラの翼で絶海の孤島にでも行くか……』

「オーケイ、それでいこう。今アイツのスマホを借りてくる。
 お前は――割れた画面からカードを追い立ててくれるか?」

『場所を変えるってのには賛成だな。イブリースの奴が余波の被害を気にするとも思えん。
 ゴールデンドーンぶちかますこと考えても人里離れた空間の方が都合が良い』

「どうせ場所を変えるなら、俺達がやりやすい場所を選定したいところだな。
 つまり――俺以外の皆がやりやすい場所だ。俺は、どんな場所でも戦える」

『でも、これって確か、不戦を貫いた人魚姫の泪……だよね? きっと、仇討ちには力を貸してくれない。
 だけど不殺を誓ったなゆのためなら力を貸してくれそうな気がするよ』

「イブリースもその背後霊も、そんな事は知る由もないさ。
 最低限、でっかい壁になってくれるだけでも助かるしな」

『マリーディアを口説き落としてる時間はねえ。
 ミドやんに関してはワンチャンあればってところだな。出てこれるフィールドは整えとこう』

「そうとも。もっと言えば――大事なのは、ワンチャンあるって相手にも伝わる事だ。身に覚えがあるよな?」

『ってことで! 作戦を纏めてくれよな、マスター!』

ルブルムが明神を見つめる/遺灰の男もそれに倣う。

『……よし、やるか』

明神のスマホから光が溢れる/ホログラム調のマップが展開。

『この近くにアルメリア領を横断する『フルス水系』っていうでけえ河川が流れてる。
 場所によっちゃ流れが急峻な谷川になってて、そのあたりは人が住んでない。
 スターズ共は行ったことあるだろ、あそこに生えてる希少なキノコとか取りにな』

「フルス水系か……気に入った。面白い事が出来そうだ」

水属性のフィールド=遺灰の男とは相性が悪い――何も問題ない。
ハイバラは一巡目、魔物の死体が浮かび/血で濁った沼を生身で渡った事もある。
少なくとも――今回はあの時と違って、解毒剤も効かないような病気になる恐れはない。

212embers ◆5WH73DXszU:2021/04/25(日) 22:15:14
【バック・ドラフト(Ⅴ)】

『一撃離脱を繰り返して、最終的にイブリースをそこに誘い込んで迎撃する。
 場所の選定基準は3つ。余波による人里への被害の防止、ミドやんが出てきても大丈夫な環境。
 それから……イブリースにとって初見のフィールドであること』

「三つ目に関しては運ゲーになるけど……候補になるのは――この辺りか」

炎を灯した指先がマップ上をなぞる/宙に漂う燐火のマーキング。

『動ける範囲が狭くなれば、ゴールデンドーンの当てやすさも当然変わってくる。
 一方で、俺たちにはカザハ君が居る。足場が悪かろうがフライト焚けばどうにでもなる。
 ロケーションの構造で敵の優位を潰す、こいつがゲーマー式攻略法その1――地形ハメだ』

「なあ明神さん、今とびっきりのプランを思いついた――いや、後にしよう。続けてくれ」

『攻略法その2。デバフでハメる。こいつはエンバースのプランそのままだ。
 イブリースの後ろからぼそぼそアドバイスしてる亡者共を黙らせる。
 デバッファーは俺だ。指輪も使う。援護は任せた』

「どんな策であれ、大事なのはそれが本命の一撃だと悟られない事だ。
 【幻影】を使えば、バフ全開の一撃を偽装出来ると思う。
 状況次第だが、上手く合わせてくれると助かる」

『攻略法その3。パターンでハメる。攻略法1と2を前提に成立するハメだ。
 俺たちは前の戦いで、イブリースの固有技を2つ見てるよな』

「……ああ、なるほど」

『ゲームの方じゃ、イブリース狩りの定番戦法として業魔の一撃をパリィするってのがあった。
 例の怨念のせいで俺たちは奴に一発もかませなかったが……この弱点は、まだ生きてるんじゃないか』

「可能性はある……っていうか、本気で相手をぶった斬ろうとしてる時に逆にぶん殴られたら、普通は怯むよな」

『普通』は――陳腐な論拠/だが、その論拠にはそれなりの信憑性がある。何故なら――

「セルリアちゃんの人間レベルの打撃を、わざわざ芯を外して受けていたのも、俺は見逃さなかったぜ。
 この世界はゲームじゃない――なら俺達だってレベル99の勇者様を前にしたスライムじゃないはずだ」

『つまりだ。地形とデバフをフル活用して奴に攻撃が当たる状況に持っていけるなら。
 予備動作見て殴ってモーションキャンセルをひたすら続けるパターンハメが成立する――!』

「――ははっ、言ってやれよ、ジョン。それってただの、めちゃくちゃ上手くいってる接近戦だって。
 あのイブリースを相手にそれが出来るブレイブなんて、そうそういる訳がない。
 このアルフヘイムに精々――二人いれば、いいとこだろうな」

『あとはこれを、ゴールデンドーン発動まで続けられるかどうかが生死を分ける。
 全部のハメが上手く機能してる前提の、極細の綱渡りだけどな。……ひひっ、燃えるだろ』

「――ああ、見ての通りだ」

遺灰の男が右手に炎を灯す=久々の焼死体ジョーク。

213embers ◆5WH73DXszU:2021/04/25(日) 22:17:43
【バック・ドラフト(Ⅵ)】

『証明してやろう。俺たちは兇魔将軍にだって負けねえすげえブレイブだってこと。
 ――地形とデバフとハメを駆使した、ゲーマーの戦い方でな』

「よし、作戦は決まりだ――スタート地点は、ここにしよう。俺に考えがある」

遺灰の指先がマップの一点を指す――フルス水系とタマン湿生地帯の境界線。

「レベル72から79の間のレベリング……は明神さんにしか伝わらないか。
 ええと……この辺りはタマン湿生地帯って言って、植物の群生地で見通しが悪い。
 それだけじゃなくて――ここから、ここまで。この辺りは特に地形の高低差が激しいんだ」

丁度、明神が先ほど言及した、急峻な谷川の付近。

「ゲーム内じゃここら辺にモブを誘導して川に落とすと、かなり経験値効率が良かったんだ。
 つまり――これはイブリースは知る由もないが、俺達が活用可能なゲーム知識だ。
 勿論、イブリースが川に落ちてそのまま死ぬ訳はないけど――」

遺灰の指先が、今度はフルス水系のど真ん中を叩く。

「こんな俺達が有利な地形のど真ん中で待っていて、イブリースが乗ってくれるかは分からない。
 ま、さっきも言ったけど――ここが本命だとバレないようにするには、少し工夫をしないとな」

視界の悪い渓谷からの滑落――カザハ/ブリーズがいれば、こちらの損耗は低減可能。
落下させる方法――明神のデバフ作戦が機能すれば、幾らでもやりようはある。
機能しなければ――どのみち、勝ち目はない/深く考える必要はない。

「異論がないなら、移動を始めよう。少し、下準備がしたい」

遺灰の男がスターズへ振り向く――視線の矛先は、セルリアちゃん。

「セルリアちゃん、悪いが俺を運んで欲しい場所がある――ここと、ここと……後は、ここだな」

遺灰の指先が示す地点=予定交戦地点よりも上流の二箇所。

「何をするつもりかって?」

遺灰の男=悪戯っぽく笑う/人差し指を口元に添える――エンバースなら、そうしたように。

「――それは、俺と君だけの秘密さ。ふふっ」

エンバースなら――こんな状況でもセルリアちゃんへのダル絡みは欠かさない。

214ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/04/27(火) 19:40:56
-----------------------------------------------------------------

「はあ…はあ…」

全身から血が止まらない。

目の前の集団との長時間に及ぶ泥沼的戦闘で精神も、肉体も…もう限界だ。

でも、楽しかった。

「どうしたんだ?ようやく僕を殺せるぞ。よかったな?」

壁に持たれ掛かりながら言い放つ誰がどう見ても最後の強がり。

多くの人を殺してきた。最初こそ望まない殺人であったが…片手で数えられるほどの数だ。
その何千倍も…快楽で殺してきた。そして今度は自分の番になっただけだ。

「なんだお前ら…?」

僕にはもう人間の表情なんてわからない。
100を超えて、数を数えなくなったぐらいの時から人の顔がのっぺらぼうにしか見えないし、服装や声が無ければ男性が女性かさえもわからない。
そんな僕を取り囲みながら、それでいてなにもせずじっとこちらに顔面を向けている。

何故なのか、暫くわからなかったが…地面に落ちた液体で全てを察した。

「…!?お前らまさか…同情しているのか?やめろ!戦いの余韻を壊す気か!?」

悲しんでいた、憐れんでいた、この僕を!俺を!数千人単位で殺した犯罪者のこの!

「俺の素性を知ったくらいで!やめろ!お前らはただ!喜んで僕を殺せばいいんだ!」

同情するな!頼む!楽しく死なせてくれ!

僕の心の声も空しく…なんとその集団はあろうことか僕の傷を治し始めた。

「お前ら…自分がしてる事が分かってるのか!?」

もうここまでいくと僕より狂気さえも感じる。
人殺しをなぜ助ける?僕の為なんかじゃない!自分達の為に!その正義感の為に僕を生かそうとするのか!?理解できない!

「いい加減にしろ!!!!」

叫びで回りを吹き飛ばす。

「お前ら何様なんだ?お前ら一体どこからぼくを見下してんだよ!!ふっざけんな!」

体から力が湧いてくる。体の傷を僕の能力の治癒が上回りだした…万全な状態になるのにそんなに時間はかからないだろう。
そして目の前の集団は満身創痍、戦えば勝てるだろう…必ず。

「みんなと仲良く?おててつないで?仲良しこよし?お前らは神様にでもなったつもりか?この世にはな、必ず不要な…人間はたくさんいるんだよ!
存在するだけで必ず人を不幸にする!そんな存在がな!日の中を歩いてきた貴様ら神様気どりには絶対に理解できんかもしれんが」

「裏切り者だろうと?大量殺人者でも?改心すればいい?…お前犠牲になった家族の前でそれを言えるのか?本当に?言えないよな?薄っぺらいんだよ、お前ら」

くだらねえ!くだらねえ!せっかくの余韻がぶち壊しだ!

「覚えておけ、『人』を本当に助けたいなら、同情の心を捨てろ。一度堕ちた人間は絶対にまともには戻らない…絶対に
戻ったように見えるだけだ、堕ちた奴はだれよりも人間の表情こそしているが…それは真似事に過ぎないと言うことを絶対に忘れるな」

自分の腕で自分の心臓を貫く。

「まあ…でも…お前らには一生理解できないだろうな…理解できないからこそ…お前らは世界を絶対に救えない…断言してやるよ」

「死に際に理解して、後悔しながら天国に堕ちていきな…くそったれ共」

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215ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/04/27(火) 19:41:09
ジョン・アデル(4-2)

「…」

最近は見る回数が減ったと思ったのに…一体なんなんだこの記憶は…?

>「あ! ごめん、ぼーっとしてた!
ボクなんかゲーマーじゃないどころか起動しただけだし鳥取砂丘でサンドワーム討伐しちゃってるし余裕余裕!
というか、みんなすごいゲーマーばっかりだからゲーマーじゃない君がいてくれてよかった!」

カザハもまさか白昼夢を…?まさか…そんなことないか、カザハなりに僕を気遣ってくれだのだろう。
僕もわけのわからない物を考えるより今を見なくては!

「ありがとう…ん?なんか見た目変わってないか?」

>「え!? うわぁ、何これ陰キャっぽい! そういえば陰キャだけど!」

まあカザハだし気にしてもしょうがないのかも

>「ジョン君。ロイ君を助けられなくて……君がどこかにいってしまうんじゃないかってずっと心配してたよ。
だから……紆余曲折あったにせよ仲間になってくれて、シルヴェストルの里の騒動にも協力してくれて、本当にありがとう」

「…感謝されるような事はしてないけどね…感情で動いて事態を面倒にしたのも僕だし…」

>《明神さんたちが『じゃあ正真正銘の仲間にしまひょ』って言えば、正真正銘の仲間になったことになりますのん?
 まぁ……エンバースさんは兎も角、明神さんとカザハちゃんは言うんやろけどなぁ。
 けどあんた、それで納得できはる? 満足しはりますの?
 違うやろ。そないな文言はなんの証明にもならへんよ。
 あんたが正真正銘の仲間になるかどうかを判断するのは、明神さんでもエンバースさんでも、カザハちゃんでもあらしまへん。
 そら、あんた自身や。ジョンさん、あんたが自分で決めなあかんのどす。
 言葉やない、行動で。態度で示さなあかんのや》

>「――――まあ、なんだ。そんな感じだ」

「………」

返す言葉がないほど清々しい程の正論だ。誰よりがなんと言おうと結局のところ最後は自分が決める事…

僕が返すべきは礼であって言葉ではないだろう。

>「……さっきアンタらが言ってた、合体技の話なんだけど」
>「オレたちが氷獄のコキュートスを撃破したときに使った秘密兵器!
 霊銀結社、13の『大秘儀(アルス・マグナ)』のひとつ! 極大閃光『黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)』!!」

「あるすまぐな?ごーるでんどーん?」

>「ただ、『大秘儀(アルス・マグナ)』はそンなホイホイ撃てるもンじゃねェ。
 今のオレたちの実力じゃ、一発きりだ。それにチャージの時間も必要になる。
 やるなら必中だ。そのための段取りはアンタたちがつけてくれ」

>「でもよ、発動しちまえばこっちのもンだ。
 乗りかかった船ってやつ、こうなったら意地でもあの魔族野郎をブッ倒してやろうぜ!」

「博打みたいな作戦だけど…でも生半可な攻撃なんてそれこそ時間の無駄なのは前回の戦闘で誰よりも理解している…が」

相手も想定しないなんて事はないだろう…そうなればチャージの間…遠慮なし全開のイブリースを相手することになる。
そこを行き当たりばったりで実行していい物か…?

>「問題ねえよ。7ターンだって稼いでみせらぁ」

明神のその言葉一つでできるような気がしてきた。僕だけじゃない。この場の雰囲気が一瞬でいい方向へ向かうのを感じた。

216ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/04/27(火) 19:41:20

>「やっぱりフィールドが海じゃないと召喚できないのかな?
 なゆの水属性カードを拝借するか……本物の海じゃないと無理ならキマイラの翼で絶海の孤島にでも行くか……」

>「場所を変えるってのには賛成だな。イブリースの奴が余波の被害を気にするとも思えん。
 ゴールデンドーンぶちかますこと考えても人里離れた空間の方が都合が良い」

「僕達が普通に戦うだけで周囲にはとんでもない被害がでるからね…」

城の中庭で穴をあけた時もバロールに怒られたっけ…
時間はそれなりに過ぎてはいるが…それにしても…懐かしいと言える程ではないはずなのに懐かしく感じる。

>「この近くにアルメリア領を横断する『フルス水系』っていうでけえ河川が流れてる。
 場所によっちゃ流れが急峻な谷川になってて、そのあたりは人が住んでない。
 スターズ共は行ったことあるだろ、あそこに生えてる希少なキノコとか取りにな」

>「一撃離脱を繰り返して、最終的にイブリースをそこに誘い込んで迎撃する。
 場所の選定基準は3つ。余波による人里への被害の防止、ミドやんが出てきても大丈夫な環境。
 それから……イブリースにとって初見のフィールドであること」

「初見かどうかは出たとこ勝負な気がするけど、前の周回の時に訪れた可能性もあるわけだし…」

しかしそんな事を言っている余裕はないことも確かで…条件が揃う場所は想像以上に少ない。
小回りが利くこちらが有利で、なおかつ今回使う必殺技の発動条件を満たすなんて場所は特に…

>「動ける範囲が狭くなれば、ゴールデンドーンの当てやすさも当然変わってくる。
 一方で、俺たちにはカザハ君が居る。足場が悪かろうがフライト焚けばどうにでもなる。
 ロケーションの構造で敵の優位を潰す、こいつがゲーマー式攻略法その1――地形ハメだ」

ゲーマーじゃなくて普通に作戦の一つとして存在する方法だが…まあそれは野暮だろう。

>「攻略法その2。デバフでハメる。こいつはエンバースのプランそのままだ。
 イブリースの後ろからぼそぼそアドバイスしてる亡者共を黙らせる。
 デバッファーは俺だ。指輪も使う。援護は任せた」

「ならバフを掛けるのは部長とカザハの役目だね」
「にゃー!」

>「攻略法その3。パターンでハメる。攻略法1と2を前提に成立するハメだ。
 俺たちは前の戦いで、イブリースの固有技を2つ見てるよな」

>「ゲームの方じゃ、イブリース狩りの定番戦法として業魔の一撃をパリィするってのがあった。
 例の怨念のせいで俺たちは奴に一発もかませなかったが……この弱点は、まだ生きてるんじゃないか」

>「――ははっ、言ってやれよ、ジョン。それってただの、めちゃくちゃ上手くいってる接近戦だって。
 あのイブリースを相手にそれが出来るブレイブなんて、そうそういる訳がない。
 このアルフヘイムに精々――二人いれば、いいとこだろうな」

「二人か…うん。そうだね」

エンバースが僕に気を使ってくれている。こんな面倒な僕に…だから僕が返す言葉はありがとうではなく

「余裕さ」

精一杯の強がり。だからどうした。もう戦う前から怯えるなんて…生きる事を諦めるなんてもう二度とする必要はない

>「あとはこれを、ゴールデンドーン発動まで続けられるかどうかが生死を分ける。
 全部のハメが上手く機能してる前提の、極細の綱渡りだけどな。……ひひっ、燃えるだろ」

>「証明してやろう。俺たちは兇魔将軍にだって負けねえすげえブレイブだってこと。
 ――地形とデバフとハメを駆使した、ゲーマーの戦い方でな」

「…うん!」

217ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/04/27(火) 19:41:30
>「よし、作戦は決まりだ――スタート地点は、ここにしよう。俺に考えがある」

>「ゲーム内じゃここら辺にモブを誘導して川に落とすと、かなり経験値効率が良かったんだ。
 つまり――これはイブリースは知る由もないが、俺達が活用可能なゲーム知識だ。
 勿論、イブリースが川に落ちてそのまま死ぬ訳はないけど――」

>「こんな俺達が有利な地形のど真ん中で待っていて、イブリースが乗ってくれるかは分からない。
 ま、さっきも言ったけど――ここが本命だとバレないようにするには、少し工夫をしないとな」

「ありきたりな策として相手に優勢と思わせて深追いさせるって手段もあるけど…まあそんな単純な手には掛からないだろうね」

>「異論がないなら、移動を始めよう。少し、下準備がしたい」

「すまんみんな…ほんの少し聞いてもらいたい事があるんだ」

そういい移動しようとするみんなを引き留める。

「明神…君はもしかしたら僕を前線に出すのを躊躇ってるのかもしれない…僕が強いといっても普通の人間を範疇を超えられないから…」

天幕の中にあるテーブルに右手を当てる。
覇王の趣味か、機能性を重視したのか、はたまた僕達に気を使ってくれたのか…

軽量で頑丈・デザインも美しい…戦争という場所に似つかわしくないテーブルを

「本当はなゆを戦わせたくない…でも今回の戦いなゆ抜きで戦うのは不可能なのは…誰よりも分かっている…」

部長のバフだけでは戦力が足りない。なんでもいいから戦力を底上げを図らなければならない。

「ならあんな顔は二度とさせない…そう思った瞬間から力が湧いてきたんだ」

普通の人間のジョン・アデルでは戦力足りえない…しかし…英雄なら…シェリーの才能をフルに活用できていた時代の僕なら…!

「実を言えば僕はブラッドラストが発現する前から全盛期ではなかったんだ
最初から…いや君たちに同行するようになってから…そして君達に馴染めば馴染むほど…
人を殺す事に違和感を感じれば感じる程…体に重りがついたように動かなくなっていった」

ブラッドラストというチートはもう体から消え去ったけど…でも僕の体は…肉体に刻まれた戦いの知識は…記憶は…ここにあったんだ。

僕は殺す力はいらないと…嫌われたくない一心で力を無意識に遠ざけた、封じていた。でもこの力を殺すための力ではなく守る事に使うのなら…使うという心に至れた今なら
自分ひとりでは到底到達しえないかっただろう……けどなゆや…みんなのおかげで…気づいた、気づけた。

バキイッ

右手に力を籠めるとテーブルが真っ二つに折れる。

「ハッ!…フッ!」

半分になったテーブルを持ち天幕の外にでる。そして天高く投げて…。

ドカア!メキイッ!

高くジャンプし、落ちてきた半分のテーブルを一つは拳で、もう一つは蹴りで、粉砕した。
パラパラとテーブルだったであろう木片が宙を舞う。

「この程度じゃイブリースに勝つ事なんて不可能だ…でも作戦を…時間稼ぎするなら僕は戦力になれるはずだ
このPTで誰よりも細かい妨害が行えて、ゲージ消費が低コストで、それでいて前線に留まれる…そして絶対にイブリースの記憶にない攻撃を使える僕が…」

肉体そのものだけで言えばこの世界に来るよりも遥かに実戦向きに成長していると自負している。
もし本当に僕のこの感覚が本当なら…あのシェリーに勝てるほどの力が出せるかもしれない。

「もしダメだったとしても命を捨てるような真似はしない…だから僕を使ってくれ!みんな!」

覚悟は言葉ではなく行動で示す…それでいてイブリースに借りも返す。必ず。
一度犯した間違いを取り消す事は絶対にできない。それでも二度目は無くせる。

「ところで…………」




「勢いでテーブル粉砕しちゃったけど…どうしよう…?」

218崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/05/04(火) 23:43:04
起死回生の対兇魔将軍イブリース作戦会議は続く。

>この近くにアルメリア領を横断する『フルス水系』っていうでけえ河川が流れてる。
 場所によっちゃ流れが急峻な谷川になってて、そのあたりは人が住んでない。
 スターズ共は行ったことあるだろ、あそこに生えてる希少なキノコとか取りにな

「知ってます〜。ヨイヤミヒカリタケですよね〜。
 マツタケマンの群れに見つからないようにするのが大変でした〜」

「おー。キノコババーのエリザベッタか、懐かしーな」

「――秋の味覚、ただし食べると死ぬ――」

アプリのマップを開いて説明する明神の言葉にフラウスがうんうんと頷き、ルブルムとセルリアが追従する。
明神の言う通り、一度行ったことがあるらしい。それならばキマイラのつばさで瞬時に移動可能だ。

>一撃離脱を繰り返して、最終的にイブリースをそこに誘い込んで迎撃する。
 場所の選定基準は3つ。余波による人里への被害の防止、ミドやんが出てきても大丈夫な環境。
 それから……イブリースにとって初見のフィールドであること

>動ける範囲が狭くなれば、ゴールデンドーンの当てやすさも当然変わってくる。
 一方で、俺たちにはカザハ君が居る。足場が悪かろうがフライト焚けばどうにでもなる。
 ロケーションの構造で敵の優位を潰す、こいつがゲーマー式攻略法その1――地形ハメだ

地形ハメ。
どれだけ強力な武器や必殺技を持っていようと、それを活かすことができなければ宝の持ち腐れだ。
足場の悪いところに誘い込み、機動力を封殺できれば、こちらが戦いの主導権を握れるはずである。
機動力が封殺されてしまうのはアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』側も同様だが、
それはカザハの全体バフかスペルカードで補えばいい。

>攻略法その2。デバフでハメる。こいつはエンバースのプランそのままだ。
 イブリースの後ろからぼそぼそアドバイスしてる亡者共を黙らせる。
 デバッファーは俺だ。指輪も使う。援護は任せた

>ならバフを掛けるのは部長とカザハの役目だね
 にゃー!

前回の戦いでは、明神たちは万全の調子のイブリースに対してなんの対策も講じず、真正面から吶喊して玉砕した。
これがゲームであれば、最初からそんな愚策など取らなかったに違いない。強大なボスがいるのなら、
そのボスの得意技を封じ、バフを引き剥がし、徹底的にその強みを奪い取って戦ったはずだ。
『ここはゲームの世界ではない、現実のアルフヘイムである』というイブリースの言葉によって、
明神たちは知らず知らずのうちにゲーマーとしての戦い方を自ら封じてしまっていた。
しかし、エンバースの言うようにアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』はゲーマーなのだ。
ならば、ここから先は基本に立ち返るだけでいい。

>攻略法その3。パターンでハメる。攻略法1と2を前提に成立するハメだ。
 俺たちは前の戦いで、イブリースの固有技を2つ見てるよな

『闇撃琉破(ダークネス・ストリーム)』は闇属性最上位の攻撃魔法のひとつである。
上級魔族、魔神の一角にも数えられるイブリースはそれを詠唱なしで発動させることができるが、
それでもなんの予備動作もなしに発射することはできない。
片腕を突き出し、手のひらを砲口代わりに狙いを定めて撃つというモーションが発生する。
そこを攻撃すれば、イブリースの行動を封殺できる。いわゆる行動キャンセルというやつだ。
『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』に関しては、詠唱、波動の発射、斬撃という三つの段階がある。
波動を喰らってしまえば回避は不可能だが、詠唱から波動の発射までの間にプレイヤー側の必殺技を当てれば、
大きく怯むという弱点がゲームのときから公然と存在している。
存在しているどころか、むしろ業魔の一撃パリィからの集中攻撃が対イブリース戦の基本戦術なのである。

>あとはこれを、ゴールデンドーン発動まで続けられるかどうかが生死を分ける。
 全部のハメが上手く機能してる前提の、極細の綱渡りだけどな。……ひひっ、燃えるだろ

「大秘儀『黄金の夜明け(ゴールデーン・ドーン)』は、極度の集中力を要する大魔術です〜。
 詠唱中の私たちは完全に無防備になってしまう、というのは先ほどお話ししましたが〜、
 集中が切れてしまっても失敗、最初からやり直しになってしまいますので〜」

「オレたち三人の意識をひとつにリンクさせなくっちゃならねェからな。
 誰か一人が流れ弾の一発でも喰らっちまったらアウトだ。ちゃんと守ってくれよな」

「――ん。気分はお姫さま――」

三人娘が口々に言う。
明神はイブリースの攻撃に攻撃を当てることで行動キャンセルを狙うことを作戦のひとつに挙げたが、
それはニヴルヘイムサイドも使えるということだ。
ほんの僅かな掠り傷を許しただけで『黄金の夜明け(ゴールデーン・ドーン)』の発動は失敗となり、
仮にそれまで5ターン持ち堪えていたとしても、また1ターン目からになってしまう。
パーティーの力のすべてを総動員しての持久戦である。万が一そうなってしまえば、再び6ターン持ち堪えることは不可能だろう。
つまり――やり直しはできない、ということだ。

ともあれ、作戦は決まった。
あとはそれを成功させるための下準備である。

>よし、作戦は決まりだ――スタート地点は、ここにしよう。俺に考えがある

それまで明神の作戦案を聞いていたエンバースが、徐に口を開いた。

219崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/05/04(火) 23:43:28
>レベル72から79の間のレベリング……は明神さんにしか伝わらないか。
 ええと……この辺りはタマン湿生地帯って言って、植物の群生地で見通しが悪い。
 それだけじゃなくて――ここから、ここまで。この辺りは特に地形の高低差が激しいんだ

エンバースが地図上のとあるポイントを指差す。

>ゲーム内じゃここら辺にモブを誘導して川に落とすと、かなり経験値効率が良かったんだ。
 つまり――これはイブリースは知る由もないが、俺達が活用可能なゲーム知識だ。
 勿論、イブリースが川に落ちてそのまま死ぬ訳はないけど――

「お、そこそこ。マツタケマンめっちゃいるとこじゃン」

ルブルムが腕組みしてマップを覗き込む。
タマン湿生地帯にはマツタケマンというキノコ型モンスターが出現する。
短い手足の生えた人間大のキノコというふざけた容姿だが、その実物理攻撃が結構痛く、耐久力も(菌類の癖に)相当ある。
半端なダメージを与えると胞子を撒き散らし、そこから瞬く間に増殖して襲い掛かってくるという、
舐めてかかるとランカーでさえ足元を掬われかねない難敵なのであるが、
菌類らしく致命的にINTが足りていないため、うまく川に誘い込んで叩き落すとそのまま流されてゆき、
討伐した扱いで楽に経験値を稼げるのだ。
マツタケの名を冠しているだけあり、経験値の実入りがよく『マツタケ道場』などとプレイヤーたちに言われている、
絶好の狩場なのである。

>こんな俺達が有利な地形のど真ん中で待っていて、イブリースが乗ってくれるかは分からない。
 ま、さっきも言ったけど――ここが本命だとバレないようにするには、少し工夫をしないとな

>ありきたりな策として相手に優勢と思わせて深追いさせるって手段もあるけど…まあそんな単純な手には掛からないだろうね

「……そうですねえ。
 いくら私たちが万全の布陣で待ち構えていたとしても、あちらが乗ってこなければ勝負になりません〜。
 もちろん、あちらも私たちのことを警戒しているでしょうし〜。
 確実にイブリースをこの場所まで誘導する方法を考えないと……」

イブリースは莫迦ではない。どころか、全身鎧を纏った純粋戦士のような外見に反してかなり高いINTを誇っている。
特にその武才に関しては、かつての主君であったバロールをも上回るとさえ言われているのだ。
戦術における地形の重要性など当然知悉しているだろうし、そう簡単にこちらの土俵に上がりはしないだろう。
しかし、エンバースには策があるらしい。

>セルリアちゃん、悪いが俺を運んで欲しい場所がある――ここと、ここと……後は、ここだな

「――私?――」

不意に、エンバースはそう言ってセルリアに向き直った。
突然話柄を振られ、セルリアがその澄んだ(透明度という意味で)双眸を瞬かせる。

「――いったい、何を――」

>何をするつもりかって?

真意を測りかねているセルリアへ、遺灰の男が茶目っ気たっぷりに笑いかける。

>――それは、俺と君だけの秘密さ。ふふっ

「――はい、バッドコミュニケーション――」

いつもと変わらない眠たげな表情の眉間に皺を一本作り、セルリアは半眼で言った。
セルリアの こうかんどが 10さがった!

>すまんみんな…ほんの少し聞いてもらいたい事があるんだ

作戦は決まった。あとはイブリースと対峙するだけだ。
だが、そんな決戦の空気にジョンが待ったをかける。
ジョンは天幕にあったテーブルの天板に右手を添えると、それを素手で真っ二つにしたうえ、
いとも簡単に粉砕してしまった。
到底人間の成し得る所業ではない。が、ジョンがそれをやってのけたのは紛れもない現実だ。

>この程度じゃイブリースに勝つ事なんて不可能だ…でも作戦を…時間稼ぎするなら僕は戦力になれるはずだ
 このPTで誰よりも細かい妨害が行えて、ゲージ消費が低コストで、それでいて前線に留まれる…
 そして絶対にイブリースの記憶にない攻撃を使える僕が…

>もしダメだったとしても命を捨てるような真似はしない…だから僕を使ってくれ!みんな!

ジョンが懇願する。
それがかつてキングヒルで流されるまま仲間にして欲しいと願い、
親友を喪って一時は目的のため仲間たちを裏切ることを決意し、
今――手痛い敗戦となゆたの無惨と言うしかない状態に直面した上でジョンが導き出した、最後の答えなのだろう。

そんな莫迦げた力がどこに、と思うかもしれない。が、これはよく考えてみれば当然の話だった。
なぜなら――アルフヘイムの者たちは、既にそんな力を使っている。
マルグリットも、アラミガも、ジョンと同じただの人間――紛れもない純血のヒュームだ。
だというのに、アニマガーディアンやミスリルクイーンといった強大なモンスターを単騎で仕留めている。
それに、なゆたがスキルによって驚異的な回避力を身に着け、明神が死霊術師としての才能を開花させつつある今――
ジョンがそれらに匹敵する強さを会得できない筈がない。

220崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/05/04(火) 23:43:49
「こんなところに隠れていたか。アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ども――」

作戦が終了してから、きっかり30分後。
虚空に『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』が開かれ、中から闇色の瘴気を纏いながら兇魔将軍イブリースが姿を現す。
その背後には『十二階梯の継承者』、『詩学の』マリスエリスと『万物』のロスタラガムの姿もある。
律儀にまだイブリースと行動を共にしているらしい。継承者としての同盟契約か、それとも師ローウェルの指示か。
ただし、依然として両名とも出しゃばることはしない。

「覇王軍の中に紛れていれば、オレが周囲の被害を懸念して大技を控えるとでも思ったか?
 生憎だが、オレは貴様らを始末することができるなら――周囲にどれだけ被害が出ようと構わん……!」

イブリースは二メートル以上もある愛剣『業魔の剣(デモンブランド)』を携え、
今度こそ明神たちを葬り去ろうと一歩を踏み出した。

「何者だ!?」

「魔物だ! 排除しろ!」

明神たちのいる天幕の周囲にいた兵士たちもさすがにイブリースの威圧的な風貌とその発する瘴気に気付かない筈がなく、
瞬く間に蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
だが本人の言うとおり、イブリースはグランダイト軍に被害が出ることなどまるで厭わず攻撃を仕掛けてくるだろう。
むろん、こんなところで戦闘に及んで無関係の兵士たちに損害を与えることはできない。
第一、作戦によって決めた戦場はここではないのだ。

「よし、行くぜ! みんな集まれ!」

ルブルムがヒラヒラフリフリの多い真っ赤なコスチュームのポーチから小さな翼の模型を取り出し、頭上に掲げる。
その瞬間、明神たちアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は一瞬で任意の場所へと転移した。

「ち―――」

顔を合わせるなり逃亡した『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちへ、イブリースが忌々しそうに舌打ちする。
だが、ニヴルヘイム側には『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』と『ローウェルの指輪』の追跡能力がある。
たとえ世界の裏側であろうと、明神らがローウェルの指輪を所持し続ける限り居場所を特定することができるのだ。

カザハたちがキマイラのつばさで転移した先に、やや遅れて門が開きイブリースたちも姿を現す。
すぐに、ルブルムがキマイラのつばさを使用して消える。イブリースたちもその後を追う。
カザハたちが逃げる。イブリースらが追いかける。逃げる。追いかける。逃げる。追いかける――

「なんだなんだぁ? 鬼ごっこかぁ? ならアイテム使ってズルするなよぉ! 正々堂々と追いかけっこしようぜ!」

「っっっっだ―――――――っ!! 何なのにゃ!?
 アタシたちは暇じゃーにゃぁがね! どうせ勝ち目なんてにゃぁし、人間諦めが肝心だにゃ!」

イブリースの後方でマリスエリスとロスタラガムがぎゃあぎゃあと喚く。
不毛な鬼ごっこに無理矢理付き合わされる方の身にもなれ、ということか。
ただ、苛立ちを露にする継承者たちと違い、イブリースは冷静な態度を崩さない。どころか、

「……奴らの目はまだ死んでいない。これはただ徒に逃亡を図っているのではないな。
 まだ策があるというのか……あれほど心を折ってやったというのに」

警戒している。その全貌こそ把握できていないものの、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が何かを企んでいる、
それだけは確信していた。

「だが、構うものか。すべて蹴散らし、踏み潰し、今度こそ確実に息の根を止める!
 すべてはニヴルヘイムの安寧のため、そして……あの方との約束のため……」

イブリースが新たな『門』を開き、こことは異なる場所に転移する。
そして、兇魔将軍と継承者二人が新たに潜った先は――

峻険な渓谷の狭間にある、広大な湿原だった。

「……なんだ? ここは……」

ぱしゃ、と水を多分に含んだ下草を踏みしめ、イブリースは困惑した声を漏らした。
周囲はマングローブのような常緑樹がひしめきあって植物群落を形成しており、
身長3メートルのイブリースよりも背の高い蕗や蓮なども生い茂っていて、極めて見通しが悪い。

「タマン湿生地帯。……あー、にゃるほどぉ……。そう来たにゃぁ。
 連中、苦し紛れに知恵を絞ってきたみたいだにゃ?」

ひくひくと頭頂部の獣耳を動かしながら、マリスエリスが何かを察したように声を漏らす。
マリスエリスの本職は吟遊詩人(バード)だが、同時に野伏(レンジャー)のスキルも高レベルで習得している。
周囲の状況を鑑みて、おぼろげながら明神たちの目論見に勘付いたのだろう。

「ここで戦う腹積もりか、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ども――」

「かもにゃ。……その証拠に、もう逃げる兆候が見られないにゃ。
 イブリース、どうするがね?」

「どうする、だと? 決まっている。オレのすることは何ひとつ変わらない、
 奴らがどんな小細工を弄してきたとしても――すべて! 啖い尽くし、皆殺しにするだけだ!!」

「まっ、油断してすっ転ばないように気を付けるにゃ」

人狼の女はひらひらと軽い調子で右手を振ってみせた。

221崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/05/04(火) 23:44:07
『奉(たてまつ)るは根源の階。希(こいねが)うは真理の顕現。
 我ら探究者にして体現者、生界と幽界の均衡を司りし天秤の徒なり』

『――力(オド)、気(エーテル)、魂(アニマ)。
 秩序の三鼎、即ち一脚をも欠けること能わず、三位は此れ一体なる可し――』

『旧き霊銀の契約に則り、我ら此処に合一を果たさん。
 ……魔力開放。第三級封印呪束帯限定解除、魔術回線同期開始』

『ケテル。調律』

『――コクマー。調律――』

『ビナー。調律』

キィィィィィィィィィィィィィィン―――――――

耳が痛くなるような高音が、戦場として選んだフルス水系の中州に響き渡る。
切り立った高い崖に面した幅の広い河は途中が野球場ほどもありそうな中州によって分断されており、
しばらく下流で再度合流している。上流にはタマン湿生地帯が広がっており、そこが戦いの開始地点だった。
デスティネイト・スターズは湿地帯の境界から500メートルほど離れた中洲の一番見晴らしのいい下流に陣取った。
見晴らしがよくなければ『黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)』の射線が確保できない。結果的に遮蔽物の何もない、
無防備そのものの姿を晒すことになってしまっているが、それを守るのがジョンたちの仕事だ。
5メートルほど離れて三角形に向かい合った三人の足許に、それぞれ赤、青、黄の魔法陣が出現し、ゆっくりと回転する。
その周囲に肌がピリピリと刺激されるような魔力の波が生まれているのが、明神には分かるだろう。

「あなたは我々シルヴェストルの希望。テュフォンがあなたを守ったように、私もあなたを守ります。
 ……この、命に代えても」

双巫女の片割れ、銀の髪のブリーズはカザハと行動を共にするつもりらしい。その瞳には悲壮なまでの決意が湛えられている。
あくまで巫女として、シルヴェストルという種族の存続のために殉じようという気持ちらしい。
とはいえ、レクス・テンペストの資格を持つブリーズの魔術の腕は覇王グランダイトと真っ向勝負ができるほど。
そう易々と死ぬことはないだろう。

当初の狙い通り、イブリースはタマン湿生地帯に現れたようだった。

「ふん!!」

大剣『業魔の剣(デモンブランド)』が唸りを上げるたび、樹木や植物が苧殻のように薙ぎ払われる。
イブリースは無理矢理前方の植物を斬り払いながら進んでいるが、数が多すぎて焼け石に水だ。
おまけに足許は踝まで水に浸かってしまい、泥濘状のため極めて歩きづらい。
浅く張った樹木の根が地面の凹凸をさらに酷いものにしており、常人ならろくに歩くこともできないだろう。
加えて上背が仇となり、植物が邪魔で周囲の様子が掴めない。
逆にエンバースたちにとっては植物に紛れて身を隠し、死角からイブリースを狙うことができる。
それでもイブリースは不利な状況に屈することなく、魔力が示すローウェルの指輪目指して一直線に進んでいる。
エンバースが下準備したポイントに到達するのも、もうすぐだろう。

「……む……!」

エンバースの下準備がどういったものであるにせよ、イブリースはそれを回避しない。
打撃系だとすればそのフィジカルで粉砕しようとするし、魔術系なら抵抗を試みる。
どこかへ誘導しようとするなら、進行速度は鈍るもののそちらへ足を向けるだろう。
何れにしてもその効果は半分程度といったところだろうか。

「――!! 見つけたぞ、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ども!!」

ジョンたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の姿を見つけると同時、猛然と追撃を開始する。
遠距離から『闇撃琉破(ダークネス・ストリーム)』を撃ってきたりもするが、前述の通り予備動作が大きいことに加え、
イブリース側からは植物が障害となって明確な射線が確保できず、半ばあてずっぽうの射撃になる。
魔法自体は即死級の威力のため植物を盾にしても諸共に消し飛ばされるのがオチだが、回避自体は容易いだろう。

「ち……」

剣で樹木を斬り払い、視界を確保しながら、イブリースが舌打ちする。
伐採しても伐採しても植物は無限と言えるほど生い茂っており、イブリースは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を補足できない。
一方でジョンやエンバースらはイブリースの巨体を容易にロックオンでき、ほぼ一方的に攻めることができるのだ。
尤も、先の戦いでも示す通りイブリースに有効打を見舞うのは至難の業である。
元々の防御力がきわめて高く、その上予知能力にも似た能力によって大抵の攻撃は事前に防がれてしまうだろう。
やはり、エンバースの予想通り何らかの加護を得ているということは明白だった。

「ははあ、ゲリラ戦術とは考えたにゃぁ。
 まっ、弱っちい方が圧倒的戦力差を埋めるには、地の利に頼るしかにゃーで。
 にしても付き合いきれんにゃ。イブリース、アタシたちは見晴らしのいい場所で観戦させてもらうがね。
 タラちん、行こみゃぁ」

「えー? おれはこういうのも好きだぞ! おれも遊びたい!」

「行、こ、みゃ!」

湿地帯での行軍と『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の戦術に嫌気が差したのか、マリスエリスが離脱する。
ロスタラガムもその後を追う。

「……勝手にしろ」

イブリースは一瞥さえしない。元々、十二階梯の継承者など信用してもいないといった様子だ。
勝手にお目付け役を名乗ってついてきた邪魔者、程度にしか思っていないらしい。

222崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/05/04(火) 23:44:37
「ぐ、お……!?」

エンバースとジョンが急峻な谷川まで誘導すると、イブリースは不安定な地面に足を取られ、川へと落下しそうになった。
そこまでは、計画はうまく行っていると言っていいだろう――けれど。

「フン!!」

イブリースは顔色ひとつ変えずに背の黒翼を広げると、すぐに姿勢を制御し空中でぴたりと停止した。
そのまま上空へと飛翔し、湿地帯のエンバースたちを見下ろす。

「莫迦どもめ」

突き出したイブリースの右手、その手のひらの先に暗黒の魔力が収束してゆく。
放たれる『闇撃琉破(ダークネス・ストリーム)』が、タマン湿生地帯を薙ぎ払う。
イブリースの背には普段畳まれている二対の翼があり、巨体を楽々と飛翔させられるだけの飛行力を備えている。
二、三度衝撃波を放ち、眼下のエンバースたちに反撃すると、イブリースはばさあっ、と巨翼を一度羽搏かせ、
ローウェルの指輪を探知しスターズたちのいる中洲へ向けて飛んでいった。

「いじましい戦い方だな……今までも、そうやって姑息に勝ちを拾ってきたという訳か。
 オレをまんまと誘い込んだつもりだろうが――それならばそれで構わん。
 貴様らの悪足掻きなど、オレたちの怨嗟と憤怒の前には何の意味もないということを知るがいい!
 地獄の底でな……!!」

ずずぅん……と轟音を立て、中洲へ降り立つ。
明神が戦いの場に選んだこの周辺は大小さまざまな岩が転がる足元の不安定な場所で、足を使った機動力を活かしづらい。
それはイブリースに関しても同じことで、地上戦をするなら多大な不自由を強いられることになるだろう。
だが――それは『イブリースが地面に足をつけて戦うなら』という前提あっての話だ。
その背に生えている二対の巨翼がある限り、イブリースは地形の制限を受けない。
計画通りの効果を狙うのなら、翼にも対処しなければならないのだ。

けれど――それが果たして可能かどうか。

「あれが貴様らの切り札か。
 ならば、早めに潰させて貰う!」

ぎゅばっ!!!

翼を大きく広げ、イブリースが一気に突進する。
その狙いは無防備に詠唱に集中しているデスティネイトスターズだ。
むろん、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が何もしなければスターズは成す術もなくやられてしまう。

「やらせません……! 『真空刃(エアリアルスラッシュ)』!!」

カザハのすぐ脇に控えたブリーズが両手を前方へ突き出し、無数の真空刃を生み出してイブリースへ撃ち放つ。
が、効かない。夥しい数のカマイタチは、イブリースが大剣をひと薙ぎしただけでたちまち霧散してしまった。

「邪魔だ!!」

イブリースがブリーズへと業魔の剣を高々と振りかぶる。
一撃必殺の斬撃。しかし、それは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』にとっては狙い通りの好機と言える。
エンバースあるいはジョンがその攻撃に割り込み、イブリースの振り下ろす剣のタイミングに合わせてパリィを行えば、
兇魔将軍は大きく身体を仰け反らせて怯むだろう。
ただし、それは極めて大きな危険を伴う行為である。
大振りでモーションの見極めやすい攻撃とはいえ、パリィし損ねれば致死級の攻撃をまともに喰らうことになる。
甚大なダメージを覚悟しての、薄氷を踏むが如き反撃――
しかし、それが成功すれば『異邦の魔物使い(ブレイブ)』には大きなチャンスが訪れる。

ガキィンッ!!

「……なに……ッ!?」

パリィが成功すると、イブリースは思わぬ事態に大きく三つの目を見開いた。
振り下ろしかけていた大剣が後方に弾かれ、巨体が傾ぐ。
このときイブリースは完全に無防備になってしまう。反撃をするなら、このタイミングだ。
なお、イブリースの攻撃は大技であればあるほどパリィしたときの隙も大きくなる。
今の攻撃はただの斬撃――通常攻撃でしかないため、パリィしても反撃できるのはせいぜい一度だろうが、
最大の必殺技『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』のパリィに成功すれば、
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』全員で総攻撃をかけることも可能だろう。

【現在のイブリースの状況:
 体力:MAX
魔力:MAX
 攻撃力:MAX
防御力:MAX
 第三の目:正常
 翼:正常
 尻尾:正常
 加護:正常

 『黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)』発射まであと5ターン】

223カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/05/11(火) 00:19:22
明神さんの立案した作戦は、まずはこちらに有利な地形に誘い込み、部位破壊による亡霊入れ知恵の封殺、
からのゲームのセオリー通りの業魔の一撃パリィからの集中攻撃というものだった。
イブリースがこの世界はゲームではないのを強調していたのは、ゲームと同じ攻略法が健在だからこそ、とも考えられる。

>「――ははっ、言ってやれよ、ジョン。それってただの、めちゃくちゃ上手くいってる接近戦だって。
 あのイブリースを相手にそれが出来るブレイブなんて、そうそういる訳がない。
 このアルフヘイムに精々――二人いれば、いいとこだろうな」

>「二人か…うん。そうだね」

>「証明してやろう。俺たちは兇魔将軍にだって負けねえすげえブレイブだってこと。
 ――地形とデバフとハメを駆使した、ゲーマーの戦い方でな」

>「…うん!」

明神さんがデバフで部位破壊した上で、エンバースさんとジョン君が接近戦を挑んでパリィを狙う。
私達はフライトとバフでそれを補助、という感じでしょうか。
……あれ? ジョン君、いくら訓練を積んでいるとはいえ普通の人間の身で前線担当は無謀なような……。

>「すまんみんな…ほんの少し聞いてもらいたい事があるんだ」
>「明神…君はもしかしたら僕を前線に出すのを躊躇ってるのかもしれない…僕が強いといっても普通の人間を範疇を超えられないから…」

「そりゃあ基本的に前線に出るのはモンスターであってブレイブじゃないからね!?」

ジョン君ブラッドラストverと大立ち回りしたカザハが言ってもあんまり説得力が無い気がしますが……いや、説得力あるのか。
ちょっと今2Pカラーで陰キャ地球人っぽくなってるけどバリバリのアルフヘイム産のモンスターでした!

>「実を言えば僕はブラッドラストが発現する前から全盛期ではなかったんだ
最初から…いや君たちに同行するようになってから…そして君達に馴染めば馴染むほど…
人を殺す事に違和感を感じれば感じる程…体に重りがついたように動かなくなっていった」

そこでジョン君がいきなりテーブルを粉砕した。

「ちょっと!?」

もうブラッドラストは無いにもかかわらず、普通の人間とは思えない怪力だ。
地球では一般人でもこっちの世界に来た時点で、ファンタジー仕様になるんですね。
…… 一般人って何でしたっけ。

>「この程度じゃイブリースに勝つ事なんて不可能だ…でも作戦を…時間稼ぎするなら僕は戦力になれるはずだ
このPTで誰よりも細かい妨害が行えて、ゲージ消費が低コストで、それでいて前線に留まれる…そして絶対にイブリースの記憶にない攻撃を使える僕が…」
>「もしダメだったとしても命を捨てるような真似はしない…だから僕を使ってくれ!みんな!」

「それはブラッドラストみたいな命を削るような力じゃないんだよね? なら……頼りにしてる!」

224カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/05/11(火) 00:21:37
>「勢いでテーブル粉砕しちゃったけど…どうしよう…?」

「まあ……壺を見たら片っ端から叩き割る勇者もいた気がするし勢いでテーブル粉砕するブレイブがいてもいいんじゃね?」

全然よくない気がしますが、今は時間が無いのでそういうことにしておきましょう。
あれ、昔は平和的に覗き込んでたと思うのですが……
何故に頭上に高々と持ち上げては叩き割るというアグレッシブな仕様変更をしてしまったのでしょう。
それから30分後、満を持してイブリースが現れました。

>「こんなところに隠れていたか。アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ども――」
>「覇王軍の中に紛れていれば、オレが周囲の被害を懸念して大技を控えるとでも思ったか?
 生憎だが、オレは貴様らを始末することができるなら――周囲にどれだけ被害が出ようと構わん……!」

イブリースは構わなくても、覇王軍を仲間に引き入れようとしているエリにゃん達がめっちゃ困るんじゃ……。
ローウェルさん達、やっぱりこれと同盟組むのはやめた方がいいんじゃないですかね……。

>「よし、行くぜ! みんな集まれ!」

キマイラの翼による転移を繰り返し、イブリースを作戦地点まで誘導します。

>「あなたは我々シルヴェストルの希望。テュフォンがあなたを守ったように、私もあなたを守ります。
 ……この、命に代えても」

「ブリーズ……生き残るよ、一緒に。テュフォンはきっと君にも生きてほしいと思ってる……」

イブリースが現れたということは、テュフォンは倒されたということなのでしょう。
それにしてもカザハがシルヴェストルの希望とは一体……。
レクス・テンペストという点なら、テュフォンやブリーズも同じ立場のはず。
やはりブレイブの資格を得たレクス・テンペストであるということに意味があるのでしょうか。
こちらが作戦地点に到着してからイブリースが到着するまでに若干の間がありました。
便利ドアの出現地点の指定が割とざっくりなのか、少し離れた場所に出現したのでしょう。
カザハはその間に、メンバーに補助スキルをかけて下準備をしていきます。
戦闘開始と同時に(システムによっては開始前に)ドーピングしまくるのはゲーマー的常套手段です。
ちなみにアストラルユニゾンはデフォですが、なゆたちゃんとポヨリンさんがいないので私はやっぱり美少女になれませんでした。

「ドーピングするなら今のうち……オールフライト!」

これはフライトの上位版のスキルで、パーティ全員にフライトの効果がかかりました。
そういえばカザハはフライトのスペルカードを持っていましたが、
手持ちのカードは中〜高レベルのシルヴェストルのスキルを再現したものが多い。
ということは中レベルぐらいのものは素で使えるようになって用済みなのも結構あるということですね……

225カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/05/11(火) 00:22:46
「ウィンドボイスネットワーク」

続いて、ウィンドボイスのパーティ全員版。
普通のウィンドボイスが1対1の通話ならこちらはグループチャットのイメージです。
今回のような全員で連携して相手をハメる作戦では有利に働くことでしょう。
(ただ懸念事項があるとすれば盗聴されなければいいのですが……)
例えば、私はカザハを通して要請があればメンバーを自力で飛ぶよりかなり早く移動させることが出来ます。

「エコーズオブワーズ!」

明神さんに魔力増幅のスキルをかけたところで、ついにイブリースが現れました。

>「――!! 見つけたぞ、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ども!!」

まずはエンバースさんとジョン君が前線で迎え撃ち、谷川まで誘導します。

>「ぐ、お……!?」
>「フン!!」

イブリースは翼を広げて難なく川への落下を回避した。

「飛べたんかい!!」

今まで飛んでなかったのは飛ぶのはタダではなく一応魔力とかの何らかのリソースが必要だからなのか、単にそれ程必要性を感じなかったからなのか……。
そのまま早々にデスティネイトスターズを見つけ、中洲へと向かってしまいます。

>「あれが貴様らの切り札か。
 ならば、早めに潰させて貰う!」

>「やらせません……! 『真空刃(エアリアルスラッシュ)』!!」

>「邪魔だ!!」

イブリースが攻撃を仕掛けてきたブリーズへと標的を変更し、業魔の剣を振りかぶる。

「カケル! 『乱気流(タービュランス)』!」

私はカザハの指令を受け、飛行する敵を妨害するスキルを発動。
とはいえ、雑魚の集団なら明後日の方向に吹っ飛んで行ったりするのですが、イブリース相手では……。

>ガキィンッ!!

226カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/05/11(火) 00:24:59
>「……なに……ッ!?」

それでも少し動きが遅くなる程度には効いたのでしょうか、間一髪でパリィが間に合いました。
そして今回は誰か一人が一撃反撃するのがやっとな感じですが、やはりパリィすると攻撃のチャンスが出来る法則は健在のようです。
反撃に合わせてカザハがスマホを操作してバフをかけます。

「聴力強化(アコースティック)!」

ん? それスペルカードじゃなくて自力のスキルじゃありません?
そして効果は、何故か攻撃の支援ではなく音が増幅して聞こえるようにして聴力を強化する、補聴器魔法版のようなもの……

「しまった、対象間違えた……!」

……なんかイブリースにかかってません!?
まあ、この状況で聴力強化されたところで、スターズの居場所はとっくにバレてるし、
亡霊は最初から聞こえる声量でアドバイスしてくれていると思うので、もっと聞こえるようになることもないでしょうし、そんなに支障はないとは思いますけど……。
あれ? むしろ逆に部位破壊が通りやすくなるんじゃ……さてはスマホの操作間違えた振りしてわざと間違えましたね!?
向こうからすればスペルカードと自力のスキルの区別はついてないだろうし。
例えるなら何かのゲームにあったアンデッド系モンスターに回復アイテムを使ったらダメージ素通し、と似たような発想だ。
うん、昔一緒にゲーム実況やっててそんなんありましたね……。
尤も、この世界でのそのパターンの運用がどうなっているかは分からないので
普通にデバフかけられたときと同じように抵抗されて無効化されるかもしれないのですが。
駄目でもともと、当たればラッキーというやつです。

227明神 ◆9EasXbvg42:2021/05/17(月) 05:02:43
>「よし、作戦は決まりだ――スタート地点は、ここにしよう。俺に考えがある」

作戦会議は進む。
俺の立案を一通り聞き終えたエンバースが、マップの一点を指示した。

>「レベル72から79の間のレベリング……は明神さんにしか伝わらないか。
 ええと……この辺りはタマン湿生地帯って言って、植物の群生地で見通しが悪い。
 それだけじゃなくて――ここから、ここまで。この辺りは特に地形の高低差が激しいんだ」

「ありましたねぇそんなん……よぉく覚えてるわ。マツタケ道場だろ」

レベル70台からの経験値テーブルは壁かよってくらい急カーブを描いていて、
アホみたいな量の経験値が要求されるわりに適正レベル帯の敵はやたら硬くてクソまずいっていう、
旧世代のMMOよろしく賽の河原じみた様相を呈していた。

そんな折、例によって廃人共が試行錯誤の末に導き出した『狩場』――。
それがタマン湿性地帯だ。

湿地にポップする『マツタケマン』はタフい上に即死級のバ火力で殴ってくる危険なモンスターだが、
うまいことトレインして川に叩き込んでやればリスクを負うことなく討伐できる。
しち面倒くさい狩りパの募集やらしなくても適当な挑発スキルか回避スキルだけあればソロ狩り可能で、
地獄のような中盤のレベリングを効率よくこなせるっつう中級者の登竜門みたいな場所だ。

ついたあだ名がマツタケ道場。
あとは俺が狩ってた頃は『タマン収容所』とか呼ばれてたな。
大体ここで長期滞在を強いられるのって中盤までレベリングサボってた連中だったからね……。

>「こんな俺達が有利な地形のど真ん中で待っていて、イブリースが乗ってくれるかは分からない。
 ま、さっきも言ったけど――ここが本命だとバレないようにするには、少し工夫をしないとな」

「オッケ、誘導は頼んだ。文字通りの鬼ごっこと洒落込もうぜ」

決めるべきことは決まった。俺はケツの埃を払って立ち上がる。
とっとと移動しねえとそろそろソロバン殿にぎゃーすかどやされそうだ。

>「すまんみんな…ほんの少し聞いてもらいたい事があるんだ」

と、そんな俺達の背にジョンが声をかけた。

228明神 ◆9EasXbvg42:2021/05/17(月) 05:03:33
>「明神…君はもしかしたら僕を前線に出すのを躊躇ってるのかもしれない…
 僕が強いといっても普通の人間を範疇を超えられないから…」

「そりゃそうだろ。イブリースの二の腕見たかよ、力こぶが俺の頭くれーあったぜ。
 なんぼお前がフィジカルエリートだからって生き物としてのスペックが違いすぎるわ」

至極当然の理由を述べたつもりだった。
だけどジョンの結論は、その先にあるようだった。
やおらテーブルを掴む。分厚い銘木で出来た、見るからに頑丈そうなそれを――

>「実を言えば僕はブラッドラストが発現する前から全盛期ではなかったんだ
 最初から…いや君たちに同行するようになってから…そして君達に馴染めば馴染むほど…
 人を殺す事に違和感を感じれば感じる程…体に重りがついたように動かなくなっていった」

ジョンは、あろうことか片手で紙みたいに引き裂いた。
冗談みたいな音を立ててテーブルが2つに分かたれる。

「……え?は?あっ!?」

そして半分になったテーブルを空高く放り投げて……拳と蹴りで、同時に粉砕した。
俺は開いた口が塞がらなかった。こんなんお前……グラップラー刃牙でしか見たことないよ……?
人間の限界っつーか、物理法則からも片足踏み外してねーかな……。

「……『ヨモツヘグイ』ってあるじゃん?」

簡単に言うと、臨死体験とかで一時的にあの世に行くことになったときでも、
あの世でご飯を食べちゃうと体があの世のものになる(=完全に死んでしまう)みたいな日本神話のエピソードだ。
生き物の身体は基本的に、食ったものを消化して作られている。
あの世由来のものを食えば、身体の成分があの世由来のものになっちまうっつうことなんだろう。

「人間の全細胞が新陳代謝で新しいのに置き換わるまでだいたい3ヶ月だったか。
 俺たちもかれこれ何ヶ月とこっちの世界に居るからな……
 もうだいぶ、アルフヘイム由来のタンパク質とカルシウムで身体が出来上がってんだろうぜ」

他ならぬ俺自身、ついこないだまでパンピーだったとこにぶっつけで魔法が使えてる。
魔王様の薫陶を受けたことは間違いないが、理由は多分それだけじゃないだろう。

長いことアルフヘイムで暮らしたおかげで、この環境に順応した。
陸に上がった両生類が肺呼吸するように、剣と魔法のファンタジーな物理法則に、身体が適応してきたんだ。

229明神 ◆9EasXbvg42:2021/05/17(月) 05:03:58
あえてゲーム風に言うなら……『レベルアップした』。
なゆたちゃんの回避スキルやジョンの人間離れした身体能力も、その恩恵によるものだと考えりゃ矛盾はない。

>「この程度じゃイブリースに勝つ事なんて不可能だ…でも作戦を…時間稼ぎするなら僕は戦力になれるはずだ
 このPTで誰よりも細かい妨害が行えて、ゲージ消費が低コストで、それでいて前線に留まれる…
 そして絶対にイブリースの記憶にない攻撃を使える僕が…」

「俺は反対だ。お前が強くなったっつうのは分かったし、今さら疑うつもりもねえよ。
 それでも自殺行為には変わりない。やってもいねえ裏切りを償おうとしてるんならなおさら――」

>「もしダメだったとしても命を捨てるような真似はしない…だから僕を使ってくれ!みんな!」

にべもなく却下しようとして、ジョンの2つの眼差しと目が合って、俺は二の句が継げなくなった。
その眼には、かつてのような希死念慮と捨て鉢な自傷の感情はなかった。
こいつは石油王の言葉通りに、行動で覚悟を示そうとしている。
この先も、俺たちや、なゆたちゃんと一緒に歩いて行くために。

>「それはブラッドラストみたいな命を削るような力じゃないんだよね? なら……頼りにしてる!」

「……約束しろ、絶対に五体満足で帰ってくるって。
 なゆたちゃんが目を覚ましたとき、そこにお前が一緒に居なけりゃ、この戦いになんの意味もねえんだ」

一方で、ジョンが再び前線に出られるようになったのは、純粋に心強かった。
『めちゃくちゃ上手く言ってる近接戦』――エンバースが言ったように、作戦にはパリィ役が不可欠だ。
ポヨリンがいない以上、別の誰かがその役目を負わなくちゃならない。

ジョンとエンバース。
作戦の成功には、どうやったって2枚以上の前衛が必要だった。

……なゆたちゃんは、俺がまたぞろジョンに死線を潜らせたと知ったら怒るだろうか。
女子高生に怒られたくねえなあ。
でもイブリースにぶっ殺されて、二度と怒られなくなっちまうのは、もっと嫌だ。

>「ところで…………」

ジョンがばつ悪そうに聞いてきた。

>「勢いでテーブル粉砕しちゃったけど…どうしよう…?」

「うん……全部終わったら、みんなで怒られにいこうぜ」

テンペストソウル献上したら陛下も許してくれるよ多分。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

230明神 ◆9EasXbvg42:2021/05/17(月) 05:04:52
>「こんなところに隠れていたか。アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ども――」

方針決定から30分くらい経って、不意に俺たちの背後に『門』が出現した。
出てきたのは想像に漏れずイブリース。そしてその腰巾着2人。
俺は驚かなかった。準備も覚悟も、30分前に終わってる。

>「覇王軍の中に紛れていれば、オレが周囲の被害を懸念して大技を控えるとでも思ったか?
 生憎だが、オレは貴様らを始末することができるなら――周囲にどれだけ被害が出ようと構わん……!」

「へっ、お優しいねえ。お前にとっちゃ人間の兵士なんざアリの行列みたいなもんだと思ってたぜ。
 わざわざ予告する程度には、周りの被害を気にかけてくれてるわけだ」

もう一度イブリースと会話して、俺の中にあった違和感が輪郭を帯びてきた。
イブリースは……殲滅対象を俺たち『だけ』に絞っている。

なんなら今だって、目の前に現れる前に範囲魔法で陣営地ごと焼き払ったって良かったはずだ。
まるで『ここで戦うと周囲に被害が出ますよ』と言わんばかりの宣言で、
俺たちを追い立てる必要なんか、こいつにはないはずなのに。

>――「オレたちの生きる世界は! 貴様らが片手間に救えるほど安い世界ではない――!!
>――「だがそれでいい……そんな貴様らだからこそ、オレも遠慮なく葬り去れる」

ゲームの中でも、イブリースは確たる矜持を持った武人だった。
卑劣な振る舞いを嫌い、虐殺や不要な破壊を良しとせず、ただニヴルヘイムの幸福だけを願う男だった。
プライド。信念。こいつの戦いには、常に主義と思想が隣り合わせだった。

……きっと今も、それは変わっていない。
俺が愛したブレイブ&モンスターズは、ちゃんとイブリースの中にも残ってる。

「ハナからお前に仏心なんざ期待してねえよ。
 鬼ごっこ始める前にトイレ行ってたら出遅れちまっただけだ」

>「よし、行くぜ! みんな集まれ!」

「おかげでてめーのコワモテ見ても漏らさずに済んでるぜ!あばよ!」

捨て台詞ひとつ残して、俺たちはキマイラの翼の効果で姿を消す。
イブリースの忌々しげな舌打ちを置き去りにして。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

231明神 ◆9EasXbvg42:2021/05/17(月) 05:05:53
>『奉(たてまつ)るは根源の階。希(こいねが)うは真理の顕現。
 我ら探究者にして体現者、生界と幽界の均衡を司りし天秤の徒なり』

幾度かの追いかけっこの末、フルス水系に降り立った俺たちは、すぐさま二手に分かれた。
ジョンとエンバースの前衛組は上流のタマン湿性地帯へ。
俺とカザハ君はブリーズ、スターズと一緒に後衛組として下流の中洲だ。

「ここまでは概ね予定通り……」

俺はヤマシタを『歌姫モード』の怨身換装で傍に待機させ、戦局が動くのを待っていた。
湿性地帯の方では間断なく魔法が弾け、木々の砕ける轟音が聞こえてくる。
すぐ隣ではスターズが魔法の発動準備に入り、大気を焦がすような魔力の高まりを感じ取れた。

コミカルな言動がイマイチ認識にデバフをかけるけど、スターズは霊銀結社選りすぐりの戦闘集団だ。
ムラっけはあるものの、アルフヘイム在野の魔術師の中でトップクラスに近い実力を持つ。
一回スイッチが入ったこいつらが、魔法を仕損じるってことはないと見て良いだろう。
だから、肝心要はむしろ俺たち。

>「ドーピングするなら今のうち……オールフライト!」

カザハ君が全体バフを重ねがけしていき、その度に身体に外付けの活力が宿る。
ボイスチャットみたいな魔法の影響で、前線の様子が通信越しに聞こえた。

>『ぐ、お……!?』

イブリースの焦りを帯びた声。
ざまぁ見やがれ、川にドボンしたか――?
と思いきや、湿性地帯の木々の上にイブリースの姿が出現した。

「あれは……あいつ、飛んでやがるぞ!」

>「飛べたんかい!!」

イブリースは背から張り出した二対の黒翼で空を泳ぎ、滑落を回避していた。
そうだった、あいつ翼あるじゃん!キャラデザ上のハッタリだと思ってたわ!
空中から湿性地帯を爆撃したイブリースは、いよいよ俺たちの方へと視線を遣った。

「来るぞ……!」

虚空を砲弾のように滑り、砂利を蹴散らしながら中洲に降り立つ。
着地の衝撃で地面が揺らぎ、川の水面にいくつも水柱が昇った。

>「いじましい戦い方だな……今までも、そうやって姑息に勝ちを拾ってきたという訳か。
 オレをまんまと誘い込んだつもりだろうが――それならばそれで構わん。
 貴様らの悪足掻きなど、オレたちの怨嗟と憤怒の前には何の意味もないということを知るがいい!
 地獄の底でな……!!」

「沼地のわくわくピクニックは楽しんでもらえたか?
 せっかくニヴルヘイムのクソ田舎からご足労いただいたんだ、おもてなしはまだまだこっからだぜ」

俺の減らず口に、イブリースは最早答えなかった。

232明神 ◆9EasXbvg42:2021/05/17(月) 05:07:39
>「あれが貴様らの切り札か。ならば、早めに潰させて貰う!」

詠唱しているスターズを目敏く捉え、再び翼をはためかせる。
突風を撒き散らしながら進撃するイブリースへ、

>「やらせません……! 『真空刃(エアリアルスラッシュ)』!!」

ブリーズが迎撃の魔法を放つ。
真空の刃は大剣の一薙ぎでかき消されたが、タゲが変わった。

>「邪魔だ!!」

もう一度、イブリースは今度はブリーズへ向けて剣を振りかぶる。

>「カケル! 『乱気流(タービュランス)』!」

カケル君の妨害魔法でわずかにイブリースの動きを遅滞させる。
その間隙に、ジョンとエンバースの到着が辛うじて間に合った。
唐竹割りの一撃に、前衛組のパリィが差し込まれる。

>「……なに……ッ!?」

よし……!
やっぱパリィは効く。タイミングを合わせりゃ攻撃自体をキャンセルできる。
イブリースは体勢を崩し、さらなる追撃のチャンスが生まれた。

ここからだ。
今の一撃は単なる通常攻撃。出の早いジャブみたいなもんだ。
威力は必殺技ほどじゃないが、代わりにパリィされても致命的なスタンには陥らない。
奴に有効打を与えるには、『業魔の一撃』からパリィを取る必要がある。

今の攻防で、イブリースは俺たちがパリィを戦術に組み込んでると気付いたはずだ。
より隙の大きくなる『業魔の一撃』のキャンセルを狙っていることも。
そして、通常攻撃ではもう一度パリィを取られる可能性も考慮してるだろう。

となれば確実に、次は『準備』を整えたうえで『業魔の一撃』を放ってくる。
パリィ狙いの攻撃を完全阻止する、怨霊の囁き。
必殺技を放つ前に、必ず絶対迎撃の加護を使う。

――ここだ。

俺は手のひらで両眼を覆い、すぐに見開いた。
魔力を集中させた眼球は、普段と異なる視界を映し出す。

『霊視(クオリアビジョン)』――。
死してなお現世を漂う、本来目には見えない死者の霊魂。
その輪郭を捉え、観測する、ネクロマンサーにとってもっとも初歩的なスキルだ。

齧りたての死霊術師でもまず最初に習得するこのスキルを、俺はこれまで使えなかった。
単純な練度の不足だ。バロールの見立て通り、俺には魔法を扱う才能が足りてなかった。
怨身換装も実力不足を外付けパーツで無理やり補うためのズルでしかない。

イブリースとの最初の対峙で一度死にかけて、幽体離脱までして、
身体に染み付いた『死』の実感が、俺に霊魂の形を教えてくれた。
歪な近道ばかりしていたネクロマンサーとしての第一歩を、ようやく踏み出せた。

233明神 ◆9EasXbvg42:2021/05/17(月) 05:08:35
そして、見えた。

イブリースの巨体に重なるようにして、形容できない『何か』が居る。
霊視の精度がもうちょい高けりゃ見た目がハッキリ分かっただろうが、今はこれが限界だ。
確かにイブリースは、何者かの加護を受けて絶対の防御を成立させていた。

形が捉えられるなら、そいつをスペルの対象にだってできる。
中指に嵌めたローウェルの指輪が輝く。
引き出す効果は『ディスペル無効』と『効果範囲の収束』。それから――

「――威力の超強化だ!『終末の軋み(アポカリプスノイズ)』、プレイッ!!」

耳をつんざくような大音声は、聞こえなかった。
極限にまで収束した音の波は、周囲にわずかにも響くことなく、一振りの槍と化した。
音の槍は狙い過たず『亡者』へと直撃する。

囁きを――塗り潰す!

「今だ、畳みかけろっ!」

イブリースの迎撃防御が亡者の加護によるものなら、これで後の先を取られることはなくなるはずだ。
あとは純粋なDEFとATKのせめぎ合い。
俺にできることは――まだたくさん残ってる。

「陰気な亡者共に本場のロックを教えてやるぜ!
 歌えヤマシタ!feat.シェケナベイベ!『扇動の歌(スクリーム)』!」

ユメミマホロを模した革鎧がマイクを構え、シャウトを放つ。
本家マホたんとは遠く似つかないゴリゴリのデスボイス。
マル様親衛隊が一人、シェケナベイベが掻き鳴らしてた臓腑を揺るがすような重低音だ。

シェケナベイベとの戦いで、俺はデスメタルがただの騒音じゃないことを知った。
鼓膜だけじゃなく腹の底を震わせる熱さを持った旋律は、たしかに音楽だった。
さんざん聞かされて譜面はもう覚えた。
歌姫を再現した今のヤマシタなら、耳コピでアレンジまでやってのける。

魂の籠もったシャウトには、感情を揺さぶり聴衆を扇動する力がある。
イブリースの背後霊共はむき出しの魂。
俺がネクロマンサーとして対象を指定すれば、ダイレクトに音律が届く。
ましてや今はエコーズオブワースの影響下だ。器を持たない魂は、扇動に抗えない。

イブリースへの助言は継続的に塗りつぶされる。

そして俺は、カザハ君がイブリースに聴覚強化のバフをかけたのを見逃さなかった。
大音量のデスメタルを耳元でぶち鳴らされ続けてるようなもんだ。
足音や武器を振るう風切り音、戦闘者にとって重要な聴覚要素も音楽がねじ伏せる。

234明神 ◆9EasXbvg42:2021/05/17(月) 05:10:08
『作戦第二段階だ。やり方はなんでも良い、奴の翼を潰せ!』

カザハ君のボイチャ魔法越しに指示を飛ばす。
パリィ戦術は奴が地上で剣を振るってくれることが前提だ。
さっきみたいに上空から魔法で爆撃されたら対空攻撃の乏しいこっちが一気にピンチになる。

そして懸念事項はまだまだある。

イブリースには切り札と呼べる必殺技がもうひとつあった。
魔力の波動を伴った土石流、『冥獄憤激轟(ヘルガイザー)』。
俺たちが一撃で壊滅に追い込まれた範囲攻撃だ。

『このまま地上でパリィを続けてれば、イブリースは遠からずヘルカイザーを使ってくる。
 例の土石流も予備動作がでかい。奴が剣を地面に突き刺したら合図だ』

こいつのパリィに失敗すれば俺たちは今度こそ全滅する。
首尾よく避けられたとしても、スターズに当たれば作戦は失敗だ。
絶対に撃たせちゃならない。


【アポカリプスノイズとデスボイスで亡者の囁きを阻害。
 強化聴覚に騒音をしこたま打ち込んでデバフ。
 イブリースの翼を潰せ!】

235embers ◆5WH73DXszU:2021/05/24(月) 22:58:57
【スコーチド・タクティクス(Ⅰ)】


『――はい、バッドコミュニケーション――』

セルリアちゃんはとっても嫌そうな顔をした。

「なるほど。つまり――――嫌よ嫌よも好きのうち、って事だな?」

遺灰の男はめげない/くつくつと笑う。
言動自体に意味はない/ただ余裕ぶる事が出来ればよかった。
遺灰の男には記憶がある――根拠なんてない強がりに、何度も救われた旅の記憶が。

『すまんみんな…ほんの少し聞いてもらいたい事があるんだ』

ふと、ジョンが皆に呼びかけた。

『明神…君はもしかしたら僕を前線に出すのを躊躇ってるのかもしれない…僕が強いといっても普通の人間を範疇を超えられないから…』

『そりゃそうだろ。イブリースの二の腕見たかよ、力こぶが俺の頭くれーあったぜ。
 なんぼお前がフィジカルエリートだからって生き物としてのスペックが違いすぎるわ』

「……どうかな。俺の経験上、バフやポーションの助けがあれば――」

『実を言えば僕はブラッドラストが発現する前から全盛期ではなかったんだ
 最初から…いや君たちに同行するようになってから…そして君達に馴染めば馴染むほど…
 人を殺す事に違和感を感じれば感じる程…体に重りがついたように動かなくなっていった』

瞬間、遺灰の目の前で割断/粉砕されるテーブル。

『……え?は?あっ!?』

「――――――なるほどな。そういうパターンか」

遺灰の男=急性ボキャ貧を発症――動揺を禁じ得ない。

『……『ヨモツヘグイ』ってあるじゃん?』

「あー……言わんとする事は分かるけど。アレだろ、赤い水」

『人間の全細胞が新陳代謝で新しいのに置き換わるまでだいたい3ヶ月だったか。
 俺たちもかれこれ何ヶ月とこっちの世界に居るからな……
 もうだいぶ、アルフヘイム由来のタンパク質とカルシウムで身体が出来上がってんだろうぜ』

「その理屈で言うと俺達、誰一人として元の世界に戻れないんじゃ……いや、やめとこう。
 現世で飲み食いして生きてた人間があの世に行けるなら、その逆だって出来なきゃ嘘だ」

『この程度じゃイブリースに勝つ事なんて不可能だ…でも作戦を…時間稼ぎするなら僕は戦力になれるはずだ
 このPTで誰よりも細かい妨害が行えて、ゲージ消費が低コストで、それでいて前線に留まれる…
 そして絶対にイブリースの記憶にない攻撃を使える僕が…』

「……ヤツの守護霊が、二十一世紀の近代格闘技を見破れるか――試してみる価値はあるかもな」

二十一世紀の格闘技術――それは、集合知の結晶。
そこに『秘伝』なんてものは存在しない/あるのは、ただ『最新』だけ。
磨き抜かれた暴力の科学は――積み上げられた研鑽を愛する/無知を、置き去りにする。

236embers ◆5WH73DXszU:2021/05/24(月) 22:59:17
【スコーチド・タクティクス(Ⅱ)】

『もしダメだったとしても命を捨てるような真似はしない…だから僕を使ってくれ!みんな!』

『それはブラッドラストみたいな命を削るような力じゃないんだよね? なら……頼りにしてる!』
『……約束しろ、絶対に五体満足で帰ってくるって。
 なゆたちゃんが目を覚ましたとき、そこにお前が一緒に居なけりゃ、この戦いになんの意味もねえんだ』

「あー……」

エンバースの記憶/感性が空洞の胸の奥で疼く――後ろめたかった。
煌帝龍との戦い――エンバースは己の存在を燃やし尽くして、ダインスレイヴの刃とした。
間違った判断だったとは思わない/他の選択肢を探る猶予などなかった――それでも、不義には変わりなかった。

「心配いらないさ。次は、俺も上手くやる……さっきは、まだ体が温まってなかったんだ」

今度は、あんな事はしない――エンバースは、そんな事を素直に言葉にはしない。
エンバースはこういう時こそ、下らない焼死体ジョークを口にする。
そして本心をそこに埋める――汚いやり方だと自覚しつつ。

『ところで…………』

「……まだ、何かあるのか?」

『勢いでテーブル粉砕しちゃったけど…どうしよう…?』
『うん……全部終わったら、みんなで怒られにいこうぜ』

「――ストームコーザーさえ献上すれば大抵の事は許してくれるだろうさ。
 なんなら、今の内にもう少し悪さしておくか?勝手に宝箱漁ったりとか」

遺灰の男が立ち上がる/フラウを見下ろす――そこに委ねた少女を。

「フラウ」

相棒の名を呼ぶ/その傍らに膝を突く/両腕を広げる――白の触腕が少女を差し出す。

〈ああ、良かった。てっきり、私クッションか何かと勘違いされているものかと〉

「クッション代わりに使うには、お前は少し跳ねっ返りが過ぎるよ」

軽口の応酬/天幕の中に敷かれた寝具へ向かう――なゆたをそこに寝かせる。
遺灰の右手が少女の髪に触れた/エンバースならそうしたから――だけではない。
ハイバラとしての記憶/遺灰の男としての記憶――二つの敬愛が、衝動と化した結果。

「……すぐに戻ってくる。約束するよ」

遺灰の男が立ち上がる/セルリアちゃんを振り返る。

「――行こう、セルリアちゃん。イブリースがいつ俺達を追ってくるか分からない」

237embers ◆5WH73DXszU:2021/05/24(月) 22:59:29
【スコーチド・タクティクス(Ⅲ)】


セルリアちゃんの助けを借りて、遺灰の男はフルス水系に降り立った。
セルリアちゃんが心の底から遺灰の男をキモがっていなければ、
「何をするつもりか」と言った問いが得られるはずだ。

「――イブリースは、この世界はゲームじゃないって言ってたけど……俺には、そんな事は関係ない」

もっとも、仮にセルリアちゃんが本気で遺灰の男をキモがっていても、そんな事は関係ない。
遺灰の男は手前勝手に喋り出す――エンバースと全く同じ口調で/ハイバラと全く同じ論調で。

「結局、すべき事は何も変わらないんだ。ゲームだろうと、ゲームじゃなかろうと。
 敵を知り、己を知れば……ってな。逆に言えば、敵を知らなければ、百戦には勝てない。
 まあ、一戦くらいはまぐれで勝てる事もあるかもな。さっきみたいに――だが、いつかは負ける」

遺灰の男が川沿い=タマン湿生地帯との境界線を歩く。

「さて……果たしてイブリースは俺達の事を十分に理解出来ているのかな」

時折、遺灰の男は立ち止まる/傍らの相棒に何か指示を出す――また歩き出す。

「……いいや、そんな訳がない」

遺灰の男の口元――軽やかな/燃えるような、笑みが浮かんだ。

「――――セルリアちゃん。ここはもういい。次の地点へ運んでくれ……どうした、もっと近くに寄ってくれ。
 この体だ。転移に何か不備があっても大したダメージにはならないが、タイムロスは避けたい。それに――」

遺灰の男がセルリアちゃんとの距離を詰める=確信犯の微笑み。

「――セルリアちゃんと離れ離れになるなんて、俺にはもう耐えられそうにないからさ」

238embers ◆5WH73DXszU:2021/05/24(月) 23:00:06
【スコーチド・タクティクス(Ⅳ)】


『こんなところに隠れていたか。アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ども――』

覇王軍野営地に空間の裂け目が生じる/そこから響く声――イブリースが現れた。

『覇王軍の中に紛れていれば、オレが周囲の被害を懸念して大技を控えるとでも思ったか?
 生憎だが、オレは貴様らを始末することができるなら――周囲にどれだけ被害が出ようと構わん……!』

「まさか――お前をグランダイトに擦り付けるのは、最後の手段だ」

遺灰の男はほんの数分前に、下準備を終えてこの場に戻っていた。
加えるなら、この言動は完全な虚言――だがイブリースにその判別は付かない。
覇王軍との交戦はグランダイトとの敵対と同義――その為の余力を意識させられるかもしれない。

『何者だ!?』
『魔物だ! 排除しろ!』

「おっと、よしてくれ。アイツは俺達の客人だ」

フィンガースナップ/指先から踊る火花――炎壁が兵士達を妨げるように/護るように、地を走る。

『よし、行くぜ! みんな集まれ!』

ルブルムが小さな翼の模型を掲げる/瞬間、異邦の魔物使い(ブレイブ)一行を空間の歪みが包む。
次の瞬間には、遺灰の男は覇王軍の野営地を遠く離れて――草原の、何処かにいた。
やや遅れて、再びすぐ傍に『門』が開く――イブリースが現れた。

「そらよ」

引火した酒瓶を投擲――無論、そんなものが通用する相手でない事は分かっている。
それでも相手が追跡を諦めないと分かっているなら、待ち伏せをしない理由はない。

「さて――明神さん。指輪を貸してくれ。すぐに、返しに行くからさ」

そんな事を何度か繰り返して――遺灰の男はタマン湿生地帯に辿り着いた。

「ここは俺達に任せて、先に行け。ここの地形じゃ、アイツの範囲攻撃を避けるのは骨が折れる」

遺灰の男が血塗れの朱槍を構える/振り返らないまま仲間達へ呼びかける。

「明神さん、アンタは特にな――心配いらないさ。
 俺は前の世界じゃ、太陽に見放された暗闇の中で戦った事もある。
 闇溜まり――ああ、懐かしいな。あそこに比べれば、ここは何もかもがよく見える」

遺灰の男が笑う/嗤う。

「やってやろうぜ、ジョン。どうせ、どう足掻いたってやらなきゃいけないんだ」

それは、鍛え/磨き/研ぎ澄ました技を持つ者が、それらを振るう前に浮かべる笑み。

「それなら――せめて、楽しまないとな」

エンバースの/ハイバラの記憶が鮮やかに燃え上がる。
望まぬ殺しに苦しんだ記憶が/一日長く生き延びた事に安堵した記憶が。
苦悩と安堵の緩急に心を摩耗させて/開き直り――高まる技量に悦んだ日々の記憶が。

239embers ◆5WH73DXszU:2021/05/24(月) 23:00:43
【スコーチド・タクティクス(Ⅴ)】

〈――あなたは、誰なのですか〉

ふと、足元から聞こえた声。

〈ハイバラ?それとも……あり得ない。私が、それが分からないなんて……〉

不安に震える声――その主が望む/安らぐ答えを、遺灰の男は持たない。

「……俺は、全てを思い出したはずだった。なのにどうしてか、俺は今でも俺のままだ。
 お前には……悪いと思ってるよ。こうなるつもりなんて、なかったんだ――本当にさ」

返事は、ない――代わりに聞こえる、木々が薙ぎ倒されていく音。

「おでましだ――集中しろよ、フラウ」

お誂え向きに、遺灰の五体が殊更に軽くなる/遠隔付与された【フライト】のバフ――交戦準備は万端。

〈分かっています――〉

鬱蒼した植物の向こう側に、イブリースの姿が見えた。
遺灰の男の左手、その指先が小さく/かつ規則的な動作を取る。
かつての冒険でフラウと定めたハンドサイン――機動戦に持ち込め/翻弄しろ。

〈――だから、もう何も言わないで〉

瞬間――密集する草木の隙間を縫うように奔る、白い閃光。
死角からイブリースへ迫る触腕の刃/狙いは眼球――だが、それはフェイク。
劣悪な視界の中で防御意識を顔面に向けさせ――そこに、本命の脛斬りが襲いかかる。

上段からの脛斬り――真に極めた戦闘技術は、たとえ肉体が変容しても錆び付く事はない。
『不幸にも』ハイバラの一巡目は、剣を極めるには十分過ぎるほど殺しの機会に満ちていた。

『ふん!!』

しかし――数多の命を奪ってきたその剣技も、イブリースには届かない。
轟音と突風を生みながら業魔の剣が唸る/草木が――白の触腕が宙を舞う。

「――よくやった」

だが、問題はない――遺灰の男は既に血塗れの朱槍を逆手に握り、振りかぶっていた。
魔物の膂力/人間の骨格から放たれる投擲――真紅の槍が閃きと化す。
イブリースは剣を振るった直後=必殺のタイミング。

『……む……!』

にもかかわらず、イブリースは驚く素振りも見せない。
振り抜いた直後の大剣を小枝の如く操る――朱槍を弾き飛ばす。
十全の切り返しではなかった筈――それでも、遺灰の投擲は軽々と凌がれた。

『――!! 見つけたぞ、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ども!!』

イブリースが左手を遺灰の男/ジョンへと突き出す――爆発的に高まる闇の瘴気。
【闇撃琉破(ダークネス・ストリーム)】が来る――命がけの鬼ごっこが始まる。

「……二手に分かれよう。俺とフラウが陽動する。罠の配置はさっきマップで説明した通りだ」

手短な作戦確認――遺灰の男の姿が草陰の中に消える。
木々の狭間――そこに揺蕩う闇色の眼光/純白の閃光。
フィンガースナップの音――木々が燻るように燃える。
闇色の炎があちこちで踊る――遺灰の姿は、見えない。

240embers ◆5WH73DXszU:2021/05/24(月) 23:01:37
【スコーチド・タクティクス(Ⅵ)】

不意に、イブリースの背後から迫る手斧の投擲――容易く防御される。
その軌道を逆算/遡るように撃ち返される、闇撃琉破。
だが、遺灰の男は既にその軌道上にいない。

響くフィンガースナップ/宙を奔る闇色の火花――狙いはイブリース、ではない。
狙いは――事前に交戦予定地に設置した、瓶詰めの火薬/油のトラップ。
引火/爆発――踊る爆炎の奥――イブリースはよろめきもしない。

『ち……』

「楽しんでくれているか?おもてなしの準備は万端だぜ」

遺灰の男は落胆しない/あえて話しかける事で次の罠への誘導を行う。
フラウの触腕を利用したワイヤートラップ/ウィップトラップ/ステークトラップ。
十重二十重に張り巡らせたトラップを――イブリースは物ともしない/避けようとすらしない。

足を絡め取るワイヤートラップ――直前に察知され、切り払われた。
触腕の「しなり」を利用したウィップトラップ――力任せに弾き返された。
針地獄のように敷き詰めたステークトラップ――まるで霜柱の如く容易く踏み砕かれた。

『ははあ、ゲリラ戦術とは考えたにゃぁ。
 まっ、弱っちい方が圧倒的戦力差を埋めるには、地の利に頼るしかにゃーで。
 にしても付き合いきれんにゃ。イブリース、アタシたちは見晴らしのいい場所で観戦させてもらうがね。
 タラちん、行こみゃぁ』

「はは……継承者二人がこれで脱落か。戦果は上々だな」

遺灰の男――精一杯の強がり/やや引きつった笑み。

「……ジョン。そろそろ、予定の地点だ」

風の念話を通して、遺灰の男はジョンに呼びかける。
ここまでに張り巡らせた罠の全てが、イブリースには通用しなかった。
そこまでは――遺灰の男の予想通りだった/その程度の事は、起きて当然だった。

そして――それら全てが伏線だった。
イブリースはこれまでに仕掛けられた全ての罠を突破してきた。
イブリースの圧倒的な力と未来予知じみた危機察知能力にはそれが可能だった。

だからこそ、イブリースは次の罠を避けられない。
問題は――その最後の罠を発動出来るか、どうか。

罠の発動にはイブリースと遺灰の男がそれぞれ所定の地点にいる必要があった。
つまり――追い込まれながら誘導する方法では、罠の発動に漕ぎ着けられない。

「――ジョン、頼んだぜ」

故に、遺灰の男はジョンに頼った――独力で、イブリースを指定の地点へ誘導してくれと。
危険で/困難な試みであると分かっている――それでも、やってくれと言った。
作戦上そうせざるを得ないからではなく――ジョンを、信じたから。

そしてその頼みを、ジョンは必ず成し遂げる――成し遂げた。

241embers ◆5WH73DXszU:2021/05/24(月) 23:02:23
【スコーチド・タクティクス(Ⅶ)】

「――かかったな、イブリース」

遺灰の男が声を上げる――イブリースはその背に、強烈な魔力の昂りを感じるだろう。
高く掲げた遺灰の右手には、剣身が半ばまで溶け落ちた直剣があった。
イブリースが放った瘴気/魔力を長大な刃に変えた、直剣が。

イブリースは、きっとそれを鼻で笑う/その程度の代物が切り札かと――その見識は概ね正しい。
煌々と/禍々しく輝く刃は凄まじい威力を秘めている――だが、業魔の一撃には遠く及ばない。

「言っておくが、お前と剣術勝負なんかしてやらないぜ」

イブリースの見識は概ね正しい――その見識自体が見当外れであるという事以外は、概ね。

「もう、そんな必要ないんだ」

魔力の刃が、弧を描いた――イブリースの首よりも、遥か下方へ向かって。

『ぐ、お……!?』

瞬間、イブリースがよろめく――その体に傷一つ負う事のないまま。

「お前は既に、俺の仕掛けた罠の上にいるんだからな」

魔力が構築する無形の刃が斬り裂いたのは/遺灰の男が仕掛けた最後の罠は――地面。
フルス水系の川岸から地形を観察/フラウが触腕の楔を打ち込んだ崖際が、崩落する。
密集した草木がイブリースの巨躯を絡め取る/切り崩された地面もろとも落ちていく。

誘導役を担ったジョンには既にフライトが付与されている。
巻き添えは避けられる――肝を冷やす事にはなるだろうが。

「さて、そのままドボンと行ってくれると助かるんだが――」

『フン!!』

「――ま、そう簡単にはいかないよな」

苦々しげな声――業魔の剣がイブリースを絡め取る植物と地面をまとめて斬り裂いた。
そして、イブリースはそのまま黒翼を広げ、空中に静止――上空へ急速に飛び上がる。

『莫迦どもめ』

「ま……ひとまずはミッション・コンプリートだ。行こうぜ、ジョン」

遺灰の男の左腕が燃え上がる/その炎を前方へ薙ぎ払う――炎の緞帳がイブリースの射線を遮る。
闇撃琉破が湿生地帯を薙ぎ払う――だがその時には既に、遺灰の男/ジョンはそこにはいない。
イブリースは何度か盲撃ちの波動で湿生地帯を砲撃した後――フルス水系を見下ろした。

遺灰の男はそれを見上げて、努めて友好的に右手を一振り。

「さあ――来るぜ、明神さん。指輪、今の内に返しとくよ」

イブリースが猛然と降下/接近――ブレイブ一行を見下ろす。

『いじましい戦い方だな……今までも、そうやって姑息に勝ちを拾ってきたという訳か。
 オレをまんまと誘い込んだつもりだろうが――それならばそれで構わん。
 貴様らの悪足掻きなど、オレたちの怨嗟と憤怒の前には何の意味もないということを知るがいい!
 地獄の底でな……!!』

「御託はいい――かかってこい、イブリース」

飾り気のない挑発/口元には不敵な笑み。

242embers ◆5WH73DXszU:2021/05/24(月) 23:03:48
【スコーチド・タクティクス(Ⅷ)】

『沼地のわくわくピクニックは楽しんでもらえたか?
 せっかくニヴルヘイムのクソ田舎からご足労いただいたんだ、おもてなしはまだまだこっからだぜ』

「さっき崖から落っこちた時みたいな、間抜けな声。皆にも生で聞かせてやってくれよ」

イブリースが中洲に着地――冷徹に戦場を見渡す、憎悪に満ちた双眸。
怒りと怨嗟に燃えていても、イブリースは百戦錬磨の武人。
その眼光が、戦況を見誤る事はない。

『あれが貴様らの切り札か。
 ならば、早めに潰させて貰う!』

イブリースがスターズを睨む/翼を広げ――3メートル超の巨躯が突風と化す。
遺灰の男が応じるように地を蹴る/吶喊するイブリースの軌道上に割り込む。
敵の助走距離/加速は十二分=当然、パリィは困難――だが、やるしかない。

『やらせません……! 『真空刃(エアリアルスラッシュ)』!!』

しかし――遺灰の男に先んじて、イブリースの進路を遮るものがあった。
ブリーズの放った真空刃/凄まじい弾幕密度――回避も防御も困難。
そして――実際、イブリースは回避も防御もしなかった。

業魔の剣を、一振り――たったそれだけで全ての真空刃が掻き消された。

『邪魔だ!!』

それでも、イブリースは標的をスターズからブリーズへと切り替えた。
そう驚くような事ではなかった――畢竟、イブリースはこう思っている。
どうせ最後には全員殺せる――だから、簡単に誘いに乗る/抑えが効かない。

そういう振る舞いを、遺灰の男はタマン湿生地帯での鬼ごっこで十分に見てきた。
だから遺灰の男は既にブリーズの傍らにいた/血塗れの朱槍を下段に構えて。
イブリースが迫ってくる/業魔の剣を振り上げる――隙だらけの大上段。

「……なあ、イブリース――」

瞬間、遺灰の男が動く――重心移動/全身の連動=梃子の原理を以って跳ね上がる穂先。
鋭く弧を描く真紅の刃――狙いは剣に先んじて前に出る、イブリースの右手。
最も軽く/最も威力の乗らないそこを小手斬りの要領で――叩く。

響く金属音――朱槍は狙い通り、イブリースの小手を強かに打ち付けた。
そして、それだけだった――遺灰の男のカウンターは完璧だった。
その完璧なカウンターが、イブリースの膂力に押し負けた。

「――あんまり、俺達を舐めない方がいいぜ?」

そして――だとしても何の問題もなかった。
あとコンマ一秒にも満たない時間の後、遺灰の男は叩き斬られる。
ブリーズごと真っ二つにされて負ける――――もし遺灰の男が、一人で戦っていれば、だが。

遺灰の男のカウンターは、イブリースの膂力に押し負けた。
だとしても――コンマ一秒の半分くらいは、イブリースの斬撃を遅らせた。
それだけの時間があれば人類最高の肉体を持つ男が、渾身の一撃を放つには十分すぎる。

『……なに……ッ!?』

ジョンの一撃が、業魔の剣を弾き返した。

243embers ◆5WH73DXszU:2021/05/24(月) 23:05:09
【スコーチド・タクティクス(Ⅸ)】

「――ここからだ」

真に迫る、遺灰の呟き。
イブリースの一撃をパリィした。
だが、まだスタートラインに立っただけ。

「カザハ!バフを寄越せ――ありったけだ!」

バフを寄越せ=事前に取り決めた符丁――【幻影】の使いどころ。
朱槍を打ち捨てる/溶け落ちた直剣を抜く――渦巻き/集う風刃。
先ほどブリーズが放ち、そして一掃された真空刃の再利用。

イブリースに挑むには、あまりに頼りない旋風の刃。
そこに、遺灰の全身を覆う闇色の聖火が巻き込まれていく。
陽炎が――或いは幻影の援護が、生成された魔力刃の規模を誇張する。

「喰らえ――――」

偽装された必殺の一撃――対するイブリースは、一切動じなかった。
まるで何をされようと全て対応出来るとでも言わんばかりに。
故に――遺灰の男は、ほくそ笑んだ/予定通りだと。

「――なんてな」

溶け落ちた直剣が描く逆袈裟の軌道――魔力の刃は、嘲笑うように空を斬った。

『――威力の超強化だ!『終末の軋み(アポカリプスノイズ)』、プレイッ!!』

終末の軋み――聞こえたのは、明神の声だけだった。
だが遺灰の男は、その遺灰の五体故に、確かに感じ取っていた。
自分のすぐ隣を通り過ぎた――ほんの微かな/だが矢のように鋭い、空気の震えを。

『今だ、畳みかけろっ!』

だから――遺灰の男は誰よりも早くイブリースの懐に飛び込んでいた。

「さあ、今度こそ――正々堂々、剣術比べと行こうぜ」

下段に構えた直剣――イブリースは既に知っている/遺灰の男には剣術のスキルがある。
だからこそ予測出来る――構え/視線/踏み込みから――喉元への刺突が来ると。
だが、イブリースはまだ知らない――遺灰の男/ハイバラのやり方を。

遺灰の男の左手が弧を描く――直剣を右手に残したまま。
空を掻く遺灰の左手は自壊/宙を舞い――イブリースの顔面に降りかかる。
これが遺灰の男の/ハイバラの剣技――生き残る為に磨いた、恥晒しの/負け犬の剣。

「おっと、悪い。手がもげちまった――わざとじゃないんだぜ。アンデッドあるあるさ」

嘲笑混じりの声/悪びれもなく投擲する酒瓶――こちらはお馴染みの戦術。
刃物よりも燃える液体の方が、より多くの魔物に対して効果的。
例えば強固な甲冑を身に纏った相手などには、特に。

244embers ◆5WH73DXszU:2021/05/24(月) 23:06:14
【スコーチド・タクティクス(Ⅹ)】

「コイツは、お詫びの品だ。味わってくれ」

フロウジェン・ロック=永久凍土フロウジェンの名産物。
だが――フロウジェンはこの世の始まりから永久凍土だった訳ではない。
同様にフロウジェン・ロックもまた――最初からフロウジェンの名産物だった訳ではない。

その始まりは、凍土と化したフロウジェンの山々に住まう猿人族が、山の神に捧げた祈り。
山の神は己を幾久しく崇め奉り/信仰する事を代償に、猿人に恵みを齎した。
分厚い雪にも負けず育つ作物を/冬にこそ甘く甘く実る果実を。

雪解けの跡に残る、肌の温度で溶ける酒の鉱脈を。

食めば汗を掻くほどに体を温め、長く燃える神の恩寵。
それが十三の魔術的工程を経る事で、フロウジェン・ロックは誕生した。
要するに――フロウジェン・ロックは甲冑を纏った相手を蒸し焼きにするには最適な武器だった。

『作戦第二段階だ。やり方はなんでも良い、奴の翼を潰せ!』

「おっと、言ったな明神さん。俺にやり方を任せて――いいんだな?」

『このまま地上でパリィを続けてれば、イブリースは遠からずヘルカイザーを使ってくる。
 例の土石流も予備動作がでかい。奴が剣を地面に突き刺したら合図だ』

「……いや?アイツはもうヘルガイザーを使えないぜ?」

遺灰の男の応答=極めて芝居がかった口調。

「俺達の前で剣を下ろして、地面に突き刺すって?はは……冗談キツいぜ。
 そんな事をしたらどうなるか――アイツが分からない訳ないじゃないか」

遺灰の男が笑みを浮かべる――新たに思いついた攻略法をこれから試そうとする、ゲーマーの笑みを。

245ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/05/29(土) 20:08:38
>「こんなところに隠れていたか。アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ども――」

「そんなに遅れずに来るとは思っていたけど…あまりにも…」

何らかの力で位置を把握しているとは思っていたが…にしてもそんなに時間は経ってない。
足止めで残った連中は決して弱くはない…倒してから速攻向かってきたのか…少なくとも怪我という傷は見当たりそうにない。

足止めに残ったメンバーは全員…もうこの世にはいないだろう。僕なら確実に止めを指している。

>「ブリーズ……生き残るよ、一緒に。テュフォンはきっと君にも生きてほしいと思ってる……」

カザハを見たのは同情を感じたから、負い目を感じたからだ。
カザハの同胞達は間違いなく死んだ。いや、最悪の場合死んでいたほうがよかったという状況だってありえる。
イブリースはそんな事をするタイプではないのは今までのやり取りで分かっている。しかし、背後にいる道化猫とその主人は例外であろう事も…また知っている。

でも…狼狽えている僕に比べてカザハの瞳には決意が現れていた。
決して復讐を忘れたわけでもなく、ただ冷静に、自分の役目を全うしようとする瞳だった。

>『覇王軍の中に紛れていれば、オレが周囲の被害を懸念して大技を控えるとでも思ったか?
 生憎だが、オレは貴様らを始末することができるなら――周囲にどれだけ被害が出ようと構わん……!』

>「ハナからお前に仏心なんざ期待してねえよ。
 鬼ごっこ始める前にトイレ行ってたら出遅れちまっただけだ」

>「まさか――お前をグランダイトに擦り付けるのは、最後の手段だ」

しっかりしろジョンアデル!また醜態を晒すつもりか!腹を括れ!奮起しろ!もう後ろを向くのも!怯えるのも!もう終わりにしろ!!!

>「よし、行くぜ! みんな集まれ!」

「あぁ…くそ!」

テレポートする瞬間。僕はイブリースに向かって中指を立てた。

246ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/05/29(土) 20:08:52

>「ドーピングするなら今のうち……オールフライト!」
>「ウィンドボイスネットワーク」
「僕もバフを掛けておこう…雄鶏乃栄光!対象エンバース!そして…ジョンアデル。」

最前線に僕と一緒にエンバースにバフを掛ける。出し惜しみする余裕なんてない。
やれることを全てやっても、決して勝率は高くないのだから…

体を軽く動かす。軽く。がいつもの全力に等しい程の力になっているのを実感する。

しかし、人間だけに限った話ではないが、この世の殆どの物はいきなり性能が1・5倍になるようにはできていない。
基礎を変えずに性能だけ上げればどうなるか…大抵は想定された寿命より遥かに早く壊れるだろう…それは僕の体も例外ではなかった。

カザハが掛けるタイプのバフは基礎も上げてくれる。しかし、部長のバフは例外だ。
雄鶏乃栄光や雄鶏守護壁は人間も対象に選べはするが…文字通り攻撃力と防御力を上げてくれるだけだ。外部的な衝撃は確かに軽減される…
けど体を動かした事による内部的なダメージは本人にそのまま帰ってくる。

バフを大量に掛けられることがある程度前提なモンスター達はいい、…けど人間はそんな事想定されているわけがない。
王都の牢屋であまりに暇だった時に試した時は…軽く腕降っただけで肩が外れた。

部長は火力キャラではない。防御力の恩恵は確かにあるが、イブリース相手には受けに回る事そのものが愚策だし、しかしそれだと攻撃力アップが台無しだ。
なら部長はスピードを担当し、僕が火力を補う…それが僕達新ジャンルのブレイブの戦い方だ!

>「やってやろうぜ、ジョン。どうせ、どう足掻いたってやらなきゃいけないんだ」

どこまで通用するかじゃない…通用させなきゃいけないからな

>「それなら――せめて、楽しまないとな」

「楽しまないと…か…さすがゲーマーはいう事が違うなあ!」

>「――!! 見つけたぞ、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ども!!」

>「……二手に分かれよう。俺とフラウが陽動する。罠の配置はさっきマップで説明した通りだ」

「無理はするな!…あはは。僕が言えた事じゃないか…さて…」

エンバースを見送った後部長のアイテムボックスからアイテムを取り出す。
そしてエンバースを攻撃するために上空に飛び出したイブリースに向けて。

「まずは体の調子を確認するついでに…ハッホッ!」

イブリース目掛けて投げナイフを3本投てきする。
僕の投てき技術と、魔法によって強化されたパワーによって目では負えない速度でナイフは飛んでいく…しかし。

>「莫迦どもめ」

上空に飛び立ったイブリースが無差別に衝撃波を放つ事をで、ナイフや、エンバースの攻撃諸共吹き飛ばされる。

「位置を悟らせない為にナイフにしたけど正解だったな〜…一つ一つがこんな出鱈目威力とは…
まあいいや…これからこの戦いにつきってもらおうか、イブリースさん」

>『ははあ、ゲリラ戦術とは考えたにゃぁ。
 まっ、弱っちい方が圧倒的戦力差を埋めるには、地の利に頼るしかにゃーで。
 にしても付き合いきれんにゃ。イブリース、アタシたちは見晴らしのいい場所で観戦させてもらうがね。
 タラちん、行こみゃぁ』

>「はは……継承者二人がこれで脱落か。戦果は上々だな」

「っていうより道化猫はどっちが勝とうと興味ないって感じじゃねーかな…そもそも観戦するって言葉そのものが信用できないね」

道化猫が高見の見物を決め込み、邪魔したら殺す。と紙を括りつけたナイフを投げておく。

どれだけ効果があるかはわからんが。

247ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/05/29(土) 20:09:05
>「……ジョン。そろそろ、予定の地点だ」

「予定よりだいぶ早く進行しているな…くそ…」

罠を半分は踏み抜き、半分をまるである事を知っているかのように回避する。
まさにチートの塊だ。姿を迂闊に見せれないせいでナイフでちまちまけん制するしかできないもどかしさ。
バレたら殺されるという恐怖からくる精神的なダメージ。最悪な事を上げたらキリがない。

>「――ジョン、頼んだぜ」

「例の作戦か…せめて事細かくどんな事が起きるか説明は欲しかったけど…まあ君が悪いようにしたことないしな…任せてくれ」

エンバースは一言頼んだ。というと前線を離脱する。ここからエンバースに頼まれた位置まで移動するにはある事をする必要がある。

「スー…ハー…」
「ニャ…」

部長のバックから銃を取り出す。

絶対的な条件の一つ。まずイブリースに俺の場所をばらす事。しびれを切らして空に飛び出したらエンバースの作戦だけじゃなく、全員が危険に晒される。
そしてもう一つは当然…生き残って合流地点まで行くこと。

バババババババッ

鬱蒼とした森に銃声が響き渡る。

「雄鶏疾…!」

逃げるためにスペルカードを発動しようとした瞬間だった。

ドゴオオオオオオオン

僕が上っていた木が木っ端みじんに粉砕される。

「雄鶏疾走!くそっ!場所がバレてから攻撃が飛んでくるまでが速すぎるだろ!!」

「にゃあああああ!」

加速した部長に捕まり全速力で森を掛けていく。しかし、背中に確実に死の気配が迫ってきていた。

部長はたしかに早いが木や植物を回避しながら目的地に進んでいる…しかし
イブリースは木をなぎ倒しながら文字通りまっすぐこっちに向かってきている!

10秒後…効果が切れた瞬間魔法で撃ち落とされるのは目に見えていた…なら!

「雷刀!」「漆黒衣!」

効果が切れる直前と部長から飛び降り、勢いそのまま刀を振り下ろす!

ドオオオオオオオオオオオオオオオン!

おおよそ刀と生物がぶつかったとは思えない音を立てる。

刀は折れていない。スペルカードで生まれた事刀を魔法で打ち消される事はあっても、物理的な衝撃で壊れる事など決してない。

しかしそれを振るう人間は例外だ。

「嘘だろ…?今のは普通に死ぬ衝撃だぞ・・・」

両手に力が入らない。折れてはいないようだが…完全に痺れている。
数分あれば治るだろうか?いや、たぶん今までの経験上治るとは思う。だけど…。

イブリースが見逃してくれるかどうかは別問題だった。

「ハア…ハア…純粋にイブリース…アンタはどうして戦うんだ?
あんなあんたが戦ってるのに高見の見物を決め込んでいる胡散臭いあんたを信じてない道化猫を連れて…なにを成し遂げたいっていうんだ?」

時間稼ぎ…数秒でいい…握力が多少でも戻れば…また部長に捕まって移動できる。

「僕が言うのもあれだが…時間を戻して、元の通りってわけにはいかないと思うぜ」

イブリースは回答の代わりにを構えを変える。

接近戦を挑んでくるか…魔法で広範囲を薙ぎ払ってくれるなら部長だったけど…確実に接近戦で殺そうとしてくるのなら…部長で逃げるのは無理だな…

「…守る者が違う以上いくら話しても話は平行線か…」

腕は万全とはいえないがやるしかない。最低限の時間は稼げたと…今は喜ぶべきだろう。
エンバースから指定された場所までもう少し…決していけない距離ではない。

信じてくれたエンバースの為に…みんなの為にこんどこそ…約束を

「……お互い大切なものを上手く守ってみようか」

248ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/05/29(土) 20:09:16

戦いは一方的だった。

一発一発が即死級なパンチ・キック・尻尾の叩きつけ。
それを裁くので精一杯で一切反撃できない僕。

魔法のように大きな音もしなければ、一見して静かな戦いに聞こえる。
避けているのだから余裕そうとも取れるかもしれない。

攻撃が僕の頬を掠めていく度に僕の集中力は確実に削られていく。モンスターよりも破壊力を持ち、そして今まで経験したどの攻撃よりも早く。
例え巨漢が凶器を持っているぐらいじゃ恐怖すら感じない僕が…怯えれるほどの

帝龍のレイド級モンスターと合っていなかったら…それに対する認識が甘かったら油断して攻撃をもらって死んでいたかもしれない。
ロイと戦っていなければ人間ではない者との闘いのコツが分からず死んでいたかもしれない。

今までの人生経験をフル活用して…攻撃を避けていた。

拳が外れる度、真後ろにある木が粉砕される。そして逃げる僕はその木すら、気を使って逃げなければならない。
極限状況下に置かれた僕は、少しずつ、追い詰められた。そして、その集中力の低下を決してイブリースは逃さない。

確実に死は目の前に迫ってきていた。

だけど僕にも希望があった。目の前までエンバースが指定した場所が迫ってきたのだ。
やった!辿り着いた!その時足から嫌な音が聞こえた。

骨の折れる音だった。

そして

メキイッ

嫌な音を立てながらイブリースの拳が腹部にめり込み…そして勢いよく弾き出される。

「ゴホッゴ…」

口から大量に血があふれ出る。純粋なダメージだけではなかった。体に掛けたバフというドーピングの反応もあった。
自分の限界を気にしていられるほどイブリースは甘い相手ではなかった。そしてそれを逃すことも。

イブリースはすかさず追撃にでる。…ここまでか、そう思った…しかし。

>「――かかったな、イブリース」

>「お前は既に、俺の仕掛けた罠の上にいるんだからな」

エンバースがそういうと地面が落下を始める。

まだ痛みで気を失うわけにはいかない。根性でフライトや全てのバフを力を借り、エンバースの元に上昇していく。

バチャッ

バロール印のポーションを部長から取り出し頭から被る。

「……はあ…はあ…ふう!安物じゃなくバロール印のポーションは飲む必要なくていいな…即効性もあるし。流れた血はどうにもならないけど…」

精一杯の強がりを見せる…弱みを見せてはいけない…その一心で

>「いじましい戦い方だな……今までも、そうやって姑息に勝ちを拾ってきたという訳か。
 オレをまんまと誘い込んだつもりだろうが――それならばそれで構わん。
 貴様らの悪足掻きなど、オレたちの怨嗟と憤怒の前には何の意味もないということを知るがいい!
 地獄の底でな……!!」

>「ま……ひとまずはミッション・コンプリートだ。行こうぜ、ジョン」

「すまない…ほんの少しだけ待ってくれ…いや…いける。いこう」

249ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/05/29(土) 20:09:26
>「あれが貴様らの切り札か。ならば、早めに潰させて貰う!」

>「やらせません……! 『真空刃(エアリアルスラッシュ)』!!」

全速力で向かっているが…僕の動きは遅かった。ポーションを飲んで傷そのものはなくなった…しかし痛みも、体から出た血も、すぐには戻らない。
なにより厄介なのは体が限界を覚えてしまった事だ。体が無意識に僕を縛る、壊れないように、また無茶苦茶をしないように、と。

ほんの僅かな差ではある。けど…人の命が一秒もあれば決まる場所に僕は今いるのだ。

イブリースの大剣がブリーズに迫る

>「カケル! 『乱気流(タービュランス)』!」

カザハの一撃で動きが鈍る。しかし止まらない。

あれほど息巻いておきながら、戦いについていけない。意識が朦朧としてくる。

>「……なあ、イブリース――」

エンバースのカウンターが決まる。それでも力で、暴力でイブリースは押し切ろうとする。

>「――あんまり、俺達を舐めない方がいいぜ?」

ほんの僅かな遅延。しかしイブリース相手に稼いだ時間。僕の遅れた脚でもたどり着けるように…みんなが作った時間。

イブリースの目の前に到達した。本当なら間に合わなかったであろう場所に僕はこれた。

「ありがとう」

ガキィンッ!!

>「……なに……ッ!?」

間一髪パリィに成功する。無我夢中であったが間に合った。

「もう後悔なんてしてやるもんか」

悔しそうな顔を滲ませるイブリースに向かって僕はキメ顔でそういった

250ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/05/29(土) 20:09:38
>「今だ、畳みかけろっ!」

明神の叫び声が聞こえる。みんなの声も聞こえる。戦闘音も・・・

>『作戦第二段階だ。やり方はなんでも良い、奴の翼を潰せ!』
>「おっと、言ったな明神さん。俺にやり方を任せて――いいんだな?」

作戦と、それに対するいつものエンバースの皮肉交じりの言葉遊び。

僕は膝から崩れ落ちたまま動けないでいた。時間で言えばそんなに長い時間戦っていたわけではない…が。

僕の体は限界を迎えていた。いや体だけじゃない、精神も。
怪我をしたわけではないのに口や鼻から溢れ出る出血…死の恐怖が近くを連続で通り過ぎた事による精神的なダメージ…。

「立ち上がらない…と…」

体が重い、痛い。回復以上に体が壊れる速度が速い。

でもそれがなんだ?この世界に来てから僕が何回死にかけたと思ってる?
血が溢れたからなんだ!そんな理由で休んでられるか!

ガッキイン!

誰よりも早く飛び出し、刀をイブリースに振りかざす

「僕が抑える!!!なんでもいい!僕の事は気にせずかませ!!!!!」

目にも止まらない乱撃でイブリースを威嚇する。イブリースに他の事をさせないように。
体を動かせば動かすほど、激痛で体の動きが鈍っていく。でも気持ちで、感情で押し切る

「部長!」

「にゃあああああ!」

イブリースがしびれを切らし、大振りで無理やり引きはがそうとしてくるなら部長の突進を当てる。そして肉薄する。

「守り抜ける機会がもう1度あればなんて甘ったれるなよ!後ろを見続けているような奴に負けるつもりはない!!」

僕だってできるならそうしたいさ!僕だって…シェリーが死んだあの時から…一秒だってそう思わなかった事はない…けど
それで死体の山の上に立たされた二人に申し訳がたたないし、親切にしてくれた人を手に掛ける事だって気づいたから…みんなが気づかせてくれたから…。

だから特にイブリース。お前には負けてやれないんだ。

【誘導成功】
【バフ盛り盛りでイブリースと対等のように立ち回るも反動でダメージ】

251兇魔将軍イブリース ◆POYO/UwNZg:2021/06/03(木) 00:29:15
《イブリース! イブリース……そんなところへ立っていないで、こちらへいらして? お茶に致しましょう!》

《もう、貴方ったら、いつも眉に皺を寄せたしかめっ面ばかり。偶には笑うことも大切なのよ?
 ほら……笑って? 難しい? ではわたしがお手本を見せますね、ふふっ》

《小さくて、柔らかで、温かい。これが命……生命のぬくもりなのよ、イブリース》

嗚呼。

あの方が笑っている。あの方がオレの名を呼んでいる。
オレに向かって、その手を伸ばしている――。

今はもうその名前も、顔も、声も。何もかも思い出せないあの方。
だが、オレは覚えている。彼女が確かに存在したことを。オレと共に過ごしたことを。
最後にオレに託してくれたこと、そのすべてを。

オレは約束を果たす。あの方がオレを信じて委ねてくれたこと、抱いた夢を。
必ず、必ず果たしてみせる。やり遂げてみせる。
例えこの肉体が、命が、欠片さえ残さず砕け散ることになろうとも。

《バロール》

天空魔宮ガルガンチュアの広間で、あの方がバロールを問い詰めている。
玉座に腰を下ろしたバロールが右腕で頬杖をついたまま、冷たい眼差しであの方を見る。

「なんだい」

《このままのやり方では、何も解決はしません。
 彼らの召喚した『異邦の魔物使い(ブレイブ)』は強い。きっと、貴方は敗北するでしょう。
 やり方を変えなければ……彼らと手を取り合い、協調して――》

「ご老人の走狗と手を組めと? そんなことが出来るはずないだろう。
 彼らの目は曇っている。洗脳されていると言ってもいい。私たちを敵と、撃殺すべき獲物と頭から決めつけている。
 私が彼らに何と呼ばれているか知っているだろう? 魔王バロール……ハハ、傑作だね」

バロールは虹色の双眸を細めてせせら笑った。

「きひひッ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だァ? オマエ、あーんなヤツらにビビッてんのかよ?
 ボクら三魔将がちょっぴり本気出せば、あっという間に血ヘド吐いてくたばっちゃいそーな連中に!
 バロール様が負けるって? 寝言は寝て言えよなー!」

玉座の傍らに佇む黒甲冑姿のガザーヴァがバロールに同調する。
気に入らん。奴はいつもバロールのご機嫌取りばかりだ。

《今からでも遅くはありません、彼らにすべてを話して、蟠りを無くさなければ……。
 このままではアルフヘイムも、ニヴルヘイムも、ミズガルズも滅んでしまう!
 侵食は止められない……それこそが彼の目的であると! 貴方も分かっているでしょう、バロール!》

「私に指図することは許さないよ。
 ご老人の好きにはさせない、私は勝つ。そのための布石もすでに打ってある。
 君たちは私の指示通りに動いていればいい、それですべてが上手く行く――話は終わりだ」

バロールはあの方の言葉を無下に切り捨てると玉座から立ち上がり、広間を後にする。

《バロール……!》

「おい。ボクが連中を八つ裂きにするトコを見てろよ、そこで指でも銜えてさ!
 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と手を組まなくたって、バロール様にはボクだけがいればいいんだ。
 この、最強無敵の幻魔将軍! ガザーヴァ様がいればな――! きゃははははははッ!!」

ガザーヴァが踊るような足取りでバロールの後に続く。
不快な哄笑が遠ざかってゆく。広間にはただあの方とオレだけが残された。

《みっともないところを見せてしまいましたね、イブリース》

広間の柱に背を預け、腕組みして一部始終を見ていたオレの視線に気付くと、あの方は眉を下げた。
彼女が真に世界の平和のことを考えておられるということは、オレにも分かる。
ただ、理想論だけでは物事は実現させられない。
オレの目から見ても、彼女の言うことは実現困難な夢語りのように感じられた。
しかし。

「いや」

オレはかぶりを振った。
夢さえも語れない、ただ過酷なだけの現実に、いったいどれだけの価値がある?

「奴と貴方の見ているものは違う。奴のやり方では『世界』を侵食から回避させられても『生命』を救うことはできない」

《ええ。それでは駄目なのです、世界が残ったとしても、世界に生きる生命が絶えてしまっては意味がありません。
 だから……》

「……だから」

《わたしはわたしのやり方で、命を救済したいと思うのです》

あの方はそう言ってオレの顔を見上げ、小さく笑った。
今にも朝靄のように溶け消えてしまいそうな、儚く寂しげな微笑。

《もしも、わたしがいなくなってしまったとしても。どうかこの世界に息衝く生命を護ってくださいね。
 イブリース、わたしの騎士――》

「……ああ」

オレは同胞を護る。あの方との約束を果たす。
もう、永久にいなくなってしまったあの方の願いを叶える。
何もかも忘れ果ててなお、この心に残っている――あの方のぬくもりのために。

252崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/06/03(木) 00:29:51
>……なあ、イブリース――
>――あんまり、俺達を舐めない方がいいぜ?

「貴様らこそ、このオレを舐めるな!
 小手先の陳腐な策などで! オレを斃せると思っているのなら――心得違いにも程がある!!」

ガォンッ!!

イブリースの剣が委細構わずエンバースを両断しようとする。
振り下ろされる大剣、その右小手にエンバースが朱槍の穂先を合わせる。
だが、馬力が違いすぎる。エンバースのカウンターはイブリースの剣を振り下ろす力と速度に呆気なく押し負けた。

が。

それでいい。エンバースの目的は、イブリースの右手首を斬り落とすことではなかったのだから。

>ありがとう

エンバースの前にジョンが割り込み、業魔の剣を弾き返す。
兇魔将軍がその巨躯を大きく仰け反らせる。パリィが成功したのだ。

>もう後悔なんてしてやるもんか

ジョンが不敵に笑う。
さらにカザハがイブリースに対して魔法を放つ。

>聴力強化(アコースティック)!

しゅるる……と緑色の魔力エフェクトが緩やかな渦を巻きながら、イブリースの側頭部に滞留する。
全員の持つスマホに表示されたイブリースの頭上に『Hearing△』という表示が出ている。
聴力強化の魔法が発動した証拠だ。

>カザハ!バフを寄越せ――ありったけだ!

遺灰の男が叫ぶ。溶け落ちた愛用の直剣に真空の刃が付与される。
エンバースは風の刃に己の纏う炎を上乗せし、イブリースへ肉薄した。

>喰らえ――――

しかし、イブリースは既にパリィの衝撃から復帰している。
巨剣をまるで棒切れのように軽々と振るい、エンバースを斬断しようとした、が。

>――なんてな

エンバースの剣はイブリースをすり抜け、なんのダメージも与えることはなかった。
イブリースの意識を自分ひとりに向けさせ、仲間たちに時間を与えるための囮。それがエンバースの狙いだった。

>――ここだ。

明神がイブリースを霊視する。この世ならざる者、本来『見えない』はずのものを『視る』、死霊術師の基本スキル。
そして、明神は兇魔将軍の肉体をくまなく覆って蠢く強大な何かの存在を察知した。
夥しい量と濃度の憤怒、憎悪、怨嗟――それらが渦巻き、うねり、のたうっている。
とはいえ明神に分かるのはおぼろげな輪郭だけだ。ただ、明神が霊視に不慣れだったのはむしろ幸運と言えたかもしれない。
もしも高レベルの霊視でイブリースが纏うものの正体をはっきりと視認してしまっていたなら、
その悍ましさと禍々しさに明神の精神は破壊されてしまっていたかもしれない。

ともあれ、イブリースが纏っているものの正体は看破できた。
であるのなら、対策も講じられる。対抗し、対処することができる。

>――威力の超強化だ!『終末の軋み(アポカリプスノイズ)』、プレイッ!!

明神のスペルカードが効果を発揮し、黒板を爪で引っ掻いたような不快極まる音がイブリースを直撃する。
しかもその魔法はローウェルの指環によって超強化され、通常の何倍もの効果を発揮している。
おまけにカザハの『聴力強化(アコースティック)』でイブリースの聴覚はいつもの何倍も鋭敏になっているのだ。
その音量は鼓膜を破るレベルであろう。

「ぅ、ぐ……お……!? なんだ、これは……!?」

突如として降りかかってきた音の洪水に、イブリースが苦悶する。
どれだけ強固な鎧と頑健な肉体で防御を固めていたとしても、音の攻撃に対しては無力である。

>今だ、畳みかけろっ!
>陰気な亡者共に本場のロックを教えてやるぜ!
 歌えヤマシタ!feat.シェケナベイベ!『扇動の歌(スクリーム)』!

さらに明神は惜しみなく手札を切ってゆく。
ユメミマホロを模した形態に変化したヤマシタが、地の底から響くようなデスヴォイスを吐き散らす。
レプリケイトアニマで闘ったマル様親衛隊のひとり、シェケナベイベの得意とするデスメタルコンボ――
彼女とのデュエルを経て身に着けた技術が役に立っている。

「ぐぁぁぁぁぁぁ……ッ!!」

圧倒的音量によって纏った怨念の加護を打ち消され、また自身の聴覚にもダメージを負い、イブリースが唸る。
しかし、それで完全に無力化するほど三魔将筆頭は甘くはない。
歯を食いしばり、業魔の剣を握る手に力を籠める。

253崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/06/03(木) 00:30:15
>さあ、今度こそ――正々堂々、剣術比べと行こうぜ

エンバースが懐に飛び込んでくる。超々至近距離の接近戦だ。
怨霊の加護が期待できなくなっても、イブリースには生まれ持ったレイドボスのステータスの高さがある。
瞬く間にエンバースに反応し、対剣士の防御策を講じようとした。
だが、それはあくまで『生者を対象とした方法』であった。
死者であるエンバースには、通じない。

ぶあッ!

エンバースの左手が爆発するように崩壊し、灰の塊がイブリースの視界を塞ぐ。

「ぬッ!?」

>おっと、悪い。手がもげちまった――わざとじゃないんだぜ。アンデッドあるあるさ

視界を閉ざされ、イブリースの動きが一瞬止まる。
エンバースの行動はそれだけでは終わらなかった。

>コイツは、お詫びの品だ。味わってくれ

更にエンバースは火酒の入った瓶を取り出すと、それを兇魔将軍へと投げつけた。
ガラスの瓶は鋭利な鎧にぶつかって割れ、中の火酒を撒き散らす。イブリースは全身火酒まみれになって呻いた。

ボッ!

「うおおおおおおおおお……ッ!!!」

空気に触れ、イブリースの膚に触れた火酒が発火する。イブリースは瞬く間に燃え上がった。
火酒が甲冑の内側で肉を焦がす。例え鎮火したとしても、その熱は長く甲冑の中に籠り続けるだろう。
少量であってもイブリースに持続ダメージを長く与え続けるには最適の戦法という訳だ。

>作戦第二段階だ。やり方はなんでも良い、奴の翼を潰せ!

>おっと、言ったな明神さん。俺にやり方を任せて――いいんだな?

イブリースの『冥獄憤激轟(ヘルガイザー)』を警戒する明神に対し、エンバースがそれはもう封じたと返す。
エンバースにはまだまだ秘策があるようだった。

「ッ……、こんな、ことで……!
 オレの決意を! 願いを……押し留められると、思って……いるのか……!
 舐めるなァァァァァッ!!!」

イブリースが怒号し、剣を振り上げようとする。
だが、それをありったけのバフを盛られたジョンが速度を恃みとした乱撃で妨げる。

>僕が抑える!!!なんでもいい!僕の事は気にせずかませ!!!!!

魂を振り絞るようなジョンのラッシュを、イブリースは忌々しそうに舌打ちして防いでゆく。
ジョンの人類最高峰の肉体から繰り出される剣撃でも、イブリースには通じない。
ただ、イブリースもまたジョンを完全に無視できるほどではない。結果、イブリースはジョンに集中せざるを得なくなった。

「邪魔だ、失せろ!!」

一振り一振りごとにジョンの動きが鈍くなってゆく。イブリースはジョンを撫で斬りしようと大きく剣を振り上げた。
だが、それを部長の突撃が阻む。ジョンがさらに全身をぶつけるように迫ってくる。

>守り抜ける機会がもう1度あればなんて甘ったれるなよ!後ろを見続けているような奴に負けるつもりはない!!

「なんだと――」

ガギィッ!!

ジョンの剣とイブリースの剣が噛み合う。鍔迫り合いの体勢に移行する。
ふたりの間には1メートル近い身長差と100キロ以上の重量差、筋肉差があったが、互いの力は拮抗しておりびくともしない。

「オレが後ろを見続けている、だと……?
 貴様に何が分かる、オレの背負った役目の! 願いの! 約束の! 何が分かる――!!」

ぎん!! とその両眼が、そして額の中央にある魔紋に彩られた第三の眼が見開かれる。

「仲間たちを護る! 生命を護る! それが可能な力を有した者だけが、役割を果たす資格を得る!!
 貴様らにその力があるのか! 資格があるのか! いいや、貴様らにはそんな覚悟も! 決意も! 信念もありはすまい!
 ミズガルズから召喚されただけの、ゲーム感覚でしか物事を推し量れぬ貴様らにはな!!」

ガィンッ! と業魔の剣がジョンの剣を弾き飛ばす。と同時、イブリースの左拳が閃光のようにジョンの鳩尾へ突き刺さる。
常人なら内臓破裂で即死だろうが、バフを幾重にも施されたジョンならば耐えられるだろう。
とはいえ、大ダメージは避けられまい。

「死ね! 我が願いの前に立ち塞がる、悍ましきモンスターども!!!」

モンスター。
自身の行く手に立ちはだかり、生命を、願望を、未来を閉ざそうとする者を化け物と、魔物と呼ぶのなら。
イブリースにとってジョンや明神、カザハ、エンバースこそモンスターに他ならない。

アルフヘイム、ニヴルヘイム、そしてミズガルズ――またの名を地球。
それら三つの世界において、いったい誰が勇者(ブレイブ)で、誰が魔物(モンスター)なのか?
『ブレイブ&モンスターズ』とは、何者のことなのか?

その意味が今、問われている。

254崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/06/03(木) 00:30:34
「ルール無用の何でもあり(バーリ・トゥード)とはいえ、あのイブリース相手によーけ頑張っとるにゃぁ。
 こりゃ、ひょっとするとひょっとするかもしれんなも」

エンバースたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とイブリースの戦闘が繰り広げられている中洲を見下ろす崖の上で、
腕組みしながら観戦している『詩学の』マリスエリスが感心したように呟く。

「あーあ、おれも闘いたいなぁー!
 なぁエリ、おれも行っていいだろ? アイツ、あのまんまじゃ負けちゃうぜ?」

崖っぷちに胡坐をかいて座り、腰のポーチの中から干し肉を取り出して齧りつきながらロスタラガムが言う。
マリスエリスはかぶりを振った。

「ん〜……もーちょこっと待っとってちょぉ? 今ここでアタシらが動くのは得策じゃにゃあがね。
 この戦い、アタシら以外にもギャラリーが来とるし――」

そう言って、ちらりと視線を左側に走らせる。
カツ、カツ、と地面を踏みしめる蹄の音が響く。
マリスエリスとロスタラガムのいる崖上に、厳めしい馬具を装着した軍馬に跨って現れたのは、十二階梯の継承者・第七階梯。
『覇道の』グランダイト。

「わざわざメル・カヴァから観戦に来るなんて、どういう風の吹き回しかにゃ?
 やっぱりテンペストソウルのことが気になるっちゅーことかねぇ。ま、大事なストームコーザーが戻るか戻らにゃーかの瀬戸際、
 玉座にふんぞり返って悠長に待っとる気分じゃにゃぁのは無理もにゃあことだがね」

「黙れ、『詩学』。そのよく回る口を今すぐ閉じよ、不敬者!
 陛下はこの世界の趨勢を決める戦いの見届け人となるべく出座なされたのだ。頭が高い!」

グランダイトのやや後方で同じく騎馬に跨っているアレクティウスがすかさず叱責を飛ばす。
マリスエリスは軽く肩を竦めると沈黙した。
覇王が崖のきわまで馬を進め、崖下の戦場を見下ろす。
その視線は凪のように落ち着いており、その胸中に如何なる思惑があるのかを推し量るのは難しい。
だが、確かにアレクティウスの言うとおり、見届け人となるつもりで来たのだろう。
この戦いが、アルフヘイムとニヴルヘイムの因縁がどう決着するのか、世界がこれからどうなるのか――
それを見極めるために。

「ぐッ……! おのれ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』!!」

中洲でエンバースの作戦が功を奏し、イブリースの翼が封じられる。
イブリースの巨躯は地上に縫い留められ、翼を使って空に逃げることができなくなった。
が、飛翔力を奪っただけだ。イブリースは翼を防御に使用する。
強靭な皮膜は身体の前面を覆えば盾の代わりとして働く。単体での攻撃は更に効き辛くなるだろう。
さらに、翼は羽搏くことで強力な旋風をも作り出すことが可能だ。軽量級のカザハや明神は吹き飛ばされてしまう。
エンバースも至近距離で受ければ人型を維持していられないかもしれない。

「オレは負けん……、オレは勝つ!
 今まで散っていったすべての命、そしてこれから生まれるであろうすべての命に報いるために!
 あの方との約束を……果たす、ために――――――!!」

ゴアッ!!!

イブリースの全身から圧倒的な量の魔気が嵐の如く迸る。
業魔の剣の刀身が赤黒い瘴気の柱を噴き上げる。
常人ならば息をすることさえも困難な、莫大な魔力を孕んだ風が中洲一帯に吹き荒れる。
それが何の兆しであるのか、この場にいる全員が理解しているであろう。

「――今ぞ、閉幕の刻来たれり。
 666の徴以ちて、我此処に魔剣の戒めを解かん――!」

兇魔将軍イブリースの最大最強技、『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』。
本来ならば敵単体に炸裂させることで最大限の破壊力を発揮する技だが、
剣から迸る瘴気の奔流を敵全体に放つだけでも必殺と言っていい威力を誇っている。
まともに喰らえばゴッドポヨリンのように跡形もなく消し飛んでしまうだろう、だが――
それは同時に、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』にとって待ち望んでいた好機でもあった。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

ゴウッ!!!!!!

イブリースが臨界点に達した剣の瘴気を撃ち放とうと、両手で剣を振りかぶる。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がその力を結集し、兇魔将軍の必殺剣を阻止する。
そして双方の力が激突し、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』が髪の毛一本ほどの差で競り勝った時。

ガギィィィィンッ!!!

「が……は……ッ!!」

イブリースは大きく後方へ吹き飛んでジョンたちから間合いを離すと、がくり……と地面に右膝をついた。
その頭上には『STUN』という効果がはっきりと表示されている。ゲームと同じくカウンターを取ることでパリィが発生し、
行動不能になったのだ。
スタン状態のイブリースは攻撃も防御もできない。今なら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のすべての攻撃が通る。
この機に乗じて全員で総攻撃をかけ、それぞれの持ち得る最大の必殺技を放てば、
いかに強大な力を誇る兇魔将軍とて沈まざるを得まい。

皆のチームワークの勝利、待ちに待った千載一遇のチャンス――そう、思われたが。

「おぉーっとぉ! そこまでにゃ、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』!」

それまで崖上で静観を決め込んでいた『詩学の』マリスエリスが、突如として声をあげた。

255崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/06/03(木) 00:30:54
「イブリースをここまで追いつめるなんてにゃぁ……どえりゃあ驚いたにゃぁ。
 けどが、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。これ以上おみゃーさんらに好き勝手させるわけにはいかんがね」

崖と中洲の段差は15メートルはあったが、マリスエリスはまるで問題にせずひらりと宙に身を躍らせると、
中洲へと降り立った。
そして、無造作な足取りでイブリースへと近付いてゆく。

「なかなか見応えある戦いだったけどにゃ、もうお仕舞いだみゃぁ。
 イブリース、バトンタッチだがね。後はアタシらに任せて、おみゃーさんはそこであすんどりゃぁええにゃ」

「ふ……ざけるな……!
 こいつらは……オレがひとりでやると、言った……はずだ……!」

当然のようにイブリースは反発した。
まだスタンから立ち直れず、苦悶に顔を歪めながらもマリスエリスへ怒りに満ちた視線をぶつける。
しかし、マリスエリスはまるで意に反さない。どころかイブリースの顔を覗き込むと、

「とろくせぁこと言うとるのも大概にしときゃぁ、イブリース?
 おめぁの出番はもう終わっとるがや、あの方だの約束だの――眠てゃーこと抜かしとるもんに、これ以上は任せられんわ」

と、底冷えする声音で告げた。
イブリースが憎々しげに呻く。

「マリス……エリス……!」

「――ごたいげさん」

マリスエリスは双眸を細めると、にやぁ……と嘲りにも似た笑みを浮かべて兇魔将軍に背を向けた。

「さぁて、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
 これを見るにゃ!」

明神たちと対峙したマリスエリスが、自信たっぷりに左手で崖上を指差す。
崖上には『万物の』ロスタラガムと軍馬に跨った『覇道の』グランダイト、それにアレクティウスがいる。
マリスエリスがパチンと指を鳴らすと、それを合図としてロスタラガムがどこからか碧色に輝く20cmほどの光体を取り出した。
球状に光を放つ、高純度のエネルギー。それは――

「……テンペストソウル……!」

ブリーズが驚きに目を見開き、息を呑む。
それは精霊王の資格を持つシルヴェストル、レクス・テンペストの証。その魂そのもの。

「ああ……テュフォン……」

両手で顔を覆い、ブリーズが嗚咽を漏らす。
テンペストソウルがロスタラガムの手の中にあるということは、つまりテュフォンは死んだということなのだろう。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を逃がすため我が身を犠牲にした、テュフォンの成れの果て。
それが今、十二階梯の継承者の手の中で光り輝いている。

「テンペストソウルを献上した者と同盟を結ぶ、そういう話だったにゃぁ? 王様。
 さ――約束通り、望みの物を呉れてやるにゃ! うちんたぁに力を貸してちょぉ、『覇道の』グランダイト!!」

「ほら、やるよ。これでおまえもおれたちの仲間だな!」

ロスタラガムがグランダイトへ歩み寄り、右手に持ったテンペストソウルを突き出す。
グランダイトがそれを受け取れば、同盟締結だ。グランダイトとその指揮下にある20万の軍勢は、
丸ごとニヴルヘイムの兵力となる。明神たちの敵に回ってしまう――。

しかし。

「………………」

覇王はそれを受け取らなかった。

「ん。……ん!」

受け取れとばかり、ロスタラガムが何度もぐいぐいとテンペストソウルを突き出す。
だというのにグランダイトは手綱を握ったまま、冷たい眼差しで光り輝く魂を見下ろすだけだ。
愛剣ストームコーザーの錬成に欠かせない、喉から手が出るほど欲しいレアアイテム。
夢にまで見たに違いないそれが目の前に、手を伸ばせば届く距離に存在しているにも拘らず――である。

「どうしたんにゃ!? 王様!
 まさか、偽物かもって疑っとらっせるがや!? そんなことありえんがね!
 そのテンペストソウルは、確かに双巫女の片割れから抉り取った正真正銘のテンペスト――」

マリスエリスもグランダイトのこの反応は予想外だったらしく、つい今しがたまでの余裕綽々の表情がすっかり引っ込んでいる。
そして自分たちの持つ秘宝は本物で間違いない、と断言した、そのとき。

「あっそ。そのテンペストソウルは、ガチのホンモノなんだな?
 いいコト聞いちゃった、それじゃあ――」

不意に、どこからが声が聞こえた。
そして次の瞬間、テュフォンのテンペストソウルはロスタラガムの手の中から跡形もなく消滅していた。

256崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/06/03(木) 00:31:16
「あッ!!!」

「あ! ……あれ? ここにあったテンペストソウル、どこいった?」

マリスエリスが叫び、ロスタラガムがテンペストソウルの消滅を確かめるように手を握ったり開いたりする。

「あはははははははは……、あ――――はっはっはっはっはっはっはっはっは―――――――ッ!!!!」

ロスタラガムの頭上で、甲高い哄笑が響く。
崖のさらに上方には、漆黒の天馬に跨った黒騎士の姿があった。
その姿、その声を、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちは確かに覚えているだろう。
魔王バロールのひとり娘、ニヴルヘイム最高戦力たる三魔将のひとり。

幻魔将軍ガザーヴァ。

レプリケイトアニマでの戦いの後、ヴィゾフニールの中から忽然と姿を晦ませていたガザーヴァが、確かにそこにいた。
そして――その手の中には、碧色に輝くテンペストソウル。

「やった……やったぞ! これがテンペストソウル……、パパがボクを創造するほどに欲しがっていた至宝!」

兜のバイザーで顔を隠したまま、ガザーヴァが喜悦の声をあげる。

「返せ!!」

だぁんッ! とロスタラガムが強く地を蹴り、上空のガザーヴァめがけて飛び掛かる。
だが、ガザーヴァは器用に手綱を操ってガーゴイルを制御すると、ひらりと身を躱した。
空を飛べないロスタラガムが忌々しそうに落下してゆく。
さらにマリスエリスがすかさず狼咆琴(ブラックロア)を手繰ったが、音の矢もガザーヴァの機動力の前に空を切る。

「くふふふふッ、ガラにもなくコソコソ隠れて、ずっとチャンスを待ってた甲斐があったってもんだ……!
 これがボクに力を与えてくれる。ボクのことを特別にしてくれる……!
 カザハ! 見えるか! ボクもついに手に入れたぞ、テンペストソウルを!
 これでオマエとおんなじ――いいや! ボクの方がずっとずっと、オマエより強くなれる!
 オマエよりも特別になれるんだ!!」

ガザーヴァが手の中のテンペストソウルを誇らしげにカザハへ見せつける。
どうやら、ガザーヴァはパーティーを離脱してからというもの、ずっとテンペストソウルを手に入れる機会を窺っていたらしい。
前回の対イブリース戦で『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に『形成位階・門(イェツィラー・トーア)』を開いたのも、
ガザーヴァの仕業であったのだろう。
カザハはテンペストソウルを持つために、特別なシルヴェストルと言われた。
自分はテンペストソウルを持っていなかったから、特別になれずバロールにも見捨てられた。
カザハと自分を分かつものがテンペストソウルの有無、その一点に尽きるのなら、自分もテンペストソウルを手に入れればいい。
それが、ガザーヴァの出した結論であったのだ。

「あっはははははははッ!! そこでアホ面さげて見てろよ、カザハ!
 このテンペストソウルの力で、ボクがレクス・テンペストになる瞬間をな!」

ガザーヴァは高々とテンペストソウルを掲げた。

「テンペストソウルよ! 風精王の器、資格者の証たる魂魄よ!
 ボクをレクス・テンペストへ! 特別なシルヴェストルへと変容させろ――――!!!!」

皆の眼前で、空に留まるガザーヴァが朗々と言葉を紡ぐ。
その瞬間テンペストソウルが激しく輝き、その膨大な魔力のすべてがガザーヴァの体内へと吸い込まれ――

たりは、しなかった。

「…………」

ガザーヴァが呼びかけても、テンペストソウルには何の変化もない。
ただ、その手の中でおぼろげに輝くばかりである。
幻魔将軍は狼狽した。

「な……、なんだ……? どういうことだ……?
 どうしたんだよ、テンペストソウル! オマエ、本物なんだろ!? 偽物じゃないんだろ!?
 ボクに力をよこせよ! ボクを……ボクを! レクス・テンペストにしろよォォォォォォォ!!!!」

振っても怒鳴っても、テンペストソウルには僅かな変化さえ見られない。
ガザーヴァは歯噛みして、バイザー越しにマリスエリスを睨みつけた。

「オマエ……騙したな!!」

「そ、そんなはずにゃあで!? アタシ達は確かに双巫女にとどめを刺したがね!
 それは紛れもない本物のはず――」

マリスエリスが両手を振って弁明する。
紛い物を渡して同盟を取り付けようとしていた、などとグランダイトに思われては堪らない。
果たしてテンペストソウルは本物なのか、偽物なのか。
それを証明したのは、双巫女の片割れブリーズだった。

「……そのテンペストソウルは、私の半身テュフォンのもの。
 紛れもない本物です」

それまで姉妹の死に嗚咽を漏らしていたブリーズが、ジョンたちの前に出る。

「じゃあ、どうして……!」

「そのテンペストソウルは、確かに本物。けれど、それだけでは何の効果もありません。なぜならば――
 私たちは風の双巫女。私たちのテンペストソウルは、ふたつ揃って初めてひとつだからなのです」

戦場にいる者たちの視線を一身に受けながら、ブリーズはそう言い放った。

257崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/06/03(木) 00:31:41
風精王はその時代時代にひとり。双子の風精王など存在した事例はない。
ひとりでは器が足りず、ふたり揃ってようやく一人前の働きをする、未熟な魂。
だからこそ王になることはできず、巫女としての地位に収まるほかなかった。
それが、風の双巫女というレクス・テンペストの正体だったのだ。
双巫女がカザハこそ時代の風精王に相応しいとその地位を譲った最大の理由が、これだった。

「王様はそれを知ってたから、アタシらの奪ったソウルを受け取らなかったんにゃ……!」

不完全なテンペストソウルでは、真のストームコーザーを錬成することはできない。
テュフォンのテンペストソウルを前にしてグランダイトが無反応であったのは、当然と言えば当然であったのだ。

「な……、なんだよ、ソレ……! なんなんだよ……!
 せっかく苦労して念願のテンペストソウルを手に入れたってのに! カザハに勝てると思ったのに! 全部無駄じゃんか……!
 ふざけるな! ふざけるなよおおおおおッ!!!」

勝ち誇った哄笑から一変、希望を奪い取られたガザーヴァの慟哭が中洲に響く。

「スキあり!!」

悲嘆に暮れて隙だらけのガザーヴァへ、ロスタラガムが再度跳躍し襲い掛かる。
ロスタラガムの強烈な蹴りをまともに貰い、ガザーヴァは乗騎のガーゴイルもろとも墜落した。

「ぎゃぅっ!!」

どどぉんっ、と土煙を上げ、地面に激突する。ガザーヴァはぐったりと力なく身を横たえ、気を失ったようだった。
ガザーヴァが墜落した拍子に、その手の中からコロコロとテンペストソウルが転がる。
すかさず駆け寄ったブリーズが姉妹の魂を抱き上げ、ほっと安堵の吐息を漏らした。

「……どうやら、また振り出しって感じかにゃぁ。まさか、双巫女のテンペストソウルが欠陥品だったとは……。
 ここまで来てくれたついで、王様におみゃーさんらと戦ってもらおうと思っとったのに、せっかくの作戦がワヤだがね。
 しょうがない……アタシが直々に相手してやるかにゃぁ」

チッ、と忌々しそうにマリスエリスが表情を歪める。
 
「イブリース! もうスタンは回復しとるでしょぉ!?
 たぁけた面子やらプライドやらはほかして、三人でやるしかにゃあも! 答えは聞いとりゃぁせん!
 ――タラちん!」

「おー! やっと出番かぁ、待ちくたびれたぞ!」

崖上から一気に跳躍し、ロスタラガムが戦場へと躍り出る。
前腕部をすっぽり覆う凶悪なデザインの籠手を、ガィン! と打ち鳴らす。
イブリースもスタンから復帰したらしく、頭を振ってゆっくりと立ち上がる。

「確かに……こいつらは強い……。
 舐めていたのはオレの方だったか……ならばもう手段には拘らん。
 大義のため――何がどうあっても、オレはこの戦いに勝利する!!」

「さぁて……んじゃ始めるとするかにゃ! デュエル――スタート!!」

だんッ!!!

十二階梯の継承者・第九階梯、『万物の』ロスタラガムが先陣を切って突進してくる。
矮躯の筋肉達磨だが、その速度は恐るべきものだ。あっという間にエンバースの懐に潜り込んでくる。
そして、攻撃。ロスタラガムの攻撃はシンプルな拳足での物理攻撃だが、とにかく隙がない。
手足が短くリーチもないが、その代わりに攻撃をすると絶対に発生するはずの『戻り』の隙がないのだ。
圧倒的筋密度から繰り出されるパンチ、そしてキックは一撃必殺、そしてそれが目にも止まらぬ速度で無数に飛んでくる。
何より、ロスタラガムの最も恐るべき部分は――その適応能力の高さだった。
一度『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の攻撃を見ると、次には的確な対処と反撃を以て応じてくる。
即ち、ロスタラガムに二度同じ攻撃は通用しない。

「いくぞいくぞいくぞォ―――――――ッ!!」

ロスタラガムが身体を丸め、地面をバウンドして縦横無尽にエンバースへ襲い掛かる。

「おまえ、オモシロいなァ! もっともっとやろうぜ! もっともっともっと――うはははははっ!!!」

イブリースの灰化を驚異的肺活量で口から突風を吹き付けて蹴散らし、火酒も目にも止まらぬ速度で躱してしまう。
闘えば闘うほど強くなる。戦闘が長期化すればするほど回転率が、ステータスが上昇してゆく。
エンバースの変則的な攻撃を心から楽しんでいるという様子で、ロスタラガムは笑った。
さらに、マリスエリスが『異邦の魔物使い(ブレイブ)』全員へ狼咆琴(ブラックロア)の音撃の矢を放つ。

「おみゃーさんはちゃんとしたレクス・テンペストなんだろみゃぁ?
 なら、その魂を貰うで……大人しく殺られてちょお!」

ぎゅん! とロスタラガムに負けない速度で、マリスエリスがカザハへ肉薄する。
カザハを仕留め、今度こそ完全なテンペストソウルを入手してグランダイトに与える――そう考えているのだろう。
音を武器にする時点で、マリスエリスもまた風属性である。
カザハの繰り出す風を無効化する方法も知っている、その不可視の矢を避けるのは至難の業だろう。
むろん、デバフも抵抗され十全な効果を発揮するまい。
マリスエリスはカケルへと狙いを絞る。カケルの方が躯体が大きく動きも鈍いため、狙いがつけやすいと思ったのだろう。
無数の音撃の矢がカケルを狙う。と思いきや――

「たぁけ。おみゃーさん、アタシを舐めとったらイカンにゃ?
 アタシの殺しのテクはアラミガ兄さん直伝、防げるワケが……にゃあでかんわ!」

音もなく肉薄したマリスエリスの抜き放ったダガーの刃が、カザハの右の二の腕を斬り裂く。
吟遊詩人(バード)にして射手(アーチャー)、その上限りなく暗殺者(アサシン)に近い野伏(レンジャー)。
それが十二階梯の継承者・第十階梯、『詩学の』マリスエリス。

258崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/06/03(木) 00:32:03
そして最後の一騎、兇魔将軍イブリースもジョンへとその圧倒的な殺気を叩きつける。

「オレが後ろを見続けていると言ったな……、死した者たちを悼んで何が悪い!
 死んでいった者たちの想いを背負い、願いを背負い、戦うことを……貴様は悪と断じるのか!」

ゴウッ!!!

無限の瘴気を剣に籠め、イブリースがジョンを両断しようと迫る。
死者の声と飛翔力を奪われても、イブリースの攻撃力や防御力は些かも衰えてはいない。
どころか今までの闘いでその内なる怒りが爆発し、攻撃の激しさは勢いを増してさえいた。
さきほどまで、ジョンは他の仲間たちと共にイブリースと戦っていた。
だが、今は仲間たちの援護は期待できない。

「オレは一巡目で貴様ら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』にすべてを奪われた!
 仲間も! 世界も! このオレ自身の命も! 何もかもだ!!
 それを! 二の轍を踏むまいと決意することの、どこが間違っている!
 この世界は滅ぶ! もはや誰も侵食を止めることはできん! 『そう決まっている』、『そういうシステム』なのだ!!
 ならば――オレはオレに課せられた義務を果たす! 貴様らを残らず殺し尽くしてだ!!」

カッ!!

イブリースの斬撃がジョンの胸元を浅く薙ぎ、血飛沫が舞う。
怒気を全身に纏い、大剣を小枝の如く振るって攻撃してくるイブリースに隙は見当たらない。
しかし――
ジョンの人類最高峰の肉体、五感そしてシェリー譲りの洞察力があれば、ひょっとすると気付くかもしれない。
イブリースが攻撃を繰り出し、魔力と瘴気を発散するたび、その額の中央にある魔紋に彩られた第三の眼の瞳孔、
そこが僅かに収縮と拡大を繰り返しているのが――。

「カザハ!」

ブリーズがマリスエリスへと風の刃を放ち、カザハを護ろうとする。
マリスエリスは身軽にステップを踏んで危なげなくブリーズの攻撃を回避する。
そして、今度は自分の番だとばかりにブリーズへと音の矢を放つ。
ブリーズは強いとはいえ、戦闘馴れしている訳ではない。海千山千の猛者であるマリスエリスにはまるで太刀打ちできない。
こうなれば、あべこべにカザハがブリーズを庇わなければならないだろう。
結果、明神だけが現状フリーと言うことになる。

「ぅ……」

明神からやや離れた場所で、ガーゴイルと共に倒れ伏したガザーヴァが小さく呻く。
まがりなりにもレイド級モンスターだ、多少の高所から墜落したところで死にはすまい。
けれど、重要なのは肉体的なダメージではない。
大好きな明神の元を出奔してまで追い求めたテンペストソウルが、その実不完全で役に立たないものだった。
どれだけ頑張ったところで、生まれながらのレクス・テンペストであるカザハには敵わないという事実。
その非情な現実が、ガザーヴァの心に回復できない大きな傷を穿っている。
このままではガザーヴァはパーティーに復帰することもできないし、戦力にもなるまい。
ガザーヴァの心を癒すことが出来る存在がいるとすれば、それはこの世にひとりだけだ。

ロスタラガムと闘うエンバースの加勢に入るか。
マリスエリスの攻勢に晒されるカザハの助けに割り込むか。
イブリースと鎬を削るジョンの援護を引き受けるか。
たったひとつの冴えた遣り方が失敗に終わり、地面に倒れたガザーヴァを救うか。
誰しもを救うことはできない。救えるのはたったひとり。

明神は岐路に立たされていた。


【『覇道の』グランダイトと執政官アレクティウスが観戦に出現。
 業魔の一撃パリィに成功するも、マリスエリス、ロスタラガム乱入。
 双巫女のテンペストソウルが二人分でないと効果のないことが発覚。
 ガザーヴァ乱入するもパワーアップ失敗。墜落して気絶。
 エンバースvsロスタラガム、カザハ&ブリーズvsマリスエリス、ジョンvsイブリース戦開始。
 明神の行動選択フェーズ。

現在のイブリースの状況:
 体力:MAX
魔力:MAX
 攻撃力:MAX
防御力:MAX
 第三の目:正常
 翼:飛翔力なし
 尻尾:正常
 加護:無効

 『黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)』発射まであと3ターン】

259カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/06/09(水) 23:13:13
この世界の仕様上バフは対象が敵でも素通しなのか、運よく効いただけなのかは分からないが、
とにかくイブリースに聴力強化がかかったようだ。

>「カザハ!バフを寄越せ――ありったけだ!」

通常攻撃のパリィで出来る隙はせいぜい1回行動できる程度と思われるが、
ブレイブ兼モンスターは自力でスキルを発動しながらスペルカード発動という裏技ができる。
(というか最近は人間も自ら戦いだしたのでモンスターじゃなくても多分出来る)
闇色の聖火と旋風の刃をこれでもかと誇張したファイアストームのようなエフェクトがかかる。
いつものバフにしてはやたらとエフェクトが派手……ということは、これは【幻影】。
さっきスマホの操作で発動させていたのは実はこれだったらしい。
用無しになったカードを1枚取っ払って代わりに入れていたようだ。

>「喰らえ――――」
>「――なんてな」

>「――威力の超強化だ!『終末の軋み(アポカリプスノイズ)』、プレイッ!!」

イブリースは見事に陽動に乗り、明神さんの騒音攻撃をまともに食らうに至った。

>「さあ、今度こそ――正々堂々、剣術比べと行こうぜ」

>『作戦第二段階だ。やり方はなんでも良い、奴の翼を潰せ!』

そこから、エンバースさんのペースで戦いは進みはじめ、ひとまず様子見かと思った時だった。

「……ジョン君!?」

カザハが突然驚いた声をあげる。
つい先ほど見事パリィをきめたジョン君が、いつの間にか膝から崩れ落ちていた。
すかさず私に指示が飛ぶ。

「カケル! キュアウーンズ……いや、先にトランスファーメンタルパワーだ!
ジョン君、下がって!!」

カザハは一瞬の逡巡の後に、敢えて傷を治すスキルではなく精神力の一部をを分け与えるスキルを優先した。
このままではイブリースに目をつけられたらとどめを刺されかねないので、とりあえず動けるようにするのが最優先。
ジョン君は強力な回復薬を持っていたはずで、それでこの状態ということは
生半可な回復魔法をかけたところですぐには動けるようにならないと思ったのだろう。

>「立ち上がらない…と…」

私のスキルがいくらか効いたのか、ジョン君自身の精神力の賜物かは分からないが、ジョン君はなんとか立ち上がった。

>「ッ……、こんな、ことで……!
 オレの決意を! 願いを……押し留められると、思って……いるのか……!
 舐めるなァァァァァッ!!!」

>「僕が抑える!!!なんでもいい!僕の事は気にせずかませ!!!!!」

剣を振り上げようとしたイブリースにジョン君が突撃し、凄まじい連撃を加える。

260カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/06/09(水) 23:14:34
「ジョン君……! カケル、ジョン君にキュアウーンズお願い」

カザハはジョン君を止める代わりに、私に可能な限りのジョン君の回復を命じました。

>「死ね! 我が願いの前に立ち塞がる、悍ましきモンスターども!!!」

このパーティはパートナーモンスターだけではなくカザハやエンバースさんもモンスターなので
モンスターどもと言われたところで別に何の不自然も無いのだが、この言葉にはきっと、明神さんやジョン君も含まれている。
単純に言ってしまえば立ちはだかる憎き敵という意味で言っているのでしょう。
そして、カザハはこの一言にそれ以上の意味を見出したようだ。

「そっか。この世界はあっちから見ればブレイブVSモンスターズってところか……」

単に立場が逆転しているのみならず、&ではなくVSだと。
そういえば、アルフヘイムのブレイブ達は、モンスターという言葉を敵をののしる時にはあまり使わない気がする。
それはきっと、アルフヘイムのブレイブにとっては、モンスターは昨日は敵でも今日は友達に成り得る存在だから。
でも、少なくとも今のイブリースにとっては、モンスターは未来永劫敵なんですね……。

>「ぐッ……! おのれ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』!!」
>「オレは負けん……、オレは勝つ!
 今まで散っていったすべての命、そしてこれから生まれるであろうすべての命に報いるために!
 あの方との約束を……果たす、ために――――――!!」

ジョン君とエンバースさんの猛攻によって飛翔力を奪われたイブリースがついに、『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』を放つ。
といっても基本的には前衛の二人に頼るしかなく、私達が何かやったところで影響は微々たるものだが、ほんの少しの差が明暗を分ける状況。
カザハは自らは『癒しの旋風(ヒールウィンド)』のカードを発動し、私には「ブラスト」の指令を出しました。
『癒しの旋風(ヒールウィンド)』は、妨害技としての突風はほぼ無効化されても、
味方への回復技の余波としての単なる風なら通用するのではないか、という発想によるもの。
すると狙っていたのかはわかりませんが、両方が強化されたような合体技が発動した。その名も『ヒールブラスト』。
効果はそのまんま、味方にはかなり強力なヒールウィンド、敵には通常よりかなり効きやすいブラスト、というところ。
そして――

>「が……は……ッ!!」

全員が総力を結集し、間一髪でパリィが成功した。イブリースはスタン状態に陥っている。
一方のこちらは先刻のヒールブラストで味方全員に強回復がかかり、持ち直した状況。
待ちに待ったイブリースタコ殴りタイムである、と思われたがそうは問屋が卸さなかった。

>「おぉーっとぉ! そこまでにゃ、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』!」
>「イブリースをここまで追いつめるなんてにゃぁ……どえりゃあ驚いたにゃぁ。
 けどが、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。これ以上おみゃーさんらに好き勝手させるわけにはいかんがね」

これまで静観を決め込んでいたマリスエリスが、突如乱入してきた。

261カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/06/09(水) 23:16:21
>「なかなか見応えある戦いだったけどにゃ、もうお仕舞いだみゃぁ。
 イブリース、バトンタッチだがね。後はアタシらに任せて、おみゃーさんはそこであすんどりゃぁええにゃ」

>「ふ……ざけるな……!
 こいつらは……オレがひとりでやると、言った……はずだ……!」

>「とろくせぁこと言うとるのも大概にしときゃぁ、イブリース?
 おめぁの出番はもう終わっとるがや、あの方だの約束だの――眠てゃーこと抜かしとるもんに、これ以上は任せられんわ」

>「マリス……エリス……!」

イブリースとマリスエリスの間に険悪な雰囲気が流れる。やはり同盟関係ではあっても仲間ではないということでしょう。

>「さぁて、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
 これを見るにゃ!」

ロスタラガムが20cmほどの光体を掲げる。

>「……テンペストソウル……!」
>「ああ……テュフォン……」

「ブリーズ……まだボクが……」

カザハは泣き崩れるブリーズの肩を抱く。
カザハが取り乱さないでいられるのは、今は精神を地球時代に寄せているからなのだろう。

「”まだあなたには私が……この姉巫女がいるわ”」

そう言ってブリーズを抱きしめるカザハの姿が、一瞬1巡目の時の姿に見えた。
双巫女の上の地位にあたる姉巫女にして風精王第一候補――カザハの遠い昔の姿。
が、一陣の風が吹き抜けたかと思うと、もう元に戻っている。

>「テンペストソウルを献上した者と同盟を結ぶ、そういう話だったにゃぁ? 王様。
 さ――約束通り、望みの物を呉れてやるにゃ! うちんたぁに力を貸してちょぉ、『覇道の』グランダイト!!」

>「ほら、やるよ。これでおまえもおれたちの仲間だな!」

ブリーズから身を離したカザハが、ロスタラガム達を忌々しげに睨みつける。
このままでは妹とも言える存在が魔剣の材料になり、グランダイトとその軍勢は敵方に回ってしまうのだ。
しかし、グランダイトは受け取らなかった。

>「どうしたんにゃ!? 王様!
 まさか、偽物かもって疑っとらっせるがや!? そんなことありえんがね!
 そのテンペストソウルは、確かに双巫女の片割れから抉り取った正真正銘のテンペスト――」

>「あっそ。そのテンペストソウルは、ガチのホンモノなんだな?
 いいコト聞いちゃった、それじゃあ――」
>「あはははははははは……、あ――――はっはっはっはっはっはっはっはっは―――――――ッ!!!!」

突然姿を現したガザーヴァが、テュフォンのテンペストソウルを奪い取る。

262カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/06/09(水) 23:20:05
>「やった……やったぞ! これがテンペストソウル……、パパがボクを創造するほどに欲しがっていた至宝!」
>「くふふふふッ、ガラにもなくコソコソ隠れて、ずっとチャンスを待ってた甲斐があったってもんだ……!
 これがボクに力を与えてくれる。ボクのことを特別にしてくれる……!
 カザハ! 見えるか! ボクもついに手に入れたぞ、テンペストソウルを!
 これでオマエとおんなじ――いいや! ボクの方がずっとずっと、オマエより強くなれる!
 オマエよりも特別になれるんだ!!」

カザハは、その様子を複雑げな表情で見ていた。
カザハにとってはテュフォンもガザーヴァも、ある意味では妹にあたるのだ。
ガザーヴァはテンペストソウルを得ようとしていた――つまりテュフォンの死を待ち構えていた。
とはいっても彼女自身はそれに全く加担はしていない。
どころか、ガザーヴァの介入がなければ今頃全員死んでいただろう。

>「あっはははははははッ!! そこでアホ面さげて見てろよ、カザハ!
 このテンペストソウルの力で、ボクがレクス・テンペストになる瞬間をな!」

死んでしまった命はもう戻らないのなら、その残滓たるテンペストソウルをどう扱えばテュフォンが最も報われるのか――
カザハは一つの結論に辿り着いたようだった。

「うん……いいんじゃないかな。少なくとも魔剣の材料よりはずっといいよ」

(これでガザーヴァは長年の苦悩から解放されるし、テュフォンはガザーヴァの中で生き続けられるかもしれない。
それって、魔剣の材料よりも、始原の風車の一部になることよりも、ずっと意味のあることなのかも……)

お堅い地球ですら、臓器移植で記憶の一部が引き継がれた、とかいう噂が枚挙に暇がないのだ。
増してやここはファンタジー世界で、受け継がれるのが魂の結晶と言われるテンペストソウルなら……。

>「テンペストソウルよ! 風精王の器、資格者の証たる魂魄よ!
 ボクをレクス・テンペストへ! 特別なシルヴェストルへと変容させろ――――!!!!」

カザハは、テュフォンの魂がガザーヴァへと受け継がれる様を目をそらさず見届けようとしているようだった。

>「な……、なんだ……? どういうことだ……?
 どうしたんだよ、テンペストソウル! オマエ、本物なんだろ!? 偽物じゃないんだろ!?
 ボクに力をよこせよ! ボクを……ボクを! レクス・テンペストにしろよォォォォォォォ!!!!」

>「……そのテンペストソウルは、私の半身テュフォンのもの。
 紛れもない本物です」

それまで嗚咽を漏らしていたブリーズが、毅然とした態度で進み出る。

263カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/06/09(水) 23:22:55
「ブリーズ……何か知ってるの?」

>「そのテンペストソウルは、確かに本物。けれど、それだけでは何の効果もありません。なぜならば――
 私たちは風の双巫女。私たちのテンペストソウルは、ふたつ揃って初めてひとつだからなのです」

テュフォンとブリーズは同じ風から生まれた、ふたつでひとつの魂。
やはりテュフォンのテンペストソウルを受け継ぐにふさわしい者がいるとすれば、ブリーズ以外にあり得ないのだろう。

>「な……、なんだよ、ソレ……! なんなんだよ……!
 せっかく苦労して念願のテンペストソウルを手に入れたってのに! カザハに勝てると思ったのに! 全部無駄じゃんか……!
 ふざけるな! ふざけるなよおおおおおッ!!!」

>「スキあり!!」

ロスタラガムの強烈な蹴りを受け、ガザーヴァは墜落して気を失った。
ブリーズがテュフォンのテンペストソウルをすかさず回収する。
ガザーヴァが目を覚ます様子はない。カザハは自嘲気味に呟いた。

「ボクのせいでテュフォンは死んでガザーヴァは苦悩に苛まれている。
ねえブリーズ、もう分かったでしょ? 名は体を表す――ボクは生きているだけで誰かを傷つける刃……。
懲りないなあ、力を取り戻せばこうなるって分かっていたはずなのに……」

未だ目覚めぬガザーヴァの顔を覗き込みながら、カザハは言う。

「ブリーズ……滅茶苦茶なお願いだって分かってる。
始原の風車の集合体のテンペストソウルから一つ分分けてあげられないかな……。
きっと、この子が生きていくためにはどうしてもどうしても必要なんだ……」

ブリーズから見ればガザーヴァは、突然現れた得体のしれない輩だ。
グランダイトの魔剣の材料用に一つ分けろと言うのと同じぐらい無理な相談だ。
カザハもそれを分かっているのだろう。

「……ごめん、忘れて」

カザハは自らその話題を打ち切るように立ち上がる。
事態は今はそれどころではない状況へと突入しつつあったのだ。

>「……どうやら、また振り出しって感じかにゃぁ。まさか、双巫女のテンペストソウルが欠陥品だったとは……。
 ここまで来てくれたついで、王様におみゃーさんらと戦ってもらおうと思っとったのに、せっかくの作戦がワヤだがね。
 しょうがない……アタシが直々に相手してやるかにゃぁ」
>「イブリース! もうスタンは回復しとるでしょぉ!?
 たぁけた面子やらプライドやらはほかして、三人でやるしかにゃあも! 答えは聞いとりゃぁせん!
 ――タラちん!」
>「さぁて……んじゃ始めるとするかにゃ! デュエル――スタート!!」

全員がかりでも勝てるかどうか分からない相手が3人……大変なことになってしまった。
戦闘再開にあたり、カザハがブリーズに言い含めている。

264カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/06/09(水) 23:24:33
「念のため言っとくけど……我が身に代えても、なんてもう駄目だよ?
テュフォンがそうなってしまった以上、君がやられても完全なテンペストソウルが出来てしまうんだから。
二人揃って生き残るしか道はないんだ」

マリスエリスが手に持つ琴をかき鳴らす。
嫌な予感がした私は、とっさにカザハの前に立ちはだかりました。

《っ……!》

その瞬間胴体に鋭い衝撃を感じ、血が飛び散る。不可視の矢が突き刺さったらしい。
不可視というか、風属性だからかなんとなく風の魔力のようなものは見えるのだがどちらにしろ動体視力がついていかない。

「カケル!」

《私は大丈夫です……!》

人間位のサイズの生物が矢をくらうと、当たり所によってはすぐに致命傷になる。
私は体が大きい分当然矢は当たりやすいが、表皮も獣仕様なので致命傷にはなりにくい。

>「おみゃーさんはちゃんとしたレクス・テンペストなんだろみゃぁ?
 なら、その魂を貰うで……大人しく殺られてちょお!」

まず狙いやすい私から落とそうという魂胆だろう。
無数の魔力の矢が飛んでくる……ような気がする。あ、これヤバイやつかも……。

「風の防壁(ミサイルプロテクション)!」

カザハがスペルカードを展開し、間一髪で難を逃れた。
大してレアでもないカード一枚で十二階梯の攻撃を防ぎきれるとも思えないので、
カザハが自らの魔力を上乗せして強化しているのだろう。

《助かりました……カザハ!?》

マリスエリスはいつの間にかカザハに肉薄していた。私を狙った射撃は陽動だったということか。

>「たぁけ。おみゃーさん、アタシを舐めとったらイカンにゃ?
 アタシの殺しのテクはアラミガ兄さん直伝、防げるワケが……にゃあでかんわ!」

「くっ!?」

なんとか急所は外せたようだが、右の二の腕を切り裂かれ血が舞う。

「そんなっ、いつの間に……!?」

>「カザハ!」

追撃をかけようとするマリスエリスに、ブリーズが風の刃を放つ。
それを難なく避けたマリスエリスは、お返しとばかりに音撃の矢を放つ。
先ほど私に撃ったのに比べれば随分気合が入っていないように見えるが……ブリーズは硬直している。
戦闘慣れしていない相手を仕留めるにはこれで十分ということか……!

265カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/06/09(水) 23:26:24
「ブリーズ!!」

すぐ隣にいたカザハがブリーズに飛びつき、二人は一体となって地面に転がった。

「お願い無茶しないで! 君がテュフォンとは違って前線には向かないって知ってるんだから。
これ以上妹を失うのは嫌だよ……!」

さっき言っていたテンペストソウル云々は理屈で、きっとこっちが本心だ。
テュフォンとブリーズは姿や声こそそっくりなものの、その戦闘能力の方向性には大きな違いがあるらしい。
台風、というその名の通り分かりやすく強いテュフォンに対し、
そよ風の名を持つブリーズは前線には向いていない代わりに、後方で補助を行うことで真価を発揮するタイプのようだ。
だからこそテュフォンの方が足止めを引き受け、あのイブリースを半刻も引き留めることが出来たのだろう。

「でも……ありがとう。すごく勇気を出してくれて」

アゲハさんの干渉を受けて2Pカラーになったのと同じ原理で、
今度はブリーズと密着して転がったことで魔力的な影響があったのかもしれない。
カザハの姿がまた変わった。遠い昔、私と一緒に旅した、風の姉巫女の姿に――

「人も精霊も、自分以外の誰かにはなれないんだ……」

《カザハ……》

「だから……刃は鈍ってない。
ボクは風刃。四大属性の一角の維持の名の下に、その理にまつろわぬ万物を切り裂く刃。
その刃で……二人とも守ってあげるからね」

例えば、カザハとブリーズがやられてレクス・テンペストが不在になる状況は、シルヴェストルの一族にとって不都合と思われる。
つまり、状況が複雑だった最初の戦いの時と違って、今はとりあえずこの場を切り抜けることが、種に課せられた呪縛とも矛盾しない。

「――風刃《エアリアルブレイド》」

カザハは、自らの真名と同じ名を冠する技を発動した。
左手の甲の宝石が魔力の粒と化し、風の魔力の武器に変化する。取った姿は、鋭い刃を持つ一対の鉄扇。

(それは……っ)

アゲハさんが驚いた声をあげる。

(テンペストソウルそのものを武器と化して戦う技……つまり、武器破壊されたら死に直結する……!)

《えぇっ!? そうでしたっけ!》

もちろんそう簡単に破壊されることはないのだろうが、危険すぎる……!

266カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/06/09(水) 23:27:26
(ぼさっとしてないで援護するよ! あれが音撃の矢なら……駄目元でなんちゃって猫にサイレント!)

《は、はいっ!》

私に指令を出す余裕は無さそうなカザハに代わって、アゲハさんがスマホを乗っ取り私への指示を引き受ける。
ブリーズも支援に回り、激しい攻防が始まった。
扇を上下に振るい放たれた突風が、迫る音撃の矢をすんでのところで叩き落とす。
鉄扇を横に振るい放たれるのは鋭い風の刃。
マリスエリスが軽く避けると、その後ろの木がスパッと切れて倒れた。
ぱっと見渡り合えているように見えるかもしれないが、全然そんなことはない。
カザハがなんとか生き長らえているのに対して、マリスエリスの方は余裕といった感じだ。
カザハが息も絶え絶えに呟く。

「こっちは大丈夫だから……ジョン君とエンバースさんの方に……」

ジョン君はイブリースと、エンバースさんはロスタラガムと戦っているようだ。
ウィンドボイス越しに激しい戦闘の音が聞こえているのだろう。

《あんまり大丈夫じゃないですよ!?》

(だって……ボクにはパートナーモンスターの君だけじゃなくブリーズもアゲハもいるんだもの。
これ以上を望んだらバチが当たるよ)

《カザハ……》

どうか、ゴールデンドーン発動まで持ち堪えて……!

267明神 ◆9EasXbvg42:2021/06/14(月) 08:33:05
レプリケイトアニマを脱出したあの晩。
去り際にガザーヴァが零していった「特別」って言葉の意味を、俺はずっと考えていた。

他人とは違う、自分にしかないものを求める気持ちは分かる。
「これが俺だ」って胸張って言える何か。誰にも負けない自分だけの得意分野。
承認欲求だの自己肯定だの定義された言葉を使わなくたって、きっと誰もがその感情を理解できるはずだ。

一方で、ガザーヴァの気持ちの全てを推し量れてるわけでもない。
俺はふつーに両親から愛されて育った。親の金で学校も行かせてもらった。
出来の良い弟と比べられることもなく、のらりくらり好きなように人生を選んでこれた。
めちゃくちゃ幸運で、幸福なことだ。

目的の為にバロールに作られて、それを果たせずに捨てられた――ガザーヴァの絶望に共感は出来ない。
あいつに上から目線で説教かませるほど、俺は人生に苦労しちゃいない。
俺とガザーヴァじゃ、求める「特別」がぜんぜん違うところにあるんだろう。

だからだろうか。
ガザーヴァが船を飛び出して行っちまったのは。

>『……なんで、ボクは特別じゃないんだろ』

どうすりゃこいつが救われるのか。
答えは、ガザーヴァが居なくなった後にも、出てきやしなかった。

 ◆ ◆ ◆

268明神 ◆9EasXbvg42:2021/06/14(月) 08:33:43
ヤマシタの奏でるデスボイスに混じって、剣戟の音が響く。
加護をぶち剥がされたイブリースは、それでも本来の剣術でもってエンバースとジョンの猛攻に抗っている。

>「……いや?アイツはもうヘルガイザーを使えないぜ?」

油断なく立ち回りながらも、エンバースは不敵に零した。

>「俺達の前で剣を下ろして、地面に突き刺すって?はは……冗談キツいぜ。
 そんな事をしたらどうなるか――アイツが分からない訳ないじゃないか」

「ひひっ頼もしいねぇ!そんじゃお言葉に甘えてもちっとギア上げてもらうか!」

形勢はこちらに傾きつつある。
イブリースを鉄壁にしていた問答無用の迎撃加護は消え失せ、奴は自前の集中力をゴリゴリに削っている。
もう無敵じゃない。集中力は有限だ。長引けばジリ貧になっていくのは奴も同じ。

>「ッ……、こんな、ことで……!
 オレの決意を! 願いを……押し留められると、思って……いるのか……!
 舐めるなァァァァァッ!!!」

業を煮やしたイブリースが大剣を振り上げる。

>「守り抜ける機会がもう1度あればなんて甘ったれるなよ!後ろを見続けているような奴に負けるつもりはない!!」

それをジョンと部長が鍔迫り合いで抑え、反撃を封じた。
良いぞ、噛み合ってる。イブリースに技を出させる余裕を与えない。

>「オレが後ろを見続けている、だと……?
 貴様に何が分かる、オレの背負った役目の! 願いの! 約束の! 何が分かる――!!」

だが、イブリースとて百戦錬磨の三魔将だ。
いつまでも防戦一方ってわけじゃなかった。
ジョンの剣が弾かれ、追って放った拳が鳩尾を痛打する。

>「仲間たちを護る! 生命を護る! それが可能な力を有した者だけが、役割を果たす資格を得る!!
 貴様らにその力があるのか! 資格があるのか! いいや、貴様らにはそんな覚悟も! 決意も! 信念もありはすまい!
 ミズガルズから召喚されただけの、ゲーム感覚でしか物事を推し量れぬ貴様らにはな!!」

「こっちの事情も知りもしねえで決めつけてんじゃねえぞ、イブリース!!
 信じらんねえなら証明してやるよ!お前をぶっ倒して、俺達の力と覚悟って奴をなぁ!」

ニヴルヘイムの事情を知らねえ俺が言うのもすげえブーメランって感じだけれど。
そんなもんは後でイブリースの口を割らしゃ良い。こいつはそういう戦いだ。

>「死ね! 我が願いの前に立ち塞がる、悍ましきモンスターども!!!」

「鏡でツラ見て抜かしやがれッ!クソ化け物がぁっ!!」

――イブリースは俺たちをモンスターと呼ぶ。
そりゃそうか、敵性生物をモンスターと定義すんなら、魔族にとっては人間こそがモンスターだ。

俺にとってイブリースは、打倒すべき最強のモンスターだった。
だけどニヴルヘイムの連中にとって、こいつは言わば世界の未来を背負ったブレイブ。
今この場で起きてんのはレイドボスの討伐戦なんかじゃない。
世界の命運を賭けた、ブレイブ同士の戦いだ。

ジョンとの力比べを制し、トドメを刺さんと迫るイブリース。
その、瞬きすら追いつかない極小の間隙を縫って、エンバースの攻撃が飛ぶ。
蹴り飛ばされたフラウが強烈な回転によって不自然に軌道を曲げ、イブリースの背後を襲った。

269明神 ◆9EasXbvg42:2021/06/14(月) 08:34:27
>「ぐッ……! おのれ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』!!」

背骨を強かに打ちのめされて、翼の根本が歪む。
飛翔には精緻なバランスの制御が必要だ。風切羽を抜かれた鳥が地に落ちるように、これで奴はもう飛べない。
それでも翼そのものは健在で、筋肉と分厚い皮で構成された部位は盾にも武器にもなる。

>「――今ぞ、閉幕の刻来たれり。
 666の徴以ちて、我此処に魔剣の戒めを解かん――!」

そして、翼を盾代わりと割り切れば、強引に技を繰り出す隙を作れる。
イブリースの身体から瘴気が吹き上がり、大剣が赤く輝き始める。

――『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』。
そいつはもう、見た。

『ここだ、ぶちかませ!』

俺が指示を飛ばすより早く、エンバースとジョンが飛びかかる。
遅れるようにヤマシタが肉迫し、カケル君のブラストと同時に『聖重撃』を叩き込む。
四位一体の波状攻撃が着弾し、イブリースは大きくもんどり打った。

>「が……は……ッ!!」

仰け反りながら後退するイブリース。
スタンの表示を確認――『業魔の一撃』へのパリィが成立した。
つまりこっからは、セオリー通りの、俺たちのターンだ。

「この機を逃すなっ!削り切るぞ!!」

動きを封じたイブリースにはどんな攻撃も通る。
ゴルドン発動までまだ時間がかかるようだが、削れるうちに削っておくべきた。
畳み掛けんとヤマシタを走らせた、その時。

>「おぉーっとぉ! そこまでにゃ、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』!」

「……ああ?」

不意に頭上から呼び止められた。
仰ぎ見れば、湿性地帯に続く崖の上に、マリスエリスが居る。

「今さらどの面下げて出てきやがった。イブリースの腰巾着に成り下がったワンワンがよぉ……」

>「なかなか見応えある戦いだったけどにゃ、もうお仕舞いだみゃぁ。
 イブリース、バトンタッチだがね。後はアタシらに任せて、おみゃーさんはそこであすんどりゃぁええにゃ」
>「ふ……ざけるな……!こいつらは……オレがひとりでやると、言った……はずだ……!」

反駁するイブリースを睥睨しながら、マリスエリスはひらりと中洲に降り立つ。
スタンした味方を助けるために横槍を入れた、という風ではなかった。
もはや膝をついたイブリースを顧みることもしない。

>「さぁて、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。これを見るにゃ!」

マリスエリスが指し示す先には、グランダイトとその兵ども。
そして……ロスタラガム。その手には、光り輝く球体があった。

あれはまさか――

>「……テンペストソウル……!」

270明神 ◆9EasXbvg42:2021/06/14(月) 08:35:51
ブリーズが慄然とした様子で、その名を呼んだ。
そしてテンペストソウルがここにあるという事実は、付帯するもうひとつの事実を否が応でも知らしめる。

「テュフォン――!」

イブリースとの初戦で殿に残ったフタミコの片割れ。
俺たちが撤退する時間を稼ぐために果敢にもイブリース達へ挑んだシルヴェストルは、当然の帰結としてその命を散らした。
シルヴェストルは死ねば風に溶けて消滅し、テンペストソウルだけが後に遺る。
ロスタラガムの所業は、テュフォンの生首を引っ提げてるのに等しかった。

>「テンペストソウルを献上した者と同盟を結ぶ、そういう話だったにゃぁ? 王様。
 さ――約束通り、望みの物を呉れてやるにゃ! うちんたぁに力を貸してちょぉ、『覇道の』グランダイト!!」

マリスエリスに促されて、ロスタラガムがテンペストソウルを差し出す。
その光景を、俺は歯噛みしながら見ていることしか出来なかった。

――また俺の目の前で誰かが死んだ。
いつまで経っても慣れることのない疼痛が胸をギリギリと締め付ける。
そして、グランダイトとの交渉もこれで決裂だ。シルヴェストルとの戦争を止められなかった。
次は20万人が敵に回って、きっともっと沢山死ぬことになるだろう。

絶望が頭の中を支配する中、果たしてグランダイトはテンペストソウルを受け取らなかった。
献上の手を冷ややかに見下ろすばかりで、うんともすんとも言いやしない。
今度はマリスエリスの声に焦りが生まれ始める。

>「どうしたんにゃ!? 王様!まさか、偽物かもって疑っとらっせるがや!? そんなことありえんがね!
 そのテンペストソウルは、確かに双巫女の片割れから抉り取った正真正銘のテンペスト――」

>「あっそ。そのテンペストソウルは、ガチのホンモノなんだな?
 いいコト聞いちゃった、それじゃあ――」

マリスエリスの詰問に、別の声が交じる。
瞬間、ロスタラガムの手からテンペストソウルが掻き消えた。

>「あはははははははは……、あ――――はっはっはっはっはっはっはっはっは―――――――ッ!!!!」

同時に響く哄笑と、現れた姿に、俺は見覚えがあった。
忘れることなんてできるはずがない。

「が、ガザーヴァ――!?」

黒く輝く甲冑と、気品に満ちたダークユニサス。
総身を漆黒で装飾したガザーヴァが、崖の上で高く笑い声を上げていた。
ヴィゾフニールから出奔した後、久しく見ていなかった顔が、鎧姿の奥に垣間見える。

「おまっ、お前!どこ行ってたんだよ!?ずっと近くに居たのか!?」

>「くふふふふッ、ガラにもなくコソコソ隠れて、ずっとチャンスを待ってた甲斐があったってもんだ……!
  これがボクに力を与えてくれる。ボクのことを特別にしてくれる……!
  カザハ! 見えるか! ボクもついに手に入れたぞ、テンペストソウルを!
  これでオマエとおんなじ――いいや! ボクの方がずっとずっと、オマエより強くなれる!
  オマエよりも特別になれるんだ!!」

俺の声が届いてか届かずか、ガザーヴァはテンペストソウルを手に勝鬨を上げる。
どこほっつき歩いてたか知らんが、記憶を辿れば不可解な点のいくつかに合点がいく。

イブリースとの撤退戦で、急に背後に出現したインチキテレポ。
脱出を支援するように降ってきた『闇撃驟雨(ダークネス・クラスター)』。
石油王はそれがバロールによるものじゃないと言っていた。
他にそんな芸当ができんのは、ガザーヴァ以外にいない。

271明神 ◆9EasXbvg42:2021/06/14(月) 08:36:28
>「あっはははははははッ!! そこでアホ面さげて見てろよ、カザハ!
 このテンペストソウルの力で、ボクがレクス・テンペストになる瞬間をな!」
>「テンペストソウルよ! 風精王の器、資格者の証たる魂魄よ!
 ボクをレクス・テンペストへ! 特別なシルヴェストルへと変容させろ――――!!!!」

ガザーヴァはカザハ君に勝ち誇りながらソウルを掲げ――
そして、何も起こらなかった。
なんの反応も返さないテンペストソウルに、ガザーヴァは怒り猛る。

「……どういうこった。エリにゃんが陛下にパチもんつかまそうとしたのか?
 だったらテュフォンも――」

まだ殺されてない。ガザーヴァの焦燥とは裏腹に、俺の中には希望が芽生えた。
だけど、それを否定したのは他ならぬブリーズだった。

>「……そのテンペストソウルは、私の半身テュフォンのもの。
 紛れもない本物です」

>「じゃあ、どうして……!」

>「そのテンペストソウルは、確かに本物。けれど、それだけでは何の効果もありません。なぜならば――
 私たちは風の双巫女。私たちのテンペストソウルは、ふたつ揃って初めてひとつだからなのです」

曰く、フタミコはレクステンペストとしては不完全な存在らしい。
それぞれがテンペストソウルを有するわけじゃなくて、半分ずつに力を割っている。
だから、片割れだけ殺しても意味がない。

>――『たとえテュフォンを殺そうとも、かの者たちがテンペストソウルを得ることはない』

「申せなかった"仔細"ってのはこういうことか」

テュフォンは、それを理解していたから、殿として命を投げ出したんだろう。
自分が死んだとしても、継承者がすぐに目的を果たせるわけじゃないって。
全ては、ブリーズを、カザハ君を、生かすために。

「バカ野郎が……」

ティフォンとは昨日今日会ったばっかで、親しく言葉を交わした覚えもない。
だけど、自分の命を冷静に値踏みして死地に投じたその覚悟に、やりきれないものがあった。
少なくともブリーズにとって、お前はただのテンペストソウルの片割れじゃなかったはずだ。

>「な……、なんだよ、ソレ……! なんなんだよ……!
 せっかく苦労して念願のテンペストソウルを手に入れたってのに! カザハに勝てると思ったのに! 全部無駄じゃんか……!
 ふざけるな!ふざけるなよおおおおおッ!!!」

ぬか喜びの絶望にガザーヴァの悲痛な叫びが降ってくる。
そこへロスタラガムのジャンプ蹴りが直撃し、ガザーヴァは撃ち落とされた。

>「ぎゃぅっ!!」

「ガザーヴァ!」

墜落し、中洲の砂利の上に叩きつけられたガザーヴァは動かない。
生きてはいるようだが、失っているのが意識なのか気力なのか、ここからじゃ判別できない。
いずれにせよ、全ては――

>「……どうやら、また振り出しって感じかにゃぁ」

マリスエリスの言葉通り、仕切り直しだ。
ただの仕切り直しじゃない。今度は継承者2人も参戦する。

272明神 ◆9EasXbvg42:2021/06/14(月) 08:37:15
>「まさか、双巫女のテンペストソウルが欠陥品だったとは……。
 ここまで来てくれたついで、王様におみゃーさんらと戦ってもらおうと思っとったのに、せっかくの作戦がワヤだがね。
 しょうがない……アタシが直々に相手してやるかにゃぁ」

「お前らが顧客の発注と別モン持ってきたってだけだろうが。
 ご自慢の嗅覚はどうした、にゃあにゃあ言いすぎて自分がワーウルフだってことも忘れちまったか?」

まるでガラクタをほかすような言い草に、俺は我慢がならなかった。

「そのテンペストソウルは欠陥品じゃない。そいつは正真正銘レクステンペストの――テュフォンの魂だ。
 あいつを侮辱するな」

マリスエリスは答えず、イブリースに水を向ける。
俺たちが決死の連携でひり出した総攻撃の隙は、とっくに埋まっちまった。

>「確かに……こいつらは強い……。
 舐めていたのはオレの方だったか……ならばもう手段には拘らん。
 大義のため――何がどうあっても、オレはこの戦いに勝利する!!」

>「さぁて……んじゃ始めるとするかにゃ! デュエル――スタート!!」

現場の混乱も冷めやらぬままに、マリスエリスの指揮で再び戦端が開かれる。
ロスタラガムがエンバースに突撃し、イブリースはジョンと剣戟を交わす。
マリスエリスはカザハ君とブリーズを今度こそ仕留めんと襲いかかる。

俺はいずれの戦いにも巻き込まれない位置にいた。
俺自身に直接の戦闘力は乏しいってことはイブリースも分かってるんだろう。
エンバースやカザハ君たちも、自分の場だけで戦いを留めようとしてる。

それなら俺がやるべきは、デバフを使った遊撃だ。
タイマンに介入は出来なくても、五感や動きを封じられれば戦いを有利に運べるはず。

どうする、誰を助けに行く――

>「ぅ……」

その時、ずっと視界の端に入れ続けていたガザーヴァが、呻きと共に身じろぎした。
意識を取り戻したのか。それでも立ち上がる様子はない。

「ガザーヴァ――」

無理もない。あいつはカザハ君に対して並ならぬコンプレックスを抱えていた。
それがようやく解消されるかと思いきや、はしごを外されて墜落した。
ハンパに希望を持ってたぶん、絶望との落差は想像を絶するもんだったろう。

もしもガザーヴァを励まして戦線に復帰させられれば、戦局は大きくこっちに傾く。
カザハ君のアストラルユニゾンは仲間にレイド級が居れば最大限に効果を発揮するし、
ガザーヴァの『人の不幸は蜜の味(シャーデンフロイデ)』ならイブリースをスタンハメできる。
確実な勝ちを拾うならあいつの助太刀は絶対に必要――

「――っつぁ!」

右拳で、俺は自分の頭を思いっきり殴りつけた。
バフかかってんの忘れてた。強化された自傷ダメージが額を割り、血が顔面を流れ落ちる。

痛ってぇ……マジで痛え。でもおかげで目がさめた。

273明神 ◆9EasXbvg42:2021/06/14(月) 08:38:21
――違うだろ。
俺にとってのガザーヴァは、ただのレイド級とかデバフ要員なんかじゃないはずだ。

これじゃ、一巡目のあいつを追い詰めたバロールの考え方とまるっきり同じじゃねえか。
クレバーな戦力分析なんざ捨てろ。俺は俺のやりたいように、世界を救って良い。

戦いの有利不利なんか無関係に、あいつを取り巻く絶望を、ただぶっ壊しに行って良い。

「うぉぉぉぉぉっ!!」

砂利を蹴立てて走り出す。
中洲で展開する戦いの余波がこっちまで飛んでくる。
音撃の矢が、闇の炎が、足元に着弾して地面を焦がす。

今さらビビんな!俺はヘルカイザーの土石流だって生き延びた男!
『当たらなければ実際どうってことない』って古事記にも書いてあるだろうが!

だけどガザーヴァはそうは行かない。
逃げもしなけりゃ避けもしない今のあいつは、余波だろうが直撃を食らう。

「ヤマシタ!怨身換装――モード・盾!」

ガザーヴァの元に辿り着くと同時、ヤマシタを盾モードに換装。
降り注ぐ瓦礫を弾き飛ばしながら、へたり込むガザーヴァの腕を引っ掴んで立たせた。

「へへ……軽いぜ。火事場パワーってすげえわ」

全身甲冑に身を包んだガザーヴァは、見た目よりもずっと軽い。
多分身体能力にバフがかかってるからだと思うんだけど、俺の根性ってことにしよう。
ガーゴイルと一緒にガザーヴァを抱えて下がり、余波の範囲から出る。

「久しぶりだな。元気にしてたか」

現在進行系で意気消沈してる奴に元気かもクソもねーけど。
ちゃんとメシ食えてたなら、今はそれで良い。

「テンペストソウルがお前の力にならないって分かった時、『ふざけるな』っつったよな。
 だけどそれで足りるか?お前はもっと、もっともっと、色んなことにふざけんなって言って良い」

俺は言うぜ。ふざけんじゃねえよって。
マリスエリスにも。バロールにも。ガザーヴァ、お前にもだ。

「……どいつもこいつも、レクステンペストじゃなきゃ特別じゃないみてーに言いやがって」

俺は『強いプレイヤー』というアイデンティティをモンデンキントに敗北して失った。
代わりに得た『アンチクソ野郎』って称号はそりゃ褒められたもんじゃねえだろうけど、
俺を構成する上で絶対に欠かせない要素だ。

そして今、俺はなんの因果か『世界を救うブレイブ』になってる。
特別を失って、それでも新しい特別を、俺は見つけた。

「特別はひとつじゃない。そうだろ幻魔将軍ガザーヴァ。ブレイブの宿敵にして、永劫のライバル!
 お前には、自分で積み上げてきた特別があるだろうが」

俺にはお前の気持ちはわからん。
生まれた世界も、種族も、性別も、何もかもが違うお前をヒャクパー理解することは出来ない。

それでも、俺は俺のことなら分かる。
俺がお前のことをどう思ってるかは、分かるんだ。

274明神 ◆9EasXbvg42:2021/06/14(月) 08:39:29
「俺にとっては、お前はとっくに特別なんだよ。ブレイブと幻魔将軍の関係だけじゃない。
 デリンドブルクで、アイアントラスで、レプリケイトアニマで!一緒に死線潜ってきた戦友だ。
 2人で他人を煽り散らかすのが何より楽しい、ウマの合う悪友だ」

どうすればこいつを救えるか?
アホか。俺が抱えてきたのは、そんな上から目線で押し付けがましい思いなんかじゃない。

――黙って出ていかれて、寂しかった。
とどのつまりはそれだけじゃねえか。

「……言い訳がましいか?ひひっそうだな。結局のところ、手の届かないモノを諦める言い訳なのかもしれない。
 だからあれこれ理屈つけんのもお終いだ。俺が今から証明してやる。
 ふつーの生まれのこの俺が、無敵の兇魔将軍をぶっ倒してな」

生きてりゃいつかは、どうやったって手の届かないものが出てくる。
『最強』も『人望』も、俺じゃない奴が手にするところを草葉の陰で眺めるばかりだった。
その挫折を絶望で終わらせない。今ある大事なものを、これからも大事にしていく理由にしよう。

「生まれ持った素質も、御仕着せの特別も要らねえ。
 そんな曖昧なもんに頼らなくたって、俺達は――自分の中の挫折や絶望を、肯定していける」

安置にガザーヴァとガーゴイルを退避させて、俺は前線にもう一度飛び込んだ。
ヤマシタに大盾の影からクロスボウでイブリースを狙わせる。

「『そう決まっている』、『そういうシステム』――随分ゲーム的な表現じゃねえかイブリース!
 がぜん興味が湧いてきたぜ。お前が何を知ってて、何を諦めてやがんのか!
 ぜってー口割らしてやっからな、今から何言うか考えとけよぉ!!」

イブリースの怒声に負けじと声を張り上げながら、巨体目掛けて矢を放つ。

「混ざれよガザーヴァ!テンペストソウルがなかろうが、バロールの望んだ形じゃなかろうが――
 俺とお前が組めば、最強だ!」


【ガザーヴァとガーゴイルを戦闘余波の範囲外へ引っ張り出して発破をかける】

275embers ◆5WH73DXszU:2021/06/21(月) 23:25:21
【ルーザーズ・プラン(Ⅰ)】

『ッ……、こんな、ことで……!
 オレの決意を! 願いを……押し留められると、思って……いるのか……!
 舐めるなァァァァァッ!!!』

「舐めるな?だったら――まずはお前が俺達を尊敬しな」

負けん気の言語化/再生した左手の中指を立てる。

「ま……そのイカした翼を傷物にしてやれば、嫌でもそうなるだろうけど」

遺灰の男には考えがあった――ヘルガイザーを封じ/イブリースの翼を破壊する為のプランが。
困難ではない/だが危険な方法だった――それも危険が及ぶのは遺灰の男ではない。
ジョンか/スターズか――そのどちらかを、危険に晒す必要があった。

「――ジョン。悪いがもう一度、アイツとタイマンしてくれ」

逡巡は一瞬未満――遺灰の男はジョンに呼びかけた。
スターズは今、自力で自分の身を守る事が出来ない――ジョンは違う。
生死の境界線を見極め/ほんの一瞬だけそれを踏み越える――ジョンにはそれが出来る。

「……ダメージがしんどいなら、そう言ってくれ。やり方は他にも――」

>僕が抑える!!!なんでもいい!僕の事は気にせずかませ!!!!!

遺灰の男の配慮を意に介さず、ジョンが飛び出す。
まさに無我夢中――最初の指示も聞こえていたか怪しいくらいに。
だが、問題はない――ジョンは成すべき事を成す/約束も守る――遺灰の男はそう信じた。

「フラウ」

〈……なんですか〉

「フラウ砲弾とフラウシュート、どっちがカッコいいと思う?」

遺灰の足元から溜息が聞こえた。

〈……どっちも最低、最悪〉

いい加減うんざり、とでも言いたげな声――その声音が懐かしくて、遺灰の男はふっと笑った。
遺灰の男は覚えている――フラウがこんな返事をした時は、より最低最悪そうな方が正解だと。

「――シュートでいいんだな?」

〈私の現在の種族特性を鑑みれば、そちらの方が効率的――言わなくても分かるでしょう〉

「……それだけか?」

再び聞こえる溜息――剣呑な眼光が遺灰の男を睨み上げる。

〈……絵面が最大限馬鹿げていた方が、舐めプの報復になるでしょう?
 これで満足ですか?気が済んだなら――いい加減、集中して下さい〉

「馬鹿言え――ずっとしてるさ」

笑みを浮かべ/諧謔を連ねるのは口先だけ――闇色の眼光は、常に戦場を捉えていた。
イブリースへと挑みかかるジョンを/ジョンを跳ね除けるイブリースを。
二人の一騎討ち――その終わりが訪れるのを、待っていた。

276embers ◆5WH73DXszU:2021/06/21(月) 23:25:39
【ルーザーズ・プラン(Ⅱ)】

『邪魔だ、失せろ!!』

ジョンとイブリースの戦いは、そう長くは続かない――結末は決まっている。

『守り抜ける機会がもう1度あればなんて甘ったれるなよ!後ろを見続けているような奴に負けるつもりはない!!』

ジョンはああ言っている――だが、そんな事はあり得ない。

『オレが後ろを見続けている、だと……?
 貴様に何が分かる、オレの背負った役目の! 願いの! 約束の! 何が分かる――!!』

どんな事情があろうと/どんな信念があろうと――ジョンはこの一騎討ちに負ける。絶対に。
それはつまり――遺灰の男はこの瞬間、極めて限定的な未来予知の能力を得ているに等しい。

『仲間たちを護る! 生命を護る! それが可能な力を有した者だけが、役割を果たす資格を得る!!
 貴様らにその力があるのか! 資格があるのか! いいや、貴様らにはそんな覚悟も! 決意も! 信念もありはすまい!
 ミズガルズから召喚されただけの、ゲーム感覚でしか物事を推し量れぬ貴様らにはな!!』

イブリースは必ず、ジョンにとどめを刺そうとする――その瞬間は、必ず訪れる。

『死ね! 我が願いの前に立ち塞がる、悍ましきモンスターども!!!』

その瞬間が、訪れた――遺灰の男が左足で一歩前へ踏み出す。

「まだ、そんな事抜かしてるのか」

右足を振りかぶる/上半身が弓なりにしなる/右腕を前へ突き出す。

「……それ、やめてくれないか。イラつくんだよな」

振りかぶった右足を振り抜く――足元の相棒を、強かに蹴り飛ばす。
白き肉塊が大きくたわむ――その反動が、肉塊を閃光に変える。
強烈な速力と回転による風圧が、水飛沫の軌跡を描く。

大きく外側に広がった後、剃刀のように鋭く食い込むバナナシュート。
即ち――ジョンを迂回し、イブリースの背後を強襲する白刃の軌跡を。

「――昔の自分を見ているみたいで」

閃光がイブリースの背後に突き刺さった――比喩ではない。
インパクトの瞬間、フラウは二本の触腕を硬質化――飛膜を突き刺した。
大した傷ではない/飛行能力は、恐らく完全には失われていない――だが問題はない。

穴空きの翼でふらふらと空を飛ぼうものなら、今度はその隙を突くまでだ。

『ぐッ……! おのれ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』!!』

「少しは俺達を尊敬する気になったか?」

イブリースが悪態を吐き終えるよりも早く、遺灰の男はその懐へと飛び込んでいた。
スイッチ――ジョンに息継ぎの時間を作り/気力体力万全の己が追撃を狙う。
溶け落ちた直剣を小さく振りかぶる――狙いはイブリースの双眸。

鋭く弧を描く、質量なき魔力の刃――手応えは、あった。

277embers ◆5WH73DXszU:2021/06/21(月) 23:26:42
【ルーザーズ・プラン(Ⅲ)】

「ふん……」

最低限の踏み込み/最小の振りかぶりから、素早く剣先で双眸を撫でるはずだった。
なのに手応えがあった=防御されていた――破れた翼を、全身を覆う大盾のようにして。
眼球を切り裂く為の、剣速を重視した斬撃だった事が裏目に出た――だが、遺灰の男は動じない。

「この距離で俺から目を離すのか?」

翼を用いて防御を固めれば当然、イブリースの視界は大きく狭まる。
業魔の剣を用いた牽制は勿論――魔法の狙いを定める事も叶わない。
遺灰の男がここぞとばかり、溶け落ちた直剣を大きく振りかぶった。

「目覚め――」

直後――遺灰の男が跡形もなく吹き飛ばされた。
イブリースが両翼を勢いよく羽ばたかせ、突風を放ったのだ。
単なる突風ではない――イブリースから湧き立つ魔力と瘴気を帯びた風だ。

「ちぃ……」

遺灰の男がイブリースからやや離れた位置で再生する。
致命的なダメージを受けた訳ではない――だが、すぐには動けない。
人間が大盾でぶん殴られたらすぐには動けないように――要するに、スタンしている。

〈この距離で俺から――なんですって?〉」

ここぞとばかりの煽り文句――隙を晒した遺灰をカバーすべく、フラウが戦線を下げていた。

「……たまには、ああいう事もあるだろ。それより――」

遺灰の男はスタンされている/フラウはそのカバーに入った。
ジョンもイブリースに痛打を受けて間もない/部長は単独戦闘に向かない。
つまり――前衛二人とそのパートナーは今、イブリースへの影響力を失っている。

イブリースは恐らく、それを好機と見た――遺灰の男もそうだった。

『オレは負けん……、オレは勝つ!
 今まで散っていったすべての命、そしてこれから生まれるであろうすべての命に報いるために!
 あの方との約束を……果たす、ために――――――!!』

「――来るぞ」

イブリースから魔力が滾る/業魔の剣から瘴気が溢れる。

『――今ぞ、閉幕の刻来たれり。
 666の徴以ちて、我此処に魔剣の戒めを解かん――!』

業魔の一撃/イブリースの秘剣。
その血色の輝きを前に、遺灰の男は笑った。
溜息の先触れが零れ出たような、冷めた笑いだった。

「十分な崩しも無しに、いきあたりばったりで必殺技をパなすだけ」

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!』

遺灰の男が地を蹴った――業魔の一撃は既に臨界に達しようとしている。
曲がりなりにも先手を打ったのはイブリースなのだ。
無策に吶喊するだけでは間に合わない。

「まあ確かに」

つまり――既に、手は打ってある。

278embers ◆5WH73DXszU:2021/06/21(月) 23:27:01
【ルーザーズ・プラン(Ⅳ)】

「覚悟も信念もないケダモノ相手なら、それで勝てるかもな」

イブリースの足元が、音を立てて割れる/裂け目の奥には、白い触腕が見える。
遺灰の男のカバーに戻りつつも、フラウは触腕を一本、地中に潜らせ掘り進めていた。
イブリースが詰めてくるなら触腕を自切すればよし、そうでなければ――このような使い方が出来る。

地中から勢いよく飛び出し、斬りつけるほどのパワーは、フラウの触腕にはない。
だが地中を掘り進み、川水を流入させ、地面を脆弱化させる事は出来た。
足元のぐらつきは業魔の一撃の発動をほんの少し、遅らせる。

ほんの少しとは、この場合――魔物の膂力に灰の身軽さを持つ男が彼我の間合いを詰めるには十分、という意味だ。

「……こんな事、二度も三度も言いたくないんだけどさ」

溶け落ちた直剣が唸る/弧を描く――振り下ろされた業魔の剣を迎え撃つ。
遺灰の男とイブリース――その重量/膂力には大きな隔絶がある。
遺灰の男が業魔の剣を受け止める事など不可能だ。

「――あんまり俺達を見くびるなよ」

だがイブリースの翼が機能を失い、その足元が崩れていれば話は別だ。
ひび割れ、泥濘んだ地面にイブリースの足が沈んで、滑る。
重心が崩れる――イブリースの上体が仰け反る。

カザハのブラストがそれを後押しして――そこにジョンとヤマシタの打撃が突き刺さった。

『が……は……ッ!!』

イブリースが大きく吹っ飛ぶ/なんとか着地を果たす――だが明らかに前後不覚。

『この機を逃すなっ!削り切るぞ!!』

「……よし、今度こそ。目覚めろ――」

『おぉーっとぉ! そこまでにゃ、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』!』
『……ああ?』

「……今度はなんだよ、もう」

遺灰の男が悪態を吐く/視線をマリスエリスへ――横槍を警戒せざるを得ない。

『イブリースをここまで追いつめるなんてにゃぁ……どえりゃあ驚いたにゃぁ。
 けどが、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。これ以上おみゃーさんらに好き勝手させるわけにはいかんがね』

「……まあ、そりゃそうだよな」

『なかなか見応えある戦いだったけどにゃ、もうお仕舞いだみゃぁ。
 イブリース、バトンタッチだがね。後はアタシらに任せて、おみゃーさんはそこであすんどりゃぁええにゃ』

「キルスティールは嫌われるぜ――そもそも、返り討ちだけどな」

『ふ……ざけるな……!
 こいつらは……オレがひとりでやると、言った……はずだ……!』

「お前はお前で……そんなつまらない事ばかり言ってて、いい加減飽きないのか?」

279embers ◆5WH73DXszU:2021/06/21(月) 23:28:25
【ルーザーズ・プラン(Ⅴ)】

『とろくせぁこと言うとるのも大概にしときゃぁ、イブリース?
 おめぁの出番はもう終わっとるがや、あの方だの約束だの――眠てゃーこと抜かしとるもんに、これ以上は任せられんわ』

「そういうお前も、デュオで俺達とやり合えるつもりでいるのか?え?」

『マリス……エリス……!』
『――ごたいげさん』

「……どいつもこいつも」

遺灰の男=爪先で地面を蹴る――ゲーマーの記憶が苛立ちを呼ぶ。

『さぁて、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
 これを見るにゃ!』

崖上を指差すマリスエリス――ロスタラガムが何か、光り輝く球体を掲げてみせた。

『……テンペストソウル……!』
『ああ……テュフォン……』

「……なるほど、そういう事か」

『テンペストソウルを献上した者と同盟を結ぶ、そういう話だったにゃぁ? 王様。
 さ――約束通り、望みの物を呉れてやるにゃ! うちんたぁに力を貸してちょぉ、『覇道の』グランダイト!!』

「はっ……いいね。少しは楽しめるようになるかもな」

精一杯の強がり――少なくとも、やる前から負ける事を考える理由はない。

「……みんな。かなり厳しい戦いにはなるが、やるしか――」

『ん。……ん!』

しかし、何やら様子がおかしい――グランダイトはテンペストソウルを受け取らない。

『どうしたんにゃ!? 王様!
 まさか、偽物かもって疑っとらっせるがや!? そんなことありえんがね!
 そのテンペストソウルは、確かに双巫女の片割れから抉り取った正真正銘のテンペスト――』

「どうした。助っ人の当てが外れたか?」

遺灰の男が一歩前へ踏み出し――

『あっそ。そのテンペストソウルは、ガチのホンモノなんだな?
 いいコト聞いちゃった、それじゃあ――』

「……なんだと?」

聞き覚えのある声に、足を止めた。

『あ! ……あれ? ここにあったテンペストソウル、どこいった?』

「……何がしたかったのかは、なんとなく分かる。だが――」

『あはははははははは……、あ――――はっはっはっはっはっはっはっはっは―――――――ッ!!!!』

「――どうしてだ、ガザーヴァ」

280embers ◆5WH73DXszU:2021/06/21(月) 23:29:43
【ルーザーズ・プラン(Ⅵ)】

『やった……やったぞ! これがテンペストソウル……、パパがボクを創造するほどに欲しがっていた至宝!』

「……ガザーヴァ。分かっているのか……!」

怒りの滲む語気/燃え盛る眼光。

シルヴェストルの双巫女は、遺灰の男/ハイバラにとっていけ好かない連中だった。
争いを避けたいなどと言いながら、その為に何か手を打つ訳でもなく、
肝心な事は余所者任せ――好きになれるはずがない。

だが、だとしても決して――死んだ方がいいような存在ではなかった。
孤独に見殺しにされて死ぬ――そんな最期を迎えるべきではなかった。

「悪戯だったじゃ済まないんだぞ!お前はテュフォンを、ポヨリンを!見殺しにしたも同然――」

『くふふふふッ、ガラにもなくコソコソ隠れて、ずっとチャンスを待ってた甲斐があったってもんだ……!
 これがボクに力を与えてくれる。ボクのことを特別にしてくれる……!』

怒りに満ちた声が急速に萎える――感情に任せて怒声を上げるには、ガザーヴァの言葉は切実過ぎた。

『カザハ! 見えるか! ボクもついに手に入れたぞ、テンペストソウルを!
 これでオマエとおんなじ――いいや! ボクの方がずっとずっと、オマエより強くなれる!
 オマエよりも特別になれるんだ!!』

遺灰の男はもう何も言えない――ハイバラの記憶/感性は、ガザーヴァの望みに共感出来ない。
生前、ハイバラはただの学生だった――少なくとも、自分の存在価値に思い悩んだ事はない。

『あっはははははははッ!! そこでアホ面さげて見てろよ、カザハ!
 このテンペストソウルの力で、ボクがレクス・テンペストになる瞬間をな!』

ガザーヴァがテンペストソウルを高々と掲げる。

『テンペストソウルよ! 風精王の器、資格者の証たる魂魄よ!
 ボクをレクス・テンペストへ! 特別なシルヴェストルへと変容させろ――――!!!!』

しかし――何も起こらなかった。

『な……、なんだ……? どういうことだ……?
 どうしたんだよ、テンペストソウル! オマエ、本物なんだろ!? 偽物じゃないんだろ!?
 ボクに力をよこせよ! ボクを……ボクを! レクス・テンペストにしろよォォォォォォォ!!!!』

ガザーヴァが怒鳴る――しかし、何も起こらなかった。

『……どういうこった。エリにゃんが陛下にパチもんつかまそうとしたのか?
 だったらテュフォンも――』

「……いや」

マリスエリス/ロスタラガムはテュフォンを容易く殺せたはず。
わざわざグランダイトの不興を買うリスクを冒す理由がない。

『オマエ……騙したな!!』
『そ、そんなはずにゃあで!? アタシ達は確かに双巫女にとどめを刺したがね!
 それは紛れもない本物のはず――』

ならば、何も起きない理由は他にある――ガザーヴァ自身に/あるいはテュフォンの魂に。

『……そのテンペストソウルは、私の半身テュフォンのもの。
 紛れもない本物です』

遺灰の男は――ひどく居心地が悪かった。

281embers ◆5WH73DXszU:2021/06/21(月) 23:31:34
【ルーザーズ・プラン(Ⅶ)】

『そのテンペストソウルは、確かに本物。けれど、それだけでは何の効果もありません。なぜならば――
 私たちは風の双巫女。私たちのテンペストソウルは、ふたつ揃って初めてひとつだからなのです』

遺灰の男にはガザーヴァの苦悩は分からない。
しかし――テュフォンの今の心境は、想像出来てしまう。
少なくとも遺灰の男には、幼い頃から傍にいた誰かを喪った記憶がある。

『な……、なんだよ、ソレ……! なんなんだよ……!
 せっかく苦労して念願のテンペストソウルを手に入れたってのに! カザハに勝てると思ったのに! 全部無駄じゃんか……!
 ふざけるな! ふざけるなよおおおおおッ!!!』

ガザーヴァは怒り/嘆き/取り乱していた――隙だらけだった。

「おい!何してる!気を抜くな――」

『スキあり!!』

「――ああ、クソ。死んじゃいないだろうな……!」

ロスタラガムの強襲を受けて、ガザーヴァは墜落――そして、そのまま動かない。

『……どうやら、また振り出しって感じかにゃぁ。まさか、双巫女のテンペストソウルが欠陥品だったとは……。
 ここまで来てくれたついで、王様におみゃーさんらと戦ってもらおうと思っとったのに、せっかくの作戦がワヤだがね。
 しょうがない……アタシが直々に相手してやるかにゃぁ』

「長い休憩時間をありがとうよ――お礼をしなくちゃな」

遺灰の男が溶け落ちた直剣を両手で握り締める/剣身を顔の前に立てる――強く念じる。
戦闘の余波として周囲に飛散した魔力/瘴気が無形の刃として集結していく。
より鋭く/より禍々しく――始原の魔剣の、目覚めが近づく。

『イブリース! もうスタンは回復しとるでしょぉ!?
 たぁけた面子やらプライドやらはほかして、三人でやるしかにゃあも! 答えは聞いとりゃぁせん!
 ――タラちん!』

「残念だよ、ロスタラガム」

遺灰の男の全身から炎が滾る――怒りの炎が。
ここまでに受けた数々の不遜/舐めプ――そして死者への愚弄。
それらに対する怒りが炎と化して――溶け落ちた直剣へと吸い寄せられていく。

「お前とはもっと純粋な――ただの勝負がしたかったけど。もう、そういう空気じゃなくなっちまった」

『おー! やっと出番かぁ、待ちくたびれたぞ!』

「とは言え……折角考えてきた決め台詞をお蔵入りにするのは、悔しいからな。一応、言わせてくれ」

『さぁて……んじゃ始めるとするかにゃ! デュエル――スタート!!』

「三度目の正直だ――技比べと行こうぜ、ロスタラガム」

『いくぞいくぞいくぞォ―――――――ッ!!』

迫る拳打/拳打/拳打/拳打/拳打――打撃の嵐。
遺灰の男がそれを受ける/弾く/逸らす/躱す――だが、それだけ。
超高速の攻防は、その攻守が入れ替わらない――攻勢に転じる事が出来ない。
火酒の投擲による牽制=身を躱される/灰化による不意打ち=強烈な息吹で吹き飛ばされる。

そして――ロスタラガムの拳がついに遺灰の男の顔面を捉えた/打ち砕いた。

282embers ◆5WH73DXszU:2021/06/21(月) 23:34:57
【ルーザーズ・プラン(Ⅷ)】

「――馬鹿め」

顎より上が吹き飛んだ状態のまま、遺灰の男は声を発した。
左前方へと鋭く踏み込む/掬い上げるように溶け落ちた直剣を薙ぎ払う。
不死者流の抜き胴がロスタラガムの腹部を襲い――しかし篭手による防御がほんの一瞬、先んじた。

「まだだ――」

だが――これで攻守が入れ替わった。

「――フラウッ!A-5!H-9!合わせろ!」

呼び声=一巡目に定めたスキルの符丁。
フラウの短躯が騎士竜の如く軽やかに/高らかに宙を舞う。
刹那、閃く一対の触腕――ロスタラガムの遥か頭上=死角から躍りかかる。

【空刃(エアリアル・エッジ) ……敵一体に対して斬撃属性のダメージ。高クリティカル率。高命中率補正。
 ――地上最強の剣士?あんま関係ないかな。ほら、私飛んでるし/ハーピィ族の一般兵――】

空刃は飛行属性持ちユニットが習得する、単なるコモンスキルに過ぎない。
しかし、フラウの技量をもって繰り出せば――それは必殺の一撃と化す。
一巡目、数多の命を奪ってきたその剣技が――裏拳一つで弾かれた。

「おい、どこ見てる」

攻めに転じる隙は与えない――横薙ぎに閃く魔力の刃。
ロスタラガムの対応は速い/既に篭手による防御が間に合っている。
瞬間――魔力刃が急速にうねる/軌道を変化/下段からの逆袈裟が唸りを上げる。

【掌返し(ターニング・エッジ) ……敵一体に対して斬撃属性のダメージ。このスキルは敵のDEFのn%を無視する。
 ――死者には死者の、傀儡には傀儡の剣があるのですよ/暗殺傀儡メイド・エミリーちゃん――】

死者故の/人体の限界に囚われない、文字通りの掌返し。
だが、これも単純な反応速度によって弾かれて終わる。

〈これで――!〉

直後――遺灰の男の脇腹が爆ぜる/そこから飛び出す白の触腕。
遺灰の後方に姿を隠したフラウが、その背中越しに突きを放ったのだ。
当然、ロスタラガムにはその予備動作が見えていない――予測不可能の一撃。

【暗刃(ヒドゥン・エッジ) ……敵一体に対して刺突属性のダメージ。極めて高いクリティカル補正。
 ――伊達や酔狂だけで、このマントを纏っている訳ではないのさ/赤套のアルベルト――】

それすらも、ロスタラガムは紙一重で躱してのけた――再び遺灰の男が斬りかかる。
だが――繰り出されたのは何の変哲もない、ただの上段からの打ち下ろし。
ロスタラガムは既に迎撃体勢――それも、ただ弾くだけではない。

モーションが大きい――強烈な打撃で刃を大きく跳ね除けるつもりなのだ。
更にその勢いのまま遺灰の男を殴りつけ、再び攻勢に出る心算。
そうして放たれた、右のロングフックが――空を切る。

【消える刃(バニシング・エッジ) ……敵の物理攻撃を回避し、魔法属性ダメージの反撃を行う。
 ――いかなる剣の達人も存在しない刃を受ける事は出来まい。魔法剣士はほくそ笑んだ――】

溶け落ちた直剣が構築する魔力の刃を、あえて消滅させたのだ。
必然、ロスタラガムのパリィは空を切る/遺灰の男は魔力の刃を再形成。
切り返しの斬り上げが――飛び退き、身を躱したロスタラガムの顎先を、斬り裂いた。

遺灰の男とロスタラガムの距離が開いた――仕切り直された。

283embers ◆5WH73DXszU:2021/06/21(月) 23:35:27
【ルーザーズ・プラン(Ⅸ)】

「……今のを躱すかよ。とっておきの初見殺しだったんだぞ」

そして、こうなれば――再び攻めに転じるのは、瞬発力に長けるロスタラガムの方。

『おまえ、オモシロいなァ!』

ロスタラガムが体を丸める/縦横無尽に跳ね回る――変則的な挙動に突きと蹴りが交じる。
遺灰の男は再び防御と回避で手一杯――だが、先ほどとは違う点が一つだけ。
今度は――襲い来る乱打を躱し切れていない/防ぎ切れていない。

『もっともっとやろうぜ!』

ロスタラガムの連撃は、更に速く/鋭くなっている。

『もっともっともっと――うはははははっ!!!』

〈――っ、遺灰の方!〉

フラウも横槍を入れようと立ち回っている――だがロスタラガムがそうはさせない。
常に動き回り/跳ね回り、遺灰の男自身をフラウに対する盾にしている。
ロスタラガムは決して賢くはない――だが、間抜けでもない。

「……フラウ」

防ぎ損ねた拳に顔の半分を削ぎ飛ばされながら、遺灰の男は相棒の名を呼んだ。
損傷部位の再生が遅くなっている――このまま戦いが長引けば、負ける。
時間が経つほど勝ち目は薄くなる/勝負に出る必要があった。

「『號剣』だ。やれ。やるしかない――お前ならやれる」

〈……いいでしょう〉

フラウは一瞬だけ反駁の気配を見せて、しかしすぐに頷いた。

超高速の攻防の中、遺灰の男が前へ踏み込む。
剣技を十分に見せつけた後での、柄を用いた超接近戦。
初めて見せる手札による不意打ち――そう見せかけた直後、灰化。

ロスタラガムをすり抜けて、その遥か後方へ。
ロスタラガムは遺灰の男を常にフラウへの盾代わりにしていた。
必然、遺灰の男が正面から消えれば――その先にいるフラウと対面する事になる。

〈『號』〉

瞬間、獣の雄叫びのような音が響いた――ロスタラガムの視界が、白に染まる。

〈『剣』〉

【號剣(ハウリング・エッジ) ……敵全体に斬撃属性のダメージを与える。このスキルは影響範囲内にいる限り無制限にヒットし続ける。
  ――剣が吼えた。仇敵は血霧に消えた。彼も吼えた。人狩りの剣と嘲られた少年は、もうどこにもいない――】

蜘蛛糸のように細く、無数に分裂させた触腕による超高速/同時斬撃――それが白の正体だった。
そこから生じる、無数に重なる風切り音――それが獣の雄叫びの正体だった。
これは、ロスタラガムが決して知る筈のない剣技。

284embers ◆5WH73DXszU:2021/06/21(月) 23:36:43
【ルーザーズ・プラン(Ⅹ)】

ブレイブ&モンスターズは、空前の大人気ゲームだ。
当然、マンガ化もしていればアニメ化もしている。
スピンオフとして作られたゲームだって存在する。

『ブレイブ&モンスターズ外伝/ハウリング・オブ・ヴェンジェンス』というスピンオフ作品がある。
ゲームジャンルは2Dアクション/舞台は遥か過去のニヴルヘイム――主人公は、魔族の少年。
高位魔族の家系に生まれた少年が政敵に家族を殺され、その復讐を果たすまでの物語。

少年は糸を武器として扱う能力を持っていた――決して強力なスキルではなかった。
糸の剣は鋭いが、それだけだった/武器としてはあまりにも軽すぎた。
精々、弱い人間を切り刻むのが精一杯――故に人狩りの剣。

それでも少年は知恵を絞り、時に体を張り、仇の命を狙い続けた。
少年の糸は、家族の、道を阻む者の、家族の仇の血を吸い続けた。
吸った血の分だけ、糸の剣はほんの少しずつ、重さを得ていった。

人狩りの剣はいつしか、鋭く/疾く――しかし高位魔族の肉体をも切り裂くほどの魔剣と化していた。
ともあれ、HOVは遥か過去の物語――號剣が如何なる剣技か、ロスタラガムは知らない。
完全初見の、超高速/超連続/全方位斬撃――勝算は、あった。

無論、フラウの號剣はオリジナルとは似て非なるもの――単なる模倣に過ぎない。
それでも――フラウならば限りなく真に迫るほどの號剣が繰り出せた。
そして――遺灰の男は、目の当たりにする事になる。

〈――馬鹿な〉

完全初見の、超高速/超連続/全方位斬撃を――ロスタラガムの技量が、完全に捌き切る光景を。
ロスタラガムが膝を屈める/拳を振りかぶる――大技を放ったフラウの隙を突こうとしている。

「待――」

直後、ロスタラガムが素早く身を翻した――遺灰の男と、目があった。
フラウを叩こうとしたのは、フェイント――本命は遺灰の男。
懐に潜り込まれる――防御も回避も間に合わない。
ほんの少し、身を捩るのが精一杯。

遺灰の男の胸部――その身に宿る魂魄の中心を、ロスタラガムの拳が打ち抜いた。

「がっ……!」

遺灰の男は不死身である――だが、不滅ではない。
遺灰に宿る霊魂が完全に打ち砕かれれば、遺灰の男は滅びる。
そしてロスタラガムの一撃は、遺灰の男の魂魄を砕くには十分な闘気を宿していた。

遺灰の男の全身が、急速にひび割れていく。

正直なところ――遺灰の男にはこうなる事が分かっていた。
ロスタラガムはスペルも使えないブレイブが勝てる相手ではない。
どう足掻いても、いつかは自分が負ける事が遺灰の男には分かっていた。

「――おめでとさん」

それはつまり――遺灰の男はこの戦いの間ずっと、極めて限定的な未来予知の能力を得ていたに等しい。

「技比べはひとまず、お前の勝ちだ」

遺灰の男の全身が、再生を始めていた――この戦いが始まった直後よりも更に速く。
ロスタラガムの眼力ならば見えるだろうか――再生する遺灰の胸の奥が。
そこに埋もれた、くり抜かれるように割れたガラス瓶の残骸が。

285embers ◆5WH73DXszU:2021/06/21(月) 23:38:47
【ルーザーズ・プラン(ⅩⅠ)】

遺灰の男はロスタラガムには勝てない/それはイブリースに対しても同じ事だった。
故に、そこに罠を張った――必ず訪れる未来に/獲物が絶対に通る道に。
体内に、アラミガから買った全快のポーションを仕込んだ。

とは言えイブリ-スと違って、ロスタラガムの武器は拳。
水薬を瓶ごと吹き飛ばされる恐れはあったが、大した問題ではなかった。
生前はこれと同じ罠を生身で敢行した事もある――それに比べれば、本当に大した事はない。

「だけど――」

ロスタラガムは攻撃を放った直後/対する遺灰の男は――既に溶け落ちた直剣を振り上げていた。

「――代償はデカいぜ」

そして振り下ろす。

286ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/06/26(土) 20:28:15
>「オレが後ろを見続けている、だと……?
 貴様に何が分かる、オレの背負った役目の! 願いの! 約束の! 何が分かる――!!」

「分かるわけないだろ。僕は君じゃない」

理性がある生物なら大抵正解のない悩みを持ってる物だ。
折り合いをつけて、妥協して、それでも人生は進んでいく、どれだけ他人が言葉を掛けようとも、進めるのは自分の心だけだから。

なんてこの世界に来なかったら僕自身こんな事考えもしなかっただろうけど。

>「仲間たちを護る! 生命を護る! それが可能な力を有した者だけが、役割を果たす資格を得る!!
 貴様らにその力があるのか! 資格があるのか! いいや、貴様らにはそんな覚悟も! 決意も! 信念もありはすまい!
 ミズガルズから召喚されただけの、ゲーム感覚でしか物事を推し量れぬ貴様らにはな!!」

激しい攻防の末、僕の鳩尾に一撃。

「ぐっ…!」

ポーションがぶ飲みのごり押し。しかし…傷はふさがっても流れ出た血だけは…どうにもならない。
意識も朦朧としてきたし、怪我は治ってるはずなのに全身激痛がする。

>「死ね! 我が願いの前に立ち塞がる、悍ましきモンスターども!!!」

「自分の利益だけを優先をしている自分に言ってるのか…イブリース!!」

反撃を試みるがあっさり弾き返される。

最初僕が優勢だったのはただ単にイブリースが僕を…人間を侮っていたからだけに過ぎなかったのだ。

「しまっ!」

大剣が迫る。しかし、迫っていたのはイブリースの一撃だけではなかった。

>「……それ、やめてくれないか。イラつくんだよな」

>「ぐッ……! おのれ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』!!」

>「少しは俺達を尊敬する気になったか?」

間一髪…エンバースの背後の一撃が間に合った。しかし

「はあ…はあ…はあ…」

僕はありがとうと一言を発言する余裕すらない。
寒気がする。血を流しすぎたからだろうか?あんなにあった痛みも殆ど感じられない。

>「オレは負けん……、オレは勝つ!
 今まで散っていったすべての命、そしてこれから生まれるであろうすべての命に報いるために!
 あの方との約束を……果たす、ために――――――!!」

しかし僕と違いイブリースは止まらない。

287ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/06/26(土) 20:28:27
>「――来るぞ」

「…分かってる!…けどもう先陣切って戦うのはさすがに…」

僕にできるのは息を整える事。剣を支えに無理やり体を起こすこと。そして次の攻撃態勢を取る事。

「でもどうしても…やらなきゃいけないんだよな」

強がりを言う事。

>「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

>「十分な崩しも無しに、いきあたりばったりで必殺技をパなすだけ」
>「まあ確かに」
>「覚悟も信念もないケダモノ相手なら、それで勝てるかもな」

イブリースの体制がほんの少し崩れる。それでも止まらず筋力に物言わせ技を強行する。
しかし一瞬の遅れが戦闘で何を引き起こすのか…それは先ほど証明したばかりだ。

「くそエンバース!なにか仕込んでるなら言えよ!!」

エンバースが先陣を切る。真正面から言っていれば賭け事のような確率だったかもしれない…しかし。
崩れた体制は技の出だしだけではなく、威力も鈍らせる。さらに先陣のエンバースはこの状況の利用方法を誰よりも理解していた。

僕はただそこに合わせるだけだった。

>「が……は……ッ!!」

>「この機を逃すなっ!削り切るぞ!!」

最後の力を振り絞り追撃にでる。もはやイブリースのどんな力を以てしても跳ね返しようのない状況。
だれもが勝利を確信した。いや誰もが確信できるからこそ。

>「おぉーっとぉ! そこまでにゃ、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』!」

>「なかなか見応えある戦いだったけどにゃ、もうお仕舞いだみゃぁ。
 イブリース、バトンタッチだがね。後はアタシらに任せて、おみゃーさんはそこであすんどりゃぁええにゃ」

「お前…出しゃばったら殺すといったのに…」

>「さぁて、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
 これを見るにゃ!」

目の前には…光り輝くテンペストソウルがあった。

288ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/06/26(土) 20:28:38
あの状況では助からないとは思っていた。
ごたごたで頭から抜けていた…テュフォンもまたテンペストソウルを持つに足る人物だと。

そして道化猫がこの状況でテンペストソウルを取り出した意味をすぐに理解する事になった。

>「テンペストソウルを献上した者と同盟を結ぶ、そういう話だったにゃぁ? 王様。
 さ――約束通り、望みの物を呉れてやるにゃ! うちんたぁに力を貸してちょぉ、『覇道の』グランダイト!!」

この場にイブリースと同等…いや未知数な人物が僕達の敵に加わったら僕たちはもう逃げる事すらできないだろう。
でも妙だ…?こうなる事はわかっていたはずだ。ならテュフォンは残ると言って…ブリーズはそれをなぜ承諾したんだ?

逃げる為に犠牲は確かに必要な状況だったが…そんなものより覇王が敵に回るほうがカザハにとって遥かにまずいと、誰よりもわかっていたはずだ…。

>「ほら、やるよ。これでおまえもおれたちの仲間だな!」

「………………」

長い沈黙。コントのやり取りのように何度も何度も突き出すが一向にうんともすんとも言わない。

>「どうしたんにゃ!? 王様!
 まさか、偽物かもって疑っとらっせるがや!? そんなことありえんがね!
 そのテンペストソウルは、確かに双巫女の片割れから抉り取った正真正銘のテンペスト――」

そういえば聞いた事がある。昔、双子は一つの魂を共有して生まれてくる存在だったと信じられていた…と。
地球じゃそんな事ありえない。でも異世界なら…?

>「あっそ。そのテンペストソウルは、ガチのホンモノなんだな?
 いいコト聞いちゃった、それじゃあ――」

「カザーヴァ!!」

>「あっはははははははッ!! そこでアホ面さげて見てろよ、カザハ!
 このテンペストソウルの力で、ボクがレクス・テンペストになる瞬間をな!」

しかし、何も起こらなかった。

「やはり…」

>「……そのテンペストソウルは、私の半身テュフォンのもの。
 紛れもない本物です」
>「な……、なんだよ、ソレ……! なんなんだよ……!
 せっかく苦労して念願のテンペストソウルを手に入れたってのに! カザハに勝てると思ったのに! 全部無駄じゃんか……!
 ふざけるな! ふざけるなよおおおおおッ!!!」
>「スキあり!!」

>「ぎゃぅっ!!」

>「ガザーヴァ!」

カザーヴァの事を考えるのは後だ…。
今僕達の目の前には、自分の事しか考えられないほどの、危機が直面しているのだから。

>「……どうやら、また振り出しって感じかにゃぁ。まさか、双巫女のテンペストソウルが欠陥品だったとは……。
 ここまで来てくれたついで、王様におみゃーさんらと戦ってもらおうと思っとったのに、せっかくの作戦がワヤだがね。
 しょうがない……アタシが直々に相手してやるかにゃぁ」

289ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/06/26(土) 20:28:52
>「オレが後ろを見続けていると言ったな……、死した者たちを悼んで何が悪い!
 死んでいった者たちの想いを背負い、願いを背負い、戦うことを……貴様は悪と断じるのか!」

テンペストソウルのごたごたで回復して多少マシになったとは言え、なんと絶望な戦力差か。
しかし僕にはまだ希望があった。相手がイブリースで、そしてイブリースは3人の中で唯一といっていい程…言葉が交わせる相手だからだ。

「目標の為なら関係ない人々を見境なく殺していいって?お前が言う遊び感覚でモンスターを殺す僕達と何が違うんだ?」

防戦一方のこの状況において、僕の勝ち筋はイブリースを言葉で時間稼ぎをして、援護をただひたすらに待つことしかなかった。

>「オレは一巡目で貴様ら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』にすべてを奪われた!
 仲間も! 世界も! このオレ自身の命も! 何もかもだ!!
 それを! 二の轍を踏むまいと決意することの、どこが間違っている!
 この世界は滅ぶ! もはや誰も侵食を止めることはできん! 『そう決まっている』、『そういうシステム』なのだ!!
 ならば――オレはオレに課せられた義務を果たす! 貴様らを残らず殺し尽くしてだ!!」

「世界が滅ぶのが決まっている?そういうシステム?馬鹿らしい。そんなのは…自分の存在が消える時に言うセリフなんだよ!」

バキイン!

剣が激しくぶつかり合う。

「お前には…僕達とうまくやっていく道もあったはずだ。例え最後に裏切るとしても…殺すその前まで仲良くするフリくらいできただろう
なゆも明神も単純だから取り入るのはすごい簡単だった…なのにしなかった!」

イブリースはテュフォンを殺した後。こいつを殺されたくなかったらお前らからこっちにこいと…そう言うって待ち伏せして罠を張れたはずだ。
なゆや明神なら例え嘘だとわかっていても必ず出向いた事だろう…けどそうならなかった。。

「人の上に立つ者の責務があると言いながら自分の復讐の感情を優先したんだ…お前は僕と同じ…他人の為と言いつつその実自分の事しか考えてないんだよ」

奪われたものを取り返す…成したい事の為ではなくイブリース自身の『あいつらだけは許さない。絶対に自分の手で粛清する』という感情が前に出たからにすぎない。

「目的が最優先と言いながらやってる事はどうだ?近道どころか自分で遠回りしてるじゃないか
現に今、復讐したいが為に一人で戦おうとしてどうなった?結局、力を持ってても…頭が使えない…人も信用できないお前は…もう一度奪われる事になる」

イブリースはテュフォンを殺した後。こいつを殺されたくなかったらお前らからこっちにこいと…そう言うって待ち伏せして罠を張れたはずだ。けどしなかった。
自分の手で殺すという成したい事の為ではなくイブリース自身の『あいつらだけは許さない。絶対に自分の手で粛清する』という感情が前に出たからにすぎない。

「でもさ…世界を救うだけなら…僕達は協力できると思うんだ…復讐はその後いくらでも付き合ってやるからさ
それともお前が想っている人達は世界が滅んでもいいから俺達を助けてくれって言うようなタイプなのか?違うだろう!」

人を信じさせるより、人を信じる方が遥かに難しい。
人を信じるという事は相手に全てを曝け出すという事だ。命も、心も、全てを…。

イブリースのように身内を虐殺された相手なら猶更だ。

しかし信じなければ。正しい相手を見つけ信頼を預け合って…初めて人生は動き出すのだ。
全部が敵ではどれだけの力を、才能を持とうと末路は悲惨な物だ。より良い場所を目指すなら…避けては通れない。

僕がこの世界で学んだ事をイブリースにも知ってほしい。

「イブリース…僕達が信頼に足る存在だとお前に証明してやる。だからこの戦いで僕達が勝ったら…なゆといっしょに世界を救ってくれ」

290ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/06/26(土) 20:29:06
援護を期待して時間稼ぎしている状況は変わらない…けど今このままじゃ不意打ちはまず成功しない。
イブリースを一時的に動けない状態に追い込むしかない。

>「だから……刃は鈍ってない。
ボクは風刃。四大属性の一角の維持の名の下に、その理にまつろわぬ万物を切り裂く刃。
その刃で……二人とも守ってあげるからね」

「己の全てを賭け、守り抜く勇気」

>「混ざれよガザーヴァ!テンペストソウルがなかろうが、バロールの望んだ形じゃなかろうが――
 俺とお前が組めば、最強だ!」

「他者を想い、添い遂げる心」

>「舐めるな?だったら――まずはお前が俺達を尊敬しな」

「より良い存在に成れるという希望」

>「自分だけが痛みを独り占めするなんて、ずるいよ」

「………現実を知り、未来を創造する意志」

血を大量に流し…骨は何度も折れ…手持ちポーションも全部使い切った。
震えが止まらないし、出血のせいで意識も万全とはいかない。

断言できる。もう一度イブリースとまともにぶつかり合えば僕は間違いなく死ぬ。死んだと理解することもなく体を真っ二つにされて…

「この場にいて…僕とあんただけだ。過去に縛られて…後ろしか見ていないのは…」

道化猫と脳筋はどうだかしらんが…それでも彼らが目指す場所を目指しているのだろう。

別にどうでもいいが

「そろそろ前を向いて歩かなきゃな…生きてるんだったら…死ぬ気で頑張れるのは生きている者の特権だから」

剣を構える。

「僕がお前に…世界が救えるかもしれないという希望を見せてやる。信じさせてやるよ僕達を…未来を」

イブリースに僕は突撃し…イブリースの剣の先に到着するのとほぼ同時に…剣を上空に投げ捨てた。

そして


ザクッ

「ゴホッ」

激痛が走る。そりゃそうだ。自分からイブリースの馬鹿でかい剣に突き刺さりに行ったんだから。
でも、自分から行ったおかげで…急所自体は外れてる

身長差で足が浮かないように体に力を入れ大剣の向きを固定、そして引き抜けないようにし…そしてイブリースの大剣を持った腕をつかむ。

「フー!フー!…中々きっついねこれ…」

文字通り体全体を使って、命がけの特攻。そしてこれ以上好転しない攻め。

「逃げたいかい?…そうだろうね…部長!」

隠れていた部長が渾身の一撃で雷刀をイブリースに突き刺す。レイドボスとはいえ蓄積が溜まれば麻痺を引き起こす。
たとえ0.1秒でも…それだけあれば僕の手は強く締め付けられるし…なにより

>「『そう決まっている』、『そういうシステム』――随分ゲーム的な表現じゃねえかイブリース!
 がぜん興味が湧いてきたぜ。お前が何を知ってて、何を諦めてやがんのか!
 ぜってー口割らしてやっからな、今から何言うか考えとけよぉ!!」

「逃げ遅れるには十分だと思わないか?」

理解不能って顔してるなイブリース……正直言うと僕もだけどね。この混沌とした状況じゃ予想なんてできなかったさ、でも…仲間は必ず来るという確信だけはあった。
これが信頼?絆?なんかちょっと違う気もするけれど…でもまあ今はこれでいいか…最初から全部理解できるなんて思ってないからね

「もう一度いうぞ!僕の事は気にするな!!やれ!!!」


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