【TRPG】ブレイブ＆モンスターズ！第七章
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――「ブレイブ＆モンスターズ！」とは？
遡ること二年前、某大手ゲーム会社からリリースされたスマートフォン向けソーシャルゲーム。
リリース直後から国内外で絶大な支持を集め、その人気は社会現象にまで発展した。
ゲーム内容は、位置情報によって現れる様々なモンスターを捕まえ、育成し、広大な世界を冒険する本格RPGの体を成しながら、
対人戦の要素も取り入れており、その駆け引きの奥深さなどは、まるで戦略ゲームのようだとも言われている。
プレイヤーは「スペルカード」や「ユニットカード」から構成される、20枚のデッキを互いに用意。
それらを自在に駆使して、パートナーモンスターをサポートしながら、熱いアクティブタイムバトルを制するのだ！
世界中に存在する、数多のライバル達と出会い、闘い、進化する――
それこそが、ブレイブ＆モンスターズ！ 通称「ブレモン」なのである！！
そして、あの日――それは虚構（ゲーム）から、真実（リアル）へと姿を変えた。
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ジャンル：スマホゲーム×異世界ファンタジー
コンセプト：スマホゲームの世界に転移して大冒険！
期間（目安）：特になし
GM：なし
決定リール：マナーを守った上で可
○日ルール：一週間
版権・越境：なし
敵役参加：あり
避難所の有無：なし
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【キャラクターテンプレ】
名前：
年齢：
性別：
身長：
体重：
スリーサイズ：
種族：
職業：
性格：
特技：
容姿の特徴・風貌：
簡単なキャラ解説：
【パートナーモンスター】
ニックネーム：
モンスター名：
特技・能力：
容姿の特徴・風貌：
簡単なキャラ解説：
【使用デッキ】
合計20枚のカードによって構成される。
「スペルカード」は、使用すると魔法効果を発動。
「ユニットカード」は、使用すると武器や障害物などのオブジェクトを召喚する。
カードは一度使用すると秘められた魔力を失い、再び使うためには丸一日の魔力充填期間を必要とする。
同名カードは、デッキに3枚まで入れることができる。
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結局、パーティー総出でヴィゾフニールのどこを探してもガザーヴァを発見することはできなかった。
一緒にいたはずのガーゴイルもいない。恐らく、ガーゴイルと共に出て行ってしまったのだろう。
「ガザーヴァ……」
なゆたはブリッジでポヨリンを胸に抱き、気遣わしげに眉間へ皺を寄せた。
元々ガザーヴァは気まぐれで飽きっぽいという性格のキャラクターだ。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』に従って旅をすることに早々に飽きてしまったとしても無理はない。
だが、それはゲームの中でのキャラ造型だ。
なゆたの知る現実のガザーヴァは、バロールに依存していた感情の大半を明神へと移し替えていた。
そんなガザーヴァが明神を放置してパーティーを離脱するなどということは、俄かには考えられない。
《うーん、狭い艦内に嫌気が差して散歩にでも行ったんじゃない？ 我が娘ながら何を考えてるか分からないんだよねぇ！
ま、腐っても幻魔将軍だ。よほどの強敵でもない限り負けることはないだろうし、そのうち帰ってくるだろう！》
バロールが通信画面の中で呑気に笑っている。やはり人の心が分からないらしい。
ガザーヴァの元気のなかったこと、そしてその理由を知っているのは明神だけだ。
《ガザーヴァちゃんのことも気になるけど、今は次のクエストに集中しとくれやす〜。
もう少しで風渡る始原の草原に到着するはずや、そしたら先ずはシルヴェストルに接触するのがええやろね。
グランダイトよりは話も通じるやろし……》
《そうだね。風渡る始原の草原はカザハの故郷でもある。
カザハ、交渉の方は任せたよ。見事シルヴェストルの協力を取り付けてくれ！
今クエストの成否は君にかかっていると言っても過言じゃない！》
同じく通信画面に映っているみのりが右手の人差し指を唇に添えて思案し、バロールがその案に同調する。
だが、今回のクエストはただシルヴェストルの危機を救えばいい、という類のものではない。
《気を付けてほしいのは、『覇道』の軍勢も傷つけてはならないという点だ。
シルヴェストルの協力も得たいが、私は『覇道』の軍勢も欲しい。『覇道』を是非にもこちらの味方に取り込みたいんだ》
彼の数十万の軍勢は魅力だからね！ と言って笑う。
アルメリア王国はアルフヘイムの覇権国家であるものの、その軍備は充分とは言い難い。
歴史的に長らく戦争がなかった――という背景のためだが、
それにしてもニヴルヘイムと正面切って戦争をするには頼りなさすぎる。
グランダイトを味方に付け、覇王の擁する軍勢をそっくりアルフヘイム側に編入させることができれば、心強いことこの上ない。
また、ニヴルヘイム側も当然他の十二階梯の継承者たちを取り込んだようにグランダイトを味方につけようとするだろう。
もしグランダイトがニヴルヘイム側に付けば、ただでさえ負けている兵力差が逆転不可能なほどに開いてしまう。
そうなれば、どう足掻いてもこちらの負けだ。『戦いは数だよ兄貴』と偉い人が言ったように、
戦争とは結局、数の多い方が勝つのである。
世界宗教プネウマ聖教の教帝、多数の信者を擁する『永劫の』オデットと、
アルフヘイム最大の軍団を率いる『覇道の』グランダイト。
中立を保っているかつての妹弟弟子ふたりを自陣に引き込み、兵数的不利を一気に覆す――というのが、バロールの狙いだった。
これからの戦いに勝つためには、グランダイトの協力は不可欠。
シルヴェストルかグランダイトか、どちらか片方に肩入れしてもう一方を撃滅すればいいという話ではないのだ。
「そんな交渉できるのかな……」
眉間に皺を寄せ、なゆたは腕組みして考える。
どこの世界であっても、戦争というものは高度に政治的な問題が伴う。
それを回避し和平条約を締結するには、もちろん卓越した交渉術が必要になる。
が、自分たちにはもちろんそんな技能を持つ人間はいない。
なゆたにしてもかつてレイド戦で多数のマルチプレイヤーとパーティーを結成したことならあったが、
ネゴシエーションに関してはド素人だ。他のメンバーにとってもそれは同じだろう。
とはいえ、行ってみないことには始まらない。当たって砕けろ、Go for brokeが崇月院なゆたのモットーである。
そうこうしているうちに、やがてヴィゾフニールは山間部を抜け、広大な平野に到達した。
地平線の果てまでどこまでも続く、碧の草原。
その彼方に、ぼんやりと霧にけぶって巨大すぎる風車が一基建っているのが見える。
オランダ風車によく似たずんぐりしたシルエットだが、特筆すべきはその大きさだ。きっと数千メートルはあるだろう。
アルフヘイムのすべての風を生み出し、世界中に送り届けているという『始原の風車』だ。
窓外に広がる光景に、なゆたは思わず息を呑んだ。
しかし、それは始原の風車の威容を目の当たりにしたから――ではない。
その始原の風車へ向けて、まるでアリの群れが砂糖に集まるかのように。
『覇道』の大軍勢が碧の平原を真っ黒に染め上げ、進軍しているのを目撃したからだった。
「……すごい……」
思わず、そんな感想がぽつりと零れる。
地平を埋め尽くす兵の群れ。それはまさに数の暴力。
かつてなゆたたちはアコライト外郭で魔皇竜アジ・ダハーカの生み出したトカゲやヒュドラの軍勢と戦ったが、
グランダイトの軍団はそれとは比べ物にならない。
徒（かち）で進軍する歩兵や軍馬に跨った騎兵の他、
ワイバーンに乗った竜騎兵、二頭立てのチャリオットに搭乗した戦車兵などが見える。
人種も人間ばかりではない。甲冑で武装したゴブリン、オーク、トロールなどといった亜人の姿もちらほらと散見された。
巨大な車輪のついた投石機や、破城鎚などの兵器もダース単位で従軍している。
そして――ゆっくりと侵攻する軍勢の中央に『移動する城』が見えた。
多数の尖塔を備えた荘厳にして重厚な王城が、軍勢と共に移動している。
ブレモンの熟練者であるエンバースと明神は、その正体を知っているだろう。
『覇宮メル・カヴァ』。背に貝の代わりに城を背負うヤドカリ型レイド級モンスター、メガロスシェル。
そのグランダイト専用乗騎の通称だ。
全長数百メートルはあろうかという規格外のヤドカリが城を背負い、無数の歩脚を蠢かせて進軍する様は驚異と言う他ない。
軍勢の中を、翼ある獅子の意匠を染め抜いた軍旗が翩翻とひるがえっている。
それが、『覇道の』グランダイトの率いる軍団だった。
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グランダイトの大軍団を眼下に眺めながら、ヴィゾフニールはやがて始原の風車の麓にあるシルヴェストルの集落へ到着した。
適当な平地に着陸し、タラップを降りて外に出る。
一日以上空の旅を続けていた一行の頬や髪を、爽やかな風が心地よく撫でてゆく。
集落は始原の風車を守護し、風の精霊王を祀るにはあまりにささやかな村だった。
魔法機関車など科学と魔法の発達した王都とは真逆の、いかにも自然と共に生きる者たちの住処――というような風情である。
草葺きの簡素な住居がいくつかまばらに建っており、幾人かのシルヴェストルが作業をしているのが見えた。
一行が集落に入ると、ふたりの槍を持ったシルヴェストルがすぐにその行く手を塞いだ。
「何者だ！」
だが、シルヴェストルたちはカザハとカケルの姿を確認すると、すぐに槍を引いた。
「お前は、まさか……！」
「双巫女（ふたみこ）さまの予言通りだ！」
そんなことを口々に言う。
「では、この者たちが我ら風の精霊族の命運を担う『異邦の魔物使い（ブレイブ）』なのか……」
「異世界よりの客人よ、あなたたちの来訪は双巫女さまによって予見されておりました。
双巫女さまがお待ちです。どうぞこちらへ」
ふたりのシルヴェストルはパーティーを集落の中へと案内した。
集落の一番奥、始原の風車を臨む神殿。そこはこの村唯一の石造りの建築物だった。
入り口に篝火の焚かれた、磨き上げられた花崗岩の神殿。内部は魔法の働きか、照明がついているかのように明るい。
尤も、建物自体は大きくはない。すぐに一行は観音開きの扉へと到達した。
道案内してきたシルヴェストルが扉を開け放つと、中は天井の高い聖堂になっている。
代々の風精王なのであろう、聖堂の両脇に等間隔で配置された巨大な大理石の彫像が並ぶ中、
一番奥の祭壇に薄絹を纏ったふたりのシルヴェストルが佇んでいるのが見えた。
髪の色が片方は金色、もう片方が銀色で、薄絹を片方は左肩に、もう片方は右肩に掛けている以外は、
顔立ちも背格好もまったく同じシルヴェストルの女性が、一行を待っている。
「双巫女さま、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』をお連れしました」
「「ご苦労さま、ありがとう」」
「はっ！」
祭壇の女性二人が同時に声を出す。タイミングといい抑揚といい、完璧なハーモニーだ。
パーティーを案内していたシルヴェストルが持ち場に戻ると、祭壇の双巫女はそれぞれたおやかに右手と左手を差し出し、
歌うように踊るように語り始めた。
「「ようこそ、ようこそ、風渡る始原の草原へ。アルフヘイムのあらゆる風を司る神域へ。
心より歓迎いたしましょう、ミズガルズよりの客（まろうど）。『異邦の魔物使い（ブレイブ）』たちよ」」
……やっぱりハモっている。
「「私たちは風の双巫女。始原の風車を守り、風精王を祀るふたりの神職」」
「私はテュフォン」
金色の髪の巫女が名乗る。
「私はブリーズ」
次は銀色の髪の巫女だ。さすがに自己紹介は別々でやるらしい。
「「我らはあなたたちをお待ちしていました。始原の風車を脅威より救い、シルヴェストルの未来を担うあなたたちを。
それと……おかえりなさい、カザハ。長い長い旅を経てきたようですね……」」
双巫女がカザハを見て、柔らかな微笑を零す。
過去の記憶を思い出したカザハは、当然双巫女のことも知っている。
風の双巫女。風精王の神官、王の代理人としてすべてのシルヴェストルを纏め上げている、事実上のトップである。
風精王に即位したシルヴェストルは世界の風を支配し制御するため、始原の風車と一体化する。
その時点で風精王はそれまでの自我、パーソナリティをすべて喪失してしまう。
そのため風精王がシルヴェストルを直接統治することはない。統治はその神官である双巫女が代行するのだ。
一巡目で途中脱落しその間地球にいたカザハは、本来は二巡目のアルフヘイムには居ないはずの存在である。
だというのに、この二巡目の世界の双巫女は普通にカザハを既知の存在として認識しているようだった。
「「風が教えてくれるのです。我らの知らないあなた、あなたが遠い遠い道行きを歩んできた同胞だということを。
私たちは風の導きに耳を傾けるのみ。カザハ、私たちの兄弟よ。
お疲れさまでした……あなたの歩んできた道のりを、我らは想像することさえできませんが。
せめて労わせて下さい……おかえりなさい、おかえりなさい。遠き我らの、風の友――」」
耳に心地いい柔らかな抑揚で、歌うように双巫女はカザハの帰郷を歓迎した。
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「「……本来は、お仲間の『異邦の魔物使い（ブレイブ）』ともども長き旅の垢を癒しの風で落として欲しいところなのですが。
残念ながら、そうもいきません……もうご存じとは思いますが、今、この始原の風車は未曽有の危機に瀕しているのです」」
胸元に両手を重ね、双巫女は沈痛そうな表情を浮かべる。
「「『覇道の』グランダイト。このアルフヘイムで最も強壮にして剛毅なる王が、この始原の風車を蹂躙しようとしています。
始原の風車は我々の命。この世界の風の調停者。それを我欲によって欲しい侭にされることを、我らは望みません」」
グランダイトの軍勢は地を埋め尽くすほどの規模だった。少なく見積もっても20万はいるだろう。
一方で、シルヴェストルの集落は100名いるかいないか、くらいのものだ。これでは最初から勝負にもならない。
そよ風が大嵐に呑み込まれてしまうように、シルヴェストルの集まりなどあっという間に揉み潰されてしまうに違いない。
と、思ったが。
「「我らは風を司り、ひっそりと生きてゆきたいのです。
聖地である始原の草原を渡る風を、『覇道』の軍勢の血と亡骸で濁らせるわけには参りません。
戦いの末にある勝利の栄光など、私たちは求めてはいないのです」」
驚くべきことに、双巫女はグランダイトの軍勢に勝つつもりでいるらしい。
カザハは知っている。自分と同じく、双巫女もまた次の風精王になる資格を持つレクス・テンペストであるということを。
かつて欲深な人間たちに攻め込まれた折も、レクス・テンペストの資格者たちがたった数人で敵対者を殲滅した。
精霊王の資格を持つ精霊とは、それほどまでに強大なのだ。
テュフォンとブリーズ、そしてカザハの三人なら、数十万の軍勢さえ恐るるに足らない――ということらしい。
量より質の原理もそこまで極端だと逆に信憑性が出てくるというものだ。
「「『異邦の魔物使い（ブレイブ）』よ、お願いです。
彼らの許へ、覇王の許へ赴き、進軍の中止を呼び掛けて来て下さい。覇王を止めて下さい。
でなければ、多くの血が流れてしまう。清浄な始原の風が淀んでしまう――」」
自身の強さに奢っている訳ではない。双巫女はただ事実を冷静に受け止めているだけだ。
すべてを薙ぎ倒し吹き飛ばす台風の前には、人間の力などなんの役にも立ちはしない。
大自然を由来とする力の一角、風を司る種族の神職であるがゆえ、双巫女は誰よりもそれを知っている。
双巫女はただただ非戦を望むだけなのだ。
実際になゆたたちも覚醒したカザハのとてつもない力を目の当たりにしている。
そんな化け物じみた力を持つシルヴェストルの上位種が三人。
となれば、双巫女の発言も俄然真実味を帯びてくる。
「……なるほど」
ポヨリンを抱き締めながら、なゆたは呟いた。
シルヴェストルたちがグランダイトの大軍団にも負けない力を持っているというのは分かった。
といって、シルヴェストルがグランダイトを相手に完封できるかといえば、どうしてもそうは思えないというのも事実だった。
「どう思う？ 明神さん」
なんとなくサブリーダーに振ってみる。
ゲームをしていたプレイヤーにとって、グランダイトは決して楽勝と呼べる相手ではなかった。
リリースから数年が経った今となっては研究が進み、対グランダイトの攻略法も数多く編み出されたが、
それでも中盤のクライマックスとなる覇宮メル・カヴァ内でのグランダイトの決戦はブレモンの難所として語り草になっている。
バラモス、ムドーなどと揶揄されるのも、そのキャラクターがプレイヤーに強烈な印象を残したからに他ならない。
そのカリスマ、物理的攻撃力、鉄壁の防御力。
グランダイトに木端微塵に打ち砕かれ、パートナーのビルドやデッキを再編成することを余儀なくされたプレイヤーも多い。
その上、だ。
なゆたたちは今までの旅で十二階梯の継承者の何人かと出会い、その卓越した力の一端を目の当たりにしている。
変幻自在の魔術を縦横に操るエカテリーナを。
人域の極致とも言える体術を駆使するマルグリットを。
そのマルグリットをも片手で往なすアラミガを。
そして――世界さえも改変させる創世の御手、魔王バロールを。
グランダイトも恐らく、ゲームの中より何倍も強い力を持っているのだろう。
決して、所詮中ボスと楽観視していい相手ではない。
ゲームの中ではグランダイトはデリントブルクに本拠地であるメル・カヴァを据え、
アルフヘイムの各地に兵を派遣して同時侵攻を行っていた。
プレイヤーはその軍勢を各個撃破してゆき、最終的に弱体化した軍の本丸メル・カヴァに乗り込んでグランダイトを征伐した。
が、今回グランダイトは自分の持ち得る戦力のすべてを最初から始原の草原に回している。
つまり本気だ。そんなグランダイトが、いくらレクス・テンペスト相手とはいえみすみす敗走するとはどうしても思えない。
「ま……考えてても仕方ないか。
みんな、グランダイトのところに行こう。まずは、あくまでも平和裏に。友好的に……ね」
いずれにせよ、片方だけの言い分を聞いても仕方ない。どのみちグランダイトのところにも行かなければならないのだ。
なゆたは仲間たちにそう提案した。それから双巫女ににっこり笑いかける。
「双巫女さま、出来る限りのことはやってみます。
わたしたちも、無用な血が流れるところは見たくないから。きっと……戦いを回避してみせます！」
「「よろしく頼みます、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』。
カザハも。どうかお気をつけて、覇王は苛烈な性情で知られていますから」」
双巫女に見送られ、一行は集落を離れた。
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日が暮れると、グランダイトの軍勢は進軍をやめて野営を始めた。
なにせ20万の大軍列だ。兵站だけでも膨大な量が必要となる。無理な行軍はしないということなのだろう。
軍列のそこかしこで炊煙があがっている。メル・カヴァからやや離れたところにヴィゾフニールを着陸させた一行は、
さっそくグランダイトに面会しようとした。
「止まれ！」
案の定と言うべきか、止められた。全身鎧を纏った兵士がパーティーを取り囲む。
「わたしたちは、アルメリアの使者。そしてシルヴェストルの双巫女の遣いとして来ました。
グランダイト王に謁見を希望します」
なゆたがはっきりと告げる。こういうときは怯えてはいけない。堂々と振舞うことが大切である。
兵士たちが協議する。やがて部隊長らしき男がメル・カヴァへ伝令を飛ばすと、
「しばらくここで待っていろ」
と、一行は天幕のひとつに歩哨を二人つけられ留め置かれることになった。
待っている間、手持ち無沙汰になって天幕の外を覗いてみる。
火が焚かれているお陰で、夜の闇の中でも周囲の様子はハッキリと見ることができる。シルヴェストルの集落と違い、
グランダイトの軍勢はまさに戦さの最中といった様子だ。溢れんばかりの将兵がおり、活気に満ち満ちている。
中には早々に食事を終え、実戦を想定して木剣による戦闘訓練に勤しんでいる者たちもいる。
剣も槍も弓矢も甲冑も、武具は潤沢でよりどりみどり。もちろん大軍を維持する兵糧もたっぷりある。
これで負けろという方が難しい、そんな軍備の充実ぶりである。
もしもグランダイトがニヴルヘイムと手を組み、この軍勢がアルメリア王国へ矛先を向けたらどうなるか。
考えただけでも背筋が凍る思いがする。
「……そもそも、グランダイトはどうして風渡る始原の草原に攻め込んだんだろう？」
天幕の木箱のひとつに腰掛け、脚をぶらぶら揺らしながら呟く。
グランダイトは単なる猪突猛進の脳筋ではない。自身が強力無比な戦士であると同時に、冷徹な軍略家でもある。
ゲームの中では、グランダイトはアルメリアを出奔すると同時にデリントブルクに進軍、制圧していた。
それはただ攻め込みやすかったという理由だけではない。
デリントブルクは周辺諸国にも食料を輸出しているほどの一大食糧産出地域だった。
アルフヘイムの食糧庫とも言うべき土地を真っ先に奪うことで自軍の兵站を確保し、同時に敵の兵糧を奪う。
そんな計算に基づく行動だったのだ。
他にもグランダイトは主要な交易都市や物資の運搬に必要不可欠な街道などを優先して占拠し、
自軍の戦力増強と敵国の弱体化に努めた。ただただ戦いたいだけの戦争狂（ウォーモンガー）とは違う。
風渡る始原の草原という、明神曰くクソ田舎の限界集落へわざわざ大軍団を引き連れて自ら乗り込んだのには、
かならず何か理由があるはずなのだ。
「来い。王がお会いになられる」
一時間ほども待たされただろうか、やがて部隊長が戻って来てそう告げた。
部隊長の後について天幕を出、覇宮メル・カヴァへと歩いてゆく。
「みんな、礼儀正しくね。
わたしたちはグランダイトを説得しに行くんだから、ケンカを売るようなことは言っちゃダメだよ。
穏便に、穏便にね……特にエンバース！
あなたは口開くとナチュラルに煽っちゃうから！ オーケイ？」
名目上はシルヴェストル代表の依頼を受けた特使、という立ち位置だ。
迂闊なことを言ってグランダイトを怒らせ、交渉決裂――などということになってしまっては元も子もない。
エンバースの前に立って、ぴっと右手の人差し指を立てつつ注意を促す。
メル・カヴァは超巨大なヤドカリだが、野営陣地を築いた今は殻の中に身を隠している。こうしてみるとただの城にしか見えない。
そんなメル・カヴァの中に入る。ゲームでは内部は敵とエンカウントするダンジョン扱いだったが、今は違う。
豪奢な調度やタペストリー、甲冑の飾られた城の中を歩き、謁見の間に到達する。
ゲームの中ではグランダイトとの最終決戦の舞台になった大広間には、覇王軍の将校たちが参集し軍議を行っていた。
真紅の長絨毯の果て、重厚な玉座に傲然と腰を下ろした男の姿が見える。
二メートルはあろうという巨躯を真紅の全身鎧に包み、ファー付きのマントを纏った、五十代半ば程度の男。
夜の闇のように黒く長い髪と、がっしりした下顎全体を覆う短く切り揃えられた髭。
厳つい面貌の黒い双眸は鋭く、侃々諤々と議論を繰り広げる将校たちに注がれている。
ただ静かに座っているだけだというのに、その全身からは暴風めいた威圧感――王気とでも形容すればよいか――が溢れている。
まさに覇王。アルフヘイムの帝王。
十二階梯の継承者が一翼、『覇道の』グランダイトが、確かにそこにいた。
「軍議の最中、失礼致します！ アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』をお連れ致しました！」
部隊長が敬礼する。
軍議をしていた将校ら、謁見の間にいる者たち全員の視線がなゆたたちに注がれる。
「結構！ 下がってよし！」
玉座の隣、王の傍に立っている、翠色の軽鎧に身を包みマントを羽織った副官めいた少年が溌溂とした声で告げる。
背格好から見てだいたい13〜14歳くらいだろうか、少年がなゆたたち一行を見て右手に持った算盤を突き出す。
「長旅ご苦労！ 貴公らが『創世の』バロールに召喚された『異邦の魔物使い（ブレイブ）』か！
話は聞いている、陛下がお待ちである！ こなたへ参れ！」
促されるまま、一向は玉座の前まで歩いて行った。
いつかキングヒルで鬣の王にしたように、なゆたは絨毯の上で片膝を折って跪く。
「えと……、崇月院なゆたと申します。グランダイト陛下に拝謁賜り、その、光栄です。
……アルメリアよりの使者、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』として、王陛下に戦さの回避を進言すべく罷り越しました」
なゆたは使い慣れない敬語をたどたどと用いながら交渉を始めた。
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「戦さの回避だと？」
少年が怪訝な表情を浮かべる。なゆたは小さく頷いた。
「はい。……ええと……王陛下の軍団がアルフヘイム最強の精兵であることは議論を待ちませんが、
始原の風車を守るシルヴェストルたちも強力な存在です。
まともにぶつかれば、陛下の大切な臣下を多く損耗することになりかねません。
どうか、賢明なご判断を。もし兵を引いて下さるのであれば、陛下のご威光はアルメリアのみならず、
ニヴルヘイムまでも遍く照らすこととなりましょう」
「は！ 何を寝惚けたことを！
既にして我が王の御威光は四海に及んでおるわ！
この世のすべては陛下のもの、ならば当然始原の風車も陛下に献上されるべきものよ！
それを拒絶するならば撃滅するまで！」
「でも――」
「貴公らは『創世の』バロールの指示で同盟協定を結ぶために来たのではないのか？
だのに戦さをやめろとは、我らの力を借りたい者の言葉とも思えぬ！
同盟合意書に調印してほしくば、先陣切ってシルヴェストルどもを駆逐し誠意を見せるが筋であろう！」
すぐさま少年が声変わり直前のようなボーイソプラノで否定してくる。
そんな少年に同調するように、周囲の将校たちもそうだそうだと声をあげる。
だが、そんな『異邦の魔物使い（ブレイブ）』否定ムードを他ならぬグランダイトが制した。
それまで尊大に脚を組み、左腕を肘掛けに立て頬杖をついてただ遣り取りに耳を傾けていたのが、
なおも何かを言おうとした少年に軽く左手を翳し、その言葉を留める。
「……陛下」
「――善かろう」
「陛下！？ 何を仰せになられます！？」
少年が仰天する。そもそも風渡る始原の草原への進軍を命じたのは、言うまでもなくグランダイトである。
即座に携えている算盤を弾いて計算すると、少年は悲鳴を上げた。
「へ、へへ陛下！ 今全軍を退却させるとなると、今までに消費した兵糧！ 軍備に使用した費え！
すべて無駄になりまする！ 我が軍の経済的損失は30億ルピを越え――」
「黙れ、アレクティウス」
「……は、はっ……失礼致しました……」
キャンキャンと仔犬のように喚いていた少年だったが、グランダイトに静かな声で一喝されるとたちまち悄然と口を噤んだ。
水を打ったように静かになった大広間で、グランダイトが改めて口を開く。
「アルメリアの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』よ。
交渉には対価が必要だ。余に進軍を止めよと申すならば、それに見合う進物を供するが道理。
そなたらが余の望むものを捧げるならば、兵を引こう。――そればかりではない、『創世』との同盟に調印もしてやろうぞ」
グランダイトが欲するものを獲得し、それを渡せば、軍団を撤退してくれるという。
それどころか同盟まで組んでくれるらしい。これは渡りに船だ。
なゆたはその申し出に飛びついた。ぱあっとそれまで緊張に強張っていた表情を明るくする。
典型的おつかいクエストだが、おつかいで戦争が回避できるのなら願ったりだ。
「承知致しました、陛下。
でしたら、陛下の望むものを必ずや手に入れて参ります。
それで――陛下の望む、その品物とは――？」
グランダイトの顔を見上げながら、なゆたは訊ねた。
うむ、と覇王が頷く。その口からクエスト達成に必要なアイテムの名が――
「――テンペストソウル。にゃ」
語られなかった。
その名を告げたのは覇王ではなく、新たに大広間へと入ってきた闖入者だった。
「何者だ！？ 断りもなく王の間に入ってくるとは、慮外者め！」
さっそく少年――アレクティウスが叱責を飛ばす。
が、闖入者はまるで取り合わない。
闖入者は二人いた。一人は腰までの長い銀髪を後ろで纏め、革のジャケットに右胸を覆う胸当てを装備し、
腰回りにいくつもポーチを提げたミニスカートとロングブーツという出で立ちの女である。
その左手には、咆哮する狼の意匠が施された竪琴を携えている。
レンジャーめいた格好だが、一番の特徴はといえば――その頭頂部から大きな尖った獣耳が生えていることだろう。
また、腰の後ろからも大きくふさふさの尻尾が生えている。
もうひとりはボロボロの外套を纏った、身長1メートルほどの矮躯の少年――に見えた。
が、子供ではない。茶色の巻き毛にドングリまなこ、団子っ鼻の特徴的な顔立ちは典型的なホビット顔だ。
マントの下の上半身は裸で、極限まで鍛え上げられた筋肉が隆起している。
ごついガントレットを装備した両腕は、なゆたの太股よりも太い。
下はゆったりしたズボンにこれまた物々しい鋼鉄のブーツと、いかにもな格闘家スタイルである。
「やほー、王様！ 元気してたかにゃ？」
女はどこか愛嬌のある顔立ちいっぱいに笑みを浮かべ、にこやかに右手を振った。むろん、グランダイトに対してである。
覇王に向かってタメ口だ。あまりの僭越にアレクティウスは目を白黒させた。
「無礼者！！」
「よい」
「……陛下……！」
グランダイトが再度アレクティウスを制す。側近の少年はしぶしぶ黙った。
-
「……『詩学』か」
グランダイトが呟く。
『詩学の』マリスエリス。十二階梯の継承者、第十階梯。
特殊な竪琴『狼咆琴（ブラックロア）』で音を攻撃に用いる、アルフヘイム最高位の射手（スナイパー）。
それが、なゆたたちの後方に立っている。
「ゴッさんの代理人で来たみゃぁ。
王様によーけ催促したっちゅうにまーんだいごかんて。かんこーすんのも大概にしてちょーって、
ゴッさんよーけ怒っとったでよぉ？」
コツ、と靴音を鳴らし、マリスエリスがなゆたの隣までやってくる。
「あなた……『詩学の』マリスエリス……！」
なゆたは目を瞠った。
マリスエリスとこの世界で遭遇するのは初めてだが、彼女にはアコライト外郭で帝龍のスマートフォンを狙撃し、
破壊した疑いが掛かっている。
明神らの視線に気付いたマリスエリスは、にぱー。とやっぱりにこやかに笑いかけてきた。
「やほー、アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』。
こうして直接会うのはお初だにゃぁ、でも自己紹介はいらんみたいだにゃ。
アコライト外郭の戦いはよーけ頑張ったにゃぁ！ 『創世』賢兄の召喚した人間めちゃんこ強いでかんわって、
ロスやんと言ってたんだみゃぁ」
マリスエリスがうんうんと頷く。
と、マリスエリスの後ろに控えていたホビットがずいっと身を乗り出してきた。
「ほんとほんと！ おめぇら、すっげぇ強ぇぇなぁ！ おれ、ワクワクしてきたぞ！
なあ、戦おうぜ！ よーし決まりだ！ どこでやる？ ここでか？ それとも外でか？
おれはどっちでもいいぞ！」
こちらもマリスエリスと同じく、善意100%といった無邪気な様子で戦おう、などと物騒なことを言ってくる。
勢いよく喰いついてくるようなその様子に気圧されながら、なゆたは口許を引き攣らせた。
「……『万物の』ロスタラガム！ あなたまで……」
『万物の』ロスタラガム。十二階梯の継承者、第九階梯。
ナックルダスターと呼ばれる徒手空拳を極めた物理戦闘のエキスパートである。
アコライト外郭にマリスエリスがいた、ということはなゆたたちも想像していたが、ロスタラガムの存在は想定外だった。
ゲームでは特につるんで行動することもしていなかった二名だが、この世界ではコンビを組んでいるらしい。
元々席次が近いということもあって、よい合口なのだろうか。
何より、長距離からの射撃を得意とするマリスエリスと接近戦の達人であるロスタラガムのコンビはバランスが取れている。
もし万が一敵対することになれば、恐るべき脅威となるに違いない。
しきりに戦おうとねだるロスタラガムの頭を、マリスエリスが軽く叩いて窘める。
「たぁけ、アタシらはそがいなことやりゃーせんよぉ？
あくまでゴッさんの代理人として、王様をこっちの陣営に引き込むために来たんだからにゃぁ。
尤も――
おみゃーさんらもアタシらと考えとることは同じみたいだにゃぁ？」
くふっ、とマリスエリスはなゆたたちを見ると目を細めて挑発的に笑った。
「王様、アタシらはおみゃーさんの欲しいものを知っとるにゃ。
テンペストソウル――始原の風車の最奥に存在する、風車の核。風精王の魂。
そいつを手に入れるために、こがいな大軍引き連れて大名行列しとるっちゅーことは、とっくにお見通しだがね。
すべては――」
そこまで言って、マリスエリスは笑みを深めながら覇王へと右手を伸ばし、大きく手のひらを広げた。
「おみゃーさんの愛剣。暴嵐の顕形、風属性最強の武具……魔剣ストームコーザーを造るため。
でしょぉ？」
魔剣ストームコーザー。
『嵐を呼ぶ者』との名を持つ、ブレモン風属性最高位の魔剣である。
風属性のモンスターのステータスを超強化し、道具として使用すれば広域殲滅ウルトラレアスペルカード、
『総てを無に帰す大嵐（ジャイガンテックストーム）』と同様の嵐を発生させるという強力無比な魔剣だが、
何と言ってもその剣はブレモンプレイヤーにとっては『グランダイトの愛剣』として認知されている。
荒れ狂う風と共に歩む覇王と、その腰に佩かれた嵐の魔剣。
そのどちらかが欠けても精彩を欠く。まさに画竜点睛というものであろう。そして――
今、玉座に傲然と座すグランダイトの腰にその剣はなかった。
「あ……！！」
マリスエリスの言葉によって、なゆたはやっとグランダイトが風渡る始原の草原を攻めた理由に思い至った。
グランダイトは自らの相棒を手に入れようとしていたのだ。
この世界で唯一無二の、嵐の支配者となるために。
-
「アタシとタラちんとで、テンペストソウルを手に入れてくるにゃ。
見事王様のところにソレを届けられたら、アタシたちの仲間になってちょー。
まぁ元々王様はアタシらと同じ十二階梯の継承者なんだし、今更仲間にってのも変な話だけどにゃぁ」
「おう！ グランダイト、おれたちが取ってきてやるよ！
だから仲間になってくれよな！ んでおれと戦ってくれ！」
ガツン！ とミスリル製の凶悪な籠手をぶつかり合わせ、ロスタラガムもやる気満々に告げる。
ふたりはゴッさん――『黎明の』ゴットリープの代理人だと言っていた。
ならば当然、ゴットリープからレクス・テンペストの強さや脅威についても情報を得ているはずである。
だというのに、ふたりにはまるで危機感や警戒心が感じられない。文字通りおつかいに行くような気軽さである。
だが、それが強がりや油断でないということは、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』の誰もが知っているだろう。
アルフヘイム最高峰の射撃手と、最強クラスの格闘家。
その両名が本気を出せば、発言通りにティフォンとブリーズを打ち破りテンペストソウルを持ち帰ってもおかしくはない。
「ちょ、ちょっと待って！ そんなこと――」
もちろん、こちらとしてはそんな狼藉はとても見過ごせない。なゆたは慌ててふたりを押し留めようとした。
が、マリスエリスはそんなアルフヘイム側の都合など知ったことではないとばかりに肩を竦める。
「何か問題でもあるのかにゃ？
継承者仲間の経験から言うと、王様は一旦こうと決めたら誰が何を言っても聞かんよぉ？
兵を引いてほしいんなら、さっさとテンペストソウルを持ってくる以外に方法なんてないにゃ。
そしたら、王様にとって風渡る始原の草原は用済み。戦う理由もなくなるっちゅーもんだがね」
「で、でも！
テンペストソウルは……」
確かに、マリスエリスの言うことは一理ある。
戦いを回避したいなら、グランダイトの戦う理由を無くしてしまえばいいのだ。
前述したようにグランダイトは単なる戦争狂ではない。ロスタラガムのように戦うこと自体を目的としているのではなく、
自分の計画や野望のための手段として戦争を用いているだけである。
グランダイトの目的が始原の風車にあるテンペストソウルだというのなら、それを提供すればいい。
そうすれば、グランダイトはすぐに軍勢を反転させることだろう。
だが。
テンペストソウルは世界の風を生み出す始原の風車の中枢。
風車と一体化した風精王の魂魄そのものであり、言うまでもなくシルヴェストルたちの何より大切な至宝である。
双巫女も集落の住人達も、そしてカザハも、どうぞ持って行って下さいと素直に差し出せるものではない。
何よりテンペストソウルを失えば、始原の風車は動力源を失って止まってしまう。
世界から風がなくなってしまえばいったいどうなるか――予想さえできない。
そんな遣り取りを見て、アレクティウスがグランダイトへ向き直り朗々と告げる。
「陛下！ 筆頭執政官アレクティウス、献策致します！」
「……献策を差し許す、筆頭執政官」
「はっ！ ここはアルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』と十二階梯の継承者、双方を競い合わせ、
先にテンペストソウルを陛下へ献上した側と協定を結ぶのが最上かと――」
アレクティウスの提案に、グランダイトは鷹揚に頷いた。
シルヴェストルの至宝、始原の風車の核、テンペストソウル。
それを先に手に入れ、グランダイトに渡した方が勝つ。
「りょーかい、りょーかい。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』、それじゃ競争しようみゃ！
どっちが先にテンペストソウルを手に入れられるか……まっ、勝負はもーはい見えとるけどにゃー。
んじゃ王様、お宝を手に入れたらまた戻ってくるにゃ。タラちん、さっそく行こみゃぁ――」
「エリ、おれ、ハラへった！」
「……はぁ？」
すぐにシルヴェストルのところへ行こうとしたマリスエリスだったが、
そんな相棒に腹を押さえたロスタラガムが返す。
マリスエリスは盛大に顔を顰めた。
「おれ、ハラへったぞ！ だからメシ食ってからにしようぜ！」
「おみゃーさん、ごはん食ったらまず間違いなく半日は寝るでしょぉ！？
ちいとねゃあガマンしてちょー！？ ちゃっとお宝ぶん捕ってくりゃあ、たらふく食わせてやるがね！」
「やだ！」
「うごごご……」
ロスタラガムが虫並みにシンプルな思考で動いているということは、ブレモンプレイヤーなら周知の事実である。
戦いたい、食べたい、寝たい。そんな欲求にどこまでも忠実なところは、この世界でも変わらないらしい。
マリスエリスはしばらくなんとも形容しがたい表情を浮かべていたが、
「…………競争は、明日の朝からっちゅーことで」
と、なゆたたちの方を見てばつが悪そうに言った。
-
覇王軍の野営地、なゆたたちのいる天幕とは少し離れたキャンプから、マリスエリスの奏でる明るい竪琴の音が聴こえてくる。
そして、彼女の陽気な歌声も。それに合わせて兵士たちが酒を酌み交わし、
焚火の前に胡坐をかいて陣取ったロスタラガムが手当たり次第に食べ物を口に入れてゆく。
物凄いハイペースだ。あの小さな体躯のどこに、と思ってしまうほど、瞬く間に目の前の食べ物が消えてゆく。
なゆたたちを欺く方便という訳でもなく、ふたりは本当に今日動く気はないのだろう。
ゲームの中でも、ふたりはバカがつくほどの正直者だった。謀略や奇策は他の継承者の役目である。
こちらとしては願ったり叶ったりだが、それは同時に彼らの絶対の自信の表れでもある。
いじましい策など弄するまでもなく、正々堂々の真っ向勝負でもなゆたたちに勝てる――そう踏んでいるのだ。
そして、その自信が慢心や油断でないということを、ブレモンのプレイヤーたちは知っている。
彼らはアルフヘイム最高戦力、十二階梯の継承者。
その強さ、敵に回ったときの脅威は、今更論ずるまでもない。
「……それで」
自分たちも夕食を終え、一息つくと、なゆたは天幕の前で腕組みし仲間たちに向き合った。
ミーティングの時間だ。これから行うべき作戦を再確認し、パーティーの目的と意見を一致させる。
全員一丸となって掛からなければ、マリスエリスとロスタラガムを出し抜くことなどできない。
「ミッションは明日の朝七時から。タイムリミットは、明々後日の朝七時まで。
時間の猶予はまる二日――それまでに、グランダイトの望むものを手に入れなければならない……けど」
そこまで口にして、言い淀む。
グランダイトはリミットまでは軍をこの場に待機させたまま待っているという。
前述した通り、テンペストソウルは風精王の魂そのもの。シルヴェストルの一族にとっては何よりも大切な宝である。
グランダイトが欲しがってるので下さい、と言ったところで、ハイそうですかと与えられるものではない。
おまけに、テンペストソウルは始原の風車の動力源であり、世界の風を生み出す根源でもある。
それが喪われてしまえば、この世界自体にどんな歪みが出るのか想像もできない。
といって、無理なので交渉は決裂、グランダイトは敵、という風にもできない。
覇王軍がもし敵に回ったなら、アルメリア王国は壊滅必至。アルフヘイムは滅亡する。
どうあってもグランダイトは仲間にしなければならない。
なゆたはもちろん、エンバースや明神も理解しているだろうが、魔剣ストームコーザーの作成にテンペストソウルは欠かせない。
テンペストソウル以外のもので代替はできないのである。
従って、グランダイトを仲間にしたければそれはテンペストソウルを持っていく以外にはない。
だが、テンペストソウルを手に入れるということは、双巫女との約束を破りシルヴェストルと敵対することになる訳で――。
「困った……」
文字通りの八方塞がりである。なゆたは途方に暮れた。
ちょっとだけテンペストソウルを借りて、というものでもない。素材として使えば当然ソウルは永久に消滅する。
よしんば分離させることが可能だったとしても、グランダイトは相棒である魔剣を手放しはしないだろう。
「ねえ。みんな、何か案はない？
どんな些細なものでも、突飛なものでもいい。それが思わぬ突破口に繋がるっていう場合もあるから。
あ、でも、誰それを殺すとか、そういうアイデアは無しだよ。
わたしたちは誰も殺さない。綺麗ごとでも理想でも、そうするって決めたんだから」
全員から案を募ると同時に、注意もしておく。
誰も殺さないという誓いは今もって継続中だ。それはこのパーティー共通の、たったひとつのルールである。覆ることはない。
今のうちグランダイトを倒し、覇王軍を解体に追い込む、などという策は使えないという訳だ。
そもそも、相手は20万人以上の大軍である。アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』だけでどうにかなる話ではない。
従軍している戦士たちの中には、とにかくシルヴェストルを攻めろとしか言われていない者も大勢いる。
一行が最初に会った部隊長などは、謁見を終えて城から出てきた一行を迎え入れ、
行くところがないのならと自部隊の糧食や天幕を提供もしてくれた。
そういった人々を巻き添えにすることはできない。
《テンペストソウルなぁ……。
うち、ゲームじゃ素材に使わんと長いことインベントリに放り込んどったんやけど、
それ渡せばええやろか思て調べてみたら、いつの間にかのうなっとったんやよね〜。
たぶん、こっちの世界に来たときにそないな重要アイテムはひとつに統合されてまったんやろねえ》
スマホを通してみのりの声が聞こえる。
他の者のインベントリも同じだろう。テンペストソウルだけではない、イベント報酬の一点ものアイテムなどは、
根こそぎ消滅してしまっている。
「あ。ほんとだ」
なゆたもスマホをチェックしてみる。
インベントリは勿論、倉庫に収納しているものもイベントアイテムの類は根こそぎ消滅している。
イベントをクリアした証明のトロフィー的なアイテムは残っていたが、素材系は綺麗さっぱりなくなっていた。
そして。
明神がインベントリを確認すると、その拍子にスマホから何かがサモンされ、ポテコロリと地面に落ちた。
ラグビーボールくらいの大きさの、茶色い楕円形の何か。
それはここ最近出番のなかった『腐界の腐肉喰らい』、マゴットの変わり果てた姿だった。
声をかけても、振ってみても、マゴットは何の反応も示さない。
その外皮は硬く、まるで死んで乾燥してしまった亡骸のように見える。
インベントリのマゴットのモンスター名の欄には『デモンズピューパ』と記されていた。
デモンズピューパ――悪魔の蛹、と。
【第七章開始。
風渡る始原の草原の双巫女テュフォン、ブリーズ、ならびに十二階梯『覇道の』グランダイトと接触。
同じく十二階梯『詩学の』マリスエリス、『万物の』ロスタラガム登場。
グランダイトを仲間にするための作戦会議。
マゴット、蛹になる。】
-
テンプレのごとく実家に帰る帰る詐欺しているうちに強制的に実家に帰る羽目になってしまったカザハの代わりに（？）
ガザーヴァが何の前触れもなく忽然と姿を消してしまった。
「バロールさん、そっちにガザーヴァ行ってない？ 急にいなくなったんだけど……」
＞《うーん、狭い艦内に嫌気が差して散歩にでも行ったんじゃない？ 我が娘ながら何を考えてるか分からないんだよねぇ！
ま、腐っても幻魔将軍だ。よほどの強敵でもない限り負けることはないだろうし、そのうち帰ってくるだろう！》
こっちが大騒ぎしているのを後目に、バロールさんは呑気に構えている。
とはいえ、元々気まぐれな設定のキャラなのでふらっとどっか行く可能性も無くは無いのだろうか。
明神さんに随分懐いていたように見えましたが、やっぱり飽きたんですかねぇ……。
「ああ、うるさいのがいなくなってせいせいした！ あんなワガママ娘は知るもんか！
戦力ダウンはかなり痛いけど今まで協力してくれてた方が奇跡なんだから元に戻っただけさ」
不自然に明るい声で言ってから俯いて呟くカザハ。
レプリケイトアニマで身を呈して守ってくれた姿が忘れられないのでしょう。
「でもさ……出て行くにしてもお礼言う暇ぐらいくれたっていいじゃん……」
＞《ガザーヴァちゃんのことも気になるけど、今は次のクエストに集中しとくれやす〜。
もう少しで風渡る始原の草原に到着するはずや、そしたら先ずはシルヴェストルに接触するのがええやろね。
グランダイトよりは話も通じるやろし……》
＞《そうだね。風渡る始原の草原はカザハの故郷でもある。
カザハ、交渉の方は任せたよ。見事シルヴェストルの協力を取り付けてくれ！
今クエストの成否は君にかかっていると言っても過言じゃない！》
「言うてどんな扱いになってるか行ってみるまで分からないんだけど……」
カザハは複雑そうだ。
「どこほっつき歩いてたんじゃボケェ！」と怒られるのならまだ話は早いのかもしれませんが、
下手したら混線のグダグダで「アンタ誰」状態になっているかも……。
とはいえ人間だけで行くと門前払いを食らう可能性もあるので、同族であるだけでも大きなアドバンテージだろう。
＞《気を付けてほしいのは、『覇道』の軍勢も傷つけてはならないという点だ。
シルヴェストルの協力も得たいが、私は『覇道』の軍勢も欲しい。『覇道』を是非にもこちらの味方に取り込みたいんだ》
どっちかに味方して敵を倒すのならまだ分かりやすいが、仲裁して両方を味方につけよとはまた鬼難易度なクエストだ。
そんなこと本当に出来るんでしょうか……。
＞「そんな交渉できるのかな……」
流石のモンデンキント先生も今回ばかりは思案顔だ。
シルヴェストルの側はカザハがいる分話は通じやすいのかもしれないが、
今回主に交渉しないといけないのはどっちかというと攻め込んでいる側であるグランダイトの方なんですよね……。
なんというかいかにも話通じなさそう……。
-
「ちょっと酔っちゃった……。休んでくる……」
カザハはそう言って部屋に引っ込んでしまいました。
そもそも精霊族が酔うのか知りませんが、殆ど揺れはないし
いつも私に乗ってアクロバティック飛行してますからこれは明らかに嘘ですね……。
カザハはベッドに腰かけて語り始めました。
「覚えてる？ ボク達シルヴェストルは世界の風を守るために作られた一族なんだって。
それは個の意思を超えた絶対の呪縛なんだ。だから……もしも仲裁に失敗したら……ボクの旅はここで終わりだ」
もしも開戦を止められなかった場合、なゆたちゃん達はそうなってもなお、犠牲を最小限に抑えるために最後まで尽力するだろう。
それに対してカザハは否応なしにシルヴェストルの側についてグランダイト軍を容赦なく殲滅する側に回ることになる。
そうなれば下手すれば敵対、そこまでいかなくとも少なくともパーティを離脱することにはなるだろう。
《そんな……どうにかならないんですか！？》
「簡単なことさ。昔一度やったんだからもう知ってるだろう？
いざとなったらメンバーの誰かに捕獲《ｷｬﾌﾟﾁｬｰ》してもらえばいい……昔私がやったみたいにね」
そう、呪縛はもっと強力な呪縛で上書きしてしまえばいい理論。
１巡目でそれを試みたカザハは見事成功し……ってアンタ誰！？
「自分の親に向かってアンタ誰はないだろう」
いつの間にやらカザハの傍らに半透明の女性が立っていた。
麦わら帽子にノースリーブにキュロット、虫かごを肩にかけて虫取り網を持っているテンプレ虫取り少女のような服装である。
昔のカザハとこの人の会話の断片が思い出された。
『ボクは自分の名前が嫌いだ……。
風の刃――四大属性の一角の維持の名の下に、その理にまつろわぬ万物を切り裂く刃』
『じゃあさ……変えちゃおうか！』
『そんなことできるの？』
『システム上はカタカナ表記だから字だけ取り換えればいいのさ！
キミは今日から風の羽と書いて風羽。私の真名とお揃い！』
カザハがまともに驚きながら、かつてのマスターの名を呟いた。
「アゲハ……！」
美空揚羽、虹色巨大蝶アルカンシェルウィングを主力とする虫軍団の使い手。在りし日のプレイヤー名はそのまんま『むしとりしょうじょ』。
どう考えても地球では少女じゃなかったのだが、こちらの世界での外見はギリギリ少女でいけなくもない。
最近のプリクラみたいに画像加工してるのでしょうか。
恐ろしいことになってはいけないので深く突っ込まないでおきましょう。
ちなみにアルカンシェルウィング、美しい蝶の姿をしたモンスターだが、実はジャイアントサンドワームの進化系である。
カザハはアゲハに飛びつこうとして、その半透明の体をすり抜けてスライディングした。
-
「あ、ごめん！ 幽霊系だから基本触れないから」
「えーと、あの、最初からずっといたよね！？
異世界転生ものあるあるのチュートリアルやってたよね！？ どうして今まで潜伏してたの！？」
「それはこっちの台詞だよ。アンタがなかなか思い出してくれなかったから出てこれなかったんじゃないか。
自分の親を忘れるとはどういう了見かねぇ」
「そこ、結びついてなかったから！ 地球ではブレモンやってたことすら知らなかったよ！」
まあ、現代の日本に出自不明の人が出現したらいろいろと不都合が起こるわけで、
混線にあたって元々関係性の深いマスターが親ということになったのは考えてみれば順当と言えます。
「それはそうと……みんなにとってパートナーモンスターの契約ってすごく特別なものなんだ。
その手でいくなら事情を説明しなきゃいけないけど……そうすれば過去も隠しておけなくなる。
その時点で追放になりかねないよ……」
カザハはアゲハをしれっとアンサモンでスマホに収納し、何事も無かったかのように皆の元へ戻りました。
一応モンスター扱いになっているようです。
やがて飛空艇は風渡る始原の草原に到着しました。
草原の彼方に始原の風車が見え、グランダイトの大軍勢が進軍しています。
＞「……すごい……」
「なんてこった！ 結界が破られてるじゃん！」
確かに、始原の風車及びその周囲にあるシルヴェストルの集落は、幾重もの結界に阻まれ普通の人間には入れないようになっていたはず。
結界に阻まれた状態では、単にどこまでも広がる草原が見えるだけだそうだ。
同類の精霊系種族や私のような霊獣系モンスター、ごくまれに特殊な人間（例えばブレイブ）だったりは入れたようですが……。
一巡目と今回では若干設定が違うこともあるようなので、これもその類でしょうか。
あるいは、あらゆる人材を擁するグランダイト軍がその気になれば結界も破れるのかもしれません。
集落に降り立つと、案の定行く手をふさがれました。
＞「何者だ！」
「怪しい者ではありません！」
《明らかに怪しいですよ！？》
早速門前払いを食らうかと思われましたが、事態は急展開します。
-
＞「お前は、まさか……！」
＞「双巫女（ふたみこ）さまの予言通りだ！」
＞「では、この者たちが我ら風の精霊族の命運を担う『異邦の魔物使い（ブレイブ）』なのか……」
＞「異世界よりの客人よ、あなたたちの来訪は双巫女さまによって予見されておりました。
双巫女さまがお待ちです。どうぞこちらへ」
あれよあれよという間に私達は双巫女さまの元に案内されました。
この草原を統治する、鏡写しのようにそっくりな二人のシルヴェストル。
精霊族には人間と同じような感覚の家族という概念はあまりありませんが、強いて言うなら全員兄弟で、
この二人は同じ風から生まれた双子のシルヴェストルだそうです。
＞「「私たちは風の双巫女。始原の風車を守り、風精王を祀るふたりの神職」」
＞「私はテュフォン」
＞「私はブリーズ」
＞「「我らはあなたたちをお待ちしていました。始原の風車を脅威より救い、シルヴェストルの未来を担うあなたたちを。
それと……おかえりなさい、カザハ。長い長い旅を経てきたようですね……」」
「ただいま……と言っていいのかな。ボクのこと、どこまで覚えてる？」
二人はカザハのことを何らかの形で認識はしているようで、カザハが恐る恐る尋ねます。
＞「「風が教えてくれるのです。我らの知らないあなた、あなたが遠い遠い道行きを歩んできた同胞だということを。
私たちは風の導きに耳を傾けるのみ。カザハ、私たちの兄弟よ。
お疲れさまでした……あなたの歩んできた道のりを、我らは想像することさえできませんが。
せめて労わせて下さい……おかえりなさい、おかえりなさい。遠き我らの、風の友――」」
昔人間の軍を殲滅したとか一族の掟を破っていきなりいなくなったとかいう具体的な記憶は一切なく、
とりあえず仲間らしい、という認識だけはあるというある意味こちらにとって一番都合がいい展開。
表面上は消えていても、世界には今はなくなった時間軸の記録が確かに刻まれているのですね……。
＞「「……本来は、お仲間の『異邦の魔物使い（ブレイブ）』ともども長き旅の垢を癒しの風で落として欲しいところなのですが。
残念ながら、そうもいきません……もうご存じとは思いますが、今、この始原の風車は未曽有の危機に瀕しているのです」」
＞「「『覇道の』グランダイト。このアルフヘイムで最も強壮にして剛毅なる王が、この始原の風車を蹂躙しようとしています。
始原の風車は我々の命。この世界の風の調停者。それを我欲によって欲しい侭にされることを、我らは望みません」」
「ほんっと不届き者がいたもんだよね〜」
カザハは頷きながら聞いています
-
＞「「我らは風を司り、ひっそりと生きてゆきたいのです。
聖地である始原の草原を渡る風を、『覇道』の軍勢の血と亡骸で濁らせるわけには参りません。
戦いの末にある勝利の栄光など、私たちは求めてはいないのです」」
「うんうん……ん？」
ああやっぱり……！ 草原を（グランダイト軍の）屍の山にする気満々だ……！
＞「「『異邦の魔物使い（ブレイブ）』よ、お願いです。
彼らの許へ、覇王の許へ赴き、進軍の中止を呼び掛けて来て下さい。覇王を止めて下さい。
でなければ、多くの血が流れてしまう。清浄な始原の風が淀んでしまう――」」
＞「どう思う？ 明神さん」
なゆたちゃんが明神さんに意見を求めるが、どっちにしても目的は両者の激突の回避なので、やることは変わらない。
＞「ま……考えてても仕方ないか。
みんな、グランダイトのところに行こう。まずは、あくまでも平和裏に。友好的に……ね」
＞「双巫女さま、出来る限りのことはやってみます。
わたしたちも、無用な血が流れるところは見たくないから。きっと……戦いを回避してみせます！」
＞「「よろしく頼みます、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』。
カザハも。どうかお気をつけて、覇王は苛烈な性情で知られていますから」」
「大丈夫、グランダイトとは昔一度戦ってるから！ ……って今回は戦っちゃ駄目なんだった、あははは」
《笑えませんよ！？》
私達はシルヴェストルの集落を離れ、今度はグランダイトの野営地へ向かいます。
今度は先ほどのように簡単にはいかないことでしょう。ここからが本番というところでしょうか。
またしても行く手を塞がれました。
＞「止まれ！」
「怪しい者ではありません！」
《いや、思いっきり怪しいですよ！？》
＞「わたしたちは、アルメリアの使者。そしてシルヴェストルの双巫女の遣いとして来ました。
グランダイト王に謁見を希望します」
全身鎧の兵士に取り囲まれても動じないあたり流石モンデンキント先生というべきか。
地球で一般のＪＫだったとは思えないですね……。
-
＞「しばらくここで待っていろ」
天幕の一つに案内されました。思ったよりは話が通じるようです。
なゆたちゃんが素朴な疑問を口にします。
＞「……そもそも、グランダイトはどうして風渡る始原の草原に攻め込んだんだろう？」
「始原の風車を手中に収めれば世界中の風を掌握出来るんだ。
でも、人間にとってはスケールが大きすぎて逆に滅多に攻め込んでくる輩はいない」
いかにここがファンタジー世界とはいえ、世界の風を掌握と言われても漠然としすぎている。
どうせ制圧するなら例えばデリントブルクのような具体的で分かりやすい効能がある方を選ぶでしょう。
「わざわざ攻め込んでくるのは余程の愚か者かあるいは……」
昔攻め込んできてけちょんけちょんに撃退されたらしいのは明らかに前者ですよね。グランダイトは、果たして――
＞「来い。王がお会いになられる」
「会ってくれるんだ……！」
＞「みんな、礼儀正しくね。
わたしたちはグランダイトを説得しに行くんだから、ケンカを売るようなことは言っちゃダメだよ。
穏便に、穏便にね……特にエンバース！
あなたは口開くとナチュラルに煽っちゃうから！ オーケイ？」
なゆたちゃんが皆に注意を促します。
始原の風車を守る一族であるカザハを差し置いてエンバースさんが一番警戒されている……！
＞「軍議の最中、失礼致します！ アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』をお連れ致しました！」
＞「えと……、崇月院なゆたと申します。グランダイト陛下に拝謁賜り、その、光栄です。
……アルメリアよりの使者、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』として、王陛下に戦さの回避を進言すべく罷り越しました」
こうして私達はグランダイトの御前に通されたのだが……案の定話が通じなかった。
＞「は！ 何を寝惚けたことを！
既にして我が王の御威光は四海に及んでおるわ！
この世のすべては陛下のもの、ならば当然始原の風車も陛下に献上されるべきものよ！
それを拒絶するならば撃滅するまで！」
＞「貴公らは『創世の』バロールの指示で同盟協定を結ぶために来たのではないのか？
だのに戦さをやめろとは、我らの力を借りたい者の言葉とも思えぬ！
同盟合意書に調印してほしくば、先陣切ってシルヴェストルどもを駆逐し誠意を見せるが筋であろう！」
……ですよねー！
-
（ジャ〇アンかよ！ 見た目が多少いいジャイ〇ンかよ！）
「」じゃなくて（）で良かった……！
実際に喋っているのはグランダイトではなくその部下ですが、王の意向を代弁しているのでしょう。
と思われたが。
＞「――善かろう」
＞「へ、へへ陛下！ 今全軍を退却させるとなると、今までに消費した兵糧！ 軍備に使用した費え！
すべて無駄になりまする！ 我が軍の経済的損失は30億ルピを越え――」
＞「黙れ、アレクティウス」
＞「……は、はっ……失礼致しました……」
いわゆるサンクコストの呪縛ですね……。この部下、そういえば算盤持ってるし会計担当的な……？
＞「アルメリアの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』よ。
交渉には対価が必要だ。余に進軍を止めよと申すならば、それに見合う進物を供するが道理。
そなたらが余の望むものを捧げるならば、兵を引こう。――そればかりではない、『創世』との同盟に調印もしてやろうぞ」
＞「承知致しました、陛下。
でしたら、陛下の望むものを必ずや手に入れて参ります。
それで――陛下の望む、その品物とは――？」
なんだろう、なんかトントン拍子過ぎて嫌な予感がする……！
＞「――テンペストソウル。にゃ」
狼なのに語尾がにゃの人と合法ショタニートのコンビが現れました。
＞「ゴッさんの代理人で来たみゃぁ。
王様によーけ催促したっちゅうにまーんだいごかんて。かんこーすんのも大概にしてちょーって、
ゴッさんよーけ怒っとったでよぉ？」
あれ、おかしい。自動翻訳機能が壊れたかなあ。何を言ってるのかよく分からない。
そんなことよりゴッさんの代理人ってことはつまり敵ですよね！？
＞「やほー、アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』。
こうして直接会うのはお初だにゃぁ、でも自己紹介はいらんみたいだにゃ。
アコライト外郭の戦いはよーけ頑張ったにゃぁ！ 『創世』賢兄の召喚した人間めちゃんこ強いでかんわって、
ロスやんと言ってたんだみゃぁ」
＞「ほんとほんと！ おめぇら、すっげぇ強ぇぇなぁ！ おれ、ワクワクしてきたぞ！
なあ、戦おうぜ！ よーし決まりだ！ どこでやる？ ここでか？ それとも外でか？
おれはどっちでもいいぞ！」
「お前は孫〇空かッ！ まあそうなるよな……敵だもんな……」
カザハはすでに魂が抜けているようです。
-
＞「たぁけ、アタシらはそがいなことやりゃーせんよぉ？
あくまでゴッさんの代理人として、王様をこっちの陣営に引き込むために来たんだからにゃぁ。
尤も――
おみゃーさんらもアタシらと考えとることは同じみたいだにゃぁ？」
＞「王様、アタシらはおみゃーさんの欲しいものを知っとるにゃ。
テンペストソウル――始原の風車の最奥に存在する、風車の核。風精王の魂。
そいつを手に入れるために、こがいな大軍引き連れて大名行列しとるっちゅーことは、とっくにお見通しだがね。
すべては――」
＞「おみゃーさんの愛剣。暴嵐の顕形、風属性最強の武具……魔剣ストームコーザーを造るため。
でしょぉ？」
＞「アタシとタラちんとで、テンペストソウルを手に入れてくるにゃ。
見事王様のところにソレを届けられたら、アタシたちの仲間になってちょー。
まぁ元々王様はアタシらと同じ十二階梯の継承者なんだし、今更仲間にってのも変な話だけどにゃぁ」
＞「おう！ グランダイト、おれたちが取ってきてやるよ！
だから仲間になってくれよな！ んでおれと戦ってくれ！」
エリちゃんとタラちんが勝手に話を進めている。
タラちん……！？ なんか某超有名一家の子どもみたいですね……。
＞「ちょ、ちょっと待って！ そんなこと――」
＞「何か問題でもあるのかにゃ？
継承者仲間の経験から言うと、王様は一旦こうと決めたら誰が何を言っても聞かんよぉ？
兵を引いてほしいんなら、さっさとテンペストソウルを持ってくる以外に方法なんてないにゃ。
そしたら、王様にとって風渡る始原の草原は用済み。戦う理由もなくなるっちゅーもんだがね」
普通に考えて問題大アリです。
そりゃあ某国民的ＲＰＧでは四大属性のクリスタルが出てきたら必ず奮闘虚しく砕け散って
「あーあ、世界から風が失われちゃった！残念！」って感じになりつつ大した問題は起きませんけど！
ゲームの中だからそれで済んでいるのであって、現実でそれと同じことをやったらどうなるか分かりません。
やはり十二階梯は頭のネジが飛んでいる人の集まりのようです。
＞「陛下！ 筆頭執政官アレクティウス、献策致します！」
＞「……献策を差し許す、筆頭執政官」
＞「はっ！ ここはアルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』と十二階梯の継承者、双方を競い合わせ、
先にテンペストソウルを陛下へ献上した側と協定を結ぶのが最上かと――」
「競争とかそういう問題じゃないから！」
＞「りょーかい、りょーかい。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』、それじゃ競争しようみゃ！
どっちが先にテンペストソウルを手に入れられるか……まっ、勝負はもーはい見えとるけどにゃー。
んじゃ王様、お宝を手に入れたらまた戻ってくるにゃ。タラちん、さっそく行こみゃぁ――」
「話聞いてる！？」
-
万事休すかと思われたが……
＞「エリ、おれ、ハラへった！」
＞「……はぁ？」
＞「…………競争は、明日の朝からっちゅーことで」
ロスタラガムの食い意地おかげで首の皮一枚繋がった……のか？
とはいえ、明日の朝まで競争とやらが先延ばしになったに過ぎない。それまでに打開策を考えなければ。
＞「……それで」
＞「ミッションは明日の朝七時から。タイムリミットは、明々後日の朝七時まで。
時間の猶予はまる二日――それまでに、グランダイトの望むものを手に入れなければならない……けど」
「……そういうわけにもいかない」
もうどちらかを敵に回すしかない状況になっている。
特に、カザハはシルヴェストルを敵に回すことは個人の意思を超えた次元で不可能なのだ。
これ、詰んでるんじゃ……。
＞「ねえ。みんな、何か案はない？
どんな些細なものでも、突飛なものでもいい。それが思わぬ突破口に繋がるっていう場合もあるから。
あ、でも、誰それを殺すとか、そういうアイデアは無しだよ。
わたしたちは誰も殺さない。綺麗ごとでも理想でも、そうするって決めたんだから」
＞《テンペストソウルなぁ……。
うち、ゲームじゃ素材に使わんと長いことインベントリに放り込んどったんやけど、
それ渡せばええやろか思て調べてみたら、いつの間にかのうなっとったんやよね〜。
たぶん、こっちの世界に来たときにそないな重要アイテムはひとつに統合されてまったんやろねえ》
黙々と攻略本をめくっていたカザハが口を開きました。
「……ストームコーザーが欲しいんならストームコーザーそのものを持って行ってあげたら勝ちだよね」
いや、それはそうですけどそのストームコーザーを作るためにテンペストソウルが不可欠なんじゃ……。
「ゲーム中とか1巡目で敵として出てきたグランダイトはストームコーザーを持ってたけどテンペストソウルはちゃんと始原の風車の中に存在してた。
ここは１巡目の時間軸より前ってことは……あのグランダイトはまだストームコーザーを手に入れる前だから持っていないんだ」
ゲーム中では、ストームコーザーを入手する方法は二つ。
まず、敵のグランダイトを倒した時にドロップ品として入手する方法。
もう一つが、今問題となっているテンペストソウルを使って錬成する方法。
これは後にガチャで実装されたグランダイトにストームコーザーを持たせるための救済策として実装されたものらしいですね。
あれ、じゃあ理論上は両方の方法で入手すればストームコーザーを二本持つことも可能……！？
おっと、話が逸れました。
とにかくカザハが言いたいのは、わざわざ錬成せずともストームコーザーそのものがどこかにあるのでは、ということです。
何か糸口になるものはないかと思ったのでしょう、明神さんがインベントリを確認しています。
すると、茶色い楕円形の蛹のようなものが転がり落ちました。
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「すごーい！ デモンズピューパじゃん！！ ちょーかわいーい！」
これって可愛いんですかね……？ ……って何勝手に出てるんですかアゲハさん！？
むしとりしょうじょがスマホから飛び出して蛹に抱き着いていた。
正確には抱き着こうとしてすり抜けたので、空気椅子の要領で抱き着いている形をつくっていた。
無駄に器用ですね！
「これねー、育てるの大変だったでしょー！ なかなかここまで育てられる人いないんだよね！」
この惨状（？）にようやく気付いたカザハが無言でスマホを向けてむしとりしょうじょをアンサモンしました。
「何か見えた？ 多分気のせいだよ。
１巡目のグランダイトはストームコーザーをどこで手に入れたんだろう……」
無理矢理何事も無かったことにして話を元に戻しにかかった……！
なんといっても上手い打開策が無ければテンペストソウルが失われ世界から風が消失するか、あるいはなゆたちゃん達と敵対するようになるかもしれない瀬戸際。
本当に今はそれどころじゃないということでしょう。
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探しても探しても、ガザーヴァはおろか、愛馬のガーゴイルすら見当たらなかった。
まるであいつの存在自体が夢まぼろしだったみたいに、こつ然と姿を消した。
「どこ行っちまったんだよ……」
船旅が退屈すぎて飛び出しちまったってか？馬鹿馬鹿しい。
馬鹿は俺だ。ガザーヴァが普通の状態じゃねえのは、昨日の晩どころかアニマの中で分かってたはずだ。
部屋から逃がすべきじゃなかった。同衾してでも朝まで目を離しちゃいけなかった。
――>【異邦の魔物使いは飽きたので普通のモンスターに戻ります。短い間でしたがお世話になりました】
否応なしに、アコライト防衛戦のあとにカザハ君の残していった置き手紙が頭を過ぎる。
自分の額にゲンコツして、その記憶を頭の奥に仕舞い込んだ。
立場が逆になっちまったなんて、言いたくなかった。
カザハ君と一緒くたに扱うことは、ガザーヴァに対する何よりの侮辱だって、分かってるはずなのに。
事態はあのときよりもずっと、どうしようもなかった。
書き置きもなけりゃ、どこに行ったっつう手がかりもない。
考えたくないことだが、既にこの船自体が何者かの襲撃に晒されていて、ガザ公がその犠牲になったって可能性すらある。
……とは言え、船が襲われてるってことはまずないだろう。
ヴィゾフニールは巡航速度でもグランドセイバーの高速飛行や飛竜の滑空速度より速い。
この空で俺たちに追いつける存在なんかなくて、飛び続ける限りここはアルフヘイムで最も安全な場所だ。
加えてヴィゾフニールは強襲飛空戦闘艇――れっきとした軍用船だ。
こいつを造ったバロールが、外部からの攻撃に無防備な構造にしてるとも思えない。
自分の意志で船を降りる以外に、ここから姿を消す方法はないのだ。
……だからつまりは、ガザーヴァは本当に自分で出ていったんだろう。
どこへ行くかも、いつ帰るかも言わずに。――俺に、何も言わずに。
「クソっ、ちゃんと元気にしてんのかあいつ……！」
>《うーん、狭い艦内に嫌気が差して散歩にでも行ったんじゃない？ 我が娘ながら何を考えてるか分からないんだよねぇ！
ま、腐っても幻魔将軍だ。よほどの強敵でもない限り負けることはないだろうし、そのうち帰ってくるだろう！》
「適当抜かしやがって。お前の『たぶん大丈夫』がホントに大丈夫だったことが今まであったかよ」
レプリケイトアニマにしたってグランダイトにしたって、バロールの読みは悉く見当を外していた。
根拠に乏しい気休めは聞くだけ無駄だが、それでも俺たちはガザーヴァの問題だけを追うわけにはいかない。
>《ガザーヴァちゃんのことも気になるけど、今は次のクエストに集中しとくれやす〜。
もう少しで風渡る始原の草原に到着するはずや、そしたら先ずはシルヴェストルに接触するのがええやろね。
グランダイトよりは話も通じるやろし……》
じきに始原の草原に着く。
一触即発の両軍を目の前に、内輪の問題でゴタついてる暇はない。
忌々しいことだが、結局俺はバロールの楽観論に乗るしかなかった。
「戻ってこいよ、ガザーヴァ……」
落ち着きなく窓の外に張り付いていた俺の視界が、不意に開けた。
平原だ。青々と茂る大草原、地平線の向こうに途方もなく巨大な風車が見える。
「あれが始原の風車……世界の空気をぶっかき回すクソデカ扇風機か」
今も景気よくぶんぶん回ってる風車は、この世界の風のすべてを生み出しているという。
大地だとか海だとかと同じように、世界を構成する不可欠なパーツのひとつ。大気を司る『神代遺物』だ。
-
そしてその根本を目指すようにして地表をうごめく無数の影がある。
スケールが違いすぎてイマイチ実感がわかないが、あれは全部、ヒトだ。
完全武装した歩兵に、荷駄、戦車、攻城塔まで数え切れない物量が視界の下を流れていく。
大群による進軍は、氾濫した河川のようだ。濁流が、始原の草原を押し潰さんと波を立てていた。
その流れの中心に、ひときわ目立つ構造物があった。
集団を統率しながらゆっくりと進む威容は、俺の記憶にも深く深く刻まれているグラフィックと同じものだ。
「――覇宮メル・ガヴァ。こいつをナマで拝めるなんてな」
軍の本陣であり、移動要塞であり、俺たちにとってはダンジョンでもある覇王の玉座。
どこぞのクソ魔王の趣味悪いガルガンチュアと違って、瀟洒ながらも質実剛健な外観は見る者に畏怖と崇敬を同時に与える。
あの最奥にグランダイトが居る。俺たちはこれから、世界を賭けた交渉をあそこでするんだ。
軍の頭上を追い越して、ヴィゾフニールは一足先に始原の草原に辿り着いた。
一日ぶりに足と地面が再会する。大地のしっかりした踏みごたえが妙に頼もしくて、
やっぱ人間って空飛ぶようには出来てねえんだなって不思議な納得があった。
さて、着陸した俺たちは早速第一村人に発見された。門番っぽいシルヴェストルが鋭く誰何する。
来訪者にソッコで槍向けるとか未開の地の原住民かよ。未開の地の原住民だったわ。
田舎妖精どもは訝しげに俺たちを矯めつ眇めつしていたが、すぐにカザハ君の姿に気付いた。
>「異世界よりの客人よ、あなたたちの来訪は双巫女さまによって予見されておりました。
双巫女さまがお待ちです。どうぞこちらへ」
「すげーなカザハ君、顔パスじゃん」
実家に戻ってきた家族を迎える……にはちょっと恭しい感じで、俺たちは村の中へ案内された。
質素な木造建築がぽつりぽつりと存在するだけの、典型的な村落。
とてもじゃないが、ウン十万からなる大軍がこれから攻める場所には思えなかった。
「グランダイトの野郎はガチでこの村落とすのにあんな軍勢用意したのかよ。
なんならあいつ一人で全部吹き飛ばせるんじゃねえの」
グランダイトは優れた軍の指揮官だが、それだけじゃない。
自分自身にも戦闘能力を持つ、雑兵なんか及びもつかない、本物の卓越した武人だ。
嵐の魔剣ストームコーザーを使えばこんな掘っ立て小屋なんか三秒で更地にできる。
三匹の子豚みたいに、一吹きでシルヴェストル共は丸裸になるだろう。
やがて、村の最奥部に着いた。
首が痛くなるまで見上げても頂上が目視できない巨大な風車。
その根本に、石造りの神殿があった。
扉を開ければ、そこはだだっ広い聖堂。
さらに奥の祭壇に、鏡写しのようにそっくりなシルヴェストルが二人居た。
>「双巫女さま、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』をお連れしました」
門番が声をかけると、二人はやはり同時にこちらを向く。
金と銀、唯一異なる色の髪の下から、都合４つの眼が並んで俺たちを射抜いた。
>「「ようこそ、ようこそ、風渡る始原の草原へ。アルフヘイムのあらゆる風を司る神域へ。
心より歓迎いたしましょう、ミズガルズよりの客（まろうど）。『異邦の魔物使い（ブレイブ）』たちよ」」
「うおぉ……ステレオ音声……」
二人はまったくの同時に、一切の遅延なく声を合わせる。
左右から囁かれるように響く同じ声音。うなじがゾワゾワして、平衡感覚がおかしくなりそうだ。
ＡＳＭＲかな？俺こーゆうの知ってる！ＤＬsiteで見た！
-
>「「私たちは風の双巫女。始原の風車を守り、風精王を祀るふたりの神職」」
催眠音声みたいなトーンで喋る二人のシルヴェストルは、テュフォンとブリーズと名乗った。
俺この手の神秘っぽいキャラって名前のミーニングとか考察しちゃうタイプのオタクなんだけど、
カザハ君といいやっぱ風つながりの命名則があるんだろうな。
>「ただいま……と言っていいのかな。ボクのこと、どこまで覚えてる？」
で、このフタミコとかいう日常系漫画かギャルゲみてーなユニット名の連中が言うには、
リセットを経たにも関わらずカザハ君のことをその出自まで含めて既に知っているらしい。
世界を満たす風のどっかに一巡目の記憶が消されないまま残ってたってことだろうか。
「まーたデウスエクスマキナの誤作動か。バグ多すぎじゃないあの魔法。
ユーザーにデバッグさせてんじゃねえよマジでさぁ」
世が世なら賠償もんやぞマジで。ちゃんとコードレビューしてから運用しようよ……。
とは言え、このバグによる記憶継承のおかげで一巡目と同じことを繰り返さなくて済んでるって点は否めない。
やはりと言うべきか、不完全なリセットはバグじゃなくて仕様の範疇なんだろう。
ブレモンの運営みてーな言い訳しやがって……。
益体もねえこと考えてるうちにカザハ君の歓迎が終わった。
こっからは、現状の課題を抽出して解決に向けたソリューションを検討する場だ。
>「「『覇道の』グランダイト。このアルフヘイムで最も強壮にして剛毅なる王が、この始原の風車を蹂躙しようとしています。
始原の風車は我々の命。この世界の風の調停者。それを我欲によって欲しい侭にされることを、我らは望みません」」
バロールから事前に提供のあった情報、何よりヴィゾフニールの窓から見た光景と合致する。
グランダイトが風車目当てにこの村を攻めようとしてるってのは確からしい。
ますます意味がわからん。たかが100人ぽっちの村ひとつ落とすのにオーバーキルが過ぎる。
1000人も兵隊用意すりゃ十倍の兵力差で十分勝ちを拾えるはずだ。
軍隊動かすのだってタダじゃない。虚仮威しにしたってコストに釣り合ってると思えない。
だが、俺の見立てとシルヴェストル側の考えは違った。
>「「我らは風を司り、ひっそりと生きてゆきたいのです。
聖地である始原の草原を渡る風を、『覇道』の軍勢の血と亡骸で濁らせるわけには参りません。
戦いの末にある勝利の栄光など、私たちは求めてはいないのです」」
「……は？ウソだろおい、心配してるのそこかよ」
双巫女は、グランダイトの軍勢から助けて欲しいと言ってるわけじゃなかった。
『自分たちが殺した軍勢の死体で草原を汚したくない』――始めから、負けるつもりがないのだ。
どころか、云十万の大軍を蹴散らすこと自体は難しくないとまで言ってる。
>「どう思う？ 明神さん」
双巫女の話を聞いて思案していたなゆたちゃんが、不意に俺に水を向けた。
「大精霊サマのイキリ散らした大言壮語……ってわけじゃ、ねえんだろう。
誰よりもグランダイトがそいつを証明してる。あの大軍は、ちっとも過剰戦力じゃないって」
-
俺はカザハ君の強さを知ってる。ガザーヴァが死ぬほど焦がれた、レクス・テンペストの力。
あのぶっ壊れバフを、３人がかりで焚けるなら、ヒトが何万人いようが問題なく殲滅できる。
なにせパンピーの俺ですら２メートルくらいジャンプできたのだ。
素の性能がモンスターのシルヴェストルに掛けりゃレイド級が100体湧くようなもんだろう。
グランダイトは、シルヴェストルが本気で抵抗すりゃ十倍の兵差でも勝てないと見込んだから、
千倍、万倍の兵力をこの草原に終結させた。
あの戦の達人に限って戦力の天秤を見誤ることはあるまい。
覇王の戦術眼は、間違いなく正鵠をヘッドショットしていた。
「だけどそれでも、グランダイトが簡単にやられるとは思えん。
シルヴェストルの脅威を十分に理解してるんなら、単なる物量作戦で終わりじゃないはずだ。
相応の対策と、勝算のもと動いてる。あの野郎は暴君だけど、暗君じゃねえからな」
物量で押しつぶす戦術って意味じゃアコライトの帝龍も似たようなもんだったが、
安いコストで量産できるトカゲ共とヒトの軍隊を同じように考えることは出来ない。
それは道徳とかそういう話じゃなくて、兵隊は戦争が終われば労働者であり納税者だからだ。
いたずらに玉砕させて人員を削れば、たとえ戦いに勝ったとしても国はジリ貧になる。
国民の中核層、働き盛りの連中がごっそり抜けて、経済がまともに回るはずもない。
ただ勝つだけの指揮官は三流。そしてグランダイトは、掛け値なしに一流の名将だ。
そして、帝龍にしたって結局虎の子の切り札は別に用意していた。
グランダイトも大軍をそのままぶつけるんじゃなく、何か奥の手を講じていると見るべきだ。
「それこそ、グランダイトにはストームコーザーがある。
風属性同士の対決なら一歩も引かねえ自信があるのかもな。
確かアレ、スーパーつよつよ範囲スペルとか使えたろ」
レクス・テンペストと魔剣、どっちがより強く風を操れるか。
試したことなんかないから分からんが、腐っても魔剣が為すすべもなく負けるってこたねえだろう。
シルヴェストルがどれだけ強力な風を纏おうが、ストームコーザーの力で相殺できるなら、
あとは純粋な兵力同士のぶつけ合いになる。グランダイトの独壇場だ。
>「ま……考えてても仕方ないか。
みんな、グランダイトのところに行こう。まずは、あくまでも平和裏に。友好的に……ね」
「……そうだな。対戦には試合前インタビューが付き物だ。
両陣営から今後の意気込みと展望を伺ってみようじゃねえか」
シルヴェストル側の意思はこれで確認できた。
退く気はないし、負ける気もない。大軍を殲滅するだけの力もある。
なら、グランダイトはどうなのか――そいつをこれから確かめにいこう。
◆ ◆ ◆
-
グランダイト軍が野営に入ったタイミングで、俺達はヴィゾフニールを横付けした。
始原の草原とだいたい似たような流れで兵士に取り囲まれる。
なゆたちゃんが停戦交渉に来た旨を伝えると、その辺で待ってろってことになった。
>「……そもそも、グランダイトはどうして風渡る始原の草原に攻め込んだんだろう？」
やおらヒマになって、俺たちは天幕の片隅で兵団を横目にブラついていた。
なゆたちゃんなんかはその辺の木箱に勝手に座っている。大丈夫？怒られない？
「それな。なんぼ神代遺物があるからって、あの村自体はコンビニもねえようなド田舎だ。
20万人引き連れたわくわくピクニックにしたってもうちょいまともな目的地があんだろ」
理由として一番有力なのはやっぱり始原の風車だが、アレは人間がどうこうするような代物じゃない。
神代遺物はそりゃスゴいレアアイテムだけど、全部が全部有効活用できる物ばっかではないのだ。
>「始原の風車を手中に収めれば世界中の風を掌握出来るんだ。
でも、人間にとってはスケールが大きすぎて逆に滅多に攻め込んでくる輩はいない」
「言うほど世界中の風掌握したいか？」
カザハ君の答えに、俺は首を傾げた。
「『聖杖』とか『神槍』みたいに兵器として使える遺物ならともかく、
クソデカ扇風機なんか確保して何すんだっつう。夏を乗り切りたきゃフロウジェンにでも避暑しに行けよ」
とかなんとかブチブチ言ってるうちに、本陣の方で話がまとまったらしい。
部隊長らしき兵士に呼ばれた俺たちは、ついに覇宮メルガヴァに足を踏み入れた。
>「みんな、礼儀正しくね。
わたしたちはグランダイトを説得しに行くんだから、ケンカを売るようなことは言っちゃダメだよ。
穏便に、穏便にね……特にエンバース！あなたは口開くとナチュラルに煽っちゃうから！ オーケイ？」
「そうだぞエンバース。お前ってやつぁすーぐクソリプかましやがる。やぁねぇレスバしたがる人って。
俺みたく隣人への溢れんばかりの慈愛をもって接する心を忘れずにな」
俺は誰よりも自分に甘い男。
インベントリから黒のジャケットを引っ張り出してシャツの上に羽織った。
ジョンとの戦いでボロ布になっちまったスーツはもう修理も不可能だったが、
アバター用のスキンに似たようなのがあって助かった。
「身だしなみチェックだ。ネクタイ良し。ボタンはきっちり首まで閉める。スーツのポケットはフラップ畳む。
スラックスの折り目良し。袖のボタン良し。靴もちゃんと磨いてある。完璧だな、就活ん時以来だぜ」
クセっ気のせいでケバ立ってる髪の毛をきっちりオールバックに整えて、準備は出来た。
他の連中はカジュアルスタイルだったり焼死体だったりで全然ビジネスじゃない。
皮膚まで脱ぎ去るのはクールビズじゃないよぉ。
閑話休題。
アルメリアの名代が効いたのか、俺たちはあっさりと謁見の間へと通された。
グランダイトにしてみれば、使者の訪問は予想済みってとこなんだろう。
>「長旅ご苦労！ 貴公らが『創世の』バロールに召喚された『異邦の魔物使い（ブレイブ）』か！
話は聞いている、陛下がお待ちである！ こなたへ参れ！」
応対した将校は、軍人にしては妙に若い。多分俺より一回り近く年下だ。
少年と言ってもいい年頃の、声変わりもしていない声が、俺たちに謁見を促す。
>「えと……、崇月院なゆたと申します。グランダイト陛下に拝謁賜り、その、光栄です。
……アルメリアよりの使者、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』として、王陛下に戦さの回避を進言すべく罷り越しました」
-
なゆたちゃんが口火を切り、交渉が始まった。
つっても俺が口を出すようなことは特にない。必要なことはなゆたちゃんが言ってくれる。
エンバースじゃないけど俺もね、多少はね、レスバしたがっちゃうとこが、わずかにね、あるからね……。
で、案の定交渉は難航した。そりゃそうだ。
こんだけでけえ軍隊で侵攻してるとこに、外野から言われてハイわかりましたとはなるまい。
遠征ってドチャクソお金かかるからね。兵隊さんのご飯もめっちゃ運んでこなきゃいけないし。
ここで兵を引けばグランダイト軍は大損だ。下手すりゃ20万人がいっぺんに露頭に迷う。
将軍としてだけでなく、統治者としても、それだけは回避しなければならない。
ソロバン少年がめっちゃ早口で交渉内容を否決する。
進軍やめろっつうなら先にそっちが誠意見せんのが先じゃないの？って言うね。
おっしゃる通り過ぎてなんも言えねえわ。うるせえぞんなこた分かってんだよこっちも！
>「――善かろう」
>「陛下！？ 何を仰せになられます！？」
と、即刻決裂に思われた交渉だったが、意外なところから助け舟が飛んできた。
グランダイト陛下その人である。
>「アルメリアの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』よ。
交渉には対価が必要だ。余に進軍を止めよと申すならば、それに見合う進物を供するが道理。
そなたらが余の望むものを捧げるならば、兵を引こう。――そればかりではない、『創世』との同盟に調印もしてやろうぞ」
……あ、これ助け舟じゃねえわ。
取り調べとかでよくある交渉テクニックだ。『良い警官悪い警官』ってやつ。
片方がめっちゃキレ散らかすのをもう片方が制して、一見譲歩したように見える内容で再交渉を持ちかける。
実際は全然譲歩してないのに、相手は「すげえ譲歩してくれた！うれしい！」ってなってしまう。
つまり――グランダイトは、全然譲歩してない。
「ま、待ったなゆたちゃん――」
>「承知致しました、陛下。
でしたら、陛下の望むものを必ずや手に入れて参ります。
それで――陛下の望む、その品物とは――？」
ぼけっと交渉を眺めてた俺の制止が間に合うはずもなく。
交渉は、凄まじい泥沼へと沈みつつあった。グランダイトが求める捧げものってのはすなわち。
>「――テンペストソウル。にゃ」
横合いから、この場の誰のものでもない声が上がった。
振り向けば、そこにはふたつの人影があった。
>「何者だ！？ 断りもなく王の間に入ってくるとは、慮外者め！」
ソロバンが例によってキレるが、俺たちは『何者か』を知っていた。
レンジャースタイルの衣装に身を包み、脇に竪琴を携えた人狼の女。
ソロバンよりさらに小さな体躯に、はち切れんばかりの筋骨隆々を湛える男。
――『詩学の』マリスエリスと、『万物の』ロスタラガム。
ともに十二階梯の継承者……ローウェルの弟子だ。
-
「やっぱ生きてたんだな、エリにゃん……」
マリスエリスは、これまでの旅路で姿を見せないままに関わってきた。
デリンドブルクの狙撃は冤罪だったが、アコライトで帝龍のスマホを破壊したのは、
やはりこいつの狼咆琴で間違いない。
問題は……あの狙撃が、アルフヘイムとニブルヘイム、どちらの為に行われたのか。
マリスエリスとロスタラガムは、『どちら側』の継承者なのか。
>「ゴッさんの代理人で来たみゃぁ。
王様によーけ催促したっちゅうにまーんだいごかんて。かんこーすんのも大概にしてちょーって、
ゴッさんよーけ怒っとったでよぉ？」
――答えは、俺が問うまでもなく、マリスエリスの口から出た。
『黎明の』ゴットリープ――ニブルヘイムに加担している継承者だ。
その代理人であるこいつらも、俺達の敵。
>「やほー、アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』。
こうして直接会うのはお初だにゃぁ、でも自己紹介はいらんみたいだにゃ。
アコライト外郭の戦いはよーけ頑張ったにゃぁ！ 『創世』賢兄の召喚した人間めちゃんこ強いでかんわって、
ロスやんと言ってたんだみゃぁ」
……敵、なんだけどさぁ！
敵対関係が明らかになる、そのインパクトすらも霧散する。エリにゃんでりゃあ訛っとるがや。
こんなコテッコテの名古屋弁市長の演説でしか聞いたことにゃあわ。
名古屋ネイティブの俺ですらまともに聞き取れぇせんもん！
>「ほんとほんと！ おめぇら、すっげぇ強ぇぇなぁ！ おれ、ワクワクしてきたぞ！
なあ、戦おうぜ！ よーし決まりだ！ どこでやる？ ここでか？ それとも外でか？
おれはどっちでもいいぞ！」
「こっちもこっちで安定の頭ロスタラガムだしよぉ！」
あかんわ。IQが溶ける……溶ける……。
真面目な話せんとかんのにイロモノが過ぎとるもんで全然頭に入ってこんわ。
>「王様、アタシらはおみゃーさんの欲しいものを知っとるにゃ。
テンペストソウル――始原の風車の最奥に存在する、風車の核。風精王の魂。
そいつを手に入れるために、こがいな大軍引き連れて大名行列しとるっちゅーことは、とっくにお見通しだがね。
すべては――」
エリにゃんはこっちの混乱などお構いなしににゃあにゃあ話を進めとらっせる。
えっと？グランダイトには欲しい物があって？それが始原の風車にあって？
はい、はい、存じ上げておりますよ。プレイヤーですからね。
ほんでそのテンペストソウル君を求める理由っちゅうんが――。
>「おみゃーさんの愛剣。暴嵐の顕形、風属性最強の武具……魔剣ストームコーザーを造るため。
でしょぉ？」
「……うん？」
ストームコーザーを造る。なるほど。……なんで？
もう一本持ってどうすんの。あれ二刀流できるようなサイズじゃにゃあでしょ。
>「あ……！！」
なゆたちゃんが何かに気付いた。俺も気付いた。
よく見たらグランダイト陛下の御腰に、ストームコーザーが……ない！
「グランダイト（ガチャVer）じゃん」
-
そう。グランダイトはシナリオボスであると同時に、限定ガチャで排出されるプレイアブルキャラでもある。
そしてガチャで出てくるグランダイトは、何故か愛剣ストームコーザーを所持していない。
所持していないのである！！！
そりゃまぁね、シナリオの強さを再現したキャラをプレイアブル化するとバランスとか色々ぶっ壊れるのは分かるよ？
でもさぁ！もうちょい手心というかさぁ！ストームコーザーってグランダイトの強さの７割くらい占めてるじゃん！
魔剣のない陛下とか肉なしカレーみてえなもんだよ？美味しいけどさあ！
>「アタシとタラちんとで、テンペストソウルを手に入れてくるにゃ。
見事王様のところにソレを届けられたら、アタシたちの仲間になってちょー。
まぁ元々王様はアタシらと同じ十二階梯の継承者なんだし、今更仲間にってのも変な話だけどにゃぁ」
ロスやんだのタラちんだのガム公だのなんでも良いけどよぉ！
バロールの野郎はこのこと把握してんのか？お前が仲間にしようとしてんの肉なしカレーだぞ！
そしてローウェルサイドが肉を持ってきたなら、完成したカレーは間違いなく俺たちの敵に回る。
>「ちょ、ちょっと待って！ そんなこと――」
>「何か問題でもあるのかにゃ？
継承者仲間の経験から言うと、王様は一旦こうと決めたら誰が何を言っても聞かんよぉ？
兵を引いてほしいんなら、さっさとテンペストソウルを持ってくる以外に方法なんてないにゃ。
そしたら、王様にとって風渡る始原の草原は用済み。戦う理由もなくなるっちゅーもんだがね」
話が俺たちの頭の上でずんずん進んでいく。
たまらずなゆたちゃんが物言いを申し立てたが、エリにゃんには取り付く島もない。
>「陛下！ 筆頭執政官アレクティウス、献策致します！」
そこへソロバンまで話に介入し始めて、交渉は驚くべき迅速さでまとまった。
俺たちと継承者コンビ、先にテンペストソウルを持ってきた側がグランダイトと同盟を結ぶ。
20万のグランダイト全軍が、アルフヘイムとニブルヘイムどちらに加担するか、それで決まる。
>「りょーかい、りょーかい。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』、それじゃ競争しようみゃ！
どっちが先にテンペストソウルを手に入れられるか……まっ、勝負はもーはい見えとるけどにゃー。
自信たっぷりにエリにゃんは請け負うが、ロスやんがタラタラ言い始めて、
ソウル奪取のレースは明朝開始と相成った。
ロスタラガム君の頭がロスタラガムで本当に良かったです。
◆ ◆ ◆
-
>「ミッションは明日の朝七時から。タイムリミットは、明々後日の朝七時まで。
時間の猶予はまる二日――それまでに、グランダイトの望むものを手に入れなければならない……けど」
夕刻、割り当てられたテントの中で、俺たちは今後の方針を話し合った。
天幕の向こうでエリにゃんの呑気な歌声が聞こえてくる。
対して俺たちは深刻な面持ちで、無茶振りをどう処理するか検討せねばならなかった。
>「ねえ。みんな、何か案はない？
どんな些細なものでも、突飛なものでもいい。それが思わぬ突破口に繋がるっていう場合もあるから。
あ、でも、誰それを殺すとか、そういうアイデアは無しだよ。
わたしたちは誰も殺さない。綺麗ごとでも理想でも、そうするって決めたんだから」
「とーぜん。俺たちには俺たちのやり方がある。連中の土俵で勝負してたまるかよ」
個人的なことを言えば、俺はグランダイトに敵意を感じてはいない。
ストームコーザーはグランダイトの愛剣であると同時に、軍すべての者にとっての権威のイコンだ。
部下に肉なしカレーを食わせるわけにはいかないって気持ちは理解できる。
とはいえ、俺たちの前とはあいも変わらず八方塞がりだ。
そもそも、テンペストソウルを奪ってくるとこから現実的とは思えない。
シルヴェストル達は、ソウルを守る為に本気で抵抗してくるだろう。
20万の軍勢も蹴散らせる自信のある連中を、俺たちだけで制圧できるはずもない。
>「……ストームコーザーが欲しいんならストームコーザーそのものを持って行ってあげたら勝ちだよね」
カザハ君が攻略本をたぐりながらそう零した。
>「ゲーム中とか1巡目で敵として出てきたグランダイトはストームコーザーを持ってたけど
テンペストソウルはちゃんと始原の風車の中に存在してた。
ここは１巡目の時間軸より前ってことは……あのグランダイトはまだストームコーザーを手に入れる前だから持っていないんだ」
「あーなるほど。確かにゲームの描写とすり合わせるなら、魔剣とテンペストソウルは両方存在してなきゃおかしい。
問題は、グランダイトがストームコーザーを『まだ手に入れてない』のか『失った』のかどっちなのかだな」
カザハ君の言う通り、魔剣を手に入れる前で、入手法のひとつとしてテンペストソウルを求めているなら、
世界のどっかに存在するストームコーザー現品を俺たちが入手すればそれで陛下の要望を満たせる。
ただし、既に持っていた魔剣が破壊されるなりして完全に失われたから代替品を求めているのであれば、
やっぱりテンペストソウル以外にストームコーザーを取り戻す方法はない。
「こればっかりは確認してみるしかねえな。あのアレクティウスとかいうソロバンさんにでも、
『陛下ってなんで魔剣持ってないんすか？』って聞いてみるか」
>《テンペストソウルなぁ……。
うち、ゲームじゃ素材に使わんと長いことインベントリに放り込んどったんやけど、
それ渡せばええやろか思て調べてみたら、いつの間にかのうなっとったんやよね〜。
たぶん、こっちの世界に来たときにそないな重要アイテムはひとつに統合されてまったんやろねえ》
「マジじゃん。ってことは他の神代遺物みてーなユニークアイテムも入手し直しか」
見れば確かに、メインシナリオで確定入手できる神代遺物『聖杖アレフガルド』が消失してる。
俺は闇パだから別に戦力的な損失はないっちゃないが、ビルドに組み込んでる奴はキツいだろうな。
そうでなくてもユニークアイテム類はプレイヤーにとって労力の結晶だ。いっぱい悲しい。
「何がなくなってるのか確認しねえとな、っと」
その時、指がどっかのボタンに触れたのか、急に俺のスマホが輝き出した。
召喚光。サモンの兆候。だが、光に包まれて出現したのはヤマシタじゃなく――
「……なにこれ」
-
ごろりと地面に転がったのは、楕円形の茶色い何か。
サモン画面の枠に記されたニックネームは、
「マゴット？マゴットかお前！？」
蝿王ベルゼブブの幼生、石油王から貰ったレアモンスター、『腐界の腐肉喰らい』。
俺が大事に育ててた蛆虫、マゴットだった。
アコライトあたりからだんだん動きが鈍ってエサ喰わなくなってきてたから、
スマホの中で寝かせてたはずのマゴット。その悍ましくも愛らしい姿は見る影もない。
ウンともスンともグフォォォッォとも鳴かない。
「こっこれっ、死ん――」
慌ててスマホを見れば、一応HPは０になっていないようだった。
そして気付く。種族名の表示が、『腐界の腐肉喰らい』じゃなく、別のものになってることに。
「デモンズピューパ……？直訳で、悪魔の、サナギ」
>「すごーい！ デモンズピューパじゃん！！ ちょーかわいーい！」
突如として出現した半透明の少女がサナギに抱きついた。
……いや誰だよ！？どっからPOPした？カザハ君のスマホからか！
>「これねー、育てるの大変だったでしょー！ なかなかここまで育てられる人いないんだよね！」
「お？お？おう……？大変だったけど……誰？カザハ君？ちょっと？」
こいつも大概わけわかんねーな！カケル君が唐突に美少女になったりするしよぉ！
問われたカザハ君は無言でスマホを半透明に向けて、アンサモンした。
>「何か見えた？ 多分気のせいだよ。
１巡目のグランダイトはストームコーザーをどこで手に入れたんだろう……」
「なかったことにするな。
なんかお前、出自が明らかになってからの方がトンチキ生命体ぶりに拍車がかかってない？」
ガザーヴァ……お前が羨んでんの、これだよ？この珍生物だよ？
もう戻ってこいよ……ぜってーお前が思うほどスゴイ生き物じゃねえってこいつ。
「生きてはいるんだよな……マゴット……」
謎の女の登場で場の空気が持っていかれたが、マゴットの容態はスルー出来ない。
悪魔のサナギ。その字面が示す通りなら、文字通りこいつは今サナギの状態にある。
エサをあんまり喰わなくなってたのも、完全変態する準備を始めたからなのか。
問題は、デモンズピューパなる存在を俺がまるで知らんということ。
腐界の腐肉喰らい自体、所有者のほとんどいないウルトラレアモンスターだ。
当然Wikiにも情報がなくて、マゴットを育てるのも手探りだった。
サナギは、生き物が身体を一度ドロドロにして構造を完全に組み替えている状態だ。
硬い殻に覆われていても、中身は非常に不安定。
下手に弄くりまわせば変態が上手くいかなくなって、羽化できずに死んでしまうこともある。
このまま放置し続けるのが良いのか。
だが蛆虫の段階であんだけ付きっきりの世話を要求してきた腐肉喰らいが、
サナギになったら後はメンテフリーですなんてこと、性根の腐ったブレモン開発がやるわけない。
何か、羽化へ進ませる条件があるはずだ。
-
「カザハ君、さっきの幽霊みたいなのと話ってできるか？
俺はデモンズピューパってのがどういうモンスターのか知らない。
どんな世話をしてやりゃいいのかもわからん」
あの半透明女は、腐肉喰らいの育成の大変さを知っているようだった。
何度か育てた経験があるのか、いずれにせよ俺よりも知識を持っている。
ここまで育てたんだ。愛着だってある。
何より、こいつには何度も助けられてきた。
リバティウムのカジノでも、なゆたちゃんとの決闘でも。
俺というブレイブを構成する、なくてはならないモノに、もうなってるんだ。
「腐肉も、うまいナッツだってある。はやく起きてこねえと俺が喰っちまうぞ」
ともあれ、現段階でできることがないなら、目先の問題を片付けねばなるまい。
「グランダイトとの交渉についてだ。
まず、テンペストソウルをそのまま差し出すのは論外。
理由は色々あるけど、一番は神代遺物を失った世界がどんな影響を受けるか知れないからだ」
テンペストソウルもとい始原の風車は、世界中の風を生み出している。
これが失われば、当然このアルフヘイムから『風』って概念が消失する。
光を司る聖杖アレフガルドが失われて、世界の半分が夜に覆われたように。
完全に無風の世界になるわけだ。
地球では、風は気圧の変動による副次的な現象だ。
日照時間の差とかで、地表の温度は地域によって大きく異なる。
気温が違えば、空気の熱膨張や水の蒸発なんかで気圧も変わってくる。
気圧の高い地域から低い地域へ空気が流れ込んでいくのが、『風』って現象の正体だ。
つまり、地球が太陽に照らされる以上絶対に風は吹くし、生態系もそれを前提に成立している。
植物は花粉や種を風に乗せて生息域を広げるし、鳥や虫にも風を利用して飛ぶ種が居る。
風が完全になくなれば、それらの生態系も成り立たなくなり、世界の様相は一変するだろう。
同様に、アルフヘイムでも風が吹くことを前提とした生態系があるはずだ。
この世界から風が失われたら――
植物は生息域を広げられず、狭い範囲で栄養を奪い合ってやがて枯死する。
飛竜はその巨体を支えるだけの揚力を生み出せずに飛べなくなり、死滅する。
谷あいや森林では空気の入れ替わりが起こらず、酸素と二酸化炭素のバランスが狂って生き物が死ぬ。
風を受けて進む帆船が使えなくなるから海運業が崩壊して、物流が死ぬ。
パっと思いつくだけでもとんでもない規模でいろんな生き物が死ぬことになる。
ゲームではそのへんの影響とかプレイヤーには知ったこっちゃないが、俺たちはそうもいかない。
グランダイトのオモチャと釣り合わせるにはあまりにも天秤の片方が重い。
始原の風車は、絶対に失わせるわけにはいかない。
-
「だから、別の方法でグランダイトを納得させるしかない。
カザハ君が言ってたように、ストームコーザー現品がまだこの世界に存在しているなら、
そいつを確保するのが一番だと思う。これがカザハ案な」
納期は２日。気が狂いそうだ。
そして２日をまるごと使えるわけじゃない。
エリにゃんとロスやんがソウルを盗んで来る前にことを済ませなければならない。
「あの二人組の足止めも必要だ。連中がシルヴェストルをどう出し抜く気か知らんが、
奴らはやるっつったら成し遂げる。そういう連中だ」
エリにゃんは言うまでもなく。
万物のロスタラガムも、グランダイトの兵士100人で囲んだって止められない強さを持ってる。
「足止め自体は、ロスタラガムを狙えばなんとかなるとは思う。
昼間の謁見室でもそうだったように、エリにゃんにはアレを無理くり引っ張る力はない」
主に、筋力の問題で。遠距離狙撃が専門のマリスエリスは、STR自体はそこまで高くない。
ロスタラガムがダダをこねれば、どうしても折れるのはエリにゃんの方になる。
だから、ロスタラガムさえ足止めできれば、奴らの進行速度を大きく削ぐことが出来るだろう。
「ロスタラガムが止まらないなら、ばんぶつじゃなくてまんものって呼んでやれ。
奴はそれでキレるはずだ」
ブレモン運営の黒歴史がひとつ、『まんもの事件』。
公式の配信でブレモンのプロデューサーが出演した時に、キャラ紹介で万物をまんものと読み違えた。
このミスは即座にSNSを通じて共有され、何かとヘイトを貯める運営の蔑称として「まんもの」が定着した。
一時期は運営を煽る目的でゲーム内に「まんもの」って名前のキャラが溢れかえり、
配信を見てなかったユーザーすら運営の失態を知るところとなった。
……で、マジギレした運営のとった対応策。
まんものって名前のキャラで街に入ったり、街中で「まんもの」とチャットしたりすると、
その街に逗留していたロスタラガムが敵対状態になっていきなり殴り殺してくる。
そんなわけで、街中に大量の「まんもの」の死体が散乱することになったのが、黒歴史の顛末だ。
まぁ何が言いたいかっつうと、ロスタラガムを怒らせて足止めするなら一言声をかけるだけで良いってことだ。
その後殺意マシマシで襲いかかってくるけど、それはまぁ各自でなんとかしようね！
「そんでこれが明神案。ストームコーザーを造るのに、テンペストソウルは絶対必要なのか。
なんぼ風の魔剣っつったってストームコーザーはただの魔剣だ。神代遺物を使って釣り合いがとれるもんじゃない。
そんなアコギなレートがあってたまるかよ。ゴっさん素材ちょろまかしてたんじゃねえの」
-
この、「ストームコーザーコスト高すぎ問題」は度々フォーラムでも議論に上がっていた。
神代遺物使ってただの魔剣造るってどういうことやねん。
限定ガチャのキャラに真価を発揮させるってエサでふっかけてんじゃねえぞっつう。
「そもそも一点物の始原の風車とストームコーザーが同時に存在できてたってことは、
必ずしもテンペストソウルは魔剣の製造に必要なわけじゃないってことだろ」
無論ゲーム上では、ボスドロップ以外じゃテンペストソウルを素材にするしか入手手段はなかった。
そしてそれはあくまで必要な描写以外省かれたゲームの話で、しかも業魔錬成でストームコーザーを造る場合だ。
「よって明神案において考えるべきは２つ。ソウル以外を素材にしてストームコーザーを造る方法。
それから、業魔錬成以外で魔剣を創造する方法。こいつはバロール様のお知恵をお借りしてえところだ。
霊銀結社あたりならそんな感じの技術開発とかやってそうだしな」
魔剣の素材については、いくつかアテがある。
ストームコーザーに必要なのは、風を生み出す権能じゃなく、風を操り嵐を引き起こす機能だ。
風属性の剣をベースにして、風属性レアアイテムを効果的に組み合わせれば、必要な機能を満たした後継品が出来るはず。
「例えば俺は、ベルゼブブのレアドロップとして『蝿王の翅』を持ってる。
なゆたちゃんも持ってるはずだ、あの荒野で、一緒に倒したからな。こいつも使えるだろう」
説明しながらインベントリから『蝿王の翅』を出すと、膝の上においていたサナギがドクンと脈打った。
反応してる？そうか、こいつベルゼブブの幼生だもんな。懐かしい臭いでも嗅ぎ取ったんだろうか。
「魔剣ストームコーザーの能力は、大別して『風属性付与・強化』、『波動を纏った刀身』、
『スペル効果"総てを無に帰す大嵐（ジャイガンテックストーム）"の再現』の３つってとこか。
同等の効果をもった素材を持ってくれば、能力を再現した魔剣をでっち上げられる」
ざっと見で付与武装３本分が一纏めになってんのがストームコーザーのズルいとこなんだけど、
逆に言えばそれぞれの能力持ったレア武器３本があれば、同じ能力を扱うことが出来るってことでもある。
「名付けて、ジェネリック・ストームコーザー！アルフヘイムには特許庁なんざねえからな。
パクりにパクった海賊版を売りつけてやろうぜ」
【デモンズピューパの羽化条件についてむしとりしょうじょに問う。蝿王の翅に反応。
アレくティウス君への質問事項「陛下ってなんでストームコーザー持ってないの？」
明神案：エリにゃんとロスやんを足止めしつつ、現物のストームコーザーを入手する。
風属性のレアアイテム使ってストームコーザーの同等品を作ればよいのでは？】
-
【フレイミング・プロブレム(Ⅰ)】
遺灰の男は不死者である/故に眠らない――不死者の夜は、孤独だった。
寝台に腰掛ける遺灰の男/灯りは窓から差し込む月明かりのみ。
レプリケイトアニマでの出来事を何度も思い返す。
ジョン・アデル/ロイ・フリント/シェリー・フリント――彼らには、自分の人生があった。
あの場にいた誰もが自分の人生をぶつけ合った――ただ一人、遺灰の男だけを除いて。
遺灰の男はただ、エンバースの記憶に頼り/エンバースの感情に踊らされただけ――それが悔しかった。
本物になりたい/本物の人生が欲しい――故に、記憶を何度も思い返す。
誰かの言葉/誰かの戦い/誰かの決断――誰かの人生の欠片。
それらを掻き集めれば――きっと、自分の人生を創る為の役に立つ。
遺灰の男はそう信じた――それ以外に、自分が本物になる術が思いつけなかった。
『妙に静かだと思ったら……騒がしい奴がいないじゃん！
なんだよ〜隠れんぼでもしてんの？ 明神さん探しに行ってあげなよ。
出てくるタイミングを失ったら可哀そうだし！』
やがて、部屋の外から声が聞こえてきた/窓の外には太陽が見えた――声に釣られて自室を出る。
「……騒がしい奴がいない？嘘をつけ。そこにいるじゃないか。
お前じゃない方の騒がしい奴？……ガザーヴァがいないのか？」
『もう探してるよ！コクピットも、船倉も、空き部屋のベッドの下まで全部見た！
ウソだろおい、飛んでる船の上だぞ……！いくら浮けるからってどこに行くってんだよ！』
「どこに行ったか分からない？なら、どうして消えたのかは分かっているのか？」
遺灰の男＝仲間として適切な振る舞いを判断/捜索に加わる――だがガザーヴァは見つからない。
《うーん、狭い艦内に嫌気が差して散歩にでも行ったんじゃない？ 我が娘ながら何を考えてるか分からないんだよねぇ！
ま、腐っても幻魔将軍だ。よほどの強敵でもない限り負けることはないだろうし、そのうち帰ってくるだろう！》
「一つ疑問なんだが……今、誰かがお前に意見を求めたか？
お前の所見を、俺達が当てにしていると思うのか？」
青く明滅する遺灰の双眸＝エンバースの記憶/言語感覚を参照中。
自前の記憶/感性のみで流暢な会話が出来るほど、遺灰の男は人格として完成していない。
結果として――遺灰の男は今も大抵の場合において、外見上、エンバースと同一の存在だった。
《ガザーヴァちゃんのことも気になるけど、今は次のクエストに集中しとくれやす〜。
もう少しで風渡る始原の草原に到着するはずや、そしたら先ずはシルヴェストルに接触するのがええやろね。
グランダイトよりは話も通じるやろし……》
「どうかな。俺達の知る二体のシルヴェストルを参考にするなら――
意志の疎通にはそれなりの苦労が伴うと、判断せざるを得ないと思うが」
窓の外を見やる遺灰の男＝これ以上バロールの所見を拝聴する事に意味はないと判断。
遠くに、地平線の彼方まで続く草原が見えた/その更に奥には巨大な風車が。
ヴィゾフニールが山々を超える/風車が一層大きく見えてくる。
『……すごい……』
ふと呟く少女――感嘆の矛先は、始原の風車ではない。
眼下の状況＝碧の草原を黒く塗り潰す軍勢/巨城を背負い闊歩するヤドカリ。
『――覇宮メル・ガヴァ。こいつをナマで拝めるなんてな』
明神の声＝少女と同じく感嘆が滲む。
遺灰の男＝無言で思案――これは「すごい」と感じるべきなのか。
また一つ、人間的な感性を理解した/人生の欠片を得た――本物の存在に一つ近づいた。
遺灰の男が口を開く――だが、言葉が出てこない/自分の言葉で、目の前の出来事を表現出来ない。
「……これだけの数がいれば、俺でも攻略には手こずるだろうな。ほんの少しだけな」
結局、紡いだのはエンバースの言葉/屈辱が、遺灰の右手に拳を握らせた。
-
【フレイミング・プロブレム(Ⅱ)】
ヴィゾフニールはグランダイトの軍団を飛び越えていく。
一行は誰にも阻まれる事なくシルヴェストルの集落に辿り着いた。
飛空艇が減速/停止/降下する――扉が開くと、爽やかな風が機内へ吹き込む。
遺灰の男は――何も感じない/何も感じない自分にすら、何も感じなかった。
『何者だ！』
視界外からの声/遺灰の男が振り返る――視線の先には一体のシルヴェストル。
遺灰の右手が背中の槍を掴む/瞬間、その手をはたき落とす鋭い衝撃。
遺灰の背中に、白き肉塊＝フラウの胡乱な眼光が突き刺さる。
〈何をしているんですか、遺灰の方。バロールの事をバカに出来ませんよ〉
「……抜くつもりはなかったさ。だが、防御の備えは必要だろ？」
『お前は、まさか……！』
『双巫女（ふたみこ）さまの予言通りだ！』
カザハ＝顔パス/遺灰の男＝流動する状況をただ静観――つまり、何もする事がない。
『では、この者たちが我ら風の精霊族の命運を担う『異邦の魔物使い（ブレイブ）』なのか……』
『異世界よりの客人よ、あなたたちの来訪は双巫女さまによって予見されておりました。
双巫女さまがお待ちです。どうぞこちらへ』
一行は集落の奥へ奥へと誘われる――そこには、石造りの神殿があった。
『双巫女さま、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』をお連れしました』
『『ご苦労さま、ありがとう』』
風精王の石像が並ぶ聖堂の奥には祭壇が/薄絹を纏った二体のシルヴェストルが見えた。
『『ようこそ、ようこそ、風渡る始原の草原へ。アルフヘイムのあらゆる風を司る神域へ。
心より歓迎いたしましょう、ミズガルズよりの客（まろうど）。『異邦の魔物使い（ブレイブ）』たちよ』』
「……なあ、なんで歌ってるんだ？」
『『私たちは風の双巫女。始原の風車を守り、風精王を祀るふたりの神職』』
「その踊りも……何か意味があるのか？」
二体のシルヴェストルが歌う/踊る――遺灰の男は訝しげに首を傾げる。
何故歌うのか/何故踊るのか――偽物の感性には理解出来ない。
意味などなくてもいい事もあると、理解出来ない。
『私はテュフォン』
『私はブリーズ』
「ええと……なんだ、俺達も歌って踊りながら自己紹介をした方がいいのか？」
遺灰の男＝周囲の反応を伺う――今ひとつ思わしくない。
「……いや、違うのか。なら、どうしてアンタ達は――」
疑問の発露＝誰もまともに取り合わない。
本気でそんな事を言っていると、誰も思うはずがない。
遺灰の男の発言＝外見上、いつもの、ただの、エンバース流の皮肉めいた言動。
偽物の心を置き去りにして、会話は進む。
-
【フレイミング・プロブレム(Ⅲ)】
『『『覇道の』グランダイト。このアルフヘイムで最も強壮にして剛毅なる王が、この始原の風車を蹂躙しようとしています。
始原の風車は我々の命。この世界の風の調停者。それを我欲によって欲しい侭にされることを、我らは望みません』』
「望みません、って言ってもな。そんなんでアンタら、今までどうやって平穏無事に――」
『『我らは風を司り、ひっそりと生きてゆきたいのです。
聖地である始原の草原を渡る風を、『覇道』の軍勢の血と亡骸で濁らせるわけには参りません。
戦いの末にある勝利の栄光など、私たちは求めてはいないのです』』
『……は？ウソだろおい、心配してるのそこかよ』
「……ああ、なるほど？確かに相手が生物なら、風属性は効果的だもんな」
蒼く明滅する遺灰の双眸/エンバースの記憶を参照――風属性は、複合的な属性攻撃に長ける。
空気の制動による圧縮熱＝大抵の生物は過度の高熱に晒されると生命の危機に陥る。
その副産物である冷気＝大抵の生物は過度の低温に晒されると生命の危機に陥る。
他にも嵐風/砂嵐/風病――兎角、風属性は生物特攻の攻撃手段が多彩である。
『『『異邦の魔物使い（ブレイブ）』よ、お願いです。
彼らの許へ、覇王の許へ赴き、進軍の中止を呼び掛けて来て下さい。覇王を止めて下さい。
でなければ、多くの血が流れてしまう。清浄な始原の風が淀んでしまう――』』
「流れてしまう、ね。随分とまあ、他人事みたいに言うんだな」
呆れ半分――エンバース/ハイバラは他人任せな連中が、あまり好きではなかった。
『……なるほど』
『どう思う？ 明神さん』
だが、それはそれ――エンバースは/そして遺灰の男も、この少女の方針に反するつもりはない。
『ま……考えてても仕方ないか。
みんな、グランダイトのところに行こう。まずは、あくまでも平和裏に。友好的に……ね』
『……そうだな。対戦には試合前インタビューが付き物だ。
両陣営から今後の意気込みと展望を伺ってみようじゃねえか』
「ああ、そうだな……グランダイトがどんな奴なのか、俺も興味がある」
何気ない発言/エンバースらしからぬ言動。
エンバース＝グランダイトの人格など、とうの昔に知っているはず。
遺灰の願望＝人生の学習――それが、エンバースとしての振る舞いを乱していた。
-
【フレイミング・プロブレム(Ⅳ)】
果たして一行は風精の集落を去った/再び飛空艇に乗り込み――グランダイトの野営地へ。
飛空艇が着陸/扉が開く/機外へ出る――すぐに完全武装の兵士達に包囲された。
グランダイトの兵士達――極めて友好的対応。
『止まれ！』
野営地＝非臨戦態勢の軍隊への、高高度からの急接近――問答無用で攻撃されても文句は言えない。
『わたしたちは、アルメリアの使者。そしてシルヴェストルの双巫女の遣いとして来ました。
グランダイト王に謁見を希望します』
少女＝毅然とした態度――兵士達が顔を見合わせる/暫しの協議。
『しばらくここで待っていろ』
結果――ブレイブ一行は野営地の奥/天幕の一つに連行された。
『……そもそも、グランダイトはどうして風渡る始原の草原に攻め込んだんだろう？』
ふと、少女が疑問を零す/蒼く明滅する遺灰の眼光。
『それな。なんぼ神代遺物があるからって、あの村自体はコンビニもねえようなド田舎だ。
20万人引き連れたわくわくピクニックにしたってもうちょいまともな目的地があんだろ』
「……逆に考えるんだ、明神さん。あの集落にある物なんて、一つしかないじゃないか」
『始原の風車を手中に収めれば世界中の風を掌握出来るんだ。
でも、人間にとってはスケールが大きすぎて逆に滅多に攻め込んでくる輩はいない』
「そうだ。それが妥当な線だろうな」
『言うほど世界中の風掌握したいか？』
『『聖杖』とか『神槍』みたいに兵器として使える遺物ならともかく、
クソデカ扇風機なんか確保して何すんだっつう。夏を乗り切りたきゃフロウジェンにでも避暑しに行けよ』
「甘いぜ、明神さん。始原の風車は現代的な表現をするなら、まさしく――気象兵器だ。
その力を完全に制御出来るのなら――アルメリア王国だって、簡単に滅ぼせるだろうな」
そうして天幕に軟禁されてから一時間ほどが経過した頃――ふと、外から足音が聞こえた。
『来い。王がお会いになられる』
顔を見せた兵士/他より幾分上等な鎧＝部隊長に率いられ、一行はメル・カヴァへ。
『みんな、礼儀正しくね。
わたしたちはグランダイトを説得しに行くんだから、ケンカを売るようなことは言っちゃダメだよ。
穏便に、穏便にね……特にエンバース！
あなたは口開くとナチュラルに煽っちゃうから！ オーケイ？』
「――ああ、任せてくれ」
『そうだぞエンバース。お前ってやつぁすーぐクソリプかましやがる。やぁねぇレスバしたがる人って。
俺みたく隣人への溢れんばかりの慈愛をもって接する心を忘れずにな』
「心配はいらないさ。俺は――今までの俺とは、違う」
遺灰の男＝明神渾身のギャグをスルー。
-
【フレイミング・プロブレム(Ⅴ)】
『軍議の最中、失礼致します！ アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』をお連れ致しました！』
果たして、一行はメル・カヴァの大広間へと誘われた。
部隊長が声を上げる――広間に会した将校達の視線が、一斉に集う。
それら一人一人が、覇王の御前に集う事を許された傑物――それは紛れもない事実。
だが、遺灰の男には――彼らが殆ど背景のようにしか思えなかった。
偽物の感性でも――否、偽物だからこそ、目を奪われた。
この場において最も純度の高い"本物"に。
2メートル超の巨躯/真紅の全身鎧/威容に満ちた風貌――『覇道の』グランダイトに。
『結構！ 下がってよし！』
覇王の傍ら/鋭い発声――副官らしき少年が一行を見やる。
『長旅ご苦労！ 貴公らが『創世の』バロールに召喚された『異邦の魔物使い（ブレイブ）』か！
話は聞いている、陛下がお待ちである！ こなたへ参れ！』
少女が一番に前へ踏み出す/真紅の長絨毯を進む――王を前に跪く。遺灰の男もそれに倣う。
『えと……、崇月院なゆたと申します。グランダイト陛下に拝謁賜り、その、光栄です。
……アルメリアよりの使者、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』として、王陛下に戦さの回避を進言すべく罷り越しました』
『戦さの回避だと？』
ちびっ子副官＝棘のある声音。
『はい。……ええと……王陛下の軍団がアルフヘイム最強の精兵であることは議論を待ちませんが、
始原の風車を守るシルヴェストルたちも強力な存在です。
まともにぶつかれば、陛下の大切な臣下を多く損耗することになりかねません。
どうか、賢明なご判断を。もし兵を引いて下さるのであれば、陛下のご威光はアルメリアのみならず、
ニヴルヘイムまでも遍く照らすこととなりましょう』
『は！ 何を寝惚けたことを！
既にして我が王の御威光は四海に及んでおるわ！
この世のすべては陛下のもの、ならば当然始原の風車も陛下に献上されるべきものよ！
それを拒絶するならば撃滅するまで！』
ちびっ子副官＝怒声を上げる。
『貴公らは『創世の』バロールの指示で同盟協定を結ぶために来たのではないのか？
だのに戦さをやめろとは、我らの力を借りたい者の言葉とも思えぬ！
同盟合意書に調印してほしくば、先陣切ってシルヴェストルどもを駆逐し誠意を見せるが筋であろう！』
エンバースの記憶/衝動――怖気付いてるなら、素直にそう言え。
だが――遺灰の男は無言を貫く/自分は、エンバースとは違うと。
『――善かろう』
『アルメリアの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』よ。
交渉には対価が必要だ。余に進軍を止めよと申すならば、それに見合う進物を供するが道理。
そなたらが余の望むものを捧げるならば、兵を引こう。――そればかりではない、『創世』との同盟に調印もしてやろうぞ』
交渉は進む――『異邦の魔物使い（ブレイブ）』にとっては好ましくない方向に。
『ま、待ったなゆたちゃん――』
グランダイトの言い分＝単なる後出しジャンケン――しかし遺灰の男は口を開かない。
口を開かぬよう忠告された/ならばその通りにする――押し通す自我が、遺灰にはない。
-
【フレイミング・プロブレム(Ⅵ)】
『承知致しました、陛下。
でしたら、陛下の望むものを必ずや手に入れて参ります。
それで――陛下の望む、その品物とは――？』
結局のところ、グランダイトは欲しい物を手に入れる/その為の手段が二つに増えただけ。
『――テンペストソウル。にゃ』
そして――たった今、その手段は三つに増えた。
『やほー、王様！ 元気してたかにゃ？』
「お前は……」
蒼く瞬く遺灰の双眸/記憶の参照――照合完了。
『あなた……『詩学の』マリスエリス……！』
「……ああ、まったく。ただでさえ面倒な話が、余計に拗れる気がしてきた」
エンバースらしい振る舞いを開始。
『やほー、アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』。
こうして直接会うのはお初だにゃぁ、でも自己紹介はいらんみたいだにゃ。
アコライト外郭の戦いはよーけ頑張ったにゃぁ！ 『創世』賢兄の召喚した人間めちゃんこ強いでかんわって、
ロスやんと言ってたんだみゃぁ』
「なあ。ちょっと口を挟んでいいか？別にお前達とは仲良くする必要もないしな。
今、俺達はわりとシリアスな話をしてるんだ。コメディリリーフの出番は――」
『ほんとほんと！ おめぇら、すっげぇ強ぇぇなぁ！ おれ、ワクワクしてきたぞ！
なあ、戦おうぜ！ よーし決まりだ！ どこでやる？ ここでか？ それとも外でか？
おれはどっちでもいいぞ！』
「――おっと。それなら、俺が相手をしてやってもいいぜ。勿論、仕方なくだけどな。
俺としては非常に不本意なんだが――それで話が早くまとまるなら、やむを得ない」
ヘビーゲーマー/バトルマニア――意外にも、ノリが合う二人。
遺灰の男がまだエンバースだったなら、この状況を楽しんでいただろう。
〈待ちなさい。遺灰の方〉
ふと、遺灰の男を制する声＝白き肉塊が一歩前へと躍り出る。
〈――あなた一人では荷が重い。ここは私も同行しましょう〉
フラウ＝エンバースの唯一無二の相棒――つまり、存外脳筋。
ツッコミ不在のエクストラバトルが今――――
『たぁけ、アタシらはそがいなことやりゃーせんよぉ？
あくまでゴッさんの代理人として、王様をこっちの陣営に引き込むために来たんだからにゃぁ。』
――始まる訳がなかった。
-
【フレイミング・プロブレム(Ⅶ)】
『尤も――
おみゃーさんらもアタシらと考えとることは同じみたいだにゃぁ？』
「……アタシら？馬鹿言え。今回も頭を使ったのはゴットリープの奴だろう？
ロスタラガムとニコイチのお前が、いっちょ前に利口ぶってるんじゃないぜ」
遺灰の男/疑似エンバース＝挑発には挑発を――エクストラバトルをお預けされた恨みも込めて。
『王様、アタシらはおみゃーさんの欲しいものを知っとるにゃ。
テンペストソウル――始原の風車の最奥に存在する、風車の核。風精王の魂。
そいつを手に入れるために、こがいな大軍引き連れて大名行列しとるっちゅーことは、とっくにお見通しだがね。
すべては――』
「……待て。テンペストソウル？風車そのものじゃなく？なんで、また――」
遺灰の双眸＝蒼く明滅――疑問に対する解答はすぐに判明した。
だが――何も言わない/平和的交渉には無用な言動になると判断。
『おみゃーさんの愛剣。暴嵐の顕形、風属性最強の武具……魔剣ストームコーザーを造るため。
でしょぉ？』
『……うん？』
『あ……！！』
『グランダイト（ガチャVer）じゃん』
「……明神さん。今のは超えちゃいけないラインを見誤ったんじゃないか？」
結局、遺灰の男による配慮は何の意味も成さなかった。
『アタシとタラちんとで、テンペストソウルを手に入れてくるにゃ。
見事王様のところにソレを届けられたら、アタシたちの仲間になってちょー。
まぁ元々王様はアタシらと同じ十二階梯の継承者なんだし、今更仲間にってのも変な話だけどにゃぁ』
ともあれ――話は強引かつ迅速に進展した/コメディリリーフ出演時の常。
『陛下！ 筆頭執政官アレクティウス、献策致します！』
『……献策を差し許す、筆頭執政官』
『はっ！ ここはアルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』と十二階梯の継承者、双方を競い合わせ、
先にテンペストソウルを陛下へ献上した側と協定を結ぶのが最上かと――』
ちびっ子副官改め、ちびっ子執政官の提案/覇王が仰々しく頷く。
『りょーかい、りょーかい。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』、それじゃ競争しようみゃ！
どっちが先にテンペストソウルを手に入れられるか……まっ、勝負はもーはい見えとるけどにゃー』
「それはどうかな――この勝負には、必勝法がある」
遺灰の男＝即座に立ち上がる/身を翻す/出口を目指す――この競争には、双方に必勝法がある。
つまり――競争相手の妨害は禁止されていない/城を先に出た方が圧倒的に有利。
最低でも飛空艇を守る必要がある/可能ならば二人の足止めをすべき。
『エリ、おれ、ハラへった！』
だったのだが――急速に雲行きが怪しくなる/ロスタラガムが駄々をこね始めた。
エンバースの記憶が告げる――こうなった以上、話はもうこれ以上進展しない。
『…………競争は、明日の朝からっちゅーことで』
「……今更言うのも野暮だって事は分かってるんだが――お前ら、なんで賢者の弟子なんてやってるんだ？」
-
【フレイミング・プロブレム(Ⅷ)】
『……それで』
夜、覇王軍の野営地にて、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の作戦会議が始まる。
『ミッションは明日の朝七時から。タイムリミットは、明々後日の朝七時まで。
時間の猶予はまる二日――それまでに、グランダイトの望むものを手に入れなければならない……けど』
『ねえ。みんな、何か案はない？
どんな些細なものでも、突飛なものでもいい。それが思わぬ突破口に繋がるっていう場合もあるから。
あ、でも、誰それを殺すとか、そういうアイデアは無しだよ。
わたしたちは誰も殺さない。綺麗ごとでも理想でも、そうするって決めたんだから』
カザハの提案＝ストームコーザーそのものを上納出来ないか。
明神の提案＝ストームコーザーと同等の性能の魔剣を生産出来ないか。
遺灰の男――無言/闇色に燃える双眸＝エンバースの記憶を参照していない。
遺灰の男は自分が偽物である事を自覚した/そして自我を得た。
そして――それ故にエンバースのふりをする事が、苦痛になった。
自分の人生が欲しい/自分の思想が欲しい――自分の言葉が吐きたい。
「……誰も殺さず、テンペストソウルを手にする方法はある」
自分の言葉を/自分の存在を認められたい――その一心で、遺灰は口を開く。
「十二階梯の継承者――あの二人を、放っておくんだ。
そうすれば、アイツらは勝手にテンペストソウルを手に入れる。
その後で――今度は俺達がアイツらからテンペストソウルを奪えばいい」
だが――遺灰の言動は、致命的なまでにズレていた。
偽物の感性/未完成の知性には、物事の『枠』が見えなかった。
フレーム問題＝遺灰の男には、提示された条件以外の考慮すべき事項が見えていない。
「そうすれば、結果的に誰も殺さずにテンペストソウルを――」
遺灰の男＝周囲の反応を伺う――明らかに思わしくないリアクション。
「――なんでもない。忘れてくれ。今のは、ただの冗談だ」
誤魔化すような笑み/僅かな落胆を秘めた声。
「いや、悪かった……真面目な話をするよ」
蒼く明滅する遺灰の双眸/エンバースの記憶を参照――エミュレートを開始。
「そうだな……そもそも、テンペストソウルは本当に入手不可能なのか？」
着眼点＝不可能と思われる事ほどしたくなる――ゲーマーの性。
「設定上、テンペストソウルは風精王の魂……その集合体だ。
つまりゲーム的な表現をするなら、現存するテンペストソウルは――
『テンペストソウル+n』とでも呼ぶべき代物になっているはずだよな？」
初めて始原の風車が起動された時――そこには既にテンペストソウルがあった。
それから聖堂を彫像で飾り立てられる程度には、多くの風精王が君臨してきた。
「だったら、それを割譲する事は――別に不可能だとは俺は思わないな。
……アイツらがそんな事は出来ないと断る事は、あるかもしれないが」
遺灰の声色＝僅かに滲む嫌悪感――エンバースは、他人任せな連中が、嫌いだ。
-
【フレイミング・プロブレム(Ⅸ)】
「正直な話――俺はアイツらがあまり好きじゃない。奴らは、誰もかもを舐めてやがる。
多くの血が流れてしまう？始原の風が淀んでしまう？はっ……まるで他人事だな？え？
最悪殺せばいいとしか思ってないなら――そりゃ交渉なんて、出来るはずがないよな」
嘲笑/首を左右に振る/両手のひらを夜空に向ける。
「そうさ、グランダイトが端から30億ルピをかけて敵地に攻め込むような間抜けか？。
考えてもみろよ。奴はアポ無しで押し掛けた俺達にさえ、交渉の余地を与えたんだぞ。
シルヴェストルにはそれがなかったのか？誰かが――それを台無しにしたんじゃないのか？」
遺灰の男＝声に微かな熱が籠もる――エンバースの記憶から、感情が燃え立つ。
「仮にテンペストソウルの割譲が不可能だったとしても、だ。
交渉の余地はあったはずだ。それこそカザハと明神さんが述べたように。
正直、俺にはアイツらが本気で戦いを避けようとしたとは、まるで思えないな」
いつの間にか握り締めていた拳を開く＝クールダウン/気を取り直す。
「……とにかく、俺の憶測と個人的な好き嫌いは置いとくにしても。
俺達が何もかも気を回してやるってのは正直、まったく健全じゃない。
グランダイトとシルヴェストルがお友達のお友達になって？それで？その後は？」
遺灰の男＝深く身を乗り出す/次の言葉を強調する仕草。
「いつか世界の為に戦う時も、俺達がアイツらの間に入って、お手々を繋がせてやるってのか？
冗談だろ？シルヴェストルには是非とも、これを期に社交性ってものを学んでもらいたいね」
特大のブーメラン発言――遺灰の双眸＝そこに灯る蒼い炎が弱まる。
「……後は、そうだな。明神さん……その、随分可愛げの増したサナギについてだ。
見たところ、さっきはベルゼブブの翅に反応していたように見えた。なら――他の素材は？
そう、アンタはもう一つ持っているよな――最高級のレアモンスターがドロップした、レア素材を」
蒼い炎が、完全に消える/遺灰の男が弱々しく頭を振る。
「……俺からは、そんなところだ」
手短な締め括り/落胆の隠れた声――また、エンバースの記憶/言葉に頼らざるを得なかった。
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気づけば僕は自分の姿すらも見える事のできない深い闇の中にいた。
なにも見えない。感じない。聞こえない。
声を出しても闇に吸い込まれる…
「なにか不満？僕のような壊れた人間には相応だと思うけど」
誰かが話しかけてくる。
「自分から動こうとせず「誰か」が「いつか」自分を埋めてくれるなんて考えるような人間は壊れてるっていうんだよ」
…すごく不愉快な声だ。
「カラッポのくせに自分の非を認めず…全てが終わってから動き出す。自分は悪くない…そう思いたくないがために」
やめろ。そう叫びたかったが声がでない
「今までの人生色んな言い訳して、意味がないとわかっていながら娯楽に浸り、その上この世界で人に一杯迷惑を掛けて構ってもらって…さぞ楽しかっただろうね」
耳を塞ごうとしたが自分の手がどこにあるのかもわからない。
「君の目標は達成しただろ？シェリーも言っていただろう！友達ができたんだ！ならあとは立ち上がって彼女達の手を取って歩き出せばいいだけだ」
「―――なぜだ？なぜ君は今まで一切動かない…壊れた人間だった君が突然意志を持って逸れようとする？幸せは…求めてた理想は目の前にあるんだ！」
…………
「本当にあるかもわからない！あったとしてそんな大層な物がノーリスクで使えるわけがない！不具合だって恐らく多いのだろう。だからこんなに話題にあがる！
求めてた今を犠牲にするにはあまりにもリスクが高い！理想を捨ててまでする価値はないんだ…でも君はしようとしている、目指している」
「言い当ててやろうか？君は気づき始めたんだ…本当に君が心の底から求めてる物が…違う事に」
―――
「ロイとシェリーがいる世界に行きたい…それも本音なのだろう…でも…そうじゃないよな？…本当は…君は……君の目的は―――」
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-
「―――！？」
急いで飛び起きるとそこは船の一室。僕の部屋だった。
「ハアｯ…ﾊｱ…」
呼吸を整え落ち着いてくると部屋の外からドタドタと騒がしい音が聞こえる。少しのつもりが長い事寝ていたようだ…。
すぐに顔を洗い、身なりを整え外に行く事にした。
＞「ガザーヴァ……」
事情をなゆ達から聞くとカザーヴァが居ないのだという。
まさか寝る前に人影は…いや確かでもない情報で場荒らすのはよくないだろう。
＞《うーん、狭い艦内に嫌気が差して散歩にでも行ったんじゃない？ 我が娘ながら何を考えてるか分からないんだよねぇ！
ま、腐っても幻魔将軍だ。よほどの強敵でもない限り負けることはないだろうし、そのうち帰ってくるだろう！》
＞《ガザーヴァちゃんのことも気になるけど、今は次のクエストに集中しとくれやす〜。
もう少しで風渡る始原の草原に到着するはずや、そしたら先ずはシルヴェストルに接触するのがええやろね。
グランダイトよりは話も通じるやろし……》
本当にそうなのか？あまりにもタイミングが良すぎる気もする…
明神コンプレックスと言って差し支えないカザーヴァが明神に断りもなくいなくなるなんて事…本当に偶然起きるのだろうか…
＞《気を付けてほしいのは、『覇道』の軍勢も傷つけてはならないという点だ。
シルヴェストルの協力も得たいが、私は『覇道』の軍勢も欲しい。『覇道』を是非にもこちらの味方に取り込みたいんだ》
「…もう軍隊は出陣してるんだろう？その状況で仲介、そして協力を要請する…それはすこし欲張りすぎなんじゃないか？少し…現実的なラインを見たほうがいいと思うが」
＞「そんな交渉できるのかな……」
「最低限どこと仲良くするか…を先に考えておくのが現実的だろうね」
みんなとの話し合いもほどほどに船が目的地に到着する。
＞「あれが始原の風車……世界の空気をぶっかき回すクソデカ扇風機か」
＞「……すごい……」
みんなが口々に感動の言葉を零す。少し前なら僕も感動していた事だろう。
「素晴らしい風景に素晴らしいほどの数の軍勢と兵器か…素晴らしいほどにマッチしてるな…」
などと皮肉めいた事を無意識に口走っていた。
-
＞「何者だ！」
到着して第一声がこれである。
槍を構えてこっちを警戒するならなぜこの集落に近づいてきた段階で撃ち落とさないのか。
分っていたからここまで通したんじゃないのか？
僕達が『覇道』とやらの使いの使者ならどうするつもりなんだ？話を聞こうとするよりも先に槍を向けるとは…
これが本当に覇道とやらの使者だったら今この時本当に戦争が始まっていてもおかしくない。
僕が真っ先に感じた感情はこれでは戦いにはならないだろうな…という感情だった。
とはいえ、強さは未知数だ…舐めて掛かっていい理由にはならない。
「ん〜どうする…なゆ？とりあえず落ち着かせるしかーーー」
たしかに今の僕は、実力は今までの半分以下に落ちてしまった…しかしそこらへんのチンピラよりは遥かに強いのも事実だ。怪我させない程度に争って…
＞「お前は、まさか……！」
＞「双巫女（ふたみこ）さまの予言通りだ！」
＞「では、この者たちが我ら風の精霊族の命運を担う『異邦の魔物使い（ブレイブ）』なのか……」
＞「異世界よりの客人よ、あなたたちの来訪は双巫女さまによって予見されておりました。
双巫女さまがお待ちです。どうぞこちらへ」
殺意は一転…和やか歓迎ムードに一変した
「……なるほどそうゆうパターンね…………はあ」
言いたい事は山ほどあったがいちいちつっこんでいたらきりがないし、それで敵対されても面倒だ。ここは素直に案内されたほうが安全だろう。
「風が気持ちいいな…」
集落の中を歩いていると全身を健やかな風が通り抜けていく。
周りを見渡すと現代的じゃないというか、イメージした通りの部族とか、そのレベルの文明レベルである。
人々は幸せそうに暮らしている。東京などとは違い…すれ違う人々が目を輝かせて生きている…そう感じた
「………ｯ」
ロイに殺された人々の顔が過ぎる。
あの人たちもこんな風に毎日を懸命に生きていたのだろう。
だが…もう…
「ロイ…」
誰にも聞こえない声でつぶやくと、僕は深く考えるのをやめ…足元を見ながら神殿に向かった。
-
＞「「ようこそ、ようこそ、風渡る始原の草原へ。アルフヘイムのあらゆる風を司る神域へ。
心より歓迎いたしましょう、ミズガルズよりの客（まろうど）。『異邦の魔物使い（ブレイブ）』たちよ」」
「「私たちは風の双巫女。始原の風車を守り、風精王を祀るふたりの神職」」
＞「私はテュフォン」
＞「私はブリーズ」
＞「「我らはあなたたちをお待ちしていました。始原の風車を脅威より救い、シルヴェストルの未来を担うあなたたちを。
それと……おかえりなさい、カザハ。長い長い旅を経てきたようですね……」」
＞「ただいま……と言っていいのかな。ボクのこと、どこまで覚えてる？」
神殿についたと思ったらこちらの言葉を待たずに言葉のラッシュを掛ける巫女たち。
「…ここがカザハの実家なのか？」
僕はただ…話についていけず茫然とするしかできなかった。
＞「まーたデウスエクスマキナの誤作動か。バグ多すぎじゃないあの魔法。
ユーザーにデバッグさせてんじゃねえよマジでさぁ」
「・・・？デウスエクスマキナ？明神…一体それは---」
＞「「……本来は、お仲間の『異邦の魔物使い（ブレイブ）』ともども長き旅の垢を癒しの風で落として欲しいところなのですが。
残念ながら、そうもいきません……もうご存じとは思いますが、今、この始原の風車は未曽有の危機に瀕しているのです」」
誰かにカザハの実家なのかどうか聞く暇もなく、当然明神が発した謎の単語の意味もわからず。カザハの歓迎の挨拶もそこそこに巫女は話を続ける。
…いいところだったのに。
すこしむかついたが本題を聞かないわけにはいかなかった。
＞「「我らは風を司り、ひっそりと生きてゆきたいのです。
聖地である始原の草原を渡る風を、『覇道』の軍勢の血と亡骸で濁らせるわけには参りません。
戦いの末にある勝利の栄光など、私たちは求めてはいないのです」」
「…驚いた。助けに来た僕が言うのもアレかもしれないが…勝てる気でいるのか？あの軍勢に？」
＞「「『異邦の魔物使い（ブレイブ）』よ、お願いです。
彼らの許へ、覇王の許へ赴き、進軍の中止を呼び掛けて来て下さい。覇王を止めて下さい。
でなければ、多くの血が流れてしまう。清浄な始原の風が淀んでしまう――」」
本当に驚いた、こいつらは戦えば勝てると本気で思っているらしい。
平和ボケしてる連中だと勝手に判断していたが実は戦闘民族だったりするのか？
それにしても槍を突き付けてきた兵士達を見るに練度は高くないように見えたが…
たしかに魔法一つで万の兵士を屠る事もできるだろう。実際なゆ達だってやろうと思えばできる力があるし。
護衛もつけずに僕達を懐に招いてるこの二人も実際相当の実力者なのだろう。
＞「どう思う？ 明神さん」
＞「だけどそれでも、グランダイトが簡単にやられるとは思えん。
シルヴェストルの脅威を十分に理解してるんなら、単なる物量作戦で終わりじゃないはずだ。
相応の対策と、勝算のもと動いてる。あの野郎は暴君だけど、暗君じゃねえからな」
そりゃそうだ…あれだけの大軍で来てるんだ。秘策の一つや二つあって当然。いや…なにか必勝のアイテムや魔法があってもおかしくない。
＞「双巫女さま、出来る限りのことはやってみます。
わたしたちも、無用な血が流れるところは見たくないから。きっと……戦いを回避してみせます！」
＞「「よろしく頼みます、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』。
カザハも。どうかお気をつけて、覇王は苛烈な性情で知られていますから」」
集落を離れて覇王…なんかいってて恥ずかしくなってくるな。
とにかく覇王の元へ向かう事になった。
-
「なゆ…あんな安請け合いしてよかったのか？まあ契約とかしたわけじゃない…ただの口約束だが…」
もう覇王の直前まできて言うセリフではないが…
周囲のあまりの物々しさ、覇王のがどんな人格を持っているか見なくてもわかる兵士達の練度。
当初の僕の見立て通りこれでは戦争にならないだろう。そう思った。
だが巫女のあの自信も侮れない。もし…もしもの時にどっちにつくか…慎重に考えなければ
＞「わたしたちは、アルメリアの使者。そしてシルヴェストルの双巫女の遣いとして来ました。
グランダイト王に謁見を希望します」
＞「しばらくここで待っていろ」
さすがにすぐ面会とはいかないようだ…うんうん普通はこうだろうね。
＞「……そもそも、グランダイトはどうして風渡る始原の草原に攻め込んだんだろう？」
＞「それな。なんぼ神代遺物があるからって、あの村自体はコンビニもねえようなド田舎だ。
20万人引き連れたわくわくピクニックにしたってもうちょいまともな目的地があんだろ」
＞「……逆に考えるんだ、明神さん。あの集落にある物なんて、一つしかないじゃないか」
＞「始原の風車を手中に収めれば世界中の風を掌握出来るんだ。
でも、人間にとってはスケールが大きすぎて逆に滅多に攻め込んでくる輩はいない」
「20万の命と引き換えにしても価値がある物…ね…
僕達は先になにを欲しがってるかーじゃなくてそれで覇王さんがなにをしたいのか突き止める方が先かもね…」
それも…行けばわかる事だが。
＞「来い。王がお会いになられる」
＞「みんな、礼儀正しくね。
わたしたちはグランダイトを説得しに行くんだから、ケンカを売るようなことは言っちゃダメだよ。
穏便に、穏便にね……特にエンバース！
あなたは口開くとナチュラルに煽っちゃうから！ オーケイ？」
「言われてるぞ！エンバース」
＞「――ああ、任せてくれ」
＞「心配はいらないさ。俺は――今までの俺とは、違う」
付き合いがそこそこ長くなってきたからこそわかる。これはだめだと。
-
＞「軍議の最中、失礼致します！ アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』をお連れ致しました！」
＞「長旅ご苦労！ 貴公らが『創世の』バロールに召喚された『異邦の魔物使い（ブレイブ）』か！
話は聞いている、陛下がお待ちである！ こなたへ参れ！」
これは…覇王と呼ばれているのも納得な風格だ
そこに佇んでいるだけで相手を威圧するような…巫女達が健やかな風ならこっちは暴風だ。
自分の上にいるのが誰であろうと許さない、絶対的な暴君にまさにふさわしい名だと直接みて感じる。
覇王…これは予想以上に…いやある意味予想通りに…手ごわい相手だ。
＞「えと……、崇月院なゆたと申します。グランダイト陛下に拝謁賜り、その、光栄です。
……アルメリアよりの使者、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』として、王陛下に戦さの回避を進言すべく罷り越しました」
＞「戦さの回避だと？」
＞「はい。……ええと……王陛下の軍団がアルフヘイム最強の精兵であることは議論を待ちませんが、
始原の風車を守るシルヴェストルたちも強力な存在です。
まともにぶつかれば、陛下の大切な臣下を多く損耗することになりかねません。
どうか、賢明なご判断を。もし兵を引いて下さるのであれば、陛下のご威光はアルメリアのみならず、
ニヴルヘイムまでも遍く照らすこととなりましょう」
なゆは慎重に言葉を一つ一つ選び…話を進めていく。顔からは汗が吹き出し、体はわずかに震えている。
分っているのだ…間違った言動を取れば…今すぐ首が飛ぶような事態になる事を。
なにが地雷かわからない以上僕の出る幕はないだろう…下手に口を出せば…
＞「は！ 何を寝惚けたことを！
既にして我が王の御威光は四海に及んでおるわ！
この世のすべては陛下のもの、ならば当然始原の風車も陛下に献上されるべきものよ！
それを拒絶するならば撃滅するまで！」
＞「でも――」
＞「貴公らは『創世の』バロールの指示で同盟協定を結ぶために来たのではないのか？
だのに戦さをやめろとは、我らの力を借りたい者の言葉とも思えぬ！
同盟合意書に調印してほしくば、先陣切ってシルヴェストルどもを駆逐し誠意を見せるが筋であろう！」
僕はこの世界の実情になゆ達程詳しくない。
無駄に口を挟めば拗れ、なゆの頑張りを無にするどころか纏めて死罪になりかねない。
＞「――善かろう」
＞「陛下！？ 何を仰せになられます！？」
＞「アルメリアの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』よ。
交渉には対価が必要だ。余に進軍を止めよと申すならば、それに見合う進物を供するが道理。
そなたらが余の望むものを捧げるならば、兵を引こう。――そればかりではない、『創世』との同盟に調印もしてやろうぞ」
覇王は口を開きそう僕達に告げる。…が言葉通りに受け取って喜べるほど…僕は子供でも、そこまでの無知でもなかった。
＞「承知致しました、陛下。
でしたら、陛下の望むものを必ずや手に入れて参ります。
それで――陛下の望む、その品物とは――？」
言わなくてもわかる。ここに来た事を考えれば…カザハの言っていた通り――
＞「――テンペストソウル。にゃ」
-
こいつは…見覚えはない。しかし…なぜかそうだとわかる…この猫耳少女…こいつは…
「お前…帝龍のスマホを破壊した狙撃手か・・・…！？」
＞「あなた……『詩学の』マリスエリス……！」
＞「やほー、アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』。
こうして直接会うのはお初だにゃぁ、でも自己紹介はいらんみたいだにゃ。
アコライト外郭の戦いはよーけ頑張ったにゃぁ！ 『創世』賢兄の召喚した人間めちゃんこ強いでかんわって、
ロスやんと言ってたんだみゃぁ」
直観で理解した。こいつはバロールと同じく…見た目では常に笑い、そのくせ心で常に別の事を考える。
道化師だ。
＞「ほんとほんと！ おめぇら、すっげぇ強ぇぇなぁ！ おれ、ワクワクしてきたぞ！
なあ、戦おうぜ！ よーし決まりだ！ どこでやる？ ここでか？ それとも外でか？
おれはどっちでもいいぞ！」
＞「……『万物の』ロスタラガム！ あなたまで……」
こっちはみるからに脳みそまで筋肉なタイプだ。自分の肉体とかもう隠す気ないし…
どうせ道化猫にいいように使われているのだろうが…この筋肉…本物だ。
＞「王様、アタシらはおみゃーさんの欲しいものを知っとるにゃ。
テンペストソウル――始原の風車の最奥に存在する、風車の核。風精王の魂。
そいつを手に入れるために、こがいな大軍引き連れて大名行列しとるっちゅーことは、とっくにお見通しだがね。
すべては――」
＞「おみゃーさんの愛剣。暴嵐の顕形、風属性最強の武具……魔剣ストームコーザーを造るため。
でしょぉ？」
ずばり言い当てた！と自慢げな道化猫とは対照的に覇王は一切表情も威圧も崩すことなく佇んでいる。
家臣たちが慌てふためいてる中一人ずっと冷静で傲慢であり続けるその姿は…まさに覇王。
＞「アタシとタラちんとで、テンペストソウルを手に入れてくるにゃ。
見事王様のところにソレを届けられたら、アタシたちの仲間になってちょー。
まぁ元々王様はアタシらと同じ十二階梯の継承者なんだし、今更仲間にってのも変な話だけどにゃぁ」
＞「何か問題でもあるのかにゃ？
継承者仲間の経験から言うと、王様は一旦こうと決めたら誰が何を言っても聞かんよぉ？
兵を引いてほしいんなら、さっさとテンペストソウルを持ってくる以外に方法なんてないにゃ。
そしたら、王様にとって風渡る始原の草原は用済み。戦う理由もなくなるっちゅーもんだがね」
＞「で、でも！
テンペストソウルは……」
それを献上するくらいならあの巫女は徹底抗戦を決意するだろう。
＞「陛下！ 筆頭執政官アレクティウス、献策致します！」
＞「……献策を差し許す、筆頭執政官」
＞「はっ！ ここはアルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』と十二階梯の継承者、双方を競い合わせ、
先にテンペストソウルを陛下へ献上した側と協定を結ぶのが最上かと――」
まずい、流れがどんどんこちらが望んていない方へと流れていく。
双方と協力を結ぶという目的が絶望的になってしまう。
しかし…この流れを断ち切れるほどの…言葉を――材料を――僕達は持ち合わせていない。
＞「りょーかい、りょーかい。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』、それじゃ競争しようみゃ！
どっちが先にテンペストソウルを手に入れられるか……まっ、勝負はもーはい見えとるけどにゃー。
んじゃ王様、お宝を手に入れたらまた戻ってくるにゃ。タラちん、さっそく行こみゃぁ――」
今すぐはまずい！せめてなんとか作戦会議できるくらいには引き延ばさなければ――
＞「エリ、おれ、ハラへった！」
＞「……はぁ？」
＞「…………競争は、明日の朝からっちゅーことで」
予想もしないことで…首の皮一枚つながった。
-
＞「ミッションは明日の朝七時から。タイムリミットは、明々後日の朝七時まで。
時間の猶予はまる二日――それまでに、グランダイトの望むものを手に入れなければならない……けど」
「…分かっているだろう…なゆ。もう双方との協力要請はもう不可能だ。道化猫があのタイミングで乱入してきた時点で僕達は負けたんだ」
まるで僕達が来るのを待っていたかのようなタイミング。
完全にあの道化猫に一杯食わされてしまった。
＞「ねえ。みんな、何か案はない？
どんな些細なものでも、突飛なものでもいい。それが思わぬ突破口に繋がるっていう場合もあるから。
あ、でも、誰それを殺すとか、そういうアイデアは無しだよ。
わたしたちは誰も殺さない。綺麗ごとでも理想でも、そうするって決めたんだから」
＞「とーぜん。俺たちには俺たちのやり方がある。連中の土俵で勝負してたまるかよ」
「そうはいってもな明神。あの道化猫を速攻黙らせられなかった時点でもう連中の土俵だ」
＞「……ストームコーザーが欲しいんならストームコーザーそのものを持って行ってあげたら勝ちだよね」
＞「こればっかりは確認してみるしかねえな。あのアレクティウスとかいうソロバンさんにでも、
『陛下ってなんで魔剣持ってないんすか？』って聞いてみるか」
会議はヒートアップするものの…具体的な案はでずに…時が過ぎていく。
＞「……誰も殺さず、テンペストソウルを手にする方法はある」
＞「十二階梯の継承者――あの二人を、放っておくんだ。
そうすれば、アイツらは勝手にテンペストソウルを手に入れる。
その後で――今度は俺達がアイツらからテンペストソウルを奪えばいい」
＞「そうすれば、結果的に誰も殺さずにテンペストソウルを――」
「…………」
＞《テンペストソウルなぁ……。
うち、ゲームじゃ素材に使わんと長いことインベントリに放り込んどったんやけど、
それ渡せばええやろか思て調べてみたら、いつの間にかのうなっとったんやよね〜。
たぶん、こっちの世界に来たときにそないな重要アイテムはひとつに統合されてまったんやろねえ》
自分のスマホみる。たしかにストーリーに関わる重要なアイテムは残っている気配はない。まあそもそもそんなにやっていないので持っていないのだが。
全員でスマホでインベントリを確認していると明神のスマホが突然光り…なにかが落ちた。
「…物…ではないな…なんだこれ…生物？」
＞「マゴット？マゴットかお前！？」
＞「すごーい！ デモンズピューパじゃん！！ ちょーかわいーい！」
「へえ…デモンズピューパ…っていうのかこれ…見た事ないな…てゆーか………だれ？」
敵意を感じなかったので適当に流していたが…突然でてきたこいつは何者だ？
＞「何か見えた？ 多分気のせいだよ。
１巡目のグランダイトはストームコーザーをどこで手に入れたんだろう……」
＞「なかったことにするな。
なんかお前、出自が明らかになってからの方がトンチキ生命体ぶりに拍車がかかってない？」
カザハは慌てて女の子を消す。もしかしてカザハがいつも乗り回してたあの馬みたいな生命体だったりするのか…あれ？
…深く考えるのはやめた
-
＞「グランダイトとの交渉についてだ。
まず、テンペストソウルをそのまま差し出すのは論外。
理由は色々あるけど、一番は神代遺物を失った世界がどんな影響を受けるか知れないからだ」
風がなくなる…そう言えば影響はなさそうに聞こえるが…実際の所軽視していい物では決してない。
＞「だから、別の方法でグランダイトを納得させるしかない。
カザハ君が言ってたように、ストームコーザー現品がまだこの世界に存在しているなら、
そいつを確保するのが一番だと思う。これがカザハ案な」
＞「そんでこれが明神案。ストームコーザーを造るのに、テンペストソウルは絶対必要なのか。
なんぼ風の魔剣っつったってストームコーザーはただの魔剣だ。神代遺物を使って釣り合いがとれるもんじゃない。
そんなアコギなレートがあってたまるかよ。ゴっさん素材ちょろまかしてたんじゃねえの」
＞「そもそも一点物の始原の風車とストームコーザーが同時に存在できてたってことは、
必ずしもテンペストソウルは魔剣の製造に必要なわけじゃないってことだろ」
＞「名付けて、ジェネリック・ストームコーザー！アルフヘイムには特許庁なんざねえからな。
パクりにパクった海賊版を売りつけてやろうぜ」
「僕は…明神やカザハの案には…反対だ。僕はさっきエンバースが言ってたテンペストソウルをあいつらに盗み出させる案に賛成する」
「決して運ゲーだから。とか期限二日でできるわけがないとか…それもなくはないが…覇王は…本当にそれを欲しがってると思わない」
あの場でのことを思い出す。
「あの覇王は俺たちにテンペストソウルを持って来いと言った。いや詳細には道化猫が言ったんだが…それにあの覇王は否定をしなかった
そしてこの勝負の条件はテンペストソウルを持ち帰ってきたほうと同盟を組む…それだけだ」
そこで思いつく一つの考え…
「道化猫がストームコーザーを欲しがっていると覇王の前で発言したからそれを欲しがっていると決めつけているだけで…
そう思わされてるだけで…本当は違う物を作ろうと…欲しがっているんじゃないか？」
あの猫は覇王が欲しい物が実はストームコーザーではなく違う物だと気づいた上で僕達にそう刷り込ませて誘導しているじゃないか――
僕達ができる事は限りなく少ない。明神やカザハの言う通りの案しかないように感じる…だがそれ故に強烈な違和感――
そう感じてしまうという不安感。しかしそれさえもあの道化猫にしてやられているような気すらする。
「だってそうだろう？ストームコーザーの話が上がった以上覇王は隠す必要がない。元々隠してもいないのかもしれないが…
ならストームコーザーでも可って条件が変わるはずじゃないか？なんでこの競争の勝利条件はテンペストソウル以外にない？おかしいだろう」
「道化猫は…いや覇王だって分っているはずだ。こっちにはバロールがいて、ブレイブがいて、テンペストソウル…
もといストームコーザーに近い物を作れる可能性が決して低くない事…それを知っているはずなのに」
20万の軍勢を危険にさらす、さらには風がなくなる事によってどんな事態が引き起こされるのか…それほど危険性を孕んでいてもなお欲するもの。
話だけ聞いてればそれでも十分価値はあるのだろう…でも
「とにかく…パチモン…つまり代替品で済ますのは僕は反対だ。その場で首が飛ぶどころか最悪な事態を招く事になる予感がする」
やはり拭えない…不安。
-
＞「そうだな……そもそも、テンペストソウルは本当に入手不可能なのか？」
「エンバース？」
だんまりを決め込んでいたエンバースが口を開く。
＞「設定上、テンペストソウルは風精王の魂……その集合体だ。
つまりゲーム的な表現をするなら、現存するテンペストソウルは――
『テンペストソウル+n』とでも呼ぶべき代物になっているはずだよな？」
＞「だったら、それを割譲する事は――別に不可能だとは俺は思わないな。
……アイツらがそんな事は出来ないと断る事は、あるかもしれないが」
「た…たしかに」
心の中で可能性はある…と納得してしまう。もしそれができるなら素直にそれを渡せば解決だ。
やはり僕のようななんちゃってなエンジョイプレイヤーよりもガチプレイヤーの知識のほうが何倍も有意義かつ、効果的だ。
＞「正直な話――俺はアイツらがあまり好きじゃない。奴らは、誰もかもを舐めてやがる。
多くの血が流れてしまう？始原の風が淀んでしまう？はっ……まるで他人事だな？え？
最悪殺せばいいとしか思ってないなら――そりゃ交渉なんて、出来るはずがないよな」
「エ…エンバース？」
＞「そうさ、グランダイトが端から30億ルピをかけて敵地に攻め込むような間抜けか？。
考えてもみろよ。奴はアポ無しで押し掛けた俺達にさえ、交渉の余地を与えたんだぞ。
シルヴェストルにはそれがなかったのか？誰かが――それを台無しにしたんじゃないのか？」
＞「仮にテンペストソウルの割譲が不可能だったとしても、だ。
交渉の余地はあったはずだ。それこそカザハと明神さんが述べたように。
正直、俺にはアイツらが本気で戦いを避けようとしたとは、まるで思えないな」
＞「……とにかく、俺の憶測と個人的な好き嫌いは置いとくにしても。
俺達が何もかも気を回してやるってのは正直、まったく健全じゃない。
グランダイトとシルヴェストルがお友達のお友達になって？それで？その後は？」
＞「いつか世界の為に戦う時も、俺達がアイツらの間に入って、お手々を繋がせてやるってのか？
冗談だろ？シルヴェストルには是非とも、これを期に社交性ってものを学んでもらいたいね」
エンバースの言いたい事はもっともだ。双方と協力を結ぶという事はなにもキレイな事ばかりでは終わらない。
この草原に軍を差し向けた事を一生シルヴェストルは…特に巫女は忘れないだろうし。
テンペストソウルを出し渋った事をあの覇王は根には持たなくても不愉快に感じるかもしれない。
些細な喧嘩で戦争になった例は歴史を遡ると非常に多い。それこそどれだけ仲が良くても拗れる時は一瞬だ。
「エンバース…君の言いたい事はわかる…でもどうしたんだ？君らしくないぞ？」
エンバースにもなにか今回の事件に思う事があるのだろうか…？いつにもまして口がよく回っている。
そしてまた…口を塞ぎ…だんまりになってしまった。
「………とにかく…なゆ…君の言いたい事はわかる…が…双方の協力を結ぶというのはやはり現実的じゃない。リスクだけがただただ高すぎる
エンバースの案なら僕達は善意の第三者でいる事ができる…両方の協力は結べなくても…両方に敵対されるような事態は避ける事ができる
僕達には…いやブレイブにはテンペストソウルは余っていて当然の代物だからね…もしバレたとしてもそれで乗り切れる」
「風がなくなるという事態は避けられないし…カザハの事を考えれば…簡単に決断できる事ではないのもわかっている…けど
ここで間違えば僕達のせいで戦争が始まり、何十万という人が死ぬ。それを決して僕達は忘れちゃいけない」
まだ未成年のなゆに言うのは心が痛む…しかし決して忘れたり、目を背けてはいけない。
「決めるのは…なゆ…君だ。君の判断でこの草原の行く先は決まる…よく考えてくれ…なにが僕達に一番大切なのか必要なのか…」
【カザハ・明神案に反対 エンバース案に賛成】
【マリスエリスを警戒】
-
デモンズピューパ――悪魔の、蛹。
このラグビーボールのような楕円形の物質が、マゴットの成れの果てだという。
確かに、ハエはウジからサナギを経て成虫となる。となればこの状態は『負界の腐肉喰らい』マゴットが、
レイドモンスター・ベルゼブブへと変態する過程に紛れもないのだろう。
そして。
＞すごーい！ デモンズピューパじゃん！！ ちょーかわいーい！
何か出てきた。
「え、どちら様ですか？」
パーティーの作戦会議の場に突然現れた、田舎の夏休みを満喫してます！ 的な少女に、思わず呆気に取られる。
どうやらそれはカザハの関係者だったらしく、カザハは少女を無言でスマホの中へ収納すると、
何事もなかったように話を先へ進めた。
＞何か見えた？ 多分気のせいだよ。
１巡目のグランダイトはストームコーザーをどこで手に入れたんだろう……
＞なかったことにするな。
なんかお前、出自が明らかになってからの方がトンチキ生命体ぶりに拍車がかかってない？
明神が冷静に突っ込む。
なゆたも木箱に座ったまま、はぁ……と息をつく。
「ホントだよ、カザハ。真面目な話してるんだからさぁ……。
ちょっとは不思議生物ぶり自重して？ わたしがいいって言うまで。オーケイ？」
＞グランダイトとの交渉についてだ。
まず、テンペストソウルをそのまま差し出すのは論外。
理由は色々あるけど、一番は神代遺物を失った世界がどんな影響を受けるか知れないからだ
カザハのお陰で話の腰が折られたが、気を取り直して作戦会議を再開する。
侃々諤々、それぞれに思いついたことを議論してゆくうち、いくつか方針が打ち出されてきた。
カザハ案は、どこかにあるかもしれないオリジナルのストームコーザーを探して持ってくるというもの。
対して明神は、テンペストソウル以外の素材を使って、ストームコーザーの海賊版を渡すというものだ。
＞それから、業魔錬成以外で魔剣を創造する方法。こいつはバロール様のお知恵をお借りしてえところだ
《私の創世魔法を使えば、限りなくストームコーザーに似た魔剣を作成することはできるよ。
私にできないことはないからね！ はっはっはっ！ ただ……》
＞とにかく…パチモン…つまり代替品で済ますのは僕は反対だ。その場で首が飛ぶどころか最悪な事態を招く事になる予感がする
《うん。覇道が本当にストームコーザーを欲しているのか？ という件はさておくにしても、
私も代替品案はお勧めしないよ。彼はそれで納得してくれるほど優しい男じゃない。
ストームコーザーを欲しているとしたら、それは正真正銘の『本物』でなければならない。
例えば明神君、君が価値のあるトレーディングカードなんかを蒐集していたとして――
本物でないレプリカで満足できるかい？絵柄は同じなんだからこれでいいだろ、と言って、納得できるかな？》
ジョンが明神の案に反対し、バロールもまた通信でスマホ越しに難色を示す。
そう、ジョンの言うとおりだ。そして、それは作戦提案者である明神もまた充分に理解していることだろう。
『ストームコーザーはグランダイトの愛剣であると同時に、軍すべての者にとっての権威のイコン』。
偽物のイコンを掲げることに、果たして何の意味があるというのか。
＞道化猫がストームコーザーを欲しがっていると覇王の前で発言したからそれを欲しがっていると決めつけているだけで…
そう思わされてるだけで…本当は違う物を作ろうと…欲しがっているんじゃないか？
「うーん。確かに、そういう考えもなくはない……かな？
でも、グランダイトがストームコーザー以上に欲しがるものって、考えつかないんだよね。
彼は実際にストームコーザーを佩いてなかった。わたしたちを前に、持ってないふりをするために隠してた？
そんなことする意味が、彼にはないよ。むしろ魔剣は彼の権威の象徴だから、誇示したいもののはずだし。
だから――ストームコーザーを造りたいと思っているっていうのは、間違いないと思う」
なゆたが小首を傾げながら言う。
グランダイトは覇王である。せせこましい策略など用いず、武力にものを言わせるのが覇王の戦いというものだ。
ストームコーザーを造ると思わせておいて、もっと剣呑なものを――という迂遠な策を用いるとは思えない。
「もし『本当は違うものを作ろうと』しているとしても、それがなんなのかも現状分からないしね……。
可能性があるとしたら師であるローウェルの命令で、っていう線がないこともない、けど。
それなら彼はエリにゃんたちの味方なわけで、それこそわたしたちを競い合わせる必要なんてないし……。
独立した一勢力として、こうして行動してる意味がないよ。
それさえローウェルの計略だっていうのなら、もうお手上げだけど」
《それについては心配ないよ。彼はシロだ、でなきゃ私だって彼をこっちに引き入れようなんて思わない。
だからこそ――彼が大賢者の側につくという結果は困る。そうなってしまえばこちらの負けだ》
「……んん……」
木箱の上でお行儀悪く胡坐をかき、膝上にポヨリンを乗せて腕組みをすると、なゆたは懊悩した。
兎も角、明日の朝になれば『十二階梯の継承者』マリスエリスとロスタラガムはテンペストソウルを入手するため、
シルヴェストルの里へ向かう。
自分たちはそれを阻止し、戦争を回避しなければならない――のだが。
-
＞足止め自体は、ロスタラガムを狙えばなんとかなるとは思う。
昼間の謁見室でもそうだったように、エリにゃんにはアレを無理くり引っ張る力はない
＞ロスタラガムが止まらないなら、ばんぶつじゃなくてまんものって呼んでやれ。
奴はそれでキレるはずだ
「いやいや、いやいやいや！
明神さん、『まんもの』はダメだって！ 『まんもの』だけは……！」
明神の提案を、慌てて両手をわちゃわちゃと振って却下する。
それから自分自身が『まんもの』を連呼したことに気付き、はっとして自分の口許を両手を重ねて覆った。
恐る恐るロスタラガムたちのいる天幕の方向を見る。獣並みの聴力を誇るロスタラガムだったが、
マリスエリスの琴の音色と酔っ払った兵士たちのどんちゃん騒ぎにかき消され、幸いにして聞かれることはなかったようである。
まんもの呼ばわりされたロスタラガムは『バーサーク』状態になり、ありとあらゆるステータスが爆上げされる。
物理攻撃や魔法攻撃はもちろん幻惑や睡眠、毒などといったデバフ魔法も効果はない。
すべて『ロスタラガムは 怒りに我を忘れている！』というたった一行のアナウンスで弾かれるのである。
おまけに『怒りが細胞を活性化させ、傷を癒す！』などと言われ、毎ターン体力回復までするおまけつきだ。
なお、なゆたもかつて『まんものチャレンジ』と称して試しにロスタラガムを怒らせたことがあったが、
G.O.D.スライムを召喚する暇さえなく4ターンで全滅した。
そんなロスタラガムと戦っては、こちらが間違いなく全滅する。テンペストソウルどころの騒ぎではない。
あくまで戦いを回避しつつ、クエスト達成を目指す。今回はそういうミッションらしい。
といって、有効な作戦も思い浮かばない。このままでは時間ばかりが過ぎ去ってしまう。
まさに手詰まり、まったくのお手上げ。と思ったが――
＞正直な話――俺はアイツらがあまり好きじゃない
そんな状況に、エンバースが埒を開けた。
＞多くの血が流れてしまう？始原の風が淀んでしまう？はっ……まるで他人事だな？え？
最悪殺せばいいとしか思ってないなら――そりゃ交渉なんて、出来るはずがないよな
＞仮にテンペストソウルの割譲が不可能だったとしても、だ。
交渉の余地はあったはずだ。それこそカザハと明神さんが述べたように。
正直、俺にはアイツらが本気で戦いを避けようとしたとは、まるで思えないな
「ち……ちょっと？ エンバース？」
＞エンバース…君の言いたい事はわかる…でもどうしたんだ？君らしくないぞ？
突然、火のついたように語り始めたエンバースの様子に、思わずぽかんとしてしまった。
ジョンも、そして他のふたりも同様に、驚いた様子でエンバースを見つめている。
それでも、エンバースの語勢は止まらない。
＞……とにかく、俺の憶測と個人的な好き嫌いは置いとくにしても。
俺達が何もかも気を回してやるってのは正直、まったく健全じゃない。
グランダイトとシルヴェストルがお友達のお友達になって？それで？その後は？
＞いつか世界の為に戦う時も、俺達がアイツらの間に入って、お手々を繋がせてやるってのか？
冗談だろ？シルヴェストルには是非とも、これを期に社交性ってものを学んでもらいたいね
＞……俺からは、そんなところだ
エンバースはまるで我に返ったようにその声を弱め、口を噤んだ。
なゆたはただただ呆気に取られるばかりである。
それは今まで一緒にいたエンバースの行動とはまるで別もののように見えた。なゆたの知るエンバースはと言えば、
特に自分から意見や提案をするでもなく、自らの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』としての力量を恃みに、
何があっても軽くこなしてやろうと――悪く言えば受け身でいた部分が大きかったように思う。
むろん皮肉は言うが、出会った頃になゆたと約束したように、ただなゆたの願いを聞き入れて行動するだけ――
だというのに、今のエンバースはどうだろう。積極的に自分の感情を口にし、それをパーティーの仲間たちに伝えた。
「………はー」
尤も、もう今のエンバースにそんな熱量は感じられない。文字通り火が消えてしまったかのようだ。
けれどもそれは夢でも幻でもなく、確かな現実だった。
＞決めるのは…なゆ…君だ。君の判断でこの草原の行く先は決まる…よく考えてくれ…なにが僕達に一番大切なのか必要なのか…
ジョンが気遣わしげに言ってくる。
なゆたはしばらくエンバースの顔をぽかんとした表情で見つめていたが、ややあって顔を俯かせると、
「オーケイ！ わかりました！！」
そう言って、木箱の上で胡坐をかいた右の太股をぱしん！ と叩いた。
ポヨリンがぽよん、と一度膝上で跳ねる。
「みんな各々意見はあると思うけど、今回はエンバースの意見を採用！
エリにゃんとロスタラガムのことは追わないし、止めない。好きにやらせよう」
一番最初にエンバースが提案し、そして自ら却下した案。
それを敢えて採用するというのが、なゆたの出した結論だった。
-
「と言っても、ふたりが持ち帰ったテンペストソウルを横取りする、っていうことじゃなくて。
時間稼ぎだよ……ふたりがテンペストソウルを狙うなら、双巫女はそれを阻止しようとするでしょ。
継承者は強い、それこそ別次元の強さだよ。レプリケイトアニマでマルグリットやアラミガを見て、
わたしたちはそれをよく知ってる。――でも、双巫女もきっと負けない強さを持ってるはず。そうでしょ、カザハ？
双巫女はグランダイト相手にも勝つ気でいた。侮ったり舐めてるわけじゃなく、彼我の実力を正確に測った上で。
そんなふたりが易々とエリにゃんたちに後れを取るとは思わない。
仮にエリにゃんたちが勝つとしても、タイムリミットギリギリになるはず……」
ポヨリンを胸に抱き込みながら、仲間たちへ説明する。
「これがもしゴットリープだったり、エカテリーナだったりしたなら、
搦手でどんな策を弄してくるか分からないけれど。相手はエリにゃんとロスタラガムだから。
エリにゃんはともかくロスタラガムには搦手なんて使えないから、正面からの力押しになるでしょ。
……そこから先は、テュフォンとブリーズの強さに期待するしかないんだけど……。
でも、もしわたしの狙いが当たれば、あっちが戦ってる間わたしたちは自由に動くことができる。
まともに継承者を追いかけたって勝ち目ないよ、それなら……イチかバチかしかないって、私は思うんだ」
今のこちらの戦力では、マリスエリスとロスタラガムのコンビを正面から撃破することさえ難しい。
だが、そもそも彼らと戦う必要などないのだ。要は、彼らより先にグランダイトの望むものを手に入れさえすればいいのだから。
「喪われたストームコーザーを探すにしても、レプリカを造るにしても。
何をするにしても、時間は必要。……カザハにはつらい選択だと思うけど、でも、ここは呑み込んでほしい。
シルヴェストルを蔑ろにするって訳じゃないよ、むしろ信用してる。双巫女さまなら継承者にも易々とはやられないって。
それどころか、逆にエリにゃんたちを撃退しちゃうかもしれないよ？ そうなれば願ったり叶ったり！
とにかくグランダイトさえ納得させられたなら、戦争が起こることもない。そうでしょ？」
カザハにとっては、シルヴェストルと世界の風を護ることこそが第一であろう。
双巫女を囮にするという作戦も、受け容れられないものであるに違いない。
だが、それを圧してなゆたはカザハに今だけ我慢してほしいと言った。
少ない戦力、少ない時間、少ない策で、それでもクエストを成功させるなら、どんな手でも使わなければならない。
何らかの方法でグランダイトの望みを叶え、取って返してマリスエリスとロスタラガムを何とかする。
なお、未だにグランダイトを納得させる方法もマリスエリスたちを何とかする方法もない。
何もかもが不確定で曖昧な、作戦とも呼べないものではあったが、それでも今はこれが精一杯である。
「……何より、さ。
今までずっとわたしたちに協力してくれるだけだったエンバースが、初めて意見を言ってくれた。
それが、わたしは嬉しかったから。
そんなエンバースの言い分を無碍にすることは、わたしにはできないよ。
ね？ エンバース」
そう言うと、なゆたはエンバースの顔を見遣って屈託なく、にっこり笑った。
むろん、現在自分の目の前にいるエンバースが自分の知るそれではない、遺灰の男だということをなゆたは知らない。
けれど彼が何かをきっかけにして少しずつ変わり始めてきたということは理解したし、素敵なことだと思っている。
それを尊重し、可能な限り受け容れることが大切だ――と。
そう、『可能な限り』。
「ってことで！」
ひょいと木箱から飛び降りて、なゆたはパーティーの仲間たち全員の顔を見回した。
「グランダイトとシルヴェストルに戦争はさせない。世界の風もなくさせない。
ついでにエリにゃんとロスタラガムを撃退する。あと、マゴットがベルゼブブになる方法も探せればかなー。
ひとつのクエストの中にミッション4つ！ ワオ、結構やりがいあるじゃん？ 気合入ってきたー！！」
解決すべき課題を指折り数えてみせる。
自分たちが和解のために気を回してやるのは健全じゃない、とか。
覇王とシルヴェストルの手を繋がせることは現実的じゃない、とか。
そういったエンバースとジョンの物言いはまるっきりスルーした。聞く耳持たない、と態度で主張するように。
今まで何度も言っている通り、自分たちはもっとも困難であろう道を進む。それが例え成功率1パーセントの選択肢であっても。
それがゲーマーの矜持であるし、この世界に召喚されて今まで貫き通してきた自分の意地であるからだ。
《決まりやね〜。マリスエリスとロスタラガムは、一旦シルヴェストルの双巫女に任せる……と。
ほしたら、明日はどないするつもりなん？
何するにしたって、今のまんまやったら手掛かりがなさすぎやし……》
「うん。手掛かりはなんにもない！
だから、手掛かりをゲットするところから始めよう！
さっき明神さんが言ったよね？ ソロバンさんに聞きに行こうって。
あの執政官のコ、アレクティウス君だったっけ。明日になったら、あのコに話を聞きに行こうよ。
どっちみち、今のところテンペストソウルを手に入れる以外にストームコーザー錬成の方法はないんだし――
どんな些細な情報でも、それが突破口になるかもだから！」
ぐっ！ と拳を握り込み、なゆたはそう断言する。
そしてエンバースに歩み寄ると、やおら右腕を伸ばして彼の首に回し、顔と顔とを近付けてみせた。
「エンバース！ みんな仲良く手を取り合って、世界を救ってやろうぜぃ！
今回も頼りにしてるよ……わたしのこと、守ってね？」
白い歯を覗かせ、にひー。と悪戯っぽい笑みを投げかける。
気に入らないことも、納得できないこともあるだろう。だが、それは受け入れて貰わなければならない。
ただ勝率の高い作戦を練り実行するだけなら、本物の軍人を召喚すればいい。
それはニヴルヘイム陣営がロイ・フリントを召喚したことで実証されている。
けれど、バロールはそれをしなかった。敢えて戦闘のド素人、民間人である自分たちを必要とした。
そこには必ず意味があるはずなのだ、単に無作為に異世界の人間を召喚した訳ではない、ゲーマーを選んだ意味が。
ゲーマーだからこそ救える世界、ゲーマーの思考こそが希望に繋がる世界――
だから、ゲーマーとしての気質は失わない。失ってはならない。
そう、なゆたは信じた。
-
「陛下がどうして魔剣を所持しておられないのか、だと？」
翌日、覇宮メル・カヴァ、執政官アレクティウスの執務室。
堆く書籍やスクロールの収蔵された書架が立ち並ぶ部屋の中で、なゆたたちを迎え入れた覇王の側近は怪訝な表情を浮かべた。
早朝、夜が明けるとパーティーは朝食を摂った後でさっそくグランダイトの居城を訪問し、アレクティウスに面会を求めた。
普通なら、今何時だと思ってる――などと門前払いを喰らうところのはずだが、以外にも面会はあっさりと許可され、
パーティーは彼の執務室へと通されたのだった。
なんでも、アレクティウスはいつも誰より早く起き、誰より遅く就寝するという。
しめじと同じくらいの年恰好で、まだ幼さの抜けきらない顔つき身体つきであるが、頭の回転は下手な大人よりも遥かに速い。
なんでも、覇王グランダイトが直々に側近として見出したのだという。
王の補佐をするために生まれてきた存在、いわゆる王佐の才――というものの持ち主、ということだろうか。
「不敬な。そんなことを聞いて何になる？ 持っていないから手に入れる、必要なことはそれだけだ。
それより……『詩学』と『万物』は既に始原の風車へ向かったのだろう。
貴公ら、こんなところで油を売っていていいのか？」
取り付く島もない。
昨晩あれだけどんちゃん騒ぎをし、鯨飲馬食していたにも拘らず、今朝の天幕にマリスエリスとロスタラガムの姿はなかった。
恐らく一直線にテンペストソウルを手に入れに行ったのだろう。となれば一刻の猶予もない。
「それはそうなんだけど……。
陛下は実は昔、ストームコーザーを持ってて。それを何らかの理由で手放してしまったとか……。
そういう話ってないかな？」
なゆたが食い下がる。
アレクティウスは軽く眉間に皺を寄せた。
「……確かに、貴公らの言う通り陛下はかつてストームコーザーを所有しておられた……らしい」
「らしい？」
「そう。らしいというのは、僕はそれを見たことがないからだ。
だが……此度の出征の直前、陛下がぽつりと漏らされたことがある。
――『一巡目の轍は踏まぬ』と……。
当時は陛下の深謀遠慮なのであろうと意味も分からず肯うままだったが、今思えば何か意味があったのやも」
「それだ！」
ビシィ！ と右手の人差し指でアレクティウスを差す。
グランダイトのその言葉を信じるなら、グランダイトもまたバロールやイブリースらと同様に、
一巡目の記憶を持っているということになる。
《一巡目のメモリーホルダー、結構おるんやねぇ》
スマホ越しに様子を見ているみのりがしみじみ漏らす。
なゆたはアレクティウスの両肩をがっしと掴むと、物凄い剣幕で詰め寄った。
「それだよそれ！ わたしたちが欲しかった情報はぁ！
他には！？ 他には陛下、何か喋ってなかった！？ どんな些細なことでもいいから！」
「わ、分かった分かった……！ 話すから手を除けろ！
以前、陛下が語って下さったことだが。まだアルメリアの将軍であった頃、
陛下はとある古代遺跡で魔剣ストームコーザーを発見し、それを以て覇業を志されたのだという。
だが、あと一歩と言うところで名もなき冒険者どもに妨害され、ストームコーザーも砕けて喪われたと――」
「……一巡目の話ね」
《ほしたら、その古代遺跡に行けば一巡目と同じくストームコーザーがあるんやないの？》
みのりが思案げな表情を浮かべる。
一巡目の世界でグランダイトが古代遺跡に入り、そこにあったストームコーザーを手に入れたというのなら、
二巡目の世界にも同じものがあって然るべきだろう。
「アレク君、陛下が魔剣を見つけたっていう古代遺跡って、どこのこと？」
「ああ。
確か、キングヒル地下共同溝と――」
キングヒル地下共同溝。
その名の通り、アルメリア王国の王都キングヒルの地下に埋設された巨大な共同溝（水道）である。
キングヒルは周辺に湖や川といった大きな水源がまったく存在しないにも拘らず、
かつて王宮で明神が使用したトイレが水洗だったことから分かる通り、
アルメリアで――否、アルフヘイムで唯一上下水道を完備している。
その水路はキングヒルの地下に数十キロ単位で網の目の如く複雑に張り巡らされているのだが、実はその技術は現代のものではなく、
かつて栄華を誇った古代文明の遺物をそのまま流用している代物なのである。
市民のインフラに関わる身近な設備だというのにオーバーテクノロジーのため手を出すこともままならず、
機能しているうちはと実質放置に近い状態でいるのだが、偶に水路から魔物が出現することがある。
その魔物の駆除と出処を突き止めるため、王国はたびたび駆除隊兼調査隊を編成し、共同溝内を探索させている。
ブレモンをプレイした『異邦の魔物使い（ブレイブ）』なら、キングヒルで選択できるクエストのひとつに、
『キングヒル地下共同溝のメンテナンス』というクエストを見かけたり、実際に請け負ったことがある者もいるだろう。
そしてこの共同溝、存在自体が遺跡なのであるが、更にその最深部には異界へ通じる空間の穴が開いている。
空間の穴からは毒々しい紫色の粘液がポンプのようなもので汲み上げられており、
紫色の粘液は何やら浄水装置のようなもので真水へと変えられ、水路へと注ぎ込まれていた。
キングヒルの潤沢な水資源は地下水脈か何かでも利用しているのかと思いきや、
実は魔法で異界から何だかよく分からない水的なものを召喚し、それを更に古代のテクノロジーで濾過して、
生活用水や飲料水として地上に送っていた――という、驚愕の真相が明かされるのである。
時々水路から現れる魔物は、その空間の穴を通って偶々迷い込んできたものなのだろう。
推察するに、将軍時代のグランダイトは魔物の根絶のためその穴の“向こう側”へ行ったに違いない。
そして“向こう側”で魔剣ストームコーザーを手に入れ、地上に覇を唱えることを志した――。
《キングヒル地下共同溝って、私たちのいる王宮の真下だよ！？》
バロールが思わず叫ぶ。
『覇道の』グランダイトと魔剣ストームコーザーの出会いの場所は、思いがけず近所にあったという訳だ。
-
「バロール」
《はい》
「行って」
《えぇ〜？》
案の定と言うべきか、バロールはスマホの液晶画面越しに難色を示した。
「仕方ないでしょ！ いくらヴィゾフニールがあるって言ったって、わたしたちがここからキングヒルへ戻るとしたら、
どんなに頑張っても一日以上かかっちゃう！
役割分担！ あなたが一番近いんだからあなたが行く！ 今すぐ！ ナウ！」
《私、一応ゲームじゃラスボスだったんだけど……。
仮にも魔王が下水道の中に入るとか、そんなのアリかなぁ？ 服も汚れちゃうし……》
「何言ってんの、ウィザードリィの頃から魔王は地下に住むって決まってんのよ！
あなたの師匠だって死んでから霊廟の奥底にお籠もりしたんだから、アリもアリアリ！ アリーヴェデルチよ！」
《それ、ボクに死ねって言ってない？ ……わぶっ》
《はいはい、師匠はどいとってなぁ。しゃあない、師匠に任せるんは不安やし。ここはうちが行くしかないやろねぇ〜》
頑なに行くのを嫌がるバロールの顔に右手をついて画面外へと押しのけ、みのりが主導権を握る。
なゆたは目を見開いた。
「みのりさん！？ 大丈夫なの！？」
《あはは、大丈夫よ〜。なゆちゃん、心配してくれておおきに〜。
うちも丁度、身体を動かしたいと思とったところやし〜。色々試したいこともあるしなぁ。
渡りに船ちゅうやつなんよぉ。ま、一応護衛にここの騎士を何人か見繕ってから行ってみるわ〜。
何とか期限までには成果が出せるよう間に合わせてみるさかい〜》
「ありがとう、みのりさん！
でも本当に気を付けて！ 危なくなったらすぐ撤退でお願い！」
《了解やよ〜》
にこやかに右手を振ると、みのりは通信を切った。
「さて……。じゃあ、わたしたちはどうしようか」
みのりが首尾よくキングヒル地下共同溝でストームコーザーを発見できればそれが一番だが、
こちらはその間指を銜えて待っていればいいという訳ではない。
やはりマリスエリスとロスタラガムの後を追うか、もしくは念のためストームコーザーの海賊版、
ストームコーザー・ブートレグ（仮称）を作る方法を考えた方がよいか――。
「なるほど、『詩学』と『万物』に後れを取ったため、別の切り口でテンペストソウルを、
ひいてはストームコーザーを手に入れようという作戦か」
『異邦の魔物使い（ブレイブ）』の遣り取りを聞いていたアレクティウスが腕組みして頷く。
「そういう訳じゃ……。でも、出来れば始原の風車にあるテンペストソウルに手出しはしたくない、かな。
あれは世界の風を司っているものなんでしょ？ それを取り除いてしまったら、世界がどうなるか分からない。
それに――あれはカザハたちシルヴェストルが大切に守っているもの。わたしたちは略奪者にはなりたくないよ」
「ふむ。
魔剣ストームコーザーを錬成するためには、テンペストソウルが必要不可欠だ。それがただひとつの方法なんだ、だが――
テンペストソウルは、実はひとつじゃない」
「えっ？ 始原の風車以外にも、あとふたつもテンペストソウルが存在するってこと？」
「そうだ。我々の調べでは、少なくともあとふたつある。いや……あるはずだ。未だ憶測の域ではあるが、間違いあるまい」
「あとふたつ！ それって……すっごい情報！ そんな貴重な話、わたしたちに教えちゃっていいの！？」
意外なところから意外な情報が舞い込んできた。なゆたが目を丸くして驚くと、アレクティウスは鷹揚に頷いた。
「なに……僕も『詩学』と『万物』はあまり好きになれなくてな」
「……そうなの？」
「だって、そうだろう？
もし連中が本当に陛下の意に沿うのなら、陛下は最初から継承者の列を離れて単独行動などなさらないはず。
十二階梯の継承者という兄弟弟子の強大な力を把握していながら、そこから敢えて距離を置いたのは、
そうした方がいいと判断なされたからだ。連中に与している限りデメリットの方が多い――とな。
そんな者たちが、陛下に戻って来いと言っておられる。……悪印象も抱こうというものだ」
「なるほどぉ……」
「さて、贔屓はここまで。残るテンペストソウルを得る方法は貴公らが自ら解明するがいい。
尤も解明した上で、貴公らもやはり始原の風車を制圧した方がいいと。そう思うかもしれないが――」
「ううん、充分だよアレク君！
わたしたちは絶対やり遂げる。始原の風車からテンペストソウルを奪わなくてもいい方法があるのなら、
それで必ず！ テンペストソウルを手に入れてくるよ！」
「貴公らの働きに期待する」
王佐の才に送り出されて、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』は覇宮メル・カヴァを辞した。
-
『ぽよよよっ！！』
メル・カヴァから出てくると、不意になゆたに抱かれていたポヨリンが何かを嗅ぎ付け、腕の中から飛び出した。
「わっ！ ポヨリン！？」
驚くなゆたを尻目に、ポヨリンはぽよんぽよんと跳ねてゆく。なゆたは慌ててポヨリンを追いかけた。
ポヨリンが跳ねてゆく先には、グランダイト軍の野営地の外れに置いてある強襲型飛空戦闘艇・ヴィゾフニールがある。
そして、飛空艇の手前には見慣れない三人の人影が佇み、今にもヴィゾフニールに攻撃を見舞おうとしていた。
「コラ――――――――！！！ やめなさ―――――――――――いっ！！！」
走りながら声を限りに叫ぶ。
なゆたの声に気付いた三人組はすぐに振り向き、ばつの悪そうな表情を浮かべた。
「チッ……、バレちまったか。この船ブッ壊せりゃ手っ取り早かったンだけどなァ」
「――フラウスがボヤボヤしてるから。フラウスに比べたら、ガンダラクロナメクジの方がまだ素早い――」
「えぇ〜？ 私？ さすがにガンダラクロナメクジよりはギリギリ素早いと思いたいなぁ〜」
人様の飛空艇を破壊しようとしていた割には会話が緩い。ついでに空気も緩い。
三人組はしめじやアレクティウスくらいの年齢とおぼしき少女たちだった。
一人は外跳ね気味の赤い髪をミドルショートにした、いかにも勝ち気そうな顔立ちの少女だ。
死神めいた大鎌と、長柄のウォーハンマーを斜交いに背負っている。
二人目は赤毛の少女とは対照的な眠たげな眼差しの少女。手には身の丈ほどの杖を携えている。
どういう原理か、青く透き通った長い髪がクシクラゲのようにネオンじみて輝いている。
三人目は金髪ふわふわツインテールの、愛嬌ある顔立ちの少女である。
この少女は赤髪と青髪の少女と違い、一見して武器の類は何も持っていないようだった。
しかし、この三人組の特徴とは顔立ちや武装にあるのではない。
三人組は、何やらやたらとフリフリかつキラキラな衣装を纏っていたのである。
例えるなら、地球でのアイドルのコスチュームと言えばいいだろうか。パフスリーブにプリーツスカート、
全身至る所にこれでもか！ とついたリボンにフリル。
いわゆる魔法少女、否――プリティでキュアキュアな例のナニ系と言っていいだろう。
バーチャルYouTuberでネットアイドルのユメミマホロさえ、こんなド派手な衣装は着ていなかった。
むろん、ブレモンの世界観からは著しく脱線している。出演するゲームを間違えたと言うしかない。
だが――
この三人組も、紛れもないブレイブ&モンスターズ！ の登場人物であった。
「あなたたちは……！」
なゆたが目を見開く。
なゆたは勿論のこと、明神もエンバースもこの三人のことを知っている。
「ククク……オレたちのことを知ってますってツラだな、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』。
だが、自己紹介はさせて貰うぜ。セルリア！ フラウス！」
「――いつでも。ルブルム――」
「はぁ〜い」
三人は目配せすると、徐に散開した。
同時になぜか周囲が突然暗くなり、まず赤毛の少女にスポットライトが当たる。
なお、スポットライトがどこから当てられているのかは分からない。
「赤き焔（ほむら）に、燃え立つ叡智！ デスティネイト・ルブルム！！！！」
紅蓮の炎を周囲に纏わせながら軽業師のようにバク宙し、ビシィ！！ と赤毛の少女――ルブルムが勇ましいポーズを決める。
次に青髪の少女にスポットが当たる。青髪の少女は光り輝く髪をゆったりと揺らしながら、舞うようにポーズを決める。
「――蒼き水沫（みなわ）に、湧き立つ叡智。 デスティネイト・セルリア――」
水流を纏いながら、青い少女セルリアが名乗る。
最後に黄色の少女にライトが当たると、少女――フラウスはにっこり笑ってピースサインをしてみせた。
同時にフラウスの背景にヒマワリの花が咲く。なお、どうしてヒマワリが咲いたのかは以下略。
「黄金（こがね）の光に、伸び立つ叡智！ デスティネイト・フラウス〜！」
三人はそれぞれ流れるような動きでフォーメーションを組む。
「「「胸に抱くは！ 三つの叡智！！ デスティネイト・スタ――――――――――ズ！！！！」」」
ばば―――――――――ん！！！！
三人の背後でひときわ大きな爆発が巻き起こり、やたらキラキラしたエフェクトが周囲を乱舞する。
そう。
霊銀結社の秘蔵っ子、先行開発技術試験部隊『星々の到達点（ディスティネイトスターズ）』。
それが、この魔法少女もとい三人組の正体だった。
-
「デスティネイト・スターズ……！！」
中世西洋ファンタジーを下敷きとしたブレモンの世界観に真っ向から石を投げる三人組の登場に、なゆたは息を呑んだ。
米神をいやな汗が伝う。――ヴィゾフニールなど既に世界観を大概破壊している存在もあるが、この際不問としておく。
「上からの命令なンでね。オマエらに『詩学』と『万物』の邪魔されると困ンだわ。
悪ィが、ここでオレたちと戦ってもらうぜ……タイムアップまでな！」
中央のルブルムがばちん！ と右拳で左の手のひらを叩き、白い歯を覗かせて不敵な笑みを浮かべる。
「――『異邦の魔物使い（ブレイブ）』のデータは収集済み。私たちが負ける確率、0.0002%――」
杖を両手で持ちながら、セルリアが眠たげな眼差しでいかにも理数系知的キャラです的なことをのたまう。
「ご、ごめんね！ でも私たちもお仕事だから……。でも大丈夫！ 足止めだけで、痛いことはしないから……たぶん……」
フラウスが顔の前で両手を合わせ、ごめんなさいしてくる。だがやることはやるらしい。
どこからどう見てもお笑い三人組と言った風体なのだが、その実デスティネイト・スターズはブレモン屈指の戦闘集団である。
ゲームを最後までプレイした人間なら、ストーリーモードで必ずこの三人と接触しているはずだ。
そして、そのハチャメチャ――もとい高い戦闘力を目の当たりにして、評価を改めていることだろう。
女の三人組といえば少し前になゆたたちは螺旋回天レプリケイトアニマでマル様親衛隊と戦ったが、
デスティネイト・スターズは彼女たちとはまた別ベクトルで強さを極めたパーティーなのだった。
「みんな、気を付けて。明神さんとエンバースは分かってると思うけど……。
カザハとジョンは特に！ このコたち、強い――！！」
「ッハハ！ 評価が高くて嬉しいねェ！
だがなァ……オレたちゃ、オマエらの評価の更に！ 50000倍は強ェェ！
そいつを今から見せてやンよ！ 行っっっっくぜェェェェェェェェ――――――――ッ！！！！！」
素早く両手を背に回すと、ルブルムはじゃきん！ と左右の手にそれぞれ得物の大鎌と大鎚を構えた。
大の大人でも両手で取り回さなければならないほどの大鎌と大鎚を、中学生ほどの少女が片手で扱っている。
何らかの魔法によって筋力を増加させているのかもしれない。
「シィィィィィィィィィッ！！！！」
強く地面を蹴り、一気に明神へと躍りかかる。真紅の双眸を見開き、面貌に凶笑を浮かべ、ゴウッ！！と颶風を撒きながら、
死神の鎌を振り下ろす。ヤマシタがそれを防御すれば、今度は目にも止まらぬ速度で大鎚を叩き込んでくる。
「ハッハァ！！ 均（なら）せ、スレッジリーパー！！」
恐るべき重さの攻撃が、まるで小枝でも振るかのような勢いと手数で飛んでくる。その様子は嵐さながらだ。
更にルブルムは大きく息を吸い込むと、大鎌と大鎚の柄を眼前でクロスさせた。
次の瞬間、ルブルムが炎を吐く。ドラゴンを母に持つ半竜人（ドラゴニュート）だからこそ可能なドラゴンブレス――
だが、それはヤマシタを直接黒焦げにするためのものではなかった。
ルブルムの吐いた炎が大鎌と大鎚に燃え移り、得物が紅蓮の焔に包まれる。
「『火宴（スカーレット・イグニッション）』！ お楽しみはこれからだぜェ、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』！！」
それは武具に炎属性を纏わせる付与魔法（エンチャンテッドスペル）。
大鎌と大鎚、一対二振の魔法武具『スレッジリーパー』を携え、火と風の魔法を操る。それがルブルムである。
一方、青く輝く髪の少女セルリアは眠たげに瞼を半ば閉じたまま、身を低く屈めて一気にエンバースへと肉薄していた。
「――『燃え残り（エンバース）』。燃え滓はきちんと処理して捨てましょう、燃えるゴミは月、水、金――」
そんなことをのんびりした表情と口調で言いながら、しかしその攻撃は速い。身の丈ほどもある杖、
否、棍と言った方がよいか――を、巧みに操って人体の死角と急所をえげつなく狙ってくる。
エンバースがセルリアの隙をついて攻撃を命中させるも、
「――甘い。大甘、上等の料理にハチミツをぶちまけるが如き――」
ぐにゅんっ、と突然セルリアの身体が不自然なほどに歪む。
まるで水面に攻撃を繰り出したときのように、突きをすれば胴体に穴が開き、薙ぎ払えばその部分があっさりと切断される。
そして、次の瞬間には何事もなかったかのように元に戻っている。もちろん、セルリアはノーダメージだ。
「――複合魔法（コンポジットスペル）、『幻影流体（ファンタム・フルイド）』――」
水属性と土属性の魔法を巧みに扱い、ある時は長棍、またある時は三節棍ともなる魔法武具『トリシエラ』を用いる魔法戦士。
セルリアがエンバースの炎を水で無効化しながら、じりじりと間合いを詰めてゆく。
そして最後のフラウスと言えば、ジョンへと狙いを定めて攻撃を繰り出していた。
「ご……ゴメンなさぁ〜いっ！ でもお仕事なんで……お仕事なんでぇ〜っ！」
いつの間にか、ジョンの周囲には無数の円輪（チャクラム）が飛び回っている。すべて、フラウスが仕掛けたものだ。
エンゼルハイロウ、天使の輪。それがフラウスの武器である。高速回転する円輪は鉄さえも容易に両断するほどの切れ味を誇る。
結界のように無数の円輪の中に閉じ込められては、ブラッドラストを用いるジョンも迂闊に動けまい。むろん、部長も同様である。
それに、フラウスの攻撃はそれだけで終わりではなかった。
「せ、せめて早めに終わらせますから……っ！『天使のはしご（レイヨン・クレピュスキュレール）』！！」
ビッ！！
日光を吸収し、ジョンの周囲に停滞している円輪が一斉に輝く。吸収した光を収束させ、レーザーとして発射する。
四方八方から撃ち出される閃光が、ジョンの四肢を穿ってゆく。
高速回転し光を収束させる無数のチャクラム『エンゼルハイロウ』を得手とした、光と闇のエキスパート、フラウス。
外見はギャグでも、中身は本物。
そんな霊銀結社の刺客三人が、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』たちを追い詰める――。
【執政官アレクティウス、第二第三のテンペストソウルの存在を示唆。
デスティネイト・スターズ登場。マリスエリスとロスタラガムのサポートのため、
『異邦の魔物使い（ブレイブ）』の妨害を目論む】
-
明神さんがストームコーザーの海賊版を作る案を出す。
確かに、もし誰も以前にストームコーザーを手に入れたことがなくて
伝承か何かで”これこれこういう剣がストームコーザー”というふわっとした情報しか無いのだとしたら
その条件に当てはまる剣を作ればそれすなわちストームコーザーですよね。
ただ、もしもストームコーザー自体が残っているならそれを手に入れるのがベストで、
海賊版は本物が失われている場合にこそ必要になりそうなのが難点ですが……
対してジョン君やエンバースさんは、仲裁して両方と手を組ませないといけないというクエストの前提自体に物申した。
ジョン君の意見は要約すれば、そのままでは達成不可能だからグランダイトの方を立てて開戦だけでも防ぐ方向で難易度を下げようというもの。
イチかバチかに賭けて全てを失うよりは、たとえ犠牲が出ても確実な方法を――
リアリストのジョン君がそう言うのは想定の範囲内である。
エンバースさんは、最初はグランダイトが相応の条件を提示して交渉を持ち掛けたにも拘わらずシルヴェストルが取り合わなかった可能性を示唆し、
ここで無理矢理手を組ませたところで今後仲良くやっていくことは難しいだろうと言っている。
ゲーマー気質のエンバースさんならなんだかんだと皮肉を垂れつつも素直にミッションコンプリートを目指しそうな気がしていたが……
＞「………とにかく…なゆ…君の言いたい事はわかる…が…双方の協力を結ぶというのはやはり現実的じゃない。リスクだけがただただ高すぎる
エンバースの案なら僕達は善意の第三者でいる事ができる…両方の協力は結べなくても…両方に敵対されるような事態は避ける事ができる
僕達には…いやブレイブにはテンペストソウルは余っていて当然の代物だからね…もしバレたとしてもそれで乗り切れる」
＞「風がなくなるという事態は避けられないし…カザハの事を考えれば…簡単に決断できる事ではないのもわかっている…けど
ここで間違えば僕達のせいで戦争が始まり、何十万という人が死ぬ。それを決して僕達は忘れちゃいけない」
「始原の風車のテンペストソウルを献上するのだけはいけない。
確かに開戦すれば人が大勢死ぬ……。
でも世界から風が失われれば影響が及ぶのは人間だけじゃない。
戦争とは比にならないほどの生命が失われるかもしれない……！
他人事な態度が気に入らないなら……あの二人にも協力してもらおう！」
そう、もしもどちらか一つを選べと言われれば、私達はシルヴェストルと世界の風の側を取るしかない。
でも、そうなるのは最後の最後だ。
そしてテュフォンとブリーズは、テンペストソウルを失わずに済む作戦ならば、協力してくれる可能性は充分にある。
＞「決めるのは…なゆ…君だ。君の判断でこの草原の行く先は決まる…よく考えてくれ…なにが僕達に一番大切なのか必要なのか…」
「ゲーマーたるもの”クエストの難易度は決して下げない”――そうだよね？」
板挟みのような決断を迫れらたなゆたちゃんだが、スパッと決断してみせた。
＞「オーケイ！ わかりました！！」
＞「みんな各々意見はあると思うけど、今回はエンバースの意見を採用！
エリにゃんとロスタラガムのことは追わないし、止めない。好きにやらせよう」
普通に聞くと驚くべき爆弾発言だが、カザハは落ち着いて次の言葉を待っている。
なゆたちゃんのこと、何か考えがあるのだと分かっているのだろう。
-
＞「と言っても、ふたりが持ち帰ったテンペストソウルを横取りする、っていうことじゃなくて。
時間稼ぎだよ……ふたりがテンペストソウルを狙うなら、双巫女はそれを阻止しようとするでしょ。
継承者は強い、それこそ別次元の強さだよ。レプリケイトアニマでマルグリットやアラミガを見て、
わたしたちはそれをよく知ってる。――でも、双巫女もきっと負けない強さを持ってるはず。そうでしょ、カザハ？
双巫女はグランダイト相手にも勝つ気でいた。侮ったり舐めてるわけじゃなく、彼我の実力を正確に測った上で。
そんなふたりが易々とエリにゃんたちに後れを取るとは思わない。
仮にエリにゃんたちが勝つとしても、タイムリミットギリギリになるはず……」
なゆたちゃんの考えとは、奇しくも直前にカザハが言ったとおり、“双巫女に協力してもらう”というものだった。
尤も正式な協力要請を経るわけではなく、結果的に協力してもらうことになる、ということですが……。
＞「喪われたストームコーザーを探すにしても、レプリカを造るにしても。
何をするにしても、時間は必要。……カザハにはつらい選択だと思うけど、でも、ここは呑み込んでほしい。
シルヴェストルを蔑ろにするって訳じゃないよ、むしろ信用してる。双巫女さまなら継承者にも易々とはやられないって。
それどころか、逆にエリにゃんたちを撃退しちゃうかもしれないよ？ そうなれば願ったり叶ったり！
とにかくグランダイトさえ納得させられたなら、戦争が起こることもない。そうでしょ？」
私はカザハの顔色を恐る恐る窺った。
シルヴェストルの一族に課せられた”世界の風を守らなければならない”という絶対の呪縛――
専門用語ではそういう魔的な拘束の類を《ギアス》と言ったりもするようですが、
具体的にどこまでの作為または不作為が許されるのか、その具体的な発動条件は定かではない。
カザハは暫し遠い目をしていたかと思うと、なゆたちゃんの方に向き直ってふわりと微笑んだ。
そして拍子抜けするほどあっさり同意する。
「……そうだった。その手があった。思い出したよ――あの二人は強い」
そう、私も今思い出したのだが、カザハはあの二人の強さを身をもって知っている。
あの二人と戦ったことがあるからだ。
彼女らは、カザハを傷つけずに無力化できたほどの実力者なのである。
＞「……何より、さ。
今までずっとわたしたちに協力してくれるだけだったエンバースが、初めて意見を言ってくれた。
それが、わたしは嬉しかったから。
そんなエンバースの言い分を無碍にすることは、わたしにはできないよ。
ね？ エンバース」
どこかなゆたちゃんに傅く騎士のようなイメージだったエンバースさんが、
突然なゆたちゃんの意向に沿うとは思えない過激な意見を言ったというのに、それを前向きに捉えている。
流石はリーダーの器というべきか。
ただ、出会った頃のエンバースさんと、どこがとは言えないが何かが変わっているような気がしなくもない。
なゆたちゃんも似たようなことを感じ取ったのだろう。
果たしてそれが良い方向の変化なのかそうでないのかは私には分からないが……
-
＞「グランダイトとシルヴェストルに戦争はさせない。世界の風もなくさせない。
ついでにエリにゃんとロスタラガムを撃退する。あと、マゴットがベルゼブブになる方法も探せればかなー。
ひとつのクエストの中にミッション4つ！ ワオ、結構やりがいあるじゃん？ 気合入ってきたー！！」
「ミッション減らさないどころかしれっと追加してきた！？」
前者３つはまあなゆたちゃんならそうだよね、という感じだがこの状況で４つ目までぶっこんでくるとは流石である。
＞《決まりやね〜。マリスエリスとロスタラガムは、一旦シルヴェストルの双巫女に任せる……と。
ほしたら、明日はどないするつもりなん？
何するにしたって、今のまんまやったら手掛かりがなさすぎやし……》
＞「うん。手掛かりはなんにもない！
だから、手掛かりをゲットするところから始めよう！
さっき明神さんが言ったよね？ ソロバンさんに聞きに行こうって。
あの執政官のコ、アレクティウス君だったっけ。明日になったら、あのコに話を聞きに行こうよ。
どっちみち、今のところテンペストソウルを手に入れる以外にストームコーザー錬成の方法はないんだし――
どんな些細な情報でも、それが突破口になるかもだから！」
＞「エンバース！ みんな仲良く手を取り合って、世界を救ってやろうぜぃ！
今回も頼りにしてるよ……わたしのこと、守ってね？」
なゆたちゃんがエンバースさんに顔を近づけ大胆なボディタッチを敢行する。
普通ならラブコメ的なシーンに見えるのかもしれないが、いくらスタイリッシュでも焼死体は焼死体なわけで
なゆたちゃんますます肝がすわってきたな、とかいう感想が先に来てしまうのだった。
というわけで方針が決まり、いったん会議はお開きになった。
《カザハ、また記憶が解放されたんですね……》
（うん、そういえばあの二人に追放されたんだったよ……）
どうやら私の１巡目の記憶は、カザハと連動して解放されるシステムのようです。
ただし、今回思い出した部分については、私はカザハの知らないことを知っている。
それは、カザハと私の旅立ちの記憶。
発端は、侵食に伴い始原の風車が異常をきたしたこと。
当時のカザハは、風の神託を受け草原を統治する――今でいうところのテュフォンとブリーズにあたる、風の巫女の地位にあった。
ところで、始原の風車とは気まぐれに風を起こしているただの巨大な扇風機ではない。
緻密な計算の下に世界中の気候を調整している、言わばスーパーコンピューター付きの扇風機なのだ。
その精度は風精王が代を重ねる度に精密になっていくという。
平和な時代の始原の風車は風の巫女を通してある程度の意思疎通も可能で、地球のような無意味な災害を起こしたりはしなかった。
が、侵食が始まり各地で異常が起きるようになると同時に、始原の風車が暴走し、台風や竜巻等の災害で各地で死者が出るようになった。
同時に神託も途絶え意思疎通も不可能となった。
これをコンピューターのバグのようなものと考えたカザハは、自ら風精王に即位することで干渉して修正しようと考えた。
風精王の即位というのは代替わりというよりスーパーコンピューターの構成員の増員に近い概念なんですね。
個としての存在は消滅するとされているが、それは巨大なシステムの一部になって個で無くなるという意味。
-
一巡目の始原の風車は歴代の風精王の姿を借りて神託を下すこともあったらしく、
完全に一体化しているのか、実はある程度生前の意識を残した状態で連結しているのかは誰にも分かりません。
ところが即位の儀の前夜、次席の地位にあったテュフォンとブリーズが突然クーデターを起こした。
“お前のような奴は風精王にふさわしくない”と。私は気を失ったカザハを背に乗せ、辛うじて逃げ出した――
……これが表向きで、カザハが知っているのはここまで。
本当は、私は二人の共犯者。カザハを風精王にさせないための狂言。
私はカザハを失いたくなく、カザハは本当は風精王にはなりたくなかった。
そして二人は、カザハなら世界の運命を変えられるかもしれないと、希望を託して逃がしたのだ。
カザハは自分の意思では役目を放棄することはできなかったが、追放されるという形ならそれが出来た。
テュフォンとブリーズも、表向き適性のない者の追放という形にすることによって辛うじてそれが出来たと思われる。
屁理屈みたいだがこれもある意味ゲームシステムを逆手にとった脱法行為のようなものなのだろう。
カザハが真実を知ったら、ゲームシステムにギリギリ見逃されている屁理屈が通らなくなってしまうかもしれない。
だから、１巡目の私は決して真実を語れなかった。
そして、今もまた――。これを知ったら、カザハは冷静ではいられなくなってしまうだろう。
真実を知ったら今すぐ二人を加勢に行く、と言い出しかねない。
……ところで。
今となっては思うのですが始原の風車の暴走は本当にバグだったんでしょうか。
イヴリースは生きるためにアルフヘイムを破壊している、というような意味合いのことを言っていたが、
今回の周回の彼はアルフヘイムを奪ったところで何も解決しないことは知っているはずだ。
もしも、あれがバグではなく始原の風車が世界を維持する機構として正常に作動した結果だとしたら……
もしも、世界を滅びの運命から救うためには生命の間引きが必要であるのだとしたら…辻褄が合ってしまう。
……憶測で気をもんでも仕方がありません。的外れであることを願いましょう。
-
「よっ、青年！ 私と話したいんだって？」
明神の隣にひょっこりと半透明のむしとりしょうじょが現れる。
カザハは少し離れた場所にいて、気付いていないようだ。またもや勝手に出ているのだろう。
＞『カザハ君、さっきの幽霊みたいなのと話ってできるか？
俺はデモンズピューパってのがどういうモンスターのか知らない。
どんな世話をしてやりゃいいのかもわからん』
ストームコーザー最優先でその場では流れてしまったこの要請だが、しっかり自主的に出てきたようだ。
「デモンズピューパがどういうモンスターか、だったねぇ。
昆虫をモチーフにしたモンスターっていっぱいいるわけだけど昆虫には完全変態、不完全変態、無変態ってあって……
変態っていってもそっちの意味の変態じゃないよ！？ え、そんなことは知ってる？
まあ要するに腐界の腐肉喰らいがベルゼブブに進化する前の形態。ポ〇モンで言うところのト〇ンセルとかコ〇ーンみたいな！」
「で、進化させる方法なんだけど……愛だよ！」
いきなり意味不明な精神論をぶちかました。
「あっ、そんな呆れないで。ちゃんと具体的に言うから。
単純なことだ、戦闘の時に出しといて経験値を稼げばいい」
言うのは簡単だが、この手の蛹系モンスターは「固くなる」ぐらいしか出来ないと相場が決まっており、
出しておかないと経験値が入らないが出していると集中的に狙われるという悪意にまみれた仕様である。
しかもこれは、ゲームでの仕様でそう表現されているという話。
「というわけで前の周回の私は蛹を羽化させるにあたっては常に抱いていた。
カザハが文句垂れつつも守ってくれたからな！」
狙われるやつを抱いていたりしたら必然的にダイレクトアタックを受けるわけで、
当時のカザハからしたらいい迷惑である。
尤も彼女はそうやっていたというだけで、実際にはサモンした状態ならどこか安全な場所に隠しておいても問題はないのかもしれない。
「アイテムで進化させる方法もあるらしいんだけどそっちは私はよく知らないんだよなぁ。
じゃあひとまずこの辺で。健闘を祈る！」
むしとりしょうじょは自主的にカザハのスマホに帰っていった。出入り自由らしい。
-
翌日、私たちはアレクティウスに聞き込みに来ていた。
＞「……確かに、貴公らの言う通り陛下はかつてストームコーザーを所有しておられた……らしい」
＞「らしい？」
1回手に入れて失ったんじゃ元祖ストームコーザー手に入れる作戦は不可能、と一瞬思われたが……
＞「そう。らしいというのは、僕はそれを見たことがないからだ。
だが……此度の出征の直前、陛下がぽつりと漏らされたことがある。
――『一巡目の轍は踏まぬ』と……。
当時は陛下の深謀遠慮なのであろうと意味も分からず肯うままだったが、今思えば何か意味があったのやも」
なんと、かつて持っていたというのは１巡目のことらしい。
＞「アレク君、陛下が魔剣を見つけたっていう古代遺跡って、どこのこと？」
＞「ああ。
確か、キングヒル地下共同溝と――」
しかも、手に入れた場所までも聞き出すことが出来た。つまりまたそこにある可能性が高いということ。
これは凄い収穫ですね……！
＞《キングヒル地下共同溝って、私たちのいる王宮の真下だよ！？》
バロールさんがさっさと行って取ってくればいいと思うが、案の定というべきかゴネている。
＞《私、一応ゲームじゃラスボスだったんだけど……。
仮にも魔王が下水道の中に入るとか、そんなのアリかなぁ？ 服も汚れちゃうし……》
「ラスボスなら下水道ぐらい朝飯前でしょ！ グランダイト味方に付けたいんでしょ！？」
言葉通り本当にやる気がないだけなのか、元ラスボスも尻込みするほどの危険なダンジョンなのか……私には分かりません。
＞《はいはい、師匠はどいとってなぁ。しゃあない、師匠に任せるんは不安やし。ここはうちが行くしかないやろねぇ〜》
＞「みのりさん！？ 大丈夫なの！？」
＞《あはは、大丈夫よ〜。なゆちゃん、心配してくれておおきに〜。
うちも丁度、身体を動かしたいと思とったところやし〜。色々試したいこともあるしなぁ。
渡りに船ちゅうやつなんよぉ。ま、一応護衛にここの騎士を何人か見繕ってから行ってみるわ〜。
何とか期限までには成果が出せるよう間に合わせてみるさかい〜》
みのりさんが立候補して行くことになった。
こうやって弟子を実践で育てる作戦だったのか……そういうことにしておきましょう。
＞「さて……。じゃあ、わたしたちはどうしようか」
＞「ふむ。
魔剣ストームコーザーを錬成するためには、テンペストソウルが必要不可欠だ。それがただひとつの方法なんだ、だが――
テンペストソウルは、実はひとつじゃない」
-
アレクティウスは、ストームコーザーの在り処のみならず、テンペストソウルも他に二つあるということまで教えてくれた。
典型的な、第一印象はサイアク☆かーらーのー意外といい奴パターンですね。
＞「さて、贔屓はここまで。残るテンペストソウルを得る方法は貴公らが自ら解明するがいい。
尤も解明した上で、貴公らもやはり始原の風車を制圧した方がいいと。そう思うかもしれないが――」
はて、どういう意味だろう。
余程入手難易度が高いとか、世界の風がなくなる以上にヤバイ事が起こるということでしょうか……。
＞『ぽよよよっ！！』
＞「わっ！ ポヨリン！？」
プリティでキュアキュアな三人組がヴィゾフニールに攻撃を加えようとしていた。
「現れたなブレモン界のプ〇キュア！ さては盗んだヴィゾフニールで走り出すつもりだな！？」
《いや、プ〇キュアはそんなことしないし、あれは普通に壊そうとしてるんだと……》
＞「チッ……、バレちまったか。この船ブッ壊せりゃ手っ取り早かったンだけどなァ」
＞「――フラウスがボヤボヤしてるから。フラウスに比べたら、ガンダラクロナメクジの方がまだ素早い――」
＞「えぇ〜？ 私？ さすがにガンダラクロナメクジよりはギリギリ素早いと思いたいなぁ〜」
3人組は緩い感じのコントを始めた。
＞「ククク……オレたちのことを知ってますってツラだな、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』。
だが、自己紹介はさせて貰うぜ。セルリア！ フラウス！」
＞「赤き焔（ほむら）に、燃え立つ叡智！ デスティネイト・ルブルム！！！！」
＞「――蒼き水沫（みなわ）に、湧き立つ叡智。 デスティネイト・セルリア――」
＞「黄金（こがね）の光に、伸び立つ叡智！ デスティネイト・フラウス〜！」
＞「「「胸に抱くは！ 三つの叡智！！ デスティネイト・スタ――――――――――ズ！！！！」」」
ところで魔法少女ものって「なんで自己紹介の間敵は大人しく待ってくれてるんだろう」って思いません？
――なんで今私たちは大人しく待ってるかって？ ゲージが溜まるからじゃないですかね。
＞「上からの命令なンでね。オマエらに『詩学』と『万物』の邪魔されると困ンだわ。
悪ィが、ここでオレたちと戦ってもらうぜ……タイムアップまでな！」
ディスティネイトスターズといえば霊銀結社所属の部隊で霊銀結社のトップはゴッさん……
ってことはつまりゴッさんの差し金じゃないですか！
＞「みんな、気を付けて。明神さんとエンバースは分かってると思うけど……。
カザハとジョンは特に！ このコたち、強い――！！」
「うん……もう三人娘って時点で禄でもない予感しかしない……」
《カザハ！ こっちも美少女になって対抗しましょう！》
「分かってる！ 響き合う星辰のしらべ《アストラルユニゾン》！」
ガザハが未実装反則バフを発動させるが、私が美少女に変身する気配はない。
-
《……あれ？ トランスフォームさせてくれないんですか？》
「……ごめん、上昇値が足りない」
《ガザーヴァがいなくなったからかぁああああああ！》
このスキルってゲーム的に表現すると、パーティのレベルの合計値に応じて上げ幅が変動する、みたいな感じですよね……。
そりゃあレイド級がいなくなったら大幅に効き目が下がるはずです。
＞「『火宴（スカーレット・イグニッション）』！ お楽しみはこれからだぜェ、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』！！」
＞「――複合魔法（コンポジットスペル）、『幻影流体（ファンタム・フルイド）』――」
＞「せ、せめて早めに終わらせますから……っ！『天使のはしご（レイヨン・クレピュスキュレール）』！！」
私達がグダグダしている間にも、仲間達は追い詰められていく。
ガザーヴァがいなくなった上に、ジョン君はもうブラッドラストは無い（もちろんそんなもの無い方がいいのですが）
これって結構なピンチなんじゃ……！？
「なゆがゴッポヨさん召喚できる時間を稼がなきゃ……！ なんかないかなんかないか……」
カザハは私のスキルの中で使えそうなものがないか、必死に探している。
やがて、とあるスキルに目を付けたようだ。
「――これだ！」
敵全体に効き具合に応じて行動不能または全能力値にデバフ、うまくいけば効果は数ターン持続という風属性の強力な妨害スキル。
が、何故か対象がスカートを着用した人型種族に限定されている。（たまに例外あり）
ゲーム上の情報はそれだけであり、フレーバーテキストにも一切余計なことは書かれていない。
まあ普通に考えるとスカートを押さえさせてその間行動不能にする、という単純明快な原理だと思われる。
しかし、相手はああ見えて霊銀結社の特殊部隊。
衣装もただのアイドルの衣装に見せかけて、魔法で相当な防御が施されてた魔法防具なのだろう。
その一環としていわゆるスカートの鉄壁加工も施されているに違いない。
《多分効かないと思いますけど……》
「大丈夫、ここのフィールドは風属性だ。
それに……この世界は日曜朝の健全な女児向けアニメじゃない！ 桃色大旋風《ピンクタイフーン》！！」
私の制止を振り切り、カザハは指令を出した。
指令されてしまった以上逆らうことは出来るはずもなく、私は両翼をはためかせ、
なんだか色んなところで聞いたことがあるような技名のスキルを発動する。
ピンクな謎エフェクトと共に、強烈な吹き上がりの強風が三人組を襲う。いざ鉄壁スカートとの真っ向勝負（棒）
-
カザハ君のストームコーザー現品持ってこよう作戦。
俺の打ち出した偽造ストームコーザー作戦。
２つの提案を受けて、焼死体とジョンは二者二様の反応を返した。
>「……誰も殺さず、テンペストソウルを手にする方法はある」
エンバースは、エリにゃんとロスやんに好き勝手やらせといて、
連中がテンペストソウルをゲットした段階で横から掠めとりゃ良いと述べた。
「そりゃ誰も殺さねえだろうよ、俺たちは。でもそーゆー問題かね」
エンバースが言ってんのはつまり、『俺たちの手を汚さずに』シルヴェストルのお宝を手に入れる手段だ。
その過程で、あの二人の継承者がどれだけ妖精さんの死体を積み重ねようが、俺たちが殺した判定にはならないから。
カルマ値を下げずに村人皆殺しにするウラ技みてーなこと言われてもな。
>「――なんでもない。忘れてくれ。今のは、ただの冗談だ」
反対意見を述べるまでもなく、エンバースはあっさりと提示した意見を取り下げた。
こいつにしたって本気で抜かしたわけじゃねえだろう。そして、必要な提案だったとも思う。
『そういう可能性』を予め検討し、潰す――合意形成の穴は、これで塞がった。
>「僕は…明神やカザハの案には…反対だ。
僕はさっきエンバースが言ってたテンペストソウルをあいつらに盗み出させる案に賛成する」
>「道化猫がストームコーザーを欲しがっていると覇王の前で発言したからそれを欲しがっていると決めつけているだけで…
そう思わされてるだけで…本当は違う物を作ろうと…欲しがっているんじゃないか？」
「そういやそーだ。ストームコーザーが欲しいとは一言も言ってねえんだよな、閣下」
ただ、これは閣下の立場を考えるとあの場で献上品に魔剣を指定できなかったって説もある。
繰り返すがストームコーザーが全軍の武の象徴だ。グランダイトという人物の半身と言っていい。
そんな超重要物体を、どこの馬の骨とも知れねえブレイブとかいう珍妙集団の献上に頼るってのは、
少なくともオフィシャルには口に出せまい。
たとえ暗黙の了解だったとしてもだ。王の発言には、相応の責任と重みが伴う。
絶対君主がスズメを害鳥だと言えば、民衆はスズメを絶滅するまで狩り殺さねばならない。
スズメの喰ってた害虫が代わりに大繁殖して、稲も麦も全部食い尽くされて餓え死にしようとも。
>「とにかく…パチモン…つまり代替品で済ますのは僕は反対だ。その場で首が飛ぶどころか最悪な事態を招く事になる予感がする」
「パチモンだめぇ？大丈夫だって分かりゃしねえって！機能は一緒なんだからよ！
むしろ出自不明の訳分からん魔剣よかちゃんとした工業生産品の方が信頼性あるくない？
なんなら天然の魔剣より高性能でコンパクトなスゴイのが出来ちゃうまであるよ」
>《うん。覇道が本当にストームコーザーを欲しているのか？ という件はさておくにしても、
私も代替品案はお勧めしないよ。彼はそれで納得してくれるほど優しい男じゃない。
ストームコーザーを欲しているとしたら、それは正真正銘の『本物』でなければならない。
ゴネる俺に、バロールがなんか口を挟んで来やがった。
なんだおめーも天然モノ至上主義者か？安くて旨くて安全な養殖モノの企業努力を敬えよ！おお！？
-
>《例えば明神君、君が価値のあるトレーディングカードなんかを蒐集していたとして――
本物でないレプリカで満足できるかい？絵柄は同じなんだからこれでいいだろ、と言って、納得できるかな？》
「は？絶許だが。戦争なんだが？」
脊髄で答えて、それから俺はようやく自分の発言を吟味した。
「……戦争だったわ」
思っクソ戦争起きてんじゃねえか。
でもこれで納得がいった。確かにパチモン掴んであの覇王が満足するとは思えん。
ジョンの言う通り、下手すりゃ打首獄門だ。俺ゲーマーだからそういうの分かっちゃう。
「そーなると……やっぱ顧客の要望を過不足なく満たすには、テンペストソウルをナマで手渡すしかない感じか？
あるいはこの世のどっかにある『かも知れない』ストームコーザーの現物を探してくる。
どっちも無理だと思いますよ俺は。かぐや姫もびっくりの無理難題だな」
あるいは。それこそかぐや姫みたいに、ホントは全然交渉の余地なんかなくて、
俺たちに諦めさせるためにわざと無理難題ふっかけてるのかもしれないけれど。
要望を達成しようがしなかろうが、軍事費がモリモリ掛かってんのは変わらないしな。
その場合ソウルないし魔剣持ってったらどうなるんだろう。
お祭りの型抜きみたいに難癖つけられて再提出とかになったりすんのかな。
>「そうだな……そもそも、テンペストソウルは本当に入手不可能なのか？」
会議がどん詰まりにならんとしたその時、焼死体が再び口を開いた。
>「設定上、テンペストソウルは風精王の魂……その集合体だ。
つまりゲーム的な表現をするなら、現存するテンペストソウルは――
『テンペストソウル+n』とでも呼ぶべき代物になっているはずだよな？」
複数の魂が寄り集まって出来ているのなら、逆にその一部を切り取ることだってできるはず。
焼死体はそう考察した。ローグライクゲーみてえな思考してんなこいつ。
「おおー……確かに。集合体っつうからにはそういうことだよな。
『テンペストソウル＋99』から『＋1』分だけ取り出せるなら、
それをもって『テンペストソウル』ですって言えちゃうわけだ」
そして残りの『テンペストソウル＋98』は、神代遺物としての機能を維持できる。
先代の風精王の頃は『＋98』だったんだから今更それじゃ足らんってことはあるまい。
風精王の代替わりって奴が、不可逆的な融合ではないって前提条件はあるが。
いずれにせよ、確かめてみる価値はある。
「冴えてんな焼死体！早速あの催眠音声コンビにケーキの切り分けをお願いしに――」
>「正直な話――俺はアイツらがあまり好きじゃない。奴らは、誰もかもを舐めてやがる。
だが、焼死体の舌は名案を述べるに終わらなかった。
奴の口は、いつになく動いた。
>「いつか世界の為に戦う時も、俺達がアイツらの間に入って、お手々を繋がせてやるってのか？
「何だよ、めちゃくちゃ喋るじゃねえか今日は。……おい、マジでどうした」
>「ち……ちょっと？ エンバース？」
>「エンバース…君の言いたい事はわかる…でもどうしたんだ？君らしくないぞ？」
-
急に滑りの良くなった蓄音機のように、どこか熱に浮かされた口調でエンバースは喋る。
その異様な光景に、俺もジョンも、なゆたちゃんも気圧された。
いつもはROMってるか突発的に皮肉をリプしてくるだけのこいつが、
こうも感情を顕にするのは、ものすごく久しぶりのように感じる。
出会ったばかりの頃のこいつは、こんな風に必要なことも要らんことも喋る饒舌な男だった。
王都でも、こんな風にまくしたてる焼死体と楽しくデッキ議論に花咲かせたのを覚えてる。
いつからか――アコライトを出たあたりから、口数が激減した。
これまで黙っていた分を取り返そうとしているかのように、俺には見えた。
>「……後は、そうだな。明神さん……その、随分可愛げの増したサナギについてだ。
見たところ、さっきはベルゼブブの翅に反応していたように見えた。なら――他の素材は？
そう、アンタはもう一つ持っているよな――最高級のレアモンスターがドロップした、レア素材を」
「……そうだな」
焼死体の言葉が何のことを指しているのか、多分この場で分からない奴はいないだろう。
胸ポケットの中で淡く光を放っている、純白の羽。
『笑顔で鼓舞する戦乙女』――マホたんの、ドロップアイテムだ。
そっと摘み上げた羽をマゴットの上に翳すと、纏った燐光が一粒、二粒と滴り落ちるように蛹へと吸収されていく。
『蝿王の翅』と同じ反応だ。モンスターのレア素材から、エネルギー的なものを取り込んでるようにも見える。
蛹の中で何が起こってるのか皆目検討もつかないが、これでふたつ、何らかの反応は得られた。
あとは、僅かな手がかりから羽化の条件を類推していくしかない。
しばらくマゴットの表面を撫でてから、俺は顔を上げた。
「やっぱお前は口さがない方が良いな。全方位にクソデカブーメラン投げまくってんのがお前って男だぜ。
もっとお喋りしようぜ、ゲームのこととかよ」
>「……俺からは、そんなところだ」
言うだけ言って、焼死体はまた火が消えたみたいに押し黙ってしまった。
「話疲れて寝ちゃうおじいちゃんかよお前……」
>「………はー」
なゆたちゃんは、エンバースの豹変にすっかり肝を抜かれたようだった。
でかい目をぱちくりさせて、鎮火した焼死体の顔を眺め続けてる。
>「決めるのは…なゆ…君だ。君の判断でこの草原の行く先は決まる…
よく考えてくれ…なにが僕達に一番大切なのか必要なのか…」
「ま、ま、どういう結末になろうが『こうすりゃ良かった』なんてのは全部後知恵だ。
俺たちには配られたカードしかない。熟考すんのは大事だが、気負いすぎんなよ。
元はと言えば――人望がぴくちりもねえ魔王様が悪いんだからよ」
ぶっちゃけ俺たちが背負い込んでるのは要らん気苦労だ。
あのバロールとかいうクソ魔王が閣下の手綱をちゃんと握ってりゃ、こんな厄介な事態にはならなかった。
こぼれたミルクが皿に戻らないなら、後はみんなで舐め舐めするしかねえんだ。
>「オーケイ！ わかりました！！」
しばらくエンバースに釘付けになってたなゆたちゃんは、弾かれたよう顔を上げた。
自分の太ももをピシャリと叩く。なんか戦国武将みてえな風格になってきたなこいつ……。
-
>「みんな各々意見はあると思うけど、今回はエンバースの意見を採用！
エリにゃんとロスタラガムのことは追わないし、止めない。好きにやらせよう」
「マジか。シルヴェストル絶滅するんじゃねえの」
>「と言っても、ふたりが持ち帰ったテンペストソウルを横取りする、っていうことじゃなくて。
時間稼ぎだよ……ふたりがテンペストソウルを狙うなら、双巫女はそれを阻止しようとするでしょ。
思わず反駁しそうになったが、なゆたちゃんの本旨はそこにはなかった。
フタミコ――レクス・テンペスト持ち二人が相手なら、一方的な殺戮はまずあり得ない。
なら、俺たちのタスクである『継承者の足止め』は、連中が勝手に代行してくれるわけだ。
巫女側が勝利すれば当面はそれで良し。継承者が勝ったとしても、十分に時間は稼げる。
誰にも邪魔されないフリーな時間が２日分も棚から降ってくるって寸法だ。
そして２つの勢力が拮抗してるなら、双方疲れ果てたところで俺たちが漁夫れる。
継承者を後ろからぶん殴ってぶっ倒し、テンペストソウルから一枚分引っ剥がせる。
……完璧な作戦じゃねえか。
稼ぎ出した時間で何すりゃいいか全然わかんねえってことを除けばな。
まぁそこはなんか、考えよう！２日もありゃなんか思いつくって多分！
>「……何より、さ。
今までずっとわたしたちに協力してくれるだけだったエンバースが、初めて意見を言ってくれた。
それが、わたしは嬉しかったから。そんなエンバースの言い分を無碍にすることは、わたしにはできないよ。
ね？ エンバース」
「そこも異論なし。エモいからってだけが理由じゃねえぞ。
俺は、焼死体のゲーマーとしての勘を信じる。ブレイブ式のRTAチャートってやつをな」
双巫女関連のミッションはまともに実行すると２日期限いっぱいまでかかってしまいます。
だからここで継承者を放置しておく必要があったんですね。
多分これが一番早いと思います。俺もそう思います。
>「グランダイトとシルヴェストルに戦争はさせない。世界の風もなくさせない。
ついでにエリにゃんとロスタラガムを撃退する。あと、マゴットがベルゼブブになる方法も探せればかなー。
ひとつのクエストの中にミッション4つ！ ワオ、結構やりがいあるじゃん？ 気合入ってきたー！！」
「たまんねえな、最高じゃねえか。全然なんも事態は好転してねえけど、モチベだけは湧いてきた。
この逆境が俺の実家だ。全部覆して、大団円を掴んでやろうぜ」
俺のこういうリスク中毒的なところ、絶対身を滅ぼす悪癖だと思うんだけど、でもやめられねンだわ。
難易度が高いほど燃えちまう、変えられない俺の生き方。ゲーマーの切って離せねえ習性だ。
なゆたちゃんは流れるように明日の段取りを決める。
ソロバンに会ってわずかにでも情報が得られれば、そいつを足掛かりに手探りで進む。
ノープランも良いとこだが、それでも前に踏み出せる気がするのは、こいつの人徳って奴なんだろう。
>「エンバース！ みんな仲良く手を取り合って、世界を救ってやろうぜぃ！
今回も頼りにしてるよ……わたしのこと、守ってね？」
なゆたちゃんは嬉しそうに焼死体に歩み寄ると、おもむろに首をクラッチ。
頬が触れそうなくらい至近距離で、花の咲くような笑顔を見せた。
焼死体と女子高生のコントラストの落差で爆弾低気圧が発生し、俺は耐えきれず吹き飛ばされた。
……俺は何を見せられているんだ！！
◆ ◆ ◆
-
>「よっ、青年！ 私と話したいんだって？」
その日の晩、まんじりともせず寝袋を出て散歩していた俺の隣に、例の半透明女が出現した。
カザハ君？なんか勝手にサモンされてっけどいいのこれ？主導権とか大丈夫なやつ？
>「デモンズピューパがどういうモンスターか、だったねぇ。
昆虫をモチーフにしたモンスターっていっぱいいるわけだけど昆虫には完全変態、不完全変態、無変態ってあって……
変態っていってもそっちの意味の変態じゃないよ！？ え、そんなことは知ってる？
まあ要するに腐界の腐肉喰らいがベルゼブブに進化する前の形態。ポ〇モンで言うところのト〇ンセルとかコ〇ーンみたいな！」
「ははん。まぁその辺はだいたい察しついてるよ、こいつの中身は今変態中なんだろ。……そっちの意味じゃなくてな。
俺が知りたいのは、どうすりゃトランセルがバタフリーになってくれるかってことだ」
>「で、進化させる方法なんだけど……愛だよ！」
「何故そこで愛……」
愛。愛て。適当なのはマスター譲りか？おお？
>「あっ、そんな呆れないで。ちゃんと具体的に言うから。
単純なことだ、戦闘の時に出しといて経験値を稼げばいい」
「えっ、マジでトランセル方式なの？」
経験値貯めて、レベルアップして進化。
そんなポケモンみてーな方法でデモンズピューパは羽化するという。
ポケモンやん。えぇ……それ確かな情報？ソースはワザップですとかじゃねえだろうな。
俺はキャタピーから育てる派だったから体当たりが使えたけど、マゴットは糸を吐くすら出来そうにない。
それこそポケモンのパワーレベリングみたく、戦闘の始めに顔だけ出させておくとか。
>「というわけで前の周回の私は蛹を羽化させるにあたっては常に抱いていた。
カザハが文句垂れつつも守ってくれたからな！」
「……なるほど、それで『愛』か」
蛹を抱えて戦うとなりゃ、当然動きは鈍る。狙われても絶対に被弾させられず、体でかばうしかない。
つまりは、子を守り育む親にも似た、『慈愛』が要求されるってことだ。
なるほど性根の腐ったブレモン開発らしい仕様だ。ゲーマーにそんなもん求めるなんてよ。
>「アイテムで進化させる方法もあるらしいんだけどそっちは私はよく知らないんだよなぁ。
じゃあひとまずこの辺で。健闘を祈る！」
言うだけ言って、礼を述べる暇を与えてくれることもなく、半透明女は去っていった。
多分カザハ君のスマホに帰ったんだろう。意図しないサモンとアンサモンって絶対やばいバグだと思うんですけど……。
「アイテムを使う方法ね。マホたんの羽やらに反応してたのは、そういうことか」
マゴットに吸われていったあの燐光。あれは可視化した経験値みたいなもんだったんだろう。
ドロップアイテムに残留した、レアモンスターの経験値。
あるいは、かすかにこびりついた生命力的な何かを、マゴットは啄むように糧にしていたんだ。
成長するために。ベルゼブブへ、羽化するために。
やるべきことは決まった。マゴットを抱えて俺は戦場に立つ。
正気の沙汰とは思えねえが、リスクをたっぷり背負うのは俺のいつものやり方だ。
燃えてきたぜ。
◆ ◆ ◆
-
明朝、アレクティウス執政官ことソロバン殿の執務室。
アポなしで突撃した俺たちに、執政官はすんなりと応対してくれた。
>「不敬な。そんなことを聞いて何になる？ 持っていないから手に入れる、必要なことはそれだけだ。
それより……『詩学』と『万物』は既に始原の風車へ向かったのだろう。
貴公ら、こんなところで油を売っていていいのか？」
「おっしゃるとおり過ぎてなんも言えねえ……」
そりゃ先方からすりゃ、昨日めっちゃ張り切ってテンペストソウル取ってきますっつった集団が、
スタート時間になってもメルガヴァほっつき歩いてれば正論のひとつも差し込みたくなるだろう。
だが忘れるなよ。俺はこの世で正論が最も嫌いで、その次に正論言う奴が嫌いなんだ……！
で、どうにかこうにか話を戻したところ、ソロバンは意外にも邪険に扱わなかった。
質問にもちゃんと答えてくれる。曰く、陛下は昔ストームコーザーを持ってたらしい。
しかもその昔ってのが、そんじょそこらの昔じゃない。
>《一巡目のメモリーホルダー、結構おるんやねぇ》
「いよいよもって例外の方が多くなってきやがったな。
ループ物ってそんなホイホイ記憶漏らして良いの？
どいつもこいつも俺の知らねえ一巡目の話しやがって……」
別に一巡目の俺がどうだったかとかあんま興味ねえけどさあ。
俺は今ここに居る俺だけだ。でも、メモリーホルダー共にとっちゃそうでもねえのか。
「二重に人生送るのって、どういう気持ちなんだろうな。
イブリースも陛下も、ガザーヴァだって、一巡目で失ったものをこの周回で取り戻そうとしてる。
俺は……一度だって、失うことに耐えられそうにない」
そして、俺のこの感想はきっと、手の中にあるものを『まだ失ってない』から出てくるなんだろう。
掛け替えのないものを失って、そいつを取り戻す機会がもしもあるのなら。
俺だって、なりふり構わず世界も滅ぼすかもしれない。
そう。――まだ、失っていないだけ。
ガザーヴァの足取りは未だに分からない。俺の手から、あいつがこぼれ落ちてしまったら。
カザハ君や、ジョンや、焼死体や、石油王や、なゆたちゃんに、しめじちゃんが、居なくなってしまったら。
その時俺は、デウスエクスマキナに祈らずにいられるだろうか。
>「アレク君、陛下が魔剣を見つけたっていう古代遺跡って、どこのこと？」
>「ああ。 確か、キングヒル地下共同溝と――」
閑話休題、執政官殿は俺たちに必要な情報をドンピシャで引っ張り出してくれた。
キングヒル地下共同溝――王都の地下に眠る、インフラ施設兼、ダンジョンだ。
「……ってキングヒルぅ？めっちゃ戻らなあかんがや。こちとらテレポもファストトラベルもないねんぞ」
>「バロール」
>《はい》
>「行って」
「わはは、傑作じゃねえか。世界ブチ滅ぼした魔王様の末路にしちゃ、ドブ浚いは有情な方だぜ。
都市インフラの維持管理は大事なことですよ宮廷魔術師殿。みんなで住みよい街をつくろうね！」
とまぁそんなこんなで、共同溝の方は対応の目処が立った。
バロール側……っていうか石油王が調査に入ってくれるらしい。
あの魔王ホントなんもしねえな。いっぺんヘドロにまみれて来いってマジで。
-
「石油王、雨が降ったら絶対共同溝には入んなよ。確実にえらいことになってるから」
しかし地下共同溝か……俺はトイレに一家言ある上級排便者だから下水道にはちょっと造詣があるんだけど、
テキストによればキングヒルでは地下共同溝の浄水遺跡の性質と、水源に恵まれない地勢から、完全循環型の水供給を採用している。
異界から召喚された謎水と一緒に、雨水や都市から排出された下水も浄化して水道用水に再利用してるわけだ。
異界の何混じってるかわからん粘液にに比べりゃ、生活排水なんか屁でもねえってことだろう。
むしろ、問題なのは雨水の方だ。
キングヒルみたいな石畳の都市は、降った雨が地面に吸収されない。僅かな土の地面じゃ限界がある。
だから都市から雨水を排除する機構が必要になるわけだけど……基本はドブ経由で下水道に垂れ流しだ。
したがって、雨が降れば下水道は生活排水と雨水の混じり合った大量の濁流で溢れかえる。
雨の強さにもよるが、ザーザー降りが一時間も続きゃ水位は人間の背丈を越すだろう。
まともに立ち入れる状態じゃない。下手すりゃ飲み込まれて浄化装置行きだ。
とまれかくまれ、俺達がキングヒルに取って返す必要はなくなった。
次に考えるべきは何だ。念の為パチモンの製造でもやっとく？
>「なるほど、『詩学』と『万物』に後れを取ったため、別の切り口でテンペストソウルを、
ひいてはストームコーザーを手に入れようという作戦か」
すっかり有益な情報源と化したソロバン殿は、またしても重要な情報をポツリと漏らした。
なんでも、テンペストソウルは確認されてるだけでもあと２つあるらしい。
「……んんっ！？どゆこと？テンペストソウルって代々継ぎ足され続けてる秘伝のタレみてえなもんなんだろ。
門外不出のタレがなんで２つも３つも散らばってんだよ」
だが、あり得ない話じゃない。焼死体の言う通り、ソウルの切り分けが可能なのであれば、
この長い歴史の中のどっかで誰かがちょろまかしていてもおかしくはない。
盗まれたのか、合意のもと割譲したか……あるいは、始原の風車にトラブルがあったときの、
いわばバックアップとして、テンペストソウルの一部をどこかに退避させていたのか。
いずれにせよ、光明が見えてきた。
テンペストソウルはひとつじゃない。世界の風を失わせずに、ストームコーザーを作れる。
>「貴公らの働きに期待する」
「情報に感謝する、執政官殿！陛下のご期待にお答え出来そうだ」
こっからは足の勝負だ。第２、第３のテンペストソウルについて心当たりを片っ端から探し回る。
ヴィゾフニールがありゃ行動範囲はぐっと広がる。飛び込み営業の時間だ。
早速飛空船に戻ろう――としたその時。
>「コラ――――――――！！！ やめなさ―――――――――――いっ！！！」
ポヨリンさんを追いかけていたなゆたちゃんが、不意に怒声を上げた。
その視線の先、俺達のヴィゾフニールにタカる、３つの不届き者の影！
>「チッ……、バレちまったか。この船ブッ壊せりゃ手っ取り早かったンだけどなァ」
３つの影は、それぞれ３つの色を持っていた。
目に痛い原色。赤と、青と黄の配色が、俺の脳裏に直撃する。
記憶が、記憶が蘇る――！
「馬鹿な……そんな……まさか……」
俺は知っている。この３つの色を。
そして覚えている。この３人が、如何なるパーソナリティの持ち主かを。
いやさ、ブレモンクリア勢なら忘れてる人間なんか一人たりとも居ないだろう。
-
曰く、『世界観が迷子』。曰く、『プリキュアのパチモン』。曰く、『ゴっさん風評被害シリーズ』。
闇鍋の如くごった煮のブレイブ＆モンスターズにおいて、殊更に登場作品を間違えた者たち。
ブレモンきってのイロモノNPC集団。その名は――
>「「「胸に抱くは！ 三つの叡智！！ デスティネイト・スタ――――――――――ズ！！！！」」」
「ぐえええええええええっ！！！！」
名乗りを上げるが早いか、俺はもんどり打って五体を地に投げ出した。
ガザーヴァ（ゲームのすがた）に次ぐみんなのトラウマが海馬の奥から這い出てくる！
トラウマっていうか、なんていうか、その、ね。
俺はさぁ！剣と魔法のファンタジーのゲームをやってんだよ！
こんな、フリッフリのきゃわわな衣装来た魔法少女をさぁ！急にお出しされてもさぁ！
電車の中とかでブレモンやれないじゃん！！！（社会人の叫び）
先行開発技術試験部隊『星々の到達点（デスティネイトスターズ）』。
霊銀結社の若手魔術師、もとい魔法少女で構成された、結社唯一の実戦部隊だ。
詳細はまぁ見ての通りだから割愛するとして、こいつらは結社関連のシナリオで深く関わることになるNPCだ。
信じらんないほどノリが軽く、それまでの重厚で薄暗いストーリーの雰囲気を完膚なきまでにブレイクする。
ちょっとしたカルチャーショックだ。原色がピカピカしてて目にも悪い。
何よりもこいつらは――『キャラデザが可愛い』。
たぶんこいつらだけ画面に表示されてたら、誰もブレモンやってるとは思わないだろう。
そしてこういう派手でアニメチックなデザインのキャラが出てくると……電車の中でゲームしづれえんだよ！！！！！
ついでに言えば自分のアバターとの落差もひどい。
おっさんキャラでプレイしてると、マジでプリキュアの中に一人だけおっさんが混じってる異物感が脳を破壊する。
俺は破壊された。心を無にしてプレイするほかなかった。
そんなデスティネイトスターズだが、関連シナリオの評価は高いし、報酬も美味い。
最終ミッションで手に入る剣が水属性最強のつよつよ魔剣だもんだから、多くのプレイヤーはこいつらを知悉しているだろう。
そして――その強さも。
>「上からの命令なンでね。オマエらに『詩学』と『万物』の邪魔されると困ンだわ。
悪ィが、ここでオレたちと戦ってもらうぜ……タイムアップまでな！」
「マジかよ……ゴっさんの野郎、とんでもねえ連中を投入してきやがった」
>「みんな、気を付けて。明神さんとエンバースは分かってると思うけど……。
カザハとジョンは特に！ このコたち、強い――！！」
「マル様親衛隊が欠員なしで勢揃いしてると思って掛かれよ！
こいつらは十二階梯筆頭の弟子みてえなもんだ。素の能力に加えて結社の最新装備でガチガチに武装してやがる。
火力で言えば最新パッチのレイド級が３体いっぺんに襲いかかってくるのと同等……！」
クソっ……やりたくねえなあ！俺こいつらと仲良く冒険しちまったよ！
ニチャニチャ締まりのない笑顔でシナリオ最後までプレイしちゃったよ！
>「ッハハ！ 評価が高くて嬉しいねェ！
だがなァ……オレたちゃ、オマエらの評価の更に！ 50000倍は強ェェ！
そいつを今から見せてやンよ！ 行っっっっくぜェェェェェェェェ――――――――ッ！！！！！」
赤の魔法少女――ルブルムが背中から大鎌と大槌を抜き放ち、その小柄が嘘みたいにデカイ得物を振り回す。
重心どこにあんだってくらいアンバランスな殺意の塊は、まっすぐ俺を進路に定めた。
-
>「シィィィィィィィィィッ！！！！」
「お、お、お、俺ですかぁ！？や、ヤマシタッ！防御しろ！！」
サモン。ピンクのハッピをサーコートにした革鎧が俺とルブルムの間に立ちはだかる。
騎士モードの大盾で、大鎌の一撃を阻んだ。
二撃。横合いから飛んだ大槌が、革鎧をあっけなく吹っ飛ばす。
「マジかっ……！」
>「ハッハァ！！ 均（なら）せ、スレッジリーパー！！」
ヤマシタは地面に突き立てた大盾を軸に回転し、衝撃を殺した。
反転、俺に飛びかからんとしたルブルムに仮借ないシールドバッシュをぶちかます。
ルブルムはたたらを踏むも、すぐに攻勢へと転じた。重量感を感じさせない、２つの巨大な武器の乱舞。
「シールドバッシュ！シールドバッシュ！バッシュ！バッシュ！バッシュ！」
応じるように、ヤマシタも大盾を振り回してルブルムの連撃を迎撃する。
盾のデカさのおかげでどうにか防御は出来てるが、防戦一方は覆せない。
ジリ貧だ。盾の耐久は無限じゃない。ぶっ壊される前に、怨身換装で反撃の一手を――
瞬間、ルブルムが火を吹いた。
「火を吹いたぁ！？」
思わずびっくりしちまったが、これも知ってる。ルブルムは半竜人だ。
そりゃ火くらい吹く。こいつのお姉ちゃんも火ぃ吹くしな。
だが、火炎のブレスはヤマシタを焦がさなかった。
着火したのは――鎌と槌。
>「『火宴（スカーレット・イグニッション）』！ お楽しみはこれからだぜェ、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』！！」
「なっ、なんだそれ！？そんなスキル知らね――」
炎が殺意の円弧を描く。間一髪で俺の横合いを致死の火線が擦過して行った。
腹にくくりつけたマゴットが苦しむように身を捩る。
ベルゼブブは炎が弱点だった。このまま高温に晒されれるのはまずい。
背後へ跳躍しつつ、ヤマシタに再び割り込ませる。
燃える武器が革鎧の表面をジリジリ焦がし、盾に至ってはほんの数秒で燃え落ちてしまった。
「こいつもシナリオより成長してやがる……！」
『火宴』なんてスキル、ゲームのルブルムは使わかなかった。
仲間として共闘したこともあるからわかる。こいつは本編未実装のスキルだ。
――マルグリットの聖灰合体と同じ。シナリオとは離れた時間軸で、こいつが新たに習得した技術。
プレイヤーの持ちうるデータは、NPCに対するワイルドカードにならない。
「クソっ、クソがっ！なんで俺の相手はどいつもこいつもテンションのぶっ壊れた女なんだよ！！」
ガザーヴァといい、シェケナベイベといい、こいつといい！
……なゆたちゃんといい！！
イカれた女難の相でも出てんのかな！？
-
>「大丈夫、ここのフィールドは風属性だ。
それに……この世界は日曜朝の健全な女児向けアニメじゃない！ 桃色大旋風《ピンクタイフーン》！！」
その時、戦場に突風が吹き荒れた。
風はルブルムのスカートをはためかせ、僅かに動きに硬直が見える。
「――隙あり！『スパイダーベイビー』！！」
ずっと続けてきた訓練の賜物だ。俺はほんの一瞬の硬直を見逃さなかった。
闇属性魔力で形成したボーラがルブルムのふたつの得物に絡みつき、自由な動作を封じる。
火炎の前に数秒と持たず焼け落ちるだろうが、その数秒が稼げりゃ十分！
「そしてお馴染みのぉぉぉ！『工業油脂(クラフターズワックス)』！！
バンバカ燃やしやがって、顔が怖いんだよトカゲ女がぁっ！こいつで焼きドラゴンになっちまいなぁ！！」
スペルカードをプレイ。
黄金に輝く油脂が迸り、ルブルムへ波濤の如く迫る。
工業油脂は引火性だ。あの荒野でベルゼブブを堕とした時のように、付着した全てを粘ついた炎で包む。
火竜の血を引くルブルムにとって、炎はそよ風ほどにもダメージとならないだろう。
だが意図しない火勢の拡大は、周囲から酸素を奪う。燃料気化爆弾の殺傷原理だ。
「考えようによっちゃ渡りに船だ！
こいつら、デスティネイトスターズは希少素材の採集の為に、大陸中を渡り歩いてる！
テンペストソウルの在り処を何かしら知ってるかもしれねえ！！」
スターズは試験部隊であると同時に、霊銀結社で扱う魔法資源の収集も担ってる。
ソロバンの言う通り、テンペストソウルが始原の風車以外にあるんだとすれば、
魔術の総本山たる霊銀結社がその消息を追ってる公算は高い。
『黎明の』ゴットリープが口を割らなくても、頭アッパラパーな魔法少女共は交渉の余地があるはずだ。
ぶっ倒して、ふんじばって、なだめすかして、アメでもくれてやって。
新たな情報源にできる見込みは、十分ある！
【戦闘開始。ルブルムの武器をボーラで縛り、工業油脂噴射】
-
【クリミナル・リベレーション(Ⅰ)】
『みんな各々意見はあると思うけど、今回はエンバースの意見を採用！
エリにゃんとロスタラガムのことは追わないし、止めない。好きにやらせよう』
少女が膝を打つ/遺灰の男が顔を上げる。
「俺の？……あれは、ただの冗談――」
『と言っても、ふたりが持ち帰ったテンペストソウルを横取りする、っていうことじゃなくて。
時間稼ぎだよ……ふたりがテンペストソウルを狙うなら、双巫女はそれを阻止しようとするでしょ』
「……ああ、なるほどな。そういう事か」
遺灰の男＝冷静な反応――その実、未だに理解が追いついていない。
出来る事＝腕組み/足組み/堂々たる態度を徹底――そして無言を貫く。
『喪われたストームコーザーを探すにしても、レプリカを造るにしても。
何をするにしても、時間は必要。……カザハにはつらい選択だと思うけど、でも、ここは呑み込んでほしい』
ここでようやく、遺灰の男は少女の論旨を理解――不意に、少女と目があった。
『……何より、さ。
今までずっとわたしたちに協力してくれるだけだったエンバースが、初めて意見を言ってくれた』
屈託のない笑顔――心臓なんてないはずの胸が疼く。
『それが、わたしは嬉しかったから。
そんなエンバースの言い分を無碍にすることは、わたしにはできないよ。
ね？ エンバース』
『そこも異論なし。エモいからってだけが理由じゃねえぞ。
俺は、焼死体のゲーマーとしての勘を信じる。ブレイブ式のRTAチャートってやつをな』
エンバース/焼死体――自分ではない/とうに消え失せたはずの男の名で、自分が呼ばれる。
彼らの視界の中に、自分はいない――それは遺灰の男にとって、苦痛だった。
耐え難く/受け入れ難い――魂が引き裂かれるような苦痛。
――これは、なんだ。これは……この、感情は。
遺灰の男は――思考する。これも、人生の欠片なんだ。
俺は今、本物の存在にまた一歩近づこうとしているんだ。
――俺は、悲しんでいるのか。それとも……寂しがっているのか。
どちらにせよ――いい傾向だ。俺は成長している。成長しているんだ。
そう思わなければ――その苦しみには、耐えられそうになかった。
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【クリミナル・リベレーション(Ⅱ)】
『ってことで！』
なゆたが椅子代わりにしていた木箱から立ち上がる/仲間を見渡す。
『グランダイトとシルヴェストルに戦争はさせない。世界の風もなくさせない。
ついでにエリにゃんとロスタラガムを撃退する。あと、マゴットがベルゼブブになる方法も探せればかなー。
ひとつのクエストの中にミッション4つ！ ワオ、結構やりがいあるじゃん？ 気合入ってきたー！！』
『たまんねえな、最高じゃねえか。全然なんも事態は好転してねえけど、モチベだけは湧いてきた。
この逆境が俺の実家だ。全部覆して、大団円を掴んでやろうぜ』
楽しげな声/不敵な笑み――遺灰の男には、「それ」をどう作ればいいのか分からない。
僅かに俯く遺灰の男＝二人と同じ表情を作ろうと試みる――だが出来ない。
闇色の眼光が諦めたように弱々しく萎む/そして――蒼く瞬く。
「――エリにゃんとロスタラガムを見逃すのは些か不服だけどな。
まあ……お楽しみは最後に取っておく、という味方も出来るか」
記憶の参照――大口を叩き/不敵な笑みを見せる。
「全てを片付けた後なら、別にアイツらを倒してしまっても、構わんのだろう――」
だが――不意に遺灰の男の目が眩んだ。
視界が揺れる/野営地の中にあるはずのない物が映る。
見覚えのない場所/見覚えのない人物が、現実に重なって見える。
遺灰の男が視界を右手で覆う/幻覚はすぐに収まった――その正体も分からぬまま。
「……モンデンキント？」
そして――気がつけば遺灰の男の眼前に、少女が歩み寄っていた。
少女は遺灰の男の首に右腕を回す/己の傍へと引き寄せる。
灰で出来た体はやや勢い余って、その導きに従う。
『エンバース！ みんな仲良く手を取り合って、世界を救ってやろうぜぃ！』
少女が笑う――白い歯を覗かせて/悪戯っぽく＝可愛らしく。
草原を駆ける風が、少女の髪を潜る/遺灰の男の頬を撫でる。
綺麗だと、そう思った/風が心地いい、その意味を理解した。
だからこそ――遺灰の男の魂は、苦痛によって満たされた。
こんなにも近くにいるのに――この少女の瞳に、自分は映っていないのだと。
『今回も頼りにしてるよ……わたしのこと、守ってね？』
遺灰の男＝衝動的に、少女の肩を掴む/押し退ける。
不味い事をしたと気づいた時には、もう遅かった。
「……その、なんだ」
言い訳＝思いつかない――再び、眼光が蒼く明滅する。
「……照れるぜ。あんまり、近いと」
魂がずたずたになるような苦痛の中、遺灰の男はそう吐き捨てた。
-
【クリミナル・リベレーション(Ⅲ)】
『陛下がどうして魔剣を所持しておられないのか、だと？』
翌日、ちびっ子執政官＝アレクティウスは早朝からの訪問者に生意気な口を利いた。
遺灰の男は何か気の利いた返答をしようとして――しかし、何も思いつかなかった。
『不敬な。そんなことを聞いて何になる？ 持っていないから手に入れる、必要なことはそれだけだ。
それより……『詩学』と『万物』は既に始原の風車へ向かったのだろう。
貴公ら、こんなところで油を売っていていいのか？』
「……これは年長者からの助言なんだが、あの二人の行動を参考に何かを決めるのは、賢い選択とは言えないな」
蒼く瞬く眼光――結局、エンバースの記憶無しに遺灰の男が出来る事は殆どない。
《一巡目のメモリーホルダー、結構おるんやねぇ》
『いよいよもって例外の方が多くなってきやがったな。
ループ物ってそんなホイホイ記憶漏らして良いの？
どいつもこいつも俺の知らねえ一巡目の話しやがって……』
「記憶が引き継がれないループ物よりマシなんじゃないか？」
『二重に人生送るのって、どういう気持ちなんだろうな。
イブリースも陛下も、ガザーヴァだって、一巡目で失ったものをこの周回で取り戻そうとしてる。
俺は……一度だって、失うことに耐えられそうにない』
「……意外と、そうでもないさ」
遺灰の男の呟き/蒼く明滅する眼光＝エンバースの記憶。
「ゆっくりと押し潰されながら、慣れていくんだ。失った事に。失う事に。
諦めが自分の中に積み重なって――それが段々と自分になっていくんだ」
不意に、また視界が揺れる/瞬く――ここではないどこかが現実に重なる。
「みじめな気持ちさ。もう二度とあんな自分にならない為なら、なんだってするだろうな」
頭を振る/右手で視界を塞ぐ――手を退けると、幻覚はもう消えていた。
『アレク君、陛下が魔剣を見つけたっていう古代遺跡って、どこのこと？』
『ああ。
確か、キングヒル地下共同溝と――』
「……妙だな」
《あはは、大丈夫よ〜。なゆちゃん、心配してくれておおきに〜。
うちも丁度、身体を動かしたいと思とったところやし〜。色々試したいこともあるしなぁ。
渡りに船ちゅうやつなんよぉ。ま、一応護衛にここの騎士を何人か見繕ってから行ってみるわ〜。
何とか期限までには成果が出せるよう間に合わせてみるさかい〜》
『ありがとう、みのりさん！
でも本当に気を付けて！ 危なくなったらすぐ撤退でお願い！』
「みのりさん、アンタなら気付いてるだろうが……マジで無理をする必要はないからな」
遺灰の男＝エンバースの記憶に従った警告――ちびっ子執政官の情報には、一つ不自然な点があった。
キングヒル地下共同溝に魔剣があるのなら――何故、グランダイトは始原の風車を狙ったのか。
一巡目の記憶があるのなら、それを活かしてもう一度同じ方法で魔剣を入手すればいい。
だが、グランダイトはそうしなかった――そこには、何か理由がある筈だった。
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【クリミナル・リベレーション(Ⅳ)】
『さて……。じゃあ、わたしたちはどうしようか』
「選択肢はそう多くない。保険代わりに明神さんのプランを進めるか――」
『なるほど、『詩学』と『万物』に後れを取ったため、別の切り口でテンペストソウルを、
ひいてはストームコーザーを手に入れようという作戦か』
「……別の切り口で、テンペストソウルを？どうしてそう思った」
蒼く揺れる眼光＝ちびっ子執政官を睨む――アレクティウスの発言に違和感があった。
別の切り口でテンペストソウルを入手――そんな発想はエンバースにも出来なかった。
何故か――テンペストソウルの入手先は、始原の風車以外には無いと思っていたから。
逆説――アレクティウスにその発想が出来たという事は。
『ふむ。
魔剣ストームコーザーを錬成するためには、テンペストソウルが必要不可欠だ。それがただひとつの方法なんだ、だが――
テンペストソウルは、実はひとつじゃない』
「……なんだと？」
エンバースの記憶が、殆ど無意識に遺灰の男を一歩前へ運ぶ。
テンペストソウルを二つ以上入手する方法は、ゲーム内には存在しなかった。
プレイヤーの視点からでさえ知り得なかった情報を何故、ちびっ子執政官は知っている。
『えっ？ 始原の風車以外にも、あとふたつもテンペストソウルが存在するってこと？』
『そうだ。我々の調べでは、少なくともあとふたつある。いや……あるはずだ。未だ憶測の域ではあるが、間違いあるまい』
「……どこの情報だ。実際は小数点以下の確率で盗めるとか言うんじゃないだろうな」
『……んんっ！？どゆこと？テンペストソウルって代々継ぎ足され続けてる秘伝のタレみてえなもんなんだろ。
門外不出のタレがなんで２つも３つも散らばってんだよ』
「……零れ落ちたのかもな。シルヴェストルの歴史はそれなりに長そうだ。
その中に、カザハみたいなヤツが一体や二体いたって不思議じゃないさ」
『あとふたつ！ それって……すっごい情報！ そんな貴重な話、わたしたちに教えちゃっていいの！？』
「さては……お前、エリにゃんよりも「こういうの」が趣味なんだな？
やめとけ、やめとけ。見る目はあるようだが……勝ち目がないからな」
『なに……僕も『詩学』と『万物』はあまり好きになれなくてな』
『……そうなの？』
「照れなくたっていい。お前くらいの年頃のガキには、コイツの距離感は毒だよな――」
遺灰の男/疑似エンバース＝その後もちびっ子執政官に完全にシカトされる――特に傷ついた様子はない。
『貴公らの働きに期待する』
「最後まで素直じゃないな。アイツらが嫌いなんだろ？だったら、ちゃんとこう言え――勝てよ、ってな」
-
【クリミナル・リベレーション(Ⅴ)】
異邦の魔物使い一行＝メル・カヴァを後に/情報収集は成功した。
テンペストソウルは複数存在する/次のタスク＝当然、その所在の特定。
遺灰の男＝エンバースの記憶を参照――風精/風属性関連の土地を思い出す。
『ぽよよよっ！！』
『わっ！ ポヨリン！？』
不意に主の腕を飛び出すポヨリン＝向かう先はヴィゾフニール――その周囲に、三つの影。
赤/青/黄+フリフリ/キラキラ＝魔法少女然としたコスチューム。
遺灰の男＝エンバースの記憶が疼く。
『コラ――――――――！！！ やめなさ―――――――――――いっ！！！』
「おいおいおい……アイツら、まさか――」
『チッ……、バレちまったか。この船ブッ壊せりゃ手っ取り早かったンだけどなァ』
『――フラウスがボヤボヤしてるから。フラウスに比べたら、ガンダラクロナメクジの方がまだ素早い――』
『えぇ〜？ 私？ さすがにガンダラクロナメクジよりはギリギリ素早いと思いたいなぁ〜』
『あなたたちは……！』
『馬鹿な……そんな……まさか……』
「そのまさかだ、明神さん！なんてこった……本物だぞ！」
蒼く/高速で明滅する双眸＝エンバースの強烈な記憶/感情が、言動に影響を及ぼしている。
『ククク……オレたちのことを知ってますってツラだな、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』。
だが、自己紹介はさせて貰うぜ。セルリア！ フラウス！』
「ああ、ああ！是非そうしてくれ……！この際、ヴィゾフニールへの悪戯には目を瞑ろう――！」
遺灰の男＝自制が利かない/己の意思に反して両手が拳を固める。
『赤き焔（ほむら）に、燃え立つ叡智！ デスティネイト・ルブルム！！！！』
「うおお！明神さん、早く！早くカメラを回すんだ！モタモタするな！」
はしゃぎ散らかす遺灰の男。
「『『『胸に抱くは！ 三つの叡智！！ デスティネイト・スタ――――――――――ズ！！！！』』』」
挙句の果て＝美少女三人にハモって名乗りを上げる。
「……で、そのデスティネイト・スターズが俺達に何の用だ？」
遺灰の男＝突き上げた拳を下ろす/手を開く/手のひらを見つめる――自分の変調に動揺を隠せない。
『上からの命令なンでね。オマエらに『詩学』と『万物』の邪魔されると困ンだわ。
悪ィが、ここでオレたちと戦ってもらうぜ……タイムアップまでな！』
「そりゃ、魅力的なお誘いだ。だが、悪いな――おままごとに付き合ってる時間はない」
『みんな、気を付けて。明神さんとエンバースは分かってると思うけど……。
カザハとジョンは特に！ このコたち、強い――！！』
「ああ、知ってるさ……！だが、やるしかないんだろ――」
-
【クリミナル・リベレーション(Ⅵ)】
『ッハハ！ 評価が高くて嬉しいねェ！
だがなァ……オレたちゃ、オマエらの評価の更に！ 50000倍は強ェェ！
そいつを今から見せてやンよ！ 行っっっっくぜェェェェェェェェ――――――――ッ！！！！！』
赤の魔法少女＝跳躍/肉薄――大鎌が踊る/大槌が唸る。
『ハッハァ！！ 均（なら）せ、スレッジリーパー！！』
「ちっ……そのまま耐えてろ、明神さ――」
遺灰の男＝明神の援護に踏み出す――瞬間、その懐に潜り込む青い影。
『――『燃え残り（エンバース）』。燃え滓はきちんと処理して捨てましょう、燃えるゴミは月、水、金――』
襲い来る打撃の嵐＝三節に分離した長杖、その両端を両手に構えた超接近戦仕様。
血塗れの長槍では防ぎ/捌くだけで手一杯――反撃に転じる余裕がない。
ならば、どうするか――単純明快＝防御しなければいい。
「黙れ、俺はゴミじゃない」
袈裟懸けに迫る殴打/敢えて防がない/棍が顔面にめり込む――瞬間、弾け飛ぶ遺灰の頭部。
灰化による回避/前へ踏み込む＝棍の射程の更に内側――槍の柄で弧を描くように殴打。
半ば衝動的な＝手加減なしの魔物の腕力――青の魔法少女、その肉体が弾ける。
遺灰の男＝頭部を再生＝驚愕/後悔の入り混じった表情――不味い事をした。
『――甘い。大甘、上等の料理にハチミツをぶちまけるが如き――』
その表情が、左右同時の唐竹割りによって打ち砕かれた。
「なっ――！？」
不意を突かれた/灰化は出来なかった――何が起きたのさえ、分からなかった。
唯一の救い＝灰の五体は、軽い――大きく吹き飛んで、致命的な追撃は免れた。
空中で体勢を整え、再生/着地――今度はこちらから青の魔法少女へ飛びかかる。
跳躍の勢いのまま朱槍を振り下ろす/引き裂かれる青の魔法少女。
槍を引く/そのまま大きく引き絞る/踏み込み――刺突/刺突/刺突。
『――複合魔法（コンポジットスペル）、『幻影流体（ファンタム・フルイド）』――』
連撃＝全てがセルリアに命中――そして何の成果も得られなかった。
互いに回避スキル持ち/勝敗を分ける要因＝単純明快――本来の実力。
そしてその一点において遺灰の男は――青の魔法少女よりも劣っていた。
「ちぃ……ッ！」
白兵戦では分が悪い＝遺灰の男は後退/右腕を薙ぎ払う/闇色の火柱が草原に踊る。
火炎でセルリアの接近を阻む/フラウの触腕で間合いの外から攻撃する。
遺灰の男の算段――瞬時に瓦解＝セルリアは水属性魔法の妙手。
炎の防壁は瞬時に鎮火され――対手の接近が阻めない。
攻撃が当たらない/避けられない――ダメージが嵩んでいく。
半壊された頭部の再生が遅い＝不死者としての機能低下/HPの低下。
このまま劣勢が続けば――そう遠からず、遺灰の男は戦闘不能に追い込まれる。
-
【クリミナル・リベレーション(Ⅶ)】
「クソ……クソッ！」
〈――まったく、あんまり情けない声を上げないで下さい。
あなたは一応、ハイバラという事になってるんですから〉
白い閃光＝見かねたフラウの援護――トリシエラを弾く/セルリアを八つ裂き。
無論、ダメージは与えられない/それでも一旦距離を取る程度の時間は稼げた。
〈ひとまず――時間を稼ぎましょう。攻撃は無駄です。何も考えず、凌いで下さい。
下手の考え休むに似たり、ですよ。あの新スキルの対策は、私が考えますから〉
「……嫌だ」
〈――なんですって？〉
フラウの提案＝いつも通りに辛辣/だが遺灰の男は――いつも通りではなかった。
己を「燃えるゴミ」と呼んだ女にやり込められた/手も足も出なかった。
感情に目覚めたが故に、遺灰はそんな自分に耐えられなかった。
あの女を、この手で叩きのめしてやりたかった――エンバースの記憶に頼ってでも。
蒼く輝く眼光＝殆ど衝動的に――遺灰の男は、エンバースの記憶を呼び覚ました。
瞬間、視界が再び眩む――目の前の光景が、何も見えなくなる。
代わりに見た事のない場所＝巨大な切石に囲まれた、煤塗れの丸屋根の下にいた。
セルリアの姿は見えない/カザハ/明神/ジョン/なゆたの姿も――代わりに、一人の男がいた。
「な――何だ……」
『――よう』
「……誰だ、お前」
学生服/白黒入り混じった長髪/年の頃は高校生ほど――やはり、見覚えのない顔。
『なんだ、思ってたより鈍いな。お前、一応俺の成れの果てなんだろ？』
「俺の――？どういう意味だ」
『おいおい、マジで言ってるのか？頼むぜ、そんなんでアイツらが守れるのか？』
学生服の男＝右手で頭を抱える/溜息を零す。
『俺が、お前のオリジナルだって言ってるんだ』
遺灰の男＝呆然/一瞬遅れて理解が追いつく。
「あり得ない。エンバースは、もう消えたんだ」
『ああ、そうさ。エンバースは消えた――代わりにお前が生まれた。
エンバースのふりをして、エンバースの未練を果たすだけの亡霊が」
遺灰の男＝動けない/瞬きさえ出来ない――あくまで、これは幻覚。
生体機能＝脳髄に依存しない、不死者の思考回路が生み出した幻。
『――だが、この俺にも予想出来なかった事が起きた。お前は、進化した。感情に目覚めた。
そして俺の記憶を手繰って――呼び覚ました。何度も、何度も。
分からないか？記憶ってのは、人格と同じなんだ』
「何を――」
言い淀む遺灰の男。
「――俺は、お前の人生の欠片で自分を埋め続けていたのか」
次に学生服の男＝ハイバラが何を言おうとしているのか、分かってしまった。
エンバースの記憶を何度も引き出し、それを学習＝同化してきたが故の現象。
-
【クリミナル・リベレーション(Ⅷ)】
『まあ、安心しろよ。別に俺が蘇ったって訳じゃない――今はまだな。
これは……ボケた爺さんがたまに正気に戻るのと同じさ。
短期間に、色々と思い出しすぎたってだけだ』
ハイバラが遺灰の男へと歩み寄る/その眼前にまで辿り着く――そして、もう一歩。
「な――」
『ちょっと代われよ。手本を見せてやるからさ』
視界の混濁が収まっていく/意識が現実へと戻っていく。
〈……嫌だ？嫌ですって？あなた、そんな事が言えた立場――〉
「――そこまでだ、フラウ。悪いが、そんなに時間がない」
左腕に固定したスマホを操作/液晶から溢れる魔力――スペル使用。
【奮起 ……対象のHPを中程度回復する。
『火が点きましたよ。ああ、勿論、比喩的な意味で』 ――破戒神殿騎士、アイレル――】
液晶から燃え立つ炎/燃え上がる遺灰の男――消耗した体力が回復する。
【握り締めた薔薇 ……対象に特殊バフ『残り火』を付与する。
たとえ枯れた薔薇一輪でも、死者の手から奪わない方がいい ――ニト王立墓地墓守手引書、十三頁――】
再び液晶から昇る炎＝一輪の薔薇を模る――それを遺灰の右手が握り潰す。
遺灰の全身を淡く炎が包む――炎が、死者のかつての姿を朧気に描き出す。
遺灰の男ではろくに使えなかった左腕の円盾――その表面を右手で撫でる。
〈……馬鹿な。あなたは――〉
「デスティネイト・スターズか。ま、リターンマッチの相手には丁度いいか――」
そして、その双眸に――蒼い炎が燃え上がった。
「――三人同時にかかってくるなら、の話だけどな」
-
【クリミナル・リベレーション(Ⅸ)】
不敵な笑み/不遜な言動――それを粉砕すべく迫る青の魔法少女。
遺灰の男＝怯まない/朱槍を構えすらしない――ただ、少女をじっと見ていた。
接近する少女の視線/予備動作/重心移動――それさえ捉えれば、攻撃が見える前から避けられる。
「残念だが、セルリアちゃん。君一人じゃ、役者不足だ」
疾風の如き唐竹割り――遺灰の男は容易く/最小限の足捌きで回避。
反撃はしない/追撃が来る――トリシエラを分離/短棍によるコンパクトな横薙ぎ。
遺灰の男は敢えて一歩前へ/槍を放棄/右手を前へ伸ばす――少女の上腕＝打撃の始点を制した。
「な？」
そのままセルリアを突き飛ばす＝仕切り直し。
「セルリアちゃん、君は筋はいいけど……少し安直すぎるな。
急所と死角、それが狙いだと分かれば――捌くのは簡単だ」
遺灰の男が右手を前へ伸ばす＝フィンガースナップの構え。
「それに、その魔法も……俺なら指一本触れないまま、弱点が突ける」
遺灰の男が指を弾く/響く快音――同時、瞬間的に爆ぜる炎＝眩い闇色の閃光。
瞬間、躍動＝火花の如き踏み込み/セルリアへ肉薄/背後を取る。
そして――カシャリと、乾いた音が響いた。
「ほら、こんな風に」
遺灰の男が、セルリアとのツーショット撮影を行った音だった――しかも、肩まで組んで。
「ふ……ふふ、やった！やったぞ！セルリアちゃんとのツーショットだ！
スマホのチャチなスクリーンショットなんかとは訳が違うぞ――ッ！」
遺灰の男＝大はしゃぎ/スマホを操作――セルリアが目を瞑っている事を確認/落胆。
「……と、まあ、今ので分かったかな。見当識への攻撃は君の魔法じゃ防げない。他にも――」
セルリア＝短棍を用いて不審者を払い除ける/遺灰の男＝身を屈めてそれを回避。
二撃目＝左前腕の盾で防御――瞬間、盾の表面から大量の液体が溢れた。
正確には先ほど盾を撫でた際、その表面に焼着した魔法の革袋から。
「――ダメージを伴わない現象に対しても、君の魔法は正しく反応出来るのかな？」
大量の火酒を保存していた革袋＝インベントリが、トリシエラによって損壊――中身が溢れ返った。
その結果、セルリアの幻影流体が発動するかどうか――遺灰の男には分からない。
だが、そんな事はどうでもよかった――既に、目的は達成されている。
幻影流体が発動したところで――浴びせた/飛散した火酒が消える訳じゃない。
「ところで――セルリアちゃんは今、何歳だったっけな。
ゲーム内じゃ特に明記されてなかったが――精々、十五かそこらだろう。
そんな君が――こうして大量のアルコールを浴びせられたら、どうなっちゃうと思う？」
遺灰の男＝右手で顔面を覆う/指の隙間から覗くキメ顔。
「そう――ふわふわした気持ちになっちゃうのさ！
事実！既にちょっと顔が赤らんでいるような気がするぞ、セルリアちゃん！
いつものセルリアちゃんも勿論カワイイけど、ちょっとワルい子な感じのセルリアちゃんもカワイイね！」
キメ顔/決めポーズ＝保持――左人差し指を勢いよく突きつける。
「さて……それで、どうする？まだやるかい？」
不意に、冷たく/静かな/鋭い問いかけ――実際、遺灰の男は完全にはふざけていない。
現代日本において、年間二万人弱を死亡させる猛毒の使用――そこに、遊びはない。
頬を紅潮させたセルリアちゃんの写真が欲しいという、やましい気持ちはあるが。
「これ以上やるなら――――もっと過激な写真も撮られちゃうかもしれないぜ」
スマホのシャッター音が再び響いた――今度は、連写だった。
【未成年者への飲酒強要/非合意の撮影/接触】
-
＞「オーケイ！ わかりました！！」
「…それで？」
＞「みんな各々意見はあると思うけど、今回はエンバースの意見を採用！
エリにゃんとロスタラガムのことは追わないし、止めない。好きにやらせよう」
＞「と言っても、ふたりが持ち帰ったテンペストソウルを横取りする、っていうことじゃなくて。
時間稼ぎだよ……ふたりがテンペストソウルを狙うなら、双巫女はそれを阻止しようとするでしょ。
継承者は強い、それこそ別次元の強さだよ。レプリケイトアニマでマルグリットやアラミガを見て、
わたしたちはそれをよく知ってる。――でも、双巫女もきっと負けない強さを持ってるはず。そうでしょ、カザハ？
双巫女はグランダイト相手にも勝つ気でいた。侮ったり舐めてるわけじゃなく、彼我の実力を正確に測った上で。
そんなふたりが易々とエリにゃんたちに後れを取るとは思わない。
仮にエリにゃんたちが勝つとしても、タイムリミットギリギリになるはず……」
＞「これがもしゴットリープだったり、エカテリーナだったりしたなら、
搦手でどんな策を弄してくるか分からないけれど。相手はエリにゃんとロスタラガムだから。
エリにゃんはともかくロスタラガムには搦手なんて使えないから、正面からの力押しになるでしょ。
……そこから先は、テュフォンとブリーズの強さに期待するしかないんだけど……。
でも、もしわたしの狙いが当たれば、あっちが戦ってる間わたしたちは自由に動くことができる。
まともに継承者を追いかけたって勝ち目ないよ、それなら……イチかバチかしかないって、私は思うんだ」
分かりきっていた答え。彼女に選択を任せればこうなるのは当然だった。
「異論はないよ」
彼女は全部拾おうとする。
実際それで何回も…自分の望む通りの結果を得てきたのだろう。
＞「……何より、さ。
今までずっとわたしたちに協力してくれるだけだったエンバースが、初めて意見を言ってくれた。
それが、わたしは嬉しかったから。
そんなエンバースの言い分を無碍にすることは、わたしにはできないよ。
ね？ エンバース」
＞「うん。手掛かりはなんにもない！
だから、手掛かりをゲットするところから始めよう！
さっき明神さんが言ったよね？ ソロバンさんに聞きに行こうって。
あの執政官のコ、アレクティウス君だったっけ。明日になったら、あのコに話を聞きに行こうよ。
どっちみち、今のところテンペストソウルを手に入れる以外にストームコーザー錬成の方法はないんだし――
どんな些細な情報でも、それが突破口になるかもだから！」
「そうだな…情報収集を怠って言い事はなに一つない。慎重にいこう」
＞「ミッション減らさないどころかしれっと追加してきた！？」
＞「たまんねえな、最高じゃねえか。全然なんも事態は好転してねえけど、モチベだけは湧いてきた。
この逆境が俺の実家だ。全部覆して、大団円を掴んでやろうぜ」
時を戻す…その前に…僕はみんなの心をなにかを知る必要がある。
それを知らなければ僕はまた同じ過ちを繰り返す…そんな気がするから
-
＞「陛下がどうして魔剣を所持しておられないのか、だと？」
＞「不敬な。そんなことを聞いて何になる？ 持っていないから手に入れる、必要なことはそれだけだ。
それより……『詩学』と『万物』は既に始原の風車へ向かったのだろう。
貴公ら、こんなところで油を売っていていいのか？」
＞「それはそうなんだけど……。
陛下は実は昔、ストームコーザーを持ってて。それを何らかの理由で手放してしまったとか……。
そういう話ってないかな？」
この手のタイプは頑固で回りみずな奴だと思いきやいがいとお喋りな執政官。
＞「……確かに、貴公らの言う通り陛下はかつてストームコーザーを所有しておられた……らしい」
＞「らしい？」
この年で側近に抜擢されている事を見るに非常に優秀なのだろう。
話ながらも手は休まず仕事をしている。
（どの世界にもいるんだな仕事人間ってのは・・・）
そんな事を考えながら入口付近でないとは思うが不意打ちに備えていたのだが…
次の瞬間外からではなく内側から、不意打ちの攻撃ではなく言葉が飛び出した。
＞「そう。らしいというのは、僕はそれを見たことがないからだ。
だが……此度の出征の直前、陛下がぽつりと漏らされたことがある。
――『一巡目の轍は踏まぬ』と……。
当時は陛下の深謀遠慮なのであろうと意味も分からず肯うままだったが、今思えば何か意味があったのやも」
――――『一巡目』
心臓が高鳴る。
存在は知っている。焦るな。どんな物なのか、どう起動するのか、実際はどれほどの効果があるのか。知りたい情報はたくさんある。
焦るな。まだ焦るような時じゃない…それなのに
欲しいものを目の前で見つめる子供のように高鳴る。沈まれ、静かに話を聞くために。
＞「わ、分かった分かった……！ 話すから手を除けろ！
以前、陛下が語って下さったことだが。まだアルメリアの将軍であった頃、
陛下はとある古代遺跡で魔剣ストームコーザーを発見し、それを以て覇業を志されたのだという。
だが、あと一歩と言うところで名もなき冒険者どもに妨害され、ストームコーザーも砕けて喪われたと――」
＞「……一巡目の話ね」
その後も具体的な話はでなかった。
一巡目の記憶をなぜか保有している事。おそらくそれを回避するために覇王が前の時間と違う行動を起こしている事…それだけだ
なぜ記憶が残るのか？それはなゆ達にもわかっていないようだった。
記憶が残るのも別にいい。戻した後僕は罪を償うつもりだから。
記憶さえあれば違う行動が取れる事も別に構わない。責任を他の人に擦り付けるつもりはないから。
しかしずっと抱えていた疑問がさらに大きくなる。
（2回目は動くのか…？時を戻す魔法か装置は…？）
一度動かすだけで異常とも取れるイレギュラーが発生しているように見える。
だれがどんな方法で動かしたのか知らんが…それでも異常だ…。
関わった人間ほぼ全員に記憶・もしくは異常があるような気さえする。
（・・・少ない情報で考えるのやめよう）
今は目の前のことに集中しなくては。
-
「それで？目標ができた事はいいが…テンペストソウルがありそうな場所には見当がついてるのか？」
情報を聞いた僕たちはヴィゾフニールで移動する為、その発着場へと向かっていた。
テンペストソウルが複数あるといっても正確な位置まで教わってはいない。しかしだからといって心あたり全部を総当たりしている時間はないだろう。
「さすがに全部回るってわけにはいかない……？」
ヴィゾフニールの近くに人影が見える。
この状況で来客ということもないだろう。即座に部長を召喚する。
それと同時にポヨリンさんがなゆの腕から飛び出していった。
＞「コラ――――――――！！！ やめなさ―――――――――――いっ！！！」
なゆが叫ぶ、走る。
そしてヴィゾフニールを破壊をしようとした3人の正体が明らかになる。
＞「チッ……、バレちまったか。この船ブッ壊せりゃ手っ取り早かったンだけどなァ」
＞「――フラウスがボヤボヤしてるから。フラウスに比べたら、ガンダラクロナメクジの方がまだ素早い――」
＞「えぇ〜？ 私？ さすがにガンダラクロナメクジよりはギリギリ素早いと思いたいなぁ〜」
「…コスプレ集団？」
テレビに出ていた時代に深夜番組には数えきれない出演した。その時にコスプレ美女（殆ど水着だけど）に合う事も珍しくなかった。
だが見るにテレビや一般人がコスプレするような服の材質感ではない…安物というわけではないようだ…が…。
リアルで見るなんといえばいいか・・・服には詳しくないのでなんといえばうまく言えないが・・・その…この魔法少女みたいな系の服は…
「きついな…いろいろと…」
美人だから何を着ても似合うというのは二次元だけだし限度ってのも存在する。たしかに顔は悪くない…ないのだが…
＞「「「胸に抱くは！ 三つの叡智！！ デスティネイト・スタ――――――――――ズ！！！！」」」
ばば―――――――――ん！！！！
「………はあ」
自然と溜息が零れた。
＞「現れたなブレモン界のプ〇キュア！ さては盗んだヴィゾフニールで走り出すつもりだな！？」
＞「そのまさかだ、明神さん！なんてこった……本物だぞ！」
＞「ぐえええええええええっ！！！！」
発言が放送コードにひっかかりそうなカザハ
目があったなら光り輝かせていそうなほどテンションが急上昇するエンバース。…いやなんか光ってないか？
なにかトラウマがあるのか突然もがきくるしむ明神。
…とにかく地獄絵図である。
-
＞「上からの命令なンでね。オマエらに『詩学』と『万物』の邪魔されると困ンだわ。
悪ィが、ここでオレたちと戦ってもらうぜ……タイムアップまでな！」
「はあ…まあ敵なのはわかっていたけれど…なんていうか…君たちその恰好恥ずかしくないのか？」
＞「――『異邦の魔物使い（ブレイブ）』のデータは収集済み。私たちが負ける確率、0.0002%――」
「格好だけじゃなくて言動も…
＞「ご、ごめんね！ でも私たちもお仕事だから……。でも大丈夫！ 足止めだけで、痛いことはしないから……たぶん……」
…人の話きいてくれよ…」
残念ながら今の僕にはこいつらと楽しく会話を楽しめる余裕はない。
考える事…やるべき事があるんだ…僕には…。
「敵なんだろ！殺ることさっさとやれよ！」
＞「みんな、気を付けて。明神さんとエンバースは分かってると思うけど……。
カザハとジョンは特に！ このコたち、強い――！！」
「あーくそ！なんか納得できないけど…分かってるさ！どんな奴だろうと油断はしない――！」
＞「ッハハ！ 評価が高くて嬉しいねェ！
だがなァ……オレたちゃ、オマエらの評価の更に！ 50000倍は強ェェ！
そいつを今から見せてやンよ！ 行っっっっくぜェェェェェェェェ――――――――ッ！！！！！」
この人数相手に3人で来たのだ。弱いわけはない。そんな事はわかっていた。
しかしそれ以上に、相手は強く、早かった。
＞「シィィィィィィィィィッ！！！！」
目に見えぬ速度で大鎌と大鎚振り回し瞬間的に明神を、ヤマシタを押していく。
「明神！・・・今助けに」
＞「ご……ゴメンなさぁ〜いっ！ でもお仕事なんで……お仕事なんでぇ〜っ！」
気づけば明神だけじゃなく、他の周りの味方との距離が離れていた。
完全に相手の術中である。
「なるほど…これは予想以上に…！部長！」
ナイフを構え部長に掛け声を飛ばす。
部長を命令を即座に理解し、魔法少女に突進しよう試みるが…
「にゃあ〜〜〜〜〜」
既に部長は光の輪に取り囲まれ身動きが取れなくなっていた。
「なに！？」
ならばとナイフを持って自分が突進しようとした瞬間
ビッ！！
ゲームによくあるレーザーの射出音が聞こえたその瞬間。右足と右手に強烈な痛みが走る。
突進はかなう事なく…勢いだけそのままに顔面から勢いよく倒れ、ナイフもどこかに飛んで行ってしまう。
ビッ！！
そしてそのまま抵抗することも出来ず両手首、両足首を狙撃されその場に倒れこむ事しかできなかった。
-
「うぐ…」
一瞬だった。ほんの一瞬で決着がついてしまった。
部長は光の輪で封印され、僕もまた封印され・・・そして手足を撃ち抜かれた。
（なんだ…？なにを打ってきた…？）
「にゃ…にゃああ〜〜〜」
ﾋﾞｯｯ！
部長が無理やり脱出を試みようとした瞬間。周囲を漂う輪から光が射出される。
鎧部分に命中して部長はひっくり返ってしまった。
（なるほど…）
手と足の切断されたというより焼けた痛みの理由が分かった。
（…光…魔法…？）
部長の自動回復効果で立ち上がれる程度には回復してきた…しかし…また動き出したら狙撃されて終わりだ。
追撃しないところを見ると戦いに来たのではなく足止めに来たという話は本当のようだが…
「これは…まいったな…」
冷静に見れば周りの光の輪は高速回転している刃物に見える。
（円盤状の刃物…？それも普通の速度じゃない…魔法で回しているのか…？…くそ…こうなる前にもっと勉強しておくんだったな…）
この後の事も考えればカードをたくさん切るのは得策じゃない。…しかし制限をして勝てる相手ではないのは今の一連の流れで明らかになった。
しかし僕と部長はなゆ達と比べれば決定力や追い詰める能力が高くない…攻撃力だけでいえば部長砲弾もあるが完全に僕依存だし
もし光の輪から脱出できたとしても…コンボ決める暇は与えてもらえないだろう。
となれば後は部長の雷…だけでは無力化には至らない…となれば僕の…直接攻撃…。
チャンスは一度あるかないか…相手に抵抗されないように無力化は…おそらくできない。
チャンスの瞬間…手を抜いたら逃げられる。しかし手を抜かなければ…殺してしまうだろう。
「…やるしかない」
手を抜ける相手じゃなかった…言い訳になるかわからないが…限りなく事故に見せかけて…
「雄鶏乃雷――」
＞桃色大旋風《ピンクタイフーン》！！」
僕の掛け声より先にカザハの叫びがこだまする。
その瞬間。下から上に突き上げるような不自然な突風が巻き起こる！
スカートが思いっきりめくれるのと同時に魔法少女達は大声で叫びながら手でスカートを抑える。
カザハが作ってくれた…このチャンス！無駄にはしない！
「いまだ！」
僕は素早く立ち上がり握りしめた右の拳で光の輪を思いっきり叩き落す。
当然右手から血しぶきがあがる。しかしそんな事でひるんでいられない
「うおおおおおお！」
もう一度振り下ろし、自分ひとり通れるほどの隙間を開ける。落ちたチャクラムを思いっきり踏みつけ、叩き割りながらその隙間から飛び出す。
そして血だらけの右手を強く握り締め…
-
たしかに僕は弱くなった。
ブラッドラストはなくなり、シェリーの才能も消えてなくなった。
しかしこのシェリーにすら認められた完璧な肉体だけは…僕の物だ。
技や技術なんかじゃない。ただ純粋な暴力。それだけを繰り出すなら…才能なんていらない。
僕が今繰り出している拳が…目の前にいる少女の頭部に命中すれば…怪我じゃすまないだろう。
熊でさえ、ロイでさえ殺した純粋たる暴力が自分より遥かに年下の…魔法の力を持っていたとしても…少女に向かって…振り下ろされる。
――命を狙ってないとは言え…敵なんだから躊躇う事はないだろう。
――初手で急所を狙わなかっただけで命を奪う事がメインかもしれないし…そもそも敵に対してなにか思う必要があるのか？
――今更2人も3人もおんなじだろ？なんで今更躊躇ってんだよ？
――時戻すんだから今はなにしたっていいんだよ。
僕だけど僕じゃない声が頭の中で響く。
その通りだ…敵なのだから何を考える事があるのだろう。気にして、それで殺されてたら世話がない。
僕には成すべき事があるのだから…敵はみんな殺さなきゃ…
本当にそれでいいんだろうか？…これで…
-
ﾋﾞﾁｬｯ
？
顔面になにか掛かる。…水…ではない…油？
一瞬…ほんの一瞬だが思考が戦いにではなく、下から上に突き上げる突風と飛び散る油に気をやった。その結果。
ｽﾞﾙｯ
魔法少女達の周りは特に風が集まっており、当然、飛んできた油もその周辺に多く集まってきていた。
油は周辺をべっとりと濡らし、土は若干柔らかくなり、ほどよく伸びた油まみれの草は油断した僕の体制を崩すには十分だった。
「は？」
僕には受け身をとるほどの技術も…発想もなく…魔法少女の真横を転がることしかできなかった。
「くっ…ｺﾞﾎｯﾍﾟｯﾍﾟｯ…！？」
これはおそらく明神が出した工業油脂だという事は前の戦闘でも何度か見ていたから理解できた。
カザハの突風で離れた位置にあるここに余波が飛んできたのだろう。
せっかくのチャンスを無駄にしてしまった。強引に輪を打ち落とし、強引に勝負を仕掛けたのに。
右手に怪我を負ってまで…仕掛けたのに…。
次の策を考え次の行動を考えようとした。どうしたらいいのだろうと…考えを巡らせた。
しかし顔上げた瞬間…僕の思考全ては一気に吹き飛ぶ事になった。
＞「考えようによっちゃ渡りに船だ！
こいつら、デスティネイトスターズは希少素材の採集の為に、大陸中を渡り歩いてる！
テンペストソウルの在り処を何かしら知ってるかもしれねえ！！」
それっぽい事いいつつも指と顔が変質者な明神。
＞「そう――ふわふわした気持ちになっちゃうのさ！
事実！既にちょっと顔が赤らんでいるような気がするぞ、セルリアちゃん！
いつものセルリアちゃんも勿論カワイイけど、ちょっとワルい子な感じのセルリアちゃんもカワイイね！」
アイドルとの距離感を正しく理解していないうざいオタクのような言動をひたすらに繰り返すエンバース。
＞桃色大旋風《ピンクタイフーン》！！
魔法少女のスカート捲りを全力で遂行しようと必死なカザハ。
ここからでは表情が見えないが…エンバースのあの調子をみるときっと普通の心中ではないだろう事がわかるなゆ。
僕の目に間違いがなければ…魔法少女側はともかく…こっち側はだれ一人として真剣に戦闘しているような様子ではない。
なんで真面目に戦わない？敵が来たんだぞ？僕たちが遅れたら世界の危機かもしれないんだぞ？なぜ？どうして？
-
そして僕は気づいた
「…プッ…あはは…あはははははは！」
なゆ達が不真面目で僕が真面目？違う…逆だ。
異邦の魔物使いとして…真面目に戦ってないのは…僕だ…僕の方だったんだ。
「あはははっはははは！」
時を戻す。それまでブレイブとしてついていく。そう自分の中で決めたのに…僕はなに一つできていなかったらしい。
この場所に降り立ってから考えた事と言えばこいつら馬鹿だとか、こいつは楽に殺せるだとか、そんな事ばっかり考えていた。
いやこの場所だけじゃない。なゆについていくといって城からついてきた時から僕は一瞬でもブレイブらしい事をしただろうか？
郷に入れば郷に従え。…か
「ふっー！ふっー！…こんなに笑ったのはいつぶりだろうか！」
一通り大笑いした後…僕は立ち上がると
目の前で僕を不思議そうに見つめるさっきまで僕が殺そうとしていた魔法少女に向かって話しかける。
名前なんだっけ？
「なあ！そこの控え目な性格そうな割にはすごいパンツを履いてる魔法少女！」
名前がわからないから仕方ない。
「一つ提案なんだが…停戦しないか？」
別に殺す必要はない。しかし落ち着いた今でも冷静に考えて目の前の魔法少女は手加減できるような相手ではない。
僕の攻撃も、部長の攻撃も1か100しかない…だが、だからといって方法がないわけではない。
人間には理性が、言葉が存在するのだから。
「冷静になって考えてほしいんだが…あんたのお仲間はこの油まみれの突風が吹き荒れる中…暴れるみたいだよ？…火を纏ってね」
明神と相対している少女は今にも明神に飛びかかろうとしている。それも…火を纏いながら。
どんな原理かは知らないけれどあの火がただの見た目だけのエフェクトっていう事はないだろう。
「明神とあの子の戦闘が激化すればここら一体は炎の海になる…その前にここから離れたほうがいい」
もう時間はない。あの炎の少女は今にも爆発しそうになっている。
「君一人と僕一人じゃ釣り合わないのはわかっている。だがこれ以上ここで戦うならお互いに命を賭けなきゃならなくなる
僕が裏切るのが心配ならスマホを君に預けよう…どうだ？飲んでくれないかい？」
-
「受け入れてくれないなら…仕方ない！」
このままだとこの辺一帯は火に包まれる可能性が非常に高い。
その場合油を吸った服を着ているのは危険だ。
なので
「部長を召喚解除…そして再召喚。」
部長を再召喚し、光の輪から脱出させ、そしてそれと同時に服を勢いよく脱いでいく。
まず上半身全てを、そしてズボンと靴下と靴を脱ぎ、部長の装備しているアイテムボックスに詰め込んでいく。…俗にいうパンツ一丁という奴になった。
「そんなにジッとみられるとさすがに恥ずかしいんだが」
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そして露わになったジョン・アデルの肉体はもはや芸術品のようであった。
ボディービルダーが魅せる筋肉の究極系なら…ジョンの体は戦う筋肉の究極系。
筋肉隆々ではなく、背中が鬼の形相になったり、全身が宝石のように輝いているわけでもない。でもたしかに…筋肉が辿り着く一つの究極系ではあった。
アイドル時代…ジョンの筋肉は多くの女性だけに留まらず男性すらも魅了した。
ジョンアデルの写真集は飛ぶように売れ、イベントになれば脱いでくれと叫び声が聞こえ、裏では著名人に直接金を出すから見せてくれとさえ言われた事がある。
そしてその鍛え抜かれた体は！筋肉は！異世界にきて様々な事を経験し、さらに成長していた！
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「脱いだのは炎を避けるためさ、油を吸った衣服なんて危険だろう？・・・あっ…いいこと思いついたぞ」
服をしまう際についでに部長のポケットから出した回復を取り出す飲み干す。
僕は人気の為ではなく、金の為にアイドルの仕事を続けていた。そのためオファーがきた仕事の殆どを断らず受けていた。
歌って踊るの基本形だけではなく、写真集、お笑い番組…果ては深夜番組まで…
今ならアウトだが少し前は規制が緩く、その為深夜番組はギリギリを攻めた物も多く、男女が共演するのも珍しくなかった。
地上波だけでなく、ローカル番組ならさらにそのキワドさを超えた…その一つが
「これだけ油まみれになってればローションレスリングならぬオイルレスリングができる！…って言ってもこっちの人間である君にはわかんないか」
ローションレスリング！もはや説明不要！現代では滅びた企画の代表格！！
地面を滑り、そして空中を漂う油を体が付着させる…すると油まみれになった体は鈍い輝きを見せる。
「これなら君の輪の攻撃の被害を最小限にして…僕はこの油のおかげで更なる機動力を得る…滑ることでね」
ここは滑りやすいように作られたフローリングで固められた特設会場ではない…ただの草原だ
だからこそ短時間の間だけ滑ることができ、滑ることによる制御不能を恐れず移動することができる。
ダメージ軽減効果は…それっぽいこと言ってみたけど……実際はないだろうなあ…
「最後に聞くよセクシーパンツ少女。停戦を受け入れるつもりは…ないかい？」
【フラウスに停戦を提案】
【自慢の肉体披露】
-
「オラオラオラオラオラオラ――――――――ッ！！！！」
ガンッ！ ガギンッ！ バキィンッ！！
ルブルムが喜悦の笑みに皓歯を剥き出しながら、ヤマシタに矢継ぎ早な攻撃を繰り出す。
その勢いはまさに嵐さながらだ。本来、片方だけでも大の大人が両手で持たなければ扱えないような大鎌と大鎚を、
片手で楽々と扱っている。それはまさに半竜人（ドラゴニュート）の持つドラゴン由来の膂力の賜物であろう。
ルブルムの攻撃は円運動だ。鎌と鎚とが交互に大きな弧を描きながら飛んでくる。
通常、武具の重量を恃みとした攻撃は大振りとなり、その軌跡も見切られやすくなる。
が、ルブルムは『火宴（スカーレット・イグニッション）』で紅蓮の焔を武具に纏わせることによって致命的な隙を克服した。
遠心力によって振るわれる武具はその通過点に炎の障壁を残し、敵に反撃の糸口を与えない。
ルブルムは大きく薙ぎ払った大鎌のスピードを反対の腕に持っている大鎚で受け止め、威力を上乗せして鎚を放つ。
そして大鎚を振り抜けば、今度はそれを大鎌で受け止め――さらに速度と威力とを増して鎌を繰り出している。
それはまるで大鎌と大鎚で出来たアメリカンクラッカーやニュートンの揺り籠のようだ。
常人ならば振り抜いた武具をもう片方の武具で受け止めた段階で腕が痺れ、武具を持っていることさえ不可能だろう。
まともな攻撃などできるはずもない。だが、ルブルムは竜の驚異的な握力で痺れを無理矢理押さえ込み、それを可能としていた。
「上から行くぜ、気をつけな！！
――『紅き死の嵐（デスクリムゾン）』！！！！」
ざんッ！！ とルブルムが強く地を蹴り、ふたつの武器のぶつかり合う威力そのままに回転しながら高く跳躍する。
レーニン主義もとい霊銀結社の理念を体現した、ルブルムの必殺奥義。
大上段に振りかぶった燃え盛る大鎌と大鎚を、ヤマシタもろとも明神の頭上に炸裂させようとする――が。
＞桃色大旋風《ピンクタイフーン》！！
突如として戦場に突風が吹き荒れ、三人娘のヒラヒラしたコスチュームのスカートが翻る。
「何ッ！？」
カザハの魔法に虚を衝かれ、ルブルムは上空で僅かに硬直した。
しかし、それもほんの一瞬のこと。ルブルムは構わずヤマシタへと武器を振り下ろそうとした。
なお、ルブルムはスカートの下にきっちりとスパッツを穿いており、
セルリアはといえば見られても大丈夫なドロワーズ状のショートパンツを身に着けていた。
「パンツじゃねェから……恥ずかしくねェ―――――――ッ！！」
ルブルムが叫ぶ。体術を駆使した近接戦闘も行うデスティネイトスターズだ。その辺りの対策も完璧ということらしい――が。
「きゃあああああ〜っ！？」
フラウスだけは普通にスカートの下は直接ショーツだった。しかも、割ときわどい。
「なんでインナー付けてこねーんだよ！ アホフラウス！」
「だ……だってぇ〜……ちょうど洗濯しちゃってて……」
「――替えを買え――」
ルブルムとセルリアが突っ込みを入れ、フラウスが涙声で弁解する。
「こ、こらああああああ！！ カザハぁーっ後で覚えてなさいよーっ！！」
そして、なぜかなゆたもとばっちりを喰らっている。
なゆたは右手でミニスカートを押さえながら、左腕をぶんぶん振り回して抗議した。
今まで激しい戦闘の中でもなゆたのスカートの中身が見えなかったのは、すべての攻撃（視線含む）を回避する、
『蝶のように舞う（バタフライ・エフェクト）』のパッシブスキルである可能性が微粒子レベルで以下略。
閑話休題、とはいえほんの一瞬でもルブルムの動きが鈍ったのは事実である。
その隙を明神は逃さない。
＞――隙あり！『スパイダーベイビー』！！
「チッ……姑息な手を！」
必殺技が不発に終わり、着地したルブルムのスレッジリーパーに闇属性の魔力で編み上げられたボーラが絡み付く。
すぐにルブルムは力任せにボーラを引きちぎったが、そのときには既に明神は次の一手を指し終えていた。
＞そしてお馴染みのぉぉぉ！『工業油脂(クラフターズワックス)』！！
バンバカ燃やしやがって、顔が怖いんだよトカゲ女がぁっ！こいつで焼きドラゴンになっちまいなぁ！！
ボウッ！！
明神の発動させたスペルカードがたちまち効力を発揮し、導火線めいて地を這う油脂が炎を纏ってルブルムの周囲を包む。
むろん炎は火属性を得意とする火竜ハーフのルブルムにとっては何程の脅威でもないが、
酸素の欠乏と発生する煙は別問題だ。
「く……」
ゲホゲホと咳き込みながら、ルブルムはガクリと片膝をつく。
勝負ありだ。死力を尽くせばルブルムもまだ戦えるだろうが、先にも言った通りこれはあくまで時間稼ぎ。
生死を懸けた戦いではない。
「ち、畜生……この、ルブルム……様、が……」
ドラゴンの血を引くだけあってプライドの高いルブルムにとって、
単なるヒュームに過ぎない『異邦の魔物使い（ブレイブ）』に敗北するということは屈辱以外の何物でもないだろう。
ルブルムは忌々しそうに明神を睨みつけたが、やがて力尽きたように地面に突っ伏した。
-
一方、エンバースはセルリアの猛攻の前に防戦一方となっていた。
近距離では長棍から三節棍まで自在に可変する魔導武器『トリシエラ』による打撃、遠距離は水属性の各種攻撃魔法。
そして攻撃を受けようとも複合魔法『幻影流体（ファンタム・フルイド）』によってすべてを無効化するセルリアは、
その可憐で無気力そうな見た目からは想像もできない、恐るべき戦士であった。
ブルースライムとヒュームのハーフでスライムの特性を持つセルリアの肉体は千変万化。
その上『幻影流体（ファンタム・フルイド）』で打撃や魔法の悉くを吸収してしまうとなれば、
事実上力技でセルリアを打倒することは不可能と言っていいだろう。
「――ゴミと言われて、腹が立った？ では言い直す、あなたは不要物。アンデッドなど、百害あって一利なし――」
ひゅ、とセルリアが無遠慮に間合いを詰めてくる。――眠そうな眼差し、やる気のなさそうな声音のまま。
セルリア本体がそうであるように、その得物トリシエラもまた変幻自在。
硬軟、強弱、遠近を目まぐるしく変え、エンバースの死角と急所をピンポイントで狙ってくる。
半竜のルブルムと違い、セルリアには外見相応の少女らしい筋力しかない。
そのためルブルムのような膂力と武器の重量に任せた攻撃方法はとらず、敵の急所を突くのに特化した戦術を編み出した。
まさしく水の流れるが如く華麗に、優雅に、けれど必殺の威力を以てセルリアがエンバースを追い詰める。
しかし。
＞デスティネイト・スターズか。ま、リターンマッチの相手には丁度いいか――
――三人同時にかかってくるなら、の話だけどな
「――？――」
それまで終始押され気味だったエンバースの雰囲気が、俄かに変わる。
そのただならぬ気配を鋭敏に察知したセルリアは、咄嗟に後方へ跳躍して間合いを開いた。
「――何事？
この焼死体……今までとまるで様子が――」
エンバースの瞳の奥で燃え上がる、蒼い炎。
それを見て、セルリアが長棍に変えたトリシエラを身構える。
＞残念だが、セルリアちゃん。君一人じゃ、役者不足だ
「――今まで有効打のひとつも繰り出せなかった者が、減らず口を――」
エンバースの余裕ぶった科白が癇に障ったのか、セルリアが一気に距離を詰めてくる。
刹那の打撃、だが当たらない。
それどころかエンバースは先程まで打たれるばかりだったセルリアの攻撃を、上腕に触れることで往なしてしまった。
＞セルリアちゃん、君は筋はいいけど……少し安直すぎるな。
急所と死角、それが狙いだと分かれば――捌くのは簡単だ
「――負け惜しみはいい――」
ぎゅん！ とセルリアが再度吹っ掛ける。
だが、もう力の差は歴然だった。エンバースが指を鳴らすと同時に迸った炎が、セルリアの視界を覆う。
＞……と、まあ、今ので分かったかな。見当識への攻撃は君の魔法じゃ防げない。他にも――
――ダメージを伴わない現象に対しても、君の魔法は正しく反応出来るのかな？
不躾に無許可でツーショットを撮影すると、エンバースは言った。
怒ったセルリアが棍を振るう。その衝撃でエンバースの持っていた盾にくっ付いていた革袋が破れ、中身がぶちまけられる。
セルリアは成す術もなく、頭からもろにそれを被った。
「――ぁ！ ぅ……！
これ、は……まさか――」
フワフワヒラヒラのコスチュームを頭からずぶ濡れにしながら、セルリアは驚きの声をあげた。
火酒――永久凍土フロウジェンの生命線、文字通り火が付くほどにアルコール度数の強い酒だ。
＞そう――ふわふわした気持ちになっちゃうのさ！
事実！既にちょっと顔が赤らんでいるような気がするぞ、セルリアちゃん！
いつものセルリアちゃんも勿論カワイイけど、ちょっとワルい子な感じのセルリアちゃんもカワイイね！
ビシィ！ とエンバースが左の人差し指を突き付ける。
（事案では……？）
なゆたは訝しんだ。
セルリアが右手で額を押さえ、顔を紅潮させてゆらゆらと身体をふらつかせる。
スライムハーフのセルリアはその体組織のほとんどが水で出来ており、吸水率もヒュームよりはるかに高い。
そんな身体が高濃度のアルコールを一気に吸収してしまっては、まともな行動など取れるはずがない。
＞さて……それで、どうする？まだやるかい？
「――く……、ふ……。不覚……。
未成年への……アルコールハラスメントは……速やかにコンプライアンス部、ま……で――」
ぐら、と身体を傾がせると、セルリアはぱたりと倒れ込んだ。
-
＞…プッ…あはは…あはははははは！
エンゼルハイロウによって完全に包囲され、攻め手を欠き、事実上の詰み状態となったジョンが、
何を思ったか突然声をあげて笑い出した。
「……な、なんですかぁ……？ 突然笑いだしたりして……。
笑っても怒っても、エンゼルハイロウからは逃れられませんよぉ……。
いくつか壊したって、ホラ――」
フラウスは怪訝な表情を浮かべながらも、腰のポーチをまさぐった。じゃらん！ と両手いっぱいに新たな円盤を取り出す。
その中にはまだまだチャクラムが収納されている。シングルCDくらいの大きさのチャクラムは収納に場所を取らず、
フラウスはコスチュームの中に無数のそれを隠している。例えジョンが命を喪う覚悟で壊しまくったとしても、
すべてを破壊するには至らないだろう。
だが、ジョンの狙いは武力による決着にはなかった。
＞なあ！そこの控え目な性格そうな割にはすごいパンツを履いてる魔法少女！
「ちょっ！？ セクハラですよぉ！？
私はフラウス！ デスティネイトスターズのフラウスです〜！
さっき名乗りましたよね！？ 人の話、聞いてくださ〜い！」
フラウスは思わず顔を真っ赤にして反論した。
＞一つ提案なんだが…停戦しないか？
「……はぁ？」
＞君一人と僕一人じゃ釣り合わないのはわかっている。だがこれ以上ここで戦うならお互いに命を賭けなきゃならなくなる
僕が裏切るのが心配ならスマホを君に預けよう…どうだ？飲んでくれないかい？
「え、いいんですか？」
フラウスはぱあっと表情を明るくした。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』を足止めし、マリスエリスとロスタラガムが有利に動けるようにする――
それがデスティネイトスターズの任務である。とすれば、無理に戦う必要はない。
畢竟、ジョンたちがここで無為に時間を潰しさえすればいいのである。
＞受け入れてくれないなら…仕方ない！
優柔不断なフラウスが結論を出す前に、ジョンは何を思ったか突然服を脱ぎ始めた。
突然の脱衣にフラウスは仰天した。
「ひゃあああああああ〜〜っ！？ な、なな、何やってるんですかぁぁ〜〜っ！？」
（じ、事案では……？）
なゆたは訝しんだ。
＞脱いだのは炎を避けるためさ、油を吸った衣服なんて危険だろう？・・・あっ…いいこと思いついたぞ
＞これだけ油まみれになってればローションレスリングならぬオイルレスリングができる！
…って言ってもこっちの人間である君にはわかんないか
「あなたが変態だっていうことだけは充分わかりましたぁ！」
フラウスがきゃーきゃー言いながら叫ぶ。
双方で認識にかなりの齟齬はあるものの、両者ともに戦闘を回避したいと思っているのは確かである。
フラウス的にはもはや勝敗がどうとかよりも、変態と接触したくないので戦いたくないという趣の方が強いかもしれないが。
「く……！ ルブルムちゃん、セルリアちゃん、ここは――」
じりじりとジョンから距離を取りつつ、フラウスは他の仲間たちの意見を聞くべく視線を巡らせた。
しかし。
「あ」
既にルブルムは明神によって倒されており、セルリアもエンバースが片付けた後であった。
残るはフラウスひとり。それを確認するとフラウスは構えを解き、ポーチからチャクラムではなく白いハンカチを取り出すと、
「……えっと、その……。
降参ですぅ〜……はい……」
そう言って愛想笑いしながら、つまんだハンカチをひらひら振ってみせた。
-
そんなこんなで、戦闘は終わった。
なゆたたち『異邦の魔物使い（ブレイブ）』はグランダイト軍から貰ったロープでデスティネイトスターズを
三人背中合わせで後ろ手に縛ると、地面に座らせた。お待ちかねの尋問タイムだ。
「くそッ。まさかオレたちがこんなザコどもに負けるなんて……」
後ろ手に縛られたまま胡坐をかいているルブルムが毒づく。
「――フラウスがモタモタしてるから。フラウスに比べたら、フロックホースナナツユビナマケモノの方がまだ素早い――」
「えぇ〜？ 私？ さすがにフロックホースナナチュビニャ……」
「噛んだ」
「――今、噛んだ――」
「噛〜ん〜で〜ま〜せ〜ん〜！」
「いや噛んだ。チュビニャって言った」
「――今後フラウスのことはチュビニャと呼ぶことに全会一致で決定――」
「うわ〜ん！！」
緩い。
とても、つい今さっきまで敵対し戦っていた相手とは思えない。
「はいはい、おふざけはおしまい！
三人とも、負けたからにはわたしたちの言うことに従ってもらうわよ。命が惜しかったらね……まぁ殺さないけど！
でも……わたしにその気がなくとも、わたしの仲間たちはどうかしらね……？」
ルブルムの前に仁王立ちになったなゆたが、むっふっふ……と嗜虐的な笑みを漏らす。
そして両手の指をわきわきと動かすと、
「三人には死ぬよりつらい過酷な責め苦を味わってもらうかも……。
例えば、ジョンと一緒にブートキャンプの刑とか！ エンバースとバルーンハリセンボンでバレーボールの刑とか！
カザハと1000倍超激辛カレー一気食い対決の刑とか！」
そう言って脅しに掛かった。完全に悪役の科白である。
「乗った！ ブートキャンプなんざァ望むところだぜ！ スクワット50000回程度で音ェ上げンじゃねェぞ！」
「――バルーンハリセンボン。水属性、棘だらけの球状魚類モンスター。了解、ビーチバレー形式での対戦を希望――」
「カレー食べたいでぇ〜す！ 激辛だぁ〜い好き！ おかわり可ですか〜？ ゴハンはオヒツでお願いしまぁ〜す！」
全然過酷ではなかった。
しばしの沈黙ののち、なゆたがゴホンと空咳を打つ。
「と、とにかく！ 負けたからには、わたしたちの質問に答えてもらうから！
まずひとつ。あなたたち、ゴットリープの命令で来たのよね？
エリにゃんとロスタラガムにテンペストソウルを手に入れさせて、グランダイトを仲間に引き入れて。
ニヴルヘイムに肩入れして、ゴットリープは――ローウェルはいったい何を企んでるの？」
「ハ。誰が喋るかよ」
なゆたの質問に、当然と言うべきかルブルムはだんまりを決め込んだ。
「じゃあ次。始原の風車にあるもの以外に、テンペストソウルがどこにあるか知らない？」
「――黙秘権を行使――」
「……好きな食べ物は？」
「はぁ〜い！ カレーでぇ〜す！ ……じゃなくって……秘密ですぅ〜っ！」
セルリアとフラウスも同様である。取り付く島もないとはこのことだ、なゆたは腕組みして吐息した。
他の『異邦の魔物使い（ブレイブ）』たちが質問しても、三人娘は同様に貝の如く口を噤む。
むろん、そう易々と情報を吐くわけはないとは思っていたが、これは想像以上に難物のようである。
だが――それならばそれで、やりようというものがある。
「くっくっくっ……そっちがその気なら、こっちもそのつもりでやるだけよ。
わたしにこの『奥の手』を抜かせたこと、たぁぁっぷりと後悔しなさい……！」
やっぱり言動が悪役じみている。
右手の指をわきわきさせながら、なゆたはスマホの液晶画面をタップした。
そして、インベントリの中からクレジットカードやICカード大のカードを一枚取り出す。
なゆたはカードをデスティネイトスターズの三人が見やすいようにぐっと前に突き出すと、
「頭が高ぁ〜いっ！ この紋所が目に入らぬかぁ〜っ！！」
と、自信満々に言い放った。
-
「あぁ〜？ なんだソレ……うげえ！！」
「――あなたは、いえ、あなた様は――」
「……『小達人（アデプタス・マイナー）』……！」
なゆたの突き出したカードを見た三人娘が、それぞれ驚愕の表情を浮かべる。――セルリアだけはあまり変わらないが。
そんな三人の反応を見て、なゆたはこれでもかと得意満面で胸を張ってみせた。
ほんのちっぽけに見えるそのカードの名は『小達人の証』。
なゆたが霊銀結社の位階のひとつ『小達人（アデプタス・マイナー）』に認定されている、その証であった。
アルフヘイム屈指の魔導研究機関『霊銀結社』には厳格な位階（ヒエラルキー）が存在し、
下の位階の者は上の位階の者に絶対服従を誓わされる。
位階は全部で
・新参者（ニオファイト）
・練習生（アプレンティス）
・実践者（プラクティアス）
・習熟者（エキスパート）
・魔術師（メイガス）
・小達人（アデプタス・マイナー）
・大達人（アデプタス・メジャー）
の七つ存在し、最高位の大達人は十二階梯の継承者の現リーダー・『黎明の』ゴットリープしか存在しない。
そのため、実質的な霊銀結社の最上位階は小達人ということになる。
といっても、別になゆたに魔術の天才的な素養がある――という訳ではない。
『小達人の証』はゲームのストーリーモードにあるイベント『魔剣奪還作戦』をクリアすると、
霊銀結社から謝礼のひとつとして貰える、いわゆるクエストクリア認定のトロフィー代わりである。
いわば、霊銀結社が多大な功績のあった外部の人間に対して発行する名誉称号のようなもの――と考えればいいだろうか。
なゆたたち『異邦の魔物使い（ブレイブ）』が地球からアルフヘイムに召喚される際、
聖杖アレフガルドやテンペストソウルといった一点もののレアアイテムは残らずインベントリから消失したが、
小達人の証のような記念品のトロフィー的なアイテムは没収されることなく残っていたのだ。
なお、ニチャニチャ締まりのない笑顔で『魔剣奪還作戦』をクリアした明神と、
デスティネイトスターズのファン（たぶん）であるエンバースもなゆたと同じく小達人の証を持っていることだろう。
「あ、あわわわわ……小達人様がどうしてこんなところに……！？」
ルブルムが顔面蒼白でガタガタ震えている。
例え有名無実な名誉称号であろうと、小達人には変わりない。
ちなみに位階で言うとデスティネイトスターズは三人とも練習生（アプレンティス）である。
魔剣奪還作戦を終えると実践者（プラクティアス）に昇格するが、それでも小達人（アデプタス・マイナー）には程遠い。
「ふっふ〜ん！ 見たか！
ってことでっ！ 『小達人（アデプタス・マイナー）』、マスターなゆたがデスティネイトスターズに命じます！
わたしたちの！ 仲間に！ なりなっさぁーいっ！！」
「「「へへーっ！！」」」
三人娘はすぐさま深々と頭を下げた。
*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*
「……てなワケでぇ〜……。
これから暫くの間助太刀させて頂く、デスティネイトスターズのルブルムっス。
マスターたち、これからよろしくお願いするっス……えへへ……」
印籠代わりに取り出した小達人の証が覿面に効果を発揮し、
ロープを解かれて味方になったルブルムが右手で後ろ頭を掻きながらばつが悪そうに笑う。
「――セルリア。です。
先ほどは大変御無礼。陳謝、御容赦、平身低頭――」
セルリアがエンバースに対して頭を下げる。が、眠そうな表情は変わらない。
「私、フラウスですぅ……え、ええと、お仕事とはいえ本当に失礼しました……！
でっ、でもっ！ これからはマスターたちのために！ 私たち、一生懸命頑張りますから……！
ねっ！ ルブルムちゃん、セルリアちゃん！」
フラウスもジョンに対してぺこぺこと、まるで水飲み鳥か赤べこのように頭を下げる。ただし距離は離れていた。
霊銀結社の人間にとって位階は絶対である。下っ端のデスティネイトスターズには、
なゆたたちの持つ『小達人の証』はそれこそ葵の紋が入った印籠よりも効果のあるシロモノなのだ。
インベントリを無駄に圧迫する記念品と、捨てたり売却しなくて本当によかった。（ショップ買取値：2ルピ）
大達人から言い渡された指令を、小達人に『やめろ』と言われたという理由で放り出していいのかという問題はあるが、
いずれにしても下位の者は上位の者には逆らえない。
今後ゴットリープが直々に三人の前にやってきて『ちゃんとやれ』とでも言おうものなら三人はまた寝返るだろうが、
少なくとも、そんな事態でも起こらない限り三人がなゆたたちのことを裏切ることはない。
奇しくもジョンの提案した停戦が実現した形である。
とりあえず、当面の危機は去った。
状況は何ひとつ好転してはいないけれど。
-
「で。改めて訊くんだけど、ゴットリープとローウェルはいったい何を考えてるの？
ニヴルヘイムに肩入れしても、侵食は止められない。そんなこと、とっくに分かってるだろうに――」
「知らねっス」
「…………」
「あ、いや、今度はガチのマジっス！ オレら、下っ端っスから！
大達人様と大賢者様の深遠なお考えなんて、当然聞かせてもらえるハズもないっス……！」
なゆたがジト目で睨みつけてくるのを見て、ルブルムは慌てたように両手を振った。
セルリアとフラウスも同様に、何も聞かされていないらしい。
デスティネイトスターズが今回受けた指令は、アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』の足止めをすること。
ただそれだけである。
確かに、下から数えた方が早い位階の実行部隊に組織のトップがぺらぺらと計画を喋るはずがない。
「まぁ……そりゃそっか」
うーむ。となゆたが腕組みし、右手の人差し指を口許に添えて思案する。
他にも三人娘は『異邦の魔物使い（ブレイブ）』の質問には素直に答えてくれる。（スリーサイズ、体重等以外）
ただし、自称下っ端だけあって、デスティネイトスターズは殆ど有用な情報を持っていない。
と、思われたが。
「じゃあ……始原の風車以外の場所にあるテンペストソウルも、やっぱり分かんないよね。
しょうがない、それじゃヴィゾフニールに乗ってそれらしい場所を片っ端から――」
「知ってますよぉ〜」
元から全然期待していないという様子のなゆたに、フラウスがにこにこ顔で言う。
「片っ端から、しらみ潰しに当たっ……て……」
「知ってる知ってる、うん」
「…………え゛？」
ルブルムもうんうんと頷く。
なゆたは目を見開いた。
「――知ってる。始原の風車以外の、テンペストソウルの在処――」
「うぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお！！！？？？」
驚いたことに、三人娘はテンペストソウルの在処を知っているという。
すぐになゆたはルブルムの胸倉を引っ掴んで詰め寄った。
まさか、全然期待していなかったデスティネイトスターズが自分たちの一番欲しい情報を握っていたとは、
これはまさしく僥倖というものであろう。
明神の言った通り、素材集めのために世界各地を渉猟している部隊だからこその知見というものだろうか。
「どこ！？ どこにあるの！？ テンペストソウル！
それさえあればエリにゃんとロスタラガムに勝てる！ 戦争を回避できるんだから！」
「うごご……ちょっ、マスター……！」
「吐けえええええええええええ！！！」
がっくんがっくんとルブルムを揺さぶりながら、自白を強要する。
ルブルムはなゆたの勢いにすっかり圧倒され、目を回してしまった。
そんなふたりをよそに、セルリアがその眠たげな蒼い瞳を『異邦の魔物使い（ブレイブ）』のひとりへと向ける。
そして――
「――そこ。
テンペストソウルは、そこにある――」
と、しなやかに右手の人差し指を突きつけた。
セルリアの指差した、その先。
そこには、カザハが立っていた。
-
「……へっ？」
ルブルムの胸倉を掴んだまま、揺さぶることを中断したなゆたが頓狂な声をあげる。
「――そこのシルヴェストル。その中にテンペストソウルが入っている。
正確には“テンペストソウルになる資格を持つ魂”が――」
相変わらず無気力そうな様子で、セルリアが淡々と告げる。
だが、寝言を言っている風ではない。冗談や出鱈目ではなく、セルリアは確信をもってカザハを指差していた。
「テンペストソウルは、風精王の資格を持つレクス・テンペストっていうシルヴェストルが内包する魂そのものなんです〜。
つまり『元々テンペストソウルという物質がある』んじゃなくて、
『風精王の資格を持つシルヴェストルの魂が死後テンペストソウルと呼ばれる』っていうことなんですぅ」
「それじゃあ……始原の風車以外の場所でテンペストソウルを手に入れようと思ったら、
カザハを殺すしかないんじゃない……！ そんなことできないよ！」
フラウスの説明に、声を荒らげる。
確かに、そういうことなら執政官アレクティウスの零した言葉も納得できる。
『尤も解明した上で、貴公らもやはり始原の風車を制圧した方がいいと。そう思うかもしれないが』
覇宮メル・カヴァで、アレクティウスはそう言っていた。
グランダイトとシルヴェストルの戦いを回避するため、かけがえのない仲間であるカザハを殺害し、魂を抉り取る。
そんなことができるはずがない。
仲間殺しなどするくらいなら、それこそ後は野となれ山となれ理論で、
始原の風車にあるテンペストソウルを奪取した方がまだマシというものであろう。
そして、そこでなゆたはふとアレクティウスが言っていたもうひとつの言葉を思い出した。
「……ん？」
『我々の調べでは、少なくともあとふたつある』
――あとふたつ。
アレクティウスが謁見の間や執務室にやってきたカザハを一目見てレクス・テンペストと見破った可能性は低い。
だとしたら、アレクティウスは何をもって『少なくともあとふたつ』と言ったのだろう？
風精王の魂イコールテンペストソウルなのではなく、
レクス・テンペストが死ぬとその魂がテンペストソウルと呼称される、のであれば。
『『私たちは風の双巫女。始原の風車を守り、風精王を祀るふたりの神職』』――
「―――あ！！！」
なゆたは大きな声をあげた。
そう、なゆたは完全に見誤っていたのだ。
マリスエリスとロスタラガムは始原の風車にあるテンペストソウルを奪取しに行ったものとばかり思っていた。
だが、“そういうこと”なら話は違ってくる。レクス・テンペストである双巫女が始原の風車のテンペストソウルを守護しており、
それを奪うためには激突が避けられないというのなら。
マリスエリスとロスタラガムは、最初から双巫女の殺害に動くことだろう。
十二階梯の継承者たちの狙いは風車の奥底に眠る風精王の魂の集合体ではなく、
集合体に回帰する前の魂ふたつだったのだ。――いや、どのみち双巫女が死ねば集合体を守護する者もいなくなる。
最終的にはすべてのソウルを手に入れる算段なのかもしれない。
ともあれ、あくまで風車のテンペストソウル奪取が目的で、そのために双巫女を適当に相手するのと、
初めから双巫女を殺すつもりでかかるのとでは、戦い方も天と地ほどの差が出てくるだろう。
双巫女が危ない。ふたりが継承者に殺されてしまってはおしまいだ。
「ゴメン、みんな！ 完全にわたしの見立て違い、作戦ミスだ……！
シルヴェストルの神殿に戻ろう！ 双巫女さまを守らなくちゃ！」
こんなところでのんびり作戦会議などしている場合ではない。なゆたはマントを翻すと、一目散にヴィゾフニールへと乗り込んだ。
ポヨリンとデスティネイトスターズがそれに続く。
ヴィゾフニールの操縦席に備え付けられているクレイドルにスマホを置くと、一行はすぐさま双巫女のいる神殿へと向かった。
そして――
「いた！ まだ戦ってる……！」
高速飛行するヴィゾフニールのブリッジに備え付けられたメインモニターに、
シルヴェストルの神殿とそこで戦っている双巫女、そして十二階梯の継承者が映し出される。
どうやら間に合ったらしい。
「カザハ、行くよ！
明神さん、ジョン、操縦お願い！ 大丈夫エースコ〇バットとかやってれば動かせるから！」
悠長に着陸地点を探して艦を降りる暇はない。なゆたは明神に無理矢理操縦桿を任せると、搭乗口の扉を開いた。
強い風にバタバタと全身を煽られながらも、眼下をしっかり確認する。
「神殿の真上に寄せて！
――エンバース！ 着地任せた！！」
ヴィゾフニールが神殿に到達した瞬間、躊躇いもなく虚空に飛び出す。
高度は60メートル以上はあるだろう。当然パラシュートなどない、着地に失敗すれば墜落死だ。
だが、なゆたには自分が死ぬビジョンなどは一切見えない。
任せたからには、エンバースが必ず何とかしてくれる――そう信じている。
-
「ポヨリン！ 『スパイラル頭突き』！！」
『ぽよよよよっ！！』
エンバースによって無事に着地したなゆたはすぐにポヨリンを召喚し、鋭く指示を飛ばした。
弾丸のように高速回転するポヨリンが、今にもテュフォンを攻撃しようと狼咆琴を構えるマリスエリスへと突進する。
びゅおっ！！！
颶風を撒いて頭突きを敢行するポヨリンをひらりと躱し、
マリスエリスが『異邦の魔物使い（ブレイブ）』に気付いて目を細める。
「おおっと……危にゃぁ危にゃぁ。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』、どこほっつき歩いとったんだにゃ？
いつまで経っても来んで、てっきりもうアタシらと競争する気が失せたとばっかり――」
「冗談！ 何が何でも、あなたたちの好きになんてさせるもんですか！
双巫女さまは殺させない、絶対に！
テンペストソウルは渡さないわ！」
双巫女と継承者の間に割って入り、マリスエリスに対して声を張り上げる。
やはり、ふたりの継承者の狙いは最初から風車の中にあるテンペストソウルではなく、双巫女の命であったらしい。
臨戦態勢にあったテュフォンとブリーズが、カザハの姿を見てその名を口にする。
「「カザハ……」」
やがて明神とジョン、デスティネイトスターズがヴィゾフニールを着陸させ戦場に合流すると、
継承者と『異邦の魔物使い（ブレイブ）』は改めて睨み合った。
ブリーズに狙いを絞っていたロスタラガムがマリスエリスの隣へ位置取りし、能天気に笑う。
「おほ！ 殴っていいやつらがふえたなぁ！
いいぞいいぞぉ！ もっと来い！」
「……ちゅうか、デスティネイトスターズ……いつの間にアルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』に鞍替えしたがや。
おみゃーさんら、ゴッさんの命令でそいつらの足止め担当っちゅー話だったでしょぉ？」
「い……いやぁ〜……そこはそれ、下っ端の悲しさと言いますか……ッス」
「――クレームは霊銀結社お客様相談窓口まで――」
「と、ともかく、私たちはマスターのご意向に従うだけですぅ〜ごめんなさぁ〜い！」
呆れ顔のマリスエリスの追及に、三人娘がそれぞれリアクションを返す。
とは言っても、マリスエリスは最初からデスティネイトスターズを戦力として当て込んではいなかったらしい。
特に怒るでもなく、あそう、と言って納得した。
ポヨリンを足許に配置したなゆたが、スマホを構えて継承者ふたりを睨みつける。
「多勢に無勢っていうのはわたしの主義に反するけど。
これだけの人数を相手にすれば、いくらアルフヘイム最大戦力『十二階梯の継承者』だって勝ち目はないわ！
戦いを避けるというのなら、わたしたちも深追いはしない……大人しく撤退しなさい！」
「確かに、このまんまじゃアタシらが勝つのはちょぉ〜っと骨が折れるかもしれんにゃぁ。
でも、なぁんも問題にゃあよ？ だって――」
2対10の圧倒的戦力差を前にしても、マリスエリスの余裕はまるで変わらない。
すう……と双眸を細め、ちろりと舌先で唇を舐める。
「それなら、アタシらも頭数増やしゃぁええだけのことだで」
「―――！！」
マリスエリスが言い放った瞬間、その背後の空間が歪み、漆黒のゲートが出現する。
『形成位階・門（イェツィラー・トーア）』。
ニヴルヘイム由来の者たちが多用するこの魔法で、遠隔地から増援を呼ぶ腹積もりらしい。
果たして、門の向こうから出てくるのは何者なのか。
かつてロイ・フリントや煌帝龍が使ったような雑魚を大量に率いる物量作戦か、彼女ら以外の十二階梯の継承者か。
それともニヴルヘイムの召喚した新たな『異邦の魔物使い（ブレイブ）』か――。なゆたは警戒した。
だが。
現れたのは雲霞の如き軍団でもなければ十二階梯の継承者でも、ましてや『異邦の魔物使い（ブレイブ）』でもなかった。
ずず……と門の中からその姿を現したのは、縁に金色の精緻なエングレービングが施された、漆黒の鎧を纏った男。
三メートルほどもある魁偉な体躯に、漆黒のマント。背には二対の蝙蝠の巨翼。
波打つ豊かな黒髪に、炯々と輝く真紅の双眸。太い鼻梁とがっしりした顎に不退転の意志を宿す、堂々たる顔貌。
側頭部から一対の前方に湾曲した角を生やした、『ブレイブ&モンスターズ！』でも不世出の武人。
アルフヘイムに宗旨替えした魔王バロールに代わる、ニヴルヘイムの総司令官。
兇魔将軍・イブリース。
-
「……イブリース……！！」
なゆたは愕然とした。
そうだ、この頃はゴットリープとローウェルの思惑ばかりに意識が向いてしまっていたが、
自分たちが戦っているニヴルヘイム勢力の首魁はこの男、兇魔将軍イブリースなのだ。
ゴットリープとローウェルは単なるニヴルヘイムの協力者に過ぎない。
それにしても、いくらマリスエリスとロスタラガムがニヴルヘイムの協力者だとは言っても、
まさかその増援にニヴルヘイムのトップであるイブリースが自らやってくるなどとは、想像もできなかった。
マリスエリスの訛りやデスティネイトスターズのゆるさですっかり弛緩していた空気が、一気に張りつめる。
「んん？ イブリース、援軍はおみゃーさんしかいにゃーの？」
「オレでは不服か、継承者」
「いっ、いやいやいや！ そがいなことあるワケにゃーでしょぉ！
イブリース、おみゃーさんが来てくれたんなら、まさに鬼に金棒だで！
もう勝ったも同然だがね、アハハ……」
マリスエリスもてっきりもっと大勢の加勢が来てくれると踏んでいたらしい。予想が外れてぱちぱちと目を瞬かせたが、
イブリースのあかあかと燃え盛る瞳に射貫かれ、取り繕うように胸の前で両手を振って愛想笑いした。
がしゃん、と甲冑の音を軋ませ、イブリースが大地を踏みしめる。
「久しいな……アルフヘイムの走狗ども。
オレの召喚したニヴルヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』どもが世話になった」
ミハエル・シュヴァルツァー、煌帝龍、ロイ・フリント。
マル様親衛隊も加えれば、今までイブリースがピックアップガチャで召喚したニヴルヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』を、
なゆたたちは悉く撃破してきた。
「目には目をと思い、試してはみたが。
『異邦の魔物使い（ブレイブ）』などという余所者に任せたオレの判断が誤っていた。
真に計画の妨げとなる者は、やはり。オレ自らの手で葬り去らねばならん」
真っ直ぐになゆたたちアルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』を見据えながら、兇魔将軍が荘重に言葉を紡ぐ。
幻魔将軍ガザーヴァと同じニヴルヘイム三魔将の一角ではあるものの、その覇気、その威容、その存在感は、
ガザーヴァとは比べ物にならない。
イブリースが右手を前方に突き出すと、その手許に闇が集まってゆき、やがて一振りの剣の形状に変わる。
刀身が2メートルほどもある、禍々しい幅広剣。その名を『業魔の剣（デモンブランド）』。
漆黒のオーラを噴き出す剣をぶぉん！ と片手で一振りすると、イブリースは身構えた。
「アタシらも手を貸すにゃ。
元々、双巫女はアタシら継承者の獲物なワケだしにゃぁ」
「そうそう！ おれもまだまだ闘い足りねぇぞ！」
兇魔将軍に加勢するべく、マリスエリスが狼咆琴に手を添え、ロスタラガムが籠手を甲高く打ち鳴らす。
イブリースは攻守ともにきわめて高い性能を誇るが、大型キャラの宿命か動きが重く素早さが足りない。
だが、遠距離攻撃に長けたマリスエリスと小回りの利くロスタラガムが加われば、その弱点をカバーできる。
こちらの手勢十名に比べ、ニヴルヘイム側はたった三名しかいないが、だからといって決して楽観視はできない。
むしろ、レイド級三体と同時に戦うようなものだ。全身全霊でぶつからなければならない。
しかし。
「――邪魔者はオレ自らの手で葬ると言った。
手出しは許さん」
イブリースは燃え盛る眼差しで継承者たちを睨みつけた。
「でも――」
「三度は言わん」
有無を言わさぬ威圧的な気配に、マリスエリスとロスタラガムは渋々といった様子で黙った。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』とシルヴェストルの双巫女、そしてデスティネイトスターズ。
総勢10名もの敵を相手に、ひとりで充分と言っている。恐るべき自信であった。
そして、それは今まで少なからぬ修羅場をくぐってきた『異邦の魔物使い（ブレイブ）』への侮辱でもある。
「確かに、イブリースはストーリー最終盤のボス……決して楽な相手じゃないけれど。
でも、こっちは10人！ それに何より――イブリースは既にゲームじゃ攻略法が完全に確立されてる！
出てきたのは逆に好都合、ここで！ 一気にやっつけるわよ！」
なゆたは息巻いた。
ストーリーモードのボスは最序盤のコボルトチーフから最終ボスの魔王バロールまで、
Wikiの有志攻略班が完全に解析を終えている。
イブリースは闇と地の複合属性で、高いATKとDEFを誇るが反面DEXがやや低い。
メインの攻撃は業魔の剣による直接攻撃と、魔法攻撃ダークネスウェーブ。
必殺技は闇の波動を纏わせた業魔の剣での斬撃『業魔の一撃（インペトゥス・モルティフェラ）』。
拘束・束縛系のスペルで動きを止め、それから弱点の光属性で集中攻撃するというのが対イブリース戦のセオリーである。
一定のダメージを与えると攻撃パターンが変わり、只でさえ高いATKがさらに上昇するものの、
『業魔の一撃（インペトゥス・モルティフェラ）』にタイミングよく攻撃を合わせると怯むため、
その隙に最大限の攻撃を叩き込んでやればいい。
「オレの倒し方が確立されている、だと？
面白い。ならば、貴様らの知る攻略法とやらで――オレを退けてみせるがいい！！」
ぶあっ！！！
イブリースの全身から闇色の波動が迸る。
巨翼を広げ、マントを激しくはためかせながら、イブリースは強く地を蹴って一気に突進してきた。
-
「マスター！ ここは任せてもらうぜ！！」
「――魔物退治はデスティネイトスターズの真骨頂。デーモン一匹風情、朝飯前――」
「エンゼルハイロウ……お願い！」
一足飛びに迫ってくるイブリースを相手に、デスティネイトスターズが前へと躍り出る。
セルリアの言うとおり、デスティネイトスターズは魔物退治特化の戦闘部隊である。亜人、幻獣、果てはドラゴンに至るまで、
ありとあらゆるモンスターに対処するための装備が与えられている。
むろん、魔族に対しても同様だ。まずはスレッジリーパーを両手に構えたルブルムが高く跳躍し、頭上からイブリースを狙う。
「真ッ平らにしてやるぜ、デカブツ！ 『赤き死の嵐（デスクリムゾン）』！！！」
紅い旋風が、巨大な一対の角を生やしたイブリースの脳天を狙う。
が、イブリースは無造作に左腕を伸ばすと、高速回転するルブルムの顔面をいとも簡単に鷲掴みにしてしまった。
「ぁ、ぐッ……！？」
「下らん」
ガゴォッ！！！
イブリースは顔面を掴んだルブルムを、害虫でも潰すかのように地面に激しく叩きつけた。
受け身を取ることもできず後頭部から激突したルブルムを中心に、地面に大きなクレーターが出来上がる。
「――ルブルム！ はあああああッ！！――」
倒れたルブルムを救出すべく、セルリアがトリシエラを構えてイブリースに肉薄する。
先程はエンバースを存分に梃子摺らせた、人体の急所を狙う必殺の打突。
しかし、それもイブリースには通用しない。イブリースはセルリアの狙っている個所を瞬時に予測し、
微妙に身体の位置をずらしては鎧の頑健な部位で棍の打撃を受け止めてしまった。
ならばとセルリアが兜や仮面に覆われていない顔面を狙うも、それさえイブリースの予測の内である。
「消えろ」
「――きゃあッ！――」
ゴウッ！！！
剣風一陣。イブリースが業魔の剣をひと薙ぎすると、闇の瘴気を孕んだ烈風が吹き荒れる。
セルリアはその勢いと身を蝕む瘴気に耐えられず、大きく吹き飛ばされて倒れた。
「『天使のはしご（レイヨン・クレピュスキュレール）』！」
フラウスが放った無数のエンゼルハイロウがイブリースの周囲を旋回する。
そして、そこから放たれる閃光。イブリースに逃げ場はなく、その身は成す術もなく穿たれるのみ――
とは、ならなかった。
「ふん！！」
イブリースは瞬時に胸の前で両腕をクロスさせ、それから勢いよく腕を広げた。
その途端、全身から一層強力な闇の波動が爆発的に放たれる。桁違いの闇のエネルギーに抵抗できず、
エンゼルハイロウが次々と砕け散る。
「ぁ……あわわ……」
頼みの武器がきらきらと輝きながら細かな破片に変わるところを目の当たりにし、顔面蒼白になったフラウスが立ち尽くす。
イブリースは業魔の剣を高く振り上げた。
「死ね」
ゴッ！！！
フラウスの身の丈よりも巨大な剣が、その華奢な身体を両断せんと振り下ろされる。
しかし。
『ぽよよよよよよっ！！』
ガギィンッ！！
「ぬ……」
剣がフラウスの身体を捉える寸前、ポヨリンが剣の腹に体当たりしてその軌跡をずらす。
なゆたがスマホを構え、フラウスを後ろに退かせる。
「それ以上好き勝手はさせないわ、イブリース！
今度はわたしたちが相手よ――！」
そう言いながら『命たゆたう原初の海（オリジン・ビリーフ）』と『限界突破（オーバードライブ）』のスペルカードを切る。
フィールド一帯が水属性に変わり、ポヨリンが激しい闘気を放つ。
ぽよぽよ☆カーニバルコンボでG.O.D.スライムを召喚し、
光属性の魔法攻撃『審判者の光帯（ジャッジメント・クエーサー）』で一気に勝負をかける。
それがイブリースにはもっとも効果的な攻撃であろう。
-
「明神さん、エンバース、ジョン！ わたしがゴッドポヨリンを召喚するまでの時間を稼いで！
カザハはスターズをお願い！」
さらにスマホをタップしつつ、なゆたが指示を飛ばす。
ルブルムは火竜とのハーフであり、セルリアはスライムの血（？）を引いている。
イブリースの攻撃を受けても即死はしていないだろう。とはいえ、早急に回復させる必要があることには変わりない。
「来い。アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』ども」
お笑いのような見た目と言動とはいえ、デスティネイトスターズの戦闘力は紛れもない本物である。
それを一瞬で無力化してしまったイブリースの力は驚嘆に値するが、こちらには先人たちが見出してきた攻略の知識がある。
なゆたもWikiの編纂者のひとりとして、イブリースの攻撃パターンなどは知悉しているつもりでいた――のだが。
「なんてこと……！」
そのセオリーが、通じない。
イブリースの基本行動はDEXを犠牲とした高いATKとDEFに依存した重い一撃にあり、素早い攻撃には対処しきれない。
せいぜい、稀に使用してくる全体魔法攻撃の『魔闘気爆発』や範囲物理攻撃の『魔剣風』に注意しなければならない程度だ。
だというのに――こちらのイブリースは『迅い』。
エンバースたちの繰り出す攻撃に、完璧に――否、それを凌駕するほどの速度で対処している。
「オレの中には、貴様ら『異邦の魔物使い（ブレイブ）』に斃されてきた同胞の怨讐が、無念が、憤怒が脈打っている――
それがオレの耳元で囁くのだ、貴様らの狙いを。闘い方を。捌き方を……！
攻略法を知っているのは、むしろオレの方だ。オレを一巡目のオレと同じと思うな！！」
バギィンッ！！
業魔の剣（デモンブランド）が唸る。瘴気が、闘気が、魔の波動が周囲に迸る。
ヤマシタの大盾を一撃で粉砕し、怨身換装を弾き飛ばし、その攻撃の悉くを跳ね返す。
エンバースの火酒を燃え盛る闘気で蒸発させ、その骸を膾斬りにしようと大剣を目にも止まらぬ速度で振り下ろす。
ジョンのヒューム最高峰のフィジカルを、それをも上回る魔族の身体能力で凌駕する。
ルブルムとセルリアを回収したカザハとカケルの風属性の攻撃を、膨大な闇で微風のように蹴散らしてゆく。
「……『闇撃琉破（ダークネス・ストリーム）』！！！」
ぎゅばっ！！！！
イブリースの突き出した左の手のひらに、圧倒的な闇の波動が集まってゆく。
やがてそれは臨界点を超えると、漆黒に染まった極太のレーザーとして『異邦の魔物使い（ブレイブ）』たちへ撃ち放たれた。
『闇の波動（ダークネスウェーブ）』の上位版、『闇撃琉破（ダークネス・ストリーム）』。
こんな技も、なゆたの知るイブリースは持っていなかった。
ポヨリンにありったけのバフを施し、自分もなんとか押し寄せる闇の奔流に抗いながら、なゆたが驚愕に目を見開く。
「そんな……、ゲームのイブリースは、こんな技――」
「ハ。ゲーム、ゲームか。
この期に及んで、まだそんな寝惚けたことを抜かしているとはな。
ならば教えてやる……ここはゲームの世界ではない！ 現実の世界だ！
既存のデータ！ 設定されたルーティーン！ そんなものは、この世界には存在しない！
あるのは――勝利と敗北！ 生存と死亡という……シンプルなルールだけだ！！」
愛剣を逆手に握り、イブリースがその切っ先を地面に勢いよく突き刺す。
と同時、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』たちのいる地面が黒く輝いては俄かに膨れ上がり、次の瞬間――間欠泉の如く爆裂した。
「喰らえ！ 『冥獄憤激轟（ヘルガイザー）』！！！」
ゴバァァァァァァッ！！！！！
「きゃああああああッ！！」
大量の土砂と石片が闇の波動と共に噴き上がり、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』たちの全身を強かに打ちしだく。
なゆたは回避を試みたが、『蝶のように舞う（バタフライ・エフェクト）』では広範囲殲滅攻撃には対処しきれない。
一抱えほどもある岩を鳩尾に受け、大きく吹き飛ばされた。
これも、ゲームのイブリースが持っていなかった技だ。
間違いなく、イブリースは進化している。なゆたたちの知らない何かへと変貌を果たしている。
そう、分かっていた。これは充分予測できた事態だった。
マルグリットも、デスティネイトスターズも、今まで出会ってきたゲームの登場人物はみな、
大なり小なり自分たちの知っているゲームの中のそれとは違っていたのに。
であるならば、当然イブリースも自分たちの知識の中の存在とは違っていて当然だったのに――。
「ぐ……うッ……」
「もう二度と、ニヴルヘイムの同胞たちに死の痛みを味わわせることはせん。
そのためならば、オレはどんなことでもしよう。だからこそ、オレは継承者どもの提案さえ受け入れた。
此処に代わる新たな世界など、オレには想像もつかんが――」
――新たな、世界……？
攻撃によって地面にうつ伏せに倒れながらも、なゆたはイブリースの言葉に何か引っかかるものを感じた。
『異邦の魔物使い（ブレイブ）』たちを見遣りながら、イブリースはなおも言葉を続ける。
「……だが、それでも構わん。其処にいかなる苦難が待ち構えていようと、此処で滅ぶ結末に比べれば遥かにマシだ。
オレには同胞たちを導く使命がある。皆を生かすためならば、いかなる障害であろうと打ち倒す！
まずは『異邦の魔物使い（ブレイブ）』！ 貴様らを葬り去って、我が決意の表明としてくれよう――！！」
ずずん！
イブリースがゆっくりと一歩を踏み出す。その靴裏で地面がみしり、と軋み亀裂が走る。
圧倒的な暗黒の波動を身に纏い、ニヴルヘイム最強の兇魔将軍が『異邦の魔物使い（ブレイブ）』にとどめを刺そうと、迫る。
【デスティネイトスターズが仲間に。
テンペストソウルはレクス・テンペストの魂そのものとの事実が発覚。
vs兇魔将軍イブリース戦開始。※注意：負けイベント】
-
＞「パンツじゃねェから……恥ずかしくねェ―――――――ッ！！」
なんということでしょう、ピンクな風が効果を発揮してしまった。
パンツじゃなくてもスカートの中身が見えたという事実だけで喜ぶマニアはいそうですね。
私の魔力が鉄壁加工の抵抗値を破ったのか、そもそもゴッさんの趣味により鉄壁加工はされていないのかは不明。
＞「きゃあああああ〜っ！？」
約一名セクシーパンツが丸見えになっていた。
＞「なんでインナー付けてこねーんだよ！ アホフラウス！」
＞「だ……だってぇ〜……ちょうど洗濯しちゃってて……」
＞「――替えを買え――」
そしてなゆたちゃんも何故かとばっちりを食らっていた。一応効果範囲は”敵全体”のはずですが……。
＞「こ、こらああああああ！！ カザハぁーっ後で覚えてなさいよーっ！！」
「えぇっ！？ なんで効果範囲に入ってるの！？」
これは憶測ですが、味方だからこそ巻き込まれたのかもしれません。
もし敵が放った技だったら、何らかのパッシブスキルが発動したり魔法防御値による抵抗が発動するでしょう。
味方だからこそゲームシステム上攻撃とみなされず単なる風扱いで無防備になったのかも……
これって他に応用できたりしないでしょうか（※ただし着想はスカートめくり）
＞「そしてお馴染みのぉぉぉ！『工業油脂(クラフターズワックス)』！！
バンバカ燃やしやがって、顔が怖いんだよトカゲ女がぁっ！こいつで焼きドラゴンになっちまいなぁ！！」
＞「ち、畜生……この、ルブルム……様、が……」
明神さんが火に油を注いでルブルムは炎に囲まれて降参した。
ちなみに明神さんはモンスター補正もなければファンタジーな超パワーに覚醒したりもしていない純正一般人である。
……一般人って何でしたっけ。
＞「そう――ふわふわした気持ちになっちゃうのさ！
事実！既にちょっと顔が赤らんでいるような気がするぞ、セルリアちゃん！
いつものセルリアちゃんも勿論カワイイけど、ちょっとワルい子な感じのセルリアちゃんもカワイイね！」
＞「――く……、ふ……。不覚……。
未成年への……アルコールハラスメントは……速やかにコンプライアンス部、ま……で――」
エンバースさんがセルリアにアルコールハラスメントを敢行していた。
エンバースさんってこんなキャラでしたっけ……。うん、こんなキャラだったわ。
アコライト出てからしばらく真面目だっただけだ。
＞「あなたが変態だっていうことだけは充分わかりましたぁ！」
ジョン君がフラウスに筋肉美を見せつけてドン引きさせていた。
-
＞「……えっと、その……。
降参ですぅ〜……はい……」
こうしてよく分からないうちにこちらの勝利で戦闘は終了した。
ちなみに私達は至って真面目に妨害スキルを発動しただけで、他は何もしていない。
こうしてプリティでキュアキュアな美少女三人組を拘束して尋問タイムである。別に尋問（意味深）ではなく。
＞「――フラウスがモタモタしてるから。フラウスに比べたら、フロックホースナナツユビナマケモノの方がまだ素早い――」
３人組は相変わらず緩いコントをしている。
フロックホース、秘境だけあって色んな珍しいモンスターがいるらしいですよね……。
＞「はいはい、おふざけはおしまい！
三人とも、負けたからにはわたしたちの言うことに従ってもらうわよ。命が惜しかったらね……まぁ殺さないけど！
でも……わたしにその気がなくとも、わたしの仲間たちはどうかしらね……？」
流石はパーティーリーダーだけあって尋問もお手の物である。
そういえば今のメンバー構成、事情を知らない人が見ると男共を従えた女王様ポジションに見えなくもないかも……。
＞「三人には死ぬよりつらい過酷な責め苦を味わってもらうかも……。
例えば、ジョンと一緒にブートキャンプの刑とか！ エンバースとバルーンハリセンボンでバレーボールの刑とか！
カザハと1000倍超激辛カレー一気食い対決の刑とか！」
「なんで巻き込まれてんの！？」
エンバースさんとかカザハはモンスター補正で大抵の事は大丈夫だろうって思ってません！？
実際人間に比べたら大抵の事は大丈夫なんでしょうけど。
とにかく３人組は、拘束されている割にはあまり危機感を感じていないようである。
その気になればどうにでもなるという自信の表れなのかもしれない。
＞「と、とにかく！ 負けたからには、わたしたちの質問に答えてもらうから！
まずひとつ。あなたたち、ゴットリープの命令で来たのよね？
エリにゃんとロスタラガムにテンペストソウルを手に入れさせて、グランダイトを仲間に引き入れて。
ニヴルヘイムに肩入れして、ゴットリープは――ローウェルはいったい何を企んでるの？」
黙秘して口を割らない3人。
＞「くっくっくっ……そっちがその気なら、こっちもそのつもりでやるだけよ。
わたしにこの『奥の手』を抜かせたこと、たぁぁっぷりと後悔しなさい……！」
＞「頭が高ぁ〜いっ！ この紋所が目に入らぬかぁ〜っ！！」
なゆたちゃんは、カードのようなものを３人組に突き付けた。
＞「あぁ〜？ なんだソレ……うげえ！！」
＞「――あなたは、いえ、あなた様は――」
＞「……『小達人（アデプタス・マイナー）』……！」
-
「いきなりどうした！？」
＞「ふっふ〜ん！ 見たか！
ってことでっ！ 『小達人（アデプタス・マイナー）』、マスターなゆたがデスティネイトスターズに命じます！
わたしたちの！ 仲間に！ なりなっさぁーいっ！！」
＞「「「へへーっ！！」」」
よく分からないが仲間になった。こういうシステムということで納得することにした。
＞「……てなワケでぇ〜……。
これから暫くの間助太刀させて頂く、デスティネイトスターズのルブルムっス。
マスターたち、これからよろしくお願いするっス……えへへ……」
＞「――セルリア。です。
先ほどは大変御無礼。陳謝、御容赦、平身低頭――」
＞「私、フラウスですぅ……え、ええと、お仕事とはいえ本当に失礼しました……！
でっ、でもっ！ これからはマスターたちのために！ 私たち、一生懸命頑張りますから……！
ねっ！ ルブルムちゃん、セルリアちゃん！」
「君達……苦労してるね……」
カザハは3人組を暖かい目で見ていた。
＞「で。改めて訊くんだけど、ゴットリープとローウェルはいったい何を考えてるの？
ニヴルヘイムに肩入れしても、侵食は止められない。そんなこと、とっくに分かってるだろうに――」
＞「知らねっス」
＞「あ、いや、今度はガチのマジっス！ オレら、下っ端っスから！
大達人様と大賢者様の深遠なお考えなんて、当然聞かせてもらえるハズもないっス……！」
「ですよねー！」
＞「――知ってる。始原の風車以外の、テンペストソウルの在処――」
＞「うぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお！！！？？？」
＞「――そこ。
テンペストソウルは、そこにある――」
＞「――そこのシルヴェストル。その中にテンペストソウルが入っている。
正確には“テンペストソウルになる資格を持つ魂”が――」
驚愕するなゆたちゃんとは対照的に、カザハは妙に落ち着いていた。
なゆたちゃんリーダー、明神さんサブリーダーのこのパーティなら万に一つもストームコーザー引換券にされる可能性はないと分かっているからでしょう。
「なるほど、君達のトップは知ってるってわけだ。ボクがレクス・テンペストだってこと。
それにしてはマル様達には見向きもされなかったんだけど……」
レプリケイトアニマで力に覚醒してから情報を掴んだにしては早すぎるので、ゴッさんはバロールさんのように元から知っていた可能性の方が高い。
ローウェル陣営の内部も完璧に一枚岩とは限らないので、マル様は全ての情報を与えられていなかったとも考えられる。
「シルヴェストルが生を終える時、その肉体は風となって跡形もなく消える。
でもレクス・テンペストの場合はこれに魂が宿って残るんだってさ。
……テンペスト・ソウルってそれのことなんだね」
-
カザハはそう言って３人組に左手の甲の宝石を見せた。
「でも意外だね。
始原の風車にある結晶体じゃなきゃテンペストソウルとして成立しないと思ってたんだけど……。
単体でも成立して即位も経なくていいの？ それじゃあ実際はゲームほどの激レアアイテムってわけじゃないんだ」
レクス・テンペストの魂でさえあれば、集合体ではなく単体でも、
更には始原の風車への一体化という過程を経ていなくても、テンペストソウルとしての体を成すとのこと。
始原の風車のテンペストソウルから１個分だけ引っぺがすというエンバースさん案の有効性が裏打ちされたと同時に、
世界にはテンペストソウルが何個も存在する可能性が浮上した。
世界創生からカウントすれば歴代にはたくさんのレクステンペストがいて、
その中には始原の風車と一体化しなかった者もいくらかいるだろう。
「1巡目のボクのテンペストソウルとか都合よくどっかに転がってないかなあ」
《そんな都合のいいことは……在り得なくはないけど》
まだ作られていないはずのレプリケイトアニマがあったぐらいなので、何があってもおかしくはない。
カザハの場合“地球での生年にあたる時から行方不明だった”でもよさそうなものだが
表向き最初からいないことになっている、ということはつまり１巡目で死んだ状態が引き継がれている、とも考えられる。
ということは、1巡目で死んだ時のテンペストソウルがうっかり残ってるなんてことも……。
まあ、仮にそんな都合のいい事があるとしてもどこにあるのか分からないんじゃ意味がないですね。
「……待てよ？ じゃあなんでグランダイトはわざわざ始原の風車を狙ってるんだろう。
ん？ テンペストソウル（単体）でも普通にストームコーザーが出来るってことは……
テンペストソウル（集合体）を材料にすれば超すごいストームコーザーが出来てしまうんじゃ……！？」
神代遺物を使ってただの魔剣しか出来ない、というアンバランスさは指摘されまくっているそうですが、
例えばゲームで手に入るテンペストソウルは実は１個分引っぺがした単体、ということはないでしょうか。
飽くまでもゲームの仕様上手に入るのは１個だけ、ということで描写や説明が省略されているとか。
そうだとしたらゲームではテンペストソウルを手に入れても風が無くなって大変だ、なんて話が特に無いっぽいのも説明が付きます。
そして、テンペストソウル（単体）を使って作ったストームコーザーとテンペストソウル（集合体）を使って作ったそれが同じとは考えにくい。
ガチで始原の風車のテンペストソウルを丸ごと使って作れば、それこそ聖杖アレフガルドのような持ち運び式神代遺物が爆誕してしまうかもしれません。
＞「―――あ！！！」
なゆたちゃんが突然大声をあげた。
＞「ゴメン、みんな！ 完全にわたしの見立て違い、作戦ミスだ……！
シルヴェストルの神殿に戻ろう！ 双巫女さまを守らなくちゃ！」
たとえ最終的な目的が始原の風車のテンペストソウルだとしても、
その番人を殺せばテンペストソウル（単体）が手に入るとなれば、まず番人から殺しにかかるだろう。
私たちは急いでシルヴェストルの神殿に向かいました。
-
＞「いた！ まだ戦ってる……！」
＞「神殿の真上に寄せて！
――エンバース！ 着地任せた！！」
なゆたちゃんは登場口から普通に飛び降りた。
「飛んだぁああああああ！？」
カザハを背に乗せて後を追う。
そんなチャレンジ精神を発揮しなくてももう一人ぐらい全然乗せれたのに。まあいいですけど。
＞「「カザハ……」」
「遅くなってごめん！ もう大丈夫だから！」
＞「多勢に無勢っていうのはわたしの主義に反するけど。
これだけの人数を相手にすれば、いくらアルフヘイム最大戦力『十二階梯の継承者』だって勝ち目はないわ！
戦いを避けるというのなら、わたしたちも深追いはしない……大人しく撤退しなさい！」
＞「確かに、このまんまじゃアタシらが勝つのはちょぉ〜っと骨が折れるかもしれんにゃぁ。
でも、なぁんも問題にゃあよ？ だって――」
＞「それなら、アタシらも頭数増やしゃぁええだけのことだで」
タイミングを見計らったかのようにエリにゃんの背後に漆黒のゲートが現れる。
前からそんな感じだったけど君達もう完全にニヴルヘイムとお仲間ですよね！？
第３勢力でも何でもないですよね！？
そしてなんとかドーアから現れたのは……
＞「……イブリース……！！」
援軍にしては大物すぎやしません！？
そして援軍として出てきたくせに何故か１人で戦うと駄々をこねてエリちゃんとタラちんを黙らせた。
こっちとしてはその方が好都合ですけどいいんですかね……。
＞「確かに、イブリースはストーリー最終盤のボス……決して楽な相手じゃないけれど。
でも、こっちは10人！ それに何より――イブリースは既にゲームじゃ攻略法が完全に確立されてる！
出てきたのは逆に好都合、ここで！ 一気にやっつけるわよ！」
「――アストラルユニゾン！」
総勢10人でしかも双巫女やディスティネイトスターズという強キャラ揃い。
今度は上昇値が足りて私は美少女になれました。
これならディスティネイトスターズに混ざって冒険しても違和感がありませんね。
＞「マスター！ ここは任せてもらうぜ！！」
＞「――魔物退治はデスティネイトスターズの真骨頂。デーモン一匹風情、朝飯前――」
＞「エンゼルハイロウ……お願い！」
ディスティネイトスターズが突撃するも、次々と蹴散らされる。
フラウスだけはポヨリンさんに守られて辛うじて無事ですが……。
-
＞「明神さん、エンバース、ジョン！ わたしがゴッドポヨリンを召喚するまでの時間を稼いで！
カザハはスターズをお願い！」
「分かった！」
カザハは地面に半ば埋まったルブルムの、私は吹き飛ばされたセルリアの救出に向かいます。
「二人ともしっかり！ 癒しの旋風《ヒールウィンド》」
カザハは少し離れた場所に2人を寝かせると、スペルカードを切って、2人の回復にかかります。
＞「来い。アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』ども」
＞「オレの中には、貴様ら『異邦の魔物使い（ブレイブ）』に斃されてきた同胞の怨讐が、無念が、憤怒が脈打っている――
それがオレの耳元で囁くのだ、貴様らの狙いを。闘い方を。捌き方を……！
攻略法を知っているのは、むしろオレの方だ。オレを一巡目のオレと同じと思うな！！」
イブリースは、１巡目でブレイブに倒されてきた死者の声を聞いている――
それは比喩や例えではなく、実際にそうなのでしょう。
「みんなひるむな！ １巡目参加してたのはボクだけだ！ 多分！」
実は参加してたけど記憶を持っていないだけ、という可能性も普通にありますけどね。
エンバースさんの生前はいわゆる１巡目なのかまた別の時間軸なのかは不明ですが……。
とにかく、ブラッドラストに侵されたジョン君をも圧倒した私の真空の刃を、カザハの大竜巻を、イブリースは微風のようにさばいていく。
＞「……『闇撃琉破（ダークネス・ストリーム）』！！！」
「――エアリアルウォール！」
カザハを守るように風の防御障壁を展開する。
が、防ぎきれずに翼から吹き飛ばされた白い羽根が舞う。
「く……う……」
「カケル！ 次は下だ……！」
カザハに引っ張り上げられるように上空に飛びあがる。
＞「喰らえ！ 『冥獄憤激轟（ヘルガイザー）』！！！」
＞「きゃああああああッ！！」
私達は間一髪で飛んだおかげで大きな岩の直撃は免れたものの、それでも闇の波動によるダメージは受ける。
なゆたちゃんに至っては巨大な岩の直撃を受けて吹き飛ばされた。
他の仲間達も似たようなもので、もはや勝負あり、という状況になった。
-
＞「もう二度と、ニヴルヘイムの同胞たちに死の痛みを味わわせることはせん。
そのためならば、オレはどんなことでもしよう。だからこそ、オレは継承者どもの提案さえ受け入れた。
此処に代わる新たな世界など、オレには想像もつかんが――」
＞「……だが、それでも構わん。其処にいかなる苦難が待ち構えていようと、此処で滅ぶ結末に比べれば遥かにマシだ。
オレには同胞たちを導く使命がある。皆を生かすためならば、いかなる障害であろうと打ち倒す！
まずは『異邦の魔物使い（ブレイブ）』！ 貴様らを葬り去って、我が決意の表明としてくれよう――！！」
完全に勝負が付いた後のとどめターンに入ってしまっている。
まずはなゆたちゃんにとどめを刺そうと迫るイブリースに、カザハはよろめきながら声をかけた。
「待って！ 今の目的は飽くまでもテンペストソウルなんだよね……？
それならボクにとどめを刺しなよ」
《カザハ……！？ 何か策があるんですか！？》
無論、本気で自分が身を捧げることで場をおさめよう、などとは思っていないだろう。
カザハが犠牲になったところで相手はテンペストソウル（単体）一個で満足する保証はなく、
結局テュフォンとブリーズも殺して始原の風車のテンペストソウルも奪うかもしれない。
（無い！）
《苦し紛れの時間稼ぎじゃないですかぁあああああああ！！》
でもまあ、1巡目の設定に準ずるとすれば、レクステンペストってあと何人かはいた気がするんですよね……。
なんとか引き延ばせば騒ぎを聞きつけて助けに来てくれるかも……
「待ってください！ 最終的には始原の風車のテンペストソウルが欲しいんですよね？
レクステンペストじゃないと風車の中枢に至る封印が解けないんですよ。
なのでここで殺してしまうのは得策ではないです」
というわけで苦し紛れの時間稼ぎに参入。あ、しまった。
この場にレクステンペストは他にテュフォンとブリーズもいるんでした。二人とも早く逃げて！
-
スプリンクラーの如く撒き散らした油は、想定通りにルブルムの炎に引火した。
火竜ハーフの魔法少女が、油臭い火の玉に包まれる。
>「く……」
「わははは！心配しなくても狐色くらいで火から降ろしてやっからよぉーっ！」
まぁ全然焦げてねえわこいつ。なんなら火属性に吸収ついてるまである。
だけど酸欠は別だ。地上に生きるあらゆる生き物に等しく作用する。
いわんや、クソでけえ得物ぶん回す全身運動の直後だ。
ルブルムは喘ぐように酸素を求め、煙を吸い込んで噎せ、まろんだ。
>「ち、畜生……この、ルブルム……様、が……」
「おっどうした？水面の金魚みてーなツラだな！？
ホントはお前ドラゴンじゃなくてお魚さんなんじゃないのぉ？？」
さて。ブーメランになりそうな煽りはこの辺にしとくか。
ぜえはあ言ってんのは俺も同じだもんね……。
そんでルブルム女史を這いつくばらせたところで何が解決するわけでもない。
――こいつらの目的は時間稼ぎ。
そういう意味じゃ、魔法少女どもは仕事をきっちり完遂させてやがる。
もしも奴らが初めっから俺たちを撃滅する為に動いてたなら、真正面から油ぶっかける隙もなかったろうしな。
継承者の相手はフタミコに丸投げしたが、連中がどこまで持ち堪えられるかは正味のところ分からない。
俺たちは一刻も早くこの場を辞さなきゃならなくて、時間的な猶予は微塵も残っちゃいなかった。
……で。
他の連中に加勢しようと振り向けば、エンバースの野郎が魔法少女とツーショットチェキに興じていた。
「何しとん。……何しとんマジで！？」
>「そう――ふわふわした気持ちになっちゃうのさ！
事実！既にちょっと顔が赤らんでいるような気がするぞ、セルリアちゃん！
いつものセルリアちゃんも勿論カワイイけど、ちょっとワルい子な感じのセルリアちゃんもカワイイね！」
アルコールの臭いをプンプンさせながら、赤ら顔のセルリアと決めポーズでスマホを連写しまくる、
大はしゃぎの変質者もとい焼死体がそこに居た。
「what・the・fuck……俺は一体何を見せられているんだ」
この世の終わりみたいな光景に見当識がバグる。流暢な英語も飛び出す。
なにウッキウキで写メってんだこいつ。このクソ忙しいときに！このクソ忙しいときに！！！
>「これ以上やるなら――――もっと過激な写真も撮られちゃうかもしれないぜ」
「うわぁ」
通報モノだようッッッ！！！
なゆたちゃんのドン引きが言葉を交わさずとも伝わってくる。
アニメチックな魔法少女に青年誌のチンピラみてーなノリで詰め寄る焼死体。
-
出るとこ出れば一発アウトの絵面だった。いやさ誰が裁かずとも俺が裁くよ。
こいつ野放しにしてたら現代司法の敗北だよ……。
「何なんだこいつは……声優さんのリプ欄じゃねえんだぞ」
Twitterでよく見るクソリプおじさんそのものの痴態に俺はドン引きした。
お前も酔っ払ってんだろこれ。せめてシラフじゃないと言ってくれ！
しかしこうして一歩引いてると、「お前もマホたん相手にはしゃいどったやないかい！」とツッコむ声もあるだろう。
だが敢えて声を大にして意を唱えさせていただく！
俺はゲーマーでドルオタだけど、アニオタではないんですよ！そこには大きな差があるの！！
まぁね、実際ね、その２つは混同されがちなところありますよ。
っていうか両方兼業してるオタクも少なからず存在していますしね。
でもね、アイドルとアニメや漫画はコンテンツからして別物なんですよ！わかれ！わかってくれ！！
確かに最近は三次元と二次元の垣根を限りなく取っ払ったVtuberなんてのが台頭してきてるし、
それ以前からアイドル声優とかミュージカルみたいないわゆる2.5次元ジャンルは一定の市民権を得ていた。
三次元も二次元も、『作られた偶像』って意味じゃ、根底に通づるものがあると言えよう。
俺も別にアニメやゲームのキャラを『絵じゃん』とか言うつもりは毛頭ないしな。
じゃあ何が違うっつったら、『応援の行き先』だと僕は思うんですね。
具体的には投入したマネーが制作サイドにどう影響するか。
アニメを例に挙げるなら、製作者にお金が入って、事業を継続するって判断を経て、続編なり新作なりが作られる。
つまり、金が入ろうがなかろうが製作済みのコンテンツ自体に影響は出ないわけだ。
アニメの女の子が俺の金で焼き肉食いに行くわけじゃない。そういうこと。
アイドルは、まぁ中抜きはもちろんあるだろうけど、投げ銭が直接女の子たちの収入になる。
生活を支えて、活動のモチベにもなって、しかも焼き肉を食いに行けるようになる。
とくに最近はスパチャっていう神システムのおかげでリアルタイムにアイドルの反応が見られるわけですよ。
赤コメ流して読んでもらえた時とかこの世の全てを許せる気持ちになる。
えーとつまり、アニメ漫画と比較してアイドルの追っかけはコンテンツとの双方向のやり取りが格段にしやすい。
アイドルが！俺の金で！肉を食う！最高じゃねえか！
そして俺のお金が彼女たちの活動を支えてるんだっていう実を伴った使命感（ニチャァ）。これね。
何の技術もない無産オタクの俺でも、頑張ってる女の子を応援することはできる！
そういうひとつの自己実現の形として俺はアイドルの追っかけをやってるわけ。
>「――く……、ふ……。不覚……。
未成年への……アルコールハラスメントは……速やかにコンプライアンス部、ま……で――」
なんだっけ。話めっちゃ逸れたな……。
そうつまり、ゲームのキャラとこうして対面で絡んでるエンバースは……なんだそれ、最高かよ。
は？酒飲ませたんですか？俺だってマホたんに俺の金で酒飲んで欲しいわ！！！！
「くそっ、羨ましい……！！」
俺もルブルムちゃんと写真撮っちゃおうKANA！
あ、ダメだ、めっちゃ睨んでる……思っきし焼いたうえに煽っちゃったもんね……ごめんね。
謝ってんだから許せよ！！！！肉奢ってあげるからさぁ！！
-
閑話休題。目も当てられない惨状に俺はエンバースからついと視線を逸らした。
目を向けた先では、ジョンがパンツ一丁で全身油まみれになっていた。
「なんでっ！？」
>「これだけ油まみれになってればローションレスリングならぬオイルレスリングができる！
…って言ってもこっちの人間である君にはわかんないか」
「地球の人間でもお前が何言ってっかちっともわかんねーんだけど……」
マジで何なんだこいつは……俺は何を見せられているんだ（二回目）！
オイル……おそらくは俺の撒き散らした工業油脂でテッカテカになったジョンの肢体。
そこにバラエティのような滑稽さはなく、さながら精緻に彫り込まれた彫像のようだ。
ダビデ像の如き、完璧に均整のとれた、人類の到達点とも言える完成された肉体。
ビューリフォー……。男の俺ですら目を奪われる。オイルの照りが四肢を輝かせる。
ボディ（肉体）をビルド（造形）する――職人芸じみた美の極致。
>「これなら君の輪の攻撃の被害を最小限にして…僕はこの油のおかげで更なる機動力を得る…滑ることでね」
「ダメだぁ！やっぱ全然何言ってっかわかんねえ！ホントに日本語喋ってんのかこいつは！」
パンイチのジョンは筋肉を輝かせながら縦横無尽に草原を滑る。
その様はまさに、ヌルヌル動き回りながら魔法少女に迫りくる半裸の男であった。
どこに出しても恥ずかしい、非の打ち所しかない変態がそこに居た。
「スピード特化型の変質者……！」
そしてエンバースは類型化するならテクニック型の変質者！
完全無欠の変態ブラザーズが爆誕しちまったじゃねえか！
「最強かよこいつら。死角がないじゃん！俺もパワータイプの変質者にならなきゃダメかっ！？」
変態ブラザーズの猛攻にドン引きしながら逃げ回る魔法少女達。
真面目に戦ってた俺がなんか浮いちゃってるじゃん！
カザハ君もカザハ君でスカートめくりし始めるしさぁ！
「おっ、俺は違うからな！この変態どもと一緒にすんなよな！マジで後生だから！」
ああもう、何だこれ？
俺たちなんかシルヴェストル絶滅の危機とか世界の存亡とかそういうシリアスな話してたよね？
本家シリアスブレイカーのデスティネイトスターズがお株を強奪されてんじゃねーか！
>「……えっと、その……。 降参ですぅ〜……はい……」
ついに、ジョンの凶行に晒されたフラウスが白旗を上げた。
そして今日ここに、アルフヘイムの恥とも言うべき化け物が二匹産声を上げた。
「カザハ君、これは語り継がなくて良いからな……空白の歴史で良いよここは」
歴史の汚点を目の当たりにした未来の語り部に、俺は力なく首を振り、神の不明を呪った。
天罰とかそういうの……なさらないので？
◆ ◆ ◆
-
ふん縛ったスターズを前に、俺達は今後の処遇を話し合った。
締まりのねえ連中だが、貴重な情報源であることに代わりはない。
そしてもうひとつ、ゴットリープ麾下の戦力をひとつ無力化できたことも大きい。
繰り返しになるが、デスティネイトスターズはただの危ない格好したオモシロ少女集団じゃない。
れっきとした霊銀結社の戦闘部隊だ。レイド級ばりの火力だって持ってる。
こと『戦闘』という分野においては、結社の代表みたいな連中だ。
十二階梯を除く、グランダイト軍団やら群青の騎士やら夜警局やらに匹敵する、
アルフヘイムの一大勢力としての霊銀結社を俺たちは打倒せしめたと言っていいだろう。
……いや、色々語弊があるけれども、言いたいこともたくさんあるけども。
>「三人とも、負けたからにはわたしたちの言うことに従ってもらうわよ。命が惜しかったらね……まぁ殺さないけど！
でも……わたしにその気がなくとも、わたしの仲間たちはどうかしらね……？」
「そうだよ」
俺は便乗した。
「ここにおわす月子先生はお前らを苦しめたあの変態どもの親玉だ。
くれぐれも機嫌を損ねるなよぉ？ボスの胸三寸で再び事案が発生しちまうかもなぁ？」
しかし緊張感と無縁の魔法少女どもはなゆたちゃんの威厳たっぷりの脅しにも屈しない。
カレー食いたいじゃねえんだよ！そういうのは戦隊モノの方の黄色の担当だろーが！
>「くっくっくっ……そっちがその気なら、こっちもそのつもりでやるだけよ。
わたしにこの『奥の手』を抜かせたこと、たぁぁっぷりと後悔しなさい……！」
「まっマジっすかボス！変態ども解き放っちゃうの！？」
なゆたちゃんが解き放ったのは変質者の枷ではなく、懐の印籠だった。
水戸黄門のアレみたく高く掲げるのは……一枚のカード。
スペルでもユニットでもない。インベントリのアイテムだ。
>「あぁ〜？ なんだソレ……うげえ！！」
>「――あなたは、いえ、あなた様は――」
>「……『小達人（アデプタス・マイナー）』……！」
スターズの反応も、面白いくらい時代劇だった。
霊銀結社のゴールド会員証みたいなやつだ。俺も持ってる。
持ってるけど……正直使いみちのない記念品でしかないと思ってた。
ゲームじゃ証書を見せるまでもなくシナリオの中で実力を証明してたしな。
「盲点だったわ。そりゃトロフィーアイテムって本来こういう用途のもんだよなぁ」
俺たちゲーマーにとっては単なるインベントリの肥やしに過ぎないものでも、
その世界で実際に生きてる連中にとっては証やトロフィーの類が額面通りの価値を持つ。
かつて俺が、ガンダラのマスターとベルゼブブの翅を肴に飲み明かしたように――。
パラメータに表せない価値。思い出だったり、権威だったり、愛情だったりがそこにある。
-
「愛情か……」
ジャケットの中、腹に括り付けて保持している蛹を見る。
少しずつだけど、硬い殻の中で脈打っているような気配がある。
多分ルブルムを倒した経験値が場に出ていたこいつにも加算されたんだろう。
蛹を抱える様は赤ちゃんの抱っこひもみたいでちょっと不格好だけど、そうするだけの価値を俺は感じている。
単なる、データ上のオブジェクトじゃなくて。
生きた命としての、俺の可愛い相棒としてのマゴット。
たとえレイド級に進化することができないとしても、無力な蛆虫に戻ってしまうのだとしても。
俺はもう、こいつを手放せはしないだろう。
>「あ、あわわわわ……小達人様がどうしてこんなところに……！？」
まあ実際のところトロフィーぽんと出せばみんなが平身低頭してくれるってわけでもあるまい。
トロフィーは権威付けの材料でしかなくて、使いこなすには説得力が必要になる。
そのへんのお爺ちゃんが印籠だけ持ってたって水戸黄門にはなれないしな。
そこはブレイブ切っての三味線巧者、なゆたちゃんの面目躍如だ。
寺生まれのＴさん（TSUKIKO）が跳ねっ返りの不良少女どもを説法する。
主に権力のパワーで。
>「ふっふ〜ん！ 見たか！
ってことでっ！ 『小達人（アデプタス・マイナー）』、マスターなゆたがデスティネイトスターズに命じます！
わたしたちの！ 仲間に！ なりなっさぁーいっ！！」
>「「「へへーっ！！」」」
「寺生まれってスゴイ」
色んな意味でそう思った。
◆ ◆ ◆
-
なにはともあれ、権威に弱すぎる魔法少女達は我々の預かるところとなった。
しかしながら、スターズはゴっさんとローウェルの深謀遠慮について何も知らないときた。
そりゃあね、唯一の実戦部隊ったって結局こいつらは末端構成員、鉄砲玉だ。
研究開発を目的とした機関じゃ、戦闘専門部署の地位は高くない。
現業職とホワイトカラーの間にはたしかな隔たりがあって、結社においては殊更にそれが顕著だ。
諦めて足で探すっきゃないか、と話が振り出しに戻りかけたそのとき。
>「――知ってる。始原の風車以外の、テンペストソウルの在処――」
>「うぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお！！！？？？」
「うおっ！？……落差！テンションの落差！」
なゆたちゃんちょっと魔法少女のノリに侵食されてない？
さておき、スターズはテンペストソウルの在り処に心当たりがあるらしい。
>「どこ！？ どこにあるの！？ テンペストソウル！
それさえあればエリにゃんとロスタラガムに勝てる！ 戦争を回避できるんだから！」
にわかに色めき立ったなゆたちゃんにぶんぶんがくがく揺さぶられて、
火炙りにされても目力の強さは保ち続けたルブルムさえも見当識をバグらせる。
>「吐けえええええええええええ！！！」
「なゆたちゃんストップ！吐くって！別のもん吐いちゃうって！」
>「――そこ。 テンペストソウルは、そこにある――」
そんなやりとりなどどこ吹く風（風だけに）のセルリアが指差した先。
カザハ君がいた。
「……あっ？」
>「なるほど、君達のトップは知ってるってわけだ。ボクがレクス・テンペストだってこと。
それにしてはマル様達には見向きもされなかったんだけど……」
「おいおいおい。えらく平然としてっけど他人事じゃありませんよカザハ君。
お前、魔剣の材料だって言われてんだぜ」
無論、じゃあ始原の風車の代わりにカザハ君差し出せって言われて応じる俺たちじゃない。
そいつはカザハ君もよぉく知ってるっつうことだろう。
>「シルヴェストルが生を終える時、その肉体は風となって跡形もなく消える。
でもレクス・テンペストの場合はこれに魂が宿って残るんだってさ。
……テンペスト・ソウルってそれのことなんだね」
「あー、あー……。テンペストのソウルっつったらそういうことだよな。
言われてみりゃこんだけヒントまみれなのになんで俺たちゃ気づけなかったんだ」
名前からしてモロじゃんよ。ドラクエばりにわかりやすい命名則だわ。
そんで納得もいく。始原の風車＝テンペストソウルがシルヴェストルの親分の集積した魂だっつうのは、
今までさんざん伏線張られてきたことだしな。
-
>「テンペストソウルは、風精王の資格を持つレクス・テンペストっていうシルヴェストルが内包する魂そのものなんです〜。
つまり『元々テンペストソウルという物質がある』んじゃなくて、
『風精王の資格を持つシルヴェストルの魂が死後テンペストソウルと呼ばれる』っていうことなんですぅ」
「なるほど。テンペストソウルが2つも3つもあるっつうのもこれで理由がハッキリしたぜ。
鶏と卵だな、『始原の風車の中身がテンペストソウル』なんじゃなくて……『ソウルの寄り集まったのが風車』。
正味な話、始原の歯車関係なしにスーパーシルヴェストルがその辺で野垂れ死んでもソウルは発生する」
>「でも意外だね。
始原の風車にある結晶体じゃなきゃテンペストソウルとして成立しないと思ってたんだけど……。
単体でも成立して即位も経なくていいの？ それじゃあ実際はゲームほどの激レアアイテムってわけじゃないんだ」
「言うてお前、そもそも前提となるスーパーシルヴェストルが激レアなんじゃないの？
今みたいになんか３人くらい生まれてきてんのが異常なだけでさぁ。
ホイホイあんなチートバフ持ちが出てきてたら今頃シルヴェストルが天下取ってんだろ」
そしてその事実は、もうひとつ致命的な現実を俺たちに突きつける。
>「それじゃあ……始原の風車以外の場所でテンペストソウルを手に入れようと思ったら、
カザハを殺すしかないんじゃない……！ そんなことできないよ！」
ソウルの発生に絶対に必要なもの。
それは――レクス・テンペストの資質を有するシルヴェストルの死だ。
「バカバカしい。ソロバンの野郎、益体もねえネタ掴ませやがって。
グランダイトの玩具の為に誰かが犠牲にならなきゃなんねえのは変わらねえじゃねえか」
カザハ君を殺すなんつうのは論外だ。
じゃあアレだな。シルヴェストルの墓でも漁って、ワンチャン不世出のレクステンペストが、
死後に宝石残してる可能性にでも賭けるか？
いやでもシルヴェストルって死んだら消滅するんだっけ。そもそも墓とかそういう概念あんのかな……。
>「―――あ！！！」
ずぶずぶと思考の沼にめり込んでいく俺の意識を、なゆたちゃんの鋭い声が拾い上げた。
思わず振り仰げば、その表情には焦りが張り付いていた。
>「ゴメン、みんな！ 完全にわたしの見立て違い、作戦ミスだ……！
シルヴェストルの神殿に戻ろう！ 双巫女さまを守らなくちゃ！」
「ああ？フタミコだったら継承者の足止めに――……『ふたつある』って、そういうことかよ！」
と、そこで俺もなゆたちゃんの言わんとしてることに思い至った。
ソロバンはテンペストソウルの生成条件を知っていた。
そしてそれが、『どこで』『どんなふうに』生まれるかも――
テュフォンとブリーズ。あの二人を、継承者たちはテンペストソウルに変えようとしている。
俺たちは最早言葉を交わすでもなくヴィゾフニールに駆け込んだ。
すぐに離陸する。舳先は無論、始原の風車の方へだ。
アルフヘイム最速の飛空船はまたたく間にグランダイト本陣を豆粒に変えた。
操縦室のモニター越しに、継承者と激突するフタミコの姿が見える。
-
>「カザハ、行くよ！
明神さん、ジョン、操縦お願い！ 大丈夫エースコ〇バットとかやってれば動かせるから！」
「えっえっホントに大丈夫！？俺PSPのやつしかやったことないよ！？」
操縦を丸投げしてなゆたちゃんが一足先にヴィゾフニールから飛び降りる。
ウソだろあいつ！？ここ高度何メートルだと思ってんだよ！！
っていうか操縦！マジでどうすりゃいいのこれ！
>「神殿の真上に寄せて！――エンバース！ 着地任せた！！」
「クソっ！コナン君じゃねーんだぞ、ハワイで親父に操縦習ったことなんかねーよ！
あああスティックパッドどこだ！？ジョン！手伝えっ！ジョォォォン！！！！」
どうにかこうにか手近な空き地にヴィゾフニールを着陸させて（できたわ）、
抜かりなく着地を済ませたなゆたちゃん（マジで？）の後を追う。
そこでは既に、先んじてなゆたちゃんと一緒に飛び出した焼死体とカザハ君とスターズも交えて、
継承者との戦端が開かれつつあった。
「ま、に、あった……なんぼつよつよNPCったってこの人数差だ。
流石にこの形勢有利が覆るなんてことはあるめえよ。天地が引っくり返らん限りはな」
>「それなら、アタシらも頭数増やしゃぁええだけのことだで」
実に５倍の戦力差を目の当たりにしても、マリスエリスは動じた様子すらない。
そして自信の根拠は奴の真後ろに形を表した。
「またお得意のインチキテレポかよ！ニヴルヘイムの技術当たり前みてーに乱発しやがって」
もはやお馴染み、『形成位階・門』――ニヴルヘイムの空間転移魔法だ。
いつもいつも、ニヴルヘイムの連中を相手にする時はこのクソチートが邪魔をしくさる。
すんでのところで撤退は許す、ありえねえタイミングで増援を呼ぶ……
今度はなんだ？上司のゴっさんとか仲良しの『禁書』でも連れてくるつもりか？
俺はこの期に及んで、俺たちの絶対的な優位を疑っちゃいなかった。
そりゃそうだ、こちとら死線を何度もくぐってきたブレイブが５人。
霊銀結社が誇る実戦部隊の３人に、云十万の兵力も覆せるシルヴェストルの親玉が二人。
それこそ天地が引っくり返りでもしない限り、負けるはずのないメンバー構成だった。
だから――
「冗談だろ……天地を引っくり返しやがった……！」
『門』の向こうから禍々しい二本の角が見えたとき、
筋骨隆々の四肢を黒の鋼で被覆した巌のような体躯が見えたとき、
冷徹で、されど決然とした意思を秘めた人外の双眸が見えたとき、
またぞろ見当識がバグったと思わざるを得なかった。
継承者の助っ人や上司なんて生易しいもんじゃなかった。
現れたのは、ニヴルヘイムの現トップにして、俺たちを巻き込んだ世界間戦争の終着点。
「兇魔将軍……イブリース……！」
-
きっと、その場の誰もが驚愕をもって奴の登場を迎えただろう。
イブリースは集中する視線なんか意にも介さず、マリスエリスと二三言葉を交わす。
そして、俺達に目をやった。
その真紅の瞳に射すくめられただけで、どっと背中を冷や汗が駆け下りる。
>「久しいな……アルフヘイムの走狗ども。
オレの召喚したニヴルヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』どもが世話になった」
「……リバティウムでチャンピオンのケツ拭って以来じゃねえか。
ニーチェオタクのお坊ちゃんの子守りはもう終わったのか？
オシメ替える片手間に戦争たぁイクメンも大変だな」
呑まれないように、飲み込まれないように、精一杯の虚勢を張る。
煽りを口にしてなけりゃ、今すぐにでも逃げ出したくなるような威圧感。
強気な言葉を投げつけちゃいるが、声音はいつものレスバみたいには到底いかなかった。
「ワンコールでこんなド田舎までトップが駆けつけて来てくれんのかよ。
ミハエルの送り迎えと言い、ニヴルヘイムって暇なの？お飾り兇魔将軍なの？」
>「目には目をと思い、試してはみたが。
『異邦の魔物使い（ブレイブ）』などという余所者に任せたオレの判断が誤っていた。
真に計画の妨げとなる者は、やはり。オレ自らの手で葬り去らねばならん」
イブリースは俺の憎まれ口に答えずとも遠からず。
継承者二人が加勢を申し出て、兇魔将軍はその悉くを却下する。
自らの手で、葬り去る。
最早オブラートに包みようもない殺意が、言葉少ないイブリースの声には確かに籠もっていた。
居竦んだ俺とは対象的に、なゆたちゃんは気丈にも前に出る。
>「確かに、イブリースはストーリー最終盤のボス……決して楽な相手じゃないけれど。
でも、こっちは10人！ それに何より――イブリースは既にゲームじゃ攻略法が完全に確立されてる！
出てきたのは逆に好都合、ここで！ 一気にやっつけるわよ！」
「……そっ、そうだ！どんだけ強キャラ感出してイキろうがこいつは所詮ラスボスの前座！
ストーリーモードのボスなんざエンドコンテンツですらねえんだ！
タイムラインもギミックの超え方も研究し尽くされてる。俺たちが囲んでボコれば勝てない道理なんかねえっ！」
>「オレの倒し方が確立されている、だと？
面白い。ならば、貴様らの知る攻略法とやらで――オレを退けてみせるがいい！！」
「散れ、散れっ！奴は見た目まんまのデカブツだ、セオリー通り機動力で翻弄できる！」
イブリースがその身に溜め込んだ魔力を解き放つ。
なんの魔法も介していないのに、確かな圧力を伴った風が頬を叩き、追われるように俺は横へ飛んだ。
「ひいっ」
散会する。
範囲攻撃で一網打尽にされなきゃ回復が追いつき、攻撃を仕掛ける余裕が出来る。
あとはレイドバトルの鉄則通り、適切なポイントで火力を集中させてやれば、
致命的な攻撃を妨害しつつHPを削っていけるはずだ。
-
>「マスター！ ここは任せてもらうぜ！！」
距離をとる為に散った俺たちとは逆に、スターズは先んじてイブリースに飛びかかった。
振るう攻撃は３人揃えばレイド級だって容易く葬り去る結社の研究開発の粋。
いかな兇魔将軍とて、直撃して平気でいられる類の威力じゃない。
>「下らん」
だが、迎撃を差し挟む隙などあるはずもない緻密な連携を――
純粋な膂力と魔力、研ぎ澄まされた武人の体捌きが叩き潰した。
「ウソだろこいつ……技使ってねえじゃねえか」
アイアンクローからの叩きつけでまずルブルムが地に墜ちる。
セルリアはイブリースの振るう、魔力を孕んだ剣風に吹き飛ばされた。
フラウスのチャクラムはイブリースが放出した魔力の波動を直撃して粉々に砕け散る。
>「死ね」
そして、無手となったフラウスの頭上から、イブリースのもたらす『死』が降ってくる――
>「それ以上好き勝手はさせないわ、イブリース！今度はわたしたちが相手よ――！」
すんでのところでポヨリンさんがそれを阻み、ようやく俺たちの戦闘準備が整った。
ブレイブの弱点のひとつはATBシステムに縛られるがゆえの初動の遅さだ。
ゲージが溜まらなければ、『１ターン目』を始めることさえできない。
>「明神さん、エンバース、ジョン！ わたしがゴッドポヨリンを召喚するまでの時間を稼いで！
カザハはスターズをお願い！」
「了解！」
ルブルムに焼かれたヤマシタの再生は、スマホの中でもう済んでる。
再びサモン。騎士モードの革鎧が、大盾を振るってイブリースへ突貫する。
>「来い。アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』ども」
スターズは瞬殺されたが、おかげで奴の迎撃行動をナマで見れた。
あとはブレモンクリア者としての知識を総動員すれば、あの苛烈な猛攻はどうにか凌げる。
研究され尽くした動きで攻撃をさばき、Wiki通りに反撃を加えればダメージは通る――。
そのはずだった。
>「なんてこと……！」
「おいおいおいおい！データより全然速えじゃねえか！」
イブリースの戦術を知り尽くしているはずの俺たちが、後手に回っている。
どれだけ隙を突き、回避不能なタイミングで攻撃を入れたと思っても、
次の瞬間にはイブリースの防御が間に合い、反撃でゴッソリHPを持っていかれる。
>「オレの中には、貴様ら『異邦の魔物使い（ブレイブ）』に斃されてきた同胞の怨讐が、無念が、憤怒が脈打っている――
それがオレの耳元で囁くのだ、貴様らの狙いを。闘い方を。捌き方を……！
攻略法を知っているのは、むしろオレの方だ。オレを一巡目のオレと同じと思うな！！」
-
イブリースが振りかぶり、唐竹割りに豪剣を打ち下ろす。
この動きは知ってる。威力もわかってる。騎士モードの盾ならギリ耐久値が残る。
攻撃を、防げる――
>バギィンッ！！
刹那、ヤマシタの盾が吹っ飛んで虚空に消えた。
それだけじゃない。怨身換装で強化された革鎧が、補強ごとバラバラになっていく。
サーコート代わりに纏ったアコライト守備隊の法被が、ひとりでに外れて地面に落ちる。
「んなっ……ディスペルだと！？」
起こった現象の名はただひとつ。
怨身換装が、死霊術によるパートナーの強化が、強制的に解除された。
バフ効果の解呪――ディスペルだ。
「あり得ねえっ、ディスペルなんざこいつの技にはなかったはずだっ！」
イブリースは他の三魔将、っていうかガザーヴァだけど、
あいつとは違って搦め手でジワジワなぶり殺しにするタイプの敵じゃなかった。
むしろその純粋なステの高さと技の威力で、真正面から力をぶつけ合うのがこいつのファイトスタイルだったはずだ。
デバフだのディスペルだの、その手の嫌がらせスキルはあくまでガザーヴァの専売特許。
いかにも武人然としたイブリースのキャラ付け的に考えりゃ、解釈違いもいいところだ。
>「……『闇撃琉破（ダークネス・ストリーム）』！！！」
驚愕に脳みそが追いつくより早く、イブリースは次の行動に移っていた。
手のひらに凝縮した魔力が、さながら流星の如く一条の黒線を描く
触れるまでもなく分かる、即死級の一撃。
「うおおおお！『寄る辺なき城壁（ファイナルバスティオン）』、プレイ！！」
ギリで防御ユニットの展開が間に合った。
魔法攻撃の一切合切を吸収無効化するウルトラレアカード、石油王の置き土産。
障壁が地面から迫り上がり、イブリースの攻撃魔法から俺たちを守る。
だが、最上レアの防御性能をもってしても、押し寄せる『余波』すら恐るべき威力で襲いかかってきた。
……どうなってやがる。
ディスペルといい、この超弩級の攻撃魔法といい。
解析を経て公開されたイブリースの技リストにはこんなもんなかった。
あるはずがない。
こいつはあくまで、エンジョイ勢でも倒せるシナリオボスでしかなかったんだから。
ゲームなら。
ゴッドポヨリンさんの降臨を待つまでもなく、なんなら俺一人でも時間をかけりゃ倒せた相手のはずだ。
>「ハ。ゲーム、ゲームか。
この期に及んで、まだそんな寝惚けたことを抜かしているとはな。
ならば教えてやる……ここはゲームの世界ではない！ 現実の世界だ！
既存のデータ！ 設定されたルーティーン！ そんなものは、この世界には存在しない！
あるのは――勝利と敗北！ 生存と死亡という……シンプルなルールだけだ！！」
-
なゆたちゃんの言葉に応じるように。
あるいは、俺の脳裏にこびりついたゲーマーの思考を揶揄するように。
イブリースは猛る。
>「喰らえ！ 『冥獄憤激轟（ヘルガイザー）』！！！」
「また新技かよ！だがこっちには無敵の魔法耐性が――」
イブリースが魔力を纏わせた大剣を地面へ突き立てる。
蛇口の壊れた水道のように、掘り当てた温泉のように、闇色の火柱が吹き上がった。
そして。
「は……っ！？」
魔法攻撃を完全に無効化するはずのウルレアユニット、
『寄る辺なき城壁（ファイナルバスティオン）』が――轟音を立てて砕け散った。
瓦礫と石片混じりの魔力の波濤。
このうち魔力を防ぎきった障壁も、次いで着弾した礫弾に耐えられなかった。
「魔法と物理の……複合攻撃……！」
魔法に比類なき耐性を持つ障壁も、物理攻撃には壁相応の耐久力しか持たない。
あっけなく破られた最強の魔法防御は、土石流の致死の威力をほとんど素通しした。
俺の頭ほどもある巨大な土塊が、うなりをつけて迫ってくる。
ダメだ、避けらんねえ。
せめてこっちも魔力で体を覆って、クッションにして防御する。
キングヒルを出てから何ヶ月もずっと訓練してきたおかげで、刹那の思考にも魔力の流れは追従してくれた。
うまく魔力に厚みをもたせて、同時に後ろに飛んで、着弾の威力を殺してやれば――
そのとき、土塊に先行して飛んできた細かい石片が、俺の身体を浅く裂いた。
傷は大したことなかったが、マゴットを腹に括り付けていた抱っこ紐が切れた。
支えを失って、自由落下していく物言わぬサナギ。
拾う余裕はない。
すぐさま逆方向に飛び退かなければ、迫りくる土塊がクリーンヒットする。
あんなもんをまともに喰らえば、今度こそ俺の命は消し飛ぶだろう。
――『で、進化させる方法なんだけど……愛だよ！』
――『というわけで前の周回の私は蛹を羽化させるにあたっては常に抱いていた。
カザハが文句垂れつつも守ってくれたからな！』
カザハ君のスマホから飛び出した半透明女の、そんな言葉が不意に頭をよぎって。
気づけば俺は、だけど一切迷うことなく、マゴットを拾いに飛び出した。
地面に激突する前にすくい上げたその刹那。
横合いから、砲弾じみた勢いで土塊が身体に当たった。
◆ ◆ ◆
-
記憶がない。多分、気を失ってたんだと思う。
意識が戻ってきたとき、まずは強烈な異物感だけがあった。
次いで灼熱感。そして、痛み。右半身をまんべんなく激痛が支配していた。
「あっ……がっ……は、」
ようやく目が開いて、俺は自分が大きくふっ飛ばされて遠くの地面を転がってるんだと理解した。
腕の感覚がない。身体も動かない。指一本すら曲げ伸ばしも出来ない。
眼球だけを動かして、自分がどうなったかを見る。
ズタズタになったスーツ。
右腕が、明らかに関節じゃないところでくの字に曲がっていた。
「こひゅ……かひゅ……」
這い登ってくる激痛に、叫びをあげようとした。
だけど、声の代わりに肺から登ってくるのは、空気の抜けたタイヤのような呼吸だけだった。
最悪だ。利き腕が死んだ。
そして声が出ない。呼吸もうまくいかない。
肋骨が折れて、肺を圧迫してるのかもしれない。
自分の惨状に対して妙に冷静に観察できていたのは、多分精神状態が普通じゃないからだろう。
交通事故とかじゃよくある現象だ。アドレナリンがバシバシ出て、痛みを和らげる。
体中にガンガン血が巡って、頭は冴え渡って、身体機能のタガがはずれる。
ファイト・オア・フライトっつって、人間にはマジでやべえ時に普段以上に根性が出る機能が備わってる。
生死に関わる怪我をすると、一刻も早く危機を脱するために一時的に脳みそにブーストをかけるんだ。
俺は今まさにそんな感じで、つまりは瀕死の重傷を負っていた。
幸いなのは、折れた肋骨が肺を突き破ってるわけじゃなさそうだってこと。
内臓が破裂してたらたぶん、即死だった。
右半身がぐちゃぐちゃのズタボロになっても、俺はなんとか死なずに済んでいた。
本当に一瞬、一瞬だけ魔力の防御が間に合って、致命傷だけはどうにか防いだ。
それでも、死に体には違いなかった。
スマホをたぐる腕はブレイブの生命線だ。声が出なけりゃ、音声認識も使えない。
視線だけで周りを見れば、なゆたちゃんも同様にふっ飛ばされたようだった。
苦しそうに喘いではいるが、重傷は避けられたみたいだ。
良かった――全然何も良いことなんかないのに、思考だけが上滑りする。
立ち上がる者の居なくなった戦場で、イブリースだけが頭上から俺たちを睥睨していた。
>「もう二度と、ニヴルヘイムの同胞たちに死の痛みを味わわせることはせん。
そのためならば、オレはどんなことでもしよう。だからこそ、オレは継承者どもの提案さえ受け入れた。
此処に代わる新たな世界など、オレには想像もつかんが――」
……ダメだ。何も言い返してやる言葉が思いつかん。
よしんば反駁できる言葉があったとして、呼吸もままならない俺にそれを声に出す術はない。
新たな世界。イブリースの謳うそれが、一体何のことなのか、見当もつかない。
-
>「……だが、それでも構わん。其処にいかなる苦難が待ち構えていようと、此処で滅ぶ結末に比べれば遥かにマシだ。
オレには同胞たちを導く使命がある。皆を生かすためならば、いかなる障害であろうと打ち倒す！
まずは『異邦の魔物使い（ブレイブ）』！ 貴様らを葬り去って、我が決意の表明としてくれよう――！！」
イブリースは誰の返答を待つでもなく、結論を選んだ。
俺たちを全員殺す、奴にとって最良の――俺たちにとって最悪の答えを。
詰みだ。
この期に及んでイブリースに仏心なんざ期待できない。
奴は殺すと言ったら殺す。前言を撤回したことなんか――少なくともゲームでは――なかった。
>「待って！ 今の目的は飽くまでもテンペストソウルなんだよね……？
それならボクにとどめを刺しなよ」
土石流を生き残ったカザハ君が俺たちとイブリースとの間に滑り込む。
イブリースの目的が、テンペストソウルの奪取とブレイブの殲滅どっちにあるのか分からんが、
殺すのがカザハ君だけで終わるとは思えん。皆殺しになるのがオチだ。
>「待ってください！ 最終的には始原の風車のテンペストソウルが欲しいんですよね？
レクステンペストじゃないと風車の中枢に至る封印が解けないんですよ。
なのでここで殺してしまうのは得策ではないです」
追うようにカケル君が交渉に切り替える。
イブリース相手にどこまで腹芸が通じるか、俺にはもうわからない。
意識がだんだんぼやけてきた。アドレナリンが切れてきたんだろう。
くそっ……死にたくねえなあ。
ここで死んだふりでもしてれば、ワンチャン俺だけでも見逃されたりしねえかな。
だって死にたくねえんだよ！
他の誰が犠牲になろうが、俺だけは生き残りてえんだよ！
俺はまだ何も成し遂げちゃいない。世界だって救えちゃいない。
やりたいことは山程ある。
もう一度トンカツを食いたかった。
新生ユメミマホロのライブにだって参加したかった。
モンデンキントと今度は真っ向から勝負して、勝ちたかった。
しめじちゃんはリバティウムで今も俺を待ってる。
マゴットの羽化だって、まだ見れてないってのに。
――ガザーヴァは、家出してる間に俺が死んだら、何て言うだろうな。
……あ。
そうだ、そうだった。
なんでこんな大事なことを忘れちまってたんだ。
生まれてはじめて死にかけるような大怪我を負って、心がぶち折れてたとしか思えない。
俺は死にたくないけれど。
――同じくらい、こいつらにも死んで欲しくない。
俺と前向きな関わりのある連中を、誰一人として死なせたくない。
理由なんか、『仲間だから』以外に必要ない。
俺がここで根性出すには、それだけで十分だ。
-
「ぷ……れ……い……！」
動かない指先を、それでも死ぬ気で動かして、
芋虫の這いずるようなスピードでスマホをたぐる。
いつもの100倍くらいの時間をかけて、ひとつのスペルをタップした。
スマホが輝く。
半開きの俺の口から、モヤモヤした気体が立ち上った。
気体はすぐに輪郭をつくり、ディティールを刻む。
出現したのは、俺。どこにも傷を負っていない、見た目だけは完全に新品の俺だ。
――スペルカード『幽体化(エクトプラズム)』。
対象の肉体から精神体を抜き出し、さながら幽体離脱のごとく単独行動できるようにするスペルだ。
幽体離脱してる間本体は無防備で、幽体も別に何ができるってわけでもない。
物体をすりぬけて自由に飛び回れるから、偵察か嫌がらせにしか使えないアンコモン級のスペルだ。
そして俺は、嫌がらせだけを目的に、この産廃カードを実に３枚もデッキに入れていた。
うち２枚は石油王のウルレアカードと入れ替えたが、何かに使えるかと思って１枚残しといた分だ。
幽体は他の物体に干渉することはできない。
攻撃も防御もできず、ただそこに存在するだけだが、見たり聞いたり話したりはできる。
たとえ本体が口も聞けないような死に体でも、幽体になっちまえば関係ない。
見たり聞いたりしゃべくるくらいしか出来ない――そう、いつもの俺と変わりない。
そして俺にとっては、その３つが出来れば十分。
幽体のまま、俺はイブリースの元へ徒歩で向かった。
「何が決意表明だよ、脳筋将軍が政治屋ぶってんじゃねえぞイブリース」
幽体になって開口一番、俺はいつもの如く煽り文句を並べた。
ボロボロの身体から抜け出したおかげで痛みも感じない。
もしかして本体死んでたりしねえかな……。
「御大層な理念を宣っちゃいるがよ、結局お前もローウェルの掌の上で転がってるだけじゃねえか。
おじいちゃんのラジコン楽しいですかー？俺は魔王のラジコンやってて結構楽しいぜ。
大事なことなので２回言いますね。……俺も、お前も、やってることは変わんねえよ。
ラジコン同士仲良くしようや」
ぶった切ろうが魔法で風穴ぶち開けようが、幽体に影響はない。
もちろんこっちから殴ったりできないし、スマホだって弄れない。
本当に、ただそこに存在してしゃべるだけ。……喋り続けるだけ。
「新しい世界っつったか。ジジイは何を考えてる？世界まるごと１つでっち上げようってか。
わからねえな。俺にはわからん。そんな方法が本当にあるのかどうかも。
……『想像もつかない』、半ボケジジイの戯言かも知れねえ賭けに乗っかったお前の心境もだ」
イブリースを煽ることに、戦術的な意義はない。
今更顔真っ赤にして隙を作ってくれるような容易い相手じゃないってことも分かってる。
-
――『生きることに理由がいるのか』と、かつてリバティウムでこいつは言った。
そして言葉通りに、こいつの行動は全てニヴルヘイムを救うための生存競争なんだろう。
アルフヘイムとニヴルヘイム、どちらか片方を滅ぼすだけじゃ、侵食から世界は救われなかった。
だから、別のアプローチから侵食を逃れるために、溺れる手でローウェルという藁を掴んだ。
それが果たして蜘蛛の糸となるか、メフィストフェレスとなるかは、今の俺には分からん。
ただひとつ言えるのは、イブリースが単なる絶滅戦争を問題解決の手段に選んだわけじゃないってことだ。
こいつはツラも怖いしイマイチ何考えてっか判然としねえが、純粋に同胞の幸福を願っている。
「ミハエル・シュバルツァーは――お前にとってあいつは、地球から拉致ってきた単なる尖兵か？
同胞ってやつには、ニヴルヘイムの魔族しか入んねえのかよ」
少なくとも。リバティウムの事件で、イブリースはミハエルを使い捨てにしなかった。
再利用できる戦略兵器を回収したってだけなら、もっと強引で効率的な手段があったはずだ。
わざわざ。限りあるクリスタルを消費してまで門を開き、自らミハエルを迎えに来た。
こいつの中にある同胞の線引きは、生まれた世界の違いよりも、多少は融通が効く。
そう、信じたい。
「俺にとっちゃ、味方すんのがアルフヘイムでもニヴルヘイムでも正味関係ねえんだ。
地球も含めて三世界全部救うんだからよ。何か１つ諦めて、難易度を下げることは絶対にない。
お前はどっちだイブリース。ジジイのプランで何を救うつもりだ」
俺は――カザハ君の時間稼ぎに乗った。
ギリギリまで会話を引き伸ばして、味方が撤退する隙を捻出する。
言うまでもなく俺たちは負けた。惨敗だ。
イブリースにはどう逆立ちしたって勝てっこねえし、俺に至っちゃあと数分生きてられるかも怪しい。
だけど、回復スペルを使える奴がイブリースの魔の手を逃れられるなら、
その辺に転がってる俺の本体を回収してもらって、命だけはどうにか繋げるかもしれない。
八方手を伸ばして、万策が尽きた。
今はもう、わずかな希望的観測にすがるしかない。
【冥獄憤激轟が直撃して戦闘不能。瀕死の重傷。
スペル効果で幽体離脱し、時間を稼ぐとともにイブリースの目的を問う】
-
【ダウン・バット・ノット・アウト()】
『――く……、ふ……。不覚……。
未成年への……アルコールハラスメントは……速やかにコンプライアンス部、ま……で――』ｆ
「――フラウ」
崩れ落ちる蒼の魔法少女/瞬間、遺灰の左腕から閃く白の触腕。
少女の四肢を絡め取り/支える＝泥酔状態にある人物の転倒を防止。
絵面＝泥酔した少女に絡みつく触手/そこにレンズを向ける黒尽くめの男。
「よし。そのまま支えていろ、フラウ……いや、待て。
やっぱりもう少しこう、持ち上げて、角度をだな――」
ローアングルからの撮影を目論む変質者。
〈――ハイバラ〉
その名前を、フラウのひどく切実な声が呼んだ。
変質者はバツが悪そうに溜息を吐く/液晶を見下ろす。
「……なんだよ。お前がそうやってしょぼくれてると、調子狂うだろ」
〈ハイバラ。あなたなのですか？〉
「俺はいつだって俺だ――お前が遺灰の方と呼ぶアイツだってな」
〈……唯物論的には、そうなのかもしれません。でも違います。あなたの遺灰は、あなたじゃない〉
「なら、俺が燃え尽きた後に残った死体だって、それが俺なのかは怪しいもんだ。
いや……この世界に召喚されてから、一体いつまで俺は俺だったんだろうな？」
〈煙に巻くのはやめて下さい。あなたは……戻ってきたのですか？〉
「いや――少し、昔を思い出しただけだ。すぐにまた……忘れ……る……」
〈――そう、ですか〉
スマホを固定した左前腕/狩装束の袖から覗く己の腕がぼやけて見える。
生身の肉体に見えていたそれが、ただの灰に戻ろうとしている。
記憶の混乱が――人格の混線が終わろうとしている。
〈だけど、あなたはまだそこにいるんですね。なら……よかった〉
視界が眩む――過去と現在が認識の中で入り交じる。
気づけばハイバラの前には、遺灰の男が立っていた。
「――よう。選手交代だな。俺のやり方はどうだった？少しは参考になったか？」
『……なんで俺を助けようとする？俺がさっさと消えた方が、お前には都合がいいだろうに』
「なんでって、そりゃ……」
ハイバラ＝遺灰の男に歩み寄る。
「……理由は色々あるさ。そうだな、次に会う時までの宿題にでもしておくか？」
生身の右手が遺灰の肩を叩く――それが、バトンタッチの合図になった。
『ああ、それと……俺の記憶に頼るなら、知識までにしておけよ。経験は自分で積むんだ』
「……言われなくても、何度もお前に体を譲るつもりなんてない」
『やっぱり鈍いな、お前。そうじゃなくてさ――でないと、お前がつまらないだろ？』
ハイバラが不敵に笑う――その幻覚が薄れて、消えた。
-
【ダウン・バット・ノット・アウト(Ⅱ)】
遺灰の男が意識を/体の自由を取り戻す――油塗れ/全裸の成人男性が目に映った。
『なんでっ！？』
「……分からない。恐らくは軍用格闘術の一種――」
遺灰の男＝片目にのみ灯る蒼の眼光――忠告通り、記憶の参照を知識のみに限定。
経験≒人生の追体験を行わなければ、遺灰の男としての人格が希釈される事もない。
『これだけ油まみれになってればローションレスリングならぬオイルレスリングができる！
…って言ってもこっちの人間である君にはわかんないか』
『地球の人間でもお前が何言ってっかちっともわかんねーんだけど……』
「なるほどな……オイルレスリングに限らずとも、格闘技において油を体に塗布するのは一般的なテクニックだ。
ボクシングなら油脂、ムエタイならタイオイル……柔道なら、道着に洗剤やワセリンを塗り込む事もある。
そして――当然、刃物は脂で汚れれば、切れ味を損なう。元自衛官ならではの対応だな、ジョン……！」
生前の知識が遺灰の男に欠けていたもの＝バトルシーンにおける解説力を補完。
『これなら君の輪の攻撃の被害を最小限にして…僕はこの油のおかげで更なる機動力を得る…滑ることでね』
『ダメだぁ！やっぱ全然何言ってっかわかんねえ！ホントに日本語喋ってんのかこいつは！』
「そうか……！脂で滑る事による移動には本来あるべき重心移動が伴わない――！
つまり全裸でいながら袴を履いているかのような予測困難な動きが出来るんだ！」
『スピード特化型の変質者……！』
「違うな、明神さん……！スピードはただの副産物。あのスタイルの本領は『アジリティ』だ！
瞬発力……つまり、爆発力――爆発するかのように襲い、嵐のように立ち去る獰猛さなんだ！」
『最強かよこいつら。死角がないじゃん！俺もパワータイプの変質者にならなきゃダメかっ！？』
「最強かよ、こいつら？何言ってるんだよ明神さん……アンタこそ、その最強チームのサブリーダーだろ？」
『おっ、俺は違うからな！この変態どもと一緒にすんなよな！マジで後生だから！』
「……それは、ええと……ああ、なるほど。いわゆる照れ隠しってヤツだな？」
知識量と読解力の格差が生み出すもの＝致命的なまでに噛み合わない会話。
なお、フラウスは普通に精神をやられて白旗を上げていた――正義は勝つ。
-
【ダウン・バット・ノット・アウト(Ⅲ)】
『くそッ。まさかオレたちがこんなザコどもに負けるなんて……』
イベントバトルは終わった＝会話パートの始まり。
『三人とも、負けたからにはわたしたちの言うことに従ってもらうわよ。命が惜しかったらね……まぁ殺さないけど！
でも……わたしにその気がなくとも、わたしの仲間たちはどうかしらね……？』
拘束された魔法少女三人/それを無言で見下ろす遺灰の男。
『そうだよ』
『ここにおわす月子先生はお前らを苦しめたあの変態どもの親玉だ。
くれぐれも機嫌を損ねるなよぉ？ボスの胸三寸で再び事案が発生しちまうかもなぁ？』
「あー、ええと……二度と全年齢版のブレモンに出演出来なくなる前に、素直になった方が身の為だぜ」
遺灰の言動＝ハイバラのエミュレート――ただし記憶の参照はしない。
『三人には死ぬよりつらい過酷な責め苦を味わってもらうかも……。
例えば、ジョンと一緒にブートキャンプの刑とか！ エンバースとバルーンハリセンボンでバレーボールの刑とか！
カザハと1000倍超激辛カレー一気食い対決の刑とか！』
「待て。なんで俺達まで過酷な責め苦に付き合わされる方針に――」
遺灰の抗議＝変態行為の代償だけを支払わされる理不尽に対する、当然の主張。
『――バルーンハリセンボン。水属性、棘だらけの球状魚類モンスター。了解、ビーチバレー形式での対戦を希望――』
「……なんだ。あくまでやる気なのか？なら、いいぜ。かかってきな――」
遺灰の男＝狩装束のポケットを探る――左から二番目の内ポケット＝予備の装備品。
「――ほら、水着の代わりだ。使え……何してる？今更逃げるつもりか？」
地面に叩きつけた布切れ＝手袋ではない――ただの包帯。
ビーチバレー形式での対戦ならば当然、水着が必要＝遺灰の男の気配り。
結果――未成年者に対して脱衣/包帯の「着用」を強いる超弩級変質者が誕生。
直後、スマホの液晶から奔る触腕――遺灰の頭部をひっぱたく。
〈――遺灰の方。あなた、少し黙ってなさい〉
「……だが」
〈いいから。正直、今のモノマネは真に迫っていましたが、だからこそ黙って〉
「……別に、モノマネをしたつもりはないんだが」
遺灰の男＝不服そうに首を傾げる/口を噤む。
『と、とにかく！ 負けたからには、わたしたちの質問に答えてもらうから！』
『ハ。誰が喋るかよ』
遺灰の男＝無言で拳を固める――白の触腕に頭をひっぱたかれる。
『じゃあ次。始原の風車にあるもの以外に、テンペストソウルがどこにあるか知らない？』
『――黙秘権を行使――』
遺灰の男＝無言で酒瓶を用意――白の触腕に頭をひっぱたかれる。
『……好きな食べ物は？』
『はぁ〜い！ カレーでぇ〜す！ ……じゃなくって……秘密ですぅ〜っ！』
遺灰の男＝無言でレンズを向ける――白の触腕に頭をひっぱたかれる。
『くっくっくっ……そっちがその気なら、こっちもそのつもりでやるだけよ。
わたしにこの『奥の手』を抜かせたこと、たぁぁっぷりと後悔しなさい……！』
その後、通称「変態どもの親玉」の手管により魔法少女三人は無事屈した。主に権力とかに。
-
【ダウン・バット・ノット・アウト(Ⅳ)】
『……てなワケでぇ〜……。
これから暫くの間助太刀させて頂く、デスティネイトスターズのルブルムっス。
マスターたち、これからよろしくお願いするっス……えへへ……』
「……なあ、一つ思いついたんだが」
『――セルリア。です。
先ほどは大変御無礼。陳謝、御容赦、平身低頭――』
「コイツら、今の内にテイムしておけば後々便利なんじゃ――」
白の触腕が遺灰の頭部をひっぱたいた。
〈やめなさい。あなた、二度と全年齢版のブレモンに出演出来なくなりますよ〉
『で。改めて訊くんだけど、ゴットリープとローウェルはいったい何を考えてるの？
ニヴルヘイムに肩入れしても、侵食は止められない。そんなこと、とっくに分かってるだろうに――』
『知らねっス』
「なあ、やっぱりテイムした方が――」
『あ、いや、今度はガチのマジっス！ オレら、下っ端っスから！
大達人様と大賢者様の深遠なお考えなんて、当然聞かせてもらえるハズもないっス……！』
『まぁ……そりゃそっか』
『じゃあ……始原の風車以外の場所にあるテンペストソウルも、やっぱり分かんないよね。
しょうがない、それじゃヴィゾフニールに乗ってそれらしい場所を片っ端から――』
『知ってますよぉ〜』
『知ってる知ってる、うん』
『――知ってる。始原の風車以外の、テンペストソウルの在処――』
「ああ、分かった分かった。悪いがお前達の漫才に付き合ってる時間は――」
『うぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお！！！？？？』
「――なん……だと……？」
『どこ！？ どこにあるの！？ テンペストソウル！
それさえあればエリにゃんとロスタラガムに勝てる！ 戦争を回避できるんだから！』
なゆたがルブルムの肩を掴む/激しく揺さぶる/問い詰める――ルブルム＝重度のスタン状態。
『――そこ。
テンペストソウルは、そこにある――』
代わりにセルリアが返答――その指先でカザハを指し示す。
『……へっ？』
『――そこのシルヴェストル。その中にテンペストソウルが入っている。
正確には“テンペストソウルになる資格を持つ魂”が――』
「……ふん、なるほどな」
遺灰の男＝得心が行った風な口調――実際のところ、何も理解していない。
ただ何も分からないから、とりあえずエンバースっぽい態度を取っただけ。
-
【ダウン・バット・ノット・アウト(Ⅴ)】
『シルヴェストルが生を終える時、その肉体は風となって跡形もなく消える。
でもレクス・テンペストの場合はこれに魂が宿って残るんだってさ。
……テンペスト・ソウルってそれのことなんだね』
「それは、つまり――」
『あー、あー……。テンペストのソウルっつったらそういうことだよな。
言われてみりゃこんだけヒントまみれなのになんで俺たちゃ気づけなかったんだ』
「――いや、すまない。話を続けてくれ」
『テンペストソウルは、風精王の資格を持つレクス・テンペストっていうシルヴェストルが内包する魂そのものなんです〜。
つまり『元々テンペストソウルという物質がある』んじゃなくて、
『風精王の資格を持つシルヴェストルの魂が死後テンペストソウルと呼ばれる』っていうことなんですぅ』
「……やっぱり、そういう事か」
遺灰の男＝再度得心が行った風な口調――ここで、やっとなんとなく話に追いついた。
『それじゃあ……始原の風車以外の場所でテンペストソウルを手に入れようと思ったら、
カザハを殺すしかないんじゃない……！ そんなことできないよ！』
「まあ……そうなるな。となると結局、テンペストソウルを手に入れるには始原の風車から――」
『……ん？』
「――いや、待て。もう一つ、方法はあるんじゃないか？」
遺灰の男が閃きを得る――思慮深さによってではない/未成熟の道徳心によって。
『―――あ！！！』
『ゴメン、みんな！ 完全にわたしの見立て違い、作戦ミスだ……！
シルヴェストルの神殿に戻ろう！ 双巫女さまを守らなくちゃ！』
「――ああ、急ごう」
慌ててヴィゾフニールに乗り込むなゆた/一方で遺灰の男のリアクションは薄い。
未完成の心は、よく知らない命が失われる事に大きな忌避感を抱けなかった。
ただ仲間がそう言うから/死なせてしまえば、彼女達の人生を学べなくなる。
その程度の行動原理しか持ち得ない自分に、遺灰の男は気付いていた。
「……試しにやってみないと、分からない事も……あるはずだ。俺は……まだ、まだ分からないだけだ」
そして――そんな自分を嫌悪してもいた。
-
【ダウン・バット・ノット・アウト(Ⅵ)】
『いた！ まだ戦ってる……！』
ヴィゾフニール・ブリッジの掲げるメインモニター＝映し出されるシルヴェストルの神殿。
テュフォン/ブリーズ/マルスエリス/ロスタラガム＝全員健在――少なくとも、今はまだ。
『カザハ、行くよ！
明神さん、ジョン、操縦お願い！ 大丈夫エースコ〇バットとかやってれば動かせるから！』
なゆた＝操縦桿を放棄/操縦席を離脱/搭乗口へと駆け寄り――扉を開く。
「何をしてる。まだ着陸地点の目星も……おい、待て！危ないぞ！ホントに堕ち――」
『神殿の真上に寄せて！
――エンバース！ 着地任せた！！』
「――なんだとぉおおおおおおおおおッ！？」
咄嗟に伸ばした右手＝遅すぎた――少女は宙へと身を投げ出す。
「クソ……フラウさんッ！」
慌てて飛び降りる遺灰の男＝先輩の名を叫ぶ。
〈やめて下さい。ハイバラはそんな情けない声――たまにしか出しません〉
「いいから！手を貸してくれ！」
左手を下方へ伸ばす/奔る触腕――掴む先はなゆたではなく、神殿の外装。
触腕が収縮――遺灰の男が急加速/少女を追い抜く――着地。
〈言っておきますが、ただ受け止めるだけでは彼女を怪我させてしまいますよ〉
「『知ってる』さ！」
片目に灯る蒼の炎＝記憶の回想――高所からの落下により生じ得る被害/その対処法。
頭上を見上げる――迫り来る少女＝落ち物系と称するにはあまりに暴力的な速度。
両腕を前に広げる――少女を受け止める＝瞬間、遺灰の全身に走る亀裂。
遺灰の男＝落下の衝撃に対して、あえて全身を損壊させた＝人間大の緩衝材として機能。
「ふう……おい、今のはマジで焦ったぞ。怪我はないか？どこも痛くないよな？」
隠し切れない狼狽/安堵――エンバースらしい言動も思わず失念。
「……じゃなくて、あー……次からはまず口を動かして、それから足を動かしてくれると助かる」
慌てて、そう付け足した。
-
【ダウン・バット・ノット・アウト(Ⅶ)】
さておき双巫女VS継承者への介入は間に合った――今や彼我の戦力差は明白。
『多勢に無勢っていうのはわたしの主義に反するけど。
これだけの人数を相手にすれば、いくらアルフヘイム最大戦力『十二階梯の継承者』だって勝ち目はないわ！
戦いを避けるというのなら、わたしたちも深追いはしない……大人しく撤退しなさい！』
『確かに、このまんまじゃアタシらが勝つのはちょぉ〜っと骨が折れるかもしれんにゃぁ。
でも、なぁんも問題にゃあよ？ だって――』
にもかかわらず、マリスエリスは余裕の態度――瞬間、その背後で空間が歪む。
『それなら、アタシらも頭数増やしゃぁええだけのことだで』
切り開かれた時空＝漆黒のゲート＝『形成位階・門（イェツィラー・トーア）』。
時間と空間の蹂躙と称しても過言ではない、ニヴルヘイムの秘術。
予測される事態＝当然、ゲートを通じての援軍の召喚。
遺灰の男の右眼が蒼く明滅＝援軍として現れ得る継承者達の知識を回想中。
だが――時空の裂け目を抜けて現れたのは、十二階梯の継承者ではなかった。
『冗談だろ……天地を引っくり返しやがった……！』
現れたのは――漆黒の鎧/マント/3メートル超の巨躯/蝙蝠の翼/巨大な角＝兇魔将軍＝イブリース。
『久しいな……アルフヘイムの走狗ども。
オレの召喚したニヴルヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』どもが世話になった』
『……リバティウムでチャンピオンのケツ拭って以来じゃねえか。
ニーチェオタクのお坊ちゃんの子守りはもう終わったのか？
オシメ替える片手間に戦争たぁイクメンも大変だな』
「あー……なんだ、もうガチャを回す石がなくなったのか？
それとも――回したのにSSRを引き損なったか？
そりゃ、ご愁傷さまだな」
『目には目をと思い、試してはみたが。
『異邦の魔物使い（ブレイブ）』などという余所者に任せたオレの判断が誤っていた。
真に計画の妨げとなる者は、やはり。オレ自らの手で葬り去らねばならん』
イブリース＝右手を前へ/その手のひらに集う闇の魔力――全長2メートル超の大剣へと変貌。
「ふん……知ってるぜ。そういうの、負け惜しみって言うんだろ？」
『アタシらも手を貸すにゃ。
元々、双巫女はアタシら継承者の獲物なワケだしにゃぁ』
『そうそう！ おれもまだまだ闘い足りねぇぞ！』
「……ロスタラガムの相手は、俺に任せろ。じっくり遊んでやる」
遺灰の男＝右眼に灯る蒼の炎――チーム戦の基本的戦術を回想。
客観的に見て、遺灰の男はチームの中で優れた駒とは言えない。
低い技量/スペル使用不可/完全召喚不可＝攻撃性能が足りない。
だが一方で、遺灰の男はアンデッド――耐久面においては仲間達を上回る。
そこから導き出される戦術＝敵のアタッカーを引き付ける/封殺する。
優れた駒の働きを、それよりも劣る駒が封じる――それが最善。
やり遂げてみせる――遺灰の男は決意を固める。
-
【ダウン・バット・ノット・アウト(Ⅷ)】
『――邪魔者はオレ自らの手で葬ると言った。
手出しは許さん』
「……なんだと？」
だが、事態は予想外の方向へと転がる。
『でも――』
『三度は言わん』
「なんだ、それ。もしかして……俺達は、ナメられてるのか？そりゃ確かに――」
『確かに、イブリースはストーリー最終盤のボス……決して楽な相手じゃないけれど。
でも、こっちは10人！ それに何より――イブリースは既にゲームじゃ攻略法が完全に確立されてる！
出てきたのは逆に好都合、ここで！ 一気にやっつけるわよ！』
「そ――」
「……そっ、そうだ！どんだけ強キャラ感出してイキろうがこいつは所詮ラスボスの前座！
ストーリーモードのボスなんざエンドコンテンツですらねえんだ！
タイムラインもギミックの超え方も研究し尽くされてる。俺たちが囲んでボコれば勝てない道理なんかねえっ！」
「……そう、そういう事だ。後からやっぱり手を貸してくれとか言い出したら、カッコ悪いぜ？」
『オレの倒し方が確立されている、だと？
面白い。ならば、貴様らの知る攻略法とやらで――オレを退けてみせるがいい！！』
イブリース＝巨翼を広げる/溢れる闇色の波動――力強い前進。
『散れ、散れっ！奴は見た目まんまのデカブツだ、セオリー通り機動力で翻弄できる！』
「だってよ、フラウさん。この戦い、アンタの見せ場になるかもな」
〈……だと、いいんですがね〉
遺灰の男――右手に溶け落ちた直剣＝引き絞るように/左手を前方に＝触腕の準備万端。
触腕による高速斬撃を牽制/隙を見せれば直剣による刺突を狙う構え。
しかし――またも事態は遺灰の男の予想外に動く。
『マスター！ ここは任せてもらうぜ！！』
『――魔物退治はデスティネイトスターズの真骨頂。デーモン一匹風情、朝飯前――』
『エンゼルハイロウ……お願い！』
先手必勝と言わんばかりに前へ躍り出るデスティネイトスターズ。
「おい、待て。俺達の出番はちゃんと残して――」
『下らん』
「お――」
そして、それを鎧袖一触に跳ね除けるイブリース――遺灰の男＝思わず言葉を失う。
『死ね』
未熟な知性は、予想外の事態に強く困惑＝反射的な対応を取れなかった。
イブリースがルブルムを睨む/業魔の剣を振り下ろす――止められない。
-
【ダウン・バット・ノット・アウト(Ⅸ)】
『ぽよよよよよよっ！！』
直後、響く金属音＝ポヨリンが間一髪、業魔の剣の横腹へ体当たり――斬撃を逸らした。
『それ以上好き勝手はさせないわ、イブリース！
今度はわたしたちが相手よ――！』
「こういう時は、あー……駄目だ。いい感じのセリフが思いつかない。とにかく、やってやる！」
『明神さん、エンバース、ジョン！ わたしがゴッドポヨリンを召喚するまでの時間を稼いで！
カザハはスターズをお願い！』
「ああ、任せろ――頼んだぞ、フラウさん！」
敵は典型的な重戦車型＝攻めの主体に据えるべきは間合い/速力に長けたフラウの触腕。
合理的な帰結/とは言えあまりに情けない言動――しかし、フラウは諫言を零さない。
『来い。アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』ども』
「言われなくても――！」
待ち受けるイブリース/大盾を携えたヤマシタがマッチアップ。
すぐさまイブリースの後方へ回る遺灰の男――閃く白の触腕。
精密無比に死角を襲う、目にも留まらぬほどの超高速斬撃。
そして――再び響く金属音＝今度は、業魔の剣が迫る猛攻を跳ね除けた音。
『なんてこと……！』
前方から詰め寄ったヤマシタ＝業魔の剣によるカウンターで返り討ち。
『おいおいおいおい！データより全然速えじゃねえか！』
後方から放たれた触腕の刃＝後方へと振り抜いた業魔の剣がノールックで切り払った。
「バカな――フラウさん！アンタ、メインストーリーはクリア済みのはずだろう！？」
〈当たり前でしょう！ですが、これはやはり――〉
『オレの中には、貴様ら『異邦の魔物使い（ブレイブ）』に斃されてきた同胞の怨讐が、無念が、憤怒が脈打っている――
それがオレの耳元で囁くのだ、貴様らの狙いを。闘い方を。捌き方を……！
攻略法を知っているのは、むしろオレの方だ。オレを一巡目のオレと同じと思うな！！』
唸りを上げる業魔の剣/唐竹割り＝狙いはヤマシタ――大盾がそれを待ち受ける。
結果――弾き飛ばされたのは大盾/ヤマシタの怨身換装さえもが打ち破られた。
『んなっ……ディスペルだと！？』
「くっ……パートナーを下げろ、明神さん！」
盾を失い/バフを無効化されたヤマシタは極めて無防備＝致命の一撃を貰いかねない。
遺灰の男が咄嗟に朱槍を投擲――弾かれる/構わず前へ飛び出す。
内ポケットを探る右手＝火酒を取り出す/再び投擲。
「――フラウさん！」
突き出した左手/踊る白の斬撃――宙を舞う酒瓶を切り刻む。
大きく振りかぶる右手＝フィンガースナップの構え。
狙い＝閃光/火酒の炎上＝二重の目眩まし。
-
【ダウン・バット・ノット・アウト(Ⅹ)】
ハイバラの見様見真似＝遺灰の男にしては上出来の戦術――そして、蒸発音。
スキルですらない、ただの迸る闘気が、戦術の起点＝火酒を霧散させていた。
「――クソ」
遺灰の男――消え入るような声/悪態を吐く事しか出来ない＝ひどく無防備。
袈裟斬りに迫る業魔の剣――フラウの触腕がそれを防ぐ/激しく火花が散る。
だが、拮抗は一瞬――業魔の剣は止まらない/触腕が力任せに圧し斬られる。
業魔の剣の剣圧はなおも衰えないまま――遺灰の男を切断/切断/切断/切断。
「ぐああああっ！」
遺灰の男が灰化/戦線離脱――体の再生が遅い。
凝縮された闇の刃は不死者の魂そのものを切り刻んでいた。
戦線復帰が出来ない/仲間達も同様――敵の自由な行動を阻止出来ない。
結果、戦況は更に悪化する――突き出されたイブリースの左手/そこに集う闇の波動。
『……『闇撃琉破（ダークネス・ストリーム）』！！！』
襲い来る漆黒の波濤――遺灰の男＝何をすればいいか/何が正解か分からない。
灰化で避けられるのか/明神さんの防壁へ逃げ込むべきか/間に合うのか。
結果、判断を迷う――最もすべきでない選択が残った。
〈――何を呆けているのです！〉
左腕のスマホから閃く触腕/地面を強打――反動が遺灰の男を跳ね上げる＝辛うじて直撃を回避。
「わ……悪い、フラウさん。助かった……」
遺灰の男が着地/ようやく己の不明を察する。
〈いいから！体勢を整えて！スノーボールはまだ止まっていません！〉
スノーボール＝斜面を転がり続ける雪玉＝形勢の悪化が更なる劣勢を呼ぶ現象。
ブレイブ一行＝全員が闇撃琉破に防御/回避行動を強いられている。
つまり――イブリースの行動の自由度は更に向上する。
『そんな……、ゲームのイブリースは、こんな技――』
『ハ。ゲーム、ゲームか。
この期に及んで、まだそんな寝惚けたことを抜かしているとはな。
ならば教えてやる……ここはゲームの世界ではない！ 現実の世界だ！
既存のデータ！ 設定されたルーティーン！ そんなものは、この世界には存在しない！
あるのは――勝利と敗北！ 生存と死亡という……シンプルなルールだけだ！！』
イブリースが業魔の剣を地面に突き立てる――瞬時に大地を染める、暗黒の力。
『喰らえ！ 『冥獄憤激轟（ヘルガイザー）』！！！』
瞬間、地中から溢れる闇色の炸裂/遺灰の男が咄嗟に灰化――しかし無意味だ。
噴き上がる闇の力は灰もろとも、そこに宿る魂さえもを灼き尽くす。
「ぐああああ……ッ！」
一瞬で上空まで吹き飛ばされた事で、かえって致命的なダメージは受けずに済んだ。
その事さえもが、やはり無意味だ――どのみち、戦闘不能になる事は避けられない。
「がはっ……！」
空中で再実体化した遺灰の男が、そのまま地面に叩きつけられる。
-
【ダウン・バット・ノット・アウト(?)】
『もう二度と、ニヴルヘイムの同胞たちに死の痛みを味わわせることはせん。
そのためならば、オレはどんなことでもしよう。だからこそ、オレは継承者どもの提案さえ受け入れた。
此処に代わる新たな世界など、オレには想像もつかんが――』
「ク……ソ……」
遺灰の男が立ち上がろうとする――瞬間、砕ける左腕/再生出来ない。
HP＝アンデッドとして存在し続ける力そのものが枯渇しつつあった。
『……だが、それでも構わん。其処にいかなる苦難が待ち構えていようと、此処で滅ぶ結末に比べれば遥かにマシだ。
オレには同胞たちを導く使命がある。皆を生かすためならば、いかなる障害であろうと打ち倒す！
まずは『異邦の魔物使い（ブレイブ）』！ 貴様らを葬り去って、我が決意の表明としてくれよう――！！』
イブリースがなゆたへと歩み寄る/明神は血塗れで動かない――遺灰の男は、起き上がれない。
右手で地面を押す/腕の亀裂が深まる――自重を持ち上げる事にすら出来ない。
もう、何も出来ない――何かしなければ、皆が死んでしまうのに。
砕けた左腕に固定していたスマホに右手を伸ばす――画面に触れる。
しかし何も起こらなかった――ブレイブ&モンスターズは何の反応も示さない。
もう一度、画面を指先で叩く/叩く/叩く/叩く――何度繰り返しても、何も起きない。
「クソ……動け……動けよ……！」
【奮起】のスペルカード――それさえプレイすれば、体を再生出来る。
立ち上がれる/イブリースの足止めが出来る/明神も治療出来る。
だが――スマホの液晶はアプリのホーム画面から動かない。
「頼む……動いてくれ……なんで……なんでだよ……」
消え入りそうな/震えた声――それでも、ブレイブ&モンスターズは応えない。
「なんで……俺じゃ駄目なんだ……！」
そして――遺灰の男の双眸に、蒼の炎が灯った。
ハイバラの記憶――経験＝人生＝人格の回想。
目が眩む――ここではない何処かが現在に重なる。
背後から足音が聞こえる/幻覚の足音が――遺灰の男に近づいてくる。
『――いいのか？次もお前に戻れるかは分からないんだぜ』
「……いい訳ないだろ」
視界の端――自分にしか見えない/学生服姿の男が、すぐ傍に立ち止まった。
「でも……俺じゃ、駄目なんだ。俺じゃもう、何も出来ないんだ」
皆を守りたい――自分とは違う、本物の人生を持った/本物の心を持った皆を。
消えたくない/塗り潰されたくない――だけど、皆が死ぬのはもっと嫌だった。
-
【ダウン・バット・ノット・アウト(ⅩⅡ)】
『待って！ 今の目的は飽くまでもテンペストソウルなんだよね……？
それならボクにとどめを刺しなよ』
『何が決意表明だよ、脳筋将軍が政治屋ぶってんじゃねえぞイブリース』
気づけば、ハイバラは地面に倒れていた――自分の状態を確認する。
左手＝ない/右手＝ひび割れている/腹より下＝感覚がない――恐らく砕けている。
スマホ＝アプリは指先に反応する――フラウ＝両腕に部位破壊デバフ/ATBゲージ＝二本と半分。
『俺にとっちゃ、味方すんのがアルフヘイムでもニヴルヘイムでも正味関係ねえんだ。
地球も含めて三世界全部救うんだからよ。何か１つ諦めて、難易度を下げることは絶対にない。
お前はどっちだイブリース。ジジイのプランで何を救うつもりだ』
結局のところ――出来る事は殆どない＝回復用のスペルを使えばATBはたった一本。
たった一人で立ち上がったところで、イブリースを退ける事は出来ない。
故に今、出来る事/すべき事はたった一つ――時間を稼ぐ事。
「……少なくとも、俺達は今までずっと死人を最小限に抑えてきた」
ハイバラは「経験上」知っている――本当に決意を固めたのなら、それを表明する必要などない。
何を言われようと/何が立ち塞がろうと、構わず突き進む――それだけでいい。
決意を誰かに告げる事は、目的達成の助けになどならない。
「構わずぶっ殺せば、後腐れがなさそうな時だって、そうしなかった。知ってるだろ？」
だからイブリースは本当はまだ、決意が固まっていない――のかもしれない。
決意表明なんて言い出したのは、踏ん切りをつける為――その可能性も、なくはない。
「……レプリケイトアニマごと消滅するのは、死の痛みとやらには含まれないのか？」
口にすべき事ではない/少なくともジョンに聞かせていい言葉では――それでも言った。
イブリースは強くなった――だが、その性根は、今も恐らく変わってはいない。
武人としてのイブリースを刺激したかった/その足を引き止める為に。
「せめて……俺達とは上手くやれない理由くらい、教えてくれよ」
敗北を/死を受け入れるような言葉――だが、その双眸には今も炎が燃えている。
-
「さあ！どうした！ヤるのか！やらないのか！」
ポーズを決めながらセクシー…もといフラウスににじり寄っていく。
＞「く……！ ルブルムちゃん、セルリアちゃん、ここは――」
ものすごい勢いで距離を取られる。それほどこの技が恐ろしいのか。
＞「あ」
「ん？」
＞「……えっと、その……。
降参ですぅ〜……はい……」
その言葉を聞いてから振り返ると既に僕達以外の戦闘は既に終了しているようだった。
＞「最強かよこいつら。死角がないじゃん！俺もパワータイプの変質者にならなきゃダメかっ！？」
＞「最強かよ、こいつら？何言ってるんだよ明神さん……アンタこそ、その最強チームのサブリーダーだろ？」
＞「おっ、俺は違うからな！この変態どもと一緒にすんなよな！マジで後生だから！」
「…………？」
変態？変質者？一体あの二人はなにを言っているのだろう…？
僕はただ戦闘に最適なスタイルを選んだだけなのに…。
＞「カザハ君、これは語り継がなくて良いからな……空白の歴史で良いよここは」
どうして…
-
油まみれの服をセンタクキで洗った後魔法少女の達の尋問に加わる。
＞「三人には死ぬよりつらい過酷な責め苦を味わってもらうかも……。
例えば、ジョンと一緒にブートキャンプの刑とか！ エンバースとバルーンハリセンボンでバレーボールの刑とか！
カザハと1000倍超激辛カレー一気食い対決の刑とか！」
帰ってきてそうそうなぜか巻き込まれる。
＞「乗った！ ブートキャンプなんざァ望むところだぜ！ スクワット50000回程度で音ェ上げンじゃねェぞ！」
「へえ…？変な能力使わないでできるっていうんならやってみてよ。程度っていうからには他の事もでき」
＞「と、とにかく！ 負けたからには、わたしたちの質問に答えてもらうから！
まずひとつ。あなたたち、ゴットリープの命令で来たのよね？
エリにゃんとロスタラガムにテンペストソウルを手に入れさせて、グランダイトを仲間に引き入れて。
ニヴルヘイムに肩入れして、ゴットリープは――ローウェルはいったい何を企んでるの？」
＞「ハ。誰が喋るかよ」
自分に都合の悪い所だけだんまりか。まあ当然と言えば当然だが…
「当然の沈黙を貫くだろうね。でも…それされるとこっちもそれを破る為に当然の事をしなきゃいけない…言っている意味、わかるよね？」
懐からナイフを取り出して魔法少女達の目の前に出す。
当然今やるつもりはない…"今"は
しかしそうなると時間が掛かる…どうしたものか・・・そう考えていた時。
＞「くっくっくっ……そっちがその気なら、こっちもそのつもりでやるだけよ。
わたしにこの『奥の手』を抜かせたこと、たぁぁっぷりと後悔しなさい……！」
＞「まっマジっすかボス！変態ども解き放っちゃうの！？」
「だから変態じゃない！あれが一番勝率が高い方法で…」
＞「あぁ〜？ なんだソレ……うげえ！！」
＞「――あなたは、いえ、あなた様は――」
＞「……『小達人（アデプタス・マイナー）』……！」
＞「ふっふ〜ん！ 見たか！
ってことでっ！ 『小達人（アデプタス・マイナー）』、マスターなゆたがデスティネイトスターズに命じます！
わたしたちの！ 仲間に！ なりなっさぁーいっ！！」
＞「「「へへーっ！！」」」
「なんで？」
明神とどのラインが変態なのか話あっている間に全ては終わっていた。
-
＞「……てなワケでぇ〜……。
これから暫くの間助太刀させて頂く、デスティネイトスターズのルブルムっス。
マスターたち、これからよろしくお願いするっス……えへへ……」
「えぇ…？ええ〜〜？」
証を掲げたなゆ達に魔法少女達はひれ伏し、まるで上司にペコペコする部下のようになってしまった。
このレベルで上下関係厳しいとかこの世界は一体どうなっているのか…
＞「で。改めて訊くんだけど、ゴットリープとローウェルはいったい何を考えてるの？
ニヴルヘイムに肩入れしても、侵食は止められない。そんなこと、とっくに分かってるだろうに――」
＞「知らねっス」
＞「…………」
＞「なあ、やっぱりテイムした方が――」
「やっぱり拷問した方が――」
＞「あ、いや、今度はガチのマジっス！ オレら、下っ端っスから！
大達人様と大賢者様の深遠なお考えなんて、当然聞かせてもらえるハズもないっス……！」
これをこのまま鵜呑みにするはどうかと思うが…そう言われればたしかにそうなんだろうな…とは思ってしまう。
上下関係がここまで厳しいのだから聞き返すなんてもっての外だろうしね…
「しかし…これじゃまじで時間潰れただけじゃないか…ここからどう巻き返せば…」
＞「――知ってる。始原の風車以外の、テンペストソウルの在処――」
＞「うぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお！！！？？？」
「わお」
自分でも分るほど馬鹿そうな声が漏れた。
＞「どこ！？ どこにあるの！？ テンペストソウル！
それさえあればエリにゃんとロスタラガムに勝てる！ 戦争を回避できるんだから！」
喜んだ。そりゃそうだ一発逆転の大穴をつかんだと思ったからだ。だが…それはただのハリボテでしかなかった。
＞「――そこ。
テンペストソウルは、そこにある――」
冷静な魔法少女が…冷静に指さした先には…カザハがいたからだ。
＞「……あっ？」
＞「……ふん、なるほどな」
明神はあっけに取られ
エンバースは全てを理解したように頷く。
そして僕もエンバースと同じように理解してしまった。
今までのテンペストソウルの情報…カザハの出身地…そしてなにより名前にもついているソウル…魂の意味を。
＞「――そこのシルヴェストル。その中にテンペストソウルが入っている。
正確には“テンペストソウルになる資格を持つ魂”が――」
-
＞「シルヴェストルが生を終える時、その肉体は風となって跡形もなく消える。
でもレクス・テンペストの場合はこれに魂が宿って残るんだってさ。
……テンペスト・ソウルってそれのことなんだね」
＞「おいおいおい。えらく平然としてっけど他人事じゃありませんよカザハ君。
お前、魔剣の材料だって言われてんだぜ」
＞「テンペストソウルは、風精王の資格を持つレクス・テンペストっていうシルヴェストルが内包する魂そのものなんです〜。
つまり『元々テンペストソウルという物質がある』んじゃなくて、
『風精王の資格を持つシルヴェストルの魂が死後テンペストソウルと呼ばれる』っていうことなんですぅ」
＞「あー、あー……。テンペストのソウルっつったらそういうことだよな。
言われてみりゃこんだけヒントまみれなのになんで俺たちゃ気づけなかったんだ」
「なゆ達には…僕以外には殺すっていう発想そのものが最初から無いんだ…そりゃわかりようがないさ」
殺してでも奪い取るなんて思考はないほうがいいけどね。
＞「それじゃあ……始原の風車以外の場所でテンペストソウルを手に入れようと思ったら、
カザハを殺すしかないんじゃない……！ そんなことできないよ！」
「そもそもとしてカザハの命を奪えばあの二人の巫女だけじゃなく…この草原に住まう者全員許すわけない
そうなれば僕達、その選択をさせた帝国を許さないだろう。そうなれば戦争だ…目的が平和な以上、カザハを命を奪う事は許されない」
＞「バカバカしい。ソロバンの野郎、益体もねえネタ掴ませやがって。
グランダイトの玩具の為に誰かが犠牲にならなきゃなんねえのは変わらねえじゃねえか」
そもそも犠牲なくして戦争を収束させようとしているのが間違いなのだ。
犠牲の上から利益を取る為の手段なのだから…帝国だって犠牲なく利益を取れるならそっちを選択しているだろう。
＞「まあ……そうなるな。となると結局、テンペストソウルを手に入れるには始原の風車から――」
＞「……ん？」
＞「――いや、待て。もう一つ、方法はあるんじゃないか？」
>「ゴメン、みんな！ 完全にわたしの見立て違い、作戦ミスだ……！
シルヴェストルの神殿に戻ろう！ 双巫女さまを守らなくちゃ！」
＞「ああ？フタミコだったら継承者の足止めに――……『ふたつある』って、そういうことかよ！」
「なるほど…隠されてどこにあるかわからないものより分かりやすく二つあるほうを強奪する…
たしかに力があるならそれが一番手っ取り早いな…」
そんな事をつぶやきながらヴァフニールに乗り込んだ。
-
＞「いた！ まだ戦ってる……！」
＞「カザハ、行くよ！
明神さん、ジョン、操縦お願い！ 大丈夫エースコ〇バットとかやってれば動かせるから！」
＞「えっえっホントに大丈夫！？俺PSPのやつしかやったことないよ！？」
「大丈夫だ！安心しろ明神！実は僕は…こう見えて操縦士の資格を持ってるのだ！僕に任せておけば…」
目の前にあるのはゲーム機によくあるガチ目のプレイヤーが使うタイプのコントローラー。
普通の飛行機についてる大量のスイッチは存在せずただ一つポツンとそれが置いてあった。
「あー…あー……」
＞「クソっ！コナン君じゃねーんだぞ、ハワイで親父に操縦習ったことなんかねーよ！
あああスティックパッドどこだ！？ジョン！手伝えっ！ジョォォォン！！！！」
「コントローラ自体はあるよ…うん…でも…僕ブレモン以外のゲームなんてマ〇オくらいしかしたことないからさ…んーと…」
「明神…任せた！」
飛行機の中に明神の物凄い汚い成人男性の声が木霊した。
＞「ま、に、あった……なんぼつよつよNPCったってこの人数差だ。
流石にこの形勢有利が覆るなんてことはあるめえよ。天地が引っくり返らん限りはな」
「いや〜〜〜〜死ぬかと思ったなあ……」
落ち着いて見れば戦況はこちらの有利といったところか。
まあこれだけ人数差あればそうだろうな…しかし道化猫がこのまま倒されるとは思えないが
＞「それなら、アタシらも頭数増やしゃぁええだけのことだで」
＞「またお得意のインチキテレポかよ！ニヴルヘイムの技術当たり前みてーに乱発しやがって」
「まあ正直数が増えたところでどうこうなる状況じゃないとは思う…け…！！！！」
急に息が苦しくなる。この世界で幾度も体験してきたが…それとは比にならないほど…苦しく…気分が悪くなり…不安になる。
「なんだ…なにが出てきて…！！」
僕は無意識の内に部長を召喚し、テレポートの向こうから現れる存在を警戒する。
＞「冗談だろ……天地を引っくり返しやがった……！」
＞「兇魔将軍……イブリース……！」
僕はブレモンのストーリーに興味もない。歴史にも、モンスター以外のキャラクターにも。
ラスボスのバロールでさえどんな姿だったか思い出せと言われてもパッと思い浮かばない。
そんな僕ですらハッキリと分かる。
目の前にいる存在はこの世界でも…トップの実力を持つ人物だと。そして殺意を一切隠さない…敵である事を
「なんだ…あれは…！？」
僕は小さく呟く事しかできなかった。
-
帝龍も道化猫もロイだって……十分な実力もあったし、感じるオーラも凄まじい物だった。
だが目の前にいるなにかは…それらとは一味も二味も違う…陳腐な言葉になってしまうが…
「格が違う…」
＞「目には目をと思い、試してはみたが。
『異邦の魔物使い（ブレイブ）』などという余所者に任せたオレの判断が誤っていた。
真に計画の妨げとなる者は、やはり。オレ自らの手で葬り去らねばならん」
殺気を隠そうともせず。ただゴミをみるような目で見降ろされている。
汗が止まらない。空気を吸い込むのだってやっとの状態になる。
＞「――邪魔者はオレ自らの手で葬ると言った。
手出しは許さん」
＞「でも――」
＞「三度は言わん」
味方にさえ殺気を隠さないイブリースはこちらにゆっくりと振り返る。
＞「確かに、イブリースはストーリー最終盤のボス……決して楽な相手じゃないけれど。
でも、こっちは10人！ それに何より――イブリースは既にゲームじゃ攻略法が完全に確立されてる！
出てきたのは逆に好都合、ここで！ 一気にやっつけるわよ！」
なゆ達にはわからないのか？目の前の恐怖のような…違う…恐怖その物の存在が。
逆に僕とは違って分かるから…分からないのか・・・？それさえも僕には理解できない。
「なゆ…逃げよう」
そう震える体を抑えながらつぶやくのが精一杯で…
＞「オレの倒し方が確立されている、だと？
面白い。ならば、貴様らの知る攻略法とやらで――オレを退けてみせるがいい！！」
僕が恐怖で身を縮ませている内に場面は次々と進んでいく。
魔法少女達が瞬殺され、場に不穏な空気が立ち込める。
＞「明神さん、エンバース、ジョン！ わたしがゴッドポヨリンを召喚するまでの時間を稼いで！
カザハはスターズをお願い！」
「む…無理だ…僕には…明神も」
＞「了解！」
僕が止めるよりも先に明神はイブリースへ攻撃を開始する。
「なんで………くそ！」
少し戸惑ったが、なにもしないわけにはいかない。そう決心し、スマホを取り出す。
「いくぞ…部長！雄鶏乃啓示！」
そう僅かに声を震わせながらもスマホをタップしながらカードを発動しようとする。しかしなにもおきない
「部長！どうしたんだ！スキルを発動しろ！」
「 ！ ！」
部長はパクパクと口を動かしなにもできなかった。
-
「な！？…なんでだ！？なんで…！」
スマホをタップするが反応はなく、部長もまたいつもの猫のような声を発さずに口をパクパクさせるだけしかできない。
――スキルを封じられた？
ボスが封印スキルを使うなんて聞いた事がない！
ブレモンは良くも悪くもスキルによるコンボゲー！スキル封印なんてゲーム破壊もいい所の超性能のはずじゃないのか・・・！？
＞「オレの中には、貴様ら『異邦の魔物使い（ブレイブ）』に斃されてきた同胞の怨讐が、無念が、憤怒が脈打っている――
それがオレの耳元で囁くのだ、貴様らの狙いを。闘い方を。捌き方を……！
攻略法を知っているのは、むしろオレの方だ。オレを一巡目のオレと同じと思うな！！」
＞「喰らえ！ 『冥獄憤激轟（ヘルガイザー）』！！！」
ぎゅばっ！！！！
破滅の光が迫った時。僕はなにも出来なかった。ただただ自分の無力を嘆く事さえ、叶わなかった。
闇の光という矛盾した存在に飲まれた時、終わったと思った。
「あっ・・・あぁ…あ…」
僕は生きていた。寸前で部長が僕の前に飛び出してくれたから…重症には変わりはないが…生きていた。
「………」
部長は僕の目の前でﾌﾟｽﾌﾟｽと嫌な音と匂いを纏いながら倒れこんでいて…
「う……うぁ……」
生まれて初めて死の恐怖を感じていた。
この体おかげで誰にどんな物を突き付けられても…恐怖を感じるよりも興奮が勝った。
熊の時も、帝龍の時も、ロイの時も、道化猫の時でも、恐怖より興奮が勝った。
僕には死という恐怖なんてないんだろうと…勝手に思っていた…
今この時までは…
＞「ハ。ゲーム、ゲームか。
この期に及んで、まだそんな寝惚けたことを抜かしているとはな。
ならば教えてやる……ここはゲームの世界ではない！ 現実の世界だ！
既存のデータ！ 設定されたルーティーン！ そんなものは、この世界には存在しない！
あるのは――勝利と敗北！ 生存と死亡という……シンプルなルールだけだ！！」
そして放たれる追撃。
上空に打ち上げられ、瓦礫に身を切り裂かれながら、落ちてまた破片に潰される。
初回の攻撃に比べれば優しいといっても過言じゃなかっただろう…でも今の僕達にはあまりにも致命的で。
「………」
ただ空を見上げ、死ぬの待っていた。
僕の心は折れていた。このまま死ぬのだと、信じて疑わなかった。
カザハの声が聞こえる、明神の声も聞こえる。
きっと彼らはまだ戦っているのだろう…
でもそれも一瞬だった…すぐ静かになった。たぶん死んだのかもしれない。大丈夫…僕もすぐ行くから。
そんな事を考えていた。
エンバースの一言が僕の耳に届くまでは。
-
＞「……レプリケイトアニマごと消滅するのは、死の痛みとやらには含まれないのか？」
ドクン
血が再び流れ出す。
ドクンドクン
死人のようなこの体・脳に感情が流れてくる溢れてくる。
あれほど激痛を訴えた痛みが一気に引いていく。
ｺﾞｷｯ
まるで生まれ変わったように、生きる気力がわいてくる。
しかし致命傷には変わりはない…体には穴が開いているし、腕や足は不自然な方向に曲がってしまっている。
ｺﾞｷｯｺﾞｷｯ
唯一無事だった左腕で右腕を回転させ、筋肉で固定する。
この世界で腕や足が曲がるような事には慣れた…その状態で無理に動く事だってできようになるくらいに。
シェリーが言った。「あなたの体があれば世界征服も楽勝ね」 と
ロイが言った。「君の体には神が宿っていると」。
親とロイとシェリーは認めてくれた。誇らしかった。例えそれ以外から化け物と呼ばれようとも。
「そうだ…誓ったじゃないか…ロイとシェリーを…」
取り戻す。その為に命を使うと！
僕の命はもう自分の意志で捨てたり諦めたりしていいものじゃないんだ…だから
「ぐ…ぐうううううう！」
立ち上がる。そして部長からポーションとある物を取り出し、ポーションを部長に飲ませ、部長の呼吸を確認し…イブリースに近づいていく。
＞「せめて……俺達とは上手くやれない理由くらい、教えてくれよ」
エンバースに気を取られ歩みを止めたイブリースに向けて部長から取り出したある物を向ける。
「上手くやる必要なんてない」
イブリースに向けた物の正体は…銃。ロイがゴブリン達と自分に持たせていたアサルトライフル。
そしてこの銃に込められているものはロイがブレイブと戦う為に用意していたと思われる徹甲弾。
騒動が起きた後僕が単独行動をして手に入れ、今まで手入れ・調整がなされた銃
結果的に僕以外のブレイブとは本格的な戦いにはならず結局一発も使われなかった弾丸。
「一つ聞く…お前さっきブレイブに任せたと言ってたな…ロイに…この銃の所有者に…
ブレイブ襲うように命令したのは…その後自爆紛いの命令を出したのは…お前か？」
頭目掛けて銃を構え…答えを静かに待つ。
頭部から流れる大量の血で視界が真っ赤に染め上がる。しかし瞬きはしない…すればその瞬間命を奪われてしまうから。
「フッー…フーーー…」
回答次第では…この銃を撃つかどうか決める…わけではない。
「イブリースだったか？お前が僕達を許さないように…僕はお前を許さない」
なぜならイブリースがなんと答えようと、僕のやる事は決まっているからだ。
「お前がなんて思ってようと、考えていようと関係ない…ロイは死んだ。その事実はなに一つ変わらない」
ﾊﾞﾊﾞﾊﾞﾊﾞﾊﾞﾊﾞﾊﾞﾊﾞﾊﾞﾊﾞｯ！
銃の乱射音が続き……
「ぐっごほっ」
そしてその銃声が止んだ時…僕血を吐き…最後の力を使い切り地面に膝をついた。
「………なんでロイだけが…死ななきゃ…………………」
【エンバースの話を強引に中断】
【イブリース目掛けて銃乱射】
-
＞飛んだぁああああああ！？
＞えっえっホントに大丈夫！？俺PSPのやつしかやったことないよ！？
＞――なんだとぉおおおおおおおおおッ！？
仲間たちの叫び声を背に、なゆたはひらりと躊躇いもなくヴィゾフニールから飛び降りた。
ユメミマホロと違ってなゆたには翼など生えていないし、飛行系のスペルカードもない。正真正銘の身投げだ。
さっきまで遥か下方にあったはずのシルヴェストルの神殿が、どんどん近付いてくる。地表が接近してくる。
このまま誰の助けもなければ、なゆたはそのまま墜落死だ。
けれど、きちんと事前にエンバースには言ってある。『任せた』――と。
であるのなら、エンバースは必ずやり遂げてくれるはず。そう信じている。
そして。
「わっ！」
音速に近い速さで、エンバースがなゆたの横をすり抜け落ちてゆく。
先んじて地表に辿り着くと、エンバースは落下してくるなゆたを見上げた。
そして両腕を大きく広げ、なゆたの身体を受け止める。
ビシッ！！
きつく目を閉じ、可能な限り身を縮めたなゆたが、エンバースの腕の中にすっぽり納まる。
抱きとめた瞬間エンバースの両腕から全身に掛かった衝撃によって、その全身に亀裂が入る。
いや、違う。『自壊している』。エンバースはなゆたを受け止めた瞬間にわざと自身を崩壊させることによって、
衝撃を完全に吸収してみせたのである。まさに『遺灰の男』にしかできない離れ業と言えるだろう。
「ぷふう！」
全身が半ば砕けたエンバースに姫抱きにかかえられながら、なゆたは目を開くと安堵に息を吐いた。
＞ふう……おい、今のはマジで焦ったぞ。怪我はないか？どこも痛くないよな？
エンバースのひび割れた双眸が、なゆたの顔を気遣わしげに覗き込んでくる。
なゆたは緩くかぶりを振って応えた。幸いなことに、高度60メートル以上から飛び降りたというのに掠り傷ひとつない。
「うん、大丈夫。怪我してないよ、どこも痛くない」
＞……じゃなくて、あー……次からはまず口を動かして、それから足を動かしてくれると助かる
照れなのか、それともいつもクールな彼なりの見栄というものなのか、
すぐに狼狽を打ち消してエンバースがそう付け加える。
なゆたはきょとんとして大きな瞳を瞬かせた。
「え？ ちゃんと言ったじゃん、『エンバース着地任せた』って」
確かに言いはしたものの、許可を得たわけではない。急いでいたとはいえ、完全な独断だった。
けれども、エンバースならどんな無茶でも引き受けてくれると思ったし、成し遂げてくれると信じていた。
無謀が服を着て歩いているようななゆたではあるが、無茶を言う相手は選んでいる。
任せられない相手には、最初から頼んでいないのだ。
「これからも無茶するよ、わたし。でも――守ってくれるんでしょ？ わたしのこと！」
エンバースに下ろしてもらい、自力で立ち上がると、なゆたは悪びれもせずにそう言った。それから、
「だから。しっかり見ててね、わたしのこと！」
エンバースの顔を見つめて、屈託なく笑った。
遺灰の男の胸中など知る由もなく。
そして――
-
今。地面に累々とアルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』たちが横たわっている。
戦いは終わった。『異邦の魔物使い（ブレイブ）』は敗北した。
完敗だ。兇魔将軍イブリースの猛威の前に、なゆたたちはまるで歯が立たなかった。
「あ〜あ、分かっちゃいたけど、やっぱりこうなっちゃったにゃぁ。
もう少し粘るかと思ったけどにゃ、まぁ無理だよにゃ。にゃはは！」
後方で観客に徹していたマリスエリスが頭の後ろで手指を組み、あっけらかんと笑う。
「…………」
そんなマリスエリスを、佇立するイブリースが軽く振り返って一瞥する。
「何にゃぁ？ イブリース。
アタシの顔になんか付いとる？」
「……なんでもない」
「そ？ ならいいにゃ。
んなら、さっさと『異邦の魔物使い（ブレイブ）』にトドメを刺しちゃってくれんかねぇ？
アタシらも暇じゃないにゃ、早く次の行動に移らにゃあと――」
「…………」
右手をひらひらと振ってとどめを促すマリスエリスから視線を外すと、
イブリースは再度『異邦の魔物使い（ブレイブ）』へと足を進めた。
今はまだ絶命こそしていないものの、次に攻撃を受ければ『異邦の魔物使い（ブレイブ）』は確実に死ぬ。全滅する。
そうすれば、何もかも終わりだ。
しかし。
＞待って！ 今の目的は飽くまでもテンペストソウルなんだよね……？
それならボクにとどめを刺しなよ
他の仲間たちと違って辛くも大ダメージを免れたカザハが口を開く。
＞待ってください！ 最終的には始原の風車のテンペストソウルが欲しいんですよね？
レクステンペストじゃないと風車の中枢に至る封印が解けないんですよ。
なのでここで殺してしまうのは得策ではないです
カケルも同じくイブリースの説得を試みる。
イブリースは冷めきった眼差しでカザハ主従を見た。
「それは継承者どもの都合だ。オレの目的は貴様らアルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』どもの殲滅。
焦らずとも、順に殺してやる。大人しくそこで待っていろ」
じゃり、と靴裏を鳴らすと、イブリースはなゆたへと近付いてゆく。
なゆたは地面にうつ伏せに倒れており、いまだ立ち上がれる状態ではない。
胴体に直撃した岩と爆発した闇の魔力によって横隔膜がやられたらしく、呼吸さえままならない。
いっそ気絶できれば良かったのだが、全身を走る激痛のお陰で気を失うことさえできなかった。
「ぐ……ぎ……！
こんな……ところで……！」
なゆたは歯を食い縛り、がりがりと右手の五指で土を掻いた。
彼我の差は圧倒的だ。ゲームの中で倒したことがあるからと、完全にイブリースのことを侮っていた。
レプリケイトアニマからこっち、なゆたの目算は外れっぱなしだ。
ロイ・フリントを見殺しにせざるを得ず、双巫女を危険に晒し、今またイブリースの実力を見誤って絶体絶命の危機に瀕している。
今までなゆたは多くの敵と戦い、少なからぬ犠牲を払いつつもそれらを打倒してきた。
仲間たちと協力し、何度も死地を潜り抜けてきた。
それは努力と協調の結果ではあるのだろう。自分の、そして仲間たちの力を信じてきたが故の成果であるのだろう。
だが、同時にそれはなゆたの心の中に慢心という名の病巣を生み出させる結果ともなっていた。
『今まで切り抜けてこられたのだから、次もきっと大丈夫』という、根拠のない自信。
それがなゆたの心に隙を生じさせ、認識力と判断力を鈍麻させてしまった。
ここは現実の世界。ゲームの世界ではない、生死を懸けた戦乱の坩堝。
ガンダラの試掘洞に潜っていた頃は、もっともっと危機感があったというのに。
アルフヘイムでの長い冒険を経て、幾多の勝利を手にし続けて。
なゆたはいつの間にか、経験を積むと同時に――油断という最大の弱点を心に抱え込んでしまっていた。
一方で、敗北の上に敗北を重ねてきたイブリースには慢心も油断もない。
あるのはただひとつ、怨敵を撃殺するという鋼の意志のみ。
事ここに至り、両者の差は明白だった。
「貴様らの出番は終わりだ。心置きなく死ぬがいい」
イブリースが『業魔の剣（デモンブランド）』の柄を強く握りしめる。
なゆたに、間もなく振り下ろされるであろうその切っ先を避ける術はない。が――
＞何が決意表明だよ、脳筋将軍が政治屋ぶってんじゃねえぞイブリース
不意に、明神の声がすぐ近くで聞こえた。
-
「……明神……さん……？」
浅く短い呼吸を繰り返しながら、なゆたは必死に首を動かして声の方向を見た。
明神は確かにそこにいた。明神も確かに『冥獄憤激轟（ヘルガイザー）』の直撃を受けたはずだが、
なぜか傷ひとつなくぴんぴんしている。
ただ、あれほどのイブリースの猛攻を受けたにも拘らず何事もなかったかのように佇む明神の色が妙に薄いことには、
なゆたは気付かなかった。
＞御大層な理念を宣っちゃいるがよ、結局お前もローウェルの掌の上で転がってるだけじゃねえか。
おじいちゃんのラジコン楽しいですかー？俺は魔王のラジコンやってて結構楽しいぜ。
大事なことなので２回言いますね。……俺も、お前も、やってることは変わんねえよ。
ラジコン同士仲良くしようや
「…………」
明神の煽りを聞き、イブリースが視線を向ける。
＞新しい世界っつったか。ジジイは何を考えてる？世界まるごと１つでっち上げようってか。
わからねえな。俺にはわからん。そんな方法が本当にあるのかどうかも。
……『想像もつかない』、半ボケジジイの戯言かも知れねえ賭けに乗っかったお前の心境もだ
＞ミハエル・シュバルツァーは――お前にとってあいつは、地球から拉致ってきた単なる尖兵か？
同胞ってやつには、ニヴルヘイムの魔族しか入んねえのかよ
＞俺にとっちゃ、味方すんのがアルフヘイムでもニヴルヘイムでも正味関係ねえんだ。
地球も含めて三世界全部救うんだからよ。何か１つ諦めて、難易度を下げることは絶対にない。
お前はどっちだイブリース。ジジイのプランで何を救うつもりだ
明神は更にまくし立てた。
それが悪足掻きの時間稼ぎであることは明白だ。
死にたくないから、負けたくないから。何とかイブリースの注意を引き、
仲間たちが窮地を脱する方法を考えてくれるのに期待するという、無様としか言いようのない苦肉の策だ。
イブリースはそれを無視することもできた。世迷言をと一蹴し、切っても突いても無意味な霊体など構わず、
ただ粛々と『異邦の魔物使い（ブレイブ）』たちの命を奪うこともできた。
だが、イブリースはそれをしなかった。
「三世界全部を救う、だと。
今、このオレに手も足も出ず完敗し、そうやって往生際悪く減らず口を叩くことしかできない貴様が。
驕慢も大概にするがいい――第一、ニヴルヘイムを救うのはこのオレの役目だ。
今まで経験値だ、イベントだと、我々の仲間たちを嗤いながら殺めてきた貴様らが……今更どの面を下げて『救う』だと！
オレたちの生きる世界は！ 貴様らが片手間に救えるほど安い世界ではない――！！」
ゴッ！！！
イブリースの全身から、怒号と共に瘴気が迸る。
明神の霊体さえ吹き飛ばしかねない憤怒が、周囲に吹き荒れる。
なゆたにも、明神にも、もちろんジョンにも、一巡目の記憶などない。
だが、イブリースは知っている。一巡目の記憶を、かつてこの世界で、この場所で起きた出来事を。
ニヴルヘイムはアルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』に滅ぼされた。
生きとし生ける者は根絶やしにされ、世界は滅びた。
その様を、イブリースは確かに見たのだろう。守りたかった、守れなかった者たちの夥しい屍を。
無念の想いを、悲しみを、怒りを、一身に受け止めてきたのだろう。
そんなイブリースに対して『三つの世界を全部救う』などと言うのは、侮辱以外の何物でもない。
「オレが救うべきものはオレが決める。貴様らに指図される筋合いはない！
そして、貴様ら『異邦の魔物使い（ブレイブ）』は――オレが最優先で！ 滅ぼすべき者たちと決めている！！」
＞……少なくとも、俺達は今までずっと死人を最小限に抑えてきた
明神の言葉を、地面に倒れたままのエンバースが継ぐ。
＞構わずぶっ殺せば、後腐れがなさそうな時だって、そうしなかった。知ってるだろ？
「…………」
霊体の明神から視線を外し、イブリースが今度はエンバースへと意識を向ける。
＞……レプリケイトアニマごと消滅するのは、死の痛みとやらには含まれないのか？
＞せめて……俺達とは上手くやれない理由くらい、教えてくれよ
「――――」
＞上手くやる必要なんてない
だが、エンバースの問いに対してイブリースが口を開こうとするのを、ジョンが制した。
いつの間にか立ち上がっていたジョンの腕には、一挺のアサルトライフルが握られていた。
＞一つ聞く…お前さっきブレイブに任せたと言ってたな…ロイに…この銃の所有者に…
ブレイブ襲うように命令したのは…その後自爆紛いの命令を出したのは…お前か？
「…………」
＞イブリースだったか？お前が僕達を許さないように…僕はお前を許さない
＞お前がなんて思ってようと、考えていようと関係ない…ロイは死んだ。その事実はなに一つ変わらない
イブリースの返答を待つまでもなく、ジョンはアサルトライフルの引き金を引いた。周囲に渇いた銃声が連続で轟き渡る。
が、イブリースは動じない。
ぶおん！
イブリースのマントが僅かに靡き、その下で幾層もの装甲に覆われた長大な尾がうねる。
地球ならば当たれば必殺となり得る徹甲弾の乱射は、尾のたった一打ちによっていとも呆気なく叩き落された。
-
「――上手くやる必要はないらしいぞ？ ああ、まったく同感だ。
三世界を救うだの、上手くやるだのと、耳触りのいい言葉を並べ立て……することはと言えば不意打ちか。
目的の為には手段を選ばん、バロールの走狗らしい姑息な手だ。
だがそれでいい……そんな貴様らだからこそ、オレも遠慮なく葬り去れる」
力尽きて倒れたジョンを見下ろし、イブリースは口辺にほんの僅かに笑みを湛えた。――嘲りの笑みであった。
「貴様らの必死の命乞いも、時間稼ぎも、徒労に終わったな。
くだらんお喋りの時間は終わりだ、ここで仲良く骸を晒すがいい。後の始末はすべてこのイブリースが請け負ってくれよう。
さあ……とどめだ！ ここが貴様らの旅の終着点よ――！！」
ぐあっ！ とイブリースが業魔の剣を振り上げる。
カザハも、明神も、エンバースも、ジョンも、もうイブリースに対して時間稼ぎすることはできないだろう。
しかし。
「無駄には……、ならない……！！」
なゆたが叫んだ。
ゆっくりと身を起こし、決意に満ちた眼差しでイブリースと対峙する。
その手にはスマホが握られている。自分にスペルカード『高回復（ハイヒーリング）』を用い、ダメージを回復させたのだ。
イブリースが目を細める。
「……ほう」
「カザハが、明神さんが、エンバースが、ジョンが稼いでくれた時間は、徒労なんかにはならない！
わたしが繋げてみせる……きっと勝ってみせる！
わたしたちの旅は、まだまだ……終わらないんだ！ 全部の世界を救うまで……！」
「ならば女、貴様に何ができる？ どうやってオレを退けるというのだ？
できるものならやってみろ、このイブリースを斃し、仲間たちを救ってみせろ！！」
「オーケイ！ そこまで言うならリクエストに応えてあげるわ！
みんなが時間を稼いでくれたおかげで、ATBゲージはもう完全に溜まってる！
いくわよ、ウルティメイト召喚！ 光纏い、降臨せよ！ 天上に唯一なるスライムの神――G.O.D.スライム！！」
カッ！！！！！
なゆたは素早くスマホをタップすると、爆速でコンボを成立させてゆく。
『命たゆたう原初の海（オリジン・ビリーフ）』と『限界突破（オーバードライブ）』の二枚は、既に切っている。
その上『形態変化・硬化（メタモルフォシス・ハード』、『分裂（ディヴィジョン・セル）』×3、
『民族大移動（エクソダス）』を重ね、最後に『融合（フュージョン）』を使用することで解放されるコンボ。
究極のスライムの一角、G.O.D.スライムを召喚する『ぽよぽよ☆カーニバルコンボ』。
そして――
広大な草原の上空に、巨大なスライムの神が降臨した。
『ぽぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜よぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜よぉぉぉぉぉぉぉぉぉんんんんんん〜〜〜〜〜』
王冠と光輪を頭上に頂き、三対の白翼と輝く光背を負った、全長18メートル重量40トンの神々しい姿。
Gigantic-Optimal-Dominator（巨大で最上の支配者）の意を持つ、レイドモンスターの一角。
今まで幾度となくパーティーの危機を救ってきた『神』が、つぶらと言うには大きすぎる双眸でフィールドを睥睨する。
「G.O.D.スライムか……」
その威容を見上げ、イブリースが眉を顰める。
例え兇魔将軍イブリースでも、正真正銘のレイドモンスターであるG.O.D.スライムは決して楽観視できない相手だろう。
「ポヨリン！ 一気に勝負をかけるわよ！」
『ぽぉ〜〜〜よぉぉぉ〜〜〜』
なゆたが語気も鋭く指示を飛ばす。それと同時にゴッドポヨリンが力強く三対の翼を羽搏かせ、更に上空へと飛翔する。
ゴッドポヨリンの黄金に透き通った巨体が、太陽光を吸収してゆく。体内で光が魔力に変換され、凝縮されてゆく。
それは地上にある一切の存在を薙ぎ払う、神の怒り。光属性の広範囲極大魔法攻撃。
『審判者の光帯（ジャッジメント・クエーサー）』。
これ以上戦闘を長引かせては、仲間たちの命が持たない。こちらの最大火力で、可能な限り素早く一撃で仕留める必要がある。
そう、なゆたは判断した。
いかにイブリースが強力とはいえ、レイドモンスターの必殺攻撃を受ければ消し飛ぶ以外にはないだろう。
ましてイブリースは闇属性。光魔法に対しては被ダメージ率が倍増する。
というのに。
「済まんな、G.O.D.スライム。大義のため、オレはお前を倒さねばならん。
許せとは言わん……オレの罪はすべて、オレが背負ってゆく」
光をチャージし続けるゴッドポヨリンに対してそう語り掛けると、
イブリースは慌てることもなく落ち着き払って業魔の剣の柄を両手で握り、自らの顔の前に垂直に掲げ瞑目した。
「――今ぞ、閉幕の刻来たれり。
666の徴以ちて、我此処に魔剣の戒めを解かん――」
ゴウッ！！！！
業魔の剣から禍々しい赤黒色の光が柱となって噴き上がり、天を焦がす。
その詠唱を、業魔の剣の放つ膨大な量の瘴気を、イブリースとゲームで戦った経験のある者たちはよく知っているだろう。
兇魔将軍イブリース最大最強の必殺技――『業魔の一撃（インペトゥス・モルティフェラ）』。
イブリースは逃げない。どころか、神に真っ向から対抗する気でいるのだった。
-
「く……」
なゆたは歯噛みした。偶然にも、光と闇の最大攻撃対決となった訳だ。
ゴッドポヨリンの透き通った身体に魔力がチャージされてゆく。
と同時、イブリースの掲げる業魔の剣に宿る瘴気もその濃度を増してゆく。
そして――互いの集束した力が臨界点に到達した、そのとき。
なゆたとイブリースはほとんど同時に攻撃を解き放った。
「ゴッドポヨリンの攻撃！ 一切万象を灰燼と帰せ、天の雷霆！
――『審判者の光帯（ジャッジメント・クエーサー）』！！！！」
「吼え猛け壊せ、渦巻き啖え！！
此れぞ総ての障礙を撃殺する、我が終極の剣！！！！」
ギュバッ！！！！！！
大きく開かれたゴッドポヨリンの口から、膨大な量の光の波濤が迸る。
同時、振り下ろしたイブリースの刀身からも莫大な瘴気が闇色の閃光となって撃ち放たれる。
光の波動と、闇の波動。両極の属性を持った必滅の奥義が真正面から激突し、大気が、大地が、激しく鳴動した。
バリバリバリバリバリバリバリバリッ！！！！！
両者の力がせめぎ合い、魔力が周囲で荒れ狂う。烈風が吹き荒び、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』たちを嬲る。
魔力を含んだ空気がピリピリと肌を刺激し、草原の地面が捲れ上がって大量の土砂が舞い上がる。
「こ、これはちょぉーっとシャレにならんにゃぁ！？」
バサバサと激しく煽られる長い髪を右手で押さえながら、マリスエリスが悲鳴を上げる。
正真正銘のレイドモンスターと、レイド級に迫る強さを持つボスキャラの激突である。
スマホの画面上では粛々と戦闘が進んでいくだけだが、実際の世界でそれが再現されると、周囲にこれほどの影響が出るのだ。
「「ああ……、我らが母なる風の故郷が……。風渡る始原の草原が――。
始原の風車よ、風精王よ、どうか救いを……」」
双巫女テュフォンとブリーズも、引き起こされる天災めいた光景の前に愕然と膝を折るしかない。
このままの状態が続けば、戦闘が終わる前に始原の草原はメチャクチャになってしまうだろう。
だが――
決着の刻は、意外なほどあっさりと訪れた。
「う……、ぐぅっ……！
そんな……、ポヨリンがパワー負けするなんて……！」
なゆたが呻く。
当初ゴッドポヨリンとイブリースの力は拮抗しているかに見えていたが、徐々にそのパワーバランスが崩れてきた。
押されている。
イブリースの業魔の剣から迸る闇に、ゴッドポヨリンの吐き出す光が圧倒されていく。
ゴッドポヨリンは懸命に出力を上げたが、それでも追いつかない。イブリースの放つ闇の閃光が、
じりじりとゴッドポヨリンに迫ってゆく。
『ぽ、ぽ、ぽ……ょぉ……』
「ポヨリン！ がんばって、負けないで……！
わたしとあなたは最強なんだ！ 誰にも負けやしない！ たとえそれがどんなに強いボスキャラだって――」
なゆたがスマホを握りしめ、懸命にゴッドポヨリンを叱咤する。
しかし、マスターの激励をもってしても、一旦陥った劣勢を覆すことはできない。
ゴッドポヨリンの『審判者の光帯（ジャッジメント・クエーサー）』の光が、徐々に弱まる。細くなってゆく。
身体の内側に溜め込んだ魔力を出し尽くしたのだ。
そして、ゴッドポヨリンの口から放出されていた光が途絶えた、その瞬間。
ギュゴッ！！！！
ゴッドポヨリンの巨体は、業魔の剣が撃ち出す瘴気の柱に呑み込まれた。
「ポヨリン！！」
大きく双眸を見開いて、なゆたは叫んだ。
圧倒的な瘴気の直撃を受け、ゴッドポヨリンの巨躯がボロボロと崩壊してゆく。
三対の翼が消し飛び、王冠と光輪が砕け、透き通った身体が澱んだ色に塗り替えられる。
『……ぽ……』
「ああ……！！ ポヨリン！！ ポヨリン……！！」
信じられない光景だった。
こちらの世界に来てからというもの、G.O.D.スライムが土をつけられたのはたった一度。明神との戦いだけである。
その際も、明神の隠し持っていたスペルカード『虚構粉砕（フェイクブレイク）』を受けたことで、
強制的に合体を解除された上での敗北である。いわば搦手だ。
しかし、今は違う。レイド級でも五指に入るATK値とHPを誇る、スライム最強種のG.O.D.スライムが。神が。
真正面から圧倒されている――。
もはや、戦闘の継続などできるはずもない。
なゆたは大きな眼からぼろぼろと涙を零しながら、ただただ必死に叫んだ。
けれども、瘴気の激流に翻弄されるゴッドポヨリンには最早なすすべがない。
そして――
イブリースの必殺技は、これで終わりではなかった。
-
「おおおッ！！！」
大きく黒翼を広げ、だんッ！ と強く強く地を蹴り、全身に闇の闘気を纏わせたイブリースがゴッドポヨリンめがけて跳ぶ。
そう。『業魔の一撃（インペトゥス・モルティフェラ）』とは、ただ刀身から瘴気を放つだけの飛び道具ではない。
先ず瘴気を撃ち出し、対象を逃走できないよう拘束したのち――
臨界点に達した瘴気を纏わせた剣による斬打を叩き込み、完膚なきまでに撃砕するという剣技なのだ。
明神はそれを知っているだろう。エンバースも、知識としてのみなら知っているに違いない。
なゆたも勿論知っている、だから。
「あああああああああ！！ 逃げて！！ 逃げて、ポヨリン！！
ポヨリン……！！」
だから、叫んだ。逃げてと願った。
それが不可能なことだったとしても。
すでにゴッドポヨリンはその巨体の半分近くを喪失し、急激に崩れ去りつつある。戦闘行動は勿論回避行動も取れず、
完全に無力化した状態だ。
だが、イブリースはそれで終わらせる気はないらしい。先に宣言した通り、確実に仕留める気でいるのだろう。
「いやぁ……！ やめて！ やめて、イブリース！！
お願い……お願いだから……ポヨリンを助けて……！ ポヨリンを殺さないで……！！」
悲痛に顔を歪ませ、涙をとめどなく流しながら、なゆたはランカーの矜持も何もかもかなぐり捨てて懇願した。
そこには幾多の死線を潜り抜け、いかなるときも希望を捨てなかった『異邦の魔物使い（ブレイブ）』の面影はない。
ただ、自分の愛する相棒の命乞いをする、無力な17歳の女子高生がいるだけだった。
そして。
「――――『業魔の一撃（インペトゥス・モルティフェラ）』！！！！！！」
イブリースが大きく頭上に振りかぶった業魔の剣を、ゴッドポヨリンの真芯へと振り下ろす。
ゴッドポヨリンの中枢、寄り集まったすべてのスライムたちを統制するただ一匹のスライムに、瘴気を満々と湛えた剣が炸裂した。
「あああああああああああああああああああああ！！！！！！！」
ガガァァァァァァァァァァァンッ！！！！！！
それはまさに終極の剣。ニヴルヘイムを束ねる長が用いるに相応しい、剣の極技。
インパクトの瞬間に大爆発が起こり、一層強力な突風が辺りを荒れ狂っては『異邦の魔物使い（ブレイブ）』の全身を叩く。
絶望の悲鳴を上げ、なゆたがこの上なく大きく目を見開いて爆発を見上げる。
――ピシ。
その手に持っているスマートフォンの液晶画面に、一条の亀裂が走る。
そして――幾許かの時が流れ、その風が吹き止んだとき。
始原の草原、その上空に全長18メートルの威容を見せつけていたゴッドポヨリンは、跡形もなく消え去っていた。
「…………ぁ…………」
なゆたの身体がふらりと傾ぎ、どっと地面の上に倒れる。
絶望の極みにあって精神が負荷に耐え切れず、気を失ったのだった。
「次は貴様らの番だ」
ゴッドポヨリンを撃破し、大地に降り立ったイブリースが冷厳に言い放つ。
ボウッ……と業魔の剣の刀身に陽炎のような赤紫色の瘴気が揺らめく。
この場にいる全員を残らず葬り去ることなど、イブリースには造作もないだろう。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』に、滅びを避ける術はない。すでに勝敗は決した。
あとに残ったのは、イブリースによる一方的な殺戮のみ――
そう、誰もが思いかけた瞬間。
風渡る始原の草原に、突如として新たな『形成位階・門（イェツィラー・トーア）』が出現した。
遠く離れた場所同士を繋ぐ、強力な空間転移魔法。
明神曰く『インチキテレポート』。今までニヴルヘイムに属する者たちが用い、
幾度となくアルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』の邪魔をしてきた術。
先程も兇魔将軍イブリースをこの場に召喚し、アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』全滅を引き起こした、
敵方の得意技。
それが、忽然と出現している。ただしその位置はイブリースの傍でも、ましてマリスエリスら継承者の近くでもない。
新しい『形成位階・門（イェツィラー・トーア）』は――
エンバースやジョンたちの背後。アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』たちのすぐ傍に出現していた。
-
「なっ……何にゃぁ！？ アレは！？
どこのどいつにゃ！」
マリスエリスが驚愕する。
ニヴルヘイムの技術である『形成位階・門（イェツィラー・トーア）』がアルフヘイム側に出現するなど、
さしもの十二階梯の継承者の眼力をもってしても見通すことができなかった、ということらしい。
門は明神達の後方にぽっかりとその口を開いているが、誰かが出てくるような気配はない。
この場合、むしろ援軍が出現するということではなく――『この門を使って撤退しろ』ということなのだろう。
むろん、誰が開いた門なのかは分からない。当然アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』には使えないものだ。
バロールはかつてアコライト外郭で門を開いた。今回もそうだとするならバロールからの連絡があるはずだが、
今は誰のスマホにもバロールからの連絡は入っていなかった。
だとしたら、誰が？
しかし、今はこの門を使う以外にはないだろう。
誰が用意したものなのかも、門の向こうがどこに繋がっているのかも分からないが――
それでも。突如として出現したこの転移魔法だけが、全滅の危機に瀕する自分たちを救う唯一の手立てだということだけは、
きっと誰しもが理解できるに違いない。
「ちぃッ！ どっこい、逃がさんにゃ！」
いち早く状況を察したマリスエリスが狼咆琴に手をかける。
ロスタラガムも待ってましたとばかりに身を低く前のめりに、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』を逃すまいと身構える。
イブリースが右手を前方へと突き出す。その手のひらに、みるみるうちに闇の魔力が集まってゆく。
先程使用した『闇撃琉破（ダークネス・ストリーム）』で、門を直接破壊するつもりらしい。
だが。
ドドドドドドドドウッ！！！！
「―――！？」
突如、イブリースと継承者たちの頭上へ夥しい数の闇の衝撃波が降り注ぐ。
それはまるで豪雨のようだ。もしくは闇の魔力の一斉掃射と言うべきか。
闇の攻撃スペルのひとつ『闇撃驟雨（ダークネス・クラスター）』。
イブリースが用いた『闇撃琉破（ダークネス・ストリーム）』と同じ『闇の波動（ダークネスウェーブ）』の上位魔法で、
一撃の破壊力を重視する『闇撃琉破（ダークネス・ストリーム）』と違い一撃一撃の攻撃力こそ低いが、
その代わり数と効果範囲を増やした広域殲滅魔法である。
「ああもう、面倒にゃ……！」
「ははッ！ すげぇ！ ワクワクすんなァ！」
降り注ぐ圧倒的な数の衝撃波を、マリスエリスはその機動力で身軽に躱し、ロスタラガムは無数の拳の連打で叩き落す。
イブリースも『闇撃琉破（ダークネス・ストリーム）』を中断し、全身から迸る瘴気で魔力弾を吹き飛ばしている。
「逃がさん……アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』！ 貴様らはここで間違いなく仕留める！
仲間たちの安寧のため！ 後顧の憂いは一切残さぬ……！！」
ずずん！ と地面を踏みしめ、イブリースが『闇撃驟雨（ダークネス・クラスター）』をものともせず一歩を踏み出す。
だが――瀕死の『異邦の魔物使い（ブレイブ）』を守るように、兇魔将軍の前へ双巫女が立ちはだかった。
「「カザハ。おゆきなさい、仲間たちと共にお逃げなさい。
貴方は決して死んではならない……私たちシルヴェストルの未来は、貴方の双肩に担われているのです」」
テュフォンとブリーズが口を揃える。
逃げるタイミングは今しかない。『闇撃驟雨（ダークネス・クラスター）』の援護射撃はいつ終わってしまうか分からない。
『形成位階・門（イェツィラー・トーア）』にしても、いつまで開いているか皆目見当がつかないのだ。
例えその先に存在するものが罠であったとしても、今は。イチかバチか運を天に委ねるしかなかった。
「――好機到来。三十六計逃げるに如かず――」
「はわわ……撤退ですぅ〜っ！」
カザハの『癒しの風（ヒールウインド）』で回復したセルリアと無傷のフラウスが、
ボロ雑巾のように変わり果てた明神の身体をずるずると引きずり、門を潜って撤退してゆく。
なゆたは気を失ったまま、エンバースからそう遠くない場所に倒れている。エンバースの体力が幾許かでも回復するなら、
エンバースがなゆたを運ぶのが一番効率がいいだろう。
最後にルブルムが大柄なジョンに肩を貸し、門の近くでカザハへと叫ぶ。
「おい！ グズグズするな、行くぞ！」
「カザハ、早く……！ 私たち双巫女の力を以てしても、この兇魔将軍の力を押さえることは容易ではありません……！
私たちが斃れる前に――」
「いいえ。あの門の向こうへは、貴方もゆくのです。ブリーズ」
「……え……？」
テュフォンの突然の言葉に、ブリーズが驚きの表情を見せる。
「逃がさぬと言ったぞ……『異邦の魔物使い（ブレイブ）』！！」
イブリースがマントを激しくはためかせ、地響きを立てて突進してくる。
「――ゆきなさい！！」
テュフォンの鋭い声。それに覚悟のほどを感じたのか、ブリーズは小さく頷くと、カザハの手を取った。
「カザハ」
その眼差しには、強い決意が漲っている。カザハとカケルがブリーズと共に最後に中へと潜ると、
『形成位階・門（イェツィラー・トーア）』はその場から霧のように消滅した。
-
「な……、なんだ、貴様ら！？ どこから出てきた！？」
執政官アレクティウスが、算盤片手に声を張り上げる。
何者かが始原の草原に出現させた『形成位階・門（イェツィラー・トーア）』、その先はなぜかグランダイトの居城、
覇宮メル・カヴァの中にある謁見の間に繋がっていた。
謁見の間に敷かれた緋色の長絨毯の先、玉座に腰掛けた覇王グランダイトが全員のことを鋭い視線で見遣る。
リーダーのなゆたはまた意識を取り戻さない。
セルリアとフラウスが魔法で明神、ジョン、エンバースの治療を行う。イブリース戦でのダメージは回復できるだろう。
「貴公が『異邦の魔物使い（ブレイブ）』の副将だったな？ どういうことか説明して貰おうか」
算盤を突きつけ、アレクティウスが明神に事情の説明を求める。
明神がこれまでのあらましを伝えると、
「……なるほど。状況は分かった。
それでニヴルヘイムの魔物に完膚なきまでに叩きのめされ、命からがら逃げてきたという訳か。
だが、それは貴公らの都合。我らの関知するところではない。
我々はただ、当初の約定通りにテンペストソウルを持ってきた者と盟約を結ぶだけだ。
力を貸してほしいのなら、テンペストソウルを持ってくるがいい」
と、冷淡に言い放ってくる。
グランダイトは右肘を王座の肘掛けに乗せ、頬杖をついて執政官と『異邦の魔物使い（ブレイブ）』の話を聞くだけで、
一言も口を開かない。執政官が自らの意思を代弁している、ということなのだろう。
「貴公らの話から察するに、そのイブリースとやらはすぐに貴公らを追跡してくることだろう。
神聖な謁見の間を魔物などに土足で踏み荒らされるのは困る。
突然押しかけてきた無礼を咎めはせぬ、ここは格別の恩情によって見逃してやろう、疾くこの場から去るがいい。
陛下の軍に僅かでも損害を与えるようなことは許さんぞ」
あくまで、こちらに何らかのアクションを起こして欲しいのならテンペストソウルを捧げろ、というスタイルである。
しかし始原の風車からは遠く離れてしまっており、テンペストソウルの持ち主は未だ死んではいない。
どうしてもテンペストソウルが必要ということなら、カザハかブリーズを殺して取り出す以外にないだろう。
アレクティウスの指摘通り、イブリースはすぐにも明神たちの気配を嗅ぎ付けてくるはずだ。
テュフォンが足止めとして残ったものの、テュフォンだけではイブリースとマリスエリス、ロスタラガムには勝てない。
もしテュフォンが殺されてしまえば、継承者たちにテンペストソウルが渡ることになる。
そして――それがグランダイトに献上されてしまったなら、グランダイトが明神たちの敵に回る。考えつく限り最悪のシナリオだ。
だが――
「……案ずることはありません。
たとえテュフォンを殺そうとも、かの者たちがテンペストソウルを得ることはない」
ブリーズが静かに口を開く。
「仔細は申せませんが、兎も角……まだ猶予はあります。かの者たちが再度現れる前に、退ける方法を考えなければ……」
現状、明神らアルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』がイブリースに対抗する手段はない。
体力を全快させ、万全の調子で再度挑んだところで、先程のように打ち砕かれるのがオチだろう。
なゆたはまだ昏々と眠り続けている。尤も、ポヨリンを欠いた状態のなゆたでは何れにせよ戦力にはなるまい。
《あ、映った。やっと通じたみたいやなぁ》
不意に、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』たちのスマホにみのりからの通信が入る。
《みんな、無事やったみたいやなぁ、安心したで〜。
うちらも途中まではモニターしとったんやけど、突然物凄い魔力を検知してなぁ。
なんも映らへんようになってもうて。でも、復旧して安心したわぁ。
で……何が起こったのか説明してくれへん？》
パーティーが事情を説明すると、みのりは液晶画面越しに眉をひそめた。
《んん……、『形成位階・門（イェツィラー・トーア）』？ うちらは使うてへんで。
確かに師匠なら使えるかもやけど、師匠は今まで通信システムの復旧で駆けずり回っとったさかいねぇ。
まして『闇撃驟雨（ダークネス・クラスター）』なんて、現地にいぃひんかったら使えへんやろし。
兎も角、問題はイブリースやね》
「フン、さっきはちっと油断しただけだぜ。
今度会ったときゃ、ぜってーぶっとばす！」
ルブルムは意気軒高である。清々しいくらいに一蹴されたというのに、些かも闘志は衰えていない。
「えぇー……。ちょっと難しいと思うなぁ……」
「――同感。あれはニヴルヘイム最大戦力、三魔将の一角。兇魔将軍イブリース。
氷獄のコキュートスよりも格上の魔族、私たちの手に余る――」
「っせーな！ ビビッてンのかよフラウス！ セルリア！
第一、オレたちにゃアレがあンだろ！ アレさえ使えりゃ、イブリースだろうが肩ロースだろうが一撃よ！」
「はぁ〜い、ビビッてますぅ〜……」
「――肩ロースの調理は楽ちん。でもイブリースは調理不可能――」
なおも抗戦を訴えるルブルムとは対照的に、フラウスとセルリアはすっかり怖気づいているようだった。
《かなんなぁ。みんな、何か策はあらへんやろか？》
みのりの頭脳をもってしても、今の圧倒的な戦力差を覆す方法はそう簡単には見つからないらしい。
レプリケイトアニマの戦いでは、完全中立の傭兵『真理の』アラミガを味方につけたが、
今回はアラミガの助けは期待できない。助っ人契約はあの戦い一度だけということだし、第一今は行方が分からないという。
ジョンたち『異邦の魔物使い（ブレイブ）』は追跡してくるであろうイブリースに自力で対処する必要がある。
敵は兇魔将軍イブリース、十二階梯の継承者『詩学の』マリスエリス、『万物の』ロスタラガムの三名。
今まで戦ってきた中では少ない方だ。だが、その三名が今まで戦ってきたどんな敵よりも強い。
それを、こちらはなゆたとガザーヴァ、それに双巫女の片割れテュフォンを欠いた状態で迎え撃たなければならないのだ。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』は、窮地に立たされていた。
【なゆた敗北。ポヨリンはロスト、スマートフォン使用不可能に。
舞台はシルヴェストルの神殿から覇宮メル・カヴァ内へ。
対イブリース、十二階梯の継承者のため作戦会議】
-
＞「それは継承者どもの都合だ。オレの目的は貴様らアルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』どもの殲滅。
焦らずとも、順に殺してやる。大人しくそこで待っていろ」
あ、やっぱり駄目っぽい……！ 慣れないことはするもんじゃないですね！
尤も慣れてる人がやったところで乗ってくる相手かも分かりませんが……。
＞「何が決意表明だよ、脳筋将軍が政治屋ぶってんじゃねえぞイブリース」
レスバトル熟練者の明神さんが引き継いでくれました。
……あれ？ 明神さん、何か色が薄くありません？
あっちでボロボロで転がってるのも……明神さん！？ じゃあまさか……こっちは幽体！？
＞「俺にとっちゃ、味方すんのがアルフヘイムでもニヴルヘイムでも正味関係ねえんだ。
地球も含めて三世界全部救うんだからよ。何か１つ諦めて、難易度を下げることは絶対にない。
お前はどっちだイブリース。ジジイのプランで何を救うつもりだ」
＞「せめて……俺達とは上手くやれない理由くらい、教えてくれよ」
明神さんやエンバースさんが引き継いでくれた必死の時間稼ぎは、イブリースからいくらかの情報をもたらした。
イブリースはニヴルヘイムを救うためにローウェル陣営と手を組んでいて、
アルフヘイムのブレイブが殲滅対象なのは一言で言えば前の周回の遺恨のため。
だけど、今のローウェル陣営の面々は前の周回では大体アルフヘイム陣営で、
今の周回のアルフヘイム陣営は前の周回でニヴルヘイムのトップであったバロールの傘下――
だとしたら、彼にとっての線引きは、どこにあるのだろう……。
気になるのが、”今まで経験値だ、イベントだと、我々の仲間たちを嗤いながら殺めてきた貴様ら”という言葉。
（ま、前の周回の私達、そんなノリじゃなかったよね……！？）
1巡目ブレイブの張本人である、スマホの中のアゲハさんが慌てて釈明する。
無論、前の周回のブレイブ達がある意味超越メンタルでパリピゲーマー的ノリを貫く人がやたら多かった、なんていう単純な話ではないのだろう。
バロールさんも最初に会った時に思わせぶりなことを言っていたし、なゆたハウスも存在する。
やはり、プレイヤーがゲーム内でやったことが、こちらの世界に何らかの形で影響しているのだ。
そしてそのゲームは、徹底的にアルフヘイムの側に都合のいいように出来ていた――
もしかしたら”上手くやれない理由”はその辺が影響しているのかもしれません。
なんだか、地球にあったあのゲームがとてつもなく恐ろしいもののように思えてきました。
「あのゲームって何なの……？ こうやっていがみ合ってる事自体誰かの策略にはまってる……！？
ジョン君……？」
カザハの視線の先では、尋常ではない様子のジョン君が銃を構えていた。
＞「上手くやる必要なんてない」
＞「一つ聞く…お前さっきブレイブに任せたと言ってたな…ロイに…この銃の所有者に…
ブレイブ襲うように命令したのは…その後自爆紛いの命令を出したのは…お前か？」
＞「お前がなんて思ってようと、考えていようと関係ない…ロイは死んだ。その事実はなに一つ変わらない」
ジョン君は銃を乱射すると、力尽きて倒れた。
-
＞「貴様らの必死の命乞いも、時間稼ぎも、徒労に終わったな。
くだらんお喋りの時間は終わりだ、ここで仲良く骸を晒すがいい。後の始末はすべてこのイブリースが請け負ってくれよう。
さあ……とどめだ！ ここが貴様らの旅の終着点よ――！！」
＞「無駄には……、ならない……！！」
時間稼ぎの会話の間に、自らを回復させたなゆたちゃんが立ち上がっていた。
＞「カザハが、明神さんが、エンバースが、ジョンが稼いでくれた時間は、徒労なんかにはならない！
わたしが繋げてみせる……きっと勝ってみせる！
わたしたちの旅は、まだまだ……終わらないんだ！ 全部の世界を救うまで……！」
＞「オーケイ！ そこまで言うならリクエストに応えてあげるわ！
みんなが時間を稼いでくれたおかげで、ATBゲージはもう完全に溜まってる！
いくわよ、ウルティメイト召喚！ 光纏い、降臨せよ！ 天上に唯一なるスライムの神――G.O.D.スライム！！」
「よっしゃ！ ゴッドポヨリンさん来た……！」
ゴッドポヨリンさんの登場に、思わずガッツポーズするカザハ。
それもそのはず、ゴッドポヨリンさん発動は不動の勝利フラグなのだ。
＞「ゴッドポヨリンの攻撃！ 一切万象を灰燼と帰せ、天の雷霆！
――『審判者の光帯（ジャッジメント・クエーサー）』！！！！」
＞「吼え猛け壊せ、渦巻き啖え！！
此れぞ総ての障礙を撃殺する、我が終極の剣！！！！」
光と闇が激突し、凄まじい余波が吹き荒れる。
＞「「ああ……、我らが母なる風の故郷が……。風渡る始原の草原が――。
始原の風車よ、風精王よ、どうか救いを……」」
「大丈夫、すぐ終わるから……！」
完全に背景で驚き役になっているカザハが双巫女をなだめる。その言葉のとおり、すぐに終わることとなった。
……ただし皮肉にも、思っていたのとは逆の意味で。
＞「う……、ぐぅっ……！
そんな……、ポヨリンがパワー負けするなんて……！」
無力化したポヨリンさんにとどめを刺さんと、イブリースが跳躍する。
＞「おおおッ！！！」
＞「あああああああああ！！ 逃げて！！ 逃げて、ポヨリン！！
ポヨリン……！！」
カザハは半ば錯乱状態のなゆたちゃんの代わりに、ポヨリンさんを逃がそうとするが。
「ポヨリンさん！ そうだ、瞬間移動《ブリンク》で……！ 封じられてる！？」
ようやくなゆたちゃんが泣き叫ぶばかりになっている意味を理解した。
そうだ……この類のことが可能なら、とっくになゆたちゃんが自分で対処しているはずだ。
以前、ひとっとびしてポヨリンさんを抱きバタフライエフェクトで攻撃を回避してみせたこともあるなゆたちゃんだ。
-
「ブラストシュートでポヨリンさんぶっ飛ばすのは！？」
「駄目、スキルも封じられてる！」
私達が往生際悪く右往左往している間に、イブリースの非情な一撃が炸裂する。
＞「――――『業魔の一撃（インペトゥス・モルティフェラ）』！！！！！！」
＞「あああああああああああああああああああああ！！！！！！！」
巻き起こる大爆発。ゲームでは単なる演出かもしれないが、実際には余波だけでも尋常ではない。
ポヨリンさん救出に気を取られていて身構えるのが遅れた私達は、爆風に吹っ飛ばされて地面に叩きつけられた。
「うわあああッ！」「カザハ！」
爆風が収まった頃にようやく身を起こすと、ポヨリンさんの姿は無く、なゆたちゃんは倒れ伏していた。
まさか、ポヨリンさんのみならずなゆたちゃんにまでもとどめを刺したというのか。
「う……ん……。あ！ なゆ……！ なゆ、しっかりして！」
カザハが慌てて駆け寄って上半身を抱き起すも、反応は無い。
かといって、息があるのかを確認している暇もない。イブリースが全員を残らず葬り去ろうと迫ってくる。
＞「次は貴様らの番だ」
「よくも……！」
カザハはイブリースを睨みつけた。
なゆたちゃんとポヨリンさんは、何度も窮地を救ってくれた、言わば恩人。
が、睨むのが関の山で、圧倒的な力の差の前には成す術もない。
そんな中、突如として、形成位階・門（イェツィラー・トーア）が私達の背後に姿を現した。
更に、撤退する時間を稼ぐように闇撃驟雨（ダークネス・クラスター）が相手側に降り注ぐ。
親切な誰かが逃げ道を開いてくれた――もちろん、その可能性もあるだろう。
だが、罠かもしれない。あの門の先には、これより酷い地獄が待っているのかもしれない。それでも、行くしかない。
＞「「カザハ。おゆきなさい、仲間たちと共にお逃げなさい。
貴方は決して死んではならない……私たちシルヴェストルの未来は、貴方の双肩に担われているのです」」
「君達を置いていけない……！ 一緒に残るよ！
そろそろみんなが騒ぎを聞きつけて集まってくるはず……ボクが全員強化すれば……！」
カザハは自分も残ると主張するも、聞き入れられる雰囲気ではありません。
＞「おい！ グズグズするな、行くぞ！」
＞「カザハ、早く……！ 私たち双巫女の力を以てしても、この兇魔将軍の力を押さえることは容易ではありません……！
私たちが斃れる前に――」
……あれ？ 一人で喋ってる……？
-
＞「いいえ。あの門の向こうへは、貴方もゆくのです。ブリーズ」
＞「……え……？」
ブリーズのみならず、これには私もカザハも驚愕した。
「だ、駄目だよ！ 君達、同じ風から生まれてる。ずっと二人一緒なんだから……！
二人で一緒に風の巫女になって。どっちかが偉くなるわけにいかないからって勝手にボクを自分達より上に祭り上げて。
それで……二人で一緒にボクを逃がしたんだ……！」
「気付いていたんですね……」
「今さっき確信した……ううん、本当はずっと前から……当時から気付いてたのかも……」
＞「逃がさぬと言ったぞ……『異邦の魔物使い（ブレイブ）』！！」
＞「――ゆきなさい！！」
テュフォンが有無を言わさぬ鋭い声で命ずる。
＞「カザハ」
ブリーズがカザハの手を取る。私も、もう片方の手を取った。
「……カザハ、行きましょう。
本当にあなたにシルヴェストルの未来がかかっているのだとしたら……我儘はいけない」
敢えてカザハの意思を無視した言い方をしたのは、確実に撤退させるため。
世界の風を守る一族の絶対の呪縛を利用するためだ。
たとえカザハに嫌われても、カザハの意思を踏みにじることになろうとも。私はカザハに死んでほしくない。
「カケル……」
無抵抗になったカザハは、ブリーズと私に手を引かれて門をくぐった。
門から出た先では――
＞「な……、なんだ、貴様ら！？ どこから出てきた！？」
算盤くんが分かりやすく驚いていた。
驚いている……ということは算盤くんたちの仕業ではなさそうですね。
ふつうは仕組んだ人のところへ出そうなものですが……。
＞「貴公らの話から察するに、そのイブリースとやらはすぐに貴公らを追跡してくることだろう。
神聖な謁見の間を魔物などに土足で踏み荒らされるのは困る。
突然押しかけてきた無礼を咎めはせぬ、ここは格別の恩情によって見逃してやろう、疾くこの場から去るがいい。
陛下の軍に僅かでも損害を与えるようなことは許さんぞ」
状況はあまり好転していないが、敵の真っただ中に出て即取って食われなかっただけよしと思うべきなのかもしれない。
親切な協力者でもなければ、分かりやすい罠でもない、この展開はちょっと予想外かもしれません。
-
＞《みんな、無事やったみたいやなぁ、安心したで〜。
うちらも途中まではモニターしとったんやけど、突然物凄い魔力を検知してなぁ。
なんも映らへんようになってもうて。でも、復旧して安心したわぁ。
で……何が起こったのか説明してくれへん？》
「……」
カザハは放心状態になったように言葉を発しない。
他のメンバー達が事情を説明するも、みのりさんも門を開いたのは誰かの見当がつかないようだった。
＞《んん……、『形成位階・門（イェツィラー・トーア）』？ うちらは使うてへんで。
確かに師匠なら使えるかもやけど、師匠は今まで通信システムの復旧で駆けずり回っとったさかいねぇ。
まして『闇撃驟雨（ダークネス・クラスター）』なんて、現地にいぃひんかったら使えへんやろし。
兎も角、問題はイブリースやね》
＞《かなんなぁ。みんな、何か策はあらへんやろか？》
策といっても、そう簡単に出るはずはない。カザハは相変わらず無言である。
「……」
《ちょっとカザハ！ こんな時にとりあえず何でもいいから最初に発言するポジションでじゃないですか！》
「あー駄目だねこりゃ。
世界の風を守らなきゃいけないプログラムががっつり組み込まれてるけど
状況が複雑すぎてそれを遂行するにあたって何が正解か分からなくてフリーズしちゃってるんだわ」
え、そんな感じのシステムなんですか！？ ……ってまたアゲハさんがナチュラルに出てるし。
カザハが特に引っ込めようとするでもなく無反応なのをいいことに、しれっと作戦会議に参加しはじめた。
-
「んー、このままじゃ勝てるわけないし。とりあえずいったん逃げるしかないっしょ」
逃げるったって、ヴィゾフニール置いてきてしまったんですが……。
「ねえ魔法少女達、君達どうやってここまで来たんだい？ まさかこのだだっ広い平原を徒歩ってわけじゃないよね？」
確かに、こちらが高速飛空艇で来たのだから、えっちらおっちら徒歩で来たのだとしたら計算が合わない。
何らかの乗り物か移動手段を使ってきたと考えるのが自然である。
でも、結局逃げたところで時間稼ぎにしかならないとは思いますが……。
「時間を稼げば……その蛹ちゃんをベルゼブブに進化させられるかもしれないだろう？」
アゲハさんはそう言って、明神さんが連れているデモンズピューパを示した。
「ベルゼブブは押しも押されもしない純正ニヴルヘイム産の上級悪魔だ。
アルフヘイムのスライムの神で駄目でも、ニヴルヘイムの蠅の大悪魔ならもしかしたら……。
それにあの消臭剤みたいな名前の奴、田舎のヤンキーかってぐらい同胞愛が半端なさそうだからね。
何か思うところがあって攻撃の手が緩まればしめたものだ」
イブリースの同胞の線引きは厳密には不明ですが、純正ニヴルヘイム産のモンスターなら同胞で間違いないでしょう。
そして、ベルゼブブはゲームのブレモンの中でたくさんのガチ勢達に狩られたレアモンスターでもある。
ゲームが現実の一巡目にどこまで影響しているのかは分かりませんが、もしも影響しているのだとしたら、対峙すれば特別な感情を抱くに違いない。
-
イブリースのたった一撃でパーティは壊滅し、俺の身体は血塗れでそのへんに転がってる。
なんのこっちゃない。多少魔法に覚えがあろうが、防御態勢をカンペキに整えていようが、
純粋な攻撃力と防御力の関係に持ち込まれれば俺たちに抗う術はない。
イブリースがこの地に現れ、敵対した時点で、敗北は既に決定していた。
どうやったって覆せない詰みの状況。
状況が好転する保証もない、悪あがきじみた時間稼ぎを、俺たちは続けている。
>「三世界全部を救う、だと。
今、このオレに手も足も出ず完敗し、そうやって往生際悪く減らず口を叩くことしかできない貴様が」
閻魔像じみたイブリースの眦の上で、片眉がピクリと跳ね上がる。
噴火する直前の火山みたいな、溢れんばかりの怒気が、俺の頬を叩いた。
あらゆる攻撃をすり抜けるはずの幽体が消し飛びそうだ。
>「驕慢も大概にするがいい――第一、ニヴルヘイムを救うのはこのオレの役目だ。
今まで経験値だ、イベントだと、我々の仲間たちを嗤いながら殺めてきた貴様らが……今更どの面を下げて『救う』だと！
オレたちの生きる世界は！ 貴様らが片手間に救えるほど安い世界ではない――！！」
「…………っ」
俺は二の句を継げなかった。
否応なしに、王都でバロールの放った言葉が脳裏に蘇る。
>――「善良かもしれなかった者たちを、無辜の存在を自分の願いのために殺したのは、君たちもじゃないのかい？」
この世界は、『ブレイブ＆モンスターズ！』に酷似している別の世界。
だけど、俺たちの戦い方とゲームシステムは切って離せないし、箱庭機能で建てた家はそのまま再現されている。
ゲームにおけるプレイヤーの行動は、少なからずこの世界に影響を及ぼしてる。
俺たちが『狩り』と称して殺してきた命は――
単なるゲーム上のデータじゃなく、実際にアルフヘイムやニヴルヘイムで生きてきた命だと。
バロールはあの時そう言った。
すぐに冗談だと撤回した言葉は、結局のところ嘘でのなんでもなく、
イブリースにとっては俺たちこそが大量虐殺者だったってわけだ。。
『ブレイブ＆モンスターズ！』じゃなく――『モンスターズ＆ブレイブ』。
>「オレが救うべきものはオレが決める。貴様らに指図される筋合いはない！
そして、貴様ら『異邦の魔物使い（ブレイブ）』は――オレが最優先で！ 滅ぼすべき者たちと決めている！！」
「知らなかったから仕方ないで済ます気なんかねえよ。
……それでも、納得してもらうしかねえ。お前のやり方じゃ、今度は俺たちが納得できない。
殺し殺されを延々続けてなんも解決しなかった、一巡目の俺たちのケツくらい拭わせろよ」
ローウェルが何をしようとしているのか。その問いに、イブリースは答えなかった。
そりゃそうだ。仇敵である俺たちにわざわざ教えてやる義理なんざない。
ただ、これまでニヴルヘイムがやってきたことを振り返れば、
イブリースの言う『救うべきもの』の中にアルフヘイムが勘定されてないことは分かる。
レプリケイトアニマが霊仙楔を破壊していれば、アルフヘイムは間違いなく滅亡していた。
俺は――ブレモンが好きだ。その中にはアルフヘイムも、ニヴルヘイムも等しく含まれる。
ニヴルヘイムを滅ぼしたところで何も解決しなかったことを知っているし、
仮にそうだったとしても言われるがままに滅ぼすつもりもない。
両方の世界が揃って初めて、俺の愛したブレモンだって言える。
-
>「……少なくとも、俺達は今までずっと死人を最小限に抑えてきた」
下から不意に声が聞こえて、それがボロ屑のように変わり果てたエンバースだと気付いた。
上半身だけの姿になってなお、俺の言葉を引き継ぐように、損壊した焼死体が声を上げる。
>「……レプリケイトアニマごと消滅するのは、死の痛みとやらには含まれないのか？」
「お前……」
その言葉が誰を指しているのか、ブレイブに分からない奴はいないだろう。
ロイ・フリント――イブリースの尖兵として俺たちの前に立ちはだかった男は、
最期の最期で俺たちを逃がす為にその生命を散らした。
コア破壊からレプリケイトアニマ消滅までの猶予は５分。
俺たちがロイ倒し、首尾よくコアを壊していれば、どのみち奴も崩壊に巻き込まれて死ぬはずだった。
そして実際、死んだ。インチキテレポで迎えに来る兆しすらなかった。
霊仙楔の破壊作戦が失敗に終わったとしても、ロイごと俺たちを葬り去る算段。
初めから、イブリースはロイを使い捨てにするつもりだったのか？
だとすればわざわざ回収に出向いたミハエルとの違いは何だ。
最強のパートナーとチートスペルを従えたチャンピオンと、死にかけでログボ勢の軍人。
そりゃどっちを優先するかなんて考えるまでもないが、違いは本当にそれだけか？
>「せめて……俺達とは上手くやれない理由くらい、教えてくれよ」
何か――もっと別のところに、線引きがあるんじゃないか。
エンバースの問いは、しかし横合いからさらに遮られる。
>「上手くやる必要なんてない」
ジョンが、立ち上がっていた。
俺よりもずっとボロボロで、腕はおろか足すら歪に折れ曲がった身体で。
その手には、ゴブリン共がアイアントラスで虐殺を引き起こしたライフルが握られていた。
>「一つ聞く…お前さっきブレイブに任せたと言ってたな…ロイに…この銃の所有者に…
ブレイブ襲うように命令したのは…その後自爆紛いの命令を出したのは…お前か？」
イブリースは答えない。
ただ泰然と、向けられる怒りに視線だけで応える。
>「お前がなんて思ってようと、考えていようと関係ない…ロイは死んだ。その事実はなに一つ変わらない」
ジョンも、答えを待ちはしなかった。
引き金が絞られ、マズルが瞬く。橋梁都市で無数の命を奪った鉛玉が、今度はイブリースに降り注ぐ。
だが、致死性を帯びた鈍色の雨霰は、その先にある命を穿つことはなかった。
イブリースが尾を振るう。
ただそれだけの動作で、全ての弾が地面へとはたき落とされた。
>「――上手くやる必要はないらしいぞ？ ああ、まったく同感だ。
三世界を救うだの、上手くやるだのと、耳触りのいい言葉を並べ立て……することはと言えば不意打ちか。
目的の為には手段を選ばん、バロールの走狗らしい姑息な手だ。
だがそれでいい……そんな貴様らだからこそ、オレも遠慮なく葬り去れる」
「言い訳がましい野郎だ」
俺は吐き捨てた。この期に及んで、憎まれ口を叩かずには居られなかった。
姑息な連中だから殺す正義はこちらにあると、理由を並べているように聞こえた。
-
「アイアントラスの虐殺に遠慮があったってのか？あの街の住人は姑息だったか？
それとも……ロイ・フリントのやらかしたことは関知しないとでも抜かすつもりか。
あいつはお前が呼んだブレイブハンターだろうが」
倒れ伏すジョンを、イブリースは一笑に付した。
睥睨するその視線に含まれた侮蔑と嘲りに、俺は耐えられなかった。
「もっかい言うがな。お前も俺もやってることは変わんねえよイブリース。
俺たちの手は等しく血みどろに薄汚れてる。握手をためらう理由にはならねえな」
意味のない挑発だった。
イブリースは既に、俺たちと会話を続ける気を喪失している。
上手くやれない理由――それはきっと、重ねた罪の重さだけじゃない。
>「貴様らの必死の命乞いも、時間稼ぎも、徒労に終わったな。
くだらんお喋りの時間は終わりだ、ここで仲良く骸を晒すがいい。後の始末はすべてこのイブリースが請け負ってくれよう。
さあ……とどめだ！ ここが貴様らの旅の終着点よ――！！」
先延ばしにした断罪の時が訪れる。
イブリースの振り上げた剣は、転がった俺の本体にも漏れなくトドメを刺すだろう。
>「無駄には……、ならない……！！」
――座して天命を受け入れるならの話だ。
カザハ君と俺、エンバース、ジョンが死に体のまま文字通り命懸けで稼ぎ出した時間。
それはATBゲージと形を変えて、たしかにバトンをつないだ。
なゆたちゃんが立ち上がる。
スマホを手繰り、スペルを重ね、コンボを成立させていく。
>いくわよ、ウルティメイト召喚！ 光纏い、降臨せよ！ 天上に唯一なるスライムの神――G.O.D.スライム！！」
そして、ゲージはブレイブに力を与える。
モンデンキント最強の切り札にして、俺たちブレイブの希望の化身。
ゴッドポヨリンさんが、満を持してバトルフィールドに出現した。
>「ポヨリン！ 一気に勝負をかけるわよ！」
ゴッドポヨリンさんはサイズ相応の巨大な翼で羽撃き、空へと舞い上がる。
日の光を体内に溜め込み、光属性の範囲殲滅魔法として撃ち放つ『審判者の光帯』。
いかなイブリースと言えども、弱点属性で極大魔法を直撃すりゃ無事で居られる道理はない。
>「済まんな、G.O.D.スライム。大義のため、オレはお前を倒さねばならん。
許せとは言わん……オレの罪はすべて、オレが背負ってゆく」
だが、勝負を決め得る一撃を目の前にして、イブリースの態度は微塵も変わらなかった。
光を見上げるその双眸には、驚愕や畏怖は欠片もなく、哀れみすら感じられた。
>「ゴッドポヨリンの攻撃！ 一切万象を灰燼と帰せ、天の雷霆！
――『審判者の光帯（ジャッジメント・クエーサー）』！！！！」
>「吼え猛け壊せ、渦巻き啖え！！
此れぞ総ての障礙を撃殺する、我が終極の剣！！！！」
天と地に並び立った両雄が、互いに力を開放する。
双方から放たれた光と闇の波動が天地を一本の線で結び、余波が地面を抉りとっていく。
-
――俺たちにとってゴッドポヨリンさんは最強の戦力であると同時に勝利の象徴だ。
戦場に出るまでにはちょっと時間がかかるが、その分一旦出ちまえば比類なき力を発揮する。
まさに究極。ここそと言うときの切り札。
ウルレア級のレア度補正でディスペルでも使われない限り、その威容は厳然と俺達の上に輝き続けてきた。
その、無敵のゴッドポヨリンが。
>『……ぽ……』
>「ああ……！！ ポヨリン！！ ポヨリン……！！」
――まさか真っ向からの勝負で力負けするなんて、想像すら出来なかった。
「嘘だろ……」
イブリースの放った闇の波動に飲み込まれ、ゴッドポヨリンの巨体が崩れていく。
ブレモンは属性ゲー。その基本原則すら覆し、巨星が堕つる。
「まずい……なゆたちゃん、アンサモン！」
叫んでから、意味がないことを悟った。
闇の瘴気による波動は『業魔の一撃』の前段階でしかない。
本来は、瘴気によって行動を阻害しつつ、本命の剣の一撃をぶち当てる、拘束効果付きの攻撃技だ。
いわば、バフォメットの『影縫い』と斬撃を１つのスキルで完結させているようなもの。
アンサモンの命令を送ろうが、拘束状態じゃスマホに戻ってくることは出来ない。
>「いやぁ……！ やめて！ やめて、イブリース！！
お願い……お願いだから……ポヨリンを助けて……！ ポヨリンを殺さないで……！！」
だから――もう俺たちには、何も出来ることが残されていなかった。
崩壊しかけのポヨリンとイブリースははるか上空。他のパートナーで庇うことすら出来ない。
思わずスペルを手繰ろうとして、自分が何も出来ない幽体であることに気づく。
>「――――『業魔の一撃（インペトゥス・モルティフェラ）』！！！！！！」
ただ、存在しない唇を噛んで、戦いの末路を目に焼き付けることしか出来なかった。
崩れ行くゴッドポヨリンの中枢に、闇色の斬撃が激突し、超新星爆発のように破壊をぶち撒ける。
生身の肉体だったなら、きっと目を瞑って惨状から逃げることも出来ただろう。
地盤を捲れ上がらせる大爆発。突風が草原を洗う。
そして全てが終わり、ゴッドポヨリンの居たはずの空間には、何も存在していなかった。
>「…………ぁ…………」
>「う……ん……。あ！ なゆ……！ なゆ、しっかりして！」
気丈にも爆発の瞬間まで刮目していたなゆたちゃんが、小さな呻きを上げて倒れ伏す。
カザハ君たちが駆け寄るが、目を覚ます気配もない。
俺たちの、いや、アルフヘイム最強のブレイブが敗北した瞬間だった。
「く……そ……」
>「次は貴様らの番だ」
今度こそ、本当に、詰みだ。
唯一の希望だったゴッドポヨリンは、イブリースに牙を立てることすら出来なかった。
そしてポヨリンは消滅し、いよいよもって抗う術は品切れだ。
-
ことここに至って、イブリースに翻意は期待できまい。
こいつには俺たちを殺す大義がある。殺さねばならない理由もある。
助命嘆願なんてもんは始めっから選択肢にはなくて、死期がほんの少しだけ伸びただけだ。
――ガザーヴァが居なくて、良かったかもな。
死が目の前に迫ってるってのに、場違いな感慨が頭を過ぎった。
もしもあいつがここに居たなら、ポヨリンとのレイド級二枚でイブリースに勝てただろうか。
多分ムリだ。イブリースには搦め手が効かない。単純なステータスの差で歯が立たない。
草原を転がる死体がもう一つ増えるだけだ。
それなら、あいつが生き延びてくれることを願おう。
遺志を継げなんて押し付けがましいことは言わねえよ。
ただ、死んで欲しくないから――死なないで済むなら、それが一番だ。
「……元気でやれよ、ガザーヴァ」
今際の際だってのに、もっとマシな遺言だってあったろうに、
その一言だけが、俺の腹からこぼれ落ちた。
>「なっ……何にゃぁ！？ アレは！？ どこのどいつにゃ！」
イブリースの剣がみたび振るわれるその刹那、マリスエリスが素っ頓狂な声を上げた。
見れば俺たちの背後、虚空が裂けて『門』が出現している。
「ニブルヘイムのインチキテレポ……へっ、今更増援かよ。無駄足になったな」
俺たちが何度も煮え湯を食わされてきた『門』。
こいつが出てきたってことは、またぞろイブリースの手下でも遊びに来やがったのか。
後片付けの為だけに呼ばれるたぁご苦労なこったな。
だけど、どうにも様子がおかしい。
『門』をあんだけ使い倒していたマリスエリスは出処に心当たりがないらしい。
そしていつもニブルヘイムの連中の背後に出てくるはずの門が、今度は俺たちの側に開いている。
バロールか？あいつも確かインチキテレポを使えたはずだ。
だが、普段ならすぐ届くはずの、あのクソ忌々しい脳天気な声が聞こえない。
いずれにせよ――アレがニブルヘイム由来のものでないなら、使わない手はない。
俺の身体が死にかけの蛍光灯のようにちらつき、輪郭にラグが走る。
そろそろ『幽体化』の効果時間も切れる。
元の身体に戻ったら、肺をやられているから声を出すことも出来ないだろう。
そうなる前に、叫んだ。
「――――撤退ッ！！！！」
人事不省のなゆたちゃんに代わり、サブリーダーとしての指令を放つ。
一言で十分だった。誰ともなしに走り出す。どこへとも知れない『門』の先へ。
>「ちぃッ！ どっこい、逃がさんにゃ！」
「振り向くなッ！しんがりは俺がやるッ！！」
叫ぶやいなや、俺は『門』とは逆方向へ駆け出した。
本体の方はスターズが引きずっていくのを確認済み。
幽体で出来ることなんか何もないが、『何も出来ない』ことにイブリース達は確証が持てない。
駆け寄ってくる色の薄いブレイブを迎撃するのに一秒でも気を逸らせるなら、十分ブラフとしてはたらく。
-
「うおおおおおおおッ！！」
無意味に声を上げて、突撃した。
ついでに幽体の残りのパワーを全部使って身体を発光させる。
伊達にネクロマンサーやってんじゃねえんだ。このくらいの応用はやってやれねえことはない！
『敵を巻き込んで自爆する』。わずかにでもその可能性に思い至らせればブラフは成功だ。
だが、イブリースから放たれる闇の奔流に、器を持たない幽体は無防備。
一歩踏み出すごとに、ボロボロと身体が崩れていく。
やがて走ることも出来なくなって、地面を這いずるだけになる。
イブリース達は、もはや俺のことなど一瞥もくれなかった。
マリスエリスの琴が、イブリースの剣が、撤退していくブレイブたちを捉える。
>ドドドドドドドドウッ！！！！
刹那、上空から無数の魔法攻撃が降り注いだ。
流星群の如くイブリース達を穿ち、門への攻撃を中断させる。
「ダークラ……どっから……？」
『闇撃驟雨（ダークネス・クラスター）』。
パワー切れで狭まっていく視界からわずかに見えたのは、闇属性の範囲攻撃魔法だ。
イブリースの放ったものじゃない。ゴッドポヨリンなき今、上空には何も居ないはず。
空を仰ごうにも、身体を反転させる手足すら、俺の幽体には残されちゃいなかった。
>「逃がさん……アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』！ 貴様らはここで間違いなく仕留める！
仲間たちの安寧のため！ 後顧の憂いは一切残さぬ……！！」
>「――ゆきなさい！！」
フタミコの片割れ――テュフォンの声が頭上から響く。
しんがりに残ったのは俺の幽体だけじゃなかった。
だけどスペルが切れれば元の身体に戻る俺と違って、テュフォンは生身だ。
「いいのかよ……カザハ君、きっと泣くぜ」
今更こんな問答に、意味なんかなかった。
テュフォンとイブリース達が戦いを再開する。俺は、地面に転がったままその様を睨めつけた。
「覚えとけよイブリース……次こそ、そのクソみてえな武人気取りのツラをぶん殴ってやる」
最期に残った右手でイブリースに中指を突きつけて、幽体は霧散した。
俺の意識は、傷だらけの本体へと帰るために、帳を降ろした。
◆ ◆ ◆
-
>「な……、なんだ、貴様ら！？ どこから出てきた！？」
もう一度目を開けると、そこは始原の草原じゃなかった。
よく手入れされたふかふかの絨毯、視界を彩る数々の調度品――。
何より、耳元でギャンギャンがなりたてるソロバンの高い声。
ここはメル・ガヴァの謁見室だ。
部屋の奥には、グランダイトの野郎が座ったまま無感動に俺たちを見下ろしている。
>「貴公が『異邦の魔物使い（ブレイブ）』の副将だったな？ どういうことか説明して貰おうか」
「分かった……っててててていだだだだだだ！！！」
ソロバンに返事をしようとして口を開いた途端、体中を激痛が這い回った。
長いこと幽体化で無視していた痛みが、アドレナリンの切れた生身の身体を貫く。
思わず叫びを上げるが、それもすぐに嗚咽に変わった。肺がまともに動かねえ。
スターズの治癒魔法でどうにか呼吸はできるようになったが、依然として右半身は動かなかった。
とくに右腕がひどい。多分複雑骨折してるんだろう。回復にも時間がかかる。
生まれついてのインドア派の俺にとって、骨が折れるのなんて生まれて初めてだった。
情けないことに、痛みのせいで涙がボロボロと溢れてきた。
「俺たちは……始原の風車で、ニヴルヘイムの勢力とかち合った。
三魔将がひとり、『兇魔将軍イブリース』――結果は見ての通りだ。
インチキテレポで脱出できなきゃ、全員あそこで死んでた」
>「……なるほど。状況は分かった。
それでニヴルヘイムの魔物に完膚なきまでに叩きのめされ、命からがら逃げてきたという訳か」
ニヴルヘイムの大将が出てきてるってのに、ソロバンは然して驚くでもなくそう言った。
グランダイト軍にとって、ニヴルヘイムは問答無用で対処すべき敵ってわけじゃないらしい。
元々アルメリアの軍人だったくせに薄情なもんだ。ニヴルヘイムに移住するアテでもあんのか？
>「だが、それは貴公らの都合。我らの関知するところではない。
我々はただ、当初の約定通りにテンペストソウルを持ってきた者と盟約を結ぶだけだ。
力を貸してほしいのなら、テンペストソウルを持ってくるがいい」
「ちょっと待て、あの『門』は陛下のご意向で開かれたモンじゃないのか？」
確かにソロバンは、俺たちがここへ逃げてくることを承知していた様子じゃなかった。
門がメルガヴァにつながってる以上、俺はてっきりグランダイトの命令で撤退の道をつけたもんだと思ってたが。
そりゃそうか、イブリースに喧嘩売ってまで俺たちを助ける理由なんか陛下にはないもんな。
……え。じゃあ誰だよ。
バロールの差配ならなおのこと、グランダイトに貸しを作る真似をするはずがない。
そもそも『門』はニヴルヘイム側の技術だ。アルフヘイムの魔術師がおいそれと再現できるもんじゃない。
>「貴公らの話から察するに、そのイブリースとやらはすぐに貴公らを追跡してくることだろう。
神聖な謁見の間を魔物などに土足で踏み荒らされるのは困る。
突然押しかけてきた無礼を咎めはせぬ、ここは格別の恩情によって見逃してやろう、疾くこの場から去るがいい。
陛下の軍に僅かでも損害を与えるようなことは許さんぞ」
厄介事は御免だからとっとと出てけときたもんだ。取り付く島もない。
……なんでこいつイブリースを知らねえんだよ。エリにゃんから何も聞いてないのか？
あの継承者ふたりが、ニヴルヘイムの意向で動いてることを、知らされてない？
-
「……まっ、待ってくれ！執政官殿！陛下に今一度お目通りを！
継承者どもはニヴルヘイムと内通してる！アルフヘイムの滅亡に加担することになるぞ！」
思わず起き上がろうとして、まだ治りきってない身体が軋みを上げた。
俺の具申が通ったかどうかを確かめる前に謁見の間を蹴り出される。
陛下の御前でボロボロの姿を晒してんじゃねえってことらしい。
「くそ、時間がねえってのに……！俺たちがどこに居ようが連中は早晩こっちに来やがるぞ。
……言いたかないが、テンペストソウルを抱えて」
あの場でしんがりに残ったテュフォン。
片割れを欠いたフタミコが、イブリース以下３名を相手に生き残れるとは思えない。
テンペストソウルは、今この瞬間に、エリにゃん達の手に渡っているかもしれない。
>「……案ずることはありません。
たとえテュフォンを殺そうとも、かの者たちがテンペストソウルを得ることはない」
俺の懸念を、ブリーズは否定した。
>「仔細は申せませんが、兎も角……まだ猶予はあります。かの者たちが再度現れる前に、退ける方法を考えなければ……」
いや仔細申せよ。この期に及んで何濁そうとしてんだ。お前のお姉ちゃんか妹の話だろ。
そんな反駁が喉まで出かかったが、最優先で議論すべき事項は他にあった。
>《あ、映った。やっと通じたみたいやなぁ》
その時、不意にスマホが点灯して、石油王の顔が映し出された。
>《みんな、無事やったみたいやなぁ、安心したで〜。
うちらも途中まではモニターしとったんやけど、突然物凄い魔力を検知してなぁ。
なんも映らへんようになってもうて。でも、復旧して安心したわぁ。
で……何が起こったのか説明してくれへん？》
「無事じゃねえよ。少なくとも、なゆたちゃんはもう……戦えない」
俺は掻い摘んで石油王に事情を告げた。
イブリースと会敵したこと。全員が為す術もなく壊滅させられたこと。
……ポヨリンが、死んだこと。
なゆたちゃんはメルガヴァに逃げてきてから、ずっと意識を失ったままだ。
よしんば起きてきたとして、俺はどんな言葉をかければ良いか分からない。
ポヨリンは、なゆたちゃんにとってただの戦力じゃない。
モンデンキントのアイデンティティであり、この世界で生死を共にしてきた掛け替えのない相棒。
そして何よりも、地球にいた頃からずっと愛情を注ぎ続けてきたパートナーだ。
アルフヘイムに来てから、パートナーを失ったブレイブを何度か見てきた。
初代ユメミマホロがそうであるし、俺も試掘洞でバルログを死なせてる。
喪失の痛みを、分かるとは言えない。付き合いの短かった俺より100億倍は痛いはずだ。
ポヨリンの死は、きっと彼女にとって肉親のそれに等しい。
立ち直れないかもしれないし――立ち直ることを、強いたくはなかった。
俺だってポヨリンさんとは仲良くやってたし、今でもその死を受け入れられたとは言い難い。
そして同時に、なゆたちゃんはモンデンキントとしての戦力の一切を失った。
彼女のデッキはその全てがポヨリンを活かすための構成だ。
今更その辺のレイド級を捕まえたって、従前の力を取り戻すことは出来ない。
-
俺たちの誰よりも強く、戦いの核だった存在が、今はもうない。
チームとしての戦力も半減どころじゃ済まないだろう。
「ああそうだ、インチキテレポを使ってくれたのはバロールか？石油王か？
どっちにしろ助かった。つながったのは皮一枚分だけどよ」
>《んん……、『形成位階・門（イェツィラー・トーア）』？ うちらは使うてへんで。
確かに師匠なら使えるかもやけど、師匠は今まで通信システムの復旧で駆けずり回っとったさかいねぇ。
まして『闇撃驟雨（ダークネス・クラスター）』なんて、現地にいぃひんかったら使えへんやろし。
「ああ？じゃあマジで誰なんだよ。ニヴルヘイムに知り合いなんか居ねえぞ」
>《兎も角、問題はイブリースやね》
俺の疑問は、結局いま議論すべきことじゃなかった。
イブリース。奴が追いついてくる前に、どうにかして対策を考えなきゃならない。
>《かなんなぁ。みんな、何か策はあらへんやろか？》
ここでずっと待ってりゃ、俺を追いかけてきたイブリースとグランダイトをかち合わせることが出来るかもしれない。
拠点にニヴルヘイムの魔族が攻め込んできたとなりゃ、陛下も自前の兵で迎撃せざるを得ないだろう。
だけど、それをすれば間違いなく犠牲が出る。陛下の敵意は外患を呼び込んだ俺たちにも向く。
同盟のセンは完全に消滅だ。本末転倒になる。
>「んー、このままじゃ勝てるわけないし。とりあえずいったん逃げるしかないっしょ」
何故か黙りこくってしまったカザハ君の代わりに、例の半透明女が話に入ってきた。
サモンしてないよな？マジで毎回どっから湧いてくるんだこの幽霊。
>「ねえ魔法少女達、君達どうやってここまで来たんだい？ まさかこのだだっ広い平原を徒歩ってわけじゃないよね？」
「お前らまでインチキテレポで来たとか言うなよ……でもゴっさんなら普通にやりかねねえんだよな」
ニヴルヘイム門外不出の『門』の技術は、既にバロールがパクリを成功させてる。
それなら、ニヴルヘイムに通じてるローウェルやゴットリープが再現出来ててもおかしくはない。
なんならリバティウムの時はヤクザのおっさんですら生贄使えばこじ開けられてたわけだしな。
「つっても逃げてどうすんだよ。行くアテなんか俺たちにはないぜ。
……どこ行ったって、そこが戦場になるだけだ」
アイアントラスの悲劇を、繰り返すわけには行かない。
バロールの元まで戻るって手も考えたが、この世界線でも王都を炎上させんのは御免だ。
>「時間を稼げば……その蛹ちゃんをベルゼブブに進化させられるかもしれないだろう？」
半透明は、意味ありげな視線でマゴットを指した。
>「ベルゼブブは押しも押されもしない純正ニヴルヘイム産の上級悪魔だ。
アルフヘイムのスライムの神で駄目でも、ニヴルヘイムの蠅の大悪魔ならもしかしたら……。
それにあの消臭剤みたいな名前の奴、田舎のヤンキーかってぐらい同胞愛が半端なさそうだからね。
何か思うところがあって攻撃の手が緩まればしめたものだ」
「確かに。あの野郎が身内にどんくらい甘いかは試してみねえとわからんが。
俺たちにはベルゼブブが必要だ。……ポヨリンの代わりになる、レイド級が」
俺たちには戦力が足りない。高難度のボス戦に挑むなら、少なくとも１体はレイド級が欲しい。
本来その役割を担っていたポヨリンがいない以上、戦力の補填は急務になる。
-
「……クソっ、忘れてくれ。こんなこと、言うつもりじゃなかった」
まるで――ポヨリンを戦力の数としか捉えてないような表現に、自分で言って堪えた。
例え死のうが同じレイド級で補充すれば万事解決？違うだろ。
俺たちや、なゆたちゃんにとって、ポヨリンはその程度の存在じゃなかったはずだ。
「いずれにせよ、このままイブリースと再戦したってジリ貧になるのは目に見えてる。
毎度都合よくインチキテレポが湧くとも限らん。
何かしらの対策を講じるのと平行して、戦力の増強は必要になる」
俺はようやく動くようになった右手で、左の中指に嵌った指輪を抜いた。
「時間を稼ぐ方法はある。
イブリースが俺たちをどうやって見つけるかっつったら、目印になるのは多分こいつだ」
『ローウェルの指輪』。
スペル全リキャストと威力大幅上昇の効果をもったチートアイテムであり、
同時にローウェルが有望株のブレイブを引き抜くために配った発信機。
ロイ・フリントが俺たちの行く先々に先回りしてたのと同じように、イブリースも指輪の魔力を辿ってくるはずだ。
「この呪いの指輪が、現状で唯一俺たちの側からニヴルヘイムの行動をコントロールする手段だ。
極論、こいつをその辺の鳥にでもくっつけて飛ばせば撹乱すんのは難しくないだろうぜ」
初手は誤魔化しきれるだろうが、ずっと使える方法とは言えない。
指輪がデコイだとバレりゃ、別の方法で俺たちを追跡するだろう。
指輪の魔力を辿るように、例えばスマホの魔力を辿ることだって出来るかもしれない。
俺たちの魔力を遮断する方法を考えないとな。
「指輪をデコイにして連中に無駄足を踏ませる。うまくすりゃ２日くらいは多分どうにか稼げる。
これもまともな移動手段があること前提だけどな。ヴィゾフニールは乗り捨てちまったし。
２日。ちょうどもとの期限と同じだ。そんくらいは陛下にも待っててもらおう」
稼いだ時間でどうするか。戦力の増強を図るにはあまりに短い。
ベルゼブブの羽化が間に合うかどうかもわからん。
「追ってくるってことは、奴らが現れる場所をこっちである程度決められるってことだ。
例えば罠にハメたりとか、超強力な魔法兵器のド真ん前に誘導したりな。
問題はイブリース共を拘束出来るような罠とか防御を貫通できるつよつよ兵器があるかってことだけど」
それこそ、ヴィゾフニールの『咆哮砲（ハウリングカノン）』とかドンピシャで使えそうなんだが、
やっぱり草原に置いてきちまったのが痛い。取りに戻るにしても足が要る。
「信号機共、なんか合体技とかないの？いかにも組み合わせしやすそうな武器じゃん」
デスティネイトスターズの装備は霊銀結社の魔術師が趣味全開で設計してるロマン武器だ。
往年の戦隊モノみたく武器を合体させてなんかスゴイビームとか出す仕掛けが施されてても不思議はない。
プリキュアマーブルスクリューみたいなさぁ！
「それからこいつはダメモトだが、石油王。
バロールにレプリケイトアニマもう一本こさえらんねえか聞いといてくれ。
神代遺物もぶち抜けるクソデカドリルならイブリースもペチャンコだ」
一巡目のレプリケイトアニマは地盤ごと霊仙楔を粉砕できるだけの威力を持っていた。
あれに勝る対物破壊力は、同じ神代遺物の神槍リムルダールくらいなもんだろう。
いかにイブリースがカチカチだろうが、シールドマシンにすり潰されて無事でいられる道理はない。
-
「あとは……こいつは本当に最後の手段だけど」
インベントリからひとつ、アイテムを取り出して床に置いた。
ガラス製のアンプル。紫色の禍々しい色合いをした液体が今も中で渦を巻いている。
――リバティウムを発つ時、しめじちゃんから餞別にもらったアイテムだ。
「『狂化狂集剤（スタンピート・ドラッグ）』。
ゲームには名前だけ登場してる、未実装のアイテムだ。
初期実装のサブクエでテキストに一行名前が出てる程度だな」
Wikiにもページのない、俺も名前すら知らなかったくらいのフレーバー要素だが、
カザハ君から借りた攻略本首っ引きで調べまくって、ようやく正体を掴むことができた。
ガンダラの『蝙蝠の牙商会』なる悪徳組織が取り扱ってる強壮薬の一種だ。
摂取するととてつもない力を手にできるが理性がトんで死ぬまで戦う狂戦士になるっていう、
まあフィクションによくあるヤバい薬的なアレだな。
読み切り漫画の悪役とかで死ぬほど見たわこういうの。
「どうしようもなくなったら、これを使う。設定通りなら、ヤマシタでもレイド級並の力を出せるはずだ。
パートナーと引き換えに敵を倒すなんざ、クソみてえな自己犠牲の極みだと思っちゃいるがよ」
俺が殺してきた、ニヴルヘイムの誰かのことを想い。
闇の奔流の中に消えていった、なゆたちゃんの相棒のことを、想った。
「……それでも俺は、ポヨリンの仇を討ちたい」
【ローウェルの指輪をデコイにして敵の動きを誘導しよう。
アレクティウスに継承者とニヴルヘイムの内通をチクる
スターズの合体超必殺技とかレプリケイトアニマお代わりとかできない？】
-
【フラッシュ・ポイント(Ⅰ)】
結果として。
『無駄には……、ならない……！！』
カザハ/明神――そしてハイバラが試みた時間稼ぎは成功した。
しかし――それだけだった。ただ、時間が稼げた。
それ以外には、何の意味もなかった。
『――今ぞ、閉幕の刻来たれり。
666の徴以ちて、我此処に魔剣の戒めを解かん――』
業魔の剣が血色の輝きを放つ/その輝きの正体をハイバラは知っている。
闇属性攻撃スキルの中で最大の攻撃倍率を誇る、兇魔将軍の奥義。
業魔の一撃――その前兆となる、連続的な力の膨張/収斂。
『ゴッドポヨリンの攻撃！ 一切万象を灰燼と帰せ、天の雷霆！
――『審判者の光帯（ジャッジメント・クエーサー）』！！！！』
『吼え猛け壊せ、渦巻き啖え！！
此れぞ総ての障礙を撃殺する、我が終極の剣！！！！』
迸る光の奔流/閃く闇の炸裂――二つの「必殺」が衝突。
互いに削り合い、飛散する魔力と衝撃波――大気が/大地が鳴動する。
せめぎ合う一対の奥義は、拮抗しているように見えた――少なくとも初めの内は。
『う……、ぐぅっ……！
そんな……、ポヨリンがパワー負けするなんて……！』
拮抗は、そう長い事続かなかった――闇の波涛が光を呑み込み、なおも膨れ上がっていく。
ハイバラの右手がスマホのひび割れた液晶に触れた――素早く/しかし縋るような手付き。
このままでは不味い/ポヨリンを援護する必要があった――だが、打開策は何もなかった。
「……クソ」
かつてハイバラの魂を骸に焼き付けた、呪われた聖火。
その焼却は、ただ彼の肉体を焼き焦がすだけでは終わらなかった。
アンサモンしたはずの相棒さえもが焼かれていた――そして、カードデッキも。
残されていたのは、見覚えのない――敗者を嘲る/敗者の為のカードだけ。
『ぽ、ぽ、ぽ……ょぉ……』
眩かった光が、か細く弱まっていく/薄れていく。
『ポヨリン！ がんばって、負けないで……！
わたしとあなたは最強なんだ！ 誰にも負けやしない！ たとえそれがどんなに強いボスキャラだって――』
なゆたがポヨリンを見上げ、鼓舞する――だが、それも無意味だった。
強い想い――そんなものでひっくり返るほど、生存と死亡は甘くない。
そして、ついにその時が来た――審判者の光帯が完全に掻き消された。
闇と瘴気の濁流が、なゆたの唯一無二の相棒を飲み込んだ。
『ああ……！！ ポヨリン！！ ポヨリン……！！』
G.O.Dスライムの翼が闇に侵され、消滅――しかし落下はしない。
血色の波動はポヨリンを宙に釘付けにして、逃さない。
ポヨリンは――身動き一つ取れない。
イブリースが高く飛び上がる――ポヨリンへと迫る/迫る/迫る――逃げられない。
-
【フラッシュ・ポイント(Ⅱ)】
『あああああああああ！！ 逃げて！！ 逃げて、ポヨリン！！
ポヨリン……！！』
ハイバラは視線をスマホに落とした――もう、出来る事は誰にも、何もない。
『いやぁ……！ やめて！ やめて、イブリース！！
お願い……お願いだから……ポヨリンを助けて……！ ポヨリンを殺さないで……！！』
そして――
『――――『業魔の一撃（インペトゥス・モルティフェラ）』！！！！！！』
業魔の剣が、ポヨリンへと振り下ろされた。
一振りの刃に集約されていた闇と瘴気が、一瞬間の内に溢れ返る。
結果、巻き起こる炸裂――暴風が草原に吹き荒れる/闇の閃光がポヨリンを塗り潰す。
それが終わると、後には何も残らなかった――ポヨリンの姿は、どこにも見えない。
『…………ぁ…………』
なゆたが微かな呻き声と共に昏倒――入れ替わるように、ハイバラが立ち上がる。
遺灰の五体を包む紅蓮＝【奮起】の炎――砕けた下半身/左腕は既に再生している。
『次は貴様らの番だ』
冷酷な響き――ハイバラはまるで恐れなど知らないかのように笑った。
ひび割れた液晶から溢れる魔力――描き出される白の肉塊＝完全召喚。
懐から溶け落ちた直剣＝かつての愛剣を抜き、引き絞るように構える。
「……さあ、それはどうかな」
実際の所、状況は既に「詰み」だった。
時間を稼いだところで、満足に動ける者は誰もいない。
例え何らかの手段で皆を回復したところで、ここから逃げ切る術もない。
それでも――挑まなければ、生き残れる可能性はゼロだ。
「忘れちゃいないか、イブリース。俺達は――」
せめてもの減らず口を叩こうとするハイバラ――ふと、その背後から風が吹いた。
草原を満たす風とは違う。遺灰の体だからこそ感じ取れた、微かな風。
「この場の空気が、どこかへと流れ出ていく」ような風。
『なっ……何にゃぁ！？ アレは！？
どこのどいつにゃ！』
マリスエリスが間抜け面を晒して驚いている/ハイバラは――当然、振り返る訳にはいかない。
だが予感はしていた――何かが起きている/奴らにとっても予想外の――起死回生のきっかけが。
『――――撤退ッ！！！！』
響く号令――瞬間、ハイバラは右手を前に突き出していた。
フィンガースナップ/爆ぜる火花――閃光に背を向け、疾駆。
昏倒したなゆたへと脇目も振らず駆け寄り、肩に担ぎ上げる。
-
【フラッシュ・ポイント(Ⅲ)】
『ちぃッ！ どっこい、逃がさんにゃ！』
追撃予告/対策済み――少女は急所＝頭部から胸部が、ハイバラの前方に来るよう担がれている。
「フラウ！背中を頼む！」
〈言われなくとも――！〉
加えて完全召喚された白の肉塊が、主の背中を守る形。
これなら――少なくとも、なゆたは致命傷を負わずに撤退可能。
しかし結果的に、それらの計らいは無意味だった――今度は、いい意味で。
『ダークラ……どっから……？』
ブレイブ一行への追撃を妨げるように、イブリース達の頭上から闇の魔力が降り注いだからだ。
至れり尽くせりだな――頭の中にぼんやり浮かんだ感想を、言葉にするほどの余裕もなかった。
視界が揺れる＝人格混濁が終わろうとしている――ハイバラは殆ど倒れ込むように門を超えた。
『な……、なんだ、貴様ら！？ どこから出てきた！？』
一瞬の暗闇を潜り抜けると、どこからか聞き覚えのある声が聞こえた。
少女を抱えたまま転ばぬよう、どうにか踏み留まった体勢――緋色の絨毯が見える。
周囲を見渡す/目に映るのは絢爛豪華な調度品/顔を上げる――グランダイトとその執政官が見えた。
『貴公が『異邦の魔物使い（ブレイブ）』の副将だったな？ どういうことか説明して貰おうか』
『分かった……っててててていだだだだだだ！！！』
明神の悲鳴――セルリア/フラウスが慌てて回復魔法を施す。
遺灰の男は――肩に担いだ少女を慎重に、絨毯の上に寝かせた/その髪を撫でる。
だが何をすべきか分からない――どうすれば目を覚ますのか/目覚めたとして、何を言えばいいのか。
『……なるほど。状況は分かった。
それでニヴルヘイムの魔物に完膚なきまでに叩きのめされ、命からがら逃げてきたという訳か。
だが、それは貴公らの都合。我らの関知するところではない。
我々はただ、当初の約定通りにテンペストソウルを持ってきた者と盟約を結ぶだけだ。
力を貸してほしいのなら、テンペストソウルを持ってくるがいい』
未成熟のモラルが頷く――そうだ。確かにグランダイトには俺達を助けるメリットがない。
逆説＝メリットさえあれば、それに見合う分だけは助勢が望めるかもしれない。
ちびっ子執政官が個人的に情報提供に応じてくれたように。
今、ブレイブ一行の元にはブリーズがいる。
テンペストソウルの源/始原の風車の管理者という手札がある。
この手札を上手く切れば、せめてアレクティウスとは交渉が出来るかもしれない。
だが――その上手い手札の切り方が、遺灰の男には分からない。
『貴公らの話から察するに、そのイブリースとやらはすぐに貴公らを追跡してくることだろう。
神聖な謁見の間を魔物などに土足で踏み荒らされるのは困る。
突然押しかけてきた無礼を咎めはせぬ、ここは格別の恩情によって見逃してやろう、疾くこの場から去るがいい。
陛下の軍に僅かでも損害を与えるようなことは許さんぞ』
結局一言も言葉を発せないまま、遺灰の男は謁見の間を追い立てられた。
遺灰の男には何も分からなかった/今もそうだ――何も分からないままだ。
-
【フラッシュ・ポイント(Ⅳ)】
『仔細は申せませんが、兎も角……まだ猶予はあります。かの者たちが再度現れる前に、退ける方法を考えなければ……』
ヤツらを退ける方法――見当もつかない。
《みんな、無事やったみたいやなぁ、安心したで〜。
うちらも途中まではモニターしとったんやけど、突然物凄い魔力を検知してなぁ。
なんも映らへんようになってもうて。でも、復旧して安心したわぁ。
で……何が起こったのか説明してくれへん？》
何が起こったのか――何を伝えれば有用な助言が得られるかも分からない。
『無事じゃねえよ。少なくとも、なゆたちゃんはもう……戦えない』
己の腕の中、少女の目覚めと共に訪れるだろう苦しみを、どうすれば取り除けるのかも分からない。
《んん……、『形成位階・門（イェツィラー・トーア）』？ うちらは使うてへんで。
確かに師匠なら使えるかもやけど、師匠は今まで通信システムの復旧で駆けずり回っとったさかいねぇ。
まして『闇撃驟雨（ダークネス・クラスター）』なんて、現地にいぃひんかったら使えへんやろし。
『ああ？じゃあマジで誰なんだよ。ニヴルヘイムに知り合いなんか居ねえぞ』
誰が自分達を助けたのかすら、分からないまま。
《兎も角、問題はイブリースやね》
遺灰の男は――少なくとも、自分が成長しつつある事を知っていた。
もしかしたら、いつかは「エンバース」を超えられるかもしれないとも思っていた。
自我に目覚め/己の弱さを知り/少しだけ出来る事が増えて――そんな事を繰り返していれば、いつかは。
《かなんなぁ。みんな、何か策はあらへんやろか？》
だが――それでは駄目だった。結局、遺灰の男は「エンバース」のようにはやれなかった。
なゆたがいつも笑顔でその名を呼ぶ男のようには彼女を守れなかった――そして守れない。
テュフォンはあの時、一人で戦場に残った。ブリーズを逃した。
テュフォン一人が残ったところで、稼げる時間など僅か数秒程度だったろうに。
その数秒がなくとも、カザハ/ブリーズは十分に逃げ切れる「可能性が高かった」のに。
エンバースは――アジ・ダハーカとの戦いで、己の存在そのものを燃やし尽くした。
その後のパーティの戦力を考慮するなら、自分を犠牲にするのは下策だと分かっていたはず。
どうして――遺灰の男は、今ならその理由が分かる――それが、「本物」が本物たる所以なのだと。
だから――遺灰の男には分かった。分かっていた――自分が今、何をすべきなのか。
闇色に燻る双眸――そこに、蒼の炎が灯る――爛々と/煌々と、燃え続ける。
知識のみでない記憶の回想――ハイバラの経験/人生の回想。
遺灰の男は全てを思い出した。かつて自分がハイバラと呼ばれていた事を。
遺灰の男は全てを思い出した。ブレイブ&モンスターズのプレイヤーとしての日々を。
遺灰の男は全てを思い出した。己が栄光の全てを失った日/見知らぬ世界に召喚された時の事を。
遺灰の男は全てを思い出した。生きる為に戦い/殺し/裏切り/裏切られ/大切だったもの全てを失った旅路を。
遺灰の男は全てを思い出した。生ける屍として蘇った己の魂に、もう一度、火が灯された時の事を――少女の微笑みを。
ハイバラの記憶/経験/人生――その全てを思い出せば、「エンバース」は蘇る。
それでよかった――たとえその結果、自分の存在が塗り潰されて消えてしまったとしても。
己の全てがエンバースに及ばないとしても――なゆた/仲間を守る。その決意だけは、張り合いたかった。
最後くらい、せめて本物のように振る舞いたかった。
遺灰の男は全てを思い出した/そして、己の右手を見る――幻覚は、見えなかった。
右手は遺灰のまま――遺灰の男は、その事を確かに自分自身の意識で認識していた。
-
【フラッシュ・ポイント(Ⅴ)】
「……おい、どうなってる」
微かな呟き/周囲を見回す――これまで人格混濁の際に現れた幻覚は、どこにも見えない。
まだ何か、思い出せてない経験があるのか――記憶を手繰る/だが、そんなものはない。
遺灰の男は確かに生前の記憶全てを思い出した――なのに、エンバースは戻らない。
――頼む。出てきてくれ。俺じゃ駄目なんだ。俺じゃみんなを守れないんだ。
幻覚は見えない/それが何故かも分からない――何故分からないのか、だけが分かる。
記憶とは映像/音声/文章のような明確な形のあるデータではないからだ。
記憶とは――断片的な単語や印象、そこから始まる連想なのだ。
例えば宿敵という言葉を認識すれば、明神は「モンデンキント」を思い出すに違いない。
そこから「崇月院なゆた」を連想し/時には「アルメリア王宮」を連想する。
そうなれば、きっとそこで繰り広げた激戦をも思い出すだろう。
しかし、あの時エンバースが述べた言葉の全ては思い出せないかもしれない。
或いは、長い時間が過ぎれば――事実とは異なる記憶違いが生まれるかもしれない。
要するに記憶とは不確かなもので、一瞬の閃き/思いつきは簡単に消えてしまうという事。
結局のところ――エンバースなら分かったかもしれない事が、遺灰の男には分からないという事。
――ああ、クソ。俺はどこまで行っても、こうなのか。
『んー、このままじゃ勝てるわけないし。とりあえずいったん逃げるしかないっしょ』
遺灰の男は項垂れる/黙り込んでいる。
ただ――周囲の声に耳を傾けていた。
『時間を稼ぐ方法はある。
イブリースが俺たちをどうやって見つけるかっつったら、目印になるのは多分こいつだ』
明神が何を言っているか、遺灰の男には理解出来た。
その意味が/その意図が――今までになく、鮮明に。
ハイバラ/エンバースの記憶は確かに機能していた。
唯一、エンバースの人格だけが蘇らなかっただけで。
『どうしようもなくなったら、これを使う。設定通りなら、ヤマシタでもレイド級並の力を出せるはずだ。
パートナーと引き換えに敵を倒すなんざ、クソみてえな自己犠牲の極みだと思っちゃいるがよ』
『……それでも俺は、ポヨリンの仇を討ちたい』
ならば――次に自分が何をするべきなのか、遺灰の男にはすぐに分かった。
「……フラウ。コイツを頼む」
膝を突く/腕に抱いていた少女を下ろす――立ち上がる/大袈裟に両手を叩く。
ぱち、ぱち、ぱち――火花が弾けて散る音が、メル・カヴァの廊下に響いた。
「――素晴らしい作戦だ。ミス・みそっかすボンバー」
皆に背を向ける/廊下を彩る調度品の一つ＝翼ある獅子の彫刻に歩み寄る――身を翻す/腰を下ろす。
「そして哀れ双巫女を欠いたシルヴェストルの里は、
テンペストソウルを求めるアホ面二人にほじくり回された挙げ句、
グランダイトの軍勢にぺしゃんこにされましたとさ。めでたしめでたしって訳だ」
-
【フラッシュ・ポイント(Ⅵ)】
――俺は、エンバースとは違う。エンバースみたいには上手くやれなかった。上手くやれない。
「一つ、勘違いを正してやるよ」
――だけど、ここにエンバースはいない。いるのは、俺なんだ。俺がやるしかないんだ。
「元々、俺達は二日間の猶予を全てテンペストソウルの捜索に当てる予定だった。
それは、双巫女があの二人を抑え込み、俺達は風車以外からソウルを入手する。
そういう前提があったからだ。だけど今はもう、事情が違う――忘れたのか？」
――俺は、エンバースの偽物になってやる。エンバースじゃないだけの、誰でもない誰かじゃなくて。
「俺達には二日も時間が残されてるんじゃない。
たった二日でイブリースを倒し、ついでに継承者二人を退け、
そしてテンペストソウルを手に入れて、グランダイトに献上しなきゃいけないんだ」
――偽物ってのは、本物そっくりだから偽物なんだ。俺は、偽物でいい。やっと分かった。
「俺達に、遊んでいる暇はない」
――それが俺にとっての本物だったんだ。気づくのが少し、遅すぎたけど。
「そもそも――どうしちまったんだ、明神さん？さっきの戦いで頭を打ったか？
それとも――まさか、ただ単にビビっちまってるだけだなんて言わないよな？」
過分に芝居がかった声/態度。
「たまたまマゴットが二日間の内に孵化してくれて。
驚くべき事にソイツは生まれたてでもイブリースと戦えるほど強くて。
しかもなんと、イブリースは諸般の事情でいきなり本調子じゃなくなってしまった」
エンバースならきっとこう言うだろう言葉。
「他に出来る事と言えば？ここにはない手札をお友達に取り寄せてもらって？
後は……パートナーを犠牲にして、なんとかその場を凌ぐって？
そっちは、まあ、効果は期待出来るかもしれないけど」
死ぬほど回りくどい、同類へのエール。
「……はは。それがゲーマーのする事かよ？」
乾いた笑み/そこに宿る副音声――そんなもんじゃないだろう、あんた。
「……まだメインクエストが最新コンテンツだった頃。
イブリースとの最終決戦、あんたは最初の挑戦でクリア出来たか？
俺は――勝てなかったよ。まさか業魔の一撃に回避無効が追加されてるなんてな」
遺灰の男は覚えている――かつて自分がまだ、ただのブレモンプレイヤーだった頃を。
「次は防具で闇耐性を固めて挑んでみた。カット率八割でも消し炭にされた。
必殺技には必殺技をぶつければいいなんて、浅すぎて逆に気づけなかった」
懐かしげな声――遺灰の男は完全にエンバースとして振る舞っている。
「イブリースは忘れてた。たとえこの世界がゲームじゃなくても……俺達は、ゲーマーだ」
不意に、遺灰の男の口元から笑みが消えた。
「そしてゲーマーってのは、負ける度に強くなるんだ――そうだろ？」
-
【フラッシュ・ポイント(Ⅶ)】
攻略の糸口に、遺灰の男には心当たりがあった――エンバースの記憶/感性がそれを告げていた。
それが本当に正しいかは分からない/もしかしたら、ただの勘違いで終わるかもしれない。
しかし――少なくとも、それを掴む事は、運に身を任せる事とはかけ離れている。
「一度負けた相手をやっつけるのは、これが初めてじゃない。勝算なら、ある」
だからこそやる価値がある/挑む意味がある――遺灰の男は、そう思った。
「――オレの中にある同胞の無念が、貴様らの攻略法を教えてくれる」
戦いの最中、イブリースが紡いだ言葉の一端。
「イブリースは確か、そんな事を言っていたよな。実際、それはその通りなんだろう。
かと言って――ヤツの強さの源は、単なる一巡目の知識って訳でもない。
それだけじゃ、フラウの不意打ちを防げた理由にならない」
遺灰の男/フラウは一巡目の時間軸にいた筈がない――単なる知識ではその攻撃を予見出来ない。
「とは言え、イブリースが俺達を惑わそうとテキトー抜かしやがったって事も、多分ないと思う」
イブリースによるブラフの可能性は――エンバースの記憶は、まずあり得ないと言っている。
確かにイブリースは強くなっていた――だが、その気性に大きな変化は見えなかった。
死闘の最中に情報戦を仕掛けるほど、イブリースは狡猾ではない――はずだ。
「これは憶測かつ例え話だが、ヤツの中には無数の目と耳と、口があるんだ。
ミノタウロスに角が、レッドドラゴンに翼が、クラーケンに触手があるのと同じで。
だったら――攻略法だって同じだ。さあ明神さん、いい加減調子を取り戻してくれないか？」
右目だけが蒼く燃え盛る遺灰の眼光――明神を見つめる。
「部位破壊だ。亡霊の力を弱らせて、声を掻き消すんだ。あんたの役目だぜ」
声＝音の破壊――シェケナベイベとの激戦を制した/歌姫の残影を操る男が適任。
「ちょうど、おあつらえ向きのカードも持ってるし」
あるいは――【終末の軋み】なんてクソカードをデッキに入れた男には、適任。
「そのカードにディスペル耐性と対象指定の強化を施す術も、持ってる」
遺灰の男＝右手人差し指で、明神の手元を指す――ローウェルの指輪を。
ローウェルの指輪はかつて【迷霧】の効果範囲を増強した――何故、範囲が強化されたのか。
友軍のみ透視可能でもなく/範囲内にデバフ/またはダメージを付与でもなく――何故、範囲だったのか。
遺灰の男――エンバースの感性はそれを、指輪の使用者がそれを望んだからだと考えた。
魔法への習熟を深めた今の明神なら、それをより意図的に引き起こせるはずだ――とも。
「……ところで、さっきは遊んでる暇なんてないって言ったが。
それはそれとして、適切な時間をかけて準備をするって提案には大いに賛成だ。
即応的な撤退手段があって、火力支援が短時間で準備可能なら、その間にゲリラ戦を仕掛けるのも悪くない」
地獄のような耳鳴りの中、徹底的な一撃離脱の反復/キルゾーンへと誘導――実現可能ならば、効果的な戦術。
-
【フラッシュ・ポイント(Ⅷ)】
「後は……そうだな。マリスエリスとロスタラガムだ。イブリースは俺達をソロで仕留めると言った。
その前言を撤回するとも思えないが――もし、あの二人が参戦してくるなら、ブリーズ。
アンタの出番だ――戦闘員としてじゃない。人質として、アンタは有用だ」
マリスエリス/ロスタラガムは、ブレイブ一行とイブリースの実力差を知っている。
テンペストソウルの確実な入手法を天秤に掛けてまで、加勢しようとは思うまい。
ロスタラガムが「いい加減見てるだけは飽きたぞ！」とか言い出さない限り。
――あり得ない話ではないのが、怖いな。
遺灰の男はそう思ったが、言葉にするのはやめておいた。
この世界はゲームではないが、だとしても不用意に「フラグ」を立てたくなかった。
「――どうだい、明神さん。まだ、アンタの中のゲーマーには火が点かないままか？」
棘のある言葉/柔らかな笑み。
「それとも、まだ手札が足りないか？なら――こういうのはどうだ？」
遺灰の男が左手を掲げて、皆へと向けて開いてみせる――そこには何もない。
だが一度拳を閉じて、もう一度開くと――そこには透き通る輝きを秘めた瓶があった。
【人魚の泪】――遺灰の男は覚えていた――かつて少女が鎧の胸当てにそれを秘めていた事を。
そして大変不躾である事は重々承知しつつも――それを抜き取った。
ちなみに手品のタネは、灰の手のひらの小瓶を埋め込んでいただけ。
「まだ、何か必要か？お望みとあらば――袖から鳩でも飛ばしてみせようか？」
-
＞「貴様らの必死の命乞いも、時間稼ぎも、徒労に終わったな。
くだらんお喋りの時間は終わりだ、ここで仲良く骸を晒すがいい。後の始末はすべてこのイブリースが請け負ってくれよう。
さあ……とどめだ！ ここが貴様らの旅の終着点よ――！！」
僕の渾身の一手は、無情にもあっさりと防がれ…成すすべなし。
がんばったはずだ…穴が開いた体で…銃を構えて撃って…それでだめなら…もう…
仕方ない…
＞「無駄には……、ならない……！！」
カッ！！！！！
聞きなれた召喚音。そして聞きなれたぽよりんさんの神と言う名にふさわしい威圧感。
「ぽよ…りん」
僕達の勝利の象徴。王城でみた日から…ずっと僕の心の中で勝利の象徴であり続けたGODポヨリンが…イブリースの目の前にいる。
みんなが稼いだ時間が…間に合ったのだ、これでイブリースだって倒せる…そう僕達は思った…いや思うはずだった。
でも僕の心はいつものように踊らなかった。
＞「済まんな、G.O.D.スライム。大義のため、オレはお前を倒さねばならん。
許せとは言わん……オレの罪はすべて、オレが背負ってゆく」
イブリースが微塵も怯んでなどいなかった。強がりの可能性もあったが…
奴の心は無関心や冷静といったものではなかった…
あったのは悲しみだった。これからする事への…自分の罪が増える事の…
＞「吼え猛け壊せ、渦巻き啖え！！
此れぞ総ての障礙を撃殺する、我が終極の剣！！！！」
バリバリバリバリバリバリバリバリッ！！！！！
イブリースに吹き飛ばされた僕にさえ伝わる余波…今の身動き一つ取れない体では踏ん張る事すらできず吹き飛ばされていく。
＞「こ、これはちょぉーっとシャレにならんにゃぁ！？」
自分の体を強く打たないようにするだけで精一杯だった。周りを気にする余裕など微塵もなかった。
＞『ぽ、ぽ、ぽ……ょぉ……』
＞「ポヨリン！ がんばって、負けないで……！
わたしとあなたは最強なんだ！ 誰にも負けやしない！ たとえそれがどんなに強いボスキャラだって――」
「GOD…がパワー…負けした…？」
戦争の世界とはいつでも非情な物である。勝てば奪える。負ければ奪われる。
そんな事想像もしてなかった。多少は味わったほうがいいとは思っていた…けど
まさかなゆが…本当に負けるなんて…奪われるなんて…そんな事を目にすることになるとは思わなかった。
これを慢心したというのだろうか？僕はそうかもしれないけど…なゆは…
ロイと戦った僕と違いなゆは今まで全力で頑張ってきたはずだ。少なくとも僕達の中ではだれよりも…
コンボを研究し、PTのメンバーをケアもなゆは一度だって怠った事はない。
こんな僕にも手を差し伸べてくれて…それで…なのに…
＞「いやぁ……！ やめて！ やめて、イブリース！！
お願い……お願いだから……ポヨリンを助けて……！ ポヨリンを殺さないで……！！」
努力すれば報われるんじゃなかったのか？…なあ…ロイ…
努力を一日だって怠らなかったなゆに対してこの仕打ちは…こんなの…あんまりだ。
＞「――――『業魔の一撃（インペトゥス・モルティフェラ）』！！！！！！」
戦争は、非情だ。
-
＞「あああああああああああああああああああああ！！！！！！！」
ぽよりんが死んだ…跡形もなく吹き飛ばされた。
どちらにせよ…なゆの精神にダメージを与えるには十分すぎた。
＞「…………ぁ…………」
なゆが崩れていく。なにがあっても笑顔や正義の心を絶やさなかった彼女が…見たこともない悲鳴と表情で…。
歪んでいく、全てが…なゆの全てがゆっくりと歪んでいく…
それはまるで山の中で一人泣いていた自分とそっくりのようで…
「違う…こん…なんじゃ…」
正直にいって…僕はなゆは一度痛い目に合えばいいと思っていた。
嫌いだからじゃない…彼女の為を思って致命的な負けを…経験するべきだと思っていた。
甘い考えをしていれば命を奪われる…その事を思っての言葉だった。
でも甘いのは僕だった…全ての人間が失敗から立ち直れるとは限らない。人間は簡単に諦めてしまえる生物なのだから。
自分がそうなのに愚か者だから気づいていなかったんだ。
絶望すれば…諦めてしまえば…自分の命でさえ投げ捨ててしまえる…それが人間なのだと…。
「僕は…ただ……」
なゆは強い子だと思っていた。負けないと理解できないほど強いと、勝手にそう思っていたんだ。
人間生きてれば一度…いや何十回だってやり直したいと思う時がある…僕だけじゃない…そのはずなのに…
なゆは強い子だから次の世界で謝れば…償えばいいなんて…勝手に思っていた。
「っ！！なゆ…！」
体を動かし、よろよろと立ち上がる。戦闘はできないかもしれない…でも…なんとかしなきゃいけない。その気持ちが僕を動かした…その時
＞「なっ……何にゃぁ！？ アレは！？
どこのどいつにゃ！」
「なんだ…これは・・・？」
僕の背後に現れた門らしきもの。
門の先は見えず…かといってだれかが出てくる気配はない。
＞「――――撤退ッ！！！！」
その言葉を聞いた瞬間魔法少女の一人、ルブルムが僕の体を掴み、門へと歩き出した。
「くそ…く…そ…」
ただ運ばれるしかできない自分があまりにも惨めで。
そんなに強く掴んでるわけでもない腕を振り払えないほど限界で。
僕は気を失った。
-
＞「貴公らの話から察するに、そのイブリースとやらはすぐに貴公らを追跡してくることだろう。
神聖な謁見の間を魔物などに土足で踏み荒らされるのは困る。
突然押しかけてきた無礼を咎めはせぬ、ここは格別の恩情によって見逃してやろう、疾くこの場から去るがいい。
陛下の軍に僅かでも損害を与えるようなことは許さんぞ」
気が付くと、明神達が、アレクティウスとグランダイトとなにやら話をしていた。
「僕は……生きているのか…」
なゆも…カザハも明神もエンバースも無事だ…なゆ…は…
＞「……案ずることはありません。
たとえテュフォンを殺そうとも、かの者たちがテンペストソウルを得ることはない」
＞「仔細は申せませんが、兎も角……まだ猶予はあります。かの者たちが再度現れる前に、退ける方法を考えなければ……」
「…」
実際問題無理な話だ。圧倒的な戦力差を猶予ができたとはいえたかだが数日…それで一体どうしろっていうんだ。
もう諦めたりしない…だがなにか思いつかなければ…結果は同じだ。ただでさえ…
>《みんな、無事やったみたいやなぁ、安心したで〜。
うちらも途中まではモニターしとったんやけど、突然物凄い魔力を検知してなぁ。
なんも映らへんようになってもうて。でも、復旧して安心したわぁ。
で……何が起こったのか説明してくれへん？》
＞「無事じゃねえよ。少なくとも、なゆたちゃんはもう……戦えない
なゆはもう戦えないのに…
＞《んん……、『形成位階・門（イェツィラー・トーア）』？ うちらは使うてへんで。
確かに師匠なら使えるかもやけど、師匠は今まで通信システムの復旧で駆けずり回っとったさかいねぇ。
まして『闇撃驟雨（ダークネス・クラスター）』なんて、現地にいぃひんかったら使えへんやろし。
兎も角、問題はイブリースやね》
＞「つっても逃げてどうすんだよ。行くアテなんか俺たちにはないぜ。
……どこ行ったって、そこが戦場になるだけだ」
＞「時間を稼げば……その蛹ちゃんをベルゼブブに進化させられるかもしれないだろう？」
＞「ベルゼブブは押しも押されもしない純正ニヴルヘイム産の上級悪魔だ。
アルフヘイムのスライムの神で駄目でも、ニヴルヘイムの蠅の大悪魔ならもしかしたら……。
それにあの消臭剤みたいな名前の奴、田舎のヤンキーかってぐらい同胞愛が半端なさそうだからね。
何か思うところがあって攻撃の手が緩まればしめたものだ」
「レイド級が簡単に育つのか？ゲームではそりゃ余ってる素材と廃レベリング全部突っ込めばなる…けど
そんな都合のいいレベリング先が、素材があるとは思えないな…」
＞「確かに。あの野郎が身内にどんくらい甘いかは試してみねえとわからんが。
俺たちにはベルゼブブが必要だ。……ポヨリンの代わりになる、レイド級が」
「明神！！！」
明神の言いたい事はわかる…が口に出すべきではない。思っていても。
＞「……クソっ、忘れてくれ。こんなこと、言うつもりじゃなかった」
-
決定打と思えるほどの作戦ででないまま時間だけが過ぎていく。
＞「あとは……こいつは本当に最後の手段だけど」
「明神…まさかその妙な液体は…」
僕は決して純粋無垢で無害な人間ではない。この世界までに来るまでの僕は…あまりにも生きている事が苦痛で…
今までの人生でその手の物を使った事がある…一度だって効果を体感した事などないが。
＞「『狂化狂集剤（スタンピート・ドラッグ）』。
「どうみても普通の薬には見えないな…」
＞「どうしようもなくなったら、これを使う。設定通りなら、ヤマシタでもレイド級並の力を出せるはずだ。
パートナーと引き換えに敵を倒すなんざ、クソみてえな自己犠牲の極みだと思っちゃいるがよ」
＞「……それでも俺は、ポヨリンの仇を討ちたい」
掛ける言葉が見つからなかった。
僕もいざとなったら魔法少女を…だれでもいい殺して…ブラッドラストをこの体に宿そうと考えていないわけじゃない。
明神の気持ちを…僕は否定する事は出来なかった。
重い空気が流れる。このまま何にも出来ないで絶望に明け暮れる…そんな流れを切ったのはエンバースだった。
＞「――素晴らしい作戦だ。ミス・みそっかすボンバー」
＞「一つ、勘違いを正してやるよ」
＞「俺達には二日も時間が残されてるんじゃない。
たった二日でイブリースを倒し、ついでに継承者二人を退け、
そしてテンペストソウルを手に入れて、グランダイトに献上しなきゃいけないんだ」
＞「俺達に、遊んでいる暇はない」
「そんな事はわかってる！明神だって必死に考えて・・・！でも自爆や自滅を視野に入れなきゃイブリースには…」
＞「たまたまマゴットが二日間の内に孵化してくれて。
驚くべき事にソイツは生まれたてでもイブリースと戦えるほど強くて。
しかもなんと、イブリースは諸般の事情でいきなり本調子じゃなくなってしまった」
エンバースは明神を、ネガティブ思考の僕を…煽る。
＞「他に出来る事と言えば？ここにはない手札をお友達に取り寄せてもらって？
後は……パートナーを犠牲にして、なんとかその場を凌ぐって？
そっちは、まあ、効果は期待出来るかもしれないけど」
煽る
＞「一度負けた相手をやっつけるのは、これが初めてじゃない。勝算なら、ある」
煽る
＞「……ところで、さっきは遊んでる暇なんてないって言ったが。
それはそれとして、適切な時間をかけて準備をするって提案には大いに賛成だ。
即応的な撤退手段があって、火力支援が短時間で準備可能なら、その間にゲリラ戦を仕掛けるのも悪くない」
＞「後は……そうだな。マリスエリスとロスタラガムだ。イブリースは俺達をソロで仕留めると言った。
その前言を撤回するとも思えないが――もし、あの二人が参戦してくるなら、ブリーズ。
アンタの出番だ――戦闘員としてじゃない。人質として、アンタは有用だ」
＞「――どうだい、明神さん。まだ、アンタの中のゲーマーには火が点かないままか？」
その言葉を聞いた後…ここに暗い表情をする者は一人もいなかった。
-
「はは…君は本当に凄いなエンバースは…そんな事言われたらメソメソしてられないじゃないか…」
僕の心の中がすっきり晴れたような気がした。
弱気な心も、浅ましい心も、なにもかも…晴れてしまった。
「作戦の話を本格的にする前に僕の話を少しでいい、聞いてくれないか・・・？」
エンバースと明神と…それを見つめる幽霊もどきの話を遮る
「実は…僕はあの時…ロイが死んだあの時から明神達を…なゆを裏切るつもりだった」
その場がざわつく。
「君達の話に出てきた時を戻す魔法か…装置かを…君達についていって最後に奪うつもりだった
それでロイを…あわよくばシェリーを取り戻そう。そう考えていた…君達を殺してでも…
謝るのは二週目でいい。いやこの場合は三週目？まあ…その後に謝って…償いで…君達に殺される予定だった
君達は…なゆはそれができるほど強いと…僕が勝手に思っていたんだ」
もちろん…なゆや明神、みんなが許してくれる未来も考えていなかったわけじゃない。
心の底でそうなるだろうと、甘い考えをしていたのもまた事実ではある…
「なゆの事を…本当は何度絶望しても…立ち上がって、追い詰められても、その時が来れば敵を退けていく…そんな芯の強い子なんだって勝手に思ってた…
でも実際は違った…なゆはどこにでもいる普通の人間で女の子で…ただ僕達の為に強く振舞っているだけなんだって…」
なゆの…絶望した顔が…脳裏に焼き付いている。
「ポヨリンが死んだあの時のなゆの顔は…絶望に染まった顔が…シェリーを殺した僕によく似てる気がして…」
涙がぽろぽろと零れ落ちる。
「そこで気づいたんだ…僕はあんな一回りも年の若いなゆになんて残酷な事をさせようとしていたんだろうと…
あれだけよくしてもらって…わかった風な口を聞いて！・・・それでも結局どこまでいっても自分だけしか見えていなかった事を」
「僕があの時…イブリースに銃を向けたりしなければ…なゆがあんな顔する事もなかった…僕のせいなんだ」
今までの僕なら…この後の発言はみんなから離れる事だっただろう。
責任を取って自爆特攻か…ホントに姿を消すか…それともそもそもなんとも思わなかった可能性もある。
でも僕は…この旅を通じて知ってしまったんだ…絆を、人のつながりを。
「責任を取りたい…！この世界を救うだとか！自分の世界を守るだとか！その前に僕は！」
ロイとシェリーは間違えた、間違えてしまった。だからといって他はどうでもいいなんて事はないんだ
「僕は！なゆに僕のようになって欲しくない！！絶望になんて慣れないでほしい！！堕落してほしくない！諦めてほしくない！」
自覚したら…もう二度と…時を戻すなんて考えられないだろうけど。でも…僕は助けたい。
「僕はこれ以上…間違えたくないし負けたくない…！」
ロイ…シェリー…見ていてくれ…僕頑張って最初の一歩踏み出すからさ。
全部理解するのなんて無理かもしれないけど…それでも…僕…がんばってみるからさ…。
「僕はゲーマーじゃないし！元の世界じゃ生きるのが辛くて違法な事を何度も繰り返した！そもそも人殺しだ！…それでも」
全部が終わったら償いにいくよ…だから…もうちょっとだけ待っててほしい
「明神、エンバース…カザハ！頼む！俺をもう一度…いや…今度こそ正真正銘…君達の仲間にしてくれ！」
-
からくもイブリースの猛攻から逃れた明神らアルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』たちは、
覇宮メル・カヴァから追い出され、以前使わせてもらっていた天幕に戻っていた。
グランダイトの目の前で醜態を晒すなとアレクティウスは言ったが、怪我人をそのまま放逐することはしなかった。
あくまで軍に迷惑を掛けない範囲で、使いたければ使うがいいと使用を許可してくれたのだ。
足兼拠点であったヴィゾフニールをシルヴェストルの神殿に置き去りにしてきてしまった一行にとっては、
またとない話である。
＞無事じゃねえよ。少なくとも、なゆたちゃんはもう……戦えない
《まさか、そんなことがあったやなんて……。
うちらも状況がモニターできへんかったとはいえ、無事とは口が裂けても言えへんねぇ……。
失言やったわ、堪忍しとくれやす》
明神からなゆたの敗北、ポヨリンの消滅を聞いたみのりは、携帯の画面越しに眉を下げた。
みのりもゴッドポヨリンの強さについては知悉している。パーティーの守護神と言ってもよかったレイドモンスターが、
成す術もなく敗北した――その事実にショックを隠し切れないといった様子だ。
《なゆちゃんは？ ……そう、眠ってはるん。
暫くは安静にさせといた方がええやろね……うちがそっちまで行けたらええんやけど。
これから共同溝に潜らなあかんよって、そっちのことはみんなにお願いするしかあらへん。それも重ねて堪忍やわ》
はあ、とみのりは息をついた。
なゆたはゴッドポヨリンが消滅して以来昏睡状態が続いており、一向に目を覚まさない。
敗北による極度の精神的ショックによるものか、それとも別の要因があるのかは不明だったが、
エンバースの腕に抱かれながら、まるで死んでしまったかのように眠り続けている。まだまだ、当分覚醒する兆しはない。
ゴッドポヨリンの消失、完膚なきまでの敗北。それがメンバー全員の心に暗雲となって重く立ち込める。
そして、パーティー最強の『異邦の魔物使い（ブレイブ）』が戦闘不能になったという現状は、
今後の行動についてもダイレクトに影響を及ぼす。
＞んー、このままじゃ勝てるわけないし。とりあえずいったん逃げるしかないっしょ
いつのまにかまた現れたモンスターらしき少女が、当たり前のようにパーティーの相談に加わっている。
＞ねえ魔法少女達、君達どうやってここまで来たんだい？ まさかこのだだっ広い平原を徒歩ってわけじゃないよね？
＞お前らまでインチキテレポで来たとか言うなよ……でもゴっさんなら普通にやりかねねえんだよな
「どうやってって……飛んできましたよぉ〜」
「――霊銀結社謹製長距離移動用飛翔ユニット『キマイラのつばさ』――」
ふたりの問いに対して、フラウスとセルリアが答える。
セルリアが腰のポーチから小さな羽根を取り出す。一度行ったことのある場所ならばたちどころに飛んでいけるという、
霊銀結社の開発したマジックアイテムだった。
このアイテムを使えば、パーティー全員を丸ごと遠方へ移動させるのも不可能ではない。
イブリースの追撃からも逃れることができるだろう、しかし――
＞つっても逃げてどうすんだよ。行くアテなんか俺たちにはないぜ。
……どこ行ったって、そこが戦場になるだけだ
根本的な問題がある。
イブリースはアルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』が全滅するまで決して手を緩めることはない。
だとすれば、明神の危惧する通りパーティーの行った先が戦場となる。アイアントラスの悲劇が繰り返されてしまう。
それだけは何としても避けなければならない。
＞俺たちにはベルゼブブが必要だ。……ポヨリンの代わりになる、レイド級が
＞明神！！！
ジョンが激しく明神を叱責する。
ポヨリンの消失を戦力ダウンとしか捉えていないような発言だ。ジョンが声を荒らげるのも無理はない。
明神はすぐに謝罪した。だが、厳然たる事実として、ポヨリンに変わる戦力を見つけることは急務だった。
しかし、そんな当てはどこにもない。
その可能性を秘めているのは現状明神が大事に抱えているデモンズピューパだけだが、
ジョンの指摘通り仮にマゴットが首尾よく孵化したとして、そんなに簡単に育つのかという問題もある。
いくらレイド級のモンスターとはいえ、レベル1ではその強さもたかが知れている。
イブリースに掛かれば、それこそ赤子の手を捻るように潰されてしまうだろう。
あの、極限までビルドされ強化されたポヨリンをも圧倒的大差で撃破したイブリースを倒そうとするなら、
単純にゴッドポヨリンより強いモンスターを用意する必要があるのだ。
このままでは、次にイブリースに追いつかれたときがアルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』の最後になるだろう。
＞いずれにせよ、このままイブリースと再戦したってジリ貧になるのは目に見えてる。
毎度都合よくインチキテレポが湧くとも限らん。
何かしらの対策を講じるのと平行して、戦力の増強は必要になる
リーダーであるなゆたが行動不能になっている以上、サブリーダーの明神がパーティーを牽引する必要がある。
明神が考え考え、次の作戦案を語り始めた。
-
明神が提案したのは、ニヴルヘイム側がこちらの足取りの手掛かりとしているであろうローウェルの指輪を敢えて手放し、
時間を稼いだうえで何らかの打開策を考えるという作戦であった。
＞それからこいつはダメモトだが、石油王。
バロールにレプリケイトアニマもう一本こさえらんねえか聞いといてくれ。
神代遺物もぶち抜けるクソデカドリルならイブリースもペチャンコだ
《そら難しいかもしれへんなぁ〜。
師匠なんやけど、今は野暮用があって離席しとるさかい。
うちらはうちらでスタッフ不足の中なんとかやりくりしとるんや、一応訊いてはみるけども、
当てにはせんといてな〜》
みのりが難色を示す。
それでなくともレプリケイトアニマはかつてバロールが自身のアルフヘイム侵攻作戦の切り札として投入した最終兵器だ。
造ってくれ！ 了解！ でホイホイ造れるものではないだろう。
さらに明神はインベントリから小さなアンプルを取り出し、皆に見せた。
＞明神…まさかその妙な液体は…
＞『狂化狂集剤（スタンピート・ドラッグ）』。
＞どうしようもなくなったら、これを使う。設定通りなら、ヤマシタでもレイド級並の力を出せるはずだ。
パートナーと引き換えに敵を倒すなんざ、クソみてえな自己犠牲の極みだと思っちゃいるがよ
それは、本当に追い詰められた際の奥の手。玉砕前提の特攻兵器。
だが、あのゴッドポヨリンすら無傷で倒してしまったあのイブリースを、その薬で果たして本当に凌駕できるだろうか？
現状を打破する決め手に欠けるまま、ただ時間だけがいたずらに過ぎてゆく。
と。
＞――素晴らしい作戦だ。ミス・みそっかすボンバー
なゆたをフラウに任せたエンバースが、徐にむしとりしょうじょに対して言葉を投げた。
そして、芝居がかった拍手をしてみせる。
＞一つ、勘違いを正してやるよ
俺達には二日も時間が残されてるんじゃない。
たった二日でイブリースを倒し、ついでに継承者二人を退け、
そしてテンペストソウルを手に入れて、グランダイトに献上しなきゃいけないんだ
＞俺達に、遊んでいる暇はない
＞そんな事はわかってる！明神だって必死に考えて・・・！でも自爆や自滅を視野に入れなきゃイブリースには…
ジョンが反論する。エンバースの物言いは、必死で打開策を考案しようとしている明神や他のメンバーの頭に、
冷や水を浴びせるようなものに聞こえた。
けれど、エンバースは止まらない。まるで、先日の作戦会議の際に双巫女に対する不満をぶちまけたときのように。
＞たまたまマゴットが二日間の内に孵化してくれて。
驚くべき事にソイツは生まれたてでもイブリースと戦えるほど強くて。
しかもなんと、イブリースは諸般の事情でいきなり本調子じゃなくなってしまった
＞そもそも――どうしちまったんだ、明神さん？さっきの戦いで頭を打ったか？
それとも――まさか、ただ単にビビっちまってるだけだなんて言わないよな？
＞……はは。それがゲーマーのする事かよ？
《……エンバースさん》
みのりが画面越しに何か言いたそうな表情を見せる。
だが、とっくに理解しているのだ。一見いつもの皮肉のようにも聞こえるそれが、彼なりの激励だということを。
＞……まだメインクエストが最新コンテンツだった頃。
イブリースとの最終決戦、あんたは最初の挑戦でクリア出来たか？
俺は――勝てなかったよ。まさか業魔の一撃に回避無効が追加されてるなんてな
＞次は防具で闇耐性を固めて挑んでみた。カット率八割でも消し炭にされた。
必殺技には必殺技をぶつければいいなんて、浅すぎて逆に気づけなかった
ゲームのブレイブ&モンスターズ！ では、因縁の敵イブリースとの最終決戦は限りなく初見殺しな内容になっている。
ストレートで倒せたプレイヤーは数えるほどしかいないだろう。それほど対イブリース戦は最難関の壁なのである。
ラスボスのバロールよりイブリースの方が強かったと言うプレイヤーも少なくない。
＞イブリースは忘れてた。たとえこの世界がゲームじゃなくても……俺達は、ゲーマーだ
＞そしてゲーマーってのは、負ける度に強くなるんだ――そうだろ？
そう。
ゲーマーにとって、勝ちと負けは日常茶飯事。むしろ敗北し、全滅し、辛酸を味わわされることの方が多い。
ことテレビゲームというジャンルのものをやったならば、ほぼ全員がそれを体験したことがあるだろう。
横スクロールアクションゲームでは穴に落ち。
格闘ゲームではCPUの超反応に完封され。
シューティングゲームでは弾幕の前に撃墜され。
リズムゲームではノートの波に押し流される。
ゲームの基本はトライ&エラーだ。成す術もなく完敗し、叩きのめされ、こんな敵倒せるわけないと絶望し。
その上で何が悪かったのかを分析し、創意工夫し、改善に改善を積み重ねて――
いつかは、勝つ。それがゲームだ、ゲーマーというものなのだ。
もしも、いつも通りのなゆたがここにいたならば、きっとこう言っただろう。
『まだ、たった一回負けただけだ』――と。
-
＞一度負けた相手をやっつけるのは、これが初めてじゃない。勝算なら、ある
明神は、逃げながらなんとか戦況を逆転させるという提案をした。
それは時間を稼ぐことで何らかの光明が見出せればという、希望的観測を含んだ消極的な案だった。
けれど、エンバースはそうではない。エンバースには、既に勝ちのビジョンが見えている。
＞イブリースは確か、そんな事を言っていたよな。実際、それはその通りなんだろう。
かと言って――ヤツの強さの源は、単なる一巡目の知識って訳でもない。
それだけじゃ、フラウの不意打ちを防げた理由にならない
＞これは憶測かつ例え話だが、ヤツの中には無数の目と耳と、口があるんだ。
＞部位破壊だ。亡霊の力を弱らせて、声を掻き消すんだ。あんたの役目だぜ
確かにイブリースは先の戦いで、一巡目の知識には到底記録されていないであろう筈のフラウの攻撃すら凌ぎ切った。
イブリースは何も嘘をついていない。自分には一巡目の知識があり、
更に一巡目で死んだ者たちの怨念によって守られている、攻略法を授けられている、と最初から発言している。
ならば、こちらはそれを奪い取ってやればいいだけだ。
この世界へ来てから死霊術師というジョブに舵を切った明神以外に、イブリースの纏う怨念に対処できる者はいない。
＞ちょうど、おあつらえ向きのカードも持ってるし
＞そのカードにディスペル耐性と対象指定の強化を施す術も、持ってる
エンバースは更に、ローウェルの指輪の使用用途についても言及する。
焼死体の提案した方法ならば、鳥に括りつけて手放す――という方法よりも遥かに有用であろう。
＞後は……そうだな。マリスエリスとロスタラガムだ。イブリースは俺達をソロで仕留めると言った。
その前言を撤回するとも思えないが――もし、あの二人が参戦してくるなら、ブリーズ。
アンタの出番だ――戦闘員としてじゃない。人質として、アンタは有用だ
「……私が」
不意に水を向けられ、ブリーズが右手を胸元に添える。
ブリーズの魂はテンペストソウルだ。十二階梯の継承者がグランダイトを味方に引き入れるため、
喉から手の出るほど欲しがっているアイテムだ。
ブリーズがこちら側にいるという事実は、マリスエリスとロスタラガムを釘付けにできる。
先程ブリーズが『今のままでは継承者がテンペストソウルを手に入れることはない』というのも、その効果を裏付ける。
マリスエリスとロスタラガムは最強の助っ人としてイブリースを呼びつけたその代償として、
まるで身動きが取れなくなってしまった。皮肉な話である。
さらに。
＞――どうだい、明神さん。まだ、アンタの中のゲーマーには火が点かないままか？
＞それとも、まだ手札が足りないか？なら――こういうのはどうだ？
そう言って、エンバースは明神の『狂化狂集剤（スタンピート・ドラッグ）』とは対照的な、
きらきら光る小さな小瓶を掲げてみせた。
それは『人魚の泪』。かつてリバティウムでなゆたがマリーディアとライフエイクから託された、
超レイド級モンスター・ミドガルズオルム召喚のためのキーアイテム。
もし、それを使うことができたなら。ミドガルズオルムを召喚することが叶ったなら。
それは確実に、イブリースを打倒することのできる切り札となるだろう。
＞はは…君は本当に凄いなエンバースは…そんな事言われたらメソメソしてられないじゃないか…
畳みかけるように明かされる、エンバースの逆転案。
それらを聞き、今まで効果的な打開策が思いつかずほとんど聞き役に徹していたジョンが口を開いた。
そして、何かを決意したかのような眼差しで仲間たちを見る。
＞作戦の話を本格的にする前に僕の話を少しでいい、聞いてくれないか・・・？
＞実は…僕はあの時…ロイが死んだあの時から明神達を…なゆを裏切るつもりだった
何を思ったのか、徐にジョンが打ち明けたのは――彼がレプリケイトアニマ以来抱いていた、
なゆたを、そしてパーティーを造反するという企みだった。
＞君達の話に出てきた時を戻す魔法か…装置かを…君達についていって最後に奪うつもりだった
それでロイを…あわよくばシェリーを取り戻そう。そう考えていた…君達を殺してでも…
謝るのは二週目でいい。いやこの場合は三週目？まあ…その後に謝って…償いで…君達に殺される予定だった
君達は…なゆはそれができるほど強いと…僕が勝手に思っていたんだ
ジョンは語る。なゆたのことを、いかなる絶望に対しても決して折れない、諦めない子だと思っていたと。
例え自分が裏切ったとしても、それさえも乗り越えられる心の強さを持っていると思っていたと。
だが、そうではなかった――と。
＞ポヨリンが死んだあの時のなゆの顔は…絶望に染まった顔が…シェリーを殺した僕によく似てる気がして…
大切なパートナーを喪ったなゆたの姿は、フリント兄妹を喪ったジョンの姿と同じだった。
ジョンは大切なものを無くして慟哭するなゆたに自分を重ねた。共感した。
その上で、ジョンは理解した。すべて察した。
＞そこで気づいたんだ…僕はあんな一回りも年の若いなゆになんて残酷な事をさせようとしていたんだろうと…
あれだけよくしてもらって…わかった風な口を聞いて！・・・それでも結局どこまでいっても自分だけしか見えていなかった事を
ジョンが静かに泣く。その頬を涙が伝って落ちる。
-
『死んで詫びる』とか。『パーティーを去る』とか。
そうすることで責任を果たしたことにするのは簡単だ。なぜなら、ただ死ねばいいだけ。皆と距離を取ればいいだけなのだから。
しかし、それを実際にしたところで、本当に責任を取ったと言えるだろうか？
＞僕があの時…イブリースに銃を向けたりしなければ…なゆがあんな顔する事もなかった…僕のせいなんだ
＞責任を取りたい…！この世界を救うだとか！自分の世界を守るだとか！その前に僕は！
＞僕は！なゆに僕のようになって欲しくない！！絶望になんて慣れないでほしい！！堕落してほしくない！諦めてほしくない！
ジョンがパーティーの皆に語り掛ける。
自分のように歪んでほしくない、闇に落ちてほしくない。これ以上哀しい思いをしてほしくないと。
それは、大切な者を喪った人間だけが共有することのできる感情。
＞僕はこれ以上…間違えたくないし負けたくない…！
ジョンが過ちを犯す以前、つまりポヨリンがイブリースに消される以前まで状態を戻すだけでは、
責任を取ったとは言えない。
イブリースと遭遇する以前よりも強いパーティーを作ることで、初めて責任は果たされたと言えるだろう。
＞僕はゲーマーじゃないし！元の世界じゃ生きるのが辛くて違法な事を何度も繰り返した！そもそも人殺しだ！…それでも
＞明神、エンバース…カザハ！頼む！俺をもう一度…いや…今度こそ正真正銘…君達の仲間にしてくれ！
《あっはは、けったいなこと言わはるお人やなぁ。
そこにあんさんを仲間やないと思うとるお人なんて、ひとりもあらしまへんえ？》
パーティーの誰もが息を呑み、鬼気迫るジョンの懇願を聞く中、スマホの画面越しにみのりが笑う。
《あんさんもそれを分かっとるからこそ、敢えてそないな言わんでもええこと打ち明けたんやろけど。
――ジョンはん、その場におらんうちが言うのもやけど、それでも。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』の端くれとして、言わせてもらいますえ。
あんた、明神はんたちに仲間にしとくれやす言わはったけど……それは筋違いや》
いつものはんなりした物腰から、少しだけ表情を険しくして告げる。
《明神さんたちが『じゃあ正真正銘の仲間にしまひょ』って言えば、正真正銘の仲間になったことになりますのん？
まぁ……エンバースさんは兎も角、明神さんとカザハちゃんは言うんやろけどなぁ。
けどあんた、それで納得できはる？ 満足しはりますの？
違うやろ。そないな文言はなんの証明にもならへんよ。
あんたが正真正銘の仲間になるかどうかを判断するのは、明神さんでもエンバースさんでも、カザハちゃんでもあらしまへん。
そら、あんた自身や。ジョンさん、あんたが自分で決めなあかんのどす。
言葉やない、行動で。態度で示さなあかんのや》
みのりはリアリストだ。ブレモンプレイヤーとしての矜持はあるが、ゲーマーというほどのめり込んでもいない。
パーティーの一員として皆と同行している最中も、他のメンバーがゲームの世界に召喚されてテンションを上げる一方で、
みのりはずっと胸中で『いかにして生存するか』を考え、損得勘定をしながら旅をしていた。
もし、仲間は全員死ぬが自分ひとりは生き残れる――というシチュエーションがあったとしたら、
みのりは間違いなく仲間を見捨てる道を選んでいたことだろう。
そんなみのりが本当の意味でアルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』の一員になったのが、
キングヒルでの明神vsなゆた戦だった。
あのとき、みのりは明神を勝たせるため、それまで頑なに避けていた前線に立った。
自身が戦闘の巻き添えになって被弾することさえ恐れず、自らなゆたに抱き着いてその行動を阻害したのだ。
そんなこと、みのりがする必要なんてなかったのに――
でも、やった。やらずにはいられなかった。
明神を勝たせたいと思ったから。なゆたに素晴らしい闘いをして欲しいと思ったから。
……仲間だから。
《ま、口幅ったいこと言うてもうたけど。
みんなと一緒なら心配なしやとも思うとるさかい、ジョンさんあんじょうおきばりやす〜。
さて……共同溝探索部隊の準備もできたみたいやし、うちも一働きしてくるわぁ。
しばらく連絡できへんけど、あんたたちなら必ずイブリースにも勝てると信じとるよ〜。
ほな、また後で――》
そこまで言うと、みのりは通信を切った。
「……さっきアンタらが言ってた、合体技の話なんだけど」
みのりのジョンへの苦言が終わり、改めて作戦を考えようとしたところへ、ルブルムが口を開く。
「あるぜ。合体技。アレさえ使えりゃ、イブリースだろうが肩ロースだろうが……」
「そのフレーズ気に入ったの？ ルブルムちゃん」
「――天丼は芸の基本――」
フラウスとセルリアが突っ込む。ルブルムは「割と」と小さく返すと、ゴホンと咳払いをして話を続けた。
「オレたちが氷獄のコキュートスを撃破したときに使った秘密兵器！
霊銀結社、13の『大秘儀（アルス・マグナ）』のひとつ！ 極大閃光『黄金の夜明け（ゴールデン・ドーン）』！！」
アルフヘイムにおける魔術と技術の総本山である霊銀結社には、膨大な数の魔法と科学にも似た秘術が蓄積されている。
それらは重要性や効能などから細かく分類・整理され保管されているのだが、
中でも『大秘儀（アルス・マグナ）』と呼ばれ、最重要機密指定を受けている13種類の技術が存在する。
『黄金の夜明け（ゴールデン・ドーン）』はそのうちのひとつ。
驚いたことにルブルムたちデスティネイトスターズはそれを扱うことができるというのだ。
ゲームで『小達人の証』を手に入れたプレイヤーなら、誰もが覚えているだろう。
コキュートスの猛攻を受け、ズタボロになったスターズがプレイヤーと共に絆の力を高め、
力を振り絞って撃ち放つ『黄金の夜明け（ゴールデン・ドーン）』の、文字通り闇を裂く煌きを。
その際のBGMと三人のカットインはブレモンの演出でも最高峰と言われており、
レプリケイトアニマ戦に匹敵する盛り上がりどころとプレイヤーの評価も高い。
「ただ、『大秘儀（アルス・マグナ）』はそンなホイホイ撃てるもンじゃねェ。
今のオレたちの実力じゃ、一発きりだ。それにチャージの時間も必要になる。
やるなら必中だ。そのための段取りはアンタたちがつけてくれ」
ルブルムはそう言って肩を竦めた。
-
霊銀結社の有する13の『大秘儀（アルス・マグナ）』のひとつ、『黄金の夜明け（ゴールデン・ドーン）』。
デスティネイトスターズ三人の魔力、精神力、そして絆の力をすべて振り絞って放つ、黄金色をした魔力の奔流。
色の三原色である三名がそれぞれマゼンタ、シアン、イエローの魔法陣を構築し、魔力を同調。
三人の力を結集し励起させることで通常の数十倍にまで魔力を増幅させ、更にそれを臨界まで収束させることにより、
極小サイズの疑似ブラックホールを展開。指向性を持たせて発射するという、早い話が禁呪である。
魔神コキュートスをも一撃で葬り去った実績を持つその極大魔法なら、イブリースを倒すこととて不可能ではないに違いない。
ただ、極大魔法だけあってその発動には段階を踏む必要がある。即ち――
「魔力開放・魔術回線同期」
「魔術炉心発動」
「炉心励起開始」
「炉心臨界到達」
「魔術砲門展開」
「『黄金の夜明け（ゴールデン・ドーン）』発射」
である。
G.O.D.スライムがその降臨に7ターンかかるように、
『黄金の夜明け（ゴールデン・ドーン）』もその発動までには6ターンの時間を要する。
ゲームでもプレイヤーは『いかにしてコキュートスの猛攻を6ターン凌ぐか』で頭を悩ませたことだろう。
むろん、スターズのひとりでも戦闘不能になれば魔法を放つことはできなくなる。
今回の場合は、どうやってイブリースの攻撃を6ターン凌ぐか――が鍵となってくるだろう。
アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』を一撃で全員戦闘不能に追い込み、
ゴッドポヨリンをも消し去った兇魔将軍の攻撃を、六撃防ぎ切る。
その方法を、明神たちは考えなくてはならないのだ。
「魔法発動の準備中は、私たちは完全に無防備になっちゃいますぅ。
申し訳ないんですけど、私たちのことは皆さんに守って頂くしかありません……」
「でもよ、発動しちまえばこっちのもンだ。
乗りかかった船ってやつ、こうなったら意地でもあの魔族野郎をブッ倒してやろうぜ！」
「――ルブルム、本来私たちはその魔族野郎の側ということを忘れてはいけない――」
「ぁー……まぁそうなンだけどよ」
セルリアの言葉に、ルブルムは頭の後ろで手指を組んで考える。
「でも、こっちのが面白そうじゃね？」
にへっ、とルブルムは緩い笑みを浮かべた。
ポヨリンの仇を討ちたいとか、シルヴェストルの故郷を守りたいとか。
責任を果たしたいといったアルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』たちの戦う理由に比べて、
ただ『面白そうだから』という理由で戦おうとしている三人娘の動機はいかにも脆弱に見える。
が、それがデスティネイトスターズなのだ。
スターズ関連のイベントが軒並み緩めのギャグシナリオということもあるのだが、
彼女たちはゲームの中でも明らかに不利と思われる状況下にあっても『ばえる』『エモい』『バズる』という、
女子高生レベルの動機で霊銀結社の指令とは全く関係のない人助けなどのクエストをこなしまくっていた。
無論それはゲームをしているプレイヤーの意思ではあるのが、それでも。
スターズの根底にあるものがそういったシンプルで純粋な人の好さなのは疑いようがない。
ゲームをプレイし、四人目のスターズとして冒険したことのある人間なら、それがよく分かるだろう。
『面白い』。たったそれだけの理由で、スターズはパーティーのために命を懸けてくれる――と。
だから。
「まぁ、マスターたちと敵対して、サービス終了なんてことになるよりはマシと思いますぅ」
「――面白いなら仕方ない。面白いは正義、インスタ映えこそ至高――」
フラウスとセルリアもうんうんと頷いてルブルムに同調する。
このまま霊銀結社に戻ればゴットリープに大目玉を喰らうことは間違いないだろうが、それは考えていないらしい。
「ってことで！ 作戦を纏めてくれよな、マスター！」
ぱんっ！ と右拳で左の手のひらを叩き、ルブルムが明神に告げる。
兇魔将軍イブリースを倒すための、起死回生の作戦を。
【作戦会議中。なゆたは昏睡中にて行動不能。
みのり、キングヒル地下共同溝へ。バロールも不在のため暫く王都からのバックアップはなし。
デスティネイト・スターズが奥の手『黄金の夜明け（ゴールデン・ドーン）』の存在を提示。
NPCは基本的に明神の意見に従う方向】
-
＞「――霊銀結社謹製長距離移動用飛翔ユニット『キマイラのつばさ』――」
めっちゃどこかで聞いたことがあるようなアイテムが出てきた……！
そっちは使ったら無くなるアイテムだった気がするが、これは使ってもなくならないのだろうか。
地味に凄くないですか！？
＞「つっても逃げてどうすんだよ。行くアテなんか俺たちにはないぜ。
……どこ行ったって、そこが戦場になるだけだ」
あ、そういえば相手もなんとかドーア使うんでした……。
＞「確かに。あの野郎が身内にどんくらい甘いかは試してみねえとわからんが。
俺たちにはベルゼブブが必要だ。……ポヨリンの代わりになる、レイド級が」
＞「明神！！！」
そう、今やパーティにレイド級は一体もいなくなり、グランダイトの大軍勢を味方に付けることも望めない。
《アストラルユニゾン》は身も蓋もなく言えば強者の威を借りるか、あるいは数の暴力で押し切る力。
今の状況ではとんだ宝の持ち腐れだ。
とはいえ詳細な計算式は不明で、ディスティネイトスターズが３人いるならもっと加算があっても良さそうな気もしますが……。
……“レイド級”の看板が付いてないと大幅な加算はない、とかなんでしょうか。
＞「あとは……こいつは本当に最後の手段だけど」
＞「『狂化狂集剤（スタンピート・ドラッグ）』。
ゲームには名前だけ登場してる、未実装のアイテムだ。
初期実装のサブクエでテキストに一行名前が出てる程度だな」
＞「どうしようもなくなったら、これを使う。設定通りなら、ヤマシタでもレイド級並の力を出せるはずだ。
パートナーと引き換えに敵を倒すなんざ、クソみてえな自己犠牲の極みだと思っちゃいるがよ」
＞「……それでも俺は、ポヨリンの仇を討ちたい」
なんだか悲壮感が漂い始めた。どうしよう、アカン流れな気がする……！
しかし代替案があるわけでもなく、何も言えない。
いや今は馬だからどちらにせよ何も言えないんですが、何も言えない馬で良かったとすら思ってしまいます。
＞「――素晴らしい作戦だ。ミス・みそっかすボンバー」
エンバースさんが突然語りはじめた。ちなみに、みそっかすボンバーはみそボンという略称の方が有名かもしれない。
フィールドに爆弾を設置して爆死させあう恐ろしい某ゲームで、死んだキャラが外野から爆弾を投げ込めるシステムのこと。
きっと死んだキャラが参加してる的な意味で、むしとりしょうじょのことをそう呼んだのですね。
いえ、そんなことはどうでもいいのですが、この用語が飛び出すということはつまり……
＞「……はは。それがゲーマーのする事かよ？」
＞「……まだメインクエストが最新コンテンツだった頃。
イブリースとの最終決戦、あんたは最初の挑戦でクリア出来たか？
俺は――勝てなかったよ。まさか業魔の一撃に回避無効が追加されてるなんてな」
やっぱり、バリバリのゲーマーのノリです。
前回の作戦会議の時は急にやたらリアリストになったかと思いましたが、一時の気の迷いだったのでしょうか。
-
＞「そしてゲーマーってのは、負ける度に強くなるんだ――そうだろ？」
例えばキマイラの翼と似たアイテムがある某ゲームだと、
相手の立場から見れば主人公たちを負かしても負かしても性懲りもなく挑んでくるんですよね……。
しかも、その度にレベルが上がってるときたら、ホラー以外の何物でもない。
流石にこの世界は死んだら復活しないのでその通りにはいきませんが、言われてみればゲーマーってそういうものでした。
＞「一度負けた相手をやっつけるのは、これが初めてじゃない。勝算なら、ある」
＞「これは憶測かつ例え話だが、ヤツの中には無数の目と耳と、口があるんだ。
ミノタウロスに角が、レッドドラゴンに翼が、クラーケンに触手があるのと同じで。
だったら――攻略法だって同じだ。さあ明神さん、いい加減調子を取り戻してくれないか？」
＞「部位破壊だ。亡霊の力を弱らせて、声を掻き消すんだ。あんたの役目だぜ」
なんかいけそうな気がする作戦を打ち出してきた……！
エンバースさん、ブレモンの知識でなゆたちゃんや明神さんとタメを張ってるみたいだし、
焼死体になってしまってるから生前の姿はよく分かりませんが、実は相当有名なプレイヤーだったんじゃ……。
＞「――どうだい、明神さん。まだ、アンタの中のゲーマーには火が点かないままか？」
＞「それとも、まだ手札が足りないか？なら――こういうのはどうだ？」
その小瓶は……“人魚の泪”！？ このパーティ、そんなん持ってたんですか！？
＞「はは…君は本当に凄いなエンバースは…そんな事言われたらメソメソしてられないじゃないか…」
暫く黙って作戦を聞いていたジョン君が口を開きます。
＞「作戦の話を本格的にする前に僕の話を少しでいい、聞いてくれないか・・・？」
＞「実は…僕はあの時…ロイが死んだあの時から明神達を…なゆを裏切るつもりだった」
暫し驚愕する一同。が、結果的には私達がロイを見捨てたというのは事実。
同じくニブルヘイムの指揮のもと殺戮を行っていた帝龍は議論の余地もなく助けた以上、悪い奴だから仕方がないというのは理由にはならない。
結局のところ、時間制限付きの絶体絶命の土壇場で自ら犠牲になると立候補してくれたので、
議論している暇もなくそれに甘えることになったというだけなのだ。
＞「明神、エンバース…カザハ！頼む！俺をもう一度…いや…今度こそ正真正銘…君達の仲間にしてくれ！」
カザハは相変わらず魂が抜けたようになっていますが、カザハならきっと困ったように笑って”何を今更”と言うのでしょう。
「お友達が真剣に話してるんだからいい加減なんとか言ったらどうだい！
ごめんなさいねぇ、ちょっとすぐ起こすわ」
痺れを切らしたむしとりしょうじょは、カザハの中に重なるように入っていきました。
そんなことできるんかい！と思いましたが憑依できるぐらいだから出来ても不思議はないですね。
私が代わりに言いたいところですが、生憎馬なので言えません。なので頑張って目で訴えかけます。
そんな私の心の声を、みのりさんが代弁してくれました。
＞《あっはは、けったいなこと言わはるお人やなぁ。
そこにあんさんを仲間やないと思うとるお人なんて、ひとりもあらしまへんえ？》
-
カザハは夢を見ていた。正確には半分覚醒していて半分夢を見ている状態、とでもいうのだろうか。
目の前で起こっていることが見えているし聞こえているが、何も行動を起こすことができない状態。
本当ならテュフォンと共に自分もあの場に残って始原の風車をなんとしてでも死守しなければいけなかったはずだ。
が、彼女らによると、自分はシルヴェストルの一族の命運のために生き残らなければいけないらしい。
いや、そんなことよりも今はポヨリンさんを悼んだり、なゆを心配したりしているはずなのに、心が動かない。
そんなことを考えている。
そして白昼夢の中に、1巡目のカザハが現れていた。
「当然よ。本当は最初から自由意思（こころ）なんてないんだから。
四大精霊族は言わば世界のシステムの一部――神が作りし傀儡」
「”風刃”――」
そう、所詮世界のシステムの一部。
だからこそ、世界の風を守るという錦の御旗のもとに躊躇なく人間を蹴散らすことだって、
世界を救うという大義名分の元なら迷わず自らを犠牲にすることだってできた。
……確かに、１巡目の時はそうだったのかもしれない。
「大きな力を持っていれば運命を変えられると思った？
レクス・テンペスト――風車の護り手として生き時が来れば巨大な機構の中に組み込まれる定め……
大きな力を持っていても、むしろ大きな力を持っている者ほど世界の歯車でしかないのかもしれない。
一度世界の境界を越えたあなたなら世界の理から逸脱することが出来るかも、
と思ったのだけど……とんだ見込み違いだったようね」
地球で生きた日々は、今となっては夢の中の出来事ように希薄になってしまった。
本当に享年と同じ年数だけ地球にいたのだろうか。それ以前にあれは現実だったと言えるのだろうか。
もしかしたら、こんがらがっていた世界線が元に戻りこっちの世界に帰ってきた今、
美空風羽とか美空翔という人間は最初から存在しなかったことになっているのかもしれない。
そんなことを思っている。
「無理だよ……。だって……あれが現実だったって、誰が証明できる？」
私はそこに乱入して、カザハの首根っこをひっつかんで引きずっていく。（イメージ映像）
「はいはい、厨二病自問自答ごっこそこまでー！」
「うわ精神世界に乱入してきたよこのむしとり……しょうじょ！」
「誰がむしとり半世紀若作りＢＢＡだって！？」
「思考を読まれている……だと！？」
――だいじょうぶ、たとえ地球の皆の記憶からも記録からも消えてしまっているとしても……私は覚えているから。
-
みのりさんのジョン君への激励が終わったところで、カザハが突然口を開く。
「あ！ ごめん、ぼーっとしてた！
ボクなんかゲーマーじゃないどころか起動しただけだし鳥取砂丘でサンドワーム討伐しちゃってるし余裕余裕！
というか、みんなすごいゲーマーばっかりだからゲーマーじゃない君がいてくれてよかった！」
どさくさに紛れて色々カミングアウトしちゃってません！？ 別にいいけど。
そういえばカザハって昔コメントが横に流れる某ニートがいっぱい系の動画サイトでアホな動画を投稿してそこそこ再生数稼いでたんですよね……
代表作は「鳥取大砂漠でサンドワーム討伐！」（私も出演させられてた）
動画サイトを移籍し損ねてサイトが廃れると同時にただの陰キャになりましたが。
《……ってそのカラーリングどうしたんですか！？》
カザハのグラフィックが、いつの間にか黒髪黒目にカラーリングが変わっていた。
色の効果は大きいようで、かなり地球にいた頃に近い印象ですね。
「え！？ うわぁ、何これ陰キャっぽい！ そういえば陰キャだけど！」
「これねー、シルヴェストルの王の素質持ちという立場だと身動きが取れないから精神を地球にいた頃に寄せてるの」
と、解説するむしとりしょうじょ。
四大精霊族は一見人間と同じように見えても各属性の元素で出来てるらしいですから、こういう感じで精神状態に応じてイメチェンすることもあるようです。
カザハは気を取り直し、真面目な感じでジョン君に向き直ります。
「ジョン君。ロイ君を助けられなくて……君がどこかにいってしまうんじゃないかってずっと心配してたよ。
だから……紆余曲折あったにせよ仲間になってくれて、シルヴェストルの里の騒動にも協力してくれて、本当にありがとう」
そんなわちゃわちゃが一段落したところで、魔法少女達が合体技の存在を明らかにします。
＞「……さっきアンタらが言ってた、合体技の話なんだけど」
＞「あるぜ。合体技。アレさえ使えりゃ、イブリースだろうが肩ロースだろうが……」
なんだって！？ そんないいものがあるんですか！？
＞「オレたちが氷獄のコキュートスを撃破したときに使った秘密兵器！
霊銀結社、13の『大秘儀（アルス・マグナ）』のひとつ！ 極大閃光『黄金の夜明け（ゴールデン・ドーン）』！！」
＞「ただ、『大秘儀（アルス・マグナ）』はそンなホイホイ撃てるもンじゃねェ。
今のオレたちの実力じゃ、一発きりだ。それにチャージの時間も必要になる。
やるなら必中だ。そのための段取りはアンタたちがつけてくれ」
その技の発動には、6ターンかかるらしい。
イブリースは、普通にいけば１ターンで余裕で全員戦闘不能になってしまう相手。
やはり、そう簡単にはいかないようですね……。
＞「――ルブルム、本来私たちはその魔族野郎の側ということを忘れてはいけない――」
＞「ぁー……まぁそうなンだけどよ」
＞「でも、こっちのが面白そうじゃね？」
「面白そうって……ゲンコツじゃ済まないかもしれないんだよ！？ 本当にいいの！？」
-
こちらとしては是非とも魔法少女達の助力を得なければいけない状況なのですが、カザハが思わず突っ込んでいます。
確かに、この物騒な世界じゃ本来敵対する側の味方をしたなんてバレたら裏切り者として切り捨て御免、なんて可能性も否定できません。
＞「まぁ、マスターたちと敵対して、サービス終了なんてことになるよりはマシと思いますぅ」
＞「――面白いなら仕方ない。面白いは正義、インスタ映えこそ至高――」
「君達！」
カザハが叫びます。
「最高じゃん！！」
ところで一応この世界の住人であるスターズが“インスタ映え”って言っちゃっていいんでしょうか。
ゲームのブレモンでも言っているらしいから仕方がない。まあブレモンだし。
「それなら是非ともミドガルズオルムを召喚したいところだよね……」
インスタ映えは置いておくとして、超レイド級のミドガルズオルムを召喚できれば６ターン持ち堪えられる確率は格段に上がる。
明神さんが部位破壊を仕掛けるにしても、ド派手な陽動があるに越したことはない。
ただし“人魚の泪”、ミドガルズオルムを召喚できそうな雰囲気はするのですが、
なにせ本編未実装で詳細な発動条件も不明ならうまく制御できるかも不明、ということでここまでの道中で使われたことはありません。
カザハはリバティウムでの出来事を思い出しながら発動条件を推測します。
「やっぱりフィールドが海じゃないと召喚できないのかな？
なゆの水属性カードを拝借するか……本物の海じゃないと無理ならキマイラの翼で絶海の孤島にでも行くか……。
でも、これって確か、不戦を貫いた人魚姫の泪……だよね？ きっと、仇討ちには力を貸してくれない。
だけど不殺を誓ったなゆのためなら力を貸してくれそうな気がするよ」
これはかつて不戦を貫いた人魚の王女が、恋人と再会させてくれたなゆたちゃんに託してくれたものだそうです。
「本当は仇を討ちたい。なゆも仇討ちを望んでるかもしれない。
でも……そうしてしまったらなゆはもう戻れなくなる。
こっちの勝手な我儘だって分かってる。それでも誓いを貫いてほしい。全き光であり続けてほしい。
なゆの不殺の誓いを、”自分自身は大切な存在を奪われてないから言えた綺麗事”にしたくないよ」
……とはいうものの。
精神論以前にあのイブリーズを殺す以外にどう大人しくさせるのか、という現実的な問題がある。
それ以前にミドガルズオルム自体召喚できたらラッキーというもので、召喚できるのかも分からないのですが。
＞「ってことで！ 作戦を纏めてくれよな、マスター！」
いつもはなゆたちゃんが担っている作戦まとめ役が明神さんに託されました。
-
>「――素晴らしい作戦だ。ミス・みそっかすボンバー」
俺が一通りの作戦案を告げると、横合いから油の弾けるような音が響いた。
見れば、エンバースが芝居がかった仕草でその辺の彫像に腰掛けていた。
>「そして哀れ双巫女を欠いたシルヴェストルの里は、
テンペストソウルを求めるアホ面二人にほじくり回された挙げ句、
グランダイトの軍勢にぺしゃんこにされましたとさ。めでたしめでたしって訳だ」
「……何が言いてえ」
反駁の声は掠れていた。
口の中がカラッカラなのは、息を切らしながら撤退してきただけが理由じゃない。
俺が言及しなかった一つの事実。
カザハ君の手前意図的に伏せていたその札を、エンバースが翻す。
――『継承者共は、イブリースとはまったく別に行動してる』。
追い縋るイブリースをどれだけやり過ごそうが、マリスエリス達が派遣先の上司に付き従う理由もない。
連中はイブリースと別れて始原の草原の蹂躙を再開することだってできるわけだ。
時間を稼ぐってことはつまり……シルヴェストルを見捨てるってことでもある。
妖精さんたちが好き勝手転がされてる間に、俺は自分の身を守る企てをしようとしていた。
>「一つ、勘違いを正してやるよ」
已む無いことだったし、今もそいつを撤回するつもりはない。
俺は俺が大事だ。俺と仲良くしてる連中が大事だ。
世界を救うのも、まず俺たちの命が保証されることが大前提だって思ってる。
>「元々、俺達は二日間の猶予を全てテンペストソウルの捜索に当てる予定だった。
それは、双巫女があの二人を抑え込み、俺達は風車以外からソウルを入手する。
そういう前提があったからだ。だけど今はもう、事情が違う――忘れたのか？」
>「俺達に、遊んでいる暇はない」
>「そんな事はわかってる！明神だって必死に考えて・・・！でも自爆や自滅を視野に入れなきゃイブリースには…」
「待った。一旦聞くわ……全部話せ、最後まで」
俺の代わりに反論しようとするジョンを制して、俺は沈黙を続ける。
エンバースの指摘は、どこまでも正しかった。こいつには珍しい、正論だった。
>「たまたまマゴットが二日間の内に孵化してくれて。
驚くべき事にソイツは生まれたてでもイブリースと戦えるほど強くて。
しかもなんと、イブリースは諸般の事情でいきなり本調子じゃなくなってしまった」
>「他に出来る事と言えば？ここにはない手札をお友達に取り寄せてもらって？
後は……パートナーを犠牲にして、なんとかその場を凌ぐって？
そっちは、まあ、効果は期待出来るかもしれないけど」
「なんだとぉ……」
俺は速攻で前言を撤回した。
「希望的観測が過ぎるってこた承知の上だよ。でもなぁ！実際もうどうしようもねえだろうが！
ゴッポヨすらワンパンで沈めるイブリース相手に何が出来るってんだ。
俺たちは手足をもがれた。出来ることと言えば、棚から落ちてくるボタモチを食い損ねねえように、
口をでっかく開けて待つことくらいだろ！！」
-
俺の案は、平たく言っちまえば他力本願の詰め合わせだ。
いつか誰かがどうにかしてくれるのを待って、ゲームオーバーまでの時間を引き伸ばす。
どうにかなる確証なんか何一つなくて、ただサレンダーだけを拒否して卓上に縋り付いているだけ。
>「……はは。それがゲーマーのする事かよ？」
「………………っ！！」
だから、エンバースの言葉は、俺の鳩尾に深く深く突き刺さった。
リスクを避けて、戦いから逃げて、何もせずアルフヘイムの片隅でガタガタと震える。
そんなのは――ゲーマーのやることじゃ、なかった。
>「イブリースは忘れてた。たとえこの世界がゲームじゃなくても……俺達は、ゲーマーだ」
>「そしてゲーマーってのは、負ける度に強くなるんだ――そうだろ？」
忘れてたのはイブリースだけじゃない。俺もだ。
そりゃコンティニューありきのゲームバランスと現実のアルフヘイムは違う。
敵は殺しにかかってくる。負けたら死ぬし、死んだら終わりだ。
初見殺しに画面の外から毒づいて、リトライを繰り返して、少しずつ敵のパターンを把握していく。
敵の猛攻を凌ぎ、有効打を与えられる編成を考えて、デッキビルドを検証していく。
そんな、『試行錯誤』というゲーマー最大の武器を取り上げられて、俺は随分と臆病になった。
いつしか、クエストをクリアすることよりも、まず死なないことだけを真っ先に考えるようになった。
だけど、そうじゃねえだろ。俺たちに求められてんのは。
かつてバロールは、『ブレイブにしか出来ないことを考えろ』と言った。
命を守りつつ戦うなんてことは、別にブレイブじゃなくたって出来ることなんだから。
俺たちがこの世界の戦士と同じことをしたって意味はない。
ただの劣化コピーに成り下がるな。俺たちは、ブレイブで、ゲーマーだろ！
少なくとも、俺達は一度イブリースにボロ負けして、それでも再戦の機会を与えられた。
――コンティニューの向こうにあるもの。
ここから先は、俺たちの領域だ。
>「――オレの中にある同胞の無念が、貴様らの攻略法を教えてくれる」
>「イブリースは確か、そんな事を言っていたよな。実際、それはその通りなんだろう。
かと言って――ヤツの強さの源は、単なる一巡目の知識って訳でもない。
それだけじゃ、フラウの不意打ちを防げた理由にならない」
ゲーマーらしく――エンバースは検証材料を並べていく。
>「これは憶測かつ例え話だが、ヤツの中には無数の目と耳と、口があるんだ。
ミノタウロスに角が、レッドドラゴンに翼が、クラーケンに触手があるのと同じで。
だったら――攻略法だって同じだ。さあ明神さん、いい加減調子を取り戻してくれないか？」
「……敵が爪や牙や、翼で戦いを優位に運ぶのなら」
その攻略法は、おのずと決まる。
>「部位破壊だ。亡霊の力を弱らせて、声を掻き消すんだ。あんたの役目だぜ」
至極シンプルな結論だ。
何かすげえ武器や防具で身を固めてやがるなら、先にそいつをぶっ壊す。
イブリースが頼みを置く『同胞の無念』とやらが言葉通りのスピリチュアルな何がしかであれば、
俺が邪魔を出来ない道理はない。
-
集団の意思疎通を阻害して連携を瓦解させるなんてことは、それこそうんちぶりぶり大明神の得意分野だ。
伊達に何年も荒らし野郎をやってきたわけじゃない。
言葉が通じるのなら、俺は聖人君子が相手だろうが助走つけて殴りに来させる自信がある。
ネクロマンサーとしての技術と嫌がらせスペル、ローウェルの指輪バフも加えりゃ、
イブリースに耳打ちする亡霊の声を雑音で塗りつぶすことだって出来なくはないだろう。
……いや、出来る。
試す前から予防線張るゲーマーがどこに居る。
ブレモン開発のデバッグの甘さを今さら疑うんじゃねえ。
出来なかったらまた別の方法を考えんだよ。そういうもんだろ。
>「――どうだい、明神さん。まだ、アンタの中のゲーマーには火が点かないままか？」
エンバースはどこまでも挑発的に、俺のハラの底を擽る。
挙句の果てには、どこからパクって来たのかリバティウムの『人魚の泪』まで取り出した。
……いやマジでどっから持ってきた？なゆたちゃんが懐にしまってたはずだろ！？
まさかこいつ、意識がねーのを良いことに胸当てまさぐりやがったのか？
>「まだ、何か必要か？お望みとあらば――袖から鳩でも飛ばしてみせようか？」
唖然とドン引きが半々の視線を綺麗にスルーして、灰塗れの男は乾ききった双眸で俺を射抜く。
――こいつは本当に、人をやる気にさせんのが上手い。
「冗談じゃねえぞ」
だからこそ俺は、今度は掠れてない声で反駁する。
「確かにお前の言う通りだよ。
怖いモンから目を背けて、逃げるように立ち回るのはゲーマーのやることじゃない」
時間を稼げば稼ぐほどシルヴェストルの里がボロボロにされるってことも、分かってる。
だけど――
「命が懸かってんだぞ。コンティニューは１回こっきりで、しかもリトライは同じ条件じゃない。
ポヨリンが死んで、手札をごっそり削がれた状態で俺たちは２度目に挑まなけりゃならない。
負ける度強くなれんのは、無限のトライ＆エラーが保証されてるからだ。俺たちは違う」
一度死んだお前は、誰よりもそのことを分かってるはずだろ。
「お前の言う攻略法だって、亡霊云々がイブリースのツラに似合わねえ詩的なレトリックで、
不意打ちを防がれたのは単純なステータスの差だって言っちまえばそれまでだ。
結局のところ俺たちは、あいつの攻撃パターンも弱点も分かっちゃいねえんだぞ」
レイド戦は、数多の『捨てゲー』を重ねてパターンを把握していくところから始める。
既知の１ターン目を乗り越えられたとしても、その先は未知の領域だ。
「この致命的な情報不足の中で、確証もない仮説に全賭けするってか？
少年漫画じゃねえんだぞ。戦いの中で成長なんかしねえし、成功率１％は普通に失敗すんだよ。
途方も無いリスクで釣り合わねえリターンを狙うなんざ、そんなの――」
-
敗北して、犠牲を出して、逃げ延びて。
完膚なきまでにズタボロにされて、それでもなお変えられない生き方がある。
エンバースの言葉で、俺はそいつを思い出しちまった。
手の中にあった『狂化狂集剤』の小瓶を弾く。
直上に跳ね上がった瓶が重力に引かれて自由落下して、インベントリに吸い込まれた。
「――すげえ面白そうじゃん。やってやろうぜ」
ゲーマーの矜持。
これまで何度も逆境の中で俺を支えてきたプライドが、もう一度燃え上がった。
分の悪い賭け、上等じゃねえか。
ゲーマーは神に祈らない。システムの管理する乱数なんかに意味はない。
頼みを置くのは自分自身の腕とプライド。その２つを信じきれるなら、俺は何度だって立ち上がれる。
-
>「はは…君は本当に凄いなエンバースは…そんな事言われたらメソメソしてられないじゃないか…」
>「実は…僕はあの時…ロイが死んだあの時から明神達を…なゆを裏切るつもりだった」
「はぁっ？何だそりゃ、っていうか、えっ、今！？」
ジョンは唐突に、マジで唐突に述懐を始めた。
こいつの内情はともかく、この状況で言うことかよって思った。
だけど、今だからこそ言いたいことなんだろう。今……言わなきゃならないことなんだろう。
>「君達の話に出てきた時を戻す魔法か…装置かを…君達についていって最後に奪うつもりだった
それでロイを…あわよくばシェリーを取り戻そう。そう考えていた…君達を殺してでも…
「……デウスエクスマキナのことか。フリント兄妹を、アレで生き返らせようと？」
時間の巻き戻しがどこまで遡れるのかわからんが、仮に俺たちが召喚された時点まで戻れるなら、
シェリーはともかくロイはそれで蘇るだろう。
だけどあの魔法には欠陥がある。一握りのバグ、メモリーホルダー以外にはループを認識出来ない。
俺たちに記憶の継承が起こらなければ、結局今の周回と同じ結末を辿るだけだ。
ついでに言えば、デウスエクスマキナをもう一発かませるかどうかすらも確証はない。
少なくともバロールが把握してる限り、既に詠唱可能者は魔法の副作用で存在ごと消滅してる。
使用方法が完全に失伝してるとすれば、３巡目なんてものはそもそもあり得ない。
……多分ジョンは、デウスエクスマキナの仕様について殆ど何も、名称さえも知らない。
バロールから情報共有があったとき、あいつはあの場にいなかったしな。
俺たちの会話の内容から時間を巻き戻す魔法に見当を付けて、そのわずかな可能性に縋った。
全てを。この世界で培ってきた俺たちとの繋がりすら投げ捨てるつもりで。
ジョンにとって、フリント兄妹はそれだけの価値のあるものだった。
>「責任を取りたい…！この世界を救うだとか！自分の世界を守るだとか！その前に僕は！」
>「僕は！なゆに僕のようになって欲しくない！！絶望になんて慣れないでほしい！！堕落してほしくない！諦めてほしくない！」
その、奴にとっての最優先事項に、差し挟まるものがあった。
フリント兄妹と同じくらい、大切にしたいものができた。
それがなゆたちゃんであり、俺たちだと……ジョンの曰くところを、俺はそう噛み砕いた。
>「僕はこれ以上…間違えたくないし負けたくない…！」
ジョンの唐突な告白は、こいつにとっての覚悟の証明だ。
俺がかつて、王都で本名を告げたときと同じ。後戻りする道を自分で叩き壊した。
もう、振り返らないように。
>「明神、エンバース…カザハ！頼む！俺をもう一度…いや…今度こそ正真正銘…君達の仲間にしてくれ！」
「バカ野郎が」
一言一句同じ言葉を、レプリケイトアニマでも口にした気がする。
本当に、今更ながら、大馬鹿野郎だぜ。
「ずっと前から言ってんだろ。お前は俺の、大親友だってよ」
ジョンの心にあるその席に、ロイ・フリントが未だ居座っていようが関係ない。
椅子の数を増やしたのなら、今度こそドカリと深く腰掛けるだけだ。
-
石油王の言う通り、言葉だけじゃこいつが納得しないってことも分かってる。
行動で示す。難しいことなんかじゃないはずだ。
俺たちはここへ来てやっと、同じ目線で同じ目的を追えるんだから。
「俺が負けないように、逃げ出さないように。……助けてくれよな、親友」
アコライトの作戦会議でこいつに告げた言葉が、ようやく形を伴った。
イブリースを倒す。なゆたちゃんを守る。俺たちなら……両方できる。
>《ま、口幅ったいこと言うてもうたけど。
みんなと一緒なら心配なしやとも思うとるさかい、ジョンさんあんじょうおきばりやす〜。
ジョンの述懐に満足したのか、石油王は通信の向こうに消えていった。
>「あ！ ごめん、ぼーっとしてた！
ボクなんかゲーマーじゃないどころか起動しただけだし鳥取砂丘でサンドワーム討伐しちゃってるし余裕余裕！
というか、みんなすごいゲーマーばっかりだからゲーマーじゃない君がいてくれてよかった！」
入れ替わるようにフリーズしてたカザハ君が再起動する。
「……うん？なんかお前２Pカラーになってない？」
カザハ君が黒くなっている。同キャラ対戦でもしてんのかこいつは。
>「え！？ うわぁ、何これ陰キャっぽい！ そういえば陰キャだけど！」
>「これねー、シルヴェストルの王の素質持ちという立場だと身動きが取れないから精神を地球にいた頃に寄せてるの」
「トンチキ生命体……。イブリースもこういう感じで亡霊にアドバイスもらってんのかね。
よくわかんねえしお前のことよくわかったことなんか今まで一度もないけども」
カザハ君が『シルヴェストル寄り』から『ブレイブ寄り』になったっつうことなら好都合だ。
イブリースは正攻法じゃ倒せない。ブレイブのやり方でしか、奴には迫れない。
剣と魔法の陽キャじゃなく。……ゲームが趣味の陰キャが世界を救うんだ。
>「……さっきアンタらが言ってた、合体技の話なんだけど」
で、ジョンの正式加入に束の間ワイキャイやってた俺たちに、ルブルムが口を挟む。
>「オレたちが氷獄のコキュートスを撃破したときに使った秘密兵器！
霊銀結社、13の『大秘儀（アルス・マグナ）』のひとつ！ 極大閃光『黄金の夜明け（ゴールデン・ドーン）』！！」
「あっ、アレかぁー……つうか今さらだけど、奪還作戦クリアしてることになってんだな」
ニヴルヘイムの魔神コキュートスが魔剣ロンダルキアを奪いに襲来する連続サブクエ『魔剣奪還作戦』。
その最終弾で、デスティネイトスターズはブレイブと協働でコキュートスと対峙する。
ラストバトルでスターズが放った『黄金の夜明け』は、まぁ平たくいえば必殺ビームだ。
詳しい理論は割愛するけど、とにかく超絶威力で射程の全てを消し飛ばす究極の魔法攻撃。
掛け値なしにアルフヘイムで最強の攻撃の一つ、人類が到達できる魔術の極地。
魔神の膨大なHPすらオーバーキル気味に削りきったあの魔法なら、
いかなイブリースと言えど無事で済む道理はない。
問題があるとすればそれは、
>「ただ、『大秘儀（アルス・マグナ）』はそンなホイホイ撃てるもンじゃねェ。
今のオレたちの実力じゃ、一発きりだ。それにチャージの時間も必要になる。
やるなら必中だ。そのための段取りはアンタたちがつけてくれ」
――発動までにクソほど時間がかかるってこと。
言ってみりゃスペルコンボみたいなもんで、６ターンの間スターズは発射準備にかかりきりになる。
当然外せばそれっきり。一発限りの切り札だ。
-
>「魔法発動の準備中は、私たちは完全に無防備になっちゃいますぅ。
申し訳ないんですけど、私たちのことは皆さんに守って頂くしかありません……」
「問題ねえよ。７ターンだって稼いでみせらぁ」
俺たちがどんだけゴッポヨと一緒に死線くぐってきたと思ってやがる。
コンボ成立までの時間を稼ぐなんてことは、それこそ死ぬほどやってきた。
>「でもよ、発動しちまえばこっちのもンだ。
乗りかかった船ってやつ、こうなったら意地でもあの魔族野郎をブッ倒してやろうぜ！」
>「――ルブルム、本来私たちはその魔族野郎の側ということを忘れてはいけない――」
>「でも、こっちのが面白そうじゃね？」
「へっ、初めて意見が合ったな。俺もカンペキ同感だ。
面白そうかどうか――ゲーマーがゲームやる理由なんか、それだけで良い」
たったそれだけの理由に、命だって賭けられる。
俺たちはそういう生き物で、俺はそんな自分が嫌いじゃなかった。
「あとは……ミドやんをどう投入すっかだな」
>「やっぱりフィールドが海じゃないと召喚できないのかな？
なゆの水属性カードを拝借するか……本物の海じゃないと無理ならキマイラの翼で絶海の孤島にでも行くか……」
「場所を変えるってのには賛成だな。イブリースの奴が余波の被害を気にするとも思えん。
ゴールデンドーンぶちかますこと考えても人里離れた空間の方が都合が良い」
>「でも、これって確か、不戦を貫いた人魚姫の泪……だよね？ きっと、仇討ちには力を貸してくれない。
だけど不殺を誓ったなゆのためなら力を貸してくれそうな気がするよ」
「マリーディアを口説き落としてる時間はねえ。
ミドやんに関してはワンチャンあればってところだな。出てこれるフィールドは整えとこう」
>「ってことで！ 作戦を纏めてくれよな、マスター！」
ルブルムに水を向けられて、俺は額に手を当てる。
イブリースにボロ雑巾にされて、長いこと乱れきってた髪を、いつものオールバックに撫で付けた。
「……よし、やるか」
スーツはズタズタだし、あちこち汚れたまんまだ。それでも俺は、これを復活と呼ぶ。
まずは、ブレモンアプリのマップを立ち上げて皆に見せた。
-
「この近くにアルメリア領を横断する『フルス水系』っていうでけえ河川が流れてる。
場所によっちゃ流れが急峻な谷川になってて、そのあたりは人が住んでない。
スターズ共は行ったことあるだろ、あそこに生えてる希少なキノコとか取りにな」
ゲームの方でもスターズ関連のサブクエで訪れたことがある。
奪還作戦後の時間軸なら、キマイラの翼で飛べるはずだ。
「一撃離脱を繰り返して、最終的にイブリースをそこに誘い込んで迎撃する。
場所の選定基準は３つ。余波による人里への被害の防止、ミドやんが出てきても大丈夫な環境。
それから……イブリースにとって初見のフィールドであること」
ミドガルズオルムはじめ超レイド級はパッシブでフィールド属性変換を持ってる。
バズズが出現時に砂嵐を撒き散らすように、ミドやんも強制的にその場を水辺に変える。
豊富な水量を要するフルス水系の河なら、多少余剰な水を垂れ流しても大雨の増水と大差あるまい。
一番重要なのは、障害物が多くて足場が不安定な地形ってところだ。
レイドボスであるイブリースは畢竟、開けた場所での対多数戦に強みを持つ。
単純な戦闘経験然り、装備やスキルについてもそうだ。
あのゴツい鎧も大剣もガレ場の中じゃ足枷になる。
必殺の範囲攻撃にしたって、跳ね飛ばす瓦礫が水底に沈んでれば思うように威力も出せまい。
「動ける範囲が狭くなれば、ゴールデンドーンの当てやすさも当然変わってくる。
一方で、俺たちにはカザハ君が居る。足場が悪かろうがフライト焚けばどうにでもなる。
ロケーションの構造で敵の優位を潰す、こいつがゲーマー式攻略法その１――地形ハメだ」
イブリースが本気出しゃ地形くらい余裕で変えられるだろう。
だけどそれにかかるリソースはタダじゃない。超威力の攻撃を連発すれば疲労もガス欠も起こりうる。
なにより、『不利な地形を変える』って行動にターンを消費させられる。
「攻略法その２。デバフでハメる。こいつはエンバースのプランそのままだ。
イブリースの後ろからぼそぼそアドバイスしてる亡者共を黙らせる。
デバッファーは俺だ。指輪も使う。援護は任せた」
真っ向勝負で埋められないステータス差があるなら、バフとデバフを総動員して対抗する。
痛い技にはカットを合わせて、味方の総攻撃にはバフを撒く。
これもまた、あらゆるゲームに通底する攻略の一つの回答だ。
「攻略法その３。パターンでハメる。攻略法１と２を前提に成立するハメだ。
俺たちは前の戦いで、イブリースの固有技を２つ見てるよな」
『業魔の一撃（インペトゥス・モルティフェラ）』と『闇撃琉破（ダークネス・ストリーム）』。
どちらも即死級の威力だが、その分モーションがでかく、予備動作も明確だ。
「ゲームの方じゃ、イブリース狩りの定番戦法として業魔の一撃をパリィするってのがあった。
例の怨念のせいで俺たちは奴に一発もかませなかったが……この弱点は、まだ生きてるんじゃないか」
>――"『業魔の一撃（インペトゥス・モルティフェラ）』にタイミングよく攻撃を合わせると怯むため、
その隙に最大限の攻撃を叩き込んでやればいい。"
パリィ戦法はwikiにも載ってる使い倒された攻略法だ。
１巡目を知るイブリースにとって最も警戒すべき戦法であり、だからこそ亡者の囁きでこれに対処した。
怯み自体を無効化できるなら、わざわざ防御しなくても素のDEFで十分凌げるはずだ。
一撃さえも通さない今のイブリースの戦闘スタイルが、
逆説的に『一撃貰いたくない』という奴の真意を立証している。
-
「つまりだ。地形とデバフをフル活用して奴に攻撃が当たる状況に持っていけるなら。
予備動作見て殴ってモーションキャンセルをひたすら続けるパターンハメが成立する――！」
無論、いつまでも続けられる戦法じゃない。
業魔の一撃に闇撃琉破を織り交ぜられればタイミング良く殴るのは格段に難しくなる。
加えて、イブリースには固有技以外にもダークネスウェーブはじめ汎用技がいくつもある。
魔法攻撃を一生繰り返す脳死モードに入られたらこっちが詰みだ。
「あとはこれを、ゴールデンドーン発動まで続けられるかどうかが生死を分ける。
全部のハメが上手く機能してる前提の、極細の綱渡りだけどな。……ひひっ、燃えるだろ」
この世界はゲームじゃないと、イブリースは言った。
まぁその通りだ。その通りだけど、そんなことは知ったことかよ。
俺たちは俺たちの、ブレイブのやり方でお前を倒す。
「証明してやろう。俺たちは兇魔将軍にだって負けねえすげえブレイブだってこと。
――地形とデバフとハメを駆使した、ゲーマーの戦い方でな」
【作戦立案：１）地形で有利をとるため急峻な谷間へイブリースを誘い込む。指輪以外の誘導方法任せた
２）ささやいてくる怨念をひっぺがす
３）業魔の一撃のモーションに攻撃当ててキャンセル
EX）ミドやんを呼ぶ】
-
【バック・ドラフト(Ⅰ)】
闇色に揺れる眼光/蒼く燃え盛る眼光――それらが明神を見つめる。
遺灰の男は、エンバースが成し得るだろう最善の提案/言動/態度を示した。
火種は撒いた/油も/十分過ぎるくらい煽り立てた――後は、火が点く事を信じるだけ。
『冗談じゃねえぞ』
「ああ、俺は本気だ。冗談を言ったつもりはない」
『確かにお前の言う通りだよ。
怖いモンから目を背けて、逃げるように立ち回るのはゲーマーのやることじゃない』
「そうさ。怖いバケモノに追い回されてきゃーきゃー騒ぐのは、ストリーマーのお仕事だ」
遺灰の男の言葉は軽い。
『命が懸かってんだぞ。コンティニューは１回こっきりで、しかもリトライは同じ条件じゃない。
ポヨリンが死んで、手札をごっそり削がれた状態で俺たちは２度目に挑まなけりゃならない。
負ける度強くなれんのは、無限のトライ＆エラーが保証されてるからだ。俺たちは違う』
「だったら……試しにコンティニューしないを選んでみるか？
たった八文字で物語を締めるなんて、味気ないと思うけどな」
ゲーム感覚だから/命の重みを持っていないから/エンバースがそうだったから――
『お前の言う攻略法だって、亡霊云々がイブリースのツラに似合わねえ詩的なレトリックで、
不意打ちを防がれたのは単純なステータスの差だって言っちまえばそれまでだ。
結局のところ俺たちは、あいつの攻撃パターンも弱点も分かっちゃいねえんだぞ』
「もしそうだったら、その時は――ほら、アレだ。笑って誤魔化すよ」
ではない。
『この致命的な情報不足の中で、確証もない仮説に全賭けするってか？
少年漫画じゃねえんだぞ。戦いの中で成長なんかしねえし、成功率１％は普通に失敗すんだよ。
途方も無いリスクで釣り合わねえリターンを狙うなんざ、そんなの――』
遺灰の双眸にはもう、見えているからだ――破滅の予言を薪にして燃える、炎が。
『――すげえ面白そうじゃん。やってやろうぜ』
「――だろ？」
遺灰の男が笑った――まるで気の合う/趣味の合う、友人に向けるような笑み。
「勝ち筋はある。手札も。後はそれをどう組み立てるか――」
『はは…君は本当に凄いなエンバースは…そんな事言われたらメソメソしてられないじゃないか…』
ふと、遺灰の言葉を遮る声＝ジョンの声――遺灰の男がそちらを見遣る
『作戦の話を本格的にする前に僕の話を少しでいい、聞いてくれないか・・・？』
ジョンの眼差しには、覚悟のような/惑いのような――強い感情が宿って見えた。
故に、口を挟むような事はしない――両手を膝に置いて、傾聴の姿勢を見せる。
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【バック・ドラフト(Ⅱ)】
『実は…僕はあの時…ロイが死んだあの時から明神達を…なゆを裏切るつもりだった』
遺灰の眼光が揺れる/反応はそれだけ――警戒の素振りも/動揺した様子も見せない。
ジョン・アデルはいつか、『明神達』/『なゆた』を裏切るつもりでいた。
そう言われてすぐに、遺灰の男はその事実を速やかに理解出来た。
『君達の話に出てきた時を戻す魔法か…装置かを…君達についていって最後に奪うつもりだった
それでロイを…あわよくばシェリーを取り戻そう。そう考えていた…君達を殺してでも…』
何故か――「それ」はエンバースにとっても、他人事ではなかったから。
ハイバラは一周目の冒険で夢を/友人を/最愛を/己の命さえも――全てを失った。
あの時間がなかった事になる可能性を模索しないでいる事など、出来る訳がなかった。
『謝るのは二週目でいい。いやこの場合は三週目？まあ…その後に謝って…償いで…君達に殺される予定だった
君達は…なゆはそれができるほど強いと…僕が勝手に思っていたんだ』
アルフヘイムの極地/白昼に忘れられた土地――闇溜まり/光輝く地ムスペルヘイム。
ハイバラはそこに召喚された――ニヴルヘイムではない/だがアルフヘイムでもない勢力に。
その理由をエンバースはこう解釈した――ブレイブ召喚の秘儀は、一周目のどこかの時点で漏洩したと。
『もちろん…なゆや明神、みんなが許してくれる未来も考えていなかったわけじゃない。
心の底でそうなるだろうと、甘い考えをしていたのもまた事実ではある…』
振り返ってみれば――ハイバラの召喚/運用は明らかに、バロールによる制御下になかった。
あの冒険は恐らく、今この時間から見れば未来の――恐らくは魔王バロール討滅後の出来事。
エンバースはそう判断した――だから、アルフヘイムの魔物使いと対立する必要がなかった。
『なゆの事を…本当は何度絶望しても…立ち上がって、追い詰められても、その時が来れば敵を退けていく…そんな芯の強い子なんだって勝手に思ってた…
でも実際は違った…なゆはどこにでもいる普通の人間で女の子で…ただ僕達の為に強く振舞っているだけなんだって…』
『ポヨリンが死んだあの時のなゆの顔は…絶望に染まった顔が…シェリーを殺した僕によく似てる気がして…』
要するに――エンバースは、たまたま運が良かった。
偶然にも、ジョンと同じ判断をする必要がなかった。
故に遺灰の男にはよく分かる――その後ろめたさが。
『そこで気づいたんだ…僕はあんな一回りも年の若いなゆになんて残酷な事をさせようとしていたんだろうと…
あれだけよくしてもらって…わかった風な口を聞いて！・・・それでも結局どこまでいっても自分だけしか見えていなかった事を』
エンバースもそうだった――初めはただ、魂に焼け付いた記憶に踊らされていただけだった。
どうせもう一度死ぬなら誰かを守ろうと思った/幻覚の中でたまたま少女を励ます形になった。
『僕があの時…イブリースに銃を向けたりしなければ…なゆがあんな顔する事もなかった…僕のせいなんだ』
間違っても、俺にも分かるだなんて言えない。
分かる気がする――そう思う事すら、本当は思い上がりだ。
それでも、少なくとも、遺灰の男はジョンの苦悩/葛藤に似た感情を覚えている。
『責任を取りたい…！この世界を救うだとか！自分の世界を守るだとか！その前に僕は！』
『僕は！なゆに僕のようになって欲しくない！！絶望になんて慣れないでほしい！！堕落してほしくない！諦めてほしくない！』
だから遺灰の男は何も言わない――ただ、ジョンをまっすぐに見つめる。
『僕はこれ以上…間違えたくないし負けたくない…！』
遺灰の男にはジョンが眩しく見えた。
『僕はゲーマーじゃないし！元の世界じゃ生きるのが辛くて違法な事を何度も繰り返した！そもそも人殺しだ！…それでも』
その苦悩/涙/告白には――
『明神、エンバース…カザハ！頼む！俺をもう一度…いや…今度こそ正真正銘…君達の仲間にしてくれ！』
その懇願には、偽物には終ぞ真似出来なかった本物の祈りがあった。
-
【バック・ドラフト(Ⅲ)】
『バカ野郎が』
遺灰の男はなおも口を閉ざしたまま――エンバースはこういう時、意外と空気を読む。
『ずっと前から言ってんだろ。お前は俺の、大親友だってよ』
「……ジョン。俺は、俺達の絆を疑うつもりなんてない。だけどさ――」
《明神さんたちが『じゃあ正真正銘の仲間にしまひょ』って言えば、正真正銘の仲間になったことになりますのん？
まぁ……エンバースさんは兎も角、明神さんとカザハちゃんは言うんやろけどなぁ。
「――お、おい？今、俺がいい感じの事を言おうと――」
けどあんた、それで納得できはる？ 満足しはりますの？
違うやろ。そないな文言はなんの証明にもならへんよ。
あんたが正真正銘の仲間になるかどうかを判断するのは、明神さんでもエンバースさんでも、カザハちゃんでもあらしまへん。
そら、あんた自身や。ジョンさん、あんたが自分で決めなあかんのどす。
言葉やない、行動で。態度で示さなあかんのや》
「――――まあ、なんだ。そんな感じだ」
遺灰の男＝お手上げの仕草――今更何を言っても、蛇足にしかならない。
「それじゃ……話を戻そう。今ある手札を、どう切るか――」
『あ！ ごめん、ぼーっとしてた！
ボクなんかゲーマーじゃないどころか起動しただけだし鳥取砂丘でサンドワーム討伐しちゃってるし余裕余裕！
というか、みんなすごいゲーマーばっかりだからゲーマーじゃない君がいてくれてよかった！』
「――オーケイ、新ネタの披露が終わったら教えてくれ」
『え！？ うわぁ、何これ陰キャっぽい！ そういえば陰キャだけど！』
『これねー、シルヴェストルの王の素質持ちという立場だと身動きが取れないから精神を地球にいた頃に寄せてるの』
『トンチキ生命体……。イブリースもこういう感じで亡霊にアドバイスもらってんのかね。
よくわかんねえしお前のことよくわかったことなんか今まで一度もないけど』
「精神状態を自分でコントロール出来るって線は十分あり得るんじゃないか。
ゴブリン・ショーグンの技量をイブリースの肉体で実現するとかさ。
それなら、フラウの剣筋が見切られたのも納得がいく」
遺灰の男の所感＝逸れた話を軽く軌道修正。
『……さっきアンタらが言ってた、合体技の話なんだけど』
「ああ、そういやそんな事言ってたっけ――ていうか合体技って、アレの事だろ？」
『オレたちが氷獄のコキュートスを撃破したときに使った秘密兵器！
霊銀結社、13の『大秘儀（アルス・マグナ）』のひとつ！ 極大閃光『黄金の夜明け（ゴールデン・ドーン）』！！』
『あっ、アレかぁー……つうか今さらだけど、奪還作戦クリアしてることになってんだな』
「それこそ、黎明のヤツが一巡目のノウハウを活かしてさっさと片付けちまったのかもな。
ユニットの素質も、鍛錬で到達可能なステータスも判明している育成ゲーだろ？
アイツの知恵と手腕があれば、ヌルゲーもいいとこだったろうな」
-
【バック・ドラフト(Ⅳ)】
『乗りかかった船ってやつ、こうなったら意地でもあの魔族野郎をブッ倒してやろうぜ！』
『――ルブルム、本来私たちはその魔族野郎の側ということを忘れてはいけない――』
『でも、こっちのが面白そうじゃね？』
『へっ、初めて意見が合ったな。俺もカンペキ同感だ。
面白そうかどうか――ゲーマーがゲームやる理由なんか、それだけで良い』
「デスティネイト・スターズを連れてイブリース討伐か。そりゃ確かに――」
遺灰の男が笑う――エンバースのように＝牙を剥くように獰猛に/蒼の眼光を爛々と輝かせて。
「――面白い」
記憶と人格の混濁の中、ハイバラの幻影は言った。
自分で経験を積め。でないと――お前がつまらないだろ。
その通りだった――遺灰の男は今初めて、戦う事が楽しみだった。
不謹慎だと分かっている/状況は依然圧倒的に不利だとも――それでも、空っぽの胸が高鳴った。
『あとは……ミドやんをどう投入すっかだな』
『やっぱりフィールドが海じゃないと召喚できないのかな？
なゆの水属性カードを拝借するか……本物の海じゃないと無理ならキマイラの翼で絶海の孤島にでも行くか……』
「オーケイ、それでいこう。今アイツのスマホを借りてくる。
お前は――割れた画面からカードを追い立ててくれるか？」
『場所を変えるってのには賛成だな。イブリースの奴が余波の被害を気にするとも思えん。
ゴールデンドーンぶちかますこと考えても人里離れた空間の方が都合が良い』
「どうせ場所を変えるなら、俺達がやりやすい場所を選定したいところだな。
つまり――俺以外の皆がやりやすい場所だ。俺は、どんな場所でも戦える」
『でも、これって確か、不戦を貫いた人魚姫の泪……だよね？ きっと、仇討ちには力を貸してくれない。
だけど不殺を誓ったなゆのためなら力を貸してくれそうな気がするよ』
「イブリースもその背後霊も、そんな事は知る由もないさ。
最低限、でっかい壁になってくれるだけでも助かるしな」
『マリーディアを口説き落としてる時間はねえ。
ミドやんに関してはワンチャンあればってところだな。出てこれるフィールドは整えとこう』
「そうとも。もっと言えば――大事なのは、ワンチャンあるって相手にも伝わる事だ。身に覚えがあるよな？」
『ってことで！ 作戦を纏めてくれよな、マスター！』
ルブルムが明神を見つめる/遺灰の男もそれに倣う。
『……よし、やるか』
明神のスマホから光が溢れる/ホログラム調のマップが展開。
『この近くにアルメリア領を横断する『フルス水系』っていうでけえ河川が流れてる。
場所によっちゃ流れが急峻な谷川になってて、そのあたりは人が住んでない。
スターズ共は行ったことあるだろ、あそこに生えてる希少なキノコとか取りにな』
「フルス水系か……気に入った。面白い事が出来そうだ」
水属性のフィールド＝遺灰の男とは相性が悪い――何も問題ない。
ハイバラは一巡目、魔物の死体が浮かび/血で濁った沼を生身で渡った事もある。
少なくとも――今回はあの時と違って、解毒剤も効かないような病気になる恐れはない。
-
【バック・ドラフト(Ⅴ)】
『一撃離脱を繰り返して、最終的にイブリースをそこに誘い込んで迎撃する。
場所の選定基準は３つ。余波による人里への被害の防止、ミドやんが出てきても大丈夫な環境。
それから……イブリースにとって初見のフィールドであること』
「三つ目に関しては運ゲーになるけど……候補になるのは――この辺りか」
炎を灯した指先がマップ上をなぞる/宙に漂う燐火のマーキング。
『動ける範囲が狭くなれば、ゴールデンドーンの当てやすさも当然変わってくる。
一方で、俺たちにはカザハ君が居る。足場が悪かろうがフライト焚けばどうにでもなる。
ロケーションの構造で敵の優位を潰す、こいつがゲーマー式攻略法その１――地形ハメだ』
「なあ明神さん、今とびっきりのプランを思いついた――いや、後にしよう。続けてくれ」
『攻略法その２。デバフでハメる。こいつはエンバースのプランそのままだ。
イブリースの後ろからぼそぼそアドバイスしてる亡者共を黙らせる。
デバッファーは俺だ。指輪も使う。援護は任せた』
「どんな策であれ、大事なのはそれが本命の一撃だと悟られない事だ。
【幻影】を使えば、バフ全開の一撃を偽装出来ると思う。
状況次第だが、上手く合わせてくれると助かる」
『攻略法その３。パターンでハメる。攻略法１と２を前提に成立するハメだ。
俺たちは前の戦いで、イブリースの固有技を２つ見てるよな』
「……ああ、なるほど」
『ゲームの方じゃ、イブリース狩りの定番戦法として業魔の一撃をパリィするってのがあった。
例の怨念のせいで俺たちは奴に一発もかませなかったが……この弱点は、まだ生きてるんじゃないか』
「可能性はある……っていうか、本気で相手をぶった斬ろうとしてる時に逆にぶん殴られたら、普通は怯むよな」
『普通』は――陳腐な論拠/だが、その論拠にはそれなりの信憑性がある。何故なら――
「セルリアちゃんの人間レベルの打撃を、わざわざ芯を外して受けていたのも、俺は見逃さなかったぜ。
この世界はゲームじゃない――なら俺達だってレベル99の勇者様を前にしたスライムじゃないはずだ」
『つまりだ。地形とデバフをフル活用して奴に攻撃が当たる状況に持っていけるなら。
予備動作見て殴ってモーションキャンセルをひたすら続けるパターンハメが成立する――！』
「――ははっ、言ってやれよ、ジョン。それってただの、めちゃくちゃ上手くいってる接近戦だって。
あのイブリースを相手にそれが出来るブレイブなんて、そうそういる訳がない。
このアルフヘイムに精々――二人いれば、いいとこだろうな」
『あとはこれを、ゴールデンドーン発動まで続けられるかどうかが生死を分ける。
全部のハメが上手く機能してる前提の、極細の綱渡りだけどな。……ひひっ、燃えるだろ』
「――ああ、見ての通りだ」
遺灰の男が右手に炎を灯す＝久々の焼死体ジョーク。
-
【バック・ドラフト(Ⅵ)】
『証明してやろう。俺たちは兇魔将軍にだって負けねえすげえブレイブだってこと。
――地形とデバフとハメを駆使した、ゲーマーの戦い方でな』
「よし、作戦は決まりだ――スタート地点は、ここにしよう。俺に考えがある」
遺灰の指先がマップの一点を指す――フルス水系とタマン湿生地帯の境界線。
「レベル72から79の間のレベリング……は明神さんにしか伝わらないか。
ええと……この辺りはタマン湿生地帯って言って、植物の群生地で見通しが悪い。
それだけじゃなくて――ここから、ここまで。この辺りは特に地形の高低差が激しいんだ」
丁度、明神が先ほど言及した、急峻な谷川の付近。
「ゲーム内じゃここら辺にモブを誘導して川に落とすと、かなり経験値効率が良かったんだ。
つまり――これはイブリースは知る由もないが、俺達が活用可能なゲーム知識だ。
勿論、イブリースが川に落ちてそのまま死ぬ訳はないけど――」
遺灰の指先が、今度はフルス水系のど真ん中を叩く。
「こんな俺達が有利な地形のど真ん中で待っていて、イブリースが乗ってくれるかは分からない。
ま、さっきも言ったけど――ここが本命だとバレないようにするには、少し工夫をしないとな」
視界の悪い渓谷からの滑落――カザハ/ブリーズがいれば、こちらの損耗は低減可能。
落下させる方法――明神のデバフ作戦が機能すれば、幾らでもやりようはある。
機能しなければ――どのみち、勝ち目はない/深く考える必要はない。
「異論がないなら、移動を始めよう。少し、下準備がしたい」
遺灰の男がスターズへ振り向く――視線の矛先は、セルリアちゃん。
「セルリアちゃん、悪いが俺を運んで欲しい場所がある――ここと、ここと……後は、ここだな」
遺灰の指先が示す地点＝予定交戦地点よりも上流の二箇所。
「何をするつもりかって？」
遺灰の男＝悪戯っぽく笑う/人差し指を口元に添える――エンバースなら、そうしたように。
「――それは、俺と君だけの秘密さ。ふふっ」
エンバースなら――こんな状況でもセルリアちゃんへのダル絡みは欠かさない。
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「はあ…はあ…」
全身から血が止まらない。
目の前の集団との長時間に及ぶ泥沼的戦闘で精神も、肉体も…もう限界だ。
でも、楽しかった。
「どうしたんだ？ようやく僕を殺せるぞ。よかったな？」
壁に持たれ掛かりながら言い放つ誰がどう見ても最後の強がり。
多くの人を殺してきた。最初こそ望まない殺人であったが…片手で数えられるほどの数だ。
その何千倍も…快楽で殺してきた。そして今度は自分の番になっただけだ。
「なんだお前ら…？」
僕にはもう人間の表情なんてわからない。
100を超えて、数を数えなくなったぐらいの時から人の顔がのっぺらぼうにしか見えないし、服装や声が無ければ男性が女性かさえもわからない。
そんな僕を取り囲みながら、それでいてなにもせずじっとこちらに顔面を向けている。
何故なのか、暫くわからなかったが…地面に落ちた液体で全てを察した。
「…！？お前らまさか…同情しているのか？やめろ！戦いの余韻を壊す気か！？」
悲しんでいた、憐れんでいた、この僕を！俺を！数千人単位で殺した犯罪者のこの！
「俺の素性を知ったくらいで！やめろ！お前らはただ！喜んで僕を殺せばいいんだ！」
同情するな！頼む！楽しく死なせてくれ！
僕の心の声も空しく…なんとその集団はあろうことか僕の傷を治し始めた。
「お前ら…自分がしてる事が分かってるのか！？」
もうここまでいくと僕より狂気さえも感じる。
人殺しをなぜ助ける？僕の為なんかじゃない！自分達の為に！その正義感の為に僕を生かそうとするのか！？理解できない！
「いい加減にしろ！！！！」
叫びで回りを吹き飛ばす。
「お前ら何様なんだ？お前ら一体どこからぼくを見下してんだよ！！ふっざけんな！」
体から力が湧いてくる。体の傷を僕の能力の治癒が上回りだした…万全な状態になるのにそんなに時間はかからないだろう。
そして目の前の集団は満身創痍、戦えば勝てるだろう…必ず。
「みんなと仲良く？おててつないで？仲良しこよし？お前らは神様にでもなったつもりか？この世にはな、必ず不要な…人間はたくさんいるんだよ！
存在するだけで必ず人を不幸にする！そんな存在がな！日の中を歩いてきた貴様ら神様気どりには絶対に理解できんかもしれんが」
「裏切り者だろうと？大量殺人者でも？改心すればいい？…お前犠牲になった家族の前でそれを言えるのか？本当に？言えないよな？薄っぺらいんだよ、お前ら」
くだらねえ！くだらねえ！せっかくの余韻がぶち壊しだ！
「覚えておけ、『人』を本当に助けたいなら、同情の心を捨てろ。一度堕ちた人間は絶対にまともには戻らない…絶対に
戻ったように見えるだけだ、堕ちた奴はだれよりも人間の表情こそしているが…それは真似事に過ぎないと言うことを絶対に忘れるな」
自分の腕で自分の心臓を貫く。
「まあ…でも…お前らには一生理解できないだろうな…理解できないからこそ…お前らは世界を絶対に救えない…断言してやるよ」
「死に際に理解して、後悔しながら天国に堕ちていきな…くそったれ共」
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ジョン・アデル(4-2)
「…」
最近は見る回数が減ったと思ったのに…一体なんなんだこの記憶は…？
＞「あ！ ごめん、ぼーっとしてた！
ボクなんかゲーマーじゃないどころか起動しただけだし鳥取砂丘でサンドワーム討伐しちゃってるし余裕余裕！
というか、みんなすごいゲーマーばっかりだからゲーマーじゃない君がいてくれてよかった！」
カザハもまさか白昼夢を…？まさか…そんなことないか、カザハなりに僕を気遣ってくれだのだろう。
僕もわけのわからない物を考えるより今を見なくては！
「ありがとう…ん？なんか見た目変わってないか？」
＞「え！？ うわぁ、何これ陰キャっぽい！ そういえば陰キャだけど！」
まあカザハだし気にしてもしょうがないのかも
＞「ジョン君。ロイ君を助けられなくて……君がどこかにいってしまうんじゃないかってずっと心配してたよ。
だから……紆余曲折あったにせよ仲間になってくれて、シルヴェストルの里の騒動にも協力してくれて、本当にありがとう」
「…感謝されるような事はしてないけどね…感情で動いて事態を面倒にしたのも僕だし…」
＞《明神さんたちが『じゃあ正真正銘の仲間にしまひょ』って言えば、正真正銘の仲間になったことになりますのん？
まぁ……エンバースさんは兎も角、明神さんとカザハちゃんは言うんやろけどなぁ。
けどあんた、それで納得できはる？ 満足しはりますの？
違うやろ。そないな文言はなんの証明にもならへんよ。
あんたが正真正銘の仲間になるかどうかを判断するのは、明神さんでもエンバースさんでも、カザハちゃんでもあらしまへん。
そら、あんた自身や。ジョンさん、あんたが自分で決めなあかんのどす。
言葉やない、行動で。態度で示さなあかんのや》
＞「――――まあ、なんだ。そんな感じだ」
「………」
返す言葉がないほど清々しい程の正論だ。誰よりがなんと言おうと結局のところ最後は自分が決める事…
僕が返すべきは礼であって言葉ではないだろう。
＞「……さっきアンタらが言ってた、合体技の話なんだけど」
＞「オレたちが氷獄のコキュートスを撃破したときに使った秘密兵器！
霊銀結社、13の『大秘儀（アルス・マグナ）』のひとつ！ 極大閃光『黄金の夜明け（ゴールデン・ドーン）』！！」
「あるすまぐな？ごーるでんどーん？」
＞「ただ、『大秘儀（アルス・マグナ）』はそンなホイホイ撃てるもンじゃねェ。
今のオレたちの実力じゃ、一発きりだ。それにチャージの時間も必要になる。
やるなら必中だ。そのための段取りはアンタたちがつけてくれ」
＞「でもよ、発動しちまえばこっちのもンだ。
乗りかかった船ってやつ、こうなったら意地でもあの魔族野郎をブッ倒してやろうぜ！」
「博打みたいな作戦だけど…でも生半可な攻撃なんてそれこそ時間の無駄なのは前回の戦闘で誰よりも理解している…が」
相手も想定しないなんて事はないだろう…そうなればチャージの間…遠慮なし全開のイブリースを相手することになる。
そこを行き当たりばったりで実行していい物か…？
＞「問題ねえよ。７ターンだって稼いでみせらぁ」
明神のその言葉一つでできるような気がしてきた。僕だけじゃない。この場の雰囲気が一瞬でいい方向へ向かうのを感じた。
-
＞「やっぱりフィールドが海じゃないと召喚できないのかな？
なゆの水属性カードを拝借するか……本物の海じゃないと無理ならキマイラの翼で絶海の孤島にでも行くか……」
＞「場所を変えるってのには賛成だな。イブリースの奴が余波の被害を気にするとも思えん。
ゴールデンドーンぶちかますこと考えても人里離れた空間の方が都合が良い」
「僕達が普通に戦うだけで周囲にはとんでもない被害がでるからね…」
城の中庭で穴をあけた時もバロールに怒られたっけ…
時間はそれなりに過ぎてはいるが…それにしても…懐かしいと言える程ではないはずなのに懐かしく感じる。
＞「この近くにアルメリア領を横断する『フルス水系』っていうでけえ河川が流れてる。
場所によっちゃ流れが急峻な谷川になってて、そのあたりは人が住んでない。
スターズ共は行ったことあるだろ、あそこに生えてる希少なキノコとか取りにな」
＞「一撃離脱を繰り返して、最終的にイブリースをそこに誘い込んで迎撃する。
場所の選定基準は３つ。余波による人里への被害の防止、ミドやんが出てきても大丈夫な環境。
それから……イブリースにとって初見のフィールドであること」
「初見かどうかは出たとこ勝負な気がするけど、前の周回の時に訪れた可能性もあるわけだし…」
しかしそんな事を言っている余裕はないことも確かで…条件が揃う場所は想像以上に少ない。
小回りが利くこちらが有利で、なおかつ今回使う必殺技の発動条件を満たすなんて場所は特に…
＞「動ける範囲が狭くなれば、ゴールデンドーンの当てやすさも当然変わってくる。
一方で、俺たちにはカザハ君が居る。足場が悪かろうがフライト焚けばどうにでもなる。
ロケーションの構造で敵の優位を潰す、こいつがゲーマー式攻略法その１――地形ハメだ」
ゲーマーじゃなくて普通に作戦の一つとして存在する方法だが…まあそれは野暮だろう。
＞「攻略法その２。デバフでハメる。こいつはエンバースのプランそのままだ。
イブリースの後ろからぼそぼそアドバイスしてる亡者共を黙らせる。
デバッファーは俺だ。指輪も使う。援護は任せた」
「ならバフを掛けるのは部長とカザハの役目だね」
「にゃー！」
＞「攻略法その３。パターンでハメる。攻略法１と２を前提に成立するハメだ。
俺たちは前の戦いで、イブリースの固有技を２つ見てるよな」
＞「ゲームの方じゃ、イブリース狩りの定番戦法として業魔の一撃をパリィするってのがあった。
例の怨念のせいで俺たちは奴に一発もかませなかったが……この弱点は、まだ生きてるんじゃないか」
＞「――ははっ、言ってやれよ、ジョン。それってただの、めちゃくちゃ上手くいってる接近戦だって。
あのイブリースを相手にそれが出来るブレイブなんて、そうそういる訳がない。
このアルフヘイムに精々――二人いれば、いいとこだろうな」
「二人か…うん。そうだね」
エンバースが僕に気を使ってくれている。こんな面倒な僕に…だから僕が返す言葉はありがとうではなく
「余裕さ」
精一杯の強がり。だからどうした。もう戦う前から怯えるなんて…生きる事を諦めるなんてもう二度とする必要はない
＞「あとはこれを、ゴールデンドーン発動まで続けられるかどうかが生死を分ける。
全部のハメが上手く機能してる前提の、極細の綱渡りだけどな。……ひひっ、燃えるだろ」
＞「証明してやろう。俺たちは兇魔将軍にだって負けねえすげえブレイブだってこと。
――地形とデバフとハメを駆使した、ゲーマーの戦い方でな」
「…うん！」
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＞「よし、作戦は決まりだ――スタート地点は、ここにしよう。俺に考えがある」
＞「ゲーム内じゃここら辺にモブを誘導して川に落とすと、かなり経験値効率が良かったんだ。
つまり――これはイブリースは知る由もないが、俺達が活用可能なゲーム知識だ。
勿論、イブリースが川に落ちてそのまま死ぬ訳はないけど――」
＞「こんな俺達が有利な地形のど真ん中で待っていて、イブリースが乗ってくれるかは分からない。
ま、さっきも言ったけど――ここが本命だとバレないようにするには、少し工夫をしないとな」
「ありきたりな策として相手に優勢と思わせて深追いさせるって手段もあるけど…まあそんな単純な手には掛からないだろうね」
＞「異論がないなら、移動を始めよう。少し、下準備がしたい」
「すまんみんな…ほんの少し聞いてもらいたい事があるんだ」
そういい移動しようとするみんなを引き留める。
「明神…君はもしかしたら僕を前線に出すのを躊躇ってるのかもしれない…僕が強いといっても普通の人間を範疇を超えられないから…」
天幕の中にあるテーブルに右手を当てる。
覇王の趣味か、機能性を重視したのか、はたまた僕達に気を使ってくれたのか…
軽量で頑丈・デザインも美しい…戦争という場所に似つかわしくないテーブルを
「本当はなゆを戦わせたくない…でも今回の戦いなゆ抜きで戦うのは不可能なのは…誰よりも分かっている…」
部長のバフだけでは戦力が足りない。なんでもいいから戦力を底上げを図らなければならない。
「ならあんな顔は二度とさせない…そう思った瞬間から力が湧いてきたんだ」
普通の人間のジョン・アデルでは戦力足りえない…しかし…英雄なら…シェリーの才能をフルに活用できていた時代の僕なら…！
「実を言えば僕はブラッドラストが発現する前から全盛期ではなかったんだ
最初から…いや君たちに同行するようになってから…そして君達に馴染めば馴染むほど…
人を殺す事に違和感を感じれば感じる程…体に重りがついたように動かなくなっていった」
ブラッドラストというチートはもう体から消え去ったけど…でも僕の体は…肉体に刻まれた戦いの知識は…記憶は…ここにあったんだ。
僕は殺す力はいらないと…嫌われたくない一心で力を無意識に遠ざけた、封じていた。でもこの力を殺すための力ではなく守る事に使うのなら…使うという心に至れた今なら
自分ひとりでは到底到達しえないかっただろう……けどなゆや…みんなのおかげで…気づいた、気づけた。
ﾊﾞｷｲｯ
右手に力を籠めるとテーブルが真っ二つに折れる。
「ハッ！…フッ！」
半分になったテーブルを持ち天幕の外にでる。そして天高く投げて…。
ﾄﾞｶｱ！ﾒｷｲｯ！
高くジャンプし、落ちてきた半分のテーブルを一つは拳で、もう一つは蹴りで、粉砕した。
パラパラとテーブルだったであろう木片が宙を舞う。
「この程度じゃイブリースに勝つ事なんて不可能だ…でも作戦を…時間稼ぎするなら僕は戦力になれるはずだ
このPTで誰よりも細かい妨害が行えて、ゲージ消費が低コストで、それでいて前線に留まれる…そして絶対にイブリースの記憶にない攻撃を使える僕が…」
肉体そのものだけで言えばこの世界に来るよりも遥かに実戦向きに成長していると自負している。
もし本当に僕のこの感覚が本当なら…あのシェリーに勝てるほどの力が出せるかもしれない。
「もしダメだったとしても命を捨てるような真似はしない…だから僕を使ってくれ！みんな！」
覚悟は言葉ではなく行動で示す…それでいてイブリースに借りも返す。必ず。
一度犯した間違いを取り消す事は絶対にできない。それでも二度目は無くせる。
「ところで…………」
「勢いでテーブル粉砕しちゃったけど…どうしよう…？」
-
起死回生の対兇魔将軍イブリース作戦会議は続く。
＞この近くにアルメリア領を横断する『フルス水系』っていうでけえ河川が流れてる。
場所によっちゃ流れが急峻な谷川になってて、そのあたりは人が住んでない。
スターズ共は行ったことあるだろ、あそこに生えてる希少なキノコとか取りにな
「知ってます〜。ヨイヤミヒカリタケですよね〜。
マツタケマンの群れに見つからないようにするのが大変でした〜」
「おー。キノコババーのエリザベッタか、懐かしーな」
「――秋の味覚、ただし食べると死ぬ――」
アプリのマップを開いて説明する明神の言葉にフラウスがうんうんと頷き、ルブルムとセルリアが追従する。
明神の言う通り、一度行ったことがあるらしい。それならばキマイラのつばさで瞬時に移動可能だ。
＞一撃離脱を繰り返して、最終的にイブリースをそこに誘い込んで迎撃する。
場所の選定基準は３つ。余波による人里への被害の防止、ミドやんが出てきても大丈夫な環境。
それから……イブリースにとって初見のフィールドであること
＞動ける範囲が狭くなれば、ゴールデンドーンの当てやすさも当然変わってくる。
一方で、俺たちにはカザハ君が居る。足場が悪かろうがフライト焚けばどうにでもなる。
ロケーションの構造で敵の優位を潰す、こいつがゲーマー式攻略法その１――地形ハメだ
地形ハメ。
どれだけ強力な武器や必殺技を持っていようと、それを活かすことができなければ宝の持ち腐れだ。
足場の悪いところに誘い込み、機動力を封殺できれば、こちらが戦いの主導権を握れるはずである。
機動力が封殺されてしまうのはアルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』側も同様だが、
それはカザハの全体バフかスペルカードで補えばいい。
＞攻略法その２。デバフでハメる。こいつはエンバースのプランそのままだ。
イブリースの後ろからぼそぼそアドバイスしてる亡者共を黙らせる。
デバッファーは俺だ。指輪も使う。援護は任せた
＞ならバフを掛けるのは部長とカザハの役目だね
にゃー！
前回の戦いでは、明神たちは万全の調子のイブリースに対してなんの対策も講じず、真正面から吶喊して玉砕した。
これがゲームであれば、最初からそんな愚策など取らなかったに違いない。強大なボスがいるのなら、
そのボスの得意技を封じ、バフを引き剥がし、徹底的にその強みを奪い取って戦ったはずだ。
『ここはゲームの世界ではない、現実のアルフヘイムである』というイブリースの言葉によって、
明神たちは知らず知らずのうちにゲーマーとしての戦い方を自ら封じてしまっていた。
しかし、エンバースの言うようにアルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』はゲーマーなのだ。
ならば、ここから先は基本に立ち返るだけでいい。
＞攻略法その３。パターンでハメる。攻略法１と２を前提に成立するハメだ。
俺たちは前の戦いで、イブリースの固有技を２つ見てるよな
『闇撃琉破（ダークネス・ストリーム）』は闇属性最上位の攻撃魔法のひとつである。
上級魔族、魔神の一角にも数えられるイブリースはそれを詠唱なしで発動させることができるが、
それでもなんの予備動作もなしに発射することはできない。
片腕を突き出し、手のひらを砲口代わりに狙いを定めて撃つというモーションが発生する。
そこを攻撃すれば、イブリースの行動を封殺できる。いわゆる行動キャンセルというやつだ。
『業魔の一撃（インペトゥス・モルティフェラ）』に関しては、詠唱、波動の発射、斬撃という三つの段階がある。
波動を喰らってしまえば回避は不可能だが、詠唱から波動の発射までの間にプレイヤー側の必殺技を当てれば、
大きく怯むという弱点がゲームのときから公然と存在している。
存在しているどころか、むしろ業魔の一撃パリィからの集中攻撃が対イブリース戦の基本戦術なのである。
＞あとはこれを、ゴールデンドーン発動まで続けられるかどうかが生死を分ける。
全部のハメが上手く機能してる前提の、極細の綱渡りだけどな。……ひひっ、燃えるだろ
「大秘儀『黄金の夜明け（ゴールデーン・ドーン）』は、極度の集中力を要する大魔術です〜。
詠唱中の私たちは完全に無防備になってしまう、というのは先ほどお話ししましたが〜、
集中が切れてしまっても失敗、最初からやり直しになってしまいますので〜」
「オレたち三人の意識をひとつにリンクさせなくっちゃならねェからな。
誰か一人が流れ弾の一発でも喰らっちまったらアウトだ。ちゃんと守ってくれよな」
「――ん。気分はお姫さま――」
三人娘が口々に言う。
明神はイブリースの攻撃に攻撃を当てることで行動キャンセルを狙うことを作戦のひとつに挙げたが、
それはニヴルヘイムサイドも使えるということだ。
ほんの僅かな掠り傷を許しただけで『黄金の夜明け（ゴールデーン・ドーン）』の発動は失敗となり、
仮にそれまで5ターン持ち堪えていたとしても、また1ターン目からになってしまう。
パーティーの力のすべてを総動員しての持久戦である。万が一そうなってしまえば、再び6ターン持ち堪えることは不可能だろう。
つまり――やり直しはできない、ということだ。
ともあれ、作戦は決まった。
あとはそれを成功させるための下準備である。
＞よし、作戦は決まりだ――スタート地点は、ここにしよう。俺に考えがある
それまで明神の作戦案を聞いていたエンバースが、徐に口を開いた。
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＞レベル72から79の間のレベリング……は明神さんにしか伝わらないか。
ええと……この辺りはタマン湿生地帯って言って、植物の群生地で見通しが悪い。
それだけじゃなくて――ここから、ここまで。この辺りは特に地形の高低差が激しいんだ
エンバースが地図上のとあるポイントを指差す。
＞ゲーム内じゃここら辺にモブを誘導して川に落とすと、かなり経験値効率が良かったんだ。
つまり――これはイブリースは知る由もないが、俺達が活用可能なゲーム知識だ。
勿論、イブリースが川に落ちてそのまま死ぬ訳はないけど――
「お、そこそこ。マツタケマンめっちゃいるとこじゃン」
ルブルムが腕組みしてマップを覗き込む。
タマン湿生地帯にはマツタケマンというキノコ型モンスターが出現する。
短い手足の生えた人間大のキノコというふざけた容姿だが、その実物理攻撃が結構痛く、耐久力も（菌類の癖に）相当ある。
半端なダメージを与えると胞子を撒き散らし、そこから瞬く間に増殖して襲い掛かってくるという、
舐めてかかるとランカーでさえ足元を掬われかねない難敵なのであるが、
菌類らしく致命的にINTが足りていないため、うまく川に誘い込んで叩き落すとそのまま流されてゆき、
討伐した扱いで楽に経験値を稼げるのだ。
マツタケの名を冠しているだけあり、経験値の実入りがよく『マツタケ道場』などとプレイヤーたちに言われている、
絶好の狩場なのである。
＞こんな俺達が有利な地形のど真ん中で待っていて、イブリースが乗ってくれるかは分からない。
ま、さっきも言ったけど――ここが本命だとバレないようにするには、少し工夫をしないとな
＞ありきたりな策として相手に優勢と思わせて深追いさせるって手段もあるけど…まあそんな単純な手には掛からないだろうね
「……そうですねえ。
いくら私たちが万全の布陣で待ち構えていたとしても、あちらが乗ってこなければ勝負になりません〜。
もちろん、あちらも私たちのことを警戒しているでしょうし〜。
確実にイブリースをこの場所まで誘導する方法を考えないと……」
イブリースは莫迦ではない。どころか、全身鎧を纏った純粋戦士のような外見に反してかなり高いINTを誇っている。
特にその武才に関しては、かつての主君であったバロールをも上回るとさえ言われているのだ。
戦術における地形の重要性など当然知悉しているだろうし、そう簡単にこちらの土俵に上がりはしないだろう。
しかし、エンバースには策があるらしい。
＞セルリアちゃん、悪いが俺を運んで欲しい場所がある――ここと、ここと……後は、ここだな
「――私？――」
不意に、エンバースはそう言ってセルリアに向き直った。
突然話柄を振られ、セルリアがその澄んだ（透明度という意味で）双眸を瞬かせる。
「――いったい、何を――」
＞何をするつもりかって？
真意を測りかねているセルリアへ、遺灰の男が茶目っ気たっぷりに笑いかける。
＞――それは、俺と君だけの秘密さ。ふふっ
「――はい、バッドコミュニケーション――」
いつもと変わらない眠たげな表情の眉間に皺を一本作り、セルリアは半眼で言った。
セルリアの こうかんどが 10さがった！
＞すまんみんな…ほんの少し聞いてもらいたい事があるんだ
作戦は決まった。あとはイブリースと対峙するだけだ。
だが、そんな決戦の空気にジョンが待ったをかける。
ジョンは天幕にあったテーブルの天板に右手を添えると、それを素手で真っ二つにしたうえ、
いとも簡単に粉砕してしまった。
到底人間の成し得る所業ではない。が、ジョンがそれをやってのけたのは紛れもない現実だ。
＞この程度じゃイブリースに勝つ事なんて不可能だ…でも作戦を…時間稼ぎするなら僕は戦力になれるはずだ
このPTで誰よりも細かい妨害が行えて、ゲージ消費が低コストで、それでいて前線に留まれる…
そして絶対にイブリースの記憶にない攻撃を使える僕が…
＞もしダメだったとしても命を捨てるような真似はしない…だから僕を使ってくれ！みんな！
ジョンが懇願する。
それがかつてキングヒルで流されるまま仲間にして欲しいと願い、
親友を喪って一時は目的のため仲間たちを裏切ることを決意し、
今――手痛い敗戦となゆたの無惨と言うしかない状態に直面した上でジョンが導き出した、最後の答えなのだろう。
そんな莫迦げた力がどこに、と思うかもしれない。が、これはよく考えてみれば当然の話だった。
なぜなら――アルフヘイムの者たちは、既にそんな力を使っている。
マルグリットも、アラミガも、ジョンと同じただの人間――紛れもない純血のヒュームだ。
だというのに、アニマガーディアンやミスリルクイーンといった強大なモンスターを単騎で仕留めている。
それに、なゆたがスキルによって驚異的な回避力を身に着け、明神が死霊術師としての才能を開花させつつある今――
ジョンがそれらに匹敵する強さを会得できない筈がない。
-
「こんなところに隠れていたか。アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』ども――」
作戦が終了してから、きっかり30分後。
虚空に『形成位階・門（イェツィラー・トーア）』が開かれ、中から闇色の瘴気を纏いながら兇魔将軍イブリースが姿を現す。
その背後には『十二階梯の継承者』、『詩学の』マリスエリスと『万物』のロスタラガムの姿もある。
律儀にまだイブリースと行動を共にしているらしい。継承者としての同盟契約か、それとも師ローウェルの指示か。
ただし、依然として両名とも出しゃばることはしない。
「覇王軍の中に紛れていれば、オレが周囲の被害を懸念して大技を控えるとでも思ったか？
生憎だが、オレは貴様らを始末することができるなら――周囲にどれだけ被害が出ようと構わん……！」
イブリースは二メートル以上もある愛剣『業魔の剣（デモンブランド）』を携え、
今度こそ明神たちを葬り去ろうと一歩を踏み出した。
「何者だ！？」
「魔物だ！ 排除しろ！」
明神たちのいる天幕の周囲にいた兵士たちもさすがにイブリースの威圧的な風貌とその発する瘴気に気付かない筈がなく、
瞬く間に蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
だが本人の言うとおり、イブリースはグランダイト軍に被害が出ることなどまるで厭わず攻撃を仕掛けてくるだろう。
むろん、こんなところで戦闘に及んで無関係の兵士たちに損害を与えることはできない。
第一、作戦によって決めた戦場はここではないのだ。
「よし、行くぜ！ みんな集まれ！」
ルブルムがヒラヒラフリフリの多い真っ赤なコスチュームのポーチから小さな翼の模型を取り出し、頭上に掲げる。
その瞬間、明神たちアルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』は一瞬で任意の場所へと転移した。
「ち―――」
顔を合わせるなり逃亡した『異邦の魔物使い（ブレイブ）』たちへ、イブリースが忌々しそうに舌打ちする。
だが、ニヴルヘイム側には『形成位階・門（イェツィラー・トーア）』と『ローウェルの指輪』の追跡能力がある。
たとえ世界の裏側であろうと、明神らがローウェルの指輪を所持し続ける限り居場所を特定することができるのだ。
カザハたちがキマイラのつばさで転移した先に、やや遅れて門が開きイブリースたちも姿を現す。
すぐに、ルブルムがキマイラのつばさを使用して消える。イブリースたちもその後を追う。
カザハたちが逃げる。イブリースらが追いかける。逃げる。追いかける。逃げる。追いかける――
「なんだなんだぁ？ 鬼ごっこかぁ？ ならアイテム使ってズルするなよぉ！ 正々堂々と追いかけっこしようぜ！」
「っっっっだ―――――――っ！！ 何なのにゃ！？
アタシたちは暇じゃーにゃぁがね！ どうせ勝ち目なんてにゃぁし、人間諦めが肝心だにゃ！」
イブリースの後方でマリスエリスとロスタラガムがぎゃあぎゃあと喚く。
不毛な鬼ごっこに無理矢理付き合わされる方の身にもなれ、ということか。
ただ、苛立ちを露にする継承者たちと違い、イブリースは冷静な態度を崩さない。どころか、
「……奴らの目はまだ死んでいない。これはただ徒に逃亡を図っているのではないな。
まだ策があるというのか……あれほど心を折ってやったというのに」
警戒している。その全貌こそ把握できていないものの、アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』が何かを企んでいる、
それだけは確信していた。
「だが、構うものか。すべて蹴散らし、踏み潰し、今度こそ確実に息の根を止める！
すべてはニヴルヘイムの安寧のため、そして……あの方との約束のため……」
イブリースが新たな『門』を開き、こことは異なる場所に転移する。
そして、兇魔将軍と継承者二人が新たに潜った先は――
峻険な渓谷の狭間にある、広大な湿原だった。
「……なんだ？ ここは……」
ぱしゃ、と水を多分に含んだ下草を踏みしめ、イブリースは困惑した声を漏らした。
周囲はマングローブのような常緑樹がひしめきあって植物群落を形成しており、
身長3メートルのイブリースよりも背の高い蕗や蓮なども生い茂っていて、極めて見通しが悪い。
「タマン湿生地帯。……あー、にゃるほどぉ……。そう来たにゃぁ。
連中、苦し紛れに知恵を絞ってきたみたいだにゃ？」
ひくひくと頭頂部の獣耳を動かしながら、マリスエリスが何かを察したように声を漏らす。
マリスエリスの本職は吟遊詩人（バード）だが、同時に野伏（レンジャー）のスキルも高レベルで習得している。
周囲の状況を鑑みて、おぼろげながら明神たちの目論見に勘付いたのだろう。
「ここで戦う腹積もりか、アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』ども――」
「かもにゃ。……その証拠に、もう逃げる兆候が見られないにゃ。
イブリース、どうするがね？」
「どうする、だと？ 決まっている。オレのすることは何ひとつ変わらない、
奴らがどんな小細工を弄してきたとしても――すべて！ 啖い尽くし、皆殺しにするだけだ！！」
「まっ、油断してすっ転ばないように気を付けるにゃ」
人狼の女はひらひらと軽い調子で右手を振ってみせた。
-
『奉（たてまつ）るは根源の階。希（こいねが）うは真理の顕現。
我ら探究者にして体現者、生界と幽界の均衡を司りし天秤の徒なり』
『――力（オド）、気（エーテル）、魂（アニマ）。
秩序の三鼎、即ち一脚をも欠けること能わず、三位は此れ一体なる可し――』
『旧き霊銀の契約に則り、我ら此処に合一を果たさん。
……魔力開放。第三級封印呪束帯限定解除、魔術回線同期開始』
『ケテル。調律』
『――コクマー。調律――』
『ビナー。調律』
キィィィィィィィィィィィィィィン―――――――
耳が痛くなるような高音が、戦場として選んだフルス水系の中州に響き渡る。
切り立った高い崖に面した幅の広い河は途中が野球場ほどもありそうな中州によって分断されており、
しばらく下流で再度合流している。上流にはタマン湿生地帯が広がっており、そこが戦いの開始地点だった。
デスティネイト・スターズは湿地帯の境界から500メートルほど離れた中洲の一番見晴らしのいい下流に陣取った。
見晴らしがよくなければ『黄金の夜明け（ゴールデン・ドーン）』の射線が確保できない。結果的に遮蔽物の何もない、
無防備そのものの姿を晒すことになってしまっているが、それを守るのがジョンたちの仕事だ。
5メートルほど離れて三角形に向かい合った三人の足許に、それぞれ赤、青、黄の魔法陣が出現し、ゆっくりと回転する。
その周囲に肌がピリピリと刺激されるような魔力の波が生まれているのが、明神には分かるだろう。
「あなたは我々シルヴェストルの希望。テュフォンがあなたを守ったように、私もあなたを守ります。
……この、命に代えても」
双巫女の片割れ、銀の髪のブリーズはカザハと行動を共にするつもりらしい。その瞳には悲壮なまでの決意が湛えられている。
あくまで巫女として、シルヴェストルという種族の存続のために殉じようという気持ちらしい。
とはいえ、レクス・テンペストの資格を持つブリーズの魔術の腕は覇王グランダイトと真っ向勝負ができるほど。
そう易々と死ぬことはないだろう。
当初の狙い通り、イブリースはタマン湿生地帯に現れたようだった。
「ふん！！」
大剣『業魔の剣（デモンブランド）』が唸りを上げるたび、樹木や植物が苧殻のように薙ぎ払われる。
イブリースは無理矢理前方の植物を斬り払いながら進んでいるが、数が多すぎて焼け石に水だ。
おまけに足許は踝まで水に浸かってしまい、泥濘状のため極めて歩きづらい。
浅く張った樹木の根が地面の凹凸をさらに酷いものにしており、常人ならろくに歩くこともできないだろう。
加えて上背が仇となり、植物が邪魔で周囲の様子が掴めない。
逆にエンバースたちにとっては植物に紛れて身を隠し、死角からイブリースを狙うことができる。
それでもイブリースは不利な状況に屈することなく、魔力が示すローウェルの指輪目指して一直線に進んでいる。
エンバースが下準備したポイントに到達するのも、もうすぐだろう。
「……む……！」
エンバースの下準備がどういったものであるにせよ、イブリースはそれを回避しない。
打撃系だとすればそのフィジカルで粉砕しようとするし、魔術系なら抵抗を試みる。
どこかへ誘導しようとするなら、進行速度は鈍るもののそちらへ足を向けるだろう。
何れにしてもその効果は半分程度といったところだろうか。
「――！！ 見つけたぞ、アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』ども！！」
ジョンたち『異邦の魔物使い（ブレイブ）』の姿を見つけると同時、猛然と追撃を開始する。
遠距離から『闇撃琉破（ダークネス・ストリーム）』を撃ってきたりもするが、前述の通り予備動作が大きいことに加え、
イブリース側からは植物が障害となって明確な射線が確保できず、半ばあてずっぽうの射撃になる。
魔法自体は即死級の威力のため植物を盾にしても諸共に消し飛ばされるのがオチだが、回避自体は容易いだろう。
「ち……」
剣で樹木を斬り払い、視界を確保しながら、イブリースが舌打ちする。
伐採しても伐採しても植物は無限と言えるほど生い茂っており、イブリースは『異邦の魔物使い（ブレイブ）』を補足できない。
一方でジョンやエンバースらはイブリースの巨体を容易にロックオンでき、ほぼ一方的に攻めることができるのだ。
尤も、先の戦いでも示す通りイブリースに有効打を見舞うのは至難の業である。
元々の防御力がきわめて高く、その上予知能力にも似た能力によって大抵の攻撃は事前に防がれてしまうだろう。
やはり、エンバースの予想通り何らかの加護を得ているということは明白だった。
「ははあ、ゲリラ戦術とは考えたにゃぁ。
まっ、弱っちい方が圧倒的戦力差を埋めるには、地の利に頼るしかにゃーで。
にしても付き合いきれんにゃ。イブリース、アタシたちは見晴らしのいい場所で観戦させてもらうがね。
タラちん、行こみゃぁ」
「えー？ おれはこういうのも好きだぞ！ おれも遊びたい！」
「行、こ、みゃ！」
湿地帯での行軍と『異邦の魔物使い（ブレイブ）』の戦術に嫌気が差したのか、マリスエリスが離脱する。
ロスタラガムもその後を追う。
「……勝手にしろ」
イブリースは一瞥さえしない。元々、十二階梯の継承者など信用してもいないといった様子だ。
勝手にお目付け役を名乗ってついてきた邪魔者、程度にしか思っていないらしい。
-
「ぐ、お……！？」
エンバースとジョンが急峻な谷川まで誘導すると、イブリースは不安定な地面に足を取られ、川へと落下しそうになった。
そこまでは、計画はうまく行っていると言っていいだろう――けれど。
「フン！！」
イブリースは顔色ひとつ変えずに背の黒翼を広げると、すぐに姿勢を制御し空中でぴたりと停止した。
そのまま上空へと飛翔し、湿地帯のエンバースたちを見下ろす。
「莫迦どもめ」
突き出したイブリースの右手、その手のひらの先に暗黒の魔力が収束してゆく。
放たれる『闇撃琉破（ダークネス・ストリーム）』が、タマン湿生地帯を薙ぎ払う。
イブリースの背には普段畳まれている二対の翼があり、巨体を楽々と飛翔させられるだけの飛行力を備えている。
二、三度衝撃波を放ち、眼下のエンバースたちに反撃すると、イブリースはばさあっ、と巨翼を一度羽搏かせ、
ローウェルの指輪を探知しスターズたちのいる中洲へ向けて飛んでいった。
「いじましい戦い方だな……今までも、そうやって姑息に勝ちを拾ってきたという訳か。
オレをまんまと誘い込んだつもりだろうが――それならばそれで構わん。
貴様らの悪足掻きなど、オレたちの怨嗟と憤怒の前には何の意味もないということを知るがいい！
地獄の底でな……！！」
ずずぅん……と轟音を立て、中洲へ降り立つ。
明神が戦いの場に選んだこの周辺は大小さまざまな岩が転がる足元の不安定な場所で、足を使った機動力を活かしづらい。
それはイブリースに関しても同じことで、地上戦をするなら多大な不自由を強いられることになるだろう。
だが――それは『イブリースが地面に足をつけて戦うなら』という前提あっての話だ。
その背に生えている二対の巨翼がある限り、イブリースは地形の制限を受けない。
計画通りの効果を狙うのなら、翼にも対処しなければならないのだ。
けれど――それが果たして可能かどうか。
「あれが貴様らの切り札か。
ならば、早めに潰させて貰う！」
ぎゅばっ！！！
翼を大きく広げ、イブリースが一気に突進する。
その狙いは無防備に詠唱に集中しているデスティネイトスターズだ。
むろん、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』が何もしなければスターズは成す術もなくやられてしまう。
「やらせません……！ 『真空刃（エアリアルスラッシュ）』！！」
カザハのすぐ脇に控えたブリーズが両手を前方へ突き出し、無数の真空刃を生み出してイブリースへ撃ち放つ。
が、効かない。夥しい数のカマイタチは、イブリースが大剣をひと薙ぎしただけでたちまち霧散してしまった。
「邪魔だ！！」
イブリースがブリーズへと業魔の剣を高々と振りかぶる。
一撃必殺の斬撃。しかし、それは『異邦の魔物使い（ブレイブ）』にとっては狙い通りの好機と言える。
エンバースあるいはジョンがその攻撃に割り込み、イブリースの振り下ろす剣のタイミングに合わせてパリィを行えば、
兇魔将軍は大きく身体を仰け反らせて怯むだろう。
ただし、それは極めて大きな危険を伴う行為である。
大振りでモーションの見極めやすい攻撃とはいえ、パリィし損ねれば致死級の攻撃をまともに喰らうことになる。
甚大なダメージを覚悟しての、薄氷を踏むが如き反撃――
しかし、それが成功すれば『異邦の魔物使い（ブレイブ）』には大きなチャンスが訪れる。
ガキィンッ！！
「……なに……ッ！？」
パリィが成功すると、イブリースは思わぬ事態に大きく三つの目を見開いた。
振り下ろしかけていた大剣が後方に弾かれ、巨体が傾ぐ。
このときイブリースは完全に無防備になってしまう。反撃をするなら、このタイミングだ。
なお、イブリースの攻撃は大技であればあるほどパリィしたときの隙も大きくなる。
今の攻撃はただの斬撃――通常攻撃でしかないため、パリィしても反撃できるのはせいぜい一度だろうが、
最大の必殺技『業魔の一撃（インペトゥス・モルティフェラ）』のパリィに成功すれば、
『異邦の魔物使い（ブレイブ）』全員で総攻撃をかけることも可能だろう。
【現在のイブリースの状況：
体力：MAX
魔力：MAX
攻撃力：MAX
防御力：MAX
第三の目：正常
翼：正常
尻尾：正常
加護：正常
『黄金の夜明け（ゴールデン・ドーン）』発射まであと5ターン】
-
明神さんの立案した作戦は、まずはこちらに有利な地形に誘い込み、部位破壊による亡霊入れ知恵の封殺、
からのゲームのセオリー通りの業魔の一撃パリィからの集中攻撃というものだった。
イブリースがこの世界はゲームではないのを強調していたのは、ゲームと同じ攻略法が健在だからこそ、とも考えられる。
＞「――ははっ、言ってやれよ、ジョン。それってただの、めちゃくちゃ上手くいってる接近戦だって。
あのイブリースを相手にそれが出来るブレイブなんて、そうそういる訳がない。
このアルフヘイムに精々――二人いれば、いいとこだろうな」
＞「二人か…うん。そうだね」
＞「証明してやろう。俺たちは兇魔将軍にだって負けねえすげえブレイブだってこと。
――地形とデバフとハメを駆使した、ゲーマーの戦い方でな」
＞「…うん！」
明神さんがデバフで部位破壊した上で、エンバースさんとジョン君が接近戦を挑んでパリィを狙う。
私達はフライトとバフでそれを補助、という感じでしょうか。
……あれ？ ジョン君、いくら訓練を積んでいるとはいえ普通の人間の身で前線担当は無謀なような……。
＞「すまんみんな…ほんの少し聞いてもらいたい事があるんだ」
＞「明神…君はもしかしたら僕を前線に出すのを躊躇ってるのかもしれない…僕が強いといっても普通の人間を範疇を超えられないから…」
「そりゃあ基本的に前線に出るのはモンスターであってブレイブじゃないからね！？」
ジョン君ブラッドラストverと大立ち回りしたカザハが言ってもあんまり説得力が無い気がしますが……いや、説得力あるのか。
ちょっと今２Pカラーで陰キャ地球人っぽくなってるけどバリバリのアルフヘイム産のモンスターでした！
＞「実を言えば僕はブラッドラストが発現する前から全盛期ではなかったんだ
最初から…いや君たちに同行するようになってから…そして君達に馴染めば馴染むほど…
人を殺す事に違和感を感じれば感じる程…体に重りがついたように動かなくなっていった」
そこでジョン君がいきなりテーブルを粉砕した。
「ちょっと！？」
もうブラッドラストは無いにもかかわらず、普通の人間とは思えない怪力だ。
地球では一般人でもこっちの世界に来た時点で、ファンタジー仕様になるんですね。
…… 一般人って何でしたっけ。
＞「この程度じゃイブリースに勝つ事なんて不可能だ…でも作戦を…時間稼ぎするなら僕は戦力になれるはずだ
このPTで誰よりも細かい妨害が行えて、ゲージ消費が低コストで、それでいて前線に留まれる…そして絶対にイブリースの記憶にない攻撃を使える僕が…」
＞「もしダメだったとしても命を捨てるような真似はしない…だから僕を使ってくれ！みんな！」
「それはブラッドラストみたいな命を削るような力じゃないんだよね？ なら……頼りにしてる！」
-
＞「勢いでテーブル粉砕しちゃったけど…どうしよう…？」
「まあ……壺を見たら片っ端から叩き割る勇者もいた気がするし勢いでテーブル粉砕するブレイブがいてもいいんじゃね？」
全然よくない気がしますが、今は時間が無いのでそういうことにしておきましょう。
あれ、昔は平和的に覗き込んでたと思うのですが……
何故に頭上に高々と持ち上げては叩き割るというアグレッシブな仕様変更をしてしまったのでしょう。
それから30分後、満を持してイブリースが現れました。
＞「こんなところに隠れていたか。アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』ども――」
＞「覇王軍の中に紛れていれば、オレが周囲の被害を懸念して大技を控えるとでも思ったか？
生憎だが、オレは貴様らを始末することができるなら――周囲にどれだけ被害が出ようと構わん……！」
イブリースは構わなくても、覇王軍を仲間に引き入れようとしているエリにゃん達がめっちゃ困るんじゃ……。
ローウェルさん達、やっぱりこれと同盟組むのはやめた方がいいんじゃないですかね……。
＞「よし、行くぜ！ みんな集まれ！」
キマイラの翼による転移を繰り返し、イブリースを作戦地点まで誘導します。
＞「あなたは我々シルヴェストルの希望。テュフォンがあなたを守ったように、私もあなたを守ります。
……この、命に代えても」
「ブリーズ……生き残るよ、一緒に。テュフォンはきっと君にも生きてほしいと思ってる……」
イブリースが現れたということは、テュフォンは倒されたということなのでしょう。
それにしてもカザハがシルヴェストルの希望とは一体……。
レクス・テンペストという点なら、テュフォンやブリーズも同じ立場のはず。
やはりブレイブの資格を得たレクス・テンペストであるということに意味があるのでしょうか。
こちらが作戦地点に到着してからイブリースが到着するまでに若干の間がありました。
便利ドアの出現地点の指定が割とざっくりなのか、少し離れた場所に出現したのでしょう。
カザハはその間に、メンバーに補助スキルをかけて下準備をしていきます。
戦闘開始と同時に（システムによっては開始前に）ドーピングしまくるのはゲーマー的常套手段です。
ちなみにアストラルユニゾンはデフォですが、なゆたちゃんとポヨリンさんがいないので私はやっぱり美少女になれませんでした。
「ドーピングするなら今のうち……オールフライト！」
これはフライトの上位版のスキルで、パーティ全員にフライトの効果がかかりました。
そういえばカザハはフライトのスペルカードを持っていましたが、
手持ちのカードは中〜高レベルのシルヴェストルのスキルを再現したものが多い。
ということは中レベルぐらいのものは素で使えるようになって用済みなのも結構あるということですね……
-
「ウィンドボイスネットワーク」
続いて、ウィンドボイスのパーティ全員版。
普通のウィンドボイスが１対１の通話ならこちらはグループチャットのイメージです。
今回のような全員で連携して相手をハメる作戦では有利に働くことでしょう。
（ただ懸念事項があるとすれば盗聴されなければいいのですが……）
例えば、私はカザハを通して要請があればメンバーを自力で飛ぶよりかなり早く移動させることが出来ます。
「エコーズオブワーズ！」
明神さんに魔力増幅のスキルをかけたところで、ついにイブリースが現れました。
＞「――！！ 見つけたぞ、アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』ども！！」
まずはエンバースさんとジョン君が前線で迎え撃ち、谷川まで誘導します。
＞「ぐ、お……！？」
＞「フン！！」
イブリースは翼を広げて難なく川への落下を回避した。
「飛べたんかい！！」
今まで飛んでなかったのは飛ぶのはタダではなく一応魔力とかの何らかのリソースが必要だからなのか、単にそれ程必要性を感じなかったからなのか……。
そのまま早々にデスティネイトスターズを見つけ、中洲へと向かってしまいます。
＞「あれが貴様らの切り札か。
ならば、早めに潰させて貰う！」
＞「やらせません……！ 『真空刃（エアリアルスラッシュ）』！！」
＞「邪魔だ！！」
イブリースが攻撃を仕掛けてきたブリーズへと標的を変更し、業魔の剣を振りかぶる。
「カケル！ 『乱気流（タービュランス）』！」
私はカザハの指令を受け、飛行する敵を妨害するスキルを発動。
とはいえ、雑魚の集団なら明後日の方向に吹っ飛んで行ったりするのですが、イブリース相手では……。
＞ガキィンッ！！
-
＞「……なに……ッ！？」
それでも少し動きが遅くなる程度には効いたのでしょうか、間一髪でパリィが間に合いました。
そして今回は誰か一人が一撃反撃するのがやっとな感じですが、やはりパリィすると攻撃のチャンスが出来る法則は健在のようです。
反撃に合わせてカザハがスマホを操作してバフをかけます。
「聴力強化（アコースティック）！」
ん？ それスペルカードじゃなくて自力のスキルじゃありません？
そして効果は、何故か攻撃の支援ではなく音が増幅して聞こえるようにして聴力を強化する、補聴器魔法版のようなもの……
「しまった、対象間違えた……！」
……なんかイブリースにかかってません！？
まあ、この状況で聴力強化されたところで、スターズの居場所はとっくにバレてるし、
亡霊は最初から聞こえる声量でアドバイスしてくれていると思うので、もっと聞こえるようになることもないでしょうし、そんなに支障はないとは思いますけど……。
あれ？ むしろ逆に部位破壊が通りやすくなるんじゃ……さてはスマホの操作間違えた振りしてわざと間違えましたね！？
向こうからすればスペルカードと自力のスキルの区別はついてないだろうし。
例えるなら何かのゲームにあったアンデッド系モンスターに回復アイテムを使ったらダメージ素通し、と似たような発想だ。
うん、昔一緒にゲーム実況やっててそんなんありましたね……。
尤も、この世界でのそのパターンの運用がどうなっているかは分からないので
普通にデバフかけられたときと同じように抵抗されて無効化されるかもしれないのですが。
駄目でもともと、当たればラッキーというやつです。
-
>「よし、作戦は決まりだ――スタート地点は、ここにしよう。俺に考えがある」
作戦会議は進む。
俺の立案を一通り聞き終えたエンバースが、マップの一点を指示した。
>「レベル72から79の間のレベリング……は明神さんにしか伝わらないか。
ええと……この辺りはタマン湿生地帯って言って、植物の群生地で見通しが悪い。
それだけじゃなくて――ここから、ここまで。この辺りは特に地形の高低差が激しいんだ」
「ありましたねぇそんなん……よぉく覚えてるわ。マツタケ道場だろ」
レベル70台からの経験値テーブルは壁かよってくらい急カーブを描いていて、
アホみたいな量の経験値が要求されるわりに適正レベル帯の敵はやたら硬くてクソまずいっていう、
旧世代のMMOよろしく賽の河原じみた様相を呈していた。
そんな折、例によって廃人共が試行錯誤の末に導き出した『狩場』――。
それがタマン湿性地帯だ。
湿地にポップする『マツタケマン』はタフい上に即死級のバ火力で殴ってくる危険なモンスターだが、
うまいことトレインして川に叩き込んでやればリスクを負うことなく討伐できる。
しち面倒くさい狩りパの募集やらしなくても適当な挑発スキルか回避スキルだけあればソロ狩り可能で、
地獄のような中盤のレベリングを効率よくこなせるっつう中級者の登竜門みたいな場所だ。
ついたあだ名がマツタケ道場。
あとは俺が狩ってた頃は『タマン収容所』とか呼ばれてたな。
大体ここで長期滞在を強いられるのって中盤までレベリングサボってた連中だったからね……。
>「こんな俺達が有利な地形のど真ん中で待っていて、イブリースが乗ってくれるかは分からない。
ま、さっきも言ったけど――ここが本命だとバレないようにするには、少し工夫をしないとな」
「オッケ、誘導は頼んだ。文字通りの鬼ごっこと洒落込もうぜ」
決めるべきことは決まった。俺はケツの埃を払って立ち上がる。
とっとと移動しねえとそろそろソロバン殿にぎゃーすかどやされそうだ。
>「すまんみんな…ほんの少し聞いてもらいたい事があるんだ」
と、そんな俺達の背にジョンが声をかけた。
-
>「明神…君はもしかしたら僕を前線に出すのを躊躇ってるのかもしれない…
僕が強いといっても普通の人間を範疇を超えられないから…」
「そりゃそうだろ。イブリースの二の腕見たかよ、力こぶが俺の頭くれーあったぜ。
なんぼお前がフィジカルエリートだからって生き物としてのスペックが違いすぎるわ」
至極当然の理由を述べたつもりだった。
だけどジョンの結論は、その先にあるようだった。
やおらテーブルを掴む。分厚い銘木で出来た、見るからに頑丈そうなそれを――
>「実を言えば僕はブラッドラストが発現する前から全盛期ではなかったんだ
最初から…いや君たちに同行するようになってから…そして君達に馴染めば馴染むほど…
人を殺す事に違和感を感じれば感じる程…体に重りがついたように動かなくなっていった」
ジョンは、あろうことか片手で紙みたいに引き裂いた。
冗談みたいな音を立ててテーブルが２つに分かたれる。
「……え？は？あっ！？」
そして半分になったテーブルを空高く放り投げて……拳と蹴りで、同時に粉砕した。
俺は開いた口が塞がらなかった。こんなんお前……グラップラー刃牙でしか見たことないよ……？
人間の限界っつーか、物理法則からも片足踏み外してねーかな……。
「……『ヨモツヘグイ』ってあるじゃん？」
簡単に言うと、臨死体験とかで一時的にあの世に行くことになったときでも、
あの世でご飯を食べちゃうと体があの世のものになる（＝完全に死んでしまう）みたいな日本神話のエピソードだ。
生き物の身体は基本的に、食ったものを消化して作られている。
あの世由来のものを食えば、身体の成分があの世由来のものになっちまうっつうことなんだろう。
「人間の全細胞が新陳代謝で新しいのに置き換わるまでだいたい３ヶ月だったか。
俺たちもかれこれ何ヶ月とこっちの世界に居るからな……
もうだいぶ、アルフヘイム由来のタンパク質とカルシウムで身体が出来上がってんだろうぜ」
他ならぬ俺自身、ついこないだまでパンピーだったとこにぶっつけで魔法が使えてる。
魔王様の薫陶を受けたことは間違いないが、理由は多分それだけじゃないだろう。
長いことアルフヘイムで暮らしたおかげで、この環境に順応した。
陸に上がった両生類が肺呼吸するように、剣と魔法のファンタジーな物理法則に、身体が適応してきたんだ。
-
あえてゲーム風に言うなら……『レベルアップした』。
なゆたちゃんの回避スキルやジョンの人間離れした身体能力も、その恩恵によるものだと考えりゃ矛盾はない。
>「この程度じゃイブリースに勝つ事なんて不可能だ…でも作戦を…時間稼ぎするなら僕は戦力になれるはずだ
このPTで誰よりも細かい妨害が行えて、ゲージ消費が低コストで、それでいて前線に留まれる…
そして絶対にイブリースの記憶にない攻撃を使える僕が…」
「俺は反対だ。お前が強くなったっつうのは分かったし、今さら疑うつもりもねえよ。
それでも自殺行為には変わりない。やってもいねえ裏切りを償おうとしてるんならなおさら――」
>「もしダメだったとしても命を捨てるような真似はしない…だから僕を使ってくれ！みんな！」
にべもなく却下しようとして、ジョンの２つの眼差しと目が合って、俺は二の句が継げなくなった。
その眼には、かつてのような希死念慮と捨て鉢な自傷の感情はなかった。
こいつは石油王の言葉通りに、行動で覚悟を示そうとしている。
この先も、俺たちや、なゆたちゃんと一緒に歩いて行くために。
>「それはブラッドラストみたいな命を削るような力じゃないんだよね？ なら……頼りにしてる！」
「……約束しろ、絶対に五体満足で帰ってくるって。
なゆたちゃんが目を覚ましたとき、そこにお前が一緒に居なけりゃ、この戦いになんの意味もねえんだ」
一方で、ジョンが再び前線に出られるようになったのは、純粋に心強かった。
『めちゃくちゃ上手く言ってる近接戦』――エンバースが言ったように、作戦にはパリィ役が不可欠だ。
ポヨリンがいない以上、別の誰かがその役目を負わなくちゃならない。
ジョンとエンバース。
作戦の成功には、どうやったって２枚以上の前衛が必要だった。
……なゆたちゃんは、俺がまたぞろジョンに死線を潜らせたと知ったら怒るだろうか。
女子高生に怒られたくねえなあ。
でもイブリースにぶっ殺されて、二度と怒られなくなっちまうのは、もっと嫌だ。
>「ところで…………」
ジョンがばつ悪そうに聞いてきた。
>「勢いでテーブル粉砕しちゃったけど…どうしよう…？」
「うん……全部終わったら、みんなで怒られにいこうぜ」
テンペストソウル献上したら陛下も許してくれるよ多分。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
-
>「こんなところに隠れていたか。アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』ども――」
方針決定から30分くらい経って、不意に俺たちの背後に『門』が出現した。
出てきたのは想像に漏れずイブリース。そしてその腰巾着２人。
俺は驚かなかった。準備も覚悟も、30分前に終わってる。
>「覇王軍の中に紛れていれば、オレが周囲の被害を懸念して大技を控えるとでも思ったか？
生憎だが、オレは貴様らを始末することができるなら――周囲にどれだけ被害が出ようと構わん……！」
「へっ、お優しいねえ。お前にとっちゃ人間の兵士なんざアリの行列みたいなもんだと思ってたぜ。
わざわざ予告する程度には、周りの被害を気にかけてくれてるわけだ」
もう一度イブリースと会話して、俺の中にあった違和感が輪郭を帯びてきた。
イブリースは……殲滅対象を俺たち『だけ』に絞っている。
なんなら今だって、目の前に現れる前に範囲魔法で陣営地ごと焼き払ったって良かったはずだ。
まるで『ここで戦うと周囲に被害が出ますよ』と言わんばかりの宣言で、
俺たちを追い立てる必要なんか、こいつにはないはずなのに。
>――「オレたちの生きる世界は！ 貴様らが片手間に救えるほど安い世界ではない――！！
>――「だがそれでいい……そんな貴様らだからこそ、オレも遠慮なく葬り去れる」
ゲームの中でも、イブリースは確たる矜持を持った武人だった。
卑劣な振る舞いを嫌い、虐殺や不要な破壊を良しとせず、ただニヴルヘイムの幸福だけを願う男だった。
プライド。信念。こいつの戦いには、常に主義と思想が隣り合わせだった。
……きっと今も、それは変わっていない。
俺が愛したブレイブ＆モンスターズは、ちゃんとイブリースの中にも残ってる。
「ハナからお前に仏心なんざ期待してねえよ。
鬼ごっこ始める前にトイレ行ってたら出遅れちまっただけだ」
>「よし、行くぜ！ みんな集まれ！」
「おかげでてめーのコワモテ見ても漏らさずに済んでるぜ！あばよ！」
捨て台詞ひとつ残して、俺たちはキマイラの翼の効果で姿を消す。
イブリースの忌々しげな舌打ちを置き去りにして。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
-
>『奉（たてまつ）るは根源の階。希（こいねが）うは真理の顕現。
我ら探究者にして体現者、生界と幽界の均衡を司りし天秤の徒なり』
幾度かの追いかけっこの末、フルス水系に降り立った俺たちは、すぐさま二手に分かれた。
ジョンとエンバースの前衛組は上流のタマン湿性地帯へ。
俺とカザハ君はブリーズ、スターズと一緒に後衛組として下流の中洲だ。
「ここまでは概ね予定通り……」
俺はヤマシタを『歌姫モード』の怨身換装で傍に待機させ、戦局が動くのを待っていた。
湿性地帯の方では間断なく魔法が弾け、木々の砕ける轟音が聞こえてくる。
すぐ隣ではスターズが魔法の発動準備に入り、大気を焦がすような魔力の高まりを感じ取れた。
コミカルな言動がイマイチ認識にデバフをかけるけど、スターズは霊銀結社選りすぐりの戦闘集団だ。
ムラっけはあるものの、アルフヘイム在野の魔術師の中でトップクラスに近い実力を持つ。
一回スイッチが入ったこいつらが、魔法を仕損じるってことはないと見て良いだろう。
だから、肝心要はむしろ俺たち。
>「ドーピングするなら今のうち……オールフライト！」
カザハ君が全体バフを重ねがけしていき、その度に身体に外付けの活力が宿る。
ボイスチャットみたいな魔法の影響で、前線の様子が通信越しに聞こえた。
>『ぐ、お……！？』
イブリースの焦りを帯びた声。
ざまぁ見やがれ、川にドボンしたか――？
と思いきや、湿性地帯の木々の上にイブリースの姿が出現した。
「あれは……あいつ、飛んでやがるぞ！」
>「飛べたんかい！！」
イブリースは背から張り出した二対の黒翼で空を泳ぎ、滑落を回避していた。
そうだった、あいつ翼あるじゃん！キャラデザ上のハッタリだと思ってたわ！
空中から湿性地帯を爆撃したイブリースは、いよいよ俺たちの方へと視線を遣った。
「来るぞ……！」
虚空を砲弾のように滑り、砂利を蹴散らしながら中洲に降り立つ。
着地の衝撃で地面が揺らぎ、川の水面にいくつも水柱が昇った。
>「いじましい戦い方だな……今までも、そうやって姑息に勝ちを拾ってきたという訳か。
オレをまんまと誘い込んだつもりだろうが――それならばそれで構わん。
貴様らの悪足掻きなど、オレたちの怨嗟と憤怒の前には何の意味もないということを知るがいい！
地獄の底でな……！！」
「沼地のわくわくピクニックは楽しんでもらえたか？
せっかくニヴルヘイムのクソ田舎からご足労いただいたんだ、おもてなしはまだまだこっからだぜ」
俺の減らず口に、イブリースは最早答えなかった。
-
>「あれが貴様らの切り札か。ならば、早めに潰させて貰う！」
詠唱しているスターズを目敏く捉え、再び翼をはためかせる。
突風を撒き散らしながら進撃するイブリースへ、
>「やらせません……！ 『真空刃（エアリアルスラッシュ）』！！」
ブリーズが迎撃の魔法を放つ。
真空の刃は大剣の一薙ぎでかき消されたが、タゲが変わった。
>「邪魔だ！！」
もう一度、イブリースは今度はブリーズへ向けて剣を振りかぶる。
>「カケル！ 『乱気流（タービュランス）』！」
カケル君の妨害魔法でわずかにイブリースの動きを遅滞させる。
その間隙に、ジョンとエンバースの到着が辛うじて間に合った。
唐竹割りの一撃に、前衛組のパリィが差し込まれる。
>「……なに……ッ！？」
よし……！
やっぱパリィは効く。タイミングを合わせりゃ攻撃自体をキャンセルできる。
イブリースは体勢を崩し、さらなる追撃のチャンスが生まれた。
ここからだ。
今の一撃は単なる通常攻撃。出の早いジャブみたいなもんだ。
威力は必殺技ほどじゃないが、代わりにパリィされても致命的なスタンには陥らない。
奴に有効打を与えるには、『業魔の一撃』からパリィを取る必要がある。
今の攻防で、イブリースは俺たちがパリィを戦術に組み込んでると気付いたはずだ。
より隙の大きくなる『業魔の一撃』のキャンセルを狙っていることも。
そして、通常攻撃ではもう一度パリィを取られる可能性も考慮してるだろう。
となれば確実に、次は『準備』を整えたうえで『業魔の一撃』を放ってくる。
パリィ狙いの攻撃を完全阻止する、怨霊の囁き。
必殺技を放つ前に、必ず絶対迎撃の加護を使う。
――ここだ。
俺は手のひらで両眼を覆い、すぐに見開いた。
魔力を集中させた眼球は、普段と異なる視界を映し出す。
『霊視（クオリアビジョン）』――。
死してなお現世を漂う、本来目には見えない死者の霊魂。
その輪郭を捉え、観測する、ネクロマンサーにとってもっとも初歩的なスキルだ。
齧りたての死霊術師でもまず最初に習得するこのスキルを、俺はこれまで使えなかった。
単純な練度の不足だ。バロールの見立て通り、俺には魔法を扱う才能が足りてなかった。
怨身換装も実力不足を外付けパーツで無理やり補うためのズルでしかない。
イブリースとの最初の対峙で一度死にかけて、幽体離脱までして、
身体に染み付いた『死』の実感が、俺に霊魂の形を教えてくれた。
歪な近道ばかりしていたネクロマンサーとしての第一歩を、ようやく踏み出せた。
-
そして、見えた。
イブリースの巨体に重なるようにして、形容できない『何か』が居る。
霊視の精度がもうちょい高けりゃ見た目がハッキリ分かっただろうが、今はこれが限界だ。
確かにイブリースは、何者かの加護を受けて絶対の防御を成立させていた。
形が捉えられるなら、そいつをスペルの対象にだってできる。
中指に嵌めたローウェルの指輪が輝く。
引き出す効果は『ディスペル無効』と『効果範囲の収束』。それから――
「――威力の超強化だ！『終末の軋み(アポカリプスノイズ)』、プレイッ！！」
耳をつんざくような大音声は、聞こえなかった。
極限にまで収束した音の波は、周囲にわずかにも響くことなく、一振りの槍と化した。
音の槍は狙い過たず『亡者』へと直撃する。
囁きを――塗り潰す！
「今だ、畳みかけろっ！」
イブリースの迎撃防御が亡者の加護によるものなら、これで後の先を取られることはなくなるはずだ。
あとは純粋なDEFとATKのせめぎ合い。
俺にできることは――まだたくさん残ってる。
「陰気な亡者共に本場のロックを教えてやるぜ！
歌えヤマシタ！feat.シェケナベイベ！『扇動の歌（スクリーム）』！」
ユメミマホロを模した革鎧がマイクを構え、シャウトを放つ。
本家マホたんとは遠く似つかないゴリゴリのデスボイス。
マル様親衛隊が一人、シェケナベイベが掻き鳴らしてた臓腑を揺るがすような重低音だ。
シェケナベイベとの戦いで、俺はデスメタルがただの騒音じゃないことを知った。
鼓膜だけじゃなく腹の底を震わせる熱さを持った旋律は、たしかに音楽だった。
さんざん聞かされて譜面はもう覚えた。
歌姫を再現した今のヤマシタなら、耳コピでアレンジまでやってのける。
魂の籠もったシャウトには、感情を揺さぶり聴衆を扇動する力がある。
イブリースの背後霊共はむき出しの魂。
俺がネクロマンサーとして対象を指定すれば、ダイレクトに音律が届く。
ましてや今はエコーズオブワースの影響下だ。器を持たない魂は、扇動に抗えない。
イブリースへの助言は継続的に塗りつぶされる。
そして俺は、カザハ君がイブリースに聴覚強化のバフをかけたのを見逃さなかった。
大音量のデスメタルを耳元でぶち鳴らされ続けてるようなもんだ。
足音や武器を振るう風切り音、戦闘者にとって重要な聴覚要素も音楽がねじ伏せる。
-
『作戦第二段階だ。やり方はなんでも良い、奴の翼を潰せ！』
カザハ君のボイチャ魔法越しに指示を飛ばす。
パリィ戦術は奴が地上で剣を振るってくれることが前提だ。
さっきみたいに上空から魔法で爆撃されたら対空攻撃の乏しいこっちが一気にピンチになる。
そして懸念事項はまだまだある。
イブリースには切り札と呼べる必殺技がもうひとつあった。
魔力の波動を伴った土石流、『冥獄憤激轟（ヘルガイザー）』。
俺たちが一撃で壊滅に追い込まれた範囲攻撃だ。
『このまま地上でパリィを続けてれば、イブリースは遠からずヘルカイザーを使ってくる。
例の土石流も予備動作がでかい。奴が剣を地面に突き刺したら合図だ』
こいつのパリィに失敗すれば俺たちは今度こそ全滅する。
首尾よく避けられたとしても、スターズに当たれば作戦は失敗だ。
絶対に撃たせちゃならない。
【アポカリプスノイズとデスボイスで亡者の囁きを阻害。
強化聴覚に騒音をしこたま打ち込んでデバフ。
イブリースの翼を潰せ！】
-
【スコーチド・タクティクス(Ⅰ)】
『――はい、バッドコミュニケーション――』
セルリアちゃんはとっても嫌そうな顔をした。
「なるほど。つまり――――嫌よ嫌よも好きのうち、って事だな？」
遺灰の男はめげない/くつくつと笑う。
言動自体に意味はない/ただ余裕ぶる事が出来ればよかった。
遺灰の男には記憶がある――根拠なんてない強がりに、何度も救われた旅の記憶が。
『すまんみんな…ほんの少し聞いてもらいたい事があるんだ』
ふと、ジョンが皆に呼びかけた。
『明神…君はもしかしたら僕を前線に出すのを躊躇ってるのかもしれない…僕が強いといっても普通の人間を範疇を超えられないから…』
『そりゃそうだろ。イブリースの二の腕見たかよ、力こぶが俺の頭くれーあったぜ。
なんぼお前がフィジカルエリートだからって生き物としてのスペックが違いすぎるわ』
「……どうかな。俺の経験上、バフやポーションの助けがあれば――」
『実を言えば僕はブラッドラストが発現する前から全盛期ではなかったんだ
最初から…いや君たちに同行するようになってから…そして君達に馴染めば馴染むほど…
人を殺す事に違和感を感じれば感じる程…体に重りがついたように動かなくなっていった』
瞬間、遺灰の目の前で割断/粉砕されるテーブル。
『……え？は？あっ！？』
「――――――なるほどな。そういうパターンか」
遺灰の男＝急性ボキャ貧を発症――動揺を禁じ得ない。
『……『ヨモツヘグイ』ってあるじゃん？』
「あー……言わんとする事は分かるけど。アレだろ、赤い水」
『人間の全細胞が新陳代謝で新しいのに置き換わるまでだいたい３ヶ月だったか。
俺たちもかれこれ何ヶ月とこっちの世界に居るからな……
もうだいぶ、アルフヘイム由来のタンパク質とカルシウムで身体が出来上がってんだろうぜ』
「その理屈で言うと俺達、誰一人として元の世界に戻れないんじゃ……いや、やめとこう。
現世で飲み食いして生きてた人間があの世に行けるなら、その逆だって出来なきゃ嘘だ」
『この程度じゃイブリースに勝つ事なんて不可能だ…でも作戦を…時間稼ぎするなら僕は戦力になれるはずだ
このPTで誰よりも細かい妨害が行えて、ゲージ消費が低コストで、それでいて前線に留まれる…
そして絶対にイブリースの記憶にない攻撃を使える僕が…』
「……ヤツの守護霊が、二十一世紀の近代格闘技を見破れるか――試してみる価値はあるかもな」
二十一世紀の格闘技術――それは、集合知の結晶。
そこに『秘伝』なんてものは存在しない/あるのは、ただ『最新』だけ。
磨き抜かれた暴力の科学は――積み上げられた研鑽を愛する/無知を、置き去りにする。
-
【スコーチド・タクティクス(Ⅱ)】
『もしダメだったとしても命を捨てるような真似はしない…だから僕を使ってくれ！みんな！』
『それはブラッドラストみたいな命を削るような力じゃないんだよね？ なら……頼りにしてる！』
『……約束しろ、絶対に五体満足で帰ってくるって。
なゆたちゃんが目を覚ましたとき、そこにお前が一緒に居なけりゃ、この戦いになんの意味もねえんだ』
「あー……」
エンバースの記憶/感性が空洞の胸の奥で疼く――後ろめたかった。
煌帝龍との戦い――エンバースは己の存在を燃やし尽くして、ダインスレイヴの刃とした。
間違った判断だったとは思わない/他の選択肢を探る猶予などなかった――それでも、不義には変わりなかった。
「心配いらないさ。次は、俺も上手くやる……さっきは、まだ体が温まってなかったんだ」
今度は、あんな事はしない――エンバースは、そんな事を素直に言葉にはしない。
エンバースはこういう時こそ、下らない焼死体ジョークを口にする。
そして本心をそこに埋める――汚いやり方だと自覚しつつ。
『ところで…………』
「……まだ、何かあるのか？」
『勢いでテーブル粉砕しちゃったけど…どうしよう…？』
『うん……全部終わったら、みんなで怒られにいこうぜ』
「――ストームコーザーさえ献上すれば大抵の事は許してくれるだろうさ。
なんなら、今の内にもう少し悪さしておくか？勝手に宝箱漁ったりとか」
遺灰の男が立ち上がる/フラウを見下ろす――そこに委ねた少女を。
「フラウ」
相棒の名を呼ぶ/その傍らに膝を突く/両腕を広げる――白の触腕が少女を差し出す。
〈ああ、良かった。てっきり、私クッションか何かと勘違いされているものかと〉
「クッション代わりに使うには、お前は少し跳ねっ返りが過ぎるよ」
軽口の応酬/天幕の中に敷かれた寝具へ向かう――なゆたをそこに寝かせる。
遺灰の右手が少女の髪に触れた/エンバースならそうしたから――だけではない。
ハイバラとしての記憶/遺灰の男としての記憶――二つの敬愛が、衝動と化した結果。
「……すぐに戻ってくる。約束するよ」
遺灰の男が立ち上がる/セルリアちゃんを振り返る。
「――行こう、セルリアちゃん。イブリースがいつ俺達を追ってくるか分からない」
-
【スコーチド・タクティクス(Ⅲ)】
セルリアちゃんの助けを借りて、遺灰の男はフルス水系に降り立った。
セルリアちゃんが心の底から遺灰の男をキモがっていなければ、
「何をするつもりか」と言った問いが得られるはずだ。
「――イブリースは、この世界はゲームじゃないって言ってたけど……俺には、そんな事は関係ない」
もっとも、仮にセルリアちゃんが本気で遺灰の男をキモがっていても、そんな事は関係ない。
遺灰の男は手前勝手に喋り出す――エンバースと全く同じ口調で/ハイバラと全く同じ論調で。
「結局、すべき事は何も変わらないんだ。ゲームだろうと、ゲームじゃなかろうと。
敵を知り、己を知れば……ってな。逆に言えば、敵を知らなければ、百戦には勝てない。
まあ、一戦くらいはまぐれで勝てる事もあるかもな。さっきみたいに――だが、いつかは負ける」
遺灰の男が川沿い＝タマン湿生地帯との境界線を歩く。
「さて……果たしてイブリースは俺達の事を十分に理解出来ているのかな」
時折、遺灰の男は立ち止まる/傍らの相棒に何か指示を出す――また歩き出す。
「……いいや、そんな訳がない」
遺灰の男の口元――軽やかな/燃えるような、笑みが浮かんだ。
「――――セルリアちゃん。ここはもういい。次の地点へ運んでくれ……どうした、もっと近くに寄ってくれ。
この体だ。転移に何か不備があっても大したダメージにはならないが、タイムロスは避けたい。それに――」
遺灰の男がセルリアちゃんとの距離を詰める＝確信犯の微笑み。
「――セルリアちゃんと離れ離れになるなんて、俺にはもう耐えられそうにないからさ」
-
【スコーチド・タクティクス(Ⅳ)】
『こんなところに隠れていたか。アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』ども――』
覇王軍野営地に空間の裂け目が生じる/そこから響く声――イブリースが現れた。
『覇王軍の中に紛れていれば、オレが周囲の被害を懸念して大技を控えるとでも思ったか？
生憎だが、オレは貴様らを始末することができるなら――周囲にどれだけ被害が出ようと構わん……！』
「まさか――お前をグランダイトに擦り付けるのは、最後の手段だ」
遺灰の男はほんの数分前に、下準備を終えてこの場に戻っていた。
加えるなら、この言動は完全な虚言――だがイブリースにその判別は付かない。
覇王軍との交戦はグランダイトとの敵対と同義――その為の余力を意識させられるかもしれない。
『何者だ！？』
『魔物だ！ 排除しろ！』
「おっと、よしてくれ。アイツは俺達の客人だ」
フィンガースナップ/指先から踊る火花――炎壁が兵士達を妨げるように/護るように、地を走る。
『よし、行くぜ！ みんな集まれ！』
ルブルムが小さな翼の模型を掲げる/瞬間、異邦の魔物使い(ブレイブ)一行を空間の歪みが包む。
次の瞬間には、遺灰の男は覇王軍の野営地を遠く離れて――草原の、何処かにいた。
やや遅れて、再びすぐ傍に『門』が開く――イブリースが現れた。
「そらよ」
引火した酒瓶を投擲――無論、そんなものが通用する相手でない事は分かっている。
それでも相手が追跡を諦めないと分かっているなら、待ち伏せをしない理由はない。
「さて――明神さん。指輪を貸してくれ。すぐに、返しに行くからさ」
そんな事を何度か繰り返して――遺灰の男はタマン湿生地帯に辿り着いた。
「ここは俺達に任せて、先に行け。ここの地形じゃ、アイツの範囲攻撃を避けるのは骨が折れる」
遺灰の男が血塗れの朱槍を構える/振り返らないまま仲間達へ呼びかける。
「明神さん、アンタは特にな――心配いらないさ。
俺は前の世界じゃ、太陽に見放された暗闇の中で戦った事もある。
闇溜まり――ああ、懐かしいな。あそこに比べれば、ここは何もかもがよく見える」
遺灰の男が笑う/嗤う。
「やってやろうぜ、ジョン。どうせ、どう足掻いたってやらなきゃいけないんだ」
それは、鍛え/磨き/研ぎ澄ました技を持つ者が、それらを振るう前に浮かべる笑み。
「それなら――せめて、楽しまないとな」
エンバースの/ハイバラの記憶が鮮やかに燃え上がる。
望まぬ殺しに苦しんだ記憶が/一日長く生き延びた事に安堵した記憶が。
苦悩と安堵の緩急に心を摩耗させて/開き直り――高まる技量に悦んだ日々の記憶が。
-
【スコーチド・タクティクス(Ⅴ)】
〈――あなたは、誰なのですか〉
ふと、足元から聞こえた声。
〈ハイバラ？それとも……あり得ない。私が、それが分からないなんて……〉
不安に震える声――その主が望む/安らぐ答えを、遺灰の男は持たない。
「……俺は、全てを思い出したはずだった。なのにどうしてか、俺は今でも俺のままだ。
お前には……悪いと思ってるよ。こうなるつもりなんて、なかったんだ――本当にさ」
返事は、ない――代わりに聞こえる、木々が薙ぎ倒されていく音。
「おでましだ――集中しろよ、フラウ」
お誂え向きに、遺灰の五体が殊更に軽くなる/遠隔付与された【フライト】のバフ――交戦準備は万端。
〈分かっています――〉
鬱蒼した植物の向こう側に、イブリースの姿が見えた。
遺灰の男の左手、その指先が小さく/かつ規則的な動作を取る。
かつての冒険でフラウと定めたハンドサイン――機動戦に持ち込め/翻弄しろ。
〈――だから、もう何も言わないで〉
瞬間――密集する草木の隙間を縫うように奔る、白い閃光。
死角からイブリースへ迫る触腕の刃/狙いは眼球――だが、それはフェイク。
劣悪な視界の中で防御意識を顔面に向けさせ――そこに、本命の脛斬りが襲いかかる。
上段からの脛斬り――真に極めた戦闘技術は、たとえ肉体が変容しても錆び付く事はない。
『不幸にも』ハイバラの一巡目は、剣を極めるには十分過ぎるほど殺しの機会に満ちていた。
『ふん！！』
しかし――数多の命を奪ってきたその剣技も、イブリースには届かない。
轟音と突風を生みながら業魔の剣が唸る/草木が――白の触腕が宙を舞う。
「――よくやった」
だが、問題はない――遺灰の男は既に血塗れの朱槍を逆手に握り、振りかぶっていた。
魔物の膂力/人間の骨格から放たれる投擲――真紅の槍が閃きと化す。
イブリースは剣を振るった直後＝必殺のタイミング。
『……む……！』
にもかかわらず、イブリースは驚く素振りも見せない。
振り抜いた直後の大剣を小枝の如く操る――朱槍を弾き飛ばす。
十全の切り返しではなかった筈――それでも、遺灰の投擲は軽々と凌がれた。
『――！！ 見つけたぞ、アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』ども！！』
イブリースが左手を遺灰の男/ジョンへと突き出す――爆発的に高まる闇の瘴気。
【闇撃琉破（ダークネス・ストリーム）】が来る――命がけの鬼ごっこが始まる。
「……二手に分かれよう。俺とフラウが陽動する。罠の配置はさっきマップで説明した通りだ」
手短な作戦確認――遺灰の男の姿が草陰の中に消える。
木々の狭間――そこに揺蕩う闇色の眼光/純白の閃光。
フィンガースナップの音――木々が燻るように燃える。
闇色の炎があちこちで踊る――遺灰の姿は、見えない。
-
【スコーチド・タクティクス(Ⅵ)】
不意に、イブリースの背後から迫る手斧の投擲――容易く防御される。
その軌道を逆算/遡るように撃ち返される、闇撃琉破。
だが、遺灰の男は既にその軌道上にいない。
響くフィンガースナップ/宙を奔る闇色の火花――狙いはイブリース、ではない。
狙いは――事前に交戦予定地に設置した、瓶詰めの火薬/油のトラップ。
引火/爆発――踊る爆炎の奥――イブリースはよろめきもしない。
『ち……』
「楽しんでくれているか？おもてなしの準備は万端だぜ」
遺灰の男は落胆しない/あえて話しかける事で次の罠への誘導を行う。
フラウの触腕を利用したワイヤートラップ/ウィップトラップ/ステークトラップ。
十重二十重に張り巡らせたトラップを――イブリースは物ともしない/避けようとすらしない。
足を絡め取るワイヤートラップ――直前に察知され、切り払われた。
触腕の「しなり」を利用したウィップトラップ――力任せに弾き返された。
針地獄のように敷き詰めたステークトラップ――まるで霜柱の如く容易く踏み砕かれた。
『ははあ、ゲリラ戦術とは考えたにゃぁ。
まっ、弱っちい方が圧倒的戦力差を埋めるには、地の利に頼るしかにゃーで。
にしても付き合いきれんにゃ。イブリース、アタシたちは見晴らしのいい場所で観戦させてもらうがね。
タラちん、行こみゃぁ』
「はは……継承者二人がこれで脱落か。戦果は上々だな」
遺灰の男――精一杯の強がり/やや引きつった笑み。
「……ジョン。そろそろ、予定の地点だ」
風の念話を通して、遺灰の男はジョンに呼びかける。
ここまでに張り巡らせた罠の全てが、イブリースには通用しなかった。
そこまでは――遺灰の男の予想通りだった/その程度の事は、起きて当然だった。
そして――それら全てが伏線だった。
イブリースはこれまでに仕掛けられた全ての罠を突破してきた。
イブリースの圧倒的な力と未来予知じみた危機察知能力にはそれが可能だった。
だからこそ、イブリースは次の罠を避けられない。
問題は――その最後の罠を発動出来るか、どうか。
罠の発動にはイブリースと遺灰の男がそれぞれ所定の地点にいる必要があった。
つまり――追い込まれながら誘導する方法では、罠の発動に漕ぎ着けられない。
「――ジョン、頼んだぜ」
故に、遺灰の男はジョンに頼った――独力で、イブリースを指定の地点へ誘導してくれと。
危険で/困難な試みであると分かっている――それでも、やってくれと言った。
作戦上そうせざるを得ないからではなく――ジョンを、信じたから。
そしてその頼みを、ジョンは必ず成し遂げる――成し遂げた。
-
【スコーチド・タクティクス(Ⅶ)】
「――かかったな、イブリース」
遺灰の男が声を上げる――イブリースはその背に、強烈な魔力の昂りを感じるだろう。
高く掲げた遺灰の右手には、剣身が半ばまで溶け落ちた直剣があった。
イブリースが放った瘴気/魔力を長大な刃に変えた、直剣が。
イブリースは、きっとそれを鼻で笑う/その程度の代物が切り札かと――その見識は概ね正しい。
煌々と/禍々しく輝く刃は凄まじい威力を秘めている――だが、業魔の一撃には遠く及ばない。
「言っておくが、お前と剣術勝負なんかしてやらないぜ」
イブリースの見識は概ね正しい――その見識自体が見当外れであるという事以外は、概ね。
「もう、そんな必要ないんだ」
魔力の刃が、弧を描いた――イブリースの首よりも、遥か下方へ向かって。
『ぐ、お……！？』
瞬間、イブリースがよろめく――その体に傷一つ負う事のないまま。
「お前は既に、俺の仕掛けた罠の上にいるんだからな」
魔力が構築する無形の刃が斬り裂いたのは/遺灰の男が仕掛けた最後の罠は――地面。
フルス水系の川岸から地形を観察/フラウが触腕の楔を打ち込んだ崖際が、崩落する。
密集した草木がイブリースの巨躯を絡め取る/切り崩された地面もろとも落ちていく。
誘導役を担ったジョンには既にフライトが付与されている。
巻き添えは避けられる――肝を冷やす事にはなるだろうが。
「さて、そのままドボンと行ってくれると助かるんだが――」
『フン！！』
「――ま、そう簡単にはいかないよな」
苦々しげな声――業魔の剣がイブリースを絡め取る植物と地面をまとめて斬り裂いた。
そして、イブリースはそのまま黒翼を広げ、空中に静止――上空へ急速に飛び上がる。
『莫迦どもめ』
「ま……ひとまずはミッション・コンプリートだ。行こうぜ、ジョン」
遺灰の男の左腕が燃え上がる/その炎を前方へ薙ぎ払う――炎の緞帳がイブリースの射線を遮る。
闇撃琉破が湿生地帯を薙ぎ払う――だがその時には既に、遺灰の男/ジョンはそこにはいない。
イブリースは何度か盲撃ちの波動で湿生地帯を砲撃した後――フルス水系を見下ろした。
遺灰の男はそれを見上げて、努めて友好的に右手を一振り。
「さあ――来るぜ、明神さん。指輪、今の内に返しとくよ」
イブリースが猛然と降下/接近――ブレイブ一行を見下ろす。
『いじましい戦い方だな……今までも、そうやって姑息に勝ちを拾ってきたという訳か。
オレをまんまと誘い込んだつもりだろうが――それならばそれで構わん。
貴様らの悪足掻きなど、オレたちの怨嗟と憤怒の前には何の意味もないということを知るがいい！
地獄の底でな……！！』
「御託はいい――かかってこい、イブリース」
飾り気のない挑発/口元には不敵な笑み。
-
【スコーチド・タクティクス(Ⅷ)】
『沼地のわくわくピクニックは楽しんでもらえたか？
せっかくニヴルヘイムのクソ田舎からご足労いただいたんだ、おもてなしはまだまだこっからだぜ』
「さっき崖から落っこちた時みたいな、間抜けな声。皆にも生で聞かせてやってくれよ」
イブリースが中洲に着地――冷徹に戦場を見渡す、憎悪に満ちた双眸。
怒りと怨嗟に燃えていても、イブリースは百戦錬磨の武人。
その眼光が、戦況を見誤る事はない。
『あれが貴様らの切り札か。
ならば、早めに潰させて貰う！』
イブリースがスターズを睨む/翼を広げ――3メートル超の巨躯が突風と化す。
遺灰の男が応じるように地を蹴る/吶喊するイブリースの軌道上に割り込む。
敵の助走距離/加速は十二分＝当然、パリィは困難――だが、やるしかない。
『やらせません……！ 『真空刃（エアリアルスラッシュ）』！！』
しかし――遺灰の男に先んじて、イブリースの進路を遮るものがあった。
ブリーズの放った真空刃/凄まじい弾幕密度――回避も防御も困難。
そして――実際、イブリースは回避も防御もしなかった。
業魔の剣を、一振り――たったそれだけで全ての真空刃が掻き消された。
『邪魔だ！！』
それでも、イブリースは標的をスターズからブリーズへと切り替えた。
そう驚くような事ではなかった――畢竟、イブリースはこう思っている。
どうせ最後には全員殺せる――だから、簡単に誘いに乗る/抑えが効かない。
そういう振る舞いを、遺灰の男はタマン湿生地帯での鬼ごっこで十分に見てきた。
だから遺灰の男は既にブリーズの傍らにいた/血塗れの朱槍を下段に構えて。
イブリースが迫ってくる/業魔の剣を振り上げる――隙だらけの大上段。
「……なあ、イブリース――」
瞬間、遺灰の男が動く――重心移動/全身の連動＝梃子の原理を以って跳ね上がる穂先。
鋭く弧を描く真紅の刃――狙いは剣に先んじて前に出る、イブリースの右手。
最も軽く/最も威力の乗らないそこを小手斬りの要領で――叩く。
響く金属音――朱槍は狙い通り、イブリースの小手を強かに打ち付けた。
そして、それだけだった――遺灰の男のカウンターは完璧だった。
その完璧なカウンターが、イブリースの膂力に押し負けた。
「――あんまり、俺達を舐めない方がいいぜ？」
そして――だとしても何の問題もなかった。
あとコンマ一秒にも満たない時間の後、遺灰の男は叩き斬られる。
ブリーズごと真っ二つにされて負ける――――もし遺灰の男が、一人で戦っていれば、だが。
遺灰の男のカウンターは、イブリースの膂力に押し負けた。
だとしても――コンマ一秒の半分くらいは、イブリースの斬撃を遅らせた。
それだけの時間があれば人類最高の肉体を持つ男が、渾身の一撃を放つには十分すぎる。
『……なに……ッ！？』
ジョンの一撃が、業魔の剣を弾き返した。
-
【スコーチド・タクティクス(Ⅸ)】
「――ここからだ」
真に迫る、遺灰の呟き。
イブリースの一撃をパリィした。
だが、まだスタートラインに立っただけ。
「カザハ！バフを寄越せ――ありったけだ！」
バフを寄越せ＝事前に取り決めた符丁――【幻影】の使いどころ。
朱槍を打ち捨てる/溶け落ちた直剣を抜く――渦巻き/集う風刃。
先ほどブリーズが放ち、そして一掃された真空刃の再利用。
イブリースに挑むには、あまりに頼りない旋風の刃。
そこに、遺灰の全身を覆う闇色の聖火が巻き込まれていく。
陽炎が――或いは幻影の援護が、生成された魔力刃の規模を誇張する。
「喰らえ――――」
偽装された必殺の一撃――対するイブリースは、一切動じなかった。
まるで何をされようと全て対応出来るとでも言わんばかりに。
故に――遺灰の男は、ほくそ笑んだ/予定通りだと。
「――なんてな」
溶け落ちた直剣が描く逆袈裟の軌道――魔力の刃は、嘲笑うように空を斬った。
『――威力の超強化だ！『終末の軋み(アポカリプスノイズ)』、プレイッ！！』
終末の軋み――聞こえたのは、明神の声だけだった。
だが遺灰の男は、その遺灰の五体故に、確かに感じ取っていた。
自分のすぐ隣を通り過ぎた――ほんの微かな/だが矢のように鋭い、空気の震えを。
『今だ、畳みかけろっ！』
だから――遺灰の男は誰よりも早くイブリースの懐に飛び込んでいた。
「さあ、今度こそ――正々堂々、剣術比べと行こうぜ」
下段に構えた直剣――イブリースは既に知っている/遺灰の男には剣術のスキルがある。
だからこそ予測出来る――構え/視線/踏み込みから――喉元への刺突が来ると。
だが、イブリースはまだ知らない――遺灰の男/ハイバラのやり方を。
遺灰の男の左手が弧を描く――直剣を右手に残したまま。
空を掻く遺灰の左手は自壊/宙を舞い――イブリースの顔面に降りかかる。
これが遺灰の男の/ハイバラの剣技――生き残る為に磨いた、恥晒しの/負け犬の剣。
「おっと、悪い。手がもげちまった――わざとじゃないんだぜ。アンデッドあるあるさ」
嘲笑混じりの声/悪びれもなく投擲する酒瓶――こちらはお馴染みの戦術。
刃物よりも燃える液体の方が、より多くの魔物に対して効果的。
例えば強固な甲冑を身に纏った相手などには、特に。
-
【スコーチド・タクティクス(Ⅹ)】
「コイツは、お詫びの品だ。味わってくれ」
フロウジェン・ロック＝永久凍土フロウジェンの名産物。
だが――フロウジェンはこの世の始まりから永久凍土だった訳ではない。
同様にフロウジェン・ロックもまた――最初からフロウジェンの名産物だった訳ではない。
その始まりは、凍土と化したフロウジェンの山々に住まう猿人族が、山の神に捧げた祈り。
山の神は己を幾久しく崇め奉り/信仰する事を代償に、猿人に恵みを齎した。
分厚い雪にも負けず育つ作物を/冬にこそ甘く甘く実る果実を。
雪解けの跡に残る、肌の温度で溶ける酒の鉱脈を。
食めば汗を掻くほどに体を温め、長く燃える神の恩寵。
それが十三の魔術的工程を経る事で、フロウジェン・ロックは誕生した。
要するに――フロウジェン・ロックは甲冑を纏った相手を蒸し焼きにするには最適な武器だった。
『作戦第二段階だ。やり方はなんでも良い、奴の翼を潰せ！』
「おっと、言ったな明神さん。俺にやり方を任せて――いいんだな？」
『このまま地上でパリィを続けてれば、イブリースは遠からずヘルカイザーを使ってくる。
例の土石流も予備動作がでかい。奴が剣を地面に突き刺したら合図だ』
「……いや？アイツはもうヘルガイザーを使えないぜ？」
遺灰の男の応答＝極めて芝居がかった口調。
「俺達の前で剣を下ろして、地面に突き刺すって？はは……冗談キツいぜ。
そんな事をしたらどうなるか――アイツが分からない訳ないじゃないか」
遺灰の男が笑みを浮かべる――新たに思いついた攻略法をこれから試そうとする、ゲーマーの笑みを。
-
＞「こんなところに隠れていたか。アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』ども――」
「そんなに遅れずに来るとは思っていたけど…あまりにも…」
何らかの力で位置を把握しているとは思っていたが…にしてもそんなに時間は経ってない。
足止めで残った連中は決して弱くはない…倒してから速攻向かってきたのか…少なくとも怪我という傷は見当たりそうにない。
足止めに残ったメンバーは全員…もうこの世にはいないだろう。僕なら確実に止めを指している。
＞「ブリーズ……生き残るよ、一緒に。テュフォンはきっと君にも生きてほしいと思ってる……」
カザハを見たのは同情を感じたから、負い目を感じたからだ。
カザハの同胞達は間違いなく死んだ。いや、最悪の場合死んでいたほうがよかったという状況だってありえる。
イブリースはそんな事をするタイプではないのは今までのやり取りで分かっている。しかし、背後にいる道化猫とその主人は例外であろう事も…また知っている。
でも…狼狽えている僕に比べてカザハの瞳には決意が現れていた。
決して復讐を忘れたわけでもなく、ただ冷静に、自分の役目を全うしようとする瞳だった。
＞『覇王軍の中に紛れていれば、オレが周囲の被害を懸念して大技を控えるとでも思ったか？
生憎だが、オレは貴様らを始末することができるなら――周囲にどれだけ被害が出ようと構わん……！』
＞「ハナからお前に仏心なんざ期待してねえよ。
鬼ごっこ始める前にトイレ行ってたら出遅れちまっただけだ」
＞「まさか――お前をグランダイトに擦り付けるのは、最後の手段だ」
しっかりしろジョンアデル！また醜態を晒すつもりか！腹を括れ！奮起しろ！もう後ろを向くのも！怯えるのも！もう終わりにしろ！！！
＞「よし、行くぜ！ みんな集まれ！」
「あぁ…くそ！」
テレポートする瞬間。僕はイブリースに向かって中指を立てた。
-
＞「ドーピングするなら今のうち……オールフライト！」
＞「ウィンドボイスネットワーク」
「僕もバフを掛けておこう…雄鶏乃栄光！対象エンバース！そして…ジョンアデル。」
最前線に僕と一緒にエンバースにバフを掛ける。出し惜しみする余裕なんてない。
やれることを全てやっても、決して勝率は高くないのだから…
体を軽く動かす。軽く。がいつもの全力に等しい程の力になっているのを実感する。
しかし、人間だけに限った話ではないが、この世の殆どの物はいきなり性能が1・５倍になるようにはできていない。
基礎を変えずに性能だけ上げればどうなるか…大抵は想定された寿命より遥かに早く壊れるだろう…それは僕の体も例外ではなかった。
カザハが掛けるタイプのバフは基礎も上げてくれる。しかし、部長のバフは例外だ。
雄鶏乃栄光や雄鶏守護壁は人間も対象に選べはするが…文字通り攻撃力と防御力を上げてくれるだけだ。外部的な衝撃は確かに軽減される…
けど体を動かした事による内部的なダメージは本人にそのまま帰ってくる。
バフを大量に掛けられることがある程度前提なモンスター達はいい、…けど人間はそんな事想定されているわけがない。
王都の牢屋であまりに暇だった時に試した時は…軽く腕降っただけで肩が外れた。
部長は火力キャラではない。防御力の恩恵は確かにあるが、イブリース相手には受けに回る事そのものが愚策だし、しかしそれだと攻撃力アップが台無しだ。
なら部長はスピードを担当し、僕が火力を補う…それが僕達新ジャンルのブレイブの戦い方だ！
＞「やってやろうぜ、ジョン。どうせ、どう足掻いたってやらなきゃいけないんだ」
どこまで通用するかじゃない…通用させなきゃいけないからな
＞「それなら――せめて、楽しまないとな」
「楽しまないと…か…さすがゲーマーはいう事が違うなあ！」
＞「――！！ 見つけたぞ、アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』ども！！」
＞「……二手に分かれよう。俺とフラウが陽動する。罠の配置はさっきマップで説明した通りだ」
「無理はするな！…あはは。僕が言えた事じゃないか…さて…」
エンバースを見送った後部長のアイテムボックスからアイテムを取り出す。
そしてエンバースを攻撃するために上空に飛び出したイブリースに向けて。
「まずは体の調子を確認するついでに…ﾊｯﾎｯ！」
イブリース目掛けて投げナイフを3本投てきする。
僕の投てき技術と、魔法によって強化されたパワーによって目では負えない速度でナイフは飛んでいく…しかし。
＞「莫迦どもめ」
上空に飛び立ったイブリースが無差別に衝撃波を放つ事をで、ナイフや、エンバースの攻撃諸共吹き飛ばされる。
「位置を悟らせない為にナイフにしたけど正解だったな〜…一つ一つがこんな出鱈目威力とは…
まあいいや…これからこの戦いにつきってもらおうか、イブリースさん」
＞『ははあ、ゲリラ戦術とは考えたにゃぁ。
まっ、弱っちい方が圧倒的戦力差を埋めるには、地の利に頼るしかにゃーで。
にしても付き合いきれんにゃ。イブリース、アタシたちは見晴らしのいい場所で観戦させてもらうがね。
タラちん、行こみゃぁ』
＞「はは……継承者二人がこれで脱落か。戦果は上々だな」
「っていうより道化猫はどっちが勝とうと興味ないって感じじゃねーかな…そもそも観戦するって言葉そのものが信用できないね」
道化猫が高見の見物を決め込み、邪魔したら殺す。と紙を括りつけたナイフを投げておく。
どれだけ効果があるかはわからんが。
-
＞「……ジョン。そろそろ、予定の地点だ」
「予定よりだいぶ早く進行しているな…くそ…」
罠を半分は踏み抜き、半分をまるである事を知っているかのように回避する。
まさにチートの塊だ。姿を迂闊に見せれないせいでナイフでちまちまけん制するしかできないもどかしさ。
バレたら殺されるという恐怖からくる精神的なダメージ。最悪な事を上げたらキリがない。
＞「――ジョン、頼んだぜ」
「例の作戦か…せめて事細かくどんな事が起きるか説明は欲しかったけど…まあ君が悪いようにしたことないしな…任せてくれ」
エンバースは一言頼んだ。というと前線を離脱する。ここからエンバースに頼まれた位置まで移動するにはある事をする必要がある。
「ｽｰ…ﾊｰ…」
「ﾆｬ…」
部長のバックから銃を取り出す。
絶対的な条件の一つ。まずイブリースに俺の場所をばらす事。しびれを切らして空に飛び出したらエンバースの作戦だけじゃなく、全員が危険に晒される。
そしてもう一つは当然…生き残って合流地点まで行くこと。
ﾊﾞﾊﾞﾊﾞﾊﾞﾊﾞﾊﾞﾊﾞｯ
鬱蒼とした森に銃声が響き渡る。
「雄鶏疾…！」
逃げるためにスペルカードを発動しようとした瞬間だった。
ﾄﾞｺﾞｵｵｵｵｵｵｵﾝ
僕が上っていた木が木っ端みじんに粉砕される。
「雄鶏疾走！くそっ！場所がバレてから攻撃が飛んでくるまでが速すぎるだろ！！」
「にゃあああああ！」
加速した部長に捕まり全速力で森を掛けていく。しかし、背中に確実に死の気配が迫ってきていた。
部長はたしかに早いが木や植物を回避しながら目的地に進んでいる…しかし
イブリースは木をなぎ倒しながら文字通りまっすぐこっちに向かってきている！
10秒後…効果が切れた瞬間魔法で撃ち落とされるのは目に見えていた…なら！
「雷刀！」「漆黒衣！」
効果が切れる直前と部長から飛び降り、勢いそのまま刀を振り下ろす！
ﾄﾞｵｵｵｵｵｵｵｵｵｵｵｵｵｵｵﾝ！
おおよそ刀と生物がぶつかったとは思えない音を立てる。
刀は折れていない。スペルカードで生まれた事刀を魔法で打ち消される事はあっても、物理的な衝撃で壊れる事など決してない。
しかしそれを振るう人間は例外だ。
「嘘だろ…？今のは普通に死ぬ衝撃だぞ・・・」
両手に力が入らない。折れてはいないようだが…完全に痺れている。
数分あれば治るだろうか？いや、たぶん今までの経験上治るとは思う。だけど…。
イブリースが見逃してくれるかどうかは別問題だった。
「ハア…ハア…純粋にイブリース…アンタはどうして戦うんだ？
あんなあんたが戦ってるのに高見の見物を決め込んでいる胡散臭いあんたを信じてない道化猫を連れて…なにを成し遂げたいっていうんだ？」
時間稼ぎ…数秒でいい…握力が多少でも戻れば…また部長に捕まって移動できる。
「僕が言うのもあれだが…時間を戻して、元の通りってわけにはいかないと思うぜ」
イブリースは回答の代わりにを構えを変える。
接近戦を挑んでくるか…魔法で広範囲を薙ぎ払ってくれるなら部長だったけど…確実に接近戦で殺そうとしてくるのなら…部長で逃げるのは無理だな…
「…守る者が違う以上いくら話しても話は平行線か…」
腕は万全とはいえないがやるしかない。最低限の時間は稼げたと…今は喜ぶべきだろう。
エンバースから指定された場所までもう少し…決していけない距離ではない。
信じてくれたエンバースの為に…みんなの為にこんどこそ…約束を
「……お互い大切なものを上手く守ってみようか」
-
戦いは一方的だった。
一発一発が即死級なパンチ・キック・尻尾の叩きつけ。
それを裁くので精一杯で一切反撃できない僕。
魔法のように大きな音もしなければ、一見して静かな戦いに聞こえる。
避けているのだから余裕そうとも取れるかもしれない。
攻撃が僕の頬を掠めていく度に僕の集中力は確実に削られていく。モンスターよりも破壊力を持ち、そして今まで経験したどの攻撃よりも早く。
例え巨漢が凶器を持っているぐらいじゃ恐怖すら感じない僕が…怯えれるほどの
帝龍のレイド級モンスターと合っていなかったら…それに対する認識が甘かったら油断して攻撃をもらって死んでいたかもしれない。
ロイと戦っていなければ人間ではない者との闘いのコツが分からず死んでいたかもしれない。
今までの人生経験をフル活用して…攻撃を避けていた。
拳が外れる度、真後ろにある木が粉砕される。そして逃げる僕はその木すら、気を使って逃げなければならない。
極限状況下に置かれた僕は、少しずつ、追い詰められた。そして、その集中力の低下を決してイブリースは逃さない。
確実に死は目の前に迫ってきていた。
だけど僕にも希望があった。目の前までエンバースが指定した場所が迫ってきたのだ。
やった！辿り着いた！その時足から嫌な音が聞こえた。
骨の折れる音だった。
そして
ﾒｷｲｯ
嫌な音を立てながらイブリースの拳が腹部にめり込み…そして勢いよく弾き出される。
「ｺﾞﾎｯｺﾞ…」
口から大量に血があふれ出る。純粋なダメージだけではなかった。体に掛けたバフというドーピングの反応もあった。
自分の限界を気にしていられるほどイブリースは甘い相手ではなかった。そしてそれを逃すことも。
イブリースはすかさず追撃にでる。…ここまでか、そう思った…しかし。
＞「――かかったな、イブリース」
＞「お前は既に、俺の仕掛けた罠の上にいるんだからな」
エンバースがそういうと地面が落下を始める。
まだ痛みで気を失うわけにはいかない。根性でフライトや全てのバフを力を借り、エンバースの元に上昇していく。
ﾊﾞﾁｬｯ
バロール印のポーションを部長から取り出し頭から被る。
「……はあ…はあ…ふう！安物じゃなくバロール印のポーションは飲む必要なくていいな…即効性もあるし。流れた血はどうにもならないけど…」
精一杯の強がりを見せる…弱みを見せてはいけない…その一心で
＞「いじましい戦い方だな……今までも、そうやって姑息に勝ちを拾ってきたという訳か。
オレをまんまと誘い込んだつもりだろうが――それならばそれで構わん。
貴様らの悪足掻きなど、オレたちの怨嗟と憤怒の前には何の意味もないということを知るがいい！
地獄の底でな……！！」
＞「ま……ひとまずはミッション・コンプリートだ。行こうぜ、ジョン」
「すまない…ほんの少しだけ待ってくれ…いや…いける。いこう」
-
＞「あれが貴様らの切り札か。ならば、早めに潰させて貰う！」
＞「やらせません……！ 『真空刃（エアリアルスラッシュ）』！！」
全速力で向かっているが…僕の動きは遅かった。ポーションを飲んで傷そのものはなくなった…しかし痛みも、体から出た血も、すぐには戻らない。
なにより厄介なのは体が限界を覚えてしまった事だ。体が無意識に僕を縛る、壊れないように、また無茶苦茶をしないように、と。
ほんの僅かな差ではある。けど…人の命が一秒もあれば決まる場所に僕は今いるのだ。
イブリースの大剣がブリーズに迫る
＞「カケル！ 『乱気流（タービュランス）』！」
カザハの一撃で動きが鈍る。しかし止まらない。
あれほど息巻いておきながら、戦いについていけない。意識が朦朧としてくる。
＞「……なあ、イブリース――」
エンバースのカウンターが決まる。それでも力で、暴力でイブリースは押し切ろうとする。
＞「――あんまり、俺達を舐めない方がいいぜ？」
ほんの僅かな遅延。しかしイブリース相手に稼いだ時間。僕の遅れた脚でもたどり着けるように…みんなが作った時間。
イブリースの目の前に到達した。本当なら間に合わなかったであろう場所に僕はこれた。
「ありがとう」
ガキィンッ！！
＞「……なに……ッ！？」
間一髪パリィに成功する。無我夢中であったが間に合った。
「もう後悔なんてしてやるもんか」
悔しそうな顔を滲ませるイブリースに向かって僕はキメ顔でそういった
-
＞「今だ、畳みかけろっ！」
明神の叫び声が聞こえる。みんなの声も聞こえる。戦闘音も・・・
＞『作戦第二段階だ。やり方はなんでも良い、奴の翼を潰せ！』
＞「おっと、言ったな明神さん。俺にやり方を任せて――いいんだな？」
作戦と、それに対するいつものエンバースの皮肉交じりの言葉遊び。
僕は膝から崩れ落ちたまま動けないでいた。時間で言えばそんなに長い時間戦っていたわけではない…が。
僕の体は限界を迎えていた。いや体だけじゃない、精神も。
怪我をしたわけではないのに口や鼻から溢れ出る出血…死の恐怖が近くを連続で通り過ぎた事による精神的なダメージ…。
「立ち上がらない…と…」
体が重い、痛い。回復以上に体が壊れる速度が速い。
でもそれがなんだ？この世界に来てから僕が何回死にかけたと思ってる？
血が溢れたからなんだ！そんな理由で休んでられるか！
ｶﾞｯｷｲﾝ！
誰よりも早く飛び出し、刀をイブリースに振りかざす
「僕が抑える！！！なんでもいい！僕の事は気にせずかませ！！！！！」
目にも止まらない乱撃でイブリースを威嚇する。イブリースに他の事をさせないように。
体を動かせば動かすほど、激痛で体の動きが鈍っていく。でも気持ちで、感情で押し切る
「部長！」
「にゃあああああ！」
イブリースがしびれを切らし、大振りで無理やり引きはがそうとしてくるなら部長の突進を当てる。そして肉薄する。
「守り抜ける機会がもう１度あればなんて甘ったれるなよ！後ろを見続けているような奴に負けるつもりはない！！」
僕だってできるならそうしたいさ！僕だって…シェリーが死んだあの時から…一秒だってそう思わなかった事はない…けど
それで死体の山の上に立たされた二人に申し訳がたたないし、親切にしてくれた人を手に掛ける事だって気づいたから…みんなが気づかせてくれたから…。
だから特にイブリース。お前には負けてやれないんだ。
【誘導成功】
【バフ盛り盛りでイブリースと対等のように立ち回るも反動でダメージ】
-
《イブリース！ イブリース……そんなところへ立っていないで、こちらへいらして？ お茶に致しましょう！》
《もう、貴方ったら、いつも眉に皺を寄せたしかめっ面ばかり。偶には笑うことも大切なのよ？
ほら……笑って？ 難しい？ ではわたしがお手本を見せますね、ふふっ》
《小さくて、柔らかで、温かい。これが命……生命のぬくもりなのよ、イブリース》
嗚呼。
あの方が笑っている。あの方がオレの名を呼んでいる。
オレに向かって、その手を伸ばしている――。
今はもうその名前も、顔も、声も。何もかも思い出せないあの方。
だが、オレは覚えている。彼女が確かに存在したことを。オレと共に過ごしたことを。
最後にオレに託してくれたこと、そのすべてを。
オレは約束を果たす。あの方がオレを信じて委ねてくれたこと、抱いた夢を。
必ず、必ず果たしてみせる。やり遂げてみせる。
例えこの肉体が、命が、欠片さえ残さず砕け散ることになろうとも。
《バロール》
天空魔宮ガルガンチュアの広間で、あの方がバロールを問い詰めている。
玉座に腰を下ろしたバロールが右腕で頬杖をついたまま、冷たい眼差しであの方を見る。
「なんだい」
《このままのやり方では、何も解決はしません。
彼らの召喚した『異邦の魔物使い（ブレイブ）』は強い。きっと、貴方は敗北するでしょう。
やり方を変えなければ……彼らと手を取り合い、協調して――》
「ご老人の走狗と手を組めと？ そんなことが出来るはずないだろう。
彼らの目は曇っている。洗脳されていると言ってもいい。私たちを敵と、撃殺すべき獲物と頭から決めつけている。
私が彼らに何と呼ばれているか知っているだろう？ 魔王バロール……ハハ、傑作だね」
バロールは虹色の双眸を細めてせせら笑った。
「きひひッ、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』だァ？ オマエ、あーんなヤツらにビビッてんのかよ？
ボクら三魔将がちょっぴり本気出せば、あっという間に血ヘド吐いてくたばっちゃいそーな連中に！
バロール様が負けるって？ 寝言は寝て言えよなー！」
玉座の傍らに佇む黒甲冑姿のガザーヴァがバロールに同調する。
気に入らん。奴はいつもバロールのご機嫌取りばかりだ。
《今からでも遅くはありません、彼らにすべてを話して、蟠りを無くさなければ……。
このままではアルフヘイムも、ニヴルヘイムも、ミズガルズも滅んでしまう！
侵食は止められない……それこそが彼の目的であると！ 貴方も分かっているでしょう、バロール！》
「私に指図することは許さないよ。
ご老人の好きにはさせない、私は勝つ。そのための布石もすでに打ってある。
君たちは私の指示通りに動いていればいい、それですべてが上手く行く――話は終わりだ」
バロールはあの方の言葉を無下に切り捨てると玉座から立ち上がり、広間を後にする。
《バロール……！》
「おい。ボクが連中を八つ裂きにするトコを見てろよ、そこで指でも銜えてさ！
『異邦の魔物使い（ブレイブ）』と手を組まなくたって、バロール様にはボクだけがいればいいんだ。
この、最強無敵の幻魔将軍！ ガザーヴァ様がいればな――！ きゃははははははッ！！」
ガザーヴァが踊るような足取りでバロールの後に続く。
不快な哄笑が遠ざかってゆく。広間にはただあの方とオレだけが残された。
《みっともないところを見せてしまいましたね、イブリース》
広間の柱に背を預け、腕組みして一部始終を見ていたオレの視線に気付くと、あの方は眉を下げた。
彼女が真に世界の平和のことを考えておられるということは、オレにも分かる。
ただ、理想論だけでは物事は実現させられない。
オレの目から見ても、彼女の言うことは実現困難な夢語りのように感じられた。
しかし。
「いや」
オレはかぶりを振った。
夢さえも語れない、ただ過酷なだけの現実に、いったいどれだけの価値がある？
「奴と貴方の見ているものは違う。奴のやり方では『世界』を侵食から回避させられても『生命』を救うことはできない」
《ええ。それでは駄目なのです、世界が残ったとしても、世界に生きる生命が絶えてしまっては意味がありません。
だから……》
「……だから」
《わたしはわたしのやり方で、命を救済したいと思うのです》
あの方はそう言ってオレの顔を見上げ、小さく笑った。
今にも朝靄のように溶け消えてしまいそうな、儚く寂しげな微笑。
《もしも、わたしがいなくなってしまったとしても。どうかこの世界に息衝く生命を護ってくださいね。
イブリース、わたしの騎士――》
「……ああ」
オレは同胞を護る。あの方との約束を果たす。
もう、永久にいなくなってしまったあの方の願いを叶える。
何もかも忘れ果ててなお、この心に残っている――あの方のぬくもりのために。
-
＞……なあ、イブリース――
＞――あんまり、俺達を舐めない方がいいぜ？
「貴様らこそ、このオレを舐めるな！
小手先の陳腐な策などで！ オレを斃せると思っているのなら――心得違いにも程がある！！」
ガォンッ！！
イブリースの剣が委細構わずエンバースを両断しようとする。
振り下ろされる大剣、その右小手にエンバースが朱槍の穂先を合わせる。
だが、馬力が違いすぎる。エンバースのカウンターはイブリースの剣を振り下ろす力と速度に呆気なく押し負けた。
が。
それでいい。エンバースの目的は、イブリースの右手首を斬り落とすことではなかったのだから。
＞ありがとう
エンバースの前にジョンが割り込み、業魔の剣を弾き返す。
兇魔将軍がその巨躯を大きく仰け反らせる。パリィが成功したのだ。
＞もう後悔なんてしてやるもんか
ジョンが不敵に笑う。
さらにカザハがイブリースに対して魔法を放つ。
＞聴力強化（アコースティック）！
しゅるる……と緑色の魔力エフェクトが緩やかな渦を巻きながら、イブリースの側頭部に滞留する。
全員の持つスマホに表示されたイブリースの頭上に『Hearing△』という表示が出ている。
聴力強化の魔法が発動した証拠だ。
＞カザハ！バフを寄越せ――ありったけだ！
遺灰の男が叫ぶ。溶け落ちた愛用の直剣に真空の刃が付与される。
エンバースは風の刃に己の纏う炎を上乗せし、イブリースへ肉薄した。
＞喰らえ――――
しかし、イブリースは既にパリィの衝撃から復帰している。
巨剣をまるで棒切れのように軽々と振るい、エンバースを斬断しようとした、が。
＞――なんてな
エンバースの剣はイブリースをすり抜け、なんのダメージも与えることはなかった。
イブリースの意識を自分ひとりに向けさせ、仲間たちに時間を与えるための囮。それがエンバースの狙いだった。
＞――ここだ。
明神がイブリースを霊視する。この世ならざる者、本来『見えない』はずのものを『視る』、死霊術師の基本スキル。
そして、明神は兇魔将軍の肉体をくまなく覆って蠢く強大な何かの存在を察知した。
夥しい量と濃度の憤怒、憎悪、怨嗟――それらが渦巻き、うねり、のたうっている。
とはいえ明神に分かるのはおぼろげな輪郭だけだ。ただ、明神が霊視に不慣れだったのはむしろ幸運と言えたかもしれない。
もしも高レベルの霊視でイブリースが纏うものの正体をはっきりと視認してしまっていたなら、
その悍ましさと禍々しさに明神の精神は破壊されてしまっていたかもしれない。
ともあれ、イブリースが纏っているものの正体は看破できた。
であるのなら、対策も講じられる。対抗し、対処することができる。
＞――威力の超強化だ！『終末の軋み(アポカリプスノイズ)』、プレイッ！！
明神のスペルカードが効果を発揮し、黒板を爪で引っ掻いたような不快極まる音がイブリースを直撃する。
しかもその魔法はローウェルの指環によって超強化され、通常の何倍もの効果を発揮している。
おまけにカザハの『聴力強化（アコースティック）』でイブリースの聴覚はいつもの何倍も鋭敏になっているのだ。
その音量は鼓膜を破るレベルであろう。
「ぅ、ぐ……お……！？ なんだ、これは……！？」
突如として降りかかってきた音の洪水に、イブリースが苦悶する。
どれだけ強固な鎧と頑健な肉体で防御を固めていたとしても、音の攻撃に対しては無力である。
＞今だ、畳みかけろっ！
＞陰気な亡者共に本場のロックを教えてやるぜ！
歌えヤマシタ！feat.シェケナベイベ！『扇動の歌（スクリーム）』！
さらに明神は惜しみなく手札を切ってゆく。
ユメミマホロを模した形態に変化したヤマシタが、地の底から響くようなデスヴォイスを吐き散らす。
レプリケイトアニマで闘ったマル様親衛隊のひとり、シェケナベイベの得意とするデスメタルコンボ――
彼女とのデュエルを経て身に着けた技術が役に立っている。
「ぐぁぁぁぁぁぁ……ッ！！」
圧倒的音量によって纏った怨念の加護を打ち消され、また自身の聴覚にもダメージを負い、イブリースが唸る。
しかし、それで完全に無力化するほど三魔将筆頭は甘くはない。
歯を食いしばり、業魔の剣を握る手に力を籠める。
-
＞さあ、今度こそ――正々堂々、剣術比べと行こうぜ
エンバースが懐に飛び込んでくる。超々至近距離の接近戦だ。
怨霊の加護が期待できなくなっても、イブリースには生まれ持ったレイドボスのステータスの高さがある。
瞬く間にエンバースに反応し、対剣士の防御策を講じようとした。
だが、それはあくまで『生者を対象とした方法』であった。
死者であるエンバースには、通じない。
ぶあッ！
エンバースの左手が爆発するように崩壊し、灰の塊がイブリースの視界を塞ぐ。
「ぬッ！？」
＞おっと、悪い。手がもげちまった――わざとじゃないんだぜ。アンデッドあるあるさ
視界を閉ざされ、イブリースの動きが一瞬止まる。
エンバースの行動はそれだけでは終わらなかった。
＞コイツは、お詫びの品だ。味わってくれ
更にエンバースは火酒の入った瓶を取り出すと、それを兇魔将軍へと投げつけた。
ガラスの瓶は鋭利な鎧にぶつかって割れ、中の火酒を撒き散らす。イブリースは全身火酒まみれになって呻いた。
ボッ！
「うおおおおおおおおお……ッ！！！」
空気に触れ、イブリースの膚に触れた火酒が発火する。イブリースは瞬く間に燃え上がった。
火酒が甲冑の内側で肉を焦がす。例え鎮火したとしても、その熱は長く甲冑の中に籠り続けるだろう。
少量であってもイブリースに持続ダメージを長く与え続けるには最適の戦法という訳だ。
＞作戦第二段階だ。やり方はなんでも良い、奴の翼を潰せ！
＞おっと、言ったな明神さん。俺にやり方を任せて――いいんだな？
イブリースの『冥獄憤激轟（ヘルガイザー）』を警戒する明神に対し、エンバースがそれはもう封じたと返す。
エンバースにはまだまだ秘策があるようだった。
「ッ……、こんな、ことで……！
オレの決意を！ 願いを……押し留められると、思って……いるのか……！
舐めるなァァァァァッ！！！」
イブリースが怒号し、剣を振り上げようとする。
だが、それをありったけのバフを盛られたジョンが速度を恃みとした乱撃で妨げる。
＞僕が抑える！！！なんでもいい！僕の事は気にせずかませ！！！！！
魂を振り絞るようなジョンのラッシュを、イブリースは忌々しそうに舌打ちして防いでゆく。
ジョンの人類最高峰の肉体から繰り出される剣撃でも、イブリースには通じない。
ただ、イブリースもまたジョンを完全に無視できるほどではない。結果、イブリースはジョンに集中せざるを得なくなった。
「邪魔だ、失せろ！！」
一振り一振りごとにジョンの動きが鈍くなってゆく。イブリースはジョンを撫で斬りしようと大きく剣を振り上げた。
だが、それを部長の突撃が阻む。ジョンがさらに全身をぶつけるように迫ってくる。
＞守り抜ける機会がもう１度あればなんて甘ったれるなよ！後ろを見続けているような奴に負けるつもりはない！！
「なんだと――」
ガギィッ！！
ジョンの剣とイブリースの剣が噛み合う。鍔迫り合いの体勢に移行する。
ふたりの間には1メートル近い身長差と100キロ以上の重量差、筋肉差があったが、互いの力は拮抗しておりびくともしない。
「オレが後ろを見続けている、だと……？
貴様に何が分かる、オレの背負った役目の！ 願いの！ 約束の！ 何が分かる――！！」
ぎん！！ とその両眼が、そして額の中央にある魔紋に彩られた第三の眼が見開かれる。
「仲間たちを護る！ 生命を護る！ それが可能な力を有した者だけが、役割を果たす資格を得る！！
貴様らにその力があるのか！ 資格があるのか！ いいや、貴様らにはそんな覚悟も！ 決意も！ 信念もありはすまい！
ミズガルズから召喚されただけの、ゲーム感覚でしか物事を推し量れぬ貴様らにはな！！」
ガィンッ！ と業魔の剣がジョンの剣を弾き飛ばす。と同時、イブリースの左拳が閃光のようにジョンの鳩尾へ突き刺さる。
常人なら内臓破裂で即死だろうが、バフを幾重にも施されたジョンならば耐えられるだろう。
とはいえ、大ダメージは避けられまい。
「死ね！ 我が願いの前に立ち塞がる、悍ましきモンスターども！！！」
モンスター。
自身の行く手に立ちはだかり、生命を、願望を、未来を閉ざそうとする者を化け物と、魔物と呼ぶのなら。
イブリースにとってジョンや明神、カザハ、エンバースこそモンスターに他ならない。
アルフヘイム、ニヴルヘイム、そしてミズガルズ――またの名を地球。
それら三つの世界において、いったい誰が勇者（ブレイブ）で、誰が魔物（モンスター）なのか？
『ブレイブ&モンスターズ』とは、何者のことなのか？
その意味が今、問われている。
-
「ルール無用の何でもあり（バーリ・トゥード）とはいえ、あのイブリース相手によーけ頑張っとるにゃぁ。
こりゃ、ひょっとするとひょっとするかもしれんなも」
エンバースたち『異邦の魔物使い（ブレイブ）』とイブリースの戦闘が繰り広げられている中洲を見下ろす崖の上で、
腕組みしながら観戦している『詩学の』マリスエリスが感心したように呟く。
「あーあ、おれも闘いたいなぁー！
なぁエリ、おれも行っていいだろ？ アイツ、あのまんまじゃ負けちゃうぜ？」
崖っぷちに胡坐をかいて座り、腰のポーチの中から干し肉を取り出して齧りつきながらロスタラガムが言う。
マリスエリスはかぶりを振った。
「ん〜……もーちょこっと待っとってちょぉ？ 今ここでアタシらが動くのは得策じゃにゃあがね。
この戦い、アタシら以外にもギャラリーが来とるし――」
そう言って、ちらりと視線を左側に走らせる。
カツ、カツ、と地面を踏みしめる蹄の音が響く。
マリスエリスとロスタラガムのいる崖上に、厳めしい馬具を装着した軍馬に跨って現れたのは、十二階梯の継承者・第七階梯。
『覇道の』グランダイト。
「わざわざメル・カヴァから観戦に来るなんて、どういう風の吹き回しかにゃ？
やっぱりテンペストソウルのことが気になるっちゅーことかねぇ。ま、大事なストームコーザーが戻るか戻らにゃーかの瀬戸際、
玉座にふんぞり返って悠長に待っとる気分じゃにゃぁのは無理もにゃあことだがね」
「黙れ、『詩学』。そのよく回る口を今すぐ閉じよ、不敬者！
陛下はこの世界の趨勢を決める戦いの見届け人となるべく出座なされたのだ。頭が高い！」
グランダイトのやや後方で同じく騎馬に跨っているアレクティウスがすかさず叱責を飛ばす。
マリスエリスは軽く肩を竦めると沈黙した。
覇王が崖のきわまで馬を進め、崖下の戦場を見下ろす。
その視線は凪のように落ち着いており、その胸中に如何なる思惑があるのかを推し量るのは難しい。
だが、確かにアレクティウスの言うとおり、見届け人となるつもりで来たのだろう。
この戦いが、アルフヘイムとニヴルヘイムの因縁がどう決着するのか、世界がこれからどうなるのか――
それを見極めるために。
「ぐッ……！ おのれ、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』！！」
中洲でエンバースの作戦が功を奏し、イブリースの翼が封じられる。
イブリースの巨躯は地上に縫い留められ、翼を使って空に逃げることができなくなった。
が、飛翔力を奪っただけだ。イブリースは翼を防御に使用する。
強靭な皮膜は身体の前面を覆えば盾の代わりとして働く。単体での攻撃は更に効き辛くなるだろう。
さらに、翼は羽搏くことで強力な旋風をも作り出すことが可能だ。軽量級のカザハや明神は吹き飛ばされてしまう。
エンバースも至近距離で受ければ人型を維持していられないかもしれない。
「オレは負けん……、オレは勝つ！
今まで散っていったすべての命、そしてこれから生まれるであろうすべての命に報いるために！
あの方との約束を……果たす、ために――――――！！」
ゴアッ！！！
イブリースの全身から圧倒的な量の魔気が嵐の如く迸る。
業魔の剣の刀身が赤黒い瘴気の柱を噴き上げる。
常人ならば息をすることさえも困難な、莫大な魔力を孕んだ風が中洲一帯に吹き荒れる。
それが何の兆しであるのか、この場にいる全員が理解しているであろう。
「――今ぞ、閉幕の刻来たれり。
666の徴以ちて、我此処に魔剣の戒めを解かん――！」
兇魔将軍イブリースの最大最強技、『業魔の一撃（インペトゥス・モルティフェラ）』。
本来ならば敵単体に炸裂させることで最大限の破壊力を発揮する技だが、
剣から迸る瘴気の奔流を敵全体に放つだけでも必殺と言っていい威力を誇っている。
まともに喰らえばゴッドポヨリンのように跡形もなく消し飛んでしまうだろう、だが――
それは同時に、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』にとって待ち望んでいた好機でもあった。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ！！！！」
ゴウッ！！！！！！
イブリースが臨界点に達した剣の瘴気を撃ち放とうと、両手で剣を振りかぶる。
『異邦の魔物使い（ブレイブ）』がその力を結集し、兇魔将軍の必殺剣を阻止する。
そして双方の力が激突し、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』が髪の毛一本ほどの差で競り勝った時。
ガギィィィィンッ！！！
「が……は……ッ！！」
イブリースは大きく後方へ吹き飛んでジョンたちから間合いを離すと、がくり……と地面に右膝をついた。
その頭上には『STUN』という効果がはっきりと表示されている。ゲームと同じくカウンターを取ることでパリィが発生し、
行動不能になったのだ。
スタン状態のイブリースは攻撃も防御もできない。今なら『異邦の魔物使い（ブレイブ）』のすべての攻撃が通る。
この機に乗じて全員で総攻撃をかけ、それぞれの持ち得る最大の必殺技を放てば、
いかに強大な力を誇る兇魔将軍とて沈まざるを得まい。
皆のチームワークの勝利、待ちに待った千載一遇のチャンス――そう、思われたが。
「おぉーっとぉ！ そこまでにゃ、アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』！」
それまで崖上で静観を決め込んでいた『詩学の』マリスエリスが、突如として声をあげた。
-
「イブリースをここまで追いつめるなんてにゃぁ……どえりゃあ驚いたにゃぁ。
けどが、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』。これ以上おみゃーさんらに好き勝手させるわけにはいかんがね」
崖と中洲の段差は15メートルはあったが、マリスエリスはまるで問題にせずひらりと宙に身を躍らせると、
中洲へと降り立った。
そして、無造作な足取りでイブリースへと近付いてゆく。
「なかなか見応えある戦いだったけどにゃ、もうお仕舞いだみゃぁ。
イブリース、バトンタッチだがね。後はアタシらに任せて、おみゃーさんはそこであすんどりゃぁええにゃ」
「ふ……ざけるな……！
こいつらは……オレがひとりでやると、言った……はずだ……！」
当然のようにイブリースは反発した。
まだスタンから立ち直れず、苦悶に顔を歪めながらもマリスエリスへ怒りに満ちた視線をぶつける。
しかし、マリスエリスはまるで意に反さない。どころかイブリースの顔を覗き込むと、
「とろくせぁこと言うとるのも大概にしときゃぁ、イブリース？
おめぁの出番はもう終わっとるがや、あの方だの約束だの――眠てゃーこと抜かしとるもんに、これ以上は任せられんわ」
と、底冷えする声音で告げた。
イブリースが憎々しげに呻く。
「マリス……エリス……！」
「――ごたいげさん」
マリスエリスは双眸を細めると、にやぁ……と嘲りにも似た笑みを浮かべて兇魔将軍に背を向けた。
「さぁて、アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』。
これを見るにゃ！」
明神たちと対峙したマリスエリスが、自信たっぷりに左手で崖上を指差す。
崖上には『万物の』ロスタラガムと軍馬に跨った『覇道の』グランダイト、それにアレクティウスがいる。
マリスエリスがパチンと指を鳴らすと、それを合図としてロスタラガムがどこからか碧色に輝く20cmほどの光体を取り出した。
球状に光を放つ、高純度のエネルギー。それは――
「……テンペストソウル……！」
ブリーズが驚きに目を見開き、息を呑む。
それは精霊王の資格を持つシルヴェストル、レクス・テンペストの証。その魂そのもの。
「ああ……テュフォン……」
両手で顔を覆い、ブリーズが嗚咽を漏らす。
テンペストソウルがロスタラガムの手の中にあるということは、つまりテュフォンは死んだということなのだろう。
『異邦の魔物使い（ブレイブ）』を逃がすため我が身を犠牲にした、テュフォンの成れの果て。
それが今、十二階梯の継承者の手の中で光り輝いている。
「テンペストソウルを献上した者と同盟を結ぶ、そういう話だったにゃぁ？ 王様。
さ――約束通り、望みの物を呉れてやるにゃ！ うちんたぁに力を貸してちょぉ、『覇道の』グランダイト！！」
「ほら、やるよ。これでおまえもおれたちの仲間だな！」
ロスタラガムがグランダイトへ歩み寄り、右手に持ったテンペストソウルを突き出す。
グランダイトがそれを受け取れば、同盟締結だ。グランダイトとその指揮下にある20万の軍勢は、
丸ごとニヴルヘイムの兵力となる。明神たちの敵に回ってしまう――。
しかし。
「………………」
覇王はそれを受け取らなかった。
「ん。……ん！」
受け取れとばかり、ロスタラガムが何度もぐいぐいとテンペストソウルを突き出す。
だというのにグランダイトは手綱を握ったまま、冷たい眼差しで光り輝く魂を見下ろすだけだ。
愛剣ストームコーザーの錬成に欠かせない、喉から手が出るほど欲しいレアアイテム。
夢にまで見たに違いないそれが目の前に、手を伸ばせば届く距離に存在しているにも拘らず――である。
「どうしたんにゃ！？ 王様！
まさか、偽物かもって疑っとらっせるがや！？ そんなことありえんがね！
そのテンペストソウルは、確かに双巫女の片割れから抉り取った正真正銘のテンペスト――」
マリスエリスもグランダイトのこの反応は予想外だったらしく、つい今しがたまでの余裕綽々の表情がすっかり引っ込んでいる。
そして自分たちの持つ秘宝は本物で間違いない、と断言した、そのとき。
「あっそ。そのテンペストソウルは、ガチのホンモノなんだな？
いいコト聞いちゃった、それじゃあ――」
不意に、どこからが声が聞こえた。
そして次の瞬間、テュフォンのテンペストソウルはロスタラガムの手の中から跡形もなく消滅していた。
-
「あッ！！！」
「あ！ ……あれ？ ここにあったテンペストソウル、どこいった？」
マリスエリスが叫び、ロスタラガムがテンペストソウルの消滅を確かめるように手を握ったり開いたりする。
「あはははははははは……、あ――――はっはっはっはっはっはっはっはっは―――――――ッ！！！！」
ロスタラガムの頭上で、甲高い哄笑が響く。
崖のさらに上方には、漆黒の天馬に跨った黒騎士の姿があった。
その姿、その声を、アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』たちは確かに覚えているだろう。
魔王バロールのひとり娘、ニヴルヘイム最高戦力たる三魔将のひとり。
幻魔将軍ガザーヴァ。
レプリケイトアニマでの戦いの後、ヴィゾフニールの中から忽然と姿を晦ませていたガザーヴァが、確かにそこにいた。
そして――その手の中には、碧色に輝くテンペストソウル。
「やった……やったぞ！ これがテンペストソウル……、パパがボクを創造するほどに欲しがっていた至宝！」
兜のバイザーで顔を隠したまま、ガザーヴァが喜悦の声をあげる。
「返せ！！」
だぁんッ！ とロスタラガムが強く地を蹴り、上空のガザーヴァめがけて飛び掛かる。
だが、ガザーヴァは器用に手綱を操ってガーゴイルを制御すると、ひらりと身を躱した。
空を飛べないロスタラガムが忌々しそうに落下してゆく。
さらにマリスエリスがすかさず狼咆琴（ブラックロア）を手繰ったが、音の矢もガザーヴァの機動力の前に空を切る。
「くふふふふッ、ガラにもなくコソコソ隠れて、ずっとチャンスを待ってた甲斐があったってもんだ……！
これがボクに力を与えてくれる。ボクのことを特別にしてくれる……！
カザハ！ 見えるか！ ボクもついに手に入れたぞ、テンペストソウルを！
これでオマエとおんなじ――いいや！ ボクの方がずっとずっと、オマエより強くなれる！
オマエよりも特別になれるんだ！！」
ガザーヴァが手の中のテンペストソウルを誇らしげにカザハへ見せつける。
どうやら、ガザーヴァはパーティーを離脱してからというもの、ずっとテンペストソウルを手に入れる機会を窺っていたらしい。
前回の対イブリース戦で『異邦の魔物使い（ブレイブ）』に『形成位階・門（イェツィラー・トーア）』を開いたのも、
ガザーヴァの仕業であったのだろう。
カザハはテンペストソウルを持つために、特別なシルヴェストルと言われた。
自分はテンペストソウルを持っていなかったから、特別になれずバロールにも見捨てられた。
カザハと自分を分かつものがテンペストソウルの有無、その一点に尽きるのなら、自分もテンペストソウルを手に入れればいい。
それが、ガザーヴァの出した結論であったのだ。
「あっはははははははッ！！ そこでアホ面さげて見てろよ、カザハ！
このテンペストソウルの力で、ボクがレクス・テンペストになる瞬間をな！」
ガザーヴァは高々とテンペストソウルを掲げた。
「テンペストソウルよ！ 風精王の器、資格者の証たる魂魄よ！
ボクをレクス・テンペストへ！ 特別なシルヴェストルへと変容させろ――――！！！！」
皆の眼前で、空に留まるガザーヴァが朗々と言葉を紡ぐ。
その瞬間テンペストソウルが激しく輝き、その膨大な魔力のすべてがガザーヴァの体内へと吸い込まれ――
たりは、しなかった。
「…………」
ガザーヴァが呼びかけても、テンペストソウルには何の変化もない。
ただ、その手の中でおぼろげに輝くばかりである。
幻魔将軍は狼狽した。
「な……、なんだ……？ どういうことだ……？
どうしたんだよ、テンペストソウル！ オマエ、本物なんだろ！？ 偽物じゃないんだろ！？
ボクに力をよこせよ！ ボクを……ボクを！ レクス・テンペストにしろよォォォォォォォ！！！！」
振っても怒鳴っても、テンペストソウルには僅かな変化さえ見られない。
ガザーヴァは歯噛みして、バイザー越しにマリスエリスを睨みつけた。
「オマエ……騙したな！！」
「そ、そんなはずにゃあで！？ アタシ達は確かに双巫女にとどめを刺したがね！
それは紛れもない本物のはず――」
マリスエリスが両手を振って弁明する。
紛い物を渡して同盟を取り付けようとしていた、などとグランダイトに思われては堪らない。
果たしてテンペストソウルは本物なのか、偽物なのか。
それを証明したのは、双巫女の片割れブリーズだった。
「……そのテンペストソウルは、私の半身テュフォンのもの。
紛れもない本物です」
それまで姉妹の死に嗚咽を漏らしていたブリーズが、ジョンたちの前に出る。
「じゃあ、どうして……！」
「そのテンペストソウルは、確かに本物。けれど、それだけでは何の効果もありません。なぜならば――
私たちは風の双巫女。私たちのテンペストソウルは、ふたつ揃って初めてひとつだからなのです」
戦場にいる者たちの視線を一身に受けながら、ブリーズはそう言い放った。
-
風精王はその時代時代にひとり。双子の風精王など存在した事例はない。
ひとりでは器が足りず、ふたり揃ってようやく一人前の働きをする、未熟な魂。
だからこそ王になることはできず、巫女としての地位に収まるほかなかった。
それが、風の双巫女というレクス・テンペストの正体だったのだ。
双巫女がカザハこそ時代の風精王に相応しいとその地位を譲った最大の理由が、これだった。
「王様はそれを知ってたから、アタシらの奪ったソウルを受け取らなかったんにゃ……！」
不完全なテンペストソウルでは、真のストームコーザーを錬成することはできない。
テュフォンのテンペストソウルを前にしてグランダイトが無反応であったのは、当然と言えば当然であったのだ。
「な……、なんだよ、ソレ……！ なんなんだよ……！
せっかく苦労して念願のテンペストソウルを手に入れたってのに！ カザハに勝てると思ったのに！ 全部無駄じゃんか……！
ふざけるな！ ふざけるなよおおおおおッ！！！」
勝ち誇った哄笑から一変、希望を奪い取られたガザーヴァの慟哭が中洲に響く。
「スキあり！！」
悲嘆に暮れて隙だらけのガザーヴァへ、ロスタラガムが再度跳躍し襲い掛かる。
ロスタラガムの強烈な蹴りをまともに貰い、ガザーヴァは乗騎のガーゴイルもろとも墜落した。
「ぎゃぅっ！！」
どどぉんっ、と土煙を上げ、地面に激突する。ガザーヴァはぐったりと力なく身を横たえ、気を失ったようだった。
ガザーヴァが墜落した拍子に、その手の中からコロコロとテンペストソウルが転がる。
すかさず駆け寄ったブリーズが姉妹の魂を抱き上げ、ほっと安堵の吐息を漏らした。
「……どうやら、また振り出しって感じかにゃぁ。まさか、双巫女のテンペストソウルが欠陥品だったとは……。
ここまで来てくれたついで、王様におみゃーさんらと戦ってもらおうと思っとったのに、せっかくの作戦がワヤだがね。
しょうがない……アタシが直々に相手してやるかにゃぁ」
チッ、と忌々しそうにマリスエリスが表情を歪める。
「イブリース！ もうスタンは回復しとるでしょぉ！？
たぁけた面子やらプライドやらはほかして、三人でやるしかにゃあも！ 答えは聞いとりゃぁせん！
――タラちん！」
「おー！ やっと出番かぁ、待ちくたびれたぞ！」
崖上から一気に跳躍し、ロスタラガムが戦場へと躍り出る。
前腕部をすっぽり覆う凶悪なデザインの籠手を、ガィン！ と打ち鳴らす。
イブリースもスタンから復帰したらしく、頭を振ってゆっくりと立ち上がる。
「確かに……こいつらは強い……。
舐めていたのはオレの方だったか……ならばもう手段には拘らん。
大義のため――何がどうあっても、オレはこの戦いに勝利する！！」
「さぁて……んじゃ始めるとするかにゃ！ デュエル――スタート！！」
だんッ！！！
十二階梯の継承者・第九階梯、『万物の』ロスタラガムが先陣を切って突進してくる。
矮躯の筋肉達磨だが、その速度は恐るべきものだ。あっという間にエンバースの懐に潜り込んでくる。
そして、攻撃。ロスタラガムの攻撃はシンプルな拳足での物理攻撃だが、とにかく隙がない。
手足が短くリーチもないが、その代わりに攻撃をすると絶対に発生するはずの『戻り』の隙がないのだ。
圧倒的筋密度から繰り出されるパンチ、そしてキックは一撃必殺、そしてそれが目にも止まらぬ速度で無数に飛んでくる。
何より、ロスタラガムの最も恐るべき部分は――その適応能力の高さだった。
一度『異邦の魔物使い（ブレイブ）』の攻撃を見ると、次には的確な対処と反撃を以て応じてくる。
即ち、ロスタラガムに二度同じ攻撃は通用しない。
「いくぞいくぞいくぞォ―――――――ッ！！」
ロスタラガムが身体を丸め、地面をバウンドして縦横無尽にエンバースへ襲い掛かる。
「おまえ、オモシロいなァ！ もっともっとやろうぜ！ もっともっともっと――うはははははっ！！！」
イブリースの灰化を驚異的肺活量で口から突風を吹き付けて蹴散らし、火酒も目にも止まらぬ速度で躱してしまう。
闘えば闘うほど強くなる。戦闘が長期化すればするほど回転率が、ステータスが上昇してゆく。
エンバースの変則的な攻撃を心から楽しんでいるという様子で、ロスタラガムは笑った。
さらに、マリスエリスが『異邦の魔物使い（ブレイブ）』全員へ狼咆琴（ブラックロア）の音撃の矢を放つ。
「おみゃーさんはちゃんとしたレクス・テンペストなんだろみゃぁ？
なら、その魂を貰うで……大人しく殺られてちょお！」
ぎゅん！ とロスタラガムに負けない速度で、マリスエリスがカザハへ肉薄する。
カザハを仕留め、今度こそ完全なテンペストソウルを入手してグランダイトに与える――そう考えているのだろう。
音を武器にする時点で、マリスエリスもまた風属性である。
カザハの繰り出す風を無効化する方法も知っている、その不可視の矢を避けるのは至難の業だろう。
むろん、デバフも抵抗され十全な効果を発揮するまい。
マリスエリスはカケルへと狙いを絞る。カケルの方が躯体が大きく動きも鈍いため、狙いがつけやすいと思ったのだろう。
無数の音撃の矢がカケルを狙う。と思いきや――
「たぁけ。おみゃーさん、アタシを舐めとったらイカンにゃ？
アタシの殺しのテクはアラミガ兄さん直伝、防げるワケが……にゃあでかんわ！」
音もなく肉薄したマリスエリスの抜き放ったダガーの刃が、カザハの右の二の腕を斬り裂く。
吟遊詩人（バード）にして射手（アーチャー）、その上限りなく暗殺者（アサシン）に近い野伏（レンジャー）。
それが十二階梯の継承者・第十階梯、『詩学の』マリスエリス。
-
そして最後の一騎、兇魔将軍イブリースもジョンへとその圧倒的な殺気を叩きつける。
「オレが後ろを見続けていると言ったな……、死した者たちを悼んで何が悪い！
死んでいった者たちの想いを背負い、願いを背負い、戦うことを……貴様は悪と断じるのか！」
ゴウッ！！！
無限の瘴気を剣に籠め、イブリースがジョンを両断しようと迫る。
死者の声と飛翔力を奪われても、イブリースの攻撃力や防御力は些かも衰えてはいない。
どころか今までの闘いでその内なる怒りが爆発し、攻撃の激しさは勢いを増してさえいた。
さきほどまで、ジョンは他の仲間たちと共にイブリースと戦っていた。
だが、今は仲間たちの援護は期待できない。
「オレは一巡目で貴様ら『異邦の魔物使い（ブレイブ）』にすべてを奪われた！
仲間も！ 世界も！ このオレ自身の命も！ 何もかもだ！！
それを！ 二の轍を踏むまいと決意することの、どこが間違っている！
この世界は滅ぶ！ もはや誰も侵食を止めることはできん！ 『そう決まっている』、『そういうシステム』なのだ！！
ならば――オレはオレに課せられた義務を果たす！ 貴様らを残らず殺し尽くしてだ！！」
カッ！！
イブリースの斬撃がジョンの胸元を浅く薙ぎ、血飛沫が舞う。
怒気を全身に纏い、大剣を小枝の如く振るって攻撃してくるイブリースに隙は見当たらない。
しかし――
ジョンの人類最高峰の肉体、五感そしてシェリー譲りの洞察力があれば、ひょっとすると気付くかもしれない。
イブリースが攻撃を繰り出し、魔力と瘴気を発散するたび、その額の中央にある魔紋に彩られた第三の眼の瞳孔、
そこが僅かに収縮と拡大を繰り返しているのが――。
「カザハ！」
ブリーズがマリスエリスへと風の刃を放ち、カザハを護ろうとする。
マリスエリスは身軽にステップを踏んで危なげなくブリーズの攻撃を回避する。
そして、今度は自分の番だとばかりにブリーズへと音の矢を放つ。
ブリーズは強いとはいえ、戦闘馴れしている訳ではない。海千山千の猛者であるマリスエリスにはまるで太刀打ちできない。
こうなれば、あべこべにカザハがブリーズを庇わなければならないだろう。
結果、明神だけが現状フリーと言うことになる。
「ぅ……」
明神からやや離れた場所で、ガーゴイルと共に倒れ伏したガザーヴァが小さく呻く。
まがりなりにもレイド級モンスターだ、多少の高所から墜落したところで死にはすまい。
けれど、重要なのは肉体的なダメージではない。
大好きな明神の元を出奔してまで追い求めたテンペストソウルが、その実不完全で役に立たないものだった。
どれだけ頑張ったところで、生まれながらのレクス・テンペストであるカザハには敵わないという事実。
その非情な現実が、ガザーヴァの心に回復できない大きな傷を穿っている。
このままではガザーヴァはパーティーに復帰することもできないし、戦力にもなるまい。
ガザーヴァの心を癒すことが出来る存在がいるとすれば、それはこの世にひとりだけだ。
ロスタラガムと闘うエンバースの加勢に入るか。
マリスエリスの攻勢に晒されるカザハの助けに割り込むか。
イブリースと鎬を削るジョンの援護を引き受けるか。
たったひとつの冴えた遣り方が失敗に終わり、地面に倒れたガザーヴァを救うか。
誰しもを救うことはできない。救えるのはたったひとり。
明神は岐路に立たされていた。
【『覇道の』グランダイトと執政官アレクティウスが観戦に出現。
業魔の一撃パリィに成功するも、マリスエリス、ロスタラガム乱入。
双巫女のテンペストソウルが二人分でないと効果のないことが発覚。
ガザーヴァ乱入するもパワーアップ失敗。墜落して気絶。
エンバースvsロスタラガム、カザハ&ブリーズvsマリスエリス、ジョンvsイブリース戦開始。
明神の行動選択フェーズ。
現在のイブリースの状況：
体力：MAX
魔力：MAX
攻撃力：MAX
防御力：MAX
第三の目：正常
翼：飛翔力なし
尻尾：正常
加護：無効
『黄金の夜明け（ゴールデン・ドーン）』発射まであと3ターン】
-
この世界の仕様上バフは対象が敵でも素通しなのか、運よく効いただけなのかは分からないが、
とにかくイブリースに聴力強化がかかったようだ。
＞「カザハ！バフを寄越せ――ありったけだ！」
通常攻撃のパリィで出来る隙はせいぜい1回行動できる程度と思われるが、
ブレイブ兼モンスターは自力でスキルを発動しながらスペルカード発動という裏技ができる。
（というか最近は人間も自ら戦いだしたのでモンスターじゃなくても多分出来る）
闇色の聖火と旋風の刃をこれでもかと誇張したファイアストームのようなエフェクトがかかる。
いつものバフにしてはやたらとエフェクトが派手……ということは、これは【幻影】。
さっきスマホの操作で発動させていたのは実はこれだったらしい。
用無しになったカードを1枚取っ払って代わりに入れていたようだ。
＞「喰らえ――――」
＞「――なんてな」
＞「――威力の超強化だ！『終末の軋み(アポカリプスノイズ)』、プレイッ！！」
イブリースは見事に陽動に乗り、明神さんの騒音攻撃をまともに食らうに至った。
＞「さあ、今度こそ――正々堂々、剣術比べと行こうぜ」
＞『作戦第二段階だ。やり方はなんでも良い、奴の翼を潰せ！』
そこから、エンバースさんのペースで戦いは進みはじめ、ひとまず様子見かと思った時だった。
「……ジョン君！？」
カザハが突然驚いた声をあげる。
つい先ほど見事パリィをきめたジョン君が、いつの間にか膝から崩れ落ちていた。
すかさず私に指示が飛ぶ。
「カケル！ キュアウーンズ……いや、先にトランスファーメンタルパワーだ！
ジョン君、下がって！！」
カザハは一瞬の逡巡の後に、敢えて傷を治すスキルではなく精神力の一部をを分け与えるスキルを優先した。
このままではイブリースに目をつけられたらとどめを刺されかねないので、とりあえず動けるようにするのが最優先。
ジョン君は強力な回復薬を持っていたはずで、それでこの状態ということは
生半可な回復魔法をかけたところですぐには動けるようにならないと思ったのだろう。
＞「立ち上がらない…と…」
私のスキルがいくらか効いたのか、ジョン君自身の精神力の賜物かは分からないが、ジョン君はなんとか立ち上がった。
＞「ッ……、こんな、ことで……！
オレの決意を！ 願いを……押し留められると、思って……いるのか……！
舐めるなァァァァァッ！！！」
＞「僕が抑える！！！なんでもいい！僕の事は気にせずかませ！！！！！」
剣を振り上げようとしたイブリースにジョン君が突撃し、凄まじい連撃を加える。
-
「ジョン君……！ カケル、ジョン君にキュアウーンズお願い」
カザハはジョン君を止める代わりに、私に可能な限りのジョン君の回復を命じました。
＞「死ね！ 我が願いの前に立ち塞がる、悍ましきモンスターども！！！」
このパーティはパートナーモンスターだけではなくカザハやエンバースさんもモンスターなので
モンスターどもと言われたところで別に何の不自然も無いのだが、この言葉にはきっと、明神さんやジョン君も含まれている。
単純に言ってしまえば立ちはだかる憎き敵という意味で言っているのでしょう。
そして、カザハはこの一言にそれ以上の意味を見出したようだ。
「そっか。この世界はあっちから見ればブレイブVSモンスターズってところか……」
単に立場が逆転しているのみならず、＆ではなくVSだと。
そういえば、アルフヘイムのブレイブ達は、モンスターという言葉を敵をののしる時にはあまり使わない気がする。
それはきっと、アルフヘイムのブレイブにとっては、モンスターは昨日は敵でも今日は友達に成り得る存在だから。
でも、少なくとも今のイブリースにとっては、モンスターは未来永劫敵なんですね……。
＞「ぐッ……！ おのれ、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』！！」
＞「オレは負けん……、オレは勝つ！
今まで散っていったすべての命、そしてこれから生まれるであろうすべての命に報いるために！
あの方との約束を……果たす、ために――――――！！」
ジョン君とエンバースさんの猛攻によって飛翔力を奪われたイブリースがついに、『業魔の一撃（インペトゥス・モルティフェラ）』を放つ。
といっても基本的には前衛の二人に頼るしかなく、私達が何かやったところで影響は微々たるものだが、ほんの少しの差が明暗を分ける状況。
カザハは自らは『癒しの旋風（ヒールウィンド）』のカードを発動し、私には「ブラスト」の指令を出しました。
『癒しの旋風（ヒールウィンド）』は、妨害技としての突風はほぼ無効化されても、
味方への回復技の余波としての単なる風なら通用するのではないか、という発想によるもの。
すると狙っていたのかはわかりませんが、両方が強化されたような合体技が発動した。その名も『ヒールブラスト』。
効果はそのまんま、味方にはかなり強力なヒールウィンド、敵には通常よりかなり効きやすいブラスト、というところ。
そして――
＞「が……は……ッ！！」
全員が総力を結集し、間一髪でパリィが成功した。イブリースはスタン状態に陥っている。
一方のこちらは先刻のヒールブラストで味方全員に強回復がかかり、持ち直した状況。
待ちに待ったイブリースタコ殴りタイムである、と思われたがそうは問屋が卸さなかった。
＞「おぉーっとぉ！ そこまでにゃ、アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』！」
＞「イブリースをここまで追いつめるなんてにゃぁ……どえりゃあ驚いたにゃぁ。
けどが、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』。これ以上おみゃーさんらに好き勝手させるわけにはいかんがね」
これまで静観を決め込んでいたマリスエリスが、突如乱入してきた。
-
＞「なかなか見応えある戦いだったけどにゃ、もうお仕舞いだみゃぁ。
イブリース、バトンタッチだがね。後はアタシらに任せて、おみゃーさんはそこであすんどりゃぁええにゃ」
＞「ふ……ざけるな……！
こいつらは……オレがひとりでやると、言った……はずだ……！」
＞「とろくせぁこと言うとるのも大概にしときゃぁ、イブリース？
おめぁの出番はもう終わっとるがや、あの方だの約束だの――眠てゃーこと抜かしとるもんに、これ以上は任せられんわ」
＞「マリス……エリス……！」
イブリースとマリスエリスの間に険悪な雰囲気が流れる。やはり同盟関係ではあっても仲間ではないということでしょう。
＞「さぁて、アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』。
これを見るにゃ！」
ロスタラガムが20cmほどの光体を掲げる。
＞「……テンペストソウル……！」
＞「ああ……テュフォン……」
「ブリーズ……まだボクが……」
カザハは泣き崩れるブリーズの肩を抱く。
カザハが取り乱さないでいられるのは、今は精神を地球時代に寄せているからなのだろう。
「”まだあなたには私が……この姉巫女がいるわ”」
そう言ってブリーズを抱きしめるカザハの姿が、一瞬1巡目の時の姿に見えた。
双巫女の上の地位にあたる姉巫女にして風精王第一候補――カザハの遠い昔の姿。
が、一陣の風が吹き抜けたかと思うと、もう元に戻っている。
＞「テンペストソウルを献上した者と同盟を結ぶ、そういう話だったにゃぁ？ 王様。
さ――約束通り、望みの物を呉れてやるにゃ！ うちんたぁに力を貸してちょぉ、『覇道の』グランダイト！！」
＞「ほら、やるよ。これでおまえもおれたちの仲間だな！」
ブリーズから身を離したカザハが、ロスタラガム達を忌々しげに睨みつける。
このままでは妹とも言える存在が魔剣の材料になり、グランダイトとその軍勢は敵方に回ってしまうのだ。
しかし、グランダイトは受け取らなかった。
＞「どうしたんにゃ！？ 王様！
まさか、偽物かもって疑っとらっせるがや！？ そんなことありえんがね！
そのテンペストソウルは、確かに双巫女の片割れから抉り取った正真正銘のテンペスト――」
＞「あっそ。そのテンペストソウルは、ガチのホンモノなんだな？
いいコト聞いちゃった、それじゃあ――」
＞「あはははははははは……、あ――――はっはっはっはっはっはっはっはっは―――――――ッ！！！！」
突然姿を現したガザーヴァが、テュフォンのテンペストソウルを奪い取る。
-
＞「やった……やったぞ！ これがテンペストソウル……、パパがボクを創造するほどに欲しがっていた至宝！」
＞「くふふふふッ、ガラにもなくコソコソ隠れて、ずっとチャンスを待ってた甲斐があったってもんだ……！
これがボクに力を与えてくれる。ボクのことを特別にしてくれる……！
カザハ！ 見えるか！ ボクもついに手に入れたぞ、テンペストソウルを！
これでオマエとおんなじ――いいや！ ボクの方がずっとずっと、オマエより強くなれる！
オマエよりも特別になれるんだ！！」
カザハは、その様子を複雑げな表情で見ていた。
カザハにとってはテュフォンもガザーヴァも、ある意味では妹にあたるのだ。
ガザーヴァはテンペストソウルを得ようとしていた――つまりテュフォンの死を待ち構えていた。
とはいっても彼女自身はそれに全く加担はしていない。
どころか、ガザーヴァの介入がなければ今頃全員死んでいただろう。
＞「あっはははははははッ！！ そこでアホ面さげて見てろよ、カザハ！
このテンペストソウルの力で、ボクがレクス・テンペストになる瞬間をな！」
死んでしまった命はもう戻らないのなら、その残滓たるテンペストソウルをどう扱えばテュフォンが最も報われるのか――
カザハは一つの結論に辿り着いたようだった。
「うん……いいんじゃないかな。少なくとも魔剣の材料よりはずっといいよ」
（これでガザーヴァは長年の苦悩から解放されるし、テュフォンはガザーヴァの中で生き続けられるかもしれない。
それって、魔剣の材料よりも、始原の風車の一部になることよりも、ずっと意味のあることなのかも……)
お堅い地球ですら、臓器移植で記憶の一部が引き継がれた、とかいう噂が枚挙に暇がないのだ。
増してやここはファンタジー世界で、受け継がれるのが魂の結晶と言われるテンペストソウルなら……。
＞「テンペストソウルよ！ 風精王の器、資格者の証たる魂魄よ！
ボクをレクス・テンペストへ！ 特別なシルヴェストルへと変容させろ――――！！！！」
カザハは、テュフォンの魂がガザーヴァへと受け継がれる様を目をそらさず見届けようとしているようだった。
＞「な……、なんだ……？ どういうことだ……？
どうしたんだよ、テンペストソウル！ オマエ、本物なんだろ！？ 偽物じゃないんだろ！？
ボクに力をよこせよ！ ボクを……ボクを！ レクス・テンペストにしろよォォォォォォォ！！！！」
＞「……そのテンペストソウルは、私の半身テュフォンのもの。
紛れもない本物です」
それまで嗚咽を漏らしていたブリーズが、毅然とした態度で進み出る。
-
「ブリーズ……何か知ってるの？」
＞「そのテンペストソウルは、確かに本物。けれど、それだけでは何の効果もありません。なぜならば――
私たちは風の双巫女。私たちのテンペストソウルは、ふたつ揃って初めてひとつだからなのです」
テュフォンとブリーズは同じ風から生まれた、ふたつでひとつの魂。
やはりテュフォンのテンペストソウルを受け継ぐにふさわしい者がいるとすれば、ブリーズ以外にあり得ないのだろう。
＞「な……、なんだよ、ソレ……！ なんなんだよ……！
せっかく苦労して念願のテンペストソウルを手に入れたってのに！ カザハに勝てると思ったのに！ 全部無駄じゃんか……！
ふざけるな！ ふざけるなよおおおおおッ！！！」
＞「スキあり！！」
ロスタラガムの強烈な蹴りを受け、ガザーヴァは墜落して気を失った。
ブリーズがテュフォンのテンペストソウルをすかさず回収する。
ガザーヴァが目を覚ます様子はない。カザハは自嘲気味に呟いた。
「ボクのせいでテュフォンは死んでガザーヴァは苦悩に苛まれている。
ねえブリーズ、もう分かったでしょ？ 名は体を表す――ボクは生きているだけで誰かを傷つける刃……。
懲りないなあ、力を取り戻せばこうなるって分かっていたはずなのに……」
未だ目覚めぬガザーヴァの顔を覗き込みながら、カザハは言う。
「ブリーズ……滅茶苦茶なお願いだって分かってる。
始原の風車の集合体のテンペストソウルから一つ分分けてあげられないかな……。
きっと、この子が生きていくためにはどうしてもどうしても必要なんだ……」
ブリーズから見ればガザーヴァは、突然現れた得体のしれない輩だ。
グランダイトの魔剣の材料用に一つ分けろと言うのと同じぐらい無理な相談だ。
カザハもそれを分かっているのだろう。
「……ごめん、忘れて」
カザハは自らその話題を打ち切るように立ち上がる。
事態は今はそれどころではない状況へと突入しつつあったのだ。
＞「……どうやら、また振り出しって感じかにゃぁ。まさか、双巫女のテンペストソウルが欠陥品だったとは……。
ここまで来てくれたついで、王様におみゃーさんらと戦ってもらおうと思っとったのに、せっかくの作戦がワヤだがね。
しょうがない……アタシが直々に相手してやるかにゃぁ」
＞「イブリース！ もうスタンは回復しとるでしょぉ！？
たぁけた面子やらプライドやらはほかして、三人でやるしかにゃあも！ 答えは聞いとりゃぁせん！
――タラちん！」
＞「さぁて……んじゃ始めるとするかにゃ！ デュエル――スタート！！」
全員がかりでも勝てるかどうか分からない相手が３人……大変なことになってしまった。
戦闘再開にあたり、カザハがブリーズに言い含めている。
-
「念のため言っとくけど……我が身に代えても、なんてもう駄目だよ？
テュフォンがそうなってしまった以上、君がやられても完全なテンペストソウルが出来てしまうんだから。
二人揃って生き残るしか道はないんだ」
マリスエリスが手に持つ琴をかき鳴らす。
嫌な予感がした私は、とっさにカザハの前に立ちはだかりました。
《っ……！》
その瞬間胴体に鋭い衝撃を感じ、血が飛び散る。不可視の矢が突き刺さったらしい。
不可視というか、風属性だからかなんとなく風の魔力のようなものは見えるのだがどちらにしろ動体視力がついていかない。
「カケル！」
《私は大丈夫です……！》
人間位のサイズの生物が矢をくらうと、当たり所によってはすぐに致命傷になる。
私は体が大きい分当然矢は当たりやすいが、表皮も獣仕様なので致命傷にはなりにくい。
＞「おみゃーさんはちゃんとしたレクス・テンペストなんだろみゃぁ？
なら、その魂を貰うで……大人しく殺られてちょお！」
まず狙いやすい私から落とそうという魂胆だろう。
無数の魔力の矢が飛んでくる……ような気がする。あ、これヤバイやつかも……。
「風の防壁（ミサイルプロテクション）！」
カザハがスペルカードを展開し、間一髪で難を逃れた。
大してレアでもないカード一枚で十二階梯の攻撃を防ぎきれるとも思えないので、
カザハが自らの魔力を上乗せして強化しているのだろう。
《助かりました……カザハ！？》
マリスエリスはいつの間にかカザハに肉薄していた。私を狙った射撃は陽動だったということか。
＞「たぁけ。おみゃーさん、アタシを舐めとったらイカンにゃ？
アタシの殺しのテクはアラミガ兄さん直伝、防げるワケが……にゃあでかんわ！」
「くっ！？」
なんとか急所は外せたようだが、右の二の腕を切り裂かれ血が舞う。
「そんなっ、いつの間に……！？」
＞「カザハ！」
追撃をかけようとするマリスエリスに、ブリーズが風の刃を放つ。
それを難なく避けたマリスエリスは、お返しとばかりに音撃の矢を放つ。
先ほど私に撃ったのに比べれば随分気合が入っていないように見えるが……ブリーズは硬直している。
戦闘慣れしていない相手を仕留めるにはこれで十分ということか……！
-
「ブリーズ！！」
すぐ隣にいたカザハがブリーズに飛びつき、二人は一体となって地面に転がった。
「お願い無茶しないで！ 君がテュフォンとは違って前線には向かないって知ってるんだから。
これ以上妹を失うのは嫌だよ……！」
さっき言っていたテンペストソウル云々は理屈で、きっとこっちが本心だ。
テュフォンとブリーズは姿や声こそそっくりなものの、その戦闘能力の方向性には大きな違いがあるらしい。
台風、というその名の通り分かりやすく強いテュフォンに対し、
そよ風の名を持つブリーズは前線には向いていない代わりに、後方で補助を行うことで真価を発揮するタイプのようだ。
だからこそテュフォンの方が足止めを引き受け、あのイブリースを半刻も引き留めることが出来たのだろう。
「でも……ありがとう。すごく勇気を出してくれて」
アゲハさんの干渉を受けて２Pカラーになったのと同じ原理で、
今度はブリーズと密着して転がったことで魔力的な影響があったのかもしれない。
カザハの姿がまた変わった。遠い昔、私と一緒に旅した、風の姉巫女の姿に――
「人も精霊も、自分以外の誰かにはなれないんだ……」
《カザハ……》
「だから……刃は鈍ってない。
ボクは風刃。四大属性の一角の維持の名の下に、その理にまつろわぬ万物を切り裂く刃。
その刃で……二人とも守ってあげるからね」
例えば、カザハとブリーズがやられてレクス・テンペストが不在になる状況は、シルヴェストルの一族にとって不都合と思われる。
つまり、状況が複雑だった最初の戦いの時と違って、今はとりあえずこの場を切り抜けることが、種に課せられた呪縛とも矛盾しない。
「――風刃《エアリアルブレイド》」
カザハは、自らの真名と同じ名を冠する技を発動した。
左手の甲の宝石が魔力の粒と化し、風の魔力の武器に変化する。取った姿は、鋭い刃を持つ一対の鉄扇。
（それは……っ）
アゲハさんが驚いた声をあげる。
（テンペストソウルそのものを武器と化して戦う技……つまり、武器破壊されたら死に直結する……！）
《えぇっ！？ そうでしたっけ！》
もちろんそう簡単に破壊されることはないのだろうが、危険すぎる……！
-
（ぼさっとしてないで援護するよ！ あれが音撃の矢なら……駄目元でなんちゃって猫にサイレント！）
《は、はいっ！》
私に指令を出す余裕は無さそうなカザハに代わって、アゲハさんがスマホを乗っ取り私への指示を引き受ける。
ブリーズも支援に回り、激しい攻防が始まった。
扇を上下に振るい放たれた突風が、迫る音撃の矢をすんでのところで叩き落とす。
鉄扇を横に振るい放たれるのは鋭い風の刃。
マリスエリスが軽く避けると、その後ろの木がスパッと切れて倒れた。
ぱっと見渡り合えているように見えるかもしれないが、全然そんなことはない。
カザハがなんとか生き長らえているのに対して、マリスエリスの方は余裕といった感じだ。
カザハが息も絶え絶えに呟く。
「こっちは大丈夫だから……ジョン君とエンバースさんの方に……」
ジョン君はイブリースと、エンバースさんはロスタラガムと戦っているようだ。
ウィンドボイス越しに激しい戦闘の音が聞こえているのだろう。
《あんまり大丈夫じゃないですよ！？》
（だって……ボクにはパートナーモンスターの君だけじゃなくブリーズもアゲハもいるんだもの。
これ以上を望んだらバチが当たるよ）
《カザハ……》
どうか、ゴールデンドーン発動まで持ち堪えて……！
-
レプリケイトアニマを脱出したあの晩。
去り際にガザーヴァが零していった「特別」って言葉の意味を、俺はずっと考えていた。
他人とは違う、自分にしかないものを求める気持ちは分かる。
「これが俺だ」って胸張って言える何か。誰にも負けない自分だけの得意分野。
承認欲求だの自己肯定だの定義された言葉を使わなくたって、きっと誰もがその感情を理解できるはずだ。
一方で、ガザーヴァの気持ちの全てを推し量れてるわけでもない。
俺はふつーに両親から愛されて育った。親の金で学校も行かせてもらった。
出来の良い弟と比べられることもなく、のらりくらり好きなように人生を選んでこれた。
めちゃくちゃ幸運で、幸福なことだ。
目的の為にバロールに作られて、それを果たせずに捨てられた――ガザーヴァの絶望に共感は出来ない。
あいつに上から目線で説教かませるほど、俺は人生に苦労しちゃいない。
俺とガザーヴァじゃ、求める「特別」がぜんぜん違うところにあるんだろう。
だからだろうか。
ガザーヴァが船を飛び出して行っちまったのは。
>『……なんで、ボクは特別じゃないんだろ』
どうすりゃこいつが救われるのか。
答えは、ガザーヴァが居なくなった後にも、出てきやしなかった。
◆ ◆ ◆
-
ヤマシタの奏でるデスボイスに混じって、剣戟の音が響く。
加護をぶち剥がされたイブリースは、それでも本来の剣術でもってエンバースとジョンの猛攻に抗っている。
>「……いや？アイツはもうヘルガイザーを使えないぜ？」
油断なく立ち回りながらも、エンバースは不敵に零した。
>「俺達の前で剣を下ろして、地面に突き刺すって？はは……冗談キツいぜ。
そんな事をしたらどうなるか――アイツが分からない訳ないじゃないか」
「ひひっ頼もしいねぇ！そんじゃお言葉に甘えてもちっとギア上げてもらうか！」
形勢はこちらに傾きつつある。
イブリースを鉄壁にしていた問答無用の迎撃加護は消え失せ、奴は自前の集中力をゴリゴリに削っている。
もう無敵じゃない。集中力は有限だ。長引けばジリ貧になっていくのは奴も同じ。
>「ッ……、こんな、ことで……！
オレの決意を！ 願いを……押し留められると、思って……いるのか……！
舐めるなァァァァァッ！！！」
業を煮やしたイブリースが大剣を振り上げる。
>「守り抜ける機会がもう１度あればなんて甘ったれるなよ！後ろを見続けているような奴に負けるつもりはない！！」
それをジョンと部長が鍔迫り合いで抑え、反撃を封じた。
良いぞ、噛み合ってる。イブリースに技を出させる余裕を与えない。
>「オレが後ろを見続けている、だと……？
貴様に何が分かる、オレの背負った役目の！ 願いの！ 約束の！ 何が分かる――！！」
だが、イブリースとて百戦錬磨の三魔将だ。
いつまでも防戦一方ってわけじゃなかった。
ジョンの剣が弾かれ、追って放った拳が鳩尾を痛打する。
>「仲間たちを護る！ 生命を護る！ それが可能な力を有した者だけが、役割を果たす資格を得る！！
貴様らにその力があるのか！ 資格があるのか！ いいや、貴様らにはそんな覚悟も！ 決意も！ 信念もありはすまい！
ミズガルズから召喚されただけの、ゲーム感覚でしか物事を推し量れぬ貴様らにはな！！」
「こっちの事情も知りもしねえで決めつけてんじゃねえぞ、イブリース！！
信じらんねえなら証明してやるよ！お前をぶっ倒して、俺達の力と覚悟って奴をなぁ！」
ニヴルヘイムの事情を知らねえ俺が言うのもすげえブーメランって感じだけれど。
そんなもんは後でイブリースの口を割らしゃ良い。こいつはそういう戦いだ。
>「死ね！ 我が願いの前に立ち塞がる、悍ましきモンスターども！！！」
「鏡でツラ見て抜かしやがれッ！クソ化け物がぁっ！！」
――イブリースは俺たちをモンスターと呼ぶ。
そりゃそうか、敵性生物をモンスターと定義すんなら、魔族にとっては人間こそがモンスターだ。
俺にとってイブリースは、打倒すべき最強のモンスターだった。
だけどニヴルヘイムの連中にとって、こいつは言わば世界の未来を背負ったブレイブ。
今この場で起きてんのはレイドボスの討伐戦なんかじゃない。
世界の命運を賭けた、ブレイブ同士の戦いだ。
ジョンとの力比べを制し、トドメを刺さんと迫るイブリース。
その、瞬きすら追いつかない極小の間隙を縫って、エンバースの攻撃が飛ぶ。
蹴り飛ばされたフラウが強烈な回転によって不自然に軌道を曲げ、イブリースの背後を襲った。
-
>「ぐッ……！ おのれ、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』！！」
背骨を強かに打ちのめされて、翼の根本が歪む。
飛翔には精緻なバランスの制御が必要だ。風切羽を抜かれた鳥が地に落ちるように、これで奴はもう飛べない。
それでも翼そのものは健在で、筋肉と分厚い皮で構成された部位は盾にも武器にもなる。
>「――今ぞ、閉幕の刻来たれり。
666の徴以ちて、我此処に魔剣の戒めを解かん――！」
そして、翼を盾代わりと割り切れば、強引に技を繰り出す隙を作れる。
イブリースの身体から瘴気が吹き上がり、大剣が赤く輝き始める。
――『業魔の一撃（インペトゥス・モルティフェラ）』。
そいつはもう、見た。
『ここだ、ぶちかませ！』
俺が指示を飛ばすより早く、エンバースとジョンが飛びかかる。
遅れるようにヤマシタが肉迫し、カケル君のブラストと同時に『聖重撃』を叩き込む。
四位一体の波状攻撃が着弾し、イブリースは大きくもんどり打った。
>「が……は……ッ！！」
仰け反りながら後退するイブリース。
スタンの表示を確認――『業魔の一撃』へのパリィが成立した。
つまりこっからは、セオリー通りの、俺たちのターンだ。
「この機を逃すなっ！削り切るぞ！！」
動きを封じたイブリースにはどんな攻撃も通る。
ゴルドン発動までまだ時間がかかるようだが、削れるうちに削っておくべきた。
畳み掛けんとヤマシタを走らせた、その時。
>「おぉーっとぉ！ そこまでにゃ、アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』！」
「……ああ？」
不意に頭上から呼び止められた。
仰ぎ見れば、湿性地帯に続く崖の上に、マリスエリスが居る。
「今さらどの面下げて出てきやがった。イブリースの腰巾着に成り下がったワンワンがよぉ……」
>「なかなか見応えある戦いだったけどにゃ、もうお仕舞いだみゃぁ。
イブリース、バトンタッチだがね。後はアタシらに任せて、おみゃーさんはそこであすんどりゃぁええにゃ」
>「ふ……ざけるな……！こいつらは……オレがひとりでやると、言った……はずだ……！」
反駁するイブリースを睥睨しながら、マリスエリスはひらりと中洲に降り立つ。
スタンした味方を助けるために横槍を入れた、という風ではなかった。
もはや膝をついたイブリースを顧みることもしない。
>「さぁて、アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』。これを見るにゃ！」
マリスエリスが指し示す先には、グランダイトとその兵ども。
そして……ロスタラガム。その手には、光り輝く球体があった。
あれはまさか――
>「……テンペストソウル……！」
-
ブリーズが慄然とした様子で、その名を呼んだ。
そしてテンペストソウルがここにあるという事実は、付帯するもうひとつの事実を否が応でも知らしめる。
「テュフォン――！」
イブリースとの初戦で殿に残ったフタミコの片割れ。
俺たちが撤退する時間を稼ぐために果敢にもイブリース達へ挑んだシルヴェストルは、当然の帰結としてその命を散らした。
シルヴェストルは死ねば風に溶けて消滅し、テンペストソウルだけが後に遺る。
ロスタラガムの所業は、テュフォンの生首を引っ提げてるのに等しかった。
>「テンペストソウルを献上した者と同盟を結ぶ、そういう話だったにゃぁ？ 王様。
さ――約束通り、望みの物を呉れてやるにゃ！ うちんたぁに力を貸してちょぉ、『覇道の』グランダイト！！」
マリスエリスに促されて、ロスタラガムがテンペストソウルを差し出す。
その光景を、俺は歯噛みしながら見ていることしか出来なかった。
――また俺の目の前で誰かが死んだ。
いつまで経っても慣れることのない疼痛が胸をギリギリと締め付ける。
そして、グランダイトとの交渉もこれで決裂だ。シルヴェストルとの戦争を止められなかった。
次は20万人が敵に回って、きっともっと沢山死ぬことになるだろう。
絶望が頭の中を支配する中、果たしてグランダイトはテンペストソウルを受け取らなかった。
献上の手を冷ややかに見下ろすばかりで、うんともすんとも言いやしない。
今度はマリスエリスの声に焦りが生まれ始める。
>「どうしたんにゃ！？ 王様！まさか、偽物かもって疑っとらっせるがや！？ そんなことありえんがね！
そのテンペストソウルは、確かに双巫女の片割れから抉り取った正真正銘のテンペスト――」
>「あっそ。そのテンペストソウルは、ガチのホンモノなんだな？
いいコト聞いちゃった、それじゃあ――」
マリスエリスの詰問に、別の声が交じる。
瞬間、ロスタラガムの手からテンペストソウルが掻き消えた。
>「あはははははははは……、あ――――はっはっはっはっはっはっはっはっは―――――――ッ！！！！」
同時に響く哄笑と、現れた姿に、俺は見覚えがあった。
忘れることなんてできるはずがない。
「が、ガザーヴァ――！？」
黒く輝く甲冑と、気品に満ちたダークユニサス。
総身を漆黒で装飾したガザーヴァが、崖の上で高く笑い声を上げていた。
ヴィゾフニールから出奔した後、久しく見ていなかった顔が、鎧姿の奥に垣間見える。
「おまっ、お前！どこ行ってたんだよ！？ずっと近くに居たのか！？」
>「くふふふふッ、ガラにもなくコソコソ隠れて、ずっとチャンスを待ってた甲斐があったってもんだ……！
これがボクに力を与えてくれる。ボクのことを特別にしてくれる……！
カザハ！ 見えるか！ ボクもついに手に入れたぞ、テンペストソウルを！
これでオマエとおんなじ――いいや！ ボクの方がずっとずっと、オマエより強くなれる！
オマエよりも特別になれるんだ！！」
俺の声が届いてか届かずか、ガザーヴァはテンペストソウルを手に勝鬨を上げる。
どこほっつき歩いてたか知らんが、記憶を辿れば不可解な点のいくつかに合点がいく。
イブリースとの撤退戦で、急に背後に出現したインチキテレポ。
脱出を支援するように降ってきた『闇撃驟雨（ダークネス・クラスター）』。
石油王はそれがバロールによるものじゃないと言っていた。
他にそんな芸当ができんのは、ガザーヴァ以外にいない。
-
>「あっはははははははッ！！ そこでアホ面さげて見てろよ、カザハ！
このテンペストソウルの力で、ボクがレクス・テンペストになる瞬間をな！」
>「テンペストソウルよ！ 風精王の器、資格者の証たる魂魄よ！
ボクをレクス・テンペストへ！ 特別なシルヴェストルへと変容させろ――――！！！！」
ガザーヴァはカザハ君に勝ち誇りながらソウルを掲げ――
そして、何も起こらなかった。
なんの反応も返さないテンペストソウルに、ガザーヴァは怒り猛る。
「……どういうこった。エリにゃんが陛下にパチもんつかまそうとしたのか？
だったらテュフォンも――」
まだ殺されてない。ガザーヴァの焦燥とは裏腹に、俺の中には希望が芽生えた。
だけど、それを否定したのは他ならぬブリーズだった。
>「……そのテンペストソウルは、私の半身テュフォンのもの。
紛れもない本物です」
>「じゃあ、どうして……！」
>「そのテンペストソウルは、確かに本物。けれど、それだけでは何の効果もありません。なぜならば――
私たちは風の双巫女。私たちのテンペストソウルは、ふたつ揃って初めてひとつだからなのです」
曰く、フタミコはレクステンペストとしては不完全な存在らしい。
それぞれがテンペストソウルを有するわけじゃなくて、半分ずつに力を割っている。
だから、片割れだけ殺しても意味がない。
>――『たとえテュフォンを殺そうとも、かの者たちがテンペストソウルを得ることはない』
「申せなかった"仔細"ってのはこういうことか」
テュフォンは、それを理解していたから、殿として命を投げ出したんだろう。
自分が死んだとしても、継承者がすぐに目的を果たせるわけじゃないって。
全ては、ブリーズを、カザハ君を、生かすために。
「バカ野郎が……」
ティフォンとは昨日今日会ったばっかで、親しく言葉を交わした覚えもない。
だけど、自分の命を冷静に値踏みして死地に投じたその覚悟に、やりきれないものがあった。
少なくともブリーズにとって、お前はただのテンペストソウルの片割れじゃなかったはずだ。
>「な……、なんだよ、ソレ……！ なんなんだよ……！
せっかく苦労して念願のテンペストソウルを手に入れたってのに！ カザハに勝てると思ったのに！ 全部無駄じゃんか……！
ふざけるな！ふざけるなよおおおおおッ！！！」
ぬか喜びの絶望にガザーヴァの悲痛な叫びが降ってくる。
そこへロスタラガムのジャンプ蹴りが直撃し、ガザーヴァは撃ち落とされた。
>「ぎゃぅっ！！」
「ガザーヴァ！」
墜落し、中洲の砂利の上に叩きつけられたガザーヴァは動かない。
生きてはいるようだが、失っているのが意識なのか気力なのか、ここからじゃ判別できない。
いずれにせよ、全ては――
>「……どうやら、また振り出しって感じかにゃぁ」
マリスエリスの言葉通り、仕切り直しだ。
ただの仕切り直しじゃない。今度は継承者２人も参戦する。
-
>「まさか、双巫女のテンペストソウルが欠陥品だったとは……。
ここまで来てくれたついで、王様におみゃーさんらと戦ってもらおうと思っとったのに、せっかくの作戦がワヤだがね。
しょうがない……アタシが直々に相手してやるかにゃぁ」
「お前らが顧客の発注と別モン持ってきたってだけだろうが。
ご自慢の嗅覚はどうした、にゃあにゃあ言いすぎて自分がワーウルフだってことも忘れちまったか？」
まるでガラクタをほかすような言い草に、俺は我慢がならなかった。
「そのテンペストソウルは欠陥品じゃない。そいつは正真正銘レクステンペストの――テュフォンの魂だ。
あいつを侮辱するな」
マリスエリスは答えず、イブリースに水を向ける。
俺たちが決死の連携でひり出した総攻撃の隙は、とっくに埋まっちまった。
>「確かに……こいつらは強い……。
舐めていたのはオレの方だったか……ならばもう手段には拘らん。
大義のため――何がどうあっても、オレはこの戦いに勝利する！！」
>「さぁて……んじゃ始めるとするかにゃ！ デュエル――スタート！！」
現場の混乱も冷めやらぬままに、マリスエリスの指揮で再び戦端が開かれる。
ロスタラガムがエンバースに突撃し、イブリースはジョンと剣戟を交わす。
マリスエリスはカザハ君とブリーズを今度こそ仕留めんと襲いかかる。
俺はいずれの戦いにも巻き込まれない位置にいた。
俺自身に直接の戦闘力は乏しいってことはイブリースも分かってるんだろう。
エンバースやカザハ君たちも、自分の場だけで戦いを留めようとしてる。
それなら俺がやるべきは、デバフを使った遊撃だ。
タイマンに介入は出来なくても、五感や動きを封じられれば戦いを有利に運べるはず。
どうする、誰を助けに行く――
>「ぅ……」
その時、ずっと視界の端に入れ続けていたガザーヴァが、呻きと共に身じろぎした。
意識を取り戻したのか。それでも立ち上がる様子はない。
「ガザーヴァ――」
無理もない。あいつはカザハ君に対して並ならぬコンプレックスを抱えていた。
それがようやく解消されるかと思いきや、はしごを外されて墜落した。
ハンパに希望を持ってたぶん、絶望との落差は想像を絶するもんだったろう。
もしもガザーヴァを励まして戦線に復帰させられれば、戦局は大きくこっちに傾く。
カザハ君のアストラルユニゾンは仲間にレイド級が居れば最大限に効果を発揮するし、
ガザーヴァの『人の不幸は蜜の味(シャーデンフロイデ)』ならイブリースをスタンハメできる。
確実な勝ちを拾うならあいつの助太刀は絶対に必要――
「――っつぁ！」
右拳で、俺は自分の頭を思いっきり殴りつけた。
バフかかってんの忘れてた。強化された自傷ダメージが額を割り、血が顔面を流れ落ちる。
痛ってぇ……マジで痛え。でもおかげで目がさめた。
-
――違うだろ。
俺にとってのガザーヴァは、ただのレイド級とかデバフ要員なんかじゃないはずだ。
これじゃ、一巡目のあいつを追い詰めたバロールの考え方とまるっきり同じじゃねえか。
クレバーな戦力分析なんざ捨てろ。俺は俺のやりたいように、世界を救って良い。
戦いの有利不利なんか無関係に、あいつを取り巻く絶望を、ただぶっ壊しに行って良い。
「うぉぉぉぉぉっ！！」
砂利を蹴立てて走り出す。
中洲で展開する戦いの余波がこっちまで飛んでくる。
音撃の矢が、闇の炎が、足元に着弾して地面を焦がす。
今さらビビんな！俺はヘルカイザーの土石流だって生き延びた男！
『当たらなければ実際どうってことない』って古事記にも書いてあるだろうが！
だけどガザーヴァはそうは行かない。
逃げもしなけりゃ避けもしない今のあいつは、余波だろうが直撃を食らう。
「ヤマシタ！怨身換装――モード・盾！」
ガザーヴァの元に辿り着くと同時、ヤマシタを盾モードに換装。
降り注ぐ瓦礫を弾き飛ばしながら、へたり込むガザーヴァの腕を引っ掴んで立たせた。
「へへ……軽いぜ。火事場パワーってすげえわ」
全身甲冑に身を包んだガザーヴァは、見た目よりもずっと軽い。
多分身体能力にバフがかかってるからだと思うんだけど、俺の根性ってことにしよう。
ガーゴイルと一緒にガザーヴァを抱えて下がり、余波の範囲から出る。
「久しぶりだな。元気にしてたか」
現在進行系で意気消沈してる奴に元気かもクソもねーけど。
ちゃんとメシ食えてたなら、今はそれで良い。
「テンペストソウルがお前の力にならないって分かった時、『ふざけるな』っつったよな。
だけどそれで足りるか？お前はもっと、もっともっと、色んなことにふざけんなって言って良い」
俺は言うぜ。ふざけんじゃねえよって。
マリスエリスにも。バロールにも。ガザーヴァ、お前にもだ。
「……どいつもこいつも、レクステンペストじゃなきゃ特別じゃないみてーに言いやがって」
俺は『強いプレイヤー』というアイデンティティをモンデンキントに敗北して失った。
代わりに得た『アンチクソ野郎』って称号はそりゃ褒められたもんじゃねえだろうけど、
俺を構成する上で絶対に欠かせない要素だ。
そして今、俺はなんの因果か『世界を救うブレイブ』になってる。
特別を失って、それでも新しい特別を、俺は見つけた。
「特別はひとつじゃない。そうだろ幻魔将軍ガザーヴァ。ブレイブの宿敵にして、永劫のライバル！
お前には、自分で積み上げてきた特別があるだろうが」
俺にはお前の気持ちはわからん。
生まれた世界も、種族も、性別も、何もかもが違うお前をヒャクパー理解することは出来ない。
それでも、俺は俺のことなら分かる。
俺がお前のことをどう思ってるかは、分かるんだ。
-
「俺にとっては、お前はとっくに特別なんだよ。ブレイブと幻魔将軍の関係だけじゃない。
デリンドブルクで、アイアントラスで、レプリケイトアニマで！一緒に死線潜ってきた戦友だ。
２人で他人を煽り散らかすのが何より楽しい、ウマの合う悪友だ」
どうすればこいつを救えるか？
アホか。俺が抱えてきたのは、そんな上から目線で押し付けがましい思いなんかじゃない。
――黙って出ていかれて、寂しかった。
とどのつまりはそれだけじゃねえか。
「……言い訳がましいか？ひひっそうだな。結局のところ、手の届かないモノを諦める言い訳なのかもしれない。
だからあれこれ理屈つけんのもお終いだ。俺が今から証明してやる。
ふつーの生まれのこの俺が、無敵の兇魔将軍をぶっ倒してな」
生きてりゃいつかは、どうやったって手の届かないものが出てくる。
『最強』も『人望』も、俺じゃない奴が手にするところを草葉の陰で眺めるばかりだった。
その挫折を絶望で終わらせない。今ある大事なものを、これからも大事にしていく理由にしよう。
「生まれ持った素質も、御仕着せの特別も要らねえ。
そんな曖昧なもんに頼らなくたって、俺達は――自分の中の挫折や絶望を、肯定していける」
安置にガザーヴァとガーゴイルを退避させて、俺は前線にもう一度飛び込んだ。
ヤマシタに大盾の影からクロスボウでイブリースを狙わせる。
「『そう決まっている』、『そういうシステム』――随分ゲーム的な表現じゃねえかイブリース！
がぜん興味が湧いてきたぜ。お前が何を知ってて、何を諦めてやがんのか！
ぜってー口割らしてやっからな、今から何言うか考えとけよぉ！！」
イブリースの怒声に負けじと声を張り上げながら、巨体目掛けて矢を放つ。
「混ざれよガザーヴァ！テンペストソウルがなかろうが、バロールの望んだ形じゃなかろうが――
俺とお前が組めば、最強だ！」
【ガザーヴァとガーゴイルを戦闘余波の範囲外へ引っ張り出して発破をかける】
-
【ルーザーズ・プラン(Ⅰ)】
『ッ……、こんな、ことで……！
オレの決意を！ 願いを……押し留められると、思って……いるのか……！
舐めるなァァァァァッ！！！』
「舐めるな？だったら――まずはお前が俺達を尊敬しな」
負けん気の言語化/再生した左手の中指を立てる。
「ま……そのイカした翼を傷物にしてやれば、嫌でもそうなるだろうけど」
遺灰の男には考えがあった――ヘルガイザーを封じ/イブリースの翼を破壊する為のプランが。
困難ではない/だが危険な方法だった――それも危険が及ぶのは遺灰の男ではない。
ジョンか/スターズか――そのどちらかを、危険に晒す必要があった。
「――ジョン。悪いがもう一度、アイツとタイマンしてくれ」
逡巡は一瞬未満――遺灰の男はジョンに呼びかけた。
スターズは今、自力で自分の身を守る事が出来ない――ジョンは違う。
生死の境界線を見極め/ほんの一瞬だけそれを踏み越える――ジョンにはそれが出来る。
「……ダメージがしんどいなら、そう言ってくれ。やり方は他にも――」
＞僕が抑える！！！なんでもいい！僕の事は気にせずかませ！！！！！
遺灰の男の配慮を意に介さず、ジョンが飛び出す。
まさに無我夢中――最初の指示も聞こえていたか怪しいくらいに。
だが、問題はない――ジョンは成すべき事を成す/約束も守る――遺灰の男はそう信じた。
「フラウ」
〈……なんですか〉
「フラウ砲弾とフラウシュート、どっちがカッコいいと思う？」
遺灰の足元から溜息が聞こえた。
〈……どっちも最低、最悪〉
いい加減うんざり、とでも言いたげな声――その声音が懐かしくて、遺灰の男はふっと笑った。
遺灰の男は覚えている――フラウがこんな返事をした時は、より最低最悪そうな方が正解だと。
「――シュートでいいんだな？」
〈私の現在の種族特性を鑑みれば、そちらの方が効率的――言わなくても分かるでしょう〉
「……それだけか？」
再び聞こえる溜息――剣呑な眼光が遺灰の男を睨み上げる。
〈……絵面が最大限馬鹿げていた方が、舐めプの報復になるでしょう？
これで満足ですか？気が済んだなら――いい加減、集中して下さい〉
「馬鹿言え――ずっとしてるさ」
笑みを浮かべ/諧謔を連ねるのは口先だけ――闇色の眼光は、常に戦場を捉えていた。
イブリースへと挑みかかるジョンを/ジョンを跳ね除けるイブリースを。
二人の一騎討ち――その終わりが訪れるのを、待っていた。
-
【ルーザーズ・プラン(Ⅱ)】
『邪魔だ、失せろ！！』
ジョンとイブリースの戦いは、そう長くは続かない――結末は決まっている。
『守り抜ける機会がもう１度あればなんて甘ったれるなよ！後ろを見続けているような奴に負けるつもりはない！！』
ジョンはああ言っている――だが、そんな事はあり得ない。
『オレが後ろを見続けている、だと……？
貴様に何が分かる、オレの背負った役目の！ 願いの！ 約束の！ 何が分かる――！！』
どんな事情があろうと/どんな信念があろうと――ジョンはこの一騎討ちに負ける。絶対に。
それはつまり――遺灰の男はこの瞬間、極めて限定的な未来予知の能力を得ているに等しい。
『仲間たちを護る！ 生命を護る！ それが可能な力を有した者だけが、役割を果たす資格を得る！！
貴様らにその力があるのか！ 資格があるのか！ いいや、貴様らにはそんな覚悟も！ 決意も！ 信念もありはすまい！
ミズガルズから召喚されただけの、ゲーム感覚でしか物事を推し量れぬ貴様らにはな！！』
イブリースは必ず、ジョンにとどめを刺そうとする――その瞬間は、必ず訪れる。
『死ね！ 我が願いの前に立ち塞がる、悍ましきモンスターども！！！』
その瞬間が、訪れた――遺灰の男が左足で一歩前へ踏み出す。
「まだ、そんな事抜かしてるのか」
右足を振りかぶる/上半身が弓なりにしなる/右腕を前へ突き出す。
「……それ、やめてくれないか。イラつくんだよな」
振りかぶった右足を振り抜く――足元の相棒を、強かに蹴り飛ばす。
白き肉塊が大きくたわむ――その反動が、肉塊を閃光に変える。
強烈な速力と回転による風圧が、水飛沫の軌跡を描く。
大きく外側に広がった後、剃刀のように鋭く食い込むバナナシュート。
即ち――ジョンを迂回し、イブリースの背後を強襲する白刃の軌跡を。
「――昔の自分を見ているみたいで」
閃光がイブリースの背後に突き刺さった――比喩ではない。
インパクトの瞬間、フラウは二本の触腕を硬質化――飛膜を突き刺した。
大した傷ではない/飛行能力は、恐らく完全には失われていない――だが問題はない。
穴空きの翼でふらふらと空を飛ぼうものなら、今度はその隙を突くまでだ。
『ぐッ……！ おのれ、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』！！』
「少しは俺達を尊敬する気になったか？」
イブリースが悪態を吐き終えるよりも早く、遺灰の男はその懐へと飛び込んでいた。
スイッチ――ジョンに息継ぎの時間を作り/気力体力万全の己が追撃を狙う。
溶け落ちた直剣を小さく振りかぶる――狙いはイブリースの双眸。
鋭く弧を描く、質量なき魔力の刃――手応えは、あった。
-
【ルーザーズ・プラン(Ⅲ)】
「ふん……」
最低限の踏み込み/最小の振りかぶりから、素早く剣先で双眸を撫でるはずだった。
なのに手応えがあった＝防御されていた――破れた翼を、全身を覆う大盾のようにして。
眼球を切り裂く為の、剣速を重視した斬撃だった事が裏目に出た――だが、遺灰の男は動じない。
「この距離で俺から目を離すのか？」
翼を用いて防御を固めれば当然、イブリースの視界は大きく狭まる。
業魔の剣を用いた牽制は勿論――魔法の狙いを定める事も叶わない。
遺灰の男がここぞとばかり、溶け落ちた直剣を大きく振りかぶった。
「目覚め――」
直後――遺灰の男が跡形もなく吹き飛ばされた。
イブリースが両翼を勢いよく羽ばたかせ、突風を放ったのだ。
単なる突風ではない――イブリースから湧き立つ魔力と瘴気を帯びた風だ。
「ちぃ……」
遺灰の男がイブリースからやや離れた位置で再生する。
致命的なダメージを受けた訳ではない――だが、すぐには動けない。
人間が大盾でぶん殴られたらすぐには動けないように――要するに、スタンしている。
〈この距離で俺から――なんですって？〉」
ここぞとばかりの煽り文句――隙を晒した遺灰をカバーすべく、フラウが戦線を下げていた。
「……たまには、ああいう事もあるだろ。それより――」
遺灰の男はスタンされている/フラウはそのカバーに入った。
ジョンもイブリースに痛打を受けて間もない/部長は単独戦闘に向かない。
つまり――前衛二人とそのパートナーは今、イブリースへの影響力を失っている。
イブリースは恐らく、それを好機と見た――遺灰の男もそうだった。
『オレは負けん……、オレは勝つ！
今まで散っていったすべての命、そしてこれから生まれるであろうすべての命に報いるために！
あの方との約束を……果たす、ために――――――！！』
「――来るぞ」
イブリースから魔力が滾る/業魔の剣から瘴気が溢れる。
『――今ぞ、閉幕の刻来たれり。
666の徴以ちて、我此処に魔剣の戒めを解かん――！』
業魔の一撃/イブリースの秘剣。
その血色の輝きを前に、遺灰の男は笑った。
溜息の先触れが零れ出たような、冷めた笑いだった。
「十分な崩しも無しに、いきあたりばったりで必殺技をパなすだけ」
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ！！！！』
遺灰の男が地を蹴った――業魔の一撃は既に臨界に達しようとしている。
曲がりなりにも先手を打ったのはイブリースなのだ。
無策に吶喊するだけでは間に合わない。
「まあ確かに」
つまり――既に、手は打ってある。
-
【ルーザーズ・プラン(Ⅳ)】
「覚悟も信念もないケダモノ相手なら、それで勝てるかもな」
イブリースの足元が、音を立てて割れる/裂け目の奥には、白い触腕が見える。
遺灰の男のカバーに戻りつつも、フラウは触腕を一本、地中に潜らせ掘り進めていた。
イブリースが詰めてくるなら触腕を自切すればよし、そうでなければ――このような使い方が出来る。
地中から勢いよく飛び出し、斬りつけるほどのパワーは、フラウの触腕にはない。
だが地中を掘り進み、川水を流入させ、地面を脆弱化させる事は出来た。
足元のぐらつきは業魔の一撃の発動をほんの少し、遅らせる。
ほんの少しとは、この場合――魔物の膂力に灰の身軽さを持つ男が彼我の間合いを詰めるには十分、という意味だ。
「……こんな事、二度も三度も言いたくないんだけどさ」
溶け落ちた直剣が唸る/弧を描く――振り下ろされた業魔の剣を迎え撃つ。
遺灰の男とイブリース――その重量/膂力には大きな隔絶がある。
遺灰の男が業魔の剣を受け止める事など不可能だ。
「――あんまり俺達を見くびるなよ」
だがイブリースの翼が機能を失い、その足元が崩れていれば話は別だ。
ひび割れ、泥濘んだ地面にイブリースの足が沈んで、滑る。
重心が崩れる――イブリースの上体が仰け反る。
カザハのブラストがそれを後押しして――そこにジョンとヤマシタの打撃が突き刺さった。
『が……は……ッ！！』
イブリースが大きく吹っ飛ぶ/なんとか着地を果たす――だが明らかに前後不覚。
『この機を逃すなっ！削り切るぞ！！』
「……よし、今度こそ。目覚めろ――」
『おぉーっとぉ！ そこまでにゃ、アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』！』
『……ああ？』
「……今度はなんだよ、もう」
遺灰の男が悪態を吐く/視線をマリスエリスへ――横槍を警戒せざるを得ない。
『イブリースをここまで追いつめるなんてにゃぁ……どえりゃあ驚いたにゃぁ。
けどが、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』。これ以上おみゃーさんらに好き勝手させるわけにはいかんがね』
「……まあ、そりゃそうだよな」
『なかなか見応えある戦いだったけどにゃ、もうお仕舞いだみゃぁ。
イブリース、バトンタッチだがね。後はアタシらに任せて、おみゃーさんはそこであすんどりゃぁええにゃ』
「キルスティールは嫌われるぜ――そもそも、返り討ちだけどな」
『ふ……ざけるな……！
こいつらは……オレがひとりでやると、言った……はずだ……！』
「お前はお前で……そんなつまらない事ばかり言ってて、いい加減飽きないのか？」
-
【ルーザーズ・プラン(Ⅴ)】
『とろくせぁこと言うとるのも大概にしときゃぁ、イブリース？
おめぁの出番はもう終わっとるがや、あの方だの約束だの――眠てゃーこと抜かしとるもんに、これ以上は任せられんわ』
「そういうお前も、デュオで俺達とやり合えるつもりでいるのか？え？」
『マリス……エリス……！』
『――ごたいげさん』
「……どいつもこいつも」
遺灰の男＝爪先で地面を蹴る――ゲーマーの記憶が苛立ちを呼ぶ。
『さぁて、アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』。
これを見るにゃ！』
崖上を指差すマリスエリス――ロスタラガムが何か、光り輝く球体を掲げてみせた。
『……テンペストソウル……！』
『ああ……テュフォン……』
「……なるほど、そういう事か」
『テンペストソウルを献上した者と同盟を結ぶ、そういう話だったにゃぁ？ 王様。
さ――約束通り、望みの物を呉れてやるにゃ！ うちんたぁに力を貸してちょぉ、『覇道の』グランダイト！！』
「はっ……いいね。少しは楽しめるようになるかもな」
精一杯の強がり――少なくとも、やる前から負ける事を考える理由はない。
「……みんな。かなり厳しい戦いにはなるが、やるしか――」
『ん。……ん！』
しかし、何やら様子がおかしい――グランダイトはテンペストソウルを受け取らない。
『どうしたんにゃ！？ 王様！
まさか、偽物かもって疑っとらっせるがや！？ そんなことありえんがね！
そのテンペストソウルは、確かに双巫女の片割れから抉り取った正真正銘のテンペスト――』
「どうした。助っ人の当てが外れたか？」
遺灰の男が一歩前へ踏み出し――
『あっそ。そのテンペストソウルは、ガチのホンモノなんだな？
いいコト聞いちゃった、それじゃあ――』
「……なんだと？」
聞き覚えのある声に、足を止めた。
『あ！ ……あれ？ ここにあったテンペストソウル、どこいった？』
「……何がしたかったのかは、なんとなく分かる。だが――」
『あはははははははは……、あ――――はっはっはっはっはっはっはっはっは―――――――ッ！！！！』
「――どうしてだ、ガザーヴァ」
-
【ルーザーズ・プラン(Ⅵ)】
『やった……やったぞ！ これがテンペストソウル……、パパがボクを創造するほどに欲しがっていた至宝！』
「……ガザーヴァ。分かっているのか……！」
怒りの滲む語気/燃え盛る眼光。
シルヴェストルの双巫女は、遺灰の男/ハイバラにとっていけ好かない連中だった。
争いを避けたいなどと言いながら、その為に何か手を打つ訳でもなく、
肝心な事は余所者任せ――好きになれるはずがない。
だが、だとしても決して――死んだ方がいいような存在ではなかった。
孤独に見殺しにされて死ぬ――そんな最期を迎えるべきではなかった。
「悪戯だったじゃ済まないんだぞ！お前はテュフォンを、ポヨリンを！見殺しにしたも同然――」
『くふふふふッ、ガラにもなくコソコソ隠れて、ずっとチャンスを待ってた甲斐があったってもんだ……！
これがボクに力を与えてくれる。ボクのことを特別にしてくれる……！』
怒りに満ちた声が急速に萎える――感情に任せて怒声を上げるには、ガザーヴァの言葉は切実過ぎた。
『カザハ！ 見えるか！ ボクもついに手に入れたぞ、テンペストソウルを！
これでオマエとおんなじ――いいや！ ボクの方がずっとずっと、オマエより強くなれる！
オマエよりも特別になれるんだ！！』
遺灰の男はもう何も言えない――ハイバラの記憶/感性は、ガザーヴァの望みに共感出来ない。
生前、ハイバラはただの学生だった――少なくとも、自分の存在価値に思い悩んだ事はない。
『あっはははははははッ！！ そこでアホ面さげて見てろよ、カザハ！
このテンペストソウルの力で、ボクがレクス・テンペストになる瞬間をな！』
ガザーヴァがテンペストソウルを高々と掲げる。
『テンペストソウルよ！ 風精王の器、資格者の証たる魂魄よ！
ボクをレクス・テンペストへ！ 特別なシルヴェストルへと変容させろ――――！！！！』
しかし――何も起こらなかった。
『な……、なんだ……？ どういうことだ……？
どうしたんだよ、テンペストソウル！ オマエ、本物なんだろ！？ 偽物じゃないんだろ！？
ボクに力をよこせよ！ ボクを……ボクを！ レクス・テンペストにしろよォォォォォォォ！！！！』
ガザーヴァが怒鳴る――しかし、何も起こらなかった。
『……どういうこった。エリにゃんが陛下にパチもんつかまそうとしたのか？
だったらテュフォンも――』
「……いや」
マリスエリス/ロスタラガムはテュフォンを容易く殺せたはず。
わざわざグランダイトの不興を買うリスクを冒す理由がない。
『オマエ……騙したな！！』
『そ、そんなはずにゃあで！？ アタシ達は確かに双巫女にとどめを刺したがね！
それは紛れもない本物のはず――』
ならば、何も起きない理由は他にある――ガザーヴァ自身に/あるいはテュフォンの魂に。
『……そのテンペストソウルは、私の半身テュフォンのもの。
紛れもない本物です』
遺灰の男は――ひどく居心地が悪かった。
-
【ルーザーズ・プラン(Ⅶ)】
『そのテンペストソウルは、確かに本物。けれど、それだけでは何の効果もありません。なぜならば――
私たちは風の双巫女。私たちのテンペストソウルは、ふたつ揃って初めてひとつだからなのです』
遺灰の男にはガザーヴァの苦悩は分からない。
しかし――テュフォンの今の心境は、想像出来てしまう。
少なくとも遺灰の男には、幼い頃から傍にいた誰かを喪った記憶がある。
『な……、なんだよ、ソレ……！ なんなんだよ……！
せっかく苦労して念願のテンペストソウルを手に入れたってのに！ カザハに勝てると思ったのに！ 全部無駄じゃんか……！
ふざけるな！ ふざけるなよおおおおおッ！！！』
ガザーヴァは怒り/嘆き/取り乱していた――隙だらけだった。
「おい！何してる！気を抜くな――」
『スキあり！！』
「――ああ、クソ。死んじゃいないだろうな……！」
ロスタラガムの強襲を受けて、ガザーヴァは墜落――そして、そのまま動かない。
『……どうやら、また振り出しって感じかにゃぁ。まさか、双巫女のテンペストソウルが欠陥品だったとは……。
ここまで来てくれたついで、王様におみゃーさんらと戦ってもらおうと思っとったのに、せっかくの作戦がワヤだがね。
しょうがない……アタシが直々に相手してやるかにゃぁ』
「長い休憩時間をありがとうよ――お礼をしなくちゃな」
遺灰の男が溶け落ちた直剣を両手で握り締める/剣身を顔の前に立てる――強く念じる。
戦闘の余波として周囲に飛散した魔力/瘴気が無形の刃として集結していく。
より鋭く/より禍々しく――始原の魔剣の、目覚めが近づく。
『イブリース！ もうスタンは回復しとるでしょぉ！？
たぁけた面子やらプライドやらはほかして、三人でやるしかにゃあも！ 答えは聞いとりゃぁせん！
――タラちん！』
「残念だよ、ロスタラガム」
遺灰の男の全身から炎が滾る――怒りの炎が。
ここまでに受けた数々の不遜/舐めプ――そして死者への愚弄。
それらに対する怒りが炎と化して――溶け落ちた直剣へと吸い寄せられていく。
「お前とはもっと純粋な――ただの勝負がしたかったけど。もう、そういう空気じゃなくなっちまった」
『おー！ やっと出番かぁ、待ちくたびれたぞ！』
「とは言え……折角考えてきた決め台詞をお蔵入りにするのは、悔しいからな。一応、言わせてくれ」
『さぁて……んじゃ始めるとするかにゃ！ デュエル――スタート！！』
「三度目の正直だ――技比べと行こうぜ、ロスタラガム」
『いくぞいくぞいくぞォ―――――――ッ！！』
迫る拳打/拳打/拳打/拳打/拳打――打撃の嵐。
遺灰の男がそれを受ける/弾く/逸らす/躱す――だが、それだけ。
超高速の攻防は、その攻守が入れ替わらない――攻勢に転じる事が出来ない。
火酒の投擲による牽制＝身を躱される/灰化による不意打ち＝強烈な息吹で吹き飛ばされる。
そして――ロスタラガムの拳がついに遺灰の男の顔面を捉えた/打ち砕いた。
-
【ルーザーズ・プラン(Ⅷ)】
「――馬鹿め」
顎より上が吹き飛んだ状態のまま、遺灰の男は声を発した。
左前方へと鋭く踏み込む/掬い上げるように溶け落ちた直剣を薙ぎ払う。
不死者流の抜き胴がロスタラガムの腹部を襲い――しかし篭手による防御がほんの一瞬、先んじた。
「まだだ――」
だが――これで攻守が入れ替わった。
「――フラウッ！A-5！H-9！合わせろ！」
呼び声＝一巡目に定めたスキルの符丁。
フラウの短躯が騎士竜の如く軽やかに/高らかに宙を舞う。
刹那、閃く一対の触腕――ロスタラガムの遥か頭上＝死角から躍りかかる。
【空刃(エアリアル・エッジ) ……敵一体に対して斬撃属性のダメージ。高クリティカル率。高命中率補正。
――地上最強の剣士？あんま関係ないかな。ほら、私飛んでるし/ハーピィ族の一般兵――】
空刃は飛行属性持ちユニットが習得する、単なるコモンスキルに過ぎない。
しかし、フラウの技量をもって繰り出せば――それは必殺の一撃と化す。
一巡目、数多の命を奪ってきたその剣技が――裏拳一つで弾かれた。
「おい、どこ見てる」
攻めに転じる隙は与えない――横薙ぎに閃く魔力の刃。
ロスタラガムの対応は速い/既に篭手による防御が間に合っている。
瞬間――魔力刃が急速にうねる/軌道を変化/下段からの逆袈裟が唸りを上げる。
【掌返し(ターニング・エッジ) ……敵一体に対して斬撃属性のダメージ。このスキルは敵のDEFのn％を無視する。
――死者には死者の、傀儡には傀儡の剣があるのですよ/暗殺傀儡メイド・エミリーちゃん――】
死者故の/人体の限界に囚われない、文字通りの掌返し。
だが、これも単純な反応速度によって弾かれて終わる。
〈これで――！〉
直後――遺灰の男の脇腹が爆ぜる/そこから飛び出す白の触腕。
遺灰の後方に姿を隠したフラウが、その背中越しに突きを放ったのだ。
当然、ロスタラガムにはその予備動作が見えていない――予測不可能の一撃。
【暗刃(ヒドゥン・エッジ) ……敵一体に対して刺突属性のダメージ。極めて高いクリティカル補正。
――伊達や酔狂だけで、このマントを纏っている訳ではないのさ/赤套のアルベルト――】
それすらも、ロスタラガムは紙一重で躱してのけた――再び遺灰の男が斬りかかる。
だが――繰り出されたのは何の変哲もない、ただの上段からの打ち下ろし。
ロスタラガムは既に迎撃体勢――それも、ただ弾くだけではない。
モーションが大きい――強烈な打撃で刃を大きく跳ね除けるつもりなのだ。
更にその勢いのまま遺灰の男を殴りつけ、再び攻勢に出る心算。
そうして放たれた、右のロングフックが――空を切る。
【消える刃(バニシング・エッジ) ……敵の物理攻撃を回避し、魔法属性ダメージの反撃を行う。
――いかなる剣の達人も存在しない刃を受ける事は出来まい。魔法剣士はほくそ笑んだ――】
溶け落ちた直剣が構築する魔力の刃を、あえて消滅させたのだ。
必然、ロスタラガムのパリィは空を切る/遺灰の男は魔力の刃を再形成。
切り返しの斬り上げが――飛び退き、身を躱したロスタラガムの顎先を、斬り裂いた。
遺灰の男とロスタラガムの距離が開いた――仕切り直された。
-
【ルーザーズ・プラン(Ⅸ)】
「……今のを躱すかよ。とっておきの初見殺しだったんだぞ」
そして、こうなれば――再び攻めに転じるのは、瞬発力に長けるロスタラガムの方。
『おまえ、オモシロいなァ！』
ロスタラガムが体を丸める/縦横無尽に跳ね回る――変則的な挙動に突きと蹴りが交じる。
遺灰の男は再び防御と回避で手一杯――だが、先ほどとは違う点が一つだけ。
今度は――襲い来る乱打を躱し切れていない/防ぎ切れていない。
『もっともっとやろうぜ！』
ロスタラガムの連撃は、更に速く/鋭くなっている。
『もっともっともっと――うはははははっ！！！』
〈――っ、遺灰の方！〉
フラウも横槍を入れようと立ち回っている――だがロスタラガムがそうはさせない。
常に動き回り/跳ね回り、遺灰の男自身をフラウに対する盾にしている。
ロスタラガムは決して賢くはない――だが、間抜けでもない。
「……フラウ」
防ぎ損ねた拳に顔の半分を削ぎ飛ばされながら、遺灰の男は相棒の名を呼んだ。
損傷部位の再生が遅くなっている――このまま戦いが長引けば、負ける。
時間が経つほど勝ち目は薄くなる/勝負に出る必要があった。
「『號剣』だ。やれ。やるしかない――お前ならやれる」
〈……いいでしょう〉
フラウは一瞬だけ反駁の気配を見せて、しかしすぐに頷いた。
超高速の攻防の中、遺灰の男が前へ踏み込む。
剣技を十分に見せつけた後での、柄を用いた超接近戦。
初めて見せる手札による不意打ち――そう見せかけた直後、灰化。
ロスタラガムをすり抜けて、その遥か後方へ。
ロスタラガムは遺灰の男を常にフラウへの盾代わりにしていた。
必然、遺灰の男が正面から消えれば――その先にいるフラウと対面する事になる。
〈『號』〉
瞬間、獣の雄叫びのような音が響いた――ロスタラガムの視界が、白に染まる。
〈『剣』〉
【號剣(ハウリング・エッジ) ……敵全体に斬撃属性のダメージを与える。このスキルは影響範囲内にいる限り無制限にヒットし続ける。
――剣が吼えた。仇敵は血霧に消えた。彼も吼えた。人狩りの剣と嘲られた少年は、もうどこにもいない――】
蜘蛛糸のように細く、無数に分裂させた触腕による超高速/同時斬撃――それが白の正体だった。
そこから生じる、無数に重なる風切り音――それが獣の雄叫びの正体だった。
これは、ロスタラガムが決して知る筈のない剣技。
-
【ルーザーズ・プラン(Ⅹ)】
ブレイブ&モンスターズは、空前の大人気ゲームだ。
当然、マンガ化もしていればアニメ化もしている。
スピンオフとして作られたゲームだって存在する。
『ブレイブ&モンスターズ外伝/ハウリング・オブ・ヴェンジェンス』というスピンオフ作品がある。
ゲームジャンルは2Dアクション/舞台は遥か過去のニヴルヘイム――主人公は、魔族の少年。
高位魔族の家系に生まれた少年が政敵に家族を殺され、その復讐を果たすまでの物語。
少年は糸を武器として扱う能力を持っていた――決して強力なスキルではなかった。
糸の剣は鋭いが、それだけだった/武器としてはあまりにも軽すぎた。
精々、弱い人間を切り刻むのが精一杯――故に人狩りの剣。
それでも少年は知恵を絞り、時に体を張り、仇の命を狙い続けた。
少年の糸は、家族の、道を阻む者の、家族の仇の血を吸い続けた。
吸った血の分だけ、糸の剣はほんの少しずつ、重さを得ていった。
人狩りの剣はいつしか、鋭く/疾く――しかし高位魔族の肉体をも切り裂くほどの魔剣と化していた。
ともあれ、HOVは遥か過去の物語――號剣が如何なる剣技か、ロスタラガムは知らない。
完全初見の、超高速/超連続/全方位斬撃――勝算は、あった。
無論、フラウの號剣はオリジナルとは似て非なるもの――単なる模倣に過ぎない。
それでも――フラウならば限りなく真に迫るほどの號剣が繰り出せた。
そして――遺灰の男は、目の当たりにする事になる。
〈――馬鹿な〉
完全初見の、超高速/超連続/全方位斬撃を――ロスタラガムの技量が、完全に捌き切る光景を。
ロスタラガムが膝を屈める/拳を振りかぶる――大技を放ったフラウの隙を突こうとしている。
「待――」
直後、ロスタラガムが素早く身を翻した――遺灰の男と、目があった。
フラウを叩こうとしたのは、フェイント――本命は遺灰の男。
懐に潜り込まれる――防御も回避も間に合わない。
ほんの少し、身を捩るのが精一杯。
遺灰の男の胸部――その身に宿る魂魄の中心を、ロスタラガムの拳が打ち抜いた。
「がっ……！」
遺灰の男は不死身である――だが、不滅ではない。
遺灰に宿る霊魂が完全に打ち砕かれれば、遺灰の男は滅びる。
そしてロスタラガムの一撃は、遺灰の男の魂魄を砕くには十分な闘気を宿していた。
遺灰の男の全身が、急速にひび割れていく。
正直なところ――遺灰の男にはこうなる事が分かっていた。
ロスタラガムはスペルも使えないブレイブが勝てる相手ではない。
どう足掻いても、いつかは自分が負ける事が遺灰の男には分かっていた。
「――おめでとさん」
それはつまり――遺灰の男はこの戦いの間ずっと、極めて限定的な未来予知の能力を得ていたに等しい。
「技比べはひとまず、お前の勝ちだ」
遺灰の男の全身が、再生を始めていた――この戦いが始まった直後よりも更に速く。
ロスタラガムの眼力ならば見えるだろうか――再生する遺灰の胸の奥が。
そこに埋もれた、くり抜かれるように割れたガラス瓶の残骸が。
-
【ルーザーズ・プラン(ⅩⅠ)】
遺灰の男はロスタラガムには勝てない/それはイブリースに対しても同じ事だった。
故に、そこに罠を張った――必ず訪れる未来に/獲物が絶対に通る道に。
体内に、アラミガから買った全快のポーションを仕込んだ。
とは言えイブリ-スと違って、ロスタラガムの武器は拳。
水薬を瓶ごと吹き飛ばされる恐れはあったが、大した問題ではなかった。
生前はこれと同じ罠を生身で敢行した事もある――それに比べれば、本当に大した事はない。
「だけど――」
ロスタラガムは攻撃を放った直後/対する遺灰の男は――既に溶け落ちた直剣を振り上げていた。
「――代償はデカいぜ」
そして振り下ろす。
-
＞「オレが後ろを見続けている、だと……？
貴様に何が分かる、オレの背負った役目の！ 願いの！ 約束の！ 何が分かる――！！」
「分かるわけないだろ。僕は君じゃない」
理性がある生物なら大抵正解のない悩みを持ってる物だ。
折り合いをつけて、妥協して、それでも人生は進んでいく、どれだけ他人が言葉を掛けようとも、進めるのは自分の心だけだから。
なんてこの世界に来なかったら僕自身こんな事考えもしなかっただろうけど。
＞「仲間たちを護る！ 生命を護る！ それが可能な力を有した者だけが、役割を果たす資格を得る！！
貴様らにその力があるのか！ 資格があるのか！ いいや、貴様らにはそんな覚悟も！ 決意も！ 信念もありはすまい！
ミズガルズから召喚されただけの、ゲーム感覚でしか物事を推し量れぬ貴様らにはな！！」
激しい攻防の末、僕の鳩尾に一撃。
「ぐっ…！」
ポーションがぶ飲みのごり押し。しかし…傷はふさがっても流れ出た血だけは…どうにもならない。
意識も朦朧としてきたし、怪我は治ってるはずなのに全身激痛がする。
＞「死ね！ 我が願いの前に立ち塞がる、悍ましきモンスターども！！！」
「自分の利益だけを優先をしている自分に言ってるのか…イブリース！！」
反撃を試みるがあっさり弾き返される。
最初僕が優勢だったのはただ単にイブリースが僕を…人間を侮っていたからだけに過ぎなかったのだ。
「しまっ！」
大剣が迫る。しかし、迫っていたのはイブリースの一撃だけではなかった。
＞「……それ、やめてくれないか。イラつくんだよな」
＞「ぐッ……！ おのれ、『異邦の魔物使い（ブレイブ）』！！」
＞「少しは俺達を尊敬する気になったか？」
間一髪…エンバースの背後の一撃が間に合った。しかし
「はあ…はあ…はあ…」
僕はありがとうと一言を発言する余裕すらない。
寒気がする。血を流しすぎたからだろうか？あんなにあった痛みも殆ど感じられない。
＞「オレは負けん……、オレは勝つ！
今まで散っていったすべての命、そしてこれから生まれるであろうすべての命に報いるために！
あの方との約束を……果たす、ために――――――！！」
しかし僕と違いイブリースは止まらない。
-
＞「――来るぞ」
「…分かってる！…けどもう先陣切って戦うのはさすがに…」
僕にできるのは息を整える事。剣を支えに無理やり体を起こすこと。そして次の攻撃態勢を取る事。
「でもどうしても…やらなきゃいけないんだよな」
強がりを言う事。
＞「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ！！！！」
＞「十分な崩しも無しに、いきあたりばったりで必殺技をパなすだけ」
＞「まあ確かに」
＞「覚悟も信念もないケダモノ相手なら、それで勝てるかもな」
イブリースの体制がほんの少し崩れる。それでも止まらず筋力に物言わせ技を強行する。
しかし一瞬の遅れが戦闘で何を引き起こすのか…それは先ほど証明したばかりだ。
「くそエンバース！なにか仕込んでるなら言えよ！！」
エンバースが先陣を切る。真正面から言っていれば賭け事のような確率だったかもしれない…しかし。
崩れた体制は技の出だしだけではなく、威力も鈍らせる。さらに先陣のエンバースはこの状況の利用方法を誰よりも理解していた。
僕はただそこに合わせるだけだった。
＞「が……は……ッ！！」
＞「この機を逃すなっ！削り切るぞ！！」
最後の力を振り絞り追撃にでる。もはやイブリースのどんな力を以てしても跳ね返しようのない状況。
だれもが勝利を確信した。いや誰もが確信できるからこそ。
＞「おぉーっとぉ！ そこまでにゃ、アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』！」
＞「なかなか見応えある戦いだったけどにゃ、もうお仕舞いだみゃぁ。
イブリース、バトンタッチだがね。後はアタシらに任せて、おみゃーさんはそこであすんどりゃぁええにゃ」
「お前…出しゃばったら殺すといったのに…」
＞「さぁて、アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』。
これを見るにゃ！」
目の前には…光り輝くテンペストソウルがあった。
-
あの状況では助からないとは思っていた。
ごたごたで頭から抜けていた…テュフォンもまたテンペストソウルを持つに足る人物だと。
そして道化猫がこの状況でテンペストソウルを取り出した意味をすぐに理解する事になった。
＞「テンペストソウルを献上した者と同盟を結ぶ、そういう話だったにゃぁ？ 王様。
さ――約束通り、望みの物を呉れてやるにゃ！ うちんたぁに力を貸してちょぉ、『覇道の』グランダイト！！」
この場にイブリースと同等…いや未知数な人物が僕達の敵に加わったら僕たちはもう逃げる事すらできないだろう。
でも妙だ…？こうなる事はわかっていたはずだ。ならテュフォンは残ると言って…ブリーズはそれをなぜ承諾したんだ？
逃げる為に犠牲は確かに必要な状況だったが…そんなものより覇王が敵に回るほうがカザハにとって遥かにまずいと、誰よりもわかっていたはずだ…。
＞「ほら、やるよ。これでおまえもおれたちの仲間だな！」
「………………」
長い沈黙。コントのやり取りのように何度も何度も突き出すが一向にうんともすんとも言わない。
＞「どうしたんにゃ！？ 王様！
まさか、偽物かもって疑っとらっせるがや！？ そんなことありえんがね！
そのテンペストソウルは、確かに双巫女の片割れから抉り取った正真正銘のテンペスト――」
そういえば聞いた事がある。昔、双子は一つの魂を共有して生まれてくる存在だったと信じられていた…と。
地球じゃそんな事ありえない。でも異世界なら…？
＞「あっそ。そのテンペストソウルは、ガチのホンモノなんだな？
いいコト聞いちゃった、それじゃあ――」
「カザーヴァ！！」
＞「あっはははははははッ！！ そこでアホ面さげて見てろよ、カザハ！
このテンペストソウルの力で、ボクがレクス・テンペストになる瞬間をな！」
しかし、何も起こらなかった。
「やはり…」
＞「……そのテンペストソウルは、私の半身テュフォンのもの。
紛れもない本物です」
＞「な……、なんだよ、ソレ……！ なんなんだよ……！
せっかく苦労して念願のテンペストソウルを手に入れたってのに！ カザハに勝てると思ったのに！ 全部無駄じゃんか……！
ふざけるな！ ふざけるなよおおおおおッ！！！」
＞「スキあり！！」
＞「ぎゃぅっ！！」
＞「ガザーヴァ！」
カザーヴァの事を考えるのは後だ…。
今僕達の目の前には、自分の事しか考えられないほどの、危機が直面しているのだから。
＞「……どうやら、また振り出しって感じかにゃぁ。まさか、双巫女のテンペストソウルが欠陥品だったとは……。
ここまで来てくれたついで、王様におみゃーさんらと戦ってもらおうと思っとったのに、せっかくの作戦がワヤだがね。
しょうがない……アタシが直々に相手してやるかにゃぁ」
-
＞「オレが後ろを見続けていると言ったな……、死した者たちを悼んで何が悪い！
死んでいった者たちの想いを背負い、願いを背負い、戦うことを……貴様は悪と断じるのか！」
テンペストソウルのごたごたで回復して多少マシになったとは言え、なんと絶望な戦力差か。
しかし僕にはまだ希望があった。相手がイブリースで、そしてイブリースは3人の中で唯一といっていい程…言葉が交わせる相手だからだ。
「目標の為なら関係ない人々を見境なく殺していいって？お前が言う遊び感覚でモンスターを殺す僕達と何が違うんだ？」
防戦一方のこの状況において、僕の勝ち筋はイブリースを言葉で時間稼ぎをして、援護をただひたすらに待つことしかなかった。
＞「オレは一巡目で貴様ら『異邦の魔物使い（ブレイブ）』にすべてを奪われた！
仲間も！ 世界も！ このオレ自身の命も！ 何もかもだ！！
それを！ 二の轍を踏むまいと決意することの、どこが間違っている！
この世界は滅ぶ！ もはや誰も侵食を止めることはできん！ 『そう決まっている』、『そういうシステム』なのだ！！
ならば――オレはオレに課せられた義務を果たす！ 貴様らを残らず殺し尽くしてだ！！」
「世界が滅ぶのが決まっている？そういうシステム？馬鹿らしい。そんなのは…自分の存在が消える時に言うセリフなんだよ！」
ﾊﾞｷｲﾝ！
剣が激しくぶつかり合う。
「お前には…僕達とうまくやっていく道もあったはずだ。例え最後に裏切るとしても…殺すその前まで仲良くするフリくらいできただろう
なゆも明神も単純だから取り入るのはすごい簡単だった…なのにしなかった！」
イブリースはテュフォンを殺した後。こいつを殺されたくなかったらお前らからこっちにこいと…そう言うって待ち伏せして罠を張れたはずだ。
なゆや明神なら例え嘘だとわかっていても必ず出向いた事だろう…けどそうならなかった。。
「人の上に立つ者の責務があると言いながら自分の復讐の感情を優先したんだ…お前は僕と同じ…他人の為と言いつつその実自分の事しか考えてないんだよ」
奪われたものを取り返す…成したい事の為ではなくイブリース自身の『あいつらだけは許さない。絶対に自分の手で粛清する』という感情が前に出たからにすぎない。
「目的が最優先と言いながらやってる事はどうだ？近道どころか自分で遠回りしてるじゃないか
現に今、復讐したいが為に一人で戦おうとしてどうなった？結局、力を持ってても…頭が使えない…人も信用できないお前は…もう一度奪われる事になる」
イブリースはテュフォンを殺した後。こいつを殺されたくなかったらお前らからこっちにこいと…そう言うって待ち伏せして罠を張れたはずだ。けどしなかった。
自分の手で殺すという成したい事の為ではなくイブリース自身の『あいつらだけは許さない。絶対に自分の手で粛清する』という感情が前に出たからにすぎない。
「でもさ…世界を救うだけなら…僕達は協力できると思うんだ…復讐はその後いくらでも付き合ってやるからさ
それともお前が想っている人達は世界が滅んでもいいから俺達を助けてくれって言うようなタイプなのか？違うだろう！」
人を信じさせるより、人を信じる方が遥かに難しい。
人を信じるという事は相手に全てを曝け出すという事だ。命も、心も、全てを…。
イブリースのように身内を虐殺された相手なら猶更だ。
しかし信じなければ。正しい相手を見つけ信頼を預け合って…初めて人生は動き出すのだ。
全部が敵ではどれだけの力を、才能を持とうと末路は悲惨な物だ。より良い場所を目指すなら…避けては通れない。
僕がこの世界で学んだ事をイブリースにも知ってほしい。
「イブリース…僕達が信頼に足る存在だとお前に証明してやる。だからこの戦いで僕達が勝ったら…なゆといっしょに世界を救ってくれ」
-
援護を期待して時間稼ぎしている状況は変わらない…けど今このままじゃ不意打ちはまず成功しない。
イブリースを一時的に動けない状態に追い込むしかない。
＞「だから……刃は鈍ってない。
ボクは風刃。四大属性の一角の維持の名の下に、その理にまつろわぬ万物を切り裂く刃。
その刃で……二人とも守ってあげるからね」
「己の全てを賭け、守り抜く勇気」
＞「混ざれよガザーヴァ！テンペストソウルがなかろうが、バロールの望んだ形じゃなかろうが――
俺とお前が組めば、最強だ！」
「他者を想い、添い遂げる心」
＞「舐めるな？だったら――まずはお前が俺達を尊敬しな」
「より良い存在に成れるという希望」
＞「自分だけが痛みを独り占めするなんて、ずるいよ」
「………現実を知り、未来を創造する意志」
血を大量に流し…骨は何度も折れ…手持ちポーションも全部使い切った。
震えが止まらないし、出血のせいで意識も万全とはいかない。
断言できる。もう一度イブリースとまともにぶつかり合えば僕は間違いなく死ぬ。死んだと理解することもなく体を真っ二つにされて…
「この場にいて…僕とあんただけだ。過去に縛られて…後ろしか見ていないのは…」
道化猫と脳筋はどうだかしらんが…それでも彼らが目指す場所を目指しているのだろう。
別にどうでもいいが
「そろそろ前を向いて歩かなきゃな…生きてるんだったら…死ぬ気で頑張れるのは生きている者の特権だから」
剣を構える。
「僕がお前に…世界が救えるかもしれないという希望を見せてやる。信じさせてやるよ僕達を…未来を」
イブリースに僕は突撃し…イブリースの剣の先に到着するのとほぼ同時に…剣を上空に投げ捨てた。
そして
ザクッ
「ｺﾞﾎｯ」
激痛が走る。そりゃそうだ。自分からイブリースの馬鹿でかい剣に突き刺さりに行ったんだから。
でも、自分から行ったおかげで…急所自体は外れてる
身長差で足が浮かないように体に力を入れ大剣の向きを固定、そして引き抜けないようにし…そしてイブリースの大剣を持った腕をつかむ。
「フー！フー！…中々きっついねこれ…」
文字通り体全体を使って、命がけの特攻。そしてこれ以上好転しない攻め。
「逃げたいかい？…そうだろうね…部長！」
隠れていた部長が渾身の一撃で雷刀をイブリースに突き刺す。レイドボスとはいえ蓄積が溜まれば麻痺を引き起こす。
たとえ0.1秒でも…それだけあれば僕の手は強く締め付けられるし…なにより
＞「『そう決まっている』、『そういうシステム』――随分ゲーム的な表現じゃねえかイブリース！
がぜん興味が湧いてきたぜ。お前が何を知ってて、何を諦めてやがんのか！
ぜってー口割らしてやっからな、今から何言うか考えとけよぉ！！」
「逃げ遅れるには十分だと思わないか？」
理解不能って顔してるなイブリース……正直言うと僕もだけどね。この混沌とした状況じゃ予想なんてできなかったさ、でも…仲間は必ず来るという確信だけはあった。
これが信頼？絆？なんかちょっと違う気もするけれど…でもまあ今はこれでいいか…最初から全部理解できるなんて思ってないからね
「もう一度いうぞ！僕の事は気にするな！！やれ！！！」
-
「……カザハ」
カザハの外見が変化したことを受け、ブリーズが倒れたまま驚きに目を見開く。
いくらシルヴェストルが精神世界（アストラル・プレーン）に近い霊的存在とはいえ、
コロコロと姿を変えられるわけがない。生命体である限り、生まれたときに得た姿は劇的には変化しないものだ。
というのに、カザハはもう二度もその外貌を変化させている。
それもまた特別なシルヴェストル――真のレクス・テンペストだから、ということなのだろうか。
＞――風刃《エアリアルブレイド》
カザハの両手に一対の鉄扇が出現する。
それはテンペストソウルの持つ無限の風の魔力が形を取った、神代遺物（アーティ・マグナ）にも似た兵装。
新たな力を手にしたカザハを前に、マリスエリスが目を細める。
「ははぁ……なるほどにゃぁ。
それがレクス・テンペストの力の一端、ってことなのかにゃ？ 自分の魂そのものを武器にするなんて、
無茶苦茶にも程があるっちゅうもんだがにゃぁ」
くくっ、と喉奥で嗤う。その余裕が崩れることはない。
「果たしておみゃーさん、その武器をまともに使えるのかにゃ？
武器ってもんは訓練と修練を経てこそ、初めてその性能を十全に行使できる……。
三歳児に聖杖アレフガルドを持たせたところで、なんの役にも立たないのと同じようににゃ。つまり――」
だんッ！ と強く地を蹴り、マリスエリスがカザハに突進する。
「アタシにとって、そんな武器は虚仮脅しにすぎんっちゅうことだがね！」
迅い。
マリスエリスの速度は兄弟子のマルグリットにも勝るとも劣らない。
嫋やかな繊指が『狼咆琴（ブラックロア）』の弦を爪弾く。美しい旋律と共に、不可視の矢がカザハを狙う。
その狙いは正確無比。無数の音撃がカザハの急所目掛けて殺到する。
＞（ぼさっとしてないで援護するよ！ あれが音撃の矢なら……駄目元でなんちゃって猫にサイレント！）
＞《は、はいっ！》
「ハ！ 雑魚が何人集まろうが、『十二階梯の継承者』に敵うワケにゃぁで！」
パキィンッ！！
カケルの放つサイレントに抵抗（レジスト）し、マリスエリスが構わず矢を放つ。
カザハが鉄扇から風の刃を出して迎撃するものの、マリスエリスには当たらない。
音は空気を媒介とし、空気は風となって伝播する。
音のエキスパートであるマリスエリスには、風を読みカザハの攻撃に対処することなど朝飯前ということなのだろう。
「そんな大振りの盲撃ちがアタシに当たると思っとるんなら、舐められたもんだにゃ。
ほらほらぁ！ もう息が上がっとるがね！ 日頃使いもせん大鉈をいきなり振り上げるから――そうなる！！」
ザシュッ！！
遠距離からの射撃に終始していたマリスエリスが突然間合いを詰め、空を翔けるが如き疾風の挙動でカザハへ肉薄する。
そして、一閃。今度はカザハの右太股を目掛け、音撃でなく直接の斬撃を叩き込む。
使用したのは『弦』だった。『狼咆琴（ブラックロア）』の命である、無数の弦。
髪の毛よりも細い超極細の弦は鞭のように振るうことであらゆるものを斬断する武器にもなる。
遠距離では狙撃手（スナイパー）。近距離では暗殺者（アサシン）。
戦況に応じて二種類のスキルを瞬時に切り替えるのが『詩学の』マリスエリスの戦闘スタイルであった。
そして――
「っとォ……おみゃーさんらも下手に動かん方がええよぉ？
もし不用意に動いて、首が落ちてまっても……アタシは保証せんからにゃ」
いつの間にかアゲハとカケル、ブリーズの全身に無数の弦が絡みついている。
熾烈な戦闘のさなか、マリスエリスはカザハのみならずそのパートナーたちにも抜かりなく罠を設けていた。
風に乗って張り巡らせた弦が蜘蛛の巣のようにその身を拘束する。
もし力任せに弦を切断しようとしても、逆に鋭利な弦によって身体を切り裂かれるのが落ちであろう。
ほんの少し動いただけでも弦はカケルたちの皮膚を裂き、肉を刻む。
たんッ、と身軽に着地したマリスエリスがカザハへ向けて鋭い視線を投げかける。
「ひとっつだけ教えてやるにゃ、レクス・テンペスト。
戦いってのは、経験と蓄積。積み重ね（バックボーン）が何より物を言うんだわ。
生のままの資質なんちゅうもんで潜り抜けられるようなレベルの戦いは、もうとっくに終わっとるんよ。
ポッと出の能力なんぞ、幾ら出したところでアタシら継承者には通じにゃあがね」
大賢者ローウェルの直弟子『十二階梯の継承者』。
アルフヘイム最高戦力と称される彼女らではあるが、持って生まれたフィジカルの高さを恃みにしているのは一部だけで、
大部分の継承者達はそれこそ血の滲むような研鑽と修行の末に絶大な力を手にするに至っている。
マリスエリスとて例外ではない。当代随一と呼ばれる弓術は、膨大な練磨の果てにやっと身に着けたものなのだろう。
だからこそ。
ガザーヴァとは別のベクトルで、思う侭にレクス・テンペストの力を使うカザハは目障りであったのだ。
「傷つけば傷つくほど、血を流せば流すほど、人っちゅうもんは強くなる。
アタシの相手がおみゃーさんで本当にラッキーだったにゃ、他のおみゃーさんのお仲間――
あの焼死体やら大男やらが相手だったら、アタシもちょぉーっとは苦戦したかもしれんがね。
闇雲に大きな力を振り回すしか能がない、薄っぺらなおみゃーさんが相手で。ホント楽させてもらったにゃぁ！
てことで――遊びはおしまい！ とどめだぎゃ！」
マリスエリスが狼咆琴に手をかける。カザハの五体を斬り刻む、無情の刃が今まさに放たれんとする。
しかし。
-
「カザハは……殺させは、しません……！」
弦によって全身を拘束されたブリーズが叫ぶ。
そして、無理矢理に身体を動かし弦からの脱出を図る。
当然ブリーズの全身には弦が食い込み、鋭利な凶器がその柔肌を容赦なく切り裂いてゆく。
ブリーズは瞬く間に血まみれになった。
「ああっ……！」
「たぁけが。だから言ったでしょぉ」
マリスエリスが冷たい眼差しでブリーズを見遣る。わざわざ警告したというのに、それに従わず勝手なことをした報いだ。
だが、それでもブリーズは動きを止めない。手許に魔力で風の短刀を作り出し、身体に纏わりつく弦を何とか切ってゆく。
射手は妨害しなかった。元々戦力としては微力だったブリーズであるし、
この出血では弦から解放されたとしても最早まともな行動はできないだろうと踏んでいるらしい。
やがてブリーズは弦の拘束から逃れると、どっとうつぶせに倒れた。
どくどくと、切り刻まれた全身から流れる血が衣服を、そして地面を染めてゆく。
「く……ふ……」
それでも、ブリーズは刃を食い縛ってなんとか起き上がり、血みどろの身体を引き摺るようにして歩いてゆく。
ただし、歩いていく先は守るべきカザハのところ――ではなかった。
「カザハ……。あなたは、勘違いをしています……。
あなたが私を守るのではない……私が、あなたを守るのです……。
でなければ……テュフォンが、命を賭して……活路を開いた、意味が……なくなってしまう……」
よろ、よろ、と覚束ない足取りでブリーズが歩いてゆく。
「私、たちでは……駄目なのです……。次代の風精王を、世界の風を担うのは……あなたで、なくては……。
そのために、私たちは……ずっと、待っていたのです……。私たちでは、できないこと……。
たくさんの土地を……旅して……。たくさんの人と……触れ合い……。
多くの風をその身に受けた……あなたが……新しい、世界の……風と、なること……。
カザハ、どうか、どうか……私たちの、最後の……務めを……果たさせて、ください……」
ブリーズが向かったのは、この戦場を囲う崖の上で戦いを睥睨する者の許。
「覇王よ……、十二階梯の継承者『覇道の』グランダイトよ……」
「…………」
ブリーズが崖下から呼びかけるのを、軍馬に騎乗したままの覇王が見下ろす。
「アルフヘイムとニヴルヘイム、テンペストソウルを捧げた方に合力する……それが、貴方の交わした約定……でしたね……？」
「…………」
「ならば……我ら風の双巫女の魂、テンペストソウルを……覇王、貴方に捧げます。
どうかどうか、私たちの希望を……未来の、世界の風を……守って、ください……。
カザハの、アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』に……力を――」
血に濡れた両手を崖上のグランダイトへと伸ばす。
マリスエリスとロスタラガムが奪ったテュフォンの魂だけでは不十分だった。グランダイトはそれを受け取らなかった。
しかし、テュフォンとブリーズ二人分の魂ならば。
「！？ ――させるかにゃ！！」
ブリーズの思いもよらぬ提案に驚き、マリスエリスがそれを阻止しようと動く。
それを食い止められるのは、カザハしかいない。
カザハの周囲では、まだ戦闘が続いている。
エンバースはロスタラガムの出鱈目と言うしかない闘い方に劣勢を強いられている。
ジョンはあの恐るべきニヴルヘイムの首魁相手に、単騎でいまだ持ち堪えているということ自体が奇跡のようなものだ。
明神とガザーヴァは、――わからない。
何れにしても、誰がいつ死んでもおかしくない戦場。どんなに些細なことさえ全滅に繋がりかねない状況。
それを覆し、霞のようにおぼろげな勝利を掴むためには、どんな手段も使わなければならない。
綺麗事だけでは何も救えない。カザハはもう、それを知っているはずだ。
血に濡れたブリーズがカザハの方を振り向く。
その全身が、淡い光に包まれてゆく。風と同化してゆく。
信頼できる同胞にすべてを託し、自身は次代の礎となる。それが風の双巫女の選んだ道だった。
ブリーズは最後に淡い微笑を浮かべると、
「さようなら、カザハ。
あなたの傍に、いつも良き風が吹きますように――」
そう言って、一陣の風となり消えていった。
後に残ったのは、ふたつの魂。それが太極図のようにくるくると回転し、やがてひとつに融け合う。
烈風を纏い、周囲を眩く照らす緑碧の光玉。
カザハが有するものと同じ、真なるテンペストソウルの輝き。
「…………」
それまで何があっても微動だにしなかったグランダイトが、初めて動く。
手綱を一打ちすると、巧みに軍馬を操って15メートル以上の段差をこともなげに駆け降り戦場に降り立つ。
カツ、と蹄の音を鳴らし、騎乗したグランダイトは悠然とテンペストソウルへ近付いてゆく。そして――
「王様！ いかん……いかんて！ それを手にしちゃ……！
く……ぅぅッ！ グランダイトォォォォォ―――――――――ッ！！！」
マリスエリスの絶叫が響き渡る中、覇王グランダイトはテンペストソウルにゆっくり手を伸ばし、それを確かに掴み取った。
-
「どきゃあ！」
カザハに肩からの強烈なぶちかましを見舞い、間合いを離すと、マリスエリスは歯を食い縛ってグランダイトを見た。
グランダイトがブリーズの要請を聞いたうえでテンペストソウルに手をかけたということは、
即ちその願いを了承したという証左に違いない。
カザハを、アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』を護る。新たな世界の風の守護者となる。
その願いを、グランダイトは履行しようというのだろう。
覇王は苛烈な性格ではあるが、虚言を弄したり約束を反故にするような卑劣なことはしない。
むしろ、イブリースほどではないものの正々堂々とした武人として名を馳せている。彼に心酔するアレクティウスにしても、
20万の兵士たちにしても、尊敬するに値しない主君へ仕えようとは思うまい。
だから。
グランダイトがテンペストソウルを手にした刻こそが、覇王がその軍勢と共にジョンたちに味方した瞬間であった。
「……自分が何しとるか分かっとるんにゃ？ 王様。
アルフヘイムにつく……それはつまり、賢師に刃向かうことだっちゅうこと――」
「シルヴェストル共は余の欲するものを供じた。汝らには出来なかった、ただそれだけの話。
ならば、余も約定を果たさねばなるまい」
「この……！！」
大賢者ローウェルの名を出しての脅しも、グランダイトにはまるで効果がない。
マリスエリスは忌々しげに一度舌打ちすると、狼咆琴を爪弾いた。
今ここで葬り去っておかなければ、敵に回った覇王は後々自分たちにとって大きな脅威となる。そう踏んだのだ。
ギュバッ！！
狼咆琴から放たれた無数の音撃、不可視の矢がグランダイトへと殺到する。
グランダイトが手のひらの中のテンペストソウルをぐっと強く握り込む。輝く魂を掴んだ右手を水平に突き出し、
左手をその横に添え、ゆっくりと外側へずらしてゆく。
それはあたかも、鞘から剣を抜き放つような――
カッ！！！！
テンペストソウルが一際眩い光を放ち、爆発的にその形状を変質させる。
グランダイトの手の中で光玉が長く伸び、暴風を纏い。やがてそれは一振りの長剣へと姿を変えた。
柄に翼を広げ咆哮するドラゴンをあしらった、刀身130センチほどの直剣。
『嵐を招く者』――魔剣ストームコーザー。
ブレイブ&モンスターズの中でもグランダイトの代名詞となっている剣が、然るべき持ち主の手に戻ったのだ。
グランダイトが大きく剣を横に薙ぎ払うと、途端に強烈な風が吹き荒れ狼咆琴の音撃はたちまちのうちに掻き消された。
「く――」
マリスエリスは歯噛みした。
覇王が愛剣を両手で持ち、高く頭上へ掲げる。刀身に渦巻く烈風が、急激にその威を増してゆく。空が俄かに掻き曇り、
禍々しい黒雲が稲光を伴って垂れ込める。
「産声を上げよ、ストームコーザー！
此れが我ら二度目の生に於ける、出陣の鬨よ！！」
「滅ぶ世界で享けた二度目の生なんぞに、なんの意味があるがね！
そんなモノは――」
「吹き荒べ、『総てを無に帰す大嵐（ジャイガンテックストーム）』！！」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ！！！！！
戦場すべてを覆い尽くすほどの、大気の振動。稲光が荒れ狂い、雷鳴が轟き渡り、颶風が吹き荒れる。
そして――唐竹割りに振り下ろしたストームコーザーから、莫大な魔力の嵐が迸った。
遮蔽物のない開けた中洲で、指向性のある暴風から逃れる術など存在しない。
極地的に発生した魔力の天変地異、巨大な竜巻に瞬く間に呑み込まれ、マリスエリスはなすすべもなく吹き飛ばされた挙句、
反対方向の壁に背中から激突した。
「が！ は……」
受け身さえ取れず時速百数十キロの速度で壁面に叩きつけられ、マリスエリスが血ヘドを吐く。
常人ならば即死だろうが、まだ生きている。激突の瞬間魔力を用いて衝撃を緩和でもしたのだろう。
しかし、もう戦闘はできそうにない。どことも知れぬ場所まで空高く吹き飛ばされなかっただけでもマシというものだった。
騎乗したままのグランダイトがゆっくりと剣を下ろし、びゅん！ と一度血振りするようにストームコーザーを振り抜く。
その威容はまさに覇王。ブレイブ&モンスターズのプレイヤーを一度ならず絶望の淵に叩き落とした難敵。
そして。
「……誤解のないよう申し添えておく。
余はあれを師と思ったことなど一度もない」
グランダイトはそう言うと、マリスエリスの妄言をも両断に斬って捨てた。
-
「うらららららららららららららら――――――ッ！！！！」
『万物の』ロスタラガムが吼える。その短い手足から、無数の拳打が。蹴りが。目にも止まらぬ速度で飛んでくる。
「あはははははははッ！ おもしろいおもしろい！
オマエ、ホントにおもしろいなア―――――！！
そんな闘い方するヤツ、初めて見たぞ！」
ロスタラガムが無邪気に笑う。
その表情からはいかなる邪智も、策謀も、悪意も読み取ることはできない。
正真正銘、ロスタラガムは闘いを楽しんでいる。まるでゲームでもするように、純粋に闘争に耽溺している。
ロスタラガムにとっては世界の趨勢も、侵食も、大賢者ローウェルの目論見も、まるで興味の対象外なのだろう。
ただ闘えればいい。強い奴がいるならもっといい。
それ以上の難しいことは、もっと頭のいい連中がやればいい――。
この矮躯の闘士は、それしか考えていない。
だからこそ。
他に考えることが何もないからこそ、ロスタラガムは闘いにすべてのリソースを費やすことができる。
通常、一般人が考える戦況の好転であるとか。仲間の救援であるとか。引き際であるとか。
そんなことはまったく考えない。ただ眼前の敵を殴り倒す。蹴り倒す。それだけがロスタラガムにとっての『万物』。
ゆえに、強い。
＞――フラウッ！A-5！H-9！合わせろ！
「おうよ！ おれも合わせる！」
ガギィンッ！！
エンバースとフラウのコンビネーションは『異邦の魔物使い（ブレイブ）』の中でも群を抜いている。
その戦闘技能は確かな経験に裏打ちされている――かつての燃え残りが生前蓄積してきた確かな地盤がある。
地力が強いとは、こういうことを言うのだろう。マリスエリスに言わせるなら、それがカザハとの違いだ。
しかし、地力の話で言えばロスタラガムもまた膨大な戦闘経験を有している。互いの足許に優劣はなかった。
エンバースがフラウに投げた指示にロスタラガムも相槌を入れたが、それは決して茶化している訳ではない。
実際、ロスタラガムはエンバースの卓越した攻めに完璧に合わせてきている。まるで事前に示し合わせたかのように。
「うははははっ！ 惜っしいなー！ もーちょい速く動けよな、オマエ！」
並の――否、一流の剣士であろうと回避困難であろう一撃を難なく受け止め、継承者が愉快げに笑う。
ロスタラガムはエンバースの攻撃を目で追っているのではない。目で追える速度を、エンバースの攻め手は既に凌駕している。
が、当たらない。
理由は色々ある。ロスタラガムがエンバースの今まで戦ったことがあまりない矮躯の持ち主であるということや、
膨大な経験によって培われた戦闘勘が無意識にその四肢を動かしている、とか。
だが、一番の理由はロスタラガムの『物覚えの良さ』であろう。
ロスタラガムは一度見た技を決して忘れず、
瞬時に解析した上で（それが人体に再現可能であれば）コピーするという能力を持っている。
その特殊な技能を以てしてエンバースの得意とする攻撃、よく狙ってくる角度、手癖などをすべて看破し、
態々目で追うようなこともせずに予測のみで対処しているのだ。
あたかも未来視を有するかのような、絶対の攻めと守り。
それが十二階梯の継承者第九階梯、『万物の』ロスタラガムの固有スキルであった。
＞がっ……！
フラウ必殺の號剣をも凌ぎ、ロスタラガムのミスリル製の籠手がエンバースの真芯を穿つ。
アンデッドを確実に葬り去るには、その肉体に宿る核たる霊魂を打ち砕くのが一番効果的――それもまた、
長い戦闘経験で学習したロスタラガムの知恵であった。
通った。ロスタラガムがニヤリ、と会心の笑みを浮かべる。
エンバースの身体に細かなヒビが入ってゆく。
「はははははっ！ おもしろかったぞ、おまえ！ すっっっっっげえおもしろかった！
またやろーな！ ……あ、でも、おまえもう死ぬのか？」
＞――おめでとさん
＞技比べはひとまず、お前の勝ちだ
魂魄を砕かれたアンデッドは滅びる他ない。後にはただ一握りの遺灰が残るのみ――
のはず、だったのだが。
「……ん！？」
ロスタラガムが怪訝な表情を浮かべる。
ひび割れ、砕け、崩壊するのみのはずのエンバースの肉体が、再生している。
その穴の開いた胸の奥には、砕けたガラスの瓶。
エンバースは彼我の実力差を理解していた。自分の末路も。
だからこそ――そこに罠を張った。攻め手が必ずするであろうこと、そうせずにはいられないことを見越して、
霊魂の宿る胸部を狙われることを理解した上で、敢えてそれを穿たれることを良しとしたのだ。
そして。
ロスタラガムは見事にその策に嵌った。
＞だけど――
＞――代償はデカいぜ
エンバースの溶け落ちた剣が振り下ろされる。
ロスタラガムは、間に合わない。
-
ザヒュッ！！
エンバースの斬撃がロスタラガムの脳天を捉える。
ガツン！！ とまるで鉄でも斬りつけたような硬い衝撃が、エンバースの手許を襲う。
ロスタラガムが大きく後方へ跳んで後退する。
「ヒューッ！ あっっっっっぶねえええええええ！！
マジで、今のはヤバかった！ 死ぬかと思ったぞお！」
エンバースと間合いを離したロスタラガムがそう言って笑う。
避けられた――という訳ではない。エンバースの一撃は、確かにロスタラガムの脳天にヒットしていた。
その証拠に。
「……お？」
どろり、と額から血が垂れ落ちる。滴る血に右手で触れ、ロスタラガムは不思議そうな表情で間の抜けた声をあげた。
どうやら見切りだとかエンチャントだとかそういったものではなく、純粋に頭蓋骨のぶ厚さで凌ぎ切ったということらしい。
元々ロスタラガムは鋼のような密度の筋肉とコンクリートブロックをも凌駕する硬さの骨格を持っている。
脳味噌の体積が少ない分、頭蓋骨の厚みが半端ではないということなのだろう。
尤も、エンバースの攻撃がやっと通ったというのは紛れもない事実だ。
ただし、今のような捨て身の奇策はもう学習され、二度と通用はしないだろうが。
「……ぅ……」
顔を俯かせ、ぷるぷるとロスタラガムが全身を震わせる。
自身の出血を見、衝撃を受けたということなのだろうか――否。
「うっひひひひひひ……うははははははははははっ！ ははははははははははははは！！！
すっっっっげえええええ！！！ おれ、久しぶりに自分の血ぃー出たぞ！！ やっべえ！ マジでやっべええええええ！！！
オマエ、ホンット……おもしろいヤツだなぁー！」
がばっと顔を上げると、ロスタラガムは心底楽しげに笑った。
ガツン！ ガツン！ と高らかに籠手を打ち鳴らし、闘志を満々と湛える。
「今までのヤツらは、おれが本気出すとすーぐ壊れちゃってゼンゼンおもしろくなかった！
でも……オマエはちがうっぽいな！ んじゃァ――おれもけっこー温まってきたし！ そろそろ本気でやるかぁ！」
顔面血まみれで無邪気に笑いながら、ロスタラガムはゆっくり腰を落として構えを取った。
その全身から、ボウッ！ と膨大な闘気が噴出する。第二ラウンド開始だ。
「いっくぞおーッ！！」
脳天に一撃喰らった際の出血はもうすっかり止まっている。ロスタラガムが上体を前に傾がせる。
だが――
そんなとき、不意に空が掻き曇り、膨大な魔力を湛えた黒雲が戦場の上空を覆い隠した。
激しい突風が吹き荒れ、雷鳴が轟き渡り、稲光が戦場を瞬間的に白色へと染め上げる。
そして、耳を劈くような大音声と共に発生した竜巻が、マリスエリスを遥か後方の壁に吹き飛ばしていた。
「う、うわーっ！？ エリ！ エリいいいいい！？」
頭上を爆速で飛んでいき、壁面に磔になった同胞を見て、ロスタラガムが激しく動揺する。
全幅の信頼を置いていた仲間がまさか撃破されるとは思っていなかったのだろう。
対戦相手のエンバースそっちのけで跳躍し、マリスエリスを助けに行く。
「エリ！ だいじょぶか！？」
「……ッ……ぅ、ぐ……不覚、にゃ……。
まさか、『覇道』がアルフヘイムにつくなんて……賢師に申し訳が立たん……がね……」
ロスタラガムに救助されたマリスエリスがごほ、と血を吐く。
「どうすんだ？ エリ？」
「ここは……一旦、退却するしか……にゃあも……。
他の連中に『覇道』が『創世』の師兄についたこと……報告、しにゃぁと……。
……『異邦の魔物使い（ブレイブ）』、ここは……おみゃーさんらの勝ちとして……おく、にゃぁ……」
最後の力を振り絞ってそう告げると、『詩学』はがくりとこうべを垂れた。気絶したらしい。
そんな仲間を右肩に担ぎ上げ、ロスタラガムがエンバースを見る。
「しょうがねーな。ま、いっか。けっこー遊べたしな！
おーいっ！ オマエー！
おもしろかったぞー！ またやろーぜ！ 次は負けねぇからなあー！」
ぶんぶんと空いている方の手を大きく振る。どうやら遺恨などはまったくないらしい。
いまいち緊張感に欠ける捨て台詞と共に、十二階梯の『詩学』と『万物』は戦場から離脱した。
-
ジョンとイブリースの剣が激しくぶつかり合い、火花が散る。
甲高い激突音と共に闘気が荒れ狂い、地面が抉れ、すぐ近くを流れる川の流れが逆巻いて大きな渦を造る。
ヒューム最高のフィジカルと、魔神と呼ばれる上位生命体の肉体と肉体が、剣と剣が――意地と意地とか衝突を繰り返す。
その力はまったくの互角。人間が兇魔将軍イブリースを相手に持ち堪えるどころか、時として押し返してさえいる。
まさにジョンこそは人間という種族の最高峰と言うべきであろう。
しかし、そんなジョンの攻撃は文字通り魂を、生命力のすべてを懸けて繰り出しているようなもの。
ここまで持っているということが正真正銘の奇蹟なのだ、そしてそれも長くは続くまい。
＞お前には…僕達とうまくやっていく道もあったはずだ。
例え最後に裏切るとしても…殺すその前まで仲良くするフリくらいできただろう
なゆも明神も単純だから取り入るのはすごい簡単だった…なのにしなかった！
「脆弱なヒュームらしい、姑息な考えだ！ そんな奸計は武人の採るべきものではない！
それに――例え演技であろうと、貴様らと仲良くなどできるものか！」
ガギィンッ！！
もう何合になるだろうか、ジョンの大剣とイブリースの業魔の剣ががっちりと噛み合う。
鍔迫り合いの体勢にもつれ込みながら、両者は顔を見合わせた。
＞目的が最優先と言いながらやってる事はどうだ？近道どころか自分で遠回りしてるじゃないか
現に今、復讐したいが為に一人で戦おうとしてどうなった？
結局、力を持ってても…頭が使えない…人も信用できないお前は…もう一度奪われる事になる
「ぐ……！ 黙れ！ 貴様らの言う卑劣な策で勝利を収めて、いったい何になる！？
姑息な手段で掠め取った勝利で、散っていった同胞たちに胸を張って報仇したと言えるのか！
誇りのない貴様らと……オレを一緒にするな！！」
＞でもさ…世界を救うだけなら…僕達は協力できると思うんだ…復讐はその後いくらでも付き合ってやるからさ
それともお前が想っている人達は世界が滅んでもいいから俺達を助けてくれって言うようなタイプなのか？違うだろう！
＞イブリース…僕達が信頼に足る存在だとお前に証明してやる。
だからこの戦いで僕達が勝ったら…なゆといっしょに世界を救ってくれ
「世迷言を……」
《このままのやり方では、何も解決はしません。
彼らの召喚した『異邦の魔物使い（ブレイブ）』は強い。きっと、貴方は敗北するでしょう。
やり方を変えなければ……彼らと手を取り合い、協調して――》
「………………！！！」
ジョンの説得を聞き、胸の奥にある記憶がフラッシュバックする。
かつて、天空魔宮ガルガンチュアでバロールが言われていた言葉だ。
だが、今となっては。その言葉が何より当て嵌まるのは、自分自身ではないのか？
――オレのやり方では、ただ目の前の敵を怨讐の許に殲滅するだけでは、何も変わらないのか……？
こいつらアルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』は、今まで幾度も窮地を乗り越えてきた。
オレの差し向ける『異邦の魔物使い（ブレイブ）』を、刺客を、悉く退けてきた……。
オレも、敗れるのか？ 敗北するのか？ 貴方の言うように。
こいつらと手を取り合い、協調することなど……このオレにできるのか……？
イブリースはジョンを見た。
血にまみれ、息も絶え絶えで、今にも死んでしまいそうな。
だというのに決して死なず、みっともなく悪足掻きして、仲間たちに希望を繋ごうとしている男。
自分たちを信じろと、協力しようと、一緒に世界を救ってくれと懇願する男を。
＞この場にいて…僕とあんただけだ。過去に縛られて…後ろしか見ていないのは…
＞そろそろ前を向いて歩かなきゃな…生きてるんだったら…死ぬ気で頑張れるのは生きている者の特権だから
「オレが……過去に縛られている……」
確かにそうだ。
兇魔将軍イブリースの行動原理は、すべて一巡目由来のものである。
一巡目に『異邦の魔物使い（ブレイブ）』に狩られ、命を落としていった同胞たちの仇討ちのため。
一巡目に滅びてしまったニヴルヘイムを、今度こそ救うため。
一巡目に交わした、大切な人との約束のため――
だから。
だからこそ、自分は敗北する。またしても負けて、何もかも喪ってしまう……？
「ぅ、ぅ……ぐ……！！」
左手で顔面を押さえ、イブリースは懊悩した。
そんなイブリースを真正面に見据えながら、ジョンが剣を構える。遮二無二突進してくる。
「過去に囚われて、何が悪い！
過去の記憶が呪縛だと言うのなら、オレは喜んで囚われよう！
オレに前を向いて歩き出せる時が訪れるとしたら――それは！ 貴様らを皆殺しにした後だけだ！！！」
イブリースが叫び、業魔の剣を突き出す。
ほんの一瞬ではあるものの、意識を乱されたために反応が遅れてしまった。ジョンの膂力なら、
業魔の剣を弾いてイブリースの懐に潜り込み、起死回生となる致命の一撃を見舞うことも可能であっただろう。
だというのに、ジョンはそれをしなかった。
次の瞬間――
＞ゴホッ
ジョンは業魔の剣に自らを捧げるように、その刃に自分から望んでその身を穿たれていた。
-
「……バカな」
ぽたぽたと、ジョンの身体から流れる血が刀身を伝ってイブリースの手を濡らしてゆく。
目の前で起こった信じがたい光景に、兇魔将軍は驚きの表情で双眸を見開いた。
＞フー！フー！…中々きっついねこれ…
「貴様、いったい何を……」
イブリースからすれば、ジョンの行為は完全な自殺行為にしか見えない。
自ら無防備に敵の剣に貫かれるなど、正気の沙汰ではない。
だが、ジョンには確かな勝算があった。勝ちに至る道筋がついていた。
ジョンを振り払おうとイブリースが身じろぎする。が、ジョンはそんな兇魔将軍の丸太のような腕を掴んで拘束し、離さない。
棺桶に片足を突っ込んでいる人間のどこにこんな力がと訝しんでしまうほどの、猛烈な腕力だった。
＞逃げたいかい？…そうだろうね…部長！
『ニャアアアアアッ！！』
ユニットカードが発動し、部長がありったけの力でイブリースの背に雷で出来た刃を突き立てる。
『雷刀(光）（サンダーブレードユピテル）』。その効果が覿面に発揮される。
「がはっ」
大したダメージではない。だがジョンの狙い通りイブリースを数秒間麻痺させることは可能だった。
全身が痺れ、うまく力が入らない。その間にジョンが万力さながらの剛力でイブリースを拘束する。
＞逃げ遅れるには十分だと思わないか？
＞もう一度いうぞ！僕の事は気にするな！！やれ！！！
「仲間にオレを攻撃させるためだけに、自ら望んで刃に掛かったというのか……！？」
ジョンの狙いに愕然とする。
しかし、イブリースは我が身の傷をも厭わないその覚悟に驚嘆したのではない。
そこまで無条件に仲間を信じることができる、ジョンと仲間たちの信頼の高さに、絆の強さに驚嘆したのである。
――なぜ、こいつはそこまでできる？ 我が身を犠牲にできる？ 赤の他人ごときのために……？
思えばイブリースはずっと独りで戦ってきた。
地球――ミズガルズからピックアップ召喚したミハエル・シュヴァルツァーや煌帝龍、
ロイ・フリントなどの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』や共闘を申し出てきた十二階梯の継承者ら協力者はいたが、
連中とはあくまで利害の一致する関係でしかなく、そこに信頼や絆など生まれるべくもなかった。
けれども、アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』たちは違う。
互いが互いを信じ合い、きっと自分の想いに応えてくれると思っている。強く結びついている。
それこそが、自分と彼らを隔てるものだというのか？
――嗚呼。オレが心から信じている者と言えば、あの御方の他はない。
オレに生命の尊さを教えてくれた。騎士の忠節を教えてくれた。この世で最も尊き、忘れ得ぬ方――
《もしも、わたしがいなくなってしまったとしても。どうかこの世界に息衝く生命を護ってくださいね。
イブリース、わたしの騎士――》
――それは。
――それは、誰だ？
-
＞ヤマシタ！怨身換装――モード・盾！
明神はロスタラガムに撃墜され地面に横たわるガザーヴァの許まで辿り着くと、すぐに防壁を展開した。
ピンク色の法被を着込んだヤマシタが巨大な盾を構え、戦場を飛び交う流れ弾から明神とガザーヴァの身を護る。
「……明神……」
十数メートルの高さから馬ごと叩き落されても、ガザーヴァの身体に支障はないらしい。
だが、兜のスリットから覗くその眼にはいつもの元気は微塵もない。
カザハよりも優位に立つことのできる、只のシルヴェストルではない特別なシルヴェストルになれるはずのアイテムが、
自分に何の福音も齎さなかった――やっと見つけたたったひとつの光明が、紛い物だった。
その衝撃が、落胆が、ガザーヴァの心を完膚なきまでにへし折ってしまった。
が、そんな意気阻喪したガザーヴァの都合など関係ないとばかり、明神は無理矢理にガザーヴァの腕を引っ張ると、
抱き寄せるようにして戦闘の最前線から退いた。ガーゴイルもふらふらとそれに続く。
「…………」
明神に腰を抱かれると、ガザーヴァは明神の胸に密着して軽く両手をつく格好になる。
甲冑越しとはいえ図らずも明神に抱き寄せられ、ガザーヴァは微かに喘ぐように小さな吐息を零した。
＞久しぶりだな。元気にしてたか
「…………」
安全な場所で身体を離し、地面にぺたんと尻をついて座り込む。
元気だったなどと言えるはずもない。今更、どの面を下げて明神の顔を見ればいいというのだろう。
レプリケイトアニマでレクス・テンペストに覚醒したカザハが憎くて憎くて、堪らなくて。
コンプレックスを払拭できず、劣等感に耐えかねて無断でパーティーを出奔してしまった。
そうして策謀を巡らせ、双巫女を見殺しにし、まんまと十二階梯の継承者たちを出し抜いたというのに――
何もかも全部、一切合切、一から十まで無駄だった。
愉快犯的に笑いながら悪事を働く幻魔将軍ガザーヴァを『ニヴルヘイムの道化師』と称する者がいる。
実際に公式ガイドブックにも、設定資料集にもそう書いてある――けれど。
――これじゃ、ホントにピエロだ。
もう、自分には何もない。文字通りの八方塞がりだ。
ついに自分はカザハに勝てなかった。幻魔将軍ガザーヴァは、何者の特別にもなれなかった。
後はきっとこのまま、父にさえ見捨てられたカザハの粗悪なコピーという劣等感を引き摺ったまま生きるのだろう。
滑稽な、出来損ないの道化師。
＞テンペストソウルがお前の力にならないって分かった時、『ふざけるな』っつったよな。
だけどそれで足りるか？お前はもっと、もっともっと、色んなことにふざけんなって言って良い
明神が告げる。
しかし、今更そんな励ましの言葉に何の意味があるだろう。
紡がれた言葉の真意を図りかね、ガザーヴァがおずおずと明神の顔を見上げる。
「……そんなこと……」
＞……どいつもこいつも、レクステンペストじゃなきゃ特別じゃないみてーに言いやがって
吐き捨てられる言葉には、怒りが籠っていた。
実際、明神は憤っているのだろう。レクス・テンペストは特別、それ以外は不良品――そう公言して憚らない者たちのことを。
ふざけんなと、そう怒っている。
＞特別はひとつじゃない。そうだろ幻魔将軍ガザーヴァ。ブレイブの宿敵にして、永劫のライバル！
お前には、自分で積み上げてきた特別があるだろうが
「……そんなの……分かんないよ、ボクには分かんない……！
レクス・テンペストになるために、ボクは生まれてきたんだ！ そうなるようにって望まれてきたんだ！
だのに、ボクにはその先天的な素質も、後天的にそれになる方法もなかった……。
ボクは特別なんかじゃないよ……。仮にオマエの言うとおりだったとしても、
それはゲームのボクがやったことで。元々決まってたプログラムで……。
今ここにいるボクとは、別人のやったことなんだもの……！」
涙声でガザーヴァは叫んだ。
幻魔将軍ガザーヴァが『異邦の魔物使い（ブレイブ）』の因縁の宿敵だというのは、あくまで『設定』の話だ。
それは所詮ゲームを製作したメーカーや、設定を考えたスタッフによって与えられたものに過ぎない。
ガザーヴァはそんなお仕着せの設定なんかではなく、自分の手で。身体で。培った特別が欲しかったのだ。
ダウンロードされたゲームの数だけ存在する、エネミーの幻魔将軍ではなくて。
今この世界に生きる、生の肉身を持った生命体としての。一個の人格ガザーヴァとしてのオンリーワンを望んだのである。
「なんで……なんでだよぅ……！
なんでボクは特別じゃないの……？ ボクが悪いことをしたから？ いっぱい人の命を奪ったから……？
パパに喜んでほしかったの……、頭を撫でてほしかったの……！
えらいぞガザーヴァって、おひざの上で。抱きしめてほしかっただけなの……！」
魔力で形作られた漆黒の甲冑が、霧のように消えてゆく。
明神の目の前に残ったのは、臍出しのトップスにベスト、ホットパンツにサイハイソックスの軽装に身を包んだ浅黒い膚の少女。
「こんなに苦しいなら、こんなに悲しいなら、生まれてなんてこなきゃよかった……！
アコライトで消滅してれば、こんないやな思いはしなくても済んだはずなのに！
オマエたちのことを恨んで、憎んで、ゲームの中のボクとおんなじ気持ちのまま消滅できたはずなのに！
でも、それももうできない！ できやしない……！」
大きなアーモンド形の双眸から、ぼろぼろと大粒の涙が零れては頬を伝う。
「――オマエらのこと！ スキになっちゃったから……もう恨めないよ……！！」
わっと泣き崩れると、ガザーヴァは両手で顔を覆った。
-
爆音が、咆哮が、烈風が吹き荒れる戦場の中で、明神とガザーヴァのいる空間だけは不思議なほど静かだった。
そんな空間の中に、ガザーヴァの慟哭だけが響いている。
どれほどそうしていただろうか、束の間の沈黙を破り、やがて明神が口を開く。
＞俺にとっては、お前はとっくに特別なんだよ。ブレイブと幻魔将軍の関係だけじゃない。
デリンドブルクで、アイアントラスで、レプリケイトアニマで！一緒に死線潜ってきた戦友だ。
２人で他人を煽り散らかすのが何より楽しい、ウマの合う悪友だ
先程ガザーヴァは『幻魔将軍と『異邦の魔物使い（ブレイブ）』の関係は前もって用意されたものに過ぎない』と言った。
言わば同姓同名の別人が為したことで、ここにいる自分自身の培ってきたものではない――と。
だが、明神がたった今口にした言葉はそうではない。
デリントブルクで燃え盛る穀倉地帯の中、姿なき狙撃手に脅かされながら戦った。
アイアントラスで武装したゴブリン・アーミー相手に連携した。
レプリケイトアニマで、押し寄せるアニマゾルダートの群れを相手に協力した。
そればかりではない。戦い以外でもマル様親衛隊を相手にふたり揃って煽り散らかしたりと、
数ヶ月の付き合いではあるものの、ふたりはぴったりと息の合うコンビネーションを見せつけてきた。
それは、ゲームの中の幻魔将軍には決して真似できない。
紛れもない自分の、自分だけの思い出。他の誰も持ち得ない、世界でただ自分と明神だけが共有する大切なメモリー。
自分は確かにそれを持っている。
「……とっくに……特別……」
＞……言い訳がましいか？ひひっそうだな。結局のところ、手の届かないモノを諦める言い訳なのかもしれない。
だからあれこれ理屈つけんのもお終いだ。俺が今から証明してやる。
ふつーの生まれのこの俺が、無敵の兇魔将軍をぶっ倒してな
そう。
人は誰しも特別になれるのだ。誰かと手を取り合って、特別な関係を構築していけるのだ。
そうやって手を繋ぎ、ひとりがふたり、ふたりが三人と寄り集まって出来たのが、
今のアルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』パーティーなのだろう。
ひとりひとりは凡庸であっても、何も秀でたところがなくとも。
生まれながらの神でも、魔王でも、貴族でも、レクス・テンペストでなくても――
力を束ねれば、至強に勝てる。
＞生まれ持った素質も、御仕着せの特別も要らねえ。
そんな曖昧なもんに頼らなくたって、俺達は――自分の中の挫折や絶望を、肯定していける
かつてモンデンキントとの一戦を切欠に闇落ちし、ブレモン史上最悪のクソコテと呼ばれた明神が口にするからこそ、
その言葉は意味を持つ。力を有し、輝きを放つ。
何より。
＞俺にとっては、お前はとっくに特別なんだよ。
その言葉がガザーヴァの心を差し穿つ。絶望に冷え切っていた心に、熱い活力を注ぎ込む。
――ボクが。特別？
もう、ずっと前から？ 明神の特別だった……？
アルフヘイムの各地を旅して、一緒に生活して。戦って。
明神に纏わりついて、セットした髪をわしゃわしゃに乱してやって。
何かいいことがあると、ふたりで示し合わせてハイタッチなんかもしたりして。
楽しかった。とっても楽しかった。
バロールの下で命ぜられるまま人を欺いて、陥れて、殺していたときも楽しかったけれど。
『異邦の魔物使い（ブレイブ）』と過ごしているときの楽しさは、傷つけたり殺したりするのとはまるで違う心地よさがあって……。
――ああ。そっか。
――ボクはもう、とっくに特別だったんだ。
＞混ざれよガザーヴァ！テンペストソウルがなかろうが、バロールの望んだ形じゃなかろうが――
俺とお前が組めば、最強だ！
言いたいことは粗方伝え終わったというのだろうか、明神が勢いよく戦線へと復帰していく。
その背中を、見る。――ボロボロで、煤けていて、吹けば飛びそうな背中。けれど――
それは。漢の背中だった。
「へへっ……。なーにが『証明してやる』だよ、カッコつけちゃってさ……。
ホントは怖くて堪んないクセして、強がって……全然、カッコよくなんてねーってーの……！」
ガザーヴァは小さく笑うと、ぐしぐしと乱暴に腕で目許を拭った。
そして一度両手でぱぁん！ と頬を叩き気合を入れると、勢いをつけて立ち上がる。
右手に魔力で長大な騎兵槍を生成すると同時、ガーゴイルもいつでも行けるとばかり主人の傍に寄り添う。
「……でもさ。
どんだけボロ雑巾みたいでも、やせ我慢してても。カッコ悪くっても……。
それでこそだ！ それでこそボクの大好きな『うんちぶりぶり大明神』だぜ！！」
ばっ！ とガーゴイルの鞍に飛び乗ると、ガザーヴァは猛然と最前線へ駆け出していった。
-
「ぬ……！！」
明神がクロスボウでイブリースへ矢を放ったのと、ジョンが自らを犠牲にしてイブリースの動きを封じるのはほぼ同時だった。
すぐにイブリースは翼を大きく広げ、矢の攻撃から我が身を護る。
その間隙を縫い、競馬の騎手さながらガーゴイルの背に前傾で跨ったガザーヴァが矢のように地を駆けてゆく。
「焼死体！ ボクが合わせてやる、ブチかませ！！」
ガザーヴァが鞍上で叫ぶ。
ジョンが決死の覚悟でやっと作った隙だ。ロスタラガムが戦場を離脱しエンバースがフリーになった以上、
この好機を逃す手はない。
エンバースの攻撃にガザーヴァがタイミングを合わせて騎兵槍での突撃（チャージ）をぶちかますコンビネーションだ。
イブリースは素早く翼を畳み、ジョンと自分の身体の間に無理矢理左足を捻じ込むと、
ジョンの胴体に強烈な前蹴りを喰らわせて強引に業魔の剣を抜き去り、間合いを離した。
目にも止まらぬ立ち回りだが、それでもエンバースとガザーヴァの攻撃への対処は間に合わない。
結果、イブリースはふたりの攻撃をまともに浴びることになった。
「ぐ！ がは……！」
しかし、まだ決着はつかない。ずざざざ、と轍を刻みながら後方へ弾かれながらも、しっかりと両の脚で屹立している。
攻撃を終えたガザーヴァとガーゴイルが明神のところへ戻ってくる。
「オマエとボクが組むと最強だぁ？
そんなの――あったりまえじゃんか！」
泣き腫らした眼を細め、幻魔将軍がへへっと笑う。
「明神オマエ、ホンット……特別だって聞いたからな！？
まだセキニンだって取ってもらってねーし！ いいか、約束だぞ！ ちゃんと守れよな！
一生だぞ！ 一生、セキニン持ってボクの面倒！ 見ろよな――！！」
「幻魔将軍……姿が見えないので、どこへ行ったものかと思っていたが。
バロールがアルフヘイムに与している以上、貴様もそちら側にいるのが道理か」
「おーよ！ 今回はオマエの味方してやれねーや、ゴメンな！
てことで、とりま死ね！ 『暗撃驟雨（ダークネス・クラスター）』！！」
ドドドドドッ！！！
ガザーヴァの突き出した左手から、無数の闇の魔力の弾丸が飛んでゆく。
マシンガンさながらの魔力の掃射を、イブリースは業魔の剣の腹を盾代わりにして危なげなく受け止めてゆく。
そして、返礼とばかりの魔力の放出。
「『暗撃琉破（ダークネス・ストリーム）』！！」
ゴウッ！！！ と音を立てて放たれる魔力の奔流。『異邦の魔物使い（ブレイブ）』がそれを避けると、
イブリースはゆっくりと業魔の剣を両手で握りしめ、構えを取った。
「邪魔者は消え、図らずも最初と同じ状況に戻ったようだな……。
いや、そちらは幻魔将軍と覇王を加え、最初よりも戦力増強と言ったところか」
イブリースの全身から靄のような瘴気が滲み出、ゆらゆらと揺らめく。
確かに行方不明だったガザーヴァが戦列に復帰し、グランダイトがアルフヘイム側につきはしたが、
グランダイトは戦場の外れに佇んだまま動く気配がない。
この勝負は自分が出るべきでない、因縁の戦いは双方のみで決着をつけるべき――と思っているのだろう。
「貴様らが信用に足る存在だということを証明すると言ったな。
貴様らが勝ったら、一緒に世界を救えと。
いいだろう……そこまで大きな口を叩くならば、オレに見せてみろ。
貴様らの信念を、正真正銘、世界を守りたいと願うその心の強さを！」
業魔の剣から強烈な闘気が迸り、戦場に息苦しいほどの圧迫感をもって満ちてゆく。
「だが――オレも今まで拠り所としてきたものを易々と捨て去ることはできん。
依然、オレは貴様らを殺す気で往く！ それで死ぬなら、貴様らの信念もそこまでということだ！
それを心した上で、全員！ かかってこい！！」
ニヴルヘイム最強の魔神、兇魔将軍が吼える。
「ボクたちにボッコボコにやられなくっちゃ、こっちの味方になる踏ん切りがつかないってかー？
へっ！ 相変わらずの石頭だなイブリース！ ボクみたいにさっさと仲間になっちゃえばいいのにさー！
そんなんじゃ、まーたアイツに泣かれちゃうぞ？
アイツ、ボクらが魔族っぽいコトするたんびに悲しそーなカオしちゃってたもんなぁ……って、アレ？」
イブリースを挑発するように煽り立ててから、ガザーヴァがふと左手の小指を下唇に添えて小首を傾げる。
「……アイツって……誰だっけ？」
「思い出話などに興味はない、此の場にあるのはただ闘争のみ！
来ぬならば、此方から行くぞ――！！」
【ブリーズ死亡。『覇道の』グランダイトがテンペストソウルから魔剣ストームコーザーを生成、味方に。
マリスエリス、ロスタラガム離脱。ガザーヴァが戦線復帰。
現在のイブリースの状況：
体力：若干減
魔力：若干減
攻撃力：減
防御力：減
第三の目：正常
翼：飛翔力なし
尻尾：正常
加護：無効
『黄金の夜明け（ゴールデン・ドーン）』発射まであと1ターン】
-
＞「そんな大振りの盲撃ちがアタシに当たると思っとるんなら、舐められたもんだにゃ。
ほらほらぁ！ もう息が上がっとるがね！ 日頃使いもせん大鉈をいきなり振り上げるから――そうなる！！」
「―――ッ！！」
弦がカザハの太腿を切り裂き、カザハはよろめいてへたりこむ。傷が深いのだろう。
私はカザハを支えるべく駆け寄ろうとするが……動けない。
いつの間にか無数の弦によって拘束されていた。
＞「っとォ……おみゃーさんらも下手に動かん方がええよぉ？
もし不用意に動いて、首が落ちてまっても……アタシは保証せんからにゃ」
＞「ひとっつだけ教えてやるにゃ、レクス・テンペスト。
戦いってのは、経験と蓄積。積み重ね（バックボーン）が何より物を言うんだわ。
生のままの資質なんちゅうもんで潜り抜けられるようなレベルの戦いは、もうとっくに終わっとるんよ。
ポッと出の能力なんぞ、幾ら出したところでアタシら継承者には通じにゃあがね」
「それ、ガザーヴァに言ってあげてよ……！
生まれ持った資質なんかに大した意味は無いって！ こっちは勝手に嫉妬されていい迷惑なんだ！」
まあ、困りますよね……。
カザハにしてみればいつの間にやらバロールさんに勝手にコピー体を作られていて
微妙に完コピ出来てなくて失敗作扱いしてまともに扱わなかったばっかりに嫉妬されて目の敵にされているのだから。
あれ、もしかしなくても諸悪の元凶はバロールさんなんじゃ……。
＞「傷つけば傷つくほど、血を流せば流すほど、人っちゅうもんは強くなる。
アタシの相手がおみゃーさんで本当にラッキーだったにゃ、他のおみゃーさんのお仲間――
あの焼死体やら大男やらが相手だったら、アタシもちょぉーっとは苦戦したかもしれんがね。
闇雲に大きな力を振り回すしか能がない、薄っぺらなおみゃーさんが相手で。ホント楽させてもらったにゃぁ！
てことで――遊びはおしまい！ とどめだぎゃ！」
即刻とどめを刺さずに長々と無駄話をしたのは、完全に勝利を確信しているからなのだろう。
というのもカザハは片足を深く切られて立てず、私達は身動きが取れない。事実として詰んでいた。
＞「カザハは……殺させは、しません……！」
ブリーズが弦からの脱出を図るが、瞬く間に血まみれになる。
＞「く……ふ……」
「バカなことはやめて！ 最初に言ったでしょ！？
そんなことをしたら死……まさか……最初から……！？」
カザハは言いながら何かに気付いたようだ。
奇しくも最初にカザハが言った通り、テュフォンのテンペストソウルを持った状態でブリーズが死んだら、完全なテンペストソウルが出来上がる。
それこそがブリーズの狙いだったのだ。
-
＞「カザハ……。あなたは、勘違いをしています……。
あなたが私を守るのではない……私が、あなたを守るのです……。
でなければ……テュフォンが、命を賭して……活路を開いた、意味が……なくなってしまう……」
「嫌だ！！ 置いていかないで。私にはそんなの背負えない……！
妹は姉より先に死んだら駄目なんだ！」
カザハは頭を横に振り、子どものように駄々をこねた。
＞「私、たちでは……駄目なのです……。次代の風精王を、世界の風を担うのは……あなたで、なくては……。
そのために、私たちは……ずっと、待っていたのです……。私たちでは、できないこと……。
たくさんの土地を……旅して……。たくさんの人と……触れ合い……。
多くの風をその身に受けた……あなたが……新しい、世界の……風と、なること……。
カザハ、どうか、どうか……私たちの、最後の……務めを……果たさせて、ください……」
私は気付けばカザハの横に瞬間移動し、拘束を脱していた。
カザハが《ブリンク》のスペルカードを発動して救出してくれたのだ。
悲壮な決意を固めたようなカザハが私の背によじ登る。
「戦いは積み重ねが重要らしいからさ……」
今の周回でも前の周回でも鉄板だった、基本の戦闘スタイルに立ち戻る。
カザハは私の背に乗れば、たとえ立てなくたって戦えるのだ。
「烈風の加護（エアリアルエンチャント）」
私の体が、風のエンチャントを纏う。私は翼をはためかせ、少し体を宙に浮かせた。
＞「覇王よ……、十二階梯の継承者『覇道の』グランダイトよ……」
＞「アルフヘイムとニヴルヘイム、テンペストソウルを捧げた方に合力する……それが、貴方の交わした約定……でしたね……？」
＞「ならば……我ら風の双巫女の魂、テンペストソウルを……覇王、貴方に捧げます。
どうかどうか、私たちの希望を……未来の、世界の風を……守って、ください……。
カザハの、アルフヘイムの『異邦の魔物使い（ブレイブ）』に……力を――」
＞「！？ ――させるかにゃ！！」
「今だ！ 《ブラストシュート！！》」
カザハの合図で私達は合体技を発動する。
効果はシュートアローの強化版、対象を任意の標的に向けて突風でぶっ飛ばす、というものだが。
今回の対象は――自分達自身。つまり平たく言えば捨て身の超速体当たりである。
別に今回が初めての目新しい試みではなく、この世界に来た直後にも、その次にも同じような感じで超レイド級相手に突撃しているのだ。
カウンターでも食らえば大怪我だが、どんな形であれマリスエリスが何らかの対処をせざるを得ない状況になれば
テンペストソウルがグランダイトに捧げられるまでの時間稼ぎをするという目的は達成される。
マリスエリスはブリーズの方に気を取られていたためか、なんとか足止めに成功。
たとえ弦で切り裂かれようとマリスエリスの行く手に立ち塞がり、ブリーズの方に向かうのを阻止する。
-
＞「さようなら、カザハ。
あなたの傍に、いつも良き風が吹きますように――」
「ありがとう。君達のことずっと忘れない。
テュフォンにも伝えて。あの時固まっちゃったからさ……」
カザハは私の背の上で、泣きそうな顔で微笑んだ。
ブリーズの消えた場所でふたつのテンペストソウルが融合し、真のテンペストソウルが出来上がる。
＞「王様！ いかん……いかんて！ それを手にしちゃ……！
く……ぅぅッ！ グランダイトォォォォォ―――――――――ッ！！！」
こうして、グランダイトはついにテンペストソウルに手を伸ばす。
＞「どきゃあ！」
気が抜けた私達はマリスエリスにあっさり突き飛ばされたが、時すでに遅し。
真なるテンペストソウルはすでにグランダイトの手の中にあった。
＞「……自分が何しとるか分かっとるんにゃ？ 王様。
アルフヘイムにつく……それはつまり、賢師に刃向かうことだっちゅうこと――」
＞「シルヴェストル共は余の欲するものを供じた。汝らには出来なかった、ただそれだけの話。
ならば、余も約定を果たさねばなるまい」
＞「この……！！」
なんと、テンペストソウルはグランダイトの手の中でストームコーザーと化した。
＞「産声を上げよ、ストームコーザー！
此れが我ら二度目の生に於ける、出陣の鬨よ！！」
＞「吹き荒べ、『総てを無に帰す大嵐（ジャイガンテックストーム）』！！」
あれ程風を自在に操っていたマリスエリスが、成す術もなく吹っ飛んでいく。
これが、双巫女の命と引き換えに、アルフヘイム陣営が得た力……！
壁に激突したマリスエリスは死にはしなかったものの、もう戦闘は出来そうにない。
気絶したマリスエリスはロスタラガムに担がれ、撤退していった。
しかし、まだ戦闘は終わっていない。
イブリースの方を見ると、いつの間にやらガザーヴァが戦線に復帰していた。
＞「オマエとボクが組むと最強だぁ？
そんなの――あったりまえじゃんか！」
＞「明神オマエ、ホンット……特別だって聞いたからな！？
まだセキニンだって取ってもらってねーし！ いいか、約束だぞ！ ちゃんと守れよな！
一生だぞ！ 一生、セキニン持ってボクの面倒！ 見ろよな――！！」
おそらく明神さんがうまいこと説得したのでしょう。
もしかしたらマリスエリスが言ったように、生まれ持った素質よりも積み重ねた物が大切、
という結論に辿り着いたのかもしれません。
カザハはその様子を拍子抜けしたような、白けたような顔で見ていた。
-
「何あれ……。明神さんにちょっと励まされたぐらいでケロっと機嫌直したの？」
いや、拍子抜け、なんてものじゃない。その視線は明確に怒気を孕んでいる。
今まで嫉妬からくる憎しみを向けられても本気で怒ることはなく、困ったように笑ったり、あるいは哀しげな顔をするだけだったカザハ。
こんなことは初めてだ。
「それぐらいなら最初から裏切るなっつーの！
もしかして構って欲しかっただけ！？ お陰でこっちは二人も死んでるんだよ！？」
先ほどは、もはや誰が何を言っても通じないと思われるほど、ガザーヴァの絶望は深く見えた。
本人がそれに固執してしまっている以上、もうテンペストソウルを得る以外に彼女が前を向いて生きていく道は無いと思われた。
だからこそカザハは、テュフォンのテンペストソウルを受け継いでほしいと。
それが無理なら始原の風車のテンペストソウルを分けてあげたい、とまで思ったのだ。
《そう……ですよね……。あんまりですよね……》
カザハははっと我に返ったように、乾いた笑いをあげる。
「あはははは。何を一人で怒ってるんだろう。二人はみんなにとってはポッと出のイベントNPCで。
ガザーヴァは大事な仲間でこれからの戦いに必ず必要な存在で。比べる余地もないのは当然だ。
帰ってきてくれたならそれに越したことはないよ」
双巫女はカザハにとっては浅からぬ縁がある者達だったが、皆にとっては会ったばかりの者達だ。
きっと、すぐに2人のことを尊い犠牲として受け入れ、ガザーヴァを温かく迎え入れて前を向いて進んでいく。
これからも皆と共に歩んでいくなら、自分もそうでなければならないと思ったのだろう。
「だから……さっきのは聞かなかったことにして。きっと2人はどっちにしても死んでた……。
彼女を恨むのはお門違いだ……」
もしも誰の犠牲も出ずにこの騒動が終わっていたなら。
カザハは何の蟠りもなくガザーヴァを迎え入れていただろう。
だけど一巡目の時はいざ知らず少なくとも地球生活を経たカザハの本質は、
地球のどこにでも転がっているようなそこそこ人のいい小市民で。
小市民にとって、親しい者を失って尚、光の方を向いて歩み続けるのは、至難の業だ。
「さ、こうしちゃいられない。響き合う星刻の調べ《アストラルユニゾン》！！」
カザハは皆の強化をするべく左手を掲げる。
ガザーヴァの復帰により、その凶悪なぶっこわれバフが真価を発揮――しなかった。
何故だか発動しない。
《え……？》
「あ……れ……？ ああ、そっか……そうなんだ」
カザハは寂し気に、だけど何かが腑に落ちたように微笑んだ。
「ごめんねアゲハ……。今度こそ、私達の旅はここで終わりみたい。
そもそもさ、二人は私にシルヴェストルの未来を託して死んだんだよ？
風精王はすぐには即位しなくてもいいとしても……さしあたって巫女を空席にするわけにはいかない」
-
仲間としてあるまじき感情を抱いてしまったために、
アストラルユニゾンにおける”パーティーメンバー”の判定からカザハ自身が外されてしまった、ということらしい。
それがこの世界の何らかの超越的な力によるものなのか、カザハ自身の精神的な問題なのかは分からないが。
この世界のシステムらしきものに、皆の仲間ではない判定を受けてしまったと解釈できるうえに、
巫女の後任として草原に残るのが自然ともいえるような状況。
あまりにも出来過ぎていて、そういう巡り合わせと納得してしまっても不思議はない。
「もう……私達が何もしなくても大丈夫だよね……。
最後にみんながイブリースに勝つのを見届けよう……」
カザハは消耗も激しく、今のですっかり戦う気力を失ったようだった。
しかし、いつの間にか来ていたエンバースさんが声をかける。
＞「ストームコーザーになっちまった二人が今、あの世にいるのか、まだそこにいるのかは分からないけど」
＞「だけど、どちらにしたって手向けが必要だろ」
エンバースさんは最初、双巫女のことをよく思っていなかった。
しかし、全てを水に流してガザーヴァを温かく迎え入れる流れになりそうな状況の中で、
双巫女のことを気にかけたのは、他でもないエンバースさんだった。
＞「お前の為に死んだのは間違いじゃなかったって、証明してやれ」
＞「アイツらの期待に応えてやるんだ」
「そんなこと言われても……」
＞「俺には出来なかった。だけど……お前はやるんだ。手は貸してやる。下準備なら、とっくに済んでる」
「……そんな無茶苦茶な。でも……自分に出来なかったことを他人に期待するの、ちょっと分かるかも」
カザハもまた、自分には出来ないとたった今証明されたことを、なゆたちゃんに望んでいるのだ。
大切な者を奪われて尚、光の方向を向いて突き進んでほしいと。
＞「大量の煙を伴う上昇気流だ。上空に運ばれた煙の微粒子に、空気中の水分が吸収される。
凝結した水分は気体から液体に変化して、その結果、上空に留まれなくなる。
俺が何を言っているか、分からないか？要するに――」
＞「雨を呼べ。嵐を呼び覚ますんだ」
雨は基本的には水属性の領分。だけど空を見上げてみると、大きな積乱雲が出来上がっている。
それを見たカザハの瞳に再び闘志が宿る。
-
「いける……かも。これなら少しきっかけを与えてやれば雨が降る。カケル、手伝って！」
世界の気候を調整しているという風精王の系譜に連なるカザハは、この状態からならいけると直感したのかもしれない。
私達は空高く飛翔し、積乱雲の中に突入しました。
「下降噴流《ダウンバースト》！！」
カザハの両の手の平から地上に向かって爆発的な突風が噴射される。
そうしながら、私以外の誰にも聞かれない言葉を紡ぐ。
「最初から分かってた……私はなゆ達とは違うって。なんとなく流されてるだけだって。
でも、それでも…… 一緒に冒険している間は勇者は無理でも勇者の仲間ぐらいにはなれたような気がした。
勇気という名の魔法にかかったみたいだった。だけど魔法は……いつか解けてしまうもの」
地面にぶつかった突風は周囲の空気と衝突し、突風前線（ガストフロント）―― 一種の強烈な寒冷前線が発生する。
「だから、これが私達に出来る、最後の手助け……。
明神さん、ご愁傷様。末永くお幸せに爆発しろ。
ガザーヴァ……君ってほんとバカ。たかだか限界集落のトップごときが正真正銘のお姫様に勝てるわけないでしょう。
ジョン君、親友の死を乗り越えて本当のみんなの仲間になった君がどんなに凄いか……やっと分かった。
エンバースさん、私の大切な妹達を気にかけてくれてありがとう。
なゆたちゃん、私には出来なかったけど……ずっとみんなの光でいてね」
カザハは仕上げとばかりにスペルカードを切った。
切ったのはウインドストーム――普段は何の変哲もない風の嵐の攻撃魔法だが
ブレモンにおいては一部の技は特殊な条件下で使うと、別の超強力な技になる、ということがある。
「サンダーレイン・テンペスト！！」
その名のとおり、雷雨を伴った嵐による大規模攻撃兼デバフ魔法だ。
雷鳴が鳴り響き、地上では豪雨が降り始めた。
《やりましたね……！》
「うん、テュフォンとブリーズ、見ててくれたかな……」
カザハが私に、なけなしの全体重を預ける。今度こそ、あとは見届けるだけだ。
-
ヤマシタがクロスボウを射掛ける。
その瞬間、俺は革鎧のガタイの向こうで、ジョンの体が貫かれるのを目の当たりにした。
鍛え上げられたその背中から、イブリースの大剣が生える。
「ジョン――！」
>「もう一度いうぞ！僕の事は気にするな！！やれ！！！」
口の端からぶくぶく血の泡を吹きながら、ジョンが叫ぶ。
ことここに至って、俺には迷う時間なんかなかった。
極度の集中でぎゅうっと引き伸ばされた時間の中で、放たれた矢の風を切る音が響く。
>「ぬ……！！」
防がれた。イブリースは抜け目なく翼を展開。
クロスボウの矢はそこへ突き刺さるが、そこで威力を使い切った。
ジョンがその身を擲ってまで作り出した隙もこれで無意味……じゃあない。
俺たちの攻撃は、まだ終了していない！
>「焼死体！ ボクが合わせてやる、ブチかませ！！」
――背中越しに聞こえる声。俺はもう振り返らない。
同時、何かが俺の傍を駆け抜けていくのを感じた。
ガザーヴァだ。
ガーゴイルと共にイブリースへと吶喊し、エンバースと同時に攻勢を仕掛ける。
イブリースは自慢の得物をジョンに捉えられたままだ。
>「ぐ！ がは……！」
それでも兇魔将軍の名に恥じない判断力で、ギリギリの刹那をイブリースは乗り越える。
ジョンに仮借ない蹴りを浴びせて突き飛ばし、剣の自由を取り戻す。
――間に合わない。返す刀でガザーヴァとエンバースを迎え撃つが、剣を振るう猶予なんて与えない。
二人の攻撃は、イブリースのボディの真芯を捉えた。
「ヤマシタ！」
瞬間、俺も動く。
蹴り飛ばされたジョンが砲弾みたいに飛んでいく先にヤマシタが回り込んで、
柔軟な革の表面で受け止めた。
「ばっっっっか野郎お前！ジョン！！」
大剣による貫傷で、ジョンの身体は最早元の肌色がわからないくらい血塗れだった。
……おそるべきことに、『血塗れ』程度で済んでいた。
臓器やら太い血管やらが切れてればもっと派手に血が吹き出る。
そうなっていないのは、ジョンが意図的に急所を外して剣を受け入れたからだろう。
「確かにさぁ！俺はお前に言ったよ！『五体満足で帰って来い』って！
約束通り手足は全部残ってるよ！百点満点だ、土手っ腹にでけえ風穴こさえてなけりゃなぁ！」
大動脈は無事とは言え、大怪我には違いない。
ほっときゃ急所とか関係なしに出血多量でくたばるだろう。
「『工業油脂』――プレイ。ちっと染みるがガマンしろよ、血止めくらいにはなる」
俺は回復スペルを持ってない。ポーションもアラミガ印の即効性のやつは在庫切れだ。
インベントリから出した市販のポーションをジョンの口にしこたまぶち込んで、
ワックスで傷口を固める。これが今できる精一杯だ。
-
「ぶっ倒れるにはまだ早いぜジョン。血は止まったな？骨折れてんならアブラで固めて立ち上がれ。
反撃の狼煙は上がった。今夜はもうちょい地獄に付き合ってもらうぜ」
>「オマエとボクが組むと最強だぁ？そんなの――あったりまえじゃんか！」
イブリースに痛撃を食らわせ、弾き飛ばされるようにしてガザーヴァが戻ってくる。
振り向いたその目には、紛れもなく覇気を宿した光があった。
>「明神オマエ、ホンット……特別だって聞いたからな！？
まだセキニンだって取ってもらってねーし！ いいか、約束だぞ！ ちゃんと守れよな！
一生だぞ！ 一生、セキニン持ってボクの面倒！ 見ろよな――！！」
「一生だとぉ？ひひひっ！この期に及んで遠慮してんなよガザーヴァ！
お前と一緒なら、二生だろうが三生だろうが釣りが来らぁ」
ジョンの処置を終えて立ち上がる。一歩踏み出す。
隣で構えるガザーヴァと、足並みを、揃える。
「……ようやく並べたな、俺たち」
――『バロールの真意なんざ知らねえけどな。……俺はお前のことが嫌いだったよ、ガザーヴァ』
アコライト外郭で、カザハ君の中に宿るガザーヴァに告げた言葉が頭に蘇る。
あの戦いで、俺がガザーヴァを仲間に引き入れたのは、こいつが幻魔将軍だからだった。
――『俺達がその足跡を追い求め、戦い続け、ついに打倒した……ブレモンきっての名悪役だ。
ブレイブにとって、ガザーヴァは不倶戴天の敵であり、かけがえのないライバルだった』
俺の愛したブレイブ＆モンスターズ。
その欠かせない構成要素である幻魔将軍が、歪んじまうことに耐えられなかった。
ゲームで何度も見てきたその姿にもう一度会いたくて、こいつをカザハ君の中から引きずり出した。
だから――結局俺のやってることは、バロールと大差なかったんだ。
レクステンペストの代用品にしていた魔王のように。
俺もまた、ゲームの幻魔将軍をガザーヴァの中に見ていた。
寄り添ってるようで、俺はガザーヴァのことを真正面から見ちゃいなかった。
本当の意味で、こいつの隣に居たわけじゃなかった。
だけど、今は違うって胸張って言える。
だってこいつ、人も殺さないし街も壊さねえもん。
なんなら見た目も全然ゲームと違うしな。鎧の中身とかさ。
「俺は"今"のお前が好きだよ、ガザーヴァ。
鎧に覆われて見えなかった、踊るように宙を跳ねて、煽り散らして、笑い合う、その姿が。
画面の向こうの幻魔将軍よりも、ずっと！」
俺たちはもう、ブレイブと幻魔将軍の関係じゃ語れない。語り尽くせない。
今、俺の隣に居るのは。
今、こいつの隣に立っているのは――
「俺たちは、クソコテうんちぶりぶり大明神と、家出少女ガザーヴァ。
こっからは、ただの性格が捻じ曲がった陰湿野郎と性悪美少女だ。
刮目しとけよイブリース！お前が嫉妬で狂うくらいの仲良しパワーを見せてやる」
体勢を立て直したイブリースに啖呵を切れば、魔神の双眸が久々にこっちを射抜く。
相変わらず冷や汗がドバっと出るが、膝は震えない。ちゃんと立っていられる。
-
>「幻魔将軍……姿が見えないので、どこへ行ったものかと思っていたが。
バロールがアルフヘイムに与している以上、貴様もそちら側にいるのが道理か」
>「おーよ！ 今回はオマエの味方してやれねーや、ゴメンな！
てことで、とりま死ね！ 『暗撃驟雨（ダークネス・クラスター）』！！」
かつての同僚二人は、それ以上の問答は不要とばかりに攻撃魔法を放ち合う。
反撃のダークネスストリームはもう嫌ってほど見た。横っ飛びで回避する。
「ぎゃはは！当たんねえよそんなモロ見えの攻撃魔法なんざ！
お前もレイドボスなら分かってんだろ、俺たちブレイブの学習能力のエグさをよぉ！」
レイド戦じゃ被弾して良いのは未予習初見の一撃まで。
避けられる攻撃を避けないのはハラスメントなので通報しますね！！！
本当にギリギリで回避したのでスーツの端っこが焼け焦げてるけど、見なかったことにする！
>「邪魔者は消え、図らずも最初と同じ状況に戻ったようだな……。
いや、そちらは幻魔将軍と覇王を加え、最初よりも戦力増強と言ったところか」
「そんでお前は加護も剥がれて翼はボロボロ、継承者共もフレに呼ばれて萎え抜けだ。
全部が振り出しに戻ったわけじゃない。そろそろ王手が見えてきたぜ」
俺がガザーヴァに発破かけてる間に、戦況は大きく動いていた。
エンバースに頭かち割られたロスタラガムは撤退。
グランダイトにぶっ飛ばされたマリスエリスもそれに引っ付いて消えた。
そして、覇王が俺たちの側についた理由――
ブリーズが死んだ。その生命をテンペストソウルに変えて、自ら覇王に献上した。
グランダイトは晴れてストームコーザーを手にして、約束を果たした。
結局、俺たちはフタミコのどっちも救えなかった。
シルヴェストルの求めた救けに応えることは出来なくて、結果的にグランダイトを選んでしまった。
当初危惧されてた覇王軍とシルヴェストルの正面衝突は回避できたとは言え、
それでも失われた命があることを、無視するわけにはいかない。
状況だけ見りゃ、フタミコの首級を手にグランダイトの軍門に降ったようなもんだ。
「カザハ君――」
俺は、マリスエリスと対峙していたであろうカザハ君の方を見れない。
あいつにとってこの状況は、一番避けたかったもののはずだ。
特にガザーヴァの復帰に関しては複雑な心境だろう。
>『悪戯だったじゃ済まないんだぞ！お前はテュフォンを、ポヨリンを！見殺しにしたも同然――』
ガザーヴァなら、殿に残ったテュフォンを救けられたんじゃないか――俺もそれは考えた。
エンバースが言うように、あの場に散ったテュフォンやポヨリンを見殺しにしたのかと。
だけど、仮にガザーヴァが逐電せずに俺たちと一緒に居たとして、まず間違いなく死体がひとつ増えるだけだった。
イブリースとの戦力差はあまりに大きい。
同じ三魔将でも搦め手主体のガザーヴァとゴリゴリ戦闘ビルドのイブリースじゃ相性が悪すぎる。
俺たちブレイブが全員戦闘不能で、継承者二人とイブリースに囲まれたあの状況の中、
撤退支援以上の仕事を求めるのは死ねっつってんのと変わらない。
……いや、全部言い訳だな。
結局のところ俺は、フタミコよりもガザーヴァの方が大事だから、あいつの生還を歓迎している。
好転した戦況が、フタミコの死によってもたらされたことは変わらない。
-
犠牲を悼むのは後でもできる。
目の前の敵に集中しろ。生き残れ。
首が吹っ飛んじまったら、死んでった連中の墓の前で頭下げることも出来ねえぞ。
>「貴様らが信用に足る存在だということを証明すると言ったな。
貴様らが勝ったら、一緒に世界を救えと。いいだろう……そこまで大きな口を叩くならば、オレに見せてみろ。
貴様らの信念を、正真正銘、世界を守りたいと願うその心の強さを！」
イブリースは俺たちを睥睨すると、そんなことを口走った。
怒りと憎悪に満ちていた目に、別の光が宿る。
ジョンとのぶつかり合いで、何か変化が起きつつある――？
「随分な心変わりじゃねえか。右の頬ぶん殴られて博愛主義にでも目覚めたか？」
ゴツい大剣の代わりに聖書を抱えるイブリースの姿は、それはそれで神々しさがあるけれど。
>「だが――オレも今まで拠り所としてきたものを易々と捨て去ることはできん。
依然、オレは貴様らを殺す気で往く！ それで死ぬなら、貴様らの信念もそこまでということだ！
それを心した上で、全員！ かかってこい！！」
「試す側で居られんのも今のうちだぜ。信念籠もった左フックをお見舞いしてやる」
三度仕切り直し、開かれた戦端。
俺はガザーヴァを連れてイブリースの右側へ回り込む。
「ジョン！スイッチで行くぞ！！」
エンバースには機動力を活かして遊撃に回ってもらいたい。
だがタンクを張ろうにも、怨身換装はディスペルされるし、ジョンは例によって死にかけだ。
被弾は最小限に抑えなければならない。
したがって、基本はヤマシタがメインでイブリースと対峙し、ジョンはサブタンクとして側面攻撃。
ディスペルの予備動作が確認でき次第ジョンと立ち位置を入れ替える。
ゲーマー式攻略法その４――レイド戦においては定番中の定番、スイッチ戦術だ。
>「ボクたちにボッコボコにやられなくっちゃ、こっちの味方になる踏ん切りがつかないってかー？
へっ！ 相変わらずの石頭だなイブリース！ ボクみたいにさっさと仲間になっちゃえばいいのにさー！
そんなんじゃ、まーたアイツに泣かれちゃうぞ？
アイツ、ボクらが魔族っぽいコトするたんびに悲しそーなカオしちゃってたもんなぁ」
ガザーヴァが謎の同僚トークでイブリースを煽る。
アイツって誰だよ。誰だよ！！俺の知らないお前の友達とか明神さん心穏やかじゃありませんよ！！！
>「……って、アレ？」
俺の疑問をよそに、ガザーヴァは全く別種の疑問に小首を傾げた。
小指を唇に添えて……なんてあざといポーズなんだ……。
>「……アイツって……誰だっけ？」
やべえ……なんだこの情報密度の薄い会話は……。
そこまで立ち振舞いが分かっててなんで名前が出てこねえんだよ。
お前らのお友達じゃないの？こいつらの共通の友達っつったら三魔将の残り一人――
――んん？そういやこいつらなんで三魔将なんて名前なんだろう。
兇魔将軍と幻魔将軍。二人しかいねえよな。
-
「おいガザーヴァ、三魔将ってデュオユニットじゃなかったっけ――」
>「思い出話などに興味はない、此の場にあるのはただ闘争のみ！
来ぬならば、此方から行くぞ――！！」
「ああああもう！話は後だな！ヤマシタ、シールドバッシュ！」
イブリースの振るう大剣を、ヤマシタが大盾で凌ぐ。
さらに盾ごと体当たりするようにぶちかまし、体幹を揺らがせる。
「バッシュ！バッシュ！バッシュ！そして必殺のぉ――シールドバッシュ！！」
二撃、三撃とバッシュをぶち当て、イブリースの攻撃の初動を潰す。
業を煮やしたイブリースがディスペルの挙動をとれば、
「ジョン！スイッチ！」
ヤマシタを下げて解呪の効果範囲から離脱する。
これまで何度も、イブリースの戦いを見てきた。実際に刃だって交えた。
その経験値が俺の中に攻略までのタイムラインを刻む。攻撃パターンとその対処法が頭に浮かぶ。
――なんのことはない。やってることは、やるべきことは、ゲームのレイド戦とそっくり同じだ。
何度も失敗しながら挙動を把握し、準備を整え、最適な回避行動と火力の出し方を突き詰めていく。
ブレイブの、ゲーマーの、俺たちの戦い方。俺たちだけの攻略法だ。
>「サンダーレイン・テンペスト！！」
上空からカザハ君の声が聞こえ、追うように雨が降ってくる。
にわか雨なんてレベルじゃない。真っ黒になった雲からは間断なく雷鳴が轟き、時折稲光が地表を穿つ。
俺はその中を駆け抜けながら、イブリースに言葉を投げた。
「ゲーム感覚――俺たちの信念をそう切り捨てたなイブリース。
間違っちゃいねえよ。俺たちの能力はゲームシステムに則ったもんだ。
レベリングの為にお前の同胞を殺しまくったってのもその通りなんだろうぜ」
――MMORPGにおけるレイドコンテンツは、時折ダンスやマスゲームに例えられる。
敵の攻撃を回避するにはパーティ皆が事前の取り決めに従って移動しなければならない。
その上で敵を殴り続けられる場所というのも決まっていて、突き詰めると一糸乱れず特定の場所に整列することになる。
ボス戦のフィールドを舞台に繰り広げられる舞踏。
「だけど、だからこそ、俺はこの世界を愛せる。守りたいって心から思える。
生まれた世界じゃなくても。お前にだって負けないくらい、アルフヘイムやニブルヘイムの美しさを知ってる。
ロールアウトからずっと、寝る間も惜しんで親しんできた世界だからな」
俺たちは、イブリースをパートナーに踊っていた。
剣戟を交わし、時には相手をとっかえひっかえで、終わりのないステップを踏む。
仲間と、やがてはイブリースとさえも呼吸が同調し、生と死の狭間に芸術を作り上げていく。
「そこに息づく命が、単なるデータじゃないってことも、身を持って理解した。
なおさらだ。一巡目とやらで殺した分のケツを拭う。取りこぼしてきたそいつらの命を、今度こそ救う」
イブリースからしてみりゃ、散々殺しといて今更何言ってんだって感じかも知れない。
同じ分だけ救えば過去の殺戮が全部帳消しになるかっつったらそれも違うだろう。
それでも俺は、手の届くものを諦めたくない。
「――『好きだから』。何かを大切にするのに、それ以上の理由は要らない」
-
ヤマシタが前線に留まってるおかげで、俺は自由に動く余裕を得た。
ゴルドン発動までもういくばくもない。完璧な状態で叩き込むには、まだ削りが足りない。
「ガザーヴァ！手ぇ貸せ！」
ガザーヴァの右手を左手で握る。
そこから魔力を通せば、こいつは俺のやろうとしてることを理解するだろう。
>――《はっはっは！ いやいや、そう卑下したものでもないよ明神君！
次回は『影縫い（シャドウバインド）』に『負荷軽減（ロードリダクション）』の魔法を併用してみるといい。
今後の課題としておきたまえ！》
アコライト防衛戦の時、魔法行使の反動でダウンした俺にバロールはそう助言した。
正直言ってまるでアテにならねえアドバイスだ。
魔法の複数同時使用は、言ってみりゃ右手と左手で別々の絵を正確に描くようなもんだ。
魔法初心者の俺にはどうやったって脳みその容量が足りない。
――だったら、他人に魔法を使ってもらえば良い。
繋いだ手を通じて、俺とガザーヴァの間に魔法的な連絡経路を形成。
『負荷軽減（ロードリダクション）』をガザーヴァに発動してもらう。
こいつは本来術者本人を対象とする魔法だが、経路を使って強引に俺も対象に含める。
カザハ君の呼んだ雷雲から、一筋の稲妻が落ちる。
稲光はイブリースの背後に落ちて――閃光が影を引き伸ばす瞬間を、捉えた。
「久々にいくぜ、オリジナル魔法！『影縛り（シャドウテンタクルス）』――！！」
魔力を込めた右足でイブリースの影を踏む。
瞬間、影から無数の黒い触手が出現し、影の主であるイブリースへ向かって殺到した。
影を触媒に闇属性魔力で触手を生み出し操る、『影縫い』をベースに改造した魔法だ。
例によって名前は雰囲気で付けた。
影触手はイブリースの尻尾に巻き付き、その動きを阻害する。
反動の大きい影魔法だが、ガザーヴァの『負荷軽減』がそれを抑止。
若干右足がヒリつくが、無視できる範囲に収まった。
綱引きが始まる。
ガザーヴァなら負荷軽減と平行して普通に攻撃魔法とか撃てるだろうが、
手ぇ繋ぎっぱなしじゃないと俺が死ぬ。
「お、お、お、俺の傍から離れんなよガザーヴァ！この手を離すんじゃねえぞ！！」
【ヤマシタ→メインタンク。ディスペル対策にジョンと適宜交代
本体→『影縛り』でイブリースの尻尾を拘束】
-
【フューネラル・エッジ(Ⅰ)】
ロスタラガムが飛び退く――だが、もう遅い。
刃から伝わる重い手応え/生前、何度も味わった感触。
そのまま渾身の力を込めて、溶け落ちた直剣を振り抜いた。
斬撃を躱すべく飛び退いたロスタラガムの両足が、地面に触れる。
脳機能に制限されない集中力が、その瞬間を刮目する。
倒れろ、と――半ば祈るように念じながら。
そして――
『ヒューッ！ あっっっっっぶねえええええええ！！
マジで、今のはヤバかった！ 死ぬかと思ったぞお！』
ロスタラガムは残酷なまでに、あっけらかんと笑った。
『……お？』
魔力の刃はロスタラガムの頭蓋に届いた――だが、そこまでだった。
直前の回避運動/ロスタラガムの生来の頑強さ/丸みを帯びた頭蓋骨。
斬撃が滑る条件は十分に整っていた――頭蓋骨を断ち切れなかった。
ロスタラガムの額から、どくどくと血が溢れる――なんて事のない、致命傷未満。
『うっひひひひひひ……うははははははははははっ！ ははははははははははははは！！！
すっっっっげえええええ！！！ おれ、久しぶりに自分の血ぃー出たぞ！！ やっべえ！ マジでやっべええええええ！！！
オマエ、ホンット……おもしろいヤツだなぁー！』
「……ふっ。ふふ……ははは……ああ、クソ」
堪え切れず、といった調子で笑う遺灰の男。
「楽しむつもりも、楽しませるつもりもなかったんだがな」
磨き上げた戦技を惜しみなく曝け出す/たった一つの勝ち筋の為に命さえも擲つ。
そこまでしても仕留めきれない強敵――思わず笑いが零れるような死闘。
遺灰の男は――その中に包み隠せない愉悦を見出していた。
一巡目の頃からそうだった――戦う事が、ハイバラは楽しかった。
初めからそうだった訳ではない――人を/命を/知性を殺す事は恐ろしかった。
だが恐れを抱き続けるには、それは少々身近すぎた――いつしか恐れは完全に消えていた。
そして恐れが消えれば、後には練習/実践/上達――まるでゲームみたいな、それらの繰り返しが残った。
やがて――戦う事とゲームの楽しみが、頭の中で結びついた。
ロスタラガムはテュフォンを殺した――この戦いは、楽しんでいい戦いではない。
そもそも殺し合いを楽しむなんて異常な事だ――そんな事は分かっている。
それでも、一度頭の中に根付いた思考回路はもう消えてくれない。
一度死んで、残った死体すら燃え尽きて――それでも。
「……いいぜ。もっと楽しくしてやるよ」
-
【フューネラル・エッジ(Ⅱ)】
遺灰の男が狩装束のポケットを探る。
取り出したのは一本のフラスコ/内容物は血のように紅い液体。
【鬼神の呪血】――使用者の膂力/瞬発力を飛躍的に向上させる上位ポーション。
フラスコのスライム栓を指で弾く/フラスコを胸部に突き刺す。
薬液が体内に流れ込む/フラスコを引き抜く/打ち捨てる――次を取り出す。
同様の魔法薬を二本、三本、四本、体内へ注ぎ込む――エアロゾル化した薬液が全身を巡る。
灰と、霊魂と、炎だけで構築された存在は、魔法薬によって強化されるのか――されるのだ。
この世界の魔法は単に技名を唱えるだけのものではない――多様な発動形式がある。
例えば――呪文を唱えたり//特定の図形を描いたり/歌って踊ったり。
あるいは――食用に適さない薬草と虫の死骸を放り込んだ大釜を、高笑いと共に掻き混ぜたり。
魔法薬とは単なる薬物ではない――共有性/保存性に長けた、瓶詰めの魔法なのだ。
であるが故に、その薬効は非生物的な存在に対しても問題なく機能する。
〈……遺灰の方。そのポーションは〉
「生身の人間なら、同時に服用するのは三本が限界だ。だが――」
〈――その体なら、四本まで大丈夫『かも』。『未検証な上に』『根拠も特にないけど』。でしょう？〉
「……ああ、そうだ。だが――」
〈――『それでもやるしかない』。あなたの言う事考える事なんて、全部お見通しです〉
それはつまり――その薬効は、非生物的な存在も問題なく中毒死し得るという事でもある。
遺灰の男の胸部――その奥にある魂魄が、不安定に明滅/膨張/収縮を繰り返す。
ふとした拍子に破裂してしまいそうな――オーバードーズの副作用。
「……そこまで分かってるなら、わざわざ虚勢を暴かなくたっていいだろう」
〈……嫌でしたか？〉
「別に――」
〈――『そういう訳じゃないけど』〉
「……クソ。集中しろ、フラウ」
遺灰の男が追加の魔法薬を取り出す――フラウの分のフラスコを、四本。
白の触腕が一閃――フラスコを斬り裂く/魔法薬がフラウへ降り注ぐ。
ゲル状の肉体に紅い液体が浸透する/その全身が不安定に沸き立つ。
〈ふふっ……ああ、おかしい〉
「おい、もう勘弁して――」
〈あなたは決してハイバラじゃないのに。こんなに懐かしい気持ちになるなんて〉
消え入るような/虚しげな声。
「……いいから、集中しろ。さあ、やろうぜロスタラガム」
遺灰の男には――何も言えない/逃げるように、言葉の矛先をロスタラガムへと逸らす。
『今までのヤツらは、おれが本気出すとすーぐ壊れちゃってゼンゼンおもしろくなかった！』
ロスタラガムの脳天気な声――今この時だけは、それが有り難かった。
-
【フューネラル・エッジ(Ⅲ)】
「……ああ、分かるぜその気持ち。だけど、心配いらないさ」
『でも……オマエはちがうっぽいな！ んじゃァ――おれもけっこー温まってきたし！ そろそろ本気でやるかぁ！』
「次は、お前のハラワタを見せてやる――そうなっても、まだ笑っていられるか？」
顔面血塗れのロスタラガムが構えを取る/遺灰の男がそれに応じる。
刃を下向きにして敵を待ち受ける＝イタリア剣術における愚者の構え。
一見すれば無防備/実際には、その逆――遺灰の男は後の先を狙っている。
ロスタラガムが動いた瞬間、梃子の原理をもって質量なき刃を跳ね上げる心算。
つまりカウンター狙い――罠と知っても飛び込んでくる、愚者にはお誂え向きの構え。
勝ち目は――薄い。命懸けの身体能力増強など、ロスタラガム相手には気休めでしかない。
『いっくぞおーッ！！」
それでも挑まなければ勝算はゼロだと、遺灰の男は知っている。
「――来い」
そして――不意に、二人が立つ戦場を暗雲が覆った。
吹き荒れる強風/響く雷鳴/閃く稲妻――それらを構築する膨大な魔力。
瞬間、嵐が吹き荒れる――遺灰の男はその身軽さ故に踏み止まれない/大きくよろめく。
「ちっ……」
それでも――視線は眼前の敵から一切逸れない/万全な状態からでないと戦えない訳じゃない。
ロスタラガムがよろけた隙を突いてくるなら――もっと、更に大きくよろけるまで。
溶け落ちた直剣の魔力刃ならば、不安定な姿勢でも最速の斬撃が打てる。
そして極限の集中力によって遅延する視界の中を――マリスエリスが横切っていった。
「……は？」
直後に響く、ド派手な激突音――遺灰の男の注意がほんの一瞬、そちらへ逸れる。
一瞬――白兵戦の最中において命を落とすには、十分過ぎる時間。
だが――ロスタラガムはその隙を突かなかった。
より正確には、突けなかった。
『う、うわーっ！？ エリ！ エリいいいいい！？』
ロスタラガムが狼狽を露わに、岩壁に叩きつけられたマリスエリスの元へ駆け寄る。
『エリ！ だいじょぶか！？』
遺灰の男がよろけた姿勢を立て直す。
『……ッ……ぅ、ぐ……不覚、にゃ……。
まさか、『覇道』がアルフヘイムにつくなんて……賢師に申し訳が立たん……がね……』
溶け落ちた直剣の握りを正す/重心を落とす。
『どうすんだ？ エリ？』
そして大きく前へ踏み込もうとして――出来なかった。
百戦錬磨の記憶に根付く直感が告げていた――今手を出せば、やられると。
親しい仲間が傷つき、そこに生まれるものは動揺だけではない――そこには、一種の力が生まれる。
怒り/狂気/覚悟/決意/愛――そうした感情が生み出す、理不尽かつ爆発的な力が。
「それ」が自分達の専売特許だと信じるほど、遺灰の男は間抜けではない。
傷ついた相棒を守護らんとする獣に手を出すほど、愚かでもない。
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【フューネラル・エッジ(Ⅳ)】
『ここは……一旦、退却するしか……にゃあも……。
他の連中に『覇道』が『創世』の師兄についたこと……報告、しにゃぁと……。
……『異邦の魔物使い（ブレイブ）』、ここは……おみゃーさんらの勝ちとして……おく、にゃぁ……』
「……おいおい、冗談だろ？これから面白くなるってところじゃないか。逃げるつもりかよ？」
挑発――遺灰の男は正直、内心では安堵していた/だが、それを素直に見せる気はない。
『しょうがねーな。ま、いっか。けっこー遊べたしな！
おーいっ！ オマエー！
おもしろかったぞー！ またやろーぜ！ 次は負けねぇからなあー！』
「負けないだと？舐めるなよ、ロスタラガム」
遺灰の男＝半ギレ。
「これで勝ったと思うかよ、俺達が」
結果的にロスタラガムとの対決は――まず繰り出した技は全て捌き切られた。
その挙げ句に致命傷を負わされた/代わりに後遺症も残らない程度の傷を負わせた。
要するに遺灰の男の惨敗――「次は負けない」など、煽り文句にしか聞こえない程度には。
「忘れるなよ、ロスタラガム。次はお前のハラワタを見せてやる――必ずな」
射殺すような眼光で消えゆく『門』を睨みながら、遺灰の男はそう吐き捨てた。
『門』が完全に消える/遺灰の男が深く溜息を零す――なんとか、生き残った。
〈休んでいる暇はありませんよ〉
「分かってる。早いとこジョンを援護しないと――」
振り返る/その動作が一瞬強張る――業魔の剣が、ジョンを貫いていた。
それでも動揺は最小限で済んだ/不死者の視覚には見えていた。
ジョンの肉体には、まだ生命力が残っている。
それが何故か、遺灰の男には分からない――分かる必要もなかった。
『焼死体！ ボクが合わせてやる、ブチかませ！！』
「合わせてやる？その言い方、なんだか気に入らないな――」
視界の外から聞こえるガザーヴァの声/その時には、遺灰の男は既に地を蹴っていた。
ガザーヴァは回復したのか/何故/どうやって――そんな疑問も抱かない。
熟練の戦士の記憶/感性が思考回路を戦闘用に最適化する。
イブリースがジョンを蹴り飛ばす/遺灰の男がイブリースを間合いに捉える。
イブリースが業魔の剣を構え直す/遺灰の男が溶け落ちた直剣を振りかぶる。
「――俺が、合わ「させて」やるよッ！」
そして跳躍/月面宙返り――遺灰の身軽さを以ってイブリースの頭上へ。
曲芸じみた挙動の中でも、魔力の刃は地上と変わらず振る舞う。
むしろ遠心力を帯びた分だけより鋭く――弧を描いた。
真正面から迫る突撃/頭上から降り注ぐ斬撃＝互いに本命の一撃が援護として成立。
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【フューネラル・エッジ(Ⅴ)】
『ぐ！ がは……！』
手応えあり＝一巡目、立ちはだかる強敵を仕留めた時、いつも覚えた感触。
だが――イブリースは倒れなかった/確実に、会心の一撃を叩き込んだのに。
大きく後退させられながらも、両足で地面を掴み、迎撃の構えを取っている。
「流石にタフだな。だが、まだ俺達のターンは終了してない――」
『オマエとボクが組むと最強だぁ？
そんなの――あったりまえじゃんか！』
「――あー、いや。前言撤回だ。ピロートークの邪魔をするほど、俺も野暮じゃない」
実際のところ、戦場においても言葉を交わす事は重要だ。
言葉は感情を生む/そして感情は力を生む――これは論理的な話だ。
人間は暴言を受けると物事の処理能力/創造性が低下するように出来ている。
要するにポジティブな気分でいれば、その分だけ素早く/戦術的な振る舞いが可能になる。
そのメリットを鑑みれば――特等席でノロケ話を聞かされるくらいは、我慢すべきだ。
『明神オマエ、ホンット……特別だって聞いたからな！？
まだセキニンだって取ってもらってねーし！ いいか、約束だぞ！ ちゃんと守れよな！
一生だぞ！ 一生、セキニン持ってボクの面倒！ 見ろよな――！！』
「……くっ。凄まじい青春の波動だ。早いとこ切り上げてくれないと、成仏しちまうかもしれない」
とは言え――それを素面で見守っていられるかどうかは、また別次元の話だった。
『幻魔将軍……姿が見えないので、どこへ行ったものかと思っていたが。
バロールがアルフヘイムに与している以上、貴様もそちら側にいるのが道理か』
「お前……顔見知りのラブラブトークを目の当たりにした感想がそれか？神経が鋼で出来てるのか？」
『おーよ！ 今回はオマエの味方してやれねーや、ゴメンな！
てことで、とりま死ね！ 『暗撃驟雨（ダークネス・クラスター）』！！』
『『暗撃琉破（ダークネス・ストリーム）』！！』
闇の波動の応酬＝ただの牽制/仕切り直し――イブリースが業魔の剣を両手で握り締める。
『邪魔者は消え、図らずも最初と同じ状況に戻ったようだな……。
いや、そちらは幻魔将軍と覇王を加え、最初よりも戦力増強と言ったところか』
『そんでお前は加護も剥がれて翼はボロボロ、継承者共もフレに呼ばれて萎え抜けだ。
全部が振り出しに戻ったわけじゃない。そろそろ王手が見えてきたぜ』
「さっさと終わらせよう。悪いけど、今のお前と戦ってもあんまり楽しく――」
『貴様らが信用に足る存在だということを証明すると言ったな。
貴様らが勝ったら、一緒に世界を救えと。いいだろう……そこまで大きな口を叩くならば、オレに見せてみろ。
貴様らの信念を、正真正銘、世界を守りたいと願うその心の強さを！』
「――おっと？」
『随分な心変わりじゃねえか。右の頬ぶん殴られて博愛主義にでも目覚めたか？』
「冗談言っていられる状況じゃ、なくなったかもしれないぜ。明神さん」
遺灰の男が構えを取る＝注意深い仕草/目配り。
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【フューネラル・エッジ(Ⅵ)】
『だが――オレも今まで拠り所としてきたものを易々と捨て去ることはできん。
依然、オレは貴様らを殺す気で往く！ それで死ぬなら、貴様らの信念もそこまでということだ！
それを心した上で、全員！ かかってこい！！』
「かかってこい、だと？」
遺灰の声色＝警戒心を露わにして。
『ジョン！スイッチで行くぞ！！』
「……抜かるなよ、二人とも」
『ボクたちにボッコボコにやられなくっちゃ、こっちの味方になる踏ん切りがつかないってかー？
へっ！ 相変わらずの石頭だなイブリース！ ボクみたいにさっさと仲間になっちゃえばいいのにさー！
そんなんじゃ、まーたアイツに泣かれちゃうぞ？
アイツ、ボクらが魔族っぽいコトするたんびに悲しそーなカオしちゃってたもんなぁ』
「ガザーヴァ、お前も無駄話は程々にな。お前なら分かっているはず――」
『……って、アレ？』
『……アイツって……誰だっけ？』
『おいガザーヴァ、三魔将ってデュオユニットじゃなかったっけ――』
「……あのさ。その夫婦漫才、どうしても今やらないと駄目なのか？
口を挟んでしまって大変恐縮なんだけど、三魔将って言ったら――」
遺灰の男が口を噤む/言葉が出ない。
生前の記憶、その全てを思い出したはずなのに。
だが、一体何故――なんて事を考えていられる暇は、ここにはない。
『思い出話などに興味はない、此の場にあるのはただ闘争のみ！
来ぬならば、此方から行くぞ――！！』
「……いいや、お前は来ないね。だってお前――」
遺灰の男が忌々しげに/楽しげに笑みを浮かべる。
「――さっきより、ちょっとマジになってるだろ」
ゲーム的な視点で分析/分類するなら、イブリースは自己完結型の万能アタッカーだ。
高水準のステータス/高威力の剣技と攻撃魔法によってどんな相手にも有利に戦える。
パリィは、そんなイブリースの数少ない弱点だった。
威力重視の剣技/溜めの長い攻撃魔法を妨害して被ダメージを軽減。
更にその際に生じるスタン状態に攻撃を集中させる事で、ステータスの差を覆す。
理想的な戦術――だが、この戦術には一つ、絶対に欠かす事の出来ない前提が存在している。
イブリースが先手を取って攻撃し続けてきてくれなくては、この戦術は成立しない。
だがイブリースは先ほど、確かにこう言った――かかってこい、と。
先手を譲られた――先手を押し付けられたのだ。
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【フューネラル・エッジ(Ⅶ)】
『バッシュ！バッシュ！バッシュ！そして必殺のぉ――シールドバッシュ！！』
『ジョン！スイッチ！』
ヤマシタ/ジョンの2タンクは上手く機能している。
だが――それは二人がイブリースの戦い方を学習してきたからだ。
今なら、ブレイブ一行がただの獣ではないと理解したイブリースなら、それと同じ事が出来る。
いつかはジョンの卓越した格闘術も見切られる。
ヤマシタのシールドバッシュもいずれタイミングを掴まれる。
さりとて決着を急げば――今度はこちらがパリィされる側に回る事になる。
それも最悪の場合、業魔の一撃によるパリィを受ける――ポヨリンがそうなったように。
「フラウ、A-5だ。俺が行く……！」
出来る事なら、スキルのコンビネーションによる崩しで決着を付けてしまいたい。
遺灰の男がフラウの触腕を踏み台に跳躍――イブリースの頭上を取る。
閃く、伸縮自在の魔力刃/響く金属音――パリィされたのだ。
剣ではなく、兜を用いた防御術――武人の嗜み。
「ちぃ……！」
遺灰の男は空中で無防備――フラウの触腕がそれを地上へ引き戻す。
やはり単なる戦技の応酬ではイブリースは突き崩せない。
勝つ為には――ブレイブの技が必要だった。
スペル/スキルを組み合わせ――そのシナジーによって大ダメージを生み出す、コンボが。
だが――遺灰の男だけでは、それが出来ない。
一人のブレイブが死んで/燃え尽きた後に残った亡霊だけでは。
イブリースにブレイブとして勝利するには――仲間の力が必要だった。
「……ストームコーザーになっちまった二人が」
故に、遺灰の男は言葉を紡ぐ。
「今、あの世にいるのか、まだそこにいるのかは分からないけど」
仲間を――カザハを鼓舞/扇動≒コントロールする為の言葉を。
「だけど、どちらにしたって手向けが必要だろ」
心にもない言葉という訳ではない――双巫女の死は遺灰の男にとっても痛恨だった。
テュフォンもブリーズも、いけ好かないとは思っていた――だが、それだけだ。
死なねばならないような奴らではなかった――悔やんでも悔やみ切れない。
『そんなこと言われても……』
「お前の為に死んだのは間違いじゃなかったって、証明してやれ」
そんな出来事さえ戦いの為に利用する――初めての経験ではない/むしろ、慣れているとすら言える。
「アイツらの期待に応えてやるんだ」
追悼の意だけで言葉を紡ぐには、遺灰の男は今までに触れてきた死が多すぎた。
「俺には出来なかった。だけど……お前はやるんだ。手は貸してやる。下準備なら、既に済ませてある」
だが、そんな事はどうでもいい事だ。
「大量の煙を伴う上昇気流だ。上空に運ばれた煙の微粒子に、空気中の水分が吸収される。
凝結した水分は気体から液体に変化して、その結果、上空に留まれなくなる。
俺が何を言っているか、分からないか？要するに――」
どうせあの二人を弔うのは/弔えるのは、遺灰の男ではなくて――カザハなのだ。
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【フューネラル・エッジ(Ⅷ)】
「雨を呼べ。嵐を呼び覚ますんだ」
遺灰の男が空を指す――【総てを無に帰す大嵐】が終わった今もなお、暗雲に覆われたままの空を。
カザハ/カケルが空高く、その雲の中へと飛び込んでいく――遺灰の男はそれをただ見ていた。
ぽつりと、その額�
