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【TRPG】ブレイブ&モンスターズ!第七章

1 ◆POYO/UwNZg:2020/11/17(火) 11:00:24
――「ブレイブ&モンスターズ!」とは?


遡ること二年前、某大手ゲーム会社からリリースされたスマートフォン向けソーシャルゲーム。
リリース直後から国内外で絶大な支持を集め、その人気は社会現象にまで発展した。

ゲーム内容は、位置情報によって現れる様々なモンスターを捕まえ、育成し、広大な世界を冒険する本格RPGの体を成しながら、
対人戦の要素も取り入れており、その駆け引きの奥深さなどは、まるで戦略ゲームのようだとも言われている。
プレイヤーは「スペルカード」や「ユニットカード」から構成される、20枚のデッキを互いに用意。
それらを自在に駆使して、パートナーモンスターをサポートしながら、熱いアクティブタイムバトルを制するのだ!

世界中に存在する、数多のライバル達と出会い、闘い、進化する――
それこそが、ブレイブ&モンスターズ! 通称「ブレモン」なのである!!


そして、あの日――それは虚構(ゲーム)から、真実(リアル)へと姿を変えた。


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ジャンル:スマホゲーム×異世界ファンタジー
コンセプト:スマホゲームの世界に転移して大冒険!
期間(目安):特になし
GM:なし
決定リール:マナーを守った上で可
○日ルール:一週間
版権・越境:なし
敵役参加:あり
避難所の有無:なし

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342明神 ◆9EasXbvg42:2021/08/16(月) 01:41:50
踏みつけた影から迸る闇の触手が、イブリースの尻尾を縛り付ける。
ギチギチと脚の筋肉が引き攣る感覚が背筋を走るが、
同時に繋いだ手から伝わるガザーヴァの魔力が負荷を支えるように身体を包んだ。

>「離れろって言われたって離れねーし、離せって言われたって離さねーってーの!
 術の制御に集中しろよな! ほらほらぁ、どんどん魔力回していくぞォ!」

いつの間にかガザーヴァは俺の腕にしがみつき、体重を預けていた。
ボロボロのスーツ越しに伝わってくる体温。鼓動。息遣い。

「集中……集中!集中!!」

冷静に自分を俯瞰してみれば、幻魔将軍がダッコちゃんみてーに腕にへばり付いてる、
なんとも色気のねえ光景だ。俺は大丈夫。こんな鉄火場でドキドキできるほど脳みそ茹だっちゃいない。
沸騰通り越して炭化してるどこぞの焼死体とは違うぜ!

「うおおお!集中ーーーっ!!」

ガザーヴァの魔力を借りパクできてるおかげで、『影縛り』は揺らぐことなくイブリースを縫い付ける。
ただでさえドンガメの兇魔将軍は足を完全に止め、うっとおしげに俺を振り払いにかかった。

「ひひっ甘ぇよなぁ考えがよぉ……!お前がガン見すべき相手は……俺じゃねえだろ!」

>「僕を…僕達を信じる為に…いや!信じさせてやる!
 今はなにも考えず僕達だけを見ろ!!!全力で戦え!!イブリース!!」

大剣が俺を潰さんとした瞬間、ジョンが再び飛びかかった。
イブリースの先手を潰し、強引にヘイトを奪う。そのまま高速域での剣戟に移行した。
ボロボロの身体で――動くたびにジョンの四肢からは血がこぼれ落ちる。
それでも退かない。折れた骨で、傷だらけの五体で、イブリースの前に何度でも立ちはだかる。

>「もし僕が…君と相打ち覚悟で最後に切り合っていたら…今頃全員全滅してたかもしれないね。
 でもそうはならなかった。僕は信じた。剣に突き刺さってでも時間を稼いだ。…だからみんな集まった。」

俺も信じた。ジョンは約束を違えないって。
たとえ死を受け入れることがこの場の最適解であったとしても、安易になげうてるほど、こいつの命は安くない。
値段をつけたのはなゆたちゃんであり、俺たちだ。

月並みな言い方をするなら――もうジョンは、一人の身体じゃない。
ジョンは必ず生きてイブリースを抑え込む。そう信じられたから、動揺せずに次の手を打てた。

>「君を倒すのは絆の力だ。個の力では絶対に到達し得ない。
 常識や理屈を超え…損得という過程を無視した信頼から生まれる感情の力だ」

「こいつがただの数の利なら、俺たちがお前に勝てる公算はなかった。
 『絆』も『信頼』も『友情』も――ぜーんぶ火力に変えちまうのがブレイブのパワーって奴だ。
 レイドボスには釈迦に説法だったかもなぁ!」

イブリースがジョンに向けて斬撃を放たんとすれば、俺の影縛りがそいつを止める。
俺を先に消し飛ばさんとすれば、隙だらけの横っ面にジョンが手痛い一撃をぶちかます。
舞踏は続く。デッドラインに片足を突っ込みながら、軽快なタップを踏む。

だけどいつまでも踊り続けられるわけじゃない。
俺もジョンもとっくの昔にヘトヘトだし、絶望的なことにイブリースはこっちの連携に対応し始めている。
遠からず、この均衡は崩れ去るだろう。ジョンの連撃は押し返され始めていた。

>「死ぬ気で頑張りなよ。頑張れるのは生きてる奴だけだからさ
 それで…これが終わったら…一緒に行こうイブリース。僕達はもっと話し合うべきだよ」

343明神 ◆9EasXbvg42:2021/08/16(月) 01:42:58
そして――リミットが近いのは、俺たちだけに限った話じゃない。
俺とジョンが死ぬ気で稼ぎ切った時間は、確かに火力へと変換された。
見なくても分かる。背後で膨れ上がる途方も無い魔力が、誰の差配でもたらされたものか。

>「みんな!後は任せた!」

ジョンが一足先に撤退する。
俺はこの場に留まって、イブリースを拘束し続けなきゃならない。
敵前に一人取り残された現状は、ピンチにはなり得なかった。

「5ターン。今更イモ引いてくれんなよイブリース。
 俺の片手はガザーヴァの奴に占領されちまってるけどなぁ。
 ――もう片方は、お前の為に空けてあんだぜ!」

>「――来い。ミドガルズオルム」

エンバースの声に、視界の端で意識を向ければ、小瓶が宙を舞うのが見えた。
『人魚の泪』――超レイド級召喚のキーアイテム。

>「ミドガルズオルム……だと……!?」

「わはは!こいつは予想外だったか!?
 ローウェルの差配とは別の所で、俺たちだけで積み上げてきた『絆の力』だ!
 さしもレイドボスも、超レイド級の一撃に耐えられるとは思えねえなぁ!?」

>「さあ、行くぜ――ミドガルズオルムの攻撃!一切万象を過去に沈めろ!終末の海嘯!」
>「【絶対無敵の大波濤(インヴィンシブル・タイダルウェイブ)】――!!」

「加護があろうが翼があろうが関係ねえ!単純なステ差のゴリ押しだ!
 激流の藻屑になっちまいなぁ――ッ!!」

――果たして。
待てど暮らせど、ミドガルズオルムがその威力を発揮することはなかった。
巨体の影は影のまま、輪郭を溶かして消えていく。

「……あ、あれ?ミドやん……?」

召喚に失敗した?だけどエンバースに動揺した気配はない。

>「……お前はもう、俺達のやり方を知ってる」

そしてその手には、放り投げた小瓶の代わりに、半ばで溶け落ちた直剣があった。

>「――だけど、これはまだ知らなかったろ」

――直剣には、なかったはずの刃が、生えていた。
カザハ君の呼んだ雷雨が、ミドやんの齎した嵐が、
渦を巻いてエンバースの剣にまとわりつき、凝固していく。

吸い込まれるように。折れた剣の刀身を、補うように。
いつしか辺りは晴れ渡っていて、澄み切った青空の下に、一振りの長剣があった。

344明神 ◆9EasXbvg42:2021/08/16(月) 01:43:40
>「……見てるか、テュフォン。ブリーズ」

剣。あるいは――未来に賭して散っていった者たちへの、弔いの墓標。

>「見えるか、この嵐が」

超レイド級の持つパッシブ効果、フィールド属性変換。
ミドガルズオルムが出現時に周囲へ撒き散らす、嵐と激流の水属性。
環境の強引な塗り替えに費やされた膨大な魔力は、散逸することなく、すべてがエンバースの手にあった。

>「……エンバースの攻撃。目覚めろ、始原の魔剣よ。俺の声に……応えてくれ」

――アコライト防衛戦の後、俺はアジ・ダカーハとの戦いの顛末をなゆたちゃん達から伝え聞いた。
マホたんが特攻する直前、あの戦車砲でもビクともしなさそうな分厚い装甲を、いかにして破壊したのか。
エンバースが叩き込んだ一撃が、どうやって成立したものだったか。

「フィールド効果を……攻撃力に……変換した……!?」

なんだあの剣。そんな能力聞いたことねえぞ!
フィールド効果は環境の属性を強引に再定義する、いってみりゃ規模がクソでかい魔法だ。
その魔力を全部攻撃に転化できるとすれば、これまでの常識を覆すような超威力になる。
いわんや、一振りの刃にまで圧縮したそれは、超レイド級の装甲だってぶち抜けるだろう。

そしてだからこそ、そんな常軌を逸した能力は『存在するはずがない』。
バランスがぶっ壊れるからだ。神代遺物ならともかく、個人が扱えるような能力じゃない。

>「吼え猛け壊せ、渦巻き啖え!!
 此れぞ総ての障礙を撃殺する、我が終極の剣!!!!」

俺の動揺を置き去りにして、イブリースは上等とばかりに猛る。
迎え撃つは兇魔将軍の代名詞にして最強の剣技、『業魔の一撃(インペトゥス・モルティフェラ)』。
激流と波動が、水と闇が、ふたつの力が、激突する――!

>「ははッ! すっげえ!
 見ろよ明神! あの焼死体野郎、こっちの切り札なしでもイブリースに勝っちまうぞ!」

「ひひっ!エンバースの野郎!こんな奥の手を握ってやがったのかよ……!!」

激流の飛沫が弾丸のように地面を洗う。闇の波動と混ざり合った飛沫が飛ぶ。
至近距離に居る俺のところまで余波が届かないのは、ミドやんの魔力をエンバースが完全に制御化に置いているからだ。
『剣』の形に収斂した暴風雨は、ゆえに剣の振るえる範囲にのみ破壊を撒き散らす。

>「……ぐ……。ッ、は……ははッ、ははは……。ああ……強いな。実に、強い……。
 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』……これが、貴様の見せたかった……絆の、力か……」

「強えだろ、ウチのエースアタッカーは。そいつをここまで運んできた、俺たちの絆は。
 認めちまえよ、俺達が世界を救うに足りるって――」

ぶつかり合う二色の版図が、少しずつ均衡を崩していく。
蒼が。エンバースの振るう剣の光が、イブリースの波動を押し込んでいく。
行けるか……?ゴルドンの発射は一回こっきりのギャンブルだ。
そいつを使わずに勝利できるならそれにこしたことはない。

希望的観測を現実にするように、勝負が決そうとしていた――。

>「―――――ッ―――――、がああああああああああああああああああああッ!!!!!!」

刹那、イブリースが咆哮した。
苦し紛れの断末魔、ではない。総身に纏う波動がその濃度を増す。
限界が訪れたのは、エンバースでもイブリースでもなく……俺たちだった。

345明神 ◆9EasXbvg42:2021/08/16(月) 01:44:20
>「ぴぎゃっ!?」

「あがっ!!?」

『影縛り』がぶち破られて、強烈な反動を食らった。
ガザーヴァと一緒にふっ飛ばされて砂利の上を転がる。

「バカな……ガザーヴァの魔力借りてんだぞ……!」

拘束系魔法は費やした魔力の多寡で威力が大きく変わる。
同じ三魔将クラスで、しかも魔法型のガザーヴァでも抑えきれないなんてことあるか。
加えて、『影縛り』は『相手の影を踏む』って条件を付与して効果を高めてある。
それを、ディスペルもなしに単純な膂力だけで引きちぎった……?

起こった結果が信じられなくて、俺はイブリースを見た。
――『見てしまった』。

覚えたての霊視(クオリアビジョン)で視認したときよりも色濃く、鮮明に。
もはや霊視に頼らずとも見えるほどの密度で、その姿が目に映る。

「うっ……おぇ……!」

曖昧な輪郭じゃない怨霊たちの姿は、醜悪で、冒涜的で、悍ましく、禍々しい。
胃袋からせり上がってくるなにかを必死に抑え込んでいるうちに、戦いは次の段階に進みつつあった。
悍ましき怨霊たちが、イブリースの波動と混ざり合う。

>「……業魔の……一撃……(インペトゥス・モルティフェラ)――――――――!!!!!」

そして、膨れ上がった力の再激突が、目を灼いた。
視界が復旧したときにはすべてが終わっていた。

「エンバースの剣が……元に戻ってる」

半ばで溶け落ちた直剣は、普段どおりの姿で焼死体の手の中にある。
一方で、イブリースもまた、力を使い果たしたかのように膝を付いていた。
片方の角はぶち折れ、鎧も翼も四肢もズタボロだ。まともに立ち上がることすら出来ていない。

決着はつかなかった。
エンバースとイブリースは互いに必殺の威力を交換しあい、痛みを分けて、
しかしどちらも地に伏すことなく戦場に残り続けている。

だけど……こっちにはまだ二の矢がある。
『ゴールデーン・ドーン』は健在だ。ぶち当てれば勝ちっつう条件に変わりはない。
見たところイブリースは瀕死。回避だって満足には出来まい。

あと1ターン。あと1ターン凌ぎきれば俺たちの勝ちだ。
だが、残りの時間をぼっ立ちで受け入れてくれるつもりは、ないようだった。

イブリースの前に立つ人影。
金髪に碧眼、瀟洒な出で立ちの美少年。
この戦場には居なかったはずの新手の姿を、俺は知っていた。

「ミハエル・シュバルツァー……。
 ニヴルヘイムのパシリに成り下がったチャンピオンが何しに出てきやがった」

>「やあやあ、親愛なるアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』諸君……久し振りだね。
 イブリースとの戦い、実に見応えのあるものだったよ。
 まさか、君たちがイブリースを倒す一歩手前まで行くほどに強くなっていたなんて。この僕にも予想外だったな」

346明神 ◆9EasXbvg42:2021/08/16(月) 01:45:02
ミハエルは観劇帰りの貴族みてえなツラで俺たちの戦いを講評した。
何しに出てきたか。このタイミングでニヴルヘイムの人員が現れる理由なんか考えるまでもない。

>「助けに来たよ、イブリース。
 これで、以前の貸し借りは無しということでいいかな?」

――救援だ。
忌々しいことに、インチキテレポを使ったそれは、ニヴルヘイムの十八番でもある。
他ならぬミハエル自身、リバティウムで窮地に陥ったときにはイブリースが駆けつけている。
立場が逆転し、今度はミハエルが助けに来た。それだけのこと。

「よくもまあそんな強キャラっぽいツラさげて出てこれたもんだな。
 なゆたちゃんにゴッポヨなしでベチボコにされたチャンピオン(笑)がよぉ……」

苦し紛れの煽りにも、ミハエルは動じない。
どころか、たった今気づきましたよと言わんばかりに俺たちを睥睨する。

>「君たちも随分面子が変わったね。シンイチ君もモンデンキントも脱落か。
 シンイチ君と決着をつけられなかったのは残念だけれど……まあ、それも運命だ。仕方ない。
 それより――」

ミハエルの態度は、リバティウムで大規模テロ未遂かました時と変わらない。
超然的で人を食ったような、自信に満ちた振る舞い。

>「今の僕の興味の対象は君だよ、エンバース君。
 いや……むしろその剣に興味がある、と言うべきかな」

「ご指名だぜ焼死体。もう一発くれえあいつの顔面にぶち込んで見せてやれよ」

ミハエルは俺をガン無視した。

>「その剣は只の剣じゃない。勿論レアだとかレジェンダリーとか、そんな範疇で語れるものでもない。
 其れは本来この世界には存在しないもの。少なくとも今の段階では。
 “いつか生まれる筈であったもの”――だ」

「……ああ?何が言いたいんだてめえは」

輪をかけて回りくどいミハエルの言葉とは裏腹に、
俺はヤツの言わんとしていることがなんとなく理解できていた。

あるはずのないもの。
ゲームバランスを根底から覆すような、超強力なユニークアイテムの存在。

>「なぜ、君がそれを持っているんだ? レアモンスターでさえない『燃え残り(エンバース)』が。
 僕の知る限り、その剣を持っている可能性のある者はただひとり……『彼』の他はいない。
 君は……『彼』なのか?」

ミハエルは、『誰か』の影をエンバースに見ているようだった。
憶測で、あるいは確信を持って、焼死体の『生前』に見当をつけている。
エンバースの野郎は、チャンピオンが執着するようなひとかどの人物だってのか?

>……とはいえ……だ。今ここで出涸らしの君を倒したところで、それは僕の欲する勝利とは言えない。
 だからね……今日のところは預けておこう。次の邂逅が勝負の刻だ。
 それまで傷を癒し、デッキを厳選し、僕との戦いに備えておいておくれ。
 ねえ――」

347明神 ◆9EasXbvg42:2021/08/16(月) 01:45:43
ミハエルが誰と会話してやがるのか、俺には分からない。
だけど、奴が告げた名前には聞き覚えがあった。
いやさ、ブレモンに多少なりとも傾注している人間なら、その名前と、付随する事項を知らないはずがない。

>「ハイバラ」

「………………は?ハイバラ?」

思わずミハエルから目を離して、エンバースを振り仰いだ。
ハイバラ――ことブレモン界隈において、それはただの人名を意味しない。

ある事件を契機に、『日本の恥』、『日本ブレモンシーンの汚点』とも呼ばれるようになった、
いわば業界のタブーに近い存在だ。

そして事件が起こる前、そいつにはたったひとつの肩書きがあった。

――日本最強の男。

『ハイバラ』は、魑魅魍魎の跋扈する対人戦ランキングで1位を獲得し続けた、
掛け値なしに国内で最強のプレイヤーの名前だ。

「ちょっ……待て待て待て!ウソだろ?ハイバラ!?こいつが!!?
 世界大会の前にケツまくったっつう、あの――」

ハイバラの名が禁句となったのは、奴が突如として失踪したからだった。
世界大会の日本代表チームに選ばれ、国内の期待を一身に背負ったハイバラは、
だけど大会の2日前に音信不通になった。

当然界隈は大騒ぎになったけど、まぁありえないことではなかった。
なんぼ日本最強ったって、結局はゲームだ。趣味の範疇だ。
突然飽きたり、ソシャゲに廃課金すんのが馬鹿らしくなることだってきっとある。
あるいは、寝食忘れて没頭してたゲーマーが野垂れ死ぬのだって珍しくもない。

ましてやハイバラは当時、学生だった。
ゲームに没頭すんのやめて真面目に将来のこと考え始めたのかもしれないし、
期末テストの日程が大会と被っちまうなんてこともあるだろう。

バイトだってバックレるような奴がいるこの世の中で、
ゲームの集まりに急に来なくなったことがそこまで大事件になるはずもない。
無責任と言ったらそれまでだけど、まぁ仕事でやってるわけじゃねえしな。

ハイバラの失踪は、敵前逃亡としてそれはもうめちゃくちゃに叩かれまくったけれども、
待てど暮らせどその後の消息は掴めず、運営からの燃料投下も落ち着いちまった頃には、
ランキングが全員ひとつ繰り上がった結果だけを残して界隈は平常運転に戻った。

……っていうのが、一般プレイヤーとして俺が知る限りの『ハイバラ』だ。
そんな逃亡した元日本代表の成れの果てが、エンバースだってのか?

一定の信ぴょう性は、ある。
ハイバラの『失踪』が、単なる敵前逃亡じゃなくて、俺と同じような異世界転移だとしたら。
ブレモン運営が血眼になって探しても見つけられなかったっつうのも頷ける。

ついでに言えば、公式大会の動画で見たことのあるハイバラと――エンバースは、似ている。
皮肉屋で傲岸不遜、どんなピンチでも態度を変えず、笑えないユーモアで煙に巻く。
そんな立ち振舞は、ハイバラのそれをあまりに彷彿とさせる。

348明神 ◆9EasXbvg42:2021/08/16(月) 01:49:14
そして、エンバースの持つユニーク効果持ちの剣。
こいつは風の噂だが、超高難度レイドを最速でクリアしたハイバラは、運営から特別なアイテムを貰ったらしい。
ミハエルの言う『存在しないはずの剣』がそれに当たるのであれば、
エンバースの出自をますます裏付ける根拠になる。

「……マジかよ。生きてたのか、『賢人殺し(トート・デス・ヴァイゼン)』」

いや、生きてるとは言い難いけどさぁ。
俺ぁてっきり大会前に張り切りすぎてメシ食うの忘れたもんだと思ってたが。
なんの因果か、雲の上の存在だった日本最強の男が、目の前に居る。

全世界1000万人、日本国内でも100万人は下らない規模でプレイしてるこのゲームで、
ランキング1位は尋常な所業じゃない。
俺たちが手も足も出なかったさっぴょんは対人ランク14位だ。
60対4を制する親衛隊の、さらに最強のプレイヤーですら、14位。
ランクマってのはそういう世界だ。

>「イブリースは連れて行くよ。まだ彼にはやって貰わなきゃならないことがあるからね。

突然開陳された驚愕の事実に唖然としているうちに、ミハエルはイブリースの回収を始めていた。

「てめえ!人の頭の上で勝手に話進めんなってリバティウムでも言っただろうが!
 逃がすわけねえだろ、まだそいつとも話はついてねえぞ!!」

ミハエルの背後にいつもの『門』が出現する。

「信号機共!ゴルドン撃て!!あの『門』をぶっ壊せ!!」

口から泡を飛ばしながら指示するが、まだチャージは終わっていない。
スターズは極大魔法行使に係る極度の集中状態で、まともに声も届きやしない。

>「その代わりと言っては何だけど、ひとつだけ君たちに役立つ情報を提供してあげよう。
 侵食についての手掛かりが欲しいんだろ? 聖都エーデルグーテへ行きたまえ。
 そこに、君たちの知りたい情報があるはずさ」

「眠てえこと抜かしてんじゃねえぞチャンピオン!
 この期に及んでおつかいだと?ジジイの真似事でもしてるつもりか?
 今!ここで!イブリースの野郎から話を聞かせろ!」

背中にどれだけ罵声を浴びせても、ミハエルは振り返らない。

>「尤も、知りたい情報が望んだ内容と必ずしも合致するとは限らない。
 君たちにとって“知りたくなかった情報”になってしまうかもしれないけれど、ね。
 『事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである』――
 それではまた会おう、諸君。フフ……」

「お前はそれで良いのかイブリース!信念だの何だの抜かしてた野郎が……
 劣勢になったら王子様に抱っこされて逃げんのがてめえの望んだやり力か!?」

最早呪詛に近い俺の言葉は、『門』に阻まれて虚空に消えた。
あとには何も残らない。よく晴れたフルス水系の中洲に、川を流れる水音が戻って来た。

「く、そ、がぁぁぁぁぁっ!!!」

砂利に拳を叩きつける。
腹の底に溜まっていた熱を全部吐き出して、ようやく頭が少しずつ冷えてきた。

349明神 ◆9EasXbvg42:2021/08/16(月) 01:49:48
「……ここを出るぞ。やらなきゃなんねえことは山程ある」

立ち上がって、この戦いを生き残った仲間たちを振り仰いだ。

「スターズ共は撃ち方やめ。キマイラの翼でグランダイトの本陣まで飛んでくれ。
 当初の目的――覇王との同盟を最後まで終わらせよう。
 ジョンの傷をちゃんとした軍医に見せたい。なゆたちゃんもそろそろ目が覚めてるかもしれないしな」

形はどうあれ、テンペストソウルの献上という条件は果たした。
バロールがどういう協同体制をとるつもりかは知らんが、覇王軍の協力はこれで得られる。

「……エンバース。ミハエルの言ってた、お前がハイバラっつうのはマジの話か?
 その剣のことも含めて、お前がどうやって焼死体になっちまったのか、そろそろお前の口から聞きたい。
 なゆたちゃんと合流したら話せよ。どうせまた長旅だ、ゆっくりでいいからさ」

ミハエルの野郎に従うのも忌々しいが、エーデルグーテに行くのは元々の路線と合致してる。
グランダイトと対を為す第三勢力、『永劫の』オデット。
こいつともナシを付けなきゃならないだろうからな。

それに、ポヨリンを失ったなゆたちゃんの今後も考えなきゃならない。
このまま旅に連れて行くより、石油王と一緒に王都に居たほうが安全ではある。
だけど、自衛手段のない状態でバロールの元に居るのは本当に大丈夫なのか?

「それから――カザハ君……カザハ君だよな?またイメチェンしてっけど」

なんか前より人間っぽい見た目になってる。
こいつメガネなんて付けてたっけ。まぁカザハ君だしな。いつものことよ。

今回の俺達の目的は、覇王軍と同盟を締結すること。
そして、シルヴェストルと覇王軍の激突を止めること。
前者は達成できたが、後者は完璧にこなせたとは言い難い。

テュフォンとブリーズ――現当主の二人を犠牲にして、俺達は生き延びた。
グランダイトの協力を得られたのも、彼女たちが命を捧げたからだ。
当主を失ったシルヴェストルの里がこの先どうなっていくのか、予想はつかない。

お家騒動でも勃発するのか。
また別のレクステンペストが出現して、穏やかに代替わりが進められるのか。
あるいは、現レクステンペストのカザハ君をどうにかして当主に据えるのか。
部外者の俺たちに手出しできる部分は多くはないが、それでも――

「あの二人のことを、俺は忘れない。
 死んだら消えるシルヴェストルに墓なんて文化があるかもわからんが……
 テュフォンとブリーズが俺たちの為に死んだのなら、俺達のやり方で弔うべきだ」

墓標を建てるのでも良い。花を添えるのでも良い。
当主を欠いた里のゴタゴタが落ち着くまで面倒見るのもやぶさかじゃない。
次期当主としてカザハ君の即位を要求されたら、まぁそのときは、殴り合いになるかもしれないけど。

「テュフォン。ブリーズ。……ポヨリン。
 諸々の事後処理が終わったら、旅に出る前に、居なくなっちまった連中を悼もう。
 先のことを考えるのは、それからで良いはずだ」

【終戦。ミハエルににげられてキレる。同盟締結へ】

350embers ◆5WH73DXszU:2021/08/23(月) 04:28:28
【スリーピング・デッドマン(Ⅰ)】

『吼え猛け壊せ、渦巻き啖え!!
 此れぞ総ての障礙を撃殺する、我が終極の剣!!!!』

「……エンバースの攻撃。目覚めろ、始原の魔剣よ。俺の声に……応えてくれ」

振り下ろされる魔剣――蒼き魔力の刃が龍のごとく唸る/奔る。
襲い来るイブリースの秘剣を/闇色の波動を迎え撃つ――せめぎ合う。
激突/相殺し合う強大なエネルギーは――しかし、完全には拮抗していない。

『ご……お……ぉ……!!』

蒼の魔力刃が闇の波動を押し返す/一層強く輝きを放つ。
ダインスレイヴの刃は更に勢いを増していた――増し続けている。
激突/相殺/飛散した双方のエネルギーをも、再び己が刃として喰らいながら。

「やれる……やれるぞ……!俺にも――――ッ!」

――エンバースみたいに。ハイバラみたいに。

〈……馬鹿〉

勝負の途中で勝ちを誇る――その油断を、フラウが謗る。

『―――――ッ―――――、がああああああああああああああああああああッ!!!!!!』

瞬間、イブリースが吼えた――呼応するように、その巨体から溢れ返る怨霊。
押し込まれつつあった業魔の一撃が息を吹き返す――湧き立つ怨念を宿して、荒れ狂う。
ダインスレイヴが押し返される/抗えない――遺灰の男の両足が、その場に踏み留まれず後方へ滑る。

「くっ……させるかよ!もう一度……押し返してやる!俺にも……俺にだって――――――ッ!」

『……業魔の……一撃……(インペトゥス・モルティフェラ)――――――――!!!!!』

「頼む……!ダイン……スレイヴ――――――――!!!」

刹那、光が爆ぜた――絶大なエネルギーが奔流と化して解き放たれた。
それは――ダインスレイヴが本来示すべき光景/権能ではなかった。
魔力を収斂し刃とする魔剣が、その力を解き放つ意味はない。

つまり――遺灰の男はダインスレイヴの真の性能を引き出せなかった。
それでも超レイド級が生み出した莫大な魔力は、辛うじて業魔の一撃を相殺した。
そして――そこに生じた余波=制御不能な破壊力を、イブリース/遺灰の男は全身に浴びる事になった。

イブリースの角は片方が折れ/翼は引き裂け/鎧も砕け/血塗れの様相。
遺灰の男も頭部が七割消し飛び/左腕はひび割れ/胸部の魂核は剥き出しの状態。
互いに、これ以上の戦闘続行は不可能――つまり、イブリースにとっては詰みの状況となる。

何故なら異邦の魔物使い一行にはまだ、本来の勝ち筋=【黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)】がある。
イブリースが既に戦闘不能である以上、スターズのチャージ完了と共に勝負は決まる――その筈だった。

遺灰の男の頭部が緩慢に再生していく/両目と共に吹き飛んだ視界が回復していく。
膝を突くイブリースの姿に――遺灰の男は安堵する事が出来なかった。
その隣に、誰かがいる――今までいなかった誰かが。

完全に復調した視界の中を、陽の光を紡いだような金髪が踊った。
その誰かを、遺灰の男は知っていた――エンバースの記憶に鮮明に残っていた。
ハイバラの記憶にだって残っていた――どんなレアモンスターよりも、焦がれた強敵として。

351embers ◆5WH73DXszU:2021/08/23(月) 04:30:03
【スリーピング・デッドマン(Ⅱ)】

『やあやあ、親愛なるアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』諸君……久し振りだね。
 イブリースとの戦い、実に見応えのあるものだったよ。
 まさか、君たちがイブリースを倒す一歩手前まで行くほどに強くなっていたなんて。この僕にも予想外だったな』

「……今更何しに来たんだ?まさかチャンピオンともあろうお方が、キル・スティールを狙っていたのか?」

意図の明け透けな挑発――だが、これが今の遺灰の男に出来る唯一の抵抗。

『助けに来たよ、イブリース。
 これで、以前の貸し借りは無しということでいいかな?』

幸い、ミハエルは攻撃の意思を示さなかった――挑発が機能した訳ではないだろうが。

『君たちも随分面子が変わったね。シンイチ君もモンデンキントも脱落か。
 シンイチ君と決着をつけられなかったのは残念だけれど……まあ、それも運命だ。仕方ない。
 それより――』

遺灰の男を捉える、碧の眼差し。

『今の僕の興味の対象は君だよ、エンバース君。
 いや……むしろその剣に興味がある、と言うべきかな』

「……ああ、これか。イカしてるだろ?この傷んだ感じが逆にヴィンテージっぽさを――」

『その剣は只の剣じゃない。勿論レアだとかレジェンダリーとか、そんな範疇で語れるものでもない。
 其れは本来この世界には存在しないもの。少なくとも今の段階では。
 “いつか生まれる筈であったもの”――だ』

「……なんの事だか、さっぱり分からないな」

『なぜ、君がそれを持っているんだ? レアモンスターでさえない『燃え残り(エンバース)』が。
 僕の知る限り、その剣を持っている可能性のある者はただひとり……『彼』の他はいない。
 君は……『彼』なのか?』

「――ああ、そうだ。俺がその『彼』だ。或いは『ジョン・ドゥ』かもしれないし、もしかしたら『例のあの人』かも?」

『だとするなら、すべての謎は解ける。納得も行く。
 ローウェルは肝心なことに対してはだんまりだからな……でもいい、いいさ。そんなことは些末事だ。
 君がもし『彼』の成れの果てだというのなら、そんなに楽しいことはない!
 ミズガルズ……地球ではつけられなかった決着をここで着けることができるのだから!』

「なんだ、今度のミハエル劇場は名探偵ごっこが演目なのか?テロリストよりかはマシだけどさ」

『地球で君が突然失踪したときは、本当に無念に思ったものさ。
 君を倒さない限り、僕は本当の世界最強にはなれない。衆人環視の中で君を完膚なきまでに叩きのめすことで、
 僕は初めて真の最強を名乗れる……そう信じて疑わなかった。その気持ちは今も変わらない。
 ……とはいえ……だ。今ここで出涸らしの君を倒したところで、それは僕の欲する勝利とは言えない』

「やめておけよ。知らないなら教えてやるけど、お前はゲーマーであって、シャーロック・ホームズじゃないんだぜ」

『だからね……今日のところは預けておこう。次の邂逅が勝負の刻だ。
 それまで傷を癒し、デッキを厳選し、僕との戦いに備えておいておくれ。
 ねえ――』

「素人が得意げに推理をお披露目したって、恥を掻くのが――」

『ハイバラ』

「…………ああ、クソ。少しは人の話を聞いたらどうなんだ、ホームズ」

思わず零れる、黒煙混じりの溜息――ハイバラとしても/遺灰の男としても。

352embers ◆5WH73DXszU:2021/08/23(月) 04:32:44
【スリーピング・デッドマン(Ⅲ)】

『………………は?ハイバラ?』

「ええと、あー……待って下さいよ。こんな穴だらけの推理を信じるつもりで――」

『ちょっ……待て待て待て!ウソだろ?ハイバラ!?こいつが!!?
 世界大会の前にケツまくったっつう、あの――』

「……ああ。やっぱり「そういう感じ」になってるのか」

再び、黒煙混じりの溜息。

『僕より先に『転輾(のたう)つ者たちの廟』をクリアした者が現れたと聞いたときは、耳を疑ったよ。
 まさかこの僕を出し抜く者がいるなんてね。だからこそ、僕は君と戦うのを楽しみにしていた。
 それが失踪なんてつまらない理由で中止になってしまったときは、心底がっかりしたけれど』

「……俺と戦って負けるのを楽しみにしてたのか?おかしなヤツだな」
 
『やっぱり、君と僕とは戦う宿命にあったみたいだ……ははッ!
 『人は賞讃し、あるいはけなす事ができるが、永久に理解しない』――
 闘いこそ、互いを理解する最上のコミュニケーションツールなのさ!』

「いいや、違うね。お前は間違ってる――――えっと、なんだったっけな……ああ、思い出した。
 『人が意見に反対する時は大体その伝え方が気に食わない時である』
 ……いや、これはなんか、ちょっと違うか」

ニーチェの引用――たまたま覚えていたという訳ではない。
いつかミハエルと相見える時を夢見て、予習していた名残。

『イブリースは連れて行くよ。まだ彼にはやって貰わなきゃならないことがあるからね』
『てめえ!人の頭の上で勝手に話進めんなってリバティウムでも言っただろうが!
 逃がすわけねえだろ、まだそいつとも話はついてねえぞ!!』

「……よせ、明神さん。自慢じゃないが、今の俺はなんの戦力にもなれないぞ」

『その代わりと言っては何だけど、ひとつだけ君たちに役立つ情報を提供してあげよう。
 侵食についての手掛かりが欲しいんだろ? 聖都エーデルグーテへ行きたまえ。
 そこに、君たちの知りたい情報があるはずさ」

「ああ、そりゃ助かるな……なにせバロールは肝心な事に対してはだんまりだからな」

『尤も、知りたい情報が望んだ内容と必ずしも合致するとは限らない。
 君たちにとって“知りたくなかった情報”になってしまうかもしれないけれど、ね。
 『事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである』――
 それではまた会おう、諸君。フフ……』

「――なんだ、フレンド登録はしてくれないのか?つれないんだな、チャンピオン」

ハイバラなら、きっとこんな事は言わなかった。
ハイバラなら――きっとこの状況でも大言壮語を欠かさなかった。
今、俺を倒しておいた方がいいぜ。お互い万全なら俺が負ける訳がないからな――なんて事を。

遺灰の男には、それが言えなかった――その言動に釣り合うだけの成果が、自分に期待出来なかった。

『く、そ、がぁぁぁぁぁっ!!!』

明神が怒声を上げる――声は谷間で少し反響して、すぐに川の流れる音に飲まれて消えた。
遺灰の男が膝を突いたまま、悔しげに拳を地面に叩きつける――強烈な自己嫌悪を込めて。
俺が俺じゃなかったなら、ハイバラだったなら――そんな考えが、頭の中で渦巻いていた。

353embers ◆5WH73DXszU:2021/08/23(月) 04:33:54
【スリーピング・デッドマン(Ⅳ)】

『……ここを出るぞ。やらなきゃなんねえことは山程ある』

「……ああ、そうだな。しょぼくれてる暇はない」

それでも、それを態度には出さない/出せない――悟られる訳にはいかない。
自分がハイバラ/エンバースの形をしているだけの、偽物に過ぎないなどと。

『スターズ共は撃ち方やめ。キマイラの翼でグランダイトの本陣まで飛んでくれ。
 当初の目的――覇王との同盟を最後まで終わらせよう。
 ジョンの傷をちゃんとした軍医に見せたい。なゆたちゃんもそろそろ目が覚めてるかもしれないしな』

遺灰の男は何も言えない――少女が目を覚ましていたら、どうすればいいか。
ハイバラの記憶にも/エンバースの記憶にも、紡ぐべき言葉は見つけられなかった。
パートナーを失ったブレイブなら何度も見てきた――それらを励ました/操った事もある。

だが――今回ばかりは、何を言えばいいのか分からなかった。

『……エンバース。ミハエルの言ってた、お前がハイバラっつうのはマジの話か?
 その剣のことも含めて、お前がどうやって焼死体になっちまったのか、そろそろお前の口から聞きたい。
 なゆたちゃんと合流したら話せよ。どうせまた長旅だ、ゆっくりでいいからさ』

「流石に、この流れでだんまりを決め込むつもりはないさ。だけど――聞いてて楽しい話じゃないぜ」

『それから――カザハ君……カザハ君だよな?またイメチェンしてっけど』
『あの二人のことを、俺は忘れない。
 死んだら消えるシルヴェストルに墓なんて文化があるかもわからんが……
 テュフォンとブリーズが俺たちの為に死んだのなら、俺達のやり方で弔うべきだ』

遺灰の男は何も言わない――ハイバラの記憶/感性が追悼について語る事を望まなかった。
かつてハイバラは数え切れないほどの命を奪った――自分と同じ被召喚者でさえ。
今更、自分が誰かを弔うなどと――余りに白々しくて口に出せなかった。

『テュフォン。ブリーズ。……ポヨリン。
 諸々の事後処理が終わったら、旅に出る前に、居なくなっちまった連中を悼もう。
 先のことを考えるのは、それからで良いはずだ』

「……先の事、か」

それに――遺灰の男には考えるべき事があった。
自分は確かにハイバラの記憶――その全てを思い出した。
だと言うのに、ハイバラに/エンバースに戻る事は出来なかった。

今までより格段に上手くやれるようにはなった――それでも、まだ足りない。
ミハエル・シュヴァルツァーは間違いなく世界最強のプレイヤーだ。
スペルも使えないブレイブもどきが勝てる相手ではない。

むしろ――スペルが使えたとしても/ハイバラの記憶があっても、遺灰の男はミハエルに勝てる気がしない。
ランクマッチから統計されたデータでは、ミハエルが勝利までに必要とする平均ターン数は――僅か4ターン。
つまり――【ぽよぽよ☆カーニバルコンボ】はおろか【もちもち♪アドバンスコンボ】ですら遅れを取る事になる。

コンボ/シナジーでカードの効果を高めるブレイブ&モンスターズの中で、それは異次元と呼べるほどの強さだった。
他にも――2ラウンド先取の1v1形式で対戦した場合、ストレート勝ちの比率は実に8割を超えている。
残る2割弱もミハエル専用の特攻デッキなどが相手で、しかも結局勝利しているのだ。

そういった逸話は枚挙に暇がない――兎角、ミハエル・シュヴァルツァーは正真正銘の生ける伝説なのだ。

「……なあ。いつまで寝てるつもりだよ、ハイバラ」

遺灰の男=縋るような呟き。

「一度目は敵前逃亡。次は替え玉に出場させる気か?クソカッコいい二つ名が泣いてるぜ」

返事は聞こえない――ハイバラの幻覚は、やはりどこにも現れなかった。

354ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/08/26(木) 22:09:56
「くうっ…」

かっこいいセリフを吐いて…かっこよく退場したものの僕の体は限界だった。
傷そのものは塞がっていても…血をあまりにも失いすぎた。

「もっと距離を…」

ゴールデンドーン発動まで時間がない。エンバースは僕の事を多少考慮してくれるかもしれないが…あれは別だ。
指定した場所に全力で撃つことしかできない大技中の大技…早く避難しなくては…。

しかし。僕の体がそれ以上動く事はなかった。

ゴアッ!!!!

聞いたことのない…正直聞きたくない音が聞こえた。次の瞬間
そう…映像でしか見た事聞いたことないが…超大型の爆弾が爆発したような…いや、そんなちゃちなもんじゃない…それを遥かに超える衝撃波が僕と森を襲った。

僕はただ姿勢を低くし、耐える事しかできなかった。

「静かになった…終わった…のか?」

ゴールデンドーンを待たずに…エンバースがイブリースを倒したのか?それはよかった!
僕は喜んだ。仰向けになり、空に手を伸ばした。終わったのだ!勝ったのだ僕達は!…犠牲はでてしまったけど。

イブリースも加われば世界を救う事も絵空事じゃないかもしれない。
僕とイブリースは別途に話をつけなきゃいけないけど…それでも前に進んだ事は喜ぶべきだ。

ゾクッ

不吉な予感を感じた。

全てが順調なはずな今この時…イブリースのほうから…圧倒的な悪い予感が伝わってきた。

「行かなくては…!」

僕は正真正銘最後の力を振り絞って来た道を戻った。

勘が外れていますように…と祈りながら

355ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/08/26(木) 22:10:08
映画や漫画、あらゆる創作物でとあるセリフがでてくる…どうして悪い勘はこんなにも当たるのか、と。

>「……業魔の……一撃……(インペトゥス・モルティフェラ)――――――――!!!!!」

イブリースは禍々しいオーラ…怨霊を纏わせ先ほどまで言葉を交わしていたイブリースとはまるで別人だった。
怨霊達は周囲を巡り、言葉のようななにかを垂れ流しながら近寄る者全ての恐怖させる。

イブリースは…負け際にこんな苦し紛れな暴れ方をする男ではない。
そもそも目は光を失い、イブリース本人もぶつぶつとなにかを呟いている。

「なんでこん…な」

僕は膝から倒れる。血を失いすぎた状態で全力疾走したからもある。でも一番は目の前の惨状を…受け入れられなかった。

>「やあやあ、親愛なるアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』諸君……久し振りだね。
 イブリースとの戦い、実に見応えのあるものだったよ。
 まさか、君たちがイブリースを倒す一歩手前まで行くほどに強くなっていたなんて。この僕にも予想外だったな」

「お前か…!お前のせいか…!」

僕の体が自由に動いたなら今すぐ黙らせようと襲い掛かっていたかもしれない。
しかし体は地面に倒れたまま動かない。頭だけを上にあげ…にらみつける事しかできなかった。

>「ミハエル・シュバルツァー……。
 ニヴルヘイムのパシリに成り下がったチャンピオンが何しに出てきやがった」

ミハエル…シュバルツァー…聞いたことがある…対人好きプレイヤーなら…いや全プレイヤーしっている名前…。
世界王者。そのお手本として動画で参考にしたプレイヤーは多いと聞いた。僕は支援専門だったから動画こそ見た事ないが…名前くらいは知っている。

違う!今はそんな事より

「お・・・まえ…イブリースに・・・一体なにを…?」

>「君たちも随分面子が変わったね。シンイチ君もモンデンキントも脱落か。
 シンイチ君と決着をつけられなかったのは残念だけれど……まあ、それも運命だ。仕方ない。
 それより――」

僕に視線を一切向ける事なく…ミハエルは言葉をつづける。

>「今の僕の興味の対象は君だよ、エンバース君。
 いや……むしろその剣に興味がある、と言うべきかな」

僕やカザハ…明神でさえも…今、目の前にいる男の視界には映っていなかった。
眼中にない…相手にしていない…プレイヤーが弱いモブをスルーするように……この男は…言葉では褒めているが…エンバース以外の全てを…気にしてない。

そして実際倒れる事しかできない僕は…無力感に苛まれた。
イブリースは再び憎悪に狂い、僕は地面に倒れ伏す事しかできない。

惨めだった。僕はただ…悔しがる事しかできなかった。

356ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/08/26(木) 22:10:22
>「地球で君が突然失踪したときは、本当に無念に思ったものさ。
 君を倒さない限り、僕は本当の世界最強にはなれない。衆人環視の中で君を完膚なきまでに叩きのめすことで、
 僕は初めて真の最強を名乗れる……そう信じて疑わなかった。その気持ちは今も変わらない。
 ……とはいえ……だ。今ここで出涸らしの君を倒したところで、それは僕の欲する勝利とは言えない。
 だからね……今日のところは預けておこう。次の邂逅が勝負の刻だ。
 それまで傷を癒し、デッキを厳選し、僕との戦いに備えておいておくれ。
 ねえ――」

ミハエルは早口で捲し立てる。好きな物を自慢する子供のような。共通の話題を得たオタクのような。
目を輝かせ、楽しみにアップデートを待つ…ゲーマーを具現化したような存在だった。

そしてそのお楽しみの先に…ミハエルの目には…

>「ハイバラ」

>「ちょっ……待て待て待て!ウソだろ?ハイバラ!?こいつが!!?
 世界大会の前にケツまくったっつう、あの――」

もはやブレモンだけに留まらず全国の話題になった集団失踪事件…。
大会の直前なんの前触れもなしに、出場予定だった日本チームが失踪し
ブレモン運営だけではなく、日本の警察までもが捜索に駆り出された…しかし結果は行方不明。

学生だったこともあり…その後ブレモンだけではなく公に名前を口に出すことがタブーになった事件である。

その一人……しかもそのチームの中でも知名度が群を抜いて高いハイバラ…その人が

>「……ああ。やっぱり「そういう感じ」になってるのか」

驚きの連続え頭がついてこない…だけどイブリースがハイバラだからなんだ。僕達の仲間には変わりがない。
僕達が今考える優先するべき事はイブリースをどうするか!目の前のこいつをどうするかだけだ。

>「僕より先に『転輾(のたう)つ者たちの廟』をクリアした者が現れたと聞いたときは、耳を疑ったよ。
 まさかこの僕を出し抜く者がいるなんてね。だからこそ、僕は君と戦うのを楽しみにしていた。
 それが失踪なんてつまらない理由で中止になってしまったときは、心底がっかりしたけれど。
 やっぱり、君と僕とは戦う宿命にあったみたいだ……ははッ!
 『人は賞讃し、あるいはけなす事ができるが、永久に理解しない』――
 闘いこそ、互いを理解する最上のコミュニケーションツールなのさ!」

一方混乱する僕達を尻目に…ミハエルは身を捩り自分の世界に浸っていた。

「こ…のいかれやろ…」

ゲームの世界ならともかく…この世界で戦うという言葉の意味を理解していないわけがない。
痛いし、血も流れるし…なにより死ぬ事だって全然あり得るのだから。

それを楽しみなんて…ゲームを始めて買ってもらった子供のように喜ぶなんて…気が狂ってるとしかいいようがない。
もしくは自分は怪我しない・死なないと思ってる正真正銘の馬鹿か…どっちにしろまともじゃあない。

357ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/08/26(木) 22:10:32
>「イブリースは連れて行くよ。まだ彼にはやって貰わなきゃならないことがあるからね。
 その代わりと言っては何だけど、ひとつだけ君たちに役立つ情報を提供してあげよう。
 侵食についての手掛かりが欲しいんだろ? 聖都エーデルグーテへ行きたまえ。
 そこに、君たちの知りたい情報があるはずさ」

>「眠てえこと抜かしてんじゃねえぞチャンピオン!
 この期に及んでおつかいだと?ジジイの真似事でもしてるつもりか?
 今!ここで!イブリースの野郎から話を聞かせろ!」

「ま…て」

消えるような声しかでない。無理をした全ての代償が今一気に僕の体に襲い掛かる。
少しでも目をつぶってしまえば…気をやってしまいそうだ

>「尤も、知りたい情報が望んだ内容と必ずしも合致するとは限らない。
 君たちにとって“知りたくなかった情報”になってしまうかもしれないけれど、ね。
 『事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである』――
 それではまた会おう、諸君。フフ……」

言いたい事だけ言い残すと…ミハエルとイブリースは門の向こうへと消えた。

>「く、そ、がぁぁぁぁぁっ!!!」

明神の怒鳴り声が空しく響き…そして森の奥えと消えていった。

>「……ここを出るぞ。やらなきゃなんねえことは山程ある」
>「……エンバース。ミハエルの言ってた、お前がハイバラっつうのはマジの話か?
 その剣のことも含めて、お前がどうやって焼死体になっちまったのか、そろそろお前の口から聞きたい。
 なゆたちゃんと合流したら話せよ。どうせまた長旅だ、ゆっくりでいいからさ」

>「流石に、この流れでだんまりを決め込むつもりはないさ。だけど――聞いてて楽しい話じゃないぜ」

誰もいなくなった森に用はない…全員での撤退が始まる。

「クソ…」

まただ…またなにもできなかった!ロイの時だって!なゆの時だって!イブリースだって!
どんなに覚悟決めて!かっこつけても!なにも得られない!なんの助けにもならない!

僕には…なんにも成せない…どんな顔でこのなゆに会えばいいんだ?

わからない

わからないよ…

「僕は…僕は…あまりにも…弱い……」

担がれ…撤退しながら…うわ言のようにこの言葉を連呼するしか…僕にはできなかった。

358崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/09/17(金) 23:51:10
戦闘は終了した。
金獅子ミハエル・シュヴァルツァーの乱入によって兇魔将軍イブリースとの決着はつかずじまいだったが、それでも。

「おぉーい!! せっかく『黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)』発射の準備ができたってのに、お役御免かよォ!」

「――骨折り損のくたびれ儲け――」

「ま……まぁまぁ、ルブルムちゃんセルリアちゃん〜。あれはわたしたちの身体にも負担が掛かっちゃうからぁ〜。
 撃たないで済むなら、撃たないのが一番だよぉ〜。
 勝手に撃てば、マスター・ゴットリープにも怒られちゃうしぃ〜……」

デスティネイトスターズの三人娘が口々に言う。
ルブルムとセルリアは『黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)』を発動し格好良くイブリースを葬りたかったようだが、
フラウスは『大秘儀(アルス・マグナ)』使用の危険性をよく理解しているようだった。
『黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)』は威力がありすぎる。
発動させれば確かにイブリースは倒せたかもしれないが、きっとその余波は周辺の地形をも変えてしまっていただろう。
スターズがコキュートスに対して使用したときは、周りに何もない開けた氷原であったから被害がなかった。
地形の起伏が激しいタマン湿生地帯で放てば、生態系などに甚大な被害が出ていたはずだ(主にマツタケマンなど)。
だからフラウスの言う通り、撃たなくていいなら撃たないに越したことはないのである。
フラウスに宥められ、ルブルムとセルリアは渋々といった様子で納得した。

「……えと。
 黙って勝手にいなくなっちゃって、ゴメンなさい……」

明神の影に隠れながら、ガザーヴァがぽそぽそと『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちに謝罪する。
ゲームの中ではどれほどの悪事を重ねても、恬として羞じず開き直っていた悪役オブ悪役のガザーヴァであったが、
ここではきちんと謝っている。――明神の手前ということもあるのだろうが。

「だって。……特別になりたかったんだもん。
 ソイツばっか特別扱いされてさ。特別だー、風精王の器だーってチヤホヤされてさ。
 ボクとソイツは同じはずなのに……。それが悔しかったんだ。
 テンペストソウルがあれば、ボクもソイツみたいになれるかなって……思っちゃったんだもん」

明神の背に隠れつつ、ぎゅっとジャケットの裾を握りしめる。
風精王の魂、テンペストソウル。
それさえ手に入れれば、ガザーヴァもレクス・テンペストになれると思っていた。カザハと同列の存在に。
カザハへのコンプレックスが自身のアイデンティティの大半を占めるガザーヴァにとって、それは死活問題だった。
必ず克服しなければならない課題だった。宿命だった。
だが、もうそれは永遠に叶わない。
この世界に現存するテンペストソウル、テュフォンとブリーズの魂は、今は覇王グランダイトの掌中にある。

「でも……もういいや。レクス・テンペストになれなくたっていい。
 ボクのこと、特別だって。一生一緒だって言ってくれるひとを見つけたから。
 明神がボクのことを特別だって言ってくれるなら……ボクはもう、それだけでいいんだ」

バロールによってカザハのコピーとして生み出され、失敗作と断じられたガザーヴァは、
ずっと愛に飢えていた。誰かに愛して貰えることを、誰かの特別になれることを欲した。
コピーでなく、オリジナルの何かを得ることを望んでいた。カザハが持たない、自分だけの何かを。
そして、今ガザーヴァの心の中にはそれがある。求めてやまなかったものがある。
紛れもないオリジナル。明神とガザーヴァの間だけに繋がれた、絆が。

……それはそれとして。

「ええと。そちらの方……今、テンペストソウルを用いればレクス・テンペストになれるって仰いました?」

フラウスが不意に話題に入ってくる。

「そーだよ。でももうテンペストソウルはなくなっちゃったし、仮にあったってボクはもう――」

「あ? んなワケねーだろ。テンペストソウルが百個あったって、オメーはレクス・テンペストにゃなれねーよ」

「……どーゆー意味さ」

ルブルムににべもなく否定され、ガザーヴァは明神の背に隠れたままむっとした表情を浮かべた。
いくらもう目論見を捨てたとはいえ『お前には無理』と問答無用で否定されていい気はしない。
しかし、スターズのその言葉には確かな裏付けがあったのだ。

「――見たところ、貴方はダークシルヴェストル。ダークシルヴェストルは風属性じゃなく闇属性――」

「だから、クラスチェンジするにはテンペストソウルじゃなくて、アビスソウルが必要なんですぅ〜」

「……はっ?」

ガザーヴァは目を真ん丸に見開いた。
かつて、マル様親衛隊のきなこもち大佐はガザーヴァを見てダークシルヴェストルだと看破していた。
ダークシルヴェストルは単なる色黒のシルヴェストルではない。れっきとした独立種族である。
属性もまるで異なるので、当然ガザーヴァに有効なアイテムとカザハに有効なアイテムは違う。
つまり――

ガザーヴァが仮に完全なテンペストソウルを手に入れていたとしても、どのみちレクス・テンペストにはなれなかったのである。

バロールがガザーヴァを『失敗作』と断じたのも、それが原因だった。
風属性のモンスターを複製するつもりで闇属性のモンスターを作ってしまっては、失敗と言うしかないだろう。

「な、な、な…………」

事実を聞かされたガザーヴァの肩がふるふると震える。

「なんだよ!!! それぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

幻魔将軍の悲痛な叫びが、中洲に響き渡った。

359崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/09/18(土) 00:29:34
戦闘を終えた明神らアルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』たちは、
スターズの持つキマイラのつばさでグランダイトの居城である覇宮メル・カヴァまで戻ってきた。
そのまま城内の救護所へ通されて傷の手当てを受け、ボロボロの服を与えられた真新しい服に着替えると、
一行はすぐにグランダイトの招集を受け謁見の間へと向かった。

「風の双巫女との約定により、これより我が軍の500騎を駐留部隊としてこの地に留め置き、始原の風車の防備に充てることとする」

メル・カヴァ内にある謁見の間で、玉座に腰掛けたグランダイトは荘重に告げた。
20万の軍勢の中からたった500騎ということで、双巫女の命と引き換えの約定を履行するにしては余りに少なすぎる――
と思うかもしれないが、シルヴェストルは元々文明や科学と馴れ合わず自然を愛する種族である。
鉄と火で造った武器と鎧を身に纏った軍勢が大挙して駐屯していたのでは、逆に彼らの生活を脅かしかねない。
何となれば500騎でも多いかもしれないのだ。
それ以降の互いの在り方は、覇王軍とシルヴェストルたちが相談して決めることになるだろう。

「ニヴルヘイムに対抗するため、バロールと軍議を開かねばならぬ。
 よって、余と本隊はこれよりアルメリア王国へ向かう」

更にグランダイトは約定に従い、本格的にアルフヘイムに味方してくれるようだった。
ゲームのメインシナリオでは互いに前半〜中盤のボスだった存在と、後半〜終盤のボスだった存在が手を組むのだ。
かつてゲームの中で敵であった者たちが協力してくれる、それはエンバースたちにとって大きな後ろ盾となるだろう。
尤も、グランダイトにしてもバロールにしてもカザハたちに力を貸すことに目論見や打算があるのだろうが――
それでも侵食を食い止め世界を救うまでは味方でいてくれるはずだ。

「そなたらはエーデルグーテへ行くという話であったな。
 『永劫』との面会を望むなら、余が親書を遣わすゆえ持ってゆくがよい。
 余と『永劫』には其処迄の親密さはなかったが、それでも階梯の誼。無手で参るよりはよかろう」

おまけに、グランダイトはエーデルグーテへと赴くパーティーにオデットへの紹介状を書いてくれるようだった。
これでマルグリットと交渉決裂した際になくなってしまった、オデットへの伝手の件は解消された形だ。
オデットを味方に引き入れ、プネウマ聖教の手勢を丸ごとアルメリアに編入できれば、向かうところ敵なしだ。
ゲームの中での教帝オデットはプレイヤーに対して好意的な人物で、
プレイヤーが敢えて敵対するルートを選ばない限りは何くれとなく協力してくれる、心強い味方である。
過保護がいきすぎてエーデルグーテから抜け出せなくなってしまう『異邦の魔物使い(ブレイブ)』もいるくらいで、
間違いなくこの現実のアルフヘイムでもジョンたちの支援者となってくれることだろう。
そうしてオデットを仲間にし、ミハエル・シュヴァルツァーを倒し、今度こそイブリースと和解する。
ニヴルヘイムと力を合わせて侵食に立ち向かえば、きっと一巡目の破滅の結末だって覆せるはずなのだ。

「さてと……。それじゃ、オレたちもここでお別れだな」

グランダイトとの会見が終わり、謁見の間を出ると、ルブルムがエンバースたちにそう言った。
元々、何となく面白そうだからという理由でイブリースとの戦いに参加していただけの三人組である。
戦闘が終わった今、アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とつるんでいる理由もないということなのだろう。

「――霊銀結社とプネウマ聖教は相反する教義を持つ者。相性はよくない。
 霊銀結社の私たちが同行するのは好ましくない――」

「それに、今回のところは共闘しましたが〜、本来私たちは敵同士ですので〜……」

セルリアとフラウスも口々に言う。
とはいえ、今ここですぐに敵同士に戻って戦おうというつもりはないらしい。

「まっ、縁がありゃまた会えるだろ!
 そンときこそしっかり『黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)』撃たせてくれよな!
 こンなンじゃ不完全燃焼だぜ、次回はキッチリ! オレたちデスティネイトスターズのスゲェとこ見せてやっからよ!」

へへっ、と頭の後ろで両手を組みながらルブルムが笑う。
単細胞で能天気な性格である。敵に戻るどころか、すっかり仲間気取りらしい。

「――今すぐ結社に戻ると、マスター・ゴットリープにお叱りを受けるかもしれない――」

「はぅぅ……お仕置き怖いですぅ〜」

「ンじゃ、ほとぼりが冷めるまでしばらくその辺の地方をブラブラしてよーぜ。
 ってことでよ! みんなまたな!」

「――若干キモかったけれど、それなりに面白かった。それじゃ――」

「皆さんの旅のご無事をお祈りしてますぅ〜」

大きく手を振りながら、能天気な様子でデスティネイトスターズは去っていった。
最後まで緩い様子であったものの、このお気楽三人組が育成次第でゲームの中では最強クラスのパートナーになり得るのだから、
やはりブレモンスタッフの頭はおかしいと言わざるを得ない。

「明神、ボク、オナカ減った」

スターズを見送ると、ガザーヴァが明神の右腕にしがみついて空腹を訴えてきた。
気付けば辺りはすっかり暗くなっている、無理もない。
あてがわれた天幕へ戻れば、食糧の備えがある。空腹を満たすこともできるはずだ。

360崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/09/18(土) 00:42:38
「みんな! おっかえりなさーい!!」

食事のいい匂いが漂う中、明神たちが天幕へと戻ると、なゆたが満面の笑みで一行を迎え入れた。
イブリースとの戦いで最強の持ち札・ゴッドポヨリンを撃破され、
パートナーが消え去ったことで長く気を失っていたなゆただったが、
カザハたちがタマン湿生地帯へ行っている間に目を覚ましたらしい。

「聞いたよ、あのイブリースをやっつけたんだって? やったね!
 みんなが力を合わせれば、どんな強敵にだって必ず勝てるって。わたし、信じてたから――!」

天幕の外に造られた石積みの簡易竈の前で、姫騎士の鎧を脱ぎ代わりにエプロンを着けたなゆたはそう言って笑った。

「オナカ減ったでしょ? みんなが疲れて帰ってくるだろうと思って、ゴハン用意してたんだ〜!
 さぁさぁ、みんな座って座って! 戦いの勝利をお祝いしなくっちゃ!
 あ! ガザーヴァ! まったくもーどこ行ってたの〜!? 心配したんだからね!
 でも帰ってきてくれてよかった! じゃあ〜、祝勝会とガザーヴァのおかえりなさい会の同時開催ね!
 はー忙し! 忙し!」

なゆたはガザーヴァに駆け寄ると、その小柄な身体をぎゅーっと抱きしめた。
突然抱きしめられ、ガザーヴァが驚きに目を瞬かせる。

「……おい、明神。どーゆーコトだよ?
 モンキンのやつ、ゴッポヨ撃破されてガチ凹みしてんじゃなかったのか?」

なゆたが抱擁を解き食事の支度に向かうのを見届けてから、ガザーヴァが明神に顔を寄せてひそひそと囁く。
カザハ手伝ってー! っていうかまたイメチェンしたー? などと明るく言いながら食事の盛り付けをするなゆたからは、
かけがえのない唯一のパートナーを喪った悲壮感はまったく感じられない。
いつもの通りポジティブな、どころかいつもよりも明るい気さえする、朗らかななゆたのままだ。
しかし――皆には分かるだろう。
その『いつもの通り』ぶりこそが、何より異常なのだということが。

「それじゃ、みんなの勝利を祝って乾杯しよう!
 わたしとカザハとガザーヴァはジュースだけど……。それじゃあジョン、乾杯の音頭取ってもらっていい? 
 ほらほら! みんな笑って笑って!」

テーブルの上にはグランダイト軍の兵站から分けて貰った食材で作った料理が所狭しと並べられている。
どれもなゆたが異世界の素材で地球の味を再現しようと工夫を凝らしたものばかりだ。

「本当は、明神さんの好物のトンカツも作れたらって思ったんだけど……ちょっと材料が足りなくて。ごめんね。
 いつかリバティウムみたいに御馳走するから、そのときまでのお楽しみってことで!」

あはは、と眉を下げて笑う。
それが空元気であることは、もう考えるまでもなかった。
丸太を切って作られた簡単な長テーブルを囲んで食事をするついで、今後の方針について相談を行う。
聖都エーデルグーテでの行動について。いまだデモンズピューパから変化のないマゴットについて。
それから、明神の言っていたエンバースの正体――ハイバラについても。
バロールとみのりのキングヒル組から連絡はない。恐らくまだ地下共同溝に籠っているのだろう。

「……エンバースの前世が、ハイバラ……。
 あの日本ランキング一位の【賢人殺し】だなんて……」

エンバースがかつてハイバラと呼ばれていたトップランカーの成れの果てであったという事実に、
衝撃を隠し切れな様子で呟く。
ハイバラについては、なゆたもランカーのひとりとして当然知っている。――尤も、その強さについてはまさに桁違いだ。
自分が手も足も出ないさっぴょんでさえ、日本ランキング14位なのだ。
そのさっぴょんを上回ること13段階、その強さたるや推して知るべしと言ったところであろう。
実際になゆたは『賢人殺し』の対戦動画を観たこともある。
そのタクティクス、デッキの組み方は自分のものとはまるで方向性の違うものではあったが、
それでもその強さには少なからず感服したものだった。
思えばリバティウムで出会った当初から、エンバースにはハイバラである要素がいくつか散見されていた。
どんな苦境であっても弱音を吐かず、それどころか敵を煽っていくスタイル。皮肉げな言動。
今だからこそ理解できる。確かにそれらは紛れもないハイバラのプレイスタイルであったのだ。

「エンバース……ううん、ハイバラさん。あなたがどうしてそんな姿になってしまったのか、わたしには分からないけど。
 これからも、みんなに力を貸してあげてほしい。お願いしてもいいかな……?
 あなたのことは元々強いって思ってたけど、正体が日本ランキング一位のあのハイバラさんなら納得だね。
 ハイバラさんと、明神さんと、カザハと。それにジョン。
 アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がこれだけいれば、きっと世界を救うことだってできる!
 侵食も食い止められるはずだよ、必ず――!!」

座っていた椅子から立ち上がると、なゆたは皆を鼓舞するようにそう言った。

「だから……だから。
 みんな、頑張って……。わたし、応援してるね。ずっとお祈りしてる。
 みんなが勝てるように……だから――」

そこまで言うと、俄かに口を噤み黙り込む。
皆が見守る中、なゆたは決心したように再度口を開くと、

「わたし……パーティーを抜けるね」
 
と、搾り出すように言った。

361崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/09/18(土) 01:00:21
「ハァ? なんだよソレ?
 モンキン、本気で言ってんの?」

案の定と言うべきか、なゆたの発言にガザーヴァが最初に噛みつく。

「本気だよ……。だって――」

なゆたがスマホを取り出し、仲間たちに見せる。
スマホの液晶画面には一条の亀裂が入っており、まるで電源を落としたように画面には何も映っていない。

「わたしのスマホ。壊れちゃったみたいで……何も映らないんだ。
 ブレモンを起動することもできない。それに、今まで使えていたスキルも使えなくなってて……」

『異邦の魔物使い(ブレイブ)』にとって、スマホは自らの力そのもの。
それが喪われたことで、なゆたは何もできなくなってしまった。
ステッラ・ポラーレから教わった『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』も使えないのだという。
かつて、マル様親衛隊のスタミナABURA丸は『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の宿命から逃れるためにスマホを自ら破壊し、
一般人となった。
しかし、それはあくまで特別な事例だ。地球から異世界へと召喚された者にとって、
スマホが生命線であるということは絶対普遍の真実である。
それが破損したということは、つまり。
崇月院なゆたという『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の終焉を意味していた。

「わたし。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』じゃなくなっちゃった」

あは、となゆたは笑った。ぎこちない、硬い笑顔だった。

もし仮にスマホが壊れていなかったとしても、いずれにせよなゆたは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を続けられなかっただろう。
なゆたのパートナーモンスターはポヨリンだけだ。
大多数のブレモンプレイヤーが多くのモンスターを捕獲し仲間にするプレイスタイルを取る一方で、
なゆたは最初期に仲間にしたポヨリンただ一匹だけに持てる全ての労力を、財力を、時間を、愛情を注ぎ込んだ。
そのポヨリンがいなくなってしまったのだ、今更1から他のモンスターを育成しろと言っても、それは不可能だろう。
イブリースとの戦いにおいて己の力を過信し、G.O.D.スライムを召喚した時点で勝ちを確信してしまった。
敵の実力を、力量を見誤り、無策の力押しで勝利をもぎ取ろうとした。
それら浅慮の結果、手塩にかけて育てたポヨリンを喪ってしまった。
自業自得だ。そんな自分の傲慢さが、愚かさが、身震いするほど呪わしい。

「バカだよねえ、わたし。
 今まで勝ってこられたんだから、今回だって絶対勝てる! なんて。何の根拠もなく突っ走っちゃってさ。
 イブリースは今までの相手とは全然違うのに。ちゃんとみんなで対策を練って、連携して戦わなきゃだったのに。
 な〜んにも考えないで吶喊して、跳ね返されちゃって! あははははは、いや〜参った参った!
 ごめんね、みんな! 本当にこんなのがリーダーですなんて、今まで大きな顔しちゃってて!」

大きなリアクションでぺこりと頭を下げる。

「だからさ。わたし、もう役立たずになっちゃったから。
 リーダーの座は明神さんに譲るね。新リーダー、これから頑張って。
 わたしのことは、申し訳ないんだけどヴィゾフニールでリバティウム辺りに送ってくれないかな?
 リバティウムならしめちゃんもいるし、わたしの箱庭も……」

復興中のリバティウムならば、自分の身の置き場もきっとあるだろう。
みのりのいるキングヒルを希望しなかったのは、未だ侵食に抗い戦いを続けているみのりに合わせる顔がない、
と思っているがゆえだった。
しかし、そんな考えもすぐに変わる。
自分の箱庭、と言った瞬間、なゆたはほんの僅かに息を詰まらせた。
そして慌ててかぶりを振る。

「や、やっぱりいいや。リバティウムはやめとく。
 そ……そうだなー、ガンダラの『魔銀の兎娘(ミスリルバニー)亭』なんていいかも!
 あそこでマスターに雇ってもらって、ウェイトレスとかやってみたいかな!」

家事得意だし、なんて言っては無理矢理笑顔を作ってみせる。
そしてぱたぱたと胸の前で両手を振ると、

「わっ、わたしっ、ちょっと風に当たってくるね!
 みんなは祝勝会楽しんでて! それじゃ……!」

と一方的に捲し立て、さっさと天幕を出て行ってしまった。
なゆたは天幕の外、覇王軍の野営地の外れまでやってくると、周りに人がいないことを確かめてからその場に屈み込んだ。
天幕の中では必死に堪えていた大粒の涙が、ぼろぼろと零れる。なゆたはやがて声をあげて泣き出した。

「ポヨリン……ポヨリン、ポヨリン、わたしのポヨリン……!
 ぅっ……ぅぁぁぁぁぁぁぁ、あああああああああああああああああああ……!!」

リバティウムの箱庭と言ったとき、なゆたは思い出してしまった。
なゆたの箱庭は完全スライム仕様だ。家具も装飾品もすべてスライムに関連するものばかりで、
屋敷中ではポヨリンと色違いのスライムたちが遊んでいる。
ポヨリンのいない世界で、ポヨリンにまつわるものばかりの屋敷に住むなんて、耐えられない。

「ごめん……ごめんね、ポヨリン……!
 わたしがバカだったから! わたしが弱かったから!
 痛かったよね……、つらかったよね……! 全部わたしのせいだ……、わたしの……!」

必死に、考えないようにしていた。皆に心配を掛けまいと我慢していた。
けれども、そんなことは無理だ。この世にたった一匹だけの、大切なパートナー。
ポヨリンを喪って、忘れたふりをするなんて。平気な演技をするなんて、できない。

「ポヨリン、ポヨリン……! ごめんね、ごめん、ごめんなさい……!!
 うぁぁぁあああぁあぁああぁああぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁああぁぁぁあああぁぁあぁぁ…………」

藍色の帳が落ちた草原に、なゆたの慟哭が木霊する。
それは風車の生み出す始原の風に融け、悲痛な余韻を残して消えていった。

362崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/09/18(土) 01:13:07
一目惚れだった。

あるとき、友人たちとちょっとした時間を使ってスマホで暇をつぶすためのゲームを探していたなゆたの目に、
『ブレイブ&モンスターズ! 事前登録受付中』というバナーが飛び込んできた。
そこに描かれていたスライムの可愛らしさに心を奪われ、なゆたは即座にバナーをクリックして事前登録を済ませたのだ。

ブレモンは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』のキャラメイク後、提示された三体のモンスターのうちから一体を選んで旅に出る。
スライムはゲームスタート直後のフィールドでエンカウントする最序盤の敵モンスターで、
初心者プレイヤーにとっては戦闘のチュートリアルを務める相手であった。
むろん、弱い。なので到底戦力にはならず、まともな思考のプレイヤーならばスライムをパートナーにしようなどとは考えない。
実際ブレモンを取り扱うフォーラムでは最初に貰えるモンスター三種ではどれがお勧めか? などといった話題が主で、
スライムの話などはカケラも出てこない。

が、なゆたは違った。なゆたは最初のバトルでエンカウントしたスライムを捕獲(キャプチャー)すると、
貰ったパートナーモンスターをなんの躊躇もなく売却したのである。
それから、なゆたとポヨリンと名付けたそのスライムの冒険が始まった。

スライムは弱い。スライムよりも弱いモンスターが存在しないほどに弱い。
当然、それを強化するのも並大抵の苦労ではない。素材も、ルピも、クリスタルも、何もかも他のモンスターの数倍かかる。
ステータスの上昇もきわめて緩やかだ。そんなスライムを鍛えながら旅をするというのは、並大抵の苦労ではない。
それは所謂縛りプレイだとか、スーパープレイだとかいう分類の遊び方であった。
他のゲームでそういったことに慣れているYouTube実況者だとかコアゲーマーならば、そういうプレイもするだろう。

だが、なゆたはそうではなかった。過去やったことのあるゲームなんて赤城家で真一たちと一緒にやったマリオカートだとか、
スマホでそれこそ何も考えずにやっていたツムツムくらいのもので、まともなRPGをやったことなんて一度もなかったのだ。
けれども、なゆたはそれをやった。
すべてはポヨリンのため。ポヨリンを心の底から可愛いと、いとしいと思ったがゆえ。
たかがゲームのプログラムごときで、なんて。そう考える者もいるかもしれない。
だが、それでも。
なゆたは自分のすべてをブレモンに、ポヨリンに捧げたのだった。

期間限定イベントは端からこなした。必要な素材は何もかもポヨリンに費やした。
シナリオでひとつしか貰えない、特別なレジェンダリーアイテムも迷いなくポヨリンに与えた。
クラスチェンジを使いこなし、膨大なスライム系統樹のすべてを網羅した。
幸い、勉強は嫌いではなかった。学業においても、それ以外においても。
誰もがスライムなんてと馬鹿にして端から調べようともしない性能と特性を寝る間も惜しんで解析し、理解に努めた。
いかなる強敵にも相対することができるよう、スライムという種のすべてを頭に叩き込んだ。
数百枚と言われるスペルカードを研究し、創意工夫を凝らし、勝てるデッキを組んだ。

一緒に事前登録をした友達は、とっくにブレモンに興味をなくして他のゲームや新しい話題に乗り換えていった。
しかし、なゆたは決してブレモンをやめなかった。友達が皆ブレモンから引退してしまっても、ひとりになっても、
黙々とレベリングを続け、育成を続け、強化を続けた。

学生として勉学に励み、家に帰って家事をこなし。時々は隣家の赤城家の面倒まで見ながら、
許される限りの時間をなゆたはポヨリンと共に過ごしたのだ。
ストーリーモードで魔王バロールを単騎で撃破し。PvPのランクマッチで並み居る強豪を打ち破り。
少しでもスライムの、ポヨリンの強さを皆に分かってもらおうと、レイド戦にも出向した。
自分ひとりだけがスライムを使うのではなく、皆にも使ってもらいたくて、研究したスライムのデータをWikiに公開した。
手の内を見せることになる必殺の『ぽよぽよ☆カーニバルコンボ』さえ例外ではなく、全貌を晒した。
フォーラムに書き込みし、スライムの素晴らしさを説いた。特に初心者には優しく、懇切丁寧に接した。
気付いたときには、なゆたは日本ランキングの上位ランカーに名を連ねていた。

ついた徒名が『スライムマスター』。

スライムは弱い、スライムは使えない。
そんなレッテルを覆すべく、最弱モンスターの汚名を返上すべく。
地位の向上へ遮二無二突っ走った結果の称号であった。

だから。

なゆたにとってポヨリンはただのパートナーモンスター以上の意味を持つ、本当の相棒であったのだ。
その上アルフヘイムに召喚されたことで、なゆたは液晶画面越しでしか交流できなかったポヨリンと、
本当に触れ合うことができるようになった。
赭色(そほいろ)の荒野で初めてポヨリンを召喚したときのなゆたの驚きと喜びは、筆舌に尽くしがたい。
それ以来、なゆたは召喚コストの少なさをいいことにポヨリンを常時召喚して傍に置き、
眠るときも一緒に過ごしていた。
まさに溺愛と言っていい無償の愛を、なゆたはポヨリンに注いでいたのだ。

だというのに――

そのポヨリンは、もういない。

363崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2021/09/18(土) 01:32:34
「……何やの、これ」

暗くじめじめとした、石造りの迷宮。
その最深部で、みのりは眼前に広がる光景を見ながらぽつりと呟いた。

『覇道の』グランダイトを味方にすべく、魔剣ストームコーザーを求めて潜ったキングヒル地下共同溝。
久し振りの冒険とばかりにアルメリアの騎士数名を引き連れ、潜った地下遺跡の果てにあったものは、
みのりの理解を遥かに超える存在であった。
護衛の騎士たちは既にいない。皆、ここへ辿り着くまでにモンスターとの戦いで命を落とした。
キングヒル地下共同溝についてはゲームで知悉しており、出現するモンスターの強さも理解しているつもりだったのだが、
実際にエンカウントしたのはゲームデータよりも遥かに強い怪物たちだった。
護衛がひとり、またひとりと倒れる中、みのりはイシュタルを召喚し、
逃走に逃走を重ねてやっとこの最深部へと到達したのだった。

だが、そこにあったのはかつてゲームで見た異界へ通じる穴でもなければ、魔剣ストームコーザーでもなかった。
みのりの目の前にあったもの、それは――

「……それが『侵食』だよ。みのり君」

不意に背後から聞こえた声に、みのりはすぐに振り返った。
そこに立っていたのは、ミルクティー色のゆるふわな長い髪をした、人当たりのいい柔和な表情の優男。
かつての魔王にして、現アルメリア王国宮廷魔導師――『創世の』バロール。

「お師さん?」

みのりは怪訝な表情を浮かべた。

「何やの、あないに行きたない言うてはったのに、結局来はったん?
 いややわぁ、ほんならうちがわざわざ出向く必要なかったやないの。こない臭ぁて汚ないとこ」

「ははは、まぁそこはそれ。君が独力でここまで到達できるか見てみたかったのさ。
 結果は合格! さすがだね、それでこそ私が見込んだ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だよ」

「うちを試した、っちゅうこと?
 ははあ……なるほど。そのくらいの実力もあらへんなら、こっから先の真実を知る資格もあらへんちゅうことやね」

「怒るかい?」

まるで悪びれもせず、にっこりと笑うバロール。
それに対して声を荒らげるでもなく、みのりはひらりと右手を振った。

「怒らしまへん。お師さんがそないな性格やっちうことは、もうとっくに分かっとりますさかい。
 それより……うちは合格っちゅうことでええんやろ? ほんなら説明してくれへん? これについて。
 いきなり『これが侵食や』言われたかて、うちには何が何やら――」

「ああ、だろうね。今のみのり君には、これが何なのかまるで理解できないだろう。
 だが――その左眼を使えば、きっと分かる。
 移植して結構経つからね、そろそろ馴染んでいるはずさ」

バロールがみのりの眼帯に覆われた左眼を指差す。
なるほど、と小さく声をあげると、みのりは迷宮の最深部に向き直り、徐に左眼を覆っている眼帯を取った。
そして――閉ざされていた左眼を、ゆっくりと開く。

「あっ!!」

みのりの左の瞳孔が、眼前にある光景を捉える。
先程までまるで意味の分からない現象であったものが、理解の及ぶものとして脳内に入ってくる。
今まで頑なに秘されていた、この世界の真実。『侵食』の正体。
そのすべてが、一気にみのりの頭の中へと雪崩れ込んでくる。

「人間は目に見えないものを理解できない。其処に確かに存在していたとしても、認識できない。
 紫外線や放射線のようにね……『侵食』もそうさ。
 だが、その『眼』を持つ君なら見ることができるだろう。
 どうだい? 世界の危機、その実像を目の当たりにした気分は」

手に持っているトネリコの杖を軽く掲げ、バロールが歌うように告げる。
みのりはしばらく声もなく眼前の光景を見つめていたが、しばらくしてやっと心の平静を取り戻したのか、
ゆっくりとバロールへと身体ごと振り向いた。

「……お師さんのしはりたいこと、やっとうちも得心がいった気分やわ。
 お師さんのこと、隠し事ばっかりでいけずや思とったけど、確かにこれはなゆちゃんたちには聞かせられへん。
 今はまだ……内緒の内緒でやるしかあらへんやろねぇ」

「ははは……分かって貰えて嬉しいよ。
 今こそ君を名実ともに私の弟子と認めよう、みのり君。
 我々十二階梯の継承者に倣って、『豊穣の』ミノリ、なんてどうかな?」

「結構や。そないな二つ名、むず痒くってやってられへんわ」

バロールの軽口を、みのりが呆れたように往なす。

「まっ、改めてこれからよろしく頼むよ、みのり君。
 ここまで事の真相を教えたんだ、言うなら我々は運命共同体だからね。手伝ってもらうよ、私の目的を果たすために」

「うち、単なる農家の娘でこんなん全然知識があらへんのやけど。
 乗り掛かった舟や、しゃあない。
 お師さんの計画に乗ろうやないの、せいぜい気張らして貰いますわ――」

諦観と義務感の綯い交ぜになった、なんとも複雑な表情を浮かべながら、みのりが告げる。

そんなみのりの左眼の瞳孔は、虹色に輝いていた。


【グランダイト、アルメリア王国軍と合流。デスティネイトスターズ離脱。
 なゆた、スマホの破損を理由にパーティー脱退を宣言。みのり、『侵食』の真相を目の当たりに】

364カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/09/22(水) 00:04:30
>「……ここを出るぞ。やらなきゃなんねえことは山程ある」
>「スターズ共は撃ち方やめ。キマイラの翼でグランダイトの本陣まで飛んでくれ。
 当初の目的――覇王との同盟を最後まで終わらせよう。
 ジョンの傷をちゃんとした軍医に見せたい。なゆたちゃんもそろそろ目が覚めてるかもしれないしな」

戻ってみると、まだ戦闘が終わった直後のようだった。
もう少し時間が経っているかと思っていたが……
もしかしたら、始原の風車の中は時間の進むスピードが違うのかもしれません。

(今北産業)

(イブリースを結構いいところまで追いつめたけどミハイルが現れて連れて帰った。
彼によるとエンバースさんの正体はハイバラさんらしい。
次の目的地はエーデルグーテ。)

カザハの求めに応じ、アゲハさんが今の状況を手短に解説する。
尚、今北産業というのは”今来た、現在の状況を三行で説明せよ”という意味の符丁らしい。

>「それから――カザハ君……カザハ君だよな?またイメチェンしてっけど」
>「あの二人のことを、俺は忘れない。
 死んだら消えるシルヴェストルに墓なんて文化があるかもわからんが……
 テュフォンとブリーズが俺たちの為に死んだのなら、俺達のやり方で弔うべきだ」
>「テュフォン。ブリーズ。……ポヨリン。
 諸々の事後処理が終わったら、旅に出る前に、居なくなっちまった連中を悼もう。
 先のことを考えるのは、それからで良いはずだ」

「ああ、ひとまずはなゆと合流しなければな」

カザハ、元々そんな口調でしたっけ!? うん、そういえばこんな口調だったかも。

>「……えと。
 黙って勝手にいなくなっちゃって、ゴメンなさい……」
>「だって。……特別になりたかったんだもん。
 ソイツばっか特別扱いされてさ。特別だー、風精王の器だーってチヤホヤされてさ。
 ボクとソイツは同じはずなのに……。それが悔しかったんだ。
 テンペストソウルがあれば、ボクもソイツみたいになれるかなって……思っちゃったんだもん」

一応謝罪しているものの、カザハから見れば全くの的外れだろう。
カザハは、ガザーヴァが勝手にいなくなったことにキレたわけではない。
ブリーズを自らの目的達成のためには死んでもいいテンペストソウル引換券として扱った。
かと思えば葬式モードの隣で自分はケロっと機嫌直して青春劇場に突入したのが引き金になったのだ。

>「でも……もういいや。レクス・テンペストになれなくたっていい。
 ボクのこと、特別だって。一生一緒だって言ってくれるひとを見つけたから。
 明神がボクのことを特別だって言ってくれるなら……ボクはもう、それだけでいいんだ」

謝罪会見からシームレスに婚約会見に突入してるし!
それ、同時にやったら炎上するやつだから! また日を改めてしましょう!?
私の心配をよそに、カザハはというと、眼鏡の縁についた歯車のようなもの(機能切り替えのダイヤル?)を指で回して遊んでいた。

365カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/09/22(水) 00:09:31
「なるほど、スマホで見れる情報が直接風景に重なって見えるのか……」

《スマホ連動のウェアラブル端末なんですね……って何やってるんですか!
いや、キレて内部抗争の修羅場に突入するより大分いいけど!》

「何だこれは!? 好感度ゲージだと……!? 二人ともバカップル判定を受けているぞ!
“全三界の非リアの怨念で爆発しないように注意”だそうだ」

《オプション機能付いちゃってる!?》

好感度ゲージはゲームのブレモンでは未実装だったはず、多分……。
もしかしたら隠しステータスであるのかもしれませんが。
お互いに好感度MAX且つ形振り構わずそれを発揮等一定の条件を満たすと運営(?)に“バカップル”と認定されるようだ。
そんな緩い会話をしていると。魔法少女達が会話に入ってきた。

>「ええと。そちらの方……今、テンペストソウルを用いればレクス・テンペストになれるって仰いました?」

そして、衝撃の事実が明かされる。

>「――見たところ、貴方はダークシルヴェストル。ダークシルヴェストルは風属性じゃなく闇属性――」
>「だから、クラスチェンジするにはテンペストソウルじゃなくて、アビスソウルが必要なんですぅ〜」

>「な、な、な…………」
>「なんだよ!!! それぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

ガザーヴァは、間違ったアイテムのために奔走していたのであった。

「あっはははははは! 良かったじゃないか。それならまだクラスチェンジ出来る可能性が残ってるんだから」

ガザーヴァだけではなくカザハにとってもやるせないことのはずだが、笑い飛ばしていた。
カザハなりに謝罪を受け入れたことを伝えているのだろうか。

「怒るわけないだろう。君には感謝してるよ。
君がレプリケイトアニマで庇ってくれなかったら我はとっくにここにはいなかったわけだから。
一つだけ言うとすれば、我は……特別になんてなりたくなかった。
もしも我と君が逆なら、全てが上手くいっていたのかもしれないな――」

因果関係的に有り得ないことではあるのだが。
もしもカザハが普通のシルヴェストルなら何の抗争にも巻き込まれずに穏やかに暮らし、
ガザーヴァがレクステンペストならバロールさんに大切に扱われていたのかもしれない。
バロールさんに特別として扱われなかったガザーヴァの苦悩は、明神さんの特別になることで一応の決着を見たのだろう。
でも、カザハがレクステンペストの呪縛から解き放たれる日は、きっと……永遠に来ない。

覇宮メル・カヴァまで戻ると、手厚く傷の手当てを受け、謁見用の服まで与えられた。
「なんだこの好待遇は……。テュフォンとブリーズ様様だな」などと言いつつ謁見の間へ連れられて行く。

366カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/09/22(水) 00:12:03
>「風の双巫女との約定により、これより我が軍の500騎を駐留部隊としてこの地に留め置き、始原の風車の防備に充てることとする」

「感謝致します」

今回は結果的に始原の風車本体は無事で済んだわけだが……
あの結晶体のテンペストソウルが敵の手に落ちたら大変なことになる。
グランダイトとしても放置しておくわけにはいかないのだろう。

>「ニヴルヘイムに対抗するため、バロールと軍議を開かねばならぬ。
 よって、余と本隊はこれよりアルメリア王国へ向かう」

グランダイトはいい奴かはともかくとして、約定は厳守するタイプらしいので
双巫女が命を捧げた今となっては味方になったと思って間違いない。
それどころか、RPGあるあるの”偉い人の手紙”まで持たせてくれるらしい。

>「そなたらはエーデルグーテへ行くという話であったな。
 『永劫』との面会を望むなら、余が親書を遣わすゆえ持ってゆくがよい。
 余と『永劫』には其処迄の親密さはなかったが、それでも階梯の誼。無手で参るよりはよかろう」

(急にめっちゃいい奴になったな……!)

最初はシルヴェストルといがみあっていていい印象を持っていなかったはずだが、カザハは単純だった。

>「さてと……。それじゃ、オレたちもここでお別れだな」

謁見の間を出ると、ルブルムが別れを切り出した。

>「ンじゃ、ほとぼりが冷めるまでしばらくその辺の地方をブラブラしてよーぜ。
 ってことでよ! みんなまたな!」
>「――若干キモかったけれど、それなりに面白かった。それじゃ――」
>「皆さんの旅のご無事をお祈りしてますぅ〜」

「みんな、元気で……! 協力、感謝するぞ!」

手を振りながら去っていくスターズ達をこちらも手を振って見送る。

>「みんな! おっかえりなさーい!!」
>「聞いたよ、あのイブリースをやっつけたんだって? やったね!
 みんなが力を合わせれば、どんな強敵にだって必ず勝てるって。わたし、信じてたから――!」

天幕に帰ると、満面の笑みのなゆたちゃんが出迎えた。
あまりにも目を覚まさないので単に気を失っているだけではないことも心配されたが、
とりあえずはこうして目を覚まして一安心というところだろうか。

>「オナカ減ったでしょ? みんなが疲れて帰ってくるだろうと思って、ゴハン用意してたんだ〜!
 さぁさぁ、みんな座って座って! 戦いの勝利をお祝いしなくっちゃ!
 あ! ガザーヴァ! まったくもーどこ行ってたの〜!? 心配したんだからね!
 でも帰ってきてくれてよかった! じゃあ〜、祝勝会とガザーヴァのおかえりなさい会の同時開催ね!
 はー忙し! 忙し!」

元気なのはいいんですが、ちょっと、元気過ぎるような……。
皆も何かおかしいことに気付いているようです。

367カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/09/22(水) 00:14:08
>「……おい、明神。どーゆーコトだよ?
 モンキンのやつ、ゴッポヨ撃破されてガチ凹みしてんじゃなかったのか?」

なゆたちゃんに要請されるままに手伝いにいくカザハ。

「え? これ? あ、ああ、少し色々あってな! それよりなゆ……。
……すごいなこれ! また料理の腕上げたか!?」

とても踏み込める雰囲気ではなかった。

>「それじゃ、みんなの勝利を祝って乾杯しよう!
 わたしとカザハとガザーヴァはジュースだけど……。それじゃあジョン、乾杯の音頭取ってもらっていい? 
 ほらほら! みんな笑って笑って!」
>「本当は、明神さんの好物のトンカツも作れたらって思ったんだけど……ちょっと材料が足りなくて。ごめんね。
 いつかリバティウムみたいに御馳走するから、そのときまでのお楽しみってことで!」

なゆたちゃんの空元気を誰も指摘できるはずもなく、言われるままにぎこちなく笑って祝勝会が始まる。
やがて話題は今後の方針へと移る。
その中で必然的に、エンバースさんの正体についての話題となった。

>「……エンバースの前世が、ハイバラ……。
 あの日本ランキング一位の【賢人殺し】だなんて……」

>「エンバース……ううん、ハイバラさん。あなたがどうしてそんな姿になってしまったのか、わたしには分からないけど。
 これからも、みんなに力を貸してあげてほしい。お願いしてもいいかな……?
 あなたのことは元々強いって思ってたけど、正体が日本ランキング一位のあのハイバラさんなら納得だね。
 ハイバラさんと、明神さんと、カザハと。それにジョン。
 アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がこれだけいれば、きっと世界を救うことだってできる!
 侵食も食い止められるはずだよ、必ず――!!」

「なゆ……急にどうしたのだ?」

>「だから……だから。
 みんな、頑張って……。わたし、応援してるね。ずっとお祈りしてる。
 みんなが勝てるように……だから――」
>「わたし……パーティーを抜けるね」

「えっ……」

カザハはこの展開を全く予想していなかったようで、唖然としている。
ポヨリンさんを失ったなゆたちゃんには、戦う手段どころか身を護る手段もほぼない。
冷静に考えればパーティーを抜ける決断をしても何も不思議はない、
ただ、なゆたちゃんが抜けるなんて発想が端からなかったのだ。
それはカザハだけではなかったようで、ガザーヴァが真っ先に食って掛かる。

368カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/09/22(水) 00:16:27
>「ハァ? なんだよソレ?
 モンキン、本気で言ってんの?」

>「本気だよ……。だって――」

>「わたしのスマホ。壊れちゃったみたいで……何も映らないんだ。
 ブレモンを起動することもできない。それに、今まで使えていたスキルも使えなくなってて……」
>「わたし。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』じゃなくなっちゃった」

「スマホぐらい……! いや……なんでもない……」

カザハが勢いよく立ち上がって何かを言いかけて、何かに思い至って力無く座る。
問題が本当にスマホだけなら、替えのスマホさえあれば解決できるのだ。
バロールさんならもしかしたら野垂れ死んだブレイブのスマホをいくつか回収しているかもしれないし
みのりさんはスマホを二台持ってるとかちらっと聞いたような……。
でも、最も重大な問題はスマホではない。スマホは替えが効いても、ポヨリンさんは替えが効かない。

>「バカだよねえ、わたし。
 今まで勝ってこられたんだから、今回だって絶対勝てる! なんて。何の根拠もなく突っ走っちゃってさ。
 イブリースは今までの相手とは全然違うのに。ちゃんとみんなで対策を練って、連携して戦わなきゃだったのに。
 な〜んにも考えないで吶喊して、跳ね返されちゃって! あははははは、いや〜参った参った!
 ごめんね、みんな! 本当にこんなのがリーダーですなんて、今まで大きな顔しちゃってて!」

なゆたちゃんは捲し立てるようにしゃべり続ける。
まるで皆に口をはさむ間も与えないようにしているかのように。

>「だからさ。わたし、もう役立たずになっちゃったから。
 リーダーの座は明神さんに譲るね。新リーダー、これから頑張って。
 わたしのことは、申し訳ないんだけどヴィゾフニールでリバティウム辺りに送ってくれないかな?
 リバティウムならしめちゃんもいるし、わたしの箱庭も……」
>「や、やっぱりいいや。リバティウムはやめとく。
 そ……そうだなー、ガンダラの『魔銀の兎娘(ミスリルバニー)亭』なんていいかも!
 あそこでマスターに雇ってもらって、ウェイトレスとかやってみたいかな!」
>「わっ、わたしっ、ちょっと風に当たってくるね!
 みんなは祝勝会楽しんでて! それじゃ……!」

なゆたちゃんはやはり話しかける間も与えずに、天幕から出て行ってしまった。
暫し気まずい沈黙が流れる。

「本人がああ言ってるんだ、仕方がない……。
身を護る手段も無いのに連れ回しても危険に晒すだけだ……」

カザハが自分に言い聞かせるかのように、呟く。

369カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/09/22(水) 00:19:34
《……この先なゆたちゃん無しでやっていけると思いますか?》

(なんとなくだけど……やっていけない気がするな……)

決してなゆたちゃん無しでは能力不足というわけではない。
戦略立案担当としては明神さん、戦闘力担当としてはエンバースさんとジョン君で申し分ない。
だけど、何の根拠もないけど危うい気がするのは何故でしょうか……。

《じゃあ……!》

(忘れたか? 我は風精王の密偵。最初から……この世界に来た時から。いや、多分、地球にいた時からずっと――
そうでなくても何度も離脱しかけて不可抗力で残っているだけの身だ……)

あれ、風精王の手先へのクラスチェンジで何故か地球時代寄りの見た目になった、ということは……むしろ逆?
このファッションが実はこっちの世界の神代の超古代文明時代の影響を受けているのか?
もしかして地球の情報収集のために奴らに地球に送り込まれていたんですかね!?
あの人(?)達がそこまで干渉できるのかという問題はありますが。
自分が密偵だという自覚が無いってある意味密偵として最強の属性ですし……。
それはともかくとして、カザハはなゆたちゃんにとやかく言える立場に無いと静観しようとしている。
犠牲者が出るのは今に始まったことではない。決して全てを救ってこれたわけではない。
アコライトではマホたん(モンスター)、レプリケイトアニマではロイ。
いつも誰かの犠牲と引き換えの勝利や生還だった。
マホたんの時はマホたんと個人的な関係にある者はなく、皆同じ一ファンという立場だった。
ジョン君の親友だったロイの時は、危機に陥った原因を作ったのもロイ本人だったから心の中で言い訳が出来た。
それだけのことなのだ。
カザハは双巫女が犠牲となったことがきっかけで夢から覚めてしまった――
皆が全てを救う英雄なんかじゃない事に気付いてしまったわけだが。
それでも尚、なゆたちゃんにはたとえ幻想でも英雄であり続けてほしいと願った。
でもなゆたちゃんは、マホたん(ブレイブ)のように唯一無二のパートナーを失って尚英雄で在り続けることは出来なかった……。

「なんだ…… 一緒じゃん……」

カザハは双巫女を別に手塩にかけて育てたわけではない上に長い間存在すら忘れていたし、
切り札の技は使えなくなったが戦えなくなったわけでも何でもないので、全然一緒ではないのだが。
今回の戦いで特別な関係性にある者が犠牲となり、パーティーに居続ける気がなくなったという一点においては共通点がある。

「……そろそろ迎えに行こう。今の彼女には単なる野生動物でも脅威だ。
エンカウント率は極めて低いとはいえあまり一人にするのは危ない……」

とか何とか言いつつ、なゆたちゃんを迎えに出て行く。
風に乗って微かに聞こえてくる声で、居場所が分かるのだ。
かなり野営地の外れまで来たかと思ったら、奇声を発し始めた。

370カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2021/09/22(水) 00:22:50
「テュフォンのバカヤロぉおおおおおおおおおおおお!! ブリーズのアホんだらぁあああああああ!!
勝手にヒゲ将軍の玩具になんかなりやがってぇええええええええええ!!」

《ちょ! それグランダイトの部下に聞こえたらまずいですよ……!?》

まあ、きっと風の音に紛れてよく聞こえなかったことだろう。
何事も無い風を装って、一人で佇んでいたなゆたちゃんに声をかける。

「こんなところに一人でいたら危ない……そろそろ戻ろう」

なゆたちゃんはひとしきり号泣して、ようやく泣き止んだところらしい。

「奇声? ああ、気が付いてたか……? 双巫女がいないこと。
グランダイトを味方に引き入れるために自ら身を捧げて魔剣になったんだ」

先ほどの夕食の時には敢えて直接は触れなかったが、二人の姿が見えないという状況からなんとなく予想はついただろう。
あるいはそれどころじゃなくてそこまで思い至らなかったかもしれないが、どちらにしてもいずれ分かることだ。

「ずっと忘れてたけど。あの二人は前の周回で共に草原を統治した同胞……妹?だった。
明神さん達には内緒な。
実際彼女達が犠牲になってくれなければどうにもならなかっただろうし。
みんな尊い犠牲と莫大な貢献に感謝しながら前に進んでいこうとしてる。
そういう温度差ってあると思う。だから、きっとなゆの気持ちも全ては分からない……。
だから、これから言うのは何も分かってない奴の勝手な希望だ」

そう前置きすると、カザハはなゆたちゃんが気絶している間のあれこれをチクりはじめました。

「なゆは自分がいなくなっても大丈夫と思ってるみたいだが実はそうでもない。
エンバースさん、いや……ハイバラさん?
物凄く強いがなゆがいないと年端もいかぬ少女へのセクハラが止まらないみたいだ。
ジョン君はマッチョ過ぎて勢いでテーブルを破壊してしまった。
明神さんはその……リーダーとしての資質は申し分ないと思うが
なんというかガザーヴァと人目憚らず青春劇場でどう反応していいか分からない。
我なんて勝手に死にかけて復活した拍子にイメチェンする有様だ。
きっとなゆならその全部に一番うまく突っ込めると思う」

《こんなときに何言ってるんですか!?》

「つまり何が言いたいかというと……君がいなきゃ困る。
戦闘力なんてリーダーの要素のほんの一部だったんだ。
君じゃなきゃ駄目なんだ。リーダーは、なゆ以外には務まらない」

それだけ告げるとカザハは、なゆたちゃんが何か言っても何も言わなくても、天幕に向かって歩き始めました。

371明神 ◆9EasXbvg42:2021/09/27(月) 05:24:14
ミハエルとイブリースの消えた中洲。
戦いは終わり、今は負傷者の手当てと撤収の準備のさなかだ。
俺は胃袋の中身が川魚の栄養になった程度で済んだが、パーティの面々は少なからず怪我を負っている。

アンデッドでオート再生付いてるエンバースはともかく、生身のジョンはズタボロだ。
約束通り手足は一通り繋がっちゃいるが、四肢は満遍なく血塗れで、腹には風穴まで空いてやがる。
当面の処置として、ポーションを染み込ませた包帯で傷だらけの体をぐるぐるに覆っておいた。

「止血はこれで良し。……ひひっ、これじゃどっちがアンデッドかわかんねえな」

焼死体よりも死に体のミイラもといジョンに肩を貸して立ち上がる。
筋肉質の身体が思ったより軽いのは、俺のSTRが成長しているからなのか。
それとも……血がだいぶ抜けちまってマジのミイラになりかけてるからなのか。

>「僕は…僕は…あまりにも…弱い……」

抱えてやると、ジョンは熱に浮かされたようにぽつりと零した。
身体に水分が残っていたら、きっと涙声だったろう、そんな呻き。

「……そうだな。俺たちは、弱い」

自分の弱さに悔しくてしょうがないのは、俺も同じだ。
ミハエルの眼中には、エンバースの姿しかなかった。
俺たちはその周りで飛び回る羽虫くらいに思われていて、実際それだけの実力差があるんだろう。
リバティウムの時だって慢心に付け込んだ搦め手に搦め手を重ねてようやく撃退できたってのが実情だ。

イブリースとの戦いにしたって、結局のところ、降って湧いたコンテニューありきの勝利だった。
もう、地力の不足を創意工夫で補ってどうにかなる段階じゃない。
もっと根本的な部分で、三魔将クラスと渡り合えるだけの実力が必要になる。

「強くならねえとな――」

俺たちはゲーマーだ。ゲーマーらしく、トライアンドエラーで困難を乗り越えて来た。
だけど、最初のエラーでゲームオーバーになるゲームだって、数え切れないほどあるんだ。

>「……えと。黙って勝手にいなくなっちゃって、ゴメンなさい……」

ガザーヴァが、俺のケツのあたりからちらちら外を伺いつつそんな謝罪を口にした。
まぁそうね。ほんとそれね。マジで心配したんですよ俺は。
じゃあ書き置き残してたら快く送り出したかっつったら、多分俺は引き止めるけれども。

>「でも……もういいや。レクス・テンペストになれなくたっていい。
 ボクのこと、特別だって。一生一緒だって言ってくれるひとを見つけたから。
 明神がボクのことを特別だって言ってくれるなら……ボクはもう、それだけでいいんだ」

「……うん」

冷静になって振り返ってみると、すげえ青臭いこと言ったな俺……。
あと数年もしたらいよいよアラサーだよ?ホントに大丈夫?責任取れる?

372明神 ◆9EasXbvg42:2021/09/27(月) 05:24:49
……まぁ、ちょっとテンション上げ過ぎちゃった感はあるけど、
それでも俺は、あの場で口にした言葉を大言壮語にするつもりはない。

「一生一緒、結構じゃねえの。世界救って末永く爆発してやろうぜ」

と、そんな感じでうまいことまとめようとしたところに、思わぬ横槍が入った。

>「ええと。そちらの方……今、テンペストソウルを用いればレクス・テンペストになれるって仰いました?」

ゴルドンの発動準備を解除したスターズが言うには、
ガザーヴァの目論見は初めから見当を外していたらしい。

>「――見たところ、貴方はダークシルヴェストル。ダークシルヴェストルは風属性じゃなく闇属性――」
>「だから、クラスチェンジするにはテンペストソウルじゃなくて、アビスソウルが必要なんですぅ〜」

「……えっと、つまり?」

ああダメだ、ぶちまけられた情報に理解が追いついてねえ。
脳みそが仕事するまでの数秒の間に、ガザーヴァの素っ頓狂な叫びが耳元で轟いた。

>「なんだよ!!! それぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

「ばーーーっかじゃねえの、バロール!そもそも設計からしてミスってんじゃねえか!!
 ヒャクパーあいつのチョンボじゃん!もう魔王の看板外せや!」

ずこー!ってなった。昭和のリアクションだった。
こんなオチってあるぅ?醤油の代わりにカレールー入れて肉じゃが作るようなもんだろそれ。
どうしてレシピ通りに作らないんですか……どうして……。

>「あっはははははは! 良かったじゃないか。それならまだクラスチェンジ出来る可能性が残ってるんだから」

話を横で聞いてたカザハ君が笑い声を上げる。

>「怒るわけないだろう。君には感謝してるよ。
 君がレプリケイトアニマで庇ってくれなかったら我はとっくにここにはいなかったわけだから。
 一つだけ言うとすれば、我は……特別になんてなりたくなかった。
 もしも我と君が逆なら、全てが上手くいっていたのかもしれないな――」

いや誰だよ。どっか行って戻ってきたと思ったら喋り方がおかしい。
イメチェンして性格まで変わったらそれはもう別の人物だろ。
俺お前のことこのままカザハ君って呼んでいいのかな……。

 ◆ ◆ ◆

373明神 ◆9EasXbvg42:2021/09/27(月) 05:26:52
所変わってグランダイト軍本陣、覇宮メル・ガヴァ。
軍医による一通りの手当てを受けた俺達は、陛下の御前に再び罷り越す運びとなった。

>「風の双巫女との約定により、これより我が軍の500騎を駐留部隊としてこの地に留め置き、
 始原の風車の防備に充てることとする」

グランダイトの腰には、今も風の魔剣が鈍い輝きを放っている。
テュフォンとブリーズ。当主2人の命と引き換えに、グランダイトとシルヴェストルが得たもの。

駐留戦力500騎は、まぁ妥当なセンだと俺も思う。
つーかこれが限界だ。人口3ケタの集落を護るには兵力が過剰でも収まりが悪い。
軍隊は大所帯になればなるほど兵站による制約を大きく受ける。
ようは兵隊さんのご飯の話だ。

こんな僻地にまで補給線を伸ばすのは簡単じゃないから、ある程度の食糧は現地調達が必要になる。
だがシルヴェストルの村の暮らしぶりを見るに、云千云万もの職業軍人を養えるだけの生産があるとは思えない。
精一杯畑を拡張して、不足分は狩猟採集で補うにしても、食わせられる兵隊には限りがあるはずだ。

そこらへんはアレクティウス執政官殿がお得意のソロバンをパチパチ弾いて計算してんだろう。
必要十分の防衛戦力で、かつ駐留軍隊がギリ保てるラインが500。
あとはまぁ、信仰やら生活文化やら色々考慮してんだろうけど詳しいことはわかんねえや。

>「そなたらはエーデルグーテへ行くという話であったな。
 『永劫』との面会を望むなら、余が親書を遣わすゆえ持ってゆくがよい。
 余と『永劫』には其処迄の親密さはなかったが、それでも階梯の誼。無手で参るよりはよかろう」

で、陛下はクソッタレの魔王閣下と会議するために本国に戻るそうで、
俺たちにはオデットへの渡りを付けてくれることになった。
これは明確に、この戦いで獲得した俺たち独自のアドバンテージだ。

374明神 ◆9EasXbvg42:2021/09/27(月) 05:27:48
「次は宗教の総本山で僧兵軍団の調略か。いよいよもって戦国時代めいてきたな」

安土桃山の頃の延暦寺とか興福寺のあれこれを歴史の授業で学んできた今、
国教を後ろ盾とした独立戦力ってやつを味方につける重要性はよく分かる。
プネウマ聖教はアルフヘイムの世界宗教だ。その権威は大陸のどこにだって届く。
世界が一丸となってコトにあたるうえで、これ以上に心強い戦力はあるまい。

>「さてと……。それじゃ、オレたちもここでお別れだな」

スターズとの同行もこれでお終いだ。
今回の共闘は行ってみりゃ呉越同舟みたいなもんで、元々バロール側の戦力じゃないしな。
ていうかゴッドリープの懐刀だしヒャクパー敵じゃねえかこいつら!
思いっきりニブルヘイムに弓引いてたけど大丈夫なの?粛清されるやつじゃないこれ?

>「――若干キモかったけれど、それなりに面白かった。それじゃ――」

「待て!報告書にはちゃんと『キモかったのは焼死体と裸マッチョだけ』って書いとけよ!?
 俺こいつらと一絡げにされんのマジで後生だかんな!!」

去っていくスターズ共をハラハラしながら見送っていると、右腕にズシリと重みが来た。

>「明神、ボク、オナカ減った」

「……そういや、イブリースとの再戦からなんも食ってねえなぁ。
 メシにしようぜ、兵隊さんのご相伴にくらいあずかれるだろ」

そんなわけで食糧を探してテントに戻ると、そこには馥郁たる香りが充満していた。
出来たての料理が満載された簡易テーブルとともに、俺たちを出迎えたのは――

>「みんな! おっかえりなさーい!!」

――いつの間にか目を覚ましていた、なゆたちゃんだった。

 ◆ ◆ ◆

375明神 ◆9EasXbvg42:2021/09/27(月) 05:30:30
>「聞いたよ、あのイブリースをやっつけたんだって? やったね!
 みんなが力を合わせれば、どんな強敵にだって必ず勝てるって。わたし、信じてたから――!」

「あ、ああ!なゆたちゃん、身体はもう良いのか?そんな動き回っちまって……」

>「オナカ減ったでしょ? みんなが疲れて帰ってくるだろうと思って、ゴハン用意してたんだ〜!
 さぁさぁ、みんな座って座って! 戦いの勝利をお祝いしなくっちゃ!
 あ! ガザーヴァ! まったくもーどこ行ってたの〜!? 心配したんだからね!
 でも帰ってきてくれてよかった! じゃあ〜、祝勝会とガザーヴァのおかえりなさい会の同時開催ね!
 はー忙し! 忙し!」

なゆたちゃんは明るい声で、立て板に水の如くまくしたてる。
『勝てて良かった』。『帰って来て良かった』。口に出るのはポジティブな言葉ばかりだ。
……まるで、それ以外の問答の一切から、目を背けているかのように。

>「……おい、明神。どーゆーコトだよ?
 モンキンのやつ、ゴッポヨ撃破されてガチ凹みしてんじゃなかったのか?」

「……そうだな。俺にはやっぱり、ヘコんでるように見えるよ」

忙しそうに食卓を駆け回るなゆたちゃんの姿に、俺は5年くらい前の記憶を思い浮かべる。
近所付き合いのあった爺さんの葬式。
長年連れ添った夫を亡くした婆さんも、こんな風にあくせく弔問客の世話を焼いていた。
仲の良い夫婦で、先立たれた悲しみは深かったはずだ。
だけども婆さんは通夜でも葬儀でも、納骨の時ですら休むことなく動き回っていた。

日本の葬式が色々煩雑な手続きやら喪主の仕事やらで手間がかかるのには、『あえて遺族を忙しくする』ことで、
肉親を亡くした悲しみが襲いかかってくるのを遅らせるためだって聞いたことがある。
それが本当かどうかは分かんねえけど。
全部終わってから婆さんがわんわん泣いてるのを見て、なんとなく理解ができた。

――なゆたちゃんは、悲しみをやり過ごそうとしている。
やり過ごさなきゃ心が壊れてしまうだけの悲しみが、今の彼女にはある。

>「それじゃ、みんなの勝利を祝って乾杯しよう!
 わたしとカザハとガザーヴァはジュースだけど……。それじゃあジョン、乾杯の音頭取ってもらっていい? 
 ほらほら! みんな笑って笑って!」

明らかに無理をして、快活に振る舞おうとしているなゆたちゃんの姿は、
正直なところ、見ていられないほどに痛ましかった。

>「本当は、明神さんの好物のトンカツも作れたらって思ったんだけど……ちょっと材料が足りなくて。ごめんね。
 いつかリバティウムみたいに御馳走するから、そのときまでのお楽しみってことで!」

「美味いよ、美味い。これ以上のメニューを望んだらバチが当たらぁ」

――だからもう、休んでくれ。
喉から出かけた言葉を、ちぎったパンで腹の中に押し戻す。
本当はポヨリンのこととか、いっぱい話したかったけど、その名前を口に出すことは出来なかった。

それから俺たちは、食事の端でいくつかのことを話し合った。
戦いの結果。現在の状況。石油王とバロールの行動。そして……エンバースのこと。
飛び出したハイバラの名に、なゆたちゃんは驚きながらも、納得を示した。
言われてみりゃああ確かにってなるのは、俺も同じだった。

376明神 ◆9EasXbvg42:2021/09/27(月) 05:31:05
>ハイバラさんと、明神さんと、カザハと。それにジョン。
 アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がこれだけいれば、きっと世界を救うことだってできる!
 侵食も食い止められるはずだよ、必ず――!!」

「おいおい、一人忘れてんだろ……」

挙げられた名前に、なゆたちゃん自身がいないことに。
俺は心臓を締め付けられる思いがした。

>「だから……だから。
 みんな、頑張って……。わたし、応援してるね。ずっとお祈りしてる。
 みんなが勝てるように……だから――」

ああ、頼むから。
その先を言わないでくれ。諦めないでくれ。
言葉にしてしまったら、もう結論を先送りにすることも出来なくなる。
だけれど、他ならぬ俺自身の理性が、『そうあるべきだ』と口を噤んだ。

>「わたし……パーティーを抜けるね」

そして、きっと誰もが避けたかった……『これからのこと』を考える時が訪れた。

 ◆ ◆ ◆

377明神 ◆9EasXbvg42:2021/09/27(月) 05:31:57
>「わたしのスマホ。壊れちゃったみたいで……何も映らないんだ。
 ブレモンを起動することもできない。それに、今まで使えていたスキルも使えなくなってて……」

なゆたちゃんが掲げたスマホは、画面が真っ暗なままだ。
鏡面のように反射する、覗き込んだ俺の顔は、縦に割れていた。
スマホの破壊。それが意味するところはひとつだけ。

>「わたし。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』じゃなくなっちゃった」

「……なんてこった」

スマホは言うまでもなくブレイブの生命線であり、同時に身分を示す唯一の証だ。
スマホを持つ以上はブレイブだし、スマホを失えばブレイブじゃなくなる。
単純な話だが、それ故になゆたちゃんの状態は致命的だった。

>「スマホぐらい……! いや……なんでもない……」

カザハ君がなにか言いかけて、すぐに言葉を引っ込める。
そう。『スマホが壊れただけ』と言える根拠なら、今の俺達にはある。

エンバース――サモンもカード行使もできない画面バキバキのスマホを持った男の存在。
だけど奴は今、フラウを喚べる。いつの間にかアプリが復旧してる。
画面が割れた程度なら、本来はブレイブの能力を永久に失うわけではないはずなんだ。

だけど仮になゆたちゃんのスマホが直ったとして、ブレイブとして復帰できるわけじゃない。
モンデンキントの全財産、唯一無二のパートナー、ポヨリンは、もう居ない。
こればかりは、スマホを直しゃどうにかなる問題じゃないんだ。

それに、なゆたちゃんはスキルも使えないと言った。
どういうこった。『蝶のように舞う』はカードじゃなくて、なゆたちゃん自身が体得したスキル。
スマホやブレモンアプリとは無関係の技術のはずだ。

俺たちがスキルや魔法を効率よく習得できてんのもスマホの恩恵なのか?
『ブレイブのスキル』としてアカウントに紐付けられてんなら、なゆたちゃんの現状にも納得がいく。
考えてみりゃジョンのブラッドラストにしたってブレイブになってから急に発現したわけだしな。

考察すべきことはいくつもあった。
無数の考えが頭の中をぐるぐるして、だけど今はその全てが後回しだ。
今。何よりも大事にしなきゃなんねえのは、目の前に居るなゆたちゃんだろ。

>「バカだよねえ、わたし。
 今まで勝ってこられたんだから、今回だって絶対勝てる! なんて。何の根拠もなく突っ走っちゃってさ。
 イブリースは今までの相手とは全然違うのに。ちゃんとみんなで対策を練って、連携して戦わなきゃだったのに。
 な〜んにも考えないで吶喊して、跳ね返されちゃって! あははははは、いや〜参った参った!
 ごめんね、みんな! 本当にこんなのがリーダーですなんて、今まで大きな顔しちゃってて!」

「……なぁ、頼むよ、そんなこと言うなよ。自分のこと、そんな風に、言うなよ。
 あの状況で即撤退なんか出来なかった。作戦会議なんてする暇もなかった。
 俺たちの後ろには、シルヴェストルの里があったんだから」

俺たちが十分にイブリース達のヘイトを取ることなく逃げ出していれば、
奴らの矛先は今度こそ始原の風車とそれを守るシルヴェストル達に向いた。
あそこで短期決戦を挑んだ判断は間違っちゃいない。負けたのは……結果論だ。

378明神 ◆9EasXbvg42:2021/09/27(月) 05:33:44
>「だからさ。わたし、もう役立たずになっちゃったから。
 リーダーの座は明神さんに譲るね。新リーダー、これから頑張って。
 わたしのことは、申し訳ないんだけどヴィゾフニールでリバティウム辺りに送ってくれないかな?
 リバティウムならしめちゃんもいるし、わたしの箱庭も……」

「こんなところで、降りるなんて、言うなよ――」

俺の言葉は、俺の懇願は、きっと今のなゆたちゃんには届かない。
分かっているのに未だにリーダーを押し付け続けようとしてるのは、言うまでもなく俺のエゴだ。
唐突な――だけど十分予期できた――別れの宣告に、耐えられそうになかった。

>「わっ、わたしっ、ちょっと風に当たってくるね!
 みんなは祝勝会楽しんでて! それじゃ……!」

ひとしきり言い終わると、なゆたちゃんは逃げ出すように食卓を離れた。
待ってくれ、と言葉が喉を通るより早く、その手を掴むより早く、テントの外に消えていく。
所体なく空を切った手のひらを、俺は強く握った。

「なゆたちゃん!……ああっ、クソ!」

拳を叩きつけたテーブルが揺れて、殆ど口を付けてないスープが器の縁から散った。
そのまま乱暴に椅子に腰を落とす。

>「本人がああ言ってるんだ、仕方がない……。
 身を護る手段も無いのに連れ回しても危険に晒すだけだ……」

カザハ君の言うことはもっともだった。

「分かってるよ。……分かってんだ、そんなことは。
 このまま進めば、なゆたちゃんにとってどれだけキツい旅路になるかってことも、分かってる」

パートナーも、回避スキルもない女子高生を旅に連れていけば、まず間違いなく狙われる。
単純に危険だってことはもちろん、なにより足手まといになることをなゆたちゃんは望まないだろう。
仮に彼女を庇って俺たちの誰かが傷つけば、今度こそ追い詰められかねない。

「……だけど、それでも俺は諦めたくねえよ。全員で世界を救うっていう最初の目標を。
 ゲーマーの矜持なんか関係なしに、なゆたちゃんを取りこぼしたくない」

俺は、後任のパーティーリーダーを不足なくこなせる自信がある。
それはリーダーの座が軽いからじゃない。俺が、なゆたちゃんも認める凄い奴だからだ。
キングヒルの決闘で彼女に認められたことを、嘘に変えるつもりはない。

「俺がなゆたちゃんにリーダーを任せたのは、あいつが強いプレイヤーだからじゃない。
 『モンデンキント』は、崇月院なゆたを構成するほんの一部分でしかないはずだ」

先の見えない逆境の中でも、前へ進み続ける意思。
石油王が言うところの、『不屈』――。
キングヒルで目の当たりにしたその光を、輝きを、俺はもう一度見たい。

俺は立ち上がった。

379明神 ◆9EasXbvg42:2021/09/27(月) 05:35:43
「なゆたちゃん、エーデルグーテに行こう」

カザハ君と入れ違いに天幕を出る。
なゆたちゃんの姿はほどなくして見つかった。

「俺たち全員、あの戦いでニヴルヘイムの連中にツラが割れちまった。
 パーティを離れる方が危険だ。人質に取られる可能性だってある。
 それなら、十二階梯の……オデットの庇護下に居たほうが良い」

『永劫の』オデットがシナリオ通りの性格なら、喜んでなゆたちゃんを保護するだろう。
これは信頼とか信用って言うより、性癖を根拠とした確信と言って良い。
そして序列三位の継承者なら、ニヴルヘイムもおいそれと手は出せまい。

「道中どんな危険があろうが、絶対にお前を安全な場所まで連れてく。
 そこまでやらなきゃ、俺はポヨリンに顔向けできねえ。
 あいつは……俺にとっても大事な仲間だった。あいつの旅路を、半ばで終わらせたくない」

スライムが何考えてっか、多分なゆたちゃんくらいのマニアじゃなきゃわかんねえだろうけど。
それでも、ポヨリンが最期まで望み続けていたことが何なのかくらいは分かる。
仇を討つことは、出来なくなっちまったけど。せめて安心させてやりたい。

「だからもう少しだけで良い。俺たちのリーダーでいてくれ。
 まっすぐ進めない俺たちを、エーデルグーテまで導いてくれ。
 それに――」

色々ともっともらしい理屈を捏ねはしたが、結局俺の望みはひとつだけだ。

「……トンカツ、食わせてくれるんだろ」

この先の旅路から、なゆたちゃんを失いたくない。
もう一度、立ち上がってほしい。
それを伝えるための言葉が出てこないのが、どうしようもなく歯痒くて、悔しい。

だけど今はそれで良い。
キングヒルで、絶望に打ちのめされたなゆたちゃんを励まし立ち上がらせたのが誰だったか。
俺は忘れてない。

「よぉエンバース。お前のこと、これからハイバラって呼んだほうが良いか?
 そしたら俺のことタキモトって呼んで良いぜ」

なゆたちゃんの元からテントに戻って、エンバースの肩に手を置く。

「……あとは任せた」

【第7章〆】

380embers ◆5WH73DXszU:2021/10/05(火) 06:28:38
【アノクシア(Ⅰ)】

『おぉーい!! せっかく『黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)』発射の準備ができたってのに、お役御免かよォ!』

「悪いな。実はゴルドン発射前に決着を付けないと、実績解除が進まないんだ」

『――骨折り損のくたびれ儲け――』

「そんな事言うなよ。別に俺の為に祝砲を上げてくれても良かったんだぜ、セルリアちゃん」

セルリアちゃんのリアクション=ガン無視/遺灰の男のリアクション=肩を竦める。

〈……まるでハイバラそのものですね。少なくとも、表面的には〉

足元から不満げな声=「ごっこ遊び」をしている場合かとでも言いたげな声音。

「ハイバラそのもの、に戻るはずだったんだけどな」

〈実際、どうするつもりです。最早あなたが役者不足である事は明白ですよ〉

「……考えはあるさ」

背を向ける遺灰の男――込み入った話をするには、些か時と場所が悪い。

『……えと。
 黙って勝手にいなくなっちゃって、ゴメンなさい……』

とは言え、既に大凡の戦後処理は片付いている様子。
残った一つも、遺灰の男には口出し出来そうにない。

『だって。……特別になりたかったんだもん。
 ソイツばっか特別扱いされてさ。特別だー、風精王の器だーってチヤホヤされてさ。
 ボクとソイツは同じはずなのに……。それが悔しかったんだ。
 テンペストソウルがあれば、ボクもソイツみたいになれるかなって……思っちゃったんだもん』

それに口出しする必要もない。必要なのは――

『でも……もういいや。レクス・テンペストになれなくたっていい。
 ボクのこと、特別だって。一生一緒だって言ってくれるひとを見つけたから。
 明神がボクのことを特別だって言ってくれるなら……ボクはもう、それだけでいいんだ』

対青春の波動ショック姿勢だ。遺灰の男はその場に膝を突いて拳を地面に押し当てた。

『……うん』
『一生一緒、結構じゃねえの。世界救って末永く爆発してやろうぜ』

「……ふう、危なかったな。危うく青春の波動でターンアンデッドされるところだった」

話は落ち着いた――つまり、いつぞやの意趣返しのタイミングが来たという事。

「さて、ラブラブトークはもうおしまいか?なら、一旦グランダイトの野営地に――」

『ええと。そちらの方……今、テンペストソウルを用いればレクス・テンペストになれるって仰いました?』

「わざわざ蒸し返すような話でもないけど……本人曰く、そういう事らしいぜ」

『そーだよ。でももうテンペストソウルはなくなっちゃったし、仮にあったってボクはもう――』
『あ? んなワケねーだろ。テンペストソウルが百個あったって、オメーはレクス・テンペストにゃなれねーよ』

「おい、どうした。腹が減ったなら素直にそう言って――」

381embers ◆5WH73DXszU:2021/10/05(火) 06:29:12
【アノクシア(Ⅱ)】

『……どーゆー意味さ』
『――見たところ、貴方はダークシルヴェストル。ダークシルヴェストルは風属性じゃなく闇属性――』
『だから、クラスチェンジするにはテンペストソウルじゃなくて、アビスソウルが必要なんですぅ〜』

「……いや。それは、何か特別なスキルや仕様があるんだろ?でなけりゃホントに何の為に――」

ガザーヴァを振り返る遺灰の男――縋るような眼光。

『……はっ?』

ガザーヴァ=豆鉄砲を食らったような表情――遺灰の男が頭を抱える。

『な、な、な…………』
『なんだよ!!! それぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!』

「……奇遇だな。俺も今、まったく同じ事を叫びたいと思ってた。もしかしたらこれって運命かもな」

『ばーーーっかじゃねえの、バロール!そもそも設計からしてミスってんじゃねえか!!
 ヒャクパーあいつのチョンボじゃん!もう魔王の看板外せや!』

「やめよう、明神さん。この話は掘り下げれば掘り下げるほど虚しくなってくると見た」

それはそうとカザハが何やら大幅にイメチェンしていたが、遺灰の男は特に触れなかった。
記憶を肉体/脳に依存しない存在は、時に人格に急激な変貌を来たす事がある。
その事についての指摘は、遺灰の男にとって藪蛇になり得るからだ。

382embers ◆5WH73DXszU:2021/10/05(火) 06:31:20
【アノクシア(Ⅲ)】


『風の双巫女との約定により、これより我が軍の500騎を駐留部隊としてこの地に留め置き、始原の風車の防備に充てることとする』

メル・カヴァ内部、謁見の間にて響くグランダイトの宣告。
遺灰の男=特に反応なし――覇王の用兵を疑う理由がない。

『そなたらはエーデルグーテへ行くという話であったな。
 『永劫』との面会を望むなら、余が親書を遣わすゆえ持ってゆくがよい。
 余と『永劫』には其処迄の親密さはなかったが、それでも階梯の誼。無手で参るよりはよかろう』

「逆に、いきなり押しかけてきた自称ブレイブとよく謁見してくれたよな、アンタ」

『次は宗教の総本山で僧兵軍団の調略か。いよいよもって戦国時代めいてきたな』

「戦国時代か。俺がオデットのお嫁さんになれば、次はもっと楽に話を纏められないかな」

ぼやく遺灰の男――ちびっこ執政官に睨まれ、謁見の間から退散。

『さてと……。それじゃ、オレたちもここでお別れだな』

「まあ、そうなるな……でも俺は寂しいよ、ルブルムちゃん。なにせ次に会う時はまた敵同士かも――」

遺灰の男=両手で涙を拭う仕草。

『まっ、縁がありゃまた会えるだろ!
 そンときこそしっかり『黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)』撃たせてくれよな!
 こンなンじゃ不完全燃焼だぜ、次回はキッチリ! オレたちデスティネイトスターズのスゲェとこ見せてやっからよ!』

「……そうだな。俺も次会う時までにフリフリのドレスを用意しておかないと」

遺灰の言動=ハイバラの感性の解放――スターズとの合体技を打ちたくて堪らない。

『――若干キモかったけれど、それなりに面白かった。それじゃ――』
『待て!報告書にはちゃんと『キモかったのは焼死体と裸マッチョだけ』って書いとけよ!?
 俺こいつらと一絡げにされんのマジで後生だかんな!!』

「なんだ……まだそんな事を言ってるのか、明神さん。心配するなって。
 ――ガザーヴァなら、どんな明神さんでも受け入れてくれるだろうさ」

結局、誤解は恐らく解けないままスターズは去っていった。

『明神、ボク、オナカ減った』
『……そういや、イブリースとの再戦からなんも食ってねえなぁ。
 メシにしようぜ、兵隊さんのご相伴にくらいあずかれるだろ』

「里攻めの為に用意した糧食が有り余ってる筈だ。食べて処分するのは、むしろ人助けになるだろうさ」

明神の後を歩く遺灰の男――遺灰の身体に食事は不要だが、天幕には用がある。
パートナーを喪い、昏倒した少女の様子が気がかりだった。
まだ、気を失ったままか。それとも――

『みんな! おっかえりなさーい!!』

天幕の入り口を潜ると、その答えはすぐに分かった――少女は笑顔を浮かべて、仲間達を出迎えた。
だが、その笑顔は遺灰の男に安堵を齎すものではなかった――齎されたのは、ただの既視感だけだ。

383embers ◆5WH73DXszU:2021/10/05(火) 06:32:21
【アノクシア(Ⅳ)】

『聞いたよ、あのイブリースをやっつけたんだって? やったね!
 みんなが力を合わせれば、どんな強敵にだって必ず勝てるって。わたし、信じてたから――!』

「……まあ、俺が少し本気を出せばこんなものさ」

遺灰の男=いつも通りの言動――少女がいつも通りを装う以上、そうする他ない。

『オナカ減ったでしょ? みんなが疲れて帰ってくるだろうと思って、ゴハン用意してたんだ〜!
 さぁさぁ、みんな座って座って! 戦いの勝利をお祝いしなくっちゃ!』

「お腹は……まあ、空いてるよ。見ての通りだ」

『あ! ガザーヴァ! まったくもーどこ行ってたの〜!? 心配したんだからね!
 でも帰ってきてくれてよかった! じゃあ〜、祝勝会とガザーヴァのおかえりなさい会の同時開催ね!
 はー忙し! 忙し!』

「あー……なんだ、その。手伝える事があったら言ってくれ」

歯切れの悪い言葉――「こういう状況」の記憶/経験は十分過ぎるほどにある。
慣れているとすら言える筈だった――それでも、上手く言葉が出てこない。

『それじゃ、みんなの勝利を祝って乾杯しよう!
 わたしとカザハとガザーヴァはジュースだけど……。それじゃあジョン、乾杯の音頭取ってもらっていい? 
 ほらほら! みんな笑って笑って!』

「……これはまた、随分と気合を入れたな。この体は便利だけど、今回ばかりは惜しい気分だ」

『本当は、明神さんの好物のトンカツも作れたらって思ったんだけど……ちょっと材料が足りなくて。ごめんね。
 いつかリバティウムみたいに御馳走するから、そのときまでのお楽しみってことで!』
『美味いよ、美味い。これ以上のメニューを望んだらバチが当たらぁ』

「……それで。俺に聞きたい事があるんだろ、明神さん」

進んで自分語りをする趣味はない――だが、話の主導権が取りたかった。
明け透けな空元気で笑い続ける少女を見ているのが――ひどく辛かった。

『……エンバースの前世が、ハイバラ……。
 あの日本ランキング一位の【賢人殺し】だなんて……』

「――昔の話さ。今の俺はそのハイバラの、ただの燃え残りだ」

本当の事は言えない――だが、嘘でも自分がハイバラだと名乗るのは気が引けた。

『エンバース……ううん、ハイバラさん。あなたがどうしてそんな姿になってしまったのか、わたしには分からないけど。
 これからも、みんなに力を貸してあげてほしい。お願いしてもいいかな……?』
 
「よせよ、急に改まって。正体がバレたからハイさようならなんて、俺がそんな血も涙もないヤツに見えるか?」

両腕を広げる/久々の焼死体ジョーク――笑いは、誘えなかった。

『あなたのことは元々強いって思ってたけど、正体が日本ランキング一位のあのハイバラさんなら納得だね。
 ハイバラさんと、明神さんと、カザハと。それにジョン。
 アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がこれだけいれば、きっと世界を救うことだってできる!
 侵食も食い止められるはずだよ、必ず――!!』

『おいおい、一人忘れてんだろ……』

縋るような明神の声/遺灰の男は――何も言えない。きっとそうなると分かっていたから。

384embers ◆5WH73DXszU:2021/10/05(火) 06:33:49
【アノクシア(Ⅴ)】

『だから……だから。
 みんな、頑張って……。わたし、応援してるね。ずっとお祈りしてる。
 みんなが勝てるように……だから――』

少女の声が途切れる――それでも、遺灰の男には次に紡がれる言葉が分かる。
分かるからこそ――この僅か数秒程度の静寂は、苦痛にしかなり得なかった。

『わたし……パーティーを抜けるね』

遺灰の男は何も言えない。

『ハァ? なんだよソレ?
 モンキン、本気で言ってんの?』

ハイバラは、こんな状況にだって慣れていた。

『本気だよ……。だって――』

ハイバラにとっての一巡目――ブレイブ召喚の魔法が漏洩した、アルフヘイムの世紀末。
たまたま同じ陣営に召喚されたブレイブが、パートナーを失う様を何度も見てきた。
最初の頃は同情した――共に悲しんだりもした。だが、それは長続きしなかった。

『わたしのスマホ。壊れちゃったみたいで……何も映らないんだ。
 ブレモンを起動することもできない。それに、今まで使えていたスキルも使えなくなってて……」

自分と、自分に親しい仲間達の為に、利用出来るものはなんでも利用する必要があった。
パートナーがいなくてもスペルは使える/スペルがなくてもアイテムは使える。
ブレイブを立ち直らせる為の手管を、遺灰の男は余さず覚えている。

パートナーを失って、自分を責めるブレイブは多かった。
それはつまり――傾向と対策を予想しやすいという事だ。

『わたし。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』じゃなくなっちゃった』

なのに――何も言えない。なゆたのぎこちない笑顔に、ただ胸が痛む。

『バカだよねえ、わたし。
 今まで勝ってこられたんだから、今回だって絶対勝てる! なんて。何の根拠もなく突っ走っちゃってさ。
 イブリースは今までの相手とは全然違うのに。ちゃんとみんなで対策を練って、連携して戦わなきゃだったのに』

「……よせ」

振り絞るような声。

『な〜んにも考えないで吶喊して、跳ね返されちゃって! あははははは、いや〜参った参った!
 ごめんね、みんな! 本当にこんなのがリーダーですなんて、今まで大きな顔しちゃってて!』

『……なぁ、頼むよ、そんなこと言うなよ。自分のこと、そんな風に、言うなよ。
 あの状況で即撤退なんか出来なかった。作戦会議なんてする暇もなかった。
 俺たちの後ろには、シルヴェストルの里があったんだから』

ハイバラの記憶をどんなに辿っても/何度振り返っても――紡ぐべき言葉が見つけられない。

『わっ、わたしっ、ちょっと風に当たってくるね!
 みんなは祝勝会楽しんでて! それじゃ……!』

「モンデンキント……!」

なゆたが天幕の外へと逃げていく/咄嗟に追おうと立ち上がる――だが、次の一歩が踏み出せない。

385embers ◆5WH73DXszU:2021/10/05(火) 06:36:15
【アノクシア(Ⅵ)】

『なゆたちゃん!……ああっ、クソ!』
『本人がああ言ってるんだ、仕方がない……。
 身を護る手段も無いのに連れ回しても危険に晒すだけだ……』

「……そんな事は、言われなくても」

『分かってるよ。……分かってんだ、そんなことは。
 このまま進めば、なゆたちゃんにとってどれだけキツい旅路になるかってことも、分かってる』
『……だけど、それでも俺は諦めたくねえよ。全員で世界を救うっていう最初の目標を。
 ゲーマーの矜持なんか関係なしに、なゆたちゃんを取りこぼしたくない』

遺灰の男が明神を見つめる――この状況で、明神ははっきりと自分の意思を示した。

『俺がなゆたちゃんにリーダーを任せたのは、あいつが強いプレイヤーだからじゃない。
 『モンデンキント』は、崇月院なゆたを構成するほんの一部分でしかないはずだ』

遺灰の男には、それが出来ない/出来なかった――何も言えなかった。
カザハが/明神が天幕を出ていく――静寂の中、つい考えてしまう。
本物のハイバラだったら、一番最初にここを出ていけたのかと。

やがて、明神が帰ってきた――遺灰の男の肩に手を置く。

『よぉエンバース。お前のこと、これからハイバラって呼んだほうが良いか?
 そしたら俺のことタキモトって呼んで良いぜ』

遺灰の男は――まるでスイッチを切り替えたように、不敵に笑った。

「俺のサインが欲しいなら、もう少し気の利いたセリフを用意してくるんだな、明神さん」

遺灰の男はハイバラにはなれない/なれなかった――だが、そんな事は些事でしかない。
なれた/なれなかったではないのだ――遺灰の男は、ハイバラでいなければいけない。
少なくとも仲間達の前では――結局のところ、遺灰の男がすべき事はそれだけだ。

『……あとは任せた』

「任された……と言いたいところだけど」

やや腑抜けた声――不敵な笑みが綻びる。

「……今回ばかりは、最後の最後にどうなるかはアイツが決めるしかない」

遺灰の男が天幕を出る――少女を探し歩きながら思考する。

崇月院なゆたの現状は、正直に言って詰んでいる。
唯一無二の相棒=ポヨリンを喪い/スマホもスキルも使えない。
ブレイブとしての能力全てを喪失している――あえて連れ歩く理由は、ない。

だが――その事実を思うと、胸が苦しくなる。
ハイバラの記憶にない痛み/苦しみ――ではなかった。
遺灰の男には、その息苦しさを一巡目にも感じた記憶があった。

ハイバラの幼馴染/最愛の女性――マリがパートナーを失った時もそうだった。
あの時も同じだった――ハイバラはどうしても結論を出せなかった。
傍に置いて守るべきか/それとも戦いから遠ざけるべきか。

だから、この胸の痛みと苦しさに名前を付けるとすれば――

「いや……あり得ない。だってそうだろ。俺には……ハイバラには、マリがいる。マリがいたんだ」

――それはきっと尊敬とか、そんな名前だ。遺灰の男は自分にそう言い聞かせた。

386embers ◆5WH73DXszU:2021/10/05(火) 06:37:53
【アノクシア(Ⅶ)】


「……よう」

なゆたはそう時間もかからず見つかった/歩いている間に考えは纏めた。

「俺が何故こんな風になったのか。分からないって言ったよな。教えてやるよ」

後はそれを伝えるだけだ――その結果が、予測出来ないとしても。

「俺はな、一度死んだんだ。闇溜まりの奥深く……光り輝く国ムスペルヘイムで。
 ヒトの魂を薪に燃える聖火に焼かれて、そこで俺の冒険は終わった筈だった」

だが、そうはならなかった――ハイバラは、エンバースとして再び目を覚ました。

「俺は死んだ」

この世界はゲームではなく現実――死んだパートナーは死体すらスマホに戻ってこない。
ゲームのように、どこの街にでもあるような教会で死者を蘇らせる事など勿論出来ない。

「そしてアンデッドになったんだ」

それでも――この世界のシステムは、死者の帰還を限定的にだが認めている。

遺灰の男は考えた――ハイバラならきっと、この抜け道に目をつける筈だと。
ハイバラならきっと、この状況に対しても攻略法を探そうとする。
そしてその中に、自分の願いを/感情を埋めて隠すのだ。

「……エーデルグーテに行こう、モンデンキント。俺達と一緒に。諦めるにはまだ早いぜ。
 『永劫の』オデットは聖属性魔法の達人で……しかもアンデッドの女王様だ。
 ポヨリンさんともう一度会える可能性は……ゼロじゃない筈だ」

無論、それはあくまでもゼロではない――本当に、ただそれだけ。

「そりゃ……上手くいかない可能性だって、ゼロじゃないけど」

遺灰の男はあえてその事に言及する――口車に乗せたい訳じゃない。
ただ、崇月院なゆたに前を向いて欲しい/折れないで欲しい――
――また、頼りにしてると言って欲しい。それだけだ。

「でも、頼む。一緒に来てくれ」

ハイバラなら、きっとその為にどんな言葉を選べばいいのかも分かっただろう――遺灰の男は考える。

「俺は……」

だが遺灰の男は、ハイバラにはなれない。だから――

「……お前がいなくなるのは、嫌なんだ」

だから、そんな拙い言葉を紡ぐのが精一杯だった。

387ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/10/10(日) 14:20:23
「ふう〜〜…」

落ち込んでばかりもいられない。本当に辛いのはなゆで…この後なんだから。

>「……えと。
 黙って勝手にいなくなっちゃって、ゴメンなさい……」

頭を冷やしていると明神の影からひょこっとカザーヴァが顔を出す。
以外だな…僕がいなきゃ結局お前らダメダメじゃん!と軽口の一つでも叩くと思っていたが…。

>「だって。……特別になりたかったんだもん。
 ソイツばっか特別扱いされてさ。特別だー、風精王の器だーってチヤホヤされてさ。
 ボクとソイツは同じはずなのに……。それが悔しかったんだ。
 テンペストソウルがあれば、ボクもソイツみたいになれるかなって……思っちゃったんだもん」
>「でも……もういいや。レクス・テンペストになれなくたっていい。
 ボクのこと、特別だって。一生一緒だって言ってくれるひとを見つけたから。
 明神がボクのことを特別だって言ってくれるなら……ボクはもう、それだけでいいんだ」

>「一生一緒、結構じゃねえの。世界救って末永く爆発してやろうぜ」

>「……ふう、危なかったな。危うく青春の波動でターンアンデッドされるところだった」

「…お幸せに」

僕もなにか一言言おうと思ったが…強烈なラブラブの波動を発していたので最低限で済ますことにした。
人の恋路を邪魔するのは馬にけられて死んじまえっていうしね。

このラブラブ空間にぶった切って現れたのはフラウスだった。
いまだに僕との距離は物理的に遥か遠いが…ラブラブ空間に抵抗はないらしい。

>「ええと。そちらの方……今、テンペストソウルを用いればレクス・テンペストになれるって仰いました?」
>「――見たところ、貴方はダークシルヴェストル。ダークシルヴェストルは風属性じゃなく闇属性――」

>「だから、クラスチェンジするにはテンペストソウルじゃなくて、アビスソウルが必要なんですぅ〜」

このラブラブ空間に衝撃の真実を持ってぶった切って現れたのはフラウスだった。
いまだに僕との距離は物理的に遥か遠いが…ラブラブ空間に抵抗はないらしい。

>「……はっ?」

>「あっはははははは! 良かったじゃないか。それならまだクラスチェンジ出来る可能性が残ってるんだから」

>「なんだよ!!! それぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

「アハハ…」

怒りで叫ぶカザーヴァとそれを諫める明神を見ながら、僕は苦笑いしかできなかった。

388ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/10/10(日) 14:20:35
無事に戻ってきた僕達はなゆに会う前に全ての話し合いをつけてしまうことにした。

>「風の双巫女との約定により、これより我が軍の500騎を駐留部隊としてこの地に留め置き、始原の風車の防備に充てることとする」

「打倒なラインだな」

戦いは基本的に数の戦いだ。しかし、この世界では一人でその差をひっくり返す人物が多数存在する。
過剰な戦力は戦いを抑制する効果がある。しかし、相手にそれ以上の戦力が…ひっくり返す算段さえあれば戦闘は必ず起こる。
そうなれば戦闘の規模は大きくなり、人的被害どころかその場所が生物の住めない場所になる事すらある。

>「そなたらはエーデルグーテへ行くという話であったな。
 『永劫』との面会を望むなら、余が親書を遣わすゆえ持ってゆくがよい。
 余と『永劫』には其処迄の親密さはなかったが、それでも階梯の誼。無手で参るよりはよかろう」

>「次は宗教の総本山で僧兵軍団の調略か。いよいよもって戦国時代めいてきたな」

全てがスムーズに進行していく。さすが覇王。戦闘面だけでなく事を円滑に動かすという事を理解している。
このまま全てがうまくいけばよいのだが…。

>「さてと……。それじゃ、オレたちもここでお別れだな」

覇王の全面的な協力で、会議は瞬く間に終わり。魔法少女達は別れの挨拶を始める。

>「それに、今回のところは共闘しましたが〜、本来私たちは敵同士ですので〜……」

僕からできる限りの距離を取りながら睨んでいる。

>「まっ、縁がありゃまた会えるだろ!
 そンときこそしっかり『黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)』撃たせてくれよな!
 こンなンじゃ不完全燃焼だぜ、次回はキッチリ! オレたちデスティネイトスターズのスゲェとこ見せてやっからよ!」

この分だと次会って敵同士だとしても殺し合いにはならなそうだ。
そのほうがいい…またなゆが悲しむような事になってほしくないから…

>「――若干キモかったけれど、それなりに面白かった。それじゃ――」

「まて、なぜ僕を見る?」

>「待て!報告書にはちゃんと『キモかったのは焼死体と裸マッチョだけ』って書いとけよ!?
 俺こいつらと一絡げにされんのマジで後生だかんな!!」

なぜだ…?

>「なんだ……まだそんな事を言ってるのか、明神さん。心配するなって。
 ――ガザーヴァなら、どんな明神さんでも受け入れてくれるだろうさ」

「え?これそんな話なの?」

>「明神、ボク、オナカ減った」

わいわいと話しながら僕達はテントの前で会話を一斉に止める。
決して気遣ったわけではないが…自然と口を止めて…お互いを見合った。

理由はもちろん目の前にいる少女…なゆだった。

>「みんな! おっかえりなさーい!!」

389ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/10/10(日) 14:20:49
なゆの顔を見た時、即座に異変に気付いた。

>「聞いたよ、あのイブリースをやっつけたんだって? やったね!
 みんなが力を合わせれば、どんな強敵にだって必ず勝てるって。わたし、信じてたから――!」

でも不思議と…僕はなにも感じなかった。

>「……まあ、俺が少し本気を出せばこんなものさ」

目の前にいるなゆに以前の面影は微塵もなかった…。
頑張って明るく振舞おうとしてはいるが…明るいのは表情と声だけで…。

>「……おい、明神。どーゆーコトだよ?
 モンキンのやつ、ゴッポヨ撃破されてガチ凹みしてんじゃなかったのか?」

>「……そうだな。俺にはやっぱり、ヘコんでるように見えるよ」

付き合いが比較的短いカザーヴァにはイマイチピンとこなかったのかもしれない。けど…

>「え? これ? あ、ああ、少し色々あってな! それよりなゆ……。
……すごいなこれ! また料理の腕上げたか!?」

僕にも分かるんだ。それより付き合いが長い3人には痛いほど伝わっているはずだ。
なゆがへこんでるなんてレベルじゃなく…折れてしまっている事に…

>「エンバース……ううん、ハイバラさん。あなたがどうしてそんな姿になってしまったのか、わたしには分からないけど。
 これからも、みんなに力を貸してあげてほしい。お願いしてもいいかな……?
 あなたのことは元々強いって思ってたけど、正体が日本ランキング一位のあのハイバラさんなら納得だね。
 ハイバラさんと、明神さんと、カザハと。それにジョン。
 アルフヘイムの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』がこれだけいれば、きっと世界を救うことだってできる!
 侵食も食い止められるはずだよ、必ず――!!」

不思議と僕の中に悲しさはなかった。こうなる事がある程度予想できていたからだろうか?
それともやっぱり僕が普通の人間ではなく…血も涙も感じられない化け物だからだろうか?

>「わたし……パーティーを抜けるね」

やはり・・・僕はなにも感じなかった。当然の事だと処理しようとしている自分がいた。
やっぱり僕には人の心が…なにかが欠けているのだろう。

>「ハァ? なんだよソレ?
 モンキン、本気で言ってんの?」
>「わたしのスマホ。壊れちゃったみたいで……何も映らないんだ。
 ブレモンを起動することもできない。それに、今まで使えていたスキルも使えなくなってて……」

戦えないなら離脱するのは当然の事だ。僕達には戦えない人間を庇えるだけの余裕はない。自分の身だって守れないのに…

>「わたし。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』じゃなくなっちゃった」

彼女の顔は…もう取り繕えないほどに…ぐちゃぐちゃだった。

390ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/10/10(日) 14:21:05
>「バカだよねえ、わたし。
 今まで勝ってこられたんだから、今回だって絶対勝てる! なんて。何の根拠もなく突っ走っちゃってさ。
 イブリースは今までの相手とは全然違うのに。ちゃんとみんなで対策を練って、連携して戦わなきゃだったのに。
 な〜んにも考えないで吶喊して、跳ね返されちゃって! あははははは、いや〜参った参った!
 ごめんね、みんな! 本当にこんなのがリーダーですなんて、今まで大きな顔しちゃってて!」
>「だからさ。わたし、もう役立たずになっちゃったから。
 リーダーの座は明神さんに譲るね。新リーダー、これから頑張って。
 わたしのことは、申し訳ないんだけどヴィゾフニールでリバティウム辺りに送ってくれないかな?
 リバティウムならしめちゃんもいるし、わたしの箱庭も……」
>「や、やっぱりいいや。リバティウムはやめとく。
 そ……そうだなー、ガンダラの『魔銀の兎娘(ミスリルバニー)亭』なんていいかも!
 あそこでマスターに雇ってもらって、ウェイトレスとかやってみたいかな!」

「…そうか」

掛ける言葉は見つからない。どんな言葉をかけても…なゆを傷つける事にしかならないという事は僕にだって分かる。
折れてしまった心は…もう戻らない。後はゆっくりと歪んでいくだけだ。

君は僕達の希望の象徴だ。決して無くなってはいけない。けど、僕には掛ける言葉の一つすらありはしない

>「わっ、わたしっ、ちょっと風に当たってくるね!
 みんなは祝勝会楽しんでて! それじゃ……!」

>「なゆたちゃん!……ああっ、クソ!」

>「本人がああ言ってるんだ、仕方がない……。
身を護る手段も無いのに連れ回しても危険に晒すだけだ……」

みんなもわかっているはずだ。なゆがいなければこのPTが成立しない事に。
戦力的な意味だけじゃない。彼女は希望の象徴で、この世界の平和に必要不可欠な存在だ。

世界はなゆがいなくても救えるかもしれない…けど
真の世界平和にハッピーエンドに繋げる事ができるのは…なゆだけだ。

「………」

みんなが出ていったなゆを追いかけていくなか、僕だけは椅子に座ったまま動けなかった。

391ジョン・アデル ◆yUvKBVHXBs:2021/10/10(日) 14:21:26
戦いに負けて…イブリースを倒すことも、仲間にすることも出来ず…ただ地に伏しただけ。

そして、今苦しんでいるなゆに涙どころか…悔しさでさえも共感してあげられない。
イブリースの前に決めた覚悟は一体なんなんだ?もう悲しませないと誓ったのに…

僕には…人間としての当たり前のなにかが欠けている。そう認められずにはいられなかった。
僕がどれだけ人を想っても…信頼すると口に出しても…それは結局見せかけで…

ロイが死んだあの時から…シェリーを殺したあの日から…ほんの少しでさえも成長できていない。
結局他人を思いやれている…その気になっていた自分に酔いしれていただけだ。

人が目の前で死のうとも、殺されようとも、殺そうとも、仲間と呼んでくれる人が大切な相棒を失ったとしても…なにも思わない。
ただ過ぎ去ってしまえば全て過去。それが僕だ…

だからこそ…城でなゆ達が戦ってる姿をみて…なにが変わるかもしれないと…期待して…でもそれすらも自分勝手で…

「そうだ…だから僕は…みんなに…なゆについてきたんだ」

旅の途中で成長できるなんて…そんな上等な人間じゃなかったんだ僕は…そんな事すらもわかってなかった。
分かった気になるな、奢るな。僕はそんな事が可能な人間じゃない。
「なゆ…!」

彼女のが行き着く先に…お人よしの彼女がお人よしのまま・・・物語を終えた時。世界を救ったその時に…
その物語に一人の人間として…彼女の世界で…一緒に向かって辿り着いたその先の世界にこそ…僕が求める物がある。

名前さえも分からないソレを手に入れられる。その可能性を…いや確信を…あの日に得たんだ!

ダンッ!

気づいたら椅子を蹴り飛ばし、外に駆け出していた。

なゆに会わなくては!この世界の為に…いや僕の為に彼女が絶対に必要だ!
あまりにも自分勝手だ。仲間を利用しようといまだに考えてるなんて最低だ…けど…それでも

僕には…必要なんだ

少し離れた所になゆを見つけた僕はそこに駆け寄ろうとする。

「あれは…エンバース…?」n

>「……お前がいなくなるのは、嫌なんだ」

あぁ…これだ。僕が王都で…中庭でみんなの戦いを…言葉を聞いて…それでついてくる事を決めた可能性。

僕にはなゆを慰める事なんてできない…それでいい。僕の役割はそうじゃない
なゆには・・・エンバースという心の支えがある。明神も、カザハも、この場にいないみのりだって。
僕が心配しなくたって彼女は必ず立ち直る。それはすぐじゃないかもしれない…けど仲間の力で、新たな心を…希望を持って…必ず

「カザハ!明神!二人の邪魔になるから僕と向こうにいこう!男女の秘密を覗くのはマナー違反だよ」

僕のすべき事は…これからくる困難に立ち向かう術を身に着ける事。
ブレイブとして一番直接戦闘に向かない相棒を持ち、知識も少ない…そんな僕がなぜこの世界に選ばれて…そしてなぜみんなといるのか?
なんであろうと僕がすることには変わりがない。必ずなゆ達と共に世界を救って見せる

「やるしかない…か」

拳を握りしめ、そうつぶやくのだった。


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